早春、〈天京〉《てんきょう》──皇帝陵を渡る風が、冷たく唇を乾かす。 歴代皇帝の墓石たちは、勿論、一言も発さない。 ただ、私の遅参を責めるかのように、寒風に耐え佇立している。 初めて見る、母、蘇芳帝の墓石の足下に跪く。 「(〈お母様〉《蘇芳帝》、長らくお待たせしまして申し訳ございません)」 少女「(間もなく、仇を取ってご覧に入れます)」 胸の中で呟くと、遠い日の記憶が蘇った。 母、蘇芳帝は厳格な人だった。 特に、皇帝としての覚悟を語る時、彼女は幼い私にも強い視線を向けてきた。 「皇帝は、«大御神»より皇国をお預かりしている身です」 蘇芳帝「従って、«大御神»に代わり、大地の豊穣と国の平穏を守る義務があります」 「ここまではわかる?」 「はい、お母様」 「では、義務が果たせない時、皇帝はどう振る舞うべきですか?」 「自らの命を以て、«大御神»に赦しを請うべきです」 物心ついた頃から、幾度となく繰り返されてきた問答。 「歴代の皇帝は、この教えを守り続けて来ました」 「死すべき時に躊躇うことのないよう、いつも覚悟を決めておきなさい」 母の手が私の髪を撫でる。 伝わってくる温もりは、母が厳格なだけではないことを私に教えてくれた。 「ふふ、お母様」 幼くして父を失った私にとって、母は目標とすべき存在であり、たった一人の家族だった。 歴代の皇帝以上に、蘇芳帝は国民から慕われていた。 その笑顔は民に安らぎをもたらし、その言葉は勇気を奮い立たせる。 内政は円滑に行われ、国民は穏やかな日々を送っていた。 一方で、国の防備にも怠りはない。 古代の巫女たちが作った呪装兵器«〈呪壁〉《じゅへき》»は、国土の周囲に防壁を発生させ、あらゆる外敵の侵入を拒んできた。 仮に侵入されたとしても、勇猛果敢な武人たちが敵を退ける。 万が一にも彼らが敗れた時には、«大御神»より与えられし«三種の神器»が聖なる力で皇国を守る。 私はもちろん、国民の誰もが三重の守りの堅牢さを疑っていなかった。 しかし、三年前のあの日──甘い展望は脆くも崩れ去った。 「〈皇姫様〉《ひめさま》、お逃げください!」 女官「何!? 何があったの!?」 「敵が、共和国が……」 爆発で耳がキンとなり、平衡感覚を失う。 先程まで話していた女官はもう動かない。 咄嗟のことに頭が動かない。 そ、そうだ、まずはお母様の所へ。 臣下が右往左往する廊下を大広間へ走る。 戦争が始まった今こそ、皇家が指揮を執らなければ。 武人はもう防衛に向かっているの?神職たちの呪術部隊は招集されているの?「お母様、戦況はっ!?」 目に飛び込んできた光景を、咄嗟に理解できなかった。 理解できないままにも歯が鳴り、身体が恐怖に浸食されていることを訴える。 母の姿は、いつものように玉座にあった。 だが、頭部は力なく垂れ、聖なる白衣は鮮やかな朱に染まっている。 「これはこれは〈皇姫殿下〉《きでんか》。 ようこそお越し下さいました」 小此木玉座の傍らには〈小此木〉《おこのぎ》の姿があった。 手には血塗りの短刀。 見えるはずもないのに、切っ先から鮮血が滴り落ちた気がした。 「お、お前、一体、何を」 「陛下が常々仰っていたではありませんか。 国を守れぬ時、皇帝は命を絶つべきだと」 「まさにまさにまさに、今まさに、陛下はその責務を全うされたということです」 「素晴らしいお覚悟! さすがは名君の誉れ高き蘇芳帝陛下!」 「とでも申し上げるべきところでしょうか。 ははははははっ」 勘に障る哄笑が広間に響く。 「いやいやいやいや、私の忠告を聞かぬのが悪いのです。 まさに陛下の自業自得」 「今後は、この小此木時彦が皇国を率いて参りましょう」 「宰相の身で皇帝を殺めるなど……」 「きゃっ!?」 巌のような衝撃に吹き飛ばされる。 崩れ落ちた天井の瓦礫が、小此木との間に積み重なっていく。 もう、手は届かない。 「さてさて、私はこれで失礼させて頂こうと思います」 「こう見えて忙しき身なのです。 共和国の皆様方と今後について話をしなければなりませんので」 「皇姫殿下も、早くお逃げになることですな」 「小此木ーーっっ!!」 絶叫空しく、小此木が瓦礫の彼方に消える。 早くお母様を介抱しなければ──「皇姫様、ここは危険でございます。 一刻も早くご避難あそばされませっ」 里中瓦礫を越えて進もうとする私を、背後からの手が固く止めた。 「離しなさいっ」 「巫女を呼んで! お母様に早く治療の呪術を!」 「御身が危のうございますっ」 里中と衛兵に腕を掴まれ、地下の通路を引かれていく。 叫んで、叫んで、喉が切れるほど叫んでも、大広間はぐんぐん遠ざかる。 抗えば抗うほど、自分の無力さを思い知らされるばかりだった。 それからのことは、あまり覚えていない。 記憶にあるのは、水の滴る真っ暗な通路を、引きずられるように歩いたことだけだ。 気づいた時、私は陵墓にいた。 付き従っているのは、〈女官長〉《にょかんちょう》の里中だけだ。 衝撃に揺れる意識を奮い立たせ、高台から街を見下ろす。 「街が燃えている」 「共和国が«呪壁»を越えて参ったのです」 «呪壁»は、国土を囲む呪術防壁を発生させる防衛の要だ。 «斎巫女»を筆頭に百人近い神職が守っていたはずだが、今は鉈で割られたように真っ二つ。 きっと、小此木が破壊したのだ。 海岸線から上陸した共和国軍は、すでに帝宮に迫ろうとしている。 «呪壁»を越えてきた敵は、一人残らず武人が駆逐する──そう信じていたのに、剣戟の音はどこからも聞こえてこない。 「武人たちはどうしたの?」 「あの様子では、戦っている者は少ないかと存じます」 見れば、武人が住む地区は完膚無きまでに破壊されていた。 開戦直後に爆撃されたのだろう。 でなければ、武人が敗れるわけがない。 «呪壁»は壊れ、武人も壊滅。 «三種の神器»をお持ちのお母様も、小此木に殺められた。 私達には、もはや戦う術がない。 「敵が迫っております」 「まずは〈伊瀬野〉《いせや》に下りましょう。 私めがお供いたします」 「でも、お母様が、天京が」 「ぐっ!?」 足元で何かが弾けた。 天地が何度も逆転し、弾けた礫が身体に突き刺さる。 「ごほっ……ごほ……」 肺に空気を送り込み、何とか立ち上がる。 彼方から共和国軍の一団が近づいてきていた。 人数は、五十……いえ、百人はいる。 私たちを捕まえに来たんだ。 「ひ、ひめ……お逃げ……ください」 「里中っ、里中っ!」 里中が、地に伏して動かなくなる。 共和国軍を前にたった一人。 もう逃げられない。 ……。 た、戦わなきゃ。 皇家の人間として恥ずかしくないように。 震える脚に力を入れ、何とか立ち上がる。 「ここは私にお任せ下さい」 武人不意に男の声がした。 戦場には不似合いな、落ち着いた声。 あまりに不似合い過ぎて、目の前の光景が夢じゃないかと思ったくらい。 見れば、一人の武人が私の前に片膝を突いている。 知らない顔だ。 「女官は気を失っているだけです」 「少々こちらでお待ち下さい。 皇姫様は私がお守り申し上げます」 「敵は百人近くいるじゃない。 いくら武人だって」 「一人でも百人でも、為すべきことは変わりません」 「皇姫様をお守りするため、全力を尽くします」 〈衒〉《てら》いも気負いもなく、男は言った。 その時の感情を何と表現すればいいのだろう。 助かるかもしれないという希望を胸で膨らませながら、彼と共に戦えないことを悔やむ自分もいた。 彼とならば、目の前の兵団だけでなく、この世の全ての厄災を打ち倒せる──夢のような勇気が湧いてくるのがわかった。 「あなたの忠義、忘れません」 「名を、名を教えて」 「──────」 何と名乗ったのか、声は爆音にかき消された。 「失礼いたします」 男は、取り出した手拭いで私の頬を拭った。 白い手拭いが、私の血と汗で汚れる。 「皇姫様のお顔が血に濡れていては、武人の働きが疑われます」 私に手拭いを握らせ、僅かに頬を緩ませる。 それは、彼なりの冗談だったのだろう。 今思い起こせば面白くもない台詞だが、その時の私は噴き出してしまった気がする。 「全てあなたに任せます」 「私を助けて」 「いえ……」 「私を守りなさい」 「御意」 頭を下げた次の瞬間──武人の姿は宙に舞っていた。 着地点は、共和国軍のまっただ中。 円舞のような華麗な旋回。 それだけで、敵兵五人が肉塊に変わる。 獣のような絶叫と共に、兵士が闇雲に銃を撃つ。 だが、兵士が狙った武人はもういない。 目標を失った弾丸は、意図せず共和国軍に命中してしまう。 それがさらなる混乱を生み、戦場は混乱の坩堝と化す。 銃はまるで無意味だった。 共和国軍の兵士は、誰一人として武人を視認できていないのだから。 瞬きをする間もない。 竜巻になぎ倒される麦のように、共和国軍はなすすべ無く肉塊へと変えられていく。 ──鬼だ。 助けられているにもかかわらず、私は震えていた。 一つの生命体として、本能的な恐怖に震えていた。 「……」 でも──この景色には見覚えがある気がした。 夢で見たのか、何かの本で読んだのか。 猛烈な愛おしさが胸の奥底から湧き上がる。 今にも駆け出し、広い胸に顔を埋めてしまいたい。 しかし、近づいてはいけないと身体が知っている。 戦場は彼の舞台。 余人が立ち入ることの許されない世界だ。 空気が血と火薬の匂いに満たされた。 文字通り、流れた血が大地を染めている。 呻き声も聞こえない、不気味なほどの静寂。 立っているのは彼一人。 呪装刀の血を拭った懐紙が、花びらのように風に舞っていた。 「(綺麗)」 圧倒的なまでの強さ。 そこには、神獣に似た、人知を越えた美しさがあった。 「お待たせしました」 「え? あ、うん」 何もしていないのに、身体が熱い。 自分でも顔が赤くなっていくのを止められない。 何? 何? どうしたの、私。 「お怪我を?」 「だだだ、大丈夫! 何でも、何でもないからっ」 慌てて顔を仰ぐ。 こんな時に、私は一体何をしてるんだろう。 もう、わけがわからない。 「そそ、それより、大儀でした。 早くここから逃げましょう」 「お供いたし……」 言いかけて、男は動きを止めた。 「どうしたの?」 「どうやら、お供するのは難しい様子」 男は、溜息混じりに言い、背後を振り返った。 地面には広い血だまりと、物言わぬ兵士たち。 動くものは……「うっ!?」 頭に激痛が走る。 そして、内臓が裏返るような嫌悪感と嘔吐感。 「な、なにこれ……頭……いた……」 「そうか、やはり君は」 目の錯覚か、武人はまるで別人のような笑みを浮かべた。 「女官を連れてお逃げ下さい。 ここは私が」 「で、でも」 「早く」 「あなたは」 「早くっっ!!」 怒声に弾かれ立ち上がった。 それが、天京最後の記憶だった。 身を切る風に追憶から醒める。 「(あれから三年か)」 開戦から一週間後、小此木は皇国全権として共和国との終戦協定に調印した。 ここに、二千年続いた皇国の歴史は終わりを告げ、約八千万の国民は共和国の管理下に入ったのである。 共和国との戦闘は実質数時間、あまりにもあっけない敗戦だった。 以降、小此木は共和国の忠実な飼い犬として皇国を支配していく。 まずは、蘇芳帝が敗戦の責を負って自害したと発表。 遺言により全てを託されたと、権力の正当性を主張する。 そして、名も無き少女を皇帝に即位させ、自身は後見人として実権を握った。 勿論作り話だ。 証拠に、真実が漏れることを恐れた小此木は、皇家の重臣たちを〈悉〉《ことごと》く粛正した。 皇国政府には、もはや小此木に逆らえる者はいない。 ──小此木時彦。 «呪壁»を破壊し、共和国軍を国内に招き入れた男。 お母様を殺し、私欲のために国を売り渡した男。 あの男さえいなければ、私達が共和国に屈することはなかった。 皇家最後の生き残りとして、小此木だけは絶対に生かしてはおけない。 「お母様」 「不肖の娘の最期、とくとご覧下さいませ」 皇国歴二一四二年、オルブライト共和国は『圧政下に置かれた民衆の解放』を旗印に侵略戦争を開始した。 共和国の圧倒的軍事力の前に、各国はなすすべなく敗北。 戦争開始から二十数年で、共和国は世界の過半を手中に収める。 «豊葦原瑞籬内皇国»(とよあしはらのみずがきのうちのすめらみことのくに)──通称«皇国»は、建国から二千年余、一系の皇家に統治されてきた希有な国家である。 長い歴史の中で幾度となく侵略に晒されながらも、«呪壁»によって作られた呪力障壁が国を守ってきた。 他国の人々は、ある種の畏れと共に皇国を『神に護られた国』と呼んだ。 しかし、今から三年前(皇国歴二一七三年)──«呪壁»は突如として機能を停止、皇国は瞬く間に共和国の手に落ちる。 共和国軍を率いたのは、共和国総督、ウォーレン・ヴァレンタイン。 彼は戦後も皇国に残り、占領政策を推し進めている。 ウォーレンは、皇国を統治するにあたり間接統治を採用した。 すなわち、皇国従来の政治形態を温存し、総督府が皇国政府を指導する形で統治を行うのである。 皇国の国家元首は、戦後新たに即位した皇帝・翡翠帝。 総督の忠実な配下として実権を握るのは、宰相・〈小此木時彦〉《おこのぎときひこ》である。 小此木は徹底して共和国を利する政策を続け、反抗する皇国民は容赦なく取り締まってきた。 言論や報道の統制も進み、戦後三年で反攻の芽はあらかた刈り取られたかに見える。 だが、皇国民の怒りは溶岩のように皇都・天京の地下をうねっていた。 午前十一時。 奉刀会本部は重苦しい空気に包まれていた。 居並ぶ二十名ほどの武人は、一様に押し黙っている。 上座で固く腕を組んでいるのは、奉刀会会長代行・〈稲生滸〉《いのうほとり》だ。 「〈鴇田〉《ときた》、報告を」 滸俺の名が呼ばれた。 「承知しました」 宗仁立ち上がり、手元の書類に視線を落とす。 「今月、共和国から奪還した呪装刀は八振り。 «〈業物〉《わざもの》»はそのうちの一振り」 「当方の損害は、共和国軍との戦闘による死者が三名、拘束が六名」 「拘束された者は即日処刑されたと、密偵の〈伊那子柚〉《いなこゆず》から報告がありました」 今月もまた、厳しい取り締まりの前に武人が命を落とした。 先日まで共に笑い話をしていた男たちだ。 悔しさを口に出せない代わりに、奥歯を強く噛む。 「ご苦労」 滸が静かに立ち上がる。 昔からの友人であり、日頃は気軽に口を利く間柄だが奉刀会では彼女が上役だ。 「彼らは、奉刀会の一員として忠義のために最後まで戦った」 「哀悼の意を表し、黙祷を捧げる」 一番隊から十番隊までの隊長、および幹部たちが黙祷する。 戦場で命を落とすならまだしも、武装蜂起の準備段階での死だ。 彼らの無念を思うと胸が痛くなる。 「黙祷やめ」 滸が決然と前を見つめる。 涼やかな双眸には、復讐の炎が燃えている。 「開戦から今まで多くの武人が命を落とした」 「戦時の空爆で三万、戦闘で二千、八月八日の事件で千、今日までの取り締まりで二百」 「死者の無念を晴らすため、私たちは戦い続ける」 「必ずや、逆臣小此木の手から翡翠帝をお救い申し上げようではないか!」 全員が、滸の言葉に強く頷く。 奉刀会の目標は、小此木の操り人形となっている翡翠帝を救い出すことだ。 皇帝陛下は«大御神»に代わり皇国を統治されるお方。 臣下の身が、操るなどど絶対に許されない。 では、陛下をお救いしたとして、その後どうするのか?俺たちが立てたのは、天京を出て地方に臨時政府を樹立する計画だ。 翡翠帝のお言葉で共和国からの独立を宣言し、全国の有志に決起を呼びかけていただく。 他でもない陛下のお言葉だ。 今は小此木に従っている全国二十万の皇国警察や、奉刀会に加入していない武人も立ち上がってくれるだろう。 各地で独立運動が起これば、共和国も交渉の席に着かざるを得ない。 戦況によっては、独立を勝ち取ることも不可能ではないはずだ。 圧倒的な兵力と物量を持つ共和国に対抗するには、この計画しかないと考えている。 「翡翠帝のおわす帝宮は、小此木配下の禁護兵により厳重に守られている」 「敵は二千、こちらの十倍だ」 「しかし、皆ならば、この差が絶対的なものでないと承知しているはず」 「呪装刀さえ揃えば、私たちは必ずや禁護兵を打ち破ることができる」 「故に、各員には、引き続き呪装刀を集めてもらいたい」 呪装刀とは、巫女が命を捧げて鍛造する、呪術の結晶とも言うべき刀だ。 武人だけが扱える刀であり、鋼鉄を斬っても刃こぼれ一つしない。 また、上質な呪装刀は、刀身に炎や冷気を纏っていたり持つ者の身体能力を強化したりと、多様な恩恵をもたらす。 超人的と言われる武人の戦闘力は、呪装刀があってこそのもの。 通常の刀では、敵五人を同時に相手するのが精々だ。 武装蜂起に際しては是非とも人数分の呪装刀が欲しいのだが、現状では会員二百名のうち、半数程度にしか行き渡っていない。 戦後すぐ呪装刀の所持が法律で禁止され、ほとんどが没収されたからだ。 戦前に存在した約二千の呪装刀のうち、八割近くは共和国軍の手にあると聞く。 「言うまでもないことだが、いざ蜂起となった時、腕がなまっているのでは困る」 「日頃の鍛錬は怠りなきように」 「まあ、寝ても覚めても刀ばかり振ってきた諸君のことだ、私が言うのも野暮というものか」 武人たちに笑いが起こった。 「共和国の取り締まりは厳しさを増す一方だ」 「身辺に注意しつつ、呪装刀の回収や情報収集に努めてほしい。 以上」 全員が立ち上がり、正面の神棚に正対する。 揃って一礼の後、脇差しを持ち、少しだけ刀身を覗かせた。 例会の後に必ず行う、〈金打〉《きんちょう》の儀式だ。 「«〈大御神〉《おおみかみ》»の〈御前〉《みまえ》にて、奉刀会一同、鋼の如き団結と皇帝陛下への誠忠を誓う」 「誓約を違える者あらば、その命を以て〈贖〉《あがな》うべし」 「誠忠」 同時に刀を収めると、鍔鳴りが静寂の中に響き渡る。 耳の奥の残響が魂を震わせる。 何とも言えない澄んだ響きが、俺は好きだった。 会議が終わり、本部には俺と滸だけが残った。 「お疲れ様、いつも司会をお願いしてごめんね」 「はい、お茶」 「代行自らとは痛み入る」 「もう、やめてよ」 恥ずかしそうに視線を逸らす滸から、湯飲みを受け取る。 いつも思うが、人前にいる時と、こうして俺と二人でいる時の滸は別人だ。 元来の滸はかなりの口下手で、俺以外の人間と話す時は決まって難しい顔をしている。 本人は何を話そうか一生懸命考えているらしいのだが、相手が察してくれるわけもなく。 そのため、大体において、初対面の人間は滸に嫌われているか怖い人だと思ってしまう。 武人筆頭の血筋であることも、相手が畏怖を覚える一因になっていた。 「今日の私、ちゃんと喋れてたかな?」 「もちろんだ。 滸は自分が思っているよりしっかりしてる」 「ええ、そうかなあ……自信ないよ」 「大丈夫」 頭をぽんと撫でてやると、滸は嬉しそうに微笑んだ。 「本当に?」 「大丈夫だと言ってるのがわからないのか」 頭をくしゃくしゃと撫でる。 「きゃああっ、ごめんごめんごめん」 嬉しそうに笑いながら、滸が身をよじる。 「はっ!?」 滸がビシリと緊張した。 「おう、お前ら二人だけか」 数馬入ってきたのは、奉刀会副会長、〈槇数馬〉《まきかずま》だ。 「んん?? 何だ、こりゃ」 槇が鼻を鳴らして部屋の匂いを嗅ぐ。 「これはこれは、お取り込み中失礼したらしい」 「下劣なことを言うな。 これでも監察だ」 「それより槇、定例会はとっくに終わっている。 遅参にも程があるのではないか?」 「いやあ、すまん。 こっちも取り込み中だったんでなあ」 反省の色もなく、槇が愛用の扇子を開く。 「しかし、終わっちまったものは仕方がない。 俺は帰るとするか」 「忠義の心が足りないのではないか?」 「はあ?」 槇が、閉じた扇子を俺の肩にぴたりと当てる。 「おいおい鴇田ぁ、物忘れの激しいお前に説教される筋合いはねえぞ」 「全部忘れちまったんだろ? 武人町を焼いた炎の色も、仲間の悲鳴も、皇帝陛下の顔も」 「そのお前に、忠義どうこうは言われたかないぜおい」 槇の言う通り、俺には戦争以前の記憶がない。 気がついたら戦争に負けていて、それ以前のことは、自分の名前はもとより陛下の名前まで綺麗さっぱり忘れていたのだ。 戦闘中の負傷が原因らしいが、詳しいことはわからない。 滸が面倒を見てくれたお陰で日常生活は支障なく送れている。 だが、記憶がないため、敗戦の屈辱や悲しみも曖昧にしか感じられない。 家族も仲間も失っているのに、湧いてくる怒りはどこかぼんやりとしていた。 数馬に言わせれば、俺は『張り子の武人』だという。 武人としての魂が入っていないということだ。 「俺の問題とお前の問題は別だ。 監察として言っている」 「なめてもらっちゃ困るぜおい」 「こう見えても、仲間の死を忘れたことはねえんだ」 「言われなくても、いざとなりゃあ命を懸けて戦うさ。 お前以上にな」 「俺は規則の話をしている」 「黙ってろ張り子が」 「槇っ!!」 滸が精一杯の声を上げる。 槇は意に介さず、俺に当てた扇子に力を込める。 「記憶をなくしたことは俺の不覚だ。 責めたければ責めるがいい」 扇子を払う。 俺の反抗に、槇は余裕たっぷりの笑みを見せた。 「鴇田、久しぶりに身体を動かすか?」 「よし、喧嘩を売ったのはお前だぞ」 「どっちだっていいだろ」 数馬の左手が、ゆっくりと刀に下ろされる。 と、俺たちの間に、刀が差し込まれた。 滸の、無言の抗議だった。 槇が肩をすくめる。 「会員同士の喧嘩は御法度」 「槇も鴇田も処罰するぞ」 「おお」 「おっと」 監察が規則を忘れてどうする。 「槇、遅参の罰は受けてもらおう」 「ただ今より、呪装刀の手入れを命じる」 「おいこら、さっきまでやる気だったじゃねえか」 「監察の権限だ」 「たくよぉ」 数馬が肩をすくめた。 「異論がないのなら急げ」 「やれやれ、監察様には敵いませんな」 扇子をぱたぱたと使いながら、槇は悠々と武器庫へ向かった。 滸が小さく息をついた。 「仲裁してくれて助かった」 「助かったじゃないよ」 「宗仁が熱くなってどうするのよ。 槇はああいう人間なんだから正面からやり合わないで」 「いやあれは……」 「すまない」 槇は何かと問題を起こす武人だが、豪放磊落な性格は嫌いではなかった。 奉刀会の副会長でもあるし、彼を慕う若者は少なくない。 「記憶のことは気にしないで。 ゆっくり直せばいいと思うから」 「槇は間違っていない。 張り子なのは……」 「自分を責めないで」 滸が俺の言葉を遮った。 本気で怒っている目だ。 滸はいつも優しい。 そこに友情以上のものが含まれていることは知っていたが、口にはしなかった。 「すまなかった」 滸は、しばらく俺を見つめた後、表情を緩めた。 「滸、この後は?」 「遺族にお見舞いを渡しに行くよ」 見舞いの場では、遺族から罵倒されることも多いという。 立場上、滸はじっと頭を下げ続けなくてはならない。 罵倒の有無にかかわらず、遺族の涙を見るのは辛いことだ。 「辛い仕事だな」 「私がやらなきゃならないことだから」 「あ、そうだ。 後でお花も送ってもらっていいかな?」 「もちろん」 持っていた〈携帯端末〉《タブレット》に、滸からの注文を書き留める。 花屋は、今の俺の生業だ。 戦後、武人という身分は廃止され、国からの俸給もなくなった。 自分の食い扶持は自分で稼がねばならない時代なのだ。 「確かに。 今日中には届けられると思う」 「よろしくね、宗仁」 滸と別れ、奉刀会の本部を出た。 本部の入口は雑貨屋の地下に隠されている。 隠し扉を潜り、見張りも兼ねた店員の前を通り、ようやく外に出られる。 外に出ると埃っぽい空気が喉に絡んだ。 昼前の〈夜鴉町〉《よがらすちょう》は、まだ寝ぼけ眼だ。 夕刻からの営業に向け、掘っ立て小屋のような店がのんびりと開店準備をしている。 並べている商品は、盗品から軍の払い下げ品、空爆の跡から拾ってきた物など、何でもござれだ。 夜鴉町から路面電車に乗り、職場兼自宅である〈糀谷〉《こうじや》生花店に向かう。 車窓を流れる天京の街はいつもと代わり映えしない。 一方では、共和国の軍人が暴力を振るい、また一方では、小此木麾下の皇国警察が罪なき人々を拘束している。 皇国警察は、戦後小此木が作った皇国民による治安維持組織だ。 にもかかわらず、彼らは皇国人だけを取り締まり、共和国人には注意一つしない。 そんな天京の日常を、路面電車の客全員が感情を押し殺した目で見つめている。 怒りを露わにしないのは、それが命取りになる事もあると知っているからだ。 俺もまた、権力の横暴を見るだけに留める。 奉刀会として決起する前に、要らぬ騒ぎを起こすわけにはいかない。 「いま戻りました」 店の中に呼びかけるが、返事がない。 裏手の倉庫にでも行っているのだろうか。 「店長、店長」 「あ……」 白菊の中に店長が埋もれていた。 糀谷生花店、店長・〈乾鷹人〉《いぬいたかひと》。 年の頃は三十代半ば。 透明感のある肌。 女性が嫉妬するほど、柔らかな髪。 その前髪の間から覗く切れ長の眼は、油断するとぞくりと来てしまうほど艶めかしい。 儚げな佇まいは、労咳を患った文学青年か天才剣士か。 店長目当ての女性常連客もかなり多い。 といっても、病弱なのは見た目だけで、先頃の健康診断でも肝臓以外の項目は全て『優』を叩き出していた。 ちなみに、俺の雇い主であり、大家であり、戦争で負傷した俺を拾ってくれた人でもある。 「う……ん……宗仁、君?」 鷹人「縁起でもないですから、白菊の中で寝ないで下さい」 「いやもー、だって、白菊の注文が多いと気が滅入るじゃないですか」 「まあ、気持ちはわかります」 「わかるのですが、今日も滸から白菊の注文です」 「ああ、そうですか。 ご愁傷様です」 店長は静かに目を閉じ、祈りの言葉を唱えた。 元神職だけあり、堂に入っている。 「配達、他にもありますか?」 「ええ、頼みます。 荷物は全部積んでおきました」 「了解です」 店の配達表にざっと目を通す。 注文の多くは共和国人か、共和国人相手の飲食店からのものだ。 宴会用とおぼしき、派手で豪華な花が多い。 皇国人には縁がないものだ。 注文状況を見ると、天京の今が朧気にわかってくる。 「宗仁君、元気出して」 「え?」 「ありがとうございます。 大丈夫です。 元気ですから」 「そうですか? 気のせいでしたらいいんですが」 「あ、そうだ。 なんでしたら、あなたの好きなうなじ、見せてあげてもいいですよ」 「いや、別にうなじは」 「ほら、元気出た? 出たでしょ?」 「あーもう、鬱陶しい」 無理矢理見せつけてくる店長の頭を押さえつける。 「いたたた、病人には優しくっ」 「健康優良児ですよねっ」 正直に言えば、少し気が滅入っていた。 奉刀会で犠牲者が出たこともあるし、槇と記憶の件でやり合ったこともあった。 いつも店長には見抜かれてしまう。 「あ、そうそう」 いきなり素に戻る店長。 「今日は桃の花が入荷したんです。 今年の初物ですよ」 「言われてみれば、もうすぐ〈桃花染〉《つきそめ》の季節ですね」 壁に掛けられた暦を見る。 皇国では、三月下旬、桃の花が咲く頃を〈桃花染〉《つきそめ》の季節と呼ぶ。 誰しもが心待ちにする季節だ。 「今年は南の方もまだ寒いらしくて、入荷が遅れていたんです」 「街の桃も、まだ蕾が固かったですね」 「«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»までには、咲くといいんですけど」 「再来週の土日ですからねえ、どうでしょうか」 「桃が咲かない«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»なんて、黄身がない目玉焼きみたいなものですしねえ」 「はい、これは初物入荷の記念に」 桃の枝を一本、俺に握らせた。 花が開きすぎて、もう商品価値がないものだ。 甘く爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。 胸が締め付けられるような、それでいて安らぐような、不思議な気分になった。 「ありがとうございます。 好きなんです、桃」 「顔を見ているとわかります」 「どうしてですかね。 自分でも謎なんですが」 桃は、皇国の国花だ。 初代皇帝である〈緋彌之命〉《ひみのみこと》が、殊に桃を愛でられたのがその由緒らしい。 芸術にしろ食べ物にしろ、春に関するものには脊髄反射で桃を関連づけるのが皇国民だ。 この時期、街には〈桃花染〉《つきそめ》○○という商品が溢れるし、流行歌の歌詞では桃の花が散りまくる。 「宗仁君、陛下が映っていますよ」 見れば、〈映像筐体〉《テレビ》に翡翠帝のお姿が映し出されていた。 どうやら、何かの式典の模様を中継しているようだ。 まだ雪が降っているし、北の地方での式典だろう。 画面越しとはいえ陛下の御前だ。 姿勢を正して画面に向く。 「先の戦争では、多くの国民がかけがえのない命を落としました」 翡翠帝「あれから三年が経ちますが、いまだ敗戦の傷は深く、多くの人々の暮らしに困難が生じていることを思うと心が痛みます」 「すべての国民が安心して日々を送ることができるよう、国民皆が心を一つに寄り添っていくことを願ってやみません」 「また、皇国政府には共和国の皆さんと手を取り合い、一日も早い復興がなされることを強く望みます」 大きな拍手が流れる。 翡翠帝は、敗戦の責を負って自害された蘇芳帝のたった一人の御子だ。 その存在は、敗戦で傷ついた国民の心を大いに慰めてきた。 可憐で飾らぬお姿は水仙にも喩えられ、敬愛を集めている。 「共和国人と手を取り合って、ですか」 「陛下は、小此木に言わされているだけです」 「お心の内では、共和国に憤っていらっしゃるに違いありません」 「そうであってほしいですね」 「陛下が共和国を受け入れてしまわれたら、命を懸けて戦っている武人がかわいそうです」 奉刀会に所属する武人は二百名程度。 いかに戦闘力に優れているとはいえ、共和国軍とぶつかれば勝ち目はない。 にもかかわらず、少なくない武人が共和国と正面切って戦うことを望んでいる。 いずれ勝てない戦いならば、華々しく散ろう──官軍として共和国軍にぶつかり、武人として恥ずかしくない最期を遂げよう──そんな、滅びの美学に似た思想を持っているのだ。 俺にはいまいち共感できない。 真に皇家への忠義を尽くすならば、最後まで皇国再興のために戦うべきだ。 槇には『記憶と一緒に誇りまでなくした』と罵倒されたが、それでも皇国の再興を諦めるべきではないと思う。 格好良く死ぬことが武人の使命ではないのだ。 「まずは陛下をお救い申し上げることですね」 「小此木がいなくなれば、きっとお心の内を明かして下さるはずです」 「そうですね。 挫けずに頑張っていきましょう」 「私も微力ながら応援しますよ」 店長は、民間人ながら奉刀会に協力してくれている。 呪術の心得もあり、人に言えない怪我も呪術で治療してくれる頼もしい存在だ。 「では、配達よろしくお願いします」 「あ、今夜なんですが、配達が終わったら遠回りしていいですか?」 「もちろん。 それじゃ店は私が閉めておきます」 「ありがとうございます。 では」 まず滸の注文を先に片付けてから、他の配達先を順に巡っていく。 つけっぱなしの車内ラジオからは、代わり映えしない情報が流れ出る。 『皇国警察が、反政府勢力とおぼしき集団を摘発』『共和国人に暴行を加えようとした人物を逮捕』『治安維持のため、共和国軍施設を増設』まとめて要約すれば、小此木が国民を弾圧し、共和国に媚びを売りましたという話だ。 腹立たしさに、視線を外に向ける。 車窓から見える人の流れに、ちらほらと共和国の軍服が見えた。 普通の皇国人は、厄介事を避けて共和国人から距離を取って歩く。 「(いや、避けられているのは、武人も同じか)」 俺たちに向けられる皇国民の視線を思い出し、恥辱に胸が焦げ付いた。 「(こんな気持ちで配達しては花に失礼だな)」 胸の鬱屈を振り払うべく、車の速度を上げた。 配達を半分ほど終え、休憩がてら皇家代々の陵墓がある丘に来た。 ここからは天京の街を一望できる。 仕事の合間に、たびたび訪れる場所だった。 顔を伏せた先客とすれ違い、見晴らしの良い場所に立った。 まず目に入るのは、石垣に囲われた«帝宮»と崩壊した巨岩«呪壁»だ。 二千年に亘り皇国を外敵から守ってきた«呪壁»は、開戦直前、何の前触れもなく真っ二つに割れた。 街のどこからでも見える無残な姿は、敗戦の象徴とも言える。 帝宮を中心とした半径約二〈粁〉《キロ》の区域は共和国管区と呼ばれ、立ち入るには共和国発行の許可証が必要だ。 管区内には共和国総督府など共和国関連の施設が置かれ、それらを守るべく約二万の兵士が駐屯している。 見方を変えれば、帝宮は常に圧倒的兵力に包囲されているということだ。 陛下のおわす帝宮が異人に包囲され、銃口を向けられている──『敗戦』という言葉を嫌でも思い知らされる光景だ。 かつては守護神と尊敬されていた武人たちも、今では敗戦の戦犯扱いだ。 民衆が武人を見る目は、残飯を漁る野良犬に向けるそれに近い。 蘇芳帝が立派な最期を遂げられたこともあり、俺たちへの風当たりは強い。 ──負けたのは武人が怠けていたせいだ。 ──武人が負けなければ、こんな苦しい生活は送らずに済んだのに。 ──陛下が責任を感じられて自害されたのだ、武人も全員腹を切れ。 反論するつもりはない。 汚名を返上するには、皇国を共和国の手から取り戻す以外にないだろう。 にもかかわらず、俺は滸たちのように情熱的になれずにいる。 全身全霊を以て戦わねばならない、この時に。 「ああ……」 見上げると、鈍色の空からは今にも雪が落ちてきそうだった。 厚い雪雲が、世界を覆う鋼鉄の天蓋にも見える。 重い。 身も心も、見えない鎖が絡みついているように重い。 抜け出したい。 全ての鎖を引き千切り、ただ主のため無心に戦場を駆け抜けたい。 そして、世界を覆う重く固い天蓋をこじ開けるのだ。 それこそ武人として生まれた男の本懐ではないか。 「──────────!!!!!」 天京の街に向け、叫んだ。 叫ぶくらいで鎖が千切れるのなら、とうの昔に自由になっているだろうに。 ──何か聞こえませんでしたか?──私には聞こえましたよ。 ──主を失った憐れな犬の遠吠えが。 夜九時過ぎ、最後の配達を終えた。 花屋の仕事はこれで終了だ。 残りの時間は、奉刀会のために使わせてもらおう。 四日前、共和国軍が各地で接収した呪装刀を輸送するとの情報が入った。 奉刀会としては、是が非でも奪い取らなくてはならない。 密偵役の子柚のお陰で、輸送経路はある程度絞り込めている。 今夜は、その道を実際に走ってみる予定だ。 しばらく調査を続け、企業や高級店が並ぶ区域に入った。 雪のせいか、通行人は少なくひっそりとしている。 対向車はないが、俺の車の前には四台の車列があった。 全て同じ車種、黒塗りの高級車だ。 どこかの要人が乗っているのかもしれない。 ──前方の信号が赤に変わる。 黒塗りの車列は前から順に速度を落とし、後ろにつける俺もブレーキを踏んだ。 瞬間、身体を悪寒が走る。 赤色の目を光らす信号の上に、その少女はいた。 夜陰に青ざめた式服が、寒風にたなびく。 雪の中に佇む姿は、息を飲む優美さと、一切の穢れを拒む清冽さを奇跡的に同居させている。 「逆臣、小此木時彦」 涼やかな声。 届くはずもないのに、俺の耳は確かに彼女の唇が発する音を捉えた。 「主を殺め、国を異国に売り渡したその罪、死を以て〈贖〉《あがな》ってもらう」 赤灯が太刀を奔り、切っ先で弾ける。 柔靱な肉体が虚空に吸い込まれ──少女の斬撃が、先頭の車両を断ち割った。 爆風に乗るように少女が跳躍。 〈高層建築〉《ビル》の庇にふわりと着地した。 その手には、淡い光を発する呪装刀がある。 「(呪装刀……武人か)」 短刀をつかみ、車外に出る。 時同じくして、斬られた車の後続車から皇国人の護衛が出てくる。 「陛下をお護りしろっ」 痩せた護衛「陛下っ!?」 まさか、翡翠帝が乗っていらっしゃるのか!?炎上する車両が道を塞ぎ、陛下の車はすぐには動けない。 まずいと思う間に、楼上の少女が宙に舞う。 着地と同時に、白刃は車を両断するだろう。 ──陛下をお守りせねば。 少女の落下点に短刀の鞘を投げ、全力で走る。 「あっ!?」 不意の飛来物に、少女が落下の軌道をずらす。 そこを狙い斬る。 「くっ!?」 敢えて剣を受けさせ、渾身の力で少女をはね飛ばした。 「車を出せっ!」 翡翠帝の車が、反対車線を突っ切って彼方へと走る。 少女は追えない。 俺の追撃を警戒しなくてはならないからだ。 「しまった」 瞬転、銃火が周囲を照らした。 注意が逸れた少女に、弾丸が降り注ぐ。 十二発──鋼鉄の弾丸が、華奢な身体に孔を穿つ。 だが、少女は動きを止めない。 横に飛び、そのままの勢いで〈高層建築〉《ビル》の壁を駆け上がる。 「(逃がすか)」 陛下の命を狙った人間だ、放っておけない。 上空へ飛ぶと、目標は二つ先の建物の屋根にいた。 少女は脇腹を押さえながら、〈高層建築〉《ビル》の楼上を飛び石のように移動していく。 都市で追っ手を撒くには、上空の移動が有効だ。 ──追っ手が武人でなければ、だが。 少女が屋根から飛び降りたところで、一気に距離を詰める。 「ぐっ……」 着地するなり、少女はうずくまった。 それでも、刀を杖に何とか立ち上がる。 「はあ、はあ……しっかりしなきゃ……」 荒い呼吸の下、一歩、二歩と進み始めた。 建物の屋上から、少女の背後に下りる。 「待て」 少女が振り向いた。 その表情が明らかになる。 「な……」 目が合った瞬間、周囲から音が消えた。 少女から目が逸らせない。 神泉の如き揺らめきを〈湛〉《たた》えた深紫の瞳。 清楚ながらも官能的、理知的ながらも情動の激しさが匂い立つ。 あらゆる相が凝縮された、究極の貴石だ。 幻影の中に少女の影を見た気がする。 どこかで彼女と会っているのか?覚えていない。 だが、身体はそうは言っていない。 胸の奥が、早鐘のように鳴っている。 少女もまた、瞬きすら忘れて俺を見つめていた。 澄んだ瞳の奥を、いくつもの感情が流れていく。 それはやがて一つの言葉となり、〈桃花染〉《つきそめ》の唇から零れた。 「可笑しい、あなたに邪魔されるなんて」 「俺を知っているのか?」 「忘れるはずないでしょ」 「いつの話だ? どこで会った?」 「ふふ、覚えてないんだ」 少女が俯く。 「薄情者」 小さく呟き、再び少女が顔を上げた。 明確な敵意と共に、少女が刀を構える。 歪みのない正統の剣術だ。 「俺たちはいつ会った?」 「もういい」 「教えてくれ」 「うるさいっ!」 美しい袈裟斬りを、軽く身を引いて躱す。 更に踏み込み、首を突いて来た。 少女の剣は正統派だが、極める域には達しておらず見切りやすい。 身をひねって切っ先を避けると、無防備な体が見ずとも目に入った。 斬るのは容易だ。 少女が慌てて距離を取る。 「私に情けをかけるつもり?」 「まずは俺の事を教えてほしい」 「しつこいっ!」 「あうっ!?」 再び踏み込もうとした少女が、がくりと片膝を突いた。 帯の下から血が滲んでいる。 白い衣装に広がるそれは、雪に落ちた椿にも見えた。 「あっちだっ、声がしたぞっ」 闇の中、護衛の声が近づいてくる。 「こんなところで、終われないのに」 「私は、まだ小此木を……」 立ち上がろうとするが、少女の脚は言うことを聞かない。 限界が近いようだ。 護衛が来てしまえば、自由な会話はできなくなる。 「もう一度聞く。 俺たちは、いつどこで会った?」 「私を助けてくれたら、教えてあげる」 「無理な相談だ」 「陛下の命を狙った者を見逃すわけにはいかない」 「だと思った」 「変わってないみたいね」 何故か、少女は微笑んだ。 「こっちだ」 後方から声が聞こえた。 もう、時間がない。 「投降した方がいい」 「縄目の恥辱は受けない」 刀を地面に突き立て、少女は何とか立ち上がる。 よろめきながら切っ先を俺に向けた。 死を前にして、表情は楚々として美しい。 鮮血の花が、肌に色を添えていた。 少女の覚悟に敬意を表し、俺も短刀を構える。 「武人、鴇田宗仁」 「鴇田、宗仁」 「ようやく、名前が聞けた」 少女が微笑む。 生死の境には似つかわしくない、桃の花が綻ぶような笑みだ。 「私は〈宮国朱璃〉《みやぐにあかり》」 「蘇芳帝の第一皇女であり、ただ一人残された皇家の正統な後継者」 ──皇女、だと?「戯れ言を」 「呪装刀を使える以上、お前には武人の血が流れている。 皇家の人間であるわけが無い」 「私は昔から呪装刀が使えるの。 理由は知らないけど」 朱璃「もういい、黙れ」 宮国と名乗った少女が唇を引き結んだ。 どこから飛んできたものか、桃の花びらが一枚、宮国の刀の切っ先をかすめて落ちていく。 「来なさい。 この首、翡翠帝への土産にしたらいい」 「心配しないで、化けて出たりなんてしないから」 とっておきの冗談を言ったように、宮国が微笑む。 その澱みのない笑顔を見て、俺の身体は不意に硬直した。 斬るという意志に、身体が全力で抗っているかのようだ。 何だ、これは。 再び何かが脳裏を過ぎる。 深紫の瞳、〈桃花染〉《つきそめ》の唇、俺は、この少女を知っている。 ──殺すな。 耳の奥で何かが囁いた。 ──少女を護れ。 囁きはやがて大音声となり全身を駆け巡る。 それは本能の声、身体の奥底に組み込まれた絶対の威令。 ──それがお前の使命だ。 焼け付くような本能の火が、瞬く間に理性を焼き切った。 身体が、俺の知らない何ものかによって駆動する。 「いたぞっ!」 〈護衛〉《てき》までの距離は二十〈米〉《メートル》、数は七。 「刀を借りる」 宮国の刀を奪い取る。 「その女は暗殺未遂犯だ。 引き渡してほしい」 「従わねば共犯と見なす」 ずらり並んだ銃口が俺を睨め付ける。 答えなど決まっている。 「断る」 超高速で吐き出された弾丸が、俺の胸めがけて奔る。 命中すれば、武人といえどもただでは済まない。 が──「くっ、武人か!?」 「おいっ、手加減するなっ!!」 今この瞬間、数百発の銃弾が俺たちを食い破らんとしている。 自分一人ならば、躱すことは難しくない。 だが、俺が躱せば宮国は死ぬ。 ならばどうする?どうする?躱せぬのならば、叩き落とすしかない。 それも刀の一振りで。 ──できるのか?弱気が脳裏を掠める。 できるできないではない。 やるんだ。 全てを懸け、守れ。 大切なものを、守り抜け!!!「おおおおおおおっっっっっ!」 刀身が音の壁を切り裂く。 轟音と振動が路地を突き抜け、周囲の硝子が氷粉のように砕け散る。 立ちこめた塵芥が護衛の視界を奪った。 無数の弾丸は、一発たりとも俺たちに届いていない。 俺が、やったのか?実感がない。 しかし、右手に残る痺れが何よりの証拠だ。 「行くぞっ」 宮国の腕を引き寄せる。 「うわわっ!?」 夜空に向けて跳躍した。 一足で屋上に達し、間髪入れずに再跳躍。 眼下を天京の夜景が高速で流れていく。 「落ちるなよ」 「う、うん」 宮国がぎゅっと俺にしがみついた。 熱い身体の感触と、頬を撫でる宮国の髪の柔らかさが意識される。 ──なんと美しい。 最初に出たのは、単純で間の抜けた感想だった。 白磁の肌に、〈桃花染〉《つきそめ》の唇。 胸は豊かに隆起し、柔らかな感触は服を通しても明瞭に伝わってきた。 強い風で露わになった太ももは、目を奪われずにはいられないほど、瑞々しく輝いている。 その身体には、少女の固さと女性の柔らかさが混在し、開花間近の蕾のような神性が秘められていた。 抱いているだけで自分の体温が上がるのがわかる。 着地と再加速の衝撃に少女が呻く。 宮国は軽傷ではない。 早く治療しなければ、命が危うい。 「(必ず助ける)」 見覚えのない、宮国朱璃という少女。 翡翠帝を襲った上に、皇族を騙る言語道断の許しがたい少女。 忠義に生きるものならば、決して助けてはいけなかった少女。 今この瞬間、俺は翡翠帝への忠義に背いている。 にもかかわらず、胸の中では感じたことのない昂奮が赤々と輝いていた。 記憶を失って以来抱えていた、胸の空洞が内側から発熱するかのようだ。 軽い。 身も心も、翼を得たかのように軽い。 今、この瞬間、全身を縛っていた鎖は消え果てていた。 これが、本当の自分なのだ。 ──俺が求めていたのは彼女だ。 面倒な理屈を並べなくても、身体がそう感じていた。 「私だ。 情報を集め適切に対応するように」 淡々と指示し、小此木は通話を終えた。 「護衛の方は無事でしょうか?」 不安げに眉を歪めた少女が問う。 質問に答える代わりに、小此木は取り出した紙巻き煙草に火をつけた。 「ごほっ、ごほごほっ!?」 煙が車内に充満する。 質問を無視した挙げ句の喫煙など、皇帝と臣下という間柄においては、あり得ない行為であった。 事実、二人は主従ではない。 国民から大きな尊敬を受けている翡翠帝の正体は、〈鴇田奏海〉《ときたかなみ》という中級武人の娘だった。 「襲ってきたのは何者でしょう?」 「私には何も見えませんでした」 小此木は何も答えない。 深い皺の刻まれた顔を窓に向け、降りしきる雪を見つめていた。 「お前、雪は好きか」 突然の質問に奏海が戸惑う。 早く答えねばと思うほどに、少女の頭は混乱した。 「好きです」 「昔、雪兎を作って遊びました」 ようやく答えたのは、質問から十秒近くが経過してからだった。 小此木は何も言わない。 ぼんやりと紫煙を吐き出し、その行方を目で追っていた。 だから、少女は続けることにした。 「あ、あの、小此木様」 「〈義兄〉《あに》は見つかりましたでしょうか?」 「捜索中だ」 「今のところ手がかりはない」 「左様でございますか」 「引き続きよろしくお願いいたします」 二人の間では、恒例のやりとりだった。 終戦直後、奏海は戦争ではぐれた義兄を捜索することを条件に、皇帝の替え玉を引き受けた。 皇帝を騙るなど、皇帝の殺害に勝るとも劣らない大罪。 皇帝制度そのものを穢すという意味では、それ以上の罪とも言えた。 忠義第一の家庭で生まれ育った奏海は、溶鉄を飲み干すような気持ちで、小此木の条件を受け入れた。 義兄への愛情が罪悪感を上回ったのだ。 それから三年、奏海は小此木と同じやりとりを繰り返している。 ──小此木は義兄の捜索などしていない。 ──小此木は私を騙しているだけだ。 疑念はほぼ確信に変わっていたが、奏海は捜索を打ち切れとは言えなかった。 捜索を打ち切った時、義兄の死が確定してしまう気がするからだ。 また、捜索を終わらせたからといって、もはや奏海は自由の身には戻れない。 小此木が自分の口を封じることくらい、容易に想像できた。 加えて、奏海にはもう一つ懸念があった。 もし義兄が見つかったら小此木に殺されてしまうのではないか、ということだ。 戦後、小此木は周辺の敵対勢力を粛正してきた。 翡翠帝の正体を知るものがいれば、容赦なく手に掛けるだろう。 見つけ出してほしいが、見つかってしまっても困る。 そんな葛藤の中で、奏海は“翡翠帝”を演じてきた。 「(お義兄様、お目にかかりとうございます)」 奏海は、窓の外の雪を見つめ、かつて家の庭で作った雪兎を夢想した。 白い雪に刺した、南天の緑と赤の鮮やかさ。 そして、頭を撫でてくれた義兄の優しい手を。 三十分後、俺は糀谷生花店の上階にある自室にいた。 布団では宮国が荒い息をついている。 仮にも翡翠帝を襲った人間を、病院に運ぶわけにもいかなかった。 店長なら呪術で治療できるのだが、飲みに出たのか連絡がつかない。 ならば、俺が治療するしかない。 武人として応急処置の心得はある。 「失礼する」 礼儀として一声かけ、宮国の服を脱がせる。 「ん……う……」 苦痛に宮国が呻いた。 滑らかな曲線を描く裸体。 月光に照らされ、磁器のような乳白の輝きを帯びている。 硬質かと思いきや、肌に触れた指はほどよい抵抗の後に沈む。 色気云々の前に、芸術性すら感じられる身体だった。 視線を下方にずらせば、腹部には肌を抉る銃創が三箇所あった。 俺の見間違いでなければ、宮国は十発以上撃たれていたはずだ。 「(呪装具か?)」 着ている服が、呪術で強化されているのかもしれない。 彼女が皇家の人間なら十分あり得る話だ。 いや、ともかくも治療だな。 消毒を始めると、身体がびくりと〈撥〉《は》ねた。 きつく閉じられていた瞼が、ゆっくりと開く。 「ん……え?」 「私、裸?」 俺の手をのけようとする宮国。 「治療中だ、動かないでくれ」 「離してっ」 「ぐ……う……」 宮国が苦痛に呻く。 「包帯が巻けない」 胸を腕で隠し、宮国が目をぎゅっと閉じる。 みるみるうちに肌が紅潮し、肌がかすかに汗ばんだ。 治療とはいえ恥ずかしかろう。 無言で治療に専念する。 宮国の身体を照らす月明かりの中を、雲がゆっくりと移動していく。 明暗の境界が肌を横断し、起伏を克明に描き出す。 「ねえ」 宮国がぽつりと口を開く。 「なぜ助けたの?」 「君を死なせたくなかった」 血に濡れた宮国の顔を見た時、『助けなくては』と思った。 理由などない。 もはや本能と言っていい衝動だった。 護衛と戦っている時の俺は、俺ではない誰かだったのかもしれない。 「皇国警察に突き出すの?」 「そのつもりなら、家に連れて来ない」 「でも私は」 「もう喋らない方がいい。 少しでも体力を温存してくれ」 まだ何か問いたげな宮国を制する。 消毒を終え、きつく包帯を巻いた。 「あり、がとう」 「必ず助かる。 弱気になるな」 小さく頷いてから、宮国は目を閉じる。 体力の限界だったのだろう、そのまま目を開くことなく眠りに落ちた。 俺に出来るのはここまでだ。 あとは宮国の体力に期待するほかない。 朝が近づいてきた。 昏々と眠る宮国の近くで、俺は壁に背を預けて身体を休めていた。 「(ん?)」 宮国が動く気配がした。 薄目を開けると、上半身を起こした宮国が衣服を整えている。 出て行くつもりだろうか?様子を見ていると、宮国は枕元の刀を手に取った。 少しだけ抜いた刀身を静かに見つめる。 月光に照らされた横顔に、悲壮な覚悟が滲む。 「動くにはまだ早い」 「えっ?」 宮国がぎょっとして俺を見る。 弾かれるように立ち上がるが……。 脚を踏み出すことができず、前のめりに崩れ落ちた。 「ぐっ……あ……」 「その体では無理だ」 近づき、手を伸ばす。 手を払われた。 「触らないで」 「一人で起きられるから」 自尊心がそうさせるのだろう、呻きを漏らしながら自力で立ち上がる。 手負いの宮国を部屋から出すわけにはいかない。 出口を塞ぐように移動する。 「行かせて」 「小此木を殺すのか?」 「そう。 だから行かせなさい」 無言で首を振る。 「勘違いしないで、私は翡翠帝を殺したいわけじゃない」 「小此木だけ殺せればそれでいいの」 「武人にとっても小此木は敵でしょ?」 「今行けば返り討ちだ」 「私は負けな……」 宮国の喉に短刀の鞘を向ける。 「とは言えないだろう?」 「せっかく取り留めた命だ。 無駄にしないでほしい」 宮国が唇を引き結んだ。 数秒、何かを考えた後、宮国は畳の上に行儀良く座った。 諦めてくれたのか。 「手当をしてくれたことには礼を言います」 「ありがとう」 小さく頭を上げる。 「君は本当に〈皇姫〉《ひめ》なのか?」 「あなたは信じてくれないみたいだけど」 昨夜は一蹴した話だ。 しかし今は、むしろ彼女を皇姫だと信じたい。 俺に戦う喜びを思い出させてくれた人物が皇姫ならば、これほど嬉しいことはない。 「血筋を証明できるものは?」 「あなた」 「あなたなら私の血筋を証明できる」 「はずだったんだけど」 宮国が肩をすくめる。 「ああ、終戦後の記憶しかない。 戦争で怪我をしたらしい」 「そっか……きっとあの後に」 「あの後?」 「待て、つまり、俺と君は戦争中に会ったのか?」 「共和国が攻めてきてすぐにね」 初めて、戦争中に滸たちと別れてからの俺を知っている人物に出会った。 「詳しく聞かせてくれないか?」 「記憶を取り戻したいんだ。 何でもいい、教えてくれっ」 「ちょ、ちょっと、いきなり迫らないで」 「近い近い、近い」 「お、おう、失礼した」 そそくさと距離を取る。 宮国は気恥ずかしそうに咳払いをした。 「そしたら、連れて行ってほしいところがあるんだけど」 「今から? 身体のことを考えた方がいい」 「上手くいけば、あなたの記憶が戻るかもしれない」 記憶が戻るかもしれない──その一言に抗えず、約二十分後、店の車で指定された場所に来た。 先に車を降り、助手席の外に回る。 「背負おう」 「遠慮します。 ご先祖様の前だから」 「く……」 よろけた身体を横から支える。 「ちょ、ちょっと」 「自分で歩いている事には変わりない」 「それはそうだけど、だって、ううん」 小さな抗議を無視し、身体を支えながら丘を進む。 「ここ、来たことある?」 「昨日来た。 仕事の合間によく来るんだ」 「え、私も昨日」 そう言えば、宮国と似た人間とすれ違ったような気がする。 「運命?」 「どうかな」 口ではそう言いながらも、僅かな運命の重なりに胸が高鳴る。 宮国が足を止めたのは、代々の皇帝陛下が埋葬されている陵墓の前だった。 当然の礼儀として、陵に向かって頭を下げる。 武人にとって、ここは聖地と言ってよい。 「お母様。 再び御前に戻って参りましたこと、深くお詫び申し上げます」 宮国の口調が変わった。 真摯な気持ちで墓に対しているとわかる。 しばらくの間、宮国は頭を下げたまま、口の中で何かを呟く。 祈りは邪魔したくない。 宮国の気が済むまで、無言で待つ。 「この場所、覚えてない?」 「昨日来たという話はしただろう」 「そうじゃなくて。 共和国が攻めてきた時、あなたはここで私を守ってくれたの」 「俺が?」 「あなたが」 宮国が俺を見つめる。 「帝宮を出た後、私は共和国軍に追いつかれました。 敵は百近くいたと思う」 「でも、突然現れたあなたが、たった一人で敵を蹴散らしてくれた」 そうか……俺は武人として立派に戦ったのか。 ずっと、敵を前に逃げ回っていたのではと心配だったのだ。 「逃げたわけではなかったんだな」 「逆よ、逆。 あなたは戦った」 「私の知っている中で最も勇敢な武人よ」 大きな安堵に包まれ、力が抜けた。 ずっと背負っていた重荷を、ようやく一つ下ろすことができた。 「どう? 私のことも思い出せない?」 「待ってくれ」 周囲を念入りに見回す。 記憶は戻って来ない。 とはいえ、俺は無意識のうちにここを休憩場所に選んでいた。 身体が覚えていたのかもしれない。 「思い出せない」 「うー、そっか。 じゃあ、これはどう? 覚えてない?」 宮国が取り出したのは、赤黒い染みのついた手ぬぐいだった。 自信があるのか、宮国の表情には期待が満ちている。 「私の血を拭いてくれた手拭いなんだけど」 宮国の手の動きが止まった。 やがて、手拭いを力なく膝に置く。 「本当に思い出せないんだ」 そう言ったきり、宮国は俯いた。 「どうして忘れるの」 「こっちは、あなたを忘れたことなんて」 何かを言いかけ、宮国は動きを止めた。 「こほん……いつかお礼を言いたかったのに」 「惚れてくれたのかと思った」 「そんなわけないじゃないのばかですかあなたは」 「もう、何なのよ、まったく」 ぶつくさ言いながら、汚れた手拭いを丁寧に折り畳む。 終戦から今までの三年間、大切に取っておいてくれたのか。 「期待に応えられずすまない」 「俺以外に血筋を証明できる人間は?」 「小此木ならすぐわかるけど、彼は本当の事を言わないでしょうね」 「他には?」 「皆、粛正されました。 末端の女官に至るまで〈悉〉《ことごと》く」 「皇帝をすり替えるためには、私を知る人間がいては不都合でしょう?」 「おぞましいことを」 「しかし、顔を知っている人間が一人もいないなんてことがあるのか?」 「三年前まで実際に帝宮で暮らしてたのだろう?」 「皇家の人間は、成長するまで顔を公開しない決まりなの」 「呪いなんかを避けるためだって言ってた」 実際、皇帝の子供の頃の顔は全く知らない。 皇家の神秘性を高めるためだと思っていたが、呪詛を避ける目的があったとは。 「小此木は、そこを逆手に取ったってわけ」 「伊瀬野で世話してくれていた女官が、おそらく私の正体を知る最後の一人」 「先週亡くなったけどね」 伊瀬野は天京の遙か西にある都市だ。 皇国最大の神殿があり、多くの神職が修行に励んでいる場所でもある。 あそこなら、隠れ住むにはもってこいだろう。 「ねえ、私のこと信じてくれない?」 「血筋は証明できないけど、でも私が第一皇女だっていうのは絶対に本当」 「お願い、信じて」 証人も物証もない。 滸も奉刀会の武人も、皇国民も、宮国の言葉を信じないだろう。 それでも、俺は自分の本能に抗えない。 宮国を助けた時、全身を包んでいた昂奮。 身体の隅々、それこそ頭髪の一本一本にまで、剣気が行き渡ったような充足。 翡翠帝には感じたことのない情熱が、俺の全身を支配していた。 あの時、俺は確かに重い鎖から解放されていたのだ。 ならば迷うことはない。 「証明など要らない」 「君を信じよう」 宮国が目を見開いた。 よろける脚で、宮国が一歩二歩と近づいてくる。 細い腕を取って身体を支えた。 しっかりとした視線が俺を見つめている。 「信じて……くれるの?」 「武人の勘だ。 どうせ戦うのなら君のために戦いたい」 「ありがとう……ありがとう」 「やっぱり、あなたは最高の武人ね」 「最高という保障はないぞ」 「わかるの、皇姫の勘で」 「あなたに会えたこと、«大御神»に感謝します」 俺の手に宮国が手を重ねた。 興奮のためか、しっとりと汗ばんでいる。 「共に血筋を証明できる方法を探そう」 「〈証〉《あかし》が見つかれば道は開ける」 宮国は翡翠帝の暗殺未遂犯だ。 一般的な武人の規範からすれば、一も二もなく斬って捨てるべきだろう。 だからこそ、宮国のためにも血筋の証明が必要になる。 「あなたが信じてくれるんだったら、証明なんていらない」 「今から小此木を」 「暗殺には協力できない」 「は?」 宮国が動きを止める。 「えーと、もう一度言ってもらっていい?」 「小此木の暗殺には協力できない」 宮国が無言で俺の手を離す。 「小此木を暗殺して、その後どうする?」 「独裁者を暗殺すれば、指導者を失った皇国は無政府状態になる」 「俺が共和国総督なら、皇国を潰して、共和国人に小此木の代わりをさせるだろう」 「そうなった時、一番被害を受けるのは皇国民だ」 奉刀会の中にも、小此木の暗殺を主張する人間は少なくない。 彼らを説得することも、監察の重要な仕事だった。 「逆臣を野放しにしておくの!?」 「倒さないとは言っていない。 だが、手段は選ぶべきだ」 「国民を犠牲にする戦いに大義はない」 「私の血筋を信じてくれるんでしょ!?」 「主の頼みが聞けないわけ!?」 「いかにも俺は君の臣下だ」 「だが、主の不明を正すのも臣下の役目」 「ふざけないでっ」 「ぐっ、ごほごほっっ!!」 宮国が苦痛に身を縮こまらせる。 「無理をするな」 宮国が俺の手を払う。 美しい瞳が怒りに燃えている。 髪が怒気で舞い上がりそうなほどの、〈清々〉《すがすが》しい怒りだ。 「はあ、はあ……私は小此木を殺す」 「皇姫なら、皇国の未来を考えてほしい」 「小此木を暗殺したところで、気が晴れるのは君だけだ」 「仇討ちのために、三年間、毎日毎日剣を振ってきたの」 「どう言われても国民を犠牲にするのは間違っている」 「黙れっ!!」 鋭い声が陵墓に〈谺〉《こだま》した。 なんと美しい声だろう。 生まれつき人の上に立つ者にしか発し得ない、純粋な命令の声だった。 「君が命令だと言うなら従おう」 「初めからそう言えばいい」 「しかしだ」 宮国の言葉を遮る。 「俺は、君に出会ったことを後悔しながら奴を斬ることになる」 「あるいは、不明の主に仕えた自分の不運を嘆きながらか」 宮国が真っ向から睨み付けてくる。 目は逸らさない。 「俺は君の臣下だ。 それは揺るがない」 「だが、俺は皇家という血筋には仕えたくない」 「できることなら、主として尊敬できる人間のために命を捧げたい」 「はいはいはいはい、つまり私って人間は主にふさわしくないってこと」 「血筋が高貴だから仕方なく従うってだけで」 「武人の身で、そういうこと言ってくれちゃうわけ?」 「無礼は承知だ。 今ここで手打ちにしてくれてもいい」 短刀を差し出す。 ハッタリではない。 主を選ぶとは、すなわち命を捧げる相手を選ぶことだ。 そこに命を懸けることに、躊躇のあろうはずがない。 「なら遠慮無く」 宮国が短刀を手に取り、音もなく抜き放った。 白刃が胸に突きつけられる。 沈黙。 雲が切れ、夜明けの陽光が周囲を清冽に照らし出した。 宮国は動かない。 針のような視線が、俺の覚悟を切り崩さんとしてくる。 「いいわ、その覚悟に免じて挑発に乗りましょう」 俺に切っ先を向けたまま、宮国が口を開く。 「暗殺をやめてくれるって顔じゃないな」 「延期するだけ」 「三月二十日の敗戦の日、私はあなたに小此木の暗殺を指示します」 「それまでに、私が主にふさわしいってことをわからせてあげる」 「わからせてどうする?」 「あなたが気持ちよく小此木を殺せるでしょ?」 宮国が、にっと笑う。 あくまで暗殺は諦めないつもりか。 敗戦の日というと、あと二週間か。 「なら俺は、期限までに暗殺を諦めさせよう」 「無駄無駄」 「君が聡明なら、必ずわかってくれるはずだ」 「何とでも言いなさい」 刀を収め、俺に突き返してきた。 受け取ると、宮国が表情を緩める。 「二週間の猶予は、私を助けてくれたことへの恩返し」 「過去の俺に感謝しなくては」 「せいぜい頑張って」 「ちなみに、血筋を証明する方法は、一緒に探してくれるのでしょう?」 「もちろんだ。 全力を尽くそう」 「わかりました」 「よろしくね、鴇田」 朝日に照らされたその笑顔は、目を細めずにはいられないほど眩しい。 こんな表情を見られただけで、彼女を信じて良かったと思う。 暗殺を諦めさせるには時間がかかるだろうが、不思議と負担には感じない。 むしろ、彼女と共に時間を過ごせることが喜ばしかった。 「百点満点じゃないけど、あなたに再会できたこと、幸運だと思ってる」 「俺もだ」 「良かった」 「……く……」 宮国の上体が揺れる。 倒れかけた宮国を支える。 「だ、大丈夫よ。 一人で歩ける」 「主に無茶はさせられない」 宮国の細い身体に腕を回して支える。 「鴇田」 「行こう」 「うん」 頷き合い、ゆっくりと歩を進める。 「(ああ、身体が軽い)」 身も心も、鎖に絡め取られていた日々が嘘のようだ。 今なら、どんな戦場にも躊躇いなく飛び込んでいける気がする。 終戦から三年、俺はようやくあるべき自分に戻れたのかもしれない。 「では、参ります」 午後二時。 布団で眠る宮国を前に、正座した店長が姿勢を正した。 «治癒»の呪術が始まる──「掛巻も畏き、«大御神»の大前に、恐み恐みも白さく……」 低い、地の鳴るような〈祝詞〉《のりと》の詠唱が部屋に響く。 いつもとは全く違う店長の声に、鳥肌が立つ。 «大御神»の力によりこの世の因果を曲げる«呪術»は、世界で皇国だけに残された奇跡だ。 店長の手がぼんやりと光を帯びる。 蛍の光のような、強くはないが優しい色合いだ。 見ているだけで心が安らいでいく。 店長が、光る手を宮国の傷口にかざす。 「んっ……う……」 いまだ血を滲ませていた孔が、少しずつ小さくなっていく。 何度目にしても不思議なものだ。 「く……すみません。 今回はこれが限界です」 店長がばったりと仰向けになる。 長距離走の後のように胸が激しく上下し、呪術の使用による疲労がどれほどのものかを物語っていた。 「何度もありがとうございます。 店長」 「いやいや、元気になってもらえば私はそれで」 今朝、陵墓から帰ってきた宮国は、部屋に辿り着くなり気を失った。 極度の緊張と安心、出血のせいだろう。 しばらくして、市場で仕入れを終えた店長が店にやってきた。 そこを捕まえ、宮国の治療を頼んだのが午前七時。 以降、店長は自身の体力と相談しながら治療を行ってくれた。 お陰で、宮国の傷は目に見えて良くなっている。 明日には、生活に支障が無い水準まで快復するとのことだ。 治療を頼んだ手前、店長には宮国の全てを説明してある。 『まあ、疑っても始まりませんしねぇ』の一言で終わりにした店長は、さすがというか暢気というか。 ともかくも、また一つ大きな恩を受けてしまった。 「店長がいてくれて、本当に助かり……」 「がくり」 「店長っ!? 店長しっかり!」 完全に死にかけていた店長を揺り動かす。 「はっ!? 危うく«根の国»に旅立つところでした」 朗らかな表情で額の汗を拭う店長。 こっちの心臓に悪い。 「しかし宗仁君、彼女のこと滸さんにはどう説明するんですか?」 「まさか、隠し通せるなんて思ってないですよね?」 「無論です」 「店長のように、複数の女性と上手くやれればいいのですが」 「人を遊び人のように言わないで下さい」 「あれは何というか、花屋のお仕事の一環です」 「共和国の言葉では、あふたーさーびす、と言うらしいですが」 「どういう花屋ですか」 店長目当ての常連客が多いのは否定できないのが、糀谷生花店の現状だ。 「滸さんを傷つけないであげて下さい……なんて言うのは無責任ですかね」 店長は宮国の存在を受け入れてくれたが、滸は一筋縄ではないかないだろう。 と、入口の扉が叩かれた。 この控えめな叩き方は滸だ。 「では失礼しますっ」 店長は、颯爽と立ち上がり、開け放たれた窓から外へ飛び出した。 二階なのだが……元気なものだ。 さて、俺は俺の仕事をしよう。 立ち上がり、入口に向かう。 引き戸を開けると、不機嫌な顔の滸が立っていた。 「宗仁、どうして〈電信〉《メール》の返事くれないの!?」 「すまない、取り込み中だった」 「何時間、取り込んで……」 滸が宮国の気配に気づいた。 目で『誰?』と尋ねてくる。 「怪我人を預かっている」 「引き合わせたいのだが、向こうにも説明が必要だ。 少し時間をくれないか?」 「まあ、私は構わないけど」 「では、十分ほどしたら連絡する」 滸は素直に引き下がってくれた。 花屋で店長と世間話でもして時間を潰してくれるだろう。 「誰?」 宮国が布団の上で身体を起こす。 「友人だ」 「それより体調は?」 「随分楽になった」 「はっきり覚えてないんだけど、店長、という方が呪術で治療してくれたんだっけ?」 「ああ、後で紹介しよう」 「直接お礼を言ってもらえると助かる」 「で、だ」 宮国の前に正座する。 「?? どうしたの?」 宮国が目をぱちくりさせる。 「さっきの友人のことで相談がある」 「ええ、どうぞ」 「彼女は、稲生滸。 稲生家の当主だ」 「え? 稲生って、あの稲生?」 「ああ。 彼女こそが武人の棟梁だ」 古来より、武人社会は三つの家が率いてきた。 一般に«〈三祖家〉《さんそけ》»と呼ばれる、«稲生»«槇»«更科»の三家だ。 各家とも独自の剣技を持ち、それを伝えるための道場を持っている。 稲生家の明義館、槇家の興武館、更科家の士成館がそれだ。 武人は、幼少の頃からほぼ例外なくいずれかの道場に通い、心身の鍛練を行う。 «三祖家»の中でも稲生家は、武人の祖である«大祖»を輩出した家柄であり、最大の勢力を誇る。 自然な流れで、稲生家の当主は長く武人の棟梁と考えられてきた。 奉刀会でも、もちろんこの図式は引き継がれている。 「滸とは長い付き合いだ。 昔から世話になってる」 「稲生の当主と親しいなんて運がいいじゃない」 仇討ちに助力してもらおうと考えたのだろう、宮国がにやりと笑う。 そうは問屋が卸すまいが。 「私に紹介してくれないの?」 「君に会わせるには準備が必要だ」 「滸は絶対に君の血筋を信じない」 「だって、稲生は忠義第一の家柄よね」 「だからこそ、現皇帝である翡翠帝への忠誠心が篤い」 「明確な裏付けがない以上、君を偽者として扱うはずだ」 「つまり?」 「斬ろうとする」 宮国の表情が固くなる。 「正体は隠しておくのが無難だ」 「でも、彼女ってあなたの大切な人じゃ?」 「大恩人だ」 「昔の道場仲間でもあるし、記憶を失った俺の面倒を見てくれたのも彼女だ」 「なら、洗いざらい話すことにする」 「秘密を持つのは、あなたが辛いでしょ」 思わぬ気遣いだ。 「それに、稲生家の武人に信じてもらえないようじゃ、私の未来も暗いし」 「上手くやらないと、あいつは抜くぞ」 「あなたは黙って見物してるの?」 真剣な目で尋ねてきた。 「無論、君を守る」 「なら安心」 何の憂いもない、といった風に微笑む。 期待は裏切れないな。 「稲生家の武人なら、腕も立つのでしょうね」 背後で、宮国が独り言のように呟いた。 「俺より強い」 連絡すると、すぐに滸が来た。 部屋に入って床に座るまで、一切の隙が見つけられない。 滸が宮国の正面に座った。 抜刀した時のことも考え、俺は滸の左はす向かいに座る。 違和感があったのか、滸が眉を上げた。 「はじめまして、宮国朱璃です」 「武人、稲生滸」 二人が手を突いて頭を下げる。 端正で清潔感のあるお辞儀をする滸に対し、宮国のそれは優美だった。 育ってきた文化の違いだ。 「稲生家と言えば、名門中の名門ね」 「そのように言われています」 「宮国とは、昨日の夜に知り合った」 「調査を頼んだ事故絡みのことだ」 昨夜、滸には事件の事後調査を頼んでいた。 俺と宮国が追跡されている可能性があったからだ。 〈電信〉《メール》でもらった報告によれば、交通事故として処理されたとのことだった。 「交通事故じゃなかったの?」 「実際は暗殺未遂事件だ」 「狙われたのは、小此木時彦」 滸の視線が鋭くなった。 「犯人は私」 「小此木は、お母様の仇だから」 滸の刃物のような視線が、宮国に容赦なく突きつけられる。 宮国は怯まない。 「母の名は蘇芳帝」 「私は蘇芳帝の第一皇女。 ただ一人残された皇家の正統な後継者です」 滸は動かない。 鉛のような沈黙の中、彼女の剣気が際限なく膨れあがっていく。 もはや抜刀していると言っても過言ではない。 気が弱い人間なら、滸の前に居ることすらできないだろう。 宮国の技量では、滸の抜き打ちを避けられない。 止めるのは俺だ。 背筋を汗が伝う。 「〈皇姫君〉《ひめぎみ》だという証拠は?」 「私を斬る?」 「返答次第」 「あなたに斬れるかしら?」 滸は無言。 「証拠は?」 「ありません」 〈須臾〉《しゅゆ》の間もない。 稲妻のような抜き打ちを、こちらも抜き打ちで弾く。 軌道を逸れた滸の刀が、宮国の肩に一条の血線を走らせた。 一瞬、滸と目を見合わせる。 「ほら、斬れなかった」 肩の傷にも動じず、宮国が微笑む。 なかなかの胆力。 そう思ったが、膝に置かれた手は微かに震えている。 「宗仁、邪魔しないで」 「俺は宮国の言葉を信じている」 「明確な証拠でも?」 「これから探す」 「〈巫山戯〉《ふざけ》てる?」 滸の殺気が増す。 「皇姫を騙るなんて許されない」 「なら、宮国に味方する俺も反逆者か」 滸がぴくりと眉を上げる。 「忠義第一じゃなかった?」 「今も変わらない」 「だからこそ、宮国を守る」 「証拠がないのに?」 「それでも信じている」 「記憶をなくしてからずっと、俺は自分の生き方に迷っていた」 「歩いている道が正しいのか半信半疑だった」 「だが、宮国に会って道が見えた。 いや、忘れていた道に戻れたと言ってもいい」 「私が迷わせてた?」 「そういう意味じゃない」 「滸への恩を忘れた日はない」 小さく鼻を鳴らし、滸が刀を鞘に収める。 これ以上の会話を拒否するように、滸が立ち上がった。 能面のような表情には情動が感じられない。 それがむしろ、深い憤りを感じさせた。 「稲生、待って」 「黙れ」 「次会ったら斬る」 取り付く島もないまま、滸は部屋を出て行った。 しばらくの間、二人とも無言で戸を見つめた。 「結局、証拠がなければ駄目か」 「滸は一途な性格なんだ」 「味方にできれば彼女ほど頼もしい武人はいない」 「近いうちに、また滸と話してみる」 「説得できる?」 「できることをするだけだ」 「その根拠のない割り切り方が不安なんだけど」 「武人はいつでも全力を尽くす」 「いや、精神論じゃなくてさ」 反論してから、何かに思い当たって溜息をつく。 「頼っている私が言っちゃ駄目か」 「お願い鴇田、何とかして」 「わかった」 その言葉一つで、やる気が湧いてしまう。 根っからの武人なのだろう。 「それと、さっきは助けてくれてありがとう」 「正直、太刀筋がまったく見えなかった」 「一応は剣術をやってきたんだけど、少し残念」 「稲生の剣が見切られたら、それはそれで大事だ」 「ふふ、それもそっか」 宮国が微笑む。 表情に、隠しようもない疲労が浮かんでいた。 治療を受けたとはいえ手負いの身だ、無理もあるまい。 「滸のことは俺に任せて、宮国は身体を休めてくれ」 「ええ、悪いけど、そうさせてもらう」 宮国が布団に身を横たえた。 午後七時を過ぎた頃、宮国は再び目を覚ました。 身の回りの世話をしつつ、今後の行動について話し合う。 彼女の話によると、宮国が天京に来たのは一週間ほど前。 安宿に身を隠しつつ、小此木や翡翠帝の動向を探っていたらしい。 宿帳に記入した身分は、いざという時のため里中という人物が用意してくれたものだという。 身元調査をされても危険がないよう、戸籍や住民票、学院の学籍や家まであるというから驚く。 そもそも、皇家の人間には苗字がないから、宮国朱璃という名前からして偽名なのだ。 「本名は、親族にしか明かさないしきたりなの」 「戦後はずっとこの名前を使っているから、今はもう自分の名前のようなものかな」 布団の中で宮国が微笑む。 「あ、そうそう、私のことは名前で呼んでくれない?」 「一緒に行動するんだし、親しみが持てた方がいいでしょ?」 「君が望むなら。 では、自分のことも宗仁と呼んでほしい」 「わかったわ」 「宗仁」 なぜか、名前を呼んだ朱璃の方が赤くなった。 「なぜ君が照れる?」 「いろいろ事情があるの」 赤面を誤魔化すように、朱璃は窓の外に顔を向けた。 「あ、そうそう、明日からのことだけど、宗仁は日頃何をしているの?」 「職業ということなら学生だ。 放課後は下の花屋を手伝っている」 「学生? 武人が?」 俺を頭の先から爪先まで眺める。 「武人廃止令で俺たちは身分も俸給も失った」 「法律上、今はただの一般人だ。 学院に通いもする」 「ま、まあそれはそうかもしれないけど、でも、武人が学生って、何て言うか、うーん」 戦前の武人は、武芸の鍛錬に日々を費やしていた。 朱璃が釈然としないのも当然だろう。 俺や滸が学院に通うのには理由がある。 滸の父であり奉刀会会長である〈稲生刻庵〉《いのうこくあん》殿に入学を勧められたからだ。 曰く、共和国人の子弟がいる学院に通うことは、彼らと戦う上で無駄にはならない、とのことだった。 「じゃあ、平日は学生ってことね」 「いや、学院はもう退学しよう。 今は君の事を最優先にしたい」 「えっ、ちょっと待って、いきなり辞めないでよ!?」 血相を変えて朱璃が上半身を起こす。 「二週間しかないんだ、時間を無駄にできない」 「大体、学院辞めてどうするの」 「君の血筋を証明する方法を探す」 「それに、君には天京の街を見て回ってもらいたい」 「街の実情を知れば、暗殺がいかに無益なことかわかるはずだ」 「無益じゃない」 ぶすっとした顔で言う。 「それはともかく、だから学院を辞めなくても」 「問題あるか?」 朱璃が溜息をつく。 「宗仁、あなた」 「何だ?」 「馬鹿でしょ。 あと頑固」 「そうだろうか?」 「そうだろうかじゃありません」 胸を指で突かれた。 「私を優先してくれるのは嬉しいけれど、少し待って」 「待ってどうする」 「そ、それは……えーと」 「よし、私も学院に通います」 完全に思いつきで言ってるだろう。 「それこそ馬鹿か。 目立ってどうする」 「主に向かって馬鹿とは何!?」 「大体ね、学籍は持っているし、世情を学ぶなら学院に通って損することないじゃない」 「確かに。 学院には共和国人もいる、学ぶことは多いだろう」 「彼らがどんな気持ちで生きているのか、ぜひ聞きたいし」 「敵を知り己を知ればって奴」 朱璃が好奇心に目を輝かせた。 こういう少女らしい表情を見ると、思わず頬が緩む。 「何がおかしいの」 「君は元気な人だ」 「褒めてるように聞こえないから」 朱璃が疑いの目で見てくる。 「いやいや、魅力的だと言っているんだ」 「なっ!?」 「ぐ……いた……」 立ち上がりかけ、朱璃が脇腹を押さえる。 「今度も褒めてないわよね」 「屈辱」 「いたたたたたた」 苦笑しながら、朱璃が横になる。 「ま、ともかく、明日からの行動は決まった。 今日はもう休んでくれ」 「そうしたほうが良さそうね」 「俺はずっとここにいる。 何でも言いつけてくれ」 「身の危険を感じるわね」 「武人が主に手を出すと思うか?」 武人は主の剣に過ぎないのだ。 単なる道具が主に手を出すなど、許される事ではない。 「そ、そうか。 そうよね」 「何か?」 「何でもありません」 「寝ます、寝るからねっ」 朱璃が勢いよく布団を被った。 寝たふりかと思ったが、ものの数分で寝息が聞こえてくる。 先の方針が決まって安心したのだろう。 明日からは、朱璃との新しい生活が始まる。 まさか皇姫君と学院に通うことになるとは思わなかったが、これも一興か。 さて、急いで朱璃の制服を用意しなくては。 〈携帯端末〉《タブレット》で、まだ開いている衣料品店を見つけよう。 林立する朱塗りの柱の間を、幽玄な香が漂う。 外光が切り出す陰影が、この空間が積み重ねてきた時間を隠微に囁く。 欄間の鳳凰と目が合った気がして、呼び出しを受けた巫女は、〈蹲〉《うずくま》った身体をより小さく凝り固めた。 玉座にあるは翡翠帝である。 水仙を思わせる可憐な姿に、同年代の巫女は深い感銘を受ける。 ──かの方こそ、日々祈りを捧げる«大御神»の血を引く存在なのだ。 「〈椎葉古杜音〉《しいのはことね》、あなたを第百九十二代・〈斎巫女〉《いつきのみこ》に任じます」 「斎巫女は、呪術の根源を司る国家の要職です」 「重圧はいかばかりかと思いますが、体を大事に忠勤を尽くすことを願います」 居並ぶ大臣の中から、宰相・小此木時彦が進み出た。 無言のまま、古杜音に向け、任命状を差し出す。 「慎んで拝命いたします」 古杜音古杜音が深々と頭を下げる。 斎巫女は、女性の神職である巫女、男性の神職である禰宜、合わせて約五千の神職を総べる存在である。 そもそも神職とは、«大御神»やその祖先神を信仰の対象とする«天道»の司祭だ。 厳しい修行により呪術を身につけ、古来より武人と共に皇国の防衛に深く関わってきた。 また、一般の国民にとっての神職は、人間の生と死を司る存在でもある。 誕生、成長、病、死──人生の折々の機会に、人々は神殿に通い神職の祈りを求める。 「(でも、なぜ私が?)」 要職に任命された当の本人は、今この瞬間も内心首をひねっていた。 代々の斎巫女は、人品、呪力、学力、全てにおいて最も優れた巫女が選ばれてきた。 古杜音は、呪力はまだしも、人格的には不十分であることを理解している。 また、先代の斎巫女は、戦争で行方不明とされたまま現在でも生死は明らかとなっていない。 そんな状況で後任を決めて良いのだろうか、という疑問もあった。 「まだお若いな」 「御先代様には遠く及ばぬ未熟者なれど、粉骨砕身務めてまいります」 「よくよく励め」 「巫女殿、本日は大儀であった」 退出を命じられた古杜音だが、じっとその場を動かない。 やがて、意を決したように平伏する。 「恐れながら、お尋ねしたいことがございます」 「ほう、聞こう」 「ありがとうございます」 更に深く平伏する古杜音。 「御先代様の消息はいまだわからぬのでしょうか?」 「わかっておらぬな。 いたわしいことだ」 表情を変えず小此木が答える。 「で、では、開戦時«呪壁»が停止したのは何故にございますか? 御先代様が守られていたはずですが」 「不明だ」 「私に調べさせていただくことはできませんか?」 「難しい。 共和国の許可が下りぬでな」 「戦後、多数の巫女が消息を絶っております。 調査をして下さいませんか」 「うむ、検討しよう」 古杜音にとっては勇気を振り絞った質問であったが、小此木にとっては取り合う価値のないものだった。 小此木の簡潔に過ぎる回答を聞くごとに、古杜音の勇気が〈凋〉《しぼ》んでいく。 「さ、最後に一つ」 「巫女殿」 小此木が爪先で床を鳴らした。 「斎巫女の仕事は、民の平穏のために祈ることだ」 「些事に心を惑わされぬよう」 余計なことに首を突っ込まず、神殿に引き籠もっていろ──それが小此木の命令だと、古杜音は理解した。 小此木は、これまで斎巫女がしてきたような、«呪壁»や呪術を統括する必要はないと言っているのだ。 「(だから、私のような未熟な人間が選ばれたのか)」 理解はしたが、古杜音の中で反抗心が首をもたげる。 「死者の平穏を預かる者として、お願いがございます」 「敗戦の日に、斎巫女の名で戦没者の慰霊を行う許可を頂けませんでしょうか?」 「不要」 「死者を悼んではならないと仰るのですか?」 「くどい」 古杜音がうなだれる。 屈辱から、身体が小刻みに震えていた。 「下がれ」 古杜音は動かない。 「聞こえなかったか?」 それでも動かない。 少女の意外な勇気に、謁見の間がざわめき始めた。 「み、巫女殿」 「お、恐れながら申し上げます」 「その、私としては下がりたいのですが、緊張で膝に力が入らなくなってしまいまして」 「膝だけに、ニーっちもさっちも行かないと」 帝宮の深閑とした空気が、古杜音の身を刺した。 「あ、その、共和国の言葉にて、膝はニーと言うそうで……」 「ふふ、ふふふふふふふ」 「(まさかの当たり!? ありがとうございます、«大御神»!)」 「陛下、お下がり下さい」 「ふふふふふ、巫女殿、大儀でした。 ふふふふふ」 何とか噴き出すのを堪えながら、翡翠帝が広間を後にする。 「(死ぬかと思ったよぉ)」 緊張の糸が切れ、古杜音は床に突っ伏した。 月曜、午前五時半。 平日の朝、俺は決まって〈勅神殿〉《ちょくしんでん》の道場で木刀を振る。 戦前、俺は稲生流の道場──明義館で滸と共に剣術を学んでいた。 師匠は勿論、〈稲生刻庵〉《いのうこくあん》殿。 剣術だけでなく、お人柄も優れた方だった。 いや、だったと言うのはおかしいか。 «八月八日事件»で共和国に拘束されたものの、亡くなられたと決まったわけではない。 雑念を振り払うように、もう一度木刀を振る。 稲生流の極意は«〈心刀合一〉《しんとうごういつ》»。 すなわち、心と刀は一体であるということだ。 情動は太刀筋に現れる。 心乱れれば剣も乱れ、戦場では命を落とす。 ただ無心に剣を振ることが肝要だ。 いまだその境地は遠い。 「(よし)」 一通りの鍛錬を終えた。 神棚に一礼し、道場の端に下がる。 そこには、いつも通り滸が座っていた。 「今日は来ないかと思った」 「稽古は武人の義務だよ」 「それより宮国は?」 「まさか、まだ同じ部屋にいるんじゃないよね?」 「店長の好意で隣の部屋に住むことになった」 「うっそ」 「嘘をついてどうする」 俺が住んでいる建物は店長の持ちものだ。 一階は糀谷生花店、二階から上は賃貸物件になっている。 俺の部屋の隣は、ここ半年ほどずっと空室だったのだ。 「本人には、昨日一日体力の回復に専念してもらった」 「店長の呪術のお陰で、今日からは学院に通えそうだ」 「はい?」 「学院に通うことになった。 当人の希望だ」 「私、彼女を認めてないけど」 「わかってる」 「ぜんぜん、わかってないじゃない」 「また会ったら斬るって言ったでしょ? 学院に来られたら絶対に会うじゃない」 「それもわかってる」 「巫山戯ないでよもう」 仏頂面で、滸が道場に立つ。 纏っていた苛立ちが一瞬で姿を消した。 朱璃の件は朱璃の件、剣術は剣術ということだ。 端正な構えから、基本の形を一つずつ正確になぞっていく。 動きに淀みはなく、鏡面のように〈澄明〉《ちょうめい》。 父の刻庵殿から、涼風の如しと評された太刀筋だ。 端座し、彼女の剣技を見るのは日々の習慣であり、心安らぐ時間でもあった。 戦争が始まるまでは、きっとこんな毎日が続いていたのだろう。 「手合わせ、いい?」 「ああ」 道場の中央で滸と向かい合う。 武人の振る木刀は完全な凶器だ。 空気が音を立てそうなほどの緊張を帯びる。 その中で正眼に構える滸は、凛とした一輪の野花にも見えた。 「てえええええっっっ!!!」 裂帛の気合いが静寂を破った。 瞬速の刺突。 音より速く切っ先が喉元に届く。 内側から受け、そのまま剣を滑り下ろし小手の動脈を狙う。 鎧を着ていても、腕の内側は守れない。 寸毫でも切っ先が触れれば、決着は着く。 だが、狙った手首が消えた。 滸が柄から片手を放したのだ。 「くっ」 剣の返しが一瞬遅れる。 それを見逃す滸ではない。 渾身の斬撃が真上から頭に叩きつけられる。 太刀筋はさながら疾風。 右に踏み込み、体を開きながら滸の頸動脈を狙う。 俺の切っ先が、狙いと寸分違わず首に吸い込まれる。 そこには鎧がない。 刃は容易く骨まで達し、噴き出す血潮が瞬く間に床を塗らす。 ──真剣ならば、だ。 滸の剣は空を切り、俺の剣は滸の首にピタリと触れている。 滸の目に驚愕の色があった。 驚きの理由は俺にもわかる。 「もう一本」 「望むところ」 滸が再び木刀を構える。 「てあああああっっ!!」 五本の手合わせを終え、一息ついた。 「宗仁、今日はすごくいいよ。 まさか二本取られるなんて」 「そっちは本気を出していないだろう?」 「まあ、それはそうだけど」 戦前、俺と滸は明義館で師範代を務めていた。 つまり互角の腕前だったということだ。 それが、記憶をなくした後はこのざまだ。 「決起の時までに、昔の腕が戻ればいいが」 「焦れば焦るほど、剣に雑念が交じる」 「«心刀合一»こそ、私たちの極意」 「仰る通り」 笑い合い、汗を拭う。 「でも、今日は動きが違うっていうのは本当だよ」 「何か特別な鍛錬でもした?」 「体調が良かっただけだろう」 「うーん、そうなのかな」 「私に言わせると、なんて言うかな、少しだけ昔の宗仁が戻ってきた気がする」 「昔?」 「戦前の話。 あの頃の宗仁って、剣の腕とは別に不思議な迫力があったんだよね」 「向かい合って立つと、戦う前から負けているって言うか、勝ったのに勝った気がしないって言うか」 「気のせいじゃないか?」 「父上も同じことを仰っていたから、間違いじゃないと思う」 「刻庵殿もか」 師匠が言うのなら本当なのだろう。 「さっきの宗仁の剣には、どことなくあの頃の雰囲気があったよ」 「喜んでいいんだろうな」 「諸手を挙げて」 滸の笑顔は、まるで自分が褒められているかのような顔だった。 「何か心当たりはない?」 「あるなら、それを追っていけば、もっと早く腕が戻るかもしれない」 「一つ心当たりがある」 「何? 教えて」 滸が、昂奮に頬を紅潮させる。 剣術のこととなると滸は夢中だ。 こういうところは、掛け値なしに可愛いと思える。 「朱璃だ」 怪訝な顔をする滸に、朱璃を助けた時の話をする。 俺は、無数の弾丸を刀の一振りで弾き返した。 周囲の状況から見るに、あの時の剣技は«〈鎌ノ葉〉《かまのは》»と呼ばれる武人にとっての奥義中の奥義だ。 ここ百年で«鎌ノ葉»を体得できたのは、刻庵殿だけだと言われている。 そんな技をまさか俺が。 「ええっと、つまり、宮国を助けるためだったから、突然«鎌ノ葉»が使えるようになったってこと?」 「そうなるか」 「そうなるかって言われても」 「だって、聞いたこともないよ。 火事場の馬鹿力とは言うけど、まさか」 「あの時は確かにできたんだ」 「今日、身体の調子が良かったことも関係あるかもしれない」 「宮国のお陰で、«鎌ノ葉»が使えました、体調も良くなりました」 「この調子なら、可愛い彼女もできそうだし、宝くじにも当たりそうだね」 「もはやお伽噺」 皮肉っぽく笑う滸に対し、俺は務めて真剣に応じる。 「朱璃に会って俺は変わった」 「今まで自分を縛っていたものが、消えた気がするんだ」 「証拠はないが、自分の変化は俺が一番よくわかる」 「もういいよ」 滸が苦しそうに目を逸らす。 「そんな必死にならなくて大丈夫」 「刀を合わせた私だって十分わかってる。 何年一緒に稽古してきたと思ってるの」 俺に背を向け、滸は壁に木刀を置いた。 「ホントは、そこまでして宮国を傍に置きたいのかって怒りたいけど」 「ま、剣だけは嘘をつかないからね」 「宗仁の剣は、昨日と今日で確実に変わった。 もう別人ってくらいに」 「それが宮国のお陰だって言うなら、悔しいけどそうなんだと思う」 こちらを向いた滸が寂しそうに笑う。 滸は、俺が一日も早く昔の力を取り戻せるよう、ずっと面倒を見てくれた。 記憶を失った俺が人並みの生活を送れるのも、彼女のお陰だ。 滸の献身が友情以上のものだと気づいていないわけではない。 だが、俺も自分に嘘はつけない。 朱璃は俺の主だ。 「わかったよ」 「あの子が宗仁にとって特別だってこと、よくわかった」 滸が呟く。 謝りたくなるが、謝ってはいけない。 「朱璃が本物なら、奉刀会にとってこれ以上ない旗印になる」 「血筋の裏付けが取れるまで傍に置くのは間違いか?」 「今裏付けがないなら皇帝を騙る罪人だよ。 生かしておけない」 「将来のための我慢だ」 「我慢している間に、彼女がまた小此木を襲ったら?」 「奉刀会としては、勝手なことをされたら困る」 「暴発しないよう監視する」 「そもそも、俺だって暗殺には反対だ。 小此木にはしかるべき形で死んでもらわなければ」 「諦めてくれなかったら」 滸が腕を組む。 「斬れる?」 「宗仁にあの子が斬れる? 特別な存在なんだよね?」 「斬る」 それが、暗殺未遂犯を助けた俺の責任だ。 「その後に、俺も死のう」 滸が何とも言えない顔で俺を見た。 怒っているような泣いているような、固いながら、指で触れただけで割れてしまいそうな表情だった。 「宗仁の馬鹿」 僅かに聞き取れる声量だ。 「頼む、見逃してくれ」 「血筋の話だけじゃない、朱璃といると記憶が戻りそうな気がするんだ」 「剣の腕が上がった理由も知りたい」 「もういいよ、やめて」 手を振って俺を遮った。 「で、私はいつまで我慢すればいい?」 「敗戦の日まででどうだ」 「朱璃とも、それまでに決着をつけることになってる」 「ふうん、あと二週間か」 「頼む」 返事をせず、滸は再度木刀を手に取った。 「正直、あの子が本物ならって期待してる自分もいる」 「〈奉刀会〉《わたしたち》にとっては天恵だからね」 「錦の御旗があれば、刀を捨てた武人達も帰ってきてくれるだろうし」 滸が近づいてくる。 「私はね、会長代行として、絶対に小此木を倒さなければならないの」 「それが、父上や、死んでいった仲間たちへのただ一つの弔いだから」 約三万。 それが、滸の背負う魂の数だ。 同じ武人であっても、伝聞でしか悲劇を知らない俺とは訳が違う。 「本来なら、宮国は斬るべきだと思う」 「でも今は、利用できるものは利用するべきだって気がしてる」 「そのことで少しでも共和国を倒す日が近づくなら、きっと陛下もお許し下さるはず」 滸は自分なりの着地点を見つけたようだ。 「私は会の利益を最優先に彼女を扱うつもり」 「宗仁みたいに彼女を丁寧に扱えないからね」 「その時は、わかってほしい」 滸は、俺が朱璃に対し甘くなることを懸念しているのだ。 俺が彼女に対して運命を感じている以上、その可能性は大いにあった。 「何があっても滸は恨まない」 滸が表情を緩めた。 「確認だけど、あの子に奉刀会のことは話した?」 「話していない」 「さすがに伝えるにはまだ早い」 個人の判断で奉刀会の存在を明かすのは御法度だ。 監察である俺が規則を破るわけにはいかない。 「籠絡されても、そこはきちんとしてたか。 感心感心」 「今後の判断は宗仁に任せるよ」 「話さずに済むならそれが一番だと思うけど」 «八月八日事件»と呼ばれる二年前の大摘発で、一般的に奉刀会は壊滅したことになっている。 会が地下に潜ったことを知っている人間はごくわずか。 俺の周囲では店長と睦美さんくらいだ。 情報漏洩を避ける方法の第一は、何をおいても情報を持つ人間を減らすことである。 「私からの話はそれだけ」 そう言って、滸は木刀を構えた。 家まで戻ってくると、朱璃が窓から街を眺めているのが見えた。 俺の部屋は花屋の真上、建物に正対してその左隣が朱璃の部屋だ。 「おはよう、朱璃」 「あ、宗仁、おはよう」 朱璃と滸が無言で目を合わせる。 「二週間」 「二週間だけ見逃す」 「何かあったら宗仁が責任を取る。 よく考えて行動しなさい」 朱璃の表情が輝く。 「ありがとう、稲生」 「礼など結構」 事務的な口調で言って、滸はさっさと立ち去る。 「あれ? 一緒にご飯食べたりしないの?」 「滸はこれから風呂だ」 「余計なこと言わないで」 ぽこりと背中を叩き、滸は真っ赤な顔で家に帰っていった。 「宗仁、女の子を恥ずかしがらせて楽しい?」 「事実を言っただけだが」 「何となく嫌な予感がしていたけど、宗仁、割とズレてるからね」 呆れた、と顔に出す朱璃。 「でも、宗仁の朝食は稲生が持ってきてくれるんでしょ?」 「そうだな。 大変助かっている」 戦後に始まった習慣で、剣術の稽古をする日は必ずおかずを持ってきてくれる。 お陰で、俺は白米を炊いておくだけ絶品の朝食にありつけるというわけだ。 「稲生も大変ね。 同情する」 肩をすくめつつ、俺は自分の部屋に向かう。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 午前八時、店の前で朱璃と待ち合わせをする。 「おはよう、宗仁」 朱璃「おはよう」 宗仁建物から出てきた朱璃は、学院の制服を身に纏っていた。 朱璃の体格は均整が取れている。 ほどよく豊かな胸にくびれた腰部。 スカートから伸びる脚は眩しいばかりに白く、朝日を跳ね返している。 ただ細いだけでは、彼女のような健康的な美しさは実現できない。 剣術によって培われた筋肉があってこその身体だ。 「どう、この服?」 と、俺に制服を見せた瞬間、春風にスカートが舞った。 「わああっ!?」 「み、見た?」 「下着ということなら見えたな」 「冷静に言わないで」 「それは失礼した」 「失礼したって……」 「もう、本当は意味わかってないでしょ」 朱璃が目眩でも起こしたかのように、目頭を押さえる。 「それはさておき、体調はどうだ?」 「簡単にさておかないで」 怒った猫のように牙をむく。 「その調子なら大丈夫そうか」 「運動は無理だろうけど、生活に支障はないと思いますよ」 鷹人店の中から店長がひょっこり顔を出した。 「店長、昨日はきちんとしたお礼もできず申し訳ありませんでした」 「治療して頂いたばかりか、住むところまで都合して頂いて、お礼の言葉もありません」 「どういたしまして。 力になれて良かったです」 「呪術で傷は塞ぎましたが、無理はしないようにして下さいね」 「ごほっ……ごほごほっ」 店長が弱々しく身体を折る。 「店長っ!?」 「すみません、ちょっと酒焼けで喉が」 「酒焼け?」 「ああ見えて健康だから気にしなくていい」 「ともかくも、新しい門出をお祝い申し上げます」 店長が俺たち二人を見つめる。 「良かったですね、宗仁君」 「新生活を始めるのは朱璃ですよ」 「それはそうですけど」 「ふふふ、いいんです、何でもありません」 「では、行ってきます」 しばらく歩き、学院に到着した。 制服を着た男女が、次々と校門に吸い込まれていく。 「共和国人が、こんなにいるんだ」 隣を歩く朱璃が、目をぱちくりさせる。 五百名ほどいる学生の七割は共和国人だ。 「最初に言っておくが、学院内は共和国だと思った方がいい」 「癪に障ることも多いだろうが、まずは飲み込んでくれ」 「努力する」 「あっさり言うところが怪しいな」 「主にふさわしい行動を期待してるぞ」 「実地試験ってわけか」 挑戦的な笑みを浮かべる朱璃。 遊びではないのだが。 「昨日も言ったが、刀は持っていないな?」 「武器は持ち込みが禁止だっけ?」 「鞄に入れているだけでも、殺人未遂になる事がある」 「ついでに言えば、向こうは銃を持っていても咎められない」 「無茶苦茶」 「戦争に負けるとはそういうことだ」 納得できない、といった顔で朱璃が学舎を睨む。 「銃弾は不意を突かれると避けられないことがある。 注意してくれ」 「普通避けられないから」 「……ともかく、平穏無事に過ごせるよう努力してほしい」 「はいはい」 好奇心で目を輝かせる朱璃を促し、校門をくぐる。 学院内をざっと案内する。 初めは共和国人とすれ違うたびに緊張していた朱璃だが、少しずつ慣れてきたようだ。 教場に入ろうと思ったところで、廊下の向こう側から人だかりが近づいてきた。 騒いでいるのは共和国人ばかりだ。 「取り巻きの中心にいるのが、エルザ・ヴァレンタイン上級大佐。 聞いたことは?」 「もちろん」 「共和国総督の娘で、天京中央師団の師団長。 治安維持の責任者ね」 «八月八日事件»で、奉刀会を壊滅寸前にまで追い込んだのも彼女だった。 そもそもの奉刀会は、戦後すぐに結成された武人の互助組織だ。 武人への職業斡旋や遺族の支援を表向きの活動としながら、裏では皇国再興を目標に着々と準備を進めていた。 しかし、二年前の八月八日。 エルザ率いる共和国軍が本部に突入し、会長をはじめ多くの幹部が殺害・拘束。 奉刀会は表向き壊滅、生き残った俺たちも地下に潜ることを余儀なくされる。 そして、エルザは武人鎮圧の功績と総督の娘という立場の特殊性により、一夜にして共和国の英雄になった。 「おはようございます、鴇田君」 エルザよく手入れされた美しい髪が、朝の光に踊る。 彼女の地位も美しさも、仲間たちの死の上に成り立っている。 今すぐにでも斬り捨てるべき相手だが、殺したところで誰かが後任になるだけだ。 こちらへの警戒が強まるだけで、何も得るところはない。 「そちらは初めてお目にかかるかしら?」 「今日から復学した宮国朱璃です」 「私はエルザ=ヴァレンタイン。 〈天京帝立〉《てんきょうていりつ》学院の生徒会長を務めています」 「ぜひ楽しい学院生活を送って下さい」 「生徒会長として、できる限りのサポートをさせてもらいます」 生徒会長が朱璃に右手を差し出す。 「共和国風の挨拶は慣れていないの。 また今度にさせて」 「あらそう、残念」 生徒会長が手を引っ込める。 「近い将来、一般的な挨拶になるでしょうし、今から慣れておいた方がいいと思うわ」 「そうなるといいわね」 生徒会長が一瞬目を丸くする。 「ふふふ、口寂しいのね」 「手厳しい、だな」 「失礼、皇国語にはまだ慣れていなくて」 生徒会長が愉快そうに笑って肩に掛かる髪を払った。 「学院の中では、共和国も皇国も関係ありません。 同じ学生として仲良くしていきましょう」 「それではご機嫌よう」 髪をなびかせ、生徒会長は取り巻きごと遠ざかっていく。 朱璃はさっさと中庭に面した手すりに背中を預けた。 「こっちを見下してくれちゃって」 「共和国人は少なからずそうだ。 気にしていたらきりがない」 朱璃が不満げな視線を向けてくる。 「あなたの冷静さ、好きになれないかも」 「感情を抑えるべき時もある。 臥薪嘗胆ということだ」 「臥薪嘗胆は、宿願を胸に秘めた人間が使う言葉」 「ただ我慢しているだけの時には使わないから覚えといて」 ぷいっと立ち去る朱璃。 「教場は逆方向だ」 「……」 ビタリと足を止める。 「訂正。 絶対に好きになれない」 一限が終わり、二限の教場に移動する。 この学院では、一部の必修科目を除き、学生が自由に時間割を設定する。 だから、教師が教場に来るのではなく、自分の受けたい授業が行われる教場に移動することになる。 初日の朱璃には、俺と一緒に行動してもらう。 何度か聞いた旋律が聞こえた。 音の発信源は、廊下の手すりにもたれかかっている共和国人だ。 「やあ、宗仁。 こんにちは」 ロシェル「ああ、こんにちは」 ロシェルが穏やかに微笑む。 最初に会ったのはいつだったか忘れたが、皇国人にも気さくに話しかける変わった男だ。 「宗仁も、ようやく運命の相手を見つけたようですね」 「堅物だから、ずっと心配していたのですよ」 「心配されていたとは知らなかった」 「ちなみに、こちらは恋人ではなく友人だ」 「今日から復学した宮国」 「こんにちは、どうぞお見知りおきを」 「はじめまして。 私はロシェル、共和国の軍人です」 皇国風のお辞儀をするロシェル。 彼は下手な皇国人より皇国文化に詳しく、一部の人間には皇国人すぎる共和国人と呼ばれている。 「いかがですか、この学院は?」 「とても刺激的です。 共和国の方とはあまり話したことがなかったもので」 「できることなら、共和国人だからといって嫌ってほしくはありません」 「いい人間と悪い人間がいるのは、皇国も共和国も同じですから」 「あなたはどちら?」 「もちろん悪い人間ですよ。 がおーがおー」 獅子の真似をしておどける。 「ふふふ、面白い方ね」 「ありがとう。 あなたに笑ってもらえるなんて、これ以上ない光栄です」 ロシェルが上品な笑顔を見せる。 「それではロシェル、俺たちはこの辺で」 「失礼、引き留めて悪かった」 「では、またの機会に」 二限の教場に着いた。 いつもの通り一番後ろの席に座る。 武人なら誰しもそうだが、背後に壁があった方が安心する。 「先程の授業はどうだった? ついて行けそうか?」 「平気。 子供の頃、何人教育係が付いていたと思ってるの?」 「やあ宗仁、ご機嫌よう」 紫乃共和国風の挨拶をして隣の席に座ったのは、〈来嶌紫乃〉《くるしましの》だ。 さらにその向こうに、滸が腰を下ろす。 滸と紫乃は付き合いが深く、一緒に行動していることが多い。 「君が宮国さん? 滸から聞いたよ」 「私は来嶌。 以後よろしく」 「あ、はい、よろしく」 「あの、来嶌って?」 「君が想像している来嶌で間違いないと思う」 紫乃がぱちっと目をつむって見せた。 紫乃は、若くして皇国を代表する財閥、来嶌財閥の総帥を務めている。 共和国人との混血で、戦前は向こうで生活していたこともあるらしい。 そのせいか、仕草は共和国人に近く、言葉遣いは男子のようだった。 「君の仕草には、どこか高貴な佇まいがあるね」 「あ、やっぱりわかります?」 「滸、油断していると後悔することになるかもしれないぞ」 「余計なお世話」 滸滸はこちらも向かずに、教科書の画像を〈携帯端末〉《タブレット》で広げている。 次の授業は、必修の『現代史』だ。 この授業、ある意味でこの学院の名物でもあった。 とにかく荒れるのである。 教場が賑やかになった。 生徒会長が入ってきたのだ。 「さて、生徒会長の授業が始まるぞ」 「どういうこと?」 「すぐにわかる」 授業が始まった。 現代史で学ぶのは共和国の歴史であり、皇国のそれではない。 主に、共和国による世界侵略の正当性をしっかりと講義してくれる。 面倒なのは、皇国の授業と違い、共和国の授業は議論主体で進行することだ。 「世界には、独裁者によって圧政が敷かれている国家が多数あります」 「オルブライト共和国は、そういった国家を独裁者の手から救うために戦っています」 「皇国も、私たちが皇帝の圧政から救った国の一つです」 教師に指名された生徒会長が、お決まりの解答を述べる。 世界中で戦争を起こしている共和国の大義名分だった。 なぜ共和国が世界平和を実現しなくてはならないのか?誰もそんなことは頼んでいない。 「(何、この時間?)」 「(共和国の正義を説明する時間だ)」 「(ほんと、下らない)」 憤懣やるかたないという顔だ。 「あら? そこのあなたは意見があるようですね」 生徒会長が朱璃を見る。 「ご起立下さい」 「(穏便に)」 「(はいはい)」 朱璃が立ち上がる。 背筋を伸ばし生徒会長を真っ直ぐに見据える。 今更ながら美しい立ち姿だ。 周囲と同じ制服を着ているというのに、なぜか朱璃の制服だけが別のものに見えた。 「宮国さんでしたね。 現在の共和国の方針についてどう思いますか?」 「他国のあり方に口を出すのは独善的ね」 「へえ」 一瞬、目を見開く生徒会長。 「(ああ……こうなる気がしていた)」 滸も紫乃も瞠目している。 「国家の責務は、自国民の平和を守ることよね」 「自国の平和を守るためにも、世界の平和が求められるのです」 「つまり、皇国民の生命を守るために共和国と戦っても問題ないってこと?」 「共和国は、皇国を独裁者の手から解放したの」 生徒会長が机に両手を突いて身を乗り出す。 怒ってはいない。 むしろ好敵手を見つけた武人のように、その表情は嬉々としている。 「小賢しい理屈」 「皇国は侵略行為を許さない」 鋭い視線で生徒会長を睨む。 未だかつて、ここまで真っ向から喧嘩を売った学生はいなかった。 「(なかなか肝が据わっているじゃないか)」 騒ぎを起こして欲しくないと思いつつも、清々しさを感じている自分もいる。 「一つ質問です。 皇帝が国民を支配する根拠は何ですか?」 「«大御神»との契約ね」 「皇帝は、この国を«大御神»よりお預かりしています」 それは«帝記»という書物に記された、創世神話で語られていることだ。 皇国の国土は、遥か大昔、«大御神»が混沌より作り上げたものである。 地上の楽園として作った土地であったが、長い時間が経つうちに、蛮族が跋扈する世界へと変貌してしまった。 困り果てた«大御神»は、自分の子である〈緋彌之命〉《ひみのみこと》を地上に遣わし、国土を統治させることにした。 «〈高天原〉《たかまがはら》»から降臨した緋彌之命は、その呪術と人徳で蛮族たちを手なずけ、見事に国土を統一する。 それが皇国の始まりだ。 以来二千年余り、緋彌之命の子孫が皇帝としてこの国を統治し続けてきた。 「王権の歴史という観点から見ると、古い考え方ですね」 「権力の正当性を示すために神話を作り、それを国民にすり込んでいくのは支配の古典的なパターンです」 「言い方を変えれば、洗脳ではありませんか?」 「共和国は、そのように理不尽な統治を受けている国民を、支配者から解放しているのです」 生徒会長が、あくまでも穏やかに言う。 対する朱璃も、議論を楽しんでいるといった表情だ。 「洗脳というならば、そちらも一緒」 「こんな授業までして、自分たちの正しさを確認したいのでしょう?」 「何か後ろめたいことでもあるの?」 不意に、共和国の男子三人が立ち上がった。 共和国人特有の堂々たる体躯、立っただけで部屋が狭くなったかのようだ。 これ見よがしに指を鳴らす様は、見ていて恥ずかしい。 教育が必要か。 すかさず、滸がこっちを見る。 『宗仁も同類だからね』と唇が動く。 見透かされていた。 とはいえ朱璃は見捨てられない。 静かに立ち上がる。 「(ええええええっ!?)」 声にならない悲鳴を上げた。 そして、非常に嫌そうな顔で立ち上がってくれる。 「何です、あなたたちは?」 「立っただけだ」 「同じく」 「意見がないのなら、座って下さい」 「そちらの男子から先に腰を下ろしてほしい」 当然向こうは座らない。 そればかりか、五人、十人と共和国人が立ち上がる。 教場の空気が、引き絞られた弓のように張り詰めた。 何かきっかけがあれば矢は放たれる。 出し抜けに、呑気な音楽が流れる。 「む、電話か」 「しまった、止め方がわからないな」 「申し訳ない、すぐに止めるから続けてくれ」 携帯をいじりながら、紫乃が手を振る。 完全に気勢が殺がれた。 「来嶌さん、授業中は携帯を切っておくのがマナーではなくて?」 「やーすまない、機種を変えたばかりで操作に不案内なのだ」 生徒会長が大きく溜息をつく。 紫乃が、わざと音楽を流したと気づいているのだ。 「今は議論の時間だったはず」 「率直な発言を非難するのはおかしい」 「鴇田君の言う通りです」 「宮国さんは、むしろ高く評価されるべきだと思います」 「いかがですか、皆さん」 生徒会長が笑顔を作る。 体格のいい奴らも、それなら、と腰を下ろす。 向こうが座るなら、こちらに立っている理由はない。 立っているのは朱璃と生徒会長だけになった。 「貴重な意見をありがとう」 「こちらこそ、お付き合い下さってありがとう」 朱璃が腰を下ろす。 「(派手にやったな)」 「(巫山戯てるわ、こんな授業)」 反省の意思はなしか。 「(さっきは立ってくれてありがとう)」 「(ん? ああ)」 「(稲生も)」 滸は返事を返さない。 「(怒ってるわね……当たり前か)」 「(わかっているなら、なぜ生徒会長に食ってかかった?)」 「(宰相の暗殺に比べたら、大した問題ではないでしょ?)」 「(主失格だ)」 「(む、減点一か)」 朱璃が渋面を作る。 まったくもって向こう見ずな主だ。 いつ深刻な問題を起こすかわかったものではない。 そう考えつつも、口元には笑みが浮かんでしまっていた。 午前の授業が終わり、昼食の時間になった。 いつもの三人に朱璃を加え、食堂にやってきた。 ここは、ビュッフェとかいう共和国風の提供方法を採用している。 最初は慣れなかったが、好きなものを好きなだけ食べられる優れた仕組みだ。 しかしながら、置かれている料理は皇国人用と共和国人用がきっちり分けられている。 皇国人向けの料理は野菜が多く、はっきり言って質素なもの。 共和国人用はその逆だ。 そして、皇国人が共和国人の料理を食べることは、暗黙の了解として禁止されていた。 「滸、もっと食べないと大きくなれないぞ」 「武人は粗食が基本」 武人三訓の一つに『質素倹約を旨とせよ』とある。 «三祖家»の長たる稲生家は、その教えを守っている。 対して、紫乃の皿には、唐揚げにハンバーグに揚げたじゃがいもが乗っている。 紫乃は『私はハーフだから』という理由で、いつも両方の国の料理を遠慮無く食べていた。 「紫乃は脂ものを食べ過ぎ」 「茶色は正義、脂なくして勝利なし」 「共和国に負けたのも、脂が足りなかったせい」 「肥えればいい」 「ところが肥らないんだよね、この私は」 これ見よがしに細い腰に手を当てる。 茶色至上主義の紫乃の隣で、朱璃は黙々と食事を口に運んでいる。 いやしくも皇姫を名乗る人間が食べていたのは──「五目あんかけ焼きそば」 「な、何?」 気まずそうにこちらを見た。 「いや、別に」 「そう」 さすがに躾が行き届いており、美しい所作で食事を進めていく。 朱璃は淡々と食事を進め、皿の上には最後に〈鶉〉《うずら》の卵が残った。 「宮国、食べ物を残すのは感心しないな」 紫乃が、皿にぽつりと残っていた鶉の卵を奪った。 「あ、え?」 「もぐもぐ……うむ、満足」 「小さな身体でよくぞ産卵した。 鶉に感謝」 朱璃が、ぽろりと箸を取り落とした。 「卵、取っておいたの」 「え?」 「最後の楽しみに取っておいたの」 「こ、これは失礼」 「ビュッフェはお代わりが自由なんだ。 お詫びに私が取ってこよう」 「お代わりはなし」 「卵は一人一つ。 だからこそ焼きそばの命なの」 「そ、そういうものなのか?」 「そういうものなの」 「は、はい」 朱璃の眼力に気圧され、紫乃が姿勢を正す。 「あなたは財閥の総帥かもしれないけれど、私もやる時はやるからね」 さすがに宰相を暗殺しようとした人間の言葉は重い。 「すみません、粋がってました」 「わかってくれてありがとう」 何とか悔しさを殺す朱璃。 「奇妙なこだわりもあるものだな」 「豆腐を大豆の産地レベルで選ぶ人は、そういうことを言わないように」 「よくある話だ」 「ないから」 滸が冷たく言い放った。 周囲が騒がしくなった。 見れば、生徒会長が料理を持ってこちらに歩いてくる。 珍しい、そして同時に嫌な予感がする。 「こんにちは、少し時間をもらっていいかしら」 「やあエルザ、ご機嫌よう」 「ご機嫌よう」 二人が共通の挨拶を交わす。 「宮国さんと話がしたいのだけど、迷惑かしら?」 朱璃が無言で空席を促すと、生徒会長が料理を持って席に着いた。 肉類や揚げ物など、力が付きそうな料理が並んでいる。 「皇国の方はいつもヘルシーで結構ね」 「お陰様で、太らずに済んでいる」 「あら、私のこと?」 「勿論ちがう」 「そうよね、当然よね」 生徒会長がにっこり笑う。 「宮国さん、午前の授業では興味深い意見をありがとう」 「皇国人は率直な意見をくれる人が少ないから、とても嬉しかったわ」 「ご期待に添えて良かった」 「今日から復学したということだけれど、宮国さんはどの辺りにお住まい?」 「糀谷生花店という花屋を知ってる?」 「ええ、わかるわ。 あの辺りの住所は何と言ったかしら?」 微笑みを絶やさぬまま、生徒会長が朱璃に尋ねる。 「〈納戸町〉《なんどちょう》」 「ああ、そうでしたそうでした」 わざとらしく手を叩く生徒会長。 「確かあなたは、二年前にもお引っ越しをされているのね」 「納戸町の前はどちらに?」 揚げ物を口にしながら生徒会長が問う。 この短時間で朱璃の経歴を調べてきたようだ。 朱璃の経歴はもちろん偽物だ。 調べられても怪しまれないよう、戸籍まで作られている。 ただ、本人が内容を記憶しているかは別問題だ。 「〈白銀町〉《しろがねちょう》。 〈白銀町〉《しろがねちょう》の二丁目だったかな」 「ねえ、なぜ取り調べまがいのことをされるの?」 「なぜだと思う?」 「想像もつかない」 「ふふふ、あなたの腕に聞いてみて」 「胸」 紫乃が素早く訂正する。 「ああ、胸ね」 慌てた様子もなく、生徒会長が笑う。 「そう言えば、あなたの仕事は人の素性を探ることだったっけ」 「それは手段でしかないわ。 私の仕事は天京の治安を守ること」 「あなたたちが安心して暮らせるようにすることよ」 「私は善良な国民だけど?」 「それがもし本当なら、こんなに喜ばしいことはないわね」 生徒会長が微笑む。 「さっきの質問は、転入してきたあなたへのちょっとしたレクチャーなの」 「私たちが疑わねばならないようなことはしないで」 「たとえば、転入初日から名のある武人と行動を共にしたり」 生徒会長が俺と滸を意味ありげに見る。 「疑わしき者は容赦なく罰する」 「暴力での支配の先に平和はないと思うが」 「どんな社会でも、秩序を保っているのは暴力装置よ」 「皇帝だって、武人という暴力でこの国を支配していたのでしょう」 「皇帝陛下の侮辱は許さない」 鋭い言葉を生徒会長は笑って受ける。 「もう時代は変わったの」 「あなたも、皇帝に礼を尽くす必要などないのよ」 「彼女は所詮、たまたま皇帝という家に生まれただけの人間」 「高貴なわけでも、優れているわけでもないわ」 「ふふふ、確かにあなたの言う通りかもしれない」 「あら、あなたが同意してくれるの」 「ええ」 二人がにっこり微笑み合う。 「つまり、あなたと同じ人種ということでしょ?」 「地位のある親のお陰で今があるっていうことよね」 生徒会長が固まった。 「なーんてね、冗談冗談」 「あらあら、皇国人にしてはジョークのセンスがあるのね」 「特別にステーキを譲ってあげる」 「折角ですけど遠慮します。 お肌が気になるので」 「ふふふふふ」 「あはははは」 酷い会話が展開されている。 「あ、そうそう、聞きたいことがあるの」 生徒会長が俺と滸に向く。 「あなたたち、〈斎巫女〉《いつきのみこ》をご存じ?」 皇国における一般的な認識を説明する。 斎巫女は、神殿組織の最高位の巫女だ。 人格、呪力ともに、最高水準の巫女が選ばれると聞く。 「そうそう、斎巫女は宗教的指導者なのよね」 「でもそれだけ?」 生徒会長が目を覗き込んでくる。 共和国人ということをさておけば、澄んだ魅力的な瞳だ。 「彼女は呪術兵器開発の長なのでしょう?」 「そういう解釈をしたことはなかった」 「つい先日、新しい斎巫女が選ばれたのよ。 三年間空席だったにもかかわらず」 「初耳だ」 「あら? まだ発表前だったかしら?」 「まあいいわ」 「ぜひ、どのような手段で兵器を作っているのか聞いてみたいの」 「私のような者がお誘いするにはどうしたらいいかしら? 皇国の作法がわからなくて」 「作法通りなら、あなたは会えないでしょうね」 「元々、一部の人間しか面会できない高貴な方だ」 「折角、皇国流のやりかたを学ぼうとしたのだけれど」 生徒会長が料理の載ったお盆を持って立ち上がった。 「それでは皆さん、お時間を取って頂いてありがとうございました」 「宮国さん、よい学院生活を」 髪をなびかせ、生徒会長は席を離れた。 「エルザー、ブロッコリー残すなよー」 「う、うるさいっ!?」 「あのツブツブ感が嫌なのっ」 「何だ、食べられないのか」 「へー」 顔を真っ赤にする生徒会長。 「し、失礼しますっ」 どたどたと足音を立て、生徒会長は立ち去った。 「やれやれ、生徒会長は仕事熱心で困るね」 「まったく、お昼休みが台無し」 朱璃と紫乃が肩をすくめる。 どうやら二人は気が合うようだ。 「朱璃、生徒会長には気をつけてくれ」 「大丈夫、大丈夫」 ひらひらと手を振る朱璃を、滸が睨み付ける。 「授業で目立つからこうなる」 「だって、言いたいことははっきり言いたいでしょ?」 「死ぬなら一人で死んで」 「なっ!?」 滸が無言で立ち上がる。 「ちょっと、稲生っ!」 呼びかけには応じず、滸は姿を消した。 相当怒っていたようだ。 「ははは、皇国人の方が怖いじゃないか」 「私、そこまで迷惑を掛けた?」 朱璃は、奉刀会が今も活動していることを知らない。 ましてや、滸がその会長代行であるとは夢にも思わないだろう。 迷惑をかけていないと考えるのは無理もない。 「君の率直さには好感を持っている」 「だが、俺も滸に賛成だ」 「エルザがその気なら、正当な手段など踏まずに検挙する」 「一度検挙されれば、証拠があろうとなかろうと終わりだ」 「そんなことが許されるの?」 「許すのも彼ら、許さないのも彼らだ。 今はな」 朱璃が俺を睨む。 「どうした?」 「いえ、今後注意します」 「納得していないのか」 「次の授業に行きましょう」 返事はせず、朱璃は先に立って歩きだした。 意志が強いのは主として結構だが、感情任せなのは困りものだ。 天京の実情を見せれば、多少考え直してくれるだろうか。 朱璃と二人、家に帰ってきた。 「お帰りなさい。 学院はどうでした?」 「とても刺激的でした」 「お疲れですね。 «治癒»の呪術、一本行っておきますか?」 「後でお願いします」 「慣れない生活は、自分が考えているより心に負担がかかるものです」 「困ったことがあったら何でも相談して下さい」 「大家と店子は親子も同然って昔から言いますから」 「ありがとうございます」 朱璃の礼に手を振って応え、店長は店内の仕事に戻る。 「宗仁はこれからお仕事?」 「ああ、午後八時くらいまでは配達の仕事だ」 糀谷生花店の営業時間は午前十時から午後八時だ。 店を閉めた後は、店長や滸と«美よし»で夕食を取るのが通例だった。 「良かったら、一緒に仕事に出ないか?」 「今の体力だと、力仕事は手伝えそうもないけど」 「助手席に座っていてくれるだけでいい。 配達のついでに天京を案内したい」 「乗った!」 「では、着替えて十五分後に集合だ」 注文があった花を荷台に積み込む。 助手席には朱璃がいる。 車内に花とは違った匂いがする気がした。 「ベルトを締めてくれ」 「あ、ああ、これ?」 俺の真似をして、朱璃がベルトを締めようとする。 「あれ? 入らない、あれ? こっち?」 「こっちだ、こっち」 「あ……」 朱璃の手から留め具を取り、代わりにはめ込む。 「あたた、ちょっと乱暴だって」 「そうか?」 「武人基準で力を入れないで」 「ああ、すまん」 考えてみれば、体力的な意味で一般的な少女とはあまり接してこなかった。 いつもより入念に安全確認し、車を走らせる。 女性を隣に乗せるのは久しぶりだ。 助手席に座る女性は美しく見えると、どこかで聞いたことがある。 横目に朱璃を窺う。 「(なるほど、美しい)」 窓から射し込む夕日が、彼女の頬を上気させているように見せていた。 「その服、よく似合っている」 「え? 何いきなり」 「感じたままを言っただけだ」 「そういうの好きね、あなた」 朱璃が向こう側に顔を向ける。 しばしの無言。 「ふふ、ふふふっ」 「武人が花屋っていうのがおかしくて」 「特に、宗仁はいかにも武人って感じだし」 「俺の印象は?」 「木訥、無骨、無表情」 「よく言われる」 いわゆる花屋の印象とは正反対かもしれない。 「こう見えて花屋は肉体労働だ。 細腕では務まらない」 花屋の仕事をかいつまんで説明する。 朱璃は、好奇心は旺盛らしく、飽きる様子もなく聞いてくれる。 「花束を作るのが仕事だと思ってた」 「自分も最初はそうだった」 「魚屋に喩えれば、花束を作るのは、刺身を作るのと同じだ」 「仕事全体からすると、ごく一部ってことか」 「その通り」 専門知識がない俺は、もっぱら配達の仕事をしている。 「最初の配達先だ。 行ってくる」 すぐに次の配達先に向かう。 夜になると、街の様子が目に見えて変わる。 「日が暮れたら共和国人が増えてきたみたい。 みんな軍人?」 「天京に駐屯している共和国軍は六万」 「多くは独身の男で……連中が揃って街に出る」 「終戦直後の天京にまず課されたのは、彼らの欲望を全て受け止めることだった」 「皆まで言わなくてもわかるな」 略奪、強盗、殺人──天京にはあらゆる暴力が溢れていた。 「今でも状況は変わってない」 車を路肩に停めた。 通行人の約四割は共和国の軍服を着ている。 「ねえ、あれ」 朱璃が注意を促したのは、ある皇国料理の店だった。 中で、軍人が皇国人の店員を殴っているのが見えた。 周囲は見て見ぬふりを決め込んでいる。 「ちょっと、あの人助けてあげて」 「残念ながら難しい」 「何言ってるの」 ベルトに伸びた手を押さえる。 「助けても報復されるだけだ。 店員もそれを望んではいない」 「っっ!?」 軍人の拳を受け、店員が床に崩れ落ちた。 身体の血が熱くなる。 それでも、奥歯をぎゅっと噛みしめて我慢する。 「共和国人は何をしても罰されない。 小此木が結んだ講和条約のせいだ」 「正確には、『皇国人は共和国人を裁くことができない』ね」 口にするのも汚らわしい、といった顔で朱璃が言う。 「前に、泥酔して銃を乱射した奴がいた」 「死者は六人、負傷者は二十三人。 死者には子供も含まれていた」 「犯人は捕まったが、結局は本国に送還されただけだ」 「こういう事件は珍しくない」 「だから、どんな横暴も見逃せって?」 車を出す。 速度を上げると、景色は光の奔流となる。 近くで見れば醜く、離れて見れば美しい──夜の街とはそういうものだ。 朱璃は、明らかに不機嫌な表情で前を見据えている。 「宗仁は、あんな光景を見慣れてしまったんだ」 「天京の人間なら誰でも見慣れてる」 「で、怒ることも忘れちゃった」 挑発と失望が混じった声だ。 「できることなら飛び出して行きたい」 「どうだか」 「学院でだって、我慢してただけじゃない」 「目立つな、目をつけられるな、我慢しろ。 結局は、何もしないで見てるだけ」 「目の前の一人を助けても無駄だ」 「社会を変えなければ、同じような問題はなくならない」 「そうやって我慢しているうちに、何も変えられなくなる」 俺だって、〈腸〉《はらわた》は煮えくりかえっている。 できることなら、帝宮に斬り込んでいきたい。 そうしないのは、皇国を取り戻すという大願があるからだ。 「では、君ならどうする?」 「小此木を暗殺して、彼らが救えると思うか?」 「私はお母様の仇を取る。 それだけ」 「皇女を名乗るなら、真剣に国の未来を考えてほしい」 「見てるだけの武人には言われたくない」 「武人なら、あなたも行動を起こして」 前を向いたまま、朱璃が言った。 この日最後の配達先は、共和国軍将校の邸宅だった。 「はあ、参った」 「どうしたの、ぐったりして?」 「代金を踏み倒されそうになった。 ま、いつものことだ」 「よーし、私取り返してくる」 「待て待て待て。 大丈夫だ、ちゃんと回収した」 「ごねる共和国人を宥めすかすのも仕事のうちでね」 「大変なのね……お疲れ様」 運転席に座り、〈携帯端末〉《タブレット》で天京の地図を開く。 「少し寄り道をしていいか?」 「道路の状況を確認したい」 「道の状況? 道路工事の仕事も掛け持ちしてるの?」 朱璃が怪訝な顔をする。 わざわざ地図を見せたのは、朱璃に奉刀会の存在を知らせるためだ。 「奉刀会を知っているか?」 「当たり前じゃない」 「彼らは忠義の士よ。 きっと小此木を倒してくれると思ってた」 「でも、駄目だった」 戦後すぐに発足した奉刀会は、志半ばにして生徒会長に潰された。 「奉刀会は、まだ終わっていない」 「え? どういうこと?」 「壊滅寸前にまで追い込まれたが、生き残った武人は今も臥薪嘗胆の思いでいる」 「臥薪嘗胆?」 朱璃が目を見開いた。 「奉刀会は、今も存続しているのね!?」 頷いて返す。 「小此木を討ち、皇国を再興させることこそ俺たちの宿願だ」 朱璃が瞠目する。 深紫の瞳の奥で、驚きと喜びの感情が交じり合う。 「まだ、戦ってくれていたんだ」 「壊滅したと聞いてたから、私はてっきり」 「戦況がどうであれ、武人のなすべきことは変わらない」 「たとえ一人になっても、己の忠義のために行動する」 朱璃が息を飲んだ。 「ふふ、ふふふふ……おかしい」 「あなたは、ぜんぜん変わってない」 ふと、桃の花びらが一枚舞った。 荷台から飛んできたのだろうか。 「戦争の時、共和国軍に向かって行くあなたに私は言ったの」 「一人では無理だって」 「あなたは、何て答えたと思う?」 俺なら何と答えるだろう?頭には、一つの言葉しか浮かばなかった。 「『一人でも百人でも、為すべきことは変わりません』か」 「正解」 朱璃が俺の両手を握る。 その瞬間、耳の奥で鬨の声が響いた。 銃声、爆音、雄叫び、悲鳴──戦場を彩る交響曲が、頭の中でゆっくりと輪郭を帯びてくる。 共和国軍が攻めてきたあの日、俺は──この道を通った。 目的はわからないが、ここを通ったのは確実だ。 記憶を失って初めて、俺の中に戦時の記憶と呼べるものが蘇った。 「少し走らせてもらっていいか? 記憶が戻ってきそうなんだ」 「どうぞ遠慮なく」 共和国管区の大通りを進む。 見慣れた道が新鮮に見える。 流れる街灯が、まるで時間の〈隧道〉《トンネル》を通り抜けているような気分にさせてくれた。 具体的な事物は思い出せないが、ここにいたという実感が喩えようもなく嬉しい。 「そんな顔するんだ」 「どんな顔してる」 「うーん、ご馳走にありついた子供みたいな?」 「いい歳をしてみっともない」 「言うほど悪くないけど」 と、側面の肘置きを利用して頬杖を突く。 「宗仁は、もうちょっと感情的になった方がいいと思う」 「根が真面目なのはいいけど、いつも真面目な顔ばっかりじゃね」 「表に出すぎる君の感情を分けてもらえば丁度いいか」 「私は関係ないでしょ」 「あ、いえ、そうでもないか」 溜息を一つ。 「学院でのことは謝ります」 「奉刀会の武人から見たら、気が気じゃなかったよね」 「それにその、宗仁を……臆病者みたいに言っちゃったし」 「現に臆病だ。 宿願を果たす前に検挙されたくないからな」 「慎重なだけでしょ」 「なのに私は……ああ、だめ、思い出すだけで辛い」 横の窓に頭をごつんとぶつける。 「明日から気をつけてくれればいい」 「ええ、ごめんなさい」 もう一つおまけに、窓に頭をぶつけた。 車を止める。 帝宮──代々の皇帝の居城へと続く長い階段の下まで来た。 管区に入る許可証があっても、ここから先には進めない。 「曖昧にだが、戦争の時にここへ来たのを覚えている」 「何のために?」 「思い出せない」 「そこを思い出してくれないと意味がないじゃない」 バンバンと物入れを叩く。 しかし、すぐにはっとなる。 「ごめんなさい、あなたも苦しいよね」 「わかってくれて助かる」 闇に佇立する朱塗りの門を見つめるが、何も思い出せない。 滸の話では、戦前は何度か来たことがあるらしい。 最上格の稲生家とは違い、鴇田家の家格は中の上といったところ。 帝宮に入る機会があれば、人生最大の栄誉として覚えていそうなものだが。 「昔なら、このままスタスタ上がっていけたんだけど」 切なげに目を細める。 「ほら、あそこに衛兵の詰め所があるでしょ? 昔、あそこでかくれんぼしたことがあるの」 「全然見つからなくて、もう帝宮じゅう大騒ぎだったみたい」 「お母様に、すっごく怒られた」 「昔からお転婆だったのか」 「昔から? 聞かなかったことにする」 頬を膨らます朱璃。 しかし、すぐに表情を引き締めた。 「そう、昨日から考えてたんだけど、«三種の神器»があれば私の血筋が証明できるんじゃないかな?」 «三種の神器»とは«帝記»に登場する宝物で、皇帝の地位の証とされてきた宝だ。 日頃は帝宮に秘蔵され、即位式など重要な儀式の際にだけお披露目される。 三種とは『剣』と『鏡』と『勾玉』を指す。 『剣』はあらゆる厄災を切り払い、『鏡』はあらゆる厄災から身を守る。 そして『勾玉』は、あらゆる知恵を授けてくれるという。 ひとたび皇帝が神器を持てば、神にも迫る力を発揮するという。 朱璃が«三種の神器»を使えれば、国民の誰もが彼女の血筋の正当性を信じるだろう。 「朱璃は神器の使い方を知っているのか?」 「生憎、わからないの」 「いざという時どうする? «三種の神器»は国防の最後の砦だろう?」 「それはー、私に言われても」 頬を指先でかく。 「先の戦争の時、蘇芳帝は«三種の神器»を使われなかったのか?」 「おそらくは」 「帝宮で最初の爆発があって、私がお母様のところに駆け付けた時にはもう……」 「小此木に殺されていたから」 「そうか……嫌なことを聞いたな」 «三種の神器»が使用されたのなら、皇国が負けるはずはない。 皇国を共和国に売るつもりだった小此木が、その前に蘇芳帝を殺害したのだろう。 「話を戻すが、どうやって«三種の神器»を見つける?」 「ああ、その話ね」 「帝宮の奥に«〈紫霊殿〉《しれいでん》»っていう神殿があるんだけど、そこじゃないかって思ってる」 「つまり、そこまで案内しろと」 「そういうこと」 「やる価値はあるか」 「やらなきゃ」 「血筋を証明できれば、いろいろ話が楽になるじゃない」 「稲生に斬られなくて済むし」 とはいえ、帝宮は小此木配下の禁護兵二千人に守られている。 警備は厳重で、隠密専門の子柚でさえ奥まで侵入できないほどだ。 何か上手い方法を考えなければ。 午後八時過ぎ、糀谷生花店の営業が終わった。 これから、少し遅い夕食の時間だ。 花屋から歩くこと約五分、同じ納戸町に目的の店、美よしがある。 通りから見えるのは、手を広げた程の幅もない黒い板塀と、小さな潜り戸。 戸の横には『美よし』と書かれた行灯が掛けられている。 「毎日ここに来ているの?」 「大体は。 店長に滸、俺の三人で集まることが多い」 「混じっていいの?」 「勿論ですよ。 人数が多い方が楽しいでしょう?」 店長が先に立って戸を開ける。 潜り戸の先は、竹垣に挟まれた長い隘路が続いている。 足元には白玉砂利と飛び石が敷かれ、ぽつぽつと置かれた行灯が、客を奥へ奥へと誘う。 しばらく歩き、突き当たりを左に曲がれば、そこが美よしの入口だ。 引き戸を開けると、活気ある空気が流れ出てきた。 四十人ほど入る店内は、この時間いつも満員だ。 勝手知ったる店内を進み、横並びの席に座る。 「中は賑やかね」 「入口の作りが大仰なのは、一見が入らないようにするためだ」 「格式を上げているの?」 「いや、手っ取り早く言うと、ここは奉刀会関係者のたまり場なんだ」 「でも、建前として一応普通の店としても営業している」 「ああ、つまり、普通の人には入ってきて欲しくないってことか」 美よしは、ちょっとした要塞だ。 入口に至る細い道は、敵の侵入を防ぐ仕掛けがいくつもある。 店舗内には避難用の裏口や隠し部屋もあり、奉刀会本部の次に安心できる場所だ。 「え? ちょっとまって、じゃあ、店長は」 「私は奉刀会の準会員……まあ、協力者ってところでして」 「一応、ここにいても試し切りの材料にされないことになってるんです」 冗談めかして笑う。 「事後承諾で悪いが、朱璃のことも一通りは話してある」 「今更ですが、よろしくお願いします」 「いえいえ、こちらこそ」 話が一区切りついたところで、店主の睦美さんがおしぼりを持ってきてくれた。 「いらっしゃいませ」 睦美「私の代わりにお店の説明をして下さって、ありがとうございます」 「睦美さん、こちらが昨日話した宮国朱璃さんです」 「宮国です。 よろしくお願いします」 「店主の更科です」 「ご来店下さりありがとうございます。 ごゆっくりお過ごし下さい」 「更科? 更科ってあの?」 「ふふふ、お察しの通り、あの更科です」 「今はもう、刀を包丁に持ち替えてしまいましたけれど」 「え? だって、更科って«三祖家»の一つじゃ」 「ええ、よく驚かれます」 「でもまあ、刀も包丁も斬るのは同じですから」 気恥ずかしそうに、睦美さんは身体の前で手指を組み合わせた。 「いや、そういう問題では」 「それでは、お料理を作りますので、少々お待ち下さいませ」 丁寧にお辞儀をして、睦美さんは厨房に入った。 彼女の接客には作業的なところがない。 接客ではなく、心から歓迎してくれているのだ。 「更科家が刀を捨てたなんて……どうして?」 更科家は武人社会を支えてきた«三祖家»の一つ。 そんな家の当主が刀を捨てたのは、武人社会でも大きな事件だった。 「更科家だって、奉刀会に参加してるんでしょ?」 「参加していた」 「«八月八日事件»の後、更科派は脱会したんだ」 「え? どうして?」 「俺も詳しいことはわからない」 当の睦美さんは多くを語らない。 一般には、会長の刻庵殿が拘束され、戦意を喪失したからだと言われている。 「まあまあ、ここは食事の場ですから、難しい話はなしにしませんか?」 「丁度滸さんも来たことですから」 入口に目を向けると、滸が入ってきたところだった。 滸の登場に、店にいる客がそれぞれ目礼する。 「お疲れ様です、滸さん」 「今日は遅かったな」 「収録が押したから」 疲れた顔をしていた滸が、朱璃を見て表情を固くした。 「今日からお邪魔してます」 「こちらにどうぞ」 俺の右隣にいた店長が腰をずらし、滸が代わってそこへ座った。 俺の左に朱璃、右に滸、その先に店長という席順だ。 「いらっしゃいませ、滸様」 「ちょうど一品目をお出しするところでしたから、滸様もどうぞ」 「ありがと」 俺たちの前に料理が出された。 「菜の花と桜海老のおひたしです」 青みがかった乳白の小鉢に、濃緑の菜の花が冴える。 散らされた桜海老はしっとりと出汁を吸い、何とも言えない色香があった。 「まだ注文してないけど?」 「美よしでは良いものを見繕って出してくれる。 注文の必要はないんだ」 「そう、ちょっと残念」 「お品書きを見て注文するのに、少し憧れてたんだ」 「まさか、外食は初めてとか?」 「ええ、まあ」 「さすがのお血筋だ」 「宮国に奉刀会のことを?」 「話した」 「学院での様子を見ていて、話した方が安全だと思った」 「迷惑をかけてごめんなさい」 朱璃が頭を下げる。 「伝えていなかったこちらも悪い」 「宗仁は甘い」 表情を変えないまま、滸がおひたしを食べる。 「稲生も奉刀会にいるのよね?」 「会長だ」 「代行。 間違わないで」 滸が『代行』の立場を強調するのは、拘束されている刻庵殿の生存を信じているからだ。 刻庵殿は武人社会で絶対的な指導力を持っていた。 あの槇ですら、刻庵殿の指示には素直に従っていたくらいだ。 滸としては、自分が後継者を名乗るのはおこがましいとの思いも強いだろう。 とはいえ、拘束から既に二年、刻庵殿が無事でいらっしゃる確率は極めて低いと言わざるを得ない。 「未熟者よ」 「それでも、戦い続けていてくれて嬉しい」 「当たり前のこと」 「私たちが負けなければ、こんな世界にはならなかったんだから」 「違う」 はっきりした口調で言い、朱璃が箸を置く。 「敗戦の責任は、皇帝と皇家にある」 「無礼な」 滸も箸を置く。 「敗戦は私たちの責任」 「まあまあまあ」 「きっ」 「ひいっ」 滸が刺すような視線で睨む。 「では訊くけど、もし奉刀会が戦いに敗れたとして、あなたは部下に責任を押しつけるの?」 「それとこれとは話が違う」 「違わない」 「陛下は戦場で指揮を執られていない」 「それこそ責任論とは関係ない」 「皇家が敗戦の責任を取らないなんてあり得ない」 「くっ!!」 滸の手が腰を浮かせた。 店が歓声に湧いた。 客の目は店内の〈映像筐体〉《テレビ》に注がれている。 「あ」 画面では可愛らしい衣装を着た少女が歌っている。 戦後彗星の如く現れた人気歌手、菜摘だ。 登場してすぐ、彼女の明るい歌声は敗戦で沈んだ皇国民の心を捉えた。 今や菜摘の声を耳にしない日はない。 「今日、〈放映日〉《オンエア》か」 振り上げた手を、へなへなと下ろす滸。 「え? 何?」 「何でもない」 滸が席で脱力する。 「朱璃さん、菜摘はご存じですか?」 「結構好きよ」 「忙しくて、聴いている時間はあんまりなかったけど」 「だそうだが」 「く……」 顔を伏せている。 「え? 何? 稲生の知り合いだったり?」 「本人だ」 「は?」 「菜摘は滸なんだ」 「滸が菜摘」 「えええええええええっっ!?」 朱璃が大きな声を出す。 それだけで何があったのか悟ったらしく、店の客が菜摘の名を揃って連呼する。 「貴様らーーーーっ!!」 客席に向かって吠える。 一瞬の静寂。 「『みんな、応援ありがとーー☆』」 菜摘滸は完全に無表情になり、食事に戻った。 「え? だって、完全に別人じゃない」 「化粧とカツラのお陰らしい」 「このことは内密に頼む」 「内緒にするのはいいけど、でも、なんで歌手なんか?」 「あ、なんかって言ったら悪いか……ごめん」 「奉刀会を維持するにも金がかかる」 呪装刀を集めるにも金、情報収集にも金──そして、俸給を打ち切られた武人の生活を守るためにも金が必要だった。 とはいえ、地下組織である奉刀会の名で資金を集めるわけにはいかない。 そこで考え出されたのが、滸の歌手活動だった。 正確には、奉刀会の資金繰りを心配した紫乃が、知り合いの芸能会社から菜摘を売り出してくれたのだ。 今のところ、菜摘の正体を知っているのは、奉刀会の武人や店長、睦美さんくらいだろう。 「笑えばいい」 「そんな、笑うなんて」 「あ、あの、私、菜摘好きだから。 頑張って」 それだけ言って、朱璃は神妙な顔で沈黙。 沈黙の中、菜摘の歌声が店に流れる。 ……。 …………。 「『じゃあ、最後の曲いっくよー。 みんなの心に届くといいな☆』」 「ふっ」 「笑うな」 「すみません」 人見知りの滸が、奉刀会にいる時は毅然とした武人を演じ、舞台に立つ時は愛らしい歌手を演じる。 苦労は計り知れない。 食事を終え、美よしを出た。 「宗仁、ちょっと」 滸が俺の手を引く。 「朱璃さん、私たちは帰りましょう」 「あ、はい」 店長が気を利かせて朱璃を連れて行った。 「呪装刀奪還の件で、子柚から情報が入ったの」 「輸送は三日後になるみたい」 木曜か。 「日時と輸送経路が特定できるなんて、運がいいよ」 「子柚が頑張ってくれてるようだな」 「うん。 あの子、みんなに認められたくて必死なんだよね」 「褒めてやってくれ」 「子柚が認められたいのは滸だと思う」 「ふふふ、わかった」 滸が微笑む。 「でさ、明日の夜、本部で打ち合わせをしたいんだけど」 「わかった」 「他にも言いたいことがあるんじゃないか」 「いつもなら、〈電信〉《メール》で済ませる内容だ」 「さすが宗仁」 滸が表情を引き締める。 「今度の作戦のこと、宮国には話さないでね」 「元からそのつもりだ」 「話せば、連れて行けと言われそうだ」 「たった三日で、ずいぶん彼女に詳しくなったのね」 「妬いたか?」 「ま、まさか」 「私は宗仁が騙されていないか心配してるだけ、それだけだよ」 「ははは、騙されているかもしれない」 「そう思うなら、彼女と行動するのはやめて」 滸が、俺の腕を控えめに掴む。 「騙されていたとしても、俺は自分の勘を信じる」 「でないと、死ぬ時に後悔するからな」 滸が感情を押し殺した顔で見つめてくる。 「誤解しないでほしい」 「俺は、今までの三年が間違っていたとは思っていない」 「滸には、感謝しても感謝しきれないくらいだ」 「感謝してほしいわけじゃない」 「私だって、宗仁が迷ってることくらいわかってたよ」 「できることなら、私が何とかしてあげたいってずっと思ってた」 言いながら、滸の目には涙がにじんでいる。 「ごめんね。 本当はこんなこと言いたかったんじゃないの」 「ただ、あんまり急に宗仁が変わるから、驚いちゃって」 「私は、その、宗仁が元気になってくれたらそれでいいよ」 滸が俺のためにどれほど心を砕いてくれていたか。 にもかかわらず、俺は朱璃と共に行動することを選択した。 申し訳なさで胸が一杯になる。 「心配かけてすまない」 「べ、別に心配なんてしてないから」 「じゃ、じゃあ、また本部で」 俺の視線を避けるように、滸は走り去った。 「滸さんと、上手くいっていないようですね」 家への帰り道、店長が出し抜けに言った。 「え? ああ、はい」 「あまり嫌わないであげて下さい。 彼女は、ああ振る舞わざるを得ないのです」 「何しろ、会長代行であり稲生家の当主ですから」 「そう簡単に、あなたの言い分を信じるわけにはいかないじゃありませんか」 「宗仁にも同じことを言われました」 「滸さんは、重すぎる家名をたった一人で背負っていこうとしています」 「ああ、その意味では、朱璃さんと一緒かもしれませんね」 すぐには返答できなかった。 どういう理由があっても、疑われるのは気分のいいものではない。 「美よしで沢山の武人を見ましたよね? 何か気づきませんでしたか?」 「何か?」 「そうですね、皆、武人とはわからない格好をしていました」 「よく見ていますね。 理由はわかりますか?」 「共和国に目をつけられないためですね」 「まずはそうです。 でも、もう一つ理由があります」 考えてみるが、わからない。 「世間様から睨まれないようにするためですよ」 「つまり、皇国の一般人からってことですか?」 店長が頷く。 そして、腕を組み、何かを思い出すように夜空を見つめた。 「小此木の横暴はご存じでしょう?」 「連行されたっきり帰ってこないなんて日常茶飯事、その場で射殺されても文句も言えません」 「その上、共和国の軍人は野放しで、何をやっても皇国警察は見て見ぬふり」 「逆に、文句を言った皇国人が逮捕される始末です」 「いやもう、私のお店だって何回もお代を踏み倒されましたよ」 「共和国人は、パーティーとかいう宴会が大好きで、一度に沢山の花を注文するんです」 「部屋を埋め尽くすだけの薔薇を、なんてのもありました」 「しっかり踏み倒されましたがね」 店長が弱々しく笑う。 「あ、話が逸れました」 「ともかくも、誰もが現状に怒っていて、不満のはけ口を探してるんです」 ああ、何となく話がわかった。 予感が当たらないことを祈りつつも、既に溜息が喉まで上がってきていた。 「そこで、みんなの非難を一身に受けることになったのが、宗仁君たち武人でした」 「戦争に負けたことも、毎日がロクでもないことも、全部武人のせいになってしまっているんです」 「お国の報道も、完全に武人を戦犯扱いしています。 本当にひどいもんですよ」 「宗仁君だって、卵まみれになって帰ってきたこともありました」 「滸さんは、きっともっと酷い目に遭っているでしょうね。 何しろ稲生の人間ですから」 「酷い」 宗仁なら、投げつけられた卵を避けることくらい容易いはず。 それでも宗仁は甘んじて受けたのだろう。 「だから、みんな武人だとわかる格好をするのを嫌がるんです」 「一番わかりやすいのは、刀を差さないってことですね」 なるほど、確かに美よしにいた武人たちは刀を差していなかった。 そこで気づく。 「稲生はいつも帯刀しています」 「そう、滸さんだけが帯刀し続けているんです」 「稲生の人間として、誇りを捨てたくないってことですか?」 「でしょうね。 会長代行としても示しが付きませんし」 「滸さんは、そういう人なんです」 店長が私を見て微笑む。 彼女が不器用だってことはわかっている。 私の血筋を信じないのが、篤い忠義の裏返しであろうこともわかっている。 でもなあ。 うーん。 何だかムズムズしてきて、頭のてっぺんを人差し指で掻いた。 私だって同じだ。 守るべきもののために、ずっと戦い続けてきた。 目をつむれば、伊瀬野での毎日が文字通り走馬燈のように思い起こされる。 親の仇、皇家の誇り──そんなものを糧に、ただひたすら剣術の稽古に明け暮れていた。 「店長は優しいんですね」 「そうでしょうか? 別に私は」 「ごほごほっ!? はあ、はあ」 いきなり咳き込む。 「優しくなんてありませんよ。 決して、ね」 そして、儚げに微笑んだ。 「(あー、これかー)」 宗仁の言葉を思い出す。 「店長を見ていると、今にも死にそうで守ってやりたくなるだろう?」 「なるなる。 咳き込むと喀血しそうで」 「ところが、本人は腕白健康優良児だ」 「ええっ!?」 「何となく言葉に含みがあって、過去に女性とつらい別れをしたのだろうな、と思うかもしれないが……」 「しれないが?」 「特にそんなことはない」 「仮にあったとしても、今は毎日楽しく不特定の相手とよろしくしている」 「ずこっ」 「ただまあ、私もおっさんですから、たまに上からものを言ってみたくなるんですよ」 「(確かに、ころっと落とされる女性は多そう)」 「朱璃さん?」 「あ、はい、わかります」 慌てて相づちを打つ。 「稲生とのことは考えてみます」 「宗仁にしても、話してくれないだけで何か背負っているんでしょうし」 「ああ、彼は大丈夫だと思います」 背負っているという展開ではなかったの?「朱璃さんと出会ってから、何というかこう、燃えているようですから」 「どっちかというと、体温が低そうに見えます」 「まあ、真面目で冷静で堅物で、ちょっとイケズな彼ですから、確かにそう見えるかもしれません」 「ただ、以前はイライラしているというか、自分に対して怒っているようなところがあったんです」 「それが、ここ数日でスッキリなくなった気がするんですよ」 自分が宗仁を変えた?そう言われているようで胸が躍った。 「彼のことは、どんどんこき使ってあげるといいと思います」 「ぶつぶつ言いながら、本当は喜んでいますから」 「ふふ、いいこと聞きました」 稲生の見方が変わると同時に、宗仁についても見方が改まった。 「自分の話をしていましたか?」 「ひいっ!?」 音もなく、店長の背後に宗仁が立った。 「何もしてない。 ね、店長」 「も、もちろんですよ」 「そうか」 いつものぶっきらぼうな声で言い、宗仁が輪に入った。 「『春の兆しが感じられるようになってきましたが、お義兄様はお元気でいらっしゃいますでしょうか?』」 翡翠帝「『奏海は元気にやっております』」 「『あまりに元気ですので、お前は風邪を引かない奴だとお義兄様にからかわれたのを思い出します』」 午後十一時半。 一分の狂いもなく、いつも通り日記帳に向かう。 こうも規則正しく生活できるのは、私が真面目だからではなく、そういう生活を強いられているからだ。 皇国第八十七代皇帝、翡翠帝という〈存在〉《皮》は、厳密に設計されている。 その皮を被る私は、設計通りに動かねばならない。 起床、洗顔、検診、食事、移動、挨拶、話し方、笑い方、悲しみ方、喜び方、生き方、そして恐らく、死に方まで、設計された通りに行わねばならない。 お陰様で昔から奔放なところがある私も、こうして規則正しく生活できている。 「『今日は公務で〈千州〉《せんしゅう》へ伺いました。 ずいぶん昔に海水浴へ行った千州です』」 「『あの時は、私が〈海月〉《くらげ》を触ってしまい大変なことになりましたね』」 「『今でもあの時のことを思い出すと、腕が痛がゆくなるような心持ちがします』」 翡翠帝という皮を脱ぐことができるのは、この日記帳の上でのみだった。 薄い罫線が引かれた紙の上でだけ、私は鴇田奏海としてお義兄様に話しかけることを許される。 声を出してはいけない。 この部屋で発する音は、すべて小此木が確認しているから。 もしかしたら映像でも確認されているのかもしれないけど、今のところ日記を書くことを咎められたことはなかった。 「『そうそう、お義兄様に一つご報告があるのです』」 「『この度私は、念願でした学院に通うことが許されました』」 「『平民と同じ学院に通うことで、親しみやすさを演出せよとの指示でございました』」 「『月に一、二度の登校になるかと思いますが、今から胸が張り裂けそうなほど緊張しております』」 「『外の世界に出ることができれば、お義兄様とすれ違う可能性がないとは言えませんから』」 とはいえ、お目にかかれたとしても、お義兄様は私に気づいて下さらないかもしれない。 筆を置き、髪に触れる。 小此木の指示で、三年前とは髪型も色も変えていた。 身長も伸びたし、胸だって少しは……絶対に大きくなっている。 それに、気づいてくれたからといって、お義兄様の胸に飛び込むことはできない。 小此木がお義兄様の存在に気づいたら、きっと殺そうとするはずだから。 ──お目にかかれたとしても、声をかけてはいけない。 ──遠くから見つめるだけでいい。 「『奏海は、お義兄様がお救い下さったお陰で今日も元気に生きております』」 「『お義兄様は、ご無事でいらっしゃるのでしょうか?』」 「『いつか必ずお目にかかれると信じて、今日は筆を置かせて頂きます』」 「『おやすみなさい、お義兄様。 また明日』」 呪装刀奪還作戦が明日に迫った。 作戦の詳細も決定し、あとは実行を待つだけだ。 花屋の仕事が終わった後、俺たちは共和国管区に潜んでいた。 帝宮に繋がる抜け道を見つけるためだ。 「ぐ……く……」 持ってきた棒で、錆びついた鉄の扉をこじ開けようとする。 裏側を溶接されているらしく、鉄棒が先に折れそうだ。 「塞がれているようだな」 「小此木、さすがに抜かりがないか」 朱璃の記憶を頼りに十箇所ほど調べたが、どこもここも使用できなくなっている。 「衛兵の巡回の時間だ、戻るぞ」 歯がみする朱璃を急かし、花屋の車に戻る。 「全滅かあ」 「少なくとも、朱璃の記憶が間違っていないことはわかった」 「使えなければ意味ないでしょ」 「あーあ、一つでも使えれば帝宮に入れたのに」 座席に勢いよくもたれかかる。 拍子にスカートの裾がふわりと上がる。 「裾が乱れてるぞ」 「うわあっ!?」 「いちいち注意するのやめて」 慌てて押さえる。 「注意しない方がいいのか?」 「そうじゃなくて」 「あー、もういいです、ご理解頂けないようで残念ですっ」 ふん、と息を吐き、物入れに頬杖をついた。 「あれ?」 朱璃が前方を向く。 管区の広い通りを、軍用車の列が横切っていく。 荷台を幌で覆った輸送車だ。 呪装刀の輸送は明日の昼と聞いている。 まさかとは思うが、念のためだ。 「車を出すぞ」 共和国管区を抜け、五台の車列は街に出た。 怪しまれないよう間隔を開けて追従する。 「なぜ軍の車を追うの?」 「軍用車が好きなんだ」 「冗談の勉強した方がいいんじゃない?」 携帯が鳴る。 「宗仁、今どこ?」 イヤホンから緊迫した声が流れ出た。 「花屋の車で移動中だ」 「子柚から連絡があって、共和国軍の輸送が今夜に変わったの」 「もう出発しているみたい」 「恐らく、目の前を走っているのが輸送車だ」 「えっ!?」 「このまま追う。 計画に変更は?」 「なし。 こちらもできる限り人を集めるから、そのまま後を追って」 「わかった。 何かあったら連絡する」 電話を切って運転に集中する。 「やっぱり追ってるんじゃない。 奉刀会の仕事?」 「悪いが車を下りてくれ。 危険だ」 「なら、宗仁だけを行かせられない」 「怪我人は足手まといだ」 さっさとブレーキを踏む。 議論している暇などないのだ。 「宗仁、前、前っ」 輸送車が急に速度を上げた。 停車するわけにもいかず、こっちも速度を上げる。 「信号が赤になったら車を停める。 大人しく下りてくれ」 「邪魔しないから」 「危険だと言ってる」 すぐにでも朱璃を下ろしたいのだが、こういうときに限って信号運が良い。 輸送車がどんどん先に進んでしまい、停車の機会がない。 「仕方ないな」 「下りなくていいってこと?」 「一つ約束してほしい。 作戦中は絶対に車から出るな」 「もちろん言う通りにします」 笑顔で答える。 本当に大丈夫だろうか。 「これから前の輸送車を襲う。 狙いは積み荷の呪装刀だ」 「ああ、そっか。 奉刀会には必要か」 「でも、共和国も案外抜けてるね。 こんなに堂々と運ぶなんて」 「罠の可能性は疑っている」 「それでも、自分から飛び込まざるを得ない状況でな」 奉刀会では呪装刀が不足している。 たとえ罠だとしても、この機会を見逃すことはできない。 「で、作戦は?」 「まず先頭車を潰して足止めする。 次に最後尾の車」 「あとは順次敵を気絶させ、荷物を奪う。 それだけだ」 またイヤホンから声がした。 「作戦は決行する。 襲撃は乙地点」 「先頭車は私が潰す。 宗仁は最後尾をお願い」 「了解」 必要なことだけを告げ、音声が切れる。 「荷物入れから短刀を取ってくれ」 緊張した面持ちで、朱璃が荷物入れを漁る。 やがて、短刀を見つけ出した。 非常用に携帯している呪装刀だ。 「気をつけて、宗仁」 「ああ」 襲撃地点は、夜鴉町に近い一車線道路だ。 左右には建物がびっしりと並び、車両の逃げ道はない。 街灯が少なく、今夜のように雲のある晩は通りが闇に沈む。 先を行く車両の〈尾灯〉《テールランプ》をじっと見つめる。 目標地点まで、三百〈米〉《メートル》。 二百〈米〉《メートル》。 百〈米〉《メートル》。 五十〈米〉《メートル》。 流星のように空を切り裂く、滸の姿を見た。 手にした呪装刀が、鈍い光の帯を描く。 「てえええっっっっ!!!!!!」 一閃──車列の先頭が弾け飛んだ。 その土手っ腹に、後続車が次々と突っ込んでいく。 道は完全に塞がれた。 車を停め、短刀を手に外へ出る。 最後尾の車を潰し、退路を断つのが俺の任務だ。 走りだしたその時──輸送車の車輪が甲高い悲鳴を上げた。 「(後退!?)」 鋼鉄の車体が目前に迫る。 〈尾灯〉《テールランプ》の赤色が視界を覆い尽くす。 「宗仁っ!?」 右側の車輪を失った輸送車が、鞠のように道路を横転する。 すれ違い様、片側の車輪を切り払ったのだ。 ガラスを蹴り破り、運転手が路上に転がり出た。 目が合ったときには、腰の銃に手が伸びている。 よく訓練されている。 だが、兵士が拳銃を抜いた時、俺は既にそいつの背後にいる。 刀の柄頭で後頭部を一撃。 小さな呻きを漏らし、兵士は地に伸びた。 弾丸は速いが、銃を撃つ人間は遅い。 銃で武装した人間を相手にする際は、視界に入らないことが第一だ。 前方へ目を向けると、滸が敵を気絶させたところだった。 「(終わったか?)」 「(うん)」 目の動きで敵を無力化したのだとわかった。 五人いる仲間にも怪我はないようだ。 作戦の第一段階はこれで終了。 あとは呪装刀を運び出すだけだ。 「鴇田さんっ」 子柚「この車の荷台が開きません」 貴重品を運搬する車らしく、荷台はまるで鉄の塊だ。 「斬ろうとしたのですが、私の腕では」 「私が」 言い終わる前に荷台が両断された。 斬ったのは滸だ。 歪み一つない鋭利な断面が、滸の腕を物語る。 「お見事でございます滸様」 「鍛錬が足らないぞ、子柚」 子柚の背中を、軽く滸が叩く。 「急ごう、時間が無い」 「はい、わかりました」 呪装刀を運び出すため、最後尾の車に近づく。 ──ん?荷台を覆う幌の中に人の気配がある。 伏兵か?車体ごと幌を斬り飛ばす。 「わひゃあああっ!?」 ??「殺さないで、殺さないで、殺さないでっ!」 「私は巫女です、人畜無害です。 食べても美味しくありませんっ!」 少女が高速で土下座する。 「巫女殿なのか?」 「はい、斎巫女を務めている〈椎葉古杜音〉《しいのはことね》ですっ」 古杜音「いつき?」 耳を疑った。 改めて少女の全身を確認する。 どこかあどけなさの残る表情。 大きな丸い瞳からは、純朴さが感じられ、好奇心が旺盛そうな輝きは小動物を連想させる。 衣装はなるほど、普通の巫女より遥かに上質なものを身につけている。 身のこなしや言葉遣いは洗練されており、どこか浮き世離れした清潔感があった。 あまり身体は動かさないのか、服から伸びる手足はふっくりと柔らかそうだ。 大きな胸は服の上からでも、その存在がよくわかった。 「斎巫女がなぜ共和国軍の輸送車に?」 「痛んだ呪装刀を研ぐよう頼まれたのです」 「断りましたら、車の荷台に放り込まれまして」 「乱暴な事を。 神殿の警備は一体何を?」 「そ、それは、共和国軍には逆らえないとのことで」 勅神殿は信仰の要となる神殿。 そこの警備すら共和国の言いなりとは嘆かわしい。 ──そういえば。 先日、生徒会長が斎巫女に興味があるようなことを言っていた。 もしかしたら、彼女の指示かもしれない。 「巫女殿、言葉に偽りはありませんね?」 「もちろんでございます」 もう一度頭を下げる。 朱璃より年下だろう、少々あどけない頬が埃と汗で汚れている。 嘘をついているようには見えないし、議論している時間も無い。 「わかりました。 まずは信じましょう」 「私は武人です。 ご安心下さい」 「へ? 武人様ですか?」 「ともかくここは危険です、こちらへ」 巫女殿の手を取る。 手が触れるか触れないかのところで、小さな刺激が走った。 「静電気か。 失礼」 「あ、いえ……」 俺を驚いた顔で見ている。 「何でもありません、大丈夫です」 「ならばよかった」 もう一度、巫女殿の手を握る。 「今度はどうされた?」 「い、いえ」 花屋の車まで案内する。 助手席の扉が開く。 「古杜音? 古杜音じゃないの?」 「はい?」 巫女殿が目を擦る。 「も、もしや、朱璃様?」 「どうしてこんな所にいるのよ!?」 「朱璃様こそ、どうして天京に!? 伊瀬野にいらっしゃったのではないのですか?」 二人は顔を見合わせ、目を丸くしている。 朱璃の知り合いならば、巫女殿の言葉に偽りはなかったということか。 「知り合いなら心配ないな。 しばらく車に乗っていてくれ」 「あ、うん。 古杜音、早く車に乗って」 巫女殿が車に乗るのを確認し、荷物の運搬に戻る。 五分後、俺たちは現場から離れた道を走っていた。 こちらの被害は無し。 ざっと見たところ、奪還できた呪装刀は三十振りといったところだ。 収穫品の運搬は滸たちに任せ、こちらは巫女殿を送るべく勅神殿に向かう。 「あ、あの、助けて下さりありがとうございました」 後部座席から、巫女殿がおずおずと声を掛けてきた。 「礼には及びません。 巫女殿」 「その代わり、今夜のことについては内密にしていただきたい」 バックミラーごしに見える巫女殿の表情が緊張する。 「早ければ今夜、共和国の軍人が事情を聞きに来ると思います」 「私たちのことは見なかったことにして下さい」 「事故で車の外に投げ出され、怖くなって脇目もふらずに逃げたとでも答えておけば大丈夫です」 「わかりました。 お約束いたします」 「ときに、あなた様のお名前は?」 「鴇田宗仁」 「えっ?」 バックミラーの中で、巫女殿が目を丸くする。 「ととと、鴇田様とは、あの鴇田様で?」 「おおおおおおおお、何という偶然、幸運、«大御神»ありがとうございますっ」 巫女殿が座席を背後からバシバシ叩く。 「喜んで下さるのは嬉しいのですが、どこかでお会いしましたか?」 「私ではございません」 「鴇田様は、御先代様……ええと、先代の斎巫女をご存じではありませんか?」 「いや、生憎と」 「へ?」 今度は、口をまん丸に開けた。 「で、でも、御先代様は鴇田様のことをよくお話に!?」 「知らないなんて困ります、困ります、困りますっ!」 「三回言われても困ります」 「ああ、もしかしたら」 「もしかしたら!?」 座席の間から身を乗り出してくる。 「私は戦争の後遺症で以前の記憶がありません」 「もしかしたら、こちらが覚えていないだけで、お目にかかったことがあるのかもしれません」 「そ、それは……どうして良いのやら」 「こちらもどうして良いのやら」 「宗仁、あなた斎巫女に何かしたの?」 「畏れ多い事を。 お目にかかれるだけでも光栄だというのに」 助手席でニヤニヤしている朱璃に返す。 「御先代様は、私について何を仰っていたのですか?」 「詳しいことはわからないのですが、よくお世話になっているといったことを伺いました」 「あ、悪いお話はありませんでした、念のため」 古来より、武人と巫女は関係が深い。 呪装刀の維持管理だけでなく、武人の身体の調整にも巫女の助けが必要だからだ。 巫女の助けがなければ、武人は本領を発揮できないと言っても過言ではない。 昔の戦場では、巫女と共に戦うことすらあったという。 一般的に、高位の武人ほど高位の巫女に世話をしてもらえる。 鴇田家の家格を考えれば、斎巫女と接点があったとは思えない。 どういう経緯で知り合ったのだろう?滸なら、何か知っているだろうか。 「力になれそうもありません」 「うう、そうでございますか」 巫女殿が荷台にぺたんと座った。 「古杜音は、御先代とは親しかったの?」 「ずっとご指導を頂きました」 「とてもお優しい方で、私のような者にもお時間を割いて下さいまして」 巫女殿の声が尻すぼみに沈む。 先代の斎巫女は戦争の際に死亡したとされているが、詳細は一切明かされていない。 «呪壁»の崩壊に巻き込まれた、というのが大方の見方だ。 ちらりと窓から帝宮の方角を見ると、真っ二つに割れた巨石の陰影が目に入った。 あれが二千年前より外敵の侵入を防いできた«呪壁»の残骸だ。 仕組みは全くわからないが、国の黎明より数多くの巫女があそこで祈りを捧げてきたという。 «呪壁»の崩壊は、言うまでも無く敗戦の大きな要因の一つだ。 斎巫女も無関係ではないだろうし、死の経緯は是非とも知りたい。 とはいえ、なにぶん高貴な方のことだけに、直接聞くのは憚られる。 「御先代は戦争でお亡くなりになったのよね?」 「共和国に攻撃されて?」 思わず警笛を鳴らしてしまった。 「え? なに?」 「いや、猫が前を通り過ぎたんだ」 「宗仁、もし轢いたら絶対に許さないから」 目には本気の憎悪があった。 猫好きだったのか。 「それで、ええと」 朱璃が向き直ると、巫女殿は力なく首を振った。 「私も、御先代様の最期を是非とも知りたいのでございます」 「戦争の時、一体何があったのか」 「ですから、この度天京に来るにあたりまして、是非とも鴇田様をお訪ねしようと考えていたのです」 「その、何かご存じなのではないかと」 「ああ、だから俺の名前を知って驚かれたのですか」 こくこくと巫女殿が頷く。 聞けば聞くほど、力になれないのが申し訳ない。 「記憶さえ戻ればいいのですが」 「滅相もない、鴇田様は悪くありません」 「ただその、もしお許し下さるのなら、またお話を伺ってもよろしいでしょうか?」 「もちろん。 記憶が戻る可能性もありますから」 俺にしても、先代の斎巫女と何らかの接点があったのなら、ぜひ事実を知りたい。 「私は糀谷生花店という花屋で働いております。 いつでもお越し下さい」 「こうじやせいかてん。 はい、確かに承りました」 「平日の朝は勅神殿の道場で稽古をしております」 「お近くを通ることもあるでしょうから、その時にお声がけ下さっても結構です」 「あそこの道場でお稽古されているのですね」 「先日赴任してきたばかりですので気づきませんでした」 「無理もありません」 「久しぶりだけど、古杜音が元気そうで良かった」 「あの、朱璃様は天京で一体何を?」 「いろいろあったの、これでも」 「二人はどういう関係なんだ?」 「伊瀬野にいた頃の友人なの」 「友人!? 私を友人と呼んで下さるのですか!?」 巫女殿が、座席ごと朱璃を抱き締める。 「わっ、ちょっと、離しなさい」 「ありがとうございます。 私はてっきり路傍の石ころと思われているのかと」 「石ころと遊ぶ趣味はありません。 いいから離しなさい」 「申し訳ございませんっ」 慌てて巫女殿が手を離し、朱璃が少し照れくさそうに自分の首をさする。 朱璃としても巫女殿を憎からず思っているようだ。 「伊瀬野に〈皇學舎〉《こうがくしゃ》っていう巫女の学院があるの。 で、古杜音はそこで修行をしていたわけ」 「私がたまたま學舎の近くに住んでいたから、時々遊びに来てくれて、ね?」 「朱璃様は、〈紅葉山〉《もみじやま》の貴人と呼ばれていまして、學舎では有名人だったのです」 「雅な二つ名を頂いたものだな」 「似合わないって言いたいんでしょ? わかってます」 「はいはい、私の話はこれで終わり。 古杜音の話を聞かせて」 「私は、先日斎巫女に任命いただきまして、勅神殿に赴任して参りました」 「素晴らしいことじゃない」 「まさか、あなたが斎巫女になるなんて」 「光栄なことでございます」 「私のような未熟者がなぜ選ばれたのか、今でもわからないのですが」 荷台で恐縮する巫女殿。 斎巫女が荷台で縮こまっているのは、不思議な光景だ。 いや、考えてみれば、助手席に皇姫が座っているのだから不思議ではないか。 尾行がないことを確認し、勅神殿の近くまで来た。 「巫女殿、ここからは徒歩でお帰り下さい」 「今日はありがとうございました」 「後日、必ずお礼に伺います」 「この後も、共和国軍には気をつけて」 「はい、ありがとうございます。 では失礼します」 頭を下げ、巫女殿が荷台の扉を閉めようとする。 「うくっ、か、固い」 観音開きの扉が、なかなか動かない。 「少し待って下さい。 コツがいるんです」 外に出て、手伝う。 「はぇー、さすがにお力が強いですね」 「古い車なので少々コツがいるのです。 ではお気をつけて」 「はい、改めて失礼します」 丁寧に頭を下げ、巫女殿が立ち去る。 少し離れてからこちらを振り返り、元気に手を振ってきた。 なかなか朗らかな方だ。 運転席に戻ると、朱璃がじっとりとした視線で見てきた。 「古杜音には優しいんだ」 「巫女殿を粗雑に扱えるか」 「皇姫は雑に扱えるのに?」 「俺の知っている皇姫は、国の宰相を暗殺しようとするような皇姫だからな」 言いながら、車を発進させる。 「今後、態度を改めよう」 「別にいいよ今更。 これはこれで悪くないから」 何が不満だったのか、いまいちはっきりしない。 「念のため確認しておくが、巫女殿は朱璃の正体を知っているのか?」 「教えてない」 「しかし、紅葉山の貴人と呼ばれていたのだろう? 貴人ということは」 「奇人変人の奇人じゃない?」 「初めて家に来た時も、あの子、かなり怯えていたし」 「学院の友人に、様子を見てこいとでも言われたのでしょうね。 肝試し半分で」 朱璃の笑顔には、少しだけ自虐的な色合いがあった。 「巫女殿が君の血筋を証明してくれれば楽なのだが」 「斎巫女の言葉であれば、武人たちも信じる可能性が高い」 「本人の言葉は信じてくれないのに、斎巫女の言葉は信じるってどういう冗談よ」 「いや、冗談じゃないんだろうけど、何だかなあ」 天井を見上げ、朱璃が溜息をつく。 「巫女殿を味方に引き入れよう」 「そういう言い方は好きじゃないな」 「まあ、言いたいことはわかるし、必要だとも思うけどさ」 朱璃が少し考え込む。 「古杜音とは友達だけど、斎巫女としての彼女が何を考えているかはわからないの」 「慎重に進めていきましょう」 「幸い、巫女殿は俺に興味があるようだし、接触を絶やさないようにしよう」 二人で頷き合う。 「あ、そうだ、忘れてた」 朱璃が姿勢を正してこちらを向く。 「今夜の作戦、無事に帰ってきてくれて良かった」 「共和国の車が後退してきた時は、もう駄目かと思ったし」 「ああ、輸送車の話か」 「今頃言われても嬉しくない?」 「本当は車に戻ってきた時に伝えたかったんだけど、あの子のせいで言いそびれちゃった」 「ふふ、そんなことを気にしていたのか」 「悪かったわね、つまらないことを気にして」 ぷいっとそっぽを向く。 「言い方が悪かった」 「俺が言いたかったのは、君からのねぎらいはいつでも嬉しいということだ」 朱璃が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺を見る。 だが、すぐにまた窓の外に向いた。 「あなたは言葉が足りない」 小さな呟きが、営業車の騒音に紛れた。 朱璃を送り届けた後、すぐに奉刀会本部へ向かう。 深夜の夜鴉町は熱気に満ちている。 隙間無く並ぶ商店では、軍の流出品から盗品まであらゆるものが売られている。 商品の性格から、客は自然と日の光を避けるようになった。 ここが夜鴉町と呼ばれる所以だ。 人いきれと混じりに混じった料理の匂いにむせながら、本部の入口を隠す雑貨屋へ入る。 本部には、作戦の結果を聞くため、多くの武人が集まっていた。 血気盛んな槇一派の武人には、早くも祝杯を上げてきた奴もいる。 まったく、だらしのないことだ。 武人三訓の一つに『鍛錬を怠るべからず』という言葉がある。 これは、日々剣術の鍛錬をせよ、という意味に留まらない。 いついかなる時でも主のために働けるよう、心身の状態を整えておけ、というのがその本意だ。 酔っているなどもってのほか。 常に働ける状態にいて初めて、『主に忠義を尽くすべし』という第一の教えを守ることができるというのに。 規律を軽視する槇派に対し、滸率いる一派は三訓を墨守している。 作戦の成功に沸き立つこともなく、じっと滸の言葉を待っていた。 「では、これより報告を行う」 「奪還した呪装刀は二十七振り、うち一振りは〈業物〉《わざもの》でした」 「しかしながら、業物を含む約半数は損傷が激しく、使用には研ぎ直しが必要です」 「当方の損害はありませんでした」 「襲撃現場には、作戦終了の八分後に調査隊が到着。 現在も調査を継続中」 「今のところ、こちらに手が伸びてくる兆候はありません」 「なお、輸送車には斎巫女が乗せられており、これを保護したことも付け加えておきます」 「斎巫女の話では、呪装刀の«研ぎ»を頼まれたとのことでした」 「報告は以上です」 斎巫女の保護という事件に、本部がざわつく。 「静粛に」 滸の声に満堂が黙る。 「突然の計画実行ではあったが、良い結果が得られたことを嬉しく思う」 「緊急招集に応じ、見事に任を果たしてくれた諸君には心より礼を言う」 「また、逐一情報を流してくれた子柚」 「はいっ」 子柚が姿勢を正す。 「君の情報がなければ今回の作戦はなかった。 大手柄である」 「お褒めにあずかり光栄です」 「古来より、伊那家は偵察を任務として参りました」 「祖先の名を汚さぬよう、これからも鋭意努力いたします」 頭を下げる子柚。 「おう、イナゴ、手柄だ手柄」 数馬「イナゴじゃありません、伊那子柚ですっ」 「やっぱりイナゴじゃねえか」 「愚弄するのですかっ!」 吠える子柚を、数馬は笑って相手にしない。 「しかし代行、作戦の成功で、いよいよもって決起の日が近づきましたな」 「槇の言う通りだ」 「来るべき決起の日に向け、足固めをしていこう」 滸が全体に向けて呼びかける。 「いやいや、代行はいささか気が長いようで困る」 「だからこそ、勇猛果敢な君を副会長にしている」 「間を取れば、ちょうど良いところに収まるということだ」 「頼りにしているぞ」 前のめりの数馬を、滸が軽くいなす。 「先程、鴇田から報告があったが、共和国軍は斎巫女に«研ぎ»を依頼したらしい」 「呪装刀や呪術に関心を持ち始めているということだ」 「そちらの方面でも、情報を集めてもらえれば助かる」 全員が頷いた。 「それと鴇田」 「はい」 「報告の通り、奪還した呪装刀の半数は«研ぎ»が必要だ」 「斎巫女に依頼することは可能だろうか?」 「やってみます。 少し時間を下さい」 「よろしく頼んだ」 「さて、最後に次の呪装刀の奪還についてだが、私に一案がある」 「ほう、ぜひお聞かせ願いたい」 「標的は、天京の外れにある軍倉庫だ」 滸の発言に本部がざわつく。 軍の倉庫は当然ながら警備が厳しい。 「通常ならば、襲撃が成功する確率はかなり低い」 「しかし、終戦記念式典の当日ならばどうだろう?」 「なるほど。 その日なら軍の警備は共和国管区に集中する」 「悪くない。 手薄になっているところを頂くわけか」 「去年調べたところでは、十分実行可能と見ている」 「今年も同様の警備体制が敷かれるとは限らないが、狙っておいて損はない」 異議は上がらない。 「では、詳細は後日の軍議で決定する」 応、と声が上がった。 積極的な作戦の提案に、血の気の多い槇たちは上機嫌だ。 「今夜は飲むなとは言わないが、成功の後は油断を生じやすい。 くれぐれも注意せよ」 「ではこれで解散とする」 滸の言葉で、全員が姿勢を正し神棚に向かう。 いつもの〈金打〉《きんちょう》の儀式だ。 揃って一礼の後、脇差しを少しだけ抜く。 「«大御神»の御前にて、奉刀会一同、鋼の如き団結と皇帝陛下への誠忠を誓う」 「誓約を違える者あらば、その命を以て贖うべし」 「誠忠」 滸からの慰労の金を受け取り、会員たちは意気揚々と本部を出て行く。 「おう、鴇田、たまには一杯どうだ?」 「知っているだろ、俺は酒をやらない」 「相変わらずだな。 ま、せいぜい有事に備えてくれ」 「飲んだくらいで負ける奴は、〈素面〉《しらふ》でも負けると思うがな」 鼻で笑い、槇は仲間を引き連れて本部から出ていった。 すぐに滸と二人きりになる。 「宗仁、今日はどうして宮国を連れてきたの?」 滸が目を三角にして詰め寄ってきた。 「緊急事態だったんだ、仕方ない」 「俺が好きで連れて行ったと思うか?」 「思う」 「俺を何だと思ってる」 「宮国の家来」 「その通りだ」 「はあ、もうやだ」 滸が脱力した。 「といっても、今は彼女の血筋に仕えているに過ぎない」 「心からの忠義を捧げるには、彼女はまだ未熟だ」 「私にはわからないよ」 「主が未熟なら、傍で支えるのが忠義だと思う」 「稲生家はそうだろうな」 武人筆頭の家が主を選り好みしていては、下への示しが付かない。 滸からすれば、主を品定めしている俺は、不忠者ということになるだろう。 「どっちにしても、私たち、道を〈違〉《たが》えることになるんだね」 「滸が、あくまで翡翠帝を主とするのならな」 「はっきり言われると、怒る気もなくなるよ」 「ああ、何でこんなことに」 「俺たちのためにも、朱璃の血筋は必ず証明してみせる」 「それはそれで、うーん、悩ましい、悩ましいなあ」 口調は軽かったが、俺たちはあくまで真剣だ。 主を決めるということは、すなわち命を懸ける対象を決めることだ。 滸が朱璃を害しようとするなら、俺は滸を斬らねばならない。 逆もまた然りだろう。 家族や恋人の情より忠義を優先するのが、武人の是だ。 もちろん、できることなら滸と戦いたくはない。 だからこそ、朱璃の血筋の証明が重要になる。 自分のためにも朱璃のためにも、そして滸のためにも。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 午後九時過ぎ──父、共和国総督から呼び出しを受け、総督府に向かう。 総督府の敷地は広大だ。 かつて読んだ資料によれば、南北二千三百〈米〉《メートル》、東西千五百〈米〉《メートル》。 正門から司令部がある建物までは、徒歩で十分はかかる。 「ご苦労様」 エルザ正門の衛兵にねぎらいの言葉を掛け、車を先に進めさせる。 敷地に入ると、整然と並んだ戦車と装甲車が私を出迎えてくれた。 総督府には常時一万の兵士が配置され、天京での有事に備えている。 皇国人にとっては畏怖の象徴だろう。 〈共和国〉《わたしたち》の戦力は、これだけではない。 管区の別の基地に一万、天京の郊外には四万。 全国には更に十万の兵力を置いている。 近代的軍隊を持たない皇国は、どう転んでも共和国と戦えないはずだ。 にもかかわらず、武人と来たら──「往生際が悪いにも程があるわ」 執務室に入った私を待っていたのは、父──総督の温度のない視線だった。 溜息を隠して直立の姿勢を取る。 「輸送隊の件、また武人の仕業か」 ウォーレン「車両の損傷状況から見て間違いないかと思います」 「なぜ奴らを野放しにしておく?」 「全員拘束し、適当に処理すればよかろう」 椅子の背もたれに体重を預け、総督はパイプに火をつけた。 「(嫌な香り)」 甘い香りが部屋に広がる。 かつては父の象徴であり安らぎをもたらす香りだったが、今では嫌悪感しか生まない。 「武人の全てが危険な思想を持っているわけではありません」 「約七割の武人は既に武器を手放し、一般の国民として生活しております」 「善良な国民を拘束するわけには参りません」 「なるほど」 言葉とは裏腹に、心の底から理解しかねるという顔だった。 黒と白を選り分ける手間を掛けるなら、丸ごと燃やしてしまえという発想である。 世界各地に占領国を持つ共和国としては、その方針が効率的なのかもしれない。 「(でも、大ざっぱすぎる)」 私なら、もっと上手くやれるはずだ。 「私は天京の治安を預かっております」 「お前はこの国をどうしようというのだ?」 「民主主義を根付かせ、平和な統治を行いたいと思っています」 「そのために共和国は……」 「必要ない」 「それこそ、共和国の戦争の大義ではありませんか」 「議論するためにお前を呼んだのではない」 独裁国家の救済と民主主義の普及が、共和国が世界各地で戦争を起こす理由だ。 もちろん方便に過ぎない。 戦争を続ける本当の理由は、単に戦争をやめられないからだ。 共和国の政治も経済も、もはや戦争を前提として成り立っている。 共和国から戦争を取り上げるのは、農業で成り立っている国から畑を取り上げるようなものだった。 だから、敢えて私は〈民主主義〉《ほうべん》を実現しようとする。 偽りの民主主義国家に、少しだけ渋い顔をさせてやりたいのだ。 「話は変わりますが、今回の件、武人に情報を売った者がいるようです」 「直前に輸送の日時を変更しましたが、それすら漏れていました」 「漏れて困る情報は他人に教えるな。 それだけだ」 「今後注意します」 「注意は誰でもできる」 「いいか、ミスをするな。 わかったか? わかったな」 「はい」 不快感を抑え、踵を返す。 長居はしたくなかった。 「来週の終戦記念式典、警備をお前に任せる」 「えっ?」 終戦記念式典は三月二十日……来週の日曜日だ。 同じ週末、天京は«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»で大いに賑わう。 警備としては、大変な困難が伴う。 「もう十日しかありません」 「万全の警備を行うには準備期間が不足しているかと思います」 「任せると言った。 結果を出せ」 「ご満足いく結果を出せるよう努力します」 「今年の記念式典は、両国にとって喜ばしい日になる」 「下らん不穏分子にケチをつけさせるな」 「わかりました」 式典で一体何があるのだろうか?大方、本国からの来賓に何か土産を用意しているのだろう。 戦場に身を置きながら、この人の目はいつも本国の議会に向いている。 戦争も議会での発言力を高める手段に過ぎないのだろう。 ロビー活動のための資金は、小此木から提供されているという。 小此木の資金が、皇国民から奪われたものであることは言うまでもない。 間接的にではあるが、父は皇国民から搾取しており、そしてそれを勝者の権利だと考えている。 父も小此木も、同じ人間とは思えない。 いや、実際に違う生物──怪物ともいうべき存在なのだろう。 「失礼します」 赤い絨毯が敷かれた廊下を経て、総督府の外に出た。 「(ああ、嫌な気分)」 手のひらで軍服を払う。 無駄だとわかっていても、一刻も早く紫煙の匂いを身体から払い落としたかった。 まったく、武人が輸送車を襲ったお陰でこんなことに。 馬鹿、馬鹿っ。 くさくさした気分を武人のせいにする。 «八月八日事件»を経ても、危険思想を持つ武人は少数ながら存在する。 彼らを取り締まらないことには、皇国に平穏な日々はやってこない。 いつもどこかで銃声が聞こえているような街はうんざりだ。 気分転換をしていると、車止めに車両が一台止まった。 下りてきたのは、ロシェル中尉と部下らしき女だ。 「こんばんは、エルザ上級大佐」 ロシェル「ああ、君か」 「輸送隊の件、先程伺いました」 「武人の襲撃には軍も手を焼いております。 是非とも早期の摘発を」 「わかった」 「よろしくお願いいたします」 涼しげな瞳は、おそよ軍人のものとは思えない純朴な光を〈湛〉《たた》えている。 貴族的な、苦労を知らない顔だ。 生理的に好きではなかった。 「では、失礼します」 ロシェルと女が建物の中に入っていった。 「(武人か)」 彼らは闇に潜み、人知を越えた俊敏さで襲いかかってくる。 どんなに高価で優秀な装備も、彼らの前には無力だ。 素早すぎる敵を前に、兵たちは斬られていく。 武人は悪魔だ。 天京の闇に棲み、征服者の首を狩る悪魔だ。 「(はやく潰さないと)」 脳裏に、稲生さんや鴇田君の顔が浮かんだ。 朝の稽古を終えてから、俺と滸は勅神殿の社務所を訪ねた。 もちろん、斎巫女に呪装刀の«研ぎ»を依頼するためだ。 「申し訳ございません。 斎巫女様はご多忙でございまして」 社務所の巫女「いつなら面会できる?」 宗仁「私の一存では何とも申し上げられません」 「では、鴇田が尋ねてきた旨をお伝え頂けますか? 明日また伺います」 「かしこまりました」 「さすがに斎巫女ともなるとお忙しいらしい」 「研いでくれないと困るんだよなあ」 滸滸が腕を組む。 「このまま相手にされないってこともあるかもね」 「何しろ、相手は神殿組織の頂点に立つ御仁だから」 「昨日話した限りでは悪い方ではなかった。 きっと会ってくれるだろう」 「宗仁って、たまに根拠なく人を信じるよね」 「信じる信じないは気持ちの問題だ。 おかしいか?」 滸はじっと俺の目を見た。 「宗仁は強いよ」 「それに引き替え、私はいつも迷ってばかり」 滸が小さく溜息をついた。 「何に迷っている?」 「稲生家の当主としてふさわしいのか、会長代行として上手くやれているのか」 「切りがないよ、本当に」 滸には、自分に厳しすぎるところがある。 俺から見れば十分頑張っているのだが、本人はまだまだだと言う。 稲生家の当主という重責と、戦時の記憶がいつも滸を追い立てているのだ。 「滸は、立派に代行を務めている」 「それだけじゃなく、歌手までやっているじゃないか」 「俺には絶対に真似できない」 「ごめん、弱音を吐いたね」 自分の頬を叩き、滸は表情を引き締めた。 「構わんさ」 「俺が気の利く男なら、もう少しましな事も言えるのだろうが」 「宗仁は揺るがないでいてくれるだけで十分」 滸が微笑んだ。 「あ、これ、今日の朝ご飯」 「ありがとう」 いつものように、朝食の包みを受け取る。 ずしりと重く感じたのは、滸への負い目があるからだ。 戦後、ずっとこうして俺を支えてきてくれていたのに。 もう、弁当は遠慮した方がいいのかもしれない。 「なあ、滸」 「それ以上言わないで」 「宗仁が自分の忠義に従って今の道を選んだのなら、私は応援するよ」 「戦うことになっても、この手で斬ることになっても、応援する」 「だって私は……」 言いかけて、唇を噛んだ。 「いいの、今まで通りでいさせて」 「ああ」 滸の純粋すぎる気持ちを前に、それしか言葉が出ない。 「それじゃ、また学院でっ」 刀を押さえ、滸が走り去る。 持たされた弁当が、また少し重くなった。 昼食の時間。 朱璃、滸、紫乃との四人で食事をしていると、生徒会長が卓に近づいてきた。 「ご機嫌よう」 紫乃生徒会長に最低限の目礼をする。 昨日の今日だ、警戒しなくては。 「ここ数日、様子を見ていましたけれど、宮国さんは私の忠告を聞いて下さらないようね」 「武人と付き合うのはお勧めしないと言ったはずよ」 「忠告はありがたいけど、友人は自分で選ぶから」 朱璃二人とも微笑んだまま、表情を崩さない。 「私はあなたを高く買っているの。 先日の授業での発言も立派なものでした」 「そりゃどうも」 「もし良かったら、春から生徒会役員になってみる気はないかしら?」 「はい?」 さすがの朱璃も目を丸くする。 「いきなり何? 役員ってどういうこと?」 「生徒会役員」 「副会長をお願いしたいの。 前任者が転校してしまって困っているのよ」 「やめておいた方がいい」 「ええ、ありがたい申し出だけど、遠慮しておきます」 「鴇田君の意見ではなくて、宮国さんの意見が聞きたいわ」 「私も同意見」 「どうせ役員をやるなら、会長をやりたいし」 朱璃の発言に、無関心だった滸ですら顔を上げた。 「宮国、君は素晴らしい根性をしているな」 「ははは、これはエルザの負けだよ。 はははは」 「紫乃、笑い過ぎだわ」 生徒会長が溜息をつく。 「結構。 もう余計な忠告はしません」 「わかってもらえて助かります」 「あなたのようにはっきりものを言う人間が皇国にいるなんて驚きだわ」 「皇国人は、思ったことを口にしない人間ばかりだから」 「私だって、昼食の時間がもっと静かならいいと思ってるけど」 「なるほど、お食事を邪魔してごめんなさい」 棘がある言葉を、生徒会長は笑顔で受けた。 さすがにこの程度のことで声を荒げたりはしない。 「それでは、いずれまた」 笑顔で別れを告げ、俺たちの卓を離れた。 全員で小さく安堵の息をついた。 「きゃっ!?」 「わわわっ!?」 エルザ・古杜音小さな悲鳴がした方を確かめ、思わず目を疑った。 「まさか」 「ん? あれは確か?」 斎巫女、その人だ。 学生服を着ているところを見ると、見学に来たわけではないだろう。 「あなた、きちんと前を向いて歩きなさい」 「わわわわわ、すみません、すみません」 古杜音「って、えええっ、共和国の方ですか!?」 「は、はわゆー、はわゆー? れでぃー? おーるれでぃ?」 「ああ思い出した。 新しい斎巫女だ」 「先日、就任のお祝いを贈ったのだった」 紫乃は疑問が解けてすっきりした顔をしている。 止める気など全くないらしい。 「とにかく、まずはどいてくれない?」 「でもでも、汚してしまいました」 巫女殿が〈手巾〉《ハンカチ》を取り出し、生徒会長の服を撫でる。 「あっ、こら、どこ触ってるのよ」 「すみません、すみません、すみませんっ」 「くっ、ふふふっ、くすぐった、くすぐったいから!?」 「だめ、こら、やめて、やめてっ、あははははははっ」 治安維持の責任者が身もだえしている。 共和国人の野次馬が、ぞろぞろと二人の周囲に集まり始めていた。 「えーと、助けた方がいいの?」 「おそらくは」 朱璃と二人立ち上がり、騒動の現場に向かう。 「ちょっと古杜音」 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ」 「こ と ね、落ち着きなさい」 「はっ!?」 巫女殿が動きを止める。 「はあ、はあ、はあ……落ち着いて、くれたようね」 「あ、すみません、私……」 二人が距離を取った。 「ええと、あの……申し訳ありませんでした」 「転校したてで、きょろきょろしてしまいまして」 「ああっ!?」 「ひっ!?」 巫女殿が身を縮こまらせる。 「あなた……斎巫女の……」 「あ、はい。 椎葉古杜音と申します。 以後お見知りおきを」 「斎巫女ともあろう方が、どうしてここにいるのかしら?」 「いろいろと事情がございまして」 ぽりぽりと頭を掻く古杜音。 「ところであなた様は?」 「私は生徒会長のエルザ・ヴァレンタイン」 「エルザ様ですね。 今後ともよろしくお願いします」 素直な笑顔を向ける古杜音。 「私をご存じないのかしら?」 「は、はあ、申し訳ございません」 「ああ、そう」 巫女殿に害意がないと見て取ったのだろう、生徒会長が表情を緩める。 「では、椎葉さん。 よき学院生活を」 生徒会長が周囲の人垣に向いた。 「皆さん、食事の邪魔をしてしまいすみませんでした」 「問題は解決しましたので、席に戻って下さい」 生徒会長の声で、野次馬が散っていく。 「巫女殿、まずはこちらで一息つきましょう」 巫女殿を席へ連れていく。 自己紹介を終えた後、巫女殿を交えて学院のあれこれを説明する。 「え、では、私は総督のご息女に苺牛乳をかけてしまったのですか」 「見上げた根性ね、古杜音」 「も、もう駄目です。 ああ、«大御神»よ……ご加護を」 真っ青な顔で震えている。 「でも、どうして斎巫女ともあろう者が学院に?」 「小此木宰相から、これからの斎巫女は市井に触れるべしとのお達しがありまして」 「お役目の合間を縫って通うことになりました」 「謎の理由ね」 「まったくだ」 三人で首をひねる。 「もしかしたら、巫女殿をサボらせたいのかもな」 「修行やお務めの時間を削って、呪力を弱めたいとか」 「うう、確かに、この食堂は素晴らしいですし、通学路にも美味しそうなお店がありますし、つい怠けてしまいそうです」 「ははは、祈りより食い気ですか、巫女殿」 「な、何を仰います。 きちんと毎日祈りますよ。 祈りますとも」 正拳突きを左右交互に繰り出している。 「巫女殿がいなくなっては武人も困ります。 ぜひお願いします」 「それを仰るなら、武人のお二方も剣のお稽古はよろしいのですか?」 おどけた様子で巫女殿が俺と滸を見る。 「鍛錬は怠っていない」 「す、すみません。 調子に乗りました。 何卒ご容赦下さい」 「いえ、別に」 「あわ、あわわわわわわわわ」 ぶるぶる震える古杜音。 滸は仏頂面だが、内心では必死に言い訳を考えているのだろう。 完全に怖い武人だと思われたな。 ま、いつものことだ。 「あ、もう次の授業か」 朱璃の声を合図に、それぞれ立ち上がる。 「巫女殿、ぜひ相談したいことがあるので、放課後お時間をよろしいか?」 「はい、もちろんです」 「あ、それとですね、巫女殿ではなく古杜音とお呼び下さいませんか?」 「巫女殿を呼び捨てにするのは畏れ多いが」 「構いません。 昔から呼び捨てにされておりましたので、どうにも収まりが悪いのです」 「そういうことならば、ご希望に添いましょう」 「では古杜音、また放課後に」 「はい、かしこまりました」 本人の言葉通り、呼び捨てが性に合っているのだろう。 古杜音は屈託のない笑顔を見せてくれた。 放課後、待ち合わせの場所に向かうと、既に古杜音が待っていた。 周囲を見回すたびに、お下げにした髪が揺れている。 「いざという時、古杜音の髪は邪魔にならないのか?」 「左右にあるから安定すると思う」 「なるほど、それもあるか」 「普通、そこで納得する?」 「あ、皆様っ」 と、古杜音が手を振りながら駆け寄ってくる。 「掲示板を見ましたか、大変、大変なことですよ!」 「あなた、落ち着きがないって言われない?」 「伊瀬野では毎日のように言われていました」 「はっ! それはいいんです、大変なんです」 古杜音が学院の掲示板を指差す。 『翡翠帝ご登校にともなう警備強化について』とあった。 「翡翠帝が」 「学院にいらっしゃるんですよ!」 期日は来週の火曜日、急も急な話だ。 「どうです大変でしょう?」 自分の手柄のように胸を張る古杜音。 大変は大変だが、大変なのは警備の人間だ。 「宗仁、なんで私を見るのよ?」 「いや、何でもない」 「悪意がある目だったけど」 「ないない」 「私の目を見て答えなさい」 「うるさい」 「ふふふ、朱璃様は、天京にいらしてずいぶん明るくなられたのですね」 「え? ああ、うん。 そうかも」 朱璃が気まずそうに視線を逸らす。 「話は歩きながらしよう」 三人を促し、学院の敷地から出る。 「また翡翠帝にお目にかかれるなんて、思いもよりませんでした」 「お目にかかったことがあるのか?」 「はい、つい最近。 斎巫女の就任式で、大変お優しいお言葉を掛けて下さいました」 「やはり皇帝陛下であらせられる方は、あのようでなくてはいけません」 「まったくね」 目が据わっている。 「時に鴇田様、私に相談があるということでしたが」 「ああ、そのことだ」 「実は、古杜音に刀の«研ぎ»を頼みたい」 「刀というのは……言わなくてもわかると思うが」 「はい、もちろんでございます」 「先に伝えておくが、今の天京では法に触れる行為だ」 「場合によっては取り締まりを受ける可能性もある」 古杜音の表情が固くなる。 「と、研いで、何に使われるおつもりですか?」 「楊枝にでもすると思う?」 「ま、まさか、滅相もない」 びくびくしながら古杜音が答える。 昼の件もあり、明らかに怖がっていた。 「武人が斬るのは主の敵だけだ」 古杜音が黙る。 うら若き少女には、重い選択かもしれない。 「昨夜のご恩をどのようにお返ししたらよいか、考えていたところでした」 「«研ぎ»のご依頼、慎んで承ります」 古杜音が、太ももの前で指を揃えてお辞儀をした。 「よろしく頼む」 「もし共和国に咎められたら、武人に脅されたと言っておけばいい」 「滅相もない」 「刀を守るは巫女の務め。 味方を売るようなことはいたしません」 「私のことはお気になさらず、存分にお働き下さい」 古杜音の言葉に胸が痺れた。 彼女の可憐な姿を見て、俺は心のどこかで古杜音の覚悟を疑っていたのかもしれない。 全ては杞憂だった。 彼女は呪装刀を預けるにふさわしい人物だ。 「いつお研ぎしましょうか?」 「早い方が良い。 古杜音の都合は?」 「夜のお務めが終わる二十二時以降でしたら」 「滸、今夜で問題ないか?」 滸は頷くだけで返す。 「い、稲生様、あの」 「あん?」 「いえ、あのーですね」 「刀を研ぐ時は、どのように研ぐかご存じですか?」 「刀だけに、そーっと、そーっど、ソード……的な」 「……」 「翡翠帝は笑って下さったのにっ!」 古杜音は脱兎の如く走り去った。 「朱璃ー」 「私のせいっ!?」 「だったらあなたが笑いなさいよ、古杜音渾身の冗談だったのに」 ガミガミ言ってくる朱璃の脇で、滸は相変わらずの仏頂面だ。 「宗仁」 「ん?」 「そーどって何?」 「俺がわかると思うか」 「……駄目すぎる」 放課後、«研ぎ»に出す呪装刀を取りに武器庫まで来た。 幾重もの扉の先にある武器庫に入ると、今まで集めてきた呪装刀が私を出迎えてくれた。 「みんな、久しぶりー」 丁字油の香りを胸一杯に吸い込む。 ああ、落ち着く。 願わくば、私の死体は丁字油をかけて燃やしてほしい。 「もう、学院とか本当に無理」 「古杜音には、絶対嫌われたよー。 これからどうしよう」 当然だが、呪装刀からの返事はない。 それでも空しくないのは、会話こそできないものの、呪装刀にはそれぞれの人格があると信じているからだ。 手に取れば、今日の調子や、どう扱って欲しいかが何となく伝わってくる。 呪装刀は、何人もの巫女が文字通り命を捧げて作り上げる。 己の魂を呪力に変えて、刀身に封じ込めるのだ。 だから人格があっても不思議ではない。 ううん、ないとおかしいくらい。 いつかは武器庫にある全ての呪装刀と対話したいものだが、生憎今日も今日とて時間が無い。 古杜音に研いでもらう刀だけを手に取る。 「ああ、乱暴に扱われて可哀相に」 鞘はなく、刀身は無残なまでに焼け焦げている。 この水準まで損傷すると、奉刀会お抱えの巫女殿では研げない。 でも、斎巫女ならばきっと。 「あーでも、嫌われてるよね」 うう、もっと上手く話せればいいのに。 あの後、ソードについて調べたが、なんでも共和国語で刀のことらしい。 ソードとそーっとを掛けていたのだ。 「ああ不覚、どうして気づいてあげられなかったの」 「自分の無知が情けないよ」 げんなりした気分になりつつ、焼けた呪装刀を布に包む。 ふと、呪装刀の声を感じた。 とてもか細い、男に捨てられ、さめざめと泣く女のような声だ。 妙に心に刺さるのは、私が似たような状況にいるからだろうか。 声の出元を探すと、一振りの碧く澄んだ呪装刀が目に入った。 私の考えが聞こえてしまったのか、刀が不満の声を上げる。 「(はいはい、もう泣かないで)」 まだ三十分ほど余裕がある。 手入れくらいはしてあげよう。 そう決めて、私は呪装刀を手に取った。 花屋の仕事を終え、朱璃と滸を乗せて勅神殿へやってきた。 車を降りると、門前で待っていた巫女がこちらに頭を下げた。 朝、社務所にいた巫女だ。 「鴇田様でございますね」 「斎巫女様より、ご案内するよう仰せつかっております」 慇懃な態度で頭を下げる。 「よろしく」 「よろしくね」 朱璃も頭を下げる。 邪魔をしない約束で連れてきたのだ。 「では、こちらへ」 巫女殿の先導に従う。 拝殿に行くのかと思っていたが、そうではない。 社務所から建物に入り、奥へ奥へと進んでいく。 途中で階段を下ったところを見ると、地下なのかもしれない。 案内されたのは、さほど広くない空間だった。 正面の祭壇で、«大御神»を表す金銅鏡が涼やかな光を放つ。 意志を持たないはずの鏡を前に、なぜか大いなる存在に見つめられている感覚を覚える。 いや、もしかしたら、俺は鏡を通して«大御神»と対面しているのかもしれない。 「ようこそお越し下さいました」 祭壇の正面には古杜音が、その〈下手〉《しもて》には左右に五人ずつ、合計十人の巫女が侍っている。 「ここは私一人で結構です」 古杜音が言うと、侍っていた巫女殿は深々と頭を下げ、無言のまま部屋を出ていった。 俺たちを案内してくれた巫女殿もいない。 勅神殿の最奥で、十人もの巫女にかしずかれて祈る。 それが、斎巫女本来の姿なのだろう。 部屋の荘厳な空気も相まって、古杜音が全くの別人に見える。 「直接お迎えに上がりたかったのですが、何分域内はしきたりが多うございまして」 「どうやら、こうして面会できるだけでも光栄と思わなければいけないようだ」 「滅相もない。 ただただ窮屈なだけです」 「人に頭を下げられるのは、どうにも慣れません」 古杜音が笑う。 「では、早速、刀を拝見してよろしいでしょうか?」 「拝見いたします」 持ってきたのは、知り合いの巫女殿がどうしても研げないと言った一振りだ。 武人町の焼け跡から掘り出したのであろうそれは、真っ黒に焦げ、刃ぎれ刃こぼれも無数。 呪力が封じ込められた柄の宝石も濁っている。 もはや刀と呼ぶのも難しいものだ。 「粗雑に扱われたのですね。 可哀相に」 古杜音が両手で捧げ持つと、刀はねぎらいに応えるように淡く光を帯びた。 古杜音が目を閉じる。 「この刀、作刀は五百六十年ほど昔のようです」 「銘は«さざ波»、奉命の巫女は一人」 「この刀は、僅かながら自然との対話を可能にしてくれるようです」 刀の光を人間の言葉に翻訳するように、古杜音が静かに語る。 約五百六十年前、一人の巫女が命を捧げ«さざ波»を作り上げた。 自然と対話しようとしたのは、戦場に潜む敵をいち早く見つけるためかもしれない。 俺たちの先祖が、この刀を手に自然の声に耳を澄ましながら戦場を駆けたのだ。 それが今や、共和国の空爆に晒され見る影もない。 「(持っただけで、そこまでわかるんだ)」 「(普通の巫女は二時間ほどかかる。 古杜音の力が段違いなんだ)」 「(すごいのね、古杜音って)」 「では、研がせて頂きます」 古杜音が胸元から懐紙を出す。 それを二つに折り、刀身を挟む。 「掛巻も畏き、«大御神»の大前に、恐み恐みも白さく……」 古杜音が口の中で祝詞を上げる。 店長のように、低い、地が震えるような声音ではない。 声としてはほぼ聞き取れない音の羅列が、古杜音の身体を包み、拡大していく。 「く……」 それは圧と言ってよい。 風一つ起こっていないにもかかわらず、身体が押しつぶされそうな程の力が全方位から押し寄せる。 «大御神»の意志が拝殿に充溢し、異物である俺たちを分解しようとしているようだ。 刀が眩い光を帯びた。 刀身を覆う錆を懐紙で拭い取るように、古杜音は刀を引き抜いていく。 懐紙を通過した刀身には曇りの一つもない。 同時に、柄の宝石も輝きを取り戻してゆく。 あれだけ損傷していたのに。 「すごい……」 身体を押しつぶす力も忘れ、呆然と見入る。 懐紙は切っ先までを拭い終えた。 古杜音が長く細い息を吐く。 刀身を包んでいた光が、無数の蛍になったかのように飛び去った。 「«研ぎ»、終わりました」 古杜音が再び刀を捧げ持つ。 「見事」 「凄い」 「見事だ」 三人揃って声を上げる。 「お褒め下さる前に、仕上がりをご確認下さい」 古杜音が刀を包みに戻し、立ち上がる。 見れば、古杜音の額にはじっとりと汗が滲んでいる。 斎巫女とはいえ、呪術は体力を消耗するらしい。 「改めさせてもらいます」 滸が刀を改める。 横目で見ても、圧倒的な«研ぎ»だとわかる。 こう言っては何だが、今まで«研ぎ»を頼んでいた巫女殿とは次元が違う。 「素晴らしい」 「上手くいって何よりでした」 「ここで失敗したら、格好がつきませんからね」 古杜音があどけない笑顔を見せる。 「呪装刀を研ぐところは初めて見た」 「古杜音、すごいじゃない」 好奇心と感動に、朱璃の声が弾んでいる。 「私などはまだまだです」 「御先代様なら、この程度のことは朝飯前でした」 古杜音が謙遜して頭を下げる。 「そうそう、呪装刀のことで古杜音に聞きたいことがある」 「はい、私でお答えできることならなんなりと」 「呪装刀は武人のみが扱えると教えられてきたが、例外はあるのか?」 「あっ、その話、私も知りたい」 「例外、例外ですか」 古杜音は少し考え込んだ。 「呪装刀は、武人の身体を流れる«大祖»の血に反応して力を発揮します」 「その〈理〉《ことわり》を力づくで変えるほどの呪力があれば、不可能ではないかもしれません」 「少なくとも私には無理です」 「(だそうだが)」 「(私? 呪力なんてないよ)」 「そもそも、それほど強大な呪力を持った人間に、呪装刀を使う必要があるのかという気もしますが」 「多少の敵なら、指先一つで撃退できるでしょうし」 「言われてみればそうか」 「ちなみに、古杜音は山の一つくらいは吹き飛ばせるのか?」 「まさかそんな!?」 「私など、丘くらいがせいぜいで」 謙遜しているのか何なのか、基準がわからない。 「丘は、壊せるんだ」 「ええ、まあ。 すごく怒られましたけど」 「若き日の過ちという奴です、ははははは」 若き日の過ちで地形を変えられてもな。 「巫女殿」 「はいっ!?」 ずっと黙っていた滸が口を開く。 「す、すみません、調子に乗って武勇伝など」 「些少ですが」 「へ?」 滸が袱紗包みを差し出す。 «研ぎ»の代金として用意してきたものだ。 「お気持ちだけで十分です。 刀の«研ぎ»は巫女の務めですから」 「昔から、武人が礼をする習わしだ」 「お力を貸して下さった«大御神»への捧げ物、ということになっている」 「なるほど、それは不勉強でした」 ぽん、と手を打つ古杜音。 「では、次回からは頂くことにします」 「なぜ?」 「今回はお願いがあるのです」 古杜音が神妙な顔つきになった。 「私を武人町へ連れて行って頂けないでしょうか?」 「あそこは廃墟だが」 「もちろん存じ上げています」 「今は立ち入りができないことも知っています」 「ですが、斎巫女として、あの地で命を落とされた武人の皆様のために慰霊を行いたいのです」 「かの地では、無数のご遺体が埋葬もされず野ざらしにされたと聞きます」 「あまりにも無残でございます」 戦争の始まりを告げる空爆で、武人町は壊滅した。 死者は三万とも言われ、そのほとんどは武人とその家族だ。 しかも、武人町空爆の被害者は戦争被害者全体の八割を占める。 にもかかわらず、戦後は武人が戦犯扱いされ、まともな慰霊など行われなかった。 「御先代様が亡くなられてから、斎巫女がいなかったこともあり、慰霊が行えませんでした」 「私が就任したからには、死者の魂をないがしろにはいたしません」 かすれた声で滸が呟いた。 「宰相にも同じお願いをしたのですが、すげなく断られてしまいました」 「こうなれば、忍び込む以外にありません」 滸は隠しもせずに涙を流していた。 手を伸ばし、滸の震える背中を撫でる。 「え? あの、稲生様? 私、また何かまずいことを」 「神殿の長たる斎巫女殿が慰霊をして下されば、死んでいった武人たちも報われる」 「心遣い、感謝する」 涙で話せない滸に代わり、頭を下げる。 野ざらしにされ、あまつさえ皇国民からも唾をかけられた武人の魂が、ようやく慰められる。 戦争の記憶を失った俺ですら、胸が詰まる思いなのだ。 滸の感激はいかほどのものだろう。 同時に、滸と同じ悲しみを共感できない自分を疎ましくも思う。 俺の家族──義理の両親も義妹も武人町に埋まっているはずだが、どの顔も忘却の霧の彼方だ。 「古杜音は、俺が必ず武人町まで連れて行く」 「ありがとうございます。 ぜひよろしくお願いいたします」 古杜音が深々と頭を下げる。 頭を下げたいのはこちらだ。 「君と出会えたのは幸運だった」 「過分なお言葉です」 「私からも……感謝する」 「え?」 「これで祖先の霊も報われる」 「古杜音が斎巫女で良かった」 「ありがとうございます、稲生様」 滸の信頼が込められた視線に、古杜音が耳を赤く染める。 「では、時間と入る方法はこちらで考えておこう」 「連絡先を教えてもらっていいか」 古杜音が嬉しそうに微笑む。 「古杜音、良かったじゃない。 稲生に認められて」 「はい、それはそれは安心しました。 もう、いつ斬られるか……」 古杜音が滸を見る。 「ふふふ」 かなりぎこちないが、滸は表情を緩めた。 「稲生様っ」 今度は、感極まった古杜音が涙を零す番だった。 古杜音と連絡先の交換などをし、俺たちは勅神殿を後にした。 慰霊の話がよほど嬉しかったらしく、滸はあれから上機嫌だ。 「送ってくれてありがとう」 「古杜音と会えて良かったな」 「うん」 「まさか滸の泣き顔が見られるとは思わなかった」 「やめてよ、もう」 「ふふ、可愛らしいじゃない」 滸が仏頂面になる。 「宗仁なら私の気持ち、わかるよね」 「斎巫女が慰霊してくれるなんて、こんな光栄なこと」 「もちろんわかる。 茶化して悪かった」 「もう」 腕を組み、ぷいっと顔を背ける。 なかなか見られない、可愛らしい仕草だ。 「では、慰霊の日程が決まったらまた連絡する」 小さく頷いてから、滸が朱璃を見た。 「何?」 「宗仁を危険な目に遭わせないで」 「はあ!?」 俺に手を振ってから、小走りで路地裏に入る。 尾行を警戒し、真っ直ぐ家には帰らないのだ。 「普通、男に言う台詞じゃない?」 「先日の襲撃に君がいたことが気に入らないらしい」 「あれは不可抗力でしょ?」 「もちろん。 次は連れて行かない」 車を出す。 「稲生、なかなか心を開いてくれないなあ」 「やっぱり、血筋を証明するまでは難しいか」 「そのことで、今日一つ考えたことがある」 「君が着ていた〈呪装具〉《じゅそうぐ》があったと思うが、あれは鑑定済みのものか?」 「鑑定書があったとしても、おそらく帝宮の中よ?」 「あ、わかった。 古杜音に鑑定してもらうつもりね」 頷いて返す。 朱璃によれば、あの呪装具は皇家に昔から伝わるものだという。 「あれが皇家の宝だと証明できれば、持ち主の血筋の証明にもなる」 「盗んできたと思われるのが落ちじゃない?」 「一級品の呪装具であれば、所持者の履歴はどこかに記録されている」 「盗難に遭ったのなら遭ったで、そのように記載されるはずだ」 一級品の呪装具は、個人の所有物であっても共有財産としての性格を持つ。 したがって、所有者の情報は厳密に管理されていた。 「ま、鑑定してもらって損はないか」 「斎巫女のお墨付きともなれば、滸の見る目も変わる」 「まさか、古杜音を頼ることになるとは思わなかった」 朱璃がおかしそうに笑う。 「っっ!?」 朱璃が首をすくめる。 窓の外に目をやると、五、六人の皇国警察が集団に銃を向けていた。 見れば、地面に男が一人倒れている。 抵抗して射殺されたのだろう。 ブレーキは踏まない。 忸怩たる思いで、車の速度を上げる。 朱璃から、以前のような反発はない。 横目に窺うと朱璃は唇をきつく噛みしめていた。 それを成長と見るか、世間ずれしたと見るか、俺の中でも迷う。 主にこんな思いをさせて不甲斐ない。 「小此木の暗殺、まだ諦めていないのか?」 朱璃は無言で窓の外を見る。 「放っておくと、どんなに悲惨な光景も見慣れてしまう」 「いつの間にか、今が普通で昔が夢だったのだと思うようになる」 「そうなる前に立ち上がらなければ後の祭りだ」 彼女は決して愚鈍ではない、暗殺の先に未来がないことなど理解できているはずなのだ。 だが、朱璃は答えず、窓の外を見つめたまま。 「あら? お店、通り過ぎて……」 「少し流そう」 今夜は、しっかり話をさせてもらう。 「共和国では、こういうのをドライブと言うらしい」 「そういう柄じゃないでしょ? どういうつもり?」 「なぜ性急な暗殺にこだわるのか、聞いておきたい」 「私の勝手じゃない」 「降ろして。 車を停めなさい」 「そうはいかない。 君の行動次第で皇国の未来が変わるかもしれないのだ」 むしろ速度を上げる。 「あっ、こら、降ろして」 「先日は、降りろと言っても降りなかったではないか」 「そういう意趣返し!?」 「なかなか腹が立つ男ね」 「どうせこれから機嫌が悪くなる話をするんだ。 今から怒ってもらって差し支えない」 「あー、このっ。 ぐぬぬ……」 ひとしきり唸ってから、朱璃は座席に背中を落ち着けた。 機嫌を損ねたのは確実だ、せめて眺めの良い場所を走ろう。 「何故、暗殺を諦めてくれない?」 「小此木を暗殺したところで、社会は変えられない」 「私はお母様の仇を取りたいだけ」 「つまり、復讐のためなら、国民を犠牲にしても構わないということか」 そんな人間が俺の主なら、嘆くほかない。 「質問を変えよう」 「暗殺に成功したとして、その後どうする? 伊瀬野で畑でも耕して暮らすか?」 朱璃は俺を見ない。 能面のような顔で、ただ前を見つめている。 「死ぬの」 「暗殺に成功したら、私は死ぬつもり」 表情に悲壮な色はない。 平凡な休日の予定を告げるように、朱璃は自らの死を口にした。 「暗殺で社会が変わらないのはわかってる」 「でも、私にはそもそも社会を変える気なんてないの」 「お母様の仇を討ち、自らの命も終わらせる」 「それが私の宿願」 返す言葉を失った。 『死』という言葉と朱璃の顔が、頭の中で幾度となく繰り返される。 対向車が間近を走り抜けるが、それにすら反応できない。 いつになく動揺している自分を、どうすることもできない。 「前、見てよね」 無言のまま前を向く。 「なぜ死を選ぶ?」 「それが私の役目だから」 理解できない。 なぜ、主と仰いだ少女が自死を選ばねばならないのか。 「私は皇家の人間よ。 敗戦の責任を負わなくてはならない」 「負けたのは俺たちが不甲斐なかったからだ」 「その話、美よしでしたでしょ?」 「戦場で戦う武人に罪はないの。 責任を取るのは私たちの役目」 確かに朱璃はそう言った。 あの時はうやむやになってしまったが、朱璃は本気だったのだ。 「皇国の安寧と豊穣を守ることは、«大御神»から課せられた皇家の使命」 「使命を果たせぬ時は、一族郎党、その身を以て«大御神»に赦しを請うべし」 「それが、皇家に代々引き継がれてきた帝王学なの」 「歴史を紐解いても、飢饉や疫病があった後には必ず皇帝が代替わりしているはず」 かつて学んだ歴史は忘れてしまったが、皇家の系譜くらいはさすがに覚え直している。 確かに、国家を揺るがす大きな災禍があった後には必ず陛下が代替わりしていた。 「国を奪われることは、皇家にとって最大の罪」 「今こそまさに、身を以て«大御神»に赦しを請う時じゃない」 「ここで命を捨てられないなんて、ご先祖様に申し訳が立たない」 朱璃の表情はあくまで静かだ。 自分の運命に酔っている様子は見受けられない。 「私はね、敗戦から今まで自らを処すために生きてきたの」 「私が宗仁の思い通りにならないのは、そもそも生きている目的が違うから」 「あなたのお説教は、最初から筋違いだったってわけね」 朱璃を見くびっていたのかもしれない。 どこかで自分の意のままになると思ってはいなかったか。 情熱を有り余らせた向こう見ずな少女だと、油断してはいなかったか。 「疑問は解消した?」 朱璃が微笑む。 俺の内心を見透かしたような、微笑みだ。 「解消した」 「結構」 「小此木を倒したら、宗仁には介錯してもらおうかな」 朱璃がどこか自虐的に言う。 主を介錯するなど、武人としては最大の敗北だ。 あってはならない。 「ぐっ!?」 強烈な頭痛が走る。 脳を直接握り潰されるかのような痛みだ。 何とかブレーキを踏み、路肩に車を止める。 「大丈夫?」 「構わないでくれ」 朱璃が、こちらに伸ばした手を引っ込める。 それを目で追うように朱璃を見つめた。 「俺は、お前を死なせない」 頭痛で割れそうな頭を抱えつつ、辛うじて言葉にする。 「生き恥を晒させるつもり?」 「臣下を捨てて先に逃げることの方が、よほど恥だ」 「逃げるんじゃない」 「死ぬことこそ私たちの使命、いわば戦いだから」 「それでもだ」 「俺は朱璃を死なせない」 叫ぶ代わりにアクセルを踏む。 「宗仁……」 「強情ね、本当に」 朱璃が表情を緩める。 「でも、私の決意は変わらないよ」 「主には最後まで立っていてもらわなくては困る」 「そうでなければ、死んだ武人の魂が行き先を見失う」 「残念、相容れないみたい」 少しだけ笑い、朱璃が窓の外を見る。 硝子に映り込んだ顔の上を、宝石のような夜景が流れていく。 「悪くないわね、ドライブ」 日曜の夜、二十二時を回った。 朱璃と外に出ると、古杜音が待っていた。 「宗仁様。 今日はよろしくお願いします」 幾分緊張した面持ちだ。 「こんな時間に呼び出してすまない。 勅神殿の方は問題ないのか?」 「はい、こっそり抜け出してきましたので平気です」 「こっそり?」 「あ、いえ、きちんと話はついております」 慌てて取り繕う古杜音。 「その荷物は?」 古杜音が背負っている荷物を指摘する。 「組み立て式の祭壇です。 慰霊には必要ですから」 「あの、滸様はいらっしゃらないのですか?」 「事情があって今回は外れてもらった」 「是非とも手厚い慰霊をお願いします、と言っていた」 滸が外れたのは、奉刀会の立場を考えてのことだ。 旧武人町は立入禁止区域だ、もし捕まれば命の保証はない。 会長代行である滸を同行させるわけにはいかなかった。 「では行こう」 路面電車で夜鴉町まで来た。 ここからは、夜鴉町を抜けて川縁まで向かい、川を越えて旧武人町に入ることになる。 「賑やかなところね」 「初めて来ました」 夜鴉町の光景に二人が目を丸くする。 秩序という言葉を墨で塗りつぶすような町並み。 折れ曲がった路地を、異様な熱気が大蛇のように這いずっている。 清潔で見目麗しい少女二人は明らかに異質だ。 あまり長居はしたくない。 「ここでは、まあ何でも売っている。 出所は聞くなというやつだ」 「宝飾品や呪装刀は、武人町から拾ってきた物も多い」 「火事場泥棒じゃない!? 信じられない」 朱璃が怒りを露わにする。 武人から見れば、家族や友人の形見を勝手に売られていることになる。 巫山戯た話だが、彼らも生きるために必死なのだ。 非難するべきは皇国の体制であり、小此木だろう。 夜鴉町を抜けて川縁までやってきた。 川向こうに黒々と広がっているのが武人町──三年前まで武人が生活していた場所だ。 三角州のようなその広大な区域は、戦後すぐ共和国に封鎖され、今でも共和国軍関係者しか立ち入ることはできない。 中心部にはポツポツと軍施設の屋根が見えるが、それ以外は全くの草原だ。 早春のこの時期は赤茶けているが、盛夏ともなれば、区域全体が背丈ほどもある雑草に覆い尽くされる。 武人とその家族の亡骸は今もそこにある。 川幅は約百〈米〉《メートル》。 対岸は、川底から垂直に岸壁が突き上がり、その上には高い金網が張り巡らされている。 他の地区と繋がる橋は、二十四時間体勢で監視されている。 「あのー、これは、もしや寒中水泳ということでは?」 「のんびり泳いでいたら撃たれる」 「じゃあどうするの? 船?」 「跳ぶ」 「そこで納得ですかっ!?」 「この服は呪装具なの」 「露出が多いのが玉に瑕だけど、武人に近い動きができたりして」 朱璃が服の裾をちょいと持ち上げる。 「ま、まさか」 「だとすれば、相当に高価な……いえ、お金で買えるような代物ではありません」 「一体何人の巫女の命が捧げられていることか」 古杜音が畏怖を持った目で、朱璃の服を見つめる。 「良かったら、後で鑑定してもらえない?」 「うちの家宝らしいんだけど、由来がわからなくて困っているの」 「私も興味がございますので、ぜひ鑑定させて頂きます」 むむむ、と唸りながら、古杜音が朱璃の服を触っている。 鑑定の結果が良いものであれば、朱璃の血筋の証明に使えるだろう。 「こちらの話を続けるぞ」 「あと十分程で、大型の輸送船が川を上がってくる」 「それを足場にすれば、比較的簡単に向こう岸まで跳べると思う」 「向こうの金網さえ越えれば、警備はほとんどいない」 朱璃が不安そうな顔をする。 「朱璃、怪我の様子はどうだ? 無理なら俺が抱えて飛ぶが」 「大丈夫、自分で跳べる」 「痛むようなら、帰りは抱えてもらうことにする」 表情を見るに心配はなさそうだ。 そして、もう一人は。 「あ、あの、私、走り幅跳びはあまり得意ではないのですが」 「最初から抱えて跳ぶ予定だ」 「ふう、良かった」 「あれ? 良かったのかな?」 やがて、川下から大型輸送船が遡上してきた。 船上の荷物は〈箱形〉《コンテナ》で、足場としておあつらえ向きだ。 「古杜音、行くぞ」 「わっ、わわわっ!?」 古杜音を背負う。 「こ、この体勢は」 「良かったわね古杜音、おんぶしてもらって」 「それはそうですけど……まさか川を飛び越えるなんて」 「目をつぶっていろ。 舌を噛まないように」 早くも目と口を閉じ、古杜音がこくこく頷く。 「よし、俺から行くぞ」 助走の距離を取り、船を見据える。 「ふっ!」 「ひうぅっ!?」 一気に跳躍。 船に着地し、もう一度飛ぶ。 「ひゃっ!?」 金網を越え、武人町の草むらに着地した。 背後を見ると、朱璃が二度目の跳躍に入るところだった。 荷の上で助走を取った瞬間、船体が傾いだ。 「(朱璃っ!?)」 喉の奥で叫ぶ。 しかし、朱璃は揺れをものともせず、しっかりと踏み切った。 「くっ!?」 すぐ近くに着地し、綺麗な受け身を取る。 「朱璃様、凄いです」 「どう、私も捨てたものじゃないでしょ?」 元気よく立ち上がり、服の汚れを払った。 よし、まず潜入は上手くいったようだ。 強い風が吹き抜け、周囲の草がざわめいた。 蝋燭が吹き消されるように、みな無言になる。 どれだけ意識しないようにしても、鼻腔の奥に焼け焦げた匂いが入り込んでくる。 三年前、ここには武人とその家族の生活があり、そして一瞬のうちに灰燼に帰した。 ──死の地だ。 静寂が恐ろしいほどの質量を持って、のしかかってくる。 「風が泣いているようです」 古杜音が草原の果てを見つめた。 「慰霊の儀式はどこで行う?」 「できれば中心部で行いたいところですが」 「軍の施設に入ることになるな」 「でしたら、滸様のご実家はいかがでしょう?」 「なるほど。 滸も喜ぶだろう」 武人町を時計に例えれば、軍の施設はまさに時計の中心にある。 施設から太い道路が零時と三時と九時方向に真っ直ぐ伸び、終端は他の区域へ繋がる橋だ。 それ以外の場所は、破壊されたまま放置され、赤茶けた草むらになっている。 ちなみに、俺たちがいるのは七時の数字がある辺りだ。 滸の家は、ここから二百〈米〉《メートル》ほど北東に進んだところにある。 姿勢を落とし、静かに進んで行く。 足元は草に覆われて見えない。 「あっ」 転びそうになった古杜音を支えた。 「大丈夫か?」 「すみません、躓いてしまって」 古杜音が足元を見る。 「え? あれ? これ?」 古杜音が凍り付く。 視線の先にあったのは、半分ほどに割れた人間の頭骨だ。 「本当に置き去りにされているのね」 「ああ、無残なものだ」 いつか皇国が元の姿に戻ったら、必ず全ての遺骨を回収しよう。 そして、古杜音に正式な弔いをしてもらうのだ。 「先を急ごう」 無言になった二人を促し、先を目指す。 しばらくして、目的地についた。 「ここが稲生家。 向かって右隣が俺の家、鴇田家だ」 「前に来た時より、風化が進んでいるな」 目の前に広がる草原に建物の痕跡が残っている。 稲生家と広大な道場──明義館だ。 「少し見てきていいか」 「どうぞ」 二人から離れ、鴇田家の跡を歩いて回る。 稲生家に比べれば小さな屋敷だ。 自分と義理の両親、義妹が一人、使用人が数人住んでいたらしい。 ここに来たのは三度目だが、いまだ何も思い出せずにいる。 まともな人間なら、何か感じるべき場所なのだろうが。 爪先に何かがぶつかった。 ──女物の櫛だ。 拾い上げ、表面の汚れを指で拭う。 細工の意匠から見て若い女性の物だろう。 義妹のもの、だろうか。 形見として取っておこう。 記憶は無くとも、それくらいは許されるはずだ。 二人のところへ戻った。 古杜音は既に祭壇を組み上げ、儀式の準備を整えていた。 「待たせてすまない。 いつでも始めてくれ」 「はい、それでは、始めさせていただきます」 小さく頷き、古杜音が祭壇に向かった。 その後ろに朱璃と並んで立ち、古杜音の静かな声に耳を傾ける。 巫女がこの地で慰霊をするのは戦後初めてだろう。 数万の命が失われたにもかかわらずだ。 巫女──それも斎巫女が慰霊をしてくれたと知ったら、どれだけの武人が涙を流すだろう。 この地に眠る全ての武人たちも、安心してくれるに違いない。 「(共和国を駆逐した暁には、国を上げて慰霊を行いたく思います)」 「(その時までは、これで許していただきたい)」 心の内で強く祈る。 「蛍?」 指の先ほどの光の粒が、朱璃の鼻先を漂い、虚空へと舞い上がった。 目の錯覚ではない。 「何だこれは?」 声が合図となったように、周辺から、ぽつりぽつりと光の粒が飛び立ち始める。 俺の家からも、滸の家からも光の粒が飛び立っていく。 それはまるで、今まで捕われていた魂が頸木を解かれたかのように見えた。 気がつけば、俺たちは見渡す限りの光の粒に囲まれていた。 言葉を失い、ただ茫然と幻想的な光景を見つめる。 「魂たちも、ようやくあるべき場所を見つけたようです」 古杜音が祈りの姿勢を解いて言った。 「突然すぎる死は、時に犠牲者を惑わせます」 「魂が自身の死を認識できず、生前の状態で留まってしまうのです」 「慰霊とは、そういった魂に事実を告げる作業でもあります」 「ようやく救われたのだな」 「左様でございます」 「あんなにたくさんの人がここで」 空に消えていく光の粒を見つめながら、朱璃が呟く。 「約三万と言われている」 「数は私も知ってたよ」 「ただ、あの光を見たら……急に何も言えなくなった」 言葉での三万と、目に見える三万はわけが違う。 「あの日、私は武人町が燃えているのを見たの」 「炎の下でこれだけの人が亡くなっていたのに……私は何もできなかった」 「それこそ、君が背負い込むことではない」 「でも、何とかするのが私たちの使命だったはず」 「なのに私はただ逃げるだけだった……それも、あなたに〈殿〉《しんがり》を任せて」 朱璃が俺を見つめた。 切なげに曲げられた眉、燃えるような瞳が俺を見据えている。 気がつくと、桃の花弁がはらはらと散っていた。 「(まただ)」 一体どこに桃の花があるのだろう?落ちて来る花弁を手で受ける。 まるで雪が解けるように、それは手の中で姿を消した。 釘を打ち込まれたような頭痛が走る。 ──この、花弁。 俺は、確かにどこかで。 「ぐっ」 「宗仁!?」 「宗仁様っ!?」 意識が急速に遠ざかる。 「宗仁、宗仁っ!?」 目の前に朱璃の顔がある。 俺は倒れたのか?「あ、朱璃……」 「どうしたの? 大丈夫?」 「わからない……身体に、力が……」 「古杜音、診てくれない」 「は、はいっ」 古杜音が俺の上に手をかざした。 「えっ!?」 「どうしたの?」 「い、いえ、なんと言えばいいか、呪力の流れがかなり乱れています」 「(呪力? どういうことだ?)」 尋ねたいのだが、もう声が出ない。 「よし、私が担ぐから」 「え? 担ぐ?」 「逃げるの! 共和国軍に見つかったら大変でしょ?」 「ほらほらほら、古杜音は荷物をまとめて」 「よっと」 軽い浮遊感があった。 朱璃に背負われたのだ。 「ぐ……結構重いわね。 鍛えてくれていて、ありがと」 「じぶん、で……ある、ける……」 「そういうことは、もう少し元気な声で言って」 「古杜音、行ける?」 「はい、片付け完了でございます」 「朱璃様は歩けますか?」 「呪装具を着ているから大丈夫」 「さあ、急ぎましょう」 朱璃が歩きだす。 抗うこともできず、重いだけのお荷物として運ばれる。 武人が主に背負われるなど、これ以上の恥はない。 置き去りにしてくれ。 ここで、他の武人たちと共に朽ち果てさせてくれ。 何度も願うが、舌が言葉を紡いでくれない。 バラバラと水滴が顔に降りかかった。 「ああ、こんな時に雨ですか」 「めげないの」 「それより、宗仁の体温が冷えないようにして」 「……え? あれ?」 朱璃が息を飲む音が聞こえた。 視界の端を、ちらちらと赤い光条が過ぎる。 共和国軍だ。 「見つかったか」 「どうして私たちがいるとわかったのでしょう?」 「光の粒じゃない?」 「あ……」 「すみません。 魂さんたちが思いのほか元気で」 俺を背負っていては、共和国軍から逃げ切れないだろう。 これ以上、足手まといになるわけにはいかない。 「あか、り……」 「俺は置いて、いけ」 「足手、まとい……に……」 「うるさい、黙ってて」 「絶対に死なせないから」 朱璃が俺を背負い直す。 「走るわよっ」 草をかき分け全力で走る。 気がつけば、背中の宗仁は完全に気を失っていた。 まったく、どうしてこんなところで気絶するのよ。 もしかして、光の粒に驚いた?それとも桃の花びら?ああ、とにかく、こんなところで潰れるなんて許さない。 宗仁にはいつでも強くあってほしい。 ううん、強くなくてはならない。 戦争の時から、私はそう決めているのだ。 絶望を引き連れて押し寄せる共和国軍から、宗仁は私を守ってくれた。 巌のような、厚く、孤独な背中。 それこそが宗仁だ。 だから、だからこそ、私の背中で伸びているなんて、絶対に許せない。 「(意地でも連れて帰ってやる)」 とにかく一秒でも早く。 「はあ、はあっ」 「ひい、ふうっ、はあっ」 「あなた、伊勢野育ちのくせに体力がないわね」 「朱璃様のように、毎日剣術の稽古なんてしていませんでしたから」 「はあ、はあ……私は、文系なんです」 「私だって、剣術の後は夜中まで勉強してました」 「ほら、もうすぐっ」 彼方に高い金網が見えてきた。 てっぺんにつけられた照明が、強い雨に煙っている。 と、古杜音の横顔に赤い点が見えた。 「危ないっ!?」 古杜音を跳ね飛ばすのと、銃声が聞こえたのは同時だった。 目の前の草原で銃弾が弾ける。 「ありがとうございますっ」 「いいから急いでっ!」 空気を割いて、銃弾が耳元を通り抜ける。 「«大御神»よ、私たちをお守りくださいっ」 「体の周りに«防壁»を作りました……これで、少しは……」 古杜音の足が目に見えて遅くなる。 呪術で体力を消耗しているのだ。 「朱璃様、私は置いて先に行って下さい」 「どうして二人とも同じことを言うのよっ」 「でも、でもっ」 「でもじゃないっ!」 左腕で宗仁を抱え、右腕で古杜音を掴む。 「えっ!? あの!?」 「一緒に跳ぶからね」 「死にたくなかったら、しっかりつかまって!!」 全力で駆ける。 金網が眼前に迫った。 「«防壁»がっ!?」 「こんなところで」 「死ぬかーーーーーーっっっっ!!!!!」 虚空に跳んだ。 「ぷはっ」 水面に顔を出す。 岸まではあと少し。 「古杜音、大丈夫!?」 「ごほ……ぶくく……」 「(まずい)」 係留されていた小舟に古杜音の身体を押し上げる。 あとは宗仁を。 「ぐ……」 一瞬、頭まで水に沈む。 早春の水は驚くほどに冷たい。 水を飲んだ瞬間、体の力が抜けていく。 だめ、負けちゃだめ。 宗仁を助けなきゃ。 渾身の力で宗仁を船上に上げた。 「(よし、これで)」 船べりに手を伸ばす。 「(あ……れ……)」 自分の腕が、前に伸びていかない。 そればかりじゃない。 体中が砂袋になったように重い。 耳に入ってくる音が、急にくぐもった。 沈んだんだ。 そう思うと、張り詰めていたものが切れた。 もう指先にも力が入らない。 瞼を塞ぐ気力もなく、ただ遠ざかる水面を見つめる。 「(お母様ごめんなさい。 仇は取れそうもありません)」 「(不出来な娘をお笑い下さい)」 これで終わりだ。 何の目的も果たせず、私は死ぬ。 「(宗仁……)」 最後の瞬間、脳裏を過ぎったのは彼の孤独な背中だった。 ごめんなさい。 ごめんなさい……。 「(あ……)」 その時、左腕が強い力で引き上げられた。 「ごほっ、ごほごほっ」 「お疲れ様」 「いい根性してる」 散る──はらはらと、桃の花弁が、ひとつ、ふたつ。 〈嗚呼〉《ああ》、愛しい君よ。 あなたは、なぜ涙を捨ててまで戦い続けなくてはならないのでしょう。 「っっ」 目を開く。 飛び込んできた景色は、俺の部屋のものだ。 なぜここに?「お目覚めでございますか、宗仁様」 古杜音が、ひょっこりと俺を覗き込んだ。 「良かった、無事だったのか」 「朱璃は?」 「ふふふ、まずはご自身のご心配をして下さいませ」 「朱璃様はご無事です」 「命に別状はございませんが、今はまだ眠られたままです」 身体を起こし、枕元の脇差しを引き寄せる。 「あれから一体何があったんだ?」 「宗仁様が意識を失われてから、朱璃様と私で何とか武人町から脱出しました」 「その際、共和国軍と追いかけっこになってしまいまして」 古杜音が武人町での出来事を説明してくれる。 聞けば、かなりの危機的状況だった。 「申し訳ない。 役立たずとはこのことだ」 畳に手を突いた。 「そんな、お手を上げて下さい」 「誰でも気絶の一回や二回はあるものです」 「あるか?」 「あ、いえ、ないかもしれません」 「……すまん」 「違います、不可抗力でございます、ということでございます」 わたわたと弁解する古杜音。 「私は何も怒っておりません」 「むしろ、私が慰霊をしたいなどと言わなければ、このようなことにはならなかったわけですから」 「いや、そこは違う」 「違いません」 頭を下げ合っていると、扉が開いた。 「気絶する武人が悪い」 「その通り」 「あ、あうあうあ」 議論が終わった。 「俺たちを助けてくれたと聞いた。 ありがとう」 「私は言われた通り待機してただけ」 「それに、三人をここまで運んだのは店長だから」 「店長にも後でお礼を言っておく。 ともかく、ありがとう」 滸には、帰着予定時間前に川縁へ来てくれるよう頼んでいた。 何かあった場合に備えてのことだ。 店長を呼び出したのは、車で運んだ方が安全だと判断したからだろう。 「あと、褒めるなら宮国を褒めて」 「武人でもないのによく頑張ったよ」 「彼女がいなかったら、宗仁も古杜音もここにいないと思う」 「情けない」 もう、消えて無くなりたい。 「宗仁も元気そうで良かった」 「私は宮国のところにいるから」 小さく微笑んでから、滸は部屋を出て行った。 ようやく周囲の状況が飲み込めた。 時計を見ると午前五時。 眠っていたのは数時間といったところか。 「実は、宗仁様がお休みの間に、滸様からお礼の言葉を頂きました」 「武人として、今回の慰霊には感謝しているとのことで」 「そうか、そうだろうな」 話が出た時点で泣いていたくらいだ。 死んでいった武人の無念を一心に背負って生きている滸。 慰霊も行えない事への罪悪感はいかほどのものだったか。 「わざわざ礼を言ってきたのなら、よほど嬉しかったのだろうな」 「巫女冥利に尽きることでございます」 「いや、こちらこそありがとう」 手を突いて礼を言う。 「ああそう、あいつはかなり口下手な奴なんだ」 「怖い武人に見えるかもしれないが、怒ってはいないから気にしないでくれ」 「そうだったのですか。 私はてっきり嫌われているのかと思っておりました」 「むしろかなり好意的だと思う」 「安心しました。 実は気にしておりましたので」 古杜音が安堵の息をついた。 「悪いが、朱璃の様子を見てきていいか?」 「まだ目は覚まさないと思いますが、どうぞ」 「あ、宗仁様に伺いたいことがありますので、私はこちらで待たせて頂いてよろしいでしょうか?」 「もちろん」 ともかくも、朱璃の無事を確認したかった。 滸の後を追うように部屋を出る。 朱璃の無事を確認し、また部屋に戻ってきた。 寝顔は落ち着いていたし、あとは時間が解決するだろう。 「古杜音、待たせた」 部屋の中では、古杜音が壁にもたれて居眠りをしていた。 「(よだれ?)」 斎巫女のよだれは本邦初かもしれない。 それはともかく、武人町からの脱出で呪術を多用したと聞く。 気力を消耗しているのだろう。 目を覚ますまで、こちらは自分の身体の調子でも見ておこう。 そう決めて、いつもの〈鍛錬〉《筋トレ》を始める。 「(ふっ……ふんっ……はっ)」 呼吸と筋肉の動きをしっかりと合わせる。 「(いいな……むしろ、昨日よりいい)」 気絶の影響を懸念していたが、調子は上々だ。 「(よし、あと三百……ん?)」 ふと横を見ると、目を驚愕に見開いた古杜音と目が合った。 「目を覚ま……」 「うひゃあああああああっっっっ!?」 古杜音が、ゲジゲジ虫のように部屋の隅まで移動して固まる。 「あわわわわわわ、宗仁様、私を、私を、どうするおつもりですか?」 「目を覚ますのを待っていただけだが」 「寝込みを襲うのではなく、むしろ起こしてから襲うと!?」 「大変よいご趣味をしていらっしゃいますねっ!」 「怒っている意味がわからないが」 「目を覚ましたら、目の前で屈強な男性が高速で腕立て伏せをしているのを見た少女の気持ちを想像したことがありますか!!」 「ない」 「でしょうねっ!」 終わった。 「いや、起こすのも悪いかと思った」 「お気遣いありがとうございます」 「ただ、今回の場合は起こして下さった方が、私の寿命が縮まずに済んだかと思います」 「もともと巫女の寿命は短いのですから、これ以上縮めないで下さい」 乱れた髪を手でなでつけながら、古杜音がこちらに戻ってくる。 「驚かせて悪かった」 「ああそうだ……」 冷蔵庫に入れてあった饅頭を、〈電磁調理器〉《レンジ》で軽く温めて出す。 「新しい物でなくて悪いが、遠慮なく食べてくれ」 「あ、いえ、これは結構なものを」 「しかし、甘い物を与えておけば良いという考えも、感心しませんよ」 半笑いのような顔で、もふりと饅頭を食べた。 甘い物を与えておけばいいようだ。 「それで、聞きたいことがあるという事だったが」 「あ、はい、お体のことです」 緑茶を一口飲んでから、古杜音が姿勢を正す。 「失礼とは思いながら、お休みの間にお体の状態を確認させて頂きました」 「むしろありがたい。 何か異常が?」 「異常はございません。 むしろ快調なご様子で」 「何しろ、腕立て伏せも高速でおできになる様子でしたし」 根に持つのか。 「ただ、お体に刻まれております〈呪紋〉《じゅもん》について、他の巫女は何か言っておりませんでしたか?」 「いや、今まで見てもらった限り、何も言われたことはないが」 古杜音が少し考え込む。 「ご存じの通り、≪呪紋≫とは武人の体に生まれつき刻まれている紋章です」 「«大祖»の血を引く証明、と言った方が正確かもしれません」 「呪紋の形には、お血筋によって共通する特徴がございまして、識別は巫女の基礎技能でもあります」 「しかしながら、宗仁様の呪紋は初めて拝見するものでした」 「初耳だ」 「左様でございますか」 古杜音が難しい顔になる。 「個人的に興味もありますので、今後もお体の経過を診せて頂いてよろしいでしょうか?」 「こちらからも頼む」 「呪紋は、呪装刀へ力を送るものでもあるのだろう? 不調があっては、いざという時に困る」 古杜音が頭を下げる。 初めて指摘されたことだった。 さすがに斎巫女は知識も深い。 「俺が気を失ったことも、呪紋に関係あるのか?」 「まったく見当がつきません」 「少なくとも、お体には異常がないのです」 「では、一体何故」 二人で首をひねる。 「桃の花びら……いや、まさか」 「ああ、言われてみれば武人町で見かけた気もします」 「でも、桃の花びらに触れて気絶なんて、信じられません」 「念のため、朱璃にも後で聞いてみよう」 「そうされるのがよろしいかと」 「では、他になければ私はこれで」 「まだ何があるかわかりませんし、宗仁様もあまりご無理な鍛錬はなさらぬよう」 古杜音が腰を浮かす。 「あ、古杜音。 ひとつ、朱璃について聞きたいことがある」 「何でございましょう?」 「伊瀬野での朱璃のことだ」 「確か、貴人とか何とか言われていたらしいが」 「ああ、そのことですか」 古杜音がもう一度座り直す。 「朱璃様は、巫女の学院の近くの紅葉山に住まわれていたのです」 「朱璃様のお祖母様とお二人で」 「ずっとお話する機会もなかったのですが、学院の巫女の間では、評判の方でした」 「朝から晩まで剣術に励んでおられますし、夜も灯が消えるのを見たことがございません」 「こちらも妄想逞しい年頃でしたので、あれこれ尾ひれがついたのです」 「例えば、実は亡き蘇芳帝のご落胤で、仇討ちのために腕を磨いていらっしゃるとか」 正解だ。 「貴人というのは、そういう所を指してついた〈渾名〉《あだな》でございました」 「ただ、これは朱璃様には内緒にして頂けますか?」 と、古杜音が声を落とす。 「『きじん』と言いましても、奇妙の奇人でもあり、実は、鬼の鬼人でもあったのです」 「鬼?」 思わず眉をひそめた。 「あまりにも剣術の練習ぶりが激しかったのです」 「特にお祖母様が厳しい方でして、まさに鬼が乗り移ったかのように朱璃様を叱咤されておりました」 「それで、皆が怖がりまして、鬼と」 朱璃の剣技は素人離れしていた。 何より、彼女の剣には人を斬ろうとする意志──殺気が乗っていた。 通常、道場剣術では生まれないものだ。 どれほど過酷な鍛錬を積んできたのだろう?そして、朱璃を指導した婆様は、どれほどの執念を持っていたのだろう?「ともかくも、朱璃様は厳しい毎日を送っていらっしゃいました」 「ですから、天京で楽しそうに過ごされているのを見て、とても嬉しく思っていたのです」 「楽しそう、か」 殺伐とした会話ばかりの気もするが。 「はい、宗仁様とお話しされている時は、少女のように笑っていらっしゃいます」 「それは少女だろう」 「年齢の話ではありません」 「伊瀬野での朱璃様は、あのような顔はなされませんでした」 「追い詰められた獣のような、どこか悲壮な表情をされていたのです」 「ですから、朱璃様は宗仁様に出会って、きっと喜ばれているのだと思います」 「だといいが」 「本当ですよ、もう」 古杜音が頬を膨らませた。 「古杜音、貴重な話をありがとう」 「いえ、申し訳ありません、長々と」 古杜音が立ち上がる。 「朱璃の服の鑑定、よろしく頼む」 「はい、かしこまりましてございます」 ぺこりと頭を下げ、古杜音は帰っていった。 「ここは、どこ?」 心地よい浮遊感が身体を包んでいる。 そうか、私は川に沈んだんだ。 ……。 あれ? 苦しくない。 どうして?「そうか」 死んだんだ。 お母様の仇も討てぬまま、私は深い川の底に沈んだんだ。 終わった、何もかも。 そう思うと、体中から疲れが抜けてゆく。 ああ、なんて気持ちが良いのだろう。 瞼の裏に懐かしい光景が蘇ってきた。 大きな柿の木がある、山の中の一軒家。 そこで、私が木刀を振っている。 雨の日も、風の日も雪の日も──ただひたすら、お母様の仇を討つことを念じて鍛錬を続ける。 木刀など握ったことはなかった。 すぐに手はマメだらけになり、潰れた痛みで握力が失われる。 それでも手は休めない。 来るべき時のために、ひたすら剣を振る。 刀を取り落とせば、すぐに叱責が飛んだ。 「お覚悟が足りませぬ!」 里中「そのようなことで、陛下の仇を討てるとお思いか!」 「皇姫としての責務を、いま一度ご確認されよ!」 里中は第二の母親といってもいい侍従だ。 幼い頃から、甘ったれな私を心を鬼にして叱咤してくれた。 幸いなことに、里中には剣術の心得があった。 彼女の眼鏡に適うところまで腕を上げれば、必ず小此木を討てるはず。 「(私は逃げない)」 「(どんなに苦しい鍛錬でも乗り越えてみせる)」 「(そして、どれほど苦しい道であろうとも、お母様の仇を討ってみせる)」 私と里中は、お母様の仇を討つその日まで、人並みの欲求の一切を捨てると誓っていた。 食事は質素に、睡眠は可能な限り短く。 屋敷からは出ず、時間の全てを剣術の稽古と学問に当てる。 そうでなくては、小此木を討てるはずもない。 今や彼は、皇国の独裁者として帝宮の奥深くにいるのだから。 伊瀬野で暮らして半年が経過した頃、一通の便りがあった。 小此木が、かつて帝宮に仕えていた者を悉く拘束したという。 里中の一族は、数百年前より皇家に仕えてきた一族だ。 拘束された者の中には、里中の夫や子供はもちろん一族郎党が含まれていた。 「ごめんなさい里中。 私たちが国を奪われたばかりに」 「お気遣いは無用にございます」 「我等は代々皇家にお仕えする身。 敗戦の時より、皆覚悟はできております」 「皇姫様は、ただ小此木を討つことだけをお考え下さい」 「そして……」 「歴代の皇帝陛下のお名前を汚さぬよう、立派なお覚悟をお示し下さい」 古来より、厄災を防げなかった皇帝は命を捧げることで«大御神»に赦しを請うてきた。 それは国を統べる者としての義務、そして誇りである。 幼い頃から、この身体に叩き込まれてきた哲学だった。 「皇家の名は汚しません」 「里中、もっと私を鍛えて」 その日から、鍛錬を増やした。 睡眠時間を削り、深夜まで鍛錬を続ける。 心に緩みがあると見た時、里中は容赦なく私を打ち据えた。 女官が皇姫に手を上げるなど、許されない行為だ。 だが、私は甘受した。 里中は私を〈打擲〉《う》ちながら泣いていたから。 身体はすぐに痣だらけになった。 苦しかった。 苦しくて苦しくて、何度も泣きそうになった。 それでも私は鍛錬の日々を続けた。 ただ一つ、私の心を慰めたのは、庭の柿だった。 稽古の合間に食べる柿は、何物にも代えがたく美味しかった。 舌を貫くような甘さが、私がまだ生きていることを教えてくれた。 それから一年が経過した頃、また便りがあった。 小此木に拘束されていた者たちは、一人残らず闇に葬られたという。 しばらく目を瞑った里中は、恨み言の一つも言わずに私を見た。 「皇姫様。 本日の鍛錬を」 ──小此木を討て。 ──そして皇家の後始末を。 里中の沈黙は、何よりも雄弁にそう語っていた。 鍛錬を。 より厳しい鍛錬を。 私にできるのは、それだけだった。 お母様の仇を討つため、死んでいった者たちの無念を晴らすため、私は強くなる。 ──その年の秋、柿が実ったかどうか私は覚えていない。 「柿、美味しそうでございますね」 全く不意に、声をかけられた。 「もう熟しておりますが、召し上がらないのですか?」 見上げると、柿がたわわに実っていた。 声を出すことができなかった。 苛烈な鍛錬の日々に、身体が『話す』という行為を忘れていたのだ。 「私はいい。 あなたが食べて」 ようやく声を出すと、少女は柿を服の端で擦ってから、美味しそうに食べ始めた。 彼女の笑顔を見ていると、なぜか幸福な気持ちになれた。 「実りとは«大御神»のお恵みなのです」 「収穫せずに放置するなど、許される事ではございません」 「なら、気の済むまでどうぞ」 「本当ですかっ!?」 「あ、いえ……仕方ありませんね。 では、おいおい」 ぺこりと頭を下げてから、少女は軽快な足取りで立ち去った。 その背中を見送り、再び木刀を握る。 不思議と木刀が軽く思えた。 少女が味わった甘露が、私の身体をも潤してくれたのかもしれない。 言葉通り、次の日も、その次の日も、少女はやってきた。 よほど柿が気に入ったようだ。 「朱璃様、柿は斬るものではなく食べるものです」 「お嫌いですか? こんなに美味しゅうございますのに」 柿のように艶やかな顔をした少女は、毎日飽きずに食べた。 そして、その礼とばかりに、私の傷ついた身体を呪術で癒してくれた。 分厚い手袋のようだった手も、痣だらけだった身体も、瞬きのうちに美しくなった。 「朱璃様、今日は包丁を持って参りました」 「私のように皮ごとではお気に召さないのでしょう?」 「お一つは無理でも、せめて一口くらいはお召し上がり下さいませ」 少女は勝手に柿をむき、私に差し出した。 「見て下さい、熟しすぎて楊枝が突き抜けてしまいます。 美味しそうですよ」 「あっ、あっ!?」 少女の手から転がり落ちた柿を、受け止めた。 それを口に入れる。 「よく熟してる」 「そうでございましょう」 満面の笑顔を浮かべる少女。 喉以上に心が潤うのを感じた。 しかし、同時に私は罪の意識を背負った。 私は彼女との時間に癒やしを求めている。 お母様の仇をとれていない私が、このようなことで許されるのだろうか。 里中だって同じ気持ちだろう。 この頃の里中は病の床についていた。 起き上がるのも難しい有様だったが、私の看病は頑なに拒否した。 看病する暇があったら鍛錬をせよということだ。 「ここに来るのは、今日で最後にしてほしい」 「え? なぜでございますか?」 理由は伝えなかった。 また、鍛錬の日々が始まった。 それでいい。 私は、日常など求めてはいけないのだ。 食べる者のいなくなった柿は、やがて地に落ちた。 熟柿が染みた地面に白い雪が降る。 気温の低下とともに里中の死期も近づいていた。 枕頭に呼ばれたのは、大雪が降った次の日だった。 「床より毎日拝見しておりましたが、皇姫様のお力はもう充分でございます」 死期を悟ったのか、この日の里中の口調は珍しく優しかった。 「里中、私にはまだ教えてもらいたいことがあるの」 「病に冒されたこの身、もはや皇姫様の足枷でしかございません」 里中が静かに微笑んだ。 「明義館の稲生〈刻庵〉《こくあん》様から伺ったことでございますが」 「人を斬ったことのある者とそうでない者では、いざという時の動きに雲泥の差があるとのことでございました」 「鍛錬では埋めることのできぬ差なのだそうです」 意図を察し、手が震えた。 「いざという時、そのように手が震えては討てるものも討てなくなりましょう」 「この里中めに、最後のご奉仕をさせていただければ光栄にございます」 「馬鹿を言わないで」 「里中は風邪なの。 もう少し寝ていればきっと治る」 「皇姫様」 里中が、病で乾いた目を私に向けた。 「駄目よ、里中」 「勇気をお出し下さい」 「皇姫様に命を捧げること、里中にとってはむしろ喜びでございます」 優しい笑顔に息が詰まる。 敗戦からの三年間、里中は厳格な教師として常に傍にいた。 あまりの厳しさに、何度も殺してやりたいと思ったくらいだ。 なのに、どうして。 どうして、最後の最後にこんな顔をするのか。 「皇姫様、私が死んでからでは意味がございません」 「命が尽きる前に……早く……」 「……里中……」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「っっっ!!」 朱璃声にならない声を上げ、朱璃が上半身を起こした。 額からは汗が噴き出し、肩も大きく上下している。 「朱璃」 宗仁「!?」 ぎょっとしたように、こちらを見た。 「そう、じん?」 朱璃の唇が、一音一音を確かめるように動いた。 「私、川の底に……」 「滸が引き上げてくれたらしい」 「稲生?」 朱璃が周囲を見る。 「そうか、夢を見てたんだ」 「良かった」 「体調はどうだ?」 朱璃が調子を確かめるように身体の各所を動かす。 「大丈夫みたい」 安堵したところで、ぬるめの茶を淹れて渡す。 朱璃は、湯飲みを両手で包み、少しずつ口に入れた。 「宗仁の身体はどう?」 「何一つ問題無い」 「そう、身体を張った甲斐があったわね」 朱璃の微笑みを見ながら、姿勢を正す。 「一人で気を失うなど武人の恥だ」 持ってきた脇差しを前に出した。 「何それ? 腹なんか切られても嬉しくないから」 朱璃が強めに湯飲みを置いた。 「死なせたくないから助けたの、わかる?」 「だが、申し訳が立たない」 「そう思うなら、もう私の前で倒れないで」 「ああいうのは心臓に悪いのよ。 主を労りなさい」 昨夜のことで俺が覚えているのは、共和国軍に見つかったところまでだ。 あの後、朱璃は銃弾の雨が降る中、俺たちを抱えて川に飛び込んだと聞いた。 それほどの危険に晒されて恨み言の一つも無い。 「二度と醜態を晒さないよう、一から鍛錬し直すつもりだ」 「真面目ねえ」 「折角助かったんだから、もっと喜んでよ」 「私が悪いことしたみたいになっちゃうじゃない」 「助けてくれたことは、心から感謝している。 これは本心だ」 「その上で、一つ尋ねたい」 「なぜ俺を置いて逃げなかった?」 「は?」 朱璃が動きを止めた。 表情から朗らかさが消える。 「助けられたのが迷惑だったってこと?」 「俺を置いて逃げるのが正解だったと思う」 「下手をすれば君も古杜音も死んでいた」 「助けてもらってその言いぐさはないでしょ!?」 「私がどんな気持ちであなたを運んだと思ってるのよ!?」 朱璃が、畳を小刻みに叩きながら抗議する。 怒るのは当然だ。 しかし、臣下として言わねばならないことだ。 「だから、どんな気持ちだったのかを知りたい」 「なぜ、足手まといの臣下を見捨てなかった?」 「君が死んでしまえば、全てが終わりだ」 「あなたを助けたかったからに決まってるじゃない!?」 「自分が生き残るために私は大切な人を見殺しにしろって言うの!?」 「それが正しい選択だ」 「黙りなさい」 「仮に正しくても、そんな人間になりたくない」 朱璃が睨み付けてくる。 「戦争であなたに助けられてから、私はずっと宗仁の背中を追ってきたの」 「剣術の稽古を乗り越えられたのだって、挫けたら宗仁に笑われると思ったから」 「宗仁は私の支えだったの」 「見殺しにできるわけないじゃない、わかる?」 「俺をそのように思っていてくれたのか」 「あ……」 両手を胸の前でそわそわと擦り合わせる。 「だ、だから何」 「いいじゃない、私の勝手でしょ」 頬を染め、顔を伏せる。 朱璃の気持ちは嬉しいが──「主従の間に慕情は不要だ」 「そのために判断を誤る主を、俺は信頼できない」 「宗仁っ!!」 羞恥と怒りに、朱璃の顔が真っ赤に染まる。 「俺たち武人は主のために命を懸けて戦う」 「家族や恋人であろうとも、敵ならば迷わずに斬る」 「だからこそ、主に揺らいでもらっては困るんだ」 「君が鋼の意志をもって進んでいる限り、俺はいつどこで死んでも、置き去りにされても恨まない」 朱璃を見据えて言う。 「武人には武人の、主には主の戦いがある」 「そこをわかってほしい」 「わからないわ、そんなこと」 呟くように言って、朱璃は布団に潜った。 「少し休ませて」 「待て」 「出て行きなさい、早く」 「……」 「わかった」 多くは言わず、立ち上がる。 「君が無事で良かった」 「あと……」 「助けてくれて、ありがとう」 「君とまた話をすることができて、俺は嬉しい」 返事の代わりか、朱璃は布団の中で寝返りを打った。 「(何よ、馬鹿)」 翡翠帝が登校してくる日になった。 外に出たところで、朱璃と顔を合わせる。 あれから、朱璃とは話をしていない。 「おはよう」 朱璃の目は少し赤くなっていた。 直視しないように視線を誤魔化す。 「問題ないわ。 宗仁は?」 「こちらもだ」 朱璃が視線を逸らして髪を撫でる。 「昨日は率直な意見をくれてありがとう」 「内容はともかく、意見をくれたことには感謝します」 「偽らざる気持ちだ」 「内容も少しは考えてくれると嬉しい」 「善処します」 笑顔はない。 昨日の今日では無理もないか。 「おはようございます。 お二人ともお元気なようですね」 鷹人俺たちより死にそうな御仁が現れた。 「おはようございます。 昨日はご迷惑をおかけしました」 「いえいえ、構いませんよ」 「ただ、終戦記念式典が近いせいで軍の警備も苛立っていますからね、目立った行動は」 遠くから銃声が響く。 「ほら、朝からこれです。 おさかんですよねえ」 店長が肩をすくめる。 「気をつけます。 それでは店長」 「ええ、行ってらっしゃい」 「行ってきます」 朱璃がぺこりと頭を下げる。 「朱璃さん」 店長が朱璃だけを引き留める。 そういうことなら、と俺は少し距離を取る。 「なんでしょう?」 「特別にこれを差し上げます」 「飴玉? どうしてですか?」 「目にいいらしいんです」 「あ」 「それでは、行ってらっしゃい」 «〈桃花染祭〉《つきそめさい》»が今週末に迫り、町にはきらびやかな装飾が増えている。 «〈桃花染祭〉《つきそめさい》»とは、簡単に言えば天京の町を挙げての花見期間だ。 祭りの期間中、客商売以外の仕事は概ね休業となる。 人々は思い思いの場所に出かけ、桃の花を愛でつつ、食事や酒を楽しむ。 例年、三月下旬の土日に開催され、天京住民にとっては春の訪れを実感する行事だ。 「«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»か」 朱璃が溜息をつく。 「嫌な思い出でも?」 「お祭りの夜はね、親の前で必ず舞を披露させられたの」 「«〈桃花染〉《つきそめ》の舞»っていって、皇家に昔から伝わっているものでさ」 「もう恥ずかしくって毎年逃げ回ってた」 「俺としては、是非見せてもらいたいな」 「駄目駄目絶対、見ても楽しくないし」 「お母様の舞は、溜息が出るくらい素敵だったけど」 朱璃が目を細める。 「今年は町のお祭りが見られそうだから、今から楽しみ」 「ああ、そうだな」 こんなご時世でも、«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»はやはり心が躍る。 そんな気分に水を差すのが、日曜に行われる終戦記念式典だ。 戦後、小此木は三月二十日を終戦記念日とした。 皇国全権の小此木が、共和国との講和条約に調印した日だ。 この日には、毎年政府主催の大規模な式典が催されている。 共和国人にとっては戦争に勝っためでたい日だが、皇国人にとっては屈辱の日だ。 「祭りだけならいいのだがな」 「終戦記念式典だっけ?」 「去年の式典はどんな様子だったの?」 「まず、式典の前に共和国軍の閲兵式がある。 主要な道路を封鎖して陸軍を行進させるんだ」 「それを、金で雇われた皇国人が旗を振って歓迎する」 「式典では、総督と翡翠帝が並んで立ち、恒久の平和を誓う声明をかわすのが恒例だ」 「夜になれば、泥酔した共和国の軍人が町に溢れ出して大騒ぎ」 「去年は一般人がどれだけ犠牲になったかわからない」 「何よそれ」 例年とは違い、今年は共和国軍に一泡吹いてもらう予定だ。 先日、奉刀会の会議で、式典当日に軍倉庫を襲撃することが決定した。 子柚の情報によれば、かなりの数の呪装刀が集められているらしい。 「つまり、終戦記念式典って、皇国が共和国に支配されていることを見せつける場所なわけね、政治的には」 「だな、そもそも、皇帝陛下が誰かと並んで立つなど戦前ではあり得ない」 「当たり前」 「おまけに、共和国と平和を約束するなんて、呆れてものも言えない」 「今日は、翡翠帝ご本人が登校される。 荒れるのは今だけにしておいてくれ」 「声高に糾弾などしたら、むしろ皇国人が怒るぞ」 「ぐ……厳しい一日になりそう」 「忍耐力の試験だと思えばいい」 朝からげんなりしている朱璃を励まし、学院への道を進む。 校門の前には人だかりがあった。 「所持品検査か。 さすがに今日は厳重だ」 「わざわざ登校してこなければいいのに」 「武器は持っていないな?」 「もちろん」 一応確認してから、検査を受ける。 隣の朱璃は絵に描いたような仏頂面だ。 所持品検査など、屈辱以外の何ものでも無いだろう。 「おはようございます、宗仁、宮国さん」 ロシェル前庭に置かれた長椅子から、ロシェルが手を振ってきた。 「最近はいつも二人で登校していますね。 何よりです」 「相変わらずその手の話題か。 君は好きだな」 「ははは、お気を悪くしないでください」 「こう見えて実は、恋愛小説というものが大好きなんです」 「そんな私からすると、君達はとてもお似合いに見えます」 「ははは、君の目は当てにならないな」 「ええ、まったく」 俺から一歩離れ、朱璃が苦笑いを浮かべる。 「うーん、私に何かお手伝いができるといいのだけれど」 腕組みをして、真面目に考えている。 「あ、思いつきました」 「西の国のお伽噺では、よく、悪い魔女が美しいお姫様を……」 「もういい、もういい」 いつまで話が続くかわからない。 「俺たちのことより、自分のことで頑張ってくれ」 「そうですか? 結構冴えたプランなんですが」 「間に合っている」 「残念」 ロシェルに別れを告げ、学舎へ向かう。 「どんな恋愛小説を読んでるんだか」 「まったく謎だな」 一時限目の終了後、突然、学内の放送装置が鳴った。 「生徒会からの連絡です。 全学生は静聴して下さい」 エルザ流れてきたのは生徒会長の声だ。 「本日、翡翠帝陛下が当校へいらっしゃることはご存じかと思います」 「現在のところ、あと二十分ほどで到着のご予定です」 二十分というと、二時限目の途中か。 「授業中ということもありますし、陛下ご自身、騒ぎになる事は望んでいらっしゃいません」 「校門へ出るなどといった行為は控え、通常通り勉学に励まれることを期待します」 「当校は、分別のある学生が集まる場所だと信じております」 「くれぐれも、冷静な行動を心がけて下さい。 以上です」 「翡翠帝の御前だ、節度ある行動を取らねば」 滸が無言で重く頷く。 「無理だな」 紫乃「無理ね。 早く行かないと場所が取れないし」 朱璃と紫乃が相談を始める。 「お前たち」 「ふふふ、今頃慌てても、もう遅いですよ」 古杜音「私の用意周到さに、恐れおののくと良いと思います。 じゃじゃん」 古杜音が鞄の中から紙切れを出した。 「何これ? 屋上観覧席『松』、千五百圓?」 「これさえあれば、屋上から翡翠帝を悠々拝見できるのですっ」 「ふっ」 滸滸の腕が〈疾〉《はし》った。 「あ、あれ?」 屋上観覧席『松』が、パラパラと紙片になって風に飛んだ。 「ふ、ふえええぇぇぇ」 「陛下を見下ろすなど」 滸が、刃物代わりに使った長簪を髪に戻す。 「うう、私の千五百圓が」 「泣くことはない。 その券は私が作った偽物だ」 「そうでございますか。 安心しました」 「……あれ? 何か問題発言があったような」 笑いながら、紫乃が古杜音に金を返す。 「ともかく、節度ある行動を取ろう」 「つまらない人ねえ」 「武人はただの剣だ。 色は不要」 「はいはい、堅物なことで」 軽く流し、朱璃が先に立って歩きだす。 二時限目が始まった。 予定時間目前ということで、教場の空気には、年越しの瞬間を待つような期待感があった。 ──来た!あっと言う間に、座っていた学生が校門側の窓に張り付く。 まだ席に着いているのは、俺と滸、あとは生徒会長とその取り巻き数人だ。 それぞれ、顔を見合わせて溜息をついている。 「こうなるよね」 「さっきの放送は逆効果だ」 「むしろ騒ぎにしたかったのかな」 「なら、じっとしていられないか」 「そうね」 立ち上がり、窓際にいる学友たちの背後に立つ。 前庭を見ると、車列が停まったところだった。 まずは護衛が車を出る。 そして、周囲を警戒しながら後部座席の扉を開いた。 「いらっしゃいます、いらっしゃいますよ」 まず現れたのは、美しく揃えられた二本のおみ足。 続いて、長い間縮めていた羽を伸ばすように、制服姿の翡翠帝が早春の日を浴びた。 声を出す者はいない。 聞こえてきたのは、感嘆の溜息ばかりだ。 真に美しいものは、国籍に関係なく人を黙らせるらしい。 「(可憐だ)」 翡翠帝が、ご自身を見下ろす学生たちを、ゆっくりと見回した。 「初めての登校で、遅刻をしてしまいました」 翡翠帝身が震えるような大歓声が湧き起こった。 「うあーーーーっ!! あああーーーーっっ!!」 「殺してーーっ! 殺してくださいーーーっ!!」 斎巫女が吠えている。 「あれは反則だ。 誰でも落とされる」 「そうね、悔しいけど」 「やっぱり、本物の陛下は違うね」 「ああ」 「ああ、じゃなーいっ」 腹部に抉り込むような拳をもらったが、全く痛くない。 「ぐ……固……」 「安心しろ、冗談だ」 「うるさい裏切り者」 俺を睨みつつ拳を押さえる。 「わわっ、見て下さい、陛下が手を振って下さいますよ」 翡翠帝が、窓から見ている学生に手を振って応えている。 もちろん一人一人にではないが、それでもかなり丁寧なものだ。 今の俺にとって、彼女は哀れな操り人形に過ぎない。 しかし、彼女の笑顔が多くの皇国民の心を救っていることは事実だ。 皇帝の役割を演じる名も知らぬ少女には、純粋に感謝の念がある。 もちろん、全ての人が翡翠帝を尊敬しているわけではない。 窓に並んだ共和国人の中には、口笛を吹いたり、翡翠帝を指差して嘲っているものもいる。 彼らにとっては、見世物でしかないのだ。 「(ちょっと斬ってくる)」 「(行くな)」 飛び出していきそうな滸の首根っこを捕まえた。 節度ある行動をと言っていた当の本人も、翡翠帝が侮辱されればこれだ。 「皆さん、ありがとう」 それでも翡翠帝は手を振る。 共和国人の悪意ある表情も目に入っているだろうが、笑顔は絶やさない。 「こんにちは、よろしくお願いします」 翡翠帝が、俺たちの方に手を振った。 「こんに……」 翡翠帝が俺を凝視した。 丸い目が、これ以上無いほどに見開かれる。 確実に俺を見ている。 「(お義兄様)」 翡翠帝の唇が動くが、遠すぎて単語は読み取れない。 一体、何を言ったのか。 完全に硬直した翡翠帝に、周囲がざわめき始めた。 「こほっ、こほっこほっ」 翡翠帝が咳き込む。 しかし、すぐに笑顔を浮かべ、違う方向へ手を振り始めた。 「(陛下が俺を知っている?)」 俺に、翡翠帝と面会した記憶は無い。 戦前にどこかで会ったのだろうか?「私、目を合わせて頂きました」 「あれは、誰とも目が合っているように見せるテクニックなんだ」 「違います、絶対に合わせて下さいました」 「どうしたの宗仁? 石像みたいになっちゃって」 「目が合った」 「あのね、そういう技術だって……」 「間違いない」 「目が合ってよかったじゃない!」 「宗仁のバーカっ!!!」 朱璃が席に戻る。 前庭では、ようやく挨拶を終えた翡翠帝が来賓用玄関に向かった。 小此木に作られた、偽者の皇帝。 一体、彼女は何者なのだろう。 昼休みの時間。 食堂で事件は起こった。 翡翠帝が食事に来たのだ。 「皆さん、本日私は、一人の学生としてここにおります」 「特別扱いせず、日常のままに過ごして下さい」 翡翠帝が入口で告げると、周囲を囲んでいた護衛が静かに身を消した。 本気で学生として行動するつもりなのだ。 「大丈夫なの?」 「一応、説明役の学生が控えているようだが」 最初の課題はビュッフェだ。 翡翠帝は、戸惑いながらもなんとか食事を皿に載せている。 自分で食事など選んだことがないのだろう。 それより、今日の料理は毒味されているのだろうか?見ているこちらが心配になってしまう。 「ジロジロ見るのは失礼だぞ」 「そうだな」 「日常のままに、というご要望だから」 朱璃も、極力意識しないようにしているようだ。 朱璃にとって、翡翠帝は自分の偽者だ。 小此木ほどではないにせよ、憎悪がないとは言えない。 「何?」 朱璃が目を上げた。 まだ機嫌が悪い。 「堪えてくれて助かる」 「そこまで子供じゃないから」 ぶっきらぼうに言って、揚げ出し豆腐を食べる。 俺も同じものを食べる。 安い……この豆腐は安い。 しかも揚げ油がいまいちだ。 まだ冷や奴にした方が良かったか。 しかし、薬味が葱しか無かったのだ。 俺は生姜派であり、そこで妥協するのは武人として……。 「宗仁」 「はっ!?」 滸が鋭い声を出した。 視線の先では、共和国人による翡翠帝の撮影会が始まっていた。 『日常のままに』興味の対象に〈携帯端末〉《カメラ》を向ける共和国人。 陛下を個人的に撮影するなど、皇国人には想像もつかない行為だ。 だが、この感覚は共和国人には理解されない。 ともすれば、彼らは翡翠帝への親しみを表現するために撮影している可能性すらある。 さすがに食堂がざわつき始めた。 文化の違いだけに、共和国人にはこちらの怒りが伝わらない。 撮影者が増えていく。 そしてとうとう、一人の学生が、翡翠帝に肩を並べ指でウサギのような形を作った。 「滸っっ!」 滸の腕を握って止める。 「離して」 「行くな」 「く……」 皇国人の学生数人が、撮影者を引きはがしにかかった。 混乱の引き金が引かれた。 「あははは、とうとうキレたか」 「古杜音、どっちが勝つと思う?」 「あわわわわわわわわ」 鬱憤が溜りに溜っていたのだろう、数が少ない皇国人の方が果敢だ。 「滸、翡翠帝を助ける」 「お願い」 「朱璃は、怪我のないようにしてくれ」 卓を飛び越え、混乱の中に突っ込む。 「あ、ちょっと!?」 「ひしっ」 「こら古杜音、どうして抱きつくの」 「行かせませぬ、行かせませぬぞ」 「まあまあ、見てればいいじゃないか」 「ああ、もうっ!」 人の隙間を縫うように進む。 時々飛んでくる拳や膝はさらりと躱し、反撃はしない。 波風を立ててはいけない。 「おっと」 軍人らしき男の拳を躱す。 最後に立ち塞がった男を軽く横にいなし、翡翠帝の御前に飛び込んだ。 「っっ!?」 翡翠帝がびくりと震える。 「陛下、ここは危険でございます。 私と共にお逃げ下さい」 「!!!!!!!」 俺を驚愕の目で見た。 人は、果たしてここまで驚くことができるのだろうか。 蝋人形にでもなってしまったかのように、身体は完全に硬直し息も止まっている。 「御免っ」 「きゃっ!?」 翡翠帝を抱き上げる。 朱璃に出会う前の俺なら、躊躇いなく陛下に触れることなどできなかっただろう。 「舌を噛まれませんよう」 「は、はいっ」 卓の上からの跳躍。 一気に混乱のるつぼを飛び越える。 「わあ……」 恐怖に凍っているかと思いきや、翡翠帝の表情には状況を楽しむような色があった。 あどけなさの残るその表情に、心が和む。 やはり、この方の笑顔には、なぜか親しみを覚えてしまう。 食堂の出口近くに着地した。 翡翠帝を床に下ろそうとするが、細腕がしっかりと首に巻き付いている。 伝わってくる柔らかな感触は、女性のそれだ。 「陛下、もうここで」 「え? もうですか?」 「いえ……こほん」 翡翠帝を床に下ろすと、混乱に手を出しかねていた護衛があっという間に駆け寄ってきた。 俺を危険人物だと言わんばかりに、翡翠帝との間に身体を入れる。 「下がりなさい。 この方は私を助けてくれたのです」 翡翠帝が護衛を下がらせる。 一応の礼儀として翡翠帝の前に膝を突く。 「陛下、突然のご無礼をお許し下さい」 「いいえ。 そなたには礼を言わねばならぬようです」 「助かりました。 ありがとう」 「ありがたきお言葉」 頭を垂れる。 「そなたには礼をしたいと思います。 何か望みはありますか?」 「いえ、私は武人として当然のことを……」 いや、待て。 反射的に答えてから思い直す。 「許されますならば」 財布から糀谷生花店の名刺を取り出し、護衛経由で翡翠帝に渡してもらう。 「糀谷生花店。 花屋ですね」 「恥ずかしながら、現在はそちらで働いております」 「鉢植えの一つでも陛下にお届けできれば、これ以上なき光栄にございます」 「わかりました。 後日連絡させましょう」 「ときに、私が何の花を好むか知っていますか?」 知らない。 不覚の極み。 花屋を生業としながら、陛下の好みも存じ上げないとは。 まあ、陛下とはいっても偽者だが。 「不勉強にて存じ上げません。 平にご容赦を」 「左様ですか」 「意地悪なことを聞いてしまいましたね」 朗らかな口元とは対照的に、その瞳はなぜか寂しげだ。 なんと複雑な表情をする人だ。 朱璃の敵であるにもかかわらず、その人柄に興味を持たずにはいられない。 「〈勿忘草〉《わすれなぐさ》を頼みます」 勿忘草。 その言葉は、俺の胸の中にふわりと風を起こした。 春の野を抜けるような、爽やかな風だ。 「かしこまりました」 それで、翡翠帝との会話は打ち切られた。 「あ、しばらく」 翡翠帝がこちらを見た。 「大変失礼ながら、以前、陛下にお言葉を頂戴したことはございましたでしょうか?」 「このようにお尋ねしますのは、実は私、戦争の傷が元で古い記憶を失っております」 「もし、拝謁の光栄に浴した記憶まで失っていたとするならば、この私、申し開きの言葉もなく」 恐縮しきり、といった態度で尋ねる。 俺を見つめる翡翠帝の瞳が微かに潤んだ。 「ありません」 「お答え下さりありがとうございます」 「あなたの記憶が戻ること、心より願います」 「過分なお言葉でございます」 頭を下げると、翡翠帝は護衛に囲まれて食堂を出て行った。 「ふう」 身体の緊張を解く。 どうやら、陛下がこちらを知っているというのは勘違いだったようだ。 しかし、収穫もあった。 上手くいけば、帝宮に花を届けられるかもしれない。 一歩でも入口を入ることができれば、後のやりようはある。 本当に発注が来ればいいが。 さて。 振り返れば、皇国人対共和国人の乱闘はまだ続いていた。 目算で、百人近い人間が、押しつ押されつで揉み合っている。 駆けつけた生徒会長も静観を決め込んだのか、遠くから眺めているだけだ。 滸が駆け寄ってきた。 「翡翠帝は無事避難された」 「よかった」 「立場さえなければ飛び込んでいけるのに、悔しい」 「堪えるのも仕事だ」 滸の背中を叩く。 「それで、この状況をどうする」 「どうもこうも。 眺めてるしかないじゃない」 滸が首を振った瞬間、激しい音を立て、外窓の防火壁が下りた。 部屋の照明が落ち、食堂が暗くなる。 不意の暗闇に、誰しもが動きを止めた。 「静聴ーーーーっ!!!!!」 雷鳴のような声が、食堂を震わせた。 まさに、闇を引き裂く稲妻だ。 雷を恐れぬ野獣がいないように、殴り合っていた男たちも戦意を挫かれる。 一部の照明のみが点き、声の主を照らす。 その姿は一段高い場所にあった。 全員の視線が、否応なく引きつけられる。 「皇国人に問う」 「陛下は、日常のままの生活をご希望されていた」 「共和国人の態度は不遜極まりないとしても、それを快く受けられた陛下のお心を無にしたのは誰か!!」 答えは分かりきっている。 「共和国人に問う」 「生徒会長が事態を収拾しようとしているにもかかわらず、耳を傾けぬのは何故か!!」 「諸君等の行為は、生徒会長の顔に泥を塗る行為である!!」 全身から声を振り絞り朱璃が訴えかける。 弓なりに背を反らす姿は、天空に向かって飛び立つ鳳凰のように、凛々しく美しい。 その身振りの一つで、暴力で淀んだ空気が拭き払われる。 無論、錯覚だ。 しかし、そう思わせるだけの存在感が、朱璃にはあった。 「両者に問う」 「諸君等の行為は、誇りある人間のするべき事か!!」 朱璃の声が鳴り響く。 その時、俺には確かに見えた。 戦場で軍に檄を飛ばす、朱璃の姿が。 彼女の最も近いところで、敵軍へと向かって行く自分の姿が。 食堂全体が明るくなった。 争っていた学生も、夢から覚めたような顔をしている。 俺も同じ顔をしているのかもしれない。 「では諸君、以後は生徒会長の指示に従うように」 そう言って、朱璃は話を収めた。 食堂に、もう擾乱の空気はない。 それぞれが、自らのやるべきことを思い出したように席に戻っていく。 「武人町のことといい、あの子、なかなか根性があるわね」 「今頃わかったか」 「む」 膨れる滸に笑いかけ、俺たちは元の席に戻る。 「朱璃、お見事だった」 「どう? なかなかでしょ?」 朱璃が胸を張る。 「というのは冗談で、本当に凄く安心してる」 「後先考えずにやっただけだから」 「いやいや、なかなか立派なものだ」 「君には将来、私の財閥に入ってもらいたいな」 「もうやめて」 朱璃が恥ずかしそうに笑う。 「はいはいっ、私は照明担当をやらせていただきました」 「素晴らしいタイミングで暗くしてくれたな。 見事」 「えへへ、ありがとうございます」 嬉しそうに頭を掻く古杜音。 「注目を集めちゃったけど大丈夫?」 朱璃が生徒会長の方を窺う。 向こうは、静かな目でじっと俺たちを見つめていた。 「大丈夫だろう」 俺としては、朱璃が翡翠帝を立てた発言をしてくれたことが嬉しかった。 翡翠帝が偽者だとわかっていても、周囲の状況に合わせて上手く立ち回ったのだ。 朱璃は、出会った頃より確実に成長していた。 彼女が国の再興のために立ち上がってくれるなら、こんなに頼もしいことはない。 最初、朱璃と約束した期限まであと五日と迫っている。 一刻も早く、小此木の暗殺を諦めさせなくては。 「ただいま帰りました」 「宗仁君、君って男は、本当に男の中の男ですね」 水曜日の放課後。 店に着くなり、店長が薔薇の花を一輪差し出してきた。 「何ですこれは?」 「記念です、是非受け取って下さい」 「花をもらっても困ります」 「花屋が何てことを言うんです」 店長は手早く薔薇の茎を落とし、花を俺の頭にぷすりと刺した。 「似合うじゃない」 「それはどうも」 頭から花を取り、胸ポケットに入れ直す。 「先程、帝宮から花の発注があったんです。 帝宮ですよ帝宮」 「お宅の鴇田に世話になった礼だと言われましてね」 「いやあ、驚きました」 「あんまり驚いて、思わず、うちに鴇田なんて男はいないと言ってしまいました、ははは」 「いや、困ります」 「冗談ですけどね」 朱璃と二人で溜息をつく。 「それで、どんな注文が来たんですか?」 「〈勿忘草〉《わすれなぐさ》の鉢植えを二十鉢。 細かいところはこちらにお任せだそうです」 「〈勿忘草〉《わすれなぐさ》? どんな花?」 「丁度この時期、可憐な青い花を咲かせている。 翡翠帝にはよく似合うだろうな」 「へえ、可憐ですかそうですか」 「妬くな」 「妬いてないですー」 「それで、宗仁君には、ここに行ってもらいたいのですが」 店長に渡された紙には、園芸農家の名前と連絡先が書いてある。 「〈静州〉《せいしゅう》ですか。 車で片道三時間ですね」 「こちらの勿忘草は、皇国一の品質なんです」 「明日の市場には出ないらしいので、今から直接買い付けてきて下さい」 「えっ、今から?」 「帝宮からの注文だ。 何があろうと明日の朝一番に届けなくては」 「それも、皇国一の品質のものをです」 「糀谷生花店の名に懸け、絶対に悪い品は出せません」 店長が差し出してきた手を握る。 「頼みました、宗仁君」 「任せて下さい」 「翡翠帝万歳!」 「ばん……」 針のような視線を感じた。 「何? 遠慮しないで言って」 「晩ご飯は車の中だな」 「……でしょうね」 「いらっしゃいませ」 睦美「こんばんは」 指定席に宗仁の姿はない。 「みんなは?」 「お花屋さんで大きな仕事が入ったとかで、今夜はお見えにならないかと思います」 「そう」 一人でカウンター席に座ると、席がやたらと広く感じられた。 「最近は寂しいですね」 〈独活〉《うど》の酢味噌和えを置く。 「忙しければ仕方ない」 「それに、宗仁には宗仁の道がある」 「ふふふ、宗仁様のことだとは申しておりませんが」 独活を口に入れると、ほろ苦さが広がった。 宮国が来てから、夕食の時間が合わなくなった。 事前に連絡をすれば一緒に食事できるのだろうが、毎日の食事だけに鬱陶しがられるのは目に見えていた。 「お互い、好きな時間に食事をすればいい」 「そうですね、そう思います」 気持ちとは反対のことを言い、睦美もそれを見抜いたのか、微笑みながら相づちを打った。 「睦美、奉刀会に戻ってくる気はない?」 「突然でございますねえ」 「私は刀を捨てた身でございます。 もう戦場に立つことは適いませんよ」 微笑みを絶やさぬまま、睦美が言う。 「でも、睦美が帰ってきてくれれば、他の刀を捨てた武人もきっと」 「滸様」 〈窘〉《たしな》めるような声だ。 「ごめん」 睦美も、他の武人も相当な覚悟で刀を捨てたのだ。 もしかしたら、戦い続けるよりも、戦いをやめる方が難しいのかもしれない。 軽い気持ちで誘いを掛けてしまったのは、きっと寂しさを埋めようとしたのだ。 「弱気は駄目だ」 「私がこんなことじゃ士気が下がる」 頬を叩く。 「春は、ほろ苦い食材が多うございましょう?」 「他の季節ですと、苦みを抜くような処理をしたりいたしますが、春はそうではございません」 「きっと、苦みを楽しむ季節なのだと思います」 山菜の天ぷらを揚げながら、睦美は微笑んだ。 午前八時。 店長に見送られ、帝宮に向かう。 荷台には、俺が買い付け、店長が徹夜で丹精した鉢が並んでいる。 「まず、今日の目的を確認しよう」 「立派な勿忘草を帝宮に届けること」 「第一の目的はそうだな」 「第二の目的は……」 「帝宮に忍び込み、«三種の神器»の〈在処〉《ありか》を確かめること」 「第三は?」 「第三? 記憶にないけど?」 「無事に帰ること」 「当たり前じゃない」 朱璃が肩をすくめる。 共和国管区の検問を通り抜け、帝宮の外門まで来た。 帝宮は、小此木麾下の禁護兵二千に守られている。 奉刀会の密偵も帝宮には侵入できておらず、情報は少ない。 今後のためにも、警備状況をよく観察しておこう。 「糀谷生花店です。 ご注文の花をお届けに参りました」 門で用件を告げると、衛兵に車を降りるよう促された。 この先は徒歩で案内するとのことだ。 車を門の外に置き、花は台車に移し替える。 衛兵の後について帝宮へと向かった。 石段を登りきった俺たちを出迎えたのは、道の両側に整然と並んだ禁護兵だった。 五百人以上はいるだろうか。 まるで国賓でも出迎えるかのように、直立不動で銃を掲げている。 「ここまで歓迎されるとは思わなかった」 「ねえ。 びっくり」 「どうやら、小此木は私達の正体をお見通しみたいね」 背筋を汗が伝う。 進めば、帰れないかもしれない。 「今ならまだ引き返せる」 「折角歓迎の準備をしてくれたんだし、最後まで付き合いましょう」 むしろ状況を楽しむように、朱璃が先に立って歩きだす。 両脇の兵士が次々と敬礼する中、先導の衛兵について先に進む。 建物に入り、廊下を進む。 衛兵はそこらじゅうに立っており、鋭い視線を投げかけてくる。 中庭など、外に面した場所には必ず見張り台があり、兵士が俺たちを見下ろしていた。 俺が気づかないだけで、呪術による警報や隔壁も設置されていることだろう。 想像していたより遥かに厳重な警備だ。 呪装刀さえ揃えば帝宮は攻略できると考えていたが、認識を改めねばならないようだ。 やがて、大きな部屋に到着した。 花を近侍に引き渡すと、先導の衛兵は一礼してから部屋を出ていく。 どうやら、ここが目的地のようだ。 ──謁見の間、だろうか。 朱塗りの柱が規則正しく並ぶ空間は、昼間にもかかわらず薄暗い。 皇国二千年の歴史がそこかしこに潜んでいるようで、自然と背筋が伸びる。 幽玄に流れる香の煙が、かすかに揺らめいていた。 「久しぶりの帝宮はいかがであった、皇姫君?」 小此木重い声が降ってきた。 見れば、壇上の玉座に一人の男が腰を下ろしていた。 「玉座から下りなさい」 「そこは臣下の座る場所じゃない」 「歳ゆえな、立って話すのは身体に堪える。 まあ許せ」 笑いながら、小此木が肘掛けの先端を撫でる。 「小此木っ!」 走りかけた朱璃の腕を掴む。 「玉座の周りに何かある」 「さすがは武人、よくわかるものだ」 「玉座は呪力の壁で守られておる」 「皇姫君のように、気の短い人間から身を守るためにな」 「意外と小心者なのね」 「お母様を手に掛けるくらいだから、もっと剛胆なのかと思った」 「ははは、慎重だと言ってもらいたい」 「ま、折角ここまで来たのだ、ゆっくりと話をしようではないか」 小此木が背もたれに身体を預け、足を組んだ。 朱璃も拳から力を抜いた。 「今日は歓迎してくれてありがとう」 「私たちのこと、いつから監視していたの?」 「皇姫君が私を襲ったその日からだ」 「まさか、見つかっていないとでも思ったか? 慢心にも程がある」 「そうやって油断していると、いつか寝首を掻かれるから」 「悪くない」 「私はむしろ、そういった緊張感が欲しい」 小此木が玉座の上で姿勢を崩す。 「私は退屈なのだ。 起伏のない日々に飽き飽きしている」 「だからこそ、お前達の消息を知りながら見逃し続けているのだ」 「あの愚かな皇帝の忘れ形見が、たった一人の家臣を連れて仇討ちに来る」 「これほど愉快な話もなかろうて」 朱璃が俺の前に出る。 「長年皇家の禄を食みながら、よくもお母様を愚弄できるわね」 「いやいやいや、それそれ、まさにそれよ」 小此木が錫杖で朱璃を差す。 「長年仕えているのだから裏切るはずはない、家禄をもらっているのだから裏切るべきではない」 「私に皇国を裏切らせたのは、そういった黴の生えた思考だ」 「自分の都合で作った仕組みの中で胡座をかいているから、周囲が見えなくなる」 小此木が玉座から立ち上がる。 朱璃と小此木の間に身体を入れようとする。 「控えておれ」 「心配せずとも皇姫君に手は出さん。 話が終われば、二人とも無事に帰そうぞ」 俺を見ずに小此木が言う。 「私は常々、蘇芳帝に共和国の危険性を説いてきた」 「だが、だが、蘇芳帝は耳も貸さぬ」 「前例がない! 今まで問題がなかった! まだその時期ではない! ……そればかり」 「だから、私は蘇芳帝を見限った」 「私を高く買ってくれる、共和国という主に仕えることにしたのだ」 「くっだらない」 「共和国が欲しかったのは、あなたではなく、あなたが手土産にした皇国じゃない」 「蘇芳帝も、そう言って私を罵った」 「まさに負け犬の遠吠え。 全てが遅い。 遅すぎる」 「挙げ句の果てには、『逆賊め、私の手で討ってくれよう』だ」 「ここまで愚かだと、いっそ笑えてくる」 「おのれ小此木っっ!!」 「はははは、ははははははっっ!」 「帝宮まで来た土産に、お母上の末期の言葉を教えようか」 「『おのれ、小此木』だ」 「親子の血は争えんな、ふふふ、くくくくく」 朱璃が拳を震わせる。 怒りに燃える瞳は、«防壁»を射貫かんばかりだ。 「ははは、母親に似て感情的だな」 「大局を見ず、己の感情に任せて行動する。 皇帝にはふさわしくない人格だ」 「大局?」 「母国を売り渡すのが大局を見ることなら、私には真似できない」 「心外心外。 これでも皇国のために尽くしているつもりだ」 小此木が口の端を上げる。 「同胞を売った狗の分際でよく言うじゃない」 「あいにく、私は皇国民を同胞とは思っていない」 朱璃の表情が険しくなる。 「皇国民は愚鈍にすぎる」 「皇帝のせいで戦に負けたというのに、いまだに皇家を賛美している」 「しかも、中身がすり替わっても全く気づくことがない」 「挙げ句の果てには、武人を戦犯扱いして石を投げる」 「まったくの屑、救いようのない奴らだ」 「同じ屑なら、まだ私の役に立つように燃えてもらった方が……」 「黙れっ!!!!!」 朱璃の怒声が、小此木の薄笑いを吹き飛ばす。 さっと鳥肌が立つのを感じた。 「屑はあなたよ、小此木時彦」 「為政者は国民のために生きるもの。 国民を食い物にするあなたに政治家の資格はない」 「綺麗事だ」 「国民が綺麗事を信じられるように、私たちは命を懸けても汚れてはいけないの」 「ふ、ふふふ……馬鹿馬鹿しい」 朱璃が一歩進み出た。 堂々と胸を張るその姿は威厳に満ちている。 「私たち皇家は、«大御神»より皇国を託された存在」 「«大御神»に代わり、大地の豊穣と国の平穏を守る義務があります」 「ほう?」 「皇家最後の生き残りとして、命に代えてもお前を宰相の座から引きずり下ろす」 朗々とした声が広間に響き渡る。 朱璃の言葉はまるで、歴代の皇帝が小此木に突きつけた宣告にも聞こえた。 朱璃の視線はあくまで澄み渡り、何の〈衒〉《てら》いもない。 だが、身体を流れる王家の血が、彼女に侵しがたい神聖さを纏わせていた。 やはり、朱璃は本物だ。 «三種の神器»など要らない。 今の朱璃を見れば、国民は例外なく彼女を真の皇姫だと理解するはずだ。 「そうそう、そう来なくてはいけない」 「せいぜい楽しませてもらおうではないか」 小此木の醜い笑顔を、朱璃は静かな視線で見つめる。 「帰りましょう、宗仁。 もう話すことはないから」 朱璃がきびすを返す。 守るべき対象であるにもかかわらず、背中が大きく見える。 同時に、彼女に付き従うことが誇らしいことに思えた。 ──主、我が主よ。 胸の中で呼ぶ。 そのたびに、得も言われぬ充足感が湧き上がった。 「一つ、いいことを教えよう」 背後から小此木の声が追ってきた。 しかし、俺たちは足を止めなかった。 約十分後、俺たちは花屋の車に乗り込んだ。 小此木の言った通り、一切の警戒はなかった。 「ねえ宗仁、これからお母様のお墓に行く時間はある?」 「報告したいことがあるの」 「もちろんだ」 陵墓に着くと、若芽の香りが風に乗って入り込んできた。 桃の開花は遅れているが、春は確実に近づいている。 「んーーー、気持ちいい」 天京の街を見下ろせる場所で、朱璃が大きく伸びをした。 空は晴れ渡っている。 前回ここに来た時は、気が塞がるような雪雲が空を覆っていたはずだ。 朱璃と二人、蘇芳帝の陵墓の前に進む。 「今日もお花があるわね」 「蘇芳帝の人徳の賜物だ」 蘇芳帝の墓前には、いつ来ても花が供えられていた。 敗戦の責任を取って自害した誇り高き皇帝として、皆から慕われているのだ。 ──現実には小此木に殺されていたとしても。 朱璃が墓前で祈りを捧げる。 無言の、深い深い祈りだ。 従者として数歩後ろで祈りを捧げる。 「お母様……」 「本日小此木に会い、私は決心いたしました」 朱璃が厳かに言う。 「必ずや小此木を討ち取り、皇国をあるべき姿に戻してご覧に入れます」 「何卒、ご加護を」 朱璃の口から出たのは、ずっと聞きたかった誓いの言葉だった。 組んでいた手を解き、朱璃がこちらを向いた。 「これからの私は、皇家の生き残りとして国民のために生きるつもり」 「どうした、暗殺は諦めたのか?」 「宗仁の言う通り、あの男を暗殺したところで国は変えられない」 「大義ある戦いを経て、社会を変革しないと」 ようやく納得してくれたか。 「それに、暗殺で済まされるほど小此木の罪は軽くない」 「あいつは国家の大罪人として国民の前で裁かれるべきだと思う」 小此木本人を睨みつけるように、朱璃は帝宮を見つめた。 尖った視線から、朱璃の怒りが伝わってくる。 「あーあ、私の負けね」 「何が?」 「約束の日までに、小此木の暗殺を思い留まっちゃったでしょ? つまりはあなたの勝ちってこと」 朱璃が小此木を襲撃した日、俺は言った。 敗戦の日──三月二十日までに、小此木の暗殺を思い留まらせると。 「君の賢明な判断を心から嬉しく思う」 「あの時の約束は覚えている?」 「小此木の暗殺を思い留まったら、宗仁は心からの忠誠を尽くすって言ったんだけど?」 「もちろん覚えている」 「よーし、ならばよろしい」 偉そうに腰に手を当てる。 「なんてね」 朱璃が表情を緩める。 「宗仁、今まで見放さずにいてくれてありがとう」 「主の不明を糺すのも臣下の仕事だ」 いつもなら牙をむきそうなものだが、朱璃は微笑みで俺の言葉を受けた。 「いや、違うか」 「君が不明というのは俺の考え違いだった」 「ただ、俺が想像もしなかった価値観の中で生きてきたというだけだ」 「どういうこと?」 「俺たち武人は、主のために命を懸ける」 「同じように、皇家の方々は、皇国を治めることに命を懸けていらっしゃったのだな」 «大御神»よりお預かりした国土を守れなければ、命を以て償うべし──この教えを身体に叩き込まれてきた少女は、敗戦の責を負って死ぬことを望んだ。 常人からすれば無意味な死に見えるだろう。 しかしそれが、二千年に亘って皇国を統治してきた一族の誇りなのだ。 皇家の人間に比べれば、小此木などは俗物も俗物。 為政者としての格が違う。 「お母様も、きっと私の選択をお許し下さると思う」 「国民もだ」 「朱璃が皇国再興のために立ち上がるのを、喜ばない者はいない」 「だといいけど」 にっと笑ってから、朱璃は高台から街を見つめる。 若芽の香りを孕んだ風が、艶やかな髪をなびかせた。 「必ず皇国を元の姿に戻しましょう」 「国民が安心して日々を送れるように」 とうとう朱璃が未来に目を向けてくれた。 安堵と共に大きな活力が湧いてくるのがわかる。 必ずや、朱璃を帝宮の玉座に座らせよう。 そして、皇国をかつての姿に戻すのだ。 街に戻ってきた。 車を運転しながら、小此木の言葉を何度も反芻する。 「小此木は、共和国の危険性に気づいていたと思うか?」 「後付けに決まってる、自分の行動を正当化したいだけ」 「そうだといいが」 「小此木が«呪壁»を破壊し、共和国軍を招き入れたのなら、皇国は内側から崩壊したことになる」 「『神に護られた国』の最後がそれか」 「こんなことは言いたくないけど、臣下の躾も皇帝の仕事の一つ」 「小此木に大きな権限を与えたのなら、明確な過ちだと思う」 「仮にお母様に過失があったとするなら、娘である私が正さないと」 朱璃が自分を責めるような顔で呟いた。 「何にせよ、皇国を小此木から取り返すことだ」 「その次は、共和国を追い出す」 対向車線をはみ出してきた軍用車を避ける。 「でもさ、今日はあいつと話せて良かった」 朱璃が携帯電話を取り出す。 「小此木の話、全部録音しちゃった」 「本当か!?」 「小此木の奴、もう自分の罪を告白したようなものじゃない」 朱璃が録音した音源を再生する。 車の中に、小此木の声が無事流れた。 「私、こんな声してるんだ。 何か恥ずかしい」 「自分が聞いている声は、通常、頭蓋骨を……」 「そんな豆知識どーでもいいから」 「あ、ちょっと待って、今のところ」 朱璃が再生を止める。 「この録音、もう一つ大きな活用法があると思わない?」 「小此木、私のことを『皇姫君』って言ってるでしょ」 「これ、絶対に血筋の証明になる」 「確かにそうだ」 「一気に風向きが良くなったみたい」 高揚した顔で朱璃が前を見据える。 小此木の証言に、斎巫女の呪装具の鑑定が加われば、滸もさすがに無視できないだろう。 奉刀会にしても、朱璃が本物と証明できるなら、放っておく手はないのだから。 「宗仁に一つお願いがあるんだけど」 「なんなりと」 「来るべき日に備えて、私に剣の手ほどきをしてくれない?」 「構わないが、なぜ?」 「主が強くて損することはないでしょ?」 朱璃の表情が興奮に輝く。 はつらつとした笑顔に、こちらもやる気になる。 「では明日の朝から始めよう。 無理は禁物だぞ」 「よろしくお願いします、先生」 「(ひめ、ぎみ?)」 壁越しに聞こえてきた声に呆然となった。 本物の皇姫様が、広間にいらっしゃる?「(まさか、ご存命でいらっしゃったなんて)」 せめてお姿を拝見したいが、身体に力が入らない。 気がつけば、冷たい廊下にへたり込んでいた。 今までの三年間が、ぐちゃぐちゃになって頭の中を走り抜ける。 戦後すぐ、小此木に拾われたこと。 行方不明だったお義兄様の捜索を条件に、皇帝の役割を引き受けたこと。 様々な場で翡翠帝として振る舞い、国民を欺いてきたこと。 武人の家に生まれた私が、神聖なる皇帝を騙る。 それは、国家第一級の罪。 そうと知りながらも、私は義兄への慕情を捨てきれなかった。 「(私は、許されざる罪人です、お義兄様)」 ああ、皇姫様が生きていらっしゃるとわかっていれば、私は罪を重ねずに済んだのに。 責任転嫁だとわかっている。 小此木に魂を売ったのは私で、皇姫様に責任はない。 でも、それでも──皇姫様を恨まずにはいられない。 皇姫君の毅然とした声が響き渡った。 それは、小此木への宣戦布告に他ならない。 皇姫様は戦われるつもりなのだ。 「(でも、もう手遅れです)」 国民は圧政に怯え、頼みの綱だった奉刀会も壊滅した。 生き残った武人も、刀を捨ててしまったと伝え聞いている。 もう誰も、小此木を倒すことはできないのです。 「(今更どうされるのですか、皇姫様)」 午後から学院に登校した後、美よしにやってきた。 「わあ、素敵なお店です」 店に入るなり古杜音が歓声を上げた。 「皆様は、いつもこちらでお食事をしていらっしゃるのですね」 「巫女殿、なぜここに」 先に食事をしていた滸が驚いた顔で振り返る。 「巫女殿なら問題ないと思った」 「それに、滸にも聞いてもらいたい話がある」 「で、でも」 「ともかく食事をしよう」 「はい、もう、お腹がぺこぺこでございます」 「私も、今日はお腹が空いた」 しばらくして、食事が一段落した。 途中で合流した店長を交え、声が漏れにくい個室へ移動する。 「で、巫女殿の話は?」 「朱璃が持っている呪装具についてだ」 「古杜音に鑑定してもらったのだが、結果が出た」 俺と朱璃は、昼間に結果を聞いていたが、滸には古杜音の口から伝えてもらう。 伝聞よりも効果があるからだ。 「では、発表させていただきます」 古杜音が鞄から走り書きを取り出す。 「銘は«花あかり»、制作は約千五百年前、奉命の巫女は三十名」 「効果は、身体能力の全般的強化、熱、冷気、毒、呪術など各種の耐性強化です」 無言のままだが、滸の表情には驚きの色があった。 「す、すさまじいものですね」 「すさまじいものです」 「業物の呪装刀でも、奉命の巫女は多くて五名です。 それが三十名ですから」 「おそらく、優秀な巫女を選りすぐって制作したものと思います」 三十人の命と引き替えに作られる道具か。 巫女の遺体が並んでいる様を想像すると、寒々しい気分にもなる。 「呪装具名鑑によりますと、«花あかり»は〈柊帝〉《ひいらぎてい》の初陣のために作られました」 「以来、幾度か戦場で実際に着用され、代々の皇帝陛下を敵の刃からお守り申し上げたとのことです」 「現在も皇家の所有となっております」 「そんな大変なものを着ていたのね」 朱璃が身震いする。 「あの、不思議に思っていたのですが、なぜ朱璃様がこのような呪装具を?」 「皇家の人間だから」 「なるほど」 「って、ええっ!? えええええええええっっっっ!?」 立ち上がった古杜音が、金魚のように口を動かす。 「ああ、言っていなかったな」 「え、でも、そしたら翡翠帝は?」 「小此木が仕立て上げた偽者ね」 古杜音が立ったまま動きを止めた。 現実を受け入れられなかったようだ。 「古杜音さん、おーい、古杜音さーん」 「ぴよぴよぴよぴよぴよ」 「駄目ですね。 座敷に寝かせてきます」 「お願いします」 店長は、丸太のように古杜音を小脇に抱え、個室を出ていった。 向い側に座った滸が、呪装具の鑑定書に視線を落とす。 「これで宮国の血筋を信じろと」 「判断材料の一つだ」 「疑おうとすれば疑えるだろうが、無視するのはおかしい」 「名鑑にも、盗難に遭ったという但し書きはない」 これほどの呪装具なら、盗難に遭った場合はその旨が名鑑に記載される。 それがないということは、自然に考えれば、所有している人間は皇家の人間ということだ。 「呪装具だけで納得してもらおうとは思っていない」 携帯電話を卓に置く。 「今朝、朱璃と帝宮に行ってきた訳だが、そこで小此木と鉢合わせになった」 滸が目を見開く。 「奴との会話が録音してある」 イヤホンを渡し、録音の内容を滸に聞かせる。 滸は何も言わない。 ただ、握り拳が、徐々に徐々に固くなっていくだけだ。 録音されているのは、小此木の自白である。 蘇芳帝を手に掛け、偽の皇帝を仕立て上げ、共和国に魂を売り渡し権勢を〈恣〉《ほしいまま》にする、皇国始まって以来の大罪だ。 最後まで無言を通し、滸はイヤホンを耳から外した。 眼光は暗く沈み、内面の何かを睨み付けているようだった。 「言葉が出ない」 大きく息を吸い、天井を見上げた。 涙が一滴、頬から喉を伝った。 滸にとって最も衝撃的なのは、翡翠帝が偽者だということだろう。 滸は、俺のように奉刀会の忠義に乗れなかった武人ではない。 まさにその忠義の真ん中で、数万の武人の魂を背負って活動してきたのだ。 心の支えを失ったと言っても過言ではない。 「会話の中で、小此木は朱璃のことを皇姫君と呼んでいる」 「朱璃の血筋を証明する何よりの証拠だ」 「これが本物なら」 滸は、現実を拒否するように、ようやくそう言った。 「こんな手の込んだもの、わざわざ作らないでしょ普通」 「大体、こんなおじさんの知り合いなんていないし」 滸は答えない。 「小此木は喋りすぎ」 「二人を逃がす意味もわからない」 「自分で言ってるじゃない暇つぶしだって」 「私をいたぶって楽しみたいってこと」 滸は思い詰めた顔を崩さない。 「奉刀会にとっては好都合じゃないか」 「錦の御旗は手元にあり、小此木の罪の自白も手に入った」 「あとは装備を揃えて決起するだけだ」 「滸さえ協力してくれれば、大願成就の日はもうすぐそこだ」 「わかってる」 目を瞑り、何度も手指を組み替える滸。 〈懊悩〉《おうのう》が伝わってくる。 「この音声の存在はしばらく伏せて」 「うちは沸点の低い人が多い」 滸の頭にあるのは、槇数馬が率いる一派だ。 彼らはとにかく血の気が多く、慎重な滸とは反りが合わない。 明確な理由さえあれば、会を割ってでも決起する可能性がある。 ただでさえ人数が少ない奉刀会だ、更に分裂すればもう先がない。 「稲生自身はどうなの? 私を信じてくれる?」 「今までの非礼を詫びます」 滸が頭を下げた。 朱璃の表情が明るく輝く。 「良かった! 稲生が信じてくれれば……」 朱璃の言葉を、滸が手で遮る。 「今は気持ちの整理が付かない」 「何日か待ってほしい。 身の処し方を決めます」 今まで忠義の対象だった存在を、突然偽者だと言われても納得はできまい。 ましてや、滸は稲生家の家長であり奉刀会の会長代行だ。 翡翠帝への忠義は誰よりも篤かった。 「早まったことは考えないで」 「あなたを咎めるつもりはないから」 泣きそうな顔で唇を噛む滸。 突然、店内がどよめいた。 個室から顔を出すと、客の目が〈映像筐体〉《テレビ》に釘付けになっている。 映っているのは、きらびやかな衣装で踊る滸……いや、菜摘。 相変わらずの美しさだが、問題は画面下に流れている緊急速報だ。 『翡翠帝陛下、共和国高官とご結婚の見通し』『三月二十日の終戦記念式典で正式発表がある予定』「な……」 「ん? どうしたの?」 「えっ!?」 「え……」 絶句。 言葉が出ない俺たちに代わり、店を埋める武人が激論を交わし始めた。 ──共和国討つべしっ!──時期尚早っ!──臆病者っ!──冷静さも必要っ!耳を聾せんばかりの怒号が飛び交う。 「結婚って何……どういうこと……」 「お、男と女が」 「知ってるから! 宗仁まで錯乱しないで」 深呼吸をして興奮を静める。 ふと、頭の隅に小此木の言葉が過ぎった。 あいつが言おうとしていたのは、このことか。 婚姻が成立すれば、皇国民は共和国に刃向かいにくくなる。 翡翠帝の夫の生国に刃を向けることになるからだ。 遠くない未来、生まれた子供が帝位を継ぐことになれば、もはや皇国と共和国は一体だ。 「皇家に、異人の血を入れるなんて許さない」 「それこそ本当の敗北だ」 絶対に穢されてはならないものが、穢されようとしている。 だが、止めることができるのか?暴力に訴えれば、小此木を暗殺するのと変わらない結果になる。 唇を噛んでいると、滸が立ち上がった。 「本部に戻る」 「槇の暴発を防ぐ」 「そうした方がいいな」 一刻を争う。 「朱璃、今日は店長たちと帰ってくれないか?」 「わかった。 宗仁、気をつけて」 「いずれまた」 朱璃に深々と頭を下げてから、滸は刀を腰に差した。 滸と並び、奉刀会本部を目指す。 飲食店が多い町並みだけに、そこらじゅうから議論の声が聞こえてくる。 目の前を、軍用車の車列が通り過ぎていく。 かなりの台数だ。 「軍も警戒を強めているようだな」 「こんな状況で動いたら、飛んで火に入る何とやらだよ」 「あー、もう、どうしよ。 頭ぐっちゃぐちゃ」 髪をかき乱す滸。 と、目の前で一台の車両が止まった。 「こんな時間に二人でどちらへ?」 後部座席から顔を出したのは生徒会長だ。 「散歩だ」 「ただの散歩であってほしいわね」 俺と滸をジロリと見る。 学院にいる時とは顔つきが違う。 その表情には、『生徒会長』などという平和な響きは似つかわしくない。 遠くから断続的な銃声が聞こえた。 「今夜は忙しくなりそう」 「あなた方も早くお帰りなさい」 「また、顔を合わせることのないよう祈っています」 俺たちの返事も待たず、車は走りだした。 「嫌なところを見られた」 「今夜は絶対に動けないね」 案の定、本部は大混乱だった。 座るのももどかしいとばかりに、大勢の武人が立ったまま言い合っている。 「静粛にっ! 静粛にせよっ!!」 滸が満座を一喝。 途端に私語が止む。 「集合の指示は出していない。 独断で集まるとは何事か!」 「敵方に本部の位置を知られては、八月八日の二の舞だ!」 武人達の視線は、自然と槇に集まる。 二人がぶつかるのは目に見えているからだ。 「尾行には気をつけています。 心配ご無用ですよ」 数馬顎を撫でながら数馬が発言する。 表情に緊迫の色はない。 「君はどうしてここに来た」 「決まってるじゃないですか代行」 「若いのが〈勝手に〉《・・・》動かないよう、注意しに来ました」 「規律を乱す人間がいては、事はなせませんからなあ」 数馬が笑顔に暴発の気配を滲ませる。 滸と数馬がにらみ合った。 会長代行と副会長──武人の棟梁たる稲生家と、第二位の槇家のやりとりに、周囲は固唾を飲む。 「陛下のご婚姻は、確定した情報ではない」 「私たちを誘い出すための餌である可能性もある」 「餌なら餌で、針ごと噛み砕いてやればいい」 「その牙は、いざという時のために取っておけ」 「今こそ!」 「今こそ、いざという時じゃありませんかね?」 「刀を捨てた腰抜けどもも、皇家に毛唐の血が入るとなれば黙っちゃいないでしょう」 だからこその問題だ。 «八月八日事件»で奉刀会は壊滅的打撃を受けた。 奉刀会の挫折を目の当たりにし、刀を捨てた武人は多い。 俺たちが『穏健派』と呼ぶ武人たちで、代表は更科派、美よしの睦美さんだ。 会を抜けた穏健派だが、全員が刀を捨てたかと言えば、そうではない。 心を奮い立たせる何かがあれば、きっと再び奉刀会に協力してくれる。 そう信じるから、俺たちは翡翠帝という錦の御旗を欲してきた。 「いま決起すれば、飛んで火に入る夏の虫だ」 「ここに来る途中も、かなりの軍用車が走っていた」 「穏健派にはいずれ協力してもらうにしても、今ではない」 「中途半端に決起して叩かれでもしたら、次がなくなるぞ」 「さすが花屋はお優しくていらっしゃる」 「それとも、最近ご執心の女に牙を抜かれたか?」 槇がこっちへ矛先を向けた。 それでいい、滸と槇が直接ぶつかるのは、会にとって良くない。 「耳が早いな。 俺にそこまで興味があったとは知らなかった」 「そら興味津々さ。 お前のことは気に入っているからな」 数馬が口の端で笑う。 俺を斬りたいという意味だ。 「興武館の太刀筋、最近は見ていなかった」 「俺はいつでもいいぜ」 「私闘は許さん」 滸が会長席で静かに言う。 「槇、忠義に燃える気持ちはよくわかる」 「だが、鴇田の言う通り、共和国は私たちが行動を起こすのを待っているはずだ」 「冷静に考えれば、今こそ、最も行動を起こしてはならない時ということになる」 「穏健派まで合流した上で叩かれれば、もはや再起の余地はない」 「どうでもいいんだよ、そんなこたぁ!!」 