バッドエンディング 「流される男」このシーンはスキップできません。 そして一日が経ち、二日が過ぎて…… ある日の朝。 俺は、荷物を詰め込んだ鞄を手に、そーっと兵舎を抜け出した。 まるで夜逃げでもするかのように。 ……いや、時間帯から言うと朝逃げか。 定められた期限までは、あと数日残っている。まだ数日間、この村で過ごすことは可能だ。 ……でも、俺は今日、ポルカ村を出て行く。 「あー、いい天気だ。ちくしょう」 空を見上げる。 顔を見せたばかりの朝日が、夜の闇を払って、青空を照らしていた。 薄く棚引く雲が、南に向かって流れている。 ……っとと。急がなきゃ。ロコナが起きてきちまう。 角笛の時刻まで、あとわずか。 別れ際に顔を合わせ、感傷に浸るのは辛い。 伝えたいことや、感謝の気持ちは、全て手紙にして置いてきた。 爺さんが朗読して、ロコナにも聞かせてくれるだろう。 「……短い間だけど、世話になったな」 兵舎に向かって、ぺこりと一礼。 厩舎で眠る老馬、モットにも一礼。 「んしょ……っと」 重い鞄を引きずって、俺は兵舎を離れた。 新たな任地、パーペル郡へと向かうために―― こうして、皆に黙って兵舎を出たのには、俺なりの理由がある。 名残惜しさが募るから、というのも理由だし…… 何よりも、俺の決心が鈍るから。 この村は、居心地が良過ぎた。 こんなにも素敵な辺境の地を、俺は他に知らない。 最初は、あんなにも苦労して、辛い思いをして、王都に戻ることだけを願い続けたけれど―― この村は。ポルカ村は、いいところだ。 またきっと訪れよう。 左遷の日々に終わりがきたら、必ず訪れよう。 きっと、必ず…… 「さらば……ポルカ村よ……」 「今、万感の想いを胸にオレも去る」 「………………」 え? あれ? 今、なんか目に映ったような―― ごしごし、と目を擦る。 「なにその『俺は……幻を見ているのか?』みたいなわかりやすいリアクション」 「お、おまっ! おまえっ!?」 「そう、人呼んでさすらいの三男坊。ステイン伯公子ジン、ただいま参上」 な、なんでここにジンが―― 「ついていく」 「パーペル郡に行くんだろ? 一人旅は寂しかろ」 「つ、ついていく……って、あのなっ」 「どうせ気ままな放蕩生活だし、領地に愛着があるわけでもなし」 「それに、オレにはお前の伝記を書き記すとゆー野望もあるからな。一緒についてく」 「………………」 言葉が出ない。 どうしてこう、こいつは、いつもいつも急で、突拍子が無いのだろう。 そして―― どうして俺は今、ちょっと嬉しいんだろう。 「おまえ……なあ」 「まーまー、旅は道連れ世は情け」 「王国の南端まで、ゆっくりまったり旅しよう」 ぽん、と肩に手を置かれた。 何を言っても聞く耳もたん、と、その手からジンの意志が伝わってくるようだ。 「……はぁ」 溜息を一つ。 「……よく分かったな。今朝、俺が出立するってコト」 誰にも知られず、出てきたツモリだったのに。 「三日くらい前から徹夜で監視してたからな。寒かったー。明け方とかヤバイくらい寒くて」 そこまでするか。 「短い付き合いながら、オマエなら、きっとみんなに黙って出て行くんだろうと思ってさ」 ……大正解。 「オレ、南の方に行くのは初めてなんだよね。ちょっと楽しみ」 「あ、そうだ。サンドイッチ食う?出発前に作らせたんだけど」 ちょっとそこまでピクニックに、とでも言わんばかりの軽さに、苦笑を禁じえない。 こんな感じで、南端までの旅が続くのかと思うと、少し、ほんの少し不安も感じるけど…… 「……しょーがないな、ったく」 「今晩、たぶん野宿だぞ。覚悟しとけよ」 「だーいじょーぶ。そっち方面の準備もしてきた」 肩を並べて、南へと歩き出す。 南へ、南へと―― 時に、ジンの足を蹴っ飛ばしつつ。 時に、ジンに足を蹴っ飛ばされつつ。 俺たちの新たな旅は、こうして始まった。 「オマエ、人恋しくなってもオレは襲うなよ?揉まれるほどオッパイ無いからな?」 「あとオレ貴族だから。その辺の空気はしっかり読んで、敬ってください」 「誰が揉むかーッ!!」 俺たちの珍道中は、こうして幕を開けた―― シーンスキップ機能を使用しますか?この機能はシステム画面でも任意でON・OFFが設定出来ます。 騎士任官式典のパーティーで、王女アルエとは知らずに一人の女の子をダンスに誘った主人公リュウは、同僚の機転で窮地を脱することに。 しかし騎士団の証を賜る際に、階段に躓いたリュウは目の前にいたアルエの豊満な胸をその手で鷲掴みにしてしまう。 不敬罪の挙句、危うく死刑になりかけるが、国王陛下の温情によって命は救われたものの騎士団への入隊は認められないことになる。 ただの新米騎士として、各部署をたらい回しにされる左遷の末、ついに国境沿いの辺境にまで流され、国境警備隊の隊長に任命される…… 騎士任官式典のパーティーで、一人ぼっちで寂しそうに佇む美少女を見つけるリュウ。 自分の好みの美少女が、ちょっと憂いを含んだ表情で、手の中のグラスを、退屈そうにいじってる姿を見てしまう。 そんな彼女の姿にリュウは自問自答する…… ……大空を、一羽の伝書鳥が羽ばたいていた。 思わず見上げて、陽の眩しさに目を細める。 その足元に結わえられた、書簡らしき金筒が、キラリと陽光に反射した。 こんな場所で見かけるなんて、珍しい。 おそらく、国境を越えて王都に向かう鳥なのだろう。 でなきゃ、こんな辺境の地の空を、立派な金筒を結わえて、飛んでいるはずがない。 群青の空の下に広がるのは、赤い麦畑―― 穂の一本一本が、小さな炎をまとっているかのようだ。 美しい光景だった。 ざわわ、と風に揺れる赤い稲穂に囲まれながら、額の汗を、シャツの袖で拭う。 「……っだあああああああああぁぁぁぁッ!!」 「いくら詩的に解釈してみたところで、この現実が変わるわけじゃないのにっ!!」 手にした鎌を振りかざし、俺は吼えた。 鎌を持ち、中腰で稲穂を刈り取る俺の姿…… それは、どこからどう見ても、農夫そのもの。 正規の過程を経て任官した、王国騎士には見えない。 どーやったって、見えるハズがない。 今の、この俺の姿を絵画にして、通りすがる旅人たちに『これ何に見えますか?』と尋ねたら、十人中十人は、こう答えるだろう。 『農家の青年』……と。 『不幸な事故に巻き込まれ、辺境に左遷されて、なぜか稲刈りをさせられてる、哀れな新米騎士の青年』 とは、誰も答えてくれないだろう。 「とほほ……」 悲嘆に暮れ、がっくし肩を落とす俺。 「たーいちょー! 隊長っ!」 「ささっ、もうひと頑張りですっ。鎌を持ってー! 腰を入れてサクっと刈り取り!」 「稲刈りは、リズムが命ですっ」 満面の笑顔で、ロコナがエールを送ってくる。 ったく、間単に言ってくれるぜ…… 「まだ半分も刈り取っていないぞ。この程度でへばっていては、日が暮れてしまう」 「空など見上げて、我が身の不幸を憂う暇は無いはずだが?」 笑いながら、チクチクと俺をいじめるレキ。 ちっくしょう、お見通しか。 「ほりゃほりゃ、サボってる時間ないよ〜?」 「今日は後、最低でも2件は回って稲刈り手伝う予定なんだからさっ」 くるりと丸めた紙を口に当て、大声で叱咤激励するミント。 あ、あのなあ……俺は専業農夫じゃないっつーに。 「リュウだけじゃなくて、他の三人もっ!働かざる者、食うべからずっ」 「他の三人て……ワシも勘定されておるのか」 「そりゃそーでしょ。爺さんは警備隊の人間だし」 「ちゅーかね、オレが勘定されてるの、おかしくね?」 「アレですよ? オレってば貴族様ですよ?」 「愚痴を零す暇があったら、手を動かすことだ」 「そもそも……それを言い出したら、俺は王国近衛騎士団のエリートだ。こんな辺境で、土いじりに興じている場合では……」 「はいそこ、サボらなーい!ちゃっちゃと刈り取る!」 「くっ……」 「これも……すべて貴様のせいだッ!リュウ・ドナルベインっ!」 俺のせいかよ!? いや、確かに大局的に見れば、俺のせいだけど…… 「ああ……殿下……」 「俺は、殿下のお側にお仕えするために、こんな僻地まで、お供してきましたのに……」 「その、肝心の殿下はどうしたんだよ」 姿が見えないようだが。 「食後、眠気を覚えられて、兵舎で昼寝をしておられる」 「兵舎で昼寝……」 なんてマイペースなやつなんだ、と心の中で毒づく。 俺たちは、こんなにも汗水たらして、働いてるというのに。 「はぁ……」 もう一度だけ、空を見上げた。 青々とした空は、どこまでも高く――美しい。 「なんで……」 「なんで、こんなことになっちまったんだろうなぁ……」 呟きは、誰にも届かず消えてゆく。 すべての始まりは――そう。 騎士任官式典の、パーティーの日…… あの日から、すべてが始まったのだ。 ―三ヶ月前― ―テクスフォルト王国・王都ゼフィランス― ―青銅騎士団 騎士叙任式典会場― ……そこには、退屈に押し潰されそうな、一人の少女が佇んでいた。 ……退屈だった。 仕方なく、義理で参席だけはしてみたものの。 予想を遥かに超えて、このパーティーはつまらない。 「はぁ……」 溜息だって出る。 ただ椅子に座って、息をするだけの無駄な時間。 誰も、話しかけようとしてこない。 誰も、側に寄り付こうとしない。 その理由は、自分自身が一番よく知っているが―― それにしたって、こうも疎外されていては、ボヘーっと俯いているしか無いではないか。 「はぁ……」 二度目の溜息。 煌びやかなダンスホールにも、宮廷音楽にも、あちらこちらで囁かれているゴシップにも、まるで興味を抱けない。 あまりにも退屈なので、手中のグラスを吐息で曇らせたり、手袋で磨いたりしてみる。 ……が、しかし。それもすぐに飽きてしまう。 蒼水晶を削りだして作られたというグラスには、王国の守護獣たる「赤龍」が掘り込まれている。 でも、どう見ても不恰好なモグラにしか見えないのは、職人の腕のせいなのか、それとも美的センスの問題か。 「はぁ………………」 これで三度目。もうたくさんだ。 こっそり席を離れて、部屋に帰ろう――と思う。 でも、そんなことは許されない。それも分かってる。 だからこそ、こうして幾度もアクビを噛み殺し、置き人形のように、おとなしく鎮座しているのだから。 「ホント……退屈……」 誰にも届かぬ小さな呟きを、彼女は、四度目の溜息と共に吐き出した。 もうすぐ、退屈など吹き飛んでしまうとも知らずに―― たとえ話、なんだが。 もし、パーティーの席上で。 美少女が一人ぼっちで、寂しそうに佇んでたら……どうする? ちょっと憂いを含んだ表情で、手の中のグラスを、退屈そうにいじってる美少女。 きっ、と固く結ばれた口元からは、なんとなく気の強そうな印象を受けるけど……でも。 そんなところもまた、モロに好みの理想形。 見かけたら……どうする? ……マジで? ホントに? 根性あるなぁ…… 俺の場合なんというか、その、なんだ。 そういう積極性とは、まるで縁の無い人生を送ってきたというか。 うーむ、そうか。そうなのか。やっぱりフツーは声をかけるんだな。 ……うん。まあ、そうなるよな。 それがフツーだよな。 俺だって一応、健全な男子なんだし、出来れば、美少女とはお近づきになりたい。 だが、しかーし! 自分から動くってのは、なかなか難しい。 『え? なにこの人?いきなり声かけてきてキモっ!?』 ……とか思われたら、もう泣くしかないもんな。 出来れば、何事にも波風を立てたくない。 無難な道を選ぶのが一番。安全第一。 それが、俺の信条だ。 ……信条、だったはずだ。 しかし。 この日……俺は、ちょっとばかしヘンだった。 軽く酒も入っていたし、周囲はお祭り騒ぎだったから。 だから。 この胸に、普段けっして湧くことのない奇妙な勇気がムクムク湧いてきたって、そんなに不思議じゃなかった。 その奇妙な勇気に後押しされ―― 俺は、思わず声をかけちまったんだ。 ……それが、俺の人生をも変えてしまう、大きな一歩だとも知らずに。 「えっ?」 「あ、いやっ、そのっ……」 「ええと、別に俺は怪しい者ではなくてっ、あのっ」 「も、もしよかったら……なんつーか、えーっと」 ええと、ええと。 「そ、そうだ! よかったら、一緒にダンスを――」 ようやく言葉になった。 酒気に後押しされ、精一杯の勇気を振り絞った一撃。 考えてみれば、人生で初めての体験だ。見も知らぬ女の子に声をかけるなんて。 「……ダンス?」 きょとん、とした顔で、俺を見ている。 まあ、当然の反応だろう。いきなり知らん男に声かけられりゃな。 「そ、そう。ダンス」 「別に……イヤだったら構わないんだけど」 「………………」 うわ、なにこの空気。 振り絞ったはずの勇気が、後悔という名の沼に、ズブズブと沈んでいく。 「ダ、ダメかなあ?」 またしても、彼女はパチクリと瞬き。 ネズミに不意を突かれた猫……みたいな顔をしている。 ……あ。 「ご、ごめん! そういえば名乗ってなかった!」 「俺はリュウ。リュウ・ドナルベイン」 「一応……このパーティの主賓の一人」 「………………」 出たよ。ノーリアクション。 「えっと、つまり――」 「王都の青銅騎士団に、新しく任官することになって、今日は、その任官記念式典だから、あの……」 「ダンス……」 おーい。聞いてますかー。 「そ、そうだッ! もしダンスが嫌なら、その辺で散歩で―― もごぉッ!?」 突然、背後から口を塞がれた。 「あははははは! 何でもありませんっ!」 続いて、体を羽交い絞めされる。 首だけ振り返ると――そこには、同期の騎士が二人。 って、お前らっ!? ケンとバディ!! 「し、失礼しましたっ!コイツ酔っ払ってまして!」 「もごっ!? もごごごごごッ!?」 「(うるせっ、同期のよしみで助けてやるんだっ。後でたっぷり感謝しろっ)」 「さーあ! リュウくん!あちらに近衛騎士団長様がお見えだよーお!ご挨拶にぃー、伺おうじゃないかーぁ!」 がっちりと肩を組まれ、そのまま、ズリズリと引きずられてゆく俺。 「もごごごっ! もごご〜〜〜〜ッ!?」 「うんうん! 嬉しいねぇ! ほーら、新米な我々にとっては大先輩の団長様だよぉ!しっかりご挨拶しなきゃねーぇ!」 「あ……ちょ、ちょっと……」 訳もわからず、その場から引き離され―― 俺は、彼女とダンスを踊り損ねた。 「よし、ここまで来りゃ、もう平気だろ」 「ふーぅ。危機一髪、やれやれって感じだねぇ」 ようやく、拘束が解かれた。 「……ぷっはぁ! なにすんだよっ!?」 いきなり人を拉致しやがって! 「ばか。オマエの危機を救ってやったんだっつーの」 は? 危機? 「まったく……無謀にも程があるよ」 「……なに言ってんだ?」 話の流れが、ちっとも読めん。 「オマエさあ、あのお嬢様が誰なのか……本当に知らないのか?」 呆れ果てた、と言わんばかりの視線が、チクチクと俺を刺す。 「どこかの、貴族のお嬢様?」 身なりから想像するに、そんな感じがした。 地方領主の娘かなにかで、初めて王都に出てきて、周囲に馴染めず、寂しい思いをしてる……とか。 「ギブ。交代希望」 「はいはい。選手交代ね。ま、もったいぶっても仕方ないから、ハッキリ言っちゃうけど」 「誰なんだよ? あの子」 「姫様」 「は……?」 ヒメサマ? 誰? 「ダメだこいつ、ホントに分かってねえ」 「王女様だよ、テクスフォルト王国の」 「なっ……!?」 お、おおお、おおおおおお、王女様っ!? 「アルエミーナ・リューシー・テクスフォルト・ゼフィランス殿下」 「僕たちの主君……まあ王様なんだけど、その4番目の娘さん」 「おっ……おおっ……王女殿下!?」 「そうだ。オマエは、あろう事か王女殿下をナンパしようとしてたんだぞ」 うそだろ!? あのお嬢様が――王女殿下!? 「前々から、どっか抜けたところのあるヤツだなーとは思ってたが」 「ここまで来るとアレだな。半分ビョーキだな」 「あはは。でもある意味、勇者だよね。アルエ殿下をナンパしようとした新米騎士」 「は、早く言えよっ!そういう大切なことはっ!!」 「なに言ってんのさ。こっちが説明する前に、フラフラ〜っと姫様に寄って行ったくせに」 うっ。 「ま、危機一髪だったところを、心優しき同期たちが、己の身を呈して救ってやったわけだ。涙が出るねえ、この友情ドラマ!」 「代々語り継ぐよ。リュウ・ドナルベインの蛮勇と愚行」 「ヘタをすると、不敬罪でコレだったかもしれないんだから」 ついっ、と指先で、首を斬る仕草を見せられる。 お……脅すなよ。いくらなんでも、そこまではねーだろ。 でも……そうだったのか。あの子、王女殿下だったのか。 言われてみれば、そんな感じもしなくはない。 そうか……そうだったんだ…… 「うぉあっと、やべ! 召集の鐘!」 「いよいよ任官式か……感無量だねぇ」 「騎士候補生として2年、見習い1年。苦節3年間の労苦が、ようやく報われるんだなぁ」 「どっかのバカのせいで、危うく吹っ飛びかけたけどな!」 ううううう。 「わ、悪かったよ。軽率だった」 「式典終わったら、酒を3杯はおごれよ」 「僕は4杯」 「わ、わかった。わかりました。おごらせて頂きます」 「ぃよーし! んじゃ行きますか!俺たちの式典に!」 「あっという間に終わるらしいけどね」 「国王陛下に一言、声をかけてもらって、青銅騎士団の短剣を下賜されて、はいおしまい」 「もうちょっと、情緒的に物事を捉えようぜ。なんかそれだと、やっつけ仕事みてえじゃん」 「任官する新米騎士は、僕たちを含めて総勢40人もいるんだから、やっつけ仕事なんだと思うよ」 「や、そうだけどさあ」 肩を並べて、再びホールへと戻る。 あの寂しそうな王女殿下は、まだ居るだろうか―― 式典よりも、その事が気にかかった。 「諸君! 静粛に! 静粛に願う!」 「これより、我らが愛すべき祖国にして強国、テクスフォルト王国の精鋭たちを迎える儀式を執り行う!」 ビリビリと鼓膜が痺れるほどの大声(怒号に近いな)に、しーん、とホールは静まり返った。 うわ……たまらないな、この静けさと緊張感。 「……やっべ、心臓ドキドキしてきた」 「静かにっ……私語しちゃダメだってば」 「なお、この式典には、国王陛下自ら玉体をお運びになっておられる」 「一同、陛下の御前である。膝をつき玉座に一礼!」 ザザッ、と衣擦れの音が鳴り響く。 その場にいる全員が、膝をついて玉座に頭を垂れた。 『よい、堅苦しいのは性に合わぬ』 『皆、顔を上げよ』 促されて、俺たちは顔を上げた。 うわ……国王陛下だ…… こんなにも間近で見たのは、生まれて初めてかもしれない。 「精悍な顔ぶれが揃っておる」 「ひい、ふう、みい……アロンゾよ。40人と聞いておるが、相違はないか?」 「はっ。相違ございません、陛下」 見知った顔が、玉座の側に現れた。 アロンゾ・トリスタン――俺たちの、言わば先輩騎士だ。 二年ほど年長で、騎士団の中でもエリート中のエリート、近衛騎士団に名を連ねている……噂の出世頭。 でも、あの人苦手なんだよな……俺。昔、ちょっと色々あってさ。 「40羽もの雛鳥たちが、羽ばたこうとしておる。喜ばしきことである。この国にとっても、余にとっても」 「さて……長い挨拶は嫌われると聞く。式典にうつるとしよう」 陛下の一言で、再びホールは騒がしくなった。 慌てて運び込まれた大きな盆には、合わせて40本もの短剣が載せられている。 「……あ」 視界に、あの女の子……じゃなかった、アルエミーナ王女殿下の姿が映った。 こちらには気づいていない様子で、相変わらず寂しそうに、退屈そうに佇んでいる。 「おい、よそ見すんなって」 「いや、だって、さっきの姫様が――」 「これより! 陛下より直々に!青銅騎士団の一員たる証を賜る!!」 またしても、耳をつんざく大音量。 「ボルドーよ、そちの声は相変わらずデカイの」 「いま少し優雅には振舞えんのか」 「も……申し訳ありません、陛下……」 「武骨なのは構わんが……いまいち場に華が無いのう。せっかくの式典ではないか」 「は、はぁ……」 「ふむう……」 「………………」 陛下が、俺たちの顔を睥睨する。 「……む?」 そして、その視線は一人の少女の前で止まった。 「おお、そうであった。そちにも同席を命じておったな、アルエよ」 「えっ……?」 きょとん、とした顔で陛下を見つめる王女様。 「なるほど、華ならあるではないか。アルエ、こちらへ参れ」 「は……はい、父上」 慌てて、彼女は玉座の側へと階段を駆け上がっていく。 「アルエ、そちが騎士たちに剣を下賜するがよい」 「国事を担うは王族の勤め。余の代理をしてみせよ」 「だ、代理を?」 「姫らしく……姫らしくじゃぞ?わかっておるじゃろうが」 「は、はぁ……」 「うむうむ。なかなか良いアイデアではないか。のう? ボルドーよ」 「御意にございます陛下。素晴らしき式典となりましょう」 若干、引きつった笑みを浮かべつつも、頷く団長。 かくして―― 「次、バディ・ロブサリナ!青銅騎士団の証を受けよ!」 「はっ」 予想もしない形で、俺たちの騎士任官式典は進行していった。 陛下から賜るはずの短剣を、姫様から受け取る…… ついさっき、俺がナンパしかけた、あのお姫様の手から。 「やっべ! 超やっべ!緊張のしすぎで吐きそう!」 「お、オマエはまだマシだろ」 だって俺、絶対に顔、覚えられてるもん。 姫様の前に進み出た瞬間―― 『無礼者は死刑よ』とか言われたら、マジでどうしよう。 「おいリュウ、聞いてくれ。俺、ガキの頃に空飛ぶ不思議なドラゴンにさらわれて、体にヘンな金属片を埋め込まれた記憶が……」 「落ち着け」 「次、ケンジストン・トレック!青銅騎士団の証を受けよ!」 「ヒィィ!?」 「よ、呼ばれてるぞ、行ってこい」 「おおおお、おう。いいいい、行ってくる」 ごくん、と喉を鳴らして……また一人、同期が玉座に上ってゆく。 うわ、両手両足が一緒になってガチガチの行進してやがる。 「ま、まま、参りました!」 「汝、ケンジストン・トレック。これより青銅騎士団の一員となり、王国の矛となり楯となり、死してなお国の礎となることを誓え」 「ち、ちち、誓いますッ」 カックンカックンと何度も頷き、短剣を受け取る姿は……なんというか、見てて少し哀れな気もする。 そこまで緊張しなくても、いいだろうに。 俺の方は、なんとか、ちょっとだけ落ち着いて…… 「次――」 「リュウ・ドナルベイン! 青銅騎士団の……」 うっ、ついに来た。 落ち着きかけていた心臓が、再び猛スピードで、ばっくばっくと鼓動し始める。 「……リュウ・ドナルベイン?」 「どうした、アルエ」 「あ……いえ、別に何も……」 「リュウ・ドナルベイン!青銅騎士団の証を受けよ!」 「は、はいっっ!!」 返事だけは、勢いよく飛び出した。 生唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえる。 一歩、また一歩と前に踏み出して、玉座を見上げる。 「………………」 う、やばい。俺の顔……めちゃめちゃ見てる。 どうか、先ほどのことは忘れて下さいますよーに! 「……うわ、アイツひでえな。緊張しすぎでガッチガチじゃん」 「他人のことは言えないと思うけどな。でも確かに、あれはヒドイ」 「足元あっぶねえな〜……こけんなよ、おい」 「見てるこっちがドキドキするよ、ホントに」 危なっかしい足取りで、なんとか玉座へと上りきる。 そして―― 「リュウ・ドナルベイン、参りましたっ!」 なるべく姫様の方を見ないようにしながら、名乗りを上げた。 「………………」 「……汝、リュウ・ドナルベイン。これより青銅騎士団の一員となり、王国の矛となり楯となり、死してなお国の礎となることを誓え」 紡ぎだされた決まり文句に、俺はホッと安堵する。 ……よかった。さっきの件は流してくれるみたいだ。 「ち、誓います」 姫様から目を逸らしたまま、そっと手を差し出した。 ポン、と手のひらに、短剣を乗せられた重みが…… 重みが…… あれ? 「そこからでは、届かない」 「へ? あっ……も、申し訳ありませんッ」 慌てて、一歩前に踏み出そうとする。 その時だった。 踏み上げた足先が、階段に引っかかり―― 前のめりに倒れこむような形で、俺は転倒した。 スローモーションのように、ゆっくりと景色が流れる。 何かを掴もうとして、必死に伸ばした俺の手は―― 予想外のモノを、鷲掴みしていた。 「――えっ?」 時間が、止まったような気がした。 したたかに打ち付けた膝を抱え、ゆっくりと顔を上げる。 「……へ?」 おっぱい。 眩いほど白い谷間と、ドレスに押し込められた、はちきれんばかりの胸の膨らみ。 ふっくらとした――おっぱい。 俺の手が、王女殿下のおっぱいを掴んでいた。 ……柔らかい。 ふにふにふにっ。 「っ!?」 しばし、時が止まった。 静寂と沈黙が、その場を支配する。 そして―― 「き、きっさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」 耳をつんざく怒号。 そして、にわかに押し寄せる、我らが先輩騎士たち――近衛騎士団の面々。 「捕まえろ! 捕縛だ捕縛っ! この不埒者ーっ!」 「リュウ・ドナルベインっ!貴様という男はーっ!」 「ちょ、待っ…… どわああああ!?」 次々に飛び掛ってくる騎士たちに、押しつぶされる俺。 「ぶべぼ!? お、重っ……ぐぎがげごが!?」 「不敬罪だっ! 死刑だっ!縛り首だーっ!!」 そ、そんなあ!? 「斬首刑にっ、服毒刑にっ、生涯禁固刑だーっ!」 「そ、その前に圧死しちまうって!!  ぐごわ!?」 「とにかく不敬罪で死刑だーっ!!」 人生の末路を告げる声が、王都中に響き渡る―― ……これが、この物語の始まり。 ……これが、新たな人生の幕開け。 流転と、 騒動と、 挫折と、 苦悩と、 それらを全て合わせ、練りに練って、更に2倍して、発酵させたような労苦が待ち受ける、この俺―― リュウ・ドナルベインに科せられた、辛酸苦難の物語。 その1ページ目が、ようやく捲られようとしていた。 ……理想的な人生って、何だろう? 巨万の富を得て、死ぬまで裕福に暮らすこと? 美女に囲まれ、毎日毎晩エッチしまくって、最後には腹上死? はたまた、家庭を築いて、子育てに没頭する毎日? 少なくとも―― 不敬罪の挙句、危うく死刑になりかけたり。 国王陛下の温情によって、命は救われたものの…… 青銅騎士団への入隊は認められず、ただの新米騎士として、各部署をたらい回しにされたり。 左遷に次ぐ左遷の末…… ついに、国境沿いの辺境地にまで流され、国境警備隊の隊長とやらを仰せつかるような。 そんなモノでは無いはずだ。……たぶん。 「……空気がうまい。無駄に」 そして、どーですか。この緑の豊富なことといったら。 ……緑しかねえよ。グリーンオンリー。 こんなにも目に良さそうな環境なのに、どうして俺は、ちょっと視界が滲んでるんだろう。 「泣いてない……泣いてないからなっ」 ちょっと目にゴミが入っただけだからっ。 「いっ!?」 な、なんだよ今の……? つーか! いつまで続くんだよっ、この山道はっ! 進んでも進んでも、山、森、林…… 地図を広げて、改めて行き先を確認する。 王都より北東に進むこと、今日で五日目。 隣国“トランザニア公国”との国境に位置する、小さな村が、俺の目指す目的地。 その名も、ポルカ村―― 農業と牧畜が盛んな、美しい村だと聞いている。 ……俺を左遷した、騎士団人事長の爺さんからな。 『空気が美味くて、緑がいっぱいで、あと空気が美味い』 空気が美味いと、2回も言われた。 その言葉の意味するところが、今の俺にはよーく分かる。 他に何も無いんだ。 何もない辺境の地と、そこにある小さな村。 国境沿いに位置しているため、隣国の動きを見張らなければならない……それだけが、少し変わっているだけの村。 既に、幾人かの屈強の兵士が駐在し、隣国の動きを、日々、警戒していると言う。 ……それが、国境警備隊の主な仕事。 前任の隊長が、高齢による引退を迎えたらしく、その後釜に俺が据えられたワケだが。 なるほど。左遷するにはもってこいの流刑地だ。 ある意味、王国の最果てとも言える場所だもんな。地図で見ると、思いっきり左端だし。 まさに読んで字のごとく、左遷。 「はぁ……」 美味い空気を吸った、美味い溜息が止め処なく溢れてくる。 「どこなんだよ……そのポルカ村とやらは……」 まだ見ぬ任地を夢見つつ、トボトボと山道を進む。 ……結局、任地に辿り着くまで、更に二日かかった。 別に、期待してた訳じゃない。 村人たちの大歓迎を受ける、とか。駐在警備兵たちが大手を振って出迎えてくれる、とか。 そんな流れを、夢見ていたわけじゃない。 「……誰もいないってのは、予想外だったな」 はるばる辿り着いてみれば、村人一人もいやしない。 あー、遠くに牛がいる。 ……アイツだけか俺の出迎えは。 つーか、本当に人が住んでるのか? この村。 民家は建ってるようだけど…… 『あれえ?』 ん? 「じー……」 少女だ。少女を発見した。 第一村人を、ようやく肉眼で確認。 「お客さん……かな? お客さんですかっ?」 「へ? あ……俺のこと?」 「ふんふん!」 コクコクと頷いて、俺の周りを飛び跳ねる少女。 ……ヘンなヤツだ。 「まあ、お客さん……なのかも。広義的には」 「ちょっと聞きたいんだが、この村に、国境警備隊の兵舎って……あるよな?」 「兵舎ですか? ありますよ〜」 「場所、知ってる?」 「知ってますっ! もちろんっ!」 「兵舎に御用なのでしょーか?」 御用なのですよ、お嬢さん。 「これから、そこに住むことになるんだ。多分……」 「ふあ! もしかして――」 少女が、あんぐりと口を大きく開けた。 「もしかするともしかして!新しい隊長さんですかっ!?」 あ、なんだ。分かるのか。 「そうなんだよ。新しい隊長で――」 「し、失礼しましたーっ!」 突然、ビシィ! と少女が敬礼した。 敬礼……というか、自分の額にチョップを食らわしたようにも見えたが。 「お話は伺ってますっ、ええと……ドナルベイン新隊長っ!」 あれ? 俺の名前を知ってる? 「兵舎ですよねっ、こっちですっ」 身の軽い兎のように、ぴょこんっ、と少女が跳ねる。 「あ、えっと、キミは……?」 「すぐそこですっ、あの丘の上に建ってるのが兵舎ですからっ」 俺の話も聞かずに、いきなり駆け出してゆく少女。 ……駐在警備兵の娘か? 『こっちですーっ!』 こちらを振り返って、もう一度飛び跳ねた少女が、ぶんぶかと手を振ってみせる。 「……ま、いいか」 ポリポリと頬を掻きつつ、俺は、ゆっくりと歩き出した。 小高い丘に、兵舎は建っていた。 ちょっと古めかしいが、なかなか立派な建物じゃないか。 「王都からの長旅、お疲れ様でしたっ」 ちゃきちゃきと、俺を案内する謎の村娘さん。 ……まだ名前も聞いてないんだが。 「なあ、キミ。名前は?」 「ふぇ?」 ぴたり、と歩みが止まる。 「キミの名前」 「そっちは、俺の名前を知ってるみたいだけど……」 「はうあ!?そうでしたっ、自己紹介を忘れてましたっ!」 「わたし、ロコナです!」 えっへん、と胸を張る村娘のロコナさん。 「国境警備隊の軽装斥候兵を仰せつかっておりますっ」 「………………」 「……え?」 いま、なんて言った? 「ドナルベイン隊長の就任、心待ちにしておりましたっ」 「前任のマクシミリアン隊長が引退なさってから、もう4ヶ月……」 「まだかまだかと、毎日お待ちしてたんです」 「隊長のいない警備隊は、なんだか火の消えたロウソクみたいで……」 「ちょちょちょ、ちょっと待った!」 ちょーっとストップ!! 「はい? なんでしょー?」 「キミ……国境警備隊の……兵士、なのか?」 「そうでありますっ」 んなアホな!? 「前任のマクシミリアン隊長に、雇って頂きました!」 「キャリア2年! まだまだ駆け出しですが、これからもっと精進して――」 「ま、待て待て待て待てッ!」 ちょ〜〜〜〜〜っと待て! この、ちょっとトボけた感じの村娘さんが、国境警備隊の軽装斥候兵だって? タチの悪いジョークだ。そうに違いない。 だって、騎士団人事長の爺さんは言ってたぞ。『屈強の兵士たちが駐在している』と。 なのに―― 「新しい隊長の初命令っ、待機……待機……」 ……屈強の兵士? あ、頭が痛くなってきた。 「ほ、他にも隊員はいるんだろ? いるよな?」 いてください。頼むから。 「もちろんですっ」 「まさか……他の隊員も、キミみたいな女の子なのか?」 「あ、女はわたしだけ、ですっ」 ふ〜〜〜〜〜〜…… 心の底からホッとした。 「兵舎にいると思いますっ、ご紹介しますねっ」 「あ、ああ……」 紅一点、歳若い村娘の隊員……か。 前任の隊長は、いったい何を考えていたのやら。 「ささ、中にご案内しますっ」 何がそんなに嬉しいのか、ロコナは、宙を舞う綿毛のように軽い足取りで歩き始める。 ガリガリと頭を掻き毟りつつ、俺は、そんなロコナの後を追いかけた。 兵舎の中は、木の香りで満ちていた。 まるで薪小屋の中で、深呼吸をしているような…… 「ありゃ? いない?」 「ちょっと捜してきますっ、しばしお待ちをっ」 たたたたた……とロコナが兵舎の奥へと消えていく。 とりあえず荷物を置いて、適当な椅子に腰を下ろした。 「ふー……」 ここが俺の、新たな任地。 飛ばされ、流されてきた最果ての地。 もう二度と出世街道を歩むことのない、流浪騎士の終着点……ってワケだ。 「なんかもう……どーでもいいって感じだな」 実家のオヤジとオフクロは、今頃、ずいぶん肩身の狭い思いをしてるんじゃなかろーか。 ……後で手紙の一通でも書いとこ。 『あ〜〜〜〜〜〜っ!!』 !? 『なにしてるんですかっ! もうっ!』 奥の部屋から、怒声が聞こえる。 『か、返してくださいっ! ホメロさんっ!』 『ああんっ! ぱんつ返してくださいよーっ!』 ……ぱんつ? 『ホーメーローさんっ!!』 あ、ロコナが戻ってきた。 そして、ロコナの前に小さな人影が…… 「ひょ? 誰じゃな、オマエさんは?」 ピタリ、と俺の目前で止まった人影―― 老人だった。 「まあ誰でもええわい。ほれ、これを預かってくれんか」 「へ?」 いきなり、何かを手渡される。 「頼んだぞ若人よ、決して奪われることなかれ」 ほんのり暖かい、毛糸のパンツ………… パンツぅ!? 「うぁんっ!? それ、わたしのですっ!」 しゅぱっ、と手中のパンツをもぎ取られる。 「ホメロさんっ!」 顔を真っ赤にしたロコナが、仁王立ちになる。 「……やれやれ、簡単に奪われおって」 呆然とする俺の前に、再び姿を現した老人…… 何者だ? この爺さんは。 「この未熟者っ。ダメ男っ」 「な、何なんだアンタは……」 「どーして、いつもいつも人のパンツを勝手に漁るんですかっ」 「おしり触ろうとしたりっ、着替え覗こうとしたりっ」 「いやいやいや、今回は事情があるんじゃよ〜」 「うっかり腹巻を無くしてのう。老体には寒さがこたえるんじゃよ」 「それで、たまたま偶然、暖かそうなソレを見つけたんじゃが――」 「まさかそれが、パンツじゃったとはのう……知らなんだわ」 うそつけ。どこからどう見てもパンツじゃねーか。 「なんだぁ、そうだったんですかぁ」 信じてるし!? 「それならそうと、言ってくれればいいのに」 「すまんのう♪ てへっ」 「ぬぅぅ……あと少しじゃったのに」 な、何なんだ、このエロジジイは。 「してロコナよ、こちらの御仁は?」 「ふぇ?」 「あああああっ! そうでしたっ!忘れちゃってましたっ!」 うん、忘れられてると思ったよ。 「隊長っ、紹介しますっ」 「国境警備隊の専任魔術師、ホメロさんですっ」 専任……魔術師? この爺さんが? 「ホメロさん、新しい隊長さんですよっ。ご挨拶ご挨拶っ」 「おーおー。ようやっと後釜が来おったか」 「ワシゃ、ホメロという者じゃ。よしなにのう」 ホメロと名乗った老人が、そっと手を差し出した。 「あ、ああ……よろしく。リュウ・ドナルベインだ」 その手を握り返して、挨拶を交わす。 「魔術師が……いるのか。この警備隊には」 ちょっとビックリ。 「なあに、魔術というても、大したことは出来んよ」 「天気を占ったり、米粒ほどの小さな明かりを灯したりするのが関の山じゃて」 それが本当なら、大したものだ。 かつて“魔法”と呼ばれる不思議な力が、この大陸にも存在したという。 長い長い年月を経て、人間はその力を失ってしまった。 しかし、微かに残された力を宿す人々が今でも存在する。 それが――魔術師。 まあ、ほとんどがインチキか紛い物。もし本物だとしても、大したことは出来ない。 『希少な存在の役立たず』と評する人もいる。 ……正直なところ、俺も同感だ。 「ワシはこの村に住み暮らして長いからのう。その辺の知識を買われたんじゃよ、お若いの」 俺の心が読めるのか、老人は苦笑を浮かべて言った。 「ワシの専門は、もっぱら女体の神秘での」 わきわき、と手で空中を揉むような仕草をして、魔術師ホメロは、ニタリと笑った。 ……なんつーエロそうな顔だ。 「でも、これでやっと揃いましたねっ」 「うむ。やはり隊長がおると気が引き締まるのう」 「これからは3人、力を合わせて頑張りましょー!」 ……ちょっと待て。 なんか、猛烈にイヤな予感がする。 「……まさか、とは思うんだが」 「うむ? なんじゃな?」 「国境警備隊の……他の面子は?」 どう見ても、俺と、村娘1号と、エロ老人の3人しかいないんだが。 「これで全員ですっ」 ビシィ! と、またしても自分の額にチョップをかますロコナ。 その不思議な敬礼は、この子の癖なんだろうか。 「他の者はおらんよ。これが今の警備隊の全てじゃ」 「………………」 絶句。 「だ、だって、騎士団人事長は、屈強の兵士たちが駐在してると……」 「いやあ、照れるのう」 「くっきょーです! えいっ、たあ!」 ……気が遠くなる。 たったの3人で―― しかも、村娘と老人だけの取り合わせで。 それだけで、国境の安全を守らなくてはならないのか。 そんなのウソだ。 ウソだと言ってくれ、神様―― 「あ、そーだ! 村の案内もしなくちゃ!」 「げほげほっ、ワシはこの体じゃからのう。お留守番ということで一つシクヨロ」 「今夜は歓迎会ですねっ」 「おおう、それはええのう。久しぶりにトッテオキのアレを出すかな」 「わたしも、腕によりをかけてご馳走つくりますよ〜っ」 「………………」 ……理想的な人生って、何だろう? 巨万の富を得て、死ぬまで裕福に暮らすこと? 美女に囲まれ、毎日毎晩エッチしまくって、最後には腹上死? はたまた、家庭を築いて、子育てに没頭する毎日? 少なくとも―― 辺境の地に左遷された挙句、所属する隊員が、村娘と老人だけの粗末な警備隊の隊長をやる事じゃないはずだ。 つまりコレは、反理想的な人生。 落ちるところまで落ちた、左遷騎士の行き着く場所。 底だと思ったら、実は二重底でした……みたいな。 「たいちょー! コレ、どうぞ!」 ぽん、と何かを手渡される。 「これから村を見回りに行くところだったんです。隊長にとっては初仕事ですねっ」 「……な、なにコレ?」 「鍬ですっ」 んなコトは見りゃわかる。 俺が言いたいのは、一体コレで何を―― 「今日はスカっと晴れてて、野良仕事日和ですよ〜♪」 「の、野良仕事……って……」 か、帰りたいっ。王都に帰りたいっ。 リュウ・ドナルベイン。新たな任地への着任初日―― 出だしから、俺を待ち受けていた運命はヘヴィだった。 ……ってか、野良仕事って!? ウソだろ……おい…… 見回り……と言えば聞こえはいいが、実際には村のあちこちで農作業の手伝いをさせられるリュウ。 警備隊の仕事じゃないと嘆きつつも、ロコナの先導で村の各所へご挨拶周り。 しかしどこへ行っても、どんな悪事をしでかして流されてきたんだろうと微妙な扱いを受けてしまう。 これまで村に流されてきた歴代隊長は皆、スネに傷のある人物ばかりだったらしい。 村に居ついている放蕩貴族ジンに左遷理由を公表されてしまい、村人たちに思いっきり呆れられてしまうのだった。 ロコナに村を案内され兵舎に戻ると、この地の神殿を任されている神官のレキがやってくる。 視線の鋭い彼女は、村に左遷された顛末を知っているのだった。そして彼女は呆れながら告げる。 「本意ではなかろうが、来たからには頑張ることだ」 「もう王都に戻れることは、無いと思うが」 それを聞いたリュウは…… 「……帰りたい」 ぽつり、と言葉が溢れ出た。 大木に背を預けて、ボーっと空を見上げる。 「ものすんんんんんんんんっごく帰りたい」 「一刻も早く、王都に帰りたい」 「寿命10年と引き換えに帰してやる、って悪魔に言われたら即OKする」 「20年と引き換えだったら……ちょっと考える」 10年くらいなら、いいかな、とか思う。 「ま、帰っても俺の居場所なんてないんだけどな」 なんせ俺は、任官からわずか数秒で騎士としての人生を華麗にドロップアウトしたワケで。 それも、王国史上最低の理由で。 「生きてるだけまだ幸せってことかな……ははは」 吹き抜ける秋風が、木々の葉をワサワサと揺らした。 舞い散る落ち葉が、仏頂面の俺の頬に当たる…… 「あああああああああああああああああっ!」 「なんでっ!? どうして!?」 「頑張って騎士になって、俺の人生これからって感じだったじゃん!?」 「騎士団長とか、近衛騎士とか、高望みはしないけどそれなりに可愛い恋人とかできたりしてっ」 「結婚したら城の近くとはいかないまでも王都に一軒家を持ったりなんかしちゃったり!」 「子どもは男女が1人ずつで両親とは別居!」 「休日は積極的に子どもたちとの時間を大切にして、ご近所からは子煩悩なパパとして奥様の人気者に!」 「んでもって引退後は孫相手に騎士時代の武勇伝を語って聞かせたりして――」 …………………… ………… …… 「はぁぁぁぁぁぁ……」 長い、長い溜息が漏れた。 分かってるさ、そんな未来もうありえない。 ただの願望――いや、妄想だ。 「いーんだ、いーんだ」 「どうせ俺は、こうやって辺境の砦で、一生畑仕事をしながら歳をとってくんだ」 「んで、そのうち村娘と結婚して、その頃にはすっかり村人その1って感じになって……」 「村に、フラっと立ち寄った勇者一行とかに、武器は装備しないと意味ないぜ、とかさりげなくアドバイスしちゃう存在になったりして」 「あとあれだ。田舎ってやることないから、ついつい子作りばっか励んじゃって」 「気づいたら1ダースくらい子どもができてたり」 「毎日、家中が大騒ぎで生活は苦しいけどそれなりに充実した毎日をおくって……」 「……あれ? それはそれで悪くない人生か?」 「あたっ」 こつん、となにかが頭に当たる。 樹の幹に立て掛けていた、鍬の柄だった。 「あ、おおう……危ない危ない……」 「シミュレーションしてくうちに頭が田舎暮らしに適応しかけてた……」 もっと夢を持とうぜ、俺。 ほら、一応これでも騎士なんだし。 「騎士……か……」 「はぁぁぁぁぁぁ……」 じっと手を見る。 土に汚れた手が、プルプルと小刻みに震えている。 そこに新しいマメが出来ている。出来立てのホヤホヤ。 剣術稽古じゃなく、野良仕事で出来たマメ。 「はぁぁぁぁぁぁ……」 溜息2発目。 なんでこんな事に、なっちまったんだろうな…… 俺の人生って、いったい…… 『たーいちょーっ』 『たぁぁ〜いちょ〜〜〜〜〜っ!』 「はぁっ、はぁっ……」 「隊長っ、そろそろ次の場所に移動をばっ」 「………………」 ゆっくりと、目前の少女を見上げる。 クリクリとした大きな瞳に、びしっと凛々しい眉。 ……よく見ると、なかなか可愛い。 名前は……確か、ロコナ。 出会ったのは、つい一時間ほど前。 記念すべき俺の部下一号……らしい。 地方警備隊の一般兵卒人事は、現地隊長の裁量に委ねられる。 彼女、ロコナの配属を認めたのは前任の隊長という話だから…… きっと、その前任の隊長はアホなんだと思う。そうに違いない。 どこからどー見ても、普通の田舎の娘っ子だぞ。 「えと、もうちょっと休憩します?」 「なあ……聞いてもいいか?」 「ふぇ? なんでしょー?」 「聞きたいことは、山のようにあるけど。とりあえず……一個目だ」 「はい、なんなりとっ」 「なんで、いきなり農作業の手伝いをせにゃならんのだ?」 着任早々、まだ荷解きもしてないっつーのに。 いきなり鍬を渡されて、連れて行かれた先が麦畑。 彼女の指導の下、掘ったり抜いたり刈ったりと、てんやわんや。 体を動かすのは別に嫌いじゃない。野良仕事も、まあ構わない。 ……あまり経験は無いけど。 しかし、だ。 まがりなりにも、俺(たち)の仕事は国境警備なワケで。 何故、いきなり野良仕事に駆り出されたのか、理解に苦しむのは当然だ。 ……当然だよな? 「はい、それはもう、村をご案内するのと同時に、村のみんなと親しくなれる方法だと思いましてっ」 って、お前が発案者かよ!? 「専門用語でいうと、いっせきにちょー、ですっ」 専門用語かどうかは知らんが、『ただの思いつき』だということはよく分かった。 ……まあ、確かに親しくなれるかもしれんが。 ちなみに、さっき連れて行かれた畑は、所有者が出稼ぎに出ているとかで、誰もいなかったんだが。 「……わかった。ひとまずそれは置くとしようか」 「はいっ、置くとしましたっ」 「二個目だ。あの爺さんは、どこに行ったんだ?」 部下二号として紹介された、あの爺さん。ホメロとか言ってたな。 「あ、ホメロさんですか?」 「ん〜。腰が痛いって言ってたので、兵舎でお留守番してると思います」 「ああ見えて、ずいぶんおじいちゃんですから」 ああ見えても何も、見たまんま爺さんだったぞ。 「わたしが3つか4つの頃から、今と変わらないくらいおじいちゃんでしたっ」 ……ものすごくどうでもいい情報を、ありがとう。 「えと、三個目のご質問はっ?」 「あー……うん、そうだな」 よっこらせ、と立ち上がり、ケツについた土埃を叩き落とす。 「とりあえず、この村の事を聞かせてくれ。歩きながらでいいから」 『空気が美味い』『緑が美しい』以外の、何の情報も無いまま左遷されてきたのだ。 せめて、任地のことくらい知っておかなくては。 「あいさー! 不肖、ロコナ、お役に立ちますっ!」 びしぃ! と敬礼を決めて見せた彼女は―― 頼もしい部下というよりは、活発すぎてブレーキを知らない、遊び盛りの子犬のように見えた。 ポルカ村は、人口たったの83人。 牧畜と農産を生活の綱としている、小さな集落らしい。 名産品としては『ポルカの赤麦』があり、その甘い口当たりの赤麦は、特殊な酒造に用いられるのだとか。 元来、収穫量の少ない農作物のため、貴重品として高値で取引されていた時代もあったそうだ。 しかし、それは昔の話―― 隣国からの輸入が始まり、価値はあっという間に下落。 裕福だった村の暮らしも、今は遠き日の思い出。 激減した稼ぎを補うために、村の男たちは、近隣の岩塩鉱山へと出稼ぎに行くようになったらしい。 残された村の女たちが、男たちの代わりに農業や牧畜に従事する。 「だから、この村には男の人が少ないんです。というより、ほとんどいません」 少し寂しそうに、ロコナが呟く。 なるほどな。道理で、道で出会う村人が女ばかりなワケだ。 「あ、見えました。あそこです。次は、あの畑」 ロコナの指先を目で追うと、赤い穂をつけた麦畑が見えた。 「ロコナじゃないか。今日も手伝いに来てくれたのかい?」 「うんっ、わたしだけじゃなくて、助っ人も連れてきたっ」 「助っ人……?」 訝しげな視線が、俺に向けられる。 「えへへ〜……なんとなんと、新しい隊長さんだったり」 「えぇ……?」 訝しげな視線が、困惑の眼差しに変化する。 ……なんか、微妙に引かれてないか? 「隊長さんって、国境警備隊の隊長さんかい?」 「そそ。さっき、村に着いたばかりなんだよ」 そーなんです。で、いきなり拉致されてきました。鍬を渡されて。 「ふぅん……」 挨拶した方がいいのかな、と一瞬悩む。 明らかに警戒されちゃってるもんな。俺。 意外と、この村は閉鎖的な場所なのかもしれない。 ……ロコナを見てると、そんな風には思えないけど。 まあ、いいや。ちゃんと挨拶はしておこう。 「初めまして。新しく国境警備の任についた、リュウ・ドナルベインです。よろしく」 うむ。我ながら無難な挨拶だ。 「……若いね。それに、ちょっと軟弱そうだ」 んなッ!? 初対面の人間を、いきなり軟弱呼ばわり!? 「ユーマおばさんっ、そんな言い方、ダメだよぉ!」 「す、すみませんっ、隊長っ」 「い……いや、俺は別にいい。気にしてない」 嘘です。すごく傷つきました。 なんでいきなり、初対面の村人さんに軟弱呼ばわりされにゃならんのかと。 「……あんた、何しでかして流されてきたんだい?」 「へ?」 「別にかまやしないけどね、あんたがどんな犯罪者でも」 は、犯罪者!? ちょっと待て、なんだそりゃ!? 「村では、あんまり派手なことはしないでおくれよ」 「ユーマおばさんっ!」 「ふん……」 「まあ、いいさ。あっちの白布の旗を立ててる所から、順番に刈り取っていくから」 「悪いけど、手伝い頼むよ。 ……そっちの隊長さんも」 プイっと顔を背けて、おばさんとやらは畑の向こう側に行ってしまった。 は、犯罪者って…… 「俺って、そんなに悪そうに見える?」 思わず横のロコナに聞いてみる。 「い、いいえ!隊長は見るからに人畜無害っていうか――」 「下手に悪いこととかしたら、罪悪感で夜眠れなくなるタイプです!」 「……率直な感想をどうもありがとう」 「はうあっ!? なんか大失言な感じ!?」 いや、あながち間違ってないけどもさ。 んなことより、なんなんだ?この、おばちゃんの反応は…… 「いったい、何がどーなってんだ?」 ちら、とロコナの顔を見る。 「あ、後で説明しますっ、とにかく今は……はいっ!」 鎌を渡された。今度は鍬じゃなくて鎌かよ。 「刈り取りは腰が命ですっ!ささ、わたしの後に続いてっ!」 「………………」 なんなんだよ、この村は…… それから更に二箇所の畑をまわって、野良仕事に従事した。 精も根も尽き果てた…… 「ふぅ……」 ベンチらしき椅子に、腰を下ろす。 ……いいんだよな? ここに座っても。 誰も『うん』とは言ってくれないので、勝手に座る。 肉体的な疲労はもちろんだが、精神的にも疲れた。 いったい、俺が何をしたとゆーのだ。 中には、俺を見ただけで窓の鎧戸を閉める村人までいたりした。 ……なんか、めちゃくちゃ嫌われてないか? 「たいちょー、お水をお持ちしましたっ」 「……ああ、ありがと」 受け取った素焼きの杯を、ぐっと呷る。 さすがド田舎。水も美味い。……無駄に。 「……で?」 「はい?」 「はい? じゃなくて」 どうして、こんなにも俺が煙たがられているのか、その説明を求める。 「あー……はい。そうでした。説明します」 「ええと、この村に派遣されてきた、歴代の隊長さんの話になります」 ちょこん、と俺の隣に腰掛け、ロコナはゆっくりと語り始めた。 それは……驚くと同時に、納得のゆく内容だった。 ……つまり、アレか?     これまで派遣されてきた連中、 そのほとんどが犯罪者だったと? 『う〜ん、犯罪というよりは、      なんて言うんでしょーか……皆さん、  色々と問題を起こした方ばかりらしくて』 例えば、どんな? 『そうですねー。わたしが聞いた話だと、軍のお金をこっそり盗んだとか』    横領か…… 『後は、ん〜と……すごく立派な貴族の奥様と、その、いけない仲になっちゃったりとか』   ふ、不倫? しかも貴族の奥方と!? 『あ、あはは。他にもたくさん、色々あるみたいで……』    『前任のマクシリミアン隊長は、     おじいさんでしたけど、“ワシゃ美少年が大好きなんじゃ”が口癖で……』     『それが原因で飛ばされてきたって言ってましたっ』 ……うわあ つまり、だ。 どいつもこいつも、脛に傷のある連中ばかりが左遷されてきた……と。 かなり古い代の隊長になると、部下殺しの汚名を着て流されてきた者もいたとかで。 なるほど。村人が俺を警戒するわけだ。 「で、でもっ!」 ぐぐっ、とロコナが拳を握り締める。 「隊長は違いますよねっ!?」 「……へ?」 熱い眼差しが、まっすぐに俺を見つめていた。 キラキラと輝く瞳の中に、マヌケな顔でポカーンとしている俺が映っている。 「初めてお会いしたとき、ぴぴーんときましたっ!」 「この人は違うって!」 つい数時間ほど前にお会いしたばかりだ。My部下よ。 「あ、あのな……」 「違いますよねっ!?」 「う……」 違います、と胸を張って言えたらいいんだが…… 公衆の面前で、姫様の胸を揉んだ不敬罪で左遷。 いくら抗弁しようとも、たとえ不可抗力だとしても、それは――揺るぎのない真実なのだ。 「え、えーと」 ぬうう、返事に困る…… 『ロコナ』 ふと、ロコナの背後から声が聞こえた。 「ふぇ? ……あ! レキさん!」 ひょいっと、ロコナの横から覗くようにして、来訪者の顔を覗き見る。 「聞いたぞ。新任の警備隊長を村中連れまわしているとか」 思わず、目を見張った。 そこに立っていたのは――息を呑んでしまう程の美女だった。 「……ん? その者か? 件の新任隊長というのは」 こちらを覗き込む切れ長の瞳が、鋭い眼光を放つ。 「あ、はいっ。今日から村に来られた、ドナルベイン隊長ですっ」 眼光だけじゃない。その格好にも目を奪われた。 王都でもあまり見ることのない、正式な神官服。 テクスフォルト王国の国教たる――リドリー教の。 「後で神殿の方にもご案内しようって、思ってたところなんですよー」 「そうか。ならば手間が省けたな」 「初めまして、だな。私はレキという。この地の神殿を任されている者だ」 「………………」 言葉が出てこない。 や、相手が美人だから――ってのもあるけど。 いきなり神官が現れて、しかも訳のわからん古風な武人言葉で。 なんとなく視線に殺気を感じるし―― 「……私は挨拶をしたぞ?」 非難めいた声色で、レキと名乗った神官が呟いた。 「あ……えと、リュウ・ドナルベインだ」 です、と言うべきかどうか、ちょっぴり悩んだ。 「若いな。ずいぶん」 そりゃこっちのセリフだ。 こんなに若い神官、しかも女――見るのは初めてだ。 若い修道女なら、何度か見かけたことはある。 でも、正式な神官服に身を包んだ女神官は、初めて見る。 「レキさんだって、すごく若いじゃないですか」 そうソレ。俺もそれが言いたかったんですヨ。 「ふむ……」 「私は赤岩竜の尾、老樹の月の生まれだ。そっちは?」 「……銀狼鳥の足、雪霜の月生まれだ」 「そちらが年上か……2つ、いや3つ上だな」 つまり俺と彼女は、3歳違いということになる。 語尾に『です』をつけなくて、ちょっと良かった。 「あの、レキさん。もしかして……隊長に会いに、わざわざ兵舎まで?」 「いや、ホメロ殿に頼まれていた〈灸草〉《やいとぐさ》を届けにきたのだ」 「ついでに、挨拶くらいはしておこうと思ったのでな」 ついで……って。 「あ、あはは。なるほど」 「あ、じゃあホメロさん呼んできますっ。ちょっとお待ちをっ」 つたたたた……と、ロコナが兵舎に駆け込んで行く。 「………………」 いきなり二人きり。 そして沈黙。 「………………」 う、うーむ…… 「リュウ、だったな」 って、いきなり呼び捨てかよ。 「王都からの便りで、そなたの噂は聞いている。式典で、王女に恥をかかせた顛末――」 「なっ……!?」 「よく、左遷程度で済んだものだ」 呆れ果てた、と言わんばかりの視線が突き刺さる。 ……言葉も出ない。 「本意ではなかろうが、来たからには頑張ることだ」 「もう王都に戻れることは、無いと思うが」 「……情け容赦のない女だな」 女神官の言葉が胸に突き刺さる。 「あり得ない希望を不要に持たせるのは、神官として正しくないからな」 ああっ、ますます容赦のない言葉になってるし。 「不敬罪で処刑されなかっただけ、〈僥倖〉《ぎょうこう》だろう」 冷たく言い捨てられてしまった。 「……だろうな」 ようやく紡ぎ出せたのは、同意の言葉だった。 「少しはわきまえていたのだな」 女神官は、ちょっとだけ眼差しを緩めて頷いた。 俺だって、自分の置かれている状況くらい理解してるさ。 あの時は……不敬罪で無礼討ちに遭っても、おかしくない状況だったからな。 『レキさーんっ、呼んできましたよーっ』 兵舎の中から、間延びしたロコナの声が聞こえる。 「王女アルエミーナに恥をかかせた無礼者の話は、既に、この村にも鳴り響いているぞ」 「うっ……!?」 こ、こんな国境沿いの辺鄙な村にまで!? 「しかし、それがそなただという事は、まだ私以外の誰にも知られてはいまい」 「今のうちに善行を積んで、心象を良くしておくことだ」 善行、という言い方が、いかにも神官らしい。 「……ご忠告、胸に染みたよ」 焦りと情けなさを飲み込んで、俺は強がって見せた。 ……でもやっぱし、帰れないんだな。王都には。 くすん…… 「はー……」 ようやく荷解きが出来た。 まあ、持ってきた物なんて些細なモンだけど。 この部屋も、造りは古いがそれほど悪くない。 「さて、と……」 早速だが、着任の確認書にサインしなきゃ。 辺境の地に、無事に飛ばされました……っつーご挨拶を、遥か遠い王都まで。 ……同期の連中は、今頃、何してるだろう? ケンとバディ。あいつら、真面目に頑張ってるんだろうか? 青銅騎士団の任務は、王都の防衛だ。 近衛騎士団の仕事が城の中なら、青銅騎士団は城の外。 きっと、上手いサボリ口実でも見つけて、そこらの店先で一杯引っ掛けてるに違いない。 あー……帰りたい。心の底から帰りたい。 「ほお。感心感心。さっそく手紙かの」 「いっ!?」 いきなり、爺さんが湧いて出た。 「の、ののの、ノックくらいしろよっ!?」 「いいじゃん、ケチケチするな。ワシとオマエさんの仲じゃないか」 どんな仲だよ。つい数時間前に会ったばかりのくせに。 「散々だったようじゃのう、その様子だと。やはり村の衆は歓迎してくれなんだか」 「……まあね」 ちゃぽん、とインク壺に羽ペンを投げ込む。 「って、ちょっと待て。爺さんも俺の噂を知ってるのか?」 「都には、友人知人も大勢おるでなあ」 ニヤニヤと笑いながら、爺さんは勝手に、俺のベッドに腰掛けた。 「あだだだ……この季節になると、関節が痛んでいかん」 「なんせ、若い頃に無茶をしたからのう」 カックンカックンと腰を前後に動かして、またしてもニヤニヤ笑い。 なんつーエロジジイだ。 「……そうだ、ちょうど良かった。なあ爺さん、手紙はどこに出せばいいんだ?」 「うむ?」 「手紙だよ、手紙。王都に着任状を出したいんだけど」 どこの誰に頼めば、運んでくれるんだ? 「手紙なら、月に一度、村に配達人がやってくるでな」 「その者に金を払って、届けてもらえばよい」 つ……月に一度!? 「それって……そいつが来るまで、手紙は出せないってことか?」 「そうじゃよ」 「後は……そうじゃなあ。たまにやってくる行商人にでも頼むか、もしくは、伝書鳥に託すか……」 鳥って…… 想像を絶する辺境の世界。 「幸い、明日明後日には来る予定じゃ。ワシが預かっておこう。ついでに出す手紙もあるでな」 「そっか……じゃあ頼むよ。書き終えたら渡すから」 「うむ。金も忘れんようにな。王都までなら銅貨2枚じゃぞ」 うっ……高いな…… 「時に、少年」 「……あのな爺さん。少年と呼ばれるほど、幼くはないぞ」 「む。もしや、オマエさん童貞か?」 ぶっ!? 「なっ、ななななななッ!?」 「図星か?」 「いきなりなに言い出すんだよっ、アホかっ!?」 「えー、いいじゃん。秘密のバラしっこしようぜ」 「ちなみにワシは9歳の頃、隣村のメルちゃんのオカリナを盗んでペロペロ舐めたことがある」 訊いてないし、聞きたくなかった。そんなキモイ話。 「で、どうなんじゃ? ん? ほれほれ?」 「あ、あんたなあ、一応は俺、上司なんだぞ」 「童貞の上司か。ちとカリスマ性に欠けるのう」 「だあああ! 何しに来たんだよっ!用件を早く言えっ!」 「せっかちじゃのお、最近の若いモンは……」 これで今日、何度目だろう?若いと言われたのは…… 「オマエさんに会いたいという物好きが、村におってな」 「その旨を伝えて欲しいと頼まれたんじゃ」 俺に……会いたい? 「……誰?」 「正確に言うと、この村の人間では無いんじゃが――」 「その御仁は、オマエさんと似た境遇での」 「あ、言っておくがオナゴではないぞ。残念じゃったな」 茶目っ気たっぷりに微笑んで、爺さんは俺の肩を叩いた。 「まあ、そう深く考えるな。皆が皆、オマエさんを訝しんでおるわけではないんじゃよ」 辺りは夕闇に包まれていた。 早くも俺の存在に慣れたのか、チラホラと村人たちの姿も見かけるようになった。 擦れ違い様、思いっきり冷たい視線を向けられるけど。 「……んで、この哀れな左遷男に会いたいという物好きは? どこ?」 「卑屈じゃのう。もちっと胸を張ったらどうじゃ。オマエさん、それでも姫様の乳を――」 「わああああああああ!!」 慌てて、爺さんの口を塞ぐ。隣にロコナがいるんだぞっ!! 「ふぇ? どーかしました?」 「なんでもない。何も問題はない」 いずれはバレる事になるだろう。でも今、ここで自らバラす必要はないはずだ。 ……思いっきり、信じられてるしなあ。 『なんじゃなんじゃ、汚いジジイがおるのう』 ん? 「何しに来たんじゃジジイ。はよ兵舎に帰れっ」 誰だ? この婆さんは…… 「うるさいヤツが来おった……」 ボソリと呟いて、苦笑いを浮かべる爺さん。 なんだ、爺さんの知り合いか? 「おばあちゃんっ」 え……? ロコナの祖母? 「やいジジイ、うちのロコナに、いやらしい事なんぞしておらんだろうの?」 「人を、性欲の権化みたいに言わんで欲しいのう」 やれやれ、と爺さんが肩を竦める。 「こんのエロジジイ。見境無く村娘の尻を撫でおって。苦情が出とるわい。なんとかしてくれとの!」 杖を振りかざし、プンスカと怒る婆さん。 「爺さん、俺に会いたがってるってのは……まさか、この婆さんか?」 確か、男だと言ってたよな。 「違う。ぜんぜん違う」 「む……? 誰じゃ、このちょっとイイ男は?」 ぞぞぞっ。 一瞬、背筋に悪寒が走った…… 「新しい隊長さんだよ。今日、村に着いたの」 「……ほぉ。また流され罪人か」 違うっ。 ……あ、いや、違うとも言い切れんけど。 「お、おばあちゃんっ、失礼だよっ」 いや、もう慣れた。気にしないでくれ。 「ふん……」 「小僧、よう聞け」 いきなし小僧呼ばわりッスか。 まあ、この婆さんから見たら小僧なんだろうが。 「都落ちか何か知らんが、この村ではおとなしゅうしとけ」 「こちらも余計なことには立ち入らん。オマエさんが何をしでかしたのか、それも訊かん。ただ、粛々と務めを果たすがええ」 「わかったのう?」 なんか、ものすごい大罪人に大決定されてる予感。 「初対面の相手にいきなり説教とは、耄碌したのうヨーヨード」 「な、なんじゃと!? このくそじじっ……」 『まーまーまーまー、そう興奮しないで』 『いかんよキミたち、ケンカは止めたまえ』 声は、背後から聞こえた。慌てて振り返る。 「お? やーっと存在に気づいてくれた」 見知らぬ男が立っていた。 「いやぁ、なんて声をかけようか悩んだんだが」 「だってほら、第一印象は大切じゃない?」 「……は?」 だ、誰だコイツ? 「なんじゃ、もう来ておったのか」 「んーにゃ。たった今、来たところ」 にへら、と目前の男が笑う。 何よりも先に、モノクル眼鏡が印象に残った。 ずいぶんと身形がいい。パッと見て分かるほど、仕立ての良い服を着ている。 「リュウ……だっけ? アンタのことは知ってるよ」 「そりゃーもう、忘れようったって忘れられないね」 「なんつーの? ザ・衝撃の瞬間! みたいな?」 よ、よくしゃべるヤツだなあ。 「え、ええと――」 「うおぁっと、失敬失敬。自己紹介もしてなかった」 「って、まだ紹介されてないよね? オレのこと?」 眼鏡男が、爺さんの方に顔を向ける。 「しとらんよ。なーんも」 「ん、おけ。じゃあ名乗ろう。オレはジン・トロット・ステイン」 「ステイン家の三男――って言ったら、わかる?」 わからん。 ふるふると首を横に振る俺を見て、ジン、と名乗った眼鏡男は残念そうな顔をした。 「うそん? オレんちマイナー?」 「貴族……?」 話しぶりからすると、そんな印象を受ける。 「うむ。ステイン家は、ここいら一帯の領主じゃよ」 「国境からミナカルドの街まではステイン伯領――すなわち、伯爵家のボンボンじゃ」 いっ!? 思わず、目を見張った。 「しかも三男! スリーボーイ!」 意味がわからん。 「……ま、半分勘当状態なんだけどネ」 「そのせいか、村のだーれも敬語使ってくんないの。世間って冷たいよ。特にこの婆さんとか」 「ふん。ロクデナシ領主の放蕩息子なんぞ、屁でもないわい」 おいおい、婆さん。あんた勇者か。 領主を公衆の面前で、しかも子息の前でロクデナシ呼ばわりって。 「とにかく、オレはあんたに“もう一度”会いたかったんだ」 「ぜひ直接会って、ナイスファイト! ……と称えたかった!」 「ファイト……?」 ごめん、話がまったく見えてこない。 「握手してください」 言うや否や、いきなり手を握られた。 慌てて手を引っ込める。 「な、なんなんだよ!?」 「青銅騎士団任官式典――」 「あの式典に、オレも居合わせてたんだ。オヤジの名代ってやつでさー」 っ!? ま、まさか―― 「えっと、ジンさんは隊長のことを知ってるんですか?」 「ウム。むしろ彼の才能を最初に見出したのはオレと言っても過言じゃないね」 「思い出すなあ、あの任官式典!あの勇姿! あの短剣授与の瞬間!」 「ちょっ……」 待て! それ以上は、この場では―― 「隊長っ、有名人なんですねっ!尊敬ですっ!」 「なんじゃあ?この小僧、なんぞ武勲でも立ておったのか?」 皆の視線が――訝しげな村人たちの視線も、俺に集中し始める。 「知らぬとあらば教えてしんぜよう!我が領民たちよ! ……いや、親父のだけどね」 「お、おいっ! ちょっと――」 「聞いて驚けっ!」 「あの、アルエミーナ殿下おっぱい揉み揉み事件を起こした勇者こそ、ここにいるリュウだっ!」 だああああああああああっ!? 「おいいいいっ!!」 思わず、ジンとやらの胸倉を掴む。 この際、コイツが貴族だとかそんなことは知らんっ! 「アルエミーナ殿下の……って」 「あ、あのっ、お姫様を、白昼堂々と襲おうとしたとゆー!?」 「ちがあああああああああああああう!!」 ぜんぜん違うっ! 襲おうとなんかしてないっ!! 「噂によれば、王の御前だというのに、暴発した青い性を抑えきれず、姫の乳を揉みしだいたという……」 「む? あての聞いた話じゃと、もうたまらんですたい、と叫びながら姫様に襲い掛かり、カクカクと腰を振ってたそうじゃが」 「わざと大げさに捏造してるだろ!?」 頭を抱えて、俺は叫んだ。 「あの時のリュウ、輝いてたぜ!」 きらん、とジンの歯が輝く。 誰かコイツを殴ってくれ。 「姫様を襲うなんて、なんと畏れ多いことを……」 「獣じゃ……性欲の獣じゃ……」 おおう!? さっそく村人たちの辛辣な視線! 「罪深いことして流されてきたとは思ったけど、まさか、姫様を……」 「みんな、歳若い娘をしっかり守るんだよ。何をされるかわかったもんじゃないからね」 ああ……聞こえる…… 聞こえちまう…… 誤解と偏見に満ちた囁きと、俺に対する敵意の言葉が…… 「と、言うワケで!」 「オレはあの一件をこの目で目撃して以来、アンタには一目置いてるんだ!」 ぽむ、と肩に手を置かれた。 「オレもプチ勘当気味の放蕩息子で、体よく、この村にすっ飛ばされた身だ」 「仲良くやろうネ!」 にーっ、と笑うジンの顔を、呆然と見つめる。 その背後で、ロコナは引きつった笑みを浮かべている。 村人たちは、凍りつきそうな程、冷たい視線を投げかけてくる―― 「ち、違うんだあああああああああああッ!!」 夕闇に包まれた、小さな村の中心で―― 俺は、無駄だと知りつつも、思い切り叫んだ。 王都に帰りたいムード全開中のリュウを慰めようと、ロコナが歓迎会を開いてくれる。 さっそく知り合ったジンたちもやってきて、兵舎ではささやかな宴が催される。ついつい酒が過ぎてしまった一同はウワバミ化する。 そのまま酔いつぶれ、気づいた時には真夜中。酔い覚ましに夜風に当たろうと外に出ると、そこにはロコナがやってくる。 ロコナに誘われて屋根の上から村を眺める。左遷とはいえ、この小さな村の安全が自分に任されたのだと改めて実感するリュウだった。 歓迎会でいつの間にか寝ていたリュウは、酔い覚ましに夜風に当たろうと外に出る。 外にはロコナがいて、夜風に当たるならとっておきの場所があると言って、リュウを兵舎の屋根の上へと案内する。 上は満点の星空で、下には村の景色が広がっている。そして隣に腰を下ろしたロコナが話しかけてくる。 「ここからの景色は、さいこーです♪」 それを聞いたリュウは…… 「ねえねえ、聞いた? 例の警備隊の人の話……」 「聞いた聞いた。白昼堂々と、お姫様を手篭めにしようとしたとか」 「すっごい色情魔で、若い女なら見境ないんだって」 「うちには、まだ嫁入り前の娘がいるのに……」 「みだりに外に出してはいかん。外出させる時は、必ず誰かと一緒におらねば」 「それにしても難儀なことだねぇ。万が一の場合、どうすればいいのやら……」 「まったく、都のお役人様は何を考えてるのやら」 「そう大げさに考えんでもええじゃろう」 「あての見たところ、さほど度胸のありそうな小僧には見えんかったがの」 「またそんな。長老様がノンキに構えてらっしゃては、困りますよ」 「ノンキになんぞしておらん。警備隊には、ウチのロコナもおるでな」 「そ、そうですよ!あの子、兵舎に寝泊りしてるでしょう!」 「なにかあってからでは、遅すぎる」 「その心配はないじゃろ。あの糞忌々しいジジイもおるでな」 「はぁ……こんなとき、村の男衆がいてくれればねえ」 「嘆いても、男衆は春先まで戻ってこん」 「まあ、何ぞあった時は、村から叩き出すしかないのう……」 村人たちが、迷惑な来訪者に頭を悩ませていた頃―― その迷惑な来訪者も、たった一人で頭を悩ませていた。 「帰れる。帰れない。帰れる。帰れない……」 ぷち、と花びらを抜く。 『お部屋の彩りにどうぞ!』と、ロコナが持ってきた秋桜だった。 「帰れる。帰れない。帰れる。帰れ――」 ……ない。帰れない。 「あああぁぁああぁぁぁあぁぁ……」 なんて不毛なっ。 こんな事したって、帰れるワケが無いのにっ。 いっそ、騎士を廃業して流浪の旅にでも出るか……? 名前を変えて、村から村へ、街から街への流れ旅。 誰も俺の過去を知らない、誰も俺を誤解しない。 それも悪くない気がする。少なくとも、今、この状況よりは遥かにマシだ。 底なしの色情魔だと誤解され、忌み嫌われている今よりは。 「……奨学金さえ無けりゃなあ」 がくり、とうな垂れる。 そう。俺は王国に借金がある。 騎士になるため、学び舎へと入った時の借金だ。 踏み倒すと、実家に迷惑がかかる。 ……ウチの実家は、あまり裕福じゃない。 オヤジは随分と昔に騎士を廃業して、今は養蜂で身を立てている。 迷惑はかけられない。 ただでさえ、今は色々と(俺のせいで)肩身が狭いだろうし…… 「はぁぁ……」 ちっくしょう、どこにも逃げ場が無いときた。 このまま、変態扱いされて余生を過ごさにゃならんのか…… 神はいないのかっ。この際、悪魔でもいいぞっ。 『隊長、ロコナですっ。入りますっ』 「お食事の用意ができましたっ、今日は腕によりをかけて――」 「って、た、たいちょー!?」 「……ん?」 「あの、大丈夫……ですか?なんだか、その、なんといいますか」 「えーと……」 「口内炎を舌の先で突っついてる時、みたいな顔してますけど」 ……斬新かつ、文学的な表現をありがとう。 「あ、花が減ってる」 「わりぃ。何本か使っちまった」 「え……? で、でもあれ、食べられない花なんですよっ?」 「いや、食わんけども」 「そっかー。王都の人は花も食べちゃうのかー。なるほどな〜」 ……聞いてないし。 めんどくさくて、誤解を解く気にもなれん。 「……食事、今日はいいよ。わざわざありがと」 メシなんか喉を通らない。 今日は寝ることにした。とことん寝るんだ。 後の事は、明日になったら考えよう…… 「でも、隊長の歓迎会も兼ねてまして……」 ……歓迎会? 「ホメロさんも待ってますっ、さささっ」 「……あの、さ」 頬杖をついて、ロコナの顔を見上げた。 「さっき、広場での話……聞いたろ?」 聞いていなかったハズはない。 今頃、全ての村人たちが知っている事だろう。 王都で――アルエミーナ姫に恥辱を負わせた不届き者。 それが俺、リュウ・ドナルベイン。 「あんまし俺の世話焼いてると、ロクでもない噂が立つぞ」 さっそく手篭めにされている――だの。もう手遅れになっている――だの。 「でも、あれ全部ウソなんですよね?」 「……へ?」 「隊長が、そんな卑劣なことをするワケ無いじゃないですか」 「………………」 思わず、言葉に詰まった。 本心を隠して、媚びを売っているのか――とも思った。 でも、違う。本当に“信じて”いる瞳だ。 どうして、こんなに俺を真っ直ぐに信じてるんだ? 会ったばかりの見知らぬ男だぞ? 「え? もしかしてわたし、間違ってましたか!?」 「まさか本当に、お姫様を手篭めにっ!?」 「してねええええええええええっ!!」 大否定。 「してないっ、んなこと絶対にしてないっ!」 「あれは不可抗力のっ、不幸な事故だったんだっ!」 「あは。ですよねっ」 にっ、とロコナが笑う。 ……なんか、頭が痛くなってきた。 「あ、そだ。ところで夕食なんですけども」 「………………」 「……分かった。メシ、食うよ」 「はいっ♪」 腹は減っていない。でも。 でも……何故だろう。 コイツには何を言っても、勝てないような気がするんだ。 パチパチと、炎の爆ぜる音が聞こえた。 小さな暖炉に、火が入っている。 っていうか、暑っ!? まだ秋だっつーに! なんで、こんな季節に暖炉なんか使ってるんだよ!? 「ホメロさん、どーでしょ? 焦げ付いてません?」 「ちょうどいい頃合じゃな。あー……ええ匂いじゃ」 ふんふん、と俺も鼻を利かす。 ほんのり漂う……チーズの香り、か? 「はふー……ちょっと部屋、暑いですねぇ」 「かまどが足りなかったので、急遽、暖炉も使ってみたんですけど」 なるほど。暖炉で何か煮込んでるのか。 「うあ。汗が目に〜。窓と玄関、開けてきますっ」 とててて……と、ロコナが小走りで消える。 「ふーむ、このとろみがたまらんのう」 「オマエさん、ツイとるぞ。今夜はご馳走じゃ」 こちらを向いて、爺さんがニヤリと笑った。 「なんてことはない、ただの鳥団子のチーズ煮込みじゃが……隠し味があっての」 木勺で、鍋の中をぐるぐるとかき混ぜている。 ……と、爺さんが懐から皮袋を取り出して見せた。 「それが、隠し味……?」 「うむ。村の赤麦は、もう見たな?」 こくり、と頷く。 「あれを使って蒸留酒を造るわけじゃが、それを樽で寝かせてのお」 「そこに蜂蜜を混ぜる。割合は、造る家によって違う」 愛しそうに皮袋へ頬ずりする爺さん。 ……さては、かなりの飲兵衛だな。 「コペと呼ばれる香草を一枚漬けて、更に寝かす。それでようやく出来る。蜂蜜火酒と呼ばれておる」 皮袋を振ると、ちゃぽん、と音が鳴った。 「ワシのトッテオキの寝酒なんじゃが。今日は特別じゃ、後で酒瓶も出そうかの」 そう言うと、爺さんは結構な量の蜂蜜火酒を鍋に注いだ。 甘く香ばしい酒気が漂う。 「あ……」 「おお? 空腹の虫が鳴いとる。もうすぐ出来るでの、座って待っとれ」 さっきまで、メシなんか食いたくも無かったのに。 ……意外と単純なんだな、俺の胃袋と脳みそ。 座って待てと言われても、どこが俺の席なのやら。 とりあえず、この辺にテキトーに…… 「あ、隊長っ、お客さんですっ」 っと、いきなりロコナが戻ってきた。 「客……? 俺に?」 「うわおう!?なにこのムシムシっと暑い常夏パラダイス!?」 「これはアレ?」 「『暑いなら……全部、脱いじまえよ』」 「的なボーイズラブ路線?」 とことん意味が分からん。 「俺に客って……この人?」 思わず、ロコナに問いかけた。 一応、相手は貴族らしいので『こいつ』呼ばわりは避けた。 ……そーゆー細かい気遣いが、立身出世の第一歩であると習いました。 もう出世することは無いけど。 「就任祝いに駆けつけてくださったそーです」 ……なぜに? 「あ、そうそう。はいコレ。宿屋の女将に適当に作らせたツマミ」 「わ! ありがとうございますっ!わざわざすみませんっ」 「お〜、いい匂いさせてるねぇ、たまらんねえ」 ツカツカと歩いて、俺の隣を素通りし、勝手に着席する貴族クン。 「まあまあ、座りたまへ。遠慮はいらん」 思いっきり、我が家のように振る舞い始めたぞ。 「……わざわざ、俺のために来訪を?」 ジト目で、貴族クンを見る。 さっきはよくも、という気持ちが無いワケじゃない。 まあ……事の発端は俺のせいなので、文句を言う筋合いでもないが。 「んあぁ。さっきはちょっと悪かったな、と思ってさ」 「村の連中、ドン引きしてたからな〜……」 「オレ的には、アンタは勇者だと思ったんだけど、どうやら世間は、そう思わないらしい」 「……それが普通の反応だと思うぞ」 「うむ。だから、悪いことしたな〜と」 照れくさそうに、ポリポリと頬をかく貴族クン。 なんとなく、憎めない感じだ。 「改めて自己紹介だ。オレはジン。ステイン家の三男で、現在、空気の澄んだ田舎で静養中」 「静養中? どこか、具合でも悪いのか?」 「ん? あーいやいや、そういうワケじゃないんだな、コレが」 「っとと、ごめ。いきなり話し込んじゃって。ロコナと爺さんも、さっきはすまんかった」 片手で拝むような仕草で、ジンは二人に謝った。 「い、いえいえいえいえっ、わたしは何もっ」 「ただボーっと、お話を聞いてただけですからっ」 「そうではなくての。ワシらの上役たる隊長殿を皆の前で貶めてしもうて、配慮が足らなんだ、と言っておるのじゃよ。ジンは」 ニヤリ、と爺さんが笑う。 「な、なるほどっ」 「オレの中じゃ、ちょっとしたヒーローだったからね」 何がそんなに、俺を気に入ったのか理解できないんだが。 まあ、今はそんなことよりも。 「あ! そろそろ、お料理運んできますねっ」 「こっちも仕上がりじゃ。皿を頼む」 「はーいっ♪」 ロコナは、厨房らしき奥の部屋へと駆けていった。 「ありゃ? どこまで話したっけ?」 「静養中云々のくだり」 「あー、そうそうそう!」 「静養中ってのは建前。実家の金を勝手に使い込んだオレを、親父殿が家から追っ払うための方便」 「か、金を使い込んだ!?」 「そーなの。ついウッカリ。ちゃっかり。結構な額を」 どっちなんだ。 「ど〜〜〜〜〜しても欲しい物があってさあ」 ……そりゃ勘当状態にもなるわな。 「だって限定版だったんだもん」 「アレですよ!? 猫獣人のメスの幼少期の彫刻!しかも造形士は今をときめくマキシミリアン・アザーイ! 関節部の稼動可!」 「え、ええと……」 「4体買っちゃった!