「槇っっ!!!」 槇が黙る。 「私は会長代行として、仲間を勝算のない戦いに向かわせるわけにはいかない」 「槇とて、君を尊敬する若者たちを無駄死にさせるわけにはいくまい」 「«三祖家»の家長として、年長者として、若者に範を示してもらいたい」 「いざという時には、先陣として存分に活躍してもらおう」 「俺を年寄り扱いか」 「若者の範となるべき存在だと言っただけだ」 周囲を見回してから、槇が肩をすくめる。 「次の呪装刀奪還計画は今週末だ。 会の規律を乱さぬようくれぐれも頼む」 「事前に問題があれば、計画自体を見送らなくてはならなくなる」 「わかりましたよ、代行」 「お祭り事が減っちゃ、俺もつまらない」 滸が頷く。 「よーし、これから飲み直しだっ」 槇と若い武人数人が出て行った。 本部が、シンとした空気に包まれる。 それを待っていたかのように、滸が改めて口を開く。 「今、槇に伝えた通り、逸脱した行為は厳に慎むべし」 「無論、陛下のご婚姻に憤る気持ちは私も同じだ」 「この怒り、決起の際には存分に解き放とうではないか」 残った面々が、声を揃えて応じた。 これで一段落か。 何とか収まって、本当に良かった。 意見を求めてくる武人たちを、一人一人説得していく滸。 俺ならさっさと音を上げるだろうが、滸は根気強い。 ここまでできるのは、滸に苦い経験があるからだ。 戦争の時、彼女は明義隊の隊長として戦い、ほとんどの仲間を目の前で失った。 その経験が、仲間を犬死にさせないという強い思いに繋がっているのだ。 明義隊は、明義館に通う若年者を集めた部隊で、そもそも実戦に出ることが想定されていない部隊だ。 部隊と言うより、団結力を高めるための剣術少年団と言った方が適切だろうか。 もちろん装備は貧弱だし、練度も低い。 それでも彼らは、共和国軍に立ち向かい──散った。 隊長の滸一人を残し、皆散っていった。 年端もいかない若者が、自分の指示に従って戦い、死んでいく。 一体、滸はどんな気持ちでそれを見ていたのか。 そして、たった一人生き残った自分をどれほど責めているのだろうか。 俺の携帯が鳴った。 古杜音からだ。 時計を見ると午前二時前。 「どうした?」 「大変でございますっ!」 「朱璃様が行方不明なのでございますっ!」 「朱璃が!?」 頭が真っ白になった。 心臓が、破裂しそうな程に激しく拍動している。 まずは落ち着かなくては。 「古杜音は、今どこにいるんだ?」 「店長と朱璃様のお部屋にいます」 「五分で行く、待っていてくれ」 「どうしたの?」 「朱璃が行方不明になった」 「え?」 「俺はこれで戻る」 本部を飛び出す。 屋根の上を移動し、最短距離で帰ってきた。 朱璃の部屋では、店長と古杜音が腕を組んでいた。 「ああ、宗仁君」 「現状を教えて下さい」 「夕食の後、物騒だからと、朱璃様が私を勅神殿まで送って下さったのです」 「それで、勅神殿でお別れしたのですが」 「ここへは戻ってきてない」 「勅神殿で別れたのは?」 「夜の十一時過ぎです」 もう三時間以上経っている。 朱璃に電話をしてみるが、まったく繋がらない。 電波が届かないか、電源が切られているとのことだ。 「事故か、何か事件に巻き込まれたか」 「念のため皇国警察に確認しましたが、事故の情報はないそうです」 とすると、事件に巻き込まれたか。 「何か手がかりになるようなことは言っていなかったか?」 「いえ、それが何も」 「思い出してくれ」 「そう仰いましても、本当にいつも通りでございまして」 「そうか」 自分でも信じられないくらい気が急く。 深呼吸をして冷静さを保とうとするが、鼓動は落ち着かない。 「古杜音、手分けして朱璃が通りそうな道を調べよう」 「店長は、携帯端末で情報がないか調べて下さい」 「はい、わかりました」 古杜音と共に部屋を出る。 「申し訳ございませんっ」 外へ出るなり、古杜音が頭を下げた。 「私がぼんやりしているばかりに、こんなことになってしまい」 「いや、傍にいなかった俺の責任だ」 「違います。 私が気を失ってしまったから、朱璃様は私を気遣って下さったのです」 「もう、私は、私は……」 大きな目から涙が零れる。 「大丈夫だ。 必ず見つかる」 古杜音の肩を優しく撫でる。 「さあ、行こう」 古杜音と二人、勅神殿まで歩いてきた。 何も見つからない。 店長に電話し調査の状況を確認する。 向こうも空振りだ。 もう一度、もう一度だけ確認しよう。 経路を変えて探してみたが収穫はない。 やはり、拉致されたか。 とすれば、犯人は誰だ?小此木か? 朱璃の正体に気づいた生徒会長か? 色欲に目が眩んだ共和国の軍人か?どれもあり得る。 「誘拐、でしょうか」 「わからないが、それに近いものだろう」 身代金の要求でもあればわかりやすいのだが、現状では何も言えない。 もう生きていない可能性すらある。 「朱璃様、どうしてこんなことに」 汗だくになった顔を両手で覆う。 どうしても自分の責任だと考えてしまうようだ。 「詳しいことはわからないが、呪術で居場所を見つけるような事はできないのか?」 「あ!」 古杜音が顔を上げた。 「思い出しました!」 「朱璃様には、鑑定の終わった呪装具をお渡ししていたのです」 「あれほどのものならば、呪力を追跡できるかもしれません」 「朱璃様のお部屋をお借りします!」 「俺は何をしたらいい?」 「いつでも出られるようにご準備を」 「ん……う……」 強烈な頭痛と共に、意識が浮上した。 「(あれ?)」 目を開いたはずなのに何も見えない。 そればかりではない。 手足も満足に動かない。 「(えっ、えっ!?)」 必死に藻掻く。 だが、身体が自由に動かない。 ──椅子に座らされ、身体を縛られているのだ。 「(うそ)」 冷たい汗が全身から噴き出す。 奥歯が勝手に震えだし、小刻みに音を立てる。 私は攫われたの?誰に? 何のために?息が上がる。 恐怖と焦りで、地上にいながら窒息しそうだ。 「ね、ねえ、誰かいないの?」 答えはない。 代わりに、自分の声が僅かに反響して聞こえた。 どうやら広い空間にいるらしい。 耳に硬い音が飛び込んできた。 また、一つ。 足音だ。 ゆっくりと近づいてくる。 距離に比例して、心臓の動きがどんどん速くなる。 足音が止まった。 いる。 手を伸ばせば届く距離に誰かがいる。 『お目覚めか、〈皇姫君〉《ひめぎみ》』はじめ、それが声だとはわからなかった。 冬枯れの大地をわたる風か、大地の底を流れる炎の泥か。 形容しがたい、しかし絶対的に受け入れられない、嫌悪感を伴う音の連なりだった。 「だ、誰?」 かすれた、無様な蛙のような声が出た。 喉が渇きすぎて、粘膜が裂けそうな痛みが走る。 「私をどうするつもり?」 「要求は!?」 「ここはどこっ!?」 恐怖に追い立てられるように、質問をぶつける。 しかし、返事はない。 「何か言いなさいよっ!」 「あぐっ!?」 椅子ごと転倒した。 鼻先で笑うような息づかいが聞こえる。 肩を打った痛みと屈辱が、身体の中を駆け巡る。 「っっ!!」 ふっと身体が浮き上がる。 起こされ、元の姿勢に戻された。 「はあ……はあ……はあ……」 恐怖と緊張で息が上がる。 全身が汗だくで、服が皮膚に貼り付いているのがわかった。 『知りたいことがある』頬に手が触れた。 震えを悟られたくなくて、必死に奥歯を噛む。 『君の覚悟だ』指先が頬を下に伝う。 そして、首の動脈の上で止まった。 命を握られる感覚に息が詰まる。 「(宗仁……)」 刺すような頭痛が走る。 それも一瞬、すぐに消えた。 目の前では、先程から着替えた古杜音と店長が儀式を始めていた。 階下の花屋から持ってきた平たく大きな花器に水を張り、その前で一心不乱に祈りを捧げている。 鏡を模した水盤ということらしい。 「掛巻も畏き、«大御神»の大前に、恐み恐みも白さく……」 何度目かの祝詞の詠唱だ。 空気が音を立てそうなほどの緊張感が、部屋を満たす。 古杜音の額には大粒の汗が浮かび、脇で補助している店長もまた苦しげに眉を歪めていた。 水盤が輝いた。 透明だった水が、水銀のような光沢を帯びて波打つ。 幾何学的な波紋は、やがて不規則に姿を変え何らかの形を取り始めた。 「(地図? どこかの町並みか?)」 「う……」 「うあっ!! はあ……はあ、はあ……」 古杜音が前のめりに手を突く。 肩が大きく揺れている。 「……? 何かおかしいですね」 「もう一度いきます」 「はい」 古杜音は、汗も拭わず祈り始める。 流れた汗は、襟の朱色を深い色に変えている。 「私は……負けません……」 「もう、あんな思いはしたくないんです」 奉刀会の仕事を終えた滸が駆けつけた。 「手がかりは?」 「まだだ」 「こ、古杜音」 古杜音の姿に滸が息を飲む。 祈りは、既に八度に及んでいる。 濡れた肌に髪が貼り付き、床には零れた汗が沢山の染みを作っている。 頬がこけて見えるのは、目の錯覚ではあるまい。 店長は四度目の祈りで既に力尽きている。 補助の人間ですら倒れるのだ。 古杜音には、一体どれほどの負担がかかっているのか。 再び水盤が動いた。 水銀のような水が、また何らかの形を取ろうとする。 「(頼む、上手くいってくれ)」 水盤が見覚えのある景色を描き出した。 夜鴉町の近くにある倉庫群だ。 川沿いにあり、昼は荷揚げの人間で賑わうが夜は誰もいない。 「古杜音、大体わかったぞ」 「え? ほ、本当ですか?」 心ここにあらずといった表情で、古杜音が反応した。 「もし、追加で何かわかったら連絡をくれ」 「行こう」 用意していた呪装刀をひっつかむ。 「あ、あの、宗仁様」 弱々しい声が呼び止めた。 「お気をつけ下さい」 「何やら胸騒ぎがいたします」 「朱璃、無事でいてくれ」 声に出して念じた。 共に皇国を再興すると約束したばかりじゃないか。 こんなところで死んだら悲しすぎる。 それに、朱璃は──俺の大切な主だ。 ふと隣を見ると、滸が俺の顔を見つめていた。 「ううん」 「宮国、見つかるかな」 「見つかる」 「いや、見つけるんだ」 「あいつに死なれてたまるかっ」 「そう、だね」 滸が前を向く。 「絶対に見つけよう」 刀を鞘から抜く音が聞こえた。 『君の覚悟が知りたい』頬に冷たい感触。 見ずともわかる。 頬に刃を当てられているのだ。 『君は宰相を倒したいらしいな?』「(宰相?)」 小此木の手下なの?まさか、帝宮に忍び込んだその日のうちに手を出してくるなんて。 『どうした? 小此木を倒すのではないのか?』倒すと言えば、刀が私を切り裂くのだろうか。 痛みを想像するだけで嘔吐感がこみ上げる。 でも──暴力には屈しない。 私は、お母様の墓前で小此木打倒の誓いを立てたのだ。 「小此木はこの手で倒します」 激痛を覚悟して目を瞑る。 ……。 …………。 ………………。 だが、頬に当てられた刀は動かない。 『君には伊瀬野に帰ってもらいたい』『野良仕事でもして暮らせば、誰も咎めまい』「小此木は、蘇芳帝を殺害し、この国を共和国に売り渡した」 「国民を守るべき立場にありながら、むしろ国民から搾取し、反抗する人間を弾圧している」 「私は、小此木の手から皇国を守らなくちゃいけないの」 「それが私の使命」 自分に言い聞かせるように宣言する。 「伊瀬野に戻るくらいならここで死んだ方がマシ」 「どうせ殺すなら、さっさとやりなさいよ」 『ふふ、立派な志だ』声が漏れないように歯を食いしばる。 頬に焼けるような痛みがある。 焼けた火箸を当てられたような、じりじりする痛み。 やがて、胸や太ももに血の滴が落ちる音がした。 『まだまだ時間はある。 ゆるりと行こう』再び頬に刀が当てられた。 もはや脅しではない。 相手は、私が音を上げるまで苦痛を与え続けるのだろう。 『伊瀬野に帰る、と言えば君を解放しよう』『それだけの話だ』「馬鹿にしないで」 口にしたら終わりだ。 それが方便であろうと、自分で自分が許せなくなる。 私は揺らがない。 どんな苦痛を与えられようとも誓いを守る。 「(宗仁、私は負けないから)」 幾度斬られたことだろう──鉄錆びの匂いが鼻孔を突く。 永遠に続くかと思われる、同じ質問。 答えるたびに身を襲う激痛。 少しずつ意識が朦朧とし始めていた。 「私は……諦めない」 二の腕に痛みが走った。 もう、頬には斬るところがないのだ。 「ふふ、あなたも苦痛で人の意志を曲げようなんて、恥ずかしいことするじゃない」 『早めに諦めた方が身のためだぞ』「仲間が助けに来てくれる」 宗仁なら、きっと気づいてくれるはず。 理由なんてない。 『さて、どうかな』「来ます」 「絶対に来ます」 『確かに、助けには来たな』目隠しが外された。 目に飛び込んできたのは、高い屋根。 自分がいるのは、どうやら倉庫らしき場所だった。 がらんどうの殺風景な空間には、何も置かれて──視線が、床の一点に釘付けになった。 「宗仁っっ!?」 宗仁が、手足を縛られて床に伏していた。 身体のそこかしこが真っ赤に染まっている。 『助けには来たよ』『助けられはしなかったが』背後にいた人物が、宗仁の隣へ行く。 出血の影響か、視界が狭まっている。 犯人が男なのはわかるけど、顔が見えない。 『話を変えよう』男が宗仁の髪を掴み上げた。 血に濡れた宗仁の顔が明らかになる。 「朱璃……すまない……武人の身で」 「宗仁っ、しっかりしてっ」 宗仁の頬に短刀が当てられた。 『君に与えられた選択肢は二つだ』『こいつと共に伊瀬野に帰るか、こいつを見捨て一人戦い続けるか』「宗仁を離しなさいっ」 「ぐっ」 思わず目を背けた。 自分が斬られるよりも、何倍も痛い。 『さあ、どうする?』「わ、私は……」 思わず逡巡してしまう。 「主の足枷になるなど、武人の恥だ」 「さっさと殺すがいい」 『ならば、大いに恥をかいてもらおう』「っっっ!!!!」 骨が断ち割られる音が耳の奥に響いた。 短刀が、宗仁の手のひらを床に縫い付ける。 それでも宗仁は表情を変えず、男を針のような視線で睨み付ける。 『さて、皇姫君、返答を聞こう』『宰相を諦めるか、この男を見殺しにするか』男が、もう一振り短刀を抜いた。 「朱璃、墓前での誓いを守れ」 「臣下一人のために宿願を捨てるなど、主のすることではない」 宗仁が微笑んだ。 嗚呼、宗仁。 私は、私は──古杜音が示した倉庫まで来た。 「見張りはいないな」 「静かすぎるよ。 本当にここにいるの?」 「古杜音を信じよう」 「くっ」 刺すような頭痛が走った。 まただ。 鬱陶しいばかりの頭痛は、理解しがたい感覚を伴っていた。 「(朱璃?)」 どこからか、朱璃に呼びかけられた気がする。 どこだ?並ぶ倉庫を端から観察する。 倉庫にはほとんど窓がない。 にもかかわらず、視線を遮る全てが透明になり、地平線までが見通せるような気がする。 ──朱璃がいる。 荒野の彼方で燃える一点の焚き火のように、確かに彼女の存在が感じられた。 「あの倉庫だ」 「え? どういうこと?」 「絶対に、あそこにいる」 朱璃はここにいる。 目には見えなくても、存在を感じることができた。 「裏口を頼む。 俺は正面から行く」 呪装刀を抜き、正面の鉄扉に近づいた。 闇夜に刀身が朧気な光を放つ。 裏口の方から、梟の鳴き声が聞こえた。 滸が配置に着いた合図だ。 「(無事でいてくれ)」 扉の取っ手に手を掛ける。 目の前に、荷物のない空洞の倉庫が広がる。 照明は点いていない。 窓から射し込む月明かりに照らされるように、一人の少女の姿があった。 椅子に座らされ、手足を縛られている。 ──朱璃だ。 犯人の姿はどこにも見えない。 罠だ。 直感が訴えた。 朱璃に近づいたところで、まとめて吹き飛ばされる可能性もある。 それでも、朱璃の無事を確かめないわけにはいかない。 裏口から入ってきた滸に周囲を警戒させ、単身で朱璃に近づいていく。 一歩、また一歩。 十〈米〉《メートル》の距離を、蟻のような歩みで進む。 椅子や身体に、何らかの罠が仕掛けられているようには見えない。 意を決して、傍らまで歩み寄る。 「朱璃、朱璃っ」 外傷はないようだ。 眠っているだけなのだろうか。 朱璃の〈縛〉《いまし》めを解く。 「ん……」 椅子からずり落ちそうになる朱璃を抱き上げる。 美しい顔には傷一つ無い。 「(待たせてすまない、朱璃)」 伏せられた長い睫毛を見ながら、胸の中で謝る。 「無事なの?」 「ああ、気を失っているだけだ」 「そう。 まずは良かった」 言葉とは裏腹に、滸は緊張を解いていない。 「不可解だな。 見張りも犯人もいないとは」 「ともかく、早く出た方がいいよ」 「ああ、そうしよう」 倉庫の外から車の音が聞こえてきた。 地を震わす重厚な音だ。 「軍用車。 四台いるね」 滸が音だけで車の数を推定する。 「共和国軍がどうしてここに?」 「偶然か、朱璃を攫った人間が呼んだのか」 「どうする?」 「俺が敵を引きつける。 滸は朱璃を連れて逃げてくれ」 「私も戦うよ」 「奉刀会のことを考えてくれ」 滸が悲愴な顔で俺を見つめる。 「朱璃を頼んだ」 抱きかかえていた朱璃を滸に渡す。 その瞬間──窓を破って、何かが倉庫内に飛び込んできた。 破裂音と閃光が、感覚を塞ぐ。 「上だっ、屋根を破って逃げろ」 滸が跳躍するとほぼ同時に、別の轟音が身を包んだ。 「っ!!!!」 弾丸の雨がシャッターを貫く。 数発を刀で弾きながら、柱の陰に転がり込む。 鉄筋に当たった弾丸が火花を散らし、倉庫が明滅する。 「はあ、はあ、……奴ら警告もなしか」 「ぐっ……」 左の二の腕に焼けるような痛みがあった。 幸い動脈は外れているが、出血が続けば危ない。 早くカタを……「くっ!?」 シャッターが弾け飛んだ。 「呪装刀を持った武人が集まっているという通報があった」 「武器を捨てて投降せよ。 さもなくば武力をもって鎮圧する」 拡声器で増幅された生徒会長の声が飛び込んできた。 これだけ撃ち込んでおいて、投降もクソもあるか。 脱出できなければ殺されるだけだ。 上へ逃げたいところだが、滸達と同じ経路を使うのは避けたい。 となれば裏口だ。 だが、安易に柱の陰から出れば蜂の巣だ。 身を晒さぬよう、瓦礫を横に投げる。 銃弾が瓦礫を追った。 生まれる隙は一瞬。 瓦礫とは反対方向に飛び出す。 柱の陰から柱の陰へ。 裏口まで辿り着けば血路は開けるはずだ。 次の柱。 言いようのない悪寒が背筋を走った。 本能に任せて身をひねると、耳元を銃弾が走り抜ける。 同じ銃声が、執拗に俺を追ってくる。 敵の中で一人だけ、俺の動きを捉えている人間がいるのだ。 脳裏を掠めたのは、軍の射撃大会で優勝した生徒会長の写真だった。 人気取りの茶番だと思っていたが、実力も兼ね備えていたらしい。 稲妻の如く襲い来る銃弾を、紙一重で避け続ける。 銃弾が俺を捉えるのが先か、俺が脱出口を見つけるのが先か。 一瞬の躊躇が生死を分ける局面──だが、運はこちらに味方した。 倉庫側面の扉がすぐ手が届くところに見えたのだ。 体重を乗せ扉を蹴り破る。 外気に肌が触れた瞬間、目に入ったのは指向性対人地雷の硬質な姿だった。 視点が定まらない。 一瞬。 ほんの一瞬だけ、俺の回避が早かった。 辛うじて即死は免れた。 しかし、身体の右半分は出血で焼けるように熱い。 罠だったか。 俺は、生徒会長の銃弾を避けていたのではない。 罠へと誘導されていただけなのだ。 優れているのは銃の腕だけではない、ということか。 「(まだ、死ぬわけにはいかない)」 いつの間にか脱臼していた肩を入れ直す。 「仕留めたか確認しなさい」 「相手は武人だ。 油断するな」 生徒会長の鋭い指示が飛んだ。 すぐさま兵士の足音が近づいてくる。 むしろこちらから飛び出し、不意を突こう。 「(いくぞ)」 相手が倉庫の側面に入ってくる前に飛び出す。 「あっ!?」 兵士目を見開く敵兵。 まずは一人──「ぐっ!?」 投光器か閃光手榴弾か、強烈な光に視界が埋め尽くされた。 まずい……頭上で何かが炸裂する。 明滅する視界に、俺に覆い被さろうとする鋼鉄線の網が映る。 手足の自由を奪われれば終わりだ。 正面は敵兵、左は倉庫、後退は壁。 選択肢はない。 「っっ!!!」 体勢が崩れるのも無視し、全力で右横に飛ぶ。 「撃て」 着地点に、先回りするかのように銃弾が放たれる。 「くそっっ!!」 無我夢中で地を蹴り、虚空に飛んだ。 足下に倉庫と敵兵が見える。 「!!」 息を飲んだ。 二十を越える銃口が俺に向いていた。 全てお見通しか──武人といえども、羽が生えているわけではない。 一度跳躍すれば、自然の法則に従い落下するだけだ。 「いい的ね」 突撃銃が咆える。 もはや弾幕だ。 広い弾丸の壁が行く手に待ち構える。 回避は不能。 未来は確定しているように思える。 それでも、死ぬわけにはいかない。 手にした呪装刀に全てを乗せる。 自分の命、武人の誇り、朱璃への思い、全てを──「こんなところで……」 「終わるかあああああああっっっっっ!!!」 「なっっっ!!??」 超速の刃が、弾丸の壁を穿ち抜く。 それでもなお«鎌ノ葉»は減衰しない。 地面にぶつかり、周囲の敵兵を吹き飛ばした。 「ぐあっ」 着地の衝撃に耐えられず、片膝を突く。 駄目だ、まだ倒れるわけには──左肩を銃弾が貫いた。 仰向けに倒れた俺の視界に、少女の姿が映る。 「はあ、はあ、はあ……」 銃口が向けられる。 どこかを負傷したのか、生徒会長の胸は激しく動いている。 「鴇田君、まさかあなただったなんて」 「学友相手なら……手加減でもしてくれるか?」 「ふふ、まさか」 「さすがの〈生徒会長〉《わたし》も、テロリストはかばえないわ」 「それに、明日からは学院で会うこともないでしょうし」 ここで俺を殺すつもりか、逮捕して拷問にでもかけるつもりか──いずれにせよ、俺はもはや日輪の下を歩けないらしい。 「では、もう生徒会長と呼ぶ必要もないな」 「じゃあ、エルザとでも呼んでもらおうかしら」 引き金にかかったエルザの指に力が込められる。 逃げられはしない。 しかし俺の目は、エルザの傍らで今まさに破裂しようとしている消火栓を捉えていた。 吹き上がった水がエルザを包む。 今しかない。 エルザに体を当て、銃を落とさせる。 「はあ、はあ……形勢、逆転だな」 銃を拾おうとしたエルザの首に刀を当てる。 「化け物ね、あなたは」 「武人を甘く見たか?」 「あなたが規格外なのよ。 普通の武人ならとっくの昔に殺せてるわ」 「八月八日みたいに」 「黙れ」 刀を首筋に当て直すと、周囲からざわつきが聞こえた。 ようやく立ち上がった兵士達が、エルザの状況を見て動揺しているのだ。 「兵士に武器を捨てさせろ」 無言で俺を睨んでくる。 「聞こえないか?」 「捨てさせろと言っている」 「犯罪者との取り引きには応じない」 「君の勇気は認めよう」 「だが、共和国の兵士は上官を犠牲にできるほど薄情ではないだろう?」 背後の兵士に視線を向ける。 「武器を捨てろ」 「構うな、撃てっ」 「総督の娘と武人一人。 割に合うのか?」 幾分の躊躇の後、兵士達が次々と銃を捨てていく。 「残念ながら、皆、君の父上が怖いようだ。 職業軍人なら当然か」 「自分は違うとでも言いたそう」 「無論違う。 武人が戦うのは忠義のためだ」 「暗い倉庫でテロの計画を巡らせるのが忠義?」 「俺がここにいたのは偶然だ。 君が想像しているようなことはしていない」 「そんな言い分が通ると思う?」 「難しいだろうな」 「常識的な対応をするなら、ここで君を含め全員を斬るべきだ」 エルザが一瞬身を固くする。 「だが、そうしないのには二つの理由がある」 「まずは俺が潔白であること」 「もう一つは、君が俺の潔白を信じてくれると考えているからだ」 エルザを解放する。 すぐさま立ち上がったエルザが、鋭い視線を向けてきた。 「あらあら、意外と楽観主義者だったのね」 「君の良心を信じているだけだ」 「立場は違うが、大義に外れたことをしない人間だと思っている」 「大義? 下らない、本当に下らない精神論ね」 「いい、私たちは戦争をしているの」 「どんな高潔な精神も崇高な理念も、敵兵は殺せないし、弾丸は防げない」 「むしろ戦場では正確な判断を狂わせる要因でしかないわ」 「そんなものを信じているから、皇国は負けたのよ? わかる?」 一気呵成に語るエルザ。 憎しみすら感じられる視線を正面から受け止める。 「獣に堕ちて生き長らえるくらいなら、人として死にたい」 「それこそ下らない」 「戦場に人なんていないわ。 いるのは人の形をした欲望の固まりだけ」 「違いない」 自然と笑みが出た。 そう、戦場は地獄だ。 理性も何もあったものではない。 「戦場で死ぬのは息をするより簡単だ。 生物としても、人としても」 「だからこそ挑み甲斐がある」 「自分の心が、どこまで血と泥にまみれず在り続けられるのか」 「武人という生き物は、昔からそういう下らないものを守るために戦っている」 弁が立つわけでもないのに、思わず語ってしまった。 俺らしくもない。 気恥ずかしさを紛らわすために、抜き身を鞘に収める。 「君の良心が許すなら、いつでも拘束しに来るといい」 「ただし、その時は全力で応戦する」 「覚悟しておきます」 苦い薬を飲み込んだようなエルザの表情を確認し、背を向ける。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 エルザから解放されて、二十分後。 尾行に注意しつつ、夜鴉町まで戻ってきた。 滸と朱璃は、無事に逃げられただろうか。 薬屋の隣の路地を入る。 「宗仁っ」 滸「遅かったらから、私、心配で」 今にも泣きそうな顔で滸が駆け寄ってくる。 「ちょっと!? 怪我してる!?」 「はは、少々手強くてな」 宗仁「手強くて、じゃないよもうっ」 「朱璃は?」 「もちろん無事」 「そんなことより手当てをっ」 「後でいい」 「あ……」 滸の前を通り過ぎ、路地の奥にいる朱璃の様子を確認する。 落ち着いた顔で壁に背を預けて眠っている。 「良かった」 安心すると、疲労がどっと襲ってきた。 とても立っていられず、朱璃の隣に腰を下ろす。 「滸、世話を掛けた」 「別に」 滸が視線を逸らす。 「応急処置するから」 そういうと、滸は自分の衣服を裂いて止血してくれる。 慣れた手つきに安堵を覚える。 「戦争前も、よく手当をしてもらっていた気がする」 「気がするじゃなくて、実際にしてた」 「宗仁は強かったから、あんまり怪我しなかったけど」 「それより共和国軍は? 倒したの?」 「穏便に話をつけた」 「え? どうやって?」 「まあ、いろいろだ」 「ちょっと待って、いろいろって何? どういうこと?」 「長くなるし大した話じゃない」 食ってかかってくる滸の頭を押さえる。 「それより気になるのは、エルザが誰かの通報で倉庫に来たということだ」 「エルザ……そう……」 「もしかして、誰かにハメられた?」 「かもしれない。 誰かはわからないが」 滸が唸る。 「朱璃が目を覚ましたら、事情を聞いてみよう」 「さて、花屋に戻るか」 「ちょっと、無理だよ」 「滸のお陰で動けるようになった」 怪我は酷かったが、のんびりしている暇はない。 朱璃に近づき、軽い身体を背負う。 「ん……う……」 朱璃花屋に向かう途中、背中から呻きが聞こえた。 「あ、あれ? ……宗仁?」 「気がついたか、良かった」 「……無事だったんだ」 朱璃が背中に頭を押しつけた。 「ん? ああ、俺は無事だ」 「ごめんなさい、私だけ気を失ってしまって」 「仕方のないことだ」 「それより、俺こそすまない」 「主を攫われるなど、役立たずにも程がある」 「ううん、私にはあなたを責める権利なんて無い」 か細い声で朱璃が答える。 僅かに話がかみ合わない。 朱璃もまだ混乱しているのだろう。 「あの、宗仁。 私、自分で歩けるから」 「あ、ああ。 そうか」 立ち止まり、朱璃を下ろす。 朱璃が自分の足で立った。 改めて身体の無事を確認する。 「宗仁……ひどい怪我」 朱璃が俺の身体に触れる。 「……」 「あいつにやられたんだ」 「あいつ?」 「戦ったのは共和国軍だ」 「え? でも、宗仁はあいつに捕まって」 「何を言ってる? 俺は捕まってなどいない」 「え?」 「だって、宗仁は捕まって、殺されそうになって……私、私……」 めまいを起こしたように、朱璃がよろめいた。 顔からは完全に血の気が引いている。 「大丈夫か?」 「う、うん、大丈夫」 「眠っている間に、悪い夢を見てたみたい」 無理矢理に笑顔を作る。 記憶に食い違いがあるようだ。 一体何があったのか。 「犯人に心当たりはあるか?」 「顔は見てないけど、小此木の関係者だと思う」 「ずっと、小此木から手を引けって言ってたから」 小此木か。 もしかすると、共和国軍に通報したのも奴かもしれない。 自分の手を汚さず、軍に俺たちを殺させようとしたのだ。 あいつらしいやり方だ。 「向こうの目的は、小此木から手を引かせることだったのか?」 「おそらく」 「どう答えた?」 「きょ、拒否したに決まってるでしょ」 「お陰で何度も顔を切られて……」 朱璃が自分の頬に触れる。 「あれ?」 何度か触れ、手に何も付着していないのを確認する。 朱璃の顔は綺麗なものだ。 殴られたような痕跡も見られない。 「え? あれ? もしかして、«治癒»の呪術かなんか?」 「いや」 滸に目を向けると、彼女も首を振った。 「夢、だったの」 朱璃の表情が困惑に曇る。 誘拐された恐怖と緊張で、記憶が混乱しているのだろうか。 いや、そもそも今回の拉致は不可解なことが多い。 朱璃を攫っておきながら、小此木から手を引くように要求しただけで、暴力を加えた形跡もない。 しかも、俺が倉庫に着いた時には、犯人が姿を消していた。 まさか買い物に行ったということもあるまい。 「犯人の目的がはっきりしないな」 「脅しただけ?」 「かもしれない」 「しかし、脅すだけにしては手間を掛けすぎている気もする」 小此木のことだ、こちらの居場所はわかっているだろう。 ただ単に脅したいのなら、花屋に火をつけるなり、もっと簡単で効果的な手があるはずだ。 「釈然としないな。 警戒は続けておこう」 「そうだね」 「ともかく、無事で良かった」 「あ、うん」 困ったように朱璃は微笑んだ。 「た、ただいま」 朱璃が、おずおずと部屋の扉を開けた。 「朱璃さん、無事でしたか!」 鷹人「朱璃様っ!!」 古杜音「きゃっ」 古杜音が朱璃に抱きつく。 「良かったです、良かったです」 「私、もうどうしたら良いかわからなくて。 うう、良かったです」 朱璃の胸に顔を埋め、古杜音がしゃくり上げる。 「私がいた場所を見つけてくれたんだってね。 ありがとう、古杜音」 「いいえ、私は何も……もう、ご無事な姿を拝見できただけで」 「いやいや、実際、全て斎巫女のお陰です」 「私のような下っ端が言うのも失礼ですが、素晴らしい呪力です」 店長がげっそりとやつれた顔で笑った。 呪装刀の«研ぎ»の時にも見せつけられたが、やはり古杜音の力は強大だ。 「ありがとう、古杜音」 朱璃が古杜音の頭を撫でる。 「俺からも礼を言う」 「古杜音、助かった」 「勿体ないお言葉でございます……」 「って、大怪我をしていらっしゃるっ!?」 「宗仁様っ、早く寝て下さい!」 「早くっ、はりーはりーはりーっ」 「古杜音は鍼もできるのか、すごいな」 「さっさと寝ろと言うことでございますっ!!」 「すぴー、すぴー」 俺を治療し終えた古杜音は、気を失ったかのように眠りに落ちた。 呪術の使いすぎだ。 俺の傷は完全に塞がっている。 店長と比較するのは申し訳ないが、効力が全く違う。 「さすがは斎巫女。 私などとは比べものにならない呪力ですね」 「いえ、店長の呪力も……」 「いいのです、私はちょっとかじった程度の人間ですから」 「さーて、私は開店まで眠らせてもらいます」 店長が大きく背伸びをする。 窓の外を見れば、もう夜が白んできていた。 「ありがとうございました」 「古杜音は、俺が勅神殿まで送っていきます」 「よろしくお願いします」 「お願いね、宗仁」 朱璃が古杜音の頭を撫でながら答えた。 「私も帰るよ」 「滸、助かった」 「今日、学院はどうする?」 「休みだな」 「だよね」 にっと笑い、滸と店長が出ていった。 「それじゃ、朱璃もゆっくり休んでくれ」 朱璃が疲れた表情で頷いた。 攫われた恐怖で、気力が消耗しているのだ。 「朱璃」 「君を攫われたこと、申し訳なく思っている」 「俺は口ばかりの武人だ」 「武人町では気を失い、今日は君を攫われた」 「武人町のことは事故だって」 「今日だって宗仁は何も悪くない」 朱璃が俺を責めないことはわかっている。 だからといって、甘えていてはけじめが付かない。 「もし俺が不要だと思ったら、いつでも言ってほしい」 「宗仁、やめて」 「本気だ」 目を見て言うと、朱璃は苦しそうに笑った。 「宗仁はホント真面目すぎる」 「はーあ、わかりました」 「もしも不要だと思ったら、その時は遠慮なく言います」 「ああ、俺のためにもよろしく頼む」 「これで気が済んだ?」 「ありがとう。 では」 頭を下げ、朱璃の部屋を出た。 古杜音を乗せ、勅神殿までやってきた。 「送っていただいて申し訳ありません。 お疲れでしょうに」 「古杜音ほどは疲れていない。 ゆっくり休んでくれ」 「ありがとうございます。 といってもこれからお務めがあるのですけど」 たはは、と明るく笑う。 休むわけにはいかないのか。 巫女というのも大変な仕事だ。 「お別れの前に、昨夜のことで伺いたいことがあるのですが」 「朱璃様が捕まっていた場所に、何か不審な点はございませんでしたか?」 「漠然としているな。 どういうことだ?」 「こちらも漠然としているのですが、朱璃様の居場所を探している時、何か感じたのです」 「呪術に関する何かだとは思うのですが」 呪術?何か思い当たることはないだろうか。 「ああ、一つあった」 「拉致されている間、俺が捕まっている夢を見たらしい」 「本人は夢だと言っていたが、かなり衝撃を受けているように見えた」 「夢、夢でございますか」 古杜音が腕を組む。 「うーん、少し考えてみたいと思います」 「呪術で悪夢を見せるなんて事ができるのか?」 「可能かと言われれば可能です」 「ただ、害意のある呪術の使用は禁忌ですので、発覚すれば大変なことになりますが」 「恐ろしいものだな、呪術というのは」 「実際、呪術というのは何ができて何ができないのだ?」 「理論上は何でもできます」 「奇跡を起こして下さるのは«大御神»でして、私たち神職ではございません」 「ただ、«大御神»に声を届けることができるかどうかは、神職の腕によるのでございます」 「では、古杜音はどの程度の事までできる?」 「それはいくら宗仁様でも軽々しくはお教えできません。 私の底が知れてしまいますから」 古杜音が、さも悪役のような顔で笑った。 この前は『丘を吹き飛ばした』などと言っていた気がするが。 「ちなみに、古杜音から見て店長の力というのはどうだ?」 「うーん、私が申し上げて良いのかどうか」 渋い顔で腕を組む。 「正道の呪術を使われますが、本職の神職かと言われると少々疑問があります」 「身のこなしなどが、神職とは若干違いますので」 「まあ、本人もかじった程度と言っていたな」 「その言葉の通りかと思います」 店長自身は元神職と言っていたが、なかなかに謎の経歴だ。 いやいや、大恩人を疑うのは良くない。 これ以上の詮索はやめておこう。 「それでは私はこれで失礼いたします」 「今日は助かった、ありがとう」 「滅相もございません」 「私のようなものでお力になれるのなら、何なりと」 にぱっと嬉しそうに笑う。 褒められたことを心底喜んでいる、向日葵のような笑顔だった。 「助けてもらった身でこのようなことを聞くのは恐縮なのだが、古杜音は大丈夫なのか?」 「と、仰いますと?」 「俺たちに力を貸すことは、神殿にとって不利益になる」 「呪装刀の修復もそうだし、朱璃のこともある」 「大事になる前に手を引いた方がいいかもしれない」 むむ、と古杜音が考え込む。 しかしすぐにまた笑顔になった。 「以前も申し上げましたが、私は御先代様の最期を知りたいのでございます」 「そのために、宗仁様のお近くにいる、ということもないではありません。 失礼ながら」 「ですから、どしどしお世話をさせて頂ければと思います」 「ならば、早く記憶を取り戻さないといけないな」 「ええ、ぜひぜひ、急いて下さいませ」 冗談めかして笑う。 古杜音には古杜音の目的があるのだ。 無条件に親切にしてもらうより、よほどいい。 「御先代は、戦争で亡くなったとのことだったな」 「今はどこまで分っているんだ? いや、俺が聞いていいことなのか?」 「問題はございません」 「御先代様は配下の巫女達と«呪壁»の維持をされていました」 「«呪壁»は、古代の巫女が長い年月をかけて構築した、皇国最大の呪装具です」 「戦争の時も、百人からの巫女が任に当たっていたことでしょう」 「ですが、ご存じの通り«呪壁»は崩壊し、今現在、誰も帰ってきていません」 全員、死んだのか。 「«呪壁»は調べられないのか?」 古杜音が首を振る。 「宰相には何度も掛け合っているのですが、許可が下りたことはございません」 「おそらくは、そういうことかと」 素直な言動が多い古杜音が、珍しく含みのあることを言った。 共和国から見れば、«呪壁»は絶対に破壊しなくてはならない防衛施設だ。 小此木が共和国に国を売ったのならば、«呪壁»に何らかの細工をした可能性が高い。 単純に破壊したのかもしれないし、敵を招き入れたのかもしれない。 「本来ならば、私も«呪壁»の維持に向かっているはずだったのです」 「にもかかわらず、私は風邪で……」 「風邪などという、子供のような……つまらない理由で……」 「御先代様に……返しようもないほどのご恩を受けておきながら……」 古杜音が声を詰まらせた。 そうか、古杜音もまた罪を背負っていたのだ。 いつも朗らかな顔をしていたから、まったく想像していなかった。 「守るべきものを守れなかった……古杜音も俺たちと同じか」 古杜音がぼんやりと俺を見つめる。 大きな瞳から、涙がこぼれ落ちる。 「はっ!? 申し訳ございません、このような醜態をっ」 「忘れて下さいませっ」 古杜音が袖でごしごしと顔を拭う。 それでも、涙が拭いきれない。 「はは、可愛い顔が台無しだ」 「わぷっ、むぐぐぐっ」 涙を右手の親指で拭ってやる。 「罪は消えないし、失ったものは帰ってこない」 「だから、せめて償おう」 「俺には刀がある。 お前には何がある?」 「呪術が、呪術がありますっっ!!」 「なら、随分とやりようがあるじゃないか」 「そうじん、さま」 見開いた目に、再び涙がたまっていく。 「泣くな」 「は、はいっ!」 再び袖で顔を拭い、明るい笑顔を見せてくれた。 「古杜音はそういう顔がいい」 「ひゃうっ!?」 「うう……ううううう……」 真っ赤になって俯く古杜音。 「では、俺はこれで」 「今日は助かった。 ありがとう」 「は、はいっ、こちらこそ大したお構いもできずっ」 謎の台詞を言いながら、何度も頭を下げる古杜音。 微笑まずにはいられない。 どこか温かな気持ちになりながら、勅神殿を後にした。 店に戻ってくると、二階の窓から外を眺めている朱璃がいた。 「眠っていなかったのか」 「うん、何だか目が冴えて」 「横になっていた方がいい」 俺の言葉に、朱璃は曖昧に頷く。 「剣術の稽古をつけてくれるって約束、覚えてる?」 「良かったら、今から稽古をしない?」 「今から? どうした一体?」 「気分よ、気分」 「身体を動かしたいの」 朱璃も俺も昨日から寝ていない。 こんな状態での稽古は無意味だ。 いや、朱璃もわかった上で依頼しているのだろう。 とすれば、何かあるのだ。 「わかった。 少しだけだぞ」 「はっ!!!」 朱璃の鋭い打ち込みを受ける。 「はーーーーっっ!!!」 木刀を叩き折らんばかりの勢いで、朱璃ががむしゃらに打ち込んでくる。 最後の一撃を受け流す。 「くっ」 自らの勢いを殺せず、朱璃が転倒した。 「まだまだっ」 朱璃が勢いよく立ち上がる。 もう、こんな稽古を一時間も続けていた。 朱璃の体力には驚嘆するが、稽古としては無意味だった。 動作の一つ一つに神経を集中させてこそ、稽古は意味を持つ。 「てえいっっ!」 「っ!!」 剣を受け、体重を乗せてはね飛ばす。 「ぐっ!?」 朱璃が仰向けに倒れる。 それでも、まだ立ち上がる。 「やめよう、身体を壊す」 「まだまだ」 再び正眼に構える。 「稽古がしたいのか、それとも暴れたいだけなのか」 「どっちでもいいじゃないっ」 「ごほっ……はあ、はあ、はあ」 更に三十分。 朱璃は大の字になって床に倒れた。 その隣に膝を突く。 「以前の傷は開いていないか」 「だ、大丈夫よ……はあ……はあ」 「宗仁は……汗一つかかないんだ」 「やっぱり、武人と普通の人間じゃ全然違うんだね。 わかっていても悔しい」 「水を取ってこよう」 流しに行こうとすると、朱璃が服の裾を掴んだ。 「どうした?」 「いいの、このままで」 「水分を補給しないと……」 「いいから」 朱璃が強情だ。 服をぎゅっと掴んで離さない。 「一体、何があった?」 「何も……何もないの」 それっきり、朱璃は話さなくなった。 いつもの時間に稽古に来た。 睡眠不足だったが、稽古をしないことには落ち着かない。 きっと宗仁も同じ気持ちでいるはず。 「えええいっっ!!」 道場から聞こえたのは少女の声だった。 続けて、宗仁の声も聞こえた。 「(宮国? 宗仁?)」 「(そっか、二人で稽古を)」 胸の中ががらんどうになって動けなくなった。 自分でも、これほどの衝撃を受けた理由がわからない。 「(ああ、そうか)」 道場は、私と宗仁の特別な場所だったんだ。 そう気づくと、得も言われぬ脱力感が全身を包む。 ふと、宮国を救出に向かう時の、宗仁の懸命な表情が思い出された。 「(私が攫われても、あんな風に助けに来てくれるのかな)」 詮無きことを考えてしまう。 昔なら、助けに来てくれるはずと自信を持って言えたのに。 「(どうしよう、道場に行こうかな)」 迷う。 二人の邪魔になるかもしれない。 でも、ううん、私にだって稽古する権利はあるはず。 道場は公共の場所なのだから。 覚悟を決めて道場に向かう。 「はっっ!!」 開け放たれた窓から声が漏れてくる。 ひょいと中を覗くと、手合わせをする二人の姿があった。 鍔迫り合いになっており、二人の距離は息がかかるほどに近い。 道場は、私と宗仁の神聖な場所であったはずなのに。 「(来なければ良かった)」 目を瞑り踵を返す。 足の裏で玉砂利が鳴り、宗仁に気づかれないか心配になる。 まるで逃げているよう。 ??『あなたが逃げる必要はないわ』「(え?)」 どこからともなく聞こえた声に足が止まる。 『彼の面倒をずっと見てきたのは誰?』「それは……私……」 思わず声を出す。 『そう、あなたよ』『だから、彼の隣にいるべきなのはあなたなの。 そう思わない?』「うん」 声に出すと、妙にスッキリする。 胸の中のモヤモヤが晴れていくようだ。 『なのに、誰かが邪魔をしている』『誰かが、あなたの大切な人の隣にいる』『誰? あなたの権利を不当に奪ったのは誰?』「宮国……宮国朱璃」 『その通り』『ねえ、このままじゃ、あの人を取られるわよ』『男を取られた女なんて、憐れなだけ』『許して、いいの?』「駄目、だと思う」 『聞こえないわ』『ねえ、許していいの?』『もう一度、大きな声で言ってみて』駄目、と叫びそうになる。 駄目なのは私だ。 馬鹿らしい、何を考えているのよ。 睡魔を振り払うように、何度も頭を振る。 聞こえてきた声は何だったの?私の煩悩が作り出した幻聴?それにしては、妙に鮮明で、聞き覚えのある……脳裏に浮かんだのは、武器庫の片隅に置かれた一振りの呪装刀だった。 「(まさか)」 気のせいに決まっている。 嫉妬に狂って呪装刀の声を聞くなんて、ぜんぜん笑えない。 駄目、今日は本当に駄目。 頭を冷やして、明日出直そう。 そう決めて、私は勅神殿を後にした。 稽古終了後、昼過ぎまで身体を休めてから、俺と朱璃は花屋の手伝いに出た。 「ええっ!? あれから稽古を!?」 「若いですねえ、尊敬しますよ本当に」 店長は店の奥で伸びていた。 「できることは俺たちがやりますから、店長は休んでいて下さい」 「助かります」 「では、お店の飾り付けをお願いできますか? «〈桃花染祭〉《つきそめさい》»用の部材が届いていますので」 「宗仁君……後は……たのみ、ました……」 「店長っ!?」 遺言のように言って、店長は気を失うように眠りに落ちた。 一瞬怖くなって脈を診たが、ちゃんと生きている。 無駄に緊張してしまった。 「さて、取りかかるか」 「ええ、頑張りましょう」 笑顔を見せる朱璃だが、内面の陰りは隠せていない。 少し休んだくらいで解決するものではないようだ。 仕事をしながら様子を見よう。 「今年は桃の開花が遅いようね」 「ああ。 まだ二分咲きというところだな」 「おまけに、日曜は雪になるらしい」 「雪か」 〈告知〉《ポスター》や造花の飾り付けをしながら、朱璃が嘆息した。 «〈桃花染祭〉《つきそめさい》»は、明日と明後日の二日間だ。 例年ならば、桃が満開になっているのだが、今年は開花が遅れていた。 「こう言ってはなんだが、開花が遅い年は花屋が忙しい」 「みんな桃の花を買いに来るのね」 「そういうことだ」 「今日の午後から商品の包装をしないと間に合わないだろうな」 花の形に切り抜いた色紙を、硝子窓に貼る。 ふと、窓越しに見える店内の〈映像筐体〉《テレビ》に、翡翠帝が映し出されているのが見えた。 報道は、翡翠帝のご婚約の話題で持ちきりだ。 朱璃の手が止まる。 画面を見つめる表情は、どこかもの哀しげだ。 「これから、皇国はどうなるのかな」 溜息と共に漏らした。 「婚姻が成立すれば、共和国の人間が帝宮に入ることになる」 「共和国にとって不都合なものは、どんどん壊されるだろうな」 「将来、翡翠帝のお子が皇帝に即位すれば、共和国に弓引くことはできないと思う」 「名実共に共和国の属国かあ」 「奉刀会はどうする? 指を咥えて見ているだけ?」 「何とかしたいのは山々だが、今は動くべき時ではない」 「でも、誰かが止めないと」 〈映像筐体〉《テレビ》の画面では、情報の真偽を確かめようとする記者たちが、小此木を取り囲んでいた。 小此木は、否定も肯定もせず、質問の全てを笑って躱している。 それを見つめる朱璃の横顔に、悲壮な色が滲んでいる。 「早まった事を考えていないだろうな」 「もちろん……考えてない」 「そんな顔で言われて、信じられると思うか?」 朱璃が窓に映る自分の顔を見つめる。 「ふふ、酷い顔ね」 「お祭り前なんだし、もう少し明るい顔しないと」 「今日はもう休んだ方がいい」 「いいの、仕事をさせて」 「なあ朱璃、昨日、本当は何があったんだ?」 「明らかに様子が変だぞ」 「説明したじゃない。 それだけ」 「大丈夫、心配しないで」 「正直に……」 追及しようとしたところで携帯が鳴った。 電話の主は滸だ。 「宗仁? 問題が起きた」 滸の声から、事態が切迫していることがわかった。 「槇派の武人が五人、脱会届を出したの」 「昨日、決起すべきだって主張していた人たちなんだけど」 「この時期に脱会か。 終戦記念式典だな」 「だと思う」 「行動を起こされる前に何としても止めないと」 「槇本人は?」 「連絡が取れない。 脱会はしてないけど」 「絶対に何か知ってるはずだよね」 「悪いけど槇を探すの手伝って。 とにかく人手がほしいんだ」 「わかった。 脱会者の名前と写真を送っておいてくれ」 「この調子では、式典の日の奪還作戦は中止だな」 「仕方ないよ」 「それじゃまた」 「稲生?」 「会で問題があった」 かいつまんで事情を説明する。 「脱会した武人、行動しないわけにはいかなかったんだね、きっと」 「気持ち、よくわかる」 「あいつらは楽な道を選んでいるだけだ。 結果も周囲に与える影響も考えてない」 「怒ってるんだ?」 言うまでも無いことなので、表情で答える。 朱璃が悲しげに俯いた。 「確かに、宗仁の言うことが正しいね」 「これから槇を探しに行く」 「あ、私も連れて行ってくれない?」 「一緒にいた方が安全だと思う」 朱璃がまた誰かに襲われないとも限らない。 家に一人でいるより一緒にいた方が安全か。 「指示には必ず従う、約束できるか?」 「約束する」 店長に事情を話し、朱璃と二人で街に出る。 槇が出入りしそうな場所を回り、聞き込みをしていく。 日付が変わった。 脱会者本人の行方はようとして知れなかったが、槇については目撃情報が出た。 共和国管区近くの繁華街を歩いていたらしい。 より確かな情報を求め、繁華街を歩く。 ──ん?どこからか、人のくぐもった悲鳴が聞こえた。 近いな。 警戒しながら声のした方向に向かう。 と、建物の谷間の、真っ暗な路地から一人の男が姿を現わした。 まるで闇の中から這い出したかのようだ。 「鴇田か」 数馬「こんな所にいたか」 槇が、懐から取り出した手拭いで拳を拭う。 背後の路地を見ると、共和国の軍人が二人倒れていた。 「殺したのか?」 「まさか、殺しちゃいない」 「ちょいと尾行されたんでな。 顔を見られる前に黙ってもらった」 血を拭いた手拭いを無造作に投げ捨て、槇は歩きだす。 「あいつらはどうする?」 「放っておきゃいい」 「ご親切に通報して軍に殺されるか?」 槇は足を止めない。 距離を保ったまま、槇の背中に声を投げかける。 「脱会者が出たこと、もちろん知っているな」 「こんなときに連絡を絶つなど、副会長として不適切ではないか」 「説教はいい。 要件を言え」 「脱会者の居場所を教えてほしい」 「知ってどうする?」 口ぶりから察するに、槇は脱会者の居場所を知っているのだ。 さっきまで会っていたと言われてもまったく不思議ではない。 「暴発を止める」 「辞めた人間が何をしようと勝手だ」 「彼らが小此木やウォーレンを襲撃するとしても、見逃すというのだな?」 「無論だ」 「暗殺などしても社会は変わらない。 むしろ警備が強化されて不利に……」 「どうだっていいんだよ、そんなこたあ」 槇が足を止め、振り返った。 「人ってのは『気』で斬るんだよ」 「『気』の充実した時こそ好機。 結果なんぞ後からついて来る」 「よしんばついて来なかったとしても、望んだように戦って死ぬなら本望だろう」 興武館では『気』を重視する。 士気や気合いといった意味合いのもので、『気』の優劣が立ち会いでも決定的な差を生むと考える。 «心刀合一»の考えに基づき、剣術から意志を排除しようとする明義館とは相容れない。 喩えて言うのなら、明義館は無色透明な剣を是とし、興武館は炎の固まりのような剣を是としていた。 「俺たちの使命は皇国を再興することだ」 「宿願を果たすことができなければ、無駄死にではないか」 「無駄死にねえ」 数馬が〈懐手〉《ふところで》になった。 「本人がやりたいって言うんだ、やらせりゃいい」 「意に沿わぬ戦いで死ぬ方が、よっぽど無駄死にじゃないか?」 「大義なき戦いに民衆はついてこない」 「民衆なんぞどうでもいい」 「脱会した以上、奴らもけじめはつけている」 槇は脱会者を見逃すつもりだろう。 それが奉刀会にとって不利益だと解っていながらだ。 ──いや。 この男には、底知れないところがある。 ともすれば、自分で脱会者の始末をつける気かもしれない。 「では、俺に話をさせてくれないか?」 「ふーん。 それで、説得できなかったらどうする?」 斬るしかない。 彼らには、行動を起こしてもらっては困るのだ。 「結局、意に沿わぬ者は斬るのだろう?」 「それが数の暴力だと気づかないか? 偽善も甚だしいな」 数馬が口の端で笑う。 我慢の限界、とばかりに朱璃が口を開いた。 「あなた、仮にも副会長なんでしょう!? なぜ組織の秩序を乱すの!?」 「俺は組織のために生きているわけじゃない」 数馬が朱璃を一蹴する。 ここで引いては負けだ。 何としても彼らの居場所を確かめねば。 携帯が鳴った。 滸からだ。 嫌な予感を覚えながら、電話に出る。 電話から耳を離し、重い息を吐き出す。 予感は的中した。 「何?」 「間に合わなかった」 「町外れの廃屋にいたところを、エルザに襲撃されたらしい」 「全員駄目か?」 「ああ、死んだ」 槇と視線が合う。 一瞬だけ、瞳の奥に怒りの情が浮かんだ。 「ふっ……ははは……」 「始末する手間が省けて御の字じゃないか。 良かったな」 槇が背を向ける。 「どこへ行く?」 「献杯だ」 吐き捨てるように言って、数馬は暗闇に跳ぶ。 隠しきれない情念が夜空に尾を引いた。 朱璃と二人、道に残される。 後味の悪い結末に、風が急に冷たく感じられた。 「御の字?」 「まさか。 彼らには会に戻ってほしかった」 「でも、説得できなければ斬るつもりだっんでしょう?」 「だからといって、自分の手を汚さずに済んだとは思わない」 「仲間だぞ? つい昨日まで同じ目的のために戦っていたんだ」 会のためには斬らねばならなかったかもしれない。 だからといって、斬りたいわけがない。 「結局斬るんじゃない」 「死んだ人たちは、行動せずにはいられなかっただけ。 それこそ忠義じゃないの!?」 朱璃が食ってかかってくる。 「彼らは目的の達成より、自分の欲求を優先しただけだ」 「翡翠帝の婚姻は、誰かが止めなくちゃいけないでしょ?」 「止めるためには何をしてもいい、ということにはならない」 「よく考えてくれ。 俺たちの目標は皇国の再興だ」 「君はむしろ、槇の行動を糾弾すべきではないか?」 朱璃が鋭い視線で睨んできた。 にらみ合うこと数秒、朱璃は顔を背けた。 「その冷静さ、やっぱり好きになれない」 「感情的な皇姫は卒業したと思っていた」 「私が主の器じゃないことくらい、もうわかってる」 ぽつりと言い、朱璃は一人で歩きだす。 食ってかかってくると思ったが、やはり朱璃の様子がおかしい。 「朱璃は俺の主だ。 それは揺るがない」 「わかってる、ありがとう」 背を向けたまま、朱璃は答えた。 昨夜、ほぼ徹夜だったにもかかわらず眠気がやってこない。 血管の中を針が流れているかのように、身体が緊張している。 『さて、皇姫君、返答を聞こう』『小此木を諦めて伊瀬野に帰るか、この男を見殺しにするか』男が、短刀を宗仁の首に当てた。 宗仁の顔は血だらけ、もはや生気が感じられない。 「わ、私は……」 「朱璃、墓前での誓いを守れ」 「臣下一人のために宿願を捨てるなど、主のすることではない」 宗仁が微笑んだ。 嗚呼、宗仁。 私は、私は──『返答はいかに』「ぐっ」 短刀が首に食い込んだ。 皮膚が裂け、赤い血が肌を濡らす。 それでも短刀は、強く、強く、首に押しつけられる。 「こ……」 喉に言葉が引っかかる。 理性の最後の抵抗。 それを、感情で押し流す。 「殺さないでっ!」 「宗仁を殺さないでっ!」 「宗仁は、たった一人の大切な人なの」 「お願いだから、殺さないでっ!」 額を床にこすりつけていた。 一度折れたら、もう際限がなかった。 何度も頭を下げ、宗仁の無事を懇願していた。 はらはらと桃が散る。 土下座をした愚かな私の上に、花弁が降り積もっていく。 「朱璃……」 「お願い、殺さないで」 『小此木のことは諦めるのだな』「諦めます。 だから宗仁を助けて」 『なるほど。 宿願より男一人の命を取るか。 ふふ、ふふふ』「……はい」 『式典までに天京を離れよ』『こちらとの約束は違えるなよ』『ははは、はははははははっ』あの時のことが、何度も頭の中で繰り返される。 夢の話だと宗仁は言うだろうが、私にとっては現実だった。 私は、お母様との誓いより宗仁の命を選んだ。 国民の未来のために生きるという誓いを、たった数日で破ったのだ。 「もし俺が不要だと思ったら、いつでもそう言ってほしい」 宗仁の言葉が思い起こされる。 あれはきっと私に向けられたものだ。 自分はこれほどの覚悟で仕えている、君の覚悟はどうだ、と。 「(口ばかりなのは私)」 「(所詮、主の器なんかじゃなかった)」 国を救うことなんてできっこない。 命をかけて戦う武人の旗印としてふさわしくない。 宗仁に、命をかけてもらえるような人間ではない。 「(ごめんなさい、宗仁)」 はらはらと桃の花弁が散る。 花弁が、お前など伊勢野へ帰れと嘲笑している。 「(黙れ)」 宙を舞う花弁を握りつぶした。 確かに私は主の器ではない。 でも、このまま伊勢野に帰っては、お母様に、ご先祖様に申し訳が立たない。 せめて皇国のため、できるだけのことをしなければ。 三月十九日、«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»が始まった。 街には大勢の人が繰り出している。 糀谷生花店にも、桃の花を買い求めるお客がひっきりなしに入ってくる。 店先で売っている美よしの花見弁当も大好評だ。 「桃を三本ですね。 少々お待ち下さい」 「花見弁当おふたつです。 ありがとうございました」 朱璃に応援に入ってもらって、何とか店が回っている状態だ。 「宗仁、桃をお願い」 「了解」 桃の枝に、祭り用の装飾を施して渡す。 «〈桃花染祭〉《つきそめさい》»の期間中は、この枝を家に飾るのが天京人の習慣になっている。 花屋にとっては書き入れ時だ。 特に今年は、天京の桃の開花が遅れているため、美しく咲いた花屋の桃は売れに売れていた。 「お待たせしました。 よいお花見を」 男性客は、例外なく店を出る前に朱璃を振り返る。 朱璃は優秀な店員だった。 言われたことはすぐに覚え、驚くべき正確さで再現する。 そして何より、笑顔が抜群だ。 空は雪雲に覆われていたが、店の中だけは春の日差しが満ちているようだった。 「こんにちは」 「いらっしゃいませ」 「あら、古杜音」 「ええっ!? 朱璃様がどうして店員さんを!?」 「日ごろお世話になっているご恩返し」 「古杜音はどうしたの?」 「ご依頼いただいていたものをお届けに参りました」 朱璃が古杜音から紙袋を受け取る。 「わざわざどうも、助かった」 「何を依頼したんだ?」 「護身用の短刀を研いでもらったの」 「さすが朱璃様のお持ちものです。 大変立派な刀でございました」 「言ってくれれば俺が取りに行ったのに」 「いえいえ、滅相もない」 「実は、お祭りの様子を見てみたいというのもありまして」 「ああ、だから今日は私服なのか」 確かに、巫女装束では目立ってしまうだろう。 「よく似合っている」 「めめめ、滅相もない!」 「私のようなものが、似合ってすみません」 よくわからない理由で恐縮しているが、一応、喜んでいるのだろう。 などと話していると、お店にお客が入ってきた。 「すみません、お邪魔なようですね」 「悪いな。 今日は忙しい」 「あの、私でよろしければお手伝いしましょうか?」 「斎巫女が店員などして大丈夫なのか?」 「駄目という規則もございませんから」 明るく笑い、早速古杜音が腕まくりをする。 「いらっしゃいませ。 はい、桃はこちらです」 「美よし特製のお弁当です。 お花見のお供に是非どうぞ」 美しい花が一輪増え、店内がさらに明るくなった。 朱璃を花に喩えるならば、やはり桃だ。 気品と艶やかさを兼ね備えた美しさがある。 対する古杜音は向日葵だろうか。 屈託のない明るい笑顔は、こちらの気持ちまで明るくさせてくれる。 「斎巫女と一緒に働けるなんて思わなかった」 「皇国史上、もっとも豪華な花屋だろうな」 「恐れ多いことでございます」 「と申しましても、本来、斎巫女は陛下をお支えすることが務めでございますので、これで良いのでございます」 皇帝と斎巫女──近い将来、二人を公の場所に並んで立たせてやりたいものだ。 午後四時過ぎ、予定より早く桃の花が売り切れた。 俺たちの手伝いはこれで終了だ。 お務めがあるという古杜音と別れ、俺と朱璃は街の様子を見に行くことにする。 街には陽気な音楽が流れ、通りを行き来する人々の表情は明るい。 商店街全体が沸き立つような活気に満ちていた。 「どこか、桃の花が咲いている場所はない?」 「学院の中庭の桃はどうだろう? あそこは日当たりがいいんだ」 「行ってみない? 切り花じゃない、ちゃんとした桃が見たいから」 「花屋の言うことか」 「あ、失礼しました」 朱璃が小さく舌を出す。 笑顔の朱璃と共に学院を目指す。 記憶の通り、学院の桃は明るい色彩で周囲を照らしていた。 土曜の学院は人影も少なく、花を独り占めだ。 近くの長椅子に並んで腰を下ろし、しばし桃の花を愛でる。 花は八分咲き。 満開の華やかさはないが、若々しさと清潔感が感じられる。 「桃は好き?」 「好きだな」 「ただ、なんと言えばいいか、眺めていると少し悲しい気分にもなる」 「今は忘れてしまったが、悲しい思い出があるのかもしれない」 「女性に袖にされたとか?」 「ははは、だとすれば困るな」 笑って冗談にする。 思い出せることは何一つない。 しかし、胸が締め付けられるような感覚だけは妙に鮮明だった。 「君はどうだ?」 「私も複雑」 「綺麗だと思うけれど、泣きたいような気分にもなるわね」 「花の奥に悲しいものが隠されているように思えるの」 朱璃が立ち上がり、桃の木に近づく。 枝を顔に引き寄せる。 花の可憐な桃色が、朱璃の〈容色〉《ようしょく》を引き立てる。 胸を踊らせてもいいはずだが、何故か俺の心はざわついていた。 朱璃と桃──そこには分かちがたい力が働いているように見える。 「来年の今頃、皇国はどうなってるかな」 「君が国民の前に立っていれば素晴らしいな」 「実現できると思う?」 「実現するんだ、俺たちで」 「本当の«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»は、それまでお預けだと思っている」 朱璃が切なげに眉を寄せて笑った。 「そうだ、前に話した〈桃花染〉《つきそめ》の舞、見てみたい?」 「ああ、皇家に伝わる舞だったな」 「俺のような人間に見せても構わないのか?」 「今日は特別」 「ならば、是非。 願ってもない」 皇家で密かに引き継がれて来た舞を拝見できるとは、この上ない光栄だ。 一つ頷き、朱璃は扇を広げた。 朱璃が動きを止める。 同時に時間も止まったような錯覚があった。 周囲は静謐に満ち、意識が朱璃に吸い寄せられていくのがわかる。 滑るように腕が動き、時もまた動きはじめた。 指の先まで神経が行き届いた、密やかな動き。 固い蕾が、もう開花して良いものかと春の気配を確かめているかのようだ。 再び、朱璃が動きを止めた。 何かに気づいたように、虚空の一点を見つめる。 変化の時が訪れた。 動きは速度を増し、大きく華やかな舞へと変わる。 開花したのだ。 二分咲き、五分咲き、そして八分咲き、舞は時間と共に速度を速め、壮大になっていく。 動きが極まった。 朱璃はもう一点に留まってはいない。 満開の桃が周囲を照らすように、旋回を交えながら躍動する。 背後の桃はもう目に入らない。 全ての光が朱璃に集まり、彼女だけを輝かせている。 その時、俺の前には桃園が広がっていた。 緩やかな丘陵を埋め尽くす〈桃花染〉《つきそめ》の花。 たなびく春霞。 むせかえるような香気の中、少女が舞う。 「(朱璃、なのか)」 答えの代わりに少女は笑った。 どこまでも強く、どこまでも儚い瞳。 この世に散らぬ花のないことを知った、哀しい笑顔だ。 ──〈嗚呼〉《ああ》、愛しい君よ。 ──あなたは、なぜ涙を捨ててまで戦い続けなくてはならないのでしょう。 思わず手を伸ばす。 指先が、舞い散る花弁に触れた。 俺は何を見ていたのか。 朱璃の舞を見つめながら、心はどこか遠くの春を彷徨っていた。 明朗だった朱璃の動きが、哀愁を帯びた。 盛りを過ぎ、花が散る。 散っていく。 朱璃の周囲を花弁が踊っている。 舞の美しさ故に、俺は幻を見ているのか。 答えは彼女の動きの中にしかない。 少しずつ小さくなっていく動き。 逆に情感は密度を増し、指先の動き一つに悲哀が凝縮される。 息が詰まった。 しなやかに伸ばされた指先。 挟まれていた一枚の花弁が、静かに地に落ちた。 ゆっくりと、朱璃が扇を閉じる。 朱璃の呼吸と共に現実が戻ってくる。 「どうだった?」 返事をすることも忘れ、俺はぼんやりと朱璃を見つめていた。 「宗仁、ちゃんと見ていた?」 「ああ、もちろん」 「美しい、というより胸に迫るものがあった」 「なら良かった」 悲哀は微笑の裏に隠れていた。 「このような機会を与えてくれたこと、感謝する」 「今までのお礼」 「俺はまだ何もしていない」 「いや、むしろ、失敗ばかりだ」 「私もよ。 あなたには謝らなければならないことばかり」 「何かされた覚えはないが」 「そう……そうかもね」 朱璃が目を細める。 その笑顔は、満開の花の華やかさではなく散りゆく花の儚さを漂わせている。 先程、幻の中で見た少女の笑顔と同じものだ。 妙に胸がざわつく。 以前は嫌がっていた舞を、朱璃はなぜ今見せてくれたのか?今までの礼とは何か。 「朱璃、何を考えている?」 一瞬、目を見開いた朱璃だが、すぐに笑顔の仮面を被った。 「今日の夕食何かなって。 そのくらい」 「違う。 そうじゃないはずだ」 「もう宗仁、変な言いがかりはやめて」 「さあ、帰りましょう」 「久しぶりに踊ったから、お腹空いちゃった」 先に立って朱璃が歩きだす。 「朱璃っ」 「宗仁、置いていくからねっ」 朱璃は振り返らない。 夕日に染まる背中は、より一層俺の不安を駆り立てた。 ふと目が覚めた。 時刻は午前二時、眠りに落ちて一時間ほどだ。 日頃なら目を覚ます時間ではない。 得も言われぬ不安は、夕刻から消えていない。 短刀を掴み、立ち上がる。 何かに突き動かされるように、朱璃の部屋へ向かう。 扉の取っ手を回す。 ──施錠されていない。 躊躇なく室内に入った。 朱璃の姿はない。 代わりに俺を出迎えたのは、几帳面に折り畳まれた布団だった。 朱璃はもう戻らない。 武人という、主の忠実な猟犬だからこその直感だ。 卓上に二通の手紙があった。 一通の表書きは『皆様』、もう一通には『鴇田殿』とあった。 自分宛の手紙を開く。 「『このような手紙を残し、あなたの前から去ることを許して下さい』」 「『私は、あなたに直接真実を伝える勇気を持ち合わせていないのです』」 「『私を主と仰いでくれたことを心より感謝します』」 「『主従の関係は今日までとし、あなたには暇を与えることとします』」 「『あまりの情けなさに委細は記せません』」 「『ただ一つ強調したいのは、あなたには一切の非がないということです』」 「『全ては私の未熟さ故に、このような結果になったと了解して下さい』」 「『あなたと過ごした時間は心躍るものでした』」 「『戦争のあの時、私を守ってくれた背中が身近にあったのです』」 「『あなたの忠義に応えられなかったことを、今はただ悔やむのみです』」 「〈解雇〉《クビ》か」 悲愴な顔で筆を走らせる朱璃の顔が目に浮かぶ。 誘拐されてからというもの、朱璃はずっと自信をなくしているようだった。 彼女は幻覚を見たと言っていたが、実際には、何か彼女の心を傷つける事態があったのかもしれない。 もしや、自分が主の器でないと痛感し、伊瀬野にでも帰ったのか。 いや、朱璃が素直に帰るとは思えない。 何しろ彼女は、死ぬことこそ皇家の責務と信じて生きていた人物なのだ。 絶対に何らかの行動を起こす。 おそらくは式典絡み──翡翠帝の婚約発表を止めようとするはずだ。 一刻も早く見つけ出さねば。 心当たりの場所をしばらく捜索したが、朱璃は見つからない。 本命だと思っていた皇家の墓にも姿はなかった。 捜索に協力してくれている滸や古杜音からも、発見の報はない。 〈高層建築〉《ビル》の屋上から見下ろす街では、各所で投光器や軍用車両の照明が輝いている。 今日の式典に向け、厳重な警戒態勢が敷かれているのだ。 どこからか銃声が聞こえるたびに、血に濡れた朱璃の顔が浮かぶ。 早く見つけ出さねば。 何度目かの祈りも徒労に終わった。 眼前の鏡には何の変化も現れない。 朱璃様が連れ去られた時には、少なくとも手がかりは掴めたのに。 疲労感に耐えきれず、前のめりに手を突いた。 噴き出した汗がとめどなく床へ落ちる。 「ごめんなさい、朱璃様」 自分の無力を呪う。 やはり、ご先代様には遠く及ばない。 斎巫女は最も優れた巫女でなくてはならないはずなのに。 「諦めちゃ駄目」 もう一度。 ううん、気を失うまで何度でも探そう。 力がないなら、根性で補うしかないじゃない。 街を飛び回って情報を集めたが、宮国は見つからない。 借金の督促のように、定期的にかかってくる宗仁からの電話。 声はひどく感情的で、私の胸を刺した。 「(私が消えても、宗仁はこんなに必死になってくれるの?)」 何て愚かな感情。 それが、赤々と燃える蛇となり私の身体を這いずり回っていた。 醜い、醜い、醜い。 武人、それも女の武人として何と浅ましいことだろう。 「くっ!」 壁に額を叩きつける。 痛みが汚れた心を浄化してくれる。 そう信じて、何度も額を叩きつける。 『あなたは悪くないわ』「……え?」 激痛に鳴る耳に女の声が入り込んできた。 春だというのにいつまでも解けない、名残雪のような声。 出元は他でもない、私の腰──先頃、共和国軍から回収した呪装刀のうちの一振りだ。 いつ腰に差したのか、自分でもわからない。 「な、何……これ」 鞘を掴もうとする。 だが、骨の髄まで痺れたように腕に力が入らない。 『醜いのはあなたじゃない』『醜いのは、あの女』『あなたの大切な人を奪った、あの女』「あの……女……」 『さあ、行きなさい。 本当に憎むべき人間の所へ』厚い雪雲の向こうに、朝日が滲んでいた。 昼、雲が晴れれば、ここから見下ろす天京は純白に輝いていることだろう。 式典会場は、昨夜から除雪が続けられているらしく積雪がない。 足元の心配をしなくてよいのは僥倖だった。 翡翠帝が演説のために登壇したところで、小此木へ遮二無二斬りかかればよい。 言うまでもなく、警備はこの上なく厳しいだろう。 だが、死の覚悟さえあれば目標を討つのは不可能ではない。 いや、今となってはもう、仇を討てなくても構わないのだ。 今となっては、もう……。 唇を噛みしめ、帝宮の甍を見つめた。 さて、宗仁に見つかる前にお祈りを済ませてしまおう。 彼は絶対に私を探している。 その確信があったから、今まで身を隠していたのだ。 ──見つかりたくない。 ──でも、探して欲しい。 そんな女々しい気持ちは今でも胸の中にある。 これだから、自分は皇帝の器ではないのだ。 死を覚悟した今でさえ、彼への思いを捨てきれない。 「情けない、本当に」 お母様の墓前に膝を突く。 雪の冷たさに身が引き締まる。 「(墓前にて立てた誓いを数日で破ってしまったこと、深くお詫び申し上げます)」 「(私は、皇国再興の誓いより想い人の命を取った愚か者です)」 「(到底、一国の主となるべき器ではございません)」 「(本来ならば、今すぐにでも命を絶つべきでしょう)」 「(ですが、私も皇家の血を引く者として仇敵に一矢報いたく存じます)」 「(国民の眼前にて翡翠帝と小此木の正体を暴露し、彼らを討ち取りましょう)」 「(仮に討ち取れなかったとしても、心ある者が立ち上がり、新しい時代を作り上げてくれるはずです)」 「(私の手で皇国を再興できなかったこと、重ね重ねお詫び申し上げます)」 「不肖の娘を、お許し下さい」 積もった雪の中まで深く頭を下げた。 雪に冷やされるまでもなく私は冷静だ。 ──国を守れぬ皇帝は、命を以て償うべし。 いずれ死ぬのならば、小此木に一矢報いてからでも遅くない。 皇家の最後の生き残りとして、せめて祖先に恥ずかしくない散り様を──「!?」 横へ飛ぶのと、空気が裂けたのは同時だった。 雪の上を転がり体勢を整える。 「あ、あなたは」 斬りつけてきた人物が、ゆっくりとこちらを向いた。 無言のまま、稲生が正眼に構える。 異様な剣気に総毛立った。 私の知っている稲生ではない。 「ちょっと待って、どういう……」 言い終わる前に稲生が動いた。 反射的に背後に身を逸らす。 躱せた──そう思った時には、もう二の太刀が首に迫っていた。 「くっ!!!」 両断。 私の代わりに真っ二つになったのは、巨大な石の石柱だった。 なりふり構わず横へ飛んだのが奏功したらしい。 推測しかできないのは、私の目では稲生の動きを捉えられないからだ。 死の恐怖に駆られ、本能的に刀を抜いた。 刀の呪力が手のひらを通して流れ込んでくる。 まるで、自分の身体が別物になったように軽くなる。 呪装刀«宵月»。 持ち手の敏捷性と筋力を底上げしてくれる、実戦向きの業物だ。 「〈『なぜ私から宗仁を奪うの?』〉《》」 温度のない、氷のような声──「〈『あなたのせいで宗仁は……』〉《》」 「〈『許せない』〉《》」 「〈『許せないっ』〉《》」 雪煙を上げ、稲生が走る。 散った火花すら切り裂くように、烈風の如く白刃が迫る。 こちらは一撃を防ぐのがやっと。 稲生は、底なしの腕力で打ち込んでくる。 «宵月»といえども、天と地ほどもある技量差を埋めてはくれない。 嵐のような打ち込みを前に、なすすべもなく切り刻まれる。 全身が軋みを上げ、今にも分解してしまいそうだ。 「くっ……」 噴き出した血が視界を遮った。 「……く……あ……」 身体が鞠のように宙を舞っていた。 殴られたのだとぼんやりと理解する。 立ち並ぶ石柱に突っ込んだ。 「あぁぁっ!?」 鈍い音が聞こえた。 石柱が左腕の上に倒れたのだ。 だ、大丈夫。 まだ腕の一本だ。 早く腕を抜いて……ぞくり、と悪寒が走った。 見上げると、切っ先を私に向けた稲生がいた。 冷たい刃は、もう心臓に狙いを定めている。 瞬きの後には、私は絶命しているだろう。 「(私は、本当に役立たずだね)」 稲生が、虫けらを潰すように刀を突き出した。 「戦いの最中に目を瞑るのはいただけない」 不意に温かな声がした。 身の全てを委ねたくなるような、落ち着いた声。 「そう、じん?」 夢から醒めるように目を開く。 見えたのは、稲生の刀を受けた宗仁だった。 勢いを殺しきれなかったのか、刀身は半ばまで宗仁の肩に食い込んでいる。 こぼれ落ちた血が、白い雪に点々と花を咲かす。 「遅くなった」 助けに来てくれて嬉しかった。 抱きつきたかった。 でも、自分は宗仁に暇を与えた人間なのだ。 「おおおおおおっっっ!!」 宗仁が稲生を弾き飛ばす。 十〈米〉《メートル》ほどの距離を取り、稲生は身軽な動作で着地する。 「なぜここに来たの」 「もう主従の関係は解消したでしょ」 「関係ない」 切り捨てるように言って、宗仁が稲生に向き直る。 「滸、どういうことだ」 返事の代わりに稲生は刀を構えた。 「無理よ、会話が成立しない」 「なるほど、やはりそうか」 「滸なら、こういう時は必ず名乗る」 「常に家の名前を背負っている奴だ」 油断のない目配りをしながらも、宗仁の口調には稲生への信頼が滲んでいた。 記憶をなくしたとは言っていたが、積み重ねてきた時間は二人の間で生きているのだ。 悔しさ紛れに、折れた腕を石柱の下から引き抜く。 「来るぞ」 火花が散った。 十〈米〉《メートル》など、武人にとっては一歩の距離。 神速の剣がぶつかり合う。 巌のように思えた稲生の剣だが、宗仁と比べると、それは鞭のようにしなやかだ。 刀の重量など感じさせず、自由自在に太刀筋を操る。 対する宗仁の剣は質実剛健。 動きは最低限だが、確実に稲生の攻撃を凌いでいた。 聞くところによれば、二人は同じ道場で腕を競った仲だという。 まさに実力伯仲。 「む……」 稲生の刀が宗仁を掠めた。 実力伯仲だからこそ、肩の傷は大きな枷だ。 戦いが続くほど、僅かだった天秤の傾きが徐々に大きくなっていく。 「はあ、はあ……あ……」 滸の剣は衰えを見せない。 自身の損耗を考えない、鬼神のような攻撃。 これは滸の戦い方ではない。 目の前にいるのは、滸ではない誰かだ。 古杜音が言っていたのはこのことか。 ──朱璃の居場所について、手がかりをくれたのは古杜音だった。 呪術で朱璃を探していた時、強力な呪力の存在を感じたという。 その残滓を追う形で、俺はもう一度陵墓まで来たのだ。 「滸、目を覚ませっ」 返事の代わりに、滸が踏み込む。 稲妻のような袈裟斬り。 辛うじて受けると、雪で緩んだ地面に足が埋まった。 受けた刀ごと押し潰しにくる。 日頃の滸からは考えられない力業だ。 「〈『……«初霜»……』〉《》」 呟きと共に、滸の刀から極北の凍気が噴き出す。 それはごく僅かな範囲であったが、息がかかるほどに近接した俺を巻き込むには十分だった。 「ぐ……」 刀を握っていた両手が白く凍り付く。 「おおおおっっっ!!」 押し潰される前に、滸を弾き飛ばす。 それこそ、滸の望んでいた動きだった。 絶好の間合いから、渾身の力で打ち込んできた。 受けた刀が両断される。 咄嗟に後転──鮮血が舞った。 燃えるような激痛が走る。 肩口から腹まで、明確な血線が走る。 みるみるうちに血が噴き出し、身体を赤く染めていく。 「凍気を操る呪装刀か」 おそらく業物だ。 銘もない俺の呪装刀では歯が立たない。 むしろ今までよく攻撃を受けてくれた。 「宗仁、もうやめて」 朱璃が駆け寄ってきた。 「あなたに私を守る義務はないのっ」 「丁度よかった……朱璃……君の刀を」 「宗仁っ!」 有無を言わせず刀を奪い取る。 戦う。 それ以外の選択肢はない。 凍り付き、感覚のない手で、強引に柄を握る。 呪装刀の効果か身体が幾分軽くなるが、出血は止められない。 体力が尽きる前に──滸を止める。 「おおおおおっっ!」 打ち込みが弾かれる。 お返しとばかりに、十倍二十倍の刃が降ってきた。 嵐のような剣戟を、渾身の力で捌く。 胸から噴き出した鮮血が雪に散る。 出血量を考えると、もう時間がない。 「〈『っっ!?』〉《》」 僅かな隙を突き、脇腹を切り払った。 だが、浅い。 傷をかばう様子も見せず、滸の剣は苛烈さを増す。 身体の限界など完全に無視し、常識外れの速度で刀を振るう。 「〈『«初霜»』〉《》」 加えての凍気。 右の眼球が凍り付き、遠近感が狂う。 そもそもの腕前が互角なのだ。 重傷を負ったこちらが圧倒的に──雪の上に何かが落ちた。 先程まで俺の左手だったものだ。 凍傷のせいで痛覚すらなくなったか。 むしろ幸運、痛みで動きを鈍らせずに済む。 凍てついた手を血で温め、再び刀を握る。 「来るなっ」 意識が逸れたのを見逃す滸ではない。 必殺の白光が迸る。 斬撃が軽い。 身構えて一撃を受けた分、次への反応が遅れた。 がっ────!?鉄塊じみた蹴りが脇腹を捉える。 朱璃の足元にまで吹き飛ばされた。 「ごほっ……ごほ、ごほっ」 咳のたびにアバラが悲鳴を上げる。 「宗仁」 半分になった視界に、泣きそうな顔の朱璃が映った。 「もういいの、宗仁」 俺の周囲を、桃の花弁が舞っていた。 また、こいつらか。 今はその美しさに意識を割く余裕がない。 刀を杖に立ち上がる。 「俺はお前を守ると決めた」 「主従の関係は解消したじゃないっ」 「聞けないな」 いかなる理屈も俺の決心を変え得ない。 俺の意思が理屈の上にないからだ。 朱璃は、武人として燻っていた俺に魂をくれた。 天京で出会い、敵の銃弾から彼女を守ったあの時、確かに俺は戦う喜びを感じていた。 自分が護るべき対象を見つけたのだ。 何かを護るために生まれた武人にとって、それはただ一つ、絶対の真理。 理屈も他者の同意も必要ない。 「稲生、私を斬って。 あなたが欲しいのは私の命でしょう?」 朱璃が俺の前に立つ。 「稲生、早くしてっ」 「どけ」 「宗仁、駄目。 このままじゃあなた」 「些事だ」 「俺は朱璃を守る」 「宗仁っ!!」 朱璃の悲痛な叫びが胸を熱くする。 ここまで大切に思ってくれるとは、武人冥利に尽きる。 もはや何の恐れも躊躇いもない。 「朱璃は最高の主だ」 「たった一人になっても、君の道を突き進め」 「っっ!?」 滸に向かう。 迷いも恐れもない。 ──あるはずがない。 俺は、〈守ると決めた者〉《朱璃》を、守る。 幻だろうか。 宗仁の背中が、戦争の時の光景に重なった。 たった一人、戦場へと〈征〉《ゆ》くその姿。 ううん、戦争の時だけじゃない。 私は、何度も何度も、あの背中を見送ってきた気がする。 気のせい?違う。 身体が知っている。 「(なのに、どうして私は)」 彼を笑顔で送り出してやることができないの?情けない言葉で彼の足を引っ張ろうとするの?彼を守りたいからじゃない。 ただ、傷つく彼を見たくないから。 悲しい思いをしたくないから。 ──自分を守りたいから。 弱い。 あまりにも弱い。 私はただ、頑是無い子供のように、失うことを恐れて泣きわめいているだけだ。 「主には最後まで立っていてもらわなくては困る」 「そうでなければ、死んだ武人の魂が行き先を見失う」 「俺たち武人は主のために命を懸けて戦う」 「家族や恋人であろうとも、敵ならば迷わずに斬る」 「だからこそ、主に揺らいでもらっては困るんだ」 「君が鋼の意志を持って進んでいる限り、俺はいつどこで死んでも、置き去りにされても恨まない」 「武人には武人の、主には主の戦いがある」 今なら、宗仁の言葉の意味がわかる。 一度臣下を戦場に送り出したならば、主には全ての過程と結末を見届ける責務がある。 どんなに苦しくても、先に折れてはいけない。 いかなる事情があったとしても、先に斃れてはいけない。 己の弱さに打ち勝ち、全てを見届ける。 それこそが主の戦いなんだ。 「(受け止めなきゃ、武人の覚悟を)」 勇気を出せ。 傷つくことを恐れるな。 彼がどんな運命を辿ろうとも、全てを受け止めるんだ。 宗仁を見る。 左腕は手首から先がなく、右腕も凍傷に冒されている。 出血は止まらず、雪の上に赤い染みを作り続けている。 それでも彼は戦い続ける。 ──ならば、私は、私にしかできないことを。 背後から声が飛んできた。 関係ない。 俺は戦うだけだ。 「こちらを向けっ!!!」 それは、本能と言っていい。 身体が自動的に俺を振り向かせた。 目に入った朱璃の姿に息を呑む。 瞳は鋭利な光を宿し、纏う気は清冽な威厳に満ちている。 折れた腕すらも、むしろ敢然たる意志を感じさせた。 先程までの朱璃ではない。 いや、もはや宮国朱璃という少女ですらない。 俺の眼前にいるのは、皇国という国家の頂点におわすべき存在だ。 「鴇田宗仁に命じます」 「私のために勝ちなさいっ」 「敗北は絶対に許しませんっ!!!」 透き通った声が陵墓に響き渡る。 それは、ただの声ではない。 俺にとっては紛う事なき力。 既に限界に近いこの身体でさえも駆動させ、奮い立たせる〈威令〉《ちから》だ。 「御意」 鯉口が切れる。 身体の最奥から湧き上がったものが、炎の奔流となって全身を駆け巡る。 今、この瞬間、明確に理解した。 彼女こそ、我が君──この命を捧げ、お守り申し上げるべき対象だ。 「行くぞ、〈滸〉《主の敵》」 〈両手〉《・・》で刀を握りしめる。 敵は眼前。 稲生家筆頭、稲生滸。 小細工など一切不要だ。 最速で間合いを詰め、一刀両断に──「斬る」 勝つ方法は単純明快。 敵よりも〈疾〉《はや》く、敵よりも〈剛〉《つよ》く、敵よりも迷いなく、自分の刃を叩きつける。 「〈『!!!!!』〉《》」 受けに来た刀を、根元から叩き折った。 「御免っ」 返す刀を首筋に奔らせる。 「えっ!?」 切っ先を寸前で止める。 滸の瞳に困惑の色があったからだ。 見開かれた目から、一筋涙が零れた。 それは、顎を伝い、滴となって赤い雪に落ちた。 「滸か」 「私、どうして……」 糸が切れた操り人形のように、滸が地に崩れ落ちた。 滸を動かしていた呪術が失効したのだろう。 「(勝ったのか)」 滸の動きは、まさに鬼神が乗り移ったかのようだった。 朱璃の言葉が無ければ、確実に仕留められていただろう。 ……。 滸に向かって突き進んだあの瞬間、俺は今までの俺ではなかった。 主の言葉が、俺の中にある武人の血を目覚めさせたのだ。 胸にあるのは、為すべきことを為せたという静かな充実感。 今の自分こそが『あるべき自分』だという確固たる感覚があった。 一つ大きく息を吐き、空を見上げる。 気がつけば、夜が明けていた。 身体を駆け巡っていた熱が早朝の大気に溶け、白い朝日が現実感を呼び戻してくれる。 背後からの声に向き直る。 そう、主に戦果を報告しなくては。 静かに片膝を突いた。 「敵を無力化しました」 「大儀でした」 朱璃の言葉に、深く頭を垂れる。 自分でも驚くほどに、自然と身体が動いた。 記憶はなくとも、武人としての振る舞いは身体が覚えているのだ。 そんな俺を、朱璃は複雑な表情で見つめている。 「怪我は?」 視線を逸らし、朱璃が俺の身体を見る。 「ありません」 信じられないことだが、切断された左手は元通りになっていた。 身体の傷も完全に塞がっている。 一体、俺の身体に何が起きたんだ。 常識では考えられない。 「ふふ、宗仁、実はお化けなんじゃない?」 朱璃が破顔する。 俺も釣られて思わず笑みを漏らすと、身体の緊張が一気に解けた。 「そっちこそ、折れた腕はどうした?」 「平気よ、このくらい」 「滸の治療もある、古杜音の所に行こう」 朱璃は動かない。 「もういいの。 主従ごっこは終わり」 「遊びのつもりはない」 「俺の主は朱璃だけだ」 「悪いけど、あなたの片思いね」 「私には主の資格がないから」 朱璃が淡々と拒否する。 「先程の戦いで、君は主として振る舞ったじゃないか」 「ただのお芝居、苦し紛れにやったことよ」 「芝居でもいい」 「君は自らの運命を臣下に委ね、自らの言葉で臣下を戦場に送り出した」 「そして、全てを見届けようとした」 「朱璃はもう知っているはずだ」 「その勇気こそが主の資格だ」 朱璃が目を見開く。 「朱璃、君こそ我が主だ」 「勇気……」 ぽつりと呟く。 しばしの沈黙の後、朱璃は何かを思い起こすように、か細く微笑んだ。 「私には勇気が足りなかった」 「誘拐された時も、稲生と戦っている時も、宗仁が傷つくことに耐えられなかった」 「自分が折れることで宗仁が助かるならって思ってた」 「でも、本当は違ったんだ」 「私には、宗仁の運命を見届ける勇気がなかっただけ」 「あなたが命がけで戦っているのに、私だけが先に戦場から逃げたの」 朱璃が身体の脇に下ろした手を、強く握りしめる。 握りしめた手を胸に当てた。 拳の中の勇気を、自分の胸に押し込むように。 「三年前も、今日も、宗仁は命を懸けて私を守ってくれた」 「お礼を言ったとしても、あなたは為すべきことをしただけだと言うでしょうね」 まさしくその通り。 朱璃は俺の気持ちをわかっている。 「だからお礼は言わない」 「その代わり、私も、私の為すべきことをしてあなたに応えたい」 朱璃の纏う空気が変わった。 気高き深紫の瞳が俺を見つめる。 「鴇田宗仁」 〈桃花染〉《つきそめ》の唇が俺の名を紡ぐ。 口調だけでなく、声の質までも変わっているような気がした。 「皇家の血を引く者として、私にはまだやるべきことがあります」 「その身、その命、いま一度私に捧げなさい」 「どんな最期を迎えることとなっても、私はあなたの全てを……その魂までをも受け止めましょう」 戦慄が走った。 あらゆる感覚が、宮国朱璃という人物に支配される。 ──この瞬間をずっと待ち望んでいた。 戦前の記憶は失ったといえど、それだけは明確に理解できた。 「身に余る光栄だ」 深く頭を垂れた。 この世界に生まれ出た時から決められていたかのように、朱璃に頭を垂れる。 「武人は主が刃」 「この命尽き果てても、魂を以て刃となし、必ずや敵を打ち砕いてみせよう」 「頼もしい言葉、確かに聞きました」 視線が絡み合う。 今まさに身体の奥底に忠義の火が点った。 俺はもう張り子の武人ではない。 一人の武人、主がための一振りの刃だ。 命に代えても、この少女を守る。 『宮国朱璃』という、眩いばかりの輝きを放つ貴石を。 「一つ約束してほしいことがある」 「君が主だからこその頼みだ」 「聞きましょう」 朱璃が表情を崩す。 「自棄を起こして、俺より先に死ぬな」 「自分から死にたがる奴だけは、どんな武人も助けられない」 「私を何だと……」 怒りかけて、朱璃は微笑した。 「約束します。 少なくともあなたより先には逝かない」 「頼む」 「君はもはや俺の命だ」 「俺は君の死を受け入れられそうもない」 「人には勇気を求めておいて、ずいぶん自分勝手ね」 「戦って死ぬだけの武人は楽なものだ」 朱璃が呆れたように笑う。 「私からも一つ頼んでいい?」 「命を懸けてくれるのは嬉しいけど、自分のことは大切にして」 「私の勇気にだって限りがあるから」 「わかった」 朱璃が満足げに微笑む。 表情を見ているだけで、得も言われぬ満足感に包まれる。 これが主を得るということなのか。 「君に出会えた天恵を、心から嬉しく思う」 「私もよ、宗仁」 泣き笑いの顔になった朱璃の周囲を、はらはらと桃の花弁が舞う。 それらは、何もない中空から現れ、地の雪に触れる前に消えていく。 「これは、幻か」 「いいえ」 朱璃は、何故か目尻を拭いながら否定した。 「桃の花弁は私の涙」 「物心ついた時から、私は涙を流せないの」 ──あり得ない────やはり君が──二つの声が、同時に胸の中に響いた。 「皇家の血を引いているのだから、もっと役に立つ力があれば良かったんだけど」 「そうか……君は今、泣いているのか」 「涙を隠せないなんて、はしたないわね」 朱璃が目を細めて笑う。 一層激しく、桃の花弁が風に舞う。 思えば、俺は幾度も不思議な花弁を目にしていた。 武人町で魂の光を見た時──〈桃花染〉《つきそめ》の舞を見せてくれた時──そして、今、この誓約の時──「君は泣き虫だったのだな」 「秘密にして。 私たちだけの」 「でも、あなたの前で泣くのは最後にする」 「私はこれから、宗仁を何度も戦場へ送り出すことになると思う」 「その私が涙を流すなんて、ちょっとずるいでしょ?」 朱璃が明るく笑う。 どこまでも儚い春霞のような笑顔が、胸の奥深くを切なく抉る。 「では、俺も、君を泣かせるのは最後にしよう」 宙を舞う花弁の一枚を指先で捕らえる。 じわりと熱の滲む«〈桃花染〉《つきそめ》の涙»。 唇に載せると、それは夢幻の如く甘く消えた。 散る──はらはらと、桃の花弁が、ひとつ、ふたつ。 嗚呼、愛しい君よ。 あなたは、なぜ涙を捨ててまで戦い続けなくてはならないのでしょう。 「朱璃様、宗仁様っ」 遠くから古杜音が駆けてきた。 「はあ、はあ、はあっ」 「良かった……合流されたのですね」 「古杜音が手がかりをくれたお陰だ。 ありがとう」 「お役に立てて光栄でございます」 「……あれ?」 古杜音が俺と朱璃を見比べる。 「朱璃様、雰囲気が変わられたような気がします」 「それに宗仁様は少し体格が良くなられたような」 「ふふ、そうかもしれない」 「ぶう、誤魔化さないで……」 「って、朱璃様お怪我を!? それにどうして滸様が倒れていらっしゃるのですか!?」 「事情は後から話す。 とにかく治療を」 「はい、もちろんでございますっ」 その時、帝宮の方角から共和国風のファンファーレが聞こえた。 終戦記念式典が始まったのだ。 「あそこから見えそうね」 「朱璃様、怪我の治療をしませんと!?」 「大丈夫、先に稲生の治療をしてあげて」 朱璃と並び、見晴らしの良い場所に立つ。 雪に光る共和国管区。 皇国の中枢だったその場所を、共和国の戦車が列をなして進んでいる。 道の両脇に並んで旗を振るのは、集められた皇国人たちだ。 「帝宮のあんなに近くまで軍隊が」 小此木と共和国の統治は着実に進んでいる。 人は慣れる生き物だ。 終戦後すぐには数多くあった反政府運動の芽も、かなり刈り取られてしまった。 今日これから翡翠帝の婚約が発表されれば、更にその数を減らすことだろう。 一刻も早く、俺たちは立ち上がらなくてはならない。 「来年の今日は、私たちの力で違った景色にしましょう」 「そうだな」 「君を、必ずあの壇上に立たせてみせる」 遠く式典の舞台を見つめる。 軍服の色で共和国の高官が並んでいるとわかった。 来年の今日、あそこに立つのは隣にいる少女──宮国朱璃だ。 「さあ、行きましょうか」 「ああ」 二人並び、歩きだす。 皇国をこの手に取り戻すために。 猛烈な爆音が身体を震わせた。 式典会場から黒煙が上がっている。 「なっ……」 「爆発、した」 呆然と会場を見つめる朱璃。 風に乗り、悲鳴がここまで伝わってくる。 事故なのか、誰かが故意に起こしたものなのか。 だとすれば、誰が何のために。 現場にいるはずの翡翠帝は? 小此木は? 共和国の高官たちは?あらゆる疑問を飲み込んだ黒煙が、天京の空を染めていく。 早春、天京。 春はまだ遠い。 「(う……く……)」 翡翠帝轟音が頭の中で反響している。 船酔いしたみたいに、上も下もわからない。 ただ、ぬるりとしたものが肌を伝っているのは鮮明にわかった。 「(何が……あったの?)」 鼻の中に煙の匂いが入り込み、自然と涙が溢れる。 ぼやけた視界の中を、多くの人が無秩序に駆け回っている。 「??」 誰かの足が見えた。 軍靴……軍人なの?「(たす……けて)」 煙を吸い込んだのか、喉が〈嗄〉《か》れて声が出ない。 手を伸ばそうとしても、身体は言うことを聞かない。 墨で塗りつぶされるように、視界が端から狭まってきた。 もう、だめなのかな。 「(お義兄様……奏海は、もう一度……お目にかかりとうござい……)」 ??『──骨を折った甲斐がございましたでしょう?』『──なあに、まだまだ。 まだまださ。 』指定されたラベルは見つかりませんでした。 「っ……」 エルザ空気を揺るがす爆音が収まった。 視界を覆い隠していた煙と粉塵が、ゆっくりと風に流されていく。 目に入ったのは、数秒前まで談笑していた来賓たちの呻く姿。 もう動かなくなっている者もいる。 「う……く……」 翡翠帝傍らから少女の呻きが聞こえた。 翡翠帝だ。 慌てて駆け寄り、抱き起こす。 「陛下、陛下っ」 「陛下、しっかりしてください」 腕が血に濡れている。 重傷でなければいいけれど……。 「ん……」 瞼がゆっくりと開かれた。 「た……たいさ……一体、何が……」 「爆発事故があった模様です」 「爆発?」 周囲を見回した翡翠帝が息を飲む。 「まずはお怪我の手当を」 「かすり傷です、大事ありません」 翡翠帝が気丈に言う。 温室育ちかと思っていたが、なかなか根性がある。 「安心いたしました」 「では、私は事態の収拾に」 「待って下さい!?」 腰を浮かせたところで、袖を強く引かれた。 「血が出ています」 「え?」 言われて初めて、自分の脚が血に濡れていることに気がついた。 翡翠帝が躊躇うことなく自分の服を裂く。 そして、帯状にした布で止血してくれる。 「慣れていらっしゃいますね」 「以前勉強したことがあるのです」 「よいしょっと」 動脈に近い部分を強く結び、出血を抑える。 その手際は、共和国の衛生兵に勝るとも劣らない。 書物の上で勉強しただけでないのは明らかだ。 皇国の皇帝は、応急処置の実践経験まで積むものなのだろうか。 「はい、これでしばらくは大丈夫でしょう」 「後できちんとお医者様に診てもらって下さい。 あくまでも応急処置ですから」 「ありがとう、ございます」 呆気にとられる私の前で、翡翠帝が額に浮いた汗を手で拭った。 明るい笑顔は、籠の鳥と言われる皇帝のものとは思えない。 太陽の下こそふさわしい、溌剌としたものに見えた。 いえ、見とれていては駄目ね。 「誰か、状況を報告せよ」 無線に呼びかける。 すぐに、切羽詰まった男の声が式典会場の惨状を並べ立てた。 報告によれば、爆発は三箇所で発生。 式典会場や帝宮の石垣、こちらの装甲車も吹き飛んだ。 何らかの爆発物が仕掛けられていたようだ。 死傷者の数は、まだ把握できていない。 爆発に続く攻撃がないところを見ると、反体制的な人物によるテロだろうか。 昨日から夜を徹して不審物を探していたのに、なんということだ。 「民間人の避難誘導が最優先」 「一部は、攻撃に備えて警戒態勢を取らせなさい」 「異常があったらすぐに報告を」 無線を切る。 「一体何があったのですか?」 「それを確かめているところです」 ゆったりした足音が近づいてきた。 「翡翠帝はご無事か?」 小此木禁護兵を引き連れ小此木が現れる。 翡翠帝の顔から明るさが消えた。 「大佐のお陰で無事です」 「これはこれはエルザ様。 こちらにいらっしゃるとは」 こちらが気づいた途端、恐縮したように身体を折る。 「陛下も、ご無事で何よりでございます」 翡翠帝に向かって深々と頭を下げる小此木。 対する翡翠帝は、小さく無言で頷いただけだった。 「宰相、陛下を安全な場所にお連れして」 「かしこまりました」 小此木が背後の禁護兵に命じる。 落ち着き払った動作が癪に障る。 もし次の攻撃があったらどうするつもりなのだろう。 「大佐も避難を」 翡翠帝が私の手を握ってくる。 「私は軍人ですので、ここに残ります」 「でも……」 「エルザ様の仰る通りです」 「大切な御身、お怪我でもされては一大事にございます」 「心にもないことを」 小さな呟きは、確かに耳に届いた。 「何を仰いますか、陛下」 「さあ、早くご避難を。 ここは兵にお任せください」 翡翠帝が小此木の傀儡であることは知っている。 今更驚くようなやりとりではなかった。 「あの、大佐」 「エルザとお呼びくださって結構です」 「では、エルザ様」 「お怪我を押して駆け付けて下さったこと、感謝いたします」 「とても心強うございました」 私の手を、両手でしっかりと握ってきた。 「そもそも、このような事件を未然に防ぐことが私の任務でした」 「式典を台無しにしてしまったこと、深くお詫びいたします」 「忠義に篤いのですね」 私を見つめる翡翠帝の瞳に、敬意が満ちている。 武人が頻繁に口にする『忠義』という言葉の意味を、私はよく理解できていなかった。 おおむね、任務に忠実ということらしいのだが、もっと精神論的なものでもあるようだ。 「あなたにお返しできるようなものはありませんが、せめてこれを」 握らされたのは、小さな木彫りの細工物。 皇国では『根付』、共和国風に言えば『キーホルダー』だ。 ……。 正直なところ、私は感謝される程のことはしていない。 律儀な性格なのか、それとも私に接近しようとしているのか。 意図はわからないが断るのは早計だ。 「では、ありがたく頂戴します」 翡翠帝が少し安心したように微笑んだ。 応急処置の際に見せてくれた、明るい笑顔だった。 籠の鳥──翡翠帝は、一体どんな気分で小此木の操り人形になっているのだろう?ただの憐れな少女だと思っていたが、少し人柄を知りたくなってきた。 「さて、仕事ね」 自分に言葉をかけ、一人の軍人に戻る。 近辺に、まだ敵が潜んでいるかもしれない。 客の安全も確保されていない。 根付をポケットにねじ込み、部下たちの元へと走った。 一通りの調査を終えた後、報告のため総督府に向かった。 正面に座る、父、ウォーレンは日頃と変わらぬ様子に見える。 「報告いたします」 「爆発は、式典会場の三箇所で同時に発生しました」 「何らかの爆発物が仕掛けられていたと思われます」 「翡翠帝や来賓を狙ったテロ事件として調査しておりますが、犯人はまだわかっておりません」 「続いて被害状況です」 「共和国の来賓五名が負傷、皇国の……」 「もうよい。 資料を見ればわかる」 ウォーレン机の上の資料を、指で三度叩いた。 「実に面倒なことになった」 「今回の来賓は、私の名前で本国よりご招待したのだ」 「それが……」 両手で爆発の仕草をする。 「ご覧の有様だ」 「お呼びするのにどれだけ根回しをしてきたことか」 「申し訳ございません」 「謝る必要はない」 「お前が謝ったところで事態は何も変わらない」 「失った時間も金も信頼も面子も、何一つ帰って来ない。 何一つだ」 父が背もたれに身体を預けた。 そして、パイプにタバコを詰め、ゆったりと煙を燻らせる。 ゆっくりと時間が過ぎていく。 私に反省を促すための、無言の時間だ。 終戦記念式典の警備を任されていたのは私だ。 全ての責任が私にあるのは明白で、言い逃れの余地はない。 「今回の件、武人の犯行か」 「証拠はありません」 「経験上、彼らは爆発物を使用しません」 「武人の犯行としよう」 「しかし、それでは……」 「武人の犯行だ」 父がパイプを置いた。 「一つの国を征服すると、必ず反政府勢力が生まれる」 「彼らは国に根付く〈黴〉《かび》のようなものだ」 「どれだけ掃除をしても、少しでも取り残せばまた増殖する」 「黴をなくしたければ、徹底的に、完全に駆逐するまで取り除かなければならない」 「取り除けた国の統治は上手くいき、取り除けなかった国は、だらだらと内戦が続く」 「お前は皇国をどうしたい?」 「共和国の領土として、しっかりと統治したいと思います」 「ならば、結論は出ている」 「ですが、共和国は理不尽な権力から民衆を救うために戦っているはずです」 「その私たちが、理不尽な理由で武人を取り締まるなど間違っています」 『圧政下に置かれた民衆の解放』など、大義名分に過ぎない。 戦争は所詮、武器商人と繋がった政治家たちの権力闘争や経済活動の手段だ。 でも、そういう人間たちに刃向かうには、やはり大義名分をぶつけるしかない。 「主張とは結果を残した者にのみ与えられる権利だ」 「理解したのなら、退出してよろしい」 「はい」 踵を返し、扉に向かう。 結果なくして主張なし。 父の言葉はおそらく間違っていない。 敗者がいくら叫んだところで、誰の耳にも届かない。 でも、それでも、主張をやめる訳にはいかない。 もう父の金で汚れきった身なのだ、今更命など惜しくはない。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 滸との戦いが終わった後──朱璃と滸の治療のため、俺たちは勅神殿に急行した。 「ご気分はいかがですか?」 古杜音傷の処置を終えた古杜音が口を開く。 「ありがとう。 もう、だいじょう……」 滸「つっ!」 「ご無理をなさらないで下さい」 「外傷は何とか消せましたが、身体の中身はボロボロでございます」 「う……わかった」 滸が大人しくなる。 俺と戦っていた時の滸は、限界を越えた身体の動かし方をしていた。 筋肉も腱もかなり損傷しているだろう。 「朱璃はどうだ?」 宗仁「ええ、痛みはなくなった」 朱璃朱璃が、折れていた腕を動かしてみせる。 どうやら問題ないようだ。 「古杜音に治療してもらうなんて久しぶりね」 「伊瀬野にいた頃を思い出した」 「私もでございます」 「朱璃様は、毎日傷だらけでございましたでしょう?」 「お陰様で«治癒»の呪術のよい練習になりました」 「練習台にしていたの?」 「め、滅相もございません」 「もっけの幸いと申しますか、棚からぼた餅と申しますか」 「あ、そうですそうです。 皆様、お腹は空いていらっしゃいませんか?」 「確かお供え物のぼた餅があったはずなのです」 「言われてみれば」 「こんな状況で腹など」 朱璃・宗仁「……」 「俺も空腹だ」 「ふふふ、では、持って参りますね」 自分も疲れているだろうに、古杜音はしっかりとした足取りで部屋を出ていく。 「……………………どうも」 「いや」 気まずさを紛らわすように、朱璃が咳払いをする。 「ところで、終戦記念式典はどうなったの? 何か知ってる?」 「ああ、治療の間に情報を集めておいた」 朱璃と滸に状況を説明する。 〈映像筐体〉《テレビ》の報道によれば、終戦記念式典の最中に会場で大きな爆発があったらしい。 多数の死傷者が出ているようだが、翡翠帝をはじめとする要人に死者はいないようだ。 事故なのか、誰かが引き起こした事件なのかはまだわかっていない。 「まさかとは思うけど、槇とかいう武人じゃないよね?」 「そこは俺も心配している」 「いま奉刀会の間諜に調べてもらっているところだ」 と、障子が静かに開かれた。 「お待たせいたしました」 「やはり、ぼた餅がございました」 床に置いた盆には、七、八個のぼた餅が盛られている。 「さあ、いただきましょう」 三人で手を伸ばす。 「滸は食べられるか?」 「結構」 力なく首を振る。 体調どうこうではなく、食べる気分ではないと言った顔だ。 「あのさ、古杜音?」 「むぐむぐむぐ、なんでございましょう?」 「この餅、いつ作ったの?」 「おそらく昨日かと思います」 「お供え物のお下がりですので、ご容赦下さいませ」 俺も食べてみる。 なるほど、中の米が固くなっている。 「お供え物は、俺たちが食べてもいいのか?」 「もちろん構いませんよ」 「むしろ、お下がりを頂くというのは、«大御神»のお心を頂戴するわけですから、大変ありがたいことなのです」 古杜音曰く、お供え物は、供えられた段階で«大御神»の所有物になるらしい。 お下がりとは、すなわち«大御神»が私たちに『下さったもの』、という意味なのだ。 それが自分の血となり肉となるわけだから、これ以上ありがたいことはない。 道理がわかると、固い餅も美味しく思えてくる。 ぼた餅を食べ終えて人心地着いた。 「宗仁、私……」 横になっていた滸が、ゆっくりと身体を起こした。 「起きなくていい」 「構わないで」 まだ身体が痛むだろうに、滸はしっかりと背筋を伸ばして座った。 「私、宗仁を傷つけた」 「それに、宮国のことも」 「〈皇姫殿下〉《きでんか》に刀を向けるなんて、あっていいことじゃない」 滸が布団の上で拳を握りしめる。 「もう終わったこと」 「なぜ助けたの」 呻くように言った。 逆の立場なら俺もそう考えたはずだ。 だが、一方では滸を殺さずに済んで安堵していた。 滸の首を切り落とそうとしたあの瞬間、正気に戻る兆候がなければ俺は確実に滸を殺していた。 殺さねばならなかった。 相手が親子供であろうが、主を害する者は斬る。 それが武人の忠義だ。 「お互い死なずに済んだんだから良かったじゃない、ね」 戦前なら、皇家の人間に刃を向けるだけで一も二もなく切腹である。 「滸様は呪装刀にかけられた呪術に操られておいででした」 「ですから、むしろ滸様こそ被害者ではないかと思います」 古杜音が、傍に置いてあった布包みを開く。 中には真っ二つに折れた«初霜»があった。 滸が持っていた呪装刀だ。 「私、操られてた?」 「はい、十中八九そう思います」 「この呪装刀には、本来の力に加え、人心を惑わす呪術がかけられていました」 「そう言えば、刀に話しかけられた気がする」 「刀が喋るの?」 「呪装刀は、巫女の命を鍛え上げたものです」 「高位の呪装刀ともなれば、意志を持ったとしても不思議ではありません」 俺も滸も頷く。 武人ならば経験したことがある者も多いだろう。 「確か、刀が泣いているような気がして……」 「あれ? 私はどうして帯刀したの?」 「駄目、思い出せない」 「その段階で、もう術中にあったのかと思います」 「おそらくは、所有者の負の感情を増幅させ、心を支配するような呪術でしょう」 「負の感情とは?」 滸が俯く。 心当たりがあるのか。 「宗仁。 少し部屋を出ていて」 「どうして?」 「どうしても」 何か考えがあるのだろう。 反論せずに立ち上がる。 宗仁が出ていった。 足音が遠ざかるのを確認し、宮国が口を開く。 「古杜音。 負の感情の具体的な内容はわかってる?」 「いえ、今のところは」 「もう少し時間を頂ければわかるかもしれません」 「いいの。 調べる必要ないから」 「え、えーと……はい」 操られていた時のことは、薄紙を隔てたようではあるが、覚えている。 「『なぜ私から宗仁を奪うの?』」 「え?」 「『あなたのせいで宗仁は……』」 「『許せない』」 「『許せないっ』」 あの時、私を動かしていたのは嫉妬だ。 宗仁を宮国に取られたくないという妄執に、全身が飲み込まれていた。 嫉妬心を利用されるなど、みっともないにも程がある。 自分を律しきれていない証拠だ。 ああ、だから宮国は宗仁を外に出したのか。 気を利かせてくれたのだ。 「ありがとう、宮国」 「何のこと?」 宮国がとぼける。 「ともかく、全ては怪しげな呪装刀のせい」 「手打ちにしましょう」 宮国ならそう言うと思った。 だが、武人としてはけじめを付けねばならない。 腹を切るべきだ。 枕元に置いてあった短刀を取る。 「稲生、何をするつもり?」 「けじめを付ける」 「〈皇姫殿下〉《きでんか》を傷つけた罪、消せるものじゃない」 「許可しない」 「忠義に反する」 「やめなさいっ!」 金縛りに遭ったように、身体が動かなくなった。 「私が許すと言っているの」 「忠義を守りたいなら私の言葉に従いなさい」 宮国──〈皇姫殿下〉《きでんか》の視線が私を貫く。 縫い止められ、動くことができない。 身体に流れる武人の血が、〈皇姫殿下〉《きでんか》を前に平伏している。 「稲生家は、«大祖»以来二千年、忠義を第一にしてきた」 「ここで許されれば、祖先に申し訳が立たない」 「自害されても私は嬉しくない」 「完全に自己満足でしょ」 「しかし」 「しかし、じゃない」 「あ、あの、滸様?」 「もう一度申し上げますが、悪いのは呪装刀で……」 「気持ちはありがたいけど、聞けない」 「ひうっ!?」 古杜音が情けない顔になった。 「うちの斎巫女をいじめないでもらえる?」 軽口に合わせる余裕はない。 「罪には罰が必要なのは世の道理」 「あなたも頑固ね」 「ま、このくらいじゃないと、面白くないか」 「なに?」 宮国が、手を伸ばせば届く距離に膝を進めてきた。 「罰が欲しいのなら与えましょう」 「死より重い罰をね」 宮国の目は笑っていない。 「どうする? 受ける?」 「どんな……」 「まさか、内容を聞いてから判断、なんて言わないでしょ?」 心臓が撥ねた。 「さあ、受ける? やめる?」 私は〈皇姫殿下〉《きでんか》を傷つけたのだ。 稲生の名にかけて、『自害より重い罰は遠慮します』などと言えるわけがない。 腹に力を込め、声がうわずらないようにする。 「受けましょう」 「よろしい」 「武人に二言は?」 「ない」 にやりと一つ笑い、宮国は居住まいを正した。 判決を下す、というわけだ。 「稲生滸」 「私を玉座につけなさい」 「なっ!?」 「私の臣下として皇国を再興するの」 「自害なんかより何百倍も難しくて苦しい罰でしょ?」 「巫山戯ているの?」 「巫山戯ているのはあなたよ」 「まさか、自害より簡単だなんて思ってるの?」 難しいに決まっている。 「それでは、今までと変わらない」 「全く違います」 「私の臣下になる以上、皇国の再興は努力目標ではなく義務よ」 「諦めることは絶対に許さない」 「義務を果たさぬままに自害することもね」 なるほど、上手く嵌められたということか。 だが、憤りは湧いてこない。 むしろ大樹に身を委ねたような安堵感が身体を包んでいる。 これが本物の力、皇家の血というものなのか。 「一応返事を聞いておきます」 「武人に二言はありません」 短刀を横にのけ、床に手を突く。 「稲生滸、〈皇姫殿下〉《きでんか》の忠実なる僕として義務を果たします」 「必ずや、〈皇姫殿下〉《きでんか》を玉座にお連れ申し上げる」 深く深く、頭を垂れる。 不思議なことに、身体の痛みは霧散していた。 胸に点った篝火が、音を立てて燃え上がっている。 「私のために全力を尽くしなさい」 「御意」 宮国が穏やかに微笑んだ。 張り詰めていた空気が緩む。 「じゃあ、まずは最初の命令」 「何なりと」 「言葉遣いは今まで通り……」 「いえ、もっと気楽にしてくれると嬉しい」 「できれば、学院で紫乃たちと喋ってる時みたいに」 自分の悪い癖だ。 緊張すると、どうしても無愛想な口調になってしまう。 内心ではしっかり話そうと頑張っているのだけど。 「い、いや、それは」 「ん? なに?」 「承知……」 「あ、いえ……」 「わかった」 宮国が満足げに頷く。 「あと、どうして古杜音まで頭を下げてるの?」 「はっ!? いつの間にっ!?」 古杜音が慌てて顔を上げる。 「すみません、空気に飲まれてしまいました」 「でも私、このような場に立ち会えましたこと、心より嬉しく思います」 「滸様、本当によろしゅうございました」 「え、ええ」 他人のことなのに、涙ぐんでいる。 慈悲深い方だ。 「困った子ね」 「落ち着いたら宗仁を呼んできて。 もう話は終わったから」 「はい、世界の裏側からでも呼んで参ります」 宮国が古杜音の頭を撫でる。 急に宮国の存在が大きく見えてきた。 私も古杜音も、宮国の子供になってしまったような気すらしてくる。 これが主を持つということなのだろう。 古杜音の治療の結果、滸は自分で歩ける程度にまで回復した。 誰かの電話が鳴る。 「私か」 滸が携帯を手に取り、身体の調子を確かめながら部屋の隅に移動する。 話し始めた滸の顔色が、みるみる青ざめた。 「どうした?」 「武器庫が軍に襲撃された」 絶句した。 まさか、武器庫の場所が嗅ぎつけられるとは。 呪装刀を多数保管している武器庫の位置は、奉刀会内でも機密中の機密だ。 「被害は?」 「わからない。 とにかく本部に」 まずは情報収拾が先決だ。 「朱璃、悪いが家に戻って……」 「宮国も一緒に」 「いいの?」 「は?」 「待て、朱璃を本部に入れるのは」 「私が許可します」 「だが、お前はまだ朱璃のことを……」 「もう解決済みだから」 朱璃がにっと笑う。 まあ、そういうことなら俺としては助かるのだが。 「(釈然とせん)」 今まで必死に滸とやり合ってきたのは何だったのか。 剣術の試合を観戦していて、厠に立っている間に勝負が決まってしまったような気分だ。 いや、僅かな時間で滸を変えた朱璃を褒めるべきか。 「ほらほら、宗仁、先行くからね」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 扉を開いた瞬間、室内から熱気が溢れ出した。 本部には、年始の神殿かと思われるほどの武人が集まり、大声で議論を交わしていた。 床に散乱した書類や湯飲みには誰一人目もくれない。 「も、盛り上がってるね」 朱璃「傍を離れるな」 宗仁頷いた朱璃が俺に身を寄せる。 「静粛にせよ!」 滸騒音がビタリと止んだ。 口を閉じた武人の間を、滸が会長席に進む。 会長席の隣、副会長の定位置には槇の姿が見えた。 誰と会話することもなく、自分の席で腕組みをしている。 「来ていたのか」 「暇でしたんでね」 数馬つまらなそうに言いながら、数馬が太い鼻をうごめかせる。 「負傷してますな」 「花見の酒に酔って、階段でも踏み外しましたか?」 「それとも、式典会場で火遊びでも?」 槇は、終戦記念式典の爆発のことを言っているのだ。 「まさか」 「あの爆発、槇の仕業だと思っていたが」 「武人が花火なんぞ使いませんよ、みっともない」 「ならば良かった」 滸が会長席に着く。 やや遅れて、俺と朱璃も滸の近くに陣取った。 槇が朱璃に目をやる。 「よう、先日のお嬢ちゃんじゃねえか」 「道に迷ってここまで来ちまったのか?」 「彼女は奉刀会の協力者だ。 私の権限で本部へ入ることを許可した」 「なるほど。 いいのか、監察殿?」 「代行が決めたことだ」 「私は……」 「宮国朱璃だろ? 知ってる」 「なら話が早い。 よろしく頼みます」 頷くだけで応じる槇。 「代行、本題に入って下さい」 「ああ、そうだな」 滸が本部全体を見回す。 「武器庫の被害状況を報告せよ」 近くにいた間諜担当の武人が、書類を読み上げる。 被害に遭ったのは、二つある武器庫のうちの一つ。 襲撃してきたのはエルザ率いる共和国軍だったという。 武器庫を管理していた武人一名と、«研ぎ»を行っていた巫女二名が死亡。 そして、必死に集めてきた呪装刀の約七割が共和国に収奪された。 あまりの被害に目眩がする。 人的被害もあるが、呪装刀の喪失が致命的だ。 約七割を失ったということは、ほとんどの武人は通常刀で戦うことになるだろう。 その場合、滸や数馬など規格外の者は別として、武人は同時に五人程度の敵と戦うのがやっとだ。 奉刀会に所属する武人は約二百人。 俺たちが打倒すべき小此木は、麾下の禁護兵約二千人に守られている。 まず勝ち目はない。 滸もすぐには言葉を発せず、血が出るほどに唇を噛んだ。 ──奉刀会は終わった。 そう思っている武人も少なくないだろう。 「また三年かけて呪装刀を集めますか、代行?」 「まずは犠牲者に黙祷を捧げる」 「おいおいおいおい!?」 「黙祷だ!」 目を閉じる。 息が詰まりそうなほど濃密な静寂が本部を覆った。 百人以上の人間がいながら、息の音一つ聞こえない。 この空気は、«八月八日事件»直後のそれに似ている。 誰もが希望を失ったあの時に。 正念場になるな。 ここで舵取りを誤れば、奉刀会は崩壊する。 「黙祷やめ」 「で、どうするんです、代行? また呪装刀を?」 「無論」 「話にならん」 刀を手に数馬が立ち上がる。 「どこへ行く?」 「帝宮に斬り込むんですよ」 「自殺行為だ」 「呪装刀もなしに戦ってどうなる」 「まして今は、爆発騒ぎの後で警備が……」 「勝ち負けなんて関係ない!」 「俺たちは武人だ! 刀を振るのが仕事でしょうが!」 「もう、うじうじうじうじ刀集めなんてうんざりなんだよ!!」 振り下ろした数馬の拳が、座卓をくの字に折り曲げた。 滸は動じず、数馬をじっと見つめている。 『稲生』対『槇』。 誰もが予想していた展開になった。 近くにいる朱璃を伺うと、口を真一文字に結んで、じっと二人の様子を見つめている。 口出しする気はないようだ。 「負けるとわかっている戦いは許可できない」 「呪装刀を失った上に、これ以上仲間を失えば会は終わりだ」 槇派の武人は全会員の約四割。 壊滅でもされた日には、滸の言葉通りになる。 「いつまで経っても、耐えろ耐えろ耐えろ」 「必勝の時なんて、待ってたって来ませんよ!」 「式典の会場に斬り込んだ方が、まだ勝ち目があったはずだ!」 「思い留まったその理性、もう一度見せてくれ」 数馬が歯ぎしりをする。 「正直に言ったらどうです? 本当は死ぬのが怖いんだと」 「槇、言葉が過ぎる」 「うるせえ鴇田!」 座卓が砕ける。 「代行、どうなんです?」 「本当はもう怖じ気づいちまったんでしょう?」 「同じ問い、二度と発するな」 二人の視線が真正面からぶつかり合う。 「ご報告申し上げますっ」 子柚一触即発の空気になったところに、子柚が転がり込んできた。 ここ数日は、共和国軍の駐屯地に潜入していたはずだ。 「ちっ」 「どうした、共和国軍に何かあったか?」 「何かどころではございません!」 「刻庵様がご存命です!」 「父上が!?」 「はい! 稲生刻庵様は、帝宮に囚われている模様です!」 「刻庵殿が……」 「生きてるだと?」 ざわめきが波紋のように広がる。 刻庵殿は、滸や店長と並んで、記憶を失った俺を支えてくれた大恩人だ。 もし本当なら、こんなに嬉しいことはない。 ──滸の父、奉刀会会長・稲生刻庵殿が共和国に拘束されたのは、一昨年の八月八日。 いわゆる«八月八日事件»の時だ。 決起を間近に控えていたあの日、かつての奉刀会本部がエルザ率いる部隊に急襲された。 今でも、あの日のことは鮮明に思い出せる。 ……。 響く銃声、飛び交う怒号に、むせかえるような血の匂い。 刻庵殿は、身を挺して敵を引きつけ、皆が離脱する時間を稼いだ。 戦って全滅することよりも、会の存続を選択したのだ。 結果、刻庵殿は共和国に拘束され、百人近くの武人が死亡した。 それ以来、刻庵殿に関する情報は一切ない。 存命でいらっしゃるのかすら定かではなかったのだ。 「イナゴ、情報は正確なんだろうな」 「イナゴではございません」 「質問に答えろ」 「事実確認は取れておりません」 「軍施設にいた士官が話しているのを耳にしたのみです」 不覚、とばかりに頭を下げる。 「なぜ刻庵殿が帝宮に?」 「共和国軍に捕らえられたのではなかったか?」 「それは……申し訳ありません、わかりません」 「何らかの理由があって、帝宮に移送したのかもしれません」 帝宮の警備は小此木麾下の禁護兵が担当しており、共和国軍は介入していない。 その帝宮に、なぜ共和国軍に捕まった刻庵殿が移送されるのか……。 理由は考えてもわからない。 「父上が、帝宮に……」 「滸様、ここは是非とも救出計画をっ」 子柚の言葉に触発され、稲生派の武人が口々に救出を主張しだした。 呪装刀を失い絶望感が漂っていただけに、かなりの朗報として受け取られたようだ。 一方で、槇派の武人には渋い顔をしている者が多い。 「なるほど」 朱璃がぽつりと呟いた。 奉刀会の派閥の状況を理解したのだろう。 「伊那、疲れているだろうが……」 「お任せ下さい、情報の真偽を確認して参ります」 「頼んだぞ」 「命に替えましても」 子柚が、本部を飛び出していった。 閉まる扉を見て、槇が派手な溜息をつく。 「代行、まさか救出しようってんじゃないでしょうね」 「父上は救出する」 「勘弁して下さいよ」 「仮に情報が本当だったとしても、俺は反対だ」 「ま、そこらの倉庫に監禁されてるなら救出してやってもいい」 「だが、相手は帝宮だ」 「その帝宮に俺たちが斬り込むのを必死になって止めたのは、どこの代行様です?」 「それとこれとは話が違う」 槇が頭を乱暴に掻く。 「これ以上犠牲は払えないと言ったでしょうが」 「父上が帰ってくれば、奉刀会は再び堅固な組織になる」 「呪装刀を奪われた危機的状況もきっと打開して下さるはず」 「ははは、刻庵は神様か何かですか?」 「大体、生きてるかもしれないってだけで、五体満足とは限らない」 「何だと?」 「生かされてたってことは、その分たっぷり取り調べを受けてるってことです」 「今まで何人の仲間がボロ雑巾みたいにされたと思ってるんですか」 拘束された武人の中には、獄死の後、遺体が返ってきた者もいる。 口にするのも憚られる状態だった。 「悪いですが、年寄りの下の世話は御免だ」 「そのような口の利き方をしていいのか」 「父上が帰ってきた時、後悔するぞ」 「帰ってくればね」 滸の視線が針のようになる。 刻庵殿を馬鹿にされ、内心相当腹を立てているはず。 それでも、堪えているのはさすがだ。 「父上は奉刀会の会長だ」 「会長を救わないなどあり得ない」 「会長はあなたでいい」 「もうあの老いぼれのことは忘れましょう」 「私は、代行だ」 「奉刀会は本来、父上が指揮するべき組織」 「槇とて、父がいた時は静かだったではないか」 「なるほど、言ってくれますね」 数馬が愉快そうに腰を浮かせる。 安い挑発に乗るほど、滸は愚かではない。 だが、今稲生家と槇家がぶつかり合うのはまずい。 対立が激化すれば、このまま会が分裂してしまう。 「代行と副会長という立場を考えろ。 私闘など許されない」 「今日のところは引いてほしい」 槇がじろりと睨んでくる。 「本当につまらない男だな、手前ぇは」 「つまらなくて結構だ」 何と言われようが、分裂は防ぐ。 「興ざめだ、クソッタレが」 立ち上がった槇が刀を腰に差し、滸を見下ろす。 「時代は変わったんですよ」 「もう年寄りの出る幕じゃない」 そして、滸に背を向ける。 「槇っ」 「おい、行くぞっ」 滸の声を無視し、槇が出口へ向かう。 その背中に、槇派の武人が付き従う。 「……」 足を止めぬまま、槇が俺を見た。 「何だ?」 問いには答えず、数馬は立ち去った。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 会議は結論を保留したまま散会となり、本部には俺たちだけが残った。 茶を淹れ、まずは一息つく。 「宮国には見苦しいところを」 滸「本当なら皆に紹介するつもりだったのに」 「槇があの調子じゃ仕方ないよ」 朱璃「稲生も苦労してるのね」 気分を害した様子もなく、朱璃がお茶を飲む。 「あ、いいお茶」 「子柚がこだわっているんだ」 宗仁「滸様に、質の低いお茶は飲ませられないらしい」 「武人は倹約が第一なんだけど、なかなか」 滸が苦笑する。 懐いてくる犬は、なんだかんだで可愛いものだ。 「あの子も随分推してたけど、結局刻庵はどうするの?」 滸が湯飲みを置く。 「もちろん救出する」 「明義館の門弟にとっては、今でも父が棟梁」 「父を見捨てるようでは、彼らがついてこない」 「立派な人物だったと聞いています」 「刻庵殿を知っているのか?」 「当たり前じゃない」 「稲生家の先代当主で、武人筆頭で、明義館の館長で、奉刀会の初代会長ね」 朱璃が指折り口にする。 「強調しておくけど、奉刀会の会長はまだ父上」 獄死したとの情報もないため、刻庵殿がご存命だと考えている者は少なくない。 滸が自らを当主としないのも、あくまで会長『代行』を名乗るのも、刻庵殿の帰還を信じているからだ。 「剣の腕は当代随一」 「人格もまた優れた方よ」 「俺には戦後の記憶しかないが、かなり目をかけていただいた」 「剣と礼儀にはとことん厳しかったが、日頃はとても優しいお方だったよ」 「槇ですら刻庵殿には逆らわなかった」 「槇家の当主を黙らせていたなら、立派なものね」 「呪装刀を奪われた今、奉刀会には起死回生の一手が必要」 「父の復帰は、これ以上ない薬になるはず」 「絶対に救出する」 力を込めて言い、滸が茶を一気に呷った。 「宗仁は反対?」 「賛成だ」 「私も賛成」 「会議をずっと見ていたけど、このままじゃ奉刀会が分裂するかもしれない」 「皇国の再興のためにも、会には一つになってもらわないと」 会議中、じっと状況を静観していた朱璃の姿を思い出す。 武人の振る舞いから、会の状況を見極めていたのだろう。 「槇はどうする? 説明して納得するとは思えないが」 「槇は父上に帰ってきてほしくないだけで、会の未来を考えて発言しているわけじゃない」 「この際、無視していいと思う」 滸らしくない、強引な意見だ。 「槇家と稲生家って昔から反りが合わないのよね?」 「槇が一方的に稲生を嫌っていると言った方が正しい」 朱璃に、ざっと事情を説明する。 «三祖家»は武人を統べる一族として、国民の誰もが知る存在だ。 事件が起こったのは三百年ほど前。 剣術好きだった時の皇帝陛下が、«三祖家»の当主に腕を競わせたのだ。 無用の対立を防ぐため、«三祖家»の当主は他流試合を行わない習わしだったが、皇帝陛下の命とあっては致し方ない。 御前試合ゆえに手を抜くこともできず、三家に明確な優劣が付くことになった。 一番の武勇を示したのは稲生家。 次いで槇家。 更科家は三位に甘んじた。 試合の結果は各道場の門下生の数に影響し、門下生の数は武人社会における発言力の大きさに直結する。 もともと稲生家は、武人共通の祖先である«大祖»を輩出した家柄であり、家格が最も高い。 そこにきて、実力にも折り紙がついたわけだ。 稲生家の名声はますます高まり、他家との間に埋めがたい差が付いた。 更科家は順位に執着しなかったが、槇家は違っていた。 事ある毎に、稲生家に対抗するようになったのだ。 「だったら、毎年御前試合をやったら良かったのに」 「誰も審判をやりたがらないんだ。 恨まれたらたまらないからな」 「ああ、そういうこと」 朱璃が眉間を押さえた。 「だから槇家は、試合ではなく戦場での武功にこだわるようになった」 「常に先陣を争い、作戦を無視してまで功績を挙げようとする」 「それを叱るのが稲生家で、両者を宥めるのが更科家というのは、もはや武人社会の伝統だ」 『規律の稲生家』『武勇の槇家』『調和の更科家』と言われる所以だ。 「更科家がいないと収拾がつかない、か」 「で、当の更科家当主は、美よしで包丁を握っていると」 「睦美さんがいてくれれば、先程の会議も違った運びになったかもしれない」 ああいう性格の槇にしても、睦美さんの話は比較的大人しく聞いていたように記憶している。 実際、槇が奉刀会に参加したのも、睦美さんのお陰らしい。 まさしく調和の役割を果たしたわけである。 とはいえ、睦美さんはもう刀を捨ててしまった。 「父上が戻ってくれば、睦美も戻ってくるかもしれない」 「刻庵様々ね」 「父上は、それだけの力をお持ちでした」 「会長代行として言えば、犠牲を払っても救出する価値がある」 滸は槇にどれだけ反対されようとも、恐らく一歩も退かないだろう。 「たった一人になっても、救出してみせる」 湯飲みを握りしめる滸。 「落ち着け。 湯飲みが砕けるぞ」 「湯飲みを惜しんでいたら、父上は救えない」 「意味がわからないからね」 滸の手から湯飲みを救出する。 「稲生の決意が固いのはわかったけど、どうやって救出するの?」 「奉刀会全員で帝宮に攻め込むとか言わないでしょうね」 少しの間思案を巡らせる。 「少人数で潜入するのが一番だろうな」 「大人数では、武装蜂起するのと変わらない」 滸が頷く。 「朱璃、地下牢付近の道幅はわかるか?」 「場所にもよるけど、横に二人並んで戦うのは難しいと思って」 「見つかりにくさを考えると、三、四人で行くのがいいだろうな」 全員がそれとなく目を合わせる。 「私と宗仁、あとは子柚」 「ちょっと、どうして私を飛ばすのよ?」 「危険だ。 主を連れていけない」 「帝宮に一番詳しいのは誰?」 「危険だというなら、あなたが頑張って守りなさい」 「……」 「わかった」 守れと命令されて、守れないとは言えないあっという間に納得させられてしまった。 こちらの扱い方をわかってきたらしい。 「詳細な計画は、子柚の事実確認が終わってから」 「あの子の働きに期待しましょう」 「もう一つ大事なことがある」 話が終わりそうになったので、待ったをかける。 滸は大事なことを忘れている。 「刻庵殿の救出は、奉刀会の活動としてではなく、私的なものとして行うべきだ」 「会長を救うのが非公式活動?」 「会に諮ったところで、槇に反対されるだけだ」 「今日のような対立が続けば、最悪、会の分裂まであるぞ」 「皇国の再興のためにも、ここで戦力を失うわけにはいかない」 「む……」 すぐには頷かない滸。 やはり、刻庵殿のことで熱くなっているようだ。 「宗仁の意見がもっともね」 「どう、稲生?」 「冷静に考えればその通りか」 「わかった。 内密にことを進めよう」 ようやく頷いた。 「わかってくれて良かった」 ひとまずの方針は固まった。 「折角帝宮に行くのに小此木を倒せないなんて残念ね」 「忍び込んで暗殺するなんて強盗と一緒。 武人がやることじゃない」 「私達が立ち上がる時は、正面から戦いを挑んで小此木を討つ」 「そうでなければ、国民は奉刀会を官軍として見てくれない」 「わかってる。 冗談よ」 滸のお説教に、朱璃が苦笑いを浮かべた。 朱璃と本部を出ると、日が西に傾いていた。 滸は、武器の手入れをするとかで本部に残った。 「会も難しい状況ね」 「«八月八日事件»以来の危機だな」 「剣を振ることだけ考えていたいものだが、人が集まれば派閥ができるのは武人も変わらない」 「武人は一本気な人が多いみたいだし、一度対立すると和解が難しそう」 「特に滸と槇はな」 「あなたもだけど」 「え?」 「自覚、なかったんだ」 朱璃が苦笑いする。 「会のこと、よろしくね」 「もし分裂するようなことになったら、大願を果たす前に私たちは終わってしまう」 俺たちの最終目標は皇国の再興だ。 小此木や共和国と戦うためにも、奉刀会は是が非でも丸ごと味方にしなくてはならない。 会を一枚岩にすることは、滸のためでもあるし、朱璃のためでもあるのだ。 「全力を尽くそう」 「期待してる」 朱璃が俺の腕を、軽く叩いた。 それだけでやる気が出てくるのだから、我ながら単純なものだ。 一本気というのは、こういうことか。 「ところで、あなた、槇に目を付けられてる?」 「あの人に見られていたでしょ?」 槇が本部から出ていった時のことか。 よく見ている。 「昔からよく絡まれている」 「監察として、ちょくちょく口を挟むのが気に入らないのだろう」 「うーん、そういう感じじゃなかった気もするんだけど」 「よくわからないが、気には留めておこう」 「槇とは、いずれまたぶつかることになるだろうしな」 朱璃が頷く。 「宗仁は、稲生をしっかり支えてあげて」 「槇と渡り合うには、きっとあなたの力が必要だと思う」 「彼女、刻庵の事になると熱くなりすぎるみたいだし」 「まったくだ」 「放っておくと一人で救出に行きかねない」 苦笑するが、朱璃は至って真面目な顔だ。 「しばらくは私の臣下であることを忘れてもいいから、稲生が無茶をしないように見守ること、わかった?」 「承知した」 『滸を、頼む──』ふと、あの時の言葉が耳の奥で蘇る。 一昨年の八月八日、共和国軍に斬り込む覚悟を固めた刻庵殿は、最後に唇だけでそう言った。 俺は、可能な限りの感情を込めて大きく頷いた。 刻庵殿との約束がなかったとしても、俺は滸の傍にいる。 戦後、記憶を失った俺の面倒を見てくれたのは、他でもない滸だ。 彼女なしに今の俺はあり得ない。 恩返しのためにも、この危機を乗り越えねば。 朱璃と宗仁が帰り、本部にいるのは私一人となった。 手にあるのは、一振りの呪装刀。 刀身が冷たい光を反射する。 銘は«不知火»。 並の呪装刀ではない。 稲生家の家宝にして、武人の棟梁の証。 宮国の着ていた呪装具にも劣らない、相当な業物だった。 本来ならば、その刀身は鋼鉄すらも焼き尽くす業火を纏っているはずだ。 しかし、今はただ静かに輝いているだけ。 私はまだ、«不知火»の力を引き出せずにいる。 「ごめんね、«不知火»」 「でも、私に力を貸してほしい」 ほのかな暖かみが、刀身から伝わってくる。 それは«不知火»が、声なき声で私に何事かを囁き返したようにも思えた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 薄暗い部屋の中で、〈映像筐体〉《テレビ》が色とりどりの光を放っている。 光に照らし出されているのは、一組の男女だった。 男は、柔らかい座椅子に腰を下ろし、皿のゼリービーンズをつまみ上げては口に運んでいた。 女は男の脇にしどけない様子で寝そべり、彼を見上げている。 「美味しくなさそうですね」 女「不味いから食べているのさ」 男男が口の端をつり上げる。 〈映像筐体〉《テレビ》の画面に、エルザが現れた。 式典で発生した爆破事件に対する、共和国側の声明発表だった。 「終戦記念式典の爆破事件については、奉刀会残党の犯行と断定できる証拠が多数発見されています」 エルザ「今回の件では、一般の皇国民にも多数の死傷者が出ました」 「自国民すら傷つける彼らに大義はなく、もはやただの犯罪者集団です」 「全力を挙げて彼らを追跡し、天京の治安回復に努めていきます」 「何か有力な目撃情報がありましたら、どんな小さな情報でも結構です、共和国総督府までご一報下さい」 「本日、共和国軍は、奉刀会残党の拠点の一つへの攻撃を実施」 「武器庫と思われる施設を制圧し、呪装刀を多数押収しました」 会見を見守る記者達から拍手が起こる。 「言うまでもなく、呪装刀は所持が禁じられています」 「それを多数保管していたということは、彼らが今なお反体制的思想に染まっていることの証です」 「八月八日の取り締まりで、奉刀会が壊滅したと思われている方も多いでしょうが、事実は異なります」 「奉刀会は地下に潜伏し、活動を続けているのです」 「彼らが存在する限り皇国に平和は訪れません」 「わがオルブライト共和国は、平和を乱す勢力に対し、断固とした処置をとってゆくことをここに宣言します」 「いやあ、勇ましいことだ」 「泣かせてみたくなりますか?」 「やだなあ、僕がそんなに悪趣味だと思っていたのかい?」 「僕が泣かせたいのは、あいつだけさ」 笑いながら、男はゼリービーンズを口に入れた。 「君の方が、僕なんかよりエルザを泣かせているじゃないか」 「あの爆発、君がやったんだろ?」 「あら、ご存じでしたか」 丁度、〈映像筐体〉《テレビ》の画面に式典の爆発現場が映し出される。 「私としては、もう少し派手にやりたかったのですけれど」 「さすがは皇帝陛下がおわす聖域。 呪術防壁も例がないほど強力でした」 「皇国二千年の凄味を感じます」 「で、何か見つかったの?」 「残念ながら」 「私の勘では、地下に面白いものがあるはずだったのですが」 「面白いもの?」 「皇国の神秘、とでも申しましょうか」 「それはぜひ見てみたいね」 「近々、別の道を探してみるつもりです。 もう少々お待ち下さいませ」 女が喉の奥で笑い、男の顔を仰ぎ見る。 薄闇の中には、会話の内容とは裏腹に、素朴さすら感じさせる微笑が浮かんでいた。 〈映像筐体〉《テレビ》の中で、私が演説を続けている。 身振りと手振りを交えて、奉刀会は憎むべき敵であると訴え続けていた。 「こういった仕事は向いているようだな」 ウォーレン「スピーチの専門家もジェスチャーが良いと褒めていた」 ヤスリで爪の手入れをしながら、父が口を開いた。 珍しいお褒めの言葉だった。 「ありがとうございます」 「武器庫の件、ご苦労だった」 「私は総督に指定された場所を捜索しただけです」 「一つ質問をよろしいでしょうか」 父が頷く。 「なぜ、武器庫の場所をご存じだったのですか?」 「部下から報告があった」 「総督も調査をされているのですか?」 「指揮系統は一本化した方が良いかと思います」 「反政府組織の面倒を見るほど暇ではない」 「ただ、今回はたまたま情報が転がり込んできただけだ」 「それとも、情報は私のところで握り潰した方が良かったか?」 「いえ、失礼しました」 父が爪に息を吹きかける。 式典を潰された父は、控えめに言っても激怒していた。 多額の資金をつぎ込んで準備した、翡翠帝と政府高官との婚姻はご破算。 本国からの来賓への謝罪など、いくら金があっても足りないという。 「小此木に賠償金を請求したと耳にしました」 「実際の被害より請求額が大きいようですが」 「お前の見積もりが少ないのだろう」 「政治の世界では、見えないところに金がかかるものだ」 父は、手のひらを天井に向け爪の輝きを確かめている。 いつだったか、『軍人が爪を磨いてどうするのか?』と問うたことがある。 答えは、『そういうことが必要な戦場もある』というものだった。 本国の高官に金を配るのが戦争なら、なるほどそういう戦場もあるのかもしれない。 今回の賠償金にしても、その多くは犠牲となった兵士のためではなく、父のために使われる。 そして、金を支払った小此木にしても、支払額以上の金を皇国民から刈り集めていた。 結局、皇国民の財産を、小此木と父、そして本国の高官が吸い上げただけの話だ。 皇国民にも、現場で血を流した人間にも何も下りてこない。 「(腐っている)」 よしんばそれが政治の世界だとしても、私はそんな泥にはまみれたくない。 「まだ用があるのか?」 「はい」 「稲生刻庵の情報を、武人に流したと伺いました」 「ああ、そのことか」 軍駐屯地に潜入していた武人の密偵に、わざと機密を漏らしたのだ。 今頃、武人は刻庵生存の知らせを聞いて歓喜していることだろう。 武人の取り締まりを担当しているのはこの私だ。 一言あってもいいはず。 「私の発案だ」 「刻庵を餌に武人を〈誘〉《おび》き出し、一気に叩きたい」 「だから情報を流したのだ」 「ではなぜ、帝宮に〈誘〉《おび》き出すのです?」 「駐屯地に〈誘〉《おび》き出した方が、叩きやすいはずです」 「小此木たっての希望だ」 「爆発事件の責任を取りたいと言っている」 「彼に任せるのは不安です」 「今回は小此木に任せろ」 明らかに間違った判断だ。 見返りに金でももらったのだろう。 これでは、武人が罠にかかっても、取り逃がしてしまうかもしれない。 「小此木は、信用に足る人物ではありません」 「何度も皇国の民主化を進めるよう通達していますが、一向に動きません」 「自らの地位を守ることにしか興味のない男です」 「否定はしない」 「ならば、小此木がそういう人間である前提で行動を決定すればよい」 「いずれにせよ、決定は覆らない」 「もう一度言うが、刻庵の件は小此木に任せる」 武人と血を流して戦ってきたのは私だ。 他の人間に任せたくない。 武人を罠にかけるならかけるで、その現場に立ち会い、できることなら私が手を下したい。 しかし、終戦から現在まで、帝宮の警備は禁護兵が担当している。 共和国軍が入れないという意味では、帝宮はまだ皇国人のものなのだ。 正直に言って、気持ちよくない。 何とか、私の部隊をねじ込めないものだろうか。 「ならば、私は帝宮で小此木の手並みを拝見してよろしいでしょうか?」 「このような機会、滅多にありませんので」 「なるほど、そう言われては止める理由がない」 「好きにせよ」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 朝の道場に、張り詰めた空気がみなぎっている。 滸が木刀を構え、俺と相対していた。 姿勢は見とれるほどに美しく、同時に〈一分〉《いちぶ》の隙もない。 木刀を構えた俺の腕がぴくり、と動いた。 「はああああっ!」 滸滸が反応する。 鋭い踏み込み。 切っ先をいなし、木刀の根元での押し合いとなる。 滸は、華奢な身体からは信じられない程の力で押し返してきた。 そのしなやかさと強さはまるで柳のようだ。 俺が僅かに力を抜くと、均衡が崩れて一瞬だけ滸に隙が生まれる。 引きざまに木刀を振るう。 滸の手首を打ち据える一撃のはずだったが、彼女もさる者。 当然のように弾き返し、逆に俺の方へ殺到する。 「はっ!!」 一閃。 鋭い斬撃が、瞬刻前まで俺のいた空間を切り裂いた。 二撃目は木刀で受け、三撃目が来る前に打って出る。 「くっ!」 宗仁切っ先が、僅かに滸の髪の端を捉えた。 断ち切られた髪の毛が金糸のように朝日を反射し、空間に漂った。 距離を取った滸が、静かな動作で木刀を真っ直ぐに構える。 「はあっ……」 滸が吐息をつく。 それを合図に、俺は構えを解いた。 「ここまでにしよう」 「うん」 滸が頷き、同じく構えを解いた。 古杜音の«治癒»のお陰で、滸の動きに傷の影響は感じられない。 「身体の具合はもういいようだな」 「まるで滸の動きを捉えることができなかった」 「冗談はよして」 そう、肩をすくめる。 「宗仁も怪我の具合は……」 「聞くまでもないか」 滸の言葉に、曖昧に笑って応じる。 滸との戦いで受けた傷は、跡形もなく消え去っている。 肩に負った深手も、凍傷も、切断された手首すらも元通りになっていた。 理由は、わからない。 傷の様子を診てくれた古杜音も、ただただ困惑していた。 俺は、得体の知れない化け物になってしまったのだろうか。 正直なところ、不気味だ。 だが、化け物であっても構わないと思う。 俺は武人だ。 強ければ強いだけ、主の力になれるのだから。 「昨日の戦い、覚えてる?」 遠くを眺めるように天井を仰ぎながら、滸が尋ねてくる。 「忘れるはずもない」 「宗仁、私より強かったよ。 確実に」 「操られていた時の戦いなんて参考になるか」 「慰めてくれてありがと」 「でも、稽古をしてよくわかった」 「宗仁、どんどん強くなってる」 「気を悪くしないでほしいんだけど、何ていうか、その、気持ち悪いくらいに」 「そ、そうか」 なんとも微妙な言い回しだ。 「わ、ごめん、気を悪くした?」 「悪い意味じゃないよ。 いい意味で気持ち悪い、いい意味で」 「気持ち悪強いみたいな?」 「……あ、う……ごめん」 「いや、大丈夫だ」 わたわたしている滸に笑顔を向ける。 俺自身、自分の身に起こっていることが理解できていない。 「やっぱり、宮国?」 「ああ」 共に武人だ、剣術のことで嘘はつけない。 「朱璃の言葉には、俺を奮い立たせるものがあるらしい」 「理屈はわからない」 「ただ、朱璃のために戦う時、俺は本当の自分になれている気がする」 「昔の、戦前の俺に戻っているような感覚だ」 朱璃と出会ってから、時々自分の中にある歯車が固く噛み合うような感覚がある。 そんな時は、五感が限界以上に研ぎ澄まされ、無意識に身体が動く。 「私じゃ駄目なんだね」 「駄目とか良いとかではない。 宮国が特殊なだけだ」 「そっちの方が妬けるよ」 滸が肩をすくめる。 「記憶はどう? 戦前に戻ってるなら、何か思い出せない?」 「今のところ何も」 「う、そっか」 「すまないな。 いつも気に掛けてもらっているのに」 「水臭いこと言わないでよ」 「ずっと一緒にやってきた仲なんだから」 「俺が世話になる一方だった気がするが」 身の回りの世話は勿論だし、記憶を失っていた俺は、自分の名前から世間の常識まで全て滸から教わったのだ。 滸からすれば、身体ばかり大きな子供を持ったような気分だったろう。 「そ、それじゃあ、今日は一つ恩返ししてもらってもいいかな?」 滸には珍しく、自分から何か頼んできた。 「ああ、俺にできることなら」 「«呪紋»を見てもらえないかな」 「何だか、ヒリヒリするの」 「見せてくれ」 滸が服を脱ぐと、真っ白な背中が露わになった。 肌は穢れなき雪原。 微かに見える産毛が光を受け、粉雪のように煌めいている。 だが、その背には一点の〈瑕疵〉《かし》があった。 右の肩甲骨付近に、紋章のようなものが赤黒く浮き出ている。 武人の証──«呪紋»だ。 武人の超人的な強さは、遺伝的に引き継がれた武人因子に依る。 おおよそ十歳までに因子が発現すれば高い身体能力を得られるが、そうでなければ民間人と大差ない。 そして、因子が発現した者の身体には、例外なく«呪紋»が浮かび上がる。 一般に『武人』と呼ばれるのは、この«〈呪紋〉《しるし》»を持つ存在だけだ。 ちなみに、因子の発現率には明確な性差がある。 男性はほぼ例外なく発現する一方、女性はまず発現しない。 滸や睦美さん、子柚など『女性の武人』はごく少数なのだ。 「少し赤くなっているな」 「この程度なら二、三日で治ると思うが」 «呪紋»が焼け付くのは、大きな呪力が身体を通過した時や、体調が悪い時だ。 恐らくは、先日の俺との戦いが原因だろう。 「ならよかった」 「刀傷はどう? 脇腹なんだけど」 滸が真っ白な脇腹を晒す。 よく見れば、うっすらと傷痕が残っている。 無論、俺がつけた傷だ。 「素晴らしいな」 「え? な、何が?」 「古杜音の呪術だ。 もうほとんど傷が見えない」 「あ、ああ、呪術か」 「でも良かった。 お仕事には影響なさそう」 「ああ、菜摘の話か」 「確かに、歌手に刀傷があったら驚くな、ははは」 「笑い事じゃないよ。 武人だってバレたら大変じゃない」 「肌を露出しない服にしたらいい」 「衣装は自分で選べないの」 「私だって、もっと露出が低いのがいいよ」 「大体、私の肌なんか見せたら申し訳ないし……」 ごにょごにょと語尾を濁す。 「滸の肌は綺麗だ。 自信を持ったらいい」 「べ、別に、綺麗だなんて……」 滸の肌が火照ってゆく。 「やめてくれ。 恥ずかしがられると妙な気分になる」 「みょ、妙な気分って?」 「聞くな」 お互い無言になる。 滸は今、晒を手で押さえているだけだ。 手を離せば、当然豊かな乳房が露わになる。 それに、布の上からでも、その柔らかな曲線は十分に窺える。 「宗仁は、私に、その……感じることあるの?」 「何を?」 「聞かないでよ」 「つ、つまり、女性としての、その魅力っていうか」 「勿論ある」 「ひうっっ!?」 滸が変な声を出して、びくりと震えた。 「わわわわわわ、私もその……」 「だが、それは雑念だ」 「いざという時、太刀筋を鈍らす」 「わ、わかってる。 «心刀合一»ね」 心が乱れれば、すなわち刀も乱れる。 雑念を斬り捨て、無心の境地に辿り着いた時、技は極まるのだ。 「ごめん、変な話をしちゃって。 士道不覚悟だね」 「しっかりしてくれ、会長」 「代行」 「私は、父上が帰ってくるまで会を預かっているに過ぎないの」 「そこのところは曖昧にしちゃ駄目」 「父上は、宗仁にとっても師匠でしょ? ないがしろにしているみたいじゃない」 まあ、理屈としてはそうだ。 刻庵殿が亡くなったと確定したわけでもないのに、死人扱いするのはおかしいだろう。 「では、会長の『つもり』でしっかりしてくれ」 「俺も監察として、全力で支える」 「背中を守ってくれる?」 「当たり前だ」 「ふふ、ありがとう」 泣きそうな顔で滸が笑う。 と、滸の胸を覆っていた布が落ちた。 押さえていた手が緩んだのだ。 美しい胸が、遮るものなく朝日に晒される。 形の整った、思わず手を伸ばしたくなるような膨らみ。 「!!??」 「……」 滸が悲鳴を上げるより早く、道場の入口で盛大な音がした。 見ると、道場の入口で朱璃が派手に転んでいる。 「宮国っ!?」 滸が慌てて衣服をかき抱く。 「何をしているんだ?」 「べ、別に盗み見してたわけではなくて、入る機会がなかったというか」 朱璃「二人の邪魔をしたらまずいというか」 「待って、完全に誤解してる」 「私は宗仁に«呪紋»を見てもらっていただけ」 「だ、大丈夫。 誤解してないから、うん」 「それじゃ、私はこれでっ」 「おい、朱璃っ!?」 制止する間もなく、朱璃は足早に立ち去った。 「い、行っちゃった」 「あ、ああ」 二人で呆然と道場の入口を見つめる。 「誤解されてたら、ごめん」 「事故だ。 お前が謝ることじゃない」 「でも、宗仁は、宮国のことを特別だって」 「それこそ誤解だ」 「主に手を出すなど、武人の道にもとる」 仮に恋愛感情があったとしても、胸に秘しておくべきものだ。 「言われてみればそうだね。 主だもんね」 「そっか。 そっかそっか」 「さあ、俺たちも行こう。 そろそろ時間だ」 「うん、行こっか」 妙に晴れやかな顔で、滸は立ち上がった。 勅神殿で念入りにお祈りしていた朱璃を発見し、三人で帰途に就く。 道場でのことを説明し、なんとか俺と滸の関係を正しく理解してもらった。 「そういえば、私も宗仁に裸を見られたことある」 「宗仁、説明して」 朱璃の裸といえば、初めて会った夜のことだ。 小此木の護衛に撃たれた朱璃を治療したのだった。 「初めての夜の話だ」 「え?」 滸が魂の抜けたような顔になった。 「ともかく一刻を争う状況だった」 「そんなに切羽詰まって……」 「あのさ、宗仁。 完全に誤解されてるから」 「何が?」 朱璃が溜息をつく。 「稲生、私も怪我の応急処置をしてもらっただけだからね?」 「初めてっていうのは、天京で初めて会った夜っていうこと」 「え? あ、ああ、そういうこと」 今度は滸が額の汗を手の甲で拭った。 「どういう誤解をしているんだ」 「俺が主に手を出さないと言ったばかりじゃないか」 朱璃にまで誤解されてはたまらない。 「朱璃、俺にやましい気持ちはない」 「はいはい、わかってます」 午前七時半を回り、街を歩く人が増えてきた。 「視線、思ったより厳しいね」 「辛いところだ」 先日の爆発事件の犯人は、奉刀会の残党だと断定されている。 当然、武人に向けられる視線は刺々しい。 しかも一緒に歩いているのが、稲生滸。 武人の中でも指折りの有名人だ。 「稲生も宗仁も犯人じゃないのに」 「皆、心底から武人を憎んでるわけじゃない」 「ただ不満の矛先が欲しいだけ」 真っ直ぐ前を向いたまま、滸が口を開く。 街を歩く時の滸は、いつも毅然としている。 敗戦の戦犯と罵られても、石を投げられても前を向いている。 ──武人のせいで負けたのは事実だから。 ──皆、私たちが守るべき人たちだから。 どんなに辛い仕打ちを受けても、滸はいつも静かにそう語った。 「皆の視線は無言の応援だと思ってる」 「『早く小此木を何とかしろ』」 「そう言われていると思えば、むしろ力が湧いてくるというもの」 「見習いたいものね」 朱璃が、元々伸びている背筋を更に美しく伸ばした。 「稲生のそういうところ、私は好きよ」 「ありがとう」 滸が白い歯を見せた。 「人は弱いものね」 「気がつくと、何かを憎んで自分の誇りを守ろうとする」 「何かを憎むのは、自分を憎むことの次に楽だからな」 「語るじゃない」 朱璃が猫のような目を向けてくる。 「響いたか?」 「ちーん、くらい」 「それは残念」 苦笑していると、どこからともなく飛行機の音が聞こえてきた。 政府広報用の軽飛行機だ。 終戦から今まで、あの飛行機から流される音声で喜んだことはない。 滸と顔を見合わせ、耳を澄ます。 「皇国政府より、緊急の通達です」 女性の声「三月一杯をもって、あらゆる刀剣類の所持が禁止されます」 「帯刀だけでなく、家で所有していても処罰の対象になります」 「刀剣類をお持ちの方は、指定の施設まで持参下さい」 「皇国の治安向上のためご協力下さい」 「繰り返します」 音割れした女性の声が、淡々と通達を読み上げた。 滸が腰に差した刀を強く握る。 「禁止?」 「思い切ったことを」 武人社会では、刀剣は«大御神»からの授かり物と考えられており、単なる武器以上の意味を持つ。 戦後、呪装刀の所持が禁じられた後も、通常刀の帯刀は許可されていた。 武人という身分を廃止した上に、帯刀まで禁止しては、武人の不満が爆発するのが目に見えていたからだ。 「帯刀禁止だけじゃなく、全部没収するなんて」 滸は憎悪の籠った視線を帝宮に向ける。 「厳しい一手だな」 「宗仁、悔しくないの?」 「悔しいに決まっている」 「だが、今すぐ何かできるわけではない。 冷静に対応策を考えなくては」 「そういうことじゃない! 気持ちの問題!」 「小此木……なんてことを……」 滸が拳を握りしめた。 明義館では特に刀剣を神聖視する。 滸が怒るのは当然のことだ。 ただ、同じ明義館出身ながら、俺は刀剣にいまいち興味が持てなかった。 俺が気にするのは、『何で』斬るかではなく、『誰のために』斬るかだからだ。 そこさえ定まっていれば、得物にこだわりはない。 「明らかな挑発ね」 「そもそも、反抗する気がある人間は命令に従わないでしょ?」 「煽るだけ煽って、頭を出したところを潰すつもりだろう」 となれば、心配なのは血の気の多い興武館の武人だ。 「私も冷静にならないと」 「宗仁、先に行ってる」 俺に言われるまでもなく、滸が走り出す。 「本部?」 「ああ、俺も行ってくる。 学院で落ち合おう」 「稲生をしっかり支えてあげて」 「わかっている」 朱璃に別れを告げ、もう既に見えなくなっている滸の背中を追った。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 奉刀会で興武館の武人を宥めてから、学院に向かう。 自宅で保管している刀剣類は、一時的に本部で預かることとなった。 ともかくも、ここで暴発しては、小此木の思う壺だ。 「槇たちもそろそろ我慢の限界みたいだね」 滸「刀剣の所持禁止は効いたな」 宗仁「もはや理屈の問題ではなくなっている」 勝敗など関係ない、武人の誇りを示すために戦う。 これが興武館の主張だ。 「私も気持ちはわからなくないんだよ」 「本当なら、今すぐにでも帝宮に斬り込みたいくらいだから」 滸が癖で腰に手をやるが、掴むものはない。 槇を納得させるため、会長代行が率先して刀を外したのだ。 無論、一時的な摘発回避策としてだが。 俺も護身用の短刀を本部に置いてきた。 腕を一本失ったかのような不安がある。 「早く、父上を救出しよう」 「きっと会をまとめて下さるはずだよ」 「滸だって十分まとめている」 滸の頭をぽんと撫でる。 「……ありがとう」 「いや」 学院に着いた時、昼休みの開始を告げる鐘が鳴った。 「良かった、丁度お腹空いてたんだ」 「真っ直ぐ食堂に行こう。 朱璃たちもいるはずだ」 「あ……」 そういえば、朝食を食べていなかった。 「ん? どうしたの?」 「滸、今日も朝食を作ってきてくれていたよな」 「え? うん。 まあね」 「食べる時間なかったし、本部に置いて来ちゃったよ」 「すまない」 「豆腐田楽、あったんだけどな」 「本当か」 惜しいことをした。 滸の豆腐田楽は、柚子の風味が絶品なのだ。 もちろん、奉刀会の仕事も大事ではあるが、不覚……。 「あ、明日も作るから、そんなに落ち込まないでよ」 「作ってくれるか?」 「作るよ、だから安心して」 「よろしく頼む」 食堂に到着した。 共和国人の視線がこちらに集中しているのがわかる。 武人が爆発事件を起こしたと報道されたからだ。 気にしないことにしよう。 ビュッフェで食事を取ってから、朱璃たちの席へ向かう。 「やあ、今日は忙しかったらしいな」 紫乃「お陰様で」 「お疲れ様、二人とも」 朱璃「ああ。 ありがとう」 滸と並んで席に着く。 「疲れているだろうと思って、二人のために肉をせしめておいた」 「食べるがよい、食べるがよい、食べるがよい」 山盛りのステーキを、こっちの皿に置いてくる。 ステーキは共和国人用の食事だ。 それを持ってきてしまうのは、ハーフである紫乃ならではの大技だ。 「どうだい、私がハーフでよかっただろ、あははははは」 「武人は粗食で充分」 「紫乃の肉食教には付き合いきれない」 「そんなこと言ってるから、式典の爆破も中途半端になるんだ」 「ごほっ!!!」 滸がお茶を噴いた。 「あのな、俺たちは関係ないぞ」 「共和国流のジョークだよジョーク」 「ほい、朱璃も食べろ」 「もうさっき頂きました」 朱璃の目が死んでいる。 「む、そのあんみつのチェリー、苦手と見た!」 「もらった!」 朱璃が最後の楽しみに残していた、赤いサクランボをつまんで食べる。 「あああっ、またしても!?」 「あなた、わざとやってるでしょう!?」 しかし、賑やかなものだ。 日頃、斬った斬られたの話ばかりしているせいか、異世界に来たような気分になる。 紫乃は紫乃で、学院の外では商売の話ばかりなのだろうが。 「紫乃、その辺にして」 「ただでさえ、共和国人に睨まれているのに」 「む、言われてみればそうだな」 紫乃がぴたりと大人しくなった。 「そうそう、賠償金の話は聞いたか?」 「先日の爆破事件をネタにして、共和国が皇国にふっかけたらしい」 「初耳」 「宰相としては当然支払うわけなんだが、その財源が酷い」 「増税だ」 「国民から取るつもり?」 「そういうこと」 「武人への風当たりが一層強くなるだろうから、注意した方がいい」 「近所のおっさんに売られかねないぞ」 「皇国民が怒るのは当然。 こちらで自衛するしかない」 「ちなみに、もう一つ珍しい財源がある」 紫乃が俺と滸を見る。 「今後、武人から接収する刀剣類だ」 「どういうこと?」 「最近、共和国では刀剣類が美術品として高額で取引されてるんだ」 「普通刀でも最低百万にはなるし、業物の呪装刀なんか億を軽く越えるものもある」 「だから、宰相は急に刀剣類を集め始めたんだ」 「温泉と違ってお金は湧いてこないからね。 換金できるものは何でもって腹さ」 「ま、もちろん、別の意図もあるわけだけど」 言わずもがな、武人を挑発するためだ。 「私たちの刀が売られていくなんて」 滸がじっと目を瞑る。 長い睫毛に涙がにじんでいく。 「共和国人に刀の価値がわかるか」 「相当な値段が付いているぞ」 「心の話だ」 「わかってる、冗談だ」 紫乃が共和国風に肩をすくめる。 「こんにちは、皆さん」 エルザ「私にも刀の話を聞かせてくれない?」 エルザが紅茶の載ったお盆を手に近づいてきた。 目が合う。 エルザとはつい先日、命のやりとりをしたばかりだ。 面倒なことにならなければいいが。 「こらエルザ、ちゃんと食べなきゃ駄目でしょ」 「紫乃、いつからママになったのよ」 「悪いけどダイエット中です」 「確かに、その共和国風の胸は少し減らした方がいいかもしれない」 「私も減らしたいの。 戦闘中に動いて痛いから」 「晒を巻いたら? ブラブラ鬱陶しいし」 「なっ!?」 刀の件で、滸が殺気立っている。 慣れない種類の論戦に思わず怯む。 男は居場所がないな。 「ま、まあエルザ、座れ」 「ありがとう」 何のつもりか、エルザは俺の隣に腰を下ろした。 「(はあ?)」 「(む……)」 「いつもこんな女性に囲まれて大変ね」 「意外と話せばわかる奴らだ」 「下手なフォローだなおい」 「失礼した」 「鴇田君とは、あの夜以来かしら?」 朱璃が誘拐された夜のことだ。 「君の良心に賭けたのは正解だったようだ」 「何の話?」 「二人だけの秘密よ」 エルザが髪を掻き上げると、華やかな香りが鼻孔を掠めた。 仕草はどこか小悪魔めいていて、年頃の男ならば胸の高鳴りの一つも覚えるかもしれない。 残念ながら、今の俺はそんな気分にはなれなかったが。 「先程は、刀の話をしていたのよね」 「今朝の政府通達はごちそうさま」 「ご愁傷さま」 「ああ、ご愁傷さま」 涼しい顔で訂正する。 「私としても、本当に残念なのよ?」 「腰に下げた刀は武人の目印になっていたから」 「それこそご愁傷様ね」 「で、何の話をしに来たの?」 返事をする前に、紅茶を口にするエルザ。 ゆったりとした仕草で杯を置く。 「『忠義』の意味を聞かせてくれないかしら?」 「武人のボスなら、正しい答えを教えてくれるでしょう?」 「知ってどうする?」 「ここは学院、もちろん仕事ではないわ。 純粋な知的興味よ」 「私の解釈では、任務に忠実、といったことだと思っていたのだけれど」 「任務ではなく、主だ」 「武人は主の刃として、身命を賭してお仕えする」 「では、死ねと言われれば死ぬのかしら?」 「無論」 「俺は死なないが」 滸・宗仁「どうして意見が割れるの?」 「忠義の考え方は人によって違う」 「なにそれ」 少し落胆させたようだ。 「よくある問答をしてみよう」 「主が間違った命令を下したとする」 「武人として従うのが忠義か、諫めるのが忠義か」 「従う」 「俺は諫める」 「不忠者」 「主を正しい道に導くのも忠義」 定番のやりとりである。 「エルザはどう思う?」 「私は……」 「諫める」 エルザはどこか思い詰めた表情で答えた。 何か思い当たることがあったのかもしれない。 「煙に巻くようで悪いが、忠義の厳密な定義はない」 「大切なのは、自分が忠義を尽くしているか常に自身に問うことだ」 「結局、何をしても当人の勝手ということ?」 「だとしたら、何の規範にもならない」 「それは違う」 「武人とは忠義に対して『必死』でなくてはならない」 「つまり、いつなんどきでも、自分の忠義に命がけの問いかけを続けるということだ」 「自分の理想の姿を命がけで求め続ける、ということ?」 「そう考えて差し支えない」 「だから武人は自殺を賛美するのね」 「ええと、切腹だったかしら?」 「賛美する向きもあるが、俺は懐疑的だ」 「主体的に命を絶てば、確かに命がけで忠義を求めたように見える」 「だが、武人は戦うための存在だ。 どんな場合でも死ぬよりは生きていた方がいい」 「あらゆる戦場で生き残り、最後まで主を支え続けた奴が本来評価されるべきだ」 「忠義を貫いた結果死ぬのはわかるが、忠義を貫くために死ぬというのは主客転倒のように思う」 「死を目的にしてはいけないということね」 朱璃が呟く。 天京で出会った頃の朱璃は、死を目的に生きていた。 それを諫めたのは俺だ。 「死は甘美なものだ。 誰しも惑わされる」 「人は派手なものばかりに目を奪われるものね」 エルザがしみじみと頷いた。 「なかなか考えさせてくれる話じゃないか」 「どうだいエルザ? 武人の清廉さは?」 「共和国軍とは大違いじゃないか」 エルザの眉がぴくりと上がる。 「あら紫乃、今日は皇国の肩を持つじゃない」 「うちがどれだけの装備をあなたから買ってると思ってるのかしら?」 「ああ、買ってくれていたのか。 私は上納してるつもりでいたよ」 「酷い言いぐさじゃない」 「いやいや、感謝してますよ、もちろん」 卓の下で脚を蹴り合っているらしく、味噌汁の水面が揺れている。 仲が良くてよろしいことだ。 「ま、確かに、武人の気高さは認めるわ」 「でも、私としては悲しい気がする」 「なぜそう思う」 「一度武人に生まれたら、他の人生は送れない」 「血縁のみで資格が引き継がれるから、新しい血も発想も入ってこない」 「人間の流動性が低い制度を、二千年も続けて来た結果の産物じゃないかしら?」 「確かに美しい哲学だとは思う」 「でも、私には、祖先が作り上げてきた哲学に、無理矢理自分自身を押し込めているみたいに聞こえるの」 「囚人の哲学と言ったら言葉が悪いけれど」 「武人を侮辱するつもり?」 「外の人間から見た率直な感想よ」 「本当は、みんな自由に生きたかったんじゃない?」 「私は、生まれ変わっても武人に生まれたいと思う」 「俺もだ」 「そう、二人を否定はしないわ」 「もう武人に生まれてしまったのですからね」 エルザの表情には哀れみとも見える感情が浮かんでいた。 他国の人間に哀れまれたくはない。 「私たち共和国は、せめて次の世代が自由に生きられるよう皇国を作り替えます」 「民主主義を導入し、世襲的な職業は解体、職業選択の自由を与えます」 「あなたたちの子供が、命がけで忠義を問い続けるだなんて、悲壮な人生を送らなくて済むように」 「いや、私と宗仁は、そういう関係では……」 「二人の間の子供とは言ってません!」 「あははははははっ、素晴らしい、さすが滸だ!」 紫乃が突っ伏して机を叩く。 「うるさいわよ、紫乃」 「自由は、人間が生まれながらに持つ最低限の権利」 「自由がないことがどれだけ不幸なことなのか、きっとわかる日が来ると思う」 「もう十年もすれば、きっと私たちに感謝することになる」 「救世主にでもなった気分?」 「さぞかし気持ちがいいでしょうね」 「結局、暴力で相手を屈服させて、自分の価値観を押しつけているだけなのに」 「聞き分けのない子供を躾るには、トンコツも必要なの」 「ゲンコツ。 こってりしてどうする」 「そうゲンコツ」 「宮国同様、こちらも願い下げだ」 「自分の国は自分で作る」 「あら、まるでクーデターでも起こしそうな物言いね」 エルザは余裕の笑み。 滸は真剣な表情を一切崩さない。 『そう取ってくれて構わない』と言わんばかりだ。 「共和国は、言論の自由を保証していると聞くが」 「自由だけれど、自分の言葉の責任は取ってもらうことになるわよ?」 「まさか、私を相手に宣戦布告なんてね」 「発言だけでも罪に問われるのか?」 「捕まえてから色々と伺うこともできるの」 「なるほど」 「しかし、君はそうしない」 「どうかしらね。 期待に添えればいいけれど」 「君は筋の通った軍人だと思っているが、勘違いだったか?」 「……」 「もちろんよ、鴇田君」 エルザが紅茶を口にして、僅かに渋面を作った。 冷めていて苦かったのだろう。 「考えたことはないかしら?」 「人を殺すためだけに生まれてきた自分って何なんだろうって」 「殺すために生まれてきたわけじゃない。 国を守るために生まれてきただけだ」 「国を守る手段だとしても、人殺しには変わりないわ」 エルザは涼しい顔で反論を流す。 「国が変われば、武人の家に生まれても自由に人生を選ぶことができるのよ」 「それぞれが自分のやりたいことに挑戦できるなんて、素晴らしいことじゃない」 「鴇田君は花屋の道を邁進していいし、稲生さんは歌っている時に変装しなくて済むようになる」 「どう?」 一瞬、心臓が撥ねた。 エルザは、滸の仕事を知っているのだ。 人気歌手『菜摘』の正体を知っている人間はごく僅か。 奉刀会の武人たちに、睦美さん、店長、あとは菜摘の生みの親でもある紫乃くらいだろう。 何か追及してくるのだろうか。 緊張したところで携帯が鳴った。 「あら、失礼」 自分の携帯を取り出すエルザ。 端末の端で揺れる根付に視線を奪われた。 どこかで見たことがある。 だが、思い出せない。 「その根付、どこで手に入れた?」 「え? これ?」 「頂き物だから、どこで買ったかはわからないわ」 「私も見たことがある」 不意に滸が口を開く。 「どこで?」 「ええ。 その……」 「宗仁の家族が同じものを持っていた」 滸が躊躇していた理由がわかった。 「ああ、そういうことか」 道理で思い出せないはずだ。 「そう、鴇田君のご家族が」 エルザが視線を伏せた。 俺の家族が死んでいることを察したのだろう。 「呼び出しがあったので、これで失礼します」 エルザがお盆を持って立ち上がる。 「時間を取ってくれてありがとう。 今日は有意義な話が聞けて良かった」 「立場上、大きな声では言えないけれど、忠義の考え方自体は嫌いじゃないわ」 「いつも武人が背筋を伸ばして歩いている理由がわかった気がする」 「話した甲斐があったな」 「だからこそ、これから先、武人が大人しくしていてくれることを切に願うわ」 「よろしくね」 可憐な笑みを残し、エルザは立ち去っていった。 昼食後、何か考え込んでいる様子の滸に声をかけた。 「エルザの言葉、気にしているのか?」 「気にしてるっていうか、ちょっと考えてた」 「武人って、国が平和だったら必要ないよね」 「そうなるな」 「国を守るために生きてるのに、もし戦争がなければ存在価値がないのなら、ちょっと寂しい気がしたの」 「結局、誰かを傷つけることでしか自分の価値を証明できないじゃない」 「剣術だって、突き詰めれば人を傷つける技だし」 滸が困ったような笑顔で言う。 「それを言ったら医者も火消しも棺桶屋も同じだ」 「俺たちは、例えるなら国の火消しのようなものじゃないか」 「火事がないに越したことはないが、火消しがいなければ困る」 「あ、言われてみればそうだね」 「どうした、簡単な話じゃないか」 「それに、俺は剣術を哀しいものだと思ったことはない」 「守りたいものを自分の手で守れるというのは、幸せなことだと思う」 「大切なものの運命を誰かに委ねるのは、哀しすぎるだろう」 「戦った結果がどうあってもな」 「俺は自分の手で戦えることを誇りに思っている」 大切なものを守るために戦う──野蛮だとか残酷だとかいう感覚以前に、人が戦う姿は美しい。 とても原始的だが、どこまでも純粋な気がするのだ。 「宗仁の考え方、すごくいいね」 「勇気が湧いてくる」 「なら良かった」 「さ、次の授業に行こう」 滸は真っ直ぐだ。 だが、真っ直ぐであるが故に危ういところがある。 滸が折れることないよう支えること。 それが、俺の務めであり、滸の恩に報いることのできる唯一の方法だった。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 放課後、俺と朱璃は勅神殿に向かった。 体調不良で学院を欠席した古杜音を見舞うためだ。 巫女に導かれ、古杜音の私室に通される。 「古杜音、体調はどう?」 朱璃「あ、朱璃様」 古杜音寝ていた古杜音が上半身を起こす。 「巫女から呪術の使いすぎだって聞いたけど」 「ええ、少し疲れが出たようです」 「でも、今日一日お休みを頂きましたので、だいぶ楽になりました」 「良かった」 「あ、これ、お見舞いね」 朱璃が紙袋を手渡す。 「ああっ、この袋は〈佐村屋〉《さむらや》!? も、もしかして!?」 「前に言っていた酒饅頭よ」 「ありがとうございます! ありがとうございます!」 「疲労で倒れた甲斐がありました!」 紙袋を開け、漂ってくる香りを胸一杯に吸い込んでいる。 喜んでくれて良かった。 「呪術のことはよく知らないんだけど、呪術を使うとどうして体力を消耗するの?」 「それは難しいご質問ですね」 しばらく腕組みをして考え込む古杜音。 「呪術の疲労というのは、簡単に言えば«大御神»へのお供え物のようなものなのです」 紙袋の中から、饅頭を取る古杜音。 「呪術とは、単純化すると『«大御神»に祈り、願いを叶えて頂くこと』です」 「願いを叶えて頂くためには、それ相応の代償が必要となります」 「代償には様々な種類があります」 「時にはお賽銭であったり、生け贄であったり、饅頭であったり」 もふもふと酒饅頭を食べる。 「あとは、やはり何よりも体力であったりするのでふ……」 「単純に頭が疲れた、というだけではないのね」 「呪術は奥が深いのです、えっへん」 腰に手を当てて胸を張る古杜音。 「何にせよ、元気そうで安心した」 宗仁「古杜音には無理をさせてしまって申し訳ない」 「何を仰います」 「武人の皆様のお世話をするのは、そもそも巫女のお役目でございます」 「これからも、ビシビシこき使って下さいませ」 ぺこりと頭を下げる古杜音。 「それはそれとして、先日の爆発事件ですが、お二人は犯人にお心当たりがありますか?」 「ないな。 武人の犯行ではないようだが」 「実は昨夜、ちょっと事故現場を調査してみたのです」 「現場に行ったの? 管区の中でしょ?」 帝宮は共和国管区の中にある。 管区は許可証がなければ入ることができず、無許可で侵入すれば、容赦なく発砲される。 「あ、いえ、勅神殿から«〈遠見〉《とおみ》»の呪術で探っただけですのでご心配なく」 「ここからは、内密にお願いしたいのですが」 古杜音が声の調子を落とす。 「あの爆発は、おそらく呪術によるものです」 「えっ!? じゃあ犯人は」 「禰宜か巫女……つまり神職ということに」 「事実だとすれば、斎巫女として世間様に申し訳が立ちません」 呪術は、原則として神職しか会得していない。 うちの店長のような例外もいないではないが、ごくごく少数だ。 「明け方まで爆発現場に残った呪力の行方を探っていたのですが、犯人を突き止めることはできませんでした」 「面目次第もございません」 「古杜音のせいではないわ。 頑張ってくれてありがとう」 「もったいないお言葉でございます」 深く頭を下げる古杜音。 「実は、もう一点気になることがあるのです」 「先日の爆発で、帝宮の石垣の一部が崩れたらしいのです」 「ああ、穴が空いたらしいな。 昨晩、間諜から聞かされた」 「はい、左様でございます」 「私が調べたところでは、開いた穴の奥は地下通路に繋がっているようなのです」 「避難用の通路かな」 「なら、忍び込むにはうってつけだ」 「帝宮に忍び込むおつもりなのですか!?」 目を白黒させている古杜音に、刻庵殿のことを説明する。 「では、刻庵様を救出するために」 「ああ、奉刀会のためにも是非ともお救いしたい」 「なるほど」 神妙な顔で古杜音が饅頭を食べる。 「ねえ宗仁、折角帝宮に行くなら«三種の神器»も狙ってみない?」 「血筋の証明なら、急ぐ必要はないと思うが」 「滸も君を認めているようだし、奉刀会も翡翠帝が本物だという前提で動いている」 「よく考えて、状況が変わったんじゃない?」 「呪装刀が奪われた今、奉刀会には小此木と戦う力がないでしょ」 「«三種の神器»に言い伝え通りの効果があるなら、奉刀会の窮状を救ってくれるかもしれない」 「そういうことか」 «三種の神器»は、初代皇帝である緋彌之命が«大御神»から賜ったとされる三つの宝具だ。 『剣』と『鏡』と『勾玉』の三種があり、『剣』はあらゆる厄災を切り払い、『鏡』はあらゆる厄災から身を守る。 そして『勾玉』は、あらゆる知恵を授けてくれるという。 見た目には何の変哲もないそれらの宝も、ひとたび皇帝が持てば、神にも迫る力を発揮するらしいが。 「朱璃は、神器の具体的な効果を知っているのか?」 「う……それが、わからないの」 「お母様からは、皇帝になる時に教えると言われていたのだけど」 「古杜音はどう?」 「巫女の間でも、はっきりとしたことはわかっていないのです」 「«〈天御鏡〉《あめのみかがみ》»と«〈八尺瓊勾玉〉《やさかにのまがたま》»については、皆さんご存じの言い伝えと大差ありません」 「ただ、«〈天御剣〉《あめのみつるぎ》»については、歴史書に多少具体的な記述があります」 古杜音が手を伸ばし、書物の山から一冊を引き抜く。 「研究によれば、«天御剣»が実際に使用されたらしい戦闘は十七回」 「『«天御剣»の光が敵を殲滅した』ですとか『国難を救った』といった記述が残されています」 「かつての斎巫女が、«天御剣»の«研ぎ»を行ったという記述もありますし、強力な呪装刀だと考えられます」 「太古の巫女は、今の巫女とは比べものにならないほど大きな呪力を持っていました」 「その巫女の命を鍛え上げて作った呪装刀です」 「天変地異を起こすほどの力があってもおかしくありません」 自信満々に言い、古杜音は饅頭をぱくりと食べた。 「それほどの呪装刀ならば、ぜひ欲しいところだ」 呪装刀の七割を失った奉刀会は、手足をもがれたと言ってもいい。 天変地異を起こすほどの呪装刀が手に入れば、帝宮を守る禁護兵も敵ではない。 「取りに行きましょう、«天御剣»を」 「稲生もきっと納得してくれると思う」 「やってみるか」 「朱璃様は、神器がどこにあるかご存じなのですか?」 「帝宮の奥に«〈紫霊殿〉《しれいでん》»っていう皇帝専用の神殿があるの。 おそらくはそこに」 「私が言うまでもないことかもしれませんが、お気を付け下さい」 「どのような人物が石垣に穴を開けたのか、まったくわかっておりませんので」 「ええ、ありがとう」 「石垣の奥の通路については、間諜に探らせておこう」 「入ってすぐに行き止まりでは、悲しいからな」 勅神殿からの帰り道、雑踏に見知った人影を見つけた。 槇だ。 堂々とした体躯は、街中で目立つ。 「よーう、鴇田」 数馬「ご勉学のお帰りか?」 肌が紅潮している。 酒気を帯びているらしい。 「そのようなものだ」 槇の手にある花束が気になった。 飾り紐に見覚えがある。 「糀谷生花店の花を買ったのか」 「女にくれてやろうと思ってな」 「こんな時間から女か。 結構なご身分だ」 「お前だって女連れだろうが」 「こちらとはそういう関係ではない」 「稲生とは?」 「色々とお世話されてるんだろ?」 「下衆の勘ぐりもいいところだ」 「いい心がけだ」 「武人に恋など不要」 「慣れぬ恋路に踏み入れば、ただただ迷うばかりよ」 「よく覚えておけ、鴇田」 にやりと笑い俺の肩を叩いた。 ずしりとした重みが膂力を感じさせる。 「あなた、自分を棚上げしてよく言うわね」 「どこかの誰かに花を持っていくんでしょ?」 「俺のは、恋は恋でも一夜の恋だ」 「一晩限りの、さっぱりした関係よ」 「不潔」 「ははははは、痛快痛快っ」 「じゃあな、鴇田」 喋りたいだけ喋り、槇は肩を揺らして去っていった。 「あれが«三祖家»の家長? ほんと呆れる」 「ああいう奴さ」 「女遊びには寛容なんだ」 「あーあ、宗仁も所詮は男ね」 怒ったふりをして、朱璃は一人先に進む。 振り返ると、槇の後頭部が人波からぽつんと突き出て見えた。 視線を感じたのか、槇がこちらを振り返る。 何か言ったようだが、西日が強く唇の動きは読み取れなかった。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 公演会場の控え室。 私が一人、鏡に映る自分の姿を見つめていた。 華やかな衣装と、専門家による星の輝きを閉じ込めたような化粧。 日頃の私とは別人だ。 「(人生なんて、わからないものだな)」 滸ふと、あの日のことを思い出した。 私が歌手になるきっかけとなった、あの日のことだ。 「滸。 歌手になる気はないか?」 紫乃二人で定食を食べていた時、紫乃は唐突に言った。 「ない」 「まあ聞け」 「今度、大手企業主催の新人アイドル発掘イベントがある」 「優勝すれば、大手レーベルから歌手デビューできることになっている」 「テレビでもガンガン歌が流れるし、タイアップも多い。 一気に人気歌手になれるぞ」 共和国語が多くて意味がよくわからないが、歌手の審査会があり、優勝すれば歌手になれるということだろう。 「私とは関係ない」 「わかってない。 全然わかってない」 ちっちっち、と指を振る。 「戦で傷ついた皇国民の心を癒やすには、復興の象徴となる存在が必要なんだよ」 「翡翠帝がいらっしゃる」 「一人より二人がいいに決まってる」 「さあ滸、歌の力で国民を助けよう!」 「武人は歌なんて歌わない」 「いつも風呂で歌ってるじゃないか」 「な、何故知ってるの」 「ふふふ、さてね」 不気味な親友だ。 「私にはわかる。 滸の声には何かがある」 「お陰で、よく怖がられてる」 「話し方じゃない、歌声だ」 「風呂場で歌っていた『桃花染の君』なんて最高だった」 「だから、何故知ってるの」 「ふふふ」 家に帰ったら、盗聴器がないか調べよう。 「冗談はともかくとして、滸……」 紫乃が瞳を覗き込んできた。 「金が欲しいんだろう? それも大金が」 「う……」 «八月八日事件»以降、奉刀会の財政状況は逼迫していた。 組織が地下に潜ったことで、今まで潤沢にあった寄付金が激減したのだ。 装備の管理、情報収集、施設の維持、武人の士気の維持、あらゆるところに金はかかる。 会の金庫はすっからかんで、もはや会員の個人的な寄付に頼らざるを得ない状態だ。 「喉から手が出るほど欲しい」 「歌手になれば絶対人気が出る」 「いや、私が人気を出してみせる」 「でも、私に歌手なんて」 初対面の人とはロクに話すこともできないのに、人前で歌うなんて。 「為せばなる、為さねばならぬ、何事も」 「宗仁も滸が歌うのを見たいと言っていたぞ」 「宗仁がそんなこと言うわけ……」 「見たいが」 宗仁突然、横合いから宗仁が現れた。 「紫乃に買収された?」 「素直な気持ちを言ったまでだ」 「宗仁ならわかるはず。 遊んでる暇なんてない」 「遊びではない、会を支える仕事だ」 「俺だって花屋をやっている」 皆、それぞれ会のためにお金を稼いでいるのだ。 会長代行の私が何もしないわけにはいかない。 ましてや、大金が稼げる機会だと言うのだ。 「滸の歌は授業で聴いたが、素晴らしいものだ」 「それに、見た目なら十分に美しいではないか」 「うつく、しい?」 「美しい」 かっ、と頬が熱くなるのがわかった。 無骨な男ばかりの環境で育ったから、こういう言葉に慣れていなくてうろたえてしまう。 「滸なら、グラビアも申し分なくいけるはずだ」 「稲生滸……素顔の夏……貝殻の水着……青い空と波が少しだけ私を素直にさせる」 「完全にいい! 素晴らしい!」 「こういう感覚を共和国語でヘブンというんだ」 一人で鼻息を荒くしている紫乃。 「滸、どうだ?」 「で、でも、私……」 「忠義のためだ」 「!!」 それを言われては、弱い。 「じゃ、じゃあ……一度だけ」 「貝殻の水着は無理だけど」 次の日から、特訓が始まった。 剣術の稽古時間を減らし、歌と踊りの練習に充てる。 「よし、もう一度っ」 踊りは、剣術の型だと思えば、そう難しくはなかった。 要は反復練習だ。 歌うこと自体も嫌いではない。 それまで真面目に歌ったことがなかっただけで、好きも嫌いもないのだ。 問題は、二つを同時に行わなければならないということだった。 歌いながら踊るのは、思ったよりも体力が要る。 表情も重要だ。 仏頂面で歌っていては、お客に感情が伝わらない。 歌手には、全身と顔の表情で歌を表現することが求められる。 突然拍手が聞こえてきた。 「!?」 振り返ると、宗仁が立っていた。 あまりのことに、身体が硬直して動かない。 「見事なものだ」 「み、見てた?」 「ああ」 顔が熱くなっていく。 宗仁に見られないよう、早起きして練習していたのに。 「きょ、今日は、いつもより早いんだね」 「いつも通りだぞ」 「え?」 時計を見ると、もう剣術の稽古の時間になっていた。 踊りに熱中しすぎたのだ。 「あう、ごめん。 すぐ片付けるよ」 「いや、良かったらもう一度見せてくれないか?」 「えっ? ど、どうして?」 「道場の端からではなく、正面から見たいんだ」 「……」 また頬が熱くなってくる。 「誰かに見せる練習も必要だ」 「いきなり本番では緊張で動けなくなるぞ」 「それはそうだけど」 恥ずかしすぎる。 でも、どうせ誰かに見られるなら宗仁がいいかな。 宗仁なら恥ずかしくないからじゃない。 一番、見られて恥ずかしい人だからだ。 だって、それは、ね。 「よ、よし。 じゃあ、ちゃんと見ててね」 「ああ。 頼む」 選考会が、あと僅かにまで迫ったある日のこと。 「うう、やっぱり無理だよ」 何回目かの曲を歌い終えた後。 休憩に入って座り込んだところで、ついそんな言葉が飛び出した。 「急にどうした?」 宗仁が私に手拭いを渡しながら問いかける。 「私が練習してる曲、恋の歌なんだ」 「ああ。 そうらしいな」 「私に、向いてないんじゃないかって気がして」 「だってほら、私は武人だし」 「滸は恋をしないのか?」 「そそそそそ、それはまあ、するようなしないような」 「ううん、違う! しません! してません!」 慌てて弁解する。 「紫乃が選んでくれた曲だろ? 彼女の言うことなら間違いない」 「それはそうだけど……」 「弱気じゃないか、滸らしくもない」 「大丈夫、滸は本当に綺麗だ」 何でもないことのように、宗仁はさらりと言った。 「な、なな!?」 「素晴らしい歌声だと思う」 なんだ、歌のことか。 「滸の歌は、心に響く」 「他になんと表現すればいいのかわからない」 宗仁の言葉は素っ気ないが、私の心を大いに勇気づけてくれる。 もうひと頑張りしてみよう、という気になる。 この、心の奥底がぽかぽかしてくるような気持ちは一体?──まるで、恋の歌の歌詞のようだ。 「もう一度歌ってみるよ」 「宗仁、練習につきあってくれる?」 「もちろんだ。 登校時間ギリギリまでつきあおう」 選考会でのことは正直覚えてない。 順番が回ってくる遙か前から頭は真っ白。 歌っている途中は白を通り越して、もはや透明。 事前に手筈を聞いていたとはいえ、結果発表で自分の名前が呼ばれた時には、本当に気を失った。 歌手になってからは、紫乃の的確な販促活動のお陰で一躍人気歌手になることができた。 『私が人気を出してみせる』という紫乃の言葉は嘘ではなかったのだ。 「(さて、今日も頑張らないと)」 鏡の前で、もう一度見た目を確認する。 日頃の私とはまるで別人だ。 きらびやかな衣装、頭にはカツラ、見飽きた仏頂面には完璧な化粧。 でも、変わったのはまだ外見だけ。 人と上手く話せない私が、見た目をいじっただけで歌手になれるわけがない。 人気歌手『菜摘』に生まれ変わるには、最後の儀式が必要だ。 昔、宗仁から教わったおまじないである。 「よしっ」 左の手のひらに、右手の人差し指で『忠』の文字を書く。 そして──「忠義のため、忠義のため、忠義のため、忠義のため」 「忠義のため! 忠義のため! 忠義のため! 忠義のため!!」 「せやっ!!!!!!」 目を瞑り、手のひらの文字を飲み込む。 『忠』の文字が喉を下り、胃の腑に入る。 そして、消化液で分解され、身体の隅々にまで広がっていくところを強く想像する。 ようし、今まさに私は忠義と一体化した。 「忠義、完了っ!」 怖くない、怖くない、怖くない!ぐわっと目を開く。 鏡の中に立っているのは、今をときめく人気歌手『菜摘』。 人と話すたびに、『怖い』とか『怒ってる?』とか『申し訳ございません』とか『千圓しか持ってません』とか言われる稲生滸ではない。 「おはようございます、菜摘です!」 菜摘「今日も心を込めて歌いますので、最後まで聞いて下さいね♪」 全身で〈照明〉《スポットライト》を浴び、高らかに歌い上げる。 〈遍〉《あまね》く、皇国全てに届くよう。 敗戦で傷ついた人々の心を、少しでも癒やせるよう。 そしてほんの僅かだけ、宗仁にも届くよう。 会場に膨大な熱量が満ち、弾ける。 客席から歓声が沸き上がった。 「みんな、応援ありがとー!」 声に応え、精一杯の笑みを振りまく。 お客様の表情が明るく輝いている。 きっと上手く歌えたのだ。 歌番組の収録は大成功に終わった。 私の出番が終わっても会場の熱気は収まらず、もう一曲披露しなければならない程だった。 二曲目を歌い終わり、私は改めて会場の人々を見渡した。 様々な年齢、男の姿も女の姿も見える。 みんな、菜摘を心から応援してくれているのだ。 私は改めて深く礼をした。 「(こんな私を応援してくれて、ありがとう)」 「(今は『菜摘』として、みんなに歌うことしかできないけれど)」 「(いつか、皇国をこの手で取り戻して見せるから)」 笑顔で手を振り、舞台袖へと戻ろうとした時。 客席に見知った顔を見つけた。 なぜ、槇がここに。 奉刀会の面々には、会場へ来ることを禁じていた。 菜摘と奉刀会の繋がりを必要以上に強調しないようにするためだ。 だが、見間違いではない。 集中力が途切れ、足がもつれる。 観客から悲鳴が上がった。 槇に気を取られ、段を踏み外してしまったのだ。 「っっ!」 気を乱したのは一瞬だけ。 足を踏ん張り、体勢を立て直す。 「ごめんなさい! 大丈夫っ!」 私が笑顔で手を小さく振ると、観客達から安堵のため息が漏れた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 仕事からの帰り道、無人の路地に入ったところで声をかけてきた者がいた。 「なかなか立派な公演でしたな、会長代行」 数馬「何の用だ」 滸「そう怖い顔しないで下さい。 こっちは客ですよ」 手に持った花束を突きつけてくる。 「らしくないことをする」 「受け取って下さい」 「ま、俺は捨てても構いませんが、鴇田の店の花ですよ」 「なるほど」 黙って受け取ることにする。 花にも宗仁にも罪はない。 「初めてこの手の歌を聴きましたが、実につまらない」 「暗い気分を歌で紛らわすなど、敗残者の慰みです」 「歌を馬鹿にするな。 日々の生活に希望は必要だ」 「いやいや、本職の言葉ですな」 「刀などさっさと捨てたらどうです?」 「私が歌う目的は知っているはずだ」 「みんなを、なんだ……『はっぴーきゅるるん』にするためでしたか?」 「会の活動資金を得るためだ」 「ああ、そうでした」 槇が手を叩く。 「もういい、本題に入れ」 睨み付けると、数馬はようやく笑顔を消した。 「刻庵のことですよ」 「まだ救出するつもりでいるんですか?」 「勿論」 「昨日の今日で意見が変わるか」 「今更爺さんの出る幕じゃない」 「救出してる暇があったら、剣術の稽古でもした方がいい」 「自分が強くなった方が、なんぼか会のためになりますよ」 「私は……」 「同じことは、もう二度と言いません」 「よくよく考えて返事をして下さい」 槇が私を見据える。 どれだけ威圧されようとも返事は変わらない。 「父は助ける」 「それが会のためでもある」 槇は無言。 じっと私を見つめてから、小さく溜息をついた。 そして、懐から書状を取り出す。 「ふぁんれたーって奴です」 表書きを目にして息を飲んだ。 『脱会届』とある。 「どういうつもりだ」 「俺がいなくなれば、奉刀会は一つに纏まるでしょう」 「なら、もう刻庵は用済みです」 「そこまで父上のことを」 「嫌いですね」 「だが、代行、あなたはそれ以上に嫌いだ」 「私が女だからか?」 「それもあります」 槇が顎を撫でながら笑う。 「ま、あとは勝手にやらせて貰いますよ」 「おおーっと、もうあんたは上役じゃないんだった」 「言葉も改めさせてもらうぜ、稲生」 数馬が犬歯をむき出しにして笑う。 「興武館の門弟も脱会させるつもりか?」 そうなれば、奉刀会は真っ二つだ。 「あいつらの好きにさせるさ」 「ま、今のお前に着いていく奴は多くないだろうが」 「槇はどうする? 一人で帝宮に攻め入るつもりか?」 「だとしたら?」 「力尽くでも止める」 「ほう」 槇が唇を歪める。 空気が張り詰める。 長年の習慣で腰に手をやるが、そこに頼りのものはない。 今朝通達された廃刀令に対応し、刀を外していたのだ。 「ぐっ!?」 槇の豪腕が私の喉を掴んだ。 抵抗する間もなく、吊り上げられる。 かろうじて、つま先だけが地面についている状態だ。 「腑抜けていやがるなあ」 「これが会長かよ」 「私は代行……」 「ぐっっ!!」 壁に背中を叩きつけられた。 「うるせえんだよ、ぐだぐだぐだぐだっ」 「稲生の武人ってのは、もう少し強いもんじゃないのか?」 「ぐ……が……」 言い返そうとするが、呼吸すらままならない。 「お前には気合いが足らねえんだよ」 「色恋なんぞにうつつを抜かしやがって」 「私が、いつ、うつつを抜かした」 「宮国って女だよ」 「あいつが現れてから、ぜんぜん地に足が着いてねえ」 「雌猫二匹で花屋を取り合うなんぞ、武人のやることか、おい?」 「く……」 そこまで見抜かれていたのか。 我ながら情けない。 「お前、鴇田に何か期待してるんじゃないだろうな?」 「いいか? あいつがお前の傍にいるのは、刻庵が頼んだからだ」 「え?」 胸がずきりとした。 「ど、どういうことだ」 「滸を頼むってのが、刻庵の遺言だったんだよ」 「父上が?」 「しかもあいつには、お前に面倒を見てもらった恩がある」 「だからこそ、お前の隣でへーこらしてくれるんだ」 「いい加減目を覚ませ」 「武人の男が、お前を伴侶になんてすると思うか?」 ふと、胸の中に冷たい風が吹いた。 槇の言う通りだ。 私は、何を勘違いしていたのだろう。 宗仁が私を選ぶはずなんてない。 「わかっただろ?」 槇の手の力が緩んだ。 立つ力もなく、地面に膝を突く。 「ごほっ! ごほっごほっ……!」 「鴇田に愛想尽かされないうちに、心根を入れ替えるんだな」 「お前がこのままじゃ、奉刀会は明義隊の二の舞になるぜ?」 「会を全滅させる前に、会長なんてやめた方がいいんじゃねえか?」 槇が私に背を向けた。 そして、振り返ることなく闇の中に消えた。 細く暗い路地に、一人跪く。 地面が氷のように冷たい。 落ちていた花束が、風に吹かれて転がってゆく。 頭の中で、槇の言葉が幾度となく反芻される。 「(明義隊の、二の舞?)」 「(私、また……みんなを……)」 動悸が激しくなり、息が詰まる。 身体の震えが止まらない。 「(!!!!)」 聞こえてくる。 あの時の音が。 銃声が、絶叫が、命が終わっていく音が──「武人町が、燃えている」 三年前のあの日──戦争は武人町の空爆から始まった。 演習に出ていた私たち明義隊は、燃え上がる武人町を高台から見つめていた。 「滸様、戦です。 本物の戦です!」 新井「ああ、戦だ!」 明義隊は、明義館に所属する元服前の武人で構成された部隊だ。 名前は立派だが、協調性を養うのが主目的の部隊で、実際に戦場に送られることはない。 簡単に言えば、子供のためのままごと部隊だ。 だからこそ、戦場への憧れは強かった。 燃え上がる武人町を見た時、私たちの胸にあったのは、恐怖や怒りではなく戦場への期待と興奮だった。 そして、私は明義隊の隊長だった。 一段高い岩の上に立ち、隊員百名に対し高々と拳を振り上げた。 「静聴せよ! 静聴せよ!」 「現在、武人町は敵の攻撃を受けている」 「被害は甚大。 戦闘可能な部隊も多くはないだろう」 「だがしかし、明義隊は無傷でここにいる」 隊員の歓声が上がった。 「皇国二千年の歴史を、ここで終わらせてはならない!」 「明義隊が皇国を救うのだ!」 「忠義なき者は去れ!」 「忠義ある者のみ私に続け!」 誰一人去る者はいない。 戦いへの期待に頬を染め、らんらんとした瞳が私を見つめている。 得も言われぬ高揚が、破裂寸前にまで膨らんでいるのがわかった。 「抜刀!!!」 控えめに言っても、戦場は地獄だった。 武人も共和国兵も関係ない。 全ての兵士が一匹の獣となり、咆吼を上げながら激突する。 理性はなかった。 倒れた敵兵を、形がなくなるまで斬り続ける者。 脚を失ったことにも気づかす、立ち上がろうとしては転倒する者。 意識が焼き切れたかのように立ち尽くし、次の瞬間には物言わぬ肉塊へと変えられる者。 見たことも、想像したこともない狂気がそこらじゅうに溢れ、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。 「止まるなっ!! 止まれば的だっ!!」 「走れ! 走れ! 走れ! 走れ! 走れーーっっ!!!!」 仲間に向けて叫んでいるのかも、自分に言い聞かせているのかもわからない。 血しぶきに溺れそうになりながら、走り、敵を斬った。 「滸様っ!?」 私の前に走り込んだ武人が、水風船のように弾け飛んだ。 私をかばったの?わからない。 何も、わからない。 顔にかかった仲間の脳漿を左手で拭い、右手で敵兵を両断する。 続けて跳躍。 敵の群れの中に着地し、独楽のように刀を振れば、全方位に血しぶきが上がる。 敵はどこにでもいたし、いくらでも湧いてきた。 人を斬る感慨は疾うになく、あるのは手に伝わる鈍い感触のみ。 次を!次を!!次を!!!次を!!!!愛用の呪装刀はさらなる血を求め、敵を斬るほどに輝きを増していく。 「おおおおおおっっっっ!!!!」 五度目の突撃を終えた時、仲間は六人に減っていた。 負けも負け、もはや部隊の体をなしていない。 「生きているのは誰だ」 「河田、斎藤、堀、立川、笠井、森……か」 宗仁の姿はない。 突撃の直前に別行動を取ったのだ。 あちらはまだ生きているだろうか。 「滸殿は何人斬りましたか?」 森「数えていられるか」 「私も三十までは覚えていますが、それから先はさっぱりです」 「いやあ、〈戦〉《いくさ》とは実に楽しきものですな」 血と泥で真っ黒になった顔の下から、白い歯が見えた。 「立川、右腕はどうした?」 「途中で落としてしまいました」 立川「ははは、面目次第もございません」 「お前は昔からうっかり癖が抜けないな」 「ま、利き腕は左だ。 問題あるまい」 「覚えて下さっているとは、恐悦至極」 それぞれに声をかけていく。 どいつもこいつも、女の話をしている時より溌剌としていた。 そして、笑顔でありながら、誰もが泣いていた。 皆、強がりに強がり、折れそうな自分を支えているのだ。 今からでも撤退命令を出すべきなのだろうか?今更か。 本来なら、初めの突撃が終わった時点で撤退すべきだった。 戦場の狂気に飲まれ、完全に冷静さを失っていた。 全ては今更だ。 散った命は──私が死なせてしまった仲間は帰ってこない。 ならば、隊長として最後まで戦い、討ち死にすべきだ。 「さて、そろそろ行くか」 「……く……」 立ち上がると、足元が揺らいだ。 どこかを負傷しているらしい。 「滸殿は少しお休み下さい」 「我等はもう一暴れして参ります」 「馬鹿め、抜け駆けさせるか」 流血でぐちゃぐちゃになった地面をしっかりと踏みしめる。 「見よ、海の彼方に敵の軍船がいる」 「巨大ですなあ。 まるで砦でございます」 「斬ってみたいとは思わないか?」 「これは奇遇、私も同じことを考えていました」 「よし」 呪装刀の切っ先を、洋上の軍船に向けた。 「明義隊は、最後の突撃を敢行する!」 「目標は敵軍艦!」 「一番乗りの者には褒賞を与えよう!」 歓声が上がる。 「では、行こうか」 全員の顔を、最後にもう一度見回した。 「突撃ーーーーーーーーーーっっ!!!!」 再び、血煙と狂気が視界を覆った。 走る、走る、走る。 一人、また一人と仲間が倒れていく。 軍船はおろか、海にも辿り着けないことはわかっていた。 「斬って斬って斬りまくれーーーっっ!!」 「っっっ!!!!」 あ、れ?どうした?なぜ私は空を見ている?前を、前を見なくてはいけないのに。 進まなければいけないのに。 だが、意思に反して身体は動かない。 どこを負傷しているのかもわからない。 何もすることができず、ただ視界が外周から黒い闇に覆われていく。 これが、死。 なんと冷たく、なんと恐ろしい。 戦いの高揚は影も形もなく消え去った。 死とは、綺麗なものでも格好が良いものでもなかった。 ただただ冷たく、深く、暗いもの。 永遠の、闇。 まるで生き埋めにされるかのように、恐怖が自分の上に積み重なっていく。 「(た、すけ……て……)」 「(死にたくない)」 「(怖いよ……こわい、よ……)」 「(誰か……誰か……誰か……)」 「!?」 不意に足音がした。 武人の足音。 それも、複数。 良かった、助けが来たのだ。 「あ、ありがとう……」 最後の力を振り絞り、目を開く。 倒れている私を、武人が幾重にも取り囲んでいた。 見覚えのある顔ばかり。 みんなが来てくれたんだ。 明義隊の、みんなが。 涙が溢れる。 何度も突撃させてごめんなさい。 早く撤退させれば良かった。 「あ、あれ?」 よく見れば、正面の武人には両腕がなかった。 その隣は脚が。 その隣は頭すらない。 「な、なに?」 ──死にたくない。 腕のない武人が口を開いた。 ──生きていたい。 ──なぜ、撤退させなかった?──なぜ、勝ち目もないのに突撃させた?「そ、それは……」 ──お前のせいだ。 ──お前が、俺たちを殺した。 「やめて……」 ──なぜ、お前だけ生き残った?──なぜ、お前だけ。 ──なぜ!──なぜ! なぜ! なぜ! なぜ! なぜ!──なぜ! なぜ! なぜ! なぜ! なぜ! なぜ! なぜ! なぜ! なぜ! なぜ! なぜ!!!!!!!「!!!!!!!」 「はあ、はあ、はあ、はあ」 夢想から覚めた。 息は荒く、冷たい汗が全身を濡らしている。 「私が……殺した……」 今思えば、あまりに愚かな戦いだった。 若さ故に戦場に憧れ、いざ戦場に立てば狂気に理性を奪われ、悲劇に酔いながら死への突撃を敢行した。 明義隊は、私を残して全員戦死。 なぜ私だけが生き残ってしまったのか。 なぜみんなと共に逝けなかったのか。 答えは出ていない。 後悔と自責に溺れながら、戦後の三年を生きていた。 そしてきっと、これから先も。 私にはそんな生き方がお似合いなのだ。 どこからともなく、槇の言葉が聞こえてきた。 お前の言う通りだよ、槇。 私は会長の器じゃない。 わかっている。 だったらもう、父上をお救いするしか道はないじゃない。 もう、責めないで。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「てええええいっ!」 滸鋭い声が、朝の空気を切り裂いた。 重い一撃を、何とかいなす。 今朝の滸はどこかおかしい。 力任せに木刀を振り回すばかりで、身体の動きはバラバラ。 いつもの流麗さは見る影もない。 「はっ!」 宗仁大振りで牽制して距離を取る。 「どうした?」 「そちらこそどうした。 いつもの太刀さばきではない」 「何かあったか?」 滸が、正眼から八双に構え直す。 「今まで、女房気取りでごめん」 「は?」 「今日から朝ご飯はないから。 田楽も」 「おい待て、どういう……」 「はあああっ!!!!」 稽古を終え、互いに礼をした。 滸は汗だくで、身体から湯気が立って見える。 「稲生、今日はどうしたの?」 朱璃見ていた朱璃も滸の異変に気づいたようだ。 「昨晩、槇から脱会届を受け取った」 「槇が?」 「じゃあ、あの後、脱会届を」 「槇と会ったの?」 「ああ、立ち話をした。 まさか脱会するとは」 「脱会の理由は?」 「一つは、父上の救出に反対していること」 「もう一つは……」 滸が言い淀んだ。 「私が未熟なこと」 「どういうこと?」 「いい、間違ってない」 滸は微笑すら見せて首を振った。 槇と何かあったらしいな。 「槇は、興武館の門弟を誘っているのか?」 「声はかけてないみたい」 「ほんとに一人で脱会したの? 何がしたいのよ」 槇の日頃の言動を見ていると、会派を率いて脱会しそうなものだが。 何か狙いがあるのか?「槇のこと、俺たち以外に話したか?」 「まだ」 「なら、しばらく伏せておこう」 「興武館の武人が追従しかねない」 「時間を稼いで槇を説得する?」 「そのつもりだ」 「引き留めるのが無理でも、動向は掴んでおくべきだ」 槇は、奉刀会を知りすぎている。 動き一つで、«八月八日事件»の再来となりかねない。 「手分けして槇を探そう」 槇が脱会届を出して五日。 昼夜問わず探し続けたが、槇の行方はようとして知れなかった。 捜索陣の疲労の色が濃くなってきた、週末土曜──店長から『槇が美よしから出てくるのを見た』という連絡があった。 酔客も少なくなった商店街を、朱璃、滸とともに美よしへ向かう。 「あら宗仁様。 いらっしゃい」 睦美睦美さんがいつもの笑顔で出迎えてくれる。 幸い、最後の客が出て行った後のようだ。 「どうしようかしら、店じまい前でもう大した食材がないんです」 「いや、今日は食事に来たわけじゃないんです」 「でも、お腹が空いておいででしょう?」 俺の顔を見て微笑む。 もちろん腹は減っていた。 「あ、そうそう。 お夜食用に作ったおむすびがあるんです」 「よろしかったら召し上がって下さい」 「滸様も朱璃様も」 俺の後ろに控えていた二人が顔を出す。 睦美さんに促され、おにぎりをご馳走になる。 白米の外側に、香ばしいじゃこを纏わせただけのものだが、これが驚くほど美味い。 強めの塩気が疲れた身体にじわりと染み込んでいく。 三人揃って無言で平らげる。 「美味しそうに食べて下さって嬉しいです」 「美味しそう、ではなく、このおにぎりは本当に美味しいです」 「ふふふ、お豆腐以外で褒められるなんて久しぶりです」 「そんなに豆腐ばかり褒めていましたか?」 「ええ、豆腐ばかり」 反省しなくては。 睦美さんの料理は、どれもこれも美味しいと思っている。 「それで、どういったご用件ですか?」 番茶を淹れながら睦美さんが言う。 「槇のことを聞かせてもらえませんか?」 「では、長くなりそうですね」 「お店を片付けてしまいますので、少々お待ち下さいませ」 「手伝います」 「あ、私も」 「いえ、お客様にそのような」 「おにぎりの分です」 手分けして、美よしの店じまいを手伝うことにする。 俺と睦美さんは、大量の皿洗い。 朱璃と滸は客席の清掃だ。 「今日はお店の子が早く帰ってしまいましたので、本当に助かります」 「いえ、押しかけたのはこっちですから」 睦美さんは、俺に微笑みかけながらもどんどん皿を洗っていく。 素晴らしい手際だ。 「数馬様、どうかいたしましたか?」 「先日、脱会届を突きつけてきました」 一瞬だけ、睦美さんの手が止まった。 「説得しようと思って、ずっと探していたんです」 「店長から、ここにいたと聞きまして」 「二時間ほど前までは、確かにいらっしゃいました」 「行き先はわかりません」 「美よしには食事に?」 「はい。 夕方頃お店にいらっしゃって、ご酒とお食事を召し上がりました」 「その後、奥の座敷でしばらくお休みになりまして、帰られました」 「うちへは滅多にいらっしゃらない方ですから、私も驚いていたのです」 「何か言っていませんでしたか?」 「料理の味に散々文句を言っていらっしゃいましたよ」 「味が薄いですとか、火が通り過ぎているですとか」 「酷い客だ」 「ふふふ、数馬様のことですから」 気分を害していないのか、睦美さんは愉しそうに笑う。 「数馬様は、なぜ脱会を?」 「聞くところでは、刻庵様のことで滸様と意見が合わなかったようですが」 「さすがに耳が早い」 「こちらも、脱会の理由を聞きに来たんです」 「私にはわかりません」 「ただ、数馬様なりに、奉刀会の行く末を考えてのことなのだと思います」 「槇のやり方が会の未来にとって良いとは思えません」 「そこが、彼なりに、というところです」 そう言いながら、ごつごつした焼き物皿を指先で撫でた。 「奉刀会を結成する時、刻庵様と数馬様、そして私の三人は一つの誓約を結びました」 「«三祖家»力を合わせ皇国再興の日まで戦い抜こう、というものです」 「私は誓いを破ってしまいましたが、数馬様はきっと今でも忘れていらっしゃらないでしょう」 「愚直なまでに真っ直ぐな方ですから」 口ぶりからすると、睦美さんは槇を信頼しているようだ。 二人の間には、俺の知らない繋がりがあるのだろう。 「刻庵殿との誓約があったのに、睦美さんはどうして会を抜けたんです?」 「武人も、いろいろな生き方をしていいと思ったからです」 「«三祖家»の家長が会に所属していると、どうしても脱会が罪と考えられてしまうでしょう?」 「ですから、私が率先して会を抜けたのです」 「意気地なしと〈詰〉《なじ》って下さっても構いません」 「わからない」 「誓約があったなら、槇か睦美さんのどちらかが会長になるべきだったように思えます」 「私も、数馬様が刻庵様の後を継ぐべきだと思いました」 「ですが、継げない理由があったのです」 初めて聞く話だ。 「これからお話しすることは、宗仁様の胸の内に留めて下さい」 「わかりました」 「«八月八日事件»のことです」 「そもそもあの事件は、誰かが決起の情報を漏らしたことが発端でした」 「決起の前の集合地点が共和国軍に漏れ、一網打尽にされたのです」 「誰が情報を漏らしたのかは、今でもわかっていません……ね?」 「ええ、不明のままです」 「検挙されたか、死亡したということで落ち着いていますね」 ……まさか。 俺の表情を見た睦美さんが微笑む。 「数馬様ではありませんが、興武館の門弟の一人です」 「共和国の息がかかった女性に騙されてしまったようですね」 「なんということを」 ふと、槇の言葉を思い出した。 「武人に恋など不要」 数馬「慣れぬ恋路に踏み入れば、ただただ迷うばかりよ」 「よく覚えておけ、鴇田」 そういうことだったのか、槇。 「で、その武人は?」 「数馬様に遺書を残し、自害しました」 「だから、数馬様は責任を感じて会長を継がなかったのです」 「なおかつ、数馬様は犯人を公表することもできませんでした」 「稲生派が槇派を糾弾し、会が割れることは目に見えていましたから」 「会が割れれば、奉刀会全体としては戦力が落ちる」 「はい。 刻庵様が拘束され、ただでさえ会が不安定なところで内部対立が起きれば、もはや終わりです」 「ですから数馬様は、ご自身の監督不行届を悔いながらも会に残られたのだと思います」 粗暴な印象が強い槇だが、胸の中では組織のことを考えていたのだ。 「槇がそういう人間なら、刻庵殿を嫌うあまりに脱会したというのはただの建前でしょうね」 「仰る通りだと思います」 「ただ、不器用な方ですから、なかなか本当の意図がわからないのです」 「何度それで困ったことか」 睦美さんの表情は、出来の悪い弟を苦笑しながら叱る姉のようにも見えた。 朗らかな様子で話してくれたが、とても表に出せない話だ。 「話してくれてありがとうございました」 「いえ、聞いて頂きたかったのです」 「奉刀会と……何より、滸様のためにも」 「私や数馬様はどこまで行っても他家の当主ですから、どうしても近い距離で支えることができません」 「滸様には、傍にいてくれる仲間が必要なのです」 「俺も支えるつもりでやってきました。 刻庵殿との約束でしたから」 「ただ、俺が思うに、滸には会を率いていくだけの実力があります」 「自信さえ持ってくれれば、支える必要などないくらいです」 俺の言葉を、睦美さんが目を細めて聞く。 「やはり、明義隊のことが胸にあるようです」 「無理もないことだと思います」 明義隊の隊長として、仲間と戦場に向かった滸。 結局、生き残ったのは彼女一人だった。 隊長だった滸が自分を責めるのは当然だ。 客席で掃除をしている滸を見つめる。 宮国と二人で、バケツを外に運んでいくところだった。 奉刀会を率いている現在、当時のことを思い出さないわけがない。 間違いなく、奉刀会会長は務まらないと考えているはずだ。 代行を名乗るのも、刻庵殿の救出を強く主張するのも、不安の発露に違いない。 「人の心は難しい」 「慣れないことに頭を使うと、剣術の何倍も疲れます」 色々考えたところで、俺は不器用な言葉しかかけられないのだ。 睦美さんや店長のように、気の利いたことを言えればいいのだが。 「負け戦で自信をなくしたのなら、勝って自信をつけるしかないと思います」 「言葉も力になるかもしれませんが、身体に刻まれた自信でなければ、いざという時に〈鍍金〉《メッキ》が剥げる」 「ふふふ、厳しいのですね」 「でも、半分は真実だと思います」 「あと半分は?」 「いつでも一人ではないと教えることでも、自信はつけられると思いますよ」 「しかし、俺は気の利いたことが言える男ではありません」 「言葉など不要です。 特に武人の男と女には」 睦美さんが、じっと俺の目を見た。 「宗仁様、剣を以てお言葉となされませ」 「背中を合わせて戦えば、驚くほど多くのことが伝わるものです」 剣を以て言葉とする、か。 胸の中に、すとんと落ちてくる。 きっと俺に向いているのだ。 「滸の傍を離れないように努めます」 睦美さんが大きく頷いた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「私が未熟だった」 滸「もっと早く撤退命令を出していれば、明義隊は全滅しなかった」 溜息と共に、稲生が言葉を吐き出した。 深い悔恨が夜の空気に滲んでいくようだ。 ゴミ捨てがてら話でもと考えていたのだが、気付けば長い休憩になっていた。 稲生も、相当溜め込んでいたのだろう。 一度話し始めると、堰を切ったように気持ちを語ってくれた。 最初に買った缶入りのお汁粉は、すでに冷たい。 「あの時自分は死ぬべきだったと、今でも思う」 「自分だけが生き伸びた理由がわからない」 「生き残ることで、できることもある」 朱璃「刻庵だって奉刀会を作り上げた」 「死んでしまったら、それすらできなかったでしょう?」 「かもしれない」 「でも、私はまだ何もできていない」 「槇が脱会したのも、私には命を預ける価値がないと判断したから」 稲生が首を撫でる。 「父上が拘束された後、奉刀会を継ぐべきは槇だったと思う」 「年齢、実力共に彼がふさわしい」 「でも、稲生が選ばれた。 それが全てでしょう?」 「血筋だと思う」 「なら、稲生が私に従うのも血筋のお陰?」 「違う!」 「宮国に忠誠を誓った時、私は確かに皇帝の空気を感じた」 「血筋のみに従ったわけじゃない」 「奉刀会の武人も、きっと稲生に棟梁の空気を感じているのよ」 「でなければ、命を預けることなんてできない」 「私は、明義隊を全滅させた武人」 「それを言ったら、私は国を奪われた皇帝の娘よ」 「本当に私を主と仰いでいいの? 私はその価値がある人間?」 「何を言うの!」 稲生が勢いよく立ち上がる。 「宮国は私の主」 「ありがとう」 「私も、あなたには臣下にする価値があると思ったから受け入れたの」 「誰でもいいわけじゃない」 「私にはもったいない」 「ねえ、稲生」 「私はね、あなたが稲生家の当主として武人を束ねてくれると信じてる」 「当主は……」 稲生の両肩を掴む。 「稲生っ」 「は、はいっ」 揺れる稲生の瞳を、真正面から見据える。 「私は稲生滸に言ってる」 「刻庵は関係ない!」 「……」 「組織を率いていれば、辛いことは沢山あると思う」 「でも、一つ一つを私が取り除くことはできないし、あなたの代わりに会をまとめることもできない」 「奉刀会の事はあなたに任せているから」 「宮国……」 「稲生ならきっと会を束ねられる」 「私の臣下は、あなた」 「期待に応えて」 稲生の張り詰めていた表情が歪んだ。 零れるものを見せないよう、稲生が俯く。 膝の上に落ちる涙から目を逸らし、夜空の星を見つめた。 「ところで、宗仁と何かあった?」 「朝から宗仁を避けてるでしょ」 「避けてない」 「ただ、あるべきようにしているだけ」 「あらそう。 お似合いだと思ってたんだけど残念」 「見立て違いだと思う」 「宗仁は、私のこと、何とも思っていない」 「でも、昔から一緒にいたんでしょ?」 「まんざらでもないように見えたけど」 「昔のことは、宗仁の中からなくなっている」 宮国が小さく息を飲んだ。 「私と宗仁は、まだ出会って三年」 「記憶がなくなるって、そういうこと」 「ごめん、想像力が足りなかった」 宮国がしゅんとする。 「気にしないで」 「今思えば、忘れてもらって良かったのかもしれない」 「なぜか、聞いていい?」 「ええ」 自分でも驚くほどの速さで、宮国に気を許している自分がいた。 何を話しても、真摯に受け止めてくれるという安心感があるのだ。 これも皇帝としての資質なのだろう。 「戦争の時の話だけど」 あの日、前触れなく始まった爆撃は一瞬で武人町を火の海にした。 宗仁が別行動すると切り出したのは、共和国の爆撃が起こった直後だった。 「すまない。 俺にはなすべきことがある」 宗仁「臆病風に吹かれたんじゃないよね」 「俺たちは武人だ」 「これからが見せ場じゃないか」 いつもと変わらない調子で、宗仁は下手な笑顔を見せた。 「わかったよ」 「宗仁は宗仁の戦いを」 「感謝する」 「何か不思議」 「私、宗仁とは一緒に戦えないって、ずっと前から思ってた」 「最期の瞬間は、きっと別々の場所で迎えるんだって」 「今から死ぬ気か?」 「大丈夫、また会える」 「では、な」 「あ……」 宗仁が足早に立ち去る。 行ってしまう。 もう会えないかもしれない。 そう思うと身体が反射的に動いた。 「宗仁っ!!」 宗仁が振り返る。 「私は宗仁が好き」 今までずっとずっと言えなかったことなのに、驚くほどはっきり言葉にできた。 口にしてしまえば簡単なこと。 想いは形を取り、胸の中で強い輝きを放ち始めた。 今までのような密やかな光ではない。 太陽のように遍く心を照らす、強い強い光だ。 「返事は、戦いが終わったら聞かせて」 「また、会えるんだよね?」 「もちろんだ」 宗仁が微笑んだ。 「武運を、宗仁」 「武運を」 「結局は二人とも生き残ったし、再会もできた」 「でも、宗仁は記憶を失った」 「私の言葉ごとね」 「私との日々はもちろん、名前すら覚えていなかった」 「再会した時の、宗仁の他人を見るような目が忘れられない」 「そんなことが」 宮国が悲痛な表情になった。 「宗仁を責めるつもりは毛頭ない」 「本当は、生きていてくれただけで嬉しい」 「それに、宗仁がいなかったら私は自害してたと思う」 「戦後の私にとって、宗仁の世話は生き甲斐だった」 「私がいないと、宗仁が駄目になると思えたから」 そこに宮国が入り込んできた。 だから私は強い抵抗を感じ、宗仁を取り返そうとした。 まるで幼子が人形を取られまいとするかのようだ。 みっともない限りだ。 「実は私もね、宗仁のこと素敵だと思ったことがあるの」 宮国がぼんやりと星空を見つめる。 「戦争の時、私は宗仁に命を助けられた」 「え?」 「私が天京から落ち延びる時間を稼いでくれたのは宗仁」 「彼がいなかったら、今の私はないの」 「じゃあ、私と別れた後の宗仁は」 明義隊を離れ、宮国を救いに行ったのか。 なぜ、そんな行動を?宗仁は密命を帯びていたのだろうか。 「宮国が羨ましい」 「あ、自慢しようとしたわけじゃないの」 「結局あいつは、『主との恋愛はない』なんて言うわけじゃない」 「だからまあ、お互い様かな、と」 「なるほど、確かに」 「宗仁はだいぶ損してる」 「私たち二人を逃してるんだから」 冗談めかして笑う宮国に釣られ、私も苦笑する。 私を慰めようと打ち明け話をしてくれているのだ。 「でも、私と違って、稲生はまだ終わったわけじゃない」 「宗仁から返事は……」 「いいの」 「宗仁には忘れてもらったままで」 「どうせ私の思いは叶わない」 「え? どうして」 宮国の表情が曇る。 「武人の女は、子を成すことができないから」 なぜ、折角慰めてくれている人をやり込めようとしているのだろうか。 お前はわかっていないと言うことで、何か鬱憤を晴らそうとしているのだろうか。 だとしたら、醜い。 「私は子を産めない」 困惑気味の宮国に、事情を説明する。 武人の強さの根源である武人因子は、原則男子しか発現しない。 私や睦美、子柚のように因子が発現した──戦える女子は百人に一人いるかいないかといったところだ。 そして、因子が発現した女子は基本的に子が成せない。 「そう、なんだ」 「ごめん、知らなかった」 「気にしなくていい」 暗い顔になる宮国に微笑みかける。 「武人の強さは血によって引き継がれる」 「だから、武人社会では、血を継ぐことが重視される」 「当然、子を成せない女の武人は価値が低い」 「端的に言えば、戦う以外に価値がないってこと」 「でも、そんな……だって……」 宮国が何とか慰めようとしてくれるが、言葉が見つからないようだ。 実際のところ、仕方ないのだ。 武人の数が減ることは、国防力の低下と同義だ。 血を継ぎ、子孫を増やすことも武人にとっては忠義の一つと言える。 「私のように因子が発現した女子は、戦うしかない」 「戦って戦って、男子以上に敵を斬らなければ、この世に生まれてきた意味がなくなってしまう」 「それが武人の女」 「宗仁も同じ考え?」 「おそらくは」 「あいつ」 宮国が勢いよく立ち上がる。 「待って」 柔らかく、女性らしい細腕を掴む。 「いま話したのは武人の常識。 宗仁は悪くない」 「でも、納得いかないじゃない」 「いいから、これで」 「稲生!」 「宮国!」 「いいから」 「どうして……」 脱力し、宮国がへなへなと腰を下ろす。 気がつけば、取り落とした汁粉が地面に染みを作っていた。 缶を拾い、砂に汚れた飲み口を指先で拭うと、妙に感傷的な気分になった。 「例えば、例えばの話」 「私が宗仁と結ばれたら、鴇田の家はおしまいになる」 「稲生家は分家が多いからいいけど、鴇田家は宗仁一人しかいない」 「私は、そういう我が儘をしたくない」 「なんというか、それは……」 「私は、その……」 「宗仁が……好きだから」 顔が燃えるように熱くなった。 いま水をかぶったら派手に湯気を上げるに違いない。 顔を上げていられず、ぎゅっと俯く。 「だ、だからこれでいい」 「私は、思いを告げられただけで満足すべきだと思う」 宮国の顔は見えない。 でも、なぜか微笑んでいるような気がした。 「純愛だね」 「ううん」 宮国が楽しそうに微笑む。 今日は、話を聞いてもらえて良かった。 全てを吐き出して気が楽になったし、何より、自分の進むべき道が見えた。 宮国の前に膝を突く。 「急にどうしたの?」 「私はもう、宗仁のことで揺らがない」 「己の全てを剣にかけ、主のために尽くしていく」 「大願成就のため、必ずや会をまとめてみせる」 「宗仁を諦めるの?」 「武人に恋愛感情なんていらない」 「槇が脱会したのも、色恋に揺れる私が気に入らなかったから」 「会長代行として、恥ずかしくない武人になっていこうと思う」 「恋をして恥ずかしいとは思わないけど……」 「いえ、会の事は稲生に任せます」 「必ずや会をまとめてみせて」 「わかりました」 深く頭を下げる。 宮国は主だ。 共に同じ道を走り、あれこれ手助けしてくれることはない。 その代わり、臣下を信頼し、全てを任せ、見守っていてくれる。 宮国のために全力を尽くそう。 私──そして武人の力で宮国を再び皇帝の座に。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 滸と別れ、俺と朱璃は帰途についた。 結局、槇の行き先はわからずじまいだ。 今日は仕切り直し、明日また捜索しよう。 「先程は、滸と何を話していたんだ?」 宗仁「秘密」 朱璃「宗仁には絶対に教えられない」 朱璃が悪戯っぽく笑う。 「女同士の秘め事という奴か」 「俺の知らないうちに、滸と親しくなっていたのだな」 「お陰様でね」 糀谷生花店が見えてきた。 裏手の入り口に向かおうとしたその時、建物の間から人影が現れた。 「!!」 朱璃を背中にかばい、一歩前に出る。 「鴇田、さん」 子柚「子柚! どうした!?」 地面に崩れ落ちそうになる子柚を支えた。 手に、ぬるりとした感触がある。 「怪我しているのか!?」 傷を確認すると、肩から背中にかけて鎖帷子ごと切り裂かれている。 凄まじい斬り口だ。 かなりの手練れにやられたのだろう。 「お……お伝えしなければならないことがあります」 「まず治療だ」 「朱璃、子柚を頼んだ。 店長を呼んでくる」 「ええ、急いで」 一時間後、応急処置が終わった。 「まだ痛むでしょうけれど、血は止まりました」 鷹人「命に別状はなさそうです」 「ありがとうございます、乾様」 子柚の顔には血色が戻っている。 「子柚、良かった」 滸慌てて駆け付けた滸が、子柚の手を握る。 「もったいのうございます」 「隠密行動中の負傷は私の手落ちでございますのに」 「指示を出したのは私だ。 よく戻ってくれた」 滸が頭を撫でると、子柚は嬉しそうに目を細めた。 子柚は、刻庵殿の生存情報の真偽を確かめるため、帝宮に潜入していたはずだ。 「それで、帝宮で何があった?」 「ご報告申し上げます」 「帝宮の地下牢で、刻庵様らしきお方を発見いたしました」 「本当か!?」 情報は本当だったのだ。 「父上のご様子は? ご健勝でいらっしゃったか?」 「壁にもたれて座っておいででした」 「ただ、遠目に見ることしかできませんでしたので詳しいことは」 「申し訳ございません」 子柚の表情が暗い。 「実は、もう一点ご報告が」 「帝宮である方のお姿を目撃しました」 「槇様です」 全員が押し黙った。 なぜ、槇が帝宮に?「単身で斬り込んだのか!?」 「逆です」 「槇様は、帝宮の警備をなさっていました」 「『これからは、禁護兵として食っていく』と……」 「あいつ……姿が見えないと思ったら」 よりにもよって、小此木直属の禁護兵に入るとは。 「(なぜだ、槇)」 頭にあるのは、睦美さんの話だ。 不器用ながらも、奉刀会のことを考えていた槇。 今回のことにも何か意図があるのだと思いたい。 「あの男、どういうつもりだ」 「少なくともお味方ではありません」 「私を斬ったのは槇様です」 「子柚を斬るとは」 滸が拳を強く握る。 「槇相手によく生き延びた。 まずはそれだけで手柄だ」 「いえ、私は生かされたのです」 「槇様より、ご伝言が」 子柚が小さく折り畳んだ紙を滸に手渡す。 「刻庵の命は俺が預かっている」 数馬「老いぼれを助けたければ、帝宮まで会いに来い」 「先日の爆発騒ぎで石垣にデカい穴が空いている。 今なら地下牢まで入れるだろう」 「間違っても会を挙げて乗り込んでくるなよ」 「俺が斬りたいのは稲生、お前だけだ」 「来る来ないはお前に任せる」 「だが、俺が小此木に情報を漏らせば、奉刀会は終わりだってことを忘れるな」 「どうしても、私を斬りたいらしいな」 「罠ね。 入口まで指定するなんて胡散臭い」 「腐っても武人だ、絶対に罠は仕掛けない」 「保証なんてないじゃない」 「いや、それだけはわかる」 「«三祖家»の当主が罠を仕掛けるなど、末代までの恥だ」 「稲生は行くつもり?」 「父上の生存が確認された」 「槇がいてもいなくても救出すべきだ」 反対する者はいない。 「明日夜、予定通り父上を救出する」 「槇はどうするの?」 「私が排除する」 翡翠帝が机に向かい黙々と筆を動かしている。 「『今年も桃の香る季節になりました』」 翡翠帝「『この温かな日を、どのようにお過ごしでしょうか』」 「『お義兄様のことですから、季節にかかわらず、剣の鍛錬に心血を注がれていらっしゃるのでしょうね』」 「『奏海は見なくともわかります』」 彼女の日記には、いつも赤裸々な感情が綴られている。 「『お義兄様のお傍にいられたらと切に思います』」 「『そうしたら、お義兄様に精の付く食事をお作りできますのに、残念でなりません』」 しばし、義兄と食事を共にする光景を夢想する。 ぼんやりとした、それでいて心地よい熱が小さな胸一杯に広がっていく。 「『先日、終戦記念式典でとても恐ろしい目に遭いました』」 「『私の近くで爆発事件が起こったのです』」 翡翠帝の脚に震えが走った。 爆音と視界を覆う黒煙、焦げた匂い。 人々の悲鳴と怒号。 それら全てが、彼女に三年前の戦争を想起させる。 「『お義兄様の傍にいられない生活は空虚そのものです』」 「『だから自分などは別に死んでも構わない』」 「『私はいつもそう思っていました』」 「『でも、爆発事件に巻き込まれた時、私の中に違った思いが湧き上がってきました』」 「『私は恐ろしかったのです。 死ぬことが、怖かった』」 筆先が震え、文字が僅かにゆがむ。 「『奏海も鴇田家の娘。 死を恐れたことはありません』」 「『ですが、死んでしまえばもうお義兄様にお会いすることは適いません』」 「『それが、ただそれだけが恐ろしくて仕方がなかったのです』」 学院で見つけた武人のことを思い出す。 翡翠帝の義兄に瓜二つだった。 抱かれた時に感じた胸板の厚さも、手の感触も、漂ってくる匂いも義兄そのもの。 当人は記憶がないと言っていたが、翡翠帝は義兄に間違いないと考えていた。 何とかしてもう一度会うことはできないだろうか──ドアがノックされた。 愁いに満ちていた翡翠帝の表情が、明るく輝く。 日記を引き出しに隠し、鏡の前でそそくさと髪を整える。 その姿は、意中の男子と会う前の女子そのものだ。 「は、はい」 「どうぞ」 「失礼します」 エルザ「お邪魔だったかしら」 エルザが小首を傾げる。 綺麗な髪がサラサラと音を立てそうだった。 「いいえ、もちろん大丈夫です」 「どうぞ、お入り下さい」 「ありがとうございます」 一礼してから入室し、エルザは洗練された仕草でドアを閉めた。 皇国の作法とは異なるが、エルザもまた上流階級の教育を受けている。 「お怪我の具合はいかがですか」 「問題ありません」 「わざわざ医者をご手配下さり、ありがとうございました」 翡翠帝に明るい笑顔を返すエルザ。 二人の立場を知らない人間には、学友が談笑しているようにしか見えないだろう。 「学院へ行くことは、まだ適いませんか?」 「申し訳ございません。 安全が確保できるまで、今しばらくお待ち下さい」 爆発事件以降、警備上の理由で翡翠帝は部屋での生活を余儀なくされていた。 籠の鳥としての生活に慣れた翡翠帝ではあるが、自室から出られないとなれば息も詰まる。 そんな彼女の心情を察し、エルザは連日に部屋を訪れていた。 最初は警戒していた翡翠帝だが、エルザの気さくな人柄に好感を持つのに時間はかからなかった。 翡翠帝は、齢の近い同性との会話に飢えていたのだ。 「おかけ下さい」 応接用の長椅子に座りながら、翡翠帝がエルザに向かいの席を勧める。 「ありがとう」 「!?」 エルザが座ったのは、あろうことか翡翠帝の隣だった。 「お嫌でしょうか?」 青い瞳が、身を硬くする翡翠帝の顔を覗き込む。 「そ、そんなことはありません」 「ふふ、驚きましたか?」 「え、ええ。 少しだけ」 「エルザ様は意地悪なのですね」 「共和国では、親愛の情を示すとき、隣に座るものなのです」 「左様でしたか。 積極的なお国柄なのですね」 あからさまに緊張する翡翠帝を、エルザは歳の離れた妹を見るような目で見つめる。 「今日から、私の部隊が帝宮に詰めることになりました」 「これからはいつでもお会いできますね」 「本当ですか?」 「ご迷惑でしょうか?」 「まさか、本当に嬉しく思います!」 両手を胸の前で合わせて微笑む。 「先日頂いた根付ですが、携帯のストラップにさせて頂いてます」 「ほら。 案外似合うものでしょう」 携帯を取り出して見せるエルザ。 二人の顔の間で、木彫りの根付がゆらゆらと揺れる。 「まあ。 そのような使い方もあるのですね」 「ところで、この根付はどこで入手されたものですか?」 「どこと言われましても。 普通に店先で買い求めましたので」 微笑みを崩さないエルザだが、翡翠帝の失言は聞き逃さない。 皇帝が普通に店先で買い物などするわけがないと、共和国人のエルザですら想像がつく。 「(何だか、面白いものが釣れそうね)」 予想外の大物の予感に、エルザは内心の高揚を抑えられない。 「いつ頃のお話ですか?」 「よくは覚えていませんが、何年も前のことです」 そう言いながら、なおも思い出そうと首をひねる翡翠帝。 真摯な様子に、少女の言葉に嘘はないと感じるエルザ。 「どうしました?」 「別に何も」 「ただ、美しい唇だと思って」 「な、何をもう!」 顔を真っ赤にして、身体を縮める翡翠帝。 紅潮した首筋を目にしたエルザの中で、翡翠帝の歯ごたえのなさに醒める自分と、妙な嗜虐心が交差する。 「ところで、陛下は皇国の未来をどうお考えですか?」 「どう、とは?」 「どのような国の形を理想とお考えか、今後のために伺いたいのです」 「私は、国のことを語る立場にはありません」 「ご存じでしょう? 私はただのお飾りです」 「何を仰います」 「隠さなくても結構です。 女官でも知っていることですから」 「おいたわしいことです」 「しかし、仮にそうであったとしても、理想はおありなのではないですか?」 「理想ですか」 躊躇いを見せる翡翠帝に、エルザはもう一押しすることにする。 「この部屋で話したことは陛下と私だけの秘密です。 どうぞご安心を」 「なぜエルザ様は親身になって下さるのですか?」 「あなたと友人になりたいからです」 「それだけではいけないでしょうか」 「いいえ、嬉しく思います」 エルザが欺くことに罪悪感を覚えるほど、翡翠帝の言動は純粋だった。 だが、エルザに詫びるつもりはない。 理想の国家を作るために必要なことだ。 「私はただ、この国が平和で、皆が幸せであればそれでいいと思っています」 「戦争は嫌いですし、侵略をした共和国を許すことはできません」 「ですが、共和国の“全ての人々が平等”という考え方には賛同できます」 翡翠帝の口から飛び出したのは、特権階級の頂点にいる者とは思えない言葉だった。 「陛下は素晴らしいお考えをお持ちです」 「いずれは、陛下がご自身の手でこの国を治めては如何でしょうか」 「それは、どういう意味ですか?」 「今のような間接統治は、皇国と国民に大きな負担を強いるものだと私は考えています」 「陛下が自ら国を治めることができれば、それが一番です」 「宰相の存在も、必要なくなります」 「それは、皇国が共和国から独立する、ということですか?」 「ええ」 こともなげに頷いたエルザを、翡翠帝は驚いたように見つめていた。 「陛下がお望みでしたら、それも不可能ではないでしょう」 「私は協力を惜しみませんよ」 エルザの描いた青写真はこうだ──翡翠帝が独立のために立ち上がれば、武人たちは喜び勇んで馳せ参じるはず。 そこを共和国軍が一網打尽にする。 地下で息をひそめている武人を引っ張り出すには、最も効果的なやり方だ。 「そのような大それたこと、私には想像することができません」 「ですが、ありがとうございます、エルザ様」 「私を励まして下さっているのですね」 翡翠帝は、エルザの言葉をお伽噺だと受け取った。 無論、エルザは本気で話している。 翡翠帝が思うほど、皇国における皇帝の影響力は小さくない。 その気さえあれば、大規模な反乱を起こすことも難しくないとエルザは考えている。 「(今はまだ、ここまでか)」 エルザとしては、翡翠帝の気持ちを確かめることができただけでも大きな収穫だった。 「では、今日はそろそろ……」 腰を浮かせたエルザの目が、ベッドに置かれた携帯音楽プレイヤーに留まった。 正確には、その隣に置かれた音源のジャケットにだ。 「菜摘、でしたか」 「ご存じなのですか!」 翡翠帝が声を弾ませる。 「あ、いえ……その……」 「彼女の歌が好きなのです」 「共和国風に言うと、ファンというものなのでしょうか」 「おかしい、でしょうか」 「いいえ、全く」 「彼女は、全ての皇国民に勇気と希望を与えていると聞いていますから」 エルザはもちろん、菜摘の正体を知っていた。 菜摘の興行収入が奉刀会の残党に流れている可能性は極めて高く、ぜひ取り締まりたいとも思っている。 しかし、彼女の圧倒的な人気故に、下手に拘束すれば国民の反感を買うのは必至。 警戒しつつも手が出せない、というのが実情だった。 更に、菜摘のプロモーションに来嶌紫乃が絡んでいるのも厄介な点だ。 興行収入の一部は来嶌経由で小此木やウォーレンに流れており、二人とも菜摘の人気を歓迎している。 菜摘の取り締まりを幾度かウォーレンに訴えたエルザであったが、結果は無残なものだった。 エルザとしては、菜摘に『上手くやられている』との印象が強い。 「陛下は、彼女の歌のどんなところがお好きですか?」 「そうですね……」 思い出すように、細い指先をあごに触れさせる翡翠帝。 「彼女の歌を聞いていると、気持ちが安らぐといいますか」 「声に親しみを覚えるのです」 「気のせいかもしれませんが、どこか懐かしい気持ちがするのです」 「エルザ様、聞いてみますか?」 翡翠帝が、イヤホンの片方をエルザに差し出す。 翡翠帝が、手ずからエルザの耳にイヤホンを差し込む。 聞こえてきたのは、街でよく流れている流行歌だ。 「(稲生の歌か)」 いつも仏頂面で話している少女が、こんな愛らしい歌を歌っているかと思うと、どこか空恐ろしいものを感じるエルザである。 しかし、目下、エルザの頭を占めているのはもっと重要なことだ。 ──翡翠帝からもらった根付に興味を示した鴇田宗仁。 ──それを、鴇田の家族が持っているのを見たことがあるという稲生滸。 ──皇帝の身ながら、根付を店で買ったという翡翠帝。 ──彼女はまた、稲生の歌声に懐かしさを覚えるという。 ──翡翠帝が、応急処置の技量に長けているのも見逃せない。 エルザには簡単なパズルだ。 少なくとも、三人に何らかの繋がりがある可能性は高いように思えた。 「今度、『菜摘』を帝宮に招待しましょうか」 「そんなことができるのですか?」 「ええ。 皇帝のお召しとあれば、断ったりはしないでしょう」 「呼ぶのが無理なら、お忍びで公演に行くこともできるでしょう」 「私がお供いたします」 純粋に嬉しそうな笑顔を見せる翡翠帝。 エルザの意図には全く気づいていない。 「楽しみにしていてください」 エルザの微笑みには、抑えきれない興奮が滲んでいた。 翡翠帝の部屋を辞したエルザの前で、一人の男が頭を下げた。 「これはこれはエルザ様、陛下とどんなお話を?」 小此木「帝宮に詰めることになった旨、ご報告申し上げたの」 「陛下のことをお気にかけて下さり、誠にありがとう存じます」 「ところで」 本題が来た、とエルザは内心身構える。 「エルザ様のみならず、共和国の部隊を引き連れておいでのようですが、どういったおつもりでしょうか?」 「武人の件は、この小此木にお任せ下さるとのお話だったはずでは」 微笑みの下から、小此木がエルザを睨む。 自分の庭を共和国軍がうろつくのは、小此木の望むところではない。 せっかくの計画が台無しになってしまうからだ。 「宰相のやり方を勉強させてもらいにきたの。 邪魔はしないわ」 「でしたら、部隊は要りますまい。 エルザ様の御身は私がお守りいたします」 「自分の身は自分で守ります。 あなたに余計な手間はかけさせたくありません」 「共和国軍がいては、禁護兵が遠慮して動きが鈍ってしまいます」 「出しゃばるような真似はしないわ。 こちらのことは気にしないで」 一方、エルザとしては、武人を小此木に捕らえさせるつもりはなかった。 できることならば自分が始末を付けたい──その思いから、『小此木のやり方を見学する』名目で自分の部隊を帝宮に入れたのだ。 エルザが帝宮にまで乗り込んだのは、プライドの問題だけではない。 彼女が武人を捕らえれば、禁護兵の力不足を理由に、更に多くの共和国軍を帝宮に送り込むことができる。 最終的には、禁護兵を解散させ、帝宮の警備権を小此木から剥奪することができるかもしれない。 帝宮で私腹を肥やすばかりの小此木も、共和国軍に囲まれれば民主化を加速せざるを得まい──という目論見をエルザは持っていた。 終戦から現在まで、小此木は共和国軍が帝宮に入ることを拒んでいたし、総督ウォーレンもそれを容認している。 共和国の戦争の大義に従えば、総督は小此木の専横を〈糺〉《ただ》し、皇国の民主化を指導するべき立場だ。 にもかかわらず、ウォーレンは小此木からの資金提供に目が眩み、小此木の我が儘を許している。 所詮は同じ穴の狢、皇国民から搾取することしか考えていないのだと、エルザは苦々しく思っていた。 だからこそ、今回のチャンスをエルザは逃したくない。 小此木が作り上げ、総督ウォーレンが庇護する搾取構造に楔を打ち込みたいのだ。 「まだ何か?」 「いえ、十分でございます」 「よろしい」 エルザが、小此木の脇を足早に通り過ぎる。 背中を向け合いながらも、二人の視線は激しく交錯していた。 エルザによる、再三の民主化要求をのらりくらりと躱す小此木──小此木の庭である帝宮に、何かと土足で踏み込んでくるエルザ──二人の間には、終戦直後から埋めがたい溝がある。 そして、互いが互いの真意を測りかね、探り合っていた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 車の窓から、街灯に照らされた桃花がよく見える。 例年より開花が遅れていた桃は、ようやく今、満開になっていた。 「夜の桃も美しいものね」 朱璃「昼とは違って色気があるな」 宗仁「何なら、帰りに花見でもしていくか」 「名案。 刻庵も一緒なら言うことなしね」 俺の軽口に、朱璃も軽口で答えた。 「少しは緊張してくれないか」 滸滸が呆れたようにため息をつく。 「朱璃は緊張すると口が軽くなるらしい」 「宗仁に乗っただけ」 「車の中で喧嘩するな。 怪しまれる」 車内が静かになる。 俺も朱璃も、帝宮への侵入を前に気持ちが昂ぶっていた。 「皆様、流石ですね」 子柚「これから潜入だというのに、冗談を言う余裕があるなんて」 揺れる車内で、子柚は帝宮の図面を穴が空くほどに睨んでいる。 ちなみに、俺たちが乗っている車は、乗り慣れた糀谷生花店のものではない。 扉の外には『来嶌建設』の文字がある。 爆発事件があった式典会場付近は、立ち入りが禁止されている。 今、怪しまれずに近づくことができるのは、石垣の補修を請け負っている来嶌建設の車両だけだった。 滸が紫乃に掛け合って車を借りてくれたのだ。 紫乃としても危険な行為だろうが、滸曰く、あっさり許可してくれたらしい。 「じゃ、これで一つ、貸しということで」 紫乃「ずいぶんあっさりね」 「嫌なら取り消す」 「いや、お願い。 ぜひに」 「はっはっは、見損なってもらっては困る。 私はこれでも皇国を愛しているんだ」 「血の半分は共和国人のものだけれど、心は完全に皇国人さ」 「だって唐揚げとか焼き肉にはライスだろ?」 「貸しにはするんだ」 「皇国では、タダほど高いものはないと言うだろ?」 「だからきちっと貸しにするんだ。 これはむしろ優しさだよ」 「貸しは返せば済むじゃないか?」 「返すものによるけど」 「それはゆっくり考えておくよ」 「どうしよう。 滸に一晩相手をしてもらおうかな?」 「下衆」 「ははは、はっきり言われると気持ちがいいな」 「大丈夫大丈夫、悪いようにはしない」 「きっと安い買い物だったと思うだろう」 「借りておいてなんだけど、もし共和国に追及されたらどうする?」 「武人に盗まれたことにするさ」 「盗難保険も入っているし、壊してくれても構わないぞ」 「こちらとしては車が新しくなって助かる、はっはっは」 「ああ……」 お陰様で、共和国管区の検問も楽に通過。 そこらじゅうで目を光らせている歩哨も声をかけてこない。 「紫乃には感謝しないとな」 「紫乃は、『気をつけろ』とも『生きて帰ってこい』とも言わなかった」 「ただ黙って私達に投資してくれた」 滸が手元の呪装刀をきつく握る。 «〈不知火〉《しらぬい》»だ。 業物の中の業物、«〈不知火〉《しらぬい》»を知らぬ武人はいない。 稲生家の家宝であり、武人の棟梁の証ともされる呪装刀だ。 「強そうな呪装刀ね」 朱璃が伸ばした手を、そっと押しとどめる。 「他人の刀に許可なく触れてはいけない」 「あ、ごめん」 「武人の作法だから、知らなくても仕方ない」 「父上を救出したら、許可を取ってみよう」 「滸、«不知火»はお前のものであるはずだ」 「父上を救出すれば父上のもの」 決めつけるように言って、滸は前を向く。 議論する気はないようだ。 その証拠に、滸はもう一本、自分用の刀を持ってきている。 「ねえ稲生、帝宮に入った後のことなんだけど、私に«三種の神器»を探させてくれない?」 「«三種の神器»を?」 朱璃が、古杜音から聞いた神器の話を伝える。 「古杜音の話だと、«天御剣»は天変地異を起こせるほど強力な呪装刀みたいなの」 「伝説じゃなくて、現実に」 「な、なんと……」 滸がごくりと唾を飲んだ。 「ぜ、ぜひ一度拝見してみたい」 「ああ、どんな刃文なんだろう?」 「いや、見ることが叶わなくても、同じ空気を吸うだけでもいい」 「あの、滸様?」 「あ、すまない」 予想通り、刀への偏愛を示す滸である。 「あ、うん、まあそれは後で存分にやってもらうとして」 「もし«天御剣»が手に入ったら、奉刀会にとっては天の助けじゃない?」 「共和国軍だって倒せるかもしれない」 「確かに」 「しかし、現実的に考えて、奉刀会の作戦として«三種の神器»を取りに行くのは難しい」 「探せるとしたら、今夜しかないと思う」 奉刀会を挙げて帝宮に侵入するなど、もはや武装蜂起したのと同じことだ。 «三種の神器»を探している場合ではない。 「神器の場所はわかっているのか?」 「帝宮の奥に«〈紫霊殿〉《しれいでん》»っていう皇帝専用の神殿があるの。 おそらくはその中に」 滸が数秒考える。 「悪くない話だと思う」 「神器がこちらの手にあれば、大いに役に立つ」 「じゃ、話は決まりね」 しばらくして、石垣の工事現場に到着した。 「さて、行こうか」 「はい!」 子柚の傷は店長の手当もあり、作戦行動には支障ない程度まで回復している。 足早に工事用の幕の中に入り込む。 石垣に空いた穴は、身の丈の倍はある岩で塞がれている。 「下がっていてくれ」 呪装刀を抜き放ち、一閃。 修復用の石に切れ目が走る。 後は軽く手で押すだけで、石は脆くも崩れた。 「やるじゃない」 「普通だ」 「かわいくないなあ、せっかく褒めたのに」 「朱璃、道案内を頼む」 「はいはい」 穴に入ると、すぐに整備された通路に出た。 「比較的頻繁に使われている通路ですね」 皆の表情が緊張で固くなる。 いつ禁護兵と遭遇してもおかしくないということだ。 「この辺は、非常用の抜け道ね」 「子供の頃、よくかくれんぼして遊んだものよ」 「地下牢はどこだ?」 「こちらだと思います。 構造上、空間があるでしょうから」 「それに僅かに物音が感じられます」 子柚の頭の上で、獣の耳がぴくりと動く。 「子柚? 気になってたんだけど、それ何?」 「あ、これですか?」 子柚が、頭の耳とお尻の尻尾を撫でる。 まるで狐が人に化けたかのように見える。 「私の呪装刀の効果というか、副作用というか」 「感覚が動物並みに鋭敏になる代わりに、おまけが付いてくるんです」 「触ってもいい?」 「作戦中はやめて下さい。 変な声が出てしまいます」 そそくさと先に進む子柚。 しばらくすると、分かれ道にぶつかった。 今のところ禁護兵とは遭遇していない。 「地下とはいえ、あまりに手薄ではないか?」 「前に帝宮に来た時には、まさに蟻の這い出る隙間もないって感じだったよね」 「罠でございましょうか?」 皆で顔を見合わせる。 「警戒を怠らず進もう」 「子柚、どちらの道に行けばいい?」 「直進すれば地下牢、階段を上れば帝宮の奥に出るかと思います」 「一緒に行動するのはここまでね」 「私は«三種の神器»を」 「私は父上を」 二人が頷き合う。 「子柚、私と来い」 「宗仁は宮国と行ってくれ」 「かしこまりました」 「ちょっと待って、私は一人でも平気」 「宗仁は滸の傍にいて。 槇とぶつかることになったら大変でしょ」 「こちらの心配は無用だ」 二人の主張がぶつかった。 さて、どうすべきか。 滸に同行する朱璃に同行する指定されたラベルは見つかりませんでした。 「俺は滸と行く」 宗仁迷うことはない。 滸を支えるのは、朱璃の指示でもある。 「ただし、朱璃も一緒だ」 「私は一人でも平気」 朱璃「こちらも問題ない、宗仁は宮国を守れ」 滸「宗仁は稲生と一緒に行きなさい」 議論は再び平行線だ。 「伊那子柚、発言してよろしいでしょうか」 子柚「何だ?」 「先に地下牢を確認してから神器を調べるのはいかがでしょう?」 「槇が地下牢にいたら足止めを食うでしょ? 神器を調べられないかもしれない」 「わかりました」 子柚が腕組みをして仁王立ちになる。 「私が一人で神器を調べて参ります」 「滸様のお傍を離れるのは断腸の思いですが、このままでは話がまとまりません」 「わかった、子柚に頼もう」 「皆もそれでいいな?」 「ええ」 「すまない」 「じゃあ子柚、少し打ち合わせを」 朱璃と子柚が図面を広げて相談しはじめる。 朱璃しか知らない通路もあるのだろう。 「宗仁、優先すべきは主だろう?」 「滸も大切だ」 「お前の傍にいると言ったじゃないか」 「それは、そうだが」 ばつが悪そうに視線を漂わせる滸。 「わかった」 「こうなれば、一刻も早く父上をお助けするまでだ」 子柚と別れ、三人で地下牢を目指す。 「っっ!」 朱璃が眉根を寄せて小さく唸る。 僅かな風にのって、すえた匂いが流れて来ていた。 腐肉の匂いだ。 通路の両脇には赤錆びた鉄格子が並び、ランプの明りが手招きをするように揺れている。 本能がちくちくと警戒を促してくる。 「いるな」 「ああ」 静かに抜刀し、闇の彼方を見つめる。 じっとりと空間にこびりついた闇の中に、男が立っている。 「遅かったじゃねえか」 ??「槇か」 槇が薄明かりの中に出てきた。 その足元では、血溜まりがぬらりとした光沢を放っている。 「お前一人か?」 「ああ。 ここで待たせてもらってた」 数馬「退屈すぎて、少し早まっちまったがな」 槇が足元に倒れていた男を爪先で蹴る。 「父、上……?」 転がった身体は、干し肉のようにやせ衰えている。 手足には指が一本もなく、足首には深い傷。 歩けないよう腱が切られているのだ。 壮絶な拷問の痕だった。 「念のため言っとくが、俺が拷問したわけじゃない」 「虫の息で呻いてたところを楽にしてやったんだ。 ご遺族様は涙を流して感謝してくれてもいいんだぜ?」 「ま、介錯の手数料はまけといてやろう」 「……」 滸が無言で刀を握る。 「そう睨むなよ」 「俺だって元気な刻庵を殺したかったさ」 「だがまあ、こんなゴミみたいになっちまったら、生かしておいても仕方ないだろ」 「会に連れて帰ったところで士気が下がるだけだ」 「貴様ああッッ!!」 滸が疾風となる。 火花が、暗い地下牢を壮絶に照らした。 滸の一撃を、槇は正面から受け止めている。 「手は抜かなくていいんだぜ?」 「滸!」 「手を出すな!」 「……わかった」 これは滸の戦い。 手を出さず、見守るべきだ。 「一騎打ちだ、槇」 「父上の仇、今ここで取らせてもらう」 「そのつもりで待ってたんだ、稲生」 槇が引きざまに白刃を薙ぐ。 調子に乗って前に詰めれば、途端に喉笛を斬り開かれる。 だが、滸は敢えて踏み込んだ。 腰を落とし、槇の刃をかいくぐる。 滸、渾身の刺突。 研ぎ澄まされた切っ先が、流星の如く槇を狙う。 「よっと」 「!!!!」 滸の身体がのけぞって浮いた。 踏み込んだ滸の顎を、下から槇の膝が捉えたのだ。 「ちと、甘いんじゃねえか」 槇の剛剣が唸りを上げて振り下ろされる。 「稲生っっ!!」 「ぐあっ!!」 滸が鞠のように地で撥ねた。 身体は両断されていない。 間一髪、受けたのだ。 「ごほっ……ぐ……」 何とか立ち上がる滸を、槇が哀れむような目で見る。 「話にならんな、稲生」 「まだまだっ!!!」 再び打ち合わされた刃から、火の粉が飛び散った。 怒りだけが先走り、滸の斬撃は力任せで単調だった。 一方の槇は、笑みを浮かべるほどの余裕を残している。 「英雄には死に方ってものがある」 「八月八日、刻庵は皆を守るために捕まり、壮絶な拷問を受けるものの口を割らず死亡」 「娘のお前は、刻庵の仇を取るために立ち上がる」 「それが綺麗な流れってもんだ!」 「巫山戯るなッッ!!」 滸渾身の一撃。 だが、それもいとも簡単に回避されてしまう。 反対に槇の刃が閃き、滸の身体を薙いだ。 「くっ!」 反射的に跳びすさるものの、切っ先は滸を捉えている。 鮮血が滴り、床に赤い模様を描く。 出血量から見るに、傷は浅い。 しかし、滸が押されているのは明白だった。 「実につまらねえ」 槇の白刃が唸り、滸が辛うじてそれを防ぐ。 続けざまに下段から空気を震わすような一撃が放たれ、滸の刀を跳ね上げる。 滸の手を離れた刀がくるくると回りながら飛んでいき、遠く離れた床に突き立った。 「っっ!!」 「どうした?」 「獲物は一つだけじゃねえだろう?」 槇が滸の腰を見る。 そこには、もう一本の呪装刀がある。 刻庵殿のために滸が準備した呪装刀──«不知火»だ。 「怖いのか?」 「«不知火»を抜くのが怖いのか?」 「っ……!」 «不知火»の柄に手をかけたが、それ以上は動けない。 滸の身体が小さく震えている。 「«不知火»は稲生家の当主にしか真の姿を見せない」 「抜いてしまえば、お前の格ってものがはっきりしちまう」 「だから抜けないんだろ?」 「違う」 「これは父上の呪装刀だ。 だから私は……」 これまで滸は、自分が当主であることも奉刀会の会長であることも否定してきた。 刻庵殿に遠慮しているのかと思っていたが、今やその死が確認されているのだ。 滸の逡巡は、遠慮ではない。 自信──。 滸は、明義隊を壊滅させた自分を信頼できていない。 だから、意識してか無意識にか、刻庵殿の陰に隠れてきた。 奉刀会でも懸命に勤めてはいたが、それらも全て『会長代行』として、刻庵殿の代わりとしてだった。 問題の核心からは、目を背け続けてきたと言える。 いずれ向き合わなければならぬなら、今がその時なのではないか。 「刻庵は死んだ。 そいつは紛うことなきお前の刀だ」 「さあ、抜け」 「抜いて、お前が何者なのか教えてくれよ」 滸の震える手が、«不知火»の柄を握りしめる。 ゆっくりと引き抜かれる刀身。 「く……」 鞘から姿を見せたのは、輝きのない、くすんだ刀身だった。 槇は、しばらく無言で«不知火»の刀身を見つめる。 「駄目か」 「ここまで来ても駄目なのか、お前って奴は」 抜き身を下げたまま、槇が滸に近づいていく。 滸の目は槇を見つめているが、果たして滸に見えているのか。 血の気を失った頬を伝い、脂汗が滴り落ちる。 「お前を庇って死んでいった明義隊の奴らの不憫なことよ」 「あるいは連中に人を見る目がなかったのか」 「くぁっ!」 滸が吹き飛び、地下牢の鉄格子に激突する。 辛うじて刀は受けている。 だが、滸はうずくまったまま立ち上がれない。 「稲生っ」 「待て」 割って入ろうとする朱璃を手で制する。 「これは滸の戦いだ」 「宗仁!!」 槇が俺の目を見てきた。 瞳は先程までの狂犬のそれではない。 百年を生き抜いてきた老虎のような、清々しい瞳だった。 ──あの時の視線と同じだ。 思い出したのは、奉刀会本部で槇と滸が決裂した後のことだ。 机を蹴って退出する槇は、行動とは裏腹、こんな目をしていた。 何か意図があるのだ。 睦美さんの話を聞いた今、確信できた。 「お前はここで死んだ方がいい」 「貴様が会長では、奉刀会は明義隊の二の舞だ」 滸の身体がぴくりと震えた。 明義隊の……二の舞?それだけが、妙にはっきりと聞こえた。 槇の言う通りだ。 «不知火»に認められぬ私は、稲生家の当主の器ではない。 会長の地位にあれば、いずれ皆を地獄へと導いてしまうだろう。 三年前のあの日のように。 瞼の裏に戦場の光景が思い起こされる。 いくら斬っても波のように押し寄せてくる敵軍。 無数の銃弾が、仲間たちを瞬く間に肉塊に変えていく。 ごめんなさい、ごめんなさい。 私の無茶な命令が皆を殺してしまった。 なのに、どうして自分だけが生き残ってしまったのか。 ずっとずっと、罪の意識が消えなかった。 罪滅ぼしをしようと、会長代行としても努力し、菜摘としても精一杯やってきたつもりだ。 でも、結果はこれだ。 皇国を再興させることも、父上を助けることも、仇を取ることもできなかった。 結局何もできないまま、こうして死んでゆく──「稲生っ! 立ちなさいっ!」 宮国?「諦めることは許さないと命じたはずっ!」 「義務を果たすと誓ったのは嘘だったの!!!」 「……違う……」 自分の喉から声が出る。 明瞭になった視界の中で、槇が呪装刀を振り上げていた。 「!!!」 咄嗟に横に飛ぶ。 転がり込んだのは、宗仁の目の前だった。 「宗仁」 宗仁が、無言のまま一歩下がった。 よく見れば刀すら抜いていない。 「鴇田は助けねえぜ?」 「そいつは餓鬼の癖して筋ってもんがわかってる。 ま、そこが可愛くねえんだがな」 「主との誓約を違える武人は助けられない」 「!?」 「稲生滸の忠義はどこへ行った?」 「主命絶対を忠義とするならそれでいい」 「今この瞬間、自分の忠義に命をかけろ」 「あ……」 私がエルザに言ったことだ。 「戦わねば守れないものがある」 「なにも戦争の話だけじゃない」 「国も仲間も忠義も自尊心も、およそ価値のあるものは戦わねば守れない」 「戦うのは、滸、お前だ」 『戦わねば守れないものがある』と、かつて宗仁は言った。 「守りたいものを自分の手で守れるというのは、幸せなことだと思う」 「大切なものの運命を誰かに委ねるのは、悲しすぎるだろう」 「戦った結果がどうあってもな」 「俺は自分の手で戦えることを誇りに思っている」 私はまだ戦える。 心臓は止まっていないし、腕も脚もくっついている。 そして、何より幸運なことに──守るべき忠義は、まだ私の中にある。 誰かに委ねなくてもいい。 私が、この手で、守る事ができるのだ。 «不知火»を握り、立ち上がる。 「まだやるか?」 「無論」 刀を構える。 切っ先に震えはない。 あるはずがない。 己の忠義を守るため、まだ戦うことができるのだ。 身体を満たすのは、武人としての歓喜のみ。 不安や恐怖の入り込む余地など、あるわけがない。 「待たせたな、«不知火»」 «不知火»から空気を焦がすような爆炎が吹き上がった。 傍にいる者の肌が焼けるような熱風が届く。 「待ちわびたぜ、«不知火»」 「まさしく稲生家の炎だ。 見間違えるわけがない」 槇もまた、槇家伝来の呪装刀«〈黒鉄〉《くろがね》»を構えた。 黒々とした呪力が槇の巨体を包む。 ここに来て、ようやく槇は呪装刀の力を解放したのだ。 «黒鉄»は所持者の体力を劇的に向上させる。 剛剣は岩をも飴の如く切り裂き、鋼の体躯は数多の傷を受けてなお頑強。 槇家の当主の姿は、常に戦場の先頭にあった。 俺の視線の先で、二人が対峙する。 「槇家当主、槇数馬」 「稲生家当主、稲生滸」 滸と槇が一足の距離で向かい合う。 漲る剣気がぶつかり合い、渦を巻く。 互いに、受けに回る気はないだろう。 勝負は一太刀で決まる──「おおおおおおおおっっっ!!!!」 「はああああっっ!!!!!」 赤と黒の刃が交錯する。 滸が、槇の脇を斬り抜けた。 俺ですら、ほとんど目視できないほどの速度。 「ぐ……」 膝を突いた槇の腹が、横一文字に焼け焦げている。 胴が両断されていないのは«黒鉄»のお陰だ。 「ま、俺もこんなもんか」 一言漏らし、槇が前のめりに倒れた。 「見事っ!」 「はっ」 «不知火»を脇に置き、滸が片膝になった。 「無様な姿をお見せしましたこと、ご容赦ください」 「不問にしましょう」 「但し、二度と迷うことなきように」 滸が深々と頭を下げる。 「稲生家の当主に対して、偉そうなことを言ってしまったな」 顔を上げた滸が俺を見る。 「宗仁、私は……」 「忘れてくれ」 「忘れる」 「だが、忘れないうちに言っておく」 「ありがとう」 槇の武装を解いてから、刻庵殿の様子を確かめる。 「父上ではない、別人だ」 「え? どういうこと?」 「人相はよくわからないが、父上にはなかった刺青がある」 「筋肉の付き方も武人のものではない」 後ろでぐったりしている槇に目を向ける。 「馬鹿なんだよお前等は」 「刻庵なんぞ最初からいない」 「まんまと小此木に引っ張り出されたってわけだ」 「罠、か」 「では、なぜ槇だけがここにいる。 他の禁護兵はどうした?」 「あいつら、新人の俺に押しつけやがったのさ」 「武人の相手は恐ろしいんだとよ」 「禁護兵が聞いて呆れる……はは……」 腑に落ちない。 わざわざ俺たちを誘き出しておいて、始末を槇一人に任せるなど不自然だ。 「槇、あなた、もしかして、禁護兵から私達を守るために」 たった一人で、俺たちの相手をしたのか。 「宮国だったか」 「何者だか知らねえが、余計なことは言わなくていい」 「ごほっ……ごほ、ごほっ」 口の端から血が流れ落ちた。 やはり、内臓をやられているか。 「私は礼を言わなくてはならないようだ」 「うるせえなあ」 「お前はさっさと帰って奉刀会を何とかしろ」 遠くから足音が近づいてくる。 「イナゴもいたか」 槇の言葉通り、子柚が血相を変えて走ってきた。 「はあ、はあ、はあ……た、大変でございます」 「エルザの部隊が間もなくこちらに」 「エルザが?」 「あの金髪の姉ちゃんか」 「黙って見てるだけじゃ気が済まないらしいな」 「ま、槇様!?」 「イナゴ、連中はどっちから来る?」 「奉刀会を裏切った……」 「質問に答えろ!」 「私たちが侵入してきた入り口の方向、エルザはそちらから来ます」 「ただ、帝宮の奥の方からも別働隊の気配が……」 「よし」 槇が億劫そうに立ち上がる。 「撤退する」 「鴇田、«〈黒鉄〉《くろがね》»をよこせ」 目でわかる。 槇は〈殿〉《しんがり》を務めるつもりだ。 没収していた«黒鉄»を渡す。 「頼む」 「お前等はさっさと逃げろ」 「槇、お前」 「この辺で華々しく退場させて下さい、代行」 「いや……会長」 槇が口調を改めた。 「会には槇が必要だ」 「今頃、爺さんの出る幕じゃないんですよ」 「刻庵にしろ、俺にしろ」 かつての言葉は、槇自身をも指していたのか。 「さあ、行って下さい会長」 「……すまない」 「そなたの忠義、忘れまい」 「何だそりゃ」 「いいから行けっ」 「また会おう!」 「こちらへっ!」 子柚を先頭に、滸、朱璃が元来た道を走りだす。 「お前もさっさとしろ」 「滸のこと感謝する」 「刻庵との約束、忘れてねえだろうな?」 「知っていたか」 «八月八日事件»の時、刻庵殿は俺に滸を託した。 槇はそのことを言っているのだ。 「滸は守る」 数馬が頷く。 「こんなところで死ぬな」 「当たり前だろ、馬鹿が」 「さらばだ」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「下がって!」 子柚「きゃっ!?」 朱璃曲がり角を折れたところで、銃弾が俺たちを出迎えた。 慌てて角に身を隠す。 「武器を捨てなさい!」 エルザ「退路はないわ。 降伏すれば命だけは助けましょう!」 エルザの声が飛んでくる。 「らしいけど」 滸「生徒会長とでも呼びかけてみるか?」 宗仁「学友は許してくれるかもって?」 「はあ、馬鹿らし」 「敵は三十人ほどのようです」 「エルザの直属部隊ですね」 三十人に銃撃されれば、通路は銃弾で埋め尽くされる。 俺と滸は生き残れるかもしれないが、後ろの二人はまず逃げられない。 特に朱璃は、いくら呪装具があっても厳しいだろう。 背後からは、槇が戦う音が聞こえてくる。 別働隊と挟み撃ちにされたか。 ……。 滸と目を合わせ、頷く。 「私と宗仁で道を切り開く」 「私も戦う」 「逃げることだけを考えて」 「子柚、宮国を任せた」 「かしこまりました」 子柚も、これしか生き残る方法がないとわかっているのだ。 「……二人に私の命は預けました」 「見事血路を切り開いて見せて」 「御意」 「御意」 滸・宗仁言葉が重なり合う。 胸の奥底から闘志が湧いてきた。 「滸、覚悟は?」 「死ぬ覚悟ならできてない」 「そもそも、死ぬ気なんてないし」 「いい返事だ」 拳を突き出すと、滸も拳を合わせてきた。 滸の目には闘志が漲っている。 こういう目ができる武人だったのだな。 「さ、行こう」 「ああ」 揃って呪装刀を抜く。 «不知火»の炎が通路を照らす。 赤々と照らされる滸の顔は、ぞくりとするような美しさを〈湛〉《たた》えている。 女性として、そして戦う存在として美しい。 「行くぞっ」 滸が飛び出した。 その背中を追う。 「撃てっ!!!」 銃火が通路を埋め尽くす。 「«不知火»!!」 弾丸は俺たちまで届かない。 その前に«不知火»の業火によって溶け落ちているからだ。 「なんだあれは!?」 「自分の目で確かめて」 «不知火»から放たれた炎の龍が敵の前衛を舐めつくす。 一瞬、銃声が止んだ。 「おおおおおおおおっっっっ!!!!!」 炎上する兵士を倒し、敵陣に斬り込む。 悲鳴と絶叫。 「撃つなっ、同士討ちになるっ!?」 慌てて銃剣で応戦しようとするが、それこそこちらの思う壺。 「遅いっ!!!」 「はああああっっっ!!!」 緩慢すぎる敵を、縦横無尽に切り裂く。 呪装刀の前には、金属製の突撃銃といえども藁束同然。 近代兵器で身を固めていたとしても、裸で立っているのと変わりはない。 前線は完全に崩壊させた。 ここからは、一気に切り開く──「敵のど真ん中に突っ込む」 「それが一番安全だね」 軽く跳躍し、敵の中心に飛び込んだ。 二人が敵の中に飛び込んだ瞬間、誇張ではなく通路は地獄と化した。 背中合わせになった宗仁と滸に死角はない。 混乱し、恐怖した兵士が放った銃弾は、悉くが呪装刀に跳ね返され味方に飛ぶ。 そこにあるのは、止めることのできない死の旋風だった。 飛び込まれたが最後、共和国軍に彼らを止める術はない。 「はあああっ!!!」 「ふっ!!」 宗仁の胸に、かつて無い程の高揚感が満ちる。 朱璃の傍にいる時に感じるものとは、全く別種のものだ。 長年鍛錬を共にした滸は、宗仁の心理も癖も自分の事のように知り尽くしている。 目配せも声も必要ない。 あらゆる感覚を共有しているかのように、二人の武人は、自他の境界を越え一体化していた。 それは滸にとっても同様。 自分の命を託し、相手の命を預けられる、圧倒的な幸福感。 友情や愛情を越えた恍惚。 武人のみが到達できる愉悦の境地だ。 「すごい」 朱璃は、二人の武人が生み出す光景に圧倒されていた。 壮絶な殺戮劇だというのに、彼らの戦う姿はただただ美しい。 武人同士の絆の深さを、彼女は目の当たりにしていた。 いや、魅入られていた。 同時に、どうしようもないほどの敗北感を感じている。 自分に滸の代わりは務まらないと思い知らされたからだ。 「これが、本当の武人の戦いなのね」 「明義館の龍虎と呼ばれたお二人です」 「誰であろうと、敵うはずがありません」 子柚の目には涙があった。 一人の武人として、この場に立ち会えたことに感動しているのだ。 「撤退せよ! 外まで後退して形勢を立て直せ!」 エルザの声を待ちわびたかのように、共和国軍が後退する。 潰走といって差し支えなかった。 「宮国様、今です」 「ええ、行きましょう」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 冴え冴えとした空気が一呼吸ごとに肺腑に染み渡る。 透明な朝日が差し込む中、俺たちは切っ先を向けて対峙していた。 「てあああッ!」 滸裂帛の気合いと共に、滸が鋭く踏み込んだ。 「っっ!」 宗仁身を引いて躱した。 いや、切っ先が服を掠めている。 先日より、確実に腕が上がっているな。 吹っ切れたか、滸。 「はあああああっっ!!」 集中力の途切れを滸は見逃さない。 気がついた時には、追撃が首元まで迫っていた。 握っていた木刀が手の中から消えた。 一呼吸後、それは乾いた音を立てて滸の背後に転がった。 「参った」 「宗仁、気合いが抜けてるよ」 「戦場だったら死んでるからね」 「違いない」 苦笑いしつつ、落とした木刀を拾う。 「強くなっているな」 「そ、そう?」 「ああ、見違えるようだ」 以前から滸は強かったが、基本に忠実すぎるという欠点もあった。 動きを読まれやすいのだ。 しかし、今日の滸には決められた型を踏み出してくる勢いがあった。 こちらを倒すことを最優先に太刀筋を選択していたように思う。 「少し工夫してみたんだ」 「帝宮で戦ってみて、足りないところが見つかったから」 滸が少し恥ずかしそうに微笑む。 今までの滸は、基本こそが万能という思いが強く、追い詰められるほど基本を重視した。 変わったのだな、滸は。 「また二人で稽古できるなんて思わなかった」 「ははは、まったくだ」 滸が差し出してくれた手拭いを受け取る。 「滸が守ってくれた」 「ううん、守ってくれたのは宗仁」 「宗仁の背中がすぐ傍にあったから、私は頑張れたんだよ」 「傍にいてくれて、ありがとう」 滸が俺の目を見つめる。 その目がゆっくりと潤んでいく。 気がつくと、私の頬を涙が伝っていた。 宗仁が傍にいてくれることが、生きていてくれることが、どうしようもなく嬉しくなってしまったのだ。 三年前の戦争が終わった後、宗仁は帰ってこなかった。 明義隊の壊滅もあり、私は失意のどん底。 意識も半ばもうろうとしており、実際、何があったのかほとんど覚えていない。 ただ人の顔を見るのが怖くて怖くて、薄暗い部屋から出られなかったように思う。 そんなある日、知らせが届いた。 「宗仁が、生きている!?」 走った。 走って走って走って──糀谷生花店に着いた時には、靴もどこかに行っていたくらいだ。 「宗仁!!!」 あの時の宗仁の目を、声を、私は終生忘れることはできないだろう。 「誰だ、君は?」 生きていてくれるだけで嬉しい──もう一度声が聴ければ死んでもいい──そんなのは、感傷的な女の自己陶酔に過ぎないと思い知った。 私は確かに、胸の中で何かが砕ける音を聞いた。 宗仁は一切の記憶を失ってしまっていたのだ。 その日から、私は宗仁の世話をすると決めた。 衣食住の世話から、生活に必要な知識を与えることまで、やることは山のようにあった。 初めは宗仁に忘れられていることが苦しかったが、次第にそれも薄れていった。 私の言葉で、料理で、交える剣で、宗仁は日常を取り戻していく。 かつて思いを寄せた人が自分の手の中にいて、昔のような生活を送れるのが嬉しくて仕方なかったのだ。 それに、ずるいとは思うけれど、宗仁が私のことを好きになってくれたらいいとも思っていた。 今思えば、私は宗仁の世話をすることで、何とか自分を保っていたのだろう。 子供と親友と恋人の役割を、記憶のない宗仁に押しつけていたのかもしれない。 明義隊を壊滅させた私が生きて行くには、〈縋〉《すが》るものが必要だったのだ。 甘い夢にも似た日々は、宮国の登場で儚くも崩れ去った。 宗仁は宮国の臣下になり、私の手を離れる。 私は嫉妬に溺れ、二人に刃を向けてしまう。 更には槇に見限られ、挙げ句の果てに彼を失う。 そこまでして、ようやく、ようやく、私は自分の足で立つ覚悟ができた。 『戦わなければ守れないものがある』社会と立場、責任、過去、義務……人は多くのものと戦わなければならない。 「何かを憎むのは、自分を憎むことの次に楽だからな」 自分を憎んだり、責めたりすることは楽なんだ。 それで何か深刻に悩んでいる振りができるから。 私も明義隊を壊滅させた自分を憎む事で、課せられた責任から逃げてきた。 いつまでも会長代行を名乗り、父上の陰に隠れようとした。 必死に奉刀会会長を演じてきてはいたけれど、根本的な覚悟が足りていなかったのだ。 ──私が会を守る。 その一点。 「宗仁、今まで見放さないでいてくれてありがとう」 「お前を見放すか」 「傍にいると、何度も言ったはずだ」 胸が甘く痺れる。 でも、けじめを付けなくちゃいけない。 「私、甘えすぎてたと思う」 「宗仁は、私がいろいろお世話したから、離れられなかったんだよね」 否定して欲しい。 微かな願望を抱きつつ問う。 「それはある」 「これだけ恩を受けておいて、簡単に見捨てられるか」 脱力した。 「ん? 何か間違ったか」 「ううん、いいの。 私強く生きるから」 宗仁に鈍感なところがあるのを忘れていた。 そこがまた堪らなく愛おしいのだけど。 「そうだな。 これからは奉刀会の会長として強く生きてくれ」 「俺もずっと傍にいる」 「どうしてそういうこと言うのよ」 「もういいって。 恩返しは十分。 宗仁は自由になって」 「今更離れられるか」 「なんでよ、別にいいよ私のことなんて」 無意識に涙が出てきてしまう。 折角強く生きていこうと思っているのに、宗仁の前ではボロボロだ。 「睦美さんが、武人の男女には言葉など不要だと言っていた」 「背中を合わせて戦えば、驚くほど多くのことが伝わると」 「剣を以て言葉と為せ、ということだ」 「帝宮で戦った時、俺たちは一つになったと思っていた。 勘違いか?」 「それは」 あの時のことは、思い出すだけで胸が高鳴る。 私の敵を宗仁が倒し、宗仁の敵を私が倒す。 宗仁の背中を私が守り、私の背中を宗仁が守る。 それはめくるめく陰と陽の舞踏。 飛び散る血しぶきの中で、私と宗仁の境界は曖昧になり、やがて一つに融け合う。 何者も私達の行く手は阻めない。 そんな確信が全身を突き抜ける。 あの恍惚。 もはや眼前に敵はなく、ただ光の地平があるのみだった。 「……」 気がつけば、床にへたり込んでいた。 胸が痛いほど高鳴る。 身体が熱くなり、肌が汗ばむ。 わかるよ。 私、思い出すだけで興奮している。 「勘違いじゃない」 「勘違いじゃないよ、宗仁」 「私、また一緒に戦いたい」 声が熱に潤む。 恥ずかしいけれど、真実なのだ。 私は宗仁と戦いたくて仕方がない。 「俺もだ、滸」 「だから俺たちは離れられない」 「これから先も共に在り、共に戦う」 「うん」 宗仁が私の前で片膝になった。 真摯な瞳が私を見つめている。 「俺は、あまり上手いことが言えない」 「だから、お前の傍で剣を振ることにする」 「それでいいか? 滸」 涙が溢れる。 胸の中に積もっていた汚いもの全てを押し流しながら。 「泣くな」 「泣かれると、どうしたらいいかわからなくなる」 「ごめんね、ごめん」 宗仁が太い指で頬を拭ってくれるけど、涙は止まらない。 「滸」 困ったように笑う宗仁。 私の頬に当てられていた手が、後頭部に回った。 涙で濡れた滸の唇に、自分の唇を重ねた。 「ん……」 一瞬の接吻。 夢から覚めたような目で、滸が俺を見つめている。 「戦争の前の記憶で、一つだけ思い出したことがある」 「え?」 「お前から、宿題を出されていたはずだ」 共和国による爆撃が始まった時、俺は明義隊と別行動を取ることになった。 理由は全く覚えていないし、別れた後のことも霧の中だ。 だが、別れ際の滸の言葉だけは思い出せた。 「私は宗仁が好き」 「返事は、戦いが終わったら聞かせて」 「まだ返事を伝えていなかったな」 「っっ!!!」 滸の瞳が見開かれる。 あの時の俺が何と答えるつもりだったのかはわからない。 だが、今の気持ちならわかっていた。 「滸のことは、好きでも嫌いでもない」 「う……」 滸が泣きそうな顔になる。 いや、先程から泣いてはいるのだが。 「でも、どうしようもなく大切だ」 「もう離れることはできない」 「こう言うことが許されるなら、俺の一部だ」 「宗仁」 滸が目を細める。 「私も同じ」 「本当は凄く凄く好きだけど、もう全部吹き飛んじゃった」 「ねえ? 宗仁と私、繋がってるって信じていい?」 「もちろんだ」 「もっと繋がりたいと思う?」 「ああ」 再び唇を重ねた。 「ん……っ……」 「ん……ん……ふ……」 お互いの唇を触れ合わせるだけの、軽い口づけのつもりだった。 だが、止まれない。 唇を合わせていると、滸の香りが口腔から鼻孔へと抜けてゆく。 「ちゅ……んんっ……ちゅ……ちゅ……」 「ふ……んん……ん……」 お互いの口内を貪るように、深い口づけを交わす。 舌先が触れあう度に、甘い刺激が身体を走る。 「は……あ……」 唇を離すと、戸惑ったような笑みを浮かべた滸の顔が見える。 「私、何だか怖いよ」 「宗仁から離れたら死んでしまいそうな気がして」 「私で大丈夫?」 「言うまでもない」 滸がもう一度目を瞑る。 涙に濡れる睫毛がたまらなく美しい。 「傍にいる」 もう一度口づけた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「いやあ、無事で良かった」 紫乃「もう会えないかと覚悟してたぞ」 昼食の場で、紫乃が朗らかに言った。 「縁起でもないことを」 滸「報道管制が敷かれているようだけど、かなり危なかったんだろ?」 「まあな」 宗仁紫乃の言う通り、帝宮での騒ぎは何一つ報道されていない。 とは言え、先日から帝宮周辺の空気は殺気立っている。 しばらくは頭を低くして生活しなければなるまい。 「危ない橋を渡ったんだし、凄いお宝でもあればよかったんだけどねえ」 「二人は見つけたみたいよ?」 朱璃朱璃が俺と滸を見る。 「うわ、やっぱりか!?」 「妬ましー、ほんと妬ましー」 紫乃が唐揚げをフォークで刺す。 「何のことだ?」 「あなたたち、道場ではその、控えなさいよ」 「ぶっ!?」 滸が味噌汁を噴き出しそうになる。 「宮国、見たの!?」 「あのねえ、後で私が来るってわかってたでしょ!?」 「むしろ私に怒る権利があると思わない!?」 仰る通りである。 「あのー、道場で一体何をされていたのですか?」 古杜音「そ、それは……」 「せいこ……」 「ふっ」 「あ」 滸の手刀で紫乃は眠りについた。 「あの、もう一度仰って下さいませんか?」 「紫乃の発言は気にするな」 「ただまあ、なんというか、滸と……」 「口づけをした」 「どうして言うの!?」 真っ赤になり、勢いよく立ち上がる滸。 食堂じゅうの注目を浴び、そそくさと座った。 「で、では、お二人は、その……ごくり」 「あ、でしたら」 古杜音が何かのチラシを机の上に置いた。 『ご婚姻のしおり』とある。 「婚姻の儀はぜひとも勅神殿でお願いいたします」 「今年の春のうちでしたら、特別価格でご提案できますので」 「結構」 「すげないっ」 ありがたく辞退すると、古杜音はかくりと項垂れた。 「斎巫女も大変なのね」 「伊瀬野の本庁がいろいろ言ってくるのでございます」 「巫女の修行仲間で私より優秀だった者がいるのですが、彼女が張り切ってるようで」 古杜音が苦笑いする。 「あ、そうだ」 紫乃がいきなり起き上がる。 「うちのグループでもブライダル事業部を作ったんだった」 「共和国風の式場で、二人の門出を祝わないか?」 「お望みなら、スモークを炊いて、ゴンドラに乗って登場する演出もつけるぞ」 「誰に言ってるの?」 「だよな」 「冗談はともかく、私は二人を応援しているから」 「ぜひ末永くお幸せに」 「でも、宮国」 「いいんです、別に気にしてません」 と言いながら、朱璃は俺の足を踏んでいる。 先に主に報告すべきだった。 「じゃあ、こちらも堂々とします」 「あ、ああ」 「皆に応援してもらえるとは思っていなかった」 「そもそも武人である私に、このような喜びがあるなんて……」 滸が、目を閉じて感慨深げに語り始めた。 「私と宗仁の出会いは……」 「そこからか」 「駄目?」 「昼休み中に終わらなそうだ」 他の面子も無言で頷いている。 「そっか……ごめん、浮かれているみたい」 「いやいや、仕方ないさそれは」 「浮かれるのも大いに結構。 めでたい話、景気の良い話は大歓迎だ」 「そうだろう、宮国?」 「ええ、もちろん」 「なんなら、盛大に〈惚気〉《のろけ》てくれてもいいけど」 「も、もしかして、口づけについて赤裸々なお話が始まるのですか……?」 「いや、さすがにそれは」 言葉とは裏腹に、何やら顔を赤くしてまんざらでもなさそうな滸。 このままでは、紫乃たちに誘導されるままに語り出しそうだ。 「さあ滸、それくらいにしてくれ」 「皆も、これから何度でもすることなんだから、いちいち反応しないでくれると助かる」 「何度でも……って……」 「違うのか?」 「あ、いや、違わない」 キラキラした目で俺を見つめる滸。 「あーもう、ごちそうさま」 「すごい……破壊力です……」 「ははは、二人の門出に乾杯だ!」 三者三様ながらも、俺達を祝ってくれる思いは伝わってきた。 「みんな、本当に……ありがとう」 滸と微笑み合う。 それだけで穏やかな気持ちになるから不思議だ。 「滸様、少し変わられましたね」 「どこが?」 「雰囲気が柔らかくなったような気がします」 「前は、どこかご自分を責めていらっしゃるようでしたから」 「まるで、自分は笑ってはいけないのだと仰っているようで」 「どうだったか」 ぴたりと言い当てられては苦笑するしかない。 放課後。 俺は滸と二人で学院を出た。 朱璃は、気を利かせるつもりで先に帰ったらしい。 「宗仁、一つ頼みがあるんだけど」 「ああ、なんだ?」 「えっと、その……」 「うん」 滸は口の中で二言三言もごもごしゃべっていたかと思うと、キッと顔を上げた。 「てえええええっっっ!!!」 「てあああああっっ!!」 「おい」 滸は、道場で木刀を撃ち込むときもかくや、という気合いの乗ったかけ声とともに、自らの頬を二度叩いた。 両の頬を腫らせた顔でこちらに向き直る。 「ごめん、ちょっと気合い入れ直した」 「そ……そうか」 あまりに強い張りっぷりに、ちょっと気圧される。 「で、どうした?」 「少しでいいので、私に時間をください!」 「その、買い物に行きたいと思ってて」 「できれば、一緒に行ってほしい……んだけど」 しぼんでいく気合い。 最後は、窺うような瞳で見上げてくる。 「構わないが」 「本当に!?」 大きな声にこっちが驚いた。 「私と買い物だよ? いいの? 本当にいいの?」 「滸と買い物をすると、化け物にでも遭遇するのか?」 「しない。 するわけがない」 「仮に出たら私が斬る」 よくわからないところで熱弁を振るっている。 可愛いものだ。 「では、いつがいい?」 「明日の土曜日かな。 時間は後で連絡するよ」 「ほ、他の人は呼ばなくていいかな?」 「いいんじゃないか」 「じゃ、じゃあ、しょうがないか。 二人で行こう」 嬉しさを全く隠せていない。 翌日の朝。 待ち合わせ場所に佇んでいると、滸が全力で駆けてくるのが見えた。 恐ろしいほどの速度に、周囲の通行人が度肝を抜かれている。 疾風のように、滸が滑り込んだ。 ほとんど真横にたなびいていた髪が、やや遅れて重力に従う。 当然ながら、滸は汗の一つもかいていない。 「ごめん、宗仁。 待たせちゃった?」 「いや。 俺が早く来すぎただけだ」 「あー、よかった」 「宗仁が見えたから、遅れたのかと思って心配しちゃった」 時計を見れば、まだ時間があるとわかるのだが。 それを言うのも無粋か。 「俺は、通行人の方が心配だった」 「ちゃんと気をつけて走ってるから大丈夫」 ビシリと背筋を伸ばし、菜摘を思わせる姿勢を取った。 今日の滸は、民間人のような服装をしている。 率直に言って、とても良く似合っている。 柄にもなく胸が高鳴ってきた。 「それじゃ、行こう」 どこに行くかも確かめず、歩き始めた滸の隣に並ぶ。 「あのね、今日なんだけど」 「実は、どこに行くかまだ決めてなくて」 俺の方を見て、少し恥ずかしそうに笑う。 「こんな風に歩くだけじゃ駄目?」 「もう少ししたら、行きたい場所が決まるかもしれないから」 「構わないさ。 散歩も悪くない」 二人で並んで、目的もなく歩く。 それは、とても穏やかな時間だった。 朝日は柔らかく、春の日差しは肌に心地よい。 そして、何よりも滸が隣にいてくれる。 満ち足りた時間だった。 「あ、猫!」 道路に寝転んでいた一匹の猫が、首をもたげてこちらの様子を窺っていた。 滸が猫の傍にしゃがみ込む。 「ちっちっち……」 滸が指を振ると、猫は甘えるように顔をすり寄せて来た。 その人なつこさに、滸の表情がふっと緩む。 女性らしさを感じる柔らかい微笑み。 「飼い猫かな」 「よしよし、抱っこさせてね」 猫を抱き上げると、鈴がちりんと鳴った。 ふんふん、と鼻を動かし、滸の鞄の匂いを嗅いでいる。 中身に興味があるらしい。 「ふふ、お腹空いたの?」 「でも、ごめんね。 これはあげられないんだ」 地面に下ろすと、猫は名残惜しそうに滸を一度見上げてから、近くの茂みの中に姿を消した。 猫と別れて、再びぶらぶら街を歩いて行く。 何の目的もない散歩。 こんなにゆったりとした時間を過ごすのは久しぶり、いや初めてかもしれなかった。 呼び込みをする、店員の元気な声が道に響く。 子供のはしゃいだ声が聞こえ、手を引かれた親は困ったような笑顔を浮かべている。 街の光景は平和そのもので、一瞬だけ皇国が置かれた状況を忘れそうになってしまう。 だが、武装して街角に立っている共和国兵の姿が、俺の意識を現実に引き戻した。 これは、偽りの平和に過ぎないのだ。 不意に、ぎゅっと腕が抱きしめられた。 滸が俺の腕に両腕を絡ませているのだ。 「どうした?」 努めて平静を装いながら尋ねる。 滸の柔らかさを腕に感じてしまい、内心どぎまぎしているのを隠した。 戦場でも心を乱さない俺が、こんなに狼狽していることに自分自身で驚いていた。 「こうした方が、一般人のように見えるでしょう?」 「行きましょう」 身体を密着させたまま、兵士の前を通り過ぎる。 まさか帝宮を襲撃した武人が、こんなに堂々と目の前を歩くとは兵士も思わないだろう。 「ここまで来たんだ。 何か買い物をしていくか?」 「そろそろ打ち粉を買いたいと思ってたの」 打ち粉は、刀の手入れに使う道具の一つだ。 「夜鴉町は遠いな」 「あそっか。 そうだよね」 「うーん、今日は普通のことをしようと思ってたのに、駄目だな」 結局、頭から刀のことが離れない。 どこまで行っても俺たちは武人なのだ。 「なら、ああいうのはどうだ?」 団子を売っている屋台を指さした。 人気らしく客が行列を作っている。 「だめだめ」 「こういう場所で売っているものは、大抵割高だから」 「武人は質素倹約を旨とするものよ。 無駄遣いは厳禁」 滸が俺の腕を引っ張り、屋台が遠ざかってゆく。 「それに、今食べたらお腹がいっぱいになっちゃうじゃない」 「言われてみれば、そろそろ昼飯時か」 気がつけばずいぶん歩いたようだ。 「お腹、空いてない?」 「丁度空いてきたところだ」 「ほんと? 私、お弁当を作ってきたの」 「ねえ、あそこで食べようよ」 街角の長椅子を滸が指差す。 水の流れに沿った小さい公園にあり、日が当たって暖かそうだ。 二人並んで腰を下ろすと、さっそく滸が鞄から弁当箱を取り出した。 なるほど、猫が狙っていたのはこいつか。 「口に合うといいな」 「合うに決まっている」 「食べてないのに、どうしてわかるの?」 「お前の料理、何年食べていると思ってる」 「あ、う……そうだけど」 「で、でも、今日は美味しくないかもしれないじゃない」 「まさか」 「失敗してるかもしれないじゃない」 「わかったわかった」 滸の弁当には、色とりどりのおにぎりが並んでいる。 素朴な海苔のおにぎりや、わかめの炊き込みご飯、梅じそに鮭。 おかずには、旬の野菜と魚の煮物と天麩羅。 さらに豆腐田楽と白和えと、豆腐料理も万全だ。 好物がこれでもかと並び、感動的ですらある。 「どうぞ、召し上がれ」 「いただきます」 早速おにぎりから頂く。 当然、味に申し分はない。 しかも見た目が良いだけではなく、味も様々で食べ飽きない。 「どれもこれも美味いな」 俺の予言は当たっていた。 おかずも、旬の食材を使った手の込んだものだった。 きっと準備には相当時間をかけたのだろう。 料理には詳しくないが、その苦労くらいは分かる。 照れ笑いを浮かべている滸。 「ちょっと作り過ぎちゃったかな」 「いや、これくらいなら」 おにぎりやおかずを、次々と口に運ぶ。 「ちょっとは……味わって食べてほしいかも」 「すまん」 「宗仁の食べっぷりは、気持ちいいけどね」 「ずっと……お弁当作ってきたけど、一度も残さずに食べてくれるし」 「女ごころは難しいな」 「私を、女として見てくれるのも宗仁だけだよ」 思わず滸を見つめる。 すぐに滸は照れたように目を逸らし、そそくさと鞄に手を突っ込んだ。 「お茶、淹れるね」 水筒を取り出して器に注ぐ。 「ありがとう」 二人肩を並べ、熱い茶を飲む。 空は晴れ渡り、春らしいさわやかな陽光が俺たちに降り注いでいる。 「こんな時間が、ずっと続けばいいのにね」 「ああ、そうだな」 お互いに、この時間が長くは続かないことはわかっている。 皇国の再興のため、俺たちはまた戦いに戻らねばならない。 だからこそ、今日を大切にしたかった。 「すう……」 いつの間にか、俺の肩に頭を乗せた滸が、静かな寝息を立てている。 今日の凝った弁当を作るのには、相当な早起きが必要だったのだろう。 この日を、滸が楽しみにしていてくれたこと。 俺のために、手の込んだ弁当を用意してくれたこと。 その気持ちが、肩で感じる体温と共に、じんわりと染みこんできた。 食事の後、俺たちは過ぎ去る時間を惜しみつつ商店街を歩いた。 道にはいろいろな出店が建ち並んでいるが、滸はほとんど興味を示さない。 しかし、ある出店が気になったのか、不意に足を止める。 滸の肩越しに覗き込むと、店先には装身具が並んでいた。 「気になったものがあったか?」 「う、ううん、別に」 言いつつも、滸の視線は一つの髪飾りに釘付けになっている。 普段あまり飾り気のない滸だが、髪飾りにはこだわりを持っている。 よほど気に入ったのだろう。 「これをもらえないか」 店主に伝える。 「いいよ、勿体ないっ」 「欲しいんだろ? 遠慮しなくていい」 「花屋の給料も入ったばかりだ」 「折角のお給料なんだから、自分のために使って」 「記念じゃないか。 受け取ってくれ」 さっさと代金を払い装身具を受け取る。 紙に包まれたそいつを、滸に手渡す。 「あ、ありがとう……」 「大事にするね」 大切そうにそれを胸に抱えて微笑んだ。 帰途につくころには、辺りは夕闇に包まれ始めていた。 楽しい時間も終わりか。 柄にもなく、物寂しい気分になる。 まあ、それはそれとして。 俺と滸、同時に足を止める。 「いつまで、着いてくるつもりだ?」 背後に声をかける。 物陰で息を飲む気配があった。 「!?」 ??「べ、別に隠れてたわけじゃ」 おずおずと物陰から出てきた人影は、二つ。 一人は朱璃。 そして、もう一人は……「あらあら、見つかってしまいましたね」 睦美「睦美!?」 「朱璃様は悪くありませんよ」 「二人を見に行こうと言ったのは私ですから」 偶然街で出くわした朱璃と睦美さんは、更に偶然見かけた俺を尾行していたのだという。 「宗仁を勝手に引きずり回したこと、怒ってる?」 「え? どうして私が怒るの?」 「宗仁は宮国の臣下だから」 「私のために時間を使わせてしまった」 「待って! ちょっと待って!」 「あのねえ、さすがにそこまで器小さくないからね?」 「許可を出したのはこっちだし、どうしても宗仁が必要なら、逢い引き中でも何でも引っ張っていきます」 「う……」 ぴしゃりと言われ、滸がうろたえる。 「べ、別に逢い引きという訳では」 「そこなのか!?」 「私はただ買い物に」 「だまらっしゃい」 「はいっ」 滸が背筋を伸ばした。 「あなたたちは二人でいた方がいいと思う」 「先日の戦いで、それがよくわかりました」 「宮国……」 「だから、特段の用事がない以上、二人でいることに反対などしません」 「ありがとう、感謝します」 朱璃が滸の手を握り、滸が頷き返した。 そんな二人の様子を、睦美さんは目を細めて見つめている。 「睦美さんの言っていたこと、少しわかりました」 「あら? 何のお話でしたか?」 「刀を以て言葉と為す、です」 「あれはなんというか、喩えようもなく」 「快感、でしたか?」 めずらしく艶っぽい笑みを浮かべる睦美さん。 「何の話?」 「こちらの話ですよ」 「滸様も、ぜひいつまでも宗仁様のお隣にいて下さいませ」 「愛する武人と共に戦い、命を燃やすことができるのは、武人の女の特権です」 「睦美の言う通りだと思う」 「もう、どうしようもないことを嘆くのはやめにする」 「ええ、そのようになさいませ」 朱璃と睦美さんが立ち去った。 気がつけば周囲はすっかり暗くなっていた。 春とはいえ、夜はまだまだ寒い。 街灯に照らし出された道を、滸と二人で歩いていく。 「今日は、ありがとう」 「私、一生に一度でいいから、普通の女の子みたいに過ごしてみたいと思っていたの」 「好きな人と一緒に散歩したり、お弁当を食べたり、買い物をしたりして」 「たった一日だけでもいい」 「恋人同士のように、過ごしてみたかったの」 「だから、ありがとう。 私の望みは叶ったよ」 俺の顔を見上げてくる。 その瞳はどこか悲しげだった。 「でも、それも終わり」 「明日からは、武人に戻るよ」 花屋は目前だ。 滸との別れが迫っている。 「それじゃ……」 「待ってくれ」 驚いたように滸がこちらを振り返る。 「今日はまだ、終わっていない」 滸との時間を終わらせたくない。 「え……?」 「俺たちは、まだ恋人同士だ」 滸の手を引き寄せ、腰を抱く。 正面から見つめ合った。 「好きだ、滸」 「ど、どうしたの? 急に」 「宗仁、変だよ?」 滸が焦ったように顔を逸らす。 「もう一度、言葉で伝えたかったんだ」 自分の中に沸き上がる想いを形にして、伝えたいと思ったのだ。 滸に対する感情は、恋愛のそれを超えているのではないだろうか。 俺には人を好きになった記憶がない。 だがこの気持ちを言葉で表すには、好きだと言う以外に考えられなかった。 「俺は、滸のことが好きだ」 滸が俺の瞳を見つめてくる。 「私も、好きだよ……」 そして、そっと瞼を閉じた。 滸の頬に手を当て、顔を寄せてゆく。 「……ん……」 黄昏に沈む街の中で、俺たちは唇を重ねた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 朝日が昇るまで、俺たちは恋人同士であろうと決めた。 「何だか、変な感じ」 滸「そうだな」 宗仁部屋の中で二人、肩を寄せ合っているだけ。 他に何をしている訳でもない。 それだけで幸せだった。 「今まで、宗仁の部屋ってあまり来たことがなかったね」 「そうだったな」 「ずっと自分を戒めてたんだ」 「二人で部屋にいると、想いを抑えきれなくなりそうで」 「戦争の前だって、私、宗仁には必要以上に近づかないようにしてた」 「宗仁とは絶対に結ばれないって思ってたから」 「でも、抑え切れなかった……」 「戦争が始まって、もう明日がないかもしれないと思ったら、いても立ってもいられなかったの」 共和国軍が侵攻してきた日、滸は俺に想いを伝えた。 もし戦争で記憶を失わなければ、俺は滸の想いを受け入れたのだろうか?何となくだが、断っていたのではないかと思う。 俺がいま滸を好きなのは、戦後の三年を共に走り抜けてきたからだ。 「宗仁……」 滸が俺の頬に触れ、唇を求めてきた。 応えるように口づけする。 「はあ、ん……ちゅ……」 「んちゅ……ちゅ、ちゅる」 唇を吸い、滑らかな粘膜を味わう。 ぬるりとした小さな何かが俺の唇に触れてくる。 それは滸の舌だった。 口を半開きにして、舌先を迎え入れる。 「あ……はぁっ、れろ、ちゅっ」 「んんっ、ちゅぱっ、はあっ……んん」 舌先を触れ合わせ、絡み合わせる。 震える滸の肩を抱き寄せ、より深く求めてゆく。 「んんっ」 滸の舌を吸い、唾液を嚥下する。 それだけでは飽き足らず、滸の口腔に侵入していった。 「んはっ、あふっ、んんっ……!」 「んむ……ちゅむ、ちゅ……はっ、んむっ」 お互いの熱い吐息を混ぜ合わせながら、求め合う。 「はあっ……ん……ちゅ、ちゅぷ……ふあ」 「ちゅばっ、ちゅぅ……ん……ぷぁ……」 「んふうっ、ちゅぱっ……んはっ……はぁ、はぁ」 唇を離してもまだ、舌先が唾液の糸で繋がっていた。 とろりと溶けたような表情で、滸が見上げてくる。 「もう一つだけ……お願いをしてもいい?」 「俺は滸の恋人だ、何でも聞こう」 「ありがと……その、ええと」 「抱いて、ほしい」 「こうか?」 滸の肩を、ぎゅっと抱きしめる。 「うん、これも嬉しいけれど……そうじゃなくて」 「私を、宗仁のものにして」 滸が何を言わんとしているのか、理解した。 抱擁と接吻で熱くなった俺の身体も、滸との深い繋がりを求めている。 「俺で、いいのか?」 「うん。 宗仁と……したい」 「私のぜんぶ、宗仁に、捧げたい」 滸がもたれかかってくる。 俺は、滸の衣服に手をかけた。 すると、滸が慌てて俺の手を押さえる。 「あ、ま、待って!」 「どうした?」 「あの、私から先に見せるの、恥ずかしくて」 「先に、宗仁にしてあげてもいい?」 滸は顔を真っ赤にして俯いた。 もじもじとしながら、両手の指を絡ませている。 「ごめん、私からしたいって言ったくせに」 「謝るな」 「全て捧げてくれると言ってくれただけでも、俺は嬉しい」 申し訳なさそうにしていた滸が顔を上げた。 「上手くできないかもしれないけど、許してね」 戒めを解かれた陰茎が、滸の目の前に飛び出した。 「わあっ……!」 「す、すご……太くて……まっすぐ立ってる」 「滸、大丈夫か?」 「う、うん、大丈夫」 「宗仁こそ、痛かったりしたら言ってね?」 「……でも、本当にすごい……」 目を見張っている滸。 まじまじと陰茎を見られると、恥ずかしさが湧いてくる。 「宗仁、もしかして照れてる?」 「珍しい、宗仁のそんな顔、今まで見たことなかったな」 滸は嬉しそうに笑っている。 「私を求めてくれているから、こんな風になってるんだよね?」 「ふふっ、そう思うと……この子も可愛く見えてくる」 細い指がゆっくりと伸びて、陰茎を握った。 硬い陰茎が、柔らかな感触に包み込まれる。 緊張のせいか、滸の手のひらは少しだけ汗ばんでいた。 汗でぬめる指が、陰茎に絡みついてくる。 「ここって……こんなに熱いんだ」 「表面は柔らかくて……でもちゃんと硬くて……」 「どうしよう、私、すごくどきどきしてる」 「こんなに緊張してるのって、変かな」 「いや、変じゃない」 「俺だって、滸と同じくらい緊張している」 「宗仁でも緊張することってあるんだね」 「好きな相手と触れ合っているんだ、当然だろう」 滸の顔がさらに赤面した。 「も、もう、いきなり好きとか、また、どきどきしちゃったでしょ」 「買い物してるときはあんまり言ってくれなかったくせに……宗仁の馬鹿」 と言いつつ、緊張していた滸の表情は優しいものに変わっていた。 「滸が恥ずかしがるから言わないようにしていたんだ」 「は、恥ずかしい、けど」 「本当は嬉しいから、言って欲しいんだもん」 滸が小さく口を尖らせた。 言動の愛らしさに、微笑を浮かべてしまう。 「なんで笑うの」 「いや、すまない」 「だが、滸だって口では好きと言ってくれないだろう?」 「それはみんなの前だと武人としての威厳が」 「ああ、わかっている」 滸の立場を考えれば、仕方のないことだ。 「じゃあ、今だけは互いに遠慮せず、ちゃんと伝えよう」 「う、うん」 「滸、好きだ」 「好き、宗仁、大好き」 想いが口から溢れるかのように、滸は呟き続けた。 そして、その言葉と共に陰茎を軽く握る滸。 その快感で、思わず腰が浮きそうになった。 「あ、また少し動いた」 「握ってあげると気持ちいいんだ」 滸が、興味津々といった様子で陰茎に顔を近づける。 「汗臭くないか」 一日動き回った後だし、風呂ぐらい入っておけば良かった。 だが、少しでも長く滸と一緒にいたかったのだ。 「ん……平気だよ」 「好きな人の匂いだもん……嫌だなんて、全然思わない」 「でも、この匂い、汗とはちょっと違って……くせになっちゃいそう」 桃の香りでも嗅いでいるように、恍惚とした顔になっている滸。 少し冷たくて、柔らかい指先が陰茎を下から上へと伝った。 滸が触れた部分から、思わず脱力しそうなくらい甘やかな快感が広がってくる。 「続けるね」 「えっと……こうやって動かせばいいんだよね?」 「んっ……ふっ……んうっ」 滸が指でゆっくりと、陰茎を上下にしごき始めた。 滸の繊細な少女らしい指が、限界まで猛った陰茎に快楽を与えている。 その光景だけで、興奮が高まっていく。 「んっ、んっ……ふっ、んんっ」 「どう、かな? ちゃんと、できてる?」 「ああ、気持ちいい」 「本当? 良かった」 「じゃあ、もうちょっと早くしたほうがいいかな」 頷くと、滸の手の動きが徐々に激しくなった。 握る力も強くなり、滸の手と陰茎がさらに密着する。 「んっ、ふっ、ふっ、ふうっ」 「痛かったら、言ってね……んっ、ふっ、んうっ」 「何でだろ、んっ、んっ……疲れてないのに、息、荒くなっちゃう」 俺の陰茎を握っているうちに、滸も興奮してしまったのだろう。 しごかれ続ける陰茎に、熱い吐息が何度もかかる。 「くっ……」 「んっ、ふっ、んうっ、んっ」 「宗仁のここ、どんどん、熱くなって……私まで、身体、熱くなってきたかも」 俺の陰茎は、熱せられた鉄の棒のようになっている。 気を抜けば、すぐにでも果ててしまいそうだ。 「んっ、んうっ、ふうっ」 「こうしたら……もっと、感じさせてあげられるかな」 滸が、亀頭の先端に顔を寄せる。 光沢が浮かぶほど潤っている滸の唇が、先端に口付けした。 「ちゅっ、ふっ……んん……ちゅ」 「ちゅぶっ、んちゅっ、ちゅ、ちゅ」 「はっ……ふふっ、宗仁のここ、びくびくしてる」 さらに滸は舌を出し、それを亀頭に這わせてきた。 敏感な部分に舌の熱さが広がり、すぐに快感へ変わる。 すぐに亀頭は唾液まみれになり、やがて睾丸にまで垂れてきた。 「れろっ、ちゅるっ……んんっ、は……ちゅ、んっ」 「じゅるっ、れろぉっ、ん……ぺろっ、ちゅっ」 「どう、かな? 気持ちいい?」 亀頭をねぶり続けながら、瞳だけで見上げてくる滸。 「……ああ、続けてくれ」 顔にかかる髪の毛をよけてやりながら言った。 「うん、わかった」 小さくて熱くて、ぬるぬるとした舌が陰茎を這い回っていた。 指で触れられた時とは比べものにならない程の快感が走り続ける。 思わず、口内に入れば更なる快感が待っているのだろうかと期待してしまった。 「はふっ、れろ、じゅるっ……ちゅっ、んむっ……」 「んっ、ちょっとだけ汗の味……する」 根元から先端に向けて、ぬるりと一直線に舌を這わせる滸。 その動きに反応して、陰茎がびくびくと跳ね上がった。 「れろっ……ちゅっ、ちゅるっ、ぴちゅっ」 「あは……宗仁の、すごく動いてる」 「私の舌、気持ちいいんだね」 感じている俺の顔を見て、幸せそうな表情をする滸。 「ふふっ、こうしたらどうかな?」 「あむっ」 「滸……っ」 滸が口を開け、先端部分を完全に口腔内へと収めた。 先端が溶かされそうな熱に包まれる。 歯に触れたときの僅かな刺激、吐息と舌の熱さ、粘膜と唾液のぬめり、全てが快感だった。 亀頭だけで、この有様だ。 これ以上、飲み込まれたときの快楽を想像しただけで腰が浮いてしまう。 「はむっ、んっ、あむっ……じゅるっ、れろっ」 「じゅぶっ、じゅるるっ……べろっ、ちゅぱっ」 口内に納められた亀頭を舐めまわされた。 先端から広がってきた快楽に、身体全体が震えてしまう。 「宗仁、びくってなった? 気持ちいいってこと、だよね?」 「良かった……あむぅっ、じゅるるっ、ちゅばっ」 「れろっ、ちゅぶっ、ちゅうっ、ちゅっ」 「あふっ……ふふっ、また震えた」 「ん、あむ……はぁっ……ん、ちゅぶっ」 「ちゅっ、ぺろっ……ちゅるっ、じゅるるっ、れろぉっ」 俺に快楽を与えようと、滸がさらに陰茎を飲み込む。 奥へと進んだ先端が、更なる温度に包まれた。 下半身から力が抜け、もはや陰茎は滸にされるがままだった。 滸が首を動かし、小さな口に含んでいる勃起した陰茎を半ばまで出し入れさせる。 「んううっ、じゅるっ、んはっ……ちゅぶっ」 「んっ、む……ちゅぶっ、れろっ、んちゅっ、ちゅっ」 「あふっ……宗仁、何か出てきたよ?」 知らずのうちに先走りを出してしまったらしい。 「ねばねばしてて……へんな味、する」 「んっ、ごくっ……んんっ」 滸は気にする様子もなく、先走りを飲み干している。 陰茎から出された液体だというのに、何の抵抗もないようだ。 「感じてしまうと、無意識のうちに出るものだ」 「そうなんだ……ふふっ、私の口でちゃんと気持ちよくなってくれてるんだね」 「もっと、してあげたくなっちゃう」 「あむっ……じゅるるっ、れろっ、じゅるっ……ちゅぶっ」 「んううっ……ちゅっ、ちゅうっ……ちゅる、れろっ、んむっ」 滸の舌が、より激しく陰茎を責め立ててきた。 じゅぽじゅぽと音が鳴り、俺の股間は滸の唾液まみれになっている。 一心不乱に俺の陰茎を咥える滸の髪が、動きに合わせて乱れていた。 「ちゅぷっ、ちゅぷ……ちゅくっ、んぷ、ふうっ、んぐっ……!」 