観賞用・保存用・添い寝用・あと秘密☆」 「と、とにかく、それで半分勘当状態になったんだな」 「そゆこと。今は村の宿屋で寂しく一人暮らしですよ」 「宿屋っつっても、オレの乳母だった婆さんの生家でね。客室を借りて居候してるワケよ」 「仕送りもあるし、金には困らん生活なんだが……いかんせん毎日が退屈でさー。なんもない村だし」 あーあ、とジンが両手を広げて伸びをする。 そこに、都で見た俺がやってきた――というワケか。 「あ、そだ。ぜんぜん話は変わるけど。アンタ……って呼び方もいい加減おかしいよな。リュウ、って呼んでもいいか?」 「ああ。好きなように呼んでくれ」 「マジで!? 好きなように呼んでいいの!?」 「じゃあ、ラブリィ――」 「リュウ、で頼む」 猛烈にイヤな予感がしたので先に言っておいた。 「ちぇー」 ……不思議な男だな、と思った。 物怖じもせず、飄々としていて、なんとなく憎めない。 貴族にも、変わったヤツはいるんだなー…… 「お待たせしましたっ、出来ましたよーっ!」 どでかい盆の上に山ほど料理を載せて、ロコナが戻ってきた。 パッと見て分かる料理もあれば、初めて見る料理もある。 あの円筒形の物体は……パン、か? 「よっこらせ……っと。どれ、酒瓶も出すか」 鍋を見ていた爺さんが、ゆっくりと立ち上がる。 「何はともあれ、新隊長の就任歓迎会じゃ。呑んで食って、楽しまにゃのう?」 「ですですっ。楽しまにゃの、ですっ♪」 にーっ、と笑うロコナと爺さん。 「……ありがとう。遠慮なくいただくよ」 ホカホカと立ち上る料理の湯気が、不思議と胸に染みた。 「そうそう!だからさ……脱いじゃっていいんだぜ?」 「それは遠慮する」 村はずれにある神殿から、歩いて小一時間…… カンテラを手にしたレキは、村の広場で夜空を見上げていた。 今宵は月が美しい。 やはり、この村の空は……都の空とは比べ物にならない。 ゆっくりと歩むレキの靴が、一軒の民家の前で止まる。 その手で、レキは民家のドアをノックした。 「はいはい……」 「あ、ありゃ? レキ様じゃありませんか」 「夕食時にすまない。ハムを分けて欲しいのだが」 「ええ。そりゃもう、よろしゅうございますとも」 「でも、こんな時間に、これからどこかへお出かけで?」 「うん。兵舎にな」 「………………」 レキの言葉に、村人の顔が曇った。 「レキ様……レキ様はご存知ないかもしれませんけども」 「ん……あの新しい警備隊の隊長のことか?」 「そうですよ。かなりのワルっちゅう話ですよ。姫様を手篭めにしたとかで」 レキは苦笑した。 いつの前にか、話がデカくなっているらしい。 「……そんな大した度胸のあるやつには見えなかったが」 こみ上げてくる笑いを噛み殺しながら、レキはもう一度、夜空を仰いだ。 深い藍色の空に、満月が浮かんでいた。 「ではっ、我が友リュウ・ドナルベインの隊長就任を祝してっ!」 『かんぱーいっ!!』 ……いつの間に、友になったんだ? ちびりと酒を口に含みながら、俺は思った。 「はいっ、料理のおかわり持ってきましたよ♪じゃんじゃん食べちゃって下さいね〜」 小一時間もすると、アルコールが回ってきてみんなのテンションが上がってきた。 「いやぁ〜これは美味い酒だねぇ。身体に染み渡るっ!」 顔を真っ赤にさせて、ぐびぐびと酒を飲んではロコナの料理に舌鼓を打つ。 「そうじゃろ? ワシのとっておきじゃからな。ささ、オマエさんも飲め飲め」 「お、おいおい、そんなに飲めないって」 「おいおい、主賓が何を言う。リュウが飲まないなら、オレが飲んじゃうよ?」 「ていうか、もう飲んだけどね!」 「うお!? ホントにもう無い!?」 「てやぁんでぇ、このぉ……オレの酒が飲めないってのか!ああん!?」 「しかも酔っぱらうの早っ!?」 ったく、コイツら…… 単に、俺をネタにして宴会をしたかっただけなんじゃ? でも、不思議なもので、こうやって騒いでいると元同僚達とバカをやっていた頃を思い出すな。 「一人で全部飲むなよっ」 ジンの手から酒瓶をひったくると手元のコップになみなみと注ぐ。 「んっんっんっ……ぷはぁ!」 心が解れ始めるのと同時に、少しずつ酔いが回ってくる。 いつしか俺は、すっかり輪の中に溶け込んでいた。 「うむっ。良い感じに酒も回ってきたし、そろそろ余興が欲しいところじゃな」 「誰か何かやってみせてくれんか?なんなら、ワシがストリップでも……」 「うわぁ……見たくねぇ……」 心の底から同感。 「では、ここは一つオレが、発情した狼獣人っ娘のモノマネをしちゃおう」 「語尾に『がお』を付けるのがポイントがお」 「どっちも却下だ」 「ご主人様ってば、アタシに飽きたって言うのがお!?」 「って、もうはいってんのか!」 「あっ、わたし、隊長の芸をみたいですー♪何かやってくださいっ!」 「お、いいね。それは見たいかもしんない」 「ほほう。そいつは楽しみじゃな」 「そ……そうか?」 「じゃあ、ちょっとだけ……な?」 拍手付きで期待されると、悪い気はしない。 よーし、得意のダーツの腕前を見せてやるか。 皿からリンゴを取って、少し離れた樽の上に乗せる。 「特に芸って訳じゃないが……これくらいだったら出来る」 酔って少しふらふらしつつも、フォークを手に取る。 「ええっ、まさかそんなに離れたリンゴにっ?」 「まあ、見てろって……はっ!!」 俺が投げたフォークは、寸分の狂いもなくリンゴの中央に突き刺さった。 「わぁっ♪ すごいですっ」 「おおっ、ど真ん中かよ」 「まだまだっ!はっ、ふっ、ふっ!!」 トストストスッ! 連続で放ったフォークが、全てリンゴに突き刺さる。 どうやら俺の腕も衰えていないみたいだ。 『おおお〜!』 目を丸くした3人は、大きな拍手をして感動を露わにしていた。 「すごいですっ、隊長はすごいですっ!こんな芸は見たことないです!!」 「ちぇ、普通に凄いんでやんの」 「手元が狂ってそこのじーさんの額にザクッ!とかっていうダークなギャグかと」 「オマエさん、ワシを殺したいんか」 「いやそういうんじゃなくて……」 「本当は、リンゴの代りに美女の衣装を少しずつ剥いでいくんじゃろ? たまらんのう〜」 「………………」 違うんだ。これは別に宴会芸じゃないんだ。 剣の代わりに覚えようと、修行しただけで…… まあ、酔っぱらいに何を言ったところで無駄だろうけど。 ……ちょっと悲しくなってきた。 ええいっ、飲むぞっ!! 「今日はもうとことん飲んでやるっ!爺さんっ、もっと酒を出してくれっ」 「おおう、オマエさん、飲みっぷりもなかなかじゃなどんどん飲むがいい」 ヤケになってグビグビと酒を煽る俺。こうなったらもう止まらない。 「ういっく……おつまみのおかわりぃ〜あと、お酒持って来てくれ〜」 「あ、あのー。隊長、ちょっと飲み過ぎですよ?」 「なにをゆー! まだ夜は始まったばかりじゃぞ」 「そうそう、まだリュウに、猫獣人の良さを語りきってない」 すっかりウワバミと化した俺達は、くだを巻くだけ巻いて酔っぱらい街道をひたすら走っていた。 「……っ、少し遅れて来てみれば。酷い有様だな」 いつの間に来ていたのか、レキが呆れた顔で部屋の中に立っていた。 「あっ、レキさん!すみません、みんな早々に酔っぱらっちゃって」 「いや、私はこれを届けに来ただけだから気にするな。それにしても……」 手みやげのハムをロコナに手渡しながら、ちらりと俺に目をやる。 「就任早々酔って羽目を外すとは……そんな調子だから左遷されるんだな」 「ぐふっ!?」 ぽそりと呟いたレキの言葉が、容赦なく俺の心を抉った。 「例の、王女に無礼を働いたという話も酒に酔って調子にのったのではないか?」 「ぐほぉぅっ!?」 そしてダメ押し。 うう……ほんのちょっぴり忘れてたのに。 言葉によるボディブローを食らったみたいだ。一気に酔いが醒めてゆく。 「え、ええと……これはその……」 「汚名を雪ぐつもりなのだろう?ならば、日頃の行いから気を付けた方がいい」 「……ああ」 参ったな。返す言葉がない。 レキの言葉の響きには、どこか優しさのようなものもあって…… 下手に怒鳴られるよりも、何倍も沁みた。 「あ、あの、レキさん、あんまり隊長を怒らないであげて下さいっ」 「元気を出してもらいたくて、わたし達がお酒を勧め過ぎちゃったんです」 慌てて間に入るロコナに、レキは分っているとばかりに頷く。 「わかっている。私も無粋なことを言った」 レキはロコナに微笑んでみせると、自分も宴会に参加すべく、腰を下ろした。 ……ウ。 ……ュウ。 ――リュウ。 「リュウ。もう一度だ」 「筋はいいぞ。さっきのフェイントは、なかなか良かった」 「ああ、そうじゃない。もっと剣は軽く握るんだ」 「そうだ。うん、なかなか様になってるじゃないか」 父……さん? 「父さんのような騎士になりたい?うはは、止めとけ止めとけ」 「夢は、もっと大きく持て。大臣になりたいとか、将軍になりたいとか」 「お? よし、もう一本いくか?ほら、かかってこい」 父さん…… っ……!? 赤い―― 石床に広がる、赤い鮮血…… 立ち上る、鉄の匂い…… 剣先から、滴る赤…… 「う……うああああっ!!」 「ああああっ!?」 ……………… 「……?」 「夢……か?」 背中に、びっしょりと嫌な汗をかいている。 体が重い。 足先から頭のてっぺんまで、沼の底に沈められたような感覚。 ゆっくりと、強張っている指先を動かす。 「……ふぅ」 ここ数年、しばらく見なかったのに。 いつまでも付きまとう、俺の中の闇―― たぶん……いや、きっと、一生忘れることなんか出来ないんだろう。 「………………」 ホールを見回した。 爺さんとジンが、酒瓶を抱いて仲良く眠っている。 「くかー……すぴぴぴ……」 「んむぅ……Zzz……」 なんつー平和な寝顔だ。いっそ羨ましいくらい気持ち良さそうに寝てるな。 ロコナと、あの神官女の姿は無い。 二人とも、帰った……のか? 「うわ、シャツが汗でべっとべと」 コイツら、この暑い部屋でよく眠れるな。 「くかかかか……限定版〜……」 「……やれやれ」 少し、夜風に当たってこよう。 虫の鳴き声が、すごい。 夜露を含んだ冷たい風が気持ちいい。 ざざざざざ、と木々が風に揺れた。 田舎……なんだなあ。 月光に懐中時計を照らしてみると、まだ時刻は十時前。 王都なら、夜はこれから――と騒がしさを増す時間帯だ。 ふと、子供の頃に出かけた夏のキャンプを思い出す。 都の外れの小さな森に、同い年のダチ連中と、寝袋背負って出かけたキャンプ。 やぶ蚊にたかられて、大変な目に遭ったっけ…… 『あれぇ? 隊長?』 ん……? 「あ、やっぱり。もう起きたんですね」 「あ、ああ……ロコナか」 「ふぁ!」 「いま、わたしのこと“ロコナ”って、初めて呼んでくれました!」 「え? そう……だったか?」 「はいっ♪」 嬉しそうに、ロコナが何度も何度も頷いた。 照れくさくて、ポリポリと頬を掻く。 田舎の娘っていうのは、こんな風に、みんな喜怒哀楽の表現が激しいんだろうか? 「お散歩ですか? 灯り、持ってきましょうか?」 「あー、いい。ちょっと夜風に当たろうと思っただけだから」 「かなり飲んだからな。着任早々、二日酔いってのは格好がつかん」 「あはは。飲まされてましたね。大丈夫かな〜って、心配してました」 「そういや、あの神官さんは?」 「神殿にお帰りになりました。泊まっていって下さいと、お願いはしたんですけど」 そっか。帰ったのか…… まだ礼の一つも言ってない。 これから、いくらでも時間はあるのだから、焦ることも無いだろうが。 この村で、この辺境で暮らす……か。 実感、湧かないなぁ…… 「………………」 「隊長、夜風に当たるなら、もっといい場所がありますっ」 ふと、ロコナがそんな事を言い出した。 「とっておきの場所ですっ」 「とっておき……?」 「はいっ。ご案内しますっ」 びしぃ! と、またしても自分の額にチョップをかます奇妙な敬礼。 どこで覚えてきたんだ……その不思議な敬礼スタイル。 「違う違う。敬礼は、握った右の拳を左腕の付け根のところに置くんだ」 「え? こ……こう、ですか?」 「そう。ちょっとアゴを引いて、目を伏せる」 「こんな感じ……でしょうか?」 うん、なかなか様になっている。 「えへへ……ではご案内します。着いてきてください」 一度、兵舎の中に戻った。 物置らしき部屋へと入り、天井に梯子を掛けて―― そして。 ここが、ロコナの言うとっておきの場所。 兵舎の屋根の上だった。 「足元、気をつけてくださいね。落ちたら痛いです」 痛い、とかそんなレベルの問題じゃなさそうだが。 「あ。もしかして、高いところ苦手ですか?」 「いや、平気だけど……けっこう風が強いな」 なだらかなスローブを見つけて、腰を下ろした。 その隣に、ちょこん、とロコナも腰掛ける。 「ここからの景色は、さいこーです♪」 「本当にそうだな」 言われなくても、それは分かるような気がした。 上は、満天の星空。 ぽっかりと浮かぶ月の、小さな凸凹まで見える。 その下には、村の景色が広がっている。 ……村の景観は、暗くてよく見えないけど。 「たいちょーに気に入ってもらえて、うれしーです!」 照れたようにロコナが笑う。 「そう言っても、何もないじゃないか」 夜だから暗い。 だから何も見えない。 夜じゃなくても、畑と森と村しか見えないだろうけどさ。 「あう〜、たいちょー、空、空を見てください」 ロコナが悲しげに夜空を指さす。 そこには満天の星…… 都ではあり得ない、広い空と星の数。 「へー……」 俺が感心して夜空を見上げていると、ロコナはホッとしたように微笑んだ。 「しかし……すごいな。星って、こんなにいっぱい見えるんだな」 屋根の上に登った分だけ、星空が近いような気がする。 無論、それは気のせいなんだろうが…… 「ツイてますよ、隊長。今年は“星降る年”なんです」 「ほしふるとし?」 「おばあちゃん……あ、お昼に会ったヨーヨードっていうお婆ちゃん、わたしの家族なんですけど、占い師もやってるんです」 「それで、今年の秋から冬にかけて、たくさん星が降るぞって言ってました」 流星か…… 「一見の価値アリ、ですっ」 それは確かに、見てみたい。 一度や二度、流星を見かけたことはある。でも流星群は見たことが無い。 「えっとですね、あっちの方向……あそこに灯りが見えますよね?」 ロコナの指先を、視線で追った。 暗闇の中に、ぼんやりと灯りが見える。 「あれが神殿です。レキさんの住んでいる神殿」 「かなり……遠いな。夜だから距離感が掴めないのかもしれないけど」 「あ、あはは。明るいうちにお連れするべきでしたね」 「いや、だいぶ目が慣れてきた。大丈夫、見えるよ」 これは俺の自慢なんだが、わりと夜目は利く方だ。 「じゃあ、あっちの灯りは見えますか?広場の左側の……」 「ビミョーだな。さすがにそこまでは見えない」 ぼんやりと、灯りらしきものは見えるんだが。 「あ……今、窓辺に誰か立ってます。明日の天気が気になるのかな? 空を見てますね」 「そ、そんな細かい所まで見えるのか……」 目の良さに関しては、ロコナには勝てないな。 「えへへ、ちょっとだけ自慢なんです。あっ、そうそう今度はあの家ですけどね」 恥ずかしそうに照れながら、ロコナがまた一軒の家を指す。 「あそこは、マリーカさんの家です。お腹に子供がいて、もうすぐ産まれるんです」 「へえ……出産かあ。旦那さん、奥さんの分も大忙しだな」 「旦那さんは、岩塩を掘りに行っちゃってるので、マリーカさんお一人なんです」 「え!? 妊婦が一人で暮らしてるのか!?」 思わず、聞き返した。 「そうですよ?」 あっけらかん、と答えるロコナ。 あ、危なっかしいな。そのマリーカさんとやら。 ……一応、心に留めておこう。 「で、その隣の隣が、おばあちゃんの家です」 「ヨーヨード婆さん、だったっけ?」 「はい♪ 村の皆は、大婆様とか長老とか、そんな風に呼んでます」 そんな感じだよな。あの婆さんのイメージ通りだ。 ホメロの爺さんとは仲が悪そうだったけど。 「あっちに見える灯りは?」 俺にも見える灯りを、そっと指差す。 「あは。あそこはですね、今日のお昼に、畑仕事のお手伝いをした場所です」 「ユーマおばさん、っていう、村一番の刺繍の名人のお家です」 心から楽しそうに、ロコナはあれこれと教えてくれる。 あの家には犬が二匹いる―― あっちの家では、この前、鵞鳥の雛が孵った―― 向こうの家には、イタズラ好きの子供たちがいる―― 「小さな村ですけど、たくさん暮らしが詰まってるんです。ぎゅー、って!」 時には、身振り手振りで大げさに語るロコナ。 たくさん暮らしが詰まってる……か。 そのたくさんの暮らしを守る仕事を、俺は任された。 俺なんかに、任されてしまった。 国境を見張り、村の治安を守り、部下の生活を守る。 そんな立派なことが、こんな俺に出来るんだろうか……? 左遷されてきた、失格騎士の――この俺に。 「隊長っ」 弾んだ声で、ロコナが俺を呼んだ。 「これから、よろしくお願いしますっ」 にまっ、と笑いながら、手を差し出すロコナ。 その手を、俺は恐る恐る握る。 「……こちらこそ、よろしく頼む。出来るだけ頑張ってみるよ」 我ながら情けない挨拶だが、ひとまず今は、これが精一杯だ。 それを承知してくれているのか、ロコナは握った手をブンブンと振って見せた。 「不肖、このロコナ!命をかけて隊長の側で勤めさせて頂きますっ!」 教えたばかりの敬礼を、ロコナは完璧にこなして見せた。 やる気はともかく、やはり慣れない田舎暮らし。不慣れな農作業はもちろん、村の若い娘たちも例の事件を聞き知って逃げていく始末。 そんなリュウを見かねたロコナが、レキに頼み込んで、神殿のネズミ退治を警備隊に依頼してもらう。 簡単な仕事でリュウに自信をつけてもらおうという理由だったが、ポカミスの連続の挙句、レキの下着の入った箱をぶちまけてしまう。 今度こそ、すっかり信用を失ってしまったと思い、憂鬱なリュウだった。 ロコナが吹いている角笛で目が覚めるリュウ。音程はズレまくっており、さらにはでかすぎる音だった。 ホールに向かうと、戻ってきたロコナが朝の挨拶をするのだった。その手に持つ角笛が吹いていたものか聞いてみる。 「これですか? そうです。なかなかいい音しますよっ」 それを聞いたリュウは…… 「ふぁぁぁ……あぁぁい」 ロコナの朝は早い。 鶏が鳴くよりも早く、村で一番に目覚める。 冷たい井戸水で顔を洗って、お手製の木ブラシで歯を磨いて。 「ん、しゃっきり」 頭がスッキリ目覚めたら、彼女にとって大切な仕事が待っている。 「こほんっ。ん、ん、あーあーあー。準備よぉーし」 右手には、角笛が握られている。 これを吹いて『朝の目覚め』を村中に伝えるのが、ロコナにとって、毎朝のお勤め。 ロコナ自身は、この角笛を『おはようラッパ』と呼んでいた。 「さて、と」 朝の冷気を胸いっぱいに吸い込んで。 飴色になるまで使い込まれた角笛を、しっかりと口に含んで。 「せぇーのっ」 朝の訪れを告げる音が、ポルカ村に鳴り響く―― ……目が覚めた。 覚めた、というよりは起こされた、というべきか。 「ひ、ひどい音だな……」 音程ズレまくりの、音でかすぎ。 まあ、おかげで目はバッチリ覚めたが。 窓の下を覗くと、角笛を吹くロコナの姿が見える。 それが、起床ラッパなのだろうということは、すぐに想像がついた。 王都に居た頃は、先輩騎士の吹く起床ラッパに、毎朝叩き起こされたものだ。 「しかしまた……」 「気持ちよさそーに吹いてるなぁ」 ど下手くそだが。 「……あふ」 ん〜〜、と伸びをして、ベッドから這い出した。 「お、噂をすれば起きてきた」 ホールにはジンと、爺さんがいた。 「おはよう。……結局、昨日は泊まったのか」 「泊まったっちゅーか、そのまま寝ちゃったっちゅーか」 なるほど。ずっとここで寝てたのか。 「おかげで体がバキバキ。あー、宿に帰って寝なおそうかな」 「若いもんがだらしないのう」 「ワシの若い頃は、一晩中飲み明かしても平気じゃった」 「若い頃とかあったのか……」 「あったわいっ」 耳は遠くないようだ。 「あっ、おはよーございますっ、隊長っ」 ロコナが戻ってきた。 「おはよう。……それ、さっき吹いてた角笛か」 「これですか? そうです。なかなかいい音しますよっ」 「……そうは思えなかったな」 ボソリとつぶやく。 「えっ、たいちょー、角笛の音お嫌いですかっ?」 キョトンと目を大きくして、俺を見つめる姿は、小動物じみていて…… それもすんごく懐いているワンコが、大好きな主人に叱られて驚いた風情で…… 音がデカくて外れてて聞き苦しいとか言おうものなら、きっとものすごく悲しそうな顔になるんだ。 言えない。これ以上は言えない。 人として! 「いやっ、角笛の音は嫌いじゃないよ!素朴でイイ感じだよなっ」 「でしょう! 伸びやかで好きなんです♪」 「う、うん。大きな音が出るんだな」 「はいっ! いっぱい練習したんですっ!村の人たち全員に聞こえるように」 「そうか、偉いな、ロコナ」 「警備隊員の当然の務めであります、たいちょー」 嬉しそうに俺を見上げて言う。 その瞳には信頼がキラキラと光っている。 「う、うむ……ごくろう」 この音で毎朝起こされるのは、諦めるしかあるまい。 「ところで庶民の皆様、朝メシはまだですか? 貴族的に超空腹」 いきなり図々しいことを言い出した。 昨日、あれだけ食って、朝になっても食うのかよ。 「昨日の残りがあるじゃろ。適当に温めて食え」 「えー、残り物ー」 「嫌ならほれ、今朝採ってきたばかりのポルニ茸じゃ」 「お、なんか美味しそうなキノコ♪いただきま……」 「ちなみに毒がある」 「ブーッ!」 うわ、汚ぇっ。 「死ぬって!そんなん食べたら貴族的に死んでしまう!」 なんだ貴族的って。 「ていうか、なんで採ってきてんの!?」 「いや、なんかの役に立つかと思っての」 「たとえば、しょっちゅう飯をたかりに来るアホ貴族を撃退するとか」 「残り物食べます」 「最初っからそう言えばええんじゃ」 「しくしく……伯爵公子なのに」 「お茶だけ、入れてきますねっ」 そそくさと、ロコナが厨房に走る。 そんなロコナの尻を、爺さんはニマニマと笑いながら眺めていた。 今日も、一日が始まる。 さて―― 考えるべき案件は、山のようにある。 第一に、俺が村人たちから疎まれている件…… これはもう、自業自得としか言い様が無い。 噂の誇張や誤解はあっても、根底にある源泉は真実なのだ。 俺が、あの姫様に恥をかかせたのは事実。 ……時間をかけて村に馴染むしかないなぁ。 昨日のように、野良仕事の手伝い……このまま続けてみるか。 「お? 意外とキレイな部屋だな」 ぶっ!? いきなり、ジンが部屋に現れた。 「な、なんだよ突然っ!?」 まだ帰ってなかったのかよ。 「社会科見学ちう。来て見て学ぼう、国境警備隊のおしごと」 「オレの存在は気にせず、不埒な妄想を続けてくれ」 「………………」 だ、第二に……今、ジンが言った『国境警備隊の仕事』について。 国境の監視は当然のこと、なんだが―― そもそも、国境と言っても、隣国トランザニアとの間には大森林が広がっている。 要するに、その森林付近を見て回れ……って事になるんだが。 正直、この村の国境警備は、さほど重視されていない。 理由は単純で、大森林が天然の防壁を兼ねているからだ。 だから物見櫓も無いし、徹夜で見張り番を交代し、国境を見張る必要性もない。 「おお、警備隊隊長のパンツを発見した。意外に派手好み」 「何しにきたんだよっ」 「だって、ホールにいたら掃除の邪魔っぽい空気だったんだもん」 「ていうかね、ロコナったらオレごと箒で掃こうとすんの。ヒドくない?」 「宿に帰れ」 「そうかそうか。ゆっくりしていけと」 言ってねー。 「じゃ、オレのことは気にせず考え事を続けたまへ」 「……ったく」 えーっと。 そうそう。警備隊の仕事だ。 森林付近の見回りに、村の見回りもしなくてはならない。 万が一、国境を越えて不法に入国したトランザニア人を見つけたら、捕縛する。 関所を通らず国境を越えることは、重犯罪だ。 村の治安を守る責務もある。王都の警邏兵と同じだ。 そうした数々の責任が、俺の肩にずしりと載せられたワケで…… 「入ってまぁーす」 『……え? あれ? えええっ!?』 『入ってる……? んん? あれ?』 なんだ、この脱力感溢れるやりとり。 「どうぞ、入っていいよ」 『あ、はいっ、失礼しますっ』 「あれ? なんだ、ジンさんまだ居たんですか」 「どう聞いても邪魔者扱いです。本当にありがとうございました」 ……一応、自覚はあるのか。 「どうした?」 「えと、今日のご予定をお伺いしようかな〜、と思いまして」 ああ、そうか。そろそろ見回りにも出かけなきゃな。 「もうすぐ見回りに出かけるよ。ちょうど良かった、頼みがあるんだ」 「はい、なんでしょう?」 「昨日みたいに、野良仕事の手伝いもしようと思ってる」 村人たちと打ち解け合うには、それが一番良さそうだ。 ……他に方法が思い浮かばないし。 「その辺の準備も、ついでに頼むよ」 「お任せくださいっ」 にまっ、とロコナが微笑む。満開の向日葵のような笑顔だ。 「見回りかー。面白そうだなー」 遊びじゃないんだが。 「ついていく。ああ、オレのことは気にするな。大して役には立たん。むしろ足手まとい?」 「絶対についてくるな」 「一緒に連れてってよ〜、邪魔しないからさ〜」 「あー、分かった分かった!」 連れてくからすがりつくなっ。 あー、なんか疲れた。 「じゃあ、準備してきますねっ」 「あ、そうだ。隊長、馬には乗れますか?」 えっ? 馬? 「乗れるけど……なんで?」 「えへへ。実は隊長専用の馬がいるんです。その子の準備もしますねっ」 びしぃ! と自分チョップ敬礼をかますロコナ。 ……昨日の今日で、もう忘れてるし。正しい敬礼の仕方。 兵舎には、一頭だけ馬を飼っている。 それが――コイツ。今、俺が乗っている老馬だ。 元々は、村で荷運び用に飼われていた馬を、先代の隊長が譲り受けたのだとか。 名前は『モット』というらしい。 どれだけ餌をやっても、もっとくれ、もっとくれとねだるから……だそうだ。 「隊長、乗馬上手いんですねぇ」 「ん? ああ、騎馬訓練も受けてるからな」 「乗りこなすくらいは、なんとか」 ……あまり得意な方ではなかったけどな。 「質問があります」 ふと、ジンが馬の前に躍り出た。 「こーゆー場合、貴族なオレを馬に乗せたりするのが人の道では?」 「……馬に乗れない、って言ったのはジンだろ」 「そうだけど! そうだけども!」 「そこはホラ、俺の後ろに乗っちゃいなよ的な気遣いを見せてもいいじゃないのさ!」 無茶を言うな。 「そして質問第二弾!」 「なんでオレが、鍬とか鎌とか持たされてるん?」 「面白そうだから付いていく……って言ったのは誰だ?」 「ジンさんですね」 「その通りだけど! その通りだけども!」 「そこはホラ、大人なんだから、俺が持とうか? くらいの気遣いを見せてもいいじゃないのさ!」 要するに、面倒臭くなったんだな。色々と。 「あ、そこ左です。3つ目のカカシが立ってるところ」 「了解」 ……っと、道の向こうから誰か歩いてくる。 あー、昨日の畑のおばさんだ。ユーマさん、だっけか。 いち早く気づいたロコナが、手を振って挨拶した。 「ユーマおばさーん! おはよーっ!」 「………………」 目が合う。 思いっきり、嫌そうな顔をされた。 「おはよう。今朝は早いね」 「ちょうど良かった。これから、おばさんの所の畑に行こうかと思って」 「うちの畑に……?」 ますます、嫌そうな顔をされた。 「今日はいいよ、他の手伝いに回ってあげておくれ」 「え……? でも」 「ウチは一人でも充分だよ」 「先を急ぐんでね。それじゃまた」 「ユーマおばさん……」 「うわおう、すっごく嫌われてるーう」 誰のせいだと思ってるんだ。 ……まあ、元々は俺のせいだけど。 「隊長、わたし、ちょっとユーマおばさんと話をしてきます」 「誤解を解いておかなきゃ」 「いいんだ。都でポカやって流されてきたのは事実だし」 理由はどうあれ、村としては、厄介者を抱え込んだことに違いはない。 「………………」 「行こう。他の畑に案内してくれ」 「はい……」 申し訳なさそうな顔をして、ロコナは馬の手綱を引き、歩き出した。 ……なんか、色々とロコナに気を遣わせてるなあ。 反省しよう…… 「ロコナぁ、気持ちは嬉しいんだけどぉ……」 「なにも、その、あの人を連れてこなくてもさあ」 ……声はこっちにまで聞こえる。 畑に案内され、いざお手伝い開始! ……というところで、横槍が入った。 「だ、だから、二人とも隊長のこと誤解してるよぉ」 「逆にあたしら、アンタのことが心配だよ」 「そーそー。昨日、変なことされなかった?」 出たよ。ザ・色情魔扱い。 「なんか、エロ魔人のように言われてるぞ」 「……うん」 全部、聞こえてる。 ……さすがに悲しくなってきた。 「実を言うと、オレも村では変人扱いです」 「幼い獣人の彫刻をペロペロ舐めてたとか、そんな根も葉もない噂が立ちまくり」 ……それもまたヘヴィーな噂だな。 「いったい、どこで見られたのやら」 根も葉もあるじゃねーか。 「ふう……」 チラリと、ロコナたちに視線を向けた。 「うわ、こっち見た!?」 「あの人、あたしらの胸ばっかり見てるぅぅ」 む、むちゃくちゃ言われてるな…… 「と、とにかく、手伝ってくれなくていいから!」 「うんうん! 二人いれば充分!」 「そ、そんなぁ……」 結局、どこに行っても手伝いは断られた。 その度に変態扱いされるのは、なんとも情けない話だ。 時間……かかりそうだな。風評を修復するのは。 「厚意すら拒絶されるとはなー。こりゃ先が思いやられますわ」 まったく同感だ。 先は長そうだなー…… 「あれ? ロコナは? どこ行った?」 「さっき、戻ってくる途中で別行動になった」 「用事を思い出した、とか言ってたぞ」 「ついに部下にも見捨てられた!?」 「………………」 「あ、ごめんウソ。おーい、そんなに凹むなよぅ」 「と、とにかく、今日はもうおひらきだ」 「悪かったな。結局、連れまわしただけで終わっちまって」 「うんにゃ。無理言って付いてきたのはオレだからな」 「ま、あんまし落ち込まず、ボチボチやってこうぜ」 多少の責任を感じているのか、ジンに慰められた。 「じゃあオレ、宿に戻るわ。またな」 村の広場で、ジンとも別れる。 「……帰るか、モット」 手綱を握り、兵舎に向けて歩き出す。 老馬モットも、なぜかシュンと落ち込んでいるように見えた。 一方、その頃―― ロコナは、村はずれにあるリドリー教神殿を訪れていた。 目的は一つ。レキとの面会である。 「……なるほど」 「話は分かった。別に、協力するのは構わない」 「ほ、ほんとですかっ!?」 「ウソはつかない」 「現状、村が浮き足立っているのは事実だからな」 「平穏な生活に落ち着くのであれば、それに越したことはない」 「よ、よかったぁぁ〜……」 「レキさんのヘルプがあれば、百人力ですっ」 「勘違いしないで欲しい。私は別に、あの新任隊長のことはどうでもいい」 「民心の乱れは、神職を預かる身として歓迎できない……それだけだ」 「………………」 「す、すみません。言葉が難しくて、いまいち意味が」 「よ、要するに、村のためなら協力すると言ってるんだ」 ふん、と面白くなさそうに、レキが呟く。 「ちょうどいい。前々から困っていたことがある」 「内容も手頃だし、村人たちも知っている」 「なんでもいいですっ、なんでもやりますっ」 「………………」 「その熱心さで、たまには礼拝にも顔を出して欲しいものだ」 「あ……あう。すみません。えへへへ」 「えと、それでその、前々から困っていたこと――というのは?」 「うん? ああ、実は……」 「神殿のネズミ退治?」 「そーですっ、ネズミ退治ですっ」 えっへん、とロコナが胸を張った。 「レキさんから“ぜひ助けて欲しい”とのオファーを受けましたっ」 「また唐突な話じゃのう」 「いや、以前から困っておるという話は聞いておったがな」 じぃ〜、とロコナの胸に熱い視線を向けつつ、首を傾げる爺さん。 「チャンスですっ、隊長っ」 「神殿のお手伝いをしたとなれば、隊長の評判も上がりますっ」 そ、そーなのか? 爺さんの方を向いて、目で問いかける。 「まあ、村の衆は神殿……というより、あのレキを敬っておるからのう」 「あの娘っ子が医者の真似事をしとるのは、オマエさんも聞いとるじゃろ?」 ああ、そんな話を本人から聞いた気がする。 「好かれとる……という訳じゃないが、畏敬されておる」 「汚名を雪ぐには、よい機会かもしれんの」 「……たかがネズミ退治で?」 んなもん、ネズミ捕り仕掛けて終了だろ? 「たいちょー、ネズミはネズミでも、ちょっと厄介なネズミなんですよ」 厄介なネズミ? 「かな喰いネズミじゃな。かな、は金属の事じゃよ」 「そうなんです。レキさんの話では、神殿にはたくさんのほう……法具? があって、それをかじられて困ってるとか」 金属をかじるネズミ!? 「な、なんだそれ……?そんなネズミ、いるのか?」 「おるよ。まあ、珍しい種ではあるがの」 「元々はモグラの仲間でな。鉱山の地中に住んでおって、鉱石をかじる」 どうやって捕まえるんだよ、そんなの。 鉄の檻でも捕獲は無理だろうに。 「誘い出して、網で捕まえます。それから森に放します」 「餌にはコレを使います」 ゴソゴソ、とロコナが鞄に手を突っ込んだ。 取り出したのは――馬の蹄鉄? 「モットの蹄鉄です。擦り切れて古くなったやつです」 「かな喰いネズミは、古い鉄が好物なんです」 自信たっぷりに、また胸を張るロコナ。 「わたし、村のみんなに宣伝します!隊長がやりますよ〜って」 「い、いや、そこまで露骨にしなくても……」 「決行は明日ですっ、忙しくなってきたぁぁ!」 誰よりも、ロコナが燃えているような気がする。 決行は明日……か。 とにかく、出来ることはやってみよう。 今の俺に出来ることは、それしかない―― ……と、いう訳で。 やってきた翌日。俺たちは神殿へと向かった。 リドリー教は、王国の国教だ。 神託を受けた巫女リドリーを祖として始まった、元々は、地方の小さな民間信仰だった。 王室の庇護を受け、国教にまで成ったのは、もう何百年も前の話……だと歴史では習う。 俺も、俺の両親も、あまり熱心な教徒ではないが、一応の名目上はリドリー教徒、ということになる。 「解説中のところ、大変申し訳ないのですが」 「なしてオレまでお手伝いに!?」 「昨日、無駄足を踏ませたお詫びだ」 「お詫びになってなーい!便利にコキ使われてるーう!」 「ワシは腰が痛いとゆーに……」 ブツブツと文句ばかり噴出する男衆。 「すまないな、わざわざ来てもらって」 「……いや、それはこっちのセリフだ。すまない。多分、ロコナが無理に頼んだんだろう?」 俺の言葉に、レキが少し驚く。 「……知っていたのか?」 やっぱりな。話が唐突だと思ったよ。 「なんとなく、そんな気がしただけだ」 でもロコナには黙っておこう。 きっと、一生懸命、気を遣ってくれたんだろうから。 「網、持ってきましたよー」 「それと、村のみんなにも宣伝してきましたっ」 ぐぐっ、と親指を突き立てるロコナ。 誰よりも張り切っているのは、ロコナかもしれない。 「では簡単に説明させてもらおう」 「大体の事情は既に知っていると思う。神殿の法具が、かな喰いネズミに荒らされている」 「場所は地下の倉庫だ。そこは書庫も兼ねているのだが、なにぶん広くて、私一人では手に負えない」 そんなに広いのか、神殿の地下は…… 「まず、見てもらった方が早いだろう。こっちだ」 「ふあああ……すごい。初めて入りました」 いくつもの書棚が並び、中にはぎっしりと蔵書が詰まっている。 ちょっとした図書館だな、こりゃ。 「なんとも色気のないラインナップじゃなあ。官能小説の一冊も置いてないとは」 「うほ! オレ、この獣人図鑑持ってる!挿絵がいいんだよねー」 「……書棚はいい、こっちだ」 ムッとした様子で、レキが部屋の奥へと誘う。 そこには、礼拝に使っているらしい道具が並べられていた。 「右端の燭台もそうだが、色々とかじられている」 「手に取ってもいいか?」 「丁重に扱ってくれれば、構わない」 そっと、燭台を手に取ってみる。 ……確かに、小さな歯型がついてるな。 「箱に入れたり、高いところに仕舞ったり、色々と試したが無駄だった」 「他に置く場所もないので、金属類は一括してここに置いてあるんだが……」 「ここに餌を撒いて待ち伏せれば一網打尽ですね」 「人気があると、寄ってこないんじゃないの?」 そうだよな。待ち伏せる……ってのは難しいと思うんだが。 「その心配はないだろう。はっきり言えば、思いっきり舐められてる」 「舐められてるじゃと!?どこを!? 具体的に!」 「………………」 「……こほん。あー、相手にされてないという事じゃな」 「そう。近頃では、私がここで読書していても平気で現れるようになった」 それはまた、思いっきり舐められてるな…… 「だからこうして、この書庫にも網を置いてある。しかし一度も捕まえたことはない」 「すっごく逃げ足が速いんです」 その情報は、もっと早く欲しかった。 ……捕まえられるのか? そのネズミ。 それこそネズミ算式に、山程いたらどうするんだ? 「かな喰いネズミはそんなに繁殖しません。多分……2、3匹くらいしかいないと思います」 なるほど。それならなんとか…… っ!? 「現れたのう」 がしっ、と網を掴む。 どこからだ? 鳴き声は、どこから聞こえた? 耳を澄ます―― 「こっちか!!」 部屋の隅から、鳴き声が聞こえた。 「ちょ、待って! 反応速ええよ!」 「レキさんっ、後はお任せくださいっ!」 「しょうがないのう……やれやれ」 警備隊として、初の依頼任務―― その火蓋が、ついに切って落とされた。 「だーっ! そっち逃げたっ! そっち!」 「ままま、待ってくださいっ!まだ餌も撒いてなくてっ!」 「でかっ!? 図鑑で見るよりずっとでかっ!」 「う、動きすぎじゃ。もっと老人を労わってくれ」 縦横無尽に逃げ回るネズミを、四人で追い掛け回す。 「あ、あまり派手に動いて、書棚を倒したりしないように頼むぞ」 そんなの、ネズミに言ってくれ! 「ロコナ! あっちに蹄鉄を撒いとけっ!」 「あいさー!」 「ちょ、ギブ。マジで。動きすぎて横っ腹が痛い」 「ワ、ワシも……若干ギブ気味」 ええいっ、俺だけでも捕まえてみせるっ! 軽やかに逃げ回り、俺たちの網をかいくぐるネズミ―― 一匹捕まえるだけでも、これだけ大変だというのに、まだ2、3匹いるってのかよ。 「隊長っ、餌の方に逃げましたっ!」 「よしっ、全員いったん休止!息を殺して待機っ!」 ぴた、と動きを止める。 逃げ惑っていたネズミが、バラ撒いた蹄鉄の前で動きを止めた。 「はぁ、はぁ、はぁ……死にそう」 「静かに。そーっと移動するぞ」 書棚の陰に潜みつつ、ゆっくりと標的に近づく。 そんな俺たちの様子を、レキは複雑な表情で見守っている。 ……よしっ! 餌に気づいたっ! 所詮は獣。 追い掛け回されていた事も忘れて、クンクンと餌の匂いを嗅いでやがる。 もうちょっとだ。ゆっくりと…… 「今だっ!!」 全員で網を振りかぶり、一気に標的へと肉薄する。 ――しかし。 「だあああああああ! 逃げられたあああッ!」 「どっちに逃げたっ!?」 「書棚の向こうですっ! あ、ドアの方にっ!」 「ええい、ちょこまかと動くやつじゃ!」 書棚の隙間をかいくぐり、時には揺らして威圧する。 もう一度、部屋の隅に追い詰めなくては! 「あ、上ですっ! 棚の上に登りましたっ!」 「取り囲めっ! 完全包囲だっ!」 「お、おい、この書棚は脆いんだ。あまり無茶なマネは――」 「ぬおりゃあああああ!」 ジンの体当たりが、書棚にヒットする。 「なっ……!?」 めきっ、と嫌な音が鳴る。 そして―― 「あ……あああ……」 「あちゃー……」 書棚が一つ、完全に崩壊した。 「あ……あれ? オレのせい?」 「すまんっ、書棚は後で直すっ!」 他の書棚がドミノ倒しにならなかっただけでも、不幸中の幸いだ。 「逃げるぞい! ドアの外に走っていった!」 「逃がすかあああああああッ!」 ネズミを追ってヒートアップ。 「ご、ごめんなさあああいっ!」 ドアの外に逃れたネズミを追いかけて、俺たちも書庫の外へと駆け出した。 「しょ、書棚が……」 「ご、ごめんなさい、レキさん」 「………………」 「……い、いや、いい。元々脆くなってたんだ」 「はぁ……」 ガックリとうな垂れるレキに、ロコナは両手を合わせて謝罪した。 「こっちに逃げ込んだ!!」 「出口は塞いだぞっ!まさしく袋の中のネズミ!」 「これをあと、何回か繰り返さんといかんのか……しんどいのう」 注意深く、部屋の中を見回した。 この部屋に逃げ込んだのは、俺が目撃している。 問題は――どこに隠れているか、だ。 「……ここ、何の部屋?」 「さてのう? こざっぱりしておるが」 「ベッドがあるからな。レキの私室なんだろう」 「ぬう、乙女のプライベートルームか」 爺さんの鼻の下が伸びる。この忙しい時に…… 「見つけたああああああああッ!」 「あそこっ! ベッドの横っ!」 さすがに逃げ疲れたのか、ネズミは、ベッドの側でじっと止まっていた。 「よ……よし。ベッド下に逃げ込まれると面倒だ。バリケードか何かを作って、包囲しよう」 「どうやってじゃ?」 「そうだな……ええと」 改めて、部屋中を見回す。 ……お? 長い木箱がある。あれが使える。 「ジン。あの箱、持ってきてくれ」 「え!? ヤだよ。だってアレ、棺桶サイズじゃん」 「棺桶だったらどーするんだ。神殿だからありえるぞ」 絶対違うと思う。 「ほれ、そっち持て」 「しょうがないな……はいはい」 俺たちが動いても、ネズミは動かない。 ……チョロい相手だと思われたのかもしれない。 「お……結構軽いな。んで、どーすりゃいいんだ?」 「部屋の隅に追い込む。その箱で逃げ道を塞いでくれ」 「それまで、こうして持っておれと言うのか。ワシゃ腰が弱いのに」 なッ!? こちらの意図に気づいたのか、ネズミが走り始めた。 「箱っ! そっちに置いてっ!」 「どっちに!? そっちとか言われてもわからんって!」 「ぬお!? ワシの股の下をくぐっていきおる!?」 「だあああっ!こうなったら、その箱で押しつぶすっ!」 「やだよ! かわいそうじゃん!しかもそれグロいって!」 「い、いかん、もう腰が限界じゃ」 何を思ったのか、ネズミがジンの足に取り付いた。 「んなーッ!?ちょちょちょっ、ちょっとコラ!?」 思わず、パッと手を離すジン。 勢い余って、その長い箱は宙を舞い―― 中身をぶちまけながら、床に激突した。 「だ、大丈夫かっ!?」 「あ……危ないのう、頭に当たったら大事じゃ」 「す……すまん。急にネズミが来たので」 「っ! ネズミは!? どこ行った!?」 キョロキョロと周囲を見回す。 ……ん? 「あ、れ?」 床にぶちまけられた、箱の中身が視界に飛び込む。 それは、三角形の布地だった。何枚もの布地。 そしてその三角の布地には、見覚えがある。 これは……その、世間一般で言うところの…… 「おお!? これはパンティーじゃな!?」 手に取って、爺さんが頭に被った。 「うむう、まさしくパンティーじゃ。どれ……」 慣れた手つきでパンティーを頭にかぶる。 「どれ……じゃねーよ」 ちょ……ちょっと待て。これって、もしかして。 「すーはーすーはー」 「間髪をいれず匂いを嗅ぐその行動力がステキ」 「は、早く片付けなきゃ」 パンティ-の持ち主は誰なのか、容易に想像がつく。 見つかる前に、早くっ!! 「いや、その前にもう一嗅ぎ」 「ア、アホかっ! 早く片付けろって!」 しゅばっ、と爺さんの手からパンティーを奪い取る。 箱は壊れたが、とにかく中に詰め込んでおけば―― 「……何を、している?」 っ!? いつの間にドアを開けたのか……幽鬼のような形相で、レキがそこに立っていた。 「………………」 その横で、ロコナが『あちゃー』と頭を抱えている。 「ち、違うっ! 違うぞっ!」 「箱が壊れて、中身が散乱したんだッ!」 懸命の抗弁。 「そ、そうだぞ!クンクンしたりしてないぞオレはっ!」 「………………」 レキの指先が、爺さんに――爺さんの頭に向けられた。 すっぽりパンティーを被った爺さんが、気まずそうに笑っている。 「……それは?」 「帽子かなーと思ったんです」 そのウソはねえだろ。 「………………」 「……て行け」 え? 「出て行け〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「もういいっ。とっとと神殿から出て行けっ!」 耳をつんざく、レキの怒号。 「す、すいませんでしたぁぁっ!」 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」 「帽子だと思ったんじゃよ〜〜〜!」 慌てふためいて、その場から逃げ出す俺たち―― 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「ま、待ってくださいよーっ!」 こうして―― 俺たちの初任務は、失敗に終わった。 ネズミ一匹、駆除すら出来ずに…… 反省…… 「ねえ、もう聞いた?」 「聞いた聞いた。レキ様のところの話でしょ」 「なんでも、レキ様の下着を盗もうとしたとか」 「いや違うじゃろ。レキ様の着替えを覗こうとしたんじゃ」 「あろう事か、レキ様を襲って不埒なマネをしようとしたとか」 「ホメロさんも付いていながら、なんてこったい……」 「あやつなら、一緒になってやりかねんがの」 「あての聞いた話では、不幸な偶然の事故……ちゅう話じゃったが」 かくして―― 俺の評判は、最低を通り越して最悪となり…… 信用回復など、もはや不可能なレベルに達してしまったことを、俺は悟った。 きっと俺は……呪われてるに違いない。 そう、思った…… 自信を失ってしまったリュウは仮病を装って見回りをサボる。心配しつつも、見回りに出かけるロコナ。 リュウは良心の呵責から、起き上がって兵舎の掃除をしたり、皆の装備の手入れをしたりとささやかな罪滅ぼし。 そこにリュウの体調不良を聞き知ったレキが治癒にやってくる。レキはリュウの仮病を看破し、無言のまま冷たい視線を送る。 レキは警備隊の隊長が村に与える影響力や、安心感。村人の不安を不安のままにしていることへの無責任さなどを述べるのだった。 仮病で兵舎にいたリュウの元に、ロコナから診察を頼まれたレキが訪れる。症状を聞かれ答えるうちに仮病がばれてしまう。 無言で侮蔑を込めた視線を送るレキに、リュウは村での悪評のため村に出たくなかったと理由を告げる。 そんなリュウにレキは睨みながら告げる。 「それで、何だ? 会って間もない私に慰めろと?」 それを聞いたリュウは…… ……ロコナの角笛が鳴っている。 「……うぅ」 朝になってしまった。 ……一睡も出来なかった。 昨日の大失敗が、さすがに効いた。 「もう一回、左遷されないかな……」 別の村か、それとも別の街へ。 誰も俺のことを知らない、そんな場所へ行きたい。 「いや、この村以上の左遷先なんてないんだけど」 つまり、リュウ・ドナルベインはすでに行き着くところまで行き着いてしまってるわけだ。 「はぁ〜あ……」 『たいちょー、朝ですよー!』 うっ!? ロコナが……起こしに来た。 『たいちょー? 開けますよー?』 ど、どうしよう? ロコナは、朝の見回りに行こうと言い出すハズだ。 昨日の醜聞を知った村人たちが、どれだけ冷たい視線を俺に向けるのか…… 想像するまでもなく、分かるような気がする。 あちらこちらで沸き立つヒソヒソ話は、全て、俺に関する良からぬ噂ばかり。 ……行きたくない。心の底から行きたくない。 だけど、行かないと…… 「うぁぁあぁあぁああぁぁぁ……」 ままならない現実に、思わずベッドの上でジッタンバッタンしてしまう。 『入りま〜すっ』 「隊長、おはよーございま……って、はうあ!?」 「あ……」 ベッドの上で逆エビ反ってる俺を見て、ロコナがのけぞって硬直する。 「た、たいちょー……?」 「あ、いや、これは……」 「はっ……! まさか!?」 「え?」 「聞いたことがあります……」 「鉄壁の意志を要求される騎士には、精神を鍛える特殊な鍛錬があると」 俺は初耳なんだが。 「それこそが、噂に聞く“水魚のポーズ”!?」 「……違う」 バタッとベッドに顔を埋める。 「へ? あ、あのたいちょ?」 「なんでもない。少しほっといてくれ」 「あ、でも……」 「ひょっとして、まだお休み中……ですか?」 「………………」 「……具合が悪い」 「えっ?」 「あの、えと、すみません、ちょっと聞き取れなくて」 「具合が悪いんだ……」 「頭が痛くて、お腹が痛い……」 ウソ。大嘘だ。 咄嗟のでまかせに、こんなウソが飛び出すなんて。 「だ、だだだっ、大丈夫ですかっ!?」 「ね、熱とかはっ!? 寒気はしますかっ!?」 「……うん。たぶん風邪」 ウソにウソを重ねてしまう。 「ま、待っててくださいっ、すぐにお世話の準備をばっ」 「……いい、このままほっといてくれ」 「寝てれば治るから」 声色まで弱々しく変えて……念入りな卑怯者だった。 「ホントに……大丈夫、ですか?」 「……うん」 布団を被ったまま、〈朴訥〉《ぼくとつ》と答える。 「わかりました……じゃあ、わたし見回りに行ってきます」 「もし何かあったら、隊長のご判断を仰ぎに戻ってくるかもです」 「ん……わかった。すまん」 「馬……乗って行っていいからな」 「うぁ!? 声までガラガラに……おいたわしやー」 「きっと、旅の疲れがド〜っと出たんですよ」 違う、そうじゃない。俺が情けないだけ。 「じゃあ、行ってきます」 「ホメロさんも出かけるそうなので、お留守番、お任せしちゃいますけど……」 「あいよ……」 結局、引っかぶった毛布の中に隠れたまま―― 俺は、情けなくも仮病を貫いた。 「………………」 しばらく時間を置いてから、のっそりと起き出した。 兵舎には誰もいない。 ぽつーん、と一人だけ。 今頃、ロコナは村の見回りを始めているだろう。 出会う村人たちに、色々と言われているに違いない。 新しい隊長は、どうしようもないヤツだ――とか。 警備隊なんて早く辞めた方がいい――とか。 それでもロコナは、たぶん、苦笑するだけなんだろう。 たった数日間の付き合いだが、そんな気がする。 あいつは……そういうヤツだ。 「……すまん」 その言葉をかけるべき相手は、ここにいない。 けれど、言わずにはいられなかった。 「……ん?」 ふと、テーブルの上にメモが残されていることに気がついた。 ロコナの字ではない。 というか、ロコナは、ほとんど字を書けないらしい。 読み書き計算は習ってないのだと、本人が言っていた。 とすると……これは爺さんのメモか。どれどれ。 『戸棚に蜂蜜火酒と、蜜柑の砂糖漬けがある。』 『湯で割って飲んどけ』 そこには、風邪に効くというホットパンチのレシピが載っていた。 ……すまん爺さん。仮病なんだ。 人の厚意が、チクチクと胸を刺す。 「……はぁぁ」 出るのは溜息ばかり。 村の厄介者ってコトだけじゃなく、警備隊のお荷物隊長だな。これじゃ。 せめて……掃除くらいはやっておこう。 自己満足でもいい。多少は気も紛れるから。 「なにやってんだろうなぁ……俺」 「なにやってんだー、アイツはー」 「着任早々、風邪て。遠足に浮かれて前日に熱を出す子供かっちゅーの」 「そ、その例えはビミョーに違う気もしますけど」 「たぶん、すごく疲れてらっしゃったんだと思います」 「むーん。そうかぁ。リュウは風邪かぁ」 「色々と訊きたいこともあったんだが、仕方ない」 「隊長に訊きたいこと……ですか?」 「んむ。実はここだけの話、ヤツの事を本に書こうと思っているのだ」 「題して、左遷騎士リュウ〜姫様の生乳〜」 「ひめさまのなまちち……?」 「その生い立ちから現在に至るまで、みっちり取材してやろうと思っている」 「出版されたら、買ってください」 「あ、あはは……わたし字は読めなくて」 「おろ? そーなんだ? へぇぇ」 「この村って、学舎は無いんだっけ?」 「学舎はありませんけど、代わりにレキさんが、神殿で子供たちに読み書きを――」 『来いと言っているのに、来た試しが無いのだ。ロコナは』 「話が弾んでいるようだな。二人とも」 「レ、レキさんっ……!?」 「おー、噂をすればなんとやら」 「……ふん」 「き、昨日はすみませんでしたっ!」 「………………」 「えーっと、まだご立腹中でいらっしゃる?」 「……済んだことだ。もう怒ってはいない」 「眉間にシワがピキピキっと立ってますよ?」 「うるさいだまれ」 「こわ!? 目がこわ!?」 「あの男はどうした? 姿が見えないようだが」 「あ、隊長はですね……風邪引いちゃったみたいで、兵舎で休んでます」 「ほう……? 風邪を?」 掃除をするまでもなく、兵舎は清潔だった。 たぶん、ロコナが毎日ちゃんと清掃してるんだろう。 だから、掃除の代わりに武具の手入れをすることにした。 今、俺が手にしているのは、皮で出来た胸当てだ。 ずいぶん埃を被っていたが、少し磨くとツヤが出てきた。 「……うん、軽くて丈夫で、いい防具だ」 全部で6個、置いてあった。 おそらく……昔の警備隊員が残した物なのだろう。 6人もいたんだな、国境を守る兵士たちが。 それが今では、たったの3人…… しかも、そのうち1人は俺ときた。 お先真っ暗だよなぁ……正直なところ。 特に、俺がお荷物だ。 「はぁぁぁぁ……」 『病人が何をしている』 っ!? 「風邪で伏せっていると聞いたが?」 「あ、あんた、神官の……!?」 「レキだ。いい加減、名前は覚えて欲しい」 「ド、ドア……ノックは!?」 「開いていた」 「無用心だとは思ったが、よく考えてみれば、ここは兵舎だからな」 そりゃまあ、確かにそうだ。ある意味、一番安全な場所だもんな。 ……って、そうじゃなくてっ! 「な、何の用で?」 「……頼まれたんだ。ロコナにな」 「そなたが風邪を引いて寝込んでいるから、診てやって欲しいと」 あ、ああ……そういう事もやってるとか言ってたっけ。 「そ、そうか……わざわざ悪いな」 「別に。それより、部屋で横になっていた方がいいぞ」 「風邪を引いているのであれば……な」 「お、おう。そうだな。そうする」 慌てて、部屋に引き返す。 その後を、なぜかレキもついて来る。 「な……なんだよ?」 「言ったはずだ。診にきたんだと」 「一通り風邪に良い薬草も持参してある」 う…… そ、それはまた、なんとも用意のよろしいことで。 「早く行け。私は昼から礼拝がある」 だったら、無理しなくてもいいのに―― 心の中だけで、俺はそう思った。 ベッドに横たわって、毛布を被った。 「症状は?」 「え?」 「え、じゃない。症状だ。頭痛や吐き気、色々あるだろう」 「あー……うん。頭痛と吐き気、かな」 「………………」 「あ、あと腹痛」 「腹か……」 「よし、少し動くな」 言うやいなや、レキが手を伸ばしてきた。 冷やりとした感覚が、俺の額に触れる。 「……熱はないな」 「さ、さっきまであったんだけどな」 「口を開けろ」 「あ、あのさ、医者でもない神官に、そこまで面倒をかけるのは……」 「黙って言う通りにしろ」 「う……」 な、なんか怖いよ、この人。 「あ〜……ん」 「そのまま閉じるなよ。そのままだ……」 「……特に腫れもないな」 さもあらん。 「……もういい。わかった、後は安静にして寝ていろ」 ほっ…… 「間もなくロコナも戻ってくるだろう」 「温かい物を食べて、休むといい」 「ああ……そうさせてもらうよ。なんか、わざわざすまなかっ――」 「一つだけ言わせてもらう」 「仮病を装って部下に無用な心配をかけることが、人の上に立つ者のすることか」 「っ!?」 「気づかないとでも思ったのか?」 「バカにするな。これでも巷の藪医者よりはマシな目をしているツモリだ」 「………………」 言葉が、出ない。 「……ふん」 冷たい視線だった。 村の中で浴びた、どの視線よりも冷たく――静かな怒りに満ちていた。 無言の威圧。軽蔑を込めた眼差し。 俺は、ただ俯くしかなかった。 「……ごめん」 「私に謝っているのなら、見当違いも甚だしいぞ」 「………………」 「……ごめん」 もう一度、謝った。 「レキの言う通り……仮病だ」 「村に出るのが嫌で……ウソ、ついちまった」 「………………」 レキは何も言わない。ただ、じっと俺を睨んでいるだけだ。 「……俺が、村にとってお荷物なのは分かってる」 「王都でとんでもないことやらかして、流されてきた曰くつきの男だ」 「昨日の……神殿での一件で、悪評は倍増したはずだ」 「……全部、自業自得なんだけどな」 「そうだな」 「それで、何だ? 会って間もない私に慰めろと?」 「……ちょっとくらいは慰めてくれても」 つい本音がこぼれてしまった。 「甘ったれるな」 「……すまん、自分に嫌気が差しているんだ」 俺はますます落ち込んでうなだれた。 「すまなかった。そんなつもりじゃないんだ」 言ってもしょうがないことを口にしていた。 聞かされたレキだってうんざりするだろう。 わざわざ仮病の手当にここまで来させられて、迷惑至極だろうな。 「…………」 レキは黙って俺を見ている。 「あ……そうだ。昨日のこと、ちゃんと謝ってなかったな」 「ごめん」 「アクシデントだったのだろう。もういい、気にしていない」 「それで――結局、何が言いたいんだ?」 「わからん……自分でも、よくわからなくなった」 「ただ、愚痴りたかったのかも……」 「………………」 小さな溜息をつき、レキは首を左右に振った。 「……リドリー教は国教だが、各地には土着の民間信仰がある」 「え……?」 いきなり、何の話だ? 「そういった場所でも、神官は聖典を説き、信仰を改めさせねばならない」 「当然、反発に遭う。あるいは面従腹背。決して易々と受け入れてはもらえない」 「もし仮に、そこで嫌気がさしたとしよう」 「布教を諦め、神殿に篭ったとして――」 「その神官を敬愛し、教えを信じる修道士たちの立場はどうなる」 ロコナの姿が思い浮かんだ。 「ましてや、事は信仰ではなく治安だ。直接的に生活に関わる」 「嫌気がさしたら、他者の暮らしはどうでもいいのか?」 「そ、それは……」 「神官が布教を止めたとて、大して影響はないだろう」 「だが、国の守護と、その地に住まう者たちの命を守る任を帯びておきながら――」 「己の一時的な不遇を理由に、それを放棄することは愚の骨頂だ」 一日サボっただけで、放棄とは大げさな……とは言えなかった。 「隊長の任とは、それを率先して守ることにあるのだと思っていたがな」 レキの言はどれも辛辣で容赦のない、正しい指摘だった。 「……少々、話をしすぎた」 「私はもう行く。ではな」 背中を向けて、部屋から出て行こうとするレキ。 「あ……ちょっと待って」 思わず、呼び止めた。 「……なんだ?」 「さっきの神官云々の話……あれは、レキ自身のことか?」 「いいや。神官の間ではよくある話だ」 「それに、私の神殿には修道士も修道女もいない。私一人だけだ」 「そう……か」 「では」 今度こそ、レキは部屋から出て行った。 ……………… しぃん……と静寂に包まれる。 「……なさけねー」 つくづく、自分が情けない。 全部、レキの言う通りだ。 言われるまで気づかなかった事も、多々ある。 反省……いや、猛省しよう…… 『たいちょ〜? お加減いかがですか〜?』 ロコナの声だ。 『入りますよ〜?』 「遅くなりましたっ、ロコナ、帰還しましたっ」 「あ、ああ……ご苦労様」 「もうっ!聞きましたよっ、レキさんからっ!」 「う……」 「ご、ごめん。本当にすまない」 「もう二度としない。ホント、ごめん」 「あ……えっと、そんなに真剣に謝らなくても」 「別に怒ってるわけじゃないですから」 なんという寛大なお言葉。 ますます、自分が情けなくなる。 「風邪は、引き始めのうちが危ないっていいます」 「もう、そんな状態で、防具のお手入れなんかしちゃダメですよ」 「………………」 「……へ?」 「だから〜、ホールに置いてあった防具ですよ。皮の胸当て」 「レキさんから聞いたんです。さっき、ちょうど兵舎の前で入れ違いになって」 「そしたら、隊長が防具のお手入れしてたっていうじゃないですか」 「いくら軽い風邪でも、無茶はいけません。無茶は」 話が全く噛みあわない。 レキから……俺の仮病を知らされたんじゃ、ないのか? 「レキは、俺のこと……なんて言ってた?」 「ふぇ? ただの軽い風邪で、一晩寝れば治る……って」 ただの……軽い風邪…… 「あ、そーだ。見回りついでに、森で新鮮な卵とってきましたっ」 「モコモコ鳥の卵は、とっても精がつくんですよっ」 にまっ、と笑うロコナ。 「あ、あのな、ロコナ。実は――」 「おおぅ、起きてーる! なんだなんだ、ゲホゲホコホコホ言ってるのかと思ってたのに」 「レキが言うとったじゃろう。大したことはなさそうじゃと」 ドカドカと床を踏み鳴らして、ジンと爺さんがやってきた。 「とりあえず、ハイ。これお土産」 「違うじゃろ。お見舞いじゃろ」 「ああ、そっか。まあどっちでもいいや」 ポイッと、小さな包みが投げ渡される。 「こ……これは?」 「エロ彫刻」 は……? 「すんごいエロい格好のミニ彫刻」 「よかったら使ってくれ」 何に!? 「ちなみに、ワシもさっきもろうた」 「持つべきものは友じゃのう……」 「人間の彫刻とかいらないし。ダブって持ってたから、あげる」 あ、あげると言われても…… 「隊長。えろちょーこく、って、何ですか?」 知らんでよろしい。 「ま、とにかく軽い風邪でよかったよ」 「明日から、また頑張りましょうっ」 「汚名も雪がねばならんからのう」 三人の思いやりが、素直に嬉しい。 俺は、レキの気遣いと三人の優しさに感謝しつつ―― 明日からの再出発に向けて、少しだけ気合を入れた。 ……もう、こんな風に逃げたりはしないと心に誓って。 心を入れ替えたリュウは、慣れないながらも奮闘して辺境警備の仕事をこなそうとする。 これまでと違い、村人に良い方法を尋ねたりロコナに聞いたりと積極的。そこに血相を変えたヨーヨードがやってくる。 村の子供が、森のはずれの怪鳥の巣に近づいて危険な状態だという。手傷を負いながらも、なんとか子供を救出してみせるリュウ。 こうして『やる時はやる警備隊の隊長』という評価を、なんとか得たのだった。 朝が来た。 ロコナの角笛よりも早く、目が覚めた。 窓の外には、薄く朝霧がかかっている。 「……さて」 軽く伸びをして、ストレッチ。 手早く着替えて、腰に剣を差す。 「………………」 出来れば、こんなモン腰にぶら下げたくもないんだが。 騎士の決まりとあっては、仕方がない。 「準備よし……っと」 大きく息を吸い込んで、深呼吸―― 心を入れ替えた俺の、新たな一日が始まる。 「あ、あれっ? たいちょー!?」 ホールに下りると、ロコナがいた。 「おはよーさん」 「お、おはようございます……って!」 「まだ寝てなきゃダメですよ〜!」 「いや、もう大丈夫。心配かけてごめん」 「今日からバリバリ働くから」 昨日の分も取り戻さなきゃ。 背負ったマイナスを、なんとしても巻き返さなければ。 「ほ、本当に大丈夫……ですか?」 「ああ。こんなにピンシャンしてる」 ブンブンと腕を振り回して、元気さをアピール。 元気なのは当たり前だ。昨日のは……仮病だったんだから。 ホント……ごめんな、ロコナ。 『ほお、その様子だと回復したらしいのう』 背後から、爺さんの声が聞こえた。 「よかったよかった。ずいぶん顔色もええぞ。のう?」 ぽん、と爺さんが俺の肩を叩く。 その表情には――全てお見通し、と言わんばかりの深い笑みが浮かんでいる。 「爺さんにも心配かけたな。……色々と」 「なあに、風邪は天下の周り者じゃ。そんな時もあるじゃろうよ」 「ロコナよ、すまんが熱い茶をもらえるかの。どうも冷えてのう……」 スリスリと手を擦り合わせる爺さん。 「コレを吹いたら、すぐ淹れますねっ」 「朝ごはんの用意もしなきゃ!いそがしいそがしっ!」 ぱたぱたぱた……とロコナが兵舎から出て行く。 その後姿を見送って、俺は椅子に腰を下ろした。 「……ええ子じゃろう?」 「うん?」 「素直すぎてのう、人を疑うことも知らん」 「……うん」 本当にそうだ。人を疑うことも知らない。 ミエミエの仮病を装っても、本気で心配してくれる…… 「あの純真を裏切るのは、なんとも後味悪いんじゃよ」 「腹巻を無くしたから、パンツを借りた……とかな」 「老人は冷え性なんじゃよ。それだけは本当じゃて」 ウインクをしながら、爺さんが笑って見せる。 音程の外れた、角笛の音が聞こえる。 村に朝が来たのだと、ロコナの笛が告げていた。 鍬を担いで、村の野良仕事を手伝う。 刈り取った麦の後を掘り起こして、畑を耕し直すのだ。 「よくまあ、こんな朝っぱらから頑張るもんだ」 「お互い様だ」 「こんな朝っぱらからわざわざ冷やかしに来るなんて」 「いやー、なんとなく昨日の今日で心配になってなー」 「でもま、元気そうでよかったよかった」 コイツにも心配かけたんだよな……本当にすまん。 心を入れ替えて、頑張るからさ。 「しっかしアレだね、お兄さん相変わらず嫌われてんね」 「……ああ」 この畑の持ち主――今、ロコナが赤麦を刈り取っている横で、胡散臭そうにこちらを見ている女性。 確か……ユーマさんとか言ったっけ。村の女傑って感じの人だ。 着任初日から、この人には嫌われている。 「事情が事情だからな、仕方ない」 「ここから挽回するさ……色々と」 「風評も含めて、か」 「そういうことだ」 「メチャメチャやる気じゃね? 何かあったの?」 「そこ、危ないぞ。泥が散る」 「おおっとぉ!?」 汗が滲んでくる。 掌に、いくつものマメが出来て――つぶれる。 それでも俺は、一心不乱に畑を耕した。 「たいちょ〜お!休みながらやった方がいいですよ〜!」 「おー! でも大丈夫だー!」 根を張った刈り取り後の麦を、えぐっては掘り出す。 そんな単調な作業が、不思議と楽しい。 「……こうして見ると、変質者には見えないけどねェ」 「人は見かけによらないって言うからね。やれやれ……」 「ユーマおばさん、隊長はそんな人じゃないよっ」 「……あんたは人を疑うことを知らないから」 「たいちょーはすっごい騎士様だったんだから!」 「騎士様って言ったら、頭も良くて剣の腕も超一流のはずだろ?」 「だけど見なよ、あのへっぴり腰を。ちっとも強そう見えないじゃないか」 悪かったな、へっぴり腰で。 ……ったく。まる聞こえだっての。 「そんなことないもん!」 「あれは……そう! ワザとだよ!」 へ……? 「たいちょーが本気を出したら、こんな畑なんてひとたまりもないんだからっ」 「そんなわけで、ここを死の大地に変えないためたいちょーは力を加減しているのですっ」 俺は魔王かなんかか…… 「部下に信頼されてるなあ、左遷クン」 「俺には、その信頼に応える義務があるんだ、勘当クン」 「勘当クンて……」 「よ……っと、こらせ……っと」 耕しては掘り、掘っては耕す。 漂う土の香りが、なんとなく心地よかった。 野良仕事を終えたら、今度は村の見回り―― 脆くなって壊れた家の修理や、村の不便な場所を直すのも仕事のうち。 『古くなった鳥小屋を直したい』という家があると聞いて、向かったんだが…… 「いやぁ、わざわざ手伝ってもらわなくてもいいよ……」 「え、だって、この前まで手伝って欲しいって言ってたのに」 「それは……そのぉ……」 チラ、と村人が俺の顔を見る。 ……そういうことか。 「悪いね、ロコナ。こっちでなんとかするから」 「そんなぁ……」 とことん嫌われてるなー……ホントに。 でも、ここで引いちゃダメだ。俺は変わると決めたんだから。 「あの、すみません」 「な、なんだい?」 「ちょっとだけでもいいんです。手伝わせてもらえませんか」 「そ……そう言われてもねェ」 「人手が多い方が楽でいいじゃん」 「と、“領主”の息子ジンさんは思いました。まる」 「うっ」 「ジ、ジンっ!」 「すみません、忘れてください。何かあったら、いつでも手伝いますんで」 ペコリと頭を下げて、その場から立ち去る。 「あっ、たいちょ〜〜〜〜っ!」 「う〜〜〜〜む」 その後を、2人が渋々と追いかけてきた。 ……はぁ。 そう上手くはいかないもんだな。何事も。 「オレ、余計なことした?」 「……まあ、気持ちは嬉しいんだけどな。ちょっとな」 「なんか、傍から見てると痛々しい気持ちになってくるんだよ」 「……すまん」 「いや別に、謝ることはないんだけど」 「なんかこう、釈然としないっちゅーか」 「え、そこまでオマエが歩み寄るの!?みたいな……」 歩み寄るさ。どこまでも。 元はと言えば、俺の失態が全ての原因なんだから。 「隊長……みんな悪気はないんです」 「分かってるよ、ロコナ」 村人たちに、大切なモノを守りたいって気持ちがあるからだ。 これまでの平穏、これまでの生活。 俺という闖入者が、その静けさを掻き乱す可能性がある―― だから、村人たちの反応は正当だ。 守ろうとして警戒する。至極真っ当な反応だ。 だから、分かってもらわなきゃならない。 俺という存在が、平穏をぶち壊す闖入者じゃなく、一緒に守ろうとする仲間だってことを。 「お? 神官発見!」 うん? 広場の中央に、レキの姿があった。 手に提げたカゴの中から、村人たちに何かを配っている。 ……何を配ってるんだ? 「レキさ〜ん!」 あ……わざわざ声をかけなくてもいいのに。 「ロコナか。また隊長殿を連れまわしてるのか?」 「え……?」 「うわ……」 俺に目を向けた村人たちが、眉をひそめる。 「風邪は治ったようだな」 口元に薄っすらと笑みを浮かべ、レキが言った。 「おかげさまで色々と完治。仕事へのやる気も出てきたよ」 レキには本当に感謝している。 あの説教が無かったら、俺は本当に情けない男になっていた。 「そうか。三日坊主にならないよう精進することだ」 うぐ。相変わらず適切なお説教…… 本当に俺より3つも年下か? そうは見えんぞ。 「で、では、わたしたちはこれで……」 「すみませんレキ様、ありがとうございます」 一礼して、村人たちが去っていく。 俺の顔をチラ見しながら、ボソボソと囁きあいつつ…… 「なんか、邪魔しちゃったみたいだな」 俺が来たせいで、村人たちがどこかへ行ってしまった。 「別に邪魔じゃない。むしろ、ちょうどよかった」 ちょうどよかった? 「何を配ってたんですか?」 「うん、後で兵舎にも届けようと思っていた」 レキは、カゴの中から小さな布袋を取り出した。 「虫除けだ。また今年も使うと思ってな」 虫除け? これから冬になろうっていうのに? 「挽いた小麦をしまう、箱ん中に入れとくんだよ」 「小麦の粉には、よく虫がわいたりするからな」 あー……そういう虫除けか。 「毎年、ありがとうございます」 「今度おいしいパンを焼いて、持って行きますから♪」 「ああ、それは楽しみだな」 微笑むレキが、ちょっと可愛い。 あ、そうだ。思い出した。 「レキ、例のネズミ退治はどうなった?」 結局、俺たちは何の役にも立てなかった。 まだ未解決なら、今度こそ俺たちの力で…… 「村人たちが協力してくれてな。追い払うことが出来た」 う……既に解決済みか。 「じ、じゃあ他に、神殿で困ってることは無いか?」 「困っていること……?」 「なんでもいい。直したいモノがあるとか、不便な所かあるとか」 「………………」 少し考えるような仕草をするレキ。 「……なるほど、恥を雪ごうというワケか」 「まあ、その通りなんだが……」 「そう〈直截〉《ちょくせつ》に言われると、まるで点数稼ぎしてるみたいじゃないか?」 「実際そうだろう?」 「おっしゃる通りでございます」 素直に頷く。 「なんか、えらく張り切ってるなー」 「色々と悪評も立っちゃったし、汚名返上って感じ?」 「そ、そうなんですか!?」 「今日はなんだか、すごく頑張ってるなぁ……とは思ったんですけど」 「あー……うん。まあ、それもあるけど」 とにかく今は、この村に馴染むことが先決だ。 誤解を解くのは、それからでいい。 まずは、俺の話を聞いてもらえる土壌を作らなきゃ。 「……悪評の主な原因は、モノクル眼鏡の三男坊だと思うが」 「そこまで特徴的な人物ならすぐに見つかるだろう」 「どれ、ここまで連れてきたまえ。ジン・トロット・ステインが自ら制裁をくわえよう。貴族的に」 「………………」 「責任は感じてるよう……」 「いや、そもそもの原因は俺にあるから」 アクシデントとは言え、姫様に恥をかかせたのは本当だしな。 「協力できるところは、協力していくツモリだが……」 ううむ、とレキが考え込んだ――その時だった。 「ふぇ? 何の音?」 激しく金属を叩きつける音。 徐々に、こちらに近づいてくる。 「火事? ……じゃないよな?」 慌てて周囲を見回した。 特に煙の立っている様子はない。 「あ、誰かこっちに走ってきますっ」 うん? 森へと繋がる道の向こうを、ロコナがじーっと見つめている。 それに倣って、俺も目を凝らした。まだ何も見えない。 米粒ほどの人影が、徐々に大きくなっていく。 そして―― 「あれ? おばあちゃん?」 ガンガンと鍋らしきモノを叩きながら走ってきたのは――老婆ヨーヨードだった。 「た、たたっ、大変じゃっ!大変じゃ〜〜〜っ!!」 「のわ!? う、うるさいって!!」 「大変じゃっ! ロコナ!大変なことになってしもうた!」 縋るように、ロコナにしがみつく老婆。 ただ事ではない様子に、緊張感が走る。 「ちょ、おばあちゃんっ、落ち着いてっ!」 「どうした!? 何があった!?」 異様な雰囲気に気づいたのか、幾人かの村人たちが広場へと集まってきた。 遠巻きから、心配そうにこちらの様子を伺っている。 「こ、子供がっ……」 「ボナンザの所のっ、双子らがっ……」 「パルムとリルムか? あの2人がどうした?」 「も、森の外れのっ、近づいてならんとアレほど言うたのにっ」 「落ち着いて。その双子がどうしたって?」 「コ、コッカスの巣にっ……」 こっかす? 「っ!? あの2人、コッカスの巣に近づいたの!?」 ロコナの顔色が変わる。 「たた、大変なことになってしもうた……」 ヨーヨードが、その場にヘナヘナと崩れ落ちる。 「あの子たちっ!!」 突然、ロコナが全速力で駆け出した。 向かう先は、国境を覆いつくす森―― 「待てっ! ロコナっ!」 制止も聞かず、ロコナは突き進んでいく。 「ロコナーっ!!」 後を追って、俺も駆け出した。 森の外れには、既に何人かの村人たちが集まっていた。 ロコナの姿が見えない。 「ロコナーっ!?」 「あ……あんた、警備隊の……っ!」 「ロコナは!? 子供たちは!?」 昼間だというのに、松明を手にしている村人もいる。 「クキャ――――――オッ!!」 っ!? 森の奥から、甲高い鳴き声が聞こえてくる。 「森の中に入ったんだな!?」 「あ、ああ。子供たちを助けに行くって……」 「パ……パルムっ、リルムっ!」 「しっかりおし、ボナンザ!ロコナは森に詳しい子だよ!」 「きっと、無事に助けて戻ってきてくれるっ」 キッ、と森の中を睨んだ。 生い茂る木々の向こうは薄暗く、先は見えない。 あのバカ、たった一人で乗り込みやがって―― 「時間が無いっ! 教えてくれ!」 「コッカスって、何なんだ!?」 詰め寄るようにして、村人の一人に迫った。 「コ、コッカスは鳥だよ。とてつもなく大きい」 巨大な……鳥? 「凶暴なのか!?」 「い、いや……普段はおとなしい」 「でも、巣に……卵に近づくと危険で……」 「どこに巣がある!?森の中の、どの辺りにっ!?」 俺も向かわなくては―― 「そ、それは……」 「私が知っているっ、案内するっ」 「はぁ、はぁ……やっと追いついた……」 走って追いかけてきたのか、レキとジンも現れた。 「こっちだ! ついて来いっ!」 村人の手にしていた松明を取り、レキが森の中へと駆け込む。 こんな時、村の地理に明るくない自分が呪わしい。 「すまんっ、案内頼むっ!」 レキの後を追いかけて、俺も森へと入った。 「ちょ! おーいっ!」 「置いてかれちゃったよ……」 「神様っ……どうか子供たちを無事にっ……」 「………………」 「まあ、大丈夫だろ。リュウも一緒に行ったんだから」 「アイツは――けっこう頼りになると思うよ?」 「……たぶん」 レキを追いかけて、森の中を走る。 松明から零れる火の粉が、宙を舞っては消えてゆく。 「足元に気をつけろっ、根に引っかかるなよっ!」 「ああっ! こういうのは得意だっ!」 伊達に戦闘訓練を受けてきたワケじゃない。 俺は――騎士なんだ。 「あの大樹の裏側に巣があるっ!」 「ロコナーっ!」 松明を振りかざすレキ。 周囲の様子を注意深く観察する―― コッカスとやらの気配は無い。 あの甲高い鳴き声も、聞こえてこない。 「ロコナーっ! どこにいるーっ!?」 「パルーム! リルーム!」 反応が無い。 まさか…… ごくり、と喉が鳴った。 まとわりつくような森の湿度が、少し気持ち悪い。 いったい、ロコナたちはどこに―― 『……たいちょー、レキさーん』 っ!? 今、声が聞こえた。 「ロコナっ! どこにいる!?」 『上です、上〜』 上? ハッと空を見上げる。 大樹から伸びる巨大な枝の片隅に、ロコナの姿が見えた。 その両脇に、小さな子供を抱えている。 『ほら、隊長さんとレキさんが助けに来てくれたよ。もう大丈夫だからね』 『ひぐっ、えっくっ……』 『ぐすっ……うぅっ……怖いよぉ』 『だーいじょーぶ。隊長さんは頼りになるんだから』 「あ、危ないぞっ!一体、どうやってそんな場所に……」 「両手に子供を抱えてる……ロコナーっ、そこから動けるかー!?」 『う、ちょっと厳しいでーすっ』 『ええと、ロープがあるので、一人そっちに降ろします〜』 「コッカスはどうしたーっ?」 『飛んで行っちゃいました〜。たぶん上の方で旋回してるんじゃないかと〜』 つまり、今のうちに逃げなきゃ……ってコトだな。 「わかった! 受け止めるから、ゆっくり降ろしてくれ!」 『男の子の方を降ろしますよ〜』 『や、やだよぉ! 怖いよぉ! ぐすっ……』 『ほら、パルム。泣かない泣かない。男の子なんだから、しっかり』 泣きじゃくる男の子にロープを結わえて、ゆっくりと下に降ろす。 「よーし、いいぞ。そのままー」 「早くしろっ、コッカスが戻ってくるかもしれないっ」 っと、そうだった。 「よーし、もういいぞ! ロープを解くからな!」 男の子をキャッチし、結ばれていたロープを解く。 「えぐっ、ぐすんっ……怖いよぉぉぉ」 「もう大丈夫だ、よく頑張った。偉いぞ」 しゅるしゅるとロープは上に引き戻され、今度は、ロコナと女の子が降りてきた。 その見事なロープ術に、ちょっと感心する。 「よ……っと。着地成功〜」 「はー、怖かったぁ……」 「うあぁぁぁぁんっ! 怖かったよぉぉぉ!」 「あははは。わたしも怖かったぁ」 抱き合うロコナと子供たち。 ふー……なんとか無事に救出成功。 「怪我は無いか?」 「あ、はい。だいじょーぶですっ。子供たちにも怪我はありませんっ」 「危ないから近づいちゃダメって、いつも言われてるでしょー?」 「ぐすんっ……うぅぅ……」 「話は後だ、とにかく村に戻ろう。ここは危ない」 しゃがみこんで、背中をロコナに向ける。 「女の子の方は任せた。男の子は俺が運ぶよ」 「了解ですっ」 「コッカスだけじゃない、他にも獣はいるからな。気を抜くな」 レキの言葉に頷いて、俺たちは歩き出した。 「あ! 戻ってきたっ!!」 森の出口には、大勢の村人たちが集まっていた。 「パルム! リルム!」 思わず駆け寄ってくる、子供たちの親―― 「よ……っと。もう一人で歩けるよな」 俺の背中から降りた男の子が、母親の元へ一目散に駆けて行く。 女の子も、同じように母親の元へ。 ふー……やれやれ。ホッとした。 「お疲れさん。よく頑張りました」 「いや、俺は何もしてないよ。ロコナが助けたんだ」 「そ、そそそ、そんなっ! わたしは何もっ!」 慌てふためくロコナ。 でも実際、子供たちを助けたのはロコナだ。 「しかし……あの子たちは何故、コッカスの巣に近づいたのだ?」 「いくら好奇心旺盛な子供とはいえ、無茶が過ぎるだろう」 「うーん、それが……」 「卵を盗もうとしてたらしくて」 「な、なんだと!?」 「誰から聞いたのか分かりませんけど、高く売れるって教わったらしいんです」 卵が、高く売れる? 「ふむ。確かにコッカスの卵は高く売れるぞ」 「マニアの中じゃ、そこそこ高額で取引されてる代物だしな」 「う、売るつもり……だったのか?」 「そのお金で、お母さんにプレゼントを買おうとしてたみたいなんです」 「そんな話を聞いちゃうと、怒るに怒れなくて……」 「ま、怒るのは親の仕事だしな。ほれみろ、2人ともケツ叩かれてる」 心配させた罰に、双子が尻を叩かれていた。 ……なんか、ちょっとほのぼのする光景だな。 「まあ、何はともあれ、とにかく無事でよかっ――」 その時だった。 上空から、巨大な影が舞い降りてきたのは―― 「っ!?」 「なっ――!?」 突如、俺たちの目前に現れた、巨大な怪鳥―― 「コッ、コココッ……」 「コッカス!!」 「クキャ――――オ!!」 こいつが、コッカス!? デカい!! 想像を遙かに越えて、その怪鳥は巨大だった。 人間で例えるなら、5人分の高さは下らない。 その金色の瞳が、真っ直ぐに俺たちを見下ろしている。 「クキャ――――――オッ!!」 ビリビリと、耳をつんざくハウンドボイス。 思わず腰がすくんで、動けない! 「に、逃げろッ! みんな逃げろッ!!」 レキの絶叫に我を取り戻し、村人たちが逃げ惑う。 「は、早くっ! みんな逃げてっ!」 騒がしい俺たちを睥睨するコッカスは、激しく左右に首を振って、怒りを露にする。 そして、一人の村人に狙いを定めて―― その鋭い嘴を、猛烈な勢いで振り下ろした! 「ひっ!?」 「危ないっ!!」 咄嗟に、俺は駆け出していた。 地を蹴って、狙われた村人へタックルをかます。 「うわあぁっ!?」 間一髪―― 振り下ろされた嘴は、俺の軽装甲冑を掠め、地に突き刺さる。 「逃げろ! 今のうちに早くっ!」 「あ……あぁぁ……あぁ……」 「ジン! この人を引っ張ってくれ!」 「ひ、引っ張れっつったって!?」 「頼むッ!」 「ああああっ! わかったよ!」 急いで立ち上がり、嘴の掠めた軽装甲冑に触れた。 「うげ……!」 えぐられている。 皮に鉄を張っただけの軽装甲冑とはいえ、ボロ布みたいに引き裂くなんて…… 「まともに食らったら……たぶん死ぬ。いや、ぜーったい死ぬ!」 「た、たいちょーっ!」 「み、みんな逃げたか!? 子供たちは!?」 「ま、まだですっ!」 「こっちは俺がひきつけるっ!その間に逃がせっ!」 って、俺はまたなんて安請け合いをしてんだ!? 屹立する巨大な怪鳥、コッカス。 今、こうして目の前にするとその大きさにただただ圧倒される。 正直、今にもチビってしまいそうです。 「クキャ――――――オッ!!」 「って、チビってる余裕もねーっ!?」 空気が震える。 咆哮が、体の芯までビリビリと伝わってくる。 巨大な羽を開いて、俺を威嚇するコッカス。 その瞬間。 再び、鋭い嘴の一撃が、俺を狙って振り下ろされる! 「っ!?」 後ろにではなく、前に飛ぶ! 前転するようにコッカスの足元へと、飛び込んだ。 大地が揺れる。 すぐ目の前で、おぞましい怪鳥の爪が動いている。 「っとととと!」 今度は横転。 先程まで俺が転がっていた場所を、その両足が踏みつける。 怪鳥の爪はケーキでも切り裂くようにあっさりと地面を割った。 「あ、あっぶねええええええ!」 そのまま這うようにして、コッカスと距離を取った。 傍から見れば、不恰好な戦い方に見えるだろう。 でも今は、そんな事を気にしている余裕は無い。 「………………」 そっと、剣の柄に手を伸ばした。 やるしかない。 倒さなければ、殺される。 ここで俺が逃げ出せば、この怪鳥は村を襲うかもしれない。 瞬時に、様々な思考が流れる。 「クルルルルル……」 そんな俺を、せせら笑うかのように、コッカスが鳴いた。 剣を―― 剣を抜かなきゃ―― 「くっ……!?」 指先が震える。 背中を、冷たい汗が流れる。 体の芯に氷柱を打ち込まれたかのような、そんな感覚。 『隊長っ! みんな無事に逃げましたっ!』 っ!! ロコナの声に、我に返る。 気づいた時には、コッカスの嘴は俺の脳天めがけて振り下ろされていた。 「クキャ――――――オッ!!」 「うおおおおおおおおおッ!?」 回避しようと、横に飛ぶ。 間に合わない。 コッカスの嘴が、俺の頭を掠めてゆく―― 「うぐっ!?」 瞬時に、灼熱のような痛みが走った。 直撃を免れた〈僥倖〉《ぎょうこう》に、少しだけ安堵する。 「く……っそ! いってえな、このデカ鳥ッ!」 怒声は発しながら、手早く周囲を見回した。 路傍に、木の棒や、鍬や鎌、消えかかった松明が打ち捨てられている。 逃げる際、村人たちが置いて行ったのだろう。 そして、距離を取った場所に……ロコナとレキ、そしてジンがいる。 あいつら――早く逃げろって言ったのに。 「ロコナっ! そこの棒を投げてくれ!」 「ぼ、棒ですかっ!?」 「早くッ!」 「は、はいぃぃっ!」 路傍に捨てられた棒を、こちらに投げてよこした。 剣の代わりにしては心許ないが―― 何もないより、ずっとマシだ。 「んな木の棒キレなんかすぐ折れるって!剣つかえよ、剣!」 んなことは、分かってるよ! 使えないんだよッ! 「クルルルルル……」 どこから啄ばもうか――そう考えているように見える。 来いよ、デカ鳥。 正眼に構えて、ギロリと睨みつける。 「クキャ――――――オッ!!」 凄まじい一撃が、俺の脳天を目掛けて振り下ろされた。 「うおおおおおおッ!!」 棒を斜めに構え、その一撃を受け流す! 同時に、鋼を張ったブーツの踵で、コッカスの頚部に蹴りを食らわせる!! 「ギャウア!?」 一瞬、コッカスが怯んだ。 「っりゃああああああッ!!」 その隙を逃がさない。 地面を踏み込み、仰け反ったコッカスへ一足飛び! やはり首を狙う! 棒の先端を、鋭く突きこむ! 「クキャ――――――オッ!!」 っく!? コッカスの羽ばたきが、土煙を巻き上げる。 突きは届かない。 飛びずさって、コッカスとの距離を取り直す。 「す……っげぇぇ……なんだアイツ……避けながら回し蹴りとか、ありえん動きをしてたぞ」 「棒切れ一本で、あのコッカスと普通に戦えてるし……」 「さすがは騎士……と言ったところか。どうやら、情けないだけの男ではなかったようだな」 「隊長は……情けなくなんか、ないです」 「隊長は、やる時は、やる人ですっ」 「………………」 「そう……だな。そうかもしれない」 「あのコッカスですら、撃退してしまうかもな――」 幾度となく、突きを繰り出しては、嘴の猛撃を回避し続ける。 時には前転、コッカスの懐に潜り込んで距離を詰める。 「クルルルルル……」 しかし、決定的な一打は届かない。 さすがに敵がデカすぎる―― 「……そろそろ、森に帰ってくれないか?」 問いかけてみる。 「クルルルルル……」 コッカスの目は怒りに燃えていた。 ……とても引き返してくれそうな気配じゃない。 「あつつ……」 嘴の掠めた箇所が、ジンジンと痛む。 ガツ、と棒を地面に突き立て、小さく深呼吸をした。 「ふー……」 一歩、後ろに下がった。 棒を握り締めたまま、コッカスを見上げる。 コレでぶっ叩いたところで、威力はたかが知れてる。 最も威力の高い攻撃は、やはり突き。 何発か首に叩き込んだが、それでも威力が足りない。所詮は、非力な人間の力だ。 けれど―― もし、俺だけの力じゃなかったら? イチかバチかの危険な賭け。 それでも、今の俺には“コレ”しか思いつかない。 リュウ・ドナルベイン、左遷先の辺境で、鳥に殺され生涯の幕を閉じる。 なんとも格好のつかないラストだ。それだけは避けたい。 「クキャ――――――オッ!!」 威嚇の咆哮……そして。 照準を俺に定めた、鋭い嘴の一撃。ギリギリまで引きつけて── 「うおおおおおおおおおッ!!」 掴んでいた棒を手離しつつ、背後に飛ぶ! 髪の毛を、鼻先を、顎先を、その嘴が掠めて―― 「グギャオオオッ!?」 地に突き立てた棒の先端が、コッカスの喉元に突き刺さる。 コッカス自身の力で、自分の喉に“突き”を決めたのだ。 これは相当のダメージのはず! 「グギャオ! グギャオオオォ!!」 飛び跳ねて暴れる、傷を負ったコッカス―― そして。 一際高く咆哮し、大空へと飛んだ。 「と……んだ?」 再び降下してくるかもしれないと、空を睨む。 しかし、コッカスは大きく上空を旋回した後…… そのまま、森の方へと飛び去って行った。 「………………」 助かった……のか? 呆然。 立ち尽くしたまま、空を見上げ続ける。 どこまでも青く、澄んだ秋空。 吸い込まれそうな程、高く、深く―― 「ごふっ!?」 何かが、思いっきり体当たりしてきた。 「たたたた、たいちょ〜〜〜〜〜〜っ!!」 「ご無事でしたかっ!? お怪我はっ!?生きてらっしゃいますか〜〜〜っ!?」 がっくんがっくん。 「ちょ、待てっ、揺らすなっ」 ただでさえ、今にも失神してしまいそうなんだから。 ヘナヘナ……と、不恰好にも俺は崩れ落ちた。 正直……死ぬかと思った…… 最後の一撃――アレをよくかわしたモンだと、自分で自分を褒めてやりたい。 「おー、生きてる生きてる」 「見てるこっちの寿命も、縮むかと思ったぞ」 「は、はは……ははは」 乾いた笑いしか浮かんでこない。 脅威が去ったことを知ったのか、逃げていた村人たちも戻ってきた。 「すぐ手当てをする。ロコナ、少しリュウから離れてくれ」 「は、はいっ」 「無茶すぎるぞ。死んでもおかしくなかった」 「俺も……そう思ったけど……」 あの場で、俺まで逃げてたら―― 被害は村に及んだかもしれない。 「き、傷は……深いのかい?」 お。無事だったかオバちゃん。ユーマさん、だっけ? 「心配ない。どれも掠り傷だ。よくもまあ、あれだけ器用に避けられるものだ」 半ば呆れた口調で、レキが呟く。 「逃げるのは得意なんだ……ははは」 「バカもの」 相変わらず手厳しい。 だけど、その口調はどこか暖かった。 「あ、あのコッカスと戦った人は、初めて見たよ……」 「しかも、なんだあの動き。人間業じゃなかったぞ」 それは……まぁ、訓練の賜物ってやつで。 「やっぱり、隊長さんは、やる時はやる人でしたっ」 やめてくれよ、くすぐったい。 それにしても―― 「……もう二度とゴメンだ。あんなのと戦うのは」 苦笑がこみ上げてくる。 「ちゅーかね、剣で戦えよ!なぜに棒切れ!?」 「いやまあ、結果的には、あの棒切れで撃退したみたいだけどさあ」 「あー……」 ちゃり、と腰の剣が鳴る。 「剣はちょっと……苦手で」 「は?」 「昔、いろいろあってさ。血を見るのが苦手なんだ」 思い出したくない記憶。 封じ込めている記憶。 ただ、ぶらさげているだけの剣。騎士としての証の剣。 「血は……ホントに苦手なんだよ」 それで騎士を名乗ってるんだから、傍から見ると不思議だろうな。 「そんなに苦手なのか?」 「ああ。大の苦手だ。魚さばいてるの見ただけで気絶する」 「しかしだな、そなた自身が今、血まみれなんだが」 「え?」 「ほら」 レキが、手鏡を俺の前にかざした。 鏡面に映りこんだ俺の顔には、べったりと血糊が貼りついて―― 「のわああああああっ!?」 「血! 俺、血まみれじゃん!俺、もしかして死ぬ!?」 「あぁぁぁぁ……」 ふわぁ〜っと、意識が遠のいてゆく。 「だから掠り傷だと言ってるだろう」 ぱたりこ。 地面に突っ伏したまま、ブラックアウト。 「………………」 「……リュウ? おい?」 「た、たいちょー!? もしもーし!?」 「え、死んだ? マジで!?」 「いや、気を失ったようだ」 「……自分の血を見て、卒倒したらしい」 「張り詰めていた気が、一気に緩んだんだろう」 「ちょうどいい、このまま怪我の手当てをするぞ。傷を縫わなくてはな」 「うわぁ……かわいそ」 「たいちょー……おいたわしや〜」 誰の言葉も、失神した俺の耳には届かない。 「しっかしなんだな。 ……頼れるのか頼れないのか、よくわからん隊長だな」 「まったくだ」 苦笑交じりの笑い声も、もちろん俺の耳には届かない―― 頼りになるのか、ならないのか。 その判断は保留されながらも―― この日の出来事は、俺と村人たちとの関係を改善する大きなキッカケになった。 不名誉な流され罪人から、やる時はやる(かもしれない)警備隊の隊長として…… ようやく、今、この瞬間から。 俺は、一歩前に踏み出そうとしていた。 少しずつ辺境警備隊の隊長として、板につきはじめたリュウ。村人たちもリュウを歓迎し、優しい言葉をかけてくれるようになっていた。 平和でのどかな村の日々も悪くないな……と思い始めた矢先、村を揺るがす大事件が発生する。 王室に連なる若君様が、お供として騎士アロンゾを引き連れて村にやってきたのだ。 幻の花を探してこの村にやってきたという若君様は、見つかるまで村に逗留すると言い出し勝手に兵舎を宿に決めるのだった。 『んっ……ふぁぁぁぁぁ……っとぉ』 『おおー、今日もすかっと晴れ模様〜』 『毎日、ちょっとずつ空が高くなるな〜』 『っとと、いけないいけない。朝のお勤めしなきゃ』 『国境警備隊、ロコナ。朝の角笛、吹きまーっす』 『さん、はいっ』 ポルカ村に、朝一番の音が鳴り渡る―― 一夜明けるごとに、気温は少しずつ下がり、秋の匂いが深まってゆく。 風に舞い上がる落ち葉と、いつまでも青さを失わない常緑樹。 そして、ゆっくりと近づいてくる冬の足音…… 「だぁぁぁぁぁぁっ!」 「だから、音を外しすぎだっての!」 今朝もロコナの『おはようラッパ』にツッコミを入れつつ目覚めた。 聞けばツッコまずにはいられない――ある意味、魔力のこもった音色だ。 「まあ、おかげで一発で起きられるんだけども」 一週間が過ぎた。 怪鳥コッカスを撃退したあの日から、もう一週間。 最初の二日間は、負った怪我と筋肉痛で動けなかった。 後の五日間は……以前と同じように、村を見回ったり、野良仕事を手伝ったり。 村人たちとの距離も、ずいぶんと近づいた気がする。 まだ若干、白い目で見られることはあるんだが…… それでも、以前と比べれば雲泥の差。 ロコナたちが、都での俺の失態を、正確に吹聴してくれたおかげだ。 そう“正確”に…… んなわけで、俺は忌避すべき流され罪人から、不幸な左遷騎士へとグレードアップ。 ……グレードアップ? ま、まあいいや。 とにかく、俺を取り巻く環境は良化したワケで。 「ん〜〜〜〜〜〜」 ベッドに乗ったまま、上半身を起こしてストレッチ。 コキコキっと、背中の骨が鳴る。 あだだだっ、まだ傷の抜糸をしてないんだった。 後でまた、レキに貰った薬を塗っとかなきゃな…… 「ぃよしっ、起きるか!」 朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで。 俺は、勢い良くベッドから跳ね起きた。 今日は、野良仕事の手伝いは無し。 代わりに、隙間風が吹き込んで寒いという民家の補強修繕。 実は、こういった大工仕事は嫌いじゃない。 むしろ野良仕事より、ずっと俺に向いてるような気がする。 「爺さん、釘とってくれ」 「『偉大なホメロ様、今日もおヒゲが素敵。ところでそちらの釘を取ってくださいまし?』と言ったら取ってやらんこともないぞい」 「トンカチって意外と〈投擲〉《とうてき》武器に向いてるんだ」 「超マジでごめん。謝るから投げないで」 「ていうか、ほれ、ワシの手を見てみい」 「無理なんじゃよ。こっちは両手が塗り土だらけじゃ」 まったく、最初っからそう言えばいいのに。 「ロコナーっ、釘とってー」 「はーいっ、ちょっとお待ちを〜っ」 たった3人の国境警備隊。 それでも、なんとかチームワークが生まれてきたような気がする。 ……ホメロ爺さんは時々、サボって兵舎に閉じこもってるけどな。 「悪いのぅ、総出で手伝ってもらって……」 「熱いショウガ湯に、ハチミツ入れてもってきたぞよ。さあ、飲んで飲んで」 「ありがとー。温かいのは助かるなあ」 「酒だとなお良いがのう」 「ふふふふ。昼間っから飲むツモリかえ、ホメロさんは」 「ほら、ロコナも飲んで飲んで」 「うんっ、ありがとっ」 どうですか、この平和な一時。 つい先日までの、ギスギスした毎日がウソのようだ。 この調子なら俺がポルカ村に馴染むのもそう遠くない。 ゆくゆくは立派な騎士として各家庭の屋根という屋根を頑丈に作り替え…… ……あれ? 「隊長さーん、後でウチの屋根も見てくれんかねー?」 お? 千客万来だな。……金は貰ってないけど。 「ああ、いいよー!」 手を振って応える。 「すっかり馴染んでおるのう」 「うん?」 「この村に、じゃよ」 「まあ、命を張って村人を守ったんじゃから、当然かの」 そうじゃない。 確かに、あのコッカス事件はキッカケになったと思う。 でも、何度も言うけど、そのキッカケの芽を育てて―― 俺の汚名を雪いでくれたのは、ロコナやレキたちだ。 「よきかなよきかな。仲良きことは、ええことよ」 うんうん、と頷いてヒゲをいじる爺さん。 「……塗り土まみれになってるぞ、ヒゲが」 「ぬお!? しもうた、油断した……」 と、その時―― 『おーいっ! けいびたーい! 左遷くーん!』 ジンの声が聞こえた。 っていうか、その左遷クンは止めろっつーに。 「だああああ!」 「なんで誰も兵舎にいないのさ!?」 「いや……見りゃわかるだろ、全員総出で手伝ってるし」 「何かあったのか?」 「客だよ、客っ」 「神殿に客が来たらしくて、兵舎に案内して欲しいとか言い出して」 「たまたま神殿で遊んでたオレが、案内役を押し付けられてっ」 神殿で遊ぶなよ…… 「で、はるばる案内してみたら、兵舎は空っぽ」 「新手のイジメかとおもた」 「どっかの道楽貴族と違って、こっちは働いてるんだよ」 「お客さんって、どなたですか?」 「よくわからん。どっかで見たような気もするんだが……」 「おなご?」 「うんにゃ、男2人」 「つまらんのぉ……」 「とにかく、兵舎まで案内して、テキトーに茶とか出しといたから」 「ちゅーかね、茶とか入れたの生まれて初めてよ」 「あやー、それはわざわざすみませんでしたっ」 「あ、いやいや、やってみたら結構楽しかった。味は保証しないけど」 「ありがとな、ジン。すぐ戻るよ」 「そういうワケで……ごめん、婆さん。この続きはまた明日にでも」 「ああ、かまわんよ、そう急がんでものぉ」 「ゆっくり、時間があるときにでも来ておくれ」 カップに残っていたショウガ湯を、一気に飲み干す。 うん、体がポカポカしてきた。 「よし、全員作業止め。兵舎に戻るぞっ」 「その前に、手を洗わせてくれんかの」 ワキワキと、塗り土まみれの手を動かして、爺さんが笑った。 「客って、どんな客なんだ?」 道すがら、ジンに問いただす。 「どんなって……うーん」 「なんか、偉そうな感じの騎士2人組」 偉そうな感じの騎士? ……騎士団人事院の査察か? 就任届けの書状は、ちゃんと出したぞ。 ……はっ!? もしかして、ケンとバディ!? 何かの用事ついでに、同期の顔を見に寄った……とか? ありうる話だ。 「レキさんも一緒にお待ちなんですか?」 「うん。オレの入れた茶を飲んで、硬直してた」 どんなシロモノを出したんだオマエは。 「また左遷辞令だったりしての」 「う……」 サラリと、恐ろしいことを言わないでくれ。 せっかく村に馴染んできたばかりなんだから…… 「いやいや、ここより遠い左遷先なんてないでしょ」 「それもそうじゃの」 「わははははは!」 「うひょひょひょひょ!」 笑うトコか……? 「とにかく、高位の騎士かもしれない。失礼のないように出迎えるぞ」 「了解ですっ」 びしぃ! と、またしても自分チョップ敬礼。 そうじゃないと教えてやっただろうに……ま、いいか。 兵舎のドアに、手をかける。 そして、そっとドアを開いた――その時。 「っ!?」 俺の頬を、剣先が掠めた。 間一髪、のけぞって初撃をかわした俺は、瞬時に体勢を低くする。 『ちっ……』 な、ななな、なんだなんだっ!? 「……相変わらず、逃げたり避けたりは達者なようだな、ドナルベイン」 「なっ……!?」 予想外の人物が、そこに立っていた。 近衛騎士、アロンゾ・トリスタン―― 俺より二年先輩の騎士、エリート中のエリート。 なぜ、こんな場所にアロンゾが……!? 「貴様とは、いずれ決着をつけようと思っていた」 「いい機会だ。この場で、あの時の不覚を雪いでくれるッ!」 「ちょ、ちょちょちょっ、いきなり何なんだよっ!?」 「剣を抜けッ!いつぞやのように木剣ではなく、真剣をッ!」 「な、何がどーなってるんですか!?」 「いや、ワシにもさっぱり……」 「やったれやったれー。しばいたれー」 「だあああっ、無責任に煽るなっ!」 「えー、でもなんか熱い展開じゃね?」 他人事だと思いやがって。 「今日こそ、貴様の首を――」 『アロンゾっ! 何をしてるっ!?』 え? 鋭い声が、兵舎の中から聞こえた。 誰だ? レキの声じゃなかったぞ? もう一人の……騎士? 「も、申し訳ございません」 悔しそうに俺を睨んで、アロンゾが引き下がる。 「……なんぞあったのか? この男と」 「うん、まあ……昔ちょっとね」 逆恨みされてるだけ、なんだけどな。 「わざわざ、こんな辺境まで昔の意趣返しに来たのか?」 「……ふん、貴様のような暇人と一緒にするな」 「この地に貴様がいると知ったのは、ただの偶然に過ぎん」 それはそれは。神様も気の利いたイジワルをしてくれたもんだ。 「まあいい。今日のところは見逃してやる。さっさと中に入れ」 オマエん家じゃねーんだぞ。俺たち、国境警備隊の兵舎なんだぞ。 「……何なんだよ」 一気に、精神が磨耗したような気がする…… ドアの向こうには、レキが立っていた。 「………………」 無言のまま『災難だったな』と言わんばかりの苦笑を浮かべている。 そして、その先―― ホール奥の窓際に、甲冑に身を包んだ一人の騎士が立っていた。 こちらに背中を向けているため、顔はよく見えない。 かなり小柄な……金髪の騎士だ。 「お連れ致しました」 『うん』 ようやく、騎士がこちらを向いた。 「いきなりケンカでも始めたのかと思ったぞ、アロンゾ」 朗々とした、透き通るような声―― 「彼らがそうなのか?国境を守る警備隊というのは」 黄金を削りだして造ったような、美しい彫刻を思わせる風貌。 「ん……少ないな。もっといるのかと思ってた」 一言で表すなら、目前の甲冑騎士は“美少年”だった。 「お騒がせして申し訳ございません。アルス様」 「この者が、警備隊の隊長を務めるリュウ・ドナルベインでございます」 挨拶すべきかどうか、一瞬、悩む。 目前の美少年クンが誰なのか、まったくわからない。 「リュウ・ドナルベイン……」 「ああ、あの任官式典の――」 ポン、と手を打つ謎の美少年クン。 「ぐほう!?」 思いがけず不意打ちを食らって、俺はその場に膝をつく。 「どうしたのだ? その男は」 「おそらく、自らの犯した罪の重さに打ちのめされでもしたのでしょう」 「うう……」 忘れてたわけじゃないけど、苦い思い出として心の整理をつけはじめた矢先に…… 「しかし大げさだな」 「いえ、あのような失態を演じたならば、騎士としてはむしろ死んだ方がマシというもの」 「……ていうか、死んでおればよかったものを」 って、今、死ねって言った! この人! 「ご挨拶しないかっ、ドナルベインっ」 「だ、誰なんだよ? 先に説明くらいしろよ」 オマエの親戚、とか言い出したら殴ってやる。 「アルス様は、テクスフォルト王室に連なる、やんごとなき身分のお方だ」 「失礼などあったら、俺が許さん」 王室に連なる、やんごとなきお方? ――王族、か。 王子、という訳ではなさそうだ。そもそもテクスフォルト王国に王子はいないハズ。 「リュウ……とかいったな」 「それで、いつまでボクを立たせておくツモリなんだ?」 ……へ? 「あ……どうぞ、お好きな椅子にお掛けください」 んなコト、いちいち聞かずに座ればいいのに。 「………………」 トコトコと椅子の前まで歩いてくる、王族の坊ちゃん。 そのまま、じーっと椅子を見つめている。 「何をしてるんだ、はやく」 は? 「椅子をお引きしないかっ、まったくっ」 そそくさと、アロンゾが椅子を引いて、坊ちゃんの着席を促す。 「うん」 満足そうに頷いて、坊ちゃんはようやく椅子に腰を下ろした。 レキを振り返って、小声で尋ねてみる。 「……一体、何がどうなってる?」 「私に聞かれても困る。兵舎まで案内しただけだ」 「王族にあんな坊ちゃん、いたっけなぁ?」 「なんだか、すごくカッコいい方ですね……」 「ほう。ロコナはああいうタイプが好みなんじゃのう」 「べ、べべ、別にそういう意味でわっ」 「おい、何をゴチャゴチャしゃべってる?」 うっ、そうだった。 「ええと……あの、俺たちに何か御用でしょうか?」 なるべく下手に出ながら、用件を尋ねてみる。相手は王族らしいからな。 「もちろん、用があって来たんだ」 「この村にあるという、幻の花を出せ。今すぐにだ」 ……………… ………… …… 「……はい?」 突然の意味不明な要求に、思わず無言が続いてしまった。 「はい? じゃない。幻の花を出せと言ってるんだっ」 この村にあるという……幻の花? なにそれ? 救いを求めて、ロコナの方を見る。 「???」 あ、ダメだ。ロコナも目をパチクリさせてる。 「爺さん、知ってるか?」 「いきなり幻の花などと言われてものォ。何のこっちゃ?」 爺さんも知らないようだ。 「しらばっくれても無駄だッ!ドナルベイン!」 「な、なんで俺の胸倉を掴むんだよっ」 「要求されてるコトの意味がわからんっ!もっと詳しく説明しろよっ!」 「なんだと貴様ーッ!」 こいつ、わざわざ王都からイチャモンつけにきたのか? 「質問。その幻の花ってのは、どんな花なの?」 そ、そうだよ。よく言ったぞジン。 それが分からなきゃ、出せるモンも出せんっつーの。 花なんか、そこら中に咲いてるし――というか、そもそも今は秋だぞ? 「……知らない、のか?」 「知らないから聞いてるんですってば」 だよな? とロコナ、ホメロ爺さんにアイコンタクトを送る。 2人は頷いて、同時に肩を竦めた。 「伝承に残ってるとか、村の言い伝えにあるとか……」 「ぜんぜん聞いたことないです」 「どこか別の村と、勘違いしておるのでは?」 「………………」 会話が止まる。 「そ、そんなはずはないっ」 「アロンゾ、例のモノをっ」 「はっ」 恭しく、アロンゾが何かを取り出す。 それは――数枚の、古めかしい羊皮紙。 箇所によっては、朽ちているところもあるようだ。 「これを見ろ」 テーブルに、その羊皮紙が並べられる。 ……なんだコレ? まったく知らない文字が並んでいる。 「あう、わたし読み書きできません……」 いや、そういう問題じゃない。俺にだって読めない。 「ふむ、古代テクスフォルト文字じゃな」 「読めるのか、爺さん?」 「ま、かじった程度じゃがの」 「この文字自体は、さして珍しいモノではない」 「遺跡に行けば、いくらでも目に入る代物じゃよ」 へ、へーえ。 「文字も重要だけど、ボクたちが注目しているのは地図の方だ」 地図……? 「見て、気づかないか?」 んんん? 「……あ、もしかして」 ふと、ロコナが声を上げた。 「これって、この村の周辺の地図でしょうか?」 「うん? ポルカ村周辺の……?」 「こっちが森、こっちが草原」 「たぶん……これが村、かな?」 言われてみれば、そんな感じに見えなくもない。 「あれ……でも違うかな。微妙に地形が違うかも」 「いや、合ってる。これはこの村の付近の地図だ」 「約600年前に記されたモノだと言われている」 600年前!? 「この古文書には、ある“花”の実在が記されている」 「600年前、この地に咲いていたという幻の花――」 「この地に住む者たちは、それを陽の花と呼んで珍重したという」 「ボクたちは、その花を探しに来たんだ」 真剣な表情で、アルスと名乗った王族の坊ちゃんが語る。 「わざわざ、こんな辺境まで?」 「そうだ」 「その……大昔に咲いてたとかいう、珍しい花を探しに?」 「珍しい花じゃないっ、幻の花だっ」 違いがよくわからん。 「改めて聞きますけど、どんな花なんですか?」 「……というか、そもそも、どうして探してるんです?」 「ただ“幻の花”とか“陽の花”とだけ言われても、答えようがありませんよ」 「そ、それは……」 「………………」 「貴様は、聞かれたことに答えればいいんだッ!」 んな無茶な。 「申し訳ありません、アルス様。この男は、私が後ほどギタギタに……」 「待て、アロンゾ」 「……どうやら本当に知らないみたいだ」 だから、さっきからそう言ってるのに。 「ここは一度、王都に戻られて、改めて下調べを……」 「いやだ」 ぷうっと頬を膨らませる、王族の坊ちゃん。 「下調べなら、これまでに充分重ねてきたっ」 「他の古文書にも、同じように記されていたっ!」 「この村の――この森には、幻の花があるんだっ!」 「見つけ出すまでは、ぜーったいに帰らないからな!」 「そ、そうはおっしゃいましても……」 ……ワガママ王子と苦労性の侍従みたいだな、この2人。 まあ、俺たちには関係のない話だ。 2人で探索する分には自由だし、勝手にやってくれ。 国境を越えない限りは、口出しもしないし…… 「キミたちにも協力してもらうからな、幻の花探し」 「……は?」 イマ、ナンテイッタ? 「見つかるまで、この村に逗留するぞ」 「この兵舎は、ボクの宿舎として一時的に徴発するっ」 「ちょ、お待ちくださいアルス様っ」 俺よりも早く、アロンゾが反応した。 「アルス様、それはいくらなんでも……」 「いくらなんでも、何だ?」 「村の近くにステイン伯の別荘がありますゆえ、そちらに逗留を――」 「い や だ!」 「行けば色々と面倒な目に遭うし、気を遣う」 「そ、それはまあ、多少のご不便はおありでしょうが……」 「それならまだ、このみすぼらしいボロ兵舎に寝泊りした方がマシだっ」 言いたい放題。なんつーワガママな若様だ。 「リュウ」 「え? は、はい?」 「ボクの部屋を用意しろ。今すぐにっ」 「い、今すぐに!?」 「それと、この村の案内も任せるからな!」 ええええええええ!? 「お、お待ちください!」 「待たないっ」 「リュウ、ボクの部屋に案内しろ。早くっ」 「あ、案内と言われても……」 「早くっ」 有無を言わさぬ強引さに、押し切られる。 何なんだよ、一体―― 「えー……第一回、国境警備隊緊急会議」 「議題は……なんか、色々と」 「……なぜ、当事者ではない私まで参加させられてるんだ」 「その場にいたから。つーか兵舎に連れてきた張本人だから」 「わ、私は頼まれて案内しただけだっ」 「オレもオレも。責任は無いと思う」 「そう言うなって。俺にも、何が何だかサッパリわからないんだ」 兵舎の裏でコソコソと、人目を避けての会合。 ちなみに、あのワガママな若様とアロンゾは一休み中。 兵舎の客室を提供することになったんだが…… こんな不潔な場所にアルス様をお泊めすることは出来ん、とか、アロンゾが言い出して。 今、ワガママ若様のために、必死で清掃中。 危うく俺たちも巻き添えになる所だったが、『夕食の買出しに行く』と嘘をついて逃げてきた。 「しかし参ったのう……いきなり兵舎が徴発されてしまうとは」 「それ以前に、いったい何のために、その花とやらを探しに来たのか謎すぎる」 「教えてくれませんでしたね〜……」 「というか、アレは教えてくれないんじゃなくて、知らないんじゃないのかなあ」 うん? どういう意味だ? 「どんな形で、どんな色で、どーゆー花なのか」 「自分も知らないから教えてくれないんじゃね?」 「じゃあ、あの2人は、何を根拠に“幻の花”とやらを探しに来たんだ?」 「あの古文書だろ?他にも調べたみたいなことを言ってたけど……」 「他に確たる情報もなく?ただの言い伝えを根拠に?」 「よほどの大バカか――」 「もしくは、何か切羽詰った事情があるかの、どちらかじゃろうなぁ」 「砂漠の中で真珠の粒を探すようなモンだぞ」 探し物が真珠だと分かってる分、まだそっちの方が見つかる可能性がある。 色も形も分からん花を、どうやって探すんだ。 「村に来たら、何か分かると思ってたんじゃね?」 「いきなり『出せ』と言われたからのう。それはあるかもしれん」 「とにかく、だ」 「相手が王族である以上、追い返すことも出来ない」 「テキトーにお相手して、んで、とっとと帰ってもらおう」 「賛成じゃ。これ以上、男が増えるとムサくて敵わん」 「花探しを手伝えとか言ってたぞ」 「言っておくが私は無関係だからな、警備隊で何とかしろ」 「オレもオレも。無関係」 くっ……こんな時だけ、なんて薄情なっ。 「……で、さっきからずーっと黙っておるロコナは、どうなんじゃ?」 「ふぇ?」 「どうした? 考え事か?」 「あ……はいっ。王族の人って、何を食べるんだろうって思って」 はい? 「夕食のメニュー、どうしましょー……」 こ、こいつ真剣に夕食について考えてたのか。ただの口実だったのに。 「いつも通りでいいよ、特に無理しなくても」 「で、でもぉ……」 「郷に入りては郷に従え、だ。ロコナの料理は何でも美味いし」 「んでも、かなりワガママっぽい感じだったぞ」 「無礼者〜、みたいな流れになって、再び左遷の旅とか」 「……ちょこっと豪華にしていいぞ、ロコナ。警備隊の経費から引いとけ」 「わ、わかりましたっ、美味しいハムを分けてもらいに行ってきますっ」 うう、こんな些細なコトにも、気を遣わなきゃならんとは…… 「む……? 何をしている、夕食の買出しはどうした?」 げ。アロンゾ…… 「油を売っている暇があったら、貴様もアルス様の身の回りの世話を手伝えっ」 「……なんで?」 超々基本的な質問を投げてみた。 「理由などあるかッ!」 「貴様、王国に奉じて身を立てた者として、王室への敬意を払わんのかッ!」 「ち、近い近いっ、もっと離れろっ!暑苦しいっ!」 「い、いや、こやつがアルス様の身に近づくなどもっての他……身の回りの世話はならんぞ!」 どっちだよ。 「……アルス様が、村を見学したいと仰せになっておられる」 「この地の治安を預かる責任者として、貴様がご案内しろ。それぐらいは許す」 許されなくてヨシ。 「アンタが行けよっ」 「無論、俺も同行する。しかし俺は村の地理など知らん」 「くれぐれも失礼の無いようにしろ。分かっているな」 「だから近いっつーの!」 ったく……次から次へとポンポン用事を言いつけやがって。 「どうした? 準備は出来たのか?」 「はい、アルス様」 「アルス様をご案内できること、これ以上の〈僥倖〉《ぎょうこう》は無いと申しております」 うそつけっ! 「あはは。大げさだな」 「じゃあ頼んだ。前から一度、辺境の村をこの目で見てみたかったんだ」 無邪気に笑う、能天気な若様。 人の気も知らないで……ったく。 「えーっと、ここが村の中央ですっ」 「時々、市が立ったりしますっ」 村の説明は、ロコナに一任した。 俺とアロンゾは、まるで護衛のように若様にくっついて、お供する。 「あれは何だ? ポコっと穴が空いてるぞ」 「あれはですね、村の共同の井戸ですっ」 「兵舎には、兵舎の井戸があるので、ここまで汲みには来ませんけど」 ……というか、井戸も知らないのか。この若様は。 「む……」 俺の視線に気づいたのか、若様が不機嫌そうな顔になる。 「も、もちろん分かってたさ!井戸だってコトくらいは!」 「ちょっと試しただけだ。ふんふん、案内人としては合格だな」 まったく意味がわかりません。なんだその試練は。 「汲んでみます? 冷たくて美味しいですよ?」 「………………」 「よ、よし、ひとくち試してやろうじゃないか」 おずおずと、若君様が井戸に近づく。 そして、釣瓶の綱に手を伸ばし―― 「……ええと」 「下に引っ張るんじゃよ。水の入った釣瓶が上がってくるようにの」 「わ、分かってる!いちいち説明しなくていいっ!」 「おっと、こりゃすまなんだ」 「んしょっ、んしょっ……」 カラカラと滑車が回り、釣瓶が持ち上がってくる。 「おぉー……」 自分で井戸水汲んで、驚いてるし。 初めての体験なんだろうな……きっと。 「グラスは?」 んあ? 「桶の水を汲むグラス。早くっ」 い、いや、早くと言われても。 「そこに柄杓があるんで、それ使ってください」 「ひ、ひしゃく……? あ、これか」 「いけませんアルス様、そのような不衛生なっ」 「うるさいアロンゾ。ええと……」 若様が、ぎこちない手つきで汲みたての井戸水を飲む。 「っ!? ず、ずいぶん冷たいな。それに……美味しい」 あー、うん。その気持ちは分かる。 俺も村に来たばかりの頃は、同じことを思った。 王都の井戸水とは、まるで味が違うんだよなー…… 「ちょっと隊長さん、何の騒ぎだい?」 「お客さんかね?」 気づくと、周りに村人たちが集まってきていた。 ちょっと騒がしくしすぎただろうか。 「うん、お客さん。王都から来た……偉い人たち」 「偉い人? 貴族さんかね?」 「もーちょっと上。王族の人」 「お、王族……って、王様の一族かい!?」 「あの2人が、そうなのかい?」 「大柄な男は、護衛の騎士だそうだ」 「そなたの先輩騎士、なのだろう?」 「……まあ、形としてはね」 渋々と認める。 「はー……王族とはのぉ。見るのは初めてじゃわ」 「なんだい? どうしたのさ?」 「王族の坊ちゃんが村に来てるのさ。ホレ、あの子」 「どれ? おぉ、あの金髪の坊やがそうかい?」 「言われてみると、高貴な感じだね」 次々に集まってくる村人たち。 「おい、ドナルベイン。アルス様は見世物じゃないんだぞ」 「わかってるよ。次に行くよ、次に」 「えーっと、アルス……さま?他の場所もご案内しますんで」 「うん。しかしここの水は美味しいな」 すっかり満足した様子の若様を連れて、移動開始。 ……なんつーか、修学旅行の引率の教官騎士みたいだな、今の俺。 「ロコナ、説明よろしく」 早々にロコナとバトンタッチ。 「あ、はいっ。ここは村で牛飼いをやってるターニャさんのおうちです」 「柵の向こうにいるのが、村一番の乳牛で、名前はモモと言いますっ」 「っ!? な、ななな、鳴いたぞ!?」 そりゃ鳴くさ。牛だもん。 「アルス様、今宵はこの牛を屠って美味しい肉料理を……」 「屠るなっ! 剣を抜くなっ!こいつは乳牛だっつーの!」 「そうだぞアロンゾ。こいつはミルクを絞る牛だ」 「肉にする牛とは、種類が違うのだぞ」 「は、はぁ……」 世間知らずの若君に諭されるアロンゾ。ちょっといい気味。 「絞ってみますか?絞りたてのミルクは美味しいですよっ」 「………………」 若君様が硬直した。 「……教えましょうか? 絞り方」 さりげなく進言してみる。 「宮中じゃ、こんなことやったりしないでしょうし」 「よ、余計なお世話だっ」 「牛のミルクを絞るくらい、簡単なことだっ」 プイッと顔を逸らして、ツカツカと牛に歩み寄るアルス。 そして。 「……えいっ」 むぎゅ。 アルスは、牛の体を掴んだ。 そのままギューっと、牛の体を絞り始める。 「えぃっ! んんっ、大きいなっ」 「ア、アルス様、それは違うかと……」 さすがに見かねたのか、アロンゾが苦言を呈した。 「お乳を搾るんですよ〜、お腹の方ですっ」 「む……」 「わ、わかってるっ。ちょっとした冗談だっ」 なら、なぜ顔が赤いんだ。そんなにも。 田舎に疎いとか、そんなレベルじゃなく―― 庶民の生活に、とことん疎い感じだな。この坊ちゃんは。 そんな世間知らずの坊ちゃんと、しばらく同居生活か…… 胃が痛くなりそう。 世間知らずのアルス様を、村中引っ張りまわしているうちに日は暮れて―― そして、夜。 俺たちにとっては、いつもの…… お坊ちゃまにとっては、おそらく初めての、辺境での夕食が幕を開けた。 「なっ、なんだこの鳥は!?」 くわっ、とアルスが目を見開く。 「お、お口に合いませんかっ?」 ビクビクっ、と怯えるロコナ。 「い……いや、違う。こんな味付けは生まれて初めてだ」 「もぐもぐ……うん、美味しい!」 「鳥はミモーレ風が一番だと思ってたが、これもいける」 ロコナの手料理を目の前にして、アルスは妙に興奮していた。 普段はもっと豪華な物を食べているだろうに…… どうやら、庶民の味が物珍しいらしい。 「仰る通りですな。味は素晴らしい。貧しすぎる料理と思っておりましたが、もぐもぐ……」 「文句を言ってるわりには、夢中で食べてるな」 「うるさい! 食事中に余計な事を言うな」 あのアロンゾでさえ、俺に掴みかかるのも忘れて、パクパクと食っている。 「お口に合って良かったぁ。これはですね、村の自慢料理の一つなんですよ」 「森で集めた数種類のハーブと、塩少々。あとは隠し味に蜂蜜火酒を少しの、簡単な味付けで……」 夢中で食べるふたりに、ロコナは無邪気な笑顔で料理の解説をしている。 「あ、このスープもいける!肉が少しも入ってないのに、なんで美味しいんだ?」 「あ、それはポルル豆のスープですよ。新鮮だと、お肉みたいなコクが出るんです♪」 「なるほど……豆の旨味か……」 「うん、ボクはここの料理が気に入ったぞ」 まるで子供の様に無邪気に微笑む。 こうやって笑っている顔を見ると、なんだか憎めない。 「まあ、王族の方の口にあってなによりですよ」 美味いメシは人の心を和ませる。 昼間は散々だったけど、たまにはこんなメンツと食事もいいかな、なんて思った。 やがてにぎやかな食事も終わり、村に静かな夜が訪れた。 ……ごめん、ウソだ。ちっとも静かな夜じゃない。 あの後も大騒ぎ。 風呂に入ると言い出して、若様大騒ぎ。 一応、兵舎には風呂もある。といっても、湯船とは呼べない小さな代物だが。 『な、なんだ? この小さな水溜りは』と来たもんだ。 普通、庶民の家には風呂さえ無いんだぞ。 この界隈で、兵舎以外に風呂があるとしたら、宿屋くらいのモンだ。 じゃあ一般家庭ではどうしてるかって? タライだよ、タライ。普通はどこの家もそうだ。 うちの実家だって、そうなんだぞ。タライに湯を入れてだな…… 「こら、何をボーっとしてるんだ」 「ボクの話を、ちゃんと聞いてたか?」 ぜんぜん聞いてなかった。 「え、ええと、何でしたっけ?」 「ベッドはどこかと聞いたんだ」 「どこに寝ればいいんだ。この部屋の」 「………………」 俺は今、とても遠い目をしています。 なぜなら、今、アルス様とやらが腰掛けているのがベッドだからです。 「ベッドならあるじゃないですか〜」 「どこに?」 「どこにって……ええと」 うんうん。ツッコミにくいよな。 だって本気で言ってるんだもんな、このボンボン。 ちなみに今、アロンゾは『鍛錬』と称して、兵舎の外で剣の素振りをしてる。 ここにいないのが残念だ。ぜひアイツにツッコんで欲しかった。 「今、アルス様が腰掛けてるのが、ベッドです」 「……んん?」 「これはソファーだろ?」 ぜったい違う。 「……本気で言ってるのか?」 「ち、小さいですか?」 「だ、だって天蓋もついてないぞ?」 普通のベッドは、そんなもん付いてない。 「ど、どうしましょう? たいちょー……」 案ずるな、我が忠実なる部下よ。 俺は、このボンボンの動かし方が、今日一日でよーく分かった。 「まさか、アルス様は庶民のベッドをご存知ないとか?」 「うっ」 「そんなワケないですよねー。いや俺としたことが失礼な事を」 「……こほん。ま、まぁ、聞きかじったことはあったけどな」 「実物を見たのは初めてだから、ちょっと戸惑った。うん」 「確かにこれは、まごう事なきベッドだな。思い出した」 ここまで筋金入りの強がりだと、逆に感心する。 「す、すごいです、たいちょー……」 人心掌握術とは、かくありたいものだな。部下よ。 「うぅーん、そうかぁ……これが……」 「ではアルス様。今日は俺たちはこの辺で」 「うん。ご苦労だった。下がっていいぞ」 「失礼します」 「あ、失礼しますっ」 ロコナと一緒に、客室を出る。 「ふー……」 むちゃくちゃ疲れた。精神的に。 「今日はもう休め。明日は……また色々と面倒で厄介な一日になると思うから」 「はい♪ ではおやすみなさい、たいちょーっ」 「あいよ、おやすみ」 ロコナに手を振る。 やれやれ…… ロコナの姿が完全に見えなくなったところで、俺は近くに落ちていた木の棒を手に取った。 「……1日サボると、3日は響くからな」 そうひとりごちながら、棒を剣に見立てて素振りをする。 「ふっ! ふっ! ふっ!」 棒を振るたびに、鋭く風を切る音が聞こえ、自分の腕が鈍っていないことを教えてくれる。 飽きもせずに、俺は数十分ほどその行為を繰り返した。 こっちに来てからも、調子は悪くないようだ。 だけど、今持っているのが棒じゃなくて、剣だったら…… 「………………」 ダメだ。考えるだけで、棒を取り落としそうになる。 無心だ。鍛錬の時は、無心にならなければ。 「………………」 心を静めた俺は、持っている棒を剣のように構えた。 夜風が吹き――はらり、と数枚の木の葉が落ちてくる。 「……はっ!」 ここだと見極めて、俺は素早く腕を繰り出す。 突き出した棒の先には、落ち葉が数枚刺さっていた。 「………………」 「4枚……か、まあまあだな」 今日の鍛錬はこれで終わりにしよう。 棒を置いて部屋に戻ろうとした俺の前に、ゆらりと人影が現れた。 「……誰だ!?」 「田舎に飛ばされたとはいえ腕は錆びていないようだな」 げっ、よりによってアロンゾに見られてたのか。 「ここに貴様の分の剣もある。練習も済んだようだし、お相手願おうか」 ニヤリと邪笑を浮かべ、俺に剣を差し出そうとする。 ああ、こうなるからこいつにだけは見られたくなかったんだよな。 心の中で溜息をついた。 「やめてくれよ。昼間の騒ぎのおかげで、鍛錬だけでもうヘトヘトだ」 「なっ、貴様っ、逃げるのか!?」 「それくらいでへたばるようなら、青銅騎士団など務まらんぞ」 「あいにく、今の俺は騎士団所属じゃないんでね」 「それに、体力温存しておかないと明日に響くぞ」 「田舎の朝は早いぜ。それに、花を探すのに、あちこち回らないといけないんだろ?」 「うぐ……そ、それはそうだが」 「ってなわけで、おやすみ、だ」 そう言ってアロンゾをあしらうと、俺はさっさと寝るために部屋に戻った。 今日は最後まで疲れる一日だったな…… 明日も……しんどい一日になりそうだ。 花の捜索に借り出される警備隊の面々。アルスの先導で出発するのだが、散り散りの迷子になってしまう。 おどろおどろしい深い森の中で、二人きりになってしまうアルスとリュウ。 さまよっているうちに、出来心でリュウは強気一辺倒のアルスをビビらせようとイタズラを決行。 恐怖のあまり思わずリュウに抱きつくアルス。まるで女の子のような反応と体つきに、リュウは奇妙な気分になってしまうのだった。 幻の花を探しに来たのはいいものの。この時期に咲くという以外の情報はまったく無かったのだ。 色も形も分からない花を探すために、取りあえず森に入って気になる花を片っ端から採取するというアルス。 計画も無く危険な森に線の細い王族を入れて大丈夫なのかと、リュウがアロンゾにそっと呟くと、それをアルスに聞かれてしまう。 「ボクだって、自分の身ぐらい自分で守れるぞっ」 それを聞いたリュウは…… そして、夜は明けて―― ポルカ村に朝がやってきた。 警備隊の中では、ロコナが最も早く起床する。 そのロコナに角笛で叩き起こされる俺たちも、かなり早起きの部類に入る。 ……で、今朝からその早起きグループに、新たに2人加わったワケだが。 「ん……まだ眠い……」 「無理をせず、もう少しお休みになられた方が」 「ボク一人だけ寝てるのは、なんとなくヤだ」 「まるでボクが、怠け者みたいじゃないか」 怠け者ではないにしろ、かなりのワガママ坊ちゃんであることは確かだ。 今朝もテーブルに着く時、椅子を引いてやらなきゃ座らなかったからな。 「朝ごはんをお持ちしました〜」 朝から甲斐甲斐しく働くロコナ。 ホメロ爺さんも、食卓にスプーンを並べたりと忙しい。 今朝のメニューは、目玉焼きとタマネギのスープ。それから硬く焼きしめたパン。 「あ、あのぉ、お口に合いますかどうか」 心配そうに、ロコナがアルスをチラ見する。 「これは……なんだ? 丸くて白くて黄色いの」 「目玉焼きです、アルス様」 「目玉焼き……?」 「卵料理の一種です」 まさか、そんな所から説明せにゃならんとは。 「ふうん、面白いな」 「目玉焼き、か……」 呟きながら、アルスがこちらに視線を向けた。 俺の手元をじっと見つめている。 ……はーん。食い方をマネしようってワケだな。 よーし。 「そんじゃ、頂きます」 フォークを手に取り、目玉焼きの黄身を潰す。 そして、手で千切ったパンを潰した黄身にまぶし、そのままパクっ。 「んー、うまい」 「………………」 俺と同じように、アルスも黄身を潰し始めた。 硬いパンを無理やり千切って、そのまま黄身にまぶして――パクっと。 「んむ……んまい」 「ア、アルス様、そういった食べ方は如何なものかと」 「な、何かおかしいか?」 「おかしくはありませんが……その、少々品が悪うございます」 「でも、さっきリュウはこうやって食べてたぞ」 「この男は、生まれつき品の悪い男なのです」 「ほっとけっ」 こうして食うのが美味いんだよ。ちょっと悪ノリしちまったけど。 朝飯くらい、気分良く食わせて欲しいもんだ。 「それで――結局、どうなさるおつもりじゃな?」 「うん? 何の話だ、ご老人?」 「例の花とやらの探索じゃよ」 「手伝え……と息巻いておったが、具体的な話は何も聞いてはおらんでな」 そうそう。その通り。 何の説明もないまま、いきなり兵舎を徴発されたんだ。 いったい、この先どうするツモリなんだ? 「ちゃんと考えてある」 「古文書には、いくつか手がかりも記されている」 「まぁ……色や形は不明だけど、それも何とかなるだろ」 ……どうやって何とかするんだろう。 「今、どうやって何とかするんだ、とか思ったろ」 ぎく。 「ボクだってバカじゃないぞ。大きなヒントは既に手に入れてあるんだ」 「その花は、この時期――収穫の季節に咲くらしい」 「ちょうど今頃だ。こんな寒い時期に咲く花は、それ自体が珍しい」 なるほど……それは確かに大きなヒントだ。 そこまで分かっていながら、花の色も形も不明ってのは、妙な話だが。 「ひとまず、気になる花は片っ端から採取する」 「後は、既に知られている花を排除していけばいい」 な、なんて大雑把な…… 「森の中……なんですよね? 探索するのは」 「そうなるだろう。少なくとも古文書にはそう記されている」 「言っとくけど、かなり危険だぞ。森の中は」 先日の、コッカスの件もあるし。 「……そんな場所に、線の細い王族の坊ちゃんをお連れして大丈夫なのか?」 そっとアロンゾに呟いてみる。 「せ、線の細いとは、どーゆー意味だっ!?」 ありゃ、聞こえちゃったか…… 「ボクだって、自分の身ぐらい自分で守れるぞっ」 「ええっ、そうなのか?」 「ボクの言葉を疑うのか?」 「疑うってより、驚いているんだ。見かけによらず、強いのか?」 「見かけによらずとはどういう意味だ?ボクは見るからに強いだろうが!」 「…………」 ここは黙っていたほうが良さそうだ。 「ですよねっ、お強そうですよ。いかにも騎士然としたお姿ですっ!」 騎士自体をろくに見たことがないロコナが、坊ちゃんに同意する。 まあ、格好は立派だよ。さすがに良い剣下げてるしな。 「そうだろう! そうなのだぞ」 ワガママ坊ちゃんは嬉しそうに頷いている。 「嘘だろう?」 「なんだとっ!このボクが嘘つきだと言うのか!?」 「貴様ッ! ドナルベインッ! アルス様に対してなんたる不敬を! 外に出ろ、成敗してくれるッ」 出たよ、保護者が。 「いや、貴方が嘘つきだと非難したわけじゃなくて……その、驚いた時の慣用句というか……」 「慣用句?」 「庶民はそのような言葉づかいをするのです」 助けろと周りに目配せする。 「おお、言う言う。特に若い娘が良く使いますなぁ」 「『うっそー、そんなのありー?しんじらんなーい』などと申しますのぅ」 ナイス・フォロー。多少、気色悪いがホメロに感謝だ。 隣でロコナも頷いてくれる。 「庶民の慣用句……か。それならば、許そう」 「はっ、ありがたき幸せ」 「しかしアルス様、ひじょーに不愉快ですがこの男の言にも一理あります」 ひじょーに不愉快ってなどういう意味だ。 「わざわざ、アルス様が出向かれることもないでしょう」 「花の探索は、このアロンゾに御一任頂ければ……」 「いやだっ」 「ボクも一緒に行って探す。これは絶対条件だっ」 出たよ、ワガママ。 王族なんだから、大人しくしてくれた方がいいのに…… 「しかし、アルス様……」 「何を言ってもダメだっ!ぜーったいボクも行くからなっ!」 断言して、パンを引きちぎる若君アルス。 潰した黄身にグリグリと千切ったパンをねじ込んで、豪快にかぶりついて見せる。 「ぜーったいだからな!」 「……とまぁ、そんな事があってな」 溜息を交えつつ、今朝の出来事を愚痴る。 「この時期にしか咲かない、幻の花……?」 「なんか心当たりとかある?」 「………………」 「レキ?」 「ん? あ、ああ、すまない」 「悪いが……力にはなれない」 だよなあ。知らんよなあ。 「婆さんは? 聞いたこと無いか?」 神殿に礼拝に来ていたヨーヨードにも、尋ねてみる。 「そんな話を、子供の頃に聞いたことがあるような……」 「本当か?」 「いや、ないような……あるような……やっぱないような……」 「ええい、どっちだ!?」 「記憶力の低下は老化した証拠じゃな」 「なんじゃとジジイ」 「お、おばあちゃんっ、ケンカだめっ」 「ちっ」 「なんにせよ、役立つような話ではなかったハズじゃ」 「そんな花がある、くらいにしか聞いておらんでな」 「そうか〜……」 やっぱ、森の中を探索することになりそうだな。 「それで、肝心の若様と騎士は?」 「兵舎で準備してます。戻ったらすぐ探索に出かけるとか」 「ずいぶんと村の娘たちが騒いでおったのう。美形な若君様じゃとな」 まあ、それは認める。確かに美形だ。 ……温室育ちの小僧っ子だけど。 「でも……大丈夫なんでしょうか?森の中は危険ですよ?」 「本人たちが大丈夫じゃと言うておるんじゃから、信じるしかなかろう」 「まあ、あのアロンゾがついてれば大丈夫だろう」 「ほう? あの御仁は強いのかえ?」 「誰の話じゃ? 例の王族の若君様か?」 「いちいち人の話のコシを折るなっ。その若君様の護衛騎士じゃっ」 「だーかーらー、どうしてそう2人はイガイガガミガミと〜……」 「強い。王国でも三本の指に入る、最強騎士の一人だ」 言いながら、なんで俺がアイツを褒めなきゃならんのだ、と理不尽な気持ちになる。 「アイツ一人で、五人の騎士と対等に戦える」 「以前、異なる騎士団の間で、些細なことから私闘になったことがある」 その時、俺はまだ見習い中で、遠巻きに見ていただけだったが…… 「アイツはたった一人で、双方の当事者たち五人を叩き伏せて場を収めた」 『ふん、違うな。五人ではなく六人だ』 っ!? 「何の話をしているかと思えば、懐かしい話を……」 い、いきなり現れやがって。 「び、びびびっ、びっくりしたぁ!?」 「……立ち聞きは趣味が悪いぞ」 「貴様らの帰りが遅いからだ」 「早くしろ、アルス様がお待ちになっておられ……ん?」 ふと、アロンゾの視線がレキの隣――老婆ヨーヨードに向けられた。 「……村人か」 「あ、わたしのおばあちゃんですっ。ポルカ村の長老ですっ」 「………………」 「村の長老か。これは失礼をした」 「話は聞いての通りだ。我々はしばらく、この村に逗留を……」 「ええ男じゃあ……♪」 「は?」 「オマエさんっ、名前は何じゃ!?」 「な、名前? あ……ああ、アロンゾだ。アロンゾ・トリスタン」 「嫁は? 嫁はおるのかっ!?」 「は? よ……嫁? いや、独身だが……」 「ふんふん! さよか! ふーん!」 「お、おいドナルベイン、これは一体……なんだ?」 なんだ、と言われても困るが。 気に入られたようだな。ヨーヨードに。 「いやしかし、いい男じゃ! うむ!」 「惚れおったか、ババア」 「おまえのようなシワくちゃジジイとは大違いじゃ」 そりゃそーだ。 「アロンゾ・トリスタン……」 「ヨーヨード・トリスタン……なんちゅうのも悪くないかのう」 「ひっ!?」 ぞぞぞぞぞ、と背筋に悪寒が走ったかのように硬直するアロンゾ。 「どうじゃ、アロちゃん。あての家でゆっくり茶飲み話でも……」 「お、お気持ちだけ頂いておこうっ、俺は多忙なのだっ」 「へ、兵舎で待ってるからなっ!早くしろっ!」 一目散に逃げ出すアロンゾ。 「ああん、アロちゃん……」 「ババア、意外とストライクゾーンが広いのう」 「恋多き乙女と呼ばんかクソじじい」 なんだそりゃ…… 「それで、これから森に行くのか?」 「行きたくはないけど……行かなきゃならんだろうなぁ」 「森の生き物たちは冬眠前で食欲旺盛だぞ、気をつけることだ」 うげ……ヤだなあ。 「あ、そーだ。カンテラ用意しなくちゃ」 「ワシは留守番でもええかのう?」 「まあ、その辺の話も含めて、一度帰って相談しよう」 「すまなかったな、レキ。時間を取らせて」 「ああ。そなたたちに開祖リドリーの加護を」 しなやかな指先で、法印を結ぶレキ。 神殿に向かって一礼し、俺たちは兵舎へと翻した。 様々な相談の結果、ホメロ爺さんは兵舎で待機することになった。 老体にはキツいだろうし、兵舎を空にしなくて済む。 「四人か……やっぱり少ないな」 「あのモノクル眼鏡の男はどうした?」 「いや、アイツは警備隊の人間じゃないので」 というか、アイツ貴族なんだよな。たまに忘れるけど。 「カンテラです、一人に一個用意しましたっ」 「えと、そのうちの二個は村の人に借りた物なので、無くさないようにお願いしますっ」 ……ウチの警備隊って、二個しかカンテラ無かったのか。 貧しいなあ……ホント。 「んで、どこをどーやって探します?」 行き当たりばったり、森の中を歩いても見つからないと思うんだが。 「古文書の地図を参考にする。このエリアだ」 アルスが、古文書の地図を指差す。 「いくつか、目印らしいマークが刻まれているだろ」 「これが手がかりになるかもしれない」 「まずは……んーと、そうだな」 「この、右側のマークが描かれている場所に行く」 むちゃくちゃ大雑把だな…… そのエリアだけでも、どれだけの広さがあると思ってるんだ。 幸い、国境は越えていないエリアのようだが。 「ボクが先導する。はぐれないように付いて来いよ」 えっへん、と胸を張るアルス。 いいけど……大丈夫なのか? 本当に。 「ロコナ、何かあったらフォロー頼む。この中で一番森に詳しいのはオマエだ」 「あいさー! 不肖このロコナ、たいちょーのご期待に応えて見せますっ」 い、いや、そんなに気合入れなくてもいいぞ。 ああ……不安で胸が一杯。 森の中には霧が漂っていた。 おまけに足元がぬかるんで、歩きにくい。 「く、暗いな、思ってたよりずっと……」 「足元、注意してくださいね。ヘビとかいますから」 「っ!? ヘ、ヘビがいるのか!?」 そりゃいるだろ、森の中だもん。 「冬眠の準備に入る時期ですから。たくさんいますよ〜」 「………………」 「踏んだりしなきゃ大丈夫です。そのために装甲ブーツも履いてきたでしょう」 重くて歩きにくいけど。安全には代えられない。 「ふんっ。言われなくても分かっている!」 意地っ張りだなぁ。 「注意しなきゃいけないのはヘビよりも蜘蛛です」 「噛まれると、ちょっと大変なことになっちゃいます」 「く、蜘蛛……」 「アルス様、私が先導いたしましょうか」 「そ……そうだな。うん。任せてもいいか?」 「お任せください」 頷いたアロンゾが、アルスと位置を交代する。 アロンゾを筆頭に、アルス、俺、ロコナの順。 「ん〜、それらしい花は咲いてないですね〜」 というか、そもそも花が咲いてない。 木に咲く花なのか、草に咲く花なのかも不明だし。 「この地図によると、北西に向かった場所にマークがある」 「そこに、何かあるかもしれない」 「今が……えーっと、確か西に向かってるから、もう少し北寄りだ」 「ボクが『もういい』って言うまで、このまま北進」 「承知いたしました」 ずんずんと、アロンゾが森の奥へ入って行く。 湿り気を帯びた森の空気が、やけに重く感じる。 そして―― かなりの距離を北進し、そろそろ足も疲れてきた頃。 「……おかしいな」 ふと、アルスが呟いた。 「この辺りに小川が流れてるはずなんだけど」 川? 森の中に? 「どれ?」 「ほら、この地図の……ココ」 古文書を覗き込むと、確かに小さな川が描かれている。 「ここに行き当たったら、また西に向かうツモリだったんだ」 「でも、ここに来るまで……川なんて無かったよな?」 「ありませんでしたね」 「無かった。ずーっと樹海だった」 「アルス様に馴れ馴れしくタメ口を利くなっ」 「……へいへい、すみません」 ホント地獄耳なんだよな、コイツ。 「う〜〜〜〜〜〜〜〜ん、なぜだ?」 「確かに、川が存在するはずなのに……」 首を傾げるアルスとロコナ。 ……ん? 待てよ? ふと、とんでもないことに思い当たる。 「その地図、どのくらい昔のモノなんでしたっけ?」 「600年前だ」 「ロコナ、この辺の森には来たことあるのか?」 「ええと、すみません……この辺りはちょっと」 「川があるとか、そんな話を聞いたことは?」 「川……ですか? 聞いたことないです。ぜんぜん」 「森に川が流れてるなんて、初めて聞きました」 ああ、やっぱり―― 「何だ? 早く結論を言え」 「川なんて、とっくの昔に消えて無くなっちまってるのさ」 それが、俺の導き出した結論。 「川が……無くなってる?」 「600年経ってますからね。そういうこともあるんじゃないかと」 「じ、じゃあ、ボクたちは今、どの辺りにいるんだ?」 バッと地図を広げて見せるアルス。 「ん〜……」 「かなり歩いたから、もう場所なんて分からなくなってますね、今」 「なっ……!?」 「俺たちの現在地……分かるか? ロコナ」 「う。ご、ごめんなさい、この辺りに来るのは初めてで……」 だよなあ。 「つ、つまり――」 「ボクたちは迷った、のか?」 「そういう事になります」 「な、なんだと!? 貴様ッ、なぜ川の事に早く気づかなかったッ!?」 胸倉を掴まれる。 「ぐげ!? んなこと言われてもっ、今、気づいたんだよっ」 「ええいっ、役立たずめっ!」 そりゃお互い様っつーの。 「まあ、そう慌てなくても大丈夫ですよ」 「ここから南東に向かえば森は抜けられるはずです」 多少、遠回りになってしまうかもしれないが、帰り着くことは出来るだろう。 「……南って、どっちだ?」 「は?」 「だから、南だ。方向がわからない」 ……………… あれ? 俺たち、どの方角から歩いて来たっけ? 「方位磁石は?」 「持ってきてないです……」 「た、太陽の位置は!?」 「こんだけ樹木に覆われた森の中で、どうやって太陽を見るんだ」 つまり。 俺たちは今……本当に迷子になってしまったのだ。 「え、ええいっ、木に登ってしまえばいいことだ!」 「太陽の位置を確認して、南に歩けば問題ないっ」 ふんッ、と鼻息荒く、アロンゾが駆け出してゆく。 「お、おいっ! 単独行動すんなって!」 ……って、行っちまった。 「すまんロコナ、アイツについてやって」 「俺たち、ここで待ってるから」 「りょーかいですっ」 頷いたロコナが、アロンゾを追いかけて走り出す。 「……先が思い遣られる」 頭を抱えて、アルスが呻いた。 「まあ、あの2人が戻ってくるのを待ちましょう」 「クッキー食べますか?」 ゴソゴソと、袋の中からクッキーを取り出す。 「よ、よくノンキにしてられるなっ」 「もうちょっと、危機感とか持ったらどうだっ」 む。 そもそも、無茶な計画を立てたのは……誰だっけ? いや、誰とは言わないけどさ。相手は王族の坊ちゃんだし。俺も大人だし。 「そもそもっ、どうして警備隊のキミが地理に明るくないんだよっ」 うわ、八つ当たりしはじめたぞ。 「ま、まあ、着任して間もないですし……」 ちょっと笑顔が引きつる俺。 「もう少し、その花とやらについて詳しく知っていれば、対応できたかもしれませんけど」 「ボクに対するあてつけか。言っただろっ、ボクだって詳しいことは分からないんだっ」 じゃあ、なんでそんな代物を探してるんだよっ。 「クッキーよこせっ」 ぱしっ、とアルスが俺の手からクッキーを奪い取った。 「あむ……んまい」 「そりゃよござんした」 だんだん、俺の物言いも礼儀から外れ始めている。 「ひゃっ!?」 「なっ、なななっ、何か物音がしたぞっ! カサカサって!」 「リスかヘビでしょう。それか虫」 「ヘ、ヘビっ?」 青ざめるアルス。 どうも、この若様はヘビがお嫌いのようだ。 「なんとかしろっ」 「な、なんとかと言われても」 「見つけ出して追い払うとかっ、色々あるだろっ」 ……また無茶を言い出したぞ。 計画性のない無茶な行軍で迷子になった挙句、ワガママ言いたい放題。 王族ってのは、誰もがこんな風にワガママで傍若無人なのか? 民や臣下を思い遣ったり、自分の非を認めて頭を下げたり出来んのか? ……いや、王族がみんなそうとは限らない。 多分、この若様が特別なんだ。そう信じたい。 「何をボーっとしてるんだっ、早くヘビを追い払えってば!」 「ホント、あの姫様と同じ王族とは思えねー……」 思わず、言葉になって出てしまった。 「な、なに?」 うわしまった。 「言いたいことがあるなら、はっきり言えっ」 「いいえ、特になにも」 「ウソだ。今、姫がどうとか言ってた」 「空耳です」 「いいから言えよっ」 「それとその、イヤイヤ敬語にしました、みたいなしゃべり方は止めろっ」 「なんか、逆に腹が立つ」 そこまで言うか。 「あーわかったっ。じゃあ言わせてもらうっ」 「……もとい、言わせて頂きます」 ちょっぴり、頭の中に『再左遷』って言葉が浮かんだので、日和った。 「だーかーらっ、取り繕うなっ」 「……怒っても、後で文句言うなよ?」 「ふん、そんなケチな男に見えるのか? このボクが」 回答は保留しておこう。 「とても王族には見えないって言ったんだよ」 「な、なんだと」 「前に一度、王族……というか、お姫様に会ったことがある。王都の城で」 「第4王女、アルエミーナ殿下だ。親戚だろ?」 「………………」 「物静かで、お淑やかで、こう……ちょっと寂しそうな感じで」 「それでいて、言葉を失うほどキレイな姫様だった」 思わず、声かけちゃったもんな。そういう事には無縁なハズの俺が。 「俺とアルエミーナ殿下の事件、知ってるんだよな?」 「……あ、ああ」 「王室では、知らない者なんかいない」 ま、そうだろうな。当然。 「あんなことになっちまったのに、殿下は俺を叱責しなかった」 まあ……突然の出来事に、呆然としていた可能性もあるけど。 悲鳴すら上げなかったもんな。 「べ、別に気にする程の事もない出来事だったんだろ、アルエにとっては」 「姫様が、女の子が群集の前で胸を揉まれたんだぞ?大事件に決まってる」 「でも、姫様からのお咎めは無かった」 「そういう、情け深くて優しい姫様だった。なのに――」 「一方の若君は、ワガママ言いたい放題の、ゴメンなさいの一言もいえない小僧で」 「んなっ!? こ、小僧ぉ!?」 「黙って聞いていれば、好き勝手にボクの悪口を――」 アルスが剣の柄に手を伸ばした。 「あ。足元にヘビがいる」 「へ? わわわわわわっ!?」 飛び跳ねるようにして、アルスが俺に抱きついてくる。 「ななっ、なんとかしろっ! なんとかしてっ!」 必死に抱きついてくる、ワガママ坊ちゃん。 「ま、まだいるのかっ? 何匹いるんだっ!?」 あ……れ? なんだろう? この奇妙な感覚…… なんか……いい匂いがする…… 石鹸……じゃなくて、香水……でもなくて。 なんだ? なんだこの感じ―― 「だ、黙ってないで、なんとか言えよぅ!」 「2匹いる」 「2匹!?」 もちろん大嘘だ。ヘビなんかいない。 ちょっと懲らしめてやろうと思っただけだ。 「ど、毒ヘビ?」 「こ……こっち見てるのか?ボクを狙ってるのか?」 「なあ、おいっ……早く追い払ってっ」 抱きとめた感触が、やけに柔らかい。 胸当てと甲冑がぶつかり、カシャカシャ音が鳴る。 なんだか……不思議と心地良い。 「お、おいリュウ。頼むからヘビを――」 『何をしているッ! ドナルベイン――!!』 耳をつんざく怒号が、鳴り響いた。 「きっさまぁぁぁ!アルス様になんという無礼を!!」 へ? 「アルス様から離れろっ!この異常性欲者めっ!」 「げふっ!?」 いきなり、蹴り飛ばされた。 引き剥がされたアルスが、宙を舞ってアロンゾの腕の中に落ちる。 「ア、アロンゾ……」 「お怪我はありませんか!?」 「なんというご無礼を……! もはや許しがたし!」 「今、ここで貴様の息の根を止めてくれるッ!」 「ア、アロンゾっ、今はいいっ、それよりもヘビだっ!」 「……は? ヘビ、でございますか?」 「この辺りにいたんだっ、そいつを追い払えっ!」 「かしこまりましたっ」 キッと俺を睨み付けた後、アロンゾは地面を鞘先でツンツン突き始める。 「2匹いるからなっ、気をつけろっ」 「お任せくださいっ」 いないのに、ヘビなんて。 ……まあいいか。蹴られた分の仕返しってことで。 「だ、大丈夫ですか? たいちょー……」 「大丈夫。蹴られただけ」 「それより、方角はどうだった?」 「あ、はい。それはもうバッチリ」 「これで村までは帰れると思います」 うん。そうであってくれなきゃ困る。 「………………」 う。アルスがこっちを睨んでる。 「……さっきはよくも、言いたい放題言ってくれたな」 「言えっていったのは、そっちじゃないか」 「はうあ!? 隊長が王族の方に対等な口を!?」 「な、なにィ!? 許さんぞドナルベインっ!」 「いいからヘビを探して追い払えっ!口の利き方はボクが許可したんだっ」 「さ、左様でございますか……」 「……ふんっ」 「あ、謝らないからな!」 「ボクだって、こうなるとは思わなかったんだっ」 そりゃまあ、そうだろうけど…… 「………………」 「……ただ、その。感謝はする」 「え?」 「て、手伝わせてる事への感謝だっ」 「あ、ああ……」 「アルス様っ、ヘビはいないようですが……」 「よく探せっ」 「はっ!」 「ふんっ! 感謝したんだから感謝しろっ」 プイッと顔を逸らせて、顔を赤らめるアルス。 その様子が、ちょっとだけ可愛くて――思わず苦笑する。 なんか、出来の悪い弟みたいな感じだな、コイツ。 そう思うと、憎めなくなってくるから不思議だ。 ……面倒極まりないが、もう少し真剣に付き合うか。花探しとやらを。 やれやれ…… 「……あれ? 南って、どっちでしたっけ?さっきまで覚えてたのに」 って、おい!? その後、再び散々迷った挙句―― なんとか兵舎に帰り着いたのは、夜中のことだった。 花探しどころの騒ぎじゃなかったな……ホント。 村の乙女たちが美少年アルスに憧れを抱いて兵舎まで押し寄せてくる。戸惑うアルスとは対照的に、リュウもジンも面白くない。 こうなったら、多少かっこ悪いところを見せてもらわなきゃ……と悪巧みするジンの作戦により、アルスは土まみれの泥まみれに。 良心の呵責から、泥を落とし、身体を洗うアルスに着替えを渡そうとするリュウ。 その時、リュウは見てしまうのだった。豊満な胸と尻……あのパーティーで出会った王女様が立っていたのだ。 ……朝は爽やかに目覚めたい。 出来れば、ロコナの角笛も遠慮したい。 あの調子っ外れな音を聞くと、なんとなく気が抜ける。 でも、我慢できない程じゃない。 アレはアレで、慣れるとオツなもんだ。 しかし、だ―― 「ちょっと、そこ押さないでよ」 「アルス様は? まだ? もう起きた?」 「ここからじゃ見えないよ〜」 「誰か、ロコナに聞いてよ。アルス様の部屋の場所」 「ダメダメ。あの子そーゆーの口固いから」 「アルス様ってさー、絵に描いたような王子様だよね〜♪」 「だよね〜♪」 「…………」 朝から、この大騒ぎ。 すっかりアルスのファンと化した村の娘たちが、兵舎の外で大はしゃぎ。 ……勘弁してくれ。 こっちは、あのワガママ坊ちゃんに付き合わされて、ヘトヘトなんだ。 せめて、あと三十分―― いや、十五分でいいから寝かせてくれ。 『ちょっと! アレってアルス様じゃない!?』 『どこどこッ!? アルス様どこ!?』 『さっきチラっと窓に映ったかも! かもかも!!』 『アルス様〜っ♪』 ……ぐっ。 「だああああああああッ!!」 俺に安眠の時間をよこせーっ! ……と、以上のような事情を踏まえてだ。 俺は朝からダルかった。若干の寝不足でもある。 だから――多少は不機嫌なツラしてたって、それは仕方のない事だ。 そうだろう? 「……さっきから、何を怒ってるんだ」 テーブルに並べられた今朝の朝食。 メニューは、パンとコーンクリームスープ。 美味いんだが、味をどうこう褒め称える精神的余裕もない。 「何か不満があるのか?もしかして、それはボクに対してか?」 「……爺さん、そこの塩とって」 「ほいよ」 「……アロンゾ」 「はっ」 「ドナルベインっ! アルス様がお尋ねになっている事に答えろっ!」 どーでもいいが、食事中に剣を抜くのは止めて欲しい。 あと、あんまり剣先を見せないでくれ。苦手なんだから。 「……別に、不満なんかないよ」 「寝不足なもんで。疲労も溜まってるし」 誰かさんのせいで。 「それはよくないな。睡眠はちゃんと取らないと」 「早寝早起きは、健康の秘訣だぞ」 「今朝なんか、びっくりするほど早く目が覚めた」 「窓を開けたら、村の女の子たちがいた。花を摘んで持ってきてくれたんだ」 「爽やかな朝に、爽やかな一時だった」 「……ロコナ、お水お代わり」 「はーいっ」 「………………」 「アロンゾ」 「はっ」 「ドナルベインッ!アルス様のお話に感銘を受けろッ!」 「むちゃくちゃ言うな!」 「アルス様、私めは感動致しました」 「遠い辺境の果てで暮らす村娘と、心通じ合わせるアルス様のお姿……」 「この日この時この瞬間を、私は子々孫々、口伝として残していく所存です」 「大げさだな、アロンゾは。あははっ」 なんだろう、この早朝コントのような会話。 ……早いトコ、花でも何でも見つけて帰って欲しいんだが。 「あの、隊長」 「うん?」 「急なお話ですみません。今日は、お休みを頂いても……いいですか?」 「休み? いいけど、でも何で?」 「実は、おばあちゃんのお手伝いをしなくちゃいけなくて」 「ヨーヨードが、なんぞ問題でも?」 「いえ。隣村の長老様がいらっしゃるんです。占いを聞きに」 「そのお世話役を任されちゃって……」 「なんじゃ。萎れた婆さんたちの茶飲み会か。災難じゃのう」 隣村の長老も老婆なのか。初めて知ったよ。 なんせ、隣村って言っても遠く離れてるからな…… 「わかった。気にせず休むといい。ボクが許す」 な ん で ア ン タ が 許 す ん だ よ 「そうだ! アロンゾ、お前も彼女の手伝いに行け」 「へっ?」 「さっき、ボクの話に感動してたろ?」 「村人との交流を深めるチャンスじゃないか」 「あ、いや、それは……その」 「大丈夫ですよ、わたし一人でも全然へーきですからっ」 「遠慮しなくてもいい」 「え、遠慮……というワケでも無いんですけども」 ロコナは困り果てている。上手く断れないようだ。 「お、お言葉ではありますが、アルス様……」 「なんと申しますか、あの、私には護衛という任もありますし」 「別に、四六時中護ってもらう必要はないぞ」 「警備隊の隊長もいる。剣技ではお前を凌いだ事もあるというし」 「ッ!?」 殺意と恨みを込めた恐ろしい睨みが、俺に向けられる。 お、俺は何も悪くないっ。自分の主人を恨めよっ。 「いいな、これは命令だ」 「う……」 受け入れざるを得ない命令に、落ち込むアロンゾ。 「……あの婆さんは苦手なんだが」 ちょっと良い気味だったりして。 「そりゃまた、朝っぱらから災難だったな」 「……だろ?」 村はずれにある神殿―― 見回りついでに寄った神殿で、偶然にもジンと遭遇した。 なんでも、尻に出来たニキビが痛いので、薬草をもらいに来たのだとか。 「オレは思うんだが」 「なんか……村人の対応の温度差が激しいなぁ」 「うん、それは強烈に感じた」 俺の場合は致し方ない事情もある。曰く付きの左遷男だからな。 「オレが村に来たときは、ほぼ全員スルー状態でした」 「家を飛び出る前から、領地中に悪名が轟いてたからなー」 「……オマエも俺とあんまり変わらないな」 「あっちも貴族。こっちも貴族。そらーまあ、あっちは王室と繋がってるとかいうけど」 「不公平じゃね? なんか、釈然としなくね?」 「……不公平とは思わんが、迷惑だとは思う」 いきなり兵舎に住まれたり、召使のように扱われたり。 「なんか面白くないなあ。無駄に美形だし」 無駄に……って。 「今日、ここに来る途中、村の女の子ご一行様とすれ違ったんだが」 「その時、こんな囁き声が聞こえてきたのでした」 「『なんかさーぁ、同じ貴族とは思えないよね〜ぇ』」 「『比べちゃダメだって。アルス様に悪いよ』」 「『えー、マジ貴族?貴族が許されるのは美形までだよね』」 「……こんな感じ」 「なかなか的確だな、村娘って」 「ちょっ!? 同情しろよぉうっ!どっちかって言うとオマエもこっち側じゃん!?」 「あー、分かった分かった」 「しかし、ものすごい扱いを受けてるなオマエ」 さすがの俺でも、そこまで酷くはない……と思う。 「おまけに、レキには患部を見せようとして断られる始末……」 ケツに出来たニキビか。 ……あれ、意外と痛いんだよな。 『いきなり全裸になろうとしたからだ、バカ者』 神殿の奥から、レキが現れた。 「軟膏を作った。