「じゅるっ、ちゅっ、んうっ!?」 「んくっ……んぐっ、ごほっ」 喉の奥まで陰茎を飲み込んだ滸が、そのまま咳き込んでしまった。 慌てて滸の口から陰茎を抜く。 「滸、大丈夫か!?」 「だ、大丈夫」 「ごめん……宗仁を喜ばせようと思って、奥まで飲み込んじゃった」 「でも、平気だから。 宗仁はじっとしてて」 「んぐっ……んうっ、ちゅぷ、れろっ、んちゅっ……!」 咳き込んだ滸が、すぐに陰茎を咥えなおす。 「滸……」 拙いながらも懸命に奉仕している姿が愛らしく、気付くと滸の名前を呼んでいた。 「んふぅっ……じゅるるっ、ちゅぶっ、ちゅっ……んう?」 「ちゅ、ちゅ……れろっ、じゅぶっ……ぺろっ」 陰茎を咥えたまま、滸が俺を見上げる。 そのまま、感じている最中の顔をじっと見つめられた。 「じゅぶっ、ぺろっ、ふっ……宗仁のここ、舐めてると……んっ」 「身体の奥……熱くなって、私もおかしくなっちゃいそう……じゅるっ」 「じゅぷっ……じゅるっ、ちゅっ、じゅるるっ、じゅううっ」 責め方を変えて、汁を吸いだすかのように唇を動かす滸。 新たな刺激を与えられ、陰茎が小刻みに震えた。 「んはっ……宗仁、ねばねばしたの、また出てきてるよ」 「飲んであげるね」 「ちゅっ、れろ…ぺろっ、じゅるるっ、んっ、ごくっ……ちゅぷ、ちゅぅ」 先走りが漏れるたび、滸が舐め取って飲み干してくれた。 このまま、滸の口を滅茶苦茶に犯してやりたいという欲望を押しとどめる。 愛しさと破壊衝動が一体となった感情が俺の中に渦巻いていた。 「滸、そろそろ止めないと、もう……」 「んっ……出したいんだよね?」 「いいよ、宗仁に気持ち良くなってほしいから……このまま、出して」 「はぁっ、はっ……んちゅっ、……ちゅうっ、ちゅっ」 「じゅるるっ、じゅるっ、んうっ、んっ……れろ……ちゅぶっ」 ぬるぬると蠢く舌先が裏側を這い回り、滑らかな唇が陰茎を挟み込む。 射精を促されている陰茎が、応えるようにびくびくと跳ね上がる。 絶頂が近づいてきていた。 「んっ、じゅるるっ、んっ、ふっ、ちゅぶっ、じゅるるっ……!」 「れろぉっ、んちゅっ、じゅぶ、じゅぶっ……ちゅぱっ、ちゅぷっ」 俺が達する気配を感じたのか、滸が次第に速度を上げてゆく。 唾液と先走りの混じった液体が、滸の口の端から小さな泡になって漏れている。 滸の息も荒くなり、口内の温度がまた増した。 「ちゅぶっ……んはっ、そう、じん……ぷあっ、いつでも、出していいから」 「私の、口に……んむっ、じゅっ、じゅぶっ」 「じゅぶっ……じゅるるっ、ちゅばっ、ちゅぶっ、ちゅっ、ちゅ」 「ああ、このまま……」 口内での射精を約束すると、滸の身体が震えて舌の動きも激しくなった。 先端をちろちろ舐めたかと思うと、蛇のように絡みつく。 下半身の奥からせり上がってきた熱いものが、陰茎を激しく震わせた。 「らしてっ! そう、じんっ……じゅるるるっ、らひてっ……このままっ、らひてぇっ!」 「んんんっ! じゅるるる ちゅぶっ! ちゅむ……ちゅぷ……ちゅうっ!」 「はっ……れろぉっ、くちゅ、ちゅっ、ちゅぶ、にちゅ……じゅる、じゅるっ」 「んふ、んあぁっ、あむっ、れろ、くちゅ、ん、んんっ、んちゅ、れろ、あむっ、ちゅ」 「ちゅぷ、ちゅぷ、ちゅっ、じゅるる、ちゅむ、ちゅ、ちゅっ、んうっ、んむうううっっっ!」 どくんっ! どくっ、びくっ! びゅくっ!「んううううううっ……!!」 「んんっ!! んっ……!! んっ……! んんんっ……!」 滸の口内で、堪えていた熱の塊が一気に吹き出した。 「ん……!! ふ……! はあっ……ぁ……!」 何度も脈打ち、滸の口内へ熱い塊を出し続ける。 射精を繰り返すたび、滸が小さく声を漏らした。 陰茎に吸い付く唇の隙間から、精子が溢れてくる。 「んんーっ……んっ……んぐっ……」 ようやく射精が収まり、滸の口から陰茎を引きずり出す。 「ぷぁ……はぁっ、あふっ……んぐっ」 「ん……ふぁ……んんっ……」 滸が半開きの唇を閉じた。 「んん……んっ、ごくっ……んうっ……!」 「けほ、けほ、けほ……!」 小さく咳き込む滸。 口内に吐き出した精子を、全て飲み込んでくれたのだ。 「大丈夫か?」 「うん……大丈夫。 ちょっと喉に引っかかったけど」 「飲み込まなくてもよかったんだぞ」 「大丈夫だよ、思ったより苦くなかったし」 「それに、初めてだから全部飲んであげたかったの」 頬を赤く染め、精液に〈塗〉《まみ》れた口元に笑みを浮かべる滸。 口の周りに付着した精液を、指先で拭ってやる。 すると、その指を滸が口に含んだ。 「はむっ、ぺろっ、ちゅっ……んくっ」 「ごくっ……ふふ、これで全部だね」 指の精液は残らず舐め取られていた。 吐き出した精子は、全て滸の体内に飲み込まれたのだ。 征服感と愛情が同時に昂ぶり、壊れるくらいに滸を抱き締めたくなる。 陰茎を指先で弄びながら、俺を見上げてくる滸。 「ふふふ、宗仁がいっちゃう時の顔、見ちゃった」 「宗仁って表情少ないから、そういう顔が見られるのって嬉しいな」 自分の顔をぺたぺたと触ってみる。 「そんなに無表情か?」 「みんなと喋ってる時も、私と稽古してる時も、ずっと同じ顔してるもん」 「宗仁は前からそうだったよ。 たまにちょっと笑うくらいで」 戦前の俺のことを言っているのだろう。 「でも、今日はいつもより表情が柔らかかった」 「分かるんだな」 「宗仁のこと、何年見てきたと思ってるの」 「戦争の前から知ってるし、宗仁より宗仁に詳しいよ、私」 自慢げな滸。 今日、俺の表情が柔らかかったのは、きっと滸と二人の時間が特別なものになってきたからだろう。 「滸も俺のことは言えないだろう」 「う……それはそうだけど」 自分の愛想の悪さを自覚している滸は、気まずそうに目をそらす。 「これからは、お互いみんなの前でも気をつけるか」 「別に……気にする必要はないと思うけど」 「私以外の人に、宗仁の色んな表情見られたくない……し」 俺を見上げていた滸が、ぷいっと顔をそらす。 自分で言っておきながら、恥ずかしくなったらしい。 外では決して見せない、乙女らしい仕草だ。 ……なるほど。 これは確かに、俺以外の誰にも見せたくないな。 「そうだな、変に気にする必要もない」 「うん、だよね……ふふふ」 滸が、猫のように俺の膝に頬ずりした。 そして、硬さを保っているままの陰茎に視線をやる。 「まだ、大きいままだね」 「まだ、滸を抱いていないからな」 びくっと滸が肩を震わせる。 「恥ずかしいなら、無理にとは言わない」 「は、恥ずかしい……恥ずかしいけど」 「宗仁に抱いて欲しいって気持ちの方が、強いから……」 そう言うと、滸は自らの衣服を解き始める。 下着を晒した滸が、布団に身体を横たえた。 こちらに股間を向けたまま、羞恥に顔を赤く染めている。 朱色の頬以外の肌は、新雪を薄く纏わせているかのような白色だった。 触れれば溶けてしまいそうな儚い美しさの中に、胸や尻の魅惑的な膨らみが存在している。 布地に守られたそこを露わにしたいという欲望が、頭の中でもたげた。 「こ、こんな格好するの?」 「うう、やっぱり恥ずかしい」 「それに私、お風呂入ってないし」 「さっき滸も言っていただろう」 「好きな相手の匂いが、嫌なわけがない」 滸の太ももに、手を這わせた。 下着越しに窺える陰唇の膨らみが、ぴくりと震える。 「ん……いきなり、触っちゃ……」 「あっ……!?」 指先で肌をなぞり、下着の上から秘所に触れた。 滸がふるり、と身体を震わせる。 「……濡れているな」 滸の下着の中心部が、僅かに湿っていた。 「えっ? ほ、ほんとに?」 「う、嘘、何で? やっ、恥ずかしいから見ないで……!」 「んああっ……! なんで触るの……あっ、んんっ!」 布越しにも感じられる柔らかな谷に沿って、指を動かす。 熱を持ったその部分から、僅かな水音が聞こえて来た。 「やっ、音、してるっ……あっ、はあっ……」 「だめっ、聞かないでぇ……あああっ、んうっ、んんんっ!」 指を動かすと、ぴくぴくと滸の肩が跳ねる。 「ば、馬鹿ぁ……恥ずかしいって、言ってるのに」 「はっ……はあっ……ぁ……」 もっと触れていたい、滸を感じさせたい。 熱に浮かされたような感情が、俺を突き動かしてゆく。 「すまない……止められない」 「はぁっ、はぁっ……。 ふあっ?」 「やっ……中、入って……っ!」 布地の上からでは飽き足らず、隙間から指先を侵入させた。 「……っ!! ん、んんっ……!」 「ゆ、指っ! は、入ってるっ……ふああっ、あっ!」 びくん! と大きく身体を震わせる滸。 熱くぬかるんだ部分に、俺の指先が飲み込まれてゆく。 肌の感触とは明らかに違う、粘膜の感触。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……宗仁、待って」 「すまない……だが、もっと滸が欲しいんだ」 「んううっ! もう、ずるいよ宗仁」 「いま、そんなこと言われたら……私も、止められなくなっちゃう……」 滸の指が、そっと下着をずらす。 俺の目の前に露わになった陰唇は、微かに充血し、潤んでいた。 その陰唇に、滸の指が添えられる。 粘り気のある水音が微かに鳴り、滸の身体が震える。 そして、ゆっくりと膣口を拡げていった。 俺の指を、迎え入れようとしているのだ。 それに応え、再度、指を挿入させる。 「ふあっ! あっ……あっ……あっ……!」 「ああんっ……宗仁っ、宗仁……ふああっ、んああっ!」 膣口が拡がったせいか、先程よりも深く指が埋まる。 俺の指が動くたび、淫靡な水音が静かな室内に響いた。 「や、音っ……! は、恥ずかしい……けどっ……気持ち、いいよっ」 「宗仁、宗仁……っ、深いところ……もっと、触って……!」 「ああ」 「ふあっ……!」 「う……! あ、は……! はあっ……!」 ぬるり、と指が埋まる。 下着越しでも、膣壁の熱さが感じられた。 滸の身体が震えるたび、その動きに呼応して膣壁が脈動する。 「はぁあっ……! はあっ……はあっ……はあっ……!」 「ふああっ、そこ、いじっちゃ……あああっ!」 これまで色情に流されたことなど一度もなかったが、女に溺れる男の気持ちが少しだけ理解できた。 脳髄が痺れたようになり、滸を貪ることしか考えられなくなってくる。 内壁の形を探るように、指を動かしてゆく。 「はぁっ……はぁっ、ああっ、ふああっ……はっ……あぁっ……!」 「あ、あ、あ、あ……! ふあああっ……!! ま、待って、脱がせて」 そう言われて、俺は指を止めた。 「はぁ、はぁ……下着、邪魔になっちゃうから」 「脱がせて、いいのか?」 先ほどまで、滸は裸になるのを恥ずかしがっていた。 「うん……ずっともじもじしてるのも、武人らしくないよね」 恥ずかしさをごまかすように冗談を口にする滸。 「……宗仁、脱がせて」 滸の身体を持ち上げて、下着を脱がせてやる。 その間、滸はぎゅっと両目を閉じていた。 滸の下着を脱がせて、性器を露出させた。 脱ぐ前にそうしていたように、滸は自らの性器を拡げている。 「恥ずかしくない……恥ずかしくない……」 羞恥心をすり潰すように、滸が呟く。 陰唇から覗く膣肉は、熟れた桃のように鮮やかだ。 漏れ出る液体もまた、濃厚な桃の果汁を思わせる。 顔を近づけると、まるで俺を誘うかのように膣肉がひくついた。 「宗仁、見えてる?」 「変じゃない、かな? 私の、そこ」 「普通だの変だの、男に分かるわけもない」 「そ、そうだよね。 ごめん、変なこと聞いて」 恥ずかしさのせいか、おかしな質問をしてくる滸。 「だが、綺麗だ」 「綺麗?」 脈動する膣肉は、自らが分泌した愛液で輝いていた。 滸の白い肌は、膣内の鮮やかさを際立てている。 「そこを褒められるなんて……」 「でも、宗仁に綺麗って言われて、すごく嬉しい」 恥ずかしさが薄まったのか、滸が微笑んだ。 そして、膣口を拡げている指先を、わずかに動かした。 「ねえ、宗仁」 「私もう、準備できてるから」 「ああ、分かっている」 硬いままの俺の肉棒を、液体で光るそこに触れさせた。 先端が、溢れている愛液に濡れる。 入口の小ささに、思わず動きを止めてしまう。 躊躇しているのが伝わったのか、滸が俺を安心させるように微笑んだ。 「宗仁、優しくしなくてもいいからね」 「いや、そういう訳にはいかない」 「気を遣って優しくするくらいなら、宗仁のしたいようにして?」 「それくらい強く求められた方が、私も嬉しいし……気持ちいいと思うから」 滸の表情に強がっている様子はない。 本心から、俺に激しく求められることを望んでいるのだ。 「それに私、宗仁に目茶苦茶にされたいって……たまに思ってたんだ」 「優しくする余裕なんてないくらい、私に夢中になってほしかったの」 「滸に夢中だから優しくしているんだ」 「前から宗仁は優しかったでしょ。 しかも、誰にでも」 「だから、目茶苦茶にしてもらうのが……宗仁の恋人になった人の特権なの」 「ね? ……きて、宗仁」 滸が腰をくねらせると、先端がわずかに陰唇の隙間に埋まった。 ここまで求められて無下にするほど、無粋ではない。 それに、俺だって滸と繋がりたい。 熱くて柔らかな粘膜に、亀頭を擦りつける。 くちゅっ「や……。 音、鳴ってる……んんっ」 「はあっ……! はあっ……あっ!」 これだけ馴染ませたら、大丈夫だろう。 「耐えられなくなったら、すぐに言うんだぞ」 「……うん」 滸の秘裂に添えた肉棒を、ゆっくりと突き出していく。 「ん、んん……!」 「ああっ、宗仁の……大きい」 思いの外、抵抗が強い。 まだ、滸の膣肉がほぐれていないのかもしれない。 躊躇していると、滸が俺を見つめた。 「大丈夫っ……だから、そのままきて」 「んんっ、あっ……んっ、これなら……入る、から」 滸は、自らの指でさらに膣口を拡げた。 ふっくらとした陰唇が割り広がると、さらに大量の愛液が流れ出た。 「んっ……あああ……!」 「はっ、ああっ……拡がった、かな?」 薄桃色をした女性器が、俺の前に淫靡な姿をさらしていた。 粘膜が室内の明りを反射して、てらてらと輝いている。 「滸、無理をするな」 「んんっ、無理なんて、してない」 「好きな人に、入れてほしいの、受け入れたいの」 「だから、私にたくさん刻みつけて……宗仁のことを」 熱に潤んだ瞳で見上げられる。 「あぁ……ん、はあっ」 「宗仁、今度こそ入るから……奥まで、きて……!」 腰に力を込めて、陰茎を奥へと突き進める。 狭い部分を広げながら、先端が滸の内部へと入り込んでゆく。 粘膜が陰茎を包み込み、全身に快感が伝播した。 「ふああっ……! きてる……っ!」 「ああっ! あああ、んああっ!」 先端に僅かな抵抗があり、俺は腰を止めた。 「宗仁、止めないで……んんっ!」 「優しくなんてしなくていいから、もっと激しくして」 「一緒に戦ったときみたいに……一つに、なろう?」 腰に入った力を、ふっと緩める滸。 「くっ……!」 滸の膣内が、陰茎を奥へ誘うように蠢いた。 「んあああっ……!」 「あ……あ……! ふあっ……!」 膣襞に激しく擦られ続けながら、膣内を押し開く。 きつく締め付けられるが、陰茎の硬さに膣肉は抗えず、愛液を分泌しながら少しずつ道を空けていく。 男根が半分までめり込むと、膣襞の動きがさらに激しさを増した。 滸が声を出すたび、陰茎を溶かそうとするかのように、止まることなく擦ってくる。 「宗仁っ……宗仁っ……く……ううあ……」 「はあ……はあっ、あっ……宗仁……」 苦しさを紛らわすように、滸は俺を呼んだ。 赤い鮮血が結合部からにじみ出しているのが見える。 「辛いのなら、ここで止めるか」 「全部、入ったの……?」 「いや、まだだ」 「じゃあ……止めちゃ、駄目……んんっ!」 「最後まで、ちゃんとして」 頷き、俺は更に腰を突き入れてゆく。 「うあ……! あ……ああああああ……っ!!」 「宗仁っ、宗仁っ……奥まで……来てるっ……!」 ぬるん! と、一気に陰茎全体が膣内に飲み込まれた。 「あああっ!! 全部、はいって……はあっ……!!」 「はあっっ、あああっ、はあっ……んああっ……!!」 滸が全身をわななかせ、それに合わせて内壁が俺自身を締め上げてくる。 「少し痛かっただけ……大丈夫、だから」 「それよりも、宗仁と一つになれたことの方が嬉しいよ」 言葉を交わすと、強張っていた滸の膣肉が少しだけ柔らかくなった気がした。 俺はたまらなくなって、滸に口づけする。 「んはっ、ちゅ……じゅるっ……ちゅっ」 「はっ、あふっ、ちゅばっ、ちゅぱっ……」 滸の口内を舌で触るたび、膣肉がきゅうきゅうと陰茎を締め付ける。 口と秘部の両方で繋がり、身体中が甘い熱で侵される。 「はふっ、んぐっ……じゅぶっ、んっ」 「じゅるっ……ちゅっ……んっ、ごくっ……はぁっ」 唇を離すと、滸は口内に残った俺の唾液を飲み干した。 「はっ、はあっ、宗仁……さっきから、私の中でびくびくしてる」 「いいよ……好きなだけ動いて」 奥まで挿入していた陰茎を、引き抜いてゆく。 先ほどまで挿入を阻むかのように締め付けてきた膣肉が、今度は俺を逃がすまいと収縮する。 亀頭に膣襞が引っかかるたび、俺たちは同時に息を漏らして快感を分け合った。 滸は涎を垂らし、自分の膣内をかき乱す俺の姿を潤んだ目で見つめ続けている。 「んっ! あっ……はあぁっ!」 「中……擦られるの……すごいっ……んあああっ」 「ふあああっ……そんなとこ、初めて……はあっ、ああっ……!」 指では届かない箇所を、陰茎が刺激したのだろう。 半ばまで抜いた所で、再び奥を目指して進んでゆく。 膣襞が陰茎全体を包み込み、放さないと言わんばかりにまとわりついてくる。 「ふ……はあっ、はあ……宗仁の、熱くて溶けちゃいそうっ……!」 「ん……! は……ああっ!! もっと、もっと、奥まで、きて……っ!」 「はああっ……んんっ、はっ……んああああっ……!」 「あっ、ああっ、あっ、うんっ、んんんっ、あんっ!」 吐息に合わせて内壁が、びくびくと収縮する。 滸に覆い被さりながら、深く膣肉を突いた。 「ああっ、あああっ、深いっ……とこ、来てるっ……!」 「うあっ、あっ、あ、はっ、はあっ…あああ……!」 「んんっ、んっ、んっ……あっ、あっ、はあぁっ……あっ、あっ……!」 「痛むか?」 「大丈夫、だから……もっと激しく宗仁のを刻みつけて」 「何も考えないで……私のこと、目茶苦茶にして……!」 「ああっ、あくぅ、んっ、ああっ、んぁっ、あっ、あんっ!」 「はあっ、ああっ、あんっ、あっ、あっ、んんっ、あああっ!」 膣肉が収縮するたび、快楽を求めて勝手に腰が動いた。 俺は優しくする余裕を失いつつあった。 「ひああっ、ひっ、んっ、ああっ、あっ、あっ!」 「あっ、あんっ、あっ、あっ、ああ、んあっ……!!」 「宗仁、突いて……壊れちゃうくらい、私の中、突いて……!」 互いの秘部を混ぜ合わせるかのような動きに、滸が嬌声を上げる。 射精を急くように蠢く膣襞が、容赦なく陰茎を責めてきた。 膣内で何度も陰茎が跳ね、そのたびに滸が反応する。 「ふあっ、ああっ、宗仁の……っ、中で震えてるぅ……」 「あぁ、あうぅっ……ひぅっ! あっ、んあぁっ……!」 「ああっ、ああんっ、やんっ、んっ、はあっ……ひあぁっ」 普段の様子とはかけ離れた滸の乱れように、俺も興奮を抑えられない。 腰の動きは更に速度を増し、肉を打ちつける音が大きく室内に響いていた。 「すまん、滸、我慢できそうにない……!」 「あっ、あっ、あっ……いいよっ、そのまま、もっと強く……っ!」 「あっ、ああっ、すごいっ、宗仁に、こんなに、されるの……初めてっ」 滸の身体に強く覆い被さって密着し、身動きの自由を奪う。 「やっ、これじゃ、動けな……ぅああっ!」 「あっ、ああっ、これっ、深すぎてっ、だめっ……あっ、あっ!」 口では抵抗するが、滸の膣内は悦ぶように激しく蠢いている。 滸を見ると、口元と瞳が何かを期待するように緩んでいた。 その体勢のまま、愛欲のまま滸の身体を貪りまくる。 「ああっ、あんっ、もっと、もっとして……ああっ、んあっ!」 「んっ、んっ、んっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……!」 互いの肌が赤くなってしまうほど、激しく腰をぶつけた。 その痛みすら快楽なのか、滸はさらに嬌声を上げる。 「ああっ、はっ、ひっ、ひああっ、んっ、んっ、んっ……んうううっ!」 「やっ、いま、中、びくびくって……きちゃう、かもっ……あ、ああっ!」 「あっ、はっ、はあんっ、あ、あっ、ああっ、ああん……っ!」 何度も何度も膣内を抉っていく。 その都度、快感が電撃のように脊髄を駆け抜けた。 「ああっ、んあっ、ああっ、ああんっ、ああっ、ふあああっ……!!」 「はあっ、はっ、ああっ、はんっ、んっ、ああっ、あうっ、ああっ!」 「宗仁も……一緒に、一緒にいっ、んうっ、あ、はあぁっ、んうううっ!!」 滸の声、滸の温かさ、そして繋がった性器からもたらされる快楽。 それが全てだった。 「滸……っ!」 「んんっ! はっ、ああっ、あっ、ふああっ、ああっ……!!」 「あああっ、宗仁、そのままっ……激しく、きて……あああっ……!!」 「ああっ、あんっ、ああっ、ひううっ、ふあっ、あっ、あっ、んくっ、ぅああっ……ああっ!」 俺たちは、一つの塊となって溶けていった。 「あっ、あっ、あっ、ああっ! はあっ、はっ、はあっ! ああっ!」 「ふあっ、んうっ! はあっ、ひっ、ひあっ、んっ、んっ、あんんっ!」 「あ、あ、ああぁっ、あぁ、……あぁ、んああっ、あああぁ、あっ、あああぁぁ」 「ふああっ!! ああっ、あっ、あっ、んっ、あ、ああっ、ああああああああああ~~~~~~っっ!!」 びゅくっ! びゅるっ! びゅくんっ!!「ああっ、ふああああっ……!」 滸の最奥で、男根が弾けた。 どく……っ! どくんっ……!「やあっ、ああっ、あんっ、あっ……」 何度も何度も、滸の中に精液を注ぎ込む。 滸の身体が震えると、膣壁が痙攣し陰茎を締め上げた。 「あっ……! で、出てる……! 私の、中で……はあぁぁっ……!」 「あああっ…、あっ、はあぁ……」 全身が痺れ、ようやく射精が収まった。 「くっ、あっ……!! はあああっ……!!」 「はぁ、はぁ、はぁ……」 力を失った男根が、ぬるりと女性器から抜け出る。 温かい内壁に包まれていた分、外気がひんやりと感じられた。 頭を支配していた性欲が、ゆっくりと落ち着いていく。 「はっ……はあっ……あっ、溢れちゃう……」 滸の中から、精子と愛液、そして破瓜の血が混じった桃色の液体が溢れだしていた。 滸が恥じらって隠そうとする。 「はぁ……はぁ……そんなに、気持ちよかったんだ」 「ああ、とても」 「ふふ、よかった……戦いだけじゃなくて、こっちの相性もばっちりだね」 滸は愛おしそうに、膣口から流れる精液を指ですくった。 男女の交わりは、戦いの時の一体感とはまた違った感覚だった。 しかし、一度味わえば虜になることには変わりがない。 「ふふっ」 「宗仁が激しくしてくれたのが嬉しくて」 「いつもの宗仁と違って、すごく必死な顔してたよ」 「まさか、動かなくされて、そのままされるとは思わなかったけど」 「本当にすまん」 欲望に流されたのは間違いない。 だが、滸もそうされるのを期待しているように見えたのだ。 「嬉しいって言ってるんだから、謝らないで」 「というかむしろ、乱暴にされるの……よかったかも」 「……そういう〈癖〉《へき》か?」 「ち、違う違う!」 「……よね?」 自信なさげに付け足していた。 不安げに首を傾げたのが可愛らしく、思わず滸を抱きしめる。 滸の首筋に顔を埋めた。 優しい手つきで、滸が俺の後頭部を撫でてくる。 「私、宗仁と結ばれただけで幸せだよ」 「もう死んでしまっても悔いは無いくらい」 「滸を死なせたりはしない」 「私よりも、宗仁は主を守らないと駄目でしょ」 「主も死なせはしない。 二人とも護ってみせる」 「欲張り」 「ああ、そうかもしれない」 自分にも人並みの欲があるなんて、知らなかった。 いや、本当は普通の人間よりも欲深いのかもしれない。 たった一人で、主も恋人も護ろうとしているのだから。 「朝までは、まだ時間があるな」 「うん。 そうね……」 夜は、まだ始まったばかりなのだ。 至近距離で滸が俺の瞳を見つめていた。 俺も、じっと見つめ返す。 「私……もっと、宗仁のことを感じていたい」 「俺もだ」 滸のまぶたが、そっと閉じられる。 「んっ……。 ちゅ……」 俺は引き寄せられるようにして、口づけを交わした。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 朝日を浴びながら、街を歩いた。 清々しい空気に満たされた、朝の街角。 目覚め始めた街の喧騒を抜け、天京の高台に向かう。 丘に立つと、眼前には天京の風景が広がっていた。 空はどこまでも蒼く晴れ渡り、吹き抜ける風は日に日に暖かくなっている。 丘から見下ろす天京は平穏で、人々は落ち着いていた。 遠くには、帝宮の屋根が見える。 帝宮を囲った、長大な石垣。 そこに空いた穴は既に塞がれてしまい、今では痕跡すら見えない。 帝宮を固める兵員の数は相当な数に膨れあがっていた。 ここからでも、共和国兵が砂糖でできた城に群がる蟻のように蠢いているのが見えるほどだ。 「綺麗だね」 滸隣に立った滸がつぶやく。 風に揺れる自分の髪を軽く手で押さえる。 その髪に輝くのは真新しい髪飾り。 「ああ」 宗仁一見穏やかな天京だが、目をこらせば共和国軍の検問が各所に見える。 奴らは武人を徹底的に潰すつもりらしい。 「私達が抵抗を続ける限り、共和国も取り締まりの手を緩めることはない」 「私は間違ってるのかな?」 「私達が武器を捨てれば平和になるのかな?」 「かもしれない」 「だが、それはまやかしの平和だ」 一見平和なように見えるこの街のどこかで、今この瞬間にも誰かが飢えて死んでいる。 罪もない国民が、政府や共和国軍に逆らったという理由で命を奪われている。 そんな国が、本当に平和だと言えるのだろうか?「滸がそうしたいなら、今ここで全部を投げ出して逃げる手もある」 「朱璃を見捨てて天京から離れ、どこか遠くの田舎町でひっそりと暮らせばいい」 「共和国軍の手も届かないくらい、どこまでもどこまでも遠くに逃げてしまえば良い」 俺の言葉に、滸が小さく笑う。 「そうだね」 「私が武人じゃなかったら、そういうのも悪くないと思う」 「でも、私は稲生の武人だから」 腰に下げた«不知火»の重さを思い出すように、柄に触れる。 「最後の一人になっても、戦うよ」 「たとえ、天京全てを武人の血で染め上げることになろうとも、私は戦い続ける」 「宮国を守り、必ず皇国を再興してみせる」 「それが、あの戦で死んでいった仲間から託された願いだから」 「宗仁」 滸が俺の方を見つめ、手を差し出してくる。 「その日が来るまで、私と共に戦ってくれる?」 「この手をずっと握っていてくれる?」 「ああ。 当然だ」 滸の手をしっかりと握り返した。 「血に汚れ、泥にまみれようとも離しはしない」 「どこまででも、必ず君と共に歩いてみせる」 俺と滸は武人。 主の刃だ。 皇国の再興は朱璃の願いであるのと同時に、俺たちの願いでもある。 皇国を自分達の手に取り戻すため、俺はこれからも力を尽くすつもりだ。 彼女と、共に。 爽やかな春の風が陵墓を吹き抜けてゆく。 皇国の『本当の春』も、すぐそこまで迫っていた。 ──この後、滸の下に一本化された奉刀会は、徐々に勢力を強め、皇国の独立を勝ち取ることとなる。 その裏に、朱璃や古杜音の尽力があったことは言うまでもない。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「朱璃と一緒に行く」 宗仁「何言ってるの!? あなたたちの目的は刻庵の救出でしょ」 朱璃「武人は主の刃だ。 俺は君を守る」 「あの、宮国様はいったい……」 子柚口を挟もうとした子柚を滸が遮る。 「それでこそ宗仁」 滸「ちょっと稲生!?」 「長時間、帝宮に留まるべきでないのは明らか」 「父上の救出と神器の探索、両立させたいなら人数を割くしかない」 「そんなことわかってる」 「で、宮国と宗仁は二人一組でしか扱えない」 「その前提がおかしいって言ってるの」 「そもそも、帝宮で自分を守るように言ったのは君だったはずだ」 「う……」 「帝宮に一番詳しいのは誰?」 「危険だというなら、あなたが頑張って守りなさい」 「……」 「わかった」 「ひ、卑怯者!?」 「どこがだ」 朱璃とにらみ合うこと十秒。 「わかりました」 目を逸らさないまま、朱璃が折れた。 「では、宗仁はこちらに」 「私を守りなさい」 「承知した」 滸の隣を離れ、朱璃の隣に立つ。 「宗仁を借りていきます」 「どうぞ」 「滸」 「一緒に行けず、すまない」 「主のために生きるのが武人の定め。 謝ることなどない」 滸の目が細められた。 慈愛を感じさせる微笑の奥には、一抹の寂しさが窺えた。 滸の気持ちを知らないわけではない。 だが、俺には守るべきものがある。 苦い思いが声にならないよう、しっかりと飲み込む。 「行ってくる」 「武運を」 滸の傍らに控えた子柚に向き直る。 「子柚、滸を頼む」 「はい! 一命に替えましても」 迷路のような地下道をしばらく進み、地上に出た。 「(帝宮の奥の間にある坪庭ね)」 耳元で朱璃が囁く。 「(巧妙なものだな)」 朱璃の方を見ると、目の前に整った顔があった。 「きゃっっ!?」 慌てて朱璃の口を押さえる。 「(声を出すな)」 「(むごごご、むぐ、むぐ)」 あなたのせいでしょ、と言ったのか?まあいい。 朱璃から手を離す。 「(で、目的地は?)」 「(ついて来て)」 朱璃は、汚れるのも躊躇わずに建物の縁の下に潜り込む。 なるほど、これなら見つかる可能性も低いか。 縁の下をしばらく腹ばいで進み、再度開けたところに出た。 周囲をぐるりと回廊に囲まれた、一辺五十〈米〉《メートル》ほどの正方形の敷地だ。 地面には隙間なく白砂が敷かれ、月の光を受けて眩しいほどに輝いている。 その真ん中に、まさに«大御神»の手でちょいと置かれたような、小さな〈社〉《やしろ》があった。 恐ろしいほど静謐な空気に、言われなくともここが«紫霊殿»だとわかる。 朱璃と頷き合い、白砂に踏み込む。 周囲に視界を遮るものはない。 誰かが見回りに来れば、容易く見つかってしまうだろう。 周囲の気配に気を配りつつ、«紫霊殿»の入口に近づく。 「(鍵、ないみたい)」 「(何?)」 見たところ、扉には鍵穴も錠前もない。 宝物が保管されているのなら、厳重に施錠されていそうなものだが。 ともかく開けてみようと、扉に手を伸ばす。 その瞬間──全身に鳥肌が立った。 誰かに見られている。 俺の目は、確かに月を背にして立つ何者かの姿を捉えた。 その手には、怨嗟の如き黒色の光を放つ呪装刀。 「(武人か!?)」 「はああっっ!!」 ??白刃が月光に煌めく。 衝撃波が、朱璃の体躯めがけて空間を疾る。 いま朱璃を守らなければ、«鎌ノ葉»が彼女の身体を数えきれぬほどの断片に切断する。 「朱璃っ!!」 刀に渾身の力を込める。 俺の腕が、胴が、脚が、許容範囲を超えた稼働命令に全力で抵抗する。 「おおおおおっっっ!!!」 ねじられる腕、軋みを上げる骨、破断する筋繊維。 速く!もっと速く!朱璃の命が飛沫となって消える、その前に──荒れ狂う大気が五体を覆い尽くした。 感覚が閉ざされ、漆黒に塗りつぶされる。 だが、右手に掴んだ温かな感覚だけは確かに残っていた。 「そう、じん?」 玉音が耳に入る。 守りたかった声だ。 空気は静まりかえっていた。 刀を握っていた俺の腕は、巨岩の下敷きになったように粉砕されている。 呪装刀も半ばで折れているが、朱璃は無傷で俺の腕の中にあった。 俺の«鎌ノ葉»が間に合ったのだ。 相殺とはいかないまでも、かなり減衰できたらしい。 「無事か?」 「ええ、私は」 「でも、宗仁が」 「ならいいんだ」 追撃に備え敵の姿を探すが、もはやどこにも見えない。 『ふふふ、今日はこのくらいにしてあげる』『あまりからかうと、怒られてしまいますからね』微かに、こちらをあざ笑うかのような音が聞こえた。 「誰?」 「わからない」 耳を澄ませて、敵の姿を追う。 だが、聞こえてきたのは、慌ただしく人が行き来する音だけだ。 「禁護兵が来る。 逃げましょう」 「«三種の神器»は?」 「欲しいけど、捕まるわけにはいかないでしょ!」 最後に«紫霊殿»を振り返る。 «鎌ノ葉»が直撃したにもかかわらず、建物には傷一つ付いていない。 恐らく呪術で守られているのだ。 中に重要なものがあるのは間違いないだろう。 いつか必ず、ここへ戻ってくる──そう誓い、«紫霊殿»を後にした。 地下通路まで戻ってきた。 今頃になって、身体が過負荷に不満の声を上げ始める。 「く……」 よろけた俺を、朱璃がすかさず支えてくれた。 「血が付くぞ」 「黙ってなさい」 主の肩を借り、前に進む。 「ありがとう、守ってくれて」 「これが務めだ」 「死んだら怒るからね」 「この程度で死ぬか」 朱璃に微笑みかける。 「それに、ここで死ぬのなら、俺など大した武人ではなかったということだ」 「代わりの臣下を探してくれ」 「ごふっ!?」 みぞおちに朱璃の拳がめり込んだ。 ぼろぼろの身体には、さすがに効く。 「二度と言うな、馬鹿」 明滅する視界の中で、桃の花びらが一枚舞った気がした。 「また泣いているのか」 「怒ってるだけ」 「泣かないって誓ったこと、覚えてるでしょ」 「ああ、そうだった」 朱璃に忠誠を誓った時のことだ。 一週間ほど前のことなのに、随分昔のことのように思える。 遠くから、剣戟の音が聞こえてきた。 「宗仁」 「戦ってるな」 朱璃から離れ、自分の足で立つ。 「行こう、滸と槇かもしれない」 「さっき襲ってきたのが槇じゃないの?」 「違う気がしている」 一瞬だけ見えた影は、槇のものではなかった気がする。 槇でないとするなら一体?まさか──刻庵殿……。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 音がする場所へ駆け付ける。 戦っていたのは、やはり滸と槇だ。 手出しを禁じられているのか、子柚は傍らに立ち尽くしている。 「滸!」 宗仁「宗仁!?」 滸「なんだ、鴇田も来ていたのか」 数馬「と、鴇田さん……」 子柚槇が己の呪装刀を肩に担ぐ。 身体にはほとんど傷がない。 対する滸は、深手ではないものの、少なからず負傷しているようだ。 槇の優勢ということか。 「刻庵は無事なの?」 朱璃「父上は……」 滸が言葉を切る。 「俺が斬った」 「拷問でボロ雑巾みたいにされちまったんだ。 もう生きていたって仕方ねえさ」 数馬が背後の牢屋を顎でしゃくる。 遠目に、枯れ木のように痩せた男が転がっているのが見えた。 共和国軍の拷問は苛烈を極めたことだろう。 刻庵殿……申し訳ない……。 「馬鹿なんだよお前等は」 「あんなゴミのために、帝宮までノコノコ出張ってきやがって」 「ま、お陰で、俺は誰にも邪魔されず稲生とやれる訳だが」 「貴様」 滸が呪装刀を正眼に構える。 「構えだけは立派じゃねえか。 歪みがない」 「ま、そういうところが嫌いなんだがなっ!」 槇が轟然と踏み込む。 滸の身体ほどもある剛剣を、刺突剣のように軽々と突き出す。 紙一重で切っ先を躱し、まくり上げるような逆袈裟で返す滸。 並の武人ならば見切れないであろう斬撃を、槇は笑みを〈湛〉《たた》えたまま避ける。 「さっきからこの調子だ、退屈で話にならん」 「稲生、いい加減«不知火»を抜けよ」 「刻庵も死んだんだ。 遠慮することはないだろ? え?」 槇の言葉に滸が身体を硬くする。 「……」 滸が腰の«不知火»に手を伸ばす。 が、その手は宙を彷徨い、再び元の刀の柄に戻った。 「待ちなさい! これ以上の私闘は許さない」 「餓鬼は黙ってろ」 「父上の弔いだ」 「稲生、下がりなさい!」 「稲生っ!!」 滸が迷ったように朱璃と俺を見る。 やがて、苦虫をかみつぶしたような顔で刀を下ろした。 「おいおいおいおい、何考えてんだ稲生」 「槇と稲生、白黒付けるなら今しかないだろうが」 「俺は刻庵の仇だぜ? こんな餓鬼に口出しされて諦めるのか?」 槇に睨まれた朱璃が、無言で滸と槇に近づく。 「稲生は私の臣下。 命令に従うのは当然よ」 「槇数馬、あなたにも従ってもらう」 「お前、何様のつもりだ?」 「私は、今は亡き蘇芳帝の第一皇女」 「ただ一人残された、皇家の正統な後継者です」 一瞬の静寂。 「下らん」 槇が再び太刀を構える。 「槇……!」 「無礼だぞ。 〈皇姫殿下〉《きでんか》の御前だ」 「ほう」 射殺しそうなほどの視線が朱璃に注がれた。 朱璃は、静かに視線を受け止める。 凍りついたような数瞬。 「だとすりゃ、なんたる僥倖」 「信じる気になった?」 「いやいや、俺に難しい事はわからんよ」 「正直興味もない」 数馬が改めて刀を構える。 「あなたは武人でしょう?」 「あんたが本物だろうが偽物だろうが、従うつもりなんぞない」 「槇、貴様っ!!」 「槇の家名にかけて俺は引けねえんだよ」 「三百年前の御前試合に負けて以来、俺たちは稲生の下に置かれてきた」 「何度も御前試合の復活を希望してきたが、全て稲生に握り潰された。 規律を乱すだの何だの言いやがってな」 「負けるのが怖いだけだってのに、皇帝陛下まで稲生の言い分を鵜呑みにする始末だ」 「武人が守りに入ってどうするってんだ、クソッタレが」 吐き出すように言ってから、数馬が唇をなめる。 「俺は稲生を斬る」 「邪魔をするなら、お前も斬る」 切っ先を朱璃に向けた。 「槇の言い分はわかりました」 「では、今からここで御前試合を開催しましょう」 「え?」 「はは、そうこないとな」 「ただし、これはあくまでも試合、殺し合いではありません」 「決着が着いた段階で刀を引くことを厳命します」 「いいだろう」 「だが、獲物は真剣だ。 事故が起きるかもしれないぜ」 壮絶な笑みを浮かべる槇。 「寸止めもできぬ武人として、後世まで汚名を残すでしょうね」 「言うじゃねえか」 槇が肩をすくめる。 「わかった、異論はない」 「……こちらもだ」 滸が険しい顔で了承した。 槇は刻庵殿の仇だ。 忸怩たる思いがあるだろう。 「よろしい」 朱璃が満足げに頷く。 「審判は宗仁に命じる」 「承った」 実に三百年ぶりの御前試合。 皇家の人間の眼前で、稲生と戦えるのだ。 槇にとっては願ってもないことだろう。 槇の心情を汲みつつ、どちらの命も奪わない差配だ。 「稲生、こちらへ」 「はい」 滸が歩み寄った。 朱璃が、その肩を両手で掴み、正面から瞳を見据えた。 「あなたは紛うことなき私の臣下よ、稲生」 「稲生を信じた主に、恥をかかせないで」 「無論、後れは取らない」 朱璃が滸の背を叩き、槇の前に送り出す。 稲生家の当主と、槇家の当主が向かい合った。 「明義館、鴇田宗仁」 「この試合の審判を務めさせてもらう」 「よろしく頼む」 「おう鴇田、戦う前に、こいつが本物の稲生家の当主か確かめさせてもらえないか?」 「どういうことだ」 槇が俺の目を見てきた。 瞳は先程までの狂犬のそれではない。 百年を生き抜いてきた老虎のような、清々しい瞳だった。 ──あの時の視線と同じ。 思い出したのは、奉刀会本部で槇と滸が決裂した後のことだ。 机を蹴って退出する槇は、行動とは裏腹にこんな目をしていた。 睦美さんの話を聞いた今なら、何か意図があるとわかる。 「どのようにして確かめる?」 「«不知火»だ」 「«不知火»は、稲生の当主に抜かれた時にのみ真の力を発揮する」 「その女に使わせればすぐわかるさ」 滸の表情が強ばる。 「御前試合だぜ? まさか手を抜こうってんじゃないだろうな」 「お前に«不知火»の真の姿がわかるのか?」 「わかるさ」 「共和国の爆弾の雨が降る中、刻庵と共に戦ったのは俺だ」 「忘れられるわけが……あるまい」 「槇が父上と?」 「«不知火»の炎は、戦場での唯一の希望だった」 「あの火が燃えているうちは、絶対に負けないと思わせてくれたよ」 「ま、小此木の野郎が勝手に白旗を上げちまったから、戦争には負けたがな」 槇の口ぶりからは、刻庵殿への強い信頼が窺える。 刻庵殿を嫌ってなどいないのだ。 「それでも«不知火»の火は奉刀会の中で、まだ赤々と燃えていた」 「稲生滸、お前が火を消すまではな」 「«八月八日事件»の時、刻庵はお前に«不知火»を託した」 「刻庵の意図はわかっていたはずだ」 「崩壊寸前の奉刀会を立て直すため、お前はその火を高々と掲げ、皆を導かなくてはならなかった」 「にもかかわらず、お前はそいつを箪笥の肥やしにしやがった」 「責任の重さに耐えきれず、鞘から抜くこともしなかったんだろう?」 「私は……明義隊を壊滅させた人間だ」 「だからどうした!」 滸の声を一蹴する。 「«不知火»を抜け。 最後の機会だ」 滸は石像のように動かない。 思えば、今まで滸は、自分が当主であることも奉刀会の会長であることも否定してきた。 刻庵殿に遠慮しているのかと思っていたが、今や刻庵殿の死が確認されているのだ。 滸の逡巡は、遠慮が原因ではない。 自信か。 結局、滸は明義隊を壊滅させた自分を信頼できないのだ。 だから、意識的にか無意識にか、刻庵殿の陰に隠れてきた。 もちろん、滸は会長代行としての責務を果たそうと懸命に頑張ってきたし、傍目には問題がないように見えた。 しかしそれは、負傷した腕を無理して動かしてきただけのことで、傷は今なお血を流し続けているのだ。 いずれどこかで治療しなければならないとすれば、それは今なのではないか。 「稲生滸、«不知火»を抜くように」 「槇など«不知火»を抜くまでも……」 「審判は俺だ」 「く」 滸の手が震えている。 その手のひらを、滸はまるで自分のものではないかのように見つめる。 「抜け、滸」 「刻庵殿亡き今、奉刀会の会長はお前だ」 「稲生家の棟梁である証を見せてくれ」 「しかし、私は」 「今抜かなければ、もう二度と«不知火»は抜けないだろう」 「抜け。 そして斬るんだ」 「今までの自分を」 滸は斬らねばならない。 三年前の敗戦に囚われたままの自分を。 あくまでも代行を名乗り続け、先頭に立つことを恐れている自分を。 そして──自責という、甘美な逃避に溺れる自分を。 滸が手を握りしめた。 震えを意思の力で握り潰すように。 「そう……私は斬りたかったんだ」 「他でもない、弱い自分を」 滸が«不知火»を握り直す。 「槇、疑うならば、とくと見るがいい」 「これこそ、稲生家伝来の宝刀」 「武人の棟梁の証たる«不知火»の真の姿」 右手に柄、左手に鞘──«不知火»を顔の前で水平に掲げる。 目を瞑って深呼吸をした。 手が、水平方向にゆっくりと引かれていく。 姿を現わしたのは、刀匠の炉から引き出したかの如き、赤熱の刀身だった。 解き放たれたるは天上の劫火。 九人の巫女を贄に鍛え上げられし、業物中の業物──「«不知火»、行くぞ」 瞬間、地下牢が赤々と照らし出された。 滸の声に共鳴するかのごとく吹き上がった轟炎が、地下道の気温を一気に跳ね上げる。 「ははは、久しぶりじゃねえか«不知火»」 「いいぜ、まさしく稲生家の炎だ。 見間違えるわけがない」 槇もまた、槇家伝来の呪装刀«〈黒鉄〉《くろがね》»を正眼に構えた。 «黒鉄»は所持者の体力を劇的に向上させる。 剛剣は岩をも飴の如く切り裂き、鋼の体躯は数多の傷を受けてなお頑強。 槇家の当主の姿は、常に戦場の先頭にあった。 「槇家当主、槇数馬」 「稲生家当主、稲生滸」 「始めっ!!」 «不知火»から暴れ龍の如き炎が吹き出した。 離れていても肌を焼かれるほどの猛烈な熱気だが、槇は表情を変えない。 「はははははっ!!」 槇は哄笑を上げながら滸と剣を合わせていた。 槇の髪が焦げ、衣服からは仄かに白煙が上っている。 «黒鉄»をもってしても、«不知火»の熱は防ぎきれないのだ。 滸の柔剣と槇の剛剣が何度もぶつかり合う。 朱璃は目を離さない。 瞬きする間すら惜しんでいるかのようだった。 伯仲する力の押し合いが続く中、僅かに、滸が槇を押す場面が生まれている。 「ちいっ!」 槇が引きざまに砂礫を蹴り上げる。 目つぶしだ。 「«不知火»!」 爆炎が突風を起こし、砂礫を遮る。 猛烈な熱に、槇の身体が微かに揺らぐ。 その隙を滸は見逃さない。 «不知火»が槇の刀を跳ね上げた。 甲高い音と共に、槇の剛剣が床に落ちた。 「勝負ありっ!」 「く……」 「雪辱は、叶わなんだか」 滸が«不知火»を大きく振るい、炎を払ってから鞘に収めた。 「見事でした」 「二人の剣技、この目にしかと焼き付けました」 「槇、結果に不服はある?」 「ねえな」 ──三百年ぶりの御前試合は、終わった。 観戦した皇族は僅かに一人。 国中が湧いたと言われる三百年前の御前試合と、華やかさは比ぶべくもない。 だが、刀を合わせた二人の魂は勝るとも劣らなかったはずだ。 「父上……」 刀を収めた滸が、刻庵殿の牢屋に近づく。 骨と皮ばかりになった遺体は見るも無惨だ。 床に膝を突いた滸が、しばらく動きを止める。 ……。 …………。 「これは……父上ではない……」 「え? どういうこと?」 「父上にはなかった刺青がある。 それに筋肉の付き方も武人とは違う」 槇に目を向けると、小馬鹿にしたような顔で俺を見た。 「刻庵なんて最初からいねえんだよ」 「お前等を誘き出すために、小此木が撒いた餌だ」 「では、父上はまだご健在なのか!?」 「俺が知るか」 「刻庵殿の話が罠なら、なぜ槇だけがここにいる。 他の禁護兵はどうした?」 「あいつら、新人の俺に押しつけやがったのさ」 「武人の相手は恐ろしいんだとよ」 腑に落ちない。 俺たちをわざわざ誘き出しておいて、始末を槇一人に任せるなど不自然極まる。 「槇、あなた、もしかして、禁護兵から私達を守るために一人で……」 朱璃の言葉に、槇が居心地悪そうに頬を掻く。 どうやら、朱璃の推理は当たっているようだ。 「私は礼を言わなくてはならないようだ」 「うるせえなあ」 「それより、さっさと帰って奉刀会を何とかしろ」 「禁護兵がいつまでも待ってくれると思うな」 「お前はどうする?」 「あー……考えてなかった」 「適当な人ねえ」 「でも、嫌いじゃないかも」 朱璃が槇の正面に立つ。 「試合には負けたけれど、あなたの力は武人第二位であることは間違いない」 「奉刀会に戻って、稲生と共に皇国再興のために力を貸してくれない?」 「これは、蘇芳帝の第一皇女からの要請よ」 「悪いが、そのつもりはない」 「あなたは御前試合に応じた」 「それはすなわち、私を皇家の人間だと認めたということ」 「なら、私の命に従うのが筋でしょう?」 槇がきょとんとした顔になる。 初めて見る顔だ。 「ふっ」 「はははははっ!」 「いやいやお嬢ちゃん、なかなかやり手じゃねえか」 「だが、俺はもう脱会した身だ。 今更会には戻れない」 朱璃が何か言う前に、滸が懐から槇の脱会届を取り出した。 「無効」 朱璃が脱会届を破り捨てた。 「あ」 「槇が脱会届を出したことは、まだ公開していない」 「もはや問題あるまい」 「おいおい。 監察がそれでいいのかよ」 「今は非公式活動中でな、監察ではない」 「まったく、ああ言えばこう言うだ、クソッタレが」 槇が俺たちから離れ、先程の戦いで落とした呪装刀を拾う。 「わかったよ、好きにしろ」 「ったく、お前等といると調子が狂う」 口の中で悪態をつきながら、槇が呪装刀を鞘に収めた。 「槇」 滸が槇の正面に立つ。 「これからも、頼む」 「やめて下さい、代行」 「いや、もう会長と呼んだ方がいいですかね」 槇が口調を改めた。 滸を認めてくれたのだ。 「さて、こんなところは長居は無用だ」 踵を返そうとした槇の背後で、何かが動いた。 乾いた金属音が地下牢に響く。 閃光手榴弾!?「くっ」 「っっ!」 宗仁・滸咄嗟に朱璃をかばう。 閃光と爆音が地下牢を走り抜けた。 何とか目は守れたが、聴覚を潰された。 視覚だけで朱璃の無事を確認する。 と、槇の向こう側で銃火が瞬いた。 「!!!!!!」 槇の叫びも聞こえない。 無音の世界で、槇の巨体が揺れた。 身体で全ての銃弾を受け止めたのだ。 あいつ……。 「っっ!!!」 槇がこちらを向いた。 精一杯身体を伸ばし、俺たちを覆わんとする。 槇の唇が動く。 『滸を、頼む──』槇の微笑が、刻庵殿に重なって見えた。 〈八月八日〉《あの日》と同じだ。 俺はまた、大切な人を。 「頼まれた!!!」 横では、滸が槇を凝視している。 俺と同じく視覚は生きているのだ。 滸の手を強引に掴む。 「!!!!」 「行くぞっ!!!」 誰かが敵を止めなければ、全滅する。 「!!!!!!!!!!」 「行くんだっ!!!!」 走る。 俺の為すべきことは、全力で走ることのみ。 地下通路の奥、遠く、鴇田達の背中が消えた。 逃げ切れよ、餓鬼ども──「がああああああっっ!!!」 全身が発火しそうなほどの激痛。 おいおい、こりゃ……«黒鉄»があってもきついんじゃねえのか?振り返り、敵の姿を確認する。 二十人ほどの共和国兵の後ろに、〈映像筐体〉《テレビ》で見慣れた女がいた。 「ああ……こすっからい手でくると思ったら……共和国の金髪姉ちゃんか」 「あなた、小此木を裏切ったの?」 エルザ「一人で地下牢を守るなんて言うから、怪しいと思っていたけれど」 「小此木も武人をあっさり信用するなんて、何を考えているのかしら?」 「金のこと以外は、何も考えてないんだろ」 「ふふふ、かもね」 余裕を見せたいのか、女が笑ってみせる。 「悪いけど、生かして返すつもりはありませんから」 「奇遇だな。 こっちもだ」 «黒鉄»を握る。 「さーて、三年前の続きをしようじゃねえか」 「お前等の神様に祈っとくんだな」 「俺は小此木と違って、講和条約なんぞ結ばねえぜ」 «八月八日事件»以来、貯めに貯めてきた剣気を解き放つ。 会長が一皮むけたいま、もう心残りはない。 一人の武人として命を燃やし尽くすのみだ。 ──なあ、刻庵殿。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 屋根伝いにしばらく移動し、夜鴉町に辿り着いた。 ここまで来れば、敵も追ってきてはいないだろう。 喧噪に満ちた路地を歩く。 交わす言葉はない。 最後に見た槇の背中が、俺たちを押し黙らせていた。 もう一度考えなければならない。 槇という男の生き様を。 幾度も尾行を確認してから、花屋に戻った。 すでに明け方と言っていい時間だったが、店長は甘酒を用意して待っていてくれた。 「ああ、良かった、無事だったのですね」 鷹人「ご心配をかけました」 滸「いや、無事なら何より……」 「といっても、皆さん傷だらけですね」 「また、«治癒»をお願いしていいですか?」 朱璃「もちろんですよ」 「そう来ると思って、今日は精のつくものを沢山食べておきました」 「ウナギでしょ、スッポン、マムシに……」 指折り数える店長。 あまりにいつも通りで、緊張の糸がふと解けた。 「ところで、槇さんには会いましたか?」 「え?」 宗仁店長が懐から紙を取り出す。 「彼から預かりました」 「宗仁君が帝宮から戻ったら渡してくれと」 表書きのない、純白の書状。 上品な風合いの手漉き紙を丁寧に開く。 「この手紙、一度開封されていますね。 折り目がずれている」 「そうなのですか? 私は開いておりませんが」 店長が首をひねる。 まあいい、今は内容を確かめよう。 手紙を開くと、柄にもなく繊細な文字が並んでいた。 「『この手紙を読んでいるということは、誰かが俺を斬ったということだろう』」 数馬「『それが稲生であることを心から望んでいる』」 「槇は、私に斬られるつもりで」 滸が目を見開く。 「『稲生、お前には会長を務めていくだけの力がある』」 「『にもかかわらず、いつも刻庵の影に隠れていることを情けなく思う』」 「『頭のいい男なら、言葉を尽くしてお前を奮い立たせることもできるのだろうが、俺は知っての通りの不調法者だ』」 「『喧嘩を売るばかりで、ロクな言葉をかけられなかったことを申し訳なく思う』」 「『かつて、刻庵は『刀を以て言葉と為せ』と教えてくれた』」 「『だから俺も彼の言葉に従う』」 「『お前が、俺との戦いの中から何かを見つけ出してくれていることを願う』」 「『稲生、胸を張れ』」 「『誰もがお前の力強い姿を待ち望んでいる』」 刀を以て言葉と為せとは、刻庵殿の言葉だったのか。 槇は自らの命を以て、滸に自信をつけさせるつもりだったのだ。 帝宮での戦闘の最中、滸を怒らせるようなことばかりを言っていたのも、奮起を促すためだったのだろう。 「槇、すまない」 「もう少し早く、私が覚悟を固めていれば」 滸が唇を噛む。 手紙の最後には、興武館の武人に対する指示が書かれていた。 「『俺のような男に仕えてくれたこと、心より礼を言う』」 「『槇家の血は俺で絶えることになるが、興武館の教えは皆の心の中にあると信じている』」 「『興武館の忠義はただ一つ』」 「『陛下の御ため、いかなる戦場においても臆さず先陣を切ることにある』」 「『稲生滸の下、心を一つに忠義を貫き抜いてほしい』」 「『代行には散々噛みついてきた俺だが、彼女こそ武人の棟梁に値する人物であると、ここに証する』」 この手紙があれば、興武館の武人も滸に従うだろう。 槇……ありがとう。 手紙を読み終えた滸が天を仰ぐ。 引き結ばれた唇には、未来への決意が滲んでいた。 小料理店、美よし──間もなく夜も白み始めようかというこの時間、店の玄関先に佇む人があった。 更科睦美。 «三祖家»、更科家の当主でありながら、美よしで包丁を振るう料理人である。 なぜ外へ出てきたのか、彼女自身わかっていない。 ただ、誰かに呼ばれた気がして店の外に出たのだ。 春の夜風に波打つ髪を遊ばせながら、睦美は街の一点を見つめた。 視線の先にあるのは、皇帝陛下のおわす帝宮。 「数馬様」 睦美薄い唇が、男の名を音にした。 睦美の脳裏に、銃弾の雨の中を走り抜ける男の姿が浮かび上がった。 ただただ不器用で、暴れることしかできなかった男。 でも、誰よりも純粋で、一本気で、奉刀会と興武館の門弟のことをいつも心配していた。 今にして思えば、睦美の中には、数多くの数馬の肖像が刻まれている。 地獄のような戦場を、共に駆け抜けた日のこと──«三祖家»力を合わせ、皇国を再興しようと誓った日のこと──«八月八日事件»の後、命を絶とうとした数馬を止めた日のこと──それぞれのやり方で、刻庵がいなくなった後の奉刀会を盛り立てると約束した日のこと──槇と睦美の関係を決定的に変えたのは、«八月八日事件»の後の顛末だ。 興武館の門弟が共和国に情報を流していたと知った数馬は、皇帝の廟で一人腹を切った。 血だらけの数馬を発見したのは、連絡が付かないのを不審に思った睦美だった。 もし睦美が駆け付けなければ、数馬はこの世にはいなかったはずだ。 「数馬っ、あなた何してるのっ!?」 「……おう……睦美……か……」 睦美が数馬を発見した時、彼の命は燃え尽きようとしていた。 自らの血に溺れるように倒れ伏している数馬を、睦美は躊躇いなく抱きかかえる。 「このまま逝かせてくれ」 「巫山戯ないで」 止血しようとする睦美の手を数馬が止める。 「うちの若い奴が……女に引っかかった……」 「だから……共和国は、決起の日を……」 「そんな」 「な? もう、生きちゃ……いられねえ、だろ?」 数馬の気持ちは、睦美にもよくわかった。 同じ立場なら自分も腹を切っただろう。 「……だめ」 「あん?」 「死なせない」 「何言って……」 「いつも滅茶苦茶な事ばかりしてるくせに、こういう時だけカッコつけないで」 「私だけで奉刀会を支えていけっていうの!?」 「責任取るつもりなら、生き残って仕事しなさい! 根性なし!」 「お前……」 「ぬおっ!?」 睦美が数馬の巨体を背負い上げる。 数馬の血が、睦美の服に染み込んでいく。 「お、おまえには……武人の情けってのが……ないのか」 「いいから、死なせろ……」 「今更……どの面下げて……会に戻ればいい……」 「黙って」 「ガタガタ言うと、このまま投げるから」 それきり睦美は喋らなくなる。 自分を覆い隠すほどの巨体を背負い、一歩一歩丘を下る。 「好きにしろ……阿呆が」 「(また傷だらけで転がり込んで来るでしょうか)」 若き日を思い出し、睦美は知らず表情を綻ばせた。 その時、帝宮の空を一条の流れ星が過ぎった。 「(あ……)」 光は一瞬。 潔く、儚く、夜の闇に吸い込まれて消えた。 「数馬様……」 睦美の頬を一筋の涙が伝う。 何かが夜空から落ちてきた。 道路で蠢くそれは、誰が見ても血だらけの熊にしか見えないだろう。 「ごほっごほっ……やばいな……ちと、しんどい……」 「あの金髪姉ちゃん……容赦なしだな……」 「数馬様っ!?」 「んあ?」 草履が脱げるのも構わず、睦美が数馬に駆け寄る。 「ちっ……またお前か」 「し、死んだのではなかったのですか!?」 「勝手に殺すな、馬鹿が」 「でも、流れ星が」 「何の話だ」 「い、いえ」 胸の中で数馬を殺していたことを反省する睦美である。 「ま、死ぬつもりではあったんだがな」 「共和国の奴らが、あんまり腰抜けなもんで、殺されてやるのが馬鹿らしくなった」 「ごほごほごほっ!?」 口から零れた血が睦美の服を濡らす。 こうしている間にも、数馬の身体から流れた血が、少しずつ路面を濡らしていく。 命の天秤は死にかなり傾いている。 一刻の猶予もならない。 「絶対に、死なせません」 あの時と同じように睦美が数馬を背負い上げる。 「ふ……睦美にかかっちゃ、見事にまな板の鯉だな」 「料理人でございますから」 睦美が一歩ずつ歩き出す。 心地よい揺れと背中の温かさに、数馬の意識が薄くなっていく。 次の日の午前、滸は全会員に緊急招集をかけた。 刻庵殿救出作戦についての経緯説明と、槇の死と遺言を公開するためである。 「以上が槇の遺言です」 「無論、直筆。 花押もあります」 槇の書状を読み上げてから、文面を武人達に掲げて見せる。 初めは疑いの眼差しを向けていた興武館の武人も、やがてはうなだれ、嗚咽を漏らし始めた。 その数に、槇の影響力が偲ばれる。 ──実のところ、俺と滸は、睦美さんから槇生還の報告を受けている。 しかし、槇本人から『然るべき時が来るまで伏せておけ』との要望があり、俺たちはそれに従うことにした。 これも奉刀会のためだ。 「今回の作戦に伴い、私たちは槇数馬という大切な同志を失った」 「私が不甲斐なかったが故の失策だ」 「ここにいる皆はもちろん、何より槇に対し、深く謝罪する」 滸の号令で槇に対して黙祷を捧げる。 「彼は一命を賭して私の未熟を糺してくれた」 「今後は、槇の言葉を胸に、宿願を達するその日まで〈刻苦精進〉《こっくしょうじん》する覚悟である」 「諸君等にあっては、是非とも奉刀会を支えてほしい」 滸の鋭い視線が、居並ぶ武人一人一人に決意の強さを伝える。 「また、帝宮地下に、父上、稲生刻庵の姿はなかった」 「今のところ生死は不明だ」 「しかしながら、もはや父上の救出に会の力を割くことはしない」 本部がざわつく。 滸はおそらく、心の中では刻庵殿の生存を信じている。 にもかかわらず、自らの意思で捜索を打ち切った。 刻庵殿の力に〈縋〉《すが》ろうとしていた、かつての滸ではないのだ。 槇──感謝する。 「静聴っ!」 「私は本日を以て奉刀会会長に就任する」 「皇国を再興するため、この命尽き果てるまで戦い続けることを、皆に誓おう」 本部が水を打ったようになる。 刻庵殿の捜索を打ち切り、会長の職を受け継ぐ。 一つの時代が終わり、新しい時代が始まろうとしている。 「異論がある者は、今この場で名乗り出よ」 槇の片腕だった男が進み出た。 「興武館に連なる者として、我らは今まで槇殿に従ってきた」 若い武人「槇殿のご遺志に従い、一同、全身全霊を以て奉刀会のために力を尽くすこと、ここに誓約申し上げる」 槇派の武人達が一斉に頭を下げた。 「その言葉頼もしく思う」 「共に力を合わせ、宿願を果たそうではないか」 「それこそが、槇殿への何よりの手向けになる」 「承知仕った」 滸が改めて満堂に向き直り、差していた«不知火»を掲げた。 全員の目が、その堂々たる拵えに吸い寄せられる。 «不知火»を手にする──その意味は、武人ならば一人の例外もなく理解している。 武人の棟梁として、全ての武人の命を背負う。 その宣誓である。 「各々方」 「不肖の身であはるが、この稲生滸を支えて欲しい」 承応の声に空気が揺れた。 「ありがとう」 滸が頭を垂れる。 そして、背後の神棚に向き直った。 全員が立ち上がり、刀の鯉口を切る。 本部に清冽な沈黙が降りる。 奉刀会会長、稲生滸、初めての〈金打〉《きんちょう》である。 「«〈大御神〉《おおみかみ》»の〈御前〉《みまえ》にて、奉刀会一同、鋼の如き団結と皇帝陛下への誠忠を誓う」 「誓約を違える者あれば、その命を以て贖うべし」 「誠忠!」 鍔鳴りが、新しい奉刀会の幕開けを告げた。 どこまでも澄んだ鍔鳴りが、新しい時代の幕開けを告げた。 もう奉刀会内部に憂いはない。 先達の想いを無駄にせぬよう、全員一丸となって外敵に立ち向かおう。 小此木を打倒し、この手に皇国を取り戻すのだ。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「失礼します」 エルザ帝宮の地下牢で不審な武人と戦った後──念のため翡翠帝の部屋に来た。 「このような時間にどうしましたか?」 翡翠帝「先程、帝宮に侵入者がありましたので、念のためご無事を確認しに参りました」 机に向かっていた翡翠帝は、きょとんとした顔をしている。 「私はまったく問題ありません。 騒ぎがあったことを今知ったくらいですから」 「安心いたしました」 「ちなみに侵入者というのは……」 「武人です」 翡翠帝の表情が翳る。 「名前はわかっているのですか?」 「わかっていません」 「ただ、槇数馬という武人が侵入者に通じていたのは確かです」 「槇……」 「ご存じですか?」 「皇国人の常識として知っているだけです」 「彼を討ち取ったのですか?」 「残念ながら取り逃がしました」 「重傷は負わせましたが、恐ろしいほどのしぶとさで」 「それは不安ですね」 「現在、追跡をさせているところです」 「私もこれから調査を指揮しますので、これで失礼します」 翡翠帝に頭を下げ、踵を返す。 「エルザ様、お怪我を!?」 「え?」 軍用の鎮痛剤を打っていたので、忘れていた。 地下通路で槇と交戦した際にできた傷だ。 「鎮痛剤を打っていますので問題ありま……」 「こちらに座ってください!」 強引に手を引かれ、寝台に座らせられた。 高価な寝具に血液がつくが、翡翠帝に気にする様子はない。 救急箱を持って来た翡翠帝が、私の前に跪く。 「消毒します。 痛むかもしれません」 言うや否や、懸命に治療を始める。 「救急箱までお持ちとは驚きました」 「何があるかわからない時代ですから」 「でも、こうして役に立ったでしょう」 「く……っ」 「少しの間、我慢していてください」 「わ、わかりました」 「しみますよ」 「あ……!」 「動かないでください!」 「治療は手早くした方が、傷が残らないんです」 「は、はい……」 爆発事件の時にも思ったが、やはり手慣れている。 どこかで治療の経験を積んでいるのだ。 「お味方も負傷されたのですか」 「多くの部下を失いました」 武人の戦いぶりは、戦鬼と呼ぶにふさわしかった。 どれだけ銃弾を撃ち込んでも全く怯まず、刀の一振りでこちらの二、三人を戦闘不能にする。 犠牲者の中には、下士官時代から共に戦ってきた古参の兵士もいた。 皆、勇敢な兵だったのに、まるで紙切れのように斬られていった。 「武人一人に酷い損害です」 「お辛いことでしたね」 「早く争いのない世の中になればよいのですが」 「私も皇国の平和を願っております」 「ですが、現在の体制が続く限り、平穏な日は遠いでしょう」 「どういうことですか?」 「小此木です」 「あの男の頭には、私腹を肥やすことしかありません」 「国民がどれほど苦しんでいるか、陛下もご存じかと思います」 翡翠帝が視線を落とす。 もちろん肯定の意味だ。 「仮に武人が大人しくなったとしても、次は国民が立ち上がるでしょう」 「平穏な未来を望むならば、問題の根本を糺す必要があります」 「エルザ様、大きな声でそのようなことを仰っては」 言葉の意味を察し、翡翠帝が慌てて〈窘〉《たしな》めてくる。 しかし、やめるわけにはいかない。 今日、ここに来たのは、私の計画に協力してもらうためだからだ。 小此木が設置した部屋の監視システムも、ダミーデータを噛ませて黙らせてある。 「構いません」 「皇国の未来のため、陛下には是非とも聞いて頂きたいのです」 翡翠帝をベッドに座らせ、自分はその隣に腰を下ろす。 「あ、あの、まだ治療が」 彷徨う翡翠帝の手を、ぎゅっと膝の上で押さえる。 「エルザ様?」 「失礼を承知で申し上げますが、陛下はこのまま小此木の人形として生きるおつもりですか?」 「悲しいことですが、致し方ありません」 「私には何の力もありませんから」 「陛下はご自身のお力に気づいていらっしゃらないだけです」 握る手に力を込める。 「陛下ならば、小此木を討ち、皇国に平和な未来をもたらすことができます」 「なんと恐ろしいことを」 翡翠帝の手が逃げる。 「第一、エルザ様ならば、私の助けなどなくとも皇国の未来は意のままではありませんか」 「残念ながら、そうではありません」 「小此木は総督に莫大な賄賂を渡しています。 もちろん全て皇国民から搾取したものです」 「ですから、総督も小此木の独裁を止めようとしません」 「このまま待っていても小此木を排除する命令は下りないでしょう」 「皇国の誰かが小此木を討つ必要があるのです」 「でも、総督閣下はエルザ様の……」 「恥ずかしながら実父です」 「正直に言えば、身内の過ちを止めたいという気持ちもないではありません」 同情を誘うような視線を翡翠帝に向ける。 「もう一つ付け加えれば、国政の変革はその国の人間によって為されなくてはなりません」 「共和国によるお仕着せの改革は、定着しない可能性が高いでしょう」 「人は、自らの手で勝ち取ったものにしか愛着を示しません」 「皇国民の代表たるあなたの手で、正々堂々と小此木を打ち倒し、新しい時代を作るべきなのです」 翡翠帝は国民から尊敬されている。 彼女が小此木を倒せば、国民は間違いなく新政権を支持するだろう。 共和国がお膳立てしたとわかりきっている政権を、国民は決して歓迎しない。 あくまで皇国民が自ら勝ち取る必要があるのだ。 「しかし、どうやって宰相を倒すというのです?」 「私には従ってくれる軍隊も部下もおりません」 「頼れる者たちがいるではありませんか」 言葉を止め、翡翠帝を見つめる。 「陛下のお声で、彼らに決起を促せば良いのです」 「武人に?」 「私が言うまでもなく、武人は忠義に篤い者たちです」 「お声をかければ、必ずや立ち上がってくれることでしょう」 「陛下が武人を率い新しい皇国を創るのです」 翡翠帝が胸の前で強く拳を握っている。 控えめな動作ながら、胸中の興奮が伝わってきた。 「エルザ様」 数秒逡巡した後、翡翠帝が私を見つめてきた。 力強い目は、籠の鳥のものではない。 「詳しく計画を聞かせて頂けませんか」 時間をかけ、私の計画を説明する。 まず、翡翠帝から武人のリーダー・稲生滸に対し、小此木の討伐を要請する。 稲生滸には武人を取りまとめさせ、然るべき日に武装蜂起、小此木を討ち取ってもらう。 小此木討伐後は、翡翠帝が親政を敷く旨の声明を出し、共和国もそれを認める。 翡翠帝は名実共に皇国の王となり、武人もまた今までの罪を許され、新体制下で相応の地位に就く。 その後、国の体制は翡翠帝の鶴の一声で議会制民主主義へ移行する。 もちろん、皇帝という地位は名目上の国王として存続させる予定だ。 私は、共和国軍内部の調整や、帝宮警備の弱体化工作、武人への武器供与などを行うつもりだ。 「あくまで、皇国は共和国の属国なのですね」 「それは揺るぎません」 「ですが、小此木の圧政が終われば、皇国民は間違いなく今より幸福になるでしょう」 「何を大切にされるかは陛下次第です」 翡翠帝は明らかに乗り気だ。 どんなに大人しい少女でも、三年も籠に閉じ込められれば外の世界が恋しくなるだろう。 ちょっと格好のつく大義名分を与えてやれば食いついてくる。 「素晴らしいお話に聞こえますが、なぜ今になってこのような計画を?」 「終戦から三年、私は武人と戦ってきました」 「結果はご存じの通り、いまだ彼らを壊滅させるには至っていません」 「これ以上部隊に被害を出さないためにも、そろそろ妥協すべきだと考えました」 「私のそもそもの目的は皇国の治安を回復させることと、民主主義国家の樹立です」 「もちろん、武人を許すことについては、内心忸怩たる思いがありますが」 一つ大きな嘘をついた。 翡翠帝に説明した計画では、最終的に武人を許すことになっている。 しかし、私に彼らを見逃すつもりはない。 武人を一人残らず殲滅することが、今回の計画の大目標だ。 彼らの検挙なくして皇国統治は完成しない。 八月八日の検挙以来、奉刀会は地下に潜ってしまい行動が掴みにくい。 彼らをまとめて地上に引っ張り出すには、皇帝の力を借りるのが一番だ。 武人の長である稲生滸に小此木討伐の勅命を下せば、何らかの形で組織にも情報が伝わるだろう。 忠義に篤い彼らは喜び勇んで立ち上がるはずだ。 小此木を討たせたところで、私が集結した武人を一網打尽にする。 武人だけでなく、民主化に非協力的な小此木も始末できる計画だ。 翡翠帝には恨まれるだろうが、そんなことは関係ない。 言うことを聞かなければ、今度は共和国製の鳥籠に入ってもらうだけのこと。 「陛下、立ち上がって頂けませんか?」 もう一度、翡翠帝の手を取る。 「協力するには、一つ条件があります」 「なんなりと」 「宰相を打ち倒した後、皇国から皇帝の制度をなくしてください」 「帝政を廃せよと?」 想像していなかった条件だった。 むしろ保身に走るかと思っていたが。 「せっかくの地位を捨てられるのですか?」 「ありがたい立場とは思っておりませんから」 「それで、陛下はどうされるのです?」 情けないことに、質問ばかりになってしまう。 「さあ、どうするのでしょうね?」 「エルザ様のご都合の良いようにして下さって構いません」 「もちろん、再び籠の鳥にはなりませんけれど」 一瞬、瞳に飲み込まれたかのような錯覚があった。 今まで容易く操れると思っていたが、この少女の腹の底にはまだ見通せないものがある。 「ご了承頂けますか?」 「もちろんです陛下」 「では、協力いたしましょう」 翡翠帝からこちらの手を握ってきた。 「陛下が真の国王となられる日まで、お傍で支えます」 「ご不安なことがございましたら、どんなことでもお尋ね下さい」 「頼みにしております、エルザ様」 翡翠帝と細かい打ち合わせをした後、居室を辞した。 しばらく廊下を進むと、向こう側から小此木が近づいてきた。 「エルザ様、この度は武人を撃退して下さりありがとうございました」 小此木「まさか、槇数馬が仲間を帝宮に引き入れるとは……」 「予想もしなかったと言うの?」 「武人が禁護兵に志願してきたというだけで、怪しむのが当然よね?」 「即時採用した挙げ句、単身で警備を任せるなんて、どうかしているわ」 「あの男、槇の家名にかけても裏切らぬと申しました」 「同じ皇国人として、思わず心動かされてしまいまして」 「いやいや、この歳になりますと情に弱くなります」 「私から見ると、あなた、武人を逃がしたかったようにしか見えないわ」 「滅相もない」 「こちらが油断しただけのことで」 「だけ? その油断のせいで、私は死にかけたのだけれど」 「申し訳ございません。 平にご容赦を」 軽く頭を下げる小此木。 謝意など欠片も感じられない。 「ま、いいわ」 「今回の件で、禁護兵には帝宮を守る力がないとわかりました」 「今後、帝宮は共和国軍が守ります」 「滅相もございません。 自分の身は自分で……」 「守って頂ければ嬉しかったの、共和国としても」 「でも、それが難しいようだから私達が守ると言っているのよ」 「まさか、武人に寝首を掻かれたいの?」 引ける場面ではない。 禁護兵と共同で帝宮を守る形では、今後の計画に支障が出る。 ここで帝宮の警備権を手に入れておかねば。 「そうだわ、禁護兵には訓練を受けさせましょう」 「私が共和国軍専用の訓練施設を紹介するわ。 専用のメニューを作らせてもいい」 「二、三ヶ月すれば、見違えるほどの部隊になってくれるはずよ」 「しかし、お手を煩わせるわけには」 「帝宮と、あなたの命を守るために言っているのだけど」 「恐れ入ります」 「ご理解頂けて嬉しいわ」 「では、すぐにでも訓練施設を手配しましょう」 禁護兵には、どこかの離島にでも行ってもらうことにしよう。 これで、帝宮は私のものだ。 「明日からは、共和国軍が責任を持って帝宮を警備します」 「刻庵を餌にする計画は失敗だったみたいだけれど、次は私が武人を一網打尽にしてみせるわ」 「頼もしいお言葉ですな」 「一体、どのような計画を立てておいでですか?」 「秘密にしておきます。 その方が面白いでしょう」 「ははは、確かに仰る通り。 何やら血が騒ぎますな」 「あなたには、指揮所や宿舎の手配をお願いしてよいかしら?」 「承知いたしました」 「では、これで失礼」 頭を下げた小此木の横を通り過ぎる。 まずは一歩前進だ。 「ああ、そうそう、エルザ様」 背後から呼び止められた。 「近頃は、陛下にいろいろと新しい知識をご教授下さっているようで、ありがたく存じます」 「陛下は大変に勉強熱心でいらっしゃるわね」 「将来は立派な皇帝陛下になられるのではないかしら」 「なれば、私も一つ肩の荷が下りますな」 「ではまた後日」 踵を返し小此木から離れる。 相変わらず、何を考えているのかわからない男だ。 武人を潰したいのか、そうでないのかすらわからない。 まあいい。 刻庵の件では小此木に手出しさせてしまったが、武人の検挙は元来私の仕事だ。 今度こそ武人を壊滅させ、皇国に民主主義の風を吹かせてみせる。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 新緑の季節は駆け足で過ぎ去り、夏──天京に、真っ白な陽射しと蝉の声がやってきた。 刻庵殿の一件以降、目に見えて武人への監視がきつくなった。 俺や滸に尾行がつくことは勿論、明らかに戦う意思のない武人にまで厳しい監視の目が向けられている。 一般刀の所持も予定通り禁止され、日頃の所持品検査は勿論、調査の名目での家捜しが横行していた。 共和国軍の目的は、間違いなく奉刀会の拠点の摘発だ。 日々の生活においては、爆発事件の賠償金を払うための『賠償増税』が実施された。 皆の生活はより苦しくなり、その不満は、事件の犯人として報道された武人へ向けられている。 そんな中でも、滸は会長として奉刀会を支えていた。 菜摘としての活動で会の財政を支えつつ、古杜音に依頼し、全国各地の神殿に奉納されていた呪装刀も集めてもらっている。 また、会全体の結束力を強めるため、興武館出身の武人とも定期的に交流を図っていた。 槇の遺言のお陰で、明義館と興武館の間には以前ほどの溝はない。 あとは槇の身体が回復すれば言うことはないのだが、傷は深く神経を抉っており、いまだに立ち上がることすらできない。 奉刀会の標的である帝宮には大きな変化があった。 長らく帝宮を守っていた禁護兵が丸ごと訓練に出され、代わりに共和国軍が警備を担当することになったのだ。 兵数は約一千と多くないが、帝宮がある共和国管区には約二万の共和国兵が駐屯している。 帝宮で騒ぎがあれば、すぐに援軍を出すだろう。 もはや、奉刀会としては手出しができない状況になってしまった。 「帝宮も共和国の軍服でいっぱいね」 朱璃「お母様に、こんな景色を見せなければならないなんて」 朱璃が背後を振り返る。 そこには蘇芳帝の真新しい墓石が佇立している。 歴代の皇帝陛下の霊は、どのようなお気持ちで帝宮を見つめているのだろうか。 「禁護兵は戻って来るの?」 「子柚の話では、あと一ヶ月ほど訓練が続くらしい」 宗仁禁護兵が訓練に出たのは今月上旬。 約二ヶ月の長い訓練だ。 「共和国軍が帝宮に居座っているうちは、手出しできないか」 「その間に、こちらは戦力を整えよう」 子柚の尽力で、武器庫から奪われた呪装刀の保管場所は判明している。 奪還計画も固まり、一週間以内には実行に移される予定だ。 「お母様」 朱璃が墓石の前に両膝を突いた。 「必ず私達が皇国を再興してご覧に入れます」 「もう少しだけご辛抱下さい」 呪装刀が奪還できれば、あとは戦うのみだ。 決起に備え、小此木や翡翠帝の動向をより詳しく探っておく必要があるだろうな。 「ふぅ」 翡翠帝お手洗いから出てきたところで、思わずため息がこぼれる。 帝宮襲撃事件から四ヶ月が過ぎ去った頃、ようやく登校が許された。 しかし窮屈な生活に変わりはない。 学院内でも護衛が常時貼り付いており、一人になれるのはお手洗いだけという有様だ。 「あなた、これを落としたでしょう?」 髪の長い女子「え?」 振り返ると、一人の女子生徒が私に向かって〈手巾〉《ハンカチ》を差し出している。 「素敵な〈手巾〉《ハンカチ》ね、さすが皇帝陛下」 「あ、ありがとうございます」 受け取りもせずに、女子生徒をぽかんと見つめてしまう。 学友から気軽な口調で話しかけられたことなどなかったからだ。 久しぶりの感覚にこっちが戸惑ってしまう。 「気をつけなさいね」 「はい、気をつけます」 〈手巾〉《ハンカチ》を受け取りつつ、じっと見つめてしまう。 美しい少女だ。 物腰も上品だし、良家のお嬢様に違いない。 「私の顔に、何かついている?」 「え? いえ、なんでもありません」 慌てて視線を下に向ける。 「護衛が見えないようだけど、教室に置いてきたの?」 女生徒が周囲を見回して言う。 「え、ええ」 「お手洗いに行く時くらいしか、一人になれませんから」 「こんな場所でしか息抜きができないなんて、陛下も大変ね」 「代われるものなら代わってあげたいくらい」 にっこりと微笑む女子生徒。 少し離れた場所から、撮影の音がした。 共和国人の学生二人がこちらに携帯を向けていた。 「あ……」 かっと頬が赤くなる。 写真を撮られるのは慣れているけど、お手洗いから出てきたところはさすがに。 「はいはい、ちょっとあなた達」 女子生徒が、携帯を向けていた男子生徒につかつかと歩み寄る。 大柄な男子生徒相手に全く動じていなかった。 「女性がお手洗いから出てくるところを撮影するだなんて、不躾過ぎない?」 「共和国人も皇国人も関係ありません、人に恥をかかせるなんてみっともない」 「軍人は国を背負っているの。 あなたたちの行為は祖国の名誉を汚すものよ」 「振る舞いには気をつけなさい」 ぴしゃりと言われ、男子生徒はそそくさと退散した。 「(すごい)」 頬が熱くなるのを感じる。 武人社会で育ったせいか、男女問わず強い人には憧れてしまうのだ。 戻ってきた女子生徒の手を握る。 「素晴らしい」 「そんなに褒めなくても」 「いいえ、素晴らしい勇気です」 「ぜひ、名前を聞かせてくれませんか」 「え、名前!?」 気まずそうに目を逸らす女子生徒。 「宮国よ。 宮国朱璃」 「ありがとう、覚えておきます」 「私はたまにしか学院に来ることができませんが、また会えることを祈っております」 「大丈夫、こっちから会いに行くから」 「はい?」 宮国さんは自信たっぷりに言った。 「ううん、こっちの話」 「じゃ、またね」 「はい、失礼しま……」 振り返って、ぎょっとした。 すぐ先に、蝉が落ちているのだ。 死んでいるのか生きているのかわからない。 「ん? どうしたの?」 「蝉が落ちているのです」 「あれ、脇を通ると急に動き出すやつじゃない?」 「はい、とても驚かされるのです」 「廊下の真ん中に陣取るとは、侮れません」 子供の頃から突然動き出す蝉──通称・蝉爆弾には何度も驚かされた。 恥ずかしながら、とてもとても苦手なのだ。 宮国さんの腕を掴む。 「よかったら、一緒に通り抜けてもらえませんか?」 「え? いいけど」 宮国さんの後ろに隠れるように、蝉に近づいていく。 「飛ばないで下さい、飛ばないで下さい、飛ばないで下さい」 「怖がることないって」 「これ、もう死んで……」 「わあああっ!?」 「きゃあああああっ!」 宮国さんに腕を引かれて走りだす。 「なんでこっちに突っ込んでくるのよっ!」 「そういう生き物なんです」 「己の末期に女子を怖がらせることを選んだ、性根の曲がった人たちなんですっ」 走りながら、宮国さんと顔を見合わせる。 「あなた、面白い表現をするのね」 「え? あ?」 思わず素が出てしまっていた。 慌てて足を止める。 ギャーギャー騒いで廊下を走るなんて、皇帝としてあるまじきことだ。 周囲からは、いくつもの視線がこちらに向けられている。 「すみません、私としたことが」 「宮国さんにはご迷惑が及ばないように配慮しますので」 「いいの、私もあなたの立場を忘れてた」 宮国さんが爽やかに笑う。 「では、またお会いしましょう、皇帝陛下」 「はい、ありがとうございました」 思わず下がりそうになる頭を何とか支える。 蝉はまだ向こうの方で騒いでいるけれど、そんなことはどうでもいい。 何て飾らない方なのだろう──私の胸は、その思いで一杯になっていた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 エルザから呼び出しを受けたのは、昼休みのことだった。 指名されたのは俺と滸。 武人関連の話をされると見て間違いないだろう。 「ねえ、何の用だと思う?」 滸「手紙で呼び出したくらいだ。 人に知られたくない内容だろう」 宗仁「人生相談かな?」 「こちらの人生を終わらせる相談でなければいいが」 十分に警戒しつつ、滸が生徒会室の扉を叩く。 「どうぞ」 エルザ「失礼する」 窓際に立っていたエルザがゆっくりと振り返る。 日の光に金髪が輝く。 共和国軍の男性に圧倒的人気を誇るというのは、あながち嘘ではないようだ。 全ての立場を忘れることができるのなら、異国人の俺ですら心が傾くのを止められないだろう。 「いらっしゃい。 今日のホストがお待ちよ」 エルザが手で示した席には、意外な人物がちょこんと座っていた。 「よく来てくれました。 稲生、鴇田」 翡翠帝「え、あ……」 滸が口をぱくぱくさせている。 なぜ、翡翠帝がここに。 「さ、席にかけて頂戴」 「ぬ、うむ、いや……」 「立ったままで結構」 「滸、陛下の御前だ」 率先して床に膝を突く。 朱璃の存在を知らない人間にとって、翡翠帝はあくまで本物の皇帝だ。 俺たちが翡翠帝に敬意を払わなければ、エルザは疑問を抱くだろう。 今は、翡翠帝が本物であるかのように行動しなくてはならない。 「陛下、再びお目にかかれましたこと、幸甚の至りでございます」 やや遅れて、滸も膝を折った。 「稲生家当主、稲生滸です」 「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」 滸も俺の意図を察してくれたようだ。 「エルザ様の仰る通り、どうぞ席に着いてください」 「立ったままでは話がしにくいでしょう?」 「あ、え」 「では、失礼いたします」 滸を促し席に着く。 口下手な滸にこの場所は辛い。 何とか俺が引っ張ろう。 「わざわざ来てくれてありがとう」 「あなたたちとお話がしたいと仰ったのは、陛下なの」 「私どもにお話とは?」 視線を上げると、翡翠帝と目が合った。 無言のまま、俺を見つめている。 初めて学院で会った日を思い出す。 あの時も、翡翠帝は俺をじっと見つめていた。 やはり、俺に対して何か思うところがあるのだ。 「陛下?」 「あ、すみません」 真っ白な頬を微かに染め、翡翠帝が咳払いをする。 「武人の棟梁である、稲生家の当主に頼みがあります」 「宰相、小此木時彦を討ってほしいのです」 「宰相を?」 滸が言葉の真意を探るように翡翠帝を見る。 偽者の皇帝が、自分の飼い主である小此木を討てと言っているのだ。 しかも、エルザ──共和国総督の娘がいる席でだ。 「驚くのも無理はないわね」 「でもこれは、翡翠帝のご本意よ」 「そして私も、陛下のお考えに賛同しています」 事前に打ち合わせをしているのだろう、エルザは余裕の表情だ。 「陛下、よろしければ理由をお聞かせ下さい」 「皇国の未来にとって邪魔な存在だからです」 「私は、皇国を平和な民主主義国家に作り替えたいと願っています」 「しかしながら、小此木は私腹を肥やすばかりで民主化を進めようとしません」 「あの男に政治を任せていては、国民は不幸になるばかりです」 「誰かが小此木を権力の座から引きずり下ろさねばならないのです」 「願わくば、私と志を同じくしてくれる者に」 「民主主義国家とは、共和国のような国家を言うのでしょうか?」 「であれば、陛下のお立場はどうされるおつもりかお聞かせ願いたい」 翡翠帝の代わりにエルザが口を開いた。 「陛下は、帝政の廃止を望んでいらっしゃいます」 「旧来の身分制度を廃し、国民全員が平等な立場で国政を担う社会を作り上げることをご希望です」 滸がエルザを睨む。 「私たちは古来より、陛下にお仕え申し上げてきた」 「その主を廃する計画に荷担することはできない」 「でも、これは陛下ご自身のご希望よ?」 「武人なら、賛成すべきじゃない?」 指先を顎に当てて微笑む。 「これで失礼する」 「まあ待て」 椅子を蹴りそうな滸を押しとどめる。 話を打ち切ってしまえばそれまでだ。 奉刀会のためにも、できるだけ情報を集めよう。 「陛下、突然のお話に私達も驚いております」 「よろしければ、計画をもう少し詳しくお聞かせ願えないでしょうか?」 「エルザ様、お願いします」 「冷静で助かるわ、鴇田君」 「ともかくも、陛下は民主主義国家を作ることをご希望なの」 「それを邪魔する小此木を、あなたたちに片付けてほしい」 「見返りとして、クーデター成功後、武人の社会的地位は保証しましょう」 「新しい皇国の中で相応の役職に就いて頂きます」 「そしてもう一つ」 「これまでの武人の罪は、一切不問とします」 エルザが俺と滸を見つめる。 瞳の奥からは、並々ならぬ情念が窺えた。 敗戦以来、共和国軍と武人は血で血を洗う戦いを繰り返してきた。 エルザにしても、相当な譲歩であるはずだ。 「武人に罪があると?」 「あなたに罪があるとは言わないけれど、友人の中には共和国軍に刃向かった武人もいるんじゃない?」 「動乱罪に国家反逆罪、公務執行妨害に暴行罪、他にももっと罪はあるわよ」 「さて、どうだか」 俺がとぼけると、エルザは鼻先で笑った。 「しかし、何故武人が小此木を討たねばならない」 「小此木を潰すぐらい共和国軍にとっては訳のないことだろう」 「体制の変革は、皇国民の手で成されなければならない」 「皇国民が自らの意思で立ち上がり、翡翠帝と共に新しい皇国を作る」 「自ら勝ち取らなければ、民主主義は皇国に根付かないわ」 「その通りだと思います」 エルザを見て頷く翡翠帝の表情には、信頼の色が浮かんでいる。 翡翠帝の本心なのか、それともエルザに上手く丸め込まれたのか。 そもそも、翡翠帝は小此木の操り人形だ。 人形としての生活に嫌気が差していたところに、エルザが格好のつく大義名分を与えただけかもしれない。 「この計画、共和国軍に話は通っているのか?」 「もちろん総督も了承済みです。 心配は無用よ」 「共和国軍の支援も期待していいのだな?」 「できる限りの支援をします」 「具体的には?」 「主に軍事的な面です」 「あなたたちも知っていると思うけど、現在、帝宮の警備は私が担当しているわ」 「いざその時が来たら、武人のために道を空ける予定です」 「あなたたちは小此木に一直線。 もはや勝ったも同然でしょう?」 奉刀会の戦力では、共和国軍が守る帝宮に手出しはできない。 エルザの言葉が本当なら、素晴らしい提案だ。 しかし、もしエルザがこちらを取り締まるつもりなら、俺たちは一気に殲滅されるだろう。 「では、仮に俺たちが陛下にご協力申し上げるとしよう」 「宗仁、ちょっと」 「仮の話だ」 「率直に言って、武人は共和国軍に不信感を持っている」 「彼らを計画に参加させるには、安心させる材料が必要だ」 「共和国軍が裏切らないという保証はあるのか?」 「私が保証する、と言っても信じないのでしょうね」 「難しいだろうな」 多くの武人にとってエルザは仇敵だ。 「武人の要求にできる限り応じましょう。 それでどうかしら?」 「何がお望み?」 「では、共和国が接収した呪装刀を全て返還してもらおう」 エルザの眉がぴくりと上がる。 返却すれば、奉刀会の戦力は跳ね上がる。 こちらを潰す気なら、飲めない条件だろう。 「手配しましょう」 「ただし、協力してくれる武人の名簿と引き替えです」 「さすがにこれくらいは要求しても罰は当たらないでしょう?」 「私にしても、呪装刀を持ち出すにはそれなりの理由が必要なの」 エルザとしては限界に近い譲歩だろう。 滸も意外な展開に驚いているようだ。 さて、どう答えたものか。 頭の中で一旦情報を整理する。 奉刀会の大目標は、小此木の手から翡翠帝を救い出し、皇国を再興することだ。 そのためにまず、帝宮に攻め入り小此木を無力化、翡翠帝を救出する。 次いで、陛下を伊瀬野までお連れし臨時政府を樹立。 翡翠帝の声で独立宣言を出し、全国二十万の皇国警察や奉刀会に入会していない武人、国民有志に決起を呼びかける。 全国各地で独立運動が起これば、共和国も交渉の席に着かざるを得ないだろう。 交渉でどれだけの譲歩を引き出せるかは状況次第だ。 綱渡りの計画だが、たった二百の手勢で共和国軍十六万を相手にするには、この手しかない。 俺個人としては朱璃を帝位につけたいところだが、慌てる必要はない。 情勢が落ち着いてから«三種の神器»を揃え、血筋の証明を行えばよいだけだ。 ……。 ざっと考えてみて、翡翠帝とエルザとは小此木を倒すところまで目的が一致している。 二人が本当のことを言っているのなら、十分に乗る価値がある話だ。 小此木を討ってから、俺たちは任意の時期に反共和国の狼煙を上げればよい。 だが、二人がこちらを潰すつもりなら、恐らく武人が一斉蜂起したところを一網打尽にするだろう。 そうなれば奉刀会は壊滅だ。 現段階で向こうの計画の真意を確かめる方法はない。 とはいえ、断るのは早計というもの。 最低でも呪装刀を頂いてから、上手く身を引きたいところだ。 「わかった。 知り合いの武人から声をかけてみよう」 「陛下、お言葉を疑いましたこと、ご容赦下さい」 滸と二人、深々と頭を下げる。 「よいのです」 「慎重になるのも無理はありません」 優しげな表情を向けてきた。 偽者ながら、なかなか堂に入った君主ぶりだ。 「最後になったけれど、こちらからも条件があるわ」 「武人は、決起の計画を逐一私に報告すること」 「承知した」 「こちらの調査と齟齬があった場合、然るべき措置を取ります」 「好きにしたらいい」 「必要なら血判を作ろう」 「結構」 「どうして武人はすぐに血を流したがるのかしら」 「それが誓いというものだ」 「共感できない」 「頭から仲違いは御免だ」 「失礼、ちょっとした冗談よ」 エルザが真面目な顔に戻る。 「正直に言って、私は武人を憎んでいます」 「私の部下を何人も殺害してきたことを忘れていないでしょう?」 「お互い様だ」 二人がにらみ合う。 「でも、陛下のため、そして皇国の未来のため全て水に流します」 「お互い全力を尽くしましょう」 「……」 無言のまま、差し出された手を握り返す滸。 一秒にも満たない触れるだけの握手だ。 翡翠帝が立ち上がる。 「本日は大変喜ばしい日になりました」 「稲生、鴇田、私の願いを聞き届けてくれたこと心から嬉しく思います」 「エルザ様と協力し、新しい皇国を作りましょう」 「御意」 「御意」 滸・宗仁俺たちが素直に頭を下げたのを確認し、翡翠帝は腰を下ろした。 ふと、翡翠帝の身のこなしが気になった。 重心を前後に動かさず、椅子から立ち上がり、座ったように思う。 煙が真っ直ぐに立ち上るような所作は、武人社会で教育されるものだ。 滸を横目に伺うと、向こうもこちらを見ている。 俺たちが同時に感じたのなら間違いない。 翡翠帝を演じている少女は、武人としての教育を受けた人物だ。 考えていると、入口の扉が叩かれた。 「他のお客様が到着されたようね」 「入って頂戴」 扉を開けて入って来たのは朱璃、古杜音、紫乃の三人だった。 「宗仁?」 朱璃「皆様、どうしてここに?」 古杜音「こんにちは、宮国さん」 「陛下……」 「予定より随分早くお目にかかれました」 「ええ、そうですね」 二人が微笑み合う。 どこかで自己紹介を済ませていたらしい。 「これはこれは、面白い顔ぶれだね」 紫乃「え? えっと?」 古杜音はいまいち状況が飲み込めていない様子で、きょろきょろしている。 状況が飲み込めないのは俺達も同じだ。 「さて、まずは座ってお茶でも飲みましょう」 三人に着席を促し、エルザが茶の準備をする。 各々の前に置かれた杯に、熱い湯気の立つ紅茶が注がれていく。 ここはひとつ、エルザのお手並みを拝見するとしよう。 「今日のために特級のお茶を準備したのよ。 ぜひ楽しんで」 それぞれが紅茶を口に運ぶ。 紅茶はほとんど口にしたことがないが、これは素直に美味しいと思えた。 言葉通り上等なものなのだろう。 「で、私達に何の用?」 エルザがカップを置く。 「新生生徒会、その第一回会合を行うためよ」 「はあ?」 「いつから役員になった」 「今日からです」 それぞれが、困惑気味に視線を交わす。 「なぜ役員にならなければならないの?」 「こんな特殊な人選をしたのだから、何か理由があるのでしょう?」 「もちろんよ」 「今日は、皇国の未来を担う優秀な学生に集まってもらったつもり」 共和国総督の娘であり、軍部で大きな権力を持つエルザ。 皇国の国家元首である翡翠帝。 神殿組織の頂点に立つ斎巫女、古杜音。 武人の棟梁である滸。 紫乃は皇国最大の財閥の長。 俺はまあ、滸の付き添い扱いだろう。 朱璃は……どうなのだろう。 今の口ぶりでは、エルザが朱璃の正体を知っていることになるが。 「皆さんには、翡翠帝を盟主としたある計画に協力してほしいの」 「新しい皇国の歴史を作ると言っても過言ではない、大変意義あるものよ」 「ちなみに、稲生さんと鴇田君、あと紫乃には既に了承をもらっています」 「そういうことになったようだ」 「紫乃も参加するのか?」 「陛下のためとあれば喜んで協力するさ」 「今の来嶌家があるのも全て皇家のお陰。 いつかご恩をお返しせねばと思っていたところだ」 「頼もしいことです」 「来嶌、よろしく頼みます」 紫乃が珍しく慇懃に礼をする。 「それで、どういった計画なのですか?」 エルザが、俺たちにした説明を繰り返す。 「主に動かれているのは武人の皆さんのようにお見受けしますが、私は何を期待されているのでしょう?」 「新しい国家体制ができた後の、国民の心のケアです」 「特に皇帝制度がなくなれば、精神的支柱を失った皇国民の心は不安定になるでしょう」 「それはもとより神殿の務めでございます。 協力に是非はありません」 「私は何をすればいいの?」 「話を聞いた限り、やることがないようだけど」 「あなたも武人なのでしょう? それもかなり地位のある」 「身のこなしで、剣術の訓練を積んでいるのがわかるわ」 「稲生さんや鴇田君の態度を見ていれば、下級武人にも見えないし」 そういう誤解をしてくれていたのか。 こちらとしては好都合だ。 余計なことは言わないままでいた方が良さそうだ。 「さすがにあなたの目は誤魔化せないわね」 「では、私も陛下のために全力で戦いましょう」 「これで全員の了承が得られたわね」 満足げに頷いてから、エルザが席を立つ。 ゆっくりと部屋を歩きながら、俺たちに語りかける。 「皆さんに生徒会役員になって欲しいのは、計画を円滑に進めるためよ」 「今後は連絡を密に取る必要があるし、話し合いの場所も必要でしょう?」 「生徒会室は私の仕事のために作った部屋だから、通信設備も整っているし盗聴されることもない」 「秘密の会合には最適なの」 「そうよね、紫乃?」 エルザが紫乃に問う。 「そのように設計したはずだ」 「ついでに言えば、窓も防弾。 上下からの侵入も難しくできている」 「爆撃を受けても、この部屋だけは綺麗に残る」 「瓦礫の中にぽつんと部屋があるという光景も、なかなかシュールだがね」 この学院は戦災で大きな被害を受けた。 復興には莫大な金がかかることから、廃校が決定していたという。 ところが、来嶌財閥が名乗りを上げ、丸ごと学院を買い取り改修・再興した。 戦前は、高貴な家柄の人間しか入れなかった学院が、共和国人と皇国人が共に学ぶ場所に変わったのもその時だ。 来嶌財閥の狙いは、共和国との接点を作ることだったという。 共和国軍高官の子弟が通う学院を経営すれば、その親との接触が増えるのは必然。 紫乃に共和国留学の経験があったこともあり、来嶌財閥は共和国から目をかけられることになる。 一方、小此木に対しては、学院を『言い値』で買い取ったと言われている。 実にしたたかな金の使い方をするものだ。 「さて、役職だけれど」 エルザが白板に役職を書き出す。 生徒会長は勿論エルザ・ヴァレンタインだ。 「宮国さんと稲生さんを、生徒会副会長に任命します」 「紫乃には会計、椎葉さんは書記をお願いします」 「私が書記ですか?」 「以前にあなたの字を見たことがあるのだけれど、とても美しかったわ」 「生徒会の書記に相応しいと思うの」 「まあ、今どき手書きの機会は少ないけどね」 「光栄でございます」 「俺はどうする?」 「清掃係なら清掃係で、全力で努めるが」 「鴇田君には、翡翠帝の警護をお願いします」 「陛下からのご要望です」 「是非にお願いします、鴇田」 「承りました」 翡翠帝がじっと俺を見つめている。 初めて会った時にも、こんな視線を向けられた。 何か理由があって俺を指名したのだ。 「生徒会の役職は特にないけれど、とりあえず渉外担当ということにしておきましょう」 エルザが、新たに渉外担当と書き、その脇に俺の名を共和国の綴りで書いた。 「陛下、いかがでしょう」 エルザが促すと、翡翠帝は盟主らしく全員の顔を見回して頷いた。 「皆さんが計画に賛同してくれたこと、心より嬉しく思います」 「共に手を携え、全ての国民が幸福に暮らしてゆける国を創りましょう」 「今日の進行役を仰せつかった身としても、話がまとまって安心したわ」 「個人的には、これ以上は望むべくもない人選だと思っています」 「ぜひ私たちで、皇国の未来を切り開いていきましょう」 俺たちを鼓舞するように、エルザが力強く宣言する。 こちらは裏切る前提で参加した同盟だが、果たしてエルザはどこまで本気なのだろうか。 今後、正確に見極める必要がある。 「あ、事後報告になりますが、皆さんには通常の生徒会役員の仕事もしてもらうことになります」 「能力的には……ま、このメンバーなら問題はないでしょう」 「全く聞いていないが」 「今初めて言ったことですから」 しれっと言う。 「直近の大きな行事としては、全生徒が参加する臨海学校ね」 「武人が臨海学校の準備とは」 滸が呻くように呟いた。 「では、話がまとまったところで、今回の計画の名称を決めましょうか」 「軍事行動には作戦名が必要よ」 「必要ないと思う」 「あ り ま す」 「実は昨日、少し考えてみたのだけれど」 エルザがいそいそと携帯端末を取り出す。 変なところに熱意を発揮する人だ。 『東方の夜明け作戦』。 『夏の嵐作戦』。 『不滅の真実作戦』。 『龍の爪作戦』。 『聖なる銃弾作戦』。 『蒼天の雷鳴作戦』などなど。 「け、けっこう仰々しいのね」 「こうでなくては士気が上がらないわ」 エルザは自信満々といった様子だ。 「すまない、恥ずかしいのだが」 「あなたね、せっかく私が考えてきたのよ!?」 「共和国軍は昔からこのノリなんだよねえ」 「楽しそうで何よりなんだが」 「うるさいわね」 「反対するなら代案を出しなさい」 「甲作戦」 「テ号作戦」 「三号作戦」 「地味! 却下!」 「作戦名など飾ってどうする!」 「だから士気を上げるために……」 「はいはいはいはい、喧嘩しない」 朱璃が割って入る。 「ここは陛下に決めて頂きましょう」 「えっ!?」 黙っていた翡翠帝がびくりと反応した。 「陛下なら、素晴らしい名前を考えて下さるはずよ」 「然り」 「異論ないわ」 陛下に注目が集まる。 「わかりました、少し時間を」 翡翠帝がじっと目を瞑る。 額を汗が伝った。 落ち着いているように見えるが、かなり焦っているようだ。 「見えた」 三十秒ほどして、陛下が目を見開いた。 「この度の計画……」 「〈竜胆〉《りんどう》作戦と命名します」 竜胆か。 鴇田家の家紋だ。 頭に家紋を思い浮かべていると、滸がこちらを見てきた。 武人の教育を受けたと思われる翡翠帝が、鴇田の家紋である竜胆を指定した。 やはり、何かある。 「美しい名前です」 「さすが陛下」 「実にエレガントでございます」 異論が上がるわけもなく、作戦名は竜胆作戦に決定した。 「気に入ってくれたようで何よりです」 「ぜひ、皆で竜胆作戦を成功させましょう」 一同が頷く。 「ちなみに、こういうとき、武人は何か誓いの儀式をするのかしら?」 「〈金打〉《きんちょう》といって、刀や〈小柄〉《こづか》を鳴らしたりするな」 奉刀会ではよくやっていることだ。 「あいにく刀は持っていないわね」 「折角だから、お茶で乾杯でもしましょうか」 「あ、私の出番でございますね」 古杜音が甲斐甲斐しく紅茶を注いで回る。 「あなたは書記なのだから、お茶など淹れなくていいのに」 「いえいえ、これくらいしかできることがございませんので」 「いや、だから書記を……」 「きゃっ!?」 古杜音の袖が杯に引っかかった。 零れたお茶を、エルザが危うく躱す。 「わわわわ、申し訳ございません」 「前といい、今回といい、あなたは私に何かかけないと気が済まないのかしら?」 そう言えば、食堂でエルザに牛乳をかけていたな。 「ま、まさか、ご冗談を!?」 「確かに、ご迷惑はおかけするかもしれませんが」 「ふふ、ふふふふ」 「斎巫女は、相変わらず面白い方ですね」 「笑い事ではありません」 「あう、すみません」 「生徒会役員は生徒の規範とならねばなりません」 「しばらくは、私の目の届くところでしっかり勉強してもらいます」 「いいわね、斎巫女」 「はい……不束者ですが、よろしくお願いいたします」 卓を拭き拭き、古杜音が頭を下げる。 斎巫女は、一応……いや、一応ではなく神殿組織の頂点に立つ人物である訳だが。 「(これでいいのか、巫女殿は)」 「(俺に言われてもな)」 その斎巫女は、今度は細心の注意を払いつつ、全ての茶を淹れ直した。 「それでは、乾杯しましょうか」 杯を持ち上げるエルザ。 俺たちも見よう見まねで倣う。 共和国風の杯は、持ち手が華奢でどうにも扱いにくい。 「学院と皇国の未来に」 杯を掲げ、お茶に口を付ける。 「熱っ」 翡翠帝が小さく舌を出しているのが見えた。 「あ」 ぴゅっと舌を引っ込め、顔を赤くする。 「あ、申し忘れたことがありました」 「議論をする際は、私が皇帝であることは忘れて結構です」 「私の意見だからといって重視する必要はありません」 「正しければ正しい、間違っていれば間違っていると率直に言って下さい」 「わかりました」 「私も堅苦しいのは苦手だから助かります」 朱璃が朗らかに対応する。 こう見えて、内心は──「よく言うじゃない、偽物が」 「本当に率直に言っちゃっていいの? んん?」 などと考えているのかもしれない。 ……いや、さすがにないか。 「ところで、陛下は生徒会役員にならないのですか?」 「そうしたいのは山々ですが、私は毎日登校できるわけではありませんので遠慮いたしました」 「登校の折には極力活動に参加いたします」 「先程、陛下の警護をするよう申しつけられましたが、私はどうしたらよいでしょうか?」 翡翠帝に代わってエルザが答える。 「学院内では、基本的に陛下のお傍を離れないようにして下さい」 「陛下が学院にいらっしゃる時間は、前もって連絡します」 「今いる護衛はどうする?」 「下校の時間まで、来賓室で寛いで頂くわ」 「護衛とは言っているけれど、彼らは小此木の部下ですから、こちらの動きを見せたくありません」 「妥当だな」 「鴇田、よろしくお願いします」 「全力を尽くします」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 放課後、朱璃と滸と俺、三人で集まった。 もちろん、朱璃と情報を共有するためだ。 「なるほど、小此木を倒すところまではエルザに協力して、後はこちらの都合の良いように動くつもりなのね」 朱璃「ああ。 俺たちの目標は皇国の再興だ」 宗仁「共和国のような民主主義国家を作ることではない」 頷きつつ、朱璃が〈花林糖〉《かりんとう》を咥え、ぱきりと折った。 「でも、エルザを利用するのは信義にもとると思う」 滸「今の奉刀会の戦力では致し方ない」 「そもそも、宣戦布告もなく戦争を仕掛けてきたのは共和国だ。 義理立てする必要はない」 「それはそうだけど」 武人は卑怯な戦い方を良しとしないが、今は柔軟な対応をすべきだろう。 「全て俺の発案だ」 「会での説明も俺がする」 滸が腕を組む。 「やむを得ないか」 呻くように滸が了承した。 規律を重視する稲生家の家長としては苦渋の決断だ。 「問題はエルザの本心がどこにあるかよね」 「武人を騙すつもりなのか、本気で竜胆作戦を進めようとしているのか」 「確実に見極めないといけないな」 「翡翠帝にしても、本気で皇国の未来を考えているのか、エルザに担がれただけなのか」 「彼女が帝政の廃止を持ち出すなんてあり得るの?」 「今の仕事に嫌気が差しているのかもしれない」 いろいろと疑問は浮かぶが、結論を出すには情報が足りない。 「朱璃に聞きたいことがあった」 「俺たちのいないところで、翡翠帝と接触したのか?」 「ああ、その話ね」 と、朱璃は今日学院であったことを話してくれる。 〈手巾〉《ハンカチ》を拾ったり、男子生徒を説教したりと盛りだくさんだ。 「宗仁、蝉って触れる?」 「武人が蝉を怖がってどうする」 「ホントは怖いんでしょ? だっていきなり動くのよ」 「奇襲してくるとわかっていれば怖くない」 「絶対怖いって」 「あ……」 ずっと黙り込んでいた滸が、突然口を開いた。 「蝉爆弾」 「まさか、でも……」 滸が腕を組んで唸っている。 「蝉がどうした?」 滸が俺と朱璃に向き直った。 「翡翠帝の正体は、奏海かもしれない」 「奏海?」 「まさか、俺の義妹の?」 滸が重々しく頷く。 「え? ちょっと待って、順を追って説明して」 「今日、翡翠帝の立ち居振る舞いを見て気がついた」 「彼女は武人としての教育を受けている」 「ああ、それは間違いないと思う」 「どういうこと?」 「武人の身のこなしでは、常に『〈体直〉《たいなお》くあること』が求められる」 「立つときも座るときも歩くときも、姿勢を真っ直ぐに保てということ」 「試すとわかるが、なかなか難しい。 初めのうちはすぐ筋肉痛になる」 「見る人が見ればすぐにわかることだ」 「しかも、翡翠帝は『昨日だけ』武人らしく振る舞った」 「今まで何度も〈映像筐体〉《テレビ》で動きを見ているが、いつも貴族流の身のこなしだった」 「敢えて、宗仁と稲生の前で武人としての動きを見せたってことは……」 「正体を伝えようとしている?」 「だと思う」 滸も頷く。 「じゃあまあ、翡翠帝が武人に関係する人間だったとして、どうして奏海の名前が出てくるの?」 「奏海は幼い頃から蝉が苦手だった」 「覚えていないかもしれないけど、よく宗仁の背中に隠れてた」 「それに……」 「竜胆か」 滸が頷く。 「鴇田家の家紋は、〈竜胆車〉《りんどうぐるま》」 「あの場面で竜胆の名を出したのは偶然とは思えない」 「でも、宗仁のご家族は全て亡くなったって」 「遺体は……確認されていない」 「ごくり」 武人の多くは、戦争の幕開けを告げる空爆で死亡した。 俺の家族も例外ではなかった、と滸から聞かされている。 破壊し尽くされた武人町一帯は、戦後すぐに共和国軍に接収され遺体のほとんどは返還されていない。 そういう事情から、武人社会では、生存が確認できていない武人はすべて死亡扱いするのが慣例になっている。 「だったら、どうして今まで気づかなかったの?」 「〈映像筐体〉《テレビ》でも新聞でも、年中顔が出てるのに」 「服装も髪型も化粧も、当時とは全く違う」 「私の知っている奏海は、黒髪おかっぱの地味な少女だった」 「それに、まさか自分の幼なじみが皇帝になっているなんて」 「思い込みかあ」 「ま、私も菜摘の正体はわからなかったし、意外とそういうものか」 「でも、改めて考えてみると、急に別人には思えなくなってくる」 「まさか、自分の義妹がな」 死んだと思っていた家族が生きているかもしれない。 にもかかわらず、喜びはない。 胸にあるのは、無限に続く渦のような困惑だけだ。 義妹は、なぜ皇帝を騙るなどという大罪を犯したのだろう。 現在は曖昧になっているが、戦前には『不敬罪』という明確な罪があった。 陛下や皇家を侮辱するような発言をすれば禁固刑。 物理的に傷つけようと企てただけでも、死刑が適用されることがある。 武人社会ではより厳しく陛下への忠誠を求められる。 皇帝になりすますなど、死罪すら軽く思えるほどの大罪だ。 義妹が武人社会の教育を受けているなら、その辺のことは当然知っているはずだ。 やむにやまれぬ事情があって皇帝になったのだろうが、いかんせん罪が大きすぎる。 「まずは、真偽を確かめよう」 「全てはそれからだ」 滸が重々しく頷いた。 薄暗い室内に、二つの人影があった。 男は窓縁に座って夜景を眺めている。 「ご機嫌が悪そうですね」 女「そうなんだよ」 男「最近の彼は、全く前に進んでいないと思うんだ」 「彼には、本当の自分を思い出してもらわなきゃならないんだ」 「じゃなきゃ、これっぽっちも面白くないからね」 「私にはわかりかねます」 「面白さがそんなに大事でしょうか?」 「もちろん。 いや、面白さこそ全てさ」 「例えば食事」 「動物の死骸を口に詰め込み栄養を摂取するだけの作業として考えたら、どうだろう」 「これほどつまらない作業もないだろう?」 「そうかもしれません」 「最高の食材を手に入れたとしても、しっかり手間暇をかけて調理しなければ台無しだ」 「下ごしらえ、調理、味付け、盛り付け」 「場のセッティング、シチュエーションも大事だ」 「然るべき場所、然るべきタイミングで供される料理こそ至上のものになる」 「全てにこだわることで、『食餌』が『食事』に変わるんだ」 「わかるかい?」 女が頷く。 「人を殺すことも同じだと仰るのですね」 「もちろんだよ」 「最高の役者、最高の条件、最高の舞台が整わなければ美味しく食べられない」 「今の彼を相手にしたところで、何の感動もないじゃないか」 「それに、僕もまだまだ本調子じゃないしね」 「最高の舞台を整えるためには、君にしっかり働いてもらわないと」 男が女の頬を撫でる。 「……はい」 女はうっとりとした様子で、その動きに身を任せていた。 「ところであの子に呼び出されていたようだけど、何があった?」 「接収した呪装刀を返却せよとのことでした」 「勝手なものです。 私が武器庫の場所を教えてあげたからこそ、手に入れられたのに」 「ははは。 それで、返したの?」 「数本を残して渡しましたよ」 「共和国人は、呪装刀をただの道具だと思っているようで癪に障ります」 「ま、私もよく価値はわからないけどね」 「ああそうだ、ウォーレン閣下が新兵器の完成はまだかとせっついてきたよ」 「ふふふ、先頃調整が終わったところです」 「こちらも実戦で使いたくてうずうずしているんです」 「武人の皆さんが、戦争でも起こしてくれるといいのですけれど」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 この日、俺と朱璃はいつもより早く登校していた。 翡翠帝が登校するとの話があったからだ。 約束通り、俺は護衛を務めなくてはならない。 朱璃を連れてきたのは、男性の俺では守りきれない場所があるからだ。 ……というのは名目で、俺が朱璃の傍を離れたくないというのが第一だ。 「どうして私が偽者を守るのよ」 朱璃本人だけは不満げだが。 「この機会に、向こうの情報をできるだけ探り出してくれ」 宗仁「わかってます」 「で、そっちは、あの子の正体確かめる方法見つけた?」 「ああ、一応は」 鍵は、俺の懐の中にある。 約束の時間から一分と違わず、御料車が現れた。 すぐさま後部座席に近づき、外側からドアを開ける。 「おはよう、鴇田、宮国」 翡翠帝「今日はよろしくお願いします」 「おはようございます」 「精一杯努めさせて頂きます」 翡翠帝が車を離れ、俺たちの間に立つ。 車にいる護衛は下りてこない。 エルザが話をつけてくれたようだ。 「行きましょうか」 「では、こちらへ」 朱璃が先導して歩いてゆく。 俺は、翡翠帝の半歩後ろに立った。 翡翠帝の足取りは、心持ち軽いように思える。 いや……むしろ、楽しげですらあるような気がした。 隣を歩く、小柄な少女をちらりと見る。 本当に義妹なのだろうか。 懐に潜ませた物体の感触を確かめる。 以前、武人町の鴇田家跡で拾った櫛だ。 滸によると、かつて奏海が使っていたものかも、とのことだった。 翡翠帝が奏海ならば、必ず反応があるはずだ。 「陛下」 「はい?」 翡翠帝が丸い瞳で俺を見上げてくる。 「失礼ですが、この櫛に見覚えがありませんか?」 「……」 翡翠帝の瞳が、一瞬だけ大きく見開かれたように思えた。 「よく見せて下さい」 手渡すと、翡翠帝は表と裏を返しながら観察する。 「見たことのない櫛です」 「これが何か?」 「実は戦争で生き別れになった、私の義妹のものなのです」 「ずっと行方を探しておりまして」 「義妹の名は?」 「奏海と申します。 陛下と同じ年の頃です」 「……鴇田」 「あそこの教室の中はどうなっているのですか?」 翡翠帝が二つ先の教室を指差した。 どうもこうも空き教室だが。 なるほど、人目に付かない場所を、ということか。 「ご案内いたしましょうか、陛下」 「ええ、よろしく」 朱璃にはいつもの教室へ行くよう目配せし、翡翠帝を空き教室に案内する。 「陛下、一体」 中に入ると、翡翠帝がじっと俺を見つめた。 大きな瞳にみるみる涙が溢れていく。 「お義兄様」 翡翠帝が胸に飛び込んできた。 軽い衝撃の後、柔らかな感触が伝わってくる。 やはり、滸の見立ては正しかったのだ。 「奏海と呼んでいいのか?」 「はい、奏海でございます。 お〈義兄様〉《にいさま》の愚妹、奏海でございます」 「この日を、どれだけ……待ちわびたことか……」 膝からくずおれる奏海。 そっと手を引き立たせると、大粒の涙が頬を伝って床に落ちた。 「お義兄様……お義兄様……お義兄様」 俺の制服の胸を、奏海の手がぎゅっと握りしめる。 よもや、芝居ということはあるまい。 手を翡翠帝の背中に回し、薄い背中を撫でる。 震える華奢な肩。 優しく漂う爽やかな香り。 失った記憶は戻らないが、一瞬、穏やかだった日々の光景が蘇った気がした。 身体に刻まれた記憶が、香りで呼び起こされたのだろう。 「すまなかった」 「記憶を失ったばかりに、しばらくお前に気づけなかった」 「お義兄様……ぐす……」 「どうか、お気になさらないでください」 「奏海はお義兄様が生きていて下さっただけで、もう……」 奏海が声を詰まらす。 「以前、学院でお目にかかった時から、私は確信しておりました」 「あの日も、何度も何度もお義兄様の胸に飛び込んでいこうと考えていたのです」 「でも、私がお義兄様の存在に気づいたとなれば、小此木が何をするかわかったものではありません」 「だから私も、名乗り出るわけには参りませんでした」 「賢明だ、奏海」 「っっ!!」 少し褒めただけで、奏海は全身を震わせ声にならない声を上げた。 俺を随分と慕ってくれていたようだ。 返す愛情が薄いことを申し訳なく思う。 いや、これから取り戻していけばいいのか。 「良かったね、二人とも」 翡翠帝の背後から、朱璃が声をかけてきた。 「あっ!?」 奏海が慌てて身体を離す。 「いいんだ、朱璃は全部わかっている」 「そういうことよ、鴇田奏海さん」 「改めて、私は宮国朱璃」 奏海が朱璃と俺の顔を見比べる。 「大丈夫」 頷いてやると、奏海は朱璃の前に進んだ。 「鴇田宗仁の〈義妹〉《ぎまい》、奏海でございます。 以後お見知りおきを」 「こちらこそよろしく」 奏海が深々と頭を下げる。 もちろん、武人流の作法だ。 「どうぞ」 朱璃が〈手巾〉《ハンカチ》を差し出した。 「涙を拭いて」 「は、はい。 ありがとうございます」 「こうして〈手巾〉《ハンカチ》を受け取るのは二度目ですね」 「ええ。 私達どこか縁があるみたい」 朱璃は、皮肉で『縁』と言ったのだろうか。 縁があるかないかと言えば、あるに決まっている。 本物と偽物という、恐ろしい因縁が。 それは贖わなければならない、罪としての因縁だ。 「本当ならもっと再会を喜び合いたいのだが、奏海には説明してもらわなければならないことがある」 声の調子で、奏海はこちらの意図を悟ったようだ。 「はい、もちろんです」 「お話し致します」 奏海が静かに過去を語り始める。 三年前のあの日のことを──戦争が始まった時、奏海は夕飯の買い物で武人町を離れていた。 そのため、幸運にも爆撃の犠牲にならずに済んだのだ。 八百屋の店先で炎上する武人町を見た奏海は、急いで家に戻ろうとした。 だがその時、俺を目撃したのだという。 「俺は帝宮に向かっていたのか?」 「はい、間違いありません」 「お義兄様は、目にも止まらぬ速さで、屋根の上を帝宮の方角に向かっておりました」 じわりと興奮の汗が滲んだ。 滸の話だと、開戦直後、俺は明義隊から離れてどこかへ向かったという。 その後の足取りが、初めてわかった。 「私はお義兄様を追いかけました」 「走って走って、とうとうお義兄様を見つけたのです」 「俺は何を?」 「どなたかと一騎打ちをされていらっしゃいました」 「一騎打ち?」 「ということは、相手は武人なのか?」 「わかりません。 お義兄様の姿をお見かけしたのは一瞬なのです」 「あっと思った時には、私もお義兄様も大きな爆発に巻き込まれてしまいました」 「目の前が真っ白になって、身体が浮いて……後は覚えていません」 貴重な証言だ。 俺の戦争時の行動が少しずつ明らかになってくる。 「奏海は、爆発の後どうなったんだ?」 「目を覚ますと、私は帝宮のどこかの部屋に寝かされていました」 「小此木の家来が、爆発現場に倒れていた私を助けてくれたのです」 「小此木からは、皇国の置かれた状況をいろいろと聞かされました」 「間もなく講和条約を受け入れることですとか、武人町が壊滅したといったことです」 「あとは、蘇芳帝が崩御され、たったお一人の皇姫様も行方不明とのことでした」 先の戦争は、武人町の爆撃から始まり、講和条約調印に終わる。 その間の出来事なのだ。 「小此木は、戦後の皇国民の気持ちを支えるためには、絶対に皇帝陛下が必要だと言いました」 「皇帝がいなくなってしまえば、皇国民の魂ごと共和国に奪われてしまうというのです」 「それで、私に皇帝になるよう頼んできました」 「あの男……よく言えたものね」 「皇帝陛下の替え玉になるなど、あまりの恐れ多さに卒倒しそうでした」 「でも、お義兄様を探して下さることを条件に、依頼を受けてしまったのです」 「俺を探すため、なのか」 「はい」 「私は、お義兄様が生きていらっしゃると信じていました」 「どうしても、どうしても、もう一度お目にかかりたかったのです」 奏海が顔を伏せる。 そこまで俺のことを思ってくれていたのか。 「賢明な判断だと思う。 断れば小此木に殺されていたかもしれない」 「小此木は、なぜ奏海を選んだのだろう?」 「後から聞いた事ですが、武人はほとんどが死んでしまいましたから、正体に気づく者が少ないと考えたようです」 「あとは、武人の娘ならば一定の教養は持ち合わせているから、ということでした」 「ありがとう、大体の事はわかった」 「長々と喋ってしまい、申し訳ございません」 深く頭を下げる。 見目麗しく、礼儀正しく、頭も回る、胸の中には強い情熱もある。 いい義妹だ。 かつての俺も、きっと可愛がっていたのだろう。 だからこそ、記憶はなくとも彼女を大切にしたいと思う。 もし奏海が皇帝を騙っていなければ、どれほど良かったことか。 「最後に一つ確認したい」 「はい、何なりと」 「皇帝を騙ったことを、どう考えている?」 単刀直入に尋ねる。 「それは……」 奏海が、身体の脇で拳を握っては開く。 やがて、強く握りしめた。 「武人の娘ならば、自害してでも断るべき話だったと思います」 「ですが、私は何か恐ろしいものに魂を売ってしまったのです」 「然るべき時が来ましたら、この身を以て罪を償いたいと思います」 「そうか……そうだな」 期待した答えが返ってきたが、喜びはない。 「ちょっと待って!」 「なに『そうだな』とか言ってるのよ」 「家族でしょう? 宗仁を探してほしくて仕方なく皇帝になったのよ?」 「悪いのはそこにつけ込んだ小此木じゃない」 「家族だからこそ、しっかり始末をつけなくてはならない」 「始末? 馬鹿じゃないの!?」 話にならないとばかりにそっぽを向く朱璃。 「朱璃は、家族が人を殺しても許すのか?」 「そ、それは、まあ、さすがに自首するように言うけど」 「皇帝を騙るのは『不敬罪』の中でも相当に重い罪だ」 「戦前にこの罪が明らかになれば、おそらく即座に自害することになる」 「宮国様、お義兄様の仰ることは間違っておりません」 「武人の世界では当たり前のことですし、私も逆らうつもりはないのです」 「全てわかった上で、私は小此木の手先になりました」 奏海が朱璃に微笑みかける。 「宗仁、ちょっと」 返事をする前に、教室の隅に連れて行かれる。 ぐいっと襟を引っ張られた。 朱璃の顔が目の前に来る。 「命令します」 「もう、奏海を責めるのはやめなさい」 「責めてなど……」 「責めてます」 宗仁・朱璃「あんまり言うと、奏海が自害しちゃうかもしれない」 「奏海自身、いずれ罪は償うと言っている」 「じゃあ、なるべく引き延ばして。 追い立てるようなことはやめて」 「折角戦争を生き残ったのに、死に急ぐことないじゃない」 「悪いのは小此木なんだから」 「武人として筋が通らない」 更に首を引っ張られ、顔がくっつきそうになる。 「返事は?」 「承知した」 「よろしい」 解放される。 無茶苦茶だ。 俺とて、奏海が死なずに済むのなら、それに越したことはないと思っている。 だが、甘い方に流れては筋というものが成り立たない。 「何か不満が?」 「いや、命令には従う」 二人で奏海のところに戻る。 「もうよろしいのですか」 「ええ、大丈夫」 「罪がどうって話はもう終わり」 「私たちには、生徒会役員として大切な目的があるでしょ?」 「そうですね」 「大願を果たすまでは、私の地位は必要です」 「うーん、そういう風に解釈して欲しくないんだけど」 朱璃が苦笑する。 俺も奏海も、筋を重視するのは同じ家で育ったからだろうか。 「ねえ、奏海、私も質問していい?」 「ええ、もちろんです」 「あなた、皇国を民主化したいって言っていたけど、あれは本心?」 「もちろんです。 私は、皇国の政治は国民一人一人が担うべきだと考えています」 「その上で、皇帝の存在は廃止すべきです」 「武人の娘の言葉とは思えないな」 「お義兄様は、私の考えに賛成して下さったのでは?」 怪訝な目を向けてくる。 「生憎だが、俺たちの大目標は共和国から皇国を取り戻すことだ」 「簡単に言えば、皇国を戦争前の姿に戻す」 「もちろん、陛下には旗印として戦いの先頭に立って頂く」 「では、エルザ様に嘘をついたのですね」 「そうなるな」 「ただ、小此木を倒すところまでは協力するつもりだ」 「その後はエルザ様に刃を向けるおつもりですか?」 「騙すなんて、卑劣なことを」 「あいつらは、武人町を焼き尽くし、武人を皆殺しにしたんだぞ」 「奏海も武人の娘ならわかるはずだ」 「いいえ、わかりません」 奏海がきっぱりと言い放つ。 「確かに共和国を憎くないと言えば嘘になります」 「でも、私にとっては、皇帝陛下も同じくらい許せないのです」 「何でそうなるの!?」 「戦争の時、蘇芳帝は何もして下さらなかったではないですか」 「«三種の神器»があるのなら、共和国を撃退して下されば良かったのです」 「それは」 「戦後に至っては、皇帝の存在が小此木の独裁を許す口実になっています」 「必死で戦った武人は身分を剥奪され、魂である呪装刀も奪われました」 「しかも、国民からは戦犯扱いです」 俺の隣で朱璃が唇を噛んだ。 「しかし、今の皇帝は奏海だ。 お前は小此木の協力者だぞ」 「仰る通りです」 「もう、幸せだったあの頃へは帰れません」 「だからせめて、皇国を駄目にしてしまったものを取り除きたいのです」 「それはすなわち、小此木と、あの人の操り人形である私自身と、そして小此木に権力を与えている制度です」 「奉刀会もなくなり、もはや国内には小此木に対抗できる者はおりません」 「ですが、小此木の協力者である私なら、内側から切り崩すことができるはずです」 決然と言い放つ。 奏海は奉刀会がまだあることを知らないのだ。 「にしても、皇家は残すべきだと思う」 「現に翡翠帝は国民に支持されているでしょ?」 「武人だって、翡翠帝を心のよりどころにして生きてきた人は多いはず」 「騙されているだけです。 中身はこの私なんですから」 「じゃあ、中身が本物ならいいの?」 朱璃が目を細める。 「朱璃」 言葉で窘める。 勢いに任せて正体を明かされては困る。 「意外と信用ないんだ?」 「念のためだ」 そんな俺たちの様子を、奏海は少し不機嫌そうな表情で見つめている。 「お二人はご存知ないでしょうが……」 「本物の皇帝陛下はいらっしゃいます」 「どこに?」 「居場所はわかりません」 「ただ、今年の春先に、小此木と蘇芳帝の皇姫様が話しているのを聞きました」 「小此木を倒すと気炎を上げていらっしゃいましたけれど」 恐らく、俺と朱璃が帝宮に忍び入った時のことだ。 奏海に聞かれていたのか。 「だから余計に、私は急いでいるのです」 「国民が苦しんでいるにもかかわらず、三年も隠れていたような皇姫様に皇国を任せたくありませんから」 反論しかけるが、朱璃の姿を見て言葉を飲み込んだ。 朱璃が、自分への批判を真摯な表情で受け止めていたからだ。 「授業が始まってしまいます」 「皇帝が遅刻しては、示しが付きませんね」 奏海が授業に行くのなら、護衛の俺たちが付き添わないわけにはいかない。 「こんな話になってしまい、申し訳ありません」 「奏海も、本当はお目にかかれたことを心の底から喜び合いたかったです」 「お互い立場が変わってしまったな」 「でも、お義兄様はお義兄様です」 「俺も奏海を義妹だと思っている」 「でしたら」 奏海が俺に近づいた。 そして、子供が親にそうするように、躊躇いなく抱きついてきた。 「奏海?」 「たまにこうさせて下さい、お義兄様」 「奏海は、多くを望みません」 立ち上ってくる香の香りに、一瞬、目眩を覚える。 家族だ。 家族として、親愛の情を示しているだけだ。 目眩を覚えた自分を叱りつつ、奏海の髪を優しく撫でた。 「えー、こほん」 「授業に遅れますわよ、皇帝陛下」 エルザ「あれ?」 「どうしました?」 「ううん、何でもない」 三人で次の授業が行われる教室に向かう。 護衛任務から解放されたら、滸も交え今後の方針を決めねばならないな。 翡翠帝は公務のため三限目の途中で学院を去った。 早速滸を呼び出し、今後の方針を話し合う。 「やはり奏海だったか」 滸一通り話し終えると、滸は大きく息を吐く。 「本来なら憎むべきなのだろうが、相手が幼なじみとなると難しい」 「奏海自身は、強い罪の意識を持っているようだ」 「奏海は、一人で皇国を変革しようと考えていたらしい」 「そこでエルザに出会い、竜胆作戦を立てたようだ」 「皇帝を騙ったことへの罪の意識か」 「それと皇家への失望」 俺が敢えて口にしなかったことを、朱璃が付け加える。 「まさか、奏海が皇家の廃止を求めるとは」 「無条件でこちらに味方してくれると思い込んでいた」 「奏海がエルザ側にいるのはまずいな」 「俺たちの目論見がエルザに知られれば、作戦は破綻だ」 「こちらに引き込むしかないね」 翡翠帝は国民の多くから尊崇されている。 朱璃の血筋を証明できない時には、本物の皇帝として役に立ってもらう可能性もある。 「私が話してみる」 「奏海が皇家を嫌っているなら、説得できるのも私だけだと思う」 「それに、私にとっても説得しなくちゃいけない人だから」 「どういう意味?」 「あの子を裏切ってしまったのは、私たち皇家よ」 «三種の神器»を用いることなく敗北した蘇芳帝。 国のために死んでいった武人を、むしろ戦犯として冷遇する政策。 生き残りの皇姫は、そんな実情を知りながら無為の時を過ごしている。 何も知らない奏海にとって、世界はそのように見えていたのだ。 「侵略してきた共和国が悪いって言うのは簡単だけど、私は私で反省しないと」 「偽者の皇帝の方が立派だった、なんて言われたくないし」 冗談めかして言うが、朱璃の表情は真剣そのものだ。 奏海は、皇家に対し理に適った『否』を突きつけている。 血筋云々は置いておいて、朱璃にとっては越えなくてはならない壁なのだ。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 机に向かい、翡翠帝が手元に視線を落としている。 日記帳は開いているものの、筆を持った手は動いていない。 「陛下」 エルザ「……」 翡翠帝「陛下?」 二度目の呼びかけで、ようやく視線を上げる。 「あ、エルザ様!?」 翡翠帝が慌てて日記帳を閉じる。 「何度も声をかけたのですが、お返事が無かったので勝手に入ってしまいました。 お許し下さい」 「いえ、いいのです。 こちらこそ上の空で申し訳ありません」 「顔色が優れないご様子ですが、学院で何かありましたか?」 「例えば、大切な人に嫌な自分を見せてしまったとか?」 「な、何を仰るのですか!?」 翡翠帝の顔に血が上る。 表情が図星だと語っている。 「あら、冗談のつもりでしたが……」 「どうやら、大変なことになってしまったようですね」 「あっ、ええと、それは……」 慌てて取り繕おうとするがもう遅い。 どうやら、カマをかけて正解だったようだ。 椅子に座った翡翠帝の背後から日記に手を伸ばす。 「あっ」 邪魔してくる翡翠帝を片腕で抱きすくめ、空いた手で日記のページを開いた。 「『教室でお義兄様の胸に抱かれた時、奏海は天にも昇る気持ちでございました』」 「『そしてまた、自分が鴇田奏海であった頃の楽しい記憶がまざまざと蘇って参ったのです』」 「あっ、あのあのっ、それは……」 日記に書かれていたのは、私の腕の中で身を硬くしている少女──鴇田奏海の赤裸々な心情だった。 「鴇田奏海か」 春先からずっと翡翠帝の正体を疑ってきた。 きっかけとなったのは、翡翠帝が応急処置に慣れていたことや、根付けを店で買ったという発言だ。 鴇田君が私の根付けに興味を示したことも大きい。 学院での行動を監視していたところで、空き教室での一件である。 教室に入った翡翠帝と鴇田君、宮国さんの三人は十五分近く部屋から出てこなかった。 他人に聞かせられない話をしていたのは明白だ。 何かあると踏んで強引な手に出てみたが、私の勘は間違っていなかった。 「説明してもらおうかしら、奏海さん?」 翡翠帝の身体がびくりと震え、頬が蒼白となる。 皇国で言う、蛇に睨まれた蛙とはこういうことを言うのだろう。 翡翠帝は微動だにしないが、心臓が早鐘を打っているのがよくわかる。 「お察しの通り、私は皇家の人間ではありません」 「小此木に作り上げられた、偽者の皇帝です」 「つまり、私を騙していたと?」 「申し訳、ございません」 「あなたのことは盟友だと思っていたけれど、どうやらただの片思いだったみたいね」 「違います!」 「小此木を討つ意思に変わりはありません」 「ただ、事態が思わぬ方向に進んでしまったということで」 「本当かしら?」 「本当でございますっ」 翡翠帝の目は真剣だ。 嘘をついているようには見えないが、信頼するのは難しい。 ま、竜胆作戦ではこっちも翡翠帝を騙しているのだ。 今更、信頼も何もない。 翡翠帝がこちらに背かぬようコントロールできればそれでいい。 「あなたを信じたいのは山々だけれど、どうしても躊躇いがあるの」 翡翠帝の両肩に手を乗せる。 「お互いのためにも、知っていることを教えてくれない?」 「あなたは何者? どうして皇帝をやっているのかしら?」 自分の正体や皇帝になった経緯を、翡翠帝が訥々と語ってくれる。 わかったのは、翡翠帝……鴇田奏海が、小此木に利用されているだけの無力な少女だということだ。 「あなたの正体を知っているのは誰?」 「小此木と、あとは滸ちゃんにお義兄様、宮国様くらいだと思います」 「小此木が誰に話しているかはわかりません」 総督に話は通っているのだろうか?さすがに小此木が内密に進めたということはないだろう。 では、小此木は何のために偽者の皇帝を作り上げたのか。 ……。 まず思い着くのは、スムーズに権力を掌握する目的だ。 ゼロから権力構造を作り上げるより、二千年続いた政治システムを利用した方が楽に決まっている。 それに、皇国の皇帝は、政治的指導者であると同時に信仰の対象としての側面も持つ。 帝政の廃止には相当なリスクが伴うだろう。 「本物の皇帝陛下に心当たりは?」 「ご存命なのは確かです」 「生きているの?」 意外だ。 正統な皇家の血筋は絶えたものだと思っていた。 「以前、小此木と話しているお声を聞きました」 「お姿は拝見しておりませんので、女性ということ以外はわかりません」 「ただ、お若い方だとは思います」 「どんな会話をしていたの?」 「皇姫様は、小此木を売国の徒だと罵っておいででした」 「必ず小此木を討つといったことも仰っていたと思います」 面と向かって宣戦布告したわけか。 「で、本物は拘束されたのかしら?」 「その場では何もありませんでした」 「後のことはわかりませんが」 現実的に考えて、小此木が本物を生かしておくはずがない。 本物の皇帝陛下は、人知れず始末されてしまったのだろう。 仮に殺されていなかったとしても、行動は厳重に監視されているはずだ。 「エルザ様は、本物の皇帝陛下を探すつもりですか?」 「まさか」 「むしろ、小此木が始末してくれていることを心から祈っています」 「畏れ多い事を」 「よく考えなさい」 「竜胆作戦は、あなたが翡翠帝であって初めて成功するのよ」 「皇帝陛下はあなた一人で十分。 そうでしょう?」 間近に翡翠帝の目を覗き込む。 「皇国民はあなたを尊敬しているの」 「これからも皇帝陛下としての務めを果たして」 「わかりました」 翡翠帝が素直に頷く。 「その代わり、お義兄様のことは内密にして頂けませんか?」 「もし小此木に知られたら、お義兄様がどうなるか」 翡翠帝の正体を知る者として、抹殺されると言いたいのだろう。 しかし、小此木は鴇田君の存在を知らないのだろうか?翡翠帝の身内の存在には過敏になっているはずだ。 鴇田君が正体を隠して生活しているのならまだしも、彼は本名を名乗り花屋として普通に暮らしている。 まず間違いなく小此木の情報網に引っかかっているはず。 鴇田君の存在を知った上で見逃している?だとしたら何のために?──気に入らない。 本物の皇帝陛下は生死が判然とせず、翡翠帝の正体を知る家族も生かしたまま。 あまつさえ、鴇田君が通う学院に翡翠帝を通わせてもいる。 小此木は、杜撰過ぎはしないか?……裏があるのかしら?「鴇田君のことは内密にしましょう」 「ただし、全ては陛下のお心がけ次第」 翡翠帝の顎を掴み、こちらを向かせる。 「あなたは一度私を裏切った」 「そのことを、よく考えてほしいわね」 「返す言葉もありません」 「最後まであなたを信頼させてほしい」 「はい。 必ずご期待に応えます」 翡翠帝には、武人を一網打尽にするまで、こちらの駒になってもらわねばならない。 この子の性格ならば、私に嘘をついたことをやんわりと責めれば主導権を握れるだろう。 さて、次は武人への対応だ。 「一つ確認だけれど、鴇田君はいつからあなたの正体を知っていたの?」 「疑いを持ったのは、生徒会室で話した時だと言っていました」 「竜胆作戦については何か言っていた?」 「例えばそうね、皇帝が偽者ならもう作戦には協力できないとか」 「いえ、特には」 翡翠帝が僅かに言い淀む。 長年の軍務経験が警告を発した。 もしかしたら、鴇田君たちは作戦からの離脱を匂わせたのかもしれない。 武人からすれば、翡翠帝という忠義の対象を突然失ったのだ。 衝撃がないはずがない。 今後の動きを慎重に見極めなくては。 ……彼らには、小此木打倒のために立ち上がってもらわねばならないのだ。 薄く目を開けると、仄明るくなった天井が見えた。 自分の部屋だ。 「夢、か」 宗仁内容は覚醒と共に消え失せたが、胸は未だに高鳴っている。 悪い夢ではなかったように思う。 時計を見るとまだ朝の四時。 古杜音が診察に来るまでには、しばらく時間がある。 ──もう一度続きを。 念じながら目を瞑る。 鬨の声、絶叫と悲鳴、鳴り響く剣戟、肉が断ち切られる音──嵐のような戦場の交響曲の中で俺は踊る。 迫り来る敵を叩き斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 ただひたすらに敵を斬る。 全ての敵を切り伏せると、また次の戦場へ。 戦場も敵も際限ない。 無限の波濤のように押し寄せる。 そして俺もまた、飽くことなく刀を振るい続ける。 無限地獄のような光景であるにもかかわらず、俺の胸にはさざ波一つ立っていない。 ただただ澄明。 ただただ無心。 さながらそれが定められた摂理であるかのように、人を物言わぬ物体へと変えていく。 その姿は武人の理想──夢の中の俺は«心刀合一»の境地にいた。 「ふふ、武人らしい夢でございますね」 古杜音身体の調子を診に来た古杜音に、夢の内容を語って聞かせる。 「私などからしましたら、怖い夢のように思いますが」 「武人が戦場を恐れてどうする」 夢とはいえ、«心刀合一»の境地に触れることができたのは僥倖。 武人の世界では、夢がきっかけで剣術の腕が上がったという話をよく聞く。 より一層鍛錬に励もう。 「それで、身体の調子はどうだった?」 「肉体的には全く問題ございません」 「呪紋にも異常はありませんでした」 「ならば良かった」 諸肌脱いでいた服を着直す。 古杜音がむっつりと腕を組んだ。 「しかし、不思議でございます」 「本当なら、もっと色々とわからなければならないような気がするのですが」 「治癒能力のことか」 古杜音が頷く。 「帝宮に忍び込んだ時の怪我もそうでしたが、宗仁様の回復力は異常です」 「何らかの力が働いているはずなのですが」 悩ましげにぐるぐると首を回している。 「害がないから気にしないようにしているが、俺も不気味には思う」 「しかも、俺の呪紋は古杜音も見たことがないものなのだろう?」 「左様でございます」 「神殿で調べもしましたが、やはり前例がございません」 「呪紋はお血筋によってある程度形が決まっております」 「たとえば、滸様の呪紋を拝見すれば、お名前がわからなくとも稲生家の方だなといったことはわかるのです」 「つまり、俺はどこの血筋の人間ともわからない男だと」 「仰る通りでございます」 「逆に言えば、俺の出自が判明すれば何かわかる可能性があるということか」 滸は、鴇田家に入る前の俺の経歴は知らないという。 しかし、奏海ならば何か知っているかもしれない。 何しろたった一人残された俺の家族なのだ。 「今度奏海に聞いてみよう」 「奏海様? どなたですか?」 「ああ、説明していなかったか」 「実はな……」 「ええええええ~~~~~っっっ!!!!!」 診察がある日は、朱璃、古杜音と登校している。 今日もまた、三人揃って糀谷生花店の前に立った。 「さっき、古杜音の悲鳴が聞こえた気がするんだけど」 朱璃「すみません、いろいろございまして」 「宗仁に何かされた?」 「あ、はい……その、ここでは申し上げられないことで」 「そーうーじーんー?」 「奏海のことを話しただけだ」 「ああ、確かにここでは言えないか」 ぽん、と手を叩く。 「おや、今朝は古杜音さんもご一緒でしたか」 鷹人店長が店から顔を出した。 「おはようございます、店長」 「毎日暑いですから、熱中症にならないように注意して下さいね」 「女性は特に要注意ですよ」 「店長こそ注意して下さい」 「太陽の光で溶けてなくなってしまいそう」 「はははは、よく心配されるんですよ」 「溶けてなくなるのも人生としては悪くないのかな、なんて思うのですけれど」 店長ほど、日の光が似合わない人もいない。 真夏の店頭に立つ店長は、間違って炎天下で産卵を始めてしまったウミガメのように悲壮だ。 まあ、悲壮なのは見た目だけで、本人は毎年平気で海水浴に行くのだが。 「あ、店長、一つ聞きたいことがあるのですが」 「はいどうぞどうぞ」 店長に確認したいのは、戦後、負傷した俺を拾ってくれた時のことだ。 朱璃、滸、奏海からの情報をつなぎ合わせた結果、戦時の俺の行動はある程度わかってきている。 開戦の日、俺は滸と明義隊の演習に参加していた。 昼頃、何の前触れもなく«呪壁»が崩壊し、武人町への爆撃が始まる。 俺は即座に明義隊を離れ、皇帝の陵墓で朱璃を救出する。 おそらく、記憶をなくす前の俺は、朱璃が皇姫だと知っていたのだろう。 奏海の話によれば、朱璃の救出後、俺は誰かと一騎打ちをしたらしい。 そこで、俺も奏海も原因不明の爆発に巻き込まれる。 ──今わかっているのはこんなところだ。 「戦後、俺を拾ってくれた時のことなんですが、場所はどこでした?」 「急ですねえ」 「事情がありまして」 「なるほどなるほど」 店長が妙に嬉しそうな顔で腕を組む。 「宗仁君を拾ったのは〈白銀〉《しろがね》町ですよ」 「あれは終戦協定が結ばれた頃でしたから、おそらく開戦から一週間くらい経った頃ですね」 「何か大きな爆発があったらしくて、白銀町一帯は瓦礫の山になっていました」 「その瓦礫の下で宗仁君を見つけたんです」 「どんな爆発だったかわかりますか?」 「聞いたところでは、空から光が降ってきたということでした」 「共和国の爆弾か何かではないでしょうか」 奏海の言った通り、どうやら俺は爆発に巻き込まれたらしい。 つまり、俺は皇帝の陵墓の前で朱璃を助けた後、白銀町に移動して誰かと一騎打ちをした。 そこに爆弾が落ち、俺は瓦礫の下に埋まることになったと。 となると、わからないのは戦っていた相手の正体と生死か。 「白銀町の爆発では、どのくらい犠牲が出たのですか?」 「住民がかなり亡くなったそうですよ」 「何しろ、町の二区画くらいは瓦礫の山になっていましたからねえ」 「宗仁はよく無事だったね」 「一週間も瓦礫の下にいたことになるんでしょ?」 「そういうことになりますか」 「飲まず食わずで生きていたとしたら、〈仙人掌〉《サボテン》並の生命力です」 「あはは。 確かに、宗仁ってどことなく〈仙人掌〉《サボテン》みたいな雰囲気あると思う」 「どこがだ」 「ほら、そういうトゲトゲしたところ」 本当にトゲにでも触れるかのように、朱璃が指先で俺を突っついた。 冗談はともかく、一週間も生きていられたのは俺の治癒能力のお陰だろう。 「怪我の程度はいかがでしたか?」 「浅いものばかりでしたが、全身傷だらけでしたよ」 「だから、宗仁君を家に担ぎ込んで呪術で治療したんです」 「目を覚ましたのは、三日くらいしてからだったでしょうか」 その時のことは朧気に覚えている。 全ての記憶を失っていた俺に、店長は優しく接してくれた。 「体つきからして武人だとわかりましたから、すぐ稲生家に連絡を取りました」 「そうしたら、滸さんが血相を変えて飛んできましたよ」 「ええ、そこからのことはよく覚えています」 「こんなところですが……何か参考になりましたか?」 「ええ、ありがとうございます」 「では、私は仕事に戻らせてもらいますね」 「また何かあったら、いつでも聞いて下さい」 「ありがとうございます」 「気をつけて行ってらっしゃい」 店長が、仕入れてきた花の剪定作業に戻る。 ぱちりぱちりと鋏の音が店に響く。 大好きな音だ。 全てをなくした俺にとっては、家を象徴する音でもある。 「店長は不思議な魅力がある方ですね。 飄々としていらっしゃって」 「それでいて俺たちの事をいつも気遣ってくれている。 立派な方だよ」 「経歴は謎だが」 「呪術が使える花屋さんなんて不思議よね」 「どこかの神殿にいらっしゃった方なの?」 古杜音に尋ねる。 「どうやら違うようなのです」 「神職ならば、伊瀬野の本庁に記録があるはずなのですが」 「じゃあ、呪術は独学? 誰かに教わったの?」 「以前、教わったと仰っていました」 「ただ、通常私たちは呪術を一般人には伝授しません」 「神職の誰かとかなり親しかったのか、何か必要性があったのか」 古杜音はしきりに首をひねっている。 「何か裏があるのかもしれない」 「店長は俺の大恩人だ。 疑いたくない」 「念には念を入れておくべきじゃない? 今は大事な時期よ」 店長は俺たちのことを知りすぎるほど知っている。 もし裏切られれば、被害は致命的なものになるかもしれない。 だがそれでも、一度信じた人間を疑うのは信条に反する。 「俺は店長を信じる」 「ただし、会の間諜には注意するように言っておこう」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 昼休み──エルザに呼び出され、生徒会室に向かう。 奏海の件もあるし、気を引き締めていこう。 「失礼する」 宗仁「いらっしゃい。 時間通りね」 エルザ椅子に腰掛けたままの姿勢でエルザが微笑んだ。 手にしていた筆記用具を、上品な仕草で机に置く。 「それで要件は?」 「せっかちね」 「もう少し寛いで。 ここはあなたの部屋でもあるのだから」 言外に着席を促されたので、大人しく腰を下ろす。 「お茶はいかが?」 「結構」 「フルーツパウンドケーキは?」 「良かった。 少し待って、準備します」 何故かエルザが立ち上がる。 「いや、本当に結構なんだが」 「だから食べるのよね?」 どうも意図が伝わっていない。 「結構というのは、この場合、遠慮するという意味だ」 「え? ああ、そうなの?」 「失礼、素晴らしいという意味だと思っていました」 顔を赤くして椅子に腰を下ろすエルザ。 「大体ね、皇国語はややこしいの!」 「あなたも、お茶とフルーツパウンドケーキくらい、遠慮せずに食べなさい!」 「まったく、誰が買って来たと思っているのかしら」 「悪かった悪かった」 乱れた髪を手でなでつけ、エルザがもう一度座り直す。 「実は、あなたに連れていってほしい場所があるの」 「どこだと思う?」 「わからんな」 試されるような会話は気持ちが悪い。 「美 よ し」 「何?」 俺の警戒心をいなすように、エルザは背もたれに体重を預けた。 「武人の溜まり場だというのは知っています」 「でも、今回は個人的な興味で行ってみたいのよ」 「知人から聞いたのだけれど、『結構』なお料理を提供しているのでしょう?」 「味の話なら、大いに結構だ」 「あなたは常連さんのようだし、案内してくれないかしら?」 エルザの目的は何だ?本当に料理を味わうだけが目的なのか?「悪いが遠慮させてもらう」 「自分が武人にどう見られているのか、わかっているのだろう?」 「もちろんわかっています」 「気の短い武人に、突然襲われるかもしれないわね」 エルザが怪我をすれば、共和国軍の捜索の口実としては充分なものになる。 絶対に避けねばならないことだ。 「悪いが諦めてくれ」 「なら、一人で行くことにするわ」 「共和国人だからといって入店拒否はされないわよね?」 「あのなあ……」 どうせ行くと決めているなら、俺が同席した方がまだマシである。 彼女は、最初から落としどころがわかっているのだ。 「わかった。 連れて行こう」 「まったく困った人だ」 「あら、ため息?」 「私が相手では不満かしら?」 「知らん」 「連れて行くのは構わないが、命の保証はできないぞ」 「私の命はあなたに預けるわ、鴇田君」 「一緒に食事をする女性を守れないなんて、共和国では恥ずかしいことよ」 「皇国の男性はどうかしら?」 「自分の目で確かめてくれ」 気乗りしないが仕方ない。 店が荒れぬよう注意しよう。 エルザは、約束の時間ぴったりに店の前にやってきた。 店から離れたところで車から降りたのは、店への配慮だろう。 「一人か?」 「ええ、ここからはあなたが護衛してくれるのでしょう?」 脇を通り過ぎた車のライトに、エルザが照らし出された。 闇に浮かび上がった身体の線は、成熟した女性のそれだ。 私服のエルザは初めて見る。 皇国人にはない豊かな身体だ。 「何を妙な顔をしているの?」 「いや、何でもない」 「服が似合っていると思っただけだ」 「あら、ありがとう」 心から嬉しそうに微笑む。 敵国の軍人であることすら忘れさせる、魅力的な笑顔だ。 「こういう格好では失礼かしら?」 「いや、問題ない」 「外から見ると入りにくいが、気楽な店だ」 「まるで、武人以外が入らないようにしているようね」 「まさか」 エルザの言う通り、美よしが入りにくいのは部外者よけだ。 わかっていて言っているのだろう。 「さあ、行こう」 「へえ」 幾分緊張していたエルザの表情が明るくなった。 「想像していたより上品なお店ね」 「武人が店の中で喧嘩しているのかと思っていたわ」 「そんな店は俺も願い下げだ」 「いらっしゃいませ」 睦美睦美さんが厨房から現れた。 「こちらが、今日話したエルザです」 「今晩は、よろしくお願いします」 「ようこそいらっしゃいました。 ぜひごゆっくりおくつろぎ下さい」 「とても素敵なお店ね」 「ありがとう存じます」 「あなた、武人のリーダーの一人よね」 「戦争ではずいぶんなご活躍だったと聞いているわ」 「昔の話でございます」 「今は包丁を振るうだけの身でございますよ」 「それでは、お席にご案内いたします」 「ありがとう。 でも、その前に」 エルザが鞄の中から、やおら自動拳銃を取り出す。 店内の空気が張り詰めた。 「……」 エルザは、くるりと銃を回すと、銃把を睦美に向けた。 「預かって頂ける?」 「もちろんでございます」 「よろしければ、そちらもお預かりしますが」 睦美さんの目はエルザの脚を見ている。 「さすが、よくおわかりね」 苦笑しつつ、エルザは長靴の中から護身用の小型拳銃を取り出した。 笑顔で受け取る睦美さん。 刀を置いたとはいえ、眼力は確かだ。 「では、こちらへどうぞ」 睦美さんが、店の奥にある席に案内してくれる。 重要な話をする時に利用する座敷席だ。 「あら、稲生さん」 「待たせてもらった。 同席して構わないか?」 滸「鴇田君と二人で食事するのを楽しみにしていたのだけれど」 「では、遠慮しよう」 滸が腰を浮かす。 「エルザ、待ってくれ」 「滸を誘ったのは俺だ、安全上の理由で彼女にもいてほしい」 「わかっています。 冗談よ」 「稲生さん、一緒に食事をしましょう」 三人で席に座る。 俺の隣に滸、向かい側にエルザだ。 「宮国さんはどうしたの?」 「食事はいつも一緒だと思っていたけれど」 「私用で今日は同席できない」 「そう。 残念ね」 朱璃には家で待機してもらっている。 どんな展開になるか予想ができないため、外してもらったのだ。 しばらくして、料理が運ばれてきた。 一品目は、〈冬瓜〉《トウガン》の海老餡かけだ。 「あまり見ない野菜ね」 「東の野菜だから、このあたりではあまり流通していない」 「餡かけに入っている緑の豆は?」 「枝豆だ。 大豆と言った方がわかりやすいか」 「ああ、大豆なのね」 エルザは、料理だけでなく、器や箸置きについても質問を投げかけてくる。 皇国の文化に興味があるようだ。 「さて、頂きましょう」 慣れた仕草で箸を手に取るエルザ。 「多少練習はしてきたの」 「苦戦するかと思ったけれど、そう難しくないのね」 「安心するのは大豆を掴んでからだ」 「なめないことね」 「いや、普通に食べてもらいたいのだが」 「稲生さん、私の本気、見せてあげるわ」 俺の言葉など聞かず、エルザが箸先を枝豆に向ける。 「はっ!」 一発で掴んだ!「ああっ!?」 と思ったら、箸から逃げた豆が宙を飛んだ。 「あ」 「あ」 「あ」 エルザ・宗仁・滸滸の額に枝豆がぶつかる。 餡かけのせいで、そのままぴたりと貼り付いた。 「あ、ええと、ごめんなさい」 「滸、銃弾でなくて良かったな」 「命拾いした」 「エルザはもう少し修行が必要なようだ」 額に着いた大豆を、滸が口に入れた。 「食べるのね」 「武人は食べ物を無駄にしない」 「«質素倹約を旨とせよ»だったかしら?」 エルザが武人三訓の一つを〈諳〉《そら》んじる。 「よく勉強しているな」 「皇帝陛下から教えて頂いたのよ」 エルザが俺の目を見た。 顔は笑っているが目は真剣そのものだ。 「陛下ならば、武人のことにも詳しいかもしれない」 「誤魔化さなくてもいいのよ」 「あなたも陛下と同じ教育を受けて育ったのでしょう? お義兄様」 ……お義兄様と来たか。 どうやら奏海との関係を嗅ぎつけられたようだ。 緊張が態度に出ないよう注意しながら口を開く。 「なるほど、今日の主菜はこれだったか」 「メニューには載っていないけれどね」 「奏海から聞いたか」 「私がカマをかけたの。 彼女のことは責めないであげて」 ここからが本題だとばかりに、エルザは一口茶を飲んだ。 「彼女の正体をいつ知ったの?」 翡翠帝が偽者であることは、朱璃と出会った時からわかっている。 しかし、回答には注意が必要だ。 「つい先日だ」 「その割には落ち着いているのね」 「あなたたちにとって命より大事な主が偽者だとわかったのよ?」 「表に出していないだけ」 「ふうん」 こちらを値踏みするような目で見てくる。 「竜胆作戦についてはどうするつもり?」 「偽者の皇帝のために決起できるのかしら?」 「今から本物の皇帝陛下を探すわけにもいくまい」 「武人をまとめるには、翡翠帝の名が必要だ」 「忠義を多少曲げるとしても、小此木だけは討たねば」 極力、芝居臭くならないように語る。 俺たちの目標は当初と変わらない。 まずは、翡翠帝の名の下に奉刀会一丸となり武装蜂起する。 次いで、帝宮に攻め入り小此木を誅殺する。 ここまではエルザとの協力関係を維持するのだ。 しかし、現状は武人に不利だ。 奏海は意図通りに動いてくれないし、エルザはこちらを警戒しはじめた。 エルザに不信感を抱かれれば、協力関係がご破算になりかねない。 そうなれば、約束していた呪装刀の返還もなくなる。 小此木を討ち取るまでは、エルザにこちらの意図を悟られてはいけない。 「そちらはどうする?」 「このまま奏海を盟主とし続けるつもりか?」 「もちろんよ」 「彼女には影響力があります。 血筋の正当性など問題ではないわ」 「本物がノコノコ出てこない限りはね」 「本物の皇帝陛下に心当たりがあるのか?」 「生存はしているようだけど、まだ正体は掴んでいないわ」 「生きていらっしゃるのか!?」 驚いたふりをする。 「そちらはどう?」 「全く心当たりがない」 「残念ね」 「では、竜胆作戦はこのまま継続するということでいいな」 「私はそう望んでいます」 「無論、こちらもだ」 じっとりとこちらに視線を注ぐエルザ。 俺たちの本音を見透かそうとしているのだ。 「わかりました。 今は二人を信じましょう」 エルザが緊張を緩める。 「全てが終われば、また兄妹揃って平和に暮らせるわね」 「そうできればいいのだが、奏海には皇帝を騙った罪がある」 「もはや平和な生活には戻れないだろう」 「彼女に罪を償わせるの?」 「本人もそのつもりらしい」 「償いは命を以て?」 頷いて返す。 「憐れなものね。 彼女、あなたを探してほしくて皇帝になったと言っていたわ」 「稲生さんはどう思うの?」 「やむなきこと」 「奏海の心情は察するに余りあるが、罪は罪」 「飢えていたからといって、盗みをして良いということにはならない」 「理屈はわかるわ」 「共和国でも、誰かが大統領を騙って政治を行っていたとすれば、きっと処刑されるでしょうから」 「でも、あなたは家族でしょう? 物わかりが良すぎるんじゃない?」 「つまり、取り乱して無様に振る舞うことが愛情表現だと?」 「愛情があれば、自然と無様にもなるものよ」 「家族が可愛いのは武人も同じだ」 「だからといって取り乱していたのでは、腹を減らして泣いている子供と大差ない」 「武人はそれを未熟という」 「心に迷いがあることを、武人は是としない」 「迷いがあれば切っ先が鈍り、主君への忠義も果たせない」 「不惑の精神に近づけるよう心を鍛え上げることは、常時臨戦の心構えからも重要だ」 「相変わらずストイックね」 エルザが溜息混じりに言う。 「どういう意味だ?」 「自分に厳しい、といった意味だと解釈して」 「前にも言ったかもしれないが、武人は自分の生き様に必死でなくてはならない」 「今この瞬間、自分が忠義を果たせているか不断の問いかけを続ける」 「迷いを心から追い出そうとするのも、つまるところそれぞれの忠義のためだ」 「余計なことを考えない兵士を育成するための倫理か」 同情するような目で俺たちを見てから、エルザは箸を置いた。 「前にも思ったけれど、やはり武人の哲学は囚人の哲学よ」 「権力者からすれば、兵士は戦う機械であった方がいいでしょうからね」 「あなたたちは、長い歴史の中で、権力者に都合の良い人間になるよう仕向けられてきたの」 「かつ、それを自分達の幸福だと思い込むように誘導されている」 エルザから見れば、そういうことなのだろう。 「仮にそうだったとしても、俺は戦場で迷いがあることの方が不幸だと思う」 「人が命をかけてぶつかり合うあの場所で、自分が何を守るために戦っているのかわからない」 「それはすなわち、何のために死ぬのかわからないということだ」 「君は、軍人として迷いなく戦えているか?」 「私は……」 エルザが姿勢を正す。 「迷いはない」 「私は、圧政に苦しむ人々を解放するために戦っている」 「なるほど」 会話が途切れる。 「どう思う?」 「何が?」 「私の戦いについて」 「迷いなく戦場に立てているのなら、幸福だと思う」 「俺に言えるのはそれだけだ」 「エルザの批判を俺たちが受け付けないように、結局、個人の覚悟は個人の中にしかない」 「ただ俺は、敵であろうが味方であろうが、迷いなく戦っている人間は尊敬できると思う」 迷いを断ち切るとは、それほど難しい。 『武人は主の刃だ』とはよく口にしているが、これは自分に言い聞かせている側面もある。 そうでもしなければ、迷いはすぐ人の心に忍び寄る。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 二時間近くかけて食事を終え、エルザは店を出た。 「付き合ってくれてありがとう」 エルザ「あなたの話も聞けたし、今日は楽しかったわ」 「料理は口に合ったか?」 宗仁「噂に違わぬ味でした」 「ならよかった」 「管区まで送ろう」 「心配しないで、迎えを呼んでいるわ」 エルザが通りの先に目をやると、止まっていた車から男が降りてきた。 ロシェルだ。 「彼も軍人だったな」 「仲が良かったのよね?」 「ああ、そこそこに」 とは言ったものの、仲が良いという実感はない。 向こうは何かと話しかけてくるが、こちらから話しかけたことはないはずだ。 まあ、友人とは概してそういうものなのかもしれないが。 「やあ、宗仁、こんばんは」 ロシェル「学院の外で会うなんて、初めてじゃないかな」 「ああ、かもしれない」 いつも通り人なつこい笑顔を向けてくる。 「エルザ上級大佐、お食事はいかがでしたか」 「誠に結構だった」 「羨ましい。 私は一度はこちらで食事をしたいと思っているのですが、なかなか」 「共和国人には敷居の高いお店ですからね」 「……しかし、上級大佐が宗仁と食事をするほどの仲だとは思っておりませんでした」 「嫌な言い方をするな」 「生徒会役員として親睦を深めただけだ」 エルザが不愉快そうにロシェルを窘める。 どうやら、良好な関係とは言えないようだ。 「鴇田君、今日はありがとう。 また学院で会いましょう」 「明日からは、臨海学校の準備があるからよろしくお願いね」 「承知した」 挨拶を交し、エルザとロシェルは帰っていった。 しばらくして、滸と二人で帰途に就いた。 「奏海のこと、早速バレちゃったね」 滸「さすがはエルザと言ったところか」 「褒めてどうするのよ、もう」 肩をこちらにぶつけてきた。 「問題は、エルザがこちらの行動に疑問を持っていることか」 「忠義を重視する武人が、偽者の皇帝のために戦うはずがないと考えているようだ」 「完全に読まれてるね」 「こちらとしては、『翡翠帝のことはさておき、小此木は絶対に許せないから』で押すしかない」 「本当の意図に気づかれたら終わりだもんね」 俺たちは、最後の最後にエルザを裏切り、共和国と戦うつもりだ。 事前に悟られてしまえば、武装蜂起したところを一網打尽にされるだろう。 「あと心配なのは宮国のことか」 「バレたら確実に拘束されるだろうな」 「エルザとしては、皇帝は二人いらないもんねえ」 滸が空を仰ぐ。 「何か頭痛くなってきたかもしれない」 「私、難しい事考えるの、絶対向いてないよ」 「俺だって、刀を振ってる方が何倍も楽だ」 「武人だもんね」 「ああ」 と、黒塗りの車が俺の横合いで速度を落とした。 警戒姿勢を取った俺たちの前で、するすると窓が開く。 「やあやあ、今日は良い月だね」 紫乃「紫乃か。 どうしたこんな時間に」 「エルザから美よしに行くと聞いたんだ」 「間に合えば乱入させてもらおうと思ったんだけど、いやもう総督の話が長くて長くて」 「おっと、お得意様の悪口はいけないね」 紫乃がぺろりと舌を出す。 「良かったら、今夜の話でも聞かせてくれないかい?」 「そちらの時間はいいのか?」 「こちらから呼び止めたんだぞ。 いいも悪いもあるか」 街路の長いすに座り、今夜の出来事を一通り説明した。 「ははは、美よしで銃を出すなんて、エルザもエキセントリックなことをする」 「えきせん?」 「やんちゃってことだよ」 紫乃が、缶に入った珈琲を一口飲む。 戦後、販売されるようになった飲み物だ。 俺と滸は冒険せずに緑茶を選択した。 「実際、エルザとは上手くやっていけそうかい?」 「お互い立場はあるが、悪い人間だとは思っていない」 「昔なじみとしては、そう言ってくれて嬉しいよ」 「エルザとは、共和国時代からの知り合いだったか」 紫乃がニッと笑う。 「一つ昔話をしておこう」 「あの子とつきあう上で、プラスになるだろう」 脚を組んだ紫乃が、背もたれに身体を預ける。 おまけに頭の後ろで手を組んでみせた。 普通の女子ならみっともないと言われそうだが、紫乃がやると様になって見える。 「エルザが共和国総督、ウォーレン・ヴァレンタインの娘だというのは、まあ言うまでもない」 「ウォーレンという人は共和国ではとても有名でね、世界中の戦場で武功を上げてきた軍人だ」 「共和国の世界征服戦略を体現していると言ってもいいくらいだ」 「彼には戦争以外にも得意なことがあってね、まあ簡単に言うと金集めだ」 「具体的には?」 「例えば、軍需産業の要請に従って新兵器の実験をしたり、弾薬を消費するために必要のない空爆を行ったりだ」 「そのたびに、ウォーレンの懐には莫大な金が転がり込む」 「で、集めた資金を政治家にばら撒き、自分の地位を上げていくわけだ」 「彼の今の地位は、人々の命の上に築かれたと言っていい」 「虫酸が走る」 「同じように思った少女が一人いたのさ」 「今もそうだけど、昔のエルザはもっともっと理想主義的でね」 「共和国の戦争が、圧政に苦しむ世界の人々を解放するものだと本気で信じていたんだ」 「しかしまあ、少女はいつまでも子供ではいられない」 「ある日、共和国の戦争というものが、欲望にまみれた商売だと気づいてしまった」 「おまけに、今自分が着ているものも、食べていたものも、受けていた教育も」 「自分を作っているものすべてが、ウォーレンが稼いだ血に汚れた金で賄われていると知ってしまったんだ」 「紫乃はそのときエルザの傍に」 「いたよ。 あの子とはルームメイトでね」 「彼女は三日間眠りもせずに吐き続けた」 「自分に流れている血を、全部吐き出そうとしているかのようだった」 信じていたものに裏切られたか。 ウォーレンの飯の種にされた身ではあるが、エルザの心痛は容易に想像できた。 「エルザの偉いところは、真実を知ってもグレなかったところだ」 「どうしてだと思う?」 紫乃が俺の顔の前で指を立てる。 「父の行いを糺すためか?」 「抵抗を諦めた?」 「知らない」 「がくっ」 二人で揃って脱力した。 「まあ、あの子のことだから、真面目ーに考えた結果なんだと思う」 美よしでのエルザの言葉を思い出す。 「迷いはない」 「私は、圧政に苦しむ人々を解放するために戦っている」 ウォーレンのやっていることを知った上で、なおエルザは言った。 本気なのか建前なのか。 「ともかく、エルザは色んなことをわかった上で行動している子だ」 「何がいいたいかと言うとね」 紫乃が俺たち二人を交互に見る。 「仲良くしてやってほしい」 「既に仲良くやっている。 今日の食事も和やかなものだ」 「いやいやいやいや、そういう話じゃないよ」 「私はね、未来の皇国の話をしているんだ」 紫乃が俺の目を見て笑う。 俺たちがエルザを裏切るつもりだと看破しているのかもしれない。 「エルザにも同じことを言ったんだけどね、私は皆を信頼したからこそ竜胆作戦に参加したんだ」 「全員が笑って迎えられる結末を期待しているよ」 「覚えておく」 紫乃を前に下手な嘘はつけない。 こちらの意図を悟られないよう、言葉少なに応じるしかなかった。 「さて、本題だ」 紫乃が膝をびしりと叩く。 「今までのは本題ではなかったのか」 「照れ隠しだとわかってほしいな」 「あ、ああ、すまない」 律儀に頭を下げられ、紫乃が渋面を作る。 「実は菜摘に頼みがある」 「取引先とか諸々の関係で、ぜひライブお願いしたい」 「私は構わないが、いつ?」 「恐らく今月中」 「いきなりすぎる」 「だから頼んでいるんだ」 「春に帝宮に入った時、工事車両を手配したじゃないか」 「あの時の借りを返すと思って」 そもそも、菜摘が所属している事務所は来嶌財閥系列の会社だ。 紫乃がやれと言えば、当然菜摘は断れない。 そこを敢えて頼んできたのは、礼儀を考えてのことだろう。 「それを言われたら断れない」 「ありがとう! 恩に着るぞ」 紫乃が滸の両手を握る。 「君の素晴らしい歌声で、業界団体の肥えたブタどもを満足させてやってくれ」 「いや、何の仕事だ?」 「歌だよ」 「歌だけでいいんだな」 「当たり前だ」 「私の誇りにかけて、汚い仕事などさせない」 「では、詳細が決まったら改めて連絡しよう」 総督府の屋上から夜空を見上げた。 美よしでの時間が、夢の中の出来事のように思い出される。 「(有意義な時間だった)」 更科さんには申し訳ないけれど、印象に残っているのは鴇田君の話だった。 同じ軍人として、武人の生き方には学ぶところがある。 ──忠義か。 「仮にそうだったとしても、俺は戦場で迷いがあることの方が不幸だと思う」 「人が命をかけてぶつかり合うあの場所で、自分が何を護るために戦っているのかわからない」 「それはすなわち、何のために死ぬのかわからないということだ」 「君は、軍人として迷いなく戦えているか?」 「私は……」 エルザが姿勢を正す。 圧政に苦しむ人々の解放、か。 それが建前だということは重々承知している。 共和国の戦争が、もっと汚いもののために続けられているのは自明だ。 例えば、あの日の無差別爆撃は?あの日の新型爆弾の投下は?あの日の殲滅戦は?全て、本国の暖かな部屋にいる誰かの利益のために行われたものだった。 戦場で命をかける私達のところには何も届かない。 一体、自分は何のために戦っているのか。 死んでいった部下たちは、何のために死んでいったのか。 父の本当の生き方を知ったあの日から、私は迷い続けていた。 一つの落としどころを見つけたのは、皇国の統治任務に着いてからのことだ。 父、ウォーレンには、そもそも皇国を民主化する意思がなかった。 他の占領国と同じく、吸い取れるだけ吸い取ればよいという発想で、皇国民のことなど何一つ考えていない。 だからこそ私は、あえて戦争の大義に従う決心をした。 皇国を民主化し平和な国を作り上げる──十年後に、皇国民が共和国に征服されて良かったと思えるような国を作り上げる──それらを私の目標にしたのだ。 要は父への当てつけで、子供じみた反逆だと思う。 それでも、皆が土足で踏みにじる大義を愚直に守る事で、汚れきった上層部にちょっとした仕返しをしたかったのだ。 皇国民のことなど考えていない、自分のためだけの行動だ。 それでも、共和国の植民地を一つ増やすよりはマシ。 今日までそう考えてきたけれど、鴇田君に触れて自分の弱さに気づかされた。 「鴇田君が羨ましい」 脳裏に浮かんだのは、迷いのない鴇田君の表情だ。 今春、川縁の倉庫で戦った時も彼に迷いはなかった。 鴇田君からすれば絶望的な状況だったのに、彼は淡々と刀を振るっていた。 命が惜しくないのかと思ったけれど、今夜話してみて間違いだとわかった。 鴇田君は、自分が守るべきものを明確に定めることで、心の中から迷いを消していたのだ。 私が掲げた目標なんて、所詮は世間への当てつけだ。 もっと、心の底から湧き上がるような、揺るぎない目標を見つけなくては鴇田君のように戦えない。 「鴇田君のようになりたい」 口に出してはっとなった。 慌てて周囲に人がいないか見回す。 良かった、誰もいない。 いけないいけない、仮にも武人は敵だ。 彼のようになりたいだなんて、気の迷いとしか思えない。 私はただ、軍人として彼の生き方に憧れただけ。 そう! そうよね!自分に言い聞かせ、頬を一つ叩いた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 奏海との水練を終え、生徒会役員の持ち場に戻った。 「お疲れさま。 はいタオル」 エルザ「ありがとう」 宗仁素直に礼を言って受け取った。 軍服を着ていないエルザは、どこから見ても普通の女子だ。 「あなた、どこを見ているの」 両腕で胸を隠すエルザ。 「胸を見ていたわけではないのだが、不快に思ったのならすまない」 「ここにいない方がいいようだな」 「あ、ちょっと待って、別にいなくならなくても結構」 エルザが俺の腕を引く。 正面から目が合った。 「あ」 「ご、ごめんなさい」 エルザが手を離した。 「謝ることはない」 「え、ええ、その通りなのだけれど……」 エルザが落ち着きなく周囲を見回す。 「あ、見て、沖に空母が」 「いや、それは知っている」 「空母の話は散々したじゃないか」 「それでも、私達には空母の話がお似合いなの。 さ、見に行きましょう」 エルザが先に立って歩きだす。 身体を見られて恥ずかしがっていたことも含めると、どうやらエルザは異性との接触に慣れていないようだ。 ま、ここは付き合っておこう。 すぐにエルザの後を追いかける。 エルザと並んで波打ち際を歩く。 空母の艦影は、巨大さ故に、どこから見ても同じような形をしている。 「共和国はいつまで戦争を続けるつもりなんだ?」 「本当に世界を手中に収めるまで戦うのか?」 「戦争を欲しているのは政治家や大企業よ」 「政治家は支持率を上げるために、大企業は業績を上げるために、戦争が必要なの」 「正直だな」 「圧政に苦しむ人々を助けるのが、戦争の大義ではなかったのか?」 「私は大義のために戦っているわ」 「だからこそ竜胆作戦を提案したの」 「国に裏切られても大義を守るか。 立派な心がけだ」 言葉とは裏腹に、エルザは肩をすくめて見せた。 「迷いがあるようだな」 「そう見える?」 「見えるな」 「同じ軍人として相談には乗れるが」 「自分で考えるわ」 「いいえ。 自分で考えなくてはいけない気がするの」 エルザが水平線の彼方を見つめる。 「良い心がけだ」 「結局人間は、自分で決めたことにしか従えない」 「君なりの忠義の対象を早く見つけることだ」 「忠義、か」 エルザが噛みしめるように言う。 「以前は『忠義』という言葉の意味がわからなかったけれど、お陰様で少しわかってきた気がする」 「いつ〈何時〉《なんどき》でも自分の心に嘘偽りなく向き合うと決めたもの、という解釈でいいのかしら?」 「ああ、間違っていない」 「俺たち武人は、主に対して忠義を尽くす」 「よく誤解されるが、忠義を尽くすとは、主に絶対服従することでもなければ主のために戦って死ぬことでもない」 「正しくは『主に仕える』という自らの行為について、常に命懸けで取り組むということだ」 「君が何に対して忠義を尽くすのか、楽しみにしている」 「ええ、ありがとう、鴇田君」 エルザが微笑む。 それは、今まで見てきたものとは違う、彼女の心からの笑顔に見えた。 俺とエルザは敵同士だ。 ともすれば、俺自身の手で彼女を斬ることになるかもしれない。 それでも、今この瞬間だけは、同じ軍人として心が通じ合ったことを嬉しく思う。 「不思議ね、あなたとこんな話をするなんて」 「同業だからか」 「そうね」 気がつけば、俺たちは波打ち際で肩も触れあうほどの距離に近づいていた。 「ねえ、鴇田君」 エルザが俺に身体を向けた。 その背後に大きな波が見える。 「私はあなたに恥ずかしくないような軍人に……」 「波が」 「聞いて」 「いや、だから、波が」 「え?」 胸の高さほどの波がエルザを押し倒す。 「きゃあああっっ!?」 「エルザ!」 とっさに手をつかみ、引き寄せる。 「あ、ありがとう」 「いや」 勢い余り、完全にエルザを抱き締める形になった。 「それより、その、なんだ」 「?」 エルザが首を傾げる。 「先に謝っておく」 「あっ!?」 波に流されたのか、エルザの水着は跡形もなくなくなっていた。 「きゃ、きゃああああぁっ!?」 慌てて俺から離れて胸を抱くエルザ。 「あっちを向いていて!」 「承知」 再び海の向こうの空母を見つめる。 今日は海を見る回数が多い。 「ずいぶん遠くまで散歩していたのね」 朱璃エルザが水着を探し出し、それを着けるのを待ってから戻ると、朱璃が話しかけてきた。 「そっちの遠泳はどうだった」 「稲生が本気を出すから大変だった。 武人は武人枠で競うべきね」 「ん?」 背後に違和感を覚えた。 いや、これは──殺気!反射的に身を躱す。 「わぷっ!」 朱璃の顔面に水流が直撃していた。 「けほっ、けほっ。 な、何?」 「流石武人。 良い勘をしているわね」 振り返ると俺の背後には、水鉄砲を構えたエルザが立っていた。 手にしているのは、普通の水鉄砲ではない。 両手で抱えるような大型のものだ。 「急に何するの?」 「あら。 誤射よ、誤射」 「一方的に撃っておいて誤射もなにもないでしょう」 「ちょっとみんなで遊んでいただけよ」 「宗仁も持って」 滸滸から水鉄砲を手渡される。 「銃器は苦手だ」 「いや、銃器ではないと思いますけれど……」 古杜音同じく水鉄砲を持った古杜音が苦笑している。 「あなたも少し付き合ってみる?」 水鉄砲を朱璃に差し出すエルザ。 「ええ、いいでしょう」 にやりと笑みを浮かべながら受け取った。 闘争心に火が点いているのが、見ただけでわかる。 そんな朱璃を更に煽るような笑みを浮かべているエルザ。 「宗仁は、私の味方よね」 朱璃が俺の腕を引く。 「ああ」 「私も宮国につこう」 滸が俺の反対側を固める。 「なら、翡翠帝は私が頂きましょう。 椎葉さんも、こちらに来なさい」 「え、ええっ? 私ですか?」 翡翠帝「荒事は不得手ですっ!」 二人とも、早くも腰が引けている。 「悪いけれどあの二人、あまり戦力になりそうには見えない」 「これは勝ったわね」 「油断はできんぞ」 「ふっ……!」 水鉄砲を抱えて遮蔽物に隠れるエルザ。 「あっ! 出てきなさい!」 「刀を持たない武人など、私の敵ではないわっ!」 遮蔽物を楯にしつつ、撃ちまくるエルザ。 玩具とは思えない鋭い水流が立て続けに飛んで来る。 「遅い!」 あっさりと回避する滸。 銃弾すら避ける武人からすれば、この程度止まっているも同然だ。 「やるわね。 でも避けてるばかりでは勝てないわよ!」 次々と水流が飛んでくる。 「稲生、撃って!」 応射しながら朱璃が叫んだ。 エルザが再び遮蔽物の陰に隠れる。 「そうしたいのは山々。 で、でもこれ、どうやって撃つの!?」 滸は水鉄砲の構造に戸惑っているようだった。 引き金を引いただけでは水が出ない。 「ここで空気を圧縮するの」 朱璃が教える。 「え、ええっ? これ?」 「違う違う、こっち」 「う、ううんっ……はあッ!」 「ん? これでいいの?」 いいわけがない、破壊している。 「だめだ、滸は戦力にならない」 「え? え?」 「いくわよ、宗仁! 目標はエルザ!」 「たかが一人で何ができるというのっ!」 朱璃がエルザを追って飛び出す。 「待て、朱璃!」 突出した朱璃に向けて、左右から水が噴射される。 「きゃあぁっ!?」 「す、隙あり、です」 「あっ。 当たってしまいした」 奏海と古杜音が朱璃を挟撃していた。 「伏兵か。 敵もやるな」 思わず感心してしまう。 「わぷぷっ……感心してないで助けてよ!」 「ん? わかった」 水をかけられた朱璃が楽しそうだったので、ついそのままにしてしまっていた。 「すまんな。 これも戦いだ」 「きゃー!!」 「冷たい、冷たいです、これ!」 さっき水道からくんだばかりの水なのだろう。 戦闘力の低い二人を、あっという間に水浸しにした。 「きゃぁ~!!」 「きゃぁ~!!」 翡翠帝・古杜音二人は頭を抱えて逃げ散った。 「何の躊躇もなく皇帝陛下を撃ったわね。 多少は遠慮するかと思ったのに」 「遊戯だが、本気で当たらねば失礼になる。 陛下もお許し下さるだろう」 「よくもやってくれたわね!」 「二人を戦力と見なさなかったあなたの失策。 これが軍隊というものよ!」 「宗仁、手は出さないで! エルザは私が撃つ!」 エルザに一騎打ちを仕掛ける朱璃。 「かかって来なさいっ!」 「このぉ!」 「きゃっ!」 「ひゃっ!」 互いに水鉄砲を乱射する二人。 「ふむ、水着姿の少女達が水浸しで戯れる、か」 紫乃紫乃があごに手を当てて朱璃達を見ている。 「そうだ、滸。 次のライブは水着でやってみないか?」 「しないからね」 「観客も水鉄砲を持って、こう、撃ち合ってびしょ濡れになりながらだな」 「なかなかエロ……面白そうだ」 「嫌」 即答だ。 一方で、朱璃とエルザの撃ち合いはまだ続いている。 「エルザ様、頑張ってくださいっ」 「朱璃様も頑張って下さい~」 微笑ましい光景が目の前で展開されている。 「何も知らない人間が見れば、普通の友達同士に見えそうだな」 「馬鹿なことを言わないで」 「小此木を討ち、共和国軍を皇国から追い出すのが私達の悲願」 「たとえ敵が誰であろうともね」 滸の言葉は正しい。 エルザの人柄とは関係なく、俺たちは戦わねばならない。 武人として生まれたからには当然のことだ。 そこに僅かながら感傷が生まれてしまうのは、今日という日が想像以上に楽しかったからかもしれない。 「はあ。 もうびしょびしょ」 宮国さんのせいで、髪は絞れるほどだ。 「タオル、タオル……」 手探りでタオルを求めるが、ない。 「こちらをお探しですか?」 男手渡されたタオルで顔を拭き、声の主を確かめる。 「ロシェルか」 「皇国人と交流を深めているようですね」 ロシェル「今は学院の行事の最中だ」 「生徒会長として、学生と交流して何が悪い」 「いえいえ、私も皇国の文化は大好きですから悪いとは申しません」 「ただ、あらぬ誤解を受けぬようにご注意を」 「重々承知している」 「出過ぎた意見でした。 ご容赦を」 ロシェルが皇国風に頭を下げる。 なかなか見事な当てつけだ。 ロシェルという男はいまいち正体が掴めない。 出自、経歴には傷一つない。 軍内部での立ち回りが上手く、順調に出世を重ねてきた。 皇国侵攻では、こちらに勝利を呼び込む大きな活躍をしたらしい。 現在は、旧武人町の基地を根城に、新しい武器や装備の研究に熱を上げている。 「責任感を持って行動することを、お父上はお望みですよ」 「わかっている」 「総督をお嫌いになるのも、ほどほどにして差し上げるのがよろしいかと思います」 「お心を痛めておいででした」 「余計な口を出すな」 「総督は、あなたのお力を大変高く買っておいでです」 「何だと?」 思わず聞いてしまう。 弱いな。 「終戦以来、あなたは先頭に立って武人を取り締まってきました」 「«八月八日事件»で活躍された記憶も新しく、兵士の多くもあなたを慕っております」 「私を褒めるとは珍しい」 「しかし、手柄の多くは総督がお膳立てしたものだ」 「それはそれ、これはこれです」 「お父様は、あなたを次の総督にとお考えのようですよ」 「父が私をか。 ははは」 何か裏があるのだろう。 ま、理由はどうあれ、皇国を任せてくれるのなら悪くない。 この国を思うように動かすことができるのだから。 「くれぐれも、慎重に動かれることですよ」 「結構」 ロシェルにタオルを投げて渡す。 直接触れるのは、身体が拒否していた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 日が傾き、臨海学校は無事に終了した。 翡翠帝の護衛を仰せつかっている俺は、ここでも彼女の供をしていた。 エルザは共和国人の学生の引率で傍にいない。 奏海を説得するいい機会だ。 「奏海、少し話をしていいか」 宗仁「大事な話のようですね」 翡翠帝奏海が表情を引き締める。 「稲生には全て話してあるの」 朱璃滸と奏海が見つめ合った。 二人は幼なじみと言っていい関係だ。 「奏海なのか」 滸「うん」 「ごめんね、滸ちゃん。 騙して」 「滸ちゃんか」 くすぐったそうに笑う。 「美しくなったな、奏海」 「昔と変わりすぎて、ずっとわからなかった」 「そうだよね。 昔は髪も黒かったから」 「滸ちゃんも、少し話し方が変わったね」 「大人っぽくなったのかな」 「この話し方か」 「そうだな。 大人っぽくなったと思ってくれ」 滸が自嘲気味に笑う。 滸が木訥な話し方になったのは戦後のこと。 明義隊を壊滅させた自分を責め続け、人と積極的に話すことができなくなってしまったのだ。 それでも無理に話そうとするから、上手く言葉が出ず、硬い口調になる。 奏海が知っている滸とは随分違うはずだ。 「私が翡翠帝だったこと、怒ってる?」 「事情は聞いている。 私からは何も言わない」 「ただ、気持ちは宗仁と同じだ」 「わかってるよ。 私も武人の娘だから」 「すまない」 謝る滸に、奏海は儚げな笑顔で首を振った。 「お義兄様には、お詫びしなくてはならないことがございます」 「実は、エルザ様に私の正体を知られてしまいました」 「エルザとは既にその話をした」 「竜胆作戦は続行するということで決着が付いている」 「すみません。 私としては話すつもりはなかったのですが」 「相手がエルザでは仕方ない。 気にするな」 「ありがとうございます」 「代わりというわけではないが、奏海に頼みがある」 「これは、俺と滸……いや全ての武人からの頼みだ」 「何でしょうか?」 「エルザではなく、俺たち武人に協力してくれないか」 唇を引き結び、奏海が黙る。 海の音が遠くから風に乗って流れて来た。 「お断りします」 「私はエルザ様を信じると決めました」 眼差しは、真っ直ぐ俺に向いている。 「前にも申し上げましたが、私は皇国の古い仕組みを終わらせるつもりです」 「武人とは目的が違います」 「だが」 「お義兄様は、本物の皇姫様と共に戦うおつもりなのでしょう?」 「っ!?」 朱璃が一瞬身を固くする。 内心の動揺を悟られないよう、努めて冷静に声を出す。 「何故そう思う?」 「お義兄様も滸ちゃんも、忠義に篤い方です」 「まさか、偽者の私を帝位に置いたまま、皇国を再興しようとお考えになるはずがありません」 「本物の皇姫様をご存じだからこそ、帝政の廃止にご反対されるのでしょう?」 正確な推理だ。 仮に朱璃も翡翠帝もいなかったのなら、奉刀会は別の方針を採っていただろう。 例えばそれは、全力で共和国軍にぶつかり玉砕する、といった破滅的なものだったかもしれない。 「もう隠せないみたいね」 奏海が朱璃を見つめる。 怪訝な表情が、徐々に硬いものへと変わる。 「あなたが、皇姫様でいらっしゃったのですね」 「ええ。 蘇芳帝の娘、皇家ただ一人の生き残りです」 「どうしてなのですか?」 「生きていらっしゃったのなら、なぜ今まで何もして下さらなかったのですか!?」 奏海が朱璃の胸を掴む。 「奏海っ!」 「構わないっ」 「武人は、皇国を、陛下をお守りするために戦ったのですよ!?」 「奉刀会だって、皇国再興のために頑張っていたんです!」 「どうして武人を助けて下さらなかったのですか!」 「皇家の方々は、どうして武人のために何もして下さらないのですか!」 「だから……あなたが遅いから、みんな……死んでしまったんです」 〈凋〉《しお》れるように力をなくし、奏海は朱璃から手を離した。 朱璃が、奏海の言葉を噛みしめるように目を閉じる。 奏海の怒りは、俺には──そして恐らく滸にもわからないものだ。 俺たちは、国のため、忠義のため、迷いなく戦場に向かう。 対して、武人の家族にできるのは、笑顔で送り出し無事を祈ることだけだ。 だからこそ、皇家の無為に対しここまで憤るのだろう。 何のために家族は命を投げ出したのか、と。 「遅きに失しました」 「私は母の敵を討つことのみに気を取られ、戦い続けていた武人に何の手も差し伸べられなかった」 「もっと早く動いていれば、«八月八日事件»もなかったかもしれない」 「武人には謝罪の言葉しかありません」 「共和国から皇国を守れなかったことも含め、いずれはしかるべく身を処すつもりです」 朱璃が奏海を見つめる。 「でもその前に、私にはやるべきことがあります」 「皇国を共和国の手から取り戻し、国民が安心して暮らせる国を作らなくてはならない」 「今更です」 「今更でも、たとえ結果がどうなっても、やらなければならないの」 「まだ戦っている武人のためにもね」 「そう気づかせてくれたのは宗仁です」 主に必要な覚悟。 それは、最後の一兵が倒れるまで見届けることだ。 「宗仁や稲生には怒られるかもしれないけど、私自身は帝政にこだわっていません」 「国民が望むのなら、皇国を再興したあと廃位したって構わない」 「そもそも、皇家は国を守る義務を果たせなかった一族です」 「本来なら、«大御神»に国をお返しするのが筋というもの」 今度は、朱璃が奏海に近づいた。 「確かに遅きに失したし、もう元に戻らないこともあるでしょう」 「それでも、私は昔の皇国を取り戻したいの」 「国民が幸福に暮らしていた頃の平和な皇国を」 「あなたが、宗仁や稲生と暮らしていた頃の皇国をね」 朱璃が奏海の手を取る。 奏海は抵抗しない。 「力を貸して、奏海」 「ずるいです」 「今になって、いい人にならないで下さい」 それっきり、奏海は黙った。 朱璃も、俺も滸も、奏海の言葉を待つ。 武人を指揮する者と武人、そして武人を送り出す者。 三者の感情はそれぞれに違い、また求められる覚悟も違う。 朱璃の思いは奏海に届くのだろうか。 「宮国様のお考えはわかりました」 「協力はやぶさかではありません」 奏海が顔を上げる。 朱璃の手は握っているものの、力は全く籠っていない。 「ですが、条件が三つあります」 「まず一つ目です」 「共和国と戦い、彼らを追い出すことになっても、エルザ様の命は助けて下さい」 「戦争だぞ、約束などできない」 「私も武人の娘ですから、そのくらいはわかります」 「ですが、私はあの方の言葉を信じて竜胆作戦に参加しました」 「命を奪うのは、人として受け入れられません」 「わかりました、約束しましょう」 奏海が頷く。 「二つ目は、大願を果たした後のことです」 「皇国の民主化と帝政の存続については、国民に是非を問うて下さい」 「皇家への恨みは、もしかしたら私の個人的感情なのかもしれません」 「国民の意思を確かめて下さい」 「もちろん。 元よりそのつもり」 「では、最後の条件です」 奏海が小さく息を吸い込む。 「お義兄様を、私にください」 「は?」 「ん?」 「え?」 朱璃・宗仁・滸言っていることが理解できない。 「も、もう少しかみ砕いて説明してもらえる?」 「私が死ぬまでで結構ですから、お義兄様を私の臣下にして下さい」 「ちょ、ちょっと待って」 朱璃が奏海の手を離し、二、三歩後ずさる。 「そ、宗仁は私の臣下なんだけど」 「私はお義兄様を見つけてもらうためだけに小此木に魂を売り、皇帝を騙りました」 「いずれ宮国様が名乗り出れば、私は大罪人として死なねばならないでしょう」 「そのことに文句を言うつもりはありません」 「でも、皆様に協力した挙げ句、私だけが死ぬのは口惜しくもございます」 「国を再興するまでの間で結構ですので、最後に一つくらいは夢を見させて下さい」 冗談を言っているのではない。 奏海の視線には、どこまでも純粋な熱意が籠っている。 「でも、それは」 「率直に申しまして、皆様は狡いです」 「皆様は大願を成就しますのに、私だけ貧乏くじです」 笑顔で言う。 奏海は死を覚悟している。 覚悟しているからこそ、俺を求めているのだ。 「だが、俺は……」 「お義兄様はケチですっ」 奏海が俺の腕にぶら下がってきた。 「ああああっ!?」 「おい、こら」 「私に仕えて下さい、お義兄様」 「今の私は皇帝です。 家来の一人ぐらい連れても不思議ではないでしょう?」 上目遣いに尋ねてきた。 「ぐ……まさか、こんなことに……」 朱璃が歯がみする。 「お義兄様、いかがですか?」 腕に奏海の控えめな胸が押しつけられた。 朱璃が親の敵を見るような目で俺を睨んでいる。 「主の指示に従おう」 「言うと思った」 条件を飲まなければ、奏海は協力してくれない。 朱璃が正体を明かしてしまった以上、是非とも協力は取りつけねばならない。 そして、奏海は非常に苦しい状況にある。 武人に協力すれば、最終的に奏海が無事でいられる可能性は低い。 自業自得と言えばそれまでだが、多少は報われてもいいはずだ。 何も、永遠に奏海の配下になるわけではない。 皇国を再興するまでの、期間限定なのだ。 「宮国様、お義兄様を下さいますか?」 「……駄目」 「お、おい」 「駄目と言ったら駄目」 「宗仁は、私のために命をかけると言ってくれた」 「だからこそ私も、宗仁に恥ずかしくない主であろうと思ってる」 「利害のために臣下を売る主にはなりたくない」 不覚にも身体が痺れた。 俺の事を、そこまで思っていてくれたのか。 「そうですか」 奏海が俺から手を離す。 「でしたら、宮国様には協力できませんね」 「今夜にも、あなたのことをエルザ様に話すかもしれません」 「それでもよろしいですか?」 朱璃がぎゅっと目を瞑る。 朱璃の存在をエルザに知られれば、俺たちが共和国と戦うつもりでいると見抜かれる。 それ以前に朱璃の身が危ない。 「待て、奏海」 今度は俺から奏海の手を握る。 「条件を飲もう」 「へ?」 「ちょっと! 私は断ったの!」 「指示に従うって言ったじゃない!?」 「取り消す」 「簡単に取り消さないで!? 何様のつもり!?」 「エルザに朱璃の存在が知られれば、君の命が危ない」 「その時はあなたが守りなさいよ!」 「わかってくれ」 「皇国を再興するまでのことだ」 「私はあなたと再興したいの!」 「一緒に戦うって誓ったじゃない!」 朱璃が、燃え上がらんばかりに怒っている。 ここまで来るといっそ清々しい。 「俺は、奏海に仕える」 「巫山戯ないで!」 「頭を冷やせ」 「っっ!!」 「勝手にしなさい、馬鹿っ!!!」 言い捨て、朱璃が走り去る。 「……」 滸が溜息をつきながら俺を見た。 「頼んだ」 「はいはい」 滸が朱璃を追う。 滸なら、俺の判断が間違っていないとわかってくれるはずだ。 「ええと、あの」 砂浜に俺と奏海だけが残された。 「本当に、私のものになって下さるのですか?」 「ああ」 「ありがとうございますっ」 奏海が胸に〈縋〉《すが》り付いてきた。 「わかっていると思うが、これは一時的なものだ」 「構いません」 「それと、血が繋がっていないとはいえ、俺たちは兄妹だ」 「近づきすぎるのはよくない」 「もちろん自制いたします。 ぎゅっ♪」 奏海が腕に力を込める。 全くわかってくれていないようだが……。 皇国再興のためだ、とやかく言うまい奏海の情熱に応えるのも義兄の務め「これで、奏海は俺たちに協力してくれるのだな?」 「はい、お約束ですから」 「何かお仕事はございますか?」 「エルザとはよく会っているのか?」 「二、三日に一度は私の様子を見に来て下さいます」 かなり密に接触しているな。 「では、今のところはエルザの監視を頼みたい」 「何か不審な動きをしたら、必ず教えてほしい」 「エルザ様を信用していらっしゃらないのですか?」 「長年の仇敵だ。 簡単には信用できない」 「当然のことだが、朱璃のことは絶対に内密にしてくれ」 「エルザに知られれば命が危ない」 「勿論承知しております」 「でも……」 奏海が思いつめた顔になる。 「念のためだ」 「わかりました」 戸惑いつつも了解してくれた。 「ああ、もう一つ思い出した」 「はい、何なりと」 「«三種の神器»について聞きたい」 「神器でございますか?」 「見たことはあるか?」 「一度だけ、即位の儀式で遠目に拝見しました」 「触れることはできませんでしたし、儀式の後のことはわかりません」 儀式で使われた神器なら、俺も〈映像筐体〉《テレビ》で見たことがある。 「あの、もしや、神器を取ってこいなどと仰るのでは」 「そんな危険なことを頼むか」 「残念です」 何故か残念そうな顔をする奏海。 「朱璃の話では、神器は帝宮の«紫霊殿»という建物にあるらしい」 「«紫霊殿»?」 かつて見た«紫霊殿»の外観を説明する。 「お詳しいのですね。 まるで見てきたようでございます」 「見たからな」 「終戦記念式典の後、帝宮に侵入者があったと思うのだが」 「エルザ様から伺いました」 「まさか、お義兄様が?」 「何という無茶をなされますっ」 心配げな様子で、俺の身体を見回す奏海。 「ははは、無事だったからよしとしてくれ」 「ははは、ではございません」 「できればでいいが、«紫霊殿»に変わった様子がないか調べてほしい」 「忍び込んだ時、少々騒ぎになったのだ」 「もしかしたら、小此木が神器を移動させたかもしれない」 「承知 し ま し た」 「奏海が調べますので、お義兄様はもう無茶をしないと約束して下さいっ」 「わかったわかった」 ふくれっ面の奏海を宥める。 「ふふふ、何だかお懐かしゅうございます」 「戦前も同じようなやりとりをよく致したものです」 「俺も変わっていないらしいな」 「はい。 お義兄様はお義兄様でいらっしゃいます」 奏海が目を細める。 「こうしてお義兄様のお役に立てますこと、心から嬉しく思います」 「必ずや成果を上げてご覧に入れますね」 「ああ、怪我をしない程度によろしく頼む」 「はいっ」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 八月八日、早朝。 奉刀会本部には、全ての会員が集まっていた。 «八月八日事件»の犠牲者を追悼するためだ。 滸が会を代表して香を焚き、全員で黙祷を捧げる。 「黙祷やめ」 滸「二年前の今日、先代会長を含め多くの武人が検挙された」 「今日、この日に、決起の日取りを報告できるのは、間違いなく«大御神»の差配であろう」 皆の表情が引き締まる。 「来る八月十六日、私達は決起する」 「共和国総督が皇国を離れてから三日後だ」 黙祷で冷たくなっていた空気が一気に熱を帯びた。 ──ようやくこの日が来た。 誰一人として口は開かないが、皆の瞳が爛々と輝いているのがわかる。 「かねてより伝えてあるように、奉刀会はエルザ・ヴァレンタインと表面上の協力関係にある」 「現在、帝宮で小此木を守るのはエルザ率いる共和国軍のみ」 「決起当日、共和国軍はこちらに応戦せず、小此木への道を開いてくれる予定だ」 「本部で装備を調えた後、私達は一直線に小此木を目指し、討つ」 滸が満座の武人を見つめた。 武人たちの熱気が膨らんでいくのがわかる。 「小此木を倒した後、私達は、翡翠帝を伊瀬野にお連れし臨時政府を樹立する」 「陛下のお声で独立宣言を出し、全国に二十万いる警察や武人、国民有志に決起を呼びかける」 「各地で独立運動が起これば、共和国も交渉の席に着かざるを得ない」 「そこで、陛下より共和国に対し休戦を申し入れて頂く」 「以上が竜胆作戦の概要だ」 「詳細は各隊で詰めてほしい」 滸が話を終えると、武人たちがそれぞれ作戦会議を始めた。 皆、表情が活き活きと輝いている。 敗戦から三年、ようやく奉刀会は決起の日を迎えようとしている。 興奮するなという方が無茶だ。 「いよいよね」 朱璃朱璃の顔も幾分紅潮している。 「本当に正体を明かさないままでいいのか?」 宗仁「名乗りを上げたところで、余計な混乱を招くだけでしょ」 「共和国と休戦するまで、私は一人の武人で結構。 皆と共に戦場を駆けます」 俺としては朱璃に指揮を執ってほしいのだが、言い分はもっともだ。 「宗仁、ちょっと」 滸が傍に寄ってきた。 「今、紫乃から連絡があった」 「放送については準備万端整ったとのことだ」 「わかった」 来嶌財閥には放送関連の会社もある。 決起当日は、帝宮にいる翡翠帝の声を届けてもらう手はずになっている。 「翡翠帝もこちら側に着いてくれたし、一応は順調ね」 「あと、懸念材料があるとすれば……エルザか」 今に至っても、エルザを完全に信用することができない。 小此木を討った後、俺たちを攻撃してくる可能性が捨て切れないのだ。 「彼女が裏切らないって確証が得られればいいんだけど」 「念のため、裏切られた場合の準備もしてある」 「というと?」 「決起当日、子柚にはエルザの傍に潜んでもらう」 「ああ」 それだけで朱璃は察したようだ。 エルザがこちらを裏切るようなら、潜んでいた子柚がエルザを仕留める。 つまりはそういうことだ。 「子柚の活躍の場がないことを祈ろう」 「ふう」 翡翠帝部屋に戻り、寝台に倒れ込んだ。 今日はいつになく帝宮を歩き回った。 勿論、お義兄様から与えられた任務を果たすためだ。 ……成果は上がらなかったけれど。 帝宮で働く者たちは、«三種の神器»や«紫霊殿»についてほとんど何も知らなかった。 «紫霊殿»の位置など、むしろ私が教えてあげたくらい。 折角お義兄様にお仕事を頂いたのに、何の力にもなれなかった。 扉が叩かれ、反射的に姿勢を正す。 「どうぞ」 「失礼いたします、皇帝陛下」 小此木宰相は、焦れるほどゆっくりと扉を閉めこちらを向いた。 鋭い眼光が私を見つめている。 「今日は随分と活動的に過ごしたようだな」 私と宰相、二人きりの時の話し方だ。 冷たい声を聞いただけで身体が竦みそうになる。 「少々気になることがございましたので」 しっかりと声が出せた。 お義兄様のために働いているという自信が、背中を押してくれている。 「神器のことか」 「立場上、いざという時に何か答えられるようにと考えました」 宰相が眉を上げた。 「何か成果はあったか?」 「残念ながら」 「«三種の神器»は皇国の至宝。 皇帝陛下のみが触れることを許されるものだ」 「今後、興味を持つことを一切禁ずる」 表情を変えず、機械のように命令を告げた。 「……」 「返事をせよ」 「返事だ」 宰相が睨んでくる。 義眼に映る自分は、硬い顔で宰相を見返している。 「聞き分けが悪くなったものだ」 「悪い虫のせいか」 宰相がゆっくりと近づいていくる。 殴るなら殴ればいい。 武人の娘は、その程度のことでは音を上げない。 「«三種の神器»のことは忘れろ」 宰相が錫杖を振り上げた。 また扉が叩かれた。 「む……」 宰相の手が止まる。 「失礼します」 エルザ入ってきたのは、期待通りの人物だった。 「これはエルザ様、ご機嫌麗しゅう」 宰相に小さく頷き、エルザ様は私の隣に来た。 「陛下、お邪魔でしたか?」 「いいえ、構いません」 「エルザ様、日々帝宮を警備して下さり誠にありがとうございます」 「まさに、蟻一匹入り込む隙もない警備でございます」 「武人も、指を咥えて見ていることしかできますまい」 「今後も油断せず警備を続けていこう」 敬意の籠っていない宰相の言葉を、エルザ様もまた冷淡に流す。 「その後、武人の取り締まりはいかがですか?」 「奴らを一網打尽にする秘策がおありと伺っておりますが」 「(え?)」 横目にエルザ様を伺う。 一瞬目が合ったが、向こうから目を逸らした。 「宰相、陛下の御前であまり血なまぐさい話は」 「エルザ様は皇国の平和をお守り下さっているのです」 「むしろ陛下にお伝えせねば」 「エルザ様、どういった秘策なのですか?」 「秘策と言うからには、陛下といえどもお話しできません」 「ははは、これは楽しみですな」 「総督閣下も、一日も早く武人がいなくなることをお望みです」 宰相が愉快そうに笑う。 「ぜひ期待してほしい」 「頼もしいお言葉」 「武人の首が帝宮に並ぶ日を楽しみにしております」 「では、私はこれにて」 頭を下げ、小此木が部屋から出て行った。 「エルザ様、あの……宰相の言ったことは?」 「帝宮の警備権を奪うための方便です、陛下」 「小此木には、武人を一網打尽にする秘策があると伝えてあるのです」 「そういうことでしたか」 「すみません、私、驚いてしまいました」 「宰相の話を本気にされては困るわ」 爽やかに笑い、エルザ様がお茶を淹れるために移動する。 その額で僅かに汗が光っているのが見えた。 冷汗?だとしたら、エルザ様は本気で武人を一網打尽に?浮かんだ疑念が、消えることなく膨らんでいく。 エルザ様は嘘をついている──お義兄様のことに関する限り、私の直感は外れたことがない。 「(お義兄様をお助けしなくては)」 「今日は帝宮内でいろいろと調べ物をしていたようね」 「お耳に入っていたのですね」 「«三種の神器»というのは、皇家のレガリアだったかしら?」 「レガリア?」 「王権を証明するための宝物のことよ」 「今になって、自分が本物だと訴えたくなったの?」 「何となく知ってみたくなっただけで、深い意味はございません」 「今は決起を前にした大事な時期。 宰相に目を付けられないよう注意して」 微笑みながら、エルザ様がお茶を出してくれた。 表情は柔らかいが、目が笑っていないように見える。 何か、言葉とは違うことを考えていらっしゃるようだ。 嫌な予感がする。 「エルザ様も、私を監視していらっしゃるのですね」 「人聞きが悪い事を言わないで頂戴」 「あなたの身に危険が及ばないよう注意しているだけ」 「それでなくても、あなたがいつか鴇田君と駆け落ちするのではないかと心配なくらいなの」 「私が駆け落ちを?」 「ふふふ、とても魅力的なお話ですね」 「宮国様が許さないでしょうけど、もし実現したらどれだけ嬉しいことか」 想像しただけでうっとりしてしまう。 「まさか本気で彼のことを? 冗談よね?」 「エルザ様はいかが思われますか?」 「家族の間で恋愛感情を持つなんて、許される事ではないわ」 「私とお義兄様は、血が繋がっておりません」 「それでもです」 「長い間一緒に暮らしてきたのならば、家族と同じでしょう」 どうやら、エルザ様は倫理観がお強いらしい。 それとも共和国の宗教だろうか。 「私は皇帝を騙った女です。 たとえ血縁があったとしても怖くなどありません」 「怖いことがあるとすれば、心残りがあるまま死ぬことくらいです」 「まったく理屈が通じないのね。 あなたと話していると頭が痛くなるわ」 エルザ様がこめかみを指で叩く。 「エルザ様も殻を破ってみてはいかがですか?」 「いろいろなものが鮮明に見えるかもしれませんよ」 限に私は、お義兄様のために生きると決めた時、日常の些末な迷いから解放された。 他人からどう言われようが、私が気持ちよいのだからそれでいい。 「私が殻に閉じこもっているとでも?」 「そうです。 貝よりも硬い殻でございます」 「あらあら、上から目線でありがとう」 「悪いけれど、あなたに心配されなくても大丈夫よ」 「左様でございますか。 失礼いたしました」 エルザ様が芝居がかった溜息をつく。 「大人しい子だと思っていたけれど、どうやら思い違いをしていたみたいね」 「私は十分大人しいと思いますが」 「まさか、お義兄様のためなら何でもする、暴れ馬でしょう?」 「ともかくも、軽率な行動は慎んで頂戴」 「お義兄様のためだろうが何であろうが、私達の第一目標は竜胆作戦の遂行よ」 「私にとってはお義兄様が第一でございます」 「裏切るつもり?」 エルザ様の目が冷気を帯びた。 やり過ぎたかもしれない。 けど、本心なのだ。 「お義兄様はエルザ様の同志でございます」 「従いまして、私がエルザ様を裏切ることもございません」 冷たい目がじっと睨んでくる。 「ならば結構です」 「今の言葉を忘れないで」 強めの口調で言い残し、エルザ様が部屋から出ていった。 エルザ様は、私がお義兄様に身売りをしたと気づいていらっしゃらないご様子。 「(ごめんなさい。 私は暴れ馬でございます)」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 休み時間、奏海から帝宮での出来事を聞く。 周囲に怪しまれないよう、人気のない場所を選んだ。 「確たる証拠はありませんが、エルザ様は武人を裏切るつもりなのかもしれません」 翡翠帝「宰相と話していた時のエルザ様は、どこか焦っていらっしゃいました」 「よく教えてくれた」 宗仁もちろん、エルザの言葉通り、帝宮の警備権を奪うための方便だったのかもしれない。 だがここは奏海の観察眼を信じたい。 「引き続き様子を見てほしい」 「こちらが警戒していることを悟られないようにな」 「はい、かしこまりました」 「それと、申し訳ないご報告なのですが、«三種の神器»については何もわかりませんでした」 「帝宮の下女たちは«紫霊殿»の場所すら知らないようです」 「そうだったか」 「小此木もエルザも奏海の動きを把握しているようだし、無理はしないでいい」 「はい、ありがとうございます」 「まさか、エルザ様にまで監視されているとは思っていませんでした」 「ああでも、結果的に私はエルザ様を裏切っているわけですから、あの方の嗅覚は正しいのですね」 「すまないな、辛い思いをさせて」 「いいえ、お義兄様のためですから」 奏海が深く頭を下げる。 ここまで想ってもらえるほどのことを、過去の俺はしていたのだろうか。 「もし申し訳なく思って下さっているのでしたら、お願いを一つ聞いて頂けませんか?」 「お前の願いは怖いな」 前回は『お義兄様を私に下さい』だった。 「大した事ではございません」 「少しの時間でよろしいのです。 私を攫って下さいませんか?」 「攫う、とは?」 「逢い引きでございます」 「恋物語の主人公の如く、私を街へ連れ出して下さいませ」 「ははは、やはり怖い願いだった」 「駄目でございますか?」 上目遣いで迫ってくる。 計算ではないのだろうが、男としてはなかなか断りにくい。 「少し待ってくれ」 「上手く連れ出せる方法を考えてみる」 「本当でございますか!?」 「あまり期待するなよ」 「はい、あまり期待しないよう楽しみにしております」 喜びを隠しきれず、奏海がぴょんと飛び跳ねた。 どうも甘くなってしまうな。 「そういえば、宮国様は?」 「海で喧嘩別れして、そのままだ」 俺が主命に背いたことを怒っているのだろう。 あれ以来、口も利いてくれない。 だから、奏海の護衛も俺一人だ。 「お義兄様と二人きりでいられるのは嬉しいのですが、心苦しゅうございます」 「俺と朱璃の問題だ。 奏海は気にしなくていい」 「左様でございますか」 「あら? あちらを歩いていらっしゃるのは……」 噂をすれば影ではないが、朱璃が廊下を歩いているのを見つけた。 次の授業の教室へ向かっているのだろう。 背筋を伸ばして颯爽と進む姿には、やはり目を引きつけられる。 「お美しゅうございますね」 「ああ」 「おい、あれは」 朱璃に背後から近づく人物がいた。 一人、学院の廊下を歩く。 いつも隣にいてくれた宗仁の姿はない。 宗仁を翡翠帝に預けた日から、お気に入りの毛布を取り上げられたかのような喪失感が拭えなかった。 あー、イライラする。 自分が何に苛ついているのかはっきりしないのも、また苛つく。 宗仁が私の命令に逆らったから?奏海が妙に嬉しそうだから?もしかして、私が宗仁を──慌てて頭を振る。 私たちは主従だ。 主と臣下の間に特別な感情などあり得ない。 宗仁だって明言していることだ。 やだやだ。 私は何を考えているの?「動かないで」 女の声「っっ!?」 朱璃びくりと身体が痙攣した。 背中に、何か硬いものが当てられている。 「エルザでしょ? 何の冗談?」 「声を出したら撃つ」 エルザ背中に、硬いものが強く押しつけられる。 油断した。 宗仁のことで頭がいっぱいになっていた。 「生徒会室まで歩いて」 「わかりました」 しばらく廊下を歩き、生徒会室に入った。 「共和国では、こういう朝の挨拶をするの?」 「ごくごく稀なことよ」 「例えば、相手が非常に重要な人物であった場合とか」 「買いかぶり。 それか人違い」 「ええ、今までは間違えていました」 「何が言いたいかはわかるでしょう? 〈皇姫殿下〉《きでんか》」 全身の肌が粟立つ。 「何のこと?」 「誤魔化せるとでも?」 「さっきも言ったでしょ、人違い」 全身が緊張している。 声が震えないようにするだけで、精一杯だ。 「余計な時間は使いたくないわ」 「手っ取り早く答えを得る方法はいくらでもあるのよ」 「私の機嫌が良いうちに質問に答えなさい。 その方があなたのため」 背中に、再び硬いものが押しつけられる。 拘束されれば終わりだ。 何とか逃げないと。 「えっ!?」 「朱璃っ!」 「宗仁!?」 部屋に飛び込んできた宗仁と目が遭う。 「動かないで!」 背後のエルザが叫んだ。 私の目の前で、宗仁が動きを止める。 「〈皇姫殿下〉《きでんか》の命は保証できないわよ」 「銃を引け」 「引かなければ?」 「試してみればいい」 私を挟んで、宗仁とエルザが対峙する。 「宮国さんの正体を教えてくれたら、すぐにでも解放するわ」 「言っていることがわからないな」 「それは困ったわね」 背後で、カチャリという金属音が聞こえた。 「はあ……はあ……お義兄様、お待ち下さい」 今度は奏海が現れた。 走ってきたのか、肩を大きく上下させている。 「鴇田君、翡翠帝を護衛してくれなきゃ駄目じゃない」 「朱璃を解放しろ」 宗仁がエルザを見つめる。 視線を向けられていないのに、こっちまで身が竦むほど鋭い視線だ。 宗仁、本気で怒ってる。 「ふふふ、鴇田君のそんな顔、初めて見たわ」 「よろしい、解放しましょう」 「さ、〈皇姫殿下〉《きでんか》、〈騎士〉《ナイト》のところへどうぞ」 背中に当てられていたものの感触が消えた。 躊躇わずに宗仁の方へ進む。 解放された朱璃の腕を取り、身体の傍に引き寄せる。 「朱璃、無事か」 「ええ」 「エルザ様、一体何を?」 「別に何も」 エルザが手に持っていたものを振って見せた。 よくある万年筆だ。 「銃じゃなかったの?」 「生徒会長が銃なんて振り回したら大問題だわ」 してやったりという笑みを浮かべながら、エルザが万年筆を胸ポケットにしまった。 どうやら俺も朱璃も騙されたらしい。 手近な椅子を引き出し、エルザが腰を下ろす。 そして、こちらに余裕を見せつけるように、鷹揚な仕草で脚を組んだ。 「まさか、宮国さんが本物の皇帝陛下だったなんてね」 「誤解よ」 「鴇田君の必死な顔が、何よりの証拠でしょう?」 「君がそう思いたいだけだ」 「では、どうして翡翠帝は急に«三種の神器»について調べ始めたのかしら?」 「あなたには必要ないものでしょう?」 「ですから、ただ興味が湧いただけだと」 「お義兄様に頼まれたのよね」 「それに、あなた言ったじゃない」 「私とお義兄様の駆け落ちは、宮国様が『お許しにならない』って」 「どうして宮国さんの許可が必要なの? 鴇田君と付き合ってるってわけじゃないでしょう?」 奏海がエルザから視線を逸らす。 表情が図星だと告げてしまっている。 「困ったことになったわね」 「鴇田君や稲生さんは、最初から翡翠帝が偽者だとわかっていて竜胆作戦に賛同したのね?」 「その上、私にずっと嘘をついてきた」 「私はどうやってあなたたちを信頼したらいいのかしら?」 エルザが俺と朱璃を順に見る。 このまま立ち去れば、作戦は破綻する。 朱璃も追われる身になるだろうし、武人も再び共和国の取り締まりを受けることになる。 「宗仁、奏海と次の授業に行っていて」 朱璃がエルザの正面の席に座る。 「お義兄様」 「欠席する」 「……そう」 俺も腰を下ろす。 少し遅れて、奏海も椅子に座った。 「私の正体は、あなたの想像している通り」 「今まで隠してきたことは謝ります」 朱璃が視線で謝意を表した。 「初めて会った時から、ただの学生ではないと思っていました」 「三年も私達の網に引っかからないなんて立派なものだわ」 エルザが組んでいた脚を解いた。 「率直に聞きます。 あなたたちには竜胆作戦を進める意志があるのかしら?」 口を挟みたいところだが、ここは朱璃に任せよう。 「もちろんよ」 「本当かしら?」 「作戦では、最終的に翡翠帝を頂点とした新政権を作る予定です」 「皇家の正統な後継者であるあなたは、偽者の皇帝を許容できるの?」 「あなたや奏海が平和な国を作ってくれると約束してくれるなら、血筋のことは忘れます」 はっきりと言い切る。 「信じられないわね」 「あなたたちは二千年に〈亘〉《わた》って皇国を支配してきた専制君主の一族でしょ?」 「そう簡単に地位を捨てられるわけがありません」 「皇家に支配欲なんてないの」 「あるのは、皇国民の平穏と豊穣を守るという義務だけ」 「まさか。 支配欲のない権力者などいない」 「共和国のように、努力して権力を勝ち取る世界の人間には理解できないかもしれない」 「そもそも、私たちには自分が支配者であるという認識がありません」 「あくまで皇国は«大御神»のもので、私たちは代理として統治しているだけ」 「皇帝は、所詮«大御神»の〈僕〉《しもべ》にすぎません」 「そんなのものは、権力を正当化するための理屈だわ」 「古い形の王権にはよくある話よ」 「あなたが信じないのは勝手だけれど、皇家の人間はそう信じています」 「従って、私がお母様に教えられたことは一つだけ」 「皇家に生まれたからには統治者としての義務を果たせ。 果たせぬ時には国を«大御神»にお返し申し上げよ」 「それだけなの」 「皇家の権力を守れなんて、一度も言われたことはありません」 朱璃の言葉はあくまで穏やかだった。 そこには何の虚飾も外連味もない。 己が信じていることを、率直に口にしているだけなのだ。 「だからね、繰り返しになるけど、あなたや翡翠帝が平穏な国を作ってくれるなら私は身を引いても構わない」 「民主主義を導入した方が平和になるのなら、それもいいでしょう」 「そもそも、私たちは共和国から皇国を守る事ができなかった役立たずの皇家です」 「もはや皇帝の座に執着はありません」 武人に生まれた者が武人としての役割を全うしようとするように、皇家の方々も役割を全うしようとする。 皇帝も武人も職人も農民も、«大御神»に与えられた役割を遂行するのみなのだ。 だからこそ、皇帝陛下は俗な感情に惑わされず、高潔な統治者として君臨し続けられる。 そして、統治者でありながら、国民のために地位を投げ出すこともできる。 これが皇家の方々のお心の内なのか。 臣下として誇らしい思いだ。 「(朱璃、君に仕えたのは間違っていなかった)」 隣に座っている少女には、既に皇帝としての高潔さが感じられた。 奏海も同じ気持ちなのだろう。 静かに視線を伏せ、皇帝への敬意を示していた。 「詭弁だわ」 「人は所詮、欲望には抗えない」 「どんな理想を掲げて作られた仕組みも、いつかは黒く汚れていく」 「水が低きに流れるように、理想とは現実という泥の中に沈んでいくものよ」 「だから戦うんじゃない」 「じっとしていたら沈んでしまうから、必死に這い上がろうとする」 「以前、鴇田君にも同じようなことを言われました」 「皇帝も武人も愚かね」 「何の利益にもならないことに必死になって」 エルザが小さく息をついた。 「わかりました。 宮国さんの言葉を信じましょう」 「ありがとう、エルザ」 「では、これまで通り作戦を進めるのですね?」 「いいえ、私が信じたのは宮国さんだけよ」 「ずっと私に嘘をついてきた武人とは、どうやったら上手くやっていけるのかしら?」 エルザが俺を見る。 何か信頼に足るものを出せと言っている。 滸がいないのだ、俺が何とかするしかない。 「以前、武人から接収した呪装刀を返還するという約束があったな」 「ええ、あったわね」 「まず、約束を守ってもらいたい」 「受け渡しは、奉刀会の本部で行おう」 朱璃が驚いた顔でこちらを見る。 「君が奉刀会の残党と呼んでいた武人たちは、今でも活動を続けている」 「無論、俺も滸も会員だ」 「あらあら、いいの、そこまで言ってしまって?」 エルザは驚かない。 予測していたことなのだろう。 「本部の場所を教えれば、俺たちはもはや生殺与奪の権利を与えたも同然だ」 「でも、他にもいくつか拠点があるのでしょう?」 「いや、一つだ」 「まさか」 「だから、俺たちにはこれ以上は出すものがない」 「もう、私達から逃げられないわよ?」 エルザが目を細める。 「竜胆作戦では、元から俺たちの命を君が握っている」 「本心では、武人に小此木を殺させ、その後で俺たちを潰すつもりなんじゃないか?」 エルザの群青の瞳が微かに揺れた。 「ま、冗談だ」 「恐ろしいことを言うのね」 「今更、君から逃げるつもりはないということだ」 エルザが机の上で手を組んだ。 「鴇田君の覚悟、受け止めないわけにはいかないようね」 「今後も協力してやっていきましょう」 「よろしく頼む」 「場所の確認が取れ次第、呪装刀は返還するわ」 紙に本部の場所を書き、エルザに手渡す。 これで奉刀会はまな板の鯉だ。 「今すぐ情報の真偽を確かめなさい。 最優先よ」 部下への電話を切った。 胸の中には得も言われぬ興奮がある。 メモの情報は恐らく本当だろう。 となれば奉刀会は丸裸、その気になれば今日にでも本部を潰すことが可能だ。 武人に隠し事が多かったお陰で、決起を前に大きな情報を引っ張り出すことができた。 その通りよ鴇田君。 私の意図を予見していながら作戦に乗るなんて。 淹れた紅茶を飲むと、舌の奥に嫌な苦さが残った。 自分でも驚くことに、良心が咎めているのだ。 お互いの立場を抜きにすれば、武人は決して嫌いではない。 いや、好感すら持っている。 忠義のため真摯に己を問い続ける姿は、ただただ純粋で眩しいものに見えた。 そんな彼らを、私はだまし討ちにするのだ。 無論、良心が痛んだからといって、武人を許すわけにはいかない。 「(鴇田君、ごめんなさい)」 瞼の裏に彼の清々しい顔が浮かぶ。 「結局人間は、自分で決めたことにしか従えない」 「君なりの忠義の対象を早く見つけることだ」 「君が何に対して忠義を尽くすのか、楽しみにしている」 そうね。 結末は変えられないにしても、せめてあなたと戦う前に私なりの結論を伝えないとね。 夜十時過ぎ、夕食に合わせて今後の方針を打ち合わせる。 学院での件を経て、朱璃の機嫌はやや上に向いていた。 偶然とはいえ、すぐに助けに入ったのがお気に召したらしい。 「やむを得ず、本部をエルザに明かすことになった」 滸は口を開かない。 腕を組み、むっつりと考え込んだ。 「教えてしまったものは仕方がない」 滸「念のため、決起の日の集合地点を変更した方がいい」 作戦当日、俺たちは奉刀会本部で準備を調えてから出陣する予定だった。 そこをエルザに狙われれば一網打尽、«八月八日事件»の再来だ。 「エルザがこちらを裏切るということ?」 「ああ、恐らく」 「いや、と言うより、彼女は最初からこちらを潰すつもりだ」 「何か証拠でも?」 「奏海から報告があった」 「エルザは、総督や小此木には武人を根絶やしにすると伝えているらしい」 「本人は小此木を騙すための方便だと言っていたようだが、奏海は違うと踏んでいる」 「ならば警戒して損はない」 「集合場所の変更には賛成だ」 朱璃も頷く。 「では、どこに集まる?」 「共和国の監視の目は厳しい。 武人が集まればすぐエルザに報告が行くはずだ」 卓上の携帯端末で天京の地図を眺める。 二百人近くの武人が人目に付かず集合でき、なおかつ帝宮に近い場所。 そんな都合の良い所があるのだろうか。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 八月十三日──父、ウォーレンが皇国を離れる日だ。 総督府の前庭では、総督を見送るための式典が大々的に催されている。 「敬礼っ」 エルザ赤い絨毯の両脇に並んだ兵士が一斉に敬礼する。 その間を、笑顔の父がゆっくりと歩みを進める。 絨毯の終点で車のドアを開き、父を待つ。 総督の一時帰国を見送るのは、共和国の兵士だけではない。 式典には、翡翠帝や小此木の姿もある。 ただの一時帰国を、さも今生の別れのように飾り立てる小此木の大仰さに、反吐が出る思いがした。 飼い主がいなくなることに、身の危険でも感じているのだろうか。 だとしたら、その勘は当たっている。 「ご苦労」 ウォーレン「お疲れ様です」 「どうぞお車に」 父が、大きな身体を折り畳むように後部座席に収まった。 開いた窓から視線を投げかけてくる。 「奉刀会本部の件、聞いたぞ」 「どこからそれを」 「どこでもいいではないか」 父が私の目を覗き込んでくる。 「留守の間、お前を総督代行に任命する」 「共和国軍の全権を託すということだ」 「はっ」 背筋が伸びる。 「いずれは、お前を皇国の総督に据えたいと思っている」 「私の留守中、トラブルを起こさぬようにな」 「必ずやご期待に応えます」 どうやら、以前ロシェルが言っていたことは本当だったようだ。 結局、私は親の七光りを頼りに地位を得ていくだけの人間なのだ。 「出せ」 父を乗せた車が小さくなっていく。 視界から完全に消え去ると、周囲の緊張が解けた。 それぞれの部隊が隊列を崩し、通常の任務に戻っていく。 「ロシェル!」 「お車のご用意ができています」 ロシェル恭しく腰を折りながらドアを開けるロシェル。 「車などどうでもいい」 「奉刀会本部の件、お前だな?」 「仰っていることがわかりません」 「どこから聞いた?」 「別にいいではありませんか。 お父上は褒めて下さったのでしょう?」 「どこから聞いたと聞いている」 ロシェルが肩をすくめる。 「友人が多いのが自慢です」 「軍紀に反することは何一つしておりません、念のため」 「貴様」 睨み付けたところでロシェルはどこ吹く風だ。 私の部下に情報を漏らす者はいない。 そう信じている。 ならば、ロシェルが何か手を回したのだ。 「奉刀会本部については、現在、攻撃準備を進めています」 「総督閣下から、夜鴉町全域を灰にせよとのご命令です」 「馬鹿なっ!? どれだけ民間人がいると思っている!?」 「武人を潰すには、事前通告なしの空爆しかありません」 「武人一人一人を相手にしていては、被害が膨らむばかりです」 夜鴉町には木造建築が多い。 空爆すれば、あっという間に火の海だ。 当然、民間人も犠牲になる。 夜鴉町の人口は正確に把握できていないが、五千人は下らないと言われている。 時間帯によっては買い物客も犠牲になるだろう。 「民間人を犠牲にはできない」 「民間人ではありません。 犯罪者の群れですよ」 「何だと?」 「夜鴉町では、あらゆるものが公然と販売されています」 「天京の治安を維持するにあたり、いつかは浄化しなくてはならない地域です」 「話にならない」 「私の権限で、空爆の命令は取り消す」 「総督の命令ですよ」 「その総督から、共和国軍の全権を預かっている」 ロシェルが大きく溜息をつく。 「折角の手柄の機会をみすみす逃すとは」 「お前は民間人を殺して平気なのか!」 「私たちは侵略国家ですよ」 「今更、人並みの倫理など持ち出しても詮無きことです」 「善人になりたいのなら、今すぐ皇国から撤退したらよろしいではありませんか」 「くっ!」 思わずロシェルの胸ぐらを掴んだ。 「随分とお優しくなりましたね」 「何があなたを変えたのでしょうね?」 まるで貴族のような、穏やかな笑みを浮かべる。 だが、微笑の本意は下品極まる。 私と宗仁の関係を疑っているのだろう。 「上官侮辱罪で訴えられたいようだな」 突き放すと、ロシェルは無様に尻餅をついた。 「ははは、困ります、私にも部下がいるのですから」 尻の埃を叩きながらロシェルが立ち上がる。 「仮にですが、あなたが武人とわかり合えると思っているのなら、それは間違いです」 「武人とその家族を殺したのは私たちです」 「彼らはたった一人になっても、決して私たちを許さない」 「だから、根絶やしにしなくてはならないのです」 心臓が軋んだ。 ロシェルの言う通りだ。 私たちは侵略者であり、武人にとっては家族の仇──鴇田君の両親の敵でもある。 当たり前のことなのに、なぜか忘れていた。 生徒会室の和やかな空気が、私をたるませていたのだろうか。 違う、な。 私はどこかで鴇田君に惹かれていたのだ。 彼の、迷わない毅然とした生き様に。 でも、そんな鴇田君だからこそ、共和国を許すことはない。 文字通り、たった一人になっても戦いを挑んでくるだろう。 心の中で、何かの糸が切れた気がした。 「とにかく攻撃は禁止する。 別命あるまで待機せよ」 「責任は私が取る」 「わかりました、あなたがそこまで仰るのなら」 再び肩をすくめるロシェル。 「まだ何かあるか?」 「呼ばれたのはエルザ様ですよ」 「もういい」 ロシェルを顎で追い払う。 まるで周囲の空気ごと汚された気分だ。 「(最低だ)」 でも、何とか空爆は回避することができた。 最低限の義理は果たせたはずだ。 これで心置きなく武人を駆逐することができる。 「……」 ふと、脳裏に鴇田君の顔が過ぎった。 もういい。 もう、いいんだ。 鴇田君のことは忘れよう。 決起の前日、生徒会室に竜胆作戦の関係者が集まった。 最後の打ち合わせをするためだ。 「では、明日の十九時に奉刀会は本部を発ち、帝宮を目指す」 滸「こちらは、交戦せずに道を空けます」 「あなたたちは小此木を討ち取ることだけを考えて」 「小此木を討ち取った後は?」 宗仁「こちらから停戦を呼びかけます。 陛下はすぐに応じて下さい」 「わかりました」 翡翠帝「私は帝宮から出ることができません。 皆さんの無事を祈っております」 「紫乃、放送の準備は?」 「共和国軍の物資扱いで帝宮に運ばせてもらっているよ」 紫乃「問題なく、陛下のお声を届けられるはずだ」 「私ども神職は、武人の皆様の支援をさせて頂きます」 古杜音エルザが満足げに頷く。 打ち合わせはしたものの、俺たちには別の計画がある。 まず、共和国の一斉検挙を避けるため、集合地点を変更した。 そして、小此木を討ち取った後は、奏海と共に伊瀬野に落ち延びる。 無論、奏海にも古杜音にも話は通っている。 「明日は、皇国の歴史が変わる日になるわ」 「生徒会役員一同、気を引き締めていきましょう」 「決起の成功を祈って」 それぞれが紅茶が入った杯を掲げる。 竜胆作戦の決定から約半月。 明日には全てが終わる。 打ち合わせの後、エルザが声をかけてきた。 「少し時間をもらっていいかしら?」 「構わないが」 周囲の視線を感じつつ、エルザに従って生徒会室を出る。 生徒会室から少し離れ、二人きりになれる場所まで来た。 「いよいよ明日ね」 「ああ。 そちらの準備は万端か」 「問題ないわ。 鴇田君は?」 「無論、問題ない」 「決起の前日だというのに、あなたは本当に冷静ね」 「いつでも戦場に出られるように生きているから?」 頷いて返す。 常時臨戦の気持ちでいれば、今日という日は特別な日ではない。 「君には武人のことを理解してもらえたようだ」 「素直に喜んでおくわ」 照れたように、エルザは美しい髪を撫でた。 「前に、私に言ったことを覚えている?」 「『君なりの忠義の対象を早く見つけることだ』」 「『君が何に対して忠義を尽くすのか、楽しみにしている』って」 「あれから私なりに考えたの」 「先日、ようやく答えらしきものが見つかったわ」 エルザが微笑む。 〈衒〉《てら》いのない、静かな笑顔だ。 「私が忠義を尽くすのは、自分の中の最低限の高潔さに対してよ」 「軍では国家に対しての忠誠を求められるけど、私にとって一番大切なのはそこではないの」 「以前、圧政に苦しむ人々を解放するために戦っていると言っていたが」 「それは一つの例よ。 根源的な目標ではないの」 俺を真っ直ぐに見つめ、エルザは言った。 もはや迷いはないようだ。 「あなたに会えたこと、感謝しています」 「自分でも知らなかった私に出会うことができたわ」 エルザが手を差し出してきた。 「力になれたのなら、良かった」 エルザの手を握る。 「次に会うのは帝宮ね」 「ああ」 明日になれば、どちらかがどちらかの前で膝を屈することになる。 エルザが裏切るのが先か、俺たちが裏切るのが先かという差はあるが、いずれにせよエルザとは戦うのだ。 場合によっては、俺がエルザを斬ることになるかもしれない。 仕方のないこととはいえ、胸には悲しみの予感があった。 エルザのことは決して嫌いではないのだ。 むしろ、大胆不敵ながら茶目っ気もある人柄に惹かれていたと言っていい。 「もし良ければ、連絡先を交換しないか」 「ふふふ、今更ね」 「でもいいわ。 折角だから交換しましょう」 エルザと携帯端末を向け合う。 「電話帳ではなくて、通信の方よ」 「ああ、そうだった。 機械は苦手なんだ」 「ん? 通信中断と出たぞ」 「あら? おかしいわね」 お互い、妙にぎくしゃくしながら携帯番号を交換する。 「ふふふ」 「何か問題が発生したら、連絡してくれ」 「連絡しなくて済むことを祈ってるわ」 いつも通り授業を終え、帰途に就く。 「鴇田様、宮国様、少しお時間をよろしいですか?」 「あら、私が邪魔していいの?」 朱璃「そう邪険にするな」 「元臣下は黙っていて」 「宮国様にもぜひ聞いて頂きたいのです」 奏海の表情は真剣だ。 重要な話なのだろう。 夕日に染まる教室を、奏海は哀愁の籠った目で見つめた。 「私が学院に通うのも、今日が最後になるかもしれませんね」 「今まで護衛をして下さりありがとうございました」 「忘れることのできない思い出になりました」 奏海が頭を下げる。 「宮国様、お義兄様はお返し致します」 「あら、もういいの?」 「情勢が落ち着くまでは臣下でいる約束だったが」 奏海が首を振る。 「お二人にはご迷惑をおかけしました」 「私は、少しだけ我が儘を言ってお義兄様を困らせてみたかっただけなのでございます」 俺たちに味方しようがエルザに味方しようが、奏海の未来は暗い。 奏海自身、自分の身をしかるべく処す覚悟を固めている。 人生の最期に、少しだけ俺といたいというのが奏海の願いだった。 「お義兄様は武人でございましょう?」 「偽者の皇帝に仕えるなど、あってはならないことです」 「ましてや明日は国の命運を決める日。 宮国様の臣下として存分にお働き下さいませ」 「奏海」 「私は鴇田の娘でございます」 「この大事にお義兄様の足を引っ張ったとなれば、お父様やお母様に合わせる顔がございません」 「戦場へ向かう家族を笑顔で送り出すことこそ、家を守る者の使命でございます」 微笑する奏海を夕日が照らす。 目尻に浮かんだ涙は、あまりに儚い。 「奏海の言葉、ありがたく思う」 「もう、少しは残念そうな顔をして下さい、お義兄様」 奏海が朱璃の方を向く。 「お義兄様はいつもこうなのです」 「私と二人でいる時も、結局は宮国様の事ばかりお考えでした」 「宮国様がエルザ様に詰め寄られた時も、私のことを放り出して助けに向かわれたのですよ」 「任務を忘れるなんて、困った護衛ね」 俺を見る朱璃の目は、あくまで優しい。 「宮国様から皇帝としてのお心構えを伺いました時、私では偽者すら務まらないとわかりました」 「皇家の方々の深いお心に触れることができましたこと、身に余る光栄でございました」 「数々のご無礼、お許し下さいませ」 奏海が朱璃の前で臣下の礼を取る。 「何を言うの」 「あなたが国民の心の支えになって来たことは紛れもない事実」 「三年間何もできていなかった私の代わりに、奏海は立派に皇国を治めていました」 「皇帝を騙った事は確かに大きな罪でしょう」 『それでも』と、朱璃は穏やかな視線を奏海に向けた。 「でも、あなたは罪を償って余りある働きをしてくれました」 「私は全てを赦します」 「«大御神»も、きっとあなたの行いをお認め下さるでしょう」 「宮国様」 「ま、この男はガタガタ言うかもしれないけれど、無視していいから」 朱璃が俺を肘で突っつく。 「だが」 「ガタガタ言わない」 「あなた、いちいち〈主命〉《しゅめい》に盾突き過ぎよ」 朱璃が芝居がかった仕草で腰に手を当てる。 「ふふ、そうだな」 「〈皇姫殿下〉《きでんか》がお許し下さるのなら、是非もない」 「感謝します」 朱璃に頭を下げる。 慌てて奏海も頭を下げた。 「二人が穏やかに暮らせる日が来るように、明日は頑張らないとね」 「はい、力の限り役目を務めさせて頂きます」 朱璃が満足げに頷く。 「さ、そろそろ帰って明日に備えましょう」 「正門まで護衛いたしますよ、陛下」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 いつもなら満員であるはずのこの時間、店の入口には『準備中』の札が掛けられている。 店にいる客は俺と朱璃、滸と店長の四人だけだ。 「いよいよ明日ですね」 鷹人「今までお世話になりました」 宗仁「水臭いことは言いっこなしですよ」 「私はただ、宗仁君を拾って、家を貸して、働かせて……」 「言われてみれば、いろいろしていますね」 「余計な冗談は要らない」 滸「おっと、失礼しました」 「ともかくも、遺言のような挨拶は止して下さい」 「明日の今頃には朗報が聞けると、私は信じていますから」 穏やかに微笑む店長に、頭を下げる。 「あ、何の役にも立ちませんが、今日のために用意させてもらいました」 店長が言うと、店の奥から睦美さんが大きな盛り花を持ってきた。 「さあ、宗仁君、これは何の花かな?」 菖蒲のような緑の茎に、金魚のような花が十ほど並んでついている。 実にきらびやかな花だ。 「〈唐菖蒲〉《トウショウブ》ですね」 「正解」 店長が指を立てる。 「花言葉は、勝利」 「密会、用心」 「後ろの二つは言わなくていいからね」 「最初の花言葉なら、私達にぴったりね」 朱璃「そうでしょうとも、そうでしょうとも」 「花は私からの気持ちです。 皆さん、ご武運を」 「ありがとうございます、店長」 それぞれが頭を下げる。 店長には、返しきれないほどの恩を受けてきた。 必ずや大願を果たし、恩返しをしなければ。 「では、そろそろ私も秘蔵のものを出しましょうね」 睦美睦美さんが一度奥に入る。 そして、誰かに肩を貸しつつ、再び客席に姿を現した。 「よう、お前ら」 数馬「お待たせしました、槇数馬の〈膾〉《なます》です」 「膾にされてえのか」 「槇、動いていいのか?」 「動けるなら、こんなだらしねえ姿をさらさねえよ」 睦美さんに介助され、槇が椅子に腰を下ろす。 刻庵殿救出の一件では辛くも生き残った槇だが、身体には深刻な損傷を負っていた。 古杜音の呪術を以てしても、両脚はまだ動かない。 「ったく、ようやく決起だってのに、ろくに歩けねえとはな」 「すみません、武人のくせにお役に立てず」 「うるせえっ!!」 数馬の怒声に店の空気が揺れる。 久しぶりに聞く迫力のある声に嬉しくなる。 「会長、悪いが俺は戦えない」 「今の俺じゃ足手まといになるばかりだ」 「いや、顔を見られただけでも嬉しい」 「必ずや小此木を討ち、共和国を皇国から追い出して見せる」 「頼んだぜ、会長」 「今度は遠慮せずに、はなっから«不知火»を抜くんだぜ?」 「忘れてくれ」 滸が笑う。 「ま、俺が戦えない代わりに、こいつが出てくれる」 「え?」 「お前、あまり巫山戯てると容赦しねえぞっ」 「いててて……」 数馬が脚を押さえて呻く。 「ふふ、冗談でございますよ」 「協力してくれるのか?」 「はい、奉刀会のため微力を尽くさせて頂きます」 「〈士成館〉《しせいかん》門弟一同、既に準備を整え、自宅にて待機させております」 士成館とは、更科家が主催してきた剣術道場だ。 門弟も含めて奉刀会に合流してくれるとなれば、これ以上ない助けになる。 「だが、なぜ今になって」 「久しぶりに«不知火»が見てみたくなったのです」 「それだけでございますよ」 睦美さんが横目に数馬を見る。 「これまで怠けてた分、こき使ってやってくれ」 「お手柔らかにお願いしますね、会長」 「ありがとう、睦美」 いつものように穏やかに微笑む睦美さん。 続いて、朱璃の前で膝を折った。 「〈皇姫殿下〉《きでんか》」 「士成館館長、更科睦美、遅参いたしご無礼仕りました」 「皇姫殿下の御ため、粉骨砕身務める所存でございます」 朱璃に動じた様子はない。 睦美が協力してくれると最初からわかっていたように、穏やかに微笑んだ。 「とても頼もしく思います」 「お願いね、睦美」 「かしこまりました」 睦美さんが深く頭を下げた。 日課の鍛錬をしていると、扉が叩かれた。 時計を見ると、午前二時を回っている。 「私、入っていい?」 「どうぞ」 扉が開き、朱璃が入ってくる。 「起きてたんだ」 「電気が消えていたから、寝ていたのかと思った」 「鍛錬をしている時は、暗い方が集中できる」 流れた汗を手拭いで拭き取る。 「前日に鍛錬? 休んだ方がいいんじゃないの?」 「いつも通りに過ごしたいんだ」 「それより、休んだ方がいいのは朱璃じゃないか?」 「何だか目が冴えちゃって」 「少し話していい?」 「もちろん」 「明りを付けよう」 「このままでいい。 月明かりで十分明るいから」 朱璃が床に座る。 窓から射し込んだ月の明りが、朱璃の身体を青白く照らす。 「いよいよ明日ね」 「今日まで私を支えてくれてありがとう」 「礼なら勝った後にしてくれ」 「それはそうだけど……」 「いいじゃない、もう」 朱璃がむっつりとした顔になる。 表情が豊かなのは、まだ心に余裕があるからだ。 やはり、いざという時は肝が据わっている。 「戦場に出ると、誰しも興奮して前に出たくなるものだ」 「朱璃は必ず俺の後ろにいてくれ」 「わかりました」 「いざという時は、私が宗仁の背中を守ります」 「頼もしいな」 「背後を心配せずに戦いに集中できそうだ」 「宗仁」 朱璃が俺の目の前に座り直す。 手を伸ばせば届く距離だ。 朱璃がゆっくりと手を伸ばし、膝に置かれた俺の手を握った。 熱い体温が伝わってくる。 「宗仁は、明日も淡々と戦うのでしょうね」 「そうありたいと願っている」 「頼もしい」 「もし俺に何かあっても、君は前を向いて進み続けてくれ」 「皇国再興のために戦っているのは俺だけじゃない」 「彼らのためにも最後まで戦場に立ち、武人の生き様を見届けてくれ」 「それが主としての私の役目だったわね」 しっかりと頷いて返す。 握る手に力が込められる。 「大丈夫」 「私は目を塞いだりしない」 「宗仁、あなたはあなたの戦いを」 朱璃の強い視線が俺を勇気づけてくれる。 彼女の下でなら、何も心配せず全力を尽くせそうだ。 「承知した」 朱璃の手が名残惜しげに俺から離れる。 「朱璃」 「はい」 闇の中、視線が絡み合う。 「君が奏海やエルザと話すのを聞いていて、俺は朱璃の臣下であることを誇らしく思った」 「私、何かいいこと言った?」 「皇帝としての心構えの話だ」 「ああ」 思い出すように視線を漂わせた。 「特別なことを言ったつもりはないの」 「ただ、思っていたことを口にしただけ」 「ならば、なお良いことだ」 着飾った言葉は相手に届かない。 奏海やエルザの心を動かせたのも、本心からの言葉だったからに他ならない。 上から目線で言える立場ではないが、朱璃はエルザや奏海と対峙する中で成長したと思う。 「君は帝位に執着しないと言ったが、俺は必ず玉座に就けたいと思っている」 「それがきっと皇国のためだ」 「珍しく褒めるじゃない。 明日、悪い事が起こらなければいいけど」 「本心だ」 「ふふふ、ありがとう」 朱璃が立ち上がる。 「あなたがその気なら、止めはしません」 「見事、私を玉座に就けて見せて」 月明かりの中、朱璃の笑顔はどこまでも澄み渡って見えた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 〈八月十六日〉《決起当日》、十八時──「今日はいつもより警備が厚いようですな。 何か御懸念でもございましたか?」 小此木「有事に備えて訓練を行おうと思っている」 エルザ「今日は外へ出ず、帝宮内で政務に励んで頂きたい」 「なるほどなるほど、訓練中の事故とは恐ろしいものですからな」 私が、事故に見せかけて殺すとでも思っているのだろうか。 ま、当たらずとも遠からずか。 「見くびってもらっては困る。 私の直属部隊は事故など起こさない」 「これは失礼いたしました」 「歳を取りますと、どうしてもお若い方の行く末が気になってしまうのです」 「心配には及ばない」 「ははは、そうでございましょうな」 「では、私は政務に励むと致しましょう」 「私をお守り下さるのは結構ですが、エルザ様もお気を付け下さい」 「未来の総督閣下となられる、大切なお体でございます」 小此木がゆっくりと立ち去る。 欲に溺れた老人だ、恐れることは何もない。 そうわかっているはずなのに鳥肌が立つ。 気がつかないうちに、泥の船に乗ってしまったような感覚だ。 頬を一つ叩き、自分の部隊を見つめる。 竜胆作戦については、兵士一人一人に至るまで遺漏なく伝達済みだ。 一時間後の十九時、夜鴉町の奉刀会本部で武人が決起する。 帝宮に攻め込んできた武人とは交戦せず、速やかに小此木を討ってもらう。 勝機はそこだ。 私達は油断した武人を包囲殲滅する。 禁護兵は離島で訓練中。 作戦を知らない共和国軍も、総督代行である私の指示なしには動けない。 私を邪魔するものは、どこにも存在しない。 今回は武人を一人残らず検挙できるはずだ。 ……。 さて、小此木と武人がいなくなった後、翡翠帝はどう処分したものだろうか。 従順なだけの少女だと思っていたが、こと鴇田君に関する限り、彼女は恐ろしいほどの執念を見せる。 武人を裏切った私のことは絶対に許さないはずだ。 皇国統治の邪魔になるのは必定。 決して、嫌いな子ではないのだけれど……考えていたところで、電話が鳴った。 最も機密性の高い回線からの通信だ。 「誰だ」 「ウォーレン・ヴァレンタインだ」 ウォーレン「総督……」 「何か緊急の連絡でしょうか」 まさか、娘の様子を知りたかったというわけでもないだろう。 「十分後、夜鴉町を爆撃する」 「爆撃?」 総督が皇国を離れてもう三日だ。 空母は、天京への爆撃が可能な距離を出ているはずだ。 「皇国の近くにいらっしゃるのですか?」 「無論」 父は本国に帰っていなかったのだ。 「何故報告をして下さらないのですっ」 「お前の行動を見たかったからだ」 奥歯を噛みしめる。 私を騙したのか。 「ロシェルから爆撃命令を伝えたはずだが、どうやら無視したようだな」 「夜鴉町には民間人が多く居住しています!」 「事後処理はお前に任せよう」 「総督代行として、お前の手腕を見せてほしい」 「今から私は夜鴉町に向かいます」 「それでも、爆撃命令を取り下げてくださいませんか?」 「……」 「武人から余計なことまで教わったようだな」 電話が切れた。 娘が命を懸けても無駄か。 なるほど、なるほどね。 歯が砕けるほどに奥歯を噛みしめた。 もはや空爆を止める術はない。 空爆まであと八分。 放っておけば、武人だけでなく数千の民間人が犠牲になる。 どうする、どうすればいい?呆然となりかけたところで、電話から呼び出し音が聞こえた。 気がつけば、無意識に鴇田君に電話をかけていた。 何をしているんだ私は。 急いで電話を切り、唇を強く噛む。 冷静になれ。 判断に迷う必要などはずだ。 私には、忠義を尽くすべき対象がある。 それに照らし合わせ、行動を決めればいい。 そうだ──私は、自分の中の最低限の高潔さを守るために行動する。 たとえそれが、築き上げてきたものを失う行為だとしても。 たとえそれが、母国を裏切る行為だとしても。 ──恐れることはない。 紫乃のように、国籍も国境も越えて軽やかに生きている人間がいるではないか。 軍服に縫い付けられた徽章を引き千切る。 思ったよりも遥かに軽い金属音と共に、それは地に落ちた。 もう何も失うものはない。 「全軍、傾聴っっっ!!!!!」 声の限り叫ぶ。 「間もなく、総督命令により夜鴉町に爆撃が実施される」 「見過ごせば、数千の民間人が犠牲になることは確実だ」 部下達に動揺が走る。 「私達は皇国民を圧政から救うために、この地へやってきた」 「その私達が、民間人を犠牲にするなど許されるべきことではないっ」 「綺麗事だと笑うならば笑え、罵るなら罵れ」 「いかに笑われようとも私は気にしない」 「私は、私の心の命ずるところに従い、民間人の救出に向かう」 「私の行動は明確な軍規違反、母国への反逆行為だ」 「従って、諸君等に無理強いはしない」 「それぞれが、己の判断で行動せよ」 「意思ある者は私に従え!」 「これより民間人を救出するっ!」 夜鴉町への爆撃が指示される、およそ三時間前。 天京、某所。 俺の視線の先──きらびやかな光に彩られた舞台で、菜摘が華麗に歌い上げる。 会場の熱気は最高潮。 観客は例外なく立ち上がり、菜摘に向けて腕を振り上げる。 会場全体が一つの生き物になったように、地響きを立てんばかりに震えている。 〈映像筐体〉《テレビ》で見る公演とは別次元の熱気だ。 関係者専用の個室にいながらも、俺の心はほとんど観客と一体になっていた。 「初めて公演を見たけど、すごい熱気なのね」 朱璃「私、まだ心臓がドキドキしております」 古杜音「ご覧下さいませ。 私、はしたなくも光る棒を十本も使ってしまいました」 睦美「まだまだだな」 宗仁「はい?」 「いや、何でもない」 俺の記録は一曲で十六本だ。 隣にいた客に無理矢理渡されただけだが。 「ほらほら、現実に戻って。 遊びに来たわけじゃないでしょう?」 今日は決起当日。 無論、忘れてはいない。 客席には、一般客を装って約二百人の武人が紛れ込んでいる。 もう作戦は始まっているのだ。 「全員揃っているのですか?」 「もちろん」 「既に装備も行き渡っています」 「公演会場をそのまま集合地点にするなんて、会長も大胆なことを致しますね」 エルザの裏切りを考慮すれば、集合地点の変更は必須だった。 悩みに悩んだ末に思い着いたのが、紫乃に依頼されていた公演の会場を使うことだ。 数千人の人間が収容可能な会場ならば、観客に武人がいたところで目立たない。 装備品も、紫乃に頼めばいくらでも運び込める。 問題は、紫乃が『うん』と言ってくれるかどうかだった。 紫乃は奉刀会に協力的だが、同時にエルザの友人でもあるのだ。 今回は滸が誠心誠意頼み込み、エルザの命を極力守るという条件で了承してもらった。 「そろそろ時間だ」 会場が大歓声に包まれた。 最後の曲が終わったのだ。 「今日はほとんど告知できなかったのに、集まってくれて本当にありがとーっ!」 菜摘「次に会える時まで、私、もっともっと歌を練習して、今日よりもすごい自分になれるように頑張ります!」 「またみんなで一つになろうねっ!!」 観客に一生懸命手を振りながら、菜摘が舞台袖に下がっていく。 夢の時間の終わりだ。 約十五分後──壇上には奉刀会会長、稲生滸の姿があった。 颯爽とした佇まいは、威厳に満ちていた刻庵殿とはまた違った魅力を放っている。 客席を埋めるのは完全武装の武人、約二百。 それぞれの身を包むのは、勅神殿の巫女達が呪力を尽くして織り上げた防弾の〈呪装具〉《じゅそうぐ》。 節くれ立った手には、公演機材として持ち込まれた呪装刀が握られている。 口を開く者はない。 全員が闘志に満ちた視線を滸に送っている。 「皆も知っての通り、私は、隊長として明義隊を率い、ただ一人生き残った武人だ」 滸「あの日からずっと、なぜ自分だけが生き残ってしまったのか考え続けてきた」 「なぜ仲間たちと共に死ぬことができなかったのかと悔いてきた」 「だが今は、私の認識が間違っていたとわかる」 「私は生き残ってしまったのではない」 「生かされているのだ」 「死んでいった武人の無念が、私を生かしてきたのだ」 「雪辱を果たすその日まで、死ぬことは許さぬと私を生かしてきたのだ」 滸が言葉を切った。 それは誰の胸にもある思いだ。 家族や仲間が死に、なぜ自分だけが生きているのか?国を奪われたにもかかわらず、なぜ自分はおめおめと生きていられるのか?事実、戦後、自ら命を絶った武人は少なくない。 それでも生きてきたのは、散っていった数万の武人の魂が──二千年に亘り皇国を守ってきた祖先の魂が、俺たちの中にあるからだ。 「いよいよ雪辱を果たす日が来た」 「逆臣、小此木時彦の手から翡翠帝をお救い申し上げ、共和国を討つ」 「炎の海に消えた二万の命を思い出せ」 「銃弾に斃れた同志の血の色を思い出せ」 「理不尽に搾取されてきた民の苦しみを思い出せ」 「今こそ、全ての報いを受けさせる時だ!!」 歓声が地鳴りのように響く。 今を生きる武人の闘志が、散っていった武人達の魂が、一つの思いとなり会場を埋め尽くす。 「これより、陛下のお言葉がある」 「傾聴せよ!」 舞台中央の白壁に、奏海の姿が映し出された。 紫乃の手配で、帝宮から奏海の声を届けているのだ。 歓声がぴたりと止み、全ての武人が直立不動の姿勢を取った。 「志ある武人の皆さん」 翡翠帝「まずは、今日この日が来たことを心より嬉しく思います」 「敗戦より今まで、帝宮におります私には想像もつかない程のご苦労があったことでしょう」 「皇帝として皆さんを守ることができなかったのは、私の不徳の致すところです」 奏海が頭を下げる。 皇帝が頭を下げるなど前代未聞のことだ。 年輩の武人の中には、感極まって涙をこぼしている者もいる。 「敗戦よりこの方、国民は小此木の圧政に塗炭の苦しみをなめております」 「国民を安んじるためには、小此木を排除する以外にありません」 「不徳の皇帝ではありますが、皆さんの忠義を信じての頼みです」 「小此木を討ち、私を彼の手より救い出して下さい」 「そして、伊瀬野にて共に新しい政府を樹立しましょう」 「私の意思は、全て稲生滸に伝えました」 「これよりは、彼女を私と思い存分に戦って下さい」 「帝宮より、皆さんの武運を祈っております」 奏海の映像が消えた。 滸が客席に向き直る。 「聞いたか諸君!」 「我らはもはや官軍である!」 「これより帝宮に向かい、逆臣小此木時彦を討ち取る」 「我ら武人の戦いぶり、陛下にお見せ申し上げるのだ」 滸が抜刀する。 それに倣い、俺たちも刀を抜く。 「出陣っっ!!!」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 会場を飛び出した俺たちを、空からの爆音が薙ぎ払った。 「きゃああっ!?」 古杜音「何、あれ?」 朱璃「攻撃機だ」 宗仁呟いた瞬間、遠くから腹の底に響くような音が聞こえてきた。 一つ二つと音は連続し、やがて連続した轟音となる。 やがて、濃紺の空を赤い火が焦がし始めた。 「偵察部隊からの報告だ」 滸「夜鴉町が空爆を受けている」 「本部を狙ってきたな……民間人などお構いなしか」 「まさかエルザが指示を?」 そうでないと信じたい。 電話をするべきだろうか。 逡巡しながら携帯端末を取り出すと、エルザからの着信履歴が残っていた。 すぐに折り返す。 ……。 …………。 何度目かの呼び出し音で電話が繋がった。 しかし、聞こえてくるのは爆音と悲鳴ばかり。 まさか夜鴉町にいるのか?「エルザっ、聞こえているか!?」 「鴇田君! どこにいるの!?」 エルザ「悪いが俺たちは夜鴉町にはいない」 「えっ!?」 声が途切れると、再び爆音と悲鳴が聞こえてきた。 「私に嘘をついたのね」 「お陰でまだ生きている」 「でも、鴇田君の読みは正解ね」 「私は帝宮で武人を壊滅させるつもりだった」 やはりか。 「ならば、どうして夜鴉町に……」 「あなた、南へ逃げなさいっ! 早くっ!」 「人形なんて捨てなさい! 命を守るの!」 エルザが怒鳴っている。 民間人を避難させているのか!?「おいっ!!」 爆音が鼓膜を打った。 「エルザっ!?」 「ごほごほっ……ごほっ」 「そこから撤退しろ!」 「いいの、私は……」 「きゃああっ!!!!」 「エルザっ! おいっ!?」 電話が切れた。 「ちょっと、エルザはどうなってるの?」 「夜鴉町で民間人を避難させている」 「何故!? 味方の爆撃ではないのか!?」 「わからない」 夜鴉町にいたところを爆撃されたのか。 それとも爆撃があったから夜鴉町に向かったのか。 とにかく、エルザは自分の命も省みず皇国人を助けようとしている。 「私が忠義を尽くすのは、自分の中の最低限の高潔さに対してよ」 「軍では国家に対しての忠誠を求められるけど、私にとって一番大切なのはそこではないの」 エルザの中で何か大きな決断があったのだ。 そうとしか考えられない。 このまま夜鴉町のエルザを放っておいていいのだろうか?だが俺の責務は帝宮へ行き、小此木を討つことだ。 どうする。 自分の責務を全うする夜鴉町へ急行する「作戦を中止するか?」 「いや、共和国軍の足並みが乱れている今こそ好機だ」 「わかった。 帝宮にて小此木を討ち取るぞ!!」 夜鴉町のエルザの無事を祈りつつ、俺は俺の為すべき事を。 エルザも、きっとそうしろと言うに違いない。 共和国管区の検問は、先行部隊が無力化している。 無人の検問を走り抜け、帝宮を目指す。 「滸様っ、ご報告でございますっ!」 子柚走る俺たちに子柚が並んで来た。 「エルザを監視していたのではなかったのか?」 「エルザが帝宮を離れ、裏切りが脅威ではなくなったと判断し、こちらに」 「わかった。 報告を」 「帝宮を警備していたエルザ指揮下の共和国軍は、八割が夜鴉町に向かいました」 「残存している共和国軍戦力は約二百、指揮者を失い混乱しているようでございます」 「エルザには悪いが、この機会を見逃すわけにはいかないな」 「子柚は先行して翡翠帝をお守りせよ」 「はっ!」 子柚が離れていく。 「それでは、私達もここで」 睦美「五分後に攻撃を開始させて頂きますね」 「頼んだ」 睦美さん率いる別働隊が道を曲がる。 彼女らには、本隊より先に裏門から帝宮に侵入してもらう。 本隊が一網打尽にされるのを防ぐためだ。 闇に紛れ帝宮正門の下に到着した。 「椎葉、頼む」 「かしこまりました」 同行していた巫女たちが、古杜音の指揮で一斉に祝詞を上げる。 すぐに、全身の神経が研ぎ澄まされていくような感覚があった。 周囲の武人達も驚きの声を上げている。 「僅かですが、いつもよりは俊敏に動けるようになるかと存じます」 「効果は一時間程度しか持続いたしませんのでご注意下さい」 「ありがとう古杜音、それだけあれば十分だ」 「あと、皆様にはこれを」 古杜音が護符をくれる。 「«古杜音すぺしゃる»でございます。 首から提げて下さい」 言われた通りにすると、身体に活力が漲ってくるのがわかった。 「ありがとう、古杜音」 朱璃が古杜音の頭に手を置く。 「朱璃様、いよいよ勝負でございます。 ご武運を」 「任せておいて」 「古杜音は自分の身を守ることを最優先に」 「皆様に«大御神»のご加護があらんことを」 古杜音が後ろに下がる。 その時、帝宮から鬨の声が聞こえた。 睦美さん率いる別働隊が、裏門から突入したのだ。 「滸、行くか」 「ようやく、敗戦の借りを返す時が来たな」 滸が笑う。 戦いへの気負いなど一切ない。 稽古の時より力の抜けた、良い表情をしている。 「これより、本隊も突入するっ」 「目指すは小此木時彦ただ〈一人〉《いちにん》、雑魚には構うなっ!!」 二百人の部隊が疾風となる。 武人はただの兵士ではない。 «大祖»の血を受け、この世に生まれ落ちたその瞬間から戦うためだけに生きてきた存在だ。 走るという行為一つにしても、常人のそれとは訳が違う。 「朱璃、傍を離れるな」 「そっちこそ、よそ見して流れ弾になんか当たらないでよ」 三百三十三段ある帝宮の表階段を、二度の跳躍で上りきる。 帝宮正門──五十〈米〉《メートル》ほど先に共和国軍の姿が見えた。 数は約三十人、やはり手薄だ。 「散開っ!」 滸の声で各々に跳躍した。 武人の強みは並外れた敏捷性にある。 共和国軍がどれ程優れた銃器を装備していようとも、狙いを定められなければ脅威にあらず。 闇雲に放った銃弾など当たるわけがない。 恐怖に絡め取られた守備兵に、四方から襲いかかる。 周囲でほぼ同時に鮮血が飛んだ。 その飛沫が地に落ちるよりも早く、正門を走り抜ける。 四つの門をくぐり抜け、ようやく中庭に到達する。 子柚の報告通り、共和国軍に組織だった抵抗はない。 「被害状況を報告せよっ」 後方から、負傷なしの声が上がる。 順調だ。 「朱璃、無事か?」 「ええ、もちろん」 頬に付いた返り血を拭ってやろうと手を伸ばす。 「結構。 私も戦っているのよ」 朱璃が自分の手で血を拭う。 「これは失礼した」 苦笑していると、遠くから武人の一団が高速で接近してきた。 別働隊だ。 睦美さんが軽やかな動きで俺たちの前に着地し、乱れた髪を手で撫でつけた。 「皆さん、お待たせいたしました」 料理を持ってきたかのような口調だ。 「ご苦労、どうだった?」 「守備隊と三回交戦しましたが、被害はございません」 「いささか拍子抜けでございますね」 「ここからが本番だ」 「本隊は小此木の捜索に入る」 「睦美はここで周辺の警備を頼む。 敵の増援に注意」 「かしこまりました、会長」 睦美さんが、背後の部隊に手で指示を出す。 一糸乱れぬ動きで部隊は三つに別れ、警戒態勢に入った。 「睦美さん、本当に刀を捨てていたんですか?」 「ふふふ、どうでございましょうね」 「あ、あの、皆様」 「大変申し訳ないのですが、ここで別行動とさせて頂けないでしょうか?」 「どこへ行く?」 「«呪壁»の様子を見ておきたいのでございます」 古杜音が帝宮に聳える巨岩を見上げる。 真っ二つに割れたそれは、古来より皇国を守ってきた巨大な呪装具だ。 «呪壁»の効力は皇国全土を覆っており、許可なき者の侵入を拒んできたという。 だが、共和国が侵攻してくる直前、«呪壁»は何らかの理由により崩壊してしまった。 小此木が手引きをしたのだろうが、正確な原因は未だわかっていない。 「わかった、護衛を付けよう」 「危険があれば、すぐにここまで戻るように」 「はい、ありがとうございます」 滸が古杜音の頭を撫でる。 「時間がない、急ぐぞ」 待ち伏せを警戒しながら建物内を進む。 武人の襲撃はもう知られているだろう。 「お義兄様」 翡翠帝通路の影から、奏海が顔を出した。 子柚も一緒だ。 「ええと、あの、お義兄様とは?」 「時が来たら説明する」 「子柚は外で睦美と合流してほしい。 敵兵の動きに気を配ってくれ」 「承知いたしました」 風のように子柚が走り去る。 「奏海、なぜ部屋から出てきた」 「先程、宰相から私の部屋に電話があったのです」 「武人と共に謁見の間まで来い、とのことでした」 皆で顔を見合わせる。 「罠か?」 「だとしても行くべきだと思う」 さすがに無視するわけにもいくまい。 「俺が先行する。 罠だと思ったらすぐに退いてくれ」 「ちなみに、謁見の間というのは……」 「春に小此木と話した場所よ」 「ならば場所は覚えている。 行こう」 神経を研ぎ澄ませながら、謁見の間の入口に立った。 感じられる気配は一つだけ。 伏兵はいないようだ。 「心配は無用だ」 ??「待ち伏せをするつもりなら、わざわざ呼びつけん」 低い声が謁見の間に響いた。 「小此木か?」 「いかにも」 小此木「入られよ。 こう遠くては話もできぬ」 背後の朱璃と目を合わせる。 「行きましょう」 「よし」 謁見の間を進む。 小此木は玉座への階段に立っていた。 闇が凝り固まったような姿は、長く帝宮に住み着いてきた魔物にも見える。 「小此木時彦、翡翠帝の勅命により、貴殿の首をもらい受ける」 「宰相、お覚悟を」 「勅命とは皇帝陛下が出されるもの」 「そうでございましょう、皇姫君」 周囲を無視し、小此木は朱璃を見つめた。 翡翠帝が偽者であることを隠そうともしない。 「その通りよ小此木」 「ボケていないようで安心しました」 「老人を待たせるものではありませんぞ」 小此木がゆっくりと階段を下りようとする。 「それ以上動くな」 「動けば、斬る」 朱璃が呪装刀«〈宵月〉《よいづき》»を手に、小此木に歩み寄る。 「私一人を討ったところで皇国は変わりませんぞ」 「無政府状態になって、共和国に飲み込まれるだけだって言いたいんでしょう?」 「あなたが心配しなくても、先のことは考えています」 「なるほど、お変わりになられたようですな」 「鴇田宗仁と過ごされた時間は無駄ではなかったご様子」 小此木が目を細める。 まるで孫の成長を見守る老人のような表情だ。 「命乞いは聞きたくない」 「蘇芳帝が身罷られたあの日より、私はもはや死んだものとして生きて参りました」 「今更、命など惜しくはございません」 「ならば、すぐに終わらせよう」 「こちらも急いでいる」 「黙っておれ」 「時間稼ぎは……」 「黙っておれ!」 雷鳴のような声が轟いた。 「私が神をも恐れぬ罪を犯してきたのは、今、この時のため」 「邪魔をするな」 滸が口を噤む。 武人の棟梁を黙らせるだけの気迫が、小此木の声には籠っていた。 「五分あげる」 「せいぜい退屈させないで」 「恐れ入ります」 小此木が大きく息をつく。 「今日まで売国の奸臣として生きてきたのは、全て皇姫様と皇国の未来のためでございます」 「……」 朱璃を筆頭に、一同、警戒しながらも続く言葉を待つ。 「戦争が始まった時、陛下と私はこの場所で政務を行っておりました」 「書類を取りに行こうと陛下のお傍を離れた時です」 「突然の轟音と共に、天井が崩れ落ちました」 小此木が杖の先で、玉座の真上を指す。 「一瞬の出来事でございました」 「瓦礫の直撃を受けた陛下は、もはや手の施しようのない状態でございました」 「ご自身の死期を察せられた陛下は、私に最後のお言葉を残されたのです」 「お母様は何を?」 「皇国の未来のため、皇姫殿下と神器を決して共和国に渡してはならない」 「そのためならば自分の死をいかように利用しても構わない、と仰せでした」 「ですから私は、蘇芳帝が敗戦の責任を取って自害されたと〈喧伝〉《けんでん》し、偽りの皇帝を立てて国体を守って参ったのです」 「私は、国を守るために皇帝にされたのですか?」 小此木が頷く。 「共和国は、征服した国の体制を破壊してきた」 「そうされないためには、旧体制を維持した方が得だと思わせなければならない」 「わかるか?」 奏海が首をひねる。 「蘇芳帝が全ての責任を取って自らお命を断たれ、たった一人の皇姫が後を継がれる」 「国民は新しい皇帝を熱狂的に支持するだろう」 「共和国が皇帝を粗末に扱えば、国民の強い反感を買い、最悪内乱状態に陥る」 「彼らとしては、直接的に皇国を統治するより、皇国の体制を残した方がいいと判断するだろう」 「そこで私は、権力欲に取り憑かれた人間を演じて共和国に接近した」 「皇帝への婚姻の話を、抵抗し切れずに受けてしまったこともあった」 結果として、帝政をはじめとする国体が維持されたのだ。 「鴇田奏海、貴殿には辛い仕打ちをしてしまった」 「すまなかったな」 「そんな……今更でございます」 「最初からそう仰って下されば、ここまで宰相を憎まずに済んだというのに」 奏海が力なく俯く。 「国民を苦しめてきたことはどう説明するの?」 「総督に私を信用させるための手段です」 「彼には、定期的に多額の資金を提供する必要がありました」 「あなただって私腹を肥やしてきたでしょう?」 「全て私の屋敷に保管してございます」 「罪滅ぼしになるとは思いませんが、皇国の未来のためにお使い下さればと思います」 「まずはそのお金で、あなたが粛清した人達のお墓を建てたら?」 「粛清も方便でございますよ」 「彼らには、目的を明かした上で北海州に移住してもらいました。 もちろん十分な金を渡して」 黙った朱璃に代わり、滸が口を開く。 「武人の弾圧も皇国のためか?」 「私は武人が取り締まられないよう手を尽くしてきたつもりだ」 「俸給を廃止し、刀の所持を禁止したことが私達のためになっていたと?」 「冷静に考えればわかることだ」 「下らん」 「あ……」 「エルザ様は、宰相が武人の取り締まりの邪魔をすると仰っていました」 「宰相の政策は、全部裏目に出ていると」 「そういうことだ」 「刻庵の件も、元は共和国軍の施設にお前たちをおびき寄せる計画だった」 「それを無理矢理、帝宮に変更させたのだ」 「軍施設に侵入していたのなら、今頃無事ではないぞ」 「ぐ……」 「地下牢で槇一人に相手をさせたのも、お前達を助けるためだ」 「本気で武人を潰すつもりなら、もう何度も潰す機会はあった」 滸が苦々しい顔で小此木を見る。 小此木の言葉は筋が通っていた。 とはいえ、全て後付けの理由かもしれない。 「お母様の命を奪っておいて、よく言うじゃない」 「この小此木時彦、忠義を以て陛下にお仕えして参りました」 「陛下のお命を奪うなど、考えたこともございません」 小此木の視線には、濁りのない意思の力が宿っている。 彼は嘘をついていない。 直感が告げる。 「だったらなぜ、私にお母様を殺したように見せたの?」 「本当にお母様の御遺言に従っていたのなら、私にそう言うべきだった」 「無駄な勘違いを生むだけじゃない」 「『怒り』でございますよ、皇姫様」 「皇姫様の胸に怒りの火を灯さねば、刻が全てを押し流してしまうと考えたのです」 人は弱いものだ。 強烈な感情なくして、長時間走り続けることは難しい。 「ふふ、今更格好をつけたところで、信じて頂くのは難しいでしょうな」 「それでよいのです」 「話が終わりましたら、私の首を国民にお示し下さい」 「翡翠帝の証言もあれば、国民も皇姫様を正統な皇帝として認めることでしょう」 「言われなくてもそうします」 朱璃の中では、まだ小此木への〈敵愾心〉《てきがいしん》が薄れていないようだ。 長く親の仇だと考えてきたのだ、無理もない。 「小此木、一つ聞きたいことがある」 「お前は、俺たちの居場所を知っていたはずだ」 「いずれ今日のような日が来ることを知りながら、なぜ俺たちを捨て置いた」 自分の権力を守るつもりなら、朱璃を生かしておく理由はない。 「捨て置いてなどおらんよ」 「私はお前をずっと見守っていた」 「どういうことだ?」 「戦後、死にかけのお前を回収させたのは私だ。 そちらの義妹と一緒にな」 拾わせた?いや、俺を拾ったのは店長だ。 ……まさか。 「よもや……店長は……」 「私の配下だ」 「かつては、蘇芳帝のお庭番であった男よ」 小此木の言葉に感情が追いついてこない。 明確な怒りも失望もないまま、俺は天井を見上げた。 「鴇田宗仁、私はずっとお前の力が戻る日を待っていた」 「俺にどんな力があると言うんだ?」 「やはり、まだ思い出せぬか」 「今日の決起も、早すぎたのやもしれぬ」 「質問に答えろ。 俺に何ができる?」 「お前は……」 頭上を轟音が通り過ぎた。 「くっ!?」 この音は──「朱璃っ!!!!」 反射的に疾駆する。 爆音と共に、謁見の間の屋根が支えを失う。 朱璃の目が驚愕に見開かれた。 振動と衝撃に身体が天地を失う。 鉄の巨拳で殴られたような衝撃が幾度も背中を襲うが、朱璃は離さない。 やがて、轟音は嘘のように消え去った。 「う……く……」 「朱璃、無事か」 「え、ええ、何とか」 「それより、みんなは?」 朱璃を離し周囲を見回す。 皆、無事……目に入ったのは、瓦礫に埋もれるようにして倒れている小此木の姿だった。 「小此木っ!?」 駆け寄った朱璃が息を飲む。 小此木の左半身は、完全に瓦礫の下敷きになっていた。 見ている間にも、血だまりが急速に広がっていく。 「ふふ……蘇芳帝と同じ逝き方ができるとは……光栄でございます……」 再び建物が揺れる。 「このままでは危険ですっ!?」 「宮国、撤退だ!!」 「ちょっと待って!」 「皇姫様……これを……」 震える指先を自らの眼球に宛がうと、一気に抉り出した。 「義眼?」 「蘇芳帝より……お預かり致しました」 「真の神器を得るには……これが……」 「真の神器……」 「じゃあ«紫霊殿»の神器は本物じゃないの!?」 「世に言う神器は……ガラクタに過ぎません」 「真実は……«紫霊殿»の、奥に……」 小此木の口から大量の鮮血が溢れ落ちた。 「皇姫様……」 「伊瀬野にて……〈御剣〉《みつるぎ》を……研がれませ……」 小此木の身体から力が抜けた。 「朱璃、行くぞっ!」 座り込んでいた朱璃を引っ張り上げる。 「……未来を……」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「会長、小此木を仕留められたかしら?」 睦美「滸様のことです。 きっと今頃は」 子柚中庭では、睦美率いる士成館の部隊が敵の襲撃に備えていた。 奉刀会としては、共和国軍に動きを察知される前に小此木を討ち取り、伊瀬野に向かいたいところだ。 「あれ?」 子柚の狐のような耳がぴくりと動く。 彼女の耳は、呪装刀の効果で人間の何倍にも聴覚が拡張されている。 「この音、攻撃機の!?」 それだけで睦美は危機を悟った。 「皆さんっ、空爆に備えて退避して下さい!! 早く!!」 睦美の声の残響が消えぬ間に、帝宮の上空を光の筋が走った。 世界が崩壊したのでは思わせるほどの轟音が帝宮を振るわせた。 睦美の目には、逃げ遅れた部下が肉塊となるのがはっきりと見えた。 何故攻撃機が? 空母はいないのでは?いくつか浮かんでくる疑問を押し留め、まず身体を動かさなくてはならない。 二度、三度と世界が揺れる。 吹き飛んだ瓦礫や肉塊が、雨のように武人の上に降り注ぐ。 それでも、武人の損害は大きくない。 子柚の耳と睦美の迅速な指示が奏功したのだ。 「更科様、共和国軍が接近してきます!」 「人数は約百!」 「あなたの耳は素晴らしいですね」 地に伏せていた睦美が立ち上がる。 他の武人も睦美に遅れまいとそれに倣う。 通常の兵士なら、爆撃を受けた後は、怪我がなくとも心理的衝撃でしばらくは動けない。 にもかかわらず、武人達の表情には微笑すらあった。 「このような興奮、三年ぶりでございますね」 睦美が見つめる闇の中から、軍用車の列が姿を現わした。 後部の荷台から、共和国兵が次々と下りてくる。 「子柚様は、隠れていて下さいませ」 「は、はい」 「では、皆さん」 「士成館の剣技、毛唐どもに教えて差し上げましょう」 睦美が跳躍するのと、共和国軍が牙をむくのは同時だった。 空間を死の銃弾が埋め尽くす。 「共和国の方は、三年前から学習されないのですね」 呆れたような睦美の声を聞いたのは、味方の武人ではない。 武人に銃口を向けていた共和国軍の兵士である。 睦美は、瞬きのうちに敵兵のど真ん中にいたのだ。 「お覚悟を」 睦美の周囲にいた兵士五人がもんどり打って転倒する。 誰一人として、自分が転倒した理由に思い当たらない。 優れた剣技を持つ者に斬られた場合、痛みはしばらく後にやってくるという。 倒れた兵士が絶叫したのも、膝から下を失った自分の脚部を五秒は見つめた後だった。 「背が高いと、足元がお留守になりがちですね」 睦美は地を這うように疾駆していた。 愛用の呪装刀«霞»は、使用者の姿を背景と同化させる。 加えて戦場の暗闇である。 共和国軍の兵士に、睦美を目視することはまず不可能だった。 なすすべもなく、兵士達が脚を刈り取られていく。 戦場は瞬く間に、兵士の絶叫に包まれた。 並んだ軍用車両が一斉に火を噴いた。 爆発に巻き込まれた兵士が火だるまになって地を転がる。 一分ほどの間に、百人いた兵士の七割が戦闘不能に陥っていた。 後方にいた部隊長も、いつの間にか睦美の手により斬殺されている。 もはや部隊の体を為していない。 一人の兵士の悲鳴が合図となり、生存者が雪崩を打って潰走しはじめる。 だが──部隊の退路には、武人達が先回りしていた。 「逃げる元気がおありでしたら、もう少し遊んで下さいませ」 「(え? えええええ!?)」 戦況を窺っていた子柚は、睦美たちの苛烈な戦いぶりに困惑していた。 若い子柚は、睦美たちの戦いを実際に見たことがない。 更科家が調和の家とされていることから、勝手に穏やかな戦いをすると想像していたのだ。 だが、現実は違った。 更科家率いる士成館は、古くから戦場での戦いを第一としてきた。 道場での勝敗には頓着しない一方、戦場では容赦のない戦いぶりを見せる。 «三祖家»の中で調停役を任せられるのことが多いのは、単に権力に関心がないからだ。 「あら? 会長がご帰還のようですね」 外に出ると血の匂いが鼻を突いた。 爆撃で犠牲になった武人の血の匂いかと思ったが、違う。 見れば、少し離れたところで共和国の軍用車両が燃えている。 その周辺の石畳には、兵士の死体が隙間なく転がっていた。 「もう敵が来たか」 滸「会長、首尾はいかがでございました?」 「小此木は死んだ」 「おめでとうございます」 「この後はいかがなさいます?」 「爆撃があった以上、帝宮にはとどまれない」 「早急に共和国軍施設の攻略へ移行……」 「迫撃砲来ます!」 「散開して下さいっ!!!!」 子柚が悲鳴に近い声を上げた。 朱璃と奏海を抱き上げ、帝宮に飛び込む。 迫撃砲の雨が降り注ぐ。 地面が、煮立ったようにめくれ上がる。 あまりの轟音に、逃げ遅れた仲間の悲鳴も聞こえない。 砲撃が終われば敵が来る。 その時に備え、土埃の彼方を睨む。 「車輌、来ますっ!!!」 砲撃がぴたりと止み、間髪入れず履帯の音が近づいてきた。 「戦車だな」 宗仁「地を動く敵なら恐るるに足らない」 「会長、正面の敵は私達が引き受けます」 「本隊は裏門から出て、一刻も早く伊瀬野へ」 「私もここに残ります」 「頼むぞ」 睦美さんと子柚がにこやかに頷く。 美よしで注文を伝えた時の表情と少しも変わらない。 「睦美さん……」 「武人の戦いに感傷は不要でございますよ」 「戦勝記念の祝宴は、ぜひ美よしでお願いいたしますね」 睦美さんが共和国軍に向き直る。 「滸様、ご武運を」 「子柚も」 子柚も俺たちに背中を向けた。 「さあ皆様、参りましょうか」 「共和国軍に、本当の武人がどのようなものか教えて差し上げましょう」 「奏海、これから伊瀬野に向かう」 「お義兄様とでしたら、いずこなりとも」 翡翠帝「本隊はこれより伊瀬野に向かう! 私に着いてこい!」 滸と共に走りだす。 「宗仁様っ!!」 古杜音裏門から出たところで、«呪壁»の方角から古杜音と巫女数人が走ってきた。 「はあ、はあ、はあ」 「すみません、お待たせしました」 「合流できて良かった。 «呪壁»はどうだった?」 「それは、その……」 古杜音が背後の巫女達を見る。 別れた時よりも人数が少ない。 「やはり、共和国軍には巫女だった者がいるようです」 「今後は呪術による攻撃にもご注意下さい」 硬い口調で言い、古杜音が唇を結んだ。 何か辛いことがあったようだが、今は問うまい。 「これから伊瀬野に向かう」 「はい、ご一緒させていただきます」 「武人と共にあるのが巫女の使命でございます故」 「ついてこられる?」 朱璃「つ、ついていきますとも!」 「よし、行くぞ!」 出口の門を目指し、再び走りだす。 「まあまあ、そう慌てないで下さい」 ??戦場に似つかわしくない穏やかな声がした。 見れば、俺たちの行く手を塞ぐように一人の軍人が立っている。 「この辺で少し遊んでいきませんか?」 ロシェル「何故お前がここに?」 「こう見えても共和国の軍人なのです」 「武人の反乱を見過ごすわけにもいかないでしょう」 「一人で何ができる」 「さてさて、どうでしょうか」 芝居気たっぷりに、左手を掲げる。 目の前の景色が陽炎のように揺らいだ。 不可視の布が取り払われたかのように、俺たちとロシェルの間に忽然と部隊が姿を現わす。 呪術で部隊が隠されていたのだ。 「くっっ!!!」 朱璃と古杜音、奏海をかばい、襲い来る銃弾を刀で受ける。 「宗仁!?」 「動くなっ!」 神経を限界まで研ぎ澄まし、無数の銃弾を受け続ける。 通常の俺ならば、一発二発はもらってもおかしくない。 だが、今日は違う。 いつもより弾が克明に見えているのは、古杜音の護符のお陰だ。 「滸、斬り開けっ!」 「よしっ」 辛うじて弾丸を受けていた滸が、俺の背後に入る。 「はああっ!!!」 そして、俺の肩を踏み台にして空高く跳躍した。 「«不知火»!!!」 「焼き尽くせーーーっ!!!」 炎の龍が、敵部隊の前半分を舐め尽くす。 「行くぞっ!!!」 真正面から斬り込む。 近接しさえすれば武人が有利だ。 炎に怯んだ敵兵を、次々と斬り伏せていく。 「いやいや、折角部下が作ってくれた呪装兵器だったのですが、使い方が良くなかったですね」 「では、これはいかがですか」 戦場に鈴の音が長く響いた。 剣戟と絶叫が空気を埋め尽くすこの場で、鈴の音など聞こえるはがない。 にもかかわらず、それは明確に鼓膜を揺らしていた。 「ぐっ!?」 滸が膝を突いた。 滸だけではない。 奉刀会の仲間たちが、次々と地面にうずくまっていく。 「え? 何? どういうこと?」 朱璃と奏海、古杜音や巫女達も無事だ。 これは……。 「武人にだけ反応する呪術だそうですよ」 「かつて滸さんを操った呪術の応用だとかなんとか」 ロシェルの手には、巫女が使う神楽鈴に似たものが握られている。 「さあ、好機ですよ皆さん」 共和国兵が銃を構え直した。 まずい──「うおおおおおおっっーーーーー!!!!!」 半円状の衝撃波が敵兵をなぎ倒す。 それでも、全ての敵兵は潰せない。 放たれた銃弾が、抵抗できない仲間たちに降り注いだ。 先程まで共に戦っていた仲間たちが、瞬く間に物言わぬ肉塊へと変わっていく。 虐殺といっていい。 「朱璃、奏海っ!?」 二人の前には、古杜音が立ちはだかっている。 無数の銃弾が二人を穿たんとするが、それら全てが古杜音に触れる前に地に落ちる。 良かった、呪術の壁だ。 「おや、よく見れば斎巫女ではありませんか」 「なかなか素晴らしい呪術ですが、いつまで保つでしょうか」 唇を歪めながら、ロシェルが更に鈴を鳴らす。 早くあれを止めなければ。 踏み出したその瞬間──一発の銃弾が呪装具を打ち砕いた。 「おや、まさかあなたが来るとは」 ロシェルが俺たちの背後を見つめる。 エルザ「今よっ!」 「おおおっっ!!!!!」 「貴様等ーーっっ!!!!!」 呪縛から解放された仲間たちと、共和国軍に斬り込む。 先程までのお返しとばかりに、刀を振るう。 「そろそろ潮時のようですね」 「宗仁、また会えることを祈っていますよ」 こちらに銃口を向けたまま、ロシェルの部隊がジリジリと後退していく。 逃がすか──地を蹴り、上からロシェルに襲いかかる。 「あ」 ロシェルが驚愕に目を見開いた。 「なんて」 「!?」 視界の端で何かが煌めいた。 咄嗟に受けると、強烈なしびれが全身を走り抜ける。 斬撃──それも、呪装刀ごと断ち割りそうなほどの恐るべき太刀筋だ。 「……」 息が詰まった。 間違いない。 容姿といい、太刀筋といい、俺の前に立ち塞がっているのは、稲生刻庵その人だ。 「刻庵、殿」 「よく受けた」 刻庵静かな声が耳に届く。 こみ上げる懐かしさを飲み込む。 目の前にいるのが仮に刻庵殿だとしても、こちらの味方とは思えない。 「刻庵殿、生きていらっしゃったのですね」 返事はない。 「私をお忘れですか、刻庵殿」 刻庵殿は刀を構えたまま、一言も発さない。 何かがおかしい。 「父上っ!?」 背後で滸の声が上がった。 残った共和国兵は片付いたらしい。 「ご無事でいらっしゃった……」 「待てっ」 滸・宗仁「え?」 滸の前髪が宙に舞った。 間合いに入った瞬間、刻庵殿が刀を振ったのだ。 「ちち、うえ?」 滸を前にしても、刻庵殿は表情を変えない。 「相手を決めよ」 「二対一では正道に反しよう」 言葉は昔の刻庵殿を彷彿とさせるが、俺たちのことは認識していない。 一体どういうことだ?「鴇田君、竜胆作戦は失敗よ」 「こちらの動きは共和国軍に把握されているわ!」 「増援が間もなく来るはずよ。 その前に天京を離れて!」 エルザが背後から呼びかけてくる。 「俺たちを助けるつもりか?」 「共和国への忠誠は、夜鴉町で燃え尽きたわ」 エルザの身体は煤と泥で真っ黒に汚れている。 友軍の爆撃の下を、必死に駆け回ったのだろう。 「夜鴉町はどうなった?」 「建物はどうにもならなかったけれど、人的被害は最小限に食い止めました」 「それより早く撤退を」 「軍の無線で、睦美の部隊も壊滅したと言っています」 先程の呪装兵器のせいか。 ──今現在、戦える武人は十名程度。 奏海を伊瀬野に連れて行ったところで、どうこうできる戦力ではない。 無念だが撤退すべきだ。 「宗仁、宮国を連れて逃げて」 「ここで二人を失うわけにはいかない」 滸が刻庵殿に向かって一歩踏み出した。 相手が本物の刻庵殿なら、滸か俺でなければ足止めできない。 武人たちが止めに入らないのはそのためだ。 「お前は会長だ、ここは俺が」 「小此木は、皇国の再興に宮国と宗仁が必要だと言った」 「何か意味があるはず」 「心配するな、すぐに追いつく」 滸が«不知火»を構えた。 「«不知火»か」 「稲生の当主ならば、相手にとって不足なし」 彼方から、戦車の音が複数近づいてくる。 迷っている時間はない。 朱璃に目をやると、無言でしっかりと頷いた。 一切口を出さなかったのは、滸の意見が正しいとわかっているからだろう。 「滸、後は頼んだ」 「感謝する」 刻庵殿の前から下がり、生き残った仲間たちと合流する。 皆、少なからず血を流している。 完全に敗残兵の姿だ。 「皆様、勅神殿に向かいましょう」 「緊急用の脱出経路がございます」 「やむを得ないな」 「待って」 朱璃が奏海を見る。 「奏海、あなたは帝宮に残りなさい」 「何を仰るのですか!?」 「私達と一緒に来れば罪人として扱われます」 「今あなたが伊瀬野に来たところで、臨時政府は作れない」 「なら、ここに残って生き延びて」 「武人に連れ去られそうになったことにすれば、無下には扱われないはずよ」 「どう、エルザ?」 「ええ、走って逃げるよりは何倍も安全でしょうね」 「でも、私はお義兄様と!?」 エルザが奏海の腕を掴んだ。 「エルザ様っ」 「あなたは私が守ります」 「総督の娘と一緒なら、すぐに殺されはしないわ」 「いらぬお節介です」 「わかってくれ、奏海を守るためだ」 「私はお義兄様と参ります!」 「お義兄様とお別れするのでしたら、生きている甲斐もございません!」 「ならば、俺のために残ってくれ」 「守るべき人間が増えれば、共倒れになる可能性も高くなる」 「主のため、俺はまだ死ぬわけにはいかないのだ」 「お義兄様……」 こう言えば奏海は納得してくれる。 わかっていて言った自分が情けなくもある。 「すまない、聞き分けてくれ」 観念したように奏海が呻く。 「エルザ、頼んだ」 「任されました」 エルザが白い歯を見せて笑った。 「奏海……いえ、翡翠帝」 「私達は必ず天京に戻ります。 それまでの間、皇国をお願い」 唇を噛む奏海。 それでも、静かに頷いた。 「それでこそ俺の義妹だ」 「奏海、生き延びろよ」 「はい、お義兄様もご武運を」 奏海に微笑みかけ、踵を返す。 「こちらです!」 「奉刀会は今より勅神殿に向かう!」 「一丸となって退路を斬り開け!」 俺の隣で、朱璃がきつく目を瞑った。 主にとって負け戦ほど辛いものはない。 自分が戦うと言いださなければ、途中で止めていれば、もっと良い作戦を思いついていれば──さまざまな後悔が朱璃の中で渦巻いているはずだ。 だが、全てが終わるまで、それらを口に出してはいけない。 まだ戦っている人間がいる以上、主には全てを見届ける強さが必要だ。 それは俺と朱璃が交した約束である。 「生き残りましょう」 「そして、必ず皇国を再興するのよ」 「ああ、もちろんだ」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 被害を避けるべく、建物の屋上を跳び移りながら勅神殿を目指す。 共和国軍は、全軍を挙げて俺たちを追跡しているだろう。 追いつかれれば、数の暴力でひねり潰される。 「本当に避難経路があるのか?」 宗仁「は、はいっ、ご安心下さいっ」 古杜音俺の背中にしがみついている古杜音が、舌を噛みそうになりながら話す。 屋根を利用した移動は、武人でなくては難しい。 腕は痛むが、自然、古杜音は俺が背負うことになった。 「宗仁っ!!」 朱璃地上の部隊から一斉に銃弾が浴びせられた。 周囲の仲間が、一人、二人と絶命する。 「く……」 弱音を吐くまいと、朱璃が歯を食いしばる。 勅神殿までもう少し、命に代えても朱璃を守らねば。 「宗仁、前っ!!」 前方の建物の屋上に、共和国兵の姿が見えた。 「古杜音、援護を」 「はいっ」 «防壁»の呪術を身に纏い、先陣を切って共和国兵がいる屋上へ突っ込む。 「おおおおおっっ!!!」 弾丸を呪装刀で弾きながら、屋上に着地。 周辺の兵士を一気に斬り裂く。 「はあ、はあ……」 「宗仁様、お怪我を」 防ぎきれなかった銃弾が、何発か身体を直撃していた。 それでも多少の出血で済んでいるのは«防壁»のお陰だ。 「大丈夫、先を急ごう」 言うなり、次の建物に跳び移る。 止まるな。 進み続けろ。 「えっ!?」 建物の谷間からヘリが浮上した。 操縦者と目が合うほどの距離──「逃げろ!!!」 一瞬前まで俺達が居た場所を、銃弾が舐めつくす。 背後で仲間の悲鳴が上がった。 地上からは攻撃しにくい屋上も、ヘリならば全く支障がない。 屋上を跳び回る俺達を、機銃が執拗に追いかけてくる。 横っ飛びに身を躱す。 歩兵の銃とは訳が違う。 身体を掠めただけで四肢は弾け、背後にある建物までもが破壊される。 圧倒的な火力を前に、次々と仲間が弾け飛んでいく。 「そ、宗仁様、もう……」 生き残っている味方は、俺と朱璃、古杜音だけ。 それでも諦めない。 「弱音は不要だ」 何度目かの掃射を辛くも避ける。 頭を掠めんばかりの高度で通り過ぎたヘリが、空中で旋回した。 待っていた瞬間だ。 古杜音を背中から下ろし、呪装刀を逆手に持ち替える。 「やりたい放題、やってくれたな」 再び操縦者と目が合った。 だが、顔を見るのはこれが最後だ。 「おおおおおおっっっ!!!」 渾身の力を込め、刀を投げつける。 俺が放った呪装刀は、〈過〉《あやま》たずヘリの機関部を貫通した。 終わった──と思った瞬間、制御不能に陥った機体がこちらに落下してきた。 「嘘っ!?」 古杜音と朱璃を抱きしめ、彼方の建物へ跳躍する。 「ぐっ!?」 爆風で跳躍の軌道が逸れる。 このままでは、朱璃もろとも石畳に叩きつけられる。 「(朱璃を、守らねば)」 落下しながら建物の壁を蹴り、停まっていた車の屋根に背中から落ちる。 「ぐ……」 衝撃に一瞬意識が飛んだ。 幸い、周囲に共和国兵はいない。 「朱璃、古杜音、無事か?」 声を出すだけで全身が悲鳴を上げる。 十階建ての建物から落ちたのだ、どこの骨が折れているかなど考えたくもない。 「私は、何とか……」 「は、はひ……ふへ……」 二人がよろよろと立ちあがる。 「良かった」 緊張を緩める〈暇〉《いとま》もなく、履帯の音が近づいてきた。 「戦車のお出ましか」 戦車が単体で来るなどあり得ず、多数の歩兵がいることは明白だ。 こちらは俺を含めて三人だけ。 今の体力では、古杜音を抱えて屋上は跳べない。 地上を突破するしかあるまい。 「俺が道を作る。 二人は建物の陰に隠れていてくれ」 「宗仁様、無茶でございます!?」 「そんなお身体で戦っては……」 「朱璃、古杜音を頼む」 朱璃と目が合う。 澄んだ瞳が弱い感情に揺らぎかける。 だが、朱璃は唇を噛んで耐えた。 「宗仁、あなたを信じています」 朱璃が自分の呪装刀を俺に差し出した。 「借りるのは二回目だな」 「きちんと返すのよ」 「もちろん」 呪装刀を受け取る。 朱璃から、何か不思議な力を受け渡されたように感じた。 無論、気のせいではある。 だがそれでいい。 気持ち良く戦場に向かえること以外に、今俺が望むことはない。 「行ってくる」 戦車隊は目前に迫っていた。 静かに抜刀し、借りものゆえに鞘は腰に差す。 さあ戦おう。 主の夢をつなぐために。 戦車の主砲が俺を睥睨する。 「来い」 「ふっ!!」 真っ向から戦車の砲弾を弾く。 軌道を逸らされた砲弾が空中で爆ぜる。 その爆風に乗るように疾走──戦車の燃料を一気に斬り裂く。 共和国軍は戦車に何を期待しているのだろうか。 武人にとってのそれは、愚鈍な鉄の置物にすぎない。 いや、兵士を巻き込んで爆発してくれることも考えれば、自爆用の爆弾とも見て取れた。 道の脇にそびえる高層建築に«鎌ノ葉»を叩きつける。 建物十階分の硝子と瓦礫が敵兵に降り注ぐ。 切断、あるいは圧殺された兵士の間を走り抜け、残りの兵士たちに立ち向かう。 銃口を向けられる前に、相手を斬る。 撃たれたならば、弾丸を避け同士討ちを誘う。 さもなくば真正面から弾丸を受け、驚愕する兵士を叩き斬る。 斬り、躱し、弾き、また斬る。 こちらも無傷というわけにはいかない。 弾丸は古杜音の«防壁»を少しずつはぎ取り、やがては俺の身体を穿つ。 肉体を抉られる痛みを意識から遮断し、ただ無心に刀を振る。 そこには感情も思考もない。 激戦のさなかにありながら、俺の意識はどこか現実から浮遊していた。 「(あの時の夢と同じだ)」 鬨の声、絶叫と悲鳴、鳴り響く剣戟、肉が断ち切られる音──嵐のような戦場の交響曲の中で俺は踊る。 迫り来る敵を叩き斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 斬る。 ただひたすらに敵を斬る。 戦場も敵も際限ない。 無限の波濤のように押し寄せる。 そして俺もまた、飽くことなく刀を振るい続ける。 無限地獄のような光景であるにもかかわらず、俺の胸にはさざ波一つ立っていない。 ただただ澄明。 ただただ無心。 さながらそれが定められた摂理であるかのように、人を物言わぬ物体へと変化させていく。 幾度となく、同じような戦場をくぐりぬけてきた気がする。 ……。 また、目の前で共和国兵が血煙を上げた。 斬った兵士の数など数えていない。 自分の身体がどれほど傷ついているのかもわからない。 ただ、斬る。 動くものがなくなるまで斬り続ける。 俺は、夢で見た«心刀合一»の境地に到達したのだろうか?それとも、意識が朦朧としているだけなのだろうか?今はどちらでも構わない。 この場を切りぬけられさえすれば。 気がつけば、周囲から音が消えていた。 動くものは、もうない。 あるのは累々たる死体の連なりだけだ。 この静寂──立ち塞がる者を全て斬った後の凄惨なまでの静寂を、俺は幾度も経験してきている気がする。 朱璃が走り寄ってきた。 こちらも歩み寄ろうとして、脚が動かないことに気付く。 見れば、俺の脚は無数の銃弾に貫かれていた。 なるほど、これでは歩けまい。 ふと緊張が緩み、膝から崩れ落ちる。 「しっかりして、宗仁っ!」 「宗仁様、ただ今«治癒»をっ!」 朱璃の腕の中、身体が温かい感覚に包まれる。 それが、朱璃の体温なのか、呪術なのかはわからない。 「気にするな」 自分の声が老人のようにかすれている。 「どうしてこんな無茶な戦い方を」 「勝つために戦っただけだ。 深い意味はない」 「だからって」 「武人は主の刃に過ぎない。 所詮は道具だ」 「どうしていつも道具だなんて言うのよ、馬鹿」 朱璃が抱きしめてくれる。 主の温かさに眠気がやってきた。 ──俺は戦った。 この身はもう使い物にならないだろうが、朱璃さえ逃げきってくれれば悔いはない。 「朱璃……勅神殿へ……」 そこで意識が途切れた。 「宗仁っ!」 腕の中で宗仁が意識をなくした。 身体は人間のものとは思えないほど冷たい。 血を失い過ぎている。 いや、出血だけじゃない。 骨は折れ過ぎているし、筋は切れ過ぎているし、内臓は壊れ過ぎている。 ともかく、あらゆるものが壊れ過ぎていた。 「朱璃様、ここでは治療できません。 宗仁様のためにも勅神殿へ」 「そう、そうね」 せっかく宗仁が道を切り開いてくれたのだ。 一刻も早く勅神殿へ──そう思った時、こちらへ向かってくる兵士の一団が目に入った。 「新手、なの」 「あ……」 並んだ銃口が月の光を鈍く反射させている。 見間違いようがない、共和国軍の部隊だ。 「もはや、これまで……」 「馬鹿言わないで」 宗仁を背負って立ち上がる。 「私たちはまだ生きています」 「朱璃様」 共和国軍が足を止め、一斉に銃口を向けてきた。 降伏を求める声が飛んでくる。 降伏など絶対にしない。 「え?」 突如、一台の車が共和国軍の脇をすり抜けて突っ込んで来た。 「あの車は」 「糀谷生花店!」 見慣れた車が私たちの前に滑り込んだ。 「早く乗りなさい!」 鷹人「宰相から何を聞いたかわかりませんが、私は味方ですよ」 「今なら騙されても構いません!」 後部の扉を開け、背中の宗仁ごと乗り込む。 「古杜音、早くっ!」 「お待ち下さい!」 車外に伸ばした手で古杜音を掴む。 「出してっ」 「えっ!? まだ乗ってませ……」 「んんわああああああああっっ!!!!」 宙に浮いた古杜音を引っ張り込み、扉を閉める。 窓硝子が割れ、車の壁に次々と穴が穿たれる。 「防弾仕様かと思ったんだけど?」 「花屋に何を期待してるんですか」 「さて、どちらまで配達すればよろしいですか?」 「勅神殿まで超特急で」 「かしこまりました」 「少々揺れますが、ご了承下さいっ」 銃声と爆音の嵐の中を、糀谷生花店の車が爆走する。 四方からの爆風に翻弄され、車は玩具のように地を弾む。 「いやあ、一度でいいから、こういうことをしてみたかったのですよ」 「二度は御免でございます」 「うん、まあ同感ですけれど」 銃弾を受け、前面の窓一面にひびが入る。 それを、店長は拳の一撃で車外に叩き出す。 「さあ、生きるか死ぬかは時の運ですよ」 「お二人とも、«大御神»にお祈り下さい」 「任せて下さい、本業でございますっ」 タイヤを軋ませ、車が停止した。 宗仁を抱え、古杜音と車を降りる。 「店長、ありがとうございました」 「すぐに追っ手が来ます、店長も一緒に」 「ここに車が停まっていたら、君達の居場所が特定されてしまいます」 「おじさんにも格好をつけさせて下さい」 言うなり、店長は車を方向転換させる。 「宰相は君達に皇国の未来を託したはずです」 「後は頼みました」 店長の額を汗が伝った。 見れば、お腹の辺りが赤く染まり始めている。 それでも店長を止めるべきではない。 彼もまた、彼なりの忠義に生きているのだ。 「それでは、今後とも糀谷生花店をよろしくお願いいたします」 タイヤを軋ませ、車が走り去った。 「急ぎましょう、店長のやせ我慢を無駄にしないで」 「こちらでございます」 古杜音の先導で勅神殿を走る。 以前、呪装刀の«研ぎ»を見せてもらった部屋まで来た。 部屋の中央には、身の丈ほどの«〈茅ノ輪〉《ちのわ》»が立っている。 「お待ち下さい」 «〈茅ノ輪〉《ちのわ》»の前で、古杜音が祝詞を上げる。 輪の中が光り輝き、向こう側が見通せなくなった。 まるで光る鏡のようだ。 「輪の向こうは伊瀬野に繋がってございます」 「伊瀬野に!?」 「だったらどうして最初から」 「多くて五人程度しか移動できないのです」 「ですから、奉刀会の作戦としてはご提案できませんでした」 「とにかく早くっ!」 手本を見せるように、古杜音が輪の中に頭から飛び込んだ。 天京に来てから半年。 いろいろなものを置き去りにして、私は伊瀬野に戻る。 稲生、奏海、エルザ、紫乃、子柚、睦美、数馬、店長……私は──私達は必ず戻ってきます。 その時まで、どうか無事でいて。 「宗仁、行くよ」 気を失ったままの宗仁に声を掛け、私も«〈茅ノ輪〉《ちのわ》»に飛び込んだ。 エルザ様と二人、自室に戻ってきた。 今になって、エルザ様が負傷していることに気づいた。 血が床にまで垂れているし、浅い傷ではない。 「エルザ様、お手当を」 翡翠帝「いい、構わないで」 エルザエルザ様が手の甲で頬の血を拭う。 いつも楚々としていらっしゃるエルザ様が、武人と変わらない勇敢な戦士に見える。 「間もなく共和国軍がここに来ます。 動きを誤れば命を失うでしょう」 「覚悟は疾うにできております」 「死ぬ覚悟などいらないわ」 エルザ様が私を睨み付ける。 「皇国のために生きるのよ。 生きて希望を繋ぎなさい」 「鴇田君は必ず帰ってくる」 「その時まで、共に生き延びましょう」 言葉は実直そのもので、私の胸の奥深くまで届いた。 ふと、エルザ様が小此木の討伐を持ちかけてきた日のことを思い出す。 今のお言葉と比べてみれば、あの時のエルザ様がいかに虚飾に満ちていたのかがわかる。 所詮は魂の籠っていないお芝居だ。 そんなエルザ様に乗せられてしまったのは、宰相の操り人形としての生活に疲れていたからだろう。 でも、これからは違う。 宮国様が名乗りを上げられるその日まで、国民にとっての皇帝は私なのだ。 皇帝には皇帝にしかできないことがある。 皇国の未来のため、私は全力で皇帝を務めていこう。 「わかりました」 「共に生きて参りましょう」 エルザ様の手を握る。 これからは、偽者の皇帝と占領国の将校ではない。 私達は、同志だ。 廊下を、軍靴の音が近づいてきた。 エルザ様と視線を合わせ、強く、強く頷く。 私達は生き延びる。 お義兄様が帰ってくるその日まで──指定されたラベルは見つかりませんでした。 共和国総督、ウォーレン・ヴァレンタインが帰国する日が来た。 美よしでは、多くの武人が〈映像筐体〉《テレビ》で式典の様子を見つめている。 画面の中では、今まさにウォーレンが帰国に際しての挨拶をしていた。 「敵ながら、なかなか堂に入っているじゃない」 朱璃「ああ、体格と髭は立派なものだ」 宗仁「紫乃の話では、あの顔で戦いよりも銭勘定が好きらしい」 「今回の帰国も、政治家に頭を下げるのが目的だということだ」 「前言撤回、軍人のくせに情けない」 「そのお陰で、私達は決起できるわけだが」 滸などと雑談を交わしているうちに、ウォーレンの演説が終わる。 代わって壇に上がったのは奏海だ。 周囲の武人が一斉に姿勢を正す。 小此木が用意したのであろう原稿を、奏海がそれらしい表情で読み上げる。 内容を要約すれば、『ウォーレンの帰国は寂しいけれど、お留守の間の皇国は私と小此木が守ります』ということだ。 原稿を読み終え、奏海は考え込むように俯いた。 ……。 再び顔を上げた奏海は、それまでとは別人になっていた。 「あの子……」 「何かするつもりだ」 「『この場を借りて、国民の皆様に伝えたいことがあります』」 翡翠帝「『本来、私はこのような場所に立つべき人間ではありません』」 「え、ちょっと!?」 「『何故なら、私は皇家の血を引いていないからです』」 店内がシンとなった。 誰もが、画面を見つめたまま凍り付いている。 「『私は、宰相、小此木時彦に仕立て上げられた真っ赤な偽者!』」 「『彼の権力を保つためだけに存在する、操り人形なのです!』」 「『私は……』」 〈映像筐体〉《テレビ》の画面が、晴れ渡る青空の映像に切り替わった。 静まりかえった店内に、爽やかな音楽が響く。 「こういう作戦だった?」 だったら驚きだ。 エルザの指示とは思えないし、奏海の独断と見た方がいいだろう。 ……何故だ奏海。 どうして竜胆作戦を台無しにするようなことを。 呆気にとられていた武人が騒ぎ始めた。 奏海が共和国人との婚姻を発表した時とは違い、武人達の表情には不安がにじみ出ている。 忠義の対象である皇帝が、自らを偽者だと宣言したのだ。 怒りや落胆より、困惑が先に来ている。 「静粛にせよっ!」 滸の一喝が武人を黙らせた。 「翡翠帝のお言葉については、これより私が責任を持って情報を収集する」 「結果報告は、明日本部で行う」 「それまでは勝手な憶測に基づいて行動することのないように。 以上だ」 会長からひとまずの方針が示され、店内が落ち着きを取り戻す。 「さて、本部に行くか」 「面倒なことになった」 「あの子、何考えてるのよ」 美よしであれこれ想像を巡らせたところで埒が明かない。 まずは本部で情報収集だ。 「ふふふ、大変なことになってしまいましたね」 睦美「笑い事ではない、まったく」 「陛下を控え室にお連れしろ!」 エルザ「早くっ! ぼやぼやするなっ!」 部下三人が、壇上の翡翠帝を下がらせる。 「離して下さいっ、私には言わねばならないことがあるのですっ」 「話をさせて下さい、お願いですっ」 悲痛な声が、遠ざかっていった。 「(何てことをしてくれるのよ、竜胆作戦が台無しじゃない!)」 胸の中で精一杯の悪態をつく。 底知れないところがある子だとは思っていたが、まさかこんなことをするなんて。 いいわ、後でじっくりお話を伺いましょう。 気を取り直して会場を観察する。 共和国の賓客が多かったせいか、大きな騒ぎにはなっていない。 皆、椅子に座ったまま周囲と小声で話している程度だ。 ウォーレンの手前、騒げないという事情もあるだろう。 「見苦しいところを見せた」 ウォーレン「皇帝陛下はご多忙のあまり、ありもしない妄想に取り憑かれてしまったようだ」 「まことにおいたわしい限り」 ウォーレンは全く動揺していない。 「どうやら、まだ本国で骨休めをする時期ではないようだ」 「お集まりいただいた方々には申し訳ないが、本日の式典はこれで終了とする」 「この後の昼食会は予定通り行う故、ゆっくりと楽しんでいってもらいたい」 簡潔に式典の終了を告げ、ウォーレンは壇を下りた。 「閣下、大変失礼いたしました」 小此木小此木が、自らウォーレンに歩み寄る。 「皇帝の言葉、素直に解釈してよいのか?」 