一日に二回、患部に塗れ」 「おおぅ、ありがとーう」 「それと、礼拝でもないのに、私の神殿に居ついて雑談するのは止めろ」 「こんな話、外で出来ないから」 「ま、ぶっちゃけオレたち村の中に居場所がなかったり……」 「言うなよ、悲しくなるだろ」 「はぁぁ……」 「なんとかして、あの坊ちゃんに一泡吹かせられないモンかねぇ」 「一泡吹かせるって、オマエなぁ……」 何もそこまで、敵意をむき出しにしなくても。 「……誰の話をしているんだ?」 「うちに住み着いた例の貴族のボンボン」 「ああ、あの……アルスとかいう」 「別に貶めたりとか、そういうんじゃないんだよなー」 「なんというか、こう、多少カッコ悪いところを見せて欲しいっちゅーか」 まあ、その気持ちはわからんでもないが。 あれで意外とビビり屋だったりするんだけどな、あの坊ちゃん。 その辺の話は、ジンには聞かせてないから知らないだろうが。 「……くだらん。適当に帰ってくれ。私は他にやることがある」 「それと、神前で悪巧みをするな。穢れる」 言い置いて、レキは神殿の奥へと消えていった。 「穢れるて」 「……待てよ? 穢れる? 汚れる?」 ふと、ジンが何かを考え込み始めた。 「悪くないぞ、それ」 「何がだよ?」 「穢れるんだよ! あの坊ちゃんが!」 「……はあ?」 まるで意味がわからん。 「つまりだな、こういう事だ――」 「畑仕事?」 「そそそそ♪」 「ボクに、手伝えというのか?」 「手伝えだなんて、そんな大げさな」 「わたくし、ステイン伯公子ジンは、貴公を農業体験にお誘い申し上げておるのです」 キリリ、と締まった顔をしてみせるジン。 「かくいうわたくしも、幾度か経験をしましてね」 「村の民と汗を流し、大地の恵みをその手で感じるまたとないチャンス」 「いかがですかな? アルス殿」 「………………」 もはや呆れて言葉も出ない。 ――ここで説明しておく。 ジンのロクでもない思いつきは、こうだ。 アルスを農作業に引っ張り出して、畑に仕掛けておいた落とし穴にハメる。 誘い出す場所は、ジンが住み着いてる宿の畑だ。 なんでも、既に落とし穴は用意しているらしい。 なんで、そんな物があるんだよ――と尋ねたら、 『そのうちオマエを引っ掛けようと思ってた』 ……と言われた。 「なるほど。そういうことなら、喜んで参加するぞ」 「おお、そうこなくては!」 ニヤリ、とジンが笑う。 本当は止めるべきなんだろうが…… すまん、俺もコイツのカッコ悪いところ、見てみたい。 「ちょっと楽しみだな。 ……うん。そうか、畑仕事か」 素直に喜ぶアルスの姿に、ちょっぴり良心が痛んだ。 畑は、予想以上に広かった。 半分ほど穂を垂れた赤麦に覆われていて、残りの半分は何も植えられていない。 「こっちの空き畑は、来年使うんだとさ」 「今日は、その空き畑を耕します」 「……おい」 「なんだね左遷くん」 左遷くんいうな。 「俺もオマエも、畑仕事に関しては素人なんだが」 「うむ」 「まあ、ポーズだけでいいから。適当に鍬で掘ったりしてりゃいい」 あまりにも適当すぎる。 「もう一つ、聞きたいことがある」 「うむ」 「……このギャラリーの多さは何だ?」 周囲を見回す。 畑の周りに、何人もの村娘たちが集まっていた。 「アルスさま〜っ、頑張ってくださ〜いっ♪」 「疲れたら言ってくださいね〜、冷たい井戸水汲んできますから〜」 「こっち見てる〜ぅ♪ アルスさまぁ〜ん♪」 「あはは。ありがとう」 あくまでも爽やかに、笑顔で応えるアルス坊ちゃん。 「ふふふ、その余裕がいつまで続くかな?」 「オマエ、ものすんごく三下の悪役みたいだぞ、今」 「オレ……この作戦が終わったら、猫獣人の女の子と結婚するんだ。脳内で」 死に急ぐな。 「おい、いつまで待たせるんだ?」 「ククク……すみませんねえ、ではさっそく」 「へっ。そのスカした態度も今のうちだぜ。ほえ面かかせてやる……グヒヒヒ」 「そんなキャラだったか? オマエって」 「んじゃ、ま、始めるか」 「えーっと、こんな感じで。んしょ……っと。土を耕してください」 「うん。こう……かな? よっ」 『きゃああ♪ アルス様が耕してる〜ぅ♪』 「むきー! オレのトライアルのときは無言だったじゃない!」 『ぎゃああっ! ヘンな眼鏡がこっち来たー!』 「こら! 落ち着けジン!」 「うきー!オレだってなぁ、オレだってなぁ!」 涙目になって村娘に襲いかかろうとするジン。 なんかツラいことでもあったのだろうか…… 「まったく……」 しかし、……こんなことして、畑仕事になるのか? 土を掘っては埋める作業を無意味にやらされてる、罪人の気分なんだが。 「そのままそのまま〜。ゆっくり後ろに下がりながら、どんどん耕してくださいね〜」 巧みなジンの誘導で、アルスは一歩、また一歩と落とし穴に近づいてゆく。 「よ……っと。けっこう力がいるな。土が固いのか?」 「鍬を入れたら、柄を引くんじゃなくて押すんだよ。テコの原理で土が持ち上がる」 「も、もちろん知ってるっ。いちいち説明なんかいらないっ」 「そっちこそ、疲れて動けないんじゃないのか?」 な……生意気…… 「落ち着け兄弟。そして待つんだ――」 「獲物は、着実に罠へかかろうとしている」 「……怪我とかしないだろうな、その落とし穴」 「ああ、それは大丈夫。中には泥水しか入れてないし」 なら、いいけど…… 「ま、保険を打っとこう」 「アルスどのー! ぬかるんだ場所もあるんで、転ばないように足元にはご注意を〜!」 「ぬかるんだ場所?」 「素人さんは、しっかり足元を見て、ゆっ〜くり耕すと良いざんす」 「バ、バカにするな。ボクはこう見えても、ガーデンいじりの経験もある」 ふん、と鼻を鳴らして、ますます足元を疎かにするアルス。 「……オマエ、ある意味すごいな」 「あの手のタイプは、挑発すると逆に突っ走ると見たのだ」 「それに、ちゃんと注意はしたもーん。危ないよーって」 コイツを敵に回すのは止めよう。そう思った。 「なにアイツ、感じわるい」 「そりゃ勘当もされるよね」 「ヘンな眼鏡」 「……たくさん敵を作ったようだが」 「……ちょっと凹む」 自業自得だけどな。 「おい、間もなくだぞ」 ぼそり、とジンが呟く。 そして―― 「3」 「2……」 「1っ!」 「っ!? あぁっ!?」 バランスを崩したアルスが、畑の土に飲み込まれてゆく。 「うわあっ!?」 『あ……アルス様っ!』 「いえす! やった!」 半身を土に埋めて、慌てふためくアルス坊ちゃん。 波々と注がれていた泥水が、溢れ出してくる。 「わ……わわっ!? な、なんだこれっ!?」 「わあ、これはいけないね。ぬかるみだよリュウくん。だからいったのに」 「……あ、ああ」 「わぷっ……ど、泥が口の中にっ、けほっ」 な、なんかちょっと、やりすぎた感が。 「も、もういいだろ。助けてくる」 「え、もう?」 落とし穴にかかったアルスの下へ、駆け出した。 「あ、足に泥が絡んで、這い上がれないっ」 甲冑の重さもあるのだろう。一人で抜け出すのは困難だ。 「手につかまれ。引き上げるからっ」 差し出した手を、しっかりとアルスが掴む。 「んっ……!!」 渾身の力を込めて、アルスを泥の中から引き抜いた。 「はぁ、はぁ……」 「あ、ありがとう……リュウ」 全身を泥だらけにしたアルスが、俺を見上げる。 ちくり、と胸が痛んだ。 「け、怪我は?」 「え……? わ、わからない、大丈夫だと思うけど」 額に、泥水で濡れた前髪が貼り付いている。 「げふっ!?」 「だ、大丈夫ですかっ!? アルス様っ!!」 「どうして、こんなところに穴が……」 「お怪我はっ!?レキ様をお呼びしましょうかっ!?」 駆け寄ってきた村娘たちに、突き飛ばされた。 「ああ……うん。大丈夫」 「ははっ、泥だらけになっちゃった……」 「うむ、まさしく泥だらけですな。うぷぷぷぷ」 「だから注意したのに。足元に気をつけるようにと」 「ぷぷぷぷ……」 ジンは嬉しそうだ。……まあ、ジンらしい。 「う、うるさいなっ。ちょっと油断しただけだっ!」 「ああ……アロンゾに叱られるかな。髪も泥まみれだ」 「で、でもっ、カッコいいですっ♪」 「へ?」 「ですですっ♪ なんだかワイルドな感じで……」 「野生的で、逆に健康的ですっ!」 「そ……そう、かな?」 「ええええええ!? うそん!?」 「ヘンな眼鏡」 「すっごいヘンな眼鏡」 「その眼鏡はないですよね」 「なして矛先がオレに!?」 ジンの絶叫が響き渡る。 そして―― 「へっくちゅ」 寒そうに、身を震わせるアルスの姿…… ……俺にも責任の一端はあるよな。こうなった事への。 「兵舎に戻ろう。ひとまず、泥を落とさなきゃ」 「そのままじゃ風邪を引く」 「あ、ああ……」 ひとまず、風呂を沸かした。 兵舎の風呂は狭く、一人ずつしか入れない。 急いでいたので、ぬるま湯になってしまったが…… この肌寒い秋口に、行水するよりはマシだ。 「もうすぐ湯も温かくなる。ちょっと我慢してくれ」 『ホントにぬるいな……』 『それにしても、この狭さときたら……まるで金魚鉢だな』 アルスの声が、反響して聞こえてくる。 ……相変わらず文句が多い。さすがは貴族様だ。 「着替えはどうする? 部屋にあるのか?」 『あると思う。でも、場所がわからない』 場所がわからない? 『いつもアロンゾに任せてるからな』 ……服くらい自分で用意しようぜ、お坊ちゃま。 『鞄のどれかに入ってるはずだ。でも、どの鞄かは謎だけど』 「……わかった。ひとまず俺のを貸すよ」 『悪いな』 いやいや、悪かったのはこっちの方だ。 「ちょっと取ってくる。ついでにタオルも」 『ああ』 しかしアレだな…… 青の騎士アロンゾが、貴族のボンボンの身支度までやってるとは。 意外とアイツ、そういう世話を焼く仕事が似合うのかもな。 ……いい加減、剣技大会でのことは忘れて欲しいが。 「シャツとズボンは……これでいいか。ちょっとデカいけど」 後はタオルか。 「タオルタオル……っと」 おし、こんなもんだろ。 着替えとタオルを小脇に抱えて、ホールへと引き返した。 あれ? まだか? 「おーい、まだ入ってるのか?」 『泥が落ちないんだ、髪についたやつが。乾いてくっついてる』 『よっ……』 『ふぅ。気持ちよかった♪』 「そりゃ良かった。で、着替えとタオルは持ってきたぞ」 『タオルをくれ。あと、冷たい水が飲みたい』 自分で井戸から汲んできて飲む、っていう発想は無いんだろうな…… 「へいへい。んじゃタオルだけ先に。入るぞー」 『うん』 ドアを開け、脱衣所の中に足を踏み入れる。 そして―― 「ん。タオルこっちに」 「………………」 時間が、止まった。 もしかすると、俺の心臓も止まったかもしれない。 「どうした? ほら、早く」 「………………」 壊れかけたゼンマイ人形のように、手だけが動いた。 「うわ……ゴワゴワだな。もっとフワフワしたタオルは無かったのか?」 「………………」 「な、なんだよ? どうした?」 ど、どうしたも、こうしたも―― 「お、おま……おま……」 パクパクと息継ぎをする魚のように、口だけが動く。 記憶がフラッシュバックする。 あのパーティーで…… あの席上で…… あの任官式典で…… 忘れもしない。 忘れるわけがない。 たわわに揺れる、大きな胸。 雫を滴らせる、長く美しい髪。 そう…… 今、俺の目前に立っているのは―― あの日、初めて会った少女……アルエ王女殿下だった。 裸のまま恥じることもなくまったく動じないアルス。女だったのかと驚くリュウに、アルスはムッとした表情で違うと否定する。 今でこそ、こうして女の身体をしているが――昔は男だったのだ、と主張する。予想もしなかった展開に、村は大騒ぎ。 ようやくアルス――アルエは、この村に来た本当の目的を語る。幻の花が持つ意外な効能、性別を逆転させる効果があるというのだ。 「なんとしても、ボクは男に戻るんだっ」と意気込むアルエの姿に、ただただ呆然とするしかない一同だった。 「お、王女殿下……!?」 それが、ようやく紡ぎ出せた言葉だった。 間違いない。 今、俺の目前で――素っ裸で立っているのは、あのお姫様だ。 「……ああ、そういうことか。うっかりしてた」 裸を隠そうともせず、タオルで髪を拭き始める。 「キミとは、あのパーティーで顔を合わせたからな」 ばくん、と心臓が跳ねる。 普通なら、決して手の届かない存在。 こんな風にしゃべったりすることさえ、出来ない相手。 テクスフォルト王国の王女、アルエミーナ殿下―― 「それで、いつまで凝視してるんだ?」 「へ……?」 「ボクは裸なんだぞ」 あ……! 「し、失礼しましたっ!」 「ま、まさか、女性だとは思わなかったのでっ」 小脇に着替えを挟んだまま、慌てて背中を向ける。 「違うっ!」 「ボクは男だ。勘違いするなっ」 「は、はっ。…………って、はい?」 いま、なんて言った? 「ボクは女じゃない。男だ」 「……は?」 ゆっくりと、もう一度後ろを振り返る。 「………………」 おっぱいが2つ。かなりの巨乳。 思わず、ゴクリと喉が鳴る―― 「お、女じゃないですかっ! 特にその胸っ!」 「バカ、違う! これはただの大胸筋だっ!」 ええええええええ!? 「……と言いたいところだが、確かに体は女かもしれない」 だ、だよな。うん。 「とにかく――」 「いったん外に出ろ。話はそれからだっ」 プイッと顔を逸らす王女殿下。 俺は、慌てて浴室から飛び出した。 頭の中が、ボーっとする。 想像を超越した出来事にブチ当たると、大抵こうなる。 加えて、ポヨンポヨンと揺れる巨乳を目の当たりにしたのだ。 ……しかも姫様の。 一度はこの手で掴んだ乳とはいえ……呆然自失になるのは当然だ。 「ボクが男だ、というのは言葉通りの意味だ」 不機嫌な声で、アルス……じゃなかった、姫様は呟いた。 「元々、ボクは男だったんだ」 「………………」 反応に困る。つーか何を言えばいいんだ。 「あ、その目は信じてないだろ!?」 信じてない、というより信じられない。 そんなおかしな話が、世の中に存在するとは思えん。 「本当なんだっ」 「……幼い頃、呪いをかけられたんだ。魔術師に」 の、呪いぃ!? 魔術師にぃ!? 「本当なんだぞっ!?ウソじゃないからなっ!?」 「さっきからずーっと黙って聞いてるけど、何とか言えっ」 「で、ですが殿下……」 「その改まった言葉遣いは止めろっ」 「確かにボクは、身分としては王女なんだろう。 ……少なくとも今は」 「けど、だからってコロコロと対応を変えられるのは嫌いだっ」 んなこと言われても。 「これまで通り、あのステイン伯公子と同じような対応をしてくれ」 いや、アイツの場合は色々と特殊というか…… 「名前も、いちいち殿下だの姫様だのと呼ぶなよ?」 「アルスか……アルエでもいいけど。そう呼ぶように」 「………………」 「なんとか言え」 「……わ、わかった。今後そうするよ。アルエ」 「ん、それでいい。そういうのがいい」 満足げに頷く、王女殿下――もといアルエ。 「急にヘコヘコされるのは、媚びられてるみたいで好きじゃないんだ」 そりゃ普通はヘコヘコするに決まってる。王国の王女なんだから。 「あの……さ?」 「ん? なんだ?」 「俺のことは……やっぱり、覚えてるんだよな?」 さっき、風呂でそんな事を言っていた。 「ああ、よーく覚えてる」 「あの後、父上はカンカンだったんだぞ。無礼討ちにすると」 ひぃぃぃぃっ! やっぱり! 「父上を筆頭に国の要職につく者たちが集まって半日話し合った」 「話し合った……ってなにを?」 「前代未聞の無礼を働いた新米騎士を処刑するのにどんな手段が最も相応しいかを、だ」 「いやぁぁぁぁっ!?」 ま、まさか俺の知らないところでそんなデンジャラスなことになってたとは…… 生きてて良かった……ホントに。 「周りが大げさすぎるんだ。胸の一つや二つ、揉まれたって平気なのに」 俺が言うのもなんだが、それは周りの人間が正しいような気がする。 普通は恥らって『きゃー!』とか『いやー!』とか叫ぶもんだ。 ……そういや、あの時も冷静だったな。この姫様。 「普通、男が胸を触られたからって、大騒ぎするか?」 男ならそうかもしれんが……女なんだもん。 「父上にはボクがキミの助命を嘆願したんだぞ」 「え……」 「感謝しろ」 えへん、とアルエが胸を張った。 「あ、ありがとう」 「うん。命の恩人たるこのボクに、今後は犬のように忠節を尽くせよ」 ちょ、犬って!? さっきは、態度をコロコロ変えるなとか言ったくせにっ。 「ふふん……」 この坊ちゃ……いや、お姫様は、俺にどうして欲しいんだ? いや、そんなことよりも―― 「どう……するんだ? これから……」 「どうするって、なにを?」 「決まってるだろ、正体のことだよ」 「村のみんなには隠しておく……のか?」 隠しておけと言うのなら、俺は口をつぐむ。 アルエの逗留期間にもよるが、長ければ長いほど、周囲にバレる可能性は高くなる。 それまで隠し通せるかどうか…… 「いい。どうせ、いつまでも隠し通せるとは思ってなかった」 「もうしばらく、この村には居座ることになるし……」 その“居座る”理由も、よく分からない。 珍しい花を探しているのは、知っている。 でも、それが何故なのかは……まるで分からない。 「そうか……こうなったら、その話もしなくちゃな」 少し考える仕草を見せて、アルエは嘆息した。 「ふぅ……」 「みんなにはボクが説明する。今後のことを考えると、その方が良さそうだ」 面倒臭そうに、アルエは言った。 『えええええええええええッ!?』 「ア、アルス様が……」 「お……王女殿下、だと?」 「お、おなごじゃったのか!?」 「い、言われてみれば、確かに……」 予想通りの大騒ぎ。 大事な話がある、と呼びつけられたジンとレキも驚いていた。 「ア……アルス様」 「もうその偽名はいい。リュウにもアルエと呼ぶように言ってある」 「っ!? ドナルベイン!諸悪の根源は貴様かーっ!?」 「やはりってなんだ!?ていうか、いきなり斬りかかるな!」 咄嗟に火かき棒でアロンゾの剣を受け止める。 「やはり貴様は斬る!我が国……いや、アルエ殿下のために!」 「んがっ!? ちょ、待て……っ」 「落ち着けアロンゾ。ボクが決めたんだ、もう皆に明かすと」 「殿下……」 「いいんだ」 「………………」 「わかりました……」 しゅん、と小さくなるアロンゾ。 「しかし解せんの。何ゆえまた、男装なぞ……」 「男装じゃない。本来、あれが正しいんだ」 「ボクは元々、男だったんだから」 「……は?」 わかるぞ爺さん、その気持ち。 「すまん、どうも歳を取ると耳が遠くなっての」 「今……なんと?」 「ボクは男だ。呪いのせいで、女の体にされたんだ」 俺に言った内容と同じ説明を繰り返すアルエ。 ……何度聞いても、冗談としか思えない。 「殿下、またその様なことを……」 「そうだったら、そうなんだっ!」 「………………」 「あのぉ、そんな呪いって……あるのでしょうか?」 おずおずと挙手するロコナ。 「爺さん、その辺どうなの? 魔術師だよね?」 「う……む。不可能ではないが、今となっては失われた技じゃな」 「おいそれと、そんなことの出来る魔術師が現代におるとは思えん」 「男女の性を入れ替えるなどと……」 「………………」 あれ? 一瞬、レキの表情が変わったような気がした。 気のせい……か? 「とにかくっ、ボクの願いは一つ!」 「男の体を取り戻すことだっ!」 ぐぐっ、とアルエが胸を張る。 豊満な乳がせり上がって、少し揺れた。 「ぬぅぅぅ……もったいないのう。これだけの逸材を……」 爺さんが、アルエの胸に手を伸ばそうとする。 抜き放ったアロンゾの剣先が、爺さんの喉下に突きつけられた。 「……ご老人。もう少し長生きしたかろう」 「殿下への無礼は許さん」 「剣呑剣呑……こわいのうオヌシ。ちょっとしたスキンシップじゃのに」 爺さんが、名残惜しそうに手を引っ込める。 「もう一つ、質問いいですか?」 「男の体を取り戻すって……具体的には、どうやって?」 まぁ、当然の疑問だよな。 俺には大体、察しがついてるけど…… 「花だ」 ああ、やっぱり。そこに繋がるのか。 「ボクはただ、珍しい幻の花を探しにきたんじゃない」 「その幻の花のエキスには――性別を逆転させる効果があるらしいんだ」 性別を逆転させる、幻の花……だって!? 「………………」 「……ウソだろ? そんな花、あるのか!?」 「ウソじゃない。……と思う。古文書にはそう書いてあった」 「その可能性に賭けて、ここまで来たんだ!」 アルエの拳が、テーブルを叩いた。 「なんとしても――ボクは、男に戻るんだっ!」 決意と熱意を込めた、アルエの宣言。 俺を含めた全員が、呆然とアルエを見つめる。 「だから、ボクに協力しろっ」 「いいなっ!?」 有無を言わさぬ迫力に、爺さんとレキを除く全員が一様に頷く。 「よしっ♪」 にっ、と笑顔を浮かべたアルエの姿は―― どこからどう見ても、麗しいお姫様だった。 まさか……アルエが、あの姫様だったとは。 今でも信じがたい。 あのパーティーで、物憂げに立っていた姫様。 同一人物……だったとはなぁ。 「よっこいせ……っと」 ベンチに腰掛ける。 夜の秋風が涼しい。 いや、涼しいというより肌寒い。 混乱しっぱなしの頭を冷まそうと、外に出たのはいいんだが…… 「っ!?」 不意に、殺気を感じて身構えた。 漂う危険の気配に、〈項〉《うなじ》の辺りがチリチリする。 「……相変わらず、勘だけはいい男だな」 闇夜から溶け出すかのように、アロンゾが現れた。 その手には、一振りの真剣を携えている。 ……俺の剣だ。 「またか……なんか用か?」 「貴様への用なら、いつでもあるぞ」 「例えば――殿下の秘密を知られた口止めに、その粗末な命をもらいうける……とかな」 「え……」 アロンゾの腕が、手にしていた真剣を投げてよこした。 咄嗟に拾ってしまう。 「ちょ、オマエっ、人の剣を粗末に扱うなっ」 物は大切にしましょー、って習わなかったのかっ。 「知っているぞ、貴様が剣を抜けなくなった経緯――」 「………………」 「実の父を、殺めたそうだな」 ぶっ!? 「か、勝手に他人んちの親父を殺すなっ!ピンピンしてるっつーの!」 「む? 違うのか?」 拍子抜けしたかのように、アロンゾが首を傾げる。 「ったく、どんな伝言ゲームで、そんな話になっちまったんだよ……」 うちの親父は、元気に暮らしてるよ。オフクロと蜜蜂たちに囲まれてな。 「ほう? では、こちらの噂の方が正しいのか」 「リュウ・ドナルベインは、その剣で、実の父の騎士生命を断った――と」 「………………」 ぎゅうっ、と胃が締め付けられる。 「図星か」 「……やめろ」 その話は、してほしくない。 「剣も抜けず、それで治安を守るだと?ハッ、戯言を……」 「抜け、ドナルベイン。貴様が真に殿下の〈宸襟〉《しんきん》をお守りするに値する男か……」 「この俺が、確かめてやる」 アロンゾが、自身の剣の柄に手をかけた。 空気が凍りつく。 「………………」 「……ヤなこった」 「イチャモンつけて、再戦しようってんだろ」 「お断りだ」 「……腰抜けめ」 なんとでも言え。 必要なときに、必要な戦いをする。 それ以外で、誰かと争う気なんか、さらさら無いね。 「ふん……」 興味を失ったのか、アロンゾが去ってゆく。 投げ渡された自分の剣が、ずしりと重い。 『剣も抜けず、それで治安を守るだと――』 「………………」 柄を握る。 そっと、鞘から白刃を抜いて―― 「ッ……!?」 またしても、頭を過ぎる、あの光景―― 「……くっそぉ」 剣なんか抜けなくても、他に、いくらでも戦う術はあるはずだ。 棒切れで、コッカスを撃退してみせたじゃないか。 こんなのは……腰の飾りだ。 ただの、飾りだ…… 『たーいちょ〜っ!』 『お茶が入りましたよ〜!』 ロコナの声だ。 「ああ! いま行く!」 大声で応えて、剣を腰に結ぶ。 そうだ。今は、過去に拘ってる場合じゃない。 あの男装の姫様のこと。 花を探せという無茶な仰せのこと。 村の……治安のこと。 色々、考えなきゃいけないことは山積みだ。 中でも、あの姫様の件は、本当に頭が痛い。 さて、どーしたもんかな…… アルエの滞在を聞きつけ、都の商人娘ミントが、王家とのコネを狙って村にやってくる。 そのまま村に居座って商売を始める。扱う商品はどれもこれも王都の品物ばかりで、当初はアルエを喜ばせることに成功する。 しかし『王都の水』は『村の湧き水』よりも不味いし『王都の食材』は『村の取れたての食材』には劣るしで、すぐ飽きられてしまう。 無理に仕入れた為に借金を抱えたミントは、金を稼ぐべく、なんとしてもアルエとのコネを勝ち取ろうと村に居座るのだった。 王都から商人が来ていると聞いて露店を覗いてみるリュウ。グラスを手に取ってみると、知っている職人のものだった。 それを告げると商人のミントがリュウに興味を持つ。そしてお互い自己紹介をすることに。 リュウが国境警備隊の隊長だと知ると、ミントは王室とコネを作りたいからとアルエを紹介して欲しいと言ってくる。 「姫様に取り次いでくれない?さっきのグラス、あげるから」 それを聞いたリュウは…… アルス、いやアルエが王女だった――という噂は、あっという間に村中を駆け巡った。 一部の村娘たちは、アルエが女であることを頑なに信じず、直接アルエを訪ねて来て…… そしてすぐ、がっくり肩を落として帰っていった。 アルエ曰く『確たる証拠を見せた』との事だ。 ……どんな証拠だったのか、とても気になる。 まさか、胸を見せたんじゃないだろうな……? しかも『でも本当は男なんだ』と必ず付け加えたと言うから、村娘たちは混乱しただろう。 とにかく、アルエの正体は皆の知る所となった。 そして―― 噂は、ポルカ村だけに留まらず…… 伝聞から伝聞を経て、様々な方面に広がっていった。 「うっそォ? それホントにホント?」 「王女様が、あのなーんにも無い村に居るってーの?」 「そういう話だねえ。ま、噂だけどね」 「ちょちょちょ、ちょい待ちっ。信頼のおける噂なの?」 「さて……? どうだろうなあ?」 「くっ、こんのォ……わーったわよ!わかりました!」 「テクスフォルト銅貨2枚! これでどーよ!?」 「最近、物忘れが酷くてなー」 「3枚っ!」 「さて、そろそろ次の商売に行かなきゃ」 「うがー! 4枚っ!ええいっ、5枚出しちゃる!」 「おお、そうそう! 俺の従姉妹が村に住んでるんだが、確かに本当だって言ってたなぁ」 「なんでも、国境警備隊の兵舎を陣取って暮らしてるんだとか」 「警備隊の兵舎? なんで……?」 「色々とワケ有りって事らしい。っと、まいどあり」 「ふうん。ワケ有り……ねぇ」 「姫様が、何もない辺境の村で、兵舎住まい……か」 「いっひ♪ 大もうけの匂いがしますなぁ♪」 少女の呟きは、街頭のざわめきに飲まれ―― 誰の耳にも届かなかった。 一週間が経った。 アルエの正体が、村中に知れ渡ってから一週間。 当初は、驚きと戸惑いで受け止められた衝撃の事実だが―― 一週間も経てば、それなりに周囲も落ち着いてくる。 「ういーす、ドア開いてたから勝手に入ったぞー」 「って、ありゃ? お出かけの準備中?」 甲冑を身に着ける俺を見て、ジンが瞬きをする。 「これから見回りに行くんだよ」 「最近、姫様絡みのドタバタで、野良仕事の手伝いもサボリがちだし……」 「なんだ、入れ違いかー。ちぇ」 「何か用事か?」 「いや、用事って程のこともないんだけど」 「例の姫さんは?」 「アロンゾとロコナを連れて、3人で村周辺の植物調査」 「なんとしても手がかりを掴む、って言い出してな」 「ふうん。本気なんだなぁ……男に戻る云々って話」 「らしいなあ。未だに少し信じられないけど」 男と女の性を、入れ替えることの出来る花―― まるで、おとぎ話の世界だ。 そもそも、アルエが男だった等という話も、おとぎ話としか思えない。 そんな事が、この世の中にあるもんか。 しかも――魔法使いの呪いで、そうなった? ありえんありえん。 おとぎ話には、おとぎ話を……か。 付き合わされる俺たちは、たまったもんじゃない。 ……でも、ま、姫様の命令だしな。 「そうか〜、いないのか、あの姫さん」 「アルエに用だったのか?」 「うん。実家から『殿下のご機嫌伺いに行け』って言われてさ」 「ま、いないならいいや。実家には『行ってきた』って事にしとくから」 「テキトーだなー……」 「いいのいいの。どうせ半分勘当されてる身だし」 「見回り行くんだろ? ついてってもいーい?」 「そりゃ別にいいけど……暇なのか?」 「めっちゃヒマ」 「やる事ないから、部屋で自分の枝毛を裂いて遊んだりしてた」 「これがけっこうハマる」 ……暇人すぎる。 「じゃ、今日は徒歩で見回りするか……」 「いいじゃん。馬に二人乗りでも」 「背中を抱きしめて『リュウくんの背中って広いんだね』とか言ってあげるのに」 「唐突にオマエの足を縛って馬で引きずっていくという方法を思いついたんだがどうだ?」 「こんなさわやかな日にはハイキングなんてのもイイヨネ☆」 「……さっさと行くぞ」 「はいはーい」 まず、神殿に向かった。 ……というのも、レキに届け物があったからだ。 ロコナの作ったグラタンの差し入れ。 グラタンは便利でいい。温め直せば作りたてと変わりなく美味い。 「……っと、いたいた」 レキが、神殿の中で掃除をしている。 「おーい」 「やっほー」 なんだその軽い挨拶…… 「なんだ、そなたたちか」 「頭の治療なら、私の手には負えないぞ」 「意訳すると、こんにちは、って意味だな」 ポジティブすぎる解釈。 「何の用だ?」 「差し入れ。ロコナからだ」 カゴに入れたグラタンを、レキに手渡す。 「グラタンかっ♪」 「あ、喜んでる喜んでる」 「こ、こほんっ。すまないな、わざわざ」 「礼拝でもしていくか? 茶くらいなら出すが」 お、珍しく機嫌がいいな。 「ありがたいんだけど、見回りの途中なんだよ」 「え、寄ってかないの?」 意外そうな顔をするジン。 「あのな……今、見回りを始めたばかりだろーが」 いきなり休憩するツモリか。 「ほら、行くぞ」 「はいはい。仰せのままに隊長どの」 やれやれ、と肩を竦めるジン。 「ロコナによろしく伝えておいてくれ」 「ん、わかった」 空になったカゴを受け取って、神殿を後にする。 「ちょ、待って! 置いてかないで!」 慌てて、その後ろをジンが駆けてきた。 途中、村人の野良仕事を手伝って―― 昼飯時の空腹で、腹が鳴り出しそうな頃。 俺とジンは、村の広場まで戻ってき―― うわわわわっ!? 「それ! そっちのを2個ちょうだい!」 「香辛料を銅貨3枚分、いや、4枚分おくれよ」 「そっちの布も見せとくれ」 「はー、やっぱり都のデザインはおしゃれだねぇ」 な、ななな、なんだ!? 広場には、村人が大勢集まっていた。 「あ、たいちょー! ……と、ジンさんっ」 「わーお、なんとなくオマケ扱ーい」 「ど、どうしたんだ、この騒ぎは一体……?」 溢れんばかりの人・人・人。 この村って……こんなに人がいたのか? 「商人が来てるんですよっ、王都からはるばる!」 商人だって? 人ごみの中を掻き分けて、その中心を覗いてみる。 すると―― 「はいはいはいはいっ、まいどありまいどありぃ〜!」 「ぉおっと!? 奥様、お目が高いっ!」 「それはねー、今、王都で流行中のスカーフなのさっ」 思わず、瞬きをしてしまう。 あれが……商人? どう見ても、ちびっこい娘さんなんだが。 「押さない押さなーいっ、まだ数に余裕はあるから、だいじょーぶだからっ」 くりっとした瞳に、愛らしい小動物を思わせるフォルム。 思わず『お兄ちゃんが肩車してやろうか』と言ってやりたくなるような、そんな姿形。 「お? そこな甲冑の兄さん!見てってちょーだい!」 「え? 俺のコト?」 「そそ! 見ていくだけならタダだよ〜」 「こちらの商品は、はるばる王都からやってきた直送品!」 「物珍しい品物から、あってよかった日常品!各種取り揃えておりますればっ」 王都の商品か。どれ? ひょいっと、並べられていたグラスを手に取ってみる。 村では陶器が主流だが、王都ではガラスで出来たコップが主流だ。 「ん! それいいグラスだよ!都の腕利き職人マーロフの渾身の作!」 「……マーロフって、ガラス屋の呑んだくれマーロフ爺さんのことか」 腕利きの職人……だったっけ?ほとんど弟子に作らせてたような気が。 「あれ? アンタ、もしかして王都の人?」 「ん? ああ、俺か? そうだけど……」 「へーえ。例の姫様以外にも王都の人間がいるんだ。ほっほーん」 「そうは見えないけど、実はけっこう栄えてる村なのかな? ここって」 「いや、そういうワケじゃないと思うが……」 「どーよ? なんか面白いモンあった?」 ひょいっと、ジンが顔を突っ込んできた。 「え? あれ? もしかして……貴族の人?」 ジンの身なりを見て、商人娘が呟いた。 「うん。貴族の人。よかったら敬って媚びへつらってくださいそうするとオレがハッピー」 なんだそれは。 「なんとっ、貴族までいるとわ!あたしの目に狂いはなかったっ!」 ……なんか、一人でガッツポーズし始めたぞ。 「おぁっと、ごめんごめん。人に素性を聞いといて、自分は無しじゃ失礼だよね」 「あたし、ミント。ミント・テトラ。よろしく」 にまっ、と笑って握手を求めてくる、ミントさんとやら。 「ごらんの通り――商売家業の行商人」 「ま、元々は王都で小さな店をやってたんだけどね」 滑らかな語り口でまくし立て、ひょいっと俺を指差す。 「そちらさんは? 騎士さん?」 「いや、俺は……」 「何を隠そう彼こそは――!」 「この村で国境警備隊をやってる。リュウ・ドナルベインだ」 「ええー。これからナイスな紹介が始まるとこだったのに」 何を言うか予想がつくんだよ。 「あっちで、村のおばちゃんに捕まって、荷物運びさせられてるのが隊員のロコナ」 あいつ、ちょっと目を離した隙に、何をやってるんだか。 「んで、こっちはメガネ」 「メガネでーす☆」 「って、なにその紹介!?」 「あと、領主の三男坊だったりするらしいけど実際のところは定かではない」 「定かだよ! もの凄く貴族してるじゃない!」 「だ、そうだ」 「ジン・トロット・ステイン伯爵公子様です。オレに失礼など無いようによろしく」 「……貴族って、みんなこうなの?」 ジンに奇異の目を向けるミント。俺に聞かないで。 「ん? 国境警備隊……?」 「姫様が占拠してるっていう、兵舎の警備隊?」 占拠……って。まあ似たようなモンか。 「うん。たぶんその警備隊」 「ちょーどよかった! ぐっどたいみんぐ!」 「兵舎に伺っちゃおうかな〜、って思ってたところなのさ」 「お姫様、いるんだよね?第4王女アルエミーナ殿下」 えーっと。 一瞬、考え込んでしまう。 確かに、いるにはいるんだが…… 「あれ? いないの?」 「ちょっと待って。おーい、ロコナー!」 『はーいっ』 走って戻ってきた。 「なんでしょ〜?」 「アルエとアロンゾは? もう兵舎に戻ったのか?」 「あ、はい。先ほど戻られましたよ〜」 「結局、手がかりは何も見つからなくて……」 まあ、そう簡単には見つからないだろ。情報が少なすぎるからな。 「兵舎に戻ってるそうだ。殿下に用があるのか?」 「や、その前に……姫様を呼び捨てってすごくない?」 「姫様自身の希望なんだよ、呼び捨ては」 自分から『アルエって呼べ』と言い出したんだ。 「気さくな感じだねぃ。うんうん、なんかイケそう」 イケそう? 「姫様相手に、商売しようって腹だろ?」 ズバリと、ジンが言い当てる。 「当たらずとも遠からず」 「第一段階は、まず姫様に色々買ってもらうことなんだけど――」 「商売人としては、王室とのコネの一つも作っておきたいじゃない?」 さらりと言いのけて、不敵に笑う行商人少女。 「と、ゆーわけで」 「姫様に取り次いでくれない?さっきのグラス、あげるから」 「いや、それはダメだろう。賄賂を貰って王女に取り次ぐってのは立派な贈賄だし」 犯罪ですよ? 「贈賄っていうほど大したシロモノじゃないけど〜」 さっきと言ってること違うし。 「堅いな〜、隊長さんってば!頼みますよ、ねっ♪」 「会わせるだけなら、別に問題はないが」 「やったー!」 「紹介だけならな。別に兵舎に連れていくのはかまわないが」 「たすかり♪拝謁の手続きって何すればいいのかにゃー?」 「なにもいらない」 「へ?」 「王女は大変おおらかなご性格で、村の人々とも親しくなさっているからな」 とか言うとすごく立派な王女に思えてくる。 ウソじゃないんだけどさ。 「わあっ、それはすんごくありがたい姫様だね〜! 会えるのが楽しみ〜」 「隊長さんも気さくでいい人じゃん♪」 ぱんと肩を叩かれる。 「………………」 この子も気さくというか、馴れ馴れしいというか。 商人ってのは、人の懐に入り込むのが本当に上手い連中だ。 ……ま、悪人には見えないし。 「いいけど、商売の成功は約束できないぞ?」 「そりゃーもう。会わせてくれりゃ、そっから先はココよ、ココ」 ぺしぺし、と二の腕を叩いてみせるミント。 「あと、あんまし驚かない方がいいぞー」 「ん? 驚く?」 「まあそれは、会ってみてのお楽しみ」 ククク、と人の悪い笑みを浮かべるジン。 確かに驚くだろうな…… 姫様が、姫様のはずなのに、姫様じゃないんだから。 「んが!?」 予想通りというか、なんというか。 ミントと名乗る商人少女は、思いっきり驚いていた。 「な、何だ? いきなり何なんだ?」 「ちょちょちょ、ちょーっと待って。ええと、リュウだっけ」 「……どゆこと?」 「どういう事も何も、紹介した通り」 「こちらが、テクスフォルト王国第4王女のアルエミーナ殿下」 「……ええと」 目前の人物像に、混乱している様子。 無理もない。誰だって初対面で『この人が姫様です』と言われたら、こうなるさ。 「お姫様って、女だよね?」 世間一般では、そう言われてる。 「これって男物の服だよね?」 「……コスプレ?」 「なんだそりゃ」 「知らんの? 上流階級の嗜みだぞ」 「騎士や異性や獣人の扮装をして、その職業の人間になりきって遊ぶの」 「ちなみに、レキの着てるリドリー教の神官服はポイント高いね。あれはレア」 いまいちよく分からん世界だが……そのコスなんちゃらではない。 「おーいっ」 「ボクに会いたい商人というのは、その女なのか? 違うのか?」 「ちょっと待ってくれ。今、彼女に色々と事情を説明するから」 ったく面倒な。 「ミント……って言ったっけ。ちょっとこっちへ」 「う、うん」 「あー、その。話せば長くなるんだが。事の成り行きを説明するとだな」 ――しばらくお待ちください―― 「つ、つまり、殿下は男なの?」 「そうじゃなくてだな、えーっと」 「元々は男だったとか言い出して、呪いか何かで女になった、みたいな夢みたいな話を……」 ――もうしばらくお待ちください―― 「つ、つまり、殿下は女なのね?」 「うーむ、そうなんだけど、厳密に言うと違うらしくて」 もう、説明してる自分自身も、何が何だか分からなくなってきた。 「じゃあ、男装してる女」 「もうそれでいいや。そうそう」 諦めました。 「さっきから隅っこで、何をブツブツ言ってるんだ?」 「すまん。こっちの話は終わった」 「殿下、ご機嫌麗しゅう〜」 「あたしは、王都でテトラ商会っていう店をやってる、ミントと言います」 「お会いできて光栄ですっ」 完璧な商人スマイルを浮かべて、アルエに会釈するミント。 「へえ、王都で店を……テトラ商会か」 「アロンゾ、知ってるか?」 「いえ、残念ながら」 ずっとアルエの側で黙りこくっていたアロンゾが、ようやく口を利いた。 ミントが不審者かどうかを、観察していたようだ。 「まあ、小さい弱小商店ですし。ご存じないのも無理はないかと」 「ですがですがっ、この度は殿下のために、良い品物をたくさん持参致しましたっ」 えっへん、とミントが胸を張る。 「ボクのために?」 「はるばる王都から、何もない辺境の地に来て……ご不便、ご不満などおありでしょうっ」 「と、ゆーわけで!王都の品々をお持ち致しました!」 どさっ、と膨らんだ風呂敷を降ろすミント。 「こりゃまた、いっぱい持ってきたなぁ……」 「これ全部、王都の品物なんですか?」 「そのとーり!」 「王都の水に、王都のハム、王都の果実に、王都の手ぬぐいっ」 「やっぱり人間、慣れ親しんだものが一番っ」 「しかも格安っ! 良心的なお値段っ!」 一気にまくしたてる、商売人ミント。 「へええええ、王都の品々か」 さっそく、アルエが食いついた。 「なんのかんの言っても、やっぱり王都の品が一番ですよ。殿下」 「うんうんっ」 「これらはまだ小手調べ。他にもたくさん取り揃えております」 「多種多様な食材に、保存食に、怪しげな呪術道具なんかもっ」 待て、最後のは王都と関係あるか? 「買った!」 「で、殿下……」 「ミントとやらの言う通りだ!やっぱり王都の品が一番いい」 「アロンゾ、ここに並んだ品を全部買い取れ」 「よ……よろしいのですか?」 「うん。全部だ全部」 「まいどあり〜♪」 にひひひ、とミントが笑う。 俺もロコナも、あっけに取られて呆然としているだけ。 かくして―― ミント・テトラの商売は大成功を収めた。 ……ように見えたんだ。この時の俺たちには。 すっかり日も暮れて、夜。 ミントは『宿に泊まる』と言って、ジンに案内されて帰っていった。 明日には、また山ほど商品を持参して、売りに来ると大喜びで。 「はーん。王都の品々をのう」 「すごかったですよ〜。もう、息をつくヒマもないほどワーってしゃべって」 「気づいたら、欲しくなっちゃってるんです。ふしぎふしぎ」 まあ、商人ってのはそういう生き物だ。 「アルエの自尊心と、故郷心を上手く突いた商法だよなー」 誰だって、長く住んでいた所を離れて暮らせば、郷里の匂いが恋しくなる。 俺だって例外じゃない。実家のハチミツが舐めたい時もあるさ。 「あれ? そういえばたいちょーは何も買わなかったんですか?」 「ああ、まあな」 「必要ないものは極力買わないようにしてるんだ」 単に持ち合わせがなかったからなんだが。 本当は、一つ気になってた品がある。 蜂蜜と卵をたっぷり練り込んだパン生地を、油で揚げただけの簡単な物だ。 俺がガキの頃によく食べてたオヤツだ。 久しぶりに見たら無性に食いたくなって…… 「さすがはたいちょーです!」 「は?」 「質素倹約の精神ってヤツですね!」 「いや……あ、まあそういうことだ」 「それで、買った品物はどうしたんじゃ?」 「ロコナが料理して、出すことになってる」 「……って、こんなところで油売ってていいのか? ロコナ」 「あ、はい。煮込んでるので。もうそろそろいいかな〜って感じです」 「配膳の準備、してきますねっ」 とたたたた……と走り去っていくロコナ。 「まあ、人は誰しも郷里の味を懐かしく思うもんじゃて」 「爺さんの田舎は、この村なんだろ?」 「いや……」 あれ? 違うのか? 「ま、この村とさして変わらん辺境の地じゃったよ」 「へーえ……」 深くは聞かないことにした。 あまり、聞かれたくないような顔をしていたから。 『夕食の準備、できましたよーっ!』 おっ? メシの時間だ。 さてさて……久しぶりの王都の味、ご相伴に預かりますかね。 「うん、いい匂いだ。さすが王都のハム」 王都尽くしの料理に囲まれて、アルエは満足そうだった。 「そしてこの水。これも王都の水だ」 瓶に入った水を掲げて、嬉しそうに笑う。 「リュウも懐かしいだろ。王都育ちなんだよな?」 「下町だけどね。今は、実家は王都から離れた村にあるけどな」 「今頃、貴様のご両親は泣いているぞ。不祥事で左遷などと……」 うぐっ。 その話題はやめてくれ。マジで凹むから。 「では食べよう。みんな、存分に味わってくれ」 促されて、一同が口をつける。 まずはハムから。クリームと一緒に煮込んである。 「………………」 ……あ、あれ? 「……ん。辛いな」 「あ、あれぇ? お塩は控えめにしたんですけど」 「塩は高価じゃからの。塩辛いほど大量に使っているということは、その分、値も張るんじゃろう」 「そ、そうだな。その通りだ。これぞ王都の味なんだ」 ……あんまし肉の味もしないんだが。 こんな味だったっけ? 王都のハムって。 「み、水は一味違うぞ?慣れ親しんだ王都の味がするはずだ」 ぐびり、と王都の水を一口。 「………………」 「……ええと」 「カビ臭い……感じがする」 でも、頭のどこかで『懐かしい味だろ?』と囁く声がきこえる。 確かに懐かしい味ではあるけれど―― 「こりゃマズイのう。カビというよりは藻の匂いじゃなあ」 あー。王都の水源は川だからな。 「村の井戸水の方が……ずっと美味いじゃないか」 「飲んでしまえば同じでございます」 フォローになってないぞ、アロンゾ。 「あ! でも果物は! 果物は一味違うかも!」 薄くスライスされた、王都の梨。 「……水っぽい」 「これは仕方ない。果樹園で管理された味じゃからの」 「むしろ村の梨は、野性味がキツいという者もおるでな」 アロンゾに代わって、爺さんがフォローする。 「王都の品は、もしかして……劣ってるのか?」 ポツリとアルエが呟いた。 「そうじゃないと思うぞ。品物によりけりなんだよ、きっと」 「例えば装飾品なんか、やっぱり王都の技術は優れてる」 「食い物なんかは、自然の豊富な辺境の方が美味い」 ハムにしたって、村のハムは塩を少なく使うから、肉の旨みが深い。 ただし、保存は長く利かない。 「……そうか」 「なんでも王都の品がいいという訳じゃないんだな……」 うな垂れるアルエ。 「殿下……」 「まあ、これはこれで、俺は懐かしいよ」 「おかわりくれ、ロコナ」 「あ、はいっ、ただいまっ」 「……ん。ボクにもおかわり」 「はーいっ」 お世辞にも、美味いとは呼べないけれど―― 確かに、懐かしい故郷の味はした。 アルエの期待とは少し違うが、俺は満足だ。 ごちそうさん、アルエ。 こうして、王都尽くしの一夜は明けて…… そして翌日。 「ええええええええええ!?」 「も、もういらないって……どゆこと!?」 「殿下が、また一つ成長なさったということだ」 アロンゾは遠い目をする。 その口元が緩んでいるのが気味悪い。 「そうか、殿下がなぁ……フフフ」 「えらく嬉しそうだな」 「当然だ」 「つい嬉しくて、昨日は日記にも書いてしまった」 そんなもんつけとったのか。 「ちょ、でも、いっぱい持ってきたんだけど……」 「悪いが、買い取ることは出来ん。諦めてくれ」 「そ、そんなぁぁぁぁ!?」 持参した山のような品々の前で、ヘナヘナと崩れ落ちるミント。 ちょっとかわいそうになってきた。 「あー……ミント。この前のグラス、あと2個ほど俺が買うよ」 「あ、あの、可愛い装飾品があったら、見せてください」 「王都美女の裸婦画とかあれば、こっそり見せて欲しいんじゃが」 警備隊一同で、呆然自失のミントを慰める。 「ど、どうしよ……借金して仕入れたのに……」 「大もうけのチャンスだと思って、つぎ込んじゃった……」 え……? 「ア、アルエに売るために?」 「そ……それだけじゃないけど、でもまぁ、大半は……」 「借金って、どのくらい? ……あ、聞いていいのか分からんがの」 「……テクスフォルト金貨で15枚」 金貨で15枚!? ……軽く数年は遊んで暮らせる額なんだが。 「ど、どどど、どうしよ!?どうしたらいい!?」 「すぐ返せると思って、高利貸しに借りちゃった!?」 「ものすごい勢いで利子が膨らんじゃうんだけど!?」 「ど、どうすりゃいいの!?あたしの人生――」 一発大もうけを目論んで、儚くも散ったミントの夢。 「………………」 「……い、いや、逆境をバネにしてこそ真の商人」 「借金はともかく、仕入れた品は売らなくちゃ」 おお、立ち直った。 「ま、負けない。こんなところで、絶対に負けないんだからっ」 立ち上がって、拳を握り締めるミント―― 「とりあえず、飽きられる前に村で品物さばかなきゃっ」 その商魂の逞しさに、ちょっと感心する。 ミントが高利貸しから借りた金は、アルエが肩代わりしてくれることになった。 アルエなりに、ちょっぴり責任を感じたのだろう。 肩代わり――と言っても、有利子有期限の借金だが、高利貸しよりは遙かにマシだ。 かくして、ミントはアルエに借金を背負う身となって…… 村に留まり、商売を続けるハメになった。 大量に抱えた在庫を、売りさばくために。 「負けないんだからーっ!」 ……がんばれ、ミント。 借金塗れにも関わらず、それでも商魂たくましいミントは野宿をして宿代を節約しながら商売を続けることに。 それを見かねたリュウは、ミントを兵舎に招くと、村に逗留している間空いている一室を貸すことを伝える。 払えない家賃の代わりに警備隊の経理雑務をこなし準隊員扱いになることが決まり、歓迎会を提案するロコナ。 そもそもドタバタ続きでアルエの歓迎会もまだしておらず、それもまとめて派手にやろうという話になるのだった。 ミントとアルエたちの歓迎会が派手に行われ、酔ったアロンゾはリュウに剣での勝負を挑んでくる。 平和的解決をということで腕相撲の勝負が行われ、他の者は賭けを楽しむことに。そして勝負はアロンゾが勝利するのだった。 リュウに一点賭けしていたミントは大損してしまい、恨みがましい目でリュウを非難するのだった。 「アンタに一点賭けしてたのに負けるなんて〜〜〜」 それを聞いたリュウは…… ここは、ポルカ村の郊外…… 畑ばかりの、寂しい野道の路傍。 「はー、どっこいしょー」 一人の少女が、疲れ切った様子で地べたに座り込んだ。 彼女の名前は、ミント・テトラ。 現在、とてつもない借金を背負い、返済に奔走中の行商人である。 「うー、さぶさぶ。焚き火焚き火っと」 枯れ木やボロ布を巧みに使って、小さな焚き火を作る。 「はぁぁぁ、あったかぁぁー……」 「ええと、食料は何が残ってたっけ?」 「王都のハムと、王都の梨……か」 「とほほ……まさか商売モノに手をつけなきゃなんないとわ」 がっくりと、うな垂れる。 本来ならば、今頃は大もうけして宿で豪勢な夕食にありついていたはず。 何の因果か、宿賃さえままならず、ご覧通りのワイルドな生活。 全ては、己の商才が未熟なため―― 「っくちゅ! んあぁぁ……」 「なんだかんだいって、けっこう品物はさばけたけど……」 それでも、借金完済には程遠い。 かといって、次の商売に移るほどの資金も無く、身動きの取れない現状。 こうなったら、あのお姫様にくっついて、チャンス再来を待つしかない―― 「っくちゅ! あーもォ、はなびずが……」 とまぁ、そういったワケで、彼女は今でもポルカ村に居残っている。 アルエを介して王族とのコネを強め、ビジネスチャンスを掴むために…… 「え……? 野宿?」 思わず、聞き返してしまう。 「そうだ。村の周辺で、野宿しながら生活しているらしい」 「名は……なんといったか。失念してしまったが」 「ミントさん、でしたよね?」 「ああ、それだ。ミント・テトラ。思い出した」 「昼は広場で店を出し、夜は野宿しているそうだ」 「……あまりにも不憫だったのでな、昨夜は神殿に泊めた」 そ、それはそれは。 「野宿か。新鮮な響きだな……」 「よしアロンゾ、ボクも野宿してみたい。さっそく準備だ」 「む、無茶をおっしゃらないで下さい、殿下」 「む、なんだ? 野宿とはなにか大変な準備のいるものなのか?」 「いや、準備は至極簡単かなぁ……」 むしろ、準備なんていらないか。 「ならば話は早い。さっそく準備だ」 「おいドナルベイン。あまり殿下のお心を惑わすような話はするな」 「あ、ごめんごめん」 「あの、一応、村にも宿屋はありますけども……」 「宿賃が無いそうだ。稼いだ金のほとんどは、借金返済に充てているとか」 「確かに、律儀に毎日、返済しにやって来る」 「とは言え、額面が額面なのでな。そう簡単に完済できるものでもない」 そういや、かなり高額の借金を背負ってたな、ミント。 「……ボク自身の名誉のために言っとくぞ」 「ボクが立て替えたお金は、低利子で、返済期限も決めてないんだからな」 そうなのだ。 アルエは、とてつもなく良心的な条件で、ミントに金を貸した。 だから、宿代も払えないほど、生活を切り詰めて返済に奔走する必要は無いハズだ。 「理由はどうあれ、こんな時期に村のはずれで野宿など言語道断」 「じきに冬が来る。野宿などしていたら、一発で命を落とす」 レキの表情は、真剣そのものだ。 俺だって、真剣に考えざるを得ない。 村の近郊で、行商人が野垂れ死に……なんて事になれば大問題だ。 警備隊としての存在意義が疑われかねない。 というか―― そもそも、見知った仲の少女が、そういった境遇にあることを座視できない。 「……兵舎に泊めるか」 ポツリと、その言葉が零れ出た。 「ああ、そうしてくれると、神殿としては助かる」 「今は……私にも少々事情があって、客人の面倒を見る余裕がない」 ふう、と疲れ切った様子でレキが溜息をついた。 「……何かあったのか?」 「別に。そなたたちには関係のない話だ」 そっけなく、あしらわれてしまう。 「まあ、話はだいたい分かった。明日にでも兵舎に来るように伝えてくれないか」 どうせ部屋は余ってるんだ。提供しても問題はない。 「おい、そういうことは殿下に相談してから決めないか」 なんでだよ。ここは警備隊の兵舎で、俺は隊長なんだぞ。 「殿下の身の安全を、軽んじているだろう貴様」 「オマエがいるなら、大丈夫だろ」 「………………」 虚を突かれたように、アロンゾは目を瞬かせた。 「ま、まあな。うむ。確かに俺がいれば何も問題は無いが……」 「じゃあ問題なし。あとは招かれる本人次第だ」 「伝えておこう。では、私は失礼する」 「あ、レキさん、よかったら夕食でもご一緒に〜」 立ち去ろうとするレキを、ロコナが呼び止める。 「………………」 一瞬、レキが嬉しそうな表情を浮かべ――すぐに消す。 「い、いや。遠慮しておく。さっきも言ったが、色々と事情があるんだ」 そう言うと、レキはそそくさと兵舎から出て行ってしまった。 ……事情って、何だ? 「う〜ん?」 思わず首を傾げる、俺とロコナだった。 夕食の後、俺はいつものように鍛錬をすることにした。 「……今日は大丈夫か?」 この前はアロンゾに見つかって面倒な事になるところだった。 慎重に辺りを見回す。 どうやら誰もいないようだ。 別に悪いことをしているわけじゃないが、また勝負を挑まれても困るしな。 「ふっ! ふっ! ふっ!」 暗闇の中で、俺は今日も剣に見立てた棒を振る。 汗だくになるまで。身体が悲鳴を上げるまでずっと。 「はっ! ふっ! ふっ!」 考えれてみれば、おかしなもんだ。もう俺は剣を持つ気はないのにな。 でもそれ以上に、長年かけて鍛え上げたものを失うのが怖い。 「……ふっ!」 振り切った棒の切っ先が、まるで刃物で切ったように木の葉を割く。 2枚に分かれた木の葉が、はらりと地面に落ちた。 「うーん、ちょっと踏み込みが甘かったな」 ほんの少し繋がったままの木の葉を見て、苦笑を浮かべる。 これじゃ、まだまだ鍛え上げられたとは言えない。 『いや……充分見事だと思うぞ』 不意に、背後から感嘆の声が聞こえた。 「ア、アルエ!? いつからにそこ?」 「さっきからずーっといたぞ?あはは。棒を振るのに夢中で、ボクに気がつかなかったのか」 「……ちょっと考え事をしてたからな。気づかないなんて、ホントにまだまだだよ」 「謙遜しなくてもいい。それにしても、アロンゾがあれだけリュウをライバル視するわけだ」 「あまりにも見事な動きだったので、じっと魅入ってしまった」 アルエは一人納得したようにうんうん、と頷いている。 「や、やめてくれよ。そんなふうに言われたら恥ずかしいだろ」 「本当のことじゃないか。いやー、素直に感心した」 もしかして、俺をからかっているのか? そう思ったりもしたが、アルエを見ると大きな瞳を輝かせていた。 どうやら本気らしい。 「いや、ホントに勘弁してくれよ」 「いやいや、ボクの親衛隊にもひけをとらないぞ ……って! なんで逃げるんだ!」 「ゴメン! 今見たことは忘れてくれっ」 そんなに褒められたら、こそばゆいじゃないか!アルエに謝りながら、俺は自分の寝室に逃げ込んだ。 そして、一夜明けて――翌日。 レキから伝言を聞いたミントが、兵舎までやってきた。 「あたしが……この兵舎に住む!?」 パチクリと瞬きをするミント。さもありなん。 「野宿するよりは、ずっとマシだと思う」 「う……」 バレていたのか、と言わんばかりに気まずそうなミント。 「これから冬になると、野宿なんか出来なくなるぞ」 「警備隊としては、そんなマヌケなことで死人を出したくない」 「え、そんなにキツいの? この辺の冬って」 「いや、俺もそれは知らないけど……」 「厳しいと思います。雪はそんなに降らないけど、とにかく寒いんです」 「そ、そーなんだ……」 というか、既にけっこう寒いのに、よく野宿なんか出来たもんだ。 「う〜〜〜〜〜〜ん」 ミントが悩み始めた。即、食いつくかと思ったのに。 「……お姫様も、一緒に住んでるんだよね?」 「ああ。一緒に住んでる」 今は、朝からアロンゾと一緒に森の探索に行って留守だけど。 「あたし、貴族でもなんでもない普通の商人だよ?」 「わたしなんか、フツーの村人ですよ」 いや、ロコナは警備隊の隊員だろ。 「……世話になっちゃって、いいの?」 「いいよ。どうせ空き部屋はあるし」 「なんか気が引けるなぁ……」 「や、嬉しいんだけど、なんちゅーかその、厚意に甘えすぎな感じが……」 「だって、しばらくポルカ村に残るんだろ?」 「うん?」 「違うのか?」 「あー……うん。しばらくは逗留する予定だよ」 ミントが頷いた。 「実際、そーでもしないと、もう身動き取れない状況なのよね」 「ぶっちゃけ、お姫様以外にも借金してるところがあるし」 「次の商売を始めようにも、元手が無いもん」 あっけらかん、と語るミント。 「だから、あのお姫様のコネで大きいビジネスチャンスを掴めないかなー、って思ってるんだけど」 「っとと、ごめん。商売の話をしてるんじゃなかったね」 「ホントにいいの?よそ者のあたしが住み着いちゃって」 「宿をとるツモリは無いんだろ?」 「うん。できるだけ野宿でがんばるツモリだったよ」 「出来るだけ早く返した方が、お姫様の心証もいいかなーと思って」 「それは無茶ですよ〜」 「みたいだねー。予想以上に厳しかったー」 てへ、と舌を出してミントが笑う。 「じゃあ……ご厚意に甘えて、しばらくお世話になりますか」 「あーでも、甘えっぱなしっていうのは、あたしの主義に反するから」 「あたしに出来ることで、何か手伝えることがあったら手伝うよ。警備隊のお仕事」 胸を張って、ミントが言い放つ。 「そうしてくれると助かる。準隊員扱いに出来るからな」 準隊員扱いなら、兵舎に宿泊させても問題にはならない。 ……まあ、そうじゃなくても問題になんかならないとは思うけどな。 「今夜は、ミントさんの歓迎会しましょうねっ、たいちょー♪」 ロコナの提案に、曖昧に頷きながら―― 俺は、ミントの出来そうな警備隊の仕事を、ぼんやりと考えていた。 ……見回りに留守番、くらいのモンか? ミントには、兵舎の隅にある空き部屋を提供した。 クモの巣の張ったボロ部屋だが、ロコナと一緒に掃除して、使える部屋に改装中。 「ふーん、準隊員ねえ」 ミントに関する一件を聞き、ジンが遊びに来ていた。 一方の俺は、隊長としての雑務(主に王都への報告書作成)に取り掛かっていた。 「それって、具体的にはどーゆー扱いなのよ?」 「サポートだな、全般的な業務の」 「荷物運んだり、馬の世話をしたり」 「一言でいうと、雑用係か」 身も蓋もない言い方をする。 「本人が、厚意に甘えっぱなしはイヤだって言うから……」 別に俺は、ただの客でも構わないんだが。 「もったいなくね?」 「うん?」 もったいない? 「これはオレの個人的な意見なんだが――」 「商人って連中は、そこそこツブシの利く人種なんだよね」 ツブシの利く人種? 「金勘定はもちろん、品定めに交渉役、クレーム対処、その他諸々……」 「使いどころを間違わなければ、かなりの戦力になると思うけど」 「へえ……」 ジンの話に興味を覚えて、羽ペンを置いた。 「お? なに? オレの話に興味わいちゃった?」 「ちょっとだけな」 苦笑しながら、頷く。 「話は簡単。警備隊の経理事務をやってもらえばいいじゃん、て話」 「あと、村人とトラブった時の交渉人」 「………………」 なるほ……ど。事務か。それは盲点だった。 言ってみれば金勘定のプロだもんな、商人って。 赴任以来、帳簿なんて見たこともないんだが―― ……待てよ? うちの警備隊、そういうの誰がやってるんだ? 『失礼します、ロコナですー』 「たいちょー、ミントさんのお部屋、お掃除終わりました〜」 お。なんとか住める空間になったか。 「すぐ行く。ちょっとミントにも話があるから」 「っと、ロコナ。警備隊の帳簿って、どこにあるか知らないか?」 「帳簿……ですか?ええと、確かそんな感じの本みたいなのが、ホールの棚に……」 「ミントの部屋まで、持ってきて欲しいんだが」 「あ、はい! 了解ですっ!」 とてててて……とロコナが去っていく。 さて、どんな部屋に片付いたのやら―― 「………………」 「……わーお」 絶句していた。 なんだろう、このカオスな部屋は。 ようは商売用の商品が山と積まれているんだろうが。 呪術道具っぽいモノまで、陳列されてるのは不気味。 「ふー、いい感じに快適な部屋になったよー」 「そ……そうか」 「いつまでお世話になるかわかんないけど、よろしくお願いしますっ」 ぺこり、とミントが頭を下げた。 「いやいや、こちらこそ……というか、早速、頼みたいことがあってさ」 「ん? 頼みごと?」 「ちょっと待ってくれ。もうすぐロコナが――」 『ロコナですー、入りますね〜』 「お持ちしました、隊長。たぶんコレじゃないかな〜と」 渡されたのは、まごう事なき警備隊の経理帳簿。 パラパラ……とめくってみる。 うわ、やっぱり誰も真面目につけてない。前代の隊長がつけたところで止まってる。 「なにそれ? 帳簿?」 「ああ。経理とか事務を頼めないかなーと思って」 「ふんふん。ちょい貸してみ、ソレ」 ミントに、警備隊の帳簿を渡した。 「んー……っと、うわぁ、警備隊って給金すくなっ」 余計なお世話だ。 「頼んでも、平気か?」 「ちょい待って。もうちょい」 パラパラ……と読み進めてゆく。 「なんじゃこりゃ……むっちゃくちゃなザル勘定でやってるじゃない」 え? 「子供のお小遣い帳じゃないんだから……」 「とゆーか、こんなのでよく今までやってこれたなぁー」 呆れ果てた、と言わんばかりの表情を浮かべるミント。 そして。 「りょーかい。わかった。あたしが経理やったげる」 「経理に事務全般、そっち方面のデスクワークを手伝う」 「それで、ここに住む分の家賃はタダ。どーお?」 「なんの問題もない。よろしく頼む」 そっと、手を差し出した。 「おっけー、交渉成立♪」 その手を、ミントが握り返す。小さくて可愛い手だった。 こうして―― 俺たちの兵舎に、新たな仲間が一人、加わった。 「と、いうわけで――」 「今日から警備隊の経理その他をやってもらう、準隊員のミントだ」 改めて、全員の前で紹介する。 「やー、どうもどうも♪」 「商いは、でかいチャンスをモノしてこそなんぼ!テトラ商会のミント・テトラです」 恭しく一礼したミントの先には……アルエの姿が。 「身近に商人がいると、色々と心強いなー」 「実は、仕入れてもらいたいものがあるんだけど……」 「はいはい、なんでしょうなんでしょうっ」 紹介中に、いきなり商売を始めないで欲しい…… 「本隊員ではなく、準隊員とな?」 「本業の商売の方もやっていかないと、借金が減らないんだそうだ」 「だから、あんまり時間を拘束しないように、準隊員ってことにした」 「なるほど、考えたモンじゃのう」 「ま、なんにせよ、おなごが増えることは喜ばしいことじゃて」 あごひげを撫でながら、頷く爺さん。 ……しかし、兵舎の中もにぎやかになってきたな。 自称・男のお姫様に―― お供の騎士、イノシシバカ―― 一途な部下一号に―― エロじじいな部下二号―― そして新入りの商人娘。ミント・テトラ。 ……………… うん。ちょっとした大家族って感じだな。 「爽やかにオレの存在をスルーされた予感」 「まだいたのか」 「ちょっ!? それ!古典的だけど地味にショックが大きいよ!」 「オレがヤンデレなら、オマエ、いま刺されてたぞ」 なんだヤンデレって。 「あ、ジンさんはですね、わたしがお呼び止めしたんです」 「ミントさんの歓迎会をやろうと思って」 そういや、そんなことを言ってたな。 「アルエ様やアロンゾさんの歓迎会も、やってませんでしたし――」 「ここは一つ、盛大な歓迎会をやりましょー!」 「不肖、このロコナ!これから御馳走を山盛り作りますです!」 びしぃ! とロコナが自分の額にチョップを食らわすように敬礼をした。 「はうあっ……」 痛かったらしい。 「そういえば、ボクたちは歓迎された記憶がないな」 「ありませんな、確かに」 それどころじゃなかっただろーが。 いきなり女だと判明して、実は男ですとか言われて大騒ぎ。 ……でも、まぁ親睦を深めるには、いい機会かもしれない。 そして―― 日は傾き、夜が来て…… 「うあぁぁぁ、いい匂い……」 大皿に載った料理が、テーブルを埋め尽くさんばかりに並んでいた。 「久しぶりにマトモな食べ物にありつけるー」 どれだけ貧窮した生活を送ってたんだよ。 「まだまだ、じゃんじゃん運んできますから!」 料理長ロコナが、その冴え渡る腕を披露する。 というか、よくこれだけ食材が用意できたなー…… 「村の衆が、色々と分けてくれたのじゃよ」 「連中、オマエさんに借りがあるでな。こういった形で謝意を示したんじゃろう」 借り……? あ、コッカスの一件? そんなの、もう気にしなくてもいいのに。 「むぅ……?」 皿に盛られた串焼きを見つめて、首を傾げているアルエ。 もしかして、串焼きは見たことないのか? 「串焼きって言うんだよ。肉とか野菜を串に刺して、タレにつけて焼いただけ」 「い、言われなくても知っている!」 「ただ、ちょっと良い香りだなぁと思っただけだ!」 「そりゃ、ロコナ特製のタレの匂いだな。少し焦がすとこれまたいい匂いがするんだ」 「……確かに。今まで嗅いだことのない香りだ」 王女様は今にもヨダレを垂らしそうな表情で、串焼きを凝視している。 「殿下に、このような粗野な料理をお出しするとは……」 頭を抱えて、ブツブツと呟くアロンゾ。 その向こう側に―― 「………………」 レキが座っていた。 歓迎の宴だから、と無理やり引っ張ってきたんだが…… 「……むぅ」 さっきから、眉間にシワを寄せて料理を睨んでる。 「……大丈夫か?」 「ん? あ、ああ……私に言っているのか」 「具合でも悪いんじゃないかと思ってさ」 「別に、どこも悪くなどない」 「ただ……その、色々あるのだ」 色々? なんか、昨日もそんなコトを言ってたな。 「……ふぅ」 ちゃぽん、と音を立てて、レキが持参の水筒を開けた。 「実は今、一切の食事を断っている」 ぽつり、と小さな声で呟く。 「口にできるのは、この水だけだ」 「……ダイエット中?」 「ちがうっ」 ぎりりっ、と睨まれる。ちょっと怖い。 「断食の儀という修行の一環だ。今日で丸二日、何も食べていない」 あ、リドリー教の修行か。 「これは神官の水という。月光で清めた水だ」 「……水だ。どう味わってもただの水」 がっくりとうな垂れた。 ……もしかして、むちゃくちゃ腹が減ってるんじゃないのか? 前に言ってた事情が云々って、この事だったのか? 「え、宴会に誘ったりして、悪かった……か?」 「……若干、参加したことを後悔はしている」 だ、だよな。これだけ目の前に御馳走を並べられたらな。知らなかったとはいえ、悪いことをしてしまった。 「ごめん……俺、そういうの知らなくて」 「いや、これも苦行の一つだ。気にしなくていい」 恨めしそうにテーブルを見つめながら、レキがぼやく。 「ちなみに、どのくらいの間、断食するの?」 素朴な疑問を投げかけてみた。 「一週間だ。つまり、あと五日間……」 あと五日も水だけで生活!? ……すげーな、神官の修行って。 「酒飲む人ー、手を挙げてー」 ジンが、皆に酒を振舞い始める。 最後の料理も運ばれ、歓迎会の準備は全て整った。 「オマエさん、隊長じゃからな。乾杯の音頭はしっかり取るんじゃよ」 え!? お……俺がやるの? 乾杯の音頭を? 俺のグラスにも、酒が注がれる。 木のコップもいれば、陶器のジョッキを手にする者もいる。 もちろん、水だけで我慢する神官も乾杯に備えている。 「えー……こほん」 「では僭越ながら、乾杯の音頭を」 色々と、挨拶の言葉を考える。 アルエを『姫様』として扱えば、怒り出すだろうな――とか。 かといって、ぞんざいに扱うとアロンゾが煩いだろうな――とか。 「えーっと……」 早く料理にかぶりつきたい、と目で訴えかけてくるミント。 「どーしたどーしたぁ」 ジンから、ヤジが飛んでくる。 すぅっと息を吸い込んで、簡素に一言、俺は言い放った。 本当に簡素な、一言を。 「ようこそポルカ村に! 乾杯ッ!」 高々とグラスを掲げた。 「かんぱーい!」 8人の声が、一つに合わさった。 当初はぎこちなかった宴会も、次第に砕けたムードになり―― そして。 「ぬははははは!12回目のカンパーイ! イェッフー!」 「おお、うら若き乙女の女体に乾杯じゃー!」 一部の参加者は、すっかりトラと化していた。 「まーまーまーまー、ググっと一杯♪」 「う、うむ。では一杯だけ……」 ミントにお酌されているアロンゾ。 その横では、アルエが豪快に、串焼き肉へかぶりついている。 「……別に、串から外して食ってもいいんだぞ」 「ふぉのほうふぁふふぁいっふぇ、ふぉほなふぁひっへは」 「なに言ってるか、ぜんぜん聞き取れん」 城の侍女とかが見たら、卒倒するだろうな。こんなアルエの姿…… 「ぷはぁ。この方が美味いって、ロコナが言ってた」 まあ、そりゃそーだけど。 口の周り、タレでべっとべとになってるんだが。 「気に入った。豪快で男らしい料理だな。毎晩コレでもいいくらいだ」 またしても、ガブリと一口。 口のまわり、ソースでベタベタだろ?これでも、お姫様なんだぜ…… 「で、殿下……なんというお姿……」 大変だなぁ、近衛騎士も。 「………………」 そんなアルエを、じとーっと見つめているレキ。 「串焼きは……塩が一番美味い……」 ポツリ、と呟く。 そしてグビリと水を一口。 「……ふー」 あ、哀れすぎる…… 「そ、外の空気でも吸いに行くか?」 「余計な気遣いは無用だ」 「今、この水こそが世界で一番美味いと自分に言い聞かせてる真っ最中だ」 「ふ、ふふふ……ほぉら、実に甘露……」 「さ、さいですか……」 「おかわり、たくさんありますよ〜」 ロコナが、巨大なグラタン皿を運んでくる。 「グラタン……ああグラタン。グラタンタン。たんたかたん」 ついにレキが壊れ始めた。 と―― 「ドナルベイン、貴様ーっ!」 いきなり、アロンゾが胸倉を掴んできた。 「ちょ、いきなり何だよ!?」 「貴様という男は、いつも卑怯な手段で逃げ回りおって!」 「いつになったら、決着をつけるツモリだ!俺との決着を!」 ぷわぁぁん、とアロンゾの口から、濃い酒気が漂う。 「よ、酔ってるのか? もしかして……」 「今すぐ決着をつけるぞっ! さあ剣を抜けっ!木剣ではなく真剣をっ!」 「……うわぁ、一杯しか飲ませてないのに。このお酒すっごい」 ちゃぽちゃぽ、と酒瓶を振るミント。 「その酒はランプの燃料にも出来る代物じゃからな。一切薄めておらぬ、赤麦の蒸留酒じゃ」 それって、ほとんどアルコールって言わないか。 「さあ、ドナルベイン! かかってこい!」 一人で盛り上がる、酔っ払ったアロンゾ。 こんなの、相手にしてられるかっ。 「殿下殿下、アロンゾさんは過去に何かあったんですか?」 「殿下はよせ、アルエでいい。それに、対等な口利きで構わない」 「ホント? アルエってば話せるぅ」 切り替え早っ!? 「アロンゾが言うには……かつて城内の剣技大会で、リュウに惜敗したんだそーだ」 「その時リュウは、卑怯な手段でアロンゾの戦意をくじいて、勝ったとか」 無茶苦茶すぎる。 「うわ、あんたってば悪人」 「違うわっ」 「違わんッ!」 あーもう、誰かなんとかしてくれ、コイツを。 「で、実際にはどうだったの?」 ワクワク、と野次馬根性丸出しで、ミントが尋ねてくる。 「ボクも詳しい話を知りたい」 野次馬その2も加わった。 「別に、大した話じゃない」 「真剣で戦うのがイヤだった俺は、木剣で剣技大会に出場した」 「一回戦で当たったアロンゾが、それを見てカンカンに怒った」 「んで、たまたま運よく、その試合は俺が勝った。それだけ」 思いっきりはしょったが、まあ、概ねこんな感じ。 「……それって、木剣で真剣に勝ったってこと?」 「凄いじゃないか。アロンゾ相手に、木剣で勝つなんて」 「あんなのは勝ったとは言えませんッ!」 だだん! と机を叩くアロンゾ。 暑苦しいこと、この上ない。 「さあ、ドナルベイン!今こそ決着をつけてやる!」 「断るっ」 「俺は剣なんか持ちたくないし、そもそも勝負もしたくないっ」 「ならば、木剣でも構わんっ!」 なんとしても、勝負に持ち込みたいらしいな…… 酔っているだけに、普段よりもタチが悪い。 ったく…… 「あーもう、勝負とか勘弁してくれ。他に平和的な解決方法は無いのかっ」 「ないっ!」 言い切りやがったし。 「平和的な勝負、ねぇ……」 「いっひ♪」 何か思いついたらしく、ミントが不敵な笑みを浮かべる。 「ねぇねぇ、アロンゾさん的には、勝ち負けがハッキリすればいいんだっけ?」 「俺はどんな勝負でもドナルベインに勝つっ!それだけだっ!」 酔った勢いで吼えるアロンゾ。 「ちゅーことなら、あたしに任せて!リュウも、平和的な勝負ならいいんでしょ?」 「まあ、内容にもよるけど……」 一体、何を企んでいるのやら。 「だいじょーぶっ、絶対平和な勝負方法を思いついたから!」 そう言って、ミントは自信たっぷりに胸を張った。 そして―― 「第一回っ! 兵舎内腕相撲大会〜〜〜〜っ!」 どんどんどん、ぱふぱふぱふ。 ミントの提案により、急遽、腕相撲大会が始まった。 たしかに平和的ではある。 「勝負に活気が出るよう、賭けもするから。一口銅貨1枚からね♪」 提案するミントの目は、まるで金貨が映り込んだかのようにキラキラと輝いていた。 ……なるほど、それが狙いだったのか。 「ええのう。ワシはこの歳じゃからの。勝負はできんが、そちらには参加出来るしのお」 「賭けかー。だったらオレもそっちを優先。なにしろオレは温室育ちのボンボンだからネ☆」 「自慢じゃないが、ちょっと乱暴にされたら骨折かヒビが入るくらいの自信はあります」 胸を張って言えることじゃないぞ、それ。 「おー、二人ともイケルくちだねぇ。じゃあ参加しない人は賭けで楽しむってことで」 「ふぇぇ、腕相撲で勝負ですか……?」 「わたし、勝負より応援する方が……」 「同感だ」 「うーん……あたしも正直、腕っ節には自信ないしじゃあ、女性陣は応援しつつ賭けで楽しもう♪」 女性陣は見学に徹するようにしたようだ。 そんな中、一人だけやる気を見せている人物がいた。 自称男、のアルエである。 「ボクも勝負に参加するぞ。男なんだから、文句はないだろ?」 「で、殿下も参加なさるのですかっ!?そんな……腕相撲だなんて、危のうございます」 「そうだ。怪我をしたらマズイだろ」 ……俺たちの立場的にも。 アロンゾも、珍しく俺に同意するように頷いている。 だが、当たり前だが、アルエはそんな事で諦めるようなやつではなかった。 「いいや、ボクも参加させろ。これは命令だ!」 「そ、そんな……」 「主の命だぞ」 「うぐっ」 「まあまあ、いいじゃないの。アルエは特別ゲストってことで♪」 まあ……ゲスト扱いなら大丈夫か。 「さあ、出走馬が出そろったよ!」 ……早速配当表とか書いてるし。ミントはやる気満々だな。 「……リュウ、ちょっとちょっと」 ミントが、こっそり俺を手招きする。 「どうした?」 「勝てる自信って、ある?」 あん? 「いや……それはやってみなきゃわからないけど」 しかし相手はアロンゾだ。馬鹿力で有名な。 ……まあ、十中八九勝てないだろうな。 「ん〜、そっか。あんまし自信はないかぁ」 「いや実はね、全員の賭けの対象が決まってさ。ロコナ以外、全員アロンゾさんに賭けてるのよ」 「………………」 なんだろう、この寂しい気持ち。 「ここでアンタが勝てば、ちょっとした儲けになるんだけどなー」 「そんなのは、勝負の女神にでも頼んでくれ」 もしくは、アロンゾに腹下しでも飲ませるとか。 「と、いうわけで――はい、コレ飲んで」 と、ミントが小さな丸い粒を取り出した。 「……なにこれ?」 「丸薬。即効性の興奮剤」 こ、興奮剤ぃ? 「これ飲んで、勝利を掴んでくれたまい」 「そんな怪しげな丸薬、誰が飲むかっ」 「あ、ロコナのパンツ見えてる」 「え……?」 ひょいっ。 「むぐっ!?」 口の中に、何かが入り込む。 「ていやっ!」 ぺしっ! 「んぐっ!?」 頭頂部にチョップが入った。 って、飲んじまった!? 「な、なななっ、なにするんだよっ!?」 「あー、もう飲んじゃったねー」 飲ませたんだろうがっ! って―― うおッ!?  なんか血流が激しく…… 「効果は10分。勝負するなら今のうちっ」 自分でも、はっきり分かる。 力が溢れてくる―― 「これなら勝てるっしょ!胴元の稼ぎ、全部リュウにつぎ込んだからっ!」 どんっ、と背中を押された。 目の前には、すっかり準備を整えたアロンゾ。 「さあ、こい。ドナルベイン……貴様と俺の力の差、見せてやるッ!」 ぽきぽき、とアロンゾの指が鳴る。 「ったく、気乗りしないってのに……」 むふー、と鼻息荒く、俺はアロンゾを睨みつける。 あの怪しげな丸薬のせいか、身体が熱い。 こうして――腕相撲大会が始まった。 「くうっ、こしゃくなっ!」 「そうはいくかっ、ふむむ〜っ!」 「ふたりとも頑張れっ!」 「たいちょーっ、けっぱれでありますっ!」 「ふたりの真剣勝負、しかと見届けるぞ」 女の子たちも応援してくれる。 これじゃ、おいそれとは負けられない。 「どうだっ、貴様ごときに負ける俺ではないっ!」 アロンゾは相当な馬鹿力で俺を伏せようとする。 手首を捻ったりという姑息な技を使わないのは、やはりプライドからか。 辺境の警備隊長である俺に、そんなプライドなどはない! 「これでどうだっ!」 「ううっ、手首を捻るとは卑怯なっ!」 「卑怯もなにもねえっ、これも作戦のひとつなんだよ!」 「ぐむむ……」 「リュウ、アンタには頑張ってもらわないとっ!」 胴元が俺に一点賭けするってどうなんだ? まあ……ミントの丸薬のおかげで、馬鹿力のアロンゾと対等に渡り合っているわけだが。 やることが胡散臭いというか、商魂たくましいというか。 「貴様っ、さっさと負けを認めぬかっ!」 「そうはいかないんだよっ!」 そろそろ決着を着けないと、体力負けしてしまう。 ここは大きく手首を捻って一息に押し潰す!! 「うりゃあああっ!!」 「くうっ、まだまだ!!」 ぐりんっ。 アロンゾの手首が捻り込まれる。 「ああっ、キタネーっ!」 「貴様が言えた義理かっ!」 長引いていた勝負は、一瞬で決まった。 「あうう〜〜〜〜大損した〜〜〜〜」 「なんだよ、恨みがましい目で見るなよ」 「アンタに一点賭けしてたのに負けるなんて〜〜〜」 そんな事言われてもなあ。 「しかも、アロンゾさんがアルエに負けるなんて〜〜〜。大穴じゃんか〜〜〜」 大穴もなにも、アロンゾとアルエが勝負したらアルエが勝つに決まってる。 当然、アロンゾが勝ちを譲るわけで。うっかり勝ったら、それこそ下克上同然だからな。 「ミントの読みが甘かったことが敗因だな」 「……」 ミントは返事をする代わりに、手を差し出してきた。 「なんだ、その手は?」 「……丸薬代ちょーだい」 「な、なんでだよっ。あれは無理やり飲ませたんだろ?」 「あー、まー、そのだな……損させて悪かったよ」 ガックリしたミントを見るに忍びなく、言う。 「ホントに悪いと思ってる?」 「……ちょこっとくらいは、な」 それじゃなくても大借金持ちだ。 大穴狙いで小銭でも稼ぎたい気持ちは、わからないでもない。 唯一、俺が勝つと信じてくれたヤツでもあるしな。 「なら…………丸薬代ちょーだい」 「ええっ?」 にやりと笑ってミントは手を差し出している。 同情した俺が甘いのか? 「な、なんでだよっ。あれは無理やり飲ませたんだろ?」 「でも、飲んだっしょ? ほりゃほりゃ」 手の平を振って、丸薬代を請求するミント。 どこまで商魂たくましいんだか。 「はあ〜っ、やっぱり商売はコツコツやらないとダメだぁ」 腕相撲でダルダルに疲れた俺よりも脱力した様子で、ミントは大きく溜息をついた。 ……後日談をしよう。 あの怪しげな丸薬の副作用のせいで、俺は翌朝、全身筋肉痛で死にそうになった。 二度と、あの丸薬は飲まない…… 断食週も終盤に入り、ますますイライラが募るレキ。民家から漂う美味そうな匂いをかいでは苦悩中。 そんな中、ミントが都から仕入れた超高級珍味とやらを、先日の歓迎会の返礼として持ってくる。 しかし、強欲なジンとホメロの二人が抜け駆けして二人で独占してしまう。 そして強欲な二人を襲う急激な腹痛。食中毒になってしまったのだ。黙って放置するわけにもいかず、レキを呼びにいかねば…という話に。 断食中で辛い現状なのに嫌味の一つも言わず、フラつく足取りで懸命に二人の治癒にあたるレキだった。 ……少女は、瞑想していた。 己自身の内面を、どこまでも追及する。 生きるとは何か? 死ぬとは何か? 人とは? 神とは? 世界とは? 「………………」 「……こほん」 聖典に、こんな言葉が記されている。 汝ら、生きるために殺す咎人なり―― 生きるために食事をする。そのために命を奪う。 獣のみならず、野菜にも命がある。人参にも、芋にも。 芋…… 焼き芋…… 「うぅぅ……」 「ざ、雑念っ! 振り払え雑念をっ!」 少女はジタバタと悶えた。 先程から、目前の法具がドーナツに見える。形状はそっくりだ。 危うく、手を伸ばしかけたこともある。 ……限界が近かった。 「耐えるのだ、あと二日……」 「あと二日だっ!」 リドリー教神官 断食の儀 第5日目…… そろそろ、彼女の限界は近かった。 「んー……」 窓から差し込む光がこれでもかと朝の訪れを主張してる。 「……目が覚めちゃった」 習慣というのは恐ろしい。 まさか、これほど短期間で早寝早起きの体質になるとは。 「むぅ……しかし、なんかこう物足りないな」 どうもスッキリしないというかなんというか…… 「んー……」 ベッドの上で伸びをして、のんびりと起床。 少し冷えるな……秋も深まってということか。 「おしっ」 今日も一日、頑張ろう。 「やややっ!?」 ホールには、ロコナがいた。 まさに、これから角笛を吹きに出るところらしい。 「おはよーございますっ。 ……ホントにおはよーございます」 「なんで二回言うんだよ。おはよーさん」 苦笑しつつ、瓶から汲み置きの水を一杯、コップにすくう。 「寒くなってきたな。汲み置きの水でも冷たいくらいだ」 「ですね〜。でも、ここからもっと寒くなっていきますよっ」 「でもご安心をっ。わたしが責任をもって、朝は暖炉に火を入れますから」 「ま、もうちょっと寒くなってからな」 水を飲み干して、一息ついた。 起きてるのは……俺とロコナだけ、か。 「えと、じゃあ吹きに行ってきます」 「あー待って。俺も行く」 「ふぇ?」 「どうせ、すぐそこだろ?朝の空気を吸いに行くよ」 「は、はあ……」 たまには、部下の公務を見届けてやるのも上司の務めだ。 ……いや、たんなる気まぐれだけどな。 地を覆う草々が、朝の露に濡れていた。 冬になると、霜に変わるのだろう。 「それでは、いきます」 ロコナが角笛を構えた。 「………………」 「あ、あははは。き、緊張しますねぇ」 「俺のことは気にしなくていいから」 「な、なかなかそういうワケにも……」 「ん、吹きますっ」 「すぅ〜……」 側で聞くと、なかなかの迫力だ。 「だから音が外れまくってるっての……はっ!?」 そうか、物足りなさの理由はコレか。 どうやら角笛の音にツッコむのも習慣になってたらしい。 朝を告げるロコナの角笛―― この音で、村人の一日が始まる。 朝飯食って仕事して、昼飯食ってまた仕事。 収穫期も終わりに近づき、村は活気で溢れている。 男たち不在の農村、ポルカ村…… むしろ、男がいない分だけ、女たちが頑張っている村。 そんなポルカ村が……最近、ちょっとだけ好きになってきた。 理由はわからん。なんとなくだ。 そう……なんとなく。 「あ、たいちょー。ミントさんですよ」 「うん?」 兵舎から、ミントが出てきた。 のっしのっしと、草を踏みつけて歩いてくる。 あ……れ? なんか機嫌悪そうな…… 「安眠妨害じゃ〜〜〜っ!!」 んな!? 「毎朝毎朝、むちゃくちゃ早く叩き起こしてくれちゃって」 「何時だと思う!?ねえ、今、何時でしょーか!?」 小さな懐中時計を目前に突きつけられた。 時刻は……えーと、午前5時半。 「せめて後1時間っ、いやっ、2時間は寝ようよ!」 「お、俺に言われても困る」 「すすす、すみませんっ、すみませんっ」 「ロコナはいいの。それがお仕事だから。だって村の決まりごとなんでしょ?」 一転して優しげなミントに、こくこくこくっ、と頷くロコナ。 そして再び、くわっ、とミントが牙を向く。 「あんた上司ならっ、あと2時間くらい軽妙なトークでロコナを止めなさいよっ」 むちゃくちゃ言う。 ロコナには優しいのに、なんで俺に厳しいんだ? 「ふーっ、爽やかな早朝からエキサイトしちゃった」 「……ま、これからは寝る時間を早くするけど」 「この憤りを誰かにぶつけたくて。とりあえずあんたにしといた」 「あースッキリした。おはよー♪」 「……怒ってもいいか?」 「ダメ」 理不尽極まりない。 「あっさごっはん〜、あっさごっはん〜♪」 兵舎に戻っていくミント。 ……なんだったんだ? 「け……結局、なんだったんでしょう?」 「さっぱりわからん……」 小首を傾げる俺とロコナ。 とにかく、ミントが奔放な性格だということは、よくわかった。 朝の見回りと、収穫の手伝いを済ませると、もう昼…… 広場では、珍しく市が立っていた。 野菜と果物ばかりが、ずらりと並んでいる。 「珍しいな、市なんて」 村に来てから、初めて見たような気がする。 「寒くなりましたからね〜」 「寒くなると、市が立つのか?」 「ですです。さあこれから冬が来るぞーっ、となると、市が立ちます」 ……なんで? 「オマエさん、あまり頭は良くないのう……」 「え。考えれば分かるような事……なのか?」 「そうじゃよ」 冬が来そうになると、市で野菜やら果物やらが売られる? 「……食いだめ?」 「アホじゃなー」 むかっ。 「冬になると、ほとんどの野菜は育ちませんよねっ」 「でも、冬でもちゃんと野菜は食べたい」 「あ……」 わかった。そういう事か。 「つまり保存食を作るため、ってコトだな?」 「あはっ、正解ですっ♪」 「ジャムとか、ピューレとか、塩漬けもそうですね」 「乾燥させる物もある。塩は贅沢じゃからの」 なるほど…… 「どうします? まだちょっと早い気もしますけど、うちでも作って……あれ?」 ふと、ロコナが目を瞬かせた。 「どうした?」 「あそこに、レキさんがいるんですけど……」 ロコナの指先を視線で追う。 あ、いた。 「なんだか……険しい顔つきだな、と」 う〜ん? そこまで俺には見えないが。 「ぬう、今日もええ乳じゃ……」 どこ見てんだ。 「あ、こっちに来ますよ」 ゆっくりと、レキがこちらに向かって歩いてくる。 そして。 「……ふぅ」 挨拶もなく、いきなり溜息。 「レ、レキさん……何かあったんですか?」 「……別に何も」 「ちょっと疲れてるんだ」 眉根にシワを寄せて、もう一度、溜息をつくレキ。 「わかるぞ、女の子の日じゃな」 「………………」 もし視線で人が殺せるのなら、爺さんは今、死んだ。 「じ、冗談じゃて。はは、ははは……」 「こぅわ!? 目がこぅわ!?なんじゃ? 何がどうしたんじゃ!?」 いや、俺にもさっぱり…… 「まあまあ! レキ様!」 「む……」 「今年もまた、ジャムとピューレをたくさん作りますので」 「神殿の方にお届けしますから。楽しみに待っててくださいな」 「あ、ああ……毎年すまない。助かる」 「そうだ。よかったら一口、どうぞ」 熟れた果実を一つ、レキの前に差し出す村人―― 「い、いらないっ」 「そう遠慮なさらずに。今年のは甘くて香りも……」 「い、いらんと言ったら、いらんのだっ!」 「………………」 「あ……す、すまない。声を荒げたりして」 「今は……とにかく、ダメなのだ……」 「はぁ……」 フラフラと、おぼつかない足取りで去っていくレキ。 「いったい、何がどうなってるんだ?」 「さあ……?」 「断食だよ、断食」 「知らんの?」 謎はあっさりと解けた。 兵舎に遊びに来たジンが、種明かしをしたのだ。 「そういや、この前そんなこと言ってたような気がする」 あれって、まだ続いてたのか。 「つまり、お腹が空いてイライラしてる……ってコトか?」 「そゆことそゆこと」 「そうか、リドリー教の断食の儀か」 「盲点じゃったなあ」 道理で、勧められた果物も受け取らずに帰ったワケだ。 「今、神殿に近づくのはオススメしないね」 「かくいうオレも、昨日、散々な目に遭いました」 「何をしたんだ」 「ニンニク料理をたらふく食って、食いすぎてお腹が痛くなってなー」 「たまたま神殿の近くを通ったから、トイレを貸してもらおうと思ったのだ」 「で、それをありのままに伝えたら、ものすんごい剣幕で怒り出して」 「『神殿は貴様の厠ではないのだぞーっ!』って大絶叫」 「殺されるかとおもた」 「ボクなら殺すな。たぶん」 「ていうか、いっぺん死んだ方がいい」 「ちょっと皆さんヒドくない!?」 「お腹……空いてるんですねぇ」 「足元がフラついておったからのう」 「儀式は七日間のはず。ひい、ふう、みい……あと二日じゃな」 「明日あたり、森の案内を頼もうかと思ってたんだけど。止めた方がいいな」 「まあ、あまり無理はさせたくないよな」 「というか、八つ当たりが怖い」 うんうん、と全員が一様に頷く。 ――と、その時だった。 『たっだいま〜!』 ミントの声だ。 「うわ。この部屋、人口密度高っ」 「出かけてたのか。部屋にいるのかと思ってた」 「ちょっとね。受け取る荷物があったから」 見ると、小脇に包みを抱えている。 「なにそれ? 歪んだ性欲を必要以上に満足させてくれるグッズ?」 「ウチではそういうのは扱ってないっちゅーの」 「またまたぁ……冗談は身長だけにしてくださいよ、庶民の人」 「殴っていーい? 動かなくなるまで」 「ん、許可する」 「王族公認!?」 「朝から流血沙汰は勘弁してくれ……」 「んなことより、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」 「ん? あたし?」 「どうやって、荷物を受け取ったりしてるんだ?」 村には……月に一度しか配達人が来ないはずだが。 「んん? 質問の意味がよくわかんない」 「あ〜……だから、荷物とか手紙とか、そういうのを、どうやって送ったり、受け取ったりしてるんだ、って話」 「行商人には、独自の流通網があるんじゃよ」 独自の流通網? 「そゆこと。巡礼のリドリー教徒に頼んだりとか、流浪の行商人仲間に頼んだりとか、色々あるの」 「なに? どっかに送りたいモノとかあるの?」 「いや、そういう訳じゃない。 ……素朴な疑問だっただけ」 「ちなみに、通常の倍額以上はとられるぞい。例えそれが手紙一通でものぉ」 倍額以上!? た、高っ! 「まあ、普通の人にはそーだろうね。あたしらの場合、そこに情報料も入ってるからさ。どこそこの街で何々が起きてたぞ〜、とか」 「もちつもたれつ。商人は情報が命っ。そーやって厳しい競争社会を生き抜いてるのさ」 うんうん、と真面目な顔をして頷くミント。 ……しかし外見は、やっぱり幼く見える。 「んで、結局なんなの? その荷物は……」 痺れを切らしたかのように、ジンが問いかける。 「珍しい食べ物なんだけど、格安で手に入ったからさー」 ミントは包みを開けて、中の物をテーブルに置いた。 ……瓶詰め? 「へえ、海の苺だ。よく手に入ったね」 海の苺? なんだそりゃ? 「おおおおおおおおお!? マジで!?」 「ちょ、ちょっとワシにも見せい!どれどれ!?」 な、なんだよ、この異様な盛り上がりは。 「たいちょー……海の苺って何ですか?」 「いや、俺も知らん。なんか貴重な品っぽいけど」 見たことも、聞いたこともない。 「ま、ぶっちゃけて言うと、魚卵の塩漬けなんだけどな」 「ほとんど数が出回ってない上に、製造方法は一子相伝の極秘」 「珍味中の珍味? みたいな?」 高級珍味か…… 「もう何十年も食っておらんなあ……」 「ボクはあんまり好きじゃない。変わった味だし」 「大人の味だもんなぁ。好みの分かれるところだ」 「値段もそれなりにするからのぅ……」 「お安くしとくよ〜? たまには贅沢しなきゃ〜」 ミントが揉み手を始めた。 「テクスフォルト銀貨2枚でどーよ?」 たかっ!? 一ヶ月間、全部外食したとして、その食費と等価くらい。 「……と、言いたいところだけど」 「野宿しないですむようにしてくれたお礼に、あげる」 「へ?」 でも、帳簿つけしてもらってるのにな。 ホントにいいのか? 「く、くれるの? マジで?」 「寒くなってきたじゃない? こりゃ野宿してたら確かに凍死してたかも、だしねー」 「ここに迎え入れてくれて、仕事作ってくれてありがと」 「借り作るの嫌なんで、これでチャラにして♪」 貸した覚えはなんだけどな。けっこう義理がたいミントだ。 「あ、でもそーなると、レキさんにも声かけなきゃ」 「その必要はないじゃろ。というか今はイカン」 レキ、という名前に全員が微妙な顔をする。 「え? なんで? 歓迎会に来てくれたじゃん」 「色々と複雑な事情があるんだ」 「複雑な事情?」 俺たちは、ミントに説明した。 レキが断食中で、気が立っていること。 あと二日で、それが終わること。 だから今、食い物の話をレキにするのは厳禁であること―― 以上の話をまとめた上で、 『じゃあ、レキの断食明けまで、お預けにしよう』 ……という話に落ち着いた。 落ち着いたのだが…… 「……おい」 「ぬ!?」 「な、なんじゃオマエさんか。驚かせおって」 「……何をしてるんだ?」 「べ、別にィ? 何もォ?」 怪しさ大爆発。 「こっそり食おうとしてないか?」 「心外じゃな。部下を疑う上司を持って、ワシは悲しいぞい」 「………………」 「ほ、本当じゃよ!ワシはほれ、その〜……なんだ。ええと」 「酒じゃ! そう、酒!こっそり寝酒を飲もうとしてたんじゃ!」 「……ふーん」 「はっ!? いかん、もう寝なければ!」 「というワケで、さらばじゃ隊長」 そそくさと去っていく、怪しい爺さん。 ったく、油断も隙も無いな…… 『……んー?』 『どこいった? つーか、どこに隠した?』 『っかしいなー。確か、この辺の棚に……』 「……おいコラ」 「ヒィィィ!?」 「なっ、ちょっ……お、脅かすなよっ!」 「あービックリした。あ、なんか背中の筋が攣った。いだだだ」 「何をしてる。こんな夜更けに」 「何をって……」 「何を?」 それを今、俺が訊いてるんだっつーの。 「お、お前らがコッソリ、海の苺を食ってないかどうか、チェックしに来た!」 「ザ・抜き打ち検査!」 「……物は言い様だな」 「違うって、マジでマジで。抜け駆けしようとしたんじゃないって」 語るに落ちたな。 「うむ。しかしどうやらオレの取り越し苦労だったようだ!」 「さすが警備隊の兵舎だな!セキュリティー万全!」 んなもん、ないって。 「てなワケで、そろそろオレは帰ります」 「そうしてくれ。レキの断食明けまで来るなよ」 「……オレを止めたとて、このままでは終わらんぞ」 「いずれ、第二、第三のオレが現れ、貴様に復讐を……」 「いいから、はよ帰れっ」 「みぎゃーっ!?」 ジンを兵舎から叩き出した。 ったく、どいつもこいつも…… そして、一夜が明けた。 いつものようにロコナの角笛で目覚め、身支度を整える。 爺さんとジンに、もう一度、ちゃんと釘を刺しておかなくては。 あいつら、抜け駆けする気満々だからな…… 俺だって、一口くらい食べてみたいのに。高級珍味。 「はぁ……やれやれ」 お? ロコナか? 『リュウっ! 起きてる!?』 あれ? ミントの声だ。 『起きてなかったら、すぐ起きてっ!』 「起きてる! どうした!?」 『中、入るからねっ?』 部屋の中に、ミントが飛び込んできた。 「すぐ降りてきてっ! 大変なのっ!」 「何かあったのか!?」 「来ればわかるから!」 強引に手を引かれて、部屋を飛び出す。 なんとなく嫌な予感がした。 「来たか。遅いぞっ」 入るなり、アルエに怒られる。 「何があった!? まさか、国境に異変が――」 「大丈夫ですか!?お二人とも、しっかりしてくださいっ」 ん……? よく見ると、ホールの隅でうずくまっている二人の男の影が。 「ぬ……あっ、あぁぁっ、ロコナちゃん、触らんでくれ」 「ふぉっ、おぉぉ……おぉぉぅ!おっふ……ゆ、揺らさないで」 「水を汲んできた。ひとまず、二人をこっちに寝かせろ」 「は、はいっ!」 「ど……どうしたんだ?」 「わからない。朝、ここに来たら二人が苦しんでいた」 「椅子にも座らないで、ウンウン悶えながら床に転がってたから、新しい遊びなのかと思ったんだけど……」 「あっ、あぅっ……んぉっ!?な、波が……またきおった!?」 「いだっ、いだだだだだ……」 「爺さん! ジン! 何があった!?」 二人は答えない。 額に脂汗を滲ませて、苦悶している。 「おそらく――食中毒だ」 腕を組んだアロンゾが、ポツリと言った。 「食中毒……?」 待て。なんか猛烈に嫌な予感がするぞ。 「なに食ったの?」 悶える二人の顔を、ミントが覗き込む。 「べ、別に……ぬあぁっ!? な、なにも……」 「そ、そう。何も……おぉぅ!?何も食ってなぁぁい……」 「………………」 頭の中で、何かが繋がった。 本来、ここにいるはずのないジン―― 昨夜の、二人の不審な挙動―― ……考えるまでもなかったな。 「ロコナ、ミントがくれた珍味の瓶詰めは?」 「ふぇ? あれなら、台所の棚にしまいましたけど……」 「ちょっと持ってきて」 「は、はいっ」 とててて……とロコナが台所へ走っていく。 「何なの? どーゆーこと?」 「……ボクはわかった。そういうことか」 呆れ果てた、と言わんばかりの視線を、アルエは苦悶する二人に向けた。 『たたた、たいちょ〜〜っ!?』 ロコナが戻ってきた。 「な、無いんですっ! 無くなってますっ!」 「ほら、瓶だけ残して空っぽに!」 「……やっぱりな」 「え……? つまり、どゆこと?」 「つまり、だ――」 「この二人は、俺たちを差し置いて抜け駆けしたんだ」 「その罰が当たったんだよ」 「ぬぐぅぅぅっ、おっおっ、腹の中で何かが暴れまわって……おおぅ」 「ごめんよぉ、ごめんよぉぉ〜……だって、食べたかったんだもん〜」 「………………」 「はぁ……」 ひとまず、爺さんは部屋のベッドで、ジンは俺の部屋で休ませることにした。 「ぐぉぉぉっ、ト、トイレ……」 またか…… 「アロンゾ、連れて行ってやれ」 「う……」 「か、かしこまりました」 不満を隠そうともせず、表情に出すアロンゾ。 そりゃそうだ。下痢男を連れて、トイレまで一緒に行くんだから。 「それで、これからどうするんだ?」 「どうするもこうするも、介抱するしかないだろ」 「このままにしておいて、大丈夫なんでしょうか……?」 「……わからん」 正直、俺に医学の知識は無いからな。 「レキを呼ぶか……」 「来てくれるのか?」 「昨日の話だと、断食の真っ最中で、それどころじゃないと……」 そう。俺も今、それを考えていた。 もしかすると、門前払いを食らうかもしれないし。 「………………」 ふと、ミントが黙りこくっていることに気がついた。 「ミント?」 「……ん? ああ、ごめんごめん」 「なんか……ホントごめん」 「いや、ミントが謝ることでもないだろ」 「あたしが謝ることでしょー……」 「きっと、古くなってる粗悪品をつかまされたんだね、あたし……」 「安かったからさー……」 「起きてしまったことはしょうがない」 「まったくだ。その点だけは、あの二人に感謝だな」 軽口を叩いてみるが、誰も笑わない。 そんな空気でもなかった。 「ど、どうしましょう?」 「非常時だ。レキには悪いけど、来てもらおう」 「……そうだな。うん、それが一番だ」 「あ、あたし呼びに行こうか?」 「いや、俺が行く。馬で行って、馬で連れて来た方が早い」 壁にかけておいたマントを、手に取った。 「すぐ戻る」 呼びに行くのはいいんだが―― 果たして、来てくれるかどうか…… 馬を飛ばして、神殿まで辿り着いた。 レキの姿は無い。私室にいるのかもしれない。 「レキーっ!」 「おーいっ! レキーっ!」 大声で叫んでみる。 と―― 「……なんだ?」 っ!? 幽鬼のような形相のレキが、闇から溶け出すかのように現れた。 こ……こわぁ!? 「用件は、いったい、なんだ?」 ドスの効いた声色が、ますます怖い。 「ようやく……少し眠れたところだったんだ」 「それを叩き起こされて、私は今、少々不機嫌だ」 少々……とか、そんなレベルじゃない。 「あ、あの……さ」 「うぅぅぅ……」 「そ、そういえば! 今日一杯で断食終了だって?」 空気を和ませようと、頑張ってみる。 「が、頑張ったなぁ〜。さすがだな、レキは」 「神官の鑑っ! 聖職者っ!」 「……遺言はそれで全部か」 遺言て!? 「世間話をしに来たのであれば、今すぐ、その口を引き裂いて――」 「ち、違うっ! 違いますっ!」 「実はそのっ、兵舎で食中毒が発生してっ」 「……な、に?」 「だからそのっ、別にっ、世間話とかそういうのでは……」 「食中毒? 誰だ? ロコナか!?」 「え……? あ、ええと、ホメロ爺さんとジンの二人」 「腹が痛むらしくて、うーうー呻いてるんだが……」 「この……バカ者っ!」 頭上に落ちる、レキの大怒号。 「なぜそれをっ、先に言わないのだっ!」 フラつく足取りで、地下の私室へと引き返していくレキ。 「すぐに行く準備をする。そこで待っていろ」 「わ、わかった! すまん助かる!」 「馬で来てるからなーっ!乗せて行くからーっ!」 レキの背中に向かって叫んだ。 ……ちゃんと伝わっただろうか? 激しく鞭を入れて、馬を飛ばした。 レキは、その細腕でしっかりと俺の腰を抱いている。 ……ごめんな、レキ。 門前払いされるかも……なんて思ってた。 そんな訳、あるはずも無いのにな。 神殿のネズミ退治に失敗して、落ち込んでた俺を―― 誰よりもレキが、一番厳しく、正しく叱ってくれたもんな。 断食だろうが何だろうが、そんなことで投げ出したりするヤツじゃなかった。 ごめんな。レキ。 「遅いぞっ! もっと飛ばせっ!」 背中にぶつけられる、レキの叱咤。 不思議と、その叱咤は、いつもより温かく感じた。 兵舎に着くや否や、レキは休憩も取らずに診察を始めた。 フラつく足取りで、あちこち駆け回るレキの姿には頭が下がる。 「何か、手伝うことは無いか?」 「何もない。じっとしてろ。邪魔だ」 うわおう、超クール。 「レキさんっ、お湯が沸きましたっ」 「うん。次は、この薬草を茶色になるまで煮てくれ」 「こっち煮えたよー」 「早いな。じゃあそれは、取り出して冷まして」 「ん、任せてっ」 「………………」 妙に肩身が狭いのは、なぜ? アルエもアロンゾも、なんか忙しそうに動いてるし。 「……そうか。キミにもやってもらう仕事があった」 「お……おうっ、なんでもやるぞっ」 この際、爺さんとジンの下の世話でも受けて立とう。 「これを噛むのだ」 鞄の中から、レキが苔のような緑色の植物を取り出した。 「口の中で、ドロドロになるまで噛み砕いて、そこの器に出してくれ」 「……なにコレ?」 「薬草の一種だ。普段なら私がやるが、今は何も口に入れるわけにはいかない」 ……普段は、レキが噛み砕いてるのか。 一瞬、変態チックな想像をしてしまう。 「早く」 「わ、わかった」 ひょいっ、と口に入れて一噛み―― 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ?!」 「言い忘れたが、かなり苦い」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 先に言え〜っ!! 眩暈がしそうなほど苦い苔を、むしゃむしゃ頬張る。 うげ……これホントにすごいな。 「……ふん」 「食い物を独り占めしようとして、食中毒か……」 「天罰だな」 にっ、と笑うレキの横顔が、ちょっと怖い。 ツマミ食いしなくて良かった……と、心から思った。 レキの迅速な対応もあって―― 夜になると、二人の症状が軽くなった。 「うぅぅ……なんか、げっそり痩せたような気がする」 「右に同じじゃ……まさか、これほどまでにワシの体が弱っておったとはのう」 「弱ってるとか、弱ってないとか、そういう問題じゃないと思うぞ」 もっと反省しろ、反省を。 「……みんなは?もうオレたちのこと嫌いになって見捨てた?」 「レキを神殿まで送りに行った」 「ホント……レキに感謝しろよ、二人とも」 「あぁ……まだ腹がゴロゴロいうておる……」 「オレもオレも……」 ったく。 「言っとくけど、俺も酷い目に遭ったんだからな」 「あんなに苦い草を噛んだのは、生まれて初めてだ」 びっくりしすぎて、鼻水出たもんな。 「ああ……あの薬、酷かった。激エグ」 「もう手遅れじゃからと、毒薬を飲まされたのかと思うたわい……」 まあ、そのくらいのインパクトはあっただろうな。 「レキが言うには、明日になれば、ほぼ完璧に治るらしい」 「ジン。……今日は兵舎に泊まってけ」 「そうするぅ〜……ごめぇぇん」 玄関から、派手なノック音が聞こえた。 「帰ってきたかな」 席を立ち上がろうとする。 すると―― 「邪魔するぞい!」 ぶっ!? いきなり、どこかで見たことのある老婆が現れた。 「なっ、なななっ!?」 「ほっ! おったおった!ホメロよ、話はロコナから聞いたぞえ?」 「災難じゃったのぉぉ。あては心配で心配で、駆けつけたんじゃがな?」 「な、なんじゃ? 気味の悪い……」 「なーんも心配いらんぞえ。今、楽にしてやるでな」 と、ヨーヨードの婆さんが鞄から怪しげな瓶を取り出した。 デロデロとしたドブ色のペーストが、中に詰まっている。 「お、おい。ワシゃもう平気じゃから、余計なことは……」 「聞こえんなああ」 「ひっ!? ま、待て! 落ち着けっ!」 「ふひひひひひひひひひひ!!」 飛び掛かる老婆。衰弱して逃げ出せない爺さん。 「……オレ、もう二度と抜け駆けしてツマミ食いなんかしないよ」 ポツリ、と呟いたジンの言葉が、やけに胸に染みた。 「うひょひょひょひょ! 逃がさんぞえ!」 「ちょっ!? ぴぎゃああああああっ!?」 合掌…… レキの断食が明ける日の朝。 ロコナの角笛が吹かれるよりも早い時間に、神殿の前に佇む人影があった。 大荷物を抱えた男達が、足音を忍ばせて神殿の中へと入ってゆく。 もちろん、泥棒なんかじゃないので安心してくれ。 すっかり疲れ果ててしまったのか、レキはまだ眠っているようだった。 「よし、じゃあブツをこの机の上にでも置いておこう」 そっと荷物を下ろし、小声で仲間と会話をする。 「野菜と果物と干し肉と……あと、宿屋で焼いてもらったパンを持ってきた」 「じゃあ、ワシはこの蜂蜜入りのパン粥を差し入れようかの」 「断食明けの弱った胃には、これが一番じゃろて」 「俺は村人達から預かった保存食に、ロコナに作ってもらった焼き菓子を置いて……と」 ぼそぼそと打ち合わせながら、机の上に美味しそうな食べ物を並べてゆく。 どれもレキが好きそうなものばかりだった。 「先日はありがとう、レキ。起きたら腹いっぱい食べてくれ」 「オマエさんには、いつも感謝しとるぞ」 「さんきゅ、命の恩人」 まだ朝靄が立ち込める中―― 口々に感謝の言葉を継げた俺たちはそっと神殿を後にした。 食中毒の一件で、ホメロはそれなりに自分の弱さにショックを受けたらしく、わざとらしく老け込んで見せたりするようになる。 ホメロは男集を集めて『ワシの遺産じゃと思うてくれ』と言い、村の覗きスポットを惜しみなく教えてくれる。 そしてトドメは、村の秘境温泉。ホメロが見つけ、ロコナも場所は知っていたが、まだ誰も行ったことがないという。 『先日の礼じゃよ』とホメロは女性陣にその温泉の場所を教えるが、それは、覗きを行うためだった。 さて―― 例の食中毒事件から、早いもので一週間が経過した。 俺たちは、相変わらずの辺境警備生活を送っている。 治安のための見回りに、村の畑仕事手伝い…… ああ、最近では畜産の手伝いもするようになった。 具体的に言うと、牛の世話だな。 何よりも重要なのは、国境付近の警備。 隣国からの密入者よりも、森から来る野獣の牽制が主な仕事。 ま、その辺は長い歴史の積み重ねの結果、人間と獣の間で、互いの領分がハッキリしているため、さほど事件は起きない。 そして、もう一つ。 俺たちに科せられた……というか、負わされた面倒な仕事。 性別を変える力を持つという、幻の花の探索―― あれこれ並べてみると、勤勉な日々を送っているように見えなくもない。 実際、暇を持て余している自覚もない。 それでも、なんとなく心に余裕があるのは、牧歌的な村の空気に呑まれているからだろう。 しかし、だ。 先日の食中毒事件以降―― 誰よりも牧歌的で、飄々とした毎日を過ごしていた人物に変化が現れた。 どちらかというと、よくない変化だ。 最初は誰しもが、何かの冗談だと思っていた。 隊長である、俺自身も…… 「……ごちそうさまじゃ」 コト、と木匙を置く音が鳴った。 思わず手を止めて、爺さんの朝飯の皿を見つめる。 「一口しか食ってないのに、もう?」 「あ、あの……もしかして、美味しくなかったですか?」 心配そうに爺さんの顔を覗きこむ、我らが隊のシェフ担当ロコナ。 ちなみに、今朝のメニューは、ハムとタマネギのスープにパンを添えたもの。 「いや、食欲がないんじゃよ……」 「まだ本調子じゃないのか?もう治ったと思ってたけど」 「腹の調子は上々じゃよ。その節は、皆に心配かけて悪かったのう」 「な……」 そんな殊勝な言葉が、爺さんの口から出てくるなんて。 俺と同じように、ロコナも驚いた顔をしている。 「パンだけ、もらってもいーい?」 「かまわんよ」 緩慢な動作で、爺さんが席を立つ。 「げほげほ……ワシも衰えたものじゃのう」 「先日の一件で、よう分かったわい」 トントン、と腰を叩いて嘆く仕草が、いかにも老人くさい。 ……いや実際に老人ではあるんだが。いつも以上に、って意味でな。 「ご老人、随分と弱気だな」 「弱気にもなろうて。ワシゃつくづく、己の胃の弱さと身の衰えを感じたわい」 「もう、先は長くないかもしれんのう……」 またゲホゲホと咳をして、爺さんは兵舎の外に消えていった。 テーブルの上に残された、ほぼ手付かずのスープに視線が集まる。 「……とか言って、具のハムは全て食っていったな」 「うん、それあたしも気づいた。だからパンだけもらったの」 「しかし、ここ数日ですっかり老けたようにも見える」 「元々、老けたように見える爺さんだぞ。気のせいじゃないのか」 「俺が言っているのは、覇気や精気の話だ」 「以前はもっと、こう……老人ではありながらも、カクシャクとしていた印象がある」 「たんに、エロ妄想とセクハラパワーに燃えていただけ、のような気もするが」 「ちょっと心配ですね……昨日もあまり食べなかったし」 言われてみれば、確かに。 「もしかすると、本当にキツかったのかもな、あの食中毒」 「うぅぅ……なんか、すごく申し訳ない気持ちで一杯になるんだけど」 「ミントのせいじゃないよ。いや、ほんのちょっとミントのせいだけど」 「自覚してるよぅ。賞味期限と怪しげな特売品には気をつけるよぅ」 「ま、そのうち元気を取り戻すだろ」 どうせ、この兵舎は女だらけで、爺さんにとっては天国なんだし。 心では思ったが、口には出さなかった。 「あー、オレも気にはなってたんだよ、ホメロ爺さんのこと」 「ザ・枯れた老人!みたいな空気ばりばりだもん、最近」 肩を竦めながら、そんな事を言うのは……爺さんの共犯者、その1。 「老い先短い、とか、お迎えが近い、とか……」 「そんな言葉ばかり口にするようになったぞ、あの爺さん」 「こないだ、子どもにお菓子あげてるの見た」 「んで『お母さんを大事にするんじゃぞ』って」 「その話だけ聞くと、優しいおじいさんって感じで特に問題があるようには聞こえないけどな」 「いや、いつもは『子どもが贅沢するな!』とかって逆に奪い取るし」 「どこまで大人げないんだ、あの爺さん……」 内容はともかく、爺さんの様子がおかしいのは間違いないみたいだ。 「まさか……とは思うけど、本当に弱ってるんじゃないだろうな」 「どうなんだろ?その辺は専門家の話を聞いてみないと」 「どーすか、実際のトコ?」 ぐりっ、とジンが振り返った。 「………………」 「神聖な神殿で、何をしているオマエたち……」 「俺は皿とパンかごの回収。ロコナが出前したとき、持ってきたヤツあるだろ?」 断食を終えたレキに栄養をつけようと、ロコナがアレコレ世話を焼いたのだ。 ……まあ、主に俺が出前を届けたんだが。 「そうか。わざわざすまなかった。ロコナに礼を伝えてくれ」 「わかった、伝えとく」 「……で、もう一人は?」 「オレ?」 「オレは静かな場所で妄りな妄想に耽ろうと思ってきた」 「シチュエーションはこうだ」 「悪神官に捕らわれた、森に住まう小さな猫獣人の少女」 「ぐへへへ、この異教徒めが!と言いながら鬼畜三昧の悪神官」 「そこに颯爽と現れるオレ」 「止めろ! 全ての命は平等だ!貴様に神を語る資格などないっ!」 「帰れ」 「まだ続きがあるのに!」 「前にも言ったはずだが、頭の病は私の手に負えん」 「そうやって大人はいつも、屁理屈を並べるんだ……」 子供かオマエは。 「まったく……」 呆れ果てたレキが、やれやれ――と首を振った、その時。 『……お邪魔するぞい』 噂をすればなんとやら。渦中の老人、ホメロ爺さんがやってきた。 「おぉ……やはりここにおったのか、隊長。探したぞ」 「どうしたんだ? 何かあったのか?」 「ジンもおるではないか。ちょうどよかった……」 「ういす。なに? どうしたの?」 「……話の前に、お祈りをさせてもらおうかの」 丸まった背中を、いつも以上に丸くして、神殿の中央に歩み出る爺さん。 「レキよ、先日はすまなんだのう……助かったわい」 「あ、ああ……気にしなくてもいい」 「優しいのう……」 爺さんが、両手を合わせて神に祈り始める。 「開祖リドリーよ、間もなくそちらに一人の男が参りまする」 「善行も積めず、天上の末席を汚しますること、申し訳なく思うております……」 ……出たよ、もうすぐ死ぬ宣言。 「ホ、ホメロ殿、まだ体に不調が……?」 「この歳じゃて、不調だらけじゃよ。レキには色々と世話になったのう」 「………………」 困惑して、視線を泳がせるレキ。さもありなん。 「さて……リュウとジン、大切な話があるでの」 「外にアロンゾも待たせておるでな、ちと付き合ってくれんか」 「大切な……話?」 「あのミスター忠誠心、アロンゾも一緒に?」 俺とジンは互いに顔を見合わせ、そしてパチクリと瞬きをした。 ……一体、何の話をする気だ? 「話というのは、他でもない――」 人気の無い民家の裏手へと俺たちを誘い、爺さんは語り始めた。 「ワシの遺産を、オマエたちに受け継いで欲しいのじゃ」 い、遺産っ!? 「ちょっと、爺さん何を言って――」 「わかった爺さん。あんたの残した金銀は大切に使わせてもらう心おきなく死んでくれ」 「早いな、オイ」 「我々が遺産など受け取る筋合いは、無いと思うのだが」 俺もそう思う。 「そう急くな、未来ある若者たちよ……」 「ワシの遺産とは、形あるものではない」 ふっ、と爺さんが遠い目をする。 「そして、それをどう使おうと、オマエたちの自由じゃ」 爺さんの瞳に、光が宿った。 その迫力に、思わずゴクリと喉が鳴る。 「……魔術と関係あるのか?」 爺さんは魔術師だ。 魔術など何ひとつ使えない――と吹いてはいるが、怪しいと睨んでいた。 もしかすると、それは違っていて、 「魔術はまったく関係ない」 「いや、魔術など遥かに越えた……まさに、この世の神秘じゃ」 「この世の……神秘……」 誰かがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。 「して、ご老人。その神秘とは……」 「論より証拠。そこの壁に穴が空いておるじゃろう……?」 壁の穴? 民家の白い土壁に、小さな小さな穴が空いていた。 「中を覗いてみるとええ……」 「穴を覗く?」 言われるがままに、そーっと覗いてみる。 「っ!?」 「ほう……?」 「なっ、なななっ!?」 穴の向こうに広がっていた世界…… それは、村娘の裸体だった。 「あれぇ? ちょっと太った?」 「うっそぉ? 胸は大きくなったけどぉ」 「えー、いいなあ」 「もう肩こっちゃって〜。鍬を振るのもひと苦労って感じ」 な……なんだコレは…… なんじゃこりゃー!? 「ワシの遺産の一つ……」 「名づけて、乙女たちのピュアハートホールじゃ」 「た、ただの覗き穴じゃないかっ!」 「しっ……声がでかいぞよ」 うぐっ。 「ご、ご老人。まさか遺産というのは、このような……?」 「左様」 「ワシの持つ、全ての覗きスポットを伝授する」 「そしてまた、その次の世代へとバトンを渡して欲しい……」 「爺さん……」 「いや、そんな感動的に『爺さん……』とか言われてもな」 「こ、このような破廉恥な遺産など、いらんっ」 「もっと自分の本質を見つめるのじゃ、若き騎士よ」 「フォースの力を信じるんじゃ」 まったく意味がわからない。 「ちなみに、ワシの持つ覗き穴は108個あるぞ」 108個も!? 「く、くだらんっ、俺は帰るっ」 背中を向けて、歩き出そうとするアロンゾ。 その肩を、俺が掴んだ。 「む……? なんだ、ドナルベイン?」 「貴様まさか、このような座興に毒するつもりか?」 「……正直に言って、興味が無いとは言えない」 「が、何よりも警備隊の隊長として、放置できない」 こんな穴、ほっとけるか。 「考えてもみろ、アロンゾ」 「……こんな穴が、兵舎のアルエの部屋にも空いてないとは限らないんだぞ」 「っ!?」 理解したらしい。 「全部、教えてもらった後で塞ぐんだ」 「……アルエを守る義務があるんだろ?」 「ぬ……ぬぬぬ」 「……い、致し方あるまい」 悔しそうに呟くアロンゾ。だが、なんとなく鼻の下が伸びているようにも見える。 「危機を救うためなら、やむをえん」 「そういうことだ」 ……とか言いつつも、実は俺も少しだけ嬉しかったりする。 女の裸を見れて、嬉しくないわけが無い。 しかし、他の連中(特に爺さん)が見てるのは、なんとなく気に入らない……気がする。 とにかく、穴は一個一個潰していくぞ。 「では、次のスポットに行こうかの」 「ワシに残された時間は短い……急ぐとしよう」 げほげほ、と咳き込む爺さん。 なぜだろう?その姿が、朝よりも元気そうに見えるのは―― 爺さんの覗き穴は、至る所に存在した。 その全てが、女の裸を最も効率よく見る為のポイントにあって…… 当初はブツブツと文句を言っていたアロンゾも、次第に黙って覗くようになっていた。 ……ごめん、俺も。 そして最大の懸念、兵舎の覗き穴も存在した。 ロコナ、ミント、アルエのそれぞれが覗ける穴が存在し、呆れ果てた。 神殿に一つも無かったのは、さすがに神を恐れてのことだろうか。 「神殿の壁は分厚くての……おまけに、私室は地下じゃし」 あんたが穴を開けてたのかよ!? 「次は……最大のポイントじゃ。そして仕込みは済ませてある」 ニヤリと笑って、爺さんが先を歩き始めた。 向かう方向には、森が広がっている。 ……森の中で何をするつもりだ? 「〜♪」 コイツはコイツで満喫してるし。 「おい、ジン」 「ん? どした?」 「どした、じゃない。オマエ人間の女には興味ないんじゃないのか」 「うん」 「だったら、なんで嬉しそうに覗いてるんだよ……」 「いい質問だ」 「頭の中で、色々とシチュエーションを変えたりして満喫してるのさ」 「さっき神殿でやってたような感じで」 「………………」 もう言葉も出ない。 「なんという破廉恥な……まったく」 顔がニヤついてるぞ、アロンゾ。 「なにをトロトロしとる。はよせい」 爺さんは、やけに張り切っていた。 ……あんた、もうすぐ死ぬとか言ってなかったか? やってきたのは、予想通りの場所……森の入り口。 「ここからは声を潜め、気配を殺してついてくるのじゃ」 「けっして気取られてはならん」 誰にだ? そして、どこに行くツモリだ? 「気配を消すなど朝飯前だ」 「屋敷の中でも使用人たちに『え、いつからそこに、いらっしゃたんですか?』と空気扱いされてきたジン様ですよ?」 「兄妹たちに至っては、オレの存在を見て見ぬフリ」 それはシカトっていうイジメの一種じゃないかな。 「何があるのだ、この先に?」 「行けばわかる……」 「そしてこれは、ワシからの礼じゃ。先日のワビを込めてのう」 ぱきり、と踏みつけた木の枝が鳴った。 「ゆくぞ弟子たちよ」 ……なんか、勝手に弟子にされてるんだが。 道なき道を進み、生い茂る樹木を切り払い、奥へと進んだ。 獣の気配はない。比較的安全な地帯のようだ。 「間もなくじゃ。そちらの木陰に進んで、そこでいったん停止」 言われるがままに、先に進んで木陰に身を寄せる。 そして…… 「ようこそ諸君。これこそがワシからの、最大の遺産じゃ」 爺さんの手が、覆い茂った木々の枝葉を掻き分けた。 「あ、ちょうどいい湯加減ですよ。すこーし熱めなくらいで」 「以前から、温泉が湧いているという話は聞いていたが……こんな場所にあったとはな」 「わたしも子供の頃、ホメロさんに教えてもらったんです」 「でも、落ち葉とか流木とか混ざって、ちょっと汚かったんですよ」 「そのホメロっちが、わざわざ掃除してキレイにしてくれた、と」 「ワシの遺産じゃ〜、なんて言うから金目の物かと思ったけど……」 「うん、これはこれでいいな〜。温泉なんかひっさしぶり♪」 「へぇぇ、紅葉がキレイだな」 「………………」 「な、なんだ? ジロジロと……」 「ちちでか!?なにそのボンッ、キュッ、ボンって感じのナイスバディ……」 「こ、これは乳じゃないっ、大胸筋だっ」 「体は女でも、心は男なんだっ」 「ちょ、ちょっと三人並んでみ?」 「ふぇ? こう……ですか?」 「アルエの横に立てばいいのか?」 「ふぉぉぉぉぉ!?すげー、なんかすげー……」 ……………… 言葉が出ない。 ただ、ひたすら食い入るようにして、眺める事しか出来ない。 「うひょー。あの姫様の乳に顔を挟まれて眠りたいのう。しかしタオルが邪魔じゃな。はよ脱いでくれんかのぉ」 「き、貴様っ、殿下を愚弄するとっ」 「あ、ダメじゃよ大声を出しては」 「うぐっ……」 「……爺さん」 ふと、俺は手を差し出していた。 「……うむ」 その手を、爺さんが黙って握り締める。 固い握手だった。 「……オレもいるぞ」 握手の上に、ジンの手が重なる。 「………………」 「……こ、これは彼女たちの警護だ。そうだな?」 自分に対する言い訳を求めていたらしい。 「その通りだ。俺は警備隊の隊長として村人の安全をいついかなる時でも守る責務がある」 「オレは領主の息子として、領民の生活を生暖かい目で見つめる崇高な義務がある」 「よ、よし……」 アロンゾの手も重なった。 「さあ、皆で彼女たちの安全を見守ろうぞ」 すっかり精気に満ちた爺さんの一言に、俺たちは大きく頷いた。 「ん〜♪ のびのび〜♪」 「足を伸ばしてお風呂に入るなんて、何年ぶりだろ〜?」 「あたし初めてかも。広いお風呂はいいな〜」 「湯治にも役立ちそうだ。水質も……うん、悪くない」 「ミント……どうして毛が生えてないんだ?」 「ぐっ!?う、うるさいなっ。そーゆー体質なのっ」 「生えてないのか?」 「え? どこの毛ですか?」 「だあああっ! ヘンなとこ覗き込むなーっ」 「よもやパイパンとはな……それが世界の選択か」 意味不明だが、気持ちはわかる。 そっかー。あいつ生えてないのか…… 「ああっ、殿下……このアロンゾ、今まさに殿下を見守っておりますぞっ」 オマエもオマエで、目が血走りすぎ。 「おおぅ、たまらんなぁ。あの乳あの腰あのケツ……」 「ワシは間違えておった。まだまだ死ねん。王国中のおなごのケツを見るまではのう」 ついに出た。まだまだ死ねない宣言。 でも――今となっては、どうでもいい。 今はとにかく、目前の景色が重要だ。 ……ん? 「おい、今なにか聞こえなかったか?」 「ミントいいなあ。いいなあミント。あのつるぺたっぷりがツボだね」 聞いてねえし。 「爺さん、アロンゾ、さっき何か――」 「ふひょおお、乳首が桜色じゃよー!秋なのに春のようじゃ!」 「殿下殿下殿下ぁぁぁっ」 ダメだ、誰も聞いてない。 気のせい……だったのか? 「あ、そうだ。アルエ様、お背中流しましょうか?」 「いいのか?」 「はいっ♪」 「久しぶりだな、誰かに背中を流してもらうのは」 「え? お城じゃ召使とかが流したりしてくれるんじゃないの?」 「どうだろう? ボクはいつも一人だった」 「ああ、着替えとタオルを持って、側に仕える女官はいたけど」 「ぜーたくぅ」 「………………」 「レキ、何をじーっと見てるんだ?」 「風も無いのに、木の枝が揺れている……」 「木の枝?」 首を傾げながら、アルエが空を見上げようとした、その時―― 「うききーっ!!」 いくつもの黒い影が、岩風呂の中に飛び込んできた。 「なっ!?」 「うわわっ!? なにっ、なんなのっ!?」 「み、みなさん下がってくださいっ!下がって!」 「キキッ!?」 「ウキキッ!」 「こ、これは――」 「猿人……?」 「キキキーッ!!」 それは、森に住まう猿人だった。 凶暴な猿人は、その恐ろしい力で見境無く人を襲うという。 鋭利な牙は、人の骨など粉々に砕いてしまうとも聞く。 ……そんな感じで、騎士見習い時代に習ったんだが。 とても、そうには見えんのだが…… と、とにかく助けなくては―― 「殿下〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」 真っ先に、アロンゾが飛び出していった。 半瞬遅れて、俺もアロンゾの後を追う。 「おーい! 武器っ、武器忘れてるっ!」 ジンも追いかけてきた。 「あ、待たんか! そいつらは――」 その後を、爺さんも追ってきた。 「ウキキキキキッ!」 「や、やめろっ! こらっ! 離れろっ!」 「キキー! キキー!」 「あひゃひゃひゃひゃ!や、やめてっ、くすぐったい!」 「ウキキッ! ウキー!」 「こ、こらっ、胸に触るなっ!やめっ……くぅっ!」 異様な光景だった。 凶暴な猿人が、彼女たちを襲っている……のだと思った。 でも…… 「はぁ、はぁ……大丈夫じゃよ、そやつらは危害は加えん」 「この温泉に浸かりにくる、人懐っこい猿人じゃ」 人懐っこい……猿人? 「は、離れろっ! ボクのお尻に頬ずりするなっ!」 「わっ、ダメっ! えっち!」 「も、揉むなーっ! このっ、スケベ猿人どもっ!」 「……わー。あたしだけスルーされてるー。猿から見ても子供体型枠なんだー」 ある意味、壮絶な光景だった。 四匹の猿人たちが、セクハラしまくる不思議な絵。 ……って、黙ってみてる場合じゃないな。 「今、不埒者を追い払いますぞ、殿下ッ!」 アロンゾが、湯船の中に飛び込んでゆく。 そして、握り締めた拳で猿人を殴り飛ばした。 「ウキーッ!?」 「殿下に近づく者はッ――」 「キキキッ!?」 「許さん!!」 「キキー!?」 次々と猿人をなぎ倒す、騎士アロンゾの拳―― 俺も、ロコナに張り付いていた猿人を拳で引き剥がす。 そして―― 「ふんッ!!」 ほぼ、アロンゾ一人の活躍で、猿人たちを森の彼方へと吹っ飛ばした。 「殿下の身を脅かす者は、それが何であれ容赦はせんッ」 乱れた前髪をかきあげる、騎士アロンゾ。 「殿下、お怪我はございませんか?」 「あ、あぁ……大丈夫だ。よく来てくれた」 「丸腰だったからな、危なかった……」 「襲ってきた……のとは、少し違うみたいでしたけど」 「セクハラしまくってたな、そういえば」 「あやつらは、この温泉に入りに来る猿人で、おなごが大好きなんじゃよ」 「もう、これに懲りて来んじゃろうがのぅ……」 少し寂しそうに、爺さんが呟く。 「それは悪いことしたな、猿人たちに」 てっきり、襲ってるのかと思ったからな…… 「まあでも、これで妙なことをされる恐れは――」 「がふ!?」 後頭部に衝撃が走る。 「……あるわい、このスケベ覗き魔っ!」 「ぐほ!?」 「ぴぎゃ!?」 「……覗いていたな、貴様ら」 そのまま、湯船の中に崩れ落ちる。 「はうあ!? ち、違うぞよ?」 「ワシは猿人たちのことを伝え忘れたから、わざわざ教えに……」 「ほーう」 「それはそれは、あまりにも出来すぎたタイミングで」 「何を揉めてるんだ?」 「の、覗かれてたからですよっ」 「って、アルエ様は、そういうの気にならないんでしたね……」 「ま、待て、ワシゃ老い先短い老人じゃよ?暴力はいかん、暴力は――」 「せぇーのっ!」 「はっ!!」 「ぐっほ〜〜〜〜ッ!?」 放物線を描いて中を舞う爺さん。 そして、湯船の中に落下。 「ふんっ」 「……ふう、まったくロクでもない」 「は、早く着替えて、帰りましょう」 「それ大賛成。こいつら放置で」 「……うーん」 「ボクはともかく、女たちの裸を覗いた罪は重いな」 「それなりの罰を用意しておくからな」 女たちが去ってゆく。 残されたのは、プカプカと湯船に浮かぶ4つの半死体。 こうして――不埒な誘いに乗ってしまった俺たちの、自業自得の物語は幕を閉じた。 「………………」 「……ところで、まだ他にもナイスなポイントがあるのじゃが」 絶対に行かん…… 覗きのバツとして、男たちだけで花の捜索をさせられるリュウ一行。互いに責任の擦り付け合いをしつつも、渋々と森の奥深くへ進む。 一方の女子グループは優雅にお茶を楽しみ、男たちの評価について盛り上がる。 一方、モンスターに襲われたり、迷ったりと壮絶な男グループ。 結局、花は見つからなかったが、古文書に描かれてる碑と同じものを、発見することが出来たリュウたちだった。 ……不気味な鳴き声が、森の奥から聞こえてきた。 薄くかかった霧の向こうに、大森林が広がっている。 「……覚悟は決まった」 「……ああ。行くしかない」 頷き合い、きゅっと襟元を正した。 これからまた――この森の奥深くへ入ろうというのだ。 「あ……なんか、食中毒の症状がフラッシュバックしてきた」 「ぽんぽんいたいの」 「……諦めろ。ここから先は一蓮托生だ」 「ヤだよー、やだやだ! 行きたくない!オレ入森拒否児童!」 「なんで、こんな事になってしもうたんかのぅ……」 「あ ん た の せ い だ」 「まったく……最近の若者は、年寄りを労わることを知らん」 「おい、いつまでグチグチ言っている。行くぞ」 アロンゾが、顎先で促した。 草木を踏みしめて、一歩、森の中へと進む。 どこかで、ずぞぞぞぞ……と生き物が這う音がした。 「くすん……帰りたいよぅ」 俺もだ。 なんで……こんな事になっちまったんだろうな…… ……うん。いちいち説明するまでもないな。 とにかく、昨日の罰が俺たちに下された訳だ。 下された罰の内容は、こうだ。 俺たち男組だけで、花の捜索に行って来いと。 しかも、古文書の中に『かなり危険な場所』と記されていたエリアへ。 死地に赴け、と宣言されたようなモンだ。 「しっかし、ミスター・アロンゾは元気だねぇ」 俺たちなど最初から眼中に無い、と言わんばかりに、アロンゾは先行していた。 その後ろを、俺たちがノコノコついて行く。 「ちと休まんか? 年寄りにはキツい行程じゃて」 「さっきスタートしたばかりだろ」 泣き言、愚痴をいなしつつ、ひたすら前進あるのみ。 この辺りには凶暴な獣も潜んでいる。 注意深く進まなくては…… 「ん?」 ぴたり、とジンが止まった。 「止まるなって。アロンゾに置いて行かれるだろ」 「いや……そのアロンゾ氏なんだが」 「なんか、ものすごい勢いでこっちに戻ってくるんだけど」 へ? 「ぬおおおおおおおおおおッ!?」 「ぐるるるるぁぁぁぁぁ!」 うげ!? 逃げてくるアロンゾの背中に、巨大な獣の影が見えた。 「撤退っ! 撤退だーっ!!」 「ちょちょちょっ!?なにっ!? なんなの!?」 「ま、待て! ワシを背負っていけ!」 「無茶言うなっ! つーかありゃ何だっ!?」 「知らんッ!ついうっかり尻尾を踏んでしまったのだッ!」 「あほ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 思わず俺は、絶叫した。 「ん?」 「あれ? 空耳かなぁ……?」 「なになに? どーかしたの?」 「何か……聞こえたような気がして」 「ボクには何も聞こえなかったけど」 「風の音ではないか? そういう事は、よくあるぞ」 「そ……っかな。あはは。すみません急に」 燦々と降り注ぐ、柔らかな秋の陽の下…… 四人の乙女たちは、薫り高いお茶と菓子を堪能していた。 「うん、いい香りだ」 「でっしょ? それ、王都でも人気のマクマク茶」 「こちらのアルエ様に、お買い上げ頂きましたっ。まいどありっ」 「一口試して気に入ったんだ。正解だった」 「ほわぁ〜、っとしますねぇ。こう、胸がポカポカと温かくなって」 「この白い四角の菓子は? 砂糖菓子か?」 「えーっとぉ、それはレキが持ってきてくれたんだっけ」 「ああ。それは飴だ。北緯の神殿で修道女が作っている」 「時折、私の所にも送ってくれるのだ」 「んっ、甘くて美味しいですねぇ♪なんだろう? ミルク飴かな?」 「バターだろ。ふーん……お茶と合うな」 「いいねぇ、こういう雰囲気。まったり〜て感じ♪」 「最近、ドタバタしてたもんね〜」 「そうだなー」 「花は見つからないし、男にはまだ戻れないし」 「………………」 「きっと今頃、隊長たちが頑張って探してますよっ」 「おーおー、そーだった。そーでした」 「どうかなぁ? 真面目にやってるかにゃー?」 「もしかすっと、適当にサボったりしてるかもよ?」 「ぜーは、ぜーは……」 「い、生きてる……オレ生きてるぅ……」 「今ならオレ、出家でも何でもできそう」 「レキに相談するといい。 ……無事に生きて帰れたらな」 「こ、腰が……腰がぁぁ……」 「ふう……危ない所だった」 「気をつけろ、何が起こるかわからんぞ」 「………………」 「あだ!?」 「き、貴様なにをっ!?」 「アホかっ!一番気をつけなきゃならんのはオマエだっ!」 いきなり心臓に悪いアクシデント起こしやがって。 「元はと言えば、貴様が悪いんだろうがッ!」 「この好色左遷男がっ、貴様が覗きなんぞに加担するから――」 なっ!? 「争いは何も生みださないわ!ケンカはやめて!」 「ええい、やかましいこの変態ロリ眼鏡っ!」 「ええぇぇぇえぇぇ? うそん……?」 「あのですね。一応オレ、貴族ですよ?もっと言葉遣いとか……」 「勘当されてるけどな」 「まだ完全には勘当されてないもんっ!まだだもんね!」 「誰かおんぶしてくれんか。もう腰が痛うて痛うて」 「そもそも!この老人が不埒な計画を持ち出したからっ!」 「ああ全くだ!諸悪の根源は、この爺さんだ!」 「それについて同意せざるを得ないことを告白することにオレもやぶさかではない予感」 「なんじゃなんじゃ、よってたかって年寄りをいじめおって」 「枕元に立つぞコラ」 ……ん? 雨……か? 「大体ねー、言わせてもらえばねー、ちょろっと風呂を覗いたくらいで怒り出す方も怒り出す方よ!」 「見られておるうちが華じゃというのに」 「ご老人、女性へのセクシャルハラスメントな発言は許さんっ」 「何べんでも言うたるわいっ、このケツの青い小僧っ子が! ぺぺぺぺいっ」 「ぬっ!? なんと汚い」 「………………」 先程まで、勢いよく吠えていたジンが押し黙った。 「……なんだよ? いきなり静かになって」 「……えーと」 「皆さんに悲しいお知らせがあります」 あん? 「決して慌てふためかず、理性ある行動をお願い致します」 「そーっと、後ろをごらんください」 後ろ……? 促されて、ゆっくりと振り返った。 っ!? 大樹の枝から、とてつもなく巨大な蛇が尾を垂らしている。 「〜〜〜〜〜〜〜っ!?」 まさか―― さっきから、頭上にピチャピチャ落ちてきてるのは―― 「きしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「いかん! ウィルムじゃ!!」 一斉に駆け出す4人。 「あああああああっ、やっぱりいいいいいっ!!」 「なんだよウィリムって!?」 「ウィリムじゃないっ、ウィルムだっ!巨大な蛇の化けモンだよっ!」 「しゃべるなっ! 舌を噛み切りたいのかっ!」 「きしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「いやあああっ、追いかけてくるぅぅぅぅ!」 「黙って走れってば!」 「老人に全力疾走させるなんぞっ、バチが当たっても知らんからのっ!」 「いいから逃げろ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」 脇目も振らず、俺たちはただ、一心不乱に逃げ惑った。 男たちが、命を張って大冒険に挑んでいる一方―― 「そーそー。アロンゾさんって、なんか堅苦しいんだよね〜」 乙女たちは、茶飲み話に花を咲かせていた。 「昔からなんだ。騎士道がどう、とか言い出して」 「城の女官たちも、アロンゾは『古臭い』と言ってたな」 「す、すごく真面目な方なんですよね?」 「ロコナっち。真面目な人はお風呂を覗いたりしなーい」 「あうぅ」 「しかし、なかなか骨のある武人だ」 「少なくともリュウよりは、よほど騎士らしい」 「あはは。それは言えてる」 「リュウと比べたら、まだボクの方がずっと男らしい」 「そこまで言っちゃうかー」 「ロコナも、そう思うだろ?」 「ええええっ!? わ、わたしですか!?」 「隊長も……う〜ん、男らしい所もあると思いますけど」 「あるの?」 「ボクに訊かれても困る」 「あ、ありますよっ。ねっ? レキさんっ」 「……そうだな」 「まあ、最初に村に来た頃よりはずいぶんマシかもしれないな」 「ふぅん……そうなのか」 「隊長は、いざとなったら頼れる人です♪」 「……うーん」 「ぬううううん」 「ふむぅ……」 「……どこなんだ? ここは」 俺たちは、完全に迷っていた。 巨大な蛇から全速力で逃げること、約十分―― ようやく脱出に成功したのはいいが、現在地不明。 「えー、じゃあよろしいですか?」 「我々は迷子になったと。認定していいですね?」 認定してどうする気だ。 「ドナルベイン、なんとかしろ」 「無茶言うな。こんな状態で、何をどうしろってんだよ」 「あぁぁ、もうイカン。限界じゃ……よっこらせっと」 爺さんが、小さな岩に腰掛けた。 「はー……参ったのう」 「オマエの隊長パワーで何とかならんの?」 「どんなパワーだそれは」 「ロコナとテレパシーが通じたりとか」 ないない。そんな不思議パワーは。 「ご老人、魔術で状況を打破できないか?」 「なにを期待しとるのか知らんが、ワシはそういった魔術は使えんよ」 「明日の天気くらいは、占えるかもしれんがのう」 「……ぬうう」 「だーかーらー!」 「一国の王女すら押し倒した破廉恥パワーとかでなんとかしろって!」 「そんな恥ずかしいパワーは持っとらん」 「ついでに言うと、その件を思い出すと、やる気とか生きる気力が大幅にダウンする。 ……森の中って無性に死にたくなるよね」 「ごめん。マジごめん。そして生きろ」 「そもそも、こんな場所に何か手がかりがあんの?」 「それはわからん。だが、何かあるかもしれん」 「……抽象的なプロジェクトだこと」 「ちょっとその古文書の写し、見して」 「ああ……」 「えーっと?何度見てもアバウトな記載だなーこりゃ」 「ここに来るまで、それらしい花とか見かけた?」 「それどころじゃなかったろ。逃げるのに精一杯で」 「ごもっとも」 「ダメ。なーんもわからん。というか参考になる情報ゼロ」 「というか、文字すらわからんし」 「……ん?」 ふと、アロンゾの動きが止まった。 「お、おい。まさか……また?」 「げげげっ!? なに!? また獣!?」 「いや、違う……」 じっと、アロンゾが一点を見つめている。 視線の先にあるのは、爺さんが腰掛けている岩だった。 「ご老人。少し足をどけて欲しいのだが」 「んあ? 足じゃと?」 「今、ご老人が腰をかけている小さな岩……形が妙だとは思わんか?」 形が妙? 「………………」 「言われてみれば、自然物にしては珍しい形だな」 岩は、苔に覆われていた。 台形をしており、人工的に象られた物にも……見えなくはない。 「失礼する」 近寄ったアロンゾが、岩に張り付いた苔をむしり始めた。 「おおっ? なんじゃなんじゃ?」 「いいのか?もしかすると墓かもよ? 罰あたるぞー」 「ドナルベイン、貴様も手伝え」 「あ、ああ……」 一枚、また一枚と苔をむしり―― 少しずつ、岩の地肌が露になってゆく。 そして。 「っ!?」 「これ……もしかして」 現れた地肌に、文字らしき物が刻まれていた。 「……ああ」 「古文書の文字と……同じだ」 「え!? うそ!? どれどれ!?」 「なんじゃと!?」 四人の視線が、一点を見つめる。 「マジだ……」 「………………」 「あ、ちょっと待て! ちょーっと待て!」 再び、ジンが古文書の写しに目を通し始める。 「ここ! このマーク! 古文書のこの絵と一緒!」 それは、地図上に描かれているマークだった。 もし、この石碑の位置を示しているマークだとしたら―― 大まかな現在地が、これで分かる! 「石碑の文面を写したい。何か書くものはあるか?」 「写すって……手書きで?」 「いや、紙の上から擦り付けて写す。書き写すには文字が複雑すぎる」 「おー、なるほど。頭いーい」 「えーっと何かあったかな……」 石碑は二人に任せて、俺は東西南北を調べよう。 ここから東に進めば、村に戻れるはず。 えーっと、東は…… 「爺さん、東西南北も分からない?」 「………………」 「爺さん?」 「……ん? なんじゃ?」 「しっかりしてくれよ。東西南北が分からないか訊いてるんだ」 「おお、そのくらいは朝飯前じゃよ」 「あちらが東で、こっちが西じゃ」 「間違いなく?」 「うむ。間違いない」 「ありがと」 よし、これで村に帰れる。 ……何かに襲われずに済めば、だが。 「おーい! こっち写し終わったぞー!」 「こっちも、帰り道の見当はついた」 そうとなれば、長居は無用だ。 また、妙な獣に追い掛け回されるのは勘弁だからな。 「よし、帰るぞっ!」 一応の収穫はあった。今回の探索はこれで充分だろう。 「爺さん、行こう」 「うむ。ここにおっては命がいくつあっても足りんからの」 村へ向かって、歩き出す。 「………………」 「……まだ、このような物が残っておったとはのう」 「え? なに?」 今、何か言ったか? 「腰が痛いからおんぶしてくれんかの、と言ったんじゃよ」 「……無理。我慢して歩いてくれ」 「世知辛い世の中じゃなあ」 そう呟いた爺さんの顔は、なぜか、少し寂しそうに見えた。 リュウたちが見つけた碑には、朽ちてほとんど読めないが古代神官文字が書かれており、神殿での資料さがしに付き合わされる警備隊。 しかしレキは、なかなか神殿の蔵書を見せてくれようとしない。何か知ってそうなそぶりのレキだが、何も知らないとトボケ顔。 結局、根負けして蔵書は見せてくれることに。そして初めてリュウたちは知る。幻の花がどんな形で、どんな色をしているのかを。 それとは別に、手に取った本が、実はレキの記した村人たちの記録で、読んでしまう。 そこには村人一人一人の性格や得意不得意、健康に関する留意点……など、様々。レキの優しい心遣いがよく分かるのだった。 4人の男女が、一点を見つめていた。 その視線の先にあるものは、薄汚れた紙一枚。 「ん〜〜〜〜……」 「これは、ちょっと読めないな……部分部分は分かる所もあるけど」 降参、と言わんばかりに肩を竦めるアルエ。 そう―― 目前にあるのは、森の中で見つけた石碑の写し。 少なからず古代文字の読めるアルエに、その解読を委ねたのだ。 「え、でも古文書は読めたんだろ?」 「読めたというより、読めるように色々と調べたんだ」 「ボクだけじゃなく、王宮の学者にも手伝ってもらったし」 なるほど……専門家がいたのか。 「でも、この写しは、古文書の古代テクスフォルト文字とは少し違う」 「同じに見えますけど……違うんですか?」 「違うね。例えばホラ、こことここ。似てるけど違うよね?」 「そう言われると、そんな気もしますけど……」 「年代が違うのでしょうか?」 「ううん、そうじゃない」 「たぶん……推測だけど、これは古代神官文字だと思う」 ふぅ、と溜息をついて、アルエは天井を見上げた。 「神官って、リドリー教の?」 「そう。まだテクスフォルト王国が、国教として庇護する前の物だ」 それって……すげー大昔じゃん。 「こんなことなら、そっちも調べとくんだった」 「古代テクスフォルト文字と、古代神官文字って、そんなに違うんですか?」 「パッと見、似てるけどね。かなり違うよ」 「じゃあ……この写しから手がかりを探すのは難しいですね」 「……そうだな」 「でも、1つだけ分かったことがある」 「持ってきた古文書が、全くのインチキじゃなかったことだ」 まあ、描かれていた石碑が実際にあったんだから、そうなるよな。 「王都に持ち帰りますか、殿下」 「それならば、解読も可能かと思われます」 「それしか……手はないかなあ」 う〜ん、と悩んでいるアルエ。 あまり王都には帰りたくないようだ。 「あ、そうだ」 ふと、ロコナが手を叩いた。 「レキさんなら、読めたりしないでしょうか?」 「え? なんでいきなり、レキ?」 「だって、神官文字って、神官様が使う文字ですよね?」 「“古代”神官文字だ」 「今の神官が読めるとは限らん」 「あうぅ、すみません……思いつきで言っちゃって」 「……そうとも、言い切れないかも」 ポツリと、呟いてみる。 「なに?」 「レキの神殿は、地下に古い蔵書をたくさん残してる」 ああ、思い出すなぁ……ネズミ退治。 「もしかすると、何か手がかりがあるかも」 「貴様、不確定な情報で殿下を引っ張りまわすツモリかっ!?」 「可能性がないわけじゃない」 「だいたい、んなこと言ったら、あるかどうかも分からん花を探して、ここまで来たアンタらはどうなる?」 「う……」 「神殿か……」 「行く価値は、あるかもしれないな」 「で、殿下ぁ」 「………………」 それに―― 1つ、気になっていたことがある。 花の話が出る度に、レキの表情が変わること。 皆は気づいていないようだが、俺は見逃さなかった。 何か……知っているのかもしれない。 「よし、行ってみよう。リュウ、人手を集めてくれ」 凛々しく言い放つアルエの姿は、確かに、姫ではなく王子のように思えた。 人手を集めろ、と言われても…… 役に立ちそうな連中の心当たりには、限界がある。 「オレ……警備隊の人間じゃないのにー」 コイツと。 「……あたし、自分の商売のことで手一杯なんだけど」 ミントと。 「ワシなんぞ連れて行っても役に立つとは思えんがなあ」 爺さんの3人。 ここに、俺とアロンゾとアルエを足した6人構成。 ロコナは『読み書きできませーん』という事で、不参加を申し出た。 代わりに兵舎で留守番を頼んである。 「ちょっと奥さん、聞いてます!?」 「誰が奥さんだ」 「仕方ないだろ、アルエ殿下のお達しなんだから」 俺だって、出来ることならサボりたいよ。警備任務でもないんだから。 「タダ働きはんたーい」 出たよ、ミス・お金大好き。 「……王室とのコネ、作りたいんだろ? ミントは」 「うっ」 「そーきますか……」 「うにゅにゅにゅにゅ〜……」 「恩を売っといて、損はないと思うぞ」 なんせ男らしさをモットーにしてるからな、アルエは。 「しっかたないなぁ。せいぜい高く売りつけるとしましょ」 で、問題はあと一人。爺さんだが…… 「わかっとるよ。そんな目で見るな。行けばええんじゃろ」 「理解が早くて助かるよ」 「めんどくさいのぅ……」 兎にも角にも、人員確保完了。 後は、神殿でアルエたちと合流するのみ。 「歩いていくの? こっから神殿まで……」 「ああ。他に手段ないし」 「昨日、あんだけ森の中を駆け回ったのに!?」 「筋肉痛で死んでしまうわっ」 死なん死なん。 「くっそー……」 「オレが自伝を記した暁には、オマエのことは、史上類を見ないド変態だったと書いてやる」 「心配するな。オマエの自伝を読むヤツ自身が、たぶんド変態だ」 「にゃにおう!?」 軽口の応酬をしながら、俺たちは神殿に向かって歩き出した。 アルエ、アロンゾと合流して神殿に着いた。 神殿を訪れていた村人を、レキが見送っている所に出くわした。 「な、なんだ!? ゾロゾロと大人数で……」 「頼みがあって来たんだ」 「頼み……?」 怪訝な表情を浮かべるレキ。 「罰としてリュウたちに捜索に向かわせた時、花の手がかりを見つけたらしい」 「……っ」 やはり、レキの表情が変わった。 これは絶対に、何か知ってる―― 「でも、古代神官文字で書かれていて、読めないんだ」 「……それで?」 「この神殿には、たくさん蔵書があると聞いた」 「もしかすると、解読に役立つかもしれない」 「………………」 「そういう事だから、ボクに協力しろ」 えへん、とアルエが胸を張る。 こんな時でも命令形なんだな…… まあ、王女殿下に言われちゃ、ウンと頷くしか―― 「断る」 っ!? 「……え?」 予想外の反応だった。 「部外者に、おいそれと見せていい蔵書ではないのだ」 「用はそれだけか? なら、お引取り願おう」 「ちょ、ちょっと待った! なんだよソレ!?」 「なんだも何も、言葉通りの意味だ」 ぷいっ、と顔を逸らすレキ。 「……なんか無理っぽいよ?」 「ボ、ボクが頼むって言ってもダメなのかっ!?」 「ダメだ」 にべも無く、一蹴されてしまう。 「うぅぅぅぅぅぅぅ〜っ」 うわ、怒ってる…… 「こほんっ」 「レキ殿、貴女の職分を侵すつもりは毛頭ない」 「これは王室の、殿下の頼みだと思って頂きたい」 「こんな寂れた神殿の蔵書などに頼らずとも、都には王立図書館があるだろう」 「持ち帰って、調べるなり研究するなりすればいい」 いや、確かにその通りなんだけども。 「リュウ、強行突破だ!」 んな!? 「こうなったら、実力で突入するっ」 ムチャクチャ言い出したぞ、おいっ! 「うわおう! 熱い展開になって参りました!」 「そしてこんな時こそオレの実力は発揮されない!まったくの無力! 役立たずです!」 自分で言うなよ。 「で、殿下っ! どうか落ち着いてくださいっ!」 慌てて、アロンゾがアルエを取り押さえる。 「離せアロンゾっ!ボクの命令だっ、剣を抜けっ!」 「いけません殿下っ! 短気は損気ですぞっ!」 アロンゾの口から、そんな言葉が出るなんて。ちょっとビックリ。 って、感心してる場合じゃないなっ。 「な、なあレキ、ちょっと……」 レキの袖を掴んで、引っ張った。 「な、なんだ? いきなり……」 「しーっ! 小声で話そう」 「……どうしてもダメなのか?」 「小声で話す意味がわからんが……ダメだ」 「……絶対に?」 「くどいぞ」 「……レキ」 「もしかして……花について何か知ってるんじゃないのか?」 「っ!?」 「その顔。やっぱり何か知ってるんだな?」 「な、何をバカな」 「何も知らないのか?」 「あ、当たり前だ」 「ふ〜〜〜〜〜〜〜ん」 「そ、その顔はなんだっ」 「なんか怪しいな。必死に隠すところを見ると、地下の書庫も怪しい」 「なっ……!?」 「見られちゃまずい情報が眠ってたりしてな」 「い、言いがかりはよせっ」 「必死なところが、ますます怪しい」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」 「いいだろうっ、そこまで言うなら見せてやるっ!」 かかった―― 「好きにしろっ!」 カンカンに怒ったレキが、石床を踏み鳴らして去っていく。 「なにが……どうなった?」 「うん。見てもいいってさ、地下の書庫」 「………………」 「いったい、どんな手品を使ったんだ?」 「……秘密」 レキは、花について何か知っているようだ。 それが何かは分からないが―― きっと、明かせない事情があるんだろう。 レキは神官だ。そして、あの性格だ。 意味なく情報を隠匿するようなヤツじゃない。 だから、これ以上の追求はしない。 「……さすがに、嫌われたかもな」 それだけが、心残りだった。 久しぶりの地下書庫は、カビ臭かった。 相変わらず隅っこに法具が並べられている。 ……ちょっと歯型がついてるのも混じってる。 「あれ? ねーねー、肝心のレキは?」 「付き合わないってさ。勝手に調べろって」 「……怒らせちゃったの?」 「……たぶん」 「うあ、しーらね」 「ああいうタイプって、根に持つよ〜」 「う……」 「んで、すっかり忘れた頃に今日のことを持ち出してきたりするんだよね」 「………………」 後で謝っとこ…… 「それで? ワシらは何をすればええんじゃ?」 「うん。まず古代神官文字について書かれてる物を探す」 「各自、それぞれ1つの書棚を担当すること」 げ。1つの書棚、全部かよ。 「ああ……それと、ミント」 「ん? なになに?」 「古文書の売買は、専門外なのか?」 「古文書の売買? 突然……どしたの?」 「もし頼めるなら、花に関係のありそうな古文書を探して、手に入れて欲しい。礼ははずむぞ」 「え……ん〜っと、そりゃ探せないこともないけど」 「結構、値段するよ?」 「かまわない。ただし、花に関係のありそうな古文書だけだ」 「わかった。調べとく。手に入ったら報告する」 「……頼んだ」 「みんなもッ、しっかり探すんだぞッ!!」 「ボクの将来がかかってるんだからなっ!」 サボったら死刑、と言わんばかりの気迫。 ……真面目にやろう。 「じゃあ、始めてくれっ!」 号令と共に、資料探しがスタートする。 えーっと、古代神官文字についての本…… 「ちょ!? 図解入り獣人図鑑の初版を発見!」 「目的の本を探せっつーの」 「へいへい……」 さて、と。 とりあえず、端から順番に見ていくか…… 刻々と、時間は過ぎてゆく。 薄暗い地下の書庫…… 人の吐息と、紙ずれの音と、懐中時計の音しか聞こえない。 「はぁ……」 「どれもこれも、神様がどうとか教えがどうとか、そんなのばっかし」 「神殿じゃからな。そうしたもんじゃろう」 「でもたまーに、今夜のおかずレシピとか、何十年も昔の観光ガイドとか出てくるんだけど」 「あるある。こっちにもスポーツのルールブックとか並んでる」 カオスなコレクションだ。 「ふん。こうした神殿の蔵書は、寄付がほとんどだと聞く」 「分類がごちゃ混ぜになっているのは、そういう事情もあるのだろう」 なるほど…… 「ややこしーのは、古文書っぽい、古〜い本もたまに混じってるところなんだよね」 「そーそー。しかも調べたら自作の小説だったりすんの」 「これなんかスッゴイの」 「『ああっ、おやめになって! 神官様!』神官は必死に抵抗する村娘の太ももに、その太くて木の枝のように節くれ立った指を……」 「読まんでいい、読まんで」 疲れたのか、だいぶ愚痴っぽくなってきた。 「………………」 そんな中、アルエだけは一人で黙々と調べている。 男に戻りたい、か…… そのままで、いいと思うんだが…… 「よ……っと」 高所に並んでいた、一冊の本を手に取った。 開くと――それは本ではなかった。 「……日記?」 「んあ? なんか言った?」 「い、いや。別に何も」 それは、比較的新しい書籍だった。 適当なページめくってみる。 ……違う。日記じゃない。 人名と、その人物に関する神殿への来歴…… 家族構成、性格、健康に関する留意点…… あらゆる内容が、びっしりと書き込まれている。 記述は、それだけに留まらない。 好きな食べ物、苦手な食べ物、編み物が得意だとか、笛が上手いだとか。 好意的な観点から、様々な事柄が記されていた。 「これは……」 レキが、書き記したモノ? それ以外に考えられない。 少しページをめくってみる。 『ロコナ・ポルカ』 おっと、ロコナの項目を発見。 ロコナたちに苗字は無い。だから、ポルカ村のロコナって意味だ。 家族は、祖母ヨーヨード(ヨーヨードの項を見よ)で二人暮らし。 対トランザニア公国方面 国境警備隊兵士。 来歴 ― 足首ねんざ蛇に噛まれる(毒なし) 首の寝違え ……首の寝違えって。なんかマヌケな感じだな。 ロコナらしいっちゃ、ロコナらしいが。 性格 ― 真っ直ぐで明るく、誰からも好かれる。 うん。そんな感じ。 好きな食べ物 ― 苺の蜂蜜かけ 縞鳥の香草焼き 嫌いな食べ物 ― なし ざーっと斜め読みして、最後の項目で目を留めた。 素敵な所 ― 小さな欄に、びっしりと書き込んである。 素敵な所 ― ロコナの素敵なところは、あの優しさだ。 自分よりもまず、人を思い遣る優しさだ。 こんな私にも、ロコナは優しくしてくれる。 私と他者との間にある溝を、ロコナは軽々と飛び越えてくる。 そんなロコナが、私には……少し眩しい。 ロコナへの温かい視線が、細かく綴られている。 