「滅相もございません」 「閣下のお言葉通り、陛下はご多忙のあまり現実と妄想の区別が付かなくなっていらっしゃるご様子」 「君のためにも、そうであることを祈ろう」 「帝宮には私達が送ろう。 車を用意させる」 小此木の両脇に兵士が立ち、半ば連行されるように会場から出ていった。 「エルザ、後始末は任せる」 「皇帝と小此木については、取り調べが終わり次第報告せよ」 「承知しました」 ウォーレンが総督府に入っていく。 彼の帰国が中止になったということは、竜胆作戦の決行も見送りということだ。 一から作戦を練り直さねば。 まずは翡翠帝とじっくり話をさせてもらおう。 二時間後──翡翠帝の元を訪れた。 式典での暴走後、翡翠帝には総督府の一室で休憩してもらっている。 窓もなく、扉には鍵がかけられた部屋でだが。 「ご機嫌はいかがかしら?」 椅子に座って本を読んでいた翡翠帝が、ゆっくりとこちらを向いた。 「悪くありません、籠に入れられるのは慣れていますから」 「皮肉を言う元気があって良かった」 予備の椅子を持ってきて、翡翠帝の前に座る。 「さて、事情を伺いましょうか」 「エルザ様には迷惑をかけました。 申し訳ないとは思っています」 「そうね、大変迷惑よ」 「お陰様で竜胆作戦がほとんど無駄になったわ」 「なぜ今になって、正体を暴露したの?」 「お義兄様を守るためです」 「何から?」 「おわかりになりませんか?」 翡翠帝が強い視線を向けてきた。 「エルザ様、あなたからです」 「言っている意味がわからないわ」 「では申し上げますが、エルザ様は今でも武人を検挙するおつもりですね」 見透かされたか。 しかし、動揺は顔に出さない。 「小此木の話を真に受けたのね。 呆れてものも言えないわ」 「お認めにならなくても結構です」 「もはや作戦は頓挫したのですから」 「あなたは武人の……お義兄様の邪魔をしたのよ、わかっているの?」 「お義兄様のために、私一人でやりとげました」 「あなたを信じてきた国民はどうするつもり!?」 「血筋がどうだろうと、あなたは多くの人間にとって皇帝なのよ!?」 「私には関係のないことです」 「批判を恐れるくらいなら、はじめからこのような行動は取りません」 「あなた……自分の国のことでしょう」 「エルザ様も、中途半端な正義感を振りかざすのはおやめ下さい」 「民主主義がどうこう言ったところで、共和国が侵略国家なのは明白です」 「あなたは、罪のない他国の人間の血を吸って生きているのです」 「本当に皇国のことを考えていらっしゃるなら、今すぐ総督閣下に皇国を解放するよう頼んではいかがですか?」 「それができないなら、あなたも総督閣下と同じです」 「くっ!!!」 弾けそうになる感情を、理性で押しとどめる。 正論だ。 取るに足らない人間に正論をぶつけられたところで、気にはならない。 でも、翡翠帝は自分の行動に命を懸けている人間──つい先程、命を懸けてみせた人間だ。 翡翠帝の正論は、他人のそれとは重みが違う。 「そうね」 「私はきっと、自分が大事なだけだわ」 深く息をついた。 情けないと思う。 情けないと思いながらも、徹底的にやり込められたことに、得も言われぬ清々しさも感じている。 「でも、私は皇国の民主化を目指します」 「皇国民のためではなく、私自身のために」 「はじめからそう仰れば、話がややこしくならずに済むのだと思います」 鴇田君に似た、爽やかな風を感じさせる笑顔だった。 兄妹だから似ているのではない。 きっと、迷いのない心が見せる笑顔なのだ。 どうやら私は、鴇田兄妹に弱いようだ。 「状況が許すのなら、あなたには引き続き共和国の民主化に協力してもらいたいと思っています」 「お義兄様に危害が及ばないのでしたら、やぶさかではございません」 「お義兄様第一なのね」 「わかりやすくて良いと思いませんか?」 「と言っても、私はもう皇帝ではいられません」 「宰相や総督はさぞお怒りでしょうし、国民も納得しないでしょう」 「まあ、小此木とウォーレンは怒っているでしょうね」 「でも、国民は何事もないまま事態が収束するのを望んでいると思う」 「何故です? 私は偽者だというのに」 「あなたに本物であってほしいと思っているのよ」 「それだけあなたの人気が高いということ」 国民が動揺しているのは当然だが、今のところ暴動などには発展していない。 このまま確たる証拠が出なければ、国民が期待する結論が事実として認識されていくだろう。 つまり、偽者だという証拠がないのだから翡翠帝は本物だ、ということだ。 「複雑な心境です。 真実を暴露したのに、信じてもらえないなんて」 「人は、不都合なことには耳を塞ぐ生き物よ」 椅子から立ち上がる。 「といっても、状況は不透明です」 「特に、小此木とウォーレンの動向には注意する必要があります」 「身の危険がないとは言えないから、しばらくはここで静かにしていなさい」 「はい、お世話になります」 翡翠帝が了承したのを確認し、私は部屋を出た。 次の日、予定通り本部に武人が集まった。 皆、内心動揺しているようだ。 皇帝が自らを偽者だと言ったのだから無理もない。 俺たちにしても、朱璃の存在がなければ、今頃慌てていただろう。 「滸も、朱璃を認めるまでには時間がかかったな」 「それが普通だ」 「陛下への忠義が篤ければ篤いほど、動揺は大きくなる」 神妙な顔で言って、滸が立ち上がった。 「皆、よく集まってくれた」 「さぞ不安な一夜を過ごしたことと思う」 「こういう時こそ、私達は冷静に行動しなくてはならない」 「まずは鴇田から現状を報告する」 滸に代わって立ち上がる。 「陛下のお言葉の是非については、後で報告する」 「まずは、ウォーレンと小此木についての情報だ」 「ウォーレンは本国への帰国を取りやめた。 無論、沖の空母は停泊したまま」 「小此木は帝宮に籠っているが、おそらくは共和国に監視されているだろう」 「帝宮を警備している共和国軍は倍以上に増員された。 その他の共和国軍も警戒態勢を敷いている」 「次に、陛下についてだ」 皆の表情が引き締まった。 「陛下は、現在、共和国総督府にいらっしゃる」 「安全確保の名目だが実質的には軟禁だ」 「これはエルザからの情報であり、確度が高い」 「陛下のお言葉の真偽についてだが……」 一度、全体を見回す。 「現在のところ、陛下が偽者であるという証拠は何一つ上がっていない」 これは、滸や朱璃と相談して決めた表現だ。 武人が翡翠帝への忠誠を失えば、竜胆作戦が崩壊するのは勿論、会としての結束が乱れる。 積極的に翡翠帝の正体を疑う発言はすべきでないという判断だ。 皇帝を騙るなど天下の大罪だと糾弾した俺が、事実を隠蔽する側に回るとは皮肉なものだ。 「今後の方針について申し伝える」 「予定されていた武装蜂起は、情勢が落ち着くまで一旦延期とする」 皆の溜息が聞こえたが、異論は上がらない。 そもそも、竜胆作戦では、翡翠帝の呼びかけに応じて奉刀会が決起する予定だった。 翡翠帝の立場が揺らいでいる状態で、作戦は決行できない。 「異論はないようだな」 「では、これで……」 滸が言いかけたところで本部がざわついた。 「何事か」 滸の声に一人の武人が答える。 どうやら、小此木急死の速報が出ているらしい。 死んだのは本日早朝、死因は調査中とのことだ。 「共和国が手を下したか」 「だろうな」 「あの男、死んだのね」 「できることなら、この手で……」 朱璃が俯いて唇を噛んだ。 自分の手で親の仇を取ることができなかったのだ、忸怩たる思いがあるだろう。 「失礼いたします!」 子柚子柚が慌てた様子で本部に飛び込んできた。 「間諜よりの報告です」 「総督府が、陛下の殺害を計画しているとのことです」 「小此木だけでなく、陛下もか」 「情報は確かか?」 「総督ウォーレンと娘のエルザが、陛下の処遇について口論しているのを聞いたとの報告です」 「ウォーレンは、小此木と陛下が共犯関係にあったと断定」 「近日中に、総督府の権限で陛下を処刑するとのこと」 「〈父娘〉《おやこ》喧嘩ね」 「信じていいのではないか?」 「これを機に、ウォーレンは皇国の体制を作り替えるつもりかもしれない」 「共和国は、基本的に占領した国の政府を残しません」 「ウォーレンにしても、いつかは皇国政府を潰そうと考えていたはず」 「そもそも、皇国が例外だったのよ」 今日にも奏海は殺されるかもしれない。 彼女はいずれ皇帝を騙った罪を償うと言っていたが、自害と殺されるのでは訳が違う。 しかも、皇国人に殺されるならまだしも、共和国人の手にかかるなど。 家族として看過できない。 「……」 周囲の武人が議論を始める。 救出するのかしないのか──現実的に救出は可能なのか──そもそも、翡翠帝は本物なのか偽物なのか──全体としては、『救出すべき』という意見に傾いている。 翡翠帝を本物だと信じている武人が多いのだ。 「稲生、宗仁、ちょっと」 朱璃に呼ばれ、物陰に移動する。 「宗仁はもう決めているんでしょ?」 「ご明察だ。 俺は奏海を助ける」 「だが、会は動かせない」 「厳戒態勢の総督府に大人数で突っ込むなど、無謀にも程がある」 「正しい判断よ」 「だから、俺が一人で行く」 滸が俺を見つめ、唇を引き結んだ。 会長代行だった頃の滸なら、私も行くと言ってきたかもしれない。 現に、刻庵殿の救出作戦では共に帝宮に侵入した。 しかし、今の滸は自分の立場を弁えている。 「すまないな、滸」 朱璃に目を向ける。 「翡翠帝の臣下なら、助けに行くのが筋じゃない」 「ありがとう、朱璃」 「だが、一つ伝えておきたい」 「何よ」 「俺が奏海に仕えたのは、皇国の再興を第一に考えてのことだ」 「つまり、厳密な意味で朱璃を捨てたわけでは……」 「そんなの最初からわかってます! ちょっと拗ねて見せただけよ!」 「私の器がどれだけ小さいと思ってるのよ、馬鹿!」 「私が、あなたの忠義を疑うわけないじゃない」 「悪かった」 仏頂面だった朱璃が、やがて苦笑する。 「臣下でなかったとしても、あなたは奏海を助けに行くべきよ」 「だって家族でしょ?」 「それに、私、あの子に伝えたいことがあるの」 朱璃の表情から笑みが消える。 「最近まで、奏海……というか、翡翠帝のことが気に入らなかった」 「でも、あの子といろいろ言い合って、考えを改めたの」 「血筋を考えなければ、国民にとっての皇帝は私ではなく奏海だった」 「敗戦後の難しい時期に、彼女は皇国民の心を守ってくれました」 「伊瀬野で刀を振っていただけの私の代わりにね」 「だから、私は奏海に感謝しています」 「皇帝を騙った罪は、許されるべきよ」 穏やかな表情で朱璃が言う。 胸が感謝の念で溢れた。 「今の話を、奏海に直接伝えたいの」 「宗仁、あの子を私の前に連れてきて」 「承知した」 深く頭を下げる。 「では、決まりだ」 「皆に伝達しよう」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 次の日の午後、俺は糀谷生花店の車の荷台に潜んでいた。 総督府に侵入するためだ。 共和国総督府──通称、総督府は、南北二千三百〈米〉《メートル》、東西千五百〈米〉《メートル》という広大な敷地を持つ。 警備は厳重も厳重で、敷地内に一万、周辺の軍基地も含めれば二万の兵士が駐屯している。 兵器も過剰な程に配備されており、敷地の外からでも戦車や装甲車の列が窺えた。 もはや要塞か基地か、といった風情だ。 奏海がいるであろう建物は、そんな敷地のほぼ中央、正門から徒歩で十分ほどかかる位置にある。 車が、総督府の正門前で停まる。 「こんにちは、糀谷生花店です。 ご注文の花をお届けに上がりました」 鷹人「あ、はい、通行証はこちらです」 検問を難なく通り抜けた。 何度も花を配達していることもあり、警戒されている様子はない。 あとは総督府の建物まで一直線だ。 「宗仁君、もう顔を出して大丈夫ですよ」 荷台の花の中から顔を出す。 「薔薇の棘が顔に刺さりました」 宗仁「ははは、武人も花の棘には敵いませんか」 窓から外を窺うと、そこらじゅうに敵兵が見える。 花屋の車でなければ侵入はほぼ不可能だろう。 俺が糀谷生花店で仕事をしていたのは、こういう機会を想定してのことでもある。 「本当に、私は先に帰ってしまっていいのですか?」 「ええ、これ以上ご迷惑はかけられません」 「迷惑なんてことはないですけれど」 「ともかく、何かあったらすぐに連絡を下さい。 いつでも飛んできますから」 「ありがとうございます」 「気をつけて下さいよ」 「あなたのお葬式の花なんて作りたくありませんからね」 「あ、そうそう、景気づけに、うなじを触っておきますか?」 「結構です」 駐車場で車を降り、植え込みに潜んで夜を待った。 日が沈み、やがて日付が変わる。 歩哨の巡回経路は、十分に観察させてもらった。 さあ、行こう。 隙をついて、総督府の屋根に駆け上がる。 呪装刀で窓の鍵を断ち切り、建物に入り込んだ。 脅して案内させた衛兵を手早く気絶させ、奏海が囚われている部屋に入った。 耳を澄ますと、微かな呼吸音が聞こえてくる。 寝台で少女が眠っている。 奏海に間違いない。 「奏海、起きてくれ」 「はっ!?」 翡翠帝俊敏に身を起こし、奏海が身構えた。 「さすが鴇田家の娘だ。 反応が早い」 「おっ!」 奏海の口を押さえる。 「大声は控えてくれ」 奏海がこくこくと頷いたのを確認し、手を離す。 「どうしてここに?」 「もちろん、助けに来たからだ」 「私のような者のために……申し訳ございません」 「何者だろうと、奏海はたった一人の義妹だ」 「お義兄様……」 奏海の瞳に涙が溢れる。 「奏海は、お義兄様を裏切ってしまいました」 「正体を暴露したことか」 奏海が涙を零しながら頷く。 震える頭をかき抱く。 「事情は後で聞こう」 「まずはここを出る。 いいな?」 奏海は、俺の胸に額を当てたままじっと動かない。 「どうした?」 「共に逃げることは敵いません」 「逃げれば必ず追っ手がかかります。 お義兄様にはご迷惑になるでしょう」 「ここにいれば殺されるぞ」 「元より奏海は死ぬつもりでございますから、支障はございません」 「最後にお目にかかれただけで、奏海は幸せです」 「どうか見つからないうちに、お帰り下さい」 奏海が両手を突っ張って、俺から距離を取る。 「皇帝を騙った罪なら、もう許されている」 「え?」 胸に当てられた奏海の腕を握る。 「朱璃が言っていた」 「何もできなかった自分の代わりに、よくぞ皇国民の心を救ってくれたと」 「奏海の罪は許されるべきだとも」 「そんな……」 「お義兄様は私をお許し下さるのですか」 「〈皇姫殿下〉《きでんか》のお言葉だ。 俺も否やはない」 奏海の目から、また涙が零れた。 「逃げれば追っ手はかかるだろうが、大した問題ではない」 「そもそも、俺たち奉刀会は元から追われているからな」 奏海の頑なな心をほぐせるよう、精一杯笑顔を作る。 「行こう、奏海。 お前は俺が守る」 「お義兄様」 奏海が俺の胸に身体を預けた。 「くっ!?」 照明が点いた。 目に入ったのは、ウォーレン・ヴァレンタインの威風堂々たる姿。 そして、散弾銃の銃口だ。 「武人だな」 ウォーレン「そのと……」 咄嗟に、背中で奏海を守る事しかできなかった。 無数の弾丸が俺の身体を抉る。 「ぐ……」 巨大な鉄塊で殴られたような衝撃。 胃から迫り上がってきた血液が、口から溢れた。 倒れたという意識もないまま、前のめりに地を舐める。 周囲に散らばる自分の肉片が見える。 至近距離で散弾銃の連射を受けたのだ、身体はもうぴくりとも動かない。 とめどなく広がっていく血溜まりが、生命の危機にあることを告げている。 「武人ならば四発撃とうと決めていた」 「お……お、おにい、さま」 奏海が俺に覆い被さる。 「立て」 「お義兄様っ!?」 「黙れ、そして立て」 近づいてきたウォーレンが、奏海に銃を向ける。 奏海が力なく立ち上がる。 「か……な……み……」 手を伸ばそうとしても、指先一つ動かない。 大量の出血で、意識は一秒ごとに遠ざかっていく。 何とか眼球を動かし、自分の呪装刀を探す。 転倒した際に転がったのだろう、刀は俺から離れたところに落ちていた。 手は、届かない。 「さて、お前」 「予定より多少早いが、今から処刑を行う」 「私を殺すつもりですか」 「そうだが」 「裁判は、裁判はないのですか?」 「私にとて、申し開きしたいこともあるのです」 俺の知っている奏海なら絶対に言わないことだ。 おそらく時間稼ぎだ。 よく見れば、奏海はウォーレンを見据えたまま少しずつ移動している。 俺の呪装刀を拾うつもりだ。 「私は小此木に脅されていたのです」 「嫌だと言っても、あの男は許してくれませんでした」 「それに、私は小此木に言われた通り動いていただけで」 「後生でございます、命ばかりはお助け下さい」 「私は被害者なのでございます」 「なるほど」 「っっ!?」 奏海の身体には傷一つない。 その代わり、散弾を浴びた呪装刀が、部屋の隅まではね飛ばされていた。 「これでも長く軍人をやっている」 「さすがに見逃さぬぞ」 「く……」 まだ煙を燻らせている散弾銃が、奏海を睨め付ける。 観念したのか、奏海が銃口の前に跪いた。 俺の身体はロクに動かず、奏海も丸腰だ。 部屋には、武器になりそうなものは置かれていない。 「さあ、終わりだ」 「お前達の宗教の中身は知らぬが、死した後は騙してきた国民に謝るがいい」 ウォーレンが、落ち着き払った動作で銃を構え直した。 「総督! 何をなさっているのです!!」 エルザウォーレンの視線が奏海から逸れた。 今しかない!身体に残った〈塵〉《ちり》のような力を燃やし尽くし、ウォーレンに突進する。 「むっ」 弾丸が肩の肉をはぎ取った。 「うおおおおおおっっっ!!!!!!」 それでもウォーレンの脚にしがみつき、散弾銃の銃身を握りしめる。 「しぶといものだ」 ウォーレンの左手が、腰の装具に伸びる。 滑るような動作で抜かれる自動拳銃。 次の瞬間、銃口は俺の眉間に向けられている。 速い──「終わりだ」 鈍い音がした。 ……。 …………。 「ぐ……う……」 ウォーレンの喉からくぐもった呼吸音が漏れた。 その喉に、きらびやかな装身具が突き刺さっている。 あれは……奏海の〈簪〉《かんざし》だ。 「はあ、はあ、はあ」 そうか。 奏海が、簪でウォーレンの喉を突いたのだ。 「……」 ウォーレンが膝を突く。 そのまま、前のめりに崩れ落ちた。 「総督っ!!」 衛兵達が部屋に飛び込んできたが、もはや気にする体力もない。 「おにい……さま……」 「奏海、よくやってくれた」 「これでも武人の娘にございます」 泣きそうな顔で奏海が笑う。 可憐な手が小刻みに震えている。 「それより、お義兄様のお体は」 「ああ、さすがに少し、疲れた」 指先を動かすのも難しい。 床に倒れたまま、苦笑するのが精一杯だ。 「大変なことをしてくれたわね」 衛兵の銃口が俺に向けられている。 「降伏だ。 奏海に危害を加えないでくれ」 「奏海、抵抗するな」 奏海も頷く。 「結構」 「二人を拘束しなさい。 男には治療を」 部下に指示を出してから、エルザはウォーレンの傍らにかがみ込む。 首筋に指を当ててから、小さく溜息をついた。 即死だろう。 父親が死んだというのに、エルザには動揺したところが見えない。 「応急処置が終わったら、話を聞かせてもらいます」 しばらくして、治療が終わった。 傷は深いが、痛み止めのお陰でゆっくりとなら歩くこともできる。 体内に残っていた散弾も、まるで刺さった棘が抜け落ちるように自然と排出されたという。 医療班の人間は、驚くを通り越し恐怖に青ざめていた。 「話はできそう?」 「ああ、お陰様で」 エルザの配慮で、衛兵は室外に出ている。 「では、説明してもらおうかしら」 「難しいことは何もない」 「俺は単身奏海を助けに来た。 で、ウォーレンに見つかり、後はエルザが見た通りだ」 「まさか、翡翠帝が総督を殺害するなんて」 「総督が奏海を殺そうとした。 正当防衛だ」 「そんな細かい話をしているのではありません」 「皇国の皇帝が、共和国の総督を殺したのよ」 「本国が知ったらどうなるのか、言わなくてもわかるでしょう」 言うまでもなく、奏海は殺される。 その上、皇国は潰され、共和国の属領として吸収される。 国民は奴隷同然の生活を強いられるだろう。 「折角、式典での件がうやむやになるよう動いていたのに、残念だわ」 「申し訳ありません。 エルザ様」 「私、お父様を」 エルザが視線を落とす。 だが、すぐに顔を上げた。 「軍人の宿命よ」 「もう諦めていたから、気にしないで」 エルザが表情を引き締める。 「君は、奏海に皇帝を続けさせるつもりだったのか?」 「ええ。 皇国の民主化には翡翠帝の力が必要だわ」 「そうか」 エルザも武人も、翡翠帝の存在を望んでいる。 ここ二日の天京の様子を見ると、国民の多くも翡翠帝を本物だと信じたがっている様子だった。 「総督殺害の罪、俺が負うことはできないか?」 「お義兄様、何を仰るのです!」 「気のはやった武人が一人総督府に侵入し、総督を暗殺した」 「翡翠帝は別の部屋で休まれており、事件が起こったことすら知らなかった」 「エルザのやり方次第では、翡翠帝の地位は存続する」 「やめて下さい! お義兄様の犠牲の上に生きることなど、奏海にはできません!」 奏海の声を無視して、エルザが腕を組む。 子柚からの報告で、ウォーレンとエルザが翡翠帝の処刑について揉めていたという話があった。 ここでの話しぶりからしても、エルザは処刑に反対だったのだ。 「悪くないわね」 「上手く動けば、皇国政府がなくならずに済むかもしれない」 「勝手に決めないでください!」 「お義兄様を犠牲にして、皇帝など続けられません」 「無理にでもするというのなら、エルザ様には絶対に報いを受けて頂きます」 「あなたに何ができるというの?」 「殺します」 「全ての武人と全ての国民を率いて、共和国人を皆殺しにします」 炎を宿した瞳がエルザを見据えている。 「できるかしら?」 「お義兄様は、総督を倒した英雄です」 「お義兄様を処刑すれば、皇国民の怒りは頂点に達するでしょう」 「私が声を掛ければ、必ず立ち上がってくれるはずです」 「反乱など起こせば、国が灰になるわよ」 「三年前の戦争とは比較にならないくらいの犠牲が出る」 「構いません」 「お義兄様のお命の前には、些末な問題です」 奏海の目は本気だ。 「忘れていました。 あなたは、お義兄様第一主義だったわね」 エルザが苦笑する。 「その通りです」 「でも逆に、お義兄様さえ護って下さるのでしたら、私は何でも致します」 「エルザ様の操り人形でも何でも務めます」 「国民の前で死ねと仰るのなら、そうしましょう」 「取り引きというわけね」 俺を犠牲にした場合、奏海が皇帝になったとしてもエルザの味方にならない。 奏海の力が欲しければ、俺を助けなければならないということだ。 エルザが乗ってくれれば、俺も奏海も生きながらえることができる。 「エルザ様がウォーレンの後を継げば、もはや皇国は思いのままです」 「悪くない話だと思いますが、いかがですか?」 「私が総督になれるかは不透明だわ」 「皇帝として後押しすることはできます」 「例えば、エルザ様を後任に望んでいることを手紙でお伝えすれば、多少なりとも効果があるのではないですか?」 「共和国の政治家との婚姻が必要なのでしたら、拒みはいたしません」 毅然と言い放った。 「奏海、お前」 「あなた、そこまで鴇田君のことを」 「奏海の命でございます」 エルザが唇を引き結んだ。 「私の負けね」 「ウォーレンのことは病死として処理しましょう」 「彼の死には、誰も関わっていなかった」 「翡翠帝も、武人もね」 「本当ですか?」 「ええ。 現場を見た兵士は私の部下よ。 口が固いことは保証する」 「でも、あなたにも約束は守ってもらいます」 エルザが奏海を真っ直ぐに見据えた。 「私の指導の下で、皇国の民主化を進めてゆく」 「やがては皇位を廃し、民主国家として独立させるわ」 「元より望んでいたことです」 「奏海がよくとも、武人はその決定に従わないだろうな」 仮に民主化が受け入れられたとしても、帝位を廃するのは難しい。 しかも、滸と朱璃は、奏海が偽者だと知っているのだ。 「従ってもらいます」 「具体的にどうする?」 「お義兄様にお尋ねします。 今の皇帝は誰ですか?」 静かな口調で尋ねてくる。 決意に満ちた顔は、清冽な美しさをたたえている。 自らの過ちを理解し、理解した上で信念を曲げない。 決して折れない強い意志がそこにはあった。 奏海の放つ気配は静かな迫力を持っている。 儚げと言われた翡翠帝のそれでも、ただの少女である奏海のそれでもない。 覇気や王気とも呼べる、王者のそれだった。 「奏海だ」 奏海に対する国民の支持は厚い。 朱璃が、現在ある証拠で本物の皇姫だと言ったところで、武人も国民も簡単には信じないだろう。 下手をすれば国民の世論が分裂し、内戦に発展する可能性すらある。 そんなことは朱璃も望んでいないはずだ。 「だが、俺は朱璃の臣下だ」 「朱璃が奏海と戦うのなら、俺もまたお前の敵になる」 「朱璃様は私が説得いたします」 「期待しよう」 ならば、これ以上言い争う意味はない。 「話は終わりかしら」 「エルザ様。 最後にもう一つだけ、お願いがあります」 「まだあるの?」 「これが本当に最後のお願いです」 奏海が居住まいを正す。 「一日だけでも、お義兄様と一緒に過ごさせて下さいませんか?」 「今後も翡翠帝として生きるのであれば、お義兄様と気兼ねなく過ごせる機会は二度と訪れないでしょう」 「一日だけ」 「いいえ、今夜だけでも構わないのです」 「お願いです。 エルザ様」 奏海が頭を下げる。 先ほどまでの気丈さは、跡形もなく消え去っている。 「わかったわ」 「鴇田奏海の最後の願いということで、特別に許可しましょう」 「でも、私の所に戻ってきた時、あなたはもう翡翠帝よ」 「もちろんでございます」 「鴇田君はどう?」 「異論はない」 今の奏海を一人にするのは心配だ。 「奏海は、俺が預かって構わないか?」 「後で迎えを寄越してくれればいい」 「では、明後日の朝までが限度よ」 感激した様子で、涙で目を潤ませて俺を見上げる。 「これまで、一緒にいてやれなかったのだ」 「最後に一日ぐらいは構わないだろう?」 「わかっていると思うけれど……」 「大丈夫、信頼は裏切らない」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「お義兄様?」 ???「まだお休みですか?」 身体が、優しく揺すられた。 「ん……」 宗仁「おはようございます、お義兄様」 俺の顔を覗き込む者がいた。 「奏海、か」 「はい」 奏海誰かにこんな風に起こされたのは、何年ぶりだろう。 思ったよりも深く眠っていたようだ。 普段なら、誰かの気配を感じただけで目が覚めるというのに。 「ふふふ、寝ぼけていらっしゃいますね」 「どうした? 面白いことでもあったか」 「鏡をご覧下さいませ」 ちょいちょい、と自分の髪を指し示す奏海。 自分の頭の、奏海が指したあたりに手をやってみる。 派手な寝癖ができていた。 「お怪我の具合はいかがですか?」 「大したことはない、平気だ」 「昔から驚くほどに頑丈でいらっしゃいますね」 「お義兄様ほど頑丈な武人は見たことがないと、明義館でも評判でございました」 「この体質は昔からか」 「先日も、共和国の兵士に気味悪がられた」 「奏海は気味が悪いと思ったことなどございません」 「むしろ誇らしゅう思っておりました」 奏海が自分のことのように胸を張る。 「朝食は召し上がれそうでございますか?」 「ああ、もちろんだ」 「でしたら、すぐにご準備いたしますね。 お顔でも洗って下さいませ」 身支度を調えてから居間に戻ると、食事のいい香りが漂っていた。 「この香り、豆腐の味噌汁か」 唾液がじわりと湧いた。 「はい、お義兄様の好物でございますよ」 「覚えていらっしゃらないかもしれませんが、毎朝これがないと落ち着かないと仰って」 「香りを嗅いだ途端によだれが出てきた」 「身体が覚えていたらしい」 「ふふふ、よろしゅうございました」 改めて卓上を見る。 鯵の干物に出汁巻き卵、豆腐の味噌汁に胡瓜の塩もみと、飾り気のない皇国の朝食だ。 しかし、それでいい。 朝食に求めるのは驚きではなく、身体に染み込んでいく実感の持てる、馴染みの味わいなのだ。 「立派な朝食だ。 大変だったろう」 「いいえ、お義兄様のお食事を作れることを、奏海はずっと夢見て参りました」 「母上様には遠く及びませんが、召し上がり下さいませ」 席に座ると、奏海がお櫃からご飯をよそってくれた。 「奏海は?」 「お義兄様が食べ終わってから頂きます」 「一緒に食べよう」 「ですが」 「遠慮するな」 「で、では、失礼いたします」 嬉しさを隠せぬ様子で、奏海は俺の対面に座った。 「三年ぶりか」 「左様でございます」 奏海が目を細めて俺を見つめる。 「苦しかったろうな」 「でも、全て吹き飛びました」 「奏海は幸せ者にございます」 もう、多くは言うまい。 終戦から今日まで、互いに多くの苦難があった。 その一切が、朝食の香りと共に天へ昇り、消えていくはずだ。 「いただきます」 まず、味噌汁に口を付けた。 葱と味噌の〈馥郁〉《ふくいく》たる香りが、鼻腔を通り抜けていく。 「ああ」 思わず声が出る。 本来ならば、次は米に行くところだが、止められない。 ただ無心に味噌汁を平らげた。 「ふふふ、お味噌汁は逃げませんよ」 「お代わりを召し上がりますか?」 「頼む」 突き出した椀を受け取った奏海が、指先で目尻を拭った。 見て見ぬふりをする。 「俺は、いつもこんな朝食を食べていたのか」 「幸せ者だったのだな」 「今思えば、満ち足りた時間でございました」 「よく言われることですが、幸せとは失って初めて気づくものなのですね」 「……はっ、失礼しました、お代わりでしたね」 「お義兄様、他のお料理を召し上がってお待ち下さい」 「慌ててこぼすなよ」 厨房に立つ奏海の背中を見送る。 無意識のうちに微笑を浮かべていた自分に気がついた。 かつて家族と朝食を共にしていた俺も、きっとこんな表情でいたことだろう。 「美味しそうな匂いがするわね」 朱璃朱璃が顔を覗かせた。 「宮国様、おはようございます」 「おはよう」 「ごめんね、扉が開いていたから」 「よろしければ、宮国様も朝食をいかがですか?」 「私、すぐにご用意致します」 「ありがとう。 でも遠慮しておきます」 「折角の兄妹水入らずでしょ? さすがに邪魔をする勇気はないから」 「そのように、お気を遣って下さいませんでも」 「いいのいいの、気にしないで」 朱璃がひらひらと手を振る。 「二人とも元気そうで良かった。 後でお茶でも飲みましょう」 それだけ言って、朱璃はさっさと部屋から出ていった。 「私達を心配して下さっていたのですね」 「ありがたいことだ」 「宮国様には、どの程度の事までお話ししているのですか?」 「一通りは説明してある」 「もちろん、エルザとの取り引きについてもだ」 奏海が表情を引き締める。 奏海とエルザの目指す皇国の姿と、朱璃の理想は一致していない。 朱璃が納得しなければ、彼女の臣下である俺も奏海を支持できなくなる。 「朱璃を説得してくれるのだったな」 「はい、もちろんでございます」 「鴇田奏海、一世一代の大一番でございます」 「しっかり朝食を頂いて、胆力を付けなければいけませんね」 食事の後、奏海は糀谷生花店の仕事を手伝いたいと言いだした。 一宿一飯の恩を返したいということだ。 「いらっしゃいませ!」 奏海は、くるくるとよく働く。 細腕ながら、力仕事も水仕事も厭わない。 控えめな笑顔は、花が主役のこの店にはよく合っている。 お客も、可憐な新人店員の登場を喜んでいるようだ。 「身体を動かして働くのは楽しいものです」 「こう見えて、昔は朝から晩まで家事をしていたのですよ」 奏海がおどけて力こぶを作る。 武人の男は家事をほとんどしない。 奏海の言葉は冗談でも何でもなく、本当に朝から晩まで働いていたのだろう。 溌剌と働く奏海の姿を見ていると、叶わぬ願いだとわかりながら、この時間が長く続くよう祈らずにはいられない。 「はい、こちらのお花ですね」 「奏海、包んで差し上げて」 「かしこまりました。 少々お待ち下さいませ」 今日は朱璃も発奮していた。 奏海の貴重な一日を、少しでも楽しいものにしようと努めてくれているのだ。 「今日は、糀谷生花店の歴史に残る日になりますね」 鷹人「できることなら、私がお客になりたい心持ちです」 「二人の皇帝が店員をしているわけですからね」 「いやいや、長生きはしてみるものです」 店長が目を細めて二人の様子を見つめる。 「まだ老け込む歳じゃないでしょう」 「そうですね」 「少し落ち込むことがあったのですが、元気を出さないといけませんね」 「女性にでもふられましたか?」 「ははは、当たらずとも遠からずです」 店長が冗談めかして笑う。 「店長、お釣りが足りなくなってしまいました」 「宗仁君、悪いけど両替に行ってきてもらえるかな」 「はい、任せて下さい」 午後三時過ぎ、奏海と二人で夕飯の買い物に出た。 ただの買い物だというのに、奏海は緊張した面持ちで俺の隣を歩いている。 「どうした?」 「い、いえ、なんでもございません」 口ではそう言うが、どうも周囲の視線を気にしている様子だ。 「安心しろ、その服装ならば、正体が露見することはない」 奏海の服は、以前、滸が用意してくれたものだ。 周囲から皇帝だと思われない意匠の服を選んだと言っていたが。 「そ、そういうことではなく……」 「お義兄様、私、脚を出し過ぎではないでしょうか」 「街に出ましたら、急に恥ずかしく……」 顔を真っ赤にして縮こまる奏海。 「帝宮にいる時の服と変わらないように思うが」 「あの服も、脇から下着が見えそうではないか」 「お義兄様、言いようというものが……」 「滸も同じような丈の服を着ている。 気にすることもあるまい」 「滸ちゃんは脚が綺麗だから良いのです」 「ならばお前も良いではないか」 「あう、あううぅぅぅ……」 再び赤くなって縮こまる。 可愛らしいものだ。 こんな普通の少女が、明日からは皇帝として国民の前に立つ。 共に過ごす中で、胸の痛みは次第に大きくなってきている。 せめて良い思い出を残してやりたい。 人生の宝として、ずっと抱き締めていけるものを。 ふと、奏海が空を飛ぶ鳥を見上げているのに気がついた。 「奏海、空を飛びたくないか?」 「は、はい?」 「空だ」 「そ、空でございますか」 完全に呆気にとられている。 なるほど、これが『外した』ということか。 「不思議なことを仰いますね」 「でも、お義兄様とでしたら、どこへでも」 「よし」 奏海の腰に手を回す。 「え?」 「え、ええええぇぇぇぇぇっ!!!!!」 一息に建物の屋根まで飛び上がった。 そして、〈高層建築〉《ビル》の屋根の上を次々と跳躍する。 全身で風を切る。 「奏海、目を開けてみろ」 「で、でも」 「大丈夫だ」 「は、はい」 腕の中の奏海が恐る恐る目を開く。 次の瞬間、奏海の表情が今日の空のように明るく輝いた。 「絶景でございます」 「このような景色、初めて目にしました」 「武人の特権だ」 「これが、天京の街……」 奏海が俺の身体にぎゅっと抱きついてくる。 薄い服を通し、鼓動が伝わってきた。 とくり、とくり、と奏海の心臓が動く。 控えめな、囁くような鼓動が、どうしようもなく愛おしい。 着地と跳躍を繰り返し、天京で一番高い建物の屋根に立った。 「怖くないか」 「はい、少しも」 「いつか言ったように、恋物語の主人公の如く、私を連れ出してくださったのですね」 「嬉しゅうございます」 奏海が俺の胸に頬を寄せる。 喜んでくれて良かった。 これで、いつぞやの約束を守ったことになるだろうか。 「こうしていると、昔を思い出します」 「海で海月に刺された時も、お義兄様は私を抱き上げて下さいました」 「あとは、野良犬に噛まれそうになった時も、道に落ちている蝉を怖がっていた時も……」 「抱き上げてばかりだな」 「ですから、奏海は自分の身体が大きくなるのが嫌だったのです」 「重くなれば、もう抱いて下さらないと思っていましたから」 「まさか。 奏海の体重で音を上げるようでは、武人は務まらない」 「ふふ、ふふふふふふ」 「おかしなことを言ったか?」 「すみません、思い出し笑いを」 「実は、以前も同じ言葉を掛けて下さったことがあるのです」 と、奏海が思い出話を聞かせてくれる。 戦前、俺が師範代として明義館に通っていた頃のことだ。 当時の奏海は、俺の稽古を眺めるのを何よりの楽しみにしていた。 親父殿からは稽古の邪魔になると言われていたので、内緒で家を抜け出しては明義館に通っていたらしい。 ところで、道場の窓は高い位置にある。 まだ小さかった奏海は、いつも木箱に乗って稽古を覗いていた。 しかしある日、痛んでいた箱が壊れ、奏海は怪我をしてしまう。 「お義兄様は、足を挫いた私を抱いて家まで連れて帰って下さいました」 「その時に、先程と同じ言葉を」 記憶は失ってしまったが、俺は今も昔も大して変わらないようだ。 「親父殿には怒られただろう」 「いいえ。 お義兄様が黙っておいて下さいましたので、怒られずに済みました」 「お父様のお小言は長うございますから、心の底から感謝したのを覚えております」 それから数日は、さすがの奏海も大人しくしていたが、やがて我慢できなくなる。 こっそり明義館に入った奏海は驚いた。 いつもの窓の下に、乗るにはおあつらえ向きの岩が置かれていたのだ。 俺が置いたものだと悟る奏海。 しかし、岩を踏むのは勿体ないと、今度は自力で頑丈な台を作り、それに乗って稽古を眺めることにしたという。 大胆なのか奥ゆかしいのか、奏海には計り知れないところがある。 一つ確実なのは、俺のこととなると話が長いということだ。 「結局、何の話なんだ?」 「お義兄様が抱いて下さると、奏海は、この上なく幸せな気持ちになるということでございます」 奏海が俺の胸に頭を預ける。 「ずっと、この場所が奏海のものでしたらいいのに」 「いずれはどなたかが、お義兄様に抱かれることになるのですね」 「滸ちゃんでしょうか? それとも古杜音さん? 意外なところでエルザ様?」 「おいおい、あまり困らせるな」 小さく舌を出してから、奏海が天京の街に目をやる。 「はあ、素敵な景色でございますね」 露骨に誤魔化した。 生真面目な性格だと思っていたが、ちゃっかりしたところもあるようだ。 どうやら、戦前の俺は奏海を甘やかしていたらしい。 「上から見ると帝宮も小さなものです」 「敗戦からずっと、巨大な迷路の奥に閉じ込められているような気分でおりました」 「さぞ辛かっただろうな」 奏海が小さく頷く。 「日々の予定は分単位で決められておりましたし、自由な発言も許されませんでした」 「そんな生活を続けておりますと、自分が何者なのか徐々に忘れてしまうのです」 「考えることも悲しむことも期待することも億劫になって、ただ一日を送るだけの人形になるのです」 「ですから、私は毎日お義兄様へのお手紙を書きました」 「お義兄様への気持ちを書き綴っておりますと、強くなれるような気がしたのです」 「こんな義妹を気持ち悪く思われますか?」 「まさか」 「よく頑張ったな」 手が空いていないので、奏海の頭に頬を寄せる。 主人に喉を撫でられた猫のように、奏海が目を細めた。 「帝宮へ戻ることが、怖くないと言えば嘘になります」 「ですが、ここからの景色を見て少し気が楽になりました」 「どんな毎日も、所詮はあのちっぽけな建物の中でのことと思えば、深刻にならずに済むような気がします」 悲壮な覚悟を聞いていると、胸が痛くなる。 奏海は俺を守るためにエルザと取り引きしたのだ。 「同じ皇帝とは言っても、小此木がいた頃とは変わるはずだ」 「エルザには定期的に会えるよう頼んでおく」 「はい、ぜひお願いいたします」 「たまにはお目にかかれませんと、奏海はおかしくなってしまうかもしれません」 「次は、正体を暴露するだけでは収まりが付かないかもしれませんよ」 「ははは、怖いな」 「怖い女でございますよ、私は」 奏海が俺の身体を抱いた。 「くしゅん」 「夏とはいえ、風に当たると身体が冷えますね」 「寄り道はこの辺にするか」 「はい、お義兄様」 夕食後、俺と奏海、朱璃の三人で茶を飲む。 翌朝にはエルザが奏海を迎えに来る。 そろそろ、大事な話をしなくてはなるまい。 「宮国様、お話ししたいことがございます」 同じことを考えていたのか、まずは奏海が湯飲みを置いた。 「この度のこと、宮国様にはお詫びの言葉もございません」 「竜胆作戦を滅茶苦茶にしてしまいました」 「その上、エルザ様と皇国の未来に関わる取り引きまでしてしまいました」 奏海は、今後エルザの下で皇帝として生きていく。 無論、皇国を民主化するというエルザの理想を実現するためだ。 「前にも言った通り、私は皇国が平和な国になるなら、自分の地位にはこだわっていません」 「国民が望むなら、帝政を廃止しても構わないと思っています」 「その上で一つ聞きます」 「奏海……いえ、陛下」 「あなたは皇国の頂点に立つ存在として、この国をどうしていくつもり?」 「皇国をどんな国にしていきたいの?」 「私はもはやエルザ様の人形です」 「あの方の言いつけ通りに動きたいと思います」 返事をせず、朱璃が静かに茶を飲む。 「なら、あなたを討たなくちゃならないか」 「ご心配には及びません」 「エルザ様は、皇国を誤った方向には導きません」 「エルザの気が変わったらどうするの?」 二人が睨み合う。 朱璃は、エルザの人形になるつもりでいる奏海に対し、皇帝としての覚悟を問うている。 国を背負う覚悟のない皇帝は認めないだろう。 「お義兄様さえ無事ならばそれで良いのです」 「国民をあなたの我が儘に巻き込むつもりね」 「関係ありません」 「私の生き方がお気に召さないのでしたら、私を斬って下さい」 引かない奏海を見て、朱璃が盛大に溜息をつく。 「保護者の責任を問わなくちゃいけないか」 朱璃が俺を見た。 「宗仁、あなた、何故エルザとの取り引きを止めなかったの?」 「奏海は、お義兄様のためなら皇国がどうなっても構わないって人間なのよ」 「知りながら取り引きを止めなかったのなら、あなたも同罪。 どうなの?」 「俺はエルザの言葉を信じた」 「あいつなら、皇国を間違った未来には導かないと」 「今冷静に考えて、エルザを信じられるの?」 「……」 つい先日まで、エルザは武人を裏切ると考えていた俺だ。 信じられるとは言えない。 そもそも、奏海からして、エルザから俺を救うために正体を暴露したのだ。 「ま、と言っても、今から話をひっくり返すのは得策じゃないでしょうね」 「エルザが本気で皇国のことを考えてくれているかもしれないし」 「俺も奏海もそちらに賭けた」 「なるほど」 朱璃が芝居がかった様子で頷く。 「では、賭に負けた時は、宗仁、あなたが責任を取りなさい」 「それが、私が身を引く条件です」 「お義兄様は関係ありません!」 「お義兄様のことしか考えられないあなたの代わりに、保護者の宗仁が責任を取るの」 「義妹が国を売るのを目の前で見ていてたのだから、そのくらい当然でしょ?」 朱璃が俺の目を見た。 挑発するような口ぶりだが、朱璃の本意は別にある。 おそらくは、俺を使って奏海を軌道修正しようとしているのだ。 奏海が俺のためにしか動かないのなら、俺を使って奏海を制御すればいい。 「条件を飲もう」 「エルザが皇国を潰そうとした場合、俺が奏海に変わって責任を取る」 「よかった」 「お義兄様、頭越しに話を進めないで下さい!」 「これは俺と朱璃の契約だ、奏海は関係ない」 「関係なくありません!」 「エルザ様との取り引きは私が提案したものですよ!?」 「では、俺が責任を取らずに済むようエルザと上手くやってくれ」 「俺の命はお前に預けた」 「う……」 渋面を作った後、奏海がうなだれた。 「宮国様もお義兄様も狡うございます」 「奏海」 奏海の手を朱璃が握る。 「皇国の未来はあなたに託します」 「私は所詮偽者です、大きなことは何もできません」 「今まで十分してきたじゃない」 「何もできない私に代わって、戦後の皇国民を支えてきたのは他でもないあなたよ」 「宗仁だって、あなたの笑顔に励まされて生きて来たはず」 「無論だ」 「奉刀会の武人も、皆お前に忠誠を誓っている」 朱璃が奏海に向けて頷く。 「血筋はどうあれ、あなたは立派に皇帝を務めてきた」 「私は、奏海にお礼を言いたかったの」 朱璃が奏海の前で姿勢を正した。 「奏海……いえ、翡翠帝」 「無力な私に代わり、皇国を治めて下さりありがとうございました」 「これからも、国民をよろしくお願いします」 そして、頭を下げた。 「おやめ下さい、皇姫殿下が頭を下げるなど」 「皇帝に頭を下げるのは当然のことよ」 「うう……私はどうすれば……」 奏海が俺に助けを求める。 「お前が選んだ道だ」 「俺のためにも、立派に皇帝を務めてくれ」 「……かしこまりました」 奏海が頭を下げた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 横になって目を瞑っていたが、まるで眠気がやってこない。 明朝、奏海は翡翠帝に戻る。 そして恐らく、二度と鴇田奏海として生きることはない。 これで良かったのだろうか。 昼間見た、奏海の姿が脳裏を過ぎる。 奏海は、人の上に立つような人間ではない。 本来向いていないのだ。 その双肩に皇国の未来は重すぎる。 とはいえ、俺に何ができる?以前奏海が言っていたように、二人で駆け落ちでもするか。 いや、逃げたところで意味がないと一番よくわかっているのは、奏海自身だ。 「お義兄様? もうお休みでございますか?」 奏海襖の向こうから、奏海の声が聞こえた。 「いや、まだだ」 宗仁静かに引き戸が動き、薄闇の向こうに奏海の姿が見えた。 「眠れないのか?」 「はい」 「あの、お義兄様と少しお話がしたくて。 ご迷惑でなければ……ですが」 「構わない。 どうせ眠れなかったところだ」 「入っても、よろしいでしょうか」 「ああ」 部屋に一歩踏み入れるが、そこで立ったままじっと俯いている。 「入って、座ったらどうだ」 「……はい」 布団から出た奏海が、俺の近くにぺたりと腰を下ろす。 「宮国様とのお話では、ご迷惑をおかけしました」 「まさか、お義兄様を巻き込むことになるなんて」 俺に答えられる質問ではなかった。 奏海自身が答えを見つけなければならないことだ。 「私は罪にまみれた女です」 「昨夜もまた、罪を犯してしまいました」 奏海が、己の両手に視線を落とす。 ほっそりとした手のひらは、小さく震えていた。 「人を、殺めてしまいました」 「両手に、あの時の感触がまだ残っているんです」 「血の匂いが、血の熱さが、忘れたくても忘れられないんです」 奏海が両手を握りしめる。 「お前は、俺を助けてくれたんだ」 「でも」 「それだけじゃない」 「お前は、あの戦で死んでいった、多くの人々の仇も討ったんだ」 「死んでいった人々の無念、そして残された人々の無念を晴らした」 「武人として、義兄として、誇りに思うぞ」 「奏海は自慢の義妹だ」 「ありがとうございます、お義兄様」 「奏海はそれだけで救われる気持ちです」 「でも。 私に皇国を担うような資格があるようには思えないのです」 「私は皇帝を騙った上に、総督を殺して皇国を危機に陥れた大悪人です」 「朱璃も言ってくれたはずだ、全て許すと」 「その上、あろうことか私は、皇国をエルザ様に売り渡す約束をしました」 「皇国史上、これほどの悪女がいたでしょうか」 「それがどうした?」 奏海を元気づけようと、笑って返す。 「俺もあの場に居合わせながら、止めなかった」 「つまり俺も、その片棒を担ぐ大罪人というわけだ」 「お前の罪は、俺の罪でもある」 「奏海と皇国がどうなろうとも、俺はお前と共にいる」 「本当、ですか?」 「もし私が道を誤ったら?」 「私が臣民の期待を裏切り、皇国を破滅へ導いたらお義兄様はどうされますか?」 「その時は、責任を取って……」 「お前を、斬る」 それが愛の言葉であるかのように、伝える。 愛しているからこそ、余人に手を下させたくない。 俺以外の誰にも、奏海の命に触れてほしくないのだ。 「お義兄様」 「嬉しい」 奏海の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。 「嬉しい、です」 「こんな時なのに私、嬉しくて仕方がないです」 「私、おかしいですか?」 「そんなことはない」 死に値する罪を犯したとき、愛する人が自分の始末をつけてくれる──罪人に堕ちた自分の血で、手を汚してくれる──武人社会で生きる人間にとって、それは喜ばしいことだ。 「ん……」 奏海の手が俺の手に重なる。 「……嬉しい」 手の甲に、奏海が頬ずりしてきた。 「奏海。 一つ聞かせてくれないか」 「はい。 何ですか?」 「エルザと取引したとき」 「お前は本気で全ての国民を犠牲にするつもりだったのか?」 「まさか、そんな恐ろしいこと」 「エルザ様と交渉するための演技ですよ。 演技については、小此木に鍛えられましたから」 「そこまで暴君ではないつもりです」 「でも、本当にお義兄様が死んでしまっていたら……」 「どうなっていたかは、私にもわかりません」 「本当にエルザ様と戦っていたかも」 皇国と共和国が泥沼の戦争に陥っていく様が、一瞬だけ思い浮かんだ。 皇国全土が破壊され尽し、見渡す限りの地面は人々の骸で埋まっている。 その中にただ一人、両手を血に染めた奏海だけが立っているのだ。 俺一人のために、国を滅ぼすところだったのか。 「我が義妹ながら、怖い女だな」 「お義兄様のためなら、奏海は何でもできます」 奏海が俺の手を、両手で握る。 熱い。 彼女の熱が、伝わってくる。 「悪鬼であろうと、羅刹であろうと、何にでもなれます」 「お義兄様以外の全世界を、全ての人々を敵に回しても構いません」 長く、真っ直ぐに見つめ合う。 奏海の視線までもが熱を持ち、俺の目を射抜く。 「奏海……」 目を離せない。 俺の手を握る奏海の手に、力がこもる。 「お義兄様。 最後に……」 「最後に一つ、私のお願いを聞いては頂けませんか?」 「俺に、できることなら」 「私を、抱いてください」 迷いを振り切るように奏海が言う。 「俺達は……兄妹だ」 「義理の、です」 わかっている。 それでも口にしないと、奏海の想いに流されそうだ。 「お前はずっと俺を兄と」 「私は!」 その細い身体のどこから出たのかと思うほどの声。 「私は……お義兄様をお慕い申しておりました」 「義妹ではなく、一人の女として」 「ずっと、ずっと、大好きでした」 「私は、お義兄様だけを支えとして、あの帝宮の中で生きていたのです」 「皇帝を名乗る大罪も、小此木の傀儡であることも、すべてを受け入れて」 「お義兄様とこうなる日を」 「お義兄様に抱かれる日を、夢見て」 「お義兄様……」 奏海が身体を預けてくる。 「どうか……」 近づいた奏海の香りが鼻腔をくすぐる。 それは、悪魔的に甘い香りだった。 いや、そう感じてしまう俺は、もう奏海に溺れているのかもしれない。 「私の想いを、遂げさせてくださいませ」 「……奏海」 「最後の、思い出を、どうか……」 じっと見つめてくる。 帝宮の中での日々を、たった一人で戦い抜いてきた奏海。 その間、奏海の中で渦巻いてきた想いが、熱の奔流となって俺を飲み込む。 潤んだ瞳が俺を見上げる。 その瞳に写る俺の姿が──大きくなっていった。 熱い吐息の漏れる奏海の唇に、自分のものを重ねた。 「ん……ちゅ」 ほんの少し触れて、すぐに離れる。 見ると、瑞々しい奏海の唇が俺の唾液に濡れて光っていた。 数秒にも満たない口付けだったが、どんどん身体が火照ってゆく。 相手が義妹だろうと関係ない。 俺の身体は、奏海を求めていた。 「頭がぼうっとして……クラクラしてしまいます」 「これが、好きな人との口づけなんですね」 「もう一度、いいか」 頼まれてしておきながら、俺も夢中になっていた。 それが嬉しいのか、奏海はすぐに頷く。 「はい、はい、何度でもしてください、奏海はお義兄様のものですから」 「ん……ちゅっ……」 突き出された唇に、さっきよりも深く自分のものを重ねる。 奏海の小さな唇を、貪るように挟み込んだ。 「んっ……ちゅぶっ、ちゅ」 「あぁっ、お義兄様……中にっ……」 奏海の唇を吸い、僅かに開いた隙間から舌先を差し入れる。 俺の動きに応え、奏海は口を開いてくれた。 「はあぁっ……私の中、ちゅっ、たくさん味わってください」 「はあっ……んあっ……ちゅるっ」 「ん……。 ちゅ、ふぅっ……ちゅぷ、ちゅぷ」 奏海の口内は熱く、多くの唾液が分泌されていた。 唾液を舌先ですくい、自分の口内へ取り込む。 そして再び、舌を入れる。 吐息が混じり合い、舌先がぬるぬると絡み合った。 「ぷはっ……はあ、はぁ」 「すごい、もう私、溶けちゃいそうです」 唇を離すと、奏海が熱い息を吐いた。 互いの唇を繋いでいた唾液の糸が切れ、奏海の口元に落下する。 それを気に留めることもなく、奏海がうっとりした顔になった。 「ああ、お義兄様に口付けしてもらえるなんて」 「一つ、夢が叶ってしまいました」 俺はいま、家族である義妹と口付けを交わしてしまったのだ。 そう思うと、背筋にぞくぞくとしたものが走る。 「お義兄様……兄妹で口付けを交わすなど、他の皆様が知ったらどう思われるでしょうか」 「祝福する者は少ないだろうな」 「私もそう思います」 「ですが、許されない行為なのだと考えれば考えるほど、お義兄様を求める気持ちが強くなるのです」 「私は、おかしいのでしょうか」 言いつつも、奏海の表情は愉悦に染まっていた。 義兄と身体を重ねようとしている行為に酔っているのだろうか。 「俺も同じだ」 「奏海と重なるのが許されない事だと思うほど、お前を離したくなくなる」 「ふふふ、私たちは汚れていますね」 「でも、お義兄様と愛しあうためなら、私はどこまでも堕ちてゆけます」 奏海と共に、淫靡な背徳感に浸った。 蠱惑的な笑みを浮かべた奏海が見上げてくる。 「お義兄様……まだ、終わりではありませんよね?」 「口付けまでしてしまったのです、もう、後戻りなんてしないで下さい」 「後戻りなど、するつもりはない」 頬を撫でてやると、奏海の身体がぴくりと震えた。 「奏海、見せてくれないか」 「はい。 お義兄様」 「見てください……私の大切な場所」 奏海は俺に言われるがまま下着を脱ぎはじめた。 決して、恥ずかしくないわけではないのだろう。 しかし俺が相手ならば、恥ずかしさよりも嬉しさが勝ってしまうのだ。 「明かりは消すか?」 「暗くしてしまうと、お義兄様の顔が見えません」 「点けたままで大丈夫ですから。 お義兄様も、ちゃんと奏海を見ていてください」 下着を脱ぎ去り、俺を見つめてくる奏海。 「どうでしょうか、お義兄様」 「私の身体……ちゃんと、見えていますか?」 奏海が脚を開くと、わずかに秘部が割れて薄桃色の粘膜が晒される。 膣肉は自ら分泌した液体で、てらてらと光っていた。 脳髄が痺れそうな程の刺激的な光景に、息が荒くなる。 「ああ、お義兄様に見られて……」 「やあっ……い、息が、あたっています」 奏海が身体を震わせるたびに、露わになった胸元も小さく揺れた。 わずかに勃っている先端は、乳房に舞い落ちた桃の花弁のようだ。 陰唇の隙間から覗く膣肉が、小さく動く。 そして、割れ目から一筋の粘液が垂れた。 「濡れているな」 「はい。 お義兄様との口付けで身体が火照ってしまいました」 「ああ……こんなところを見られてしまうなんて」 言葉とは裏腹に、奏海はさらに脚を開く。 義妹であり皇帝でもある少女が、俺の前で秘部を曝している。 「奏海、もっと見せてくれないか」 「はい……どうぞ、お義兄様。 好きなだけ見てください」 奏海は自ら陰唇を開き、大切な部分を俺に見せてくる。 「んんっ……あっ、だめっ」 「お義兄様に見られてるだけで……また、濡れてしまいます」 新たに分泌された愛液が女性器から漏れ出る。 見ているだけだというのに、奏海の秘部は湿り気を増していく。 秘部を俺に見られることが、そんなに快感なのだろうか。 「お義兄様……私、このままでは切ないです」 奏海の割れ目から覗く膣肉が、刺激をねだるように脈動した。 その動きに合わせ、再び愛液が漏れてくる。 「奏海、触るぞ」 「は、はい」 「あっ、ああっ……!」 陰唇に触れると、指先が少しだけ肌にめり込む。 羽毛の布団に指を押し込んでいるかのような柔らかさだった。 そのまま指先でなぞると、奏海が全身を震わせた。 「ふぁっ……あっ、んああっ」 「ああっ、お義兄様の手が」 「私をたくさん撫でてくれたお義兄様の手が……あそこを触って……」 「んああっ、ああっ、はあっ……ああっ」 顔を火照らせて荒い息遣いになる奏海。 指先を、艶かしく蠢いている粘膜へ進めた。 陰唇の隙間に、指先がめり込んでいく。 初めての異物に驚いたように、熱くなった膣肉がきつく締めつけてくる。 「ふあっ、中に、入ってきてる」 「やっ、んんっ……あんっ」 「ああっ……ごめんなさい、お義兄様の指、私ので汚れて……」 指を挿入した途端、大量の愛液が溢れ出した。 一つ目の関節まで指を進めただけで、膣肉の締めつけが激しさを増している。 そのまま、柔らかい膣壁をくすぐるようにして、軽い愛撫を続ける。 「んあっ、あっ……んうっ」 「はぁっ、お義兄様、奏海の中……どうですか?」 「柔らかくて気持ちいいな」 「はい、奏海も気持ちいいです」 「お義兄様の触り方、優しくて………すごく、好きです」 「ああっ、はあっ……あっ」 膣襞をくすぐりながら、もう片方の手で陰核をくすぐってみる。 陰核に触れた瞬間、奏海がびくりと腰を震わせる。 「あっ、そ、そこっ……んんっ!」 「痛かったか?」 「いえ、き、気持ちよくて」 「刺激、強すぎます……」 「なら……」 愛液を指に付け、陰核を優しく撫で回す。 同時に、膣内に差し込んでいた指を奥へ進めた。 「あっ、そんな、一緒に……」 「うあっ、んっ、ふあぁっ」 「うううっ……はっ、あ……」 「お義兄様の指、中で感じます……あああっ」 指一本を少し入れただけでも、奏海の膣内はきつい。 これ以上のものを入れられるか、心配になるほどだ。 「奏海、力を抜けるか?」 「うっ、あっ……はぁっ」 「む、無理です、勝手に力、入って……」 「あんっ……んううっ!!」 もう少しほぐす必要がありそうだ。 「もう一本、入れるからな」 「んっ……は、はい」 喘ぎながらも頷く奏海。 一度指を抜き、今度は二本。 たっぷりと愛液を塗った指で、熱い膣口を拡げる。 そして、ざらざらとした膣肉をゆっくり、ほぐすようにして撫でる。 「んっ、あっ、あああっ……!!」 「ふああっ、んっ、ううっ……!」 「んっ、あ……お義兄様の指で、私のあそこ……拡げられてる」 膣内を刺激するたび、片手でいじっている陰核は硬さを増していた。 「動かすぞ」 「はい……もっと、お義兄様に気持ちよくしてもらいたいです」 「んうっ、ああああっ、うっ……ああっ、あっ……!」 「ふあっ……ああっ、ふああっ……あっ……ああっ!」 ぬるぬると指を何度も出し入れさせた。 そのたびに、嬌声を上げながら奏海の身体が跳ねる。 とろけきった表情は、翡翠帝として振る舞っている時と全くの別人だ。 「はあっ、はあっ……もし、国民が今の私を見たらどう思うでしょうか」 「義兄に身体を触られて喜ぶような、倒錯者だと知ったら」 「きっとみんな……失望してしまいますね」 自分を貶めながらも、膣口から溢れる愛液は止まらない。 背徳的な感情が膨れるほど、奏海の感度は増しているようだ。 「奏海、今だけは国のことを忘れろ」 「今のお前は皇帝ではなく、共に育った俺の義妹だ」 「んっ、はい……その通りです、はぁっ、はっ、あああっ」 「私は……お義兄様にあそこを触られて感じているっ……淫らな義妹です……!」 「んううっ、ひんっ……やあっ……んんんっ!」 「ううっ、あっ……あああっ、あんっ、あああっ……!」 自らを罵り、感度を上げていく奏海。 指に吸い付いてくる膣襞が、先ほどよりも熱く柔らかくなっている気がした。 その感触に俺も興奮し、指の速度を上げる。 「あっ、あああっ……んはあっ……ああああっ、んんっ、うんんっ!」 「はあっ……ああっ、ああああっ、んうっ、んっ……ふっ、あああっ!」 「だ、だめです、お義兄様……そんなに早くしたら……!」 抗議しつつも、奏海は決して身体で拒否しない。 されるがまま、俺の愛撫を受け入れている。 膣肉は二本の指に激しく吸い付き、どんどん熱と愛液を増していた。 膣肉を責め立てながら、再び陰核を刺激する。 「あああっ、だめっ、いま、そっちを触られたら……きてしまいます……!」 「ああっ、んんっ、お義兄様……私、もう……!」 「あんんっ! はっ、はあっ! あああっ、あっ、ふああっ!!」 「あああっ、あんっ、んんっ……ふあっ、ああっ、んうううっ、んっ!」 奏海の全身が震え、足先にぎゅっと力がこもる。 そして、一際激しく奏海が身体を弾ませた。 「ああっ! だ、だめっ、きちゃう、きちゃうっ……!!」 「あんんっ、お義兄様……んああっ……! ふあっ、あああっ……!!」 「ふあっ、ん……ふっ、あああっ、んうっ、うううっ、あああんっ!」 奏海を絶頂に導くため、指の動きを激しくする。 膣肉をえぐるように刺激しながら、片手で固くなった陰核をしごき続ける。 奏海の膣内と身体が、絶頂を伝えてくるように痙攣を繰り返した。 「ああっ、んんっ、ああっ、あっ、ふあっ、あああっ、ああんっ!」 「ひうぅっ……! んんんっ、ふああっ、うんんっ、んんっ、ああんっ……!」 「うあああっ、あああっ、ああんっ! はあぁ……はあっ、あああっ、ああっ!」 「ああっ、ああんっ、ああああああっ、んあああああっ、あああああああぁぁぁぁっ……!!」 「ああああああっ……!!」 奏海が大きく背を反らせた。 同時に膣肉が痙攣し、収縮を繰り返す。 指と膣口の隙間から、勢いよく愛液が噴き出した。 「はあっ!! あっ! あっ! ああっ……!」 「はあっ、はあっ……はあっ……!!」 透明な液体が、断続的に尿道から噴出している。 「は~っ……! は~っ……! は~っ……!」 「はぁっ……んんっ」 指を抜くと、震えていた奏海の身体から力が抜けてゆく。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 奏海の股間は濡れそぼり、布団にも大きな染みができていた。 膣肉は絶頂の余韻を残しているかのように、ひくひくと振動している。 「奏海。 大丈夫か?」 「うっ……ううっ……」 「お義兄様の前でお漏らしだなんて……恥ずかしいです」 恥辱のあまり両手で顔を隠そうとする奏海。 「漏らしたのとは違う……かもしれない」 「そ、そうなんですか?」 「多分な。 だから別に恥ずかしがることはない」 「お、お漏らしではなくても恥ずかしいです」 「お義兄様の前で、こんなに乱れてしまうだなんて」 絶頂を迎えて少しだけ熱が冷めたのだろうか。 奏海は素直に自分を恥じていた。 「死んじゃいたいくらいに恥ずかしいです」 「悪い。 嫌だったのなら、もうしない」 「い、いえ、嫌ではなかったですけど」 小声でぽそぽそと言う。 「その、びっくりするくらい、気持ちよかったですから」 「お義兄様の指が私に触れると、それだけで電気が走ったみたいになって」 「気持ちいいのが、身体全体にどんどん広がっていって」 「一人でするよりも、何倍も気持ちよかったです」 快感の余韻に浸っている様子の奏海。 「一人ですることがあるのか」 「って、違っ、違うんです! 毎日してるわけじゃなくて!」 「と、時々なんです! 時々!」 慌てて言い訳しながら墓穴を掘っていた。 「そうか、時々か」 「うう……」 涙に潤んだ目で俺を見上げてくる。 「はしたないって、思いました?」 「別に思わないし、嫌いにもならない」 「性欲ぐらい、誰にでもあるだろう」 「せ、性欲ではなくて、愛情と言ってください」 ただでさえ赤かった顔をさらに赤らめる奏海。 「私は、お義兄様のことを想って……していたんですから」 「お義兄様の指が、私の身体に触れる様を想像しながら」 「部屋は監視されていたから、夜、布団の中でこっそり……」 ぎゅっと手を握る奏海。 自慰を告白する恥ずかしさに耐えているのだろう。 「でも今日……お義兄様に触ってもらってわかったんです」 「好きな人に触られるのは、想像していたものよりも気持ちよくて、ずっと、幸せなものなんですね」 恥ずかしそうにしながら、はにかんだ笑みを浮かべる奏海。 俺を想って自慰をしていたという奏海が、愛おしくて仕方がなかった。 「お義兄様……奏海は、まだ続けたいです」 「お義兄様に捧げるために守っていたもの……ここで、奪ってください」 絶頂を迎えたばかりの膣口を、奏海が自らの手で拡げた。 愛液に光る桃色の膣肉も、物足りなさそうに小さく脈動している。 「お義兄様、準備はもうできていますから」 奏海が熱っぽい瞳で俺を見上げる。 「本当にいいのか?」 「今さら、兄妹なのだからと言うおつもりですか?」 「もう、遅いですよ。 私はもう、お義兄様と繋がりたくて仕方がありません」 「今やめたら、それこそ大声で泣きますからね」 「最後に聞きたかっただけだ。 やめるつもりなどない」 「ふふふ、よかった」 「でも、その前に一つだけ、お願いをしてもよろしいでしょうか」 何かを懇願するような顔になる奏海。 「どうした?」 「お義兄様が愛してくれた証を、奏海の身体に残してほしいのです」 「朝になって皇帝に戻っても、今夜の出来事が夢ではなかったと思えるような証を」 「わかった……じっとしていろ」 俺は奏海の首元に唇を寄せる。 そこに口付けをすると、わずかに汗の味がした。 「んっ……ふっ」 強く吸い付くと、奏海が身体を震わせて声を漏らす。 唇を離すと、奏海の首元に赤い跡が残った。 ここならば、皇帝の装束を着ても布に隠れるだろう。 「ありがとうございます」 「お義兄様に首輪をつけられたようで……とても嬉しいです」 恍惚とする奏海。 口付けの跡が、色白の肌の上で赤く目立っている。 簡単には消えないだろうが、奏海もそれを望んでいるのだ。 「これで国民の前に立つのかと思うと、どきどきしてきます」 「翡翠帝がお義兄様の所有物だと知らないまま、みんな私を見るのですね」 「奏海」 皇帝がそんなに不純でどうする、と叱ろうとして止めた。 義妹と繋がろうとしている男の台詞ではない。 俺の言わんとすることが伝わったらしく、奏海が小さく笑った。 「ふふふ、ごめんなさい、お義兄様」 「こんなことを言えるのも今だけかもしれませんから、思わず」 明日の身さえ分からない奏海に言われては、何も反論できない。 許しの言葉を発する代わりに、俺は奏海の頭を撫でた。 汗ばんだ額に貼りついていた前髪を、そっとどかしてやる。 「では、奏海を……お義兄様のものにしてください」 「私を、一人の女性として愛してください」 男女の関わりを望みながら、俺のことを義兄と呼び続ける奏海。 あくまで兄妹のまま、俺と交わりたいのだろう。 俺もまた、奏海を求める気持ちを押さえられそうにない。 俺は、衣服の中で固くなっていた陰茎を取り出した。 「わあっ……!」 「こ、これが、お義兄様の?」 勢いよく顔を出した陰茎に目を見開く奏海。 「こ、子供の頃に見たのと全然違うんですね」 「すごく大きくなって……きゃっ」 膨張している陰茎が、奏海の脚に触れた。 「それに硬くて熱い、です」 「私を求めて……こんなになっているんですか?」 「ふふふ、嬉しいです」 「お義兄様に義妹として可愛がられながら、女として愛してもらうのが、奏海の夢でしたから」 「さあ……来てください、お義兄様」 「兄妹で、愛し合いましょう」 奏海に義兄と呼ばれるたび、背徳感に心を侵された。 俺は義妹である奏海の愛情を受け入れ、あまつさえ身体を重ねようとしている。 しかし、その背徳感すらも今は快感だ。 俺は男根に手を添え、先端を女性器に触れさせた。 「はあぁっ……!」 「お義兄様のあそこ……すごく、熱いです……」 「ああっ、少し触れただけで、私」 奏海が身体を震えさせる。 亀頭が、膣口から流れ出る愛液で濡れた。 「ああっ、さっき、気持ちよくなったばっかりなのに」 「また、ぞくぞくしてしまいます……!」 「っ……」 俺の全身にも震えが走る。 奏海のそこは熱く溶けたようになっていた。 接吻のように、先端を陰唇の隙間に何度も触れさせる。 「あっ、んっ、はあっ」 「だめ、それだけで気持ちよくなってしまいます……」 「お義兄様……焦らさないで……」 愛液をまぶすように、膣口にあてた先端をぬるぬると動かした。 奏海が切なげな吐息を漏らす。 「お義兄様……奏海は、ちゃんと繋がって気持ちよくなりたいです」 「お願いです、中に入れてください」 「わかった……入れるぞ」 本当にいいのか、奏海は義妹だぞ、と心の中で呟いてみる。 しかし、陰茎と共に膨れ上がった愛欲に、理性が勝るはずもなかった。 「あああっ……! ふああぁ……!」 腰を突き出すと、先端がつぷりと陰唇に飲みこまれる。 狭い膣口へ、ねじこむようにして腰を進めた。 亀頭が徐々に、膣内に隠れていく。 「お義兄様の……入ってきましたっ……!」 かなり濡らしたつもりだが、それでもきつい。 陰茎を押し出すように収縮する膣肉を、先端で押し広げていく。 「ん、んんんっ……うっ……! あ……!」 「い、痛っ……! ぅぅうぅっ……!!」 奏海がぎゅっと両目を瞑ると、目の端から涙がこぼれ落ちる。 結合部分を見ると、隙間から血が流れていた。 俺のために奏海が守っていたものを、たったいま奪ったのだ。 「奏海? 大丈夫か?」 「うううっ……! だ、大丈夫です……!」 「こ、これで、全部入ったんですよね?」 「いや、少し入っただけだ」 「えっ……ま、まだ、奥まで来るんですか?」 驚いた様子の奏海。 これ以上、耐えられそうにないのだろうか。 陰茎を抜こうとして、俺は腰を引いた。 「あぁっ、どうして抜こうとするんですか!?」 「痛がっていたんじゃないのか?」 「違います。 痛くもありますが……私は嬉しいんです」 「だって……もっと深く、お義兄様と繋がることができるのですから」 大丈夫だと示すように、奏海はさらに脚を上げて膣口を広げた。 「さあ、お義兄様……奏海の一番奥まで、いらして下さい」 「お義兄様だって、途中でやめるのは苦しいでしょう?」 「こんなに……私の中で震えているのですから」 痛みに涙を浮かべながらも、俺を最奥まで誘おうとする奏海。 「辛かったら言うんだぞ」 「はい、大丈夫ですから……早く」 「ああっ、きたっ……うっ、ああっ、くぅぅぅっ!!」 「ああっ、んうううっ、はっ……ああっ!」 奏海の様子を見ながら、ゆっくりと腰を突き出した。 狭い秘唇を割り、陰茎が飲み込まれてゆく「んんっ……はぁっ、はぁっ……ひううっ!」 「はっ……んううっ、んっ、ううう……」 「すごい……自分じゃ絶対に、届かないとこまで……ああっ」 「お義兄様の……擦れて、溶けてしまいそうです……!」 熱い肉襞が亀頭を擦り、先端から全身へ快楽が走る。 陰茎の半分ほどが埋まったところで激しい締め付けがあった。 しかし、腰に力をこめて思い切り陰茎を押し込む。 「うあっ、あああっ、んんっ、うっ……んんっ、くうっ!」 「はあっ、はあっ、はあ……ああっ、あっ……」 やがて、陰茎全体が膣壁に覆われた。 膣内はさらに窮屈さを増し、陰茎をぎゅうぎゅうと圧迫してくる。 「うあっ、あっ……あああっ、はっ……」 「ああっ、はぁっ、はぁっ……ああっ……」 「くっ……全部、入ったぞ」 「ほ、本当ですか?」 「これで私は、お義兄様と一つになれたのですね」 奏海が、幸せそうな顔で結合部を見つめた。 膣肉が陰茎を抱き締めるように収縮し、俺を刺激する。 突然の強い刺激に、腰が浮いてしまった。 「お義兄様も、気持ちいいんですね」 「嬉しいです、奏海の身体で喜んでもらえて」 「ああ、気持ちいい……が」 「まだ、足りない」 ぐりぐりと、先端で最奥を刺激した。 膣肉が驚いたように脈動し、結合部の隙間から愛液が溢れ出る。 「ふああっ、奥、押し付けられたらっ……あああっ!」 「あううっ、うんっ、ああっ、あっ……んううっ!」 「あっ、そこ、押されるの……すごい、です……!」 「奏海、動いていいか?」 「はい、私も……まだ足りません。 最後まで、してほしいです」 「お義兄様ので、奏海の中を満たしてください」 その言葉を合図に、腰を動かしはじめる。 亀頭を膣襞に引っかけながら陰茎を引き、再び突き入れる。 「ふあっ、ああっ、あっ、んんっ、ひっ、ひんっ……!」 「はっ、あ……んっ、んっ、ああっ、あんっ、んんっ!」 「あっ、あうっ、あうっ、はっ、ああっ、あんっ、あんっ!」 「私のあそこ、お義兄様ので広げられて……あっ! ああっ!」 肉棒で膣内をかき乱されて感じまくる奏海。 だらしない表情で嬌声を上げ、義兄である俺との行為に浸っている。 この少女が翡翠帝であるなど、誰も信じないだろう。 「もっと……お義兄様のこと私に刻みつけてください……!」 「はっ、はっ、ああっ、あうっ、あうっ、ああっ、あああっ!」 腰の動きを早めながら、唇を重ねる。 「うんっ、うむっ、ちゅ……じゅるっ、んはっ、じゅっ、うんっ」 「ふううっ、ちゅるっ、んむっ、じゅるっ、んんっ、んううっ!」 「うむっ、お義兄……様……ちゅぶっ」 熱い膣襞が、陰茎を絡め取るように締めつけてくる。 付け根から先端まで、余すところなく肉壁が吸い付いてくる。 奏海を突くたび、快感が頭の中で弾けた。 愛液が分泌されるたび、それが潤滑油となり腰の動きが増していく。 「はっ、あっ、ああっ、あっ、あっ、んぅ、あんっ!」 「んはっ、あっ! あっ、あっ、ああっ、うんっ、んっんっ……!」 「はっ、ああっ、あっ、あっ、あああっ! んっ、んうっ、ううっ!」 「お義兄様っ……はげしっ……ふあっ、あああんっ!」 奏海の脚を強く抱えて、より激しく動く。 亀頭が露出するほど引き、一気に最奥まで押し込んだ。 「あああああっ! はっ、ああっ! ああっ、ひっ、んんっ、はぁっ!」 「あううっ! あああっ、あっ、ああっ、あっ、あっ、うああっ……!!」 「はぁーっ、はあっ……あっ、あっ、あんっ、あっ、あっ、ああっ……!」 肉のぶつかりあう音を大きく響かせながら、腰を動かし続ける。 奏海の膣肉は、先ほどよりも遥かに柔らかくなっていた。 痛みは消えたのか、もう快楽しか感じていないようだ。 「ああっ、あっ、あっ、あっ……はあっ、あああっ、あっ、んうううっ!」 「あっ、あうっ……! ああっ、あんっ、うあっ……はぁっ、あん、ああんっ!」 「ふああっ、んううっ、おっ、お義兄様っ……お義兄様ぁっ……!」 奏海が喘いで身体をくねらせると、首元に残した口付けの跡が見え隠れした。 それを見て、俺の気分も昂ぶっていく。 どこへも奏海を行かせたくはない、叶うことなら、このまま時間が止まればいい。 奏海への独占欲を渦巻かせながら、一心不乱に腰を動かした。 「ああっ、ふあっ、ああっ、んうっ、んんんっ、はっ、あっ、あっ……!」 「ひんっ……はあ、ああっ! あんっ、あっ、んんっ、んっ、んっんっ!」 「お義兄様……私、初めてなのに……ああっ、こんなに感じています」 「お義兄様の……気持ちいいところに当たって……!」 「奏海……!」 「あううううっ! はぁっ、あっ、んああっ、ああっ、あっ、ああっ……あっ!」 「名前呼ばれながら突かれると……すごく、感じてしまいます」 「もっと激しくして……私の身体、お義兄様だけのものにしてください……」 互いの名前を呼び、理性のない獣のように交わる。 いや、兄妹で交わっている時点で理性など失っているのだ。 愛情と背徳感に満たされた身体で、性欲を貪りあうことしかできない。 「あああっ、ふああっ、ああっ、ああああっ! あっ、あっ、んっ、ううっ」 「ふあっ、ああっ、あっ、あっ、あっ、あっ……あんっ、ふっ……んんっ!」 「お義兄様、お義兄様も気持ちいいですか……?」 「ああ。 もう、お前のことしか考えられない」 「本当、ですか? 嬉しいですっ……んんっ……!」 「私で、もっと気持ちよくなってください……!」 往復する速度はそのままで、より深く陰茎を押し込む。 がくがくと震える奏海の身体を押さえながら、最奥を激しく突いた。 「ああああっ、ああっ、んっ、んっ、んううっ! はぁっ……あ、ああっ!」 「あんっ、やっ……ああっ、あっ、んふっ、ううっ、ああっ、あっ、あっ……!」 「はあんっ、あっ、あんっ、あ、あっ、あっ、ああっ……! あっ、んんっ」 「あっ、はあっ……さっきより深くて……私もう、自分じゃできない……!」 「ああんっ、ふああっ、お義兄様っ……ああああっ、ああっ……!」 水音と嬌声、そして肉のぶつかりあう音だけが部屋に響いていた。 行為以外のことは何も考えられず、欲望の赴くまま腰を打ちつける。 それを繰り返していると、激しい快楽が陰茎を襲った。 「ああっ、んっ……ふあっ、んうっ、んっ、んっ、んっ、んんっ……!」 「やっ、んんっ! あっ、あっ、あっ、ああっ、あんっ、あんっ、んううっ!」 「はあっ……あっ、ああっ、あんっ、あっ! あんっ、んうっ、んんっ!」 「お義兄様、もっと奏海の中かきまわして……あああっ!」 奏海の求めに応じ、腰をねじ込みながら叩きつける。 射精が近づき震えている陰茎で、奏海の膣内を好き放題にかき回した。 「ああっ、あはぁっ! ああっ、やっ……あっ、ああっ、あぅっ、あううっ!」 「はぁっ、はっ、あっ、あっ、あっ、ああっ、あっ……あっ、んっ……んんっ!」 「あっ、ああっ、ひううっ、ふうっ、うっ……んううっ、ううっ、ああっ、あっ!」 「あっ、あっ、あっ……お腹、苦しいのに、もっとして、ほしい……!」 「お義兄様……もっと奏海のこと、いっぱいにして……!」 「あああっ、んうっ、うんっ、あっ、あうっ、あっ、あっ、あっ、あっ!」 奏海の喘ぎ声に合わせるようにして、膣壁が強く締め付けてくる。 すでに、俺も限界だった。 「くっ……奏海……!」 「ふあっ、ひんっ……あっ、んんうっ、あんっ、ああっ、あっ、あんっ、あんっ!」 「あんっ、んん、んっ、んんっ……! ふあっ、あっ……あんっ、あっ、んん!!」 「あああっ! 好き……好きです、お義兄様ぁ……!」 精液を吐き出すべく、一気に速度を速める。 奏海の膣内も、今までで最も激しい脈動をはじめた。 「はっ、はっ、はっ、はあっ、あっ、ああっ、ああああっ、ああんっ、んうっ、んっ!」 「あんっ、あっ……くうっ、ううぅっ……んっ、んんっ、あっ、ああっ、んあっ!!」 「だ、だめっ! は、速い、速いですっ……! あっ! あっ! あっ! ああっ!」 「私……いく、またいっちゃいます、お義兄様……!!」 義妹の中に精子を吐き出すため、俺は腰を動かし続けた。 陰茎と膣肉が痙攣し、電流が走ったように奏海の身体が跳ねる。 「出すぞ、奏海……!」 「ああっ、あっ……あっ、ふううっ、うううんっ、んんっ、あっあっあっあっ……!」 「んああっ、ああっ! んっ、んっ……んあっ、んう…っ…ああっ、あああっ……!!」 「あああっ、んあああっ、ああ、あああっ……あっ! ああっ! ああっ、ああああっ!」 「ああっ、んあああっ、あああああああっっ……ふああああああぁぁぁぁ~~~っ……!!!」 どくんっ! びゅくっ……! びゅるるるっ!「はああっ!! ああっ! あっ!! はぁぁぁっ……!!」 奏海の最奥で果てた。 俺に汚されるのを待っていた部分へ、存分に精液を吐き出す。 「あっ……!! あっ……! あぁ……!」 「ああっ、まだっ……出るんですか……?」 どぷっ……! びゅるっ……!膣内が断続的に収縮する。 まるで搾り取られるかのようだ。 「はあっ、はあっ……!! 中でお義兄様のが、何度も膨らんでるのわかります」 「出てるんですね……嬉しいです」 「はっ……はぁ、はぁ、はぁ……お義兄様」 脱力した奏海の身体を支えてやる。 奏海の柔らかさを味わいながら、最後の一滴まで出し尽くした。 「んっ! ……あ……!」 力を失った男根が、ぬるりと女性器から抜け出た。 「はぁっ……はぁっ……はぁ……」 奏海の吐息に合わせて、膣口がひくひくと蠢いている。 綺麗な女性器は、今や精液と愛液、破瓜の血が混じり合った液体で塗れていた。 それを見た奏海が、感慨深そうに目を細める。 「本当に、お義兄様に抱いて頂けたのですね」 「私は幸せです……最後にお義兄様に抱いて頂けて、嬉しかった」 奏海が自らの首筋を撫でた。 そこには、俺が口付けした跡が残っている。 「最後と決まったわけじゃないだろう」 「それに、俺はまだまだお前を抱き足りない」 「本当ですか?」 「嘘など言わない」 絶頂を迎えて脱力していた奏海の表情が明るくなった。 「ふふふ、私たちは本当に汚れた兄妹です」 「一度では我慢できないなんて」 奏海が陰茎を受け入れるため、閉じかけた脚を再び開いた。 女性器からは、どろどろと精液が流れ出ている。 「もう一度、奏海のことを抱いてくださいますか?」 「ああ、夜が明けるまで時間はたっぷりある」 朝になれば、奏海は再び翡翠帝となる。 鴇田宗仁の義妹として過ごせる時間は、もう少ない。 「ふふ……嬉しいです」 「お義兄様。 もう一度、口づけしてくださいませんか」 唇を重ねる。 「……ん……ちゅ……。 ちゅ……」 「……はぁっ……」 「お義兄様……大好き、です……」 その晩、俺達はお互いの欲するままに身体を重ねた。 何度も、何度も。 奏海が疲れ果てて、眠りに落ちるまで。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 帝宮前の広場は群衆に埋め尽くされていた。 エルザの総督就任を祝うため、そして翡翠帝の言葉を聞くために集まった人々だ。 『偽者発言』から公の場に姿を現さなかった翡翠帝が、今日、式典で挨拶する。 国民の関心が高いのは当然のことだった。 翡翠帝の挨拶に先立ち、エルザが壇上に立った。 「新しく共和国総督に就任いたしました、エルザ・ヴァレンタインです」 エルザ「このように多くの国民の皆様に歓迎して頂けますこと、心より嬉しく思います」 エルザの口からは、皇国の未来についての大方針が告げられた。 まず国民を驚かせたのは、近い将来、翡翠帝を国家元首として皇国を独立させるという方針だ。 しかし、政治形態は大きく様変わりする。 皇帝は立法・行政権をほぼ失い、代わって普通選挙によって選ばれた国民の代表が政治を行う。 皇国は民主主義国家に生まれ変わるのだ。 軍事面では、皇国に駐留している共和国軍は、段階的に共和国本国に引き揚げることになった。 既に、ロシェルをはじめとする将校が第一陣として帰国していた。 「新しい皇国の歴史が今日より始まります」 「誰もが安心して暮らしてゆける皇国を、国民一人一人の手で創っていきましょう」 挨拶を終え、エルザが壇を下りる。 次に国民の前に立つのは翡翠帝だ。 しかし、彼女は壇上に立つことを躊躇していた。 「(こんな私を国民は受け入れてくれるのでしょうか)」 翡翠帝「(嘘と罪にまみれた、この私を)」 「さあ、陛下。 国民に元気な姿をお示し下さい」 「はい」 不安を引きずったまま、翡翠帝が壇上に立つ。 割れんばかりの歓声に、式典会場が揺れた。 「(え……?)」 翡翠帝は我が目を疑った。 罵倒や非難の声を覚悟していた彼女だが、群衆の表情は揃って明るい。 小さな国旗を精一杯振り、『多忙による心労』であらぬことを口走ってしまった皇帝を、勇気づけようとしているのだ。 「(私を必要としてくれているの?)」 国民の声に包まれながら、翡翠帝は朱璃の言葉を反芻していた。 「『何もできない私に代わって、戦後の皇国民を支えてきたのは他でもないあなたよ』」 朱璃「『無力な私に代わり、皇国を治めて下さりありがとうございました』」 「『これからも、国民をよろしくお願いします』」 「(私はお義兄様を求めていただけなのに)」 翡翠帝の血筋は確かに偽りのものだ。 だが、国民にとっては彼女こそが皇帝だった。 敗戦からの三年、傷ついた国民の心を癒して来たのは、他でもない彼女だったのだ。 「(私は何を見ていたのでしょう)」 「(自分のことだけに汲々として、私を慕ってくれている国民を忘れていた)」 翡翠帝の頬を光る物が伝う。 「……」 翡翠帝の中に、偽りを重ねることへの罪悪感は依然として存在する。 しかし、罪悪感よりも優先すべき感情が彼女の中に輝いていた。 ──国民を守らなくてはならない。 「盛大な拍手、感謝します」 会場が水を打ったように静まりかえる。 「私の言葉で、皆に大きな動揺を与えてしまいましたこと大変申し訳なく思います」 「改めてここに、宣言いたします」 「私は翡翠帝。 この皇国を統べる正当な皇帝です」 歓声が沸き起こる。 「皇国は今なお復興の途上にあります」 「戦の傷跡は未だ癒えず、生活に苦労している方々も多くいる」 「皆が健やかに暮らすことができる、平和な皇国を創っていけるよう、私は努力して参ります」 翡翠帝を称える声が、天京の隅々にまで木霊した。 国民の声援に応える奏海の姿が、遥か遠くに見える。 その姿は、演説の前よりも一回り頼もしくなったように感じられた。 気のせいだろうか。 いや……奏海の晴れ晴れとした表情を見れば、彼女の中に何か良い変化があったことは明らかだ。 「あの子、やっていけそうじゃない?」 「さて、どうかな」 宗仁「やだやだ、冷静なふりして」 「さっきまで、奏海をニヤニヤしながら見ていたじゃない」 「馬鹿なことを」 「写真があるが」 滸「消してもらおうか」 「ふふふ、宗仁様も奏海様にはデレデレでございますね」 古杜音「やはり義妹は可愛いものか」 「ははは、あっと言う間に宗仁を攫われたな、滸」 紫乃「うるさい紫乃」 仲間は一旦無視することにして奏海を見つめる。 彼女を待ち受ける苦難がどれほどのものか、俺には想像もつかない。 武人としての俺は刀を振うことしかできない。 だが、奏海の義兄として、そして一人の男としてなら、刀以外でも力になれるはずだ。 「頑張りなさいよ、お義兄様」 「言われるまでもない」 奏海を見つめると、気のせいか、目が合った気がした。 「『お義兄様と二人、この先の人生を歩めること、身に余る光栄でございます』」 奏海「『皇帝という立場ではございますが、全身全霊、お義兄様をお支えして参ります』」 「『不肖の義妹ではございますが、これからも奏海をよろしくお願いいたします』」 奏海の瞳が、そう告げてきた。 「(俺からも、よろしく頼む)」 俺たちの前には、長い長い道が続いている。 どんな困難に直面しようとも、共に歩んでいこう──奏海。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 放っておけない。 身を挺して皇国人を守る決断をしたエルザを、この目で見ておきたい。 しかし、夜鴉町に向かうなど許されるのだろうか。 俺たち奉刀会は、今日のために活動してきたのだ。 死んでいった仲間たちの顔が脳裏を過ぎる。 「宗仁は夜鴉町に行きなさい」 朱璃「エルザは命を懸けて皇国民を助けているんでしょう?」 「そうと知りながら見過ごすなんて、皇国人の恥よ」 朱璃が、俺の心を見透かしたかのように言ってくれる。 「あの子を死なせないで」 「だが、朱璃は」 宗仁「宮国は私が守る。 宗仁はエルザを」 滸二人が強く頷く。 「滸、帝宮は頼んだ」 奉刀会の部隊から離れ、全速力で夜鴉町を目指す。 「宮国、いいのか?」 「余計なこと訊かないで」 「宗仁抜きじゃ、小此木は討ち取れない?」 「まさか、見くびってもらっては困る」 「期待しているわ、稲生」 夜鴉町は、奉刀会本部付近を中心に紅蓮の炎に覆われていた。 路地は我先にと避難する住民で埋め尽くされている。 平時は取り締まりを防いでくれる入り組んだ路地も、今は避難の妨げでしかない。 各所で人の流れが衝突し、道としての機能を果たさなくなっている。 エルザはどこにいるのだろう?共和国の軍人の姿はちらほら目に入るが、肝心の彼女が見つからない。 エルザの姿を求めて夜鴉町の屋根を移動する。 攻撃機の轟音が耳に入った。 「来たか」 空の彼方から、五機の銀翼が接近してくる。 爆撃を許せば、夜鴉町は灰燼に帰す。 とはいえ、高速で飛行する攻撃機を直接斬りつけられるわけがない。 だが──脳裏に浮かんでいたのは、ある一つの武勇伝だ。 武人町が共和国軍の空襲を受けた時、刻庵殿は刀の一振りで遥か上空を飛ぶ爆撃機を撃墜したという。 おそらくは«鎌ノ葉»だ。 呪装刀を握りしめる。 やるしかない。 「やらせはしない」 ゆっくりと深呼吸してから、体中に流れる力を一箇所に集める。 全身の力を集め、練り上げ、腕へ移動させていく。 見た目に変化はないが、腕周りに数倍の筋肉が付いたように感じられた。 力の奔流が最高潮に達し、呪装刀の隅々にまでいき渡った。 その瞬間、先頭を飛ぶ攻撃機が爆弾を切り離すのが見えた。 破滅をもたらす鉄塊が、逃げ惑う住民をあざ笑うかのように空を落ちてくる。 「てあああああああああっ!!」 衝撃波が空を奔る。 僅かにでも軌道が逸れれば、夜鴉町は火の海。 数百の命が消えるだろう。 同時に、エルザ生存の可能性も限りなく零に近づく。 頼む!空を横切る爆弾が、空気の壁に衝突したかのように炸裂した。 これで終わりではない。 後続の攻撃機が、次々と爆弾を切り離す。 「おおぉぉぉっっっ!!!!!」 三度、四度と真空の刃を放つ。 一塊になって落ちてくる爆弾が、空中で巨大な火球となった。 それでも、全ては破壊できていない。 炎の網から零れたように、爆弾が三つ下降を続けていた。 「くっ!!」 奥歯を噛みしめた瞬間──謎の光が全ての爆弾を捉えた。 町の甍が赤く照らし出される。 誰かが迎撃してくれたのだ。 「鴇田君、何故ここにっ!?」 エルザ足元から声が飛んできた。 「エルザっ!」 屋根から、エルザの目の前に飛び降りる。 「無事だったのか」 「運良くね」 エルザの顔は血と埃と汗に汚れている。 ずっと夜鴉町をかけずり回っていたのだ。 「あなた、奉刀会はどうしたの?」 「君を助けに来た」 エルザが目を見開く。 「大事な時に何を考えているの!?」 「私なんかより、帝宮の方が大切でしょう!?」 「君の方が大切だからこちらに来た。 単純なことだ」 「あ、う……う……」 反論の言葉を失い、エルザが苦々しい顔をする。 「ま、まあいいわ」 「それより、さっき爆弾を破壊したのはあなた?」 「途中まではそうだ」 「しかし、最後の爆発は俺ではない」 「あれは私」 「エルザが?」 武人でもない生身の兵士が、落下してくる爆弾を落とせるとは。 「共和国には、そのような兵器があるのか」 「共和国、というのは正解ではないかもしれないわね」 エルザの表情から笑顔が消えた。 また、攻撃機が来る。 「鴇田君、私を屋根に上げて」 「わかった」 細かいことを聞いている暇はない。 エルザの細い腰に手を回し、躊躇なく地を蹴る。 「ありがとう、鴇田君」 エルザが俺の首に回していた腕を離し、屋根の上で立て膝になった。 両手で回転拳銃を持ち、銃口を空に向ける。 銃身には武人の呪紋のような文様が刻まれている。 「呪装具なのか」 「軍の研究班が試作したものよ」 銃身が金色の光を放った。 やがて光は意志を持つかのように銃口へと集まり、一つの光点へと凝縮した。 金色は白色へと変化し、目を射貫かんばかりの輝きを放つ。 攻撃機が間近に迫った。 「鴇田君、祈っていて」 攻撃機が爆弾を切り離した。 「銃と、エルザに賭ける」 「では外せないわね」 続けざまに放たれた光弾が、夜空を疾駆する。 その軌跡は直線ではない。 弓なりの曲線、あるいは稲妻の如き直線を描き、落下する爆弾をいとも簡単に貫く。 「当たった」 「まだよ」 それでも光弾は止まらない。 意志を持つかのように、撃ち漏らした爆弾に追いすがる。 強烈な衝撃波が夜鴉町を走り抜ける。 「くっ!」 「きゃっ!?」 エルザを抱き締める。 爆風に乗って飛んできた瓦礫が、俺の背中を激しく叩いた。 「鴇田君っ!?」 「気にするな」 「それより、よくやってくれた」 攻撃機が頭上を通り過ぎて十秒以上が経過している。 エルザが全ての爆弾を撃ち落としてくれたのだ。 夜鴉町にも着弾の形跡はない。 「祈りが通じたみたいね」 エルザが銃身を額に当てた。 「恐ろしい銃だな。 俺たちに向けられなくて良かった」 「まだわからないわよ」 だが、すぐに微笑んだ。 「冗談よ」 「もう、武人に敵対する意思はないということか」 「ええ、だから安心して」 言ってから、エルザがはっとした顔になる。 『もう、ない』ということは、『今までは、あった』ということだ。 「鴇田君、私……」 「いいんだ、お互い様だ」 「そう」 「やはり、武人は共和国を」 それ以上は言わなかった。 所詮、狐と狸の化かし合いだったのだ。 共に立ち上がり夜鴉町を見下ろす。 爆撃は防げたが、火災は続いている。 誰かが秩序だった避難指示を行わなければ、被害は増えていくだろう。 「住民を避難させよう。 部下は動かせるか」 「そのために来たのよ」 エルザと頷き合い、俺たちは屋根から下りた。 しばらくして、住民の避難があらかた終わった。 死傷者は少なくない。 しかし、エルザの部隊が動かなければ、何十倍もの死傷者が出ただろう。 耳の奥には、彼女の避難を促す声がまだ響いている。 心の底からの必死の叫びだった。 エルザの行為が打算的でないことは明白だ。 「顔を拭いた方がいい」 「ありがとう」 俺が手渡した布で、エルザが顔を拭く。 煤や埃が汗でべっとりと貼り付いている。 「聞いていいか?」 「夜鴉町の爆撃は誰の命令だ?」 「ウォーレンよ」 「本国に帰るというのは嘘だった。 今彼は総督府にいるわ」 「では、今頃帝宮は……」 ウォーレンが奉刀会の動きを察知しているのなら、既に共和国軍が帝宮に向かっているかもしれない。 「朱璃たちが危ない」 「鴇田君は帝宮に行って。 私は総督府に」 「行ってどうする?」 「ウォーレンを拘束します。 それが難しいようなら……」 エルザが拳銃の残弾数を確かめ、再度弾倉を押し込んだ。 「共和国を……父親を裏切るのか?」 「私は、私の忠義のために戦うと決めたの」 「たとえ相手が父親でも、勝てないとわかっていたとしても関係ないわ」 「『自分の中の最低限の高潔さ』か」 エルザが頷く。 「ウォーレンは、何の躊躇いもなく民間人を犠牲にしようとした」 「決して、あってはならない……」 「いえ、ウォーレンの主義主張はどうでもいいの。 私は許せないというだけのことよ」 彼女が身を挺して夜鴉町の住民を避難させたのは、このためだったのか。 見れば、エルザの軍服の徽章が引き千切られている。 もはや軍籍もいらぬという覚悟なのだ。 「共に総督府に行こう」 「総督府を叩ければ、武人にとっても大きな支援になる」 「総督府の守りは堅いわよ。 死ぬかもしれないわ」 「だから共に行くんだ」 深い群青の瞳は澄み渡り、一片の迷いも感じられない。 この表情の前には、国籍も立場も、過去の因縁も無意味だ。 エルザ・ヴァレンタインは、最も信頼できる人間の一人になっていた。 そして、彼女の背後には埃だらけになった部下が集まっている。 負傷したり武器を失っていたりする者も多く、戦えるのは百名程度だろう。 総督府がある共和国管区には、約二万の共和国軍がいる。 多勢に無勢どころの話ではない。 しかし、一人一人の目にはウォーレンへの怒りが燃えている。 容赦なく爆撃されたのだから当然だ。 彼らとならば、迷いなく戦うことができる。 「行きましょう」 「ああ。 存分に力を発揮しよう」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 エルザの反逆は末端の兵士には伝わっていないらしく、共和国管区の検問も挨拶一つで通ることができた。 警戒されていないとはいえ、こちらは百名程度の勢力だ。 戦闘になればひとたまりもない。 怪しまれぬよう、整然と隊列を組んで進軍する。 「総督府の警備状況はわかっている?」 エルザ「ああ。 何度も花屋の仕事で入ってる」 宗仁「そうだったわね。 困った花屋さん」 共和国総督府──通称、総督府は、南北二千三百〈米〉《メートル》、東西千五百〈米〉《メートル》という広大な敷地を持つ。 警備は厳重も厳重で、敷地内に一万、周辺の軍基地も含めれば二万の兵士が駐屯している。 兵器も過剰な程に配備されており、敷地の外からでも戦車や装甲車の列が窺えた。 もはや要塞か基地か、といった風情だ。 ウォーレンがいるであろう建物は、そんな敷地のほぼ中央、正門から徒歩で十分ほどかかる位置にある。 「総督府の建物に着く前に戦闘になれば、万に一つも勝ち目はないわ」 「検問と同じように正面から行くか」 「もちろん」 エルザは笑顔で答える。 少しでも怪しまれれば終わり──こんな状況で笑えるのだから、素晴らしい胆力だ。 「行くわよ」 先頭に立ち、エルザが総督府の正門に向かう。 正門は二両の装甲車と十五名ほどの衛兵が警備している。 「着いてきて。 堂々とね」 エルザを先頭に正門に向かう。 こちらに気づいた衛兵が一斉に敬礼した。 「ご苦労様」 「そこのトラックを三台借りるわ。 エンジンをかけて」 エルザが敷地内に停められている、兵員輸送用のトラックを指差す。 衛兵が迅速に動く。 「ありがとう」 エルザと共にトラックの荷台に乗る。 幌がついており、外から中を窺えない車両だ。 都合がいい。 重いエンジン音と共に車が動きだした。 周囲の兵士達が、無言で装備の最終確認を始める。 エルザが無線に向かって口を開く。 「司令部の手前で停めて」 「五班に分かれて展開、突入する」 「発砲を許可します。 しかし極力殺さぬよう。 以上」 無線を切ると、エルザもまた黙々と装備を点検する。 淀みのない、手慣れた動きだ。 「珍しい?」 「ああ、初めて見た」 「まさか、共和国軍と共に戦うことになるとは思わなかった」 「私達はもう共和国軍ではないわ」 『エルザ・ヴァレンタイン軍』だな──兵士の誰かが言い、車内が笑いに包まれた。 覚悟が決まった兵士というのは、国籍関係なく気持ちが良いものだ。 やがて車が止まった。 車から降り、遠目に司令部の建物を見る。 走れば一分というところだ。 「(始めるわよ)」 エルザが手で指示を出すと、部隊は五つの班に別れ、一糸乱れぬ動きで建物に近づいていく。 エルザ直属の部隊は、武人の間でも練度の高さで知られている。 部隊が一つの生き物であるかのように、お互いを補い合いながら淀みなく動く。 一人一人の判断を重視する武人とは全く違った戦い方だ。 俺とエルザは、姿を隠しながら建物の正面入口に近づく。 「(素晴らしい部隊だ)」 「(優秀な兵士達よ)」 「(皇国に配属されて以来、共に訓練してきたわ)」 正面入口を守る歩哨二人に、左右から味方が近づく。 次の瞬間、流れるような体術で敵兵を無力化し、素早く物陰に引きずり込んだ。 他の出入り口でも、同じような光景が繰り広げられていることだろう。 「(屋内に突入するわ)」 「(鴇田君も活躍してくれていいのよ?)」 「(全力を尽くそう)」 エルザと二人、建物の正面扉に陣取る。 「(いくわよ)」 エルザが、胸に着けた無線を二回叩く。 間髪入れず、扉が爆薬で吹き飛んだ。 続いて閃光弾。 白煙の中を建物内に突入する。 すぐさま、閃光と爆音に呻く兵士二人を斬り捨てる。 「はああぁぁっ!!」 向かってくる銃弾に向かい、全力で刀を振るう。 発生した衝撃波が狭い通路を走り抜け、先に潜んでいた敵兵の悲鳴が上がる。 エルザの拳銃が立て続けに火を噴く。 手を打ち抜かれた者は武器を落とし、足を撃ち抜かれた者はその場にうずくまる。 この乱戦の中、意図して致命傷を避けているのだ。 並の技量ではない。 物陰から飛び出した敵兵が、こちらに銃口を向けた。 「エルザ!」 「きゃあっ!!」 とっさにエルザを押し倒す。 擦過音が耳元をかすめ、髪の毛が舞った。 「くっ」 俺に押し倒されながらも、エルザの目は敵を捕らえていた。 放たれた銃弾が、襲ってきた相手を無力化する。 「はあ、危なかった」 「助けてくれて感謝するわ」 「仲間なんだ、礼を言う必要はない」 身を起こし、手を差し伸べる。 エルザがしっかりと手を握って立ち上がる。 「仲間かしら?」 「片思いならばそれもいい」 エルザが俺に向かって銃を構えた。 「エルザ!?」 声を上げる前に銃口が火を噴いた。 振り向くと、背後で新手がうずくまっていた。 「片思いじゃないって、証明できた?」 エルザがパチリと片目を閉じて見せる。 「さあ、奥へ進むわよ」 守備隊は、友軍の攻撃に混乱しているらしく組織だった抵抗ができていない。 しかも、突入してきたのは総督の娘の部隊、共和国軍の最精鋭だ。 混乱の程は容易に想像できる。 「投降した者の命は助ける! 武器を捨てなさい!」 「抵抗する者に慈悲はかけないわよ!」 攻撃の合間にエルザが呼びかける。 その度に敵兵は武器を床に置いた。 轟音に総督府の窓が震える。 「攻撃機か」 やや遅れて、大地が揺れるような重い音が響いた。 爆撃の音だ。 「方角から見て帝宮だ」 「帝宮を爆撃するなんて、国民感情を一切考慮していないのね」 「ウォーレンは、この機会に皇国を併合するつもりかもしれない」 「早くウォーレンを押さえよう」 「ええ、急ぎましょう。 彼は二階よ」 エルザと共に総督室への階段を駆け上る。 総督室の手前にある広間は激戦となっていた。 一階の敵兵と違い、二階の敵兵は降伏勧告に応じる気配がない。 「敵を殺さずに無力化するのはそろそろ限界だ」 「時間もない、一気に片をつけるべきだ」 「そうね」 エルザは極力、守備部隊の命を奪わないようにしていた。 今は戦っているとはいえ、かつての友軍だ。 中には友人や知人もいるだろう。 「最後に、もう一度だけ説得させて」 「手短に頼む」 エルザが俺に拳銃の銃把を向けてくる。 「持っていて」 「丸腰で説得するつもりか?」 こくりと頷くエルザ。 「そこまでして敵の命を守るのか」 「たまたま敵になっているだけよ」 俺に銃を渡すと、壁の影から廊下に呼びかけた。 「今から通路に出ていくわ!」 「銃は持っていない! 話を聞いてほしい!」 こちらは、いつでも飛び出せるように身構える。 エルザが撃たれてからでは遅い両手を上げたエルザが、ゆっくりと通路に出た。 今のところ敵からの銃撃はない。 「ウォーレンは、無差別爆撃で一般人を巻き添えにしました」 「いかに戦争といえども、許される行為ではないわ」 「私は、一人の人間として、彼を止めるために行動しています」 「あなた達は、一体何のために共和国軍に入隊したの?」 「〈無辜〉《むこ》の人々を虐殺するため?」 「違うはずよ」 「世界各地で圧政に苦しむ人々を助けるために入隊したはず!」 「決して、無抵抗な人間を殺戮するために軍に入ったわけではない! そうでしょう!?」 「あなた達が本当にしなければならないことは一体何?」 「無差別爆撃を命令した上官を守ることではないはずよ!」 「直ちに抵抗をやめ、私の指示に従いなさい!」 「今こそ、本当の共和国軍に生まれ変わる時!」 「自分の守るべき者のために戦うのよ!」 敵兵からの反応はない。 無視しているのか、それともエルザの話を聞いているからか。 呪装刀の柄を握る手に、改めて力を込めた。 だが──敵兵が一人、通路に出てきた。 両手を頭の後ろで組み、武器を持っていないことを主張している。 「あなたの勇気ある投降に感謝します」 「他はどう? 彼に続く者はいないの?」 エルザの声が呼び水となり、ぞろぞろと敵兵が投降を始めた。 「ありがとう。 あなた達の命は私が預かります」 投降した兵士は、一様に安堵の表情を浮かべている。 当然と言えば当然だが、共和国軍同士、好き好んで殺し合いをしていたわけではないようだ。 「君の言葉が届いたようだ」 エルザの隣に並び、労をねぎらう。 「無駄な戦いが避けられて良かった」 「さすがに、友軍まで爆撃するウォーレンは許せなかったみたいね」 「ウォーレンは、これまで何度も無差別爆撃を?」 「私が軍務についてからは必死に止めてきたけれど、それ以前には少なからず」 以前、紫乃から聞いた話を思い出す。 ウォーレンは軍需産業からの要請で、新兵器の試験や弾薬を消費するために、必要のない爆撃を行っていたらしい。 そうすることで企業から莫大な献金を得るのだ。 「でも、結局彼に私の声は届かなかった」 「ま、娘が夜鴉町にいるとわかっていても爆撃を止めない人だから」 「私がウォーレンの人間性に期待しすぎていたのかもしれないわ」 エルザが笑顔で肩をすくめる。 どうしようもない悲しさが伝わってきた。 「だが、それでも君は夜鴉町に走った」 「その勇気は尊敬に値する」 「私は自分の主義主張を守りたいだけよ。 尊敬されるような行為じゃないわ」 「部下も沢山巻き込んでいるしね」 苦笑しつつ、エルザが背後を見る。 倍ほどに膨れあがった味方が、信頼の眼差しをエルザの向けていた。 「さあ、ウォーレンを拘束しましょう。 最後の仕上げよ」 表情を引き締め、エルザが総督室を目指す。 扉の錠を自らの銃で撃ち抜き、エルザは総督室の扉を蹴破った。 室内に兵士の姿はない。 ウォーレン・ヴァレンタインは、一人悠然と椅子に腰を下ろしていた。 「武人連れとは恐れ入った」 ウォーレン「夜鴉町で拾ってきたか」 「ウォーレン・ヴァレンタイン。 今すぐ投降しなさい」 「これで私に勝ったつもりなのか?」 「あなたの命は私の手の中にある」 「軍人として、これ以上の敗北はないはずです」 表情を変えずに言う。 「直ちに全部隊に対して戦闘中止命令を出して下さい」 「断る」 「民間人が犠牲になったとしても、止めるつもりはないのですね」 「下らない問答に時間を費やすつもりはない」 「攻撃を止めたいならば、私を殺し、お前の声で命令するがいい」 「ただ先程、全軍に対し、お前に従った者は厳罰に処すとの通達が下された」 「本国からの通達だ」 「部隊がお前の命令に従うかは、極めて不透明だろうな」 「自信がないのならば、私が命令を出してやってもいい」 銃を構えたエルザの手が揺れる。 「命が惜しければ、攻撃を止めさせなさい」 「銃を捨てて謝罪すれば、私が攻撃停止命令を出そう」 「はったりだ」 「この短時間で本国が通達を出すわけがない」 「私とその武人、どちらの言葉を信じるもエルザの自由だ」 「……」 エルザが唇を噛む。 答えを出しかねているのだ。 「何故です」 「何故あなたは、躊躇なく民間人を爆撃できるの?」 「お前は知っていると思ったが」 「金と権力か」 ウォーレンは肯定も否定もしない。 「金や権力とは、それほどまでに甘美なものなのですか!?」 「無抵抗な人間を殺してでも手に入れたいものなのですか!?」 「簡単に質問する人間は成長しない」 「私の遺言だと思うがよい」 ウォーレンはこちらなどまるで気にせずに、机の引き出しを開け、拳銃を取り出した。 「さて、お前が死ぬか私が死ぬかだ」 「待って……」 響く銃声。 「ふっ!」 飛来する銃弾を、刀で叩き落とす。 「エルザ、ぼんやりするな」 「あ……」 ウォーレンが引き金を引き続ける。 その全てを呪装刀で弾き返す。 「武人、なぜエルザの味方をする? 仲間の仇ではないのか?」 「彼女は職務を忠実に果たしたにすぎない」 「俺が信じたのは、国籍も軍籍も関係ないエルザという人間だ」 自らの忠義に生きると宣言し、事実、命を懸けて忠義を全うしようとした彼女を信じている。 「なるほど」 「皇国の野良犬にたらし込まれたか」 ウォーレンが唇の端をつり上げた。 銃弾を吐き出したのは、眼前の銃ではない。 背後にいるエルザのものだ。 「く……」 ウォーレンが肩口を押さえた。 みるみるうちに、赤い血が軍服に染み出す。 「武人は誇りある猟犬よ。 野良犬じゃない」 エルザがウォーレンに背を向け、部屋の外にいる兵士に告げる。 「ウォーレンを拘束しなさい」 「全軍へ攻撃停止命令を出します。 無線の準備を」 ウォーレンの拘束から五分後。 エルザが皇国内の全共和国軍に対し、戦闘停止命令とウォーレンの更迭を伝達した。 帝宮から聞こえていた銃声は止み、上空を旋回していた攻撃機は海の彼方へ飛び去った。 ウォーレンの言葉に反し、全軍がエルザの命令に従ったのだ。 「はったりだったか」 「彼の一番近くにいた兵士がこちらに投降したのよ? 本当であるわけがないわ」 言われてみればそうか。 「さすがに冷静だ」 「鴇田君の言葉で気づいたのよ。 ありがとう」 緊張が解けたのか、エルザの微笑みは柔らかい。 「奉刀会には伝令を出してくれたか?」 「ええ、総督府に来るよう言ってあるわ」 「爆撃の被害が少なければいいが」 武人は空からの範囲攻撃に弱い。 無事でいてくれればいいが。 総督府に朱璃達が来たのは、一時間ほど経過してからだった。 「怪我はないか?」 「稲生が守ってくれました」 朱璃「私は無事だ」 滸「こちらもだ」 多くの言葉は必要ない。 ただ視線を交すことで、お互いの無事を祝福した。 「それで、首尾はどうだ?」 「帝宮は奉刀会が制圧した」 「だが、小此木は仕留めることができなかった」 「逃げられたか」 「私たちより先に、誰かの手にかかって死んでいたの」 「銃の傷があったから、共和国軍だと思うけどはっきりしたことは言えない」 「結局、私の手でお母様の無念は晴らせなかった」 とは言うものの、朱璃の表情は暗くない。 今の朱璃は、個人的な敵討ちよりも皇国の未来を見つめているからだ。 「奏海は?」 「今は帝宮だ。 子柚と睦美が警備に付いている」 「あの子が無事で何よりだわ」 エルザが表情を緩める。 「エルザには感謝しないとね」 「共和国軍の動きを止めてくれたのでしょう?」 「まあ、結果的にはね」 「今だから告白するが、私は君の本心を疑っていた」 「武人を陥れるつもりだと考えていたのだ」 「申し訳なく思う」 「あら、武人って意外と疑い深いのね」 「人によると思うが」 俺を見てエルザが笑う。 お互いがお互いを騙していたことは、俺たちの間では既知のことだ。 そしておそらく、お互いに許している。 「何、この雰囲気」 「こちらのことよ」 「それより、あなたはこれからどうするつもりなの、皇姫様?」 「あなた次第よ、次期総督閣下」 「まだ決まったわけではないわ」 「決まったらどうするつもり?」 「今のあなたは、共和国の全軍を動かす力を持っています」 「その気になれば、朝日が昇る前に奉刀会を壊滅させることもできるはずよ」 朱璃が真面目な顔で問う。 返答次第では、奉刀会と共和国の対立は続くことになる。 いかにエルザが信頼に足る人間であったとしても、また戦うことになるだろう。 「少し勘違いしているみたいね」 「私はもう、武人を敵と見なしていないわ」 「そちらは?」 「過去についてはいろいろ思うところがあるけど、帝宮の空爆で死なずに済んだのはエルザのお陰ね」 「あなたを敵だとは思っていません」 「ちなみに、私が今生きているのは鴇田君のお陰よ」 「エルザは共に戦った仲間だ。 信頼している」 答えていない滸に水を向ける。 「私には、まだわからない」 「だが、宮国と宗仁の言葉は信じよう」 「ありがとう、稲生さん」 「正直なところ、今後しばらくは共和国軍をまとめるだけで手一杯になると思います」 「先程も言った通り、私が総督になるとは決まっていないし、本国に事情を説明しに行くことになるかもしれない」 「皇国の将来を軽々に論じるわけにはいかないわ」 エルザが厳しい表情で俺たちに告げる。 しかし、すぐに表情を緩めた。 「でも、これだけは伝えておきます」 「私の理想は皇国の民主化よ」 「平和で平等な社会を築いていけるよう、微力ながら力を尽くします」 「あなたたちが協力してくれることを、心から祈っているわ」 武人とエルザとの間には、この三年で積み重ねてきた因縁が積み重なっている。 それは否定できない。 だが俺は、全てを水に流してもエルザを信じていきたい。 昔エルザと話したことだが、戦場ではあらゆる理想が現実という泥にまみれていく。 どんな高潔な精神も崇高な理念を以てしても、敵兵は倒せないし、弾丸は防げない。 それでも、エルザは自らの忠義のために命を懸けて、泥の中を這いずり回った。 今のエルザは、どんな武人よりも武人らしく見え──そして、輝いていた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 竜胆作戦の決行から一週間が過ぎた。 帝宮前庭を見渡す限りの民衆が埋め尽くしている。 壇上には、奏海──翡翠帝の姿がある。 傍には、皇国解放の立役者である奉刀会の会長、稲生滸、そして共和国軍総督代行であるエルザ・ヴァレンタインの姿がある。 これより、一週間前に始まった動乱の決着を祝い、奏海が挨拶する。 「まずは、終戦以降、権勢を〈恣〉《ほしいまま》にしていた小此木時彦が国政の場から退いたことを報告します」 翡翠帝「また、共和国総督ウォーレン・ヴァレンタインは、重ねてきた罪により本国へ送還されました」 「今日この時、皇国は共和国の支配から独立することを宣言いたします」 歓声が上がった。 民衆は翡翠帝の名を連呼し、それが大きなうねりとなる。 「この度の独立に際して、エルザ・ヴァレンタイン様には大変なご尽力を頂きました」 「加えて、稲生滸に格別の働きがあったことも皆に報告いたします」 「皇帝として、深く深く感謝します」 「そして、命を懸けて戦った武人、そして共和国の兵士にも同様に感謝したいと思います」 奏海が目を伏せて謝意を表す。 「特にエルザ様におかれては、共和国人としての国籍を捨ててまで皇国のためにご尽力下さいました」 「彼女こそ皇国の恩人です」 「エルザ様には名誉国民の称号を贈り、今後は皇国の一員として共に歩んでいければと思います」 「また、稲生滸を始めとする武人には、終戦よりこの方、苦しい日々を送らせてしまいました」 「それでもなお皇国への忠義を忘れず立ち上がってくれましたこと、ここに感謝するものです」 奏海が二人を讃えると、会場から大きな拍手が上がった。 これで、エルザは皇国人として受け入れられ、武人は名誉が回復された。 もちろん反対する国民もいるだろうが、皇帝の発言は絶対的な重みを持つ。 「今後は、ここにいるお二人、そして他でもない、国民の皆と新しい皇国を創ってゆきたいと思っております」 会場が静かになった。 皇国民の常識から言えば、国は皇帝が治めるもの。 国民と共に国を作るという発言には、皆、違和感があるのだ。 「共和国には、民主主義という国民一人一人が国政に参加する仕組みがあります」 「私は、この度の独立を機に、皇国にもこの優れた仕組みを導入しようと決心いたしました」 「しかしながら、私一人の力で国の制度を変えることはできません」 「ついては、共和国の政治に精通されたエルザ様に政治顧問となって頂き、お知恵を拝借できればと考えております」 どよめきが起こる。 突然、民主主義の導入を宣言した上に、共和国人を政治顧問に就けるというのだから無理もない。 「三年前の敗戦により、私達は大きな傷を負いました」 「その傷を治すだけでなく、次世代のために、より良い皇国を目指すべき時期が来たのです」 「これからの皇国は皇帝一人のものではなく、全ての国民のものです」 「共に手を携え、新しい皇国のために邁進して参りましょう」 共和国の兵士を中心に大きな拍手が上がった。 それが、徐々に皇国民へと広がっていく。 最初は多少無理矢理でもいい。 時間が経てば、新しい制度も国民に馴染んでいくはずだ。 「いきなり政治顧問にされるだなんて、聞いていなかったわ」 エルザ長椅子に半ば横たわり、ため息をつくエルザ。 「君の理想に近づいたのではないか」 宗仁「私はもっと段階的に民主化したいと思っていたの」 「皇帝はいきなり統治権を否定するし、元共和国人を政治顧問に就けるしでは、国民が動揺します」 「まったく、翡翠帝の行動にはいつも驚かされるわ」 『これからの皇国は、皇帝一人のものではありません』という奏海の発言は、皇国政治の大きな転換点だ。 «大御神»より皇国の統治を預託されていた皇帝が、その職務を否定したわけである。 もはや、朱璃が自分の血筋を証明する意味合いはなくなったと言っていい。 今後の皇国統治は、民主的な選挙が行われるまで、エルザ達『元』共和国軍が担うことになっている。 無論、軍の全権はエルザにある。 結果的には、エルザがこの国を治めることになってしまったのだ。 「でも、決まってしまったものは仕方がないか」 「軍に対する住民の反感は根強いわ。 武人にも協力してもらうからね」 朱璃は当面の問題解決を優先し、奉刀会とエルザに協力する方針でいる。 ならば、俺も全力を尽くすまでだ。 「勿論だ。 できることがあれば遠慮なく言ってくれ」 「頼りにしています」 「今回の件について、本国は何と言ってきている?」 「クーデターについては、ウォーレンが責任を取って終わりではないかしら」 ウォーレンについては、民間人への無差別爆撃を指示した咎で本国へ送還されることになっている。 合わせて、ロシェルをはじめとした士官級の軍人や、共和国へ忠誠を誓っている軍人も近日中に帰国するだろう。 「本国としては、できるだけ穏便に片をつけたいようね」 「大統領選挙も近いし、失策は増やしたくないのでしょう」 「そういうものなのか」 共和国のことはよくわからない。 「私はまあ、共和国大使館の駐皇国大使といったところかしら」 「あくまでエルザを共和国人として扱うつもりか」 「そこは妥協しなければならないでしょうね」 「皇国民は、自らの力で民主化への道を進み始め、また民主化を達成する力も備えている」 「従って、共和国が直接的に統治を行う必要はなく、適切な関係を保った上で独立を認めても問題はないだろう」 「……という辺りで落ち着かせようと考えているわ」 「戦争を始めるにも終わらせるにも、大義名分が必要なのよ」 「また事情が変われば、別の大義名分を掲げて戦争になるのだろうな」 「それが現実よ」 エルザが寂しげな微笑をたたえる。 「でも、現実がどれだけ泥にまみれた世界だとしても、私は最低限の高潔さは守っていくつもりよ」 「それが私の忠義だから」 これからのエルザは、今までよりも責任ある立場に立つ。 常に批判の矢面に立ち、なおかつ批判してくる人間すら守らねばならない。 どれほどの重圧が彼女の肩に掛かるのか。 できることならば、傍でエルザを支えてやりたい。 「私が皇国を統治することに、鴇田君は反対?」 「朱璃が了承しているのだ、俺も支持する」 「あなた個人の意見を聞いているの」 「君がどんな国を作るのか、非常に興味がある」 「それに、できるなら、傍で支えたいとも思っている」 「どういう意味かしら? いろいろと取りようがある言葉ね」 「どうもこうもない」 「困っていることがあったら助ける、それだけだ」 「まあ、実際には戦いでしか役に立たないと思うが」 「できれば、戦いのない国を作りたいのだけれど」 「では、活躍できないな」 「今から政治の勉強でも始めてみるか」 自分の頭にはあまり期待していない。 勉強するにしても、役に立つ人材になるには長い時間がかかりそうだ。 「そうだな、今役に立つことと言えば、茶を淹れることくらいか」 「あら、ありがとう」 「あなたにお茶を淹れてもらえる日が来るなんて思わなかったわ」 「俺も意外に思っている」 笑って返すと、エルザも笑った。 「ふふふ、生徒会室で鴇田君と初めてお茶を飲んだ時のことを思い出すわ」 あの日、俺たちは共に小此木を打倒しようと誓った。 結局、お互いがお互いを潰そうと考えていたせいで、共闘は適わなかったが。 「お互いに、相手を潰すつもりだったなんて最低ね」 「あーあ、最初は武人を一網打尽にできると思っていたのだけれど」 「こちらも、君を出し抜けると思っていた」 「皇国では、イタチと狸の化かし合いというのだったかしら」 「ははは、狐と狸だ」 「しかし、終わってみれば当初の作戦通りになったのだな」 「不思議なものよね」 茶を淹れてエルザに手渡す。 一口飲んでから、遠い思い出を振り返るようにエルザが口を開いた。 「夜鴉町が爆撃を受けた時、あなたに電話をかけていなければどうなっていたのかしら?」 電話に気づかなければ、俺は夜鴉町に行かなかったかもしれない。 エルザと共闘することもなかったし、一緒に総督府に向かうこともなかった。 ウォーレンを拘束していなければ、奉刀会は全滅していたかもしれない。 あの電話から、皇国の運命が変わってしまったのだ。 「電話をしたことを後悔しているのか?」 「まさか」 「あなたはどう? 私に協力したことを後悔している?」 「いや、良かったと思っている」 「後悔しないために、いつも必死で生きているつもりだ」 「そうね、それが武人だったわね」 エルザが満足げに微笑んだ。 「ふぁ……」 エルザが口に手を当てて欠伸をする。 「ごめんなさい、お茶を飲んだら気が緩んで」 長椅子にもたれたまま、エルザが目を閉じる。 「少し休んだ方がいいと思う」 「ええ、そうさせてもらおうかしら」 長椅子に横になるエルザ。 「鴇田君?」 「なんだ?」 「傍にいてくれる?」 囁くような小さな声。 「もちろんだ。 安心して眠ってくれ」 「そう言う意味じゃないわ」 「もっと近くに来て」 「わかった」 エルザの横に腰掛けた。 エルザが目を瞑る。 「ウォーレンに撃たれた時、助けてくれてありがとう」 「今更どうした?」 「あの時、ちゃんと、お礼を言えていなかった、から……」 最後の方はほとんど吐息のようだった。 眠ってしまったようだ。 無垢な寝顔。 じっと彼女の顔を見つめる。 共和国人は皇国人よりも色素が薄いという。 雪原のような肌。 まつげも驚く程に長い。 彼女に触れたい。 手が伸びるのを止められなかった。 綺麗な金髪をさらりと撫でる。 絹糸のような髪が、滑らかに指の間をすり抜けてゆく。 次に、柔らかそうな頬に指を這わせた。 温かい肌に手のひらで触れる。 艶やかで、桜色の唇。 しっとりと湿ったそこに、指先を触れさせた。 「ん……」 エルザがうっすらと目を開く。 慌てて手を引く。 「すまない。 起こしたか」 俺は己の行為を恥じた。 彼女が眠っているのをいいことに、べたべた触るなど。 「構わないわ。 ふふ……もっと、撫でて……」 甘えるように言った。 寝ぼけているのか?俺は言われた通りに、頬に触れた。 「……ん」 頬を撫でるとエルザは目を細めた。 俺の手に、手のひらを重ねてくる。 「ねえ、鴇田君」 「私も、あなたが傍で支えてくれたら嬉しいわ」 「大して役に立たないという話にならなかったか?」 「戦い以外にも、あなたが活躍できる分野があるわよ」 「パートナーとして、私の傍にいてほしいの」 「エルザ……」 青い瞳がじっと俺を見つめていた。 エルザの頬が赤く染まっている。 「パートナーとは?」 「恋人よっ! 伴侶っ!」 「ああ、理解した」 「大事なところで共和国語を使わないでくれ」 「恥ずかしいからでしょ!? わかりなさいよ!」 顔を赤くしてエルザがそっぽを向いた。 エルザの伴侶になるか、か。 悪くない。 いや、そういう支え方ができるのならば、むしろ光栄だ。 「だが、俺は武人だぞ」 「構わないわ」 「ずっと武人を憎んできたけど、鴇田君と出会って考えが変わったの」 「迷いのない、真っ直ぐな姿勢にいつしか憧れていた」 「私も自分の気持ちに素直になれたらどんなに素敵だろうって」 「共和国を裏切ることになったのも、元はと言えばあなたのせいよ」 「あなたが、私を変えた」 エルザが身を起こす。 不安そうに揺れる瞳が見つめてくる。 「いいえ、理屈なんてどうでもいいの」 「私はあなたに支えてほしい」 「あなたはどう?」 エルザが身を寄せてきた。 心は決まっている。 朱璃には、後で関係を認めてもらわねばならないな。 「迷うなんて、あなたらしくない」 「迷ってなどいない」 エルザに口づけ、優しく机に座らせる。 「ん……ちゅ……」 唇を軽く触れ合わせるだけの口づけ。 だというのに、頭が発熱したようにぼうっとする。 「ふ……ん、んん……」 「んふ……ちゅっ、ちゅ」 唇の上で、互いの唾液が薄く混じりあう。 「はふっ……んっ、ふうっ、はっ」 「ちゅるる……んはっ、ぷあっ……」 艶やかな笑みを浮かべながら、エルザが唇を離した。 「鴇田君」 「恋人になったのだから、ね?」 「……ああ」 エルザが俺の手を掴む。 そして、ゆっくりと自分の胸元に運んだ。 「んっ……」 エルザのふくよかな胸元に、俺の手が押しつけられていた。 手のひらに収まらないほど大きく、指の隙間から脂肪が溢れるくらいに豊かだ。 「私の胸、気持ちいい?」 「ああ」 乳房の温かさが、衣服越しに伝わってくる。 少しだけ力を込めて揉むと、エルザが吐息を漏らした。 「んんっ……あんっ」 「もう、急に揉まないで」 指が沈み込むほど柔らかいが、力を抜けば弾力で押し返される。 いつまでも触っていられそうなほど気持ちのいい感触だ。 「はっ……んんっ、ふっ」 「あっ、んうっ……んっ」 「私のここを触ったのなんて、鴇田君以外に誰もいないわ」 「ふふふ、誇らしいでしょう?」 「ああ、他の誰にも触らせたくない」 「じゃあ、もっと触って?」 もう一度、指に力をこめてエルザの胸を揉む。 指に吸いついてくるかのような弾力が心地良い。 「あっ、ふっ……うんっ」 「はぁっ、あっ、んんっ」 揉むたびに、熱い吐息が耳に届く。 初めて聞くエルザの喘ぎに、身体が熱くなってきた。 感情が、エルザへの愛で埋め尽くされそうだ。 「あんっ、んっ、ううっ」 「鴇田君……だんだん、力強くなってる」 「すまない、痛ませたか」 とっさに手から力を抜く。 「ああん……そうじゃないの」 「痛いんじゃなくて、嬉しいって言いたかったのよ」 「好きな相手に求められるのって、こんなに幸せなことだったのね」 エルザが、俺の手を自らの胸に強く押しつけた。 強く深く、乳房に指が沈んでいく。 「だから遠慮しないで?」 「好きなだけ、揉ませてあげる」 俺を見上げながら言うエルザ。 首筋にエルザの息がかかり、ぞくぞくとした快感が身体を走る。 さらなる快感を求め、指先をエルザの乳房に埋めた。 「ああんっ……あっ、ああっ、んっ」 「はっ、ああっ……んっ、ふっ」 強く揉めば揉むほど、エルザの喘ぎも激しくなる。 それは、俺の情欲を刺激するのに十分だった。 服越しに胸を揉んでいるだけでは、物足りなくなってくる。 「……エルザ、頼みがあるんだが」 「どうしたの?」 「胸を、見たい」 一瞬だけきょとんとするエルザ。 そして、面白いものを見る顔になった。 「鴇田君にもちゃんと人並みの性欲があるのね」 「あまり、興味がないのかと思ってたわ」 「好いている相手の前ではそうではないと、いま気付いた」 「好いている相手って、誰?」 分かっているくせに、わざわざ言わせたいのだろう。 恥ずかしさを覚えながらも、言葉を続ける。 「エルザ、お前に決まっている」 「あ、いま、ちょっと恥ずかしそうだった」 「今日の鴇田君、なんだかいつもと違うわね」 「少し可愛くて、いじめたくなるかも」 くすくすと小声で笑うエルザ。 エルザが、自らの胸に視線を落とす。 「いいわよ……私も、我慢できそうにないから」 「ふふふ、一度離してくれないと脱げないわ」 慌てて乳房から手を離すと、エルザが衣服と下着を同時にたくし上げた。 上気した桃色の肌が露になった。 さらに、豊かな乳房がこぼれるようにして姿を現す。 張りのある汗ばんだ乳房には、曲線状の光沢が浮かんでいる。 エルザが身体を震わせると、合わせてたぷんと揺れた。 「恋人とはいえ……恥ずかしいものね」 「どうした?」 「な、何でもないわ」 「ほら、早く……触って?」 頷き、下から持ち上げるように胸を揉んでゆく。 直に触っているせいだろう、先ほどよりも遥かに柔らかく感じる。 しっとりと湿った肌が、手のひらに吸いついてくるかのようだ。 「あ、んん、あっ……ふっ、んん」 「はぁっ、ああ……んんっ……んっ」 ぶるっ、とエルザの肩が震える。 「あっ……はあっ、あっ……」 「はぁっ、あっ、んっ、んんっ」 見ると、エルザが自らの手を秘部に伸ばしている。 そこを凝視していると、エルザが見上げてきた。 「いや、そこも触ってほしいのなら……」 素直に触りたいと言わなかったのは、気恥ずかしさがあるからだ。 本当は、胸だけでなくエルザの全てを触りたいという欲望がある。 しかし、エルザは俺の手を強引に乳房へ押しつける。 「いいの、こっちは自分でするわ」 「鴇田君、今はおあずけ」 本当は触りたいと思っていることを見透かされていたらしい。 ……今の俺は、そんなにも分かりやすいだろうか。 「ふふふっ、また恥ずかしそうな顔になってる」 エルザの瞳には、わずかに嗜虐的な色が浮かんでいた。 そういう嗜好の気があるのかもしれない。 「……続けるぞ」 「やあんっ」 エルザの言葉を遮って、乳房への愛撫を再開した。 「はっ、んんっ、あはっ……あっ、んっ」 「はぁっ、はっ……あ……んううっ、あうっ」 揉むたび、エルザの胸が形を変えた。 人体にここまで柔らかな部位があるのかと驚くほどだ。 「んはっ、あっ……んんっ、あんっ、あっ」 「はんっ、んっ……ふあっ、あっ……あんっ!」 「はっ、はぁっ……鴇田君、もっと好きにしていいのよ」 もう少し、欲望に正直になれということか。 手のひら全体で柔らかさを味わおうと、乳房を覆うようにして揉んでゆく。 「ふあっ……ひぁっ、あっ……あはぁっ!」 「んっ、ふっ、ひんっ……んんっ、んううっ!」 手のひらにある柔らかな感触の中で、固さを帯びている部分があった。 その小さな桜色の突起に、指先を伸ばす。 「やああんっ……! はあっ、あぅ、ああっ!」 「はあっ……と、鴇田君」 「そこは、あんまり強くしちゃ……んんんっ!」 突起を指で挟むと、エルザは言葉の途中で嬌声を上げた。 「はあっ、はあっ……! ふぅんっ……んん」 「あっ! あっ……はぁっ……はあぁぁっ!」 「んうっ……はっ、だ、駄目って言ってるでしょ……!」 いじればいじるほどに、乳首は固さを増してゆく。 「はあっ、あっ……あんんっ、んあっ……!」 「あっ、はんっ、ちょっと、鴇田君……んううっ!」 口を塞ぐように接吻した。 エルザの乱れように興奮し、自分を抑えられない。 「んちゅっ……はふっ、んううっ、ちゅっ、ちゅぶっ……」 「あむ……んむ……はあっ、ふっ、うっ、じゅるっ、んんんっ!」 エルザに手の甲をつねられて、愛撫と接吻を止める。 「どうした」 「はっ、はあっ……どうした、じゃないわよ」 とぼけて聞くと、エルザに睨まれた。 言葉は強気だが、表情と口調がとろけきっている。 俺の手をつねる指にも、まったく力が入っていない。 「触らせてあげてるのは……私、なんだから」 「ち、ちゃんと言うこと、聞きなさい」 「あっ……ちょ、ちょっと……んううっ! ああっ、あんっ!」 話を遮って胸を揉むと、先ほどよりも強くエルザの身体が震えた。 口づけで性感が高まっているのだろうか。 「ふああっ、あっ、んっ、うううっ……あっ、んっ!」 「はあっ、ああっ、あっ……んああっ、んんっ」 「あっ、ああっ、はああっ、んんっ、んっ……あっ……んっ」 胸を揉まれながら、エルザは自らを慰め続けていた。 口では文句を言いながらも、俺との行為に気分を昂ぶらせている。 「んんっ、はあっ、ああんっ、んっ、はあっ、あ……!」 「ふぁっ、あああぁっ! んんっ、んっ……あっ、あっ、んうっ」 胸を揉むたびに、エルザの身体がびくびくと反応した。 自慰の手も止まっておらず、下着の上から秘部を擦り続けている。 「もおっ……私が、リードしようと思ってたのに……」 「鴇田君の馬鹿……ああっ、ああんっ、ふあっ、ひっ……んっ!」 「んあっ、あっ……んんっ、はぁっ、はぁっ……ふああっ!」 言葉を発しようとしても、快楽のあまり言葉になっていない。 その感じように、俺の息も荒くなる。 エルザの背中に抱きつきながら、乳房への愛撫を続けた。 「あぁんっ、そんなに抱き締めちゃだめっ……ああっ」 「胸揉むの……また強くなって……ふああんっ」 「やあっ、あああっ、はっ……んんっ……ああああんっ!」 「ああああっ……やああんっ、んあっ……はぁっ、ああっ!」 再び、指を使って硬い乳首を責め立てる。 「やあっ、そこ……感じちゃ……んああっ、ひっ、ひあっ、んん!」 「あああっ、はああっ、あっ……あんっ、あっ、あああぁぁっ!」 指先で挟んで少し引っ張ってみると、エルザが一際大きな嬌声を上げた。 くちゅり、という粘り気のある小さな水音が耳に届く。 エルザの秘部に目をやると、下着に染みができていた。 「濡れているのか」 「い、いちいち言わないで」 「こうなる前に脱ごうと思ってたのに、あなたが無理矢理するから」 「今からでも止めるが」 「っ……」 悔しそうに歯を噛むエルザ。 そのまま数秒、何もせずに動きを止めた。 すると、エルザが切なそうな瞳をして横顔を向けた。 「と、鴇田君……本当に止めるの?」 それを返事と受け取り、俺は愛撫を再開した。 乳首を指の間に挟みながら、乳房を強く揉みしだく。 「やぁっ、ああぁっ、ああんっ! はっ、あああっ、あっ!」 「はっ、あっ、ふあああっ、ああんっ、あっ、んんんっ!」 「うああっ、あっ……あっ、はあっ、あんっ、うあっ、あっ!」 「やぁっ……手、止まらない……」 エルザが身体を何度も痙攣させた。 秘部を刺激している指の動きも、一層激しくなっている。 「はぁっ、ああんっ、ふああっ、あっ、はあっ、はあっ、ああっ!」 「ひんっ、ひっ……ふあっ、あっ、んううっ、うんっ、んっ……!」 「はっ……ううんっ、んんっ、あっ、ふあっ……ああっ、あああんっ!」 「だめっ、私もうっ……だめぇっ!」 胸を揉むたび、エルザの身体が跳ね上がる。 それを抱きついて押さえつけながら、乳房への愛撫を続けた。 「あっ、だめっ、抱き締められながら、私、いっちゃう……!」 「はぁっ、あっ……あんっ、ふあああんっ、ああっ、ひああぁぁっ!」 「ああんっ……! ああああっ! はっ、はあっ、あああああああぁっ!」 「んんんっ! ふあああっ、はあっ、ふあっ、んああっ、ああああぁぁぁぁっ!」 「ふああっ……ああああああああっ!!」 エルザが背中を大きく反らせた。 そのまま、何度も痙攣を繰り返す。 「はぁっ、あああっ、あっ、ああっ! ああぁぁっ!」 俺はなおも胸への愛撫を続ける。 エルザの指も、下着越しに秘部を刺激し続けていた。 「ひああっ!! んっ、ああっ、はあっ……ああんっ……!」 「はあっ! あああっ! はぁっ……ああああ……!」 崩れ落ちそうになるエルザの身体を支える。 「はっ、はあっ……あっ、はっ、はぁ」 何度目かの痙攣のあと、ようやくエルザは自慰を止めた。 俺も乳房への愛撫を終わらせる。 「大丈夫か」 「はぁ、はぁ……大丈夫、ちょっと力が抜けちゃっただけ」 「それよりも鴇田君、私の言うことを無視したわね」 「嫌そうではなかったが」 「うるさい」 再び、手の甲をつねられる。 「鴇田君に好きなようにされて、これじゃあ私の負けじゃない」 「最初は私のペースだったのに……屈辱だわ」 「勝ち負けの問題ではないだろう」 「問題よ。 負けっぱなしは趣味じゃないの」 「というか、鴇田君に負けるのは二度目だわ」 ふん、と不満そうに鼻息を鳴らすエルザ。 「一度目はいつだ?」 「覚えてないの? あのとき、私の首に刀を当てたじゃない」 合点がいった。 朱璃が囚われ、倉庫にまで救出に行った際のことだ。 そこに駆けつけた共和国軍と一戦交え、俺はエルザを退けた。 確かに、俺の勝ちと言える。 「まだ根に持っていたのか」 「言ったでしょう、私は、最低限の高潔さを守るために行動する」 「負けず嫌いも、私の高潔さの一つなのよ」 「相手が恋人でも、それは変わらないわ」 挑戦的な瞳を向けてくるエルザ。 その表情が、ふっと緩む。 「でも、あのとき殺し合っていた鴇田君と、こんな事をしているなんてね」 「今なら、俺を撃てるかもしれないぞ」 「無理よ」 「もう、あなたに銃を向けることなんてできないわ」 エルザが背中をすり寄せてくる。 「鴇田君には、別のやり方で参ったって言わせてやるんだから」 「……だから早く、続きをしましょう?」 上目遣いで俺の返事を待つエルザ。 結局、これが言いたかったらしい。 「横になった方がいい」 「え、ええ」 「あ……鴇田君のここ」 エルザの視線が俺の下半身に注がれていた。 そこは衣服の上からでもわかる程に固く、大きく力を漲らせている。 エルザを横たえ、俺は男根を取り出した。 「これって……大きく、なっているの?」 「君と触れ合っているうちにな」 「そ、そうなの、ふうん」 恥ずかしそうに顔をそらせながらも、視線は外せないようだった。 エルザの下着に、そそり立つ陰茎を近づける。 「ま、待って鴇田君」 「私が動いてあげるから、じっとしていて」 口調とは裏腹に、動きは恐る恐るだ。 きっと、初めてが怖いのだろう。 俺は何も言わず、エルザに従った。 「んっ、ふぁっ……」 「ふっ、ん……ふっ」 エルザが腰を近づけ、下着越しの秘部に先端を触れさせる。 愛液で湿った布地の感触が心地良かった。 「えっと」 そこで動きを止めるエルザ。 「……とりあえず、動けばいいんじゃないか」 「い、言われなくても分かってるわ」 「はあっ、あっ……んっ、ふっ」 エルザが腰を動かし、股間で竿を擦りはじめる。 「はあっ、んっ、ふうっ」 「はっ、はっ……鴇田君のここ、熱いわ」 「それに、ぴくんって動いてる……」 「気持ちがいいからだ」 「ふふ……なら、続けてあげる」 「はぁっ、ふっ、んっ……」 下着から染み出した愛液が竿の部分を濡らしてゆく。 どうやら、エルザは新たな愛液を分泌させているらしい。 「はあっ……はっ、んんっ」 「ふっ、んんっ……はっ、はあっ」 ぞくぞくとした快感が、背筋を駆け抜ける。 だが、達するほどではなく、もどかしさを覚えた。 エルザも同様なのか、物足りなそうな表情を浮かべている。 「ん、んんっ……はぁ、はぁ」 「何だか……物足りないわ」 「ああ、俺もだ」 「エルザ、脱がせていいか?」 びくっと身体を震わせるエルザ。 「恥ずかしいなら、目を閉じていてくれ。 俺が……」 「じ、自分で脱げます」 「……じゃあ、脱ぐわよ」 いちいち断ってくるエルザ。 本当は恥ずかしいところを強がっているのだろう。 エルザの指が、自身の下着をゆっくりとずらす。 やがて、エルザの秘部が姿を現した。 ぷっくりとした陰唇の割れ目からは、粘り気のある液体が垂れている。 よく見ると、鮮やかな桃色をした膣肉がわずかに脈動していた。 「じ、じっと見ないでくれる?」 「やはり、恥ずかしいか?」 「違うわよっ」 顔を真っ赤にしたエルザが吠えた。 「う、動くわよ」 意地を張るエルザが、露になった女性器を男根にあてた。 熱くとろけた膣口が、亀頭に触れる。 「直接触ると……こんなに熱いのね」 「動けそうか?」 「も、問題ないわ」 エルザが、膣口で竿を擦りはじめる。 「はっ、んっ……はぁっ、んっ」 「んっ……ふっ、んんっ、あっ……」 「んんっ、はっ……んっ、ああんっ!」 亀頭が膣口に引っかかると、エルザが大きな嬌声を上げた。 「くっ……」 俺の身体にも、陰茎を通じて快楽が走る。 粘膜が直接触れ合うたびに得られる快楽は、先ほどまでと段違いだ。 「はぁっ、はっ……んんっ、あっ」 「はっ……ああっ、あっ、うんっ」 「はぁ、はぁ……どう、鴇田君?」 「身体が熱い」 「それと……エルザの事しか考えられなくなる」 「ええ、私も」 「鴇田君のことで……頭がいっぱいだわ」 「はぁ……ああっ、んんっ」 「はあっ……はあっ……はぁ……」 エルザがぬるぬると腰を動かしている。 陰唇が擦りつけられる度、強烈な快感が下半身に走った。 陰茎が愛液にまみれ、抵抗なく女性器と擦れあう。 「はぁっ、あっ……んっ、ふっ、ふうっ」 「んんんっ……はっ、ああっ、んっ……!」 「これだけ濡れていれば、平気なのかしら」 「エルザ……その、俺も動きたいんだが」 エルザの動きはゆっくりで、俺はもどかしい快楽を与えられていた。 「私がしてあげるから、鴇田君は何もしないで」 「……すまん、無理だ」 「えっ……ちょっと」 「んぁっ……ああっ、ああんっ!」 さらなる快感を求め、エルザの言葉を無視して腰を動かす。 「やっ、あぁっ……んんっ、ああっ!」 「はっ、あぁっ……! はぁぁあっ……!」 「だ、だめっ、勝手に……んんんっ……!!」 愛液を男根全体に馴染ませるようにして、上下に擦り上げた。 くちゅくちゅという水音が触れ合った部分から生まれる。 「やだ、変な音、させないでっ……!」 「ああっ、あっ、ああんっ、ふあああっ!」 「はぁ~っ、はぁっ、はっ……うあっ、ああっ!」 鋭敏な箇所を擦るたび、エルザの全身が反応を返す。 どちらも吐息が荒く、更なる快楽を求めて性器が震えている。 快楽に耐えるように、エルザが自分の指を噛んだ。 「あふっ、んぅぅ~っ、んうっ……はっ、ああっ」 「はうっ、ふっ、んっ、ううっ、んううっ……んう~っ」 そのまま、俺を上目遣いに睨んでくる。 勝手に動いたことを怒っているのだろう。 エルザが何か言おうと口から指を離したところで、再び腰を動かす。 「はぁっ……ああっ、あっ、んっ、んっ……ふあっ」 「はあっ、あああっ、ふっ、んああっ、あ、ああんっ」 「また、勝手にっ……動いたぁっ……ああっ、んっ!」 喘ぎながら言うエルザ。 しかし、身体で抵抗しようとはしない。 俺から与えられる快楽を受け入れてしまっているのだ。 「はぁっ……あっ、ああんっ、あっ、ああっ」 「あっ、あんっ、んっ、んんっ、んああっ、ひうっ」 「はぁ、はっ……はぁ……」 何度も陰茎を往復させてから、腰を止める。 俺を睨むエルザ。 しかし、愛液まみれの自分の秘部を見て、何も言わずにそっぽを向いた。 激しく感じてしまった手前、文句を言いにくいのだろう。 「……動かないでって言ったのに」 ふてくされた子供のように、それだけを呟いた。 手を伸ばし、エルザの頬にかかった髪をどかしてやる。 「すまない、我慢できなかったんだ」 指にかかった金髪が、さらりと落ちた。 照明で光る金髪は、それ自体が輝いているようにも見える。 「次は、エルザの中に入れたい」 欲望を素直に伝えると、エルザの肩が震えた。 「駄目か?」 何度か俺と目を合わせては逸らすを繰り返し、エルザが口を開いた。 「ここまで来て……駄目だなんて、言えるわけないでしょ」 「もう……また、私の負けだわ」 そして、胸元の手をぎゅっと握り、俺をまっすぐ見つめた。 「優しくしてよ……馬鹿」 「ありがとう、エルザ」 顔を近づけて、エルザの頬に口付けした。 膣口に先端をあてがい、たっぷりと愛液をまぶす。 「入れるぞ」 エルザが頷いたのを見て、柔肉の間に熱く滾る肉棒を進めてゆく。 「やっ、あ、ああっ、入っちゃう……」 「ふあっ、ああ、んんっ、ああっ」 エルザが足を閉じようとするのを、手で止める。 抵抗は弱い。 「ふああっ、あっ、ああああっ……!」 狭い柔肉を割り開き、亀頭がエルザの中に侵入する。 「ああああっ……! 入り口、広がって……!」 「ふあああ~~~~っっ……!!」 「あっ、はあっ……! はあぁ、ああっ……!」 膣肉を広げながら、陰茎が肉壺に埋没していく。 やがて、根元まで女性器の中に埋まった。 「はぁっ、あああっ、ふうっ、んんんっ、うあっ……」 「うああっ、ああ……はぁっ、ああっ……」 熱い肉襞がぬるぬると絡みつき、それだけで達してしまいそうなほどの快感だ。 エルザが喘ぐたびに内部が収縮し、俺を締め付けてくる。 「はっ……ああ……あううっ、んんんっ」 「入ってる、私の中にっ……あなたのが……」 エルザが結合部分に視線を注ぐ。 にじみ出した愛液には、赤いものが混じっていた。 エルザの純潔を奪った証だ。 「私……初めてを鴇田君に奪われたのね」 「ふふ……とても嬉しいわ」 「はぁっ、はぁっ、あううっ……んふっ、ううっ……」 エルザは苦しそうに眉根を寄せ、痛みに涙を滲ませている。 「痛むか」 「痛く、ないわ」 そう言いつつ、手をぎゅっと握っている。 本当は痛いが、やせ我慢しているのだろう。 俺は、こうして繋がっているだけでも気持ちがいい。 だが、エルザを苦しめて得る快楽など何の価値もないだろう。 「辛いなら止める」 「へ、平気だって、言ってるでしょう」 また、エルザの負けん気が顔を出したようだ。 それでも動こうとしない俺を見て、エルザが切なげな顔になった。 「……ここで終わりなんて、嫌」 「この痛みよりも、そっちのほうがずっと辛いわ」 「ちゃんと、気持ちよかったって……あなたに言ってもらいたいの」 潤んだ瞳で見上げられる。 俺が快楽を得ることが、エルザの幸せなのだ。 「……わかった」 「ええ、心配しないで……怪我には慣れてるから、平気」 涙目で言われても、説得力は皆無だ。 なるべく痛ませないよう、腰を動かしはじめる。 「はあっ、あっ、ああっ、あっ、くうっ……」 「うっ……んんっ、はぁっ、はっ……ああ……」 やはり、痛みを感じているようだ。 少しでも和らげてやろうと、揺れている乳房へと手を伸ばす。 「あっ、そこ……」 「んううっ、あっ、ふああっ、あっ、うあっ、ああっ」 「あんっ、あっ、あっ、あっ……ひううっ、んんっ……!」 心なしか、エルザの喘ぎから痛みの色が少なくなった。 手の中にある膨らみを、さらに揉み続ける。 「はぁっ、ああっ……あっ、あうっ、あっ、ううんっ!」 「あっ、はっ……うんっ、んんんっ、んっ、んっ、ふああっ」 「エルザ、大丈夫か?」 「だっ、大丈……夫」 「今……気持ちよかった、かも」 息を荒げながら答えるエルザ。 汗ばんだ額や金髪が、エルザを官能的に見せている。 それを見ながら、俺は腰を動かし続けた。 「あっ……はぁ、あっ、んんっ、んっ、ふうっ」 「ひあっ、あっ、ああんっ、あっ、はっ……んんっ」 様子を見ながら、出し入れを大きくしていく。 膣肉は、先ほどよりも活発に脈動し始めていた。 合わせて、エルザの嬌声も徐々に大きくなってくる。 「あうっ、ああああぁんっ……ふああっ、あああっ……!」 「あっ、あんっ……んっ、ふっ……はあっ、あああぁぁっ!」 膣壁を抉るように動くと、エルザの背中がびくんと反った。 押し込んでいた陰茎を、ゆっくりと抜いていく。 半分ほど抜いたところで、再び埋没させていった。 「うんっ……あっ、ふあっ、ああっ、あああんっ……!」 「んんっ、ふっ……はぁっ、ああっ、あっ、ふああっ……!」 同じ動きを何度か繰り返す。 「ああっ、あっ、ああっ、んあああっ、やああんっ!!」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……あ、ああっ、あっ……」 結合部からは愛液がとめどなく溢れていた。 エルザの膣壁は陰茎に吸い付き、襞に亀頭を擦られ続ける。 「はぁっ、あっ……はあっ、ああっ……はっ、はぁっ……」 「はぁっ、はぁっ、あっ……ああ、んっ……ふっ、んんっ」 エルザの声は、今や完全に快楽に支配されていた。 陰茎を飲み込んだまま、身体を小刻みに震えさせるエルザ。 「エルザ、もっと動くぞ」 「んっ……んんっ……はっ、ふっ、ふっ、んはあっ……」 返事をしようしたらしいが、声は快楽の喘ぎに変わっていた。 代わりに何度も頷くエルザ。 「ああっ、あっ、あっ、ああっ、んっ、ううっ、あっ……!」 「はあっ、ふっ……んんっ、あっ、あんっ、ああっ、あっ!」 汗が噴き出して、衣服が身体に貼りついている。 俺も同様で、二人で熱の塊になってしまったかのようだった。 「あっ、ひっ……鴇田君、はげしっ……あっ、ふああんっ!」 「はっ、やっ、やあっ、んっ、んあっ、ああっ、んっ、ああっ!」 腰を打ち付けるたび、エルザの乳房がぶるぶると揺れる。 手のひらに余るそれを、わし掴みにした。 「やっ、いま、胸……んんっ、揉まれたらぁ……ああっ、あっ」 「ああっ、はっ、ふあっ、はっ……ああっ、あああんっ、ああっ!」 「はっ、やっ、あぁっ、んんっ、んうっ、うっ、ううっ、んううっ!」 額から落ちた汗が、エルザの身体に付着した。 すぐにエルザの汗と混じり、一粒の液体になる。 腰を動かすたび、エルザの肌の上でそれが繰り返されていた。 「はあっ……私も……感じさせてやるん……だからぁっ……!」 「はっ、あうっ、んんんっ、ふっ、ううっ……あぁっ……んくっ!」 俺に対抗し、エルザが自ら腰を動かそうとした。 しかし俺から与えられる快楽に勝てず、わずかにしか動かせていない。 「ふあああっ、だめっ、動けなっ……やああんっ、ああんっ!」 「やっ、どこにも、力、入らな……ふあっ、あっ、あっ、ああっ!」 完全に陥落したのか、エルザはもはや自分で動こうとはしなかった。 身体の自由を俺に預け、与えられる快楽だけを味わっている。 「はっ、んっ、ふうっ、うっ、んっ、あんっ、あんっ、あぁっ……!!」 「あっ、はあっ、あんっ、あっ、はあっ……あっ、ああっ、あんっ!」 エルザの膣内が何度か痙攣し、締め付けが増してきた。 愛液に溢れる膣内はよく滑り、到達していなかった最奥へと亀頭が侵入する。 「一番奥、当たってっ……ああっ! はうっ……はっ、あああんっ……!」 「ああっ、ああっ、ふああっ、あっ、あっ、あっ、あっ……ひうっ、うううんっ!」 「あああっ、やあっ、やっ……ああっ、はぁっ、はっ、ああっ、あっ、あっ、あっ!」 最奥を突くたび、エルザが全身を震わせて声を漏らした。 「や、やだっ……! 気持ちいいっ……そこ、だめえっ!!」 「はあああっ、ああっ、あんっ、あんっ! んんんん~~っ……!!」 「ふぁっ、あんっ、ふああっ……あぁぁっ……はぁっ、はぁっ、ふああっ!」 往復する速度を上げ、膣肉を抉る。 腰がぶつかるたび、エルザの乳房が波打った。 指で乳首を挟みながら、ただ欲望のままに揉み続ける。 「はっ、ああっ、あうっ、あうっ、あううんっ! はぁっ……んっ、ふあっ」 「あっ、あっ、あっ、あっ……! あぁんっ、うっ、んうっ、はっ、あああっ!」 熱い内壁にしごき上げられる快感が、全身に広がってゆく。 身体の熱さが最高潮に達し、思考までもが白熱した。 「はあんっ……ふあっ、んっ、あんっ、あんっ、あんっ、あああんっっ……!!」 「ああっ……!! あぁっ、ああんっ、ふああっ……ああっ、ひうっ、ひっ」 「好きっ、鴇田君、好きっ……あぁっ、ふあっ、ああんっ、あっ、ああっ……!」 下半身に渦巻く熱量もそろそろ限界だった。 どろどろとした熱の塊が、いき場を求めて炸裂する寸前だ。 「エルザ……!」 「ふぁっ……! いま、名前呼ばれたら、私っ……私ぃっ……!!」 「ああっ、あんっ、あっあっ……あああっ! ああっ、あっ、ふああんっ!」 エルザの全身が大きく震え、膣内が蠢く。 思考が真っ白になり、俺は快楽に身を委ねた。 「はっ、ああっ、ふっ、うううんっ、んはっ、ああっ、あああああっ!!」 「はあああっ、ああんっ、うああっ、うんっ、んんっ、あうううううっ……!!」 「あぁああっ、ふああぁ、んああっ、ああああんっ! あふ、ああっ……ああああっ!」 「あああぁぁっ! ふぁあああああんっ……あああああっ、ああああぁぁぁーーーーっ!!」 どくっ! びゅくっ! びゅくんっ!!「うあああっ……! あああぁんっ! あっ、はぁぁ…!!」 連続して膣肉が締まり、俺も同時に弾けた。 「やあっ、そんなに出したら……溢れちゃうっ……」 びゅっるっ! びゅるっ! びゅくぅっ!!「ああっ、ふああっ、あっ、んうううっ!」 膣肉が何度も痙攣し、射精を促してゆく。 「っ……!!」 「ああっ……まだ出てる、私の中で膨らんで」 「何度もびくびくって、動いて……」 エルザが全身を大きく震わせる。 最後の一滴まで、搾り尽くされた。 「はあっ、はあっ、はあっ……!」 膣内の収縮が落ち着くと、俺は陰茎を引きずり出した。 「これで終わった……の?」 「満足できた?」 「これ以上はないくらいにな」 「ふふ、よかった」 幸せそうに微笑むエルザ。 すると突然、身体を震わせた。 「あっ、だめっ、出ちゃう……!」 「み、見ないでっ……だめ……」 膣口から、色々なものが混じった液体がどろりと溢れ出している。 身体に力が入らないのだろうか、手で塞ごうとはしない。 「こんなに沢山、出したの?」 「エルザの中が、気持ち良かったからだろうな」 「ばかっ、なんてこと言うのよ」 顔を真っ赤にして怒るエルザ。 「はぁ、次こそ私がリードしようと思ってたのに……」 「結局あなたにペースを握られてしまうだなんて、これで三敗目だわ」 頬を膨らませている。 「しかも、こんなに乱れさせられるなんて」 「可愛かったぞ」 「撃つわよ」 軍人の目になっていた。 「ま、まあ嬉しいけど……こんな格好してるときに言わなくてもいいじゃない」 「こんな時でないと言えないからな」 「ふえっ……」 じっと見つめると、エルザが声を詰まらせて変な声を出す。 「俺は口下手だから、思った時に言わないと上手く伝えることができない」 「長い付き合いになるんだ、覚えておいてくれ」 「長い付き合い……そうね」 「その間に、負け星を取り返すことにするわ」 まだ気にしているらしい。 「鴇田君、これからもずっと、私を支えてね」 「無論だ」 「ふふっ、ありがとう」 エルザが、目を閉じて俺を見上げる。 「眠いのか?」 「違うわよ!」 「こういうときは、黙ってキスするものなの!」 「成程、覚えておこう」 小言を言うエルザを抱き寄せ、俺は唇を重ねた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 奉刀会の決起から二年が過ぎた。 今日は皇国にとって記念すべき日となるだろう。 皇国の初代大統領、エルザ・ヴァレンタイン。 その就任式典が華々しく執り行われていた。 「皇国民の皆様より、大統領に選ばれたことを心より光栄に思います」 エルザ壇上でエルザが挨拶をする。 エルザを称える声が式典会場を満たした。 ウォーレンの本国送還後、エルザは政治顧問として民主主義の導入に奔走した。 突然の改革への不安と反発は決して小さくなかった。 エルザをなかなか信用しない皇国民を説得したのは、奏海と古杜音だ。 皇帝と斎巫女が揃ってエルザを支持することで、国民は少しずつだが新制度を受け入れていった。 もちろん、エルザが奮闘したことは言うまでもない。 日々、睡眠時間を削って働くことは勿論、全国各地で民主主義の意義を説明して回る。 寸暇を惜しんで皇国の歴史や文化を学び、積極的に皇国に溶け込もうとした。 そういった地道な努力の積み重ねが、大統領選挙での勝利に繋がったのだろう。 だが、エルザの本当の戦いは今日から始まると言っていい。 何故なら、民主主義制度の導入が彼女の最終目標ではないからだ。 三ヶ月ほど前のこと──国政改革の目処が立ち、俺とエルザはつかの間の安堵に身を委ねていた。 「ねえ宗仁、私が大統領選に立候補すると言ったらどうする?」 「そうだな……茶を淹れてから、理由を聞くだろうか」 宗仁言葉の通り、茶を淹れてエルザの前に置く。 勉強もかねて緑茶を飲み始めたエルザだが、最近は紅茶よりも好きだという。 緑茶を一口飲んでから、エルザが話し始めた。 「最初の選挙が終わったら政治を引退するつもりだったのだけれど、最近、少し欲が出てきたの」 「言い方は悪いけれど、今の皇国は共和国のお目こぼしで独立を保っているにすぎないわ」 「彼らの気が変わらない保証はどこにもない」 「共和国の拡大方針は変わっていないと聞いている」 「ええ。 皇国の将来を考えれば、あの国を止めなくてはならないと思うの」 でも、どうやって?世界中で多くの人が頭を悩ませ、結論を見つけ出せない問題だ。 しかし、エルザは落ち着き払った表情で緑茶を飲んでいる。 「具体的な策があるんだな」 「もちろんよ」 「軍事力には軍事力で対抗するしかないわ」 「国力では、共和国に遠く及ばないぞ」 「私達には呪術があります」 「呪術と共和国の技術を融合させれば、強力な兵器を手にすることができる」 「夜鴉町で爆弾を打ち落とした銃弾を思い出して」 夜鴉町に空爆があったあの日、エルザの放った銃弾は落下してくる爆弾をいとも簡単に破壊した。 しかも、弾丸は意志を持つかのように軌道を変え、目標を撃ち落としたのだ。 「あの弾丸の技術を爆弾に応用するのよ」 「一発必中の爆弾を作ることができれば、共和国も皇国に手を出しにくくなるわ」 「向こうとしては、いつも首筋に刀を当てられているようなものだな」 「兵器の量ではなく、質で共和国を黙らせるという訳か」 「そういうこと」 「私が大統領になりたいのは、このアイデアを実現するためよ」 国家一丸となって取り組まなければ実現しない計画だろう。 そこには、皆の先頭に立って旗を振る力強い大統領が必要だ。 「エルザが大統領になるべきだ」 「君でなければ、完遂できないと思う」 「ありがとう。 さすが私の〈婚約者〉《フィアンセ》ね」 エルザがぱちりと目を閉じる。 最近覚えたが、ウインクというらしい。 「これで、心置きなく大統領選に出馬できるわ」 「勝つ見込みは?」 「どんなに不利でも、私の選択は変わらない」 「もし負けたら、また挑戦するだけよ」 「頼もしい婚約者だ」 「俺には勿体ないくらいだな」 「もう、そういうことを言わないで」 湯飲みを置き、エルザが俺の膝に座った。 「大統領選に出ると聞いて、不安になった?」 「むしろ逆だ」 エルザの腰を抱く。 「これからのことを思うと、将来が楽しみになってきた」 「ふふ、そうでなくっちゃね」 エルザの柔らかな唇が、俺の無骨な唇に重なった。 それから二ヶ月後、皇国初の大統領選挙が実施された。 結果、エルザは圧倒的な得票率で大統領に選ばれたのだ。 エルザの就任挨拶が終わり、俺は彼女の隣に立った。 共和国では、こういった場所に家族が顔を出すのはむしろ歓迎されるらしい。 「恥ずかしがらないで」 「堂々としていないと、後で宮国さんに笑われるわよ」 「ああ、そうだな」 俺とエルザの婚約については、朱璃も賛成してくれている。 無論、エルザと結婚するからといって朱璃の臣下をやめる訳ではない。 これからも主の刃として朱璃を支えてゆくつもりだ。 ちなみに、朱璃は今後実施される国会議員選挙で立候補するつもりらしい。 彼女は元々帝位にこだわらないと言っていた。 今後は一人の皇国民として、新しい国を創っていきたいとのことだ。 奏海はほとんどの政治的権力を放棄し、帝宮で慎ましく生活している。 しかしながら、国民の人気が衰えたわけではない。 新年や終戦記念式典など、節目節目で国民の前に姿を現わし、大きな歓声を受けている。 やはり、皇国民にとって皇帝とは特別な存在なのだ。 新しい国家体制の下で、武人は皇国警察の特殊部隊として、治安維持を担当することになった。 部隊長はもちろん滸だ。 俺も滸直属の部下として、日夜天京の街を走り回っている。 国家の形が変わろうとも、国を守るという武人の責務は変わらない。 古杜音は、斎巫女として神殿組織をまとめている。 ここ二年は、共和国の侵攻に備えて«呪壁»の再起動に取り組んでいた。 今後は、大統領となったエルザと共に、呪装兵器の研究に勤しむことになるだろう。 「ねえ、宗仁」 「ずっと傍で支えてくれる?」 「ああ、もちろんだ」 これから、エルザは皇国の平和のために邁進していくだろう。 様々な困難が待ち受けていることは想像に難くない。 いかに優秀なエルザといえども、心が折れそうになる時があるかもしれない。 そんな時、彼女を守るのが俺の務めだ。 「共に進んでいこう、どこまでも」 「ええ、宗仁」 エルザと共に、国民に向かって手を振る。 会場を埋め尽くす国民から大きな歓声が上がった。 俺達と皇国の前途を祝福してくれている。 この国を守っていこう。 俺たちと──未来の世代のために。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 散る──はらはらと、桃の花弁が、ひとつ、ふたつ。 嗚呼、愛しい君よ。 あなたは、なぜ涙を捨ててまで戦い続けなくてはならないのでしょう。 許されるのならば、お聞かせ下さい。 幾重にも折り畳まれし御心の内を。 「おい、ミツルギ」 ??「ミーツールーギっ」 「ん? あ、ああ、どうした」 ミツルギ「昼からぼんやりするな、お前は護衛だろうが」 「失礼した」 そうだった。 〈己〉《おれ》は、〈緋彌之命〉《ひみのみこと》を儀式の間に送り届ける途中だったのだ。 「まったく、救国の英雄が呆れたものだ」 緋彌之命緋彌之命が髪を手で払う。 宙に舞った髪が、差し込む陽に透かされて絹糸のように輝く。 色恋がわからない〈己〉《おれ》だが、緋彌之命の美しさは理解している。 深紫の瞳は神苑の泉が如き輝きを〈湛〉《たた》え、唇は開きたての桃花のように瑞々しい。 良く通る声は、涼やかでありながら人を圧倒する力をも備えている。 〈閑雅〉《かんが》さと、何者にも冒されぬ神性を持ち合わせた佇まいに、誰もが畏れと敬意を抱かずにはいられない。 まさしく、皇国で最も〈貴〉《たっと》き存在──建国の皇帝としてふさわしい姿だ。 「〈己〉《おれ》を作ったのは緋彌之命だ。 設計に問題があったのでは?」 「だ ま れ」 「軽口を叩くようには作っていないぞ」 緋彌之命が指先で〈己〉《おれ》の鼻をつつく。 「ははは、まあいい」 「〈皇〉《わたし》はこれより雨乞いの儀式を執り行う。 しばらくは自由にしてよい」 「ならば都合がいい」 「ん? 何か用でもあるのか?」 「〈融〉《とおる》に呼ばれている」 「はあ、またか……」 〈咎人〉《とがにん》を追い、二十人ほどの衛士と共に大路を走る。 「〈都衛士〉《みやこのえじ》だ、止まれっ!」 融「て言われて、止まる罪人はいないよなあ、ミツルギ」 「ああ、むしろ速度を上げている」 「あーくそっ!」 「あいつは何人も殺している。 都衛士の名に懸けて絶対に取り逃がすな!」 〈稲生融〉《いのうとおる》が部下に檄を飛ばす。 天京の治安を守る役人──都衛士が追うのは、このところ天京を騒がせている〈咎人〉《とがにん》。 二十七人もの命を奪った男だ。 「はあ、はあ、もう駄目だ、走れん」 「少しは身体を鍛えろ」 「明日から鍛えるさ」 「ミツルギ、後は頼んだ!」 「承知した」 融を置き去り先を急ぐ。 鬼と呼ばれるその咎人は、巨岩すら持ち上げる膂力と、狼よりも俊敏な脚力を持っているという。 民からすれば、まさしく鬼であろう。 「見つけたぞ」 逃走する男の後ろ姿が見えた。 野猿のように屋根の上を飛び回り、衛士を引き離す。 軽業師でも、あの男を捕らえるのは難しいだろう。 なるほど、だから〈己〉《おれ》が呼ばれたのか。 「ふっ!!」 高く跳躍する。 空中で抜刀──頭上から咎人を狙う。 「覚悟」 落下の加速を乗せた斬撃が、男の脚を叩き斬る。 「があぁッ!?」 咎人男が、もんどり打って屋根の下に転がり落ちた。 「きゃあああっ!?」 下に人がいたか。 急ぎ大通りに下りる。 目に入ったのは、地面にへたりこんだ少女。 手負いとなった男が、今まさに斬りつけんとしている所だった。 人質にするつもりか──地を蹴り、二人の間に割って入る。 「くっ」 少女を抱き締め、背中で刃を受けた。 「えっ!? ええっ!?」 巫女腕の中で、少女が目を白黒させている。 よし、無傷だ。 片腕で少女を抱いたまま、振り返りざま、背後の男を薙ぎ払う。 「がふっ!?」 肉と骨を砕く確かな手応え。 吹き飛んだ男は、大通り脇の土塀を突き破り、沈黙した。 峰打ちでもあるし、気を失っただけだろう。 「無事か?」 「あ、はっ、はいっ! 大事ございません!」 少女が緊張して背筋を伸ばす。 服装を見るに、巫女か。 「ならば良かった」 「都衛士に送らせる、少しここで待たれよ」 「はいっ、ありがとうございます!」 巫女に背を向け、男の状態を確認しに向かう。 「きゃあああっ!」 また悲鳴が上がった。 「あっ、あのあのあのあの、背中にお怪我を」 「心配無用だ。 後で治す」 もう一度、少女に背を向ける。 「あっ、あのあのあのあの!」 「どうした?」 「た、大変恐縮ではございますが……よろしければ……」 「ん? よく聞こえなかった」 「お、お名前を賜りたく」 「ああ、そんなことか」 「正式な名はないが、皆からはミツルギと呼ばれている」 「あなた様が、ミツルギ様……」 「では、失礼する」 「目を覚ませ」 瓦礫の中に倒れている咎人の頬を叩く。 「ごほっ……ごほ、ごほ……」 「咎人、なぜ多くの人を殺めた?」 「なぜ? なぜときたか、はは……ははははっっ!」 「気がついたら殺してる」 「どうしても理由が知りたいなら、〈予〉《おれ》の身体に聞いてくれ」 「ふふ、はははははははっ!!!」 「戯れに殺すか」 犠牲者の何と憐れなことよ。 恨み辛みの果ての殺人の方が、まだ人間味がある。 「お前だって、身体じゅうから血の匂いをぷんぷんさせてる」 「隠したって駄目だ。 〈予〉《おれ》にはわかるんだよ、死の匂いってやつが」 「確かに、人は数えきれぬほど斬ってきた」 「しかし、全ては国を守るためだ」 男のみぞおちに拳を入れ、黙らせた。 尋問は都衛士に任せよう。 捕り物が終わって数刻、融が〈帝宮〉《ていきゅう》へやってきた。 ここは皇帝、緋彌之命の居城であり皇国政治の中心。 皇帝の護衛を務める〈己〉《おれ》が、最も多くの時間を過ごす場所でもある。 「ようミツルギ、ここにいたのか」 「どうした、何か用か?」 「さっきの礼をしに来たに決まってるじゃないか」 「礼などいらない」 「まあまあ、そう言うな」 「お前が加勢してくれなければ、あいつを取り逃がしていたよ」 「さすがはミツルギ! 国を救った英雄は伊達ではないな!」 気さくな笑顔で肩を叩いてくる。 融の捕り物に付き合わされるのは、いつものことだ。 「あの咎人、どう処断する?」 「ま、近々、斬首だな」 「あいつは駄目だ。 殺しが愉しくて仕方ないらしい」 「いずれ斬首ならば、昨日斬ってしまえば良かった」 そうすれば、巫女が危険な目に遭わずに済んだだろう。 「何事にも順序ってものがあるのさ、ミツルギ」 「都衛士ってのは、ご多忙の緋彌之命様の代理人として咎人を取り締まってるんだ」 「咎人を斬るにも緋彌之命様のお許しがいるってのは道理だろ?」 「しかし、実際には許可など取らないではないか」 「名目さ名目」 「実際にはそうじゃなくても、道理としてはそういうことになっている」 「わからん」 「ははは、人の世の仕組みってもんだ」 「それにな、民草の目の前で、緋彌之命様の名の下に咎人を裁くってのは大事なんだ」 「悪い奴は緋彌之命様が倒してくれる、緋彌之命様が私達を守って下さってるって気分になるからな」 「なるほど、考えるものだ」 稲生融という男、武官のくせに剣の腕はからっきしだが、『人の世の仕組み』には通じている。 彼の話は、世事に疎い〈己〉《おれ》にはいつも新鮮だ。 「ま、細かいことはどうでもいい」 「ともかく、今夜は一杯奢らせてくれ」 「一杯で酔えればいいが」 「これは参った。 財布に金を詰め直してくる必要がありそうだ」 ほがらかに笑う融。 「務めが終わったら、衛士の詰め所に来てくれ」 「いい酒を出す店を見つけたんだ、驚くぞ」 「そうか、楽しみだ」 杯を傾ける仕草をして見せる融。 これで皇国の政治を支える三十六家の一つ、稲生家の〈棟主〉《とうしゅ》だというのだから人はわからない。 「昼間から酒の話とは、天京も随分と平和になったものだ」 凛とした声が響く。 融が床に膝を突いて頭を下げた。 「緋彌之命様、ご機嫌麗しゅうございます」 「うむ」 「生憎と不機嫌だがな」 彼女が現れただけで、周囲に清澄な気配が漂う。 「稲生、たかだか咎人の捕縛にミツルギを引っ張り出すなと言ったはずだ」 知慮を〈湛〉《たた》えた深紫の瞳が、融を見つめる。 「申し訳ございません」 「緋彌之命、一言言いたい」 「許可する」 泰然自若とした振る舞いでこちらへ目を向けてくる。 「〈己〉《おれ》の役目は皇国を守ること」 「衛士への協力も、役目の一環ではないか」 「なるほど、ものは言い様か」 「第一、平時の〈己〉《おれ》には主だった仕事もない」 「余力を治安の維持に向けることが無駄とは思えない」 「お前には重要な任務を授けていたと思ったが、〈皇〉《わたし》の記憶違いか?」 「そうだったか?」 「〈皇〉《わたし》の護衛と話し相手だ」 「いま思い出した」 「はあ、覚えているくせに憎たらしい男だ」 「〈皇〉《わたし》にそんな口を利くのはお前くらいだ」 融と同じく頭を下げる。 緋彌之命の呪術により作られた〈己〉《おれ》は、人間の上下関係の外にいた。 だからこそ、皇帝である緋彌之命に対しても、こうした振る舞いが許されている。 仮に融が同じことをすれば、即刻処罰されることだろう。 「あー、もうよい」 「ついてこい、出かけるぞ」 「(ミツルギ、また後で)」 「(ああ)」 融と目で合図を送り合い、立ち上がった。 なだらかな坂を上り、天京を一望できる丘の上に立った。 ここは緋彌之命お気に入りの場所で、多忙な公務の合間によく訪れている。 もう何度付き添ったか覚えていない。 「いい眺めだ」 両手を天に伸ばし、緋彌之命が深呼吸する。 「以前に比べれば、煮炊きの煙も格段に増えた」 「民が安心して暮らせている証拠であろう」 「いずれは、天京をこの平原を埋め尽くすほどの街にしたいものだ」 最後の大戦から、早四年。 あまた存在した小国は皇国に併合され、長く続いた戦乱の時代は終わった。 一度は戦火に見舞われた天京の街も、賑わいを取り戻している。 「お前のお陰だ、ミツルギ」 「お前のお陰で、ようやくこの国から争いが消えた」 「〈己〉《おれ》は責務を果たしたまでだ」 「相変わらずの朴念仁ぶりだ」 「ありがたき幸せ、と言っておけば良いものを」 〈己〉《おれ》を見て微笑み、緋彌之命はまた天京の街に目を向けた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 この地では、〈古〉《いにしえ》より多くの国々が覇権を争ってきた。 その中でとりわけ強大だったのが、«〈胡ノ国〉《このくに》»だ。 «胡ノ国»の兵は恐れを知らず、いかなる戦場でも血を求めてひたすらに前進する。 戦いぶりは冷酷無比。 戦場には常に死体の山が築かれ、血の川が流れた。 占領された国の民は奴隷として扱われ、死ぬまで苦役を課されたという。 怒濤の勢いで領土を拡大する«胡ノ国»に、単独で抵抗できる国は存在しなかった。 そこで、周辺諸国は連合国家を作り上げる。 盟主となったのが、«〈緋ノ国〉《ひのくに》»の王である緋彌之命だ。 緋彌之命は、類い希なる呪術の才能と美貌で名を馳せた王であった。 後に三十六家として皇国を支えることになる各国の王は、彼女の呪力に〈縋〉《すが》ったのである。 しかし、«緋ノ国»は«胡ノ国»に対し敗戦を重ねる。 寄せ集めの軍では、精強な«胡ノ国»の軍に歯が立たなかったのだ。 程なくして、連合国家の命運は風前の灯火となった。 追い詰められた緋彌之命は、一つの決断をする。 国中の巫女をかき集め、«胡ノ国»を打ち破るための強力な呪装兵器を作ることにしたのだ。 招集された巫女の数は、およそ千。 儀式では街よりも巨大な呪術陣が組み上げられ、流れる祝詞の荘厳さに山野の鳥獣すら口を閉じたという。 集められた巫女は、力を使い果たし次々と倒れていった。 儀式の開始から二十日後。 八百八十八人の巫女が命を落とした時、生まれた呪術兵器こそが──ミツルギであった。 彼は«胡ノ国»の大軍に、たった一人で立ち向かった。 ミツルギが駆け抜ければ死骸の山が築かれ、刀を振るえば嵐が巻き起こる。 そして、呪術で作られた〈存在〉《道具》ゆえに、ミツルギには定命がない。 幾たび斬られようとも立ち上がり、敵に立ち向かう。 退くことを知らぬ«胡ノ国»の兵は、最後の一兵に至るまでミツルギによって討ち倒された。 酸鼻を極める光景を前に、ミツルギは眉一つ動かさない。 血と肉の汚泥に〈踝〉《くるぶし》まで浸かりつつ、冷静に刀身の血脂を拭ったという。 長きにわたり続いた大戦は、«胡ノ国»の滅亡によって終止符が打たれた。 戦いに勝った連合国家は、緋彌之命を王と仰ぎ、新しい統一国家として船出する。 緋彌之命の呪力と指導力、そしてミツルギの武勇の前に、全ての王が平伏したのだ。 これが、皇国──«〈豊葦原瑞籬内皇国〉《とよあしはらのみずがきのうちのすめらみことのくに》»の始まりである。 私室の前まで緋彌之命を送り届け、膝を突く。 普段は無礼が許されているが、私室へ足を踏み入れることは慎むよう言われている。 「ご苦労であった。 後は自由にせよ」 緋彌之命「畏まった」 ミツルギ「ああ、そうそう。 一つ聞き忘れていた」 部屋に入りかけた緋彌之命が足を止めた。 「その背中の傷、誰にやられた?」 既に服は着替え、傷は隠れて見えていない。 しかし、さすがは〈己〉《おれ》の作り主、緋彌之命にはわかるようだ。 「刀傷などすぐに塞がる」 「そんなことはわかっている」 「〈皇〉《わたし》が知りたいのは、『誰が』〈皇〉《わたし》のミツルギを傷つけたかだ」 「昼間、融と捕縛した男だ」 「咎人風情が……」 「人のものに傷を付けるとは……許せん」 緋彌之命が仏頂面になる。 「ミツルギもミツルギだ、咎人に斬られるなどだらしのない」 「作り手たる〈皇〉《わたし》の顔に泥を塗るつもりか」 刀傷など放っておけば治るのだが、緋彌之命は〈己〉《おれ》が傷つくことを嫌う。 融はそれが愛情だと言っていたが。 「し、し、失礼いたします!」 巫女柱の影から少女が飛び出してきた。 「機嫌が悪い、失礼するな」 「えええっ!? あ、う……」 床に膝を突いた少女がうろたえる。 見覚えがある顔だ。 「そなた、咎人に襲われた巫女か」 「は、はいっ、左様でございます」 少女が床に貼り付くように平伏する。 「なんだ、知り合いか」 「突然のご無礼をお許し下さいませ」 「私、〈椎葉千波矢〉《しいのはちはや》と申します」 「このような形で、御前に上がるなど無礼千万であることは百も承知です」 千波矢「くどいぞ。 〈早〉《はよ》う本題を申せ」 「ミツルギ様が傷を負われたのは、〈私〉《わたくし》を庇うためなのです」 「相違ないか、ミツルギ?」 「その通りだ」 「すぐにでも礼を申し上げたかったのですが、捕り物騒ぎでミツルギ様を見失ってしまいまして」 「こうして帝宮に忍び込んで参りました」 「忍び込む?」 「あ、いえ、ええと……参上いたしました」 もう一度頭を下げる千波矢。 髪の毛には、蜘蛛の巣やら木の葉やらが付いており、苦労が忍ばれた。 「無事ここまで辿り着くとは運がいい」 「まさか、椎葉家の巫女が帝宮に忍び込むとは」 にやりと笑い、緋彌之命が腕を組んだ。 侵入者など絶対に許さない緋彌之命だが、珍しいこともあるものだ。 「私どもの家をご存じでしたか」 「椎葉家は、〈皇〉《わたし》が«緋ノ国»の王になる以前より巫女を務めていたと聞いている」 「先の国難においても椎葉家が尽力してくれたこと、決して忘れるものではない」 「ありがたきお言葉でございます」 「そしてありがとうございます、お父様お母様、ご先祖様っ……」 何やら目を潤ませている。 「千波矢と言ったな」 「ミツルギに礼がしたいなら、一つ頼みがある」 「はい、何なりとお申し付け下さいませ」 「ミツルギの背中の傷は完治していない。 お前の呪術で治して見せてくれ」 「染み一つ残さぬよう、念入りにな」 「は、はい! 畏まりましてございます!」 「はあ、はあ……ど、どうでしょうか、ミツルギ様」 「見事だ」 千波矢のお陰で傷は完全に塞がった。 そればかりでなく、身体に活力が漲っている。 「ふむ、さすがは椎葉家の巫女。 なかなかの腕だ」 一部始終を見ていた緋彌之命が満足げに頷いた。 「恐悦至極に存じます」 「ミツルギを整えるにはかなりの呪力が必要となる」 「初めてにしては上出来だ」 「ありがとうございます」 「あ、あれ?」 千波矢の身体がぐらりと傾ぐ。 その身体を横から支えた。 「わっ、わわわわわわっ!?」 「どうした?」 「あ、いえ、その、あわわわわわわ……」 目を白黒させている。 「ミツルギ、さっさと離してやれ。 千波矢を殺すつもりか?」 「〈己〉《おれ》が悪いのか?」 納得いかないまま、千波矢を離す。 「あ、あの、ミツルギ様が悪い訳ではございません」 「その、何と申しますか、興奮のあまり血管が切れてしまうといいますか」 「生意気にも、ミツルギのことが好きらしい」 「〈己〉《おれ》を?」 「ちょっ!」 「ちょ? ちょっがどうした?」 千波矢が口を押さえた。 「蝶が飛んでいたような気がしまして」 「ははは、まあいい」 「ときにミツルギ、千波矢をお付きにしてみてはどうだ?」 「お前が怪我をする度に〈皇〉《わたし》が治療するのは骨が折れる」 「この者なら、治療を任せても問題あるまい」 「そっ、そそそんな緋彌之命様っ、滅相もないことをっ」 ぱたぱたと手を振る千波矢。 「ふむ」 千波矢を見る。 「で、ですが私にそのような大役が務まりますでしょうか……」 「〈皇〉《わたし》ができると言っている」 「は、はい」 「千波矢が望むならば、〈己〉《おれ》は構わない」 「ミツルギ様っ」 花が咲いたかのように微笑む千波矢。 「……むう」 「もうよい、〈皇〉《わたし》は休む。 後はよろしくやっておけ」 緋彌之命は私室へ戻っていった。 何やら不機嫌そうな顔をしていたが。 「ミツルギ様、ミツルギ様っ」 「なんだ?」 「どうしましょう、私、緋彌之命様に大役を任されてしまいました」 「ああ、任官早々こんな栄誉を授かるなんて、私はなんと恵まれているのでしょうかっ」 緋彌之命が引っ込んだ途端、浮かれまくる千波矢。 「ミツルギ様」 「まだ右も左もわからず、不心得もあるかと思いますがよろしくお願いいたします」 「ああ、こちらこそよろしく頼む」 しばらくしてから、天京の大路へ出てきた。 「ミツルギ様、どちらへ向かわれるのですか?」 「衛士の詰め所だ」 「しかし、お前はどこまでついてくる気だ」 千波矢は神殿に務める巫女なのだという。 にもかかわらず、いつまでも〈己〉《おれ》の後ろについて来る。 「私は緋彌之命様より、ミツルギ様のお付きを仰せつかっております」 「地の果てまでもお付き合いいたします……ひしっ」 腕に抱きついてきた。 〈己〉《おれ》は別に構わないが、彼女の生活は大丈夫なのだろうか。 「おう、女連れとは粋だな」 融詰め所まで来ると、待ちかねたかのように融が顔を出した。 「取り込み中なら、日をずらしても構わんぞ」 「いや、結構」 「お初にお目にかかります、私は椎葉千波矢と申します」 「ほう、椎葉家の巫女さんか。 誉れ高き家系だと聞いているが、直接話をするのは初めてだな」 「いえいえっ、私など末席に身を置くもの。 大したことはございませんゆえっ」 「謙遜するねぇ」 慌てる千波矢を見て笑う融。 「それで、あなた様は?」 「私は稲生融だ、よろしく頼む」 「えっ、稲生融様と言えば、稲生家のご棟主様ではありませんか!?」 「いえいえ、私など末席に身を置くもの」 「真似されました!?」 「棟主が末席などに座ったら他の者が困るぞ」 「冗談だ」 自己紹介を終えた後、千波矢は〈己〉《おれ》の身体を整える役目を与えられたことを話した。 「へえ、大抜擢だね」 「本当でございます。 自分でも驚きました」 話をしながら、融は歩きだす。 「これから私はミツルギと酒を飲みに行くが、君はどうする?」 「ぜひお付き合いさせていただければっ」 「おっ、ひょっとしていける口かい?」 「小さい頃から〈御神酒〉《おみき》を口にしてますので、大抵のことでは乱れぬ自信がございます」 「こいつは頼もしい! いいね千波矢殿、気に入ったよ!」 「君とはいい友人になれそうだ」 「わあい、嬉しいです」 「よかったなミツルギ、呑兵衛の仲間が増えたぞ」 「そうだな」 呑兵衛のつもりはないが、まあ楽しくやれるならそれに越したことはない。 「今日は融の奢りだ。 千波矢も好きな物を頼むといい」 「本当でございますか!?」 「やれやれ、財布が空にならないといいんだが」 苦笑いを浮かべる融とともに、連れだって飲み屋へ向かうのだった。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 緋彌之命が上座へつくと、棟主たちが最敬礼で迎えた。 下座には、緋彌之命の手足となって皇国を治める三十六家の棟主が揃っている。 «胡ノ国»との大戦の際、«緋ノ国»を盟主とした連合国家に加盟した小国の元君主たちだ。 もちろん、融の姿もそこにある。 〈己〉《おれ》は緋彌之命の傍に立ち、もしもの場合に備えて神経を研ぎ澄ます。 「皆の者、面を上げよ」 緋彌之命緋彌之命の声で顔を上げ、静かに居住まいを正す棟主たち。 今日は全棟主が顔を合わせる、月例の朝議だ。 張り詰めた空気が室内に満ちる。 「まずは、伊瀬野の大神殿についてだ」 「皆の尽力により、先日無事に落成の日を迎えたこと心より感謝する」 「伊瀬野は〈皇〉《わたし》の生誕の地」 「そこに信仰の中心となる神殿ができることには、大きな意味がある」 「昨年完成した«〈帝記〉《ていき》»と合わせ、皇国統治の屋台骨となることだろう」 «帝記»とは、緋彌之命の命で編纂された国家の歴史書だ。 大地創世の時代から、«大御神»の娘である緋彌之命が皇国を作り上げるまでの経緯が細かく描かれている。 緋彌之命が«大御神»から生まれたとは到底思えないし、国ができるまでの経緯にも脚色があるが、ともかく今後は«帝記»の内容が『事実』になるということだ。 聞くところによると、«帝記»のような書物は三十六家の棟主たちも、それぞれ独自に作らせていたらしい。 しかし、皇国という統一国家の歴史に三十六通りもの解釈があるのはいかにもまずい。 そこで正伝たる«帝記»を作り、過去の歴史を一本化したのだ。 加えて、緋彌之命の誕生の地である伊瀬野には、«大御神»をお祀りする国内最大の神殿が造営された。 そうすることで、民は«大御神»の偉大さを知り、同時に神の子である緋彌之命の権威も増すということだ。 道具である俺にはよくわからないが、人間の支配の構造とは実にややこしい。 「大神殿の落成、誠めでたきことと存じます」 太政大臣「ただ、«帝記»の公布については難渋している棟主もいる様子」 棟主筆頭の太政大臣が告げる。 「なぜだ?」 「民に«帝記»を読み聞かせる者が不足しているのでございます」 「折角、立派な«帝記»がございましても、間違いなく広める者がいなくては……」 「わかっておる」 「現在、伊瀬野に学舎を建てさせているのは知っているな?」 「そこで『正統な』〈禰宜〉《ねぎ》や巫女を養成し全国に赴任させる予定だ」 「彼らには、«帝記»を広める役目も担ってもらう」 禰宜や巫女には、複数の流派が存在する。 厳密に言えば、各氏族ごとに独自の流派を持つと言っていい。 緋彌之命は、それらを一本化し『正統な』流派を作り上げようというのだ。 「慧眼、恐れ入りましてございます」 棟主たちが平伏する。 「別件でございますが、北方にてまつろわぬ民が武器を集めているとの報告がございます」 「聞いておる」 「槇、一族を率いて平定せよ」 「攻め滅ぼす前に、降伏勧告を忘れるなよ」 「更科に目付を命じる」 槇家と更科家の棟主が頭を下げた。 二家とも、先の大戦で武勲を上げた家柄だ。 「他に議題はあるか?」 朝議では、一つ一つの議題に緋彌之命が明快な決定を下す。 棟主たちは彼女の前に平伏するしかなかった。 強大な呪力と美貌を買われて王となった緋彌之命ではあるが、実は、最も優れていたのは政治力だったのかもしれない。 いわゆる政治家としての仕事の他に、緋彌之命には巫女としての仕事もある。 豊穣祈願や天候維持、疫病平癒の儀式で斎主を務めることは、最重要の職務だ。 «大御神»に願いを届ける存在として、緋彌之命は国民の期待を一身に背負っている。 「では〈皇〉《わたし》から一つ」 「大神殿も完成したことで、国内の統治については一定の目処が立った」 「今後は、外への備えにも力を注ぎたいと思う」 「外、と仰いますと?」 「海の向こうには、今なお〈夷狄〉《いてき》が住まうという」 「彼らの侵略に対する備えが必要だ」 「そのような者、我らが迎え撃ちましょうぞ」 猛る棟主に、緋彌之命が苦笑する。 「考えてもみよ」 「攻めてくる相手が海の向こうでは、新たな領土を得られない」 「武勲をあげた兵にどうやって報いるつもりだ?」 「む……確かに」 「攻められずに済むのであれば、それに越したことはない」 「ついては、皇国全土を覆う«呪壁»の構築に当たろうと思う」 場がどよめく。 天京の街を守る防壁を作るだけでも、二十人もの巫女が必要なのだ。 国全体を守るとなれば、どれほどの巫女の命が必要なのか。 「そのようなことが、可能なのでしょうか?」 「できる」 「ただし、二百年ほどかかるだろうが」 「ついては皆に、«呪壁»の構築に必要な資財を負担してもらいたい」 「しばらく、しばらくお待ち下さい」 「大神殿の造営にも、私たちは私財を提供しているのです」 「これが二百年続くとなれば、不満も大きくなりましょう」 太政大臣の言葉も理解できる。 自分が死に、子や孫が死んでもなお完成しないものに財を出し続けるなど、そう簡単には納得できないだろう。 だが、緋彌之命は揺らがなかった。 「大臣、«胡ノ国»を思い出すがいい」 「国が滅ぼされれば、民は奴隷のように扱われる」 「お前も含め、ここにいる者は全員、地位も名誉も財も奪われるだろう」 「そのような憂いを子孫に残したいか?」 「いえ……」 「«呪壁»があれば、多くの国難から皇国を守ることができる」 「〈皇達〉《わたしたち》の末裔が、千年後、二千年後も外患に怯えることなく暮らせる国となるよう、協力してもらいたい」 緋彌之命の言葉に、棟主たちは揃って平伏した。 「……かしこまりました」 朝議が終わり、いつもの丘へやってきた。 「はあ、肩が凝った」 「緋彌之命も緊張するのか」 ミツルギ見た目ではわからなかったが。 「〈皇〉《わたし》を何だと思ってる」 「相手は百戦錬磨の棟主だぞ」 「今は服従してくれているが、隙を見せれば手のひらを返される」 特別に美しいことを除けば、緋彌之命の見た目は年頃の娘とさして変わるところはない。 学があり〈政〉《まつりごと》に明るく、呪術の才があるからこそ皆が従っている。 「お前は横で突っ立っているだけなのだから、楽でいいな」 仏頂面で言い、緋彌之命が草原に寝転んだ。 その隣に腰を下ろす。 「ところで、太政大臣のことだが」 「わかっている」 「あやつはいつか、反旗を翻すかもしれないな」 「〈己〉《おれ》が口を出すまでもないか」 「ははは、お前もいつの間にか人の表情にも気が回るようになったのだな」 「〈皇〉《わたし》にも気を回してくれれば言うことはないのだが」 緋彌之命が挑発するような目で〈己〉《おれ》の顔を見る。 「どういう意味だ?」 「相変わらずか」 「はあ、もう少し人間らしくお前を作るのだった」 緋彌之命が、苦笑しながら溜息をつく。 「で、太政大臣は放っておいていいのか?」 「いずれ片をつけねばなるまいな」 緋彌之命が遠くを見つめながら言う。 「今までは«胡ノ国»という明確な脅威が皆の前にあったお陰で、〈皇達〉《わたしたち》は団結できていた」 「しかし脅威がなくなれば、皆、胸にしまっていた野心を思い出す」 「棟主の中には«緋ノ国»と敵対していた者も少なくない」 「心の底では〈皇〉《わたし》を恨んでいる者もいるだろう」 「緋彌之命がいなければ、«胡ノ国»に滅ぼされていただろうに」 「お互い様だ」 「«緋ノ国»にしても、国を守るため敵対する国を征服してきた」 「〈皇〉《わたし》だけが綺麗な手をしているわけではない」 緋彌之命が、自分の手を開いて見つめた。 「戦争というものは、〈黴〉《かび》のようなものだ」 「表面上はなくなったように見えても、目を離すとすぐに拡大する」 「おまけに、戦争で苦しむのは、実際に戦場で戦う民だ」 「〈皇〉《わたし》の目が黒いうちに、この国から戦争をなくしたい」 ぐっと手を握り、瞳に強い意志を宿らせる緋彌之命。 「戦争がなくなれば、〈己〉《おれ》は役立たずだな」 「ははは、お前を作っておきながら、戦争をなくそうというのも身勝手な話か」 「〈己〉《おれ》は皇国に降りかかる災いを斬るためにいる」 「災いがなければ黙っているだけだ」 「いざという時は、遠慮なく頼りにする」 「期待しているぞ、«〈天御剣〉《あめのみつるぎ》»」 最近流行りの名で呼ばれた。 噂によれば、〈己〉《おれ》は«大御神»が緋彌之命に与えた神剣──«〈天御剣〉《あめのみつるぎ》»らしい。 緋彌之命に叛意を抱く者があれば、どこに隠れていようが、たちまち〈己〉《おれ》が斬り伏せるとのことだ。 「しっくりと来ない呼び名だ」 「ふふ、そうか」 「まあいい、政治の話は帝宮にいる時だけにしよう」 「今はもっと楽しい話をしたい」 緋彌之命は、丘の中腹に生えている桃の木を指す。 「見ろ、桃の花は美しい」 「朱より淡く、白より鮮やかなあの可憐な色、心惹かれるものがないか?」 「……特にないな」 「小さな花弁が舞い散る様は、まるで童女たちが戯れているかのようだ」 「見ていると心が弾んでくるだろう?」 緋彌之命はまるで少女のように目を輝かせ、楽しそうにしている。 「緋彌之命は花が好きなのだな」 「特に桃がな」 「〈皇〉《わたし》が花を愛でるのはおかしいか?」 「いや、別に」 素直に思ったことを言うと、緋彌之命は盛大に溜息をついた。 「お前はつまらんなあ」 「話していてまったく張り合いがない。 朴念仁め」 「朴念仁とは?」 「お前のように洒落を解さぬ男のことだ!」 「気の利いた返事ができなくてすまない」 「その返しこそ朴念仁そのものだ、まったく」 膨れている緋彌之命に頭を下げる。 「ミツルギ、お前は刀を振る以外に何か楽しみはないのか?」 考えてみるが、特に思い当たるものはない。 酒も融が誘うから飲むだけで、一人で飲むほど好きではない。 「女はどうだ。 興味はないか?」 「残念ながら」 「ふん……ではこういうことをしても、全く気にならないわけだな」 緋彌之命が〈己〉《おれ》の太ももに頭を載せて寝転んだ。 「どうだ、何か感じるか」 「髪が柔らかい」 「ふふ、そうか。 他には?」 「こうして緋彌之命を間近に見るのは、大戦の時以来だ」 «胡ノ国»との戦いで、〈己〉《おれ》は常に最前線にいた。 討ち漏らした兵は、槇や更科、稲生といった棟主たちの軍が討ち取り、緋彌之命を守っていた。 そんな中、一度だけ緋彌之命が流れ矢に当たり負傷したことがある。 異変を察知して〈己〉《おれ》が駆けつけた時、緋彌之命は肩からかなりの血を流していた。 慌てて周りの者を払いのけ、抱きかかえたことを覚えている。 「あの時は驚いたぞ」 「まさかミツルギが、あそこまで気を動転させるとは思わなかった」 「主を守りきれなくて何のための剣なのか、そう考えたら矢も盾もたまらなかった」 戦の最中に気を惑わせたのは、後にも先にもあの一度きりだ。 「……懐かしいな」 〈己〉《おれ》の太ももに頭を預け、ぼんやりと空を見上げる緋彌之命。 やがて、目を瞑る。 眠ったかと思っていると、薄桃色の唇から澄んだ旋律が流れ始めた。 丘に二人きりでいる時、よく彼女が口ずさむ曲だ。 その旋律は舞い散る桃のように可憐ながら、どこか哀切を帯びている。 目を瞑って歌に身を委ねると、不思議と心身が安らいだ。 しばらくの間、春の陽光を浴びながら緋彌之命の歌に心を預ける。 「美しい曲だ」 「ん? ああ」 「誰に教わったわけでもないのだが、気づくと口ずさんでいる」 「〈皇〉《わたし》が聞いて育った子守歌なのかもしれない」 「ならば、〈己〉《おれ》にとっても子守歌になるか」 「何しろ作り主が歌ってくれるのだからな」 「ははは、〈皇〉《わたし》にも随分と大きな子供ができたものだ」 気持ち良さそうに笑い、緋彌之命は〈己〉《おれ》の太ももを軽く叩く。 「お前とこうしていると、日常の煩わしいことを忘れられるよ」 「身も心も、幼い日に帰ったような気分になるのだ」 「子供の頃の緋彌之命など想像もつかない」 「酷い言われようだな。 〈皇〉《わたし》とて人間だぞ」 一つ苦笑いをしてから、緋彌之命は再び歌を口ずさむ。 どうやら今日は機嫌がいいようだ。 春風のような旋律に心を委ね、空にたなびく炊事の煙をぼんやりと眺める。 嗚呼、平和だ。 いつまでもこのような時間が続けばいいのだが。 「最初、〈皇〉《わたし》は一介の巫女でしかなかった」 「皆のために呪術を身につけ、国を害しようとする者と戦ってきた」 「たまたま呪術の才能があっただけで、気がつけば«緋ノ国»の王になっていた」 「挙げ句の果てには皇国の皇帝だ」 「世の中はわからないものだな」 「皇国最強の巫女でも、未来はわからないか」 「わかれば戦争などしない」 「〈皇〉《わたし》がもっと優れた巫女なら、救える命もあったのだろうな」 「互いの生き方を理解して和平を結ぶことができれば、無駄に争うことなどなかった」 「備えることができていれば、民を悲しませることもなかった」 「全ては民のためと考えてやったことが仇になったこともある」 「どうしようもなく選択した苦肉の策で、民を犠牲にしたこともある」 「全て〈皇〉《わたし》が奪った命だ」 緋彌之命の瞳から、雫がこぼれ落ちていく。 人前では決して涙を見せない彼女だが、〈己〉《おれ》の知る緋彌之命は涙もろい少女だ。 「ミツルギ、お前はどう思う」 「〈皇〉《わたし》は正しいことをしていると思うか?」 涙を拭い、見上げてくる。 「正しいと思う」 「ミツルギ」 「緋彌之命は〈己〉《おれ》の主、主の決断を疑うことはない」 「はあ、まったくもってつまらない答えだ」 「他に答えようがあるか?」 「あろうがなかろうが、つまらんことに変わりはない」 「そうだ」 「〈皇〉《わたし》の命に絶対服従ならば、こうしよう」 緋彌之命が身体を起こす。 「ミツルギに命じる」 「お前は、人の情を解する努力をしろ」 「うむ、わかった」 「軽い。 耐えられないほど軽い返事だ」 「本当にわかったのか、もう」 緋彌之命がまた太ももの上に頭を載せた。 「はあ、どうしてこんな風に育ってしまったのか」 「稲生や千波矢と話している時は、もっと楽しそうにしているではないか」 「おそらく、〈己〉《おれ》にとって緋彌之命は特別なのだと思う」 緋彌之命は、〈己〉《おれ》に命令できる唯一の存在だ。 「ふうん、特別か」 「ならば、〈皇〉《わたし》にはもっと特別な顔を見せて欲しいものだな」 「どのような?」 「さて、それはお前に考えてもらおう」 くすりと笑い、〈己〉《おれ》の鼻をちょんとつつく。 「はあ、このままミツルギと遊んでいられればいいのだがなあ」 「明日が憂鬱だ」 「何かあるのか?」 「忘れたのか、明日は見合いだ」 緋彌之命は独り身だ。 皇国の今後を考え、早々に世継ぎを作るべきだとの話が持ち上がっている。 そのため、定期的に見合いの日が設けられているのだ。 「沢山の男と面会できるのは、良いことではないのか」 「お前には逆立ちをしてもわからないだろうな」 「あーあ、嫌だ嫌だ」 そう言いながら、緋彌之命は大きく伸びをした。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 帝宮に戻る道すがら、街を視察したいという緋彌之命のために、街中にやってきた。 瞬く間に民が集まり、道の両側に平伏する。 道をふさぐことは無礼に当たるため、道の両側に人が集まるのだ。 それぞれの顔には、日輪の化身とも言われる緋彌之命への、畏敬と尊崇の感情が現れている。 「皆の者、息災に過ごしているか?」 緋彌之命「何か困ったことがあれば、身分は問わぬ、いつでも帝宮まで参ると良い」 緋彌之命が穏やかに告げると、人々の顔には希望に満ちた笑顔が浮かぶ。 「〈皇〉《わたし》やお前が守るべき国とは、すなわち彼らのことだ」 「民という礎があってこその君主なのだと強く肝に銘じなければならない」 集まってきた民に手を振りながら、〈己〉《おれ》に囁く。 国とは民のこと──それは緋彌之命の口癖だ。 何度も聞かされ、よく覚えている。 しばらく歩くと、大きな人だかりが見えた。 「ミツルギ、あそこは?」 「衛士の詰め所だ」 ミツルギ「ああ、融がいる」 更に近づくと、融がこちらに気づいた。 「これは緋彌之命様、まさかこのような所においでになるとは」 融膝をつき、頭を下げる融。 「よい、気まぐれでの視察だ」 「何かあったか」 「これより、天京を騒がせし咎人を処刑するところでございます」 見れば、詰め所前の広場には、荒縄で拘束された男が座らせられている。 「あの男か」 「知っているのか?」 「〈己〉《おれ》の背中を斬った咎人だ」 「ああ、そんな話もあったか」 程なくして、処刑の開始を告げる太鼓が叩かれた。 民衆が遠巻きに見つめる中、融が咎人の罪状を読み上げる。 楼閣に押し入り女を十数名斬り伏せた、小さな子供を切り刻んだなど、聞くに堪えないものばかりだ。 すぐさま民衆から罵声が飛ぶ。 不意に、下品な笑い声が聞こえてきた。 憎悪の中心にいる咎人が、気でも触れたように笑い始めたのだ。 民衆の怒りが急激に膨れ上がる。 「静かに! 静粛にせよ!」 「あーもう」 一向に騒ぎは鎮まらない。 融が忌々しげに頭を掻く。 「困った棟主だ」 一つ微笑み、緋彌之命が群衆の中に進んでいく。 皇帝の姿を認めた者が、次々に口を〈噤〉《つぐ》む。 緋彌之命が一歩一歩、咎人に近づく。 「笑うのをやめよ」 咎人が白い歯を見せた。 「あんたは?」 咎人「緋彌之命、知らぬか?」 「あんたが……そうか」 咎人が、しげしげと緋彌之命を見る。 「美しい……なんて美しいんだ」 「まさに、この世に降り立った日輪」 「人間だけじゃない……草も木も獣も、あんたの前に跪くだろう」 「ああ……」 咎人が、縛られたまま大地に額をこすりつける。 緋彌之命の美貌は、大悪人の心すら魅了するのか。 「お前は許されぬ罪を犯した。 何か弁明はあるか?」 「何を弁明する?」 「〈予〉《おれ》はやりたいようにやっているだけだ」 「あんたらも好きにしたらいい」 緋彌之命が目を閉じる。 「お前は、命を以て罪を償わねばならない。 犠牲者へのせめてもの報いだ」 「なーんだ、みんな〈予〉《おれ》に死んでほしかったのか」 「早くそう言ってくれよ、わかりにくいじゃないか」 「ははははは、いいぜ、一緒に楽しもう」 咎人の表情は、あっけらかんと明るい。 犯した罪の残虐性と笑顔が全く重なり合わない。 一体、どういう男なのだ。 「どうやら、お前には人としての心が備わっていないようだ」 緋彌之命が静かな目で咎人を見つめる。 「親や友に恵まれなかったか、飢えや病が心身を蝕んだか……」 「いかなる因縁が罪に駆り立てたのかはわからぬが、お前は決して許されぬ」 「だがせめて、次の生が幸福なものであるよう祈ろう」 「〈予〉《おれ》のために祈る?」 緋彌之命は答えず、咎人に背を向けた。 「稲生、後は任せたぞ」 「御意」 「緋彌之命様の〈御命〉《ぎょめい》により、これより咎人を処刑する!」 「緋彌之命!!」 群衆のさざめきの中から、一際大きな声が聞こえた。 「〈予〉《おれ》はお前を手に入れる!!!!」 「必ず、必ずだっっ!!!!」 引き絞られた咎人の叫びを、民の歓声がかき消す。 それは、刑吏の刀が振り下ろされたことを意味していた。 「次の者」 上座から緋彌之命が告げる。 澄ました顔をしているが、内心さぞ荒れていることだろう。 この日は、朝から緋彌之命の見合いが行われていた。 「この度は、お目通りが叶い大変嬉しゅうございます」 棟主の一人下座で平伏した棟主が、下男に大量の貢ぎ物を運ばせている。 緋彌之命は皇国の頂点に立つ存在であり、婿となれば大きな権力が手に入る。 婿の座を狙う男は、それこそ星の数ほどいる。 「緋彌之命様、こちらの品々は私の気持ちでございます」 「あなた様のためでしたら、私はどんな宝物でもご用意いたしましょう」 「うむ、ありがたく受け取ろう」 「そなたの厚意に心より感謝する」 「ありがとう存じます」 「では、次」 「え?」 緋彌之命が次と言ったら次である。 棟主はそそくさと退室した。 現れたのは槇家の人間だ。 本人の申告によれば、天下無双の武芸を誇るという。 「ならばミツルギに勝って見せよ」 「む……」 槇家の家臣それから数刻、諦めの悪い男と剣を交えることになった。 もちろん人間に負けるわけがない。 次の男も、またその次も、緋彌之命はさっさと追い返してしまう。 貢ぎ物は倉庫から溢れ、下女の部屋にまで積まれる始末だ。 「はあ、疲れた」 中休みに入り、緋彌之命は大の字に倒れた。 「よいのか、あのようにすげなく断って」 「皆、なかなかの熱意ではないか」 「〈皇〉《わたし》が婿を取ってもいいのか?」 「皇国の安定に繋がるのなら、取るべきだと思う」 「そうか、あーそうか」 「〈皇〉《わたし》が他の男と睦み合っても構わないと言うんだな」 「もちろんだ」 「いずれお世継ぎは必要であろう」 「出ていけ」 「ん?」 「出ていけっ!!」 追い出された。 どうやら逆鱗に触れたらしい。 まったく、〈己〉《おれ》が他の男に抱かれてくれるなと言ったところで、何の意味がある。 それこそ、お国のためにならない。 困ったものだ。 「あっ、ミツルギ様、ミツルギ様っ」 千波矢宮内をぶらぶらと歩いていると、融と千波矢を見つけた。 「どうして千波矢がここにいる?」 「決まっているではございませんか」 「お見合いの行方を見届けたいのでございます」 「いま千波矢殿と、どの男が見込みありそうか話をしていたんだよ」 「融まで何をしているんだ」 「いいじゃないか。 皆、興味があるのだよ」 「巫女の間では、どのような殿方が見合いの儀に訪れるかで毎回盛り上がるのです」 「前回は、小此木家の棟主がおいでになったのが一番の見所だったようで」 「いい歳をしてよくやるものだ」 「ときにミツルギ様、今回はいかがでしたか?」 「いつも通り、全員にべもなく追い返された」 「しかしお前、まだ見合いは続いているのではないか?」 「追い出された」 「は?」 「緋彌之命に追い出されたのだ」 「〈己〉《おれ》の顔はもう見たくないらしい」 「ミツルギ様ー、どうやって緋彌之命様を怒らせたのですか?」 「ははは、どうせ余計なことを言ったのだろう?」 「〈己〉《おれ》としては、普通に受け答えをしたつもりなのだが」 先ほどの顛末を二人に話して聞かせる。 「く、くくっ、あははははははははっ、く、苦しい、腹が痛い」 「おい融、いくら何でも笑いすぎではないか?」 「うくっ……いけませんよミツルギ様、そんなことをおっしゃられては」 「緋彌之命様が可哀想でございます」 なぜか千波矢まで笑っていた。 「何が可哀想なのだ。 当然のことを言っただけではないか」 「いやあ、いいね。 ミツルギ、君ほどこの国を憂う男はいないよ」 「さすがは救国の英雄」 「何の当てつけだ」 冷たい視線を投げかけるが、融に構う様子はない。 「ミツルギ様はご存じないのですか?」 「帝宮では、ミツルギ様が婿の最有力候補だともっぱらの噂でございますよ」 「〈己〉《おれ》が? 冗談だろう」 「ここへ来て日も浅いのによく知っているな、千波矢殿」 「それはもう、色恋沙汰となれば女は誰でも耳聡くなるものでございます」 大きな胸を張って誇らしげに言う千波矢。 「というわけだ、ミツルギ」 「どうして緋彌之命様がお冠なのかわかっただろう?」 「全くわからん」 「そうか、いいぞ。 君はそのままでいてくれ」 吹き出して、また笑い始めた。 「緋彌之命様はミツルギ様を好いておられるのです」 「ですから緋彌之命様は、見合いにいらっしゃる方をミツルギ様に蹴散らして欲しいのですよ」 「〈己〉《おれ》にそんなことができるか」 「ミツルギ様は、緋彌之命様のことを好いておられないのですか?」 「緋彌之命は尊敬に値するお方だ」 「だがあくまでも、緋彌之命と〈己〉《おれ》の関係は主とその刃に過ぎない」 「色恋の情を抱くなど」 〈己〉《おれ》にとっての緋彌之命は作り主。 どれだけ信頼し尊敬したとしても、恋愛感情を育む間柄ではない。 「ふうん、そういうものかね」 「ならば、お前が見合いに出たらどうだ?」 「よしてくれ。 私などに手が届くお方ではない」 「身のほどは弁えているつもりだ」 などと調子の良い受け答えをするが、融は有名な愛妻家で子供もいる。 見合いなどするはずがない。 「それに、緋彌之命様は並の男は選ばれない。 だろう?」 「困ったものだ」 「そういうことを、緋彌之命様の前で言うなよ」 融と千波矢が揃って溜息をついた。 「ところで、ミツルギ様は全ての女性に対して、恋愛の情を抱かれないのですか?」 「そうだな」 「で、では、例えばその、私のような人間も駄目でしょうか?」 「千波矢を?」 「あっあっ、た、例えばですよ、例えば例えば!?」 必死必至に言い訳をする千波矢。 「実は最近、周囲の巫女から『ミツルギ様の花嫁』と呼ばれておりまして」 「もしかしてー、そんなこともー、あったりー、なかったりー」 「そんなこととは?」 「ミツルギ様が私を選んで下さるということです!!」 「ああ、なるほど」 理解した。 「しかし、いつの間に花嫁になったんだ?」 「ミツルギ様のお体の維持を、緋彌之命様から仰せつかっているからかと存じます」 「夜通しお傍で呪術を使うこともありますから、邪推されるのもむべなるかな」 「しかし千波矢、«ミツルギの花嫁»という呼び名だが」 「は、はいっ、どうかよろしくお願い致しますっ」 何をよろしくする気だ。 「この前、緋彌之命が怒っていたぞ」 「頭が高いとか、一度締めねばならんなとか、そんなことを言っていたが」 「ひっ、ひえええええええぇぇっ!?」 「む……いかんな」 「このままでは、千波矢が冷たくなって〈都大路〉《みやこのおおじ》に転がる羽目になるかもしれん」 「ごめんなさいごめんなさいっ、もう決して花嫁などと言ったりしませんから、どうかお許しを~っ」 「融、悪趣味な冗談はやめろ」 「はははは、すまん」 「ふええ、では、緋彌之命様はお怒りではないのですか?」 「心配するな。 緋彌之命も本気ではない」 「くすん……うう、寿命が十年ほど縮まりましたよぉ……」 「で、ミツルギは実際、誰かと所帯を持つ気はあるのか?」 「例えばこの、千波矢とか」 「わわわわわわ、私としましては、その、ミツルギ様さえその気でしたら……」 頬を赤らめながら、千波矢がちらちらと視線を送ってくる。 「つまり、千波矢は〈己〉《おれ》を好いてくれているということか?」 「今までわからなかったのですか!!」 「すまない」 「もういいです、ぐすん」 疲れた顔で、千波矢が肩を落とした。 緋彌之命から千波矢の気持ちは聞かされていたが、まさか本当だったとは。 やはり〈己〉《おれ》に恋愛感情はわからない。 千波矢が大切な友人であることは確かなのだが。 「〈己〉《おれ》にとっては緋彌之命への忠誠が全てだ」 「その、所帯だとか、そういったことはわからない」 「そうでございますか……」 がくりとうなだれた千波矢だが、すぐに顔を上げる。 「緋彌之命様とミツルギ様は、純粋な絆で結ばれていらっしゃるのですね」 「お二人が羨ましゅうございます」 「主従の絆というやつかなあ」 千波矢がうんうんと頷く。 「そんなお二人にお仕えできること、とても嬉しく思っておりますよ」 「私の誇りでございます」 誇り、か。 「おっ、どうやら見合いの儀が終わったようだ」 奥の間が騒がしくなってきた。 「さて、仕事に戻るか」 「終わったらまた飲むのか?」 「いや、今日は朝まで衛士の巡視を監察しなければならないのだ」 「辛気くさいお役目で参るよ」 「私は神殿に巫女長が集まっての会合でございます」 「大きな組織改革を行うとのことですが、お役目が増えそうで今から憂鬱ですね……」 「〈己〉《おれ》は戻って緋彌之命のご機嫌取りだ」 「皆、それぞれに大変だな」 融に背中をぽんと叩かれ、二人と別れた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「ん?」 ミツルギ帝宮に上がった〈己〉《おれ》を、鴉の声が出迎えた。 外を見ると、塀の上に二十羽近くの鴉がとまっている。 まるで、刑場で死体が作られるのを待っているかのように、爛々と目を輝かせている。 「往ね、黒き鳥よ。 ここに餌はない」 言葉が通じたのか、鴉は先を争うように飛び去った。 鴉は凶鳥とも言うが、緋彌之命の御代に陰りはない。 何も起らぬはずだ。 「ミツルギ、少しいいか」 融その日の午後、融が〈己〉《おれ》を訪ねてきた。 「今日は頼みたいことがあって来た」 「また咎人の捕縛か?」 「今日はもっと大切な用事だ」 「実は……」 融が〈己〉《おれ》の目をじっと見てくる。 「緋彌之命様に、見合いを申し込みたいと思っている」 「何?」 想像もしていなかった言葉だ。 「おかしいか」 「おかしいも何も、お前には妻子がいるではないか」 「いやあ、気が変わったのだ」 「よくよく考えてみたが、私には緋彌之命様以外に求めるべき相手などいないと気付いた」 「美しき容顔に凛と響く声音、そして何よりもあの冒しがたい気品」 「あれほどのお方は、天下に二人といまい」 「出会った以上は、我が手に入れねばと改めて感じたのだ」 「これはもはや運命と言っても過言ではない」 朗々と熱い想いを語る。 しかし、家族を捨てるなど……。 「昨晩の酒が残っているんじゃないか? いつものお前らしくない」 「人はみな変わる。 特に恋は特別だ」 「一度、熱い想いに目覚めれば、それまでの自分ではいられない」 融が冗談を言っているようには見えない。 恋とは、ここまで人を変えるものなのか……。 ならば、人間の情に疎い俺がどうこう言うのは、融がよく言う『野暮』というものなのかもしれない。 「折り入ってミツルギに頼みがある」 「緋彌之命様との間を取り持ってもらえないだろうか」 「無理だ」 「〈己〉《おれ》には人の心の機微というものがわからない」 その上、緋彌之命は見合いの話題を持ち出すと感情的になる。 うまく取りなす自信がない。 「稲生融、生涯に一度の頼みだと思って頼む!」 「いや、しかし」 「頼む、ミツルギ、俺を男にしてくれ!」 勢いよく頭を下げた。 参った、融の頼みだけに無下にはできない。 それに融が好男子であることは保証できる。 「わかった」 「しかし、〈己〉《おれ》は口下手だ。 あまり期待しないでほしい」 「緋彌之命様と二人きりでお目にかかることはできないか?」 「見合いの儀には定められた作法がある。 〈己〉《おれ》の力で変えることはできない」 「そうか……すまない、無理を言った」 「いや、〈己〉《おれ》の方こそすまない」 「緋彌之命様の心証に残るよう、口添えをしてくれるだけでも嬉しい」 「友のためと思ってどうかよろしく頼む」 「ああ、わかった。 善処する」 緋彌之命の元へ向かうと、他出の支度をしていた。 「探したぞ、どこへ行っていた」 緋彌之命「丘へ行く。 供を致せ」 また例の場所に行くようだ。 「その前に、一つ話がある」 「稲生融のことだ」 「何だ、手短にせよ」 「稲生融が、緋彌之命と見合いをしたいと言っている」 「は? あやつは既婚であろうが」 「緋彌之命への愛に目覚め、考えが変わったらしい」 「妻を離縁するつもりか、馬鹿馬鹿しい」 緋彌之命が溜息をつく。 「その……あいつはいい男だ」 「酒好きでお調子者なところもあるが、頭は回るし人柄もいい」 「部下からの信頼も厚く、皆から慕われているのは〈己〉《おれ》がよく知っている」 「何が言いたい」 「だから、お前の婿にどうだろうと思った」 「……」 「呆れてものも言えん」 それっきり、緋彌之命がしばらく口を閉じた。 「なぜ〈皇〉《わたし》に婿取りを勧める?」 「いつまでも、婿を取らぬわけにもいくまい」 「世継ぎがいなければ、せっかく創り上げた皇国がまた不安定になる」 「いつかは誰かを選ばねばならないなら、少しでもましな者をと考えるのはおかしいか?」 「小理屈を並べるようになったものだ」 冷たい視線を向けられる。 緋彌之命は、控え目に言って激怒している。 ほとんど無表情の顔の下で、怒りの炎が燃えたぎっているのがわかる。 「お前には暇を出す」 「別命あるまで、〈皇〉《わたし》の前に顔を出すな」 口答えは許されない。 「承知した」 膝をつき、頭を下げる。 ここに来て、自分は取り返しのつかない失言をしたのだと悟った。 暇を出され、居場所を失った。 不調に終わることは予想していたが、まさかここまで酷いことになるとは。 「慣れないことをするものではないな」 思わず頭を掻く。 「あっ、ミツルギ様っ」 千波矢歩いていると、千波矢に出くわした。 「顔色が優れないようですが、どうされたのですか?」 「わかるのか」 「私はお付きの巫女でございますよ」 「ミツルギ様のことでしたら、どんな些細な異変も見逃しませんっ」 「千波矢には敵わないな」 「ふふふ、ですから、こうさせていただきますね」 千波矢が腕にぶら下がってきた。 何がですからなのか、さっぱりわからない。 「私はこれから神殿に行くのですが、ミツルギ様は」 「当てはない」 「ではでは、送って下さいませ」 断る理由もなく、共に行くことにした。 「ところでミツルギ様、緋彌之命様が神職の座から退かれることはご存じですか?」 「いや、初耳だ」 皇帝としての政治以外にも、緋彌之命には巫女としての仕事がある。 「最近、緋彌之命様は〈政〉《まつりごと》でお忙しく、大規模な祭祀の斎主を務めるのが難しいとのことでして」 「斎巫女という役職を設け、神職の統括を任せることになったのです」 「緋彌之命がいなくても、儀式は行えるのか?」 「まあ何とか」 「緋彌之命様が『新しい呪術の仕組み』を作って下さいましたので、私達でも大きな儀式を執行できるようになったのです」 「なるほど。 それで誰が斎巫女に?」 千波矢が自分を指差した。 「何故か、私が」 「目出度いことではないか」 「でもー、私より先輩の巫女も一杯いるんですよ?」 「家柄だって実力だって、上の人がいるんです」 「しかし、緋彌之命が決めたのならばそれまでだ」 「仰る通り、もうどうにもなりません」 「はあ、嫉妬やら何やらで、もう身が細りそうでございます」 はあ、とため息をつく。 「〈己〉《おれ》に手伝えることがあればいいのだが」 「本当でございますか!?」 「では、私と所帯を持って……」 「それは無理だ」 「がくり」 千波矢が項垂れた。 「まあともかく、緋彌之命様から頂戴したお役目ですので、粉骨砕身務めて参る所存です」 「頑張れよ、千波矢」 「はい、ありがとうございます」 「ちなみに、ミツルギ様のお世話も斎巫女の仕事として後世に引き継いで参ることになりました」 「ミツルギ様は永遠の刻を生きていかれる存在」 「百年後も二百年後も、斎巫女が«ミツルギの花嫁»としてお世話をさせていただきます」 「そうか……」 「上手く言葉が見つからないが、ありがとう」 人に食事が不可欠なように、〈己〉《おれ》には定期的な呪力の補給が必要だ。 そして、定命のない〈己〉《おれ》は、この先ずっと補給を続けなければならない。 呪力の提供者がいつも傍にいてくれれば、大変心強い。 何より、国に降りかかる厄災を斬る、という使命に邁進することができる。 「私以外の巫女がミツルギ様のお世話をするのは少々妬けもしますが、致し方ございませんね」 「千波矢は初代の花嫁。 未来の斎巫女とは別格だ」 「あらあら? ミツルギ様にしては、とてもお上手でございます」 「その調子で、人間の心をもっと学んで下さいませ」 嬉しそうに微笑んだ。 「それで、ミツルギ様は何かあったのですか?」 「ん? ああ」 「緋彌之命にとある男との見合いを勧めたのだが……」 「もうわかりました。 怒られたのですね」 「よくわかるな」 「誰でもわかります!」 「駄目ですよー、ミツルギ様。 同じ轍を爆走中ではありませんか」 千波矢が目頭を押さえる。 「緋彌之命様のお傍に仕えるのでしたら、女心というものをご理解いただかなければ」 「〈己〉《おれ》は戦のための道具だ。 女心はわからない」 「また道具などと言って」 「ミツルギ様がご自身をどう思うかは勝手ですが、そう思わぬ者もいるのです」 「他人がどう言おうが、〈己〉《おれ》が道具なのは事実だ」 「では、緋彌之命様にそうお伝えになってみてはいかがですか?」 「今よりもっとお怒りになるかと思いますよ」 「む……」 「だが、世継ぎがいなければ皆が困る」 「緋彌之命も、それがわかっているからこそ見合いをしているのだ」 「当然です」 「でも、ミツルギ様にだけは言われたくないのです」 「道具がそんな小賢しいことを口にするな、ということか」 「違いますよっ、もう、ミツルギ様の馬鹿っ」 千波矢が腰に手を当てる。 「これは例え話なのですが、私がミツルギ様をお慕いしているとして」 「ん? では〈己〉《おれ》を好いてくれているというのは冗談だったのか」 「ミツルギ様、野暮なことは聞かない」 「す、すまない」 「……こほん」 「例えばですよ、例えば私がミツルギ様をお慕いしているとして」 「ミツルギ様から、他の男性と所帯を持てなどと言われたら、とても穏やかな気持ちではいられません」 「それが、人の情というものにございます」 「なるほど」 緋彌之命が怒った理由がわかった。 「大切なことを教えてくれてありがとう、千波矢」 「すまないがここで失礼する」 「緋彌之命様の所に向かわれるのですね」 「ああ、行ってくる」 「どうかご武運を」 千波矢に背を向け、帝宮に戻ることにした。 「はあ、まったく困った人」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 帝宮の中を探したものの、緋彌之命の姿は見つからない。 ふと、『丘へ行く』と言っていたことを思い出し、ここまで来た。 「下がれ! 無礼であるぞっ!!」 緋彌之命すぐさま声の方向へ跳ぶ。 丘の上には緋彌之命と、もう一人の男の姿があった。 融? 何故?「何事だ!」 ミツルギ二人の間に割って入り、緋彌之命を背中でかばう。 「ミツルギ、お前……」 「遅くなってすまない」 「顔を見せるなと言ったはずだ」 「咎めは後から受ける」 問題は融だ。 「緋彌之命に何をしていた、融」 「何って、見合いだよ、見合い」 融「見合いの日取りは〈皇〉《わたし》があらかじめ決定している」 「棟主といえど、許されぬ逸脱だ」 「融、お前らしくもないぞ」 「人はみな変わる」 「私は緋彌之命様のことを想い、変わったんだ」 「もはや緋彌之命様のいない人生など考えられない」 「緋彌之命様、私達が結ばれるのは運命なのです!」 融が言い放つ。 「それに、緋彌之命様、私にはある予感があるのです」 「私はきっと、あなた様の最期に立ち会うことになる」 融が正面から緋彌之命を見つめる。 その瞳には、どこか底暗い輝きが揺らめいている。 緋彌之命も異常を感じたのだろう、俺に目配せし、表情を引き締めた。 「融、言葉を慎め」 刀を抜き、融に向ける。 「邪魔をするな、ミツルギ」 「私は緋彌之命様と話している」 融が緋彌之命の前に跪く。 「緋彌之命様、どうかこの稲生融を婿に迎えて下さいませんか」 〈己〉《おれ》の刃を前にしながら、融は全く恐れを見せない。 「わかった、いいだろう」 「誠でございますか!?」 「お、おい!!」 緋彌之命がにやりと笑う。 「ただし条件がある」 「この世で最も美しい景色を〈皇〉《わたし》に見せてみよ」 「〈皇〉《わたし》がそれと認めるものを用意できれば、お前を婿にしてやってもいい」 緋彌之命が無理難題を押しつけた。 彼女が『美しい』と言わない限り、この課題は達成できない。 つまり、融が婿として選ばれる道はないということだ。 しかし──「必ずや用意してご覧に入れます!」 何をどう誤解したのか、融は勢いづいた。 額を地面に打ち付けてから、意気揚々と立ち上がる。 「緋彌之命様、お約束、くれぐれも違えませんことを」 犬歯をむき出しにして笑い、融は丘を悠々と下りていった。 日が沈んでいく。 融が去っても、緋彌之命は丘から動こうとしなかった。 「先程はすまなかった」 「何に対する謝罪だ」 「一つ目は、融と緋彌之命の間を取り持とうとしたことだ」 「まさか融がここまでするとは思わなかった」 「気にするな。 悪いのは稲生だ」 ふっと笑う緋彌之命。 「二つ目は、許しを得ずに顔を見せたこと」 「あーそうだな、〈皇〉《わたし》の命令を無視するとは許し難い」 ぶちぶちと文句を言っているが、本気で怒っている様子ではない。 「最後にもう一つ」 「緋彌之命の気持ちを傷つけたことだ」 「〈皇〉《わたし》を傷つけた?」 「千波矢から怒られた」 「〈己〉《おれ》の発言が緋彌之命を傷つけたと」 「な、何の話だ?」 「緋彌之命は〈己〉《おれ》のことを好いているのではないか?」 「だから、〈己〉《おれ》が融との見合いを勧めたのは……」 「待てーっ! 待て待て待てっ!」 「だ、誰がそんなこと!?」 「って、千波矢か!」 「いや、帝宮では有名な話らしいが」 「な、なんだとっ!?」 「ぐぬぬ……官女どもの噂好きは度を超しておる」 悔しそうに歯ぎしりしている。 「とにかく、緋彌之命を傷つけてしまったのだとしたら謝らねばならない」 「もういい、謝るな」 「〈己〉《おれ》は緋彌之命を傷つけたくない」 「緋彌之命には、いつも笑っていてほしい」 この丘で、楽しそうに歌っていた緋彌之命。 俺はずっと、あの子守歌を聞いていたいのだ。 「ミツルギ……」 「急に変なことを言うな、調子が狂う」 「すまない」 再び緋彌之命に頭を下げる。 「だから謝るな」 「誤解だ。 〈皇〉《わたし》が怒ったのは、お前が思っているような理由ではない」 「あーもうよいっ、座れ、いいから座っていろ!」 〈己〉《おれ》を草むらに座らせると、緋彌之命は太ももの上にどさっと頭を乗せてきた。 「〈己〉《おれ》の無礼を許してくれるか?」 「お前が無礼なのは最初から知っている」 「だから、そもそも怒ってなどいない」 「それに、本当に謝らなくてはならないのは〈皇〉《わたし》なんだ」 緋彌之命が声を落とした。 「ミツルギは、呪術がどういうものか知っているか?」 「いや、知らない」 「呪術は、使えば使うほど術者を穢す」 「魂が穢れきってしまえば、いかに身体が丈夫でも生き続けることはできない」 「つまり、どういうことだ?」 「〈皇〉《わたし》の命は、もってあと一、二年だ」 「え……」 すぐには言葉の意味を飲み込めなかった。 緋彌之命が死ぬ?人の命が有限であることは知っている。 だが、その法則が緋彌之命にも適用されるとは、どうしても信じられない。 緋彌之命という日輪は、未来永劫にわたって輝き続けるのだと……。 「冗談ではないのか」 「残念だが」 微笑さえ浮かべ、緋彌之命が言う。 「呪術で穢れきったこの身体だ、無論、世継ぎを生むことなどできない」 「見合いはな、それを誤魔化すために行っていたのだ」 「世継ぎが生まれないと決まれば、棟主たちも先のことを考え始めるだろう」 「今はまだ、跡目争いを始めてもらっては困るのだ」 「だから、お前に世継ぎ世継ぎと言われ、思わず頭に血が上ってしまった」 〈己〉《おれ》が融を勧めたのが、気に触った訳ではなかったのか。 現実はもっと深刻だった。 「〈己〉《おれ》にできることはないか?」 「もうしてもらっている」 ぽんぽん、と〈己〉《おれ》の太ももを軽く叩いた。 「意味がわからないが」 「〈皇〉《わたし》が幸せな気分になるじゃないか」 太ももの上で、緋彌之命が目を閉じる。 焦燥で胸が痛くなる。 あと一、二年で命を終えようとしている創造主を前に、〈己〉《おれ》は何もできないのか。 「お前と一緒にいたい」 「残された時間を、お前と一緒に生きられればそれでいい」 「だが」 「ミツルギ、お前がいいんだ」 まどろむような表情で緋彌之命が言う。 彼女の心の底は窺い知ることはできない。 だが、緋彌之命が言う『一緒にいたい』とは、ただ単に傍にいればいいということではない。 それだけはわかった。 「あなたの傍にいよう」 「残された時間、あなたと共に生きる」 「何よりの言葉だ」 満足げに微笑み、緋彌之命はいつもの歌を口ずさむ。 あとどれだけ、この歌を聴けるのだろうか。 子守歌に身を委ねながら、〈己〉《おれ》は誓う──自分はただの道具だ。 どこまで行っても、血の通った人間にはなれない。 だが、緋彌之命が望むなら──〈己〉《おれ》は人として緋彌之命と共に生きよう。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 皇国の異変は、夏の珍事をきっかけに始まった。 その日、天に輝く日輪が闇に落ち、昼だというのに世界が暗くなったのだ。 驚天動地の出来事に、『日輪が闇に食われた』と天京の街は大混乱となった。 空は間もなく明るくなったものの、天京にはとある噂が流れ始めた。 曰く──緋彌之命様のお力に、陰りが差しているのではないか。 民衆が日輪と緋彌之命を結びつけるのは、彼女が日輪の化身である«大御神»の子供だと信じられているからだ。 推し進めてきた自身の神格化が裏目に出たと言えよう。 そして、三十六家の棟主にも噂に踊らされる者が現れる。 「ミツルギ、太政大臣は?」 緋彌之命「先程、処刑された」 ミツルギ「そうか」 街からは、数え切れないほどの煙が立ち上っている。 炊事の煙ではない。 二日前に鎮圧した内乱で焼け落ちた屋敷、そして死亡した兵士や民の遺骸を焼く煙だ。 内乱の首謀者は棟主筆頭の太政大臣。 三十六家の当主のうち、実に十六人が太政大臣に従って挙兵した。 率いられた反乱軍は一万に迫り、その多くを〈己〉《おれ》がこの手で斬ることになった。 太政大臣を初めとする棟主たちの処刑が終わったのは、つい先程のことだ。 「これでもう、緋彌之命に逆らう棟主はいなくなった」 「十六人も失ったのだ。 そうでなくては困る」 「彼らは手を取り合って戦ってきた同志だ」 「反乱を起こした以上、処刑は致し方ない」 「それでも、他に手はなかったのかと悔いるのが人というものだ」 〈己〉《おれ》には、緋彌之命の敵を斬ることに何の躊躇いもない。 事実、先日斬った人間の中には馴染みの者もいた。 そこが、〈己〉《おれ》が道具たる所以なのだろう。 「〈皇〉《わたし》は彼らを陥れた」 「お前に西方遠征を命じ、天京を留守にさせたのだ」 七日前、〈己〉《おれ》は緋彌之命の命令で天京を離れ、山中の洞窟に身を隠した。 その間に、太政大臣たち反乱軍が挙兵、天京を急襲したのだ。 連絡を受けた〈己〉《おれ》は直ちに天京へ戻り、一堂に会した反乱軍と戦うことになる。 反乱軍は、まんまと緋彌之命に引きずり出されたわけだ。 「あやつはずっと反乱の機会を窺っていたのだ」 「ミツルギが帰ってきたと知った時には、さぞ驚いただろうな」 「«胡ノ国»を壊滅させた鬼神と、相対せねばならなくなったのだから」 「野心を持つ棟主を一掃するための芝居だったのだな」 「その通り」 「ならば気に病むことはあるまい。 皇国はより平和になったのだ」 「確かに、これでしばらくは、皇国で争いが起きることはないだろう」 「だが、未来の平穏と引き替えに、多くの血が流れた」 「見ろ、立ち上る煙の数を」 天京からは、幾筋もの煙が夕焼け空に向けて立ち上っている。 埋葬が追いつかず、死体が燃やされているのだ。 「〈皇〉《わたし》にもっと力があれば、人徳があれば、知恵があれば、彼らを殺さずに済んだのかもしれない」 「彼らも、〈叛意〉《はんい》を抱かずに済んだのかもしれない」 「皆、この国のために力を尽くしてくれた者たちだったのだ」 緋彌之命の瞳から涙がこぼれ落ちる。 「なぜ戦争を起こしたがる」 「なぜ力で解決しようとする」 「〈皇〉《わたし》たちには言葉があるではないか、獣とは違うのだ!」 頬を伝う雫もそのままに、緋彌之命が声を上げる。 「人もまた獣だ」 「だからこそ、〈己〉《おれ》が必要になる」 「わかっている」 「力を持たねば平和はない。 だから〈皇〉《わたし》はお前を作った」 「いや、作っただけではない」 「お前を使い、皇国を創り、自分の地位を築き上げた」 「〈皇〉《わたし》には戦争を嘆く資格も、涙を流す資格もない」 「なのに、こいつらは……」 緋彌之命が、力任せに涙を拭い去る。 「なぜ、溢れてくるのだ」 「〈皇〉《わたし》は……〈皇〉《わたし》は……」 元来、緋彌之命は涙もろい性格だ。 泣き虫と言ってもいい。 「消えろ、消えてくれ……」 「皇帝には、涙などふさわしくないのだ!!」 緋彌之命の目から零れた涙が、空中で桃色の花弁に姿を変えた。 これは、一体?気がつけば、緋彌之命の周囲には無数の花びらが舞い散っている。 まるで彼女と戯れるように、ひらひら、ひらひらと。 「ふっ、ふふ……そうだ、これでいい」 「無様な涙など、皇帝には必要ない」 緋彌之命の目に、もう涙はない。 ただ、周囲を桃の花弁が舞うのみだ。 自らを責め、涙を花びらに変えたのか。 ──何と悲しく、何と高潔な〈花弁〉《なみだ》なのだろう。 「はは……はははは……」 緋彌之命は、桃の花吹雪の中で優雅に踊り始めた。 それは〈桃花染〉《つきそめ》の舞。 緋彌之命の腕は、咲き誇る桃花を纏った枝のように、たおやかなる動きを見せている。 桃の花は春の訪れ、新たなる生の芽吹きを告げるものだ。 死者は穢れを落として転生する。 悲しみを乗り越え、春へ至るその道筋を示すことで霊たちを慰める慰霊の舞だった。 「どうだ、ミツルギ」 何と評していいかわからない。 ただ、感じたままを言葉にするなら──「これが、人の情か」 美しくも儚げで、それでいてどこか悲しげで。 〈己〉《おれ》は生涯、この光景を忘れることはないだろう。 時が止まってしまったかのように、緋彌之命を見つめ続ける。 「ぐ……ごほっ……ごほっ!」 華麗に舞っていた緋彌之命が、背を丸めて咳き込んだ。 口を押さえた手指の隙間から、赤い液体が漏れ出てくる。 「緋彌之命っ!」 「大丈夫だ」 「騒ぐな……これが初めてではない……」 「しかし」 「言ったではないか。 〈皇〉《わたし》の命は残り僅かだと」 「天の日輪も、いつかは沈む……ということだ」 緋彌之命を背負い、丘を下っていく。 「多少揺れるが、我慢してくれ」 「ははは、背負ってくれるのなら、病になるのも悪くないな」 内乱が片付くまで、相当に無理をしていたのだろう。 緋彌之命は嫌がることもなく〈己〉《おれ》の背に乗った。 「戻ったら医者を呼ぶ」 「無駄だ」 「〈皇〉《わたし》の身体は呪術で冒されている。 薬で治るものではない」 「ならば、このまま死を待つのか?」 「まさか」 「策があるからこそ、反乱分子の粛清を急いだのだ」 「何?」 その時、風に乗って涼しげな旋律が聞こえてきた。 緋彌之命がよく聞かせてくれる子守歌だ。 しかし、当の緋彌之命は己の背にいる。 では、一体誰が?周囲を探すと、大きな桃の木の下に一人の男が座っていた。 「緋彌之命様、麗しゅう」 融「お前……」 緋彌之命へ見合いを申し込んだ後、融は突如として行方不明になった。 都衛士の長という仕事柄、殺されたのではという憶測も飛び交ったが、真偽不明のまま今日に至る。 「〈皇〉《わたし》の許可もなくどこへ雲隠れしていた?」 「決まっているではありませんか」 「緋彌之命様の〈御為〉《おんため》、この世で最も美しい景色を探しておりました」 融が恭しく頭を下げる。 「なるほど、内乱もあったというに、立派な心がけだ」 皮肉を言ってから、緋彌之命は〈己〉《おれ》の背から下りた。 「して、見つかったか?」 「津々浦々を巡って参りましたが、残念ながら納得がいくものは見つかりませんでした」 「ですから、私が自ら作ることにしました」 「作る?」 「ご覧ください」 融が立ち上がり、両の手を広げた。 「これが、これこそが、最も美しい景色でございます」 融の指差す先には、天京の惨たらしい姿がある。 そこかしこから死体を焼く煙が立ち上り、夕焼け空を黒々と焦がす。 間近に迫る冷たい夜陰に身をこごめたような街は、死の匂いに満ちている。 聞こえてくるのは、まだ焼かれていない死体を巡って争う鴉の声だけだ。 「確かに天京は美しい」 「だが、今は無残なばかりだ」 「いやいや、この光景こそ、私が作り上げた最高傑作にございます」 融が、口を三日月のように開いて笑う。 「どこが素晴らしいというのだ、気でも触れたか」 「おいおい、わからないのかい? この素晴らしさが」 「あちこちに屍が転がり、無惨に斬り払われた者の血で汚れた天京の美しさが」 「あの煙を見ろ、殺された者たちの無念をまざまざと感じられる」 「欲望、疑念、怒り、悲嘆、妄執、そして絶望」 「数多の感情が入り交じり、ぶつかり合った証が今の天京にはしかと刻まれている」 「これ以上美しい景色があるものか」 気でも触れたか。 緋彌之命も同感のようで、眉一つ動かしていない。 「内乱を引き起こしたのが自分だと言っているように聞こえるが」 静かに刀の鯉口を切る。 「ミツルギが天京を離れても、太政大臣はまだ迷っているようでした」 「ですから、私がちょっと背中を押してあげたのです」 「«胡ノ国»の至宝さえ手に入れれば、皇国は思いのままだと」 緋彌之命の表情が強ばる。 «胡ノ国»の至宝といえば、確か銅鏡だっか。 降伏の証として«胡ノ国»の巫女が差し出したらしいが、詳しくは知らない。 「そう伝えましたら、彼は決断しました」 「後は緋彌之命様もご存じの通りです」 「十六人の棟主は天京を攻め、とんぼ返りしたミツルギに討たれました」 「お陰様で、この景色が生まれたわけです」 融が天京の景色を眺め、だらしなく頬を緩める。 ここに来て、ようやく確信できた。 融は伊達や酔狂で悲劇を喜んでいるのではない。 本心から、この景色に陶酔しているのだ。 ……狂っている。 「とんでもない罪を告白したな、融」 「罪? 私は緋彌之命様のご注文に応えただけだ」 「それに、内乱を望んでいたのは緋彌之命様も一緒です」 「同罪でございましょう?」 「戯れ言を」 「〈皇〉《わたし》は、意図的に家の戸締まりを忘れただけだ」 「結果として、盗賊が入ったわけだが、〈皇〉《わたし》が盗んだわけではあるまい?」 「罪を犯したのは、お前達だけだ」 「罪の所在を論じたいわけではございません」 「ただ、私も緋彌之命様も、ともに内乱を願っていた」 「この光景は……」 融が天京の街を差し示す。 「私とあなたの合作……素晴らしい御子ということでございます」 無言で、融を睨み付ける緋彌之命。 「私こそがあなたの婿にふさわしい」 「いかがでございましょう緋彌之命様、私を婿に選んで下さいませんか?」 融が緋彌之命に手を差し出す。 「稲生……お前の本当の望みは何だ?」 「〈皇〉《わたし》の婿になることではないだろう」 「私の望みは、あなた様の全て」 「お身体も、お命も、その魂も……何もかもでございます」 「ふふふ、なかなかに欲深い」 無言で抜刀する。 何があったか知らないが、目の前にいるのはかつての融ではない。 「一つ聞かせてくれ」 「先程口笛で吹いた曲、何故お前が知っている?」 「ああ、これか」 もう一度、融が口笛を吹いてみせる。 いつもは心を穏やかにしてくれる子守歌が、酷く下品なものに聞こえてきた。 まるで神経を逆撫でされているようだ。 「ミツルギが緋彌之命様と睦んでいる時、よく聞こえてきたんでね」 「歌を覚えれば、俺も仲間に入れてもらえると思ったんだが」 「融……」 刀を握りしめる。 頭に血が上ったのは、〈己〉《おれ》たち二人の姿を覗き見されていたからではない。 緋彌之命と〈己〉《おれ》、共に愛した子守歌が──この丘での二人だけの安らぎの時間が、土足で踏みにじられたからだ。 今ならわかる。 この曲は緋彌之命と〈己〉《おれ》の宝だったのだ。 「ミツルギ……」 「斬れ」 「御意」 「ぐっ!?」 〈己〉《おれ》の刀が、融を袈裟懸けに斬り落とした。 融は〈己〉《おれ》の友人だった。 だが、こうなっては救いようがない。 融が倒れ、瞬く間に血の海が広がった。 「ふふ……はははははははっっ!!」 「躊躇いなく斬るなんて、友達甲斐がないなあ」 「なっ!?」 身体がほとんど〈二分〉《にぶん》されているというのに、融は笑みを浮かべて喋り散らす。 「最近、気付いたんだよ」 「〈予〉《おれ》は人の死というものが、どうしようもなく好きなんだ」 「いや、もっと正確に言えば、殺さずには生きていけないんだな」 「人が息をしなきゃ生きていけないのと同じことさ」 この声、明らかに融のものではない。 だが、どこかで聞いたことがある気がする。 「お前ならわかってくれると思ったんだがなあ、ミツルギさんよ」 「殺さなきゃ生きていけないのは、お前も一緒じゃないか」 〈己〉《おれ》とて、数え切れないほどの人間を斬ってきた。 だが、それは……。 「ミツルギは、国のために人を斬る」 「お前と同列に語るなど、許さない」 〈己〉《おれ》の代わりに、緋彌之命が反論してくれた。 「ふっ、ふふふ……やっぱりアンタは美しい」 「手に入れずにゃあ、いられない」 「もはやその機会もあるまい」 「ははは、そうなあ」 「ま、〈予〉《おれ》の次の生が、幸福であるよう祈ってくれよ」 聞き覚えのある言葉。 緋彌之命が処刑される咎人に与えたものだ。 「もう、休め」 緋彌之命が指を鳴らすと、男の身体が青白い炎に包まれた。 呪術の炎だ。 「ふ、ふふ、ふははははははははははははっ!」 「そうか……〈予〉《おれ》は死ぬんだな……」 「ああ、何ともいい気分だ」 「もしかしたら、〈予〉《おれ》は、殺すよりも死ぬ方が好きなのかもしれない」 口に笑みを浮かべたまま、融は目を閉じた。 「ああ……また、この景色か……」 「寒いなあ……雪が……黒い雪が……ずっと……ずっと積もっている」 「……雪?」 「美しい……黒い、雪……」 その言葉を最後に、融は灰となった。 もはや言葉を紡ぐ口もない。 「緋彌之命、融は……いや、この男は一体?」 「……さてな」 「だが、緋彌之命が咎人に与えた言葉を知っていたぞ」 「刑場に居合わせたのだろう」 「いずれにせよ、もう終わったことだ。 行くぞ」 緋彌之命が踵を返すと、男の灰は風に乗って散り消えた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 融の死から二ヶ月が過ぎた。 緋彌之命の計らいで、融の罪は一切が不問とされた。 いや、説明しようにも、常軌を逸した事柄ばかりで説明できなかったというのが実情か。 稲生家は取りつぶしを免れ、家督は長男に譲られている。 この長男、父親に似ず、非常に剣の腕が立つ。 ゆくゆくは、皇国を代表する剣士となることだろう。 内乱の鎮圧後、緋彌之命は宮殿の奥に小さな神殿を新造した。 その目的はごくごく一部の巫女が知るのみで、〈己〉《おれ》も詳細は知らされていない。 何か重要な儀式の準備を進めているのだろう。 「待たせたな、ミツルギ」 緋彌之命〈己〉《おれ》を私室に待たせ、緋彌之命は遅れて部屋に入ってきた。 このところの緋彌之命は、明らかに顔色が悪い。 信じたくないが、死期が迫っているのは本当なのだろう。 「突然だが、〈皇〉《わたし》を抱け」 「ん?」 ミツルギ一瞬、何を言われたのかよくわからなかった。 「どういう意味だ?」 「男と女が二人きりで抱くと言えば、情交のことに決まっているだろう」 「いちいち説明させるな」 顔を赤くし、そっぽを向く緋彌之命。 「ま、待ってくれ」 「情交の意味はわかる。 だが、なぜ〈己〉《おれ》と緋彌之命が?」 「どうした、柄にもなく落ち着きがないな」 「一騎当千の英雄にもかかわらず、女を抱くのは初めてか」 いたずらっ子のように笑う。 「緋彌之命は男と交わったことがあるのか?」 「あるか! 〈皇〉《わたし》は巫女なのだぞ!」 怒られた。 「ならば〈己〉《おれ》と同じか」 「そ、そうだな」 「って、そんなことはどうでもよい!」 「いいから服を脱げ!」 どうやら冗談の類ではなく、本気で情交するつもりらしい。 しかし、本当にいいのか。 「どんな命令にも従う覚悟はできている」 「だが、理由もなく主を抱くのは本意ではない」 言いながら、矛盾していると思う。 どんな命にも従うというなら、黙って緋彌之命を抱けばいいのだ。 「お前にも納得できる理由が必要か」 緋彌之命が小さく微笑む。 「これから行うのは、魂の器を作る儀式なのだ」 「知っての通り、〈皇〉《わたし》に世継ぎはいないし、子を成すこともままならない」 「このまま〈皇〉《わたし》が死ねば、皇国が乱れるのは必至」 「そこで〈皇〉《わたし》は決断した」 「〈皇〉《わたし》は、生まれ変わる」 緋彌之命が〈己〉《おれ》を見つめる。 「〈皇〉《わたし》の力と魂を、別の肉体へ移し換えるのだ」 「つまり、身体を新しくするということか?」 「簡単に言えばそうだ」 「〈皇〉《わたし》は、新しい身体で、もう一度生きる」 緋彌之命の言葉だ、不可能ではないのだろう。 「実現に必要なものは二つ」 緋彌之命が指を二本立てる。 「一つは«命の結晶»」 「もう一つは、結晶を腹に入れ、赤子を宿す母親」 「母親はわかるが、«命の結晶»というのは?」 緋彌之命が自分の下腹に手を当てた。 「〈皇〉《わたし》の胎内で男の精と呪力の全てを結合させる……それが«命の結晶»」 「次に、«命の結晶»を妊娠可能な身体に移植する」 「そうすれば、〈皇〉《わたし》は新しい肉体を得て再びこの世界に生を受けることができる」 なるほど、ならば緋彌之命を抱く必要がある。 「わかった、請け負おう」 「ふ、そうか」 「よろしく頼む」 緋彌之命の表情は浮かない。 あれから──緋彌之命に人として寄り添い、人として共に生きると誓ってから、〈己〉《おれ》は変わった。 いや、変わろうと力を尽くしてきた。 だから今はわかる。 緋彌之命が何かを嘆き、悲しんでいるということが。 「すまない、緋彌之命」 「どうして謝る?」 「また〈己〉《おれ》が悲しませるようなことを言ったのだろう」 「だからそんな顔をしているのではないか?」 そう告げると、緋彌之命は微笑む。 「ミツルギ、お前はいい男になったな」 そっと〈己〉《おれ》の胸に寄り添う緋彌之命。 「本当なら、〈皇〉《わたし》はただの女としてお前と結ばれたい」 「ミツルギがこの気持ちを理解してくれることはないと思っていた」 「なのにお前は……」 〈己〉《おれ》を見上げ、熱い視線を送ってくる。 「〈皇〉《わたし》が望んだから、なのだな」 「ああ、そうだ」 はらはらと、桃の花びらが舞い降りてきた。 泣いているのだ。 「ならば……ミツルギ、今だけでいい」 「〈皇〉《わたし》に、愛していると言ってくれ」 「この儀式の間だけでもいい、〈皇〉《わたし》に愛を与えてくれないか?」 泣きながら、愛して欲しいと懇願していた。 そんな緋彌之命を見て、胸の奥が締めつけられるように熱くなってくる。 初めてのことだった。 「……緋彌之命、〈己〉《おれ》はまだお前の望む男になりきれていない」 「だから愛がどういうものかわからない」 「いいんだ、ミツルギ」 「でも、これだけは言える」 「緋彌之命、お前には泣いて欲しくない」 「自らの全てを賭してでも、お前には幸せに、笑っていてもらいたい」 「そう思っている」 「ミツルギ、ありがとう……」 「お前はもう十分に、〈皇〉《わたし》の望む最高の男だ」 その言葉に、胸の内から抑えきれない情動がわき起こってくる。 無我夢中で緋彌之命を抱きしめる。 「馬鹿、そんなに力を入れたら痛いではないか」 笑いながら、桃の花を散らす緋彌之命。 「すまない」 腕をほどくと、緋彌之命はくすりと笑って囁く。 「ミツルギ、〈皇〉《わたし》を抱いてくれ」 「ああ、わかった」 抱きしめた緋彌之命が、顔を近づけながらもたれかかってきた。 「ああ、ミツルギっ……」 勢いに任せて床に倒れると、緋彌之命が顔を近づけてきた。 「お前の顔をもっとよく見せてくれ、ミツルギ」 「いつも見ているだろう」 「いいや、今が初めてだ」 「こんなに昂ぶった気持ちのまま、お前を間近に見るのは」 瞳を艶やかに潤ませながら、じっと見つめてくる緋彌之命。 「ずっと、こんな風にお前と見つめ合いたかった」 「今だけは……このまま〈皇〉《わたし》のことを愛してくれ」 緋彌之命の熱っぽい視線に晒され、身体が熱を帯びてきた。 「一応聞いておくが、口づけを交わしたことはあるか」 「いや、ない」 「ふふ、良かった」 にこりと微笑む緋彌之命。 「したいのか?」 「ああ、したい」 「ミツルギ、〈皇〉《わたし》の唇を奪ってくれるか?」 答えるまでもなく、緋彌之命の身体を引き寄せて唇を重ねる。 「んっ……あんっ、んふっ……」 「ちゅっ、うんんっ……あっ、ミツルギっ……」 柔らかな感覚が唇を襲う。 頭の芯が痺れるような感覚に襲われ、軽く眩暈がした。 緋彌之命をさらに抱き寄せ、存分にその唇を味わう。 ただ唇を触れ合わせるだけの行為に、こんなにも惹きつけられるとは。 「ふっ……あんっ、んちゅっ、ミツルギっ……あっ、んはぁっ……」 緋彌之命が愛おしい。 身体に火がついたかのような、激しい感情に翻弄される。 「んはっ、あぅっ、んふっ……あっ、んちゅっ、はふぅっ……」 「くふっ……んくぅ、ふうっ、むう……んんっ、むっ、ふっ、はふっ」 「ふっ……んうぅんっ、ぷはっ……」 唇を離し、至近距離で見つめ合う。 「はぁ……はぁ……すごいな、口づけというものは」 「唇が触れ合っているだけなのに、身体が溶けてしまいそうだ」 「〈己〉《おれ》も同じような気分だ」 そして、再び味わいたいという欲望が生まれる。 「まだ続けたいんだが、いいか?」 「ふふふ、可愛いやつめ。 いいに決まっているだろう」 「んちゅっ、あふっ……んっ、ミツルギ、んんっ……」 「あっ、うふっ……ちゅぷっ、んぁっ、はふっ……んくぅっ……」 緋彌之命の口内から、ちろりと舌が伸びてきた。 「ちゅっ、ちゅるっ……れろっ、ふぁっ、んんんっ、ぺろろっ……」 「ふっ、んんっ、ミツルギっ……はあっ、んっ、もっと、お前が欲しいっ……」 舌を受け入れると、ぞくりと快感が走る。 恐る恐る、という様子で口内を舐め回してくる緋彌之命。 「ふあぁっ、あくっ、ちゅるっ……んふっ、じゅるるっ……あふっ、はふうぅんっ」 「んっ、はぅっ、み、ミツルギの舌、入ってきた……」 「ふぅっ、んっ……ちゅぷっ、あんっ、ちゅろっ、こくっ、くんんっ……」 流し込まれた唾液を、吸い尽くすように飲み込んでいく緋彌之命。 二人の唾液が混ざり合い、それに応じて興奮の度合いが高まっていく。 「ちゅぷっ、はあぁっ……んっ、ミツルギ……」 「ぷはっ……ああ、んうぅ……ぷあっ」 唇を離すと、物足りなさそうな顔で見つめられた。 「もう、終わりなのか……?」 「口づけが気に入ったようだな」 「気に入るも何も、〈皇〉《わたし》はずっとこの時を夢見ていたのだぞ」 「〈皇〉《わたし》はいま、胸がいっぱいで張り裂けそうな気持ちだ」 「この気持ち……確かめてくれないか、ミツルギ」 緋彌之命に手を握られた。 そして、ゆっくりと装束越しの乳房に運ばれる。 「あっ……んんっ……」 指先に柔らかな感触を感じた途端、緋彌之命が身体を震わせた。 「痛かったか?」 「ち、違う、勝手に反応して声が出てしまったのだ」 「ミツルギに触られていると思ったら、身体が熱くて、その……感じてしまう」 恥じらった様子の緋彌之命。 そこまで気持ちいいものなのか。 形を確かめるように、服の上から乳房を揉んだ。 「はっ……んうっ、ふあっ、うああっ、んっ……」 「あんっ……んっ、駄目だ……ミツルギに触られると、声が我慢できない」 胸をなで回され、切なげな表情を浮かべる緋彌之命。 その豊満な胸の先に、小さな突起物があった。 「先端が固くなっているな」 「んああぁっ、やっ……そ、そこは、敏感だから……そんなに、強くしたら……」 顔を真っ赤に染め、快楽に震えている緋彌之命。 普段の振る舞いからは、誰も想像できない姿だろう。 〈己〉《おれ》にしか見せない表情なのだと思うと、緋彌之命を求める気持ちが強くなる。 「こちらも触るぞ」 「きゃっ……あんん、うう……」 股間に手を伸ばすと、恥ずかしそうに腰を振る緋彌之命。 「嫌か?」 「い、嫌ではない……ないが、その、今は……」 「おかしなことをしていたら、遠慮なく言ってくれ」 「違う、そういうことではなくて……その」 「こ、興奮して濡れてしまっているから、恥ずかしいんだ」 「ああ、もう、何て事を言わせるのだお前は」 呆れながら恥じ入っている緋彌之命。 どうやら駄目ではないようなので、衣服の隙間に手を差し入れた。 下着の上を滑らせると、ぬめりのある感触が指に伝わってくる。 「はんんっ、あっ、そ、そこは駄目っ……んああぁっ……」 「触っては駄目なのか」 「ち、違うっ……いちいち〈皇〉《わたし》の言葉を真に受けるな……んんっ」 快楽に目を細めながら抗議してくる緋彌之命。 駄目というのは方便か。 気にせず触ることにしよう。 「あっ……んっ、ふ、くぅんっ、んあぁっ……」 「んうっ、み、ミツルギっ……そんなにこすったら、んはあぁっ……」 秘部へ指を食い込ませると、緋彌之命の声が跳ね上がった。 熱くて柔らかい感触に、こちらも興奮してくる。 「ミ、ミツルギ……下着を、脱がせてくれないか」 「恥ずかしくて……自分だと脱げそうにない」 普段の皇帝らしい威厳はどこにもない。 少女らしい恥じらいを見せてくれた緋彌之命への想いが、また強くなるのを感じた。 半分ほど脱がせて胸を露出させると、緋彌之命がまた顔を赤く染めた。 誰も冒したことのない神聖な柔肌が、眼前に晒される。 「……美しいな」 気付くと、そう口走っていた。 丸みを帯びた身体の線に沿って、汗ばんだ産毛が光に照らされている。 瑞々しい緋彌之命の肌そのものが輝いているようにも見えた。 装束から解かれて自由になった乳房は、こちらを惑わすように揺れる。 秘部に触れると、既にぬるぬるとした粘液があふれ出していた。 「あんっ……んうぅっ、はっ、んくっ、ふうぅんっ……」 緋彌之命も、そっと〈己〉《おれ》の肉棒へ触れてくる。 「ふふ……お前のも固くなっている」 「〈皇〉《わたし》の準備はできている、もう、入れてもいいんだぞ」 緋彌之命の艶やかな姿に反応し、陰茎は固く怒張している。 今すぐにでも押し倒したい気持ちに駆られたが、我慢した。 「いま少し、緋彌之命の身体を触っていたい」 「そ、そうか」 恥ずかしそうに視線を逸らす緋彌之命。 「どうした?」 「これ以上されたら、その……〈皇〉《わたし》だけ先に果ててしまうかもしれない」 「それは見てみたいな」 いつも凛として皆の前に立つ緋彌之命が、快楽に果てる瞬間。 とても興味があった。 「ば、馬鹿……お前、〈皇〉《わたし》に意地悪をしているだろう」 「さっきも言ったが、〈己〉《おれ》はお前の全てを知りたい」 「〈己〉《おれ》の大切な女性がどのような人なのか、知っていたいんだ」 「お前というやつは……本当に、いつも〈皇〉《わたし》を翻弄してくれるな」 緋彌之命が身体をくねらせた。 それを合図に下腹部を撫で、やがて指先を割れ目に移動させた。 「あっ、んんっ……こ、こらっ、ミツルギ、そこは……ひああぁっ」 濡れた陰部に指を潜り込ませると、ぬるりとした感触で奥へ吸い込まれた。 「ふぅんっ、あふっ、くふっ…んんんっ、はぁんっ、んううぅんっ」 「ひゃんんっ、はふっ、んはぁっ、んんんっ、はううっ……」 「ひっ……ううんっ、んうっ……ふあっ、ああんっ、んんっ……」 ぎゅうっと、凄まじい力で膣内が指を締めつけてきた。 指一つですらきついが、本当にここへ肉棒が入るのだろうか。 「ひゃんんっ、はふっ、んはぁっ、んんんっ、か、身体が、おかしくなる……」 「辛かったら言ってくれ」 「んっ、気遣いはしなくていい……ミツルギのしたいようにしろ……んああっ」 ならば、遠慮はしない。 割れ目の上部、小さな突起を指の腹で潰すようにしてなで回す。 「ひゃううぅっ、んんんんっ……あああぁっ、くあああぁぁっ」 「あひっ、ひいんっ……あんんっ、そ、そこは弱いから刺激が……!」 緋彌之命の身体がびくんと強く波打つ。 指を動かす度に、身体をくねらせて快楽から逃れようとする。 だが、そうはさせない。 「やあっ、ミツルギ、そんなにいじったら……はんんんっ」 「したいようにしろ、と言ったのは緋彌之命だぞ」 次から次へとあふれ出してくる愛液をすくい取り、指を滑らせる。 「んああぁっ、はっ、やんんっ、ひうぅっ……うんんっ、ふああぁっ」 「はふっ、ああぁっ、気持ちいい……んんんっ、気持ちいいぞ、ミツルギ」 目を潤ませながら、一心に見つめてくる緋彌之命。 白い肌が、火照って薄い桃色に染まっていた。 「んはあぁっ、あんんっ、はっ、はふっ……ふあぁっ、んうぅっ、んんんんっ」 「ひぁっ、うんんっ……ミツルギ、口づけをっ……!」 緋彌之命は顔を寄せ、唇を重ねてきた。 「んふっ、ちゅるるっ……ちゅぷっ、はんっ、はふっ、はうぅんんっ……」 興奮しているのか、舌を入れて激しく口内をかき回してくる。 「はんんっ、ちゅぴっ、じゅろろっ……んくっ、ちゅるっ、ごくっ……」 「んくっ、ふぁっ……ミツルギぃっ、もっと、もっとぉっ……」 舌を絡ませ、互いの唾液を混ぜ合わせる。 唇から、身体の奥までじわりと快感が浸透していく。 「ちゅるっ、んふっ、はあぁっ……やっ、ふああっ、ふうっ、んうううっ……」 「んんっ、〈皇〉《わたし》をこんなに気持ちよくしてっ、悪い男め……んふぅっ」 「あんんっ、はふっ、んんんんっ……ぷはあぁっ」 口を離し、身体をぶるぶると震わせる緋彌之命。 「あんんっ、やぁっ、だ、駄目だっ……もう来る、果ててしまうっ……!」 緋彌之命は嬌声を上げながら、身体を強ばらせる。 「いいぞ、緋彌之命」 「うくっ、んんっ、あっ、ふあぁっ、ふわあぁっ、んくうぅっ」 「んっ、ミツルギぃっ……駄目だ、我慢できない……んああぁっ、くうううぅっ!」 頬をすり合わせながら、指を陰核へめり込ませる。 「あはぁっ、ミツルギ……〈皇〉《わたし》、もうっ……あああぁぁっ! ふあああっ!」 「んあああぁっ、あんんんっ……ああああぁぁぁっっ! ひいいんっ、ひああぁぁ!!」 「うああああっ、ああああああああぁぁっ、ふああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!」 「ふあああぁっ、はっ、んあぁっ……はあっ、はっ、はあぁっ、んあぁっ……」 緋彌之命はぐうっと身体を仰け反らせ、絶頂に達した。 膣口が引き締まり、指を圧迫してくる。 「はあぁっ、んはっ、はふっ、んんっ……ううっ、はうぅっ……」 「んはっ……はあっ、はっ……うう、果ててしまった……」 ひくひくと身体を震わせながら、荒い息をつく緋彌之命。 「気持ちよかったか?」 「はあっ、はあ……よかったに決まっている」 「まったく、何も〈皇〉《わたし》が果ててしまうまですることはなかっただろう」 不服そうな、それでいて満足そうな、複雑な表情。 「だが、嬉しいぞミツルギ」 「お前に気持ちよくしてもらえる日が来るなんて、思ってもみなかった」 緋彌之命が、きゅっと首に腕を回してきた。 「よく我慢したな、お前も」 そのまま、服の上から陰茎を撫でてくる。 「こんなに大きくして……びくびく脈打っているじゃないか」 「今からこれを、〈皇〉《わたし》の中に入れるのだな」 〈己〉《おれ》の精を、緋彌之命の胎内で交わらせる。 そのためには膣内にこの肉棒を挿入し、果てなければならない。 「さあ、次はミツルギも気持ちよくなる番だ」 「〈皇〉《わたし》の初めて、もらってくれ」 「……ああ」 緋彌之命を押し倒し、上に覆い被さった。 緋彌之命が、腕を脚を絡ませてきた。 互いの鼓動が伝わりそうなほどに、身体が密着する。 「ミツルギ、お前の身体は逞しいな」 「……それも、すごく大きい」 緋彌之命の視線の先には、屹立した肉棒がある。 「驚いたか?」 「思ったより大きくて……固いし熱い」 緋彌之命の下腹部に、つんつんと亀頭が触れる。 こほん、と小さく咳払いをする緋彌之命。 「ミツルギ、これから身体を重ねるに際して忘れてはいけないことがある」 「«命の結晶»を作る、ということだ」 「呪術的なことは〈皇〉《わたし》に任せてくれ」 「〈己〉《おれ》はどうすればいい?」 「必ず〈皇〉《わたし》の中に精を放つこと、それだけだ」 「わかった。 それ以外は?」 「あとは……〈皇〉《わたし》を一人の女として、愛して欲しい」 「〈己〉《おれ》は既に緋彌之命を愛しているが」 「……っ」 ぼっ、と顔が赤くなる緋彌之命。 「何だ急に……そんなことを言われたら、照れるだろう」 「照れている緋彌之命も可愛らしいな」 「や、やめろ、どんな顔をすればいいかわからなくなる」 緋彌之命は顔を背けるが、ここまで近くに顔があったらそれも無意味だ。 「女性は挿入する時、最初は強い痛みを感じるという」 「無理そうならすぐに言ってくれ」 「言ったところで、どのみち儀式のためには貫くしかないのだ」 「気にせずひと思いにやってくれ」 「なるべく優しくする」 「ああ、お前を信じているぞ」 頼り切った表情の緋彌之命。 全てを委ねてくれているのが、とても心地良かった。 「〈皇〉《わたし》の中に来てくれ、ミツルギ」 言われて、膣口に亀頭の先を触れさせる。 「あんんっ……ふぁっ、ミツルギの、固い……」 「それに、すごく熱くて……これだけでも、気持ちいいっ……」 ぬちゅぬちゅと、陰唇の上で肉棒を滑らせただけでじんわりと快感が走る。 擦っただけで、ここまで気持ちいいとは。 「頼む、ミツルギ……〈皇〉《わたし》の中に……」 「わかった、入れるぞ」 陰唇の隙間に先端をめりこませ、ゆっくりと力を入れていく。 「くっ、んああああぁっ……いっ、んくっ、んうううぅっ……!」 亀頭がつぷりと飲み込まれ、そのまま挿入していく。 力を入れていくと、先端に強い抵抗感があった。 「んはっ、はっ……んううぅっ、あっく、ふあぁっ、み、ミツルギぃ……!」 「そのまま、来てっ……!」 亀頭に感じた抵抗を貫き、徐々に肉棒を挿入していく。 身体を強張らせ、額に汗を浮かべる緋彌之命。 しかし止めるわけにはいかない。 「んうううぅっ、あふっ……んっ、ミツルギが、中に入って……」 「くっ、ひううううっ……んんっ、ふっ……ううんっ」 「無理そうなら抜く」 「い、いいから……続けろっ」 足を絡ませ、〈己〉《おれ》の腰をぐっと押してくる緋彌之命。 腰に力を込め、緋彌之命の体内に肉棒を押し込む。 「くあああぁっ……あっ、んんっ、んっ、く、んふっ、ふああぁっ……」 「はひっ、はぁっ、はぁっ……ううっ、んんっ」 ようやく、根本までが膣内に収まった。 「入ったぞ、緋彌之命」 「んんっ、そ、そうか……よくやった」 頭を撫で、乱れた髪を直してやる。 「ふ……ふふ、思ったよりも大したことはないな」 「肩に食らった矢を抜く時の方が、何倍も痛かった……んんっ」 「やせ我慢はするな」 肩を震わせながら言っても、説得力は皆無だ。 「う、うるさい、大丈夫だと言ったら大丈夫だ」 「それより……〈皇〉《わたし》の中に入れた心地はどうなんだ」 「心地いいな」 ぬるぬるとした膣肉が圧迫してきて、少し動かしただけでも痺れるほどの快感が走る。 挿入しただけなのに、もう腰の奥で射精感が生まれはじめている。 「ふっ、ふふっ……可愛いぞ、ミツルギ」 「お前のそんな顔、初めて見た」 快楽に耐える顔など、さぞ情けないだろう。 緋彌之命が楽しそうに微笑む。 「«天御剣»といえど、女の身体には弱いか」 「違う、〈己〉《おれ》は緋彌之命に弱いのだ」 「ふふふ、そんなに〈皇〉《わたし》のことが好きなのか」 「ああ、好きだ。 緋彌之命を愛している」 繋がっているのは、身体だけではない。 互いの心が、互いへの愛で埋め尽くされているのだ。 「緋彌之命、お前のお陰でようやくわかった」 「これが、人を愛するという事か」 「ミツルギ……」 人を愛するとは、その人の喜びを求め、悲しみを減じ、幸せを切に願うこと。 そのためなら、どんなことでもすると誓えることなのだろう。 「愛している、緋彌之命」 「〈皇〉《わたし》もだ、ミツルギ……お前を愛している」 純潔を散らし、痛みを感じながらも微笑む緋彌之命。 そんな緋彌之命が愛おしくてたまらない。 溢れる気持ちをぶつけるようにして、緋彌之命の唇を奪う。 「んんっ、ミツルギ……んあっ……んちゅっ、ふっ……!」 「んふっ……はあぁっ、んふっ、んうぅんっ、ちゅろっ……んっ、れるるっ」 「はっ、舌、入れて……ちゅぴっ、んちゅっ、ちゅぴっ……」 緋彌之命の口内に舌を入れると、嬉しそうに絡め取ろうとしてくる。 そんな緋彌之命を見ていたら、辛抱できなくなってしまった。 口づけを交わしながら、膣内から肉棒を引き抜いていく。 「あんんっ!? んんっ、んううぅん~っ……んふっ、はんんんっ」 「ふううぅんっ、んくっ、ひうううっ……やっ、ミツルギっ、動かしちゃっ……」 抜いた肉棒を、ゆっくり奥へ押し戻す。 緋彌之命が身体を強ばらせると、膣内が激しく収縮を繰り返した。 「ふうううっ……うむっ、んんっ、はふうっ……んううっ!」 「はふぁっ、んんんっ……あふうぅっ、んっ、ぷはあぁっ……」 「はぁっ、はぁっ……く、口づけをしながらなんて……刺激が強すぎるぞ」 「すまない、我慢できなかったんだ」 「まだ痛むか?」 「違う、痛いわけではなく……その、気持ちよくて驚いただけだ」 「なら、続けよう」 「んあぁっ、ふあぁんっ……んくっ、んふっ、んううぅっ……」 「やっ、んぅっ、くふっ、ああああぁっ……」 再び肉棒を動かすと、緋彌之命から艶っぽい声が漏れた。 もう、痛がっている様子はない。 「ミツルギ……もう大丈夫だから……もっと早くしてもいいぞ」 「さっきから、物足りなそうな顔だ」 〈己〉《おれ》の頬に手をやる緋彌之命。 言われた通り、〈己〉《おれ》からしてみれば、これは動いているうちに入らない。 緋彌之命の言葉に甘え、腰を激しく動かしはじめる。 「んはっ、ふぁっ、あんんっ、ひああぁっ、んああぁっ、くうぅんっ」 「ふっ、ひうぅんっ……み、ミツルギっ、んうっ……いきなり、激しいっ……」 腰全体を打ち付けるようにして、緋彌之命の膣内へ肉棒を突き入れる。 熱くぬめった膣壁に絞られ、頭が白く飛びそうなほどの快楽が走る。 「んううっ、ふあっ、んはっ、ふあぁんっ……ひんっ、やっ、はぁっ、んんんっ」 「あっ、んっんっ……ふえぇっ、み、ミツルギのが、中で暴れてるぅっ……」 膣肉を擦られ、大きな嬌声をあげる緋彌之命。 だが甘く蕩けるような顔つきで、痛がっている様子はない。 「はふっ、んんんっ……初めてなのに、こんな気持ちいいなんてっ……」 「んああぁっ、あ、頭が蕩けるっ、んんんっ、やっ、んあああぁっ」 「はあっ、あっ、あふうっ、ううんっ、うんっ、ひあっ、ああっ、あっ」 腰を動かす度、緋彌之命の膨らみが揺れる。 その胸を、手で鷲づかみにした。 固くなった乳首を指の間でぎゅっと搾る。 「くううぅんっ、んああぁっ、だ、駄目っ、それ……気持ち、よすぎっ……」 「はあっ、ああっ、ひっ……ううんっ、んんっ、ひっ、ひんっ、ひいいんっ!」 少し強いくらいが気持ちいいのだろうか。 膣内がひくひくと蠢き、強い性感を訴えてくる。 「んうっ、あっ、〈皇〉《わたし》、また果てて、しまうっ……はぁっ、あっ、あっ!」 「くっ……」 不意に射精感が昂ぶり、思わず腰を止めてしまった。 「はぁっ、んんっ……こら、ミツルギ、腰を止めては、意味がないだろう……!」 「奥……もっと奥で出さないと……んんっ、届かないぞ……ああんっ」 緋彌之命が両脚を強く絡めてきた。 〈己〉《おれ》の陰茎を、無理矢理に膣内にねじこませる。 「っ……動くぞ」 「ううんっ、んんっ、はぁっ……んんっ、んっ、んっ、んっ……!」 「んんっ、ミツルギっ、中に、全部出すんだぞっ……ううんっ、はぁっ、ああうっ!」 「あんんっ、んはっ、くんんっ、あっ、あっあっ、んはあぁっ、んううぅっ」 緋彌之命の声が、高く跳ね上がっていく。 その声に誘われるように、陰茎の中を熱い塊が駆け上がってきた。 「はぁっ、はひっ、あんっ、あんっ……ああんっ、んんんっ……んんっ!」 「んううぅっ、はんっ、み、ミツルギ、好きだっ、愛しているぞっ……」 「〈己〉《おれ》も愛している、緋彌之命」 膣を突くたび、緋彌之命の両脚が強く絡みついてきた。 膣内から〈己〉《おれ》を逃がさないよう必死になっているかのようだ。 「はあっ、あっ、ああんっ、あふっ、あうっ、あうっ、ああっ、あっ、あっ」 「はあんっ、あっ、あふっ、ふああっ、ふあっ、あっ、ああんっ、あんっ、んんっ」 「あんんっ、はうぅっ、んはっ……あっ、やっ……あああっ、はぁっ、はぁっ……!」 激しく求め合いながら、腰を動かし続ける。 熱くぬるぬるの膣内へ肉棒を突き入れ、眩暈がするような快楽が走る。 「んはあぁっ、んんっ……気持ちいいっ、ふあぁっ、んううぅっ」 「んはっ……あっ、もう、駄目っ、ああんっ、くふぅっ、あはっ、やああぁぁっ」 「あふぅんっ、ふんんっ……み、ミツルギぃっ、んんっ、一緒に、〈皇〉《わたし》と一緒に……!」 熱い塊が下腹部から溢れて、亀頭の先までやってくる。 もはや限界だった。 「出すぞ、緋彌之命……!」 「んぁっ、んっ……いいぞっ、もう準備はできてる、から……んんっ!」 「はっ、くうぅんっ、んああぁっ、み、ミツルギの精子、一番奥に出してぇっ」 「ああんっ、あんっ、あんっ、んっ、んっ、んっ……くううんっ、ううんっ、んんっ」 言われたとおり、限界までため込んだ肉棒を奥へねじり込む。 「あっ、あっあっ、うああぁぁっ、あああっ! ミツルギっ、ミツルギぃっ!」 「ふあああぁぁぁっ! うあああぁぁっっ、ああああぁぁんっっっ!」 「あああぁぁぁぁっっ……ああっ、あっ、あっ、あっ……ふああっ、うううんっ!」 「ひいいいんっ……! ふああっ、ああぁぁっ、ああああぁぁぁぁっ、ああああんっ!」 「んううううっっ、ふあああぁぁっっっ、あああああああぁぁぁぁ~~~~~~っっっ!!」 びゅるるるっ、どくどくどくっ、びゅくくくっ!「はああっ! ああぁぁっ、ああんっ、あっ……ううんっ!」 「き、来てるっ、ミツルギのっ……ふあああぁっ!」 溜めに溜めたほとばしりを、緋彌之命の膣内へ解き放つ。 びゅくっ、びゅるるっ、びくびくっ、びゅぷっ!「ひうう……〈皇〉《わたし》の奥に……ミツルギの、流れて……はうううんっ」 「ぐ、ううっ……」 激しい快楽に、身体が震える。 身体の芯から力を搾り取られるような、凄まじい快感。 「んうっ、んんんっ……ま、まだ足りない」 「もっと、もっと〈皇〉《わたし》の中に……出してくれ……んんっ」 絡めた足でぐいぐいと〈己〉《おれ》の腰を動かしてくる。 射精している最中の陰茎が膣襞に擦られ、何度も精を放出する。 どくくっ、びゅびゅっ、びゅるっ!「はあぁっ……あんんっ、んあっ、ミツルギの熱いものが、どんどん入ってくるっ……」 「んっ、はあっ……ああ、〈皇〉《わたし》の中が、お前のものでいっぱいだ……」 肉棒が何度も脈を打ち、緋彌之命の中へ精子を注ぎ込む。 射精がこんなに激しいとは。 残らず全てを吸い上げようと、膣口がきゅうきゅうと陰茎の根本を締めつけてくる。 「ぐっ……」 射精が収まっても、緋彌之命は両脚を離そうとしなかった。 菓子をねだる子供のように、陰茎から放出される精子をまだ欲しがっている。 「はぁっ、はぁっ……お、終わったのか?」 「ああ……全部、出した」 息を切らしながら答える。 「はあっ、はっ……ふふ、疲れただろう」 「神の器を作るため、精とともにお前の力を少し分けてもらった」 「問題はなかったか」 「ああ、大丈夫だ。 お前がたくさん出してくれたお陰でな」 艶然と微笑み、視線を下に送る緋彌之命。 膣口からは大量の白濁が溢れ出し、緋彌之命の尻を伝ってこぼれ落ちている。 床には白い水たまりができていた。 「気持ちよかったか、ミツルギ」 「ああ、天に昇りそうだった」 「〈皇〉《わたし》と同じだな」 恍惚とした表情で見つめてくる緋彌之命。 「このまま離れるのが、名残惜しいくらいだ」 「お前のも、まだ固いままじゃないか」 「くっ、う、動かすな」 緋彌之命がゆるゆると腰を動かす。 射精したばかりの肉棒を刺激され、飛び上がるほどの快感が走る。 「んんっ、いいではないか」 「この際だ、もう少し味わわせてくれ……」 白濁と愛液で濡れた膣内でしごかれ、たまらず腰を引く。 「こら、逃げるな」 両脚で〈己〉《おれ》の腰を固定し、抜かせてくれない。 「ふふ、辛そうだな」 「緋彌之命」 「分かった分かった。 仕方ない、抜かせてやるか」 ちゅぽっ、と音がして緋彌之命から肉棒を引き抜かれた。 「あっ……んんっ、溢れてくる……」 引き抜いた途端、緋彌之命の膣口から白く濁った大量の粘液が流れ出てくる。 「終わってしまったな……これでまた元通りか」 「元通りとは?」 「〈皇〉《わたし》たちは、主とその刃に戻るということだ」 「儀式の間、〈皇〉《わたし》に合わせてくれてありがとう」 「もう無理はしなくていい」 〈己〉《おれ》を抱きしめ、そう告げる緋彌之命。 一枚の桃の花が、はらりと床に落ちた。 密着する柔らかな身体は、切なそうに震えている。 離れようとした緋彌之命の身体を、今度はこちらから抱きしめる。 「ミツルギ?」 「誤解するな、緋彌之命」 「〈己〉《おれ》は、人を愛する振りをするなど、器用なことはできない」 「愛していると言ったのも、好きだと言ったのも、全て本心だ」 「ほ、本気で言っているのか」 「緋彌之命が嫌でないのなら、このまま好きでいさせてくれ」 また、桃の花びらが舞い落ちる。 「馬鹿だな、お前というやつは……」 首に手を回してきた緋彌之命と、唇を重ねる。 「んちゅっ……ふっ、んうっ、んんんっ……」 「んっ、んくっ……ふぁっ、ちゅくっ、ちゅっ……はぁっ」 ゆっくりと口を離し、緋彌之命が微笑む。 「緋彌之命、愛しているぞ」 「その言葉、信じるからな」 「ああ、信じてくれ」 ぎゅっと抱きついてくる緋彌之命。 「ミツルギ、〈皇〉《わたし》も愛している」 ひらひらと桃の花弁が舞う中、互いを温めあうように抱きあっていた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 数日後──緋彌之命は千波矢を呼び出した。 「折り入ってお話とは何でしょうか?」 千波矢「話をする前に、人除けの結界を張る」 緋彌之命緋彌之命が手をかざすと、ふっと辺りから人の気配が消える。 周囲との繋がりが断絶されたのだろう。 「物々しゅうございますね」 「それだけ大事な用事だ」 千波矢が居住まいを正す。 「椎葉千波矢、これから話すことは口外無用だ」 「約束できるか」 「勿論でございます」 千波矢は正面から緋彌之命に向き合い、たじろぐことなく返答した。 斎巫女に就任してからというもの、千波矢の成長には目覚ましいものがある。 今の千波矢は、神殿組織を統べる長の顔をしている。 「千波矢、〈皇〉《わたし》はもうじき寿命を迎える」 「ま、誠でございますか?」 「お前も巫女ならば知っているだろう。 呪術を使えば身体は蝕まれる」 千波矢が神妙に頷く。 「〈皇〉《わたし》は皇国を支えるために多くの呪術を使ってきた」 「この身は既に限界だ」 「緋彌之命様がお亡くなりになったら、この先私たちはどうすればよろしいのでしょうか」 「心配には及ばない」 「〈皇〉《わたし》は古き身体を脱ぎ捨て、新しい身体で生まれ変わる」 「え?」 「そ、そのようなことができるのですか?」 「新しく産まれ直すなど、世の理を書き換えるが如き業でございます」 「呪術とは元よりそういうものだ」 「それはそうですが……」 「あまりに大それていて、何やら恐ろしゅうございます」 「極めて難しい儀式になることは事実だ」 「儀式は〈皇〉《わたし》が司るが、補助の巫女は千波矢に選んでほしい」 「承知しました」 「元より私は緋彌之命様とミツルギ様に、この身を捧ぐ覚悟」 「人選は慎重に頼む」 「この儀式、僅かにでも雑念が交じれば失敗する」 「日取りも次第も、参加する者の名も、全て秘密裏に執り行う」 「口の硬いもの、忠誠心の高い者を選べ」 「御意にございます」 千波矢が平伏した。 「もう一つ頼みがある」 「はい?」 「〈皇〉《わたし》のための赤子を宿す巫女を選んで欲しい」 「じ、実際に子を産むのですか!?」 驚く千波矢に、緋彌之命が儀式の概要を伝える。 「重要なお役目でございますね」 「心身共に健康な巫女でなくては務まらない」 千波矢が唾を飲み込む。 「いつまでに見つける必要がございますか?」 「すぐにでも」 「〈皇〉《わたし》ももう長くはないし、«命の結晶»の準備もできている」 緋彌之命が自分の腹を撫でた。 「で、ではではでは、もう緋彌之命様のお腹には御子が」 「ま、まあ、そうだ」 緋彌之命がちらりと〈己〉《おれ》を見て、僅かに頬を染めた。 「……」 「そ、その、お相手は?」 「お、お前が知る必要はない」 「失礼いたしました」 千波矢が頭を下げる。 「とにかく、出産の重役を担う巫女を選んで欲しい」 千波矢が沈思する。 いつも朗らかな彼女ではない。 胸の中の逡巡を宥めるように、何度も硬く目を閉じる。 「そのお役目ですが……」 「私にやらせていただけないでしょうか」 「千波矢が?」 「はい。 是非とも」 千波矢は頭を下げず、真っ直ぐに緋彌之命を見つめて告げる。 その視線を、緋彌之命は正面から受け止めた。 「願ってもないこと」 「〈皇〉《わたし》の命、お前に預けよう」 「畏まりましてございます」 千波矢が床に額を着けた。 儀式について話がまとまり、久しぶりに緋彌之命と丘を訪れた。 決して高くない丘を、緋彌之命は何度も休みながら登る。 人前では相変わらず毅然としているが、かなり体力が落ちているのだ。 「ふう、はあ……」 「ああ、綺麗だ」 〈己〉《おれ》の腕を取り、身体を預けてくる緋彌之命。 最近は、二人きりになると隠すことなく絡んでくるようになった。 「あと少しでこの命も終わりか」 「転生するのだろう? ならば終わりではない」 ミツルギしかし緋彌之命は答えない。 「何か悩んでいるのか」 「いや、別に」 こちらも、いつまでも朴念仁ではない。 緋彌之命が嘘をついているのがわかる。 「〈己〉《おれ》にできることがあるのなら、何でも言ってくれ」 〈己〉《おれ》への返事はなく、緋彌之命は何度も逡巡するように唇を噛んだ。 「今まで隠してきたが、転生の儀式には最後に重要な工程があるのだ」 「〈皇〉《わたし》は、儀式の場で命を絶たねばならない」 「つまり、新しい赤子に魂を載せ替えるため、この身体を捨てるのだ」 新しい身体に乗り換えるには、古い身体を捨てなければならない。 言われてみれば、当然の理屈のようにも聞こえる。 「元々は、儀式の締めくくりとして自ら命を絶つつもりでいた」 「だがな、ミツルギ」 「今は、できることなら、お前の手で斬って欲しいのだ」 「緋彌之命を斬れと?」 創造主を斬るなど、まさか……。 「今回ばかりは命令しない。 お前の判断に任せる」 「だ、だが……」 「心配するな。 斬ったところで化けて出たりしない」 笑いかけてくる緋彌之命。 「お前ならば、首を斬るなど簡単なことだろう?」 「簡単だと思うか?」 「主を……お前を斬るのだぞ」 「すまない。 失言だった」 どちらからともなく視線を逸らす。 気まずい空気が流れる。 「やめよう」 「自分の命は自分で片付けるべきだな」 「悪かった、忘れてくれ」 話は終わりだ、とばかりに緋彌之命は草原に寝転んだ。 このままでいいのだろうか?いっそ命令してくれれば、迷い無く斬れたものを。 ……。 皇国の未来のため、緋彌之命は自ら命を絶つ。 その時、〈己〉《おれ》はどうしている?儀式の間で、黙って彼女が死ぬのを見ているのか?──できない。 いずれ緋彌之命が死なねばならないのなら、少しでもその過程に触れたい。 〈己〉《おれ》の一刀が、彼女の苦痛を和らげることができるのなら尚更だ。 「斬ろう」 緋彌之命が身体を起こす。 「〈己〉《おれ》が斬る」 「やってくれるか」 「むしろ、〈己〉《おれ》から頼みたい」 「自ら命を絶つのなら、斬らせてくれ」 「緋彌之命……君を、この手で」 自分でも不思議だ。 なぜ、彼女の生死に関わりたいと思うのか。 これが愛情なのだろうか。 ならば〈己〉《おれ》は、ようやく人というものに近づくことができたのか。 「ありがとう、ミツルギ」 「お前の手にかかって死ねるとは、これ以上ない喜びだ」 「すまないな、お前は苦しいだろうに」 「いいんだ」 「緋彌之命を一人で死なせたりしない」 「ミツルギ」 ひらりと一枚、桃の花が散る。 桃の花弁は緋彌之命の涙。 やがてそれは数を増し、緋彌之命の周囲を淡く彩った。 「泣いているのか?」 「〈皇〉《わたし》は皇帝だ……泣くものか」 緋彌之命が〈己〉《おれ》の身体を強く抱いた。 温かい。 肌を重ねた時とは違う、穏やかな温もりが伝わってくる。 「緋彌之命は帰ってくる。 転生するんだろう?」 「ああ、そうだ」 「〈皇〉《わたし》は帰ってくる。 人の道を踏み外してもな」 夕日が大地の向こうへ沈んでいく。 沈まぬ日輪はない。 だが、時が経てば日はまた昇る。 永遠の夜など存在しないのだ。 «命の結晶»を身体に宿して十ヶ月、私のお腹は大きな〈西瓜〉《すいか》でも入れたように膨らんでいた。 「ふう、ふう……ああ、お腹が重い……」 「世の中のお母様は、本当に立派なものですね」 重い身体を動かし、儀式に必要な呪具を運ぶ。 転生の儀式はいよいよ明日に迫った。 それまでに、儀式の準備を終えなくては。 「ふふ、大きくなりました」 お腹を優しく撫でる。 半年ほど前に斎巫女を辞し、身体を労ってきた。 辞めたのは、お腹の膨らみが隠しきれなくなってきたからだ。 転生の儀式は秘中の秘。 当然ながら、私の身体に子が宿っている事も秘密だ。 神殿内の居室に厳重な結界を張り、今日までその中に篭もって生活してきた。 「うん、これで用意は万端ですね」 準備を終え、一息つく。 明日、この場所で転生の儀式が執り行われる。 いよいよ、お腹の子を産むのだ。 「ああ、殿方と一度も交わることもなく母親になるなんて……」 「いいなぁ……緋彌之命様」 この身に宿る«命の結晶»は、緋彌之命様とミツルギ様が作られたものだろう。 近頃は、お二人とも隠すことなく仲睦まじくされているご様子。 「でも、緋彌之命様がお相手では仕方ありませんね」 嫉妬は少なからずある。 でも、他の巫女に任せた方がいいかと言えば、それは否だ。 このお役目は誰にも譲りたくない。 なぜなら、お腹にいるのはミツルギ様の御子でもあるからだ。 「元気に産まれてきてね、私の赤ちゃん」 産まれてきたら、どんな声をかけてあげればいいのだろう。 「あ、でも生まれて来るのは緋彌之命様なのかな」 産声の代わりに、真顔で『大儀だった』とか言われてしまうのだろうか。 「ううん、複雑な心境でございます……」 そんなことを考えていると、儀式の補助を務める巫女が近づいてきた。 私が信頼を置いている八岐家の巫女だ。 「千波矢様、こちらにおいででしたか」 八岐家の巫女「どうかしましたか?」 「ミツルギ様よりお言付けを頂いております」 「えっ?」 「儀式の前に、どうしても二人で話したいことがあるとのことでございます」 「ミツルギ様はどちらにいらっしゃるのですか?」 「神殿のすぐ傍でございます」 「くれぐれも緋彌之命様にはご内密に、とのことでした」 「う……」 儀式前の潔斎のため、関係者は結界から出ないことになっている。 でも、でも、緋彌之命様に秘密で話があるなんて。 きっと、本当に大切なお話に違いない。 「仕方ありませんね。 行きましょう」 ほんの少しだけならいいだろう。 それに、ミツルギ様が傍にいてくれるのなら何があっても守って下さるはず。 初めてミツルギ様とお会いした、あの時のように。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 早朝の張り詰めた空気が肌を刺す。 澄み切った大空を見上げながら、その時を待つ。 緋彌之命は今、儀式の間で最後の禊ぎを行っている。 一度儀式が始まれば、もう後戻りはできない。 中断すれば、緋彌之命も千波矢の子も命の危険に晒されるという。 それだけ不安定で、難しい儀式なのだ。 その儀式の終盤で、俺は緋彌之命を斬ることになっている。 斬ることで魂を身体から分離し、千波矢のお腹の子に移し替えるのだ。 「緋彌之命」 ミツルギ今まで自分は、命じられるままに敵を斬ってきた。 迷いも疑いも、不安もなかった。 〈己〉《おれ》に課せられた使命を全うする、それだけでよかった。 だが、今日は違う。 自分の意思で、自分のために緋彌之命を斬る。 「迷っているのか、〈己〉《おれ》は」 一太刀で緋彌之命を斬ることができるだろうか。 いや、それ以前に刀を振り下ろせるだろうか。 手が震えている。 数え切れないほどの人を斬ってきて、初めての経験だ。 これが人の情ならば、人とは何と不安定な存在なのだろう。 そして、不安定な心を抱えながらも、迷わずに生きようとする存在の何と美しいことか。 「迷ってはいられないな」 拳をゆっくりと広げ、もう一度握りしめる。 緋彌之命は〈己〉《おれ》を信じて、最期を託してくれた。 ならば、〈己〉《おれ》が躊躇ってはいけない。 心を研ぎ澄まし、緋彌之命を斬るのだ。 「緋彌之命様っ!!!」 高位の巫女絶叫に近い悲鳴が聞こえた。 同時に、神殿に張られた結界が四散する。 「緋彌之命!!」 襖を蹴り開ける。 「これはミツルギ様」 千波矢「どうされたのですか、そのように慌てて?」 〈己〉《おれ》を迎えたのは、いつも通りの千波矢の笑顔。 だが──その手には、血塗られた短刀が握られている。 「千波矢、お前……」 「く……う……」 緋彌之命千波矢の足元で緋彌之命が呻いた。 脇腹は真っ赤に染まり、床にはすでに血溜まりができている。 「あら? まだ生きていらっしゃる? さすがは緋彌之命様」 「おおおおおおっっっっっ!!!」 「ふふふっ」 背後に飛び退りながら、千波矢が〈己〉《おれ》の抜き打ちを受け流す。 並の技量ではない。 だが、受けてくれたお陰で千波矢を緋彌之命から引き離すことができた。 「緋彌之命、緋彌之命っ!?」 「すま、ない……不覚を……」 「おやおや、どうされたのですか、ミツルギ様。 刃先に迷いがございますね」 「腹の御子を気にして下さっているのでございましょう?」 「何しろこの子は、緋彌之命様とミツルギ様のものなのですから」 「惑わされるな……そやつは千波矢ではない」 「……斬れ……」 ならば手加減の必要はない。 「千波矢、武器を捨てろ」 「ふっ……ふふふっ、くっくくくくっ、あっっははははは、はははははっ!!」 「何がおかしい」 「いやあ、痛快。 痛快だミツルギっ! まさかここまで上手くいくとはな」 唐突に千波矢の声が、男のそれに変質した。 〈鑢〉《やすり》で神経を削られるかの如く不快な……そして、どこか聞き覚えのある声。 融の死に際と同じだ。 「お前、何者だ?」 「〈予〉《おれ》は〈予〉《おれ》さ、ミツルギ。 名前なんぞ無い」 「名乗れ」 「つまらない問答なんぞしてる暇があるのか? 緋彌之命は間もなく息絶えるぞ」 緋彌之命の身体からは、もう力が抜けている。 早く、一刻も早く治療しなければ。 「どうだい、愛する者を奪われる気分は?」 「大体、お前が悪いんだぜ」 「〈予〉《おれ》と緋彌之命をくっつけてくれると言ったのに、二人で隠れて乳繰り合ってるんだからなあ」 「傷ついたぜ〈予〉《おれ》は」 「お前……」 まるで、融の記憶を持っているかのように話している。 「というわけで、緋彌之命の命は〈予〉《おれ》がもらうことにしたんだ」 千波矢の姿をした者が、手に付着した緋彌之命の血を舐める。 「ふふ……美味い……こら美味いぜミツルギっ!!」 体中の血が沸騰した。 「貴様ああああっっっっっっ!!!!」 手を舐めた格好のまま、そいつを両断した。 「は、は、は、は」 「緋彌之命を奪われたこと、永遠に悔い続けろ……」 妄言を垂れ流す頭部を踏みつぶし、緋彌之命を抱きかかえる。 「みつ……るぎ……」 「喋るな、それよりも治療を」 緋彌之命が首を横に振る。 「間に合わない……元より、この身体は限界……」 「ならば、転生を」 「血で穢された場では……もう、無理だ……」 押し寄せてくる絶望に眩暈がする。 なすすべなく看取るしかないのか。 戦うために生まれてきた、この〈己〉《おれ》が。 「〈皇〉《わたし》は、道を誤ったのかもしれない」 「千波矢に化けていたのは……人ならざる者……」 「この世の災厄……皇国に仇為す者……」 「あいつは、咎人のことも、融のことも知っていた」 「何者なんだ!?」 「恐らくは……〈皇〉《わたし》が生み出してしまった者……」 緋彌之命の声が小さくなっていく。 「しっかりしろ!」 「赤子に託すべき……〈皇〉《わたし》の魂は……いずこかへ消えた……」 「だが、いつか必ず……ここへ戻ってくる」 「だから、頼む……その日まで……皇国を……」 「わかった。 必ず守る」 「ああ」 満足げに微笑み、緋彌之命は〈己〉《おれ》の頬へ手を伸ばす。 「予感はしていたのだ……こんな終わりがやってくると」 「ふふ、願わくば……お前の手で命を終えたかった」 「すまない、緋彌之命」 〈己〉《おれ》が傍にいながら、こんなことに……。 どれだけ唇を噛んでも、時間は巻き戻らない。 「いいんだ……斬ると言ってくれただけで、〈皇〉《わたし》は嬉しかった……」 「少しは、人らしくなったな……ミツルギ…………」 一つ、また一つと。 桃の花弁が舞い落ちてきた。 周囲の巫女達が、何の奇跡かと花弁を見る。 数多の屍の上に立つ自分に泣く権利はないと、涙すら封印した少女が、いま消えようとしている。 旅立ちの間際にさえ、涙を悟らせずに。 「待っているぞ、緋彌之命」 「ありがとう、ミツルギ……」 「……しばしの……別れだ……」 桃の花が降りしきる中──唇を重ねた。 「(愛しているよ、ミツルギ)」 唇で呟き、緋彌之命の身体が力を失った。 たちどころに緋彌之命の重量感が消え、肉体が一瞬にして花の花弁へ成り代わる。 そして──別れを告げるように部屋を舞い、一陣の風と共にいずこかの時空へと消え去った。 彼女がいた場所には、ただ一つ。 薄桃色に輝く勾玉が、残されているのみだった。 緋彌之命が……死んだ?〈己〉《おれ》の創造者であり、ただ一人の主。 皇国という国家の絶対的な柱でありながら、少女のような可憐さも持っていた、〈己〉《おれ》の日輪。 そんな彼女が死んだ。 名もわからぬ狂人風情に殺された。 この手で送ってやるはずだったのに──〈己〉《おれ》は肝心なところで、彼女の望みを叶えてやることができなかった。 何が救国の英雄だ。 何が皇国に降りかかる厄災を斬る者だ。 〈己〉《おれ》など所詮、役立たずではないか。 すまない。 すまない……。 声と共に全ての力が抜ける。 手の中の勾玉を握りしめ、〈己〉《おれ》は呆然と天井を見上げた。 天京を見下ろす丘の上──ここに来る時、〈己〉《おれ》はいつも緋彌之命に付き従っていた。 だが、今は一人。 緋彌之命も千波矢も、もういない。 ……。 転生の儀式が失敗したその日、帝宮の片隅で本物の千波矢の遺体が見つかった。 犯人は千波矢を手にかけた後、呪術で彼女の姿形を盗み取り、緋彌之命を殺害したのだろう。 あいつの狂人のような声は、今でも耳の奥にこびりついている。 死の間際の融も、融が処刑した咎人も、同じような話し方をしていた。 一体何者なのか。 この国に、何か得体の知れない者がいるのだ。 どうしようもなく不吉で禍々しく、そして、〈己〉《おれ》の大切な存在を三つも奪った者が。 融、千波矢、そして緋彌之命──三人の仇は〈己〉《おれ》が取る。 相手が何者であろうと、絶対にだ。 緋彌之命と千波矢の死と、転生の儀式の失敗──落日という言葉がふさわしい状況だが、まだ希望は残っていた。 千波矢が息絶えたにもかかわらず、お腹にいた赤子は奇跡的に無事だったのである。 緋彌之命の死後、呆然としていた〈己〉《おれ》の耳に赤子の泣き声が聞こえてきた。 その声に導かれ、千波矢の遺体と赤子を発見することができたのだ。 きっと、母親としての千波矢の愛情が子供の命を守ってくれたのだろう。 千波矢の……そして緋彌之命と〈己〉《おれ》、三人の子だ。 皇国の未来を考え、〈己〉《おれ》と二代目の斎巫女は一芝居打った。 緋彌之命の死と『彼女の生まれ変わり』の誕生をでっち上げたのだ。 国民に発表した話はこうだ。 ──身体の限界を悟った緋彌之命は、『七日の後、〈皇〉《わたし》は生まれ変わる』と宣言し、儀式の間に籠った。 ──そして七日後、実際に儀式の間から産声が聞こえる。 ──斎巫女が部屋の扉を開けると、そこには光り輝く衣を纏った赤子がいた。 このお伽噺は、驚くほどあっさりと国民に受け入れられた。 緋彌之命が«大御神»の御子だと信じられていたこと──そして、圧倒的な指導者である緋彌之命の死を否定する感情が、彼女の転生を事実として受け入れさせたのだ。 今、奇跡の赤子は二代目の皇帝として玉座にある。 実際の政治は棟主たちが担当しているが、ひとまず血筋の断絶は回避されたのだ。 皇国には、もう一つ課題が残されていた。 緋彌之命が残した三つの宝物──«胡ノ国»の鏡、緋彌之命が残した勾玉、そして〈己〉《おれ》自身の処理だ。 太政大臣の反乱でもわかったように、«胡ノ国»の鏡は野心ある者の心を惑わす。 誰の手にも渡らぬよう、厳重な封印が必要だ。 緋彌之命の勾玉は、言うまでもなく、彼女が戻るまで守らねばならない。 そして〈己〉《おれ》は、皇帝に叛意を抱く者に睨みを利かせるため、帝宮に常駐するのが望ましい。 だが、本心としては、緋彌之命の仇を探すために全国を歩き回りたかった。 これらの事情を勘案し、〈己〉《おれ》と斎巫女は一計を案じる。 まずは«胡ノ国»の鏡と緋彌之命の勾玉を、それぞれ別の場所に固く封印した。 続いて、人々の記憶から鏡や勾玉の存在を消し去るため、«帝記»に«三種の神器»という架空の宝物を登場させる。 «大御神»が緋彌之命に下賜した三つの宝物、という設定だ。 そして、実際に鏡と勾玉と剣を作らせ、«三種の神器»として帝宮に祀らせた。 勿論これらに装飾品以上の力はないが、百年も崇め続ければ、世間は«三種の神器»として扱うようになるだろう。 そこまで行けば、本物の宝物の存在を知るものはいなくなる。 〈己〉《おれ》も、自由に帝宮を離れることができるだろう。 「静かだ」 聞こえるのは、春の訪れを喜ぶ小鳥の声。 天京の街からは、炊事の煙が盛んに立ち上っている。 緋彌之命はかつて、炊事の煙が多いのは民が安心して暮らしている証だと教えてくれた。 丘からの景色こそ、君の最高の作品だ。 緋彌之命──創造主であり、我が絶対の主。 君は〈己〉《おれ》の全てだった。 「ミツルギに命じる」 「お前は、人の情を解する努力をしろ」 緋彌之命の命令から、〈己〉《おれ》は少しずつ変わり始めた。 物である身ながら、人の心を知ろうと努力し、今までになかった喜びや楽しみを見つけ出した。 同時に、孤独や悲しみも。 大切な人がいないだけで、世の中はこうも味気なく、色褪せてしまうものなのか。 しかし、落ち込んでばかりはいられない。 「その命、〈謹〉《つつし》んで承った」 皇国に降りかかる厄災を斬る者として、この国を守り続けよう。 そして、〈己〉《おれ》の大切な存在を奪った敵を必ずや討ち滅ぼす。 見ていてくれ、〈緋彌之命〉《愛する人》よ──指定されたラベルは見つかりませんでした。 奥伊瀬野の秋は足早に通り過ぎる。 冬の訪れを感じさせる風が、車椅子を押す手を撫でて通り抜けてゆく。 「紅葉が綺麗だよ、宗仁」 朱璃奉刀会の決起から四ヶ月が経った。 帝宮の奪還がなるかと思ったのも束の間、奉刀会はロシェルにより殲滅され、潰走。 私達は伊瀬野の更に奥、奥伊瀬野に落ち延びてきた。 「寒暖の差が激しいほど、紅葉は赤く色づくんだって」 車椅子に座っている宗仁から返答はない。 瀕死に陥った宗仁を、古杜音や残った巫女たちが懸命に治療してくれた。 もう、傷は全て塞がっている。 「宗仁……」 朝になれば起きるし、夜になれば寝る。 食事を口に運べば飲み込みもする。 だが、話しかけても応答はない。 古杜音が言うには、長く危篤の状態が続いたため魂が彷徨っているのかもしれないとのこと。 今日も多くの巫女が宗仁に«治癒»の呪術を施したが、経過は芳しくない。 「ねえ、柿は好き?」 庭には柿の木が生えており、重たそうな実がぶらさがっている。 伊瀬野で、初めて古杜音に出会った時のことを思い出す。 「私、小さい頃は別に好きでも嫌いでもなかった」 「でも今はけっこう好きなの」 思い出の中の柿は、甘くて明るい味だった。 思えば、まるで古杜音のようだ。 「ねえ、宗仁」 周りを見回すが誰もいない。 だったら、何を言っても問題はないだろう。 「あなたが生きててくれた時、私、思わず泣きそうになっちゃった」 「このまま意識が戻らなくても、生きていてくれるだけでも十分だと思った」 「でも……やっぱり寂しい」 寂しいだけじゃない。 私にとって、あなたはただの臣下ではないし、ただの友人でもない。 もっと大切な、もっとかけがえのないもの──「お願い、宗仁……頑固で朴念仁な、元のあなたをもう一度私に見せて」 「でないと、私、耐えられない」 吐く息が震える。 あなたの前で泣くのは最後にすると言ったけれど──はらはらと、小ぶりな桃の花びらが舞い落ちる。 その花弁が宗仁の手の甲に落ちた。 「ごめんね、宗仁」 私の懺悔に反応したのか、あるいは私の願いが見せた幻か。 宗仁の手が、僅かながら動いたような気がした。 春霞の中で緋彌之命が微笑んでいる。 「緋彌之命、死んだはずでは?」 宗仁返事の代わりに、愁いを含んだ微笑を漏らす。 「細かいことはいいか」 「無事だったのなら何よりだ。 さあ、帰ろう」 手を差し出すが、緋彌之命は動かない。 「どうした?」 「いつまで寝ている、ミツルギ」 緋彌之命「お前のことは、もう少し頑丈に作ったつもりだったがな」 緋彌之命が目を細める。 ふわりと、桃の花弁が一枚、春風に舞った。 ひらり、ひらり──花弁は、〈己〉《おれ》の心を慰めるように手のひらに載った。 「緋彌之命……」 目を開く。 夢、か。 布団から手を出し、手のひらを見つめる。 無論、桃の花弁はない。 そうだった、緋彌之命は死んだのだ。 己の全てを懸けて、守らなければならなかったはずなのに──彼女は殺された。 「物音がしたけど、大丈夫?」 部屋に入ってきた少女が俺を見た。 丸い目が更に大きく見開かれる。 「ひみの……みこと……」 「喋ったっ!!」 「えっ、うそっ、どうしよう!?」 慌てふためきつつ、俺の枕元に両膝を突いた。 「良かった、目が覚めたんだ」 「緋彌之命……生きていたのか」 「しっかりして。 どうして私が〈皇祖〉《こうそ》様なのよ」 「え?」 「ああ、でも、とにかく良かった」 「どこか痛いところない? 食欲はどう?」 「……」 何かがおかしい。 冷静になって周囲を見る。 ここはどこだ?そして、目の前にいるのは?「朱璃……」 一音一音を確かめるように言った。 「ええ、朱璃よ」 「また記憶喪失になったわけじゃなさそうね。 安心した」 「朱璃様、どうかされましたか?」 古杜音もう一人部屋に入ってきた。 「古杜音か」 「宗仁様!?」 「ええっ!? どうしましょう、どうしましょう、あわわわわわわわわわわ」 古杜音がその場でくるくる回りだした。 まるで死体が蘇ったかのような反応だ。 いや、待て。 「俺はなぜ寝ているのだ?」 「覚えてないの?」 「天京で決起して、共和国軍にやられたじゃない?」 「それで、宗仁が命懸けで私達を逃がしてくれて……」 朱璃の説明を聞くうちに、少しずつ記憶が蘇ってくる。 八月中旬、俺たち奉刀会は帝宮を目指して挙兵した。 そして、ロシェル率いる部隊の前に敗北、勅神殿を目指して逃げたのだ。 「そうか、俺は」 「ぐっ……」 起き上がろうとするが、身体が全く動かない。 「無理しないで」 朱璃が俺の肩を布団越しに撫でる。 「伊瀬野に着いた時、宗仁は生きるか死ぬかの状態だったの」 「傷は古杜音が呪術で塞いでくれたんだけど、ずっと意識が戻らなくて」 「魂が抜けていらしたのです」 「目は覚ましていらっしゃるのに、声を掛けても何の反応もございませんでした」 「そうだったのか」 開け放たれたままの障子の隙間から、赤く染まった木々の葉が見えた。 「紅葉している」 「もう秋よ」 「四ヶ月近く、寝たままだったの」 四ヶ月……。 すぐに言葉が見つからない。 「どうやら、迷惑をかけてしまったようだ」 「迷惑などとは滅相もない」 「宗仁様が無事でいらっしゃっただけで……私は、私は……」 「ほらほら、しっかりして」 朱璃が、しゃくり上げる古杜音の背中を撫でる。 そんな朱璃も切なげに眉を曲げている。 「古杜音はね、一日も欠かさず宗仁に«治癒»の呪術をかけ続けていたの」 「それも、朝から晩まで」 「宗仁を救ったのは、きっと古杜音よ」 「すまない、感謝する」 横になったままで、辛うじて頭を動かした。 身体が動かないのがもどかしい。 「宗仁様は私達を守るために大怪我をされたのです」 「ご恩返しをするのは当然のことでございます」 「それに、宗仁様を治療したのは私だけではありません」 「朱璃様も、つきっきりで宗仁様のお世話をされていらっしゃいました」 「一時間おきに宗仁様のご様子を窺って、お着替えもさせていたではありませんか」 「わ、わたしは別に、やれることをやっただけで」 「助けてもらったのは、私も一緒だから」 朱璃が視線を逸らす。 「«治癒»の呪術につきましても、伊瀬野の全ての巫女が力を尽くしました」 「伊瀬野?」 「はい、ここは伊瀬野の更に山奥にございます、〈奥伊瀬野〉《おくいせや》という場所です」 「聞いたことがないな」 「危険な場所ではございませんので、ひとまずはご安心下さいませ」 「何事かございましたか?」 ??部屋の外から、澄んだ声がした。 顔を見せたのは、見たことのない巫女殿だ。 「五十鈴、宗仁様が」 「あら、それは一大事ですね」 五十鈴一大事といいながら、巫女殿は慌てた様子もなく部屋に入り、膝を揃えて正座した。 「お初にお目にかかります。 伊瀬野の〈管長〉《かんちょう》を勤めております〈閑倉五十鈴〉《しずくらいすず》と申します」 深々と頭を下げる。 楚々とした仕草には、どこか優雅な香りが漂う。 「閑倉殿か」 「武人、鴇田宗仁です」 「五十鈴とお呼び下さいませ」 「斎巫女が呼び捨てでございますのに、立場が下の私が殿付けでは収まりが悪うございます」 五十鈴が明るく笑う。 「管長は、伊瀬野の神職を統べる役職です」 「斎巫女は天京にいることが多いので、伊瀬野は実質的に管長が司っております」 「〈禰宜〉《ねぎ》や巫女で、五十鈴の名を知らぬ者はございません」 「斎巫女の使いっ走りでございます」 「違います、違います」 「私がこのようにふわふわしていられるのも、難しい仕事は五十鈴がこなしてくれるからなのです」 「ただの便利屋でございます」 「だから違うと申し上げているのに」 涙目の古杜音と、涼しい顔の五十鈴。 やりとりを見るに、かなり親しい仲のようだ。 「伊瀬野の巫女殿にも随分お世話になったようだ。 御礼申し上げる」 「少しでもお役に立てましたのなら光栄でございます」 「ですが、ほとんどの傷を治しましたのは斎巫女です」 「是非とも、斎巫女を褒めて差し上げて下さいませ」 「い、五十鈴、もういいから」 「あら、お喋りが過ぎましたね」 「それでは、ご用がありましたらお呼び下さいませ」 頭を下げ、五十鈴は部屋を出ていった。 「申し訳ありません」 「五十鈴は、昔から私をいじめるのが趣味でございまして」 「ははは、ともかくも古杜音には感謝する」 「毎日呪術を使っていたとなれば、身体への負担も大変なものだったはずだ」 「ご心配に及びません。 この通りぴんぴんとしております」 「空元気。 このところ食が細くなってきてるでしょ」 「宗仁も目を覚ましたんだから、これからは自分を〈労〉《いたわ》って」 「う、はい」 よく見れば、古杜音の身体は以前より細くなっている。 かなり無理をしてくれたのだろう。 何らかの形で恩返しをしなくてはな。 「細かい話は後にして、宗仁も今日はゆっくり休んで」 「ざっとでいい、天京のことを教えてくれないか? 落ち着いて眠れない」 「そっか、当然よね」 朱璃が、部屋の隅にある〈映像筐体〉《テレビ》の電源を入れる。 報道番組が流れており、実況者の背後には帝宮が映し出されていた。 「さっきも言ったけど、私達が奥伊瀬野に来てから四ヶ月になります」 「天京からここに来たのは、私、宗仁、古杜音の三人だけ」 「消息がわかっているのは、奏海とエルザ、あとは紫乃くらい」 「奏海は帝宮に軟禁状態、紫乃は天京で息を潜めてる。 エルザは……上手く立ち回ったみたい」 「稲生はもちろんだけど、武人は片っ端から検挙されて、今はどうなっているか不明」 「店長も、私達を勅神殿まで送り届けた後のことはわかっていません」 惨憺たる状況だ。 拘束された皆は、今頃どうなっているのだろう。 どれだけ悔やんでも悔やみきれない。 「天京は戒厳令が敷かれて、完全に共和国の支配下にあります」 「武人も巫女も検挙対象になっていて、誰とも連絡が取れないの」 「お陰で天京の情報はこれ頼り」 朱璃が〈映像筐体〉《テレビ》に目を向ける。 「本日、天京では祝賀式典が催されました」 ナレーター「夏に発生した武人の暴動を鎮圧した功績により、エルザ中将が表彰されました」 「エルザ中将は副総督に任命され、翡翠帝の補佐として今後の皇国を担っていくことが決まっています」 画面では、ウォーレンとエルザが晴れやかな表情で握手を交している。 「エルザは俺たちに味方したはずだ。 なぜ副総督に」 「上手くやったみたいね」 中将とは出世したものだ。 ウォーレンから離れたエルザは、そのまま記者会見に臨んでいる。 「武人たちの暴動は皇国に大きな爪痕を残しました」 エルザ「皇国のため尽力されていた宰相を失ったことは、この国にとって大きな損失です」 「共和国としては、彼の意思を継ぎ、翡翠帝をお支えしながら皇国の発展に尽力していく所存です」 「今後は、国民一人一人が平等な権利の下に政治に参加する、民主主義社会を作っていくことを目標にしたいと思っています」 「そのためには、暴力により世情を乱すテロリストを押さえ込まねばなりません」 「現在、暴動の首謀者である宮国朱璃、組織幹部の鴇田宗仁、並びに斎巫女、椎葉古杜音の確保に全力を挙げています」 「情報をお持ちの方は、共和国総督府までご連絡下さい」 にこりと、憎らしいほどの笑顔を見せるエルザ。 「三人とも、めでたく指名手配よ」 忌々しげに〈映像筐体〉《テレビ》の電源を切る。 