他のページを見ると、全ての村人に対して、同じく好意的な記述が記されていた。 ……もしかして。 ふと、思い立って“リ”の項目を探す。 ロコナのページの次の次に、それはあった。 『リュウ・ドナルベイン』 対トランザニア公国方面 国境警備隊 隊長。 ……あったよ。やっぱり。 俺に対する、レキの記録だ。 まだ書きかけの項目が多く、白い部分も多い。 でも―― 性格 ― へたれバカ 「………………」 おい…… 来歴 ― 風邪という名の仮病(往診)裂傷(怪鳥の鉤爪による・応急処置) おいいいいいっ! なんて正確無比な記録だろう。正確すぎ。 ……やっぱ俺、嫌われてるんじゃね? 「はぁ……」 ざっと読み飛ばして、最後の項目。 素敵な所 ― 息を止めて、じっと見入る。 素敵な所 ― 特に無い。……と言いたいところだが、案外そうでもなかった。 最初は責任感の薄い、ただ周囲に流されるだけの男かと思っていた。 でも……違った。大切な何かを守るためなら、命を張る男だった。 お人よしな所は、少しロコナにも似ている。 私には出来なかったことを、やってのけた。 あっという間に、村人たちとの距離を縮めた。 ほんの少し、羨ましかった。 ……悪いやつじゃない。 ……………… はっ!? な、なんで俺、ちょっと赤くなってるんだよっ! ちち、違うからなっ!? 「ふー」 額に汗をかいていた。読んでただけなのに。 なんつーか、こう……恥ずかしいな。人に評されるのって。 はー……なんか疲れた。 「ん?」 リュウ・ドナルベイン、の次のページ…… そこだけ、紙が古く黄ばんでいる。 『リン・ロックハート』 誰だ、これ? 村の人間じゃないな。 えーっと…… 家族は、レキ・ロックハート。父母共に死別。 レキ……ロックハート? 『おいっ!』 「っ!? どわわわっ!?」 バランスを崩して、倒れそうになる。 危機一髪、ジンの頭を掴んでこらえた。 「……あ、あのなあ」 「わ、わりぃ。ごめん」 「見つけたぞっ!古代神官文字について記されてる本をっ!」 「え、マジ!? もうお仕事終了!?」 「なにー? やっと見つかったのー?」 「やれやれ、目がショボショボするわい」 「さすがは殿下、ご自身でお見つけになるとは」 皆が、読みかけの本を置いてアルエの下へ駆けて行く。 「………………」 レキの記した記録を、そっと棚に戻した。 これ以上は……読んじゃいけない気がする。 「明り! もっとこっちを照らしてくれっ!」 「はっ、ただいまっ」 うお、あっちは既に盛り上がってるな。 「ん……っと、石碑を写した紙もくれ」 「これかにゃ? はいよ」 「彼……いや、彼女……奥深き……うーん」 「ところどころ、写しの文字が欠けていて読めない」 「も、申し訳ございません。なにぶん、古い石碑でしたので」 「別に謝らなくてもいい。見つけただけでも、よくやった」 「もったいないお言葉……」 いや、よく思い出せ。あれは風呂を覗いた罰だったんだぞ。 「霧の森……えーと、違った。霧の……穴?」 「青き……陽の形……花……」 っ!! 「花っ!?」 「あ、青き陽の形の花……雫を……んあああ! 欠けてるっ!」 「男神……は女神に、女神は男神にっ!見つけたぁ!」 アルエが立ち上がった。 興奮で、頬が赤く染まっている。 「青き陽の形の花っ!それが、ボクの探してる花だっ!」 「………………」 俺を含む――アルエを覗く全員が、きっと同じ感想を抱いたに違いない。 「分かったのって、色と……形だけ?」 「だけとはなんだ、だけとはっ」 「これまで、それすら分からなかったんだぞっ」 まあ、それはそうだけど…… 「これは大きな前進だ、うんっ。もう一回、確認するっ」 本と写しを両手に、解読の世界に没頭し始めたアルエ―― 「アロンゾっ、一度兵舎に戻って、ロコナに弁当を作ってもらうんだっ」 「えええっ!? べ、弁当……ですか?」 「長期戦になるからなっ」 「うぇぇぇぇ? あたしらも?」 「荷物が届く日なのに〜」 「ワシゃもう帰って寝たいんじゃが……」 「……俺もだ」 肩を落として、溜息をつく四人―― 「ついでに、レキの分も作ってもらってくれ」 「面倒かけてるし」 「俺は貴様の召使ではないっ」 「……が、そうしよう。さすがに申し訳ないからな」 ふと、レキ自身の記録についても見ておけば良かった……と思う。 少なくとも、レキの好物の欄だけは。 行き詰ったこともあり、花探しは少し延期ということで、皆で農作業の手伝いに。 村では収穫の時期に入り、警備隊も野良仕事に借り出されて大忙し。そんな中、せっかく収穫した作物を食い荒らされる事件が勃発。 目撃者の話によるとどうやら犯人はハーピー。なんとかならないかと頭を悩ませる一同に、獣人オタクのジンが名乗りを上げるのだった。 夜空には、銀色の月が浮かんでいた。 風に揺れる麦穂が、ざざざざ……と音を奏でる。 ゆっくりと“それ”は麦畑に舞い降り、羽ばたきを止めた。 右、左と周囲を見回し、鼻を鳴らす。 ――見つけた。 食欲を誘う獲物の匂いに、思わずニタリと笑みが浮かぶ。 一歩、また一歩と“それ”は獲物に近づいて…… 「クェェェェェ!!」 数瞬の後、再び夜に静寂が戻った。 口端と鉤爪に血を滴らせ、満足げに頷いた“それ”は―― 「クェェェェェ!!」 もう一度鳴いて、その大きな翼をはためかせた。 朝食は優雅に楽しみたい。 もしくは。 優雅でないにしろ、普通の朝飯が食いたい。 普通の朝飯……というより、食えるものが食いたい。 「そしてたぶん、この炭の塊は食えないと思う」 「皆の意見を拝聴したい」 テーブルに顔を並べる一同に、俺は問いかけた。 「確かに、まごう事なき炭じゃな。ここまで焦がすのは逆に見事じゃて」 「……えー、あたしは生まれて初めて見ました」 「食卓に並んだ料理が、全て真っ黒なのを」 「し、失敗することもあれば、成功することもあると思います」 「この失敗をバネに、次はきっと、いいことが……」 「………………」 「アロンゾは?」 「……オツな味だ」 ボリボリと恐ろしい音を立てて、炭をかじるアロンゾ。 その忠誠心には恐れ入る……が、何事にも限度はあるだろう。 「大人の苦味だ。クリスピーな歯ごたえと香ばしさがマッチしている」 苦いのは炭だからで、クリスピーなのは炭だからで、香ばしいのは炭だからだ。 「えー……」 「ごくごく一部の意見を除いて、大体の見解はまとまったな」 「では、隊長である俺が総括を」 すぅ……っと息を吸い込む。 ……よし。 「アルエ、頼むからもう料理するのは勘弁してくれ」 「頼むから」 最後の方は、涙声だった。 「う、うるさいうるさいっ!火加減を間違えただけだっ!」 「次は大丈夫だっ!次は美味しいのを作るっ!」 「まずはその前に、食べられるものを作ってくれんかのう……」 「パンなのか卵なのかハムなのか、ぜんぜん見分けがつかないよう。全部、炭だもん」 「胃の中に入ってしまえば同じだ」 ごりごりと炭を食い続ける忠誠男、アロンゾ。 「ほら見ろ、アロンゾはちゃんと食べてるぞ」 「うん……ちょっと涙を誘う光景だよな」 かつてないほど、アロンゾに同情する。 「アロンゾはこんなに美味そうに食べてるんだ。リュウももっと沢山……いや、一口で良いから食べろっ」 「えっ!?」 それは勘弁願いたいのだが…… 得体の知れない物を喜んで食べるほどの忍耐力も忠誠心も、俺にはない。 「食べにくいのならボクが取り分けてやってもいいぞ! ほら、リュウ!口を開けてくれっ! さあっ!」 フォークに黒い塊を突き刺したものをアルエが俺の口へ運ぶ。 「だっ、だめですぅぅ!危険すぎますっ!」 「リュウ、死にたくないなら口を開けちゃダメだよ!」 「ていうか葬式代とか出したくないしっ、今は絶対に死んじゃダメ!」 「なっ!? 二人とも何をするっ、離せ!」 ロコナとミントに動きを封じられ、アルエはじたばたと暴れる。 ん……? 「客……かの? にしては乱暴なノックじゃが」 『誰かいるかい!? いたら開けておくれ!』 「はーいっ! いま開けまーすっ!」 小走りに、ロコナが玄関へと向かう。 そして。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「ど、どうしたの? ユーマおばさん」 「どうしたもこうしたもっ、はぁ、はぁ、はぁ……」 「マギーの所の鳥小屋が、はぁ、はぁ、荒らされちまったんだ!」 鳥小屋が荒らされた? 「鳥泥棒ですか!?」 「わ、わからないけど……お水を一杯もらってもいいかい」 「あたしの飲んでいいよ、まだ口つけてないから」 「すまないね……んっんっ……ぷはぁ」 「もっと詳しく聞かせてくれ」 「いったい――何があったんだ?」 話によると、だ―― 昨夜未明、とある村人の鳥小屋が、何者かによって襲われた。 小屋は半壊し、飼っていた鶏数匹が殺され、食われていた。 森から来た狼の仕業ではないか……との予測も立てられた。 しかし、残っていた歯型が狼のモノではなかった。 そして、もう一つ…… 「……空から飛んできた?」 「はい。目撃した人がいるんです」 「たまたま、夜中に散歩していて見かけたそうです」 夜中に散歩って…… その人が、めちゃくちゃ怪しいんだが。 「結局、歯型は何だったの?狼じゃないとすれば、他になに?」 「う〜〜〜ん」 「なぜそこで悩む」 「それが……人型、に近いらしくて」 じゃあ、人じゃん。 「その、夜中に散歩してた目撃者が死ぬほど怪しい」 「あたしもそー思う」 「誰なんだ? その目撃者は」 「直接、本人に話を聞けばいいじゃないか」 「はい、そう思ってお呼びしました」 「こちらが、目撃者の方です。……たぶん」 たぶん? 「やーやーやー、朝っぱらからご苦労さん!」 ぶっ!? 「目撃者のジンです。よろしく☆」 「爺さん、容疑者を捕縛してくれ」 「うむ」 「なぜにホワイ!?どうしていきなり犯人扱い!?」 「俺の警備隊隊長としての経験と勘だ」 「勘かー。それはどうしようもないなーって、いやいやいや!」 「ていうか、実際にやったかどうかはともかく今のうちに逮捕しておいた方がいい気がする」 「なんという見切り逮捕!?」 「……冗談はさておき」 「あ、冗談だったの?一瞬マジかと思って、すごい困ったんだが」 「さすがのオマエでも、鶏を生でかじる勇者とは思えん」 それに、一応は貴族だし。 「いい判断だ。オレってば生ものを食べると十中八九お腹を壊す繊細な胃袋の持ち主」 弱いなー。 「一体、何を見た? 何があった?」 「ああ……ハーピーだよ」 「はあぴい?」 なにソレ? 「昨夜、オレがいつものように深夜徘徊して、月光パワーを集めてた時のことだ」 既にもう、ツッコみたい点が多すぎて眩暈がする。 「たまたま通りがかった家の畑に、空からハーピーが降りてきやがった」 「すまん、その……なんだ。はあぴいについて教えてくれ」 「そ、そこから説明がいるの?」 「隊長、ハーピーは半獣半鳥の獣人です」 「鳥獣人……?」 「はい。森で何度か、見かけたことがあります」 「頭は人間だからな。そりゃ歯型も人間に似てるだろ」 「その辺、調べてみるといいぞ。たぶん鶏以外の羽も落ちてる」 そこまで言うからには、本当なのだろう。 ハーピー、か…… 「人を襲ったりするのか?」 「んー、絶対に無いとは言えない。けど滅多にそんなことしない」 「ハーピーって呼び名は“掠める女”って意味でな」 「食料を荒らしたり、人間の食事を盗んだり……」 「分かりやすく言うと、自分たちよりも弱そうで小さい物を襲う」 「……なんで、あたしを見ながら言うの」 「気をつけてネ」 「うわむかつく……」 「森に住んでるってのも珍しいな。よく渓谷や崖なんかに居ると聞くが」 なるほど…… 「どうするんだ?味をしめて、また来るかもしれないぞ」 「うーん……」 ジンの話だと、空を飛んで来るんだよな、そいつって。 「何を悩む。待ち構えて討伐すればいいだけの事だろう」 「どうかと思うね。あいつらは希少種なんだ」 「出来れば、もう来ないように、追い払えたらいいんですけど……」 「そうだな……」 まず考えるべきことは、村人の安全。 人は襲わないって話だから、その次は村人たちの生活の保護。 つまり鶏を襲わせないこと……だな。 討伐するのも、一つの手段だ。 でも、出来れば血は見たくない。 ……俺の勝手な希望だけどな。 「どうやら、お困りのようだネ」 にやり、とジンが笑った。 「実はオレにナイスなアイディアがある。しかも野蛮に殺したりしなーい」 「そして、金輪際、鳥小屋を荒らされる心配はなくなるだろう」 「そんな手段があるのか?」 「ある。オレの言う通りに出来れば――だけどな」 自信たっぷりに言い放つ、獣人マニアのジン。 不思議と、その言葉には説得力があった。 「……よし、乗った」 「俺たちは、何をすればいいんだ?」 「爺さん、そっちの釘とってくれ」 「ほれ」 「あー、もうちょっと細いやつ」 金槌を手に、いくつもの角材と向き合って奮闘中。 ジンの指揮による、ハーピー撃退作戦の道具だ。 「何に使うんだ? こんな巨大な骨組みを」 「……わからん」 ジンは詳しい内容を一切説明してくれない。 『オレを信じろ』の一言で、作戦を指揮している。 ……今のところ、アイツの言葉を信じるしかないもんな。 「おー、やっとるね。その調子その調子」 指揮官のお出ましだ。 「おい、これは何に使う道具なんだ?」 「まだ秘密」 「後でビックリさせてやるから、期待しててくれ」 きらん、と片眼鏡のレンズが光る。 「ってなワケで、オレは女性陣の様子を見てくる」 「サボらず仕上げてくれよな」 スキップを踏みながら、ジンは兵舎の中へと駆けて行った。 ホールの中は、異様な匂いで満ちている。 「うぇ、鼻が曲がりそう……」 「これでいいのか? 本当に本当か?」 暖炉にかけられた鍋で、グツグツと煮える謎の物体。 匂いは、そこから発生していた。 「カンペキ☆」 「この匂いを、ハーピーは嫌がるんだよ」 「ハーピーじゃなくても、嫌がるかもです」 「まあそう言わずに。あ、もうちょっとコウモリの糞を足そう」 「うぅぅ、ハイ」 「レキは呼ばなくてもいーの?」 「呼びに行ったけど、朝から森にいって留守」 「残った面子でビシっと決めちゃおう」 「ちょっと外の空気を吸ってくる。このままだと吐いてしまいそうだ」 「この後、全員集合でやることあるから、すぐ戻ってきてねん」 「ああ……わかった」 フラフラとした足取りで、アルエが兵舎の外に出る。 「……さてさて、後は念押しのアレをいっとくか」 ジンの指揮に従って、巨大な箱と、悪臭のする粘液を作らされた俺たちは…… 今度は、村の広場に呼び集められた。 「みんな集まったかー?」 「ああ。これで全員だ」 「今度はなに? あたしもう、自分の仕事に戻りたいんだけど……」 「そう言うなって。これも村のため人のため鶏のため」 少し離れた場所に、例の悪臭を放つ粘液が、バケツ一杯注がれている。 後ほどで、畑周辺に撒くらしい。 「だから我慢してるんだ。あのヘンな匂いも」 「おいたわしや、殿下……うぅぅ」 「はい、それじゃ全員、背の低い人順に一列になって、そのまま小さく前へならえ」 渋々と、ジンの言う通りに移動する。 俺の前にはアルエ、後ろにはアロンゾだ。 一番前は……言わずと知れたミントだが。 「これから、ハーピーが嫌がる踊りを覚えてもらう」 「……は?」 「踊りだよ、踊り」 「目撃したハーピーは、もう、なんか不思議なパワーでいやんな気持ちになっちゃう寸法よ」 「ウソでしょ、それ」 「なにをおっしゃる!」 「これはオレが、とある筋から手に入れた、とある古文書の、とある一節に書かれていたものだ」 怪しさ大爆発。 「でも確かに、舞や歌、笛の音で獣を退ける話は聞いたことがあります。おばあちゃんから」 「ヨーヨードの話じゃろ。眉唾モンじゃな」 「いいから! とにかくやってみる!」 「はい、まずは全員ガニ股になってー」 いきなり女性陣にはハードルが高いんだが。 「は、恥ずかしい……これ……」 「で、ですね……」 「両腕を直角にまげて、そのまま指先を天に向かうようにするッ」 「こう……か?」 うわ、後ろから見ると……この格好面白すぎる。 「いいよー、なかなかいいよー」 「そして、腰にひねりを加えつつ、上半身そのままで左右を向いてー」 「あ、ありえない……これ、絶対ありえないから」 「顔から火がでそうです……」 「おしゃべりストーップ」 「その運動を繰り返しながら、ハーピーを称える歌をうたうー」 更に歌を!? 「歌は何でもいいんだが、あえてオレが効果的な歌を作ってきた」 「タイトルは……」 「翼を失った漆黒のエンジェル・煉獄の堕天使」 そのタイトルセンスは、人としてどうよ。 「♪泣いちゃーダメーだよー、くじけないーキミが好きさー、リメンバーラーブ」 「この、ラーブのブなんだが、あえて下唇を噛んで“ヴ”にして欲しい」 「理由は、なんとなくカッコいいからです」 「あたしもうヤだよぉぉぉ〜!」 「♪りめんばーらーう"」 じ、爺さん…… 「さあ、みんな大きな声で! 村を救うために!」 「踊りも忘れるな! もっとガニ股で!」 「………………」 あ……レキだ。 「……面白いことをやってるな」 「いやぁぁぁ、見ないでー!こんなあたしを見ないでー!」 「レ、レキさんもご一緒にいかがですか?」 「全力で遠慮させて頂こう」 「しかし……何の騒ぎだ?収穫祭に向けての興行練習か?」 「ちっがーう」 「もっと崇高な目的のために、頑張ってるのだ」 「♪くじけないーキミが好きさー」 まさか気に入ったんじゃないだろうな、その歌。 「村の鳥小屋が、ハーピーに襲われたんだ」 「ああ、さっき現場で聞いた。3羽も食われてしまったそうだな」 「もう二度と、寄り付かないようにさせるために、色々準備をしてるんです」 「準備……?」 「レキも一緒にやろう。さあ、ガニ股になって両手を直角に上へ!」 「その必要はない。対処なら、既に私が済ませてきた」 さらり、とレキが言ってのける。 「な、なんだって……?」 「もう対処してきた、と言ってるんだ」 「森からの帰り、たまたま現場を通りかかったのでな」 「落ちてる羽を見て、ハーピーだと思った。だからハーピー除けの処置をしてきた」 「ハーピーは干したケネン草の匂いを嫌がるからな。匂い袋にしてぶらさげてきたんだ」 「ちょっ!? なんちゅーことを!?」 「何か問題があるのか?」 「だって、ほら!今まさにこうして、色々と準備をだな!」 「……準備というのは、例えばコレか?」 レキが、あの悪臭漂う粘液入りのバケツを覗き込む。 「……っ!?」 不意に、レキがジンを睨みつけた。 「うっ」 「ニカワにパルケの葉、コウモリの糞を混ぜて煮詰めたな……?」 「ハーピーの嫌がる匂いだそうです。近づけなくさせるって」 「あ、ロコナ、あんまり説明しなくてもいいからね。もう終わったらしいから」 「……そっちの木組みの大きな箱は?」 「わからん。最初は、壊された鳥小屋の代用品かとも思ったんだが……」 「それにしては、随分と頑丈に作らされたがな」 「……ほーう?」 「み、みんなそろそろ解散にする?解散しちゃう?」 「じゃあ皆さん、お疲れ様でした。いやー無事に解決してよかった」 「では、この辺で失礼いたしまーす」 去っていこうとするジン。 すかさず、ジンの体を拘束する。 「んなっ!? なんだよ!?」 「……なんか怪しいんだ。お前の挙動が」 「レキ、もしかしてコイツ、ロクでもないこと企んでたんじゃないか?」 「失敬な! オレは村のためにだな、二度とハーピーが近づけないよう……」 「その男のやろうとしていた事は、おそらくこうだ」 ふん、とレキが鼻を鳴らす。 「そこの液体は、ハーピーが“好む”匂いの液体だ」 は……? 「おい、話が違うぞジン」 「あ、あれぇぇぇ? レシピ間違ってた?」 「撒いておけば、さぞ喜んでハーピーはやってくるだろう」 「そこで、あの箱に閉じこめる」 「要するに――捕まえたかったんだな、ハーピーを」 「理由はおそらく、コレクションだろう。獣人マニアだとは聞いていたが……」 「………………」 「……なかなかやるじゃねえか、お嬢ちゃん」 開き直った上に、キャラ変えてきやがった。 「だが、証拠は何もねえ。全てあんたの憶測にすぎねえのさ」 「残念だったな。あと一歩で、このオレを追い詰めることも出来ただろうに」 「証拠などいらん」 「そうだろう?」 レキが、俺たちを振り返る。 「へぇぇぇぇ……? 自分の趣味のために、ウソついて利用しようとしてたんだ?」 「それはさすがに、ちょ〜〜〜っとやりすぎですね、ジンさん」 「ボクは、騙されるのが大嫌いだ。報いを受けてもらわなきゃな」 「殿下に成り代わり、俺が天誅を下す」 「いい歌じゃったのに……」 「あ、あれ? みんな顔が怖いよ?」 ジリジリと、全員がジンに歩み寄ってくる。 逃がさないように、俺は一層の力を込めてジンを羽交い絞めにした。 「ちょっ、なに!? なにする気!?」 「やめっ……体はいやーっ!?」 全員の怒りが、ジンに向かって爆発した。 かくして、村を襲ったハーピー騒動は落着した。 『ただの憶測で証拠が無いと言った、その根拠を体で示してもらう』 ……というレキの主張により、ジンには特殊な刑が執行された。 あの悪臭漂う粘液を、頭からたっぷりかけた上―― ぐるぐるに縛り、兵舎の屋根からぶら下げるという試みだ。 「臭いよー、寒いよー、頭に血が上るよー」 まさに自業自得。 冷風にさらされて、たっぷり頭を冷やして欲しい。 「くすん……」 「いいもん。明日になったら許してくれるだろうし」 「一晩くらい我慢するもんね……」 「クェェェェェ!!」 「いっ!?」 「う……うそだろ? うそぉぉん!?」 「ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 ――絶叫が、村中に響き渡る。 夜空には、銀色の月が浮かんでいた。 アルエが発注していた古文書関係の写本が届く。そこにいくつかの新たな手がかりが記されていて、捜索隊の士気も上がる。 ……が、届けられた写本の中に、呪いのかけられた書籍があり、アルエは呪いを受けてしまう。 それは自分の分身を生み出し、その影が悪事を働くという、特定の人物を陥れるための古い呪い。 アルエの影は村で悪さを行い、いくら本人が否定しても疑われてしまうハメになる。 ただ、リュウとアロンゾだけはアルエの潔白を信じて、真犯人を捕らえようと四苦八苦するのだった。 アルエと同じ姿をした者が村の至る所でイタズラをしでかす。村人はみな犯人がアルエだと言うが、本人は全面否定する。 村人たちが嘘を吐いているとは思えず、だからといってアルエが嘘を吐いているとも思えず一同は頭を悩ますことに。 「リュウは?警備隊隊長としてどう思ってるんだ?ボクを犯人だと思うか!?」 そう聞かれたリュウは…… ジンの巻き起こした小さな騒動から、三日が過ぎた。 ハーピーも寄り付かなくなり、再び村には平穏な日々が訪れて…… 今日もこうして、俺たち警備隊は野良仕事に勤しんでいる。 もちろん、本業の国境警備の合間合間に、だけど。 ちなみに今日は、ロコナの家―― つまり、ヨーヨード婆さんの家の畑の収穫だ。 「おぉー、これすごいですよ。穂の実りがワッサワサ」 刈り取った麦穂を振ってみせるロコナ。 「まさしく名前の通り、赤麦だなー」 まるで、穂先に小粒の炎を纏わせてるみたいだ。 「あだだだだ……いかん、もう腰がいかん」 「ちと休憩じゃ」 「情けないジジイじゃの、まったく」 「それに比べて、アロちゃんは逞しいのお♪」 「あ、あまり近寄らないで頂こうッ!長老殿ッ!」 「いいじゃんケチ」 「おい、この縄は何に使うんだ?」 「あ、それはですね、刈り取った麦を束ねるのに使うんですっ」 「こーやって、こう両腕で抱きしめられるサイズにまとめて……」 いやはや、これだけ人数が揃うと壮観だ。 ん? ミント? ミントは、兵舎でソロバンを弾いてる。 警備隊の予算枠で、来年、何が買えるのかを試算してくれるらしい。 「どうだっ? こんな感じかっ?」 丸々とした麦束をまとめて、抱え上げるアルエ。 アルエもすっかり、村の暮らしに馴染んできた。 後は、例の花とやらが見つかれば、万事めでたしめでたし。 ――と、まぁこんな感じで、俺たちは落ち着いた毎日を享受していた。 平凡で平穏。静かで安全。世は全て事もなし。 このまま穏便に冬を迎えられたらいいのに……なんて。 平和ムードに、どっぷり浸かろうとしていた矢先―― ちょっとした騒動の種が、警備隊の兵舎に届いた。 「写本? 400年前の?」 「そそそ」 「前にホラ、古文書関係で花に関係ありそうなの、探して欲しいって言ってたでしょ」 「いくつか心当たりを当たったら、一冊だけ手に入ったの」 「っ!?青い陽形の花について記されてるのか!?」 かぶりつくアルエ。 「やー、そこまでは専門家じゃないから、わかんないけど」 「この地方で、呪術なんかに使われてた植物の古文書みたい」 「……いる?」 上目遣いに、ミントがアルエの反応を伺う。 「いるに決まってる! 買う! 買うぞっ!」 「そーこなきゃ! まいだり!」 「……なんだ『まいだり』って?」 「まいどあり、を略してみた」 「まいだりー」 「まいだりー」 「まいだりー♪」 買ったアルエまでが言ってどうする。 なにより兵舎で流行らすな、そんな略語っ。 「偽書じゃないのか?」 「安物を掴まされて、それらしい偽物を仕入れてしまった、とかな」 「ぶっぶー。今回はちゃんと信頼のおける筋から手に入れたもん」 「で、その信頼のおける筋って?」 「えっとね、王都で百年以上の歴史を誇る――古美術品の密売組織なんだからっ」 「それ、信頼とか以前の問題じゃないのか?」 「と、とにかく! 前回とは違うのっ」 前回というのは、まだ記憶に新しい……あの食中毒大事件のアレのことだ。 「で、その写本は? どこにある?」 「ん……っと」 「ぱんぱかぱーん♪ これでぃっす!」 古ぼけた装丁の本を掲げて見せるミント。 「よし。アロンゾ、支払いを済ませとけ」 「は、はぁ……」 「よろしいのですか? 内容の確認もせず……」 「ミントを信用してる」 「くぅっ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの」 「良心的な値段にしとくからねっ、改めて、まいだりー!」 分厚い装丁の写本を、アルエに手渡すミント。 ちなみに……いくらくらいするんだろう? 聞いてみる。 「アンタの年収の半分くらい」 ぶっ!? た……高ぇぇぇっ! 古文書って高価なんだな……改めて思い知ったよ。 と、いうワケで――その夜。 「アルエ様、一応お夜食作ってきました」 「暖かい毛布と、蝋燭も何本か持って来たよ」 「ありがとう、ロコナ、ミント」 「いいえ、これくらいの事、当たり前ですよ」 「そうそう♪ 一流の商人としてアフターサービスはきっちりやらないとね」 「本当は古文書の解読をお手伝いできればいいんですが」 読み書きができないロコナは、申し訳なさそうにしている。 でも普通に読み書きできたとしても、これは無理だって。 「気にするな、ボクひとりで十分だ。ミントもロコナも自分の部屋で休め」 「特にロコナは、早起きしないといけないだろ?」 「はぁ……分かりました」 「何か手伝うことがあったら、いつでも言ってね?」 「もしも古文書の解読本なんか見つかったら、すぐアルエに売ってあげるから♪」 「うん、ありがとう!」 嬉しそうに手を振る三人。 女の子達って、いつの間にか仲良くなってるよな。 ロコナ達を見送った後、アルエは古文書を開いた。 「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」 さっそく、古文書と格闘しはじめるアルエ。 「殿下、目を悪くなさいますぞ。もう少し明るくしてお読みください」 「んー」 「ああ、もう、そんなだらしないっ」 オマエは母ちゃんか。 「どう? 読めそう?」 「古代テクスフォルト文字には違いない……違いないんだけど」 ぼりぼり、とアルエが頭を掻く。 ……お姫様とは思えん仕草だよな。ホント。 「時々、意味の分からない単語が混じってて、読みにくい」 「一読するだけで朝までかかりそう」 うわあ、なんて面倒な…… 「明日になさいませ。何も、徹夜をすることもありますまい」 「やだ。ボクは今夜中に確認したいんだ」 「一刻も早く、男の体に戻りたい」 「………………」 「まあ、いいけどさ。ほどほどにしとけよ?」 「明日も、朝になったら容赦なくロコナの角笛が鳴るぞ?」 「わかってる」 「アロンゾも、もう下がっていいぞ。あとはボク一人でやる」 「朝までお付き合いしますが……」 「いいってば」 「わかりました。では、何かありましたらお呼び下さい」 恭しく一礼するアロンゾ。 「貴様も一緒に出るんだ。殿下の邪魔になる」 「言われなくても、もう寝るっつーの」 俺だって明日は早いんだ。 「んじゃ、おやすみ」 「うん。おやすみ」 こちらを向こうともせずに、解読に没頭しているアルエ。 ……手がかり、見つかるといいな。 素直にそう思った。 そして、夜は更けて―― 闇が最も深くなった、深夜。 「……ん」 「んん……」 「………………」 「……すこー」 「はっ!? っとと、あぶないあぶない」 「思いっきり寝てしまうところだった……」 「って、うわ。ヨダレが古文書に……」 「………………」 「……ま、まあ、拭けば大丈夫だろ。うん」 ゴシゴシと、古文書に垂れてしまったヨダレを袖で拭くアルエ。 「単調な作業が続くと、どーも眠くなってしまうなぁ……」 「ふわぁ……あぁぁぁ……」 「少し、外の夜風に当たってこようかな……」 アルエが、大きな欠伸をした――そのとき。 「……ん?」 鼓動が聞こえてくる。 「……なんだ? ボクの心臓の音か?」 息を殺して、耳を澄ます。 「………………」 何も聞こえない。 「……気のせい、か?」 そーっと、自分の胸に手を当てる。 とくん、とくんと心臓は普通に動いている。 「空耳……かな?」 小首を傾げるアルエ。 その時――アルエの足元で、アルエ自身の影が揺らめいた。 染み出したインクのように、影はゆっくりと床一面に広がっていく。 読書に夢中なアルエは、その不思議な出来事に気づきもしなかった。 今日は、収穫ではなく大工仕事の手伝い。 牛小屋の柵を直して欲しいと、村人に頼まれたのだ。 ……こうしてると、警備隊というよりは、何でも屋に近い気がする。 ま、村の為になるのなら、何だっていいんだけどな。 「ロコナー、そっち持っててくれー。釘で打ち付けるからー」 「はーいっ、でもちょっとお待ちを〜」 「今ちょっとだけ、手が離せないんです〜」 「いいよロコナ。リュウはボクが手伝う」 「はう。すみません、お願いします〜」 「どこを持って欲しいって?」 「そっち。反対側の端っこ。同じ高さに持っててくれ」 「わかった。こう……かな?」 「ん。そのままそのまま……」 釘を打ちつけながら、チラとアルエの顔を見る。 「で、どうだった? 例の写本。使えそう?」 「ん〜……目新しい手がかりは無いみたいだ」 「ただ、青い陽形の花については載ってたな」 ほう? 「でもダメだ。神殿の地下で見た古文書の内容と似たり寄ったり」 「色・形・この地方に咲いてること ……そのくらいだな」 じゃあ、大して役には立たなかったってことか。 「まだ完全に解読したワケじゃないから、もう少し調べれば、ひょっとすると――」 アルエが言いかけた、その時。 ……ん? お? おおおっ!? 「殿下〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」 爆音と共に、うるさい男が現れた。 「殿下っ! たたた、大変ですっ!」 「オマエはいつも大変だな……なんだ? どうした?」 「唐突ですが、お尋ねしたいことがあります」 「昨夜遅く、殿下は外出なさいましたか?」 「な、なんだよ、突然?」 「いかがですか?」 「……あ、ああ、少し夜風に当たろうと思って、外には出たけど」 「それだけ……ですか?」 「後は部屋で、ずっと例の古文書を解読してた」 「………………」 「な、何なんだ? 何がどうした!?」 「……兵舎に、レキ殿が押しかけてこられましてな」 「いや、レキ殿だけでは無いのですが……」 頭を抱えるアロンゾ。 「もったいぶらずに言えよ。何が起こったんだ?」 「貴様に指図される覚えはないッ!この左遷騎士がッ!」 「……なんで、いきなりキレるんだよ」 こいつとの会話は、本当に疲れる…… 「殿下。レキ殿はこう申しております」 「昨夜遅く、殿下が神殿に忍び込み――」 「畏れ多くも、開祖リドリー像に卑猥な落書きをした……と」 ……………… 「……は?」 目をパチクリさせるアルエ。 「あだぁっ!?」 目測を誤って、釘ではなく自分の指を叩いてしまう俺。 いってぇぇぇぇぇ…… 「ボ……ボクが、何をしたって?」 「とにかく、すぐ兵舎までお戻りをっ」 「レキ殿は――カンカンに怒っておりますぞ」 ロコナを残して、慌てて兵舎まで引き返した俺たちを待っていたのは―― 「一体、何のツモリだっ!!」 怒髪天を突く状態の、レキだった。 「場合によっては、神殿を通じて正式に王宮へ抗議させてもらうぞっ」 「ちょ、ちょっと待て!ボクは何もしてないぞっ!」 「そんな言い訳が通じるものかっ!私はこの目で、ちゃんと見たのだっ!」 激しくアルエに詰め寄るレキ。 「そ、そんなバカな……」 アルエが、こちらに助け舟を求める。 「私が『止めろ!』と制止したら、ケタケタ笑いながら走り逃げたじゃないかっ」 「目撃したのか? その現場を?というか、アルエの姿を?」 「ああ……確かに、この目で見た」 「神殿は常に蝋燭で灯されている。見間違えるはずなどないっ」 ―第1の目撃者 レキの証言― 「昨夜4時頃、礼拝堂で妙な物音がすると思って、見に行ったのだ!」 「すると、この姫様が鼻歌交じりに、リドリー像に卑猥な落書きを……」 卑猥な落書き? 「言葉にするのも憚られるような、卑猥な落書きだっ!」 「先程、馬を走らせて現場を見に行ってきた」 「まあ……よくある類の落書きだ。SEX! とか、女性器を表したマークとか」 修学旅行で浮かれた、初等騎士見習い生の仕業じゃないのか? それって…… 「ウソだと思うなら、後で見に来るといい」 「そしてキレイに掃除してっ、元通りにして頂こうっ!」 うわあ、本気で怒ってる。 「ま、待て。本当にボクじゃない。ボクはやってない」 ブンブンと首を左右に振って、否定するアルエ。 「この目で見たっ」 「何かの間違いだっ」 睨み合う2人―― 「……もう1人、殿下の悪行を訴えに来られた方がおります」 「あらやだ。『もう1人』なんてツレない言い方せんでも」 「いつも通り、ヨーちゃんと呼んでおくれよ」 「そんな呼び方をした覚えは一切ないッ!」 「こほんっ……長老殿、昨夜見たことを話して頂こう」 「ふむ。それほど大層なことでもないのじゃが……」 ―第2の目撃者 ヨーヨードの証言― ……なんか、サスペンス風な展開になってきたな。 「もうすぐ、夜が明けようとしてた時のことじゃが……」 「水瓶の中が、空になっておることに気づいてのぉ」 「ほれ、健康のために、目覚めには一杯の水を飲むことにしとるでな」 「こりゃ大変じゃと思うて、慌てて井戸に汲みに行ったんじゃよ」 「婆さん、井戸で水とか汲めるのか?その歳で……」 「あほう。そのくらい屁でもないわい」 「……む? どこまで話したか忘れてしもうたじゃろが」 「井戸に水を汲みに行ったところまでだ」 「おーおー。そうじゃった」 「そこで、あては見た! 長老は見た!」 いちいち芝居がかってるなぁ……まあいいけど。 「この姫さんが、井戸の中に何かを入れようとしとった!」 「なっ!? ボクが井戸に!?」 「その時、長老ヨーヨードの胸に炎のごとく怒りが芽生えた」 なぜかいきなりドキュメンタリー風。 「こらー! と大声で叱りつけ、杖を振り回して駆け寄ったら、こやつ逃げおった!」 「こ、こやつ……って。ボクのことだよな、当然」 「手討ちになさいますか?」 容赦ないな、おい。 「現場には、馬糞が残されておった」 「井戸に馬糞を投げ入れて、村のモンを困らせるつもりだったんじゃろう」 「あての叱責が、村を救ったのじゃ」 「その者、青き衣をまといて金色の野に……」 やめろ、その使い古されたネタは。 「濡れ衣だっ、濡れ衣だあああっ!」 「ボクは何もしてないし、ずっと古文書を読んでただけだっ!」 「でも、外には出たのだろう?」 「だからそれは、夜風に当たりに出ただけでっ」 「井戸に馬糞とは、イタズラにしては度が過ぎるぞえっ」 「やってない! 事実無根だ! 冤罪だっ!」 「ホントにボクは、何もやってないんだっ!!」 アルエの叫びが、兵舎中に鳴り響く―― しかしそれは、まだ始まりの序章…… 次々に巻き起こる、事件の発端に過ぎないのだった。 一夜明けて―― 事件は、またしても起こった。 しかも今度は、新たに3人の目撃者が。 「まったく、いくら姫様とは言え、やっていい事と悪い事があるだろうに」 「わたしゃこの目で見たんだよっ、間違いなくあの姫様だっ」 「どういうツモリなのか、ちゃんと話をしてもらわねば、納得いかんぞよ」 起こった事件は様々で―― 実った麦穂を踏み倒して、奇妙な模様を畑に描いたり。 乳牛の尻尾を結んで、嫌がらせをしたり。 干してある果実を、勝手に食い漁ったり。 よくもまぁ、そんなイタズラを考え付くものだと、逆に感心するような内容ばかり。 「本当にボクじゃないっ」 犯行を全面否定するアルエ。 「しかし、これだけ大勢の目撃者がおってはのう……」 「誰かに服とか貸した?もしくは、そっくりな双子の兄弟がいるとか」 「貸してないし、双子の兄弟なんかいないよっ」 「皆さん……ウソをつくような方ではありませんし」 「じゃあボクがウソをついてるっていうのか?」 「そそそ、そんなツモリではっ!?」 「殿下のはずがない。殿下はそのようなお方ではない」 忠臣アロンゾは、無条件にアルエを信じているようだ。 「リュウは?警備隊隊長としてどう思ってるんだ?ボクを犯人だと思うか!?」 「村人の証言が間違っているとは思えない。こうも、はっきりした目撃例があっちゃな……」 「っ!」 アルエは悔しげに唇を噛んで俺を睨む。 「なんと言われても、ボクじゃない!そんなイタズラをした覚えなんかない!」 「うん、それも間違ってないと思う」 「それはどういうことだ?」 いぶかしげな顔をして、首を傾げる。 「誰かがアルエのフリをして、やってるのかもな」 「王女の権威を失墜させようと?国家レベルの陰謀?」 「それは王家に対する反逆行為! 許せんッ!」 いや、そんな大それたイタズラじゃないけど。 「して、その誰かとは、ズバリ、犯人は!?」 「そこまではわからん」 「それなら意味深な発言しないでよ。もー、ガッカリだよ探偵さん」 探偵じゃないし。 「……俺もアルエじゃないと思う」 俺がそう言うと、アルエはホッとしたように、肩の力を抜いた。 「ああ、何かの間違いか……それとも、誰かがアルエに罪をなすりつけようとしてるのか」 「し、信じてくれるんだなっ?」 「ああ。信じるよ」 真っ直ぐにアルエを見つめて、頷いた。 犯人はアルエじゃないという、それなりの根拠もある。 ……根拠と呼べるシロモノかどうかは、さておき。 「整理しよう」 「神殿の落書き事件が起こったのは――2日前の深夜」 「井戸馬糞事件が、同じく2日前の深夜すぎ。早朝だな」 「……事件って言われると、ボクが犯罪者扱いされてる気分だ」 まぁまぁ、そこは流してもらって。 「で、新たに起こった3つの事件が、昨日の夜」 「二日連続か……」 「二度続くことは、三度続く」 頷いた俺に、アロンゾが頷き返す。 「どーゆーこと?」 「今夜、また犯行が繰り返される可能性が高い、という事だ」 「……そうだな? ドナルベイン」 「そういうことだ」 つまり、二つの対応を取ることが出来る。 一つは――アルエを監視し、完璧なアリバイを作ること。 これはロコナやミントたちに頼もう。夜通し、アルエの側にいてもらう。 もう一つは……村の見回り。 全ての事件は深夜に起こっている。なら、深夜に見回ればいい。 「ジンにも応援を頼むか……」 「あ、それは無理じゃよ」 「え? なんで?」 「ほれ、例のハーピー事件で心にダメージを負って寝込んでおる」 ……心にダメージって。 「応援なぞ不要だ。俺と貴様の2人で充分ッ」 「殿下、必ずや我らが殿下の潔白を証明してみせます」 「出来るかどうかわからないけど、やってみるよ」 「アロンゾ、リュウ……」 薄っすらと、アルエの瞳が涙で潤んでいる。 「これが男同士の連帯感ってやつだな。うん」 「任せたぞ。ボクの潔白を証明してくれ」 がしっ、とアルエに手を握られた。 男同士の連帯かどうかはともかく――まあ、やってみるさ。 「そうじゃな、兵舎の周辺くらいは、ワシも見回ろうかの」 トントンと腰を叩きながら、爺さんが呟く。 後は――夜を待つだけ。 ……これで何も起きなかったら、ますますアルエが疑われるなぁ。 ま、その時は明日も明後日も、見回り続ければいいだけだ。 全ては真犯人次第……か。 とことん運任せだが、他に手段は思い浮かばないし。 はてさて、どうなることやら…… 夜になった。 草木も眠る丑三つ時―― 村のどこかで、犬が遠吠えしている。 「さぶっ……」 さすがに深夜は、気温が低い。 もうちょっと厚着してくればよかったかも。 「はー……」 カンテラを手に、村の見回り中。 アロンゾは、神殿方面を見に行っている。 夜明けまで……えーと、あと何時間だ?2時間ってトコか? 2時間も歩き回ってりゃ、そのうち温かくなるだろ。 さて…… 『……こんな夜更けにお散歩ですかな?』 んがっ!? 「ななななななッ!?」 「ちょ、オレだよっ、オレだってば」 「び、びびっ、びっくりさせるなよっ」 闇から溶け出すように、いきなり現れたのはジンだった。 「な、なんだよッ!? 何なんだ急にっ!?」 「いや、窓の外を見てたらオマエがいたから――」 「後ろから近づいて『へっへっへ、オマエも期待してたんだろ?』って」 「やっぱ、こないだ逮捕しとけば良かったな」 「冗談だって」 「んで、なに? 深夜徘徊か?」 「違う」 「オマエこそ、ショックで寝込んでたんじゃないのかよっ」 「あー。誰かさんたちに兵舎の屋根に吊るされたショックでね」 「ま、自業自得だし。それはいいのよ別に。軽くトラウマだけど」 「そんで、何してんの?例の姫様がやったとかいうイタズラの見回り?」 「……知ってるのか?」 「そりゃーもう。村中、噂でもちきりよ」 「アルエって、割とイタズラっ子さんだったんだなあ」 しみじみと呟くジン。 「……まさかとは思うが、オマエの犯行じゃないだろうな」 「ないない。オレはずーっと宿で引きこもってた」 「部屋中に落ちてる陰毛を拾い集めて、結んで異常に長い一本にしたりして遊んでた」 それはまた、とことん暇人だな…… 「ちょうどよかった。暇なら見回りに付き合ってくれ」 「また出るかもしれないんだ。アルエの偽者が」 「偽者なの?」 そりゃそーだろ。本物の犯行じゃないのなら、偽者に決まってる。 「どうせヒマだし、朝夜逆転生活中だし、別に付き合うのはかまわんけど……」 っ!? 「え? なに今の音?」 「アロンゾの合図だっ! 出たぞっ!!」 音の鳴った方角を、じっと見据える。 ――と、こっちに誰か走ってくる! 『ドナルベインっ! そっちに行ったぞーッ!』 絶叫するアロンゾ。 「な、なになに!? 何事!?」 「来たんだよっ! その偽者がっ!」 走ってくる影に対して、立ちふさがる。 そして―― 「止まれッ!!」 斬りつけるような声を、影に投げつけた。 「見つけたぞ、イタズラ野郎」 「もう、どこにも逃げ道は……」 「………………」 「……わーお」 目を疑う。 だって、そこに立っているのは―― 「……ふん」 「捕まえられるものなら、捕まえてみるがいい」 「あっははははは!」 アルエだった。まさしくアルエと同じ姿、同じ顔。 呆然と立ち尽くす俺たちの隙を突き、真横に駆け逃げるアルエ。 って、待て待て待て待てっ! 兵舎にいるはずだろ!? アルエは! 「えー、わたくし決定的な瞬間を見てしまいました。犯人は姫様でした」 「くっ……そんなバカな!」 「追いかけなくていいの? ガンガン逃げてるぞ?」 「追うに決まってるだろっ!」 アルエを追って走り出す。 その後ろを、ジンもついてくる。 一体、どういう訳だ―― 頭の中は『?』マークで一杯だった。 アルエは、兵舎に向かって逃げていた。 確か、この周辺は爺さんが見回りを…… 「ど……どーなっとるんじゃ、いったい……」 「爺さんっ!」 「お、おお! リュウ!とんでもないことになったぞ!」 「アルエと同じ顔だったんだろ? 俺も見たっ!」 「どこに逃げたっ!?」 「中じゃ。兵舎の中に駆け込んで行きおった」 「兵舎の中に? 鉄板で本人確定じゃね?」 う…… 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「犯人はッ!?」 アロンゾが追いついて来た。 「兵舎の中に逃げ込んだ。……でも、あれは」 「う……むう。殿下にソックリだった」 ソックリ、とかいうレベルじゃない。本人そのものだった気がするが。 でも違う。 あれが、アルエのはずが無い。 「あれは偽者だっ、アルエのはずがないっ!」 「し、しかし現に、あの姿形は……」 「部屋を確認しに行くぞっ!」 「う……うむ。何はともあれ本人のアリバイ確認じゃ」 「ドアは俺が固める。袋のネズミだ」 頷きあって、四人で兵舎に駆け込んだ。 「アルエっ!!」 アルエの部屋に、駆け込んだ。 「え? あ……リュウか。びっくりした」 「ちょっと、せめてノックするとかあるでしょーに」 「い、いきなり戻ってきましたねぇ……」 あ、あれ? なんだこの和やかムードは。 「………………」 爺さんが、キョロキョロと部屋の様子を伺っている。 「……ええと、アルエ。どこにも行ってない、よな?」 「行ってない。ずーっとここにいた」 「アンタの悪口をね、言い合ってたトコ」 「わわっ、ウソですよっ、ウソですっ。褒めてたんですよっ」 「…………そうか」 それならいったい、あのアルエは何者だ? あのアルエそのものの姿は…… 何がどうなっているんだ!? 「……妙じゃな」 「うん。ここにいたはずのアルエが、外にもいたなんて」 「そうではない。この部屋に満ちておる……空気が、じゃよ」 空気? 「こう見えても、魔術師の端くれじゃからな。呪気くらいは感じる」 「ぬう……」 爺さんの視線が、アルエの机に向けられた。 「……それは、先日の古文書かの?」 「え? あ、ああ……まだ解読中だけど」 「ワシとしたことが、気づかんかった……」 「まさか、そんな本じゃったとはのぉ」 ジリジリと、机に対して距離をつめていく爺さん。 「じ、爺さん……どうしたんだ?」 「呪われておる」 「……へ?」 呪われている? 「その古文書じゃ。誰かが呪いをかけておる」 「随分と古い呪いじゃ。呪われた者に災いをもたらす類の」 「の……呪い!? その古文書が!?」 「え、うそぉ!? だってそれ、王都の神殿から流出した横流し品で……」 「横流し?」 「はうあ!? いや、その……横流しの横流しを、横流ししてもらったというか」 「魔法ですかっ?」 「似たようなモンじゃが、少し違う」 そっと、爺さんが古文書を手に取った。 「さ、触っても大丈夫……なのか?」 「うむ、心配いらん」 「確認したいんじゃが……血のようなものを、この本に垂らしたかえ?」 「対象者の体液を塗りつけると、呪術が発動する仕組みになっておる」 「ボ、ボクが? してないしてないっ」 「あるいは涙。唾でもええ」 「………………」 「……ヨダレは?」 「アウトじゃ。決まりじゃな」 ポンポンと古文書の装丁を叩いて、爺さんが苦笑した。 「これにはのう、貴人の評判を落とすための呪いがかかっておる」 評判を……落とす呪い? 「最近かけられたものではない。写本として写す際に仕込まれたものじゃな」 「あ、あたし、またやっちゃった?珍味に続く第二弾?」 「いや、これを見抜くのは容易ではない。仕方の無いことじゃて」 「おそらくは……高位の神官を妬んだ、大昔の誰かが仕組んだのじゃろう」 「呪われた者の影が勝手に動き出して、イタズラを繰り返すんじゃよ」 あれは……本人の影なのか。それならアルエそっくりなわけだ。 「ど、どうすればいいんだ?ボクは呪われたままなのかっ?」 「こうすればええんじゃよ」 言うや否や、爺さんは胸元から酒袋を取り出した。 とぽとぽ……と酒を古文書に振り掛け、そして火をつける。 ぽっ、と古文書が燃えた。 青く美しい炎に包まれて、ゆっくりと本が燃える。 「や、火傷するって! 危ないってば!」 「あちちちっ」 爺さんが、燃え盛る本を石畳の上に投げた。 見る見るうちに、本は燃えて…… 真っ黒な炭だけが、そこに残った。 「……これでよし、と」 「も、もう……大丈夫、なのか?」 「うむ。これで金輪際、影が出ることもなかろうよ」 「そ、そうか……」 ホッとするアルエ。 「しかし、よくあの影をアルエの偽者だと気づいたのう」 感心したかのように、爺さんが俺を見つめた。 別に100%確信してたわけじゃない。 結果として、間違ってなかった……それだけだ。 「最初から、リュウはボクのことを信じてくれた」 「……でも、どうして?」 感謝と期待に満ちた眼差しを、アルエが俺に向けてくる。 「どうして……って、それは――」 アルエじゃないと思った理由。偽者だと思った根拠。 「卑猥な落書きに、井戸への馬糞。畑へのイタズラ……」 「世間知らずのアルエが、そんなイタズラ思いつくはずがない」 それが根拠だった。 そもそも、卑猥な落書きが怪しい。 そんな知識がアルエにあるはずが無い。 「………………」 「……ふうん」 あ、あれ? さっきまでの感謝の眼差しは? 「どーせボクは世間知らずだからな。そーかそーか」 「だ、だから、決して悪い意味ではなくて」 「よーくわかった」 「違うってば。別にアルエをバカにしてるんじゃなくてっ」 必死に食い下がる俺。 「せっかく見直してやったのに。ふーん」 「や、誤解だぞ。誤解だからなっ」 「もういいっ、いちおう礼だけは言っとくっ」 ぷいっ、と顔を逸らすアルエ。 不用意な発言に対して、頭を下げる俺。 だから――俺は気づかなかった。 この時、アルエが本当は笑っていたなんて。 「怒ってるぞ? 怒ってるからな? まったくもう」 からかわれているとも知らずに、俺は頭を下げ続けた。 薬草をつみに行ったまま、夜になっても戻らないレキ。村の人々は心配して捜索に。 リュウたちも捜しに出かけるが、どこにも姿が見つからない。踏み入った森の奥でレキを見つけるが、怪我で動けない様子。 『自分でなんとでもなる』と手助けを拒むレキだがそうはいかないリュウ。問答の末、なんとか無理にでも連れ帰ろうとする。 しかし突然の豪雨のため、そのまま一夜を明かすことになってしまう。 一夜明けて、二人仲良く眠っているところを皆に発見され、妙な誤解を生んでしまう2人だった。 怪我のため、森に入ったまま戻れなかったレキと合流するリュウ。しかし降り始めた雨のため、村に戻れない状況に。 仕方なく森の中で一晩を明かすことに。食糧が必要か聞くと、レキは平気だと答えるが、腹の音が聞こえてくる。 「………………」 押し黙るレキにリュウは…… いつしか秋も中盤に差し掛かり―― 夜と朝は、吐息が白くなってきた。 定期的に、暖炉へ火を入れるようになった。 さすがに一晩中……という訳にもいかないが、夜は火を入れる。 「ふんふん……」 「庶民の暖炉は、薪のいい匂いがするんだな。それに、炎の色が変わって楽しいぞ」 庶民……という言葉に若干引っかかるが、アルエに他意はないことを知っているのでスルー。 「おい、何か燃やすもの無いのか? 木くずとか」 「……子供じゃないんだから、暖炉で遊ばないように」 「ほっほっほ、良いではないか。アルエにはめずらしいのじゃろうて」 まあ、俺も子供の頃はやったけど。 燃やす物によって、火の色が変わったりするんだよな。緑色とかに。 「はー。ぬくぬく。暖かいと仕事の進みが違うね〜」 ミントは、わざわざホールまで帳面を持ってきて、経理仕事をやっている。 部屋は寒いから、だそうだ。 冬本番が来たら、この程度の寒さじゃすまないと思うんだが。 「アルエ様、あんまり近づくと、火の粉が散ってきますよ?」 「大丈夫。それより、何か燃やすものを」 「えーっと、何かあったかなぁ……?」 「じゃあ、コレを燃やしたらどうだ?」 「おお、すまないな」 「ところで、この布きれはなんだ?」 「ああ、それはホメロ爺さんが盗んだ下着だ」 「なんじゃとぅ!?」 「村の娘さんたちから苦情が来てたんで回収したんだが……」 「さすがに一度盗まれた物はいらないらしい」 「ああーっ! ワシのお宝がーっ!」 「おー、よく燃えるよく燃える」 うーん、平和な光景だな…… このまま、大きなトラブルもなく冬を迎えることが出来たらいいんだが…… 「おいっ、大変だっ!」 ジンが雪崩れ込んできた。 「あぁんっ、この部屋あったかーい……」 「なんだいきなり。ノックもせずに」 「レキが行方不明なんだよっ」 「………………」 「……は?」 今、なんて言った? 「だーかーらっ!レキが行方不明なんだっつうの!」 「昨日の朝、広場で見かけたけど」 「あたしも昨日、見かけたよ〜」 「たんに、外出してるだけじゃないのか?」 「んなコトだったら、オレもこんなに慌てたりしないっ」 「薬草を摘みに行く――って言い残して、森に入ったっきり帰ってこないんだよ」 「昨日からずっと、ですか!?」 「あの森に入ったままで!?」 「そうだよ!」 「今、村で大騒ぎになってるんだってば!」 村は騒然としていた。 夜だというのに、村人たちは広場に集まり、レキの身を案じている。 「レキ様に最後に会ったのは、誰だえ?」 「俺だ。これから森に行くところだと言っていた」 「それは、いつの事じゃ?」 「昨日の昼前だ。まだ日は昇りきっていなかった」 「一度戻ってきて、それからまた出かけた可能性は?」 「それはないよ。昨日、神殿の門に往診依頼の札をかけておいたんだ」 「なのに、レキ様は来なかった……札もそのままになってた」 ……つまり戻ってこなかった、か。 「わかった。手分けして探そう」 「俺とアロンゾは森の中を探す。他は森の周辺を頼む」 「……よかろう」 「くれぐれも、森の中には入らないように」 ただでさえ危険な森だ。しかも夜。 「ちょっと待て。どうしてリュウとアロンゾだけなんだ」 「ボクも行くぞ」 「いけません殿下。夜の森は危険です」 「我々は戦闘訓練を受けております、危険係数が違うのです」 そう。俺もアロンゾも騎士として訓練を積んでいる。 危険への対処能力は、おそらく一般人より高い。 「周辺捜索の指揮を頼むよ、アルエ」 「………………」 「……わかった」 「留守番も頼む。神殿に一人、兵舎に一人」 万が一、入れ違いでレキが戻ってきた時のために。 「明かりと食料を頼む」 「もし、俺たち二人が明日の朝になっても戻らなかったら――」 「その時は……ジンと爺さん、頼んだ」 「ん。了解」 「無理はせんようにの」 「わかってる」 荷物を受け取って、アロンゾと肩を並べた。 「行くぞ、ドナルベイン」 「おう」 森へ向かって、歩き出す。 夜空の月に、薄っすらと雲がかかっていた。 雨……降らないでくれよ、頼むから。 闇夜の森は、濃厚な緑の匂いに満ちていた。 カンテラの明かりだけが頼りの、暗闇の行軍が始まる。 「森と言っても広い。心当たりはあるのか?」 「……ない。見当もつかない」 砂漠の中に落ちた、一粒の真珠を見つけるようなものだ。 「ただ、もしレキが森の中で迷っているのなら、何らかの目印を残しているはずだ」 「随分アバウトな推測だな。この闇夜の森で目印だと? 貴様、正気か?」 「………………」 「楽観主義も結構だが、最悪の場合、既に命を落としているやもしれん」 「……どちらも可能性の話だ」 「少なくとも俺は、生きたレキを捜しに行くつもりだ」 「……ふん」 「二手に分かれるぞ。俺は森の南側を探す」 「じゃあ俺は北を。4時間後に一度、ここで落ち合おう」 「4時間後だな」 チラと、アロンゾが懐中時計に視線を落とした。 「ドナルベイン――」 「いざとなったら剣を抜け」 「………………」 「……わかってるよ」 曖昧に頷いて、森の中に足を踏み入れる。 湿った森の空気が、体中にまとわりついてきた。 一方、村では居残り組がレキを捜索していた。 「レキーっ! どこだーっ!?」 「レキさ〜ん! いらっしゃいますか〜!」 「誘拐されたとか、そんなワケはないよなあ」 「神官を誘拐してどうするんだ」 「王都の神殿から身代金を強請り取る、とか」 「ありえない。神殿は威信をかけて犯人を探し出す」 「王都神殿に、高位の占い師が何人いると思ってんだ?」 「まぁ、そーだよな」 「そんなことより、キミも声を出せ!」 「レキさぁぁぁん! ロコナですよ〜〜っ!」 「レーキー! どこいったぁー!?」 「レーキー!」 獣の気配に注意しながら、森の奥へと進んだ。 ……さすがに夜行性の獣は少ないらしい。 途中、眠っている大猿を見かけたが、慎重にスルーしてきた。 「焚き火の跡も……無いか」 ほとんどの獣は火を恐れるが、中には火を好む獣もいる。 昆虫系は特にそうだ。 むやみやたらに焚き火をするはずもない……か。 なんたってレキだもんな。その辺の抜かりはないだろう。 「まだ1時間か……」 懐中時計をチラ見する。 思いっきりレキの名を叫ぼうかとも思ったが、獣を刺激しては危ない。 地道に、目と足で捜すしかないな。 「ったく、どこで何やってるんだか」 更に一歩、森の奥へと進んだ。 しばらく森の中を歩いたが―― それらしき目印も、レキ自身も見つからなかった。 2時間が経過した時点で、一度、集合地点に戻ることにした。 復路に2時間で、合計4時間となる。 復路は、往路とは違うルートを進むことにした。 少しでもレキに遭遇する確率を上げるためだ。 「………………」 獣の視線を感じる。 どこかで、息を殺して俺を睨みつけている。 ――どこだ? 立ち止まって、周囲を見回した。 木の陰、枝の上、茂った葉の裏…… それらしい獣は見当たらない。 だが、確実にこちらを見ている。 剣の柄に手を伸ばし――止めた。 胸ポケットに忍ばせたダーツを2本、指先に挟む。 「きしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」 っ!? 土の中から、あの巨大な蛇が現れた。 名前は――ええと、思い出せないっ!! 「くっ!!」 ダーツを放つ。 風を斬る音がして、一本目のダーツが蛇の腹に―― 「んなっ!?」 は、弾かれたッ!? 「きしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「うわわわわわわっ!?」 一目散に逃げ出す。 往路も復路もへったくれもなく、木々の間をすり抜けて疾走する。 「きしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」 ズリズリと地を這い、追いかけてくる巨大な蛇。 ヌラヌラと唾液に光る牙が、こちらを狙っている。 「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 間一髪、牙を交わして前転する。 泥と枯葉に塗れつつ、再び立ち上がって―― 「しゃー……」 ……あれ? いきなり、蛇の動きが止まった。 近づくことを嫌がっているかのように、首を左右に振り出す。 「な、なんだ……?」 渋々と方向を変え、去り始める巨大な蛇…… 呆然と立ち尽くす。 何が……あったんだ? 『……ウィルムは、酒の匂いが苦手な獣だ』 声が聞こえた。木々に潜む闇の中から。 「レ……レキか!? レキなのか!?」 『大声を出すな、別の獣が来るぞ』 う…… 「どこにいるんだ? つうか、みんな心配して――」 『目の前の、大樹のウロの中だ』 ウロの中? 確かに、目前に巨大な樹が立っている。 ウロの中って…… 根元を反対側に回り込むと、朽ちて空いた大穴を見つけた。 カンテラをかざしてみる。 「………………」 「レ、レキっ」 「何をしに来た。夜の森は危険なんだぞ」 「何をしに……って、捜しに来たに決まってるだろ!?」 「捜しに……? 私をか?」 「そうだよ。みんな心配してる」 「薬草を摘みに森へ入ったまま、帰ってこな……」 ふと、レキの足元に目が留まった。 折った枝木を紐で結び、固定させている。 まさか―― 「足、怪我してるのか?」 「ん……? ああ、これか。挫いたようだ」 「だから、動けなかったのか……?」 「………………」 レキが黙りこむ。 「あ、歩けないのか?」 「別に大したことはない。もう痛みは引いた」 「折れたりしてないか? 本当に大丈夫なのか?」 「一応、その手の事に関しては熟知しているツモリだ」 そ、そうかもしれないけど。でも。 「早く村へ帰れ。私は明日の朝まで、ここで過ごす」 「アホか。このまま連れて帰るに決まってるだろ」 背中を向けて、乗れ、と合図を送る。 「捨て置け」 「そうはいくか。みんな心配して待ってるんだ」 「しつこいな。私は大丈夫だと言ってるんだ」 「蛇避けの方法も知らないそなたよりは、ずっと安全だ」 ……それは確かに、そんな気がしなくもない。 「いいから、早く」 「……どの道、もう無理だ」 え? 「見ろ」 レキが、顎先でウロの外を示す。 「げ!? あ、雨……?」 「月を雲が覆っていたからな。いつ降ってきてもおかしくはなかった」 どしゃぶりの雨が、天から森を叩きつけてくる。 「しばらく止まないだろう」 「言っておくが、この豪雨の中を引き返すのは自殺行為だぞ」 「……だよな」 叩きつけてくる雨と、跳ね上がってくる泥水で、視界はゼロに近い。 「ミイラ取りが、ミイラになっちまった……」 「人をミイラ呼ばわりとは失礼なやつだ」 緊張感の欠片も無いツッコミが飛んできた。 苦笑しながら、俺はその場に腰を下ろした。 雨脚は遠ざかるどころか、余計に激しさを増した。 アロンゾは、集合地点で濡れネズミになっているに違いない。 ……すまん、アロンゾ。 「つぅ……」 レキが顔をしかめる。 痛みは引いた――なんて言ってたが、やはり嘘だったのだ。 「ちょっと見せてみ、挫いたところ」 「見てどうするのだ」 「………………」 「……なんとかする」 「バカ。こういった怪我の対処は、私の方が詳しい」 いちいち、ごもっとも。 「……朝までには、雨も止むだろう」 「後は地のぬかるみ次第だが……」 「そん時は、今度こそ背中に負ぶっていくからな」 「いらないと言ってるだろう」 「そう言うなって」 軽口の応酬と、そして沈黙。 雨の音が、やけに耳につく。 「腹は減ってないか? パンなら持ってるぞ」 「別に減っていない」 「断食の2日や3日は軽く――」 「………………」 「意地っ張りだな、レキ」 「くっ……我ながら未熟」 悔しそうに腹を押さえる。 「断食修行は終わったんだから、こんなところで意地張らなくてもいいんじゃないか?」 「ち、違うっ! 今のは間違いだっ!」 何が、どう間違ったんだ。 うろたえるレキがなんだか可愛い。 「腹が鳴ってるぞ」 「くっ……気、気のせいだっ」 どんな気のせいだよ。 「森の中では、幻聴が起きることがままあるのだ」 「はいはい」 「いいか、幻聴だからなっ」 どうやら恥ずかしかったらしいな。 「半分ずつ、わけっこな」 「ち、違うっ! だから今のは」 「いいから……ほら」 半分にちぎって、パンを渡した。 「うぅぅ……」 「肉っ気もバターも無いけど、我慢してくれ」 モソモソとパンをかじる。 硬く焼き締めたパンは、なかなか香ばしかった。 「………………」 再び、沈黙が訪れる。 ウロの壁に背中を預けていると、大樹の中を通る水の音が微かに伝わってくる。 広大な森林の中で、二人っきり。 互いの吐息まで、はっきり聞こえてしまう。 「……何かしゃべったらどうだ?」 「あ、おしゃべりしてもいいのか?」 黙れ、と怒られるかと思ってた。 しかし、急に『しゃべれ』と言われてもな…… ……………… あ、そうだ。 「そういや、レキはどこの生まれなんだ?」 何気なく、訊いてみた。 「……なぜそんなことを訊く?」 怪訝そうに、俺の顔を見るレキ。 「いや、なんとなく」 正面きって『レキの家はロックハートって言うんだ?』とは訊きにくい。 あの本に書いてあったリンっていうのは誰なのかも。 「まあいい。私は東方の生まれだ」 「カフカスという、小さな街で生まれ育った……」 「カフカスって、製紙の街カフカスか?」 「そうだ。詳しいな」 「どの家も紙を漉いて、商売をしていた」 「……レキの家も?」 「ああ」 レキの実家は紙屋さんか。 ……古風な騎士の家か、武術家の一族なのかと思ってた。 「んじゃ、跡は継がないのか?」 「………………」 「既に実家は無い。両親共に早死にしたんだ」 「あ……ごめ」 「昔の話だ。気にしなくていい」 カンテラに照らされたレキの横顔が、苦笑を浮かべる。 「……貧しくもなかったが、さほど裕福な家でもなかった」 「だから、奨学金を取って王都の学院に入った」 「その辺は俺と一緒だな。俺も奨学金で騎士候補生になった」 「そうか……」 「神官学院の連中とは、よくケンカもしたぞ」 出来の悪い貴族の子弟だったりするから、タチが悪かったな。 「神官学院には行かなかった」 「私が進んだのは……祖龍の巣だ」 「!?」 思わず、身を起こしてレキを見た。 祖龍の巣って…… 王国中のエリートが集う、特殊な学院だ。 しかも、そこで奨学金を取るとなれば―― 「子供の頃から、勉強は嫌いじゃなかった」 「紙を買いに来た写本師が、色々と教えてくれた」 「中には、古くなった本をくれた写本師もいたな……」 ふと、違和感を覚えた。 祖龍の巣で学んだ者は、王国の要職に就くのが当たり前。 将来の大臣だ、将来の宰相だと持て囃される存在だ。 それが、なぜ辺境の神官を……? 「そなたの故郷の話を……」 「俺んちの話?」 前に話さなかったっけ? ……まぁいいけど。 「俺んちは……そうだなあ、物心ついた時には、王都の下町に暮らしていて……」 遠い昔の、おぼろげな記憶をゆっくりと手繰る。 王都の思い出。 家族の思い出。 一通り話を終えると、少し沈黙が続いた。 外は、相変わらずの大雨。 ごうごうと吹き荒ぶ風に、大樹の枝が揺れている。 「よく……こんな感じの暗い部屋で……」 「蝋燭も灯さないで……もらった本を読んだ……」 カンテラに映し出されたレキの影が、ゆらりゆらりと揺れている。 「………………」 「すぅ……すぅ……」 寝息が聞こえてきた。 二日も森の中で隠れてたんだ。無理もない。 外はまだ、雨がざんざん降り注いでいる。 「……ふぅ」 マントを外して、レキの身体へとかけた。 スヤスヤと眠るレキの寝顔が、ちょっと可愛い。 「俺が見張ってるから」 「おやすみ、レキ……」 レキを起こさないように、そっとカンテラを手繰り寄せた。 ――やがて、長い夜が明けた。 「ん……朝か……」 いつの間にか、俺もウトウトし始めていたらしい。 気が付くと雨はすっかり止んで、木々の間から日が差し込んでいた。 「レキは……まだ寝てるのか」 「すぅ……すぅ……」 一人でずっと気を張りっぱなしだったレキは、俺に身体を預けたまま、まだ寝息を立てている。 起こすのがちょっと勿体ないと感じてしまうような、安らかで無防備な寝顔だった。 「………………」 なんというか。 昨日は非常事態だったから気にしなかったけど。 寄り添ったレキの身体から、暖かい体温と女性らしい香りが伝わってきて、妙にドキドキしてしまう。 早く村に連れてってやるべきか。それとも、もう少しこうやって寝かせてやるべきか。 「で、出来れば後者の方が嬉しいような……」 うとうととしながら、一瞬そんな事を考えてしまう。 だが、そんな甘い気持ちも、長く続かなかった。 「……ドナルベイン。何をしている」 アロンゾが、冷たい眼差しで俺を睨んでいた。 「あ、あれっ? アロンゾ?」 「ちょっ、おまっ! こんなところで若い男女が!なんて羨まし……いや、不謹慎じゃぞ!」 「おはようございます。さくやはおたのしみでしたね」 「な、何の話だよ!?」 「照れなくてもいいって。今の二人を見てたらわかるから」 「えっ!?」 言われて、ふと自分を省みる。 眠ったままのレキを抱きしめ、寄り添っているその姿は…… 情事の後に、恋人を気遣う男そのもの。 「うむ。これ以上の状況証拠もあるまいて」 「ドナルベインっ!貴様、神官をも毒牙にかけたのかッ」 「ち、違うっ!これは違うんだぁぁぁぁぁっ!」 慌ててレキから離れた俺は、勢いよく木のウロから飛び出す。 「誤解だっ! レキが足に怪我をして……雨宿りしてただけなんだぁぁぁっ!」 俺は、言い訳をしながら森の中を走り回った。 その後、村に再び広がってしまったエロ疑惑を払拭するため―― 俺が誤解を解く為に、必死に奔走したのは言うまでもない。 ミントの体調が悪そうで、どうやら風邪をひいてしまったらしい。帳簿作りと自分の商売の準備と、無理を重ねるミント。 結果、無理がたたって寝込んでしまい、リュウたちは看病することになる。 食事を届けたリュウに、ミントは自分には商才が無いこと。父は偉大な商人だったのに、比べて自分は情けない……など弱音を吐く。 そんなミントの手助けに少しでもなろうと、リュウたちはミントがやっていた経理事務を手分けして手伝うのだった。 借金を少しでも早く返済しようと、無理して仕事をこなすミント。しかし無理がたたって風邪をひいて倒れてしまう。 寝込むミントの元に夕食を届けると、それまで眠っていたミントが目を覚ます。そして不甲斐ない自分を恥じるのだった。 「ダメだなぁ……あたし。ほんっとダメだわー」 そんなミントにリュウは…… 朝。 今日も調子っ外れな音色が響き渡る。 「しかしなんだな……」 「毎朝聞いてると、慣れてくるというか……むしろ心地よいというか……」 妙な中毒性でもあるのだろうか? 「うわ……さぶっ」 いきなり冷え込んできたな。 昨日は、まだ少し暖かかったのに。 窓の外には、薄い朝霧が霞んでいる。 「……ふぅ」 吸い込む空気が、いつもより澄んでるような気がした。 「う〜〜〜〜〜〜」 ミントがテーブルに突っ伏していた。 「お? 珍しく早起きだな」 「早起きィ?」 ぐりん、と首だけこちらに向けるミント。 「起きてなーい。というか寝てなーい」 「完璧な徹夜と書いて、完徹ってやつよ」 「徹夜したのか?」 ミントの対面に、腰を下ろす。 「ちょーっとね。新しい商売の下調べに忙しくて」 「それと、神殿の経理も任されちゃって……」 「あ、そうだ。警備隊のお金、ちょっとヤバイからね」 「え……?」 「調味料買いすぎ。あと、塩使いすぎ」 「ちゃんとアルエたちに、食費とか請求してる?」 「………………」 ……ぜんぜんしてない。 言われてみれば、その通りだ。 アルエたちが兵舎に来て以来、何の生活費も、もらってない。 思いっきり忘れてた…… 「もらうものはもらわなきゃ、このままじゃ破綻しちゃうよ?」 「なんだかんだで、割と豪勢に食べてるしさー」 「そ、そんなにヤバイのか?」 「まあ、塩が高騰してるのもあるんだろうけど」 「へ……へっぷしゅ! んあぁぁぁ……」 「誰かあたしの噂してるなー」 「ちょっと休んだ方がいいぞ。風邪かもしれん」 無理をして、体を壊しては元も子もない。 「じょーだん。あたし借金あるんだもん」 「働けるうちにビシバシやっとかなきゃー」 眠そうな顔で、帳面をつけ始めるミント。 パチパチと弾く算盤の音が、やけにしおらしく聞こえた。 村に来た日から、既に始まっていた赤麦の収穫…… それも、大詰めになってきた。 「ずいぶん畑もスッキリしてきたな」 「ですねー。もうすぐ村の収穫もおしまいです」 嬉しい反面、ちょっと寂しいような気もする。 「あのさ、前から訊きたかったんだけど」 「こういうのは、一気に全部刈り取っちゃいけないのか?」 「全ての畑を、村の全員で一斉に刈り取れば早いんじゃないか?」 そんなこと、考えたことも無かった。 「アロンゾ、お前はどう思う?」 「う、うーん……そうですね」 「村人の数が少ないから、ではないでしょうか?」 「と言ってますが、その辺どーですかロコナ先生」 「えええっ!? せ、先生……?」 いや、そこに過剰反応しなくても。 「んーっと、ええと、そうですねー」 「普通の麦と違って、赤麦は育ち方のバラつきが大きいんです」 「隣同士の畑でも、育ち方がぜんぜん違ったり……」 「同じ日、同じ時に育て始めても、畑ごとに成長の仕方がバラバラなんです」 「うぅ、なんかごめんなさい。うまく説明できなくて」 「いや、分かり易かった。ふぅん……成長のバラつきか」 赤麦に関わらず、どの植物にも大なり小なり、そんな所はあると思うけど。 特に顕著なのがポルカの赤麦……という話らしい。 「やーい。村人の数、関係ないんでやんの」 「今すぐ貴様の息の根を止めて積年の恨みを晴らしてやる」 「止めとけ。妊婦さんが見てる。ほれ」 「ぬううう……」 畑の主でもある、マリーカ夫人がこちらにやってくる。 「ふぅ、ふぅ……すみません、今日も手伝って頂いて」 「クッキーを焼きましたから、少し休憩でも」 「マ、マリーカさん!ダメですよ、無理して動いちゃ!」 「大丈夫。ちょっとは動かないと、身体がなまっちゃう」 「転んだりしたら大変なんだから〜」 「心配性ね、ロコナは」 『適度な運動は確かに必要だが、用心するに越したことはない』 お……? 「やっているな。精が出て結構なことだ」 神官服を風に揺らして、レキが姿を現した。 「マリーカ、滋養に良い丸薬を持ってきた」 「食後、噛まずに白湯で飲むといい」 「いつもすみません、レキ様」 ふと、アルエがレキの側に歩み寄った。 じーっとレキの足元を見つめている。 「な、なんだ?」 「足の具合は、もういいのか?」 「ああ……痛みも腫れも引いた」 「もう歩き回っても平気だ」 「治るの早いなー」 「塗り薬と湿布、後は湯治だ」 「幸い、近頃は覗き魔もいないのでな」 「………………」 ま、まだ引っぱるのか、それ。 「さて、私はもう行く」 「マリーカ、そなたにリドリーの加護と慈悲があらんこと」 「ありがとうございます、レキ様」 「これから出かけるのか?」 「ああ、ヨーヨード殿の所に向かう途中だったんだ」 「ロコナ、たまには帰ってやった方がいいぞ。ずいぶん寂しがっていた」 「え、えへへへ……そうします」 「では、またな」 颯爽と去っていくレキの後姿を、手を振って見送った。 「……さて」 「俺たちゃ、もうひと頑張りだ」 こっから先は、警備隊本来のお仕事。 森周辺の見回りと、不審な出来事が無いか村人たちに聞き込み。 季節柄、火を使う機会も増えたし……その辺の注意もしなくては。 「クッキー包んできますね。皆さんで召し上がってください」 「わ、わたしがやりますってば!んもう、マリーカさんってば!」 慌てて駆けて行くロコナの姿に、俺とアルエは苦笑した。 見回りを済ませて、兵舎に戻ってきた。 「おぉ、早かったのう」 木陰に座って、爺さんが本を読んでいた。 「ロコナとアルエは、一緒ではなかったのか?」 「それとアロンゾな。あの三人は晩飯のおかずを取りに行ったよ」 「ロコナが、うまいキノコの群生地を知ってるんだとさ」 「それは、今夜の献立が楽しみじゃな」 まったくだ。 「それで、留守中は何もなかった?」 「うむ。国境は平和そのもの。世は全てこともなし、じゃ」 「ただ……ちとミントがのう」 「ミント?」 「ミントに……何かあったのか?」 中に入るなり、絶句した。 「な……なんだこの帳簿の山は!?」 テーブルの上に並べられた、山積みの帳簿。 その中に埋もれるようにして、ミントが算盤を弾いている。 「だぁぁぁぁ……おかえりぃ〜」 「ま、まだやってたのか!?」 「っぷしゅ! んぁー、計算しても計算しても終わらない〜」 「一体、何がどうなってるんだよ」 朝、見た時と全く違う光景になってるんだが。 「はー……」 「さーすがにキャパシティオーバーな予感……」 帳簿の山もすごいが、ミントの疲れきった様子もすごい。 今にも死にそうな顔をしてるんだが…… 「どうして、こんなに増えてるんだ」 「増えてるっていうか、増やしたっていうか……」 「いいお金になりそうだったから、追加で取ってきたんだけど……」 「ちょっと、目測を見誤った感じ……へへへ」 「っくしゅんっ! あぁ〜」 「横になって休んだ方がいい。絶対、風邪引いてる」 「風邪は病気のうちに入んないよ。だいじょーぶ」 「えーっと、ここの出費が……」 「ええと……出費が……出費の……」 「あぁぁ……」 ぱたっ。 「っ!?」 いきなりミントが倒れた。 「お、おいっ!?」 駆け寄って、抱き起こす。 「へーきへーき。クラクラするだけ……」 それは平気じゃないだろ。絶対に。 「はぁ、はぁ……」 「ああもうっ! 言わんこっちゃない!」 「爺さんっ! ホメロ爺さんっ!!」 「おー? なんじゃ?」 「って、おいおい! どうしたんじゃ!?」 「すぐに神殿まで行って、レキを呼んで来てくれ!」 「ミントが倒れた!」 「倒れては……いないってぇ」 「似たようなもんだ!」 「無茶しおるからじゃ、まったく!」 「馬を使うぞい!」 老人とは思えない身の軽さで、爺さんが外に飛び出してゆく。 「たぶん風邪だってことも、レキに伝えてくれ!」 『あい分かった!』 とりあえず、ベッドまで連れて行かなきゃ。 「よ……っ!」 両腕でミントの身体を抱き上げる。 さすがに小さいだけあって、軽い。 「はぁ……はぁ……」 「ったく――」 溜息をつきながら、ミントを部屋まで運んだ。 「はぁ、はぁ……」 ベッドに寝かせて、毛布をかけてやる。 かなり辛そうだ。吐息も熱い。 「もうすぐロコナたちが戻ってくるから」 「ご……ごめぇぇん……」 「いいから、とにかく寝ろって」 そっと額に手を伸ばす。 うわ!? むちゃくちゃ熱い! 「どれだけ無茶してるんだよ、ホントに……」 ミントの部屋にも、何冊かの帳面が積まれていた。 あ、計算済みってメモが貼ってある。終わらせた分か、コレは。 ……たった一人で、これだけやったのかよ。 よくもまあ、そこまでやれるもんだ。 「タオル、冷やしてくるから」 言い置いて、ミントの部屋を後にした。 「あ、ただいまです、隊長っ」 「な、なんだ、この有様は……?」 戻ってきたらしい。意外と早かったな。 「ミントが風邪でぶっ倒れた」 「これ……全部、ミントがやろうとしてた仕事の跡だ」 「あいつ、金欲しさに無茶な仕事引き受けて、無理しまくって自爆した」 「じ、自爆……」 「とにかく今、部屋で安静にさせてる」 「だ、大丈夫なんですか!?」 「とりあえず、爺さんに神殿まで行ってもらった」 「二人とも、悪いんだがミントの面倒見てやってくれ」 「その……汗を拭いたり、着替えさせたり」 「わ、わかりましたっ」 「アロンゾっ! アロンゾーっ!」 「はっ、お呼びでしょうか殿下」 「ミントの看病をすることになった、キノコはオマエに任せる」 「看病?」 「風邪で倒れたそうだ」 「で、ですが殿下、もし殿下に風邪がおうつりなさると……」 「ボクは健康だ。余計な心配はいいっ」 「はっ……」 「行こう、ロコナ」 「はいっ」 「あーちょっと待て! タオル!濡れタオル持って行って!」 ロコナに、タオルとバケツを預ける。 バタバタと慌しく消えていった二人の背中を、見送った。 「………………」 「ドナルベイン、殿下に雑用を押しつけるな」 「んなこと言っても、姫様扱いしたら機嫌悪くなるし」 「節度の問題だ。それとなく気を遣え」 「んな器用なことが出来たら、左遷なんかされてないと思うぞ」 「貴様……!」 アロンゾの額に、青筋が浮かぶ。 しかし―― 「………………」 「……確かに、貴様の言にも一理ある。アホに無茶な注文をつけた俺にも非があったか」 納得すんなっ! っと!? 「つれてきたぞい!」 爺さんが駆け込んできた。 「ミントはどこだ?」 入ってくるなり、ミントを探すレキ。 「今、部屋で休ませてる。熱がすごい。それと……」 「ああ、聞いている。過労だな?」 「うん。この有様」 積み上がった帳簿の山を見て、レキは嘆息した。 「……私も仕事を頼んだ一人なのでな。少し責任を感じている」 「まあ、ミントに限って言えば、自業自得っぽいけど……」 「どちらにせよ、病人が出れば、面倒を見るのは私の仕事だ」 「上がらせてもらうぞ」 レキが、ミントの部屋へと歩いていく。 「頼んだ」 レキの背中に向かって、手を合わせた。 案の定、ミントは風邪を引いていた。 そこに過労がたたり、症状が悪化したらしい。 レキの持参した薬草を飲み、ひとまず容態は落ち着いたようだった。 「はい、お待たせしました。きのこのシチューですっ」 テーブルに並ぶ、本日の夕食。 「すまないな、ご馳走になってしまって」 「いいんだよ、いつも迷惑かけっぱなしなんだから」 レキには、治療費や診察費を払っていない。 というよりも、レキ自身が『これは私自身の修行でもある』と言って、謝礼を受け取らない。 だからせめて、メシでも食っていけ……というのが、俺たちなりの礼だ。 それはいいとして。 「……なんで、オマエもいるんだ?」 「うん? オレのことかね?」 オマエ以外の誰がいる。 「いやー、今日の昼、山ほどキノコを抱えて歩いてるロコナたちを目撃してなー」 「今日はキノコ祭りかと。キノコフェスタかと。当たりをつけて突撃したんだが」 「我ながら大正解」 「………………」 「……病人がいるから、あんまし騒ぐなよ?」 「その辺は心得てるって」 なら、いいんだが。 「しっかしまた、えらい量の帳簿を積み上げたもんだなー」 「うわ、しかも内容が細かい」 「わかるのか?」 「わかるとも」 「貴族の三男坊なんてのは、どうせ家も継げやしない」 「だから、色々と雑用を押し付けられて飼い殺しにされるんだ」 「領民から剥ぎ取ってきた税収の計算とかな。めんどくさいぞーアレは……って、なにその驚いた顔」 「いや、オマエがまともなことを言うから」 「ひどっ!? オレだってそれなりに真面目に生きた時代もあったさ!」 「ぶっちゃけ、信じられん」 「冗談もほどほどにしておけ。神はそれほど寛容ではないぞ」 「分かったよ! お望み通り答えてやる!」 「徴収した税をチョロまかしてたさ!速攻バレてこの通りの身の上さ!」 「ホント、最低だな」 「一度、痛い目にあった方がいい」 「どっちに転んでもオレ、ダメ人間扱い!?」 ちょっとイジメすぎた。 「実際のところ、どうなんだ? ミントの具合は」 「心配するほどの事もない。明日にはかなりマシになっているだろう」 「だが、無理は厳禁だ。仕事はいったん止めさせた方がいいな」 言いながら、匙を口に運ぶレキ。 「……うん、美味い。これなら病人でも食べられるだろう」 「食べさせても、大丈夫ですか?」 「具は少なめにした方がいいだろうな。持って行ってやるといい」 「わかりましたっ」 「あ、俺が持っていくよ」 既に、俺の皿は空っぽだ。 「食後に、追加で飲ませる薬とかないよな?」 「ああ、今夜のところは、もう飲ませなくていい」 「眠くなる薬草も飲ませてある。それを食べさせたら、また休ませてくれ」 「了解。ちょっとメシ食わせてくる」 「すぅ……すぅ……」 ミントは眠っていた。 わざわざ起こして、メシを食わせるのも……ちょっとな。 後でまた、持って来るか…… 薬草が効いたのか、ベッドに運び込んだ時に比べると容態も落ち着いて見える。 っと、濡れタオルだけ交換しとくか。 きっちり絞って……っと。 「……ん」 「……あ〜、ごめぇん」 「っと、起こしちゃったか。すまん」 「体中の関節が……なんか、カーンカーンって金槌で叩かれてるみたいな感じ」 「熱があるからだよ」 絞ったタオルを、バケツのへりにかけた。 「メシ、食えるか?ちょっと食っといた方が楽だぞ」 「……それ、なに?」 「シチュー」 「もらう〜」 半身を起こして、手を差し出すミント。 一瞬、食べさせてやった方がいいかな? と考える。 いや……そこまでしなくても、自分で食えそうな感じだ。 「皿、ちょっと熱いからな」 ミントの手に、シチュー入りの皿を乗せた。 「……なんか、ほんとにごめん」 「ダメだなぁ……あたし。ほんっとダメだわー」 「うん、ダメだな」 「ううっ、キビシーっ」 がくりっとうなだれる。 「自分でそう言ったくせに」 「自分で言ってても、他人から言われるとなおいっそうさらにこたえるとゆーか……」 「商売は身体が資本だろ」 「ごもっともです〜〜」 ミントは涙目になってる。 虐めすぎたかな? 「頑張り過ぎだろ? 体調が悪い時はキチンと休まないと」 「だって、休んでる場合じゃないし」 「そうやって悪化させたら元も子もないんじゃないのか。商売だって身体が資本だろ」 「……そうなんだけどさ〜。結局こうやって迷惑かけてるしね」 「迷惑だとは思ってないけど、心配はするぞ。俺もみんなも、さ」 「……ごめん」 小さい声はほんの少し嬉しそうだった。 「だいたいあんな無茶な量の仕事、出来るわけないだろ」 「出来ると思ったんだよねー……」 「なんかね、追い詰まってくると、目測を誤っちゃうのよ」 「過去に、自分が最大限できた、最高速の仕事量を基準にしちゃうの」 「ちょっと難しい話だな」 「あー、要するに……」 「いいから、とりあえず食え。冷めるから」 「ん……ふ〜、ふ〜。はふはふ……」 「うがー、鼻が詰まってるわけでもないのに、味がわかんなーい……」 「ああ、風邪のときはそうだな。味が変わったみたいに感じる」 「はぁぁ……ホント、参ったなぁ……」 ぼーっと焦点の合わない目で、匙を見つめるミント。 「……あたし、さぁ」 「うん?」 「尊敬する人がいるのよ」 唐突に、そんなことを言い出した。 「いつか追いついてやろうって、いつか勝ってやろうって、そう思ってた」 「商売敵か?」 「そうねー、そんな感じかねー」 「セージ・テトラっていう、業突く張りの商人でね」 テトラ……? 「ま、うちの父さんなんだけど」 「………………」 「死んじゃったけどねー。疫病にかかって、あーっさり」 「いやーでも、商人としては凄腕だったなー」 「……冷めるぞ、シチュー」 話に夢中になって、ロコナの匙が進んでいない。 「冷めてもおいし……ずず……」 「さっきは、味が分からないって言ってたくせに」 「舌じゃなくて体が感じてんの。温かくて栄養があって……ああ、美味しいなぁ――ってさ」 分かるような気もする。なんとなく。 「親父さんを越えたくて、あんな無茶してたのか?」 「んー? んー、それもあるかもしれないけど」 「まあ純粋に、借金の支払日が近いからね」 「なんとか……明日までに終わらせなきゃ」 「あ、明日!?」 「これ食べたら、続きやろうかと思って」 「あ、あほかっ!」 思わず、怒鳴ってしまう。 「その体調で、出来るわけねーだろ!?」 「隊長が体調だって……やばい、テンションおかしくなって、そんなのでも面白い」 「仕事禁止だ。無茶すぎる」 「だーめだって……だって、商人が返済遅延したら、信用ゼロだもん」 「ごめ……もういいや、美味しかった。ありがと」 ミントの手から、半分ほど食べたシチューの皿を受け取る。 「ダメだからな。しっかり休んで、風邪を治すんだ」 「いや……でも……」 うつらうつらと、眠そうに頭を振るミント。 「朝まで……やらなきゃ……」 「朝……まで……」 ぱたりこ。 そのまま、ミントはベッドに横たわった。 ……朝までとか、そんなの無理に決まってるだろ。 「………………」 懐中時計を開いて、視線を落とす。 午後9時。朝まであまり時間がない。 「……よし」 ミントの額に、絞りなおした濡れタオルを置く。 起こさないよう、そーっと足音を消しながら、ミントの部屋を後にした。 「なんじゃと?」 「経理仕事を……手伝う?」 「ああ」 大きく頷く。これしか無い――と思った。 「ミントが無茶してたのは、借金の返済があるからだそうだ」 「それで、詳しいことはわからないけど、明日までに帳簿を終わらせなきゃいかんらしい」 「こ、この量をか!?」 「そうだ。手分けして、全員で終わらせよう」 「ジン。頼みの綱は、オマエだ」 「この流れだと、そう言い出すんじゃないかと思った」 「一杯のシチューが高くついたなぁ」 言いながら、肩を竦めるジン。 「んで? 何をすればいいんだ?」 「正直、俺たちは計算は出来ても、詳しい帳簿のつけ方を知らない」 「その辺を踏まえた上で、全体指揮を頼む」 「なるほど」 「ワシ、計算だの何だのは、ずいぶんと怪しいぞい。歳じゃからな」 「レキがいる」 「レキは――計算は得意、だよな?」 あの日、大樹のウロで聞いたレキの過去…… その経歴を考えれば、当然、そう思う。 「……ああ。どちらかというと得意な方だ」 さすが。この頼れる感じがたまらない。 「ボクも、得意だぞ」 胸を張るアルエ。 しかし、その背後でアロンゾが首を横に振っている。 「ウソはいけません、殿下」 「んなっ!? ウ、ウソじゃないっ」 「殿下は、読み書きは素晴らしい成績を上げてらっしゃいましたが、計算は……」 「う、うるさいうるさいっ」 あ、あまり期待しないでおこう。 「あ、あのぅ……」 申し訳なさそうに、ロコナがおずおずと手を挙げた。 「わたし……読み書きも、計算もできないんです」 「………………」 そう、だった……な。 「すみません……お役に立てそうにないです」 「そんなことない」 「全員こっちに集中したら、誰がミントの看病をするんだよ」 「えっ?」 ナイスだ! アルエ! 「アルエの言う通りだ。ロコナには、ミントの世話をしてもらいたい」 「もしかすると一番、しんどい役回りかもしれないけど……頼めるか?」 「は……はいっ! はいっ!」 「そんなことでいいのなら、わたし、頑張りますっ!」 「よーし! 話はまとまった!」 後は、実行に移すのみだ。 「今から俺たちは、優れた事務集団だ」 「ジン司令官の下、なんとか徹夜で、この帳簿の山を片付けるぞっ!」 「おーっ!!」 一丸となった奮起の声が、ホール中に響き渡った。 かくして―― 俺たちの奮闘は、壮絶を極めた。 面倒な数式と、厄介な計算と、謎の商人言葉と、迫り来る睡魔。 見事なチームワークで、そのどれもを攻略してゆく。 一冊、また一冊と帳簿をつけ終えて―― そして、最後の一冊を仕上げ終えた時。 窓の外には、朝日が昇っていた…… 「………………」 ぱちくり、とミントは瞬きをした。 一瞬、ズキリと頭痛が走ったが、我慢できない程ではない。 「……お?」 ふと、ベッドの側に寄りかかるようにして、眠っているロコナの姿に気づく。 「すこー……すこー……」 「……ロコナ」 徹夜で看病してくれたのだと、ミントは瞬時に理解した。 「……ありがと」 「んん……すぅ……すこー……」 そっと、起こさないようにベッドから出る。 まだ少し、眩暈がする。 熱は引いているようだが、体が水を吸ったスポンジのように重い。 「仕事……夕方までになんとかしないと」 今日、終わった帳簿を送り返さなければ、期日までに先方へ着かない。 なんとしてでも、終わらせなくてはならないのだ。 「あー……気合いれろー、あたしー」 のそのそと、ミントは自室を後にした。 「な……なにコレ?」 思わず、目を見張った。 死屍累々と、地べたやテーブルに倒れ伏し、眠っている一同の姿。 一瞬、昨日食べたシチューのキノコが、毒キノコだったのかと疑いを持つ。 「……ん?」 そして気づいた。 山のように積まれていた帳簿たちが、整理されて並べられている。 一冊、手に取って中を読む。 「……う、そ?」 ウソだ。 信じられない―― 「こ、これっ、全部っ!?」 別の帳簿を取り、パラパラと中を見る。 その全てに、きっちりと計算された数字が埋め込まれていた。 「そんな――」 この量を、たった一晩で? 「………………」 言葉が出てこない。 自分のために、みんなが協力して、やってくれたのだ。 「みんな……」 熟睡している一同の顔を、順番に見て回る。 「リュウ……」 最後に覗き込んだリュウの顔は、達成感に溢れた笑顔が浮かんでいた。 もう一度、ミントは帳簿を手に取った。 パラパラと眺めて、そして苦笑する。 「……あは。ここも、それにここも、計算間違ってる」 大したミスじゃない。すぐに修正できる程度のミスだ。 でも今は、そんなことよりも―― 「……ありがと、みんな」 疲れ切った仲間たちを労い、感謝の言葉を紡ぐ。 「……でっかい借り、作っちゃったなぁ」 差し込む朝日に照らされて、ミントは優しく微笑んだ。 先日の一件で、自分が読み書き計算に疎いことを恥ずかしく思い始めたロコナ。 一念発起してミントに頼み込み、勉強の面倒を見てもらうことに。 噂を聞きつけたジンやアルエも教授陣として参入し、さながら『村の分校』状態になる兵舎だった。 勉強することを決意したロコナだが、当初の予定であるミント以外にジンとアルエまで教師として名乗り出る。 断れなかったロコナは基礎学力もついていないのに、次々と違った知識を投入されて、手に負えなくなってしまう。 ロコナは三人が親身に教えてくれるのに、基礎だけで精一杯な自分が不甲斐なくて瞳に涙をためながら縋ってくる。 「わたし、頭の悪い子なんでしょうか?」 そんなロコナにリュウは…… 夜空には、星が瞬いていた。 しかし少女は空を見上げず、地面を見つめている。 「はう……」 がっくりと項垂れ、萎れた花のように精気が無い。 オマケに、溜息ばかりついてしまう。 「やっぱり、なんとかしなきゃ……」 ずっと、恥ずかしく思ってきた。 いずれ、なんとかしなきゃと感じてきた。 なにを今更……と思わなくもない。 でも。 「……なんとか、しなきゃ!」 決意を込めて、星空を見上げる。 瞬く星々に向かって、ロコナは大きく拳を突き出した。 「やるぞぉぉぉ〜っ!」 「読み書きと、計算の勉強?」 「はいっ」 コクコク、と何度もロコナが頷く。 「ぜひともっ、隊長にはご許可を頂きたくっ」 「許可も何も、好きにすればいいけど……でも、突然どうしたんだ?」 「この前の……ミントさんのお手伝いのとき、何もできなくて」 ああ、ミントが風邪で倒れた時のアレか。 「そんな自分が、なんだか恥ずかしくて」 なるほど…… 「ダメだなあ、って。そう思ったんです」 「せめてちゃんと、読み書きと計算くらいは出来るようにならなきゃ」 「確かに、その二つを学ぶのはいいことだと俺も思う」 「でも、具体的に、どうするつもりなんだ?」 「神殿に通って、レキに教わるか?」 「ん〜……実は、ミントさんにお願いできないかなぁと」 ミント? 「ミントさんはすごいです」 「あっという間に計算しちゃうし、本もすらすら読めちゃうし」 商売人だからなぁ…… 「でもあいつ、仕事詰め込みすぎてパンクしたばかりだぞ」 風邪……は完治したっぽいけど。 人に勉強を教える時間的余裕が、あるのかどうか…… 「まぁ、本人に聞いてみるのが一番だ」 「もしダメって言われたら、その時また考えよう」 「はいっ」 「読み書き計算の先生ぃ?」 「あたしが? ロコナの?」 自分とロコナを交互に指差して、何度も瞬きをするミント。 「よろしくお願いしますっ」 「ちょ、待って。ちょい待ち。えーっとぉ?」 「……なんで、そんな話に?」 その疑問はもっともだ。 「それはだな、つまり――」 俺は説明した。 先日のミント風邪でぶっ倒れた事件の際、実務的な面で役に立てなかったことを、ロコナが悔やんでいる事。 どうにかして、今の自分を変えたいと願っていること。 ミントの手腕に惚れこんで、師と仰ぐのはミントのみ……と決めていること。 ……最後のは、多少の脚色を含んでいるのだが。 「なーるーほーどーぉ……なるほど。それで、あたしなんだ?」 「やっぱり、ダメでしょうか?」 「いや、ダメってこともないけど、う〜ん……」 「仕事と商売で手一杯?」 「ん? あぁ、それは大丈夫。ほとんど終わらせちゃった」 「じゃあ、頼んでもいいか?」 「ん〜〜〜〜〜〜〜そうねぇ〜〜〜」 「……月謝次第、かな?」 にっ、とミントが笑った。 「いーよ、ロコナ。あたしで良かったら色々おしえたげる」 「ほ、ほんとですかっ!?」 「その代わり、魅力的でグッとくる月謝をよろしくっ」 んな!? 「お、お前なぁ、身内から金を取らんでも」 「だーれも“お金”だなんて言ってないでしょ?」 「あたし、ちゃんと律儀に食費も払ってるとゆー、優良な兵舎の住人なんだけどね?」 ぐっ…… 俺がアルエたちに生活費を請求し忘れていた件を、チクチクと刺されているような気がする。 「そこんとこ……融通利かせてくれたりしちゃったりしない?」 「つまり、タダ飯食わせろってことか?」 「なんでそう、身も蓋もない言い方をするかねー」 ぷーっと、ミントが頬を膨らませる。 「わかりましたっ!」 びしぃ、と久しぶりの自分チョップ敬礼が炸裂する。 「食事のことは、万事お任せをっ」 「森で採ってきたり、上手にやりくりして、ミントさんの食事代は浮かせてみせますっ」 自信たっぷりに言うロコナ。 「警備隊の食費からも、出していいからな。アルエたちにも、生活費はもらったから」 「部下の教育費に、警備隊が金を出すのは当然だ」 「た、たいちょ〜……ぐすん」 な、泣くなよ、そんな些細なことで。 「お?ちゃんとアルエたちに生活費の請求したんだ?えらいえらい」 したさ。アルエ……というよりは、アロンゾに。 そしたらアイツ、きっちり必要経費分しか出さないんでやんの。 曲がりなりにも姫様一行なんだから、その辺は多目に弾んでくれりゃいいのに…… ちゃんとしてるというか、融通が利かないというか…… まあ、世間知らずのアルエは、その辺の金勘定がザルのようだから、アイツがしっかり管理してるんだろうけど。 「このとーり、隊長の許可も頂きましたっ!」 「腕によりをかけて、美味しいのを作りますからっ」 「おっけ。商談成立」 「いや……実は食費問題は切実だったのよ……マジで」 「そ、そこまで貧乏してるのか」 「貧乏っちゅーか、利息に負われる日々?」 「利息が利息をよぶ破滅へのスパイラル?」 「どんだけ切羽詰まってるんだオマエは」 「いやぁ、まあ半分は冗談だけどね」 半分は本当なのか。 「金貸しは、アルエたちみたいに、低利で優しく貸してくれたりはしないからね〜」 年頃の娘が陥る状況じゃないな……それって。 一瞬、その借金もアルエに肩代わりしてもらえば、と言いそうになって――止める。 ミントの〈矜持〉《きょうじ》が、それを許さないんだろう。 「ああ、言っとくけど特別豪勢にしようとしたりとか、そういうのナシね」 「今までと同じでよろしく。あたし、ロコナの手料理好きだから」 「お任せをっ」 ガッツポーズをとるロコナと、親指を立てて笑うミント。 いいコンビかもしれない。思った以上に。 「という訳で、ロコナは現在、学業に邁進中なんだ」 「ぬぅぅぅ……不可解な」 「自分から勉強したいとゆー精神構造が、オレの理解を超えている」 「できることなら、勉強なんかしたくなかった子だったぞ、オレ」 「実を言うと、俺もそうだった」 読み書きは親父に、計算はお袋に叩き込まれた。 「オレは3人も家庭教師をつけられて、地獄の日々だった」 「まあ、様々な精神攻撃を駆使して、自主的な退職の方向に追い込んだけど」 ……オマエらしいよ。 「あーでも、地理の勉強だけは好きだったな」 「意外だな。獣人がどうの……とかそっち方面じゃないのか?」 「それはオレのライフワークで、勉強とかそういう次元の話じゃない」 「獣人少女の幼少体は、むしろオレの全てと言っても過言じゃないね」 一生懸命、オマエを救おうとした家庭教師たちに同情する。 「なあ、ちょっと面白いことを考えたんだが」 「それぞれの得意分野をロコナに叩き込むっていうのは、どうだ?」 「……意味がわからん」 「だーかーらー。オレは地理が得意だ。地理を教えられる」 「別にロコナは、地理の勉強したいとは言ってなかったぞ」 ロコナが望んでいるのは、もっと基礎的な読み書き計算だ。 「まあ、それはミントに任せるとして」 「やべえ、なんか超楽しくなってきた。ジン先生の地理講座」 「王国内における、銅、紙、綿花の生産量第一位の都市を答えなさい」 「銅の産地はプラナダ、紙の産地はカフカス、綿花の産地はトリコニア」 「ぶー。惜しい残念。綿花は昨年、シマールがトリコニアを抜いて一位になりました」 「どーれ、間違った子にはお仕置きだ」 「きゃっ、ジン先生、そんなっ」 「痛いのは最初だけだよ。大人しくしていればすぐに気持ち良くなるからね」 「ああっ、ダメっ、先生っ、あー」 「ふふふ。どうだいこの肉球の感触はそーら、ひんやりぷにっと気持ちいいだろう?」 「ああっ、ほっぺに! ほっぺにー!」 「いつまで続けるんだそれ……」 「はぁはぁ……オレとしたことが、興奮して我を忘れてしまった」 いや、わりとよく見るけどな。 「と、いうわけでリュウ」 「後で兵舎に顔出すわ。ロコナによろしく」 「は!?」 「準備しなきゃ。白地図とか」 スキップを踏みながら、ジンが去ってゆく。 あいつの脳内には『迷惑』とか『厚意の押し売り』という言葉は無いのか。 ……無いだろうな。きっと。 「……すまん、そんな訳で物好きが一人増えた」 「あざーす、ちーす」 「………………」 頼む、そんな目で俺を見ないでくれ。 「地理講師のジン・トロット・ステインです」 「な、なんで、いきなり地理……」 俺に訊かないで。 「ロコナが向学心に燃えているという話を聞いて、一肌脱ごうと思いました」 「さあ、授業という名の心のキャッチボールを始めよう」 などと言いつつ、いそいそと上着を脱ぎ始めるジン。 「そら! オマエの本気を見せてみろ!先生、全力で受け止めちゃうぞ!」 「……お引取り願って」 「やだやだ。帰らない。ぼくもロコナに教えるんだい」 「地理も楽しいってー、ホントだってー」 「楽しいとか言う以前に、なんかアンタの存在が許せん」 「そんな根本から拒否されるとは!?」 「あ、あのぉ……わたし、それも勉強したいです」 「ほらね? ロコナだって迷惑――」 「……って、ええええ!?」 「ジンさんはすごく物知りだし、それに、わたし村から出たことありませんから」 「外の世界のこと、少しでも知っておきたいんです」 ロコナ…… 「任せちゃいなさい。このオレ、ジン・トロット・ステイン先生にっ」 本当に任せていいのだろうか? なんか……すごい不安…… 勉強は、ロコナの部屋でやることになった。 といっても、最初はミントが読み書きの基本を教える授業だ。 「紙とペンは高いからねー。それに、消耗品だからすぐ無くなっちゃうし」 「と、いうわけで。昔なつかし石墨と小黒板〜」 「銅貨4枚でいいよ♪オマケして黒板消しもつけちゃう」 いや、それは標準装備だろ。オマケも何も。 「買いますっ」 「おーし! まいどあり!」 ま、確かに安いから……いいけどな。 「えへへ……」 くんくん、と石墨の匂いを嗅ぐロコナ。 買ったばかりの文房具は、匂いかいじゃうよな。俺も子供の頃、よくやった。 「じゃあ最初は、文字の書き方について――」 「音順にならべた文字表作っといたから、これを見ながら書くお勉強ね」 「頑張りますっ」 「え、これって、こんな字だったんだ……知らなかった」 「オ、オマエ……地理とか言う前に、おさらい勉強しろよ」 「なんか、ちょっとドキドキしてきた。やばいなオレ」 俺たちが見守る中、ロコナの初勉強は幕を開ける。 表を見つめては、石墨で書き写す―― それだけのことなのに、ロコナは心の底から嬉しそうに、笑顔を浮かべていた。 そして、その翌日…… 「おい、リュウ」 「うん? どうした?」 「どうした、じゃない。聞いたぞ、ロコナのこと」 「どうしてボクにも声をかけない」 ……はい? 「ボクだって、古代文字についてはそこそこ詳しいんだぞ」 「………………」 「……あのな、ロコナは普通の文字を覚えようとしてるんだ」 「でも、将来的には必要になるかもしれない」 いや、古代文字は必要にならないと思う。ほぼ間違いなく。 「今、ミントが読み書きと計算、ジンが地理を教えてるんだよ」 「他に教えることなんて――」 「じゃあ歴史だ」 「だ、だから……」 「テクスフォルト王国の歴史は、本当に詳しいぞ」 そりゃそーだ。だって自分の家の歴史なんだから。 ある意味、誰よりも詳しいはずだ。 「楽しみだな、今夜が」 にまっ、とアルエが笑う。 ……マジかよ。 ロコナとミントに、どう説明しよう? スキップで去っていくアルエの後姿を見送りながら、溜息をついた。 「えー……という訳で。先生がもう一人増えました」 「自分の国の歴史を知っておくことは、大事なことだ」 「ボクなら、誰よりも適任だぞ」 「………………」 頼む、そんな目で俺を見ないでくれ。 「なんかライバル教師が増えてるーう!」 「な、なんで、更に歴史なの……」 頼む。俺に訊かないで。 「ロコナが勉強に目覚めたと聞いて、何か力になりたいと思ったんだ」 「いつも、ロコナにはアロンゾ以上に世話を焼いてもらってるからな」 「……だ、だからって、何もこんなにいっぺんに」 「ささやかな恩返しだ。こういう時じゃないと、出来ないし」 「ありがとうございます、アルエ様……」 「わたしっ、一生懸命覚えますっ!この国の歴史もっ!」 「頑張ろう、ロコナ! 授業はボクに任せて!」 本当に任せていいのだろうか? なんか……心の底から不安…… かくして、ロコナ専属教師は3人になり…… 日夜、ロコナを巡って『誰が何を教えるか』で揉め合い…… 結局、ローテーションで持ちまわっての授業が、繰り返されることになった。 かわいそうなのは、ロコナだ。 いくらやる気に溢れているとはいえ、まだ基礎学力もついていないのに、次々に知識を投入される…… あっという間にキャパシティーを越え、手に負えなくなるのは分かりきった結末だった。 「はぅぅぅぅぅぅ……」 「わたし、頭の悪い子なんでしょうか?」 うるるるる、と瞳に涙をためて、ロコナが俺に縋る。 「みなさん、すごく親身になって教えてくれるんですっ」 「でもっ、文字を覚えたり、掛け算を覚えたりするのが精一杯で……」 「ごめん、ロコナ。俺が止めれば良かったんだ」 「たいちょーのせいじゃないです!皆さんに教えて欲しいと言ったのはわたしです」 でもなー。 「せっかく教えてもらっているのに、覚えられないわたしがいけないんです!」 「いきなり全部は無理だって、ロコナ。俺だって音を上げてるな、きっと」 勉強、好きじゃないしな。 「たいちょーでもですか?はわわ〜、ちょっとホッとしましたぁ」 「あのなロコナ、八方美人は良くないぞ」 「誰の好意も傷つけたく気持ちはわかるけどな」 「あうぅぅ〜」 ますますロコナが凹んだ顔をする。 「ああ、俺が連れてったのに、すまん」 「たいちょーは悪くないです。わたしの頭が悪いのがいけないんですぅ」 しまったな。 「いっぺんに何もかも覚えようとしたって頭にはいりっこないよ、ロコナ」 「順番にやっていく方が良くないか?無理だと思ったらちゃんと断ることもしないと」 「こ、断るなんて、そんな」 「わたしも、色々なことを知りたいから……」 「うん、ロコナは話を聞いて、本当に勉強したいと思ったんだろう」 「でも限界もある。そんな一気にご馳走攻めされたって、全部は食えないよ」 人の胃袋には、上限値があるのだから。 「隊長……たとえ話が上手ですね〜」 何も特別すごい事を言ったわけでもないのに、そう言われると照れ臭い。 こうやってロコナが些細なことで喜んだり、感動したりしてくれるから、周囲も色々と教えたくなるんだろう。 今、ちょっとだけ分かったような気がする。 「はぁ〜……みんなすごいなあ」 「ロコナにだって、すごい点はあるはずだ」 「例えば、手芸。ロコナは手先が器用だからな」 「あ、あんなの、村の女衆なら誰だって……」 「例えば、料理。ロコナの料理はマネの出来ない料理だったりするからな」 「え……っと?」 「この地方ならではの味付けと、素材と、調理法」 「みんな知りたがるぞ、ロコナが教えるって言ったら」 「そ……そうでしょうか?」 「他にもある。いくらでもある」 「だから引け目に感じることはないぞ。俺だって苦手なことは山ほどあるんだから」 「隊長……」 「ジンとアルエには、俺からそれとなく言っとく」 「まずは……読み書き。それと計算な。基礎をしっかり固めるといい」 「その後で、ジンやアルエに頼んでもいいさ」 「そうなったら、俺にも先生させてくれ」 冗談めかして笑う俺を、ロコナは真っ直ぐに見つめる。 そして、ロコナは言った。 「今でも充分、隊長はわたしの先生ですっ」 「一番大切なことを、教えてくれますから――」 一番……大切なこと? 「それは……」 「どうすれば、人に優しくできるか……ですっ」 そう言って、ロコナは俺のシャツの袖を掴んだ。 猛烈に恥ずかしくなって、思わず顔を逸らせる。 今、俺はどんな顔をしてるんだろう―― きっと、だらしなく伸びた顔に違いないと、そう思った。 花を探して森の中へ向かう警備隊の一同。今度こそ見つけると張り切るアルエ。 そして辿り着いた場所には……確かに、神殿で見た古文書に記されていた花にそっくりの植物があった。 さっそく花を摘み取ろうとする一同だが、どうも様子がおかしい。幻覚のようなモノが見え、ついには全員眠ってしまう。 気がつくとそこは食人植物の中。ほとんど衣服は溶かされていて、命からがら逃げ出すのだった。 気温が下がると、眠気が上がる。 朝、少しでも肌寒いと、毛布の中から出たくなくなる。 ……俺だけじゃないハズだ。万国共通世界の真理。 だから、毎朝恒例の角笛が聞こえたって、毛布を離さない。 隊長なんだから、ちょっとくらい朝寝したっていいだろう。 こんな早朝から事件が起こるとは思えない。 あと十分だけ。いや五分だけ……この朦朧としたまどろみを楽しませて欲しい。 『リュウ、朝だぞ。早く起きろ』 ……珍しいな。ロコナじゃなく、アルエが起こしにきた。 世の中広しと言えども、王国の姫君に起こされる騎士は少ないはずだ。 『リュウ、まだ寝てるのか?』 うん。そーなんだ。まだ寝てるんだ。 昼まで寝るとは言わないさ。ただ、もう少しだけ―― 『ふぅぅぅ……』 「っだあぁぁぁぁぁぁ! 起きろっ!」 んなっ!? ドアを蹴破って、アルエが部屋に乱入してきた。 「いつまでグースカ寝てるんだ!隊長だろ!?」 耳をつんざく大声に、寝起きの頭がクラクラする。 「お……起きてる、起きてるよ……」 「起きるっていうのは、ベッドから出て、着替えて、シャキっとしてる状態のことを言うんだっ」 「いつまで毛布に包まってるんだっ」 がばっ。 「さぶっ!?」 「大げさだな」 っていうか、今朝はやけにアグレッシブだな、おい。 「なんなんだ……? どうしたんだよ?」 「これを見ろっ!」 ゴソゴソと、胸元から一枚の紙を取り出すアルエ。 「『辺境にて目撃談の相次ぐ三首黄金龍の謎!』」 「あ、違った。これはミントにもらったヤツだ」 アルエはまた胸元をゴソゴソやりはじめる。 「いや、まあいいんだが……」 後でミントに注意しとかないと。 「あったあった。これだ」 「ん……?」 アルエが取り出した紙…… そこには、花の絵が描かれていた。 「……アルエが描いたのか? なかなか上手いな」 「寝ぼけてるのか? 描いたのは確かにボクだ。描き写したんだ」 「へー……」 「ばか。これが、例の花なんだよ!」 「……うん?」 例の花……って。 「っ!? 青い陽形の花か!」 慌てて跳ね起きる。 「やっと起きたか……」 呆れた、と言わんばかりの視線を投げつけてくるアルエ。 「いったい、どうやって――」 「それもまとめて話すから、とにかく起きろ」 言い捨てて、アルエが部屋から出て行く。 あれほど眠かった頭が、やけにスッキリしていた。 「……さぶっ」 寒いことには、変わりなかったが。 ホールには、全員が集まっていた。 もちろん、レキとジンはいない。あの二人は警備隊じゃないからな。 「見つけたのは、神殿の地下書庫だ」 「新しい手がかりはないか……アロンゾと二人で、色々調べてたんだ」 神殿に通い、レキに嫌がられつつもコツコツと調べ上げ、ようやく見つけた手がかり。 「それが、この絵だ」 「あ、ホントだ。お日様の形をしてますねー」 「お日様っていうか……ヒトデ?」 「ヒトデって何ですか?」 「え、ロコナ、ヒトデ知らないの!?」 「……って、そっか。テクスフォルトには海、無いもんね」 「ミントさんは、行ったことあるんですか!?」 「あるよぉ〜。それも2回。親の仕事に同行して、トランザニアの海に」 「……おーい」 「あ……す、すみません」 「ごめごめ。話の続きをどーぞ」 「まったく……」 「新しい手がかりを入手した、って話は分かった」 「それで、その先は……?」 「言うまでも無いだろう。探しに行く」 「いつ……?」 「今日これから!」 はい? 「善は急げ、だ。早速、これから森に入る!」 「ちょーっと待て」 「なんだ?」 「なんだ、じゃなくて。警備隊の仕事もある、そんなすぐには……」 「殿下の命を軽んじるのか、ドナルベインっ!」 「んなムチャクチャな……」 「いや、リュウの言うことにも一理ある」 おっ? 「ホメロ、リュウの代わりに見回りを頼んだ」 「は!?」 なんで、爺さんが俺の代わりなんだよ? 「ほう……ワシが代理か」 「森を練り歩くのは、年老いたホメロには酷だ」 「さすがは男の中の男、アルエじゃな。わかっておるわい」 「ていうか、途中でポックリ逝かれたら困る」 「………………」 「決まったな。じゃあ準備に取り掛かれ!」 「今日という今日こそ、花を見つけてやるっ!」 鼻息荒く、意気込むアルエ―― 「……なんでそんなに、今日はテンション高いんだよ」 俺は、ガックリと肩を落とした。 「点呼をとる」 「いちっ」 「えっと……に、です〜」 「さ〜ん」 「よんッ!」 「……ご」 「なんなんだその気の抜けた点呼は」 実際、気は抜けてるし。 いきなり叩き起こされて、まだ朝飯も食ってないのに森に連れて来られ。 あまつさえ、これから獣のウジャウジャいる森に入ろうっていうんだから。 それで気合が入るようなヤツがいたら、顔が見たいよ。 「ふんッ、日頃の鍛錬が足りんのだッ」 ああ……いたよ。一人だけ。 「せめて朝飯くらい、食わせてくれてもいいのに」 「朝ごはんなら、作ってきましたっ」 「サンドイッチとお茶です。みなさんの分、ちゃんと用意してますっ」 「うん、さすがロコナ。準備がいいな」 良すぎるだろ。準備。 「なんか……ピクニックって感じ」 「油断すると危ないぞ」 「中には、危険な獣もいるんだからな」 「……あたしさぁ、経理事務担当の準隊員ってことで警備隊にいるんだけど」 「すまん……」 そんな理屈の通じる姫さんじゃないんだ、コイツは。 「よし、全員注目っ」 再び、描き写した花の絵を掲げるアルエ。 「よ〜〜〜〜く見て、この形を覚えてくれ」 「実際には、青い花だからな」 ボーっと絵を眺める。 ……そんなすぐ見つかるような花なら、これまでに見つけてるって。 「はい、隊長の分です。サンドイッチどうぞ」 「……さんきゅ」 ハモハモと、サンドイッチの角をかじる。 まあ、これで見つからなきゃ、しばらく諦めて大人しくなるだろ。 仕方ない……付き合うか。 それ以外の選択肢も無いようだしな。 「よーし、アルエ捜索隊、出発!」 ……それじゃ迷子のアルエを捜しにいくみたいだろ。 心の中だけで、こっそり思った。 アルエ一行が、森の中へ入ろうとしていた頃―― 「ふーん、例の花をねえ」 「まだ諦めてなかったんだな、お姫様」 「らしいのう」 「ま、そんな伝説級の花が、その辺に咲いてるとも思えんが」 「おとぎ話みたいなモンだしな〜」 「でも実際、あったらどーする?」 「ふむぅ……」 「ワシが手に入れてものう。老婆になってしまうのがオチじゃて」 「その点、オレとか有望株よ」 「眼鏡っ娘に大変身」 「メイドとかになっちゃうね」 「元を知っておると、微妙に嬉しくないのう……」 「そこはそれ、全然オレを知らないヤツの所にいって、挑発しまくるの」 「はわわわわ! とか言いながら主人にぶつかって、パンツ見せまくり」 「……だいぶ偏ったイメージのメイドじゃな」 「お嫌い?」 「お好き」 「まあでも、実際ありえん話だしな〜」 「とにかく無事に帰ってくることを祈ろう」 「いつもいつも、森に行く度に面倒なことになっておるからのう」 「何事もなければ、ええんじゃが……」 ジグザグと、樹林を縫うように奥へ奥へと進む。 さすがに早朝だけあって、獣の姿は見当たらない。 ……いや、油断できないけどな。 「足元をよーく見ながら進むんだぞ」 「いや、前も見た方がいいぞ」 「以前、どこかのアホな騎士がデカい猿に追い掛け回されたことがあるからな」 「きっさま、それが先輩騎士に対する口の利き方かぁぁぁッ」 誰、とも言ってないのに。自覚はあるのか。 「うわっ、なんかヘンな生き物がっ」 「ん? あー、トランザニアオオヤモリですねっ」 「噛まないし、人懐っこいし、薬にもなるんですよ?」 「にしたって、キモグロ……」 「けっこう可愛いと思うんですけど……」 「うーん、その趣味についていけない」 「生き物はいいから、花を探してくれ」 「ほーい」 「青くて、お日様の形ですよねっ」 見つからないって、そう簡単には。 この辺りは、一度探してるんだから。 「殿下、そこから先に向かいますと、例の石碑の場所へ行くことになります」 「ああ、こっちがそうなのか」 「以前、訪れた時には巨大な蛇もおりました。危険です」 「へ、蛇……?」 ぴくり、とアルエの表情が強張る。 「そ、それは危ないな。そうか。なるほど」 「それに、石碑周辺に花らしき物はありませんでした」 「確かに無かった。行っても無駄だな」 「よ、よし。じゃあ曲がろう。こっちに行くぞ」 アルエが、左に方向転換する。 そっちはまだ、行ったことが無い。 「……知らないぞ。そっちは、まだ未知のエリアだからな」 「未知だからこそ、見つかるかもしれないじゃないか」 理屈の上では、そうだけど…… 「ドナルベイン、ここから先は貴様が最後尾だ」 「俺が先頭に立つ」 「……あいよ」 理に適った順列だ。 万が一、獣に襲われたとしても対応し易い形になる。 「私が前を見ております。殿下は存分に足元をお探しください」 恭しく述べて、アロンゾは注意深く前進し始めた。 進んでいくにつれて、景色が霞んできた。 「霧か……」 「うあー、なんか気味悪〜い」 「木の根が張っております、転ばぬようご注意を」 ざり、ざり……と朽ちた木々を踏みつけて、前に進む。 「うひゃあ!?」 「だいじょーぶです。あれはモガシンクックという鳥の声で……」 「んきゃああ!?」 「おっと。それはポルカオオヒルです。血を吸います」 「ちっ、血を吸います、とか冷静に言われてもぉぉぉぉ」 「ヒトの唾を嫌がりますから、こうやって、指を舐めて……」 「取って! 取って取ってぇ!」 「動いちゃダメですよっ、えいっ、とぉっ」 「騒がしいな……まったく」 「蛇じゃなくてよかったな」 「ふ、ふんっ、しつこいぞっ」 進めば進むほど、霧が濃くなってくる。 ――ん? あれ? 一瞬、景色が歪まなかったか? 気のせい……か? 「これ以上は危険です、殿下」 「視界が悪く、伸ばした手の先も見えません」 「ここまで来て、引き返すのか?」 「何かあってからでは、遅うございます」 「うぅぅぅ……」 「諦めて、いったん戻ろう。日を改めて探しにくれば――」 言いかけた、その時だった。 「え……?」 立ち込めていた乳白色の霧が、急速に晴れていく。 「そんな、バカな……」 目前の景色が、見る見るうちに広がっていき―― そして。 俺たちは……信じられない光景を目にした。 「あ……」 「も、もしかして、あれって……?」 「青い……花だ……」 一厘の青い花が、煌びやかな光をまとって咲いていた。 その形は、アルエの写した絵と同じく太陽の形―― 秋の大空を思わせる、群青色の花弁―― 「殿下……」 「こ、これが……ボクの探していた……」 フラフラと、花に歩み寄るアルエ。 その後を、アロンゾが追いかける。 「おめでとうございます、殿下っ」 「うん……うんっ! 見つけたっ!」 「キレイですね〜……」 「ホントだ……ホントにあったんだね……」 ロコナとミントも、花に向かって駆けてゆく。 その動きが、ゆっくりとスローモーションになって―― 「……!?」 あれ……? 何かが……おかしい。 皆の動きが、スローモーションに見える。 「そんな――」 自分の手を見ようとする。 視界が、ゆらゆらと揺れた。 「リュウ〜……」 「た〜いちょ〜……」 側にいるのに、声だけが遠くから聞こえる。 まぶたが重い。 視界の四隅から、ジワジワと漆黒の闇が侵食してくる。 そして―― 俺の意識は、暗闇に飲み込まれた。 ……ウ。 ……ュウ。 ――リュウ。 「リュウ、もう泣くな。男の子だろう」 「怪我の一つや二つ、どうってことはない」 「剣を振るって戦えば、切り傷だって出来る」 「……わかった。今日はこの辺にしておこう」 「どれ、傷を見せてごらん」 「どこだ? うん? 首? 首のどの辺だ?」 「なんだ、ちょっと血が出てるだけじゃないか」 「こんなもの、怪我のうちに入るもんか、ほれ」 「いだっ!?」 「な、なにするんだよっ! 痛いだろっ!?」 「ぴーぴー泣き喚くからだ。未熟者」 「あ、あのなぁ……」 「誰が未熟者だっ、このサド親父っ!!」 「………………」 「……あ、あれ?」 気がつくと、乳白色の霧に包み込まれていた。 っ!? 体中に、粘液質の物体が絡み付いている。 ズボンの裾と、シャツの袖がボロボロに溶かされていた。 「〜〜〜〜〜っ!!」 慌てて、体中の粘液を払い落とす。 びちゃり、と地面に落とされた粘液は、まるで生き物の様に蠢き、樹木の根へと吸い込まれていく。 まさか―― 食人植物……か? 「いだっ!?」 チクリ、と首筋に痛みが走る。 手を這わせると、そこに大きなヒルが貼り付いていた。 「おわっとと!?」 ロコナの言葉を思い出して、手に唾を吐き、払い落とす。 噛まれた箇所から、血が滲んでいる。 「っ! そうだ!アルエっ、ロコナっ、ミントっ!」 立ち込める霧の中を、手探りで探す。 『あは……あはは……』 !! 「花が……こんなにたくさん……」 「あはは……ボク、男に戻れる……」 アルエの体にも、粘液質の物体が絡み付いていた。 既に服の各所を溶かし、素肌が露になっている。 すぐ横で、ロコナとミントも同じように、粘液に侵されていた。 「よかったですねぇ〜……アルエ様〜……」 「これ〜……売ったら大もうけだよね〜……」 「おいっ! しっかりしろっ!」 駆け寄って、三人の体から粘液を引き剥がす! 融解してもろくなった衣服ごと、べちゃり、と粘液は剥げ落ちた。 そのまま、じゅるじゅると木の根に吸い込まれてゆく。 「ドナルベイン……」 うげ。 アロンゾの体にも貼り付いていた。 あまり見たくない光景だが、ほぼ全裸状態になっている。 「参ったか、ドナルベイン……今度こそ俺の勝ちだ……」 「だあああっ、もうっ!」 アロンゾの体からも、粘液を払い落とす。 「くっ!?」 木々の枝葉から、雲のような濃霧が噴き出している。 まさか、この霧が―― 息を止める。 考えてる時間はないっ、一刻も早く、ここを立ち去らなければ―― 「っ! でええええいっ!!」 アルエを背中に負ぶって、ロコナとミントを両脇に抱え込む。 お、重っ…… ぷにゅ、と三人の生乳が密着するが、喜ぶ余裕すらない。 「アロンゾっ、すぐ戻るからなっ!」 全身全霊の力を振り絞って、俺は、三人の乙女を担いで走り出した。 「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」 体中の筋肉が悲鳴を上げている。 我ながら、無茶すぎる。 一度に三人もの人間を、担いで運ぶだなんて。 しかも、更に一人は、俺よりも重い男……おまけに全裸。 大樹に背中を預けて、呼吸を整える。 服……ボロボロになっちまったな。 他の四人に至っては、服すらない状態だけどな。 「はぁ……はぁ……」 だいぶ落ち着いてきた。 「んっ……」 「あ……れ……?」 アルエが目を覚ました。 「うっ……クラクラ……する」 「花は……?」 全裸のまま、アルエが立ち上がった。 「ここは……どこだ?」 「……まだ、森の中だ」 切れ切れの息で、なんとか答える。 「あうぅ……」 「む〜〜……」 ロコナとミントも、目を覚ましたようだ。 後は……アロンゾか。 「はー……」 「なっ、なななななななっ!?」 「きゃう!? ななっ、なんで裸なのっ!?」 「あ……ホントだ……」 「ふ、服はっ!?服はどこいったんですか!?」 「ちょっと! リュウ!あんた何したのーっ!?」 「……アロンゾ見てみ」 まだ昏睡中のアロンゾを指差した。 大股を開いて眠っているアロンゾは、もちろん全裸だ。 「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 「はうあうあうあうあうあう!!」 「ア、アロンゾっ、何があったんだっ!?」 素っ裸のまま、右往左往する乙女たち。 その姿を、ちょっぴり堪能する余裕も出てきた。 アルエ……相変わらず乳でかっ。 「う……むむ……んん」 ようやく、アロンゾも目が覚めたらしい。 「ふ、服っ! 何か体を隠すものはっ!?」 「は、葉っぱとか! その辺のを適当にっ!」 「……一体、何だったんだ?」 恥ずかしがりもせず、呆然と佇むアルエ。 ひとまず、全員落ち着いたら、森を出なくては…… 「き、貴様っ、ドナルベインっ!まさか殿下に不埒なマネをっ!」 あー……もう。めんどくさい。 全員の意識がハッキリした所で、俺たちは森から脱出した。 ロコナの機転と早業で、草と葉を使った簡易な服を身に着けた。 服……と呼べるような代物ではなかったけどな。 コソコソと、隠れるようにして兵舎に戻る道すがら―― 俺は、自身の推理による、今回の出来事を皆に説明した。 食人植物に襲われたこと…… あの霧が、感覚を麻痺させていたこと…… おそらく、幻覚のようなものを見せる効果があったこと…… ヒルのおかげで命拾いしたこと…… そして。 その推測が正しかったことを、俺たちは、レキの口から聞き知った。 「その食獣植物は、マロンヴェロアと呼ばれている」 「栗の樹の形をしていなかったか?」 そこまでハッキリとは、覚えていない。 「枝から吐き出すガスで、獲物を眠らせる」 「その時、幻覚を見せることもあるようだ」 「言い伝えによると……その者が、最も欲している何かを見せるらしい」 あの時、出発前に、俺たちは花の絵を見せられた。 だから――おそらく、花の幻を見たんだろう。 あくまで、憶測に過ぎないが…… 「しかし、よく生きて帰ったものだ」 「マロンヴェロアは、眠らせた獲物を粘液で溶かす」 「そして、液体と化した獲物の養分を根で吸う」 「服だけで済んだのは、幸運だったな」 「どこが幸運よ……」 「嫁入り前なのに〜っ、見られたあぁぁ」 いや、前に露天風呂でも見たし。 「………………」 「見つけたと……思ったのに」 アルエは落ち込んでいた。 無理もない。 あの瞬間、ついに手に入れたと俺も思った。 「……元気出せ、アルエ」 「また次がある」 「……うん」 「そうだな、まだ次がある」 頷くアルエの頭を、優しく撫でる。 「や、やめろっ、子供みたいに扱うなっ」 手を払いのけられた。 その元気があれば、大丈夫だ。 次こそ見つけような、アルエ。 王都から国王直々の書状が届く。それは無駄なことなど諦めて、王女として暮らせという内容だった。 アルエは負けん気を刺激されるが、村は収穫の大詰めで忙しく、警備隊も忙しく森へ向かうなど状況だった。 焦れたアルエは、一人でなんとか出来ると単身、森の中に入っていく。それを知ったリュウは心配になって後を追いかける。 森の入口で難なく見つけると、アルエは一人じゃ何もできないと悔しそうな様子。そんなアルエをリュウは慰める。 そんなリュウにアルエは、自分にまつわる過去の話と焦る気持ちを伝えるのだった。 いよいよ、収穫も大詰め―― 村は最後の刈り取りに向けて、慌しい雰囲気に包まれていた。 赤麦はもちろん、キノコ、果実、諸々の野菜…… 冬が来る前に、全てを収穫してしまわなければならない。 もちろん、俺たち警備隊の面々も手伝いに奔走していた。 みんなで収穫した木の実を前にはしゃいでいるのがひとり…… 「ロコナっ、この実は食べられるのか?」 お姫様には珍しいらしい。好奇心満々にロコナにまとわりついている。 「う〜ん、それは生では苦くて食べれません。でも干しておくとだんだん甘くなるんですよ」 「ならこっちは?」 「うぅ〜ん、それも生はダメです。料理の隠し味にちょっと入れるといいんですよ〜」 「じゃあこれはどうだっ!?」 「あっ、はいっ! その実は食べれます」 「本当か!?」 「はいっ、甘くてとても美味しいんですよ〜♪」 「……っ、そうか!」 「リュウ、手を出せ」 「へ? ああ」 「やる!」 手を差し出すと、アルエが赤い実をひとつぶくれた。 「残りはロコナとミントとレキの分だ!」 いつも彼女に尽くしている男の名前は、一文字も出なかった。 アロンゾって、哀れだよな。 ロコナ主導による保存食作りも始まり…… 毎日が、てんやわんやの大騒ぎ。 アルエの花探しに付き合う時間も、精神的余裕もなかった。 かくいうアルエ自身も、初めての経験に浮かれ気味で、花の事など忘れたかのようだった。 今もせっせと鍋から瓶にできあがったピューレを移す作業に邁進中。 「んしょっ、よいしょ……あっ、あぁっ!」 ああ、こぼした。 「大丈夫か? 手伝おうか?」 「断るッ! これくらいのこと、ボクひとりで出来る!」 ぷうっと頬を膨らませるが、鍋を握りしめる両手は、カタカタと震えてぎこちない。 「アルエ、大きな匙か何かですくって瓶に移し変えた方がよくないか?」 「そ、そんなこと分かってる!」 「えっと、匙はどこだ? あれ?あっ、あった! よし!」 アルエは満面の笑みで、匙を使ってピューレをすくう。 「よし……よしっ! 出来たっ!」 ものすごく楽しそうに頷いて、片手を挙げる。 「ロコナ。こっちの鍋は全部、瓶の中に移し変えたぞ」 「こっちもしゅーりょー」 「まだ何本か空瓶あるけど、どーすんの?」 「お疲れ様でしたぁ〜!ええと、空の瓶は後で使うので、そのままに」 「おうよ。んじゃこのまま置いとくね」 ずらりと並ぶ、瓶詰めされた野菜のピューレたち。 「何を見とれとる。ほれ、サボらず手を動かさんか」 「おっと、ごめん」 こっちはこっちで、農機具の手入れ真っ最中。 ちなみにアロンゾは、外で薪割り中。 「これでもう、完成なのか?」 「いえいえ。ある意味、ここからが本番なのですよ」 「熱するんだっけ?」 「そーです♪」 「この瓶詰めを、そのままお湯の中に入れて、ぐらぐら煮ちゃいます」 「瓶のまま煮るのか?」 「はい。しっかりフタをして、それから煮るんです」 「冷ました後、フタがぺこんって凹んでるのを確認したら、今度はフタの周りを蝋で固めて密封します」 「それでようやく、完成ですっ」 以上、冬越えのための保存食の作り方講座でした。 ちなみに、しっかり塩を利かせた方が長持ちするらしい。 ……ま、塩は高価だから、その辺はご家庭の事情に合わせてな。 「これさあ、一本いくらくらいで売れるかねー」 「こういう物の値段は、さっぱりわからない」 「そもそも、物の値段がよくわからない」 「うわ……さすがお姫様」 「だから違うって言ってるだろ」 むすっ、と膨れるアルエ。 相変わらず、女扱い、姫様扱いは嫌いらしい。 そんなアルエの様子に、思わず苦笑しかけた――その時だった。 「ちわー。郵便でーす」 いきなり、ジンがやってきた。 「うお!? なにこの瓶詰めフェスタ!?」 「なかなか壮観だろ。俺もちょっとビックリしてる」 これだけありゃ、冬は楽勝だな。 「この忙しい時に、何しに来たの?」 「なにそのあからさまな『歓迎してません』ムード」 「歓迎してないもん」 「たはー! 手厳しいっ!」 なんで嬉しそうなんだよ。 「いいから用件を言え」 「ん? だから、郵便だってばよ」 丸い筒のようなモノを、ジンは掲げて見せた。 書簡……か? 「なんか知らんが、ウチの実家経由で村に届いた」 「アルエ宛に、だってさ」 「ボクに……? 誰から?」 「いやーそこまではわからんけど」 「でも、封印に押してあるのは王室の紋章だな」 「!!」 思わず、近づいて見てみる。 真紅の蝋で閉じられた封印には、確かに、王国の守護獣『赤龍』の紋章が押されていた。 「へぇぇぇぇぇ! これが王室の手紙〜」 「つ、筒で送られてくるんですね。しかも金属!」 「父上から……だろうか?」 恐る恐る、アルエが封印を解き、書簡を広げた。 「こら、みんな見ない。人の手紙を覗き見するのは悪趣味だぞ」 「ちぇー」 「………………」 じっと、食い入るようにアルエは書簡を見入っている。 王都で何かあったのだろうか……? そういえば、最近、王都のことをあまり考えないようになった。 村に来たばかりの頃は、あれほど帰りたくて仕方なかったのに。 ここの生活が、当たり前になりつつあるんだよな…… 「う……うぅぅぅぅぅぅ!」 突然、アルエが唸り始めた。 「ど、どうした?」 「父上〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」 ギリギリと歯を軋ませるアルエ。 そして、クシャクシャに書簡を丸め、乱暴に投げ捨てた。 「お、おいおい……?」 「花だ!」 え? 「花を探すぞ! これから、今すぐ!」 今すぐ!? 「こんだけ忙しい時に、それはムリだってー」 「じゃな。せめて一段落ついてから……」 「いーやっ! これからすぐ行く!」 鼻息荒く、アルエは言い捨てた。 「な、何が書いてあったんだ?その……訊いていいのか分からないけど」 「読んでいい」 丸めて捨てられた書簡を、あごで示すアルエ。 拾い上げて、シワシワになった紙を広げた。 「えーっと」 「最後の方だけ読めばいい。前半は愚痴しか書いてない」 最後の方……というか王様、字がキレイだな。 お、この辺りか。 『我が娘アルエミーナよ……』 『もういい加減、諦めるのだ』 『そなたは生まれ出でた時より、まさしく女子であった』 『無駄なことは止め、城に戻って参れ』 『そして、王女として安楽に暮らせばよい』 『そなたも年頃の姫……』 『良き縁を見つけ、嫁がせる腹積もりでおる』 『王家の血に連なる者としての責務を、そなたも果たすのだ』 ……で、最後に国王の署名。 「ボクは!生まれたときから! ずっと! 男だ!」 「嫁いだりするもんか!」 ああ、そこが一番気に障ったのか…… 「言っておく」 「この手紙のこと、アロンゾには言うな」 「えっ? どうして……ですか?」 「一番に聞かせるべき相手じゃないのか?」 「……アロンゾをボクにつけたのは、父上だ」 「きっと、まだ花を見つけてないことも、アロンゾが父上に報告したんだ」 「ここで、手紙を届けにきてから、ずーっとしゃべってないオレが存在アピール」 なんだよ、いきなり。 「そのアロンゾだけど、さっき、ヨーヨードの婆さんに捕まって、村の方に連れて行かれたぞ」 「味見をしろ、とか言われて、無理やり連行された感じだったが」 「あと『なんならあての味見もしていいんじゃよ?』とか言ってた」 「うわー……見たくねぇ光景」 「なおさら、ちょうどいい」 「これから花を探しにいく。誰か一緒についてこいっ」 「だから……無茶を言うなって」 「みんな今、他に仕事を抱えてるんだぞ?」 「王族としてのボクの命令だっ」 「普段、王族として扱われるのを嫌がるくせに、こんな時だけ……」 「うるさいうるさいっ!」 「想像してみろっ! 顔も知らない“男”に嫁がされそうな自分をっ!」 「………………」 おえ。 「ちょいと待ちたまへ。なぜオレの顔を見る?」 「いや、なんとなく」 「ふんっ」 肩を怒らせたアルエが、ドアの方へと歩き始めた。 「ど、どこ行くんだよ」 まさか、一人で森に行こうとしてるんじゃないだろうな? 「……外で風に当たってくる」 そのまま、ふらりと出て行ってしまうアルエ。 「うーん」 「なんかアレね。オレが来る度に修羅場ってるね」 「あんたが毎回、騒動を持ち込んでくるんだってば」 「まあ、なんにせよ今は動けん」 「ですね……収穫が終わったら、もう一度みんなで森に行きましょう」 「そうだな……」 アルエには、後で色々とフォロー入れとくか。 おっ。帰ってくるの早いな―― 「お邪魔する」 あれ? アルエじゃなかった。 「あ、レキさんいらっしゃい」 「すまないな、遅れて。手伝いに来たぞ」 「おー、ナイスなタイミング。一人抜けて一人補充」 「ちょうどこれから……ぐらぐら煮るんだっけ?始めるとこ」 「そうか。詰めるのも手伝うつもりだったが……悪かった」 「いいんですよ〜。それじゃ、さっそく始めちゃいます?」 「ああ、なんでも言ってくれ」 袖をまくって、作業に取り掛かろうとするレキ。 「レキ、そこでアルエとすれ違わなかったか?」 「うん? ああ……すれ違った」 「馬に乗って、走っていったぞ」 ……馬!? 「森に行く、と言っていたが――」 「っ!」 あのバカっ! やっぱり! 「爺さんっ!」 「わかっとる。後はワシがやっとく」 「こっちも一人、補充できたからの」 「オレか!? オレのこと言ってんのか!?」 「妙な物を持ち込んだ罰じゃ。馬車馬のように働けい」 「とっても不可抗力っていうか!オレ、ぜんぜん悪くないじゃないっていうか!」 「ほれ、ここは任せてはよ行かんか」 爺さんはこちらに向かってニッと笑ってみせる。 「すまん頼んだっ」 マントを引っつかんで、兵舎を飛び出した。 木の幹に、馬が繋がれている。 「……何が風に当たってくる、だよ」 この森が危険だってことは、これまで体験してきただろうに。 レキですら迷ったり、怪我をして戻って来れなくなったりする場所なのに。 「ああもうっ!」 汗で、シャツが背中に張り付いて気持ち悪い。 深呼吸を一つして、俺は森の中へと足を踏み入れた。 一方その頃―― 「はい、あーんするんじゃ」 「あ、あ〜ん……」 アロンゾは、ヨーヨードの作る保存食の味見をさせられていた。 なぜ、そうなったのか経緯はわからない。 「どうじゃな?」 「な、なかなか……結構なお手前で」 「照れるのう。なんじゃったら、毎日、あてが飯を食わしてやるぞい」 「は、はは、ははは……」 「ほれ、あ〜んじゃ。これはちと自信作でな」 「あ、あ〜〜〜ん……」 誰か助けて―― アロンゾは、心の中で何度も叫んだ。 アルエは、すぐに見つかった。 ……というより、入ってすぐの所で、しゃがみこんでいた。 膝を抱えたアルエの後姿は、どこか儚げで寂しい。 声をかけるのに、少しだけ躊躇した。 「……おい」 「………………」 「……なんだよ」 「なんだよ、じゃないだろ」 「風に当たってくる、とかウソついて」 「……別にウソじゃない。ここだって風は吹く」 屁理屈を並べ始めたぞ。 「知ってるだろ、森は一人じゃ危険なんだよ」 しかも、アルエは姫様だ。 本人がどう思っているかは別問題として、高貴な身分に違いはない。 ただそれだけで、危険係数は高くなる。 世の中……妙なことを考える連中は大勢いるんだ。 ミントのように、アルエの存在を聞きつけてやってくる人間もいる。 「帰るぞ。みんな心配してる」 「……いやだ」 「花の探索なら、近いうちにみんなで協力するから」 「………………」 身動き一つ、しないアルエ。 ふぅ……と溜息をついた。 「隣、座るぞ」 マントを脱いで、アルエの隣に腰を下ろした。 この辺りは森の中で、比較的安全な場所だ。 さすがに、ここまで足を伸ばしてくる獣はいない。 「このくそ寒い中、何も羽織らずに来たのか」 「……別に寒くない」 ウソつけ。 むしろ俺は汗をかいた分、寒かったりするんだが―― 「ほれ」 アルエの肩にマントをかけた。 「……余計なことは、しなくていい」 「そう言うなって」 「………………」 また黙り込んだ。 いつまで、こうやって森の中でしゃがみこんでるツモリなんだろう。 「……やしい」 「ん?」 「くやしい」 アルエが、ポツリと呟く。 「ボク一人じゃ……花も探せない」 「くやしい」 「アルエじゃなくても、一人じゃムリだ」 「ボクが男だったら、一人でも探せた」 いや、男なら探す必要も無いだろう――と思ったが、言わずにおく。 「一人じゃ……何もできない」 「アロンゾや、皆がいないと……何もできない」 「まあ、そうだな」 否定はしなかった。 事実として、アルエは一人は何もできないに等しい。 それはアルエが王族で、そう育てられてきたからだ。 その必要が無かったから――そうなったんだ。 「でも、多かれ少なかれ、俺だって一人じゃどうにもならない事があるぞ」 「この村に来たばかりの頃なんて酷かった」 思い出すだけで、苦笑してしまう。 「育った環境の差もある。逆に、アルエにはアルエにしか出来ないことだってあるだろ」 「……あるのかな」 「あるさ」 「今はそれが見えにくいだけで、必ずあるはずだ」 「だから、その辺のことは、今はあんまし気にしてもしょうがないって」 慰めになっているのか、なっていないのか、あまり自信はない。 アルエにしか出来ないこと――と言えば。 国王と直接対面し、会話できること。 姫として敬われ、下々の者に命令を下すこと。 そういった『最初から用意されていた価値』は、判断材料にならないのだろう。 むしろ、そういった力を毛嫌いしている風でもある。 「……幼い頃は、母上が何でもやってくれた」 またしても、ポツリとアルエが呟いた。 「……母上が亡くなってからは、召使たちが何でもやってくれた」 「アロンゾもそうだし、他の者たちもそうだ」 「ずっと、人に甘えて生きてきたんだ」 「ふむ……」 アルエ自身の過去話を聞くのは、滅多にないことだった。 「なあ……」 ふと、アルエが顔を上げる。 「リュウの母上は、どんな人だ?」 「うちのお袋?」 唐突な質問に、少し驚く。 「う〜〜〜〜〜〜〜〜ん、そうだなぁ」 ウチのお袋……ねえ。 「太ってる」 「え……?」 「いや、実際かなり太ってるんだよ」 「オヤジが養蜂を始めてから、ますます磨きがかかった」 「いつも大声で、ガハガハ笑ってて……」 「面倒見のいいオバサン、って感じだな」 「あー、それと、よくわからんが近所の子供に足し算引き算を教えてるな」 「計算を……?」 「ああ。ちょうどミントがロコナに教えてるみたいに」 別に月謝も取ってないし、ただの道楽だと思うんだが。 近所の子供たちには好評らしい。 ……きっと、勉強の合間に蜂蜜菓子を出してるからだろう、と思う。 アメとムチの使い方が、やけに上手いんだ……うちのお袋は。 「そうか……」 「一度、会ってみたいな。リュウの母上に」 「そんな大したモンじゃないよ」 「アルエの方は、どうなんだ?」 「ボクの……母上か?」 「強い人だった……」 既に亡くなられているという話は、知っている。 「母上は、元々、貴族ではなく騎士の家に生まれた人だ」 「それを父上に見初められ……王宮に入った。側室として」 「色々と苦労も多かったらしい」 「へぇ……?」 「宮中は、妬みと中傷の〈坩堝〉《るつぼ》だ」 「貴族でもないのに、ただ美しいからという理由で父上に見初められた母は、格好の餌食だった」 「………………」 「バカにされ、嘲られる母上を、ボクは何度も見てきた」 「それでも母上は、一度も泣き言を言わなかった。強い人だったんだ」 何も言葉を挟めない。 ただ、黙って頷いた。 「ボクの前では、いつもニコニコ笑ってたよ」 「それが……切なくて。いくら子供でも、自分たちの置かれてる状況くらい理解する」 「だから思った。母上を守れるようになろうって」 「いつか必ず、男に戻って――ボクが母上を守ろうと」 アルエが男に戻りたがる理由の一端が、垣間見えたような気がした。 「結局、母上は妬みと中傷の渦に巻かれたまま……病にかかって、逝ってしまわれた」 「心労もあったに違いない。無理して笑ってるのが、ボクには分かった。ボクにだけは」 「もし、ボクがあの時、しっかり母上を守ることが出来ていたら――」 「………………」 今にも泣き出しそうな顔で、アルエが天を見上げる。 枝葉に覆われた森の天上から、木漏れ日が差し込んでいた。 「何もできなかった。今でもそうだ」 「情けない話だな……」 「……なあ、アルエ」 ぽんぽんと、アルエの背中を優しく叩いた。 「結果を焦ることはない、と俺は思うんだ」 「手紙の――まあ、陛下の書簡にケチをつけるのは、臣下としてはちょっと問題アリなんだが」 「あんな下らない挑発に乗って、無理を重ねても結果には結びつかない」 「アルエは今、一人じゃ何もできないことを知ってる」 「それを情けないと思う心は大切だし、俺だって同じような事を思うことが多い」 この村に流されてきてからは、その連続だった。 「気が焦るのは仕方ない。それは誰にも止められない」 「けど……焦りすぎて自爆するのは、何よりも愚かしいことだ」 「たはは。なんか偉そうな話になってきたな」 隊長職なんてモノについてから、説教癖がついちまった。 「つまりだな、俺が言いたいことは……」 「わかるよ、わかってる」 「……わかってるんだ」 「………………」 「焦っても花は見つからないし、男にも戻れない」 「情けないけど……それが現実だ」 「手伝おうっていう物好きな仲間もいるってこと、忘れないでくれな」 「まあ、今は時期が時期で、なかなかそうもいかないけど」 「うん……」 「ワガママ言って悪かったな」 「寒くなってきた……帰ろう」 「ああ」 アルエが、俺のマントを返してくれる。 「あー、一つだけいいか?」 言い忘れてたことがあった。 「なに?」 「アルエのお母さんな」 「たぶん……一人じゃ辛かったはずだ。アルエがいたから強かったんだ」 「………………」 「仲間ってのは、力を貸してくれる存在でもあるけど――」 「逆に、力を増してくれる存在でもあるはずだ、と思う」 「そんだけ」 「……リュウ」 ふっとアルエが微笑む。 その笑顔の眩しさに、少しドキリとした。 「……もしボクが男に戻れたら、オマエとは親友になれそうだな」 「そうか? 子分としてコキ使われそうな気がする」 「茶化すな。真面目に言ってるのに」 「それに、子分はアロンゾ一人で充分だ」 「それは言えてる」 アイツくらい濃い子分がいると、お腹いっぱいだよな。 「行こう。瓶詰めの仕事……手伝わなきゃ」 「あー、俺も爺さんとジンに押し付けてきた」 二人連れ立って、森の外へ向かって歩き出す。 アルエの表情は、晴れ晴れとしていた。 ……必ず見つけような、青い陽形の花。 やっと最後の収穫日がやってきた。収穫祭はまだ先だが、ひとまず祝おうということで兵舎で宴会を催すことに。 レキやジンも参加して、一同は羽目を外して一時の宴を楽しむ。 しかし飲みすぎたロコナが大暴走。『やるときゃやるんれすよぉぉ』と服まで脱ぎだすのだった。 レキの持ち込んだ強い酒に酔ったロコナは、ジンに嘘八百吹き込まれたこともあって普段の姿とは一転して、大暴れしていた。 そしてリュウの胸倉を掴んでは、すでに呂律の回らなくなった口調で意味不明な内容を吠えまくっていた。 そしてその勢いのまま、ロコナはリュウに自分をどう評価してもらっているのかを問うのだった。 「がんばってるわらひは好きれふか?」 そう聞かれたリュウは…… 空が高くなった。 秋が深まるにつれ、青い空は群青色へと塗り換わってゆく。 俺が村に来てから、どのくらい経ったのだろう……? 初めて来た日…… ロコナに連れられ始まった畑仕事の手伝いも、ようやく終わりを迎える日が来た。 「はぁっ、ふぅっ……ふぅぅっ」 「農作業って、かなり応えるぅぅ」 「そうか? ボクはまだまだ働けるぞっ」 「えぇ〜っ、あたし……もうダメかもぉ……」 「ファイトです、ミントさんっ!」 「体力がなくとも、気力があれば何とかなるはずだ」 「だ、だめぇ……最近、兵舎にこもって帳簿ばっかつけてた体にはかなり堪えるよぉぉ……はぁっ、ふぅぅ」 麦穂を抱えたミントが、へなへなと畑に倒れこむ。 「頑張れミント、あともう少しだぞ」 ようやく今日で畑仕事が終わるのだ。 最後は皆で協力し合って、笑顔で迎えたい。 「よいしょっ、と」 俺はそう思い、彼女の麦穂を半分持つ。 「あ、ありがとう……リュウ」 「ん、この位、どうってことない」 顔の赤いミントに向かって笑い、穂を抱えて歩く。 肩で揺れるその音を聞いていると、楽しくなってきて…… 「何か今、ミントさんが羨ましいなとか思っちゃいませんでしたか?」 「えっ、えぇっ!? ロコナ、何故分かった!?」 「わたしがそう思ったんです……なんで羨ましいんでしょう?」 「ボクに聞かれても……穂が重いからとか?」 「うーん、そういうのとは違うような……」 「ふん! 私は羨ましいなどとは一切思わなかったな!」 「でもレキは、リュウがミントの穂を背負った時、あっ! って大きな声で言ってたぞ?」 「う、嘘だ! そんな事言った覚えはない!」 「え〜っ……怪しいですね」 「うん、すっごく怪しい」 「っっっっ!」 「ヨシッ、この畑は終わり。次行くぞー」 「は、はいッ」 燃えるような赤の麦穂が、その自重で垂れ下がっている。 大豊作――という程でもないが、今年はなかなか良作だったらしい。 村中の畑で最後の刈り取りが始まり、残ったのは、この畑のみ。 そして今、俺たちは最後の赤麦を収穫しようとしていた。 「ささ、たいちょー!ぜひ最後の一刈りは隊長の手でっ」 一束だけ生え残った、ポルカの赤麦。 この一束を刈り取れば、全ての収穫が終わる。 「い、いや、ここはアルエ辺りにやってもらった方が……」 「ボクでもいいけど、みんなはリュウにやって欲しそうだぞ」 アルエが微笑みを浮かべて言う。 「そうそっ、遠慮しないでリュウが刈っちゃってよ♪」 ミントも楽しそうにウィンクをして俺の背中を押す。 「ほら、さっさと刈らないか」 レキの表情もいつもより柔らかだ。 「………………」 周囲の顔を見回す。 アルエ。 ロコナ。 ホメロ爺さん。 レキ。 ジン。 ミント。 ヨーヨードの婆さんに、村のみんな。 ……あ、隅の方にアロンゾもいるのか。 「……いいのか? 刈っちゃって」 「いいんじゃない? 隊長なんだし」 「ってゆーか来年も生えるし」 「その言葉で、せっかくの空気が台無しだ」 「遠慮せんと、刈ってしまえ」 「………………」 鎌を持ち、麦束を掴む。 そして―― 最後の一束を、俺の手で刈り取った。 「あ、あははは……これで刈り取りは終了だ」 拍手は起こらない。 皆、一様に笑顔を浮かべて、満足そうに頷いている。 一つの季節が終わったのだ。 秋はまだ続くけど……村の収穫は、これでおしまい。 「これで最後じゃ言うても、収穫祭は先の話じゃからの」 村の豊穣を祝して行われる、収穫祭―― その準備に向けて、これからまた忙しくなるのだ。 その前に、越冬に向けての準備もしなくちゃならない。 まだまだ、やることは山積みだ。 でも。 まずは……一段落。 「みんなっ、お疲れさーん!!」 隊長らしく振舞おうと、俺は、声を張り上げた。 何はともあれ、めでたい。 なんといっても、これで畑仕事の手伝いをしなくて済む。 ……最後まで苦手だったなあ、畑仕事。 そりゃ多少は慣れて、手際は良くなってたけど。 ほら、手のひらなんかマメだらけ。 カッチカチに硬くなってるし。 『……悩みがあるなら相談にのるぞ』 「んな!?」 いきなり背後に、レキが現れた。 「お、驚かすなよ、心臓に悪い」 「別に驚かせる気はなかったんだが」 「思い詰めた様子で自分の手を見つめていたので思わず声をかけてしまった」 「やはりあれか?左遷された我が身を憂いて?」 「今さらそんなの気にしてないよ」 「俺はここで頑張っていこうって決めたんだ。農作業や村の手伝いも今じゃ大事な仕事だ」 「ふ……仮病まで使って仕事をサボろうとしてた男の言葉とは思えんな」 「う……それを言われる耳が痛い」 「で、どうした? 何かお困り?」 「違う。ロコナに呼ばれてきたんだ」 「最後の収穫を終えた祝いに、宴会をすると言われてな」 「……え?」 それ、初耳です。 「聞いてないのか?」 「ぜんぜん」 「……なら、ロコナの唐突な思いつきだな」 それなら理解できる。 なんせ、唐突な思いつきで、就任初日に畑を連れ回された覚えがあるからな。 「……それは?」 レキが手にしている包み袋を指差す。 「宴会だと聞いたのでな。手ぶらでは悪かろうと、酒を持ってきた」 「神官が酒なんか持ってきていいのかよ」 「先代の神官が仕込んだ瓶らしい。困った先代もいたものだ」 ……けっこう大らかなんだな、神官って。 俺の知らないうちに、ジンも兵舎に来ていた。 「おー、リュウ。この度は刈れましておめでとうございます」 どんな挨拶だ、それは。 「メシをたかりに来たんだが……なんか、宴会するらしいぞ」 「俺もさっき、レキから聞いた」 「いやぁ、しかし照れるね。オレの誕生日をこんなに盛大祝ってくれるなんて」 「え? オマエ、今日が誕生日だったのか?」 「いや? ぜんぜん違う」 「……叩き出すぞ」 「ごーめーんー、ちょっと主役になってみたかったんだよぅ」 「どうでもいいから、そういう分かりにくいボケは止めろ」 「はっ! 了解であります!」 「ところで、首謀者本人に説明を求めたいんだが……ロコナはどこいった?」 「ロコナーっ!」 「ロコナは今、キッチンで料理大戦争」 「すんごいことになってるよ? 見てきたら?」 「いや、忙しいなら別にいいんだが……」 「なんか、宴会するとか言う話らしいな」 「そそ。宴会というよりも、むしろアンタのお祝い?」 ……俺の? 「収穫が終わるまで、再左遷されずに済んだ祝いとかだったりして♪」 「……うそ?」 「うそうそ。じょーだん」 「パーっと気分盛り上げて、冬に備えたいんだってさ」 なるほど…… 村の冬は厳しいと、誰かが言っていた。 腹が減っては戦は出来ぬ、ってヤツだな。 「爺さん、兵舎に酒ってどのくらいある?」 「うむ? 酒か?」 「ふ〜〜〜む、2瓶ってところかのう」 レキの持参した酒を合わせて、3瓶か。 ちょっと心もとないな……人数が人数だけに。 「オレ、買ってこようか?」 「……頼んでもいいか?」 「ああ。さすがに宴会となると、タダでたかるのは色々と気が重い」 「どんくらい飲むんだろうな、この人数だと……?」 「5瓶はいくじゃろ?」 「いーや、6とみた」 「7だ」 「7は無い。6だな」 「くすん……」 多数決の結果、6で決定。 「あと3瓶、買い足してくれ」 「了解。んじゃちょっと行って来る」 言うや否や、軽い足取りでジンが兵舎から出て行った。 あいつ……こういう宴会の時は身軽なんだよなぁ。 「お待たせしましたーっ!」 「もうすぐ、お料理いーぱい出来るのでっ、準備しててくださーいっ」 キッチンから、香ばしく美味そうな匂いが漂ってくる。 深呼吸したくなるよな。美味そうな匂いだと、鼻で思いっきり。 「いーい匂い!なに作ったの? ねっ、なになにっ?」 「えっと、香草焼きと、練りクルミのカナッペと……」 ミントとロコナが、談笑を始める。 こうしてみると……姉妹みたいにも見えるな、あの二人。 そしてロコナの方が姉に見えるのは、身長のせいか、胸のせいか。 ざわざわと、騒がしさの募る宴会前―― 早く一杯目の酒盃を挙げたくて、喉がゴクリとなった。 「えー、それでは」 「……なんか漫談とかした方がいいか?その方が隊長っぽい?」 酒盃を掲げたまま、問いかける。 「はよ乾杯してくれ、腕が疲れるでの」 「話はあとあと。とにかく乾杯」 ちぇ。 「それでは、みんなお疲れ! かんぱーいっ!」 「かんぱーい!」 いくつものグラスがぶつかり合い、澄んだ音を奏でる。 ……ちなみに、グラスを用意したのはミントだ。 高級品だからな、透明のグラス食器は。 出来れば割らないでくれ……一応、俺が個人的にミントから借りたレンタル品なんだ。 「んっ、んっ、んっ……」 「はふーっ」 アルエが、酒盃を一気に飲み干した。 「お、おい、あんまし無茶するなよ」 「大丈夫だ。こういうのって男らしいだろ?」 そんな細かいところに拘らんでも…… 「ままま、もう一杯」 「あはは。ありがと」 それぞれが、グイグイと酒盃を傾ける。 今夜は、楽しい宴になりそうだ―― ……楽しさも、度を過ぎると苦しくなる。 飲みすぎると、人はトラに変身する。 誰もがわかっていたはずなのに、止められなかった。 「………………」 頭を抱えて、溜息をつく。 頭痛の原因は、俺の目前で大暴れを始めていた。 「たいちょ〜〜〜〜! のんれまふかぁぁ!?」 「……飲んでる飲んでる」 「わらひはねえ! 思うんれふよ!」 「こう……なんというか、隊長のおかげでねえ!」 「アレなんれふよぉぉ、もう、ほんっとに隊長でした!」 ……翻訳ぷりーず。 誰だ、酒の強くないロコナに、これだけ飲ませた犯人は―― 「……いや」 犯人“たち”の目星はついている。 まず、ロコナにガンガン酒を飲ませた犯人…… 「ロ、ロコナっ、もうそろそろやめとこ? ね?」 止めるのが遅いっつーの! んで、異常に度数の高い酒を持ち込んだ犯人…… 「な、なんだ? 私は悪くないぞっ?」 レキの持ってきた、あの酒がすごかったんだよ! あんなキツい酒、初めて飲んだよ……胃が焼けるかと思った。 それから、ロコナにロクでもないことを吹き込んだ犯人。 「……おっと、視線を感じる。感じちゃうね」 コイツが、ロコナに『キミは根暗でいかん』とか嘘八百吹き込んだ。 そのせいで、ロコナが異常にはっちゃけた。 ……上記3名のチームワークによって、ロコナは見事にトラへと変身。 こうして今、俺の胸倉を掴んで吠えまくってる……と。 「わらひわぁ! たいちょーがぁ、来た日からぁ!