「エルザに裏切られたか」 「信じたくはないけど……そういうことになるわね」 エルザは奉刀会を壊滅させ、皇国を自由にできる地位を得た。 俺たちの完敗だ。 「直接会って、考えを聞いてみたいところだ」 「ええ、このままでは引き下がれない」 朱璃と頷き合う。 「ところで、俺たちはどうやって伊瀬野にきたのだ?」 「呪術による転移です」 「わかりやすく申し上げますと、勅神殿から伊瀬野まですぐに移動できる〈隧道〉《トンネル》のようなものを通ってここに来ました」 「決起の前に、もしもの時のために巫女達と準備しておいたのです」 「お陰様で、あっという間に伊瀬野に避難できました」 「古杜音には感謝しかないな」 「よく先を見通して準備しておいてくれたものだ」 「いえいえ、はははは」 胸を張る古杜音。 「だが、共和国軍の追っ手まで、伊瀬野に来てしまうのではないか?」 「〈隧道〉《トンネル》は既に塞いでございますから、ご心配には及びませんよ」 「それに、ここ奥伊瀬野は、特別な結界で周囲から見えないようになっております」 「共和国軍が探しに来てもすぐには見つかりません」 「更に更に、もし攻め込まれたとしても、呪装兵器の数々が私達を守ってくれるはずです」 「まるで城だな」 「はい、奥伊瀬野はもしもの時に皇帝陛下をお守りすべく作られた、呪術の要塞なのです」 古杜音が自慢げに奥伊瀬野の概要を教えてくれる。 伊瀬野は、皇国民の誰もが知る聖地で、大神殿や各種機関が置かれた宗教都市だ。 奥伊瀬野は、その伊瀬野から山道を丸一日進んだところにある。 東西を峻厳な山々に挟まれた南北に細長い集落で、最奥に位置する«奥宮»を筆頭に二十ほどの小神殿が立ち並ぶ。 約百五十人の禰宜と、約二百人の巫女、合計三百五十人の神職が神殿の維持管理に従事している。 奥伊瀬野の最大の特徴は、国家存亡の危機に陥った際、最後の要塞として機能するよう設計されていることだ。 地域全体が呪術の幕に覆われ、許可を受けた者でなければ集落の存在を知覚することすらできない。 更には、敵の侵攻を想定し、各所に迎撃用の呪装兵器が多数備えられているという。 ちなみに、今俺たちがいるのは、奥宮の一室だ。 「初めて聞くことばかり」 「奥伊瀬野の存在は、神職の間でも絶対秘密なのでございます」 「記録に残すことも禁じられておりますし、いかなる地図にも記載されておりません」 「ずっと追っ手が来ないわけだから、かくれんぼの呪術にも効果はあるみたいね」 「疑っていらしたのですか?」 「だってほら、呪術って目に見えないから不安じゃない」 「朱璃様、呪術とは、すなわち«大御神»の奇跡でございます」 「疑ってはならないものなのですよ」 古杜音が指を立てて説教する。 「わかりました、疑ってすみません」 朱璃が俺を見る。 「ともかく、宗仁は安心して養生して」 「今のあなたの仕事は、体力を回復させることよ」 「わかった」 「何はともあれ、刀を振れなければ武人として役に立たない」 「そういうこと」 俺の胸を、布団の上からぽんと叩く。 「鴇田様、お食事をお持ちしました」 五十鈴が持ってきた盆には、野菜の煮物や茸のおひたし、豆腐などが並んでいる。 「場所柄、山の物が多いのですが、もし食欲がおありのようでしたら」 「いやいや、十分すぎる食事だ」 「それに豆腐は大好物だし、是非いただきたい」 匂いに反応し、腹の虫が暴れていることに気付く。 自らの意思で飯を食べる、そんな当たり前のことが酷く久しぶりなのだと実感した。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 朱璃の押す車椅子に乗り、赤く染まる周囲の山々を見つめる。 最後に見たのが天京の真夏の景色だけに、時間を飛び越えてしまったような錯覚に陥る。 「歩くこともできないとは、不甲斐ないな」 宗仁「焦らないで、ゆっくり治しましょう」 朱璃「私どもが全力で治療いたしますからご安心下さい」 古杜音二人が、俺の目の高さまで屈んで言ってくれる。 「ありがとう」 「朱璃様、そろそろ交替しませんか?」 「ずっと押していてはお疲れになるでしょうし」 車椅子の握りに手を掛ける古杜音。 「いい、大丈夫だから」 「古杜音は呪術で疲れてるだろうし、ここは私に任せて」 「そんな、独り占めはずるいですっ」 「ずるくないっ、これは私の仕事っ」 俺の後ろで、二人が押し合いへし合いしている。 何をやっているんだ。 「体力が回復した後の方針は決まっているのだろうか」 「はい?」 「あ、ああ、そうね」 二人が表情を引き締める。 「昨日も言った通り、天京は共和国軍に制圧されているし、こちらに味方はいない」 「白旗を揚げる訳にもいくまい」 「そうね、私は諦めない」 「ここで皇国の再興を諦めたら、倒れた仲間たちに申し訳が立たない」 朱璃の瞳に宿る光は、以前と何も変わらない。 心が挫けていなくて良かった。 「問題は具体的にどうするかなんだけど」 「«三種の神器»を、帝宮から持って来られれば……」 «三種の神器»、か。 昨日まで見ていた不思議な夢を思い出す。 〈緋彌之命〉《ひみのみこと》に稲生〈融〉《とおる》、椎葉〈千波矢〉《ちはや》……そして、ミツルギ。 夢と片付けるには、あまりに生々しく、胸に重く響くものだった。 恐らく、いやきっと、何か意味があるはずだ。 「二人に聞いてほしいことがある」 「目覚める前に、俺が見ていた夢だ」 「夢占いをしてほしい訳じゃなさそうね」 「ああ、真面目な話だ。 少し長くなるが、いいか?」 頷いた二人に、夢の中身を語っていく。 「夢の中での俺は、鴇田宗仁ではなかった」 「ミツルギ……」 「緋彌之命に呪術で作られた、戦うためだけの存在だ」 遠い昔、皇国が生まれる前の話──国家存亡の危機に立たされた緋彌之命は、八百八十八人の巫女を犠牲にしてミツルギを作り上げた。 ミツルギとは一振りの刀ではなく、命を持たない不死の戦鬼だ。 戦うために生み出された、人型の道具と言ってもいい。 ミツルギは、緋彌之命のため、国を害するものを〈悉〉《ことごと》く撃滅してきた。 そして、緋彌之命の死後は、彼女の言葉に従い皇国を厄災から守り続けている。 いずこかへと飛び去った、緋彌之命の魂が戻って来るその日まで。 「では、宗仁様がミツルギ様……ということですか?」 「二千年以上前の話じゃない」 「夢の話だし、断言はできない」 「だが、俺がミツルギなら異常な回復力の説明になる」 「宗仁様の呪紋に類型がないことも納得できます」 「それに、帝宮での戦いの折、宗仁様は共和国軍の呪術の影響を受けませんでした」 「武人は皆様、苦しんでいらっしゃったというのに」 確かに、ロシェルは武人を無力化する呪術だと言っていたように思う。 にもかかわらず、俺はぴんぴんしていたのだ。 「少なくとも私の知識では、宗仁様の存在を説明することができません」 「夢の中身が真実であった方が、私としては納得できます」 「そう言われても……」 納得顔の古杜音に対し、朱璃は困惑顔だ。 「しかし、皇祖様の呪力は恐るべきものです」 「不死の戦士を作る方法など、私には想像もつきません」 「あ、作るなどと申し上げては、宗仁様を物扱いしているようでございますね」 「気にしなくていい」 「武人は主の刃だ。 むしろ余計なことを考えない物であった方が良いくらいだ」 「武人が刃というのは喩え話でしょ?」 「自分を、物、物、言わないでよ」 「なぜ朱璃が怒る」 「なんか嫌なの」 「あなたが物だったら、私は物相手に振り回されてることになるじゃない」 「振り回したか?」 「振り回してる」 ぶすっとした顔で朱璃が言う。 「まあまあまあまあ、ここは話題を変えましょう」 「そうね」 「じゃあ、昨日、私を緋彌之命と呼んだのはどうして?」 「君が緋彌之命に瓜二つなんだ」 顔立ちも、凛とした立ち振る舞いも、夢の中の緋彌之命の生き写し。 「ぐ、偶然よね?」 「涙が桃の花びらに変わるのも、緋彌之命と同じ」 「顔は瓜二つで、特殊な体質まで一致している」 「関係があると考える方が自然じゃないか?」 「関係って言われても……」 「緋彌之命の遺言を思い出してほしい」 「彼女は『いつか必ず戻ってくる。 それまで皇国を頼む』とミツルギに言い残した」 「つまり、皇祖様が私として戻ってきたってこと?」 「ではないかと思っている」 「春に君と出会った時、感激と言ってよいか興奮と言ってよいかわからないが、とにかく俺は運命というものを感じた」 「記憶を失っていても、緋彌之命のことは忘れられなかったのではないか?」 「朱璃の涙に触れて気を失ったことも、無関係とは思えない」 「私が皇祖様……」 朱璃が、困惑気味に自分の身体を見る。 「とすると、宗仁様がミツルギ様で、朱璃様は皇祖様の生まれ変わりだということになりますね!」 「まあ、断定はできないが」 「感激です!」 「まさか、私のような者が、皇国の宝とも言うべきお二人とお話をする事ができるなんて!」 「椎葉古杜音、身に余る光栄でございます!」 古杜音が頭を下げようとする。 「ちょっと待って、まだ決まったわけじゃないでしょ!?」 「いえいえいえ、私には確からしく思えます」 「お二人の周りには、普通の理屈では説明のつかない神秘が溢れております」 「う……」 「ま、まあ、呪術の専門家がそこまで言うなら、否定してかかるのも良くないか」 朱璃が自分の言葉に頷く。 「ちなみに、俺の夢には«三種の神器»も出てきた」 神妙な顔になった二人に、«三種の神器»のあらましを説明する。 皇国人なら誰でも知っている«三種の神器»の話は、ミツルギと斎巫女が«帝記»に書き加えた完全な創作だ。 そうしたのは、三つの重要な呪装具から、野心ある者の目を逸らすためだ。 呪装具の第一は、«胡ノ国»の秘宝である鏡で、勅神殿に封印されている。 第二は、緋彌之命の死後に残された勾玉。 こちらは«紫霊殿»に封印されているはずだ。 そして第三は、ミツルギ……俺自身とおぼしき存在だ。 「私達が神器だと思ってたのは、囮だったんだ」 「恐らくは、歴代の皇帝陛下のみが真実をご存じだったのでしょう」 「小此木が真相を知らなかったのも無理ないか」 「ちなみに、鏡ってどんな効果があるの?」 「夢には出てこなかった」 「勾玉にしても、緋彌之命が死んだ後に残されたというだけで、詳しいことは」 「でも、ミツルギ様は明確でございますね」 「たったお一人で«緋ノ国»を守られた、不死の戦士でございます!」 「考えてみれば、宗仁がミツルギだとしたら、これ以上ないくらい頼もしい味方よね」 「共和国軍とだって、互角以上に戦えるかもしれない」 二人が期待に満ちた視線を向けてくる。 「期待してくれるのは嬉しいが、今の俺はこの調子だぞ」 車椅子の上で肩をすくめて見せる。 「怪我が治ったとしても、ミツルギのような戦鬼になっているとは限らない」 「つまり、何というか、俺は鴇田宗仁のままだ」 「む、言われてみればそうか」 「ねえ古杜音、宗仁がミツルギみたいになれる方法はない?」 「気になりますのは、小此木様の最後のお言葉です」 「『伊瀬野にて〈御剣〉《みつるぎ》を研がれませ』だったか」 「宰相はミツルギ様の存在をご存じだったのかもしれません」 「とすれば、この伊瀬野に何か手がかりがあるはずでございます」 小此木の言葉を聞いた時、『みつるぎ』は『あなたの刀』という意味だと理解した。 しかし、改めて考えてみると、文字通り『ミツルギ』のことを差していた可能性もある。 とすれば、伊瀬野に何か手がかりがあると解釈するのが自然だろう。 「ついでに、私のこともお願いできる?」 「私に皇祖様みたいな力があるなら、呪術で共和国軍を吹き飛ばせるかもしれないし」 「承知いたしました」 「お二人のお体を調べさせていただくことになると思いますが、その際はご協力下さいませ」 「当然よ、できることなら何でもします」 「私達の未来がかかっていると言っても過言じゃないわけだし」 救国の英雄であるミツルギと、史上最強の巫女である緋彌之命。 二人の力が蘇れば、共和国軍といえども撃破できるかもしれない。 刀折れ、矢尽きた俺たちにとっては、間違いなく天恵。 いや、〈縋〉《すが》るほかないと言った方がいいか。 「ねえ、宗仁」 部屋で休んでいると、襖の向こうから朱璃の声が聞こえた。 俺と朱璃の部屋は襖で仕切られているだけで、壁がない。 皇国の古い家にはよくあることだ。 「まだ起きてるなら、そっちに行ってもいい?」 「ああ、もちろん」 襖を開け、朱璃が入ってきた。 「今夜は月が綺麗よ」 「伊瀬野の月か。 ぜひ見てみたいものだ」 朱璃の手を借りて縁側に出る。 薄い雲が煙のようにたなびく空に、月が浮かんでいた。 目立った灯りがないお陰で、眩しいほどに輝いている。 「またこんな風に話ができて良かった」 「心配をかけてすまなかった」 「謝らないで」 「宗仁がいなければ、私も共和国に捕まっていたはずよ」 「それにね、今は宗仁が生きていたことが素直に嬉しい」 「あなたを失わずに済んで、本当によかった」 朱璃の言葉は嬉しい。 しかし、そもそも帝宮で敗れたのは、俺たち武人の責任だ。 敗北を喫したこと、そして主を命の危険に晒したことを情けなく思う。 もし俺がミツルギなら、共和国軍の一万や二万、ものの数ではないというのに……。 「俺にミツルギほどの力があれば良いのだが」 「宗仁は、本当に自分がミツルギだって思う?」 「自覚はない。 そうであればいいとは思うが」 「朱璃はどう思う? 自分が緋彌之命だと思うか?」 「いいえ、全然」 「花の涙が流れたり呪装刀が使えたり、不思議なことはあるけど、自分が自分じゃないなんて」 「でも、宗仁と同じで、皇祖様であればいいとは思ってる」 朱璃と見つめ合う。 「私のこと、誰に見える?」 「つまりその、宮国朱璃か皇祖様か」 「もちろん朱璃だ。 朱璃以外の誰でもない」 「でも、目を覚ました時は私を緋彌之命って呼んだじゃない」 「直前まで夢を見ていたからだ」 「しかも、酷い内容の夢だ」 緋彌之命が千波矢に殺され、その千波矢をミツルギが斬ることになった。 これを悪夢と言わず何という。 思い出すだけで、悲しみと後悔で胸が潰れそうになる。 今までにも悪夢を見て気分が沈むことはあったが、所詮夢だと割り切れた。 だが、緋彌之命の夢だけは違う。 いくら夢だと思い込もうとしても、身体と胸の痛みがそれを拒否する。 お前が忘れているだけだろう、と反論してくる。 「ミツルギと皇祖様って、どういう関係だったの?」 「主と臣下、作り主と道具といったところか」 「ふうん、それだけ?」 「それだけだ」 事実は逆で、ミツルギと緋彌之命は男女の関係にあった。 しかし、その事実は朱璃に伝えていない。 ミツルギという他人の話ながら、胸に秘しておきたいと思うのだ。 恥ずかしいわけではない。 他人に明かしてしまうと、あの感情の輝きが失せてしまう気がするのだ。 夢の話に輝きもへったくれもないだろうが、事実、俺はそう感じている。 「変わったことを気にするんだな」 「だって、私達がもし皇祖様とミツルギだったら、その、どうしたらいいのかわからないじゃない」 「私には過去の記憶なんてないし、一人の人間として生きてきたわけだから」 「過去に二人がどういう関係だったとしても、朱璃は朱璃の思うように振る舞ったら良いと思う」 「俺も過去に囚われるつもりはない」 「その瞬間、自分の胸にある感情だけが真実だ」 「そっか、そうね」 朱璃が明るい表情で俺を見つめる。 「混乱しちゃってたけど、私が聞きたいのはきっと一つなの」 「つまり、宗仁は今でも私の臣下なのよね?」 「もちろんだ」 朱璃が頬を緩める。 俺が仕えるべき主は朱璃、それは不変。 そう思いながらも、頭の片隅を過去の記憶がかすめた。 今年の春、天京で朱璃を助けたときのことだ。 深紫の瞳、桃花染の唇、俺は、この少女を知っている。 ──殺すな。 耳の奥で何かが囁いた。 ──少女を護れ。 囁きはやがて大音声となり全身を駆け巡る。 それは本能の声、身体の奥底に組み込まれた絶対の威令。 ──それがお前の使命だ。 あの時は、まだ朱璃の血筋を信じていなかった。 にもかかわらず、俺の血が、本能が、朱璃を守れと命じてきたのだ。 もし、朱璃が緋彌之命で、俺がミツルギだとしたら──二千年の時を越え、ミツルギが唯一絶対の主に再会したのだとしたら──本能的に朱璃を救おうとしたのも不思議ではない。 いや、必然だ。 ならば、今の俺は誰に仕えているのだろう?朱璃なのか、それとも緋彌之命なのか。 ……。 やめよう。 考えたところで詮無きことだ。 俺は武人。 朱璃のために働く一振りの刃、それでいい。 「くしゅん!」 「風が出てきたね」 晩秋の風に、木々がざわめいている。 間もなく訪れる冬に、山が怯えているかのようだ。 雪が降る前にミツルギの力を手に入れられればいいが。 「さあ、中に戻ろう」 「ええ、風邪を引かないようにね」 外へ出たときと同様、朱璃に手を取られて室内に戻った。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「副総督へのご就任おめでとうございます、エルザ様」 奏海開口一番、部屋に入ってきたエルザに奏海が告げた。 「ありがとうございます、陛下」 エルザ「私を騙しましたね」 「さて、何のことでしょう?」 「共に共和国と戦っていくと、お義兄様が帰ってくるのを待つと仰ったではないですか!?」 「情勢が変わりました」 「っっ!!」 振り上がった奏海の手を、エルザが悠々と掴む。 「お義兄様に何かあったら、あなたを絶対に許しません」 「覚悟しておいて下さい」 「恐ろしいことを仰いますね」 「どうです、静かな場所でご療養されては?」 皇帝の居室に、共和国軍の兵士が入ってきた。 「どこに連れて行くつもりです?」 「少なくとも、帝宮よりは落ち着いてお過ごし頂ける場所です」 「兵士がご案内いたしますので、ご安心下さい」 「なるほど、そういうことですか」 軟禁されるのだと、奏海は悟った。 「それでは陛下、失礼いたします」 慇懃に告げ、エルザは部屋を辞した。 翡翠帝を乗せた車が出るのを確認し、エルザはようやく一息ついた。 「お疲れのご様子ですね、副総督」 ロシェル「ロシェル少佐か。 出世したものだな」 「まさか自分が佐官になるとは思ってもみませんでした」 「功績を考えれば当然の昇進だ」 「私の行動を監視し、クーデターを未然に防いだのだからな」 「私の功績など、副総督の足下にも及びません」 「あなたは武人を一網打尽にし、皇国に平和をもたらしたのです」 「お前が言うか」 ロシェルは、エルザの反逆をウォーレンに報告していない。 「あなたは名実共に皇国のトップ。 もはや理想を阻む者はおりません」 「せっかくお父様が玩具をくれたのです」 「心置きなく民主主義国家を作られるとよい」 「そうさせてもらう」 「手始めに、貴様を粛正してやろうか!」 エルザはロシェルの襟を掴んでねじり上げた。 しかしロシェルは動じず、張り付いたような微笑を浮かべる。 「エルザ副総督、あなたの反逆行為を知っているのは私だけではありませんよ」 「私の命は、あなたの今の地位と釣り合いますか?」 怖気の走るような囁きに、エルザは腕を戻す。 「何が望みだ?」 急所を握っておくのは、後でいいように利用するためだろう。 ロシェルの企みを探っておくべきだった。 「特に何も……いえ、強いて言えば地位ですかね」 「昇級が望みだということか?」 「ええ、そうです」 嘘だな、とエルザは直感する。 「時に、クーデターを起こして逃走した主犯の行方は掴めましたか?」 「指名手配済みだ。 今は情報収集をしている」 「相手は一級の武人、一筋縄でいく相手ではありません」 「十分承知している」 「ああ、副総督は彼にお詳しいのでしたね」 薄笑いを浮かべるロシェルを、エルザが睨む。 「宮国朱璃と配下の武人については、私に一任して下さいませんか?」 「お任せいただければ、ただちに捜索部隊を編成し彼らを捕縛してご覧に入れます」 「貴様が?」 「ご心配なく。 間違ってもご学友をミンチにしてお返しするような真似はいたしません」 共和国軍の兵士の多くは、武人に対して強い恨みを持っている。 それを考えれば、ロシェルに任せるのも手だとエルザは判断した。 現実問題として、情勢が不安定な今、エルザが天京を離れるのは難しい。 「今の話、約束できるか」 「必ずや」 「では、ロシェル少佐。 貴殿にクーデターの主犯、宮国朱璃らの捜索を命ずる」 「決して殺すな。 生かしたまま、私の前に連れてこい」 「承知いたしました」 小さくなっていくエルザの後ろ姿を見つめるロシェル。 こうも与しやすいものか、と苦笑する。 「何だか拍子抜けしてしまうね」 「ロシェル様」 雪花影から生まれるように姿を現したのは、八岐雪花だった。 「雪花、居場所は掴めたかい?」 「いえ、それがまだ……」 「困るな。 せっかくエルザから許可を得たというのに」 「申し訳ありません」 跪いて頭を下げる雪花。 「呪術のことは君に任せておけば安心だと思ったのだけど、評価を改めないといけないかな?」 「い、居場所はわかっております。 奥伊瀬野です」 「わかっているなら行けるだろうに」 「奥伊瀬野は呪術で作り出された要塞です」 「高位の神職以外は辿り着くことができません」 雪花の額は冷たい汗で濡れていた。 「それをどうにかするのが君の仕事だ。 違うかい?」 「は、その通りです」 低く下げた頭をさらに低くする雪花。 「と言っても、他に適任者もいないし君に任せるしかないんだけどね」 「必ずや道を開いて見せます」 「まあ頼むよ」 雪花の意気込んだ言葉を、気のない返答で受け流すロシェル。 「それにしても……彼らにもそろそろ目を覚ましてもらわないと」 「はい?」 「君には関係ないよ」 「ところで、«紫霊殿»の調査はどうなってる?」 「今のところ成果はありません」 「何もない、はずはないのですが」 「やれやれ、呪術とは誠に厄介なものだね」 「ま、引き続き頼むよ」 「ここは……帝宮か」 宗仁気がつくと、俺は戦場のまっただ中にいた。 周囲では、奉刀会の武人と共和国軍が血しぶきを上げてぶつかり合っている。 ああ、これは夢か。 竜胆作戦の時のことを夢に見ているのだ。 その証拠に、周囲の人間は俺の存在に気づかない。 まるで幽霊になったような気分だ。 「ん?」 誰かに呼ばれた気がした。 感覚に逆らわず、声がした方向に進む。 しばらく帝宮を歩き、«呪壁»の前に来た。 目に入ったのは、見知らぬ女と対峙する古杜音の姿だ。 共和国軍の軍服を着ているが、何者だろうか。 「何か知っているのですね」 古杜音「あら、何の話?」 共和国軍の女「とぼけないで下さい」 「先程、〈制御陣〉《せいぎょじん》を見て参りましたが、床も壁も血まみれでした」 「戦争の折、あそこには御先代様を筆頭に、百名ほどの巫女が詰めていたはずです」 「皆、どこへ行ったのですか?」 「死んだわよ、私以外は全員」 「部屋じゅう血まみれだったのなら、言うまでもないでしょうに」 冷笑というにふさわしい、氷のような笑みだ。 「では、あなたも巫女として制御陣に」 「私以外はって言ったじゃない」 「そんな頭でよく斎巫女が務まるわね」 「名乗って下さい」 「〈八岐雪花〉《やぎせっか》」 「八岐……」 「八岐家と言えば名門中の名門、なぜ共和国の軍服など着ているのですか」 「共和国軍に属しているからに決まっているじゃない、頭が悪いわね」 「あまり苛々させると、これを落としてしまうかもしれない」 雪花と名乗った女は艶然と微笑み、こぶし大の宝珠を取りだす。 「そっ……それはご先代様の呪装具!?」 「どうしてあなたが」 「頂戴したの。 死人には無用でしょ」 宝珠を指先で転がす雪花。 「八岐雪花さん、でしたか」 「あなた、もしかして御先代様を……」 「死んでくれて清々してる。 もっとも、こんなくだらない置き土産を残してくれたけど」 雪花の指から、宝珠が転げ落ちる。 「あっ!」 割れる、と思いきや。 地面にぶつかる寸前で光を発し、宙に浮いた。 「まあ、とにかく」 宝珠をしまい、冷たい瞳で古杜音を睨め付ける。 「斎巫女に選ばれたあなたの実力を、この目で見極めたいと思っていたの」 「付き合ってくれるでしょう、椎葉古杜音」 広げた雪花の手のひらで黒い炎が渦巻く。 「このような形で呪術を用いるのは不本意ですが、あなたがその気なら致し方ありません」 古杜音が祝詞を唱え始める。 これは夢だ。 夢に決まっているのだが、嫌な予感が消えない。 「助太刀するっ!」 「えっ!?」 古杜音と目が合う。 「宗仁、様?」 意識が現実に戻された。 目に入るのは、自室の壁と天井だ。 「やはり夢か」 それにしても不思議な夢だった。 ミツルギの夢に意味があったように、何か特別なものなのかもしれない。 明日、古杜音に聞いてみるか。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 朝の目覚めは健やかだった。 試しに脚を立ててみたところ、何とか立ち上がれるくらいには回復している。 「く……」 宗仁しかし、まだ支えなしではきついな。 「宗仁様!」 古杜音欄干に掴まりながらゆっくり歩いていると、古杜音が近づいてきた。 「お一人で出歩けるようになったのですか?」 「ああ、何とか。 だが刀を振るのはまだ先になりそうだ」 「ご無理をなさらず、少しずつ回復していけばよいと思います」 「いずれは必ず元に戻りますよ」 「だといいんだが」 元には戻らずとも、せめて刀が持てるようにはなりたい。 「宗仁様、お手を」 古杜音が手を差し出してくる。 「いや、大丈夫だ」 「そう仰らずに。 宗仁様のお役に立ちたいのです」 古杜音がにこっと微笑んで見せる。 「そう邪気のない顔を見せられると毒気が抜かれるな」 苦笑して古杜音の手を借りる。 古杜音の手伝いもあり、今日は車椅子なしで外に出ることができた。 身体は着実に回復しているようだ。 「ふぁ……っくしゅん!」 「うう、奥伊瀬野は寒くなるのが早うございます」 古杜音が身を震わせる。 「古杜音は寒がりか?」 「はい、死んだ後には〈炬燵〉《こたつ》の中に埋めてほしいくらいでございます」 「ははは、まさに極楽だ」 「冬になれば、ここは雪に閉ざされます」 「冬になる前には、天京に帰りたいものでございますね」 「俺がミツルギのようになれれば、すぐにでも戻れるのだが」 そうだ、古杜音に夢の話をしなければ。 「ところで、昨日夢を見たんだ」 「皇祖様の夢でございますか?」 「いや、帝宮で古杜音が戦っている夢だった」 「相手の名前は、八岐雪花だったか」 古杜音が、目をまん丸に見開いて硬直している。 「そ、それは私の夢でございます!」 「では、最後に助けに入って下さったのは、本当に宗仁様!?」 「ああ、確かに助けに入ろうとしたが、そこで目が覚めた」 「私もでございます」 「二人で同じ夢を見たということか? いや、同じ夢に二人で出演?」 俺の理解を超えている。 「恐らく、«治癒»の呪術の影響で、私と宗仁様の意識が混じり合ってしまったのだと思います」 「お、おお」 さっぱりわからない。 「素人にもわかるように頼む」 「今回は宗仁様の傷があまりにも酷かったので、私の呪力が効率よく宗仁様に流れ込むように、呪鎖という繋がりを作らせて頂いたのです」 「今現在も、何もしていないように見えますが、«治癒»のための呪力が宗仁様に流れ込んでいるのでございます」 「その影響で、多少意識が混じり合っているのかと思います」 「強い呪鎖を作ると、稀にこういうことが起こるのです」 「今も繋がっているわけか」 古杜音から、呪力の点滴を受けているようなものだろう。 「こ、言葉にされると気恥ずかしいですね……もにょもにょ」 「何か、心が通じ合っているかのようで嬉しいです」 照れ笑いを浮かべる古杜音。 こうしている間にも、古杜音は呪力を分け与えてくれている。 俺が問わなければ、きっと何も言わなかったことだろう。 控え目というか何というか、古杜音には自分を目立たせたいという欲がないのだな。 「昨日の夢の中身は、実際にあったことなのか?」 「はい、奉刀会が決起した時、私は別行動させて頂きましたよね」 「あの時、私は«呪壁»の調査に向かいました」 「生前の御先代様が最期に向かわれたのが、«呪壁»なのです」 「そこで、あの雪花という女に出会ったと」 「はい、現実には、雪花様と戦うことになりました」 「見事勝ったということか」 古杜音の表情が曇る。 「私の負けです」 「情けを掛けられ、私は生き長らえました」 「御先代の仇を前にしながら、不覚を取ってしまったのです」 古杜音が唇を噛む。 「何故生かされた?」 「私をいたぶるのが楽しい様子でした」 「ここで殺すのは勿体ないと」 「向こうの失策だな」 「はい、次に会った時には、必ずや御先代様の仇を取ります」 日頃は物騒なことを言わない古杜音だけに、決意の強さが伺える。 「ですが、へこたれている場合ではございません」 「今は宗仁様と朱璃様のことを調べ、お二方のお役に立たなくては」 「宗仁様、今日もお体を調べさせてくださいね」 古杜音はすぐに元気を取り戻した。 こういうところは、彼女の長所だと思う。 「……」 私の目の前に、古杜音が真剣な面差しで座っている。 身体を調べてもらって、早一時間。 古杜音はじっと目を閉じ、たまに『違う』だの『うう、はずれ』だの呟いている。 「ねえ、そろそろ一休みしない?」 朱璃「も、もう少しだけお願いします」 額にうっすらと汗を滲ませ、眉間にしわを寄せる古杜音。 「ん、これは?」 「朱璃様、失礼します!」 「きゃっ!? なになになにっ!?」 服の上から、古杜音が私の身体をまさぐってくる。 「ちょっと、あははははっっ!」 「見つけました。 朱璃様、とうとう見つけましたよ!」 私の胸に手を当てたまま、古杜音がくわっと目を見開いた。 「む、胸を?」 「何の話をしていらっしゃるのですか! 呪術の痕跡です!」 「ああ、何と高度な障壁なのでしょう」 「障壁の存在にすら気づかせないなんて」 古杜音が、精緻な芸術品を前にした時のような溜息を漏らす。 「何が見つかったの?」 「朱璃様の中に、巧妙に秘匿された障壁を見つけました」 「それが皇祖様なの?」 「障壁の中に何が隠されているかはわかりません」 「ただ、宗仁様のお話を信じるなら、皇祖様に関するものである可能性は極めて高いかと」 希望が湧いてくる話だ。 「皇祖様の力を解放することはできそう?」 「障壁の解除を試みることは可能ですが、何が出てくるかわからないので危険でございますよ」 「最初は少しだけ、探りを入れる程度でよろしいですか?」 「ええ、お願い」 ここまで来たら古杜音を信じるより他はない。 彼女に全てを委ねよう。 「それでは……参ります」 古杜音は広げた手を私の胸に押し当てる。 小さく呟かれる祝詞が、身体の内側に染み込んでくるようだ。 「きゃああぁっ!?」 「ぐっ!?」 まぶたを閉じてもなお襲いくる光の奔流に、辺りが真っ白になる。 頭の奥が、焼け焦げるように熱い。 「『ようやく〈皇〉《わたし》に気づいていくれたか』」 ??頭の奥で声がした。 初めて聞くような、それでいて懐かしいような不思議な声。 「『帝宮に向かえ』」 「『魂の欠片を……早く……』」 目は閉じているはずなのに、脳裏に景色が浮かぶ。 純白に染まった視界が徐々に色を取り戻していく。 「い、今のは?」 「緋彌之命っ」 障子を開けて宗仁が飛び込んできた。 緋彌之命?私を見ていながら、宗仁は皇祖様の名を口にした。 そして、今この瞬間、彼の目には見たこともない鮮やかな感情の色彩がある。 憧憬と呼べばいいのだろうか。 親愛でもなければ尊敬でもない、眩しいものを見つめる瞳だ。 「残念でした、私は宮国朱璃よ」 笑顔を作り、皮肉を返す。 それが精一杯だ。 「すまない、どうかしていた」 「何故か、緋彌之命がここにいたような気がしたんだ」 宗仁がしきりに首をひねっている。 無意識のうちに、皇祖様の名を叫んだのだろうか。 それはそれで、二人の繋がりの強さを見せつけられた気がする。 おかしいな……私、何を嫉妬してるんだろう。 「朱璃様、お体に異常はございませんか?」 「平気よ」 「でも、何だか声が聞こえた気がしたの」 「『ようやく私に気づいてくれたか』」 「『帝宮へ向かえ』」 「『魂の欠片を……早く……』って」 「聞き覚えがある声か?」 「ううん、女性だったのは確かだけど」 「それと、«紫霊殿»の景色も見えた気がする」 「«紫霊殿»? 帝宮の«紫霊殿»か?」 「ええ。 あそこに魂の欠片があるってことなのかな?」 「宗仁様から伺った過去のお話と考え合わせると、やはり皇祖様のお声なのでしょうか」 「だからこそ、宗仁様も、皇祖様がここにいらっしゃるような気がされたと」 「まあ、断定はできないけど」 胸の内では、古杜音の言葉が正しい予感がしている。 身体が正しいとわかっている、としか言いようがない。 「いずれにせよ、«紫霊殿»に行けばはっきりするんじゃない?」 「ですが天京はもう共和国軍に制圧されております」 「ええ。 だから、宗仁には頑張ってもらわないと」 宗仁にミツルギの力を取り戻してもらい、私を«紫霊殿»まで送り届けさせる。 そこで皇祖様の力を手に入れることができれば、新しい可能性が生まれてくる。 宗仁と二人、正面切って共和国軍とぶつかってもいい。 あるいは、捕虜となった武人を救出し、奥伊瀬野を拠点に再起を図ってもいいだろう。 「よろしくね、古杜音」 「かしこまりました」 「奥伊瀬野の総力を挙げて、お力の回復に取り組ませて頂きます」 古杜音が神妙な面持ちで頭を下げた。 「では、宗仁様、これより朱璃様の体調を確認させていただきますので」 「ああ、わかった。 よろしく頼む」 私に目礼し、宗仁が部屋から出て行った。 「ねえ、古杜音」 「もし私の中に、本当に皇祖様の力があるのなら、宗仁の力を回復させることができると思う?」 「できる可能性が高いと思います」 「ミツルギ様を創られたのは皇祖様だということですから」 宗仁の役に立てるなら、ちょっと嬉しい。 いつも助けられてばかりだし。 「それにしても、皇祖様にあれほどの障壁を創り上げるお力があるとは……」 「一体どのようなお方だったのでしょうか」 「見た目は私に似てたみたいね」 宗仁が、私を皇祖様だと取り違える程度には。 「皇祖様とミツルギはどんな関係だったと思う?」 「お話から想像するしかありませんが、深い信頼関係にあったのではと思います」 「そうよね、はあ」 思わずため息をついてしまった。 「朱璃様はどのようなご関係にあったとお思いなのですか?」 「主とその刃、でしょ」 宗仁が言ったことをそのまま繰り返す。 少なくとも私と宗仁は、そういう関係でしかない。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「宗仁、ちょっといい?」 朱璃刀の手入れをしていると、朱璃が声をかけてきた。 「入ってくれ」 宗仁「一人で歩けるようになったんだよね?」 「歩くというより、寄りかかって移動するという方が近い」 「少し外を散歩してみない?」 「そこ、段差があるから気をつけて」 「ありがとう」 朱璃に支えてもらい、参道までやってきた。 「思ったより歩けるじゃない」 「人の手を借りてるうちは、歩けるとは言いにくいな」 参道の脇にある長椅子に腰かけ、通りを眺める。 禰宜や巫女が頻繁に行き交っている。 「さっきのことなんだけど」 「どうして私を皇祖様だと思ったの?」 「俺にも理由はわからないんだ。 勘としか言えない」 隣の部屋で休んでいたら、落雷のような凄まじい音が聞こえた。 取るものも取りあえず、朱璃がいる部屋に押し入ったのだ。 襖を開くその瞬間まで、俺は確かに朱璃の身を心配していた。 だが、朱璃の姿を目にした俺の口から出たのは、『緋彌之命』という言葉。 朱璃が纏っていた空気が、そう言わせたとしか説明できない。 「勘、か」 朱璃が小さな溜息をついた。 「宗仁が見た夢、きっと本当なんだろうね」 「宗仁と皇祖様は、切っても切れない絆で結ばれている」 「だから、記憶をなくしてても、私の中にいる皇祖様のことがわかるんだと思う」 朱璃がじっと地面を見つめている。 その横顔からは、晩秋の空に似た寂しさが伝わってきた。 「だとしても、緋彌之命とのことは過去の話。 今俺の前にいるのは君だ」 「じゃあ、もし目の前に皇祖様が現れたら、宗仁はどっちに従うの?」 「朱璃だ」 「春の終戦記念式典の日、俺は君に命を預けた」 「過去の俺がミツルギだったとしても、緋彌之命とどういう関係だったとしても、俺が俺である以上誓約は消えない」 俺は俺の意思で朱璃を主に選んだのだ。 「ごめんなさい、変なこと聞いて」 「あー、何か駄目ね。 私、少しおかしくなってるみたい」 「俺も同じだ」 「急に、お前は二千年前から生きていると言われてもな」 「ふふふ、そうね」 朱璃が肩をすくめる。 「よし、決めた」 「たとえ私たちの中身が誰であっても、お互い皇国再興のために最善を尽くしましょう」 「多少迷いがあっても、目的さえはっきりしていれば無様に迷わなくて済むでしょ?」 「それがいい」 「君も俺も皇国の為に生きる」 「ならば、どんな運命を辿ったとしても悔いはない」 朱璃が晴れやかな表情で頷いた。 「鴇田様、準備が整いましたので〈湯屋〉《ゆや》までお越しください」 五十鈴「……本当にやるのか」 「古杜音も張り切っておりますので、ぜひに」 それだけ伝えると五十鈴は去っていた。 「仕方がない、行くか」 「あ、行くんだ」 朱璃は朝から機嫌が悪い。 昨晩の夕食時。 古杜音と朱璃は雑談に花を咲かせていた。 「とにもかくにも、宗仁様が自力で歩けるようになったことは僥倖でございますね」 古杜音「本当、少し前まで人形のようだったのが嘘みたい」 「ただ歩けるだけではどうにもならない。 刀を振れない武人などものの役に立たん」 「古杜音が私たちのことを頑張って調べてくれてる」 「今は待つしかないでしょう?」 「いえ、早速一つ試してみたいことがあるのです」 妙に悲愴な顔で古杜音が言う。 「難しいことなのか?」 「む、難しくは……ないのですが……そのお」 「何?」 「ともかく、明日にでも執り行えるよう準備をいたします!」 その時は、古杜音の言う『試してみたいこと』がどんなものか知らなかった。 「まさかあんなことを言い出すなんて……どうかしてる」 ぶちぶちと文句を言っている。 「やって欲しくないと言うなら断るぞ」 「いいえ、行きなさい」 「あなたの力を回復させるためなんだから、やらない選択肢なんてない」 「だったら、ふてくされた猫のような顔はやめてくれ」 「主が猫では不服なの?」 犬の臣下に猫の主か。 結構お似合いかもしれない。 「そ、それでは宗仁様っ」 「儀式を始めさせていただきますね」 「よろしく頼む」 湯船の中では、大勢の巫女たちが俺を待ち構えていた。 当然ながら、その中には古杜音の姿もある。 「ち、ちょっと待って。 古杜音、その格好は一体何なの!?」 「なな、何と言われましてもっ、私たちが入浴する際はこれが通常なのでしてっ」 古杜音たちが着ているのは湯浴み着だ。 生地はかなり薄く、湯で濡れた布が張り付き肌が透けて見える。 「裸よりは幾分かましだと思うのですが、いかがでしょうか」 「いかがって、もうほとんど見えてるじゃない!」 顔を覆う朱璃。 「では皆さん、始めてください」 古杜音の号令に従い、周囲にいた巫女たちが瞳を閉じて祈り始める。 すると、湯船が神々しい光を放つ。 お湯自体が燐光を宿しており、渦を巻くようにして俺の身体に光が集まってきた。 「すごいな……」 「どう、宗仁。 回復しそう?」 「回復しているかはわからないが、温かくて心地いい」 「お風呂なんだから当然でしょ」 確かにそうだ。 「斎巫女、集中して。 もっと身体を密着させて」 「うう、やっているのです、でもこれは……」 俺の両腕に、古杜音と五十鈴がすがりついている。 普通の男子ならば暴発するかもしれないが、これも治療だと言われている。 冷静さを保つのが礼儀というものだ。 「あ、あのさ。 本当にこんなことをしないと宗仁は回復しないの?」 「もちろんでございますっ、でなければ、こんなことはいたしませんっ」 「こうして抱きしめ、薬湯を通じてあふれ出た力が鴇田様に集まるよう統御しているのです」 「伊瀬野に伝わる、古式ゆかしい伝統的な呪術です」 「この回復法が元となり『湯治』という言葉が生まれた、とも言われていますね」 「それは知らなかった」 「五十鈴は博識で、小さい頃から学力も呪力も、何もかもが優秀なのです」 「古くからの友人なんだな」 「五十鈴とは〈皇學舎〉《こうがくしゃ》の同期で、共に巫女の修行に明け暮れた仲でございます」 「私など、一度たりとも五十鈴に勝ったことはありません」 「にも拘わらず、なぜか私が斎巫女に選ばれてしまいました」 「選ばれたのは自分なのだから自信を持てばいいのですが、いつもこの調子で」 五十鈴が苦笑する。 二人を並べると、確かに五十鈴の方が落ち着いていて威厳もある。 「私の取り柄など、家柄だけでございます」 「斎巫女の家系は、皇祖様が皇帝に即位される以前から続く巫女の家なのです」 「当時の有力な氏族として、〈椎葉〉《しいのは》、〈楠葉〉《くすのは》、〈朴葉〉《ほうのは》、〈栃葉〉《とちのは》の四家の名が、古い記録に残されております」 「初代の斎巫女も椎葉家から輩出されていますし、名門中の名門でございます」 椎葉千波矢か。 夢によれば、斎巫女という役職は、神職の統括とミツルギの体調管理のために設置されたものだ。 多忙の緋彌之命が、それまで自分が果たしていた役割を斎巫女に託したのだ。 「ですが、古いからといって呪力が特段強いわけでもなく……」 「ご先祖様に申し訳が立ちません、うっうっ……」 古杜音がうなだれると、自然と豊かな胸が俺に押しつけられた。 「古杜音、あまり刺激しないでくれ」 「ここ、これはすみませんっ、私としたことがはしたないっ」 「もう開き直って、鴇田様も楽しまれたらいかがですか?」 言葉に窮し、朱璃に視線を送る。 「よかったわね、宗仁。 これこそ両手に花じゃない」 「治療の一環だ」 「知 っ て ま す」 「ごゆっくりどうぞ!」 「まったく、鼻の下伸ばして」 顔を赤くした朱璃は、足音を鳴らしつつ湯屋を出て行った。 「……鼻の下、伸びているか?」 「平時と変わりございませんね」 「ううう、朱璃様を怒らせてしまいました。 後が怖ろしゅうございます」 あの様子だと、当分は不機嫌だろう。 「大変ですね、鴇田様も」 「まったくだ」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「ふうっ!!」 宗仁型振りを終えて息を吐く。 朝は歩くのがやっとだったが、湯治を終えてから一気に力が戻ってきた。 走る、跳ぶ、刀を振る、一通りの動きはできるようになった。 「あの破廉恥な儀式に効果があるとはね」 朱璃「破廉恥とは失礼な」 古杜音「ここ三百年の間、封印されていた秘術なのですよ」 「破廉恥だから封印されていたんじゃないの?」 「ああ、なるほど」 古杜音が手を叩く。 納得していいのか。 「宗仁は、天京にいた頃くらいには戦えそう?」 「いや、とてもではないが、共和国軍には斬り込めない」 朱璃相手なら五分五分、滸ならば相手にもならないだろう。 「力が及ばず申し訳ございません」 「古杜音は悪くない。 刀が持てるようになったんだから、まずは上出来よ」 朱璃が古杜音の頭を撫でる。 「うーん、でもどうやったら、ミツルギ並の力を取り戻せるんだろう?」 三人で考え込む。 現在の天京は六万以上の共和国軍に制圧されている。 しかし、奉刀会が壊滅した今、朱璃にはまとまった戦力がない。 頼みの綱は、俺……いや、俺の中にあるミツルギの力だけだ。 皇国を二千年に亘って守り続けてきた、不死の戦士としての力──それを取り戻さない限り、天京に行ったところで帝宮に忍び込むことも、仲間を助けることすらもできないだろう。 何をさておいても、力を取り戻すことが重要なのだ。 「宗仁様、お伺いしたいことがございます」 「斎巫女はミツルギ様にお仕えするお役目とのことですが、実際にはどのようなことをされていたのですか?」 「簡単に言えば、車に燃料を補充するようなものだ」 「ミツルギは、戦うと身体に蓄えられた呪力を消耗するらしい」 「減った分を補うのが斎巫女の役目だったように思う」 「どのようにして補うのですか?」 「何か呪術的なことをされていたようだが、細かいことはわからない」 いわば俺は、手術を受けていた患者だ。 医者にあたる斎巫女が何をしていたかはよくわからない。 「うーん、その呪術的なさむしんぐがわかればいいのですが」 「さむしんぐ?」 「ああ、一つ思い当たるとすれば……」 「千波矢は、斎巫女は«ミツルギの花嫁»だとよく言っていた」 「花嫁!?」 「花嫁!?」 朱璃・古杜音二人が動きを止めた。 「つまり、初代の斎巫女は、儀式と称して花嫁的なさむしんぐをしていたというわけですか!?」 「しかも部屋に二人きりで!?」 「無理矢理いかがわしくしないで」 「いや、期待しているようなことはされていないぞ」 「期待なんてしてません」 「ミツルギに身を捧げるとは言っていたが、まあ喩え話だろう」 「身を捧げる、ですか」 古杜音が腕を組む。 「御先代様も、宗仁様に身を捧げていらっしゃったのでしょうか?」 「生前、宗仁様にお世話になっていると仰っていました」 「覚えていないが、あるいはそうかもしれない」 「いえ、きっとそうに違いありません」 古杜音が姿勢を正す。 「宗仁様、ふつつか者ではございますが末永く……」 「いきなり輿入れしないでよ」 「ご心配には及びません。 身も心も捧げる覚悟はできております」 「本気で言ってるの?」 「か、覚悟はできておりますっ」 ちらっと俺の顔を仰ぎ見る。 「ああっ、でもでも……そんな、いけませんっ」 「«大御神»、ふしだらな想像をしてしまう私をどうかお許しくださいませ」 「古杜音、いいから落ち着いて」 「すーはーすーはー」 「花嫁には別の意味がある。 そう考えるのが自然でしょ」 「で、ですが……それでは私の覚悟はどこへ持っていけばよろしいので?」 「一旦捨てておきなさい」 「うーわー、乙女の覚悟が土に還ってしまいました……」 しょんぼりする古杜音。 「とにかく、宗仁は花嫁が何を指すか思い出す努力をしてみて」 「わかった」 「花嫁と言うからには、それなりの意味があるのだと思います」 「宗仁様、私はたとえどのような使命でも決して逃げ出したりはしません」 「もし思い出した時は、包み隠さず私にお伝えください」 「ああ、約束しよう」 古杜音の覚悟は本物だろう。 ならば俺も腹を決めていかなければならない。 「……」 そんな俺と古杜音の話を、朱璃は物憂げな顔で聞いている。 「どうかしたか」 「別にどうも」 身を翻し、背を向けた。 「宗仁、話があるから後で私の部屋に来なさい」 言われた通り朱璃の部屋にやってきた。 部屋の中央に座り、主の言葉を待つ。 しかし、朱璃は黙ったまま視線を彷徨わせている。 「どうした?」 「俺にして欲しいことでもあるのか?」 「ある」 朱璃が睨んでくる。 「何をすればいい?」 「私を泣かせて」 「……は?」 頭の中が疑問符で埋まった。 「古杜音に聞いたんだけど、前に宗仁が武人町で気を失ったのは、桃の花びらに触れたのが原因かもしれないって」 「あれは一生の不覚だった」 「落ち込まなくていいから」 「でね、だったら、もう一度桃の花に触れたら何かあるかもって」 あの時、俺が桃の花弁に触れて見たもの。 今ならわかる。 あれは緋彌之命だ。 桃の花弁に誘発されて、ミツルギの記憶が断片的に掘り起こされたのだ。 「試す価値はあるかもしれない」 「というわけで、私を泣かせて」 「いや、しかし」 「試せることは何でもしましょう」 「あなたが力を取り戻さない限り、私達は天京に戻れないのよ」 「やむを得ないな」 「だが、どうすればいい?」 「目の前で玉葱を切ってみるとか」 「玉葱を持ってきた」 「う、うん。 ひと思いにやって」 「ああ」 目の前で玉葱を刻んでいく。 「うっ……」 「どうだ?」 「痛い、目が痛い」 「泣けそうか」 「頑張ってるけど……無理かも」 「目に玉葱をこすりつけてみるか?」 「それは駄目! 想像するだけで痛いから! さすがに勘弁して!」 「今度は髪の毛を抜いてみようと思う」 「いいけど」 朱璃の髪に手を伸ばし、髪の毛をつまむ。 「最初は一本にしてよ」 「努力する」 「いった、いま三本くらい抜いたでしょ!」 「涙は?」 「出ない」 「では、もみあげの辺りの毛を」 「うう、想像するだけで痛そう……」 「いっっ……たいじゃないっ!」 「宗仁、あなた私に何か恨みでもあるの!?」 「すまない」 「だが泣かせろと言われたからやっている。 やめろと言うならやめるが」 「はあ、違う意味で涙が出そう」 どんな意味だ。 「こよりを作ってきた」 ねじり上げたちり紙を朱璃に渡す。 「どうするの?」 「鼻に差し込んでくすぐる。 くしゃみをすれば一緒に涙も出るはずだ」 「……自分でやれと?」 「俺がこよりを差し込んでいいのか?」 朱璃は後ろを向いた。 「見ないでよ」 「好きなだけやってくれ」 視線を逸らす。 「は……あふ、んんんっ……ひぁっ、はっ、は……くちゅんっ!」 しばらくして、かわいらしいくしゃみが聞こえてきた。 「出ません」 「以前、泣き虫だと言っていなかったか?」 朱璃がちり紙を丸めて捨てる。 「多分、生理的な刺激じゃ無理なんだと思う」 「精神的に泣かせるということか」 一気に難易度が上がった。 「宗仁、酷いことを言ってみて」 「言ってもいいが、後で恨まないでくれよ」 「わかってる」 本当だろうか。 「じゃあ始める」 「どうぞ」 「朱璃、君は馬鹿だ」 「ぬ……」 「不細工で間抜け、器量が悪い」 「ぬぬっ……」 「すぐ意固地になって人の話を聞かなくなるし、子供っぽくて幼稚だ」 「くぬぬぬ!」 「どうだ」 「腹が立った」 「泣けるわけないじゃない!」 ご立腹だった。 「これ以上どうしろと言うんだ」 「もっとこう、人の心を痛めつけるようなことを言ってよ」 難しいことを言う。 「朱璃、俺は君のことが嫌いだ」 「無理なことばかり言って、俺を振り回すな」 「う……」 朱璃が言葉に詰まる。 「今のは効いたか?」 「こ、これはナシ。 今のはだめ」 気むずかしいことこの上ない。 一通り試してみたが、全て徒労に終わった。 「宗仁、次は?」 「もうやめにしないか」 「力を取り戻せるかもしれないのに?」 「だが、君の涙はもっとこう……」 「何と言えばいいか、つまり、もっと神聖なもので」 「ただの涙じゃない」 「もう泣かないと約束した。 だから大切なんだ」 今思えば、朱璃も緋彌之命も、同じように涙を流さないと誓っていたのだ。 二千年の時を越えて、同じ容姿をした少女二人が、主君の責務を全うするために涙を捨てる。 こんな符合にも、二人の関係の深さを感じさせられる。 「それは、誰との約束?」 「私との約束? それとも皇祖様との約束?」 「今は緋彌之命の話はしていない」 「俺が忠誠を誓っているのは君だ、どうして信じてくれない」 「信じてます」 「ただ……」 朱璃はそれ以上言わない。 「仮に俺の中身がミツルギだったとしても、俺は俺だ」 「つまりだな、俺は豆腐が好きなんだ」 「はい?」 「仮にミツルギが豆腐嫌いだったとしても、豆腐を嫌いになろうとは思わない」 「あ、ああ、そういうこと」 「だから、この手の議論はもうやめてくれると嬉しい」 「皇国再興のために為すべきことをすると言ったのは君だ」 「じゃあ、涙を流させて」 やり返された。 「私を言いくるめようなんて百年早いから」 「う、うむ……そのようだ」 「じゃあ、最後に一つだけ聞かせて」 「ミツルギと皇祖様はどういう関係だったの?」 「前にも答えたはずだ」 「主とその刃、本当にそれだけ?」 「ミツルギは皇祖様のことを愛していたんじゃない?」 愛していた。 だが、なぜか正直に答えるには抵抗がある。 自分でも理由がわからない。 「ミツルギはただの道具だ。 恋愛感情を抱くなどあり得ない」 「なら、どうして自分の手で皇祖様を斬る決断をしたの?」 「好きでもなきゃ、そんな決心できないと思う」 「結論ありきで言っているように聞こえるが」 「まあ、どうしてもそう思いたいのなら、それで構わない」 「やっぱり好きだったんじゃない」 「主君の道具っていうのは、やせ我慢なわけね」 「ミツルギはミツルギだ。 俺は違う」 「明義館では、«心刀合一»を剣の極意としている」 「一切の感情を廃し、自らが一振りの刀……すなわち道具となった時にこそ技が極まる」 「俺は、他でもない君のため、主のために道具になりたい」 「なれていないとするなら、未熟だということだ」 自分でも不思議な程に熱弁を振っていた。 まるで、朱璃への感情を覆い隠そうとしているようだ。 「わかりました」 「あなたがどれだけ道具に近づいているか試してあげる」 朱璃が俺の肩に手を置いた。 そのまま、顔が近づいてくる。 「な、何を」 「動かないで」 吐息がかかる。 「道具なら、このくらいなんともないでしょ?」 「朱璃……」 「自分を道具扱いしないでって言ったじゃない」 「どうして主命に刃向かうの?」 「!?」 唇が重なった。 「ん……ちゅっ……」 唇に広がる、柔らかな感触。 朱璃の髪から、淡く蕩けるような香りが漂ってくる。 気付けば、朱璃のしっとりとした唇の膨らみが、俺の唇に重なっていた。 「どう? これでも何も感じないの!?」 身体を離した朱璃が、睨むように瞳の奥を覗き込んでくる。 「ただの道具なら、ただ唇を触れ合わせただけとしか思わないでしょうね」 「でも、もし何かを感じたなら、宗仁は道具なんかじゃない」 何も言えず、朱璃を見つめる。 「な、何よ」 「あーっ、もういい、後は勝手にして!」 耳まで朱に染め、朱璃は部屋を出て行ってしまった。 しばらく朱璃が出ていった障子を見つめる。 「馬鹿なことを……」 自分の唇を撫でる。 ただの道具なら何も感じないはず──しかし、俺の胸は高鳴り、心が激しく揺れ動いている。 主の刃として、一人の武人として。 見ないようにしてきた、考えないようにしてきたことを目の前に晒されてしまった。 「……何てことをしてくれるんだ」 大きな拍動が胸を叩いている。 それはひどく懐かしい、切ない痛みだった。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 ここはどこだろう?視界は薄闇に覆われており、定かではない。 湯屋での治療を終わらせた後、どうしたっけ?そうそう、五十鈴にお小言を言われたのでした。 もっと斎巫女としての自覚を持てとか何とか。 それから……私は眠ったはずで……。 「ん……これは?」 古杜音不意に視界が開けた。 山道に、見覚えのある男性が立っている。 宗仁様でしょうか?……違う。 顔は瓜二つだけど、雰囲気がまったくの別人だ。 もしかして……。 「なあ、ミツルギ」 薄汚れた盗賊ミツルギ様の足元で、血まみれの男性が口を開く。 全身を斬られているにもかかわらず、声は元気そのものだ。 「お前に殺されるのは、これで何度目だったかなあ」 「六度目だ」 ミツルギ「なーるほど。 お前は〈予〉《おれ》と違って物覚えがいい」 六度殺されるというのは、どういうことだろう?「ま、今回はなかなか楽しかった」 男が充血した目で周囲を見やる。 傍には、老若男女、様々な人間の屍があった。 「〈御幸中〉《ぎょこうちゅう》の斎巫女をたまたま見かけてね、これは殺さねばいけないと思ったよ」 「据え膳食わねばって奴だったか?」 「ん? 使い方は合ってるか?」 「なぜ共の者まで殺した」 「付け合わせさ」 「主役だけぽんと置いたんじゃ、美しい作品とは言えない」 「料理だって絵画だって、主役と脇役ってのがあるんだ。 そうだろ?」 死体は一人の例外もなく、脚の健を切断されている。 地面には人が這いずり回ったことを示す血痕が、子供が書き殴った絵のように残っていた。 犠牲者は、皆必死に逃げようとしたのだろう。 それを、この男は嘲るように殺していったのだ。 「う、ぐ……」 むごたらしい光景に、気分が悪くなる。 「ただ、今回は数が少なかったのが良くなかったなあ」 「これじゃあ、満足できん」 喉の奥で笑いながら血を吐く男。 ミツルギ様は眉一つ動かさない。 「なあミツルギ、次は……」 「もう黙れ」 無表情のままでミツルギ様は刀を振り上げた。 「い、今のは、何?」 心臓が早鐘を打っている。 これは夢であるはず。 なのに感覚は真に迫っている。 まるで映画の登場人物になったかのような気分。 「ミツルギ、様……」 瀕死の女次に見えたのは、今まさに死に行こうとしている女性だった。 手足はあらぬ方向に曲がっている。 戯れに傷つけられたことは明白だ。 「すまない。 もっと早く助けられれば」 「ふふ、お気になさらないで下さいませ」 「ここで死ぬのも、私の運命にございましょう……」 ミツルギ様が頬に触れると、女性は救われたような笑みを浮かべた。 「お前がもたもたしているせいだぜ、ミツルギ」 商人風の男「もっと早く来れば、この女も死なずに済んだし、村も消えずに済んだ」 「言ったじゃないか、〈一刻〉《いっとき》ごとに百人殺すと」 「黙れ」 ミツルギ様が、地面に倒れている男を見た。 商人風の身なりのいい男だが、恐ろしいことに、身体は上下に分かれている。 にもかかわらず、男は快活に喋っている。 定命の存在ではない。 「〈己〉《おれ》が憎いのなら、〈己〉《おれ》だけを殺せばいい。 なぜ周囲の人間を巻き込む」 「その方が楽しいじゃないか」 「女も村も、お前が近づいたからこうなった」 「悪い奴だなあ、ミツルギ。 本当に悪い奴だ」 「はは、ははははははっ!!」 「貴様……」 「ミツルギ様、その男の言葉に、耳を貸してはなりません」 「私は……ミツルギ様に出会え、幸せでございました……」 「そろそろ、苦しゅうございます……最後は……どうか、ミツルギ様の〈御手〉《おて》で……」 「……」 ミツルギ様が、無言のまま立ち上がる。 白刃が煌めき、女性の首が飛んだ。 「いやいや、相変わらず見事な太刀筋」 「さすがは救国の英雄!」 次の瞬間、男の身体が四散した。 何となくわかってきた。 これは、ミツルギ様の……宗仁様の夢なのだ。 以前、宗仁様が私の夢に入ってきたことがあった。 きっと、その逆の現象が起きているのだ。 その証拠に、心を研ぎ澄ますと、宗仁様の気持ちまで伝わってくる。 傷だらけになり、限界まで張り詰めた宗仁様のお心が。 宗仁様の胸の内をもっと知りたいです。 自分の心を、宗仁様の姿に重ね合わせていく。 春の空を見上げていた。 もう何度、あの男を殺しただろう。 奴は現れる度に姿を変え、人々の中に違和感なく溶け込み、多くの人を殺める。 手段は回を重ねるごとに狡猾さを増していた。 初めの頃は自らの手で人を殺めていたが、やがては人を巧に操り、虐殺や内乱を扇動するようになった。 内乱となれば、被害者の数も当然跳ね上がる。 万単位の人間が死んでいく中でも、奴本人は尻尾を出さない。 どこか安全な場所から、酸鼻を極める戦場を見下ろし、血に酔っていた。 喩えるならば、あの男は災害のようなものだ。 定期的に現れ、皇帝や国民が苦労の末に作り上げたものを滅茶苦茶に破壊する。 いつしか〈己〉《おれ》は、奴を«〈禍魄〉《かはく》»と呼ぶようになった。 皇国に仇為す、〈禍〉《まが》つ〈魂魄〉《たましい》だ。 禍魄の陰謀を未然に防ぐべく、〈己〉《おれ》もまた市井に溶け込んで生活するようになった。 被害が出るより早く奴を見つけ出し、討ち取る。 禍魄が消えない以上、それが最善の策だった。 「ぐっ……ごふっ……」 禍魄「はあ、はあ……はあ……」 「ふっ……ははは……今回は、一本取られた。 まさか百も殺せないとはな」 「やるじゃないか、ミツルギ」 首だけになった禍魄が、愉快そうに言う。 「禍魄、お前は何者なんだ」 「お前が禍魄と呼ぶなら、禍魄さ」 「立派な名を付けてくれてありがとうよ」 「何故殺す! 何故殺さずにはいられない! 何故黙って消えてくれない!」 「ははっ、はははははははっ!」 「〈予〉《おれ》はな、皇国を無茶苦茶にしたいんだ。 ただただ無茶苦茶にしたい」 「理由なんてないんだよ」 「最近思ったんだが、〈予〉《おれ》はどうも芸術家気質らしいんだ」 「ただ無茶苦茶にするだけじゃ満足がいかないのさ」 「より派手に、より美しく、より凄惨に……ついでに、〈予〉《おれ》の大切な親友である、ミツルギがより苦しむようにってね」 呪いの言葉は出し尽くした。 どんな言葉も、禍魄への恨みを表現し得ない。 「次は、もっともっと美しい作品をご覧に入れようじゃないか」 「是非ご期待……」 「黙れっ!」 何度斬っても、禍魄はいずれ現れる。 皇帝の代が変わり、人の世が移り変わっても、俺たちは戦い続けた。 ずっと……ずっと……。 それはまるで、定命を持たない〈己〉《おれ》への罰のようでもある。 「ミツルギさま、おててをつないで下さいませ」 幼い巫女市井で生きれば、人との交わりは避けようもない。 そして、〈己〉《おれ》のような道具であっても、人として生きれば大切なものができる。 人の世の移り変わりは早い。 定命を持たぬ〈己〉《おれ》の前を、大切なものはいつも足早に通り過ぎていく。 特に«ミツルギの花嫁»として〈己〉《おれ》に呪力を注ぐ斎巫女の人生はあっという間だった。 「ミツルギ様、今日はご報告がございます」 斎巫女「この度、私が斎巫女に選ばれました」 「僭越ながら、お傍に仕えさせていただきます」 つい先日まで幼子だと思っていた少女が、いつの間にか斎巫女に就任する。 「幼い頃より、ミツルギ様にお仕えするのが夢でございました」 「これからもよろしくお願いいたします」 「こちらこそ頼む」 斎巫女の使命は、〈己〉《おれ》の身体の維持だ。 禍魄との戦いや内戦で力を消耗すれば、回復のために斎巫女が大きな呪術を使用する。 何度も、何度も。 緋彌之命がそうであったように、呪術の使用は巫女の身体を蝕む。 「今まで、大切にして下さり……ありがとうございました」 「私は……少しでもお役に立てましたでしょうか……」 「今まで、無理をさせたな」 「よろしいのでございます、ミツルギ様」 「これが、私たち……斎巫女の使命でございますから」 「そなたの献身に、心より感謝する」 「ミツルギ様……皇国の未来を、よろしくお願いいたします」 「お傍にお仕えできまして、本当に幸せでございました」 〈己〉《おれ》に全てを与え、斎巫女がまた一人短い生涯を終える。 緋彌之命が消えてから長い歳月が流れた。 今や、ミツルギという名を知っているものは、皇帝と斎巫女くらいになった。 〈己〉《おれ》にとって斎巫女は、数少ない心の許せる存在であり、戦友でもある。 初代の斎巫女である千波矢が言っていたように、花嫁であったのかもしれない。 だが、〈己〉《おれ》はいつも花嫁の死を看取らねばならなかった。 ある時は〈己〉《おれ》に全てを与え、またある時は禍魄の犠牲になり、代々の斎巫女は早すぎる生を終えていった。 大切な者の死に慣れることはない。 徐々に人間らしさを獲得していく〈己〉《おれ》の胸には、時と共に消せない傷が増えていった。 大切なものを作れば、必ず失われる。 不死の〈己〉《おれ》にとって、人の世の移ろいはあまりに速すぎる。 いつも、気がつけば俺だけが生き残り、取り残された。 だが、それでも──「また会ったな、ミツルギ」 「禍魄ーーーっっ!!」 止まるわけにはいかない。 十年、百年、千年。 皇国に降りかかる厄災を斬るため、戦い続ける。 緋彌之命が帰ってくる、その日まで。 「緋彌之命……」 「あなたは今、何処にいる?」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 瞳を開けると、薄闇の中に見慣れた室内が映った。 「……夢か」 宗仁このところ、頻繁にミツルギの夢を見る。 夢の中の俺は、疑いもなく自分をミツルギだと自覚している。 やはり、俺は鴇田宗仁であり、同時にミツルギなのだろう。 それにしても嫌な夢だった。 「禍魄、皇国の敵……」 ひとたび姿を現せば悲劇を作り出さずにはいられない、魔物のような存在。 奴は今どこで何をしているのだろう。 よもや改心したということはあるまい。 「宗仁様、起きていらっしゃいますか?」 古杜音「入ってもよろしいでしょうか」 誰かが部屋に近づいてきた、と思ったら古杜音だった。 「ああ、構わないぞ」 古杜音は部屋に入ってきて、丁寧に障子を閉めた。 よく見ると、肩が震えている。 「宗仁様、宗仁様っ」 声を忍ばせながらも、古杜音は近づいてきて。 いきなり、俺の胸に飛び込んできた。 「どうした?」 「う……ぐすっ……」 古杜音は何も言わず、ただ俺の身体に頭を押しつけて震えている。 やがて、胸の辺りが熱くなってきた。 それでようやく、古杜音が泣いているのだと気付いた。 「夢を、見ました」 「ミツルギ様の夢を、見たのです」 得心がいった。 俺が古杜音の夢に迷い込んだように、古杜音もまた俺と同じ夢を見ていたのだ。 ミツルギの記憶はどれも陰惨だ。 優しい古杜音は影響を受けてしまったのだろう。 「ミツルギ様は、多くの厄災を背負いながら、それでも戦わねばならぬ宿命」 「何とつらいお役目なのでしょうか」 「これでは、あまりに不憫でございます!」 涙をぽろぽろとこぼしながら、古杜音が声を詰まらせる。 「俺の場合はそういう星巡りだったというだけだ。 気にするな」 「宗仁様は、ミツルギ様の宿命を背負って生きていくおつもりなのですか?」 「当然だ。 宿命ならば従う」 ミツルギは、緋彌之命が戻って来るその日まで皇国を守らなければならない。 幸運にも、皇国を守ることは、朱璃の臣下としての使命を全うすることにも繋がる。 俺としてはまったく困らない。 「ですが、ミツルギ様の宿命は皇国が続く限り永遠のもの」 「その苦しみはいかばかりか……推し量ることも難しいものでございます」 身体を強く押しつけてくる古杜音。 「私がミツルギ様にお仕えできるのはほんの一瞬」 「ミツルギ様の時間にしてみれば、瞬きをするほどの間だけ」 「これではミツルギ様の心をお救いすることも、癒すこともできないではありませんか」 「斎巫女とは、なんと非力で、無力なのでしょう……」 嗚咽をもらし、俺の胸を涙で濡らしていく古杜音。 「古杜音、君は優しい人間だ」 人の悲しみを我がことのように嘆き、涙を流せる人間などそう多くはいない。 慈しみを込めて、泣きはらす古杜音の頭を撫でる。 「ありがとうございます、宗仁様……」 「私、心が定まりました」 古杜音が顔を上げる。 「椎葉古杜音は、斎巫女として宗仁様にこの命を捧げます」 「物騒なことを言うな。 自分を大事にしろ」 「武人は、命を捧げる相手をご自身で選ばれるでしょう?」 「巫女も同じです」 「宗仁様は、私にとって命を捧ぐに足るお方です」 「古杜音……」 澄んだ瞳で、一心に俺を見つめてくる。 「明日、大きな儀式を執り行います」 「私の全てを捧げ、宗仁様を元に戻して見せましょう」 「本当に、それでいいのか」 「もし私の命が尽きても後悔などございません」 「宗仁様に看取っていただけるのでしたら、私はそれだけで満足です」 微笑む古杜音の笑顔は、かつて見た千波矢の笑顔と同じものだった。 後ろ手に、ゆっくりと障子を閉じる。 息を殺して廊下を進む。 「はあ……」 朱璃声の届かないところまで来て、精一杯大きな溜息をついた。 宗仁の部屋と私の部屋は、襖一枚を隔てているだけ。 古杜音の泣き声が聞こえないわけがない。 いたたまれなくなって、部屋を抜け出して来たのだ。 「巫女も武人と同じ、か」 古杜音は、宗仁のために命を捧げるという。 立派なことだし、斎巫女として正しい姿なのかもしれない。 でも、認めたくなかった。 理由はわかっている。 私は古杜音に嫉妬しているのだ。 前々から察してはいたけど、古杜音は宗仁のことを好いている。 好いた男性のために命を投げ出す自由と、好きな相手に真正面からぶつかっていける自由。 その両者を私は持ち合わせていない。 私の命は、皇国のために捧げると決めているから。 「私は……」 宗仁の主であり、宗仁という刃を振るう者。 主君と臣下。 そこから先へはどうあっても行けないのだ。 自らの唇に触れる。 宗仁に口づけをした時の感触を思い出し、身体中の血が熱を帯びてくる。 「何を考えてるんだろう、私は」 でも、だって宗仁があんなことを言うから。 宗仁がただの道具なら、私は道具を相手に右往左往している道化ではないか。 古杜音は違う。 宗仁に仕えることで彼女の存在意義は満たされる。 「不公平、だなぁ」 呟く言葉が白い霧となり、暗い空へ上っていく。 駄目だ、こんなことを考えていては。 古杜音が宗仁にどんな気持ちを抱いていようと、私がやるべきことは何も変わらない。 皇国を再興する。 緋彌之命が創り上げたこの国を、皇国人の手で再び輝かせる。 それが私の使命であり、命を捧ぐべきことなのだ。 「宗仁様、朱璃様、おはようございます」 朝、朱璃と歩いていると、忙しそうな古杜音と出くわした。 「どうしたの? 何だか騒がしいみたいだけど」 「今日は宗仁様に力を取り戻していただくため、新しい儀式を執り行おうと思っています」 「その準備で大わらわなのでございます」 外を見ると、沢山の禰宜や巫女が忙しく動き回っている。 どうやら本気のようだ。 「まさか、その儀式って……」 「何でございましょうか」 「ううん、何でもない」 「準備にまだしばらくかかりますので、もう少々お待ちくださいませ」 一礼し、古杜音は走って行ってしまった。 「どうする?」 「少し外に出ましょう」 朱璃と一緒に奥宮を出る。 「宗仁、昨日のことなんだけど」 「どれのことだ」 「く、口づけをしてしまったことよ」 「ああ……」 「その、あれは事故なの」 「事故?」 「ううん、事故じゃないけど」 どっちなんだ。 「そ、宗仁に口づけしちゃったのは勢いっていうか」 「あの時はお互いに冷静じゃなかったから」 「まあ、確かに」 「俺も頑なになっていた。 すまない」 「いいの、気にしないで」 「そ、それにほら、口づけを交わすならもっと雰囲気とか、気持ちとかが大切でしょ」 「だから、とりあえずなかったことにしてほしいと思って」 「わかった。 忘れよう」 あれだけの事件を忘れるのは難しい。 しかし、主が望んでいるなら努力しよう。 「忘れるんだ」 「なかったことにするなら忘れるのが一番だ」 「はあ……そうね」 がくっと肩を落とす朱璃。 「朱璃様、宗仁様」 気落ちした様子の朱璃と歩いていると、古杜音がやってきた。 「準備ができましたので、奥宮の広間までお越しください」 「わかりました。 行きましょ」 朱璃は何かを振り切るように、すたすたと早足で行ってしまった。 「じー」 「いーえ、何でもございません」 古杜音も朱璃を追いかけるようにして先に行ってしまった。 何なんだ、あの二人。 「それでは宗仁様、こちらへお座りくださいませ」 広間には古杜音を含めた十数人の巫女が、立ち並んでいた。 人員は奥宮の外にも配置されており、今までとはまるで規模が違う儀式なのだとわかる。 「五十鈴、外の方たちに号令を」 「……本当にやるのね」 五十鈴「当然。 ここまで用意したんだから」 やる気満々の古杜音に対し、五十鈴は不安げな表情だ。 「五十鈴、今日の儀式は危険なものなの?」 「結論から申し上げれば、斎巫女の身が危険でございます」 「やっぱり」 「え? ご存じだったのですか?」 「あ、いえ、何となくそんな気がして」 朱璃が誤魔化す。 どうやら古杜音の覚悟をどこかで悟っていたようだ。 「どう危険なんだ? 詳しく教えてくれ」 「奥伊瀬野には守護の呪術が常に働いております」 「斎巫女は、この呪力を宗仁様の«治癒»に充てるおつもりです」 「今まで以上の効果はあるでしょうが、儀式を取り仕切る斎巫女には相当な負担がかかります」 「ちょっと古杜音、大丈夫なの?」 「お任せください。 必ずや宗仁様を元に戻してみせます」 古杜音が朗らかな笑顔で答える。 「……わかった」 何か言いたげな顔の朱璃だが、言葉を飲んで引き下がる。 今の俺たちには、ミツルギの能力が必要なのだ。 「では始めましょう」 広間がしんと静まりかえる。 「掛巻も畏き、«大御神»の大前に、恐み恐みも白さく……」 古杜音が祝詞をあげ始めた。 寄り添うように、広間の巫女が声を合わせる。 びりびりと震えるような、小刻みな振動が身体に伝わってくる。 朗々と響きわたる古杜音の声。 外にいる禰宜たちの祝詞も重なり、押し寄せる韻律に意識が飲み込まれそうになる。 やがて、かつてないほどの凄まじい圧迫感が目の前に迫ってきた。 「宗仁様、お受け取りくださいませ!」 光が迸る。 「これは……」 身体中に、溢れるほどの力が漲っていく。 古杜音を通し、燐光の塊が俺に流れ込んできているのが見える。 まるで光の川だ。 呪力の膨大さゆえに、目視できるほどの奔流になっているのだ。 「う、はあっ……ぐっ……はあぁっ!!」 古杜音の小さな呻きが聞こえる。 汗みずくとなり、息をするのもつらそうだった。 「限界よ、もう終わりにしましょう!」 「まだ、まだですっ!」 「遠慮はいりません、全身全霊を込めた祈りを私に送りなさい!!」 畏れすら感じるほどの気迫。 古杜音の一喝により、祝詞を紡ぐ周囲の声はさらに大きくなる。 「やめて、これ以上無理をすれば、あなたは……」 「私は……宗仁様に命を捧げると約束をしたのです」 「五十鈴、儀式を続けて。 ここで諦めたら、私はあなたを一生許しません」 有無を言わせない。 古杜音は己の宿命に真っ向から立ち向かっている。 これが、斎巫女なのだ。 さらに光の密度が上がる。 沸き上がってくる力は無尽と思えるほど。 ともすれば暴発してしまいそうだった。 拳を握り、暴れ回る力を必死に押さえ込む。 「もっと、もっとです……私に、奥伊瀬野の力を、全て……」 「危険よ」 「これ以上力を引っ張り込むと……結界が維持できなくなるっ!」 五十鈴が悲鳴を上げた、その時。 「ん、うぐっ……げほっ、ぐふっ……」 ごぼり、と。 古杜音が口から血を吐いた。 「斎巫女?」 膝をつき、古杜音がゆっくりと後ろに倒れた。 「古杜音っ!」 「儀式を中断なさいっ!!」 「斎巫女の治療を急ぎますっ!!」 傍にいた巫女を呼び、すぐさま五十鈴が治療を開始した。 古杜音の顔からは、完全に血の気が失せている。 「本当に命を捧げてどうするのよ、馬鹿っ!」 涙ぐみ、古杜音の手を握る朱璃。 古杜音の反応はない。 苦しそうに目を閉じ、時々、小さな呻きを漏らしている。 「五十鈴、古杜音の容態は?」 「悪夢を見ているのかもしれません」 「巫女は大きな呪術を行使すると、悪夢に取り込まれることがあるのです」 「場合によっては帰ってこないこともございます」 「嘘、でしょ……」 「何か対処法は?」 「鴇田様、まだ斎巫女との呪術の繋がりは残っていますか?」 「わからない。 どうすれば確認できる?」 「目を閉じて……とにかく斎巫女のことをお考え下さいませ」 躊躇してはいられない。 目を閉じ、一心に古杜音のことを思う。 いつもの朗らかな笑顔。 俺のために、自らの身体も投げ出す深く強い慈愛の心。 こんなところで古杜音を失っていいはずがない。 「(古杜音……)」 ふと、闇の中に一筋の光が見えた。 それは深淵へと続く一本の金糸のようだ。 「繋がっている」 「髪の毛一本ほどだが、確かに」 「蜘蛛の糸よりは丈夫そうでございますね。 それに賭けましょう」 「何をするの?」 「鴇田様には眠っていただきます。 あとは私が何とか致しますので」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 しんしんと、天から黒い雪が降ってくる。 ああ、また来てしまった。 宗仁様の治療を始めてから、この光景を見るのは三度目だ。 最初に見た時は、ああ、綺麗だなと思った。 でもここは、五十鈴にも散々言い聞かされていた、神職が立ち入ってはいけない世界。 ここへ来た者は、魂を凍らされて死に至る。 「前は、どうやって戻ったんだっけ?」 古杜音仰向けの状態から、わずかに顔を起こす。 瞳に映る全てが黒い雪原だった。 帰らなくちゃ。 でも、身体が言うことを聞かない。 そうしている間にも、黒い雪は身体に降り積もっていく。 「寒い……」 途轍もなく寒い。 胸の内側からわき起こってくる、得も言われぬ冷たさ。 心が凍てついていく。 気持ちを奮い立たせる力が湧いてこない。 「もう駄目、なのかな……」 先程の儀式では、宗仁様のお力を取り戻せたのでしょうか?もしそうなら、私のような未熟な斎巫女の命にも意味があったというもの。 宗仁様……。 私は最後に、«ミツルギの花嫁»になれたのでしょうか?自分の部屋に戻り、急いで横になる。 隣には気を失ったように眠る古杜音、枕元には五十鈴の姿がある。 「鴇田様、お覚悟はよろしいですか?」 五十鈴「ああ。 早く頼む」 宗仁「宗仁、古杜音をよろしくね」 朱璃五十鈴が俺の頭上に手をかざす。 静かな祝詞が部屋に流れると、急速に眠気が襲ってきた。 待っていてくれ、古杜音。 いま、そこに……「……」 ゆっくりと目を開ける。 気付けば、漆黒に覆われた大地にいた。 空からは黒い雪が降っている。 どこまでも続く黒い雪原のただ中に、俺は一人で立っていた。 「どこだ、ここは?」 ふと、夢で見た〈稲生融〉《いのうとおる》の言葉を思い出す。 死の間際、彼は『黒い雪が積もっている』といったことを言っていた。 真っ黒な雪など、現実にはあり得ない。 恐らく、融もこの景色を見ていたのだ。 四方を眺める。 一面の黒い雪原。 雪を踏みしめる音すらも、消えてしまうほどの静寂。 どこまでも寂しく、どこまでも美しい光景だ。 「ん……?」 よく見れば、雪原のところどころに膨らみがある。 何かが埋まっているのだ。 雪を払うと、真っ白な人の肌が現れた。 巫女だ。 誰とも知らぬ巫女が、眠るように死んでいる。 膨らみは雪原一面に広がっている。 これら全てが、巫女の死体だというのか──血の気が引いていく。 早く見つけなければ。 「古杜音! 古杜音っ!」 手当たり次第に雪を払っていく。 「返事をしてくれ、古杜音!!」 雪を払う度に新たな巫女が現れる。 中には、年端もいかない女の子が埋まっていることもあった。 「古杜音、どこにいるんだっ!」 視線を上げ、呆然とする。 どこまで行っても膨らみは続いている。 その数は千や二千では足りない。 ここは巫女たちの魂が眠る墓地なのだ。 落ち着こう、闇雲に探していたのでは埒が明かない。 ……。 俺は、古杜音との間に結ばれた呪力の糸を辿ってここに来た。 まだ糸は繋がっているかもしれない。 目を瞑り、古杜音を想う。 邪念を取り払い、彼女との繋がりに全力で耳を傾ける。 「そこか」 闇の中に、燐光を放つ金糸が見えた。 これを辿れば古杜音を見つけられるはずだ。 糸を辿り、一つの膨らみに辿り着いた。 まだ、雪に埋もれきっておらず、見慣れた顔が確認できる。 「古杜音」 「う、んん……」 小さく吐息が漏れる。 抱き起こし、胸のうちに収めた。 「古杜音、起きろ!」 身体は冷たく、反応がない。 「そうじん、様……?」 古杜音がうっすらと目を開けた。 「ああ、そうだ。 鴇田宗仁だ。 迎えに来たぞ」 「宗仁様……どうして、ここに……」 「呪力の糸を辿ってきた」 「ああ……なんということを……」 「話は後だ。 ここから出よう」 「私には、戻るだけの力が残されておりません」 「意識を保つことも限界に……」 古杜音の身体から力が抜けていく。 「私が死ねば……呪力で繋がっている宗仁様も巻き添えになってしまいます」 「繋がりを断ちますので……どうか、どうか、元の世界にお戻り下さい」 古杜音が柔らかい笑みを浮かべた。 死の瞬間まで決然と前を向く武人と違い、古杜音は死の瞬間まで微笑みを絶やさない。 それが巫女……いや、古杜音という人間だ。 「古杜音は、寒がりだと言っていたじゃないか」 「こんなところに置いておけない」 「でも」 「古杜音は俺のために自分を捧げてくれた」 「立派な『花嫁』だ」 「俺を、花嫁を捨てて帰った臆病者にしないでくれ」 「宗仁様……私を花嫁と」 古杜音の瞳に、雫が浮かび上がる。 「ですが、私は力を使い尽くしました」 「もう宗仁様をお助けすることは……」 抜いた短刀で腕を裂く。 「宗仁様!?」 「ならば、力を返そう」 零れる血を、動けない古杜音の口に含ませる。 こんなことで呪力を返せるかはわからない。 だが、無骨な武人に思い着くことなどこの程度だ。 「う……く……」 古杜音が吐息を漏らす。 降り募る雪が、古杜音に触れる前に消えた。 体温が戻ってきている──「もったいのうございます」 「何を言う」 「もらいすぎた分を返したまでだ」 「宗仁様」 古杜音が自分から俺の手を握った。 手のひらには確かな体温がある。 「不思議でございます」 「先程までは、身体の奥底まで凍ってしまうかのようでしたのに、今は……」 「今は、胸の中にお日様があるかのようでございます」 古杜音が微笑む。 俺には、彼女の微笑みこそが太陽のように見えた。 「戻れるな」 「もちろんでございます、宗仁様」 手をしっかりと握りしめた。 五十鈴が部屋から出てきた。 意識を取り戻した古杜音の治療をしていたのだ。 「古杜音はどう?」 「ご安心ください、疲労で眠っているだけでございます」 「二、三日すれば立ち上がれるようになるでしょう」 「これも、鴇田様が連れて帰って下さったお陰です」 五十鈴が俺に頭を下げる。 「宗仁、寝ている間に何があったの?」 「後学のためにも、ぜひお聞かせ下さい」 二人に、黒い雪が降っていた世界の話をする。 「黒い雪なんて、お伽噺みたいだけど」 「いえ、決してお伽噺ではありません」 五十鈴が表情を曇らせる。 「黒い雪の降る世界は、巫女とは切っても切り離せないものです」 「私達は、あそこを«根の国»と呼んでいます」 場所を広間に移し、少し詳しく五十鈴に話を聞くことにした。 「今からお二人にお話しすることは、巫女の中でも高位の者しか知らないことです」 「どうかご内密にお願いします」 頷く俺と朱璃。 「そもそも呪術とは、«大御神»のお力を借りて起こす、一つの奇跡にございます」 「見方を変えれば、«大御神»のお力で世界の因果をねじ曲げているとも言えます」 「大変便利なものですが、望むように因果を書き換えて、それで仕舞いとはなりません」 「因果をねじ曲げれば必ず«因果のひずみ»が生じ、世界のどこかに悪影響を及ぼします」 「簡単に申し上げれば、誰かが得をすれば誰かが損をするということです」 「広い目で見れば、帳尻が合うってことか」 「巫女の世界では、この現象を«因果の〈相殺律〉《そうさいりつ》»と呼んでいます」 「また、«因果のひずみ»によって世界にもたらされる悪影響を«〈応報〉《おうほう》»といいます」 五十鈴が神妙な顔で告げる。 「では、古杜音が呪術で俺を癒せば、どこかの誰かが«応報»で怪我をすることになると?」 だとすれば申し訳ない話だ。 「ご安心下さい」 「呪術には«応報»が発生しない仕組みがあるのです」 「古代の巫女達は、呪術を行使する際には必ず«〈型代〉《かたしろ》»を用意し、«応報»を肩代わりさせたと伝え聞いております」 「呪術を使う前に、あらかじめ«応報»の受け皿を用意しておいたということですね」 「しかし、呪術を使う度に«型代»を用意するのは甚だ面倒」 「加えて、強大な呪術にはそれだけ大きな«型代»が必要になりますので……」 「例えば湖が干上がるですとか、山一つが禿山になってしまうといった事態にもなるわけです」 「そこで皇祖様は、呪術の新しい仕組みを作り出されました」 「«因果のひずみ»を別の世界へ送り込み、«応報»が発生しないようにしたのです」 「この別の世界こそが«根の国»」 「そして黒い雪が«因果のひずみ»なのです」 別の世界を丸ごと«型代»にしたのか……。 «根の国»の景色が思い出される。 地の果てまで続く黒い雪原。 あらゆる音を吸い込む、無限の静寂。 悲しくも美しい世界だった。 降り積もる«因果のひずみ»が、元あったものを消し尽くしてしまったのだろうか。 「«根の国»には、元は誰かが住んでいたのか?」 「残念ながら、伝わっておりません」 「ただ、«根の国»は、«大御神»とは別の神が住まわれていた世界だったと言われています」 「何だか可哀相な話ね」 眉をひそめる朱璃。 「その代わり、巫女は«応報»を気にすることなく大規模な呪術を使えるようになりました」 「«呪壁»や奥伊瀬野の呪装兵器など、巨大な呪装具を作れるようになったのも、皇祖様のお陰なのでございます」 「緋彌之命は呪術の世界でも、大きな仕事をしていたのだな」 「明確に時代が変わったと言って良いと思います」 「私達の世界では、«型代»を使用する呪術を«古代呪術»と呼んで区別しております」 「«古代呪術»以前に«原初呪術»という形態もあるのですが……余談でございますね」 ともかくも、緋彌之命は時代を変えたということだ。 政治にしろ呪術にしろ、彼女が作ったものが現在の皇国を支えている。 緋彌之命こそ、皇国の母と呼ぶにふさわしい存在だろう。 「話が戻るけど、古杜音はどうして«根の国»に倒れていたの?」 「私達は、自分の身体を通して«因果のひずみ»を«根の国»へ送ります」 「その際に、少なからず心が冒され、やがては魂が«根の国»に引きずり込まれてしまうのです」 「巫女の間では、黒い雪を見たらもう先は長くない、という言い伝えがあります」 「そんな……」 朱璃と二人、息を飲む。 では、古杜音は……。 「今回は鴇田様のお陰で戻ってくることができましたが、次はわかりません」 「どうしたらいい?」 「呪術を使用しないのが一番でございます」 「ですが、それは巫女の存在意義を否定することに他なりません」 「鴇田様が最後まで戦われるように、斎巫女も最後まで呪術を使うのではないでしょうか」 「気持ちはわかるけど、でも」 「私個人の我が儘を申せば、斎巫女……古杜音には生きていてもらいたいと思っております」 「私も同じよ」 「朱璃様、鴇田様」 五十鈴が姿勢を改める。 「斎巫女の務めが大切なものであることは私も重々承知しております」 「ですが、もし彼女を気遣っていただけるのでしたら、極力呪術を使わずに済むよう、〈篤志〉《とくし》を賜りとうございます」 震える声で告げ、五十鈴は深く平伏した。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 監房の扉の下についた穴から、四角い盆に乗った食事が乱暴に押し込まれた。 「(またこれか)」 滸今日も野菜屑の入った薄いお粥が一杯だけ。 味は評価するまでもない。 木製の匙で粥をかき込み、黙々と平らげる。 手錠をされたままで食事をするのにも、いい加減慣れてしまった。 窓がないので正確な日数はわからないが、食事の回数から見て今は十二月だろう。 奉刀会の決起から、もう四ヶ月近く経ったことになる。 「(宗仁は生きているのだろうか)」 宗仁たちと別れた後──父上との戦いは数合で終わった。 私の完敗だ。 出血で気を失い、気がついた時にはこの檻房に押し込められていた。 「(多少は腕を上げたつもりでいたが、まだまだ精進が足りないな)」 食べ終わった器を盆に戻し、扉の下の穴から放り出す。 「あら、もう食べ終わったの?」 雪花重い鉄扉を開き、声の主が入ってきた。 共和国の軍服を着ているが、容貌は皇国人に見える。 「初めてお目にかかるわね」 「皇国人か?」 「ええ。 私は八岐雪花」 笑みを浮かべ、上から下まで舐めるように視線を這わせる雪花。 「なぜ皇国人が共和国に肩入れする」 「どうでもいいことよ」 「それよりここの食事はいかが? 皇国料理にするよう指示したのだけど」 「評価に値しない」 「ふふふ、長いこと独房にいる割には元気ね」 女が愉快そうに笑う。 「まだ死ぬわけにはいかないのだ」 「鴇田宗仁に会いたいから?」 宗仁の名を聞き、胸がどきりと反応した。 「あらあら、まだ鴇田に執着しているのね」 「宮国に襲いかかったくらいじゃ気が晴れなかった?」 この女の声、聞いたことがある。 そうだ……私を操った呪装刀から聞こえてきた声だ。 「お前、あの呪装刀の持ち主か」 「ご名答よ、純情な稲生さん」 「あの時は少しひやひやしたわ」 「だってあなた、鴇田を殺してしまいそうなんですもの」 「殺させたかったのではないのか?」 「ま、もう、終わったことね」 こちらの質問は無視された。 「お前は呪術を扱えるのだな」 「そこらに転がっている巫女よりは腕に覚えがあるわ」 「私も元は皇国に仕える巫女だったしね」 「なぜ皇国を裏切った?」 「私の技術を評価してくれるお方が共和国にいるの」 「ウォーレン総督も、私のことは高く買ってくれているわよ」 「この国の脅威は呪術とそれを元に作り出した呪装刀、それを扱う武人」 「これを無効化する、あるいは有効な対抗策を考案するには、呪術に長けた人間が必要だったの」 優越感に満ちた瞳で私を睥睨する。 「では、帝宮で私達を動けなくした呪装兵器を作ったのは……」 「その通り」 「貴様が仲間をっ!」 手錠のかかった手で殴りかかる。 「ぐっ!?」 透明な壁にぶつかったかのように、はじき飛ばされた。 「呪術か」 「そこらの巫女より腕に覚えがあると言ったでしょう?」 「皇国を売るとは何たる不忠」 「不忠? 私はね、そもそも皇国に忠義を誓ったことなんてないの」 「ウォーレン総督も、さっさと皇国を焼け野原にしてくれればいいんだけど」 「お前……」 怒りで言葉が出なくなる。 国に仕えるべき巫女が、よくも言えたものだ。 「総督は、何て言うの? エコとかいうのに凝ってるらしいのよ」 「殺すよりは、奴隷として使いたいんですって」 「皇国民は奴隷になどならない」 「そう?」 「でも、あなたのお父様は奴隷じゃない」 「私の命令は、犬より忠実に守るわよ?」 「なるほど、父上はお前が……」 この女が、呪術で父上を父上でなくしたのだ。 もう一度、手錠が着いたままの両拳を振り上げる。 見えない壁に阻まれた。 「巫山戯るなっ!」 「貴様っ!」 「父上をっ!」 「父上をっ!!!」 力の限り透明な壁を殴りつける。 手錠が皮膚を裂き、血がはね飛ぶ。 「う る さ い」 「うああああっっ!!!!」 瞬間、身体を衝撃が走り抜けた。 視界が明滅し、平衡感覚が失われる。 「う……く……」 壁に上体を預け、何とか転倒を防ぐ。 自分の身体から、肉の焦げる匂いが立ち上っているのがわかる。 「父上に……なにを、した」 「ちょっとしたお勉強よ」 「言うこと聞かないと、痛い痛いしますよってやつね」 「これからあなたにも受講してもらうわ、お楽しみに」 「……下郎が」 「あ、そうそう。 折角だから先輩にご挨拶させてあげるわ」 下品な笑みを浮かべながら、女が扉の外を向く。 「刻庵ちゃん、いらっしゃい」 来るな。 来ないでほしい。 誰かの言いなりになっている父上など、私は見たくない。 だが──「ち、父上」 父上には表情というものがなかった。 無論、私を私と認識している素振りもない。 ただ、人形のように正面を見つめているだけだ。 共和国に捕らえられた時、父は死を覚悟していたはず。 だが、これは死よりもなお酷い。 武人として最期を迎えることも許されず、人形のように扱われるなど侮辱の極みだ。 「八岐雪花、お前だけは許さない」 「あら怖い」 「でも心配しないで、あなたもすぐにお父様の隣に並べてあげる」 「そしたらどうしましょうか? 親子並んで鴇田に斬りかかってみる?」 「ふふふ、あははははははっ」 女が芝居がかった哄笑を上げる。 聞けば聞くほど、頭が冷めていく。 「優越感に浸って多弁になるとは見苦しい」 「内側に弱いものを抱えているな」 女の視線が途端に鋭くなった。 「素敵よ、稲生」 女との間を隔てていた、透明な壁が光となって消えた。 「くっ!?」 突然、両手を引っ張り上げられる。 呪術で空中に持ち上げられているのだ。 必死に藻掻くが、あえなく爪先が床から離れる。 「さて、お勉強を始めましょうか」 女の手には警棒がある。 「私は奉刀会会長だ」 「そんな棒きれ一本で足りるか?」 「試せばわかるでしょ!」 腹部に重い痛みが走る。 警棒は止まらない。 狂った犬のように、女は右手を振り続ける。 「ぐ……」 自分の血が床に染みを作る。 この程度の痛み、稽古ではままあること。 どうということはない。 だが、何よりも苦しいのは、私を見つめる父上の無関心な目だ。 警棒が額に振り下ろされた。 飛び散った鮮血が、父上の顔を染める。 「ちち、うえ……」 それでも、父上は動かない。 「(もはや、何も届かないのですね)」 「娘の血なんて、若返りには最高じゃない」 女が、父上の顔に着いた血を指先で擦る。 「なら、遠慮せずにあなたにも顔に塗ればいい」 「皺だらけの顔も多少はマシになるのではないか?」 「よく言ったわね」 「悪いけど、私は執念深い方よ」 女が警棒を構え直す。 「……」 だが、唐突に動きを止めた。 嗜虐の愉悦に濡れていた瞳が冷静さを取り戻す。 「そこにいたのね……斎巫女」 斎巫女? 古杜音?女が、窓もない汚れた石壁を見つめる。 まるで壁の向こうにある景色を見通しているかのようだ。 「そんなに大きな呪術を使ったら、丸見えじゃない」 「ふふ……馬鹿な子」 女が警棒を捨てる。 「授業は延期よ」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「ご心配をおかけしました」 古杜音二日後、古杜音は早くも床を払い、俺たちの前に立った。 「体調はどうだ?」 宗仁「はい、もう完全回復でございます!」 力こぶを作って見せる古杜音。 「宗仁様には感謝してもしきれません」 「もし助けに来て下さらなかったら、私は戻って来られなかったと思います」 深々と頭を下げる古杜音。 「聞いていなかったけど、宗仁は古杜音に何をしたの?」 朱璃「何と言われても、多少励ましただけだ」 「またまた、宗仁様ったら」 「私、一言一句覚えておりますよ」 「私を胸に抱いて、『こんなところに古杜音を置いておけない』なんて言って下さったではありませんか」 「どうだったか」 「更には『俺を、花嫁を捨てて帰った臆病者にしないでくれ』なんて」 「ははは、まさか」 「宗仁様、二人で登って参りましょう、あの夫婦坂を」 古杜音が天井を指差す。 「ふーん」 「古杜音とよろしくやってたみたいじゃない」 対して朱璃は冷たい視線を送ってきた。 「まあいいじゃないか。 古杜音が戻ってきたんだ」 「はい、そういうことでございます」 「……とと」 よろめいて欄干に手をつく古杜音。 「ちょっと、大丈夫?」 「は、はい、平気でございます」 古杜音のことだ、やせ我慢をしているに決まっている。 「私のことはさておいてですね」 「宗仁様のお加減はいかがですか?」 「前回の儀式で、多少はお力が戻りましたでしょうか?」 朱璃と顔を見合わせる。 ここは素直に話すべきだ。 「お陰様で並の武人には戻れたと思う」 「残念ながら、ミツルギには遠く及ばないが」 「そうでございますか」 落ち込むかと思いきや、あまり堪えていない様子の古杜音。 「では、もう一度儀式をやってみましょう」 「そうすれば……」 「駄目よ。 もう古杜音に呪術は使わせない」 「な、なぜでございますか!?」 言い切る朱璃に、古杜音が驚く。 「あなた、自分がどうなったか忘れたの?」 「もう少しで死ぬところだったのよ」 「その覚悟で儀式へ臨んだのです」 「斎巫女は«ミツルギの花嫁»でございます」 「ミツルギ様……宗仁様にお仕えすることが使命です」 「あなたが死んでしまったら元も子もないでしょう!」 「私がいなくなっても次の斎巫女がいます」 「古杜音!」 朱璃の非難に、古杜音の目つきが鋭くなる。 「朱璃様は羨ましいのでございますね」 「ど、どういうこと」 「私が花嫁として務めを果たすことに、何かご不満があるのですね」 「こ、こんな時に何を言ってるのよ!?」 「朱璃様は宗仁様を独り占めにしたいのです、ぷんっ」 「あ な た ね」 「宗仁の前で変なこと言わないで!」 二人が睨み合う。 「宗仁、あなたも何か言いなさいよ」 「では一つ言わせてもらおう」 ずっと我慢していたのだ。 はっきり言わせてもらおう。 「喧嘩はよそでやってほしい」 「皆が注目している」 「え?」 「へ?」 朱璃・古杜音同じ動きで周囲を見回す二人。 奥伊瀬野の禰宜や巫女が、目を丸くして二人を見ている。 「あー……古杜音、ちょっと休戦」 「そ、そういたしましょう」 恥ずかしそうに二人が俯いた。 「なるほど、大変でございましたね」 五十鈴先ほどの顛末を五十鈴に話すと、くすくすと面白そうに笑った。 「笑い事じゃないです。 ああ、大恥をかきました」 「まあまあ、柿でも食べて落ち着いて」 境内の木になっている柿を五十鈴が切ってくれた。 「宗仁様も朱璃様も、おいしいですからぜひ召し上がってください」 「いただきます」 「よく熟しているな」 柿が熟せば冬が来る。 瞬きをする間に季節が巡っていく。 「あ、おいし」 「本当ですね。 はむっ」 五十鈴が切るそばから食べて行く古杜音。 「古杜音は柿が好きなのか?」 「はい、特に伊瀬野の柿はおいしゅうございます」 「朱璃様と一緒に伊瀬野の柿を食べたのも、いい思い出でございますね」 「ああ、そんなこともあったっけ」 「朱璃は天京から落ち延びた後、しばらく伊瀬野に住んでいたのだったな」 「はい。 その時は朱璃様が皇家の方だとは夢にも思いませんでした」 「〈紅葉山〉《もみじやま》の貴人か」 「事実、貴人でございましたね」 「私が初めて朱璃様のお目にかかった時も、丁度柿の季節でございました」 古杜音が昔のことを話してくれる。 「皇學舎は神職を養成する学院なのですが、修行の厳しさは並ではございません」 「同期のうち、ともに卒業を迎えられたのは一割くらいのものです」 「巫女になるのも大変なのね」 柿をつまみながら、朱璃と二人、古杜音の話に耳を傾ける。 「特に私は巫女の名門、椎葉の生まれでしたから」 「家名の恥だと人一倍叱られまして……本当にあの頃は毎日が辛ろうございました」 「ですから、たまに学院から逃げ出していたのです」 「それ、余計に怒られない?」 「逃げても逃げなくても叱られるのです」 「ならば、勝手気ままに振る舞ってから叱られた方がましかと思いまして」 「あ、当時の私がでございますよ」 古杜音は遠くを見つめる。 「そうして逃げ出して、宛てもなく彷徨っているうちに朱璃様と出会いました」 「朱璃様の第一印象は、怖い方でした」 「ひたすらに剣を振り、お祖母様にしごかれ、何度倒れても立ち上がり……」 「鬼気迫るとはあのことでございます」 それは以前にも古杜音から聞いた話だった。 「不思議に思い、朱璃様に尋ねてみました。 どうしてそこまで厳しい修行をするのかと」 「朱璃様はこうお答えになりました」 「この命に替えても成し遂げるべきことがある、と」 「そんなこと言ったんだ、私」 「覚えていらっしゃらないのですか?」 「あの当時は、修行で一杯一杯だったから」 木刀を持ったこともない女子が、たった数年で武人並みの剣技を修得したのだ。 「私は驚きました」 「命を賭す、言うだけでしたらいかにも容易いことでございます」 「ですが朱璃様は身をもって体現しておりました」 「本気で命を賭す覚悟がなければ、あそこまで厳しい修行に耐えられるものではありません」 「私は朱璃様のお姿に感銘を受けました」 「自分の感じてきた辛さなど何でもないことなのだと、その時初めて思い知ったのです」 しみじみと言う古杜音。 「あまり持ち上げないで」 「私は必死だっただけ。 お母様の仇を取ることしか考えていなかったから」 朱璃が少し寂しそうに笑う。 「その必死さに心を打たれた者がいるのです」 「ですから、私は朱璃様の元に通い詰めました」 「朱璃様のお姿を見ていると、私も頑張ろうという気持ちになれたのです」 「柿が食べたかっただけだと思ってた」 「ち、違います。 そのような浅はかな考えからではございません」 「いえ、実際、柿は食べたかったですが」 古杜音らしい理由だった。 「ともかく、私にとって朱璃様は大切なことを気付かせてくれたお人なのです」 「ま、力になれたのなら良かった」 柿を食べながら、二人が微笑み合う。 時が過ぎて皇国に平和が戻れば、二人はきっといい友人になるだろう。 「朱璃が住んでいた家は、ここから近いのか?」 「徒歩でしたら、半日ほどでしょうか」 「だったら……」 「いいの、宗仁」 「皇国を再興するまでは、里中には会いに行かないって決めてるの」 「本当はお母様の仇を討ったら報告するつもりだったんだけど」 穏やかな口調ながら、朱璃の目には固い決意が見えた。 「そうだな」 「全て片付いてから報告に行こう」 「そういえば、私は里中様にお会いしたことがありますよ」 黙っていた五十鈴が口を開いた。 「えっ、里中に?」 「春頃だったと思いますが、皇學舎にお見えになったのです」 「何でも孫娘の傷を癒すために«治癒»の力が欲しいとかで」 「正統な血筋になければ呪術を扱うのは難しい、というお話をさせていただいたら残念そうな顔をしていらっしゃいました」 「孫娘って……」 間違いなく朱璃のことだろう。 「お祖母様は、本当に朱璃様のことを大切に思っていらっしゃったのですね」 「里中……」 俯き、手を震わせる朱璃。 それぞれ守りたかった大切な物を胸に抱えている。 朱璃にとっては里中もその一つなのだろう。 「古杜音、後で話がしたいの」 「時間を取ってもらっていい?」 「はい、もちろんでございます」 朱璃は、伊瀬野の空に覚悟を秘めた瞳を向けていた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 夕刻、約束通り朱璃様と向かい合った。 「何か御用でしょうか?」 古杜音「聞きたいことがあるの」 朱璃「前に私を調べてもらった時、身体の中に呪術の障壁があるって言ってたでしょ?」 「それを取り払うことは可能?」 「解除を試みるのは可能です」 「ただ、覚えておいでとは思いますが、前回試みた時は大変なことになりました」 「皇祖様の声が聞こえた時ね」 朱璃様は、どこか思い詰めた目をされている。 何かお考えがあるようだ。 「じゃあ、その障壁を壊せたら、皇祖様の力を引き出すことができると思う?」 「そればかりはわかりません」 「皇祖様に関係した何かはあるかと思うのですが」 「それに、解除がお体にどのような影響を及ぼすかもわかりません」 「例えば、どんな影響が考えられるの?」 「通常、一つの身体に二つの意識は存在できません」 「一つしかない椅子を二人で取り合う訳でございますから、力が弱い方がはじき出されるのが道理でございます」 「申し上げにくいのですが、最悪の場合、朱璃様の意識が消えてしまうことになるかと」 「なにぶん皇祖様は、皇国史上最も偉大な巫女でいらっしゃいますから」 朱璃様が唇を引き結んだ。 驚かれている様子はない。 むしろ、そんなことは知っている、と仰っているかのような沈黙だ。 「わかりました」 「これ以上、古杜音に負担は掛けたくないけど……」 「ちょ、ちょっと待って下さい」 「待てない」 「古杜音、私の中の障壁を取り除いて」 部屋に呼ばれて朱璃様の顔を拝見した時、何となく嫌な予感はしたのだ。 里中様のお話で、朱璃様は決意を固めてしまったのかもしれない。 「私は皇国の再興に命を捧げると誓っています」 「そのためなら、私はこの身体を皇祖様に譲り渡しても構わない」 「ですが、朱璃様がいらっしゃらなければ、皇国を再興したところで意味がないではありませんか!?」 「私を犠牲にしたとしても、皇国人の尊厳は取り戻さなくてはならない」 「もっとご自分を大切になさってください!」 「古杜音だって、宗仁のために命を捧げようとしたじゃない」 「そ、それは……」 「私の命と朱璃様のお命では価値が違います」 「古杜音!」 「ひう」 身が竦む。 な、何とか朱璃様を止めないと。 「で、でも、朱璃様はこれ以上呪術を使わないようにと」 「撤回します」 「鬼っ!?」 「私の命などどうでもいいと仰るのですね!」 「やはり朱璃様は紅葉山の〈鬼人〉《きじん》でございました!」 「鬼で結構」 朱璃様は余裕の表情だ。 うう、どうしよう。 「あのね、古杜音」 「このことに関しては、あなたの方が先輩なの」 「どういうことでございますか?」 「あなたは、宗仁の花嫁として命を懸けようとしたでしょう?」 「だから、私だって皇国の再興のために命を懸けるの」 「同じなのよ、私達は」 朱璃様が穏やかに微笑む。 「今なら、あの儀式に臨んだあなたの気持ちがわかる」 「だから、もう呪術を使うなとは言わない」 「でもその代わり、私と一緒に無茶をしない? お互いの使命のために」 「あ……う……」 駄目だ、断れない。 私は完全に落とされてしまっている。 「さあ」 右手を差し出される。 何と厳しく、それでいて慈悲深いお方なのだろう。 斎巫女として、一人の巫女として、朱璃様のために働きたい。 でも、でも──素晴らしい朱璃様だからこそ、お守りしなければならない。 朱璃様が命を懸ける前に、私にできることがあるじゃないか。 「お断りします」 「自分だけ格好いいことをしようなんて、そうは行きません」 「格好の話じゃないでしょ」 「呪術は使うなと言われましたしー。 やりたくてもできませーん」 「ちょっと古杜音!」 「私はこう見えて意地が悪いのでございます」 「ぷんぷーん、ぷーん」 心の中で百万遍謝りながら、駄々っ子を演じる。 「あなたね」 「朱璃様は、宗仁様に格好いいところ見せたいのではないですか?」 「な、何を言うの」 「私は皇国のためを思って……」 「もういいっ!!!」 朱璃様が出て行った。 「うあーー、どうしよう」 バタリと床に倒れる。 やってしまった感満載だが、これで良かったのだ。 朱璃様は、恐らく、宗仁様のお力になれないことを焦っていらっしゃる。 皇国の未来も、天京のことも、散っていったお仲間のことも、全部背負いすぎて冷静さを失っていらっしゃる。 早く前に進みたくて仕方がないのだ。 だから、ここは一晩待って頂きたい。 「私にだって覚悟はありますよ、朱璃様」 椎葉古杜音、こう見えて«ミツルギの花嫁»でございます。 宗仁様の夢によれば、歴代の斎巫女はミツルギ様にその身を捧げてきたとのこと。 ならば、私もその責務を果たすべきだろう。 いいえ、責務などなくても、私にはその覚悟があるのです。 「宗仁様……花嫁的なさむしんぐでございます」 何となく寝付けず、部屋を出て奥宮の中を歩いていた。 神職は朝が早いためか、夜になると一気に人の気配が絶える。 ふと、広間に明かりが灯っていることに気付く。 広間には古杜音が一人で座っていた。 「まだ起きているのか?」 宗仁「これは宗仁様、こんな夜更けにどうかされたのですか?」 古杜音が、睨んでいた文献から顔を上げる。 「どうにも寝付けなくてな」 「調べ物の邪魔をしたか」 「いえ、構いません。 むしろ願ったり叶ったりといいますか」 「は?」 「あわわ、今のは心の声でございますっ」 一体、何だというのだろう?妙に慌てた様子の古杜音にせがまれ、俺の部屋まで戻って来た。 「俺に何か用が?」 「え、ええと……はい」 古杜音が神妙な顔で頷く。 「実は折り入って宗仁様にお願いしたいことがございます」 「俺にできることならいいが」 「できるはず……いえ、できます。 やっていただかなくては困ります」 「宗仁様の力を取り戻し、朱璃様の宿願を叶えるためなのです」 「ならば、全力を尽くそう」 ずいと身を乗り出すと、逆に古杜音が少し引いた。 「どうした?」 「あ、あのでございますね」 顔を真っ赤にした古杜音が、衣服をはだける。 清らかな肌が夜の燈火に淡く照らし出された。 「つまり、花嫁的な……」 「何?」 「つまり、今から宗仁様に、この身体を捧げとうございます!」 古杜音の声が耳の中を何度も反響した。 「わからない」 「ですからその、男女の営みと申しますか」 「この身体を宗仁様のものにしていただく、ということでして……」 「いや、意味はわかる」 「ならば説明させないで下さいませっ」 顔を赤くして怒る古杜音。 「初代様は、斎巫女は«ミツルギの花嫁»だと仰っていたのですよね?」 「花嫁がまず主人に対して捧げるべきは、この身体でございます」 「ですからミツルギ様である宗仁様には、わ、私をっ」 顔は真っ赤で額には汗が浮かんでいる。 必死に勇気を奮い立たせているのだろう。 「関係を結べば、ミツルギのような力を得られるのか?」 「可能性はあると思います」 「確証がないのに、古杜音の身体を汚せない」 「やってみなくてはわかりません」 「それでも駄目なら私を斬ってください」 「私の血を召し上がっていただければ、何か変わるはずです」 「宗仁様だって、そうやって力を分けて下さったじゃないですかっ」 詰め寄ってくる古杜音。 「命を粗末にするな」 「古来より、斎巫女は皇国のために命を捧げて参りました」 「呪装刀だって巫女の命なしには作れませんし、ミツルギ様だって八百八十八人の巫女の命を捧げて生まれたのでしょう?」 「武人が戦場に命を懸けるのと同じく、巫女は呪術に命を懸けるのです」 「私に命を惜しめというのは、武人に戦うなと言っているのと同じことです」 「冷静になってほしい」 「宗仁様こそ冷静になって下さい」 「ミツルギ様のお力が取り戻せなければ、共和国に立ち向かえないのです」 「試せることは全て試さねばなりません」 「命を惜しんで志を果たせなかったら、私は生涯後悔して過ごすことになるでしょう」 「命を粗末にするとは、そういうことではありませんか?」 言い返せなかった。 何のために生きるかは、何に命を差し出すかと同義だ。 巫女と武人は同じだと古杜音は言った。 その覚悟もまた、武人のそれと何も変わりがない。 「皇国の未来を思われるのでしたら、私をお抱き下さい」 「立ち塞がる者を全力で斬るように、利用できる者は全力で利用して下さい」 強い決意を込めた視線を向けてくる古杜音。 理は古杜音にある。 今、俺たちは瀬戸際に立たされている。 共和国軍に奥伊瀬野の場所を嗅ぎつけられれば、戦いになる。 今の俺の体力では、彼らを打ち破れまい。 試せることは全て試すべきだ。 古杜音の身体で、あるいは古杜音の命でミツルギの力を取り戻せるなら、躊躇うべきではない。 彼女もそれを望んでいる。 だが……なぜか踏み出せない。 どうして迷っているのか、それは──古杜音が提案した方法には効果がない古杜音を無駄に傷つけたくない「古杜音、君が言った方法は多分効果がない」 「え?」 「な、なぜでございます!?」 「皇国再興のためには、躊躇っている場合ではないな」 「ならばっ」 「それでも駄目だ」 「なぜでございます!?」 俺の主は朱璃で、朱璃の命令は絶対だ。 だが、それとは全く別に──「俺は古杜音を傷つけたくない」 古杜音が目を見開く。 「そ……それは一体……」 「君が大切だ」 「……」 古杜音が声を失う。 まん丸な目が更に大きく見開かれたかと思うと、じわりと涙が滲んだ。 「わ、私のような者にはもったいのうございます」 「役職だけの、何の力もない斎巫女でございますのに」 「お役目のことは関係ない」 「古杜音が斎巫女であろうとなかろうと、俺は傷つけたくない」 「花嫁を雑に扱う男があるか」 「宗仁様……」 古杜音の頬を涙が伝った。 時が止まったように、古杜音は俺を見つめている。 澄んだ瞳に映った俺は、自分でも不思議なほど穏やかな顔をしていた。 「も、申し訳ございません。 はしたないところを」 古杜音が、慌てて着物の袖で涙を拭く。 そして、熱くなった顔を冷ますように、何度か首を振った。 「お気持ちは大変嬉しゅうございます」 「ですが、やはり私の考えは変わりません」 「古杜音を抱かないのには、もう一つ理由がある」 「へ?」 「ミツルギの記憶を振り返ってみても、過去に斎巫女と情交に及んだことはない」 「同様に、力を得るために斎巫女の命を奪ったこともない」 「前にも言った通り、ミツルギの回復は何らかの呪術によって行われていた」 「あ……」 「確かに、宗仁様の夢の中で、そういった光景はございませんでした」 思い出してくれたようだ。 「身体を重ねることに意味があるなら、過去の斎巫女もそうしたはずだ」 「う……仰る通りでございます……」 しゅんとなってしまう古杜音。 その頭をぽんと撫でる。 「だが逆に考えれば、身体など重ねなくても花嫁になれるということだ」 「時間の許す限り、他の方法を探してくれないか?」 「宗仁様は、お優しゅうございますね」 「今日のところは引き下がります」 古杜音の表情が和らぐ。 「わがままを言って申し訳ありません」 「謝ることなどない」 「むしろ、古杜音の覚悟は尊敬に値する」 「ありがとうございます、宗仁様」 覚悟を決めた人間は美しい。 古杜音を笑うことなど、出来るはずがない。 「それで、あの、今日のことは、できれば朱璃様には内密にして頂けると嬉しいのですが」 「約束しよう」 話せば、命を粗末にするなと怒ることだろう。 「ほっ、よかったです」 「それでは宗仁様、今日はもう休みますね」 「ああ、俺も休むとしよう」 随分と夜更かしをしてしまった。 「お話ができて嬉しゅうございました」 「それではお休みなさいませ」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 文献に目を通しながら、昨日のことを思い出す。 「ああ、我ながら恥ずかしいことを言ってしまいました……」 古杜音宗仁様は呆れただろうか。 「君が大切だ……」 宗仁様は、一体どういう意味で仰ったのだろう。 言葉のまま、ということはつまり、私を大切にしてくれるということで。 「あわわわ」 頭に血が上ってくるのがわかった。 初めて知った。 宗仁様は、私のことを女として見てくれているのだ。 勘違いなのかもしれないけれど、でももし宗仁様にその気がおありなら。 心の内から、無上の喜びが沸き上がってくる。 「はっ……いけませんね、これでは」 気が緩んでいる。 過去の斎巫女と関係を持っていないのなら、純潔を捧げても意味はない。 言われてみれば当たり前のことだ。 勢い込んでお願いする前に確認すれば良かったのだ。 杜撰な方法だと宗仁様が仰るのも当然だ。 なぜあんなお願いをしてしまったのか……。 自分が宗仁様の花嫁だと思い込んで舞い上がっていた。 「アホでございます」 私は一体何を期待していたのか。 宗仁様にとって、私はあくまでも斎巫女なのだ。 「いけませんね、これでは」 気持ちを切り替えよう。 宗仁様は、未だミツルギ様のお力を得られていない。 今、共和国軍と戦ったところで、負けることは目に見えている。 一刻も早く、ミツルギ様の力を取り戻す方法を見つけなくては。 「斎巫女」 五十鈴「ひゃいっ!?」 「って、五十鈴でしたか……」 「独り言ばかりで、調べ物が進んでいないようね」 「い、斎巫女ともなれば色々と悩み事があるのです」 慌てて威張ってみせる。 「悩み事があるなら相談に乗るけど?」 「五十鈴に相談しても解決しないことです」 「あら残念、親友の力になれないなんて」 「う……」 五十鈴はずるい。 胸に刺さる言葉で的確に弱いところを突いてくる。 「前回の儀式は失敗でしたし、未だにミツルギ様の力を復活させることができません」 「私、何のお役にも立てていないのです」 「それは相談ではなくて、弱音ね」 「うううううう、五十鈴は冷たいです」 文献の上に突っ伏す。 「五十鈴が斎巫女なら、もっと上手くいっていたと思うのです」 「なぜ私が選ばれてしまったのでしょう」 「そういうことは口にしないの」 「斎巫女がそんな弱気では、あなたについてきた巫女たちが不安になってしまう」 「わかっています。 でも自信が……」 皇學舎では、私よりも五十鈴の方が何倍も優秀だった。 勉学も呪術も、五十鈴に勝ったことは一度たりともないのだ。 にもかかわらず、斎巫女には私が選ばれた。 「五十鈴も斎巫女を目指していたのですよね?」 「皇學舎のみんなも、次の斎巫女は五十鈴だと思っていました」 「そうなの?」 「だって、私が寮で実施した『次の斎巫女は誰だ調査』では五十鈴が断トツ一位でした」 「暇なの?」 「その分、勉強すればいいのに」 「それはそうですけど」 一層心が沈む。 「私が斎巫女に選ばれて悔しくなかったの?」 「別に」 「私は古杜音が指名されると思ってたから」 「え?」 五十鈴の顔をまじまじと見る。 「昔、御先代様に斎巫女に必要な資質は何かと尋ねたことがあるの」 「知識か呪力か、それとも人柄か。 あるいは家格なのか」 「御先代様は何て答えたと思う?」 「私が選ばれたのですから、家格ですか」 「はあーーーーーーーーー」 「ほーーーーーーーーーーーんと、馬鹿ねえ」 「そんなに伸ばさなくても」 「あなたの好きだった御先代様は、家格で跡継ぎを選ぶような人? 何を見てたの?」 「す、すみません」 五十鈴に謝ってしまう。 「人を愛する才」 「御先代様は、斎巫女にとって最も大切なものは、人を愛する才だと仰ったの」 「だから私は、次の斎巫女はあなただってすぐわかった」 「私に、人を愛する才があるのですか?」 信じられない。 それ以前に、人を愛する才って何?「あるから選ばれたのでしょうね」 「だから、呪術も勉学もからっきしでも、気にしなくていいんじゃない?」 「からっきし!?」 これでも、上から数えた方が早かったのに。 まあ、いつも一番だった五十鈴からすれば、からっきしだろうけど。 「あなたが頑張らないと、御先代様の目が節穴だったってことになるからね」 「御先代様の名誉を守れるのは、あなただけよ」 言い方はきついけど、五十鈴はいつもこうして勇気づけてくれる。 「わかった。 ちょっと考えてみる」 五十鈴とともに、参道の見回りを行う。 「……やはり、結界にところどころ綻びが生まれているわね」 奥伊瀬野を守護する結界は、各所の〈磐座〉《いわくら》に蓄積された呪力を元に構築されている。 五十鈴は、ちょっとした綻びも見逃さない。 「修繕できた。 次に行きましょ」 「うん」 五十鈴について回る。 私も修繕を手伝おうとしたのだが、朱璃様に呪術の使用は禁じられたでしょと断られてしまった。 これでは見習いの巫女より役立たずだ。 「呪術って本当に必要なのかな」 「いいことばかりじゃなく、歪みだって生み出してしまうのに」 呪術は便利だし、不可能を可能にする力を持っている。 皇国の発展に呪術が必要不可欠だったこともわかっている。 でも……「何を言ってるの」 呆れてため息をつく五十鈴。 「呪術の根源は«大御神»に祈ること、供物を捧げて願うこと」 「«大御神»の力を借りて、世界の有り様を書き換える奇跡の御業よ」 「それはわかってるけど」 「でも、何だか不気味じゃない」 「この世の理をねじ曲げて都合のいいところだけ甘受して、歪みはなかったことにするなんて」 「«原初の呪術»では、特別な巫女しか«大御神»に願いを届けることができなかった」 「だから皇祖様の時代は巫女の数が極端に少なかった」 「これでは民草を救うことはできないと考えた皇祖様は、どんな巫女でも奇跡を起こせるよう新しい呪術を作った……ってこれは巫女ならイロハのイでしょう」 巫女が増えたことで皇国は栄えた。 それは事実だ。 「悩める民を導くため、苦しむ人々を救うため、この国に住まう皆のため«大御神»にこの身を捧げること」 「それが巫女の本分であり、私たちの使命」 「わかってる。 皇學舎で耳にタコができるくらい聞かされたから」 巫女が何のために必要なのか、答えは用意されている。 だがその答えは本当に正しいのか。 私達に求められているのは、本当は呪術ではないのではないか。 「悩みは尽きないなあ」 「それも斎巫女の仕事のうちでしょう。 存分に悩みなさい」 五十鈴が、励ますように私の肩を叩いてくれた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 剣術の稽古を終え、部屋に戻る。 体力はかなり回復しているが、竜胆作戦の時の俺には遠い。 帝宮から逃げ落ちた時の俺は、戦鬼と言って差し支えなかったと思う。 今一度、同じことができるかと問われれば、おそらく無理だ。 ……ミツルギの強さが羨ましい。 夢の中で見た彼は、戦いの〈最中〉《さなか》にあって無心だった。 感情も思考もなく、緋彌之命のための一振りの刀として波濤のように寄せる敵を斬り伏せていた。 まさしく、主のための刃。 一切の不純物を排した、戦うための道具。 ミツルギの姿こそ武人の理想型であり、«心刀合一»の境地だ。 どうしたら、彼に近づけるのだろうか。 「おかえり、宗仁」 朱璃部屋の前まで来ると、朱璃が待っていた。 「どう、調子は?」 「武人としては十全だが、ミツルギにはほど遠い」 宗仁「変わらないわけね」 頷く。 「なら、試してみたいことがあるんだけど、宗仁の部屋に行っていい?」 「それで、試したいこととは?」 「折り入って、宗仁にお願いしたいことがあるの」 思い詰めたような顔で告げる朱璃。 「主が望むなら何でもしよう」 「よかった」 朱璃はぎこちなく笑い、深呼吸をしてから意を決したように口を開く。 「宗仁、私を抱きなさい」 「……わかった」 朱璃に近寄り、肩を引き寄せて胸のうちに抱き込む。 「ちょっと、いきなり!?」 「抱いてくれと言われたからそうしたまでだ」 「そうじゃなくて!」 朱璃は俺を引きはがし、火照った顔で睨んでくる。 「私が望んでいるのはもっと違う意味の、抱くってことよ!」 「違う意味とは?」 「だから、その、男女の交わりというか、宗仁のものを私の……」 「って、こんなこと説明させないでよ! わかるでしょ!?」 「君もか……」 まさか古杜音と同じことを言い出すとは。 二人とも、思い込んだら一直線だな。 笑うのも失礼なのだが、どうしても頬が緩んでしまう。 「何? 君もって」 表情を引き締める。 「何でもない。 情交に及んでどうする気だ」 「ミツルギを生み出したのは皇祖様、そして私の中には皇祖様がいる」 「だったら、私を抱くことで力を引き出せるかもしれない」 「確証はあるのか」 「ない。 でも試すだけならタダでしょう?」 「タダじゃない。 君の純潔が失われる」 「本人がいいって言ってるの。 私の覚悟を見くびらないで!」 「ここだって、いつ共和国に見つかるかわからないんだから、できることは全てやっておくべきよ!」 深紫の瞳が俺をじっと見つめている。 意地でも引かない気だ。 「それでも、君を抱くことはできない」 「どうして? 何を躊躇ってるのよ?」 「私を抱いてあなたが失うものは何もない。 できない理由があるの?」 確かに、俺は躊躇っている。 緋彌之命を宿した朱璃が相手ならば、あるいはミツルギの力が目覚めるかもしれない。 少しでも芽があるのなら試してみる価値はある。 にもかかわらず、どうしても納得できない。 言いようのない感情が俺を押しとどめる。 朱璃を抱くことで、俺が失うものは何もない。 確かにそう。 そうなのだが、納得できない。 朱璃と情交に及ぶなど、たとえミツルギの力を得るためだとしても越えてはいけない一線だ。 理屈の上では結論が出ているのに、心がついていかないなんて……俺は何を惑わされているんだ。 武人としていかにも情けない。 朱璃や滸、奏海やエルザ、古杜音と関わる中で──俺は変わったのか。 「臣下の身で主を抱くことはできない」 「武人は主の刃、ただの道具だってよく言ってるじゃない」 「道具なら命令に従いなさい」 何も言えず、唇を結ぶ。 「なるほどね、操立てしてるってわけか」 「何?」 「ミツルギは皇祖様と愛し合っていた。 だから私を抱けない」 「違う?」 驚きが顔に出ないよう、胸の中で押しとどめる。 ミツルギと緋彌之命との関係は、朱璃に打ち明けていない。 にも拘わらず、朱璃は見事に看破した。 これが女の勘という奴なのか。 「答えなさい、宗仁」 「俺もミツルギも主の刃だ。 愛などわからない」 「私を見なさい」 言われて、目を合わせる。 「やっぱり……皇祖様のことを愛してるのね」 「愛などないと言っている」 「宗仁!」 「私が皇祖様だったら……私を抱いたんでしょう?」 「朱璃っ」 語気を強めたところで、人が慌ただしく走る音が聞こえてきた。 「……何?」 ただ事ではないようだ。 「行きましょう」 外に出ると、境内の隅に人だかりがあった。 禰宜が束になって誰かを取り押さえているようだが。 「これは鴇田様に宮国様」 五十鈴「ただ今、侵入者を捉えたところです」 一気に緊張が走る。 「共和国軍か?」 「いえ、それが自分は武人だと申していまして……」 「離して下さいっ、時間がないのですっ!」 侵入者折り重なった禰宜の山の中から声がした。 この声は。 「子柚! 子柚か!?」 「あっ、鴇田様っ! 私でございます、伊那子柚です!」 子柚「離してやってくれ、彼女は仲間だ」 「あら、そうでございましたか」 五十鈴の指示で、子柚が解放された。 見慣れた隠密の装備だが、全身が血や汗で汚れている。 本来の子柚ならば禰宜に捕まるわけがない。 ここに到着した時には、相当疲労していたのだ。 「はあ、はあ……やっと、お目にかかれました」 「生きていてくれて良かった」 「すばしっこいことだけが……取り柄ですから」 「天京の仲間はどうなった?」 「更科様も槇様もご存命でございます」 「滸様は……共和国軍に捕まってしまいました」 「まだ処刑はされておりませんが……時間の問題かと……」 子柚がうなだれる。 「口を挟みまして申し訳ございません」 「あなたは、どのようにして奥伊瀬野の場所を調べたのですか?」 「ここは呪術で厳重に隠されているはずです」 「そうです、一番大切なことを」 禰宜が持ってきた水を一口飲み、子柚が呼吸を整える。 「三日前、共和国軍がこちらへ向けて出発しました」 「数は約三千、重装備の精鋭でございます」 「移動速度からして、明日の夜には到着するでしょう」 「奥伊瀬野が見つかったのか」 「そんな……まさか……」 「私も、将校の通信内容を盗み聞いてこの場所を知ったのです」 「方法はわかりませんが、場所は特定されています」 「子柚は先行して走ってきてくれたのね」 「はい。 何とか先んじてこの事実をお伝えせねばと思い、ここまで……」 子柚の身体がよろめき、倒れそうになる。 急いで手を差し出し、子柚を抱き留めた。 「ありがとう、子柚。 まずは休んでくれ」 「私も戦います」 「そのためにも休むんだ」 「申し訳……ありません」 「五十鈴、救護を」 「もう手配してございます」 五十鈴が手を上げると、巫女達が担架を持って現れた。 子柚をそれに寝かせ、運んでもらう。 「神職は警戒態勢に入るように」 「«〈守護呪壁〉《しゅごじゅへき》»の起動を急いで下さい!」 五十鈴が神職に指示を飛ばす。 にわかに周囲が慌ただしくなった。 「古杜音も呼んで。 今後の方針を話し合いましょう」 広間に皆が集まった。 「共和国軍が来るというのは〈真〉《まこと》でしょうか?」 古杜音「ああ、間違いないだろう」 子柚はまだ若いが、偵察能力においては他の武人の追随を許さない。 「逃げるか戦うかの二択ね。 みんなの考えを聞かせて」 「戦いましょう」 「逃げたとしても、奥伊瀬野より安全な場所はございません」 「禰宜や巫女を巻き込むことになる」 「皆、戦うためにここにおります」 「神職三百五十名、«大御神»の〈御許〉《みもと》へ参る覚悟はできておりますゆえ、ご心配なく」 五十鈴が断言する。 背後に控える神職が、それを証明するように力強く頷いた。 「奥伊瀬野には、敵を迎撃する呪装兵器があると聞いたが、具体的にはどのようなものなんだ?」 「一言で申し上げれば、空も地上も攻撃できる大砲だとお考え下さい」 「武人の反乱にも対抗できるように造られたものですから、威力は強大です」 「数万の兵ならともかく、三千程度では落とされません」 自信を匂わせる五十鈴。 「なるほど」 「敵は三千、こちらの十倍近い兵力だ。 篭城した方が賢明だと思う」 「どうする、朱璃?」 朱璃の結論を求め、皆の視線が朱璃に集中する。 「皆さん、私たちのためにどうか力を貸してください」 頭を下げる朱璃。 朱璃の真摯な姿を見て、皆の間に闘志がみなぎっていく。 「もちろんでございます、朱璃様」 「では早速、«守護呪壁»の起動を行いましょう」 五十鈴は立ち上がり、てきぱきと指示を出していく。 「五十鈴、私も起動を手伝う」 「駄目よ。 あなたは呪術を使ってはいけないと言われているでしょう」 「でも、それじゃ私は何をすればいいの?」 「そこで座ってなさい」 「五十鈴の言う通り。 古杜音は大人しくしてて」 「ぶう、私だけのけ者なんて酷いではありませんかっ」 「古杜音」 「何ですか」 「いざという時は頼りにしてる」 「だから、それまでは私たちを信じて任せて」 「……わかりました」 朱璃に言われては、古杜音も頷かざるを得ないだろう。 「何事ですか!?」 「南東の結界が敵を検知しました」 面長の巫女「もう来たのか」 「明日の夜ではなかったの!?」 「五十鈴、«守護呪壁»は」 「まだ起動しておりません。 あと二時間はかかります」 「早くとも二時間……いえ、一時間で起動させます」 「それまで、奥宮を守って下さい」 「よし、俺たちで時間を稼ごう」 「あ、宗仁様、少々お待ち下さい!」 古杜音がバタバタと奥の部屋に向かい、何かを持って戻ってきた。 「はあ、はあ……これを、ぜひお持ち下さい」 渡されたのは一〈米〉《メートル》程度の長い布包み。 開くと、一振りの呪装刀が現れた。 「これは……」 青白い刀身には見覚えがある。 忘れもしない«初霜»だ。 「滸様をたぶらかした呪装刀ですが、これにも巫女の命が捧げられております」 「捨てるには忍びなく、«研ぎ»直しました」 「害のないように処置いたしましたので、安心してお使いいただけますよ」 「残念ながら冷気はなくなってしまいましたが、今お持ちの呪装刀よりは質が良いはずです」 「助かる。 ぜひ使わせてもらう」 ずっと使っていた呪装刀は、天京からの撤退の際に紛失してしまった。 今持っているのは、奥伊瀬野に保管されていた無銘の一振り。 冷気はなくとも«初霜»の方が頼りになるはずだ。 「さあ、宗仁、行きましょう!」 外に出ると、大勢の神職たちが慌ただしく走り回っていた。 「見て、宗仁」 朱璃が空を指差す。 その先には黒い点──五機の〈回転翼機〉《ヘリコプター》が見えた。 「空から来たか……」 呻いた瞬間、隊列の先頭にいた〈回転翼機〉《ヘリコプター》が爆散する。 光り輝く矢のようなものが貫通したのだ。 呪術の矢だ。 後続の〈回転翼機〉《ヘリコプター》が慌てて散開するが、蜘蛛の網にかかった羽虫のようなもの。 俺たちの背後から放たれた光の矢が、一機の例外もなく貫き尽す。 振り返って見ると、三人の禰宜が俺たちに白い歯を見せた。 緊張の色は隠せないが、いい笑顔だ。 「始まったのね」 朱璃の手が震えている。 「初陣ならともかく、なぜ今になって震えている?」 「奥伊瀬野に来てから、何度も戦場の夢を見るの」 「どこか知らない場所で、共和国軍と戦っている夢」 「一緒に戦ってくれている奉刀会の仲間が次々と撃たれて、私を逃がすために盾になって」 「どんどんどんどん、死体が増えていく」 朱璃が空を仰ぐ。 まともな人間ならば、自分が死ぬよりも、仲間が死ぬことの方が〈堪〉《こた》える。 生まれた時から死を意識している武人ですらそうなのだ。 朱璃はもっと辛いだろう。 「戦わなくちゃいけないのはわかってる」 「でも、戦えば必ず血が流れる」 「他にいい方法はなかったのか、私にできることはなかったのか」 生き残った者は後悔し、懊悩する。 違う相手を倒していれば、もう少し早く手を引いていれば、自分が前に出ていれば。 ほんの一瞬の判断が生死を左右する、それが戦場だ。 「朱璃」 主の手を握って良いものか躊躇う。 構うまい。 朱璃の手を握る。 「俺は臣下の身、主君の苦悩を肩代わりすることはできない」 「うん、わかってる」 「だが、これだけ言っておきたい」 「俺は君の臣下になったことを後悔していない」 「天京での負け戦を経た今でもな」 「ありがとう、宗仁」 朱璃が、握った手に一度力を込めた。 「大丈夫」 「主君として、私は全てを見届ける」 「これから始まる戦いが、どんな結末を迎えるとしても」 「それでこそ、俺の主だ」 奥伊瀬野の彼方を見つめる。 奥伊瀬野は、東西を山に挟まれた南北に細長い地形をしている。 集落を南北に貫く道の北端が、ここ奥宮だ。 高台に位置しているため、南から侵攻してくる共和国軍の姿が手に取るようにわかる。 隘路を進んでいるせいで、敵の隊列は伸びきり、大軍の利を活かせていない。 おまけに、道の両側に山が張り出しているため、こちらを包囲することもできない。 まさに、攻めるに難く守るに易い地だ。 「五十鈴が«呪壁»を起動させるまで、時間を稼ぎましょう」 「承知した」 敵は共和国軍三千。 相手にとって不足はない。 「行くぞ」 朱璃と並び、奥宮から飛び出す。 山道の只中で接敵した。 躊躇うことなく飛び込み、敵兵を斬り伏せる。 歩兵相手の戦いは、ある意味単純だ。 敵に視認されるより速く動き、銃口を向けられる前に斬り倒す。 どこまでそれを徹底できるかが全てと言っていい。 「ふっ!!」 身体が、動く。 久しぶりの感覚に血がたぎる。 「朱璃、大丈夫か?」 「もちろん」 朱璃は無傷だ。 帝宮での戦いを経て、確実に戦場慣れしている。 周囲では禰宜の部隊も戦っている。 前衛が呪術の炎や氷の矢を飛ばし、後衛が呪力の壁で味方を守る。 善戦しているものの、時間の経過とともに被害は増えている。 共和国軍は練度が高く、そして何より数が多い。 間断なく打ち込まれる弾丸に、呪力の壁は砕け散り、銃弾の雨が彼らを肉塊に変える。 時間が経つほど不利になるのは明白だ。 「疲れた者は一旦下がれ!」 敵の注意を引きつけ、禰宜が後退する時間を作ってやる。 ともかくも、«守護呪壁»が発動するまで時間を稼がねば。 戦闘が始まって三十分が経過した。 敵が後退していく。 どうやら、第一波は防ぎきったようだ。 「朱璃、怪我はないか?」 「ええ、この通り」 朱璃の身体には傷一つない。 「いい動きをするようになったな」 「あら、剣術であなたに褒められるなんて思わなかった」 朱璃がいたずらっぽく笑う。 「このまま攻撃が止めばいいけど」 「そうは問屋が卸すまいな」 直感を裏付けるように、遠くから〈回転翼機〉《ヘリコプター》の音が近づいてきた。 「また〈回転翼機〉《ヘリ》か」 「奥宮の禰宜に任せましょう」 言葉とほぼ同時に、無数の光の矢が空を過ぎった。 〈回転翼機〉《ヘリコプター》はなすすべもなく貫かれ、爆散する──そう思われたがしかし、〈回転翼機〉《ヘリコプター》には何の変化もない。 ──呪術の盾か。 共和国軍には、強力な呪術を使う者がいるようだ。 油断できない。 「岩に隠れろっ!!」 朱璃を抱えて遮蔽物の背後に転がり込む。 歩兵の銃とは口径が違う。 禰宜たちが作った壁は一瞬で破砕され、禰宜が肉塊となって弾け飛ぶ。 「ここから出るな」 「宗仁っ!?」 «初霜»一本を手に、跳躍──「はあああああっ!!!」 〈回転翼機〉《ヘリコプター》の側面に呪装刀を叩きつけた。 爆風を背に受けながら着地する。 「何とかなったな」 「ええ、良かった」 「あー、と思ったけど、次が来てる」 共和国軍の前進は止まらない。 ならば徹底的に斬るまでだ。 「さて、行こう」 「ええ」 朱璃と共に、再び敵に斬り込む。 弾丸が降り注ぐ中、縦横無尽に駆け巡り、片っ端から薙ぎ斬っていく。 いつの間にか、朱璃は守るべき対象ではなく、共に戦う戦友となっていた。 剣技は武人には及ばないものの、朱璃の立ち回りの巧さは群を抜いている。 普通の武人より視野が広いのだ。 朱璃の支援があることで、俺はいつも以上に力を発揮できている。 まさか朱璃にこんな才能があるとは。 「大丈夫、疲れてるんじゃない?」 「まさか」 気力は無尽蔵とも思えるくらいに湧いてきた。 一時間でも二時間でも戦い続けられそうだが、他の禰宜たちはそうもいかない。 「こちらも損害を受けています」 「奥宮に退いて防備を固めましょう」 敵兵を悠々と牽制しながら奥宮まで撤退した。 善戦してはいるものの、こちらは百名足らず。 対する共和国軍は、少なく見積もっても二千五百以上はいるだろう。 「ジリ貧ね」 「戦闘開始から四十分か……あと二十分保たせれば」 「«守護呪壁»が大したことなかったらどうする?」 「後で、古杜音と五十鈴に拳骨してやってくれ」 奥宮で守りを固めている俺たちではあるが、見方を変えれば奥伊瀬野のどん詰まりまで押し込まれているのだ。 もう、逃げ道はない。 一体、いつまで持ちこたえられるか。 「あれは……」 高揚していた神経が一瞬で凍り付いた。 山道の先に、一人の男が立っている。 生の気配も、死の気配も感じさせない、透明な男。 手にした呪装刀«〈白檀〉《ひゃくたん》»だけが、命を宿しているかのように淡く輝いている。 「刻庵殿」 「え?」 視線が釘付けになる。 他の兵士とは、纏っている空気が違う。 「止めなければならないな」 「ええ、そうね」 相手は俺の剣の師だ。 差し違える覚悟で戦わねば、互角にも持ち込めまい。 覚悟を決め、刻庵殿に向かう。 朱璃と離れ、道の中央に立ち塞がった。 こちらに近づいてくるのは刻庵殿のみ。 戦場にいるとも思われない、ゆっくりとした歩みだ。 「刻庵殿か」 返事はない。 感情のない硝子玉のような眼球が、俺を見つめている。 「武人を排除せよとの命を受けた」 刻庵「〈其処許〉《そこもと》、武人とお見受けしたが」 「いかにも」 「滸はどうされました」 返事なしか。 もう感傷は捨てよう。 俺の前に立っているのは刻庵殿ではなく、倒すべき敵だ。 「この先、進んで頂く訳にはいきません」 「ならば、斬る」 〈大山〉《たいざん》の如き、静謐にして重厚な構え。 かつての刻庵殿と変わらない。 いや、むしろ凄味が増したかのような気さえする。 記憶を失い、更に«心刀合一»の境地へ近づかれたか。 「お相手〈仕〉《つかまつ》る」 «初霜»を構える。 「明義館、鴇田宗仁」 「名はない」 刻庵殿に剣気はない。 どこから打ち込んでも返される予感だけが、胸の中で膨らんでいく。 「おおおおおおっっ!!!」 下手な小細工は無用。 渾身の一撃を、自らの刀で受ける刻庵殿。 本来、刀は受けるものではない。 先を読み刃を読み、避けて後を取り、斬り倒す──そういうものだ。 「この程度か」 反撃に転じてきた。 刺突、手首を狙った斬り上げ、さらに胴薙ぎ。 流れるような動きのそれぞれが、致死の一撃だった。 「くっ!」 躱したはずの一撃が、耳を斬り裂く。 ……刃先の動きが読めない。 やはり、強い。 自分より小柄なはずの刻庵殿の身体が、何倍にも大きく見えてくる。 「どうしたの宗仁っ!」 「あなたは私の刃、決して折れない最強の刃なのでしょう!」 ああ、そうだ。 刻庵殿に飲まれてはいけない。 「行くぞ!!!」 渾身の一撃に瞬応してくる刻庵殿。 明らかにこちらの動きを見切っている。 「迷いがあるな」 鍔を打ち合った刹那、刻庵殿が小さく囁く。 驚いて、一気に十〈米〉《メートル》ほど退いた。 「太刀筋が濁っておる」 「«心刀合一»の境地にはほど遠い」 刻庵殿は、最初に対峙した時と変わりなく卒と構えている。 一切の乱れを見せないそれは、畏怖を感じるには十分な威容だった。 「迷い、よどみ、濁り、雑念」 「そのような剣で、〈其処許〉《そこもと》は何事かをなし得ると思っておるのか」 「俺は主の刃、命に従い敵を斬り裂くのみのもの」 「ただの道具に迷いなどない」 どれだけ虚を突いたつもりでも、柳のごとく流れるような動きに封じられる。 募る焦りが太刀筋を更に濁らせ、刻庵殿との差がどんどん開いていく。 「くっ……」 雷撃を思わせる袈裟切りが、左の肘から先を呆気なく切り取った。 激痛に遠ざかりかけた意識を、無理矢理引き寄せる。 「まだ、だ」 どんな事情があっても、負けるわけにはいかないのだ。 「朱璃様っ! 宗仁様っ!!」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「朱璃様っ! 宗仁様っ!!」 古杜音遠く宗仁様が戦うお姿を拝見し、居ても立ってもいられず走ってきた。 「古杜音、奥宮へ戻りなさい」 朱璃「呪力のない私など、何のお役にも立たないことはわかっております!」 「それでも、拝見させて下さい!」 「古杜音……」 朱璃様はもう何も仰らなかった。 「宗仁様」 ご様子を拝見すると、すぐに劣勢だとわかった。 腕は斬られ、激しい出血が衣服を染めている。 「どうしよう」 宗仁様に、ミツルギ様のお力が戻れば……。 いくら願ったところで、呪術が使えなければ何もできない。 いや、呪術を使ったところで、今までのやり方では宗仁様のお力になれないのだ。 何か方法はないのでしょうか?このままでは宗仁様が。 「迷い、よどみ、濁り、雑念」 刻庵「そのような剣で、〈其処許〉《そこもと》は何事かをなし得ると思っておるのか」 「俺は主の刃、命に従い敵を斬り裂くのみのもの」 宗仁「ただの道具に迷いなどない」 「道具?」 ──宗仁様は道具なんかじゃない。 ──血の通われた、立派な武人……浮かんできた反論の言葉を飲み込む。 待て、待て待て。 宗仁様がミツルギ様と同一の存在だとするなら、話は違ってくる。 皇祖様は、八百八十八人の巫女を犠牲にミツルギ様を作られた。 永遠の時を生き、皇国の敵を斬るもの──それがミツルギ様だ。 寿命を持たないという特性を考えれば、生物というよりも無生物だ。 斬る『もの』とは、『者』ではなく『物』。 だとしたら、小此木様の『伊瀬野にて御剣を研がれませ』という言葉の意味もわかる。 研げというのは例えではなく、文字通り『研磨せよ』ということではないか。 「な、ならば……」 刃こぼれした刀は、研がなくてはならない。 だから、だから、ミツルギ様の力を取り戻すために必要なのは、«治癒»などではなく──«研ぎ»「そういうこと、なのですね」 歴代の斎巫女がミツルギ様に施してきたのは、«治癒»ではなく«研ぎ»なのだ。 どうして今まで思い至らなかったのか。 それはきっと、宗仁様を物扱いしたくなかったから。 でも、もう躊躇してはいられない。 「……古杜音?」 立ち上がり、宗仁様へ手を向ける。 「朱璃様、今日までありがとうございました」 「な、何をする気なの」 「私が倒れた時は、五十鈴を次の斎巫女に指名してください」 「必ずや朱璃様の強いお味方になってくれましょう」 「何を言って……ま、まさか古杜音、呪術を……」 椎葉古杜音、一世一代の«研ぎ»。 命を燃やし尽くした究極の«研ぎ»を、今──「やめなさい、古杜音! 駄目だと言ったはずよ!」 「くっ!?」 視線の先で、宗仁様が斬られた。 それでも宗仁様は刀を放さない。 固く歯を食いしばり、敵を睨み付ける。 「朱璃様、他に道はありません」 宗仁様が負ければ皇国は終わる。 この窮地を脱するのに、私の命一つで済むなら安いものだ。 「……わかった。 お願い」 朱璃様が、苦渋の表情で頷いた。 私のことを大切に思ってくれているのだ。 ありがとうございます、朱璃様。 朱璃様の優しいお心遣い、この椎葉古杜音が確かに受け取りました。 「掛巻も畏き、«大御神»の大前に、恐み恐みも白さく……」 祝詞を口にした途端、信じられないほどの勢いで呪力が吸われていく。 «治癒»の術を使った時とは比べものにならないほどの手応え。 「う、ぐううっ……」 力を奪われ、徐々に視界が狭まっていく。 「まだですよ、まだです……私の力は、こんなものではございません!」 身体の奥底に眠っている力を引き出す。 命を吸われるような、身体が砂になって消えていくような感覚に耐え、さらに力を注ぎ込む。 「古杜音っ!」 「御照覧下さい、朱璃様」 「椎葉古杜音、一世一代の«研ぎ»でございます」 宗仁様、お待たせしました。 「ああ……ミツルギ、さま」 暗くなった視界の中で、〈金色〉《こんじき》に輝くミツルギ様の姿を見る。 何と美しく、何と神々しいお姿。 ミツルギ様の一部となれるなんて……ああ、晴れがましい。 今、ようやくわかった。 ミツルギ様は、皇国の刃として永遠の刻を生きる存在。 故に、人は誰もミツルギ様と共に歩み続けることはできない。 皇祖様でさえ、無情に流れ続ける刻を止めることはできなかった。 でも斎巫女は違う。 命を捧げることで、ミツルギ様と一体化し永遠に添い遂げることができる。 終わりのないミツルギ様の孤独を癒すことができるのだ。 だからこその«ミツルギの花嫁»。 ──千波矢様、そうでございますね。 「宗仁様……今こそこの命、貴方様に捧げます」 最後の一息まで、力を吐き出した。 もう、何もない。 わたしの中には、砂粒一つほどの余力もない。 「宗仁様……共に進んで参りましょう……永遠の刻を……」 突然、かつてないほどの昂揚が身を包んだ。 自分の身体から、〈金色〉《こんじき》の燐光があふれ出しているのがわかる。 気付けば失った腕はそこにあり、握る呪装刀は空気のごとく軽い。 足は力強く大地を掴み、瑞々しい力が指先にまで充溢している。 「この力は……」 ミツルギ、なのか。 頭の中を、夢で見た光景が、まさしく走馬燈のように流れていく。 だが、それらは決して夢ではない。 実感を伴った、連続性を持つ記憶。 すなわち──体験だ。 やはり、俺はミツルギなのだ。 しん、と心が静まった。 怒りも、痛みも、憂いもない。 俺は、皇国に仇為す者を斬るためだけに生きてきた。 それ以外に何の存在価値もない。 だからこそ、一振りの刀として無心になれる。 いや、そもそも俺は緋彌之命に作られた道具。 複雑な心など持ち合わせておらず、心がなければ、太刀筋に雑念の混じろうはずがない。 俺は今、«心刀合一»の境地に立っているのだ。 「刻庵殿」 「貴殿、変わられたな」 「今まで、無様なところをお見せした」 「何の」 刻庵殿が«白檀»を構える。 「全身全霊にてお相手つかまつる」 刻庵殿が踏み込む──。 烈風の如き踏み込みは、常人の目には捉えられぬ速度。 しなやかだった太刀筋は硬度を増し、さながら稲妻の如く繰り出される。 だが、全ては俺の〈掌〉《たなごころ》を出るものではない。 世界が歩みを遅くしたかのように、刻庵殿の動きの悉くが緩慢に見えた。 「ふっ!」 一振りで切り崩す。 刻庵殿が虚を突かれたような顔で距離を取った。 やや遅れ、刻庵殿の胸に真一文字の傷が現れる。 「貴殿は一体? 尋常の武人とも思われぬ」 「明義館、鴇田宗仁」 「そこに変わりはありません、刻庵殿」 かつての俺が、ミツルギとして生きてきたことに疑いはない。 しかし、今の俺は鴇田宗仁。 宮国朱璃に忠誠を誓う、一人の武人に過ぎぬ。 「ならば鴇田殿……」 「一手、御指南を賜る」 刻庵殿が草履を抜ぎ捨てた。 決死か。 「はっ!!!」 刃の如く鋭い息を吐き、刻庵殿の腕が振るわれる。 神速で繰り出されたそれは、ほぼ同時に三カ所の急所を貫く。 «〈驟雨〉《しゅうう》»──受けも回避も不可能、必中必殺の大技だ。 「……」 だがそれは、俺が融の息子──後に«大祖»と呼ばれる男に伝えた剣技。 切っ先で相手の軸をずらし、刀身を擦らせるように突き返す。 「む……」 切っ先が刻庵殿の頬を捉えた。 流れ落ちる血を、刻庵殿は拭きもしない。 むしろ嬉々とした表情で、剣の速度を上げていく。 「(楽しまれているのか、刻庵殿)」 俺との戦いが、刻庵殿の感情を僅かではあるが呼び戻している。 それを実感できただけで、救われた気分になった。 距離を取る。 刻庵殿の額に浮かんだ汗が、顎まで伝い、地に落ちた。 「このような御仁がいらっしゃったとは、皇国は広い」 荒い息を整えながら、刻庵殿が刀を鞘に収める。 「最後に致しましょう」 「鴇田殿のお時間を、これ以上無駄にさせたくはない」 刻庵殿が腰を落とす。 居合い抜きによる«鎌ノ葉»──武人の間で伝説となっている刻庵殿の奥義だ。 全てを剣速に注ぎ込むため、躱されれば反撃を避けることはできない。 放てばどちらかが倒れる、文字通り必死の剣だ。 「我が奥義、とくとご覧あれ」 「拝見仕る」 時間が止まり、空気が固体と化した。 充溢する剣気。 寸毫の差が生死を分かつ。 「はあああっっ!!」 腰間から光芒が迸る。 音速を超えた刀身が生み出す衝撃波が、猛り狂った猛獣の如く牙をむく。 「ふっ!!!」 呪装刀を、不可視の獣の脳天に振り落とす。 轟音が大気を揺るがした。 俺の衝撃波が真正面から獣を粉砕──なおも勢いを弱めず、刻庵殿を毬のように跳ね飛ばす。 「むうっ!!」 ゆうに二十〈米〉《メートル》は吹き飛んだ刻庵殿の身体が、大岩にぶつかり鈍い音を立てる。 「ぐ……う……」 それきり、刻庵殿は動かなくなった。 静寂が、風に乗って吹き抜けた。 師を、この手で斬ったのか。 かろうじて息はしているものの、刻庵殿は長くないだろう。 「申し訳ありません、刻庵殿」 「もう一度滸に会わせて差し上げたかった」 心の内で静かに黙祷を捧げる。 その瞬間、大地が鳴動した。 地震?いや、違う。 奥伊瀬野の空に光の天蓋がかかっていた。 光輪で彩られた«呪紋»は頭上を越え、天空をどこまでも、どこまでも広がっている。 地平線の彼方まで伸び、もはや端まで見通せない。 「これが、«守護呪壁»……」 ついに起動したか。 「お待たせ申し上げました」 五十鈴どこからともなく、朗々たる声が響いた。 「これこそが呪術の精髄、«守護呪壁»«〈天御柱〉《あまのみはしら》»でございます!」 「皇国の最奥へ攻め入りし〈夷戎〉《いてき》共よ、今ここに己の愚かさを悔いなさい」 「伊瀬野管長、閑倉五十鈴の名において、«大御神»に請い願う」 「蒙昧なる者共に、速やかなる終焉のもたらされんことを」 天が落ちたかと思われた。 空を覆う呪紋から、見渡す限りを押し潰すように光の柱が落ちたのだ。 〈回転翼機〉《ヘリコプター》も兵士も、光に触れたものは例外なく一瞬のうちに形を失う。 存在そのものを根底から否定されたかのように、影も形もなく消滅する。 不思議なことに、皇国に属するものには全く影響がない。 共和国軍だけが悲鳴を上げることすら許されず消えていく。 今、この瞬間──奥伊瀬野にいた、約二千人の共和国軍が消滅した。 空の呪紋が消え、冷たい静寂が残った。 無残という言葉すら出てこない。 ミツルギに«守護呪壁»。 古代の呪術の強大さに身震いがする思いだ。 「終わったのね、宗仁」 振り返ると、古杜音を担いだ朱璃が立っていた。 「古杜音がなぜここに? 怪我をしているのか?」 「息はしているけど意識が戻らないの」 「あなたに力を与えるために呪術を使ってそれっきり」 「俺のために……」 呪術は使うなとあれほど言ったのに。 「とにかく治療だ。 五十鈴なら何かわかるかもしれない」 奥宮に視線を向ける。 「その前に、私の相手をしてもらおうかしら」 ??「«守護呪壁»の力、よーく見せてもらったわ」 共和国軍の女「さすが呪術の精髄を尽くした呪装兵器ね」 この女……古杜音の夢の中で見た人物だ。 「八岐雪花か」 「あら、私をご存じだったの? 斎巫女から聞いたのかしら」 雪花悠然と微笑む雪花。 「随分馴れ馴れしいけど、あなた何者なの?」 「自己紹介が遅れました、皇姫殿下」 朱璃の正体を知っているか。 「私は八岐雪花」 「エルザ・ヴァレンタイン閣下より、クーデターの首謀者の逮捕を命じられている者よ」 「宮国朱璃、鴇田宗仁、そして椎葉古杜音の三名に通達します」 「大人しく同行してもらえる?」 「まさか、従うと思った?」 「結構、結構」 「私としても、抵抗してくれた方が嬉しいの」 「はるばる伊瀬野まで来たんだから、少しは遊びたいじゃない?」 「そこに転がってる斎巫女、死んでないでしょうね」 「気を失っているだけよ」 「良かった。 彼女にはいろいろとやってもらいたいことがあるの」 雪花が唇を歪めて笑う。 醜い笑顔だ。 八岐雪花とは一体何者で、なぜ共和国軍に〈与〉《くみ》しているのか。 もしかしたら、捕まっている滸たちのことを聞けるかもしれない。 「俺たちとたった一人で戦うつもりか」 「元より共和国軍には期待してないの。 «守護呪壁»の囮になってくれただけで十分よ」 「あなたは皇国人でしょう? どうして共和国の味方をするの?」 「皇国が大嫌いなの、私」 「一人残らず皇国民を消し去りたいくらい」 「呪術の知識を共和国軍に提供していたのもあなた?」 「もちろん」 「お宅の滸ちゃんを惑わせた呪装刀も、帝宮で武人を骨抜きにした鈴も全部私の作品よ」 「なかなかのものでしょう? ふふふ、はははははははっ!」 「どれだけの武人が犠牲になったと思ってるの」 「共和国軍からすれば、私は救いの女神よ」 「あなたたちが殺した共和国の軍人だって、皆家族はいるし、愛する者もいる」 「私は彼らを守りたい! 誰一人犠牲にしたくない!」 「なーんて、本当はどうでもいいんだけど」 「私は皇国人を殺したいだけ。 一人でも多く」 朱璃が奥歯を噛む。 「よーくわかりました」 「あなたには、一秒でも早く消えてもらわなきゃならないって」 同意だ。 「ふふふ、怖い目で見ないで頂戴」 雪花がしなやかな指先を俺たちに向けた。 「あなたたちは、少しお休みね」 「ぐっ!?」 「きゃあああっっ!?」 視界が真っ黒になった。 闇、ではない。 何か黒く冷たいものが、轟音と共に俺たちを包んでいる。 「雪……黒い雪か!」 「ちょっと早いけど、伊瀬野に初雪をお届けするわ」 「色が黒いのはご愛敬ね」 手元も見えないほどの吹雪だ。 「な、何これ、力が抜ける……」 吹雪が触れたところから、じわりと冷たくなっていく。 それは物理的なものではない。 心を芯から凍えさせるような、どうしようもなく底冷えする冷気だ。 「ふふふ、どうかしら?」 「皇国が生み出してきた、呪術の澱はお気に召して?」 視界が霞み、四肢から力が抜けていく。 存在そのものが希薄になっていくように、自分の身体が認識できなくなっていく。 ミツルギである自分から力を奪うとは……この呪術は一体……。 重い倦怠感に、朱璃と並び膝を突く。 「ふふふ、鴇田君には特に効くでしょうね」 「どういう……こと……だ……」 「秘密」 「あなたたちは、そこで見ていて頂戴」 雪花がゆっくりと古杜音に近づく。 「用があるのは、あなたなのよね……斎巫女」 「ほら、寝ていないで起きなさい」 雪花が爪先で、うつぶせに倒れている古杜音の身体をひっくり返す。 湧き上がる怒りすら、身を包む黒い吹雪に吸い取られてしまう。 「私を待たせないで」 雪花が古杜音の額の上に手をかざす。 「やめろ……」 「ちょっと元気を分けてあげるだけよ、安心して」 雪花の手が仄明るく輝く。 「う……く……」 すぐに古杜音の口から呻きが漏れた。 本当に回復させたらしい。 「あ……ここ、は?」 目が醒めると、目の前に見知った顔があった。 どうして、雪花さんがここに?「お目覚めはいかが、斎巫女」 「あうっ!」 胸に雪花さんの脚が乗る。 「起こしてあげたんだから、まずはお礼でしょ?」 「あ……う……ありがとう、ございます」 「ははは、本当に言うなんて驚いた」 「あなた、よくよく頭が弱いのね」 雪花さんが足を離してくれた。 「ほら、起きなさい」 「さっさと立たないと、皇姫殿下を凍死させちゃうわよ」 鉛のような身体に力を込め、何とか立ち上がる。 ふと、宗仁様と朱璃様のお姿が目に入った。 黒い吹雪に身体を包まれ地面に膝を突いている。 「お二人に何をしたのですか?」 「あなたと決着をつけるまで、休んでいてもらうことにしたの」 「私と戦うことをお望みなのですか?」 「嫌ならあの二人が死ぬだけよ」 お二人を人質にされては従わざるを得ない。 「なぜ戦うことを望まれるのですか?」 「私、何かご気分を損ねることをしてしまったでしょうか?」 「したわ。 大いにしたわ」 雪花さんの瞳に、暗い炎が揺らめいた気がした。 「私はね、この伊瀬野の全てが許せないの」 「二千年以上に〈亘〉《わた》って、八岐家を玩具にしてきた伊瀬野がね」 「八岐家は建国以来の名家」 「斎巫女にも劣らない、別格の待遇を受けてきたはずです」 「格別の待遇?」 「確かに、格別に劣悪な待遇だったわね」 八岐家は、椎葉家とも並ぶ古い家柄。 だからこそ、伊瀬野では別格扱いされてきたのだ。 「お年始の儀式では巫女を代表して祝詞を奏上されますし、大規模な術式では必ず重要なお立場を務められていらっしゃいます」 「巫女として名誉なことではございませんか」 「ふふふ、あなた何も知らないのね」 「私達八岐家は、元々は伊瀬野の敵」 「緋彌之命に滅ぼされた«胡ノ国»の〈斎主〉《さいしゅ》だった家柄よ」 「え?」 先日、宗仁様に聞いた建国当時の話を思い出す。 皇国が«緋ノ国»と呼ばれていた頃、皇祖様は«緋ノ国»の王として«胡ノ国»と戦われたという。 «胡ノ国»は強大な軍事国家で、«緋ノ国»の命運は尽きたかに見えた。 何とか未来を切り開くため、皇祖様が作り出したのがミツルギ様だ。 ミツルギ様の大活躍で«緋ノ国»は勝利を収め、国土を統一したと聞いていたけれど。 「母国を滅ぼされた私達は、緋彌之命への服従を強いられた」 「長い時間をかけて作り上げた呪術も、国の宝とも呼べる呪装具も全て奪われてね」 雪花さんの針のような視線が私を射貫く。 「何より私達の誇りを傷つけたのは、«胡ノ国»の大神«〈黒主大神〉《くろぬしのおおかみ》»の存在を否定されたこと」 「そして、«〈黒主大神〉《くろぬしのおおかみ》»のお住まいであった«根の国»を、あなたたちの呪術のゴミ……」 「«因果のひずみ»の廃棄場所にされたことよ」 「では……«根の国»とは……」 「«黒主大神»の〈坐〉《いま》す〈座〉《くら》。 私達の魂の故郷」 「想像してご覧なさい」 「«大御神»の住む«〈高天原〉《たかまがはら》»が、日々の呪術によって汚されているとしたらどう?」 想像するだけで息が詰まる。 「それは、«胡ノ国»が«緋ノ国»を滅ぼそうとしたのが悪いのでは」 「先に戦争を仕掛けたのは«緋ノ国»よ。 緋彌之命より二百年前の話だけど」 「«緋ノ国»に攻められた私達は、総力を挙げて戦い、何とか滅亡を免れたわ」 「沢山の民が犠牲になったし、領土も大きく削られた」 「«胡ノ国»はそれから二百年かけて国力を回復させ、ようやく«緋ノ国»を追い詰めたのよ」 「は、初めて知りました」 「よく考えることね、斎巫女」 「私達にとっては、皇国こそ安寧を破壊した侵略者、伊瀬野こそ神を汚す冒涜者」 「八岐家が皇国に忠誠を誓うことなど、絶対にあり得ない」 「そんな私達に、伊瀬野は、巫女の代表として皇国の平和と安寧を願う祝詞を上げさせているの」 それは喩えるなら、共和国のお祭りで、私が共和国繁栄を願う祝詞を上げさせられるようなもの。 屈辱に満ちた服属儀礼だ。 「それに、大規模な術式で私達が負わされてきたのは、特別に負担の大きい役割よ」 「あなたの言う通り、重要な役割ではあるけどね」 「母も祖母も、その先の祖先達も、皆、術式の途中で死んだわ」 雪花さんが唇をきつく噛む。 瞳には憎悪の光が煌々と輝いている。 「私だって、三年前の開戦の日には«呪壁»の強化術式に参加させられていた」 「役割は、«因果のひずみ»の排出が上手くいかなかった時に«応報»を受け止めることよ」 「それじゃあ«型代»です」 それは人柱と言っていい役目だ。 雪花さんの言葉が本当なら、私が見てきた伊瀬野とは何だったのか。 奥伊瀬野の清浄な空気すら、どこか淀んで感じられてきた。 「共和国は、«呪壁»を壊して私を助けてくれたの」 「その彼らに恩返して何か問題ある?」 「ま、共和国も単に侵略したかっただけだから、ホントは恩なんて感じてないけどね」 「いいのよ、私は」 「八岐家の犠牲の上に成り立っている伊瀬野と皇国を潰すことができれば、細かいことはどうでも」 言葉が出ない。 最初は絶対に許せないと思っていたのに、今は……。 「私達は、何と罪深きことをして参ったのでしょう」 「雪花さんのお苦しみ、いかほどのものかと存じます」 「同情はいらないわ」 日食でも起きたかのように、周囲が暗くなった。 見上げれば、空一面を分厚い黒雲が覆っている。 「皇国は嫌いだけど、皇国が悪いとは思わない」 「弱者は強者に全てを奪われる。 ただそれだけのことよ」 「皇国が共和国に絞り尽くされていくようにね」 「でもっ!」 「さようなら。 無力な斎巫女」 低い地鳴りのような音と共に、黒雲が渦を巻いた。 ぞくりとする冷たい突風が、身体をなぎ倒さんばかりに吹き付けてくる。 「雪花さん、何をするおつもりですか!?」 「ふふふ、あなたたちが積もらせてくれた黒い雪を、少しお返ししようと思って」 「やめて下さい!」 黒い雪は、すなわち«因果のひずみ»。 こちらの世界に戻れば、因果に様々な悪影響が出る。 今まで呪術で得てきた利益が、全て負の方向に反転し、大地に降り注ぐのだ。 怪我、病気、死、天変地異──想像しうる、あらゆる厄災がもたらされるに違いない。 「やめて下さい、殺すのならば私だけにして下さい!」 「私は私の好きにするだけ!」 「止めたければ止めてみなさい、斎巫女!!」 風が強さを増した。 飛ばされた瓦が、他の神殿にぶつかり派手な音を立てる。 「雪花さん……」 皇国に征服され、信仰する神までをも奪われた八岐家。 その上、二千年に〈亘〉《わた》って危険な仕事に従事させられ、命を落としてきた。 積年の恨みと言えば簡単だが、一体どれほどの憎悪が彼女の中に渦巻いているのか。 ──おかわいそうに。 程度の違いこそあれ、私も家柄によって蔑まれ、虐げられる苦労を味わってきた。 悔しくて、惨めで、どうして自分など生まれたきたのかと嘆き。 誰ともその辛苦を分かち合えず、一人で泣いた。 雪花さんの怒りの百分の一にも満たないかもしれないが、私にも辛さがわかる。 もし私一人の命で溜飲を下げてくれるなら、喜んで差し出そう。 でも、彼女はもっともっと多くの血を望んでいる。 だから、私は守らなくてはならない。 皇国民の心の安寧を預かる者として。 「雪花さん、あなたの苦しみはわかります」 「でも、だからといって、国民を犠牲にはできません」 「あなたに止められるの?」 「呪力も残っていないくせに!」 「く……」 「先代の斎巫女も人選を誤ったわね」 「伊瀬野の管長の方が、何十倍もマシだったんじゃない?」 そんなこと、言われなくてもわかってる。 呪術でも勉学でも、みんな五十鈴の方が上だった。 でも、それでも──御先代様は私を後継者に選んでくれた。 「それでも、斎巫女は、この椎葉古杜音以外の誰でもありません」 胸の前で手を組む。 「呪力が残されていないのは、私が一番わかっています」 「ですから、私にできるのは祈ることだけです」 呪術の根源は«大御神»に祈り、願いの成就を乞うこと。 皇祖様が«根の国»を利用する新しい呪術を作られる前から──«型代»を用いる«古代呪術»が成立する以前から──巫女は祈り、奇跡を起こしてきた。 ううん、本当は順番が逆なんだ。 神に祈ることは、誰にでも許された行為。 あらゆる人が祈りを捧げる中で、本当に«大御神»へ願いを届けることができた人間が巫女と呼ばれるようになったのだ。 だから、供物を捧げたり祝詞を上げたりするのは、願いが届く可能性を上げるための手段に過ぎない。 本当に必要なのは、一切の雑念なく祈る、強い心のみ。 それこそが«原初呪術»──«因果のひずみ»という代償すら伴わない、この世の姿を根底から変えてしまう、純粋な〈神の力〉《奇跡》。 一億分の一、一兆分の一、一京分の一……どれほどの確率で、«大御神»は願いをお聞き届け下さるのか。 わからないけれど、私は願いを届けなければならない。 みんなを守るために──「〈恐〉《かしこ》みも〈白〉《もう》さく……この身、この魂、私の全てを捧げ奉る」 「請い願う、国民を害せんと欲する巫女を、«大御神»の御力にて討ち滅ぼし給わんことを!!」 空を覆っていた黒雲が、太陽に吸い込まれるかのように凝縮し、姿を消した。 「これは……」 「お、«大御神»」 蒼天に坐す日輪から、一筋の光条が奥宮の本殿に落ちた。 本殿にあるは二千年の祈りによって磨き上げられた神鏡一面。 破邪の光条を、神鏡が減衰させることなく反射させる。 それは紛う事なき«大御神»の御力──行く手を遮る壁や岩すらも容易く貫き通し、ただ一点を目指して直進する。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 奇跡、としか思われなかった。 太陽から奥宮に伸びた光条が、何かに反射したのか軌道を変え──雪花の腹に風穴を開けた。 「く……ま、まさか……」 雪花雪花は、何かを求めるように数歩よろめいた後、地に伏した。 古杜音は、その光景を呆然と見つめているだけだ。 「古杜音!」 「古杜音っ!」 宗仁・朱璃空が晴れたせいだろうか、身体が動く。 朱璃と二人、古杜音に駆け寄る。 「宗仁様……朱璃様……」 古杜音「大丈夫?」 朱璃「はい、私は平気でございます」 夢でも見ているのか、といった表情の古杜音。 「これが……«原初の呪術»……」 「«因果のひずみ»すら生まない……純粋な«大御神»の奇跡……」 雪花の服が真っ赤に染まっている。 さすがにもう戦えないだろう。 「雪花さん……申し訳ございません」 「私は、あなたを救えませんでした」 「敵に謝るなんて、よくよくお人好しね」 「だから、«大御神»も願いを聞いてくれたのか……ふふ」 苦笑いする雪花の口から血が流れる。 「でも、まあいいわ……私の目的は、達したから」 雪花の手には、〈罅〉《ヒビ》が入り今にも砕けそうな宝珠があった。 「あっ!!!」 「駄目な子ね……先代の形見を、こんなにしちゃって」 「お陰で、ようやく……あの方のお力が取り戻せる」 「あの方? 誰のこと?」 雪花が答える前に、背後から流麗な旋律が流れてきた。 ものを考えるより早く、身体が硬直する。 この曲には聞き覚えがある。 天京の学院で何度も……。 ……。 いや、違う。 俺は、もっともっと昔から、この曲を──「やあ、宗仁。 夏以来ですね」 ロシェル輝く金髪が風になびく。 「なぜここに?」 宗仁「こう見えましても、奥伊瀬野捜索部隊の隊長なのです」 「もう部隊は全滅してしまいましたが」 「戦うつもりか?」 「いえいえ、今やっても全く面白くない」 「大体、そっちの準備が整ってないじゃないですか」 「何言ってるの?」 「うーん、わからないか」 「もう、宮国さんは焦らすのがお得意ですね」 「はあ?」 敵意がないように見えるが、油断はできない。 「ロシェル……様……」 「ご苦労様、雪花」 「随分と美しい姿になりましたね」 「ご冗談が……きつうございます、ね」 苦笑いした口から血が溢れ出る。 「いいえ、本心ですよ」 雪花の隣に膝を突き、割れた宝珠を手に取る。 「よくやってくれました」 「ありがとうございます……ロシェル様」 「これで、私も心置きなく……」 「休んでいて下さい。 あなたにはまだ手伝って頂きたいことが沢山あるのです」 さて、とロシェルが立ち上がる。 「椎葉さん、あなたにはお礼を言わないといけませんね」 「えっ、はい? どういう意味なのでしょうか」 「この宝珠を壊してくれたではありませんか」 壊れかけの宝珠をかざすロシェル。 「先代の斎巫女は素晴らしい方でした」 「何しろ、自分の命より皇国の平和を大切にされたのです」 「御先代様の最期をご存じなのですか?」 「ええ、それはもう、よく存じ上げておりますよ」 「私が殺したのですから」 「っっ!!」 古杜音の表情が凍り付く。 「な……なぜ……どうして御先代様を」 「«呪壁»を止めるためですよ」 「あれが動いていては、強大な共和国といえど皇国は征服できませんから」 では、«呪壁»を破壊したのはロシェルだったのか。 「逃げることもできたでしょうに、彼女は命を代償に、あるものに鍵を掛けました」 「さて、それは何でしょうか?」 ロシェルが俺たちを見回す。 答えなどわからない。 「誰もわかりませんか?」 「では、答えをお見せしましょう」 ロシェルが宝珠を握りしめる。 宝珠が砕け散った瞬間、全身に鳥肌が立った。 「ああ、これです、この充実感」 ロシェルはもう、数秒前までの彼ではなかった。 穏やかな笑みをたたえるロシェルの身体からは、真冬の海の底にいるかのような凍気が流れ出ている。 それは、身体を凍らせるものではない。 魂を、命そのものを凍てつかせる、どこまでも暗い凍気だ。 忘れることのできない、あの凍気だ。 「宗仁は答えがわかったようですね」 「そうです、斎巫女が鍵を掛けたのは私の力です」 「彼女がかけた鍵は非常に複雑でして、私や雪花では解除できない代物でした」 「ですから、先代の斎巫女を凌ぐ力を持つ巫女に壊してもらう必要があったのですね」 「では、はじめから私に……」 「ええ、目を覚ましたあなたなら、きっと可能だと思っていました」 「さすがに、«大御神»のお力で壊してくれるとは思いませんでしたが」 「共和国の表現で言うと、オーバーキルですね」 雪花の真の目的は、古杜音に宝珠を壊させることだった。 だから古杜音を殺さなかったのか。 「あなた、何者?」 「私をお忘れとは寂しい限りですね、緋彌之命」 ロシェルの言葉に、予感は確信に変わる。 「緋彌之命ってどういうこと?」 「宮国さん……いえ、〈皇姫殿下〉《きでんか》」 「あなたが緋彌之命の力を継ぐ存在だということです」 「天京で初めてあなたを見た時、私は心底驚きました」 「気高き美貌、清冽な佇まい、まったくもって緋彌之命と瓜二つ」 「そんな少女をミツルギが守っていたのですから、もう間違いようがありません」 ロシェルが俺を見る。 「あれから二千年……あなたはやはり亡くなってはいなかった」 「ようやく私の元へ戻ってきてくれたのですね、緋彌之命」 「な、何を言っているの? 私は……」 「ああ、駄目です、早く、一秒でも早くあなたを傷つけたくてたまらない」 ロシェルが天を仰ぐ。 「でも、我慢! 我慢です!」 「今ここであなたを殺したところで、まったく面白味がない」 「緋彌之命、あなたを殺すには、もっと美しい舞台を作る必要がある」 ロシェルが醜悪な笑顔を浮かべる。 これほど禍々しい表情ができる存在を、俺は一人しか知らない。 時代を越えてミツルギの前に現れ、阿鼻叫喚の地獄をもたらす者──唾棄すべき、皇国の敵──そして──緋彌之命の〈仇〉《かたき》。 「お前が現代の«〈禍魄〉《かはく》»か」 「正解です、宗仁」 「いえ、ミツルギと呼んだ方がいいでしょうか」 「ようやく記憶を取り戻してくれたのですね」 無言で呪装刀の柄を握る。 と、ロシェルの姿が陽炎のように揺らいだ。 「おいおい、やめてくれよミツルギ」 融「俺は荒事が苦手なんだ」 記憶の中の融と瓜二つの男が言う。 「姿を変えられるの!?」 「その通りです、緋彌之命。 私が殺した人間に限りますけれど」 「宝珠が壊れたお陰で、ようやくこの力を取り戻しました」 「禍魄、悪ふざけはやめろ」 「いいじゃないかミツルギ、何事も愉快が一番」 切っ先を禍魄に向ける。 「融を汚すな」 「ははは、あなたの友人だったからですか」 禍魄「貴様に語る必要はない」 自由になった頭部が、鞠のように地面を弾む。 「宗仁……」 「斬ってしまって良かったの?」 「……いや」 「おいおい、ミツルギ、びっくりするじゃないか」 転がった頭が愉しそうな顔で俺を見ている。 やはり殺せないか。 もはや疑うべくもないな。 ロシェルこそが禍魄だ。 再び禍魄の身体が歪んだかと思うと、次の瞬間には首が復元した。 「ミツルギに斬られるのは、これで何度目でしょうか」 「ああ、この興奮……何度経験しても飽きません」 「殺すのもいいですが、やはり殺されるのが最高です」 禍魄が、料理の感想でも述べるかのように滔々と語る。 「いかがですかミツルギ、かつての恋敵を斬った気分は?」 「恋敵などではない」 「おや、忘れたのですか?」 「緋彌之命にこの男との見合いを勧めながら、緋彌之命としっぽり決めていたじゃありませんか」 「……」 朱璃が息を飲むのがわかった。 「もういい」 「お前はなぜ何度も俺の前に現れる? 目的は?」 「私自身、自分のことはよくわかりません」 「ですが、雪花の話によれば、ミツルギ、あなたの同類ということです」 「あなたが皇国に降りかかる厄災を斬り続けるなら、私もまた皇国に厄災をもたらし続ける」 禍魄が笑う。 その笑顔は、言葉の内容に反し、春風のように朗らかだ。 「簡単に言えば、私達の殺し合いは永遠に終わらないということでしょうか」 「ミツルギも、斬る相手がいなくなっては困るでしょう?」 「ならば俺を殺せばいい。 周囲を巻き込むな」 「おや、やっとご自分がミツルギだと自覚できたようですね」 「質問に答えろ」 「なぜ俺だけを殺さない」 「言ったではありませんか。 私は『皇国に』厄災をもたらす者です。 『あなたに』ではありません」 「まあ、個人的な感情として、ミツルギと緋彌之命にはこれ以上なく苦しんだ上で死んでもらいたいと思っていますけれど」 「皇国の敵か」 「まさしくその通り」 「じゃあ、あなたが共和国に味方したのは、もしかして」 「もちろん、皇国を滅ぼすためです」 「というより、そのために共和国を作ったのですが」 「共和国を……作った?」 「はい。 三百年ほど前に海を渡り、私は共和国を作りました」 「とても一晩では語り尽くせないほどの苦労がありましたよ」 「じゃあ、三年前の戦争はあなたが……」 「もちろんです」 「武人町が燃えさかる様は、なかなかの美しさでした」 「国を守ってきた武人が、なすすべもなく焼け死んでいく」 「個人的には、今までに完成させた〈作品〉《戦場》の中では白眉かと思っています」 「お恥ずかしい話ですが、燃える武人町を見ながら、五度も果ててしまいました」 共和国が皇国を攻めたのも、大勢の武人が死んだのも、全ては禍魄が仕組んだことなのか。 「お前……」 「いいですね、ミツルギ。 あなたのそういう顔を見たかったのです」 「とても美しい」 「私の本能が、身体を流れる衝動が、はしたないほどに反応しています」 「ふざけないで」 朱璃が真正面から禍魄を見据える。 身体中から、殺気にも似た激情が噴き出ている。 「ははは、いい顔するではありませんか」 「黙れ!!!!」 朱璃の声が空気を震わせる。 「あなたを許さない」 「絶対に……絶対に、あなたの息の根を止めて見せる」 「嬉しいことを言ってくれますね」 「ですが、私は何度でも蘇りますよ」 「結構。 何度でも蘇りなさい」 「今まであなたが握り潰した命の数だけ、殺してあげる」 「一万回でも、十万回でも、百万回でも!」 髪の一本一本にまで怒気が満ちている。 朱璃がこれほどの怒りを見せるのは初めてだ。 「その気高さ、高潔さ、やはりあなたは息が止まるほどに美しい」 「さすが緋彌之命の力を……」 「いいえ、あなたはあなたで美しい」 「緋彌之命の代用品かと思っていましたが、かなり殺る気が出てきました」 「黙れ下郎!」 「お前の言葉、これ以上聞くに値しない」 「同意する」 再び呪装刀を構える。 「宗仁、禍魄を黙らせなさい!!」 「おっと」 切っ先が禍魄の左手をはね飛ばした。 「はああああああっっ!!!」 火花が散った。 丸腰だったはずの禍魄の手に、漆黒の刀がある。 一体、どこから出したのか。 「天京にいた頃よりは良くなっているようですが、ミツルギとしては物足りません」 「うーん、何がミツルギの目覚めを妨げているのでしょうか」 「異国のお伽噺のように、緋彌之命の口づけでも必要なのでしょうか」 自分の問題であるかのように、首をひねる禍魄。 「宗仁! 斬って」 「御意っ!」 思案顔の禍魄の刀を押し返す。 「あ……」 禍魄の体勢が崩れた。 その一瞬を逃さない。 ガラ空きの胴を横に薙ぐ──「くっ!?」 引こうとした左足が動かない。 見れば、俺の足首を、切り落とした禍魄の手が掴んでいる。 「宗仁様っ!?」 「ぐっ!?」 体重が支えられず、膝を突く。 何が、起きた……?力が抜けた左足を見る。 「く……」 足首が骨ごと粉砕されている。 禍魄の手に握り潰されたのだ。 少し離れた場所には、先程まで自分の一部だった、自分の腕が落ちている。 「これでも手加減したつもりですよ、ミツルギ」 「いや、今のあなたをミツルギと呼んでは、作り主たる緋彌之命に失礼ですね」 「あなたは、ただの武人、鴇田宗仁だ」 「俺はっ……」 鴇田宗仁だ。 禍魄の言葉は間違ってはいない。 間違ってはいないが、宿敵の前で無様に尻餅をついている〈鴇田宗仁〉《おれ》など、認めたくない。 「宗仁っ!!」 朱璃が傍に駆け寄ってくる。 「来るな!」 「朱璃は、見てくれているだけでいい」 朱璃が唇を噛む。 「……ああ、なるほど、そういうことでしたか」 「これは想定外です」 禍魄が頭を掻く。 いつの間にか、そこには手が再生していた。 「大体察しが付きました」 禍魄が漆黒の呪装刀を、遠くの朱璃に向ける。 「ミツルギの目覚めを妨害しているのはあなたです、宮国朱璃」 「あなたと宗仁の強い繋がりが、ミツルギを身体の奥に封じ込めている」 「私は邪魔なんてしてない」 「いえいえ。 だって、あなたはミツルギを恐れている」 「宗仁が自分を捨てて、緋彌之命に走ってしまうと思っているんでしょう?」 「なっ!?」 「更に言えば、自分の中の緋彌之命の力だって受け入れていない」 「知らない女に、自分の身体を明け渡したくないと思っている」 「あなたは、宮国朱璃として宗仁に愛されることを願っているから」 「違う! 私は……」 言葉が途切れる。 「宮国さん、あなたは春から何も変わっていない」 「私に攫われた時のこと、覚えていませんか?」 朱璃が目を見開く。 「禍魄……朱璃を攫ったのは、お前だったのか」 「ええ、そうです」 「折角、緋彌之命とミツルギが出会ったのに、二人ともすっかり自分の力を忘れている」 「だからまあ、テコ入れになればいいかと思って、余計なお節介をしてみたのです」 「ですが、どうも裏目に出てしまったように思います」 あの時、朱璃は夢を見ていたと言ったが、本当は禍魄と何か話をしていたのだ。 「朱璃、倉庫で何があったんだ?」 「簡単に言えば、宗仁の命と皇国の再興、どちらが大事か尋ねたのです」 「結局、宮国さんはあなたの命を取りました」 「小此木のことは諦めるから、宗仁の命を……」 「やめて!」 「やめてよ」 朱璃がうなだれる。 古杜音がそっと隣に寄り添った。 「私がいじめたようになってしまいましたね」 「これも私の趣味ですので、どうぞご容赦下さい」 禍魄がぺこりと頭を下げる。 「あなたも悪いのですよ、宗仁」 「いつまでも宮国さんとの関係にこだわっているから、ミツルギも遠慮するんです」 「俺は……主の刃……」 「思い出して下さい、あなたの主は緋彌之命です」 「あれほど激しく愛し合っていたのに、忘れてしまったのですか?」 俺が、朱璃との主従関係を何よりも大切にしているのは事実。 朱璃の心情もまた、彼女の打ちのめされた顔を見れば、図星だとわかる。 「宗仁、反省なさい」 禍魄の姿が消える。 「ぐ……」 次の瞬間、禍魄は朱璃に当て身を食らわせていた。 文字通り、目にも留まらない。 出血が激しいとはいえ、これが俺と禍魄の実力差か。 「あ、あ、あ、あなた、朱璃様をっ」 「まあまあ」 「ひう……」 古杜音もまた、当て身を食らって地に伸びた。 「言っては何ですけれど、斎巫女が一番自分の役割を心得ているのではないですか?」 「己の命を捨ててまで、ミツルギの力をある程度引き出しました。 立派な御仁です」 言いながら、禍魄が朱璃の身体を肩に担いだ。 駄目だ、このままでは。 俺は、何を悠長に這いつくばっているんだ。 「禍魄……」 刀を杖に、立ち上がる。 片腕に片足。 だからといって、戦えないわけではない。 「あなたが宮国さんを振り切れないのなら、私が物理的に引き離してあげましょう」 「待て……」 「怒るなら自分の不甲斐なさを怒って下さい」 「あなたが弱いから、宮国さんは……」 「……あ?」 不意に、禍魄の腹から刃が突き出た。 「麗しき〈皇姫君〉《ひめぎみ》の玉声に触れ、死の国よりまかり越し候」 刻庵「刻庵殿……」 禍魄を、刻庵殿が背後から貫いていた。 「宗仁!!」 「応っ!!」 全力で地を蹴った。 片足の俺は、着地すらできない。 この一撃を外せば、刻庵殿のお心を無にしてしまう。 全体重を乗せ、呪装刀を叩きつける。 「くっ!!」 閃光と化した刃が禍魄の肩に食い込む。 「おおおおおおっ!!!」 渾身の力で、禍魄の腕を斬り裂く。 朱璃が地面に落ち、俺もまた、刀を振った勢いのまま倒れ込んだ。 「ああもう」 「宗仁、見事!」 刻庵殿が禍魄を貫いたままの刀を、斬り上げる。 肋骨を下から断ち割り、刀身が肩まで達する。 「皇家を汚す者よ、共に旅立とうぞ」 「素晴らしき胆力です、ご老体」 肩が割られるのも構わず、禍魄が重心を下げる。 「しかし、あの世へはお付き合いできません」 振り返りざまの裏拳が、刻庵殿の顔面を捉える。 大の男の身体が、軽く十〈米〉《メートル》は吹き飛んだ。 それきり、刻庵殿は動かなくなる。 「はあ、驚きました」 禍魄が息をつくと、落ちた腕も斬り割られた上半身も、何事もなかったように修復されていく。 「化け物が」 「あなたも変わりませんよ」 笑顔のまま、禍魄が片足を上げる。 「ぐあああっ!?」 そのまま、俺の足を踏み潰した。 「私も病み上がりですし、今日はこの辺にしましょう」 「あなたとご老体の最後の頑張りに免じて、宮国さんは置いていきます」 「その代わり」 今度は、古杜音を担ぎ上げた。 「斎巫女はもらっていきましょう」 「待て……かは、く……」 「宮国さんとよく相談して下さい」 「弱い鴇田宗仁と、強いミツルギ、今はどちらが必要なのですか?」 禍魄が踵を返す。 そして、離れた場所に倒れていた雪花をも担ぎ上げ、赤く染まり始めた空へ跳躍した。 「古杜音……」 何ということだ。 朱璃を守ることはできたが、古杜音を攫われてしまった。 「くそっ!!!」 地面に拳を叩きつける。 守りたいものが、手のうちから次々とこぼれ落ちていく。 「ん……」 朱璃が瞳を開けた。 「朱璃、無事か」 「大丈夫だと思う」 朱璃がよろよろと立ち上がり、辺りを見回す。 「禍魄とかいう奴は?」 「消えた」 「古杜音は?」 「攫われた」 「うそ……」 それ以上、互いに言葉が出ない。 いっそ頭ごなしに非難された方がまだ楽だ。 「む……」 と、その時、刻庵殿がうめき声を発した。 朱璃の肩を借り、刻庵殿に近づく。 「……ひ、〈皇姫君〉《ひめぎみ》……ご無事で何より……」 刻庵殿の瞳に、優しげな輝きが宿っている。 間違いない。 俺の居場所を作り、武人として鍛えてくれた稲生刻庵殿だ。 「正気に戻られたか」 「迷惑をかけたようだな、宗仁」 「なんの」 「すぐに治療を」 「無駄よ。 儂は間もなく逝く」 むしろ自らの死を喜ぶように、刻庵殿は目を細めた。 「手足の傷、もうふさがり始めているようだな」 「え?」 禍魄に切断された部位は、もう血を流していない。 傷は乾き、肉が隆起し始めていた。 「ようやく、元の力を取り戻したか」 「刻庵殿……ご存じでしたか」 「然るべき時まで、宗仁と武人を守ることが、宰相と交わした約束であった」 「しかし、上手くいかぬものだな。 儂の器では何も守れなんだ」 刻庵殿が目を瞑る。 「あなたは、小此木と通じていたのね」 「仰る通りでございます」 「年寄りにできることなど、その程度……」 「ごほっ! ごほっ!」 咳き込みながら刻庵殿が血を吐く。 「命果てる前に、皇姫君をお救いすることができ嬉しく思います」 「武人として、これ以上など望むべくもございません」 「刻庵……」 朱璃が刻庵殿の手を取る。 「皇姫君、失態をお見せ致しました」 「敵の手先となり主に刃を向けるなど、これ以上の罪はございません」 「終わったことです、刻庵。 全てを許します」 強く、刻庵殿の手を握る朱璃。 「長らく皇国に尽くし、務めてくれたことに感謝します」 「あなたが助けてくれたことは生涯忘れません」 「おお、何と勿体ないお言葉なのか……」 刻庵殿の瞳に熱いものが溜っていく。 「稲生は皇家の刃。 皇姫君にご奉公ができたこと、恐悦至極に存じます」 「後のことは宗仁が……ごほっ」 「刻庵殿!」 「最期に正気に戻れたのも«大御神»の思し召しであろうな」 「こうして話ができたこと、ありがたく思う」 目の錯覚か、刻庵殿の顔を染める血がほのかに輝いて見える。 「最後に一つ、聞きたい」 「滸は……息災か?」 どう答えたものだろう。 いや、決まっているな。 「もちろんです、刻庵殿。 傷は負いましたが達者にしております」 「ならば良かった」 双眸から、急速に光が失われていく。 俺の呼びかけには答えず刻庵殿は──息を止めた。 その表情は微笑んですらいるように見える。 きっと満足されて逝かれたのだろう。 刻庵殿、安らかに。 まだ温もりの残る師匠の手を取り、血に濡れた胸の上に組み合わせた。 戦いが終わり、夜が更ける。 欠損した俺の手足は、五十鈴をはじめとした巫女たちの«研ぎ»により完全に修復した。 五十鈴の話では、«治癒»よりも格段に効率よく怪我を治せるようだ。 いや、俺の場合は、怪我というより破損なのだな。 「すまない、古杜音を守りきれなかった」 「いえ、宗仁様が命懸けで戦われたことは、誰もが知っておりますので」 五十鈴「私も«守護呪壁»の起動に集中する余り、斎巫女から目を離してしまいました」 「あなたは十分に責務を果たしました。 自分を責めないで」 「ですが……」 反論の言葉を飲み込み、五十鈴が静かに目を伏せる。 「五十鈴、奥伊瀬野の被害状況は?」 「三百余名いた神職で、戦うことができるのは五十名程度です」 「奥宮以外の神殿は多くが損傷しておりますので、奥伊瀬野を守る結界もかなり弱まっております」 「結論としては、ここを拠点として使い続けるのは難しいかと」 五十鈴が冷静に告げる。 「そう」 惨憺たる有り様だ。 誰もが口を開かず、重苦しい沈黙に包まれる。 と、巫女が一人部屋に入ってきて、五十鈴に何やら耳打ちした。 「失礼いたします」 「負傷した禰宜の容態が優れないとのことで」 「席を外してもよろしいでしょうか」 「もちろん。 行ってあげて」 朱璃が促すと、五十鈴は一礼して去っていった。 おそらく今晩のうちに、さらに何名かの神職が帰らぬ人となるだろう。 「ああ……」 天を仰ぎ、朱璃が拳を握りしめた、──私のせいだ。 朱璃はきっとそう言いたかったに違いない。 しかし、自責の念は口にしないだろう。 戦いを指揮した者にとっては、甘えであるとわかっているからだ。 「力が、必要だ」 「ええ、強くならなくちゃ」 禍魄の言葉が、あれからずっと頭の中で響いている。 「恥ずかしい話だけど、禍魄が言っていたことは全部当たってる」 「私は……」 朱璃が俺を見つめる。 「私は宗仁に捨てられたくなかった」 「宗仁がミツルギになって、皇祖様の臣下になってしまうのが怖かった」 「それに、自分の身体を皇祖様に差し出すことも」 「力が欲しいなんて言ってたけど、覚悟が足りなかったのね」 「でも、もういい」 「今は何より力が欲しい」 「たとえ、自分自身を皇祖様に差し出すことになっても」 「俺も同じだ」 「鴇田宗仁であること、君の臣下であること……それは勿論大事だ」 「だが俺は、国を守るものとして強くなければならない」 「いや、強さを求め続けなければならない」 「弱ければ、奪われるだけだ」 例えば、八岐家が皇国に全てを奪われたように。 例えば、皇国が共和国に搾取されているように。 「天京へ行きましょう」 「古杜音を攫われた今、皇祖様の力を解放する手がかりは«紫霊殿»にしかない」 「私が力を手に入れれば、きっと宗仁も正真正銘のミツルギに戻れるはず」 「そこに賭けるしかない」 「今の実力では、禍魄を止めることができないんだ」 「あいつは、これからも皇国に惨劇をもたらすはず」 「三年前の戦争よりも、もっともっと恐ろしい惨劇を」 「力を手に入れ、止めよう」 「ええ」 深く頷いてから、朱璃は窓の外の月を見上げた。 欠けた月は、まるで今の俺たちの姿を現わしているようにも見える。 「私は皇祖様に、あなたはミツルギに……」 「私たちは二千年前の姿に戻るべきなのね」 「いいえ、もしかしたら、それが定められた歴史の流れなのかもしれない」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 奇跡、としか思われなかった。 太陽から奥宮に伸びた光条が、何かに反射したのか軌道を変え──雪花の腹を貫通していた。 「く……ま、まさか……」 雪花何かを求めるように数歩よろめいた後、雪花が地に伏した。 古杜音は、その光景を呆然と見つめているだけだ。 「古杜音!」 「古杜音!」 宗仁・朱璃重い身体を無理矢理動かし、古杜音に駆け寄る。 「宗仁様……朱璃様……」 古杜音「大丈夫?」 朱璃「はい、私は平気でございます」 夢でも見ているのか、といった表情の古杜音。 「これが……«原初の呪術»……」 「«因果のひずみ»すら生まない……純粋な«大御神»の奇跡……」 雪花が呻く。 服には血が広がっていっている。 もう長くはないと、誰が見てもわかるほどの傷だ。 「雪花さん……申し訳ございません」 「私は、あなたをお救いできませんでした」 「敵に謝るなんて、よくよくお人好しね」 「だから、«大御神»も願いを聞いてくれたのか……ふふ」 苦笑いする雪花の口から血が噴き出た。 「雪花さん、しっかり」 「斎巫女に励まされるなんて、締まらない最後ね」 「ねえ、最期に聞かせてくれる?」 「私の死を悼み、それでも私の死を求めたあなたは、これから何を望むの?」 辛辣な質問を投げかけたつもりなのだろう。 だが、古杜音は俯くことなく真っ直ぐな瞳で答える。 「私は斎巫女です」 「斎巫女にとって大事なことは、皇国に住まう人々の安寧です」 「この国の人たちが笑って暮らせるようになって欲しい」 「雪花さんのように、悲しい運命を負う者がいない、優しい世界を作りたいです」 「優しい世界……ふふ、馬鹿みたい……」 再び笑う雪花。 だが、その表情は幾分か優しくなっていた。 「稲生滸は軍の基地にいるわ」 「滸は生きているのか?」 宗仁何も言わなかったが、目がそうだと肯定していた。 雪花の手から、傷一つない宝珠が転がり落ちる。 「御先代様の宝珠が……」 「椎葉古杜音」 「もし本当に優しい世界を作る気なら……その宝珠は、死んでも守りなさい」 「は、はい!」 古杜音は宝珠を取り、強く胸に抱く。 「すみません、先に逝かせていただきます……ロシェル様……」 徐々に小さくなっていく声音。 最後に、大きく息を吐いて──雪花は事切れた。 一陣、冷たい風が吹く。 風に混じって暗く、背筋をなぞるような嫌な気配が流れてきた。 「誰だ……?」 かすかに口笛が聞こえてくる。 しかし、辺りを見回しても人の気配はない。 「……気のせいか」 悪寒を感じたのは一瞬だけ。 後は伊瀬野の、冷たく冴えた風の音だけが響いていた。 戦いが終わり、奥伊瀬野に静謐な空気が戻ってきた。 「五十鈴、奥伊瀬野を守れたのはあなたのお陰よ」 「過分なお言葉でございます」 五十鈴「いえ、宗仁様が刻庵殿を斬って下さらなければ、奥伊瀬野は全滅していたと思います」 「五十鈴、こちらの被害はどうなっていますか?」 「三百余名いた神職で、戦うことができるのは五十名程度です」 「奥宮以外の神殿は多くが損傷しておりますので、奥伊瀬野を守る結界もかなり弱まっております」 「結論としては、ここを拠点として使い続けるのは難しいかと」 「そうですか」 「命を落とした者は、丁重に弔いましょう」 悲しそうに俯く古杜音。 それぞれが己の道を選んだ結果とはいえ、惨憺たる有り様だった。 誰もが口を開かず、重苦しい沈黙に包まれる。 「……」 「宗仁、天京に行きましょう」 沈黙を破ったのは朱璃だった。 「しかし、緋彌之命の力はまだ解放されていない」 「稲生が捕まっているの。 放置できないでしょ」 「同感だが、共和国軍とぶつかったらどうする」 「捜索部隊が壊滅したことを知れば、手出しを控えるんじゃないかしら」 「それに、ミツルギの力もそれなりに戻っているんでしょ?」 「ああ、間違いない」 危険な賭けだが、後悔はしたくなかった。 それに、敵に発見された以上、いつまでも奥伊瀬野に篭城するわけにもいくまい。 「わかった」 「決まりね」 朱璃とともに立ち上がる。 「し、少々お待ちくださいませっ」 慌てて古杜音も立ち上がった。 「お二人とも怪我をされていますし、まずは治療をお受けください」 「確かに、私はともかく宗仁は治療が必要ね」 俺の総身を見て呟く朱璃。 「それと……一つお願いがあるのですが」 「私も一緒に、天京へ連れて行っていただけませんか?」 「古杜音を?」 「危険だ。 やめた方がいい」 連れて行けば、必ず危ない目に遭うだろう。 古杜音にそんな思いはさせたくない。 「宗仁様、私は斎巫女なのですよ」 「ミツルギ様の花嫁として、どこまでもお供させていただく権利がございますっ」 「そう言われてもな」 困った。 「どうせ駄目って言ってもついてくるわよ」 「大当たりでございます」 「いいのか、朱璃」 「自らの進む道を自ら選ぶ者に、後悔はない」 「でしょ?」 それを言われたら何も反論できないな。 「わかった。 じゃあ三人で行こう」 「わーいやったー!」 素直に喜ぶ古杜音。 久しぶりの明るい笑顔に、暗く沈んだ雰囲気が緩んでいく。 「あ、ですが伊瀬野のことはどう致しましょう」 「私にお任せ下さい」 五十鈴が進み出る。 「よいのですか?」 「私はそもそも伊瀬野の管長、ここを守るのが仕事でございます」 「それに、斎巫女がいても大して役に立ちませんし」 意地悪く笑う五十鈴。 「うう……五十鈴は相変わらず酷い」 「斎巫女の居場所は天京の勅神殿でございます」 「ありがとう、五十鈴」 「またお目にかかれる日を楽しみにしております……古杜音」 「うん、五十鈴」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「宗仁様、少しよろしいでしょうか」 古杜音障子の向こうから、古杜音の声がした。 「構わないぞ」 宗仁「ありがとうございます」 「どうした?」 何やらそわそわした様子の古杜音。 「いえ、特に何ということはないのですが……朱璃様はいまお隣に?」 「いいや、今は子柚のところにいる」 「なるほどなるほど、それはそれはそれは」 何やら企み顔だ。 「何か俺に用なのか?」 「いえ、特に用があるというわけではありません、と言いつつありますが」 「どっちなんだ」 「少し宗仁様とお話をしたいと思いまして」 「その、ミツルギ様になった時のことなど伺えればと」 「そういうことか」 俺も古杜音に言わなければならないことがある。 「ありがとう、古杜音。 君が機転をきかせてくれたお陰で皆が助かった」 「感謝してもしきれない」 「いえ、そんな」 頬を赤らめる古杜音。 「雪花に向けて使った最後のあれは、どういうものだったんだ?」 古杜音に関わることだ、聞いておきたい。 「あれは«原初の呪術»と言われるものでございます」 「«大御神»に供物を捧げて祈り、願うこと」 「皇祖様が現れるまでは、そうして«大御神»の奇跡を享受してきたのです」 「何を願った?」 「雪花さんを倒し、朱璃様や宗仁様を助けたい……その一心だったと思います」 「あの方の境遇には同情しますし、可哀想だとも思いました」 「それでも……皆さんを失いたくはなかった」 「だからそう願ったのです」 「その結果が、あの極光か」 「はい、雪花さんには申し訳ないことをしました……」 踏みにじられ蹴飛ばされ、それでも敵の身を憂い、身を切る思いで決断してもなお後悔する。 それが古杜音の素晴らしいところ──類い希なる資質なのだと思う。 「どうして古杜音が斎巫女に選ばれたのか、何となくわかった気がするな」 「本当でございますか?」 「御先代様は、私には『人を愛する才』があると仰っていたそうなのですが」 「ああ、そうだな」 「俺も古杜音にはその才があると思う」 ミツルギの記憶にあった椎葉千波矢──初代の斎巫女も、愛くるしく一途に人を想うことのできる人物だった。 古杜音とよく似ている。 「宗仁様、なぜ私を見て笑われるのですか?」 「まったく、ミツルギ様の花嫁をないがしろにするなんてどうかと思いますよ」 おかしなやつだと思うのと同時に、愛らしい女性だとも思う。 「そうだ、«ミツルギの花嫁»と言えば」 「刻庵殿と対峙していた時、突然凄まじい力が溢れてきたが、あれは何だったんだ?」 朱璃が言うには古杜音が«研ぎ»を行ったとか。 「今まで、私は宗仁様を人と思い«治癒»の術を施して参りました」 「ですが本当は違ったのです」 「ミツルギ様を«天御剣»という一振りのモノだとしたら、という見立ての元に«研ぎ»を行ったのです」 「……なるほど、合点がいった」 古杜音の言は、すとんと腑に落ちた。 つまり俺は正真正銘の道具、主の刃であったということだ。 武人が刃を持つ者なら、俺は刃そのものなのだ。 「朱璃様からお聞きしたのですが、«研ぎ»の後はまるでミツルギ様そのものであったとか」 「具合はどうでしたか?」 「あの時の俺は、まさに剣神そのものだったと思う」 刻庵殿をこともなく打ち破る圧倒的な力量を備えた、恐るべき存在だった。 あれなら共和国軍の千や二千なら相手にできるだろう。 「では、もし危なくなったら私が宗仁様をお研ぎすればよろしいですね」 「駄目だ。 もう二度と«研ぎ»は行わないで欲しい」 「ど、どうして駄目なのでございますか?」 ミツルギになった後、俺は自らの内に古杜音の魂を感じていた。 おそらく斎巫女は、«研ぎ»を行うことで、魂をそっくりミツルギに捧げてしまうほど消耗するのだ。 雪花が魂を引っ張り出してくれたからよかったものの、そうでなければ古杜音は間違いなく死んでいる。 「古杜音を失いたくないからだ」 「えっ、そ、それはあの、どのような意味で……」 「そのままの意味だ」 黒い雪が降る世界で古杜音を助けたとき、俺は気付いた。 俺はどうあっても古杜音を失いたくない。 それは朱璃に向けている感情とは全く別もので、ただ守りたいというだけではなく──「あの、伺ってもよろしいですか?」 「宗仁様にとって、私はどういう存在なのでしょうか」 「……よくわからない」 この胸が痛くなるような感情は、初めてではない。 しかし今までずっと封印してきたものだ。 だから、どう表現すればいいか迷う。 「確かめてみませんか?」 「私も、宗仁様にどう思われているのか確かめてみとうございます」 「だが……どうやって?」 「簡単なことでございますよ」 互いの息がかかるほどの距離に、身体を近づけてくる古杜音。 それで、古杜音が何を望んでいるのかわかった。 「待て、それは駄目だ」 「なぜでございますか?」 潤んだ瞳で、熱っぽい視線を送ってくる。 「古杜音は巫女だろう。 純潔は大切なものだ」 「はい、その通りでございます」 「その大切なものを、私は宗仁様に捧げたいのです」 古杜音の気持ちは嬉しい。 だが、今でもためらう気持ちの方が強かった。 「宗仁様、覚えておいでですか?」 「この伊瀬野に来て宗仁様がお目覚めになった時、宗仁様は仰いました」 「私あっての今の命、この恩は返さねばならない──と」 「ああ、確かに言った」 「そのご返報を、今ここでいただきとうございます」 古杜音がさらに顔を寄せてくる。 「構わないが……俺は何を返せばいい?」 「身体で返していただければ僥倖です」 「は?」 「ままま、間違えましたっ、決してふしだらな意味ではなくっ」 「いえ、ふしだらな意味も含みますがっ」 「落ち着くんだ、古杜音」 「こほん……大丈夫です、ええ落ち着いていますとも」 そうは見えなかったが。 「宗仁様、私は宗仁様をお慕いしております」 「もし宗仁様がお嫌でなければ……宗仁様の愛を頂戴しとうございます」 俺としても、古杜音が好いていてくれたら嬉しいと思っていた。 しかし……。 「すまない、少し考える時間をくれないか」 「宗仁様も私も、この先何があるかわからない身でございましょう?」 「私は今、ここでご返報をいただきたいのです」 「諦める気は?」 「微塵もございませんね」 椎葉千波矢と同じで強引だ。 だが、古杜音は覚悟を決めてここに来たはず。 俺も覚悟を決めよう。 「……わかった」 「古杜音、俺と一緒になってくれるか?」 「はい、喜んで」 微笑む古杜音を引き寄せ、力強く抱きしめた。 「宗仁様……?」 身体を支えながら、ゆっくりと古杜音を布団に横たわらせる。 古杜音が身じろぎすると、ふくよかな胸がゆさりと揺れた。 「古杜音、俺にして欲しいことはあるか」 「私は、宗仁様と深い絆で結ばれとうございます」 「ああ、それは勿論だが」 「もっと、具体的にどうして欲しいとか」 なぜか気まずそうに目をそらす古杜音。 「えっと、恥ずかしながら私は艶事に疎くて」 「そのう……自らを慰めた事もないというか」 古杜音が言いにくそうに口をもごもごさせた。 「そうなのか?」 「多少は興味もあったのですが、〈皇學舎〉《こうがくしゃ》では御法度でしたから」 「斎巫女になってからも、色欲に流されるようでは駄目だと自分を戒めておりましたので」 どうやら、古杜音は自慰の経験すらも皆無らしい。 古杜音の魅惑的な身体つきは、ずっと無垢を保ってきたのだ。 「とにかく、始めてみれば分かるだろう」 「は、はいっ」 身体を強張らせる古杜音。 「大丈夫だ、古杜音が辛そうなら止める」 「ご心配には及びません。 何事も経験と申しますし」 「それに私は宗仁様と、契りを結びとうございますから」 とにかく、古杜音には知識がほとんどない。 俺が導いてやらなくては。 「古杜音、じっとしていろ」 「わ、わかりました」 「では、手始めに何をするのでしょうか?」 「まずは、口づけだ」 「はいっ!」 「……って、ええっ!? 私なんかと、よろしいのですか?」 古杜音が目を見開いた。 ここまで来て口づけで動揺するのかと、思わず苦笑する。 「古杜音こそ、初めての口づけが俺でいいのか?」 「当たり前でございます」 「私は宗仁様に全てを捧げたいのですから、何もお気になさらないでください」 「俺も、古杜音の全てが欲しいからこうしている」 「だから、自分のことを『なんか』などと言うな」 「今、胸を高鳴らせているのはお前だけではないんだ」 「宗仁様」 肩の力が抜けたのか、古杜音の表情が弛緩する。 そして、頬に薄く赤味が差しはじめた。 「分かりました宗仁様……私の全てをもらってください」 「んっ……!」 両目を閉じて、餌を求める雛のように唇を突き出す古杜音。 小さな唇が、ぷるぷると震えていた。 拙い仕草を愛らしく思いながら、古杜音に顔を近づける。 「んっ……ちゅっ」 桃色に染まった古杜音の唇に、俺のものが重なった。 古杜音の無垢だった部分の一つを、たった今、奪ったのだ。 「あんっ、ふぁ、ふぅんっ」 「ちゅむっ、ちゅ、むぅっ」 「ふっ、んちゅっ……んふぅっ、ぷあっ」 唇を離すと、熱を出したように朧げな表情の古杜音が見上げてきた。 「宗仁様と口づけ……夢みたいです」 「宗仁様……もっと、もっと……してほしいです」 接吻をねだってくる古杜音に、再び唇を重ねる。 試しに、舌でそっと古杜音の唇に触れた。 「んんっ……? あふ、あぅんっ……んくっ、ふうぅっ」 「はぁ、ちゅっ、ちゅぷっ……ぴちゅっ、んっ」 少しだけ出した俺の舌へと吸い付いてきた。 唇をすぼめ、優しく俺の舌を愛撫してくる。 「ちゅっ、ちゅぱっ、んあっ、ちゅるっ……」 「んちゅっ、ちゅっ……あっ」 「はぁっ、はぁっ、はぁ……」 初めての口づけで息を切らしている古杜音。 古杜音の唇に指先を滑らせ、唾液を拭ってやる。 「どうだ、古杜音。 口づけは好きか?」 「はい……まるで、熱を出したときみたいに頭がぼうっとして、身体も熱いです」 「でも、宗仁様が身体を包んでくれているような熱さで、全然辛くはなくて」 「えっと、気持ちいい、です」 顔を赤くして恥じ入る古杜音。 ふしだらな事を言ってしまったと思っているのだろう。 「それが男女の交わりというものだ」 「こんなに気持ちのいいものだとは、思いませんでした」 息を切らせたまま話す古杜音。 その吐息が、深いものに変わっていく。 「でも……宗仁様と離れると、すぐに胸の奥が苦しくなって」 「もっともっと、宗仁様と触れていたいです」 そう言って、何かに気付いた様子の古杜音。 「ああ、だから愛し合う男女は何度も行為に没頭するのですね」 「確かにこれは……くせになってしまいそうです」 「でも、まだまだ先があるんですよね?」 緊張と期待を等分に含んだ瞳を向けられる。 「ああ、次はもう少し激しくするぞ」 「はい、きてください……んっ」 「あ、んんんっ……ちゅっ、くふっ、あんんっ」 「んふっ、宗仁さっ……ま、んっ、あむっ……んくっ」 「んあぁんっ、ふんんっ……ちゅっ、ちゅむぅ……」 濡れた唇を存分に味わいながら、古杜音の身体に触れた。 肩を抱き、さらに深く唇を重ねる。 「ふぁっ……!? んっ、ちゅっ、ぴちゅっ」 古杜音は少しだけ身体を震わせたが、口を離そうとはしなかった。 むしろ、更なる繋がりを求めるように唇を激しく動かしている。 「んっ、んふっ、ぴちゅっ、あぁっ……宗仁様の唇、温かいですっ……」 「んはっ、あんんっ、ちゅむっ……ちゅっ、んむっ」 「んふうぅっ……んうっ、ちゅっ、ちゅっ……ちゅぶっ」 「ふっ……んっ、んはぁっ、はあ」 顔を離すと、俺たちの唇は唾液の糸で繋がっていた。 それは音もなく千切れ、古杜音の胸元に落ちる。 混ざりあった唾液が、巫女の装束に染みていった。 「宗仁様……激しいです」 「嫌だったか?」 「そんな……もっともっと、宗仁様と繋がっていたかったです」 うっとりとした顔の古杜音。 「なら、続けてもいいか」 「はい……何度でも」 嬉しそうに微笑み、唇を突き出してくる古杜音。 「んふっ、ちゅっ、くぷっ……んっ、宗仁、様、んくっ」 「あうぅ、あふっ、ちゅるっ、んぷっ、はうう……んんんっ!?」 唇の隙間に舌先を入れ込んだ。 古杜音は戸惑いがちに、ゆっくりと唇を開いてくれる。 小さな口内に、そのまま舌を差し込んだ。 「ふあ、んちゅっ、ぷぁ、あふっ、んあっ、あふっ……」 「はわ……はふぅっ……ふぉうじん、しゃまぁ、あふっ、ちゅるるっ」 すぐに順応し、俺の舌を吸い始める古杜音。 口内の粘膜が舌に密着してきて、溶けそうな熱に包まれる。 「ふんんっ……ちゅぷっ、あふっ、じゅるっ、ちゅぱっ、ちゅぷっ」 「あふうっ、ひょうじんさまの……舌、きもひ、いいれふぅっ……」 「くふっ、んちゅっ、れるっ……じゅるるっ、ふあ、ちゅぶぅっ」 「ふ……むぅっ、れろぉっ、ちゅっ、ちゅむ、じゅるっ……ふあっ」 「やあっ、宗仁様の舌、抜かないでください」 古杜音の口から舌を抜くと、追いかけるように俺の口内へ舌を差し込んできた。 「はぁっ、はぁっ……あふっ、ちゅるるっ、れろっ、はむうっ」 「ちゅぷっ、あくっ、ふんんっ、ふあぁっ、ふっ……じゅるっ」 俺の粘膜を撫で、唾液を掬っていく古杜音。 舌を抜いた古杜音が、俺の唾液を口に含んだ。 「ふうっ、んんっ……んくっ、こくっ……ちゅるっ、んくっ」 かわいらしく喉を鳴らし、愛おしげに俺の唾液を飲み込んでくれる。 「えへへ、飲んじゃいました」 「宗仁様、もっと下さいますか?」 俺の舌を招き入れようと唇を開ける古杜音。 躊躇せず、俺はそこへ舌先を潜入させる。 荒い吐息と共に、古杜音の口内へ唾液を流し込んだ。 「んぷっ、はぷっ、じゅるるっ、んむっ、んくっ、んくっ……」 「ちゅるっ、れろっ、れるぅ……んううっ……ふあっ……んはっ」 「ああ……宗仁様の唇が離れてしまいました」 口を離すと、古杜音は名残惜しそうにぺろりと自分の唇を舐めた。 そして、物足りなさそうに熱く深い息を吐いている。 「口づけもいいが、もっと気持ちいいことがある」 言いながら、古杜音の大きな胸に目を向けた。 古杜音も気付いたのか、自分の胸に視線を落とす。 「ここ、ですか?」 「宗仁様とはいえ、ここを触られるのは恥ずかしいです……けど」 「不思議です。 恥ずかしさよりも、触って欲しいという気持ちのほうが、強いです」 柔らかそうに揺れる双丘は、揉まれるのを待ち望んでいるようにも見えた。 「触ってもいいか、古杜音」 「は、はい……」 装束をはだけさせると、可愛らしい修飾の下着が露わになった。 覗く谷間は深く、古杜音が呼吸するたび乳房が揺れている。 「古杜音の胸は大きいな」 「やっ、い、言わないでください」 「ここが大きくても、恥ずかしいばかりでいいことなど何も」 「胸の大きさは魅力だと思うが」 両手で胸元を隠そうとした古杜音がぴたりと止まる。 「宗仁様はどうなのでしょうか」 「大きな胸の女性は……お好きですか?」 「ああ、好きだぞ」 「ほ、本当ですか?」 「私、いま初めて……胸が大きくてよかったと思いました」 「宗仁様が喜んでくれるなら、こんなに育った甲斐もあるというものです」 少しだけ背を反り、胸元を強調する古杜音。 揺れる乳房が、こちらに突き出された。 「宗仁様、触ってください」 ゆっくりと、豊満な胸に手を伸ばす。 古杜音自身でさえ慰めたことのない部分へ、今から性感を与えるのだ。 「ふぁっ、んんっ……」 乳房に触れると、どこまでも沈み込みそうな柔らかさが手のひらに広がった。 指先に力を入れると、指の間から脂肪が溢れる。 それを何度も繰り返した。 「ふぅっ……んんっ、あ、ふっ……ふあっ」 「そ、宗仁様、宗仁様ぁ……ふぁっ、ああんっ」 「私、変なんです……宗仁様にそこを揉まれるとっ」 「身体がびくびくして、切なくなって……ふあっ」 「はふっ、あっ……ああうっ、んんっ、ふあっ」 「気持ちいい、か?」 喘ぎで言葉を発せない古杜音に聞くと、小さく頷いた。 「はふっ……んふっ、うっ、あうっ、んんっ」 「はぁっ、はっ……んあっ、あっ、ふっ……んっ」 「ううっ……自分で触っても、こんなこと……ならないのに」 「なんでっ、こんなに気持ちい……ふあっ、ああっ」 片手では収まらない乳房を、両方同時に揉んでいく。 初めての性感を得ている古杜音は、戸惑いながらも喘ぎ続けた。 自慰すら知らない純粋な少女を感じさせている背徳感が、俺の興奮を高めていく。 「はぁっ、ふ……んんっ、はぁっ……んんっ」 「ひっ……ううっ、んっ、んっ……うんっ」 「やぁっ、私、こんな声……恥ずかしい、です……ああっ」 敏感な身体は、すぐに反応を示した。 尖った乳首を、服の上からきゅっとつまんだ。 「あああっ、あっ、ふああんっ……はっ、あふっ」 「はくうっ……やぁっ、あっ……あんっ……ああっ」 「はあぁんっ、あくっ、ふああぁっ……宗仁様、それは駄目ですぅっ」 電流が走ったかのように身体を震わせる古杜音。 口の端から涎を垂らしながら喘ぐ古杜音は、斎巫女として振る舞っている時とは別人だ。 「ここは駄目なのか?」 「だ、だって、気持ちよすぎて身体が言うことをきかなく……」 「気持ちいいなら、身を任せていればいい」 指の間で突起をこねくり回しながら、乳房を揉み続ける。 「やぁっ、はぁっ、そんなっ、揉みながら……ふあああっ」 「はぁっ、あっ……あぁんっ、んんんっ、んあっ、あうぅ」 「うっ……あっ、くううんっ……ふっ、ああっ……ふうんっ」 ひくひくと身体を震わせている古杜音。 その度に、乳房が大きく弾んだ。 「はぁんっ……あっ、ふっ、んんんっ……あんっ、あぁんっ……!」 「はふっ、はっ、んんっ、くううっ……あっ、ああっ……んっ」 乳房を寄せるように揉み、次は指を沈みこませるように揉む。 豊かな乳房は、揉むたびに形を変えた。 両手を離すと、自らの弾力で元の形に戻る。 「はぁ、はぁ……宗仁様?」 「も、もっと、触っていてもいいんですよ?」 息の荒い古杜音が、切なそうに身をよじる。 きっと、物足りないのだろう。 「直接、触ってもいいか」 「……はい、お望みのままに」 恥ずかしそうに俯きながらも了承してくれた。 古杜音が背中に手を回し、下着の紐を緩める。 桃色に染まった大きな膨らみを目の前にして、圧倒される。 さすがに恥ずかしいのか、古杜音は目をそらして横顔になっている。 「宗仁様、何か言ってください……」 「すまない、あまりに綺麗で言葉を失った」 「綺麗、ですか?」 大きく膨らんだ乳房に、紅の乗った可愛らしい乳首がつんと立っている。 見ているだけで抑えが効かなくなりそうなほどだ。 だが、この胸の持ち主は色恋や艶事を全く知らない。 その不釣り合いさに、また心が昂ぶってしまう。 「いいか?」 「はいっ……!」 露になった乳房へ、手を伸ばす。 指先で触れると、柔らかさと暖かさ、そして弾力を同時に感じた。 古杜音が、びくっと身体を震わせる。 「あっ、んんっ、くふっ、ふぅんっ……あうっ、んんんっ」 「んうぅ、ふぁっ、んああっ……あっ、あああんっ……!」 「あふぁっ……宗仁様に触られると、すごく熱い……!」 滑らかで張りのある古杜音の胸は、まるで熱を持った絹のような肌触りだった。 たわわに実った豊満な膨らみを、持ち上げるようにして揉んでいく。 「ふあっ、あはぁっ……ああんっ、あふっ、ふああっ、んっ!」 「ひぅんっ、あふっ、んぁっ、はふ……んうぅんぅっ……!」 「あぁっ、んっ、ひあぁっ、宗仁様ぁっ……」 胸を揉んでいるだけなのに、うわずった声を上げる古杜音。 乳首にふれると、身体を強ばらせて震える。 「ひゃぁんっ、あんんっ……さ、先っぽは駄目ですぅっ……」 「はあっ……あっ、ひっ、ひぅぅ……はぁっ、はぁっ……」 乳首をこするように、指の腹で回す。 その度に、古杜音の身体が弾んだ。 「んううっ、うくっ……ひあぁっ、んんんっ、はんっ……」 「そんなに刺激されると……私の身体、おかしくなっちゃ……ふああっ」 胸の柔らかな感触を楽しみながら、乳首を転がす。 「古杜音は敏感だな」 胸を刺激しただけで、ここまで身体を火照らせるとは思わなかった。 感じやすい体質なのは間違いない。 「はううっ、私の身体、そんなにいやらしいのでしょうか」 「はぁっ、あふっ……これでは、巫女失格でございます……ああんっ」 「誰でも、好きな相手の前では乱れることもある」 「これは古杜音が俺のことを好きでいてくれている証拠だ。 俺も嬉しい」 「んはっ、宗仁様は喜んでくださるのですね……でしたら私、淫らになっても構いません」 「もっと触って……私の身体をいやらしくしてください……!」 「あひっ、ひんっ……ふあっ、あんっ、あっ……ふああっ、あっ」 豊かな乳房が、しっとり汗ばみはじめる。 吸い付くような感触が、俺に新たな欲望を芽生えさせた。 目の前で揺れている古杜音の胸にしゃぶりつく。 「ふええっ、そ、宗仁様!?」 「きゃうっ……んんっ、あふっ、んんっ、んっ、ああんっ……?」 「ああぁっ、あんんっ、うんっ、な、舐めちゃ駄目ぇっ、宗仁様ぁっ……」 「やぁっ、ああぁうっ……ふあっ、ああんっ、ひっ、んんっ」 汗を舐めるように舌を動かすと、優しく甘い香りが漂ってきた。 それが余計に脳髄を刺激する。 「ふぁっ、んんっ、ああっ、吸われ……ああぁっ、き、気持ちいい」 「ああぁうっ、あっ、ひんっ、ひっ……ああっ、あっ……んっ!」 「はふぅっ……ううんっ、んっ、うぅっ……ああんっ、あっ!」 「こんなっ、指でされるより何倍も気持ちいいなんて、おかしいですっ」 出るわけもない母乳を吸いだすように唇をすぼめる。 口の中で固くなっている乳首を吸い、舌先でつついた。 乳房へ与えられる快楽に、古杜音が嬌声を上げる。 「ふあぁんっ、あうぅっ、乳首……だめっ……ああんっ、あふああっ」 「やぁっ、ふうっ、んんんっ、うあっ、ああんっ……あううっ!」 「はぁっ……あああっ、あっ、ひっ、ひううっ……うんっ、うああっ」 「はんっ、はっ、あふうっ……宗仁様、赤ちゃんみたいですぅっ……!」 気持ちいいようで、古杜音は太ももをこすり合わせている。 初めて味わう快楽が、秘部へと広がったのかもしれない。 新たな性感を古杜音に与えようと乳房から口を離し、片方の手を下腹部に伸ばした。 「ここにも触れて欲しいのか?」 「はぁっ、はぁっ……じ、自分でもわかりません、でも」 「胸を刺激されるほど身体が切なくなって、切ないのが全部、そこに集まってくるんです」 「触るのが怖くて……でも、おなかの奥が熱くて、このままだと身体が溶けてしまいそうで……」 初めての感覚に戸惑っているらしく、涙目になっている古杜音。 俺はできるだけ優しく、古杜音の頬に口づけをした。 「大丈夫だ、身体が壊れたりはしない」 「俺に任せてくれ」 「す、少し怖いですけど」 「宗仁様を信じます……優しくしてください」 閉じた両脚を、ゆっくり開いていく古杜音。 「ああ、優しくする」 袴をたくし上げ、下着の上から古杜音の秘部へと指を走らせる。 既に古杜音の秘部は、熱く湿り気を帯びていた。 割れ目に沿って、指先を擦らせてみる。 「ふっ……あひっ、あふっ、あああっ、あっ、ふああっ、はあんっ」 「んあぁっ、あくっ、ひああぁっ……宗仁様に触られると、おかしな気持ちに……」 「ひぃんっ……んんっ、あううっ、うあっ、ああっ、ああんっ……あふああっ」 「気持ちいいか?」 「はんんっ、は、はい、頭の芯が蕩けてしまいそうなほど、気持ちいい、ですっ」 「んきゅうっ、宗仁様ぁ、そんなにこすっては、いけませんよぉっ……」 「んうっ、ああぁっ、ふああんっ、んっ、ひんっ、ひっ、ひっ……」 「はあっ、あふっ、ふっ、ああんっ、あっ、はっ……んんっ、あふああっ」 目を細めて快楽に耐えている古杜音。 少し触っただけでここまで反応するとは、やはり感じやすい。 指先に少し力をこめて、陰唇の隙間に指の腹を食い込ませた。 「ふあああっ、あっ、す、少し入って……!」 「ひあああっ、あああっ、はっ……んんっ、ふうっ、んんっ、ああんっ」 「はふぅ、んくぅんっ……あぁっ、はあっ、ああんっ、あっ……ふうっ」 割れ目に沿って下着の上から刺激を与えると、面白いくらいに古杜音の身体が反応する。 「あくっ、んふうっ……ふああぁっ、お腹の方も、擦られて熱い……です」 「ああんっ、あはっ……ふぅっ、うっ……んんっ、はぁんっ……あふっ」 「古杜音っ……」 甘い吐息を漏らす古杜音に、こちらも昂ぶりが抑えきれない。 片手で古杜音の胸を揉みしだきながら、片方を口に含んで乳首を甘噛みする。 「はぁっ、はうんっ……ふああっ、あひんっ、ひっ……ふああんっ!」 「はあぁっ、はんっ、ふん……あんっ、あふうっ、うんっ、うんっ……!」 「んあぁっ……あっ、ま、まだ気持ちよくなって……ううっ、ふああんっ」 「やっ、わ、私、どうなっちゃうんですか、宗仁様ぁっ……!」 恍惚とした表情で嬌声を上げる古杜音。 それを聞きながら、乳房と秘部を刺激し続けていく。 指の先で包皮に包まれた陰核をこすり上げると、古杜音の身体が強く反り返った。 「んああああぁっ、ああっ、やっ、あふああっ、んんんんっっ」 「ふあっ、あひっ、ひいいんっ……あふっ、ふっ……ふあああんっ!」 「駄目っ、駄目です、そこは刺激が強すぎてっ……んはあぁぁんっ、はあんっ」 瞳を潤ませて懇願してくる古杜音。 しかし俺は愛撫を止めず、無垢を守ってきた身体に性感を与え続ける。 熱く濡れた秘部をこすりながら、大きな乳を同時に刺激した。 「はぁっ、やあっ……ああうっ……ふっ、ふっ……ふああんっ、ああっ」 「はううんっ、はああっ、ふっ、んああうっ、あうっ、ううんっ……!」 「ひあああっ、やぁっ! い、今、あそこが、びくびくって……!」 古杜音の身体が大きく弾むと、いきなり脚をきつく閉じた。 秘部を愛撫していた手が太ももに挟まれる。 どうやら絶頂の気配を感じたらしい。 俺は構わず、太ももに挟まれたまま手を動かして秘部を愛撫する。 「んああぁっ、やっ、あっ、宗仁様、おかしいですっ……な、何かが来ますっ」 「宗仁様ぁっ、駄目ぇっ……んああぁぁっ、ああっ、ふああぁぁっ!」 「んああんっ、あんっ、あふあああっ、あひっ、ひっ、ひんっ、ふあああっ!」 身体をひくつかせながら、大きく弓なりに身体を反らせる。 俺は唾液まみれの乳首を吸いながら、愛撫を激しくした。 「あふうっ、あふっ……はあんっ、はぁっ、あふっ、あううっ、ああああんっ!」 「ふああぁんっ、あっ、だめっ、なにか、きちゃうっ、きちゃいますぅっ……!」 「宗仁様っ、宗仁様ぁっ……あああっ、ああっ、はふっ、くううううっ……!」 古杜音が、乳首を吸い続ける俺の頭を抱えた。 そして、身体を強張らせる。 どうやら、絶頂に達するのを怖がって我慢しているようだ。 それが更に快感を生み出してしまうとは、きっと知らないのだろう。 「はああっ、ああっ、うううっ……うぅぅっ……ふぅっ……んんんっ!」 「はひっ、ああっ、だっ、だめっ、我慢できませんっ、ふあっ、あああっ!!」 「はぁっ、ひうううっ、ひうっ……んああぁぁっ、あああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「んううぅぅんっ、はあああああぁっ……ひあああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 「んああぁっ、ああっ、はふっ、んんっ……んはっ、はあぁっ、はあっ」 古杜音の身体が激しく痙攣する。 初めての絶頂は、なかなか止まらなかった。 全ての熱を放出させてやろうと、俺はなおも愛撫を続ける。 「あぁっ、あふうっ……ふんんっ、んふぅ、はあっ、んぁ、はふあぁっ……」 「んっ、くぅんっ、あはぁっ、はあっ……はあ、はあっ、あああっ……!」 「ふああっ、ああっ、あああんっ、はぁっ、あふっ、あっ、あああんっ!」 古杜音の身体が何度も弾む。 指先に感じる下着越しの陰唇から、膣肉の脈動が伝わってくる。 「はぁっーっ、はぁっ、はっ……ふあっ……はぁっ、はぁっ」 荒い息をつきながら、がくがくと腰を揺する古杜音。 激しい絶頂だ。 やがて古杜音の震えが小刻みになると、俺は愛撫を止めた。 「はぁっ、はぁ……宗仁様……私、どうなってしまったのですか」 「気持ちよすぎて、頭が真っ白になって、何も考えられなくて」 「あそこが……熱い、です」 とろんとした顔で見つめてくる古杜音。 「それが絶頂だ」 「なるほど……衆生の皆様が、男女の睦み合いを尊ぶ理由は……これですか……」 「愛する人に絶頂へ導かれるのが、こんなに素晴らしいものだとは知りませんでした」 古杜音はうっとりとした表情を浮かべる。 絶頂を知らない少し前までの古杜音ならば、絶対にしなかった表情だろう。 「悪いことを教えてしまったか」 「いえ、そんなことはございませんっ」 「巫女も人の子、男女の契りを知ることは悪いことではないはずです」 「私はもっと宗仁様に気持ちいいことを……いえ、愛を教えていただきとうございます」 心なしか、古杜音は艶やかさを増したように見える。 火照ったままの顔や、汗ばんだ頬と額に貼りついた髪の毛のせいだろうか。 それとも、俺が与えた性感のせいなのかもしれない。 「だから宗仁様……私に、もっと色んなことを教えてください」 古杜音が深い息遣いのまま上体を起こす。 そして、四つん這いになり、絶頂を迎えたばかりの秘部を俺に向けた。 その体勢の古杜音はたまらなく官能的で、すぐにでも犯してしまいたいという気持ちに駆られる。 しかし、古杜音は先ほど初めての絶頂を迎えたばかりだ。 「それにしても、どうして私はその、こんなに……濡れているのでしょうか」 「まるでお漏らしをしてしまったみたいで、恥ずかしいです」 羞恥に顔を赤らめて俯く古杜音。 「女性は気持ちいいと皆こういう風に愛液を出すんだ」 「何も恥ずかしがることはない」 「ふふ、宗仁様はお優しいですね」 「私が傷つかないよう、丁寧に教えてくださいます」 「宗仁様が初めてのお相手で、私は本当に幸せでございます」 嬉しそうに微笑む古杜音。 「次は……宗仁様も気持ちよくなってください」 古杜音の視線は、俺の股間へと注がれている。 俺を受け入れる覚悟は、とうにできているらしい。 「宗仁様、下着を脱がせてください」 「見てください……私の全部」 俺は頷いて、古杜音の下着に手をかける。 「んんっ……」 濡れた女性器に張り付いていた下着を脱がすと、古杜音が小さく喘いだ。 露になった陰唇は、自らが分泌した愛液で濡れそぼっている。 割れ目から覗く膣肉には、古杜音自身でさえ触れたことがない。 「私の身体、おかしくないでしょうか」 「はぁ……ああんっ……」 顔を近づけると、息が触れてしまったのか古杜音が声を上げた。 ぴくり、と膣口もわずかに動いて反応する。 一滴の愛液が分泌され、古杜音の太ももを伝った。 「とても綺麗だ」 「古杜音、もっと見せてくれないか」 「は、はいっ……」 「ああ……私、宗仁様の目の前で……あそこを広げてます……」 古杜音が脚を広げると、ぷっくりとした陰唇がさらに割れた。 覗く膣肉は俺を誘惑するかのように、小さく脈動している。 「古杜音のこんな部分を見られるのは、俺だけだな」 「あうう……言わないでください、恥ずかしいです」 身をよじる古杜音。 そして、俺の股間に視線を注いでくる。 「私も……見てみたいです」 「私しか見られない、宗仁様の部分を」 古杜音の瞳に熱っぽいものが含まれていく。 膣口から再び、新たな愛液が流れ出した。 「ああ、わかった」 俺は衣服から、怒張した一物を取り出した。 昂ぶった俺の心を具現化するかのように屹立している。 「そ、それは身体の一部なのですか!?」 「ふああぁ……な、なんと大きいのでしょう」 「しかも、びくびくと暴れています」 古杜音の裸を見て興奮した肉棒は、大きく脈打っている。 「宗仁様、触れてみてもよろしいですか?」 俺が答える前から恐る恐る手を伸ばし、肉棒へと触れてくる古杜音。 初めて見た男性器に興味津々のようだ。 「く……」 柔らかな指で触られ、思わず陰茎が跳ねてしまう。 「きゃっ」 「元気で……熱くて固いんですね」 「でも、こんな大きな物が収められていたら、動きにくいような」 「普段は小さくなっているんだ」 「だが、今は古杜音の裸を見て興奮して大きくなっている」 「ふえぇ……なるほど、男性は興奮するとこんな風に大きくなるのですね」 「全く知りませんでした」 興味深げに亀頭の辺りをなで回す古杜音。 「くっ、古杜音……」 「わあぁ、私、何かしでかしましたか?」 「いや……そうやって刺激されると気持ちいいんだ」 「宗仁様のここは、私の部分と同じく感じやすいんですね」 「先っぽの部分……不思議な形をしています」 古杜音は亀頭の出っ張りが気に入ったのか、そこばかりを触られた。 じんわりと広がる快感に耐えつつ、古杜音の腰に手をおいた。 それで察したのか、古杜音が挿入を求めるように腰をくねらせた。 「古杜音、痛くて無理だったらすぐに言ってくれ」 「ですが、宗仁様が満足せずに事を終えることになってしまいます」 「気にするな」 「気にします」 「私はさっき、愛する人に気持ちよくしてもらう心地良さを知りました」 「それを、宗仁様にも味わっていただきとうございます」 「気持ちは嬉しいが、俺は古杜音のことを……」 「大切にしたいという気持ちがあるのでしたら、なおさらです」 「途中でやめてしまったら、私は生涯後悔するでしょう」 「ですから、宗仁様が満足するまで絶対にやめないでいただきたいです」 古杜音の小柄な身体の中にある、強い意志が垣間見えた。 こうなれば、何を言っても折れないだろう。 「わかった……だが、無理だと思ったらすぐに言ってくれ」 「はい」 古杜音の秘部は、すでに愛液で濡れそぼっている。 膣内も初めての絶頂のおかげで、ある程度はほぐれているだろう。 下着をずらし、陰唇に肉棒をあてがう。 膣口を押し広げ、少しずつ亀頭を膣内へと進入させた。 「あっ、んんんっ……宗仁様っ」 凄まじい抵抗だが、やめれば逆に古杜音を傷つけることになる。 覚悟を決め、一気に力を込める。 「んあああぁっ……あううっ、うぅんっ、いっ、ふんんんっ……」 「うああっ、ああっ……ふっ、くうううぅぅ……!」 初めて異物を迎え入れた膣内は、押し返すように抵抗してくる。 しかし、膣肉の柔らかさでは硬直した陰茎を止めることはできない。 侵入を拒む力を押しのけながら、奥へと突き入れた。 「はあああっ、あああっ……! くううっ……!」 「はぁっ、はぁっ、あああっ……ふっ、うううっ……あああっ!」 挿入し終えると、結合部から赤いものが垂れてくる。 さっき性感を覚えたばかりの古杜音から、処女を奪ったのだ。 「古杜音……入ったぞ」 「はぁっ、はぁっ……はい、分かります」 「宗仁様が、ここに入っています」 自らの下腹部に手をやる古杜音。 まるで赤ん坊がいるかのように、そこを優しく撫でている。 「痛くはないか?」 「正直に申せば、痛いです」 「でも、大丈夫ですよ」 「無事に宗仁様と男女の契りを交わすことができて、私はとても嬉しいですから」 瞳の端に涙をにじませながら、それでも笑顔を見せてくれる古杜音。 申し訳なさと愛らしさ、そして性的な興奮が入り交じって混乱してくる。 どうにかして古杜音に今の気持ちを伝えたい。 「……古杜音、愛している」 「俺も、一緒になれて嬉しい」 口にしてみて、なんと愚直な物言いだと自分に呆れる。 しかし、今の気持ちを表わすのに、これ以上の言葉はなかった。 「ありがとうございます、宗仁様」 「私も宗仁様を、この上なく愛しております」 古杜音の膣内が、握り潰さんばかりの力で肉棒を締めつけてくる。 もう離れないと、俺に伝えてくるかのようだ。 「ふああっ、ああうっ、ふっ……ううんっ……」 「どっ、どうして、私のあそこ、勝手に締まって……」 「あくっ……くうううっ、ふっ、ふあっ……んんっ」 「くっ……」 古杜音の膣内は熱い愛液で潤んでおり、陰茎を絞るように蠢いている。 動かさずとも果ててしまいそうなほどだ。 肉棒を古杜音の中に留めたまま、乳房に手を伸ばす。 「あっ……んっ、んふっ、んんんっ……ふわあっ」 「はぁっ、あああんっ……ふううっ、うっ、ああんっ!」 「ふあんっ、ふあっ……ああっ、あぁぁっ、あうっ!」 先ほどの愛撫で乳房の性感に目覚めたのか、すぐに艶やかな声を上げる古杜音。 このまま続ければ、挿入の痛みも消えるかもしれない。 「はあっ、あああっ……ふっ、ううっ、んうううっ!」 「ああぁんっ……ああうっ、うんっ、んあ……ひううっ」 乳房以外にも、慈しむように古杜音の全身を撫でていく。 光沢のある髪、か細い首に鎖骨、柔らかな下腹部と太もも。 「あ……ふぅっ、んっ……なんだかお腹の下の方がじんじんとして……」 「だんだん、気持ちよく……んううっ、ひあああんっ!」 くねくねと腰を動かす古杜音。 膣内の窮屈さにも余裕が生まれ、さらに奥まで先端を押し込めそうだ。 「少し、動かしてみるか」 「は……はひっ……今なら、大丈夫です、ふあっ、んんっ」 「あはあっ……んんっ、んうっ……んううっ、あふっ、ううっ」 古杜音が悶える度、膣内がきゅうきゅうと俺の物を締めつけてくる。 最初はゆっくりと、古杜音の膣内から引き抜いた。 同じ調子で、今度は奥へと。 「はううぅぅ……んっ、んうううっ……はっ、はぁっ」 「あぁっ……んくっ、はぁっ、ふうううっ……あうっ」 「くふぅっ……あんっ、やっ、すごい、奥の方まで、宗仁様が……」 今度は陰茎の根本まで古杜音の膣内に入った。 肉壁が周囲から圧迫し、異物を押し出さんと力をかけてくる。 「痛いか?」 「いえ……気持ちいいです」 「あそこを擦られてるだけで、身体が全部……溶けてしまいそうですっ」 ふるふると身体を震わせて告げる古杜音。 どうやら、ほとんど破瓜の痛みは残っていないようだ。 「動かすぞ」 「はい、私の奥まで……来てください」 古杜音の腰を掴み、一定の速度で腰を前後させはじめた。 「ふあっ、あっ、あっ、ふあっ、ああうっ、あうっ、あうんっ!」 「あんんっ、んぁっ、はふ、ふぅんっ、ああっ、んくっ、うんっ」 「ふっ、ふうっ、あふっ……あっ、あんっ、あうっ、ああんっ!」 引き抜こうとすると、腰をくねらせて抗うような仕草を見せる古杜音。 すぐに腰を突き、陰茎を膣内に戻してやる。 「あくぅっ、ふあっ、あっ、あっ、ああっ、あっ、ふっ、ううっ」 「はっ、ああっ、あっ、あっ、あっあっ……あんっ、あんっ!」 もう痛みはないのか、古杜音の口からは嬌声しか聞こえない。 膣を突くたび、胸元から下がっている乳房がたぷたぷと揺れていた。 それに誘われたかのように、手を伸ばす。 「ひあっ、ああっ、揉みながらっ、なんてっ……ああっ、あっ……!」 「うあんっ、あんっ……あっ、ううっ、きゃうっ……んあっあっ!」 「あぁっ、あっ、あんっ、あううっ、あふっ、ふっ、ふうっ、うあんっ」 昨日まで自慰すらした事もなかった古杜音が、膣と乳房を責められて喘いでいる。 他の誰でもない、俺が古杜音の身体の性感を目覚めさせたのだ。 そう思うと、ぞくぞくしたものが背筋を走った。 「んっ、あんんっ……あっ、宗仁様のものが、奥まで来ましたぁっ……」 「奥が好きなのか?」 根本までぴったりと肉棒を入れたまま、奥を小突くように腰を前後させる。 「あっあっ、あんっあんっあっ……あぅっ、あううっ、あっ、あっあぁっ!」 「ひゃんっ、あひっあっ、あっ、んっ、ひんっ……こ、これ、気持ちいいです」 「はぁっ、あっ、あっ……ふっうっ、んっ、うっ、んっんっんっ……!」 どうやら古杜音は奥を刺激されるのが好きらしい。 ならばと大きく激しく腰を動かし、膣奥を叩く。 「ふああぁっ、あんんっ、やぁっ、はあっ、ああんっ、あふっ、ふあっ!」 「ふっ、うっ……うあああんっ、ひうううっ、あふうっ、うううっ……!」 「はあっ、ああっ……あはああぁぁっ、あああんっ、うああっ、ふああっ!」 腰を打ち付ける度、結合部から肉のぶつかる音と粘っこい水音が聞こえた。 「私……全部はじめてなのに、すごく感じて……うああんっ、ああんっ」 「斎巫女がこんなに淫らだってみんなが知ったら……んはああっ、失望されてしまいますっ……」 「あああんっ、ふああっ、ああんっ、あんっ、ふうっ、うっ……ひあああんっ!」 言いながらも、大きく喘ぐ古杜音。 確かに、巫女の頂点である古杜音の淫らな姿など、誰も想像できないだろう。 斎巫女が喘ぎ声混じりに懺悔している光景を見られるのは俺だけだ。 古杜音への愛情と独占欲が膨れ上がり、覆い被さるように背中へ抱きついた。 「あふっ、ひんんっ、あくっ……んんっ、宗仁様、宗仁様ぁっ」 「はあっ、あっ、あうっ、あうっ、あくううんっ……はぁっ、はっ、あぁっ!」 「はぁっ、あぁっ、ふあんっ、あんっ、あぁぁんっ、ふっ……ううんっ」 古杜音の乳房を両手で揉みながら、膣内から肉棒を一気に引き抜いた。 そして、膣奥へ亀頭を叩きつける。 「うああぁぁぁっ! はぁっ、ああっ……くううっ! はっ、はっ、はぁっ!」 「んああぁっ、あふっ、あぅんっ……はああっ、ひああぁっ、んくうぅっ!」 奥を突かれ、歓喜の色を浮かべる古杜音。 「ああっ……装束が、濡れてしまいます」 神聖な装束には俺たちの汗が染み、じっとりと湿っている。 袴には、古杜音の愛液も付着しているかもしれない。 だが、構うことなく古杜音は俺との結合を続けた。 「あっ、んくぅっ、はふっ、ふあぁんっ、ひうぅっ、んはっ、ひんんっ」 「あふうっ、あんっあっ、あっあっ……ああんっ、あふっ、あっ、あんっ、あんっ」 「古杜音、気持ちいいか?」 答えは分かりきっているが、古杜音の口から言ってほしかった。 「あんんっ、はいっ……こんなに気持ちいいことを知ったらっ、んうっ、私、もう戻れません」 「宗仁様とも……もう、離れられませんっ……あっ、あっ、ああっんっ!」 「なら、永遠に俺のものになってくれ」 「はい、私は永久に宗仁様のものでございます」 「あっ、ふうっ、うんっ、んっ、んっ、んっんっ……あっ、ああんっ、あんっ!」 蕩けた顔をしながら、嬉しそうに笑う古杜音。 合わせて激しく揺れる胸を、思い切り揉みしだいた。 「ひゃふっ、んああぁっ、宗仁様っ……あそこも胸も激し……あふうっ!」 「あんっ、あんっ、あっあっ……ああっ、んんっ、んっ、ふっ、ううっ!」 「あうっ、あうっ、はふっ、ふっうぅんっ! あっ、ああっ、あっ、あっ……!」 「宗仁様、駄目ですっ、こんなの、気持ちよすぎてっ、私、耐えられません……!」 聞く耳を持たず、さらに刺激を強めていく。 奥を小突くように細かく動き、膣肉の蠢きが弱くなったら大きな動きに変える。 間断なく違う刺激を与えられ、古杜音の身体が何度も弾む。 「ひゃあっ……ああっ、あああんっ! あっあっあっ……んうっ、ああっあっ……!」 「ふああっ、あっあっ、ああああぁぁんっ! はぁっ……ふあっ、あああぁっ!」 「ひゃふっ、あくうぅんっ、宗仁様、私、またっ、ふああぁっ、くううぅんっ」 「あそこ、びくびくって、また、きちゃいますっ……あっあっあ……あぁぁんっ!」 俺の肉棒も、限界へと達していた。 「んあぁっ、宗仁様のも、びくびく、してます……はぁっ、んんんっ……!」 「ああ、俺も達しそうだ」 「そのまま私の中で気持ちよくなってください……私の身体は、宗仁様のものですから」 「あっ、あっ、あっあっ……ひいんっ、ひあっ、ふうっ……んっんっんっ……!」 「はぁっ、ああっ……はあんっ、あんっ、あんっ、あああんっ……ひっ、んんっ、あうぅ……!」 熱くぬかるんだ膣内で刺激され、精が陰茎を昇っていく。 古杜音の奥へ放出するため、膣襞が引っかかるのも気にせず激しく腰を打ちつけた。 「あくっ、ふあぁっ、ひうぅんっ、あっ、んううぅっ、は、激しいっ、んんんんんっ」 「んううっ、あああっ、はあああっ、ふああっ、あっあっ、はあああぁぁんっ!」 「くふうぅっ、んんっ、ど、どうか宗仁様もご一緒にっ、はあぁっ、私と一緒にぃっ……」 古杜音の身体を強く抱き締める。 「くっ、出すぞ……!」 「ふああっ、あっ、あっあっあっ……! あああぁんっ、あんっ、あんっ……!」 「ひんっ、ひうぅっ、あふうっ、あうっ、んううううっ、んっんっ……あうんっ!!」 「んくうううぅぅっ、ああああぁぁっ、んああぁぁっ、んはあああああぁぁぁぁっ!!!」 「うああっ、あああぁぁぁっ……ひあああぁぁっっ、ふあああああああああぁぁぁぁぁっっ!!!」 びゅるるるっ、びくっ、どくどくっ、びゅくっ、びゅるっ!!「はあああぁぁっ! あっ、ふああっ、あああっ、ああっ……!」 「んはあぁんっ、ああぁっ……宗仁様のものが、びくびくってしていますっ……」 「あふぅっ、んんっ、中に、じんわりと熱いものが溢れてっ……」 精液を搾るように動く膣肉。 古杜音がきゅっと脚を閉じ、さらに締め付けが強くなる。 びゅくっ、びくくっ、どくっ、びゅっ!「あああんっ、はぁっ……ああっ、あふう、ああんっ」 「んんんっ、はあぁっ、温かいですっ……宗仁様ぁっ、んんっ、あはあぁっ」 古杜音の膣内に、大量の精を解き放っていく。 視界が白滅し、気が遠くなる。 「ぐっ……」 膣内がうねり、最後の一滴までも搾り尽くそうと刺激を与えてくる。 「あはっ、んんっ……気持ちよくて、身体中が痺れてます……」 「それに、宗仁様も気持ちよさそう」 息を荒げながら、古杜音がうっとりとした顔で見つめてくる。 「古杜音……」 「最後までできたでしょうか、宗仁様」 「ああ」 全ての精を、古杜音の膣内へと吐き出してしまった。 古杜音の身体に回していた腕を解き、ゆっくりと腰を引く。 「あっ、な、何か出てきてっ……」 肉棒を抜くと、古杜音の膣口から精液と血の混ざった液体が溢れ出してきた。 「わ、私の中で混ざってしまったのですね」 「何だか、すごいです……どれが宗仁様の出したものなんでしょう」 興味深そうに、自分の膣口から垂れる液体を見つめている。 「あれ、そういえば」 「中で出したということは……子を宿してしまうのですか!?」 驚く古杜音。 「私たちの間に子ができるのでしたら、私は嬉しいですが」 「ああ、俺もだ」 「あ……でも、恐らく子は成せないと思います」 「そのう、何と言いますか、時期的にですね」 「詳しく言わなくても大丈夫だ」 月のものに関する話など、わざわざさせる必要もない。 「それにしても、宗仁様と私の子……ふふ、見てみとうございますね」 その子供の顔を想像したのか、古杜音が幸せそうな顔になる。 「ただ……それはもう少し先に取っておいてもいいかもしれません」 「私はもっと、宗仁様と二人で愛を育みとうございます」 「ああ、それもいい」 愛らしい古杜音に顔を近づけて、口づけをする。 「あっ、んふっ……ちゅっ、んんっ……」 「あんんっ、宗仁様っ、はふっ……ふんんっ……」 唇を触れ合わせ、蕩けるような口づけを交わし、見つめ合う。 「この古杜音、永遠の愛を宗仁様へお誓いいたします」 「俺も愛しているぞ、古杜音」 古杜音の身体を抱き上げ、再び口づけを交わした。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 互いに服を着て、改めて向き直る。 「古杜音、身体の具合は大丈夫か?」 宗仁「あまり大丈夫では……もうメロメロでございます」 古杜音「悪かったな。 もう少し遠慮すればよかったか」 古杜音は初めてだったというのに、興が乗って最後はかなり激しくしてしまった。 「そんな、私はもっと激しくお求めになっても全然……」 「いえ、何でもございません」 何でもないのなら聞かなかったことにしておこう。 「ふふ、いたしてしまいましたね」 「そうだな」 だが、古杜音の言ったように自分の気持ちを確かめることはできた。 俺は古杜音を心底から愛している。 それは確かなことだ。 「朱璃様にはどうお伝えになるおつもりですか?」 「ありのままを伝えるだけだが」 「えええっ、今したことを全て!?」 「常識的に考えてくれ。 詳細を伝える気はない」 古杜音と何をどうしたなどと事細かに話をしたら、分別のある朱璃でも何をするかわからない。 さすがにそこまで俺は愚直ではない。 「ほっ、よかった……」 「艶事の最中に私が口走ったあれこれを朱璃様の前で実況されたら、首をくくって死ぬ自信があります」 「あり得ないから首はくくらないでくれ」 「では、朱璃様には何とお伝えになるので?」 どうやら朱璃にどう伝わるのかがかなり気になるようだ。 古杜音と朱璃は親しくしているし、配慮したいということだろうか。 「古杜音と〈夫婦〉《めおと》になると告げる」 「……め、夫婦?」 「契りを結んだ以上、男として責任を取るつもりだ」 「本気なのですか……?」 「大切な巫女の純血を奪ったのだから当然のことだろう」 「私の純血などどうでもいいのです。 大切なのは宗仁様のお気持ちです」 「本気で、私と夫婦になりたいとお思いなのですか?」 「俺は古杜音を愛している。 だから何も問題ない」 俺の言葉に、古杜音の瞳が潤み始めた。 「ああ、そんな……私にとってこれ以上の幸せがありましょうか」 「まさか、本当にミツルギ様の花嫁になることができるなんて……」 感極まったのか、俺の手を強く握ってくる。 「古杜音、俺は鴇田宗仁だ」 「俺がミツルギで君が斎巫女だから、夫婦になるわけじゃない」 「俺が愛したのは椎葉古杜音であって斎巫女じゃないんだ」 「はい……私も、お慕いしているのは鴇田宗仁様でございます」 古杜音の言葉に頷く。 「俺は武人だ。 主が死ねと言えば死ぬ覚悟はできている」 「古杜音も斎巫女として必要な時がくれば、その命を捧げる覚悟があるのだと思う」 「だが、できることなら俺は古杜音を幸せにしたい」 「この命が続く限り、できるだけ長く」 「はい……」 「だから、これから俺はできうる限りこの命を大事にする」 「古杜音も自分の命を大事にして欲しい」 「少しでも長く、ともに生きよう」 「はい、承知しました」 溢れる涙もそのままに、古杜音は嬉しそうに微笑んだ。 七日後。 傷が癒えるのを待ち、闇に乗じて天京へ乗り込んだ。 「ここへ来るのも久しぶりね」 朱璃厳しい警備体制が敷かれてるかと思いきや、街に出ている共和国兵は少なかった。 お陰で、気付かれることもなく美よしまで来ることができたのだ。 細心の注意を払ったのは言うまでもないが。 「こう簡単に潜り込めてしまうと、何だか拍子抜けしてしまいますね」 油断は禁物だが、動きやすいという意味では助かる。 「古杜音、勅神殿に顔を出す予定はないの?」 「皆に会って無事の確認もしたいのですが、私が行けば迷惑がかかるでしょう」 「寂しい限りですがここは耐えます」 古杜音含め、俺たちは指名手配されている。 下手に動いて、いざという時に差し支えがあっては困る。 「寂しい、ねえ」 じっとりとした視線を送ってくる朱璃。 「お付き合いを始めたばかりの男がそばにいるのに?」 「もう、それは言わないお約束ですよっ」 「宗仁様は私のハズバンドになるお方ですから、傍にいるのが当然のお方なのです」 顔を赤くして、なぜか俺の肩を叩いてくる古杜音。 「はずばんど?」 「確か夫って意味よ」 それなら間違ってはいないか。 「はあ、もう見てられない」 古杜音と所帯を持つつもりだと朱璃に告げたところ、簡単に認めてくれた。 朱璃に言われたのは、『そう、わかった。 古杜音を大事にするように』だけだ。 もっと何か言われるだろうと身構えていただけに意外だった。 「宗仁、イチャイチャするのは結構だけど大事なところで変な失敗しないでよ」 「俺は君の刃だ。 そこは何も変わらない」 「そして私の夫です」 「……」 余計な茶々を入れる古杜音に冷たい視線を送る朱璃。 しかし古杜音は動じていない。 所帯を持つという約束をしてから、古杜音は輪を掛けて図太くなった気がする。 「ふふふ、皆さん楽しそうですね」 睦美睦美さんが簡単な食事を持ってやってきた。 「睦美さん、お世話になります」 竜胆作戦以降、滸は行方不明、俺たちも天京から敗走した。 生き残った武人は睦美さんが取りまとめている。 いまだ脚が不自由な槇の面倒も彼女が見ているという。 「いえ、お気になさらず」 「ここなら共和国の兵に見つかることもないでしょうから、ゆっくりされてください」 「子柚から何か連絡は?」 子柚は、先行して天京に入っている。 滸の居場所を突き止めてもらいたかったのだ。 「先日、顔見せに参りました」 「滸様の姿をお見かけした者がいるそうで、共和国軍の駐屯地にいることは確かだそうです」 「ただ居場所はまだわからないとのこと。 引き続き潜伏しています」 頑張っているようだ。 「まだ時間がかかりそうね」 「しばらくはのんびりですかねー」 「睦美さん、少し聞きたいんですが」 睦美さんが作ってきた夜食は、香ばしく焼いた鮭をほぐし入れた茶漬けだった。 出汁の利いた茶漬けを平らげながら睦美さんに尋ねる。 「共和国軍の様子を見ながらここまで来ましたが、市街にいる兵の数が少ない気がする」 「何か動きがあったんですか?」 「ええ、まだ正式な発表はされていないのですけど」 「どうやら総督のウォーレンは、近々皇国を離れるようですね」 「どうしてそんなことに?」 「伝え聞くところでは、他の戦地に兵力を割くためだということです」 「多方面展開をしているせいで戦場が広がってしまい、手に負えないようですね」 「主要部隊を引き連れて別の戦場へと向かうそうです」 「軍の撤収は既に始まっていて、街にいる兵が少ないのはそのせいでしょう」 「皇国はどうなる?」 「おそらくはエルザ様が統治することになるかと思います」 「残されるのは数千の部隊だけだそうですから、今後は大変でしょうね」 「後始末は娘に丸投げか」 「もう、私たちのことは眼中にないってことね」 叩きつけるように扉が開いた。 「睦美さん、大変でございますっ!!!」 子柚「あっ、鴇田さんに宮国様、いいところにいらっしゃいました!!」 「子柚、どうしました?」 「滸様の居場所がわかったのです!」 「いえ、それどころではありません」 「現在、滸様は捕虜になっていた武人や巫女たちと武装蜂起し、共和国管区内で戦われております!」 「何だって!?」 その場にいた全員が腰を浮かす。 「今は優勢に事を運んでいますが、時が経てば劣勢は必至!」 「皆様、どうかお力をお貸しください!」 「どうする、朱璃」 「決まっているでしょ。 もちろん助けに行く」 「その言葉を待っていた」 刀を手に立ち上がる。 「宗仁様、私も連れて行ってください!」 「勅神殿へ赴き、手を貸してくれそうな巫女を募ります」 「古杜音、少ない手勢で巫女を守りながら戦うのは不可能だ」 奥伊瀬野ではやむなく前線に出てもらったが、本来神職は後方で戦うものだ。 「うう、夫婦になろうというのに私だけ置いてけぼりですか」 「いくら古杜音の頼みでも、無理なものは無理だ。 今回は諦めてくれ」 「よかった、宗仁が骨抜きにされてなくて」 戦の準備を進めながら苦笑いを浮かべる朱璃。 「でしたら、古杜音様は私がお守り致します」 「すぐに連絡を取り、更科の者たちを連れて参ります」 「その足で勅神殿へ向かい、お仲間を募り、ともに滸様たちの救出へ向かいましょう」 「本当でございますか!?」 「ええ、共に戦場を駆けましょう。 斎巫女」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「急げ! このままでは囲まれる!!」 滸味方を鼓舞しながら先陣を切って進む。 共に戦ってくれているのは、武人や神職が四十名ほど。 施設内に保管されていた呪装刀を奪ってきたものの、戦力は心許ない。 一刻も早く共和国管区を抜け出し、天京を離れなくては。 私が正気を取り戻したのは、数日前の夕刻。 自分は、共和国の兵に連れられて管区内を歩いていた。 経緯は全くわからない。 まったくもって唐突に、私はそこにいたのだ。 混乱する頭で考えに考え、ようやく八岐雪花とかいう巫女に呪術をかけられたと思い当たった。 恐らくは、私も父上のような人形にされかけていたのだろう。 術が解けた理由はわからないが、もしかしたら雪花の身に何かあったのかもしれない。 幸い、周囲の共和国兵は、私が正気に戻ったことに気づいていなかった。 «大御神»が与えて下さった好機だ。 私は意思のない人形のふりをしつつ、逃げ出す隙を窺った。 そして今日──「体力が尽きた者は近くの武人を頼れ! 必ず全員で、生きて逃れるぞ!」 同じように拘束されていた武人や神職を結束させ、私は立ち上がった。 保管されていた呪装刀を奪って施設を掌握。 ついでに、施設内の怪しげな呪術装置を片っ端から吹き飛ばしてきた。 問題はここからだ。 どうやって、共和国管区から脱出するか──見つからないよう隘路を選んで進んできたが、どうしても大通りを渡らねばならない。 「抜けるぞ、気をつけろ!」 覚悟を決めて飛び出す。 「やはり待ち伏せか!」 呪装刀を持った武人を鉛玉で仕留めるのは難しい。 武人たちで一斉に躍りかかり、敵兵を無力化する。 「戦車か」 見れば、道の先では兵たちが戦車を盾に〈阻塞〉《バリケード》を築き始めている。 背後からも、敵兵が詰めてきている。 完全に逃げ場を失った。 ここで手をこまねいていれば、壊滅は必至。 強行突破を図るしかない。 「私が突破口を開く! 武人は巫女を守りながら一気に通り抜けろ!」 仲間を置いて、路地を飛び出す。 私がやらねばならない。 「(お願い、力を貸して)」 呪装刀に囁き、最後の覚悟を決める。 その時。 遠くの戦車が轟音と共に爆発した。 「あれは、一体……」 〈阻塞〉《バリケード》の中で、共和国軍が右往左往しているのが見える。 まさか。 期待を込めて送った視線の先にいたのは──見間違いようもない……宗仁。 滸と目が合った。 生きていてくれたか!「宗仁、突っ込むわよ!」 朱璃「承知!!」 宗仁戦車を斬り、〈阻塞〉《バリケード》をなぎ倒して滸の元へ走る。 花屋の仕事のお陰で、共和国管区の地図は完璧に頭に入っている。 お陰で迷うことなく滸たちの居場所を推測できた。 朱璃と二人で共和国の兵たちをなぎ倒し、さらなる爆発を誘う。 「滸っ!!!」 その閃光と煙に乗じて、滸のところへたどり着いた。 美よしに隠されていた呪装刀を十本ほど、滸に投げて渡す。 「無事に会えて良かった」 「お互いしぶといな」 一瞬、笑顔を交わす。 「敵の数がどんどん増えている。 この手勢では破れないだろう」 「ああ、今から私が突っ込んで血路を開く」 呪装刀を武人たちに回し、自らも手渡した業物を腰にはく滸。 「いや、まだ早い」 「早い? 遅すぎるくらいだろう」 「睦美さんたちが加勢に来る。 それまで耐えるんだ」 「それは頼もしい」 取り囲む共和国軍を見回す。 「さて、どう攻める」 「私と宗仁、稲生で敵の戦線を攪乱」 「残りは巫女を守りつつ睦美さんたちが到着するまで時間稼ぎ、でどうかしら」 「いいだろう。 楽しそうだ」 方針は決まった。 「聞いていたな! 武人たちは全力で巫女たちを守れ!」 鬨の声が響く。 「稲生、無理はしないでね」 「承知した」 滸の言葉を合図に、三方へ飛び出す。 途端、凄まじい量の弾丸が浴びせかけられるが──「駄目だっ、敵が見えないっ!!!」 碧眼の共和国兵疾風よりもなお速く近づき、並み居る共和国軍の兵たちを斬り裂いていく。 相手の火線の中へ飛び込んでしまえば後はこっちのものだ。 相手を選ばず、遮二無二斬り捨てる。 斬っては銃弾を避け、また斬っては別の場所へ。 「悪いが憂さを晴らさせてもらうぞ、共和国の者ども!!!」 鬱積したものを吐き出すかのように暴れ回る滸。 雷鳴のような太刀さばきは、些かも衰えていない。 「死にたくなければ武器を捨てて逃げなさい!」 朱璃も、共和国の兵たちを相手に危なげなく刃を走らせていた。 「むっ……」 しかし、いかんせん多勢に無勢。 三人では戦場をかき乱すだけで精いっぱい。 突然、共和国軍の背後で複数の爆発が巻き起こった。 視線を送ると、凄まじい勢いで共和国軍の部隊をなぎ払い、道を作っていく武人たちの群れが見えた。 「来たか!」 「遅くなりました」 睦美「宗仁様! お待たせいたしました!」 古杜音睦美さんが古杜音と一緒に、巫女たち十数名を引き連れてやってきた。 「滸様はご健在ですか?」 「ああ、向こうで暴れているぞ」 睦美さんたちの到着に気付いた滸は、ますます勢い激しく共和国軍へと斬り込んでいた。 「ふふ、それでは、私は滸様の助太刀をしてきましょう」 そう告げると、睦美さんは刀を手に敵陣へと突っ込んでいく。 「宗仁様、脱走してきた巫女たちはどこへ?」 「武人たちが守っている。 こっちだ」 古杜音たちを連れ、脱走してきた者たちの元へ急ぐ。 古杜音がその場へ行くと、囚われの身だった巫女たちの瞳が輝いた。 「ご心配をおかけしてすみませんでした。 後ほど改めてお話をしましょう」 「ですが、今はとにかくこの場を切り抜けることが第一です」 古杜音の言葉に皆が頷く。 「皆の力を合わせ、武人の皆様を盾の呪式にてお守りしましょう」 「制御はこちらで行いますので、私に呪力を送ってください」 巫女たちが一斉に首肯した。 「宗仁様、皆さんに呪術の盾を行き渡らせるには、戦場の中央に行く必要があります」 「私を守ってくださいますか?」 「構わないが、呪術を使って大丈夫なのか」 俺の懸念に、古杜音は笑顔を向けてくる。 「今回は皆の力を制御するだけですから、負担はそこまで大きくありません」 「少しでも長く、ともに生きる……でございましょう?」 わかってくれているなら安心だ。 「よし、古杜音の命は俺が必ず守ろう」 「ありがとうございますっ」 古杜音と頷き合う。 「では、行くぞ」 「はいっ!!」 古杜音を抱え、力を溜め、一気に跳躍する──銃弾が飛び交う戦場のまっただ中に降り立ち、古杜音を降ろす。 「それでは参りますよ!!!」 巫女たちから送られてきた呪力によって、古杜音の身体が淡い燐光を放ち始めた。 「掛巻も畏き、«大御神»の大前に、恐み恐みも白さく……」 詠唱が始まり、熱が高まっていく。 「させるか!」 こちらに向かって飛んできた銃弾を斬り飛ばす。 「加護の力よ、武人たちを守り給えっ!!!」 古杜音の叫びと共に、前線で戦っている武人たちの身体に変化が起こる。 飛んできた弾丸はことごとく防がれ、強力な火器にも打ち負けない存在と変じたのだ。 「武人の皆さん、身の守りは私たち巫女にお任せください!」 古杜音の言葉に、前線にいる武人たちが狂気乱舞する。 これを機に、破竹の快進撃が始まった。 古杜音の呪術に気付いたのか、敵兵の銃弾が古杜音に集中する。 だが。 「古杜音っ!!」 その悉くを叩き落とす。 俺がいる限り、古杜音には傷一つつけさせない。 「私たちは負けませんよ」 共和国軍に手を差し向け、古杜音が説き聞かせる。 「この国には、常に住まう人々を愛する心があります」 「私たち巫女は、最後の一人になってもこの皇国を愛し、皇国民の支えとなり続けます」 「その心を挫くことは、絶対にできません!」 強い決意を覗かせる古杜音。 その心が、愛する心が呪術の盾をより強固なものに、何物にも負けない鋼へと変える。 共和国軍に、呪術で守られた武人に太刀打ちできる術などない。 一つ、また一つと部隊が撤退、潰走していく。 勝敗は決した。 「皇国の諺で、窮鼠猫を噛むというのがあるらしいな」 ウォーレン「それで、雪花は?」 「彼女はクーデター主犯の捜索に従事しておりました」 ロシェル「が、部隊が壊滅状態に陥ったことから考えると、既に死亡したものと見られます」 「なぜ雪花を前線に出した」 「あれは私の計画に必要な駒だった。 お前も知っていたはずだが」 ロシェルは涼しい顔だ。 「奥伊勢野は呪術によって巧妙にカムフラージュされており、雪花以外の人間に発見することは不可能でした」 「まあいい、全て終わったことだ。 今さら言っても仕方あるまい」 矛を収めるウォーレン。 「私の計画もこれで頓挫した」 「せめて施設だけでも残っていれば、後継者に継がせる手もあったが、武人がことごとく壊してくれた」 「もはや皇国に用はない。 撤退だ」 「今後の皇国はエルザに任せる」 「ロシェル、お前はどうする」 「総督閣下にお供いたします」 頭を下げるロシェル。 「好きにするがいい」 それだけ言い、ウォーレンは総督室を出た。 「……やれやれ」 一人残ったロシェルは、豪奢な机にどっかと腰を下ろす。 「いいところまで行きましたが、今回はこれで終わりですね」 「斎巫女なら、上手く宝珠を壊してくれると思ったのですが」 ため息をひとつつき、ロシェルは困ったように笑う。 「ま、いいでしょう」 「百年か二百年、もう少し世界を歩いて、面白いネタを探してきましょう」 「時間はいくらでもありますからね」 立ち上がり、ロシェルもまた部屋を出た。 この若い共和国軍人に焦りはない。 何故なら、時間は常に彼の味方をするのだから──「失礼します、皇帝陛下」 エルザ総督府の一室に軟禁されている奏海の元に、エルザが姿を現した。 「何やら外が騒がしいようですが」 奏海奏海の耳には、遠くで響く銃声や爆音が聞こえていた。 「共和国管区内に拘束していた囚人たちが武装蜂起しました」 「鎮圧したのですか」 「いえ、逃げられました」 「ふふふ、久しぶりに吉報を聞きましたね」 エルザを前に脱獄を吉報と言い切る奏海に、苦笑する。 「それで、今後はどうされるつもりですか? 副総督」 「手始めに、陛下の行動制限を解除します」 「外に出るも学院に通われるも、陛下のご自由になさって結構ですよ」 「なぜ?」 エルザの言葉に、奏海は怪訝な顔をする。 「近々、共和国総督が皇国を離れることになりました」 「この国の統治は副総督である私が引き継ぎます」」 「おめでとうございます。 何の気兼ねもせずにやりたい放題できるわけですね」 「ええ。 今後は遠慮なく皇国の民主化を進めるつもりです」 「それと私の解放に何の関係が?」 「自由にしてもらったところで、あなたに感謝などしません」 「鴇田君や、竜胆作戦に荷担した武人達に特赦を与えると言っても?」 「お義兄様が生きていらっしゃるのですか?」 奏海が身を乗り出す。 あまりの食いつきに、エルザは彼女を軟禁しておいて良かったと改めて思う。 義兄のこととなると、奏海は何をしでかすかわからない。 彼女の身を守るためにも、エルザが皇国を自由にできる権限を得るまでは、大人しくしていてもらわねばならなかった。 ──宗仁が天京に帰るまで奏海を守る。 それが、エルザと宗仁が交わした約束だったから。 軟禁は、あくまでも奏海の身を守るための手段だったのだ。 「少しは話を聞いてみる気になりましたか?」 「是非詳しく聞かせて下さいっ」 お義兄様のためならば、この身など惜しくない──誇張でも何でもなく、それが奏海の本心だった。 奏海とエルザの話し合いが始まった。 二人の話は熱が入り、秋の夜長を食いつぶしてもなお終わらない。 そうして──夜が明けた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 昼食の時間。 「あ、エルザだ」 朱璃皆で食堂へとやってくると、〈映像筐体〉《テレビ》にエルザの姿があった。 共和国管区での戦闘から二週間。 その間、皇国の情勢はめまぐるしく変わった。 ウォーレンが主力部隊と共に皇国を去った翌日、エルザが新しい総督に就任した。 同時に翡翠帝は政治権力を放棄し、皇国の政治は、普通選挙により選ばれた国民の代表が担うこととなった。 今後は、エルザが先頭に立ち、皇国で適切な民主主義政治が遂行されるよう指導していくのだという。 「それにしても、こうしてまた皆で学院に通えるとは思ってもみませんでした」 古杜音「何の気兼ねもなく学生でいられるのって幸せよね」 総督としてのエルザの最初の仕事は、共和国軍の綱紀粛正だった。 皇国人に対して不当な行いをした共和国人を容赦なく処罰。 その上で、武人には特赦が与えられ、俺たちが罪に問われることはなくなった。 「特赦を進言して下さった翡翠帝には、感謝してもしきれない」 滸「まったくだ」 宗仁聞いた話によると、民主制導入の条件として奏海が提示したことらしい。 思い思いに食事を選び、皆で席へつく。 「そう言えば、翡翠帝もエルザ様も、近いうち学院に通われることになるそうですよ」 「古杜音は気をつけないとね」 「前みたいに飲み物をかけたりしたら今度こそ逮捕されるかも」 「犯罪者の友人になるのは勘弁してほしい」 「ぶるぶるぶる……」 冗談を言い合いながら、〈映像筐体〉《テレビ》を眺める。 ちなみに古杜音とは内々に祝言を上げ、正式に夫婦となった。 朱璃や滸、睦美さんや店長(ちゃっかり生きていた)たちと、ささやかなお披露目の会を催したのはつい先日のことだ。 「でも朱璃様、本当にこれでよかったのですか?」 「もう皇帝陛下になることができなくなってしまったわけですけど」 「ああ、そのこと」 あんみつを食べていた朱璃が手を止める。 「皇国民が安心して暮らしていける社会が作れるなら、自分の地位にはこだわらない」 「私は偉くなりたかったわけでも、崇めて欲しかったわけでもないから」 〈映像筐体〉《テレビ》に映るエルザに視線を送る朱璃。 「今、エルザは皇国人の手によって国の政治を行う下地を作ろうとしている」 「私が取り戻したかったものを、皇国人の手に委ねてくれた」 「それなら、しばらくは信じて任せてみてもいいかなって思ったの」 「もちろん完全に信用したわけじゃないけどね」 瞳に強い光を〈湛〉《たた》えながら告げる朱璃。 「じゃあ、望む形にならなければ、また事を起こすつもり?」 「言葉で通じなければね」 「でも、これからはその必要もないと思う」 「皇祖様の力もミツルギの力も«三種の神器»も必要ない、言葉で戦う時代になる」 「議会制政治っていうのは、要はそういうことでしょ?」 朱璃はにこりと微笑む。 「そういうことで、刀を振り回してちゃんばらをする時代はもうおしまい」 「もし政治に不満があるなら、議員になって正々堂々と自分の考えを主張して戦っていけばいいと思う」 「大志を持つのは構わないけど、刀を軽んじないでほしい」 じっとりした視線を送る滸。 「ということで、二千年皇国に仕えたミツルギもこれでお役御免ね」 「もっとも、こっちが暇を出す前に、宗仁は古杜音のものになっちゃったけど」 「まあ、私のものだなんてそんな」 「もし宗仁様がご入用でしたら、倫理的に許される範囲でいつでもお貸しいたしますよ」 「わかった、覚えておく」 「古杜音、俺は君の所有物ではないのだが」 勝手に貸し借りの約束をされても困る。 「あらまあ、自分は主の道具だとか言ってたのにね」 「本当ですよねー」 笑い合う朱璃と古杜音。 「まったく、嫁をもらって早々に尻に敷かれるなんて武人として情けない」 「敷かれたつもりはないが」 しかし妻となった古杜音にどういう態度で接するべきか、考えあぐねているのは事実だった。 ただ、心に決めていることはある。 古杜音の奔放で明るい性格を押さえつけるようなことだけはしたくない。 それこそが、彼女の最も美しいところなのだから。 などと考えていると、古杜音がこちらに身体を寄せてきた。 「宗仁様、宗仁様っ」 「どうした?」 「このカレーライスという料理、とてもおいしいですよ」 「宗仁様もぜひ食べてみてください」 「はい、あーん」 匙を差し出してくる。 「悪いが遠慮する。 共和国の料理は口に合わないものが多いんだ」 「いえいえ、これは本当においしいですから!」 「いやだから……」 困っていると、朱璃と目が合った。 「食べてあげないの?」 「食べない」 「ひどい、宗仁様はいけずです」 「せっかく夫婦になったのに、夫婦らしいことは何もしていただけないっ」 「このままでは離婚の危機ですっ」 「待ってくれ、俺にも食事の好みくらいはある」 「そこは尊重して欲しい」 「妻がおいしいと言っているのですよ? 信じていただけないのですか?」 「む……」 進退窮まり、今度は滸に視線を送る。 「宗仁、ここは学生食堂なんだけど」 「まさかこのような大衆の面前で、はいあーんなどという破廉恥な真似はしないだろうな」 「そうだ古杜音、ここは公共の場だ」 「俺も、皆の前で恥ずかしい真似をするのはどうかと思う」 「でもあそこにいる共和国の方は、恋人同士で同じことをやっていますよ」 見ると、共和国の女子が男子に食べさせていた。 しかもその後で、口づけまでしている。 「何あれ……注意してくる」 「駄目ですよ、滸様っ」 「共和国では挨拶代わりに抱き合い、頬を寄せ合う文化があるのです」 「恋人同士の口づけなど挨拶と変わらないそうですよ」 「は、破廉恥すぎる」 「でも、文化は尊重すべきなの?」 悩みはじめる滸。 「そんなことより宗仁様、早く召し上がってくださらないと冷めてしまいます」 「……本当に食べさせる気か」 「食べていただけないと離婚の危機ですよ」 仕方ない、とりあえず一口だけ食べるか。 それで古杜音も満足するだろう。 「……うん?」 口に含み、味を確かめて気付く。 「うまいぞ、これ」 「そうでしょうそうでしょう、もう一口どうぞ」 古杜音に差し出されるまま、次々とカレーを口に入れていく。 辛みの利いた肉じゃが、といったところか。 「宗仁様も気に入っていただけたみたいですね」 「ああ、これなら俺も食べられる」 俺に匙を差し出し、その後で自分でも食べる古杜音。 「宗仁様、おいしいですね」 「うん、おいしい」 「あーーーっ、もう見てられないっ!」 朱璃が暴発した。 「戯れるのは結構だけど、見せつけられる方の身にもなってよねっ」 「夫婦なのですから良いではございませんか」 「宮国の言う通りだと思う」 「ここは学舎、学生には学生の本分がある」 「そうよ稲生、言ってやって!」 朱璃たちが騒ぎ出したせいで、皆の耳目が俺たちに集中する。 「朱璃様も滸様も、夫婦の営みを邪魔する気なのですかっ」 「時と場所を選びなさいってことよ!」 「夫婦はいついかなる時も夫婦、時と場所を越えて永遠の絆で結ばれているのです!」 なおもぎゃあぎゃあと言い合う古杜音たち。 「お前らいい加減にしろ。 この騒ぎがそもそも迷惑だ」 全員を窘め、ようやく騒動は鎮火した。 学院の終業後、朱璃に誘われて皇家の陵墓がある丘までやってきた。 「……」 朱璃は墓前で目を閉じ手を合わせ、何事かを祈っている。 古杜音も同じように手を合わせていた。 「終わり」 「付き合ってくれてありがとう、宗仁、古杜音」 「いえ、これくらい何でもありません」 「何を祈っていたんだ?」 「母に報告してたの」 「これから皇国は変わっていく」 「母の望む形ではないかもしれないけど、皇国はきっと良くなっていく」 「私もそのために尽力するからどうか見守っていてください、ってね」 最初は小此木の討伐を誓っていた。 それが皇国の再興に変わり、今は新しい皇国への尽力へと変わった。 しかし、俺が主に望んだ、朱璃の中にある大切な軸はぶれていない。 「……朱璃様は前向きなのですね」 「私は少し不安です」 陵墓に視線を向けながら、古杜音が告げる。 「皇国は二千年間、『神に護られた国』として代々皇帝が国を守り、繁栄を支えてきました」 「巫女たち神殿組織は、その統治を呪術によって影から支えてきたのです」 「ですが、皇帝が国を司ることがなくなった今、巫女はどうなってしまうのでしょうか」 それまで神殿組織は皇帝を頂点とした組織を築いてきた。 しかし、今後は変わってくるだろう。 そうなった時、必然的に斎巫女の役割も変化する。 「当面はエルザが組織の長を務めるだろうけど、後々は民衆の代表である大統領に仕えることになると思う」 「それが嫌だと言うわけではありません」 「ただ、私たち巫女は命を賭して呪術を執り行います」 「いざと言う時、何に殉じればいいのかと考えると……よくわからなくなります」 確かに、民衆が望めば大統領などすぐ別の人間にすげ替えられる。 ただ一人の主に仕えるわけではなくなってしまう。 「エルザは皇国の伝統は残す、皇帝は国の象徴として尊重するって言ってたでしょ」 「政治の主役がどれだけ変わっても、私たちが信じてきたものや人の気持ちはそう簡単に変わるものじゃない」 「一番大切なものは人の心の内にいつまでも残り、次の世代へ伝わっていく」 「巫女が守っていくものは、きっとそこにあるんじゃないかな」 俺たちが大切にしてきたもの。 命を懸けて、守りたいと思ったもの。 心の奥底に深く根付いている、皇国を形作ってきたもの。 «大御神»を信奉してきた巫女が大切にすべきものは、きっとそこにこそ宿っているのだろう。 「……そうですね」 「ありがとうございます、朱璃様」 「私、自分がこれから何をすればいいかわかった気がします」 元気を取り戻す古杜音。 その表情は明るく、瞳は天の先に届くほど輝いている。 「そう、よかった」 「でも私たちは学生だからね」 「もうしばらくは、学生として精いっぱい青春を謳歌しましょう」 「ふふ、賛成でございますっ」 冬は寒く厳しい。 しかしその先には春が待っている。 足下に広がる天京に、再び春が来る日を願って──俺たちは歩きだした。 三年後。 車を降りると、うだるような熱気が襲ってきた。 今、天京は夏の盛りだった。 「あああ……暑い、この格好は本当に暑うございますね……」 古杜音が巫女装束の襟元をぱたぱたと開く。 「はしたないぞ、古杜音」 「あ、すみません」 古杜音の来訪を察知した周囲の人間が、早くも集まり始めている。 皇国人だけでなく共和国人の姿もある。 「皆さんお久しぶりでございます」 「順番にお話を伺いますから、まずは講堂へ向かいましょう!」 「では宗仁様、また後ほど」 古杜音は人々を先導し、近くの講堂へ向かっていった。 「……確かに暑いな」 日陰で涼を取りながら、古杜音を待つ。 奥伊瀬野での戦いから三年が経った。 選挙によって選ばれた議員と大統領による政治が始まったが、これが混迷を極めた。 共和国の移民もいるが、それでも圧倒的多数は皇国人だ。 議員には多くの皇国人が選ばれ、古き良き皇国を取り戻そうとする運動が巻き起こった。 共和国側はこれに反発、議会に介入するなど大きな騒ぎとなった。 しかし総督であるエルザは、力で押さえ込むのではなく対話と融和政策によってこれと対峙した。 結果、皇国は驚くべき速度で民主主義へ順応していった。 「ママ、武人さんだ!」 共和国人の子供「駄目よ、近寄ると斬られてしまうわ」 金髪の女性母と見られる共和国の女性は、危険物を見るような目で俺のことを睨んできた。 だが子供の方は、あっけらかんとした顔で俺へと手を振ってくる。 手を振り返すと、共和国の子は嬉しそうに母と一緒に去っていった。 皇国人の中には共和国人を排斥したがる者がいるし、共和国人の中には以前の強硬政策を望む者がいる。 いまだに両者の溝は深い。 それでも、最近ではエルザと翡翠帝が協力し、両者の絆の固さを世間に宣伝している。 表には出てこないが、紫乃も両国の融和に尽力しているようだ。 「お待たせしました、宗仁様」 「よし、行こうか」 窓を開けて走らせると、車内に涼しい風が吹き込んでくる。 「はあ、今日も人が多くて大変でした」 「お疲れさま」 この事態にあって、古杜音は巫女による回診を始めた。 皇国人、共和国人の隔てなく病や怪我で困っている人たちの相談に乗り、時に«治癒»の術で癒しもする。 始めたばかりの頃は芳しくなかった。 共和国人は警戒し、なかなか近づかせてくれないのだ。 しかし古杜音は持ち前の人柄で、ずかずかと共和国人の共同体へと入り込んでいった。 「そう言えば、今日は共和国の方から新しい言葉を教えていただきましたよ」 「旦那様が言うことを聞いてくれない時は、『レディファースト!』と言えばいいそうです」 「何だそれは」 「女性が一番! という意味ですね」 「共和国では、できる殿方はどんな時でも女性を最優先にして労ってくれるのだそうです」 「ならば俺はその『れでぃふぁーすと』だな」 「ふふ、概ねそうですね」 「概ねか?」 いつも古杜音に尽くしているつもりなのだが。 古杜音が始めた巫女による回診活動は、徐々にその実を結び始めた。 斎巫女自らが対価を求めず悩み事を聞き、«治癒»を行うことで、徐々に信頼が根付いていったのだ。 今や天京では、巫女が道を歩いていれば共和国人も必ず挨拶をしてくれる。 「あ、宗仁様! 車を止めてください!」 古杜音は車を降りると、今しがた通り過ぎたところへ走っていく。 「大丈夫ですか?」 そこには、先ほど俺に手を振ってくれた共和国人の子供とその母がいた。 子供の腕には傷があり、出血している。 「巫女様、子供がそこの針金で腕を切ってしまいました」 「どうか治療していただけないでしょうか」 「もちろんです!」 「(«〈黒主大神〉《くろぬしのおおかみ》»も、この程度の呪術ならお許し下さるはず)」 古杜音が神妙な顔で呟いた。 そして、子供の腕にできた傷へ手をかざし、呪術の詠唱を行う。 数秒後、傷は完全に塞がって元通りになった。 「治ったよ、もう大丈夫だからね」 「サンクス、巫女様!」 子供は嬉しそうに飛び跳ね、礼を言って走って行く。 母も丁寧に頭を下げて去っていった。 先ほどとは違い、もう険のある視線を向けてくることはない。 「すごいな、古杜音は」 「ふふ、大したことはしていませんよ」 「あのくらいの傷でしたらすぐに治ったでしょうけど、痛そうにしていたものですから」 俺がすごいと言ったのは、呪術によって怪我を治したことではない。 古杜音には、共和国人の心の内にある鍵を開く力があるのだ。 目の前で見せつけられ、俺はいつも驚かされる。 だがその力こそが彼女の魅力であり、彼女の美しさの源なのだ。 「宗仁様、海が見たいですね」 「行ってみるか」 車を走らせて、海までやってきた。 「あっ、船が見えますよ」 「おーい、船さん、いってらっしゃーい!」 古杜音は沖を走る客船に向かって、嬉しそうに手を振っている。 目を凝らせば、こちらに気付いた数人の乗客がこちらに手を振り替えしているのが見えた。 「……宗仁様、聞いていただけますか?」 「なんだ?」 「今の回診が一段落したら、あの船に乗ってみたいんです」 「船に乗ってどこへ行くつもりなんだ?」 「共和国へ行きます」 「神殿を建てて、皇国のことをもっとみんなに知ってもらいたい」 「そうすれば、皇国と共和国は今よりもっと仲良くできるんじゃないかって思うんです」 「夢のような話だな」 「甘い幻想だと言われればその通りです」 「でも、私はやってみたい」 古杜音の瞳は、水平線の向こうを見ている。 他の誰かの話なら、世迷い言だと感じるだろう。 だが、古杜音ならば。 「やってみたらいい」 「でも、心配事が一つあるのです」 「もし私が共和国へ行くとしたら……宗仁様はどうされますか?」 なんだ、そんなことか。 「もちろん俺も一緒についていく」 「本当でございますか!?」 「古杜音、約束したはずだ」 「俺たちは少しでも長く、ともに生きると」 古杜音とならどこへでも行ける。 彼女と一緒なら、見果てぬ新天地もまた楽しい。 「ありがとうございます……宗仁様!」 満面の笑顔と、互いの暖かさを感じながら。 船が水平線の彼方に消えるまで、俺たちは海の向こうへ思いを馳せた────それから五十年。 皇国はめざましい成長を遂げ、共和国に次ぐ世界第二位の経済大国へとのし上がった。 多くの人々が行き交い、移住し、今や共和国人も皇国人もない。 区別して話をする人間もいなくなった。 皇国の神殿組織は海外に進出し、広く民の安寧を願う組織として世界各地で信仰を集めている。 誰もが愛される世界。 排斥されるものを作らない世界。 その思想に共感した者たちが、今日も共和国の神殿にやってくる。 雪花に告げた、悲しい運命を背負う者のいない、優しい世界を作りたいという願い。 その願いが確かに結実していた。 『──宗仁様、ありがとうございます』『こうして宗仁様が、隣で手を引いてくださることが何よりの幸せ』『私は、天下一の果報者でございます──』今年、古杜音は斎巫女を引退した。 巫女は短命だと言われている中で、古杜音はしぶとく生き続けている。 ──少しでも長く、ともに生きる──五十年経った今でも、古杜音は俺との約束を律儀に守ってくれていた。 そして、俺はと言えば。 職を辞して身軽になった古杜音とともに、今日も世界を駆け巡っている──指定されたラベルは見つかりませんでした。 「こちらでございます、宮国様」 子柚「お気を付け下さい、この辺りは〈茨〉《いばら》が茂っております」 「ありがとう、子柚」 朱璃棘だらけの草藪をくぐり抜け、ようやく開けた場所に出た。 目に飛び込んできたのは天京の鈍色の空、そして歴代皇帝の墓石だ。 「ここに出るとは思わなかった」 宗仁「お母様のお導きね」 朱璃が顔についた汚れを手の甲で拭う。 俺たちが奥伊瀬野を発ったのは七日前。 共和国軍の目を避け、ある時は貨車に潜り込み、ある時は獣道に分け入って天京まで辿り着いた。 要所要所で道を切り開いてくれたのは子柚だ。 「悪路しかご案内できず、申し訳ございません」 「共和国軍に見つからなかっただけで大手柄よ、子柚」 「過分なお言葉でございます」 深々と頭を下げる子柚。 「ん?」 遠くから、人が近づいてくる気配がする。 「誰か来るな」 「足音からすると、男女一人ずつ……女は武人か」 「ぐ……い、いつの間に、そこまで耳が良くなったのですか」 「私は人数しかわかりません」 「こっちは足音すら聞こえないんだけど」 朱璃が、苦笑いしつつ子柚が見つめる方角に目をやる。 程なくして現れたのは懐かしい二人だ。 穏やかな笑顔に安堵の思いがこみ上げる。 「(帰って来たのだな、天京に)」 古杜音の命を賭した«研ぎ»のお陰で、ミツルギだった頃の記憶は回復している。 彼は約二千年を天京で過ごしてきた。 その間、多くの出会いと別れがあり、一つ一つが忘れ得ぬ思い出として頭に刻まれている。 それでも睦美さんと店長を天京の象徴のように感じるのは、俺があくまで『鴇田宗仁』だからだ。 「再びお目にかかることができ、恐悦至極に存じます」 睦美俺たちの前で、睦美さんと店長が膝を折る。 「二人ともよく無事でいてくれました」 「いやあ、あの時ばかりは私も死んだかと思いました」 鷹人「なかなか楽になれない運命のようです、ははは」 「俺が気を失っている間に、ずいぶんお世話になってしまったようで」 「お陰で店の車が穴だらけですよ、まったく!」 「なーんて、冗談」 「二人の元気な顔が見られて安心しました」 朱璃とまとめて、店長に抱き締められた。 ふわりと花の香りが漂う。 懐かしい店長の香りだ。 「宗仁君、景気づけに、一発うなじっときますか?」 「いえ、折角ですけど」 そして店長は、いつまでうなじを触らせようとするのだろう。 「早速だけど、天京の状況を教えてもらえる?」 「長旅でお疲れでしょうし、少し休まれた方がよろしいのでは?」 「時間が惜しいの、お願い」 「かしこまりました」 気を悪くするどころか、むしろ感じ入ったように睦美さんが頭を下げる。 「まず政治情勢ですが、皇国政府は事実上崩壊しており、翡翠帝も安全確保を理由に総督府に軟禁されてしまいました」 「現在、皇国を統治しているのはエルザ率いる共和国軍です」 竜胆作戦以降、総督ウォーレンは表に出なくなり、代わりにエルザが共和国軍の顔となった。 共和国が皇国を完全併合した後、彼女を新しい総督にするための前振りだ。 竜胆作戦に関わった人物には、朱璃や俺は勿論、末端の武人に至るまで例外なく逮捕命令が出されているらしい。 街には夜間外出禁止令が出され、各所に共和国軍の検問が置かれている。 こうして丘の上にいることすら危険だという。 現在生き残っている奉刀会の武人は四十名ほど。 辛うじて連絡は取り合っているが、大きな行動を起こせる状態ではない。 「滸様……会長の行方は、未だわかっておりません」 共和国軍に捕まった後のことは、懸命の調査にもかかわらず不明だという。 「生きているのよね?」 「それも未だ確認が……」 「«〈不知火〉《しらぬい》»は、輝きを失っておりません!」 「滸様は絶対にご無事でいらっしゃいます!」 「«不知火»が手元にあるのか?」 「子柚が命懸けで取り返してくれたのです」 睦美さんが子柚の頭を慈しむように撫でる。 「子柚の言うように、«不知火»の刀身にはまだ輝きがございます」 「希望はあるということでしょう」 まずは明るい話題と捉えておこう。 奥伊瀬野で刻庵殿に伝えた言葉が、嘘にならずに済むかもしれない。 「会長が戻られるまでは、僭越ながら私が会長代行を務めております」 「奉刀会一同、最後の一人になりましても〈皇姫様〉《ひめさま》の手足となって戦い抜く所存」 「ありがとう。 あなたたちの忠義、心強く思います」 全員で街を見つめる。 帝宮は共和国軍の兵士で埋め尽くされている。 周辺の主要な道路にも兵士が溢れており、共和国管区全体が軍事基地になってしまったかのようだ。 目を転じると、破壊された勅神殿が見えた。 まるで竜巻が直撃したかのように、周辺施設も含めて粉砕されている。 「勅神殿はどうしたの?」 「まさか竜胆作戦の後で……」 「いえ、壊れたのは二日前でございます」 「爆発があったのですが、共和国軍が破壊したという話もありません」 「火薬の跡もありませんし、一切が謎なのです」 「被害は?」 「神職が多数亡くなられました。 建物は全壊です」 「ちょっと口を挟ませてもらいますよ」 黙っていた店長が口を開いた。 「私としては、呪術が関係する爆発だと思っています」 「あの晩、大きな呪力が解放された感覚がありました」 「呪術をかじった程度の私にもわかるのですから、よほど強大な呪力だったのではないでしょうか」 「まさか」 「え?」 朱璃に耳打ちする。 勅神殿には«三種の神器»の一つ«〈天御鏡〉《あめのみかがみ》»が封印されている。 正確には、二代目の斎巫女が鏡を封じた場所に、封印強化の目的で勅神殿を建てたのだ。 「じゃあ、禍魄は«天御鏡»のために勅神殿を?」 「おそらくは」 「奴は、天京に悲劇をもたらそうとしているはず」 それこそ、共和国の侵攻以上の惨劇を。 「何か大きなモノが動き出しているのですね」 「詳しくは説明できませんが、共和国軍より恐ろしい存在が天京にいます」 「あらゆる悲劇の元凶」 「共和国軍の侵攻すら、彼の手引きに過ぎない」 朱璃の言葉に、睦美さんと子柚が困惑の表情を浮かべる。 しかし、店長だけは事態を予測していたように落ち着き払っている。 「店長は、どこまでご存じなんですか? 朱璃や俺の過去のことを」 「宗仁君については小此木様やご先代の斎巫女から聞いています」 「お二人は、宗仁君を絶対に失ってはならない至宝だと仰っていました」 「いずれその力に頼る日が来るとも」 「あ、あの、どういうことでしょうか?」 「口を出すところではございませんよ」 睦美さんが子柚の口を人差し指で塞ぐ。 「だから私は、戦争の後、宰相の指示で宗仁君を保護したのです」 「刻庵様も、小此木様から同じような話をされていたようですね」 「そういうことでしたか」 「小此木様はこうも仰っておりました」 「『自分は、蘇芳帝から朱璃さんと宗仁君をお預かりしている』」 「『二人に皇国の未来を託すまでは死ねない。 あらゆる手段を用いて皇国を守る』と」 ミツルギの記憶を遡る。 朱璃が幼い頃、俺……ミツルギは、蘇芳帝に娘を死守するよう要請している。 朱璃が緋彌之命の生まれ変わりだと考えていたからだ。 小此木には、蘇芳帝から話が伝わっていたのだろう。 だからこそ、彼は朱璃を天京から逃がし、来るべき日のために帝宮や«紫霊殿»を守ろうとした。 共和国に媚びを売ったのは、共和国の直接統治を避けるため。 ウォーレンに『小此木に一任すれば皇国を楽に統治できる』と思わせ、皇帝制を含む旧来の国体を維持しようとしたのだ。 ミツルギの知る小此木は忠義に篤い男だった。 国体を守るためとはいえ、苦渋の決断だったに違いない。 「小此木がそんなことを」 「蘇芳帝への忠義では、どなたにも負けないお方でしたから」 小此木からも聞いていたことだが、店長曰く、重臣の粛清も不正な蓄財もウォーレンを信用させるための手段だという。 実際、皇家の重臣たちは今も北海州で生きており、小此木の財産も朱璃のために分散して保管されているらしい。 「ずっと小此木を誤解していました」 「宰相も誤解されるよう振る舞ったのです。 朱璃さんのせいではありませんよ」 「小此木様は最期に何か」 「これを受け取りました」 朱璃が、小此木から渡された義眼を取り出す。 「小此木は、きっと私達に皇国の未来を託してくれたのでしょうね」 「そう思って頂けるなら、私達、年寄りの苦労も報われたということです」 「もはや私にできることはありません。 皇国の未来はお任せいたします」 朱璃と二人、店長に目礼し、もう一度帝宮を見つめる。 敗戦後の皇国は、上の世代が守ってきてくれた。 ここからは俺たちの仕事だ。 緋彌之命の力を取り戻し、禍魄を止めなくてはならない。 「行きましょう、«紫霊殿»へ」 朱璃が唇を引き結ぶ。 ??──苦労して手に入れたのです。 ──折角ですから、悪戯してみましょうか。 耳の奥に澄んだ音が響いた。 「なんでしょう?」 それはまるで、俺たちが──いや、天京全体が、呪紋の檻に閉じ込められたかのような光景だ。 「少し、頭痛くない?」 「俺は平気だが、酷いのか?」 「大丈夫。 だんだん治まってきた」 「う……う……」 「……う……あ……」 「おい、どうした?」 二人が軸の定まらぬ歩き方で、近づいてくる。 粘土の人形が無理矢理足を動かしているかのように、一歩一歩。 「そう……じん……様……」 「ときた……さん……」 二人の眼球が焦点を失った。 「はあああああっっっ!!!!!」 「たあああっっっ!!!!!」 睦美・子柚睦美さんが跳躍し、子柚が地を這うように疾駆した。 手には抜き身の呪装刀。 武人二人の繰り出した斬撃が、毒蛇の牙の如く上下から迫る。 「くっ!!」 僅かに後退──双牙の交点を«初霜»の抜き打ちで薙ぎ払うと、二人の身体が壁にぶつかったように浮き上がった。 すまない。 それぞれの首筋を、刀の峰で打ち据える。 「う……く……」 「あ……う……」 折り重なるように二人が地面に崩れ落ちた。 すぐさま武器を没収し、気絶していることを確認する。 「どういうこと? 二人ともどうしたの?」 「意識を乗っ取られたように見えたが」 「そ、そうじん……くん」 うずくまっていた店長が、苦しそうに顔を上げる。 「大きな呪力が働いています……い、嫌な予感しか……しません」 「二人は操られたのでしょうか?」 「私は何とか理性を保てているようです……はは……呪術をかじったせいですかね」 店長が、ようやくといった様子で立ち上がる。 「二人は私が守ります……朱璃さんと宗仁君は、早く目的を……」 爆発音や悲鳴が丘を駆け上ってくる。 殴り合う人々、闇雲に発砲する共和国の軍人、逃げ惑う人に突っ込む車、破壊される店舗。 皇国人と共和国人が戦っているのではない。 国籍関係なしに、人が殺し合い、逃げ惑っている。 百の絵の具を無秩序に混ぜ合わせたような、混沌の絵図だ。 「禍魄か」 「宗仁、早く«紫霊殿»へ」 「皇祖様の力を手に入れないと!」 「店長っ、後はお願いします!」 呑気に道を走っている場合ではない。 朱璃を抱きかかえ、崖の上から天京の空に飛ぶ。 目標は帝宮の«紫霊殿»。 寒風を切り裂く矢となる。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 午前十時過ぎ。 朱璃と宗仁が天京に到着した頃──「どういうことですかっ!」 翡翠帝卓上のカップが派手に揺れた。 「だから、本日付けで皇国という国家は消滅します」 エルザ「制度上、これからは共和国の一部として扱われるの」 「これが本国からの書類……」 「私は了承しておりません!」 また机が叩かれる。 「偽者の皇帝の承認など必要ないわ」 「私が提案し、総督が了承した。 それで充分」 「く……」 書類上の皇国併合は驚くほど簡単に完了した。 皇国民にとっては一大事でも、世界中で戦争をしている共和国にとっては珍しくない事務処理なのだ。 「よくも、ここまで簡単に人を騙せるものです」 「お義兄様が戻られるまで、共に手を取り合って天京を守ろうと誓ったはずです!」 「なのに、あなたは……」 「そのお義兄様だけど、伊瀬野で生存が確認されたわ」 「ご無事でいらっしゃるのですか!?」 奏海が詰め寄ってくる。 「無事よ」 「その代わり、私達の兵士二千人が犠牲になったけれど」 「お義兄様を捕縛しようとしたのですね」 「天京に戻ってもらおうとしただけ」 奏海がきつい視線を向けてくる。 「それで、お義兄様は今どちらに?」 「八日前、伊瀬野にいたことは確認できているわ」 「でも、三日前に第二攻略部隊が伊瀬野を制圧した時には、もういなかった」 「どこかへ逃げ落ちたか……」 「〈天京〉《ここ》に向かわれているのです」 「お義兄様は絶対に逃げたりしません」 「ふふふ、でしょうね」 「あなたも気をつけることですね」 「お義兄様は共和国軍を放ってはおきません」 「もちろん、裏切り者のあなたも」 「あら、楽しみ……」 突然、耳の奥に澄んだ音が響いた。 「何、この音?」 導かれるように外を見ると、雪雲に覆われた空に光の文様が走っている。 背筋を言いようのない悪寒が走る。 呪術、なの?「うっ!?」 「きゃっ!?」 エルザ・翡翠帝頭が割れるように痛む。 とても立っていられず、窓枠に手を置いたまま膝を突く。 視線の先で奏海も床にうずくまった。 異常事態が起きている。 頭痛に耐えながら、電話で情報部を呼び出す。 ……。 誰も出ない。 情報部が入っている建物は、最上級の防衛設備に守られている。 そこに繋がらないということは、相当に深刻な事態が起きているということだ。 ともかくも情報を集めねば。 帝宮にいる副官のロシェルを呼び出す。 …………。 ………………。 「どうされました、副総督?」 ロシェル「さっさと応答せよ!」 「申し訳ありません」 「帝宮に異常はないか?」 「特にはありませんが」 と言うロシェルの声の背後から、爆音が聞こえた。 「今の音は?」 「はい?」 「ねえ、君達、大切な話が聞こえないから静かにしてくれないかい?」 「周辺の状況を報告せよ!」 「兵士達が殺し合っています」 「あとは、ええと車両が燃えていますね。 あ、爆発しました」 「異常はないと言っただろう!」 「異常ではありませんよ」 「全て予定通りですから」 一瞬、脳が動きを止めた。 「お前……何をした」 「まあ、ちょっとした予行練習です」 「何の練習だ!」 「それでは、引き続き仕事がありますので」 「ロシェル! ロシェル!!!」 通信が切れた。 再度呼び出しても応答はない。 「あの男……」 クーデターでも起こすつもりだろうか?とにかく止めなければ。 奥歯を噛んで頭痛に耐え、部屋を振り返る。 「えっ!?」 目の前に虚ろな目をした奏海がいた。 「な、何?」 「あああああっっ!!!!!」 「ぐっ!?」 奏海に組み倒される。 「やめなさいっ!」 ふりほどけない。 日頃の奏海からは想像できない〈膂力〉《りょりょく》だ。 「やめ、て……」 「あっ!?」 細い指が首に絡まった。 動脈が圧迫され脳への血流が減少する。 まずい。 このままじゃ……。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 帝宮もまた、銃声と悲鳴に満たされていた。 理性を失った共和国軍が、味方同士で撃ち合っているのだ。 無論、俺たちの侵入を咎める者はいない。 「«紫霊殿»は半年ぶりか」 宗仁純白の玉砂利が敷き詰められた庭に降り立つと、清浄な空気が肌を刺した。 まるで気温がぐんと低下したかのようだ。 厳粛な雰囲気に促されるように、抱きかかえていた朱璃を地面に下ろす。 「«〈八尺瓊勾玉〉《やさかにのまがたま》»はここに?」 朱璃「記憶が確かなら」 緋彌之命の死後、勾玉の盗難を恐れたミツルギが、斎巫女に頼んでこの場所に封印させたのだ。 先に立ち、«紫霊殿»の入口に近づく。 建てられてから長い時を経ているにもかかわらず、«紫霊殿»は新築の輝きを保っている。 刻庵殿の«鎌ノ葉»を受けても傷一つつかなかったのは、呪術的な防護が施されているからだろう。 「呪術の鍵がかかってるみたい」 「どうやって入る?」 「小此木に聞いてみましょう」 「真の神器を得るには、これが必要だって言ってたじゃない」 朱璃が小此木の義眼を取り出す。 それを指先でねじると、球体が真ん中から真っ二つに分かれた。 小さな容器になっていたのだ。 「何これ? 桃の花びら?」 中に入っていたのは、薄桃色の花弁。 先程まで咲いていたかのように瑞々しい。 これをどうせよというのか?「お母様と小此木が守ってきたもの、今、使わせていただきます」 「さあ、私達に道を示して」 朱璃の言葉に応え、花弁が宙に舞う。 それは、自分の役割を思い出すかのように空中を滑り、扉をすり抜けて«紫霊殿»の中へ吸い込まれた。 「……」 封印されていた扉が、音も無く開く。 次の瞬間、内側から溢れ出た呪力の奔流が俺たちを包み込んだ。 「え……」 眼前に広がる光景に息を飲む。 ここは──忘れようもない、あの場所。 緋彌之命が転生の儀式を行い、殺された悲劇の舞台だ。 二千年前から時間が止まっているかのように、全てがあの時のまま。 緋彌之命の血の匂いが鼻孔に蘇るようだ。 「夢を見ているのか」 「この感じ……現実の世界じゃないみたいね」 「強力な呪力で作り上げられた世界だと思う」 「部屋に心当たりある?」 「ここは、転生の儀式の間」 「緋彌之命が殺された場所だ」 脳裏に、血に濡れた緋彌之命の顔が浮かぶ。 癒えない後悔の念が、胸の奥を締め付ける。 「またここに来るとはな」 ぐるりと見渡すと、視界の端で何かが動いた。 「千波矢……」 幻、なのだろうか。 半透明の千波矢が、懐かしい仕草で頭を下げる。 そして、俺たちを祭壇に〈誘〉《いざな》うように視線を動かし、姿を消した。 「どうしたの?」 「いや、何でもない」 「それより祭壇に何かあるんじゃないか?」 朱璃と並び、儀式の間の奥に進む。 ……。 目を引かれたのは、祭壇に置かれた首飾り。 澄んだ輝きを放つ薄桃色の勾玉をあしらったものだ。 見間違いようもない。 これこそ、緋彌之命の死後に残された«〈八尺瓊勾玉〉《やさかにのまがたま》»だ。 「二千年、長かったな」 ??出し抜けに声が響いた。 周囲には誰の姿もないが、声には聞き覚えがある。 ──緋彌之命。 「さあ宮国、勾玉を首に掛けよ」 緋彌之命「〈皇〉《わたし》の魂と肉体を再び一つに」 朱璃が祭壇の首飾りを見つめた。 首飾りを身につければ、緋彌之命の魂が目を覚まし、朱璃の人格は消え去るだろう。 同時に、俺の意識もミツルギに取って代わられる可能性が高い。 それでも俺たちは力を求める。 禍魄を倒し、皇国を守る為に。 「……御意に」 一度唇を噛みしめ、朱璃が答えた。 「いいのか?」 「もう迷わないと決めたはず」 深紫の瞳の奥で、決然たる意思が輝いている。 主が覚悟を固めているのだ、俺が止めるわけにはいかない。 朱璃に忠誠を誓った一人の武人として。 「宗仁、最後の命令よ」 「皇祖様と共に、必ず禍魄を討ちなさい」 「承知した」 「それでこそ、私の宗仁」 満足そうに笑い、朱璃が首飾りを手に取った。 「じゃあ……ね」 朱璃の手が震えている。 今にも崩れそうな笑顔に、声も出せず頷いて返す。 朱璃が俺から目を逸らした。 その時、不意に陽気な口笛が聞こえた。 胸の奥が波立つ。 やめろ──これ以上、神聖な子守歌を汚すな。 「なーるほど、«八尺瓊勾玉»はこんな具合に隠されていたのですね」 「雪花がいくら探しても見つからないわけです」 来たか、«〈禍魄〉《怨敵》»。 「後をつけてきたのね」 「ええ、扉を開けてくれたものですから」 禍魄抜刀し、朱璃を背に守る。 「古杜音は無事か?」 「もちろん丁重に扱ってますよ」 「ま、それはさておくとして……」 禍魄が目を細める。 「お二人とも、緋彌之命とミツルギを受け入れる覚悟が固まったようですね」 「もう、伊瀬野の時のようにはいかない」 朱璃が俺の横に出る。 「天京の混乱はあなたの仕業ね」 「お気に召しましたか?」 「折角手に入れましたので、これを試しに使ってみました」 禍魄が、手にしていた円形の物体を掲げる。 人の頭部より一回りほど大きい、青銅製の鏡だ。 濁った光を放っているのは、今まさに効力を発揮しているということか。 「これこそ«胡ノ国»の至宝」 「あなた方には、«〈天御鏡〉《あめのみかがみ》»と言った方が通りが良いでしょうか?」 「勅神殿を襲ったのはお前か」 「さすがは斎巫女の封印、凄まじく強烈なものでした」 「掘り出すまでに四回も死んでしまいましたよ、ははは」 「古杜音さんが私の力を解放して下さらなかったら、手も足も出なかったところです」 禍魄が肩をすくめる。 「鏡はそもそも«〈黒主大神〉《くろぬしのおおかみ》»の御声により人の心を操る呪装具」 「«胡ノ国»では、兵士から恐怖心を消し去り、破壊衝動を拡張するために使っていました」 「八岐家の祖先が、五百もの生け贄を捧げて作ったものらしいですよ」 「天京の人間に何を命令した」 「単純です。 目が合った人間を殺せ、と」 だから、天京の人々は無秩序に殺し合っているのか。 握りしめた刀の柄が砕けそうになる。 「ですがまあ、さすがに素人の私には使いこなせないようです」 「効いていない人も結構いたようですから」 「黙りなさい!!!」 雷鳴のような一喝。 「罪のない民を殺し合わせて……あなたは……」 「お説教は無意味ですよ。 私を止めたいのなら力尽くで」 「つまり……」 禍魄が朱璃を指差す。 「早く緋彌之命を呼び戻すことです」 「言われるまでもない!!!」 朱璃が首飾りを頭上にかざした。 「(朱璃っ!!)」 叫びをかみ殺した俺の前で、朱璃は躊躇いなく勾玉を首に掛けた。 朱璃が……消える……。 これが、これが、俺たちの終わりなのか。 衝撃に揺らぐ視界の中で、朱璃が俺を見た。 まったく不意に、深紫の瞳に柔らかな輝きが満ちる。 「(愛してるよ、宗仁)」 眩い光が朱璃の身を包んだ。 内側からの圧力に耐えるように、朱璃がきつく目を閉じる。 俺には、起きていることが肌でわかる。 〈蛹〉《さなぎ》から蝶が羽化するように、朱璃という殻に亀裂が走り、中に閉じ込められていたものが羽を広げようとしている。 神々しく、人の身が内包するには強大すぎる呪力。 内側から溢れ出たものが、瞬く間に朱璃を塗りつぶしていく。 少女がゆっくりと目を開いた。 その眼光は慣れ親しんだ朱璃のものではない。 二千年間、ミツルギが待ち続けた輝き。 強大な«胡ノ国»を打ち破り、独力で皇国を作り上げた初代皇帝──ミツルギの創造主にして、絶対の主──緋彌之命の眼光だ。 「久しいな、ミツルギ」 凛とした声が、身体を走り抜けた。 まるで声そのものが巨大な呪力の槌であるかのように、俺の中にあった壁を粉砕する。 それは、もしかしたら『ミツルギ』を封じ込めていた『鴇田宗仁』という壁なのかもしれない。 今まで感じたことのない活力と興奮が、身体の最奥から噴き出してくる。 しかし、それと引き替えに俺の意識は急速に収縮していく。 やはり俺も消えるらしい。 禍魄を倒し、国を守るためならば致し方あるまい。 さらばだ、朱璃──「目が覚めたか?」 「ああ」 「〈己〉《おれ》こそ、待たせた」 ミツルギ視線を交わす。 あの日から約二千年。 ようやく、ようやく、待ち焦がれた主が戻ってきた。 いや、待ち焦がれたなどという言葉では足りない。 緋彌之命への想いは、信仰と呼んで差し支えない。 『いつか必ず帰ってくる』。 その言葉だけを信じ、〈己〉《おれ》は長きに亘って皇国を守ってきたのだ。 再会の興奮で破裂しそうな自分を抑えるので精一杯だ。 「長きに亘りご苦労であった」 「そなたの忠義に深く感謝する」 「命令に従ったまで」 緋彌之命が口の端でにやりと笑う。 相変わらずだな、お前は──そう言っているのだ。 「お二人とも、お久しぶりです」 「再会の日を待ちわびておりました!」 禍魄が興奮気味に腕を広げる。 「なんだ、お前か」 「はい、私でございます」 「ならば」 緋彌之命が、禍魄に人差し指を向けた。 「消えよ」 瞬間、禍魄の腹部が消滅した。 「おっ!? これは……」 重力に従い、禍魄の上半身は地に落ちるかに見えた。 だが、落ちない。 落ちるよりも早く欠損部が修復を始め、身体を支えている。 「いいですね、この感じ」 「死にそうで死なない、痛くて痛くて、達してしまいそうですよ」 「消してやれ、ミツルギ」 「御意」 禍魄を袈裟斬りに切り落とす。 「いい動きですよ、ミツルギ」 禍魄の愉快そうな笑顔にも、〈己〉《おれ》の心は動かない。 感情が機能を停止している。 完全な道具、無心を越えた無心。 心そのものを失い、〈己〉《おれ》の刀は禍魄を斬り刻んでいく。 斬撃が受けられた。 禍魄が«天御鏡»を盾にしたのだ。 「その能面のような顔、殺しの道具にふさわしい」 「やはり私達はお仲間なのですね……ミツルギ」 「む……」 〈己〉《おれ》の呪装刀«初霜»が急速に光を失い……砕け散った。 「抜いたらどうです、あなたの本物の剣を」 「呪装刀など、あれの代用品にすぎないでしょう?」 折れて二十〈糎〉《センチ》程になった«初霜»を逆手に持ち替える。 「言葉の意味がわからんな」 「ぐっ!?」 それを禍魄の眉間に叩き込んだ。 「意味不明……と来ましたか……」 「ふ、ふふ……さてもこれは、面白いことになりました……ね……」 禍魄の身体が、霧となって形を失っていく。 「お二人とも……またお目にかかりましょう……」 「本番を……お楽しみに……」 声だけを残し、禍魄の気配は感じられなくなった。 「逃がしたか。 鏡は取り返しておきたかったが」 「間に合わなかった。 すまない」 「いや、〈皇〉《わたし》の責任だ」 「あらかじめ指示を出しておけば良かった」 緋彌之命は決して臣下を責めない。 昔と変わっていないな。 「しかし、本番とはどういうことだ?」 「わからんが、ロクなことではあるまい」 「奴は、存在しているだけで皇国に害を為す」 緋彌之命が、忌々しげに禍魄が立っていた場所を見つめる。 「ま、まずは、«天御鏡»を止められただけでよしとしよう」 「被害が出てしまったことは、残念でならないが」 緋彌之命が口の中で弔いの祈りを捧げる。 「外の様子がわかるのか?」 「見えはしないが、呪力の流れはわかる」 「お前の刀を受けた衝撃で鏡は停止した」 「ご苦労だった、ミツルギ」 緋彌之命が〈己〉《おれ》を見つめた。 穏やかな視線からは、深い慈愛の情が伝わってくる。 懐かしい感覚だ。 禍魄のせいで考える間もなかったが、二千年ぶりの再開か。 「緋彌之命、なのだな?」 「言わねば伝わらぬか?」 「すまない」 「再び会えたこと、嬉しく思う」 「ははは、朴念仁は時を経ても変わらずだ」 「ま、無理に笑わずとも良い」 「顔に出ていないだけで、喜んでいる」 「何年待ったと思っているのだ」 「ははは、悪かった」 「しかし、二千年は長かったようだな。 お前にとっても、〈皇〉《わたし》にとっても」 「意味がわからないが」 「ま、おいおい話そう」 清々しい表情で笑い、緋彌之命は肩に掛かった髪を払った。 「一つ確認したいが、緋彌之命は今までのことを覚えているのか?」 「覚えていないのならば、逐一説明せねばなるまい」 「春に鴇田と出会ってからのことは覚えている。 説明は不要だ」 「お前は? 鴇田だった頃の記憶があるのか?」 「全て覚えている」 〈己〉《おれ》の中に鴇田の記憶は生きているが、感情は断絶している。 彼が宮国に寄せていた強烈な感情も、知識として知っているだけで実感は伴わない。 鴇田という人格は消え、この身体にいるのは〈己〉《おれ》一人──そう言い切れない、引っかかりが胸の奥にある。 自分の身体であるにもかかわらず、身体の奥底に不可知の部分があるような気がするのだ。 それがどこなのか、上手く言葉にすることができない。 「鴇田と宮国の交流が、〈皇〉《わたし》の眠りを覚ましてくれたのだな」 「鴇田は記憶を失いながらも宮国を主に選び、宮国は鴇田に触れることで自分の中に眠る力に気づかされた」 「運命と言ってしまえば陳腐だが、不思議な力が二人を引き合わせたようだ」 「磁石のようなものか」 「珍しく風流な喩えをするではないか」 「多少は人間の心を解するようになったようだな」 緋彌之命が〈己〉《おれ》の肩を愉快そうに叩く。 鷹揚な振る舞いは変わっていない。 「さて、本題に入ろう」 「皇に与えられた使命は禍魄を討つことだ」 「奴はまだ生きているのか?」 「必ずまた現れる。 早ければ明日だ」 一日しか時間が稼げないのか。 「宮国と鴇田の為にも、次こそは奴を滅ぼさねばならない」 「無論」 鴇田は、〈己〉《おれ》の力を得るために自らを犠牲にしたのだ。 彼の勇気と忠義を無駄にはしない。 「教えてくれ緋彌之命。 禍魄とは何者なんだ?」 「なぜ、何度斬られても蘇ってくる?」 「二千年前、奴に斬られた時に概ねわかった」 「以前、奥伊瀬野の巫女が説明したと思うが、呪術には«因果のひずみ»がついて回る。 覚えているか?」 〈閑倉〉《しずくら》という巫女が、鴇田に聞かせたことだ。 「そもそも呪術とは、«大御神»のお力を借りて起こす、一つの奇跡にございます」 五十鈴「見方を変えれば、«大御神»のお力で世界の因果をねじ曲げているとも言えます」 「大変便利なものですが、望むように因果を書き換えて、それで仕舞いとはなりません」 「因果をねじ曲げれば必ず«因果のひずみ»が生じ、世界のどこかに悪影響を及ぼします」 「簡単に申し上げれば、誰かが得をすれば誰かが損をするということです」 「広い目で見れば、帳尻が合うってことか」 「巫女の世界では、この現象を«因果の〈相殺律〉《そうさいりつ》»と呼んでいます」 「また、«因果のひずみ»によって世界にもたらされる悪影響を«応報»といいます」 「お前は『皇国に降りかかる厄災を斬るもの』という概念を、形にした存在だ」 「より厳密に言えば、国民一人一人に、『そういう存在が実在する』という概念を植え付けることで実体化している」 「だが『皇国に降りかかる厄災を斬るもの』を作れば、同時に『皇国に厄災をもたらすもの』も生まれてしまうのが呪術の作法、«因果の相殺律»だ」 「そんな物騒なものが生まれては困るから、〈皇〉《わたし》は大きな«型代»を用意した」 「ところが、結果として«型代»は機能せず、『皇国に厄災をもたらすもの』がこの世に生まれ落ちた」 「それが禍魄か」 緋彌之命が頷く。 「斬るものがいるからこそ、斬られるものも存在する。 その逆もまた然り」 禍魄は、自分が人を殺すことには理由がないと言っていた。 『皇国に厄災をもたらすもの』ならば当然だ。 〈己〉《おれ》が無条件に皇国を守るように、奴は無条件に人を殺し、皇国に厄災をもたらす。 それが〈己〉《おれ》達という存在なのだ。 「ミツルギと禍魄は表裏一体の存在。 片方のみでは存在できない」 「だからこそ、何度斬られても際限なく復活する」 「いや、消滅することができないと言った方が正確だろう」 「では、〈己〉《おれ》が死ぬことがないのも」 「禍魄が生き続けているからだ」 「全ての厄災は〈己〉《おれ》が招き寄せていたのか……」 だとしたら〈己〉《おれ》は、どれだけの不幸を皇国にもたらしたのか。 「お前の責任ではない。 禍魄を生み出したのはこの〈皇〉《わたし》だ」 「«緋ノ国»を守ることに気を取られ、儀式の準備がおろそかになっていた」 「«型代»が足りなかったのか?」 「いや、儀式に参加した巫女の中に、儀式の失敗を願う者がいたのだろう」 「昔お前に話しただろう? «緋ノ国»とて他国を滅ぼして大きくなった国だ」 「八岐の巫女のように、«緋ノ国»を恨む者は決して少なくなかった」 「まあ、そんなことは明白なのだ」 「国の〈戦〉《いくさ》に一件落着などという結末はない」 「一度生まれた怨嗟は消えず、〈流行病〉《はやりやまい》のごとく人の心を飛び回る」 「全ては、巫女たちの心を見抜けなかった〈皇〉《わたし》の咎」 今まさに国が滅びようとしている時に、八百八十八人の心を見極める時間などない。 ミツルギを創造し、«胡ノ国»を滅ぼしただけでも奇跡なのだ。 誰が緋彌之命を責められよう。 「過去のことは今更どうしようもない」 「それより、禍魄をどうしたらいい?」 「呪術で作ったものなら、呪術で消せないのか?」 「残念だが不可能だ」 ではどうすれば?禍魄を斬ったところで、俺が生きていれば奴は蘇る。 「俺が差し違えてみるか」 「片方だけが死ねぬのなら、二人同時に消えればいい」 「他に案がなければ、試す価値はあると思う」 「腹案が?」 緋彌之命が緊張を解いた。 「あるにはあるが、まあ急くな」 「それより、久しぶりに身体を得たのだ、少し歩かないか?」 「悠長に散歩などしていられるか」 「心配しなくていい」 「いま〈皇〉《わたし》達がいるのは、呪力で作り上げた〈仮初〉《かりそ》めの世界」 「こちらで何年遊んだところで、現実世界では時間は過ぎない」 「そ、そういうものか」 自信満々に言われては、頷くしかない。 「さあ、供をせよ」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「ノースベース、応答せよ! ノースベースっ!」 エルザ「ああ、もうっ!!」 無線機を机に叩きつける。 頭痛に呻きつつ、応接用のソファに座り込む。 向かい側の席には、気を失った奏海が横たわっている。 襲ってきたところを、やむを得ず逆に絞め落としたのだ。 一体、天京に何が起きている?かき集めた情報によれば、怪現象は天京全体で発生しているらしい。 共和国人も皇国人も関係なく、突然発狂し周囲の人間へ襲いかかる。 皇国人は銃器を所持していないからまだ被害は少ないが、共和国軍は別だ。 味方同士で撃ち合い、相当な被害が出ていることだろう。 ただ、体質なのか運なのか、私のように頭痛だけで済んだ人間もいるのが救いだ。 そして、重要な情報がもう一つ。 帝宮で、鴇田君と宮国さんが目撃されたのだ。 眉間に皺を寄せていると、不意に頭痛が消えた。 「え?」 急いで外の様子を窺うと、空を覆っていた光の文様が消えている。 程なくして、周辺に響いていた銃声もぱたりと止んだ。 ──終わったのか。 いや、安心してはいられない。 空に不可思議な文様が浮かび上がり、人間が発狂して殺し合う。 しかも、文様がなくなった途端に、殺し合いも終わった。 常識では説明できない、お伽噺のような事態。 でも、皇国にはそれを説明できるテクノロジーがある。 呪術だ。 皇国へ来るまでは半信半疑だったが、呪術は確かに存在する。 武人の圧倒的な戦闘力や、ロシェルが開発していた呪装兵器を目にすれば信じざるを得ない。 「周辺の状況を報告せよ!」 「兵士達が殺し合っています」 ロシェル「あとは、ええと車両が燃えていますね。 あ、爆発しました」 「異常はないと言っただろう!」 「異常ではありませんよ」 「全て予定通りですから」 あいつの仕業に違いない。 目的は定かではないが、敵味方関係なく殺し合わせるなど常軌を逸している。 「何をしたっ!?」 「まあ、ちょっとした予行練習です」 「それでは、引き続き仕事がありますので」 先程までの現象が予行練習なら、本番が控えているはず。 もっと恐ろしい狂気の惨劇──この地にいる人間全てを巻き込む惨劇が。 もう、共和国だの皇国だの言っている場合ではない。 一致団結してロシェルを止めなければ。 覚悟を固め、気を失っている奏海に近づく。 ノックもなく部屋の扉が開いた。 「そ、総督、何故こちらに?」 「この非常事態に総督が不在ではまずかろう」 ウォーレンウォーレンは気を失っている奏海を一瞥しただけで、再び私を見る。 「今回の件、ロシェル少佐が主導しているかと思われます」 「彼を拘束する必要があります」 「捨て置け」 「あの男は私の指示通りに動いている」 「指示?」 「味方の被害も指示通りだと言うのですかっ!」 「それだけの価値があるものを、ロシェルに作らせている」 私の非難を受け流し、総督は自分の椅子に深く腰を下ろした。 そして、いつものように爪を磨き始める。 「爪など後にして頂きたい!」 「ロシェルに何を作らせているのです!!」 総督が目だけを動かして私を見る。 「群衆を思いのままに操る呪装兵器だ」 「味方に被害が出たのは悲しい限りだが、新しい分野の開拓に犠牲はつきもの」 総督が磨いた爪に息を吹きかける。 「目的は? 群衆を支配してどうするのです?」 「戦争だよ」 「民族、宗教、民主化……理由はなんでもいい」 「私の意図した場所で、意図した通りの戦争を起こさせる」 「そこに介入し、侵略を円滑に進めるつもりですか」 「共和国の拡大戦略は間もなく頓挫する」 「皇国を見ていてわからないか?」 「国というものは、征服するより統治する方が遥かに難しい」 「領土を拡大したところで、統治コストが上がるばかりで実入りが少ないのだ」 「政治家や商人は、他人の戦争に〈嘴〉《くちばし》を突っ込んだ方が遥かに儲かることに気づいている」 「これからの共和国に必要なのは、領土ではなく、稼ぎのネタになる『他人の』戦争だ」 「そのために、ロシェルに呪装兵器を……」 ウォーレンが天井の世界地図を見る。 「私は世界を『〈戦争農場〉《ウォーファーム》』にしたい」 「小麦を育てるように戦争を育て、私達が利益を刈り取る」 「これからの時代、戦争は『する』ものではなく、『させる』ものになる」 「もちろん、当事者は自分の理想のために戦うのだろうがな」 「ロシェルの呪装兵器は、『〈戦争農場〉《ウォーファーム》』の実現に必要不可欠なのだ」 「許されないことです」 「利益のために第三者に戦争をさせるなど、どれだけの人間が犠牲になると思っているのです!」 すぐには返事をせず、ウォーレンは磨いた爪を光にかざした。 「世界の富は限られている」 「共和国が豊かになれば、誰かが貧しい生活を強いられる」 「下劣に過ぎる! 唾棄すべき野蛮さだ!」 「短絡的だな。 我が娘ながら見ていて悲しくなる」 「戦争を意のままに操れるということは、お前の大好きな世界平和にも繋がるのだぞ」 「他人に戦争をさせておいて、何が平和です」 「戦争はなくならん」 「戦争は、いわば人間が罹った不治の病だ」 「治せぬのならば、被害が最小限に留まるようコントロールするのが、現実的には最善の策といえよう」 総督の考えは理解できる。 実際、共和国が世界の全てを手に入れたとしても、恐らく平和は長くは続かない。 各地で独立戦争が起こり、結局、共和国は統治しきれなくなった地域を切り離すことになる。 大きな戦争が起きる前に、小さな戦争で済ませる──強大な敵勢力が生まれる前に、内戦で内側から瓦解させる──そういうことが自在にできれば、全体としては戦争被害は減るのかもしれない。 「仰ることはわかりました」 「ならば、ロシェルは捨て置け」 「いえ」 総督が珍しく私を見た。 「どんな理由があろうと、他人をコントロールして戦わせるなど許容できません」 「命を掛ける対象を選ぶ自由は、人間に与えられた最後の権利です」 「青臭い話は聞き飽きた」 「私は、人として恥ずかしいことをしたくないだけです」 「武人と時間を共にして、私はつくづく思い知らされました」 「人は、よほど強く自分を律していなければ、現実に流されてしまう」 「国を失った者たちから学ぶことなどない」 「彼らが利口だとは言いません。 むしろ愚かでしょう」 「たとえどれだけ不利であろうと、自らが信じたもののために戦い、死ぬことも厭わない」 その感覚は、共和国人には理解しがたい。 愚かで、破滅的で、自殺願望に取り憑かれているように見えるだろう。 「ですが、彼らは美しい」 「誰に見せても恥ずかしくない人生を送ろうと、必死に生きている」 「私も彼らに倣いたいと思っています」 「つまり、私が人として恥ずかしいと?」 「他人の戦争を糧に蓄財するなど、欲望で肥え太った豚の行いです」 「お前は、その豚の部下だ」 「ですから、命令に背くのです」 「あなたの力に屈して、豚に堕ちたくはありません」 自分でも不思議な程に落ち着いていた。 胸にあるのは、忠義について教えてくれた鴇田君の言葉だ。 「武人は自分の生き様に必死でなくてはならない」 宗仁「今この瞬間、自分が忠義を果たせているか不断の問いかけを続ける」 「迷いを心から追い出そうとするのも、つまるところそれぞれの忠義のためだ」 「俺は戦場で迷いがあることの方が不幸だと思う」 「人が命をかけてぶつかり合うあの場所で、自分が何を守るために戦っているのかわからない」 「それはすなわち、何のために死ぬのかわからないということだ」 私は、自分の中の最低限の高潔さを守るために戦う。 それは、簡単に言えば、恥を知って生きるということだ。 誰に何と言われようと、どんな状況に陥ろうと、恥ずかしい生き方はしない。 今、この瞬間を『必死に』生きる。 「私は、ロシェルを止めます」 しばらく私を見つめた後、総督が机の引き出しから拳銃を取り出す。 銃口がぴたりと私の眉間を差した。 「ロシェルは捨て置け」 「できません」 「止めるなら、あなたも排除します」 ホルスターから拳銃を引き抜く。 私の目を数秒見たあと、総督は小さく溜息をついた。 「これまでのようだな」 総督の指が引き金にかかった。 「くっ!?」 横からの衝撃が、私を床に叩きつけた。 受け身も取れず息が詰まる。 「あ、あなた」 身体の上に、奏海が覆い被さっていた。 「私を、助けたの?」 「そのつもりはなかったのですが、身体が勝手に」 翡翠帝「あなたには裏切られたというのに、どうしてでしょうね」 見たところ、私にも奏海にも怪我はない。 「私を……撃ったか……」 呻きの後、重い音が聞こえた。 奏海と共に立ち上がる。 「撃ちました」 床に倒れた総督の下に、血溜まりが広がっていく。 「高潔な生き方など……ただの自己満足だ」 「泥にまみれた連中を動かすには、自分も汚れなくてはならない」 「その程度のこともわからないとは」 「端から見れば、汚れた人間が一人増えただけのことです」 「ふ……ふふ……馬鹿め」 苦笑いを浮かべたまま総督は気を失った。 放っておけば失血死する。 最低限の配慮は必要だろう。 電話で衛生兵を呼び出す。 「よろしいのですか、お父上を」 言われて初めて、父を撃ったという実感が湧き上がってきた。 引き金を引いた指が震えている。 馬鹿みたいだ。 事ここに至っても、私は心のどこかで父とわかり合えると思っていたのだろうか。 「大丈夫ですか?」 不安げな顔で、奏海が見上げてくる。 「心配は無用よ」 「大切なものは失っていないから」 「エルザ様」 「それより、あなたは何故私を助けたの?」 「さっきも申し上げた通り、咄嗟でしたので覚えていません」 「あなたの行動は予測ができないわね」 「もしものことがあったら、私が悪役になった意味がないじゃない」 ……。 …………。 奏海の訝しげな目が、たっぷり十秒は私に向けられた。 「どういう意味ですか?」 「鴇田君が戻るまで国を守るという約束、忘れたことはないわ」 「皇国は、あなたの手で併合してしまったでしょう!?」 「そのことで守られる命もあります」 「信じられません」 翡翠帝が会話を拒否するように視線を逸らす。 「私はね、あなたを守るために共和国に身売りしたの」 「二人で反抗的に振る舞っていたら、共倒れになるだけでしょう?」 「あなたを軟禁したのも、ウォーレンを信用させるため」 実際、鴇田君や宮国さんが敗走した段階で、私にできることは多くなかった。 最優先にしたのは、奏海の命を守ること。 仮に鴇田君と宮国さんが戻って来なかったとしても、奏海さえいれば望みはあると思ったから。 「どうしてそこまで皇国のために動くのです? あなたは共和国人でしょう?」 「恥ずかしい生き方をしたくないだけ」 「武人が、命をかけて守るべきものを守るように、私もまっすぐに生きたい」 「たとえ誰に恨まれても」 きっと、私はロクな死に方をしないだろう。 それでいい。 問題は、死の瞬間、後悔せずにいられるかどうかなのだ。 「これから私はロシェルを止めます」 「あの男は皇国人だけでなく、共和国軍すら新兵器の実験台にしました」 「天京にいる全ての人間にとっての敵です」 奏海の目をじっと見る。 「私を信じろとは言わないわ」 「でも、協力してほしい」 「ふふふ、こんな酷い頼まれ方をしたのは初めてです」 「あなただって、鴇田君のためなら私を裏切るわよね?」 「ええ、もちろん」 悪びれる様子もなく、奏海が微笑む。 「私もそういう人間になったの」 「自分の生きる道に反していると思ったら、容赦なく裏切るわ」 私が撃ったのは父でもあり、弱かった過去の自分でもある。 上官に不満を言っていただけの自分とは、もうお別れだ。 「でも、今は利害が一致している」 「だから、ロシェルを倒すまではあなたを裏切らない」 「その先は?」 「あなたが判断して」 奏海に手を差し出す。 私に協力してくれるだろうか。 「親を撃った人間の言葉は信じられないかしら?」 「私も義兄のために皇帝を騙った女です。 偉そうなことは言えません」 「人の道を外れた者同士、手を取り合いましょうか」 奏海が私の手を握る。 「鬼畜の道にようこそ」 「よろしくね、先輩」 手に力を込める。 「それで、私は何をすればいいですか?」 「あなたの名前で武人を集めてくれないかしら」 「また、ですか」 奏海の表情に緊張が滲む。 「でも、竜胆作戦では呪装兵器にやられてしまいました」 「今回だって、きっと……」 「私の知っている武人は、だからといって怖じ気づく人達ではないわ」 「違う?」 「……」 「いえ、仰る通りです」 「どんな理由があろうとも、武人は戦い続けます」 「集めてくれるわね?」 「はい、お任せ下さい」 奏海が力強く頷く。 「エルザ様はどうされるのです?」 「共和国軍を挙げて、ロシェルを捜索させます」 「これ以上、好き勝手にはさせません」 「う、く……」 滸甲高い音に意識を揺り起こされた。 目を開くと、じっとりと濡れた石造りの床と壁が見えた。 いつの間にか、檻房の床に倒れていたようだ。 身体を起こし周囲を見回す。 今日は、何月何日なのだろう?部屋に時間の経過を示すものはない。 残っている最後の記憶は、人形のようになった父上と面会した日のことだ。 雪花に何か呪術を掛けられたところまでは覚えているが、それからは闇。 もしかしたら、あれからずっと眠っていたのかもしれない。 「(皆はどうなったんだろう?)」 あの日、雪花は古杜音の居場所を悟ったようだった。 共和国軍が皆を放っておくとも思えないし、最悪、もう誰も生き残っていないかもしれない。 「(父上……)」 「(……宗仁)」 でも、私は戦い続けなくては。 義務だからではない。 純粋に戦いたいからだ。 人は皆、何かを守るために戦う。 国、家族、愛情、財産……対象は人によって様々だろう。 では、私は?私は何のために戦うの?奉刀会の仲間のため?稲生家の当主としての責務を果たすため?どれも、間違いではないが、正解ではない。 私を突き動かすものは、もっともっと身体の深いところにあるもの。 言葉にするなら、それは、武人という生き物であることへの誇りだ。 思い出すのは、宗仁と共に帝宮の地下牢から脱出した時のこと。 降り注ぐ銃弾の中を、彼と二人、背中を合わせて走り抜けた。 あの時感じた、得も言われぬ快感。 自分と宗仁の境界がなくなり、一体化していくような恍惚。 めくるめく愉悦の中で、私は強く実感した。 自分は武人なのだ、と。 戦場に生き、戦場の中にこそ最高の快感を得る。 人殺しだと罵られようが、私は自分の中を流れる血を誇りに思う。 だから私は戦い続ける。 勝ち負けなど問題じゃない。 家柄や、奉刀会会長としての責務だって、申し訳ないけど些事だと思う。 肉食獣が最後の瞬間まで狩りをするように、この命が燃え尽きるまで戦うのだ。 刀はなくとも、私には身体があり、魂がある。 それで十分だ。 「(宗仁、私は戦うよ)」 牢屋の中央で姿勢を正す。 目を瞑り、長く息を吐く。 幼い日より、身体に叩き込まれた呼吸法だ。 呼吸を整え、心を鎮め、神経を研ぎ澄まし、自分の心身を戦場へ立つにふさわしいものへと切り替えていく。 何が起きても慌てぬよう──誰が来ても怖じ気づかぬよう──身体に、今まで感じられなかったものが伝わってくる。 重なり合う軍靴の音。 昂揚した息遣い。 集まりうねる闘気。 地上を沢山の兵士が蠢いている。 肌をちりちりと刺激するのは、戦いの予感。 空腹も、拷問による傷の痛みも瞬く間に消え失せる。 さあ行け、滸宗仁の声が聞こえた。 錯覚ではない。 彼は今も生き、どこかで戦っている。 だからこそ、意思が伝わってくるんだ。 払暁を思い描きながら、ゆっくりと目を開く。 「行くよ……宗仁」 足音が近づいてきた。 軋みを上げ、檻房の扉が開く。 廊下の光を背景に、少女たちの姿が浮かび上がった。 「ダウンしているかと思ったけれど、元気そうね」 「出番か」 「ええ、皇帝陛下のお召しよ」 奏海がエルザの前に進み出る。 「稲生滸」 冷徹にも聞こえる声が地下牢に響いた。 奏海が、翡翠帝としてここへ来たと悟る。 「天京は今、大きな危機に直面しています」 「私達は、共和国軍と共に障害を排除せねばなりません」 「障害とは?」 「ロシェル・エリオット共和国軍少佐」 「天京に生きる者、全てに厄災をもたらす存在です」 「皇国第八十七代皇帝、翡翠帝の名において«日輪の勅令»を下します」 «日輪の勅令»──それは、皇国における最上位の命令だ。 あらゆる権限を陛下に集中し、国難に対する際に発令される。 皇国民である以上、抗う権限は誰にもない。 「稲生家当主、稲生滸」 「立って私の力になりなさい」 翡翠帝が持っていた脇差しを突き出した。 「承知仕りました」 拝領し、深く頭を垂れる。 「この稲生滸、武人に生まれ落ちしは今日が為と思い定め、陛下の御為に魂を燃やし尽くす所存」 「我が誠忠の決意、陛下と«大祖»以来、皇国に身を捧げてきた武人の〈御霊〉《みたま》を前に、お誓い申し上げる」 目の高さで、脇差しを僅かに抜く。 鏡の如き刀身に、自らの眼が映り込んだ。 私は戦う。 武人としての誇りを守るために。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 緋彌之命に付き従い、かつての帝宮を歩く。 ここは呪術で作られた仮初めの世界らしいが、〈己〉《おれ》の目には本物と区別がつかない。 まるで過去に帰ったかのような、不思議な気分だ。 「懐かしいな」 緋彌之命謁見の間に入った緋彌之命が、目を細める。 「〈皇〉《わたし》は、幕の合間から洩れる光が好きだった」 「清らかで眩しくて、胸に希望が湧いてくるようだ」 玉座にある緋彌之命は、いつも皇帝らしく堂々としていた。 居並ぶ棟主たちに、次々と命令を下す姿を昨日のことのように思い出す。 「玉座の君は強く美しかった」 ミツルギ「〈己〉《おれ》はいつも見惚れていたのかもしれない」 「二千年の間に世辞も覚えたか、感心感心」 「世辞を言ったつもりはない」 「ありがとう、ミツルギ」 本当に嬉しそうに微笑みながら、緋彌之命が〈己〉《おれ》の脇を通り過ぎる。 「さあ、気分がよくなったところで街の視察だ」 驚くことに、仮初めの世界では通行人までもが再現されていた。 「人まで昔のままとは」 「ははは、こう見えて凝り性なのでな」 「よいのか、散歩などしていて」 「時間が過ぎぬとはいえ、禍魄を倒す方法を考えるべきでは」 「情趣を解さぬ奴だ」 「久しぶりの肉体だぞ。 多少歩いたところで罰は当たるまい」 怒るでもなく、緋彌之命が〈窘〉《たしな》めてくる。 「ほら、ミツルギ、行くぞ」 緋彌之命が〈己〉《おれ》の腕を引く。 「腕を極めるな、逃げはしない」 「極めているのではない。 組んでいるのだ」 「そうか」 「まったく、どうしようもないな」 「見よ、あちらで田楽を売っている」 「ミツルギ、買いにいこう」 「う、うむ」 緋彌之命が妙に明るい。 〈己〉《おれ》の知っている緋彌之命なら、禍魄を倒すために知恵を絞るはずだ。 なぜ街歩きに時間を費やすのか。 もう禍魄を倒す方法がわかっているのだろうか?やがて〈己〉《おれ》達は、若草が萌える丘を登った。 幾度となく通った丘だ。 「なあ、ミツルギ」 「いつぞやのように、枕になってくれないか?」 「承知した」 桃の花弁が〈鏤〉《ちりば》められた若草に腰を下ろす。 脚を前方に伸ばすと、太ももに緋彌之命が頭を載せてきた。 「うーーーーーーん」 大きく背伸びをする。 「そう、これだ。 これぞまさしく春の香り」 「ああ、眠っていた間の夢が叶った」 「ずっと眠っていたのか?」 「正確に言えば、意識だけが海を漂っているような気分だった」 「どこまでもどこまでも、果てのない海をな」 「いろいろ考えたよ」 「考えて考えて、やがて考えることもなくなった」 〈己〉《おれ》が禍魄と戦いながら二千年を過ごしてきたのに対し、緋彌之命はただ思索を続けてきた。 それがどれほどの苦痛なのか、〈己〉《おれ》には想像することもできない。 「ミツルギ、接吻をしてくれ」 「何?」 「わからないか? 接吻だ」 僅かに嫌な予感を覚えながら、太ももの上の緋彌之命の額に唇を当てる。 「ん……ふふ、くすぐったいな」 「これでいいのか?」 「ああ、十分だ」 言葉とは裏腹に、緋彌之命が少し寂しそうに笑う。 そして、引き波にさらわれるように笑顔が消えた。 代わって現れたのは、静かな決意に満ちた容顔だ。 「……」 脳裏を過ぎったのは、転生の儀式を行うと告げた日のことだ。 「この二千年でいろいろと考えた」 「考えたが、結局、〈皇〉《わたし》にあるのは皇国を守るというたった一つの使命だけ」 「いや、使命がために生かされているだけの存在に過ぎない」 「自分の感情のままに生きるには、あまりにも多くの人命を犠牲にしすぎた」 「皇帝とはそういうものではないか」 「その通り」 緋彌之命が〈己〉《おれ》の太ももを撫でる。 「お前が皇国に降りかかる厄災を斬るものなら、〈皇〉《わたし》は皇国の平穏を守るもの」 「皇帝という存在もまた、国のための道具なのだ」 「お前が道具として生まれたのとは逆に、〈皇〉《わたし》は〈己〉《おのれ》を捨て涙を花弁に変え、道具となっていく」 「そんな運命を喜びとして受け入れられた時、〈皇〉《わたし》は真の皇帝になれるのかもしれない」 緋彌之命が小さく息をつく。 「何の話をしている?」 数秒、緋彌之命が口を閉じた。 「今の〈皇〉《わたし》では、お前の力を完全に引き出すことができない」 「力は十分だ。 禍魄に後れは取らなかったではないか」 「奴の言葉を覚えているか?」 「本物の剣を抜けと言っていたな?」 「抜いたらどうです、あなたの本物の剣を」 禍魄「呪装刀など、あれの代用品にすぎないでしょう?」 「世迷い言だ」 緋彌之命が〈己〉《おれ》の瞳を覗き込む。 ……。 まさか。 「«胡ノ国»との戦いで、ミツルギは自らの刀を振るっていた」 動揺で鼓動が激しくなる。 頭のどこをほじくり返しても、そんな記憶は転がっていないのだ。 「覚えていないのは、つまり、お前の力が不完全ということだ」 「緋彌之命は〈己〉《おれ》の作り主ではないか。 何故引き出せない」 「呪力の糸が上手く繋がらないのだ」 「どれだけ力を分け与えようとしても、まったく入っていかない」 「原因は?」 「ここと」 緋彌之命が〈己〉《おれ》の胸を指差す。 「ここだ」 そして、自分の胸も。 「感じないか?」 「お前の中にも〈皇〉《わたし》の中にも、あの子達の魂が残っている」 「皇達に飲まれまいと、懸命に手を取り合っている」 思い当たることがあった。 ついさっき感じた、身体の一部が自分のものでないような感覚だ。 要は、鴇田が〈己〉《おれ》に全てを委ねていなかったということか。 「〈己〉《おれ》たちが拒まれているのか……」 「力を出し尽くさねば、禍魄には打ち勝てないというのに」 「二人を責めるな」 「意図して抵抗しているのではあるまいよ」 「だが、このままでは禍魄を倒せない」 「ミツルギ」 緋彌之命が〈己〉《おれ》の頬に手を当てた。 「お前なら、宮国と鴇田がどれほどの覚悟でいたかわかっているはずだ」 「二人は禍魄を倒すために自ら人格を捨てた」 「皇位継承者とその家臣ならば当然の選択かもしれないが、〈皇〉《わたし》は二人の高潔さを買っている」 「う、うむ……」 鴇田の気持ちは理解しているつもりだ。 彼は、武人として〈主〉《あるじ》の選択に殉じた。 主の崇高な決意を汚すまいと、感情を胸の底に折り畳んだのだ。 それでも、魂の高潔さ故か、互いを思う愛情の強さ故か──二人の人格は、〈己〉《おれ》と緋彌之命の身体にいまだ留まり続けている。 〈己〉《おれ》が彼の立場だったなら……「鴇田は恥じているだろうな」 「殉死しようとして、死に損なったようなものだ」 「宮国とて同じだ」 「自分が原因で〈皇〉《わたし》が本来の力を出せぬなど、望んだ結果ではあるまい」 「だから、二人を責めるなと言ったのだ」 「うむ、〈己〉《おれ》が軽率だった」 頭を下げた俺を見て、緋彌之命が微笑む。 「彼らの魂に敬意を表するなら、〈皇〉《わたし》もまた国の未来のために心を殺さねばなるまい」 「ミツルギ、お前には、かつての約束を果たしてもらう」 「約束とは?」 緋彌之命が上体を起こした。 身体に降った桃の花弁を手で払ってから、愛おしげな目で〈己〉《おれ》を見つめる。 視線の意味がわからない。 何を言おうとしている?「〈皇〉《わたし》を斬れ」 咄嗟に返事ができず、しばらく緋彌之命を見つめる。 「馬鹿なことを」 「冗談は言わない」 「何故斬らねばならない」 「〈皇〉《わたし》の全てを宮国に託す」 「あの娘ならば、〈皇〉《わたし》の力を使いこなすこともできよう」 「緋彌之命はどうなる?」 「消える」 頭の中を、緋彌之命の言葉が幾度も反響する。 「宮国が〈皇〉《わたし》の身体の主となれば、お前も鴇田に取って代わられるだろう」 「いや、そうでなくてはミツルギの力は最大限に発揮されまい」 「お前には悪いが……」 「〈己〉《おれ》のことはどうでもいい!」 「君は、二千年も待ってようやく、この世界に戻って来たのだぞ!」 「ようやく……また会えたというのに……」 緋彌之命が目を丸くした。 「ふ、ふふ……」 「ははははははははははっ!」 緋彌之命が反り返って高らかに笑う。 「随分と人間らしくなったではないか。 まさかお前が感情的になるとは!」 「笑い事ではないっ!」 笑い続ける緋彌之命の両肩を掴む。 「真剣に聞いてくれ」 「お前こそ冷静になれ」 「禍魄を討てるのは、宮国と鴇田だけだ」 「本当に……本当に倒せるのか?」 「〈皇〉《わたし》とお前が消えれば、二人は全力を出せる」 「力を得た鴇田ならば、禍魄と互角に渡り合い、釘付けにすることもできよう」 「その隙に、宮国が呪術で奴を封印する」 「殺せぬ相手ならば閉じ込めるしかない」 「賭ではあるが、選択の余地はないのだ」 どこまでも冷静に告げる緋彌之命。 わかっている。 緋彌之命は、何よりも皇国の安寧を優先する。 自身の命など二の次なのだ。 だが、感情はどうなる?二千年、今日の日を待ち続けた緋彌之命の心は。 いや、感情すらも捨てる覚悟なのだな。 道具として生まれた〈己〉《おれ》の方が動揺しているのは、一体どんな〈諧謔〉《かいぎゃく》か。 鴇田として生きた時間──記憶を失い、一人の武人として生きた三年間が、思いのほか〈己〉《おれ》を変えたらしい。 「皇帝は国民のための道具だ」 「人の情など必要ない」 「ましてや、禍魄を生み出した〈皇〉《わたし》が自らの命を優先するなど許されまい」 唇を噛む。 「二千年前は皇国のために転生しようとした」 「今日は皇国のために消えるだけだ」 「迷うことはないだろう? ミツルギ」 緋彌之命が、我が子を諭すように〈己〉《おれ》の髪を撫でる。 「わかっている」 緋彌之命の肩を放す。 「宮国と鴇田を見習わねばな」 「その通りだ」 「後は、若き者たちに任せよう」 「皇祖とミツルギともあろう者が、無様な姿は見せられん」 話は決まった。 緋彌之命はゆっくりと立ち上がり、風に遊ばれる髪を手で柔らかく押さえる。 視線の先には春霞に煙る天京がある。 「ああ、旅立つには善き日和だ」 「最期に、お前とこの丘に来ることができて良かった」 「初めから死ぬつもりだったか」 「さて、どうかな」 「天京がここまで美しくなければ、あるいは国を捨て、お前と駆け落ちしていたかもしれない」 「悪くない話だ」 「そう思ってくれるか」 〈己〉《おれ》は、緋彌之命を愛している。 だからこそ、二千年前のあの日、彼女を斬ることを請け負った。 避け得ぬ死ならば、この手で迎えさせてやろう──死という不可避にして唯一の瞬間に、自らが関わろうと考えたのだ。 その気持ちは今も変わらない。 「頼むぞ、ミツルギ」 緋彌之命が、腰に提げていた刀を〈己〉《おれ》に突き出した。 しっかりと握る。 「どこを斬ればいい?」 「首を、ばっさり頼む」 「よもや斬り損じはあるまいな」 「誰に物を言っている」 「ははは、救国の英雄に失礼なことを言ったな」 おどけて笑い、緋彌之命は大きな桃の木の下に正座した。 ここが死に場所か。 嗚呼、桃の花が散っている。 〈己〉《おのれ》の涙すら花弁に変えた偉大なる皇帝の死に、これほどふさわしい場所もない。 「二千年間、緋彌之命を斬れなかったことを悔やんできた」 「なぜ、たった一人の主の願いを叶えてやれなかったのか」 「長い間、辛い思いをさせたな」 「すまない」 「いや……〈己〉《おれ》は……」 不意に声が詰まった。 眉間が熱くなり、鼻孔がつんとなる。 今まで味わったことのない感覚だ。 「これは……」 頬を、一筋、熱い液体が伝った。 涙なのか?生まれてから一度も流したことがないというのに。 「〈皇〉《わたし》のために流してくれたのか?」 「このような時にすまない。 心を律することができず」 「ははは、主が涙を捨てたというのに、道具のお前が泣くとは」 「だが、随分と人の情を解するようになった」 「二千年を経て、〈皇〉《わたし》の命令を守ってくれたか」 緋彌之命が笑う。 どこまでも可憐に、周囲の桃すら輝きを失ってしまうほどに、屈託のない笑顔で。 この一瞬、緋彌之命は皇帝ではなく、一人の少女として笑ってくれたのかもしれない。 「宮国、鴇田!」 「皇国の未来、お前達に託す!」 「必ずや禍魄を討ち、皇国に安寧をもたらしてほしい!」 凛とした声音が丘に響き渡った。 緋彌之命の言葉は〈己〉《おれ》の願いでもある。 鴇田よ……鴇田。 後はお前に託す。 皇国に降りかかる厄災を斬る『者』として──そして、同じく主を愛する『者』として──禍魄を切り裂け。 二度と奴が皇国を脅かさぬように。 「さあ斬れ、ミツルギ」 「皇国の未来のために」 「応っ!」 緋彌之命の隣に立つ。 抜刀。 淡く呪力の光を放つ«宵月»を、〈八双〉《はっそう》に構えた。 手のひらに汗が噴き出てくる。 幾度も柄を握りしめ、手が滑らぬよう力を込める。 「安心しろ、化けて出たりしない」 化けて出たりしない、か。 この言葉を聞くのも三度目だな。 「わざわざ化けて出なくても、〈己〉《おれ》がすぐ傍に行く」 「なるほどそうだった」 「次の世で普通の人間になれるのなら、女らしくお前に食事でも作ろう」 「緋彌之命に飯が作れるのか?」 「見くびるなよ」 いたずらっぽく微笑んだ後、緋彌之命が目を瞑る。 刻が、来た。 強い風が吹き、桃の花弁が一斉に空に舞う。 緋彌之命が頭を前方に傾ける。 白く清らかな首筋が目に眩しく輝く。 さらばだ──〈緋彌之命〉《愛する人》よ。 「うおおおおおおっっっ!!!!」 散る──はらはらと、桃の花弁が、ひとつ、ふたつ。 嗚呼、愛しい君よ。 あなたは、なぜ涙を捨ててまで戦い続けなくてはならないのでしょう。 否、否、理由は承知しております。 ただ、最後の逢瀬に涙の一つを零すことも許さぬ、その激しさと悲しさに私は嘆くのです。 そして何より、あなたの強さを誇りに思うのです。 「緋彌之命……」 頭が痺れている。 手には力が入らず、春霞のせいか、視界はいよいよ曖昧になっていく。 薄れゆく意識の中、耳の奥に主の声が響く。 「(よくやってくれた)」 「緋彌之命……〈己〉《おれ》は……」 「〈己〉《おれ》は、君を愛している」 「道具の分際で君を愛しているのだ!」 「(〈皇〉《わたし》もだよ、ミツルギ)」 「(皇帝という道具でありながら、お前を愛している)」 叫びたい。 命の限り、緋彌之命の名を叫びたい。 だが、情動のあまりの大きさ故に、〈己〉《おれ》の喉からは一切の声が出ない。 「(〈皇〉《わたし》を斬ってくれたこと、心より嬉しく思う)」 「ありがたき、幸せ」 〈己〉《おれ》の声は届いたのだろうか。 緋彌之命の声は〈泡沫〉《うたかた》の如く消え去った。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「う……」 宗仁鈍い頭痛と共に身体を起こした。 ……。 酷い夢だった。 ミツルギが緋彌之命を斬るとは。 「ん?」 ふと、頬を濡らすものに気づき、手の甲で拭う。 涙、なのか?すぐ近くでは、一人の少女が呻きながら周囲を見回している。 朱璃なのだろうか。 それとも……。 「朱璃」 「……」 ??「宗仁?」 「ああ、鴇田宗仁だ」 少女の顔がくしゃりと歪んだ。 「私は朱璃……」 朱璃「ごめんなさい……宮国、朱璃なの」 朱璃の言葉に悟る。 先程までの夢は、紛う事なき現実なのだ。 「宗仁、これを」 朱璃の手には、真っ二つになった勾玉があった。 「では、俺はこの手で……緋彌之命を……」 「宗仁だけのせいじゃない」 「皇祖様を斬ったのは私達」 「二人とも、自分の気持ちに蓋をできなかったから」 後悔がのしかかってくる。 重い。 あまりに重い。 「道具だ道具だと言いながらこれか」 「無様だ」 「無様ね」 朱璃が肩を落として息をつく。 「情けないこと言っていい?」 「ああ」 「私……」 朱璃が一度唇を噛む。 「こんな状況なのに、私はまた宗仁に会えて嬉しく思ってる」 「駄目だってわかってるのに、嬉しくて、嬉しくて」 「俺も同じだ」 「うっ!?」 視界が柔らかなものに覆われた。 朱璃が俺の頭を抱き締めたのだ。 身体に染み渡る、朱璃の香り。 彼女が無事でいてくれたという安堵と喜びに満たされる。 緋彌之命やミツルギには申し訳なく思う。 だが、どれだけ自分を責めたところで気持ちに嘘はつけない。 ──俺は朱璃が好きなのだ。 「弱いな、俺たちは」 「ええ、あの二人には遠く及ばない」 ミツルギが言ったように、俺たちは死に損ないだ。 皇国のために命を捨てると言いながら、おめおめと生き残ってしまった。 しかも、俺たちよりよほど肝が据わっていた二人を犠牲にして。 この弱さは罪だ。 禍魄を討ち果たすことでしか償えない罪だ。 「私達は、私達の為すべきことをしましょう」 朱璃が手のひらの勾玉を見つめる。 「皇祖様、私達の過ちは禍魄を討つことで償いたく存じます」 「行く末をとくとご覧下さい」 朱璃が祈るように目を閉じる。 不意に、割れた勾玉が淡い輝きを放つ。 目を見張る俺たちの前で、勾玉は朱璃の胸に溶け込むように姿を消した。 「皇祖様、ご一緒して下さいますか」 朱璃の瞳の奥に、今までなかった情熱の色がある。 物理的な意味で色が変わったわけではないが、確かに何かが違う。 喩えるなら、朱璃の気迫と覚悟がそのまま俺に流れ込んでいるような気がする。 それはまさしく、俺がミツルギとして存在していた時、緋彌之命から感じていた呪力だ。 「緋彌之命の力、確かに君の中にあるようだな」 「わかる?」 「目が覚めた時から、今までとは身体が違うの」 「額に新しい目ができたみたいに、呪力の流れが見える気がする」 「こうしたら、風が起こせそう……」 と、朱璃が腕を振る。 「おおっ!!??」 突風が顔面に叩きつけられた。 「えっ!? 嘘っ!?」 「呪術、使えてる?」 自分の手を見て驚いている。 「俺の力は引き出せそうか?」 「緋彌之命の話では、俺にはまだ何か隠されているようだが」 「それは……」 朱璃が俺を見る。 「慌てなくて大丈夫」 「戦いの時になれば、自ずと悟るはず」 そういうことなら、今は問うまい。 「さて、そろそろ現実に戻らないと」 朱璃の言葉に呼応するかのように景色が一変した。 ここは……«紫霊殿»の外だ。 呪術による仮初めの世界から、現実の世界に戻って来たのだ。 「天京の街はどうなっているか」 「緋彌之命の言葉が確かなら、みんな正気に戻っているはずよ」 「もちろん帝宮の共和国軍もね」 「禍魄はどこにいるだろう?」 「ロシェルの姿を取っているのか、それともまだ蘇っていないのか」 「探しましょう」 「……く」 踏み出そうとした朱璃がよろけた。 支えた手に、汗と熱が伝わってくる。 「熱があるな」 「平気、ちょっと疲れただけ」 「一旦休もう。 緋彌之命も禍魄が蘇るのは早くて明日だと言っていた」 「禍魄には万全の状態で挑むべきだ」 「宗仁の言う通りね」 «紫霊殿»に来たとき同様、朱璃を抱え上げる。 「って、どこに行くのよ!?」 「休める場所を探そう」 屋根を移動して美よしまで来た。 朱璃の言葉通り、街の混乱は終息していた。 だが、被害は大きい。 人々は怪我人や燃え落ちた家々を前に途方に暮れている。 あと一時間、殺戮が続いていたら、天京は再起不能なほどの損害を受けていたかもしれない。 「美よしは駄目だな、人の気配がない」 「睦美さんたち大丈夫かな?」 「店長なら上手くやっていてくれるはずだ」 糀谷生花店の扉は固く閉ざされており、しばらく開かれた様子がない。 「ここも駄目か」 「共和国軍の捜索もあったでしょうし、無事に建っているだけましだと思わないとね」 「ああ……」 店の看板を見ていると、ここで過ごした日々が脳裏を過ぎる。 再び色鮮やかな花々が店に並ぶよう、俺たちが戦わねば。 埃で白茶けた店先に、一つだけ鮮やかな輝きを放つものがあった。 扉の隙間に生花が挿されているのだ。 「竜胆だ。 しかも傷んでいない」 「最近置かれたってことか」 「どういう意味? あえてここに竜胆を置くなんて」 「竜胆……竜胆……」 「竜胆作戦」 「竜胆作戦」 宗仁・朱璃顔を見合わせる。 「誰かが連絡を取りたがっているのか」 「竜胆作戦の関係者は、奏海、古杜音、滸、エルザ……後は紫乃かな」 「いま自由に動けるのは、エルザと紫乃だけだ」 「つまり、総督府に来いと?」 「さすがに無茶でしょ、別の場所よ」 「帝宮」 「共和国軍が埋め尽くしてる」 「勅神殿」 「壊れてる」 来嶌財閥の本部は人目に付きすぎる。 あと、考えられるのはどこだ?「生徒会室」 「あり得るな」 「行ってみましょう」 戸口の竜胆を取り、再び朱璃を抱き上げた。 屋根を飛び越え、中庭から学院に入った。 長く休校しているようで校内は無人。 警戒しつつ生徒会室の前に立つ。 室内もまた無人だった。 その代わり、所狭しと様々な物資が積み上げられている。 食料、水、武器、弾薬、呪装刀──さながら臨時司令部といったところだ。 「ねえ、これ」 積み上げられた箱の一つに、紙が貼られている。 「『これらの物資が、生徒会役員諸君の輝かしい未来のために使われることを祈る!!』」 紫乃「『肉を食え、肉を!!』」 「『みんなの紫乃 ☆彡』」 「だって」 「俺たちは役員だったな」 「そうね、鴇田渉外担当」 「紫乃が準備しておいてくれたのか」 部屋には清潔な寝床も用意されている。 身体を休めるには格好の場所だ。 いつでも出発できる準備を整えてから、休息を取ることにした。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 眠りに落ちて二時間。 朱璃は、寝返りの一つも打たず眠り続けている。 緋彌之命の魂と接触したことで、身体に負担がかかっていたのだろう。 「ん……くっ……」 朱璃「朱璃?」 宗仁悪夢を見ているのだろうか?せめて眠っている間くらいは、重責から解放されていてほしい。 ……無理な願いか。 責任感の強い朱璃の性格では、夢の中でも禍魄や緋彌之命と対峙していることだろう。 「大丈夫だ。 安心してくれ」 指先で、朱璃の額に貼り付いた髪を払った。 「すう……すう……」 寝息が穏やかになった。 肌と肌との接触で、人は安心するという。 俺が触れたことに良い意味があったのかもしれない。 ならば手を握った方が。 いやしかし、俺は臣下の身。 「……」 屋根を移動する時は、いつも朱璃を抱いているではないか。 手を握るくらい、どうということはない。 俺は朱璃に、少しでも健やかに眠ってほしいだけだ。 つまり、やましい気持ちはない。 「(誰に言い訳をしているのだ、俺は)」 何度も手を出したり引っ込めたりしてから、結局、毛布越しに朱璃の手を握る。 「ん……」 「!!」 咄嗟に手を離す。 「……すう……すう……」 「お、おお……」 安堵の溜息をついてから、もう一度手を握る。 温かいな。 毛布越しの手に、俺の方が温められているようだ。 俺は触れたかったのだな、この少女に。 「恋、か」 自分の唇が発した言葉を、胸の奥で転がし、手触りを確かめる。 違和感はない。 むしろ、錠前に鍵がはまったような、据わりの良ささえ感じられた。 朱璃は人として美しい。 弱さを自覚し、強くなろうと必死に生きている。 だから、その言葉も、眼差しも、吐息さえも瑞々しく輝いている。 魅了されても不思議はない。 ──武人が主に手を出すと思うか?昔、朱璃に言った言葉を思い出す。 「(駄目な武人だ、俺は)」 朱璃が目を覚ました。 「う~~~ん、よく寝た」 「まだ三時間だぞ」 「大丈夫、もうすっきりしたから」 笑顔で言うと、朱璃はさっさと立ち上がる。 身のこなしは軽快で、疲労の色は見えない。 「寝てる間に変わったことは?」 「何も。 校舎に人が入った気配もない」 「なら良かった」 と、朱璃が思案顔になる。 「ねえ宗仁、ちょっと外の空気を吸いに行かない?」 「無人の学院なんてなかなか入れないでしょ?」 「行こう。 俺も少し退屈していたところだ」 「お弁当も持ってね」 干し肉と軍用食を持ち、生徒会室を出る。 夕日に染まる無人の廊下を、朱璃に付き従って歩く。 「そう言えば、宗仁や滸ってどうして学生をやっていたの? 奉刀会で忙しかったんじゃない?」 「敵を知るためだ」 「刻庵殿に、共和国人の中で生活することも重要だと言われてな」 「なるほどね、ちゃんと考えてたんだ」 「私も、こんな時代でもなかったら学生なんてできなかったでしょうね」 「今思うと、学院は新しいことばかりで楽しかった」 朱璃が周囲を見回す。 「あ、この教室覚えてる? 登校初日にエルザと喧嘩した教室」 「忘れる訳がない。 初日からこれかと頭痛がした」 「その節はどうも」 思い出の残る場所に立ち寄りながら、学院を進む。 「はっきり聞いてなかったけど、宗仁は記憶を取り戻したの?」 「生まれてから今まで、二千年の間に起こったこと全部」 「そう思ってもらって差し支えない」 まだどこか欠けているかもしれないが、気にする程のこともないだろう。 「宗仁は、お母様とも面識が?」 「蘇芳帝とは何度も話したことがある」 「俺……いや、ミツルギは、歴代の皇帝と必ず面会することにしていた」 「禍魄が厄災を引き起こした時に、皇帝と協力できないのは困るからな」 それに、歴代の皇帝は千波矢の子孫──ミツルギと緋彌之命が作った«命の結晶»を受け継ぐものだ。 用がなかったとしても顔くらいは見ておきたい。 「じゃあ、私のことも知っていたの?」 「幼い頃から」 「一目見て君が特別だとわかった。 顔が緋彌之命とよく似ていたからな」 「だから、蘇芳帝には何があっても朱璃を守るよう頼んでいた」 「ずっと目を付けられてたってわけね」 「だから、共和国が攻めてきた時も、真っ先に君を探したんだ」 「本来なら滸達と戦うべきだったのだろうが」 「なーんだ、運命の出会いだって思ってたのは、私だけだったのか」 「三年間、ずっと宗仁のことを想ってたのに」 「乙女心を弄んでしまったな」 「ほんと、いい迷惑」 「あの時、ミツルギが渡した手拭いはまだ持っているか?」 「もちろん。 私のお守りだしね」 共和国軍から朱璃を守ったミツルギは、その後、禍魄と戦い敗北する。 斬り合いで負けたのではない。 禍魄が軍に命じ、空からミツルギを攻撃させたのだ。 実のところ、ミツルギにとっては、逃げようと思えば逃げられる状況だった。 しかし、そこに想定外の人物が現れる。 義妹として長く生活を共にしていた、鴇田奏海だ。 本来なら彼女を見捨てるべき場面だが、ミツルギは冷徹になりきれない。 爆撃から奏海を守り、自身は無数の肉片となってしまう。 ……。 次にミツルギが目を覚ましたのは、糀谷生花店の二階。 小此木の命を受けた店長が、ミツルギの破片を回収し治療してくれたのだ。 過度の損傷によりミツルギが記憶を失ったことで、新しい人格──すなわち、今の俺、鴇田宗仁の人生が始まる。 まっさらな白紙になった俺は、滸に世話してもらいながら、一人の武人として生きることになる。 そして、終戦から三年後のあの日、朱璃と再会するのだ。 朱璃に出会えなければ、俺は今でも張り子の武人として鬱屈した人生を送っていたことだろう。 「何? 含み笑いなんかして?」 「俺は運がいい。 君に再会できたのだからな」 「皇祖様のお導きよ」 「加えて、ミツルギの執念か」 朱璃が小此木を襲撃した夜──俺があの場所を通りがからなければ、再会はなかった。 空に浮かぶ星と星が偶然ぶつかるよりも低い確率を乗り越えて、今の俺たちがいるのだ。 それは、緋彌之命とミツルギという一組の主従が起こした奇跡に違いない。 一本の桃の木の前で、朱璃が足を止めた。 かつて、朱璃と共に花見をした場所だ。 「あの時は、朱璃に舞を見せてもらったな」 「桃花染の舞ね」 並んで芝生に座り、木を見上げる。 枯葉一枚つけていない丸裸の枝木が、鈍色の空に向けて伸びている。 「食べる?」 「ありがたく」 差し出されたのは、干し肉と粉を四角く固めたような食料だ。 軍用で、栄養の摂取だけが目的の素っ気ないものだ。 それを口に放り込み、〈咀嚼〉《そしゃく》する。 無人の学院、鈍色の空、葉の落ちた桃、素っ気ない食事──まさしく、今の天京を象徴しているかのようだ。 明日は確実に禍魄を討たねば。 「緋彌之命は、君に禍魄を封印させるつもりだったようだが」 「ええ。 宗仁に禍魄の相手をしてもらって、その隙にってことね」 「どうやって封印する?」 「ど、どうって……」 「そ、そうね」 「感覚的には、呪力でこう部屋を作って、禍魄を閉じ込める感じ」 朱璃が身振り手振りで箱を作るが、俺にはよく理解できない。 逆に、朱璃はもう感覚で呪術を理解しているのだ。 剣術でもそうだが、知識として知っていることより、感覚として理解していることの方が遥かに重要だ。 緋彌之命の力は、確実に朱璃へ引き継がれているらしい。 「俺は禍魄を釘付けにすればいいのだな?」 「ええ、お願いね」 「封印が成功すれば一番だが、もしもの時は俺にも考えがある」 「差し違えるつもり? ミツルギが言ってたみたいに」 頷いて返す。 俺と禍魄が一対の存在である以上、片方だけが生きることはできない。 二人とも存在しているか、両方消滅するかのどちらかだ。 「でも、それじゃ宗仁は」 「ああ、«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»には付き合えなくなる」 朱璃が唇を引き結ぶ。 「俺も禍魄も、いわば二千年前の負の遺産だ」 「あいつが厄災を起こして俺が斬る。 葬儀屋が人を殺して回るような話じゃないか」 「そもそも、俺たちさえいなければ厄災自体が生まれない」 「緋彌之命やミツルギと共に、消えるべきなんだと思う」 「やめて」 「結果的に消えたとしても、消えるべきなんておかしい」 「そんな感傷、宗仁らしくない」 「感傷、なのか?」 「昔の宗仁ならこう言ったはず」 「俺は禍魄に勝つために戦う。 勝った結果として自分が消えるだけだって」 「ははは、俺が言いそうなことだ」 なるほど、朴念仁が刀を差して歩いていると言われた俺が、感傷か。 変わったものだ。 「大体、自分は死ぬべきだなんて言われたら、私が悲しいじゃない」 「悲しい?」 単純な言葉が、意外なほど鮮烈に聞こえた。 「朱璃は悲しいのか?」 「あ た り ま え で しょ」 朱璃が犬歯を見せて怒る。 思えば、俺も朱璃も感情を口にしてこなかった。 むしろ、感情を口にすることを恥とさえ思ってきた。 感情を必死に殺し、己の責務に忠実であろうと努めてきたのだ。 それは、道具になろうとしてきた、ということなのかもしれない。 「悲しませてすまなかった」 「ううん……いいの。 ちょっと噛みついてみただけ」 「私こそごめんなさい」 朱璃がしゅんとなる。 「悲しいと言ってくれたこと、嬉しく思う」 「私の我が儘よ」 「宗仁は皇国のために消えると言ってるのに、決意を挫くようなこと言って」 「主、失格ね」 「それを言うなら、俺も臣下失格だ」 「本当を言うと、君が勾玉を首に掛けようとした時、俺は止めようとした」 「いや、声に出さなかっただけで、心では君を止めていた」 「直前まで、主の決意を汚すまいと念じていたのにな」 無様だと思う。 俺には自分の感情を叩きつぶすほどの理性など備わっていないのだ。 「本当なら」 「……嬉しいよ」 「皇祖様と一体になっても私の意識が消えなかったのは、きっと宗仁のお陰」 「お陰なんて言ったら皇祖様に申し訳ないけど」 「でもね、とにかく嬉しいの」 朱璃が俺に身体を寄せた。 肩が触れ、温もりが伝わってくる。 冷たく乾いた冬の世界で、まるで俺だけが春の光を浴びているようだ。 人の身体とは、これほどまでに温かいものだったろうか。 「君は日輪のようだな」 「生憎、私は皇祖様みたいに立派じゃないから」 「もっと精神的な話だ」 「君といると、その、俺の心が温められる気がする」 「な、何よ突然。 大丈夫?」 朱璃が俺の額に手を当てる。 その手がたまらなく心地よい。 「朱璃」 額に当てられていた、朱璃の手を握る。 「ん? どうしたの?」 「俺はおかしくなったのだと思う」 「いや、おかしくなった」 手を引き、朱璃の身体を腕の中に収める。 「そう、じん?」 「臣下の身ながら、君がどうしようもなく愛おしい」 胸の中で朱璃が小さく息を飲んだ。 「君を離せない」 朱璃にゆっくりと体重を掛ける。 抵抗は、ない。 優しく朱璃を芝に寝かせた。 朱璃は何も言わない。 丸く大きな目が、瞬きもせずに俺を見つめている。 腕の間の朱璃は、俺の荒っぽい息一つで壊れてしまいそうだ。 「許されぬとわかっている」 「もういいよ、宗仁」 「どうせ出来損ないの主に、出来損ないの家来」 「だったら、どれだけ道を踏み外したって平気でしょ」 やはり朱璃は日輪だと思う。 俺がどれだけ粗野であったとしても、その優しさが受け止めてくれる。 華奢な身体の上に屈み込み、朱璃の首筋に顔を埋める。 「あ……」 きめ細やかな肌が唇に触れる。 それだけで、朱璃が吐息を漏らした。 「君が好きだ、朱璃……」 首筋に唇を這わせたまま、手探りで朱璃の手を探す。 俺に応えるように、朱璃の手が俺の手を握る。 無骨な指と指の間を、細い指がしっかりと埋めた。 「宗仁……好き……」 俺の胸の下で、朱璃の胸が規則的に上下する。 その愛おしさ。 「私の目を見て……口づけをして……」 言われるがままに身体を起こす。 潤んだ深紫の瞳に俺が映っている。 その深い泉に飛び込むかのように、唇を重ねる。 「ん……ん……」 驚くほど柔らかい朱璃の唇。 隙間から漏れた吐息が、俺の息と混じり合う。 溢れ出る欲求に身を任せ、舌を朱璃の口内に滑り込ませた。 「んっ……ちゅ……む……」 僅かな抵抗の後、朱璃の舌が俺を受け入れてくれる。 意外なほどに朱璃の体内は熱い。 お互いの舌が意志を持った生き物のように動き回り、口内をまさぐり合う。 ──朱璃の舌が俺の中を動き回っている。 ──朱璃が積極的に求めてくれている。 そう思うだけで、恥ずかしくなるほどに興奮が高まっていく。 「頭がぼーっとなって、おかしくなりそう」 「俺もだ」 唇の間に唾液の糸が引く。 俺の下にいた朱璃の唇は、とろりとした唾液に濡れ淫靡な輝きを放っている。 朱璃の鎖骨に顔を埋める。 同時に、豊かな乳房に手を這わせ、ゆっくりと力を入れる。 切なげな吐息が漏れた。 「痛くないか?」 「ん……平気……あ……」 朱璃の乳房に重ねられた俺の手は、自分でも驚くほどに無骨だ。 その俺の手指が、艶やかな衣装に包まれた乳房をゆっくりと弄ぶ。 豊かな膨らみは驚くほど柔らかい。 むしろ俺の指を包み込むように形を変え、体内の熱を伝えてくる。 「手、震えてる」 耳を朱璃の囁きがくすぐる。 「主の身体に触れているんだ、緊張しないわけがない」 「今は忘れて」 「私は宗仁のもの」 朱璃の手が俺の背に回り、きゅっと力が込められた。 「宗仁に触れてもらえて、私は嬉しいよ」 「ドキドキして心臓が壊れそうだけど、嬉しいの」 「ねえ宗仁、好きにして」 言葉を発するのももどかしい。 半ば朱璃に操られるように、俺は乳房に没頭する。 包み、揺らし、押し潰し、それを謝るように優しく撫でる。 「あ……は……あ……ああ……」 朱璃が熱の籠った吐息を漏らし、喉を反らす。 首に舌を這わせると、汗の味が伝わってきた。 布越しにも朱璃の肌が汗ばんでいくのがわかる。 さんざん揉まれた衣服の胸には皺が入り、乳房との間に隙間が生まれていた。 純白の肌が薄桃色に変わっていく箇所が僅かに見え隠れする。 「う……駄目」 朱璃がしなやかな手で俺の目をふさいだ。 「恥ずかしいよ、あんまり見ないで」 「大丈夫、綺麗だ」 「そんなの、わからないじゃない」 「わかる」 朱璃の手を優しく解く。 再び、下着姿の朱璃が視界に入る。 乳白に輝く朱璃の肌は、どこまでも瑞々しい。 「やはり、綺麗だ」 「う、ううううう……」 目でもわかるほど朱璃の顔が赤くなった。 「もっと触らせてくれ」 もう一度朱璃の上に覆い被さり、胸に手を重ねる。 先程よりも、乳房の感触が明瞭に伝わってきた。 形を保っているのが不思議なくらいの柔らかさだ。 俺と同じ戦場を駆け抜けてきたなんて、まるで信じられない。 「綺麗だ、朱璃」 「あ……んっ……あっ……ああっ」 朱璃が艶やかな声を発した。 「変な声……出ちゃう……」 朱璃の反応が変わったのは、肌を見ていてもわかる。 乳房には薄く鳥肌が立ち、甘い香りが匂い立つ。 首に這わせていた舌を乳房の間まで下ろし、その香りを胸一杯に吸い込む。 「だめ……宗仁……だめ、だよ」 呻くような声が俺を更に興奮させる。 顔の両脇の乳房を揉みしだきながら、指先を下着に隠された先端に奔らせる。 「あっ……あんっ……」 「や……そこ、ぴりぴりして……あ……あああ……」 吐息が甘い。 朱璃が、俺の主が快感に身を震わせている。 布地の下に指を潜り込ませ、乳首に直に触れた。 「あ……あああ……あっ……あっ」 朱璃が快感に戸惑うように眉を歪める。 ふと下半身に目をやれば、朱璃の秘所を覆う布が微かに光り始めていた。 濡れている。 俺の手指が、主の中に新しい感情を呼び起こしているのだ。 真っ白な雪原に足跡を付けるような快感が沸き起こり、酔いしれる。 もっと触れたい。 この身体を余すところなく味わいたい。 衝動に身を任せ、朱璃の下着をずらす。 「あ……ああ……」 乳房が外気に触れた。 清らかな双丘の上で、薄桃色の乳首が慎ましやかに存在を主張している。 何と美しい造形だろう。 俺は、無意識に乳房の先端を口に含んだ。 「や、やだ……宗仁、子供みたい」 「子供でもいい」 「な、何言って……あっ!?」 舌で乳首を押しつぶす。 唇をすぼめ、乳首を吸い上げ、乳輪を舌先でなぞる。 その度に朱璃は身体を反らす。 口の中で、乳首が硬くなっていくのがわかる。 「美しい……朱璃」 「ふあっ、はあっ……んんっ、そこ……」 「あっ、ああんっ……ふっ、あっ」 再び手での愛撫を始める。 胸を揉むたび、乳首を摘まむたび、朱璃が喘ぐ。 「あんっ! 声出したくないのに……出ちゃう……恥ずかしい……んんっ!」 「あくぅっ、ああっ、んううっ、あっ、んんんっ」 「うああぁっ……あふっ、あっ……んっ、ああっ」 乳房から手を離しても、朱璃は熱い吐息を漏らし続けている。 まだ触れていない陰部に、俺は視線を移した。 それに気付いたのか、朱璃が再び身を固くする。 「はあっ……んんっ……そこも触るの?」 「嫌か?」 「……ううん、宗仁に触ってほしい」 朱璃が固く頷いた。 下着越しに、ぷっくりとした陰唇に指を這わせる。 そこは既に、ぬるりとした感触に覆われていた。 「熱くなっている」 「い、言わないでよ」 「自分でもわかってるんだから」 朱璃がぎゅっと目を瞑る。 「わかってるのに、止められないの」 「宗仁に触れられてるだけで、どんどん熱くなって……なんか、変な気持ちになって……」 「悪かった」 朱璃の頬に口づけ、再び指に力を込める。 熱く湿った布地を指の腹で押し、内側のくぼみに這わせる。 「はぁっ、んんっ」 「ふぁっ、ん、くぅっ……はあっ、はあっ、んあぁっ」 指先に粘液を纏わせ、何度も何度も肉の谷間を往復させる。 「やあっ、わ、私……んうっ、触られて……感じてる」 「んっ、ふっ、ひんっ……あぁっ、んあっ、あああぁっ!」 「あくぅっ、ああっ、んあぁっ……だめ……んああっ!」 膣口からとめどなく愛液が溢れてくる。 それを潤滑油に、愛撫の速度を上げていく。 「んあっ、ああっ、はげしっ……ふあぁっ、うんっ、んううっ!」 「あっ……うぁっ、んんんっ、んあぁっ! だめっ、声、出ちゃう……くぅんっ……!」 「うあぁっ、あっ、んっ、宗仁、宗仁っ……」 切なそうに見上げられ、唇を重ねてしまう。 「んむっ、ふううっ! れろっ、ちゅっ……んんんっ、はうっ、はぁっ……!」 「んうっ、はぁっ、あんっ……あふっ……んんっ、ちゅるっ」 朱璃の口内を舌で貪りながら、胸と膣口への愛撫を交互に行う。 「んくっ、ふうぅっ、んううっ……んちゅうっ、はぁんっ!」 「あふっ、はふっ、んんぅっ……宗仁……ちゅっ、れろっ、んむっ」 「ぷはっ……はぁっ、はぁっ、んっ……宗仁、私もう……触ってもらうだけじゃ切ない」 朱璃の求めに応じ、指先を膣口に潜りこませようとする。 すると、朱璃が慌てた様子で俺を制した。 「あっ……ま、待って、宗仁」 「どうした?」 「私、初めては指じゃなくてね、その」 朱璃は何かを言いかねているようだ。 だが、言いたいことは伝わった。 「私、宗仁の……」 「言わなくても分かっている」 わざわざ聞き返すような野暮はしない。 俺は衣服の前を開け、既に硬くなっている陰茎を露出させた。 朱璃が、絶句したかのように目を見開いている。 「……すご」 「男の人のって……こんなに大きいの?」 「常にこうじゃないぞ」 「し、知ってるわよそれくらい」 「見るのは初めてなんだから、別に驚いてもいいでしょ」 強がる朱璃に微笑ましさを覚え、朱璃の頭を撫でる。 朱璃はくすぐったそうに目を細めた。 「朱璃、入れてもいいか?」 「……うん」 腰を下げて、陰茎を朱璃の下腹部に近づけた。 「ごめん……宗仁にしてもらえるのは嬉しいけど、やっぱり少し怖いかも」 「きっと、誰だってそうだ」 そう言って、怒張した陰茎を朱璃の割れ目に擦り付ける。 「ひあっ、そこっ、擦っちゃ……やっ、宗仁の、すごく熱い……ふああっ、んああっ」 「やぁっ、んんっ、ふぅっ……んううっ!」 「ふっ……んんっ、あっ、ああんっ、ああっ……」 「はぁっ、あっ……宗仁、いきなり何するの?」 陰茎を離すと、朱璃がとろけた顔で見上げてくる。 「俺のを濡らしておけば、少しは入れやすくなる」 「あ、そっか……ありがと」 「優しくする」 膣口に亀頭の先を触れさせる。 朱璃が頷いたのを見て、腰をゆっくりと突き出した。 亀頭が陰唇を割り、膣内へと飲み込まれる。 「はあっ、んううっ、あっ……宗仁が、私の中に入ってきて……うああっ、ああぁっ」 「ふあああっ、ああっ、ふっ、んううっ……んうぅっ、あんんっ……!」 膣肉が、突然の侵入者を責め立てるように蠢いた。 熱く細かな襞に陰茎を刺激され、強い快楽が身体を走る。 一際強く膣肉に締め付けられ、思わず腰を止めてしまった。 「ひんっ、んああぁっ! 宗仁、お願い……止めないで……んんっ」 「はぁっ、ああっ、ちゃんと最後まで、して欲しい……」 破瓜の証が、結合部の隙間から愛液に混じって流れ出ている。 朱璃が心配になるのと同時に、初めてを奪ったことに満足感を覚えていた。 「痛くないのか?」 「はあっ、んんっ、痛い……けど」 「宗仁と繋がるための痛みなら、はっ、んんっ……ぜんぜん耐えられるから」 「……わかった」 「俺も、朱璃と最後まで繋がりたい」 亀頭を最奥に届かせようと、さらに腰を突き出す。 陰茎が奥に進むほど、朱璃の嬌声が大きくなった。 「うああっ、はあんっ、はっ、んあああっ!」 「ふああっ、はぁっ、ああっ……こんなに奥まで……」 「やあっ、まだ入ってきて……あんっ、あんんっ、はううっ……!」 やがて、互いの腰がぴったりと密着する。 「くっ……全部、入ったぞ」 すぐにでも達しそうな快楽に耐えながら言う。 「んんんっ、はぁっ……ほ、本当?」 「ああ。 痛くないか?」 「ちょっと痛いけど、大丈夫」 「嬉しさの方が何倍も大きいから」 愛おしさで胸が一杯になる。 「宗仁とこうなれるなんて思ってなかった」 「主との恋愛なんてあり得ないって、ずっと言ってたから」 「今でも、それが正しいと思っている」 「思ってはいるが、君を求める気持ちが止められない」 朱璃の頬に手を添え、口づける。 「正しさなんて今は要らない」 「欲しいのは宗仁だけ」 朱璃の中で陰茎が硬くなるのがわかる。 これ以上じっとしていられない。 「いいよ、動いて」 「我慢しなくていいよ……私も、宗仁に求めてほしいから」 朱璃に覆い被さる。 腰を引くと、愛液で光る陰茎が朱璃の中から現れた。 雁首まで抜いたそれを、ゆっくりと朱璃の中に押し込む。 「ん……あ……宗仁が来てるの、わかる」 「朱璃と繋がっているんだな」 俺の陰茎が朱璃に出入りしている。 そう自覚するだけで、今にも弾けそうになる。 快感に耐えながら、何度も腰を往復させ結合部を馴染ませ、徐々に速度を上げていく。 「あっ、ああんっ……あっ、んんっ、ああ……! あぁっ」 「んああっ、はっ、ああっ、あんっ、あっあっあっ……!」 膣壁を擦るたび、結合部から愛液が溢れてくる。 破瓜の痛みはすでに消えたのか、朱璃の表情に快楽の色が浮かんでいる。 「あっ、ああっ、んんっ、はぁっ、ああっ、ああ、ふああっ」 「やっ、だめっ、何度も奥……突いたら……ああっ、んんっ、んううっ!」 「中が擦れて……どんどん熱く……んううっ、はぁっ、ああっ」 奥を突くたび、呼応するように朱璃が喘ぐ。 喘ぎ声は徐々に大きくなっているが、本人が気付いている様子はない。 「はぁ、んっ……はぁっ、はっ……んんっ」 「ね、ねえ宗仁、こっちも、触って……?」 朱璃は膣を突かれながら、仰け反って乳房の膨らみを強調した。 求めに応じ、腰を動かしながら乳房に手を伸ばす。 「んああっ、ああっ、はあっ、うぁっ……んんっ!」 「ああっ、揉まれながら突かれるの、すごいっ……ふぁああっ!」 朱璃の嬌声に昂ぶり、胸を揉む手に力が入る。 痛がる様子はなく、むしろ快感が増しているようだ。 朱璃が快楽に身をよじると、膣肉が陰茎をねじるように蠢いた。 「ああっ! ふああっ、うあっ、あぁっ、あっ、あっ、あああっ……!」 「やあっ、だめっ、気持ちよすぎて……身体、動いちゃう……はっ、ああっ!」 「くっ……」 声が出る。 わずかな先走りが、先端から漏れているのが分かった。 俺の顔を見た朱璃が、嬉しそうに微笑んでいる。 「はぁっ、うんっ、んんっ……宗仁も気持ちいいの?」 「ああ、とてつもなくな」 「ふふっ……嬉しい、宗仁が私で気持ちよくなってくれて……んんっ」 「ふあっ……あくっ、はあっ、んうぅんっ……あんんっ!」 朱璃の身体が跳ねるたびに、形の良い乳房が揺れる。 豊かな弾力を持つそれは、すぐに元の形に戻った。 「ああっ、あっ、あっ、あっあっあっ……ああんっ、あっ、あふんっ!」 「あ、あんんっ、あっ、あっ……あくぅっ、はぁっ、んっ、ああっ」 「宗仁の……私の中ですごく震えて、さっきより硬くなってる……」 朱璃の言うとおり、陰茎はさらに硬度を増していた。 「はあっ、んんっ……一緒に……気持ちよくなりたい……ああっ、んんんっ!」 「私も、もうっ……はあぁっ、ひっ、んあっ……はううっ、あんっ、んううっ……!」 朱璃の身体が大きく跳ね、膣肉も激しく脈動した。 膣襞は、射精を急かすように蠢いている。 「んやぁっ、ふうぅんっ……ああっ、うああっ、ああっ!」 「はあっ、宗仁、宗仁……あああぁっ、ふああぁんっ!!」 「朱璃……!」 愛情と快楽に頭を支配され、言葉もなく名前を呼びあう。 俺は無意識のうちに、朱璃を強く抱き締めていた。 「もっと……もっと、抱き締めて……はあっ、ああっ……!!」 「あっ、ふあっ、ああっ、んああ……っ! あうっ! あぁっ!」 「んうぅっ、はぁっ、宗仁……んんっ、私……こっちもして欲しい」 朱璃が唇を突き出した。 膣と胸を責められながらも、さらに深い繋がりを求めて接吻をねだっているのだ。 口付けを急かし、朱璃が小さな舌先を出す。 「んっ、はぁ、はぁっ、宗仁、早く……あううっ……」 「はんっ……私、もっと繋がりたい……ああっ、んっ、んあっ!」 普段の振る舞いからは、想像もできない乱れ具合だ。 俺も無我夢中で朱璃に唇を重ねる。 「んううっ、はあぁっ、はあぁっ……宗仁、激しっ……うああぁっ、あぁっ!」 「あっ、うあぁっ、ああっ、くうっ、やあっ、んっ……ふああっ!」 「朱璃、もう……っ」 「うん、私も……もう我慢できな……宗仁……一緒に、一緒にいきたいよぉっ……」 朱璃が切なそうな声を出す。 互いに絶頂に達しようと、さらに激しく腰を動かした。 「はううっ、ああっ、ううんっ、くぅうう、はああっ、んはぁあ……っ!」 「あうっ、うあぁっ……だめっ、いっちゃ……やああぁっ、あああっ!」 朱璃が身体を反らし、膣肉が陰茎をきつく締め上げてくる。 どうやら、軽い絶頂を迎えたようだ。 俺も絶頂を目前に感じ、膣から陰茎を引き抜こうとする。 「はぁっ、ああっ、だめっ……抜かないでっ……」 「私の中に……んううっ、全部、注いで……っ」 そんな言葉に抗えるはずもない。 「このまま中に出すぞっ」 「うんっ……いっぱい出して……我慢しないでっ……」 「んうぅっ、ふああぁっ、ああっ、あっ、あんっ、んはああぁっ!」 渾身の力で腰を振る。 意識が飛びそうなほどの快楽が、陰茎をせり上がってくる。 「あっ! ああっ! 私も、来ちゃう………んああぁぁっ!!」 「ふあああぁぁっ、やあっ、あああっ、はうぅぅ……っ、んああっ!」 「うんんっ、うああぁぁぁっ! あふああっ、あっ、あ、あんっ……宗仁っ!」 「んああっ、ああっあっあっ……あぁぁぁっ! ああっ、ふあっ、ああっ、ああんっ!」 「うあぁぁっ、はああっ、あふあぁぁぁぁぁっ……あ、あああああぁぁぁっっっっ……!!」 びゅるっ、びくっ、びゅるる……っ!「んく、ああっ……私、いまいって……うああっ、あっ、んあ……っ! あああっ!」 「んはあああっ、ああっ、はあっ、ああぁぁっ……」 「ふああっ、熱いのが、私の中にいっぱい……はああぁっ!」 腰をぴったりと密着させ、朱璃の膣内に大量の精液を注ぎこむ。 陰茎が精子を吐き出すたびに、朱璃が悶えた。 「あくっ、んんっ、うああっ、あああっ……」 「はっ、はあっ、宗仁っ……最後まで、全部」 膣肉は射精を喜ぶかのように、激しく脈動している。 絞り上げるような刺激に、何度も何度も、肉棒が震える。 「うんっ、あっ、んああぁっ、んんっ、はあっ……!」 「はぁ、ああっ……お、終わったの?」 「ああ」 ようやく吐精を終えたそれを、ゆっくりと引き抜く。 精液と破瓜の証がまとわりついた陰茎が姿を現わす。 亀頭と膣が粘液の糸で繋がっている。 「んっ……ああっ……」 朱璃が身体を震わせると、膣口からどろりと精液が溢れた。 「すごい……こんなに出してくれたんだ……」 「ありがとう、宗仁……んっ、ちゅるっ……んはっ、あふっ」 朱璃に口付けされ、そのまま舌を入れられた。 一度絶頂を迎えたというのに、朱璃の興奮は冷めていないらしい。 俺も同様で、陰茎は硬さを保ったままだ。 「ちゅるっ、れろっ……ちゅっ、んはっ」 「はあ……はあっ……宗仁、まだ出来るでしょ?」 唇を離した朱璃の口元には、笑みが浮かんでいた。 「臣下の扱いが荒いな」 「嫌なら止めるけど」 そう言いつつも朱璃は、俺の首に腕を回して離そうとしない。 「次は、もっと抱き締めながらして?」 ねだる朱璃を、俺は抱き上げた。 朱璃に脚を開かせ、腰の上にまたがらせる「この体勢、ちょっと恥ずかしい」 「さっきと同じにするか?」 「ううん、やっぱりいい」 「……宗仁を近くで見られるから」 拗ねた顔の朱璃が、軽く口づけしてくる。 身体に挟まれた男性器が軽く存在を主張する。 「あ、こら……もう……」 「まだ収まりきらないらしい」 「いやらしい、宗仁」 「男はそういうものだ」 自分の陰茎を手で支え、朱璃の秘所に導く。 朱璃も躊躇いがちに身体を動かし、位置を合わせてくれる。 ぬるりと先端が潜り込み、すぐに外れる。 「ん、と……」 朱璃が腰を揺らす。 精液に濡れた陰唇が、俺の先端を何度も擦る。 「あ、やだ宗仁……んっ……んっ」 「上手く狙いが……ふあっ、あっ、あぁっ、んんっ……」 性器を擦り合わせながら、朱璃が吐息を漏らす。 意図してはいないのだろうが、刺激的な光景に陰茎の硬度が増していく。 「宗仁、ちゃんとして……わたし、上手くできないから……」 「ね、宗仁……ね?」 上目遣いに見つめられ、溜らず腰を突き出した。 「ふあああっ!!」 じゅぷりと湿った音がして、俺は朱璃に飲み込まれた。 「あ、ああっ……一気に……奥まで……」 再び侵入してきた肉棒を歓迎するように、膣肉が何度も脈動する。 「あふぅんっ、くうぅっ、ううっ……はっ、はあっ」 「ふうぅっ、はあっ、あっ……さっきより……深いとこまで入ってるかも」 「痛いか?」 「ううん、大丈夫……嬉しいよ」 「宗仁、今度は私がしてあげるね。 私だけしてもらうのって、ずるいから」 「無理しなくて……」 言い終わる前に、朱璃が自ら腰を動かしはじめた。 「くうぅっ、ううっ、あはぁっ、あああっ」 「や、やっぱりこの体勢、すごく奥まで……ああっ!」 快楽のあまり、朱璃の両脚が震えている。 「俺も動こう」 「はぁっ、はぁっ、いいの……じっとしてて」 「次は私が……んんっ、宗仁を気持ちよくさせるんだから……んっ、くうっ、んあああっ!」 朱璃が腰を上下するたび、水音が響く。 その度に、膣内は陰茎を溶かしそうなほど熱くなる。 さっき射精したばかりだというのに、新たな射精感が生まれていた。 「ふああっ、んんんっ、くうっ、あうっ、んふぅっ、はんっ……あううっ」 「あはぁっ、あうっ……私の中、もうめちゃくちゃになってる……ああんっ、ああっ!!」 耳元で喘ぐ朱璃の声に興奮し、陰茎が震える。 「あんっ……宗仁、私の中でびくってした……ふふっ、気持ちよくなってくれてるんだ……」 「あんんっ、はうぅんっ! ああっ、あっあっ、うああっ、ふああぁっ!」 「んうっ、あううっ、んはあっ……さっきまで、そんな場所届かなかったのに……ああああっ!!」 亀頭がざらざらとした膣襞に引っかかり、朱璃がまた嬌声を上げた。 もっと気持ちよくさせたくて、手の中で揺れる朱璃の乳房に手を這わせる。 「やっ、そんな、急に両方いっぺんに……」 「んんんっ、ふあぁっ、うんんっ、ん、んぁっ!」 揉むたびに、朱璃の膣から愛液が溢れ出る。 さらに両方の乳首をいじる。 「あっ、乳首、さわっちゃ……あぁっ、はん……うぅんっ!」 「ふあっ、んはっ……やんっ、はあぁっ、ああっ、あふっ……」 どうやら、朱璃はここが弱いようだ。 「やっ、だめぇっ……同じとこばっかり触らないで……あうっ、んんっ、んはぁっ!」 「ここが硬くなってるぞ」 「はんんっ、んふっ、あうぅ……宗仁だって、さっきよりも硬くなってるくせに……ああっ!」 「はあっ、んんっ……もう、出そうなんじゃないの?」 乳首を刺激されながらも、朱璃は腰を上下に動かし続けていた。 結合部から漏れた愛液で、俺の股間は濡れまくっている。 「ふうっ、ふっ、あくぅっ……んんっ、ひああっ……あんんっ、はうぅんっ」 「はあっ、あああっ……宗仁、口づけを……して」 朱璃が切なげに見つめてくる。 求めに応じ唇を重ねた。 「はふうっ、んんうっ……宗仁……んんっ、ちゅっ、ちゅぱっ」 「んううぅっ! んぅ、ちゅっ、ふむっ、れろっ……ちゅ、うんんっ、ふああっ!」 口付けを交わすと、朱璃の腰の動きが激しさを増した。 「ん、ちゅぱっ……はぁっ、宗仁とたくさん繋がってる……すごく幸せ……」 唇を離した朱璃が、うっとりとした顔で言う。 その表情に、俺の理性が崩された。 「朱璃、俺も動くぞ」 「えっ、やっ、待って、これ以上は……」 「はぁんっ、んううっ! あくぅっ、んっ、ひああっ……!」 「ああっ、奥っ……ぐりぐりしちゃだめぇっ……力、入らなくなる……んうううっ!」 朱璃の身体が脱力し、俺にもたれかかってきた。 構わず、俺は腰を動かし続ける。 「ひぁっ、あううぅっ……宗仁、私、おかしくっ、なっちゃ、んあああっ……!」 「んあっ、あ、んううぅっ、あうっ、んふぅっ……やぁっ、あううぅっ」 「だ、だめ、こんなに声出したら……いやらしい女だって思われちゃう」 「思うわけがない」 「朱璃が喜んでくれるのは、俺も嬉しい」 「よ、喜んでなんてない」 否定しながらも、朱璃は身体の動きを止められない。 こちらも、腰を激しく上下させながら、胸と乳首への愛撫を繰り返す。 「ああっ、すごいっ……気持ち、いいっ……ああっ、あっ、あっ!」 「ふああぁぁっ、んんんっ! はぁっ、あっ、くうぅうっ!」 「あっ、ああっ、宗仁っ、もっとこっちに来てっ……」 力の入らない腕で、朱璃が俺を抱き締めた。 身体がさらに密着し、陰茎も深い位置にまで達する。 「あんっ、んっ、宗仁、宗仁……離れないで、もっと抱いて……」 「ああっ、んぅっ、壊れちゃうくらい、強く抱き締めて……んふううぅっ」 「ああ。 壊しはしないが、絶対に離れない」 膣壁も陰茎を締め上げるようにうねり、二度と離れられような気さえした。 その状態で、膣肉をえぐるように突き上げる。 「あっ、やああっ……いっちゃうっ、また、いっちゃうよぉっ……ん、ふあぁぁっ!」 「宗仁っ、一緒にいってっ……はあっ、あっ、んんっ、んっ」 快楽に染まりながらも、朱璃は俺との絶頂を望んでいた。 俺の陰茎が、応じるように激しく跳ねる。 「んあぁっ、あっ、んんんっ、宗仁、出そうなの……?」 「ああ、また出すぞ……!」 「きて……宗仁も気持ちよくなって……んうっ、ふあぁっ、ひんっ!」 「んうっ、あうっ、あ、ううぅっ、あふぅっ、ひああっ! ああっ、うんぅっ!」 「はああぁっ、あああぁっ……私、一緒に……宗仁と一緒じゃないと嫌っ………んああぁっ」 「ああ、俺もすぐっ……」 射精に向け、激しく腰を動かす。 「あううぅっ、宗仁っ……あっ、宗仁っ……もう……いっちゃうっ!」 「ああっ、んっ、あっ、あっ、ああっ……あああんっ、あうううっ……!!」 「ふあっ、んううっ、ああぁっ、うあああぁぁっ! んうっ、うううぅぅぅっ!!」 「ふあああっっ!! ああぁぁぁぁぁんっ、はっ、あふぅっ、あっあっあっ、ああぁぁっ!」 「んあああぁぁぁっ、うあぁっ……だめっ、もうっ……んあああぁっ、あああああぁぁっっっ!!!」 びゅっ、びゅるっ、どくっ、びゅっ……!「ああっ、んううっ、ふあっ……また、宗仁のが中に……」 「んああっ、熱いのが出てる……んううっ、はぁっ……」 二度目だというのに、射精の勢いは衰えない。 むしろ最初よりも多くの精子を、朱璃の膣内に注ぎ込んでいる。 「宗仁、全部出すまで……私の中にいて……」 朱璃は、俺を抱き締めたまま離そうとしない。 求められる喜びに、陰茎は何度も震えありったけの欲望を吐き出し続ける。 「朱璃……」 繋がったまま、固く抱き締め合う。 肉体の快感は射精を頂点とするが、朱璃への愛情は衰えない。 離したくない。 できることならば、このままいつまでも繋がっていたい。 陰茎が縮み、結合が解かれた。 朱璃の秘所から多量の精液が漏れ出る。 「はあ……宗仁、こんなに沢山……」 「盛大に汚してしまったな」 「汚くなんてない」 「宗仁が気持ち良くなってくれて、私、嬉しい」 朱璃が、額をこつんと当ててきた。 鼻先が触れ、絶頂の余韻を残す吐息が混ざりあった。 「子供……できるかな?」 朱璃が自分の下腹部を愛おしげに撫でる。 俺は呪術で作られた道具だ、子が成せるとも思えない。 考えてみれば、俺と朱璃は同じ生き物ですらないのだな。 永遠を生きる俺の前を、人間である朱璃は足早に通り過ぎていく。 それでも……いや、だからこそか。 俺たちが愛し合った証が生まれるとすれば、どんなに素晴らしいことだろう。 「できれば、嬉しい」 「本当にそう思う?」 満足げに朱璃が微笑む。 今まで見たこともない、心の底から満たされた笑顔。 人をこんな笑顔にすることが、俺にできるのか。 何という温かさだろう。 日没と共に冷えていく校舎の中で、この場所にだけ春が来たような気さえする。 半ば無意識に朱璃を抱き締める。 「どうしたの?」 「しばらくこうさせてくれ」 「うん、いくらでも」 腕の中の朱璃の身体は、驚くほどに細く柔らかい。 こんな身体で俺の欲望を受け止め、心を温めてくれる。 やはり、朱璃は俺の日輪だ。 義務でも使命でもなく、朱璃を守りたいと思う。 これが人を愛するということなのだろう。 互いの体温を心ゆくまで感じ合ってから、俺たちは衣服を整えた。 背筋を伸ばした朱璃を見て、息を飲む。 見慣れた衣装を纏っているにもかかわらず、身体を重ねる前とは別人に感じられたからだ。 赤日に照らされたその姿は、以前の何倍も……いや、何十倍も輝いて見える。 「俺は朱璃を守る」 「どうしたの急に?」 「守りたいんだ。 君を何者にも汚されたくない」 少し驚いた顔をした後、朱璃が微笑む。 「突然だけど……嬉しいよ、凄く」 「折角だし守ってもらおうかな」 「ああ、そうさせてくれ」 言葉にして、初めて気づく。 責務でも使命でもなく、自らの意思で守るものを選んだのはこれが初めてだ。 「お返しにはならないけど、聞いてほしいことがある」 「私の本当の名前」 そういえば、『宮国朱璃』というのは、市井に潜むための偽名だったな。 「皇家では、家族にしか本名を明かさないの」 「悪意ある呪術を避けるためらしいけど」 「いいのか、俺で?」 「あなただから教えるの」 「まあ、本名に価値なんてないって言われたらそれまでだけど」 「教えてくれ。 是非」 「あ、あんまり食いつかれると、言いにくいんだけど……」 「«〈桃花染皇女〉《つきそめのひめみこ》»」 「それが私の名前」 頭の中で何度か反芻する。 「いい名だ。 何より君らしい」 「ありがとう」 「では、これからは«〈桃花染皇女〉《つきそめのひめみこ》»と呼ぼうか?」 「朱璃にして」 「«〈桃花染皇女〉《つきそめのひめみこ》»なんて長くて呼びにくいし、それに……」 「朱璃って名前は、宗仁が好きになってくれた名前だから」 朱璃がはにかんで笑う。 「わかった……朱璃」 「うん」 家族にしか教えない本名を教えてもらえるなど、これ以上ない報酬だ。 しかも先払いと来ている。 これは、意地でも朱璃を守り通さねばならないな。 誓いを新たに、もう一度朱璃を抱き締めた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「ん……う……」 古杜音随分眠っていた気がする。 ここは、どこ?「っっ!?」 周囲を見回し、心臓が止まりそうになった。 ちょっ、ちょっと、ちょっと、ちょっと!私、浮いてませんか?足元に見えるのは帝宮の屋根、彼方には天京の街が見下ろせる。 私は«呪壁»の割れ目の間に浮いているのだ。 「お目覚めかしら、斎巫女?」 ??遥か下から嘲るような声が聞こえた。 温度の感じられない冷たい目には見覚えがある。 「雪花さんっ」 腕を振り上げようとするが、身体はぴくりとも動かない。 呪術で縛り付けられているのだ。 「わ、私は攫われたのですか?」 「見ればわかるでしょう? 相変わらず間の抜けた人ね」 雪花そうだった。 私は奥伊瀬野で戦って、禍魄さんに気絶させられたのだ。 「雪花さん、お腹のお怪我は?」 「お陰様で治りました」 「あなたには、しっかりとお返しをしないとね」 「私をどうするつもりですか?」 「もう呪術も使えない役立たずですよ」 「あなたは«大御神»の御心に触れることができた巫女、まだ利用価値はあるわ」 「あ、ありがとうございます」 「いえ、そうではなくて、私に何をさせるつもりです!?」 「«呪壁»を起動してほしいの」 「な、なぜ?」 「«根の国»に降り積もった«因果のひずみ»を、汲み上げてもらおうかなーって」 「«因果のひずみ»?」 「伊瀬野の巫女は、呪術を使う時«因果のひずみ»を«根の国»に排出するでしょう」 「その瞬間、巫女の身体は«根の国»に繋がるってことね」 「そこで呪力の流れを逆転させれば«根の国»に積もった«因果のひずみ»が逆流してくるってわけ」 「あの黒い雪がね」 「そんなことをしたら……この世界は……」 「ふふふ、どうなっちゃうのかしらね?」 「知りたいから逆流させてみるの」 恐怖と畏れ多さに、息ができなくなる。 «因果のひずみ»が地上に溢れ出る──それは、二千年の歴史の中で巫女たちが積み上げてきた祈りを、怨嗟に反転させてぶちまけるようなもの。 秩序は崩壊し、理性は失われ、あらゆる混沌と悪意が地を覆うだろう。 「う……」 嘔吐感が迫り上がる。 「私が下にいるんだから吐かないでね」 「で、でも、残念でしたね。 «呪壁»は戦争の時から壊れたままです」 「私の力では動かせませんよ」 「この三年、私が遊んでいたと思ってるの?」 雪花さんが巨大な岩に触れる。 「そりゃあ、私に古代の巫女みたいな力はないから、«呪壁»として修復することはできないわ」 「でも、呪力を無駄遣いするだけの木偶の坊くらいになら、直してあげられるの」 「……」 呪装具の大きさと消費する呪力の量は比例する。 そして、排出される«因果のひずみ»の量は、消費された呪力に比例する。 また、巨大な呪装具を使用できるのは優秀な巫女だけだ。 「皇国最大の呪装具に«大御神»と直接交流した巫女……最高の組み合わせね」 「きっと莫大な量の«因果のひずみ»が逆流するわ」 「お願いですから、やめて下さい」 「やめるわけないじゃない、ばーか」 「«根の国»は、私達が崇めてきた«〈黒主大神〉《くろぬしのおおかみ》»の〈坐〉《いま》す〈座〉《くら》」 「そこをゴミ捨て場にしたのは皇国でしょう?」 「う、うう……」 「皇国は軍事力で支配するだけでは飽き足らず、他国の神を汚し、飲み込んできた」 「しかも、それを美談として語り継ぐ」 「皇国の神話では、戦いに敗れた«黒主大神»が«大御神»に赦しを請うたことになってるでしょう?」 「で、«大御神»、慈悲の御心を以て«黒主大神»を赦し、«根の国»をしろしめさしむ」 「«黒主大神»、«大御神»の神徳に深謝し、〈永久〉《とわ》の忠誠を誓い給いぬってわけ」 皇国人なら誰もが知っている神話だ。 宗仁様から聞いた二千年前のお話と考え合わせれば、この一節は«緋ノ国»と«胡ノ国»の戦争を、神の争いとして表現したものだろう。 神は、人が作った神話などまったく気にされない。 にもかかわらず、神を崇める私達人間は神話の中身に心を縛られる。 «黒主大神»が«大御神»に忠誠を誓っているのだから、«黒主大神»を崇める者が皇国に忠誠を誓うのも当然……という風に。 神話で神に優劣をつけ、それを語り継ぐことで、皇国は征服した人々を信仰の面からも服従させてきたのだ。 そして、神話の世界で«黒主大神»を貶める一方で、私達は現実世界でも«根の国»に«因果のひずみ»を吐き出してきた。 「私はね、皇国が今まで«根の国»に押しつけてきたものを返すだけ」 「自分の排泄物にまみれて死ぬといいわ」 「雪花さんがご不快に思うのも当然だと思います」 「伊瀬野を代表して、私がお詫び申し上げます」 呪力で縛られたまま、何とか頭を下げる。 「謝らなくていいわ、どうせ許さないから」 「私のことは、煮るなり焼くなりしていただいて結構です」 「その代わり、«因果のひずみ»を汲み上げるのだけはご容赦下さい」 「さすが斎巫女、ご立派ね」 雪花さんが目を細める。 「でもごめんなさい。 私は皇国を滅茶苦茶にしたい一心で戦後を生きてきたの」 「私が見たいのは、この国が壊れていく姿だけ」 「お願いでございます!」 「罪なき人々を巻き込むのはおやめ下さい!」 「そんなことをしても、あなたは救われません」 もう一度頭を下げる。 「御先代様の仇に頭を下げて恥ずかしくない?」 「あ、そうそう«呪壁»の修復は私一人の仕事じゃないの」 「共和国の捕虜になった巫女たちの血と呪力が、奥の奥まで染み込んでるわ」 「!!!」 くらりと目眩がした。 戦後、多くの巫女が共和国軍の捕虜となり、未だ帰ってきていない。 じゃあ、彼女たちは……。 「これでもまだ、私に頭を下げられる?」 「あなたが救われないから、復讐はやめてなんて言える?」 「あ…………」 どうしようもないほど怒った時は、声も出ないのだと初めて知った。 全身が震え、身体が裏返りそうな感覚に陥る。 許せない。 絶対に許せない。 御先代様ばかりでなく、捕虜にした巫女たちも殺していたなんて。 「そう、その目が正解よ」 「恨みなさい。 恨んで恨んで、怨嗟の泥に溺れなさい」 「その時初めて、あなたは八岐の巫女達と同じ場所に立てるわ」 雪花さんがせせら笑う。 殺してやりたい。 この身に〈滾〉《たぎ》る黒い感情を叩きつけてやりたい。 「明日、あなたがどんな声を出すか、今から楽しみね」 「さあ斎巫女、一緒に世界を壊しましょう」 早朝──氷点下の空気が凛と張り詰めた総督府に、軍靴の音が響いている。 エルザの手元の携帯端末が鳴った。 「私だ」 エルザ「ああ……ああ、来たか、よし!」 「奏海、出番よ」 椅子でじっと身を固めていた翡翠帝が、表情を引き締める。 彼女はこれから、鴇田奏海ではなく翡翠帝として立ち上がる。 「行きましょう」 翡翠帝冷たく澄んだ空気が肌を刺した。 それでも翡翠帝は肌を隠すことなく、毅然とした視線を朝靄の彼方に向けている。 足音が聞こえてきた。 一人ではない。 幾つもの足音が雨音のように折り重なり、近づいてくる。 「来たわね」 翡翠帝が細い顎を引いて頷いた時、足音の主が姿を現わした。 稲生家当主、稲生滸。 そして彼女に率いられた武人達だ。 武人は軍隊のように足並みを揃えて行進しない。 それぞれの歩調で歩きながらも、全体としては不思議と整って見える。 勇壮でありながら優雅さも〈湛〉《たた》えているのは、それぞれの表情に余裕があるからだ。 常日頃から死を〈枕頭〉《ちんとう》において生活している彼らにとって、戦場は日常の一部。 天京に危機が迫っているとしても、気負うところはない。 周囲の共和国軍は、武人の発する空気に飲まれ、声一つ発することなく彼らを見つめている。 «不知火»を持った滸が足を止めた。 翡翠帝の前に膝を突くと、背後の武人達も一斉に〈跪〉《ひざまず》いた。 参集したのは奉刀会の会員だけではない。 刀を捨て、民間人として暮らしていた者たちも馳せ参じていた。 「稲生滸以下、武人七十六名、«日輪の勅令»に従い御前に参上致しました」 滸「大儀です」 「今よりあなたたちの命は、この私が預かります」 「国家の平穏のため、粉骨砕身務めることを期待します」 「はっ!」 一同が頭を下げる。 「そなたらの忠義、胸に刻みつけたく思います」 「稲生、各人に名乗らせなさい」 「一人一人でございますか?」 「ええ、全員です」 「かしこまりました」 翡翠帝の言葉に武人がどよめく。 皇帝に直接言葉を届けたことのある武人は、ごくごく少数だ。 «三祖家»の当主でもなければ、一生に一度あるかないかの栄誉である。 一人一人に名乗らせるなど、まさしく例外中の例外。 これから死地に赴く武人にとっては、これ以上ない手向けであった。 「稲生家当主、稲生滸でございます」 「更科家当主、更科睦美でございます」 睦美「槇家当主、槇数馬」 数馬「歩くことが叶わぬ故、本日は〈輿〉《こし》の上で戦い申す」 急ごしらえの輿の上で、数馬が頭を下げる。 かつて帝宮で負った傷が元で、数馬の脚は動かない。 決然たる意思を覗かせながら、あるいは興奮に頬を染めながら、あるいは緊張で舌をもつらせながら、武人が名乗りを上げていく。 「伊那家当主、伊那子柚でございます」 子柚数分を掛け、名乗りが終わる。 「皆の名は胸に刻みました」 「«三祖家»、«〈七本刀〉《ななほんがたな》»が全て揃っているのは頼もしい限りです」 「お言葉ながら、«七本刀»は鴇田家がおりません」 「無念でございます」 「良いのです」 「«七本刀»は揃っているのです」 「は、はあ」 滸もまた、翡翠帝と同じように笑う。 鴇田家の人間がここにいることを知っているからだ。 翡翠帝が武人全員をゆっくりと見回す。 「私達はこれより、共和国軍と共に国家の敵を排除します」 「共和国に対して思うところがあることは……」 前触れもなく、雷鳴が轟いた。 さしもの武人も空を見上げる。 太陽が砕けたかのように、重苦しい闇が天から落ちてきた。 〈怖気〉《おぞけ》を催させる粘ついた風が吹き、鉄錆の臭いが人々の鼻孔を突く。 「これは……」 天に空はなく、〈血腫〉《けっしゅ》のような雲が重々しく渦を巻く。 その渦の中心と«呪壁»を繋ぐように、黒々とした柱が屹立している。 固形の柱ではない。 何か黒いものが、«呪壁»から空に向かって上昇しているのだ。 この世の終わり──いかなる文化に属していようとも、本能的にそう感じる光景だ。 武人も共和国軍も……いや、天京にいる全ての人間が呆然と空を見上げている。 そんな中にあって、翡翠帝は決然と前を見た。 「相手は自ら姿を晒しました」 跪いていた武人が一斉に前を向く。 「敵は«呪壁»にあり!!」 「必ずや、かの者を打ち倒しなさい!!」 気勢を上げ、武人達が立ち上がった。 「武人七十六名、陛下の御前にて、国家の大敵を討ち果たすことをお誓い申し上げる!」 滸が脇差しを抜くと、背後の武人達も一斉にそれに従う。 「誠忠っ!!」 〈金打〉《きんちょう》の音が総督府の前庭に響いた。 爽やかさすら漂う音に、翡翠帝とエルザが目を合わせて頷いた。 「共和国軍もこれより«呪壁»に向かう!」 「全軍、戦闘に備えよ!」 それぞれの号令に従い、部隊が動き始める。 それを見届け、滸が翡翠帝の傍に寄った。 「宗仁と宮国は見つかった?」 「まだです」 「でも、お二人は必ず天京のどこかにいらっしゃいます」 「そうだな」 強く頷き、滸が«呪壁»を睨む。 「さあ、行くわよ」 「相手の居場所さえわかれば、後は勝つだけ」 「はい!」 「もう一度、竜胆を咲かせましょう」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「禍魄……何をした……」 宗仁空を赤黒い雲が覆っている。 先程まで街を白く輝かせていた朝日は尽きた。 街の照明も例外なく沈黙し、光を放つものが〈悉〉《ことごと》く息を止めてしまったかのようだ。 «呪壁»から噴き上がる黒い物体が原因だろう。 「いよいよ禍魄のお出ましね」 朱璃出発の準備は昨晩から整えてある。 呪装刀を掴み、立ち上がった。 「打ち合わせ通りいきましょう」 「宗仁が禍魄を釘付けにして、私が封印する」 「失敗した場合は、俺が差し違える」 視線を合わせ朱璃と頷き合う。 「……雪?」 空を見上げると、はらはらと〈墨黒〉《すみぐろ》の雪が落ちてきた。 雪片に触れると、形容しがたい冷気が身体に入り込んでくる。 かつて落ちた黒い雪が降る世界を思い出す。 物言わぬ巫女たちの眠る、物音一つない静寂の世界。 黒い雪とは«因果のひずみ»に他ならない。 この世の因果に負の改変をもたらす、この世の癌とも言える現象だ。 気温にかかわらず降り積もる雪は、一時間もすれば街中を黒く塗りつぶすだろう。 その時、天京五百万の民は雪の下で凍り付く。 俺の経験上、最悪の惨劇がすぐそこまで迫っている。 「急ごう」 「待って」 朱璃が手で俺を制する。 そして、流れる風の臭いを確かめるかのように空を見上げた。 「禍魄がいるのは«呪壁»じゃない」 「あそこ」 朱璃が指差したのは、歴代の皇帝が眠る陵墓だ。 「あいつの気配は隠そうとしても隠せない」 「«呪壁»も気になるけど、私達は禍魄にぶつかりましょう」 「よし、行くぞっ」 朱璃の身体を抱き上げ、建物の屋根へ跳躍する。 皇帝の陵墓に足を踏み入れると、空気の密度が上がった。 濃密な呪力の気配が粘液のように身体に絡みつく。 不吉な予感と言うには明確すぎる凶事の気配に、じっとりと汗が噴き出す。 この先に禍魄はいる──死霊の囁きを思わせる旋律が耳に飛び込んできた。 間もなく戦いが始まる。 朱璃の隣に立つのは、これが最後になるかもしれない。 そう思うと、胸の奥が引き絞られるように痛む。 朱璃が傷つくこと、朱璃を失うことがどうしようもなく恐ろしい。 「(弱くなったな、俺は)」 闘志と恐怖が、胸の中でない交ぜになっている。 幾度となく戦場に立ってきたが、こんな気持ちになるのは初めてだ。 «心刀合一»の境地にはほど遠い。 しかし、これが今の自分なのだ。 恥じることはない。 口笛が止んだ。 墓の石段に座っていた男が、街を見つめたまま口を開く。 「どうです、これほどまでに美しい景色があったでしょうか?」 禍魄「皇国二千年の負の遺産が降り積もり、誰もが凍え、息を止める」 「今まさに、皇国の歴史が逆回転しているのです」 「最低の景色ね」 「一刀両断とは、実にあなたらしい」 「でも寂しいですね」 「私は二千年の間、あなたに喜んでもらうためだけに美しい景色を探してきたのですよ」 「なぜそこまで緋彌之命に執着する?」 「愛しているからですよ」 「なーんて、冗談です」 「あなたと同じく私は作られた道具。 愛などわかりません」 道具?今の俺は、道具と呼ぶにはあまりに感情的。 朱璃への情愛と雑念で、どろどろに汚れた存在だ。 「緋彌之命は、私の人生に形を与えてくれました」 「本能のままに人を殺すだけだった私に、『世界で最も美しい景色を見つける』という目的をくれたのです」 「目的があろうがなかろうが人を殺すことには変わりありませんけど、興が乗ったのは確かです」 「あなたには感謝しているのですよ、緋彌之命」 禍魄が朱璃を見る。 「悪いけど、ここにいるのは宮国朱璃」 「あなたが求婚した皇祖様はもういない」 禍魄が改めて俺たちを見る。 その目が愉快そうに細められた。 「いやいや、こんなオチが付くとは予想していませんでしたよ」 「まさか、あなた方が緋彌之命とミツルギを殺してしまうなんて」 「ミツルギの何と不憫なことでしょう」 「緋彌之命との再会を願い、二千年も生きてきたというのに」 禍魄が酷薄な微笑を浮かべて俺たちを見比べる。 「奥伊瀬野でのお説教は効果がなかったようですね」 「皇国の未来を考えれば、あなたたちは緋彌之命やミツルギに全てを託すべきだった」 「にもかかわらず、自分の情を優先した」 「宮国さんは仕方がないにしても、宗仁、問題はあなたです」 「私達は所詮、道具ではありませんか」 「人間ごっこは、緋彌之命を犠牲にするほど楽しいものなのですか?」 理屈ではないのだ。 一度点った情愛の炎は消すことなどできない。 「自分の選択に後悔はない」 「はてさて、情愛にまみれたあなたの刀で私が斬れるでしょうか?」 「しかも、そんなナマクラで」 「確かに、今の俺は無心ではない」 生徒会室から持ってきた呪装刀を抜き放つ。 「それでも、斬る」 「なるほど……」 立ち上がる禍魄。 その手に忽然と漆黒の刀が現れた。 呪装刀«〈幽冥〉《かくりよ》»──降りしきる黒い雪を凝縮したかの如き刀だ。 「お前と剣を交えるのは百度目になるな」 「覚えていてくれて嬉しいですよ」 「百一度目は御免蒙る」 刀の切っ先を、禍魄に向ける。 「明義館、鴇田宗仁」 「名乗る名はありません」 「参る」 地を蹴り、渾身の力で禍魄を薙いだ。 刀を受けた禍魄を、力任せに吹き飛ばす。 墓石に激突した禍魄の身体が不快な音を立てた。 まだだ──墓石に貼り付いた禍魄に急迫し、切っ先を喉に突き込む。 「ぐ……が……」 切っ先は容易く喉を貫き、固い墓石に突き刺さった。 噴き出した鮮血が俺の顔を濡らす。 「なる……ほど」 「ぐっ」 腹部に重い衝撃が走った。 気がつけば、禍魄の刀が俺を貫いている。 「宗仁、私はいつもあなたのことだけを考えてきた」 「あなたと戦い、殺し殺されることだけが、無限に続く無色透明な時間を彩るものだった」 「さあ、思う存分やりましょう」 禍魄の前蹴りをもらう前に、背後へと飛び退って距離を取った。 お互いに穿たれた傷が、まるで映像を逆再生したかのように修復していく。 「おおおおおっっっっ!」 再び、剣戟の間合いに入る。 俺の斬撃が、突きが、禍魄を腑分けした。 と、思う間もなく、禍魄の腕が俺の横っ腹をえぐり取る。 生身の人間ならば、もう二度は死んでいる。 だが、俺たちの傷は瞬く間に修復し、また零からの打ち合いが始まる。 無残で不毛な暴力の応酬が果てなく続く。 これも禍魄を俺に集中させるため。 本命は朱璃の封印だ。 「はあ……この程度ですか」 芝居がかった溜息をつく。 「愛の力とやらがどれほどのものか楽しみにしていたのですが、期待しすぎました」 「気が入りすぎて、太刀筋を前もって知らせてくれているかのようです」 「今のあなたでは私は倒せませんよ」 「互いに不滅なのだ。 優劣は問題ではない」 「そう単純でしょうか?」 「戦争の時のことを思い出して下さい」 「バラバラになったあなたは、意識を取り戻すまで三日もかかったじゃありませんか」 「怪我が大きければ、修復にかかる時間も長くなるということです」 死なないからといって、余計な傷は負えないということか。 「私を止めたければ、無駄な感情など捨てることです」 「道具としての生き様こそ、私達にはふさわしいっ!」 禍魄が地を蹴った。 「(速い!?)」 受け流す余裕もなく、雷光のような剣戟を受け止める。 鍔迫り合いの格好で、刃同士が不快な音を立てて噛み合う。 「宗仁っ!?」 「く……が……」 受ける刀を押し込まれ、禍魄の刃が肩口に触れた。 「ほら、恋人に名前を呼ばれて力が抜けてますよ」 「人間ごっこの結末がこれでは、緋彌之命も浮かばれません」 「俺は……過去へは戻らない」 「では、皇国もろとも滅びるだけですね」 その瞬間、禍魄の刀が数倍にも重くなった。 「ぐああああああああっっっ!!!」 押し下げられた刀身が、ゆっくりと鎖骨を断ち割り、肩甲骨へと潜り込む。 激痛に噛みしめた奥歯が口内で砕ける。 「本能で人を殺すだけのお前には……わからないだろうな」 「『戦う』ことの意味が」 緋彌之命により作り出されてから二千年、俺は幾百の戦場を駆け、数万の人を斬ってきた。 皇国を守るため、あるいは主を守るため戦い続けてきた。 思えば、かつての俺は禍魄が人を殺すのと同じように、自分に与えられた役割として戦っていたに過ぎない。 しかし、今の俺は朱璃を守るためだけに戦っている。 朱璃への愛情故に緋彌之命やミツルギを退け、情念で濁った刀を振り回している。 救いようもないほど愚かで、無責任な行為──国家を守るために作られた道具として、あるまじき行為なのだろう。 だが、そこには誇りがある。 自ら進むべき道を選んだ人間にしかない、潔さがある。 だからこそ、俺はもう道具には戻らない。 血を噴き、大地を舐めても、感情を捨てはしない。 「『戦う』とは……役割ではなく、自らが守ると決めたもののために命を懸けること……」 「道具には選べない……人間だけが選べる道だ」 「素敵な話にも聞こえますけど、付き合わされる国民が可哀相ですね」 「俺には、意味もなく人を殺すことしかできない、お前の方が憐れに見える」 「……」 禍魄の手に力がこもった。 「────────────!!!!!」 肩甲骨が断ち割られた。 刀刃が肋骨を折り、肺を切り裂く。 「ごふ……」 驚くほどの血が口から噴き出す。 「一人だけ人間になろうなんて、虫が良すぎる話ですよ、宗仁」 「ふ……お前……人間に憧れていたか」 「……話は終わりです」 「このまま二つに斬り分けて差し上げますよっ!」 「禍魄!!」 凛とした声が鳴り響いた。 いつの間にか、禍魄の背後に朱璃がいた。 その体は、淡く日輪の光を纏っている。 「掛巻も畏き、«大御神»の大前に、恐み恐みも白さく……」 「何ですそれは?」 朱璃の口から、流れるように祝詞が紡ぎ出された。 まるで、幾度となく繰り返してきた儀式のように、一切の淀みがない。 ここで禍魄に逃げられるわけにはいかない。 感覚のない身体を無理矢理動かし、禍魄を抱き締める。 「しばらくじっとしていろ」 「くっ!?」 「«大御神»の〈御力〉《みちから》を以て編み上げられし日輪の鎖よ、かの者を縛めよ」 朱璃の身体から伸びた金色の鎖が、生き物のように禍魄の身体に絡みつく。 「ふ、封印か!?」 「«大御神»よ! 日輪の力もて、かの者を封じ給え!」 「一切の光が差さない闇の底! 深淵より深い、絶望の監獄へ!!!」 鎖が禍魄の全身を縛め、俺から引き離す。 「あ……あ……」 禍魄の身体が、幾重にも鎖に巻かれていく。 伸ばした腕すら鎖に覆い隠され、見えなくなる。 「まさか……こんなところで……」 「眠りなさい、禍魄!!!」 金色の鎖が、禍魄を粉砕した。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 皇国・共和国連合部隊が«呪壁»に辿り着いた。 遠目には«呪壁»が黒い雪を噴き上げているように見えていたが、実際は違う。 黒い雪を放出するのは、«呪壁»の狭間に浮かぶ一人の少女。 「古杜音!?」 滸「なぜあの子が!?」 エルザ「あらあら、大勢で遊びに来てくれたのね」 ??あざ笑うような声と共に、一人の女が樹木の陰から姿を現す。 「ロシェルの副官か」 「この装置は何だ? 説明せよ」 「«因果の井戸»」 雪花「共和国の宗教で言えば、地獄の炎を汲み出してるって感じ?」 「あんなに元気よく吸い上げて、斎巫女も天京もどうなっちゃうのかしら?」 雪花が黒い柱を振り返る。 «呪壁»を駆動させることで、«根の国»に降り積もった«因果のひずみ»を逆流させているのだ。 「装置を止めろと言っても無駄なんでしょうね」 「当たり前よ」 「話している時間が惜しい」 滸が静かに抜刀する。 «不知火»の炎が、待ちかねたかのように姿を現す。 「あら、正気に戻ってしまったの」 「そっか、ロシェル様が«天御鏡»を使ったから……」 「お前が敵方にいることを嬉しく思う」 「心置きなく斬ることができる」 「ふふふ。 すぐ、お父様の所へ送ってあげるわ」 「親子で仲良く、捕虜になった感想でも語り合ったら?」 「そうか……父上は」 「ばっさり切られたわよ、鴇田宗仁に!」 「!!」 一瞬だけ目を見開き、滸は目を閉じた。 「あなたの想い人が父親を斬ったのよ」 「あはは、滑稽ね。 どう? どんな気分?」 雪花の言葉を、滸は目を瞑ったまま受け止める。 「これ以上ない朗報だ」 「宗仁に斬られたのならば、父上も本望だったはず」 「感謝こそすれ、恨みなどしない」 宗仁ならば、きっと最善のやり方で父を斬ってくれたはず──滸にはそう信じられる。 むしろ、師を斬ることになった宗仁を思うと心が痛んだ。 「話は終わりだ」 「父と宗仁の心の痛み、百倍にして貴様に返そう」 滸が«不知火»の切っ先を雪花に向ける。 「面白いこと言うじゃない」 「その闘志ごと、氷漬けにしてあげる」 雪花の唇が祝詞を紡ぎ出す。 二千年前、緋彌之命により禁止されたはずの正統ならざる呪術。 正史から抹消された、存在してはならない祈りだ。 讃える神は«〈黒主大神〉《くろぬしのおおかみ》»。 «根の国»の主にして«因果のひずみ»を管理するもの──歴史の裏で八岐家が奉仕を続けてきた«胡ノ国»の主神である。 故に雪花は、«黒主大神»に請い願い«因果のひずみ»を自らの力と変えることができる。 「掛巻も畏き、«黒主大神»の大前に、恐み恐みも白さく……」 雪花が右手の神楽鈴を鳴らす。 楽隊の指揮者に操られるように、漆黒の吹雪が帝宮の前庭に渦を巻いた。 それらはやがて無数の塊へと別れ、確固たる形を取り始める。 「伊瀬野のお礼、しっかりさせてもらうわよ」 風が止む。 現れたのは、どこまでも黒い〈傀儡〉《くぐつ》たち。 三〈米〉《メートル》程の身体は、黒曜石のように硝子質の光沢を放っている。 その数、百あまり。 純白の砂を、傀儡が整然と埋め尽くす。 「な……」 「これは……呪術なのですか?」 翡翠帝「そのようだな」 呪術に慣れた武人すら緊張を隠せない。 共和国軍に至っては、未知の存在を前に完全に浮き足立っている。 「ねえ副総督、軍属の身だったよしみで忠告するけど、さっさと軍をまとめて撤退したら?」 「皇国人を守るために被害を出すなんて、馬鹿な話でしょう?」 「私としても、毛唐が群れてるのは気に障るの。 さっさと出て行きなさいな」 明らかに見下した表情で雪花がエルザを見る。 彼女にとって、呪術を解さない共和国人は野蛮人以外の何者でもない。 「それにほら、聞こえない?」 「私のお人形さんがいるのは、ここだけじゃないわ」 「今頃、天京の町中で悲鳴が上がってるはずよ」 「早く逃げないと、共和国軍も巻き込まれるわよ」 「皇国に恨みがあるのなら、私達だけを狙いなさい!」 声を上げる翡翠帝を、エルザが制した。 「八岐さん、あなたに言われなくてもわかっているわ」 「さっきから、無線がうるさいくらいに鳴ってるから」 薄笑いを浮かべた雪花を、エルザが見据える。 「あなたは知らないだろうけど、皇国という国家はもう存在しない」 「〈昨日〉《さくじつ》を以て、皇国は共和国に併合されたの」 「あら、初耳」 「名実共に皇国は終わりって訳ね。 あははは、素敵! 朗報だわ!」 「早とちりしないで」 「共和国軍は決して自国民を見捨てない」 「仮にそれが、昨日まで別の国の人間だったとしても」 「共和国軍は、全軍を以て元皇国民を保護し、国民の自由と尊厳を脅かす者を打ち倒す!」 「エルザ様……」 全てはエルザの目論見通りだった。 書類の上で皇国を併合したのは、夜鴉町の空爆といった残虐な命令から皇国民を守るため──そして、いざという時、自国民救助の名目で共和国軍を動員するためだ。 今この瞬間も、エルザの命を受けていた共和国軍の各部隊が、天京住民の救助に動いている。 もし皇国が併合されていなければ、雪花の言うように、共和国軍は皇国人を見捨てたかもしれない。 「エルザ、礼を言う」 「今の武人の数では、民を守るところまでは手が回らない」 「占領国の責務を果たしただけよ」 「さあ、八岐雪花」 「天京に展開する六万の共和国軍が、お相手するわ」 「降伏しろとは言わない」 「派手にやりましょう」 エルザが右手を挙げると、共和国軍の無数の銃口が黒い傀儡に向けられた。 「後悔しないことね」 「攻撃開始っ!」 並んだ銃口が火を噴いた。 「火力を集め、敵を釘付けにしろ!」 無数の銃弾が、傀儡の身体を抉っていく。 普通の建築物なら、一瞬で瓦礫に変えるほどの火力だ。 「稲生さん、準備はいい?」 エルザが視線を滸に向ける。 「待ちかねていたところだ」 「総員突撃準備!」 滸の号令で武人が一斉に刀を構える。 闇の中、銃火に照らされた呪装刀が妖艶な輝きを放つ。 「撃ち方やめっ!!」 射撃音が途絶える。 「斬り込めーーーっっっ!!!」 戦場に訪れた須臾の静寂を、武人が斬り裂く。 「«不知火»!!」 炎の龍が地平を舐める。 熱に怯む傀儡を、武人の斬撃が次々と屠っていく。 「あう、結構固いですね」 子柚「ふふふ、どんなものにでも斬るに適した『目』というものがあるのですよ」 睦美黒曜石の拳を躱しながら、睦美が軽々と傀儡を切り崩す。 熟達した石工ともなれば、〈鑿〉《のみ》の一本で巨岩を真っ二つにできるという。 「ほらね」 「いえ、簡単に言われましても」 「あ……」 二人に覆い被さるように、傀儡が飛びかかった。 「ふんっ!!!」 数馬横合いから繰り出された呪装刀が、敵を両断する。 「あ、槇様」 「お前等、ここは道場じゃねえんだぞ!」 「喋ってる暇があったら、一体でも斬れ!」 輿の上から数馬が怒鳴る。 「ほら、おじさまがお怒りですよ」 「誰がおじさまだ」 軽口を叩きながらも、武人は動きを止めない。 次々と攻撃してくる敵を受け流し、叩き斬る。 ある程度斬ったところで、滸の号令に従い一斉に退却。 装弾を終えた共和国軍が、再び銃火を傀儡に浴びせかける。 その間に、武人は次の突撃に備えて息を整えるのだ。 武人と共和国軍、初の共闘は効果的に機能している。 氷の傀儡は徐々に数を減らし、やがて、一体残らず砕け散った。 「滸ちゃん、お見事」 「こら、名前で呼んでは」 「稲生、大儀でした」 「恐悦至極に存じます」 「さて、次は」 エルザ達が雪花に視線を送る。 「少しは手加減してくれてもいいんじゃない?」 「私も疲れるのよね」 雪花が神楽鈴を鳴らすと同時に、庭に散らばっていた黒い破片が宙に浮く。 それらは、まるで磁石に吸い集められるように、数カ所で黒々とした塊を作り始めた。 「く……またか……」 再生する黒塊は、先程よりも遥かに大きい。 二〈米〉《メートル》……五〈米〉《メートル》……二十〈米〉《メートル》。 五、六階建ての〈高層建築〉《ビル》ほどもある巨兵が、次々と姿を現わす。 声を発する者はいない。 巨人の国に迷い込んだが如き錯覚に──そして、惨劇の予感に誰もが言葉を失っていた。 「──────────!!!!!」 巨兵朱璃の呪術により禍魄は消滅した。 封印が成功したのだろう。 安堵と共に立っていられなくなり、地面に崩れ落ちる。 「宗仁っ!?」 朱璃駆け寄ってきた朱璃が俺の頭を膝に乗せる。 「酷い傷」 「大丈夫だ……すぐに塞がる」 宗仁見ている間に、傷は徐々に塞がっていく。 それでも動けるようになるには十分ほどかかりそうだ。 「それより、封印は?」 「上手くいったと思う」 朱璃の表情は明るい。 「宗仁が消えずに済んで良かった」 「これで、二人でずっと……」 朱璃が目を見開いた。 「え……?」 信じられないものが見えた。 朱璃の胸に切れ目が走ったのだ。 まるで、体内にいる〈もの〉《・・》が殻を突き破ろうとしているように。 「朱璃っ!?」 「あ、あ、あ……」 呆然となる朱璃の胸から液体が噴き出した。 それは鮮血ではない。 真っ黒な、墨のような液体だ。 「うああああああああっっっ!?」 絶叫と共に噴き出した液体は意志を持つかのように動き、十〈米〉《メートル》ほど離れた場所に凝り固まる。 見間違いようがない──禍魄だ。 「朱璃、おい、朱璃!」 ぐったりとなった朱璃を胸に抱く。 胸に空いた切れ目からは、僅かな出血があるだけだ。 呪術的な傷らしい。 「ご、ごめん……失敗だった……みた、い」 「自分の身体に封印したのか?」 事前の説明では、呪力の部屋を作り、そこに閉じ込めると言っていたはずだ。 「だって、失敗するわけにいかないじゃない」 「……失敗……しちゃった、けど」 「何てことを」 朱璃は俺に止められると考えて、黙っていたのだろう。 「いやいや、封印するとは素晴らしい判断でした」 禍魄「さすがは緋彌之命の力を引き継ぐ存在、油断していました」 「助かったのは、黒い雪のせいで宮国さんの呪力が弱まったからでしょうね」 「黙れ、禍魄」 朱璃を胸に抱き、禍魄に向き直る。 立っているのは、傷一つない禍魄。 「宮国さんも傷つき、あなたは私に敵わない」 「どうやら、皇国の命運も尽きたようですね」 「まだ終わってはない」 痛みを無視して刀を構える。 封印が失敗した以上、あとは禍魄と差し違えるしかない。 「時間の無駄ですよ」 「いかに人間らしかろうが、弱ければ全ては妄言」 「結局あなたは何も守れずに、ここで終わるのです」 白い歯を見せると同時、禍魄が«幽冥»を振り上げた。 冷気が黒い刀身に凝縮されていく。 皇国全土に降るべき雪を手のひらに圧縮したかのような、言語を絶する密度だ。 ──まずい。 俺だけならともかく、朱璃は逃げられない。 「終わりです」 「三年間の無駄な時間ごと凍り付いて下さい!」 漆黒の冷気が轟音と共に解き放たれる。 それは、俺を中心とした見渡す限りを包み込んだ。 冷気を受けようとした呪装刀が、玩具のように粉砕される。 「く……」 朱璃を抱きかかえたまま、吹雪の中心で身を硬くすることしかできない。 皮膚が凍り付き、叩きつけられる冷風に散る。 俺は体表から壊れていくのだ。 「が……あ……」 吸い込んだ吹雪が気管を冷たく焼き、声も出なくなる。 胸に抱いた朱璃の温度が、瞬く間に下がっていく。 「色情に惑わされたのが間違いでしたね」 「心を捨てられていたのなら、こんな無様な最期はなかったでしょうに」 響き渡る嘲笑の中、身体が指先から砕けていく。 そのくせ痛みも冷たさもない。 神経が凍り付いているのだ。 朱璃の肌は蒼白を通り越し、透き通り始めている。 朱璃が、凍り付く。 俺の日輪が。 「……ごめんなさい……宗仁……」 胸の中で朱璃が呟いた。 美しかった頬を黒い霜が冷たく侵している。 間もなく肌は凍り付き、硝子のように砕け散るだろう。 そんな現実はとても許容できない。 「どうやら皇国も〈皇姫〉《ひめ》も守れないようですね」 「大人しく緋彌之命とミツルギに身体を明け渡していれば、マシな結果になったでしょうに」 「国民も、皇国に降りかかる厄災を斬るべき存在が、色欲に迷うとは思わなかったでしょうね」 「……ない……」 「国など……関係……ない」 壊れた喉を無理矢理動かし、声を発する。 「ははははっ、これは痛快っ!」 「皇国の為に作られた道具が、国を見捨てるというのですか!」 朦朧となった意識の隅で、朱璃が微笑む。 「俺は朱璃を守る」 「どうしたの急に?」 「守りたいんだ。 君を何者にも汚されたくない」 「突然だけど……嬉しいよ、凄く」 「折角だし守ってもらおうかな」 「ああ、そうさせてくれ」 俺にとって朱璃は日輪。 空に太陽が二つないように、朱璃は唯一無二の至宝。 国家と天秤に掛けるまでもない。 朱璃、君を守りたい。 国も友人も自分の命も、何も要らないのだ。 「捨てる……何も、かも……」 こんなところで凍っている場合ではない。 起きろ──戦え──自らの意思で、守ると決めたもののために。 凍結した眼球に視力が戻る。 砕け散った手足が復元し、血が通い始める。 「……まさか」 氷風の中、立ち上がる。 突風の轟音も禍魄の驚愕も、全てが雑音にすぎない。 朱璃を守る──その想いが、理性と雑念を駆逐し、俺の全てを塗りつぶしている。 ずっと、全ての感情を殺した先に«心刀合一»があると思っていた。 敵を斬るだけの道具となった時、初めて剣の道を究められると思っていた。 だが、それは間違いだ。 真の«心刀合一»とは、感情を排した道具になることではない。 たった一つの感情で自分を埋め尽くす。 人間として──あくまで人間として、純真純白な感情の体現者となった時にこそ、この身は«心刀合一»の境地に達する。 「〈意気軒昂〉《いきけんこう》なのは結構ですが、丸腰で大丈夫ですか?」 「丸腰ではない」 心と刀が合一するならば、心こそ我が刃。 刀折れ、手足を失ったとしても、魂が燃え尽きぬ限り丸腰などということはありえない。 魂を以て刃となし、立ち塞がる者を打ち倒す。 ──心なき〈道具〉《禍魄》に、これ以上吠えさせはしない。 「来い、我が〈剣〉《つるぎ》」 右手を握り締める。 手指に懐かしい感触が伝わった。 目を開けば、俺の手には一振りの太刀が握られている。 «〈天御剣〉《あめのみつるぎ》»。 «胡ノ国»の兵を切り裂いた愛刀であり、身体から生み出された俺の一部。 「ふっ」 «天御剣»からあふれ出す日輪の光が、黒い吹雪を一瞬にしてかき消す。 丘の周囲に積もっていた雪すら、熱に耐えかねたように蒸発していく。 「«因果のひずみ»まで消すとは……」 「鴇田宗仁、参る」 地を駆ける。 時間が間延びしたかのように、周囲の世界が緩慢になる。 「おおおおおおおおおっっ!!!!!」 振り下ろされる«幽冥»。 その太刀筋をくぐり抜け──氷を熱線で押し切るように、日輪の刃は容易く禍魄を分断した。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「──────────!!!!!」 巨兵巨兵の咆吼が空気を震わせる。 生物としての本能的な恐怖心を惹起する、冷たく底暗い雄叫びだ。 無意識のうちに、共和国の兵士が一人、また一人と引き金から指を放す。 子供が蟻を弄ぶように、巨兵の豪腕が共和国軍を薙ぎ払う。 「仲間を見捨てるな!」 滸武人も果敢に斬り込むが、巨大な身体は呪装刀の刃すら跳ね返す。 瞬く間に、共和国軍の被害が膨らんでいく。 「稲生さん、撤退よ」 エルザ「下がってどうする」 「私に考えがある、とにかく距離を取って」 「わかった、〈殿〉《しんがり》はこちらが」 「助かるわ」 「エルザ様、勝機はあるのですか?」 翡翠帝「帝宮を壊してしまうかもしれないけど」 帝宮は皇国人にとって心理的な象徴でもある。 首を縦に振るのに抵抗があるのは当然だ。 「敵を討てるならば、建物など安いものです」 「ご理解頂けて助かるわ、皇帝陛下」 「稲生さん、私が合図をしたらすぐに撤退して!」 「承知した!」 滸が武人を指揮し、巨兵にぶつかっていく。 何と頼もしい姿だろう──その後ろ姿を見つめ、エルザは感嘆の溜息をついた。 武人の被害も決して少なくない。 それでも、怯むことなく異形の存在に立ち向かっていく姿は、エルザの胸を打った。 目を細めながら、エルザは携帯端末を取り出す。 共和国軍の兵士に武人のような戦闘力はない。 だが、共和国軍にしかないものもある。 「空爆要請だ」 「目標は帝宮の中庭、ありったけの弾薬を叩き込め」 無線の相手は天京沖にいる空母である。 もしもの時のため、エルザが攻撃機を待機させておいたのだ。 「稲生さん、撤退よ!!」 「よし、引くぞ!」 潮が引くように、数秒で武人が撤退する。 巨兵だけが中庭に取り残された。 「あら? どうしたの?」 雪花雪花の視線の先を、白い翼が過ぎった。 「攻撃機……」 大地が鳴動する。 爆発でめくれ上がった地面を、次の爆弾が叩きつぶす。 地面が液体になったように、沸騰し、爆ぜる。 鈍重な巨兵は逃げることもできない。 爆撃が脚を砕き、倒れた身体すら破壊し尽くす。 エルザや滸にとって鋼の砦のように見えていた巨兵が、一体、また一体と崩れていく。 「何とかなりそうね」 「ああ、頼もしい限りだ」 そう答えた自分を省み、滸は苦笑する。 三年前の戦争で、共和国軍の爆撃は二万以上の武人の命を奪った。 その爆撃を頼もしく思っている自分を笑ったのだ。 第一波が通り過ぎ、間髪入れず第二波の飛行音が近づいてくる。 さらなる爆撃に備え、武人と共和国軍が身を低くする。 「うるさい蝿ね」 氷のように冷静な声が二人の耳に入った。 見れば、帝宮の屋根の上に闇の巫女の姿がある。 高速で接近する攻撃機を、雪花が凝視する。 瞬間──攻撃機が黒煙を上げた。 火の尾を引き、空を斜めに横切っていく攻撃機をエルザが呆然と見つめる。 地面に落ちていた巨兵の破片が、対空兵器の如く高速で攻撃機を貫通したのだ。 そのあまりの速さに、事態を把握できているのは一握りの武人だけだ。 「お、落とされたのか」 「少々遊びが過ぎたみたいね」 「そろそろ終わりにさせてもらうわ」 雪花が右手を天に掲げる。 「«根の国»に降り積もりし«因果のひずみ»よ、今こそ我が力に」 古杜音が噴き上げていた«因果のひずみ»が、帝宮の上空で黒々とした渦を巻く。 天京全土に広がっていたものが、帝宮上空に集中しているのだ。 その密度の高さは言うまでもない。 「最後の一人まで凍り付くといいわ」 「(あ……う……)」 古杜音声が出せない。 身体の中を膨大な呪力が通り抜け、濁流に浮かぶ笹舟の如くされるがまま。 この感覚には覚えがある。 黒い雪──私の中を«因果のひずみ»が逆流しているのだ。 冷たさを受け入れると、落ちていくような感覚に包まれた。 暗い闇を──二千年間降り積もった雪の中を、どこまでも、どこまでも落ちていく。 «根の国»には、一体どれほどの雪が積もっているのだろう。 年に一〈米〉《メートル》積もるとして、二千〈米〉《メートル》。 もしかしたら、このまま永遠に落ち続けるのかもしれない。 それでもいいか──諦めに似た感情に包まれた時、闇の奥底に揺らぎを感じた。 ……誰ダ…………我ガ世界ヲ……掻キ乱スノハ…………我ガネムリヲ……覚マス……ぞわりと総毛立った。 雪の冷たさなんて問題にならないほどの冷気が身体を這い回る。 震えが止められない。 光……ダ声、なの?声というにはあまりにりにも禍々しく、それでいて神聖な響き。 我ハ、光ヲ欲スル……何かが深淵から迫り上がってくる。 途方もない何かが。 ──«〈黒主大神〉《くろぬしのおおかみ》»──お怒りでいらっしゃる。 «根の国»が«因果のひずみ»で汚されてきたことに。 駄目……このままでは、大変なことに……。 帝宮が吹雪に包まれた。 常人ならば触れるだけで生気を失う雪が、突風に乗って武人と共和国軍に降り注ぐ。 悲鳴も上がらない。 共和国軍は次々と倒れ伏し、赤ん坊のようにうずくまる。 「あ……ぐ……」 「陛下っ!」 子柚子柚が壁となり、禍々しい黒い雪を防ぐ。 「ありがとう」 凍える身を抱きながら、奏海は自分を恥じていた武人の家に生まれた自分が、年下の少女に守られている。 武人の因子が発現していないのだから、戦えないのは仕方がない。 それは道理ではあったが、奏海は納得できない。 このままでは、足手まといになるだけだ。 「(お義兄様、悔しゅうございます)」 「(この期に及んで、私は武人の足を引っ張るだけでございます)」 所詮は、無力な傀儡の皇帝に過ぎないのか──そんな想いが奏海の中で膨れあがる。 吹雪の中、重い足音が響く。 爆撃で砕け散ったはずの巨兵達が再び立ち上がり始めていた。 魂を氷らせる吹雪に、呪装刀が通用しない巨兵。 これ以上の空爆は期待できない。 「(どうする)」 吹雪に吹かれながらも、滸の脂汗が止まらない。 背中に、死の予感がべっとりと貼り付いている。 「もう長くは動けない、決着をつけなければ」 「化け物は無視して、あの女だけを狙いましょう」 エルザが、ホルスターから抜いた拳銃に一発ずつ銃弾を込める。 旧式の回転式拳銃に見えるが、銃身には呪紋に似た文様が刻まれていた。 「それは?」 「共和国の科学と皇国の呪術のハイブリッドよ」 「弾は二発。 潰せて二体ね」 「頼もしい」 とは言え、滸たちと雪花の間には十体以上の巨兵がいる。 「更科と子柚は、両脇から化け物に斬りかかり、集団を左右に分段させろ」 「私とエルザが手薄になった中央を切り開き、巫女を討つ」 睦美と子柚が頷く。 「これが最後だ」 「行くぞっ!!」 号令一下、睦美と子柚が左右から巨兵に斬りかかる。 巨兵の豪腕がかすりでもすれば、武人といえども確実に命を落とす。 二人は、振り下ろされる拳を躱しながら、巨兵の注意を引きつける。 巨兵の一群が左右に分断され、滸の目論見通り中央が手薄となった。 「よしっ!」 «呪装銃»が火を噴いた。 吐き出された呪力の弾丸は、巨兵の身体にまとわりつくような軌道を描き、幾度となくその体を貫く。 傀儡二体が粉々に砕け散った。 「はあああああああっっっ!!!」 遮るものがなくなった帝宮を、滸が疾走する。 「ふふ、余力を振り絞って大将を討ち取ろうってわけね」 「父上の仇だっ!」 「甘いっ」 雪花を捉えたかに見えた«不知火»の炎が、透明な壁に阻まれる。 「くっ!?」 表情を歪めた滸の横を、何かが走り抜けた。 雪花の«防壁»が砕け散る。 「ごめんなさい、もう一発あったのを忘れていたわ」 「しま……」 「ふっ!」 滸が一刀の間合いに滑り込んだ。 「でも、ざーんねん」 「え……」 どこからともなく響いた鈴の音が、滸の手を止めた。 «不知火»を振り下ろせば、雪花は容易く屠ることができる。 にもかかわらず、滸は動かない。 いや、動けないのだ。 「一度支配した心よ、簡単に手放すわけないじゃない」 再び、きらびやかな鈴の音が滸に降り注ぐ。 「あ……う……」 「ねえ、稲生さん?」 「あなたが命懸けで戦っているのに、今頃、鴇田君は皇姫様と楽しんでるわよ」 「ねえ、悔しくない? 寂しくない?」 「夏の反乱の時も、あなたが身体を張って二人を逃がしたっていうのに」 「二人とも、あなたのことなんか、もう忘れているの」 「そ…………そう、じん……」 滸が地面に膝を突く。 「稲生さん!?」 「……私だけ……どうして……いつも……」 「そうよ、いつもあなただけ損をしているじゃない」 「ねえ、私と一緒に仕返しましょう」 «不知火»をだらりと下げ、滸がエルザに向き直る。 その目に知性の輝きはない。 「許せない」 「そう、許さなくていいのよ」 「許せない……許せない……許せない……」 「許せない……」 「……弱かった私が」 「え!?」 雪花の腕が鈴ごと宙を舞った。 「ああああああぁぁぁっっっ!!!」 間髪入れず、二の太刀が巫女を袈裟に斬り下ろす。 「ぐ……う……」 「まさか……私の呪術が……」 呻く雪花を滸が冷静な目で見下ろす。 戦場で結ばれた滸と宗仁の絆は、色恋よりも遥か高い次元にある。 戦う場所は離れていても、互いの存在を感じられるほどだ。 二人の間に、雪花の呪術など入り込む余地はない。 「見くびるな、黒き巫女」 「ふふ……油断したみたい……」 軽い音と共に、雪花は雪で黒く染まった雪原に倒れ伏した。 後を追うように巨兵も動きを止め、轟音と共に崩れ落ちる。 「古杜音さんっ!!」 鋭い声の先、宙に浮いていた古杜音の身体が傾ぐ。 呪力の鎖が解け、身体が石畳に向けて落下する。 「任せろ」 いち早く落下点に入った滸が、落ちてきた古杜音を柔らかく抱き留めた。 武人ならではの俊敏さだ。 「う……」 「古杜音、古杜音」 滸の腕の中で、古杜音が薄く目を開く。 「滸、様?」 「無事か?」 「お、おそらくは」 「すみません……自分の足で……」 滸の肩を借り、古杜音が震える足で地に下りた。 古杜音の顔に安堵の色はなく、厳しい視線を雪花の身体に注いでいる。 「とどめを……刺しなさい……」 仰向けに倒れたまま雪花が口を開いた。 「要望に応えよう」 答えた滸よりも先に、古杜音が雪花に近づく。 古杜音にしては珍しい行動に、滸は黙って背中を見守る。 「斎巫女……あなたが殺してくれるの……ふふ、悪くないわ……」 「ごほっ! ごほっっ!」 古杜音の手は、半ば本能的に胸の短刀を握っている。 だが、彼女の理性は行動を決しかねていた。 雪花は、先代斎巫女だけでなく、捕虜だった巫女たちをも殺害している。 奥伊瀬野の戦いも、雪花の主導によるものだ。 昨日からの天京の異変でも、一体どれほどの人間が犠牲になったかわからない。 八岐雪花という異教の巫女は、古杜音の宿敵であり、国家の敵でもある。 「私はあなたを許せない」 「ふふ、いい顔してる」 「さあ、殺しなさい……気の済むまで刺すといいわ……」 古杜音の脳裏を、雪花に馬乗りになる自分の姿が過ぎった。 同時に、得も言われぬ快感が胸を掠める。 殺してしまいたい。 でも。 思い出される言葉があった。 「そう、その目が正解よ」 「恨みなさい。 恨んで恨んで、怨嗟の泥に溺れなさい」 「その時初めて、あなたは八岐の巫女たちと同じ場所に立てるわ」 自分が恐ろしい顔をしているであろうことは、古杜音にもわかっている。 怒りにまかせて雪花を殺せば気持ちがいいであろうことも。 「(でも、駄目)」 ──斎巫女の務めは、民の心の平穏を守ることです。 ──私が復讐心に取り憑かれたら、誰が傷ついた人々を癒やすというのでしょう?そして、雪花もまた、古杜音にとっては癒やすべき国民の一人であった。 「私は斎巫女です。 人は殺めません」 古杜音が短刀を離す。 「綺麗事はいいわ」 「私は仇でしょう? 殺せるうちに殺さないと後悔するわよ」 「後悔するかもしれませんけど……我慢します」 「私の務めは、復讐ではございませんから」 雪花が苦しげに視線を逸らす。 眩しすぎるものから目を背けるように。 「あなたが犯した罪は許されるものではありません」 「ですが、死までの僅かな時間はせめて、怨嗟の泥から抜け出し心安らかに息をして下さい」 「泥に溺れながら生きる人生は、さぞ苦しかったでしょうね」 「な、何を」 「八岐家の復讐はもう終わったのです」 「!!」 無言のまま、雪花が目を見開いた。 終わらぬ冬はないと、溶けぬ氷はないと──子供だましだと思っていた言葉が、雪花の凍っていた涙を溶かした。 「(馬鹿ね)」 「え?」 「馬鹿って言ったのよ……斎巫女」 「ふふふ……私が死んだところで、まだ終わりじゃないわ……」 「本当の絶望が……すぐ、そこに……」 雪花の手が虚空に伸ばされる。 その先には、宙に浮く«天御鏡»がある。 「く……«〈黒主大神〉《くろぬしのおおかみ》»……」 「八岐の祭祀が途絶えますこと、お許し下さい……」 「〈塵芥〉《じんかい》の如き命なれど……僅かなりとも、糧となりますれば……幸い……」 「そのご神威……皇国の者どもに……お示し下さい」 「雪花さん、どういうことです!?」 雪花の目は、もう古杜音を見ていない。 «天御鏡»を……あるいは、その先にある何かを見つめていた。 「ふ、ふふ……神に〈抗〉《あらが》おうなどと……思わないことね……」 「人の身にできるのは……敬い捧げ……祈ること……のみよ……」 「雪花さん!」 呼びかけには答えず、黒き巫女は意識を失う。 目尻から零れた涙が、地に積もった黒い雪を僅かに溶かした。 「どういう意味でしょうか?」 翡翠帝の言葉に答える者はいない。 空にはいまだ赤黒い雲があり、大地は雪に覆われている。 拭い去れない暗い予感が、皆の胸の中に横たわっていた。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「がああああああっ!!!」 禍魄上下に両断された禍魄が地に転がる。 「ぐ……この程度……すぐに……」 だが、傷口に変化はない。 刀の熱で焼けただれたままだ。 「再生……しない……」 「これほどの力、ミツルギにも……」 「俺はミツルギとは違う」 宗仁切っ先を禍魄に向ける。 「な、なぜ、急に力が?」 「自分なりの«心刀合一»の境地を見つけ出した」 思えば皮肉なものだ。 朱璃と出会ってから、俺は主の刃として、ただの道具であろうと心がけてきた。 にもかかわらず、俺の中には朱璃への愛情が芽生え、無様なほどに振り回される。 緋彌之命とミツルギを犠牲にし、主従の関係を越えて身体を重ね、理想の自分とはかけ離れた場所にまで堕ちに堕ちた。 だが、本当の答えはそこにあったのだ。 朱璃と出会ってからの時間は、俺が道具から人間になるための短い旅だったのかもしれない。 「く……宗仁」 朱璃背後で朱璃が起き上がった。 「寝ていた方がいい」 「大丈夫。 宗仁の呪力が私にまで流れ込んできたから」 見れば、重い凍傷になっているはずの肌には、ほとんど傷がない。 「朱璃、禍魄をもう一度封印できるか?」 「やってみる」 朱璃が俺の隣に並んだ。 鋭い目が地面に転がる禍魄を睨み付ける。 今の禍魄ならば、朱璃の呪力に抗うことはできないだろう。 突として、彼方の帝宮で強烈な光が瞬いた。 「……え?」 禍魄から顔を上げ、二人で帝宮を見つめる。 一体、何が?«呪壁»から噴き上がっていた黒い雪が姿を消す。 程なくして、降っていた雪もぱたりと止んだ。 「稲生たちが、やってくれたみたい」 「ならば、後は禍魄を片付けるだけだな」 再び禍魄に目を向ける。 驚愕しているかと思いきや、その表情には余裕がある。 なぜだ?まさか、こうなることを見越していたのか?「思ったより時間がかかりましたね」 「では、仕上げにかかりましょうか」 禍魄の視線の先で、何かがゆっくりと空に昇っていく。 「何? 丸い物みたいだけど」 「«〈天御鏡〉《あめのみかがみ》»」 「貴様、何を企んでいる」 「私の目的はいつだって一つ。 わかっているじゃありませんか」 濁った空で«天御鏡»が光を放った。 日輪が分裂したかと見紛うばかりの閃光──その光と熱に焼かれるように、«天御鏡»の周辺が円形に黒く染まっていく。 「«天御鏡»は八岐家の至宝」 「そして«〈黒主大神〉《くろぬしのおおかみ》»の声を届けるもの」 「すなわち」 禍魄が持っていた太刀«〈幽冥〉《かくりよ》»を逆手に持ち替えた。 「この世界と«黒主大神»を繋ぐ扉なのですっ!!」 投擲された«幽冥»は、さながら闇の槍。 音速の壁を突き破り、白熱する«天御鏡»に突き立つ。 白熱しきった«天御鏡»が砕け散った。 後に残ったのは、漆黒の〈孔〉《あな》。 どこまでも暗く、どこまでも冷たい、深淵へと続く扉だ。 「«黒主大神»よ! 復讐の時です!!」 「その偉大なる御力で、«大御神»の世界を蹂躙し給えっっ!!!」 その一瞬──この世の絶望を鋳固めたかのような絶叫が、空気を振るわせた。 「(……来る……)」 漆黒の扉の向こう側から、何かが近づいてくる。 目には見えなくとも、身体が、迫り来る存在を感じている。 赤熱する瞳が世界を睥睨した。 目の錯覚であってほしいと、天京にいる全ての者が考えているだろう。 しかし同時に、誰しもが現実だと思い知っている。 あれほどの存在を否定できる者などいるわけがない。 人間の矮小な認識など一切無視して、それは俺たちの身体に絶対の畏怖と戦慄を刻みつける。 「は、はは……ははははははははっ! 待ちかねましたよ!!」 「ご覧なさい! 皇国が踏みつぶし愚弄した神がこの世に顕現するのです!」 「皇国は跡形もなく破壊……いや、この世界すら砕け散る!」 「素晴らしい! 我が生涯、最高の景色だ!」 「どうです宮国さん、これ程の景色を目にしては私を婿に選ばざるを得ないでしょう!」 「絶景! 絶景!! 絶景!!!」 赤く燃える絶対零度の瞳が世界を見下ろす。 「な、何なの……」 エルザ空の巨眼を見つめたまま、エルザは凍りついていた。 あまりの恐怖に瞬間的な健忘に陥ったのである。 「く、«〈黒主大神〉《くろぬしのおおかみ》»に、ございます」 古杜音「«根の国»の守護者にして……«因果のひずみ»の管理者……」 古杜音にはある種の予感があった。 ──«呪壁»に縛られている時、闇の奥底から聞こえてきた声。 ──あれこそが«黒主大神»の意思。 ──«因果のひずみ»を大量に汲み出されたことで目を覚まし、こちらの世界へ復讐しようとしているに違いない。 古杜音はそう予測する。 「«黒主大神»とは神だろう!? 何がどうなってる!?」 滸「天京はどうなるのでしょう……」 翡翠帝突如、銃声が響いた。 恐怖に取り憑かれた兵士が衝動的に発砲したのだ。 それが、始まりとなった──兵士達が次々と引き金を引く。 もう止められない。 恐慌状態に陥った共和国軍は声にならない悲鳴を上げながら、引き金を絞る。 「いけません! 貴き〈大神〉《おおかみ》に盾突くなど!?」 「やめて下さい、やめてっ!!!」 叫ぶ古杜音の遥か頭上を、攻撃機の爆音が切り裂く。 放たれたミサイルが、空の巨眼に叩き込まれる。 「撃ち方やめ、やめだっ!!」 恐怖に駆られた共和国軍にエルザの声は届かない。 攻撃機、ヘリ、戦車、沖の艦船からの砲撃。 天京を百度は焼き尽くせる程の弾薬が、たった一つの目標に叩き込まれていく。 絶え間ない閃光に周囲は真昼のように照らされ、爆音と振動が人々の聴覚を押しつぶす。 天京の街が咆吼しているかのような攻撃だ。 「ああ……畏れ多い……」 数分に及んだ攻撃は、やがて終息した。 爆煙が空を覆い、«黒主大神»の姿は目視できない。 「終わったのか?」 「……」 二人が険しい視線で空を見つめる。 煙が風に吹かれて薄まっていく。 赤い巨眼は、先程と何一つ変わらず、こちらを見下ろしていた。 「無傷、か」 エルザが呆然と空を見上げたその時──炎の瞳が、僅かに揺らめいた。 黒い稲妻が、街を走る。 「きゃああっ!?」 「きゃあああっっっ!?」 大地が衝撃に揺れた。 共和国軍のあらゆる兵器が、炎に包まれ溶け落ちる。 歩兵が携行する銃器も含め、一切の例外はない。 神に盾突いた報いなのだろうか。 いや、報い以外の何だと言うのだろう。 神の火は共和国軍を焼き尽くした。 何者も埋めがたい静寂の中、エルザの無線だけが酷い雑音を垂れ流している。 「これが«〈黒主大神〉《くろぬしのおおかみ》»の力なの」 炎を上げる共和国軍を見ながら、朱璃が俺の腕を掴む。 手はもう震えることもできず、ただ服を握りしめるのみ。 「ふ、ふふ……これです、想像以上の美しさです」 地面に倒れたままの禍魄が口を開く。 声色には、酒に酔ったかのような響きがある。 「結局、人というものは死ぬ時が一番美しい」 「四肢を割かれ、業火の中で焼け落ち、魂が引きちぎれるような絶叫を上げる」 「その一瞬の輝きは……夜空の星々よりも遥かに心を打ちます」 「どうです宮国さん、今の天京の景色は? 気に入って頂けましたか?」 「ふ、ふざけ……ないで」 「こんな惨劇の……どこが……」 «黒主大神»が俺たちを見据えた。 滲むように赤色が膨張し輝きを増す。 絶望が、共和国軍を灰燼に変えた漆黒が、俺たちの上に落ちてくる。 神の力を前に、刀剣など何の意味もない。 恐らく、苦痛を感じる間もなく蒸発することだろう。 神の慈悲とも言える瞬間の死。 だが、受け入れるわけにはいかない。 ──俺は朱璃を守る。 相手が神であってもだ。 俺の手には«天御剣»がある。 胸はただ一つの思いが埋め尽くし、寸毫の隙間もない。 神に刃向かうに、何の躊躇があろうか。 誰一人動かない中、腰を沈める。 この一太刀に全てを──俺の魂の全てを──「おおおおおおおおおっっっっ!!!!!!!」 降り注ぐ稲妻めがけ«天御剣»を振り抜く。 強烈な閃光が天京を照らす。 二つの力がせめぎ合い、呪力の境界を描き出した。 負けられない。 筋繊維が破断する音も、細胞の断末魔も断固無視する。 自分の身体を構成する、八百八十八人の巫女の命──それらの全てを呪力に変え、燃焼し、神へと叩きつける。 「負け、られるかああぁっぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!」 «黒主大神»は人間一人の思いなど歯牙にもかけない。 拮抗していた力の天秤は神へと傾き、膨大な力の奔流が天京に肉薄する。 「く……」 「宗仁、無駄なあがきですよ」 「さあ見せて下さい! 天京五百万の命が燃え尽きる姿を!」 「お義兄様っ!!!」 遠くて見えないけど、私にはわかる。 化け物の力を受け止めているのは、お義兄様。 お義兄様だけが、天京を守っているんだ。 ……。 今、お義兄様の身体は悲鳴を上げているはず。 それなのに、私は離れたところで祈ることしかできない。 「(……)」 役立たずだ。 朱璃様が戻る日まで、皇帝として国を守ると誓ったのに。 …………。 祈ろう──どうせ祈ることしかできないなら、全身全霊を注いで。 命を、かけて。 膝を突き、天を仰ぐ。 胸が張り裂けるほどに息を吸い込み、世界のどこかにおわす崇高なる存在に心を向ける。 「«大御神»、そして歴代の皇帝たちよ」 「皇国第八十七代皇帝、翡翠帝がお願い奉ります」 所詮は偽者の私でございます。 ですが、今だけは──天京が灰燼に帰そうとしている今だけは、真の皇帝として祈ることをお許し下さい。 この命が尽き果てても構いません。 永遠に終わらない、無限の苦痛に苛まれても構いません。 私の身命に僅かなりとも価値があるのなら、どうかお受け取り下さい。 その代わり、天京を──お義兄様をお守り下さい。 どうか、どうか!!!!«黒主大神»の発する力が、俺の呪力を冷徹に削っていく。 身体の感覚は疾うになく、視界はもとより聴覚すら失われている。 これまでなのか。 守りたい者も守りきれず、俺は終わるのか。 弱気が胸を掠めた途端、一気に天秤が傾いた。 俺の呪力が消え果て、黒い力が降り注ぐ。 ………………。 衝撃はやってこない。 「これは……」 大地に届くかと見えた漆黒が、上空で堰き止められている。 見れば、周囲に林立する皇帝の墓石が清冽な光を帯びていた。 その一つ一つから放たれた呪力が天京を守っているのだ。 「『ミツルギ様、諦めるのは早うございますよ』」 ??「千波矢……」 「『今こそ皇国存亡の危機』」 千波矢「『翡翠帝の誓願により、歴代の皇帝八十六人と共に、微力ながらお力添えいたします』」 「奏海……」 歴代の皇帝が──俺と緋彌之命、そして千波矢の命を継ぐ者たちが«黒主大神»の力を受け止めてくれている。 今のうちに考えろ。 どうすれば«黒主大神»を退けられる?「(宗仁様……宗仁様……)」 頭の奥に、か細い声が飛び込んできた。 「古杜音?」 「『奥伊瀬野で結んだ繋がりが……まだ残っておりました』」 「どこにいる? 大丈夫なのか?』」 「『私より……«黒主大神»でございます』」 「『どうすれば倒せる?』」 「『私もそれを考えておりましたが、ようやく過ちだと気づきました』」 「『人の身に、神を傷つけることなどできません』」 「『真摯な心で敬い、捧げ、祈り……怒りを静めて頂くのです』」 「『元来、神と人との関係とは、そういうものでございます』」 「『雪花さんが……教えて下さいました』」 あの巫女が?「『宗仁様……お願い……致します……』」 呻きと共に声が途切れる。 状況はわからないが、必死の思いで声を届けてくれたのだ。 空を覆う皇帝の守りに亀裂が入る。 もう時間がない。 どうすれば«黒主大神»は怒りを静めてくれる?«黒主大神»は自らの国を«因果のひずみ»の廃棄場にされたことを嘆き、怒っているのだ。 ならば、何を捧げれば納得してもらえる?一つの答えを胸に一歩進み出る。 「«黒主大神»に謹んで申し上げるっ!」 声の限り叫ぶ。 しかし«黒主大神»は一顧だにしてくれない。 武人風情の声など、神には届かないか。 「宗仁、何するつもり!?」 「«黒主大神»に供物を捧げ、«根の国»に帰って頂く」 「……そうか、朱璃の声なら、神もお聞き届け下さるかもしれない」 「いきなり何? どういうこと?」 「古杜音が俺に知恵を授けてくれた」 「«黒主大神»に帰って頂くには、供物を捧げ、怒りを解いて頂く以外にないらしい」 「何を捧げるつもり?」 「俺自身を捧げる」 「俺が«根の国»に行き、降り積もる«因果のひずみ»を全て斬り伏せよう」 「な、何言ってるのよ……あなた、馬鹿なの?」 「幸い、俺には永遠の命がある。 約束を果たせぬままに死ぬこともない」 「ちょ、ちょっと待って!」 「聞いてくれ」 朱璃の肩に手を置く。 「俺が«根の国»に行く代わり、こちらに溢れてきた«因果のひずみ»を残らず引き取るよう提案してほしい」 「もちろん禍魄も含めて」 「そうすれば、全てが終わるはずだ」 禍魄も黒い雪も«根の国»に送られ、こちらの世界は綺麗になる。 「待って下さい、勝手に話を進められては困りますよ」 下半身を失い、地面を転がっていた禍魄が抗議してくる。 「黙っていろ」 身体を«天御剣»で地面に突き刺す。 もう、邪魔はさせない。 「ぐ……宗仁……あなた、自分が何をしようとしているか……」 「朱璃、決断してくれ」 「宗仁はどうなるの!」 「«根の国»で«因果のひずみ»を斬り続けることになる」 「でも、だって……それじゃ、あなたはもう……」 「全て斬り尽くせば戻って来られる」 嘘だ。 俺と禍魄は一対の存在。 仮に俺が全ての«因果のひずみ»を斬り尽くしたとしても、禍魄を滅ぼすことはできない。 故に、俺が帰ってくることはなく、奴と二人«根の国»で永遠に斬り合いを続けることになる。 「あなたがいなくなってどうするのよ!?」 「私に一人で生きろというの!?」 「そうだ」 「俺は捨てる」 「朱璃を守るためならば、全てを捨てる」 「国も、使命も、友人も、自分も……」 「君も」 「!!!」 「宗仁……あなた……」 「これしか手がない」 「朱璃は皇姫として皇国を守ってくれ。 それが君の責務だ」 「今更、責務!?」 「私達は、愛情のために皇祖様もミツルギも犠牲にした人間じゃない!!」 「出来損ないの主従だって……それでいいって言ったのに……」 「最期まで……一緒に戦いなさいよ」 返事はできない。 出来損ないの主従のままでいられたのなら、どんなに良かったことか。 「一人の武人と天京五百万の民、どちらが大切かは言うまでもない」 「皇国のために、俺を捨てるんだ」 「もし未練があるのならば、未練ごと」 「そんなこと……」 「俺もまた、全てを捨て«因果のひずみ»を斬るだけの修羅になる」 朱璃が唇を噛む。 葛藤が身体を駆け巡っているのがわかる。 「朱璃……最後まで君を主と呼ばせてくれ」 「!!!!」 「ここで、君に忠誠を誓った日のことを覚えているか?」 「俺が主に求めるのは……」 「……勇気」 朱璃が呟いた。 「自らの運命を臣下に委ね、自らの言葉で家臣を戦場に送り出し……」 「いかなる結果になろうとも、最後まで見届ける……勇気」 「ああ、そうだ」 こみ上げるものを〈堪〉《こら》えるように、朱璃が奥歯を噛んだ。 「ずるいよ、宗仁……」 「そんなこと言われたら、もう駄々こねられないじゃない」 謝罪の言葉を飲み込み、微笑む。 「それでこそ、俺の主だ」 皮肉と言えば皮肉、茶番と言えば茶番。 愛情故に主従の形を壊した俺たちが、またこうして主従の道理に〈縋〉《すが》る。 心を捨て、責務のためだけに生きる道具へと戻っていく。 この一年の旅で、俺たちは何を得たのだろう。 一歩踏み出し、一歩戻っただけなのか。 あるいは逆か。 ──いや、結果は問題ではない。 俺は道具として生まれながら、人を愛し、自らの意思で守るべきものを決めることができた。 そして、朱璃の温かさは、決して消えない記憶として身体に刻まれている。 だからこそ、永遠に続く«根の国»での戦いに、躊躇いなく身を投じることができるのだ。 義務だから、武人だから、戦うのではない。 俺自身が戦うことを選んだからだ。 「ははは、結局はこうなるのですね」 「皇帝もミツルギも私も、どこまでいっても国のための道具」 「心を捨て、涙を捨て、見知らぬ誰かのために、いつまでも踊り続ける」 「くるくる、くるくるとね……ははっ、ははははははっ!」 「黙れっっ!」 「捨てる心すらない獣が人を語るなっっ!!」 炎のような瞳に禍魄が射すくめられる。 天蓋の亀裂が広がった。 間もなく空の防壁が崩れ落ちるだろう。 「宗仁への気持ち、私は絶対に捨てない」 「その代わり、鋼鉄の箱に入れて、鍵を掛けて、胸の一番深いところに封印する」 「皇帝として強くあるために」 それが、逃れ得ぬ運命への唯一の反抗なのだ。 清々しい瞳に、もう迷いの色はない。 数秒、俺を見つめた後──朱璃は地面に膝を折り、空に浮かぶ«黒主大神»を見上げた。 「«根の国»の主たる«黒主大神»よ」 「蘇芳帝が一子、«〈桃花染皇女〉《つきそめのひめみこ》»が謹んでお願い奉ります」 朱璃の涼やかな声が響き渡る。 「〈御国〉《みくに》を«因果のひずみ»に穢されしお怒りはご〈尤〉《もっと》も」 「しかれば、我が配下、鴇田宗仁をして、御国において«因果のひずみ»を斬らせる所存です」 「鴇田は不死の者ゆえ、約条を果たさぬまま力尽きることはございません」 「全てを斬り尽くすまで、戦い続けることをお約束いたします」 「どうか、どうか御国にお戻り下さいませ」 深紫の瞳がまっすぐに«黒主大神»を見つめる。 「その代わり、一つだけお願いがございます」 「こちらの世界に溢れた«因果のひずみ»は«根の国»にお戻し下さい」 「一つ残らず、〈全て〉《・・》!」 朱璃が深く頭を下げた。 声よ、届いてくれ。 〈皇姫〉《ひめ》の声が届かぬならば、もう俺たちになすすべはない。 万感の思いと共に天空の瞳を見据える。 「!!」 大地を焼き尽くさんとしていた黒光が、勢いを失う。 時同じくして、天京を守っていた天蓋も力尽きたかのように姿を消す。 朱璃の声が«黒主大神»に届いたのだ。 «黒主大神»といえども、«大御神»の名代として国を治める皇帝は無視できないらしい。 「ふっ、ははは、さすがは朱璃」 「まさか……こんなことに」 「禍魄、行こうか」 禍魄は«天御剣»で地面に縫い付けられている。 下半身を失った身ではどうにもなるまい。 「クソッタレが!」 刹那──巨大な目から、獣を思わせる腕が伸びた。 月をも握り潰せそうな程の豪腕が、地上にいた俺と禍魄を握りしめる。 「あ、あ、あ……」 「宗仁っっ!!」 «黒主大神»の手が止まった。 十〈米〉《メートル》ほど上空から、朱璃を見る。 「朱璃」 思えば、今年の春、朱璃に忠誠を誓ったのもこの丘だった。 始まりの場所で最期を迎える──どこか運命を感じさせる巡り合わせだ。 目を瞑れば、様々な思い出が頭の中を駆け巡る。 共に命懸けで戦った日もあれば、普通の若者のように学院に通った日もあった。 〈木石〉《ぼくせき》のような俺とは違い、朱璃はいつも感情的で、皇国の四季のように色彩豊かな表情を見せてくれた。 春の野のような、慈愛に満ちた表情、夏の日輪のような、弾ける表情、秋の紅葉のような、憂いを帯びた表情、冬の寒風のような、決然たる表情、一つ一つの表情が、俺の胸に深く刻まれている。 これほど瑞々しい記憶に彩られた一年はあっただろうか。 無論、ない。 朱璃の豊かな表情こそが、俺の人間としての感情を育ててくれたのだ。 そんな彼女だからこそ、俺は離れられなくなった。 主従の関係を踏み越え、唇を奪い、肌を重ねた。 身体に刻まれた情熱は、今も俺の中で燦然と輝いている。 この情熱さえあれば、凍てつく世界でも永遠に戦い続けられるはずだ。 ありがとう、朱璃。 君こそが俺を人間にしてくれた。 君こそ、俺のたった一つの日輪だ。 「別れだな」 「何で……笑ってるのよ」 俺は、笑っているのか。 「愛する君のため、自らの意思で消えるのだ」 「これほど誇らしいことはない」 それに、ともすれば、生まれ来る新しい命をも守れるかもしれないのだ。 後悔のあろうはずがない。 「俺を笑顔にしてくれた君に感謝する」 「感謝なんて……いらない……」 「もう泣かないと約束したはずだ」 「あ……」 「君は、俺のたった一人の主だ」 「笑って送り出してくれ」 朱璃が、不器用に笑顔を作る。 今まで見せてくれた沢山の笑顔の中で、とびきりに下手な笑顔だ。 「ありがとう」 「これで、雪の中でも凍えずに済みそうだ」 もう心残りはない。 「宗仁」 「ん?」 朱璃が目を細めた。 「«〈桃花染皇女〉《つきそめのひめみこ》»の名において、鴇田宗仁に命じます」 「必ず帰ってきなさい」 「その日まで、私が皇国を守るから」 俺はもう帰らない。 でも、だからこそ──最後に一つ、主に嘘をつこう。 「御意」 指定されたラベルは見つかりませんでした。 西日を背に、その〈女性〉《ひと》は門をくぐってきました。 纏った呪装具は傷だらけですが、足取りはしっかりしています。 「朱璃様っ!」 古杜音駆け寄り、力の限り抱きつく。 「古杜音、恥ずかしいから抱きつかないで」 朱璃ぐぐいと引き離される。 「でもでも、ご無事で何よりでございました」 「古杜音に心配されたくないけど」 「あなたこそ、無事で良かった」 朱璃様が私を見て微笑む。 でも、そのお顔はどこか冷たい。 「あ、あの……宗仁様は?」 「私達を守るため、新しい戦場へ向かいました」 「え?」 「もう終わったの、全部」 「お義兄様はどうされたのですっ!?」 翡翠帝「一緒に戦っていたのではないのですか!!」 「朱璃様、教えて下さいっ!!」 奏海様に肩を揺すられながらも、朱璃様は真っ直ぐ前を向いている。 「奏海っ!!」 滸奏海様を滸様が押さえる。 「宗仁は武人だ」 「為すべきことをしたんだ……わかるだろう?」 「嘆くな……誇れ……」 「……」 「……わかっています……私だって鴇田の娘です」 唇を噛む奏海様を見て、朱璃様が微かに目を伏せた。 「宮国さん、ロシェルは?」 エルザ「もうこの世界にはいない」 「そう……」 「ありがとう、鴇田君」 エルザ様が胸の前で聖印を切った。 「宗仁様……」 宗仁様が戻られないことは、何となくわかっていた。 «黒主大神»が消えた後、宗仁様と禍魄、お二人の呪力も消失したから。 でも、改めて言葉にされると胸が苦しくなる。 私の頭を、少し乱暴に撫でて下さる温かな手が好きだった。 困ったような笑顔が好きだった。 ……宗仁様、お慕い申し上げておりました。 夕焼け空を見上げ、零れてきた涙を引っ込める。 「エルザ、街の被害は?」 「わからないわ。 調査することもできない」 「どういうこと? 軍はどうしたの?」 「壊滅よ」 「化け物の光で、ありとあらゆる武器が溶けたの」 「ほら、私の銃も」 エルザ様が取り出した拳銃は、炉に放り込まれたかのようにぐにゃりと曲がっている。 何と恐ろしい«黒主大神»のお力。 いえ、神に盾突いた報いとしては軽い方なのかもしれません。 命を召されずに済んでいるのですから。 「人的被害はそこまででもないけれど、武器がなければ戦えない」 「素手で武人と戦う度胸がある人間なんて、共和国にはいないわ」 「じゃあ誰かが治安を維持しないと」 「不安に駆られた人達の行動は予測できない」 «黒主大神»のことで頭がいっぱいだったけど、天京は大変な状況です。 誰かが先頭に立って秩序を回復しないといけません。 「今、纏まった武力を持っているのは皇国警察だけね」 「奏海、翡翠帝として彼らをまとめて治安維持に当たって」 「エルザ、竜胆作戦はまだ続いているのよね?」 「ええ、勿論」 「なら、あなたは共和国軍の代表として翡翠帝と休戦協定を結んで」 「軍が〈自棄〉《ヤケ》を起こさないよう注意してね」 「わかりました」 「稲生はいつでも動けるように武人をまとめておいて」 「念のため共和国軍の突発的な行動に備えること」 「あと、翡翠帝の身辺警護もよろしく」 「承知した」 朱璃様が次々と指示を出していく。 「あの、私達は」 「斎巫女として国民を安心させて」 「犠牲者が出ているのなら、手厚い供養を」 「かしこまりました」 「承知いたしました」 五十鈴辛くも奥伊瀬野を脱していた五十鈴と共に頭を下げる。 「忙しくなりそうね」 朱璃様が夕日に染まった天京を見つめる。 新しい時代が始まる──そんな予感が胸に湧き上がってきた。 総督府に戻った私達を待ち受けていたのは、紫乃様とカメラを持った部下の皆様だ。 「やあやあ、救国の英雄の凱旋だ!」 紫乃「カメラなんて用意させてどういうつもり?」 「君達の声をお茶の間にお届けするのさ」 「ちなみに、今日の一大スペクタクルは、もう世界中を駆け巡っているよ」 「紫乃、何を企んでいるの?」 「おいおいわかるさ」 「共和国にとっては、少々苦い薬になるかもね」 「ま、あらかた想像は着くけれど」 「何にせよ、あなたの自由にさせた私が悪いのか」 エルザ様が溜息をつく。 「さあキャメラ! 救国の英雄達をどーんと映しなさい!」 「翡翠帝と武人、共和国軍が手に手を取って天京を救ったんだ!」 え、英雄と言われましても、私はどちらかというとご迷惑を……。 いたたまれない気持ちになっていると、奏海様が前に進み出た。 「今日、天京にもたらされた悲劇を、映像を通して目にしたことと思います」 奏海様が、皇帝陛下としてのお顔で、混乱の終息を宣言する。 そして間髪入れず『あのこと』を口にした。 『あのこと』とは、朱璃様のお血筋についてです。 普通なら、奏海様のお言葉は誰にも信じられなかったかもしれません。 でも、今日ばかりは別。 天京を覆った恐ろしい光景と、それを鎮められた朱璃様のお姿は、紫乃様の手で全国に届けられているのです。 だからこそ説得力があったのでしょう。 奏海様が朱璃様に臣下の礼を取った時、私の耳には天京の街からの歓声が聞こえました。 国民が新しい皇帝陛下の誕生を祝福しているのです。 続いて、エルザ様が共和国副総督として皇国の独立を承認し、朱璃様に和議を申し入れました。 «黒主大神»の力で武器を一つ残らず溶かされてしまった共和国軍には、もう戦う力がないということです。 朱璃様は、迷うことなくエルザ様の手を取り和議を受け入れました。 ここで講和が結ばれなければ、共和国軍への仕返しを始める人がいないとも限りません。 朱璃様は、これ以上の血が流れることを嫌われたのです。 歓声が、風に乗って天京まで運ばれてきました。 きっと誰もが〈映像筐体〉《テレビ》にかじりつき、この光景を見ているのでしょう。 四年近く続いた共和国との戦いが、ようやく終わったのです。 歴史に残るであろう場所にご一緒できるなんて、身に余る光栄。 「あれ?」 気がつけば、いつの間にか頬を涙が伝っている。 擦っても擦っても、次から次へと流れ落ちてしまう。 うう……。 恥ずかしくなって周りを見ると、感激していたのは私だけではないとわかりました。 ここにいらっしゃる皆様が目を潤ませて、終戦の感慨に耽っていらっしゃいます。 ──ただ一人、朱璃様だけを置き去りにして。 早春、天京──晴れ渡った空に、独立記念式典の開会を告げる花火が鳴り響く。 天京の大混乱から二ヶ月以上が過ぎて、街はすっかり落ち着きを取り戻しています。 皇帝に即位された朱璃様が最初に取り組まれたのは、治安の回復でした。 皇国警察と旧禁護兵を再編成して新しい組織を作り、皇国民と共和国軍の安全を確保させたのです。 合わせて共和国軍の送還にも着手され、つい先日、第二陣が本国へ向けて出発しました。 奏海様については、戦後の皇国を支えた功績が評価され、全ての罪が不問とされました。 それだけでも驚きですのに、翡翠帝のお名前は正式な皇帝として系譜に記載されることになったのです。 お血筋を重んじる皇家としてはビックリの対応で、私は本当に嬉しくなりました。 朱璃様の血筋を疑う者はおりませんが、いまだに翡翠帝をお慕いする国民は少なくありません。 そういった方々のお気持ちにも配慮したのでしょう。 奏海様も目を白黒させていらっしゃいましたよ。 滸様や武人の皆様は、朱璃様直属の親衛隊として帝宮に出仕することになりました。 親衛隊というのは、皇帝陛下を一番近くでお守りする大変名誉あるお仕事です。 共和国軍も武器を失ってしまいましたので、もう武人に刃向かう人はおりません。 これで朱璃様も安心してお休みになれますね。 朱璃様は、終戦以来放置されていた旧武人町の復興にも力を入れていらっしゃいます。 野ざらしになっていた遺骨は可能な限り集め、私達神職が慰霊の儀式を執り行いました。 聞いた話では、武人町の焼け跡には、公園と戦没者慰霊碑が作られるとのことです。 五年もすれば、桃の花が咲き誇る花見の名所となることでしょう。 皆さんとお花見をするのが今から楽しみです。 ちなみに、壊されてしまった勅神殿は、朱璃様のお心遣いにより早急に再建して頂けました。 お陰様で、私たち神職は、今日もこの場所で人々の悩みを聞き祈りを捧げることができております。 戦争が終わったとはいえ、人の悩みは尽きません。 全ての国民が心健やかに過ごせるよう、全力を尽くしていきたいと思います。 これは私の独断なのですが、新しい勅神殿の片隅には«黒主大神»をお祀りする神殿も作らせて頂きました。 雪花さんには、近々責任者になって頂く予定です。 共和国軍総督に就任されたエルザ様は、共和国の駐皇国大使も兼務され、二国間の友好関係を築けるよう日夜ご尽力されています。 余談ですが、エルザ様の執務室には今でも竜胆の花が飾られているようですね。 店長が、定期的に配達されているとのことでした。 この二ヶ月で、世界情勢にも大きな変化がありました。 共和国からの独立を成し遂げた皇国に刺激され、世界中で反共和国の機運が高まっているのです。 エルザ様は、遠くない未来、共和国は各地から軍を撤退させ勢力を縮小するだろう、と仰っておりました。 急激な情勢の変化には、禍魄の消滅も少なからず関係しているようです。 この調子で世界の力関係が良い塩梅になり、戦争がなくなればいいのですが。 また、一部の人の間では、反共和国の機運を盛り上げたのは紫乃様だと囁かれているようです。 共和国に抑圧された国の人々を勇気づけた天京動乱の映像が、ほぼ時間差なしに世界中で放映されたから、ということでしょう。 ──ちなみに、世界中で放映された映像では、さすがに«黒主大神»や呪術については伏せられていたようです。 ……。 ある政治家は、『世界の富には限りがあるから、皆で富を分け合えなければ平和は来ない』と仰っていました。 でも私は思うのです。 本当に必要なのは、富を分かち合う優しさではなく、少しの飢えを共有する勇気なのではないかと。 私もお腹いっぱい食べるのが好きですから、なかなか難しいことですけど。 大歓声に迎えられ、朱璃様──第八十八代皇帝〈桃花帝〉《とうかてい》が、国民の前に立った。 会場にいる誰もが明るい笑顔を浮かべています。 共和国軍に強いられた作り物の表情ではなく、心からの表情です。 私は斎巫女として、朱璃様の凛然たるお姿を後ろから見守りましょう。 「昨年の終戦記念式典の際、私はこの場で小此木時彦と差し違えようと考えていました」 「共和国軍が倒せないのなら、せめて逆臣を討とうと思い定めていたのです」 「共和国から皇国を守ってくれた忠臣を討とうなんて、当時の私は本当に愚かでした」 朱璃様が群衆に微笑みを向ける。 「あれから一年、皆の前に立てることを心より嬉しく思います」 「皇帝になれたことが嬉しいのではありません」 「皇国が独立を果たし、国民の晴れ渡った表情を見られたことが嬉しいのです」 湧き起こった拍手に、朱璃様が笑顔で応える。 翡翠帝の笑顔には人を優しくする力があったけれど、桃花帝の笑顔には人を前向きにする力があります。 明日は今日よりも良くなると、勇気が湧いてくるのです。 これから変わってゆく皇国には、朱璃様のような皇帝陛下が必要なのでしょう。 「今後、皇国は新しい時代に合わせ、姿を変えていくことでしょう」 「変わることは勇気が要ることです」 「誰しも、現在の姿のままにより良い未来を得たいと願うものです」 「ですが、変革なきところに成功はありません」 「私はいつも皆と共にあります」 「喜びも悲しみも分かち合い、新しい皇国を創っていきましょう」 湧き上がる拍手と歓声に、朱璃様が目を細める。 穏やかな笑顔からは、国民への慈愛の心が伝わってきました。 また、〈清々〉《すがすが》しい振る舞いからは、戦場に向かう朱璃様の姿を彷彿とさせる、強い決意が感じられます。 朱璃様は、今まで多くのものを失ってきました。 ご家族もお仲間も……宗仁様も。 そして同時に、多くの命も奪ってきました。 悲しみと痛みを知っていらっしゃるからこそ、ここまでお優しく、お強くなれるのです。 朱璃様は、いえ、桃花帝はきっと歴史に残る名君になられる。 国民に手を振る朱璃様の姿を拝見し、私は確信しました。 三時間にも及ぶ式典の後、朱璃様を帝宮までお連れした。 「送ってくれてありがとう」 玉座に深く腰を下ろし、朱璃様が息をつく。 身体に染み込んだ疲労が滲み出したかのような吐息です。 「(お疲れなのでしょうね)」 皇帝に即位されてから、朱璃様は脇目もふらず国政に打ち込まれている。 聞いたところでは、一日の睡眠時間は多くても三時間だという。 言い方は悪いですが、朱璃様は何かに取り憑かれたかのように働かれていた。 笑顔もめっきり少なくなり、いつも気を張っていらっしゃる。 あの日、天京に降り積もった黒い雪が、朱璃様の中ではまだ溶けていないのかもしれない。 「お茶を召し上がりますか?」 「朱璃様?」 「ん? ああ、ごめんなさい、考え事をしていて」 朱璃様が玉座から立ち上がる。 「少しお休みになった方が」 「大丈夫、心配しないで」 「う……はい」 言っても無駄なことはわかっている。 無力感を覚えつつ黙り込むと、若芽の香りを孕んだ風に乗って、陽気な音曲が流れてきた。 「街は«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»でございます」 「今年のお祭りは、今までにない盛大さでございますよ」 「喜ばしいことね」 朱璃様が視線を外に向ける。 「去年は、〈糀谷生花店〉《こうじやせいかてん》でお花を売りましたね」 「懐かしい」 「あれからお店には?」 「行けていないの」 「美よしにも、挨拶したいけど」 「相変わらず、武人の方々のたまり場になっているようですよ」 「そう、いつか更科の料理が食べたいものね」 微笑みながら、朱璃様が広間の暗がりに視線を戻す。 まるで眩しい外の光を避けるように。 「さ、古杜音、私は執務に戻ります」 「あ……」 出て行けということだ。 「では、失礼いたします」 「独立記念式典、私が言うのも何ですが、ご立派でございました」 「ありがとう」 「これで天京も少しは落ち着きそうね」 朱璃様が傍らに置かれた書類の山に目を向ける。 その横顔は固く険しい。 国民に見せていた晴れやかな顔とは、全く別のものです。 「う……」 朱璃様が口を押さえた。 「(まさか……)」 近づこうとする私を、朱璃様が手で制する。 「大丈夫、気にしないで」 「でも」 「大丈夫と言ったら大丈夫」 「は、はい」 振り向いた朱璃様の顔は、光の加減で陰影が際立って見えます。 激務でやつれていらっしゃるのは確かです。 でも、それ以上に、拭いようのない陰りが肌に刻まれている気がしました。 「どうかご自愛下さいませ」 一人、帝宮を出た。 街は«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»の真っ最中だ。 そこらじゅうで宴が催され、心躍らせる音曲が人々の間を縫うように流れている。 燈火に照らされた桃はいよいよ艶色を増し、民を大いに酔わせていた。 「平和ね」 笑顔に溢れた街を見ると自然と顔がほころぶ。 桃花帝になってからの施政が、そう間違ったものではなかったと感じ、嬉しくなる。 でも同時に、どこか異世界に迷い込んだような気分になりもする。 異国の言葉に異国の音楽、踊り、酒、食事、空気──全てが遠い。 白い砂に落とされた黒石のように、どこか居心地が悪い。 自分が何を求めて街に出たのかすらも定かではなく、喧噪の中を彷徨う。 しばらくして、陵墓に辿り着いた。 高台から見下ろす天京の夜景。 祭の燈火が滲むように輝き、桃の花が街を煙らせている。 夢の夜だ。 ずっと夢見てきた、天京の夜だ。 「綺麗ね」 隣に立っている人に語りかける。 …………。 そこには誰もいない。 「いない?」 呟いた自分の声に気づかされる。 そっか、私は探してたんだ。 あの人の残り香を求めて、天京を彷徨っていたんだ。 もう、この世界にはいないというのに。 「宗仁」 声にしたが最後。 胸の奥底に封印していた感情が、一気に噴き出す。 あの人の笑顔が、温もりが、思い出が身体を駆け巡り、何も考えられなくなる。 こうなるとわかってた。 自分が使い物にならなくなるってわかってた。 だから、皇国の情勢が落ち着くまで彼のことは考えまいと、絶対に思い出すまいと自分を戒めてきたのだ。 ──でも、もういいよね?あなたの名前を呼んで、思い出に身を浸していいよね?だってほら、天京の街はこんなに美しい。 民は飲み、食べ、歌い、踊り、今日という日の平和を謳歌している。 見て、宗仁。 これは、あなたが作ってくれた景色。 あなたが命と引き替えに守ってくれた景色。 今日この日、この場所から、あなたと見たかった景色。 この世で最も美しい、景色だよ。 宗仁。 会いたいよ。 よくやったと、よく頑張ったと、言ってほしいよ。 太い腕に抱かれて、あなたの匂いを胸一杯に吸い込みたいよ。 ねえ、宗仁。 どうして?どうして私は一人なの?どうしてあなたは……私を置いて消えてしまったの?「……寂しいよ」 目頭が、じわりと熱くなる。 泣かないって約束したけど、もういいよね?あなたが消えてから、ずっとずっと我慢してたけど、もういいよね?周囲を気にする必要はない。 だって、ここに私は一人。 世界に世界に 私は、独り──「───────っっっ!!!!」 散る──はらはらと、桃の花弁が、ひとつ、ふたつ。 降り始めた花弁は瞬く間に数を増し、宵闇を煙らせる花吹雪となる。 それは、桃花染の雪。 「ん?」 店を手伝っていた滸が空を見上げた。 黒い髪に、手のひらに、はらはらと花弁が乗る。 「奏海! 花びらが、桃の花が降ってきた!」 「もう散り始めですか? 今年は暖かいですから早いですね」 奏海「違う、尋常な量じゃない」 「桃の花の雪が降っているようだ」 「え……」 店先に出てきた奏海が呆然となる。 滸の言葉通り、天京の街に花弁の雪が降っているのだ。 春の夜の奇跡に、人々が街路に出て来る。 「こんなに美しいものが見られるなんて、長生きするのもたまには悪くないですね」 鷹人「はい、夢の中にいるようです」 子柚皆一様に空を見上げ、感嘆の溜息を漏らす。 曰く、桃花帝の即位を桃の花が喜んでいるのだと──曰く、皇国の独立を祝う«大御神»からの贈り物だと──「宗仁にも見せてやりたかった」 「ご覧になっておりますよ、きっと、どこかで」 「雅やかでございますこと」 睦美窓を開け、睦美が絵画のような景色を見つめる。 「でも、不思議です。 どこか寂しゅうございますね」 「少し湿っぽいくらいの景色が、酒には合うんだ」 数馬「おい、もう一本つけてくれ」 「そういや、鴇田の野郎とは結局飲めなかったな」 「宗仁様は嗜まれない方でしたから」 「いや、あいつは飲める奴だ」 「次会ったら、口に突っ込んでやろうと思ってたんだがな」 数馬が二本の指で銚子を揺らす。 「無神論者の私でも、神というものを信じたくなるよ」 「皇国では不思議なことばかり起きる」 「この国を征服しようとしたこと自体、間違いだったか」 「感傷的だな、君らしくもない」 「紫乃が鈍感なだけよ」 窓から入り込んできた花弁を、エルザが手のひらで受ける。 「鴇田君なら、何て言うかしら?」 「『美しい』と、仏頂面で言うだろうな」 「意外と似てるわね、ふふふ」 「あら、雪?」 古杜音が、落ちてきた花びらを手に取る。 「花びらがこんなに」 「«大御神»の起こされた奇跡でしょうか」 「(奇跡、なのかな?)」 古杜音が、彼方の皇帝陵を見つめる。 桃の雪はやまず、しんしんと降り積もる。 歓喜に湧く天京に、花弁の正体を知る者はいない。 それでいいのだ。 皇帝は涙を流さない。 心を捨て、ただ国家のために生きる存在なのだから。 踏みしめた雪が啼き、斬撃が冷気を裂く。 俺は、斬る。 波の如く押し寄せる«因果のひずみ»を、ただひたすらに斬り続ける。 敵が波濤ならば、迎え撃つ俺の刀もまた刃濤。 千には千の、万には万の刃濤を以て打ち返すのみ。 指定されたラベルは見つかりませんでした。 「ぐ……が……」 宗仁傀儡の拳が、俺を地面に叩き伏せた。 「まだ……まだだ」 さらなる拳が俺に降り注ぎ、全身を打ち砕く。 それでも敵は飽き足らない。 形を留めていないであろう俺を、幾度となく叩きつぶす。 「……」 俺の前には、無数の黒い傀儡がいる。 数百、数万、数百万──見渡す限り、雪原を埋め尽くしていた。 それら全てが、«根の国»に降り積もった«因果のひずみ»だ。 «〈黒主大神〉《くろぬしのおおかみ》»との誓約を果たすため、«根の国»に下りたその日から、俺は戦い続けてきた。 朱璃と別れてから、どれだけの時間が経ったのだろう。 「そろそろ休憩したらどうですか?」 禍魄「私もあなたも、どうせ«根の国»からは逃げられないんですから」 「(まだ)」 声を出す器官は潰れている。 「(まだだ)」 「まだまだまだまだあああああっっ!!!」 半ば液体になるまで潰された俺が、立ち上がり、人の身となる。 「はあ……はあ、あ……はあ……」 「元気ですねえ」 「朱璃が俺の帰りを待っている」 「ははは、帰れると思っているのですか?」 「あなたは私を殺せない」 「なら«黒主大神»との契約も果たすことはできない。 そうでしょう?」 百も承知だ。 それでも俺は戦う。 今も朱璃は、新しい皇国を作るために奮闘しているはず。 なら、俺だけが休むわけにはいかない。 刀を握りしめ、意識を引き寄せる。 晴れやかな色彩が目に飛び込んできた。 黒い雪に覆われた世界において、それは異物──手を伸ばし、温かな光を放つ花弁に触れる。 「!!」 永久に晴れぬと思われた雪雲に、切れ目が生まれた。 「まさか、雲が……」 蒼天の彼方から、眩いばかりの白光が降り注ぐ。 «根の国»には届いたことのない、慈愛の輝き。 この清冽な光には見覚えがある。 奥伊瀬野で雪花を打ち倒した、破邪の光条──«大御神»なのか。 〈桃花染〉《つきそめ》の涙、遠く〈吾〉《わ》が元に届いた桃花染の涙、遠く吾が元に届いた声、というにはあまりにも強い響きが世界に充溢した。 それは、耳だけでなく、身体を構成する全ての要素を震わせる。 «黒主大神»よ長らくそなたの地を穢せしこと、詫びを言う〈吾〉《わ》が眷属が結びし契約、今ここに〈為遂〉《しと》げよう吾が眷属が結びし契約、今ここに為遂げよう願ッテモ無キコト我ガ欲スルハ静寂ノミ白光が世界を包み、雪原に«黒主大神»の歓喜の声が響いた。 «根の国»を覆い尽くしていた«因果のひずみ»が、一瞬にして蒸発する。 そればかりではない。 俺と禍魄の身体も、足の先から消え始めた。 まるで、降り積もった雪が春陽に溶かされるように。 「ああ……」 目を瞑ると、あらゆる感覚が甘く解けていく。 «因果のひずみ»は消滅し、俺と禍魄もほどなく消え果てる。 永遠に続くはずの戦いを、«大御神»が終わらせてくれたのだ。 大いなる神が、なぜ俺のような存在のために力を使って下さるのか。 «大御神»のお言葉から推察するに、朱璃の涙が御心を動かしてくれたのだろう。 もう泣かないと約束したはずだったが。 「ん?」 遠くからかすかな声が聞こえた。 ──誰かが俺を呼んでいる。 心の声に従い、空に手を伸ばす。 消えかかっている俺の手に、確かな力が伝わった。 溺れた人間を助けるように、不可視の力が俺を空の高みへ導く。 「え? どういうことですか?」 離れていく俺を、禍魄が驚嘆の目で見る。 朧気だった声が鮮明になった。 赤子の声だ。 何故だろう、心が震える。 朧気な意識の中で、その声だけがかけがえのない輝きを放っているかのように、俺を奮い立たせる。 俺の子だ──朱璃の中に、俺たちの子がいるんだ。 理屈を飛び越えて、その確信だけが胸に去来した。 俺の子が泣いている。 守らねば。 俺が傍にいてやらねば。 「待っていろ」 声のする方向へ、精一杯手を伸ばす。 「ぐっ!?」 獰猛な力が足を引いた。 「自分だけ逃げようなんてつれないですね」 「私達は一蓮托生でしょう?」 「離せ!」 脚は、万力で掴まれたようにびくともしない。 「共に国のために作られた道具」 「さんざん皆を楽しませ、不要になればお払い箱、そういうことでしょう?」 禍魄に引きずり下ろされ、赤子の声が遠くなっていく。 諦めるな。 あの声を失うわけにはいかない。 あの声こそ、俺が道具ではなかった証。 俺が人間であった証──「俺とお前は違う」 「俺は……人だ」 「ははははは、馬鹿らしい」 「道具に生まれるも死ぬも……!?」 不意に、身体が軽くなった。 禍魄が手を放したのか?いや、違う。 禍魄の身体を、誰かが羽交い締めにしているのだ。 それは、もう一人の自分──「そんな……これは……?」 魂が抜けるように俺から分離した存在が、禍魄を抱えて«根の国»へ落ちていく。 「ミツルギ!」 命を持たぬ不死の戦鬼──皇国に降りかかる厄災を斬るもの──道具としての〈己〉《おれ》が、禍魄と共に消えていく。 残されるは、一人の武人。 鴇田宗仁という、感情の波に翻弄されて生きる、ただの人間──「達者でな、鴇田」 ミツルギ最後に見えた笑顔は、晴れやかに澄み渡っていた。 石畳に寝転んだまま、空の変化をぼんやりと見つめる。 間もなく、払暁。 濃紺の空が水平線から薄紫色へ変わっていく。 気がつけば、辺り一面、桃の花弁が積もっていた。 全て、私の涙だ。 こんなに泣いたのは初めて。 一生分の涙を出し尽くした気がする。 お陰で、死ぬまで泣かずに済むことだろう。 まあ、涙が涸れても涸れていなくても、私はもう泣かないと思う。 だって、宗仁以上に心を震わせてくれる存在なんて現れるはずがないから。 丁度いい。 皇祖様のように、涙を捨てた真の皇帝になれるじゃない。 「さて、帝宮に戻らなきゃ」 朱璃今日も山のような公務が待っている。 無理矢理気分を盛り上げ、上体を起こす。 「……!?」 立ち上がりかけたところで身体が竦んだ。 この音は。 忘れようとしても忘れられない音。 あの口笛がこちらに近づいてくる。 「か……はく……」 刀を引き寄せ、柄を握りしめる。 宗仁はもういない。 ならば、頼れるのは自分の力だけだ。 立ち上がり、口笛の主を睨み付ける。 息が止まった。 朝日に照らされ、その人が立っている。 «根の国»に旅立ったはずの人が。 「どうも口笛は苦手だ」 困ったような、不器用な笑顔を浮かべる。 「宗仁?」 「ああ」 「!!!」 聞き慣れた声が耳に届いた瞬間、私は走りだしていた。 朱璃の身体を受け止める。 「宗仁……」 「宗仁っ、宗仁!!」 「会いたかった……宗仁……」 「俺もだ、朱璃」 胸に押しつけられる髪を撫でる。 伝わってくる柔らかさと熱に、身体が喜び震える。 俺は帰ってきたのだ。 今はいつなのか。 俺がいない間に何があったのか。 余計な疑問は頭の隅に追いやり、朱璃の身体を強く抱き締める。 「もう、どこへも行かないで」 「ずっと傍にいる」 「消えろと言われても、傍にいる」 「そんなこと言うわけないじゃない」 朱璃が睨み付けてくる。 精一杯怖い顔をして見せたのだろうが、すぐ頬が緩んでしまう。 「目が腫れている」 「もう泣かないと約束したじゃないか」 「泣かせる宗仁が悪い。 違う?」 「そうだな、俺が悪い」 「悲しい思いをさせてすまなかった」 「いいの、もういいの」 「帰ってきてくれれば、それだけで私は……」 声を詰まらせる朱璃が、どうしようもなく愛おしい。 「お帰りなさい、宗仁」 朱璃がつま先立ちになった。 「ただいま、朱璃」 散る──はらはらと、桃の花弁が、ひとつ、ふたつ。 嗚呼、愛しい君よ。 零れた涙は、一つ残らず愚臣が拾い集めましょう。 衆目に晒すには、あまりに〈貴〉《たっと》き花故に。 衆目に晒すには、あまりに貴き花故に。 朱璃と並び、«桃花染祭»で沸き立つ街を歩く。 俺が«根の国»にいるうちに、天京は春になっていたのだ。 「また君と、«桃花染祭»を楽しめるとは思わなかった」 宗仁「私も諦めてた」 朱璃「ゆっくり見て回りたいけど、今日はこっちが先」 朱璃が美よしの前で立ち止まる。 入り口の扉には、珍しく『貸し切り』の札が掛けられている。 朱璃が店を貸し切り、世話になった人達を集めてくれたのだ。 目的は勿論、俺の顔見せだ。 「俺の事は、何と説明してあるんだ?」 「禍魄との戦いの果てに、行方不明になったって言ってる」 「でも恐らく、死んだって解釈してると思う」 「顔を出したら驚かれるだろうな」 「ふふ、そりゃね」 「私が先に入るから、少し待ってて」 朱璃が先に立って店に入っていく。 「こんばんは」 「ようこそいらっしゃいました、陛下」 睦美「お久しぶりでございます」 滸「ご機嫌麗しゅう」 奏海「堅苦しい挨拶は抜きにして」 「今日は〈桃花帝〉《とうかてい》としてではなく、宮国朱璃として来たつもり」 「ど、どういったご用件なのでしょう?」 古杜音「慌てないの」 エルザ「宮国さん、まずは座ったら?」 「ありがとう。 でも、その前に紹介したい人がいるの」 朱璃が店から顔を出し、手招きしてきた。 出番が来たようだ。 どんな顔で入ったらいいのだろう?笑顔か、神妙な顔か……難しいな。 「ちょっと何してるの?」 「あ、ああ」 表情を決めかねたまま、美よしの敷居をまたぐ。 「えっ!?」 「はい?」 滸・エルザ滸とエルザが同時に凍り付いた。 「そ、宗仁様……」 店がしん、となった。 誰もが目をまん丸に見開いて俺を見ている。 「恥ずかしながら、帰って参りました」 「お、おに、お義兄様っ!?」 「あ、あわわわわわわ、おばけ、おばばばばばばっ!?」 子柚「悪霊退散っ! 悪霊退散っ! 悪霊退散っ!」 「亡くなったと思っていたけど」 「連絡もできず、すまなかった」 「正体を隠して治療しなくてはならなかったのだ」 紫乃が俺の腕に触る。 「うーむ、これは本物だ。 香典を返してもらわないといけない」 紫乃「ちょ、ちょっと待って下さい」 鷹人「本当の宗仁君なら、うなじを触りたがるはずです!」 店長が目の前で髪を掻き上げる。 「いや、昔から触りたがってません」 「うん、このやせ我慢っぷりは宗仁君に間違いありません」 「ははは、簡単には死なない奴だと思ってたが、こりゃいい」 数馬皆、言いたい放題だ。 「お義兄様……」 奏海が俺の前に立った。 「どうして今まで、何の便りも下さらなかったのですか?」 「私がどれほど心を痛めたか……」 奏海は、俺のことをただの武人だと思っている。 本当のことは後で説明しよう。 「もう大丈夫なのでございますね?」 「ああ、もちろん」 「良かった。 安心いたしました」 奏海が抱きついてくる。 「えーと、こほん」 「おっと」 奏海を身体から離し、席に座らせる。 「奏海は義妹だ、妬くな」 「べ、別に妬いてない。 何言ってるのよ」 「ふうん、前から怪しいとは思っていたけど、陛下と鴇田君、そういう感じなのね?」 「え? そ、それは、まあ……うん」 「エルザ様、陛下と宗仁様は運命で結ばれたお二人なのです!」 「恋人がどうこうという次元ではありません!」 「なぜ古杜音が誇らしげなんだ」 「わかりませんっ!」 胸を張って言い切る古杜音。 「しかし鴇田、武人風情が皇帝陛下とってのは、いくら何でも畏れ多いんじゃねえのか?」 「時代は変わるの」 「いえ、時代が変わっていくことの象徴にしたいと思ってる」 「私は皇帝だけど、あくまで普通の人間よ。 誰と結婚してもおかしくないでしょ?」 「結婚も視野に入ってるんだ」 「あ……」 朱璃が恐る恐るといった風に俺を見る。 続いて、他の面々も俺を見た。 「国の制度はよくわからないが、俺はこの身が果てるまで朱璃の傍にいるつもりだ」 「可能ならば……その、〈良人〉《おっと》として」 「宗仁」 「君はどうだ?」 「もちろんよ、宗仁」 「私の隣にいるのは、あなた以外にあり得ない」 「制度なんて私がいくらでも変えてあげる」 朱璃の潤んだ瞳が俺を見つめている。 ずっと守りたかった華奢な身体。 もう何の憂いもなく、躊躇いもなく、抱き締めることができる。 「ありがとう、朱璃」 「君こそ俺の日輪だ」 「恥ずかしいこと……言わないでよ」 薄い肩を優しく抱き締める。 拍手が起きる。 「ふふふ、今夜はいろいろなお祝いをしなければなりませんね」 睦美さんが笑顔で厨房に入る。 「よし! 今日はじゃんじゃん行きましょう」 「この乾鷹人、費用は全部持たせて頂きます!」 「ありがとうございます! 今日一日、桃の花を売った甲斐がございました!」 今年の«桃花染祭»でも花屋を手伝っていたのか。 「宗仁、幸せに」 「お義兄様、いつかはこういう日が来てしまうと思っておりましたが……」 「おめでとうございます」 「公開プロポーズとは、洒落たことするのね」 「お幸せに」 「よろしゅうございました」 皆が口々に祝福してくれる。 胸の中に春風が吹き込んだように、温かな気持ちになる。 「みんな、ありがとう」 「今日は宗仁を祝うだけにしようと思ってたけど、こんなことになってびっくりしてる」 朱璃が、俺を見て恥ずかしそうに微笑んだ。 「宗仁と二人、精一杯頑張っていきます」 「二人ではなく、三人だ」 「はい?」 「どこに三人目がいるのよ?」 朱璃の腹を指差す。 ……。 …………。 ………………。 「ま、まさか」 「俺が生きて帰ってこられたのも、赤子のお陰だ」 「……や、やっぱり」 朱璃の額をたらりと汗がしたたり落ちた。 「どうしてそういうことを人前で言うのよ!」 「大体、最初は私に言うのが筋でしょ!」 「すまない」 「す ま な い じゃ あ り ま せ ん!」 朱璃に首を絞められる。 「ぐ、苦しい……朱璃、本気で……」 ふと、朱璃の背後に亡霊が見えた。 せっかく生還したのに、もうお迎えか。 「ははは、多少は人の心を解するようになったと思っていたが、まだまだだな」 ??「はーーーーっ! 悪霊退散っ! 悪霊退散っ!」 「黙れ斎巫女」 緋彌之命「ひいっ!?」 朱璃が、恐る恐る背後を振り返る。 「えええっ!?」 「こ、皇祖様……消えたはずでは?」 「〈皇〉《わたし》も消えたと思っていたのだが、意外と往生際が悪かったらしい」 「恐らく、お前と勾玉が融合したせいだろう」 そう言えば、真っ二つに割れた«〈八尺瓊勾玉〉《やさかにのまがたま》»は、朱璃の身体に溶け込んでいたのだった。 まさか、こんなことになるとは。 「見事、禍魄を始末してくれたな。 心より礼を言おう」 「身に余るお言葉です」 「しかし私達は、皇祖様とミツルギを犠牲に……」 「致し方なきことだ」 「ま、少しでも同情してくれるのなら、私とミツルギの分まで幸せになれ」 「え?」 「仲良うできぬようなら……」 緋彌之命が俺の頭を、質量のない腕で抱き締めた。 「鴇田は私がもらうぞ」 「皇祖様といえども、譲れないものはございます」 「ふふ、そうでなくては面白くない」 緋彌之命が俺から離れる。 「それではな」 「たまにしか意識は戻らぬと思うが、よろしく頼む」 頭を下げる間もなく、緋彌之命の姿は煙のように消え去った。 「そ、宗仁、今のは?」 「後でおいおい説明しよう」 「いや、しかし」 「会長、幽霊の一人や二人、いいじゃありませんか」 「それよりさっさと飲みましょうよ」 「お前は鷹揚すぎる」 二人が賑やかに言い合いを始める。 「どうやら、三人じゃなく四人になったみたいね」 「ははは、そうらしい」 「四人で守っていきましょう、こんな穏やかな時間を」 ……いや、五人か。 俺をかばい、禍魄と共に消えていった男を忘れてはならない。 ──ミツルギ。 人格は消えたとはいえ、記憶はまだ俺の中で生きている。 「どうしたの?」 「いや、何でもない」 今日は久しぶりに飲もう。 二千年間戦い続けた、一人の男のために。 予想されていた通り、皇帝と武人の結婚に反対する者は少なくなかった。 朱璃は、皇帝の強権で押し切るのではなく、対話を経て理解を得る道を選んだ。 結果、多くの反対者が『新しい皇国を作り上げる』という朱璃の意志に賛同してくれることとなった。 そして、風に夏の香りが混じり始めた今日、〈桃花帝〉《とうかてい》の婚礼の儀が挙行される。 「宗仁、行きましょう!」 馬の嘶きと共に、馬車が動きだす。 割れんばかりの拍手が俺たちを包んだ。 両側の歩道ばかりでなく、周囲の〈高層建築〉《ビル》の窓までもが見物客に埋め尽くされている。 人々の表情に陰りはない。 新しい時代への希望が、一人一人の顔を明るく輝かせている。 降りしきる紙吹雪の中を、俺たちが乗った馬車はゆっくりと進んでいく。 「どう? 皇帝の〈良人〉《おっと》になった感想は?」 「正直、まだ実感が湧かない」 「皇帝の良人となったからには、国民の範となるよう振る舞わなくてはならないのだろうが」 「あなたが国民の範?」 「こう言ったら悪いけど、無理じゃない?」 「やはりか」 「ええ無理よ、無理」 朱璃がおかしそうに笑う。 「誰にそんなこと言われたの?」 「あ、待って。 わかった、稲生でしょ?」 「正解」 子供を送り出す母親のように、あれやこれやと心配してくれたのだ。 必死な顔の滸を思い出し、頬が緩む。 「誰のせいか知らないが、俺は複雑な仕事がこなせるように出来ていない」 「できるのは、朱璃を守ることくらいだ」 「本気でそう言ってくれる人が傍にいてくれるなんて、私は幸せ者ね」 朱璃が身体を寄せてくる。 丁度、朱璃が小此木を襲った場所を通り過ぎた。 「この場所、覚えてる?」 「もちろん。 あそこの信号の上に君は立っていた」 「こんな日が来るなんて思ってなかった」 「お母様の仇を取ることしか頭になかった私をここまで引っ張ってくれたのは……」 「宗仁、あなたよ」 「あなたに会えなかったらって考えると、今でもぞっとする」 「感謝しているのは俺だ」 「君に会えていなかったら、今もただの道具だったはず」 俺たちの出会いは、決して偶然ではない。 二千年前からの因縁が、結びつけてくれたと言っていい。 俺たちは過去に動かされて今日に辿り着いたのだ。 「私達を導いてくれた、皇祖様とミツルギに感謝しなくちゃ」 「皇国を守ってくれた先輩達にもな」 蘇芳帝、小此木、刻庵殿──皆、それぞれの立場でこの国を守り、俺たちに未来を託してくれた。 「これからは、私達の力で皇国を創っていきましょう」 「君なら絶対に大丈夫だ」 「私達なら、よ」 夏の日輪のように微笑み、朱璃が群衆に手を振った。 湧き上がる祝福の声と紙吹雪が、俺たちの成婚を祝福してくれる。 今日から俺は桃花帝の〈良人〉《おっと》だ。 皇家に連なる者として帝宮で生き、皇国の歴史に名を刻むことになる。 武人の身からすれば望外の栄誉。 お伽噺にでも出てきそうな結末である。 だが、どれだけ華麗な服を纏ったとしても俺の本質は変わらない。 鴇田宗仁は、一人の武人。 宮国朱璃の忠実なる臣下である。 故に、これからの人生、俺が為すべきことはただ一つ──「『この命尽き果てても、魂を以て刃となし、必ずや敵を打ち砕く』」 一年前のあの日、雪の中で交わした誓約を守るため俺は戦う。 〈君〉《朱璃》と、生まれ来る君を守るために。 君と、生まれ来る君を守るために。 臣下へ令する朱璃の声が、謁見の間に響いていた。 行政に関する威令を下しているのである。 「神殿組織の復興案については、取り急ぎ着手するように」 朱璃「斎巫女には、私から書簡を出しておこう」 朱璃の口調は明朗で、表情は凛としている。 皇帝としての威厳を纏って玉座に佇む姿は、皇国の象徴として相応しい。 新たな皇帝として、朱璃は立派に国事を担っていた。 行政はもちろん、外国大使との会見、栄典の授与、儀式や祭祀への臨席……休む暇もないほどだ。 玉座で背筋を伸ばしている朱璃が、臣下たちを見渡した。 「そういえば、政治機関に携わる者や、皇国に貢献してくれた者、その家族も含めた社交会を催そうかと思っている」 「皇国を支えてくれている者たちに、日頃の感謝を伝えたいのだ」 集まっている臣下たちが、驚いて朱璃を見ている。 「……陛下、そのような国事、前例がありませんが」 宗仁「口にしなくても分かっている。 当たり前のことを聞かせるな、鴇田」 「それとも、臣下を労うのは皇帝に相応しくない行為か?」 「いえ、申し訳ありません」 厳しい言葉を浴びせられ、深く頭を下げる。 集まっている臣下に、同情の目を向けられた。 ──平和を取り戻した皇国で、俺は皇帝である朱璃の秘書官を務めていた。 必死に典範や法律を頭に叩き込み、何とか朱璃の公務を補佐している状況だ。 もちろん、専属の護衛という重要な役目も兼ねている。 「では、これまでにしよう」 謁見が終わると、集っていた臣下が謁見の間を後にする。 残ったのは、俺と朱璃だけだった。 俺たち以外に誰もいないのを確認してから、朱璃が伸びをする。 「ん~……」 「ふう、今日はもう休んで大丈夫なんだっけ?」 二人きりになったので、朱璃が口調を戻す。 「共和国大使との会食は先方の都合で中止、明日に予定されている復興関係者の叙勲式の準備も手配済み」 「今日の午後くらいなら、休んでいても問題ないだろう」 「うん、ありがとう」 「ふふ、宗仁が予定を把握してくれていて助かるわ」 朱璃が玉座にもたれた。 そして、両手をこちらに差し出してくる。 「宗仁、こっちに来て?」 「どうした?」 「疲れちゃって立てないから起こしてくれない?」 「ほらほら、皇帝の命令」 「子供か」 「いいじゃない、手を繋ぎたいの」 頬を膨らませて駄々をこねる朱璃。 先ほど謁見していた臣下が見れば、驚くに違いない。 玉座に歩み寄り、朱璃の両手を握ってやる。 「ほら、引っ張って?」 言われた通りにすると、朱璃が胸元に飛び込んできた。 俺の身体に腕を回して、嬉しそうな顔で見上げてくる朱璃。 柔らかな部分が押しつけられる。 「さっきはごめんね宗仁、厳しいこと言って」 「いつものことだ、構わない」 朱璃は臣下の前で、努めて皇帝らしく振る舞っている。 特に、婚約相手である俺に対しては厳しく接していた。 他の臣下と同等であることを示し、身内を贔屓しているという邪推を防ぐためだ。 「知ってる? 使用人たちの間で、私たちの関係は冷めてるって噂があるのよ」 「勘違いもいいところね」 「全くだ」 「それとも私、宗仁に厳しすぎ?」 「二人きりの時は甘えてくれるのだから全く問題無い」 「ふふっ、そう?」 「じゃあ、もっと甘えちゃお」 胸元に頬ずりしてくる朱璃。 恋人になってからと言うもの、遠慮せず甘えてくるようになっていた。 「宗仁もしてくれないと、寂しい」 「ああ」 朱璃の腰と背中に腕を回し、抱き寄せる。 柔かな身体がさらに密着し、伝わってくる体温が上がった。 「宗仁にこうしてもらうと、すごく安心する」 「今日はずっと、こうしててほしいな」 腕の中で、朱璃が甘い声を上げる。 「んんっ……宗仁の身体、温かくて好き」 吐息混じりに身体を押しつけてくる朱璃。 このままでは俺の収まりがつかなさそうだ。 腕を離して、朱璃の身体を自由にする。 しかし、朱璃は俺に抱きついたまま動こうとしなかった。 「宗仁、私……」 朱璃の頬や、露出している肩が紅潮する。 瞳が、わずかに潤んでいた。 言葉にしなくとも伝わってくる。 朱璃は抱き合う以上の繋がりを求めているのだ。 こんな表情を見せられて、我慢できるはずもなかった。 俺は先ほどよりも強く、朱璃を抱き締める。 そのまま、朱璃の身体に手を這わせた。 「そ、宗仁、部屋に戻らないの?」 戸惑いながらも、抵抗はしない朱璃。 この場所は、歴代の皇帝が多くの謁見を受けてきた厳粛な空間である。 朱璃が、後ろめたそうな視線を玉座に向けた。 「駄目か?」 「宗仁が……したいなら」 そっぽを向く朱璃。 皇帝という立場のせいか、俺が求めたので仕方なくという体にしたいのだろう。 本心では、すぐにでも俺と繋がりたいはずだ。 「ああ、すぐにしたい」 「だから、いいか……朱璃?」 「……もう、仕方ないな」 ため息をついて呆れ顔になる朱璃。 だが、一瞬だけ嬉しそうな顔になったのを見逃さなかった。 柱に手をついた朱璃が、立ったままこちらに腰を突き出した。 装束の袴の結びを解き、ゆっくりと下ろしていく。 下着越しに朱璃の秘所に触れると、ふっくらとした陰唇に指先が埋まった。 「うう、こんな場所で、なんて格好してるんだろ」 「誰かに見られたらどうしよう」 「大丈夫だ、誰もいない」 恥ずかしげに腰をくねらせる朱璃。 乳房に手をやると、びくんと身体を震わせた。 「やっ、あんっ……こ、こっちも?」 「そんなことは……ないけど」 装束越しでも、乳房の柔らかさは十分に伝わってきた。 指先が埋まり、豊かな弾力に押し倒される。 「んあっ……あっ、んん」 びくびくと身体を震わせ、声を上げる朱璃。 それが可愛らしく、俺は朱璃の身体を抱きしめた。 「宗仁、どうしたの?」 朱璃の髪の毛に鼻先をうずめ、息を吸いこんだ。 「ち、ちょっと、どこ嗅いでるの」 「んんっ、くすぐったい……」 「いい匂いだ」 「もう、恥ずかしい……!」 朱璃の背中に密着したまま、愛撫を再開する。 湿りはじめた下着を押しこみ、割れ目を刺激した。 「ああんっ……宗仁の指、入ってきてる」 「ふあっ……んっ……!」 下着に愛液が染み、朱璃の吐息が荒くなる。 汗ばんだ朱璃の首元や肩に、舌を這わせた。 「やあんっ、そんなとこ舐めないで……く、くすぐったい」 舌の上に、汗の味が広がった。 身体を好きにされながら、朱璃は一切の抵抗をしない。 「宗仁……もっと、くっついてくれる?」 「宗仁の身体……あったかくて、気持ちいいから……」 朱璃の言葉が興奮を煽る。 俺は朱璃にしっかりと抱きつきながら愛撫を激しくした。 俺の股間の硬いものが、朱璃の太ももに押しつけられる。 「宗仁、もう硬くなっちゃったの?」 「ふふふ、本当に我慢できないんだ」 「朱璃こそ、触られただけでかなり感じている」 身体を密着させているせいで、朱璃の身体の震えが直に伝わってきていた。 こねるように乳房を揉むと、その震えが激しくなる。 「はあっ、ああっ……あっ」 「硬くなってきたな」 「やんっ……乳首、だめっ……」 乳房への愛撫を繰り返すうち、先端の突起が硬さを増してきた。 乳首を指で挟むと、朱璃の喘ぎが激しくなる。 皇帝の嬌声が、謁見の間に響く。 「う、うん……んんっ」 場所を気にしてか、激しくなった喘ぎ声を抑えようとしている。 構わず、俺は朱璃の柔らかさを堪能しようと愛撫を続けた。 「そんなにしたら、下着、もう穿けなくなっちゃう」 「あっ……ひっ、ふうっ、んううっ」 喘ぎを堪えようとする朱璃の口から、熱い息が漏れた。 焦らすように膣口を刺激しているせいか、腰が所在なげに前後する。 服の下で勃起した陰茎が、朱璃の腰に何度も当たった。 「ね、ねえ、早く挿れなくていいの?」 「これじゃ、宗仁が気持ちよくなれないでしょ」 言いながら、もじもじと下半身を動かす朱璃。 「ちゃんと濡らしてからだ」 「それとも、朱璃が我慢できないか?」 「ち、違うって」 「ちゃんと宗仁に気持ちよくなってほしいだけ」 慌てて取り繕う朱璃。 俺に気持ちよくなってほしいのも、早く入れてほしいのも、どちらも本心なのだろう。 「なら、脱がすぞ」 「う、うん」 すぐに片足をあげ、下着を脱がしやすくしてくれた。 行為をしている最中は、朱璃が従順になる。 君主として振る舞っている時の朱璃からは考えられない。 胸元の装束をはだけさせる。 衣服から解放された乳房が、俺の手のひらにたっぷりと乗っていた。 「はあぁぁっ……脱いじゃった、こんな場所で」 「私、皇帝なのに」 秘部を露出させ、身体を震わせる朱璃。 溢れた愛液が、朱璃の太ももを伝っていく。 露わになった割れ目に指を沈ませると、直に触れる膣は熱く、信じられないくらい柔らかい。 朱璃も先ほどより感じているのか、両脚をふるふると震わせた。 「はあっ、ふっ……ふうっ、ううんっ」 「ひっ、ひんっ、んんっ……はぁっ」 膣口に指先を挿入する。 驚いたように蠢く膣肉に触れると、さらに大量の愛液が溢れてきた。 「やあっ、私、漏らしてるみたい……んっ」 「はあっ、あっ、ふう……ああん!」 より深く指を挿入すると、ざらついた膣肉に指先が到達する。 そこを撫でると、膣口がきゅうっと締まった。 「そんなに締めると、動かせないな」 「違うの……勝手に締まるのっ……」 「はっ、はぁっ……ひうっ、ひいんっ」 朱璃が身体を震わせるたび、新たな愛液が分泌される。 謁見の間の床に、ぽたぽたと愛液の水溜まりができはじめていた。 「うう、床に……落ちてる」 「ここで行為に及んだ皇帝は、朱璃が初めてかもな」 「宗仁が、したいって言うからでしょお……ああんっ」 まだ素直になれないらしい朱璃。 朱璃の意地を溶かすように、とろけた膣肉を刺激する。 「ううんっ、んっ……ふっ、んっ」 「はぁっ、はぁっ、もう、私……」 喘ぎ声の合間に、何かを言おうとする朱璃。 しかし言葉は続かず、潤んだ目をこちらに向けてくる。 「宗仁……」 その瞳から、はやく繋がりたいという気持ちが伝わってくる。 ここまできても皇帝という立場が邪魔をし、口にする事ができないらしい。 その理性を試すように、朱璃の膣内をいじくり回して快楽を与える。 「はっ……ふうんっ、んんっ、あぅ……」 「やぁっ、宗仁、宗仁っ……!」 口にできない欲求を伝えるように、膣を愛撫する俺の手を太ももで挟んでくる。 「んんっ……ふっ、ううん、はぁ……あっ」 朱璃の膣から指を抜く。 期待と喜びの混じった目で俺を見つめてくる朱璃。 挿入すると思ったのだろう。 しかし俺は、敏感になっている朱璃の身体への愛撫を再開した。 「あぁっ、やぁんっ……何でぇ……ひっ、うううんっ」 「はぁっ、はぁ……あううっ、うんっ、んんっ」 乳房をわし掴みにして、揉みしだく。 もう片方の手は膣口を覆い、指を朱璃の内部へ潜り込ませる。 「ああっ、あっ、ああっ……んっ、んううっ」 「はあんっ、んひっ……そ、宗仁……あふうっ」 挿入しなかったのが不満なのか、朱璃が喘ぎながら抗議する。 だが、俺は愛撫を止めない。 「このまま、気持ちよくなっている朱璃を見ていたい」 「もう、馬鹿ぁ……」 朱璃の気持ちをほぐすように、柔らかな場所へ刺激を与え続ける。 がくがくと震えながら歯を食いしばっている朱璃。 快楽に耐えようとしているが、努力むなしく嬌声が口から漏れる。 「はぁっ、あひっ……んううっ、んっ」 「ひっ、ひいんっ、宗仁の指……気持ちいいとこばっかり当たってる……」 「朱璃のことなら何でも知っているからな」 「やあんっ……恥ずかしいこと、言わないでっ……」 「はあっ、ああ……んんっ、はっ、はあっ」 朱璃の口の端から垂れていた涎を拭ってやる。 その手で乳房を揉み、朱璃の唾液を乳首に塗りこんだ。 「やっ、胸……べたべたになっちゃう……」 「はああっ、ああっ……んっ、んひっ、ひんっ!」 自分の唾液にまみれた乳首を刺激され、喘ぎが止まらない朱璃。 その姿に俺の気分もまた昂ぶり、朱璃の首元に顔を埋めながら何度も息を吐いた。 「やぁっ、耳に息、かかって……また、気持ちよくなっちゃう」 「ふああっ、ああっ、んううっ……ひいいいんっ」 「朱璃は耳も弱いんだな」 「だって、宗仁としてると……身体が全部、気持ちよくなるんだもん……」 「なら、ここは」 膣口から手を離し、柔らかそうに揺れていた尻肉を撫でる。 「ひゃんっ……い、いきなり触らないでよ」 「ああんっ、んううううっ……はあっ、はあっ」 「んんっ……やっ、なんで私、お尻なんかで……あああんっ」 感じているらしく、膣口からは新たな液体が溢れてきた。 尻肉に朱璃の愛液を塗りたくりながら揉む。 「本当にどこを触られても気持ちいいんだな」 「宗仁の触り方がいやらしいからでしょ……」 「ふあああっ、ああっ……んんんん~っ」 尻肉を掴むと、朱璃が熱い声を漏らす。 俺と交わっているあいだ、朱璃の身体は全身が敏感になるのかもしれない。 尻から手を離し、陰核を愛撫する。 「はああっ、ひっ、あひっ……んううっ、はああっ……!」 「はぁっ、あっ……んんっ、んふううっ、うううんっ、うんっ」 感度が高まったせいか、さっきよりも激しく喘ぐ朱璃。 快楽から逃げるように首を振り、髪の毛を振り乱している。 「あっ、ああぅ……ううんっ、んふうっ」 「いっちゃう! 宗仁、私、いっちゃうぅぅ……」 「やぁっ、んんっ、一緒がいいのにっ……私、我慢できない……んんっ」 指先を膣内に滑り込ませると、媚肉が激しく収縮した。 絶頂が近いのだろう。 「私、もう、だめぇっ……ああっ、あああっ!」 「いいぞ……そのまま達してくれ」 「ひいいんっ、ひうっ、ひうううんっ……んんんんっ!」 「はああんっ、はぁっ、はぁっ、ああっ、ふあああっ、ああっ!」 小さく痙攣している朱璃に身体を密着させ、乳房と膣への愛撫を激しくする。 朱璃を絶頂に導こうと、再度、首筋を舌で舐めた。 「ひゃああんっ、いま、舐めちゃ、だめぇっ……ああっ」 「はあんっ、ああっ……ふあああっ……うううんっ!」 ぞくぞくと背筋を震わせる朱璃。 首筋から、耳の裏まで舌を這わせる。 「ああっ、ああああんっ、そこ、気持ちいいっ……ひううっ」 こんなところまで感じてしまうらしい。 全身が性感帯のようだ。 「うああああんっ、だめっ……ひああああっ! ああああ……っ!」 「いく……私、いっちゃう……んあああっ、ああああっ、あああああっ!」 もはや限界なのか、顎を上げて嬌声を上げる。 俺は朱璃の膣内をこすり上げた。 「ふあああっ、だめっ、いくっ、いくううぅ……あああっ、ああっ!」 「ひああああっ、あううんっ! はひっ、ひいいんっ、んああああぁぁっっ!」 「ああああっ、ひゃうっ、ああっ、あああっ、ああああああぁぁぁぁっっ……!!」 朱璃の身体が弾けるように痙攣し、膣口から愛液が溢れだす。 「あひいいんっ、んんっ……ふあっ、ああっ……」 「はぁっ、はぁっ、ふううっ、んんんっ」 膣肉は抜けなくなりそうなほどに俺の指を締めつけてきた。 指が動かせないので、代わりに片方の手で乳房を揉む。 「あああっ、やぁっ、いまっ、いってるから、揉まないでぇっ……」 「あふああっ、ああっ、ひっ……ううんっ、んんっ」 「あっ……ああんっ、んううっ、ひううう……!」 揉むたび、膣口から液体が漏れる。 まるで朱璃の身体から愛液を搾り取っているかのようだ。 「ひいいいっ、んっ……はぁっ、あううっ、ううんっ」 「はぁっ、あっ……ああっ、んんっ……んっ」 痙攣が小さくなり、朱璃の呼吸が落ちついてくる。 息を静めながら、余韻に浸っている朱璃。 「はぁ、はぁ……あっ」 脱力して倒れそうになるところを、慌てて支えた。 「大丈夫か?」 「うう、た、立てない……」 「わ……私、声、大きかったかな」 「大きかったな」 「聞かれてないよね」 「皇帝がこんな場所でしてるって知られたら、大問題……」 「大丈夫だ、人の気配はない」 「はあ、よかった」 安心したように息を吐く朱璃。 そして、ちらりと俺を振り返る。 「続き……するよね?」 「宗仁も、そのままは嫌でしょ?」 俺の股間に視線を移す朱璃。 服の上からでも分かるほど、俺のそこは膨らんでいた。 「だが、立ったままだと朱璃が辛いだろう」 朱璃を抱え上げて、場所を移す。 「わわっ……」 朱璃の身体を玉座に乗せ、両手で脚を開かせた。 絶頂を迎えたばかりの膣口が丸見えになり、朱璃が恥ずかしそうにする。 「ちょっと……さっきより場所がまずくない?」 「床に寝そべるわけにもいかないだろう」 「それとも、今から部屋に戻るか?」 言いながら、朱璃の陰唇をそっと撫でる。 隙間から少しだけ覗く桃色の膣肉が、物欲しそうに震えた。 「んっ……んううっ」 「ひっ、ううっ、んううっ」 火照った顔で見上げてくる。 拒絶の色は一切なく、むしろ俺と繋がるのを心待ちにしている顔だ。 「はぁ、はぁ……宗仁、このまま、したいの?」 「えっと、宗仁がしたいなら……私はいいよ」 朱璃は相変わらず、自分から求めようとはしない。 だが、本心は俺と同じはずだ。 生殺しのまま行為を中断しようなど、考えてもいない。 「ああ、したい」 そう言って、衣服の中で窮屈そうにしていた陰茎を露出させた。 膨張した陰茎が解き放たれ、朱璃の視線に晒される。 「宗仁の、苦しそう」 「ふふっ、お漏らしまでしちゃってる」 自分では気付かなかったが、どうやら先走りを出していたらしい。 朱璃の細い指が、亀頭に触れた。 ひんやりとした指先に、陰茎がびくりと反応する。 朱璃は亀頭をくすぐるように触り、鈴口から漏れる先走りを掬いとった。 「宗仁のも、ちゃんと濡らしておかないとね」 「ちゃんと、裏のほうにも」 陰茎を弄ぶように愛撫する朱璃。 亀頭を刺激されたかと思えば、裏筋に指が伸びる。 「くっ……」 勃起し続けていたせいで、このまま果ててしまいそうだ。 俺は朱璃の手を押しのけるようにして、先端を割れ目にあてがった。 「どうしたの、我慢できなくなっちゃった?」 「ふふっ。 いいよ、私も準備できてるし」 朱璃は挿入を急かすように、割れ目を先端にこすりつけてきた。 「んうっ……宗仁の先っぽ、熱い」 「いったばっかりなのに私、感じちゃってる……ううんっ」 膣口から溢れる愛液で、早くも亀頭が粘つく。 玉座の上で、朱璃の身体が弾んだ。 「宗仁、きて?」 考えれば、俺はとてつもない事をしている。 玉座で皇帝と交わろうとしているのだ。 だが、もはや理性は朱璃への情愛に支配されている。 「朱璃、入れるぞ」 朱璃の太ももを掴み、両脚をさらに広げさせる。 ぱっくりと開いた陰唇に向かって、俺は腰を突きだした。 「ふああああぁぁぁぁ……」 つぷり、と亀頭が膣口に潜りこんだ。 俺を待ちわびていた秘肉が、歓迎するように先端を擦ってくる。 「はぁっ、んんっ……んんんっ」 「ひっ……うううんっ」 亀頭を挿入しただけで朱璃が表情をとろけさせる。 試しに、亀頭の部分だけで細かく抽送させてみた。 「あ、あひっ、ひっ、ひっ、んっ」 「それっ、焦らされて切ない……もっと奥、来て……!」 朱璃が膣口を締めて、陰茎を奥まで導こうとする。 その動きに誘われ、俺はさらに陰茎を押しこんでいく。 抱擁するように締め付けてくる膣肉を割り、やがて先端が最奥に達する。 「あうううんっ、んんっ、はっ、はぁっ、はぁっ……」 「お、お腹のなか……宗仁でいっぱい……」 「まだ、入りきっていない」 「えっ、う、うそ」 体勢のせいか、普段よりも陰茎が深い場所に届いている。 最奥に達してなお、竿の部分が入りきらず露出したままだった。 「いくぞ、朱璃」 「やあっ、これ以上されたら……ふあっ」 「あああぁぁぁ……ふああっ、あっ……んううううっ」 「ふ、深い……宗仁の、こんなに奥まで来てる……うああああっ」 子宮口を押し上げるようにして押しこんだ。 朱璃は天井を見上げながら未知の快楽に耐えている。 「はぁ、はぁっ、ああっ……あっ、あうううっ」 「やっ、あっ……じっとしてるだけでも……これ、すごい……あんんっ」 「だめ……絶対、声、抑えられない……今度こそ見つかっちゃうかも……んっ」 不安そうな朱璃。 依然として人の気配はないが、確かに、もしもの事態もある。 「なら、ここで止めておくか?」 「えっ、や、やだ!」 「……あ」 しまった、という顔になる朱璃。 俺に求められて仕方なく、という体だったのが水の泡である。 「最初からそれくらい素直になっていれば」 「だ、だって……んんっ、皇帝がこんな場所で……」 「俺以外に誰もいないんだ、気にするな」 言いながら、陰茎を半分ほど引き抜いた。 「続けるぞ」 「……ん」 小さく返事をして、朱璃が頷いた。 それを確かめてから、俺は一気に腰を突き出す。 「ああああああぁぁぁっ! ううっ……うううんっ!」 「ふあああっ、ああっ……ああっ……」 手足を震わせて快楽を味わう朱璃。 喘ぎと吐息の入りまじった呼吸を繰り返しながら、膣肉を収縮させる。 股間の奥で蠢く射精感も相まって、俺は激しく腰を動かした。 「あっ、はっ、ああっ、んっ、んうっ、ひっ、ひんっ」 「あっ、あっ、あうっ、あっ、あっあっあっ、ふあああんっ!」 「奥っ……そんなに突かれたら、すぐ、いっちゃう……んんっ」 先端が子宮口に激突するたび、朱璃の身体が跳ねた。 がたがたと揺れる玉座が、行為の激しさを物語っている。 「んうっ、ん、んっ、んんっ、あうっ、あうんっ、んっ、んっ、んっ……!」 「やぁっ、んんっ、やっぱり声……出ちゃうっ……」 声を抑えようと、ぐっと唇を引き結ぶ朱璃。 だが、身体を強張らせたことで余計に感じてしまったのか、膣肉の収縮が強くなった。 ……少しでも多く、朱璃の粘膜に触れたい。 その欲望に囚われた俺は、気付くと朱璃の口に指先を差し入れていた。 「あふ……? ふうんっ、んふっ、んっ、んむうっ……」 「んちゅ、ちゅうっ、んちゅっ、ちゅっ、んふう……んっ」 おしゃぶりを吸う赤子のように、朱璃が指に吸いついてきた。 「あふっ、ちゅっ、ちゅむっ……ちゅう、ちゅう……ふあっ、んんっ」 「んんっ、んううっ、はふっ、ふむうっ、ちゅ、ちゅっ……」 膣肉だけでなく、口内を触られても気持ちいいらしい。 「朱璃の身体は感じやすいな」 「はぁっ……そ、それは宗仁が色んなところ触ってくるからでしょ」 俺の指から口を離した朱璃が抗議してくる。 「皇帝がこんなに敏感な身体をしているなんて、誰かが知ったら驚くだろうな」 「やっ……んんっ、変なこと言わないでよ、普段から意識しちゃうじゃない」 「わ、私だって、好きでこんな……」 「そんなところも好きだ、朱璃」 「んうっ……!?」 今度は指ではなく、自分の唇を接触させた。 「はふっ……んんっ、ふむっ……んんっ、んはっ……んむ~っ、んはっ」 舌を入れると、何の抵抗もなく朱璃は受け入れてくれる。 上下で深い粘膜の接触が行われ、自然と興奮が高まってくる。 「あふっ、ふうんっ、んうっ、ちゅっ、んむっ、ふむっ、ううんっ」 「はぁ、むうっ、んうっ、はぁっ、じゅるるっ、んちゅっ、んっ」 混じった唾液が、朱璃の胸元に落ちた。 それに引き寄せられるように、乳房へと手を伸ばす。 激しく揺れていた乳房を手のひらで包み、指の間に乳首を挟みながら揉む。 「ふああっ! あっ……んっ、あひっ、ひいんっ、んっ、んあああんっ!」 「はぁっ、はぁっ……んっ、ああっ、あふううんっ、んっ、んんっ」 朱璃が、唇を離して嬌声を上げた。 突然の愛撫に、喘ぎを我慢できなかったらしい。 「はぁっ、あっ、あっ、ああっ、んうっ、ふっ、ふあっ、ああっ」 「ひあっ、あああっ、あんっ、あんっ、ああっ、んぅっんっ、ひあっ」 「ああふっ、ふうんっ、ひっ……んんんっ、だめっ、だめぇっ……あああああっ!」 一度決壊してしまうと、朱璃の声は謁見の間に響き続けた。 もはや抗うことはできず、与えられる快感に身を任せている。 全身を震わせる朱璃の最奥を、俺は突き続けた。 「はあっ、ああっ、んっ、んっ……うあっ、ああっ、あっ、あっ、あんっ!」 「はっ、うあっ、ああんっ、あんっ、んっ……うううっ、ううんっ、んっ」 俺は硬くなった乳首を口に含んだ。 「やぁっ、そこ……吸わないで……はっ、ああんっ、んっ、んあっ」 「やああっ、あああっ……あっ、はあっ、ああっ、んああっ、あああっ、ああっあっ!」 乳房を揉みながら、片方の乳房は口で愛撫する。 柔肉へ鼻先を沈み込ませながら、口に含んだ乳首を舌で転がした。 「はああっ、ああっ、はぁっ、はぁっ、あ……ああっ、ああっ、くううっ、んううっ」 「うあっあっ、あっ、あっ、んっ、くふっ、んっ……んんっ、はぁっ、あっ、ああっ」 乳房を吸う俺の頭を、朱璃が抱えた。 抱き締められながら乳房をしゃぶる。 「はあっ、あっ、ああんっ、んふっ、ふあっ、あっ、ああっ、あんっ、あんっ」 「私の身体……ぜんぶ、宗仁に気持ちよくされてる……ああっ、はぁっ、あっ」 「あああっ、あっ、ああ~~っ、ふあああっ、はっ、ああっ、あふっ、ああっ、あっ」 出るはずもない母乳を飲むように乳首を吸う。 朱璃の膣内も、精子を搾りとるように陰茎を締めつけてきた。 俺も、そろそろ限界が近い。 朱璃の乳房から口を離し、腰の抽送に集中する。 「朱璃、もう……!」 「うんっ、きて……そのまま、私の中で……!」 「あっ、ああっ、あんっあんっ……ああっ、ふあっ、あふっ、ふうんっ、んっ」 「ああっ、あっ、ああんっ、んっ、んううっ、んっ、はぁっ、はぁっ……ああっ」 陰茎が脈動し、尿道を精子が走った。 膣奥を陰茎で突く。 それ以外、何も考えられなかった。 「ふああっ、ああっ、いっちゃう、いっちゃう、宗仁……んううっ、ああああっ……!!」 「ああああっ、ああんっ、ふあああぁぁっっ! はぁっ、ああっ、あああんっ!」 「くうんっ、はううっ、はふっ……ううううんっ、ああっ、あっあっあっ……ああっ!」 「ひあああっ! ああああんっ、んあああああぁぁっ、ふあああああああぁぁぁっっっ!!」 「うううんっっ! あうううぅっ、ううぅっ、ふああああああああぁぁぁぁ~~~~~っっ!!!」 びゅくんっ、どくっ、びくびくっ!「あああっ、あふっ、ううんっ、ああ、あふっ、んはあぁっ……」 最奥に亀頭を密着させ、欲望を吐きだした。 子宮口めがけて、大量の精子を放出する。 びゅるるっ、どくっ、どくんっ……!「あああっ、はぁ、ひっ、ひううっ、ひいんっ……」 「はあっ、あああんっ……ううっ、んううっ」 朱璃の全身が大きく痙攣し、同時に膣肉も脈動を繰りかえした。 陰茎を搾る動きに刺激され、何度も射精した。 「やあっ、ああんっ、宗仁、まだ出してるの……?」 「ふああっ……お腹の奥、宗仁の精子、当たってる……うあああんっ」 発した精子が膣奥を叩くたびに、朱璃の身体が反った。 子宮口と先端が離れないよう、朱璃をぎゅっと抱き締めて精子を出し尽くす。 「ふあああっ、あああんっ、はぁっ、ああ……ああっ!」 「宗仁の、流れてきてる……」 朱璃の身体は小さく震えながら、俺の精子を飲みこんでいった。 ……しばらく膣内で余韻に浸っていると、ようやく射精が落ちつく。 「ふあっ……んんんっ」 陰茎を抜いたとたん、朱璃の膣口からは白く濁った液体が溢れでた。 「はぁっ、はぁ、はぁ……」 「もう、出しすぎでしょ」 「それくらい気持ちよかったんだ」 朱璃は体内の精子を愛でるように下腹部を撫でた。 その様に、再び情欲の炎が灯りそうになる。 「私も、いつもより深くて、すごかった」 「色んなところ……気持ちよくしてもらえたし」 恥じらいながらも、うっとりとした顔になる朱璃。 頬を撫でてやると、猫のように目を細めた。 「結局、最後までしてしまったな」 「はあ……皇帝なのに、玉座でするなんて」 「ここに座るたびに今日のこと思い出しそう」 「公務に支障は出ないだろうな」 「そうなったら、我慢できなかった宗仁のせいだから責任取ってね」 「わかったわかった」 元々、行為を誘ってきたのは朱璃だと思うが……。 それは口にせず、頷いておいた。 皇帝としての体面を守るのも、秘書官である俺の仕事だ。 ──翌日。 昨日と同じように、謁見が行われている。 玉座の上で、朱璃が厳粛な面持ちで話に耳を傾けていた。 一見すると昨日と何ら変わりないが……。 「む」 不意に、俺と目が合った。 すると、たちまち顔を赤くする。 その表情を隠すように俯いた。 「(私、いま座っている場所で昨日、宗仁と)」 「(うあああああ……駄目、やっぱり思い出しちゃう!)」 くすぐったそうに身体をよじらせる朱璃。 どうやら、昨日のことを思い出してしまっているらしい。 朱璃の様子に気付いた臣下が、体調を窺うような言葉を発した。 気を取り直して咳払いする朱璃。 「ええ、実は今朝から熱があって」 「明日には叙勲式も控えている。 すまないが、今日は休ませてもらう」 玉座を立とうとする朱璃。 心配し、周囲の臣下が集まる。 「ひ、一人で大丈夫だ」 朱璃は遠慮するが、彼らは簡単に引き下がろうとしない。 皆、皇帝を本気で心配しているのだ。 「陛下は俺が運ぼう」 「え」 「失礼」 朱璃の身体に腕を回し、横抱きにする。 「ふえぇっ!?」 「ち、ちょっと、何してるの宗じ……!」 言葉を切り、はっとした顔になる朱璃。 臣下の前であることを一瞬だけ忘れてしまったらしい。 「では、各々、公務に戻るように」 ぽかんとしている臣下たちに一礼し、謁見の間を後にする。 俺に抱かれたままの朱璃が、深いため息を吐いた。 「あーーーー、やっちゃったーーー」 「みんなの前で普通に喋っちゃったーーー」 「親しみやすくなっていいんじゃないか?」 「威厳も大事でしょ」 朱璃がうなだれた。 「はあ、もう普通の気分で玉座に座れないかも」 「昨日の今日だから仕方ないだろう」 「時間が経てば慣れるんじゃないか?」 「な、慣れていいのかな」 「気にならなくなるまで同じ事をしてみるか」 「馬鹿」 「もう、せっかく宗仁と恋人になったのに、このままだと恥ずかしい思い出ばっかり増えそう」 頬を膨らませ、俺の胸板を軽く叩いてくる朱璃。 「で、本当は熱なんかないんだろう?」 「どうする、謁見を仕切り直すか?」 「今日はいい、私が使いものにならないし」 朱璃が俺の胸に頭を預ける。 「別の公務もあるし、部屋まで運んで頂戴?」 「仰せのままに、皇帝」 朱璃を抱えたまま、あれこれ話しつつ私室へ向かった。 ──後日、この光景を見た使用人により、俺と朱璃の夫婦仲は円満だという認識に改められた。 天京が春めき、今年も«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»の季節がやってきた。 帝宮の中庭には、早くも桃の花が咲き誇っている。 「桃がしっかり開花してるわね」 朱璃「今日の«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»も盛り上がりそう」 機嫌良く、満開の花にも勝る、鮮やかな笑顔を浮かべる朱璃。 「ちゃんと浴衣も用意したから、期待しててね?」 「ああ、楽しみだ」 宗仁不死である俺は、«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»を何度も経験している。 だが、今回ほど楽しみだったことはない。 何せ朱璃と一緒に祭りを回ることができるのだ。 はやる心を抑えつつ、持っていた桃の枝を花器に生けていく。 「さすが元花屋」 「生けるだけなら簡単だ」 花へ鼻先を近づける朱璃。 「ふふ、いい香り」 『桃花帝』の名に相応しい光景である。 「……む」 指先に軽い痛みが走った。 見ると、小さな切り傷ができている。 「どうしたの?」 「枝で指を切ったらしい」 「えっ、大丈夫?」 「ああ、すぐに塞がる」 刀傷でもすぐに塞がる身体だ。 この程度の傷など一瞬で──「治るのが遅いな」 「本当だ。 どうして?」 一分ほど待ってみたが、傷は塞がらない。 「前はすぐに治ってたのに」 「ミツルギがいなくなったから、力が弱くなってきてるとか?」 「そうかもしれないな」 傷口を見ながら、«根の国»での出来事を思い出す。 『皇国に降りかかる厄災を斬るもの』としての力は、やはりあの時、ミツルギが持っていったのだろう。 「大丈夫、«天御剣»じゃなくても、宗仁は私の一番の臣下で恋人だからね」 朱璃が、勇気づけるように手を握ってくる。 「俺ほど主に恵まれている道具は、他にいないだろうな」 朱璃の手を握り返し、抱き寄せる。 道具として生まれた俺がこんな温もりを味わえるなど、幸運としか言いようがない。 腕の中の朱璃が、俺の胸板に頭を預けてくる。 そして、頬を膨らませて俺を見上げてきた。 「宗仁は道具じゃないでしょ。 間違えないで」 「ああ、悪かった」 笑って謝りながら、朱璃の頭を撫でた。 「古杜音に診てもらうのはどう?」 「謁見で会ったばかりだから、まだ帝宮にいると思うけど」 「ああ、頼んでみよう」 俺は携帯を取りだし、古杜音に〈電信〉《メール》を打った。 俺の身体に触れていた古杜音が、うーんと唸った。 「何かわかったか?」 「呪力が少しばかり弱まっているようですね」 古杜音「どうして?」 「やはり、ミツルギ様の人格が消えてしまったからかと」 「宗仁様の身体を呪力の器とするなら、そこに穴があいてしまっている感じといいますか」 「今後も、«天御剣»としての力は弱まっていくのか?」 「可能性はあります」 「そ、宗仁が消えちゃうってことはないの?」 「ご安心ください、それはありませんから」 「よかった」 安堵の溜息を漏らす朱璃。 「俺が消えたら、また天京に桃の花が降ってしまうな」 「うるさい」 「宗仁様、もう無茶は控えてくださいね」 「恐らく、以前ほど無敵な身体というわけではありませんから」 「ご自分のことは«天御剣»ではなく、普通の武人だとお考えください」 「ああ、気をつけよう」 「だが、朱璃が危ないときは別だ」 「そう言うと思いました」 呆れたように笑う古杜音。 「古杜音、助かった」 「いえいえ、お役に立ててよかったです」 「では、私はこれで」 「古杜音、«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»はどうするの?」 「もちろん参加いたします!」 「ふふふ、今年こそ、全ての屋台を食べ歩いてみせますよ!」 「そうなんだ、頑張ってね」 「はい! 斎巫女の名にかけて!」 勢いよく頭を下げ、退室する古杜音。 部屋が静かになり、外から春風が吹き込んだ。 「ふふ、古杜音は相変わらず賑やかね」 「……宗仁? どうしたの?」 「俺はもう、«天御剣»ではないのだな」 一人の武人としては、やはり強くありたいと思う。 だが、一人の男としては、朱璃と同じ『人間』に近づけているような気がして嬉しくも思う。 朱璃と同じ時を生きる存在として、これからの人生を共に歩んでいくことができるのだ。 「«天御剣»じゃなくなって、落ち込んでる?」 「いや、逆だ」 「新たに歩き始めた皇国に、もはや神器は不要だろうからな」 「……実は私も、ちょっとだけよかったって思ってる」 「これで、宗仁は自分のことをもう『道具』だなんて言わないでしょ」 「そんなことを気にしていたのか」 「気にしますー」 唇を尖らせる朱璃。 そして、気を取り直すように咳払いした。 「宗仁……いえ、«天御剣»。 今まで二千年間、皇国を守ってきてくれてありがとう」 「貴方は最も忠義に篤い、皇国の英雄よ」 「ははは、«天御剣»も、これでお役御免だな」 「だが、武人までやめる気はないぞ」 戦いが起こらないとはいえ、刀を手離す気にはなれない。 「はいはい、わかってる」 「古杜音も言ってたけど、前みたいな無茶はやめてよね」 「今まで戦ってきたぶん、これからは楽しい思い出をたくさん増やしましょう、宗仁」 朱璃に頭を撫でられる。 伝わる体温が、二千年の戦いで傷ついた身体を癒してくれるようだ。 俺もまた、胸の中に溢れる朱璃への愛情を伝えたくなる。 「朱璃」 頬に手をやると、朱璃はそれだけで察してくれる。 「もう、今日は«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»に行くんでしょ?」 「私の浴衣、見たいって言ってたじゃない」 「ああ、見たい」 「浴衣も見たいが、このまま朱璃から離れたくないんだ」 「わがままなんだから……んっ」 朱璃が、俺の口づけを受け入れてくれる。 「はっ、んんっ……ちゅ」 唇を離しては、また触れさせる。 餌をついばむ小鳥のように、俺たちは何度も接吻した。 身じろぎする朱璃を、決して離すまいと強く抱きしめる。 「んっ、ちゅっ、ちゅむ……」 何度も繰りかえした口づけだというのに、胸の鼓動が激しくなる。 愛情を伝えあう行為が、これまで以上に価値あるものに思えた。 「ちょっとだけ、あっち向いてて」 「どうした?」 朱璃の後について部屋に向かう。 「いいから」 廊下でしばし待たされること数分。 「宗仁、もういいよ」 朱璃の声に導かれ、部屋に入る。 椅子の前で膝をついている、浴衣姿の朱璃が目に入った。 「浴衣、見たかったんでしょ」 「ふふっ、嬉しい?」 浴衣姿を強調しようと胸を張る朱璃。 下着などはつけていないのか、胸の膨らみが目立っている。 「宗仁、ここに座って」 促されて椅子に腰かける。 朱璃の目の前に、昂ぶった俺の股間があった。 俺のために着替えてくれた朱璃。 朱璃を求める欲望が溢れ出し、身体に触れたくなる。 陰茎が、また大きくなるのを感じた。 「ふふ、今、びくってした」 「ちょっと待ってね……んっ」 朱璃が自らの浴衣に手をかけた。 襟元から、豊かな乳房がこぼれる。 ほんの少し紅潮している肌は、うっすらと汗ばんでいた。 「こうすれば、もっと宗仁に喜んでもらえると思って……どう?」 丸みと柔らかさを帯びた乳房。 「ああ……ありがとう、朱璃」 朱璃の頬を優しく撫でる。 きめ細やかな肌は、触れているだけでも極上の心地だ。 「んっ、宗仁……」 気持ち良さそうに目を細める。 頬に這わせていた指を、唇に移動させた。 「んっ……ちゅ」 指先を口内に差し入れると、躊躇いもせず舐めてくる。 「ふっ、はふっ……ちゅっ」 「ちゅぶっ、れろ……んんっ」 指を抜くと、朱璃は物足りなそうに目を細めた。 離した指は、唾液で唇と繋がっている。 「はぁ……んっ」 今の行為で昂ぶったのか、桃色の朱璃の乳頭がぴんと立っていた。 だが、朱璃は自分よりも俺に快楽を与えたいらしい。 「宗仁、してあげるね」 熱っぽい瞳で俺の股間を見つめながら、手を添える。 そして、膨張していた肉棒を取り出した。 いきり立った陰茎が、勢いよく朱璃の鼻先に露出する。 「ちょっと汗のにおいがする」 くんくんと亀頭を嗅ぐ朱璃。 愛おしそうな表情になり、ちろりと舌先を亀頭に這わせた。 筆先でくすぐられるような、小さくこそばゆい快感が生まれる。 「んっ……ちゅるっ、ちろっ」 「はふっ、れろ、ちろっ」 尿道を舌先でつつかれ、陰茎がびくりと跳ねた。 「ここ、つつかれるの弱いの?」 「んっ、れろ、れろっ……ちろっ」 執拗に尿道を責めてくる朱璃。 快楽に耐えている俺を見上げ、嬉しそうにしている。 「もっと、舐めてあげるね」 「んちゅっ、んっ……はぁっ」 「れろっ、れるっ、じゅぶっ、ちゅっ」 柔らかな舌が亀頭を這って、温かさで先端から溶けそうな気分だ。 「はふっ、んっ……じゅぶぶっ、じゅる」 「れろっ、ちゅむっ、んっ」 舌での愛撫は、唾液によって滑らかさを増していく。 俺の性器を舐めて朱璃も昂ぶったのか、朱璃の息が荒くなってきた。 先端から伝わる吐息の熱が、快楽となって体中に響き渡る。 「はふっ、んちゅ……れろっ、れろぉっ……」 「んっ、こっちも……じゅるっ」 亀頭だけでなく、竿や裏筋にも舌を滑らせる朱璃。 陰茎が唾液まみれになり、ぬるぬるとした感触に包まれる。 「じゅるるっ……ちゅむっ、れろぉ……」 「はふっ……んんっ、ちゅっ、ちゅっ……」 手は使わず、口だけで奉仕してくれる朱璃。 精液を吸いだすように、尿道に唇を密着させて吸引してくる。 強い刺激に、思わず腰が小さく反応した。 「朱璃っ……」 「んふっ、今の、気持ちよかった?」 「もっとしてあげるね……ちゅっ」 「ちゅむううっ、ちゅっ……じゅるっ、ちゅうっ」 「んはっ、んっ……ちゅっ、ちゅううぅぅ……」 亀頭を舐められながら尿道を吸われる。 電撃のように、快楽が下半身に走った。 朱璃の唇から垂れる唾液には、俺の先走りも混じっているだろう。 「んふっ、んっ、ちゅぶっ、ちゅううっ、れろっ」 「じゅるるっ、ちゅぅぅぅっ……ちゅぅ、ちゅっ」 亀頭への愛撫と尿道の吸引が同時に行われ、陰茎が快楽に悶える。 睾丸から精液がせり上がり、勝手に腰が動いた。 「んうっ……!?」 驚いたのか、朱璃が口を離して俺を見上げてくる。 「動かしたいときはちゃんと言って……私が、動いてあげるから」 「はむっ……んちゅっ、じゅぶっ、れろっ……」 すぐに俺への奉仕を再開してくれる朱璃。 顔を動かして、肉棹をしごいてくれる。 「ふむっ、んふっ……ちゅっ、れろぉっ」 「じゅぶっ、じゅるるるっ、ちゅうぅ、はふっ」 朱璃の顔が前後するたび、瑞々しい朱璃の唇が陰茎をこする。 唾液まみれになった肉棒が露出しては、また飲みこまれた。 「くっ……朱璃……」 「んふっ……んちゅぅ、ちゅっ、ちゅむっ、じゅっ」 「れるうっ、んむっ……んくぅっ、じゅるるるっ」 口淫を褒めてやるように、朱璃の頭を撫でた。 すると、俺を見上げる朱璃の表情が嬉しそうになる。 撫でられて喜ぶ犬のようだ。 「ふふっ……れろっ、んちゅぅっ、れろれろっ……じゅぶっ」 「ちゅううぅぅっ……んむっ、じゅぶぅっ、ちゅぅ、ちゅぅ」 奥にある精子をも吸い取るように吸引してくる。 射精感が増し、思わず朱璃の頭を掴む。 「あふっ……れろれろっ、んふっ、ちゅうっ、じゅるっ!」 「んちゅっ、ちゅう、ちゅっ……んふっ、れろっ、れるぅ……」 「朱璃、もう……!」 「あふっ、うんんっ……いいよ、らひてっ……」 俺の陰茎を咥えたまま喋る朱璃。 俺はただ、射精感に身を任せた。 「ちゅううっ、じゅぶううっ、ちゅううっ、れろっれるぅっ!」 「ちゅっ……ちゅばっ、じゅるっ! ちゅむいっ、ちゅばぁっ!」 「んむうっ! じゅるるるるっ、ちゅっ、ちゅぶうっ! れろっ、れろっ」 「はふっ……んちゅうっ、ちゅううっ! じゅるるるううぅぅ……っ、じゅぶううっ!」 びゅるっ、びゅるるっ! どく、どくんっ!「あふあっ、んんんっ……んううっ!」 陰茎が朱璃の口から離れ、そのまま射精した。 意識が朦朧としそうなほどの快感が股間で爆発している。 朱璃の美しい顔が、俺の精液にまみれた。 「んふっ……はぁっ、ああっ……」 「宗仁の、いっぱいかかってる」 朱璃は微動だにせず、俺の精子を顔で受け止めてくれた。 赤い唇や、すらりとした鼻筋に、俺の精子がかかる。 「あっ……んんっ、すごく熱い」 ひとしきり朱璃の顔に精子を浴びせ、射精が収まった。 「はぁっ、はぁっ……ちゃんと、全部出た?」 「出しすぎなくらいだ」 「ふふっ、ちょっと久しぶりだし、溜まってたの?」 本当は、それだけではない。 朱璃への愛情が深くなり、行為への昂ぶりも増しているのだ。 「朱璃……」 「うん。 私も身体……熱くなっちゃった」 繋がりたいという欲求が、朱璃の目から伝わってくる。 着崩れた浴衣を直しもせず、朱璃が身体を横たえた。 朱璃の脚を持ち上げると、滑らかな肌をした太ももと、下着が露わになった。 よく似合っている薄桃色の下着は、秘部の箇所が濡れている。 「い、言わないで、わかってるから」 「はしたないけど……宗仁のを舐めてるだけで、こうなっちゃうの」 恥じらっているのか、浴衣の袖を可愛らしく握っている。 俺は下着の染みに手を伸ばした。 「あっ……んんっ」 指先に湿った感触が伝わり、朱璃が身体を震わせる。 「そんな、焦らすみたいに触らないで……ああっ」 撫でるようにして、陰唇の膨らみを撫でる。 朱璃の身体が小刻みに弾んで、下着がさらに濡れていく。 「んっ……んんっ、はっ、はぁっ」 「宗仁……身体、熱い」 潤んだ瞳で見上げてくる朱璃。 浴衣がさらにはだけ、覆われていた肌が露出した。 俺は、朱璃の下着に手をかける。 「ふあっ……」 陰部が外気に晒され、朱璃がびくりと感じた。 陰唇の間から垂れる愛液が、朱璃の太ももを伝う。 「どんどん出てくるな」 「だって……宗仁に触られると、止まらないんだもん」 朱璃の脚をさらに開かせると、陰唇が割れ、愛液でぬめる膣肉が覗いた。 「ああんっ、拡がっちゃう」 開いた膣口に、陰茎をこすりつける。 肉棒が、柔らかな陰唇に挟まれた。 「あひっ……ううんっ、んっ」 膣口をこするたび、朱璃が精液まみれの顔を快楽に染める。 射精したばかりで敏感な陰茎が、硬さを取り戻していく。 「あうんっ! はぁっ……んっ」 「あふっ、ううんっ、んうっ……」 さらに膣口が割れ、愛液がどろりと流れ出てくる。 隙間から覗く桃色の膣肉が、挿入をねだるように蠢いていた。 「はぁ、はぁ、宗仁……」 嬉しそうに目を細めながら頷く朱璃。 俺はゆっくりと腰を突き出していく。 「ふああっ、あああぁぁっ……!」 「きてる、私のなかに……!」 挿入を焦らされていた膣内が、すぐさま亀頭に吸いついてくる。 締め付けも強く、最奥へ到達するのも困難なほどだ。 「はぁっ、はぁっ……ううんっ、んんっ!」 「ああっ、やっ……宗仁のこと、好きすぎて……締まっちゃう」 快楽で背筋を反らせる朱璃。 「宗仁のこと、もっと感じたい……!」 「大丈夫だから……もっと奥まできてっ」 「ああ、俺も、もっと深く繋がりたい」 きつい膣内を、陰茎が突き進んだ。 一度射精した陰茎は敏感になっており、膣襞に擦られるたび腰が震えた。 「はあっ、ううっ……んんっ、んっ」 「くふうっ……んっ、ひっ、ひいいんっ」 「はぁっ……宗仁の、一番奥、きてる……! んんっ」 亀頭が最奥に達し、陰茎全体が温かい膣肉に包まれた。 膣肉がきゅうきゅうと収縮し、結合部からは愛液が大量に溢れている。 「はぁっ、はぁっ……宗仁、気持ちいい……?」 「ああ」 「ふふ、嬉しい」 「いつでも、動いていいからね」 汗を浮かべながら微笑む朱璃。 朱璃の一番深い場所へ愛情を伝えるように、俺は抽送を開始した。 「はぁっ、あっ、あっ、あっ、ああっ、あっ……!」 「あっ、あひっ、ひっ、あうっ、あううっ、うんっ、んっ!」 「はぁっ、ああっ、あひっ、ひいんっ、ひんっ、ひんっ!」 小刻みに動くと、朱璃も激しく嬌声を上げた。 動く肉棒を絡め取ろうとするように、膣襞が陰茎を責め立ててくる。 「はぁっ、んっ、んっ、あんっあんっ……あっ、あっ、あっ……!」 「はひっ、ひんっ、ひうんっ、うんっ、んっんっんっ……あんっ!」 「朱璃も気持ちいいか……?」 「うんっ……宗仁の、熱くて……気持ちいいよ……んっ、んうっ!」 膣を突くたび、乱れた浴衣からこぼれている朱璃の乳房が揺れた。 吸い寄せられるようにして、乳房へ口づけをする。 「はぁっ、あっ、胸……も?」 「あひいっ、ひうっ、ううんっ、んうっ、んふうっ、んっ……!」 「ああっ、あっ、あっ、あっあっ……! あんっ、ふああぁっ!」 乳房を揉みしだくと、朱璃の嬌声がさらに激しくなった。 膣肉の締めつけも増している。 朱璃を感じさせようと、硬くなっている乳頭を口に含んだ。 「はああぁっ、ああんっ、乳首……だめぇっ……ううんっ」 そのまま乳首を責めながら、膣肉をえぐり続ける。 「はああんっ、ああぁっ! あっ、ああっ、あっ……あんっ」 「はぁぁっ、あっ、あっ、あっ、あうっ、あうんっ、うんっ!」 「ふああっ、あぁっ、はぁっ……あっ、あっあっあっ……!」 強張っていた膣肉がほぐれてきたのか、陰茎が動かしやすくなる。 肉棒を抜ける直前まで引き、一気に最奥へ突き入れた。 「あふああぁっ! ああぁっ! はっ、はぁっ、ああっ……!」 いきなり最奥を突かれた朱璃は、四肢を痙攣させながら快楽に浸る。 乳頭を噛みつつ、激しい抽送を続けた。 「あああぁぁっ! はぁぁっ……んんっ、ふああぁぁっ! はぁっ、んっ」 「はぁっ、あひっ……ひううぅぅんっ! ううんっ、はぁぁ、ひああぁぁっ!」 「そうじっ……宗仁っ、宗仁っ……ふあっ、あっあっあっ……!」 朱璃の脚がぴんと伸び、爪先が何度も震えた。 俺は乳房から口を離し、もう片方の胸へと口づける。 朱璃の膣内に欲望を放ちたくなり、腰の速度を上げる。 「はあんっ、んっ、んうっ、んんっ、んうっ、んっんっんっ……」 「ひっ、ひんっ、んんっ、んうっ、んくっ、ふあっ、あんっ、ああっ!」 「はぁっ、あっ、あっあっあっあっ……はあんっ、んううっ、んっ、んんっ」 「はぁっ、はぁっ、宗仁……私、きちゃう、きちゃうぅ……!」 絶頂を予感した朱璃が、髪の毛を振り乱しながら喘ぐ。 結合している性器が震え、絶頂が近いことを伝えあった。 「宗仁、一緒に、一緒にいきたい……!」 「あんっ、あっあっ……ああっ……宗仁、いくっ、いくっ……いっちゃうぅぅ!」 俺は朱璃に覆いかぶさり、射精寸前の陰茎を思いきり打ち込んでいく。 「朱璃、出すぞ……!」 「きてっ、きてぇっ……!」 「はぁっ、あっ、あっあっあっ……あふっ、ふあっ、ふあああっ、ああっ!」 「ああっ、ああぁぁっ! ふああぁぁんっ、あはぁっ、あっ、あふっ、ふあんっ!」 「ひぁっ、あっあっ! あんっ、あんっ、ふあぁぁっ、ああぁぁっ、ああぁぁぁぁぁぁっ!」 「ふあああぁぁぁぁぁっ! んあああぁぁぁぁぁぁぁっ! あぁぁっ、あああああぁぁぁぁぁぁんっ!」 びゅるるるっ、どくっ! どくどくっ!「あひいいっ! ひっ、ひああっ……はぁっ、ああっ」 「ああんっ、私のあそこ、宗仁ので一杯になってる……うああんっ」 絶頂を迎えている膣内に、大量の精子を吐きだした。 射精中の肉棒を、朱璃がきつく締めつけてくる。 「はぁっ、ああっ、出して……全部……私の中に……」 脈動が収まるまで、亀頭を最奥に押しつけて射精した。 乱れている浴衣と、精液にまみれた朱璃の顔と膣。 それらが俺の情欲を刺激し、陰茎に休みを与えようとしなかった。 「まだ、したい?」 「私……宗仁の、もっと注いでほしい」 膣内でいきり立ったままの肉棒を感じたのか、朱璃が熱っぽい息を吐いた。 こんなことを言われて、欲望を抑えることなど不可能だった。 「朱璃……!」 精液まみれになった膣肉を、再び陰茎でかき乱す。 「ああぁっ、はぁっ、あんっ、んっ、んうっ、んひっ、ひっ……!」 「くうんっ、うんっ、んっ、んっ、んっんっんっ……はううんっ」 「宗仁の精子……私のなかで、ぐちゃぐちゃになってる……!」 互いに絶頂を迎えたばかりだというのに、交わる勢いは衰えない。 ふるふると揺れる乳房へ再びしゃぶりつく。 「本当に、胸、好きよね……んっ、んっんっんっ……!」 「はあんっ、んっ、ふあっ、あっあっ、あんっ、あふっ……んんっ!」 朱璃は、歯を食いしばって快楽に耐えている。 もっと感じさせたい。 俺は乳房から口を離し、敏感そうな部分を探す。 そして、朱璃の鎖骨から首筋へと舌を這わせた。 「ひゃあっ……やあんっ、くふぐったい……ふあっ、ああんっ」 「はあんっ、あっ、あふっ……ううんっ、あぁ、あぁ……!」 「やああぁっ、私、感じてる……ふあんっ」 「あひっ、ひんっ、ひいんっ、んっ、んうっ、んっんっんっ……!」 うっすらと滲む汗を舌ですくいとった。 「あっ、あっ、ああっ、あっあっあっ、あぁぁっ! あんっ、ああんっ!」 「はぁっ、ああっ、あっ、くすぐったいてばぁっ……ふあっ、ああんっ!」 「ふあっ、あっ、あっ、あっ、ああっ、あんっあんっ、んんっ、ひっ、ひんっ」 耳の下を、舌先で撫でるように舐める。 「はああんっ……舐めかた、いやらしいっ……ううんっ、んっ、んっ!」 「やあんっ、宗仁に触られて、私の身体、どんどんいやらしくなって……んんっ」 「ひっ、ひいんっ、ひっ、ひあっ、ひあっ、ああっ、あっあっ……ああんっ!」 朱璃の首は俺の唾液まみれになり、ぬるぬると光っていた。 「はぁっ、あひっ、ひっ、ひうんっ、ううんっ、んうっ、んっ、ひっ……ふああっ!」 「ああっ、私、もうっ……あああんっ!」 朱璃が何か言おうとするが、喘いでうまく話せていない。 だが、言いたいことはわかる。 「ああ、俺も一緒にいくぞ」 三度目の射精感が、腰の奥からせり上がってきている。 「うああぁっ、あんっ、ああっ、あっ、ああっ、あっあっあっ……」 「宗仁、宗仁……ぎゅって、ぎゅってして……!」 朱璃が両手を伸ばし、抱擁をねだってくる。 それに応じて、俺は朱璃を抱きしめた。 汗ばんだ朱璃の柔らかな身体が密着し、そのまま腰だけを動かす。 「ああっ、あんっ、あんっ、あふっ、ふあっ、あんっあんっ……!」 「はぁっ、あっ、あっあっあっ……ひああぁぁっ! あっ、ああっ!」 室内に響くのは朱璃の嬌声と、肉がぶつかりあう音だけだった。 「ああぁぁぁっ! 宗仁っ、宗仁っ……!」 絶頂が近いのか、膣肉が激しくうねる。 俺も、もう何も考えられなくなっていた。 「ああぁぁっ、宗仁の、びくびくって……私も、私も……!」 「ふああぁぁぁっ、あああぁぁぁっ! ああっ、あああんっ、あんっ、あんっ!」 「ひあああっ、ああぁぁぁぁんっ、うあああんっ! はぁっ、あっ、あああぁぁぁっ!」 「ああんっ、あっあっあっ……! くううううっ、ううんっ、んああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「ふあああぁぁぁぁぁぁっ! あああぁぁぁぁぁぁぁっ、ひあああああぁぁぁぁぁぁっっっっ……!!」 びゅくっ、どぷっ、どくどくっ!「んあああぁぁぁぁっ! ああああぁぁんっ!」 「また、出てるっ……ふああっ、あんっ」 すでに精子まみれの膣内に、再び射精する。 三度目にもかかわらず、量は増しているような気さえする。 膣肉も、まだ精子が飲み足りないとばかりに締めつけてきた。 「ああぁっ、あんっ……お腹のなか、一杯になっちゃう……!」 「ふああっ、あんっ、あんっ……!」 絶頂を迎えた朱璃が身をよじると、膣もねじられて陰茎が刺激される。 「くっ……」 びゅるっ、びくっ、びゅるるっ!「あああんっ、ふあっ、ああっ、あんっ」 「ふああぁ……ま、まだ出るの?」 朱璃と密着したまま、精子を流し込む。 出しすぎた精子が溢れ、浴衣に垂れた。 「んっ……全部出すまで、このままでいて……!」 朱璃が、俺を抱く腕に力を入れた。 そのまま脈動が収まるまで朱璃と密着し、最後の一滴まで送り込む。 陰茎が大人しくなってから、膣内から引き抜いた。 「ああんっ……二回も出されたから、すごい量」 膣口からは、白く濁った精液が流れ出ている。 「恥ずかしいから見ないで」 「その……お、お漏らししてるみたいじゃない」 「可愛らしいじゃないか」 「可愛くないっ!」 耳まで赤くなる朱璃。 そして、照れを隠すように浴衣を見つめた。 「«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»、これじゃ浴衣で歩けないね」 「ふふっ、まあ、これも楽しい思い出か」 「浴衣の«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»は、来年の楽しみに取っておきましょ」 俺の頬を両手で包みながら、にっこりと笑う朱璃。 「宗仁、これからも、ずっと一緒にいましょうね」 「勿論だ」 最後に、抱きしめ合う。 こうして、俺は朱璃との思い出を増やしていくのだ。 胸が躍るような未来を想像しながら、もう一度朱璃に口づけた。 「あれ?」 朱璃朱璃がいきなり声を上げた。 「あれ、あれ?」 「どうした」 宗仁「うーん」 首をかしげる朱璃。 何かあったのだろうか。 「宗仁、私の身体に触れてみて?」 「まだ昼だぞ」 「いや、俺は構わないが」 「そういう事じゃない!」 椅子の肘掛けをばんばん叩きながら赤面する朱璃。 咳払いをして、気を取り直す。 「私の体に触れて、皇祖様に話しかけてほしいのよ」 「緋彌之命に?」 緋彌之命の魂は、朱璃の中に残っている。 朱璃が語りかければ少しは反応するらしいが、基本は眠っているそうだ。 「昨日から皇祖様の反応がなくて」 「ちょっと心配だし、試しに宗仁から話しかけてみてくれない?」 「分かった、呼んでみよう」 「うん、お願い」 目を閉じる朱璃。 俺は朱璃の肩に手を置いて、緋彌之命に語りかける。 「緋彌之命、聞こえているか」 「……」 「緋彌之命、起きてくれ。 朝だぞ」 反応はない。 やはり駄目なのだろうか、と思った瞬間。 「なっ!?」 朱璃の身体から、目には見えない呪力のような力が生じた。 その力は、俺の腕に絡みついて離れない。 まるで、肌の上を蛇が這いずり回っているような感触。 朱璃から手を離そうとするが、一体化したかのように動かない。 「朱璃!」 目を閉じたまま動かない朱璃。 聞こえていないのか?腕に絡みついていた見えない力は大きくなり、やがて俺の全身を包み込む。 「何だ、これは」 そして、俺の意識はゆっくりと遠のいていった。 「ん?」 気がつくと、一人謁見の間に立っていた。 周囲を見渡すが、人の姿はない。 何が起こっているんだ?「おい! 逃げるな!」 滸「滸?」 「稲生を名乗るのなら、正々堂々と戦え!」 「待て待て! 刀をしまえ! ご先祖様になんてものを向けるんだ!」 融「融!?」 驚愕する。 今のは、間違いなく融の声だ。 「おお、ミツルギ! 丁度いいところに!」 「融、なぜここに!」 古い友との再会に、目頭が熱くなった。 死んだはずの融が、俺の目の前で──「てやああああっ!」 「ぎゃあああっ!」 滸に斬られかけて叫んでいる。 斬撃を紙一重で避けた融が、俺の背中に隠れる。 「た、助けてくれミツルギ!」 「待て、どういう状況だ」 「ははは、滸とやら! 稲生家の子孫だか何だか知らないが、ミツルギに勝てると思うなよ!」 融がびしりと滸を指差した。 「人を盾にするなんて、この卑怯者」 「宗仁、どいて」 抜き身の刀を持った滸が、ゆっくりと近づいてくる。 「武人の棟梁たる稲生家の祖先がこんな軟弱者だったなんて」 「その根性、同じ稲生である私が叩き直さなくては」 刀を構えて殺気を放つ滸。 「ミツルギ、武人とは一体?」 「呪術で強化された人間のことだ」 「いや、そんな話よりも今は……」 「はっ!」 一瞬で俺の背後に回りこんだ滸が、融に斬りかかる。 「うわあっ!」 「くっ、なんて逃げ足」 「待て! 稲生の人間なら真っ向から戦え!」 逃げまわる融と、それを追う滸。 話すらできない。 「相手がご先祖様でも容赦ありませんねー、滸様」 古杜音「古杜音、いたのか」 いつの間にか古杜音が立っていた。 片手に饅頭を持っている。 「もぐもぐ……自分のご先祖様は、もっと敬うべきです」 「そう思いませんか、千波矢様」 「ええ、その通りです」 千波矢古杜音の横から、千波矢がひょっこりと顔を出した。 「……ん?」 「千波矢っ!?」 「うわあっ! ど、どうしたんですか!?」 「驚くに決まっているだろう!」 「融もお前も、なぜここにいるんだ!?」 驚きのあまり、千波矢の両肩を掴みがくがくと揺さぶる。 「あわわわわわわわ」 「は、離してくださいミツルギ様~」 「す、すまん」 「おお、こんなに慌てている宗仁様は珍しいです」 のんきな事を言っている古杜音。 この状況に疑問を持っていないのだろうか。 「あ、千波矢様、お饅頭をどうぞ」 「はい、いただきます」 仲良く饅頭をわけあっている古杜音と千波矢。 血縁だけあって、顔も仕草もそっくりだ。 微笑ましい光景だが、それどころではない。 「古杜音、何が起こっているんだ」 「もぐもぐ……ああ、やっぱり佐村屋のお饅頭は絶品です、もぐもぐ」 全く俺の話を聞いていない。 「千波矢、これは一体」 「まふまふ……んふぅ、はふはむっ、もくもく……」 こちらも饅頭に夢中だった。 饅頭を飲み込んだ二人が、一様に表情をとろけさせる。 「ほわぁ……美味しいです~」 「ほわぁ……美味しいです~」 古杜音・千波矢駄目だ、この二人が揃うと調子が狂う。 滸と融は──「はぁ、はぁ……もう走れない」 「«不知火»!」 滸の握る刀から、炎が燃え盛る。 「あちちちちっ!」 「ミツルギ! 助けてくれ!」 「覚悟!」 「や、やめろーーーー!」 「逃げるなーーーー!」 外へと逃げる融。 その後を滸が追いかけていった。 「むぐむぐ……宗仁様も食べます? お饅頭」 「もぐもぐ……私、お茶を用意してきましょうか?」 饅頭のことしか頭にない二人。 駄目だ、稲生家と椎葉家、どちらも頼りにならない。 一体、何が起こっている?過去と現在の天京が融合したとでも言うのか?「宗仁様、宗仁様」 「そろそろ、お約束の時間でございますよ」 「行きましょう、ミツルギ様。 皇帝がお待ちです」 「約束? 皇帝?」 朱璃、いや、緋彌之命のことか?この状況では、どちらでもあり得そうだ。 古杜音と千波矢に、腕を一本ずつ引っ張られる。 「さあ、宗仁様! はりーはりー!」 「古杜音、『はりー』とは何ですか?」 「急げ、という意味でございます」 「なるほど、勉強になりました」 「ミツルギ様、はりーはりー!」 古杜音と一緒に、上機嫌で俺の腕を引く千波矢。 他に当てもないので、俺は大人しく連れて行かれることにした。 皇帝の私室前まで連れてこられた。 「では、私たちはこれで」 同じ動きで頭を下げ、古杜音と千波矢が廊下の向こうに消える。 この部屋の中には、朱璃か緋彌之命がいるはずだ。 もしかするとこの状況を打開できるかもしれない。 そう期待していると、扉が開いた。 「遅かったじゃない、宗仁」 「皇帝を二人も待たせるなど偉くなったものだな、ミツルギ」 緋彌之命「両方か」 部屋から出てきたのは、朱璃と緋彌之命の二人だった。 朱璃が小走りで駆け寄ってくる。 それを胸で受け止めてやると、緋彌之命が不満げな顔になった。 「朱璃、独り占めはずるいぞ」 「ミツルギ、ちゃんと〈皇〉《わたし》のことも抱いてくれ」 「おい、何を」 俺と朱璃のあいだに割り込んでくる緋彌之命。 結果的に、両腕で二人を抱く形になった。 「ここは私だけの場所なのに」 「こうして抱いてもらうのは久々だな、ミツルギ?」 二人が同時に見上げてくる。 頬を膨らませている朱璃と、嬉しそうな緋彌之命。 顔は似ているが、もちろん性格や仕草は違っている。 「待て、こんなことをしている場合では」 「まあいいじゃないか」 「せっかくだ、もう少し楽しもう」 緋彌之命に顔を覗き込まれ、その瞳から目が離せなくなる。 瞳に吸い込まれるような奇妙な感覚に、身体が動かなくなった。 そして突然、ミツルギとしての記憶が鮮明に蘇る。 鴇田宗仁とミツルギ、二つの人格で過ごした時間の境界線が溶けはじめ──二つの記憶が混じりあうと、俺の中には朱璃と緋彌之命への愛情が同居していた。 俺は、鴇田宗仁でもあり、ミツルギでもある。 朱璃と緋彌之命、二人を抱いている事が、たまらなく幸福だった。 「おい、朱璃、押すな。 ミツルギから離れてしまうだろう」 「このっ、少しは先祖を敬え」 「ここは私の場所なの」 「子孫に譲ってよ、おばあちゃん」 「誰がおばあちゃんだ!」 「あうっ」 朱璃の額をぺしりと叩く緋彌之命。 「喧嘩をするな」 等しく抱きしめてやると、二人は気まずそうにしながらも喧嘩をやめた。 「はあ、こんな事のためにミツルギを呼んだわけではないぞ」 「来い、朱璃」 「あ、ちょっと」 朱璃の手を引いて俺から離れる緋彌之命。 そのまま、部屋の中に向かう。 「今日は世継ぎを作るのだと、前々から三人で決めていただろう」 「さあ、ミツルギ、こっちに来てくれ」 「は?」 絶句しながら緋彌之命を見る。 朱璃もすでに納得しているような様子で、顔を赤らめてもじもじしていた。 「ミツルギ、今さら気後れしたのではないだろうな」 「物足りないのか。 そら」 「ひゃあっ!」 「なっ、なになに!?」 緋彌之命が指を鳴らすと、朱璃が水着姿になった。 いきなり露わになった朱璃の肌に視線を奪われる。 染みの一つもない肌が、雰囲気のせいか桃色に火照っていた。 「むう、こっちのほうが好みか」 「ちょっと、遊ばないで!」 〈玩具〉《おもちゃ》にされている朱璃。 「いや、そういう事ではなくてだな」 「ミツルギ」 再び、緋彌之命の瞳に吸い寄せられた。 さっきから緋彌之命の目を見るたび、まるで意識に霧がかかったようになる。 様々な疑問が、その霧の中へと消えていった。 頭の中が朱璃と緋彌之命を愛することでいっぱいになり、花に寄っていく蝶のように、二人に近づく。 「ミツルギ、早くきてくれ」 「宗仁……きて?」 「ああ」 二人に歩み寄り、部屋へ導かれる。 寝具に座ると、すぐに朱璃が後ろ向きに跨ってきた。 そして懐いた子犬のように臀部をこすってくる。 「ふふっ、ここは私の場所だからね」 「むっ……ま、まあいいだろう」 口角をひくつかせながら言う緋彌之命。 そして、緋彌之命は俺の両脚に跨った。 二人の柔らかさに情欲を刺激され、朱璃の胸に手を伸ばす。 「んっ……もう、いきなり?」 とろけるほどに柔らかな感触。 指先を乳房に沈み込ませ、力を抜いて弾力を味わった。 「んんっ、はぁ、はぁ」 「宗仁……もっと触って」 「むむむむ……」 「ミ、ミツルギ、〈皇〉《わたし》も触ってくれ」 拗ねた緋彌之命が布団をぼふぼふと叩く。 だが、両手に感じる柔らかな感触から離れることができない。 「くう……無視したな」 悔しそうな緋彌之命が朱璃を前に押し、自らは装束の裾をたくし上げた。 そのまま、下着を股間に押しつけてくる。 「はっ、んっ……んっ」 「そら、もっと強くしてやるぞ……んっ」 「く……」 押しつけられる性器の感触が、布地越しに伝わってくる。 「んっ、んんっ……ふふ、また大きくなったんじゃないか」 「そら、もっと強く……んっ、んうっ」 股間に与えられる柔らかな刺激に意識を奪われる。 手の動きを止めてしまった俺を振り返って、朱璃がむっとなった。 「わ、私もする」 「んっ、ううっ……」 俺に乳房を掴まれながら、緋彌之命と挟むように腰を押しつけてくる朱璃。 「はっ、んんっ、んうっ」 「ミツルギ……もっと、強くするか?」 「ふふっ……宗仁、最初は優しいほうが気持ちいいもんね?」 「んっ……んんっ、はぁ、はぁっ」 朱璃と緋彌之命の腰の動きに、俺の陰茎が固さを増す。 「んぅっ、んっ……苦しそうだな、ミツルギ」 「ふふ、出してやろう」 緋彌之命が、膨らんでいる俺の部分へと手を伸ばす。 「あっ、私が出してあげたかったのに」 抗議する朱璃をよそに、緋彌之命が俺の肉棒を取りだした。 衣服から解放された陰茎に、下着を擦りつけてくる朱璃と緋彌之命。 陰茎の皮が上下し、ゆったりとした快楽が生まれる。 「ふっ……んん、熱いな、ミツルギ」 「下着越しでも、脈打っているのが伝わってくるぞ」 「私のほうが、宗仁を気持ちよくしてしてあげられるんだから」 「宗仁も、私のこと……好きにしていいからね」 言いながら、乳房を掴んでいる俺の手を押さえてくる朱璃。 「はぁっ、はっ……んうっ」 「んあっ、宗仁……んうっ」 「は、んんっ、くぅっ……ミツルギ……」 「くふうっ、んっ……くっ……」 そういえば、この二人は血が繋がっているのだ。 ……俺は、とてつもない事をしているのではないか。 だが、もはや理性で己を制御することは不可能だった。 俺は腰を上下させ、二人の陰唇を同時にこすった。 「ふああああっ」 胸を同時に愛撫されているせいか、朱璃がぐったりした。 対照的に、緋彌之命は腰の動きをさらに激しくする。 「ふふっ、情けないな、朱璃」 「このままでは、〈皇〉《わたし》が……んんっ、ミツルギを気持ち良くさせてしまうぞ」 緋彌之命が腰を動かすと、押された陰茎が朱璃の女性器にめりこむ。 「あひっ……うああんっ」 「はぁっ、はぁ……あうんっ」 朱璃の耳元に舌先を這わせて、息を吹きかける。 「ひゃっ! もう……びっくり、したでしょ……!」 「朱璃なら、気持ちよくなってくれると思ってな」 耳を舐められるたびに身体を震わせる朱璃。 感じているのは明白だ。 「宗仁こそ……私を舐めて、硬くなってるんじゃない?」 「ああ、感じている朱璃が可愛いからな」 言いながら耳たぶを甘噛みし、乳房を揉みしだく。 「はぁっ、はぁぁっ……んんっ」 「はあっ……ああっ、宗仁、宗仁」 「朱璃……!」 「おい、二人だけで盛り上がるな。 寂しいだろう」 神話として語り継がれている緋彌之命が、やきもちを妬いて顔を赤くした。 「んんっ……こうすれば、〈皇〉《わたし》のことを見てくれるか?」 腰を上げて、するすると下着を脱いでいく緋彌之命。 「んっ……はぁっ、はぁ」 「ううんっ、〈皇〉《わたし》のが……ミツルギに触れて……はぁっ」 直に触れる緋彌之命の陰唇は、しっとりと湿っていた。 その湿り気を肉棒に塗りつけてくる緋彌之命。 「ふふっ……ミツルギのあそこが、〈皇〉《わたし》ので濡れているぞ」 「ミツルギは……〈皇〉《わたし》のものだ……はぁっ、はぁ」 「はっ、ううんっ……んふっ、んっ……!」 自らの愛液で濡れている肉棒を、愛おしそうに見つめている。 その表情を見て、ミツルギとしての人格が反応した。 緋彌之命との交わりを激しくさせようと、俺も腰を動かす。 「はぁっ、うううんっ、んうっ」 「ああんっ、ミツルギの……少し、入ってる……ううんっ」 陰唇に挟まっている竿の部分が、めり込んでいる。 わずかに感じる秘肉の感触が心地良く、さらに腰を上下させる。 「うあぁっ……あぁっ、あんっ、ひんっ」 「ふあっ、ああっ、あひっ、あううっ……」 「……んんっ、んっ」 朱璃も感じてはいるが、直に性器を愛撫されている緋彌之命ほどではない。 もどかしそうに腰をくねらせている。 「うあっ、はぁっ、あっ……あんっ」 「ミツルギっ……ミツルギ……ふあっ、ああんっ」 「くっ……!」 「むー……」 気づくと、朱璃が頬を膨らませて俺を見ていた。 「私も脱ぐ」 子供のようにそっぽを向きながら、朱璃も下着に手を掛けた。 「んんっ……これで、私のことも見てくれる?」 「はっ、はぁっ、あううっ……」 切なげな息を漏らしながら、朱璃が秘部を肉棒に密着させる。 「ふふふ、無理に動かないほうが、はぁっ……いいんじゃないか」 感じている朱璃を見て、緋彌之命が吐息混じりに言う。 「わ、私だって動くから」 「はひっ……ひんっ、ひうぅ……ううんっ」 朱璃と緋彌之命の性器に挟まれ、陰茎が固定される。 二人の愛液で俺の股間はびしょ濡れだった。 「はぁんっ、んうっ……ふあっ、はぁっ、はぁ」 「んふぅっ……んっ、んんっ……」 女性器の間で、陰茎が何度も脈動する。 朱璃の膣口は物欲しそうに密着し、緋彌之命は大量の愛液を垂らしている。 「くふぅっ……ミツルギ……んはっ、あぁ」 「んんっ、あぁっっ……ふうっ……んんっ、止まらない」 自らの膣から漏れる愛液を見て、恥じらっている緋彌之命。 腰の上下も激しくなり、陰茎の先端から根元までを膣口で擦る。 「はふっ、うああぁんっ、んっ、んうっ」 「んあっ、あああんっ!」 朱璃の腰が跳ねて、肉棒が緋彌之命の膣口に押しだされた。 そのせいで、先端が一瞬だけ緋彌之命の膣内に侵入する。 待ちわびていたかのように膣肉が絡みついた。 「ひううぅんっ!?」 「はふっ……んんっ、はぁっ、はぁっ」 「余裕ありそうだったけど、そうじゃなかったんだ」 息が切れている緋彌之命を見て、半笑いになっている朱璃。 「ひ、久しぶりなんだから仕方ないだろう」 「子孫の前で乱れるのは格好がつかないからな」 「気づいても言うな馬鹿者!」 「へー」 「くぬぬ……」 「い、いいから続けるぞ」 再び腰を上下させる緋彌之命。 「んうっ、はぁ、ふうっ、んっ……」 「はっ……んっ……んう、はぁっ」 朱璃に恥ずかしいところを見せまいと、唇を噛んで乱れるのを我慢している。 その意地の張り方がまた可愛らしい。 三人の腰の動きが絡まり合い、性器が擦れあう。 まるで桃の花が舞うように、二人の美しい髪が揺れていた。 「はぁぁっ、ああ……んんっ、ふっ、ん」 「ひんっ、宗仁、宗仁……んあああっ」 「はっ……ふっ、んっ……はぁっ、はぁっ」 朱璃の激しい嬌声が、情欲をかき立てる。 緋彌之命の妖艶な喘ぎは、俺の理性をゆっくりと溶かす。 「はぁぁっ、あっ、んひっ、ひいんっ」 「ふあっ、あっ、宗仁……私、もう……ううんっ」 「くふっ……んんっ、んうっ……」 押しつけられている二人の膣口が、卑猥に震えている。 三つの性器が互いを刺激し合い、互いに昂ぶっていく。 「あひっ……んんっ、んふっ、うあっ、ううんっ」 「ふあっ、ふっ……宗仁、私たちのに挟まれて、びくびくしてる……うあぁっ」 「ふふ、先も濡れているな……我慢せずに……出してくれ」 「はっ、ああっ、んっ……ふっ、ううんっ」 「はぁっ……はんっ、んう、んっ……」 二人とも、先走りを漏らす俺の肉棒を見つめている。 絶頂に達するべく、俺たちは快楽を与えあった。 「はぁっ、ああっ、んっ……ふうっ、ううっ……んああっ」 「ひっ……ひんっ……んっ、んはぁっ、はぁっ……あっ、あううんっ!」 「ふっ……ふうっ、ふっ……んっ……あっ、あっ」 「はっ……ああっ……んっ……んう、んう、んっ」 両手で朱璃の乳房を掴みながら、首筋に舌を這わせた。 その様を、火照った顔の緋彌之命が羨ましそうに見つめる。 「〈皇〉《わたし》も、そこがよかった……はっ、はぁっ」 「んっ……ふっ、ふっ……んくっ……んっんっ」 「宗仁、私、私……もう……!」 「ああ、俺もだ」 「緋彌之命も、きつそうだな」 「だから、いちいち言わなくてもいい……!」 「まったく、二千年経っても……治っていないのか」 責めるようではなく、むしろ嬉しそうに言う。 二人の身体が強張り、膣口がきゅうきゅうと締まった。 腰の奥で快楽が何度も弾け、尿道を精子がかけ上がる。 「くっ……」 愛液で溶かされているのかと錯覚するほど、肉棒が熱くなる。 「はぁ……はぁっ、はああっ……んあっ」 「くぅっ……ふあっ、ああっ……んううぅぅっ! ミツルギ……!」 「ああっ、あんっ、いくっ……いっちゃうぅっ……!」 「はぁんっ! あふっ、ふああっ、ああぁっっ、あんっ!」 「ふああぁぁっ、ああっ、宗仁っ、宗仁……んあああぁぁっっっ!」 びゅるっ、どくどくっ! びゅくっ!「んううううっ! んっ、んひっ、ひいんっ!」 「くうっ……はぁっ、ああっ、あっ……!」 絶頂を迎えて弾む二人の身体に、白濁を浴びせる。 「くふっ……んんっ、はぁっ……あうぅ……」 「ふっ……はあっ……ミツルギ……んんっ!」 眩暈を起こしそうなほどの快楽に耐えながら、精を放つ。 二人は遮りもせず、精子を身体で受け止めてくれた。 射精が収まっても、余韻に震える肉棒を愛おしそうに見つめている。 下腹部に付着した精液を嬉しそうにすくい取り、指先で粘つかせる緋彌之命。 「ふふ、ミツルギ……たくさん出してくれたな」 「〈皇〉《わたし》のここ、気持ちよかったか?」 濡れそぼった膣口で、精子を垂らす肉棒に接吻する。 硬度を保ったまま陰茎がびくっと反応した。 「宗仁、私のも気持ちよかったでしょ?」 朱璃が身じろぎすると、俺の手に包まれたまま乳房が揺れる。 そして、切なそうな瞳で見上げられた。 「ねえ、宗仁……私、中のほうが……」 腰をくねらせる朱璃。 朱璃にねだられて、拒絶するわけもない。 「ま、待て。 朱璃はたくさん抱きしめてもらっただろう」 「次は……〈皇〉《わたし》がそこだ」 俺の袖をつまみ、弱い力で引っ張ってくる緋彌之命。 「宗仁」 絶頂を迎えたばかりの二人が、荒い息のまま俺を見つめてくる。 俺は二人を両腕で抱え、そのまま押し倒した。 倒された二人は抱き合うような格好で寝転がった。 「きゃっ」 「ミツルギ、何をするんだ」 戸惑う二人の頭を撫でる。 「この体勢なら、二人とも喧嘩しないだろう」 「喧嘩などするわけないだろう」 「そうよ、皇帝を何だと思ってるの」 「……すまん」 こんな時だけ息が合う二人。 双方の乳房が、寄り添うようにして触れ合っている。 どちらも、蕩けた饅頭のように柔らかそうだ。 二人の乳房に、片方ずつ手を伸ばす。 「あっ! ふっ、ふあっ」 「はっ……んんっ」 朱璃の乳房は弾力があり、乳首が硬さを主張している。 緋彌之命の乳房には、指が包まれるように沈みこむ。 俺は乳房から手を離し、緋彌之命の膣口に先端をあてがった。 「ふっ……んんっ」 「先に、挿れてくれるのか」 微笑みながら膣口をひくつかせる緋彌之命。 朱璃は少しだけ頬を膨らます。 「さっきは、緋彌之命が寂しそうだったからな」 「朱璃にもちゃんとするから、待っててくれ」 「……ん、わかった」 頭を撫でると、朱璃は小さく頷いてくれた。 「きてくれ、ミツルギ」 「んんっ、は、早く……」 挿入を急かす緋彌之命に応じて、膣口に亀頭を差しこんでいく。 「ふああぁぁぁっ……」 「ふっ……ううんっ……あっ、あううぅ」 「はぁっ、ああっ……はぁっ、はぁっ……」 「奥まで入れるぞ……!」 こくこくと頷く緋彌之命。 奥を目指して腰を突き出す。 「ああぁぁっ……ああっ、あふっ、ああっ」 「一番奥……ミツルギの、当たってる……はうぅぅぅっ……!」 先端が膣の一番深いところに達し、緋彌之命が長く深い息をつく。 膣肉の収縮が激しくなる。 「ふぁあっ、あっ、あうっ……はぁっ、はぁっ」 「はああぁっ、はあっ、ううっ、お漏らし……止まらない」 緋彌之命の膣内が愛液で満たされては、結合部から流れ出る。 垂れた液体が、布団に染みを作った。 「はあっ、ああっ……んうううっ!」 「私いつも、こんな顔してるのかな」 快楽に染まる緋彌之命の顔を覗きこみながら、朱璃が赤面する。 「やめっ、見るなぁ……!」 緋彌之命が、俺たちから顔をそらそうとする。 「駄目、ちゃんと顔を見せてあげて」 「そのほうが、宗仁が嬉しいでしょ」 「うう……覚えていろよ、朱璃」 優しい手つきで緋彌之命の頬に触れ、顔の向きを元に戻す朱璃。 「動かすぞ」 ゆったりとした速度で抽送を開始する。 肉がぶつかる音に、緋彌之命の喘ぎが重なる。 「はああっ、あふっ、あっあっあっ……ああっ、ひゃっ……んんっ」 「はっ、はぁっ、はんっ、んっ、んあっ、んんっ、んうう~っ……!」 「んあっ、はぁっ、はぁっ……ふっ、うっ、ああっ、あっあっ……ああっ!」 緋彌之命の熱い吐息が、朱璃にかかった。 「すごい、皇祖様、こんなに感じてる」 「宗仁の……気持ちいいんだ……んんっ、ふっ」 気付くと、朱璃が自らの秘部に指を這わせている。 我慢できなくなったのだろう。 膣を突くたびに揺れる緋彌之命の乳房を再び揉んだ。 「はあっ、あうんっ、んっ、んひっ、ひっ……ひあっ、ひんっ、ひんっ!」 「胸も一緒に……なんてっ……んあっ、あああんっ!」 「触らないほうがいいか?」 「嬉しい、から……もっと、触って」 指先を沈み込ませ、こねるように揉みしだく。 埋めた指が乳房の脂肪に包まれ、緋彌之命の体温で温められる。 「あんっ、あふっ、ミツルギの触ったところ……熱くなって、気持ちいい……あっ」 「はっ、はあんっ、あんっ、あっあっ、あふっ、ふうんっ、んっ、んんっ!」 「ひゃっ、あっ、あふっ、あうっ、あううんっ、んっ、んんっ、んううっ!」 緋彌之命の大切な装束が乱れ、汗で湿っていく。 そんなことに構う様子もなく、緋彌之命は俺との交わりに没頭していた。 射精感が高まり、俺は腰の動きを激しくする。 「んあああっ、ああっ! あううっ、あうんっ! んっ、んあっ、ああっ」 「はううっ、うんっ! ううんっ、んっ、んっ、んああっ、あああっ、ああんっ」 膣内をかき乱された緋彌之命が、ぎゅっと身体を強張らせる。 朱璃の首に回している腕にも力が入り、二人の顔の距離が近づいた。 「ふあっ、あっ、あうっ、あああぁっ、あっあっ、あんっ……んっ、うあんっ」 「ああぁっ、あっ、ああんっ、あううっ、あうんっ……んひっ、ひいいんっ!」 「あっ……んっ、ふ、ううんっ」 朱璃は俺たちの性交を見ながら自慰を続けている。 朱璃と緋彌之命の唇が、触れそうなほど近づいていた。 「ミツルギ! 〈皇〉《わたし》、もう、だめだ……!」 「ああ、俺も出すぞ……!」 緋彌之命の脚を掴みながら、腰だけを動かす。 「はああっ、ああっ、あふあっ! ああぁぁっ、ああああぁぁぁっ!」 「あっあっあっ、あああっ! ふああぁぁんっ、ああっ、ああああぁぁっ!」 「ふぁっ、あっ……ひっ! ひああっ、ふあんっ、ふあぁぁっ、ひあぁっ、ああぁっ!」 「んあああぁぁぁぁぁっ! ああああぁぁっっ! あぁぁっ、うああああぁぁぁぁんっ!!」 びゅぅっ、びゅるるっ、どくんっ……っ!「あっ、ふああっ、ああんっ、あああぁっ!」 「中が……ミツルギので満たされてる……!」 絶頂を迎えて激しく蠢く膣内へ、精子を注ぎ込む。 膣肉は精子を搾るように収縮し、肉棒を離そうとしない。 「んうっ、はぁっ、ああっ、あんっ!」 精が放たれるたび、緋彌之命も身体を弾ませた。 「ああぁぁぁっ……んっ……はぁぁぁっ……!」 緋彌之命が、膣内の精子を味わうかのように深い息を吐いた。 射精の勢いが弱まっても、膣肉の締めつけは収まらない。 「んっ、あふっ……あっ、んんんっ」 「はぁっ、はぁっ……ミツルギ、全部出したのか?」 陰茎の脈動が止まり、射精も終わる。 「ああ……出した」 「ふふふ、なら、次は朱璃にしてやってくれ」 朱璃は激しい自慰を続けている。 そのまま絶頂に達さんばかりの勢いだ。 「ははは、俺は必要なさそうだな」 「もう、どうしてそんな意地悪言うのよ」 「私が我慢できないの……分かってるでしょ」 緋彌之命から精液まみれの陰茎を抜き、朱璃の膣口へ亀頭を添える。 「んうううぅぅぅぅ……!」 緋彌之命と俺の体液を付着させた肉棒が、朱璃の膣内に入っていく。 今まで何度も俺の肉棒を咥えた膣は、すんなりと受け入れてくれた。 そして、二度と離すまいとするかのように締めつけてくる。 「あっ、あああっ……宗仁の、きたあっ」 「はぁっ……あっ……ああっ、んうぅっ……」 焦らされて感度が高まっていたせいか、朱璃が脚を閉じはじめた。 陰茎が膣壁に締めつけられる。 「くっ……朱璃」 「ううっ、だって……焦らされて、いつもより気持ちいいんだもん……」 快楽でとろけてしまった顔のまま言う朱璃。 肉棒を締めつけてくる無数の膣襞が、俺を果てさせるかのように蠢いている。 このままではすぐ射精してしまいそうだ。 「こら、朱璃……脚を閉じたら窮屈になるだろう」 妖艶に笑った緋彌之命が、閉じようとした朱璃の脚を開かせていく。 「あっ、ちょっと、そんなに開いたら……もっと奥に当たっちゃうっ……!」 「ああっ、あっ……んっ、んううっ、はぁっ、ああんっ」 「だめ、宗仁、動かしたらだめぇ……!」 そう言いつつ、朱璃の表情には期待が込められている。 腰を突きだして、肉の壁をかきわけた。 やがて、竿の全てが埋まって見えなくなる。 「はぁっ、はぁっ、あっ……宗仁の、全部入ってる?」 膣内にある肉棒の存在を確かめるように下腹部を触る朱璃。 そして、幸せそうな顔になった。 「ああ、入った」 「じゃあ、動かして……」 「緋彌之命にしてあげたみたいに……私と一緒に、気持ちよくなろう?」 抽送をねだりながら、小首を傾げてくる朱璃。 すぐに俺は、主の命に従って腰を前後させた。 「あっ、ああっ、んっ、んうっ、あんっあんっ……あっ、あっ、あっ!」 「あひっ、あぁっ、あうっ、うんっ、んっ、んうっ、んっんっ……!」 「あっ、奥っ……叩かれっ、気持ちいいっ……はぁっ、はっ……あうっ、あうっ!」 息を切らせながら喘ぎつづける朱璃。 快感のあまり、まともに話すのも難しそうだ。 「はぁっ、あっ、あふっ、あっあっあっ……あんっ、あんっ、ああっ」 「あっ、んっ、んんっ、んああっ、あふっ、ふあっ、んっ……んっ、んうっ」 「ふふ、ミツルギ、口づけをしてやれ」 嬌声を上げる朱璃とは対照的に、緋彌之命が落ち着いた声で言う。 朱璃の呼吸は激しく乱れているので、少し気が引けた。 「朱璃はしてほしそうだぞ?」 朱璃が切なそうな瞳になり、恥ずかしそうに頷いた。 俺は腰の抽送を続けながら、朱璃に覆いかぶさって唇を重ねる。 「あふっ、んっ、ちゅうっ……ちゅぶっ、ちゅっ、ふむうっ……んっ、ちゅぶっ」 「ちゅるっ……じゅるるっ、んちゅっ……んはっ、ちゅぶっ、ちゅううっ」 唇を触れ合わせて、すぐに互いの舌を絡ませる。 俺の唾液が朱璃の口内に流れ込んだ。 それを美味しそうに飲み下しながら、朱璃の膣肉がうねる。 「はぁっ、あっ……ちゅぶっ、ちゅうっ、ちゅむっ、れろっ、んっ」 「はっ、じゅるるっ、ちゅむぅっ……んふっ、れろっ、れるうぅ……」 舌先で、朱璃の口内の粘膜をくすぐるように触る。 舌の裏をちろちろと舐めてやると、そのたびに朱璃が身体を弾ませた。 「んうっ! んっ……んちゅっ、じゅるっ、ちゅむっ、んんっ、はぁっ」 「ちゅぶっ、んっ、じゅるるっ、れろぉっ、れるっ……んちゅっ、はふっ」 口内が性感帯と化しているかのように、朱璃の感度が上昇していく。 瞳は遠くを見るように細められていた。 「あふっ、ふむうっ、じゅぶっ……ちゅっ、ちゅうっ……」 「ちゅっ……んむっ、んはぁっ」 唇を離すと、朱璃は唾液にまみれた口元に笑みを浮かべていた。 「はぁっ、はぁっ、口の中、触られるの……気持ちよかった」 「むぅ……おい、ミツルギ。 〈皇〉《わたし》は口づけをしてもらってないぞ」 「そんなの不公平だ……んっ」 宥めようと顔を向けたところで、緋彌之命に唇を奪われた。 「あっ……うぅ~」 朱璃が、緋彌之命と俺の接吻に嫉妬している。 「ちゃんと、中で出してくれないと怒るからね……んううっ」 「ああんっ、あっ、ひっ、ひんっ、んんっ、あふっ、ふっ、あんっ」 「じゅるるっ、ちゅっ、ちゅ……んむっ、れるっ、れろっ」 陰部と唇、それぞれ違う相手と交わる。 二人ぶんの愛情が快楽となって伝わってきた。 「あひゅっ、んっ、ああっ、あふっ、ふっ、ふあっ、ああっ、あんっ、あふっ」 「んくっ、んっ、んんっ、んひっ、ひっ、ひあっ、ひんっ、ひいんっ!」 朱璃の膣内は、ざらついた部分を亀頭に擦りつけてきた。 緋彌之命は俺の口内を舌でまさぐり、唾液まみれにしてくる。 「じゅぶっ……んふっ……ちゅるるっ、じゅるっ、ちゅっ」 「ああっ、ひゃっ……んんっ、んうっ、はっ、はぁっ……ああっ!」 「うああっ、あああんっ、あんっ、ああっ、あひっ……ひああっ、あああっ!」 朱璃が四肢を震わせ、天井を見上げながら身体を弾ませた。 乳首をぴんと勃たせた乳房が揺れ、膣壁が何度も収縮する。 射精感が一気に高まり、膣肉に包まれたまま肉棒が脈動をはじめた。 「宗仁、いくときっ……ぎゅって、して」 「一緒に、いきたい、からっ……んんっ、はぁっ、ああっ」 互いに絶頂が近いことを察した朱璃が、抱擁をねだってきた。 緋彌之命が仕方ないという顔で、唇を離してくれる。 「宗仁、宗仁……」 待ちきれないという様子で両手を伸ばしてくる朱璃を、きつく抱きしめる。 互いの熱い体温が交わり、このまま溶けてしまいそうなほど昂ぶった。 「はうぅっ、うんっ、んっ、んんっ、んひっ、あっ、あっあっ、あぁっ」 「ああっ、あっ、ああっ、あっあっ……やっ、いく、もう、いっちゃうっ……」 朱璃が脚を俺の腰に絡め、膣内射精を求めてくる。 俺も朱璃の身体をしっかりと抱き、亀頭を最奥に密着させた。 「くっ、朱璃……!」 「ああっ、宗仁、出して、出してっ……私も、いくからっ……!」 「ひうううぅぅっ、ああぁっ、ああんっ! ああんっ、あっあっあっ!」 「うあっ……ああっ、んああっ、あんっ、ああんっ、ふああっ、んああぁぁぁっ!」 「ひゃああんっ! やああっ、んあぁぁ……っ、ふああっ、あああぁぁぁぁ……っ!!」 「ああああぁぁぁぁっ!! あああぁっ、あああぁっ、んああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」 「はああぁぁっ! あああぁっ、ふああっ、ああんっ!」 「出てる……お腹の奥、宗仁ので……いっぱいになってる……!」 子宮に注がれる精子を味わうように、恍惚とした顔になる朱璃。 絶頂を迎えた膣肉から与えられる刺激に、射精中の肉棒が激しく反応する。 「んあっ、ああっ……! まだ、出てる……!」 結合したまま絶頂を迎える俺たちを、緋彌之命が火照った顔で眺めている。 「ふふ、ミツルギ。 こうすれば、朱璃はもっと喜ぶぞ」 緋彌之命が、手を伸ばして俺の睾丸を揉んだ。 予想外の快楽に、精巣が更なる精液を尿道に送りこむ。 「ひあっ?」 「あひっ、んあああぁぁっ、ああぁっ、あふああぁっ!」 「そ、宗仁、出しすぎ……あんっ、あああんっ!」 朱璃は予想以上の精子を注ぎ込まれ、何度も身体をくねらせた。 子宮口に亀頭を密着させたまま、精子を流し込み続ける。 「ふあっ……ああんっ、出してもらったのに、漏れちゃう」 結合部から、精子と愛液の混ざった液体が溢れ出る。 朱璃の子宮と膣内は、俺の精子で満たされていた。 「はぁっ……はぁ、宗仁、ちゃんと、全部出せた?」 「大丈夫だ、全部……出た」 射精は終わったが、もう少しこのまま熱い膣肉に包まれていたい。 このまま、溶け合って一つになってしまいそうな心地だった。 やがて息が整うと、俺は肉棒を引き抜いた。 「んっ……」 朱璃の膣口から、どろりと精液が流れる。 「むう……朱璃のほうが、〈皇〉《わたし》のときより多くないか?」 「緋彌之命が余計なことをするからだ」 言いながら、俺の精液を注がれて幸せそうな二人を眺める。 二人の皇帝を同時に抱いた男など、俺以外にいないだろう。 「朱璃、大丈夫か?」 「うん、気持ちよかった……」 「朱璃?」 「すぅ、すぅ」 ぐったりとしている朱璃が、寝息を立てはじめた。 そして、なぜか俺の意識も混濁する。 「む、もう終わりか」 「やれやれ、〈皇〉《わたし》の力も弱まったものだ」 「どういう……ことだ」 何とか声を出し、緋彌之命を問いただす。 「いや、少しだけ呪力が残っていたものでな」 「折角だし、面白いことに使ってやろうと思ったのだ」 「まあ、ちょっとした悪戯だ」 穏やかに眠る朱璃の頭を撫でて笑っている。 「ミツルギ……いや、宗仁、〈皇〉《わたし》と朱璃の記憶が混じった世界は楽しめたか?」 「ふふふ、〈皇〉《わたし》は楽しかったぞ」 「……だから、千波矢たちがいたのか」 「そういう事だ。 ふふふ、楽しかっただろう」 意識が薄れると同時に、ミツルギとしての人格も抜け落ちていく。 「記憶を弄り回してすまなかったな」 「何というか、久々にミツルギに会ってみたくなったのだ」 「まあ、全部夢ということで大目に見てくれ」 「緋彌之命……」 「はっ!?」 「そ、宗仁!?」 「戻って、きたのか?」 怪訝な顔になる朱璃。 「何の話?」 「朱璃、さっきまで俺は」 ……何をしていたんだ。 まさか、また記憶喪失か?時計を見る。 緋彌之命を起こそうとしてから、時間はほとんど変わっていなかった。 気のせい……だったのだろうか。 「宗仁?」 「すまない、何でもない」 「それよりも、緋彌之命はどうだ?」 頷いてから目を閉じる朱璃。 心の中で、緋彌之命に語りかけているのだろう。 「あ、起きたみたい」 「ちょっと、何してたの? すごく心配したんだからね! こんなに寝るなら、そう言ってから寝てよ」 「朱璃、口に出ているぞ」 「あ」 恥ずかしそうに口を手で隠す朱璃。 「はあ……『寝てた』って。 もう、人騒がせね」 心の底から同意できた。 「まだ何か言ってる」 「『楽しかっただろう? 宗仁』って……なんのこと?」 「いや、俺にもわからない」 共に首をかしげる。 「とりあえず、皇祖様がいなくなったわけじゃなくてよかった」 「じゃあ、そろそろ公務に戻りましょうか」 「ああ。 俺は奉刀会に顔を出してくる」 「あ、ちょっと待って」 その声に振り返ると、朱璃が妖しげな笑みを浮かべていた。 「ふふ、ミツルギ……また会えたな」 朱璃?この口調……緋彌之命か?「……ふふっ」 「なんちゃって。 どう、似てた?」 おどけた様子で舌を出す朱璃。 「勘弁してくれ」 「あはは、ごめんごめん」 「皇祖様が、『絶対騙されるからやってみろ』って」 「……緋彌之命、朱璃に悪知恵を吹き込まないでくれ」 「それじゃ、行ってらっしゃい」 手を振って俺を見送る朱璃。 朱璃の背後に、悪戯っぽく笑う緋彌之命が見えたような気がした。 「今日からは、私がお義兄様のお世話をさせていただきます」 奏海「滸ちゃん、折角のお弁当だけど気持ちだけありがたく」 俺の前に置かれた滸謹製の弁当を、奏海がすいっと押し返す。 「宗仁の世話はずっと私がしてきたの。 簡単には引き下がれないよ」 滸その弁当箱を、もう一度滸が俺の前に置く。 「私はお義兄様の家族です」 「私は昔馴染みだ」 「二人とも、喧嘩は……」 宗仁「しておりません」 「してないよ」 奏海・滸「お、おう」 奏海と男女の関係になってから半年。 翡翠帝の治世下で皇国は平和へ向かっていたが、ここに来て自分の周囲で戦争勃発である。 「私はお義兄様が鴇田の家に入られた時より、お傍にいるのです」 「お世話をするのが当然というもの」 「大事なのは、時間の長さじゃなくて密度」 「私なんて、記憶喪失で不安になってる宗仁のために、一晩中一緒にいたことだってあるんだよ」 「ひ、一晩中……?」 「記憶をなくすって、本当に怖いことなんだと思う」 「日頃は気丈に振る舞っていたって、弱気になる時もあるよ」 そんなこともあったな。 自分の名前すら思い出せない不安と焦りに苛まれ、夜通し滸に話を聞いてもらったことがあった。 付き合ってくれた滸の優しさには感謝するばかりだ。 「でも、あの夜の宗仁は、いつもと様子が違った」 「急に私の身体に触れてきて……気がついたら私の胸に頭をうずめて」 「すごく恥ずかしかったけど、私……」 「ねつ造するな」 「あれ? そうだっけ?」 滸の中では、一体どういう設定になっているのか。 「ふふ、ふふふ」 「滸ちゃんの『密度』は、所詮その程度ですか」 「私の『忘れ得ぬお義兄様との日々』……ちなみに九十九ありますが……の、足元にも及びません」 「な、何それ」 「お聞かせしましょう!」 「『忘れ得ぬお義兄様との日々』その四十六、熱帯夜の逢い引き」 「その日はついつい茶道の先生と話し込んでしまい、屋敷へ帰るのが遅くなってしまいました」 「辻斬りが出ているとの噂もあり、私は小走りで家路に就いたのです」 「息が詰まるような妙に蒸し暑い夜で、私の襦袢はすぐに汗に濡れました」 「ああ怖い、気持ちが悪い、早く家に帰ってお義兄様の胸に飛び込みたい」 「でも、汗ばんだ身体で抱きついたらご迷惑かしら?」 「……そんな想いばかりが、私の頭を駆け巡ります」 「話の腰を折るようで悪いが、この話は長いのか?」 「その時でございます! 道の向こう側に、ぼうっと大柄な男性の姿が浮かび上がったのは!」 奏海に俺の声は聞こえていなかった。 「恐怖のあまり、私はへなへなと地面に座り込んでしまいました」 「ああ、男が近づいてくる、大きな手が私に差し出される!」 「ですが、その男性はこう言うのです」 「『遅くなってすまなかった、奏海』」 「ああ、あの時の気持ちを何と表現したら良いのでしょう!」 「一瞬で、お義兄様の子を身ごもったかのような気分でございました」 「病気だよ?」 というような思い出話が、十分ほど続いた。 「どうですこの『密度』。 ギッチギチでしょう?」 「要は、遅くなったので宗仁が迎えに来てくれて、二人で帰ったって話だよね」 「要約しないでいただけませんか」 「一つ一つの描写に、お義兄様の家族を越えた愛情と家族故の葛藤が込められているのですから!」 奏海の中の俺は、義妹との性愛に苦悶する危険な男になっていた。 「というわけでございますから、お義兄様のお世話をするのは私なのでございます」 「話が繋がってない」 「むしろ、部屋に二人きりにしておけないよ」 「滸ちゃんのわからず屋!」 「何を言う!」 二人が、きゃーきゃー言い合いを始めた。 「(参ったな……いや、参った)」 参りながら、滸の弁当に入っていた豆腐田楽を口にする。 美味い。 この豆腐は丹州産の大豆を使っている。 わかっているじゃないか。 「お義兄様!」 「宗仁!」 「豆腐中だ、邪魔をしないでもらえるか?」 奏海が無言で弁当箱に蓋をする。 「お義兄様が決めて下さるのが一番です」 「私も異論はないよ」 二人が真剣な目で俺を見ている。 「あー、こほん」 「そもそも、俺はもう世話をされる歳ではない」 「私と滸ちゃん、どちらですか?」 「いや、だから、自分のことは自分で……」 「どっち?」 「く……」 第三の選択肢は与えられないらしい。 まずい……どっちを選んでも角が立ちそうだ。 「話は聞かせてもらいましたよっ!」 鷹人引き戸が開き、いきなり店長が入ってきた。 「取り込み中でございます」 「いやいや、言わせてもらいますよ」 「君達は宗仁君の気持ちをわかっていない」 「いや……私と宗仁君の関係、と言うべきでしょうか」 店長が、ふぁっさぁと髪を払った。 「〈うぞうございます〉《ウザいです》、乾様」 「私が宗仁のことをわかっていないとは?」 滸が身を乗り出す。 「宗仁君はね、私のうなじじゃないと満足できない身体なんです」 「失礼を承知で申し上げれば、小娘のうなじなんかじゃピンと来ない病気なんです、わかりますか!」 「え? ん? んんん?」 「お、お義兄様……」 誤解だ。 誤解だが、ここは乗っておいた方がいい。 店長も、俺を助けるつもりで乱入してくれたのだろう。 「奏海、滸、すまない」 二人に頭を下げる。 「く……宗仁……」 「私のうなじに何が足りないと仰るのですか!?」 「色気……かな」 「お義兄様の馬鹿っ!」 二人が部屋を飛び出していった。 扉が閉まり、静寂が訪れる。 「刺激が強すぎましたか?」 「いえ、助かりました」 「二人の気持ちは嬉しいのですが、困っていたところでしたので」 「力になれたのなら良かったです」 店長が満足げに頷く。 「うなじ、触っておきますか?」 「結 構 です」 「(ん?)」 眠っていると、扉の鍵が開く音がした。 合い鍵を持っているのは奏海だけだが。 気配が近づいてきた。 「お義兄様、起きていらっしゃいますか?」 「奏海か」 身体を起こす。 部屋の戸口に奏海が立っていた。 月明かりに淡く照らし出された姿は、いつにも増して儚げな美しさを放っている。 「こんな時間にどうした?」 「決まっております、昼間のお話の続きです」 ぞくりと背中に戦慄が走った。 奏海が、部屋を歩きながら話し始める。 「私、あれから落ち着いて考えてみました」 「何度も深呼吸をしながら考えてみました」 「店長とのことは、打ち明けられずにすまなかった」 「謝らないで下さい。 私は怒ってなどおりません」 奏海が足を止める。 「むしろ、反省しているのはこちらです」 「愛すればこそ、恥ずかしがらず、正面からぶつかっておくべきでした」 笑顔を浮かべたまま、奏海が何かを取り出した。 「そ、その鈴は!?」 「エルザ様に相談しましたら、快く貸して下さいました」 「なんでも、人の身体の自由を奪うものだとか」 「ちょ、ちょっと待て!?」 瞬間、身体が強ばった。 なすすべもなく、布団に仰向けに倒れる。 「お義兄様には、女性の魅力もわかっていただきたく」 「店長のうなじなどより、何倍も素晴らしいものでございますよ」 奏海が俺の上にのしかかってきた。 身体は硬直しているくせに、奏海の柔らかさだけは十分に伝わってくる。 「さあお義兄様、夜は始まったばかりです」 「奏海、落ち着け、話せばわかる」 「問答無用です♪」 「う、あああああーーーーーーっ!!」 「はあっ、はあっ、はあっ!!」 目が覚めた。 ここは……俺の部屋だ。 隣には誰も寝ていない。 「は、ははは……」 夢だったか。 怪しげな呪装具で身体の自由を奪われ、奏海に心の芯まで蕩けさせられる。 夢と思えば、まあ楽しい内容だった。 現実的に考えれば、奏海が夜中に訪ねて来るはずがない。 あいつは翡翠帝なのだ。 ともかくも一安心。 「お義兄様、お味噌汁に葱を入れても構いませんか?」 「ああ、たっぷり頼む」 ……。 …………。 返事をしてから我に返った。 奏海が部屋に……いる?「うわあ」 昨夜のことは、夢ではなかったらしい。 「おはようございます、陛下」 宗仁「おはようございます」 奏海恭しく頭を垂れる。 黒塗りの車で学院にやってきた翡翠帝──奏海を迎えた。 顔を上げると、微笑んでいる奏海と目が合う。 奏海は今、皇国民主化のために多忙な日々を過ごしている。 そんな中でも、暇を見つけては学院へ登校しているのだ。 教室の前まで奏海に付き添う。 学年が違うため、授業を一緒に受けることはできなかった。 教室での護衛は別の武人に任せ、俺は奏海の傍を離れる。 「あ……」 奏海が小さく声を上げる。 すがるような瞳が、俺を見つめていた。 「どういたしました、陛下」 「い、いえ。 何でもありません。 下がって結構です」 深く一礼する。 俺が顔を上げた時には、奏海の後ろ姿が教室の中に消えていくところだった。 授業中は上の空で、内容が頭に入ってこない。 今朝、奏海は何か言いかけていた。 気になる。 もしかしたら、体調でも悪くしているのではないだろうか。 無理をしているのではないだろうか。 奏海のことが心配だった。 「てい」 朱璃こつん、と手刀が頭に振り下ろされた。 「隙ありね」 「む……不覚」 気づくと授業は既に終わっており、休み時間だった。 「何でぼーっとしてるの?」 「していない」 「あのね、顔に書いてあるの。 陛下の傍にいたいって、でかでかと」 「あなたって、案外顔に出るわよね」 ため息交じりに言った。 「そんなに顔に出ているのか?」 「捨てられた犬みたい」 そこまでひどいのか。 「もうちょっとしゃきっとしてもらわないと困るわ」 「ほら、さっさと行ってきなさい。 主の命令」 「……すまない」 主に気を遣わせるようでは、俺もまだまだだ。 朱璃に頭を下げ、教室を飛び出した。 程なくして、奏海の姿を見つけることができた。 人気の無い廊下の片隅で、手すりに肘を立てて物憂げな顔をしている。 少し離れた位置にいた護衛の武人が俺に気づく。 「陛下の護衛は俺が引き継ぐ。 君は来賓室に戻っていてくれ」 そう告げると、武人は一礼してから去っていった。 中庭を見下ろしている奏海に、そっと声をかける。 「陛下」 「おにい……鴇田?」 人目があるので、奏海が口調を直した。 「どうしてこんなところに?」 「もしかして、私を訪ねて来てくださったのですか?」 「そうです」 言うと、奏海は今にも飛び跳ねそうなほど明るい表情になった。 「ここで何を?」 「教室にいると、少し落ち着かなくて」 「生徒の皆様が話しかけてくれるのは嬉しいんですけど」 翡翠帝の人気ぶりは相変わらずだ。 いや、むしろ以前よりも高まっている。 「無理はなさらぬよう」 「いいえ、無理なんてしていません」 「私が、自分で望んで登校しているのですから」 そう言った奏海の笑顔は、やはり無理をしているように見えた。 国民の目はごまかせても、俺の目をごまかすことはできない。 「それなら何か……できる事はありませんか?」 「いえ、傍にいてくれるだけで私は嬉しいですから」 その言葉が嬉しくもあり、切なくもあった。 だが、奏海はもじもじとしながら俺から視線をそらした。 「でも、あの」 「その、ですね。 もし叶うのならば、ですが」 「何でも仰ってください」 今朝、言いかけていた事を打ち明けてくれるのだろうか。 「えと……ええと」 頬を赤らめ、もじもじする奏海。 無情にも予鈴の音が鳴り響く。 時間切れだ。 「……教室に戻りましょう」 「はい、そうですね」 しょんぼりと肩を落としながらも奏海は頷いた。 結局、奏海が何を言おうとしていたのかは分からなかった。 授業が終わり、昼休みになる。 俺は奏海に呼び出され、生徒会室を訪れていた。 「いらっしゃいませ、お義兄様。 お待ちしておりました」 「どうぞ、こちらに」 生徒会室で俺を出迎えた奏海に、椅子に座るよう促される。 室内には、俺たちしかいないようだ。 「これは……」 思わず目を丸くする。 生徒会室の机の上に、弁当箱が二つ置かれていた。 「日頃、お義兄様にはお世話になってばかりですから」 「ご迷惑でなければ、是非召し上がって下さい」 「自分で作ったのか?」 「は、はい。 今朝、厨房をお借りして。 あまり上手ではないかもしれないですが」 「そんなことはない。 とても美味そうだ」 奏海の準備した食事は旬の食材を使ったものばかりで、どれもが色とりどりで美しい。 だが、決して華美ではなく、どちらかというと素朴な家庭料理といった感じだった。 「だが、生徒会室で弁当を食っていいのか?」 「エルザ様に無理を言って許可して頂いたんです」 席に座ると、奏海がお茶を準備している。 「茶ぐらいは俺が淹れよう」 「お構いなく。 私がやりたいのです」 皇帝が淹れたお茶を飲むことができるのは、皇国でも俺ぐらいのものかもしれない。 受け取った湯飲みに口をつけると、固唾を呑んで俺の動きを見守る奏海と目が合った。 「どうぞ、お召し上がり下さい」 「いただきます」 「は、はいっ! どうぞ!」 姿勢を正す奏海。 なぜか俺まで緊張してきた。 奏海の手料理は前に食べた事もあるし、緊張する必要はないと思うのだが。 卵焼きに箸を伸ばし、口に含む。 ほどよい甘みが口内に広がった。 わずかにとろみを残す柔らかな食感に、優しく舌を包み込まれる。 質素な味わいに懐かしみを覚え、まるで記憶が蘇ったかのようだ。 「どう、ですか?」 心配そうな表情でじっと俺を見つめている。 「美味い」 「ほんとですか?」 「ああ。 それに、少し懐かしい味だ」 俺の言葉を聞いた奏海の顔に、笑みが広がる。 心の底が温かくなるような、柔らかな笑顔だった。 「もっと食べてもいいか?」 「はい! どうぞ召し上がってください! 沢山ありますから!」 俺が箸を運ぶ様子を、幸せそうな面持ちで奏海が見つめている。 「奏海は食べないのか」 「ふふふ、お義兄様を見るのに夢中で忘れていました」 手を合わせてから箸を伸ばす奏海。 「お義兄様と食事をするのは、久しぶりですね」 表情は笑顔のまま、寂しげに呟く。 俺たちの関係は、皇帝陛下と一介の武人。 共に食卓を囲む機会など、そう簡単には訪れない。 「すまないな、寂しい思いばかりさせて」 「そんなことありません」 「お義兄様が見守ってくださるだけで、奏海は頑張れますから」 皇国の民主化が実現して奏海が帝位を廃せば、共に過ごせる時間も増えるかもしれない。 しかし、それが何年先になるかは分からなかった。 奏海のために今、できる事はないのだろうか。 食事の後、奏海を教室まで送り届ける。 去ろうとすると、奏海に服の裾をつままれた。 「あ、あの、お義兄様。 少しよろしいでしょうか」 「どうした?」 「こちらへ」 奏海に手を引かれた先は、次の授業では使用されない空き教室だ。 俺と向かいあった奏海が、逡巡するような様子で両手の指を絡ませている。 「何か、人に聞かせられないような話か?」 「ええと、その」 「話してくれ。 何か言いたいことがあるのだろう?」 「それは、そうなのですが、ええと」 顔を赤らめて俯いてしまう。 口にするのが恥ずかしい話なのだろう。 それだけで、奏海の望んでいることを察することができた。 「奏海」 髪をそっと撫でてやると、頬を紅潮させた奏海に見上げられた。 「俺にどうしてほしいんだ?」 言いたいことを見抜かれて恥ずかしいのか、奏海が再び俯いた。 奏海はただ、久しぶりに俺と触れ合いたかっただけなのだ。 皇帝という地位や恥ずかしさが邪魔して言い出せなかったのだろう。 一線を越えた兄妹とはいえ、決して慣れているわけではないのだ。 「わ、私のことを、ぎゅってして……ほしいです」 「ああ」 奏海の身体を抱きしめる。 小さくて、細くて、柔らかくて身体が、腕の中で切なそうに震えた。 「もっと、肌に触れてほしいです」 「こうか?」 奏海の頬に手のひらを添える。 柔らかくて、温かい肌の感触。 「唇も……」 親指で花びらのような唇に触れた。 しっとりとした、瑞々しい感触が伝わってくる。 「指ではなく、唇で……触れてほしいです」 言われるがままに、そっと唇を触れさせた。 「っ……ん……」 触れ合った部分が熱を持ちはじめる。 そこから伝わった体温で、火がついたように身体が熱くなった。 「はふっ……んんっ……はあっ」 「んちゅっ、ちゅぶっ……んうっ」 ここが学院であることも忘れ、深く求めあう。 誰かが教室に入ってくるという危険性よりも、互いの愛欲を優先させる。 隣の教室にいる生徒達も、まさか翡翠帝がここで男と接吻しているなどと思うまい。 「はふっ……くちゅ、んちゅっ」 「ふむうっ……んんっ、ん……んあっ」 唇を離し、息の荒くなった奏海と見つめあう。 その顔に翡翠帝の面影はなく、愛する相手を求める女心だけが発露していた。 俺も、唇を重ねるだけでは物足りなかった。 もっと味わいたくなってしまう。 「あの、お義兄様……幻滅されてしまうかもと不安で、今朝から言えなかった事があって」 「大丈夫だ」 「多分、俺も似たようなことを考えている」 「本当ですか?」 「ああ、きっとな」 奏海と目を合わせながら、心の中で抱えていた言葉を口にする。 「奏海を、抱きたい」 「私も、お義兄様に抱かれたい、です」 思った通り、俺たちの望みは一致していた。 「お義兄様の物になったあの晩のことが、忘れられないのです」 「もう一度、身体を重ねたくて……毎晩、身体も心も切なくてたまらないんです」 「俺もだ」 あの夜の記憶は脳裏と身体に鮮明に焼き付いている。 何度も思い出しては、湧き上がる欲望を抑えようとした。 だが、到底、我慢できるものではなかった。 奏海も俺と同じ状態のまま、翡翠帝としての日々を過ごしていたのだろう。 「お義兄様、奏海をここで抱いてくださいませんか」 本来ならば、俺の部屋にでも奏海を連れて行くべきなのだ。 だが、俺は頷いた。 理性は、火照った身体に燃やされたのだ。 始業の鐘が鳴る。 だが、互いを求める俺たちの熱が冷めることはない。 教室の外から、慌しい生徒たちの喧騒が聞こえる。 俺たちはそれを聞きながら、再び唇を重ねた。 「お義兄様」 「んっ……んむ……ちゅ……んんっ……!」 貪るような口づけだった。 押さえていた欲望が爆発したかのように、激しく互いを求め合う。 「んちゅうっ、ちゅぶうっ、ううむうっ、んっ」 「はふぅっ、んうっ……はぁっ」 唇を離すと、奏海が潤んだ瞳のまま俺にもたれかかってきた。 接吻だけで、脱力するほど感じてしまったのだ。 「奏海、座ってくれるか」 「はい……お義兄様」 「あっ……そんなに見たら恥ずかしいです……」 制服の下から、下着が覗いている。 奏海の脚の付け根に手を這わせた。 「んっ! ふあっ……!」 「はんっ……んうううっ、ふっ、んんっ」 汗ばんでしっとりした肌を感じながら、秘部へと移動する。 「あぅ……んんっ……はふっ」 「やっ、お義兄様……」 下着越しの秘部に触れる。 指先に感じる湿り気は、汗によるものだけではないだろう。 「もう、こんなにしてしまったのか」 「ごめんなさい……ずっと我慢していたから……」 「お義兄様と口づけしているだけで、どんどん濡れてしまって」 下半身を震わせながら話す奏海。 「いつから我慢していたんだ」 「……お義兄様と結ばれたあの日から、毎晩、毎晩、お義兄様のことを思い出していました」 「私、お義兄様のぬくもりを思い出しながら、何度も……」 続きを話そうとはしなかったが、言いたいことは伝わった。 「俺も、ずっと奏海を抱きたかった」 「私もです、私もお義兄様に求められて嬉しいです」 「本当は、もっと早く抱いてほしかった」 「でも、口にするのが恥ずかしくて……」 恥じ入ったように呟く奏海。 情欲を言葉にするなど、恥ずかしくなって当然だろう。 奏海はまだ年頃な上、翡翠帝という地位にも気を遣わなくてはいけない。 市井で暮らす男女の恋とは、訳が違うのだ。 「これからは、何も気にするな」 言いながら、陰唇の隙間に沿って指を這わせる。 「ひゃあんっ……あううっ、ふっ……あっ」 「ひっ……んんっ、はぁっ、んんっ……」 本当に我慢していたのだろう、触れば触るほど愛液が溢れてくる。 「んくうっ、ふっ……んんっ、あうぅ……んあっ」 「はあっ、だめっ……声が、聞こえてしまいます……」 「大丈夫だ、皆、授業に出ている」 俺は奏海の下着に手をかけた。 「ああんっ、お義兄様……!」 「ふああっ……私、学院でなんて格好を……!」 奏海のそこはぐっしょりと濡れそぼっていた。 俺が視線を注ぐと、まるで誘うかのように女性器がひくつく。 俺も欲望のまま、怒張した男性器を露出させた。 互いの性器を見つめながら、息を荒げていく。 「やあっ……あそこ、お義兄様に見られてる……」 「あっ……んんっ、ひっ……んんっ、んっ」 俺に見られただけで感じたのか、陰唇から新たな愛液が漏れた。 「触るぞ」 「はくうううんっ……ひっ、ふうっ……んっ」 「ああんっ、あふうっ……んんっ、はぁっ」 指で柔肉に触れると、奏海の腰がビクリと跳ねる。 濡れて光る秘唇を指で広げ、奏海の内部に侵入させてゆく。 「あああっ、ああんっ……はぁっ、はっ……ひんっ」 「あうんっ……お義兄様の指っ……入って……あううっ!」 奏海の全身がふるふると震える。 さらにもう一本の指を膣口に滑り込ませた。 「ふああっ、またっ、きたぁ……!」 「うううんっ、んううっ……んんっ……ひんっ」 「はあっ、はぁっ……んっ、くふうっ……」 差し込んだ指で、熱い膣内をぐるりとかき回す。 指の腹がざらざらとした膣壁を擦るたびに、女性器がきゅうきゅうと絡みついてくる。 「あぁっ! そ、そこ! さわられるとっ……全身がぞわってしてっ……!」 「はひぃっ、ふうんっ、んんんんっ、はぁっ」 「きゃふっ、んんんんっ……くううんっ、んんっ」 奏海の吐息に合わせて内部が収縮する。 ここに挿入したら、どんなに気持ちいいだろうか。 考えるだけで股間に血が集まってゆく。 「あっ! ふあっ、あああっ、んああああっ、あっ」 「ひあっ、あふううっ……ふうんっ、んんっ、んくうっ!」 愛撫を続けると膣内全体が愛液にまみれ、柔らかさを増した。 とろけた女性器に、指を深く食い込ませる。 「んうぅうぅっ! はああんっ、ふううっ、んんっ」 「はぁっ、はああぁぁっ、んんっ、ひんっ、ひいんっ」 「指じゃ、いやっ! お義兄様ので……いかせてください……!」 奏海が涙に潤んだ瞳で俺を見つめてくる。 「奏海……お義兄様と、気持ちよくなりたいです……」 濡れそぼった女性器をさらけ出し、挿入をねだってくる奏海。 淑やかな仕草で国民に挨拶をする翡翠帝の名残は一切ない。 「力を抜いてくれ」 「はいっ……お義兄様……」 先端を入り口に添える。 「くっ……う……んあああぁぁぁっ!」 どろどろに濡れた柔肉に、先端が包まれた。 熱くて狭い膣内を、無理矢理に広げながら進んでゆく。 「うあああっ、ああっ、あっ、んううううっ……!」 「はぁっ、ふあああっ……一気に、奥までっ……」 一気に押し込むと、熱い膣壁に男根全体が包み込まれた。 十分に愛撫したせいで、奏海の女性器は相当柔らかくなっている。 「はあああっ……! ああっ、くうううっ……!」 「はううんっ、ふうっ……はぁっ、はうう……」 「くううううっ……ううんっ、んっ、んううっ」 「奏海、あまり絡みつかせるな……長く保たなくなる」 「だって、身体が勝手に……んんんっ……!!」 奏海が涙目で俺を見上げてくる。 快楽のあまり制御できない自分の身体を恥じているのだろう。 少しだけ、意地悪をしたくなった。 「自分で締め付けているんじゃないのか?」 「んっ……わ、私は、そ、そんなことっ……してませんっ……!」 「本当か?」 奥まで挿入していた陰茎を、ゆっくりと抜いていった。 複雑な形をした内壁が亀頭に引っかかって快感を生み出してゆく。 「んあああっ……! ふあああっ……ああああっ……!?」 「い、いやですっ……抜かないで下さい……!」 陰茎が抜ける寸前で止める。 「浅いところじゃなくて……ううっ……もっと深くしてほしいんです」 「お義兄様のを、奥まで入れてほしいんですっ……!」 「ああ、わかった」 頷いてから、腰を突き出してゆく。 「はあああんっ……うううんっ……んんっ……!!」 「もっと、もっとぉ……! 深く、挿入れてくださいっ……!」 再度、最奥まで達した。 さらに、その状態のまま先端をぐりぐりと押しつける。 「ふああっ……んああっ、はああんっ、くふうっ、ううん!」 「はあっ、ああっ……ふああっ、ふあっ、ああんっ……!」 「ふあああ、もっと、もっとぉ……」 一度口にしてしまって羞恥心が薄れたのか、さらにおねだりをしてくる奏海。 「まさか奏海がこんなお願いをするなんてな」 「くううんっ……いやらしい子ですみません、お義兄様……」 言いながらも、与えられる快楽に喘いでいる奏海。 俺は往復を開始した。 「くふうっ……うはっ、はあっ、ああんっ、あんっあんっ……!」 「んんっ……くふっ、ふうんっ、うんっ、んっんっ……ああんっ……!」 「お義兄様っ……もっと……早く……して……!」 「奏海、今日は素直だな」 「だって、嬉しくてっ……!」 「またお義兄様に抱いてもらえる日のことを、奏海がどんなに待ち遠しく思っていたか……!」 「あっ、あんっ、あうっあうっ……あうんっ、んっ、んっ、んっ……!」 「ひっ、ひあぁっ、あっ、あっ、あっ……あひっ、ひっ、ひいんっ!」 膣を突かれ、構わず声を上げる奏海。 廊下を誰かが通りかかれば、聞こえてしまうだろう。 「奏海、声が大きい」 「はあっ……私、そんなに声、出してましたか?」 恥じらうように口を手で覆う奏海。 「多少な。 授業中とはいえ、見つかるかもしれない」 「わ、わかりました、頑張って抑えます」 再び腰を動かす。 「ふうっ……! んんっ……!! んんんん~~~っ!!」 「んむっ、ふんんんっ、んっ……んふうっ、んんっ……!」 口元を手で押さえ、声を押し殺そうとしている。 「動きを緩めるか?」 「んん~……っ!」 口を手で押さえたまま、首を何度も横に振る奏海。 俺との結合が浅くなるのは嫌らしい。 「んんっ、ん、ん、ん、ん、んんんんっ、んふっ、んうっ……!!」 「んんん~~~! んん~~~~~っ! んふうう~~~っ!!」 内壁がぐねぐねとうねる。 絶頂が近いのだろう。 「奏海、そろそろっ……」 俺も限界が近かった。 「はっ、ああぅっ、んっんうっ……あっ、あっあっあっ……!」 「ひふっ……んううっ、はあっ、ああっ、ああああっ……ああっ!」 我慢できなかったのか、結局喘ぎ声を漏らしてしまう奏海。 人の気配もないので、自由にさせてやろう。 「もっと、ぎゅって抱いて下さい! 奏海の膣内で、出してくださいっ!」 奏海を抱きしめながら、何度も最奥を突いた。 奏海の熱さと結合部分が生み出す快楽以外、何も感じられなくなってゆく。 「あっ、あっ、あっ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……!!」 「ふああっ、あんっ、ふぅっ、うっんっ、んっ、んっ、んっ……!」 奏海が歯を食いしばり、膣内が強く陰茎を締め付けてくる。 もはや、限界だった。 「ああっ!! い、いくっ! 私っ、もう、もうっ……!!」 「んううううぅぅっ! はぁっ、ああっ、あんっ、ああぁっ……!」 「くふううううぅぅぅっ……んうううぅぅぅっっっ、んんんんんっ……!」 「ふああっ! ふあああああぁぁぁっ! あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……!」 「あっあっ、あああぁんっ、うああああああっ、ふあああああぁぁぁぁぁぁぁん……!!」 どくんっ! びゅるっ! びゅるるっ!「あああああああああ~~~~~~~っっ!!」 「っ……!」 奏海の最奥で、猛りを解き放った。 「あああっ!! はああっ! ああっ! ああっ! あっ……! あああっ……!!」 奏海が全身を震わせるのに合わせて、内部が収縮を繰り返す。 「くっ……」 膣襞がうねり、柔肉が陰茎を締めつけながら脈動する。 女性器が俺から精液を搾り取ろうとしているかのようだ。 全身の力を絞り出すかのような、激しい射精。 「はあっ……! はあっ……! はぁぁぁ……!!」 射精が終わると、放出した精液を押し込むようにして最奥を突いた。 「うああぁっ、はあっ、ああっ、はぁっ……はぁ……はぁ……」 「お義兄様の……私の中に入ってきてます」 結合部を見つめながら、うっとりする奏海。 俺は、教室の外の気配を探った。 もしかしたら誰かに気づかれたかもしれない。 奏海を抱きしめたまま気配を探ったが、異常はないようだ。 小さく安堵のため息をつき、膣内から男根を抜く。 「はあっ、あっ、はぁ……」 奏海の身体がぐったりと崩れ落ちる。 「疲れたか?」 「感じ過ぎてしまって、少しだけ」 「でも、大丈夫です……もう一度、して下さい」 「だが……」 「くす」 小さく笑い声を漏らし、細い指を陰茎に絡ませる奏海。 「お義兄様のここも、満足してないって言っていますよ?」 「ほら、こんなに硬いままで、びくびくして……」 白濁した液体をぬるぬると陰茎に塗りつけながら、艶然とした笑みを浮かべる。 俺の部分は、奏海の手の中で、ますます熱さと固さを増しつつある。 「せっかく抱いて頂けたのに、一回だけじゃ満足できません」 「お義兄様。 お願いです、もう一度だけ……」 愛する相手に結合を懇願され、断れるはずもなかった。 俺は脱力する奏海を抱え、椅子に座った。 「あっ……あの、お義兄様……!」 奏海の脚を広げる。 陰唇がぱっくりと開き、そこから俺たちの精液が漏れ出していた。 「こ、こんな明るい場所で、恥ずかしいですっ……」 俺たちの視線の先には窓がある。 「はああっ、私……皇帝なのに……こんな恥ずかしいこと……」 「くふううっ、ううっ……んんっ、ふっ……」 開いた陰唇の隙間から、新しい愛液が分泌される。 「や……だぁ……! 見ないで下さい、お義兄様っ……!」 「んううううっ、ふううっ……はふっ、ううっ……」 奏海が身をよじるが、逃がしはしない。 「わかった、見るのはやめよう。 その代わりに」 陰茎の先端を奏海の部分に添える。 「いいな、奏海?」 「はっ、はい……来てください、奥まで一気に……!」 「あああっ……、うああああぁぁぁっっっ……!!」 腕を緩めると奏海の身体がずり落ち、肉棒が内部に埋没してゆく。 「はあああぁぁっ……んううっ、ううううっ……!」 「あああぁぁっ……はあぁぁんっ……ふ、かいっ……!」 狭い膣口が一杯に広がり、俺を受け入れてゆく。 俺の部分が、可憐な女性器に根元まで埋まった。 「はああっ、ああんぅ、ふっ、ううんっ、んんっ……」 「はぁっ、はぁっ……んっ、んうううっ……はぁっ、はぁっ」 絶頂を迎えたばかりの膣内は柔らかく、さしたる抵抗もなかった。 「はあっ……あっ……! ああっ……あ……!」 「ふああっ、あっ……はぁっ……ああっ、あふ……」 奏海が震える吐息を零す。 内壁が収縮し、とろとろになった膣肉がひくひくと絡みついてくる。 「大丈夫か?」 「はい……もっと、奏海のこと愛してください……」 奏海の脚を持ち上げ、下から突き上げる。 「ふあっ!? あっ! あっ、あっ、ふあっあっ……!」 「あっ、あふっ、うっ、うあっ、あっあっ、あんっ、あんっ……!」 「ふうっ、うっ、んっ、んうっ、んっんっんっ、くうんっ、うんっ!」 あまり自由には動けないが、密着感は強い。 先端が何度も子宮口を突く。 「くふうっ、ふうっ、ふっ、うんっ、うっ、ひっ、ひっ、ひいんっひんっ!」 「はあっ! あっ! あっ! あっ! ああっ……!! ふあっ、ああんっ!」 膣を突かれ、奏海の身体が揺れる。 荒波の上の小舟のように、完全にされるがままだった。 静かな教室内に、俺と奏海の吐息、そして淫らな音が響いてゆく。 「ふああっ、あふっ、ううんっ、ふっ、ふあっ、あっ、あっ……!」 「あぁ~~っ、そんなに奥っ……ぐりぐりされたらぁっ……!!」 「……!」 「んっ……!?」 人の気配を感じ、俺は奏海の口を手で塞いだ。 「お、おにいひゃま……?」 「静かに」 腰の動きを止めると、教室内に静寂が戻る。 「ふむ、ん……んん……?」 奏海が切なそうな吐息を漏らすが、手を放すわけにはいかなかった。 「こんな場所に、本当にいると思うのか?」 紫乃「わからないけれど」 滸廊下から、滸と紫乃の声が聞こえてきた。 何かの用で授業を抜けてきたのだろうか。 「っ……!?」 「っ……」 奏海の身体が緊張でこわばる。 同時に、膣内がきゅうっと締まった。 「(あまり締めるな、奏海)」 「(だ、だってっ……!)」 何とかやり過ごさなければ。 奏海が息を止めている。 全身に力が入っているせいか、膣肉の締め付けが一層強くなった。 「宗仁が理由もなしに授業に出ないなんて、あり得ない」 「翡翠帝もいないみたいだし、何かあったのかも」 「心配いらないさ。 どこかで乳繰り合ったりしてるんじゃないか?」 正解である。 奏海がぴくりと反応した。 それで再び陰茎が刺激され、快楽が走る。 「(ふむっ……んんっ、ふ……)」 奏海が小さく喘ぎ、切なそうな横顔を向けてきた。 そして、腰をわずかに動かそうとする。 「(んふうっ、ふむぅっ……んふっ、ふ)」 「(奏海……よせ)」 行為が中断されるのを我慢できないらしく、滸たちに構わず腰を動かし続ける奏海。 「(んふうっ……ふむうっ、んっ、ふうっ)」 「(はふううっ、ふっ、あふっ、あふうんっ)」 「(奏海……!)」 俺の手のひらの隙間から、奏海の声が漏れてしまう。 膣襞からの刺激に、俺も全てをかなぐり捨てて奏海を求めそうになる。 「(あふううっ、ふむっ、んふうっ……)」 「……何か聞こえた?」 「いいや?」 教室の前にいるらしい二人の声が聞こえる。 まずい、滸に気付かれたか。 「(んううっ、ふっ、むうっ……んんっ)」 「(はふっ、はふっ……んんんっ、ふううっ)」 愛欲で理性を失っているのか、奏海は動きを止めない。 万事休すか。 「そうえいば、護衛の武人が来賓室にいたな」 「彼に聞けば分かるんじゃないか」 「……確かに」 二人の話し声が遠ざかってゆく。 やがて、完全に聞こえなくなった。 「っ……! はぁ……、ふああっ、あふっ、ふううんっ、んんっ」 「はふっ、ふうんっ、んんっ、んっ、んっ……んうっ、んっ、んっ」 俺が手を緩めると、奏海が存分に喘ぎはじめた。 腰の動きも激しさを増し、自ら最奥へ陰茎を叩きつける。 「はふっ、んっ、んっんっ、んっ……んうっ、ううんっ、はああんっ」 「奏海……お前というやつは」 呆れながらも、陰茎へ与えられる快楽を心地良く思ってしまう。 「奏海、二人に見つかりそうになって興奮していただろう」 「はうんっ、んんっ、そ、そんなこと、ありませんっ……」 「ひっ、ひんっ、ひううぅっ、うんっ、んっ、うんっんっ……!」 奏海の陰核に指を伸ばす。 そこはまだ触っていないにもかかわらず、すでに充血して膨らんでいた。 「んあっ! だ、だめっ! ふあぁっ……ああんっ、ふぅんっ」 「ひんっ、ひんっ、あっあっ、ああんっ……あんっ、あんっあっ!」 奏海の鋭敏な部分を愛撫する度に膣肉が強くうねる。 「あの二人、まさか皇帝陛下が教室でしているとは夢にも思わないだろう」 「やああっ、そんなこと言わないでくださいぃっ……!」 俺の言葉に興奮したのか、愛液の量がますます増えている。 「やあっ、んんっ、私、変なんです……!」 「こんな場所で、見つかるかもしれないって思うと……いつもより感じちゃうんですぅ……!」 「はふんっ、んっ、んっ、んっんっ……ひっ、はふっ、あんっあんっ!」 「ひいんっ、ううんっ、うふぅっ、うっ、ふっ、ううんっ、んっんっんっ」 見つかりそうな状況だと、奏海は感じてしまうらしい。 兄妹で繋がっているところを見られでもすれば、大事では済まないだろう。 「あの二人が今の俺たちを見たら、どう思うだろうな」 「だ、だめです、そんなの絶対……!」 「なら、止めたほうがいいか?」 「いやあっ……続けてください……! お義兄様と、最後までしたいです……!」 甘えたような声で懇願する奏海。 俺はますます強く、奏海を責め立ててゆく。 「はあっ、あふっ、ああうっ、うんっ、んっ、んっ、くうんっ、うっ……!」 「ひいっ、ひんっひんっ……あ、あ、あ、あっ……ああんっ、あんっ……!」 「ううんっ、んっんっ……んくっ、んううっ、うっ、ふうっ……んああんっ!」 「ふあっ! あんっ、あんっ、あっ、あっ、あっ、ふあああぁぁぁっ……!!」 奏海の内壁を肉棒でえぐると、焼けるような快楽が脊髄を駆け上ってくる。 下半身に溜まった熱が膨張し、出口を求めて渦巻いていた。 「ひいいいいんっ、あふっ、あくっ、ふんっ、んんっ、んっんっんっ、んああっ!」 「やああんっ、ふうんっ、ずるいです……そんな風にされたら私っ……!!」 奏海を抱きしめると、射精感がせり上がってくる。 下半身から生み出される快感だけに意識を支配される。 「はふっ、ふっ、ふうんっんっんっ……んああっ、あひいいんっ、あうんっ、んっ!」 「はあっ、はぁっ、ふあっ、あんっあんっ……あっあっあっ、ふあああんっ、あっ!」 「またっ……! 膣内で、出してくださいっ……!」 奏海の肩が震え、内壁が強く痙攣した。 「奏海、出すぞ……!」 「あああっ、ふああっ!! お義兄様ぁぁっっ……!! あんっ、あっあっ!」 「ふあああぁぁっっっ! ひあっ、ひああああっ、ああんっっ、あああっ……!!」 「ひあああぁぁっ、あああぁぁっ、ああっ、ああんっ、ひああんっ、ひううううぅぅっっ!」 「あううううんっっ! ああああっ、あっあっ、ああああああああぁぁぁぁぁっっっっ……!!」 びゅくっ! ぶぴゅっ! びゅるるるっ……!!「ふあぁぁぁぁ……!! ああぁぁぁぁぁぁぁ……!!」 「くっ……!」 膣壁がぐねぐねと蠢き、俺にとどめを刺した。 「はあっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ……!!」 奏海の膣内が貪欲に絡みつき、精液が絞り出される。 頭の奥で光が明滅しているような快感を得る。 「ああっ……! ううっ……! うっ……! はぁぁぁっ……!!」 どくっ……! どくっ……! びゅるっ……!!陰茎が脈打ち、熱い塊を吐きだし続ける。 「ああああっ……。 すごい……すごいです……」 「私の奥で、お義兄様の精液……びゅっ、びゅっ、って……」 奏海の身体が硬直し、それからゆっくりと力が抜けていった。 「……はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 背後から奏海を抱きしめながら、最後の一滴まで出し尽くした。 「あっ……はぁ……」 力を失った男根が女性器から抜け出る。 「やっ……また、溢れちゃう……」 薄桃色の女性器から、白い精液が溢れる。 「せっかく、膣内に出して頂いたのに」 「お義兄様の温かさを、ずっと膣内で感じていたかったのに」 「奏海は、俺よりも精液の方が好きか」 「ち、違います! これは、お義兄様の精液だから好きなので……!」 「だから、精液が好きってわけじゃ……!」 涙目になって訴える奏海。 「ははは、悪い、冗談だ。 可愛いから、ついからかっただけだ」 「もうっ! お義兄様の意地悪……!」 奏海が頬を膨らませ、俺の胸に後頭部を当ててきた。 「それにしても、やり過ぎてしまったな」 今から授業に出ても大遅刻だ。 液体やら匂いやらも色々とまずいので、まずは着替えを調達しなくては。 「学院でするのは、もうやめたほうがいいかもしれないな」 「え……」 奏海が残念そうな声を漏らす。 「奏海は、平気です」 ぽそぽそと続ける。 「そ、それに、教室でするの、気持ちよかったですから」 「……私、変なのでしょうか」 「変だな」 「ううううぅぅ……」 涙目で震える奏海。 「だが、気持ちよかったのは俺も同じだ」 「奏海がいいと言うのなら、またここでするのも悪くない……かもしれない」 奏海がぱあっと明るい顔になり、身体をもたれさせてくる。 「それと、俺に抱かれたくなったら恥ずかしがらずに言え」 「お前を帝宮から攫ってでも、抱いてやる」 「は、はい! 嬉しいです、お義兄様……!」 俺たちの関係は、誰にも知られるわけにはいかないのだ。 だが、俺たちは決して今の関係を断つことはないだろう。 奏海を求める感情に、抗うことはできない。 いずれまた、俺は奏海と身体を交えることになるはずだ。 確信に近い予感を抱きながら、俺は奏海に腕を回した。 久しぶりに、日記を書いていた。 本来ならばもう、日記へお義兄様への想いを吐き出す必要はない。 本人に会ったときに直接言えばいいのだ。 それなのに、私は伝えることができない。 どんな答えが返ってくるのか、知るのが怖いから。 言葉にできない想いを、日記へ綴っていく。 「『お義兄様は、何度も私のことを抱いてくださいました』」 奏海「『兄妹であるにもかかわらず私の愛情を受け止めて下さり、奏海はとても幸せでございます』」 「『ですが、同時に不安でもあるのです』」 自分の気持ちを文字にするべきかどうか、一瞬だけ迷った。 この日記が見つかれば、お義兄様との禁断の関係が知られてしまう。 けれど、私は筆を止められなかった。 「『お義兄様は、真の皇族である宮国様を守るという役目も負っておられます』」 「『いざという時、私の愛情がそれを邪魔してしまうのではないかと、不安になってしまうのです』」 「『義妹であり皇帝でもある私との関係なんて、ただでさえ配慮が必要なのに』」 「『もしかすると私は、お義兄様との関係を断つべきなのかもしれません』」 手を止めて、お義兄様のことを考える。 行き過ぎた私の兄妹愛を受け止めて、初めてを奪ってくださったお義兄様。 あの夜のことを思い出すだけで、身体が火照る。 お義兄様への想いで、頭が埋め尽くされる。 ……お義兄様は、私との関係をどう思っているのだろう。 もしかしたら、私と同じ考えなのかもしれない。 お義兄様に聞くこともできず、私は本心を日記に綴ることしかできないのだ。 これでは、傀儡皇帝として生きていた頃と何も変わっていない。 「お義兄様……」 いや、これでは駄目だ。 お義兄様への気持ちを曖昧にしたままでは、他の物事に集中できる気がしない。 現に、皇帝の執務をしている最中も、お義兄様のことで頭がいっぱいだった。 立派に皇帝を務めると決めたのに、これでは他でもないお義兄様に呆れられてしまう。 ……よし、今日、お義兄様に聞いてみよう。 決意を文字にしようと、私は再び日記に向かった。 「陛下?」 宗仁扉越しに何度も声をかけたが、返事がない。 呼び出されて来たのだが、何かあったのだろうか。 仕方ない。 「失礼いたします」 断ってから部屋に入る。 奏海は机に向かって、熱心に何か書いているようだった。 俺が部屋に入ったことにも気づいていない。 驚かせないよう、ゆっくりと近づいて静かに声をかける。 「奏海?」 「ふわぁぁっ!?」 俺に気づいた奏海が、大きく飛び上がる。 「わわわわわっ!」 「おっと」 驚いた拍子に椅子から転げ落ちそうになるのを片手で支えた。 「お、お義兄様っ!?」 「部屋に入る前に、何度も声をかけたのだがな」 「ぜ、全然気がつきませんでした」 「もう、心臓が止まるかと思いましたよ」 「この時間に来るよう言ったのは奏海だろう」 「え?」 時計に目を向けて驚いた様子の奏海。 どうやら、時間を見ていなかったらしい。 「ご、ごめんなさいっ! わ、私ってば!」 「熱心に何か書いていたようだが」 机に広げられたものに目をやった。 「きゃあぁっ!?」 奏海が机の上にがばっと覆い被さる。 「み、見ましたか?」 「中身までは見ていないが、何を書いていたんだ?」 「え、ええと。 その、日記、です」 「じゃあ、そんなに恥ずかしがることはないだろう」 「だ、駄目です! 駄目なんです!」 「この日記を見られてしまったら、奏海は死んでしまいますから!」 「そ、そうか」 奏海の首筋から顔までが真っ赤に染まっている。 頭から上がる湯気が見えるかのようだった。 日記に何を書いているのだろうか。 こんな反応をされると、逆に気になってしまう。 「廊下で少しお待ち下さい。 すぐに準備しますので!」 慌てて日記を引き出しにしまう奏海。 かなり大事なものらしい。 「ああ、ゆっくりで構わないぞ」 日記は気になったが、廊下でしばし待つことにする。 天気のいい日は、帝宮の庭を散歩するのが奏海の日課だった。 都合さえ合えば、今日のように俺が護衛として付き添うこともできる。 最近は忙しく、こうやって奏海と散歩するのは久しぶりだった。 「いいお天気ですね」 奏海が空を見上げる。 快晴で、少し汗ばむほどの陽気だ。 しかし、横を歩く奏海は涼しげで汗一つかいていない。 「……」 奏海がちらり、と俺を見る。 俺は首を横に振った。 いつか街を歩いた時のように、親しげに話すことはできない。 今の俺は、あくまで護衛の武人だ。 寂しげな笑みを浮かべ、前を向く奏海。 心が痛んだが、表情には決して出さない。 奏海と二人で庭の散策を続ける。 すると、庭の手入れをしていた使用人が奏海の存在に気がついた。 手を止めようとした使用人を制する奏海。 「私のことはお気になさらずに」 「お仕事、頑張ってください」 微笑みながら手を振る奏海。 皇帝に労われて感服した使用人は、結局、手を止めて奏海に一礼した。 ──翡翠帝は、とても明るくなられた。 帝宮で働く人々は、口を揃えてそう言う。 「どうかしましたか?」 奏海が立ち止まり、こちらを見ていた。 奏海は、色々なことに対してかなり積極的になっている。 国政に関しても、政務官と対等に話し合うことができるほどに成長していた。 時々、朱璃と一緒に学院の図書館で勉強しているようだ。 微妙な関係にあった二人だが、今では仲のいい友人である。 「いいや、何でもない」 「なんだか笑っていらしたように見えました」 「何か面白いことがあったのですか? 私にも教えて下さい」 「気にするな」 「もう。 そうやって意地悪するのですか?」 むっと頬を膨らませる奏海。 『翡翠帝』として振る舞っている時には見せない表情だ。 使用人に向けていたものよりも、少女らしくあどけない。 奏海がこんな表情を見せるのは、俺にだけだ。 そう思うと、再び笑みが零れるのを抑えきれなかった。 汗ばんだ肌に、涼しい風が吹きぬけていく。 周囲には人の姿もなくなり、二人だけの時間が訪れる。 隣を歩く奏海が、手を握ってきた。 「お義兄様」 「どうした?」 心なしか、繋いだ奏海の手がじんわり汗ばんでいる気がした。 「一つ……お尋ねしたいことがあるのです。 よろしいでしょうか」 「ああ。 構わない」 先を促す。 何かを決意するように、奏海がぎゅっと手を握ってきた。 「お義兄様は……私のことを本当はどう思っておいでなのでしょうか?」 「もしかすると、私との関係を面倒に感じたりしていませんか?」 「あの日、私を抱いたことを後悔していたりとか……」 堰を切ったように話す奏海。 自分で言っておいて悲しくなってきたのか、涙目になっている。 なおも喋り続けようとする奏海の頭に、ぽふんと手を乗せた。 「あ、あの」 「落ち着け、奏海。 何かあったのか」 頭を撫でながら、繋いでいる手を握り返してやる。 少し冷静になったのか、奏海も表情だけは落ち着いたようだ。 「ゆっくりでいいから、ちゃんと話してくれ」 「は、はい」 目を閉じて、一度だけ大きく呼吸をする奏海。 そして、ぽつりぽつりと語りはじめる。 「私、お義兄様の負担になっているんじゃないかと思って」 「皇帝との、義妹との恋愛なんて、ただでさえ厄介なことばかりでしょうし」 「宮国様への忠義を、私が邪魔しているんじゃないかって……」 さみしそうに顔を伏せる奏海。 「奏海、悲しいことを言うな」 「あっ」 奏海の肩を強く抱きしめる。 「俺は、自ら望んで奏海と関係を持ったんだ」 「自分で選んだからには、やり遂げてみせよう」 「朱璃は守り続けるし、奏海は愛し続ける。 刀に誓おう」 「……お義兄様」 腕の中の奏海が、上気した顔で見つめてくる。 奏海の言うとおり、俺たちの関係には厄介なものがつきまとう。 だが俺は、義妹であり皇帝でもある奏海を愛してしまっていた。 俺も奏海も、人としての道を見失ってしまっているのかもしれない。 それでも俺は、奏海と離れたくはなかった。 「いいのですか、お義兄様……これからも、私と愛し合ってくれるのですか」 「ああ、構わない」 「愛しているぞ、奏海」 「お義兄様、私も……愛しております」 腕の中の奏海が、切なそうに震えた。 昂ぶった心を抑えきれるわけもなく、俺は奏海に顔を近づける。 「んうっ、ん……ちゅ……」 口づけをする。 一瞬奏海の身体が強ばったが、すぐに力が抜けていった。 「ちゅ……ちゅ、んん……ぷあっ」 「はぁっ、はぁっ……お義兄様」 唇を離すと、奏海が強く身体を押しつけてきた。 奏海の柔らかな乳房と、硬くなりはじめた俺の陰茎が、互いの身体に密着する。 昂ぶりを察した奏海が、俺の手を引いた。 「お義兄様、あちらへ……」 荒い息遣いの奏海に、木陰へと誘われる。 奏海に押し倒されるように、芝の上に寝ころぶ。 のしかかってきた奏海は、辛抱たまらないという様子だ。 「お義兄様、もうこんなにしてしまって」 「奏海が積極的だからな」 体勢的に、奏海の下着も丸見えだ。 鼻先には、下着越しの陰唇の膨らみがある。 「私でこんなにして下さって、嬉しいです」 指が俺の陰茎をさわさわと這い回る。 快感にぴくりと反応するのを奏海は見逃さなかった。 「こんなになって……すごく苦しそうですね」 「私が今すぐ、楽にして差し上げますから」 奏海の細い指が俺の部分を上下にしごく。 「全部奏海に、お任せください」 「んっ、んっ……んんっ、んうっ」 「んふっ、んっんっ……んんっ」 俺の目の前では、可愛らしい尻が揺れている。 それに誘われるように、両手で尻を揉みしだいた。 「んはっ……やあんっ、なんだか、胸を触られるより恥ずかしいです」 「うんっ……んっ、んっ、んうっ」 息を切らせながら陰茎を優しく擦り続ける奏海。 俺は予想以上に柔らかな尻の感触に夢中になり、両手で揉みしだく。 「ううん……お、お義兄様、お尻を揉まれては集中できないです」 「ひんっ、ううんっ、んっ、んっ……」 柔らかい尻肉を揉みながら、下半身に与えられる快楽に浸る。 「もうっ。 んっ……はぁっ……」 「んふっ……んんっ、れろぉっ……」 「っ……!?」 陰茎に、ぬるりとした熱い感触が走った。 小さくて柔らかな何かが亀頭を這い回っている。 「はぁっ……ぺろっ……れろぉ、んちゅっ」 「はふっ、んむっ、ちゅっ、んはっ、れるっ」 奏海が俺の部分を舐めているのだと気付く。 「はふっ……どうですか? 気持ちいいですか?」 「気持ちいいが、どこでこんな知識を仕入れたんだ?」 「わ、分かりません……」 「お義兄様に気持ち良くなってほしくて、してみたんですけど……これは普通にする事なのですか?」 驚いた。 陰茎を口で愛撫するという行為を、奏海は自分で思いついたのだ。 「初めてですから、あまり上手くできないかもしれないですけど」 「精一杯、お義兄様を気持ちよくしてさしあげます」 「はぁっ……ちゅっ、ちゅ……んちゅうっ」 奏海の唇が鈴口に吸いつく。 初めて味わう口での愛撫に、早くも陰茎が震えはじめた。 「んふうっ……何か出てきてますよ、お義兄様」 「ちょっと、しょっぱいです……んむ……ちゅううっ」 漏れ出してしまったらしい先走りを尿道から吸い出してくる奏海。 「はあっ……どうですか? 気持ちいいですか?」 奏海の舌が亀頭を這いまわる度、陰茎が奏海の手の中でびくびくと跳ねる。 「うふふ、もっと続けますね……あむっ」 「はぷっ、はふぅっ……んんっ、れろっ、ぺろっ」 「れろっ、んっ……じゅぶっ、じゅるるっ、れろぉっ」 亀頭が咥えこまれ、唾液の滴る口内に包み込まれた。 粘膜に触れるたび、溶けそうな温度に敏感な亀頭が襲われる。 「んちゅうっ、じゅるっ、じゅぶぶぶっ……」 「はふっ、ぺろっ、れろぉっ……んふっ、じゅるぅ……ぷはっ」 亀頭を口から離し、息継ぎする奏海。 そして、すぐさま俺の部分を再び咥える。 「はふっ……んむうぅ、ちゅるぅ……ちゅぶっ、んくっ」 「んっ……ぷ……んふううっ、じゅるっ……んむ……ん……」 ねっとりとした熱い舌の感触が陰茎に張り付いている。 やがて、亀頭が喉の奥の柔らかい部分を突いた。 「んぅっ!? ……けほっ、けほっ!!」 奏海がむせ、慌てて口を離す。 「奏海、大丈夫か?」 「けほっ……! はぁっ、大丈夫です、ちょっと喉の深いところに入ってしまって……」 「平気ですから……はむっ」 健気に俺の陰茎を頬張ってくれる奏海。 俺も奏海を気持ちよくしてやりたくなり、奏海の下着をずらした。 「あっ……だ、だめですっ……」 目の前に、てらてらと濡れた秘裂が姿を現した。 性器はおろか、尻まで丸見えだ。 可憐な花びらはぴったりと閉じたままだが、奥から蜜を染み出させている。 「俺のを舐めただけで、こんなに濡らしてしまったのか?」 「そ、そんなことっ、ないですっ……あっ……!」 「ひううっ……んんっ、んくうううっ……」 秘唇を指先で割り開くと、桃色の膣肉が隙間から覗いた。 俺の視線で感じたのか、奏海の部分が物欲しそうにひくひくと蠢く。 とろりと垂れた愛液が、俺の頬に落ちた。 「はああんっ……すいません、お義兄様ぁっ、何だか、いつもより敏感になって」 「んううっ、あっ、んっ……ううんっ!」 確かに、奏海の感度は普段より高まっている。 行為をしている場所のせいだろうか。 ならば、もっと感じさせてやろう。 「皇帝陛下がこんな場所でこんな事をしているなんて、誰にも言えないな」 「やあんっ、それは言わないでください……んんっ」 「他の誰かに知られたら、恥ずかしくて死んでしまいます……はぁっ、あっ」 思ったとおり、奏海は俺の言葉で感じているようだ。 膣肉が動き、新たな愛液を分泌させている。 「ふあああっ……!」 さらに、陰核を指で露出させた。 すっかり充血した奏海の鋭敏な部分に、舌先を這わせる。 「はあっ……! あっ……んんっ……んんんん……!」 「はひっ、ひんっ、ひんっ……ひう、んあああっ……!」 口元に垂れる愛液を味わいながら、陰核を舐めまわしていく。 「あああんっ! あふううっ、うんっんっ、あっ!!」 「あっ、あふっ、ひああんっ、あんっ、あっ、あふうっ……」 陰茎に温かくて柔らかな感触が走った。 奏海が口淫を再開させたのだ。 「んん……ちゅ……ちゅぷ……ちゅぷ……んむううっ」 「んむっ……! んんっ……! はあっ……ちゅむ……!」 奏海の陰核を刺激するたび、尻の中心がひくひくと蠢いていた。 ふと興味を惹かれ、尻を揉んでいた指をそこへ移動させる。 「はううっ……!? お、お義兄様っ……そこは待って……!」 驚いたようにきゅっと菊座がすぼまる。 「んんっ……! 駄目ぇっ……」 「本当に駄目か? ここは悦んでいるように見える」 「そ、そんなこと、ないですっ……!」 「あふううっ、ううんっ、んんっ……はっ、ああっ」 菊座を愛撫すると、膣口がひくひくと物欲しげに反応した。 指に愛液をまぶしてから、穴に挿入してゆく。 「んんっ!? あ……だめ……ですっ……! やああっ……!」 「はふううっ、ふううっ……んんんっ、ひっ、ひいんっ」 奏海は拒否の言葉を口にするが、それとは裏腹にぬるりと指が入り込んでしまう。 「はあっ……! あっ……! ああっ……、あふうっ、ううっ」 「んうううっ、んっ、はぁっ、はっ……ああっ」 奏海の吐息に合わせて指をきつく締め付けてきた。 「だめ、なのにっ……お義兄様に触られると、私……!」 「お尻を触られて感じちゃうだなんて……」 尻を愛撫しながら、女性器に舌を這わせた。 「やあっ……!? ど、同時なんてっ……! んんっ……!」 「うああっ、ああっ、あひいっ、ひいいいんっ、あふうっ」 「あくううっ、ああっ、あああんっ、あんっ……はうう……!」 「私が、お義兄様にご奉仕してあげたいのにっ……」 「んっ……! あむっ……んんんっ……!」 陰茎への愛撫が再開される。 熱い口腔に先端部分が包まれる。 亀頭を柔らかな舌が這い回り、痺れるような快感が下半身へと広がってゆく。 「んむっ……! んっ……ちゅぷっ……ちゅくっ……ちゅくっ……!」 「んっ、んっ、ふっ、んんっ、んうううっ、ふむうっ……!」 快楽のあまりに陰茎が跳ね上がる。 負けじと、菊座の中に挿入した指をゆっくりと往復させた。 同時に、舌先で陰核を撫で回すようにして愛撫した。 「んんんんっ……!! んぐ、ん、んんっ……!!」 「はふうっ、はふううっ、ふむうっ、んむううんっ……!」 お尻が揺れ、菊座が強く俺の指を締め付けてくる。 もしかしたら、奏海はこっちの刺激にも適性があるのかもしれない。 陰核にむしゃぶりつき、音を立てて吸った。 「んんんっ!? ん、んくうう、んううっ、んんんっ……!!」 「んふうっ、ふむっ、んんんっ、じゅるるうっ、じゅっ、じゅっ」 懸命に頭を動かし、唇で俺の部分をしごく奏海。 ぬるぬるとした感触が陰茎を上下するたび、下半身がとろけそうだった。 「んむっ、ちゅぷっ、じゅるっ、じゅくっ、ちゅうっっ……!!」 「奏海、これ以上すると……」 「んはあっ……! いいですよ。 出してください、お義兄様っ……!」 「奏海のお口に出してくださいっ……!!」 間髪入れず、亀頭をくわえ込む奏海。 「くっ、奏海……!」 「んむっ、んんっ、んむっ、んんん、んんんんっ……!」 「んむ、じゅるるるっ、んううううっ、ふむうっ、んっ、んううっ……!」 「はあっ、ちゅくっ、ちゅぷっ、じゅくっ、じゅくっ、じゅぷっ、んんんっ!!」 「ふむうううっ、んんんんんんっ……うむうううっ、んうううううううっ……!!」 どぷっ!! びゅるっ! びゅるっ……!「んぐっ!? んんんっ……! んうううううっ……んぷうっ!」 ついに弾けた。 奏海の口の中で、何度も陰茎が跳ねた。 吐き出される俺の精液を、奏海が口で受け止める。 どぷっ! どぷっ! どぷんっ……!「んんっ……! んっ……! んっ……んっ……んん……!!」 「んくっ、こくっ……こくっ……」 奏海が喉を鳴らす。 精液を飲んでいるらしい。 「くっ……!」 「んっ……! んっ……んんっ……」 「んんんっ……!? けほっ! けほっ!」 むせた奏海が、たまらず口を離す。 「けほっ……! はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」 飲みきれなかった精液が口から垂れ、ぼたぼたと俺の股間に落ちた。 「ごめんなさい、お義兄様」 「お義兄様の精液……こぼしちゃいました……ぺろ……れろ」 股間のあたりを、奏海の熱い舌が這い回る。 精液を舐め取り、やがて陰茎を根元から登りはじめた。 「れろ……れろ……ぺろ……れるぅっ……」 下の方から丹念に舐め上げられる。 「はあ……私のお口の中、お義兄様の匂いで一杯です……」 「頭の中まで全部、お義兄様のものにされてしまったみたい」 「ぺろ……んっ……あ、まだ、少し出てる……」 「んちゅ……ちゅっ、ちゅうううううっ……!」 絶頂したばかりの亀頭に強い刺激が走る。 「く……」 「あ……また、大きくっ……んん……」 「ぺろ……ぺろ……ぺろ……んっはぁっ……」 奏海の熱い吐息が陰茎にかかる。 「お義兄様の、また膨らんでしまいましたね」 射精したばかりだというのに、俺の部分は完全に復活してしまっていた。 「もう一度、出さなければいけないですよね」 期待に満ちた目で俺をみつめてくる。 「今度は、奏海の膣内で気持ちよくなってください、お義兄様……」 またしても奏海が俺の上に乗る。 どうしても俺を導きたいらしい。 「私が、お義兄様を気持ちよくしてあげたいんです」 「はあっ……こんなに固くなって……」 恍惚とした顔で、陰茎を膣口にこすり付けてくる奏海。 自らが分泌する愛液で、陰茎を濡らしている。 「これ以上は、さすがに人に見られるかもしれないぞ」 「はふうっ、んんっ……ふふっ、お義兄様、もう気付いているんでしょう?」 「私……そういう状況のほうが、昂ぶってしまうんです」 「んくううっ、ふっ、はぁっ……はぁっ……」 やめようとする素振りすら見せず、腰を動かし続ける奏海。 口の端に精子をつけて腰を振る翡翠帝の姿など、国民が見れば卒倒してしまうだろう。 「はあっ……あっ……あ……気持ち、いっ……」 「はふうっ、ううんっ、んんっ、んっ、ふうっ……」 陰唇を陰茎に擦りつけるようにして腰を動かす奏海。 熱く火照った奏海の女性器が、ぬるぬると上下する。 「はぁっ、はぁっ……はぁっ……はふうっ……」 「入れていいですか、お義兄様……?」 「ううん、入れちゃいますね……」 俺の答えは待たずに腰を浮かせる。 陰茎を握り、膣口に先端をあてがった。 「んっ、くうううっ……ううううんっ……!」 奏海が腰を下げると、亀頭が膣口を裂いて侵入する。 「ふあっ……ああああああんっ……!!」 奏海が腰を落とすと、ぬるりと一気に根元まで埋まってしまった。 「あっ……! はぁっ……はぁっ……!」 「ふああっ、はぁっ、はぁっ、ふううっ、んんっ……」 奏海の身体が震え、膣壁がきゅうっと締め付けてくる。 「やっと、お義兄様と繋がることができました……」 「大好きなお義兄様と、また一つになれました……」 うっとりとした笑みを浮かべる奏海。 「ひんんっ……はぁっ、はぁっ……んんっ、ふうっ」 「奥、までっ……お義兄様のが、届いてますっ……」 「はふうううっ、んんんんっ……んううううっ」 「ふうっ……あうううっ、んんっ、んっ……う……」 奏海がゆっくりと腰を持ち上げてゆく。 「大丈夫か?」 「だ、大丈夫、ですっ……んんっ……ふううっ、んんっ」 「あふううんっ、ううんっ、んんっ、はぁっ、はぁっ」 半ばまで抜いたところで、再び腰を落とす。 「くふううううぅぅっ……!! はあぁぁぁっ……!」 普段よりも深く入っているのだろう。 快楽のあまり、脚が震えている。 自分の身体を支えるのさえ辛そうだ。 「俺が動いたほうがいいか」 「へ、平気ですっ。 全部、奏海に任せてください」 「私にだって、できるんですからぁっ……」 奏海の声が静かな庭に響く。 そして、肉のぶつかりあう音が鳴りはじめる。 「んっんっ、くんっ、んっ、あひっ、あっあっ……ああっ!」 「はぁっ、はぁっ、あっ、あっあっあっ……あふうっ、んんっ!」 「んあっ、あっ、ああっ、はぁっ、はっ、あふっ、ふんっ、んっんっ」 「あまり大きな声を出すと誰かに見つかるかもしれない」 「っ……! は、はいっ……」 「んんっ……! んっ……んっ……んっ……!!」 声を押し殺しながら腰を動かす奏海。 だが、その表情は悦楽に満ちている。 誰かに見つかるかもしれないという状況に興奮しているのだろう。 「はぁっ、はぁっ、はひっ、ひっ、ひんっ、んっ、ん、んううんっ!」 「どうですかお義兄様……んっ、はぁっ……奏海のここ、気持ちいいですか?」 「はぁっ、はふっ、はふぅ……んんっ、んっ、はぁっ、はっ、んっ」 「ひっ、ひふっ、んんっ、んくっ、くふうっ、んっ、はぁっ、はぁっ、んっ」 ぐりぐりと腰で円を描くように動かしてくる。 「はぁぁぁっ……はぁっ、ふううっ、んんっ、はぁっ、はぁっ」 「くふうっ、ふっ……はふうっ、はふっ、ううんっ、んんっ、んううっ」 「奏海っ……!」 「あはっ……お義兄様の感じてる顔、可愛いです……」 俺を見下ろしながら、くすりと笑みを零す。 「もっと奏海のことを感じてくださいっ……」 「はあっ、はふっ、ふうっ、んっ、んっ……んううっ、はひっ、はふっ」 「んっ、くうっ、くふうっ、んはっ、はあっ、ああっ、ああんっ……!」 このままでは、俺だけが果ててしまう。 奏海も絶頂に導いてやりたかった。 奏海の腰を掴んで、突き上げる。 「んあっ……!? あふああぁぁっ……! はひいっ、ひいんっ!」 「奥の方……お義兄様のが当たってる……あはぁぁっ、あふうんっ、うんっ!」 「力、抜けちゃいますっ……! ふあっ……! はっ……あぁぁっ……!!」 奏海が崩れ落ちそうになる身体を必死で支えている。 膣内がうねり、もうじき絶頂であることを告げていた。 「あ、あ、あ、あ、あああっ、ああっ、あっあっあっ、はあんんっ……!!」 「だめっ! だめ、だめですっ! 私、もうっ……うあああっ!!」 奏海の腰を掴み、深く内部を抉ってゆく「お義兄様、だめだめだめぇぇっ……!!」 「あっ、はっ、あっ、あっ、あっ! はああああんっ! はひいいいっ」 「ひうううっ!! あああんっ、はうううんっ!! んううううううっ……!!」 「んんん~~~~~~~~っっ!!」 奏海が背を反らせる。 歯を食いしばって声を堪えていた。 膣内が痙攣し、奏海の絶頂を俺に伝えてくる。 「んううっ……! んんんっ!! はひっ、んんんんっ……んうううう……!」 「はぁっ、はぁっ、あふううっ、ふうっ……」 膣内がぐねぐねと動き、俺に射精を促してくる。 あまりの快感に暴発しそうだった。 「はあっ……! はあっ……! はあっ……!」 「ぁ……う……ふぅ……」 絶頂を終えた奏海が荒い吐息をつきながら崩れ落ちる。 だが、これで終わりにするつもりはない。 膣をえぐりながら、腰を突き上げる。 「ふああああっ!? あひいいっ、ひいいんっ、ひんっ、ひんっ、あふっ、あふっ!」 「はああっ、はふううっ、ううんっ、ん、ん、ん、ん……うううんっ、んんっ!」 突然の刺激に、奏海が大きく目を見開く。 だらしなく開いた口から涎が垂れ、俺の腹部に落ちた。 「あくううっ……!? あふううっ……! だ、だめっ……ですっ……!」 「お義兄様っ……! わ、私、いま気持ちよくなったばかりで……!」 「はうううっ、うううんっ、んっ、んひっ、んっんっんっ……くうっ、ううんっ!」 奏海の声は聞こえないふりをして、行為を続行した。 柔らかくぬかるんだ女性器を、鉄の棒のようになった陰茎で強く突き上げる。 「あ、あ、あ! ふあああっ……!! あひんっ、ひんっ、ひうっ、うっ、うふうっ」 「あふうっ、ううんっ、んっんっ……くうっ、うっ、くふっ、ふっ、ふうっ……!」 奏海が上下する度に揺れ動く乳房に両手を伸ばす。 「はうっ……! そこ、触られたらっ……先っぽ、摘まんじゃだめですぅっ……!」 「ひああああっ、あああっ、ああんっ、ふああんっ、はぁっ、はあっ、あっあっ……」 「はぁっ、はああっ、あああっ、あっ、あっ、あっあっ……くふうっ、ううんっ!」 硬くなっている奏海の乳首を指の間で転がしながら、乳房を下から揉みしだく。 その間も腰を休めることはない。 「ふぁぁぁっ……!! 身体、痺れちゃいますっ……!」 「あっ! はっ、はあっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あああんっ、あふうんっ!!」 「ああっ、ああんっ、はぁっ、はぁっ……あふっ、ううんっ、んううっ、ふうっ」 奏海も俺の動きに合わせるように腰を落としてくる。 肉のぶつかり合う音と互いの吐息が、あたりに響いていく。 「ああっ! だんだん、身体、ふわってなって……くふううっ、ふうんっ、んひいいっ!」 「ああああっ!! はああんっ、はひいいっ、ひふぅ、うっ、んっ、んっ……!」 「ひうっ、んっ、あううっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、うああぁぁっ……!」 再び絶頂に近づきつつある奏海が大きく震える。 こんなに声を出してしまっては、誰かに見つかるかもしれない。 だが、構うものか。 限界を迎えつつある精を放出することしか考えられなかった。 「はあっ、あっ、あっあっあっあっ、ふっ、ふうっ、ううっ、んっ、んんっ!」 「ああんっ、あひっ、ひいっ、ひんっひんっ……ああっ、お義兄様ぁっ……!」 「出すぞ……奏海……!」 猛り狂う熱の塊が、そこまで来ている。 「は、はいっ……! 膣内に出してくださいっ……うはあんっ、はあんっ!」 「はぁっ、んふっ……お義兄様ので、気持ちよくなりたいです……」 「ふあああっ!! ううんっ、あああっ、ああっ、あっ、あっあっあっ!」 「ううっ、うあああっ、ああんっ! ああああっ、あふうぅぅぅっっっ……!!」 「あああぁぁぁっっっ……! あああっ、ふあああっ、ふあああぁぁぁっっっっっ!!」 「はああぁぁぁぁっっっっ!! ひあああああっ!! ああああああぁぁぁっっっっっ!!」 「ふあああああああああ~~~~~っっ!!」 びゅるっ! びゅくっ! びゅくんっ!!「あああああっ……!! はあっ……!! あっ……! ああああっ……!!」 熱の塊を奏海の膣内にぶちまけた。 膣肉がぎゅうっと陰茎を抱きしめている。 「ぐっ……!」 うねる膣内に、何度も射精した。 「はあっ……! あったかいっ……ですっ……!」 「お義兄様のっ……奏海の膣内に、いっぱい注がれてます……!」 「はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!」 蠢く奏海の膣内に、陰茎が落ち着くまで放出し続ける。 最後の一滴まで、奏海の最奥に射精した。 これまでで一番多く射精したかもしれない。 「はぁ……ん……ん……すごい、沢山、出てます」 「嬉しい……です……。 私でいっぱい感じてくれたんですね」 「んっ……でも、まだ抜かないでくださいね」 「このまま、繋がったままでいたいんです」 奏海が俺の身体に抱きついてくる。 絶頂の余韻に、まだひくひくと膣内が蠢いていた。 それに刺激され、またしても陰茎に血が巡りはじめる。 「あっ、あれ? 膣内でお義兄様のが……?」 「んっ……はあっ……!」 奏海が腰を浮かせた拍子に、陰茎がぬるんと抜け出た。 膣内の刺激によって俺の部分は、再び力を取り戻していた。 既に二回も果てたというのに、俺の分身は天に向かって雄々しく屹立してしまっている。 くすりと奏海が笑みを零す。 「いけないお義兄様。 まだ足りないのですね」 「いいですよ。 奏海にもう一度、してください」 「お義兄様が満足されるまで、何度でも奏海を抱いて下さい」 「早く戻らないと心配されるかもしれないぞ」 「そんなこと仰っても、ここはもう、そのつもりじゃないですか?」 「んっ……ふ……」 陰茎に女性器を擦りつけてくる。 びくんと陰茎が反応し、陰唇の隙間にめり込んだ、完全に戦闘態勢が整っていた。 「お願いします、お義兄様」 「ああ。 わかった」 何度抱いても、飽きることなどない。 人気の無い木陰で、俺達は再び身体を重ねたのだった。 「あまり意識すると、逆に不自然になるぞ」 宗仁「でも」 奏海ぎくしゃくした様子で答える奏海。 「ほら、もっと近くに寄れ」 「ダメですよ、お義兄様。 バレてしまいます」 「大丈夫だ」 奏海と並んで街を歩く。 民主化の進んだ皇国では、皇国人と共和国人が混じって街中を往来している。 「お、お義兄様、手が」 俺は奏海に身体を密着させ、あまつさえ腰に手を回していた。 困らせるためにしているのではなく、これも偽装の一環である。 普通にしていると、奏海の振る舞いが翡翠帝と似ていることに気付かれるかもしれないのだ。 「奏海、もっと寄れるか」 「もっとですか!?」 「うう……わかりました、頑張ります!」 決意を固めた奏海がぎゅっと俺の身体に抱きついてくる。 恥ずかしいのか、その状態のまま、ぷるぷる震えている。 「それはくっつきすぎだな」 「す、すみません、お義兄様」 ぱっと身体を離す奏海。 そして、適度に身体を寄せ合って歩きはじめる。 道ゆく人々からは、恋人にしか見えないだろう。 まさか、この少女が『翡翠帝』だとは誰も思わない。 「帝宮は大丈夫なのか?」 「今日は、今朝から具合が悪くて一日中部屋で休んでいることになっているのです」 「部屋には誰も入れないように念を押していますし、気づかれる心配はないでしょう」 「悪い皇帝もいたものだな」 「それに荷担しているお義兄様も、悪い御方です」 言いながら、ぎゅっと身体を押しつけてくる。 これは公式な外出ではない。 行きたい場所があると言い出した奏海を、俺が帝宮から連れ出したのだ。 エルザも渋々だったが了承してくれた。 帝位を廃止する準備が進んでいることも影響しているのだろう。 以前ほど、奏海を帝宮に押し込んでおく必要もなくなったのだ。 「翡翠帝を独り占めなど、国民に嫉妬されるな」 「ふふふ、本当にお義兄様は悪い人です」 くすり、と悪戯っぽい笑みを浮かべる奏海。 非日常的な刺激を楽しんでいるようだった。 「それで、今日はどこに行きたいんだ?」 奏海は、『翡翠帝』として何度も街を視察している。 だが、それだけでは見えないものがあるのだろう。 「……えっと」 笑みを消し、神妙な表情になる奏海。 顔を向けたのは、かつての武人町がある方角だった。 奏海と共に、武人町へ訪れた。 少しずつ復興作業が行われているが、かつての姿を取り戻すにはまだ時間が必要だろう。 俺たちが立っているのは、鴇田の家があった場所だった。 「一度、お義兄様とここに来たかったのです」 奏海が家の跡に花束を置いた。 黙祷する奏海に俺も倣う。 義理の両親に関する記憶は、ほとんど戻っていない。 「お父さん。 お母さん。 ごめんなさい」 「私は親不孝者です」 「武人の娘としての勤めを果たすこともできず、今も偽の皇帝として人々を欺いています」 「どうぞ、お許し下さい」 奏海の肩に手を置く。 「お前はお前のできることをしているだけだ」 「二人もきっと許してくれるだろう」 「ありがとうございます。 お義兄様」 奏海が、かつての面影を探して家の跡を歩いた。 そして、記憶を失っている俺に過去の思い出を色々と話してくれる。 「ここが私の部屋、あちらが、お義兄様の部屋」 「こっちが、お義兄様にいつも遊んで頂いた庭」 「どんな遊びをしていたんだ?」 「小さな頃は、おままごととか」 「私がお母さん役で、お義兄様がお父さん役です」 「兄妹で夫婦役か」 「今だって、似たようなものじゃないですか」 「ははは、確かにな」 「私、その頃からお義兄様と結婚したいと思っていたんです」 「今だって、諦めていないんですよ」 「私、お義兄様のお嫁さんになりたいです」 熱のこもった瞳で見上げてくる奏海。 そして、ごまかすように小さく笑った。 「ふふふ、結婚までしてしまうと、滸ちゃんたちに私たちの関係が知られてしまいますね」 「ごめんなさい、お義兄様。 冗談だと思って忘れてください」 奏海の言う通り、俺たちが兄妹よりも深い関係になっているのを知られるのはまずい。 だが、奏海と結婚するという未来が、どうしようもなく魅力的だった。 「結婚するのなら、国民に帝位の廃止を発表してからだな」 「現状では、俺と奏海が公の立場で結ばれるのは難しい」 「え?」 目をぱちくりさせる奏海。 急すぎて伝わらなかったらしい。 「俺もいつか奏海と結婚したい、と言ったんだ」 「え、え……!」 口元を両手で押さえる奏海。 感涙したのか、瞳が潤んできている。 「ほ、本当ですか!?」 「ああ。 約束する」 俺の意思を確かめるかのように、奏海が手を握ってくる。 温かい。 「私たちが結婚するつもりだって知ったら、みんな何て言うでしょうか」 「……俺は殴られるかもな」 義妹に手を出すなど、尋常ではない。 「だが、何としてでも認めさせてみせよう」 俺は奏海の手を握り返した。 「愛しています。 お義兄様」 「私の子供の頃からの夢が、ついに叶いました」 「気が早いぞ、奏海」 少なくとも、結婚は皇国の民主化を成し遂げたあとだ。 生まれ変わろうとしている皇国を、翡翠帝の婚姻という報道で乱すわけにはいかない。 「俺も愛している、奏海」 静かな風の音だけが響き渡るなかで、奏海を抱きしめた。 そっと両目を瞑る奏海。 廃墟のなかで、俺達はそっと唇を重ねる。 「ん……ちゅっ……んむっ、ふあっ」 「はっ……はぁっ、はぁ、はぁ……」 唇を離すと、息を荒くした奏海と目があった。 「まだ時間があるな」 「どこかに寄ってから帰るか?」 帝宮には夕方までに戻れば大丈夫らしい。 「奏海は、お義兄様が隣にいて下さるのならどこでも構いません」 俺の胸元に頬ずりしてくる奏海。 「いいのか? どこにでも連れて行ってやるぞ」 「それじゃあ、お義兄様の部屋に行きたいです」 見上げてくる奏海の表情が火照っていた。 身体から伝わってくる奏海の体温も上がっている気がする。 「……そうだな、俺の部屋に行くか」 言葉にしなくとも、求めるものが伝わりあっていた。 「お義兄様の部屋に来るのは、あのとき以来ですね」 熱のこもった視線を送ってくる奏海。 『あのとき』とは奏海を総督府から救出し、一日だけ俺の義妹に戻った日のことだ。 そして、奏海と初めて身体を重ねた日でもある。 「とりあえず、茶でも用意しよう。 どこかその辺に座って……」 「待ってください、お義兄様」 奏海に袖を掴まれた。 もじもじしている奏海が、切なそうな顔になっている。 「あの、私……もう、お布団も敷いてありますし」 いま気付いたが、部屋に布団が出しっぱなしになっていた。 今朝は忙しかったので、片付け忘れていたらしい。 まるで、最初から奏海を部屋に上げるつもりだったかのようだ。 「私、結婚の約束をしてもらって、またお義兄様のことが好きになりました」 「この気持ちのまま……はやくお義兄様に、愛してほしいです」 奏海が胸の中に飛び込んでくる。 誘惑に抗えず、理性が破壊されていく。 と、入口が叩かれた。 慌てて奏海と身体を離す。 「すいません宗仁君、少しだけ店を手伝ってほしいのですが」 鷹人「わかりました、すぐに行きます」 「いやあ、二人きりの時間を邪魔して申し訳ない」 そして、店長は一階に戻っていった。 「むー」 俺を睨む奏海の頬が膨らんでいた。 「行ってしまうのですか?」 「すぐに戻って来るから、いい子にして待っていてくれ」 「……わかりました。 お義兄様がそう仰るのであれば」 何とも名残惜しそうにしている奏海を部屋に残して、俺は店に向かった。 細かな注文をする客が連続してしまい、思ったよりも時間を食ってしまった。 仕方ないとはいえ、奏海には悪いことをした。 ……菓子でも用意したほうが良かっただろうか。 思案しながら、奏海の待つ部屋に戻る。 「(……ん?)」 扉を少し開いたところで、妙な気配に気がついた。 部屋の中からは、切なげな吐息が小さく漏れ聞こえていたのだ。 「っ……はあっ……ぁ……」 隙間から室内を覗くと、布団にうずくまる奏海の姿が見える。 寝ているのかと思ったが、違う。 「これが……お義兄様が毎晩休まれているお布団……」 布団にほおずりしている。 「すぅ……はあ……すぅ……」 「ん……ぅ……。 お義兄様が、もうすぐ戻って来るかもしれないのにっ……」 「でも、お義兄様も悪いんです……こんなに待たせてっ……」 「我慢、できないっ……っ……」 股間に伸びた手が、脚の付け根をさすっている。 「っ……はあ……ぁ……」 「んっ……んんっ……っ……ぁ……」 下着の中心部分。 柔らかそうな谷を、奏海の指がゆっくりと往復していた。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……っ……」 部屋の中で、奏海が自らを慰めていた。 息を殺して、その様子に見入ってしまう。 「あぁっ……はぁっ……あっ……。 もっと……」 「もっと私のことを見てください……お義兄様っ……」 一瞬、覗いているのが知られたのかと思ったが、そうではない。 「あっ……! ふっ……ん……ん……!」 「そこっ……気持ち、いいですっ……お義兄様っ……」 想像上の俺に話しかけながら、奏海は指の動きをだんだん激しくしてゆく。 より大胆に動き、女性器全体を愛撫している。 「お義兄様、そのまま、中に出して……!」 「奏海のこと、本当のお嫁さんにして……!」 「んあっ! あっ……! あ……! あ……!」 「んんっ! んっ、あっ、はっ、はあっ……!」 「ふあっ、んっ、んっ、んっ……んんっ!」 奏海の身体が硬直し、小刻みに震えている。 絶頂が近いのだろう。 指はますます激しく動き、奏海の嬌声が大きくなった。 「お義兄様っ……お義兄様っ……! お義兄様っ……!」 「も、だめっ……くうんっ……うああんっ……!」 「あっ……あっ……! あっ……! あっ……!」 枕に鼻を押しつけ、俺の香りを吸い込みながら絶頂へ向かっている。 「はあっ! あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……!!」 「ふあああっ……!! ん、んんんんんんんん~~っ!!」 「んんんんっ! んんっ……! はあっ! はあっ! はあっ……!!」 奏海の全身が大きく引きつる。 絶頂に達したのだろう。 奏海の身体から徐々に力が抜けてゆく。 「あああっ! あっ……! あっ……! あ……!!」 俺は静かに扉を開け、奏海に近づいた。 「奏海は悪い子だな。 いい子にしていろと言ったのに」 「お、お義兄様!?」 布団に突っ伏していた奏海が飛び起きようとする。 だが、俺が腰を押さえつけると大人しくなった。 「い、いつから……!?」 「たった今だ」 「それより奏海、何をしていたんだ?」 聞くと、奏海が顔を隠すように、枕へ鼻先を埋めた。 「うう、ごめんなさい、お義兄様」 「お義兄様のお布団の香りをかいでいるうちに、どうしても我慢できなくなってしまって」 涙目になって身体を小さくする奏海。 「奏海は少しでも早く、お義兄様を感じたかったんです」 「抱いて、ほしかったんです……」 肩を震わせて、ぽろぽろと涙をこぼしていた。 「泣くな、責めているわけではないんだ」 「うう……ぐすっ……ぐすん」 中々泣き止んでくれなかった。 「私のこと、嫌いになっていませんか?」 「なるわけない」 「本当、ですか?」 「ああ。 今すぐ奏海を抱きたくなった」 大きくなった陰茎を、服越しに奏海の尻に擦りつける。 「あっ……」 「続きは俺にさせてくれないか?」 髪を撫でながら囁く。 「は、はい」 「私はもう、準備ができていますから」 奏海がくいっと脚を上げる。 奏海の部分に、俺の先端が触れた。 そこは既に熱くとろけており、受け入れる準備が整っている。 「ふああっ……熱い」 「お義兄様のが、触れてます……!」 愛液を先端にまぶすようにして動かした。 膣口がヒクヒクと物ほしそうに蠢く。 「はあっ……! あっ……ぅ……!」 「自分で触って、こんなに濡らしてしまったのか?」 「奏海はいやらしい子なんです……いやらしい子で、ごめんなさい……」 「あっ……んん……ふあっ……」 自らの指で陰核をくりくりといじり続ける奏海。 「早く……早く、お義兄様と繋がりたいです……」 「ああ。 入れるからな」 俺の方も、早く奏海を味わいたくてうずうずしていたところだ。 奏海がこくりと頷くのと同時に、挿入した。 「あっ、あああああああっ……!!」 熱い膣内に、ずるりと入り込んだ。 「はあっ……!! はあっ……! ああああっ……!!」 ぐねぐねとうねる膣肉が、強く陰茎を抱きしめてくる。 よほど待ちかねていたのだろう。 「んんっ! はあっ! はあっ……!!」 奏海がぎゅうっと布団を握りしめる。 「辛いのか?」 「い、いいえっ! 違い、ます……気持ちよくて」 「自分でするより、お義兄様にして頂いたほうが、ずっと気持ちいいです……!」 「くうううっ、ううんっ……はぁっ、ああっ」 膣肉は、ぴったりと陰茎に吸いついてきた。 両脚をびくびくと震わせている奏海。 「お義兄様……私、身体の奥がすごく切ないです」 「なら、膣内でしっかり出さないとな」 「はい……いっぱい、出してください……!」 俺は陰茎を根元まで引き抜いた。 そして、再び奥まで刺し貫く。 「ふああああああっ!!」 「あひっ、ううううんっ、ああっ、ふあっ」 「わかるか、奏海? 奥まで届いているのが」 「はいっ! わかりますっ……!」 「奏海の一番奥まで、お義兄様のが届いていますっ!」 そのまま、何度も奏海の最奥を突く。 「はっ……! ひっっ……! んんっ……!」 「んぅっ! んっ……んっ……んっ……んっ……!」 「んっ!! あっ!! あっ!! あっっ……!!」 腰を突き入れる度に肉同士がぶつかり合い、柔らかな尻肉が震える。 「ふあっ! ああっ、あああっ、あんっ、あんっ、あぁっ」 「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あぁっ、うああんっ!」 もう、奏海を味わうことしか頭の中にはなかった。 結合部分から快楽の波が全身へと広がっていく。 それを奏海に与えるように、腰を動かした。 「ふあっ、あっ、あっ、ああんっ、あんっ、あんっ……!」 「はあっ、はっ、あっ、ふあっ、ああっ、あうっ、あううんっ」 「はひぃ……ひっ、うんっ、んっ、んんっ、はぁっ、あっあっ!」 奏海の熱さ、奏海の柔らかさ、奏海の匂い。 ただひたすらに愛おしい。 奏海の全てを蹂躙し、俺のものにしたかった。 「はあ~っ! はぁ~っ! はあ~っ、はぁっ、んんっ」 刺激が強すぎたのか、脱力する奏海。 しかし俺は、奏海の腰を支えて膣内をえぐり続ける。 「ひはあっ、お、お義兄様、私、力が入らな……うああんっ!」 「いま突かれたら、我慢できません……はぁっ、あっ、あっ……!」 「ふあああっ、あひっ、ひっ、ひいいんっ、んんっ、んっ、んんっ!」 「はあっ、あっ、あっ、ううんっ、んんぅっ……はぁっ、あっ!」 義妹と繋がっているという背徳感が、さらに俺の興奮を煽る。 奏海もまた、義兄との交わりから得る快楽に身を任せている。 「きゃふうっ、ふううんっ、はぁっ、ああっ、あっ、あっ、あっ!」 「あっ、あっあっあっ……あううんっ、はっ、はあっ、ふああんっ」 腰がぶつかるたびに揺れている乳房に手を伸ばした。 「はううんっ、お義兄様、私……もっと感じちゃう……あっ、あっ……!」 「はあっ、ああんっ、あんっあんっ、揉んじゃ、だめです……」 「あふううっ、ふあっ、ふああっ、あっ、あうっ、うんっ、うんっ、んんっ!」 俺に胸を揉まれ、さらに性感を得る奏海。 結合部から大量に垂れる奏海の愛液が、俺の布団に染みを残す。 そして、喘ぐたび開かれる口から垂れる涎も、俺の枕に染みこんでいった。 膣肉の締めつけも、普段より激しく感じられた。 「奏海、いつもより感じているのか?」 「だって、だって……お義兄様のお嫁さんになれると思ったら……」 「身体が……すごく熱くなるんです……はぁっ、あんっ、あうっ、ふうんっ」 「ああ、俺と結婚するんだぞ、奏海」 「やあっ、ああっ、そう言われると、また……感じちゃうぅ……」 「んんっ、んあっ、あっ、あっ……あひっ、あひいっ、ひいいいんっ……!」 奏海の膣内で、陰茎がびくんと震えた。 射精の前兆を感じても、構わず同じ速度で腰を動かし続ける。 「あ、んんっ、お義兄様の……いま、私のなかで震えました……はっ、んんっ」 「お義兄様……このまま、出してくださいっ……はううっ、ううんっ……!」 「ふああっ、あっ、あふっ、あっあっ……ふあっ、あっあっあっ……!」 「はあんっ、あんっ、んんっ、んっ……あふうっ、ふうんっ、んっんっんっ!」 「あっあっあっ……あんっ、んんっ、んふうっ、うんっ、んっ、はあっ、んっ……!」 奏海の膣肉が小刻みに震えている。 「ああっ! はあっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……やっ、ああんっ」 「はあっ、はあっ……ああっ! あっ、わ、私っ…もう……あんっ、あんっ……!」 「あっ、ふっ、ううんっ、んっ、んんっ、んっんっ……んんっ、お義兄様、お義兄様ぁぁっ……!」 身体全体を震わせる奏海。 合わせて、俺の陰茎も何度も脈打った。 「くっ、奏海……!」 「はああんっ、出してっ、このまま出してくださいぃ……!」 「んっ!! んんっ! あっ! あっ! あっ! あっ! ああっ! ふあああぁぁっ!」 「あああっ、あああああっ、あっあっ、あああぁぁぁっっ、んううっ、あああんっ……!!」 「あああっっ!! あああっ! あああっ、ああっ、あ、あ……ひああああああああっ……!!」 「うあああぁぁっ、ひううううっ、んううぅっ……あぁっ、ふあああああぁぁぁぁぁんっっっ!!!」 どぷんっ……! びゅるっ! びゅるるっっ!!「ふああああああああ~~~~っ……!!」 奏海の身体を抱きしめながら、熱の塊を吐き出した。 「はあっ、はあっ、もっと奏海に注いでください……!!」 「ああっ、ああっ、はぁぁぁっ……!!」 奏海の全身が震え、膣内も強く収縮を繰り返す。 熱い膣内で俺は何度も射精し、子種を注ぎ込んだ。 俺の腕に支えられながら、ぐったりとする奏海。 ようやく射精の収まった肉棒を、膣内から抜く。 「あ……。 はぁ……はぁ……はぁ、はぁ」 奏海がぶるぶると絶頂の余韻に震え続ける。 「ふあっ、出ちゃいます……せっかく出してもらったのに……」 膣口が収縮し、膣内に出した精液があふれ出した。 奏海が俺を振り返り、とろんとした目で見つめてくる。 「お義兄様……絶対に結婚しましょうね、絶対ですよ」 「ああ、必ずな」 頭を撫でてやると、奏海が嬉しそうに笑った。 奏海の膣口から垂れる精液が、俺の布団に落ちる。 「何だか、いつもより深い場所にまで流れてる気がします」 「ふふふ、赤ちゃんができるかもしれませんね」 「その場合、俺は皇帝を汚した男として人々から罵られるだろうな」 「大丈夫ですよ」 「帝位が廃されれば私はもう皇帝ではなくなり、人前に姿を現すこともなくなるでしょう」 「ただの国民の結婚を、誰が糾弾できますか?」 奏海の言う通り、帝位の廃止はもうすぐだ。 俺たちはもう、何も気に留めることなく愛し合うことができるのだ。 「ぐすっ……」 「……泣いてるのか?」 「ご、ごめんなさい……嬉しくなって」 「大好きなお義兄様の、お嫁さんになれるのが嬉しくて」 「昔はごっこ遊びだったのに、それが実現するんですよね」 「ああ……待ち遠しいな」 愛おしくなり、俺はまた奏海の背中に抱きついた。 「お義兄様、もう一度、してくださいませんか?」 「次は、お義兄様のお顔を見ながら……したいです」 そんな顔で言われて断れるわけもない。 「もちろんだ」 「せっかく俺と一緒にいるというのに、奏海は布団とばかり抱き合っていたからな」 「そうならないように、ちゃんと奏海を抱いてください」 「奏海もお義兄様を抱きしめたいですから」 奏海が起き、俺に抱きついてくる。 「これでお義兄様のお顔が見られますね」 「ううんっ……お義兄様、そんなに強く抱かれると動けません」 胸の谷間に顔を埋め、奏海の香りを一杯に吸い込んだ。 両頬が柔らかな乳房に包まれ、安心感のようなものを覚えた。 「ううんっ、甘えん坊さんですね」 言いながら、奏海が俺の頭を優しく抱いた。 手が愛しそうに俺の髪を撫でてくる。 「でも、私、こうやって抱き合っているだけじゃ足りません……」 おずおずと言う。 「お義兄様、早く中に……ほしいです」 奏海が膣口を陰茎に擦りつけた。 「奏海は本当にこれが好きなんだな」 「もう、意地悪しないでください」 「入れちゃいますね……」 奏海がもぞもぞと腰を浮かせた。 先端部分が女性器に触れる。 「んっ、はあっ……あ、入るっ……!」 「んっ……! ふああぁぁっ……!!」 とろけた膣内に先端が埋没してゆく。 熱い膣肉が俺の部分を受け入れるように広がり、複雑な起伏が亀頭を擦る度に快感が走った。 「入って、くるっ……!」 「あああああっ!!」 ずるり、と一気に根元まで埋まってしまった。 一度目の結合で絶頂を迎えても、奏海の膣内はきついままだ。 「はっ、あっ……! はあっ……!」 「はあっ、はあっ……はぁっ……んんっ!」 奏海の身体が小さく震える度に、膣肉が俺をきゅうきゅう締め付けてくる。 熱に潤んだ瞳が、情熱的に見つめてくる。 「お義兄様……お願いがあるのです」 「初めてのときみたいに、奏海を愛した証拠を下さい」 「ああ」 俺は奏海の胸に、唇で強く吸い付いた。 「んっ……!」 初めは軽く吸い、何度かに分けて徐々に力を込めて吸う。 「んっ……んぅ、んんっ……!!」 十分に吸ってから唇を離す。 俺が口づけしていた部分を見下ろす奏海。 乳首の横に、赤い跡が残っていた。 奏海は、俺が吸った部分を愛しそうに見つめている。 「ふふ、こんな場所に口づけの跡が残っていては、絶対に言い訳できませんね」 「皇帝の装束を着るときは、気をつけないと」 くすりと笑みを零す奏海。 「誰かに見られたら大変だ」 「でも、結婚すれば隠す必要もなくなります」 奏海の膣肉が、もう離さないといわんばかりに締まる。 俺はお返しとばかりに、目の前にある乳房に舌を這わせた。 「あううんっ……んんっ、くううんっ」 「はああっ、ひっ、あううんっ、んんう……」 「ひうっ、ううっ、あああんっ、あんっ!」 柔らかな胸を舐め、乳房の先端にある部分に舌が到達した。 すっかり硬くなっている乳首に吸い付き、舌先で転がす。 「ふあっ……! あはぁっ……ああんっ」 「はううんっ、うんっ、んんっ……んうっ」 「お義兄様、赤ちゃんみたいです……ん……」 甘噛みをしながら、乳首の先端部分をちろちろと舐める。 「やあんっ、噛んじゃだめですよ……ふううんっ」 「ああんっ……んあっ……ふああっ、ひいんっ、ふうっ、んん……!」 「はぁっ、はぁっ、お義兄様も……気持ちよくして差し上げます」 奏海がゆっくりと腰をくねらせる。 「っ……」 陰茎が膣肉をかき回し、襞の感触が快感となって背筋を駆け上がる。 「んっ……お義兄様のが……私の膣内で喜んでます……!」 「あっ、ふうんっ、んくうっ、はああっ、ああっ、んんっ……!」 「んんっ、んうううっ、ひふうっ、うううんっ、はぁっ、はぁっ」 「はぁっ、あっ、あっ、あっあっあっ……! ふあんっ、んっ、ううんっ!」 乳首から口を離して、奏海の顔を見る。 感じている顔で見つめあいながら、互いに性感を与えていく。 「んううっ、ううんっ、んっ、んくうっ、うっ、ふうんっ、んんっ」 「はっ、ふあっ、ああっ、はっ、んんっ……くうっ、うううんっ……!」 「お義兄様……ぴくっ、ぴくっ、って、私の中で動いています……はあっ……」 「奏海のここで、気持ちよくなってくれているんですね」 「もっと、よくしてあげますから……!」 奏海が深く腰を動かしながら、膣を断続的に締める。 亀頭が刺激されつつも、ゆっくりと上下にしごかれた。 「くっ……」 「ふふっ、お義兄様の……好きな動きですよ……んんっ」 「お義兄様の弱点を知っているのは、私だけ、ですね……っ……」 「んんっ、ふっ、ふううんっ、はっ、はっ、はあっ、ああんっ、あんっ!」 「ふああんっ、くふうっ、うううんっ、んんっ、んっ……はあっ、はぁっ!」 「んっ……んんっ……はあっ……!」 嬉しそうな表情で腰を動かし続ける奏海。 ぼたぼたと結合部から愛液が垂れ続け、布団を濡らしていく。 「くううっ……ううんんっ、はあぁっ、ふううんっ、はひいっ、ひんっ、ひんっ!」 「お義兄様……絶対、絶対結婚しましょうねっ……」 義妹である奏海と愛し合い、結婚する。 その事実が、俺たちを普段よりも激しく興奮させている。 膣肉がうねる度に生じる快感が、脳髄を焼き切らんばかりだった。 「奏海、もっと深く入れるぞ」 奏海の腰を掴み、より深く入るように密着する。 「ううあっ……! はあああんっ……んんっ、ううううんっ!」 「っ……うっ……ううっ……! んんっ……んんんんっ……!!」 「好き、好きです、お義兄様っ……もっと深く奏海を求めてくださいっ……!」 「ああ……!」 「ふあぁぁっ、ふあっ、ああっ、はんっ、ふあっ、あっ、あひっ、あっ、あっ……!」 「はっ、ううんっ、んっ……くっ、ううんっ、んっ、んっ、んっ、んんっ、んっんっ!」 奏海の身体を強く抱きしめ、唇を絡める。 互いの舌を貪りあいながら、腰を突き入れた。 「んん! んふっ、ちゅ、んんっ、んむうっ、ふむっ、ちゅるっ、じゅぶうっ!」 「ちゅ、ちゅうっ、ちゅ、んむ……んんっ、じゅるるっ、んふっ、ふむっ、んふうっ」 「んむっ、んんっ……んっ、んっ、んんん~~っ、んんっ! ふむうっ、ううんっ……!」 「ぷはっ……! はあっ……! お義兄様っ……私っ……!」 喘ぎすぎて息が続かなくなったのか、奏海が唇を離す。 開かれたままの口から、涎を垂らし続けていた。 「はふうっ、ううんっ、んっ、んっ、んっんっ……あっ、んんっ、ううんっ、んぅううっ!」 「ふあっ、あっ、私もう、いっちゃいそう……ですっ……ううんっ!」 「ま、まだ、我慢したいのに……お義兄様と一緒がいいのに……くううんぅ、はぁっ、あっ!」 「大丈夫だ……俺も、もう……!」 震える陰茎の中を、精子がせり上がってきている。 「ああっ! ふあっ、あっ、あんっ、あんっ……ふあっ、あふうっ、うんっ、んっん……!」 「出してくださいっ! 中に沢山……沢山、出してください……!!」 「奏海の全部……お義兄様のものにしてくださいっ……!」 「んんっ! あっ、ああっ、あっ……もう、だめぇっ! あっ、あっ、あっ……!」 一心不乱に腰を動かし続けた。 もはや、奏海に精を放出することしか考えられない。 「んああっ、はああっ、あっ、ああっ、あっ、あっ、ふああんっ、あああぁぁっ……!」 「あああっ! ふあああっ! ひああ、あああっ、あああ、あ、ひああああぁぁっっっ!!」 「ひあああっ、あっ、あああっ、あぁぁ~っ!! ああぁ~~っ!! あぁぁぁっ……!!」 「あああぁぁっ、んあああああぁぁぁぁっっ! ふああっ、ああああああああぁぁぁぁっっっっ!!」 どくんっ! どぷっ! どぷっ!「はあああああああああ~~~~~っっ!!!」 限界まで膨らんだ陰茎が、奏海の最奥で弾ける。 勢いよく精液が迸り、奏海の膣内を汚してゆく。 「ふああっ……! お、奥ぅ、熱いの、いっぱい当たってる……!」 「はあっ、あああっ……!! ああっ、んあああ……!!」 奏海が全身を絶頂の快感に震わせた。 どくっ! どくっ! びゅるるっ……!!奏海の子宮口に先端を押しつけたまま、精液を放ち続ける。 「お義兄様の精液……膣内で出されるの、気持ちいいです……!」 「あっっ、はぁっ、はぁっ、はぁぁぁぁっ……!」 うねる膣肉に身を任せ、何度も射精する。 精液が枯れてしまうまで、最後の一滴まで、搾り尽くした。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」 「んんっ……はあっ……」 奏海の全身から力が抜けてゆくのがわかった。 「あっ……!? ふあっ……!!」 全てを出し尽くした陰茎が力を失い、女性器から抜けた。 たっぷり出した白い精液が、奏海の膣内からどろりと溢れる。 「はーっ……はーっ……はーっ……」 「すごい……沢山出してくれたんですね……嬉しい……」 奏海が俺の頭を抱き抱える。 胸元には、俺が付けた跡がくっきり浮かび上がっている。 「ふふふ、私、本当にお義兄様のものになってしまうんですね」 「その呼び方も、変えなくてはならないな」 夫のことを兄と呼ぶ妻など、どう考えても普通ではない。 だが、奏海は悲しそうな顔をした。 「そんな……お義兄様が、お義兄様じゃなくなってしまうのですか」 「まあ、結婚すれば兄妹ではなく夫婦になるからな」 「嫌です」 「私は義妹のまま、お義兄様のお嫁さんになりたいんです」 「だからずっと、お義兄様は奏海の優しいお義兄様でいてください」 「……わけが分からなくなってきたな」 「ふふっ、じゃあこのままで構いませんね」 身を寄せてくる奏海。 「お義兄様のこと、絶対に離しません」 「だからお義兄様も、奏海のことを絶対に離さないでくださいね」 「いつまでも私と一緒にいてください」 「ああ、これからも、ずっと一緒だ」 俺達は再び唇を重ねた。 「……っ……ん……」 「はあっ……ちゅ……ちゅ……」 いま少し、俺たちの恋愛関係は陰に隠さねばならない。 だが、近い将来、堂々と奏海との関係を明らかにできる日が来る。 その未来を想像し、俺はまた奏海を抱きしめた。 臨海学校が間近に迫った、ある日の放課後。 俺たちは生徒会役員としての業務に勤しんでいた。 「皆様、麦茶をどうぞ!」 古杜音「ありがとう、丁度喉が渇いて……」 朱璃「おっ、とととっ……わああああああっ!?」 麦茶入りのコップが宙を舞う。 「きゃあああっ!?」 エルザ琥珀色の液体が、見事にエルザを直撃した。 「あわわわっ、すみませんすみませんすみませんっ! 今すぐ拭くものを!」 「結構、自分で拭きます」 エルザが〈手巾〉《ハンカチ》を取り出す。 「どうしてあなたはいつも転ぶのよ」 「私を濡らさないと気が済まないの?」 「滅相もない、わざとではございません」 「ただ、その、緊張のせいか足元が怪しくなりまして」 「はあ、勢いで生徒会役員にしたけれど、この先が不安ね」 「勢い?」 「あ、こほん」 「斎巫女ということで生徒会役員にしたけれど、この先が不安ね」 「ちゃんと言い直すんですね」 奏海「几帳面だな」 滸「うるさい」 エルザが、髪を拭いた〈手巾〉《ハンカチ》を丁寧に畳む。 「椎葉さんには、ちょっと特訓してもらおうかしら」 「お茶汲みのですか?」 「生徒会役員としてのよ」 「いつからお茶汲みがあなたの仕事になったの?」 「でも、そのくらいしか取り柄が……」 「新しい取り柄を見つけるために特訓するの、おわかり?」 「さ、さー、いえっさー」 古杜音がびしりと共和国風の敬礼をした。 それはそれとして、女性上官はマムだ。 「はあ」 「ふう」 「何をやっても駄目ねえ」 「そんなはっきり仰らなくてもー」 古杜音が床にうなだれた。 あれから会計だの書記だの掃除だの、いろいろと挑戦させられた古杜音だが、結果は実に残念だった。 「古杜音は達筆だ、書記では見所があるじゃないか」 宗仁「筆ならね」 「今時、直筆で記録は取らないわ」 「書記だけに、ノーと」 「椎葉さん」 「すみませんすみません、生きていてすみませんっ」 「はあああ」 うなだれる古杜音を見るエルザの視線は温かい。 怒っているわけではないのだ。 「あの、そろそろ一息入れませんか」 「〈佐村屋〉《さむらや》のお饅頭を取り寄せさせましたから」 「佐村屋っ!?」 古杜音の顔がぱっと輝く。 「仕方ないわね。 今日の特訓はここまで」 「ありがとうございますっ」 奏海からもらった饅頭に、古杜音がかぶりつく。 「ふふふ、本当に幸せそうに食べるのね。 怒る気がなくなるわ」 「はい、昔からよく褒められます。 もふもふ」 饅頭を食べるだけで周囲の空気を柔らかくできる。 考えてみれば、これほどの取り柄もない。 「あれ? お饅頭が一個余ってる」 「来嶌さんの分です」 「紫乃なら、今日は来ないわよ」 「ほ、ほう。 それは残念でございます」 「いやあ、残念。 くー、残念」 必死に嬉しさをかみ殺しているが、顔に出ている。 「古杜音が食べたらいい」 「よろしいのでございますかっ!」 古杜音が勢いよく立ち上がった。 その俊敏さに皆が目を丸くする。 「あ……こほん」 「これでは、まるで私が欲しがっていたかのようではございませんか」 「まるでも何も」 「私達はいいから、椎葉さんが食べなさい」 「仮にも私は斎巫女、独り占めはできません」 「ここは公平にジャンケンと参りましょう!」 古杜音が握り拳を突き上げた。 反対する人間はいない。 「では、いざ尋常に!」 「最初はグーでございますっ!!」 一戦目──「あう」 奏海、脱落。 二戦目──「あら、残念」 「無念。 グーを出すべきだったか」 滸、エルザ、脱落。 三戦目──「おおおおおおおおっ!!」 「私、勝っちゃいましたか!? 勝っちゃいました?」 「執念の勝利ね」 「げに恐ろしきは食欲か。 さあ、優勝賞品だ」 余った饅頭を古杜音に渡す。 「ありがとうございます。 では早速いただきます」 «大御神»に祈りを捧げてから饅頭を口に入れる古杜音。 実に幸せそうである。 「一番欲しがっていた人が勝って何よりね。 お饅頭も本望じゃない?」 「実は、ジャンケンには少しばかり自信がありまして。 昔から負けた記憶がないのです」 「まさか、負けないなんて無理だわ」 「本当でございます」 「伊瀬野でも、ジャンケンで斎巫女に選ばれたと揶揄されたくらいでございますから」 誇らしげに胸を張る古杜音。 「では、本当に強いか試させてもらおう」 「望むところでございます」 席を立ち、二人が対峙する。 「明義館、稲生滸」 「第百九十二代斎巫女、椎葉古杜音でございます」 緊迫した空気が生徒会室に流れる。 「最初はグー! ジャンケンポンッ!!!」 「最初はグー! ジャンケンポンッ!!!」 滸・古杜音──この日、俺たちは奇跡の目撃者となった。 十連勝。 古杜音は、一度もあいこになることなく滸を十度退けたのだ。 「馬鹿な……」 「敗北を恥じることはありません」 「全ては«大御神»の思し召し。 必然でございますゆえ」 半眼で静かに微笑む古杜音。 いつの間にか、高次の存在と一体化していた。 「あり得ない! 何か仕掛けがあるはずよ!」 「恥じるべきは、その疑いの心」 「さあ、おいでなさい、異国の将よ」 「くっ!?」 「最初はグーっ!!!」 「十連……敗?」 エルザが床に膝を着いた。 「無心になることです」 「鏡のような心で勝負に望めば、勝利は自ずと手に入りましょう」 滸からの通算で二十連勝。 「き、奇跡って言っていいよね」 「は、はい」 「古杜音、誰にも真似できない取り柄があったじゃないか」 「やりようによっては強力な武器になるぞ」 「はっ!? 考えたこともありませんでした」 「でも、仰る通りです。 ようやく私にも活躍の道が拓けたのですね」 「ありがとうございます宗仁様! ありがとうございます!」 古杜音が俺の手を握り、激しく上下に振る。 「喜ぶのはまだ早いわ」 「もう一度だけ、私と勝負なさい」 古杜音が俺の手をゆっくりと離す。 その間に、表情はジャンケン師のそれに変わっていく。 「お相手いたしましょう」 「何度試したところで結果は変わらないでしょうが」 古杜音がエルザの前に立つ。 「次、私はパーを出すわ」 「え?」 「私を信じるならチョキを出せばいい」 「私が嘘をついていると思うなら、他の手を」 「え? え?」 「椎葉さん、あなたは私を信じられるかしら?」 「卑怯っていうか小狡い」 「まったくだ」 「さあ、行くわよ!」 「あわわわわわわわわわっっ!?」 「最初はグー! ジャンケンポンッ!!!」 エルザの手は、グー。 そして、古杜音の手は……「チョキ」 古杜音が散った。 「いいんです……エルザ様を疑うよりは」 「たとえ、たった一つの取り柄を失ったとしても」 「そんなに気を落とさないで。 普通にジャンケンすればまた勝てるって」 「いいえ、私にはわかります」 「人を疑うことを知った私に、«大御神»はもうお力を貸して下さいません」 「私はもう、凡人でございます」 古杜音の目に光るものがあった。 「あーあ」 「エルザ様、やり過ぎです」 「鬼畜の所行だ」 「え、ええと……だって……」 周囲をきょろきょろしてから、エルザがうなだれる。 「椎葉さん、ごめんなさい。 私が大人げなかったわ」 「時間がかかってもいいから、他の特技を見つけていきましょう」 「私も責任を持って協力するわ」 「ありがとうございます。 私、これからも頑張りますね」 二人がしっかりと手を握り合った。 「では、気を取り直して、お茶を淹れて参ります」 「私も手伝うわ」 二人がお茶の準備を始める。 「雨降って地固まる……」 「わあああああっっ!?」 硝子製の急須が倒れ、エルザの悲鳴が上がった。 「どうしてあなたは、いつもいつもいつもっ!」 「ってこともなさそうね」 賑やかな二人を眺めながら、朱璃が溜息をついた。 「店長、ただいま戻りました」 宗仁「お帰りなさい、宗仁君」 鷹人「おや、古杜音さんも一緒ですか」 「えへへ、お邪魔します」 古杜音今日は古杜音と天京のあちこちを散策してきた。 「どうでしたか、デートは」 「はい、大変楽しゅうございましたっ」 「よく話しかけられていたが、疲れなかったか?」 古杜音は国を代表する有名人である。 民主主義国家となりつつある皇国では、国籍を問わず誰もが古杜音に挨拶をする。 「大丈夫でございます」 「それだけ皆さんが巫女を信頼してくれているということですから、苦労とは思いません」 「むしろ、もっと頑張らねばとやる気が湧いてきます」 ぎゅっと拳を握る古杜音。 「なるほど、お見それいたしました」 「あわわわ、偉そうにして申し訳ございませんっ」 優雅に頭を下げる店長に対し、古杜音も頭を下げた。 そのままどちらも動かない。 店長の冗談に古杜音が気付きそうもないので、話題を変えよう。 「店長、店は一人でも大丈夫でしたか?」 共和国との戦いが終わったあとも、俺は花屋で働いていた。 今後の民主化に伴い武人の立場も変わるらしいが、決定を待つ間は今まで通り生活している。 「いけませんよ宗仁君。 彼女とのデート中に仕事を気にするなんて」 「ふふふ、彼女じゃなくて妻ですよ」 「ね、あなた?」 「すまん、その呼び方は何となくむず痒い」 「えー、せっかく夫婦愛を表現しようと思いましたのに」 「今のままでも十分、古杜音の愛情は伝わっている」 「宗仁様」 古杜音がうっとりした表情になる。 「分かりました。 これからも今まで通り……」 「いえ、今まで以上に宗仁様をお慕いいたします」 身体を寄せてくる古杜音。 「古杜音」 古杜音の肩に腕を回す。 見上げてくる古杜音の頬が、薄く紅潮していた。 それに吸い寄せられるように唇を──「ごほごほ」 「はっ!」 「はっ!」 宗仁・古杜音店長の咳払いで我に帰る俺たち。 そういえば仕事の話をしていたのだった。 「実は一件だけ、配達の注文が入りまして」 「なるべく早めに、私が直接届けないといけないものなんです」 届け先は店長のお得意様らしい。 「では、俺たちで店番をしておきます」 「いいか、古杜音?」 「宗仁様と一緒であれば、私は何でも構いませんよ」 「では、すいませんが店番をお願いしますね」 店長を見送り、俺たちは並んで店先に立った。 本来ならば、斎巫女が店番をしているなど騒ぎになるだろう。 しかし古杜音の人柄からか、人々は驚きこそすれ騒ぎはしなかった。 通りがかる人々の会釈や握手の求めに、古杜音は一つの漏れなく応えている。 「律儀だな」 「へ? 何がですか?」 首を傾げる古杜音。 特に意識はしていなかったらしい。 これも、斎巫女である所以だろう。 その無垢さに微笑ましさを覚え、思わず口角が上がる。 「もうっ、宗仁様、どうして笑っているのですか? 置いてけぼりは淋しいですよ」 「いや、やはり古杜音は可愛らしいと思ってな」 「あう」 「い、いきなり何を言ってらっしゃるのでしゅか」 顔を赤くしながら台詞を噛む古杜音。 夫婦になっても、古杜音の〈初心〉《うぶ》さが変わることはなかった。 「宗仁様なんか知りませんっ」 そっぽを向く古杜音。 しかし、数秒もすると俺を見ないまま手を差し出してきた。 手を握ってくれるまで許さない、という合図だ。 「……えへへ」 ぎゅっと手を握ってやると、古杜音の顔が饅頭のようにとろけた。 「すまない、俺が悪かった」 「むー、本当にそう思っていますか?」 「何だか、うまい具合に飼い慣らされている気がします」 と言いつつも、手を離そうとしない古杜音。 むしろ、指を絡めてより繋がりを深くしてくる。 人の流れが途絶えたのか、周囲には誰もいなかった。 「宗仁様、覚えていますか?」 「以前にも、花屋のお手伝いをしていた事がありました」 「ああ、確か«〈桃花染祭〉《つきそめさい》»の時だったな」 まだ古杜音と出会ったばかりの頃だ。 「あの時は、宗仁様と結婚するなんて夢にも思いませんでした」 「いえ、結婚どころか、まさか恋心を抱くことになろうとは」 「ははは、俺も同じだ」 「結婚などと、他の誰かとさえ考えたこともなかった」 「あの頃の私は、あまりにも無知でした」 「誰かを愛することが、こんなにも素敵だということを知らなかったのですから」 古杜音が俺の腕を抱いた。 頬をすり寄せてくる様子は小動物のようだ。 外でなければ、このまま抱きしめていただろう。 「思い返してみると、ちょっと懐かしいですね」 「天京で宗仁様と出会って、一緒に伊瀬野に逃げて」 「宗仁様に想いを告げて、それで……」 そこで黙り込み、顔を赤くする古杜音。 伊瀬野での一夜を思い出しているのだろうか。 古杜音の初めてを奪った、あの夜を。 「えへへ、顔が熱くなってしまいました」 古杜音が、腕を抱く力を強くした。 密着する古杜音の胸が形を変えて、柔らかな感触を押しつけてくる。 あの夜から、古杜音とは一度も身体を重ねていない。 機会がなかったと言うよりは、他に楽しむべきことが沢山あったのだ。 俺たちは互いに、色恋に全く詳しくない身である。 たまにある休日に天京の遊び場を巡るだけでも、十分に新鮮で楽しかった。 「……あの、宗仁様」 「私、あれから色々と勉強して」 「古杜音、人が来た」 「ふええっ!?」 何かを言っていた古杜音が、声を上げながら腕を離した。 花屋の前を通りがかった老婆が、古杜音に深々と頭を下げる。 古杜音も笑顔を浮かべ、丁寧にお辞儀を返した。 「ふう、うっかり宗仁様との睦み合いを見られてしまうところでした」 「いけませんね、もっと斎巫女としてしっかりしないと」 両頬を叩いて気合いを入れなおす古杜音。 しかし、すぐに苦笑を浮かべた。 「でも、実は最近、どうにも気が緩んでいるというか」 「おっと、人が来たな」 「ささっ」 素早く離れる古杜音。 「まあ、斎巫女じゃなくても人前でべたべたはできませんよね」 「よしっ、気を取り直して働きましょう!」 店長が帰ってきたので、俺と古杜音は自室に戻ってきた。 「宗仁様、ようやく二人きりでございますね」 「そうだな」 「花屋の仕事は疲れなかったか?」 「はい、大丈夫です」 「でも、色々と我慢を強いられていたのは辛うございました」 近づいてくる古杜音。 そのまま、俺に抱きついてきた。 「はああぁ~。 やっと、人目を気にせず宗仁様とくっつけますね」 「ん~……、ふふふっ、宗仁様のにおいがします」 ゴロゴロと絡みついてくる古杜音。 俺の首筋に頬を擦りつけながら、気持ち良さそうに息を漏らしている。 「ずっと、ずうっと我慢をしていたのですよ」 「人目を憚らず宗仁様と睦まじくしたいのに、それはダメだと言われて」 「生殺しは大変つろうございました……」 古杜音の背中に腕を回し、さらに身体を密着させた。 「それはお互い様だ」 古杜音の漏らした吐息が首にかかり、落ち着かない気分になる。 「恋人どうしで抱き合うことがこんなに幸せだなんて、〈皇學舎〉《こうがくしゃ》では教えてくれませんでした」 「これからは、古杜音が後進の巫女に教えてやるといい」 「ふふふ、大丈夫ですよ」 「恋愛相談の折には、いつも宗仁様自慢を混ぜて恋愛の素晴らしさを説いていますから」 「恋愛相談?」 「はい、後輩の巫女からよくされるんです」 「私は斎巫女で、しかも結婚していますから。 これほど恋愛相談に適した相手は他にいないんですよ」 古杜音が身体を離し、自慢げに胸を張った。 大きな胸が、ゆさりと揺れる。 「宗仁様自慢も好評で、理想の夫婦などと言われた時はもう嬉しくて嬉しくて」 「そのせいか、宗仁様は巫女たちの間で人気が高いのですよ」 「誰にも渡しませんけどねっ」 両頬に手をやり、身体をくねらせている古杜音。 俺が考え込んでいると、古杜音が不安げな顔になった。 「な、何か不都合だったでしょうか」 「最近、やけに他の巫女に見られると思っていたんだが……原因は古杜音だったか」 勅神殿に足を運ぶたび、他の巫女が俺を見てはひそひそと話をしていたのだ。 目を合わせただけで頬を赤められた時は何事かと思った。 「も、申し訳ありません!」 「いたっ」 至近距離で頭を下げたせいで、俺の胸板に額を激突させていた。 そんな仕草もまた、愛らしく思えてしまう。 「まあ、恋人に自慢されるのは嬉しいが」 「うう、至らない妻でお恥ずかしいです」 がくりと肩を落とす古杜音。 かと思えば、緊張した面持ちで俺を見上げてくる。 「……あのう、せめてものお詫びに、ご奉仕させて頂けないでしょうか?」 「料理でも作ってくれるのか」 「い、いえ、違います」 なぜか俺から離れて正座する古杜音。 そして、ぽんぽんと自分の膝を叩く。 「宗仁様、こちらへ頭をお乗せください」 「斎巫女の膝枕とは贅沢だな」 「もう、からかわないでください」 「それに今は斎巫女ではなく、宗仁様を愛する一人の女でございます」 言われたとおり、古杜音の膝に頭を乗せて横になる。 心地良い感触が後頭部に広がった。 「これが奉仕か」 「いいえ、まだでございます」 「あのう、宗仁様、私と初めて身体を重ねた日のことを覚えておいででしょうか」 急に何を言うのかと思ったが、古杜音の表情は真剣だった。 「ああ、忘れるわけもない」 「あの夜は、何も知らない私が宗仁様に気持ちよくさせて頂くばかりでした」 「ですから、今日は私が宗仁様を喜ばせてあげる番です」 「ふふふ、私、あれから色々と勉強したんですよ?」 言うたびに、俺を見おろす古杜音の顔が紅潮していった。 心なしか、吐息も温かくなっているようだ。 「あの夜も、決して古杜音ばかりが気持ちよくなっていたわけじゃない」 「だが、古杜音が奉仕してくれるというなら喜んで受けよう」 遠慮したところで、古杜音は聞き入れないだろう。 恥ずかしいが、古杜音の奉仕を受け入れたいというのも本音だ。 「ありがとうございます」 「それでは……」 俺たちは、二度目の交わりを始めた。 古杜音が衣服をたくし上げると、豊満な胸が露出する。 そして、寝かせた俺の顔に胸を近づけてくる。 「あの、どうですか?」 まだ肌を晒すのが恥ずかしいのか、緊張した声で聞いてくる。 「立派な胸だ」 「こんなに大きいと何かと大変そうだとも思う」 押しつけられる古杜音の乳房は、かなりの重量感があった。 「肩が凝ったり、走ると揺れて痛かったりと、苦労も多いです」 「でも、宗仁様に好きだと言ってもらってからは、自分の大きな胸が嫌じゃなくなりました」 乳房のすべすべとした感触に、早くも気持ちが高ぶってくる。 「古杜音、触っていいか?」 「お待ちください宗仁様」 「今日は私が動きますから」 「構わないが……やり方はわかるのか?」 「色々と勉強したと言ったじゃないですか」 「経験豊富な年上の巫女に、色々と聞いてきたのです」 古杜音は俺に胸を押しつけ、陰茎を触りはじめた。 「まずは優しく撫でると気持ちいいと聞いたのですが、どうでしょうか」 優しく、肉棒を撫でまわす古杜音。 じんわりと快感が広がっていく。 「むー……宗仁様はあまり表情に出ないのでよくわかりませんね」 「では、これもあまり気持ちよくはないのでしょうか?」 両側から指で挟み込むようにし、根本から先端までじっくりとこすりあげてくる。 「んっ……ふっ、んんっ」 「うんっ、んっ……どうですか、宗仁様?」 「ああ、十分に気持ちいい」 ぎこちなくはあるものの、柔らかな刺激によって陰茎が徐々に硬くなっていく。 「古杜音、顔を近づけてくれ」 「は、はい」 「んむっ、あっ、ちゅっ、あふっ」 近づいてきた古杜音の顔を引き寄せ、唇に吸い付く。 「あむっ、んふぁっ……そ、宗仁様ぁっ」 「んくっ、ちゅっ、はっ、んんっ」 古杜音の吐息を感じながら唇を貪る。 その間も古杜音は、俺の股間にもどかしい刺激を与え続けてきた。 「んふぅっ、あっ……激しい、ですっ……ちゅっ」 「あふっ、んあっ、ちゅぶっ、じゅるるっ、くふっ……」 「はむぅ、んちゅっ、ちゅるっ、んむっ……はふっ、ぷはっ」 「はぁっ、はぁ……ふふ、もうかちかちですね」 固くなった肉棒を、いたわるような手つきでこね回してくる古杜音。 硬度を増した陰茎は敏感になっており、それだけで震えてしまった。 「ほわぁ……びくびくしていますね」 「ええと、男性はここが敏感だと言っていたような」 古杜音は指先を絡みつかせるように動かし、裏筋の弱いところをこすってきた。 「くっ……」 「宗仁様、気持ちよさそうな顔になってます」 「本当にここが弱いんですね……よかった」 「はあ、宗仁様のこれが私の中に入るのかと思うと……切なくなってしまいます」 まじまじと俺の肉棒を見つめる古杜音。 「前はあまり余裕がなくて、じっくり見る時間がありませんでしから」 「温かくて、どくどくと脈を打っていて荒々しいです」 「わっ、まだ固くなるんですね」 直接触られ、さらに固くなる。 「ふふ、形は無骨ですが、宗仁様のものだと思うと愛おしいですね」 「いい子いい子してあげます」 さわさわと、亀頭の部分を手のひらでこする古杜音。 「先っぽが一番熱いんですね……それに、一番敏感な部分だとも聞きました」 「ここを触れば……んっ、ふっ……んうっ」 指で作った輪で亀頭を囲み、軽く締めつけてきた。 膨らんだ亀頭から、古杜音の柔らく滑らかな指の感触が伝わってくる。 「いきなり強く弄られると、すぐに達してしまいそうだ」 「ふふふ、私の指で宗仁様が果ててしまうところ、しかとこの目に焼き付けさせていただきますね」 「んっ、ふっ、ふうっ、んんっ……」 手を止めることなく、肉棒を刺激してくる古杜音。 感じている俺の顔と、震える肉棒へ交互に視線を向けている。 仕方ない、俎上の魚になったつもりで愛撫を受け入れよう。 「どうですか宗仁様、この部分が気持ちいいんですよね?」 「んっ、ふっ、んっ……うぅ、んっ」 「んっ、んふっ……んっ、うんっ……ふっ」 陰茎をしごき上げ、さらに亀頭の根本を指先でねぶるように刺激してくる。 古杜音が俺の陰茎をしごくたび、合わせて目の前にある乳首が揺れた。 谷間が汗ばみはじめ、大きな乳房にもうっすらと汗が浮かんでいる。 「ふえっ、宗仁様……ああんっ」 目の前にある大きな乳房へと吸い付く。 舌の上に少しだけ汗の味が広がった。 「んんっ……宗仁様ったら、そのようにしゃぶりついて」 「ふふっ、まるで赤ちゃんのようですね……ふあんっ」 優しげに微笑み、乳房を吸う俺を見下ろす古杜音。 古杜音もまた、赤ん坊を見守る母親のような表情だ。 じっと見つめられながら、一心不乱に乳首を吸う。 「はふっ、ふっ……んんっ、あんっ、ああんっ……」 「くうんっ……んっ、ふうっ……んうっ、あっ、ふあっ」 「んんっ……宗仁様、ここはどうですか?」 陰茎を絞り上げるように強くこすってきた。 負けじと古杜音の乳首を甘噛みして、口の中で転がす。 「あんんっ、はっ……ふああっ……んううっ……んんっ、あっ」 「そ、宗仁様、そんなに強く吸ってはいけません」 そう言われながらも、さらに強く胸へと吸い付く。 吸いながら乳房に口元を押しつけると、沈むような柔らかさで難なく形が変わる。 「んんんっ、やっ、はぁっ……んんっ、ふあんっ、あっ……!」 「はぁっ……あんっ、ふあっ……ああんっ、あうっ……ううっ」 「やあっ、あっ、あふぅ……ふうっ、んんんっ、ひゃあんっ……!」 乳房を刺激されただけで身をよじり、嬌声を上げる古杜音。 初めてのときも思ったが、やはり感じやすい身体なのだろうか。 斎巫女という厳粛な立場に反するような古杜音の身体に、ますます興奮を覚えてしまう。 「もう、いけないお人ですね、宗仁様は」 古杜音もぎゅっと陰茎を握り、さらなる快感を与えてくる。 その刺激に反応し、奥の方から熱いものがこみ上げてきた。 乳首から口を離して、古杜音の秘部へと腕を伸ばす。 「濡れてるぞ、古杜音」 「んっ、それは……宗仁様が胸をいっぱい刺激するから」 古杜音は顔を朱色に染め、感じながらも健気に手を動かし続ける。 身体で拒絶しないところを見ると、秘部への刺激も嫌ではないのだろう。 俺は割れ目に触れている指先を動かしはじめた。 「ふああんっ、あふっ、ああっ、あう……あんっ、ひうっ」 「くううっ、んんっ……はぁっ……んああっ、あっ、あふっ」 「はんっ……んうっ、はふぅ……んうううっ、はぁっ、はぁっ」 「はふ……宗仁様も、何かぬるぬるしたものが出ていますよ?」 古杜音の柔らかい手で刺激され、亀頭の先端から先走りの液体が溢れてきた。 「く……古杜音、このまま出てしまいそうだ」 先走りで手の滑りがよくなり、肉棒がさらなる快楽に包まれる。 「いいのですよ、私の胸をお吸いになりながらこのまま果ててください」 「私の膝の上で胸を吸っている宗仁様……とっても可愛いです」 俺の頭を撫でながら、もう一方の手で陰茎を愛撫する古杜音。 俺は為す術なく、古杜音の秘部を触りながら乳首を吸い続けた。 「はんっ、ああんっ……ふぅっ、んんっ……あぁんっ、あんっ」 「くふうっ……んんっ、はぁっ、はっ……ううんっ、んんっ……」 「はっ、ふっ……ひっ、んんっ、きゃふっ、んっ……ふああんっ」 古杜音の秘部を覆う下着をずらし、指を陰唇の隙間へと潜り込ませる。 ぐちゅぐちゅに濡れた膣内が強く指を締めつけてきた。 「ふあぁっ……宗仁様、直接は……だめ、ですぅ……」 「んあぁっ、あっ、はんっ、あっ……ふあっ、ああっ、あああんっ」 「はっ、はぁっ……ああっ、ふ……うんんっ……あふっ、あんっ、あんっ」 古杜音の身体がぴくりと弾むたび、俺の顔の上で乳房が揺れた。 心地良い感触で温かく、このまま永遠に触れていたくなる。 ぬるぬるになった手のひらで亀頭を包み込むようにし、こねくり回してくる古杜音。 激しすぎる快楽に、思わず腰が浮き上がる。 「ふふっ、あっ、くふっ……んんっ……あふっ、あうんっ……あんっ……」 「はぁっ、あふっ、ううんっ……はぁっ、くぅっ……んんっ、きゃうんっ」 古杜音の膣内をかき回し、指を奥へと進める。 奥に行けば行くほど、締めつけが増した。 一度しか挿入したことのない膣内は窮屈で、まだ異物の侵入には慣れていないようだ。 「はふうっ……はぁっ、あうっ……ううんっ、んぅっ、ふっ……んっ」 「はぁっ、ふっ、ふあんっ……はぁっ、はぁ……宗仁様?」 呼吸が苦しくなり、古杜音の乳房を手で持ち上げた。 膣口からは愛液が止めどなく溢れ、俺の指を濡らしていく。 「どろどろだな、古杜音」 「ふぅんっ……宗仁様だって、ここから沢山お汁を垂らしていますよ」 古杜音に責め立てられ、血管が浮き出るほど肉棒が怒張している。 陰茎の半ばまで精液が上り詰めており、気を抜けば一気に爆発してしまいそうだった「さあ宗仁様……私の胸を吸って、このまま果ててください」 再び、俺の顔面に乳房を乗せてくる古杜音。 そして、陰茎への愛撫を再開させた。 俺も古杜音の膣内を指で擦りながら、硬くなった乳首を舐めまわす。 「きゃふっ、んんっ……んんっ、くふっ、あはぁんっ……ふうっ、んうっ」 「はぁっ、はんっ、ううんっ……はぁっ、はっ……あううんっ、あんっ……!」 「そ、そんなに先っぽばかり吸ったらっ……はんんっ、お乳が出てきてしまいますよぉっ」 亀頭の付け根を指で絞られ、同時に裏筋を強く擦られた。 快感でじんと下半身が痺れ、射精してしまいそうになる。 「くううっ、ふあっ……あんっ、ああんっ……はぁっ、はぁっ……あんっあんっ」 「だ、駄目ですっ、私、もうっ……宗仁様、手を止めてください……!」 指を引き抜いては差し込み、膣内を激しくこすり上げる。 力の加減ができなくなってきたのか、ぎゅうっと陰茎を握りしめてくる古杜音。 先走りのぬめりを使って、根本から先へと絞り上げてきた。 「くっ……もう……!」 「はい……このまま果ててください、私が見ててあげますから……!」 「全部、出して……んふああっ、はぁっ、はぁっ……くうんっ、ううんっ……!」 「ふうんっ、ふうっ……はあっ、あああっ、あふっ、あふううんっ……ひああんっ!」 さらに強く手を動かす古杜音。 膣肉の蠢きも激しさを増し、絶頂を予感させた。 「古杜音、このままだとお前に……!」 「ふっ、んんっ……構いませんっ、あくっ、宗仁様のを、私に全部かけてください」 「ああぁっ、やっ、宗仁様、私もう、いきますっ、いってしまいますっ、あああぁぁっ」 「ふあぁっ、ああっ、くううっ、ふううぅぅんっ! はぁっ、はぁぁんっ、くああっ!」 「んあああっ、ああっ、はううっ、ひああんっ、んっ、あふううっ、ふあああああっ!!!」 「あああぁぁっっ! きゃあぁんっ! はぁぁっ、ああっ、あんっ、んああぁぁぁっ……っ!」 「ふああぁぁっ、はああっ、ああんっ、んああああぁぁっ!! ふあああああぁぁぁぁぁっっ!!」 びゅくっ、どびゅるるっ、どくっ、びくびくっ、びゅぷっ!「んんんんっ、あくっ、んはああぁっ……あっ、いっぱい、出てます……」 「はぁっ、はぁっ、宗仁様のがびゅくびゅくって、飛び出してますよぉっ」 激しく脈打ちながら、古杜音の手の中で高く精液を打ち上げる。 「ああぁっ……熱いです、どんどん溢れてきますっ」 精液が飛び、あちこちを白く濁ったもので汚していく。 「あふっ、んんっ……宗仁様、とても気持ちよさそうです……」 「もっと、もっと気持ちよくなってください」 白濁で汚れた手を動かし、さらなる刺激を肉棒へと与えてくる古杜音。 「待て古杜音、今は動かすな……っ」 びゅくっ、びゅるるっ、びくびくっ!「あっ、んっ……まだまだ出てきます……」 「全部出して、もっと気持ちよくなってください、宗仁様」 頭の中が白滅し、搾り出すようにして精液を吐き出した。 古杜音が精液まみれの手で、なおも陰茎を擦ってくる。 「駄目だ古杜音……今は」 古杜音は構わず、鈴口をくりくりと指先でほじり始めた。 「ぐっ……」 「宗仁様が私の手のひらで、こんなに気持ちよさそうにしてくれて嬉しいです」 身体を激しく震わせながら、襲いかかってくる快楽に耐える。 たまらず膣内から指を抜き、その手で古杜音の動きを止めさせた。 「あっ、どうして邪魔をするのですか?」 「うう、阻止されてしまいました」 「そういうことをすると、今度はこっちから責めるぞ」 「はあぁんっ……わ、わかりました、胸を吸わないでくださいぃ……」 ようやく古杜音は動きを止めた。 「はふ……あぁ、私まで気持ちよくなってしまいました」 自分まで絶頂を迎えたことを悔やんでいる古杜音。 「男女の睦み合いは互いに気持ちよくなってこそだ」 「古杜音が気持ちよさそうにしてくれていた方が、俺も昂ぶる」 「ふふ、確かにそうですね」 「宗仁様の切なげな顔が愛おしくて……私も興奮していました」 「一人でする時よりも、遥かに心が満たされます」 うっとりとした様子の古杜音。 「……一人でしているのか?」 「はっ!」 しまった、という様子で口を噤む古杜音。 じっと見つめていると、やがて諦めたように口を開いた。 「だ、だって、伊瀬野で宗仁様としてから、定期的に身体が火照るようになってしまって」 「特にその……宗仁様にたくさん触っていただいた胸が、敏感に」 そういえば、古杜音は胸を責められただけで濡らしていた。 俺が古杜音の性感を目覚めさせてしまったのか。 「自慰はしないようにしているんじゃなかったのか?」 「はい……斎巫女が色欲に流されるようでは駄目だと、あの後も自分を戒めていたのですが」 「宗仁様のことを想いながら、何度も自分でしてしまいました」 「気が緩んでいるとか言っていたのは、この事か」 花屋の手伝いをしている時に、古杜音がそう言っていた。 陰茎を握ったまま、恥じらうように俺から目をそらす古杜音。 清廉な巫女として性欲とは無縁に生きていた古杜音を、俺が淫らにしてしまった。 「恥じる必要はない」 「愛する人がいるなら、それは普通のことだ」 「ほ、本当ですか? では、宗仁様も私のことを想って……?」 「ああ、俺も古杜音のことを想ってしたことがある」 「ほ、本当ですか」 古杜音の顔に笑顔が浮かぶ。 先ほどまでの明るさを取り戻したようだ。 たぎったままの肉棒を、ちらりと見る古杜音。 「宗仁様……まだ満足されていませんよね?」 古杜音が脚を開きながら、俺の上にまたがった。 「この格好……少し恥ずかしいです」 足を開いたせいで、隠すものもなく古杜音の秘部が露わになった。 自ら広げる膣口から垂れる愛液が、陰茎の先端にかかっている。 巫女にあるまじき姿だ。 「では、頑張って宗仁様を気持ちよくいたします」 「あっ……んんっ、宗仁様、すごく熱い」 古杜音は愛液で濡れた陰部で、そっと亀頭をなぞってくる。 熱く濡れた陰唇でこすられ、肉棒がさらに固く張り詰めていく。 「もう少し我慢してください」 「たっぷりと焦らした方が気持ちよくなるそうですから」 「それも経験ある巫女の入れ知恵か?」 「その通りです」 「いけないことばかり覚えて、悪い斎巫女だ」 「そ、それは言わないお約束ですよ」 切なげな顔で秘部をこすりつけてくる古杜音。 「ふああっ、あっ……んんっ……ふぅっ、んんっ」 「はぁっ、はぁっ……宗仁様の愛が伝わってきます」 くちゅくちゅと音をさせながら、亀頭を愛液で濡らしていく。 焦らされた肉棒が、古杜音の膣内を求めて脈を打っている。 「では、そろそろ……」 俺の固くなったものを手に、亀頭を陰唇へとあてがう古杜音。 「宗仁様は動かないでくださいね」 「私の中で、宗仁様を気持ちよくして差し上げます」 腰を落とし、ゆっくりと肉棒を飲み込んでいく。 「んっ……んくうぅっ、はっ、んんんっ、はぁっ、ああっ……」 「入って、来ましたぁ……」 目を細め、蕩けた声を漏らす古杜音。 愛液でぬめる膣内へ、陰茎が滑るように飲み込まれていく。 「んくっ、くううっ、んっ……はふっ、んっ……んんうっ!」 「んうっ……やっ、どこまで入ってくるのですか、もう、お腹の中いっぱいですよぉ……」 大きく膨らんだ肉棒が根本まで古杜音の膣内へ潜り込む。 体勢のせいか、一度目よりも深い場所にまで達しているらしい。 「は、入りましたよ、宗仁様……気持ちいいですかっ?」 「ああ、気持ちいい」 「くううっ……う、嬉しいです……はぁっ、んんっ……!」 久しぶりに挿入する古杜音の膣内は、歓迎するように陰茎を包み込んだ。 古杜音は顔を赤くし、快楽に身体をぶるぶると震わせている。 この状態で動けるのだろうか。 「では……頑張って動いてみます」 古杜音は腰を浮かせて肉棒を引き抜いていく。 「んあっ、はふっ……んくっ、ふあぁっ、あうっ、んんっ、くふうぅ」 「はっ、ふうぅんっ……はぁっ……はっ、あああっ、うあああっ……!」 「そ、宗仁様の……んっ、ごりごりって、引っかかって……ううんっ!」 亀頭で膣壁を擦られ、気持ちよさそうに頬を赤らめる古杜音。 ゆっくりと腰を下ろしていき、再び膣内へと肉棒を招き入れた。 そして、自ら腰を上下に動かす古杜音。 「あっ、んんっ、はっ、ううっ……はうっ……ああんっ、はふうっ……」 「ふうぅんっ、ひぁっ、はぁっ、あっ……あうんっ、あうっ、あうっ……!」 ねっとりと絡みつくような膣内に揉まれ、じんわりと快感が走る。 だが、その動きはあまり速くない。 「はぁ~、はぁっ……ううんっ……はふっ、ふっ……んんっ、ああうっ、あんっ」 「んんっ……くうぅっ……くううんっ、ふあっ……あんっ、あっ……あああっ!」 「はふっ、んっ、この調子で、宗仁様が果てるまで頑張ります……くううんっ!」 言いつつも、腰を下ろす度にがくがくと震え、動きが鈍る。 あまりの快感に、動きが鈍くなっている様子だった。 「そ、宗仁様ぁ……してほしい動きなど、ありますか?」 「何でも致しますので、どんな事でもお申し付け下さい……ふああっ、あうっ」 言いながら、快楽のせいで脱力している。 完全に、俺よりも古杜音のほうが気持ちよくなってしまっている。 「じゃあ、もう少し速く動けるか?」 「は、はひっ……やってみますっ……」 俺に言われ、快楽に涎を垂らす古杜音がすぐに腰の動きを速くする。 肉のぶつかる音が、小刻みに鳴りはじめた。 「あんっ、はっ、んんっ、あくっ……ふっ、んんんっ、くふっ、ふうぅっ」 「ひんっ、ひっ、ひんっ……きゃふっ、あうっ、ふっ、んっんっ……んっ……!」 古杜音の身体が上下するたび、大きな胸が激しく揺れている。 それに釣られるようにして、乳房へ手を伸ばした。 「はひっ、はひっ……はんっ、やっ、だめっです……いま、触ったらっ……あうっ!」 「あああんっ、ああっ、あっあっあっ……ふううんっ、んうっ、うっ、あうっ、あっ」 「あううっ、あうっ、あうっ、はううんっ……はふっ、ひんっ、ひっ、ひあっ……!」 「はあぁっ、こ、これ以上動いたら、私が先に果ててしまいますっ……!」 「宗仁様を気持ちよくして差し上げたいのにぃ……」 「なら、もっと速く動くといい」 「ひうぅ……宗仁様がいじわるでございます」 「はっ、はっ、はあっ、はっ、はぁっ、あうっ、あふっ……ふあっ、あんっ、あんっ!」 「はぁっ、ふっ、はふっ、はっ、はっ、はっ……ふっ、んっ、んっんっ、ひううんっ」 目を潤ませながら、俺を達させようと必死で腰を動かす古杜音。 口元に力が入らないのか、だらしなく舌を出している。 舌先から垂れた涎が、俺の身体に付着した。 「や、やっぱりダメです……このままでは私が先に」 古杜音は動きを止め、荒い息をつく。 「それなら俺が動こう」 「ひゃああぁっ、んんっ、あああぁっ、くうぅんっ、んんんんんっ」 「あっ、あっ、あっあっ、ひあっ、ひっひっ……ひうんっ、うっ、あうっ、あううっ!」 「ふあぁっ……あんんっ、ダメ、これ気持ちよすぎますっ……んああぁっ、はあぁっ」 ぐいぐいと押しつけるようにして膣内の奥をえぐる。 「はあぁんっ、はっ、ふぅっ、んんっ、ひあっ、ひあんっ、うんっんっ……はうっ」 「きゃふっ、んんっ、はくぅっ……ひあぁっ、んんんっ、あうっ、あうんんっ……!」 「そんなに激しくされたらっ、はんっ、私の中、壊れてしまいますぅっ……」 古杜音の甘く蕩けた嬌声が響く。 構わず、古杜音の腰を掴んで叩きつけるようにして快楽をむさぼる。 「はううっ、はんっ、んっんっ……くふうっ、ふっ、んんっ、んっ……きゃうっ……!」 「はぁっ、あっ、あっ、あっあんっ、くあっ、ああっ、あっ、あっ、あっ……!」 「んんっ、はっ、ダメですって、宗仁様ぁっ……そんな風に、激しくされたらっ……」 「わ、私、私っ……もうっ!」 膣奥へ叩きつけるようにして肉棒を突き込む。 その度に中がきゅっと締めつけてくる。 「あっ、あっんんっ、はああぁっ、そ、宗仁様っ、一度腰をお止めくださいっ」 「ダメっ……本当に、イってしまいますっ、んんんっ、はああぁぁぁっ」 「やあんっ、やあっやっ……あああぁぁっ、うあああんんんっ、ふああぁぁぁっ!」 「あっ、やっ、きますっ、きちゃいますぅぅっっ、んふうぅんっ、んううううううぅぅぅぅっ!!」 「はああっ、ああっ、ああんっ、ふあぁぁぁんっ! はうっ、あうっ、ううんっ!」 「はあぁっ、あっ、んはああぁっ……あはっ、んんんっ、はくっ、んんっ……」 古杜音の身体が弓なりに反り返り、絶頂を迎えた。 びくびくと大きく身体を震わせ、動きを止める古杜音。 その度に膣内が強烈に引き締まり、痺れるような快楽が襲ってくる。 「ふうぅんっ、うぐっ、今日は私がご奉仕するって言ったのに……宗仁様の馬鹿ぁ……」 「はぁっ、はぁっ……次は宗仁様も気持ちよくさせてみせます」 絶頂を迎えたばかりの敏感な身体で、俺を果てさせようとする古杜音。 俺への奉仕はまだ諦めていないらしい。 余韻で脈動しているままの膣肉で責められ、陰茎が跳ねるように震えた。 「ううっ……どうせ果ててしまうなら、宗仁様と一緒に果てたいです……あふんっ」 「なら、俺も動こう」 古杜音の腰を掴み、下から古杜音の腰へ打ち付ける。 両手で握っている乳房をさらに強く揉み、手のひらに感じる乳首を押し込んだ。 「はあうううんっ! はぁっ、あうっ、あっ、あっ、あっ……あっあっ……あんっ!」 「ふあぁんっ、んくっ、んっ、ひっ、ひっ、ひんっ……ふあぁっ……あうぅっ、くんっ」 「はあっ、あっ、あふっ、あうっ、あうっ、あうんっ……はふっ、はうっ、ううんっ!」 「はっ、あ、熱いですっ……宗仁様のもので突かれてっ、中がすごく熱いですぅっ」 古杜音の膣内はたっぷりの愛液で熱くぬかるんでいる。 ぬるぬるとした感触に、嫌でも高まっていく。 「くふっ、んあぁんっ、はっ、あっ、あうっ、あうんっ……んんんっ、はんんんっ」 「はぁっ、はっ、はっ……宗仁様……こっちも、こっちもぉ……」 激しく膣内を突かれながら、古杜音は身体を前に倒し口づけをねだってきた。 腰を打ち付けながら、小さな唇にむしゃぶりつく。 「んちゅっ、はふっっ、ちゅるっ……んふ、あんんっ、くふうっ、じゅぶっ、んむうっ!」 「はふっ、んんっ、じゅるっ、ちゅっ……はふっ、んむう、ちゅろっ、んんんっ……!」 「じゅるるっ、んむっ、はふっ、れろぉっ、ちゅっ、んぶっ、んっ、ちゅっ……ちゅるっ」 「ちゅぷっ……あふっ、ふむっ、宗仁ひゃまぁっ……ちゅっ、ちゅくくっ、んちゅっ、ちゅぶぅっ」 唇を合わせることで、腰の下に広がる快感がさらに感度を増していく。 熱くなった下半身は蕩けてしまったかのようだ。 「はふっ、ちゅるるっ、ちゅぱっ……れろっ、じゅるるっ、ちゅぷっ、んむ、ふっ、ふむっ」 「はぁっ、はっ、あむうっ……ちゅぶっ、んむっ、ちゅっ、ちゅっ、じゅるっ、んっ、んむっ」 舌を入れ、あるいは入れられ、二人で唾液を絡ませる。 荒い息をつきながら、それでも唇を離そうとしない。 「じゅぷっ、はふっ……ふむっ、むっ、うむんっ、ちゅるっ、ちゅぶっ……はふ、ふむぅっ」 「はふっ……あんっ、ふっ、じゅぱっ、はっ、ふああぁぁっ……はっ、はっ……んはぁっ」 「あっ、はんっ、あっ、あふっ、んんんっ、宗仁様、私、もう……はぁつ、はっ、あんっ」 「ああ、俺もだ……!」 張り詰めた肉棒からは、今にも精子が吹き出してしまいそうだった。 「あんんっ、ふっ、ふむっ……んっ、宗仁様も……全部、私の中にください……!」 「中でいいのか……っ?」 「はい、宗仁様の熱いものを、全部注いでほしいです……はっ、あうっ、あうっ」 もう我慢の限界だった。 「古杜音……!」 「あああぁっ、はっ、はいっ、出してください宗仁様ぁっ、私も、私もぉっ!」 「んんんんんっ、ああああぁぁっっ! くうううんっ、はあんっ、ふあああっっ!」 「あああぁぁっっ、ふああぁぁっ! ひああっ、うああああああぁぁぁぁっっっ!!!」 「やあああんっ! うあああっ、あああっ! あああああんっ!! やああああぁぁっ!」 「んあああああぁぁっっ、あああああああああぁぁぁっ、ふあああああああぁぁぁぁっ!!!」 びゅるるっ、どくっ、びゅくくっ、びくっ、どくどくっ!「んあああぁっ、あはっ、ふはっ、ああぁっ、はあっ、はっ……はああぁっ」 「ううっ、や、やけどしてしまいそうなほどっ、中がとても熱いですぅっ……」 溜めに溜めたほとばしりを、一気に古杜音の膣内へと解き放つ。 絶頂に達した古杜音は、膣肉で容赦なく肉棒を締めつけてきた。 「はぁっ、あっ、はぁっ、はぁっ……あふ、あふぅ……」 凄まじい快感が走り、次から次へと精子が搾り取られていく。 「宗仁様が、びゅくびゅく私の中で跳ねています……」 身体を震わせながら、うっとりとした顔で俺を見つめてくる古杜音。 「宗仁様、とても気持ちよさそう……」 「はふっ、んああぁっ、はあっ、ふうぅ……あぁ、私もすごく気持ちよかったです」 ゆるゆると腰を動かし、絶頂に達したばかりの陰茎へさらなる刺激を与えてきた。 「古杜音、腰を止めてくれ……」 「あぁんっ、でも……こうしていると宗仁様の固い物が、こつこつと奥に当たって……」 「んくっ、ふうぅんっ……はっ、ふあぁぁ……」 恍惚とした表情で、腰を動かし続ける古杜音。 たまらず、古杜音の腰を持ち上げる。 「はあぁんっ……ああ、抜けてしまいました……」 ようやく古杜音の膣内から解放された肉棒が、びくんびくんと震えている。 栓を抜かれ、俺の出した精液が膣口からどろりと流れ出してきた。 「ふあぁ、すごい量ですね……」 「こんなにいっぱい出していただけて嬉しいです」 とろとろと、白く濁った液体が古杜音の体内から吐き出されている。 その光景をうっとりとした顔で見つめる古杜音。 「ふふ、気持ちよかったですか、宗仁様」 「もちろんだ」 心地よい疲労感に身を委ねながら答える。 「私も気持ちよかったです」 「中に出していただくと、びくっと中で震えているのがわかるのですよ」 「それがとても愛おしくて……宗仁様、これからも果てる時はぜひ私の中にお願いしますね」 古杜音が身体を押しつけ、顔を近づけてきた。 「んちゅっ、ふっ、あんんっ……くぅんっ、うふっ……」 唇を撫で合うようにして、優しく口づけを交わす。 「宗仁様……お願いをしてもよろしいですか?」 「ああ、何でも言ってくれ」 古杜音の願いなら、何でも叶えよう。 「もう一回しませんか?」 「……」 斎巫女が色欲に流されるようでは駄目だの何だの話はどうなったのだろうか。 考えが目で伝わったのか、わざとらしく咳払いする古杜音。 「だ、だって今のはきちんとご奉仕できていなかったので」 「口惜しいのでございます」 「よし、いいだろう」 「だが今度は俺が奉仕する側だ、それで構わないな?」 「えっえっ、それは駄目でございますっ、私、目茶苦茶になってしますよ」 「はひああぁっ、そ、宗仁様、勘弁してくださいぃ~っ……」 古杜音を押し倒し、何も言えないよう唇を重ねる。 「んむっ、ちゅっ、れろっ、んんっ……ふああぁぁぁぁ~~~……」 その後。 夜が更けるまで古杜音と交わり続け、翌朝は二人とも腰を痛めてしまった。 饅頭の入った袋を提げて、勅神殿を訪れていた。 社務所にいた巫女に断ってから、勅神殿の奥へと進む。 道場で稽古をしたついでに、古杜音に会おうと思ったのだ。 最近の古杜音は忙しく、夜遅くまで勅神殿でお務めをしているらしい。 古杜音の姿を探すうちに、ここまでやって来た。 遅い時間だからか、他に人の姿はない。 「古杜音……?」 宗仁祭壇の前で一人佇む古杜音の背中を見つけたが、すぐに口を閉じた。 «大御神»を表す金銅鏡に向かって、古杜音は祈りを捧げていたのだ。 呼吸すら憚れる静謐な空気に、思わず立ちすくむ。 小さな古杜音の背中を通して、«大御神»の神威が伝わってくるようだ。 俺は動きを止め、古杜音を見つめていた。 「……ふう」 古杜音古杜音が立ち上がり、軽く息を吐く。 それを合図に、古杜音に歩み寄った。 「古杜音」 「あ、あれっ、宗仁様、どうしてここに?」 小首を傾げる古杜音。 祈っている最中に発していた荘厳な雰囲気は、どこかに霧散していた。 「はっ! まさか私、デートの約束をすっぽかしていましたか!?」 「いや、違う」 「近くまで来たから、古杜音に会おうと思っただけだ」 「なあんだ、安心いたしました」 古杜音が胸を撫で下ろす。 「お務めは終わったのか?」 「いえ、この後は、祭事に関する書簡を読んで返事を書かなくてはなりません」 「大変な仕事だな」 「あはは、大変なことなど何もありませんよ」 「……と言いたいところですが」 古杜音が腹を押さえ、顔を赤くした。 「恥ずかしながら、小腹が空いていまして」 「辛いといえば、それが辛いです」 「なら丁度良かった」 提げていた袋を手渡すと、古杜音の目が輝いた。 「あっ、これは!」 「佐村屋の饅頭だ」 「さすがは宗仁様です!」 「やはり、持つべきものは夫ですねえ」 古杜音が嬉々とした様子で饅頭の入った紙箱を開ける。 そして、取り出した饅頭を俺に差し出してきた。 「はい、宗仁様、あーんしてください」 「古杜音はいいのか?」 「先に、宗仁様に食べさせてあげたいんです」 「ここなら誰も見ていませんし、ね?」 学院の食堂でやった時は、ぎゃあぎゃあと騒がれたものだ。 遠慮なく、差し出された饅頭を口に含む。 一口噛むと、小豆餡の甘みが舌の上に広がった。 「宗仁様、私にもお願いします」 「ああ」 饅頭を手に取って、古杜音の口元に差し出してやる。 「はぐっ」 「んふふー」 口をもぐもぐさせながら、幸せそうな顔になる古杜音。 互いに饅頭を咀嚼しながら、無言で見つめあった。 たまに笑ってしまい、古杜音が饅頭を噴き出しそうになる。 「ごくん……ああ、疲れが吹き飛びました」 「それに宗仁様に食べさせてもらうと、いつもより美味しい気がします」 「もう一ついかがですか?」 「いや、俺は遠慮しておこう」 「では私が……はふっ」 饅頭を頬張る古杜音。 頬に手を当てながら、饅頭の甘さにうっとりしている。 表情豊かな古杜音は、見ているだけでも退屈しない。 「んふふ、こんなに食べては太ってしまいますね」 「それでも食欲に逆らえないなんて、なんて私は罪深いのでしょう……もぐもぐ」 まだ口の中に残っているくせに、古杜音が新たな饅頭を手にする。 「古杜音、一日で全部食うつもりか」 「えっ」 「ま、まさか」 完全に目が泳いでいる。 一日で食うつもりだったんだな。 腹が減っているとはいえ、夜食にしては食い過ぎである。 何より、粗食を基本とする武人としては見逃せない。 「残りは、俺がまた明日持ってこよう」 「ああっ、そんな殺生な!」 饅頭の箱を取り上げると、古杜音が〈縋〉《すが》るようにもたれかかってきた。 頭上まで箱を持ち上げると、ぴょんぴょんと跳ねて手を伸ばしてくる。 斎巫女のこんな姿は国民に見せられない。 「食べませんっ、今日はもう絶対に食べませんから持って帰らないで下さい!」 「お願いします、約束します!」 「«大御神»に誓えるか?」 「……それは」 再び古杜音が目を泳がせた。 「やはり饅頭は持って帰ろう」 「酷いです宗仁様! «大御神»を引き合いに出すなんて!」 「ううっ、せめて、せめてもう一つだけでも」 「往生際が悪いぞ、古杜音」 「武人の妻ならば潔く諦めろ」 「巫女の夫なら、慈悲があってもいいじゃないですか」 議論は平行線だった。 古杜音の頬が膨らみはじめたので、仕方なく俺が折れることにする。 この表情を見ると、つい甘くなってしまうのだ。 「……一つだけだぞ」 「宗仁様」 古杜音の顔が、ぱっと明るくなる。 「少し待て、古杜音」 「はいっ」 待てと言われて大人しくなる古杜音。 従順な子犬を想像してしまう。 あまりにも素直な古杜音に、ほんの少し悪戯心を覚えてしまった。 「……お座り」 「え? 座ればいいのですか?」 古杜音が座り込んだ。 首を傾げながら、こちらを見上げてくる。 「あの、どうして私は座らされたのでしょう?」 「古杜音は犬に似ているな」 「犬ですか? 初めて言われました」 きょとんとする古杜音。 そして、何か思いついたように楽しそうな顔になった。 「わんわんっ」 「ふふふ、似てました?」 犬の鳴き真似をして、少し恥ずかしそうにする古杜音。 「……」 「宗仁様? どうして口元を押さえているんですか?」 「あっ、さては笑っていますね、ひどいです」 「あ、ああ、すまない」 本当は古杜音の可愛らしさに口角が上がった、などと武人の威厳に懸けて言うまい。 心を落ち着かせ、饅頭を一つ渡そうとする。 「あーん」 お座りしたまま、口を開いて待っている古杜音。 ……やはり犬に似ている。 饅頭を渡す前に、頭を撫でてみた。 「わわっ、くすぐったいですよ、宗仁様」 「もう、早くお饅頭を……」 「あー、でもこっちも気持ちいいです」 目を細めて、されるがままになっている古杜音。 ぶんぶんと揺れる尻尾が見えるようだ。 「ほら、饅頭だ」 「わあ、ありがとうございます!」 饅頭を差し出すと、古杜音がぱくっと口にする。 咀嚼している間も、俺に頭を撫でられて気持ち良さそうにしていた。 「ごくん……ああ、美味でございました」 「はあ、今日はこれでお預けですか」 残念そうに言ってから、ちらっと俺を見上げてくる。 「あの、宗仁様」 「駄目だ」 「ううっ、まだ何も言っていないのに」 古杜音が肩を落とす。 それを見ていると、胸の奥から邪な欲望がこみ上げてきた。 「……古杜音、すまないが、犬の真似をもう一度やってくれないか」 「ええっ、またですか!?」 「案外恥ずかしかったのですが」 口を尖らせて渋る古杜音。 「そうですね……お饅頭を下さると約束してくれるのなら」 「ああ、約束しよう」 即答した。 「分かりました、それでは……」 一度目とは違い、両手を丸めて犬の前足を表現していた。 愛らしさが倍増している。 「くっ……」 「宗仁様!? どうして膝をついて俯いているのですか!?」 古杜音が駆け寄ってきた。 口角が上がるのを抑えられない口元を隠すため、顔をそらす。 「いや、気にするな」 「な、何やら苦しそうですが」 感付かれる前に饅頭を差し出す。 古杜音が再び、ぱくっと饅頭を口にした。 ……まさか、俺は腑抜けになってしまったのか。 古杜音の愛らしさに微笑んでしまう顔を隠しながら、そんなことを考えていた。 饅頭を食べ終えた古杜音が、満足そうに息を吐いた。 「はぁー、堪能いたしました」 「もう饅頭はやらないぞ」 「そこまで食い意地は張っていませんよ」 座ったまま腰に手を当てて抗議する古杜音。 「ふう、お腹も膨れましたし、宗仁様の愛も補給できました」 「では、お務めに戻るとしましょうか」 立ち上がる古杜音。 仕事の邪魔をしないよう、俺は帰るべきなのだろう。 だが、もっと古杜音と濃密な時間を過ごしたいという欲望が身体の中で渦巻いていた。 「古杜音、今日はもう遅い」 「車もあるし、今から俺の部屋に来ないか?」 言いながら、古杜音を抱きしめる。 古杜音がくすぐったそうに身体をよじった。 「だめですよ、宗仁様」 「とても魅力的なお誘いですけど、お務めが残っていますから」 そのまま、古杜音を抱く腕に力をこめる。 「もう、仕方ありませんね」 「キスだけですよ」 古杜音が、俺を見上げたまま目を閉じる。 切なそうに震える古杜音の小さな唇に、自分のものを重ねた。 「んむっ、んちゅっ……はっ、んんっ」 「んっ……はっ、ちゅ、んはぁ……」 舌先を古杜音の口内に入れ、唾液を混ぜ合わせる。 融けそうなほど互いの舌を絡ませあい、古杜音の身体を強く抱き締める。 「んあ、はぁっ……れろ、ん……ちゅ」 「んんっ、はあっ……ちゅぱ、んっ、んん……」 「ぷあっ……はぁっ、はぁっ……」 唇を離すと、息を荒くして頬を赤らめた古杜音に見上げられた。 古杜音もまた、俺に抱かれたまま動こうとしない。 再び、唇を重ねようと顔を近づける。 「こ、これ以上はいけませんよ宗仁様、«大御神»も見ていますから」 気を取り直した古杜音が、祭壇にある金銅鏡を見ながら言った。 俺の腕から離れ、背を向けて乱れた装束を直しはじめる。 あれだけ濃厚な接吻をして、俺は昂ぶった気分を収められるはずもなかった。 古杜音も俺に襲われるのを待っているかのように、ちらちらと横目を向けてきている。 古杜音を後ろから抱きしめ、身体に手を伸ばす。 「きゃっ、宗仁様?」 「あの、お尻の辺りに固いものが当たっているのですが」 「ひゃふっ……あんっ、そ、宗仁様、あの、どこへ触れているのでしょうか」 「嫌なのか?」 「いえ、嫌というわけではないのですが、私は斎巫女として«大御神»にお仕えしている身です」 「その«大御神»の前、しかも勅神殿で淫らな振る舞いをするわけには」 «大御神»を表す金銅鏡を見る古杜音。 そこには、俺に身体を触られて顔を赤らめる古杜音が映っている。 「だ、だめですっ……宗仁様……私の淫らな姿が鏡に」 「ふあぁぁんっ」 服の上から乳房をなで回すと、古杜音は恥ずかしそうに身体をよじった。 古杜音の弱い部分である乳首を責めていく。 「はあっ、んっ、やぁっ、そこ……だめ、あんっ」 「いけません宗仁様っ、はしたない声を上げていい場所では……」 「その割に、嬉しそうな顔をしているが」 口では嫌がっているが、逡巡が顔色に出ている。 「古杜音、こちらを向いてくれ」 「な、なんでしょうか……んんんっ!?」 こちらを向いた拍子に、その唇を奪う。 「あっ……んちゅっ、ちゅぷっ……んんっ」 「はふっ……れろっ、んうっ、んちゅっ」 「はあぁっ、あふっ……宗仁様っ……んっ」 柔らかな唇を味わいつつ、古杜音の身体に手を這わせた。 大きく膨らんでいる胸を揉むと、ずっしりとした感触が手のひらに広がる。 「あふうっ、うふっ……んちゅ、んううんっ……!」 「はふっ、はあぁんっ、んっ、んふうっ」 もじもじと身体を揺すりながら、それでも古杜音は唇を離そうとしない。 むしろ自ら求めるように顔を寄せてくる。 「はふぅんっ、んちゅっ、じゅるっ……ぷふっ、んんんっ」 「はふうぅんっ、んむっ、じゅぶっ、ちゅぶぅっ」 「んはっ、ふあ……いけません、宗仁さまぁ……」 まだ場所のことを気にしているのか、古杜音からは決して舌を入れてこない。 だが、俺の接吻を拒絶しようとはしなかった。 「ふあぁっ、ちゅぴっ、れるるっ……ちゅぷっ、はふあぁっ」 「んはぁっ……ダメなのにっ、身体が熱くなってきてしまいます……」 乳房への愛撫に過敏に反応し、身体を震わせる古杜音。 口を離し、互いに至近距離で見つめ合う。 「古杜音、この辺りでやめておくか?」 古杜音の胸を揉みながら聞く。 服越しにでも分かるほど、乳首が固くなっていた。 「はんっ、はぁっ……んううっ、はっ、は……ううんっ、んうっ」 もじもじと身体を揺する古杜音。 返事はなく、喘ぎ声だけを発した。 「続けるぞ」 肯定の返事はないが、拒絶の返事もなかった。 装束の縛めを解き、古杜音の胸を露わにさせる。 「あっ……」 古杜音は不安げに眉を寄せながらも、快感に身体を震わせている。 さらけ出された古杜音の胸に触れ、優しく揉む。 「やぁっ、いけません、いけませんっ、宗仁様ぁ……」 「はぁっ、ふうっ、ううんっ……はふう……はんっ、ひいんっ」 「くふぅっ……はぁっ、あんっ……あうううっ、はぁっ」 言葉では拒絶しつつも、身体では俺の愛撫を受け入れている古杜音。 乳房をさすりながら、先端にある突起に指先で触れる。 「ふっ、あうっ、あふっ、あふんっ……宗仁様、そこは……」 「はんっ……はあぁっ、んうぅっ、くうぅんっ……きゃうぅぅん!」 「くひぃっ、んっ、んああっ……はぁっ、はっ……ふあんっ」 乳首をこねくり回すたび、古杜音が身体を震わせる。 豊満な乳房が、俺の手に包まれながらぶるぶると揺れた。 「先端が弱いんだな」 「やぁっ、んんっ、ご存じのくせにっ……ひどい、ですぅっ」 「くぁんっ、あんっ……はんっ、あっ、ふぁっ……あふっ」 「はぁっ……んんっ、ううんっ、んうっ、うあぁっ……んんっ!」 袴の隙間に手を差し込み、下着越しに秘部へ触れる。 「ふんんっ、はっ、んうっ……あんんっ……ひゃんっ、そこはっ……」 「はぁっ、そ、そこはっ……ふあぁっ、ふあんっ、ひんんっ……」 「んんんっ、あはっ、ふううっ、んくっ……あうぅっ、ああんっ……」 びくんと身体を震わせて、気持ちよさそうに嬌声を漏らす古杜音。 既に下着はしっとりと水分を含んでおり、力を入れると愛液が布地からしみ出してきた。 「随分と濡れているな」 「あんっ、あふっ、そ、宗仁様が胸を刺激するから……はっ、ふうぅっ……」 「うああ……神殿でこんな事……私は悪い巫女です……」 そう言いながらも古杜音は身体を俺に預け、離れようとしない。 「はぁぁっ……あうっ、あふん、んんっ……んううんっ……ああんっ」 「ふうんっ、ううんっ、んんんっ……くううんっ、ううんっ、ひあっ」 袴の中は古杜音の発した熱気が篭もっている。 股の間では汗と愛液が混じり、下着が濡れそぼっていた。 「んはっ、はあぁんっ……くふっ、んくぅんっ、んうぅっ……あんっ」 「はぁっ、あっ……くふうぅっ、ふううっ、ふああっ……んあああぁっ!」 熱く濡れた秘部の入口を、焦らすようにいじり回す。 「ひゃんんっ、はふっ、ふああぁぁぁんっ!」 「はああぁっ、あっ、んんんっ……んくうっ、んふうっ、ふああっ、あんっ!」 「宗仁様、そんなに激しくこすられては……こ、声が我慢できません……」 「ふああっ、あんっ、ああっ……はうんっ、やぁぁっ……はっ……くうんっ!」 「古杜音の声、もっと聞かせてくれ」 袴をたくし上げ、古杜音の秘部を露出させる。 古杜音は一切の抵抗をせず、俺にされるがままだ。 「ああぁ……」 「勅神殿で、何という格好をしているのでしょうか」 「嫌だったか?」 「だ、だって、私、斎巫女なのに」 抵抗はない。 むしろ、誘うように俺の顔をじっと見つめてくる。 「触るぞ」 愛液で濡れた割れ目に沿って、指を滑らせる。 「ふうぅんっ、あふっ、くはぁっ……あぁんっ、んうぅっ、はうあぁっ、んんっ」 「はぁっ、はぁっ、んんっ、ふっ、はあっ、ああぁっ……んっ、あんっ、はあぁんっ」 待ちかねていたとでも言うかのように、ただ快感を享受している古杜音。 秘部を擦りながら、古杜音の弱い部分である乳房を揉みしだく。 「気持ちよさそうだな」 「んんううっ……そ、そんな事……はぁっ、あふっ、んんっ、あふうんっ!」 「はあああんっ、だめですぅっ……胸を、そんなに強く揉んでは……くああんっ」 「やはり感じやすいな、古杜音」 「宗仁様が……触るからです……はっ、はあっ、んんんっ!」 俺が性感を覚えさせてから、古杜音は感じやすい体質になっていた。 俺との交わりがきっかけで、自慰を覚えてしまったほどだ。 「うう、斎巫女なのに、こんな淫らな身体っ……」 「はふっ、んんっ、あううっ、ひっ……ひっ、んんんっ……ひあんっ、んっ!」 「くうううっ……んんっ、はぁっ、はっ……ふうっ、んんっ、んうっ……」 ぶるぶると腕を振るわせ、快楽に耐えようとする古杜音。 そんな古杜音の身体を、さらに追い詰めていく。 「はあぁっ……あくっ、んんっ、はあっ……んんんっ、ひああぁっ、ああんっ!」 「あっ、んんっ、ふっ、うぁっ、あふうっ、うんっ……んんっ、んああっ、あんっ!」 「ダメですぅっ、すごく濡れちゃってますっ……はうっ……はふぅっ、ううんっ」 古杜音の秘部からは、愛液が次々とあふれ出してくる。 愛液はぽたぽたと滴り、床に染みをつくっていた。 「んうぅ、ああっ、床に私の淫らなものが……神聖な場所なのに……あふうっ」 「あっ、ふううんっ……ひっ……ふああぁっっ! んぅうっ、ううんっ、んううっ!」 「はぁぁっ、あっ……ふっ、うううんっ、んっ、はっ、ああっ……うっ、あうんっ」 床に愛液を垂らし続けながら、それでも抵抗する素振りは一切見せない。 膣口を擦っていた指を、古杜音の膣内に潜りこませた。 「ひあぁっ、あっ、宗仁様の指が入って……んんんっ、ふああぁぁっ……」 「くううんっ、あふんっ……はあっ……あんっ、あああっ、はふっ、はぁっ、あっ」 ぎゅうっと膣肉が指を圧迫してきた。 構わず奥へと指を押し込んでいく。 膣内は愛液にまみれており、すんなりと指を受け入れてくれた。 「ううんっ、ふうんっ……はんっ、あんっ、はぁっ、ひんっ……ひっ、んんっ!」 「はっ、はっ……あんっ……ふああっ、あんっ……ああ、くはっ、ああんっ」 古杜音の体内はかなりの熱を帯びていて、こちらまで昂ぶってくる。 俺の肉棒も、痛いくらいに勃起していた。 「もっと動かすぞ」 「はふっ、やぁっ、これ以上されたら私……くふううっ……」 「はっ、はぁっ、はっ……ああぁっ、んっ、くうっ、うううんっ……んくうっ……!」 言葉に出そうとしないが、古杜音は絶頂が近いらしい。 勅神殿で斎巫女が絶頂を迎えるなど、あるまじきことだ。 だが、その背徳感が逆にそそられる。 「果ててしまえばいい」 「そんなぁっ……あうっ、やっ、宗仁様っ、指、動かしたらダメですっ、ふああぁぁっ」 「はふっ、ふううっ、んっ、くうっ、ううんっ、はぁっ、はっ……ああうっ、あうううっ!」 「ああぁっ、んうぅんっ、ふぁっ、はんんっ、うくうぅっ、ひあああぁっ、ああんっ」 「ひゃふっ、んんっ、はあぁっ……あうっ、やぁっ、んんっ、んあっ……ひいいんっ……!」 締めつけてくる肉壁を押しのけながら、膣内をかき回す。 指を動かす度、くちゅくちゅと水っぽい音が響いた。 膣内から溢れ出てきた愛液が、古杜音の股の下に極小の水たまりを作っている。 「ふああんんっ、やあっ、あくうううっ、ううんっ、んうううぅぅっ……!」 「やぁっ、だめっ、私……本当にもうっ……はぁっ、ひっ、ひぃんっ……あっ」 「とっ……止めてください、宗仁様……このままだと私、«大御神»の前で……!」 「そんなに気持ち良さそうなのに、止めていいのか?」 「はふううっ、気持ち良くなんてっ……ない、ですぅ……くううっ、ううんっ」 「だから、止めてください……あふっ、あふううんっ、はぁっ、はっ……」 喘ぎながらも快楽を認めようとしない古杜音。 俺は金銅鏡に目を向けた。 そこには、俺と古杜音の姿が映っている。 「古杜音、鏡を見てみろ」 「ふえ……?」 古杜音が快楽に脱力しながらも、ゆっくりと顔を上げる。 「あ、あああっ……」 「私、神聖な場所で……«大御神»の前で……何て顔を」 鏡を見た古杜音が、深い息を吐いた。 鏡に映ったのは、快楽で表情を蕩けさせながら愛液を垂らす自分の姿だ。 もはや、言い訳などできようもない。 古杜音の膣内を指先で撫でまわす。 「ふあああっ、んっ、んはああっ、はあっ、はぁっ、ああんっ、ふああああんっ」 「やあっ、んっ……ふうっ、はぁっ、ひいいっ、ひっ、ひいいんっ……はっ、うううん!」 膣肉が、指先に吸いつくように蠢いた。 先ほどまでの抵抗するような動きではなく、愛撫を歓迎するかのような蠢きだ。 「ああ、私、こんなに淫らな顔をしていたなんて」 「古杜音、俺にどうして欲しいんだ?」 「そんな、意地悪ですよ……宗仁様」 「ちゃんと言ってくれないと分からないんだ」 言って、再び指を動かす。 「ひゃうぅんっ、あふっ……あっあっ、わかりましたっ、言います、言いますから」 「宗仁様、お願いしますっ、どうか古杜音を、気持ちよくしてください」 「この身体を無茶苦茶にして、おかしくしてくださいませ……」 自分の感じている様を見て〈箍〉《たが》が緩んでしまったのか、古杜音が欲望を口走った。 それを聞いて、俺の気分はさらに昂ぶってくる。 「ああ、任せておけ」 指を激しく出し入れしながら、力強く乳房を揉みしだく。 「ひああぁっ、あんんっ、はあぁっ、ああぁっ、いいですっ、宗仁様、気持ちいいですぅっ」 「あっ、胸も、すごくいいっ……もっと、もっと乱暴にしてください……」 「はああううんっ、ううんっ、はふっ、ふううっ、んあああっ、あふううっ、んんっ……!」 「はふうっ、ううんっ、うっ、はああっ、あっ、ひっ、ひううんっ、ひうっ、はひぃっ……!」 喜色の帯びた顔で、身体中を熱く火照らせる古杜音。 快楽を完全に受け入れた古杜音は、先ほどよりも大きな嬌声を上げる。 「はあぁんっ、あっ、私は悪い巫女です……こんな場所で気持ちよくなってしまうなんて」 「ああんっ、あううぅぅっ! はぁっ、はひっ、はうっ、はふううっ、うああっ、ああんっ!」 「ふうっ、ふあああっ、あっ、あふうっ、ふっ……ふうんっ、んっ、んんんっ、んあああっ!」 「また愛液が垂れているな」 「そ、宗仁様が気持ちいいことをしてくれるから……こんな身体になってしまったのですぅっ」 「ひいいんっ、はふっ、ううっ、んぅ……んああっ、あっ……はくううっ、ううっ、んんんんっ」 「あうっ、んくっ、ふあぁんっ、はひっ、ふあぁぁっ、んふっ、ふううううんっ、んひいいっ!」 俺の腕にしがみつきながら快楽に溺れる古杜音。 「はああぁっ、あんんっ、宗仁様っ……私、もうっ」 「ああ、果てていいぞ」 「んっ、んっんんっ……んあ、もう果ててしまいますっ、宗仁様ああぁっ!!」 「ふああぁぁっ、ご、ごめんなさいっ、私、斎巫女なのに……«大御神»の前なのにぃっ……」 「んあああぁぁぁっ、はふうっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいぃ……んあああぁぁっ!」 「ふあああっ、ああっ、ひうううううっっ……! あああっ、ふあああぁぁぁぁんんっ!!!」 「はああああああぁぁんっ、くふううううぅぅっ……うああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!!」 「あふうぅっ、んんんんっ、はっ、はああぁっ、あふっ、はあぁっ、はっ、はあっ……」 「んっ、くうぅんっ、果ててしまいましたぁっ、ああぁっ、はあぁっ」 古杜音は背筋をぴんと張り詰めさせ、絶頂に達した。 膣内に差し込んだ指が痛いくらいに締めつけられた。 「ふうっ、んんんっ、はっ、ああ、宗仁様ぁ……はっ、はあっ、はあ……」 「あああ……宗仁様に気持ちよくして頂いて、幸せでした、んんっ、んううぅ~……」 愛おしげに俺の腕を抱きしめ、微笑む古杜音。 「はあぅ、ああ……«大御神»、淫らな斎巫女をどうかお許しください」 「……宗仁様、私がだめって言ったのに止めてくれませんでした」 「だが、古杜音だって最初から感じていただろう」 「それは、まあ」 恥じ入って俯く古杜音。 場所のことを気にしていた割に、古杜音はいつも通り最初から感じていた。 「むしろ、普段より感度が高まっていたような気がしたが」 「う……そ、そうかもしれません」 場所のせいもあるだろうが、他にも理由がありそうな様子だ。 「今日はずっと宗仁様のことを考えてしまっていて、切ない気分だったんです」 「いえ、今日だけではなく、お務めの時間のほとんどは宗仁様のことばかり考えています」 「俺のことを?」 「はい。 おかげで手が止まってしまうことも多々あって……」 「最近、夜遅くまでお務めをしている原因はそれか」 腕の中で古杜音が頷いた。 「電話でもすれば、いつでも声くらいは聞けるだろう」 「そうしたいのは山々ですが、私のことを見損ないませんか?」 「お務めの最中に恋人のことしか考えられなくなるような、罰当たりな斎巫女だって」 「宗仁様だって、花屋のお仕事があるのに」 「一切構わない」 「それに俺だって、勅神殿で斎巫女を襲う罰当たりな武人だ」 斎巫女という立場もあり、ずっと遠慮していたのだろう。 俺たちの間に、そんな遠慮は不要だというのに。 「古杜音、約束だ」 「寂しくなったら、電話でも何でもしてくれ」 「よ、よいのですか?」 「もしかしたら、毎日毎日、仕事中に電話をしてしまうかも」 「構わない。 古杜音の声が聞けて俺も嬉しいからな」 「宗仁様……」 古杜音が、俺の腕をぎゅっと抱いてきた。 硬くなった俺の股間のものが、古杜音の身体に密着する。 「宗仁様。 この子を放っておかれては可哀想でございます」 「続きは違う場所でしたほうがいいんじゃないか?」 「……いいえ、私が我慢できません」 「言ったでしょう、ずっと宗仁様のことを考えていて、今日は切ない気分だったって」 「宗仁様と、一つになりたいんです」 古杜音は下半身を剥き出しにして、愛液に濡れた秘部を晒す。 「宗仁様にたっぷり愛していただいたお陰で、こんなになってしまいました」 「なのに、これで終わりだなんて切のうございます」 秘部は淫らに濡れ、光を反射して照り輝いていた。 指でかき回したせいで陰唇は僅かに開き、桃色の膣口が露わになっている。 「古杜音、«大御神»の前でそんな事を言っていいのか?」 「ことを始めたのは宗仁様ではありませんか」 「それに、私の身体をこんなに淫らにしたのも宗仁様なのですよ」 確かにその通りだ。 古杜音の無垢だった身体に性感を覚えさせたのは、他でもない俺である。 「お願いします宗仁様、もっと、もっと私を愛してくださいませ」 誘惑するように腰を左右に振る古杜音。 装束を着た斎巫女が、神聖な勅神殿で尻を振っているのだ。 あまりに背徳的な光景に、頭がくらくらしてくる。 肉棒を露わにし、ゆっくりと古杜音の秘部へとあてがう。 「あっ、んんっ……宗仁様の、とても熱いです……」 「んくっ、ふうぅんっ……早く、入れてください」 すぐには入れず、亀頭で膣口をこねくり回す。 「あんんっ、ふっ……うぅんっ、あっ、やっ、はうううっ」 「はっ、ううぅっ、ど、どうして入れてくれないのですか?」 「焦らした方が気持ちよくなる、と以前に古杜音が言っていたからな」 「あうう、じれったいですぅっ、宗仁様、まだですか……?」 「もう少し我慢だ、古杜音」 陰唇の奥に隠れていた陰核を亀頭でほじくり出し、重点的に刺激する。 「ひああぁんっ、やあぁっ……あふっ、そ、そこはダメです、宗仁様」 「どうしてだ?」 「あんんっ、し、刺激が強すぎて……そこだけで果ててしまいます……あんっ」 「はひっ……ひっ、んんっ……ああっ、あっ……うううんっ」 古杜音の甲高い声が響く。 腰をくねらせて尻を振り、陰核への追撃を避けようとする。 「んああぁっ、やあぁんっ……そ、宗仁様っ、お許し下さいぃっ、くうううぅんっ」 「あふうっ……やっ、はああんっ……はぁ、んんっ、んううっ」 「やっ、だめっ、気持ちよすぎてっ、おかしくなりそうですぅっ……」 びくびくと痙攣し、尻を上下させる古杜音。 たまらなく扇情的な光景だ。 「はふっ……そ、宗仁様っ、後生ですから、もう、もう入れてくださいっ……」 「わかった、よく耐えたな」 お尻を撫でて、古杜音をいたわってやる。 そして濡れに濡れた膣口に肉棒を当て、力を込める。 「あっ、んんんっ……宗仁様が、入ってきます……」 古杜音の膣口が大きく広がり、ずぶずぶと陰茎が飲み込まれていく。 「あくっ、んああぁっ……はっ、来ました、宗仁様が奥まで……」 「んううぅっ、この、お腹がぐうって押される感じが、んっ、とっても、いいですぅっ……」 「ふああぁぁぁぁっ! あっ……ひいいいんっ、くうううっ!」 身体を弓なりに反らせ、蕩けきった表情を浮かべる古杜音。 とろとろになった膣内が何度も収縮し、俺の肉棒を締めつけてくる。 「んんんっ……はっ、あまりに気持ちよくて、軽く、果ててしまいました……」 「動かすぞ」 「は、はひぃ……」 すでに感じまくっている古杜音の滑らかな尻を掴み、ゆっくりと膣内をかき回していく。 「んんっ、んはあぁっ……ふうぅっ、んくっ、ああぁっ、ああっ」 「ふくううっ、うはっ、はあっ、あふっ、ああぁっ……ああんっ」 「やあぁっ、はっ、宗仁様の、ごつごつしていて……すごく気持ちいいです」 肉棒を根本まで突き入れると、じんわりと快楽が広がっていく。 温かくぬかるんだ膣内は、俺の形を覚えているかのように柔らかく包み込んでくる。 じれったい刺激に我慢できず、腰をさらに早く打ち付けた。 「ふあっ、んくっ、あんっ……んっ、はっ、あふっ、あふっ、んふうっ」 「くあっ、あんっ、ああっ、あっあっ……んひっ、ひっ、ひんっ、ひんっ」 「あっ、あっ、あっ、あっ……はっ、んふっ、ふうっ、うっ、んっ、んっ」 膣内に肉棒を突き立てられながら、艶のある声であえぐ古杜音。 「んんんっ、やっ、はぁっ、もしこんな姿が……誰かに見られたら、おしまいでございます」 「なら、止めるか」 「嫌です、やめないでください宗仁様……もっと、もっとお願いします」 「はひっ、ひっ、ひんっ……くうっ、うっ、んあっ、あうっ、あうっ、あうっ」 「ああんっ、やっ、やっ、やあんっ……くっ、ふうっ、ううんっ、んっんっ」 「悪い巫女になったな、古杜音」 「ひああぁんっ、あんっ、ごめんなさい、悪い巫女でごめんなさい」 「でも気持ちいいんです、宗仁様と愛し合うのが、気持ちよくて我慢できないのですぅ……」 「はああんっ、はひいいぃっ、はあんっ、あんっ、あっあっ……はううんっ」 古杜音は尻を突き出して、襲いくる快楽に身を委ねている。 腰を突くたび、古杜音の結んだ髪の毛が激しく揺れる。 普段は古杜音の可愛らしさを強調させる髪形も、今では交わりの激しさを表すものでしかない。 「宗仁様……もっと、もっと激しくぅ……やあっ、あんっ、あっ」 喘ぎながら、俺にねだってくる古杜音。 すぐに応じてやろうとして、傍らに置いた饅頭の箱が目に入った。 俺が持ってきたものだ。 「古杜音、欲しい時はどうするんだった?」 「……ふええっ?」 「い、今、やるんですかぁっ……!? はんっんっ、んっんっ」 古杜音も饅頭の箱を見て、察したようだった。 「激しくしてほしいんだろう?」 「うっ、んんっ……わ、分かりましたよお……」 「わっ……わんわんっ! わぁんっ……わううっ、んんっ、わっ……わんっ!」 饅頭をねだってきた時と同じように、犬の鳴き真似をしてくれる古杜音。 喘ぎながらも、必死に真似を続ける。 「わうぅぅっ……わっ……くうんっ、んっ……わっ……わんっ、わんっ!」 「わうっ、くううんっ……わんっ、わぁんっ……わんっわんわんっ、わううんっ!」 「ううっ……こ、これでいいですか宗仁様」 「ああ、じゃあ、激しくするぞ」 逸物で膣壁をえぐるようにこすると、身体を反らして快楽を享受する古杜音。 「んふっ、んんんっ、くあぁんっ、あふぁっ、ひあぁ、はんんっ、ううぅんっ」 「あっ、ふっ……ひううっ、んふっ、はひっ、ひんっ……くうっ、ふうっ、んっ」 愛液でどろどろになった膣内に、肉棒を滑らせて思い切り突く。 結合部から溢れ出た愛液は糸を引きながら床に垂れ落ちている。 結合の激しさで飛び散ったものが、古杜音の装束に付着した。 「古杜音、装束が濡れているぞ」 「んっ、はああぁっ……し、仕方がないのです、止めたくても溢れてしまうのです」 身体を前に倒し、古杜音の首筋にそっと口づけをする。 「あくっ、あんんっ、んううぅっ……そ、宗仁様っ、くすぐったいですよぉっ」 「ひゃぁんっ……あふっ、んんんっ、あくっ、ふあぁっ、ふっ、あふっ、ふっ」 「はぁっ、あんっ、あっ、あっ、あっ……はっ、ひっひんっ、ひんっ……あふうんっ」 首筋に吸い付きながら、舌を出して舐めていく。 それに応じるように、古杜音の膣内がきゅんきゅんと収縮する。 「はふっ、あうんっ、いやぁっ、んんっ、あっ、やっ……ひっ、ひんっ、んっ」 「はぁっ、はっ、んっんっ……うああんっ、あっ、あっ、あっあっあっ……あんっ」 ちろちろと古杜音の首筋をなぞりつつ、耳へとかぶりつく。 「ひゃあんっ!? んんんっ、あんっ、耳、ぺろぺろしたらダメですっ……」 「はあんっ、んっ、んっ、くうんっ、んっんっ……んあっ、あっあっあっ……」 「はっ、んっ、はふっ、ふっ、あっ、あんっ、あんっ、ああぁぁんっ、くふっ、んんっ」 身体をくねらせる古杜音。 耳への刺激を加えられたせいか、膣内のうねりが激しさを増す。 陰茎をねじるかのような動きに、さらなる快感が身体を走った。 「はああぁっ、あっ……やっ、宗仁様の私の中で大きくなって……」 「はんっ、あんっ、あっ……ひいいんっ、あううんっ、あんっ、あっ、あんっ、んっ」 「あっ、あっあっ……はあぁっ、んっ、くうっ、うっ、うあっ、あっ、あふうっ!」 古杜音に覆い被さって肉棒を出し入れする。 膣襞が細かく蠢き、陰茎を責め立てる。 「勅神殿でしているから、いつもより感じているな」 「んんっ、やっ……そ、そんな罰当たりなこと、ありませんっ、はっ、くんんっっ」 古杜音を素直にさせるため、わざと動きを遅くする。 「はふっ、んんっ、そ、宗仁様? どうして動きを遅くするのですか……?」 「焦らされたら切ないですよぉっ……激しくしてください……んうぅっ」 「答えてくれたら激しくしよう」 古杜音の膣奥に肉棒を突き入れ、ぐりぐりと奥の壁をえぐる。 「あっ、わ、わかりました、ちゃんと言いますからぁっ!」 「わ、私は勅神殿でいけないことをして、いつもより余計に感じてしまっています……」 「私はいけない斎巫女なのですっ、ああぁっ、はあっ、ごめんなさい«大御神»……!」 目を細め、快楽に溺れながら懺悔を口にする古杜音。 見上げる視線の先には金銅鏡があった。 「あっ、ほらっ、宗仁様、きちんと言いましたよ、だからもっと、もっと激しくしてください」 「いい子だ、古杜音」 再び古杜音の中に激しく肉棒を突き込む。 「んああぁっ、あんんんっ、あふっ、ふあああっ、あんっ、あぁぁんっ、あふっ、ふうんっ」 「あひいっ、ひいんっ、ひうっ、ひっ……くうっ、ううんんっ、あんっあんっ……ああんっ!」 「はっ、ふぅんっ、んあっ、ダメぇっ、気持ちよすぎて、我慢できませんっ」 古杜音の尻に激しく腰を叩きつけ、快楽をむさぼる。 膣肉の激しい脈動を陰茎で感じ、古杜音の絶頂が近いのを察する。 「はふうっ、んんっ、んっ、くうっ、うううんっ……んああっ、あっ、あひっ、あひいっ」 「はあっ、あんっあんっ……きゃふっ、ふうんっ、んっんっ……んああっ、ああっ」 「あっ、ふああっ、やっ、あっ、くうぅんっ、ふうっ、ううんっ、んっんっ……!」 「やっ、んんっ……こ、今度は宗仁様も私と一緒に果ててください……!」 「私の中に全部、流し込んでください……!」 がちがちに固くなった肉棒の中を、精液が上り詰めていく。 今にも暴発してしまいそうだが、ぐっと耐えて膣肉の感触を存分に味わう。 「古杜音、出すぞ……っ」 「んんっ、は、はいっ……出してください、宗仁様……ふああっ、あふっ、ふうんっ、ああっ!」 「あっ、はあぁっ、んくうぅっ、ふあぁっ、はっ……はんんっ、あはぁっ、あんんっ、ん~っ!」 最後までねばり、古杜音の膣内をかき回す。 「はあぁっ、あっ、んんっ、宗仁様、私、もう果ててしまいますっ!」 「はふぅんっ、んああああっ、ふあああっ、あんんっ、んああぁぁっ、んあああぁぁぁっ!!」 「んあああぁっ、あくうぅっ! ふううんんんっ、んううぅ、ああぁぁっ、ふあああぁぁっ!」 「やっ、んああっ、あぁっ、んんんっ! はあああぁぁっっ、くうううううぅぅぅぅっっっ!!!」 「あっ、やああぁっ……! あああぁぁっ……んんんんっ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 ずろろろっ、びゅるるるるっ、びくっ、びゅくびゅくっ、びゅるっ!「んああぁっ、やっ、あはあぁっ、んんっ……あ、熱いですっ、ふああぁっ……」 「はっ、はうぅっ、宗仁様の、熱いものがっ、お尻にいっぱい、かかってきてますぅっ」 古杜音がお尻を跳ね挙げたせいで肉棒が抜け、我慢を重ねたほとばしりがあふれ出した。 びゅくっ、どくどくっ、びゅるるっ、びくっ!目も眩むような快楽に襲われ、そのまま精液を吐き出し続ける。 「んあぁっ、あはっ、はふっ、ふうぅんっ、んうっ……はっ、はあぁっ、はっ……」 「ああっ……もったいない、ですっ……宗仁様のものが、全部外に出てしまっていますっ……」 白濁は留まるところを知らず、古杜音の肌を、そして斎巫女の装束を白く汚していく。 古杜音は無念そうな顔で吐き出した精子を見つめる。 「あっ、んんんっ……はっ、んっ、いっぱいこぼれて、しまいましたね……」 古杜音は全身に精液を浴びて、どろどろになってしまった。 最後の一滴まで古杜音に放出して、ようやく陰茎が大人しくなる。 「大丈夫か、古杜音」 「大丈夫です、とっても気持ちよかったですよ」 「ふふふっ、宗仁様のを浴びて、お尻があったかいです」 「宗仁様が、ずっと触れていてくれているような気分になります」 精液を身体にかけられて嬉しそうな古杜音。 「宗仁様のものならば、たとえ精液でも愛おしゅうございます」 「ああ、俺も古杜音のものならば、何でも愛おしい」 古杜音の膣口から溢れる愛液を指ですくい取る。 「やあんっ……急に触ってはいけませんよ」 ぴくりと身体を震わせる古杜音。 装束に付着した俺の精液が床に垂れた。 「古杜音、装束が汚れてしまっているが……いいのか?」 「あ」 我に返り、自分の状態に気付く古杜音。 「ど、どどど、どうしましょうっ、これ、明日も着なければならないのですがっ」 「あわわわわ、装束でこんな事をしたのが知られては、皆に失望されてしまいます」 「替えはないのか?」 「はっ、そうだ、替えがあるのでした」 「ああ、よかった」 ほっと安堵の息を漏らす古杜音。 「これは家に持ち帰って洗わないといけないな」 「あ、あのぉ、普段はお付きの巫女に洗濯を頼んでいるのですが」 「持ち帰ったりしたら、不審に思われないでしょうか」 「思われるだろうな」 「わぁーっ、やっぱり!」 「うう、何とかごまかさないと」 うろたえる古杜音。 「すまん、俺が古杜音を求めたせいで」 「いえいえ、最後には私も気持ちよくなっていましたし」 「ふふっ、お互い罰当たりですね」 「確かにな」 苦笑しつつ、古杜音に軽く口づけをした。 「ああっ!」 唇を離した途端、また驚く古杜音。 「どうした」 「……他の装束も、泊まりがけの遊行で使い果たしてしまっているのでした」 「洗濯中、ということか?」 「ところどころほつれていたので、全て修繕中です」 つまり、残っているのは古杜音が着ている一着のみである。 二人して精液まみれの装束を見つめる。 「い、急いで洗濯しましょう! 明日までに乾かさないと!」 「待て、ここで脱ぎ始めてどうする」 「それよりも、装束についた精液を拭き取らなくては」 「って、床にも飛んでいるではありませんか!」 「それは古杜音が垂らしたものだが」 「ああっ、そういえば、まだお務めも残っているのでした!」 「宗仁様! 手伝っていただきますからね!」 「ああ、引き受けた」 わあわあと騒ぎながら、俺たちは長い一夜を過ごす羽目になったのだった。 「宗仁さまーっ、早く早くーっ」 古杜音古杜音が砂浜を走る。 真夏の盛り、今日は古杜音と海へやってきた。 「はしゃぎすぎだぞ、古杜音」 宗仁「せっかくの休暇なのですから、めいっぱい楽しまなければ損でございます」 斎巫女が主催を務めなければならない神事、祭事は山ほどある。 その忙しさは目が回るほどらしい。 「と・こ・ろ・で、宗仁様」 「今の私を見て、何か言うことはないのですか?」 「言うこと?」 「愛する人が水着姿を披露しているのですよ」 古杜音が身体をくねらせた。 豊かな胸が、水着からこぼれそうになる。 「って、胸ばかり見ないで下さいよ」 古杜音が顔を赤らめた。 見るどころか何度も揉んでいるが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう。 「ほら、それよりもあるでしょう、何か感想が」 「よく似合っているぞ、古杜音」 「もう一声!」 「綺麗で色っぽい」 「惜しい!」 どういうことだ。 「君は真夏の女神だーとか、水着の天使だーとか、そういった言葉が欲しゅうございました」 「武人に色恋の機微を求められても困る」 「宗仁様は武人であると同時に、私の夫なのでは?」 「む」 どうも旗色が悪い。 話題を変えるか。 「ところで古杜音、この浜辺には人がいないようだが」 「あー、ごまかした……まあいいですけど」 「ここは現在、神殿組織が保有している土地になっていて一般の方は入ってこられないんです」 「そんな場所で遊んでいいのか?」 「私以外の巫女も、たまに息抜きに訪れているようですし大丈夫ですよ」 大らかだな。 「それより早く遊びましょうよ宗仁様、時間がもったいないです」 手提げ鞄から、古杜音が何かを取り出した。 「何だそれは……干物か?」 「干物ではなくて、ビーチボールというものでございます」 「膨らませてしまいますね」 どうやら、空気を入れて膨らませるものらしい。 空気栓らしきものを咥えて、古杜音が息を吹き込もうとする。 「ふーっ、ふーっ」 「ふーっ、ふっ!? ごほっほっ、はぁっ、はぁ……」 「はぁっ、はぁ……そ、宗仁様、後はお任せいたします」 それが良さそうだ。 渡されたビーチボールとやらは全く膨らんでいなかった。 空気口を咥えると、古杜音がなぜか照れ臭そうにする。 「えへへ、間接キス、でございますね」 「口付けなど、今まで何度もしているだろう」 「もう、そういう事ではないのです」 「宗仁様には情緒がありませんね」 不満げな古杜音を尻目に、息を吹き入れる。 ビーチボールはあっという間に膨らんだ。 「おおっ、さすがは武人です」 「これで尊敬されてもな」 苦笑していると、古杜音が距離を取った。 「宗仁様ー、投げてもいいですよー」 古杜音が両手を上げる。 なるほど、これを投げ合う遊びか。 「よし、行くぞ」 「宗仁様の愛、受け止めてみせます」 訳の分からないことを言っている。 「ふんっ」 とりあえず、古杜音に直球を放ってみた。 「へ?」 「うひゃあぁぁぁっ!」 勢いよくしゃがんだ古杜音の頭上を、俺の投げた球が通過した。 「ん? 避ける遊びか?」 「違いますよっ! もっと優しく投げてください!」 「まったく、死ぬかと思いました」 ぷんぷんと怒っている古杜音。 「ほら、こうするのですよ」 古杜音がビーチボールを拾い上げ、軽く手で弾く。 緩やかな曲線を描いて、ビーチボールが飛んできた。 「こうか」 それを、同じようにして返す。 「おお、お上手ですね」 「なるほど、こういう遊びか」 そのまま何度か繰り返すうちに段々と慣れてくる。 だが、まだ力加減が難しく、ビーチボールがあらぬ方向へ飛んでいってしまう。 「む、しまった」 「おっと」 古杜音はすぐに反応して、落下地点にぴょんと跳ねた。 同時に、豊満な胸が水着からこぼれそうに揺れる。 「ふふふ、どうですか宗仁様!」 「ん、ああ、中々やるじゃないか」 胸に向けていた視線を戻す。 いかん、何に気を取られているんだ俺は。 飛んできたビーチボールを手で弾く。 集中力が乱れたせいか、またしても狙いが古杜音から逸れた。 「む、悪い」 「なんのっ!」 再び飛び跳ねる古杜音。 水着という戒めから逃れたがっているかのように、ぷるぷると胸が揺れる。 「……」 目のやり場に困るな。 いや、俺は何を見ているのだ。 「そ、宗仁様!?」 「ん?」 ぽんっ、という音がして頭に何かがぶつかった。 そして、足元にビーチボールが落下する。 「ぷっ、くくくっ……」 「あはははははっ! そ、宗仁様の頭にビーチボールが」 「……不覚」 古杜音の胸に意識を奪われていたせいで、集中力を欠いていた。 「ふふふっ、無表情のまま、ぽこっ、って」 「あはははっ、だ、駄目です、お、お腹が痛く……あはははっ!」 「笑いすぎだろう」 「はぁ、はぁ……だって、宗仁様のそんなお姿、初めて」 「私しか知らない宗仁様のご失態ですね……ふふふふっ」 堪えられないのか、何度も笑いを漏らしている。 「秘密にしておいてくれるとありがたい」 「さあ、どうしましょうか?」 「勅神殿の巫女たちに、つい口を滑らせてしまうかも」 ぺろっと舌を出す古杜音。 勅神殿の巫女たちとは、古杜音を通じて面識があった。 「なら、言えないようにしておこう」 「きゃーっ、宗仁様が怒ってしまいましたっ」 楽しそうな声を上げて、古杜音が海へと逃げる。 走りながら、ちらちらと俺を振り返った。 追いかけて欲しいのだろう。 あっという間に、波打ち際で古杜音を追いつめる。 「武人から逃げられると思うなよ」 「ふふふっ、斎巫女を襲うなんて罰当たりな武人ですね」 「それっ、反撃です!」 古杜音が海水をかけてきた。 水の飛沫を見切り、跳躍して躱す。 「武人と接近戦は無謀だな」 「むむむ……かくなる上は特攻です!」 「えいっ」 古杜音が俺の胸に飛び込んできた。 しっかりと受け止めて、背中に腕を回す。 「よし、逃がさないぞ」 「あはははっ、捕まってしまいました」 俺に抱き上げられたまま、楽しそうに手足をばたばたさせる。 「古杜音、暴れるな」 「ふふふ、分かりました……ひしっ」 暴れるのを止めて抱きついてくる古杜音。 「いや、しがみ付けという意味ではなく……おっと」 姿勢が崩れてしまい、ひとまず古杜音を抱いたまま座り込む。 腰を下ろした瞬間、高い波が俺たちに迫ってきた。 「うわわっ」 全身に波を浴びる俺たち。 心地良い冷たさに身体を包まれた。 「けほっ、けほっ……しょっぱいです」 「大丈夫か?」 「はいっ、問題ありません」 「ふふふ、楽しいですね、宗仁様」 「ああ……」 思わず目を見張る。 古杜音の胸を覆う水着が、なくなっていたのだ。 あられもない姿に、情欲が刺激される。 気付いていないのか、古杜音が首を傾げた。 「宗仁様、どうされたのですか?」 「水着はどうした」 「はい?」 古杜音が自分の胸元を見下ろした。 「ひゃああああっ!」 「宗仁様! いつまで見てるんですか!」 「失礼」 古杜音から目をそらし、沖のほうへと目を向ける。 すると、海面に浮かぶ水着を発見した。 波に攫われ、だんだんと沖へと流されていく。 「み、水着が」 「俺が行こう」 急いで古杜音の水着の回収に向かう。 そういえば、数日ほど古杜音と身体を重ねていないな、と余計な事を考えてしまった。 「はあー、驚きました」 水着を着なおして、安堵の溜息をつく古杜音。 「水着が戻ってきて良かったな」 「宗仁様が気付いていなければ、流されていたかもしれません」 「でも、宗仁様はそのほうが嬉しかったのではありませんか?」 「どういう意味だ」 「ふふふっ、ずっと私の胸を見ていましたからね」 「……気付いていたのか」 「あれだけ露骨に見ていれば、当たり前です」 恥ずかしさに言葉もない。 「すまない、気をつけよう」 「いえ、嫌だと言っているわけではありません」 「むしろ……宗仁様が私を求めているのかと思うと、胸の奥が熱くなってしまいます」 言うと、古杜音は腕にぴったりとくっついてきた。 「古杜音?」 「宗仁様が悪いのですよ……ずっと私の胸ばかり見ているから」 わざと胸を押し当ててくる古杜音。 誘惑するようにして、俺の顔を見上げてきた。 「ふふふ、どうですか宗仁様?」 「誘惑されると俺も我慢できないぞ」 「……いいですよ」 「宗仁様の求めを、拒否するわけがありません」 いつの間にか古杜音の頬は紅潮し、吐息も荒くなっていた。 身体を重ねる寸前は、いつもこの顔になる。 「こんな場所で、誰かに見られたらどうする」 「大丈夫ですよ、この浜辺にほとんど人は訪れません」 「宗仁様、せっかくの休暇なのですから……めいっぱい楽しまなければ損でございます」 数十分前にも同じ台詞を聞いた。 だが、今度のは意味が違っている。 「今日は宗仁様の大好きなこの胸で、ご奉仕いたします」 「私、また勉強してきたんですよ」 古杜音が、そっと俺の股間に触れてくる。 刺激された陰茎が、ぴくんと震えて大きさと硬さを増す。 「宗仁様だって、もう我慢できないでしょう?」 「ずっと見ていたこの胸で、たっぷり奉仕させてください」 「さあ、こちらに来てください」 そう言うと、荷物を置いてある岩場の影へと俺を引っ張っていく。 もはや、俺に抵抗の意思はなかった。 「宗仁様、私の上に乗ってください……そう、そうです」 「どうするつもりだ?」 「ふふ、こうするのですよ」 折畳み椅子に寝そべった古杜音が、自分の上に俺を跨らせた。 そして、水着から肉棒を引っ張り出す。 「きゃんっ……ふふ、出てきました」 怒張を、両手で支えた大きな胸で挟み込む古杜音。 陰茎が柔肉に挟まれる。 人肌の温かさに包まれ、とろけそうになる。 「わぁ、宗仁様のがこんな目の前に……」 「何をするつもりなんだ?」 「私の胸で、この子を気持ちよくして差し上げるのです」 なるほど、胸で挟んでしごくつもりか。 「贅沢な趣向だな」 「うふふっ、光栄です」 「それにしても……すんすん」 亀頭に鼻を近づけて匂いをかぐ古杜音。 「はあぁ、宗仁様のにおいが強烈で……くらくらしてきますね」 「宗仁様の発する香りなのだと思うと、身体の芯がきゅんっとしてしまいます」 匂いをかぎ、古杜音は恍惚とした表情を見せる。 「というわけで……」 ちろっと舌を出して、亀頭の先を舐めてくる。 古杜音の熱い舌先が敏感な部分に触れ、電流が走ったかのような快楽に襲われる。 「ぺろっ……れろっ、んくっ、れるっ」 「れろっ、んふっ……んっ……はぁっ」 「んふっ……触ったことは何度もありますけど、舐めるのは初めてですね」 「んちゅっ、ちゅぴっ……んはっ……」 亀頭を舐めながら、とろとろと唾液を垂らして胸の間を濡らしていく。 「ちゅるっ……はあっ、ぺろっ」 「はふっ、んっ……れろっ、れろぉっ」 「こうして……じゅるっ、たっぷり濡らしておかないとっ、ぺろろっ……」 「ぺろっ、れろっ……うまく、滑らないと思うので……」 「やあんっ……ふふ、元気ですね、宗仁様のここ」 細やかな刺激に肉棒が跳ね、古杜音の舌から逃げ出した。 「さ、準備できましたよ、宗仁様」 「どうすればいいんだ?」 「こうして……ぎゅってするんですっ」 乳房を圧迫し、さらに陰茎を締めつけてくる古杜音。 豊満な乳房に隠れ、棒の部分が完全に見えなくなる。 「ふふふ、どうですか宗仁様」 さっきよりも遥かに強く、陰茎に刺激が伝わってくる。 勝手に前後しそうになる腰を抑えながら、見上げてくる古杜音と目を合わせた。 「ふふふ、気持ちいいときの顔になっています」 「私がしますから、宗仁様はじっとしていていいですよ」 古杜音が両手を動かすと、にゅるにゅるとした心地よい感触が陰茎に走る。 唾液で濡れた乳房の間で肉棒がしごかれ、じんわりと快楽が広がっていく。 「んんっ……はぁっ、はぁ……ふうっ、んっ」 「んっ……ふうっ……んっ、んっ……」 「ああ……宗仁様の大きなものが、見えたり隠れたりしてます」 「んっ……はあ、あっ……ふっ、くんっ……」 「宗仁様、気持ちいいですか?」 「ああ、とても温かい」 古杜音の目の前に性器を差し出しているという状況にも興奮を誘われた。 古杜音が乳房を動かすたび、谷間から亀頭が現れては隠れてを繰り返す。 亀頭を見つめ、嬉しそうな顔をする古杜音。 「はふっ、んんっ……ああ、宗仁様のすごく固くて、逞しいですっ……」 「はっ……ふっ……んんっ、ふうっ」 「はっ、はっ……んっ……んうっ」 古杜音が動かすたび、柔らかな乳房が形を変える。 「んっ……ふうっ、んっ、んんっ」 「ふああ、宗仁様の匂い、どんどん強くなってます……」 乱れた呼吸で肉棒の匂いを嗅ぎ、恍惚とした表情を浮かべている。 「んっ、あっ、宗仁様の、どんどん大きくなってきてますね」 「はぁっ、んんっ……ふっ、ふっ」 「くふっ……んっ、んんぅ、んっ」 唾液で濡れた古杜音の胸は、膣内とは違った感触が新鮮だった。 柔らかく、ふんわりとした弾力があり、優しく導かれるかのように快感が広がった。 「んっ……宗仁様の匂いを嗅いでいたら、とても淫らな気持ちになってきてしまいました」 「ふふ、もう匂いだけでは我慢できません」 古杜音が再び、ちろりと舌先を出した。 「はむっ、ちゅるっ……ぺろっ、ちゅっ、んむ」 「れろぉっ、んふっ、んむっ……ちゅっ、んっ」 古杜音は唇をすぼめて、谷間から覗く亀頭に吸いついた。 その状態のまま、乳房を動かして陰茎を刺激し続ける。 「くっ、古杜音……」 ぞくりと亀頭に快感が走る。 「気持ちいいのですね、宗仁様……んちゅ、ぺろっ」 「むちゅっ、はぷっ、れるるっ……あむっ、ぺろろっ」 「れろぉっ、じゅるるっ、くちゅっ、んふっ……ちゅっ」 乳房で肉棒を絞り上げ、舌で亀頭や鈴口を刺激してくる古杜音。 「ちゅぴっ、んぷっ……はふ、宗仁様の、とてもおいしいです……」 「んくっ、ちゅぷぷっ……ぺちゅっ、はぁっ、このまま食べてしまいたいですね」 「んふふ……はむっ」 言って、かぷっと亀頭を甘噛みしてくる古杜音。 「くっ……古杜音」 電気が走ったかのような強烈な刺激に、思わず身体が仰け反る。 「ふむっ、はむぅっ……んふっ、はむっ、はむっ……」 「んふふっ……宗仁様がかわいいです……もっとしてあげますね……かぷっ」 「んっ、じゅるるっ……はふっ、くふっ……じゅるるっ、ちゅむっ」 舌と唇での愛撫に加え、たまに亀頭を甘噛みしてくる。 柔らかな快感と鋭く走る快感、二つの刺激に陰茎が襲われ身体が震えた。 「んふっ……はむっ、ちゅっ、ちゅっ……ちゅぶっ」 「じゅるるっ……れろっ、れろぉっ……はぁっ、んんっ」 「ちゅううっ……ちゅっ、ちゅぶっ、んっ……はっ、はぁっ」 口と乳房で陰茎を溶かされる。 下半身の感覚を古杜音に支配され、俺は与えられる快楽に身を任せていた。 飴玉をしゃぶる子供のように、美味しそうな顔で亀頭を味わう古杜音。 「んむっ、ちゅるるっ……ぴちゅっ、ぺろっ、はむはむっ……」 「じゅぴっ、んむうぅんっ……ちゅぶっ、むうっ、はぁっ、あふっ」 「あっ、ふぁ、宗仁様の、いやらしい味がしますっ、んくうっ、はぷっ……」 ぬるぬるになった胸の狭間で肉棒を擦られ、目も眩むような快感が走る。 肉棒の先を舌でたっぷりとなぶられ、熱い塊が奥からこみ上げてくる。 「古杜音、少し加減を……」 「んふふっ、駄目です……かぷっ」 今日の古杜音は強気だ。 感じている俺を見上げながら、悪戯っぽい顔で亀頭を甘噛みした。 「はふぅっ、ふむっ……じゅぶぶっ、んっ、んちゅっ」 「ちゅぶっ、ふっ、んんっ、じゅるるっ、ちゅっ、ちゅっ」 「じゅるぅっ、んっ……はふっ、ちゅっ、ちゅるっ、んむっ」 両手の動きを激しくし、乳房でも俺を責め立てる古杜音。 亀頭は熱く濡れた口内に襲われ、下半身が震えてしまう。 「はぷぅっ……はふっ、んうぅ……ちゅぶっ、ちゅっ」 「んちゅっ、はむっ……れるるっ、じゅろっ、ちゅぱっ」 「はぷっ……じゅるるっ、んぷっ……ちゅぴっ、れろろっ」 「はふ……宗仁様、先っぽからお汁が出てきましたよぉ……?」 射精感が高まるうち、先走りが漏れてしまったらしい。 「はんっ、はふ、ちゅるっ、じゅぴっ……ちゅるるっ」 「んくっ、んくうっ……こくっ」 喉を鳴らして、古杜音が俺の先走りを飲み下した。 「ふうぅんっ、宗仁様のこれ、いやらしい味がします……」 「んうっ、じゅろろっ……ちゅむっ、んむっ……はふぅ」 「れろぉっ、れろ、ぴちゅっ、ちゅぶっ、んはっ、んちゅうっ」 胸を上下させて陰茎を刺激しながら、口内では舌を使い亀頭をねぶってくる。 「んふうっ、はふっ……じゅるっ、このまま果ててください宗仁様……」 古杜音が喋るたび、温かい吐息が亀頭にかかる。 それもまた刺激となって、俺の性感を高めている。 思わず、古杜音の乳房に手を伸ばしそうになる。 「あ、触っては駄目ですよ宗仁様、今は私が動かしているのですから」 「……我慢できそうにないんだが」 「私の胸を触ったら、宗仁様のこれを舐めて差し上げませんからね」 舌先でつんつんと先端をつついてくる古杜音。 ここまで挑発的な古杜音は初めてだ。 俺は大人しく、乳房に伸ばしかけた手を引っ込めた。 「ふふっ、言うことを聞いてくれて嬉しいです」 「舐めてあげますね……れろっれろっ、んちゅっ」 「はぁんっ……やっ、宗仁様の……びくって動いて……」 「やぁんっ……逃げちゃ、駄目ですよぉっ……」 「はむうっ……んんっ、じゅるっ、ちゅっ、あんんっ、はふっ」 「じゅるっ、んくっ、うぅんっ、ちゅぷっ、じゅぱっ……んちゅっ」 亀頭を咥えて離そうとしない古杜音。 舌の動きは激しさを増し、とろけそうなほど舐めまわしてきた。 乳房で陰茎を圧迫し、皮を上下にしごき続ける。 「あっ……宗仁様の、先っぽが熱くなってきました……はむぅっ……」 「じゅるるっ、んむっ、ちゅうっ、ちゅっ、ちゅっ、じゅるるるっ、れろっ」 陰茎が震え、腰の奥から射精感がせり上がってきた。 頭を性感に支配された俺は、我慢できず古杜音の乳房に手を伸ばそうとする。 「んちゅるるるっ……んはっ……宗仁様?」 じっとりと古杜音に見つめられる。 古杜音は俺を躾けるような顔のまま、舌先で亀頭をつつく。 愛撫をやめてもいいのか、と言っているのだ。 「……すまん」 「ふふっ、いい子ですね、宗仁様……はむっ」 「んちゅうっ……じゅぶっ、れろっれろっ……はむっ、はむっ……じゅぶっ」 「はふ……れるっ、れろっ、んちゅうっ、ちゅっ……ちゅっ、ちゅぶっ」 ぎゅうぎゅうと乳房で陰茎を締めつけ、懸命に亀頭を咥える古杜音。 俺はもどかしさを抱えたまま、射精感を高めていく。 古杜音に咥えられたままの陰茎が、何度も脈動した。 「はあぁっ、あくっ……んんんっ、んぷっ、じゅるるるっ、れろっ、はぁっ……」 「ふぁっ、んちゅっ、だ、大丈夫ですっ……このまま、出してください……」 「んふうっ、はふっ、んふぅっ……れろっ、んうっ、ちゅぶっ、ちゅっ」 亀頭に吸い付き、舌を駆使してさらなる刺激を与えてくる古杜音。 「古杜音、もう……!」 陰茎の中を精液が這い上がってきた。 思考を快楽に支配される。 「れるるっ、じゅぷっ……はぷっ……宗仁様の精液、私に全部かけてください……!」 「ちゅぱっ、ちゅろろっ……じゅぱっ、ちゅっ、んちゅっ、ふうっ、ちゅむっ!」 「んふぅっ、はっ、じゅぷっ、ちゅろろっ……ぬちゅっ、じゅるるるるるっ……!」 「ふはぁっ、ちゅうううぅっっ、んうう、はふっ、んむううっ……くちゅうっ……!」 「はふっ、ん、じゅるっ、んちゅ……ちゅうっ! んんんううううぅぅぅぅっっっ!!」 びゅるるるっ、びくびくっ、どくっ、びゅびゅっ!「あふっ、んくうぅんっ……んぷっ、宗仁様の精子、いっぱい、出てきましたぁっ……」 「んんんっ、ぷふっ、ちゅるっ……やっ、熱いのが顔にかかってますっ……」 古杜音の胸に包まれながら激しく脈を打ち、大量の精液を吐き出す。 「はふっ、はあぁんっ……すごい量です、宗仁様ぁっ……」 「あっ、んんっ……ぺろっ、はっ、はふぅっっ……」 「んはぁっ……はふ、ああ、この匂い、身体中が宗仁様に包まれているみたいです」 古杜音の顔を白濁で埋め尽くしながら、精液が飛び出していく。 精子の匂いを嗅ぎ、蕩けきった顔の古杜音。 欲望の全てを古杜音の可憐な顔に吐きだして、射精が収まった。 「でも、こんなにいっぱい出して……随分と溜まっていたのですね」 「やっぱり、定期的に宗仁様にご奉仕をいたしませんと」 そう言うと、古杜音は愛おしげに亀頭を咥える。 「ちゅるっ、じゅぷぷっ、ちゅう~っ……じゅむぅっ」 白濁で汚れた肉棒を頬張り、尿道に残っていた精液を吸い出そうとする古杜音。 「くっ、こ、古杜音」 「じゅるるるっ……ちゅるるるっ、ちゅぴっ、ごくっ、こくんっ……」 射精したばかりの亀頭を刺激され、凄まじい快楽に身体を強ばらせる。 腰を引き、なおも吸い付いてくる古杜音の唇から肉棒を引き離した。 「んはぁっ……ああんっ、宗仁様が離れてしまいました」 「今日の古杜音は、珍しく強気だな」 「宗仁様を焦らしてみたかったのでございます」 「そうすれば、もっと私のことを強く求めてくれるかと思って」 「今までも強く求めて来たつもりだが、足りなかったか?」 「……他の子のことを考えられなくなるくらい、私のことを求めてほしいです」 ぷいっと視線だけを逸らす古杜音。 「何かあったのか?」 「宗仁様、このあいだ巫女たちに囲まれて嬉しそうにしていました」 見られていたのか。 勅神殿へ古杜音に会いに行った際、入口で数人の巫女に話しかけられたのだ。 そして、古杜音の言ったとおり、俺は嬉しそうにしていたかもしれない。 「妻といえど、嫉妬くらいするんですからね」 ぷくっと頬を膨らませる古杜音。 「確かに、俺は腑抜けた顔になっていたかもしれない」 「だがそれは、古杜音の話をしていたからだ」 「へっ?」 「皆、尊敬している斎巫女の結婚生活に興味があるんだろう」 「ずっと、普段の古杜音の様子を聞かれていた」 「そ、そうだったのですか!?」 あわあわと口を開閉させる古杜音。 「私、とんだ早とちりを……ごめんなさい、宗仁様」 「ははは、古杜音のそそっかしい所はいつまでも変わらないな」 早合点して嫉妬してしまう所も含めて、愛らしい。 「さて、古杜音には詫びをしてもらうとするか」 「な、何をすればいいのでしょうか」 「ただ、俺の好きにさせてくれればいい」 焦らされたこともあり、身体の奥では古杜音への愛欲が膨れ上がっている。 乳房の間から陰茎を引き、古杜音を抱き起こした。 「きゃっ……あの、宗仁様……?」 古杜音の身体を持ち上げ、俺の上に座らせるようにして対峙する。 小柄な古杜音はとても軽い。 だが、その体躯に反するように豊満な乳房が胸元で揺れていた。 引き寄せられるようにして、古杜音の胸に手を伸ばす。 「ふあっ、宗仁様……いきなり強いです……」 「ふああぅ……ふうぅっ、んんっ、あっ……」 「やああぁんっ……きゃふっ、ふうんっ」 片手で古杜音の身体を支えながら、乳房を揉みしだいた。 強く揉んでから、指先を少しだけ乳首に触れさせる。 古杜音の身体が震えれば、すぐに離れる。 胸を責められるのが好きな古杜音からすれば、じれったい愛撫だろう。 「やあっ……んんっ、宗仁様、焦らさないでください」 「んんっ、もしかして、さっきの仕返しですか……?」 「はうううっ……くふううっ、ううんっ、あふっ」 物足りなさそうに身体をよじらせる古杜音。 もっと胸を責めてくれと言わんばかりに胸元を押し出してきた。 俺は、乳房を撫でていた手を乳首に移動させる。 「ふあぁっ、あんっ……はっ、ああん……あうっ、ううううっ」 「はああうっ、あうううんっ……あひっ、ひうんっ、んああっ」 乳首に触れながら、優しく乳輪の回りをなで回す。 腰を動かし、自らの秘部を俺の肉棒へとこすりつけてくる古杜音。 古杜音の水着には海水以外の液体も染みているのか、わずかに粘り気を感じた。 「はんんっ……あふっ、宗仁様、また固くなってます、んんんっ……」 一度射精したくらいでこの昂ぶりを抑えることなどできない。 俺は押し付けられた水着越しの秘部を、陰茎で擦った。 「くううっ、ううんっ……ふあっ、あふうっ、ううんっ」 「はぁっ、はひっ、ひうっ……ひっ……んんんっ……」 摘まんでいた乳首をひねり、こねくり回す。 「あっ、んんっ……あんんんっ、はうぅんんっ……あひっ」 「はあぁっ、あふっ……うう、切ないです……私、宗仁様が欲しいです……」 蕩けた顔で懇願してくる。 水着をずらしてやり、古杜音の膣口に先端を触れさせた。 「声は抑えたほうがいいだろうな」 ここには、古杜音以外の巫女もたまに訪れると言っていた。 今だけは誰も来ない、という保証もないだろう。 斎巫女が外で行為に及んでいるなどと知られれば、大問題だ。 「だ、大丈夫です、我慢できますから」 「だから、いつものように、激しく愛してください」 「ふううっ、くうんっ……うううっ、んんっ……んっ」 古杜音が自ら、徐々に腰を落としてきた。 たっぷりの愛液で濡れた古杜音の膣内へ、肉棒が入り込んでいく。 「入ってきたっ……ふああぁっ、んんっ、んくうぅんんっ……」 「ふああっ……くううっ、んふっ、ふああああぁぁんっ!」 膣内が濡れそぼっていたせいか、一気に根元まで飲み込まれた。 膣壁がひくひくとうごめいて、古杜音が身体を震わせている。 背筋を反らしながら震える古杜音のこの反応は、絶頂を迎えた際のものだ。 「古杜音、もう果てたのか?」 「い、いきなり一番深い場所に来たので……我慢できませんでした」 「今の声……誰かに聞かれたりしなかったでしょうか……」 「人の気配はないから安心しろ」 「それより、少し休むか?」 「んんっ……は、はい、このまま激しくされたら、絶対に声を出を出してしまいそうです……」 「でも、気持ちよすぎて身体が言うことを聞かないですよぉっ……」 ぎゅっ、と絡ませた腕に力を込めてくる古杜音。 困ったものだ。 「なら、最初はゆっくり動かそう」 根本まで刺さった肉棒を、徐々に古杜音の膣内から引き抜いていく。 「ふあぁっ、あくっ……んんっ、はあぁんっ……あっ、ふ」 「ううっ、はっ、ふううんっ……くうっ、んんんんっ……」 「はぁ、あ……宗仁様の……中で引っかかって形がわかります……」 亀頭の辺りまで引き抜き、古杜音の膣内へゆったりとした速さで収める。 「んああああっ……ああっ、あああぁっ、んんっ……んん」 「ふうんっ、んんんぅ、はぁっ、あああっ……はぁっ、はぁっ」 腰をくねらせ、身体を左右に振る古杜音。 持ち上げるようにして乳房を揉みながら、古杜音の最奥を先端で突いた。 「はあああっ、あふうっ……ふんっ……んんんっ、んくううっ」 「ああんっ……んんっ、はあっ、はぁっ……あううっ、ううんっ」 「胸も、中も……私の身体、宗仁様でいっぱいに……」 「ふあぁん、宗仁様、激しくしてください……私、切ないです……」 「声が我慢できないんだろう?」 「んんっ、ですが……宗仁様もお辛いのではありませんか?」 「正直に言えば、早く動かしたい」 「ふふっ、でしたら動かしてくださいっ……ねっ、宗仁様?」 首をかしげて可愛らしくおねだりしてくる古杜音。 断れるわけがない。 人の気配もしない、今なら大丈夫なはずだ。 「できるだけ声は我慢してくれ、古杜音」 「んっ、努力いたします」 古杜音の身体を支えながら、腰の動きを早めて膣内をかき回す。 「はあぁっ、あくっ、んっ、あふっ、ふあっ、あぁっ、あぅっ、あうんっ」 「んっ、はっ、ひゃあっ、んっ、んあっ、あっ、あひっ、ひいんっ、ひんっ」 「はぁっ、はぁっ、はひっ、ひっ、うあっ、あっ、あふうっ、ふうんっ……!」 愛液で濡れた古杜音の膣内にしごかれ、ねっとりとした感触が肉棒に走る。 古杜音の身体を味わい尽くそうと、乳房を揉む力も強くなった。 「はひいいっ、ひんんっ、はぁっ、はふっ、あううっ、あうっ、ああああっ!」 「んくぅっ、ふっ、はああぁんっ、あうっ、んんんんっ、くあぁっ、ふうううんっ!」 「古杜音……声が」 快楽に身体を染められた古杜音は、濡れた髪を振り乱しながら大声で喘いだ。 周囲に人がいれば、すぐにでも気付かれるだろう。 「んうう~っ、んあっ、はっ、ひゃううぅんっ、あっ、無理、無理ですぅっ」 「うあっ、んあああぁぁっ、我慢するなんてっ、できません~っ」 激しく揺すられ、たまらずあえぎ声を漏らす古杜音。 このままでは、誰かに聞かれかねない。 古杜音を抱き寄せ、顔を近づける。 「ああぁっ、あっ、何をっ……んうううっ……ちゅぶうっ」 口づけをし、古杜音の口を塞いでしまう。 「はぷっ、んちゅっ、くうぅんっ……んふっ、ちゅるっ、はぷっ、れるるるっ」 「ちゅぶうっ、はふっ、ふむうっ、うんっ……はぁっ、あうっ、ふうんっ」 「れるるるっ、じゅぷっ、ちゅるっ……ぷぁっ、はくっ、じゅろろっ、ちゅくっ」 口づけを始めると、古杜音は唇ごと舐め取る勢いで激しく舌を動かしてきた。 俺に抱えられて上下に揺れながら、それでも離れまいと強く抱きついてくる古杜音。 「んんんっ、じゅるっ、ちゅぴぴっ……くうぅんっ、ふあぁっ、ちゅるるるっ」 「ちゅく、んんっ、ふあぁっ……はぁっ、あふうっ、ふうっ、ふむうっ」 古杜音の身体を僅かに持ち上げ、落とす。 そうして古杜音の膣奥に、肉棒をえぐり込ませる。 「はひっ、ふああぁっ……あくっ、んふっ、ちゅっ、じゅろっ、ちゅぱぁっ」 「あっ、くふううっ、ふみゅうっ……じゅるるっ、ちゅぶぅっ、れるるっ」 ぎゅうぎゅうと膣内が締まり、容赦なく陰茎に快楽を与えてきた。 快楽を返すかのように、乳首を巻き込みながら乳房を揉みまくる。 「ちゅるるっ、はっ、ふうぅんっ、あんんっ……やあっ、ふぅっ、ちゅぷぷっ」 「はんんっ……あううぅっ、ちゅぴっ、うむうううっ、んうっ、ぷはあぁっ」 何度も何度も膣奥を小突いていると、古杜音が顔を離した。 深い接吻が終わってしまう。 「んあああぁっ、あふっ、んんっ……ひゃうううっ、あふうっ、ふうんっ」 「あんっ、んううぅっ、はああっ、やあっ、だめっ、また果ててしまいますぅっ」 「ああ、いいぞ……!」 下から突き上げて、古杜音の最奥をえぐり続ける。 絶頂に達する際の嬌声を抑えてやろうと、再び唇を重ねた。 「ふむううっ……ひゃふっ、んぷううっ、んじゅうっ、ちゅぶっ、んんんっ」 「はふっ……んひいっ、はふっ、んんんっ、んっ、んむううっ、ふむっ」 「はふうううっ、ふうううっ、みゅふううっ、ううんっ……ぷあっ、はああんっ……!」 絶頂を目前にした古杜音が、身体を反らせた。 唇が離れ、古杜音の嬌声が思い切り漏れてしまう。 「古杜音……!?」 その状態のまま、自ら腰を動かして快感を得る古杜音。 「あんんんっ、んはあぁっ、あっ、ごめんなさい………宗仁様っ……」 「腰が……止まらないんですぅ……ふああっ、あっ、あっ、ああっ……ああっ」 「うああああっ、はあぁっ、ああっ、あっあっあっ……くうううううんっ……!!」 「んあっ、はくぅっ、んんんっ……やっ、ああっ、ふあああああああぁぁぁぁぁっ!!」 弓なりに身体を反らし、古杜音は絶頂に達してしまった。 「んああぁっ、はあぁんっ、あはっ、んうぅっ、はふっ、ふんんんっ……」 「はっ、ああぁっ……、んうぅっ、果ててしまいましたぁっ……はあぁっ」 びくん、びくんと激しく身体を波打たせる古杜音。 熱を帯びた膣内に嫌と言うほど肉棒が絞られ、凄まじい快感だ。 「んあっ、はぁっ、はぁっ……んんんっ、んんっ……」 「宗仁様も、早く果ててくださいっ……」 腰を上下に動かし始める古杜音。 しかし、俺はそれを制した。 「くっ……動くな、古杜音」 随分と大きな声を上げていたが大丈夫だろうか。 動きを止め、辺りを窺う。 人の気配は感じないが、感覚のほとんどが下半身に支配されていて信用できない。 「うう……宗仁様の大きなものがびくびくしています……」 「このまま動くなだなんて……ひどいですよぉ……」 「んふっ、くふっ……んっ、んっ、んっ、んっ……あふっ、ひんっ、ひっ」 「古杜音……!」 俺の言うことを聞かず、古杜音が腰を動かしはじめた。 「んうぅっ、んふっ……はっ、んんっ、あうぅんっ……はあああっ、んううっ」 「あっ、んんっ……ひいいっ、んはああっ、はふうっ、ふうんっ、んくう」 「古杜音、誰かが近くにいたらどうする」 「んふぅっ、構いませんからっ……もっと宗仁様と愛し合いたいです……」 じれったい刺激に触発され、俺も我慢できなくなってきた。 いや、古杜音の身体を押しのけない時点で俺もそれを望んでいるのだ。 「どうなっても知らないぞ……!」 古杜音の身体を、下から一気に突き上げる。 「きゃああぁんっ、あはっ、んううぅっ、気持ちいいの……来たぁ……!」 「ふはあっ、はあんっ、あんっ、あふっ、ふうんっ、ふっ、んっ、んっんっ」 「あふっあうぅっ、うんっ、んっ、くうっ、ふっ、んんっ、あんっ、あんっ!」 「もう遠慮はしないからな」 古杜音の胸を掴みながら、思う存分に腰を打ちつける。 「ふああぁっ、うぅうんっ、あふっ、んああぁっ、くっ、んうぅっ、ひいいぃんっ」 「あはあぁっ、あっ、んんっ……宗仁様っ、気持ちいいですかっ、んああぁっ」 「ああ、気持ちいいぞっ」 「くんんんっ、はぁんっ、あっ、好きなだけ、私の中を楽しんでくださいっ」 愛液で濡れた陰部に腰を叩きつけると、ぱちゅっ、ぱちゅっ、と水っぽい音がする。 そして、それより大きな古杜音の嬌声が頭の奥へと響いた。 「はぁっ、はふっ……宗仁様、宗仁様ぁ……私、ずっとこのままでいたいです……」 「はふっ、ううんっ、んんっ、んんうっ、あんっ、あうっ、あうっ、ううんっ……!」 「嬉しいですっ、んっ、ひあっ……好きですっ、愛しています宗仁様っ、はあぁっ……」 快楽に浸った顔で愛の言葉を口にする古杜音。 そんな古杜音が愛おしくてたまらない。 愛情を肉体へ伝えるかのように、古杜音の奥を突き続ける。 「あっ、あっ、あっ、あっ……くふぅっ、ううんっ、んっ、んっ、くううっ……!」 「ああぁっ、んっ、宗仁様っ、わ、私っ、また果ててしまいます……んううっ!」 「やっ、んんっ、いやっ、今度は宗仁様と一緒にっ……」 古杜音が俺に抱きついて来る。 「安心しろ、俺も一緒だ……!」 熱く濡れた膣内に搾られ、精液が陰茎の中をせり上がってくる。 「ああっ、ううんっ、んふっ、ううっ、んっ、はふっ、ふうっ、んっんっ……!」 「んはっ、あっ、くうぅんっ、お願いします、全部私の中にお出しください……!」 俺もそのつもりだ。 射精感は、もはや限界に達していた。 「出すぞ、古杜音……!」 「あううぅっ、んふっ、はいっ……ください、宗仁様っ、」 「んはあああぁぁぁっ、はぁっ、あああぁぁっっ、ふあああぁぁぁっ……!」 「あっ、うくううっ、んあああぁっ、ふううぅんっ、くあああああぁぁぁぁっ……!!」 「はふううぅぅぅっっっ……! んうううっ、んああああっ、あああぁぁぁぁぁっっ……!!」 「うううううぅぅっ、んはあああぁぁっ、やあんっ……ああああああああああぁぁぁぁっっっ!!!」 びゅるるるるっ、びゅぷっ、びゅくっ、どぷっ!「ふあああぁっ、んううぅっ……そ、宗仁様あぁっ、んんんんっ、んはああぁっ……」 「んはっ、はあぁっ、あ、熱いのっ……びゅくびゅくって、んんんっ……」 激しく痙攣する古杜音の膣内に、欲望をぶちまけた。 射精をねだるよう蠢く膣襞に刺激され、尿道にある精子を搾り取られる。 どくっ、びゅるっ、びゅびゅっ!「あひぃっ、ひああっ、ああっ、ま、まだ出てる……くうううんっ!」 「くっ……」 快楽の衝撃に、身体の芯が貫かれる。 あまりの気持ちよさに頭の中が真っ白になりかけた。 「んんっ、あふっ、はっ、んはっ、はあぁっ……ああ、あったかいです、んうぅっ……」 「はっ、んくっ……宗仁様ので、お腹の中が満たされてますぅ……」 身体を強ばらせながら、ふやけた顔で身体を震わせる古杜音。 抱き合い、身体を密着させる。 そのまま、最後の一滴まで精子を放出し尽くした。 陰茎を優しく抱擁していた膣肉の脈動が収まり、俺はようやく陰茎を引き抜く。 全ての精を古杜音の中に放ち終えると、心地よい脱力感に襲われた。 「すまん、出し過ぎだな」 「それだけ私のことを感じてくださった証拠ですから」 「むしろ、私の方が受け止めきれず申し訳ないくらいです」 漏れ出す精子を見て、残念そうな顔になる古杜音。 「それより、かなり大きな声を出してしまいました」 「……確かにそうだ」 周囲の気配を探るか。 とろけそうな余韻に浸っていた意識を集中させた。 「……誰かが潜んでいる様子はないな」 「ほっ、よかったです」 「だが、外でするのはこれきりにした方がいいだろう」 「えー、そんなぁ……私はもっと宗仁様とこの幸せを享受したいのに」 きゅっと抱きついて、むくれる古杜音。 「部屋の中ですればいいだけの話だ」 「むー……まあいいです」 「休暇はまだまだありますし、今日のところは引き下がりましょう」 「でも、私はまだまだ満足していませんからね?」 甘えた声で囁いてくる古杜音。 どうやら、この休暇中は何度も身体を重ねることになりそうだ。 「そういえば宗仁様」 「勅神殿の巫女たちに私のことを話したと言っていましたが、具体的にはどのような事を?」 「毎日、朝と晩に接吻をねだられる事だとか、よく料理で失敗している事だとか」 「ええっ!? 私の印象が軽くなってしまうじゃないですか!」 「みんな、納得したように頷いていたが」 「……あれ?」 首を傾げる古杜音。 もちろん巫女は皆、斎巫女である古杜音に敬意を払っている。 同時に、古杜音の人格に親しみやすさも感じているのだ。 古杜音には『人を愛する才』だけでなく、『人に愛される才』も備わっているのだろう。 「うう、御先代のような威厳ある斎巫女は遠いですね」 「俺はそんな古杜音が好きだ」 「もう、そう言えばいいと思ってませんか?」 だが、すぐに表情は微笑みに変わった。 「ふふっ……私も大好きですよ宗仁様……ちゅっ」 最後にもう一度、俺たちは唇を重ね合った。 風に初夏の香りが混じり始めたこの日、美よしに滸、睦美、子柚の姿があった。 定休日を利用しての、身内の飲み会である。 「宗仁様とはその後いかがでございますか?」 睦美滸に酒を勧めつつ、睦美が尋ねる。 「いかがと言われても」 滸「何かまずいことが?」 「まずくはない」 「つまりその、優しくしてもらっている」 「例えば、作った弁当の味を褒めてくれたり、花をくれたり」 「ああ、昨日は公演の会場まで迎えに来てくれた」 「疲れただろうということでな」 「私は遠慮したのだが困ったものだ。 はは、まったく」 顔を赤くしながら、次々と体験を披露する滸。 「そ、それは結構でございました」 「ほら、子柚もふくれっ面をしないで」 「べ、別に怒ってなどおりません」 子柚子柚が荒々しく酒を飲み干す。 「ただ、何故鴇田さんなのか納得がいかないだけで」 「それは格好がいいからだ」 「いや、格好がいいといっても、顔の話ではない」 「中身だ、中身……無論、顔が悪いということではなくて、私は面食いではないという意味だ」 「つまり、顔だけでなく、性格もいい」 「剣の腕も立つし、私を良く理解してくれているし」 「……はっ、これでは私がベタ惚れのようでは……」 「もういやーーーーーーっ!!」 仰向けに倒れた子柚が、座敷の畳をゴロゴロ転がる。 滸に尊敬を越えた感情を抱いていた彼女としては、どうにも宗仁が許せない。 睦美にしても、滸のあまりのベタ惚れっぷりに軽く目眩を覚えたくらいだ。 「そう言えば、今日、宗仁様は?」 「誘ったが断られた」 「花屋で配達の仕事があるということだ」 「ふふふ、相変わらずでございますね」 「滸様のお誘いを断るなんてーーーーっ」 またもやゴロゴロ転がる子柚。 「うるせえぞっ!」 数馬「ひっ、槇様っ」 店の奥から槇が姿を現した。 「バタバタされると、脚に響くんだ脚に」 刻庵救出作戦での傷が原因で、槇は杖に頼る生活をしている。 美よしには、療養がてら住み込んでいた。 「ほう、珍しい面子で飲んでるじゃないですか、会長」 「たまにはな」 「槇もどうだ?」 「女と飲むのは得意じゃないんですがね。 まあ、ご指名とあれば」 杖を置き、槇が椅子に座る。 「イナゴ、酒だ」 「イナゴではございません」 「さ け だ」 「ここは、私が注ごう」 「え?」 きょとんとした顔の槇に、滸が酒を注ぐ。 槇にとっては初めての経験だ。 「この度、奉刀会が一つに纏まったのは槇のお陰だ、礼を言う」 「礼なんていりませんよ」 「まったく、こっちがどれだけ迷惑したか」 「数馬様」 「ま、若いのが迷惑かけるのは、今に始まったことじゃありません」 「この一杯で許しましょう」 「感謝する」 「今日は倒れるまで飲んでくれ」 「付き合って下さるなら」 「勿論、稲生家の名にかけて」 「では……乾杯」 滸の声に合わせ、皆が杯を合わせた。 一時間後──槇は、滸を煽ったことを著しく後悔していた。 「どうして私は宗仁の前で不用意なことばかり言ってしまうのだろう」 「このままでは捨てられる日も遠くない」 「駄目駄目っ、暗い女は嫌われるだけ」 「ああ……いっそ彼のことを忘れられたら、どんなに楽なのか」 「人を好きになるとは、こんなにも辛いことなの?」 「«大御神»よ、恋とは罰なのでしょうか?」 完全に一人反省会である。 「一番、伊那子柚、脱ぎます!」 「子柚、こーゆーずっ」 脱ぎかけた子柚を、睦美が何とか押さえる。 「(どうすりゃいいんだ)」 「会長、俺は脚が痛みますんで、この辺で……」 「まあまあまあまあ、数馬様、もう一献」 笑顔の睦美が、数馬の杯になみなみと酒を注ぐ。 「(一人だけ逃げるだなんて許しませんよ)」 「(お前、完全に〈素面〉《しらふ》だろ)」 死んだ魚の目になる数馬である。 「ねえ睦美、一つ聞いていい?」 「本当は父上のことを好きだったんじゃない?」 「私が刻庵様を?」 「尊敬はしておりましたけれど、それ以上でもそれ以下でもございません」 「本当に?」 「本当でございます」 「じゃあ誰? 宗仁?」 「ふふふ、誰でございましょうね」 あくまで笑顔を絶やさない睦美。 「はあ、この笑顔に皆やられる」 「今年に入って、うちの門下生が何人泣いたことか」 「一人も泣いた方はいらっしゃいませんでしたよ?」 「睦美の前で泣いてないだけだ」 「その強さは、きっと将来の糧になるはずです」 「鬼」 「鬼」 滸・数馬「誤解されては困ります」 「はぐらかしているのではなく、本当に意中の殿方がいらっしゃらないのです」 「武人の女には、戦う道しかございませんから」 睦美の言葉に、滸の顔から酔いが消える。 「なら、奉刀会に戻ってくれない」 「«不知火»にかけて、もう失望はさせないつもり」 「滸様……」 滸の目に光が宿っている。 かつての何かに〈縋〉《すが》るような目ではない。 あくまで対等に協力を求めている目だ。 「お酒の勢いで誘われましても、『はい』とは申し上げられませんよ」 「それでは意気地のない殿方のようではございませんか」 「ねえ、数馬様?」 「さて、俺は口説く前に押し倒すからな」 「女の敵ーーーーっっ!!!」 ぽこぽこと殴ろうとする子柚を、槇が腕一本で押さえる。 「イナゴ、お前、〈素面〉《しらふ》なら無礼討ちだ」 「来るなら来ーい!」 「はうっ!?」 睦美の目にもとまらぬ手刀が、子柚を黙らせた。 「ぴよぴよぴよぴよ」 「少しお休みなさい」 睦美が子柚の頭の下に、座布団を入れてやる。 「ははは、子柚は愉快だ」 「私も子柚ほど明るく生きられれば楽なのかもしれない」 「稲生の人間は生真面目過ぎるんだ」 滸と目を合わせず、数馬が酒をすすりながら呟く。 「生真面目でなければ、稲生として示しがつくまい」 「武人の命なんてのは、いつだって刃先に乗っかってるようなもんだ」 「もうちょっと気楽にやりゃいいんですよ」 「なるほど、落ちないように、いつも気を引き締めて生きろということだな」 「さすがは槇……深いな」 「滸様、逆でございます、逆」 「ったく、これだから稲生は」 数馬が渋面で頭を掻く。 「ふふふ、槇が稲生の世話を焼くなんておかしいですね。 普通でしたら逆でしょうに」 「誰かさんが日和るから、俺にこういう役目が回ってくるんだろうが。 柄じゃねえってのに」 「あらあら、何のことでしょう?」 「この態度だ」 「睦美はふわふわ躱してばかりで、本音を言わねえ」 「更科の剣技のままではないか」 「斬ろうとした時には、もうそこに居ない」 「だって、斬られたら痛いじゃありませんか」 「それでも正々堂々打ち合うのが武人だ」 杯に残っていた酒を、滸が一気に飲み干す。 「お得意の〈稲生節〉《いのうぶし》が始まりましたね」 「私達は人を斬るのが仕事でございましょう?」 「精神論より結果です」 「戦いは命のやりとりだ。 正々堂々戦わねば相手に失礼」 「負ければ忠義も果たせません」 「いやいや、俺からすりゃあ両方とも精神論だね」 「立ち塞がるものは全て斬る。 それが正しいかどうかは、どっかの偉い奴が決めることさ」 「〈興武館〉《こうぶかん》は相変わらずの猪だな」 「あ、そうそう、今夜は牡丹鍋にでもしましょうか」 「お前の腕で猪が斬れるかよ」 「こう見えて、料理の腕は確かでございますよ」 いくつになろうとも、そこは武人。 刀の話題になればすぐに熱くなる。 「よーし、決着はこれでつけようじゃないか」 槇が、ドスンと徳利を置いた。 「潰れたら負けだ」 「望むところ」 「数馬様はお体を労られた方が良いと思いますが」 「年寄り扱いするな」 「でも……」 「更科は酒でも逃げるか」 「……」 「よろしゅうございます。 受けて立ちましょう」 三人がそれぞれの前に杯を置いた。 「いざ尋常に」 「勝負っ!!!!」 「こ、これで勝ったと……思うなよ……」 槇が仰向けに倒れた。 ちなみに、滸はとっくに潰れている。 「だからやめた方がいいと申し上げましたのに」 杯に残っていた酒を、睦美が涼しい顔で飲み干す。 肌は微かに赤みがかっている程度で、酔いの色は見えない。 彼女は、いわゆるザルであった。 「うーん、むにゃむにゃ」 「……すう、すう……」 二人の寝顔を見つめ、睦美が穏やかな微笑みを浮かべる。 脳裏を過ぎったのは、奉刀会の一員として活動していた頃のことだ。 当時は、門下生と飲みに行くことも少なくなかった睦美である。 「あ、そうそう。 毛布毛布」 すぐに奥の部屋から毛布を持ち出し、二人にかけてやる。 酔客の介抱は慣れたものだ。 「睦美?」 「あ、起こしてしまいましたか?」 「いえ、いいの」 滸がすっと身体を起こす。 どう見ても酔いつぶれていたようには見えない。 「酔っていらっしゃらなかったのですね」 「奉刀会の会長が、酒に潰れてはまずい」 「第一、お酒で睦美に勝てるわけがないし」 「さてと」 「お帰りですか?」 「ええ、まだやることがあるから」 身支度を素早く整え、滸が立ち上がる。 「ああそう」 「さっきは、酔って誘ったわけじゃないから」 「ああ、奉刀会に戻れというお話ですね」 滸が頷く。 「宗仁と一緒に戦ってわかった」 「武人の喜びって、結局、戦うことでしかないんだと思う」 「一言で言ったら、〈業〉《ごう》なのかな」 「仰る通りかもしれませんね」 それは、かつての睦美も感じたことだった。 共和国の爆撃の下を走り抜けたときの昂揚は、今も睦美に染み込んでいる。 幾多の武人が犠牲になったにもかかわらず、身体に刻まれているのは、あくまで『昂揚』なのだ。 それを〈業〉《ごう》と言わず、何というのか。 「だから、奉刀会に戻ってほしいっていうのは、戦力上の話ではない」 「もっと単純で、一緒に戦いたいってだけ」 睦美の中で、滸の笑顔が刻庵に重なって見えた。 傍で戦いたい──その衝動に突き動かされていた頃の自分を思い出す。 「共に走ろう、睦美」 「少しお時間を頂けますか?」 「勿論」 滸が白い歯を見せて笑う。 その眩しさに睦美の胸が高鳴る。 「では、悪いが、二人を介抱してやってくれ」 「特に子柚は酒が残る体質だ」 「承知いたしました」 「それでは」 刀の鍔を手で押さえ、滸が颯爽と扉を開ける。 入り込んだ風が、滸の髪をなびかせた。 「てえええっ!!」 滸道場の澄んだ空気を、鋭い声が揺るがした。 気合いと共に踏み込んできた滸の木刀を弾き返す。 「くっ!?」 乾いた音が道場に響き、滸が一旦距離を取る。 が、退いたのは一瞬だけで、体勢を立て直すと再び踏み込んで来た。 「はああっ!!」 だが、遅い。 体を入れ替えて斬撃をいなす。 「あっ……!?」 体勢を崩しよろめいた滸の身体を押し飛ばす。 「きゃあっ!?」 吹き飛ばされた滸が道場の床に尻餅をつく。 その喉元に、木刀の切っ先をぴたりと据えた。 勝負あり、だ。 「どうした。 動きが緩慢でらしくないぞ」 宗仁滸に手を差し伸べながら問いかけた。 今日の滸は太刀筋が定まっていない。 有り体に言えば、気合いが入っていないのだ。 「何か悩みでもあるのか?」 「べ、別になにもない」 ぽつりと呟く滸。 その手を俺が握ろうとした瞬間──「だ、だめっ!!」 猛烈な勢いで俺の手を避けた。 意外な行動に思わず目を見張る滸自身も、自分の行動に驚いたように目を見開いている「ご、ごめん。 でも、その、駄目だから」 ずりずりと尻で床を擦って後じさる。 明らかに様子がおかしい。 「滸、どうした?」 「わ、私、今、汗臭いから!」 「今さら気にするような仲じゃないだろう」 「それでも駄目なの!」 「あ、そろそろ学院に行く準備をしなくちゃ! 私、先に戻ってるね!」 荷物を抱えると、バタバタと道場から走り去っていく。 ……一体、何があったのだろうか。 一人道場に取り残されて俺は首を傾げていた。 学院でも、滸の様子はおかしいままだった。 「はぁ」 一日の授業が終わった教室で、座ったままの滸が肩を落としている。 心配になり、横合いから滸の顔を覗き込んだ。 「滸」 「ひゃあぁっ!?」 俺に気づいた滸が、飛び上がらんばかりに驚いた。 周囲の視線が集まったのをごまかそうと咳払いしている。 いつもの仏頂面に戻り、俺を睨んでくる。 「気配を消して急に話しかけないで」 「別に消していない」 普通に近づいただけだ。 「ならいいけど」 「いや、やっぱり駄目。 私に近づかないで」 「まあ、そう言うなら離れるが」 思わず声の調子が下がり、滸が申し訳なさそうな顔になる。 「あ、あの、別に嫌なわけじゃなくて」 「いい。 気にするな」 真意は不明だが、滸が望むのならそうしよう。 俺が距離を取ると、滸が安堵のため息をついて着席する。 俺たちの様子を見ていた古杜音が、心配そうに滸に近づいていった。 「滸様、どうかされたんですか?」 古杜音「心配しないで」 答える声には、やはりどこか元気が無い。 古杜音に続いて、朱璃や紫乃も滸の周りに集まりはじめた。 「稲生、少し疲れてるんじゃない?」 朱璃「それとも、宗仁と何かあった?」 「そういうわけじゃない」 ちらりと俺を見る滸。 「はっはぁ。 これはあれだな。 倦怠期というやつだ」 紫乃「倦怠期?」 紫乃が俺と滸を交互に見た。 「二人は幼なじみで、互いのことをよく知っている」 「それが仇となったのだろうな、まさかこんなに早く飽きが来るだなんて」 「きっと、宗仁の愛想のなさが引き金になったのだろう」 「宗仁?」 「待て、そんなはずがないだろう」 不思議な迫力を醸し出す朱璃に、思わずたじろいだ。 というか、愛想のなさでは滸も相当だと思うが。 「稲生も何か言ったら……」 「って、稲生は?」 いつの間にか姿が見えなくなっていた。 「今日は一人で帰ると言って、教室を出て行かれましたよ」 朱璃がじっとりとした視線を向けてくる。 「ちょっと宗仁、稲生と別れたりしたら許さないからね」 「安心してくれ、それはない」 とは言ったものの、滸が何を悩んでいるのか見当もついていなかった。 奉刀会本部で協議が行われたあと、滸に声をかけた。 他に武人の姿はない。 「な、何っ?」 滸がびくりと跳ね上がる。 「大丈夫か?」 「だ、大丈夫に決まっているじゃないの」 会議の最中も滸はどこか上の空だった。 共和国軍との戦いも激化している今、滸の気が抜けては武人の士気に関わる。 「悩みがあるのなら、打ち明けて欲しい」 「悩みなんて無いよ、少し疲れてるだけ」 「俺には分かるんだ、嘘をつくな」 俺たちは心も身体も通わせた仲だ。 これくらいの隠し事、容易に見通せる。 「宗仁には隠そうとしても、駄目だね」 滸がため息をついた。 「何かあるなら、話してくれないか」 滸は躊躇いながらも、ぽつぽつと話しはじめた。 「私、もうこれ以上、武人であることを続けられない」 「このままだと私、戦場で散っていった仲間達に顔向け出来ないの」 「何を言っている、滸は奉刀会の棟梁として立派に勤めを果たしているだろう」 滸の元に、奉刀会の心は一つとなっている。 皇国を取り戻すことのできる日は、少しずつ近づいている。 近いのだ。 「全然そんなことない、私、今のままじゃ本当に駄目なの!」 髪を振り乱して〈頭〉《かぶり》を振る。 「私はもう、腹を割いて詫びるしかない!」 腰の«不知火»を抜き放とうとした。 「待て! 落ち着くんだ!」 それを必死に止める。 「止めないで、宗仁!」 「駄目なの! もう、こうするしかないの!!」 悲壮な決意と共に滸が声を上げる。 「私……いんらんになってしまったの!!」 「いんら……何だって?」 思わず聞き返した。 「私、いやらしい子になっちゃったの! だからもう生きて行けない!」 「朝から晩まで、宗仁の顔を見る度にいやらしいことを思い出しちゃうの!」 「落ち着け、滸。 話が見えない」 「うう……」 宥めると、少しだけ落ち着いてきた様子だった。 「最近、寝ても覚めても、宗仁の事が頭から離れないの」 「その……宗仁と色んなことをするようになってから、ずっと」 色んなこと、と言いながら身体をもじもじさせる滸。 「宗仁に触られただけで……身体が熱くなっちゃうの」 「だから、学院にいるときも今も、宗仁のことを頭の中から追い払おうと必死になってた」 まさか俺自身が彼女を悩ませてしまっていたとは。 「嫌な思いをさせてすまなかった」 「嫌なんかじゃない!」 強く反論して、自分の語調に驚いたように滸は赤くなった。 「嫌じゃ、ないの」 「でも、もっと宗仁に触れて欲しいと思っている自分が恥ずかしくて」 「ねえ、宗仁。 私のこと、嫌いにならない?」 俺の目を見上げてくる。 「ならない」 「私が助平でも、変態でも、淫乱でも、嫌いにならない?」 「ほんとに?」 「本当だ」 くすり、と思わず笑みをこぼしてしまった。 「もう、私、真剣に悩んでるんだよ!」 「ははは、すまない」 「実は、俺も同じだったんだ」 「え?」 滸が瞬きする。 「俺も頭の中が滸のことで一杯だ」 「宗仁も?」 「ああ。 寝ても覚めても、滸のことで一杯だ」 「だから嬉しいんだ。 滸も同じ気持ちでいてくれて」 俺を見上げてくる滸を抱きしめる。 滸のことが、欲しかった。 「だ、駄目だよ、ここ、奉刀会の本部だよ?」 腕の中で暴れようとするが、その力は弱い。 「嫌ならこの場で切り捨ててくれていい」 「で、出来るわけないでしょ」 顔を近づけるが、抵抗はない。 滸がそっと目を閉じる。 俺は彼女の唇に己の唇を寄せ、触れ合わせた。 「ん……」 柔らかい唇が重なる。 それだけで、身体の奥底から燃え上がりそうだった。 だが、まだ物足りない。 「んっ、んううっ……」 滸のほうからも俺の唇を求めていた。 たっぷりと唇を重ねあってから、顔を離す。 「俺に触れるだけで変な気分になるなら、飽きるまで触れ続けるしかないな」 「もぉ……ばかぁ……」 滸が顔を真っ赤に染めて俯いた。 膝の上に滸が座った。 互いの吐息が鼻先に触れ、呼吸するだけでも気分が昂ぶる。 滸の衣服を脱がし、柔肌に触れていく。 「ひあっ……」 指先が、熱く火照った部分に触れた。 「あふっ……ううんっ」 「そこ、だめぇっ……んんっ……!」 指に感じるのは滸の熱と、ぬるりとした粘液の感触。 「滸、脚を閉じないでくれ」 「んんっ、ううんっ、んっ……!」 「そんなこと言ったって……勝手に閉じちゃ……はううっ……!!」 蜜を滴らせたその部分で指を遊ばせる度、ちゅぷちゅぷという水音が漏れ聞こえてくる。 「もう濡れてるな」 「そ、宗仁が何度も私のことを求めてくるから、濡れやすくなっちゃったの……!」 「くううんっ、んっ、はぁっ、あっ、んんっ」 花弁をこねるようにして愛撫する。 粘つくような水音が、普段は厳粛な空気に包まれている奉刀会本部に響いた。 恥じ入った滸が、俺から顔をそらす。 「こっちを向いてくれ。 滸の顔を見ていたい」 「んんっ、やあぁっ、そんなに、見つめないで……はぁっ」 「はあんっ……んんっ、んうっ、うううんっ!」 俺に見つめられて感度が高まったのか、膣口がきゅっと締まる。 「や、やだ、もぉぉ……」 恥ずかしさのあまりか、両手で顔を覆おうとする滸。 「俺の方を見てくれ。 滸」 「……ん、んんっ……」 ふるふると肩を震わせながら、俺の方に向き直る。 「良い子だ」 「な、何が良い子だ、よ」 「宗仁だって、ここ、こんなにしてるじゃない」 滸の手が、俺の部分に触れていた。 「滸こそ、物足りなそうだな」 俺たちは互いの衣服に手をかけた。 「ほら……こんなに大きくして……」 滸が俺の衣服の中から、陰茎を取り出した。 既に熱を帯びており、屹立している。 「滸も、先端が硬くなっているな」 形の良い乳房に手を伸ばす。 「はううんっ、んうっ、んっ、はぁっ、ああっ」 「あうっ、もう、摘ままないで、駄目、これ以上は……ふあんっ」 そう言うが、抵抗は殆どない。 膣口に指先を侵入させ、くすぐるように肉を擦る。 「はぁっ……ううんっ、んっ、はふっ、ううんっ」 「はっ……ううっ、んっ、ひっ、ひううんっ」 「もお、焦らしてるでしょ、宗仁……んんっ」 「私も意地悪、するからね……!」 俺の陰茎を握る滸の手が、ゆっくりと上下しはじめた。 もどかしい快感が陰茎から腰へと広がっていく。 「ああんっ、あっ、ひいんっ、ひんっ……ううんっ」 「はあっ……ううんっ、んっ、んっ、んっ……」 喘ぎながら、陰茎をしごき続ける滸。 互いの感じている顔を見つめながら、性器を愛撫しあった。 「可愛いな、滸」 「や、やめてよ……ふっ……んんっ、はぁっ、ああっ、んんっ」 「はぁっ、あっ、ううんっ、はぁっ、はっ、ううんっ」 指先を陰核に滑らせる。 「んんっ、そ、そこ、敏感……だから、あっ……!」 「ひっ……うぅんっ、あっ……はぁっっ……!」 「はぁっ……はぁっ……! わ、私だって……」 滸の指が、陰茎をしごき始める。 甘やかな快感が下半身に走る。 「っ……!」 「ふふ、気持ちいい……?」 「宗仁は、こうされるのが好きなんだよね……?」 滸の指先が亀頭を撫で始める。 ぞくぞくとした感触が背筋を走った。 俺も負けじと女性器を愛撫してゆく。 「ふあっ! あ……!」 「滸も大きくなっているな」 「い、言わないで……! ああっ……!」 ぷっくりと膨らんだ陰核を、指先で転がす。 摘まもうとすると、つるりと指の間から逃げた。 「ふあああっっ!! ひっ、はぁっ、ああっ、あっ、んっ」 「はあっ、はぁっ、はぁっ……んんっ、ふっ、あああっ」 びくん! と全身を震わせる滸。 「や、だあっ……そこ、摘まんじゃ……ああああっ!」 蜜を指先に塗りたくり、陰核を転がした。 充血した陰核を指先でつつくと、ぷるぷるとした弾力を返してくる。 「ふぁっ!! あっ、あぁ……ああっ、はぁっ、ああんっ」 「ひぅんっ、ううんっ、う、うんんっ……んっ!」 声を抑えながら、滸も手を動かしている。 滸の手のひらに包まれた亀頭から、快感が下半身へと広がっていく。 「んんっ! んっ……んっ……んんっ……ふぅぅぅっ……!」 「んんうっ……、はふっ、うううんっ、んっ、くううっ……」 指先を、彼女の内部に差し入れた。 どんどん蜜をあふれ出させてくる膣内に、指が飲み込まれてゆく。 「んはぁっ……指……んあああ、あんんっ……!!」 「あ……くううぅ、ううんっ、んっ、ひっ、ううっ……!」 「はあっ……はあっ……。 宗仁の指……気持ち、いい……」 内部の熱で、指がとろけてしまいそうだった。 挿入していた指を、二本に増やす。 内壁をひっかくようにして愛撫すると、膣壁がみっちりと指を締め付けてくる。 「ひっ、ああっ、んああっ……ああぁぁっ……!」 「やぁっ……また、気持ちよくなって……んんんっ……!!」 たまらず、俺は滸の唇に口づけした。 「ふむっ……!」 「ふあ……んむ……! んっ……んん……!」 喘ぎながら俺の動きに応えてくる滸。 口腔に舌を差し入れると、ついばむようにして咥えてくる。 「んっ……! んっ……ちゅ……ちゅ……ちゅぅ……!」 「ちゅ……ちゅ……ちゅ……」 愛しさが抑えきれなくなり、滸の唇を貪った。 お互いの吐息と唾液が混ざりあう。 「んはっ……はっ……はあっ……れろ……ちゅむ……」 「はぁ……ちゅぷ……ちゅぷ……れろ……んむ……んん……」 口づけを続けながら、手の動きを激しくしてゆく。 熱く潤んだ膣内に侵入させた指で、滸の内側を擦った。 「んっ、ううんっ、んんんん~~~~っっ!!」 「はあっ、んんっ……んむ……んんっ……んんんっ……!」 膣内が小刻みに脈動し、指を強烈に締め付けてくる。 一方で、滸の手が速度を増していた。 「はふっ……ちゅぶぅ、んむっ、ちゅっ、ぺろっ、んっ」 「ふっ……んっ……! んっ、ちゅ、ちゅぷ、ふ、んんっ……!」 細く柔らかい指が陰茎に絡みつき、何度も何度も上下にしごき続けた。 次第に絶頂へ追い詰められ、びくんと陰茎が震える。 「ぷはっ、んっ……はあっ、はぁっ、ああっ、んうっ!」 「宗仁、わ、私、これ以上、したらぁっ……!」 「ああ。 俺も、もう少しで……!」 「う、うん……」 「はふぅ、んっ……ちゅ、ちゅむっ、ちゅっ、じゅ、ちゅうっ、んうっ」 今度は滸から唇を求めてきた。 「んむっ……! んっ……ちゅっ……ちゅっ……ちゅ……ちゅ……!」 「んんっ、んんっ、んっ、んっ、んっ、んんん~~~っっ!!」 唇を絡ませながら、互いの性器を激しく責め立てた。 下半身で渦巻いていた熱いものが陰茎を震わせる。 「んんうぅぅっ……!! んん、ちゅむっ、んんっ……!!」 「んうっ、ちゅぶうっ、じゅるるっ……ちゅぶっ、んむっ」 絶頂が近いことを伝えるかのように、滸が激しく舌を絡ませる。 「はふうっ、ううううんっ、んふうっ、うむうっ……ぷあっ」 「ああっ、宗仁っ、宗仁……!」 「滸……もう……!」 尿道を、熱い塊がせり上がってきた。 「ああああっ、ああっ、あああっ、ふああああぁぁぁぁっっ……!!」 「はああぁぁぁっ、あああっ、あああんっ、ああっ、ああぁぁぁっ、んううっ!」 「ふああっ、ひうううぅぅっっ……うううううんっ! くうううっ、んんんんっ……!」 「ふぁっ、あああああっ、あああっ、ああっ、んああああああああああ~~~~っっ!!!」 どくんっ! どくっ、どくっ、どくっ!「はあっ、ああっ、ふああっ、あんっ、あっ、あああっ……!」 「……くっ!」 先端が弾ける。 暴れる陰茎が滸の手を離れ、精液を勢いよく飛ばした。 「ふぁっ、あっ、ああっ、んあああっ、あああ……!」 何度も男根から精子が弾け、滸の肌を白く染めていく。 滸の内壁がぐねぐねと痙攣し、挿入していた俺の指に絡みついてくる。 「あっ……はあっ、はあっ、はあっ……はあぁぁ……!」 滸の身体から急速に力が抜けて行く。 「ふ……ぁ……。 んん……はぁ……」 「これで……おしまい……?」 涙に潤んだ瞳が俺を見上げてくる。 滸の声には惜しむような響きがあった。 「いや、最後までしたい」 俺の部分は、まだ満足していなかった。 射精したばかりだが、力を保ったまま反り返っている。 「や、やっぱり駄目だよ」 「ここ、奉刀会の本部なんだよ?」 ついさっきまで、多数の武人がこの部屋に詰め、議論が交わされていた。 その上、滸は奉刀会で最も厳粛であるべき立場である。 だが、そんなことは承知の上だ。 「こんな場所で、最後までするだなんて、やっぱり……」 このまま終わるなど、考えられない。 それに滸も、まるで俺に襲われるのを期待しているかのように物欲しそうな瞳をしている。 滸の肩に触れ、ゆっくり押し倒す。 「そ、宗仁?」 案の定、ほとんど抵抗はなかった。 「あっ……」 押し倒して滸の両脚を持ち上げると、秘部が余すところなく晒された。 「こんな格好、恥ずかしい……!」 「て、ていうか、駄目だってば!」 滸の性器に、俺自身の先端を触れさせる。 「ひゃう……んんっ……!」 それだけで身体をびくんと震わせる滸。 絶頂を迎えたばかりの膣は、愛液を大量に漏らしていた。 「や、やめて」 「本当にやめてしまっていいのか?」 意地悪く尋ねてみる。 「だ、駄目に決まって……」 「ここは入れてほしそうだが」 「ああっ! うっ、んんん……くふうっ」 「はぁっ、はひっ……だめ、宗仁……!」 熱い粘膜に触れている亀頭で、その部分をくすぐるようにして動かした。 ねっとりとした愛液が先端に絡みつく。 「やっ……! あっ! あんっ……!」 「ふあ、あ……だめ……それ……!」 滸が快楽に流されまいと、俺の腕をぎゅっと握りしめてくる。 膣口はねっとりと蜜を染み出させ、明らかに挿入を待ちわびていた。 「滸、入れさせてくれないか」 「でも、ここでなんて」 「誰か戻って来るかもしれないし」 言いながらも、はっきりと拒絶しない滸。 奉刀会の会長という立場が迷わせているのだろうか。 このまま強引にすれば、滸はきっと流されるだろう。 だが、そうはしたくない。 滸を素直にさせたいという欲望が渦巻いていた。 膣口に触れさせていた男根を離した。 「滸の言うとおりだな」 驚いたように俺を見上げてくる。 「他の武人に見られる訳にはいかない」 「ほ、本当にやめるの?」 「ああ」 頷いて、身体を放そうとする。 すると、滸が俺の首に腕を回してきた。 「放してくれ、滸」 「やだ。 放さない」 だだっ子のように首を横に振る。 「宗仁ってば、本当に意地悪」 「私を焦らして楽しんでる」 「ばれたか」 悪びれもせずに笑みを浮かべた。 それを見た滸がますます不機嫌そうに頬を膨らませる。 「もう……!」 「悪かった」 素直に詫びを入れた。 「強引に迫りたくはなかったんだ」 「今でも十分強引だと思うけど」 「そうかもしれないな」 俺の言葉に、滸が小さな笑みをこぼす。 潤んだ瞳で俺を見つめてくる。 滸の唇に、自分のものを重ねた。 「んっ……ちゅ……んむ……ちゅう……!」 「はふっ、ふうんっ……んふうっ……ぷあっ」 唇を離すと、とろけたような表情の滸が見上げてきた。 「宗仁……私、今だけは、自分が奉刀会の棟梁であることを忘れてもいいかな?」 「一人の女として……宗仁と愛しあいたいの」 「ああ、何も気にするな」 再び膣口に先端をあてがう。 「宗仁……お願い」 頷いて、腰を突き出していく。 「ひいいいんっ、ふああああああっ……!」 腰を突き出すと、先端がぬるりと飲み込まれる。 複雑な突起が竿全体を擦り上げ、強烈な快感が下半身に走った。 「はぁっ、あああっ、ああああぁぁっっっ……!!」 「はあっ! あっ、はぁ……んんっ……」 滸が背筋を弓なりにして、全身を震わせる。 内壁が収縮し、俺の部分を締めつけてくる。 「はあぁぁっ、ああっ……ああっ……」 「はぁっ、はぁっ……ううっ、入れてもらっただけで、私……」 「達してしまったか」 「い、言わないでよ、馬鹿……!」 言いながら、俺もすぐに達してしまいそうだった。 気を抜けば、痙攣する膣肉に精液を搾り取られるだろう。 「動いていいよ、宗仁」 「一緒に、もっと気持ちよくなろう?」 身体を震わせながら、涙を浮かべた瞳で俺を見上げてくる。 普段の凛々しい滸からは、想像も出来ないような蕩けようだった。 突き入れた腰を一度引き、最奥を目指して突き進む。 「ふああぁぁぁっっ……!!」 蠢く膣襞が、陰茎全体を擦り上げてくる。 強烈な快感に、思わず深い息を吐いた。 先端が滸の最奥に突き当たっている。 そのまま、小刻みに子宮口を突いた。 「はひっ、ひんっ、ひんっ、ううんっ、んっ、んっんっんっ……!」 「あっ、あうっ、うあ……あんっ、あっ、んあっ、ああっ、あんっ!」 「この体勢、すごい、深い……奥、当たって、るぅぅっ……!」 腰を突き入れる度に、俺の先端が子宮口を押しつぶすのが判った。 「ふあああっ!! あひっ、ひいいんっ、ひうっ、ひううんっ、ううんっ」 「やあんっ、あんっ、あっ、あっ、ああっ……はぁっ、ふうっ……!」 「お、奥、気持ち、いいっ……!! もっと、もっと激しくしてっ……!」 抉るように動かせば動かすほど、滸の嬌声が激しくなっていく。 滸は激しくされるほど感度を上げてしまう体質らしい。 腰を打ちつけながら、片方の乳房を鷲づかみにする。 「うあああんっ、あああぁっ、はあぁぁっ、ああっ、はぁっ、ああっ!」 「やぁぁっ、胸、揉まれ……強いぃ……はああっ、あふうっ、うんっ!」 「胸はやめたほうがいいか?」 「やめないでっ、そのまま……私のこと、いっぱい求めて……!」 「はああっ、あうっ、ううっ、うんっ、んんっ、んううっ、うあっ……!」 「はあっ、あっ、ああっ、あんっ、あんっ、んんっ、はぁっ、あひっ、ひんっ」 脚を開き、身動きの取れない体勢で責められ喘ぐ滸。 数十分前までは、同じ場所で武人の棟梁として檄を飛ばしていた。 とても、同一人物とは思えなかった。 「宗仁、もっと、もっとぉ……!」 だらしない顔で、さらなる激しさを要求してくる滸。 その顔に情欲を刺激され、俺は滸の唇を貪った。 「んちゅうっ、んはっ、はふうっ、んっ、ちゅうっ、はっ、ちゅぶっ……」 「じゅるるるっ、んんっ、れろっ、ぺろっ……ちゅっ、んむうっ……!」 「はふっ……ぺろっ、はふっ、あむううっ、んふっ、んくっ……んっ、んぅうっ」 口も胸も膣も、全てを好きにされながらも、滸は恍惚とした顔になっている。 「れろっ、んふっ……ちゅぶぅっ……ちゅっ、むぅ、んんっ、はふ、ぺろっ」 「はぁっっ……はふっ、ちゅぶうっ、じゅるるるっ、べろっ、れろっ……ぷあっ」 「はぁっ、はぁっ……すごい、こんなに強く求めてくれて……私、幸せ」 表情を火照らせたまま、満足そうに笑う滸。 俺に激しくされて幸せだと言う滸が愛おしくなり、求める気持ちが膨れ上がる。 「ああんっ、はぁっ、あっ、ふああっ、あっ、ああっ、んああっ、あっ、あっ!」 「ふあっ、あひっ、ひんっ、ひっ、ひうう……ううんっ、んんっ、んうっ、ううんっ」 「好きだ、滸……!」 彼女に対するこの感情を、他にどう言い表せばいいのだろうか?これ以上に相応しい単語を、俺は知らなかった。 「ううんっ、私も、好き……だよぉっ、宗仁……! はぁっ、はんっ、あひっ、ひんっ」 「はああっ、ふっ、ああっ、ああんっ、あんっ、ふうっ、んううっ、んっ!」 滸の内壁がうねり、絡みついてくる。 互いの結合部分が溶け合い、一つになってしまったかのように錯覚した。 何度も往復し、滸の内壁を抉っていく。 「ふあっ、ひあっ、あっ、ああっ、ああんっ、あんっ、あんっ、んんっ……あううっ」 「あっ! あっ、あっ、あっ、あっ、ああっ、ん、んんっ! ふああ……!」 滸の指が、俺の腕に爪を立ててくる。 それにも構わず、滸と快楽を貪り続ける。 「ああああっ……! も、もっと……はああんっ、ううんっ、んっ、んっ、んっ!」 「ひううんっ、ひんっ、ひんっ……んううっ、ううっ、はふっ、ふううんっ、んっ」 このまま溶けて、一つになっても構わない。 そう念じながら何度も往復を続ける。 「もっと! もっと強くしていいからっ……!」 「ううん、強くして欲しいっ……!」 「もっと激しくしてっ……! もっと奥……突いてっ……!」 熱い粘膜の壁を押し開き、何度も何度も滸の膣奥を責めたてて行く。 「んああああっ……!! はぁっ、はああっ、ああんっ、あんっ、あんっ……!」 「んうううっ、うんっ、んっ、んっ、んんぅっ……はぁっ、ひっ、ひっ、ひあんっ……!」 「好きっ……! 宗仁が深いとこまでくるの、好きぃっ……!! はあっ、はぁっ」 奉刀会の本部に、滸の嬌声と淫靡な水音が響いて行く。 「はあっ、ああんっ……んっ、んっ、んううっ……はんっ、あんっ、あんっ!」 「ああんっ、あっ、あっあっ……ああぁっ、ううんっ、んっんっ、んぅっ、んんっ」 「頭、くらくらする……私の身体も頭の中もっ……宗仁で一杯になってるの……!!」 俺の頭の中も、もう滸の感覚で一杯になっていた。 他のことは何も考えられない。 他の武人がここに近づいてきたとしても、行為を止めることが出来ないかもしれない。 「はぁっ、はぁっ、んっ、んっ、んくうっ、うっ、ううんっ、んっ、んうっ……!」 「ああああっ、宗仁、私、もう……だめっ……はんっ、んっ、んっ、んっんっ……!」 「ああ、俺もだ……!」 快楽のうねりが、身体を駆け巡っている。 下半身に蓄積した情動が、放出を待ちかねていた。 「このまま、出してっ……」 「ああっ……!!」 一心不乱に行為に没頭した。 絶頂を前にした陰茎が脈動する。 「ああぁぁっっ……ふあああっ、ああああんっ、あんっ、ああんっ……んううううっっ!」 「はあああっ、はぁっ、はぁっ……ああああぁぁっっ! ひいんっ、ひうううんっ、んんんっ!」 「あふあぁぁぁっっ! ふあっ、あああっ、あっ、あっ、あっ、あっ、んあああああぁぁっ……!」 「やああああああんっっ! ああああっ、ふあああああああああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~っっっ!!」 びくんっ!! どくっ、どくっ、びゅくっ!「ふああっ、あっ! あっ! ああっ……!!」 激しくうねる膣内で、爆発した。 滸が絶頂に達すると膣内が陰茎を強烈に締め付けてきた。 男根が跳ね、何度も何度も熱い塊を吐き出していた。 強烈な快感に、全身が痺れたようになる程だった。 「はあっ……! はあっ……! あぁ……」 「っ……はあぁぁ……」 彼女の膣内に抱かれたまま、俺は最後の一滴まで中に注ぎ込んだ。 やがて全てが搾り出され、滸の身体が腕の中で力を失って行く。 「はぁ、はぁ……はぁ……はぁぁ……」 「んっ、んんっ、あああ……」 力を失った部分を、彼女の中から引き抜いた。 愛液と精液に塗れ、ぬらぬらと光る陰茎が姿を現す。 女性器の奥から、泡立って白濁した液体が流れ落ちて行く。 「はぁ、はぁ……沢山、出たね」 汗にまみれた頬に手を寄せ、肌に張り付いた滸の髪を梳く。 「滸、乱暴にしてすまなかった」 「ううん。 大丈夫だよ」 滸が小さく首を横に振った。 「宗仁は普段優しいから。 二人の時くらい我が儘になってもいいんだよ」 「それに、激しくされるのも、その……嫌いじゃないから」 かああっ、と顔を真っ赤に染めながら続ける滸。 それが愛しくなり、もう一度、滸の身体を強く抱きしめた。 「滸、もう一人で悩むのはやめろ」 「うん、私、悩むのはもうやめる」 さっぱりとした口調でそう言い切る滸。 「私は宗仁のことが好き」 「その気持ちは、自分自身にも止めることは出来ないから」 「宗仁と口づけしたいと思った時も、もう我慢はしない」 「抱き合いたいと思った時も、素直にそうする!」 明朗に宣言する。 「……割り切り過ぎじゃないのか?」 他の武人の前で堂々と抱きついてくる様を想像してしまった。 「心配しないで。 当然、場所は弁えるつもりよ」 「それとも、何?」 俺の瞳を覗き込んでくる。 「所構わず口づけをして、他の誰かに見せつけたい?」 「あのな」 「ふふっ、冗談」 「私は、宗仁だけのものだから」 「他の誰かに、こんな私を見せたりなんかしない」 からっとした笑顔で言った。 明るい、普段通りの、俺しか知らない滸だった。 「宗仁……」 「ちゅっ」 滸が顔を近づけて、唇を触れさせてくる。 滸の晴れやかな笑顔を見ながら、俺はまた愛情が深まるのを感じていた。 道場には、爽やかな朝日が差し込んでいる。 拭き掃除したばかりの床板が、まるで輝くように照らされていた。 「ふう、綺麗になったね」 滸ちり一つない道場を見回して満足げな滸。 今朝は稽古ではなく、道場の掃除をしていたのだ。 広い道場の掃除は、案外いい運動になった。 このまま一緒に学院へ行く予定なので、互いに制服のままだ。 「朝ご飯にしよっか」 「ああ」 宗仁荷物から包みを取り出す滸。 滸との関係が深まってから、こうして一緒に朝食を取るのが新たな日課だった。 「どうぞ、召し上がれ」 滸が作った食事は軽いものが多く、塩むすびに卵焼き、漬け物などが並んでいる。 「うう、ちょっと手抜きっぽくなったかも」 「まさか。 贅沢なくらいだ」 「そう? なら良かった」 言葉は素っ気ないが、安堵したような笑みを浮かべる滸。 「はい、どうぞ」 卵焼きを箸で摘まみ、こちらに差し出してくる。 意図が理解できず戸惑ってしまう。 「え? えっと、あの」 「あーん、して?」 僅かに頬を赤らめて、ぽそぽそと言う。 「む……」 恥ずかしいのは俺も同じだった。 だが、道場にいるのは二人だけで他人に見られる心配はない。 ならば、覚悟を決めるか。 俺は一口で卵焼きを食べる。 刻まれた葱が一緒に巻かれており、質素な卵焼きに絶妙な味と食感を与えていた。 「美味しい?」 「ああ、美味い」 「じゃあ、次は……」 箸で次の獲物を探しはじめる滸。 「待て、まだやるのか」 「待ったは聞きません」 「なら降参だ」 「それも駄目」 「はい。 あーん」 牛肉のしぐれ煮が差し出される。 攻撃の主導権は完全に滸にあり、俺には何の手立てもなかった。 諦めて口を開ける。 肉を噛むたび、甘辛な味が舌に広がる。 思わず白米が欲しくなり、握り飯を一口含んだ。 「毎日食べたいくらい旨いな」 「ま、毎日って……それ、〈求婚〉《プロポーズ》するときの台詞みたいだよ」 滸がもじもじしながら顔を赤くしている。 「すまん、そういうつもりではなかったのだが」 「うう、それはそれで落ち込むけど」 がくりとなる滸。 「まあ、結婚するとしても皇国を救ったあとだな」 「け、結婚」 再び、頬を赤らめる滸。 「(普段の滸しか知らない者では、想像もつかない光景だろうな)」 などと思いつつ、俺は箸を動かした。 弁当を食べ終え、魔法瓶から注いだ茶をゆっくりと飲んだ。 滸もまた、茶を飲んでほっと息をついている。 「そういえば、『菜摘』の調子はどうだ?」 「新曲を出すと聞いているが」 「うん、踊りが激しくて、覚えるのに少し手こずってる」 「無理はするな」 「でも、手は抜けないから」 生真面目な口調で言う。 奉刀会の会長だけでなく、滸は『菜摘』の活動にも全力である。 人気も相変わらずで、〈支持者〉《ファン》はますます増えているという話だ。 だが、最近、滸は少し疲れ気味のように見えた。 「ちゃんと休めているのか?」 「大丈夫」 「それにしては、先日授業中に居眠りしていたようだが」 「き、気づいてたの!?」 しょんぼりと俯く滸。 「責めているわけではない」 「滸にばかり負担がかかってしまい、申し訳ないと思っているんだ」 奉刀会の会長に、菜摘としての活動。 皇国奪還のためとはいえ、疲れないわけがない。 どちらも代わってやれないだけに歯痒かった。 「朝食を作ってくれるのも、しばらく休んだほうがいいかもしれないな」 俺と食べる朝食を作るため、滸は毎日のように早起きしているのだ。 俺のために睡眠時間を削っているのかと思うと、とても忍びない。 しかし、滸は首を振った。 「嫌」 意固地になった子供のように膝を抱く滸。 「奉刀会の会長も、菜摘も……宗仁の恋人も、中途半端なのは嫌」 「朝食を作らなくなったくらいで、何も変わらない」 「宗仁と朝ごはんを食べる時間がなくなる」 拗ねたように言う滸。 「そうやって宗仁との時間ばかり削っていくと、最後には一緒に過ごせる時間がなくなりそうで怖いの」 「皇国の奪還が大事なことだっていうのは、もちろんわかってる」 「でも、今の私は……宗仁が支えてくれてるから頑張れるんだよ」 膝の間に鼻先を埋め、表情を隠す滸。 俺は空になった弁当箱を見つめた。 滸に、俺との時間を削るつもりはない。 俺もまた、滸と過ごす時間を減らしたくない。 だが、滸には少しでも休んでもらいたい。 ならば、俺にできることは一つだろう。 「これからは、俺も朝食を作ろう」 「へ?」 ぱっと顔を上げる滸。 「そうすれば、滸が休める時間も増えるし、朝食も一緒に食べることができる」 「つ、作れるの?」 「練習すれば作れるようになる」 確証もなく言いきった。 それが可笑しかったのか、滸がぷっと吹き出した。 「宗仁が料理してるとこなんて、見たことないよ」 「今から味が不安」 どうやら、俺の提案を了承してくれたようだ。 滸が座ったまま、膝で歩いて近寄ってくる。 見つめてくる瞳に、熱っぽいものを感じた。 きっと、俺の目も同じような色を〈湛〉《たた》えているのだろう。 「ねえ……宗仁」 「口づけ、してくれる?」 滸が甘えるように言った。 唇を重ねたいという気持ちは俺も同じだった。 互いの心が触れあった今、身体をも触れさせたくて仕方ない。 「……ん……」 滸の唇に、自分のものをそっと重ねた。 「……ちゅ……ちゅ……」 滸の両手が、俺の背中に回される。 まずいな、と本能的に感じた。 このままだと、理性を制御できない。 今ここで、滸を抱きたい。 俺もまた、滸の身体を抱きしめる。 「そ、宗仁……」 「学院、遅刻しちゃうよ?」 そう言いつつ、滸も俺から離れようとしない。 「すまん、我慢できそうにない」 「もう、仕方ないなあ」 「それなら今日は、私にさせて?」 「宗仁には、いつも気持ちよくしてもらってるから……」 乳房を晒した滸が、頬を赤らめて視線を逸らす。 「そ、そんなに見ないで」 「恥ずかしい……」 こんな美しい身体から、どうやったら目を離すことができるというのだろうか。 何度も身体を重ねたというのに、行為に入るとまだ恥じらいを見せる滸。 いつまで経っても初々しさが残っているところが愛らしかった。 「俺は動かなくてもいいのか?」 「うん。 いつも私がしてもらっているし」 「だから今日は、私が宗仁にしてあげたいの」 恥ずかしがり屋の滸が、自分から積極的になることは少ない。 だが、今回は自分が主導権を握りたいらしい。 「触るね?」 滸が、剥き出しになった俺の股間に手を伸ばす。 ほっそりとした指先が、陰茎に触れていた。 「まだ、柔らかいね」 指先で陰茎を弄ぶ滸。 「ふふふ、小さいときはすごく可愛い」 「ほら……大きくなって?」 滸に亀頭の部分を擦られる。 敏感な部分を刺激され、陰茎が徐々に力を蓄えはじめた。 「あ、固くなってきた」 「あんなに小さくて柔らかかったのに」 滸に握られたまま、陰茎が限界まで膨張する。 「滸の胸が綺麗なせいだな」 「もう、変なこと言わないで」 滸が唇を尖らせる。 子供っぽい表情とは裏腹に、柔らかそうな乳房が色香を放っている。 一体、何をしてくれるのだろう?興味と期待が内心で入り交じり、興奮に変わる。 「ん……宗仁の、熱い。 それに、どくどく脈打ってる」 滸が竿を手のひらで包み込むようにして、優しく上下に動かす。 甘い快楽が生まれ、俺の下半身に広がっていった。 反り返った陰茎に、滸が胸を寄せてゆく。 「滸、何をするつもりだ?」 「こう、するの……んっ……」 滸が、乳房に俺の部分を触れさせた。 先端を押し付けられた乳房が、ふにゅりと形を変える。 触れ合った部分から柔らかな感触が伝わってくる。 ゆるやかな快感を、いつまでも味わっていたくなる。 吸い付くような柔肌が、心地よかった。 「滸の身体は温かいな」 「宗仁のは、熱いよ」 滸が愛しそうに俺の部分を乳首に擦りつけてゆく。 「んっ、ふっ……んんっ……」 「ふうっ、んっ……んっんっ」 「どう、かな?」 伺うような瞳で俺を見上げてくる滸。 「こんな技、一体どこで覚えたんだ」 「し、知らない、技なんて」 「ただ、宗仁に気持ち良くなってもらおうと思って」 「変なのかな? こういうことをするのって」 不安げに瞳を揺らしている。 俺は滸の髪に手を伸ばし、そっと撫でた。 「いや。 変じゃない。 おかしなことを言って悪かった」 「気持ちいいから、続けてほしい」 「ん……分かった」 小さく頷くと、行為を再開する滸。 器用に陰茎と自身の身体を動かして、刺激を与えてくる。 「んぅ……。 ふっ……んっ、んん……」 「んっ、んんっ、んぅ……んっ」 鈴口を乳首に擦りつける度、悩ましげな吐息が漏れた。 乳首が先端に弾かれるたび、短く喘いでいる。 「んうっ、んん、んうっ、んっ……」 僅かな固さと弾力を持った乳頭が、俺の先端をくすぐっている。 鈴口と乳首が触れて、小さな刺激と快感が走った。 「んあっ……!」 思わず腰が浮いてしまい、滸の乳首を擦りあげた。 「そ、宗仁は動かないで、集中できないから」 言いながら俺をやんわりと睨みつけてくる。 「今、滸も感じていなかったか?」 「そ、そんなことない」 「宗仁こそ、何か出てきてるよ」 悪戯っぽい調子で俺の部分を弄ぶ滸。 胸から俺の先端部分を少し遠ざけてみる。 乳首と鈴口の間に、透明な液体が糸を引いていた。 「ふふふ、もう漏らしちゃったの?」 「もっとしてあげるね」 再び、先端が乳首に押しつけられる。 先ほどよりも、乳首に硬さが増しているようだ。 「んううっ、ふっ……んんっ、んっ」 「はぁ……ふうんっ、んっ、んん」 俺の先端から分泌された粘液が、潤滑剤になっている。 滸は乳首の先端で、俺の敏感な部分を探るように動かしてゆく。 ぬるぬると動き回る乳首が亀頭に触れ、快感を紡ぎだしていた。 「宗仁の、すごく硬くなって、どんどん熱くなってる……はあっ……」 俺に奉仕しているはずの滸の吐息も熱かった初めは柔らかかった滸の乳首が、硬い弾力を返すようになっていた。 「滸の乳首も硬くなってるな」 「ふっ、んんっ、んくっ……はぁっ、んんっ」 「はぁっ、あふっ……んっ、んん……んっ……!」 乳首で亀頭を刺激する度、滸が吐息を漏らす。 「じゃ、じゃあ、もっと気持ちよくしてあげるね」 「こ、こうするのは、どう?」 滸が胸を寄せ、双丘の間に男根を挟み込もうとする。 「私の胸、あまり大きくないかもしれないけれど……」 柔らかな胸に左右から包み込まれる。 ふにゅふにゅと形を変える乳房の感触が心地良い。 「ん、しょ……。 ん……ん……んん……」 「はっ、んんっ……ふっ、んう……ん」 熱く潤んだ瞳で陰茎をじっと見つめている滸。 ゆっくりと、上下に擦りあげる。 「どう、宗仁? 私、上手くできている……?」 「ちゃんと、気持ちいい?」 「ああ、新鮮で気持ちいい」 手でされるのとも、挿入するのとも違った感触。 激しい快感はないが、緩やかな高まりを覚えていた。 何より俺を気持ち良くしようとする、滸の行為そのものが嬉しかった。 「はあ、はあっ……んんっ、ふっ、んっ、んっ……」 「宗仁のこれ、すごく熱くなってるよ」 「私の身体で……私の胸で気持ち良くなってくれてるんだよね?」 「ふふ、嬉しい」 「んうっ、んっ……ふっ、ううん……んっ……んっ」 微笑みを浮かべながら乳房を動かす滸。 その姿があまりにも艶っぽく、俺の部分はますます硬さを増していく。 「私のことをもっと感じて……私の身体でもっと気持ちよくなって……」 「ん……はぁっ、はっ……んっ、んっ……ちゅむ、ちゅっ」 滸が、陰茎の先端に唇を寄せる。 「ちゅ……ちゅ……ちゅぅ……」 口づけしながら、胸を擦り合わせるようにして俺の部分を包み込んできた。 「あむ……、ん……んむ、んんっ……ちゅるっ、じゅぶっ」 「んっ、んんっ……、んふっ、ふっ……ふむっ……!」 先端をぱくりとくわえ込むと、唇で竿を擦りあげる。 胸での愛撫も忘れず、陰茎が二つの刺激に襲われた。 「んっ、ちゅっ、んっ、んむっ、んんっ……! んんんっ……!!」 「はあっ……ちゅ……ちゅっ、んっ、んんっ……ふむっ」 「くっ……」 滸の上下する速度が上がってゆく。 合わせるようにして、己の快感が高まってゆくのを感じる。 「滸……これ以上は……」 このままだと、滸の顔に出してしまう。 「ぷはっ……! だ、出して、宗仁っ……!」 「はむぅ……んんっ、んふっ、ちゅるっ、ちゅっ、ちゅぶ」 そう言うと、滸は速度を緩めるどころか速めてきた。 射精直前の陰茎に、さらなる刺激が与えられる。 「んふうっ、んんんぅ、ちゅぶうっ、ちゅっ、ちゅむううっ……!!」 「れろっ、れろおおぅっ、じゅるるっ、ちゅぶっ、はふうっ、うむうっ」 「んっ、んっ、ちゅむううっ、んぷっ、んんんんっ……んうううっ……!!」 「んむっ、ちゅぷううっ、んうううっ、んんっ、んんんんん~~~~~っ……!!」 びゅくんっ! どくっ! びゅくっ! びゅくっ……!「きゃ……ううんっ……!」 俺の内部にこみ上げていた快楽が、ついに限界を迎えた。 下半身からの快感が電撃の様に脊髄を駆け抜ける。 「ひゃうんっ……んんっ……」 「すごいっ……こんなにっ……! あぁっ……」 「くっ……!」 滸の胸の間で、男根が大きく跳ねあがる。 勢いよく吹き出した白い塊が滸の顔を汚してゆく。 「……あ……あぁ……」 脈打つ度に吐き出される精液が、滸の顔、髪、胸元を染め上げてゆく。 俺は快楽に抗うことができず、ただただ見ているしかなかった。 やがて、全てを出し終えた部分がようやく沈黙した。 「気持ち良かった?」 俺の答えに、満足そうな笑みを浮かべる滸。 「でも、こんなに出るなんて……びっくりした」 「すまない。 俺もここまでとは」 それだけ、滸の胸と口が気持ち良かったのだ。 「せっかくだから、口で受け止めれば良かった……」 「ん?」 「な、なんでもないっ!」 ぷいっ、と顔を逸らす滸。 そのまま身体を震わせ、もじもじと太ももを擦り合わせていた。 「どうした」 「う、ううん。 別に……」 顔を赤らめ、俺とは視線を合わせようとしない滸。 だが、切なそうな瞳をちらちらと向けてくる。 状況を察した俺は、滸の太ももの間に手を滑り込ませた。 「ふあっ……ああんっ!」 「おかしいな」 「触ってもいないのに、こんなになっている」 指先で、滸の股間の谷間に触れてゆく。 「ふあっ、あっ……だ、だめっ……」 下着越しでも分かるくらい、滸のそこは濡れそぼっている。 乳首を刺激されただけで愛液が漏れたらしい。 「次は俺が滸を気持ちよくする番だな」 「わ、私は別に」 「今日は、私が宗仁を気持ちよくしてあげるんだから……」 「俺も滸に気持ち良くなってほしいんだ」 「それでも、駄目か?」 「……駄目じゃない」 滸が恥ずかしそうに震えながら、首を横に振った。 「無理するな、俺に責められるほうが好きなんだろう」 「そんなこと……ある、けど」 顔を赤くして縮こまる滸。 もはや、意地を張るつもりもないらしい。 「滸」 「……んっ……はあっ……。 ちゅ……ぷ……」 滸を抱き寄せて、唇を重ねた。 「こ、こんな格好でするの?」 下着から片足を抜いて持ち上げると、滸が不安げに尋ねてくる。 「ここで横になるのは痛いだろう?」 「それはそうかもしれないけど」 「だからって、立ってだなんて……恥ずかしいよ」 「大丈夫だ、俺しか見ていない」 「それも恥ずかしいの……んううっ!」 滸の膣口に触れた。 「あふっ……ううんっ、んっ、んんっ」 「ふあぁっ……! あっ、あっ、あ……」 指を動かすと、淫靡な水音が聞こえた。 「はあんっ、んんっ、ふっ……ううんっ……」 「あ……」 俺に見られただけで、膣口から愛液が分泌された。 「やっ、んんっ……そんなに見られたら……」 「普段より濡れていないか?」 「そ、そんなこと言わないでよ」 滸が顔を伏せる。 「乳首で俺のを愛撫している間に感じていたのか」 「ち、違っ……ふああっ」 指先で女性器に直接触れた。 「ううんっ、んんっ……はぁっ、ああっ、んっ」 「はぁっ、あっ……んんっ、んうっ!」 びくん、と滸の身体が大きく震える。 滸のそこは熱を持ち、とろとろと蜜を滴らせていた。 ほどよく緩んだその部分は少し力を入れただけで、指先を簡単に飲み込んでしまう。 「ふああっ、んんっ、んううっ……んんっ」 「はあっ、あああっ……はううっ……!!」 ぬるりと指が第二関節まで入った。 起伏に富んだ内壁が、俺の指を締め付けてくる。 「やはり、普段より濡れている気がするな」 「答えてくれ、滸?」 恥じらう姿が愛しすぎて、あえて意地悪をしてしまう。 滸が素直になった表情を、どうしても見たくなったのだ。 「あうっ……! そ、それは……」 言い淀む滸の膣口を、焦らすように撫でる。 「ほ、本当は気持ち良かった、から」 「宗仁ので、乳首……刺激されて、気持ちよかったの」 「あなたを気持ち良くさせたかったのに、自分の方が気持ち良くなっちゃうなんて」 「うう、私、こんなにいやらしいなんて……」 恥じ入るように言う。 素直になって感度が上がったのか、膣口から滴る愛液の量が増した。 「俺はいやらしい滸が好きだぞ」 「それ、何の慰めにもなってない」 「好きな人が俺のせいでいやらしくなってくれるなんて、男冥利に尽きる話だ」 「二人で、互いを感じよう」 挿入していた指を引き抜き、亀頭を蜜壺に押し当てる。 「んううううっ……! んああああっ……」 滸が息を呑んだ。 粘膜が俺の先端部分に触れている。 「入れるからな」 「ん……」 俺の言葉にこくり、と滸が頷く。 「あっ、ああああぁぁっ……!!」 滸の腰をつかみ、一気に刺し貫いた。 「ひああっ、ああっ、ふうっ……ううんっ」 滸の膣内が何度も収縮し、俺を締めつけてきた。 膣壁が蠕動し、陰茎全体を愛撫してくる。 一度出したというのに、その快感だけで達してしまいそうだった。 「はぁっ、ああっ……はぁ、はぁっ!」 肩を振るわせながら吐息を零す滸。 「続けてもいいか?」 「うん、いいよ……動いて……」 一度、奥まで達した男根を半ばまで抜き、再び最奥を目指す。 完全にとろけていた滸の女性器は、俺の腰の運動を難なく受け入れた。 「はぁっ、あっ、あっ、あ、はあっ、ううんっ、んっ、んんっ……!!」 「んうっ、うっ、ううんっ、んっ、んっんっ……んっ、やあん、ああんっ」 「んっ、宗仁の、一番奥に当たっている……んっっ、ああっ、あんっ……!」 応えるように滸の内壁が蠢き、俺自身を絡め取る。 「はっ……あんっ、ああんっ、んっ、んっ、ううっ、ひっ、ひいいんっ、ひんっ」 「はぁっ、はあっ……はあんっ、あひっ、ひっ、はぁっ、はひぃっ……んんんっ!」 「私の、奥に、こつんて……当たってるっ……はぁっ、あああっ……んっ」 最奥を何度も小刻みに突く。 まだ激しくはない。 少しずつ感度を高めてやるように、膣肉を責め立てる。 「はあっ、はひっ、ひっ……いいんっ、んっ、んううっ、んっ、ううんっ」 「ふっ……ううんっ、んっ、んひいっ、ひっ、ひんっ、ひんっ、んんっ!」 「そ、宗仁……私、もう我慢できないよ」 「いつもみたいに……激しくして……」 涙を浮かべた切なそうな瞳で俺を振り返る滸。 そんな顔を見せられては、こちらにも火が付いてしまう。 「よし、激しくするぞ」 「うん……好きに動いて、宗仁」 「あっ……ああうっ、あんっ……あっあっあっ……!」 頷いて、抽送を段々と早めていく。 「はぁぁっ、あっ、ああっ、うあああっ、ああっ、あっ、あっあっ……!」 「あんっ、あううっ、ああんっ、あんっ、んっ、んっ、んううっ、んんっ……!」 滸の両手首を掴み、壁に押しつける。 身動きできない状態のまま、俺に腰を打ちつけられる滸。 しかし、その表情は愉悦に染まっていた。 「はああんっ、は、激しっ……ううんっ、んっ、んんっ……くううんっ、あんっ」 「ひいんっ、ひいいいんっ、あんっ、ああんっ、んっんっんっ……んんんっ!」 「ああっ、あんっ、あんっあんっ……んっ、ひっ、ひあっ、ひああっ、ひううんっ!」 やがて、腰の動きの激しさが最高潮に達する。 先端の部分まで抜いた陰茎を、思い切り滸の最奥へ打ちつける。 「ああああああああぁぁぁぁっっ……!!」 ついに大きな嬌声が漏れた。 一度決壊したら、後はなすがままだ。 「ひあっ! あああっ、ああっ、あっ、ああっ、うああっ、ひああっ……ああっ!!」 「はぁっ、はひいっ、ひんっ、ひう、ひうっ、ううんっ、んひっ、き、気持ち、いいっ……!!」 「お、奥っ! もっとっ……うああっっ、あっ、ああんっ、あんっ、んっ……!!」 「はふぅ……んっ、はぁっ、はぁっ、ああっ、あっ……んんっ、んっ、ううんっ、んはあっ……」 往復を続けながら、滸の胸へと手を伸ばす。 柔らかい乳房の中で、硬くなった乳首を見つける。 指先で摘まみ上げると、呼応するように膣内が収縮した。 「あはっ、やっ、乳首ぃっ……!! んうううっ」 「はあっ、あああっ、あっ、ああっ、はああっ……んっ、んひっ、ひいっ、あうんっ」 「あっ、あっ、ああっ、んっ、んひっ、ひっ、ううんっ、んぅううっ、うんっ」 「やぁっ、気持ちよくて、私……おかしく、なっちゃうよぉっ……んんっ!」 「もっと乱れて、俺にしか見せない姿を見せてくれ」 手の中で乳首を転がしながら、下半身で滸を攻め立ててゆく。 「あっ! ああっ、あっ、あああっ、あっあっ……ああっ、んんっ、んっ、んひっ……!」 「はうっ、ううんっ、んっ、んっんっ……んああっ、あひっ……いいんっ、あっ、あっ……」 「ああんっ、宗仁の……私の中で震えてる。 出そうなの、宗仁……」 「い、いいよ、出して……! 私の中で、出してっ……! くうんっ、んっ、うううううっ!」 膣肉が激しく収縮し、陰茎を責めたててくる。 抽送を中断してしまうほどの締めつけに、思わず射精感が高まった。 「滸、そんなに強く締め付けると………」 「んんっ……はあっ……出して、ほしいから……!」 「全部、私の中に出してっ……!! んんんっ、はぁっ……ううんっ……!」 「んっ、んっんっんっ、んはぁっ、あっ……あっ、ああんっ、あんっ、んっんっ!」 射精に耐えるのも止め、腰を動かしはじめる。 「はぁっ、あっ、ううんっ、んううっ、んっ、んっ、んんっ……あううんっ!」 「くふうっ……ううんっ、んっ、んうっ、んっ、くふうっ、うっ、うんっ、んっ……!」 このまま下半身が溶けて、滸と一体になればいいとさえ思う。 一心不乱に、滸の中を貪り続けた。 内壁が襞で陰茎に絡みつきながら、一層強く収縮する。 互いに絶頂が近いのだ。 「ふあああっ! あっ、ああっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あ……!!」 「出すぞ、滸……!」 「うんっ……きて、きてっ……! んんんっ……、はぁっ、あああっ、あっ!」 「はあああぁぁぁっ、ああんっ、あふううっ、うううんっ、んっ、んっ、んっ……!」 「あはああっ、ああっ、あああぁぁぁっ! ああんっ、んあっ、んうううううっ……!!」 「ああああぁぁぁん! あああああぁぁぁっっ、ふああああぁぁぁっっ、あああぁぁぁぁっ!」 「ふああああっ! あああっ、あっあっ、あぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁ~~~~~~っ!!!」 どくんっ! どく……っ! びゅるっ、びゅくっ……!!「うっ、ああっ……! ああっ! はあっ……! あっ、ああああ……!!」 滸の最奥に押しつけ、何度も射精した。 膣肉が貪欲に脈動し、最後の一滴まで搾り取られる。 びゅるるっ! びゅっ……! どくっ!「はあっ、ああああっ……、はあっ……ううんっ!」 蠢き続ける膣内に、俺は己の内部の猛りを何度も吐き出した。 「……あっ……! はあっ……はぁ……ぁ……!」 「はぁ……あ……」 限界まで搾り尽くされ、やっと射精が収まった。 次第に滸の全身から力が抜けてゆく。 締まっていた膣肉も弛緩し、陰茎が抜ける。 「……ふぁ……はぁ……」 「大丈夫か?」 滸の身体を支えてやる。 夢見心地のような表情で微笑む滸。 「力、抜けちゃったよ……」 「……ちゃんと、全部出た?」 「ああ。 これ以上ないくらいにな」 「ほんと? ふふ、良かった」 「んっ、あ、ああっ……」 滸が身体を震わせると、どろりとした精液が膣口から漏れた。 「ああっ、だ、だめ……垂れちゃうっ……」 「もう一度蓋をするか?」 「ば、馬鹿」 怒ったように俺を睨み付けてくるが、それも一瞬だけのことだった。 「でも、いいよ。 もう一度しようか……」 滸が囁くように言う。 その誘惑に、俺が抗えるはずもなかった。 「学院はどうする?」 「一日くらい……いい」 「私は、宗仁との時間を大切にしたいから」 「んっ……。 はぁ……ちゅ……」 吸い寄せられるようにして、再び滸と唇を重ねる。 せっかく掃除した道場を、また掃除することになりそうだ。 俺たちは学院に行かず、制服のまま何度も交わった。 「まるで〈映像筐体〉《テレビ》の中から出てきたかのようだな」 宗仁抱いたままの感想を率直に言った。 踊りを終え、眼前で息を切らしている一人の少女。 彼女こそ、今をときめく皇国随一の人気歌手。 皇国復興の象徴にして、希望の星。 きらびやかな衣装に身を包んだ彼女は、名を『菜摘』といった。 「今さらだが、よく似合っている」 「その、なんだ。 可愛いと思うぞ」 「あ、ありがと」 滸なぜか、改めて言うのは照れくさかった。 滸との関係が以前よりも深まっているからだろうか。 「でも、私が『菜摘』になっている間は宗仁のものじゃなくて、ファン全員のものだから」 ファン、というのは確か共和国語で熱狂的な支持者のことだ。 「だから、褒めたって何も出ないんだからね」 照れ隠しのように付け加えた。 「それは俺も弁えている」 「ところで、何故衣装に着替える必要があったんだ?」 「この格好をした方が、練習に気合いが入るの」 「それで、どうだった?」 「歌も踊りも完璧だった。 さすが菜摘だな」 「俺が見たところ、おかしく思った点はなかったぞ」 「もう、それだと見せた甲斐がないよ」 腰に手を当てて、ため息をつく滸。 なぜ滸が俺の部屋でこんな事をしているのか──それは、今日の昼に時間を遡る。 「ねえ、宗仁」 「どうした?」 休み時間、滸が声をかけてきた。 「今日の夜、時間あるかな?」 「花屋だが、特に忙しくはない」 「用事があるなら、付き合ってもいいぞ」 「あ、あの、宗仁の部屋に行ってもいい?」 「俺の部屋に? 別に構わないが……」 朱璃の方へちらりと視線を走らせる。 「私に気を遣う必要はないわよ?」 朱璃「生憎、逢い引きの邪魔をするような趣味は持ち合わせていないから」 「あ、逢い引きじゃない」 「みなまで言うな!」 紫乃紫乃がうんうん、と頷いている。 その隣で古杜音も同じ動きをしていた。 「独り者の前で言葉にするのは、毒というものです」 古杜音「あなた達、何か勘違いしていない?」 「ただ、ちょっと宗仁に見てほしいだけで」 「見てほしいですと!?」 「大胆発言だな」 「だから、変な意味じゃなくて」 「まだ昼ですし、公の場でそういう発言はちょっとどうなのかと」 「差し出がましいのは百も承知なのですが、やっぱり、少々刺激が強いと申しますか」 古杜音が、ほんのり頬を赤らめている。 「だからそういう意味じゃない!」 「なんだ、違うのか……残念だ」 「なぜお前が落ち込むんだ」 「気にするな」 俺を手で制する紫乃。 「だが、私達には見せられないようなことなのだろう?」 「見せられないのは確かだけれど、違うの!」 「だからその、ええと、ううん……」 周囲を気にしている様子の滸。 「(もしかして、『菜摘』関連のことか?)」 滸の耳元に囁いた。 「(う、うん)」 教室には、俺たち以外の生徒もいる。 滸が菜摘であるという情報を無闇に口にするのは危険だ。 それで言いにくそうにしていたのだろう。 「(実は、新曲の振り付けを、宗仁に見てほしいんだけど)」 すがるような瞳で俺を見上げてくる。 「(分かった)」 そこまで言われて断るわけにもいかない。 元より、断るつもりもなかったが。 「こほん、こほん」 「そこのお二人さん? ちょっと近いのではないかしら?」 「はっ!?」 弾かれたように俺から離れる滸。 「お二人は本当に仲がよろしいですねえ」 「ああ、まったく目に毒だ」 「だ、だから!」 顔を真っ赤に染めて反論する滸の様子を、微笑ましい気持ちで眺めていた。 そして、夜。 俺の部屋を訪れた滸は、早々と菜摘の格好になった。 到着するなり一曲披露してくれたのが、今しがたのことだ。 「じゃあ、もう一度最初からいくよ?」 「ちゃんと見ていてね」 歌い、舞う彼女の姿を俺は眺める。 やはり、美しい。 〈映像筐体〉《テレビ》で何度も見たというのに、やはり実物は違う。 武人として戦う滸も美しいが、それとは別の華やかさがある。 例えるならば、抜き身の刀剣の美しさと、瑞々しい花の美しさだ。 皇国中が虜になってしまうのも当然だと思える魅力に溢れていた。 そんな菜摘と、俺は自分の部屋で二人きりになっている。 「宗仁、どうだった?」 踊り終えた滸が、窺うような視線を向けてきた。 「最高だった」 「もう。 そればっかり」 「俺は本当のことを言っただけだ」 「歌も踊りも、おかしな点はどこにもない。 俺が保証する」 「まあ、宗仁がそう言うなら、信じることにしようかな」 呆れながらも、滸は満足そうに頷いた。 滸が休憩するのに合わせて、花屋の閉店作業を行っていた。 俺に仕事を任せた店長は、いつの間にか消えている。 街へ出ていったのだろう。 黙々と作業を続けるついでに、店内にある〈映像筐体〉《テレビ》の電源を入れた。 何の偶然か、画面の中には菜摘が映っている。 どうやら菜摘を特集した番組のようだ。 「『みんな、いつも応援ありがとー!』」 菜摘「『私の歌で、みんなが元気になってくれるといいな☆』」 そう言って、菜摘が可愛らしく片目をつぶった。 「これ、今日放送だったんだ」 「やっぱり恥ずかしいなあ」 振り向くと、菜摘の格好をしたままの滸が立っていた。 画面の中で歌う自分を見て、赤面している。 「滸、外に出て大丈夫か」 通行人に見られれば騒ぎになるだろう。 「ここでじっとしてるから」 言いながら、店の隅に腰を下ろした。 外からは見えないだろうが、それでも心配だ。 「部屋に戻ったほうがいい」 「だって、宗仁の近くにいたいんだもん」 「それとも、ここにいたら邪魔?」 滸が悪戯っぽく笑った。 俺が何と答えるか分かっているのだろう。 「……好きにすればいい」 「ふふっ、ありがとう」 こうやって弄ばれるのも、滸が相手なら悪い気はしない。 虜になっている自分に苦笑しながら、再び〈映像筐体〉《テレビ》に目を向けた。 「あんまり見ないで、恥ずかしいよ」 「うう……消してもいい?」 「皇国中で放送されてるんだ。 今更恥ずかしがることはないだろう?」 「そ、それはそうだけど」 滸は、もじもじしながら番組を見ている。 〈映像筐体〉《テレビ》に映っている本人が傍にいるというのは、何とも奇妙な気分だ。 ファンが長蛇の列を作り、菜摘に握手を求めている映像が流されはじめた。 菜摘は笑顔で彼らの手を握っている。 「これが握手会というものか?」 「う、うん」 恥ずかしいのか、居心地悪そうにしている滸。 画面の中の滸は、ゆっくりと時間をかけて丁寧に握手している。 握手に訪れた一人一人と、しっかり向き合っていた。 人気歌手として、当たり前の対応なのだろう。 それがわからない俺ではない。 しかし、この割り切れない気持ちは一体何だろうか。 胃の腑がもやついているのは、夕食のせいではあるまい。 次に映し出された映像を見て、俺は絶句した。 水着姿の滸の周りを、沢山の人影が取り囲んでいる。 どうやら〈商品宣伝〉《コマーシャル》の撮影らしい。 〈映像筐体〉《テレビ》の中では、滸があられもない姿を人々の前にさらしていた。 「こんな仕事まで受けていたのか?」 「だ、だって折角のお仕事なんだし、断れないよ」 「もしかして、怒ってる?」 「怒ってなどいない」 言いながら、怒っていることを認めているようなものだと思った。 どうやら俺は、ファンに嫉妬しているらしい。 まさか、こんなにも強い独占欲が自分にあるとは。 「滸が遠くに行ってしまったような気がするな」 「そんなことないよ」 慌てたように言う滸。 「私は宗仁の近くにいるよ?」 「だが、菜摘はみんなのものだろう?」 「それは『菜摘』のことで。 私は、稲生滸は違うよ」 「そうだな。 変なことを言ってすまない」 「だが、今の君は『菜摘』だ」 「えっ?」 「『菜摘』が本当に皆のものなのか、試してみたい」 彼女の身体を引き寄せる。 もう片方の手で滸の頬を押さえ、唇を重ねた。 「んうっ……んっ」 「ちょっと、どうしたの、急に……? んんっ……!」 滸は驚いて身体を強張らせたが、すぐに緩んでゆく。 「ん……ふ……ちゅ……」 俺の動きに応え、唇を差し出す滸。 欲望は際限なく広がってゆく。 俺は滸の全てを自分のものにしたくて仕方がなかった。 ファンのものである『菜摘』を、自分のものにしたいのだ。 「っ……はあっ……」 唇を離すと、滸が震える吐息を漏らす。 潤んだ瞳で俺を見つめた。 「口づけだけで感じてしまったか?」 「そ、そんなわけないでしょ」 言いつつも、切なそうに身体をもじもじさせている。 「俺は、このままでは収まりそうにない」 「あっ……」 滸を抱きすくめる。 首筋に顔を埋め、彼女の香りを堪能する。 「宗仁、誰かに見られちゃうよ」 耳に舌を這わせ、耳たぶを甘噛みする。 「んあっ……! はっ……ぁ……」 滸が全身を震わせる。 「いいか? 滸」 「で、でも、さすがに場所が……」 滸が店先を見た。 外からは丸見えの状態になっている。 「少し待っていてくれ」 滸を離し、店先のシャッターを下ろす。 外から遮断された店内で、再び滸を抱き締めた。 「こ、このままするの?」 「我慢できないんだ」 「でも、衣装がシワになっちゃうし」 滸が身をよじった。 「なら、服に触れないようにすればいい」 「ね、ねえ、宗仁」 「やっぱり恥ずかしいよ」 衣装の裾が、滸自身の手でおずおずと持ち上がってゆく。 やがて、衣装の中身が眼前に姿を現した。 店内の花に囲まれた人気歌手『菜摘』が、目の前で自ら下着を曝している。 菜摘の美しさに当てられてか、花々も普段より美しく見えた。 「こ、これでいいの?」 「ああ。 そのまま持っていてくれ」 「衣装、本当に汚さないでね? 今度のライブに使うんだから」 「衣装は汚さない」 「下着の方は保証しかねるが」 「え? ち、ちょっと」 俺は脚の付け根に手を伸ばしてゆく。 下着の上から、滸の陰部に触れた。 柔らかな陰唇の弾力が伝わってくる。 「はぁっ……ああ、んっ」 「やっ……んんっ、だめっ」 指先に僅かな湿り気を感じた。 「やはり、口づけだけで感じていたんだな」 「そ、宗仁が急に抱きついてくるから」 「ふあんっ、んんっ……やっ、こすらないで……」 「はぁっ、ううんっ、んうっ」 「人気歌手の菜摘がこんなにいやらしいと知ったら、みんなはどう思うだろうな」 「だ、だめっ、そんなの絶対に……んんっ」 「菜摘がこんなこと、してるだなんてっ……はぁっ、ううんっ……!」 もちろん、他の誰かに菜摘のこんな姿を見せるつもりなどない。 菜摘が乱れる姿を知っているのは、俺一人で十分だ。 「はぁっ、あっ……ふう、んっ」 「やっ……んっ、ああっ」 指先で太ももを撫でると、滸がふるふると身体を揺らす。 「汗ばんでいるな」 衣装を握りしめる手が、小刻みに震えている。 それでも離さないのは、俺の愛撫を続けてほしいからだ。 下着の中心部を避けるようにして、俺は指を滑らせた。 「んんっ、ひっ……ひんっ」 「はぁっ……あっ……あんっ」 太ももの内側を撫でてゆく。 敏感な部分には決して触れない。 寸前まで近づき、そこで気が変わったように指をさまよわせる。 「どうして、そんな触り方っ……!」 「んっ、んんっ……はぁぁっ……」 戸惑うように俺を見る滸。 性感を求める陰部を離れ、内ももに触れてゆく。 しっとりと汗ばんだ肌の感触は、吸い付くようで心地良い。 下着の縁に沿って指を滑らせた。 「はうっ……んっ、はぁっ、はぁっ」 「宗仁……もっと上……」 指先を僅かに下着の中に入れると、滸が期待するような声を漏らした。 腰をくねらせ、何とか俺の指を陰部に触れさせようとしている。 「ふっ、あっ……、はっ、はっ、はあっ」 「早く……触って……んんうっ」 しかし俺は指先を戻すと、今度は後ろから下着を手のひらで包む。 「んあっ……! あっ……はあっ……!」 「お尻……だめ……ふうんっ、んんっ」 尻肉を愛撫しながら、指先を谷間に向かって滑らせる。 「あっ、ああっ……、そ、そこ、違う……!」 「やっ、やだぁっ……! んあっ」 指先で軽くくすぐると、滸の尻がきゅっと俺の指を挟みこんでくる。 ふと〈映像筐体〉《テレビ》を見ると、取材に応える菜摘が映っていた。 「菜摘がこんな風に乱れているなんて、誰も知らないだろうな」 「やあんっ、そんなこと、言わないでぇっ……」 熱に潤んだ瞳に見つめられた。 あの菜摘が、性感と切なさに染まった顔になっている。 俺しか見られない菜摘の部分を見ようと、下着を脱がせてゆく。 「やっ、んんっ、見ないで……」 隠されていた部分が、俺の目の前に姿を現す。 滸の性器は大洪水といった有様で濡れそぼっている。 「ほとんど触っていないのに、こんなにしてしまったのか?」 「やあんっ、息、かかってるっ……」 「んっ……ううんっ、はぁっ、はぁ」 息を吹きかけるだけで、滸は身体を震わせる。 〈映像筐体〉《テレビ》を見ると、菜摘が大勢のファンの前で話している場面だった。 菜摘は、朗らかな笑みを浮かべている。 「『菜摘は誰かのものじゃなくて、みんなのものですから!」 「『だから私、ファンのみんなが大好きなんです!』」 「そうなのか? 菜摘」 みんなのものと言い放った菜摘は今、俺一人の前で恥部を晒している。 「うっ、ううんっ……」 「い、意地悪しないでよ、宗仁」 頬を真っ赤に染めて、涙を溜めた瞳で俺を見つめている滸。 「なら、今から俺にどうしてほしいか言ってみてくれ」 「えっ、な、何で……」 菜摘の格好で恥ずかしい言葉を口にするのに抵抗があるのだろう。 滸は迷ったように口をもごもごさせている。 「ふあっ、んんっ、はぁっ、はぁ……」 「その触り方、切ないよ、宗仁……」 「素直に言ってくれれば触る」 「うう……」 数秒だけ逡巡した滸だが、やがて我慢できず口を開いた。 「ん……。 ち、ちゃんと、触って」 「私の、あそこ……宗仁の指で……触ってほしい……」 「触るだけでいいのか?」 また迷うような顔になる滸。 ファンへの罪悪感を覚えているのかもしれない。 だが、一度素直になった心は止められない。 「いじって……気持ち良くさせて、ほしいっ……」 「そこまで言うなら、少しだけ触ろう」 指先で、滸の一番敏感な部分に触れた。 「ふああっ……」 「はぁっ、あっ……ああっ! あっ……」 大きく勃起した陰核を指先で撫でるようにして愛撫する。 「ああっ!? ふああああっ……!!」 「はぁっ、はぁっ……ああっ、ああんっ!」 陰核を少し刺激されただけで、大きく震えながら身体を折る滸。 「どうした、菜摘?」 聞きながら、陰核を愛撫し続ける。 「やだあっ……! 菜摘って、呼ばないで……!」 「こ、こんなことしてる間は、菜摘って呼ばないで……」 「はぁっ、ううんっ、んんっ……はぁっ、はぁっ」 「菜摘は、みんなの……ファンのものなんだからっ……!」 「なら、触るのは止めてしまおうか」 「や、やだ……触って、宗仁……!」 「でも、菜摘はみんなのものなのだろう?」 黙り込む滸。 俺に与えられる快楽と、ファンへの罪悪感がせめぎ合っているのだろう。 やがて滸は、切なそうに震える唇を開いた。 「ち、違う」 「滸も、菜摘も、全部、全部、宗仁のものなの……!」 ついに俺の望んだ言葉を口にする滸。 たった今、国民の人気歌手である菜摘は、俺だけのものになったのだ。 「お願い、もっと触って……宗仁に、いかせてほしい……!」 「それなら、俺も応えよう……!」 指を膣内に挿入すると、複雑な膣襞がすぐに吸いついてくる。 「指……膣内、入って……気持ちいいとこ、触ってるっ……!!」 「はぁっ、ああっ、ひああっ……あっ、んんっ」 熱い膣壁が、俺の指を包み込んでいる。 内壁を指の腹で擦ると、愛液がどんどん染み出した。 「ひいんっ……ううっ、あっ……あああっっ!!」 「やああっ!! はぁっ、ああっ……ああんっ!」 滸の股間と太ももは、汗と愛液とで濡れまくっている。 さらに指の数を増やして、滸を責め立ててゆく。 「だ、だめ、そんな、膣内、擦ったらっ! ふああっ!!」 「んあああああっ!! ああっ、んんっ! んんんうう~~っっ!!」 指を捻り、内壁をぐりぐりとかき回してゆく。 「やああっ! あんっ、んんっ……奥、まで……っ!!」 「ふああ~~~っ! ああ~~~っ! あああああ……っ!!」 「ああっ、はああっ、あああっ……はっ、はぁっ……んんっ」 必死で声を抑えようとしているが、それもままならないようだ。 店先のシャッター越しに、誰かに聞こえているかもしれない。 だが、嬌声を上げる女性の正体がまさか菜摘だとは思わないだろう。 「だ、だめっ!! い、いくっ! いく、いく、いっちゃううっっ……!!」 「ああんんっ、んううううっ、んんんんっ、んんんん~~~~っ!!」 「はぁっ、あああっ、あああっ……んあああああああ……ふああぁぁぁぁっ!!!」 「あああああっ! あっ、うああああっ、あああっ、あああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」 「あっ!! あ、あ、あ、あああああああ~~~~~~っっっ!!」 絶頂に達した膣内が激しくうねり、俺の指を締め付けてくる。 陰茎を挿入していないのが惜しいぐらいだ。 「うあっ、ああっ……! はぁっ……! はあっ……!!」 「あっ……! はあっ……ああああっ……!」」 絶頂を伝えてくる襞を、かき分けるようにして更に愛撫した。 「や、やめっ……! まだ、いってる、からあっ……! うううっ……!!」 「あうううっ……!! あああっ、ああんっ、うああんっ」 膣内に溢れる愛液をかき出すようにして愛撫する。 何度も絶頂を迎えているのか、膣肉が激しく脈動しつづけている。 「ひあっ……ああっ、あうう……はぁっ、はあっ……あ、んんっ」 やがて絶頂が落ちつくと、滸は長く熱い息をついた。 指を抜き、滸の呼吸が整うまで少し待つ。 「はぁ、はぁ、ふあ……」 力を失いそうになる滸の身体を支える。 「うぅ……宗仁の意地悪、馬鹿」 「菜摘の格好で、あんなこと言わせるなんて」 涙目で睨み付けてきた。 しかし、俺の身体を押しのけたりはしない。 本気で怒っているわけではないのだ。 「悪かった」 「俺は、嫉妬していたんだ」 「え? しっ……と?」 小首を傾げる滸。 「ああ。 俺は思っていたよりも欲深な男なんだ」 「ほんの一時的でも滸が誰かのものになることが、耐えられなかった」 「たとえ、菜摘という仮面を被っていてもだ」 「……ふふっ」 滸が小さく笑って、俺の頭を抱く。 「ずるいよ、宗仁」 「恋人にそんなこと言われたら、怒れないでしょ」 俺の頭を撫でてくる滸。 「安心して、私は宗仁のものだよ。 いつだって、今だってそう」 「滸も、菜摘も、全部あなただけものだから」 滸に言われ、胸の奥が温かくなる。 嫉妬心が溶けて、愛情に変わっていくのを感じた。 そして、滸と繋がり、この愛情を伝えたいという欲求が生まれる。 「ありがとう、滸」 「きゃ!? そ、宗仁!?」 滸の身体を抱き上げ、そのまま会計カウンターの椅子まで運んだ。 「ま、待って宗仁、せめて衣装を脱がせて」 「すまない、このまま抱かせてほしい」 「『菜摘』のままで、繋がりたいんだ」 菜摘を本当に俺のものにした、という実感が欲しかった。 「……はあ、仕方ないなあ」 「本当に衣装、汚さないでね?」 「この体勢なら衣装を汚さないだろう?」 「そうかもしれないけど」 「恥ずかしすぎる……こんな格好」 「大丈夫。 俺しか見ていない」 「そ、それが一番恥ずかしいの!」 陰茎を、剥き出しの女性器に触れさせる。 「ふあっ……」 〈映像筐体〉《テレビ》の中では、菜摘が歌っている姿が映し出されていた。 同じ衣装を着たまま、皇国の人気歌手として華やかな姿を見せている菜摘。 その菜摘は今、俺の上で脚を開かされている。 菜摘の『女』としての顔を知っているのは、皇国で俺だけだ。 「やっ……あっ、んんっ、あっ……」 陰茎をぬるぬる動かすと、彼女が身じろぎする。 「あっ、だめっ……んっ! んんっ……!」 「ま、まだ、敏感、だからあっ……!」 「入れるからな」 「んんっ、ゆ、ゆっくりしてね……」 滸の身体を持ち上げ、俺は陰茎を突き入れた。 「うあああああっ……!!」 ぬるり、と陰茎が飲み込まれる。 「あ、ああああっ……! はぁっ、あっ、あぁっ……!!」 滸が全身を震わせ、内壁が断続的に収縮する。 陰茎が何度も締めつけられ、滸の背筋がぴんと伸びた。 「ふあっ……! あっ……! は……ぁ……!」 「大丈夫か?」 「う、うん……。 少し、いっちゃった、だけだから……」 「はぁっ、はぁっ……はぁっ……はぁ……」 蕩けた表情で俺を振り返る滸。 〈映像筐体〉《テレビ》の中の菜摘は、溌剌とした笑顔を浮かべている。 俺の上で喘ぐ滸と画面の中の菜摘を見比べると、背筋がぞくぞくと震えた「動くからな」 「ふぇっ……? んあっ……!」 告げて、滸の身体を持ち上げるようにして動き始める。 「ああっ! あっ……はっ……はああっ……!」 「あっ! あっ! あっ! あんっ! あんっ! あんんっ……!!」 〈映像筐体〉《テレビ》では、相変わらず笑顔の菜摘がファンに語りかけている。 俺と交わっている滸との差に、ますます興奮してしまう。 「ああっ! はっ、激しっ……んあっ、あっ、ふああっ」 「やあんっ! あっ、やっ、やっ、あっ、あっ、あんっ、ああんっ……!」 「はっ、あっ、ふあっ、ああっ、あんっ、あうっ、あうんっ、んっんっ!」 滸の身体が上下するたび、蕩けた内壁が陰茎に絡みついてくる。 「ふあっ、あっ、んっ、んうっ、んっ、んっ、んああっ、あっ……ああんっ!」 「ああああっ! ふああっ、はぁっ、あっ、ああんっ、あんっあんっ、んんっ!」 陰茎から下半身に広がる快感に身を任せ、彼女の身体を何度も抱き上げては落とす。 滸の衣装のあちこちに、汗の染みができはじめた。 「すまない滸、汗で衣装が」 身体から力を抜き、動きを遅くしようとする。 「だ、だめっ。 や、止めないで……」 「まだ、宗仁が気持ち良くなっていないでしょ?」 「だから、続けて……少しなら、汚れても大丈夫だから……!」 「……ありがとう、滸」 滸の気持ちが嬉しかった。 滸の身体を動かし、膣内を往復する。 「はっ、んんっ、んっ、んっ、んあっ、ああんっ、あんっ、んっ、んんっ!」 「ふあっ、あっ、あんっ、あんっ、あうっ、あっあっあっ……ああんっ!」 「あっ!! あっ、あっ、あっ、あっ……はぁ、んんっ、深いっ……!」 滸が声を絞り出す度に、膣内が強く収縮する。 膣圧で陰茎が押し出されそうな程だ。 「やあっ! あっ、んっ、んんっ、ん、ん、んんんっっ……!!」 「はっ、宗仁の……私の中で、跳ねてる……あうううんっ、んっ!」 俺の内部で高まっている熱も、そろそろ限界に達しようとしている。 「出していいか、滸っ……?」 「うんっ……! 出してっ! 沢山出してっ……!!」 「ふああっ、あっ、あんっ、あんっ、あうっ、んっ……ふあっ、あっ、ああっ」 「ふっ、んっ……はぁっ、はぁっ、ああっ、私も、もう……ふあ、んっ……!」 「あふっ、あっ、ああっ、あふっ、ふああっ、ひっ、ひんっ、ひううんっ、あっ!」 滸の身体がビクンと跳ね上がり、背中が弓なりに反る。 爪先がぶるぶると震え、膣内が痙攣していた。 「あああっ、ふあっ、ああっあっ、いくっ、ま、また、いくっ、いくぅっ……!!」 「ああっ、あああっ、ふあっ、ふあああぁぁぁっ、あうんっ、あんっ、あんっ……!!」 「ひあああんっ……はぁっ、あああっ、ふうううんっ………あああああんっ、あふううんっ!!」 「ふあっ……ああああぁぁぁぁっ!! ああああんっ!! ふあああああぁぁ~~~~~~っっっ!!」 どくんっ! びゅるっ、びゅくっ、びゅくっ!「あっ、あああっ……! はあっ……ふああっ!!」 滸の身体が激しく跳ね上がり、陰茎が抜けた。 何にも遮られることのないまま、熱い塊を吐き出してゆく。 衣装が汚れるが、俺には射精を制御する術もない。 「ああ……はあっ、あああっ……!!」 「宗仁の、熱い……」 精液が滸の身体と衣装を白く染めていく。 「はぁっ、はぁっ……はぁ……」 滸が俺の腕の中でぐったりと力を失った。 絶頂の余韻か、滸がとろんとした様子で俺を見た。 「宗仁、離れないで」 滸の身体を下ろそうとしたが、押し止められた。 「だが、衣装が」 「もう遅いよ」 「散々汗で汚れちゃったし、精液だってこんなに沢山かかっちゃったし……」 「そんなことより、今はもっと繋がっていたいの」 艶然と微笑む滸に、射精で力を失いかけた陰茎が反応してしまう。 滸の指が、再び勃起しつつある陰茎を摘まむ。 滸が腰を動かし、硬い陰茎を膣口に当てた。 「んっ……ああああああっ……!!」 「はあっ……ああっ……んんっ……はぁっ、あっ」 陰茎が、再び熱いうねりに包み込まれる。 滸が自ら腰を落とし、挿入したのだ。 「っ……!」 「早く、動いてぇっ……」 「ううんっ、んっ……はぁっ、はぁっ……ああっ!」 滸が腰を動かして俺におねだりしてくる。 陰茎に激しい性感を与えられ、歯を食いしばる。 「人気歌手がそんなことを言っていいのか?」 「いいの……! 菜摘は、みんなのものじゃないから……!」 「はぁっ、はぁっ、宗仁だけの、ものなんだからぁ……!」 拗ねたように言われ、俺は抽送を開始した。 絶頂を迎えたばかりの膣内は柔らかくほぐれており、陰茎を優しく包み込んでくる。 「ああっ……あはあっ……はあっ……んんん……はあっ!」 「はあっ、ああっ、んんっ……あっ……ああっ……ううんっ!」 さっきのような激しさはない。 滸の内部の温かさを、じっくり感じていたかった。 「ひうんっ、ああっ、ひっ……んんっ、はぁっ……あああっ、あああんっ!」 「ふあっ……あああぁぁっ……はあんっ、ああっ、んううっ、んんっ、んんんっ!」 「んあっ……はぁっ……はぁっ、んんっ、そ、宗仁……」 滸は、〈映像筐体〉《テレビ》に映る自らの姿を見ている。 「私……舞台に立っている時も、ずっと宗仁のこと考えてるんだよ?」 「いけないって思っても、どうしても、宗仁のこと考えちゃうの……んんっ!」 その告白は、俺の愛情を膨らませるのに十分だった。 滸の膣内を更に味わおうと、深く激しく腰を上下させる。 「ふあっ、ああんっ、はぁっ、ああっ、んっ、んあああっ、ああっ、あああっ!」 「はぁっ、ふああっ、ああっ……んっ、んううっ……ふあっ、うああんっ、んっ!」 「はっ、はひっ……んんっ、そ、宗仁……いきなり、激し……んうっ!?」 首を巡らし、こちらに振り向いた滸と無理矢理に唇を重ねる。 膣肉と同じように熱く柔らかい唇を、俺の唾液で濡らす。 口と秘部の粘膜を重ねながら、俺たちは激しく求めあった。 「ちゅ、ちゅぷ……んううっ、はぁっ、ふうんっ……んむっ、ちゅぶっ」 「ううんっ、はふっ、ちゅむうっ……はぁっ、ああっ、あっ、ああっ」 「あんっ、ふあっ……あっ、あっ、ああんっ、んっ、んっ、んっんっ……あんっ!」 滸の衣装から、俺の精液が滴り落ちた。 菜摘に触れたくても触れられない人は大勢いる。 しかし俺は、菜摘の衣装どころか身体にまで精液を放っていた。 そして、今度は膣内に射精しようとしている。 「はあっ、あっ、んっ、んうっ、んんっ……はぁっ、あぁっ、あんっあんっ!」 「ふああっ、あうっ、ううんっ、んっ、んんっ……はぁっ、はぁっ……」 「はひっ、んんっ、んうっ、んっんっんっ……あっ、ああっ、あんっ、ああんっ!」 滸は自らも腰をくねらせ、膣肉を陰茎に強く擦りつけてくる。 俺に抱えられている不自由な状況でも、積極的に動こうとしていた。 「はうっ、あ、あっ、ああっ、あんっ、あんっ……はぁっ、はぁっ、あっ……あっ!」 「あふっ、ううっ、あうっ、あんっ、んあっ、あっ、あっ……はっ……んんっ!」 滸の喘ぎ声に余裕はない。 再度の絶頂が近づいてきているのだろう。 それは俺も同様だった。 「ああっ! あっ、あっ、はっ、はあっ、ふあっ、あああぁぁっ……ああんっ、んっ!」 「くっ、ううっ……! ま、また私っ……いきそうに、なってる……はぁっ、んんっ!」 唇を噛み、快楽に耐える滸。 「滸……また、一緒にいくぞ」 「う、うんっ……! 今度は膣内に出して……私も『菜摘』も、ぜんぶ宗仁のものにして……!」 「ああんっ、んんっ、んっ、ううんっ、んっ、んうううっ……!! あっ、んんっ」 最後の力を振り絞って、滸を責め上げた。 「ふああっ、あっ、んっ、んううっ、ううっ、はぁっ、ああっ、あっ、あっ……!」 「ああっ! あっ! あっ、あっ、あっ、あっ……あああぁぁっ、んっ、ふああっ!!」 「ふあああっ、んっ、んっ、んっ……あああっ、んああぁぁぁぁぁっ、あああぁぁぁっっっ!」 「ひああああぁぁっっ、ひいいいんっ、んうううぅっっ……あああああぁぁぁぁ~~~~~~~っっ!!」 びゅくっ! びゅくっ、びゅっ、びゅるっっ!「ふあっ、あっ……はあんっ……はあああああぁぁっっ……!!」 滸の最奥で精を放った。 二度目の射精だというのに、まるで勢いが衰えない。 「膣内で、宗仁のが膨らんでっ……! 何度も、動いてるっ……!」 「ああっ、あううんっ……はぁっ、はぁっ!」 迸る精液を、子宮口に何度も放つ。 「出てる……私の一番奥で……沢山、出てる……!」 「嬉しい……もっと出して、宗仁」 「くっ……」 内壁が貪欲に蠢き、陰茎を締め付けてくる。 下半身に力を込め、精液を最後まで搾り出した。 「んんっ……! はぁっ、はぁっ、はぁ……!」 「ふぁ、はぁ……はぁ……」 滸がぐったりと俺に身体を預けてくる。 「んあっ……」 男性器が抜け落ちると、膣口から精液があふれ出た。 放心した滸を抱き、呼吸を整える。 「宗仁、激しすぎ……はぁ……ふぅ……」 「声、外に聞こえてないよね?」 「人の気配はなかったはずだ」 「よかったあ……」 「ていうか、宗仁から誘ってきたんだからそれくらい気にして」 「気持ちよくて夢中になっていたんだ」 「……まあ、私も宗仁のことは言えないけど」 『菜摘』と繋がったということが俺たちの興奮を加速させていたのだ。 衣装も、かなり汚れてしまった。 「衣装、もう駄目みたいだね」 「すまない、せめて弁償しよう」 「別にいいよ。 私の方から適当に謝っておくから大丈夫」 すると、滸が思い出したように小さく笑った。 「宗仁が私に嫉妬してくれてるって知って、嬉しかったな」 「菜摘、もう辞めた方がいい?」 滸が俺の顔を覗き込んでくる。 言葉は軽かったが、表情は真剣そのものだった。 「いや、辞めないでくれ」 「俺一人の我が儘で、そこまでする必要はない」 「でも、嫌なんでしょ? 宗仁のためなら、私」 「菜摘の力が、皇国の人々には必要なんだ」 滸の言葉を遮って言う。 「それに、菜摘が生み出す資金も奉刀会に必要だ」 「また撮影をしたり、握手会をしたりするかもしれないよ?」 「……それは、我慢しよう」 断腸の思いで言った。 俺の様子がおかしかったのか、滸が吹き出す。 「ふふっ。 ありがとう、宗仁」 「本当は私も、まだ『菜摘』を続けたいと思っていたの」 「菜摘の力で、皇国民に元気を与えてあげたいから」 「ああ」 皇国の人々が受けた心の傷跡は、まだ深く残っている。 奉刀会では、その傷を癒やすことはできない。 俺たちではできないことを、滸はやっているのだ。 応援しないわけにはいかない。 皇国を取り戻すその日まで、菜摘は国民に元気を与えていくのだろう。 着替えた滸と、俺の部屋で一息ついていた。 「汚れてしまった衣装は捨てるのか?」 「ううん、捨てるほど汚れてはないから」 「ちゃんと洗ったら、着ることくらいはできそうだし」 「洗ってどうする?」 まさか衣装を着て外を出歩くわけでもあるまい。 頬を赤らめて、滸がちらりと俺を見る。 「えっとね、宗仁がしたいなら……」 「これを着て、またしても、いいよ」 「……」 陰茎に再び血が集まってくるのを感じた。 どうやら、俺と身体を重ねる際だけの衣装になるらしい。 「宗仁、いやらしいこと考えてる?」 「滸のせいだろう?」 滸の身体を抱き寄せる。 「ふふ、まあ、許してあげる」 「稲生滸も、菜摘も、ぜんぶ宗仁のものだからね」 微笑みながら見上げてくる滸。 俺たちは、そっと唇を重ねた。 賑やかな蝉の声を背に受けながら、生徒会室の扉を開く。 「失礼する」 宗仁「こんにちは、今日は暑いわね」 エルザ「ああ、ここに来るだけで汗が……」 絶句した。 生徒会室にいるのはエルザ一人。 いつものように、自分の机で書類に向かっている。 ──なぜか«水着»で。 「あの、だな」 「皆まで言わなくて結構」 「水道工事に立ち会ったら突然水が噴き出して、上から下までびしょ濡れになったの」 「制服が乾くまでの応急処置よ」 なるほど、だから水着か。 「規格外の暑がりなのかと思った」 「だったらもっと冷房を強くしているわ」 「さ、私のことは気にしないで、いつも通り仕事をして頂戴」 「承知した」 自分の席に着き、生徒会役員としての仕事を始める。 エルザの打鍵の音が響く。 じろじろ見るのは失礼だと思いつつも、席の配置上、エルザの姿が目に入ってしまう。 彼女と恋人になってからしばらく経つ。 何度も裸身を見ているとはいえ、水着の彼女にはまた別の魅力がある。 全てが見えないことによる神秘性とでも言おうか。 「どこを見ているの?」 「すまない、どうしても目が行ってしまうのだ」 「私の裸は何度も見ているでしょう?」 「裸と水着は違う」 「冷や奴と湯豆腐だって別物だ」 「意味がわからない」 「ならば、俺が水着だったらどう思う?」 「なってみて」 「は?」 「想像するより、実証した方が話が早いでしょ」 「今日はプールがあったから水着持ってるわよね?」 水着になり机に向かった。 しばらく無言で仕事を続けるものの、徐々にエルザが落ち着かなくなってくる。 「エルザ、ここに署名をもらえるか?」 書類を持ってエルザに近づく。 「ちょっと、隣に立たないでよ」 「近づかねば署名をもらえまい」 「それはそうだけど……」 顔を赤らめたエルザが視線を逸らす。 「降参よ。 あなたの言う通り水着でも意識してしまうわね」 「大体、そのぴっちぴちな水着が悪いのよ」 「そちらこそ、ぱっつぱつではないか」 「っっ!?」 エルザが胸を腕で隠す。 「そういう目で見ていたの?」 「男なんだ仕方ない。 ましてや俺は君の恋人だ」 「……」 エルザが睨んでくる。 「ふ、ふふふふふ、あなたには呆れる」 「思ったことを言っただけだ」 「当然よ。 計算で喋るような人なら好きになっていないわ」 エルザが俺の手を軽く握った。 上目遣いの目が、悪戯っぽく細められる。 「少し休憩しない?」 「既に仕事になっていないが」 「だからこそよ」 朴念仁の俺でも意味はわかる。 ここで身体を重ねようというのだ。 「悪くない」 腰を折り、エルザに顔を近づける。 「ひゃー、今日は暑うござ……」 古杜音部屋に飛び込んできた古杜音が凍り付いた。 「し、椎葉さんっ!?」 「ふ、ふ、ふ、不潔でございます!」 「より強い刺激を求めて、水着で! しかも生徒会室でなんて!」 「ご、誤解よ」 「何がどう誤解なのでございますか!?」 実際、誤解ではない。 「え、ええと、つまり……」 「椎葉さんは知らないと思うけれど、これは共和国伝統の風習なの」 「はい?」 「夏の強い太陽に感謝して、昼間は水着で過ごすのよ」 「そ、そうなのでございますか?」 古杜音が俺を見る。 恋人として、エルザに恥をかかせたくない。 ここは俺も。 「俺たちに馴染みがなくとも、共和国ではずっと昔から行われてきた行事なんだ」 「これからの時代、お互いの文化を尊重していかねばなるまい」 「だから俺も率先して水着になった」 「な、なるほど、さすがは宗仁様でございます」 「では、私も早速!」 「じゃじゃん、いかがでございましょう!」 「素晴らしいわ椎葉さん。 きっと太陽神も喜んでいらっしゃると思います」 「思い切って着替えてしまうと、案外快適なものでございますね」 「そ、そうだろう」 水着の人間が三人になった。 申し訳ないが、今更本当のことは言えない。 「こんにちは」 朱璃滸「失礼します」 奏海「皆様、お待ち申し上げておりました!」 「え? 何この異空間?」 「何を仰います。 これはれっきとした儀式なのでございます」 「古杜音、そこの書類を取ってもらえる?」 「承知いたしました」 「奏海、資料を作ってみたのだがこれで良いのか?」 「あ、うん、大丈夫」 水着が六人になった。 まさか、苦し紛れの嘘を全員が信じてしまうとは。 「(いいのかこれで?)」 「(後には引けない。 どんな嘘も貫き通せば真実になるわ)」 開き直ったエルザは、いつも通り業務に励んでいる。 よし、俺も割り切ろう。 太陽神に感謝を捧げていると思えば、水着も悪くない。 周囲の女性を見ても、劣情は抱かなくなるはずだ。 「(うむ、心は平静そのもの)」 「(大丈夫。 我が心、鏡の如し)」 「(う、うむ)」 「(……)」 完全に心が乱れてきた。 「やあ、諸君!」 紫乃自分の修行不足を痛感していると、珍しい人物が現れた。 「し、紫乃!?」 「紫乃だが」 紫乃がぐるりと部屋を見回す。 「これはこれは、暑さも吹き飛ぶ素晴らしい趣向だ」 「一体、どういう訳でこうなったんだい?」 「私がご説明いたしましょう!」 「あっ、こらっ」 「エルザ様のご提案で、今日は水着で過ごすことになったのです」 「共和国に古くからある、太陽神に感謝を捧げる風習ということでして」 「ほう」 紫乃がほくそ笑んだ。 共和国に住んでいたことがある紫乃のことだ、おそらくはエルザの嘘を見抜いたのだろう。 「(紫乃……見逃して)」 エルザが視線で何かを訴えかけている。 「思い出した、私も共和国にいたころに体験したよ」 「初めは恥ずかしいが、ま、慣れれば意外と楽しいものだった。 なあエルザ?」 「そうそう、一緒に参加したわね」 「そういえば、この風習には面白いおまけがあったな」 「今日もやるんだろう?」 「へっ!?」 「……え、ええ、もちろん」 「何をするの?」 「まず、日が落ちてから、電気を消して部屋を真っ暗にする」 「そして……」 「そ、そして?」 「せーので、全員が好きな人の名前を叫ぶのさ」 「はあ!?」 「ぶっ!?」 「いやー、今思い出しても甘酸っぱい気持ちになるよ。 ねえエルザ?」 「はは、はははははは」 「おあつらえ向きに、ちょうど日が落ちる」 「私も参加するから、やってみようじゃないか」 紫乃が照明のスイッチに手を伸ばす。 「(宗仁、止めてっ)」 「紫乃、名前を口にしたくない人もいるだろう」 「だから部屋を暗くする」 「誰が何を叫んだかなんてわからないじゃないか」 紫乃が照明を落とした。 このままでは、皆が意中の人間の名前を晒すことになる。 皆の為にも、そしてエルザの為にも、何とか止めさせなくては。 「諸君、心の準備は整ったかな?」 「ま、この暗さなら大丈夫そうね」 「よ、よーし!」 「さあ覚悟を決めろ!」 「行くぞー、せーのっっ!!!」 「エルザが好きだーーー!!!!」 暗闇の中、羞恥心を吹き飛ばすように絶叫した。 女性が何を言ったのか──隣にいたエルザの声ですら聞こえない。 照明がつくと、不満顔の女性陣が目に入った。 「宗仁、怒鳴り過ぎ」 「お義兄様の声しか聞こえませんでした」 そう言いつつも、皆どこか安心したような顔をしている。 「あーあ、宗仁のお陰でイベントが台無しだ」 「ははは、力が入りすぎた」 「(宗仁、ありがとう)」 「(一応、被害は最小限になったか)」 「(ええ、十分)」 「あらあら、熱々で結構ね」 「どうエルザ? 名前を叫んでもらった感想は?」 「ふふふ、嬉しくないわけがないでしょう?」 「お幸せなことで何よりでございます」 「羨ましいことでございます。 滸様、私達も頑張りましょう」 「べ、別に。 武人は戦うのみだ」 俺の大声でかき消したとはいえ、それぞれ誰かの名前は口にしていたはずだ。 興味はあるが、伏せておくのが花か。 「さて、日も暮れたことだし、そろそろ着替えましょうか」 エルザの提案に従い、皆が更衣室に向かう。 着替える必要のない紫乃が、部屋を出るエルザにさっと近寄った。 「(エルザもこれからが大変だぞ。 何せライバルが多い)」 「(どういうこと?)」 「(私は耳がいいんだ)」 自分の耳朶を指先で弾き、紫乃もまた生徒会室を出ていく。 紫乃が何を耳打ちしたのか、残念ながら俺には聞こえてこなかった。 「はっ!? 大統領閣下に宗仁様!?」 古杜音「お疲れさま、古杜音」 エルザ「突然で悪いな」 宗仁いきなり訪れた俺とエルザに、古杜音が目を丸くした。 そして、びしりと背筋を伸ばす。 「大統領閣下につきましては、本日はお日柄もよく、遠路はるばるご足労頂きましたこと、まことに恐悦に……!」 「別に遠くないわよ。 それより、その呼び方はやめてくれる?」 「前みたいに、エルザでお願い」 「は、はい、エルザ様」 「ところで、調子の方はどうかしら」 「すこぶる良好です! 今朝はご飯をおかわりしてしまったほどです!」 「あなたではなくて、«呪壁»の調子を聞いているのだけれど」 「あ、そっちですか」 赤面する古杜音。 かと思えば、言いにくそうに口をもごもごさせた。 「あ、あの。 そ、それがですね」 「い、色々問題もございまして、いまいちなんとも如何ともしがたい状況にありまして」 「端的にお願い」 「ごめんなさい。 まだ修復が完了しておりません」 地面に身体を投げ出し、ぺたりと平身低頭した。 「ちょっと、なんて格好するのよ!? 顔を上げなさい!」 「何もかも、私の責任です」 「他の者は悪くありません。 どうか、どうか、処罰は私だけに」 「あなた、一体何を勘違いしているの?」 「へ? 私を叱責するために参ったのでは?」 「違います」 勘違いしている古杜音を見下ろしながら、エルザが言った。 «呪壁»の視察を終えたエルザが、やれやれと肩をすくめた。 「相変わらず古杜音はそそっかしい子ね」 「今回はエルザが悪いだろう」 「事前に連絡をしないからああなる」 エルザは政策決定のため、頻繁に現場視察を行っていた。 上意下達での決定よりも、現地で関係者との合意形成を行うのが民主的に重要らしい。 それには同意だが、今日だけはなぜか突発的に視察を行っていた。 おかげで、俺以外の護衛をつける暇もない。 「大統領が直々に訪れるなんて、大変な名誉だと思うけれど」 「普通は不安になるからな」 いきなり視察される側は、たまったものではないだろう。 古杜音のように悪く勘違いするのも仕方ない。 ちなみに、次に向かっているのは奉刀会の本部だった場所である。 現在は、皇国警察となった武人の詰所の一つとして利用されている。 「滸に連絡は入れてあるのか?」 「いいえ?」 言っても無駄なので、もはや反論はしない。 せめて今からでも連絡しようと、携帯を操作する。 滸へ〈電信〉《メール》を送りながら、ため息を漏らしたくなった。 「今回は何の用?」 滸相手が大統領だろうと、滸の眼光は鈍っていない。 皇国警察の武人部隊長である滸は、日夜天京を駆け回っている。 多忙な滸にとって、大統領の突然の訪問など迷惑この上ない。 「呪装刀の使用と管理は適切に行われているのかと思って、様子を見にね」 「抜かりはない」 「というか、来るなら前日に連絡をしろと前に言ったはず」 「……すまん」 滸に睨まれ、エルザではなく俺が謝る。 「邪魔はしないわ。 勝手に見て回るから、無視しておいて」 「大統領を無視できるわけないでしょ」 結局、滸が同伴することになった。 「刀身も綺麗に磨き上げられてる。 さすが、手入れが行き届いているわね」 抜き身の呪装刀をまじまじと眺めているエルザ。 その横で滸が腕組みしている。 「刀の手入れは武人の基本」 「あと、いちいち呪装刀を振らないで。 危なっかしくて冷や冷やする」 「いいじゃない、少しくらい」 「それに最近、剣術に興味が出てきたのよね」 「ふふふ、宗仁にもたまに教えてもらっているのよ」 エルザが俺たちから離れる。 「はぁっ!」 そして、刀を振った。 「どうかしら、宗仁?」 「重心がぶれているな。 体幹を鍛えたほうがいい」 「ここで指導をはじめないで」 じっとりとした視線で睨んでくる滸。 刀に夢中なエルザを尻目に近づいてくる。 「(エルザを止められるのは宗仁だけなんだから、しっかりしてよ)」 「(善処しよう)」 俺の仕事は警護であって、お目付け役ではないのだが。 「エルザ、もういいだろう」 「せっかく稲生さんもいるのだし、もう少し剣術のことを……」 「前みたいに尻餅をつくぞ」 「尻餅?」 「ちょ、ちょっと、何で言うのよ」 エルザが赤面し、刀を振るのを止める。 以前、エルザに頼まれて剣術の稽古をつけてやった時のことだ。 「はっ! やぁっ!」 木刀を振るエルザ。 手に力が入りすぎて、構えも太刀筋も荒い。 「エルザ、手元に集中しすぎだ」 「刀は全身一体の動きで振れ」 「全身一体……なるほど」 「やあああああっ!」 木刀を大きく振るエルザ。 「派手に動けという事ではない」 「そ、そうなの?」 「わわっ……きゃっ!」 ふらついたエルザが重心を崩し、派手に尻餅をついた。 「うぅ」 尻を押さえながら涙目になっている。 そして、赤面した顔をこちらに向けた。 「何も見なかった事にしなさい。 わかった?」 「ああ、わかった。 全て忘れる」 「よろしい」 「それより、尻は大丈夫か」 「全然わかってない!」 エルザにしては珍しい出来事だったので、よく覚えている。 滸は口元をにやにやさせていた。 「大統領、尻餅をついたの?」 「放っておいて!」 「……宗仁、覚えてなさいよ」 「さ、さて、本部の視察はもう十分ね」 滸に呪装刀を返すエルザ。 「それじゃあ稲生さん、お邪魔したわ。 有事の際は頼りにしてるから」 「行くわよ、宗仁」 「次も視察か?」 「美よし。 まだお昼を食べてないでしょう」 そそくさと本部から出ていくエルザ。 滸に意外そうな顔を向けられる。 「大統領のお守り、ちゃんとできてるんだ」 「婚約者だからな、誰よりもエルザの扱いには慣れている」 「あーあ、惚気られちゃった、やだやだ」 呆れる滸に別れを告げ、エルザの後を追った。 美よしは相変わらず武人で賑わっていた。 エルザに気付いた者は、例外なく驚いている。 「なんでここに大統領がいるの?」 朱璃「お腹が空いているからよ」 俺の両隣に、朱璃とエルザが座っていた。 カウンター席に案内され、たまたま朱璃と遭遇したのである。 「エルザ、少し痩せたんじゃない?」 「心配しないで、食事も睡眠も十分に取っているわ」 「昨夜寝たのは朝の三時半、朝食も摘まむ程度だと言っていただろう」 「ちょっと、何でばらすのよ」 エルザが焦った様子で睨んでくる。 「こうでもしないと改善してくれないからだ」 「だって、執務を滞らせるわけにはいかないじゃない」 「私にしかできない仕事なのだから、手を抜くことはできないわ」 「それでも心配だ」 「大丈夫よ。 宗仁が心配してくれるだけで、疲れなんて吹き飛んでしまうし」 俺の肩に、エルザが頭を乗せてくる。 「お熱くていいわね」 料理をぱくつきながら、朱璃が呆れていた。 「自分だけの身体じゃないんだから、食事くらいはしっかり取るべきよ」 「分かってるわよ」 「できれば好き嫌いもしないほうがいい」 「確かブロッコリーが駄目なのよね」 「ああ、いつも勝手に俺の皿へ移してくる」 「余計なことを言わないで!」 エルザが慌てて俺の口を塞ごうとした。 朱璃が小さく笑っている。 「宗仁が尻に敷かれてるんだと思ってたけど、違うみたいね」 「エルザも、宗仁と二人きりのときは可愛いの?」 「ははは、まあな」 「『まあな』じゃない!」 俺は朱璃と二人して笑った。 「宗仁、覚えておきなさいよ」 「さっきの分と合わせて、絶対に仕返ししてやるんだから」 エルザの刺すような視線に気付かない振りをして茶を飲む。 やがて、箸を置いた朱璃が立ち上がった。 「それじゃ、ごゆっくり」 「もう行くのか?」 「新人議員にサボってる暇はないからね」 「大統領も、こんなとこで油を売ってると足を掬われるわよ?」 「相変わらず不敵ね」 「鬱陶しい?」 「いいえ。 他の議員は謙虚に過ぎるし、宮国さんは貴重な存在だわ」 ふっと笑い、朱璃が店を出ていく。 エルザも同じ表情で朱璃の背中を見送っていた。 「エルザ、この後は総督府に帰るんだろう?」 「いいえ、少し疲れたから宗仁の部屋で休ませてもらうつもり」 「別にいいわよね、近いんだし」 休むなら、総督府のほうが都合がいいだろう。 そう言おうと思ったが、口を閉じた。 エルザがうちに来るのも久々なので、俺も嬉しいのだ。 「はぁ~……ここは落ち着くわ」 到着するなり、布団を出して横になるエルザ。 軍服に皺が寄るが、気にしている様子はない。 「おい、だらしないぞ」 「いいじゃない。 宗仁と二人きりなんだから問題ないわ」 「ところで紅茶は出てこないの?」 「普通の茶ならあるが」 「もう、婚約者の好物くらい用意しておいて」 「一緒に暮らすようになったとき困るでしょ」 頬を膨らませて、足をぱたぱたさせるエルザ。 ただの子供のような仕草だ。 大統領としての威厳は微塵も纏っていない。 「じゃあ宗仁、代わりに脚を揉みなさい、これは大統領命令よ」 「朝から歩きづめで疲れちゃったわ」 「そんな大統領命令があるか」 「宗仁、揉んで」 転がったまま、駄々をこねるエルザ。 やれやれ。 観念して、大統領命令に従うことにした。 「うつぶせになってくれ」 「ふふ、ありがとう」 エルザの脚を掴み、揉みこんでいく。 「ふくらはぎの方を……あっ……。 うん……そう、そこ」 「んっ……。 はぁ……気持ちいい……」 喘ぎ声を漏らすエルザ。 やけに艶っぽく聞こえてしまい、変な気分に陥りそうになる。 「いつもより脚が張っているな」 「本当? やっぱり疲れているのかしら」 「というか、いつもの柔らかさを覚えているのね。 いやらしい」 悪戯っぽく笑うエルザ。 何度も触っているのだから、覚えてしまうのは仕方がない。 「エルザ」 「ん……なに?」 「あまり無理はしないでほしい」 「別に無理なんてしていないわ」 「やりたいことも沢山あるし、休んでなんかいられない」 「なら今、休んでおけ」 「大して寝ていないのだろう?」 「ねえ、宗仁。 私、寝るためにここに来たんじゃないわよ?」 エルザが拗ねたような顔で見上げてきた。 「私が何のために、いきなり視察に行くなんて言い出したと思ってるの?」 「あなたとの時間を作るためじゃないの」 身を起こして甘えてくるエルザ。 すぐにでも抱き締めたいが、大統領の時間は俺だけのものではない。 「執務は大丈夫なのか?」 「今日中に片づけるものは全部終わらせているし、何の問題もないわ」 「それとも、こんな事をする大統領なんて嫌かしら?」 「いや、全く」 「俺こそ、寂しい思いをさせたな」 「ふふふ、これから挽回してくれるんでしょう? 期待してるわ」 そう言って、俺を見つめてくるエルザ。 俺はゆっくりと、エルザに顔を近づける。 「……と、思っていたんだけど」 「む」 エルザの指に唇を押さえられた。 目を細めて微笑んでいるエルザの表情に、ぞくりとしたものを覚える。 「今日は、宗仁に恥ずかしい思いをさせられたわ」 「しかも、稲生さんと宮国さんの前で」 「いや、あれは……」 「言い訳なんて武人らしくないわね」 エルザに頬を撫でられる。 「今日はゆっくり味わうようにって思っていたけど、気が変わったの」 「宗仁には、ちゃんと今日のお礼をしないと……ね?」 「宗仁、横になりなさい?」 押し倒されるようにして、俺は布団に身体を横たえた。 「ふふっ。 足でしてあげるわ」 嬉しそうな顔のエルザが、俺の股間を爪先でつつく。 細い指先が、むき出しになった陰茎を弄ぶように動いた。 「あ、少し動いた」 「これはどうかしら……えい」 震える陰茎をつつかれた。 「あら、気持ちいいの?」 「じゃあ、これはどう? ……ぎゅー」 足裏を股間に密着させ、体重をかけはじめるエルザ。 陰茎に強い刺激が走る。 快感が痛みに変わる前に、エルザは力を抜いてくれる。 「ふふ、こんなのがいいのね」 「それ、もう一回……ぎゅっ」 「くっ……」 「あははっ、びくびくしてる」 「こうして……んんっ、擦るのはどうかしら」 肉棒を、エルザの足裏が滑る。 くすぐったいくらいの刺激に、もどかしくなる。 「ねえ宗仁……ちょっと舐めてみて?」 股間から離れた足先が、俺の顔に向けられている。 俺を誘惑するように、五本の指が動いている。 「舐ーめーて」 「舐めてくれないと、嫌いになる」 頬を膨らませ、爪先をぶらぶらさせるエルザ。 「わかったわかった」 わがままに付き合ってやるとしよう。 俺は舌を伸ばし、靴下に包まれたエルザの足に這わせた。 「ふふっ……この靴下、今朝から履きっぱなしだったのよ」 「ちょっと蒸れてるから、汗の味がしない?」 言われたとおり、舌の上には汗の味が広がっていた。 だが、エルザのものだと思えば芳しい。 「あっ……んんっ、んっ」 「くすぐったいけど……熱い……んっ」 「宗仁、もっと色んなところを舐めて?」 エルザが足を動かし、指の隙間や足裏への愛撫を求めてくる。 俺は素直に従い、エルザの足を唾液にまみれさせた。 「んんっ……なんだか、今の宗仁を見ていると変な気分になるわ」 「性感とは違う気持ちよさ……何かしら、これ」 エルザがぞくぞくと身体を震わせた。 そして、顔面にぎゅっと足裏が押しつけられる。 蒸れて湿った靴下の感触が顔に広がった。 「エルザ、あまり押しつけると息が……」 「やっ……しゃ、しゃべらないでよ。 くすぐったいから」 「んうっ!? 息をかけないでっ、呼吸禁止!」 呼吸すら許されないのか。 俺は反撃とばかりに、足裏に舌を這わせた。 「んうっ、ふっ……んんっ」 「んふっ、んうっ……んはっ……ちょっとだけ、気持ちいいわ」 吐息を吹き込みながら、足の指を口に含む。 もじもじと動くエルザの指先を、しゃぶるように貪った。 「あらあら、そんなにがっついちゃって」 「んっ、はぁっ……ほら、もっと頑張らないと、こっちを触ってあげないわよ?」 もう片方の足に、硬くなっている股間をつつかれる。 盛り上がっているのか、エルザの態度がどんどん高圧的になっている。 「ふふふっ、この舐めさせている感じ……興奮するわね」 「んあっ、はぁっ、はぁ……いいわよ、宗仁……もっと必死に舐めて?」 エルザの言葉に従い、じゅるじゅると音を立てて足指を吸った。 「はっ、はぁ、はぁ……んっ!」 「ふふ……それじゃあ、宗仁の……触ってあげる」 足の指が、竿の部分をさすった。 細やかな快楽に腰が跳ねる。 「あら。 宗仁のここ、さっきより大きくなってるみたいね?」 「もしかして、足でされるのがお気に召したのかしら?」 嬉しげな笑みを浮かべている。 エルザの靴下は、すでに俺の唾液で濡れまくっていた。 「はぁっ、はぁ、もう……必死に舐めちゃって、そんなに足でしてほしいの?」 「いいわ、ご褒美をあげる」 エルザが足先を器用に操り、俺の亀頭を捏ねくり回す。 「どう? 私、足も結構器用なのよ」 「んんっ……宗仁の、すごく熱くて硬くなってるわね」 屹立した陰茎を、足裏で挟むエルザ。 蒸れた靴下の、じっとりとした肌触りが陰茎から伝わってきた。 そのまま、挟む力に強弱をつけて刺激してくる。 「足だけでこんなにするなんて……宗仁って変態なのかしら、ふふっ」 爪先で陰茎を触られる。 爪でちくちくとした刺激を与えられ、陰茎が反応した。 「うふふっ、今ので感じたの? もしかして、虐められて喜んでるのかしら?」 「じゃあ、望み通りにしてあげるわ。 ほらほら」 強い刺激は与えず、爪先で陰茎を弄ぶエルザ。 裏筋をなぞるように、足指を滑らせる。 そして、指の間で亀頭を挟むように愛撫された。 「ここで何度も私を目茶苦茶にしたくせに、今日はされるがままね」 「ほら、口が止まってるわよ? ちゃんとしごいて欲しいなら、舐めて?」 再び、エルザが片方の足先を向けてくる。 陰茎への快楽を焦らされている俺は、すぐに舌を伸ばした。 「んんっ、ふっ……はぁっ、はあっ……」 「ふっ、はっ……ふふっ、よくできました」 「それじゃあ……足でしてあげる」 エルザの足に、再び陰茎を挟まれる。 びくびく震える肉棒を見下ろしながら、エルザは楽しそうな表情になっていた。 エルザの足の指が、陰茎の皮を上下にしごきはじめる。 素足とは違う、靴下のざらついた感触が更に快楽を生み出している。 「はっ、はぁっ……ん、はっ、んんっ」 「んうっ、んっ……ふうっ、んっ……んっ!」 力加減が難しいのか、しごきの強弱は安定していない。 陰茎がねじれるほど強いかと思えば、優しく撫でるような弱さに変わる。 予測のできない愛撫は、絶妙な快楽を俺に味わわせた。 「ふっ、はぁっ、はっ、はっ……」 「宗仁……どんどん、硬くなってるわよ」 「はっ、んん……このまま、足でされながら出しちゃうのかしら?」 嗜虐的な言葉を口にするたび、エルザ自身も昂ぶっているようだ。 頬は紅潮し、細められた目は熱っぽくなっている。 「はっ……んんっ、んっ、はぁっ、はぁ」 「ふっ、んっ、宗仁、足の裏でびくびくしてる……わよ」 性感に耐えている俺を見ながら、エルザが吐息混じりに言う。 「はあっ、はっ、んっ、んんっ……」 「ふふ、ちょっと休憩」 足の動きを止める。 中途半端に刺激を与えられたせいで、思わず自ら腰を動かしそうになった。 それを察したのか、エルザがにんまりと笑う。 「そんなに切なそうな顔しないで?」 「もう、可愛いんだから」 エルザが自らの衣服に手をかける。 「こうすれば、さっきより気持ちよくなってくれるかしら?」 エルザが軍服をはだけさせ、豊かな乳房を露出させる。 さらに、脱ぎ去った下着を俺の陰茎にかぶせた。 エルザの陰部を覆っていた下着が、俺の肉棒に密着している。 「んっ……これで擦るのは……どう?」 「……っ」 温かさの残った下着に包まれた亀頭を、足裏で擦られる。 柔らかな布の感触に覆われながらも、激しい興奮と性感を得た。 「ふふ、これも好きみたいね」 「下着も汗で蒸れてるんだけど……それがいいのかしら?」 「宗仁、やっぱり変態かも……んんっ、んっ」 嗜虐的な表情になりながら、足での愛撫を続行するエルザ。 「はぁっ、はっ、んっ……ふっ、んんっ」 「ふっ……んっ、んっんっ……はぁっ」 露わになった乳房が、エルザの動きに合わせてゆさゆさと揺れている。 白い肌には汗が浮かびはじめ、それが輝いているように見えた。 「はぁっ、はっ……んんっ、ふっ、んっ」 「んっ……あっ、ああんっ」 エルザが、自らの膣口に指を伸ばしていた。 肉棒を擦るだけでは物足りなくなったのだろう。 「はぁっ、はっ……んんっ、あっ、ああんっ」 「宗仁を見てたら……我慢できなくなっちゃった……ううんっ」 「ふっ、はぁっ、はぁ……んあっ、あっ」 肉棒を足で擦りながら、自らを慰めるエルザ。 すさまじく刺激的な光景だ。 こちらも昂ぶり、エルザの身体に触れたいという欲求が膨れあがる。 上体を起こし、エルザの乳房に手を伸ばそうとした。 「んっ、ふふ……駄目」 伸ばした手を掴まれる。 「宗仁は……大人しく私の足で気持ちよくなっていて」 「言ったでしょ……んんっ、宗仁には今日のお礼をするって」 「はっ……あっ、あんっ……んっ、んんっ……はぁ、はぁ」 熱い吐息を漏らし、足での愛撫を続けるエルザ。 身体も熱くなってきたのか、足裏から伝わる体温も増している気がした。 「私に触りたいなら……またここを舐めて?」 エルザが再び俺の眼前に足を運んだ。 熱気を発する足裏に気分が昂ぶり、俺は自ら顔面を密着させた。 エルザの香りを存分に嗅ぎながら、足裏を舐める。 「はっ……んんっ、ふっ、はぁっ、はっ……んっ」 「ああっ、はっ、あんっ、あっ、ああっ……!」 「ああんっ……靴下……汗と宗仁の涎でべたべたね」 靴下に吸いつき、唾液で溶かすかのようにねぶる。 「ああぁっ、はっ……んんっ、んうっ、んんんんっ!」 足裏を刺激したせいか、エルザが大きく身体を震わせた。 「はぁっ、はぁっ……はぁっ」 「そんなに激しく舐めるなんて……宗仁には躾が必要みたいね」 エルザが再び、足で俺の部分をしごきはじめる。 感じさせられた対抗心からか、先程よりも遥かに激しい。 「はぁっ……んっ、んんっ……んっ、ふっ……!」 「ほらっ、ほらっ……激しいのが、いいでしょう!?」 「私の足を舐めながら……んんっ、こんなに硬くしてっ」 エルザの言葉で責められるほど、陰茎から伝わる快楽が増した。 陰茎が何度も跳ねる。 じゅるじゅると音を立てながら、靴下から染み出るエルザの汗を飲む。 「はあっ、あああっ、あんっ……くううっ、んんっ……!」 「はっ、ああっ……んんっ、ふあっ、ああっ、ああんっ!」 俺の顔から足を離すエルザ。 肉棒が、汗ばんだ足裏にぎゅっと挟まれた。 それに応じて、足の上下の動きも激しさを増す。 「はあっ、はぁっ、んああっ……ふうっ、んんっ、ふあっ……」 「んっ、ふっ、ふっ、んんっ……んっ……んああっ、あんっ」 「くっ……エルザ……っ」 「宗仁……あそこから何か、出てきちゃってるわよ……んんっ」 足裏で激しく擦られた快感で、先走りが溢れていた。 かぶせられた下着が、染みになっている。 「んっ……私の下着、汚れちゃってるわ」 「お仕置きしなきゃね……ふふっ」 エルザの足先が俺の先端部分に触れる。 指で器用に液体をぬぐい、陰茎に塗りはじめた。 「自分で出したもので……んっ……べたべたになりなさい……」 「はっ、はぁっ……あんっ、あふっ……んああっ」 陰茎が先走りで濡れ、より滑らかに足先で擦られている。 「はぁっ……あっ、あああっ……んっ、んんっ」 「はぁ……ああっ、あっ、ふっ……んっ」 直立した肉棒へ刺激を与えつつ、自慰を激しくさせるエルザ。 「んっ、ふっ、んんっ……はぁっ、はぁっ……」 「足を舐めて、足でしごかれて、こんなに硬くさせて……!」 「宗仁にこんな性癖があったなんて、知らなかったわ……あんっ!」 言いながら、エルザが腰をくねらせた。 足の動きも連動し、陰茎がねじられる。 新たな刺激が、射精感を昂ぶらせた。 「あら……ここが少し動いたわね……んんっ」 「はぁ、はぁ……触ってほしいのかしら?」 爪先を使い、弄ぶように睾丸を撫でてくるエルザ。 片方の足では、変わらず肉棒をしごいている。 陰部全体に走る刺激に、腰が浮いた。 「やあんっ……急に動いたらびっくりするじゃない」 「焦らなくても、ちゃんとここも撫でてあげるから……んんっ」 「ああっ、あっ……んんっ、くうっ、んんっ……」 器用な足使いで睾丸を撫でまわしてくるエルザ。 自らの性器からは、淫らな水音を立てている。 「んっ……ふっ、はぁっ、はぁっ……」 「ふふ、私のも塗ってあげる……」 自らの指に付着した愛液を、亀頭に塗りこんできた。 敏感な部分を細い指先に擦られ、股間全体が締まるような刺激が走る。 「ほら見て……? 私のとあなたのが混ざってるわ」 「これで、んんっ……もっと、擦りやすくなるかしら」 「はあっ、んっ、んんっ、んっ……あっ、んんっ」 「ふあっ……はあっ……んっんっ、んっ、んううっ」 敏感な部分を足裏で擦られるたび、陰茎が跳ね上がる。 睾丸から、精液がせり上がってくるのを感じた。 「はぁっ……はっ、ああんっ、ふあっ、んっ……はぁ、はぁんっ」 「ふふ……宗仁がこんな格好をしてるだなんて、他の子が知ったらどう思うかしらね?」 「とっても強い武人が……あそこを私の足で擦られて感じてるなんて……」 「ふあっ……あふっ、んんっ……あっ、んっ……ふっ、んんっ……!」 エルザの足が、一際激しく動き出す。 射精感が昂ぶり、陰茎の震えが激しくなった。 「はぁっ、はぁっ、んうっ……んっ……ふうっ、んんんっ……!」 「ほら……イきなさい、宗仁……!」 「下着をかぶせられて、足でされながら、イっちゃいなさい……!」 先走りに濡れた足が、にちゃにちゃと音を上げて陰茎を擦りあげる。 自慰を続けたエルザの秘部も、粘り気のある水音を立てていた。 淫猥な音を響かせながら、両方の性器を刺激させるエルザ。 「はぁっ、あんっ、あんっ……んっ、ふっ……んううっ、んっ……!」 「あううっ……ううっ、ああっ、んあっ……はっ、んんっ、んあっ……!」 「はぁっ、はっ……ああっ、んんんっ、んっ……ああっ、ああんっ……!」 エルザが嬌声を上げて身体を反らせた。 俺も腰が浮いてしまい、ほとんど同時に身体を弾ませる。 互いに絶頂が近い。 「んんっ、んあっ、はあっ! ああっ! ああああっ……んっ、は……んんっ!」 「エルザっ……!」 「はぁっ……そのまま、出しなさい……全部、足で受け止めてあげる……!」 「ほらっ……びくびくして……んんっ、もう、出るんでしょう……っ?」 「あ、あああっ……んああぁっ、はあんっ……ん、んっ、んあぁっ……」 「あああっ、んあああぁっ……! あくうっ……んっ、うううっ」 「ひあっ! うああっ……ふああああっ、んんっ、あっ、あああぁぁっ!!」 どくっ! びゅるっ! びゅるるるっ!!「ふああああああああぁぁんっ!!」 「はぁっ、ああっ……出てるぅ……私の足に……」 「っ……!」 男根が跳ね上がり、熱い精液をぶちまけた。 エルザも達したらしく、身体が細かく弾んでいる。 「あっ! ああっ……! あ……はあっ……!!」 「はあっ……んううっ、はっ……ああっ……はあっ……!」 絶頂に達しながらも、エルザは足裏で男根を擦り続けていた。 「はあっ、いつもより、まだ少ないわ」 「ほら、出しなさい……全部私の足に……!」 びゅくんっ! どくっ! どくっ!「あはっ……やっぱり出た……んんっ……」 「はぁっ、はぁっ……んっ、あっ……」 何度も脈打ち、欲望を吐き出した。 エルザの下着と足を白濁に染めていく。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 「ふふふっ……全部、出たわね……はぁっ、はぁっ……」 足での愛撫を止めるエルザ。 「足で気持ちよくなるなんて、宗仁も相当なものね」 「……私も少しイっちゃったけど」 精子を垂らす陰茎を、エルザが爪先でつついた。 射精の余韻が残っており、ぴくりと反応してしまう。 「ふふっ、まだ虐めてほしいのかしら?」 「……いや、もう十分だ」 確かに快楽は味わえた。 しかし、エルザの足で責められた上、嗜虐的な言葉を浴びて喜び始めている自分が恐ろしい。 これ以上、この姿勢で行為をするのは控えておこう。 「私、まだ宗仁をいじめ足りないわ」 「待て、この姿勢はもう止めておこう」 「どうして? けっこう楽しかったけど……」 「まあでも、同じ格好ばかりだと飽きちゃうわね」 「ああ、そういう事だ」 とりあえず同意しておいた。 「ふふっ、それじゃあ次は……」 正面から抱き合うと、お互いの下半身が密着した。 目の前に晒された豊かな乳房が、ぶるんと揺れる。 エルザの股間に、肉棒が触れた。 「服は脱がなくていいのか?」 「いいの。 早く宗仁のことを感じたいから」 「汚したら困るだろう」 「私が構わないって言ってるの」 「今日はここに泊まるし、汚れても洗濯すればいいじゃない」 「また勝手なことを」 拗ねたように口を尖らせるエルザ。 「私が傍にいると嫌?」 「嫌なわけがない」 エルザが艶やかに笑い、腰を動かしはじめる。 「そうよね。 こんなに固くなっているんだもの」 「私と一つになりたいって、びくびくしてる」 「んっ、ふっ、はぁ……」 柔らかな秘部が陰茎に擦りつけられる。 エルザの中を味わいたいと、肉棒がうずいた。 エルザが指先で俺の部分を摘まみ、先端を膣口に添える。 そのまま挿入すると思いきや、ぴたりと動きを止めた。 「ねえ、宗仁?」 「私としたいって言いなさい?」 「は?」 「言わないと、してあげない」 くすくすと笑みを零すエルザ。 陰茎を動かし、愛液で湿った陰唇を擦りつけてくる。 先端部分から甘い快楽が全身を走りぬけた。 「……エルザとしたい」 「ちゃんと言わないとダメ。 私と、何をどうしたいの?」 「んっ……ふっ」 「ほら、もう先っぽが入っちゃったわよ」 「全部、入れたくないの?」 「エルザの中に俺のを入れたい、これでいいか?」 恥ずかしくなり、ぶっきらぼうに言った。 「入れてください、って言ってみて?」 「……入れてください」 欲望に抗えず、エルザの要求に応えた。 俺の言葉を聞き、ぶるっと全身を震わせるエルザ。 「ふふ、よくできました」 「恥ずかしがっている宗仁、可愛いわよ?」 「からかうのはよせ」 聞く気がないのか、エルザは俺の頭を撫でた。 少し赤くなっているであろう顔を、じっと正面から見られる。 「これ以上焦らしたら、かわいそうね」 「いいわ、入れれさせてあげる」 「素直に言った、ご褒美ね……んっ」 エルザが腰を落としていく。 先端が熱い感覚に包まれ、ぬるぬるとした内壁が亀頭を飲み込んでいく。 「んっ、あぁっ……宗仁のが、中に……!」 「はっ、あっ、んんっ、うっ……あっ」 「はあっ……んううっ、はぁっ、はぁっ」 熱い膣肉に竿の部分が包まれた。 何度も繋がっているが、エルザの膣内は相変わらず狭い。 エルザの呼吸に合わせて、とろけた肉襞が俺を締め付けてくる。 「はあっ、はあっ……んん、んああっ……」 「んっ、あっ……はぁっ、あっ……んんっ」 下半身が丸ごと溶けてしまいそうな程の快感だ。 エルザが顔を寄せてきて、互いの吐息が触れあった。 俺はエルザの尻を掴み、腰を動かして彼女を求めようとする。 すると、エルザが俺の手を掴んだ。 「だぁめ」 「私がしてあげるから。 宗仁はじっとしていなさい」 あくまで主導権を握るつもりのようだ。 「ふふっ、私より先にいかせてあげるわ、覚悟しなさい宗仁」 エルザが、小刻みに腰を動かしはじめる。 「んっ、あっ、あんっ、あっ、あんっ、あっ」 「はっ、あっ、ああっ、あっ、んっ、んんっ、ああんっ!」 「はぁっ……この体勢、深い……ああっ!」 エルザが小刻みに腰を動かすと、陰茎から快楽が走る。 柔らかな膣壁は、陰茎を奥へと誘うように脈動していた。 「んっ……あっ、あっ、あんっ! んあっ、あぁっ」 「どう、こんな風に腰を動かすのは……?」 股間が密着した状態で、ぐりぐりと腰をねじるエルザ。 膣壁に陰茎がねじられ、先端がより強く最奥に押し付けられる。 精液を搾り取ろうとするかのような動きに、陰茎が反応した。 「あぁっ、あっ、これっ……私の中で、宗仁のがぴったりくっついて……!」 「ああああっ……んああんっ、あぁっ、あんっ!」 「あっ、ああんっ、あああっ、あんっ……ひあっ、あうううううっ!」 新たな動きの虜になったのか、エルザが腰をねじり続ける。 その度に陰茎がねじられ、陰茎に快楽とわずかな刺激が走る。 「はぁっ、はぁっ……もっと、激しくしてみようかしら」 「ほらっ、ほらぁっ……! ふふっ、激しい方がいいみたいね?」 「あんっ、んっ……あひっ、ひんっ……んんっ、あっ、あっ、あっ……ああっ!」 「んうっ、うっ、あっ、はぁっ、あっ……私も気持ちよくて、いい感じ……んんっ」 感じてしまっている顔を、エルザにじっと見つめられる。 腰を打ち付けるようにして、激しく動かしてきた。 エルザに与えられる快楽だけに身を任せる。 「あっ、あっ……このまま出しちゃいなさいっ……! あっ、ああっ、あっ!」 「はぁっ、あっ、あんっ、あんっ! ああっ、うあっ、あっ、んううっ……!」 感じてしまうたび、エルザに顔を覗きこまれた。 快楽に逆らえないでいる姿を凝視され、心の中に羞恥心が広がっていく。 「はぁっ、あっ、ああっ……あっ、あっ、あっ、ああんっ、ひんっ、ひっ!」 「ふっ、ふあっ、あっ……んんっ、うううっ、んうっ、んっ……んんっ!」 「んっ、ふ……あなたがいくときの顔、見ていてあげる……!」 陰茎から生み出される快楽に押し流されそうになるが、なんとか堪える。 俺は反撃を開始した。 「ち、ちょっと、動かないで!?」 「あっ……ああっ、んううっ!」 揺れていたエルザの豊かな乳房を掴む。 その先端に口を寄せ、唇に含んだ。 「あっ、だめっ、吸っちゃ……んああぁっ……!」 「ふあっ、あっ、あうっ、んんっ……んっ、はぁっ、はっ……あああんっ!」 「はあぁっ、あっ……ふっ、ふうっ……んんっ、くぅっ……んんっ、あっ!」 「あんっ……! も、もう、私の胸、そんなに好きなの……?」 上体を起こし、固くなった乳首を唇で挟み込み舌先で転がした。 エルザが俺の頭を抱え、胸に押しつけてくる。 「こんな時だけ私に甘えて……本当、可愛いわね……ううんっ!」 「はああっ、んあっ……ああんっ、あんっ、はっ……あっ、ああんっ、ああっ!」 「ひゃんっ……あっ、あううっ、んっ、んんっ、ああっ、はっ……んっ……!」 胸を責められながらも、エルザは腰を動かし続けた。 量の増した愛液で、俺たちの股間が濡れまくっている。 「くうっ、んはっ……あくっ、はあぁっ、ふうぅんっ……ああっ、ひんっ……!」 「あふっ、ひっ、うくぅっ、ん、あぁっ……はんっ……んううっ、んっ……!」 「んんっ! さ、先っぽばっかりっ……ああぁっ!!」 乳首を吸うたび、締めつけが強くなっていた。 「ああっ……はあっ、はあっ、んっ、んあっ、んああっ、ああっ、あんっ、あんっ!」 「はぁっ、ああっ、あんっ、ふああっ、あっ……ひゃうんっ、ああああぁぁっ!」 エルザが大きく背中を反らし、乳房が口から離れた。 膣内が痙攣し、俺の部分に強くからみついてくる。 エルザにも、もう余裕がないようだ。 「エルザ、そろそろ限界か?」 「ま、まだよっ……先にいくのは、宗仁なんだから……」 「ああんっ、んあぁっ、うっ、あっ、ああっ、あんっ、あふっ、あっ、あはぁっ!」 「あふぅんっ、ふあっ、ふああぁっ! んあっ、ううっ、はぁっ、あああぁぁっ!」 「ふっ、くうぅっ……んっ、あふっ、ふああっ、あっ、んうっ、ううっ、あっ」 「ああああっ……そこ、奥っ……駄目え……!!」 エルザの最奥を先端で突く。 エルザが腰を動かすと、先端部分が子宮口にぐりぐりと押しつけられた。 「ああああっ! ふああっ、あっ、あうっ、あうっ、ふああんっ、はぁ、あっ!」 「はあっ、はあっ……はっ、ああっ、あっ、あううっ、ああぁっ、んんっ、ああっ、あっ!」 「んううっ、宗仁を先に……いかせるんだからっ……!」 絶頂に堪えながら、必死に陰茎を責め立ててくるエルザ。 そのせいか、膣肉が小さな絶頂を繰り返すように蠢いている。 「ああぁっ、あふっ、はぁっ……あぁっ! んんっ、くうんっ、はああぁっ、あんっ!」 「あぁんっ、う、あぁっ、ふぁっ……ひあっ、あはぁんっ、くうぅっ、うっ、あっ!」 「あはっ、んっ、あ、あくっ、や、うぁっ、はうぅ、ん、んふっ……ふあぁっ」 達するのを必死に堪えるエルザの膣内は、かつてない快楽を俺に与えてきた。 膣襞に亀頭を擦られ、膣肉で竿の部分を圧迫された。 陰唇は陰茎を抜くことができないほど、ぴったりと閉じている。 エルザの腰は休むことなく、むしろ先ほどよりも激しく動く。 「エルザ、もう……!」 「あっ、あああああああっ……! 出してっ……一番奥で、出してっ!」 「ああっ、あふんっ、ふああっ、んっ、あはぁっ、んああっ、あんっ、ああああんっ!」 「んあっ、んああぁぁっ、あふっ、ああぁっ、ふああっ、ひっ……はああぁぁ……っ!」 エルザを抱きしめ、欲望に身を委ねる。 先に果てるのは悔しいが、もはや抗えない。 「宗仁、私より先に、いきなさいっ……びくびくして、また出したいんでしょう……!?」 「んううぅぅっ、はあっ、あっ、あんっ、あんっ! んああんっ……!」 「はああぁぁっ、あっ、ああっ、やあっ……ああっ、ふあぁぁっ、ああっ!」 「うううっ……! ああっ、あああっ、うあああっ、ああぁっ、んあぁぁっ!!」 「ああああぁぁっ、ふああぁぁっ、んううっ、ああっ、んあああああぁぁっっっ……!!!」 びゅくんっ……!「ふあああああああああぁぁ~~っっ!!」 熱い感覚が内部で最高潮に達した。 「はぁっ……先にっ……いったわね宗仁……!」 「もっと、もっと出して……私の中で、いっぱい……!」 なおも精液を搾り取ろうとしてくるエルザ。 意識の飛びそうな快楽の中、俺は射精中の陰茎で膣内を突いた。 「あああんっ、んあ、くうっ、あ、ふああっ、あああぁっぅぅっ!!」 「はぁっ……んあぁっ、うああっ、あふうぅ、んああああああぁぁぁぁぁっ!!!」 どくっ、びゅくっ、びゅるっ!「はあっ、ああっ、あっ、あああっ……また、出てる……!」 「私も、いっちゃった……んんっ、やあっ……身体の奥、熱い」 ずるずると力が抜けそうになるエルザを抱き留める。 「エルザ……」 「ん……ちゅっ、んううっ」 「あ、んん、ちゅっ……」 口づけを交わしながら、最後の一滴まで出し尽くした。 「んっ……あっ」 力を失った陰茎が、女性器からぬるりと抜け出る。 愛液と精液の混じりあった液体が、俺の脚にまで垂れてきていた。 「はあっ、はぁ、はぁ」 「ふっ、ふふ」 嬉しそうに笑っているエルザ。 「……どうした?」 「ごまかすつもり? 宗仁、私より先にいったでしょう」 「繋がっている時に宗仁が先にいっちゃうのって、初めてね」 「今日は記念すべき初勝利の日だわ」 からかうように言ってくるエルザ。 「満足したか?」 「ええ、とっても」 「宗仁の恥ずかしそうな顔も悔しそうな顔も見れたし、今日のことは許してあげる」 仕返しを達成したせいか、つやつやとした笑顔のエルザ。 「その笑顔も可愛いな」 「してる時の宗仁のほうが可愛かったわよ?」 「む……」 反撃され、黙り込む。 これは、しばらくエルザに勝てそうにない。 分の悪さを感じ、話題を変えることにした。 「今日は泊まっていくのか?」 「ええ、久しぶりにゆっくり眠れそうだわ」 「だって、こんなに体力を使ったんだもの」 いつもは執務室で仮眠を取るくらいだ。 エルザが十分に休めるのならば、俺も嬉しい。 「それにしても、宗仁をいじめるのは楽しかったわ」 「時々こういう遊びをするのも悪くないわね。 宗仁も喜んでたみたいだし」 「別に喜んでいた訳では……」 ない、とは言いきれなかった。 エルザがにやにやしながら俺を見ている。 「とにかく、変な方向に目覚めるのはやめてくれ」 「お互い様でしょ」 「さて、お風呂に入りましょうか」 立ち上がりかけたエルザが、はっとした顔になる。 「あ、また新しい遊びを思いついたんだけど、お風呂場でやってみない?」 「ふふふっ、私、宗仁をいじめるのが癖になっちゃったわ」 「……」 エルザが大統領で本当に大丈夫だろうか。 皇国は、何か大きな過ちを犯したのかもしれない……。 「おはよう、宗仁」 エルザ「……む」 宗仁目を覚ますと、目の前にエルザの顔があった。 「どうしたの? 変な顔になってるわよ?」 「なぜ俺の布団で寝ているんだ」 昨夜は一人で寝たはずだ。 エルザとは部屋に戻る前に別れた。 「あら、もしかして恥ずかしがっているのかしら?」 「二人で一緒に寝るのは初めてのことでもないでしょうに」 「そういう意味ではない」 「じゃあ、どういう意味」 ずいっとエルザが近づいてくる。 鼻先が触れ合わんばかりの距離だ。 俺は無言で寝返りを打つ。 これ以上エルザと目を合わせていると、自分を抑えられないような気がしていた。 最近は多忙で、恋人らしい事ができていない。 「ちょっと、逃げないでよ」 「逃げてはいないだろう」 エルザに背中をつつかれる。 「それにしても意外だったわ。 宗仁ってば、全然気づかないんですもの」 「もし私が敵だったらどうしていたつもり?」 何も言い返せなかった。 普段なら、誰かが部屋に入って来ただけですぐに目が覚める。 俺の布団に忍び込めたのはエルザの高度な隠密技術によるものだろうか。 いや、俺が腑抜けすぎているだけか。 エルザが近くにいるだけで気分が昂ぶってしまうのも、どうにかしなければ。 もっと精神を鍛えねばなるまい。 「しばらく寝顔を眺めていたのだけれど、全然起きる気配がないんだもの」 「もう少しで、襲っちゃうところだったわ」 「あ、間違えた。 眠っちゃうところだったわ」 「眠いのなら、布団を貸すが」 冗談を無視すると、エルザが頬を膨らませた。 「お構いなく。 別に眠いわけじゃなくて、こうしたかっただけだから」 エルザの腕が俺の方に伸びてくるふわり、と彼女の両腕が俺の頭を抱いた。 柔らかな胸に後頭部が埋まる。 「ふふ。 ちくちくするわ」 俺の髪に頬をすり寄せてきた。 エルザの胸は温かく、例えようもないくらいに柔らかい。 いい香りが鼻孔をかすめ、寝起きにもかかわらず身体が熱っぽくなった。 「もう起きる時間だ」 エルザの腕からすり抜けて、上体を起こす。 気合いで誘惑を振り払った。 だらだらしていたら、学院の始業に遅れてしまう。 「だめ。 逃がさないわ」 エルザが膝の上に寝ころんできた。 「ねえ。 今日は、ずっとこうしていない?」 「それに、ほら……最近は忙しくて、何もできていないでしょう?」 太ももに頬をすり寄せてくるエルザ。 「今日は平日だ。 学院がある」 「学院は休んで、私と寝ているの」 駄々をこねるように言うエルザ。 「生徒会長がそんなことでどうする」 「もう。 宗仁は私よりも学院の方が大事なの?」 エルザが拗ねた。 今朝のエルザは何かおかしい。 妙に甘えた感じがあるというか。 「大体、エルザも忙しいんじゃないのか?」 皇国が共和国から独立し、数ヶ月が経っていた。 政治顧問となったエルザは民主主義の導入に向け、皇国の政治家と毎日のように討議している。 「今日は珍しく予定が空いていたの」 「だから久しぶりに宗仁と学院に行こうかと思って」 「なら、準備をさせてくれ」 「宗仁の寝顔を見ていたら、このまま二人きりでいたくなったの」 「たまには学院に行きたいと前々からぼやいていただろう」 「それはまあ、そうだけれど……」 「はあ、仕方ないわね。 起きましょうか」 口を尖らせたエルザが身を起こす。 エルザの体温が離れて寂しくなり、思わず手を握りそうになった。 俺だって、久しぶりにエルザを求めたい欲望がある。 だが、エルザは忙しい身で、久しぶりに学院に顔を出せるのだ。 俺よりも、今しかできないことを大切にすべきだろう。 「朝ご飯は私が作ってあげるわ」 「共和国風の朝食だから、あまり口に合わないかもしれないけれど」 「エルザの作る料理は何でも美味い」 「嬉しいけど、それじゃあ張り合いがないわ」 「不味かったら不味いと言ってくれないと、料理の腕が上がらないじゃない」 「ちゃんと、宗仁に美味しいものを食べさせてあげたいのに」 「恋人だから贔屓しているんじゃない。 本心から美味いと思っている」 「本当?」 「ああ」 俺の言葉に、エルザの表情が明るく輝く。 「ふふ、ありがとう」 「すぐに準備するから、ちょっと待っていて」 エルザは羽でも生えていそうな足取りで台所に向かった。 二人で朝食を食べてから、朱璃が合流して一緒に登校することになった。 「いきなりお邪魔してごめんなさいね、宮国さん」 「私のほうこそ、お邪魔してるみたいだけど」 朱璃居心地悪そうに朱璃が言う。 「そんなことはない。 君は俺の主だ」 「家臣と主が一緒にいるのは普通だろう」 「いつまでも私に義理立てする必要はないのよ?」 朱璃が俺の顔を覗き込んでくる。 「本当は、エルザに仕えたいと思ってるんじゃない?」 「それとこれとは話が別だ。 俺は君に命を捧げた身。 公私混同はしない」 「宗仁がそう言うなら、私は構わないけれど」 朱璃がエルザの方を見る。 「な、何かしら」 「今、凄い顔で私の方を睨んでた」 「え!? そ、そんなことないわよ!?」 言いながら、ぺたぺたと自分の顔を撫で回しているエルザ。 「ねえ、宗仁?」 「当たり前だ。 この通り、エルザもわかってくれている」 「そ、そうよ。 当たり前じゃない」 「宗仁は私のパートナーである前に、一人の武人だもの」 「宗仁が己の命を捧げた主に対して、つべこべ言うようなことはないわ」 「じゃあ、こんなのは?」 朱璃が俺の右手を取る。 「ち、ちょっと!? 離れなさい!」 エルザに左腕を引かれた。 「あ……いや、これは」 思わずやってしまったのか、エルザが顔を赤くした。 「無理しちゃって」 「何か言った?」 「別に何も」 朱璃が俺から離れる。 「臣下の私生活にまでは干渉しない方針だから、これ以上は言わない」 「二人の問題は二人で何とかしてね」 そっけなく言いながら先を歩いてゆく。 二人の問題とは何のことだろうか。 エルザを見るが、顔を赤くするばかりで目を合わせてくれない。 「エルザ、このまま歩くか?」 「い、いえ、ごめんなさい」 慌てて俺の腕を離すエルザ。 政治顧問という厳粛な立場だ。 男と腕を組んで歩くのは控えたほうがいいだろう。 朱璃の後を追うように歩きはじめる。 と、エルザに服の裾を掴まれた。 「あ、待って」 「手、握らせて」 右手をエルザに握られる。 先ほど、朱璃が握っていた右手だ。 顔を真っ赤にしたまま俯くエルザ。 「どうした?」 「……宮国さんが握ったままだと気になるから、上書きしてるの」 「放っておくと、宗仁が私のものじゃないみたいで嫌だから」 ぽそぽそと呟くエルザ。 俯いて垂れた前髪の隙間から、上目遣いの瞳が覗いていた。 「じ、じゃあ、先に行くわ」 俺の手を離すと、エルザが小走りで朱璃を追いかける。 俺はエルザを抱き止めようとする自分を抑えるのに必死だった。 エルザの触れた手のひらから、温かな体温が全身に広がっていく。 学院に到着する前に、気分を鎮めなくては。 昼休みの生徒会室。 生徒会の仕事を終えて一息ついた。 それに気づいたエルザが、そそくさと隣に座ってくる。 「宗仁、お仕事は終わったんでしょ?」 「今は誰もいないし……ね?」 言いながらぴたりと寄り添ってくる。 今朝から変わらず、俺に甘えてくるエルザ。 「(無心。 無心だ)」 唇を噛んで煩悩を払う。 「食堂に行かないと、昼食に間に合わないぞ」 わざと素っ気ない返事をする。 エルザが頬をふくらませた。 「むむむ」 俺だって、エルザに求められて嬉しくないはずもない。 許されるのならば、一日中触れ合っていたい。 だが、エルザの立場を考えるとそれはできないのだ。 「……わかったわよ」 「宗仁はじっとしてて」 「私が自分でするから」 「は?」 立ち上がったエルザが、俺の膝に座り直した。 エルザの臀部が、俺の股間に密着する。 「おい、エルザ」 細いエルザの指がするすると移動し、股間部分に触れようとした。 手を掴んで止める。 「宗仁、離しなさい」 「手を放さないと大声を出すわよ?」 「無理矢理させられてるって言ってやるんだから」 「……そんな馬鹿な」 手から力を抜くと、エルザが薄い笑みを浮かべた。 「抵抗したら宗仁のこと、嫌いになるかも」 「口答えも禁止」 「静かにしていれば、誰もここには来ないでしょ?」 生徒会室に入ってこようとする生徒はいない。 他の役員も、特に仕事がないので訪れることはないだろう。 「あら、嫌がっていたわりには硬くなってきてるわ」 「口の割に、宗仁も期待してたのね」 衣服越しの陰茎に指先を滑らせるエルザ。 「私の指、気持ちいい?」 「っ……」 久しぶりなせいか、陰部はすぐに硬くなった。 「ふふっ……いつも通りの大きさ」 「あなたの大きさ、もう覚えちゃったわ」 「よせ、エルザ」 「口答えは禁止って言ったわよ」 陰茎をきゅっと圧迫してくるエルザ。 それに反応して、陰茎が小さく跳ねてしまう。 「こっちは正直ね」 「大丈夫、すぐ楽にしてあげるから……じっとしてて」 敏感な部分を刺激され、陰茎が熱く硬くなってゆく。 エルザが、器用な指使いで肉棒を取り出した。 「ふふふ、ここでしてあげるのなんて初めて」 「ちゃんと気持ちいいかしら?」 たっぷりとしたエルザの尻肉に肉棒が挟まれた。 まるで乳房に挟まれているかのように柔らかい。 それでいて乳房よりも大きく、陰茎をしっかりと挟みこんでいる。 下着のふわりとした感触も相まって、体験したことのない快感を味わった。 「はぁっ……熱いし、すごく硬いわ」 「こんなに膨らませちゃって、すごく苦しそう」 エルザが腰を動かすと、尻肉の震えが陰茎に伝わった。 俺の意思とは関係なく、陰茎が物欲しそうに震える。 「んん……ふふっ、また震えてる」 「大丈夫、ちゃんとよくしてあげるから安心して」 ひやりとした滑らかな指で、亀頭を優しく撫でてくるエルザ。 鉄のようになっている竿が、さらに硬さを増す。 「誰かに気づかれたらどうするつもりだ」 「誰も、こんなことをしているだなんて思わないわよ」 「……宗仁が抵抗しない限りは、静かにしてあげる」 エルザがきゅっと尻肉をすぼめ、陰茎を圧迫してくる。 「待て」 「口答えしないの」 「あなたはただ、黙って気持ちよくなっていればいいんだから」 「んっ、んっ……んっんっ」 エルザが腰を動かし、尻で陰茎を上下にしごく。 下着とそれを覆っている布の感触が、素肌とは違う刺激を伝えてくる。 「エルザ……止せっ……」 「はっ、はぁっ……素直じゃないわね」 「ほらっ……もっと強く締めてあげる」 「ふふっ、どうしたの? 苦しそうな顔になってるわよ?」 両手で自らの尻を押さえ、圧迫感を増してくるエルザ。 こちらを振り向いている横顔には、楽しそうな笑みが浮かんでいる。 「ふうっ、んうっ……んっ」 「んっ……んんっ、んっ、んっ」 「ねえ、正直に言ってみて? 気持ちいい?」 なおも黙っていると、エルザが意地悪げな笑みを浮かべた。 「もっと、お仕置きを与えないといけないみたいね」 「はぁっ、はっ、はっ……んっ、んうっ」 「んっ、んぅっ……んはっ、はぁっ、はぁっ」 エルザが腰の動きを激しくする。 摩擦され熱されていく肉棒から、全身に刺激が広がってきた。 下半身全体がびくりと跳ねてしまう。 「くすっ……やっぱり気持ちいいのね」 「ふっ、んっ、んん、んっ……はぁ、はぁっ」 上下だけでなく、陰茎を揉みしだくように腰をねじらせてくる。 行為の終盤であれば、これだけで射精してしまいそうな強い刺激だ。 「ん、ふふ……んんっ、んっ……んっ」 「はぁっ、んっ、んっ、んっ……んっんっ」 「うふっ……宗仁のここ、何度もびくびく跳ねて押さえるのが大変だわ」 熱っぽく俺を見つめながら言うエルザ。 自らの下半身を覆っている布に手をかけ、裂いていく。 「エルザ……?」 「こうすれば、もっとよくなると思うわ」 「それに宗仁も……私のこと、もっと見て?」 布を裂いたその手で、制服の胸元をはだけさせるエルザ。 豊満な乳房が、たぷりと震えながら露わになった。 さらに、裂かれた布の間に陰茎を滑り込ませている。 尻肉と布に挟まれ、陰茎はがっちりと固定された。 「ふふ。 これなら、どれだけ暴れても私から離れないわ」 「それじゃあ、続けるわよ……んっ、んっ」 「はぁっ、はっ……ふっ、んんっ、んっ」 エルザの柔肌が、ぺちぺちと股間に叩きつけられる。 衣類から解放された二つの乳房も、思い思いに揺れていた。 刺激的な光景と快楽に、発熱したような心地に陥る。 「はっ、はぁっ、はっ、んっ、んんっ……」 「んはっ……はっ、はぁっ、はっ、はぁ、はぁ」 「くっ……」 陰茎が、ざらざらとした布の感触と柔らかな尻肉に圧迫されている。 異なる二つの刺激を与えられ、間断なくエルザの腰の動きにしごかれた。 「はぁ、はぁっ、は……んんっ……んっ」 「んっ、んうっ……はぁ、ふっ、ふぅっ」 一日穿きつづけていたせいか、エルザの下半身を覆う布は蒸れていた。 わずかに残っているエルザの汗の湿り気と熱気が、陰茎を優しく温めている。 「はぁっ、はっ……ふっ、ふっ、ふぅ、んっ」 「んっ、はんっ……んっんっんっ、んぅ……」 「ふふっ……どうしたの? 足、震えてるわよ」 わずかに射精感がせり上がり、自然と足に力が入っていた。 このままでは、本当に生徒会室で射精してしまいそうだ。 目を細めるが、エルザは気にした様子もない。 むしろ抵抗できずにいる俺を見つめながら、楽しげに腰を動かしている。 「んふっ……そんな顔したって、駄目。 止めてあげない」 「んはっ、はぁっ、はっ、んっ、んっ……」 「ふうっ、ふっ、はっ……はぁっ、はぁっ」 膣口に近い場所で擦っているせいか、エルザの息も荒くなっている。 横顔だけでも、昂ぶっているとわかった。 腰を動かすたび、長い金髪が美しく波打っている。 改めて、自らの恋人を美しいと思った。 「んふっ、ふ、ふぅっ、はっ……んんっ」 「うんっ……はぁっ、ふっ……んっ、んっ」 「エルザ……っ」 「ふふっ、激しくされて……感じちゃったの?」 「もっともっと、喜ばせてあげるわね」 「んうっ……んっ、んっ、んっ」 「ふっ、んんっ……んっ、んっ、んっ」 「ふふ、もう出ちゃってるのね……」 エルザの視線が、辛そうに震える亀頭に向けられる。 「ストッキングに、宗仁のが染みこんでるわ」 「このまま、お漏らししちゃうのかしら?」 この状態で射精すれば、エルザの下半身や下着を汚してしまうことになる。 だと言うのに、エルザは構わず腰を動かし続けていた。 「んっ、ふうっ……んんっ、んっ」 「ふっ……うんっ……んっ、んっ、んっ……」 陰茎から、わずかに粘り気のある音が鳴る。 腰の動きもさらに激しくなり、肉のぶつかる音が室内に響いた。 昂ぶってきたのか、エルザの声も大きさを増す。 「エルザ……あまり大きな音を……」 「んんっ、バレちゃったら、宗仁のせいよ」 「こんなに……私を熱くさせるんだから……んっ、んっ……!」 「はぁっ、はぁっ……はぁ、んんっ、んっ……んっ!」 「んっ……んうっ、んっ、ふっ、んふっ、んんっ」 「こんなに大きくして、嬉しそうに震えちゃって……可愛いわね宗仁」 エルザの妖艶な声が耳朶を打つ。 「ふふ、気持ち良さそうな顔……ふぅ、んん」 「んっ、んっ……んっ、んうっ……ふっ、うんっ……んっ」 「んっ、んんっ……はっ……んっ、んっ、んっ……」 尻の谷間も汗ばみはじめ、俺の先走りと混じりあう。 混ざりあった体液が潤滑油となり、尻肉との接触がさらに激しくなった。 「んっ、んうっ……はぁっ……うっ、んんっ」 「はぁっ、はっ……んっ、ふっ……ううんっ……」 「宗仁のここ……すごく……んんっ、びくびくしはじめたわ」 「もしかして……私のお尻に出しちゃうの?」 「ふふっ……そんな事されたら、びっくりして大声を上げちゃうかも」 俺の反応を楽しむように言うエルザ。 陰茎から生み出される快楽が下半身を支配し、背筋を這い上ってくる。 「はぁっ、はっ……はっ、はぁっ、はぁ、はぁ」 「はっ、あっ、んんっ……ほら、我慢しないで出してもいいのよ?」 「私の感触に夢中になって……私だけを見て……気持ちよくなって……!」 腰全体を使って、竿と亀頭を責め立てるエルザ。 その動きはどんどん激しくなっていく。 いい加減に、堪えていた射精感も限界だった。 「エルザ……!」 「いいわよ、宗仁。 出しちゃっても……私が受け止めてあげるから」 「ほら、私の下着に……出しちゃいなさい……んっ……んっ」 「んっ、ふうっ、ふっ……んっ、んっんっ、んっ……」 「んんっ……! 早く、早く出して……んっ、はっ……んっ、んっ」 「うんっ、んっんっ、んっ、んっ……私のお尻で、出しちゃいなさいっ……!」 びゅくんっ! びゅくっ! どくっ……!陰茎が布の中で暴れ、熱い液体を吐き出す。 「ふあっ……んっ、んんっ……はぁっ、はぁっ!」 「んんっ、あはっ……いっぱい出てるわね……んんっ」 「ほら、もっと……全部出してっ……はあっ……!」 「ぐっ……!」 尻肉をすぼめながら腰を動かすエルザ。 射精中の肉棒をしごかれ、意識が飛びそうなほどの刺激が走る。 「あっ、ふ……ん……んんっ……」 「すごい……どんどん出てくるわ……はっ、んっ」 射精している間も、エルザは愛しげに俺を見つめている。 エルザの尻が、俺の精液でどろどろになっていた。 布に染み込んでいく精子を見ながら、エルザは満足そうに微笑む。 「くす……出してるときの顔、すごく気持ちよさそう」 「お尻でしただけなのに、こんなに感じてくれるだなんて……嬉しいわ」 射精が収まるまで、エルザは尻の谷間から陰茎を離そうとしなかった。 精子の糸を引きながら、陰茎が布の中から解放される。 絶頂の余韻が、身体を刺激する。 「ふふっ、気持ちよかった? 私のお尻」 射精しておいて否定することもできず、ただエルザを見た。 「今度は、一緒に気持ちよくなりたいわ」 「仮病でも何でも、早退する理由なんていくらでもでっち上げられるでしょ?」 ……家に戻って続きをしろ、という事か。 そのとき、昼休みの終わりを予告する鐘が鳴った。 「あ、丁度いいわ……みんなが授業をしている間に帰りましょう」 立ちあがり、行為の後始末をしようとするエルザ。 だが、俺は立ち上がったエルザを生徒会長専用の机に押し倒した。 「きゃっ!?」 「宗仁っ、何するのっ……!?」 硬くなっているままの陰茎をエルザの下着にこすり付けた。 腕の中でエルザが動くたび、こぼれた乳房が揺れている。 「そ、宗仁、急にどうしたのよ」 「俺の台詞だ」 「さっきの行為が気付かれていたら、どうなっていたと思っている」 「私は、政治家としての権威を失墜させていたでしょうね」 さらりと言い流すエルザ。 頭痛がしてきた。 「怒ってるの?」 「……どちらかと言えば、自分に呆れている」 結局は快感に抗えず射精したことを思い出し、情けなくなった。 いや、それについては後回しだ。 エルザの身体を抱き寄せる。 「抱いてくれと言っていたな?」 「そのために、こうしているんだ」 「え? ここで……するの?」 「そっちから無理矢理始めておいて、今更だな」 まるで仕返しをするかのような風を装ったが、実際は違う。 最早、抑制が利かなくなっただけだ。 家に戻る時間すらも惜しく、エルザと触れ合いたかった。 「宗仁が無理矢理なんてできるのかしら?」 「ふふっ、するときはいつも私を気遣って大人しいくせに」 挑発的な笑みを浮かべているエルザ。 俺に襲われている割に、まだ余裕が残っている。 「なら、試してみるか?」 「やっ、ちょっと……」 「ひゃんっ、だめっ、そこ、舐めないで……っ」 首筋を舐めると、エルザが可愛らしい声を上げた。 腰を動かして、エルザの陰部を擦る。 「やぁっ……宗仁のが、あそこに擦れて……」 「待って、急にそんなに激しくされたらぁっ……!」 「あんっ、ふあっ……んあぁ、んううっ」 先ほどの尻の愛撫でエルザ自身も感じていたのだろう。 驚くほどに感度が上がっている。 「こっちも触るぞ」 言いながら、エルザの胸を強く揉みしだく。 豊満な乳房の肉が、指の間からはみ出していた。 抵抗しようとするエルザを強く抱き締め、逃がさないようにする。 「待って、それ以上されたら感じちゃっ……声、でちゃうっ……」 「みんな授業に出ている、問題ない」 「やぁっ、あぁんっ! はぁっ、ううっ、んああっ! あんっ!」 「はぁっ、あっ……んんっ、うんっ、うっ……ああっ!」 「ああっ、んううっ、んあああっ!」 腕の中でエルザが大きく震え、身体を跳ねさせた。 見ると、陰茎で擦った箇所の下着が湿っている。 「もう濡らしたのか」 指摘すると、息を切らせてエルザが恥ずかしそうに赤面した。 「はぁっ、はっ……だっ、だって……だから」 ぽそぽそと言う。 「何?」 「ひ、久しぶりだから」 「ず、ずっと、宗仁が私のこと構ってくれないから……」 「だからこんなに敏感になってるのよ!」 いきなり声を荒げ、涙ぐむエルザ。 予想外の反応に俺はたじろいだ。 「……今朝だって、私がずっとアピールしているのに、相手にしてくれないし」 「帝宮で会っても全然話しかけてこないし、執務室にも全然顔を出さないし!」 幼い子供が駄々をこねるように言うエルザ。 政治家として振舞っている時の面影は、欠片も残っていなかった。 「二人っきりで話したのなんて、二週間ぶりよ!」 「私のことをずっと傍で支えてくれるっていうのは嘘だったの!?」 「待て、そんなことは」 俺は細心の注意を払ってエルザの身辺を警護している。 警備体制も直々に管理しているし、公私共に可能な限り俺と数人の警護をつけて……。 「……そうか」 俺は、政治家としてのエルザを気遣うあまり、恋人として振る舞う時間を失っていた。 むしろ、政治に集中してもらおうと恋人として過ごす時間を避けていた。 「政治家としての執務は大事だし、民主化には命を懸けているわ」 「でも、私は宗仁と愛し合えているから、ここまで頑張ってこれたの」 「お願い宗仁……私が恋人だってことを忘れないで」 エルザが瞳を潤ませながら、じっと俺を見つめている。 返事をする代わりに、俺はエルザを抱き締めた。 「さっきのことは、確かにやり過ぎたわ」 「あなたの困った顔が少し見たかっただけなの……ごめんなさい」 「いや、俺が無神経すぎた」 エルザはただ、俺に甘えたかっただけなのだろう。 思い通りの反応を返さない俺に痺れを切らせて、今日のような事をしてしまったのだ。 「許してくれるか、エルザ?」 「私こそ……あんな事をして、許してくれる?」 「……ふぁっ!」 突然、エルザが喘いだ。 俺の陰茎が下着越しの女性器に触れてしまったようだ。 互いの秘部を見て、ふっと笑いあう。 「そうだな……このまま続けさせてくれるなら許そう」 「ふふっ、このまま続けてくれたら、私も無神経な宗仁を許してあげる」 「ははは、手打ちだな」 エルザの瞳から涙は消え、代わりに笑顔が浮かんだ。 俺はゆっくりと、エルザの制服を脱がせようとする。 「宗仁、きて」 「私のここ……すごく切ないの」 エルザの秘部に先端を当てる。 「んあああああっ!!」 ぬるん! と一気に挿入する。 エルザの部分は熱く蕩けていて、深い部分まで簡単に俺を受け入れる。 俺が侵入するのを、ずっと待ち望んでいたのだろう。 「はぁっ、あっ……ふあっ、あっ……んんんっ!」 「はぁっ、はぁっ、はっ……んんっ、んうううっ!」 「はああっ、すごく久しぶりだけど覚えてる……宗仁の形……」 髪の毛を振り乱しながら喘ぐエルザ。 愛おしそうに、俺の陰茎が埋まっている下腹部を撫でている。 「全部わかるっ……宗仁の熱も、固さも」 「全部、覚えてる……」 「ふっ、んんっ……はぁっ、あっ、ああんっ!」 膣内をきゅっと締め、膣肉と陰茎を密着させるエルザ。 「こうしたら……あなたのこと、もっと感じられて好きなの」 「はっ、あうううっ……ふっ、ううんっ……んんっ」 「はぁっ、はあっ……んうっ、うっ、ふっ……」 膣襞がねっとりと絡みついてくる。 エルザの身体が、俺を離すまいとしているかのようだ。 蠢く膣肉を陰茎で感じながら、腰を往復させる。 竿全体が柔肉に擦られる。 その都度、電撃のような快感が下半身を走り抜けた。 「宗仁、何だか……いつもより優しい?」 「ああ……久しぶりだからな」 「いいわ、気にしないで……んんっ!」 「さっきみたいに、私を襲うつもりで……激しくして?」 吐息混じりに言うエルザの表情はとろけきっている。 このまま激しくすれば、快楽の底から抜け出せないのではと心配になるほどだ。 「いいんだな?」 頷くのを見て、俺はエルザを抱き締めた。 そして、貫くかのように激しく腰を突き動かす。 「あああぁっ! ……ふあっ、あっ、あっ……ああっ、んっ」 「あっ、あっ、あんっ、あっ、んうっ、うっ、んんっ!」 陰茎で膣肉を突くだけでは足りず、握っている乳房を強く揉む。 指の間に固くなった乳首を挟み、同時に刺激した。 「やあっ、んんっ、あはあっ、あっ、あんっ、んっ、んああっ!」 「ふああっ、あっ、やっ、ああんっ、はっ……ああっ、ああああっ!」 「はっ、んっ、んっ、んうんっ……んっ、ふっ、うあっ、んうっ!」 「久しぶり……だから、もうっイっちゃ……!」 「ひあっ……あっ、あっ……やぁっ……ああああぁぁっ!」 エルザの身体が細かく何度も跳ねた。 どうやら、軽い絶頂を迎えてしまったらしい。 構わず、むしろ絶頂中の膣肉を味わうように俺は腰を動かし続ける。 「あっ、うあっ、はぁっ、あぁっ! あっ、あっ……あんっ、あんっ!」 「やぁっ……イってる……イってるのにぃ……っ!」 「ふあっ、あっ、あっ……あっ、あぁっ! あんっ……ふあっ、んううっ!」 身体を貪るほど、エルザの表情が恍惚としたものになっていく。 俺と、俺から与えられる快楽以外に何も考えていないときの顔だ。 「はああっ……ずっと、あなたとこうしたかったっ……!」 「あなたのことを想って、一人でしたことだって、あったんだからぁっ!」 「すごくっ……ああっ、切なかったんだからねっ……んうううっ!」 「エルザっ……」 俺を想って自慰をしていると告白したエルザが、心の底から愛おしくなる。 これからは、そんな切ない想いを絶対にさせまいと誓う。 「宗仁、もっと私に触れて、私の体温を感じて……!」 頷いて、エルザの胸を握る。 俺の手の感触を覚えこませるように、強く揉んだ。 「んんっ!、ふあっ、あっ、はあっ、あうっ、ふうっ、うっ、んっ!」 「はあんっ、はあっ、はっ……うっ、ああっ、あっ、あああんっ……!」 大きな胸を揉みしだくたび、エルザの肩がビクビクと震える。 「そこ、いい……触られるの好き……」 「もっと触って、宗仁」 固くなった乳首を指先で摘まんで、何度も引っ張ってやる。 「あううぅっ、ああっ、んんっ、うっ……ふぁぁあああっ……!」 「それっ、気持ちいい……ああああんっ!」 「前は、こんなに感じなかったのにい……んんっ」 「どんどん、いやらしい身体になっているな」 「やあんっ……全部、宗仁のせいよ……!」 「宗仁が色んなとこ触るから……こんな身体になっちゃったんだからぁっ……!!」 「なら、ちゃんと責任は取ろう」 さらに激しく陰茎を往復させ、エルザの膣内をかき乱す。 膣肉は驚いたように蠢いたが、決して陰茎への吸いつきを弱めようとしなかった。 「あっ、あぁっ、んっ、あっ、ああっ……んんっ、はぁっ、あっ、あっ!」 「はあっ、あっ……ふあぁっ、はっ、はあっ、あうっ、んっ、んっ……!」 乳房と膣内を責められ、エルザの嬌声はどんどん激しくなった。 がくがくと震えるエルザの身体を抱き締め、膣内を突き続ける。 「はぁっ、んんっ、あっ、あっ、ああっ、ひっ、ひあっ……んっ、ああんっ!」 「宗仁……キスも、キスもして……!」 腰を突き出しながら、唇を重ねる。 「んうっ、んむっ、んん、ちゅむ、じゅるっ、ちゅぶっ、じゅっ……ふあっ!」 「んううっ…、んっ、ちゅっ、ちゅぷ……あっ、んっ、んっ、んっ……!」 快楽を紡ぎ出すことだけに夢中になっていた。 ただただ、無心でエルザの唇を貪り、柔らかな身体を犯してゆく。 「ふあっ、んっ、じゅっ、ちゅっ、ちゅむっ……んんっ、じゅるっ、んっ!!」 「ぷあっ……はぁっ、あっ、ふっ、んんっ、あっ、ふああっ、あっ、ああんっ!」 「あっ、あぁっ……口もあそこも一緒に責められて……すごく感じ……ふああっ!」 口の端から、俺のと混ざった唾液を垂らすエルザ。 それはエルザの頬を伝い、生徒会長専用の机に落ちた。 「はぁっ、はぁっ……この学院の誰も知らないわね……んんっ」 「生徒会長が、生徒会室で……こんなことしてるなんて……」 「ふあっ、あっ、あっ、あぁっ……んっ、はあぁっ、うあぁん……っ」 「ああぁっ、あんっ、んはっ、ううぅっ……んっ、くぅっ、んんんっ!」 エルザの言うとおり、この学院の誰も知らないだろう。 全校生徒を前にしても、全国民を前にしても怯まない生徒会長が──組み敷かれるような体勢になり、生徒会室で快楽に喘いでいるなどと。 「んあっ、んっ……くあっ、んっ、はうっ、うっ……ふあっ、あんっ、あんっ!」 「うあんっ、んくっ、あ、あっ……ふっ、んはぁっ、んふっ、うっ、うああっ」 「宗仁、宗仁……ちゅむっ、じゅっ、ちゅっ……ちゅぶっ、じゅっ」 唇を重ねたままエルザが俺の手を強く握る。 膣壁がさらに締まり、俺を責め立てる。 「エルザっ……そろそろ……!」 「はあっ! はあっ……私も、もう少しだから……」 「お願い、我慢して……あなたと一緒にイきたい……あっ、あっ、あっ……!!」 「うぁっ、んあっ、んはっ、はうんっ……くぅっ、はぁっ、んっ、んんっ、んあっ!」 我慢してと言われ、必死に射精感を堪える。 しかし、エルザを絶頂に導くため腰は止めなかった。 身体が溶けそうな程の快楽が、股間から何度も広がっていく。 「んくっ、ふっ……んあぁっ! やあっ、んあぁっ、あ、ん……、んうぅっ!」 「うくぅっ、うあぁっ、んふっ、んん……はあっ、あぁんっ、あ、ああっ……!」 「ふうぅっ、うん、んうぅっ、あんっ、やっ、くぅっ……ふあっ、んあああぁっ!」 エルザの乱れようは相当だ。 尻肉で俺の部分をしごいていたときと同一人物とは思えない。 一切の余裕もなく、愛欲に溺れている。 「ふあっ、あんっ、あっ、あああっ、あっ、ふあっ、はんっ、あ、んっ、ひぁっ!」 「あうっ、んあっ、くふぅっ、んっ、んんっ、んっ、んっ……あっ、やっ、んんっ!」 「もっと奥まで……私の奥にきてぇっ……はああっ! んっ!」 言われた通り、さらに亀頭をねじ込む。 先端が最奥に達し、エルザの表情がさらに蕩けた。 「嬉しい……私、宗仁とすごく深く繋がってる……!」 「あぁっ、んああっ、あっ、あ、あ、あ、あ、あ、あ…………んっ、んんっ!!」 「んああぁっ、うんっ、ああぁ……うぅんっ、ふあっ、あっ、ああっ、あんっ!」 陰茎を圧迫する膣肉が、一段と激しく蠢きはじめた。 エルザの身体もより敏感に震えている。 「あぁっ、きゃうっ、ひっ、ひうっ、うあっ、あっ、あぁんっ、あっ、ああんっ……」 「やあっ、ひんっ、ふあっ! あうっ、あぁっ、あふぅっ、んんっ……ふああぁっ!」 「私も、もう少しでっ……イくぅっっ……!!」 「エルザっ……!!」 せり上がってきた射精感を放出すべく、速度を上げていった。 絶頂に達しかけたエルザの全身が間断なく震える。 「だめっ! イ、イくっ! イくっ! 一緒、二人で一緒にっ……!!」 「ふあっ、あああっ、あんっ、んっ、ふあんっ、ああっ、あっ、あ……!!」 「くっ……出すぞっ……!」 「くうぅっ、はんっ……やああっ、ふああっ………あああぁぁぁっ!!」 「やああぁっ、あああんっ、ふああぁっ、ああぁっ、ああああああんっ!!」 「んああっ、あっあっあっ……!! ああああああああぁぁぁあ~~~っっ!!」 「あっ、うあああぁぁっ……んんんっ、ふあああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 びゅくんっ! どぷっ……!!「はああっ……! ああっ……! あっ……! ああっ……!!」 エルザが絶頂を迎え、大きく背筋を反らした。 陰茎が勢いよく抜け、そのままエルザに精液をぶちまける。 「あああああっ……!!」 どぷっ……! どぷっ……! びゅるっ! びゅるるるっ!!「はぁっ、まだ、出てる……っ!」 「ああっ……あっ、んんっ、んううううっ」 絶え間なく陰茎が脈打ち、何度も精液を吐き出した。 白い精液が、エルザの肌と制服を汚していく。 「はあっ、はあ……はっ、はぁ……ああっ、あっ」 「宗仁の精液……すごく熱い……」 射精が終わり、エルザがうっとりと俺を見る。 肌にかかった精液に指で触れるエルザ。 「沢山、出たわね……制服も汚れちゃったわ」 「すまない」 「平気よ。 制服のことなんて、どうでもいいもの」 「あなたに抱かれてるときが、一番幸せだから」 交わりの余韻を味わっているかのような表情のエルザ。 そういえば、今は授業中だろうか。 エルザとの交わりに没頭していたせいで、もはや時間が判然としない。 「教室に戻るか」 「だめよ。 一回で終わりにするつもりなの?」 身を起こそうとすると、エルザがぎゅっと抱きついてきた。 その上、脚を腰に絡ませてくる。 「どうせすぐには戻れないわ。 制服も、こんなだし」 エルザの制服は俺の精液に汚れ、しかも二人とも汗だくだった。 「放課後になるまで、ここにいましょう?」 「生徒会も今日は休みにするわ」 「とんだ生徒会長だ」 「あなたが悪いのよ、こんなに私を乱れさせて」 俺も、学院の授業よりエルザのことを優先したい。 「ね? 久しぶりなんだから、もっと私と……して?」 「ああ、何度でも」 「んっ……ちゅ……」 再び唇を重ねる。 「はあっ……」 「ふふ……まだ時間はたっぷりあるんだから」 エルザが蠱惑的な笑みを浮かべる。 それから日が暮れるまで、何度も何度も身体を重ねたのだった。 「宗仁、早く早くっ」 エルザ子犬のように駆けたエルザが、俺に大きく手を振っている。 「急がなくてもいいだろう」 宗仁「早く行きたいのよ。 ずっと楽しみにしていたんだから」 「車を出せばよかったんだ」 「それはそうだけど」 ちらり、と俺を上目遣いに見る。 「せっかくの旅行なんですもの」 「すぐに着いてしまうのも、つまらないでしょう?」 「早く行きたいのか移動が楽しみなのか、どっちなんだ」 「両方!」 「ほら、つべこべ言わずついてきなさい」 エルザが俺の腕を抱き寄せた。 柔らかな胸の間に、容赦なく腕が埋まる。 「近すぎじゃないか」 昼前の商店街は、人通りも多い。 道ゆく人々に注目されているのが分かる。 大統領とその婚約者なのだ、当然だろう。 エルザは気にした様子もなく、むしろ手を振ったりしている。 「写真を撮られるぞ」 「もう婚約しているのだし問題ないわ」 「それとも、恥ずかしい?」 にまにまと笑みを浮かべながら、腕に力を込めるエルザ。 ふくよかで心地良い感触が腕に密着する。 「いや、問題ない」 「あら、前は節度がどうとか言ってたくせに」 「言っても聞かないからな」 「ええ、聞かないわ」 「だって我慢できないもの」 俺の腕に擦り寄ってくるエルザ。 歩きにくそうだが、俺と密着することのほうが重要らしい。 この辺が奔放なのは、やはり共和国人だからだろうか。 まあ、こうして振り回されるのもエルザが相手なら楽しい。 だからこそ、いきなり旅行に行こうと言われても応じてしまうのだろう。 歩きながら、俺は昨日の出来事を思い出す。 執務室で、国防体制について議論していたときのことだ。 議論も終わり、俺は皇国警察の任務へ戻ろうとしていた。 「ねえ、宗仁。 近場にいい温泉旅館があるらしいのよ」 「いきなりどうした」 「ただの雑談よ雑談」 「それより温泉、宗仁も好きでしょう?」 「まあ、好きだが……その温泉旅館は天京にあるのか?」 「そうよ。 ほらここ」 エルザが机の引き出しから温泉雑誌を出して開く。 大統領の机に温泉雑誌が入っているとは国民も思うまい。 エルザの温泉好きは筋金入りだ。 まだ俺や朱璃と戦っていた頃から皇国の温泉を調べたり、足湯に通ったりしていた。 「この旅館、いい雰囲気でしょ?」 付箋だらけのページを覗くと、雅な雰囲気の旅館が掲載されていた。 天京の隅に建っているらしく、俺も初めて見る旅館だ。 露天風呂つきの客室で、予約を取るのが難しいらしい。 「足湯には何度も行ったけど、実は温泉って初めてなのよね」 「ん~……楽しみだわ」 入浴を想像したのか、エルザが目を閉じて喜びに浸った。 「ははは、まるで明日にでも行くかのような口ぶりだ」 「ふふふ、よく分かったわね」 「宗仁、ちゃんと準備をしておいて」 「おい待て」 表情から笑みが消えた。 「明日とはどういう事だ」 「二ヶ月前から予約を取っていたのよ」 「安心して、もちろん偽名を使ったわ」 「大統領の名前を出すなんて、向こうに気を遣わせるし」 大統領が自分で予約したのかと突っ込みたかったが、ぐっと堪える。 「いきなり仕事を空けるなど、皆が混乱するぞ」 「大丈夫よ、明日と明後日は、私がいなくても行政に問題ないわ」 「初めての宗仁との旅行だもの、調整は完璧よ」 「俺には皇国警察の任務がある」 「休みを入れておいてあげたから、安心して」 拒否権はなさそうだった。 優雅な動作で紅茶を淹れるエルザ。 窓から注がれる陽光に金髪が照らされ、輝きが波打った。 見惚れそうになったが、頭を振って気を取り直す。 「なぜ俺に隠していたんだ?」 「驚かせようと思って」 エルザが悪戯っぽく笑った。 本当にそれだけかと思って、じっと瞳を覗き込んでみる。 「どうしたの、急に見つめてきて」 「ふふふ、今さら、それくらいで私を照れさせようなんて甘いわ」 勘違いしたエルザが、抵抗してじっと俺を見つめ返してくる。 そのまま、謎の時間が十秒ほど流れた。 室内で動いているのは、紅茶から立ちのぼる湯気だけだ。 「じー……」 エルザの瞳や表情には何ら邪気がない。 どうやら、本当に俺を驚かせるために温泉旅行を企画したらしい。 「すまない、何でもない」 先に俺から目をそらす。 「私の勝ちね」 勝利宣言をして紅茶を飲むエルザ。 「あ、二人きりだから、護衛は任せたわよ」 「勿論、私を楽しませる事も忘れないでね」 「難儀な命令だな」 「ふふっ、あなた以外の人には頼めないわ」 「違いない」 言って、エルザに顔を近づける。 エルザは、目を閉じて応じてくれた。 「んっ……」 唇が重なりあった。 エルザの唇に残った紅茶の香りが鼻腔を抜け、舌先に少しだけ味を感じた。 少々の渋みと、繊細な香り。 顔を離し、少しだけ考える。 「……ダージリン、だったか?」 「正解」 「宗仁も、少しだけ紅茶の味が分かるようになったわね」 俺は、エルザと恋人になってから紅茶に詳しくなっていた。 「そういえば宗仁、以前はあまりキスをしてくれなかったわよね」 「皇国人は共和国人ほど奔放じゃないからな」 「まあ、今では俺も慣れてしまったが」 「私から毎日キスしてあげた甲斐があったわ」 「あ、言っておくけど、私は恋人にしかしないわよ?」 「ああ、わかっている」 満足そうに頷くエルザ。 「でも、宗仁が恥ずかしがっているところを見れないのは少しつまらないわ」 「あっちのほうでも、最近は乗りが悪いし」 「エルザが無茶ばかりするから慣れたんだ」 あっち、というのは身体の交わりのことである。 一度、俺を責めるようなやり方を覚えてから、エルザはそれが癖になっていた。 こちらから責めることもあるが、勝敗は今のところ五分五分だ。 「久しぶりに、戸惑っている宗仁が見たいわね」 「そうだ、場所を変えたりしてみようかしら?」 「……街中で、などと言い出さないだろうな」 「ああ」 それだ、と言わんばかりに手を打つエルザ。 「明日の準備をしてこよう」 そそくさと退出しようとした。 「冗談よ」 「でも、普段と違う場所というのは刺激的よね」 「おい」 「これも冗談」 さらに釘を刺そうとしたが、エルザが紅茶を飲みはじめたので黙った。 紅茶を飲み干し、温泉雑誌に視線を落とすエルザ。 「明日が待ち遠しいわ」 「初めての温泉が宗仁と一緒なんて、すごく楽しみ」 エルザが嬉しそうに鼻歌を歌いはじめる。 俺もまた、気分が浮かれるのを自覚していた。 そして、今に至る。 相変わらず俺の腕に抱きついているエルザ。 「ふふふ。 楽しみね」 「はしゃぎすぎるな、大統領」 そう言いつつも、俺の足取りは普段より軽い。 「そういえば、行きがけに温泉があるらしいわよ」 「温泉へ行く途中に温泉に入ってどうする」 「む、確かに」 冗談なのか本気なのか分からない顔をする。 風呂は、エルザが皇国文化の中で最も気に入っているものだ。 どんなに執務が忙しくても睡眠時間が少なくても、入浴を欠かすことはない。 しかも、長風呂。 下手をすれば三時間近く入っていることもある。 「だが、温泉に行くのが初めてだとは思わなかった」 てっきり、何度も通っているのだと勘違いしていた。 「軍にいた頃は忙しかったし、政治家になってからはもっと忙しかったもの」 「私が温泉に行く余裕ができたというのは、皇国が安定しつつある証拠ね」 「そうかもしれないな」 「だから私は、これから温泉に何度も通うべきね」 「ああ。 ……いや、それは違うだろう」 「騙されなかったか」 可愛らしく舌を出すエルザ。 「ふふっ、今日はずっと宗仁と一緒にいられるわね」 「サービスしてあげるから、期待してて」 にんまりとした笑みを浮かべ、腕に胸を押し付けてくるエルザ。 「期待しておこう」 にべもなく返す。 変に反応するとからかわれるのは、すでに学習している。 つまらなそうに口を尖らせるエルザ。 「宗仁、可愛げがなくなったわね」 「何度も言うが、慣れたからな」 「むう……やっぱり、新しい刺激が必要だわ」 何かを考え込むエルザ。 薮蛇になりそうなので触れないでおこう。 変な流れになる前に、強引に話題を変えることにする。 「しかし、露天風呂は俺も久々だな」 「そうね、二人でも十分入れそうだったし、景色もよさそう」 「一緒に入るつもりか?」 「え? 恋人同士で温泉に行くのだから、一緒に入るでしょ?」 首を傾げながら言うエルザ。 俺が間違っているような気さえしてくる。 「身体も洗ってあげるわね」 「……ああ」 やはり俺は、堅物過ぎるのだろうか。 「そういえば宗仁、お腹、空いていない?」 「む、もうじき昼か」 小腹が空かないでもない。 「何か食いたいものはあるか? エルザに合わせよう」 「うーん、そうね」 辺りにある飲食店を眺めるエルザ。 「宗仁には精力……じゃなくて、精をつけてもらわないといけないし、やっぱりお肉かしら」 「ニンニク……はダメね。 キスする時に匂いがしたら興ざめしちゃう」 「何の話をしている」 まあ、夜になって布団を敷けば、どちらからともなく行為を始めるだろう。 だが、少々気が早い。 結局、エルザは屋台で肉の串焼きを購入した。 「はい、どうぞ」 「こっちのレバーも食べなさい。 亜鉛が豊富で一石二鳥だから」 「何がだ」 受け取って口に運ぶ。 エルザは俺が食べる姿をじーっと見つめている。 「……エルザ、何か企んでいないか?」 「そんなことないわよ」 澄まして言うエルザ。 口を開けて肉にかぶりつく。 「あら、なかなかおいしいわね」 「宗仁も食べて食べて」 俺の質問は、結局はぐらかされてしまった。 「不安だ」 「大丈夫よ、私にだって節度はあるわ」 肉を食べながら笑顔を浮かべるエルザ。 一瞬だけ、表情が肉食獣のそれに見えたのは気のせいなのか。 ……気のせいであってくれ。 そうして、俺たちは旅館に到着した。 客室に案内され、さっそくエルザと露天風呂に入浴している。 「……やはり、こういうつもりだったか」 「嫌なら抵抗して?」 結論から言うと、俺は見事にエルザの策略にはまっていた。 「ふふ、宗仁だって、その気だったんでしょ?」 結局こうなる定めだったのか。 いや、俺も本心では望んでいたことなのかもしれない。 俺の分身とも言える部分がそれを如実に現していた。 「やっぱり期待していたのね……んんっ」 「こんなに熱くなってる。 ふふ、すごく固いわよ」 エルザの指が陰茎に触れた。 薄い笑みを浮かべながら俺の部分を弄ぶ。 「これがいつも私の中に入っているなんて、信じられない気分ね」 細い指が竿に柔らかく触れて刺激してきた。 エルザにじっくりと観察される。 「恥ずかしい?」 「否定はしない」 周囲を竹壁に囲まれているとはいえ、一応は真昼間の野外である。 布団での行為よりも、緊張感と恥辱を多分に感じられた。 「面白くないわね。 もっと分かりやすく恥ずかしがってもいいのに」 「せっかく、いつもと違う場所でしているのよ?」 そういえば、昨日そんなことを言っていた。 「旅館を予約したときから企んでいたのか?」 「いいえ、昨日からよ」 「だって、宗仁が私とのエッチに慣れたなんて言うんだもの」 「場所を変えれば、最初の頃みたいに盛り上がるかと思って」 寂しそうな顔をして陰茎をつついてくるエルザ。 「誰かに声を聞かれたらどうする?」 「大丈夫よ、声を抑えればいいだけ」 「でも、誰かに聞かれるかもしれないって想像すると……」 「ふふっ、ぞくぞくするわ……れろっ」 舌先を陰茎に触れさせるエルザ。 内心で溜息をついた。 エルザに対してではなく、同じように気分を昂ぶらせている自分にだ。 「宗仁も同じ気持ちなのね」 「ここが、震えたわよ……は……ぁ……」 指先で裏筋をなぞり、温かい吐息を浴びせてくる。 「恥ずかしくないのか」 「恥ずかしいけれど、好きだから」 言った後で、かぁっと顔を赤らめる。 「ち、違うっ! これが好きとか、そういう意味じゃなくって!」 「宗仁のことが好きっていう意味よ!?」 「わかってるから安心しろ」 ほっとした様子で陰茎を撫でるエルザ。 「前に、生徒会室でしたことがあったでしょう?」 「あの時のことを思い出すと、何ていうか……うずうずしちゃうの」 「私、普段と違うところでするのが好きなのかも」 「まずい傾向だな」 「もう、誰のせいだと思ってるの? 全部宗仁のせいよ」 「あんなところで私を気持ちよくするから、忘れられなくなっちゃったんだから」 「あの時も、最初はエルザから仕掛けてきただろう」 むっとしたエルザが、陰茎をぎゅっと握る。 別に痛くはない。 適度な刺激になって、逆に心地いいくらいだった。 「あの時は、宗仁だって乗り気だったじゃない」 「ああ、悪かった。 実のところ、俺も気分が昂ぶっている」 「ふふっ。 素直でよろしい」 満足げに頷く。 「あなたのそういうところ、可愛いわ」 「ん……はふ……」 エルザが陰茎に顔を寄せ、舌を伸ばす。 ぬるりとした温かいものが亀頭に触れた。 「はあっ……んっ……ちゅ……」 「れろぉ……れろ、ぴちゃっ……」 小さくて柔らかな舌が、ちろちろと俺の部分をくすぐる。 こそばゆい感触が断続的に走る。 「ぺろっ……ぺちゃ……れろ……ふ、ん」 「んっ……ちゅっ……ふ、はあっ……」 俺の股間で金色の髪が揺れている。 水気を帯びている毛先が、金糸のように輝いていた。 「エルザは本当に、俺と交わるのが好きになったな」 「んはっ……私をこんなにしたのは、宗仁じゃない」 「あなたの裸を見ただけで、身体がうずいて……切なくなっちゃうわ」 「れろ……ぴちゃ、れろっ……んっ、はっ、ん」 陰茎に舌を這わせながら見上げてくる。 エルザの唾液にまみれ、陰茎がてらてらと光って見えた。 「んちゅっ……ちゅっ、ぴちゃっ、ちゅぷっ」 「ぴちゅっ、れろっ、れろぉっ……んっ……」 「ん……ちゅ……。 宗仁は、ここが弱いのよね?」 亀頭の裏を重点的に責めてくるエルザ。 ぞくりとした快感が背筋を駆け抜ける。 「ぺろ、ぺろっ……。 れろ、んんっ……」 「ふぁ……んぷ、はぁっ、ぺろ……れろ」 「エルザ……」 「はあっ……。 ふふっ。 何も言わなくても、わかってるわ」 「ここの反応を見ていれば、全部ね」 「れろ……ぺろっ、んふっ、はっ……ぺろ」 「んむっ……はっ、れろっ、れろっ……」 エルザの舌が、ちろちろと鈴口を刺激した。 そして瑞々しい唇を近づけ、吸うようにして快感を与えてくる。 「ちゅっ、ん……ちゅ、ちゅっ……ぺろっ」 「ちゅぶっ、ちゅっ……ちゅぅ、ちゅぶっ……」 「れろ……んっ……。 先っぽも、弱点……」 舌先で突くように愛撫したかと思うと、次はねっとりとした唇で責めてくる。 敏感な亀頭を温かい舌先が這い回り、その都度甘い快感が走る。 「くっ……」 「んちゅ、ちゅっ、れろっ……れろっ……」 「ちゅむっ、ちゅぶっ、あふっ……んっ、ぺろっ」 「んふ……。 先っぽから透明なのが、溢れてきているわ」 陰茎を舌が這う度、下半身に快楽を得る。 このまま、湯に蕩けてしまいそうだった。 「ふふ。 嬉しい。 あなたの弱点を知ってるのって、私だけよね」 「私にだけは、弱いところを見せてもいいのよ」 「もっと、よくしてあげるわね……。 んん……ちゅ……」 「は……んう……じゅるるっ」 エルザの口が先端を含んだ。 口内の粘膜に触れるだけで溶かされそうだ。 咥えている隙間から唾液が流れ、陰茎を伝っていく。 唇で竿をゆっくりとしごきながら、舌がぬるぬると亀頭を這い回った。 「ふあっ、んむっ……じゅるっ、ちゅぶっ、んむっ」 「んむっ、んっんっ……あふっ、ふぁ……はふっ」 「んぐっ……んん……ふぅっ……んんっ……ん……!」 「っ……!」 陰茎がぴくりと跳ね上がる。 エルザが、さっと口を離した。 「はぁっ……。 まだ、だめよ」 「今、いきそうだったでしょ? すごい気持ちよさそうな顔をしていたもの」 「な……」 「ふふ、やっと恥ずかしがってくれた」 俺をからかって楽しんでいるようだった。 亀頭全体が飲み込まれ、竿部分にまで唇が達する。 エルザの下唇から滴る液体が、水面に落ちた。 「ちゅぶっ、ふっ……むぅ、じゅるっ、ちゅぶっ、んむっ」 「はふっ、はむぅ、ふんっ……れろっ、れろぉっ……ふあぁっ!」 水面に小さな波紋を起こしながら、エルザの身体が揺れる。 それに合わせて、豊満な乳房もたぷたぷと揺れていた。 「んっ、じゅぶっ、ちゅむっ……はっ、あむっ……じゅぶっ」 「んっ……。 んむっ……んっ……んっ……んむぅっ!」 エルザがさらに深く陰茎を咥えこむ。 先端が更なる温度に包まれ、裏筋が舌の上に触れた。 「んうっ……じゅるぅっ、ちゅっ……ちゅ……ぺろ、れろ」 「ふうっ、ん……んふっ、ふっ、あんっ……ちゅ……ちゅ」 吐息を漏らしながら、エルザが俺の部分を舐め続ける。 陰茎はがちがちに張り詰めていた。 快感の波が最高点に達し、限界が訪れつつある。 陰茎をくわえ込んだまま、エルザがもごもごと声を発する。 「いいわよ、らひてっ……わらひの、くひの……なか」 「あむっ、ふぅ……んんっ、はふっ、じゅるっ、ちゅぶっ、ちゅっ……!」 「あむっ……ふんっ、ちゅぶぅ……れろっ、ちゅぱっ、ちゅっ、んんんっ」 「れろっ、ちゅぷ、ちゅむっ、じゅるぅっ……ちゅぷ……ちゅぅ……!」 唇に陰茎をしごき上げられる。 尿道から漏れる先走りはすぐに吸われ、飲みこまれる。 かくんっ、と腰が浮いた。 「んうっ……!?」 先端が、エルザの喉奥に入り込んだ。 慌てて抜こうとしたが、エルザに腰を抱かれ動けなくなる。 逃げるな、と言わんばかりに目線だけで俺を睨んできた。 「んぐっ……ふっ、んん、むぅっ……じゅるるっ、ちゅぶっ……ちゅむっ」 「んううっ! んっ……じゅるぅ、ちゅばっ、ちゅっ、じゅむっ……!」 「んふっ、はむっ……じゅぶっ、ちゅっ……ちゅぶっ、れろっ、じゅるぅっ」 「はあっ……あなたの味……喉の、奥まで……あむぅっ!」 息継ぎをするように口を離し、すぐにまた陰茎へむしゃぶりつく。 強い射精感が、波打ちながら尿道を駆け上がってきた。 「エルザ、もうっ……」 「んっ、あふっ、んぐぅっ…ちゅばっ、じゅるっ、んむっ……れろぉ……!」 「ふっ、ちゅばっ……ふむっ、んむっ、ちゅばっ、ちゅむっ……じゅるるるっ!」 「ふあぁっ、はふっ……ふっ、れろぉっ……じゅるるぅ、ふっ、んんっ、んんんんっ!!」 「ちゅ、あんっ、はぅっ、じゅるるるっ、ちゅぶぅぅっ! んふっ、んんっ、んんんんんんんんっ!」 どぷっ! どぷっ……!!「はっ、ああっ、ふあっ、あっ、はっ、はあっ、あっ、ふああっ……」 射精の瞬間に陰茎が跳ね、エルザの口内から飛び出る。 快感がついに限界を突破し、絶頂に達した。 「んっ、はぁっ……あ、ああ……んっ、ふうっ、はぁっ、はぁっ」 「ふぁ……いっぱい、顔にかかってるわ……」 エルザの火照った顔を、濃厚な精液で白濁に染めていく。 射精が落ち着いたかと思えば、エルザが舌先で亀頭を舐めてくる。 「ほら、もうおしまい……?」 びゅくっ! びゅるっ! びゅっ!「ふふっ、やっぱりまだ出るのね……ほらほらっ……」 「うっ……ぐ……」 精液を顔に受けながら、うっとりとした笑みで射精中の陰茎を見つめるエルザ。 「んあぁっ……凄い量。 沢山感じてくれたのね」 肉棒が跳ね、エルザの顔に向けて何度も熱い塊を吐きだした。 ようやく射精が収まり、陰茎が大人しくなる。 顔にかかった精液を、エルザが指でぬぐった。 「あなたの精液、温かいわ……ん……ちゅ」 エルザが指を口に含んで、味わうように吸う。 そして、硬いままの陰茎を見つめた。 「こんなに出したのに、もう元気になってるの?」 「まだ足りないなんて、宗仁も相当好きね」 挿入をねだるように、陰茎が震える。 「このまま終わりにするなんて言わないだろうな?」 「……どうしようかしら」 返ってきたのは予想外の答えだった。 「湯船に浸かりながらしたせいで、ちょっと疲れちゃったみたい」 「何だか、気分が落ち着いちゃったわ」 火照った顔で微笑むエルザは、普段よりも色気が増していた。 俺は落ち着くどころか更に気分を昂ぶらせてしまう。 「身体も洗いたいわ、汗をかいてしまったし」 「ここまでしておいて、生殺しはないだろう」 言いながら、湯船を出ようとしたエルザを俺は抱きすくめる。 「やっ……ちょっと、放して、宗仁」 逃げようと身をよじるエルザ。 裸体を抱く腕に力を込め、身動きできないようにする。 「続きは部屋の中でしてあげるから」 「そう言うな。 せっかく、いつもと違う場所でしているんだ」 胸に手を回し、鷲づかみにする。 「やっ、強く握らないでっ、あんっ」 太ももの隙間に、肉棒をぬるりと差し込む。 陰茎の上部分が、エルザの秘部に擦れた。 「こっちはもう、濡れているんじゃないか?」 「ち、違うわよ。 温泉のお湯でしょ?」 「それにしては粘り気があるな」 「あっ、動かさないで……ふあっ!」 「んあっ! あっ、んんっ……!」 腰を前後に動かすと、亀頭の上部が秘裂の柔肉に擦れる。 感じたエルザが、きゅっと股を締めた。 膣内の窮屈な刺激とは違い、滑らかな太ももは優しく陰茎を包んでくる。 胸に触れていた手を動かして乳房を揉みしだいた。 「あっ……はあっ、ふっ、うあんっ!」 「ふあんっ、あっ、や、やめて宗仁……」 「本当に嫌ならやめるが」 「え、あう……」 エルザが口をつぐむ。 それきり、言葉を発する気配はない。 すっかり固くなっている乳首を摘まむと、エルザの口から深い吐息が漏れた。 「んふっ……ふあっ、んううっ」 「はあっ、はぁっ……あっ、ああんっ!」 「エルザは、入れられている最中に揉まれるのが弱かったな」 俺しか知り得ないエルザの弱点だった。 「胸だけだと、物足りないんじゃないか?」 「そんなこと、ないっ……わ」 「んうっ……あっ、あふんっ、あっ」 意地を張るエルザ。 俺の腕を押さえようとする力は弱まり、もはや手を添えているだけだ。 むしろ、快楽に脱力するエルザを俺が支えてやっている。 「また濡れてきたな」 「やぁ、ああんっ、だ、だって……」 「だって、どうした?」 耳元で囁きながら、指先で乳首を転がす。 「んんっ……! わかった、からぁっ……」 「はぁ……はぁっ、んっ……はぁっ……」 動きを止めると、エルザが首を回して振り返った。 「今日の宗仁……いつもより意地悪だわ」 「確かに、こんな場所でしているせいで普段より昂ぶっている」 「一秒たりとも、エルザと離れたくない。 もっと、深く繋がっていたい」 「だから、こうしてお前を素直にさせようとしている」 「うぅ……」 悔しそうに唸るエルザ。 「卑怯だわ……そんな軽い言葉で、私をその気にさせるなんて」 「わ、私だって、もう収まらないわよ。 こんなに身体を触られて、今さらお預けなんて無理」 ようやく素直になったエルザ。 悔しいのか、唇を噛んで俺を睨み続けている。 「さて、俺はどうすればいい?」 「わ、わざわざ言わせるつもりなの?」 「今日の宗仁、やっぱり意地悪だわ」 そっぽを向くエルザ。 しかし、挿入を期待するように膣口はひくついている。 陰唇に、先端だけを埋め込んだ。 「はっ……ああっ、んっ……んんっ」 「……い、入れて」 「ううっ……い、入れてほしいの……宗仁のを、私のここに!」 腰を突き出し、自棄になったように言うエルザ。 さっきまで俺を睨んでいた瞳は、切なそうに潤んでいた。 「自分で動けるか?」 「あぁんっ……いじわるぅ……」 言いながらも、エルザは自ら腰を動かした。 「ふっ、んんっ……んううっ、うああっ……」 「はあっ、あっ……きてる、入ってる……ああっ、ふああんっ」 自ら腰を動かし、膣口で陰茎を飲み込んでいくエルザ。 「ふあっ……! ああああっ……!!」 陰茎の先端が、熱い膣壁に包まれる。 きつい膣内を押し広げながら、陰茎が突き進んでゆく。 「ふああっ、あっ……んんっ、んっ、ふああっ!」 「はああぁぁぁっ! あっ! はあっ……! ぁ……!」 エルザの全身がぶるぶると震え、膣内が収縮する。 やがて、陰茎全体が膣内に埋まった。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「動かすからな」 陰茎をゆっくり引き抜き、半ばまで戻ったところで再び最奥を目指す。 「んんんっ……!!」 エルザが唇を噛んで声を押し殺す。 「我慢しなくても、聞かれると思うと興奮すると言っていただろう」 「じ、実際に聞かれるのとは違うの!」 「まあ、聞かれる心配はない」 「何を根拠に……ふあああっ!」 エルザが言い終わるのを待たず、腰を動かしはじめた。 実際、エルザの声が聞こえるほど誰かが近づけば気配で分かる。 口にしなかったのは、声を抑えようとするエルザをもっと見たかったからだ。 「んふっ、ふぅっ、うっ……んんっ、うううっ……」 「んっ、んーっ、はっ、ふぅっ……んふっ、んんっ」 「はっ、んっ、んッ……ふあああっ!」 強く膣肉を突いた瞬間、とうとうエルザが声を上げた。 しまった、という顔をしながら、手で口を塞ぐエルザ。 俺はすぐにエルザの手首を握り、口から離した。 「やっ、何するのよ……これじゃ、声が」 「んああっ……あっ、ふあっ、んっ、ああっ、はっ、ふううっ……!」 「んんっ、んっ……ううっ、う~っ……ふっ、んんっ」 膣奥を突かれ、必死に声を堪えようとするエルザ。 しかし我慢しきれず、何度か嬌声を漏らしてしまっている。 「それっ、強すぎっ……ひゃあんっ!!」 言い終わる前に、容赦なく内壁をえぐってゆく。 「だ、だめっ! 奥っ、当たってるっ、からぁっ!」 「んあっ、ああっ、あっ、あっ、あっあっ、ふあっ、あああんっ!」 「ああっ、あっ、あんっ、んっ、んうっ……あっ、んっ、んっ……!」 「ふああんっ……んうっ、ううっ……あっ、はあっ、ああっ、あんっ!」 我慢できなくなったのか、大きな嬌声を上げるエルザ。 俺に掴まれた手も、だらんと脱力している。 「ふあ……は……はぁっ、はぁっ、はぁ~~っ!」 エルザが背を逸らし、身体が硬直する。 内壁がびくびくと震え、俺自身を強く締め付けてくる。 俺は腰の動きを止めた。 「ど……どうして止めるの?」 「どんな風にしてほしいか、言ってみてくれないか」 「はぁ、はぁ……また、言わなきゃしてくれないの?」 彼女を抱いていた手を放す。 「えっ……だめっ、言うから、ちゃんと言うからやめないで」 エルザが慌てて俺の手を掴んでくる。 最初は抵抗していたエルザが、今は自分から抱かれたがっていた。 「も、もっと、してほしい……」 「私の中も、胸も……宗仁に、気持ちよくしてもらいたいの」 「ああ、わかった」 エルザを背中から抱きしめ、胸を揉んだ。 腰を密着させ、小刻みに動かしていく。 「んあっ、ああんっ、あっ、ふああっ、あっ、あっ、ああっ、あああっ!」 「あっ、あっ、ああっ、ふああっ……あんっ、あんっ、あっ、あっ、ああっ!」 「お願い……私の心も身体も……宗仁でいっぱいにしてぇっ……!」 「ふああああんっ!」 深く腰を突き出す。 全ての想いをさらけ出したせいか、エルザは感度を増しているようだ。 もはや喘ぎ声を抑える素振りも見せず、突かれるたびに声を出している。 「ああっ、あんっ、あっ、やあっ、あんっ……ひあっ、あっ、あっ……!」 「やっ、ああぁっ……く、あんっ、んあぁっ、ふぅんっ、ひああああぁっ!」 「普段より締め付けが強いな」 「だっ……だって、後ろからだといつもより深い、から……!」 「うっ、ああっ、ふあっ、ああんっ、あっ、あっ……ああっ、んあっ……!」 「あっ、うああっ、あっ、ああっ、あっ、ああんっ、んっ、んっ、んっ……!」 エルザの背中に密着しながら、腰を打ちつけた。 柔らかな尻が揺れ、普段の体位よりも弾んだ音が鳴る。 その音も恥ずかしいのか、エルザが左右に尻を振った。 「エルザ、動くな」 「やあんっ、だって、音が……」 腰を強く押さえて動きを封じ、あえて激しく腰をぶつけて音を出す。 「ふあっ、ああっ、あっ、あっ、あああんっ……宗仁の馬鹿ぁ……」 「あんっ、ああっ、ふあっ、あんっ、あっ、あっ、ああっ、あっ……!」 「はっ、あっ、あんっ、あっ、ふあっ……あっ、ああっ、ああんっ……!」 揺れているエルザの乳房を両手で掴み、貪るように揉みしだく。 「ああっ……はぁっ、はっ、あっ、あっ、あふっ、ううっ、うっ……」 「ふっ、んんっ、あっ……ああっ、はっ、ううっ、んっんっ……ふあっ」 エルザの粘膜にもっと触れたい。 その欲望が膨張し、俺はエルザの口内に指を侵入させた。 「んじゅっ、じゅるる……ふあっ、あふっ、んっ、んうっ、ちゅっ、ちゅぶっ」 「はぁっ……ふっ、あうっ、あっ……じゅぶっ、じゅっ、ちゅうっ……あふっ」 口内に入れられた指にしゃぶりつくエルザ。 赤ん坊が乳を飲むときのように、そのまま指を吸ってくる。 「ふああっ、あっ、あっ、あっ、んふっ、じゅるっ……ふあぁっ、あふっ、あっ」 「あっ、あっあっ……んくっ、あふっ……あうっ、ああ……はあっ、うあああっ!」 口と乳房と膣内を同時に責め続けると、エルザの膣肉が何度も震えはじめた。 絶頂に達しそうなのだ。 最初に張っていた意地は、欠片も残っていなかった。 今はもう、俺と快楽を貪ることしか考えていない。 「ふあっ!! ああっ、あっ、あっ、ああっ……あっ、あっ、あっ、ふあああんっ!」 「ひあっ、あっ……あっ、ふあっ、あっ、ああっ、うあっ……あふっ、んううっ!?」 俺の陰茎も、エルザの中に欲望を吐き出したいと何度も脈動している。 さっきよりも速く、腰を打ち付けていく。 「は、激しっ……ああっ、うあぁっ、あっ、ああっ、あんっ、あんっ!!」 再び、エルザの口内に指先を挿入する。 「はふっ、ちゅっ、ちゅぱっ、じゅるるるっ……あぅっ、ふはっ、あっ、ふあっ、あっ」 「ふうんっ……んうっ、ふっ、ふっ、ふうっ……んんっ、あふっ、ああっ、ああっ……!」 「ちゅぶっ、ちゅぱっ、んふっ、んっ、ふっ、ああっ、ふうっ、じゅるっ……ふあああんっ!」 エルザが吐息を漏らすと同時に膣壁が俺を締め付けてくる。 お互い、もう余裕は残っていなさそうだ。 口内に侵入させていた指を抜き、乳房を揉みしだく。 「ふあっ、ああんっ、あっ、も、もう、いっちゃ……あっ、あっ、あっ、あああ……!」 「ああっ、あっ……宗仁っ! もっとしっかり私のこと、抱いていてっ!」 「抱かれたまま……いきたいのっ……!」 乳房から手を離し、両腕でエルザを強く抱いた。 互いの身体の震えが直に伝わりあう。 共に絶頂へ上り詰めてゆく。 「エルザっ!」 「ふああっ! だ、出してっ! 私の膣内に出してえっ!」 「うあああっ、んあっ、あっ、ああっ、あああっ、ふあっ……ひああっ、あっ!!」 「あぁっ、はっ、んあっ、ふあぁぁっっ! あんっ、あんっ、あっあっ……ああぁぁっ!」 「やああんっ! ああんっ! あっ、あ、あぁっ!うああ、んっ、んはあっ、ああああぁぁっ!!」 「ひっ! ああっ!! ああああああああぁぁっっっ!!ふあああああああああぁぁ~~~っっ!!」 どくんっ! びゅるっ! びゅるるっ!「ふああっ、あっ、ああぁぁぁっ! あっ、あああっ、ああああんっ!」 腰を密着させたまま、何度も射精する。 「はあああっ! あっ……! あっ……! あっ……! ああっ……!」 「はっ、あああっ……膨らんで、熱いのが沢山出てる……!」 二人で一つの生き物であるかのように、深く繋がったまま密着する。 そのまま、エルザの膣内に何度も精液を注ぎこむ。 「はあっ、はあっ……んっ、はあっ、はぁっ」 精子を味わうように恍惚とした顔のエルザ。 膣肉が精子を搾るかのように締まり、最後の一滴まで出し尽くす。 射精が落ち着くと、俺はずるりと陰茎を引き抜いた。 「はぁ、はぁっ……んっ……んん」 「中出しされたのと一緒にイっちゃったわ……はぁ、あ」 エルザの身体から完全に力が抜ける。 俺の方も体力を限界まで消耗していた。 全身汗だくで、ここが温泉である意味よかったのかもしれない。 「うあっ……出ちゃうっ……」 精液と愛液の混じった液体が、女性器からとろりと滴り落ちた。 エルザが太ももに滴った精液を指でぬぐう。 「沢山出したのね」 「私の中、そんなに気持ちよかった?」 「ああ、当然だ」 唇を寄せ、口づけする。 「ん……っ……」 唇を重ねながら、混浴はまずいなと思う。 いつもよりも開放的な気分になったせいか、大分やり過ぎてしまった。 今はエルザの機嫌もよさそうだが、後が怖い。 「今日の宗仁、いつもより激しかったわ」 「恥ずかしいことも、沢山させられたし」 「いや、悪かったと思っている。 調子に乗りすぎた」 温泉の熱に当てられたのかもしれない。 目を細めて俺を睨むエルザ。 「夜は覚悟しておきなさいよ」 舌なめずりをするエルザ。 明日の朝は身体がだるくなりそうだ。 「だが、エルザも普段より楽しそうに見えたが」 「ど、どこがよ」 「今日はいつもよりも早く素直になってくれた」 普段は、俺が責めていると頑なに意地を張るのだ。 図星だったのか、エルザが恥ずかしそうにする。 「温泉のせいで、心までふやけちゃったかしら」 「でも、いつもと違う場所でしたのは正解だったでしょ?」 「ああ、普段とは違うものが見れた」 「ええ、私も」 「ふふっ、初めての温泉の思い出を聞かれたときは、宗仁に襲われたって答えるわ」 「仕掛けてきたのはエルザだ」 「無理やり最後までしたのは宗仁でしょ」 お互い様だった。 それがおかしくなり、同時に笑い声を上げる。 「ふふっ、初めての温泉、宗仁と来られて良かった」 エルザの温泉好きは、軍に所属していた頃から変わっていない。 その頃はまだ、俺たちは敵同士だった。 まさか、共に温泉に来ることになろうとは想像もしていなかった。 「ずっと我慢してきた甲斐があったわね」 「こんなに素敵な思い出になったんだもの……ふふふっ」 微笑むエルザと、もう一度だけ接吻をした。 これからも、二人で色々な思い出を作っていければいい。 「まさか、こんなに変わるとはね」 朱璃朱璃が食堂を見渡しながら呟いた。 「全くだ」 宗仁共和国人の生徒も、皇国人の生徒も、それぞれ穏やかな表情で食事をしている。 かつての刺々しい空気はない。 学院だけでなく、今では皇国中が同じような状態である。 そう、皇国は平和を取り戻したのだ。 ウォーレンが共和国に帰国したのは、三ヶ月ほど前のことだった。 拳銃の暴発事故で重傷を負い、本国での治療を余儀なくされたのだ。 どうやら視力を失ったらしく、今後、前線に戻ることはないらしい。 その後はエルザが総督を引き継ぎ、皇帝である奏海と結託して小此木を更迭。 皇国を圧政から解放した。 駐屯していた共和国軍は順次縮小され、現在ではロシェルを初めとする将校も帰国している。 今年中には、最低限の軍だけを残し大部分が撤退する計画らしい。 奉刀会は帝宮の警備を担当することになり、滸も今では堂々と帯刀している。 武人の名誉も回復され、国民の信頼も徐々に勝ち得てきたようだ。 このように、皇国の改革は急速に進んでいた。 「大きな戦いもなく、平和な時代がくるとはな」 「きっと、«大御神»が奇跡を起こしてくださったのね」 「私も頑張らないと」 議会の開設と立憲君主制の導入に備え、朱璃は政党を立ち上げていた。 血筋は隠しているが、すでに多くの支持者を得ている。 世間では、初代首相の座が確実視されるほどだ。 そして、現在の皇国を作り上げるのに欠かせなかった人物がいる。 「やあ、お二人」 紫乃その人物──紫乃が肉の載った皿を持って現れた。 紫乃は皇国の改革のため、財閥の資本力を最大限に活用してくれた。 財閥の援助がなければ、エルザと翡翠帝の統治は成り立たなかっただろう。 皇国人の父と共和国人の母を持つ紫乃は、二国間の橋渡し役としても活躍している。 ともかく、皇国平和の立役者であることは間違いない。 「今日も肉なんだ」 「当然」 「唐揚げ、フライドポテト、豚カツ。 よし、パーフェクト!」 紫乃が朱璃の横に腰を下ろす。 「そうそう、宮国に頼みがあったんだ」 「宗仁を少し貸してほしい」 「はあ?」 紫乃の涼やかな瞳が俺に向けられた。 「明日から二日間、共和国との通商交渉に出席する予定なんだが、そこでの護衛を頼みたいんだ」 「両国の高官が集まる会議だから、和平反対派からすれば格好の的なんだよ」 和平反対派は、ウォーレンを信奉していた共和国人で構成される。 現在の皇国では、彼らの存在が問題視されていた。 大きな問題こそ起こしていないが、いずれ強硬策に出るのではと噂されている。 「国家間の会議なら、護衛も用意されているのが普通ではないのか?」 「そりゃゾロゾロいるんだけど、会議には翡翠帝もエルザも出席するんだよね」 「守るにしたって、優先順ってものがあるじゃないか」 「それにまあ、質の問題として、武人が傍にいてくれれば何より安心だしさ」 「なるほどね。 そういうことなら私は構わないけど」 「ならば、俺に異論はない」 「よし、決まり!」 「お礼に唐揚げをあげよう」 皿にどっさり唐揚げを盛られた。 全部食べろというのか。 「ははは、心配しなくてもギャラは払う」 「友人から金を取るというのもな」 「いやいや、こういうことは明確にしないといかんのだよ」 「きっちり払ってきっちり受け取る。 それでお互いハッピーじゃないか」 「山ほど豆腐を買って、豆腐風呂でも作ればいい」 「なるほど、悪くない」 「え?」 「よしよし、これで明日から会議に集中できる」 上機嫌のまま、ぱくぱくと唐揚げを食べる紫乃。 「いつも滸が言っているが、肥えるぞ」 「いやいや、私の身体に余分なものはついていない」 「ほら、どうだ? 触ってもいいぞ」 自分の腹をつつきながら聞いてくる紫乃。 「ふむ」 指先で紫乃の腹に触れる。 「きゃうっ!?」 「おいこら、本当に触る奴がいるか!」 「触ってもいいといったではないか」 ごつん、と背後から拳骨をもらった。 「冗談に決まってるでしょ」 「すまない」 「しかし、無駄な肉は確かになかっ……」 「感想はいらん」 紫乃が三白眼になる。 「宮国、家臣の躾がなってないんじゃないか?」 「宗仁に冗談が通じないことなんてわかってるでしょ」 「それより、紫乃の可愛い声が聞けてよかった」 「何の話だ?」 「『きゃうっ!?』って」 「忘れてくれ」 「いいじゃない、可愛いんだから。 ねえ宗仁?」 「ああ、可憐だと思う」 「……」 「はいはいはいはい、なしなしなし。 この話終わり! 終了ーっ!」 手を振って話を打ち切る紫乃。 「とにかく明日は頼んだぞ、宗仁」 「それじゃ、私は先に教室に戻る」 顔を赤くしたまま、紫乃は逃げるように食堂を後にした。 普通の少女と変わらない背中を遠目に見守る。 「紫乃も可愛いところあるよね」 「ん? ああ、まあ……」 「考えてみれば、紫乃も少女と言っていい年頃か」 「学生なんだから当たり前じゃない」 「いや、その年で、よく財閥など治められるものだと思った」 来嶌財閥は皇国を代表する巨大財閥だ。 仕事量も心労も相当なものがあるだろう。 にもかかわらず、彼女が弱音を吐くところは見たことがない。 むしろ、忙しさを喜ぶように嬉々として活動している。 立派なものだ。 もしかしたら、そこらの武人より肝が据わっているのかもしれない。 その紫乃から直々に護衛を頼まれたのだ。 彼女に恥ずかしくないよう、気を入れて働こう。 「よし」 「ん? 何?」 朱璃があんみつの匙を咥えてこちらを向いた。 「いや、何でもない」 今日から始まった共和国との通商交渉は、夜九時まで続いた。 明日も朝から交渉が再開される予定だ。 会議終了後の総督室には、エルザ、翡翠帝、紫乃の三人。 そして護衛の俺が残っていた。 「初日で議題が三つ潰せたわ。 予想以上の成果ね」 エルザ「上手くいって何よりです」 翡翠帝「ま、交渉の山は関税協定だが、この調子なら合意できるだろう」 三人の連携は、端から見ていても見事だった。 紫乃の提案に難癖をつけてくる共和国の高官を、エルザが正論で一喝。 何か言い返そうとした相手を、笑顔の奏海が茶を勧めて毒気を抜く。 「翡翠帝にはわざわざご参加頂き、お礼の言葉もございません」 「ふふっ、いいのですよ、私はお茶を勧めていただけですから」 「それに、計画通りに話が進むのは、ちょっとだけ楽しかったです」 小さく舌を出す奏海。 「陛下、国民の前では振る舞いにお気をつけ下さい」 エルザが溜息をつく。 「では、私は陛下を帝宮までお送りしてきます。 紫乃は?」 「まだ目を通さなくてはならない書類があるんだ」 「宗仁も残ってもらっていいか?」 「承知した」 「エルザは大丈夫か?」 「こちらは心配しないで。 陛下の護衛は稲生さんが担当してくれるわ」 「ならば安心だ」 今のところ、和平反対派に動きはない。 このまま何もなければいいのだが。 「では陛下、参りましょう」 「はい、それでは皆さん、また明日」 二人が部屋を出た。 「いやー、疲れたー」 紫乃が椅子の背に持たれて身体を伸ばす。 「必要なら肩でも揉むか?」 「ははは、気持ちだけもらっておく」 「か弱い乙女なんだ、武人に揉まれたら身体が壊れてしまう」 「一応、力の加減はできるつもりだが」 「冗談だって、冗談」 「ほんと宗仁は面白いな、前から知ってたが」 とどめとばかり、紫乃がもう一度背伸びをする。 「今日は護衛をしてくれて助かったよ。 お陰で安心して交渉に集中できた」 「役に立てたのなら良かった」 「立った立った。 一つ明日も頼む」 紫乃がからっとした表情で笑う。 共和国の文化に触れているからなのか、彼女の笑顔は爽快感がある。 「よし、もう一仕事、頑張るか」 「休んだ方がいいのではないか?」 「正念場なんだ」 紫乃が腕まくりをする。 「おっと、男性を前にはしたないか」 「腕まくりくらい気にしないが」 「母がうるさいんだ、女は無闇に肌を晒すなってね」 脚はどうなんだと思うが、きっと女にしかわからない差があるのだろう。 「意外かもしれないが、これでも一応少女でね。 花も愛でるし、王子様に憧れたりもする」 「いいぞ、笑ってくれて」 「いや、俺は何も言ってないが」 「おや、そうか。 これは失礼」 にやりと笑ってから、紫乃は机に向かう。 それきり、口も聞かなくなる。 仕事に集中しているのだ。 俺も、言葉に甘えて茶を飲むわけにはいかない。 壁を背に立ち、周囲の気配に神経を尖らせる。 十分ほどが経過した。 室内に響くのは、紫乃の万年筆の音だけだ。 俺が淹れた紅茶には、一切手をつけていなかった。 没頭しているのだろう。 商人にとって商売事は戦いそのものだ。 戦っている時の人間は美しい。 勿論、紫乃もだ。 真剣な眼差しに目を奪われる。 「……!?」 首筋に警戒を告げる電流が走った。 瞬間──「うあああっ!?」 重い轟音が空気を揺らす。 一階か二階か、建物のどこかで爆発が起こったのだ。 椅子から転げ落ちそうになった紫乃の手を握る。 「爆発、なのか?」 「間違いない」 「きゃっ!?」 再びの爆音と衝撃。 後を追うように銃撃の音が響いてきた。 相手は総督府への突入を試みているようだ。 篭城は危険か。 呪装刀を抜き放つ。 「戦うのか?」 「いや、逃げる」 天井と屋根を切り、脱出口を作る。 「無茶苦茶だ」 「窓から出れば撃たれる可能性がある」 「行くぞ」 紫乃の背中と脚に腕を回し、抱え上げる。 「うわぁっ! そ、宗仁!?」 「少しの辛抱だ」 天井を抜け、総督府の屋根に上がる。 相変わらず銃撃音は続いているが、弾丸は飛んでこない。 まだ見つかっていないのだ。 今のうちに総督府から距離を取りたいところだが……。 総督府から少し離れたところには、軍の倉庫や営舎が立ち並んでいる。 「営舎の屋根まで飛ぶ、舌を噛むなよ」 「おい待て、三十メートルは……」 「なら近い」 屋根を走り──踏み切る。 夜の空気を全身で切る。 「う……」 紫乃が俺を強く抱く。 華奢な身体だ。 緊急時にもかかわらず、紫乃の裸体が描く曲線が頭に浮かぶ。 営舎の屋根に着地し、更に跳躍。 三回の跳躍で、総督府から百〈米〉《メートル》程距離を取った。 「紫乃、もう大丈夫だ」 腕の中で、紫乃はぎゅっと目を瞑ったままでいる。 「紫乃」 身体に紫乃の震えが伝わってくる。 俺は麻痺してしまっているが、民間人にとっては恐ろしい体験だろう。 紫乃を抱き締めたまま震えが収まるのを待つことにする。 ふと、聞こえていた銃声が止んだ。 戦闘が終わったのだ。 総督府の様子からして、襲撃者が撤退したか壊滅したのだろう。 被害状況はわからないが、まずは一安心か。 「紫乃、終わったようだ」 「ようやくか」 紫乃が恐る恐る目を開く。 間近に見下ろす二つの瞳には、まだ恐怖の色が残っている。 「安心していい」 「あ、ああ……」 「すまん、上手く言葉が出てこない」 「無理もない」 「少し景色でも見てみたらどうだ」 倉庫の屋根からは、天京の夜景が見える。 沢山の明かりが、街の活気を示すように瞬いている。 共和国の圧政下にあった頃よりも、遥かに明るい。 星空にも勝る景色だ。 しかし、それ以上に、紫乃は美しかった。 天京から届く街明かりに、紫乃の端整な顔立ちが薄く照らされている。 通った鼻筋や、長い睫毛に、淡い光がまとわりついていた。 共和国人の血が混じっていることを示す白い肌は、光に透けてしまいそうだ。 「少し落ち着いたよ」 「ならば良かった」 「宗仁は、よく冷静なままでいられるな。 襲撃も爆発も慣れっこか」 「戦場で恐怖に飲まれれば死ぬだけだ」 「理屈じゃそうだけどね」 「紫乃が交渉の場で冷静なのと同じことだと思う」 「あそこも、いわば戦場ではないか」 「うむ確かに」 「間接的にだが、多くの人の命がかかっているのも事実だ」 経済もまた、人の生命に直結する。 今行われている通商交渉も、一歩間違えば、皇国の未来を閉ざしかねないほど重要なものらしい。 分野は違えど、紫乃もまた戦っているのだ。 「さて、そろそろ総督府に戻ろう」 「あ、いや……」 「どうした? 皆が心配するぞ」 「少しくらいいいじゃないか」 紫乃が俺の背中に回した腕に力を込めた。 身体の柔らかさが直に伝わってくる。 「昔、共和国で見た映画に、こういうシーンがあったんだ」 「どこぞのお嬢様が護衛に助けられるのさ」 「ほう、それからどうなる?」 「どうって、恋に落ちるに決まってるだろ」 「お疲れ様ーで解散していたら映画にならない」 「それもそうだな」 「ははは、宗仁はまったく宗仁だな」 意味のわからないことを言って、紫乃が笑う。 「私が映画なんぞに憧れるのはおかしいだろ?」 総督室でも同じことを言っていたな。 「君は、自分を男勝りだと思い込んでいるようだ」 「実際そうさ」 「言葉遣いだって女らしくないし、何より、女らしさなんて求められない世界で生きてきた」 「無茶苦茶な理屈でね、別に君が女でも男でも構わないが、男より働けないのは困るって話さ」 「実力主義と言えば聞こえがいいが、生き残ろうとすれば女であることを捨てさせられる世界だ」 一気に言ってから紫乃が溜息をついた。 自分らしくもない、とでも言いたげな溜息だ。 「と、知人が言っていた」 「(うむ、嘘だ)」 さすがに俺でもわかる。 「紫乃を男勝りだと思ったことはないが」 「やめてくれ、言わせたかったわけじゃない」 「世辞ではない」 「いや、本当のところを言うと、俺は紫乃の悩みが上手く理解できないのかもしれない」 「仮に、世に言う女らしさがなかったとしても、紫乃は紫乃で構わないじゃないか」 「そう割り切れればいいんだけどね」 そう言いながらも、紫乃は僅かに表情を緩めた。 「いや、それに、こうして抱いていても君は女以外の何者でもない」 「ちょ、いや、宗仁、この体勢でそういうこと言っちゃ駄目だろ」 「恥ずかしくなる」 腕の中で紫乃が縮こまる。 「下ろしてくれ」 「無理だ」 「いいから」 「一人で屋根から下りられるのか?」 倉庫の屋根は地上十〈米〉《メートル》以上の高さだ。 「シット」 「なぜここで嫉妬する?」 「何でもない」 不思議だ、これが女心というやつか。 「ああ、にっちもさっちもだ」 投げやりに言い、紫乃は身体を俺に預けた。 自分で言ったことではあるが、紫乃の身体はまさに女性のそれだ。 俺とは別種の柔らかさは、こっちが抱いているのに、抱かれているかのように錯覚する程。 「身体のことは失言だった、すまない」 「いいんだ、別に」 「……少し嬉しかった」 俺から顔を背け、紫乃が小声で付け足した。 胸の底が熱くなるような、抱き締めたくなるような衝動に駆られる。 「君が見た映画の登場人物なら、美しい台詞を返せたのだろうが」 「武人に洒落っ気など期待しないさ」 「すまん」 「ふっ」 「その代わり、もう一度跳んでもらおうかな」 「武人にしかできないやり方で、私を総督府まで届けてくれ」 それこそお安いご用。 「行くぞ!」 加速をつけ、天京の夜空に跳躍した。 「おおおおおおおっっ!!! 高い高い高いっ!」 無意識のうちに、いつもよりも高く遠く飛んでいた。 できることならば、少しでも長く飛んでいたい──武人とはまた違う戦場に立つ華奢な戦士に、喜んでほしい──身体がそう思ったのかもしれない。 「«吊り橋効果»か」 「何だそれは?」 「いや、気にしないでくれ」 「後で調べるのも禁止だ」 くすりと微笑み、紫乃は俺の胸に頬を当てた。 総督府の近くに着地した。 「到着だ」 「助かったよ、宗仁」 総督府の周囲では、怪我人の搬送や現場検証のため、人が慌ただしく動き回っている。 そして、通商協定の取材で集まっていた取材陣が、早くも襲撃現場の中継を始めているようだ。 紫乃が建物に近づけば、すぐに囲まれることだろう。 「報道の人間がいるようだが、総督府に戻っていいのか?」 「もちろん」 「私が行方不明のままでは、皆が困る」 「さてと、仕事に戻るか」 表情を引き締め、紫乃は俺の腕から離れる。 「おとっ、とっ、とっ、とっ」 よろける紫乃の身体を支える。 「おかしいな、完全に膝が笑ってる」 「抱きかかえた方がいいか?」 「そのまま全国放送だぞ。 お茶の間もビックリだ」 「肩を貸してくれ、足を挫いたことにしよう」 紫乃に肩を貸し、総督府の建物に向かう。 総督府に近づくと、予想通り取材陣がこちらへ集中した。 すぐさま紫乃への質問攻めが始まる。 その一つ一つを、俺に支えられたまま的確に捌いていく紫乃。 紫乃にとってこの場は、もはや状況説明の場ではない。 通商交渉の困難さと、それに立ち向かう来嶌財閥の強さを見せる場所なのだ。 襲撃の恐怖に怯えていた彼女はもういない。 瞳には決然たる意思が満ち、足を引きずっていることさえ自分の真摯さを強調する材料にしていた。 「(素晴らしいものだ)」 武人として生きてきた俺にとって、商売人という人種は縁遠い存在だった。 だが、今、紫乃の強さを前に尊敬の念を抱いている。 もっと、彼女のことを知りたいと思う。 紫乃を支える腕に力がこもった。 「おい、放送されているんだぞ」 「ああ、すまない」 取材陣の一人が、唐突に俺たちの関係を尋ねてきた。 しかも、俺に。 背中が冷や汗でびっしょりになる。 「私は一介の護衛」 「ものを言う立場にはござらん」 「『ものを言う立場にはござらん』」 「あ、意外に似てる」 「宗仁が『ござらん』なんて言うの、聞いたことない」 滸「頭が真っ白だった」 次の日。 早速、皆にいじられることになった。 「ま、ともかく、昨日は死人が出なくてよかった」 「宗仁がいなければ私が死んでいたかもしれないがな、ははは」 「笑い事じゃない」 昨夜、総督府を襲撃したのは、やはり和平反対派だった。 こちらに人的被害はなかったが、向こうは全滅。 拠点にも今朝から強制捜査が入り、和平反対派は全員が検挙されたらしい。 襲撃の影響で中断された通商交渉も、明日から会場を変更して再開される運びになった。 「ま、私が倒れたところで、優秀な部下が後を継いでくれる」 「むしろ、貴重な体験ができて良かった」 「ははは、悪かった悪かった」 呑気に笑う紫乃と、難しい顔をしている滸。 その横では、朱璃が紅茶を飲んでいる。 「ともかく、みんなに怪我がなくて本当によかった」 「紫乃は宗仁が、奏海は滸とエルザが守ってくれたし」 「まあそうだけど」 滸が渋い顔で紅茶に口をつける。 「ねえ、みんな」 「生徒会役員で皇国の未来を作るってエルザが言ってたの、覚えてる?」 「覚えているが、それがどうかしたか?」 「あれが本当のことになっちゃったなって」 「言われてみれば」 「こんなに豪華な生徒会、学院でも前例がないかも」 「皇帝陛下と共和国総督、そして初代総理大臣」 「私はまだ『候補』だけど」 「皇国最大の財閥の総帥に、武人の棟梁と斎巫女か」 錚々たる面々だ。 「最後に、豆腐好きの武人」 「気が抜ける肩書きだな」 「まあ、それは置いておくとしてだ」 置いておくのか。 鞄から一枚の紙切れを取り出した紫乃。 それを、俺に差し出してきた。 「なあ、宗仁」 「私と結婚してくれないか?」 「ぶほっ!」 「ぶほっ!」 朱璃・滸茶を噴き出す二人。 「ごほっごほっ!」 「な、何言ってるの、紫乃?」 俺は言葉も出ない。 結婚? 俺と紫乃が?しかし、彼女が差し出した紙は紛れもなく『婚姻届』。 しかも紫乃の名前は記入済みだ。 「あなた達、そういう関係だったの?」 「い、いつの間に」 「待て、違うぞ」 「ああ、違うな」 紫乃は婚姻届を片づけようとしない。 俺を見上げてくる紫乃と目が合った。 切れ長の理知的な目が、幾度かの瞬きのあと逸れる。 「紫乃、どういうつもり?」 「ちゃんと理由がある」 「私はな、財閥の将来を考えて共和国籍を取ろうと思っているんだ」 「今後、皇国の経済は共和国との貿易なしでは成り立たなくなる」 「そして、貿易には来嶌財閥の力が不可欠だ」 「それはわかるけど、宗仁の結婚とどう関係するの?」 「まあ、待ってくれ。 それはおいおい説明する」 と、紫乃が茶を飲む。 「とまあ、貿易に力を入れていきたい訳だが、財閥の総帥が皇国人では共和国との取引が不利になる」 「商売のために国籍を捨てるのか?」 「商売のためじゃない、皇国のためだ」 「これからの皇国に、共和国の資本が入り込んでくるのは間違いない」 「連中がこの国をいいカモだと判断すれば、雪崩を打って乗り込んでくるだろう」 「皇国の企業なんか一瞬で飲み込まれるぞ」 「これは新しい戦争だ」 「三年前とは違う。 負ければ、今度は文化すら飲み込まれる」 三年前の敗戦時は、何とか国の形だけは保つことができた。 しかし今度は、それすら残らないということか。 「そ、そんな状況?」 「最悪、そうなるかもしれない、という話だ」 「経済的な侵略は、経済的に跳ね返すしかない」 「だから私は、こちらから共和国に乗り込んで、向こうの企業を吸収していこうと考えてる」 「しかしまあ、そこで問題になるのが私の国籍なんだ」 「やはり皇国籍は不利か」 紫乃が頷く。 「というわけで、共和国人になりたいなーと思ってるんだ」 「軽い……軽すぎる」 「ははは、もともとどっちつかずだからな」 「いや、両親の性格が伝染したのかもしれない」 からからと笑う。 国籍にこだわらない奔放な精神も、ハーフである紫乃特有のものだろう。 「つまり、皇国を守るために共和国籍を取得し、共和国への進出を有利に進めたい、ということだな」 「その通り」 「だが、今の話と俺との結婚がどう繋がる?」 婚姻届を机の上に置く。 「私が共和国に籍を移すと、今度は皇国民に財閥が信頼されなくなってしまう」 「だが、宗仁を婿に迎えれば、それも防げるだろう」 「宗仁は武人で、総督や皇帝、武人の筆頭に斎巫女、そして総理大臣候補とも知り合いだからな」 「皇国との繋がりを強めておくには、またとない人物だ」 「宗仁、頼む。 皇国のために私と結婚してくれないか」 皇国のためか。 紫乃が本気なのは、昨日の通商交渉を見ていてもわかる。 しかし、結婚といえば人生の大事だ。 「国のためとはいえ、紫乃はそれでいいのか?」 「つまり、君の感情の話だ」 「む」 紫乃が口を一文字に引き結んだ。 俺たちの沈黙を、朱璃たちが心配そうに見つめている。 何か言い出そうとした朱璃を、紫乃が視線で制した。 「わかった、正直に言おう」 「宗仁がいい物件であることも確かだが、それだけで結婚を申込んだりはしない」 婚姻届に視線を落とす紫乃。 「昨日、宗仁に助けられて感じるところがあった」 「宗仁になら背中を預けられると思ったんだ」 「腕が立つからってことじゃなく、その、気持ちの話でね」 顔を赤くしながら言う紫乃。 朱璃と滸も赤面している。 沈黙に耐え切れなくなったのか、紫乃が真っ赤な顔を婚姻届で隠した。 「つまり、感情的な面でも、結婚はまったく問題ない」 「あー……頼む、私を見るな」 そのまま膝を折り、うずくまる紫乃。 「……不覚にも、紫乃が可愛い」 「う、うん、どきどきする」 朱璃も滸も、紫乃の可愛さに心を射抜かれたらしい。 「今のって、告白、だよね?」 うずくまる紫乃に追い打ちをかける朱璃。 「ああ、そうだ、告白だ」 「わ、私は好きなんだ! 宗仁のことが!」 「好きでもない相手と、その、結婚できるわけないだろ!」 完全に〈自棄〉《やけ》になっている。 「そ、宗仁、返事を聞かせてくれ」 立ちあがった紫乃が、俺の胸に婚姻届を押しつけてくる。 真っ赤な顔を見せたくないのか、深く俯いたままだ。 紫乃は、こんなにも可愛らしい少女だったのか。 すぐにでも紫乃を抱きしめたい気持ちに駆られた。 「そうだな」 紫乃の手から、婚姻届を受けとる。 机の上にあった万年筆で、残りの空白を埋めた。 「結婚については、俺もやぶさかではない」 「ずるいぞ、自分だけそんな言い方」 胸を押しつけんばかりに迫ってくる。 「私はちゃんと告白したんだ。 宗仁の気持ちも教えてくれ」 「求婚を受けてくれるということは、私のことが好きなんだろ?」 至近距離から俺を見上げてくる紫乃。 視界の端には、固唾を飲んで見守る朱璃たちが映っていた。 逃げ道はないらしい。 元より、逃げるつもりはないが。 「俺も、紫乃のことが好きだし、尊敬している」 「君に選ばれたことを心から嬉しく思う」 「ああ、ありがとう」 差し出した婚姻届を、紫乃が受け取った。 幸せそうな表情は、取材陣に囲まれていた時と同一人物とは思えない。 テロリストに命を狙われようとも、皇国を救おうとする意志の強さ。 内側に秘めた、意外な女性らしさ。 昨日だけで、俺は紫乃の色々な一面を見た。 そして俺は、紫乃に心を奪われてしまったのだ。 俺は朱璃に向き直り、深く頭を下げる。 「紫乃と結婚しても朱璃への忠誠は変わらない」 「いざという時には必ず傍に戻る」 「こっちのことは気にしないで」 「皇国はどこも平和になったし、いつまでも守られてばかりじゃ情けないからね」 「あなたは紫乃の夫として、紫乃を支えていきなさい」 清々しい顔で言い放つ朱璃。 「(宮国、いいの?)」 「(本人が決めたんなら、仕方ないでしょ)」 突然、生徒会室の扉が勢いよく開かれた。 扉の向こうに立っているのは、撮影機材を抱えた男たちだ。 「は?」 「じゃあ、よろしく頼む」 男たちが、手慣れた動きで撮影の準備を始める。 「ち、ちょっと、何よ?」 「俺に聞かれてもわからん」 「ふふふ、私がプロデュースしているドラマの撮影班さ」 紫乃が自慢げに腕を組む。 「うちの両親が呆れるほど仲がいい、という話はみんな知っているだろ」 「二人の馴れ初めから結婚に至るまでを、ドラマにして共和国で放送しているんだ」 「皇国ではまだ未放送だが、共和国じゃ大人気でね」 「商売の一環?」 「本当の狙いは別だ」 「皇国人と共和国人の恋愛ドラマなんて、両国の溝を埋めるにはうってつけじゃないか」 「両国の融和なんて、政治家がどうこう言ったところで始まらないのさ」 にやり、と笑う紫乃。 俺や朱璃では思い着かない手法だ。 「だったら、ご両親を撮影したらいいじゃない」 「ドラマのエピローグの撮影さ」 「両親の話は終わり、その子供がどうなったかを描写してストーリーは完結する」 「つまり、私と宗仁が学院で手を繋いでいるところを撮りたいんだ」 「手を繋いで歩くだけ。 それくらい簡単だろう?」 「まあ、構わないが」 「よし、決まりだ」 嬉しそうな顔で、躊躇なく手を握ってくる紫乃。 頬を赤らめながらも、満足気に微笑んでいる。 「宗仁が〈求婚〉《プロポーズ》を断ってたらどうするつもりだったの?」 「そっちのパターンの台本もある」 「恋は上手くいかなかったけど、健気に生きてます! というのも乙じゃないか」 「転んでもただでは起きない、か」 「商売の基本さ。 私と人生を共にするのだから、慣れてくれ」 「これからは家族になるんだ。 遠慮なく振り回すぞ」 「覚悟しておこう」 苦笑しながらも、俺は心を躍らせていた。 紫乃と一緒にいれば、どうやら退屈しない人生を歩めそうだ。 「朱璃、すまないが」 「はいはい、頑張りなさいよ宗仁」 「私たちはここで待ってるわ」 「撮影するときは、変に表情を意識しないほうがいいからね」 二人に見送られながら、紫乃と共に撮影へ向かった。 撮影班に従い、教室や廊下、運動場など、学院の各所で撮影する。 場所を変えるだけでなく、会話の雰囲気まで指定されているのだから大変だ。 『恋人と時間を過ごす幸せ全開で』とか『少し寂しい気分で』などと言われても困る。 唯一、まともにできたのは、紫乃に言い寄るごろつきを投げ飛ばす場面だけだ。 その点、紫乃は違う。 撮影班の要求に応じて、さながら女優のように表情を変え場面を作り上げる。 婚姻届を書いてからでなんだが、凄まじい人物と結婚することになってしまったようだ。 撮影を終え、紫乃と生徒会室に戻ってきた。 朱璃達はもう帰宅してしまったようだ。 「いやー、疲れた疲れた」 「俺もだ」 二人並んで、どっかと椅子に座る。 「ははは、宗仁が疲れているところは初めて見た」 「武人が芝居など、畑違いもいいところだ」 「剣術ならばいくらでもできるのだがな」 「いやいや、なかなかの名演技だったじゃないか」 「一緒に芝居をしていて、思わずドキドキしたぞ」 「不安でか?」 「うむ、それも含む」 紫乃が愉快そうに笑う。 「俺と違って、紫乃は女優の才能があるのではないか?」 「ないないない」 「多少慣れているだけさ」 「財閥の代表などある種女優のようなものでね、周囲の要望に応えて色々な顔をしなくちゃいけない」 「それに、自分の表情をコントロールできないようじゃ、交渉も上手く運ばない」 「自信がある時ほど謙虚に、自信がないときほど堂々とってわけだ」 「正直、時々自分の感情を見失いそうになることがある」 「心労が溜まりそうな仕事だ」 「まあ、溜まらないと言えば嘘になるな」 と、その心労を吹き飛ばすように紫乃が背伸びをする。 「不安だな」 「俺は、君の足を引っ張ってしまうのではないか?」 「ん? というと?」 「紫乃の〈良人〉《おっと》ともなれば、社交界のようなところにも顔を出すことになるのだろう?」 「俺は相手に会わせて泣いたり笑ったりはできないぞ」 「大丈夫、最初から期待してない」 「む、そうか」 それならありがたい。 「宗仁は今のままでいい」 「いつでも、思ったことを率直に伝えてくれ」 「そうしてくれるだけで、私は嬉しいんだ」 紫乃が肩を寄せてきた。 「ならば期待に応えられそうだ」 「自分を棚に上げて何だが、私の周囲には腹に〈一物〉《イチモツ》ある奴が多くてね」 「とにかく、まあ呆れるほどさ」 「だから、宗仁と話していると、なんとも清々しい気持ちになる」 「全裸で森林浴をしている気分だ」 よくわからない喩えだが、気に入ってはもらえているようだ。 「それが、宗仁を伴侶に選んだ一番の理由だよ」 「国籍とかコネなんて、本当はどうでもいいんだ」 「君の前でなら私は着飾らなくて済む。 それだけさ」 「俺で力になれるのなら、何よりだと思う」 「謙遜しないでくれ」 「宗仁だけだ」 紫乃が俺の肩に頭を載せる。 「私の初めてを貰ってくれないか?」 「構わないが……」 互いに沈黙する。 そのまま数秒。 紫乃の顔が徐々に赤くなる。 「そ、そんなに戸惑わなくてもいいだろ」 「婚約したのだし、順序としては全く問題ないと思うが」 「いや、急すぎる」 「善は急げという」 「いずれそういう関係になるんだ、今でも問題ないだろ?」 「まあ、それはそうだが」 「結婚のことといい、紫乃は本当に驚かせてくれる」 「これが戦いなら、俺は何度も斬られているだろうな」 「はははは、恐れ入ったか」 紫乃が胸を張る。 どうも照れ隠しのようだ。 「まあ、宗仁が私などいらんと言うなら諦めるが」 「馬鹿を言うな」 「なら、決まりだ」 紫乃が俺を見つめる。 理知的な瞳が、潤み揺れている。 「宗仁……」 紫乃の腰に腕を回し、背中から引き寄せる。 俺の手を取った紫乃が、自らの胸に押しつけた。 たっぷりとした乳房の柔らかさが、手のひらに広がる。 「ふふ、柔らかいだろ?」 「こんなところを誰かに触らせるのは、初めてだ」 「んっ……何だか、変な気分だな……」 少しだけ力を入れてみると、衣服の上から指先が乳房に沈んだ。 人の体に、こんなにも柔らかい部分があるのが不思議なほどだ。 「い、いきなり揉むな……はっ……ううんっ」 「す、すまない、変な声が出た」 腹を触ったときといい、可愛らしい声を出すのが恥ずかしいのだろうか。 少しだけ荒くなった紫乃の温かい吐息が、口元にかかった。 「はぁ、んん……宗仁」 切なそうに震える紫乃の唇が、俺を呼んだ。 そして、俺に顔を近づけようとして逡巡する。 「い、いざとなると恥ずかしいな」 「キスくらい、すぐにできるものかと思っていた」 「紫乃、目を閉じていてくれ」 「大丈夫だ、私からする」 決意をこめた表情で言う紫乃。 緊張しているのか、突き出した唇と繊細なまつげが微かに震えている。 それがゆっくりと近づいてきて、俺たちは唇を重ねる。 「ふ……んん、ちゅ」 同じ唇とは思えないほど、紫乃の唇は瑞々しい。 「あふ、ん、ん」 「ちゅ……んう」 互いの唾液が、唇の上で混ざりあう。 「ちゅっ、んむ……はぁ」 「んっ、んふうっ……んっ」 数秒ほどの接吻を終え、再び見つめあう。 先ほどよりも火照った表情をした紫乃が、潤んだ瞳で見つめてくる。 「……うう」 うめき声のようなものを上げて、紫乃が目をそらした。 「どうした?」 「……キスしたあとに顔を見るのが恥ずかしい」 「あー、やっぱり、こういうのには慣れる気がしないな」 「可愛いな、紫乃」 「追い討ちをかけるな」 怒り顔で、額をこつんと当ててくる紫乃。 「……けど、宗仁と、もっとキスがしたい」 「宗仁に、もっと見てほしいんだ……私のこと」 紫乃は再び俺に顔を向け、ゆっくりと制服をたくし上げていく。 白く美しい紫乃の肌が、徐々に露わになる。 「はぁ……はぁ、はぁ」 乳房と秘部を覆う布が晒され、紫乃の身体がわずかに震えた。 深い谷間を作っている豊かな乳房が、たぷんと揺れた。 「宗仁、見すぎだぞ」 「胸じゃなくて私の顔を見てくれないと、キスができない」 紫乃に頭を掴まれ、無理やり視線を合わせられる。 そこまでして俺を求めてくれるのが嬉しくなり、すぐさま接吻に応じた。 「はふっ……んんっ、ちゅうっ、んっ」 「はぁっ、あふっ……んっ、んううっ」 俺は、舌で紫乃の唇を舐めてみた。 「んふっ、んむっ!?」 その途端に、紫乃の身体がびくりと震えた。 しかし拒絶はせず、大人しく唇を舐められている。 「んむっ……んんっ」 「はぁっ、あ……」 紫乃がゆっくりと唇を開いた。 そのまま、舌先を紫乃の口内へ侵入させる。 「んはっ、はふっ、んっ……じゅるっ」 口内の粘膜を舌先で舐めまわす。 舌を離すと、紫乃が切なそうに身体をもじもじとさせた。 「はぁ、はぁ、宗仁……何だか、身体が熱い」 「この、熱いの、宗仁の手で奪ってくれ」 物足りなそうに、俺の手を乳房に押しつける。 しかし、乳房だけではこれ以上、紫乃の熱を解消してやることはできない。 紫乃の秘部にそっと触れる。 「ひゃんっ!」 指先で、紫乃の下着を撫でた。 「はぁっ、あっ……宗仁……」 「痛かったか?」 「ち、違う……下着の上から触ってるだけなのに……すごく、気持ちいいんだ」 「うう、はぁっ……宗仁、宗仁……んううっ」 下着の奥に感じられる膨らみは、陰唇のものだろう。 薄い布越しに、谷間をなぞるように愛撫する。 「ああんっ、あっ……そ、宗仁の指、は、入る……」 「ふあっ……あっ……ううんっ、んっ」 手の中でたぷたぷと揺れている乳房を揉みしだく。 制服をどかしたせいか、乳房の中心に突起が感じられる。 「紫乃……もっと、紫乃の深い場所を触りたい」 「私も、宗仁に……触ってほしい」 とろけた表情の紫乃が、脚をくねらせながら下着をずらした。 下着から解放された乳房に触れる。 乳房の柔らかさは、どこまでも手が沈んでいきそうな程だ。 「んんっ、宗仁の手、熱いな」 「はぁっ、はぁっ……身体が、溶けてしまいそうだ」 紫乃が身を震わせるたび、形の整った二つの乳房が揺れた。 ぴんと立った桃色の突起を刺激する。 「くっ……んんっ、あふっ、ううんっ……」 「やぁっ、あっ……身体、震えるっ……はうっっ、あふっ」 髪を振り乱しながら喘ぐ紫乃。 紫乃の身体が痙攣すると、割れ目に添えていた指が奥に入り込む。 「あふっ……ふうんっ、んひっ……ああっ、んっ、そこ……!」 「はぁっ、ああっ、あふっ、ううっ……んううっ」 秘部から指を離すと、粘液の糸が引いた。 「お、おい、宗仁、恥ずかしいぞ」 「早く……さっきみたいに触ってくれ」 紫乃にねだられ、膣口への愛撫を再開する。 漏れ出した愛液を塗りこむように手を動かす。 「はあっ……んっ、んっ、んひっ、うっ……んっ」 「ひっ、ふああっ、ふあんっ……んうっ、んんっ」 陰唇が震え、膣内が痙攣していることを教えてくれる。 「紫乃……少しだけ入れるぞ」 「んっ……ゆ、ゆっくりな」 言われた通り、慎重に陰唇の奥に進む。 「はあっ、ああっ……んっ、ふっ……あ、んんっ」 「入って……きたぁっ……んああっ、あっ!」 首を振りながら激しく悶える紫乃。 「あひっ……んんっ、はぁっ、ああっ、んっ、んんっ」 「あふっ、ううんっ、んっ……んうっ、ううんっ」 指先を挿入して、蠢く膣肉を撫でる。 性器を刺激される快感に、紫乃が天井を見上げて嬌声を上げた。 「はあぁっ、ああっ、んっ……んひっ、ひっ……」 「んっ……んううっ、んぅっ……んくぅっ……!」 「すごい、これ……ああっ、も、漏れるの、止まらない……」 膣口の隙間から、大量の愛液が溢れている。 それをかき出すようにして、膣肉を刺激した。 「はぁっ、ああっ……んっ、んんんっ~~~っ!!」 「そ、宗仁っ……私、身体に力、入らなっ……ああんっ」 「大丈夫だ、俺が支えておく」 とろけた表情が可愛く、さらに性感を刺激させたくなる。 胸全体を包むようにして、揉みしだく。 「ふああっ、ああっ……胸、いま揉まれたらっ……」 「ああっ、んっ……ふっ、ふああっ、あっ……ああん!」 乳房は手のひらに収まりきらず、余った脂肪がぷっくりと膨れた。 膣と乳房を愛撫するだけでは物足りず、口で紫乃と結合しようとする。 涙目になって口から涎を垂らす紫乃に、顔を近づけた。 「やぁっ、み、見ないでくれ……わ、私、いま、ひどい顔に……」 「やぁ、み、見ないで……んっ」 「うううっ、う~~っ……!」 紫乃が自分の手で顔を隠そうとする。 紫乃が顔を隠すまえに唇を塞ぎ、舌を差し入れた。 「はふうっ、うう~~っっ! んむっ、はあっ、ああっ……んちゅっ」 「んっ、んううっ、ちゅぶっっ、ちゅむっ……じゅるっ」 「んひゃっ……んっ、そう……じんっ……はふっ、んふっ、ふうんっ」 膣と乳房と口内を責められ、紫乃はがくがくと身体を震わせる。 俺に愛撫されるばかりだった紫乃も、自ら舌を差し入れてきた。 「はふっ、れろっ、んっ……れろれろぉっ……ちゅっ、ふあんっ」 「はふっ……んふっ、じゅるっ、んくっ……んんっ……あふっ……」 俺の唾液を含んだ紫乃が顔を離した。 喘ぎ声を漏らす口から、混ざりあった唾液が流れ出ている。 「ふああっ、あっ……宗仁、宗仁……私、もう……」 「はぁっ、はあんっ……んくうっ、ううっ、ううんっ……!」 膣肉が俺の指を絞るように収縮した。 ぼたぼたと愛液を垂らしながら、震える声を出す紫乃。 「宗仁、宗仁……私の身体、もっとぎゅうって……」 「はぁ、はぁっ……いくとき……ちゃんと抱いててほしい……!」 「ああ」 痙攣する紫乃の身体を抱き寄せ、密着させる。 紫乃の背中が反り、華奢な身体が弾む。 「ああんっ、あんっ、宗仁っ、宗仁……!」 「やあぁっ、ああっ、いくっ、いくっ……ふあっ! あああっ!」 俺に身体をすり寄せながら、絶頂へと上っていく紫乃。 「ああああぁぁぁっ! いくっ、いくぅぅっ!」 「ああああぁぁっ! ああぁぁっ、ああんっ! ひいんっ、んんっ」 「あああああああぁぁっっっ! んうううぅぅっっ、ひいいいいぃぃっ!」 「ふあああぁぁぁぁっっ! あああぁぁぁんっ、ふああぁぁぁぁ~~~っ!!」 「ふああぁぁぁっ! ああぁぁっ! あううんっ!」 膣肉が締まり、紫乃が何度も痙攣する。 天井を向いたまま、激しい嬌声を漏らす。 「はひっ、ひうううんっ! んっ、んううっ!」 「はぁっ、あああっ……あひっ、ひっ……!」 荒い声を上げながら、愛液を垂れ流し続ける紫乃。 〈縋〉《すが》るように俺にもたれ、快楽に染まっている。 「あああっ、はぁっ、んっ……んうっ、はひっ」 「ひっ……ひんっ、んっ……はぁっ、あっ……」 絶頂が落ちつきはじめ、嬌声がただの吐息に変わる。 膣口から指を抜くと、愛液が溢れた。 乳房を揉んでいた手も止め、うっとりとした表情の紫乃を見つめる。 「はぁっ……はぁっ……はぁ」 「宗仁の手で、いってしまった」 「うう、感じすぎて、自分がどんな表情をしているのか分からない」 「普段は見られない紫乃が見られてよかった」 「高くつくからな、宗仁」 絶頂の余韻が残っている顔で、何とか笑みを浮かべる紫乃。 「ちゃんと最後までしてくれるんだろ?」 「お前のここも……苦しそうだ」 先ほどから、硬くなった陰茎が服越しに紫乃の太ももに触れている。 「休まなくても大丈夫か?」 「むしろ、今がいい」 「頭の中が、宗仁のことでいっぱいなんだ」 「今、繋がれたら……すごく幸せだと思うから」 言いながら、頬ずりをしてくる紫乃。 言葉もなく、絶頂を迎えたばかりの身体を抱き締める。 それが肯定だと伝わり、紫乃が頷いた。 「改めて言おう」 「宗仁……私を、抱いてくれ」 紫乃を抱え、机の上に寝そべらせる。 愛液で光る膣口が、口を開いている。 紫乃がくすぐったそうに身体をよじるたび、豊満な胸がたぷりと揺れた。 「この体勢、さっきよりも恥ずかしいな」 「なあ、手、離してもいいか?」 紫乃が手を離そうとするが、俺はがっしりと掴んで逃がさない。 「手が自由になると、さっきみたいに紫乃は顔を隠そうとするだろう」 「俺は、紫乃の顔を見ながらしたいんだ」 「うう、意地悪」 紫乃は諦めた口ぶりで、手を握り返してきた。 「宗仁、私ばかり色んなところを見られて不公平だ」 「私にも見せてくれ……宗仁の」 紫乃にねだられ、俺も衣服を脱ぐ。 真上を向いている硬い肉棒を、紫乃が驚いた顔で見つめる。 「り、立派だな」 「……入る気がしないんだが」 不安になったのか、紫乃が強く手を握ってきた。 俺は、安心させるように優しく握りかえす。 「少しずつ、頼む」 「ああ、少し慣らしておこう」 そそり立っている竿の部分を、膣口に擦りつけてみる。 ぬるぬるとした熱い愛液が付着し、陰茎が淀みなく割れ目を愛撫する。 「はっ、はぁっ、はぁ……ううっ……ひっ」 感じた紫乃が反射的に脚を閉じ、俺の身体を挟む。 「大丈夫か?」 「す、すまない、思ったより気持ちよかった」 紫乃がゆっくりと脚を開く。 「性器どうしが触れ合うのは、宗仁も昂ぶっているのがわかって……嬉しくなってしまうな」 「宗仁が私のことを求めているんだと、はっきり伝わってくる」 「でも、また足りないんだ……もっと宗仁ので、私に触ってくれないか」 紫乃が腰を動かし、愛情を伝えるように秘部を擦りつけてくる。 「わかった」 竿を陰唇の隙間にめりこませながら、俺も愛撫を再開した。 「はあっ、んっ……ふっ、んううっ、んっ……」 「くううっ……はぁっ、ひっ……ひいんっ、んうっ!」 「ううっ……もっと、宗仁を感じさせてくれ……はぁっ、あっ」 膣口からは、新たな愛液がどんどん分泌されている。 ふと見ると、俺の鈴口からも先走りが漏れていた。 それは陰茎を伝い、付着していた紫乃の愛液と交じり合う。 「あひっ……ひっ、んうっ、んぅっ……くぅっ……」 「ふっ……はぁっ、はぁっ……んんっ……ああんっ!」 「宗仁、私、身体の奥……熱くなってきて。 すごく切ないっ……」 「もう、準備はできているだろう?」 潤んだ瞳で見上げてくる紫乃が、さらに脚を開く。 俺を誘うように陰唇が割れ、桃色をした美しい膣肉が露出した。 愛液のてかりで輝いており、艶かしく蠢いている。 「宗仁と、繋がりたい……!」 「入れていいんだな」 俺はいったん肉棒を離して、先端を陰唇に触れさせた。 亀頭を押しつけられた柔肉が、むにゅりと形を変える。 「宗仁のさきっぽ、熱いな」 肉棒の温度を感じ、表情をとろけさせる紫乃。 「はぁっ、はぁっ……私、こんなに緊張するのは初めてだ」 「ああ、俺もだ」 紫乃と手を握りあい、緊張を分けあう。 「宗仁……きて」 紫乃がきゅっと目を閉じて、挿入に備える。 ゆっくり腰を突き出すと、亀頭が滑りこむように膣口へ飲み込まれた。 「ひううっ!」 締め付けてくる膣肉を裂きながら、奥へ奥へと陰茎を進める。 「はぁっ、はぁっ……ううっ……うんっ」 紫乃が力いっぱい手を握ってくる。 柔らかく熱い膣肉が、陰茎の侵入を阻むように収縮する。 「はぁっ……んんっ、大丈夫だ……」 「だから、ちゃんと、奥までっ……あふっ、んっ」 膣肉は挿入をせき止めるように蠢くが、紫乃は最奥への到達を望んでいる。 ぴったりと閉じた膣壁をこじ開け、そこを目指す。 「うああっ、はぁっ! はぁっ! ううっ……ううんっ」 「あっ! ああぁぁぁぁっ、あああっ……!」 歯をくいしばろうとする紫乃だが、我慢できずに声を上げている。 結合部から破瓜の証が流れているのに気付き、紫乃の初めてを奪ったのだという実感が湧く。 「紫乃、愛している」 気付くと、そう口にしていた。 「はぁっ、はぁっ……でも、そう言われると、少し楽になった」 「もう少し、入れるぞ」 「嬉しい……まだ、私の奥まできてくれるのか」 涙目で微笑む紫乃。 額には汗を浮かべ、爪がめり込むほど手を握ってくる。 それでも俺を受け入れ、嬉しいとまで言ってくれた紫乃が、たまらなく愛おしい。 「紫乃っ……」 呼びながら、紫乃の最奥に先端を達させた。 「はああっ、ああっ……! 宗仁が、身体の奥まできてる……」 「うあっ……んっ、んうううっ……はぁっ、はぁっ」 紫乃の身体の中は熱く、何より柔らかい。 陰茎がゆっくりと溶かされているようだ。 「はぁっ、はぁっ……んんっ、んううぅぅ~~っ」 痛みに慣れようとしているのか、両脚で俺の腰をぎゅっと挟む。 「んっ……はぁっ、はぁっ……そ、宗仁、キス、してくれないか」 「この痛みを忘れるくらい激しく、してくれ……」 唇を突きだし、接吻を求めてくる紫乃。 紫乃の唇に吸い付くようにして接吻する。 瑞々しい唇を味わいながら、舌を差し入れる。 「はあっ、じゅるるっ、じゅっ、むうっ、ちゅううっ」 「ちゅっ、ちゅっ……はふっ、はっ……ちゅぶっ、れろぉっ」 舌と舌が絡み合い、口元が唾液でまみれるのも気にせず求めあう。 「はふっ……んんっ、んっ……ふっ、んんっ」 紫乃の口の端から、喘ぎ声が漏れはじめる。 痛んでいる様子はなく、快楽から発せられるものに聞こえた。 ぎゅうぎゅうに締めつけたまま硬直していた膣肉も、既にほぐれているようだ。 腰を動かして、少しだけ膣壁を擦ってみる。 「ふあああぁっ!」 「あっ……ああっ……」 俺から口を離した紫乃が嬌声を上げる。 「気持ちよかったのか?」 「ああ、き、気持ちよかっ……た……んっ、んうっ」 「宗仁……もう、大丈夫だから、動かしてくれ」 「一生、忘れられないくらい……私のなかに、刻みつけてほしい」 そう言って、紫乃は俺の腰を挟んでいた脚を開いた。 膣口が広がり、陰茎を動かしやすくなる。 膣内も膣口も愛液で濡れまくっており、肉棒の抽送がしやすくなっている。 「動かすぞ、紫乃」 そう言ってから、腰の反復を開始する。 「はぁっ、あっ、ああっ、あっ、あっ、あんっ、あんっ……!」 「はっ、はんっ、んっ、んっ、んっんっんっ……んうっ、ううんっ!」 細かく腰を動かしながら紫乃の最奥を小突く。 そのたびに紫乃の身体が小さく上下し、豊満な乳房が波打つ。 「ひっ、ひんっ、ひんっ、ひっ、ひうっ、ひうんっ……んっ、んっ、んっ!」 「んうっ、うっ、うあっ、あっ、あんっ……あっ、あああっ!」 「これ、すご……いっ……身体の奥……何度も、突かれてるっ……」 接吻をして唾液にまみれた紫乃の口から、深い吐息が何度も漏れる。 膣奥を刺激するたび、握っている紫乃の両手に力が加わった。 「ふぁっ、あっ、あっ、あっ、あんっ、あんっ、んっ、んうっ……」 「はぁっ、ふっ……うんっ、んっ、んっ、んっ……くっ、ふうっ、んんっ」 「ふあっ……あっ、あうっ、くふっ、んっ、んっ、ひうっ、ひんっ、ひんっ……」 「あそこ、気持ちよくされてるだけ、なのにっ……はぁっ、んんっ」 「私の身体、ぜんぶ宗仁のものに……されてるっ……あっ、あひっ、ひっ、ううんっ」 紫乃の身体も俺に性感を与えてくる。 細かな襞は肉棒を貪るように吸い付き、俺から精液を吸い出そうとする。 「はぁっ、あっ……んっ、んうっ、んっ、んっ、んっ……」 「そ、宗仁……こっちも、こっちもしてくれ……」 唇を開き、俺を誘惑するように舌先をちろちろと動かす。 唇を密着させると、今度は紫乃から舌を差しだしてきた。 そして、俺の口内を目茶苦茶に舐めまわしてくる。 「んちゅっ、んうっ、じゅるるっ! ちゅぶっ、はふっ、ふむうっ!」 「ふはっ……はふっ、んっ、じゅるっ……んくっ……んぅ」 俺の口内から舐めとった唾液を何度も飲みこむ紫乃。 唇に残った唾液も舐めとって、しっかりと飲んだ。 「んっ……ふふっ、宗仁の唾液、美味しいな」 身体の上下で粘膜を接触させながら快楽を与えあう。 紫乃が、また俺の口内に熱い舌を入れてくる。 「じゅるっ、んふっ、はふっ……んふっ、れろっ、れるぅっ、んうっ」 「ちゅっ、ちゅぶうっ……じゅるるるっ、んふうっ、はふっ、んっ」 腰の動きを大きくし、亀頭が露出するまで引いた陰茎を一気に突き入れる。 腰と腰がぶつかる大きな音がして、紫乃の身体が弾んだ。 「ふあああぁぁっ!?」 「ああっ、あっ……ふあっ……ひっ、ひうぅ……」 「い、いまの、刺激、強すぎっ……」 再度、同じ動きを繰り返す。 「ああああぁぁぁんっ! はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「やっ、こんなにっ、激しくされたら、キスできないっ……んんっ」 激しい快楽に戸惑いながら、拒絶しない紫乃。 俺は腰を大きく引いて突く、という動きを繰りかえした。 「ふあああっ、ああっ! あひいいっ、はぁっ、あっ……ふああっ!」 「はああっ! ああっ、あううんっ、んひっ、ひいいんっ! はぁっ、ああっ」 「やっ、顔、見るな……いまっ、すごい、感じて……」 繋いでいる手を離そうとする紫乃。 感じている顔を隠そうとしているようだが、俺は決して手を離さない。 「そっ、宗仁、どうして離してくれないんだ……」 「紫乃の顔を見ながらしたい」 「やめろ、見るな……んふっ、んうっ」 俺から顔をそらしながらも、膣を突かれて喘ぐ紫乃。 「はぁ、あっ、あひっ……んっ、んうっ、うっ、んぅっ……!」 「やあっ、私の、だらしない顔、宗仁に見られてる……あぁっ!」 「好きな相手のことは、全部知りたいんだ」 「もうっ……なら、好きなだけ見ていろ……」 「あああんっ、あんっ、はあっ……ふあああっ、ああんっ、あんっ!」 諦めたのか、紫乃は俺の手から逃れようとするのを止めた。 そして、恥じらいながらも俺の顔を見返してくる。 「宗仁、中、中に欲しいっ……!」 「このまま……私の中に宗仁の、残してほしい……!」 「ああ、そのつもりだ……!」 互いに膣内での射精を望み、握っている手に力をこめる。 陰茎が射精感に震え、紫乃の膣内で暴れる。 「ふあああっ、あっ、あっ、あっ……はぁぁっ、ああっ! あああんっ、あんっ」 「中で……宗仁のが震えてる……はあぁっ、あんっ、んひっ、ひいっ、ひいんっ!」 「うあっ、あんっ、んっ、んっ、んううっ、ひっ、ひあああっ、ああっ、あんっ!」 「あああぁっ! ああっ! あうっ! ああんっあんっ! ひぅぅっ……!」 「紫乃、出すぞ……!」 「きてっ、きてぇぇっ!」 繋いでいる手をぎゅっと握りあった。 抽送を続け、自分と紫乃を絶頂に導く。 「ふあああぁぁぁっ……! ああああぁぁっ! んああああぁぁぁぁっっ!」 「はああっ! ふああっ……あああぁっ、ああぁぁっ、ああんっ、んうううっ!」 「はああぁぁっ! あふううっ、ふううんっ! やあぁぁぁぁんっ、ふあああぁぁっっ!」 「あああぁぁぁぁっっっ!!! あっあっあっ……ああああぁっ、ひああああぁぁぁぁぁぁっっ!!」 どくどくっ! びゅくうっ! びゅるっ!「ふああっ、ああっ、あうっ、ふあっ、あううぅぅ……っ!」 「で、出てるっ……身体の奥、あったかいの、出てる……!」 紫乃の最奥に押しつけた陰茎から、熱い精子を放出する。 身体を貫く快楽が何度も走り、可能な限り紫乃に腰を押しつけた。 「はぁっ、ああっ、あああぁぁ……」 「わ、私のあそこ、宗仁の精子、飲んでる……」 絶頂を迎えた紫乃の膣内では、柔肉と襞とが肉棒を絞り上げながら擦ってくる。 飲みきれなかったぶんの精子が、結合部から溢れていた。 「こんなに出るものなのか」 「それに、すごく熱くて……頭がぼーっとしてしまう」 やがて下半身の震えが収まり、愛欲を吐き出し終えた。 ずるり、と膣から陰茎を抜く。 「んんっ……」 陰茎を抜くと、たちまち膣口から液体が溢れだした。 精子と愛液、そして破瓜の証が混じったものだ。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「ふふっ、大変なことになっているな」 自らの性器を見て、紫乃が笑う。 「キスも、ここも……初めてを、宗仁にたくさん奪われてしまった」 「今日のこと、ずっと忘れないからな」 繋いでいる手を、紫乃が胸元に持ってくる。 顔が引き寄せられ、紫乃が短い口付けを交わしてくる。 「んっ……」 「ふふっ、宗仁とのキス、好きだ」 首をかしげて、はにかみながら言う紫乃。 その仕草に、またしても愛欲が刺激される。 ぴくりと動いた陰茎に、紫乃が反応した。 「おいおい、求めてくれるのは嬉しいが……さすがに休ませてくれ」 「紫乃が口づけをするからだ」 「ははは、慣れてくれ」 「私はもう、宗仁のことが好きでたまらないんだ。 キスなんて、いつでもするからな」 はにかみながらも、はっきりと言う紫乃。 恋愛方面では照れ屋の紫乃だが、俺との性交を通じて少しは解消したのかもしれない。 「そういえば、宗仁には借りがあったな」 「昨日の護衛のことか」 借りは必ず返す、というのが紫乃の信念だ。 「私の初めてで、返済できたか?」 「十分すぎるな」 「むしろ、釣りが出る」 「ふふふ、それは今後の結婚生活で返してもらうとしよう」 「期待しているからな、旦那様……んっ」 紫乃が俺の手を握りなおし、また口付けをした。 ──翌日、学院に登校した俺と紫乃は、朝から共和国人の生徒に取り囲まれていた。 学食で食事をしていても、共和国人の生徒が周囲からこちらを窺っている。 「紫乃、周りの共和国人をどうにかして」 「食事に集中できない」 滸がむすっとしながら納豆を混ぜている。 「あはは、いきなりの婚約発表ですからね」 古杜音「皆さん、来嶌様に色々とお聞きしたいのではないですか?」 「宗仁、嫉妬が大変じゃない?」 「確かに、今日はよく睨まれる」 俺たちの婚約は、紫乃の手によって昨日のうちに報道されている。 来嶌財閥総帥の、突然の婚約発表は皇国中を驚かせた。 そして同時に、以前から紫乃を狙っていた連中を嘆かせたのだ。 「紫乃は人気があったんだな」 「これでも財閥の総帥だからな。 逆玉を狙うにはうってつけだろう」 「単純に美人だからだ」 「ははは、そう思っておくことにしようかな」 上機嫌で唐揚げを口に入れる紫乃。 そこに、数人の共和国人が声をかけてきた。 馴れ馴れしく紫乃の肩を触っている。 この共和国人、いい度胸をしているな。 「ひいいっ! あ、朱璃様、宗仁様の目が人斬りのそれに」 「ほっときなさい」 面倒そうに共和国人の相手をする紫乃。 沸点に達したのか、苛々した様子で席を立つ。 「はあ、もう面倒だ」 「宗仁」 紫乃に腕を掴まれ、立ち上がる。 「みんなに、改めて私の結婚相手を紹介しよう」 「武人の鴇田宗仁だ」 見せつけるように腕を絡ませてくる紫乃。 身体を寄せてきているせいで、乳房の柔らかさが伝わってくる。 腕が深い谷間に挟まれ、落ち着かない気分になった。 「言っておくが、告白したのは私からだからな」 それでも食い下がろうとする共和国人。 「しつこいな」 「宗仁、こっちを向いてくれ」 紫乃の手に両頬を挟まれ、顔を動かせなくなる。 戸惑っていると、背伸びをした紫乃が有無を言わさず唇を重ねてきた。 「んっ……ふ……」 驚きのあまり、身体を動かすのを忘れる。 「お、おおおおおおおおっ!?」 「紫乃、大胆」 「見ていて恥ずかしい」 紫乃が唇を離す。 「ふふふ、共和国では当たり前さ」 紫乃に気のあった生徒たちが悲鳴に近い声を上げている。 「ああ、すっきりした」 「よし、すっきりついでに今から共和国に行くぞ、宗仁」 「一刻も早く、共和国で地盤を固めなくてはな」 「いやしかし準備が」 「大丈夫大丈夫、来週には帰ってくる」 「飛行機の手配もしてあるし、すぐに出発するぞ」 冗談ではなさそうだ。 俺の腕を抱いたまま、歩き出そうとする紫乃。 「さっそく振り回してくれるな」 「ははは、楽しいだろう?」 「違いない」 「朱璃、すまないが……」 「はいはい、私のことは気にしなくていいから」 「それと、皇国のことは任せておいて」 「行ってらっしゃいませ、宗仁様」 「あ、お土産は甘いものがいいです!」 「宗仁、ちゃんと、紫乃を守ってあげてね」 「ああ、必ず」 三人に見送られながら、紫乃に腕を引かれる。 「よし、行くぞ、宗仁」 紫乃と連れ立って、食堂を後にする。 一歩を踏み出すごとに、紫乃とのこれからを想像して心が弾んだ。 ──その後、俺と紫乃は皇国と共和国を慌ただしく往復する日々を送ることとなる。 やがて来嶌財閥は共和国への本格進出を果たし、両国の関係修復も実現。 俺も刀と同じくらいに商売のことを学び、紫乃の背中と財閥を守り続けた。 美よしは今夜も、武人たちの活気に溢れていた。 この空気の中にいると、共和国に支配されている現状を忘れそうになる。 「睦美さん、〈五番卓〉《ごばんたく》の配膳が終わりました」 宗仁「ありがとうございます」 睦美「すっかり、お仕事にも慣れてきましたね」 「花屋でも接客はしていましたから」 「ふふふ、頼もしゅうございます」 「でも、宗仁様をうちで働かせるなんて、何だか申し訳ないですね」 「部屋を借りている礼です。 遠慮は無用です」 とある事情で俺の部屋の床が抜けたのは三日前。 補修工事が終わるまでの間、睦美さんの厚意で部屋を貸してもらっているのだ。 「あら、宗仁様。 前掛けの紐が解けておりますよ」 「っと、失礼」 結び直そうとすると、睦美さんが俺の後ろに回りこんだ。 「じっとしていて下さい」 「いや、これくらい自分で」 「私に任せて」 「ほら、腕を上げて下さい」 むず痒い気分になりながら、言われた通りにする。 ふと店内を見ると、武人たちの嫉妬混じりの視線が刺さってくる。 少なからず、睦美さんに気がある連中だろう。 「はい、できました」 仕上げに、背中をぽんと叩かれた。 「世話をかけてすみません」 「いえ、責めているのではなくて」 睦美さんが、困った様子で首を振った。 「お世話のし甲斐があって、私も楽しいということですから」 「それに、配膳をして頂けるだけでも助かっていますよ」 美よしには、睦美さんの下で店を手伝っている女性が数人いる。 てきぱきと働いており、皆、手際がいい。 自分も、何か仕事をしなくてはという気になってくる。 「流石に、料理の一つくらいは覚えようかと思っています」 「それなら今度、一緒に練習しましょうか」 楽しいことを思いついたように、睦美さんが手を合わせて笑った。 戸の開く音が、新たな来客を知らせる。 朱璃と滸だ。 前掛けをしている俺を見て、朱璃がくすくす笑う。 「いらっしゃいませ」 「似合ってるわね、宗仁」 朱璃「愛想は足りないみたいだけど」 滸「滸が言うか」 「滸様、朱璃様、いらっしゃいませ」 睦美さんが、淑やかにお辞儀した。 「では、こちらのお席へどうぞ」 朱璃たちがカウンター席に座ると、睦美さんは厨房に入った。 「宗仁は料理しないの?」 「俺は配膳と皿洗い担当だ」 「宗仁は食べるの専門だもんね」 「朝は私のお弁当、昼は学食、夜は美よしだし」 「確かに、自炊してるのは見たことないかも」 「朱璃だって似たようなものだろう」 「私は伊瀬野で自炊してました」 勝ち誇った顔になる朱璃。 「ところで、俺の部屋の工事は終わりそうか?」 「もう少しかかるみたい」 「しかし、鍛錬のしすぎで床に穴を開けるなんてね」 「軟弱で困る」 「どっちかって言うと、床の方が可哀相」 「毎晩、何百回も素振りしてたんでしょ?」 「ま、まあ、多少は床に同情できるかもしれない」 竜胆作戦を前に、身体を仕上げておこうと思っていたのだが。 「宗仁様、こちらのお料理をお願いします」 「わかりました」 厨房から顔を出した睦美さんに、料理を渡される。 小皿の上には、海老と豆腐の味噌漬けが盛られていた。 それをカウンター席に座る二人の前に置く。 「先付けだ」 「宗仁様、お客様には感謝の気持ちで接して下さい」 「先付けでございます」 「ふふふ、よくできました」 「手懐けられてるね」 「この調子で教育してもらえば、愛想がよくなるかも」 二人が他人事のように言う。 「そういえば滸、竜胆作戦の準備は進んでいるか?」 「うん、今のところは。 でも……」 滸が、ちらりと睦美さんに視線を向ける。 睦美さんは何も言わず、微笑だけを返す。 「ううん、何でもない」 竜胆作戦に向け、奉刀会としては少しでも戦力を得たい状況だ。 睦美さん率いる更科派の武人が加勢してくれれば、心強いことこの上ない。 しかし、睦美さんは依然として刀を取ろうとしていなかった。 「そうだ、睦美さん」 「はい?」 「店長が『宗仁君の面倒を見てもらって申し訳ない』って言ってましたよ」 「構いませんよ、お手伝いもしてくれていますし」 「私としては、ずっとこちらに住んで下さっても構わないくらいです」 「宗仁様、いかがですか?」 笑顔で尋ねてくる睦美さん。 本気なのか冗談なのかわかりかねる。 「ははは、そこまでお世話にはなれません」 「あら残念」 「ここに住んで下されば、毎日豆腐料理を作って差し上げますのに」 「……ほ、ほう」 食卓に並ぶ、睦美さんの豆腐料理を想像してしまう。 「ちょっと宗仁、流されないでよ」 「武人が食べ物に釣られるなんて、情けない」 「なんて、宗仁様を取ったら、お二人に怒られてしまいますね」 「わ、私は別に。 ねえ稲生」 「もちろん」 二人が咳払いをする。 「ともかく、こちらにお世話になるのは、部屋の工事が終わるまでということで」 「豆腐料理は大変魅力的なのですが」 「はいはい」 「では、お弁当には沢山お豆腐を入れるようにしましょう」 「睦美、宗仁の朝ごはんを作るのは私の仕事」 「では、私は昼食に致します」 「よかったじゃない、お弁当を二つも作ってもらえるなんて」 勝手に話が進む前に止めておこう。 「弁当は遠慮しておきます、睦美さんの仕事が増えますから」 「仕事ではございません。 お世話です」 「ですから宗仁様も、もっと甘えて下さって結構ですよ?」 「睦美に弁当を作ってもらえるなんて、刺されても文句言えないかも」 「え? どうして?」 「周りを見てみるといい」 朱璃が店内を見渡した。 俺たちの様子を窺っていた武人が、慌てて目を逸らす。 「睦美さん、人気あるんですね」 「ふふふ、ありがたいことでございます」 睦美さんが、赤くなった頬に手をあてた。 「若い武人にとっては高嶺の花」 「今まで、何人の誘いを断ってきたか」 「大変心苦しいのですが、色恋には興味が湧かないのです」 「武人の女は、剣に生きるものでございますから」 武人の家に生まれた女性には二種類の人種がいる。 武人の因子が発現しない大多数の女性と、因子が発現したごく一握りの女性だ。 因子が発現した女は、男の武人同様高い身体能力を持つが、引き替えに生殖能力を失う。 だから、滸や子柚、睦美さんのように戦える女性の武人は、ひたすらに強さを求める傾向が強い。 「もし、誰かを好きになったら?」 「その時は……」 「気持ちを殺すのが、求められる姿なのかもしれませんね」 睦美さんが誤魔化すように笑う。 「では、私はお料理がございますので、これで」 「宗仁様は、お二人のお相手をお願いします」 睦美さんが厨房に戻っていく。 「恋愛には興味ないのに、宗仁には優しいんだ」 「睦美さんは誰にでも優しい」 「じゃあ、誰にでもお弁当を作るの?」 睦美さんが誰かに弁当を作るなど、聞いたことがない。 もしそんなことがあれば、若い武人の間で噂になるはずだ。 「睦美、宗仁が転がり込んで来て嬉しいんだよ」 「弟さんのこと、思い出してるのかも」 「弟さん?」 「戦争では最期まで勇敢に戦った」 滸が目を伏せると、朱璃も意味を察し、黙祷を捧げた。 「弟さん、宗仁に似てるの?」 「面影は多少あるかな」 「やめよう。 俺たちが詮索することじゃない」 弟さんの面影を追っているなら、それはそれでいい。 不快なことでもなし、美よしに世話になっている間は、弟さんの代わりでも何でも務めよう。 もし仮に、異性として好意を持ってくれているのなら──ま、明らかになったときに考えればいい。 翌朝、美よしの座敷で目を覚ました。 枕代わりの古い座布団を、頭の下から取り出す……。 「ん?」 別のものが頭の下に敷かれていることに気付いた。 「すう、すう……」 「なっ……」 姿勢を変えると、なぜかすぐ上に睦美さんの寝顔があった。 穏やかな寝息を立てて、ゆっくりと舟を漕いでいる。 どうやら、膝枕をされているらしい。 ここまでされて目を覚まさないとは、俺も美よしの空気に安心しきっていたのだろう。 睦美さんがもぞもぞと動き、後頭部に太ももの柔かさを感じる。 「んん、む……」 「そ……様……」 何か寝言を言っているようだ。 改めて、睦美さんの寝顔を見る。 数瞬、端整な顔立ちに目を奪われた。 呼吸のたび僅かに震える桜色の唇や繊細な睫毛には、淑女の高貴さが漂っている。 だが、あどけない寝顔には少女のような無垢さも感じられる。 二つの美しさは相反するものではないということを、俺は初めて知った。 睦美さんの吐息が鼻先に触れ、柄にもなく心臓の鼓動が少し早くなる。 「ん……宗仁、様」 「こんなところで……甘えては駄目ですよ」 恐ろしい寝言を口にしている。 早く起こすことにしよう。 「睦美さん」 「……あら?」 ゆっくりと瞼が開かれ、寝ぼけ眼で俺を見下ろす。 「おはようございます、宗仁様」 「よく眠っていましたね」 「寝心地のいい枕が用意されていたので」 「ごめんなさい。 宗仁様の寝顔が、可愛らしかったものですから」 「可愛い?」 「ええ、とても」 俺の頭を撫でながら、嬉しそうに微笑んだ。 「ふふふ、誰かに膝枕をして差し上げたのは初めてです」 「起こしてしまうかと思いましたけど、案外平気でしたね」 「寝込みを衝かれるとは不覚でした」 「気配を消しましたから」 「私も、まだまだ捨てたものではないようでございますね」 「襲った方も眠っているなど、聞いた事がありませんが」 「宗仁様の寝顔を見ていたら、思わず眠気を誘われてしまいました」 「お恥ずかしい限りです」 「寝言を言っていましたが、何か夢でも?」 「楽しい夢でございましたよ。 平和な皇国で宗仁様と……ふふっ」 睦美さんが小さく笑い、俺の頭を撫でた。 一体、どんな夢を見ていたのやら。 「あら、もう仕込みの時間ですね。 急がないと」 「俺もそろそろ起きます」 起き上がろうとすると、睦美さんがぴたりと動きを止めた。 「と思いましたけど、もう少しだけ、このままでいませんか?」 「宗仁様も、まだ眠り足りないでしょう?」 「もう起きましょう。 俺も鍛錬がありますから」 「つれないですね」 身体を起こすと、睦美さんがわざとらしく頬を膨らませる。 「膝枕というのは初めてでした」 「意外と悪くないものですね」 「よろしければ、また遠慮なくお申し付け下さい」 「ええ、その時はよろしくお願いします」 睦美さんに頭を下げ、俺は洗面所へ向かった。 洗面所で顔を洗ってくると、睦美さんが食材の下処理を始めていた。 「宗仁様も、試しにお料理の練習をしてみますか?」 「俺に出来ますか?」 「もちろんでございます」 「刀も包丁も、切るのは一緒でございますから」 「ははは、だといいのですが」 手を洗って、包丁を受け取る。 睦美さんが愛用しているものだ。 「俺が使っても大丈夫ですか?」 「どうぞ、お気になさらず」 ひとまず見よう見まねで、包丁を持ってみる。 「握るのではなく、力を抜いて包むように持って下さい」 「そこは刀と同じですよ」 「ほら、このように」 背後から、俺を抱くように睦美さんが手を伸ばしてくる。 包丁を握る手に、きゃしゃな手が重ねられた。 柔らかな感触が、衣服越しに伝わってくる。 「睦美さん、近づきすぎでは」 「初めだけですから」 横目に見る睦美さんの頬が、微かに紅潮している。 膝枕といい、今の状況といい、少しおかしい。 俺に弟の面影を重ねているのか?それとも、もっと別の感情があるのか。 包丁を動かす手を止め、睦美さんを横目で窺う。 睦美さんも横目で俺を見ていたらしく、目が合った。 睦美さんが、慌てて視線を包丁に戻す。 「ほ、包丁を持ったままよそ見をするのは危ないですよ」 「睦美さんこそ」 「わ、私は慣れていますから」 重ねた手が、徐々に熱くなっていく。 「宗仁様、次のお野菜を切りませんと」 「ん? ああ、すみません」 視線を手元に戻す。 やはり、睦美さんは俺に恋愛感情を持っているのだろうか。 だとしても、睦美さんは心情を口にはしないだろう。 それでいいのだと思う。 茄子や〈茗荷〉《みょうが》などの夏野菜を慎重に切り分けた。 睦美さんが切ったものと比べると、形が揃っておらず見た目が悪い。 「睦美さんには遠く及びませんね」 「誰でも初めはこんなものでございます」 「宗仁様なら、すぐに上達されます」 睦美さんに、優しく撫でられる。 褒め方が子供に対するそれだ。 「ははは、これでは親子です」 「せめて、姉弟と言って下さいませ」 「これでも一応、女でございますよ」 「睦美さんのような姉がいたら、楽しいでしょうね」 「今日から『お姉さん』と呼んで下さっても結構ですよ」 「呼びませんから」 苦笑いをしつつ、手を洗う。 「では、そろそろ学院に行きます」 「そんなに恥ずかしがらなくても」 睦美さんがつまらなそうに唇を尖らせる。 同時に、安堵した表情も浮かべていた。 沈みかけた空気を払拭するため、わざと明るく振る舞ったのかもしれない。 「そうそう、宗仁様これを」 睦美さんが、カウンターの下から包みを取り出した。 「今日のお弁当です」 「お豆腐料理も入れておきましたから、ぜひ召し上がって下さい」 「本当に作ってくれたんですね」 「まさか、冗談だと思っていたのですか?」 むくれた顔を作る睦美さん。 「いえ、ありがとうございます」 睦美さんから弁当を受け取った。 やけに重いのは気のせいではないだろう。 「量が多いかと思いますので、食べきれないようでしたら皆さんで召し上がって下さいね」 「睦美さんの手料理なら、みんな喜ぶと思います」 「だと嬉しいですが」 睦美さんがはにかむ。 「今日は花屋が休みですから、放課後はすぐに戻ってきます」 「料理の続きを教えて下さい」 「はい、お安いご用でございますよ」 「では行ってきます」 笑顔の睦美さんに見送られ、美よしを出た。 昼休みになり、いつもの面々で食堂を訪れる。 俺の広げた弁当を見て、全員が目を丸くした。 「そ、宗仁様が作られたのですか?」 古杜音「さすがに無理だろ」 紫乃「睦美さんの手作りだ」 「作りすぎたから、みんなで食べてくれと」 弁当は、〈井桁〉《いげた》で九つの小部屋に分けられている。 鮭飯やだし巻き玉子、はじかみの添えられた甘露煮など、色とりどりの料理が入っていた。 さらに、紅葉麩や花形をした人参が、細かな彩りを加えている。 味わうよりも先に、芸術品のような美しさに目を奪われた。 そして九つあるうちの三つの部屋に、しっかりと入っている豆腐料理。 「豆腐、多くない?」 「気のせいだろう」 「なんだか、食べるのが勿体ないね」 「よし、一人減ったか」 「なっ!? 私も食べるからね!」 朱璃の言葉を合図に、各々が弁当に箸を伸ばす。 俺は真っ先に豆腐田楽を口に運んだ。 田楽の甘味が舌の上に広がり、追って香ばしさが鼻腔を抜けていく。 豆腐の淡白な旨味がそれを中和し、絶妙な味加減になっていた。 皆が好みの料理を食べては、その味に感動している。 「美味いが、この人数で食べるには少々足りないな」 「向こうから調達してくるか」 紫乃がビュッフェのメニューを確認する。 「うむ、今日は肉が充実しているな。 巫女殿、いざ突撃」 「いざいざ!」 食欲溢れる二人が、意気揚々と突撃していった。 それを尻目に、朱璃が内緒話をするように身を乗り出す。 「ねえ、宗仁」 「弟さんのことを宗仁に重ねてるからって、こんなに頑張る?」 「やっぱり睦美さんって、宗仁のこと」 「仮にそうだとしても、睦美さんは口にはしないだろう」 「だったら、言い出しやすいようにしてあげたら?」 「いらぬお節介だ」 睦美さんの膝枕の感触や、重ねられた手のひらの熱が蘇ってくる。 そして、ふいに目が合ったときの睦美さんの表情。 あのとき瞳に込められていた熱は、弟に向ける類のものではない。 しかし、睦美さんは何故俺に特別な感情を抱くのだろう。 考えるだけ無駄か。 それこそ本人のみが知るところだ。 睦美さんは、言葉の通り、胸の中で好意を殺しているのだろうか。 だとしたら、何とも切ない話だ。 放課後になり、朱璃たちと学院を出る。 紫乃は財閥の仕事があると言って、先に帰っていった。 「宗仁、今日も美よしに行くんだっけ?」 「ああ、花屋が休みだからな」 「……ん?」 校門に見覚えのある人物が立っている。 もしかしなくても睦美さんだ。 誰かを探しているのか、辺りを見渡す。 軟派そうな共和国人の生徒に声をかけられ、丁寧に断っていた。 「あら? 睦美さん?」 「そうみたいね」 こちらに気付いたらしく、睦美さんが胸の前で小さく手を振る。 すぐに睦美さんの傍に行く。 「睦美さん、どうしてここに?」 「たまたま近くで用事がございまして」 「ちょうど学院が終わる時間でしたから、ご一緒できればとお待ちしていたのです」 「先に言っておいてくれないと、何事かと思う」 「申し訳ありません、滸様」 「宗仁様を驚かせようと思ったものですから」 睦美さんが悪戯っぽく笑った。 いつもの睦美さんからは想像できない無邪気さに、滸が目を丸くしている。 「皆さん、お弁当は召し上がって下さいましたか?」 「はい、ご馳走様でした」 「あまりの美味しさに、私など危うく頬が落ちてしまうかと」 味を思い出したのか、古杜音が恍惚とした顔になる。 「喜んで頂けたようで安心いたしました」 「またいつでもお作りいたしますからね」 睦美さんが母性に溢れる笑みを浮かべた。 「お、お、お」 「お姉様と呼ばせて下さいっ」 古杜音が睦美さんに飛びついた。 「ふふふ、妹ができてしまいましたね」 古杜音を抱き留めた睦美さんが、優しく頭を撫でる。 「宗仁様も混ざりますか?」 「いえ、結構です」 「睦美さん、そろそろ行きましょう」 「はい。 よろしければ買い出しにお付き合い頂けませんか?」 「ええ、荷物持ちならいくらでも」 朱璃たちに別れを告げ、睦美さんと共に商店街に向かう。 買い出しを終え、美よしまでの道のりを睦美さんと歩く。 やけに肩の距離が近いのは、気のせいではない。 「?」 目が合うと、睦美さんは微笑みながら首をかしげた。 「もしかして、こういうことですか?」 睦美さんが意を決したように手を差し出してきた。 「どういうことですか?」 「ええと……手を繋ぎたかったのでは、と」 「違います」 きっぱりと答える。 「あ、勘違いでしたか、申し訳ございません」 「では、私からお願いしては駄目ですか?」 「え?」 睦美さんの笑顔は、いつも通りだ。 悲哀や、それに類するものは一切感じられない。 やはり、思いを押し殺そうとしても、僅かな繋がりを求めてしまうのだろうか。 俺に女心はわからない。 だが、少しでも慰めになるのなら……。 俺は返事の代わりに手を差し出した。 睦美さんの細い指が、遠慮がちに絡みついてきた。 繊細そうな指先は滑らな肌触りで、剣術を習った手とは思えない。 「男性と手を繋ぐのは初めてです」 「少し、緊張しますね」 睦美さんが、ほんのり紅潮した顔で笑った。 「作ってくれた弁当、美味かったです」 「みんな喜んでくれたみたいで、私も嬉しいですね」 「お豆腐、食べてくれましたか?」 「ええ、絶品でした」 「ふふふ、ありがとう」 「……他には、何かないですか?」 「ええと、味以外の感想とか」 なぜか感想を掘り下げられた。 「見た目も綺麗でしたね」 「うーん」 「まあ、いいです」 「これからもお豆腐を入れますから、楽しみにしていて下さい」 睦美さんはやる気を漲らせて握り拳を作った。 「前から聞きたかったんですが、睦美さんは誰から料理を習ったんですか?」 「独学ですよ。 戦前から料理を作るのは好きでしたので」 戦前から、か。 滸から聞いた話だが、昔の俺と睦美さんは、流派が違うこともあり特段親しかったわけではないらしい。 「変な聞き方ですけど、戦前、俺は睦美さんと話したことがありましたか?」 「ええ、ありました」 「やはり、覚えていませんよね」 「良かったら、内容を聞かせてくれませんか?」 「ふふふ、取りとめのないことですよ」 「私もはっきりとは覚えていません」 静かな笑みで、話を流そうとする睦美さん。 鈍感な俺でも、何か隠していることはわかった。 「さ、早く帰らないと、開店時間に間に合いませんよ」 「これから仕込みもあるんですから」 睦美さんに手を引かれ、俺は口を閉じる。 手が繋がっていても、睦美さんとの距離は広がった気がした。 自室の工事が終わった旨の連絡が来たのは、竜胆作戦決行が間近に迫った日だった。 「部屋に戻られるのですね?」 「はい、そうなります」 俺が帰ることを知っても、睦美さんはいつもと同じ調子だ。 「私としては、もっと居ていただいても構わないのですが」 「ははは、そういう訳にもいかないでしょう」 「それは……仰る通りですが」 結局、睦美さんから好意を伝えてくる事はなかった。 竜胆作戦が始まれば、俺が生きて帰るとは限らない。 それでも何もないのなら、恋愛感情があったとしても胸の中で殺すつもりなのだろう。 「では、花屋までお送り致しましょう」 花屋が近づくにつれ睦美さんの口数は減り、店の前に着く頃には無言になっていた。 「睦美さん、お世話になりました。 お礼はまた後ほど」 「お気遣いなく」 「お店を手伝って下さっただけで十分ですから」 「それでは俺の気が」 「そこまで仰るのでしたが、お礼を頂いてよろしいでしょうか?」 歩み寄ってきた睦美さんが、俺の胸元に手を伸ばす。 「んっ」 一瞬の出来事だった。 睦美さんの顔が近づいたかと思うと、唇に柔らかなものが触れ、すぐに離れた。 その距離のまま目を合わせ、互いに何も喋らない。 時間が止まってしまったかのようだ。 「睦美、さん?」 睦美さんが、ゆっくりと身体を離す。 「ごめんなさい。 忘れて下さい」 「何も言わずにお見送りするつもりだったのです」 「そういう意味だと思っていいんですか?」 俺をじっと見つめた後、睦美さんが小さく頷く。 「私も武人の女、恋心など抱いたところで仕方のないものだとわかっております」 「先程も申し上げました通り、忘れて下さい」 「全ては私の我が儘ですから」 「しかし……」 「それではまた、宗仁様」 「竜胆作戦のご武運をお祈りしております」 話を遮るように会釈し、睦美さんは振り返ることなく立ち去った。 「はあ……」 溜息をつくと、大きな無力感が胸に去来した。 口元にはまだ、睦美さんの唇の感触が残っている。 これが睦美さんなりの決着のつけ方なのだろう。 「ちょっと宗仁」 店内から尖った声が飛んできた。 「ああ、ただいま」 「いきなりで悪いけど、店番頼める? ちょっと用事ができたから」 「ん? ああ」 「じゃっ!」 風のように朱璃が店を飛び出した。 かつてないほど、胸が高鳴っている。 戦場に立ったときの高揚とは違う、苦しさを伴った高鳴り。 どうしようもなくなって、その場にしゃがみ込む。 「宗仁様」 その名を呟くと、更に胸が締め付けられる。 口づけだけで、我慢できるはずがない。 愛してほしかった。 身体が軋むほどに、抱き締めてほしかった。 だからこそ、美よしでは何も言わなかった。 自分を止められなくなるのが怖かったから。 宗仁様のお心が私にないとわかっていながら、気持ちを押しつけるわけにはいかない。 口づけの温かさを胸中の宝とし、武人の女らしく刀に全てをかけよう。 「(竜胆作戦では、更科家の家長として武勲を上げてご覧に入れます……宗仁様)」 竜胆作戦に参加するつもりでいることは、まだ誰にも話していない。 滸様が«不知火»に認められたその日から決めていたことだ。 戦場に出れば死ぬこともある。 その前に私は、宗仁様への気持ちにけじめを付けたかった。 太刀筋を色恋の感情で濁らせないために。 なのに、私の心はまだ宗仁様に愛されることを望んでいる。 不意に、店の入り口が開かれた。 「睦美さん、お邪魔します」 「あ、あら、朱璃様。 どうされましたか?」 店に入った朱璃様が、一直線に近づいてくる。 「え? あの?」 「睦美さん。 このままでいいんですか?」 「宗仁のこと」 朱璃様の言葉に、息が詰まった。 花屋の前でのことを見られていたのだ。 「睦美さんが考えているほど、その感情は単純なものじゃないんです」 「覚悟を決めたつもりでも、諦めたつもりでも、人を想う心は絶対に抑えられない」 「ふふふ、まるで、経験があるように仰いますね」 「だから言えるの」 「睦美さんは、このままだときっと後悔する」 「伝えたいことは伝えるべき」 朱璃様の大きな瞳に、真っ直ぐ見つめられる。 年下の少女に気圧され、言葉を失った。 「後で宗仁が忘れ物を取りに来ます。 それが最後の機会ですよ」 「竜胆作戦の後、また会えるとは限りませんから」 卓の上に何かを置き、朱璃様は店を出て行った。 「(忘れ物?)」 置かれていたのは、どこかの部屋の鍵だった。 もしかして、宗仁様の部屋の鍵?花屋に帰ってきた朱璃は、美よしに忘れ物を取りに行くよう命令してきた。 工事のついでに付け替えてもらった、俺の部屋の新しい鍵だ。 恐らく、睦美さんのことで余計な気を回したのだ。 怒りたくもなるが、鍵がなくてはどうしようもない。 大人しく美よしに向かうことにした。 睦美さんは卓を拭いていた。 俺に気付くと、手を止めて微笑みを浮かべた。 「あ、宗仁様」 「忘れ物を取りに来ました」 「ええ、お待ちしておりました」 睦美さんが懐紙に包んだものを差し出す。 受け取った手触りで、中に鍵があるとわかった。 「助かりました」 「それでは、これで」 自分が余計なことを言う前に立ち去る。 「宗仁様っ」 切羽詰まった声に振り返る。 目に入った睦美さんの顔に、胸が引き絞られた。 ──泣いているのか。 「す、すみません、大きな声を出して」 顔を伏せ、睦美さんが〈手巾〉《ハンカチ》で目尻を拭う。 だが、なかなか顔を上げない。 桔梗色の手巾が、何度も目尻に当てられる。 「朱璃様の言った通りですね」 「とても、抑えられるようなものではありません」 「朱璃が何か?」 「いえ」 睦美さんは短く答え、柔和な笑みを浮かべる。 「もう誤魔化したりしません」 「全部お話しいたします」 何度か深呼吸をした後、睦美さんはカウンターの椅子に座った。 俺も隣に腰を下ろす。 「ふう。 まさか一日に二度も泣くなんて」 「睦美さんの涙を見たのは初めてです」 「更科家の家長ともあろう者が、お恥ずかしい限りでございます」 「これでは、竜胆作戦での働きもたかが知れるというもの」 睦美さんの言葉に驚く。 「では、助太刀いただけるのですか?」 「はい、微力ながらそのつもりです」 言葉は穏やかながら、表情は毅然としている。 死地へ赴くことを覚悟した、武人の顔だ。 「ふふ、あまり驚いてくれないんですね」 「いえ、顔に出ないだけで十分驚いています」 一つ思い当たる。 このところ睦美さんが積極的に接触してきたのは、竜胆作戦への参加を決めたからなのだ。 花屋での口づけも、おそらく最期の別れのつもりだろう。 「戦場で命を落とすこと自体は、決して恐ろしくありません」 「ただ私には、一つだけ耐えられないことがあるのです」 睦美さんの瞳に、熱がこもっていく。 口づけをされた感触が、唇に蘇った。 「宗仁様、おわかりでございますよね?」 「もはや私は、口づけだけでは……」 そこまで言い、切なげな瞳で見つめてくる。 いつもの余裕はなく、少女のように繊細で真っ直ぐな光が宿っている。 「なぜ、睦美さんはそこまでに俺を?」 「もし俺が忘れてしまっているのなら、本当に申し訳ない」 「宗仁様が謝る必要はありません」 「昔から私の片思いですから」 「聞かせてもらえますか?」 昔に思いを馳せる目で、睦美さんが語りはじめる。 「共和国が侵攻してくる、一年ほど前の話です」 「血筋や性別のことで、当時の私は壁に突き当たっていました」 「剣術の腕が上がらないばかりか、元来の型まで崩してしまっていたのです」 「そんな時、ある人がお声をかけて下さいました」 「もしや」 「ええ、宗仁様ですよ」 「宗仁様は仰いました」 「『剣術など戦いの手段でしかない。 大切なのは刀が折れても戦い続ける心があるかどうかだ』と」 「私は更科の跡取りとして、剣術の腕を磨くことばかりを考えていました」 「武人として本当に守るべきものは別にあるにもかかわらずです」 「俺がそんなことを言ったのか」 「はい。 その言葉で私は救われました」 「剣術が下手なら槍術で、槍術も駄目なら弓術で、いざとなれば体術で」 「そう思うと肩がふっと軽くなりました」 「剣の師にも、見違えるようだと言われました」 「おかげで私は、戦争を生き抜き、今も更科の当主を務めていられるのだと思います」 「そうでしたか」 勿論、覚えていないが、過去の自分の言葉が睦美さんを救ったのなら嬉しい。 「それで……私は、宗仁様のことを」 睦美さんが、気恥ずかしそうに微笑む。 野花が咲いたような、何とも清々しい笑顔だ。 「何度か会っているうちに、私は宗仁様にお弁当を作って差し上げるようになったんです」 「その時に入れたお豆腐を殊の外お気に召しまして……」 「それから宗仁様は、お豆腐が好物だって仰るようになられたんですよ」 「俺の豆腐好きは、睦美さんの弁当がきっかけだったんですね」 「はい。 ですから、お豆腐の料理を食べていただければ記憶が戻るかと思ったんですけど」 学院に弁当を持って行った日、睦美さんは味以外の感想を求めてきた。 あれは、俺の記憶が蘇っていないかと期待していたのだ。 「女の武人の存在価値は、戦いの中にしかないことは理解しています」 「でも」 「竜胆作戦のことを知ってから、気持ちが抑えられなくなりました」 「死地へ赴く前に、普通の女性の真似事をしてみたくなったのです」 睦美さんは俺に、普段は言わないようなことを言い、普段は見せない表情を見せてくれた。 そして今、睦美さんは口づけ以上のことを求めている。 勿論、睦美さんは嫌いではない。 しかし、恋愛感情があるかというと難しい。 それでもなお、睦美さんが求めるのなら、応えたいと思う。 俺にできることはそのくらいだ。 睦美さんが、じっと俺を見つめた。 「お心まで欲しいとは申しません」 「ただ、もう少しだけ私の我が儘にお付き合いいただきたく存じます」 睦美さんの手が、俺の膝に触れる。 戦場では決して退かない武人の手が、微かに震えていた。 その指先を振り払えないくらいには、俺は睦美さんを慈しんでいる。 「分かりました」 睦美さんが目を見開く。 そのまましばらく、俺を見つめた。 「ごめんなさい、私の我儘に」 「もう何も言わないで下さい」 睦美さんの手を握る。 「宗仁様?」 「動かないで」 「あ」 「……ん、ん……」 何も言わず、口づけをした。 唇を離すと、驚きに見開かれた睦美さんの瞳が潤んでいく。 「睦美さんには、不意打ちをされてばかりでしたから」 「一度くらい、こっちから驚かせたいと思っていたんです」 「もう、驚きました」 「なら成功です」 こちらを見上げていた睦美さんが、俯いた。 そして、俺の胸に顔を埋める。 「更科家の当主が、何度も泣き顔を晒すわけにはいきません」 「泣くほど驚かせましたか」 「違います、嬉しいんです」 「もう、分かって聞いていますよね」 胸の中で小さく震える睦美さんを、包むように抱き締める。 「睦美さん、正面から攻められるのは苦手ですか」 「得意なわけ、ないじゃないですか」 「高嶺の花と呼ばれるくらいだから、慣れているのかと」 「慣れてなんかいません。 私は、断り方しか知りませんから」 「それに、こんな大胆な事をされるのは初めてです」 「ですが、これからもっと大胆な事をします」 緊張したのか、睦美さんが身体を硬くする。 「俺で、いいんですね?」 「俺は過去のことを覚えていません」 「なんと言えばいいか……」 「つまり、睦美さんが気に入ってくれた鴇田宗仁ではないかもしれません」 「私にとっては、宗仁様はお一人です」 「あなたに抱かれたいのです」 そう言って、睦美さんは顔を上げる。 数秒のあいだ見つめ合うと、やがて睦美さんから唇を重ねてきた。 「ちゅっ、んふっ……」 「はふ、ふぁっ、あぁ……っ!」 「んんんっ、んっ、ふうっ、あふっ……ちゅっ」 唇を融け合わせようとするかのように、口づけは激しさを増していく。 唾液が混ざり、互いの唇が濡れた。 「んっ……ふぁっ、んふっ、んぁっ、あうっ……」 睦美さんの舌先が、遠慮がちに差し出される。 それを迎えるようにして、自分の舌を絡めさせた。 「はっ、あふっ……そ、宗仁様……あっ、んふっ、んちゅうっ」 「んんっ、好きっ、好きっ……ちゅっ、ん……、うぅんっ」 睦美さんの口腔へと、舌を侵入させる。 俺は自分の唾液を塗りこむかのように、そこを舐め回した。 「ちゅるっ、んくっ……んんっ、あふっ、んううっ」 睦美さんは、混ざりあった唾液を飲み下していく。 それでもまだ足りないと言うように、俺の舌を吸ってきた。 「ん、ちゅ……ちゅる、ちゅぷ、ちゅぅっ。 ん、ん……っ、んぅ……っ」 「んあっ……はぁ、はぁ……」 唇を離しても、睦美さんは物足りなそうに少しだけ口を開いている。 熱い吐息を漏らしながら、とろんした瞳で見つめてきた。 「宗仁様……」 俺が頷くと、どちらからともなく座敷に向かう。 座敷に寝た俺に、睦美さんが沿うように身をかがめた。 上着のボタンを外した俺に続き、睦美さんも着物の前をはだけさせる。 「男性に見られるのは初めてです」 「おかしなところは……ありませんか?」 「とても綺麗ですよ」 「ありがとう」 「宗仁様に褒められると……胸が、温かくなります」 睦美さんの肌は、一切の汚れを拒絶したかのように白く美しかった。 普段は着物で隠されているだけに、神秘的に感じられる。 睦美さんがもじもじと動き、押し付けられた乳房が形を変えた。 その感触に気を取られていると、するっと陰茎を引き出される。 「私、初めてなので……変だったら、すぐに言って下さい」 「じゃあ、触りますね」 睦美さんが、おずおずとした様子で固くなった肉棒を撫でてくる。 「これ、気持ちいいんですか?」 「……宗仁様、少し笑っていません?」 「いや、くすぐったくて」 「あ、ごめんなさい」 顔を赤くして、睦美さんは指を離した。 「満足に男性も喜ばせてあげられないなんて、情けないですよね」 「朱璃様や滸様ならともかく、私がこういう事を何も知らないなんて」 「恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか」 「むしろ、睦美さんのように綺麗な人の初めてをもらえて、俺は嬉しいです」 「宗仁様は優しいですね」 「そんなことを言われると、頑張って気持ちよくさせてあげたくなります」 睦美さんの指先が再び、俺の裏筋を滑っていく。 指先はやがて、柔らかく肉棒を包み始めた。 「触っても大丈夫ですか?」 俺が頷くと、睦美さんはそっと手を握る。 「あら、硬くなってますね」 「それにすごく大きい」 驚きの表情を浮かべ、今度は亀頭を撫でてくる。 「くっ」 快楽が走り、思わず声を漏らしてしまった。 睦美さんが慌てて手を離す。 「痛かったですか?」 「……それとも、気持ちよかったんですか?」 気恥ずかしくなり、黙って頷く。 すると、緊張していた睦美さんに笑顔が戻った。 「宗仁様、照れていますね」 「ふふっ、可愛いです」 優しく頬を撫でられる。 「宗仁様を、死んでしまった弟の代わりにしていたわけではありませんけど」 「本当の弟にしたいくらい愛おしく思っていたのは、本当ですから」 睦美さんの指の動きが激しくなる。 俺の意思とは関係なしに、陰茎が小さく震えた。 「宗仁様、気持ちよさそうな顔をしていますよ」 睦美さんが目を細めて、いたずらっぽく言った。 「恥ずかしがらずに、もっともっと素直になって下さいませ」 怒張している男性器を見て、睦美さんは微笑んでいる。 「あらあら、こんなに大きくしてしまって」 「ふふ、ちょっとだけ震えていますね……可愛い」 睦美さんは、握っている陰茎をまじまじと眺めた。 「こうして擦ってあげると気持ちよくなるんですよね」 「ん、んっ、んっ……どう、ですか?」 睦美さんが優しく、陰茎を握る手を上下させた。 他人に擦られるという刺激に、陰茎が跳ねてしまう。 「きゃっ……宗仁様、急に動かしたら驚きますよ」 「いや、気持ちよくなると勝手に動くんです」 睦美さんがきょとんした顔になる。 「え、そうなんですか?」 「……知りませんでした」 姉ぶろうとしていた睦美さんだが、こちらの知識は乏しいらしい。 睦美さんは陰茎を握りなおし、上下運動を再開した。 「んはっ……んんっ、んっ、宗仁様……気持ちいいですか?」 「ちゃんとできているか……んっ、んっ……自信がなくて」 「大丈夫です……気持ちいいですから」 「なら、少し強くしますね……はぁ……んっ、ふっ」 陰茎を強く握られ、さらに上下運動の速度が増した。 刺激が強くなり、何度も陰茎が震えてしまう。 「ふふっ、我慢できずに、また震えてますよ」 「んっ、宗仁様は恥ずかしがり屋ですけど、はっ、はぁ……こっちの子は正直ですね」 睦美さんは愛おしそうな手つきで亀頭を撫でた。 新たな快楽に、息が荒くなる。 「ここも気持ちいいんですか?」 「じゃあ、んっ、ふぅ、もっと触ってあげますね……んっ、はぁっ」 睦美さんは手を上下させながらも、余った指で亀頭を刺激してくる。 「ぐ……っ!」 重なってくる快楽に、声が出た。 「ふふふ、宗仁様のそんな顔、初めて見ました」 「んっ、宗仁様がこんな顔をするなんて、んっ、はぁっ、みんなは知らないんでしょうね」 感じている俺を見つめながら、睦美さんは嬉しそうに微笑む。 「睦美さんだって、同じです」 「高嶺の花と言われた人が、一人の男と身体を重ねてるなんて」 「睦美さんに憧れている武人たちが、落胆しますよ」 「別に……んっ、構いませんよ」 「私はただ、宗仁様に一度でも愛してもらえれば、それで……はっ、ん」 睦美さんは俺の陰茎をしごき続ける。 武人たちの敬慕を集めている睦美さんが、俺の陰茎を必死に擦っていた。 そう思うと、また陰茎の硬さが増した。 「んっ、はぁ、宗仁様のをずっと握っていると……」 「んっ、んうっ、何だか、私まで変な気分に」 睦美さんの漏らす息が、俺の胸に触れる。 自然と乳首にも温かな吐息がかかり、快感を覚えてしまう。 「んっ、はぁ、はぁ……ここも、硬くなってますね……」 「では……こういうのはどうですか?」 「なっ!?」 睦美さんが、俺の乳首に舌を伸ばした。 「はぁ、ん、ちゅ、くちゅ……れろ、ん……」 「んっ、ちゅ……はぁ、ちゅっ、ぺろ……どう、ですか?」 「ちゅっ、んっ……気持ちいいん……ですか?」 睦美さんに乳首を舐め続けられる。 しごかれている肉棒に加えて、新たな快楽が身体に走った。 「ちゅ、んんっ、ふふ……宗仁様のここ、また震えてます」 「んちゅっ、やっぱり乳首も……ちゅっ、れろっ、気持ちいいんですね」 「ちゅっ、はぁっ……あら、何か濡れてきましたよ」 先端から先走った快楽が、睦美さんの美しい指を汚した。 陰茎がしごかれるたび、それはどんどん溢れ出る。 「ちゃんと気持ちよくなって、はぁ、ん……ちゅっ、くれているんですね」 「ふふっ、いいんですよ……もっと、気持ちよくなっても」 「んっ……ちゅっ、ちゅぴっ、んっ……はっ、んんっ」 大きな快楽がせり上がってきて、びくりと腰が浮いた。 睦美さんが俺の乳首から口を離す。 「宗仁様……もしかして、そろそろ?」 「はい……あと、少しで」 「いいですよ……んっ、ちゅっ、はぁ、れろ……ちゅぱっ」 「全部出して、んっ、れろ……気持ちよくなって、下さい」 睦美さんが、さらに手の動きを激しくさせる。 乳首は睦美さんの舌で責められ続け、唾液にまみれている。 陰茎が膨らみはじめ、いよいよ快楽を放出しそうになった。 「ふふっ、宗仁様……んんっ、ちゅっ、顔が赤くなってますよ」 「んっ、ふっ、そんなに恥ずかしがって、女の子みたいです」 「ちゅっ、んんっ、れろ……ふふっ」 睦美さんが何かを思いついたように笑い声を漏らす。 すると突然、陰茎をしごく手の動きが止まった。 乳首からも、舌が離される。 「睦美さん?」 「そういえば宗仁様は、私に甘えてくれませんでしたよね」 睦美さんが口を尖らせた。 「一度でいいから、私は宗仁様に甘えられたかったんです」 「いや、甘えろと言われてもどうすれば」 睦美さんはわざとらしく、陰茎を握る手の力を強くした。 「宗仁様、私にどうしてほしいですか? 動かしてほしいですか?」 「ちゃんと言ってくれないと分かりませんよ」 睦美さんは、俺の口から言わせたいのだ。 握られたままの陰茎が、俺の意思とは関係なくびくびくと震える。 「ふふっ、やっぱり、こっちの子は正直ですね」 「ほら、宗仁様も……恥ずかしがらないで?」 快楽を我慢できず、大量の先走りを漏らす。 俺自身も、もう限界だ。 「……動かして、ほしいです」 照れてしまっていると、自分でも分かった。 睦美さんは嬉しそうに俺の胸板に頬ずりして、満足げに頭を撫でてくる。 「やっと、私に甘えてくれましたね」 「今の宗仁様、すごく可愛いですよ」 「上手にお願いできたご褒美に、気持ちよくしてあげますね……ちゅっ」 睦美さんは乳首に口づけをして、陰茎への愛撫を再開した。 「ちゅ、ちゅっ……んん、あむっ……くちゅっ……」 「宗仁様のここも、乳首も……ちゅくっ……また、硬くなって」 「はぁっ、んっ、ちゅっ、あむ……すごく感じていますね」 睦美さんは俺の顔をじっと見つめ、陰茎と乳首への激しい愛撫を続けた。 一度は去った快楽の波が、再び訪れる。 「宗仁様の、まだ大きくなって、んんっ……ちゅるっ、れろっ」 「はぁっ、気持ちよくなってる宗仁様の顔……ちゅぱっ、もっと見せて……!」 何度も陰茎が脈動し、尿道を快楽がせり上がってくる。 「睦美さん、もう……!」 「全部、ちゅっ、んっ、んんっ、全部、出して下さい……ちゅるっ」 「あぁっ、宗仁様の、すごく震えて……んちゅっ、れろっ……んんっ!」 「んちゅっ……はぁっ、ちゅぱっ、じゅるるっ……んんっ、んううううっ……!」 びゅくっ! どくっ、どくっ!、びゅるっ……「ちゅっ、んんっ! んちゅっ、んふっ、はぁっ、ふあっ……!」 「んんっ、すごい、こんなに沢山……んちゅっ、ちゅぱっ、あふっ……」 射精の勢いに驚きながらも、睦美さんは陰茎と乳首への愛撫を止めようとしない。 「睦美さん、今擦られると……!」 「はぁ……ん、ちゅ、くちゅ……れろ、ん……」 「んんっ、ぴちゅっ、くちゅっ、もっと、気持ちよくなって……んんっ、ちゅっ……」 絶頂を迎えている陰茎を責められ、自分でも驚くほどの量を射精する。 放出された精液は、睦美さんの手を白濁色に染めていった。 射精を終えた陰茎が力なく垂れ下がり、睦美さんはようやく愛撫を止める。 「はぁ、はぁっ……すごい匂い、それに、温かいですね」 「すいません、睦美さんの手に、全部」 「いいんですよ」 「気持ちよかったんですから、仕方ありません」 睦美さんは俺の頭を撫でつつ、片手で精液にまみれた陰茎を弄んでいた。 「また、硬くなってきましたね」 「ふふっ、もう一度してあげましょうか?」 「いえ、今度は俺の番です」 「きゃっ」 睦美さんを抱きかかえ、座敷の縁側に腰掛けた。 睦美さんの着物がさらにはだけ、性器を隠す下着が露出した。 「全部、宗仁様に全部見られてしまいました」 「まだ、全部ではないです」 辛抱できず、睦美さんの下着に男根を擦りつけた。 射精したばかりの精液が、睦美さんの下着に染みこんでいく。 「ふあっ、宗仁様……んんっ、ふっ、あっ……」 「んっ、はぁっ、んくぅっ……あ、ふうぅ……」 陰茎を離すと、睦美さんは荒い吐息を漏らす。 そして、もじもじと腰を動かす。 「もう、甘えてくれるのは嬉しいですけど、いきなり触るのは駄目ですよ」 「こうやって……優しく……して下さい……んっ」 睦美さんが自ら下着を擦りつけてくる。 ゆるやかな快楽が陰茎に走った。 「はっ、んんっ……んっ……ふっ……」 「んっ、ふふふ、物足りなさそうですね」 「大丈夫です……ちゃんと、見せてあげますから」 睦美さんは腰を上げ、自ら性器を露出させていく。 露わになった秘部をまじまじと眺めた。 割れ目からは桜色の膣肉が覗き、漏れ出した愛液にしっとりと濡れている。 想像していたよりも、ずっと美しい。 「あまり見られると、私も恥ずかしいです」 言葉とは裏腹に、割れ目からは新たな愛液がしみ出してくる。 「俺に見られて、感じたんですか?」 「ごめんなさい、はしたなくて」 「でも、宗仁様に見られていると思ったら……」 睦美さんは前髪で表情を隠すように俯いた。 その可愛らしい仕草に微笑ましい気持ちになる。 睦美さんの頭に手を伸ばし、そっと撫でた。 「睦美さんは俺のことを可愛いと言ってますけど」 「睦美さんのほうが、よっぽど可愛らしいと思いますよ」 「私が可愛いなんて、そんな事ありませんよ」 「こんなに……背が高いのに」 「背丈がどうかしたんですか?」 「あっ」 睦美さんが、しまったという顔をする。 「もしかして、気にしているんですか」 睦美さんは何も言わず、顔だけを赤く染めた。 無言だったが、その表情は肯定を示している。 「まさか睦美さんが、そんな事を気にしていたとは思わなかったです」 「誰にも言わないで下さい」 「きっと、笑われてしまいますから」 懇願するような視線を向けられた。 そこには、見た目よりもずっと幼い、少女の恥じらいが感じられた。 「大丈夫です、絶対に言いません」 「それに、睦美さんは今のままで十分、可愛らしいです」 「そ、そんなこと……あううっ!」 膣口を陰茎で擦ると、睦美さんが嬌声を上げた。 「やっぱり、可愛いですね」 「もう、宗仁様、からかわないで……んっ、あっ」 「んっ、くっ、ああぁっ、んんっ、ああっ……!」 愛液で肉棒が濡れ、より滑らかに性器同士が擦れあう。 さらに睦美さんは、自ら膣口を陰茎に押しつけはじめた。 「ふっ、んんっ、宗仁様……」 睦美さんは腰を揺らしながら、切ない視線を送ってくる。 「私は、宗仁様に一度でも愛してもらえれば……一つの恐れもなく戦場に向かえるんです」 睦美さんが少しだけ腰を浮かせ、亀頭に膣口をあてがって来る。 「分かりました。 俺も、躊躇はしません」 答えると、睦美さんはそっと腰を下ろしはじめた。 「ふあっ、あぁっ、宗仁様が、私の中に……はんんっ、あふっ……!」 「ああっ、はっ、ああ……ん、くぅっ……んっ、んあああぁっ!」 亀頭が狭い膣内をかき分け、奥へ奥へと進む。 睦美さんは強く目を閉じ、痛みに耐えている。 その表情を見て、下がってくる睦美さんの腰に手をそえた。 「んんっ、大丈夫ですから……宗仁様はじっとしていて下さい」 「すぐに、私ので包んであげますから……はあっ、んんっ」 再び腰を下ろしはじめる睦美さん。 膣内は挿入に驚いたかのように蠢き、俺を刺激する。 「うあっ、んうぅっ……全部、入りましたか……?」 「まだ、もう少し……」 「んんっ、わかりました……はぁっ、あぁっ……」 腰を突き上げようとすると、睦美さんに頬を撫でられた。 「ふふふ、慌てないで下さい……んっ」 「ちゃんと、優しく全部包んであげますから……はっ、ああっ……」 「んんっ、宗仁様が、奥まできています……あん、ふぁああっ!」 俺の陰茎が、睦美さんの膣に根元まで飲みこまれた。 膣肉が陰茎を責め立てるように蠢き、かつてない快楽を与えてくる。 「くっ……全部、入りました」 「ん、んんんっ……ああっ、んっ、ほ、本当ですか……?」 「つぅっ……んはぁっ、嬉しい……宗仁様のが全部、私の中に」 割れ目から流れ出した破瓜の血が、肉棒を伝う。 「ああ……これが、身体を捧げた証なんですね……」 「宗仁様……私に、愛してくれた証拠を刻みつけて下さい」 「だからもっと……私に甘えてもいいんですよ……」 睦美さんが動くと、熱い膣壁に陰茎を強く圧迫された。 蕩けた膣肉が、もう離さないと言わんばかりに絡みついてくる。 「はあぁっ、ひっ、んあっ……あんっ、んんっ、はううっ……!」 「んんっ、はっ、はあっ、んんっ、あんっ、んっんっんっ……んくぅっ!」 腰がぶつかりあうたび、溢れた愛液が音を立てる。 普段は喧騒で賑わう店内に、今は艶かしい水音が響いていた。 「はぅんっ、ううぅっ、あっ、あっあっ……あくっ、ふうっ」 「ひんっ、あうっ……宗仁様、こっちも……んっ、ちゅっ、はむ、んちゅ……ふぁ」 更なる繋がりを求めた睦美さんが、口づけを交わしてきた。 互いの舌を貪るように舐めあい、快楽を分け合っていく。 「んんっ、宗仁様も、気持ちよくなっているんですね……」 「こうすれば、もっと気持ちよくなるでしょうか」 睦美さんは上下させていた腰を止め、左右にひねりはじめる。 陰茎が軽くねじられ、細かな膣襞に舐めるように擦られた。 「くっ、睦美さん……!」 「んっ、んっ、くうっ……今まで当たらなかった所にも、宗仁様のが当たって……!」 「ふあっ、あっ、あぁっ、んんっ……ひあっ!? んんっ、うあああぁっ!」 睦美さんがいきなり脱力し、腰の動きを止める。 「んんっ、お、思っていたより刺激が強かったせいで」 「身体に、力が入らなくなってしまって……」 自分から動いておいて、予想以上の快楽に腰が抜けたらしい。 恥ずかしかったのか、気まずそうに視線を泳がせる。 「やはり、睦美さんは可愛らしい人だ」 「またそんなことを言って」 「ふふ……もう、動揺したりしませんよ……んっ、んんっ」 その言葉とは裏腹に、膣肉は昂ぶりを示すかのように激しく蠢いた。 応えるように、俺は腰を動かそうとする。 「あ、あの、宗仁様」 「もう一度だけ、可愛いと言ってもらえないでしょうか?」 他に誰もいないのに、俺にだけ聞こえる小声だった。 それほど、恥を忍んだ願いだったのだろう。 「私にそんな事を言ってくれるのは宗仁様だけなんです、だから」 言い訳をするように睦美さんが呟いた。 睦美さんのような人にこんな頼まれ方をされて、断る男などいない。 「可愛いですよ、睦美さん」 「んっ……」 俺の言葉に反応するように、睦美さんの膣肉が震えた。 感じてくれているのだ。 「睦美さんは、本当に可愛いらしい人ですね」 「何度も言われると恥ずかし……んんっ」 「そうやって照れるのも、可愛いらしいです」 「あ、あんまりからかわないで……んうっ!?」 動揺する睦美さんに口づけをした。 睦美さんは拒否することなく、舌を絡めさせてくる。 「んむっ、れろっ、ちゅっ……んんんっ、はうっ、はぁっ……!」 「んうっ、んんっ、ちゅるっ……はぁっ、あんっ……あふっ」 主導権が完全に入れ替わり、俺は腰の動きを激しくさせる。 睦美さんはされるがまま、与えられる快楽に身を任せていた。 更なる快楽を与えるべく、俺は目の前で揺れる乳房に手を伸ばす。 「ひゃあんっ……んんっ……んっ、はぁっ……」 「んっ、ふふっ……私の胸、触りたくなったんですか……んっ!」 「いいですよ……宗仁様の可愛いところ、もっと、沢山見せて……んああっ」 「うああぁっ、宗仁様、激しっ……はあっ、あっ、んっ、んっ」 「んんっ、はっ、奥、突かれて、私……んんんっ、はううぅぅっ……!」 「やあっ、あっ、あっ、あっあっ! あぁっ、はんっ、ああぁっ!!」 硬くなった乳首ごと、睦美さんの胸を揉みしだいた。 その都度、睦美さんの艶かしい肢体がよじられる。 「ふあっ! ああっ、うあっ、あぁっ、あっ、あっ、あああっ……!」 「ううっ、宗仁様……私、胸でも感じてしまいます……うああっ、はあんっ!」 胸と乳首を触ると、陰茎を包む膣肉も激しく蠢いた。 膣襞に擦られ、陰茎が硬さを増す。 「はっ、はっ、あううっ、あんっ、んううっ……ひゃっ、あうっ、ああんっ、ああっあっ」 「んっ……宗仁様の、私の中で大きくなってますよ……んっ、はぁっ、はぁっ……!」 「びくびくして……んっ、ふふっ、出してしまいそうなんですか?」 言われた通り、睾丸から二度目の射精感がせり上がってくる。 先走った精液は、すでに睦美さんの膣肉に塗り込まれていた。 「ひうっ、んはっ、出して、下さい……たくさん、私で気持ちよくなって……んんっ!」 「うあぁっ、あっ、んっ、はぁっ、はっ、ああっ、あっあっ……んはあっ!」 射精を求めるように、膣肉が肉棒をきつく締め上げる。 「睦美さん、このままだと中に……!」 「あんっ、あっ、そのままでいいから、抜かないで……宗仁様を、私の中に残して……」 女性の武人は、子を成すのが困難な体質だ。 たとえ子種を注いでも、新たな命が生まれる可能性はまずない。 「んっ、ふっ、分かっています……私は武人だから、意味なんてありません」 「でも……こうやって宗仁様が愛してくれた証拠を……んんっ、私の中に注いでほしいんです」 切なそうに言う睦美さんの目尻には、涙が溜まっていた。 睦美さんの腰に回した手に、力を込める。 「分かりました。 このまま全部、睦美さんの中に出します」 「ありがとうございます、宗仁様……んぁっ」 「はあっ、んっ、あっく、くうぅんっ……はあああぁっ!」 「あっ、あっ、あっ、あぁっ……んっ、んはっ、はあぁっ、あんっ、あううぅっ!」 膣内に全てを注ぐと決めた俺は、激しく腰を動かす。 乳房を揉み、膣を突き、睦美さんの身体を求め続けた。 「はっ、あっ、あっあっあっ……んあっ、ひっ、ひあっ、あっあんっ、あんっ!」 「ふふっ……気持ち良さそうな宗仁様……んっ、可愛い……んんっ!」 睦美さんがさらに強く俺を抱きしめる。 そして、首に回した手で何度も頭を撫でられた。 「はっ、はぁっ……私にもっと甘えて下さい……」 そう耳元で囁かれ、俺はさらに激しく抽送する。 「ああんっ、んんっ、んっ、んっ……ふあっ、ああっ、あっあっ……ああっ!」 「ふぁっ、あくっ、んあっ、ああっ、あぁぁっ! んっ……ふっ、んんっ、ううぅっ!」 「ひうぅんっ、宗仁様、宗仁様……あうぅっ、はぁっ、あっ、あっああっ……!」 睦美さんは、自分からも腰を動かしはじめた。 互いの動きが重なり、性器はさらに激しく擦れあう。 「ひああっ、んあっ、ああっ、あっあっあっ……うあっ、あんんっ、ふああぁぁっ!」 「んんっ、あっ……んんっ、ああっ、はっ……はあっ、ああっ、あっ、ああんっ!!」 乳首を指先で弄ぶと、結合部の隙間から多量の愛液が漏れだした。 擦れ合う性器はさらに滑らかさを増し、俺を絶頂に導こうとする。 「私、んくぅっ、んんん……宗仁様と繋がることができて、幸せです……」 「はっ、ああああ、ん、くぅうう、はあっ、んはぁあ……っ!」 「あああぁっ、んくっ、ふうぅっ、宗仁様、私……く、来る、来ちゃう……っ!!」 「はい、俺も……!」 射精が近くなり、陰茎が力強く脈動する。 呼応するように、睦美さんの膣肉も痙攣した。 「んっ、ああっ! 宗仁様、私、もうっ……んああっ、はぁぁっ……!」 「はぁぁっ、やっ、あああっ、はうぅぅ……っ、はぁっ、はぁっ、んああっ!」 「ああんっ! きゃうっ、ああっ! やあっ、ああっ、あっあっ! ふああぁっ!!」 「んく、ああっ……ああっ、あっ、あ、ああぁ……っ! んああああっ、ああんっ、んんっ!」 「うあぁぁっ、んはああぁぁっ! あふあぁぁぁぁぁっ! あ、あああああぁぁぁっっっっ!!!!」 びゅるっ、びゅっ、びく……っ!「あううっ、んはあぁっ、はあぁっ、ふああぁっ、あぁっ!」 「ああっ、はうっ……出てる……私の中で、宗仁様のが、んううっ!」 「はあっ、んあっ、一番奥に注がれて……んうっ、ふあぁっ!」 精子を睦美さんの中に塗りこむように、亀頭を最奥に押し付けた。 膣肉が、全ての精液を搾り取るように陰茎を締めつけてくる。 「あぁっ、うぅっ……宗仁様の、すごく震えて……んんっ、まだ出てる……」 「はあっ、はあぁっ……嬉しい……宗仁様のが、私の中にたくさん……」 睦美さんの中に何度も射精を繰り返して、ようやく肉棒が大人しくなる。 「ふあぁっ、はあっ、……はあっ、はあっ、はぁ……」 「お、終わったんですか……? 全部、私の中に……?」 「はい、全部、出しました」 「抜きますよ」 「あっ、んうっ」 愛液と精液、そして破瓜の証に塗れた陰茎が姿を現した。 粘液が糸を引き、割れ目から溢れた精液がどろりと垂れ出す。 「んっ、はぁ、はぁっ、すごい……こんなに出したんですね」 「それぐらい気持ちよかったんです」 「ふふっ……嬉しい……」 性交の余韻を残す陰茎が、控えめに脈動する。 荒くなっていた息も落ち着くと、睦美さんはそっと俺の頬を撫でた。 「ありがとうございます、私の初めてを貰って下さって」 「それに……私の中に宗仁様を残して下さって」 睦美さんは、慈しむように下腹部を撫でた。 そこには、俺の精液がまだあるはずだ。 「これで私は、後悔せずに死ぬことができます」 「本当にありがとうございます、宗仁様……んっ」 睦美さんに頭を撫でられ、軽く口づけをされた。 「まだ、死ぬと決まったわけではありません」 「生きて、皇国を取り戻しましょう」 「そうですね……生きていれば、また宗仁様と会える」 「けれど私は、十分に満たされました」 「誰かを想うことも、もうありません」 「高嶺の花と、言われ続けるつもりですか?」 「そうして枯れていくのも、一興ではありませんか」 「ふふっ、竜胆作戦で散るのが先かもしれませんけどね」 「俺は、睦美さんには死んでほしくありません」 「好きな人にそう言ってもらえるなんて、私は幸せ者ですね」 「これで最後です……んっ」 最後に一度だけ口づけをして、睦美さんは俺から離れた。 その日、美よしは数時間遅れて開店した。 俺はいつも通り、美よしのカウンターで朱璃と食事をしている。 横に座った朱璃に肩をつつかれた。 朱璃が周囲を窺ってから小声で話しはじめる。 「睦美さんと色々あったみたいだけど、ちゃんと解決したんでしょ?」 睦美さんは、店内で騒ぐ武人たちを穏やかな視線で見つめている。 「ああ、解決した」 「どういう風に?」 「まあいいじゃないか」 「俺と睦美さんは変わらない。 店主と客だ」 「あっそ」 もう一度睦美さんに視線を向けると、今度は目が合った。 すると、何か思い出したように、こちらへ向かってくる。 「宗仁様、お料理の練習がまだ途中でしたよね?」 「手が空いていますし、今なら構いませんよ」 「次はいつ教えてあげられるか、分かりませんから」 睦美さんが竜胆作戦に参加することは、誰にも伝えていない。 俺以外の誰も、睦美さんの言葉が死を示唆しているとは考えないだろう。 「今は遠慮しておきます」 「その代わり約束して下さい。 また後で料理を教えてくれると」 睦美さんは口元に手をやって、困ったように笑う。 「……ふふ、仕方ないですね」 「分かりました、約束します」 「またここで、一緒にお料理を」 朱璃は不思議そうに俺と睦美さんを見比べる。 平和になった皇国で味わう睦美さんの料理は、格別に美味いのだろう。 そんなことを考えながら、俺は食事に戻った。 奉刀会の任務がない日、俺は朱璃と共に糀谷生花店を手伝っていた。 配達の予定もなく、今日は一日店番である。 店先では、初夏の日差しの中で朱璃が背伸びをしている。 「暑くなってきたね」 朱璃「そうだ。 夏になったらあれを食べようと思ってたの」 「冷奴か」 宗仁「豆腐脳」 ため息を吐きながら朱璃が言った。 「かき氷よ、かき氷」 「伊瀬野にいた頃は食べなかったし、久しぶりにね」 会話を遮るように、軍用車の走行音が近づいてきた。 腹の底に響く低音が花屋の前で止まる。 「何をしたんだ?」 「何もしてないわよ!」 後部座席の扉が開いた。 「え?」 車から降りた二人組を見て、朱璃が目を丸くした。 恐らく、俺も同じような顔になっている。 「結構な反応ね」 エルザ二人の片割れであるエルザが、金髪を払いながら言った。 俺と朱璃を一睨みして、腰に手を当てる。 「私が花屋に来るのは変?」 「いいや。 だが……」 エルザの横にいる人物を見る。 体を縮こまらせて、青い顔をしていた。 「伊那さん、大丈夫?」 「は、はい。 ありがとうございます……あはは」 子柚エルザが、優しい手つきで子柚の背中を撫でた。 子柚は顔を引きつらせて笑っている。 目が合うと、気まずそうに視線をそらした。 「武人と間違えて、私の部下が伊那さんに銃を向けたのよ」 「それで、怯えてるみたいなの」 「武人と間違えて?」 子柚はれっきとした武人だ。 「い、いえ、疑われるような真似をしたのは私ですから」 「ごめんね、怖がらせて」 エルザが子柚の頭を撫でた。 子柚が、俺と朱璃に目配せをしてくる。 話を合わせろということか。 「お詫びに、車で送ってあげようと思ったのよ」 「ここに用があるって言うから、連れてきたのだけれど」 「伊那さん、欲しい花でもあったの?」 エルザに聞かれ、子柚がびくりと肩を震わせた。 そして、俺たちを見る。 「あの、注文した花束はできていますか?」 子柚から花の注文を受けた記憶はない。 が、まあそういうことなのだろう。 「……すまない、まだ途中だ」 「そ、そうですか。 よかった」 子柚が安堵したように息をはいた。 「よかったの?」 「はっ!? よくはありません!」 子柚がびしりと姿勢を正した。 「伊那さん、そんなに緊張しないで」 「って言っても、難しいかしらね」 「いえ、そんなことは」 「いいのよ、無理しないで」 エルザが苦笑する。 何となくだが、事情が分かりかけてきた。 子柚は、尾行でもしている最中に見つかってしまったのだろう。 何とか怪しまれないよう、花屋に用があると嘘をついたのだ。 俺と朱璃なら子柚の話にも合わせやすい。 朱璃も悟ったのか、目を合わせると小さく頷いた。 ひとまず、エルザにはこの場から離れてもらったほうがいいだろう。 「あの、エルザさん。 送ってくださってありがとうございました」 子柚も話を終わらせようとしている。 子柚は頭を下げながら、手にぶら下げている鞄を気にしていた。 恐らく、子柚の呪装刀が入っているのだろう。 エルザに見つかれば、ただでは済まない。 「謝らなくていいのよ、こっちが悪かったのだし」 「そうだ、鴇田君。 ついでだし、私も花を注文していいかしら」 子柚の顔が笑顔のまま固まった。 どうやら、簡単に危機は脱せないようだ。 「今からか?」 「すぐじゃなくて結構よ。 一週間後くらいかしら」 「あと、配達をお願いできる? 総督府まで届けてくれればいいわ」 「わかった。 用途は?」 「友達の誕生日祝いよ。 花は今から選ぶわ」 エルザが店内の花を見渡す。 「とはいえ、迷うわね」 「伊那さん、一緒に選んでくれる?」 「ふえっ!?」 地面から足が浮きそうなほど驚いている。 「ほら、こっち」 「エ、エルザさん」 エルザに手を握られ、子柚が店内に引っ張られる。 戸惑いの瞳をこちらに向けてくるが、どうにもできない。 「(ちょっと、大丈夫なの?)」 「(いつも通りに振る舞うんだ)」 朱璃が不安そうに子柚とエルザの背中を見る。 紫陽花を見ながら、エルザが子柚に話しかけていた。 「これ、伊那さんに似合うんじゃないかしら?」 「そ、そうでしょうか」 「エルザさんには、この花が似合いそうです」 子柚が指差したのは、白い花弁が眩しい百合の花だった。 「ふふっ、ありがとう」 優しげに笑ったエルザが、子柚の頭を撫でた。 その光景を、朱璃は意外そうに眺めている。 「ねえ、あなたって子供好きなの?」 「いいえ、特には」 「でも、伊那さんは好きね。 可愛い」 「……子供じゃないです」 子柚の小さな呟きに、朱璃とエルザは気付いていない。 ふと、エルザの腰に提げられている短刀に気がついた。 他の共和国軍人が装備している軍用小刀とは異なり、柄や鞘に装飾が施されている。 呪装刀にも見えたが、確信は無い。 「……」 子柚は、エルザの腰にある短刀に何度も視線を送っているようだった。 十分ほどでエルザは花を選び終え、店の外に出た。 幸い、子柚を疑っている様子はない。 「それじゃあ、伊那さん」 「は、はい」 手を振るエルザに、子柚が引きつった笑みを返す。 来たときと同じように、エルザは後部座席に乗り込んだ。 見えなくなるまで、子柚は車を見送っていた。 安心したのか、朱璃が溜息をつく。 「子柚、何があったの?」 「……尾行に失敗しました」 呻くように言った。 子柚が失敗するとは余程のことがあったのだろう。 子柚の有能さは、実績が証明している。 奉刀会が得ている情報のほとんどは、子柚の潜入任務によるものだ。 「邪魔でも入ったか?」 「えっと」 子柚は何か言いよどんでいるようだった。 「場所を変えるか」 「子柚、俺の部屋に上がってくれ。 二階にある」 「……はい」 子柚は、とぼとぼした足取りで俺の部屋に向かった。 「子柚、かなり落ち込んでるわね……大丈夫なの?」 「どうだろうな」 子柚とはそう親しくないので、正直なところ分からない。 とにかく、話を聞いてみよう。 部屋に入ると、子柚は膝を抱えて畳に座り込んでいた。 「失態です」 「もう少しで奉刀会や滸様にとてつもない迷惑をかけてしまうところでした」 「その上、仇敵に頭を撫でられるなんて……」 傍らに放られた鞄からは、子柚の呪装刀──«子狐丸»が覗いていた。 「これを飲んで落ち着け」 湯飲みに熱い茶を入れて、机の上に置いた。 上目遣いで俺を見てから、子柚が湯飲みに手を伸ばした。 「ふーっ、ふーっ、ふーっ」 「猫舌か」 「ち、違います」 違うと言いつつ、念入りに茶を冷ましている。 そして、何度か湯飲みに口をつけた。 「……ふう」 落ち着いたのか、子柚が一息ついた。 「エルザを尾行していたようだが、奉刀会の任務か?」 「はい。 エルザがこの辺りをうろうろしていると連絡があって」 「武器庫の近くでもあったので、念のため追跡していたんです」 「結果的にはただの巡回でしたけど」 その最中に、見つかってしまったということか。 「なぜエルザに見つかった?」 「エルザが、呪装刀を持っていることには気付きましたか?」 少しだけ逡巡したあと、子柚は目をそらしながら言った。 やはり、あれは呪装刀だったか。 「実はあれ、伊那家の家宝なんです」 「伊那家の初代が、当時の皇帝に賜ったものだとか」 「取り返そうとして、尾行に失敗したということか」 「面目ありません」 「家族の形見を玩具のように扱われているのを見たら、どうしても我慢できなくて」 「子柚も戦争で家族を失ったのだったな」 「はい。 伊那家で生き残ったのは、私だけです」 家族の形見、か。 家族の記憶を持たない俺には、どれほど重要なものなのか心では理解できない。 だが、子柚の表情を見れば十分に想像することができた。 「エルザが呪装刀を集めてるのは知ってるが、なぜわざわざ持ち歩いているのだろう」 「武人でなければ、刀の能力は引き出せないはずだが」 「装飾品程度に考えているのかもしれません」 「ともかく、撃たれなかったのは幸運だった」 「はい」 「いえ、捕まったくせに幸いなんて、だめですよね」 「すみませんでした、鴇田さんにまで迷惑をかけてしまって」 子柚が、膝の間に顔を埋める。 まるで泣き顔を隠す子供のようだ。 「武人のくせに、こんな弱音を吐くなんて情けないです」 「恥じる必要はない」 「私が、武人として未熟だからですか?」 突っかかるような言い方をしてくる。 子柚にこんな態度を取られるのは初めてではない。 「そういう意味ではない」 「子柚はたまにきつい言い方をするが、俺が何か気に障ることを言ったか?」 「鴇田さんには分かってもらえませんよ」 ぷいっとそっぽを向く。 「とにかく、あの呪装刀はもう忘れます」 「形見を諦めていいのか?」 子柚がぎゅっと唇を噛む。 「今回のことでも、私は会の規約に違反しました」 「一度滸に相談してみるといい」 「協力してくれるかもしれないぞ」 「まさか。 あの呪装刀は形見ではありますが大した能力はありません」 「危険を賭して奪還する価値なんてないんです」 半ば自分に言い聞かせているようだった。 「子柚の頼みなら、滸も聞いてくれると思うが」 「滸様は武人の棟梁なのですから。 私一人のために会規を曲げるようなことはなさいません」 「いえ、曲げてもらっては困ります」 敬意の表れなのだろうが、滸に対する認識が少し硬いように思える。 「呪装刀のことはもう忘れてください」 子柚の言っていることは正しい。 この状況で、呪装刀一本のために危険を冒すのは、確かに得策ではない。 だが、家族の形見を敵に奪われ、それを傍観し続けるのは屈辱の極みだろう。 滸もきっと、同じように考えるはずだ。 携帯を取り出し、電話をかける。 「『どうしたの?』」 滸「滸か?」 「ちょっと、鴇田さん!?」 「『子柚も近くにいるのか』」 子柚がいるのを知り、滸の口調が変わった。 慌てている子柚を無視して、俺は話を続ける。 「子柚の話は聞いたか?」 「『一通りは』」 「エルザが伊那家の呪装刀を持っているらしい。 子柚にとっては家族の形見だ」 「子柚は呪装刀を取り戻したがっている。 止めたほうがいいか?」 「『尾行が失敗した原因はそれか?』」 「そうらしい」 「やっ、ちょっと、待ってください!」 「この、このっ!」 手を伸ばしてくるが、軽く払い落とす。 「『……何をしている?』」 「子柚がじゃれてきてな」 「むむむむむ……」 「«子狐丸»っ!」 「なっ!?」 呪装刀を抜いた子柚に、狐の耳と尻尾が生えた。 «子狐丸»には、使用者の気配を消す効果がある。 途端に、子柚の動きが予測しにくくなる。 さすがに、片手では相手ができない。 「やあっ!」 子柚が跳ねて、背中から俺の首に腕を回してきた。 そのままぶら下がり、携帯に顔を近づけてくる。 身体が密着して顔も近いが、まったく気にしていない。 「も、申し訳ございません、滸様!」 「奉刀会には関係のない話です! 忘れてください!」 「『許可する』」 「へ?」 「『呪装刀の奪還を許可する』」 携帯から聞こえた声に、子柚が目を丸くする。 俺にとっては、予想通りの返答だった。 これで子柚は、会規に反することなく呪装刀の奪還を行うことができる。 「他の武人の手は借りられるか?」 「『……』」 見えなくとも、滸が難しい顔をしているのが分かった。 あくまでこれは、子柚の個人的な問題だ。 奉刀会の人員をいたずらに割くことはできない。 無論、会長である滸も同様だ。 「『……鴇田、監察として子柚の傍にいてやってくれないか?』」 「承知した」 即座に滸の意図を察する。 最低限の人数で子柚の呪装刀を奪還するなら、俺一人が助力するのが適切だろう。 「『本当は、私が協力できればいいのだが』」 「気にしなくていい。 会長は他の仕事に集中してくれ」 「『ああ、ありがとう』」 「『それから子柚』」 「は、はいっ」 「『これからは、隠しごとをしないように』」 そう言い残して、滸は通話を切る。 「……まさか、お許しいただけるなんて」 「子柚が思っているほど、滸は頭の固い会長じゃない」 「これからは、何でも言ってみることだ」 「滸様に向かって頭が固いなどと!」 「というか鴇田さん、最初から滸様に言うつもりだったんじゃ……あれ?」 そこでようやく、子柚は顔の近さに気づいたようだった。 子柚の吐息が、口元に触れた。 一瞬で、子柚の頬が紅潮する。 「あ、えっ、わあっ! ち、近いです!」 浮いた脚でげしげしと蹴りつけてくる。 「ちょっと宗仁、何ドタバタしてるの!?」 勢いよく扉が開かれ、朱璃が慌てた顔を覗かせた。 端から見れば、抱き合っているだけに見えるだろう。 「……ああ」 「子柚みたいな感じの子が好きだったんだ」 「どうりで私や稲生には振り向かないわけね……ふふふ……」 朱璃が暗い顔で笑いながら、ゆっくりと扉を閉めた。 「宮国さん!?」 「違います、そういう事じゃなくて!」 「まず腕を離せ、腕を」 「はっ、確かに」 子柚が腕を解き、地面に着地した。 赤くなった顔を隠すようにして、そっぽを向いている。 「よかったじゃないか、許可が下りて」 「俺も力を貸せるし、呪装刀を取り戻せるかもしれないぞ」 「いえ、鴇田さんを巻き込むわけには」 「会長命令だ」 「はあ……確かに、滸様の命令には逆らえませんね」 子柚が溜息をついた。 そして、胸の前でいじいじと指を組みはじめる。 「あの、ありがとうございました。 滸様に呪装刀のことをお伝え下さって」 「鴇田さんが言ってくれなかったら、私はもう諦めていたと思います」 「俺は電話をしただけだ」 「ところで、今夜美よしに来られるか?」 「呪装刀をどう取り戻すか、滸も交えて相談したい」 「ええ、大丈夫ですけど」 「とりあえず先に、宮国さんの誤解を解いたほうがいいのでは?」 子柚が玄関の扉を見た。 「……そうだな」 「鴇田さんって、監察のくせに無頓着なんですね」 子柚が小さく笑った。 俺の前で子柚が笑うのは、かなり珍しいことだ。 あどけなさの残る笑顔に、微笑ましい気持ちになる。 朱璃の誤解を解くべく、俺たちは二人で部屋から出た。 その日の夜、俺たちは美よしに集まった。 俺と朱璃、そして滸と子柚の四人が座敷に座っている。 お陰様で俺の幼児嗜好性癖に関する誤解は無事に解け、伊那家の呪装刀についても伝えてある。 運ばれてきた料理に少しだけ手をつけて、滸が口を開いた。 「どうやってエルザから呪装刀を取り返すか、だったな」 「申し訳ありません、滸様のお手を煩わせて」 「謝らなくていい」 「あう」 滸が、人差し指で子柚の額をつついた。 額を押さえる子柚を、滸は優しい瞳で見ている。 「それで、何か情報は掴めたか?」 子柚が真剣な顔になる。 花屋で別れてから、子柚は情報収集を行っていたのだ。 「エルザは呪装刀を常に携帯しているようです」 「装飾が気に入ったのでしょう」 「お風呂に入る時はさすがに持ってないんじゃない?」 「エルザは総督府に寝泊まりしている。 忍び込むのは危険性が高い」 「すみません、私が忍び込めればいいのですが」 「力不足です」 子柚が申し訳なさそうに縮こまる。 「子柚は十分よくやってくれている」 「……あ、ありがとうございます」 目も合わさずに礼を言われた。 俺たちの様子を見ていた滸が苦笑する。 「子柚は頭を撫でながら褒めてやらないと、喜ばない」 「ほ、滸様」 おかしそうに言う滸に、子柚が顔を赤くした。 「なるほど」 滸の話に乗って、子柚の頭に手を乗せてみる。 「ちょっと、鴇田さん。 くすぐったいです」 頭の上に手を伸ばしかけながらも、子柚は抵抗しなかった。 「ううー……」 「あ、照れてる」 「照れてないですっ」 「あの、呪装刀の話なんですが」 子柚が俺の手を払い、むすっとした顔で話を戻す。 「自分の部屋以外で、エルザが呪装刀を外しそうな場所か」 「あ、そうだ」 「学院でなら外すんじゃない?」 「そろそろ水練の授業が始まるでしょ?」 「さすがに、水着になる時は刀なんて持たないはずよ」 「学院なら忍び込める可能性が高いです」 「人目は多いですが、総督府ほど警備は厳しくありませんから」 「しかし、エルザはどこで着替えるのだろう?」 「生徒会室。 あそこはエルザ本人と役員しか入れない」 「詳しいじゃない」 「私や宗仁が学院に通い始めたのは、そもそもエルザの行動を知るためだ」 「彼女の行動は一通り把握している」 「そうだったんだ」 「戦うには、まずは敵を知らなくてはな」 戦後、俺たちを学院に入れたのは刻庵殿だ。 エルザの行動確認はもちろんだが、共和国人の考え方も学んでおけという指示だった。 「じゃあ、子柚には機会を見て生徒会室に潜入してもらいましょう」 「そこで、本物と偽物の刀をすり替える」 「何故? 盗むのではなく?」 「呪装刀が盗まれたら、真っ先に武人が疑われるでしょ?」 「とても似た刀とすり替えておけば、エルザは気がつかないと思う」 「確かに、呪装刀の〈真贋〉《しんがん》がわかるのは武人と神職くらいなものだ」 上手くいけば、エルザは違和感を抱くことなく刀を持ち続けるだろう。 「どうする子柚、できそうか?」 「やってみます」 子柚が力強く頷く。 「水練の授業が始まるまでは、まだ日があるな」 「うん、二週間くらいかな」 少し短いが、何もしないよりはましだろう。 「子柚、子狐丸は俺にも扱えるか?」 「子狐丸ですか?」 「はい、大丈夫だと思いますけど……」 子柚が怪訝そうな顔になった。 «子狐丸»は、子柚が愛用している呪装刀だ。 所有者の感覚を鋭敏にし、行動を機敏にし、更に自分の気配を周囲に悟られにくくする効果がある。 隠密行動のために作られたような呪装刀だ。 「子柚、俺に子狐丸の扱い方を教えてほしい」 「へ? 子狐丸の?」 子柚が小首を傾げた。 「呪装刀の奪還が、計画通り進むとは限らないだろう」 「いざという時、子柚に代われる人間が必要だ」 無論、今から鍛錬を始めたところで付け焼刃にしかならないだろう。 それでも、何もしないよりはいい。 「念には念を入れておくべきだな」 「子柚、稽古をつけてやったらどうだ?」 「分かりました」 滸が同意したせいか、子柚も特に反論しなかった。 「……ふふっ」 「子狐丸を使うってことは、宗仁に狐の耳と尻尾が生えるわけでしょ?」 「ああ、そうなるか」 «子狐丸»の特徴として、使用者に狐の耳と尻尾が生えるというものがある。 「ごめん、ちょっと想像しちゃって……ふふふっ」 またしても笑いを漏らす。 俺も想像してみたが、何が笑えるのか分からない。 「ふふふ」 「笑ったか?」 「いえ」 完全に釣られて笑っていたが、とたんに無表情になった。 「ねえ、子狐丸って私でも使えるの?」 「はい。 呪装刀をお使いになれるのなら」 「でも«研ぎ»を忘れると恐ろしい副作用があると言われていて……」 朱璃と子柚は話を続けている。 すると、滸が顔を近づけて耳打ちしてきた。 「ねえ、宗仁」 「呪装刀のこと、教えてくれてありがとう」 「宗仁がいなかったら、子柚は何も言わずに諦めてたと思う」 「大したことはしていないさ」 「あと、二人が仲良くなってるみたいで安心した」 滸が、ちらりと子柚を見た。 「子柚って宗仁を避けてるところがあったでしょ?」 「気づいていたか」 「会長ですから」 滸が冗談っぽく笑った。 「さっきも、宗仁に撫でられて嬉しそうにしてたし」 「嫌がってなかったか?」 「あれは照れてるだけ。 子柚は、けっこう甘えたがりだよ」 「このまま、宗仁に懐いてくれればいいんだけど」 「子柚は滸一筋だから難しいだろうな」 俺が冗談めかすと、滸は首を振った。 「ううん。 あの子、私が相手だと自分のことは素直に話してくれないから」 「慕ってくれるのは、嬉しいんだけどね」 子柚は奉刀会の誰よりも滸を尊敬している。 だからこそ、滸の前で我が儘は言わない。 「家族がいなくなってから、子柚はずっと寂しいんだよ」 「本当は形見よりも、家族の代わりになるような人が必要なんだと思う」 独り言のように呟く滸。 家族の代わりか。 家族と過ごした記憶がない俺には、務まりそうもない。 それに、俺は子柚に避けられているしな。 花屋で交わした会話を思い出す。 もう一度考えてみたが、やはり子柚の真意は分からなかった。 翌日、«子狐丸»を使いこなすための鍛錬を始めた。 勅神殿の道場で、子柚と向かいあう。 「では、これを」 子柚から«子狐丸»を受け取った。 小ぶりで軽い。 装甲車を斬るといった用途とは異なる目的の刀だ。 「呪力が流れる感覚は、他の呪装刀と同じです」 「まずは、一度やってみましょう」 「わかった」 抜刀すると、刀の呪力が手のひらから全身に伝わる。 「む……」 妙な感覚があった。 何もないはずの頭上と腰の後ろにまで、呪力が流れていく。 「問題はないようだ」 「そうですね……ふふっ」 ぷるぷると子柚の肩が震えている。 「どうした」 「す、すみません、普段の雰囲気と違いすぎて思わず」 「鴇田さんに耳と尻尾がつくだけで、こんなに破壊力があるとは」 「耳と尻尾……ああ」 腰の後ろに手を伸ばしてみる。 上着の裾から、毛並みのいい狐の尻尾がはみ出していた。 頭の上にある違和感は、きっと狐の両耳のものだろう。 力を入れれば、動かせそうだ。 「そんなに可笑しいか?」 「耐えられる人はいないかと」 自分では今一つ分からない。 「ん?」 うなじを風に撫でられたような感触があり、背後を振り向いた。 視線の先には、武道場の扉がある。 扉の向こうから、二人の人間が近づいてくる気配がした。 「どうかしましたか?」 「誰か来る」 集中すると気配がより鮮明となり、二人の動作までもが伝わってきた。 片方の足運びは武人のもので、相当の手練れ。 間違いなく、滸だろう。 もう片方の軽快な足取りは、おそらく朱璃だ。 普段の何倍も感覚が鋭敏になっている。 これが子狐丸の能力か。 「凄まじい力だな」 「子柚はよく使いこなせるものだ」 「そ、そうですか?」 「慣れれば、もっと早く気付けるようになりますよ」 「あと、制御することも大切ですからね」 「人の多い場所だと、そこらじゅうに気配を感じて頭が痛くなります」 子狐丸を手懐けるのは、一筋縄ではいかなそうだ。 そう考えていると、道場の扉が開いた。 「手伝いに来たわよ」 「上手くいっているか?」 「ああ、問題ない」 狐耳を動かしながら返事をしてみた。 「ぶほっ!」 「ごほっ!」 朱璃・滸二人が同時に噴き出した。 「ちょ、ちょっと、急に笑わせないで」 「不意打ちは卑怯……げほげほっ!」 「私の言う通りでしょう?」 「今の鴇田さんに勝てる人はいません」 子柚が勝ち誇った顔になっていた。 やはり、自分ではよく分からない。 「一本だ」 尻餅をついた俺の目の前に、滸の持つ木刀の切っ先があった。 「……参った」 「まだまだだな」 滸が木刀を引っ込め、手を差し出してきた。 その手を握り、立ち上がる。 俺は今、«子狐丸»を使っている状態で滸の猛攻を躱すという鍛錬を行っていた。 «子狐丸»の能力を使えば、剣気や殺気も敏感に感じ取ることができる。 「凄いわね、«子狐丸»」 「十分以上も稲生の攻撃を躱すなんて」 「いえ、凄いのは鴇田さんの反射神経です」 「私なら、攻撃が来ると分かっても躱しきれませんから」 座って観ていた二人が感心していた。 「鴇田さん、少し休憩しますか?」 「ああ」 慣れない能力を使い続けたせいか、身体が少し重かった。 子狐丸を鞘に収めると、身体に流れていた呪力が霧散していく。 「おっと」 「鴇田さん、大丈夫ですか?」 慣れない能力の疲労でよろけた俺を、子柚が支えてくれた。 「すまないな」 礼を言うが、子柚は目をそらすばかりで反応しない。 そういえば、頭を撫でながら褒めないと子柚は喜ばない、と滸が言っていたな。 「ありがとう、子柚」 「い、いえ……ふふ」 頭を撫でながら言うと、子柚が小さく笑った。 小さな頭を撫でるたび、子柚の目が気持ち良さそうに細められる。 「んー……」 「って、なんで撫でてるんですかっ」 そう言いつつも、俺の手を払いはしない。 家族の代わりにはなれないが、子柚の寂しさが少しでも埋まればいい。 子柚の頭を撫でながら、そんなことを思う。 戦前、俺には義妹がいたらしい。 かつては、こうして義妹の頭を撫でていたのかもしれない。 ふと、いつも胸にある空しさが薄れた。 俺もまた、家族の代わりを心のどこかで求めているのだろうか。 「と、鴇田さん」 「いつまで撫でてるんですか」 子柚がくすぐったそうに身体を動かす。 「おっと、悪かった」 手を離しても、子柚の顔はしばらく赤いままだった。 道場の窓から差す陽射しが橙色になり、今日は解散となった。 慣れない力を使いすぎたせいで、身体が重い。 「上手くいかないものだな」 結局、滸の攻撃を躱すのは十数分が限界だった。 «子狐丸»の能力を出し切れている実感はない。 さらに鍛錬を積む必要がありそうだ。 「本当、あんなに難しいとは思わなかった」 「まさか頭を叩かれるなんて……いたた」 「宮国が変な動きをしたせいだ」 「稲生が強すぎるんだって」 朱璃が頭のたんこぶを押さえて涙目になっている。 興味本位で«子狐丸»の鍛錬を真似た結果がこれだ。 「よく、たんこぶで済みましたね」 「私なら頭が割れていました」 「一応、呪装具を着てたからね」 がやがやと喋りながら、四人で帰路を歩く。 やがて、分かれ道に差しかかった。 「じゃあ、私と子柚はこっちだから」 「うん、また明日」 「行こう、宗仁」 二人と別れ、朱璃と歩きだす。 何となく子柚のことが気になって、振り返ってみる。 すると子柚もこっちを見ていた。 逡巡していたようだが、控えめに手を振ってくる。 微笑ましい気持ちになり、こちらも手を振り返す。 「子柚?」 誤魔化さず答えると、朱璃が肩をすくめた。 鴇田さんと宮国さんが、花屋の方角に歩いていく。 気がつけば、鴇田さんの背中を目で追っていた。 「あ……」 鴇田さんが振り向いた。 目が合うと、頭を撫でてくれた鴇田さんの手の感触が蘇ってくる。 口にはできないけれど、あの大きな手で撫でられるたび、胸の中には安心感が広がった。 滸様に撫でられた時の嬉しさとは、また違ったものだ。 ……もっと撫でてほしいって素直に言えばよかった。 でも、鴇田さんに反抗心を持っているのも確かなのだ。 自分でも心を整理できぬまま、鴇田さんに手を振ってみる。 すると、微笑みながら手を振り返してくれた。 「子柚、私たちも行こう」 滸様の半歩後ろについて、歩きだす。 「鴇田と打ち解けたようで安心した」 「ずっと距離を置いていただろう?」 「き、気のせいではないでしょうか?」 「気づかぬものか」 滸様が涼しげに笑った。 「それに、子柚は少し明るくなった」 「そうですか?」 「ああ、何か変わったことでもあったか」 真っ先に、鴇田さんの顔が思い浮かんだ。 鴇田さんに撫でられる感触が、頭のてっぺんに蘇る。 「はっ!?」 にやけていた自分に気づき、慌てて表情を引き締める。 「どうした?」 「いえいえ! 変わったことなんて一つもありません!」 ぶんぶんと首を振る。 だが、振っても冷ませないほど、頬が熱くなっていく。 「やっぱり明るくなったじゃないか」 「ふふふ、鴇田め」 「鴇田さんは関係ありませんっ」 「その、私はいつでも、滸様一筋ですから!」 「わかったわかった」 滸様が私の頭に手を置く。 「私を慕ってくれるのは嬉しい」 「だが子柚」 「自分の気持ちを素直に認められるようになることも、一つの成長だ」 いつになく優しい滸様の言葉に、戸惑ってしまう。 「私のように、後悔せぬようにな」 軽やかに笑い、滸様が先に立って歩きだす。 「お待ち下さい滸様、どういう意味ですか?」 「ははは、自分で考えることだ」 「滸様ー」 奉刀会の会合を終えた帰り道。 俺は、子柚と夜鴉町を歩いていた。 «子狐丸»の鍛錬を始めてから、子柚と一緒に行動することが多い。 「鴇田さん、今日の鍛錬はどうしますか?」 「もう一度くらいはやっておくか」 「じゃあ、一緒に道場まで行きましょうっ」 «子狐丸»の鍛錬を始めて数日が経過し、子柚との距離も縮まったように思える。 能力の負担にも慣れ、今ではほぼ滸の攻撃を躱すことができた。 明日は、エルザから呪装刀を奪還する。 俺が«子狐丸»を使うような事態に陥らないことを願おう。 立ち止まっていた俺を、子柚が不思議そうな顔で見上げた。 「鴇田さん?」 「いや、何でもない」 露店の並ぶ夜鴉町を子柚と共に歩く。 すると、子柚がある露店の前で立ち止まった。 様々な小物が売られている雑貨屋で、子柚の目は並べられた小さな人形に釘付けだ。 猫や鴉などの動物を模しており、どれも愛嬌のある造形をしている。 子柚は狐の人形に興味があるらしい。 「欲しいのか?」 「い、いらないです!」 「あっ」 目の前で、女性客が狐の人形を買っていった。 「あ、う……狐……」 最後の一つだったのか、狐の人形はもう残っていない。 「少し待っていろ」 子柚の頭に手を置いた。 くすぐったそうにするが、何の抵抗もしない。 何度も撫でるうちに、いつの間にか子柚は抵抗しなくなったのだ。 子柚から手を離し、店員に声をかける。 「ほら」 「わぁ……!」 手のひらに狐の人形を置いてやると、子柚が瞳を輝かせた。 幸運にも、まだ在庫があったのだ。 子柚が、俺と狐の人形とを順番に見比べた。 「鴇田さん、ありがとうございます」 「大事にしますね……ふふっ」 手の上にある人形を眺めて、子柚が笑った。 「子柚は最近、よく笑ってくれるようになったな」 「以前とは大違いだ」 「そんなことありません」 子柚が、誤魔化すように目をそらした。 自覚があるらしい。 今なら、答えてくれる気がする。 「子柚には、ずっと嫌われていると思っていた」 「い、いえ、別に」 「良かったら理由を聞かせてくれないか?」 これを聞くのは二度目だ。 前のように突き放した言葉は返ってこない。 むしろ、答えるかどうか迷っているように見える。 「教えてくれると助かる」 追及はせず、子柚が話すのを待つ。 しばらく目を泳がせていた子柚だが、やがて観念したように肩を落とした。 「嫉妬、していたんです」 「嫉妬?」 「滸様が、鴇田さんのことばかり話すから」 なるほど、そういうことか。 「滸様は、家族を失った私をいつも気にかけてくれました」 「それこそ、本当の家族のように」 「でも滸様は、私以上に、鴇田さんのことを心配していました」 「子供じみた嫉妬だと思います」 「でも私は、たった一人の家族を鴇田さんに奪われたような気がして……」 戦争で家族を失った武人は多い。 皆、悲しみを乗り越えて共和国と戦っている。 だが、全員がそうではないのだ。 子柚のように、乗り越えられないままの武人だっている。 家族との記憶に囚われ、戦っている武人もいるのだ。 『鴇田さんに言っても、分かってもらえませんよ』。 子柚がそう言ったのは、俺に戦争以前の記憶がないからだろう。 家族の温もりも、それを失った子柚の孤独も、俺には本当の意味で理解できない。 だからこそ、罪悪感が芽生えた。 「すまなかった」 「記憶のない俺に滸を取られるのは、癪だったろうな」 「あ、いえ……」 子柚が俯く。 「ごめんなさい、私、自分のことばかり」 「鴇田さんだって、辛いはずなのに」 子柚がまた顔を伏せた。 今度こそ、泣きだしそうだ。 俺も子柚も、形は違えど戦前の記憶で辛い思いをしている。 それが分かったのなら、慰め合うことだってできるはずだ。 再び子柚の頭に手を乗せる。 「俺には〈義妹〉《いもうと》がいたらしい」 「俺も戦前は、こうやって誰かの頭を撫でていたのかもしれない」 子柚が上目遣いで俺を見た。 「そう思うと、家族との記憶がないことも少しは紛れてくる」 「私もです」 「鴇田さんに撫でられるのは……嫌いじゃありません」 「折角だ。 寂しい人間同士、励まし合おうじゃないか」 子柚が、目に溜まる涙を拭った。 「ふふ、何ですかそれ」 子柚が、ようやく微笑んでくれた。 嬉しくなり、わしゃわしゃと頭を撫でる。 「わわっ」 「もう、滸様だったら、もっと優しく撫でてくれますよ」 「ふふふ、そうか」 ぽんぽんと、子犬を撫でるような手つきにする。 「ふふっ」 「鴇田さん。 私いま、あんまり寂しくないですよ」 「だから……もっと撫でてください」 子柚が肩を寄せてくる。 子柚の寂しさを満たしてやれていることに、俺も満足感を覚えていた。 俺もまた子柚と過ごすうちに、家族との記憶を持たない虚しさを満たしていたのだ。 だが、呪装刀を取り戻した後は、どうなるのだろうか。 俺たちが顔を合わせるのは、奉刀会の任務くらいになるだろう。 子柚はまた元の寂しさを、いや、それ以上の寂しさを感じることになるかもしれない。 形見の呪装刀を取り戻したところで、心に空いた穴は埋まるのだろうか。 全て終わったあとも、子柚とは二人で過ごす時間を作ってやろう。 稽古など、理由は探せばあるはずだ。 「そろそろ行くか」 手を離すと、子柚が短く声を出した。 鴇田さんの手が離れて、思わず声を出してしまう。 歩きだした鴇田さんの横に並びながら、明日のことを考えた。 形見の呪装刀を取り返せると思うと、すごく嬉しい。 でも同時に、寂しくもある。 呪装刀を取り返したら、鴇田さんと一緒にいられる時間が減ってしまう。 なぜか、胸の奥が少しだけ熱くなる。 落ち込んでいく気分に反するように、それは温度を増していく。 顔を覗きこまれて、胸が高鳴った。 「い、いえ、何でもありません!」 「ほら、早く行きましょう!」 慌てて笑顔を作る。 火照った顔を隠すため、鴇田さんの前を歩いた。 屋外にある長椅子に座り、携帯で時間を確認した。 授業が始まって、五十分が経っている。 「(遅いな)」 そう思いながら、生徒会室の窓を見上げる。 三十分ほど前に、子柚はあの窓から潜入した。 作戦自体は至極簡単なものだ。 エルザが水練の補習に出るのを見計らい、子柚が生徒会室に忍び込む。 そして置いてある呪装刀をすり替え、脱出する。 それだけのこと。 生徒会室への潜入は、問題なく遂行できている。 エルザが水練場に呪装刀を持ち込んでいないのも、朱璃の連絡で確認済みだ。 あとは、生徒会室にある呪装刀をすり替えるだけなのだが……。 潜入してからというもの、子柚からの連絡が一切ない。 急がなくては、生徒会室にエルザや他の役員が戻ってきてしまう。 携帯が鳴った。 子柚からの着信であることを確認し、すぐに出る。 「子柚、無事か?」 「『もちろんです』」 「呪装刀は見つかったか?」 「『それが……机の引きだしに鍵がかかっているんです』」 「『開錠にもう少しかかりそうなんですが、授業が終わるまであと何分ですか?』」 「あと数分だ。 急げ!」 「『あ、開きましたっ』」 「よし、偽物と交換だ」 「『っ!?』」 「……!」 咄嗟に校門を振り返ると、校門の前に黒塗りの車が数台停まる。 その一台から、中年の共和国人男性が下りた。 軍服の胸元に派手な徽章が光っている。 どうやら、共和国の要人が学院の視察にでも来たらしい。 「まずいな、共和国兵のお出ましだ」 「どうやら……共和国の要人を警護しているようだな」 「『よりによって、今日ですか』」 本来ならば、窓から外へ脱出する計画だった。 だが、今は共和国兵が周囲に目を光らせている。 生徒会室の窓も視界に入っているだろう。 「廊下側に脱出してくれ」 「『それが、先程から扉の外で生徒が立ち話をしていて』」 参ったな。 携帯を耳から離し、時間を確認する。 もう、授業も終わりだ。 そのうち、エルザや他の役員が生徒会室に戻ってくるだろう。 ──どうする?廊下に出られないなら、窓から逃げるしかない。 しかし、窓は共和国軍に見張られている。 「子柚、窓から«子狐丸»を落としてくれ」 「『え? どうするつもりですか?』」 「俺が外の兵士の注意を引く。 その間に逃げろ」 「『だめですっ!』」 「それしか方法がない。 わかってくれ」 「『……わかりました』」 しばらくの沈黙の後、子柚が了承してくれた。 「時間がない。 今すぐ頼む」 「『は、はいっ』」 生徒会室の窓がそっと開き、«子狐丸»が落とされる。 それを受け止め鞘から抜き放つ。 身体に呪力が流れ込み、五感が研ぎ澄まされる。 今こそ、特訓の成果を活かすときだ。 気配を消し、共和国の兵士に当て身を喰らわせる。 手から銃を奪い、銃口を上に向ける。 空に向けて発砲し、すぐさま別の場所に移動する。 これを繰り返し、兵士達の注意を一定方向に引き寄せるのだ。 兵士を陽動しながら、学院の敷地をぐるりと一周した。 確認のため«子狐丸»により鋭敏になった感覚で、見えない兵士の動きを探知する。 「(よし、釣れているな)」 兵士達が裏門方向に移動しているのがわかる。 これなら、子柚が窓から脱出しても見つからないだろう。 物陰に隠れ、携帯を確認する。 子柚からの〈電信〉《メール》だ。 『逃走成功』。 よし。 「(いや、まだだ)」 懐には«子狐丸»がある。 こいつを子柚に返さねばならない。 狐の耳をそばだてて、校門の気配を探る。 感じる気配は一つだけ。 殺気もなく、こちらに気付いている様子もない。 足運びは軽やかで、優雅さがある。 「(エルザか)」 厄介な相手だが、突破せざるを得ない。 呪装刀の呪力を身体中に巡らせ、不意打ちの準備をする。 許せとは言うまい。 心の中で呟きながら、兵士達に無線で指示を出しているエルザに突っ込んだ。 瞬間、身体中を悪寒が走り抜けた。 «子狐丸»で鋭敏になった感覚が、エルザの殺気を捉えたのだ。 咄嗟に身を捩ると同時に、銃声が響く。 耳の横を熱風が通り過ぎ、背後で着弾音がした。 こちらに背中を向けているエルザの脇下から、銃口が覗いている。 背後を見ずに撃ったのか。 「(やるじゃないか)」 「外したかっ」 悔しそうな声がした。 言い終わる頃には、既に接近している。 「……わぷっ!」 兵士から奪い取った上衣を、すれ違いざまエルザに被せる。 「けほっ、けほっ……待てっ!」 従うはずもなく、俺は学院外へと飛び出した。 高層建築の屋上や路地裏など、人目につかない場所を移動し、花屋に帰ってきた。 «子狐丸»の能力がなければ、共和国軍の目に触れていたかもしれない。 店内を覗くと、精算カウンターの椅子に腰掛けていた子柚と目が合った。 朱璃が、慰めるように子柚の肩に手を置いている。 「遅くなったな」 「鴇田さんっ!」 泣きそうな顔で駆け寄ってきた。 「遅すぎますっ!」 胸をぽかぽか叩く子柚の頭に手を乗せる。 「無事でよかった」 「心配をかけた」 「それ、稲生にも言ってあげておいて」 朱璃が安堵の溜息をつく。 「でも、今日は運が悪かったね。 まさか、学院に向こうの政治家が来るなんて」 「エルザは俺を怪しんでいるだろうな」 「そりゃあね」 「でもま、何かを盗んだってわけじゃないし」 「ああ。 本物と偽者を交換しただけだ」 悪戯っぽく笑う朱璃に答える。 「子柚、手を」 子柚が涙目で俺を見上げてくる。 懐から«子狐丸»を出し、開かれた子柚の両手に置いた。 数秒のあいだ、子柚は呪装刀をじっと見つめていた。 「うっ、ううっ」 子柚が、小さな嗚咽をもらしはじめる。 «子狐丸»に、ぽろぽろと涙が落ちた。 子柚は、呪装刀を胸に抱き締める。 まるで、家族を抱き締めているかのようだった。 「よかった、よかったです、鴇田さんが無事で」 「ありがとうございました」 花屋の前を通る人々が、泣いている子柚を横目で見る。 静かに涙を流す子柚の頭を、そっと抱き寄せた。 子柚の涙を、他の誰かに晒したくはない。 「じゃあ、私は着替えてくる」 気を利かせてくれたのか、朱璃が言葉少なに花屋の奥に消える。 しばらく、子柚は俺の腕の中で泣き続けていた。 小さな嗚咽が止まったので、俺は子柚を離す。 だが、子柚は、まだ離れたくないというように俺の服を握っている。 「もう少しだけ、このままでいていいでしょうか」 俺はまた、子柚を抱き寄せた。 子柚は嬉しそうに吐息を漏らしながら、鼻先をこすりつけてくる。 くすぐったかったが、離しはしない。 「私、実はちょっとだけ、寂しいんです」 「鴇田さんと一緒にいる時間が、減っちゃいますから」 そう言った子柚が、俺の胸に顔を埋めた。 「……すみません、ちょっとじゃなくて、すごく、です」 「すごく、寂しいです」 「鴇田さんと、まだ一緒にいたいです」 呪装刀を取り返したからといって、子柚の寂しさが消えるわけではない。 いや、むしろ俺と共にいたことで、過去を思い出させてしまったかもしれない。 家族と暮らしていた、楽しかった頃のことを。 それは俺も同様だ。 子柚と時間を共にするうちに、俺もまた記憶から消え去った家族との時間を夢想していたのだ。 「子柚、ここに引っ越すか?」 確か、上の階に空き部屋があったはずだ。 「えっ?」 子柚がぱっと顔を上げた。 赤くなった目が、不思議そうに俺を見上げている。 「朱璃もいることだし、寂しさもきっと紛れるはずだ」 「俺も、子柚が傍にいてくれるのは嬉しい」 「よければの話だが」 ようやく意味を理解したのか、子柚の顔がみるみる明るくなった。 花屋の上にある空き部屋に引っ越してくれば、共にする時間は自然と増えるはずだ。 「い、いいんですか?」 「一応、店長に確認してからになるが」 「すぐに確認してきます!」 子柚が店の奥に入った。 そして、すぐに戻ってくる。 「鴇田さん!」 子柚が俺の胸元に飛び込んできた。 俺の身体に手を回し、嬉しさが堪えきれないといった様子で抱きしめてくる。 聞かなくても分かるが、一応聞いておこう。 「どうだった?」 「許可していただけました!」 子柚が、花の咲いたような笑顔で見上げてくる。 思わず、俺も頬が緩んだ。 「今日からよろしくお願いしますね!」 「私、これから荷物を持ってきます!」 「そこまで急がなくてもいいと思うが」 聞こえていないのか、子柚はさっさと駆け出していった。 子柚と入れ替わるように、店の奥から店長が出てくる。 「おや? 伊那さんはどうしました?」 鷹人「荷物を取りに帰りましたよ」 「気が早いですね」 店長が苦笑した。 「宗仁君、家賃は一人分で結構ですよ。 私からのサービスです」 「サービス?」 意味が分からず、店長を見返した。 「以前から、家賃は一人分しか払っていませんが」 「おや? 伊那さんと一緒に暮らすことになったと聞きましたよ?」 「は?」 「いえ、子柚にはそういうつもりで言ったわけではなくて」 どうやら子柚は、俺の提案を同居のことだと勘違いしたらしい。 店長に理由を説明する。 「ははは。 伊那さんは隠密だというのに、せっかちですね」 「まあ、今は空き部屋もないですから」 「あれ? 一部屋空いてませんでしたっけ」 「つい昨日、決まっちゃったんですよ」 「他が空くまで、一緒に住んであげればいいじゃないですか」 店長が片目を瞑る。 子柚の駆けた方向を見るが、もう姿は見えなかった。 「(朱璃にはどう説明するか)」 滸にも色々と言われるだろうな。 しかし、子柚の笑顔を思い出すと、一緒に暮らすのも悪くないかと思えた。 子柚との同居生活がはじまってから、数日が経過した。 以前にも増して、子柚は俺にべったりするようになった。 俺が座れば、膝の上に座ってくる。 俺が寝そべれば、横で寝る。 腕立てを始めれば、背中に乗ってきた。 可愛げがあるのでそのままにしている。 子柚のことを考えていると、玄関の扉が開かれた。 「おかえり」 「た……ただいま」 いつものように、子柚が俺に近寄ってきた。 頭を撫でてほしい、という合図だ。 部屋に帰ってくると、必ず一度はねだってくる。 だが、今日は普段と様子が違う。 近寄ってくるだけでなく、俺の身体に腕を回してきた。 いつまでたっても離れず、もじもじと身体を動かしている。 「ん……うう」 苦しそうな吐息を漏らし、俺の身体をさらに強く抱きしめた。 「子柚、大丈夫か?」 子柚の肩を持って顔を見ると、頬が紅潮しきっていた。 涙目になっており、息も荒い。 「熱でもあるのか」 「んっ」 手のひらで額に触れると、子柚がびくっと身体を震わせた。 「なぜ«子狐丸»が発動している?」 子柚には、狐に耳と尻尾が生えていた。 しかし、«子狐丸»はちゃんと鞘に収まっている。 呪力の流れは断たれているはずだ。 「鴇田さん」 再び、子柚が俺に抱きついてきた。 すんすんと、匂いを嗅いでいる。 「……どうした?」 「«子狐丸»には、副作用があって」 「激しい使い方をした後にしっかり«研ぎ»をしないと、こうなってしまうんです」 戸惑いがちに聞くと、子柚は息の荒いまま答えた。 「具体的に、どんな感じなんだ? 頭が痛いのか?」 「な、何だか……身体が熱くて、ぼーっとして……」 「どうすれば治る?」 「わかりません……私も、実際にこうなってしまうのは初めてなので」 「んんっ」 かなり辛そうだ。 「ただ、その……もっと抱き締めてもらいたいです」 「よし」 言われた通りに、子柚を強く抱き締める。 「はぁっ、はっ、……もっと、です」 だが、これ以上力を入れると、子柚の身体が壊れてしまいそうだ。 息もさっきより荒くなっている。 「はぁっ、んんっ、あぅうう!」 ひときわ大きな声を上げ、子柚の身体が震える。 力が抜けてしまったらしく、子柚は布団の上にへたり込んだ。 「大丈夫か? おい、子柚」 「ん……う……」 子柚の手が自らの陰部に伸びる。 驚いてしまい、思わず目をそらす。 「子柚……何を」 「ご、ごめんなさい、ここを触ると……少し、楽になって」 「うああっ……私、鴇田さんの前で、こんな格好……」 まさか«子狐丸»の副作用というのは、使用者の性欲を刺激するものなのか?子柚を元の状態に戻すには、それを解消させてやればいいのかもしれない。 しかし、俺がそれをやってもいいものか……。 「あはっ、んっ、あ、あくっ、……ふあぁっ」 「ううっ、鴇田さん、鴇田さん……うぁっ、はうぅ、ん、んあっ」 子柚は俺の名前をうわ言のように呼んでいる。 指も止まらず、衣服越しに陰部を撫で続けていた。 「そうしていると、楽になるのか?」 「はい……た、たぶん……」 「ひうっ、あああっ……くうぅ、はぁ、はぁ……」 やはり、子柚の情欲が満たされるほどに、呪力は抜けていっているらしい。 子柚が、潤んだ目で俺を見つめる。 その瞳には見たことがない熱が込められ、呼吸は荒い。 尻尾は、勢いよくぱたぱたと揺れている。 「ご、ごめんなさい」 「抱き締められたら、身体が熱くなって……我慢できなく……ひゃあんっ」 「鴇田さん……これだけじゃ、私……」 熱い吐息。 物欲しそうに開いた子柚の口から、よだれが一筋垂れる。 目に、妖しい光が宿った。 「うっ!?」 子柚が俺に覆い被さり、下半身の衣服を剥ぐ。 油断していたとは言え、まさか子柚に押し倒されるとは思っていなかった。 こんなに力が強かったか?「鴇田さん……」 子柚の顔が迫ってくる。 「んん……っ」 半ば強引な口付け。 俺の口づけで子柚が楽になるのなら……と思い、受け入れる。 「んふっ、鴇田さん……ちゅうっ、ちゅるっ、んっ……」 「あふっ、ふっ、んちゅ……れろっ、んんうっ」 小さな口から、熱い吐息が漏れている。 子柚が苦しそうだったので、一度唇を離した。 「は、離れないで……もっと、してください」 餌を求める雛のように、子柚が必死に口づけを求めてきた。 再び、唇を重ねる。 「ちゅ、ちゅぅ……んうぅっ、あっ……んうっ、ん……っ」 小さな舌先が、遠慮がちに俺の唇を舐めた。 子柚の舌を吸うようにして、自分の舌を絡めさせる。 「んんっ、鴇田さっ……ちゅっ、ん……、うぅんっ」 「ふっ、あふっ、んんぅっ」 唇を離すと、混ざり合った唾液が糸を引いた。 とろけた顔の子柚と見つめあう。 「はぁっ、はっ、はぁっ、はぁっ、んっ……」 短く浅い子柚の吐息で、自身の身体が揺れている。 だらしなく舌を出しており、まるで獣そのものだ。 いや、今の子柚は本当に獣と化しているのかもしれない。 「はっ、はっ……はぁっ、鴇田さん、鴇田さぁん……」 人間に懐いた動物のように、何度も頬ずりをしてくる。 その度に、気持ち良さそうに目を細めていた。 「あふっ、鴇田さんの汗……おいしそう……」 「んっ……れろっ、れるっ……れろ、れろっ」 薄く汗ばんできた俺の胸板を舐めてくる。 小さな舌が何度も這って、汗が舐め取られた。 「んはっ、ちゅっ、れるっ……はぁっ、はぁっ」 「ふあっ、ああっ……んっ、ふっ……!」 ふと見ると、子柚はまた自らの性器を慰めていた。 「子柚……大丈夫か?」 「だ、駄目です……私、鴇田さんにここを触ってほしいです」 「私、もっと鴇田さんと」 潤んだ瞳で見つめてくる。 ひとまず起き上がらせようと、子柚の肩に触れる。 火照っているのか、体温が高い。 「あううっ!」 「ご、ごめんなさい、鴇田さんに触られるだけで、私……」 肌に触れただけで、子柚は大きく喘いだ。 あまり刺激するのも危険か。 「はっ、ああっ、あふっ、ふっ、ふっ……」 「ふあぁっ……あっ、だめ、服、濡れちゃう……」 子柚の身体が、俺の上で何度も弾む。 そして、もどかしそうに小さな身体をくねらせている。 「ううっ……鴇田さん、ごめんなさい……」 謝りながら、子柚は衣服を脱ぎはじめた。 「んあっ……はぁっ、はぁっ、はっ、はっ……」 子柚の小ぶりな乳房が、少しだけ弾みながら露出した。 小ささのせいか、胸部を覆う下着は着けていない。 しっとりと濡れた女性器も露わになり、子柚がぴくんと震える。 尻尾は相変わらず慌しく揺れており、子柚が身体を密着させてきた。 「あううっ……鴇田さん、私、身体が熱くて」 「鴇田さんに、触ってほしいです」 切なそうに求められ、戸惑いながらも手を伸ばす。 まず、ぴんと立っている耳に触れた。 柔らかな耳には短い毛が生えており、つまむだけでも心地良い感触だ。 「ひゃんっ……耳、くすぐったいです……」 「ああっ、あっ……んっ、はっ、はぁ、はっはっはっ……」 びくびくと震える子柚。 どうやら、子柚をさらに刺激してしまったようだ。 辛抱できないといった様子で、秘部を俺の股間に押しつけてくる。 「んあっ……はぁっ、はぁっ、あんっ……」 「おい、子柚……」 柔らかな女性器の感触。 いくら俺でも、下半身に血が巡ってしまう。 「んんっ……鴇田さんのここ、ちょっと動いてます……」 「やあんっ……私のあそこに、何か当たって……んあっ」 俺の肉棒が子柚の秘部に当たる。 膣口から漏れる液体が、俺の股間を濡らした。 「ああっ、はっ、はあっ、んっ、んんっ……」 「ごめんなさいっ、鴇田さん、ごめんなさいっ……はぁっ、あっ、ああっ……!」 尻尾と耳を生やしながら、ただ性感を求めようとしている子柚。 ごめんなさい、と言いながらも表情は快楽に染まっていた。 本能に抗えないその姿は、まさに獣だ。 「ああっ、鴇田さんっ……身体の奥があったかくて……切ないです……」 「あそこが、むずむずして……私、私……はぁっ、はぁっ……」 自慰を続けていた手を、俺の股間に添える子柚。 「ふあっ……これが、鴇田さんの」 目を見開いて、見入っている。 「くっ……」 指先の感触に、陰茎がぴくりと震えた。 陰茎に細い指が絡まり、軽く握りこんでくる。 「んはっ、ちょっと、動きました、はっ……んんっ」 「子柚、待て……っ」 制止を聞かず、肉棒をいじり続ける。 子柚が腰の動きを再開させると、互いの性器が生で触れあった。 「あひっ、あっ、はっ、はぁっ、はっ、はっ……」 「はっ、ああんっ、んっ……んはっ、はっ、はっ、はっ」 息を切らした犬のように喘いでいる子柚。 陰茎には、ぬるぬるとした愛液が塗りたくられている。 「子柚、それ以上は……」 射精感を覚え、咄嗟に子柚の尻尾を掴んでしまう。 「ふあああぁぁぁんっ!」 子柚の身体が強張り、何度も痙攣した。 「すまない、痛かったか!?」 尻尾をすぐに離すが、痛そうな様子はない。 むしろ、満たされた表情だ。 膣口からは、どっと愛液が溢れ出てくる。 「い、いえ、私、尻尾が弱くて」 「握られたり擦ったりされると、気持ちいいんです……」 さらに握られることを期待したのか、ぱたぱたと尻尾が揺れていた。 俺は子柚のどこにも触れることができず、固まってしまう。 「んううっ……そうだ、こうすれば……」 子柚の尻尾が動き、尾の先端が俺の陰茎に触れた。 小筆でくすぐられるような快楽が亀頭に走る。 「子柚っ……!?」 「ふふっ……私の尻尾……気持ちいいですか?」 「はぁっ……気持ちよさそうな鴇田さんを見ると、私もどきどきして……気持ちよくなります」 「んはっ、はぁっ、はっ、ああんっ、んっ、あっ、あんっ」 さらに喘ぎを激しくする子柚。 このまま、呪力が抜けてくれればいいのだが……。 だが、俺の願いもむなしく、子柚は物足りなそうな顔だ。 腰の上下を止め、ぎゅうぎゅうと女性器を肉棒に押しつけてくる。 「鴇田さん、もう、駄目ですっ……おなかの奥が熱くて……苦しいです……」 「私、もう……我慢できません……んああっ、くぅっ」 「待て……!」 止める暇もなく、子柚の腰が下ろされた。 小さな陰唇の隙間に、先端が徐々にめりこんでいった。 腰の浮きそうな快楽が、亀頭から伝わってくる。 「はっ、んくっ、んっ……鴇田さんのが、入ってきて……あっ、はあっ」 「あっ、ああっ、ふっ、んくっ……んうぅっ、あんんっ……!」 亀頭に小さな引っかかりを感じ、たまらず子柚の腰を押さえる。 「子柚、これ以上は……」 「んっ……大丈夫ですっ……だから、止めないで……んうっ」 「ちゃんと、最後まで……ひうっ、はぁっ、はっ、はぁっ……」 いつもの倍以上はあろうかという力で、俺の腕を引きはがす子柚。 押し倒された時といい、これも『子狐丸』の影響なのか?子柚が腰に力を入れると、亀頭に感じていた引っかかりが裂けた。 「ああっ、はぁっ、んううっ、やあぁんっ!」 子柚が一際大きく喘ぐ。 結合部を見ると、愛液に混じって破瓜の証が流れ出ている。 ついに一線を越えてしまった。 「うくぅっ、はっ、んうっ、いっ……痛いけど、嬉しいです」 「鴇田さんが……私の初めてをもらってくれて」 ただでさえ狭い膣内が、ぎゅっと締めつけられた。 亀頭を刺激され、一瞬で達してしまいそうな快楽が身体に走る。 「鴇田さん……もっと奥が、奥が熱いんです……」 「私の、一番奥まで来てください……っ」 陰茎は、まだ三分の一ほどしか挿入されていない。 小柄な身体で、ずぶずぶと肉棒を飲みんでいく子柚。 「あああっ、あうっ、ひうっ、くっ、んぐっ……んんんっ!」 「ああっ……あっ、ああぁぁぁっ……!」 子柚の喘ぎには、まだ痛みによる刺激も混じっているようだった。 「子柚……っ! 今すぐ、抜くんだ」 「ああぁっ、くうぅっ……すぐになんて言わないで、ずっと、私の中にいてください」 「あくぅっ、ふうっ、ふっ……んあぁっ、ひんっ……あんんっ、はうぅんっ」 痛みに耐えながらも、子柚は幸せに満ちた表情をしていた。 「ふああぁぁぁぁぁっ……」 ぎゅっと目を閉じながら、腰を下ろしていく子柚。 「全部……入りましたあ……」 「ああっ、すごい……あんなに大きかったのが、私の中に入ってるなんて……くうぅっ、んっ」 抜けなくなるのでは、と危惧してしまうほど膣内は窮屈だった。 俺の身体の上に寝そべったまま、子柚が腰だけを上下しはじめる。 膣肉の圧迫感に抵抗が増し、陰茎のありとあらゆる場所が膣襞に刺激された。 「ぐっ……」 「あっ、だめっ、き、気持ちいいよぉ……うああぁっ、ふっ、ふんっ、やぁっ、あうぅっ!」 「くうんっ、やあぁっ、あっ、あぁっ、はん……っ、ふあぁっ、んぁっ! んんっ」 「うっ……んふっ、あくうっ、んうっ、あっ、んんんっ、ふあぁっ、うっ、んふぅっ!」 きつく締まる膣肉が、子柚の呼吸に合わせてわずかに緩む。 そして、また窮屈になる。 ここまで来たら、もはや一刻も早く子柚の呪力を抜くしかないだろう。 俺は射精感に耐えながら、子柚に合わせて腰を上下させる。 動物の交尾のように、俺たちは一心不乱に腰を動かした。 「ん、んぁっ、激しっ……あふぅんっ、くうぅっ、ううっ、あはぁっ、あああぁっっ!」 「はぁっ、はっ、はっ、はぁっ、はっ、はっ……はあんっ、あっあっあっ……!」 子柚の小さな身体が、俺の上で何度も弾む。 痛がっていないかと子柚を窺うが、表情は快楽と幸福にとろけていた。 「うくぅっ、はあぁっ……鴇田さん、胸も……胸も触ってほしいです」 「やっ、んあぁっ、はぁっ、あっ、ああっ、ああんっ、んんっ……んっ、ひああぁぁっ!」 控えめな乳房を、片手で覆ってみた。 指先が少しだけ埋まり、手のひらに弾力を感じる。 「んっ、んうっ……ふあっ、はんっ、あっ、ああっ、あっああっ、ああっ……!」 「す、すみません……私、気持ちよすぎて……腰、動かせません……んああっ!」 触り方を変え、指で乳首の先端を挟んでみる。 「やあっ、んっ、やっ、刺激、強いですぅ……んううぅっ、ふあっ、ふあぁんっ」 「うああっ、あんっ、あああんっ、あっ、ああっ、ああっ、んうううぅっ」 責めれば責めるほど、子柚の乳首は硬さを増した。 乳首への刺激に加え、腰の動きも少しずつ激しくさせる。 「上も下も、なんてっ、気持ちよすぎて……あっ、んああぁっ、あっあっ」 「ふあっ、ああっ、んはっ……やんっ、はあぁっ、あふぅっ……」 子柚にはもう、痛みを感じている様子はない。 強張っていた膣肉も、さっきまでに比べて明らかに柔らかさを増した。 まだ幼い子柚の身体を、完全に女の身体にさせてしまった。 そのことに小さな背徳感を覚えながらも、俺は腰を動かし続ける。 「あっ、ああっ、あんっ、あんっあんっ……んああっ、はっ、はぁっ、はぁっ……!」 「ふっ……ううんっ、ひっ、ひんっ、ひうっ、んんっ、んううっ!」 「あふっ、はんっ、鴇田さん、私、身体がふわって……はあぁっ、ふうぅんっ、うくぅっ」 「あくっ、やんっ……きちゃうっ、きちゃいますっ……ん、あああぁぁぁっ!」 再び訪れた絶頂の予感に、子柚が身体を震わせた。 俺も、そろそろだ。 陰茎が、精液を吐き出したいと震えている。 「ふあぁっ、あうっ、あはぁっ、んうっ、んっんっんっ……あっ、やあぁんっ!」 「ああっ、このまま……このままで……出してくださいっ……」 子柚の尻尾が蠢き、俺の睾丸を撫でた。 「っ……!」 予想外の刺激に、勢いよく腰が浮く。 「うあああぁぁぁっ、おなかの奥までっ……鴇田さんがっ……ああっあっ……!」 射精をねだる子柚に呼応し、膣肉もきつく陰茎を締め上げてくる。 女性の武人は、子を成すことができない。 ならば、子柚の望む通りにしてやろう。 「きてっ、ください……う、あぁっ、んんんっ、ひいぃんっ!」 「あああぁっ……鴇田さんっ、鴇田さんっ、おなかの奥っ、きゅううってしますっ……ふああっ!」 せり上がってくる射精感を前に、激しく腰を動かす。 「あああっ、くる、もう……きちゃうっ、うあああぁぁっ!」 「ああんっ、あくうぅっ、あっ、んあっ、ああぁぁっ……あうううぅぅぅっ!!」 「はぁっ、ああっ、あううぅっ、あふぅっ、ふっ、ううんっ……ひあっ、あぁっ!!」 「あううぅっ、んうっ、はぁっ、はぁっ……んんんっ、ふああぁぁっ、あああぁぁっ……!」 「あああっ、うあぁっ……ふあぁぁぁっ! んあああぁっ! ああああああぁぁぁぁぁっ!!!」 びゅくっ、どくっ! びゅるっ!「ふああぁっ……出てる……おなかの中で……ああっ、うああ……っ」 「あううっ、すごい……鴇田さんが、たくさん……はああっ、んんっ、んううっ」 狭い膣内で搾られたせいか、陰茎は大量の精液を子柚に注いでいく。 子柚の膣内は、すぐに俺の精液で満たされた。 「ひあっ、あっ……あっ、ああっ……」 絶頂を迎え、子柚は耳や尻尾をぐったりさせている。 陰茎を抜こうとするが、膣内があまりにも窮屈で上手くいかない。 結合部からは、精液だけが溢れていた。 「子柚、少し我慢してくれ」 「ふぇ……んあぁっ!?」 力みながら陰茎を抜くと、子柚が身体を弾ませた。 陰茎には、混ざり合った二人の精液と破瓜の血が付着している。 子柚の体躯と自分の陰茎を改めて見比べると、確かにこれが小さな性器に入っていたとは信じがたい。 だが陰唇の間からは注いだ精子が漏れ出していた。 間違いなく子柚の膣内に射精したという証だ。 「と、鴇田さん……私」 ぽそりと呟く子柚。 心なしか、正気が戻っているように見えた。 絶頂を迎えて、呪力が抜けたのだろうか。 「わ、私、とてつもないことを……!」 「ううう……すみませんすみませんすみません……!」 どうやら、いつもの子柚に戻ったらしい。 顔を合わせるのが恥ずかしいのか、俺の胸板に顔を埋めている。 「この際、俺のことは気にするな」 「それよりも」 言って、子柚の秘部を見る。 破瓜の血と、俺の精子がどろりと漏れ出していた。 「いえ、鴇田さんこそ気にしないでください」 「むしろ、解呪に協力してくださり、ありがとうございます」 「だが、初めてだったのだろう」 「大丈夫ですよ」 「鴇田さんになら……嫌じゃありませんから」 「……ああ、ありがとう」 なぜか礼を言った。 どちらも言葉を発しないまま、気まずい沈黙が落ちる。 「でも私……その」 精子を注がれた下腹部を押さえて、もじもじしている子柚。 まだ耳と尻尾は消えていない。 呪力が抜けきっていないのだろう。 「このまま、鴇田さんに呪力をぜんぶ抜いてほしいです」 「だから、もう一度だけ……してくれませんか」 子柚が、また硬くなりはじめた陰茎に触れた。 陰茎が、返事をするように勝手にぴくりと震える。 俺は子柚に頷き、起き上がった。 子柚を四つん這いにさせる。 大きく脚を開いた子柚を、背後から見下ろす体勢になった。 「ふあっ、この格好、恥ずかしいです」 「うううっ……」 恥辱に耐えているのか、俯く子柚。 だが、対照的に狐の尻尾は嬉しそうに揺れていた。 本心では、この体勢での行為に昂ぶっているのかもしれない。 試しに、勢いよく振られている尻尾を握ってみる。 「だめっ……です、今、敏感になってるから……」 先ほど絶頂を迎えたばかりの膣口から新たな愛液が分泌され、布団に染みを作る。 子柚の尻尾を強く撫でてみた。 「ああんっ、やあぁっ、そんなに擦られたら………うぅっ、くぅんっ」 「やっ、んんっ、ふぅっ……あっ、はあっ、ああんっ!」 尻尾を撫でられるたび喘ぐ子柚が、腰を揺らす。 目の前で揺れる尻と性器が、俺を誘惑した。 「はぁっ、はぁっ、はっ、……と、鴇田さん、私、これだけでいっちゃうのは嫌です……」 「鴇田さんと繋がりたい……あうううんっ」 涙目で俺を振り返る子柚。 細められた瞳に、火照った顔色、そして熱い吐息。 昨日までの子柚ならば、こんな表情など絶対にしなかっただろう。 俺が、子柚を女にしてしまったのだ。 「鴇田さん、鴇田さん……」 我慢できなくなったのか、子柚が自ら腰を押しつけてくる。 俺は飼い犬をしつける様に、子柚の頭を撫でた。 「ちゃんと入れるから、じっとしてくれ」 「はい……わかりました……んん……」 頭をなでられ、気持ち良さそうにする子柚。 狐耳がぴくぴくと揺れた。 わずかにひくついている膣口に、亀頭の先端を添える。 俺たちの性器はすでに、一度目の結合で濡れきっていた。 腰を押しこむと、すんなりと亀頭が飲み込まれる。 「うああぁぁぁっ……」 「ああんっ……きたぁっ……おなかの中、鴇田さんで一杯に……」 相変わらずきつい膣内が、俺を締めつけてくる。 射精したばかりの陰茎は敏感で、何度も腰が浮いてしまった。 「は、はいっ、大丈夫です……気持ち、いいですぅ……っ」 「んはっ、きて、もっと奥まで、来てください……あああっ!」 「はぁっ、はっ、はっ、はひっ、あっ、ああっ……!」 だらりと舌を出して、浅い吐息を発する子柚。 耳と尻尾も相まって、本当に発情した動物のようだ。 そして、陰茎から伝わる快楽に身を任せる俺も動物なのだろう。 「はぁっ、ああっ、あひっ、んっ、んんっ、はっ、はっ……」 「ふあっ、ふああんっ……奥に、あたってますっ……鴇田さん……」 亀頭に柔らかな壁の感触を感じ、最奥に達したのだと察する。 奥を突くと、膣肉が反応して肉棒を締め上げた。 「やっ、ああっ、はっ、ああっ……んんっ……!」 「あああんっ、鴇田さんの、私の中でびくってしました……!」 「はぁっ、ああっ、あっ、もっと、気持ちよく、してあげます……!」 子柚が陰茎をこねるように腰を動かした。 肉棒を締められ、ねじられる。 「子柚……!」 たまらず、子柚の背中に抱きついた。 火照った体を溶け合わせるように、密着しながら結合を続ける。 「ふあっ、んあっ、ああっ、ああっ、あっ、あっ、あっ……あっあっ!」 「ああっ、あっ、ああんっ、ああっ、はっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」 子柚はかなりの快楽を得ているはずだが、耳と尻尾が消える気配はない。 さらに性感を与えようと、俺は子柚の陰核を手探りで愛撫した。 「ふああっ、ああああんんっ、あああっ!」 ぷくりと膨れた粘膜をつまむと、子柚が背筋を反らす。 そのまま、優しく転がすように愛撫する。 「あああっ、何ですか、それ……あああんっ、ああんっ!」 「私の身体……そんな場所、あったなんて……んあああっ!」 「やああんっ、私の身体……いやらしくなっちゃう……んあああんっ!」 「ああっ、あっ、ああっ、はぁっ、ああっ、あああっ……あああっ……!」 初めての刺激に戸惑いながらも快楽に染まる子柚。 結合部から漏れる愛液が量を増し、腰の抽送がさらに滑らかになる。 すると、子柚がぞわぞわと背筋を震わせた。 「ああっ、鴇田さん……わっ、私……だめっ、出ちゃいます」 「そこっ……そんなに気持ちよくされたら、だめ……ああんっ、ああっああっ!」 「と、鴇田さんのお布団、汚れちゃう……ああっ、あっあっあっ!」 指先でつまむ陰核が、ひくひくと動いている。 「……漏らしそうなのか?」 「い、言わないでください……ああっ、あっあっ、んああっ、あっあっ!」 「大丈夫だ、このまま出せばいい」 行為を止めれば、せっかく消えかけた呪力が復活するかもしれない。 ならば、ここで出してでも行為を続けたほうがいいだろう。 俺は子柚の尻尾を撫でた。 「やああっ、だめっ……今、優しく撫でられたら、力、抜けて……」 「ふあああっ、ああああ……ああああああっ!」 「ふああああぁぁぁぁぁ……」 「やあっ……出てる……お布団の上で、お漏らししてる……ああっ……」 とろけた声を上げる子柚。 脚を開いたまま放尿する姿は、まるで犬のようだ。 黄金色の液体が、布団に水溜りを作った。 「やああぁん……止まらない……あああっ、ああっ……」 「やっ、今、おなかっ、突かれたらっ……ああんっ、あんっ」 膣を突くと、放出されている尿が飛び散った。 やがて排尿が終わると、子柚が一度だけぶるっと身体を震わせる。 「うあああん……鴇田さんの前で、お漏らしなんて……」 「大丈夫だ、その……可愛かったぞ」 子柚の放尿する姿を見た俺は、妙に昂ぶっていた。 布団にできた黄色い水溜りを見て涙目になる子柚。 「は、恥ずかしすぎます」 「気にするな」 俺は子柚の頭を撫で、腰の抽送を続ける。 「ああっ、ああっ、あんっ、ああっ、あっ、あっ、あああっ……」 「ああああっ、ああっ、ふあっ、あっ、ああっ、ああんっ……!」 恥辱に染まっていても快楽には勝てず、子柚が喘ぐ。 「ううう……お漏らしして……鴇田さんといっぱい感じて、喜んで……」 「私、これじゃあ本当の動物です……ああっ、ああんっ、あんっ、あんっ」 「今はそれでいいんだ」 「俺と繋がっていることだけ考えてくれ」 そう耳元で囁くと、子柚も自ら腰を動かしはじめた。 俺の囁きで、理性の〈箍〉《たが》を外してしまったのかもしれない。 「はああっ、あっ、ああっ、あふあっ、ふああんっ、あっ、ああっ!」 「ああっ、ああんっ、あっ、はぁっ……あっ、あっ、ああっ、あんっああんっ!」 二人分の腰の動きが重なり、激しく肉のぶつかり音が鳴る漏れる愛液が、尿で作られた水たまりにぼたぼたと落ちた。 尿の匂いが漂い、さらに行為が昂ぶってくる。 「やっ、お漏らしのにおい……しちゃってます……ああっ、あっ」 「ふああっ、ああっ、あっ、ああっ、あっ、あっ、ああっ、ああんっ!」 子柚の身体に、玉の汗が浮かんでいる。 俺は子柚の背中に顔を近づけ、舌を伸ばした。 「やぁっ……汗、舐めないでくださいっ……ああっ、あああんっ」 「背中、ぞくそくって……ふあああんっ、ああっ、ああっ、あっ!」 「ああっ、ああんっあっ……あっ、あっ、あっ、ああっ、ふああっ!」 舌の上に、汗の味が広がる。 子柚の尿の匂いと、子柚の汗の味。 感覚を子柚のものに満たされた俺は、さらに抽送を激しくする。 「ああっ、ああっ、あうっ、あうんっ、ああっ、あひっ、ああっ、ああぁっ……」 「ふあっ、んっ、ああっ、はぁっ、はひっ、ひっ、ひんっ、ひいいんっ」 膣肉の動きが激しいものに変わった。 何度も収縮を繰り返し、激しく振動する。 二度目なので、絶頂の兆候だとすぐに理解した。 「子柚、そろそろか……?」 「はっ、はいっ……身体がふわふわして……すごく気持ちいいです、あっ、ああんっ!」 「鴇田さん、鴇田さん……私、いっぱい、いっぱい、触ってほしいです……」 「鴇田さんに、気持ちよくしてほしいです……あああんっ!」 俺もまた、限界が近い。 俺は子柚の尻尾を掴み、絶頂へ向けて抽送を行う。 「あああんっ、尻尾、気持ちいいよお……ああっ、はぁっ、はっはっ……ああっ、あっ!」 「鴇田さん、鴇田さんにぎゅうってされながら、いきたいですっ……あああっ、ああんっ!」 「ああ……!」 先走りを漏らし、肉棒が射精の準備をはじめる。 「はぁあっ、はっ、はっ、はっはっはっ……ふああっ、ああんっ、ああっ!」 「あああっ、んああっ、ああんっ、あっあっ、ふあああっ、はぁっ、んあっ、ああっ!」 「あああぁぁぁっ! あああああぁんっ! はぁっ、あっ……ひあああっ、ああぁ……っ!」 「ああっ、あああっ……ふああっ、ああぁぁぁぁっ! んあああぁぁぁぁぁっ! ああぁぁっ!」 「うあああぁぁぁぁぁぁぁっ! ひあああああああぁぁんっ ああああああああぁぁぁぁぁ……っ!」 どくんっ、びゅくくっ! びゅるっ!「ふああっ、ああっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……ああっ……」 「すごい……また、いっぱいになってる……」 二度目の射精にもかかわらず、肉棒は精液を吐きだし続ける。 最奥に密着させたまま、蠢く膣内を俺の精子で満たした。 「ああっ、鴇田さん……そのまま、ぴったりくっつけて……くださいっ……」 「外に漏らしたくないんですっ……はああっ、あああんっ」 「全部、私のおなかに入れて……ふあっ、ああっ……」 「ああ、わかった……!」 腰をぴったりとくっつけたまま、精子を全て出す。 漏れないようにしているのか、子柚は膣口をぴったりと閉じていた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「ああんっ、おなかの奥……鴇田さんので、あったかくなってます……」 恍惚とした顔の子柚。 やがて陰茎が射精を終え、子柚の絶頂も収まった。 二度の絶頂を迎え脱力感を覚えながら、陰茎を引き抜く。 行為の熱気が残る室内に、俺たちの息遣いだけが聞こえていた。 「子柚、辛くなかったか?」 子柚の乱れた髪の毛を直してやりながら聞く。 「もう、まだ心配してるんですか?」 「大丈夫ですよ。 すごく……気持ちよかったですから」 はにかみながら言った。 俺は安心して、子柚の頭を撫でる。 「頭を撫でられるのも大好きです」 「鴇田さんにこうされると、何だかすごく安心する……ふわぁ」 疲れきったのか、子柚は欠伸をした。 瞳は半分ほど閉じている。 「……ちょっと、疲れたかもしれません」 子柚の耳と尻尾は薄くなってきた。 どうやら、«子狐丸»の呪力が抜けたらしい。 「ん……」 子柚が、眠そうに目をこすった。 「寝る前に、風呂に入ったほうがいい」 立ち上がろうとすると、子柚に腕を引かれた。 こちらを見つめながら、唇を突き出してくる。 「……ちゅっ」 最後に一度、子柚に口づけをしてから俺は立ち上がった。 翌朝、起きると子柚が先に外出の仕度をしていた。 狐の耳と尻尾は綺麗になくなっており、«子狐丸»にも問題はなさそうだ。 「おはようございます、鴇田さん」 俺が起きたのを確認すると、嬉しそうに近寄ってくる。 「身体は大丈夫か?」 「え? 身体?」 「特に問題はないですけど……何かありましたっけ?」 まさか、昨晩のことを覚えていないのか?しかし、どう説明したものか。 「ちゅっ」 俺の首に抱きついてきた子柚に、口づけをされた。 「私のはじめて、全部、鴇田さんにあげちゃいました」 「昨日みたいになったら、またしてくださいね」 悪戯っぽい笑みを残し、子柚が窓から飛び出した。 しっかりと覚えていたらしい。 子柚が出かけたあとの部屋は、やけに静かだ。 どうやら俺は、子柚がいなくては日々が物足りなくなっているらしい。 «子狐丸»が暴走したときだけは、また子柚を優しく抱いてやろう。 そう誓い、学院に行く準備をはじめた。 「はっ」 古杜音「どうした」 宗仁「『大御神~大御神~♪ ラジオはやっぱり大御神ラジオ~♪』という御神託を受信しました!」 「古杜音は時々、難しいことを言うな」 「恐縮なのですが、一つ伺ってよろしいでしょうか?」 「どうしたの改まって?」 朱璃「宗仁様……というか、ミツルギ様は、皇祖様が作られた存在なのですよね」 「ああ」 「ではなぜ、朱璃様とお子を為すことができたのでしょうか?」 「昼間から、な に い う の あ な た は」 「でもでもっ、言い方は悪いですが、呪装刀が子をなしたような話でございます! 不可思議千万です!」 「古杜音の疑問はもっともだ」 「しかし、«心刀合一»の境地に至れば、子をなすなどわけもないこと」 「なるほど! さすがは稲生流の極意でございます!」 「いや、«心刀合一»ってどれだけ万能なのよ」 「ではでは、どういうわけでございます?」 「そ、それは、皇祖様がそういう風に作ったからじゃない?」 「国が今まさに滅びようとしている時、呪装兵器にそういう機能を付け加えたと!?」 「え? ええと……まあ」 「皇祖様は未来を見通すお力をお持ちだから、きっと必要性を感じていたのよ」 「将来、お世継ぎ問題が発生することもわかっていたんだと思う」 「国を救うと同時に、旦那様まで呪術で作られてしまうなんて」 「こう言っては申し訳ないですが……」 「何と、お寂しい」 「女としてはね」 「でも、皇帝になるって、そういうこと……」 「なかなか興味深い話だな」 緋彌之命「二人には、寂しーい女からのお説教が必要らしい」 「皇祖様っ!?」 「ひいいいっっ!?」 朱璃・古杜音「ミツルギが子を成せたのは、愛の奇跡」 「そうだな、鴇田?」 「いや、あれは«心刀合一»の……」 「……」 「三人まとめて«根の国»送りだ!!」