信じてぇおりましたぁ!」 「この人はちがうと!もうそりゃあ、ボコボコにちがうと!」 擬音の使い方までヘン。 「たすけてー……」 ヘルプコールをしてみる。 ……………… しかし誰も助けてくれなかった! 薄情者どもぉぉぉぉっ! 「どうなんれふか!」 「な、何が?」 「たいちょーの目から見てっ、わらひはどうれふか!」 「ど、どうって言われてもな……頑張ってるよ、すごく」 「がんばってるわらひは好きれふか?」 「あ、ああ、好きだよ」 「ロコナが頑張ってるのを見ていると、俺もやんなきゃなーって気持ちになるし」 ロコナのおかげでこの村で頑張れた気がするしな。 「たいちょーはわらひよりずっとずっとずーーーっとがんばってまふ!!」 ロコナが腕を振り上げて言う。 「そう言われてもなー」 ロコナは完全に酔っぱらっているし、まずこれをなんとかしないと…… 「好きじゃないれふか?」 「たいちょーもがんばってるのに、わらひのはダメれすか?」 うわ、いきなり涙目になるな、ロコナ。 「頑張ってるロコナは好きだな!俺も頑張ろうという気になる。うん!」 「わらひはもっとやるですよ?はっちゃけまふよ!」 はっちゃけすぎだって。 こんなに酔っぱらうとは…… 「わらひらってねぇ……やるときはぁ、やるんれふよぉ!」 ばんっ、とロコナがテーブルを叩く。 「あー、これ美味しいね」 「うん。美味しい美味しい」 あ、あいつらっ、視線逸らしたまま、傍観者を決め込みやがって! 「む!」 いきなり、ロコナの動きが止まった。 ……おい、吐くなよ? 「わらひはかなひいれふ!本当のぉぉわらひをぉお見せしまふぅ!」 もう、だんだん言葉そのものが解読できなくなってきた。 何を見せるって? 「んしょっ! よいしょっとぉ!」 ぶっ!? いきなり、ロコナが服を脱ぎ捨てた。 「ま、待て待て待て待てっ!!」 「ロコナっ、なにやってんのーっ!」 慌てて止めようとするが、ロコナは身軽にヒョイヒョイと避ける。 「これがぁ、わらひのすべてれふ!ろこな! ろこな?」 ついに自分を見失い始めたぞ。 「だああああっ、もうっ!」 「解散だっ、解散っ!」 「今日はもう、解散―――っ!!」 俺の絶叫が、ポルカ村に鳴り響く。 ……かくして、俺たちの収穫祝賀会は幕を閉じた。 この以降、俺たちの間で、 『ロコナに無茶飲みはさせない』 という誓いが、固く結ばれたことを、ここに付記しておく。 酒は飲んでも、飲まれるな…… ……いやホントに。 村の女性が産気づいた、ということでヨーヨードが呼ばれるが、ギックリ腰になってしまいパニックに。 急遽代役としてレキが呼ばれるのだが、レキには産婆としての経験など無く、どうすればいいのかと戸惑うばかり。 主人公を始めとする男集はヨーヨードを神輿にかついで、あっちこっちと奔走しつつ、出産の手伝いに大忙し。 一方のヒロイン勢は、一致団結して新たな生命を取り上げようと懸命になるのだった。 ぱちぱち、と暖炉の薪が音を奏でて燃えている。 ゆったりと、まったりとした優雅な食後のひととき…… 少し多目にミルクを入れた茶が、やけに美味い。 「ふー……」 たまらんね、この平和で静かな時間。 ここんトコ最近、ずーっとバタバタしてたもんなあ。 「ん〜〜〜」 隣では、ミントが帳簿とにらめっこをしている。 その向こうで、爺さんがパイプ煙草を吹かしていた。 「……美味いのか? その煙」 「うん? おお、コレのことかの?」 「試してみるかね、一口だけ」 爺さんが、ひょいっとパイプをアルエに預けようとする。 アルエが受け取る前に、そのパイプをアロンゾが取り上げた。 「いけません、殿下。体に悪いものです」 「試してみるくらい、いいじゃないか」 「しかも、ご老人が口をつけたものです」 「ぬう、もう少しで間接キスじゃったのに。惜しいのう」 そう言って、ニヤニヤと笑う爺さん。 こんな他愛も無いやりとりも、平和なひとときの象徴だ。 「ロコナは? まだ皿洗い中?」 「さっき、外に出て行ったぞ」 「外に? こんな時間に?」 「野菜くずを持っていた。馬の世話だろう」 ああ、なるほど。 何気なしに、懐中時計を取り出して開く。 時刻は午後の八時半…… 酒を飲み始めるには、まだ少し早い時間だ。メシ食ったばかりだし。 おっ。ロコナが戻って―― 「ロコナぁ! ロコナはおるかーっ!?」 ぶっ!? 「な、なんじゃババア!ノックもせんといきなり現れおって!」 「ロコナはどこにおる!?ええいジジイ、はよう教えい!」 「ロコナなら、裏手の厩舎にいると思うけど……」 「何か、あったのか?」 「何かあった? ふんっ、大ありじゃとも!!」 「マリーカが産気づきおったんじゃ!いよいよ生まれるぞい!」 「!!」 「え、あの妊婦さん!? もう生まれるの!?」 「今日、これから!?」 「そうじゃよ!だからロコナを探しとるんじゃっ!」 このわからずやめ! と言わんばかりの迫力。 「ごめんなさいっ、ドア開けっ放しにしてたみたいで――」 「あれ? おばあちゃん?」 あ、戻ってきた。 「おお! ロコナ!マリーカが産気づきおったぞよ!」 「え……?」 「ええええええええええっ!?ちょっと早くない!?」 「あての見立てでは、あと一週間あったはずじゃが……」 「しかも、どうやら逆子のようじゃ。難産になるぞいっ」 「そ、そんな……」 「ええいっ、細かな説明は後じゃ!助手がいるでの!」 「わ、わかった! すぐ準備するからっ!」 突然、慌しい空気に包まれる兵舎。 「子供が生まれるのか……」 「みたいだねー……はぁー、なんか不思議な気分」 「布じゃ! ありったけの布を出すんじゃ!」 「お湯はどうするのっ!?」 「そんなもんは向こうで沸かしゃええ!」 うーん、二人だけ戦場ムード。 なんか、のんびり茶をすすってる自分が申し訳ない気分。 「……何か手伝おうか?」 「ひっこんどれ! 男衆の出る幕はないわい!」 ぴしゃり、と言い捨てられた。 ……まあ、事が事だけに、確かに出番はなさそうだ。 「持ってきたよ!」 「それと鍋じゃ! ええい、それはあてが運ぶ!」 「だ、大丈夫? けっこう重いよ?」 「時間がないわい! ほれ、早く鍋を――」 「う、うんっ、じゃあ厩舎まで持って行って」 ロコナが、ヨーヨードに布切れの山を渡す。 その時だった。 「ぬぐぉ!?」 鈍い音が、鳴り響いた。 「お……おぉぉ……」 い、今の音は、まさか……? 「お、おばあちゃんっ!?」 「……腰じゃな。年甲斐もなく無茶をするからじゃ、まったく」 やれやれ、と立ち上がった爺さんが、ヨーヨードの手から布切れの山を取り上げた。 「ぬう、これ……は重いのう」 「あ……あだだだだだだ……」 「ちょ、大丈夫っ!?」 「触らんほうがええ。腰がイッてしもうとる」 「う、動けないのか?」 「無理じゃな。しばらくそっとしておくしかあるまいて」 「ど、どどっ、どうするのっ!?」 「マリーカさんの赤ちゃん、もうすぐ産まれるんでしょ!?」 「あ……」 「そ、そうか。村の産婆は、このシワくちゃのババアだけじゃったの」 「はわわわわわ!」 慌てふためくロコナ。 「お、落ち着けっ、落ち着けロコナっ!」 「な、なんの……これしきっ……」 「ふんぐぉぉぉ!?」 「うわ、無理に動こうとするから……」 「しばらく、この体勢のまま動かない方がいい」 「慣れてきたら、ゆっくり椅子に座らせるんだ」 さすが、その手のことには詳しいな。 「どうしよ!? どうしましょう!?はぅぅぅぅ!」 「だから落ち着けって! ええと、ええと――」 「レ……レキ様に……」 うん? 「レキ様に……お頼みするんじゃ……」 レキか! その手があった! 「馬をすっ飛ばして、呼びに行ってくる!」 「すまんみんな、村の緊急事態だ!全員、ロコナを手伝ってやってくれ!」 飲みかけのカップを置いて、マントを掴み駆け出した。 「なっ、なんなんだいきなりっ!?どこへ連れて行くつもりだっ!?」 「私はこれから、夕食を摂るところだったんだぞ!」 「まさに一口目を、口に入れようとした瞬間だったのに!」 「ちょっと黙ってろ食いしん坊神官!」 「く、食いしん坊!?」 「それはなんだかとても屈辱的だ!」 馬上で、レキがわめく。 「しゃべると舌を噛むぞ!」 「う、うわっ!?」 「しっかり掴まってろ!」 馬にムチを入れて、更に速度を上げた。 緩やかな上り坂に差し掛かり、走る速度が落ちる。 「マリーカさんが産気づいたっ!」 ようやく、事情を説明できた。 有無を言わさず、手を引っ張って馬に乗せちゃったからなぁ。 「話が繋がらないぞっ、それでなぜ、私を連れて行くっ!?」 「ヨーヨードがギックリ腰で動けなくなった!」 「な、なんだと!?」 再び、道は下り坂になり、駆ける速度が上がる。 「説明は後だっ! また少し揺れるぞ!」 「むぐっ……うぅっ」 ぎゅっ、とレキに背中を抱きしめられ、少し嬉しい。 でも今は、そんな感慨に浸っている余裕など無い―― 現場に駆けつけると、そこにロコナたちはまだ来ていなかった。 なにをモタモタしてるんだ、あいつら―― 「降りてっ」 「お、おい、私は……」 家の前には、心配そうな顔をした村人たちが集まっていた。 「ああ! 隊長さん!」 「ロコナたちは、まだ来てないのか!?」 「長老様が呼びに行ったきり、まだ戻ってこないんだよ」 ヨーヨードが腰を痛めて動けない事を、まだ知らされてないのか。 「おいリュウ、私は、子供を取り上げたことなど……」 「みんな! 聞いてくれ!」 集まっている村人全員に、説明する。 「ヨーヨードが腰を痛めて、動けなくなった!」 「今、兵舎で休ませてる!代わりにレキを連れて来た!」 「道を空けて、レキを中に通してくれ!」 「腰を痛めたってえ?」 集まっている村人たちの中から、ひょいっとジンが顔を覗かせた。 「ジン! ちょうど良かった!オマエも手伝ってくれ!」 「え? オ、オレ?」 「これからレキが赤ん坊を取り上げる!」 「その手伝いを、俺たちがやる!」 「だ、だから――」 「いよーし! わかった任せろ!何でも言ってくれ!」 「助かる!さあレキ、マリーカさんのところへ……」 「ないんだ!」 いきなり、レキが叫んだ。 「え? 何が無いって?」 「赤ん坊を取り上げたことなど、私にはないんだ!」 え―― 「産婆の経験もなければ、立ち会ったこともない!」 ちょ、ちょっと待て。 「そんな私に、いったい、何をどうしろというのだ!?」 「待て待て待て待てっ!」 「そんな……」 「隊長さん! マリーカが苦しんでる!」 「もう生まれちまうよ!」 緊張が走る。 今は、やれるだけやるしかない。 「レキ、とにかくマリーカさんを励ましてやってくれ!」 「俺は兵舎に戻って、なんとかしてヨーヨードを連れて来るッ!」 「わ……わかった」 「ジン! 後ろに乗れ!」 「がってんしょうち!」 再び馬にまたがって、兵舎目指して駆け出した。 「っととととと!」 兵舎へ向かう道すがら、大荷物を抱えたロコナと出くわした。 「ロコナ!」 「あっ、たいちょ〜〜〜〜〜っ!」 「うわ、引越しでもするのかっちゅーくらい、すごい荷物だな」 「ヨーヨードはっ!?」 「おばあちゃんは、もうすぐ来ます!」 「動けるようになったのか!?」 「い、いえ、そうじゃないんですけど」 「あ、ほら! 来ました!」 ロコナが夜の闇を指差した。 「ん〜〜〜〜〜?」 目を凝らして、闇の中を見つめる。 すると―― 「あだだだだだ! 揺らしすぎじゃ!」 「ええいっ、うるさい黙っとれ!」 「殿下っ、私一人で充分でございますゆえっ」 「そんな事を言ってる場合じゃないだろ!」 「おもっ! それに背がつりあわなーい!」 暗闇の中から、ヨーヨードを乗せた御輿が姿を現した。 御輿――と言っても、担架の上に椅子を結いつけただけの代物だ。 「おお! レキはどうじゃった!?」 爺さんが、俺を見つけて声をかけてきた。 「マリーカさんの側につけてきた! でも――」 「レキ、産婆の経験は無いらしい」 「なん……じゃと?」 「え、じゃあなんでレキに代理指名したのさ」 「おいババア! どういうつもりじゃ!」 「決まっておろうが、そんなもん!あての代わりを頼んだんじゃ!」 「耄碌したか! レキに産婆の経験はないと、今、聞いたじゃろうが!」 「あだだだだだ! 揺らすなジジイ!」 「ど……どうするツモリなんだ?」 「あてが助手につく!この腰じゃとても赤子は取り上げられん!」 「じゃから早く、レキ様の下に……あだだ!揺らすなというに!」 「ミント! アルエ! 俺とジンが御輿を運ぶ!」 「馬に乗って、レキの手伝いに行ってくれ!」 「わかった、そうする!」 「ばとんたーっち!」 アルエの場所に俺が、ミントの場所にジンが入れ替わる。 「多少、ババアが苦しんでもかまわん!速度優先でいくぞい!」 「承知したッ!」 「や、優しくしておくれ……アロちゃん」 「ふんぬッ!!」 「あだだだだだだだーっ!?」 「よーし! いざ出発!!」 御輿を肩に担ぎ、俺たちは再び、現場へと疾走した。 「ぐっ、うぅぅぅっ!」 現場は、峻厳な空気に包まれていた。 固唾を呑んで見守る、乙女たちが4人―― 「大丈夫だ。ゆっくり息を吸って……」 「あぐぅっ! い、痛いっ……」 「ゆっくりだ! ゆっくり吸って!」 「マリーカさん! わたしの腕をしっかり掴んで!」 「すっごい汗……拭いてあげなきゃ」 「う〜〜〜〜っ、遅いなリュウたちは……」 ジリジリと焦りが募る。 何も出来ない悔しさと、未知な状況への恐怖が精神を削る。 しかし、そんな自分たちよりも、妊婦本人の方が苦境に立っている。 それが分かっているから、彼女たちは弱音を吐かない。 「あ、あなたっ! あなたぁぁっ!」 「ジャンさんも応援してるよっ、マリーカさん!」 「ジャンさん?」 「旦那さんですっ」 「そか……よーしっ!」 「ごめんアルエ!そこの壁にかかってる手ぬぐいとって!」 「こ、これか?」 「さんきゅ!」 「マリーカさん! これ、ジャンさんの手ぬぐい!しっかり握って!」 それが本当に、ジャンという夫の物かどうかは知らない。 でも、少しでも心の支えになるのなら――と、ミントは瞬時に考えた。 「ああっ、あなた……っ!」 「ど、どうすればいいんだ……?」 ついに、レキがぽろりと弱音を漏らした。 「決まってる! 出来ることをやるしかない!」 「し、しかし……」 「弱音はダメです!」 「………………」 「そ、そうだな。そうだった。すまないっ」 「とにかく、赤子を取り上げる準備をするっ!」 「血を拭くための清潔な布がいる!それと、清潔な刃物だっ!」 「わかった! 用意するっ!」 互いを見つめ、頷きあう四人の乙女たち―― 彼女たちの心は、今、一つになっていた。 「ついたっ!」 滑り込むようにして、御輿を担いだ俺たちは現場に到着した。 心配そうに集う村人たちの様子から、まだ産まれていないことを悟る。 「あっ!」 ちょうど、中からアルエが出てきた。 「お、遅いぞっ! 何をしてたっ!」 「すまんッ! とりあえず婆さんを中に!」 御輿から引っ張り降ろして、アルエに預ける。 「ふぐぉっ!? も、もうちょっと労わらんか!」 そんな余裕ねーよ! 「ふー。一仕事終わったあぁぁ……」 「まだだっ! 必要なものがたくさんある!」 「清潔な布と、清潔な刃物だっ!」 布と刃物? しかも清潔な……って。 「頼んだぞっ!」 ヨーヨードを担いで、アルエが現場に戻っていく。 「刃物なら、ここに短刀がある」 「それ、清潔?」 「手入れは怠っていない!」 「いや……たぶんそういう意味じゃないと思う」 「うむ。おそらくは消毒してあるか否か、じゃな」 「もってきた鍋を並べるんじゃ」 「それと、このまま道端で構わん。火をおこすぞ」 「道で焚き火!? 正気か!?」 「村の女衆よ!出来るだけ度の強い火酒を持ってきておくれ!」 「あ、ああ! わかった!」 「旦那の隠し酒を持ってくるよ!」 集まっていた村人たちが、わらわらと散っていく。 残された俺たちは―― 「煮沸消毒に入る! その短剣、ちと茹でるぞ!」 「事情が事情だ、仕方あるまい」 「布も茹でる。しかるのちに火にかざして乾かす!」 「わかった。任せろ」 「うひょー、なんか爺さんかっけー!」 「なーに、ワシなんぞまだまだ」 「本当にかっこいいのは、今、中で奮闘しとる乙女たちじゃよ」 「とにかく、逆子を取り上げるとき、気をつけねばならんのがへその緒じゃ!」 「へその緒が、首に巻きつかんように、気をつけながら取り上げねば!」 「へ、へその緒だな、わかった」 「あだだだ……うぅ、情けないのう。すまぬ迷惑をかけて」 「いいって。今は赤ちゃんが無事に生まれることだけを考えようよ」 「もっとしっかり、わたしの腕を握って!マリーカさん!」 「ぐっ……んぁぁぁっ!」 「なんぞ丸い棒は無いかえ?」 「丸い棒……あ、向こうに物干し竿ならあったぞ!」 「もっと小さい、手のひらくらいの大きさの!」 「えーっと、えーっと」 「ペンならある、けど」 「それじゃ! ぐるぐると布を巻いて、マリーカに噛ませるんじゃ!」 「え、なんで!?」 「踏ん張るときに、舌を噛んじゃうからですっ」 「そうだよね、おばあちゃんっ!?」 「そうじゃとも!」 「次、こんなことがあった時のために覚えとこ」 「足が見えたっ! 赤子の足がっ!」 「ぬ……う、やはり逆子……」 「間もなくじゃ! 長い戦いが始まるぞい……」 たらり、と老婆の額に汗が滴る。 「布はまだか!? 急がせておくれ!」 現場付近は、さながら戦場のようだった。 火を炊き、鍋で湯を沸かし、布を煮ては乾かす。 「はい、どいたどいたーっ!」 「どのくらい煮るんだよっ!?」 「沸騰した湯に、二十秒はつけておけ!」 そこまで徹底する必要があるのかどうか、ホメロ自身にもわからない。 ただ、慎重には慎重を期しておく。 「こっち乾いたぞっ!」 「あいよ! こっちに乗せてくれ!」 「布はまだかっ!?」 アルエが中から出てきた。 「乾きたてのホヤホヤ! とりあえずこんくらい!」 「よし!」 「酒を持っていけ!いや、レキならば既に清めておるじゃろうが」 「ああ、手のことか。それはちゃんとやってた」 「とりあえずコレ、持って行くからなっ」 「中の様子はっ!?」 「戦場だよ!」 言い捨てて、再び戻っていくアルエ。 「殿下……なにやら逞しくなられたような」 「感慨にひたっとる場合か」 「もっと速度を上げるんじゃ!こんなもんでは足りんぞ!」 「おうっ!」 額に滲んだ汗を拭こうとして、ふと空を見上げた。 眩いほどの星々が、瞬いている。 「すげ……」 「ドナルベインっ、ぼーっとするな!」 「おあっとっと」 どうか無事に産まれますように―― まだ名もなき赤子の無事を、星々に祈った。 フル回転を続け、なんとか全てを用意し―― ようやく、俺たち男衆の仕事は終わった。 後は、レキたちに任せるしかない。 鍋を沸かすのに使った焚き火を、ぐるりと囲んで座り込む。 路傍に捨てた湯から、もうもうと湯気が立ち上っていた。 「……産まれたかなー」 「まだじゃろ。今頃、修羅場も修羅場、大修羅場のはずじゃて」 「俺たちに出来ることは、もう無いか……」 「まあ、男が中に入るわけにもいかないしな」 ふー……と、四人で溜息をつく。 全身を包み込む疲労感が、心地よかった。 「なんつーか、アレだな。こういうとき男って無力だよね」 「……そうだな」 「一番、頑張ってるのは、産もうとしてる母親だもんな」 「じゃから女子は偉大なんじゃよ。神秘的でもある」 「ワシは大好きじゃ。女子バンザイ」 「爺さんが言うと、ただのセクハラに聞こえるから不思議だよな」 「そうかのう……?」 あはは、と全員が笑いかけた、その時―― 「ふぅ……」 ミントが中から出てきた。 「う、生まれたのかっ!?」 「うんにゃ、まだ」 「でも、とりあえずあたしに出来ることは無くなってきたから」 「そう……か」 「火にあたるといい。外は寒いぞ」 「うん。でも、ちょっとやる事もあってね」 「なんだ? 言ってくれればオレらでやるけど」 「あー、いい。いい。そこで休んでていい」 そういうと、ミントは空になった鍋を一つ掴んで、家の裏手に歩いていった。 「まだ続いておるんじゃなあ……」 「俺にはわからないが、これだけ時間がかかるのは、難産なのか?」 「ワシにもわからんて」 「難産なんじゃねーの? これが普通なんだったら、マジで女はすごいぞ」 「だよなぁ……」 うんうん、と頷きかけた、その時だった。 っ!? 「お、おいっ! 今の――」 全員が、一斉に立ち上がる。 「確かに聞いた。今のは……」 「生まれた!」 「おーおー! こりゃまた元気な声じゃあ!」 立ち上がったまま、互いの顔を見回して、思わず笑ってしまう。 生まれた―― やっと、やっとの事で生まれたんだ。 「う、生まれたぞっ! 女の子だっ!」 中から、アルエが飛び出してくる。 続いて、ロコナも駆け出してきた。 「女の子ですよーっ!」 満面の笑みを浮かべ、アルエとロコナが手を取り合って、ぐるぐると火の周りを駆ける。 「はぁぁぁぁ……」 一気に気が抜けた。 ヘナヘナ、とその場にしゃがみこんでしまう。 俺だけじゃなく、他の三人も同様にへたり込む。 「む……う。何はともあれ、良かった……」 「女の子か〜……へへへ、そうかぁ……」 「いかん、ワシまで腰が抜けそうじゃ……」 「勘弁してくれよ……御輿に二人乗せるのはキツい……」 軽口を叩きあい、そして笑う。 「あははっ! アロンゾ、だらしないぞ!」 「殿下には……いや、女性には敵いません」 「ボクは男だっ。……でも、今日は許す」 「女かぁ……」 遠い目をして、アルエが夜空を見上げた。 「星がすごいな」 「ああ、俺も思った。今日はすごい」 全員が、ぼんやりと空を見上げる。 と―― 「はいはいはいはい、どいてどいてどいてーっ」 家の裏手から、ミントが戻ってきた。 ぷうん……と美味そうな香りが漂ってくる。 「さーさー、みんなお疲れっ!」 「ここで、ミント印の美味しいスープはいかがかにゃ?」 鍋一杯につくられたスープ。 立ち上る湯気が、なんとも食欲をそそる。 「そういや……なーんも食ってなかったな」 「ワシらは食ってきたがの。しかし、腹は減った」 「お安いよー! たったの銅貨2枚!」 「金とるのかよ!?」 「あったりまえじゃん!」 「……と、言いたいトコだけど」 「ツケにしといたげる♪」 にっ、とミントが笑う。 商魂たくましいな……ホントに。 中から、また元気な泣き声が聞こえてきた。 生まれてきた赤子が、どうか、逞しく育ちますように―― 父親でもないのに、そんな願い事をしたくなる。 「あぢぢ……」 舌が焼けそうなほど熱いスープをすすりながら、ふとそんなことを思った。 お疲れ様……みんな。 アルエの逗留を聞きつけ、地元の貴族淑女たちが村を訪れる。 男女なアルエに興味を抱き、ご挨拶に ……とやって来たのだ。王族らしく礼にのっとって出迎えるアルエ。 しかし彼女たちは村を悪し様に罵り、リュウたちを召使扱いし、挙句の果てにはロコナを使えない下女扱い。 ついにキレたアルエは、彼女たちに水をぶっかけ、友を悪く言うことは許さないと言い放つのだった。 「ずいぶんと遠いのね、そのポルカ村とやらは」 「これだけ走らせても、まだ着かないなんて」 「よほど田舎なのね。まったく……面倒ったらありゃしない」 「まったくよ。お父様が自分で行けばいいのに」 「……でも、ちょっとだけ興味はあるのよ」 「例の姫様? 実は私も」 「ご自身のことを、男だと思ってらっしゃるんですって」 「うふふふ。ヘンなお姫様」 「見たいわね」 「見たいわ、とっても」 「ねえ! あとどのくらいで着くのかしら!?」 「へえ、明日には着きますだ」 「安い宿に泊まるのはイヤよ?」 「当たり前じゃない。私たち、伯爵家の令嬢なのよ?」 「そうよね。そうだわ」 「楽しみね、へんてこなお姫様にお会いするのは」 「ええ、本当に楽しみね、お姉さま」 「うふふ……」 「くすくす……」 その日の朝―― またしても、アルエ宛に書簡が届いた。 持ってきたのは、これまた前回同様に、ジンだった。 「また父上の嫌がらせか……」 うんざりした顔で、アルエが溜息をつく。 「いや、違うと思う。今回のコレは……たぶん別」 「別?」 アルエが、書簡の封印に視線を落とす。 「……知らない紋章だ」 「どれどれ? 見せて?」 「ほら」 猪に三本の剣が突き刺さった紋章。 ……見たことないぞ、こんなの。 「みーしーてー」 「ん」 「なにコレ? 子豚?」 「イノシシだと思うぞ。たぶん」 「冴えないデザインねー。もうちょっと、なんとかならなかったのかな」 「オレもそう思う」 「アロンゾ、分かるか?」 「いえ……どこかで見たような気はするのですが」 「う〜〜〜ん?」 「開けてみりゃ、一発でわかるんじゃないか?」 「それはそうだけど……」 しばらく、じーっと書簡を睨むアルエ。 そして渋々と、書簡の封印を解いた。 「……ご挨拶状?」 小首を傾げるアルエ。 「もしや、訪問願い……ですか?」 訪問願い? 「説明しよう!」 「訪問願いとはっ、一定以上の身分の貴族のみに許された、王族への謁見願いのことである!」 へ、へーえ…… 「ちなみに、よほどの事情がない限り、断れない」 「王族の悲しい義務ってやつね」 「詳しいな。まるで貴族のようだ」 「聞きました奥さん? あれですわ。イジメっちゅーやつですわ」 「……差出人は、ミリィ・トロッティア・ステイン」 「わーお、ステイン伯爵家のご令嬢じゃーん」 ……………… 「……ジンの実家?」 「そうなるねえ」 「え? じゃあこのイノシシ、アンタんちの紋章?」 「微妙だよねえ」 「このミリィなる婦人は、血縁者か?」 「血縁者だねえ」 淡々と答えるジン。 「ま、半分勘当されてるオレには、あんまし関係ない話よ」 「ステイン伯爵家の令嬢か……」 「断れませんな」 「う……やっぱり、断れないか?」 できれば断りたい、とアルエの顔には書いてある。 「難しいでしょう。殿下は静養のため ……という事で、この村に来ております」 「その際、ステイン伯には国王陛下より、殿下の身を預ける旨の書簡が届けられているはず」 「つまり、殿下と陛下は――」 「ステイン伯に借りがある、と?」 「はい。ここはステイン伯領です。形としてはそうなります」 「うぅぅぅぅぅ……めんどくさいなぁ」 「ほっといていいんじゃね?」 「そうはいかん。事は殿下の体面に関わる」 「んで、いつ来るって? というか村に来るのか?」 「うん、そうらしい。今日か明日には着くだろうな」 「へーえ、貴族のお嬢様かー。なんか買ってくれないかなぁ」 「無理だと思うぞ。あの二人は成金趣味だから」 「二人……?」 「あー、たぶん二人くる。ミリィと、その妹のマリィ」 「ステイン一族の中でも、かなり捻じ曲がってる姉妹だな」 うわ……ジンが言うくらいだから、相当だな、それは。 「はぁ……仕方ない」 「アロンゾ、ドレスを出せ」 「かしこまりました」 おおっ!? もしかして―― 「なんだよ、その期待に満ちた目は」 「いや、もしかすると、女の子になるのかな〜と思って」 「か、格好だけだからなっ!」 恥ずかしそうに言い放ち、アルエは『ふんっ』と顔を背けた。 「ほう? ステイン家の令嬢が村に……」 「アルエにご挨拶だってさ」 「貴族ってのも、色々面倒なんだな」 「うんうん。意味わかんねーよな、ホント」 「………………」 「実家の話だろう?」 「そーだけど、別にオレには関係ないし」 「オマエ、そんなに嫌いなのか? 自分の実家が」 「うんにゃ。嫌ったりしてないぞ?」 「ただ、なんというか……んー、愛着は薄いかな」 「紋章もなんかダサいってゆーか?」 「田舎貴族なのに威張り過ぎってゆーか?」 「ちょっと無駄遣いしただけで勘当なんて心狭すぎってゆーか?」 「どうでもいいが、そのしゃべり方がなんかむかつくな」 「ま、そんなワケで実家のことはあまり興味がない」 「どうせ跡も継げないしネ。三男だもん」 そういうモノなのか、三男って。 「ステイン伯は、この神殿にも多額の寄付をして頂いている」 「私も、礼を述べに伺おう」 「ほっときゃいいのにー」 「そういうワケにもいかない」 「オレは会いたくないから、ぜーったい行かないけど」 「オマエ、本当に実家の金を使い込んだだけか?」 「もっと鬼畜のような所業をしでかして、追い出されたんじゃないのか」 「出たよ、言葉の暴力。ピュアなハートが傷ついたー」 そこまで実家を避けたがる気持ちが、よくわからん。 「とにかく、私も伺おう。招待する場所はどこだ?」 「……それなんだよなあ、問題は」 頭を抱える。 別に、俺が悩むべき問題では無いんだが…… 「この村で、一番広くて、客を招いても問題なさそうな場所って、どこ?」 「ポルカ村に限定した話……か?」 「そう……だな。ここと、それから……兵舎」 やっぱり、そうなるよな。 「神殿で会うのもヘンだろ?だとすると必然的に……」 「なるほど」 「あんな場所に、貴族の令嬢を招いていいもんかね」 「いいだろ別に。お姫様だって住んでるんだぜ」 そりゃそうだけど…… 「問題は、たぶんもっと別のところにあると思うぞ」 意味深なことを呟いて、ジンは苦笑いを浮かべた。 「見てごらんなさいマリィ、ここに人が住んでるのよ」 「信じられないわ。人間ってすごい……」 「いいお勉強になったわね。それだけでも来た価値はあったわ」 「この辺りに、お父様の別荘があるというのは、本当なの?」 「ええ、本当よ。今夜はそこに泊まるわ」 「私、天蓋もついていないベッドで寝るのは、もうたくさん」 「大丈夫よ。ちゃんとした別荘だから」 馬車は、ゆっくりとポルカ村へ進む。 二人の姉妹は『もう外の景色は飽きた』と言わんばかりに窓のカーテンを閉めた。 「………………」 久しぶりに見た。アルエのドレス姿…… というか、あの式典以来じゃないだろうか? 「殿下、よくお似合いです」 「ボクを怒らせようとしてるんだよな?そうかそうか」 「い、いえっ、決してそのような……」 「ふわぁ……でも、すごくキレイです」 「本当にお姫様だったんだー……」 「後で怒るからな。ぜーったい怒るからな」 きっ、と俺たちを睨みつけるアルエ。 そんな仕草も可愛く見えるのだから、不思議なものだ。 「……あ、レキさんが来ますよ」 うん? 遠すぎて、まだハッキリとは見えない。 「レキさーんっ!」 「どうやったら、この遠距離で見えるのよ……」 ロコナの視力は、相変わらず凄まじいな。 ……………… 「……ホントにレキが来た」 「なんだ? ホントに……というのは」 「なんでもない、こっちの話」 「わざわざ来なくてもいいのに」 溜息混じりに、悪態をつくアルエ。 そんなアルエを見つめて、レキは苦笑した。 「ふふ……似合ってるぞ」 「も、もうその言葉は聞き飽きたっ」 またしても、アルエの機嫌が悪くなる。 「まだ、来ていないのか?」 「そのようだ。だからここでお出迎え中なんだが」 「なるほど」 「……あっ、馬車が見えますっ!こっちに来ますよーっ!」 俺たちには見えないが、ロコナには見えるらしい。 「殿下、口幅ったい事を申し上げますが――」 「言うな。わかってる。姫として振舞うんだろ」 「それが礼儀ですので」 馬車はゆっくりと丘を登り、俺たちの前で止まった。 御者が、慌しく馬車のドアを開ける。 「到着いたしました、お嬢様」 「あら……もう皆さんお揃いですのね」 「まあ、わざわざ出迎えて頂けるなんて」 二人の令嬢が、優雅な所作で馬車を降りる。 そのまま、ドレスの裾をつまんで、アルエの前で一礼した。 「この度は、お目通りをお許し頂き、ありがとうございます」 「ミリィ・トロッティア・ステインの妹、マリィでございます」 恭しく挨拶をする二人を前に、アルエは表情を引き締める。 「ボ……こほん。私はテクスフォルト王国第4王女、アルエミーナ・リューシー・テクスフォルトです」 「わざわざのご来訪、心より嬉しく思います」 おおおおお!? ア、アルエが……アルエがまともな姫様言葉を! 「ああ……殿下……」 アロンゾが感動して震えている。 その気持ち、今ならちょっとだけ分かる気がするぞ。 「ささやかながら、お茶の用意を致しました。どうぞこちらへ」 兵舎へと、二人の令嬢を誘うアルエ。 「まあ、殿下にお茶のお誘いを頂けるなんて。光栄ですわ」 「喜んで、ご招待にお預かりいたします」 「そこのアナタ、これを運んでちょうだい」 え? 俺……? 「なにをボーっとしているの? 早く」 「は、はいはいっ」 お嬢様二人の、やけに重たい鞄を受け取る。 「それにしても、何かしらね、この建物は……?」 「面白いわね、お姉さま。こんな場所でどんなお茶を飲ませてくれるのかしら」 去ってゆく二人の背中を、呆然と見つめる。 ……ジンの言ってた『ねじれてる』って意味が、分かったような気がする。 確かに、性格は良くなさそうだ。 「何もない場所ですが、どうぞおくつろぎください」 アルエの案内に沿って、兵舎の中へと足を踏み入れる、令嬢二人。 「何も無い非礼をお詫びしなくてはならないのは、こちらですわ、殿下」 「我が父の領地、その中でもここは最も寂れた、何もない村ですの」 「お恥ずかしくて、なんと申し上げればよいのやら……」 ま、まぁ、確かに辺境ではあるけど、何もないってワケじゃないんだが。 「……いつまで客を立たせておくつもり?」 え? 「あなたバカなの?」 んなっ!? 「リュウ、お客様の椅子を引いて差し上げなさい」 あ……あぁ、そうか。そういうことか。 って! なんで俺が召使みたいなことを!? ……なんか、色々と納得いかないんだが。 「殿下は、ご静養にいらしたと伺いました」 「どこか、お体の具合でも……?」 「いえ、そういうわけではありません」 「美しい自然に触れたくて」 思わず吹き出しそうになるのを、こらえる。 「うぷぷぷ」 若干一名、こらえてないのもいるが。 「ああ、そうそう。お二人に挨拶をしたいという知人がおりますの」 「レキ、ご挨拶を」 「はい」 おおっ、レキも普段と違うっ。 「お初にお目にかかります。当地の神官を務めております、レキと申します」 「神官……? この辺りに神殿があるのかしら?」 「ございます。伯爵閣下におかれましては、多大なる寄付を頂いております」 「あぁ……その話は聞いたことがあるわ」 「ずいぶんと貧しい神殿だそうね」 「……質素倹約が神殿の方針ですので」 「ふぅん……」 「訊いてもいいかしら?」 「なんでしょう?」 「この村の領民は、普段、どんなものを食べてるの?」 「は……?」 「まさか水を啜って生きてるわけではないのでしょう?」 「……特に変わったものは、口にしていないと思いますが」 「マリィ、失礼よ。麦を食べてらっしゃるのよ」 「ああ……そういえば、畑がありましたものね」 ……こいつら、人をムカつかせる天才だな。 いちいち言葉の節々に、トゲがある。 「こほんっ……レキ、もういいわ」 「ご挨拶も済んだことだし、下がってなさい」 「はい。では失礼します」 一礼して、後ろに下がるレキ。 「……大丈夫か?」 ぼそっ、とレキに語りかける。 「ん? 何がだ?」 レキは笑顔を浮かべていた。 ……額に血管を浮き立たせつつ。 「い、いや……なんでもない」 見なかったことにしておこう。 「ロコナ、お茶を淹れてくれるかしら」 「は、はいっ、ただいまっ!」 いきなり声をかけられて、緊張するロコナ。 ギクシャクとした動作で、キッチンに向かって歩いていく。 「村の娘、ですわね?」 「ええ。色々と面倒をみてもらってるんです」 「私どもの領民が、殿下の下女を勤めさせて頂けるなんて、嬉しいことですわ」 げ、下女って…… しかも、なんとなく所有物扱い。 はー……早く帰ってくれないかな、この二人。 「お、お待たせしましたっ」 ロコナがティーポットを運んでくる。 ちなみに、ポットはミントが用意した、そこそこの品物だ。 「失礼します」 カップを並べて、ゆっくりとお茶を注ぐ。 よーし、いいぞロコナ。カンペキだ。 「……スプーンはどうしたの?」 「えっ?」 「ティースプーンよ。決まってるでしょう」 「す、すぐお持ちしますっ」 「まったく、手際が悪いわね」 「恥ずかしいわ。領民の恥は、領主の恥よ?」 「も、ももっ、申し訳ありませんっ」 なんで、お前ら二人がロコナを責めるんだよ。 そりゃ、領主の娘かもしれないけど……でも。 「殿下、この下女はクビになさったほうがいいと思いますわ」 「私もそう思いますわ。ステイン伯領の恥を晒したくはありませんもの」 「………………」 ピク、とアルエの頬が引きつる。 「そ、そんなことはないっ……ですよ?」 「ロコナは、とても優秀ですし」 「私に様々なことを教えてくれますの」 アルエは凛とした表情で断言する。 そんな彼女を見て、二人はくすくす笑った。 「くすくすっ、読み書きもロクに出来ない村娘に、殿下が学ぶことなど一切無いと思いますわ」 「ええ、野蛮で下品な村娘などを見習うのは如何かと」 「ほ、ほほほほ、率直なご意見ですこと。けれどロコナはあなた達の言うような人間ではありません」 「誰よりも素晴らしく、純粋な少女ですのよ」 引きつった顔のままで、懸命にロコナをかばうアルエ。 え、偉いぞ、アルエ! 「御覧なさい、殿下に気を遣わせてしまっているのよ、アナタは」 「お優しい言葉を頂いて、本気にしてるんじゃないでしょうね?」 「わ、わたし……そのっ……」 「どんくさいわね」 「もういいわ、見てるとイライラするから」 二人の姉妹が呟いた、その時―― 「……いい加減に、しろよな」 アルエが、ゆらりと立ち上がった。 「もう限界だ。先に謝っとくぞ、アロンゾ。すまないっ」 そう言って、アルエがテーブルの花瓶を手に取り―― 思いっきり、花瓶の水を二人の顔にぶちまけた。 「きゃあっ!?」 「いやぁぁっ!?」 ぶちまけられた水を、頭から被る二人の令嬢…… そして。 「言っておく」 「ボクの友を、悪く言うことは許さない」 「例え、ステイン伯が許しても、ボクが許さない」 「覚えとけ」 怒りに燃えたアルエの眼差しが、二人を射抜く。 「何も無い村だって?」 「冗談じゃない。その四つの目は節穴だ」 「ロコナがどんくさい? 野蛮で下品?」 「何も知らずによく言える。その二つの口は便所の穴だ」 「べ、べん……!?」 「アルエミーナ・リューシー・テクスフォルトが命じる」 「今すぐ消えうせろっ」 鋭い言葉の切っ先を突きつけ、アルエは不敵に笑った。 「こ……このことは、問題にさせて頂きますわよっ!」 「これほどの無礼を受けたのは、生まれて初めてですわっ!」 「ぎゃんぎゃん吠えるな、情けない」 「どうとでもすればいい。ボクは受けて立つ」 その凛としたアルエの姿に、俺は思わず見とれた。 「か、帰りますわよっ」 「お姉さま……」 そそくさと、立ち去ろうとする二人。 その前に、俺が立ちふさがった。 ちょっとした意趣返しをさせてもらおう。 「運んできたお荷物は、どうなさいます?」 「なんせ、狭くて汚い兵舎ですので、場所をとっちゃって」 「……後で取りにこさせますわっ」 キッと睨まれた。 肩を竦めて、苦笑で返す。 「助かります」 「……覚えてなさい」 「出来るだけご期待に沿えるよう、がんばってみます」 恭しく一礼して、彼女たちに道を明けた。 今度こそ、二人が兵舎から出て行く。 「ふぅぅぅ……」 一気に緊張感が解けた。 「ア、アルエ様っ!」 「はー……もう二度と会いたくないね、あの二人には」 「災難だったなー、ロコナも」 「わ、わたしっ……わたしっ」 「不愉快な目に遭わせて、ごめんよ」 「まあでも、次は無いと思――」 言いかけたアルエに、ロコナが抱きつく。 「ちょ、ちょっと、ロコナ?」 「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」 「ど、どうして謝る?」 「だって、わたしのせいで……」 「ロコナは何も悪くない。そうだろう、リュウ?」 「だな。全面的に向こうが悪かった」 「隊長……」 「それに、さっきあのバカ二人にも言った通り――」 「友達をけなされて、怒らないヤツなんかいないよ」 そっと、アルエがロコナの肩に触れる。 「本当のことだからな?」 「ア……アルエさまぁぁぁっ!」 「そろそろ、その様っていうのも止めて欲しいんだけど」 「それは難しいだろ。今回の件でますます難しくなった」 「ど、どういう意味だよ?」 「別に?」 にやりと笑う。 「あははは。あたしもアルエ様って呼んじゃおうかな」 「かっこよかったぁー」 「ああ、見直した。あれこそ正に、王族の迫力だな」 「ミ、ミントとレキまで……止めろよー」 「殿下が……殿下が凛々しくなられて、ちょっと複雑ですが、嬉しくもあります」 男泣きに暮れるアロンゾ。 「や、止めろってば。もうっ」 照れるアルエが、やけに可愛い。 こうして―― ポルカ村に訪れた災厄は、アルエの迫力勝ちで退いた。 ……願わくば、後々に尾を引きませんように。 それだけが……ちょっぴり心配だ。 「絶対に! 絶対に問題にしてみせるわ!」 「これほどの屈辱を受けたのは、初めてよっ!」 「お父様に手紙を出すわよ、マリィ」 「当然よ。ここはステイン伯領なのに、あの態度……!」 「お父様から陛下に、直訴して頂きましょう」 「それだけじゃ気が済まないわ。あの下女にも、痛い目に遭ってもらわな……きゃっ!?」 がくん、と馬車が揺れる。 「な、なんなのっ!? なにごとっ!?」 突然、馬車が停止した。 「ちょっと! いきなり何なのよっ!」 「へ、へぇ……それが、その……」 「え、ええと……」 『オレが止めたんだよ』 いきなり、馬車のドアが開いた。 「よっ」 「ひっ!?」 「お……お兄……さま!?」 「あ、なんだオマエら、背ぇ伸びてるじゃん」 「ほー、成長してるねえ。あらビックリ」 「なっ、ななっ、なぜここにっ!?」 「なぜも何も、オレがこの村に住んでるの、知ってるだろ?」 「え……ええっ?」 「あれ、知らなかった? そりゃー残念」 「いやー、オマエらが来るって聞いて、楽しみにしてたんだけどなー」 「な、なんの用ですの?」 「兄貴が妹に会うのに、用がなきゃダメなの?」 「そ、そういう訳では、ありませんけど……」 「なんか、アレらしいね。王女様にご挨拶に行ってたらしいね」 「そ、そうですわ。つい先ほど」 「え、ええ。つい先ほど」 「見てたよ」 「!?」 「オマエらの負け。完敗。っていうか勝負になってなかった」 「だから、妙なことは考えずに、気持ちよーく屋敷に帰りなさい」 「な……なにをおっしゃってるの、お兄様は……」 「余計なことしたら、色々とバラしちゃうよ?オヤジ殿に」 「香水屋の調香師と外泊したり、庭師のブレッツェンとラブってたり」 「んなっ!?」 「そーゆーこと」 「んじゃ、また会おう妹たちよ」 「おい、出してくれ。突然止めて悪かったな」 「ジン様……」 「さっき言ったこと、忘れるなよ〜?」 にまーっと、ジンが笑う。 慌てて逃げ出す馬車の轍を、ジンは満足げに見つめた。 追い返された貴族淑女二人は、なんとかアルエに仕返しをしてやろうと画策する。 一方のリュウたちは、毎日のように続いていた農作業も無くなり一段落中。 ということで、警備隊らしく兵科として剣術・棒術の訓練をすることになる。面白がってアルエも参加する。 やらせてみると意外と筋のいいアルエ。リュウの教え方も上手く、それなりに見えるようになる。 そして夜。貴族淑女二人の復讐が決行されるのだが……アルエは驚くどころか、逆に習った剣術で相手を倒すのだった。 「……あの女ですわ。見えますこと?」 「どれだぁ? 女はいっぺぇいるが」 「ちょ、ちょっと近づかないでくださる?匂いが……」 「いいじゃねえかよ、なんもしねぇからよぉ」 「そーっと。そーっと中を御覧なさい。あの金髪の、耳のところがクルクルっとカールしてる女ですわっ!」 「……おー、なかなか上玉じゃねえか」 「あの女がターゲットですわよ」 「ふぅん、あれが王女様ねえ……確かに高貴な匂いがプンプンしてらあ」 「あなたも、お酒の匂いがプンプンしてますわ」 「決してやりすぎないように。あくまでも目的は、あの女を追い出すことですから」 「そう。伯爵家の責任になっては困りますの。その辺りのこと、わかっていらっしゃる?」 「心配性だねえ。わーってるよ、金さえもらえりゃなんだって言うこと聞くぜえ?」 「お金なら、たっぷり弾みますわ」 「なんとしても、あの男女に……恥をかかせてやらないと、気がすみませんわ」 「実行は明日の夜、私たちも同行して、現場を目撃させてもらいますわよ」 「なんでもいいよ。それで? 具体的な方法は?リクエストとかあんのか?」 「出来るだけ恐怖を与えて欲しいですわ。そう――怪物に襲われた、とか」 くくく……と低い笑いが漏れる。 陰謀が張り巡らされていることも知らず―― 兵舎の中は、平和な空気に満ち満ちていた。 「ぬっ!」 角笛が鳴ると同時に、起床。 我ながら見事な反射神経。朝から自分を褒めてやりたい気持ちで一杯だ。 窓の外は、朝霧もなく快晴。 時折聞こえる、ヒュォォォォという風音が、いかにも寒そうな感じだ。 「……さて、と」 今日も一日、元気に働きますかね。 ホールには、爺さんしかいなかった。 「あれ、珍しいな」 「うん? 何がじゃ?」 「一番乗りで起きてること、だよ」 「ほうかの? ワシはいつも早起きなんじゃが」 その割には、あまり兵舎の中で見かけないが。 「老人は、早寝早起きが身上じゃて」 よく言うよ、毎晩、遅くまで寝酒してるくせに。 「それと、別にワシゃ一番乗りではないぞよ」 「あれ? そうなの?」 「おはよーございます、たいちょ〜っ」 「おう。おはよーさん」 「アルエとミントは? まだ寝てる?」 「お二人とも、起きて外にいらっしゃいますよー」 え、外に? 「なんでまた、この早朝に外へ……?」 「凧じゃよ。ミントが仕入れて、アルエに売ったんじゃな」 「……凧って、風にのって飛ぶアレか?」 「他の凧は知らんのう」 こんな朝から、いかにも寒そうな外で、凧飛ばして遊んでるのか…… 「なんか……俺、歳とった気がする」 「嫌味か?」 ちがうっつーの。 収穫を終えた今では、もう畑仕事を手伝うこともない。 代わりに……といっては何だが、越冬のための、家屋の補強を手伝うことが増えてきた。 「すまんねぇ、こんなことまでしてもろうて」 「いやいや、なんのなんの。畑仕事よりは、よっぽど向いてる」 「ジン、そこの釘を3本、とってくれ」 「……なんかフツーに戦力にされてるオレ」 「ここでふたたび主張。オレ貴族。最高にイカした領主の息子さ。おーけー?」 「だったら俺は隊長だ。というわけでさっさと釘を取れ部下A」 「ふお! なんか知らんが妙な説得力!いつの間に部下になったかさっぱり分からんけども!」 いちいちうるさいヤツだ。 「ところで、他の連中は?」 「アルエとアロンゾは、神殿の地下書庫」 「懲りないねぇ。まだ探すのか、例の花」 「そりゃ探すだろ。どうしても男に戻りたいっていうんだから」 「その割には、最近、森の方には行ってないんじゃね?」 「色々と襲われたり危険な目にも遭ってるからな」 「っと、もう1本くれ」 「おらよ」 「それで、ロコナと爺さんは、ヨーヨードの家の補強に行った」 「ミントは?」 「兵舎でお仕事中。また山ほど帳簿抱え込んで、うんうん唸ってる」 「なんか、それぞれの生活スタイルが確立してきた感じだな」 言われてみれば、確かにな。 「……その後、例の貴族令嬢ズから嫌がらせは?」 「貴族令嬢ズって、オマエ、親戚なんだろ?」 「あー、まぁな。親戚っていうよりは、もうちょっと近い感じだけど」 「嫌がらせか……特にないな。問題にするとか言ってたけど、何も起こらないし」 「ふぅん、そかそか」 「一応、気にしてくれてたのか」 「そりゃーまあ、警備隊の連中は同じ釜のメシを食った仲だし?」 「さっきの話じゃないけど、もういっそ、警備隊に入ってくれりゃいいのに」 「オレが入ったら、即日、金使い込んで彫刻買っちゃうぞ」 「……うん、やっぱ入らなくていいや」 「賢明だな」 「入らなくていいから、コキ使われてくれ」 「なにその合理的かつリーズナブルな雇用方法っ!?」 「待遇はモットの下ってことで」 「しかも馬以下の扱い!」 補強を終えて兵舎に帰ると、アルエとアロンゾがいた。 「あれ? もう戻ってきたのか?」 「うん。特に新しい手がかりはなかった」 「神殿の蔵書も、あらかた調べつくしましたな」 「そうだなぁ……」 落ち込んでいるようには見えない。 「どうする? 今日はちょっと時間あるけど、森……行ってみるか?」 「いや、そう急がなくてもいい。焦ると、この前のように失敗しそうだ」 おお、先日の教訓が生きている。 馬肥ゆる秋とも言うしな、食って寝て、ゴロゴロしてるのも悪くない。 「じゃあ、たまにはのんびり……」 「ちょうど今、アロンゾと話してたところなんだが」 「この警備隊には、兵科訓練はないのか?」 「……へ?」 「兵科だ。剣術、棒術、体術、そういった訓練だよ」 「あー……いや、特にやってないけど」 「貴様、それでも国境を守る警備隊の兵士か!?」 「情けない……ッ!」 いきなり、そんなこと言われても。 「貴様が剣を握れないことは知っているが、棒術も体術も怠っているだと?」 俺に限っての話なら、やってる。一応、棒を振って鍛えるくらいの自己鍛錬は続けてる。 つーか、これまで何度か目撃しただろうに。その度にケンカ売ってきやがって。 まあ、確かに警備隊全体としては、何の兵科訓練も実施していないけど。 「考えてもみろよ。ウチの隊にいるのは、ロコナとホメロ爺さんだぞ」 「あとは事務方の準隊員、ミントだけ」 どうしろっていうんだ。 「だからどうした。そんなのが言い訳になるか」 「今から鍛えろってのか? 爺さんとロコナを?」 「む……まあ、あのご老人は手遅れだとしてもだ」 「ロコナくらいは面倒を見てやったらどうなんだ」 「そんなの、本人が嫌がるだろ」 女の子なんだぞ、ロコナは。 「決め付けるのはよくない。ボクなら喜んで参加するぞ」 アルエのような特殊例と比べちゃいかんだろ…… 「ほら、ちょうどいい。ロコナが戻ってきた」 アルエの指差した方角から、ロコナが駆けて来る。 そして、俺たちの前でピタリと止まった。 「ただいま戻りましたっ」 「うん、おかえり。補強は終わった?」 「ばっちりです♪」 「皆さんは、ここで何を?」 何を……っていうか、世間話だったんだが。 「ロコナ、戦闘訓練に興味はないか?」 「ふぇ? せんとーくんれん、ですか?」 「国境を守る警備隊の兵士であれば、兵科を学ぶのは必然だ」 「いや、だから……」 「あの、それってもしかして、戦い方を覚えるってヤツですか?」 「そうそう。戦い方の訓練のことだよ」 「興味ありますっ」 え……? 「そーなんです! そーなんですよ!」 「わたし、ずっと前からやってみたくて!」 お、おいおい…… 「……誰が嫌がるって?」 「ぬ……うぅぅ」 「決まりだな。どうせ暇なんだろう?ドナルベイン隊長殿」 「………………」 藪を突いたら蛇が出てきた、みたいな感じだな…… ……やれやれ。 「……わかった。じゃあやってみよう」 渋々と頷いて、俺は溜息をついた。 「えー、じゃあまず握り方から」 木剣を手に、二人の前で基本的な構えを取る。 剣術の基本は、半身の体勢になることだ。 「肩を前にして、前面から見たときに体が隠れるようにする」 腹を切られたり、刺されたりしたら――終わる。 だから半身になって、弱点を隠す。 「こうでしょうかっ?」 「い、いや、そこまで肩を前に出さなくてもいい。もう少し体を開いて」 「は、はいっ」 「ボクはどうだ? おかしくないか?」 「……ん、そんな感じかな」 「………………」 「……あのな。後ろから威圧しないでくれるか」 「じゃあ、どうしろというんだ」 「一緒に教えるとか……」 「はっ。木剣男の貴様と一緒に、教えたりなど出来るものかっ」 あー、そうですか…… 「た、たいちょー! 今度はどうでしょうっ?」 「お。出来てる出来てる。その体勢を忘れずに」 「確かに、こう構えると攻撃される面積が少ないな」 「そーゆーこと。頭、肩、膝。この三箇所のガードを考えればいい」 「で、剣を握る。剣そのものがガードになる。さっきの3点を守るように構えてみ」 「と、とりゃー」 「ていっ」 うーん、ロコナは剣に向いてないかもしれん。 なんとなく、腰が引けてるんだよな…… 「ロコナ、ちょっとこっちを持ってみて」 短剣サイズの木剣を、ロコナに渡した。 「あれ? ちっちゃいですね」 「短剣の方が向いてるかも。さっきの構えで、そのまま腰を落として」 「は、はいっ」 「ボクはどうすればいいんだ?」 うぅ、いっぺんに言われても困るんだが。 「えーっと、ちょっと違うな」 アルエの体に寄り添って、握り方を指導する。 「しっかり握るのは、片方の手でいい。もう一方は添えるだけだ」 「こう……かな?」 むにゅっ。 「う……」 アルエの胸が、思いっきり俺の腕に当たってる。 むちゃくちゃ柔らかい。 「どうした?」 「あ……いや、ええと」 「もう少し、持つ手を引いて、剣先を目の高さに」 「持つ手を引いて……」 もにゅっ。 アルエの尻が、俺の股間に密着する。 や、柔らかい…… 「剣先を目の高さ、だな」 「え、えーと、それから……」 「いつまで基本ばかりやってるんだ、ドナルベインっ!」 「技だ! 剣の奥義は技にある!基本はいつだって訓練できる!」 「それは違う」 「基本があるから、技が冴えるんだよ」 オヤジには、そう習った。 そりゃアロンゾは、基礎体力がバカみたいにあるからな、強引な技でも凄まじい破壊力を持つだろう。 しかし、今教えてる相手は女だ。 ……まあ、自称男の姫様もいるけどな。 「た、たいちょ〜〜〜、いつまでこの体勢を続ければ……」 「あーっ、すまんっ」 「ええと、短剣の突き方なんだが……」 「殿下、ここは一つ、このアロンゾが殿下に技をお教えしたく思います」 「うん。指南を頼む」 「抜刀から、一気に切り込む――縦斬りです」 「へえぇ……?」 「例えば、このように剣をしまっている時は……」 あっちはあっちで、何か教え始めたらしい。 こっちは基本を練習しとくか。 「ロコナ、短剣だからと言って、長剣に負けるとは限らないんだ」 「むしろ、短剣の方が有用な時もある」 「例えば……そうだな。森の中で戦うとき」 「森の中、ですか?」 「森で獣に襲われたとき、長い剣を上手く使いこなせないと、刃が木に当たる」 「すると隙ができる。危ないだろ?」 「狭いところで戦うなっていうコト……でしょうか?」 さすがに飲み込みが早いな。 「そう。短剣だと、そういう場所では苦にならない」 「まあ……敵に密着する必要もあるし、俊敏に動かなきゃいけないけど」 「ロコナは、そういうの得意だしな。短剣向きだ」 「な、なるほど! 短剣向き!」 「攻撃するときは、柄を握っていない方の手で押し込むんだ」 「こうやって……こう! 手のひらで押し込む!」 「こう! ですね?」 よしよし。なかなかいいぞ、ロコナ。 「突き技か。それ、ボクにも教えてくれ」 アルエが、こっちに戻ってきた。 「あれ? アロンゾは?」 「ボクがすんなり技を覚えたら、寂しそうな顔してどこかへ行った」 「自分は未熟者です、とか言いながら」 うわあ……かわいそう。 「ロコナ、ちょっと練習してて」 「はいっ」 「えーっと……突き技だっけ?」 「うん。普通の剣にもあるんだろ?」 「あるよ。色々あるけど――」 頭の中で、どれにしようか考える。 アルエの体格だと……飛び込み突き、かな。 「さっきの基本の構えだけど、あの体勢で、しゃがんでみて」 「しゃがむ……? こ、こう?」 「あー、剣先を下げすぎ。しゃがむと、頭が無防備になりやすいから、剣先上げて」 「む、難しいな」 と、言いつつもカンペキにこなすアルエ。 もしかすると、こういった武術の才能があるのかもしれない。 ……俺にはなかったけどな。 「その体勢で、軸足を思いっっっきり蹴りこんで、前に飛ぶ!」 「剣は、内側に捻りこむようにして突き出す!」 「ったぁぁぁぁ!」 しゅばっ、と風を切る音がした。 ……一発で出来るのかよ。 アロンゾの気持ちが、よく分かる。 「それが、飛び込み突き。色々とフェイント混ぜながら使う」 「飛び込み突きかー。うん、覚えた」 「後は、練習すれば、どんどん鋭くなっていく」 「一度に覚えようとせずに、積み重ねて覚えるのが肝心だからな」 「ん、わかった」 「こうかな? こう……だったか?」 嬉しそうに、反復練習をするアルエ。 その向こうで、ロコナも懸命に短剣突きの練習を重ねていた。 ……うん。たまにはいいかもな、兵科訓練も。 毎日は、ちょっとしんどいけどな。 ――そして、ポルカ村に夜が来た。 針のように細い月が、鈍く輝いている。 そんな闇夜を静かに駆ける、三人の姿…… 「……おい、本当にコレでいいのかよ? ええ?」 「ちょっと、こっち見ないでくださる?それすごく気持ち悪いのよ」 「あなた今、どこからどうみても猿人よ。よく出来た被り物だとこ」 「どうにも締まらねえなぁ……まあ、金さえもらえりゃいいけどよ」 「手順は説明した通りよ。覚えてるわね?」 「あんたらが王女様を外におびき寄せる」 「人気の無いところで、俺が王女様に襲い掛かって、ちいと痛い目を見てもらう」 「あんたらは、泣き喚く王女様を見て、胸をスカっとさせる……そうだろう?」 「そうよ。顔を殴りつけるくらいはやっちゃいなさい。あなた今、猿人なんだから」 「警備隊の連中は、本当に大丈夫なんだろうな?」 「その辺は心配いらないわ。あの男女だけ、出てくるようにするから」 「頼むぜ、本当によ」 互いを見合い、三人は頷きあった。 「ちょっと出てくる。すぐ戻るから、馬を借りるぞ」 「どこ行くんだよ、こんな時間に」 「……言いたくない」 「お供いたします」 「来なくていいっ」 「し、しかし殿下、夜道の一人歩きは……」 「リュウの木剣を借りていく」 「ぼ、木剣では、さすがにちょっと」 「………………」 「……耳を貸せ」 「は?」 「事情を話すから、耳を貸せっ」 「は、はぁ……」 首を傾げるアロンゾに、そっとアルエが耳打ちをする。 する方も、される方も、困った顔をしてるのは何故だろう? 「そ、それはまた、なんとも……」 「だから、来なくていい」 「わ、わかりました。ご心中、お察し致します。殿下」 「察さなくていいっ」 ぷいっ、と顔を背けて、アルエが兵舎から出て行く。 「……何なんだ?」 「言えん」 「……が、しかし、世の中には不思議な恋の形もあるのだ、という事だけ言っておく」 「……は?」 まったく意味がわからんのだが。 「そうか……女子の恋心というのは、さっぱりわからんなぁ」 「……来ましたわよ、まんまと引っかかって」 ぼそり、と一人が呟く。 その声に呼応して、ガサガサと枯れ草が蠢いた。 「まだですわよ、まだ動いてはダメ。もう少し引きつけてからですわ」 「どうでもいいけどよ、これ、たまんねえ熱さなんだが……」 「もうしばらく我慢なさい。それと、遠慮はいりませんわ。ガツンとやってしまいなさい」 「へいへい……」 「誰かーっ!」 「この手紙をくれた人……来てないのかーっ!?」 ピラピラと、夜風にはためく手紙―― 「………………」 ごそごそ、と意図的に枯れ草を揺らす。 「……そこに、いるのか?」 「あの……この手紙、なんだけど」 「悪いけど、ボクは今、女の子と付き合ったりできないんだ」 「聞いてる? おーいっ?」 「……聞いてるのかな?」 「……今ですわっ」 指令と共に、枯れ草が激しく揺れる。 そして。 「うきききーっ!!」 「っ!?」 突如、現れた猿人の姿に、アルエはすぐさま身構えた。 「オマエっ、さてはあの温泉にいた、不埒な猿人だなっ!?」 「う……き?」 「今回は逃がさないっ!でぇやあああああああっ!」 振りかぶった木剣が、闇夜を切り裂く! 「うぐぁっ!?」 「ん? 人間みたいな叫び方をするんだな……」 「まあいいっ、とおおりゃあああああっ!」 習いたての技、飛び込み突きが敵を振り払う! 「ぐぎゃあっ!?」 「まだまだ!こんなもので終わらせるものかっ!」 「でえええええええいっ!」 「くっ! くぞぉ!」 すんでのところで木剣をかわし、逃げ出す猿人―― 「あっ、逃げるなっ! 逃がさないからなっ!」 その後を、馬に飛び乗ったアルエが追いかけて行く。 「………………」 「……な、なんなんですの? あの男女」 「へ、平然と……殴り倒してましたわね」 「む、ムチャクチャよ……あんなの」 「………………」 互いの顔を見合わせて、青ざめる姉妹。 「あ、あれは本当に男なのよ。そうに違いないわ」 「ど……どうしましょう?もし、あの男が捕まって、私たちのことをしゃべったら……」 「………………」 互いの顔を見合わせて、更に青ざめる姉妹。 「な……何も知らなかったことにするわよ」 「え、ええ、ええお姉さま!」 「あの男女にまつわる一切のことを忘れるのよ」 「ついでに、お兄様のことも忘れてしまいましょう」 手を取り合い、そっと闇に紛れる姉妹―― こうして2人は、煮え滾っていた復讐心をあっさりと失った。 狙われた本人に、気づかれる間もなく…… 村で風邪が大流行してしまう。そのため寝る暇も惜しんで、村人の治療のために奔走するレキ。 手伝おうにも、これ以上患者を増やしたくないと断られてしまう。 それでもと警備隊全員で手伝いに行くと神殿は前線の野戦病院のような状態に。そしてついにレキが過労で倒れてしまう。 倒れている暇などないと言って無理に起き上がろうとするレキを宥めつつ、警備隊は一致団結して奔走するのだった。 村人たちのために満足に休憩も取らず無理をして治療を続けていたレキだが、ついに過労で倒れてしまう。 ベッドに運ぼうとすると、目を覚ましたレキは治療に戻ろうとする。レキに休むように諭すリュウたち。 「そんな暇は……ない」 その返事にリュウは…… さてさて―― 今年最後の収穫を終えて、ポルカ村は農閑期に入った。 と言っても、村人たちが暇になった訳じゃない。 冬に備えてアレコレと忙しかったり…… 装飾品や織物を作って、副業に勤しんだり…… 平和ながらも、賑やかな辺境の日々―― ……………… ……そんな日々を、送っているハズだった。 「ただいま戻りましたーっ」 「おー、さぶさぶっ、熱い茶を淹れてくれんかのぉ」 ロコナと爺さんが、見回りから戻ってきた。 「おかえり。どうだった? 村の様子は」 「どうもこうも。酷い有様じゃよ」 「今日だけで3人、みんな熱を出して寝込んじゃってました」 溜息をつきながら、報告するロコナ。 そう―― 今、ポルカ村では風邪が大流行していた。 ほんの数日前から、風邪を引く村人が急増し…… その猛威は、あっという間に村中へと広がっていった。 村人たちは、次々に風邪にかかり…… 症状の酷い例では、高熱で意識を失う病人までいた。 「ん〜、もしかして、あたしの風邪が原因かなぁ」 申し訳なさそうに、ミントが呟く。 俺たちが帳簿整理を手伝った、あの時の風邪の事を言ってるのだろう。 「それは無いだろ。ミントが風邪引いたのは、そこそこ前の話だし」 「う〜ん、だといいけど……」 「気休めじゃが、熱を下げる薬草を渡してきたわい」 「これ以上酷くなるようじゃったら神殿に行けと、勧めてはおいたがの」 神殿か…… 「戻ったぞー」 「殿下、もっと厚着なさいませ。それでは殿下まで風邪を召してしまいますぞ」 お、アルエとアロンゾも戻ってきた。 「おかえり。どうだった、神殿の様子は?」 アルエとアロンゾには、神殿の――もといレキの様子を、見に行ってもらった。 「まるで戦場みたいだった」 「レキが一人で、走り回って看病してたよ」 「………………」 「手伝おう、と申し出たんだがな」 「俺たちまで風邪がうつると厄介だ、と追い返された」 うぅーん…… 実は昨日、俺も、同じようにレキに追い返された。 警備隊をあげて、レキの治療に協力しようと思ったのだが…… 『これ以上、患者を増やしたくない』そう言われて、神殿の中には入れてもらえなかった。 でも…… さすがに、一人じゃ限界だろう。 俺たちに風邪がうつることを懸念するレキだが…… レキ自身だって、例外じゃないはずだ。 「………………」 考えるまでもないな。うつったら、その時はその時だ。 死病じゃない、風邪なんだから。 よし! 「ロコナ、レキに差し入れるグラタンと、病人用のスープを大至急作ってくれ」 「爺さんは、レキの役に立ちそうな薬草の用意を頼む」 「了解しましたっ」 「うむ。干した薬草もあるでな、持っていこうかの」 頷いた二人が、素早く準備に取り掛かる。 「ミント、神殿で山ほど洗濯しなきゃならないハズだ。その準備を頼んだ」 「おっけ。レキには帳簿でも助けてもらったしね」 「アルエとアロンゾにも、手伝ってもらいたい」 「とーぜんだろ」 「……何をすればいい?」 何をいまさら、と言わんばかりの二人。 ……ちょっと頼もしい。 「アルエはミントの手伝いを、アロンゾは村の見回りを頼む」 「わかった。洗濯だな?前から一度、やってみたかったんだ」 腕まくりをして、頷くアルエ。 「……俺は外回りか?」 ちょっと不満そうなアロンゾ。 「まだ、自宅療養してる病人もいるからな」 「何かあったら、すぐ神殿に連れてこれるようにしてくれ。馬を使ってくれていい」 「………………」 「事情が事情だ、貴様の指示に従うのは不愉快だが……その通りにしよう」 アロンゾが、渋々と頷く。 「俺は荷物持ちだ。ロコナと爺さん、ミントの荷物を背負う」 「各自、手洗いとうがいはしっかりな!自己健康管理も怠らないように!」 気休めかもしれないが、多少の予防にはなるはずだ。 こうして俺たちは――レキの下へと向かった。 神殿には先客がいた。 「げほっ、ごほっけほっ……うぉぉい、やっほーぉ」 「ジン……オマエもか」 「ずずず……んあぁぁ、引いちゃったぁ……風邪」 「うっ、げほっげほっげほっ!」 「す、すごい咳だな……大丈夫か?」 「大丈夫じゃない……」 力なく壁にもたれかかるジン。 「お、おい、しっかりしろ!」 「へへ……目の前が霞んできやがった……」 「リュウ……最後にオマエの顔が……見られて……良かっ……た……ガクッ」 「おい、ジン……冗談だろ?」 「………………」 「バカヤロウ! 目を開けろよジン!」 「ジーーーーンッ!」 俺の絶叫が冬の空に響き渡る。 「はい。終ー了ー」 「いやいや、リュウったらノリが良くてジン嬉しくなっちゃう」 「……病人だから付き合ってやったんだ。あんましくだらん事で時間をとらせるなよ」 「へーい」 「で、オマエは大丈夫なのか?村中ヒドイ有様だって話だが」 「あーオレはまだ、マシな方。神殿の中は、もっとすんげーことになってる」 「……そんなに酷い状況なのか」 「酷いねー。んげほっ、こっほっ!んあー、咳が止まらん」 「しかしまた、警備隊勢ぞろいで……レキの手伝い?」 「そうなんです。レキさん、大変みたいですか?」 「んー。ずずっ……ありゃ過労寸前って感じだねぇ」 「倒れなきゃいいんだけどねぇ〜……けほっ、ごほんっ」 不意に、神殿のドアが開いた。 「いつまで外に出ているんだ。早く中に入って、薬湯を――」 言いかけたレキが、パチクリと瞬きをした。 「また来たのか、そなたたち」 「うん、手伝えることがあると思って」 「余計なお世話だと言ったはずだぞ」 頭を抱えて、長い溜息をつくレキ。 その表情には、ありありと疲れが浮かんでいる。 「顔色、悪いよ? ちゃんと休んでる?」 「休む暇は……今は無い」 「あ……しまった。薬草を煮込んだまま忘れていた」 フラフラと、おぼつかない足取りで神殿の中に戻ろうとするレキ。 「いくらか予備の薬草を持参したでな、ワシも手伝おう」 ポンポンと、爺さんがレキの背中を優しく叩く。 「………………」 「つくづくお前達はお人好しだな」 「ふん、レキほどではない」 「うむ、そなたには負ける」 「はい、そなたが一番お人よしだぞ、です!」 レキの口真似をして、ミント達はにこにこ微笑む。 俺も一緒に笑うと、レキは恥ずかしそうに俯いた。 「……まったく。うつっても知らないぞ」 苦々しく呟くレキの横顔に―― ほんの少しだけ、嬉しそうな表情を垣間見たような気がした。 「げほっ、けっほっ……うぅぅ……」 「はぁ、はぁ……レキ様ぁ……」 「ごほっ……んん、喉が……」 凄まじい光景だった。 ざっと数えて、二十人以上の病人が、神殿の中で横たわっている。 嗅ぎなれない、薬湯の香りがする。 それに、この湿度の高さ…… 「焼け石に水だが、湿度を上げるために薬湯を沸かしている。乾燥した空気は良くない」 あちこちで呻いている、症状の酷い村人たち。 「……本当に、ただの風邪なのか?」 思わず、問いかけてしまう。 「流行性の感冒だ。こじらせると、命を落とす危険性だってある」 「風邪とは違うのか?その……カンボウっていうのは」 「厳密に言うと違う。似たようなモノだが、こっちはよりタチが悪い」 「薬草は効くかね?」 「……あまり効かない。だから、治療というよりは看病に近い」 「なるほどのぉ……」 「だが、やる事は山積みだ」 「それを手伝うために来たんだ。何でも言ってくれ」 「……ん、正直助かる」 「ロコナ、食事をする元気がある者には、スープを振舞ってやってくれ」 「あいさー!」 「ミントは……その背中の板は何だ?」 「洗濯板。病人の着替えをじゃんじゃん洗おうと思って」 「そうか。汚れた服は全て、神殿の裏に置いてある」 「かなりの量だが……洗濯、頼めるか?」 「まっかしといてよ。そのために来たんだし」 「ボクも洗うぞ。神殿の裏だな?」 「ああ――待て。これを持って行ってくれ」 レキが、小瓶をアルエに手渡した。 「なんだ? 薬か?」 「酢だ。それを混ぜて洗ってくれ」 酢を混ぜて洗う? 「殺菌になるし、洗濯物が柔らかくなる」 へぇぇぇぇ…… 「ワシは何を手伝えばええかの」 「熱冷ましの薬湯を作って欲しい。大して効かないが……無いよりはマシだ」 「ほいきた。得意中の得意じゃよ、熱冷ましを作るのは」 「私は、喉の痛みを和らげる湿布を作る。リュウ、手伝ってくれ」 「わかった。任せとけ」 「オレは? オレはどーする? ……げほっ」 「寝てろ」 「……あいよぉ」 フラフラ〜と歩いて、神殿の隅に毛布を敷き、横になるジン。 毛布の数も足りてないな…… 「はぁ……さて、私たちは湿布作りだ」 レキの顔が青白い。かなり疲労が溜まっているようだ。 「指示さえくれたら、俺が何でもやるぞ」 「レキは少し休んだ方がいい。ロコナも言ってたけど、顔色……悪いぞ」 「……気持ちはありがたいが、私にしか出来ないこともある」 「ちょっと、ここで待っててくれ」 言い置いて、レキが部屋から出て行く。 ……ったく、強情なんだから。 まあ確かに、薬草や治療の知識は俺には無いからなー。 「あれ? レキさんは……?」 「地下の方に行ったぞ。たぶん湿布の材料を取りに行ったんだと思う」 「何かあったのか?」 「えと、レキさんの分のグラタン……どうするのかなって思って」 あー、そうか。用意させて持ってきたんだよな。 「そこに置いといてくれ。戻ってきたら、食べるように言っとくから」 「了解ですっ」 頷いて、再びロコナが病人たちの下へと走る。 一人一人、ロコナが匙を取って、病人にスープを飲ませているようだ。 「あー……頭ガンガンしてきた」 「寝てろっつーに。なんでまた起きて来る」 「や、なんか人恋しくて。病気になると寂しくなるだろー」 「ごほっ……こほんっ。んー、これはしんどい」 ぺたん、と床にへたり込むジンを横目に――もう一度、神殿内を見回した。 苦しそうに呻く者、咳が止まらず身を屈める者、頭痛に身を捩る者…… これだけの数の病人を、レキは、一人で看病しようとしてたのか…… 「待たせたな」 おぼつかない足取りで、レキが戻ってきた。 手には、薬草をつめた袋と、ロール状に巻かれた布が握られている。 「この布を、手のひらと同じ程度の大きさに切り分けてくれ」 「わかった」 「これ、ロコナが作ったグラタンなんだが、少しでも食べてくれ」 「……ああ、後で頂く」 「それよりも、切った布をここに重ねて、置いて欲しい」 「薬草を練って塗りつける。ハッカの香りのする、冷たい湿布が出来るんだ」 説明しながら、ショボショボと何度も瞬きをするレキ。 「……いつから寝てないんだ?」 「うん?」 「寝てないだろ、ずっと」 「……後で仮眠を取らせてもらう」 また『後で』か…… こんな調子じゃ、本当にぶっ倒れちまうぞ。レキ…… 「ほい、熱冷ましは作ったぞい」 ひょっこりと、爺さんが戻ってきた。 「これだけあれば足りるじゃろ」 トン、と薬壺をレキの前に置く。 「さすがだな。助かる」 「なあに、お安い御用じゃて。して次は何をすればええかの」 「次は……そうだな……」 「爺さん、レキと代わって湿布の薬は作れるか?」 「んむ? 湿布薬とな?」 「こ、これはいい、私が自分でやる」 「ダメだ。少し休まないと本当に倒れるぞ」 「少しでもグラタン食って、仮眠取った方がいい」 「し、しかし――」 「今、レキが倒れたら、それこそ大変だろ?」 これだけ大勢の病人が、レキを頼りに集まっている。 そんな中、レキがもし倒れたりしたら…… 「………………」 「鬼山椒の実と、スペアの葉を練り混ぜた膏薬じゃな?」 「……百合油も足して練り合わせる」 「さすがじゃのぉ。そんな練り合わせは初めて知ったわい」 アゴを撫でながら、感心する爺さん。 って、そんな悠長な場合じゃないんだってば。 「ほらほら、とりあえず一口でもグラタン食っとけ」 「……ああ、すまない」 しおらしく頷いて、レキがグラタン皿に手を伸ばした――その時だった。 軋みながら、神殿のドアが開いた。 「病人を連れてきぞ、ドナルベインッ!」 アロンゾが――その両肩に、小さな双子を担いでいた。 「パルムとリルム!? 二人ともか!?」 レキが立ち上がった。 そのまま、双子の下へ駆け寄ってゆく。 「かなり熱があるようだ。それと、何度か嘔吐した」 「そこに寝かせてくれ。ええと、毛布は……」 「ごほっけほっ……あいよ。オレは毛布いらなーい」 ジンが、使っていた毛布を差し出した。 「……そうか、すまないっ」 床に引いた毛布の上に、そっと双子を寝かせる。 「毛布が足りないのか?」 「ああ。兵舎に何枚かあったと思うんだが……」 「わかった、取りに向かおう。 ……殿下はどちらにおられる?」 「神殿の裏で、ミントと一緒に洗濯してるはず」 黙って頷くと、アロンゾは身を翻して神殿の外に駆けて行った。 ……あいつ、こういう時は頼りになるなあ。 「もう大丈夫だぞ、パルム、リルム。頭は痛いか? お腹はどうだ?」 「頭が痛い……こほっ、けほっ」 「レキさまぁ、胸が苦しいの……」 「そうか。任せておけ、私がなんとかしてやる」 「リュウ、すまないが、そこの薬壺を――」 言いかけた、その時だった。 ぐらり、とレキの体が傾いた。 「っ!?」 そのまま崩れ落ちるようにして、レキが倒れこむ。 「レキ!?」 「レ、レキさんっ!?だ、大丈夫ですかっ!?」 慌てて、レキの側へと駆け寄った。 「はぁ……はぁ……」 「おい、レキ!? レキっ!?」 「オマエさんが慌ててどうする。ちょっとどいてみい」 すすっ、と爺さんがレキの側にしゃがみこむ。 その手を、優しくレキの額に当てた。 「ま、まさか……レキさんも病気に!?」 「いや、過労じゃな。熱は無いようじゃし」 「一人で無茶しおって……」 「言わんこっちゃない、だから休めって言ったのに」 いまさら言っても、仕方のないことだが…… 「ロコナ、レキを地下の部屋まで運ぶぞ。手伝ってくれ」 「りょ、了解っ」 二人でレキの肩を担いで、そっと歩き出す。 「爺さん。少しの間、ここを――」 「わかっておるよ。処方はともかく、飲ませたり塗ったりはワシでも何とかなるじゃろ」 「頼んだ」 爺さんに後を託して、俺とロコナは地下への階段を降りた。 レキを抱えて、ベッドへと運ぶ。 「う……止めろ、余計なことはしなくていい」 おっ、目を覚ましたか。 「ダメですよ、レキさん。休んでください」 「そんな暇は……ない」 「暇とか、そういう問題じゃない」 「看病する側が、そんな体調でどーするんだよ」 「情けないぞ、レキ」 俺の言葉にレキは起き上がろうとする。 「そうだ、私は情けない。こんなところで休んでる場合ではないんだ」 「違うだろ! ちゃんと冷静に自分の体調を考えろって言ってるんだ、俺は」 「ここで無理をしたら、誰が俺たちに指示を出してくれるんだ?」 「大局が見えてないって言うんじゃないか?」 「ちゃんと俺たちに頼れよ、レキ」 「しかし……」 「ヨロヨロのレキがこの先どれだけできるって言うんだ」 「それより、休んで俺たちに指示してくれた方が、ずっと効率が良くないか?」 「もう、ひとりで頑張る必要はないんだよ。俺たちがいるんだから、さ」 「……っ」 「ちょっとでも休んで、体力を回復させなきゃ」 渋るレキを、無理やりベッドに寝かしつけた。 ……ひとまず、これでよし。 「待て……双子はどうなった?」 「今、ホメロの爺さんが面倒を見てる」 「寂しくないように、わたしも側につきますから」 「パルムには痛み止めの丸薬を……リルムには胸に湿布を……」 「わかった。もういいから休めって」 「丸薬は、そこの棚の右から二番目の引き出しに……」 「二番目……これだな? この赤い瓶か?」 「違う。それじゃなくて――」 また起き上がろうとする。 「寝てなくちゃダメですってばあ」 「う……」 「青紫の小瓶だ……2粒飲ませてやってくれ」 「これか。わかった、2粒だな」 「他にも、頭痛の病人がいたら、これを飲ませていいんだな?」 「ああ……大人は3粒、子供は2粒、もし赤子がいたら半粒を湯に溶かして――」 「溶かして飲ませるんだな、了解」 青紫の小瓶を、ぎゅっとポケットに押し込む。 「薬湯は、常に沸かしておくように……」 「あ、そういえば無くなりかけてました」 「なに……? だったら、私が薬湯を……」 「だーかーらーっ!横になってなさいっちゅーの!」 「どうやって作るのか、言ってくれりゃ爺さんに伝えるから」 「………………」 辛そうな表情のレキ。 半分は過労で、もう半分は倒れてしまった自身への情けなさなのだろう。 レキという人間は、そういうヤツだ。 短い付き合いだが、それだけは良く分かる。 「……喉の腫れを抑える薬湯だと言えば、ホメロ殿なら分かるだろう」 「そうそう。そんな感じで任せてくれ」 「また何かあったら、訊きに来る」 そっと、レキの頭に手を伸ばした。 なでなで。 「な……何をする……」 「頑張ったな、レキ。ちょっとばかし選手交代だ」 「こ……子供みたいに扱うなっ」 「あは。なんだかレキさん可愛いです♪」 「ロ、ロコナ〜……」 「うあ、そんなに怒らなくても……」 「まったく……」 すぅっと、レキが目を閉じる。 そして、そのまま数秒も経たぬうちに、可愛らしい寝息が聞こえ始めた。 「すぅ……すぅ……」 ん、ひとまずこれでよし……っと。 「レキさん……限界だったんですね」 「一人で、あれだけの数の病人を診ようとしてたんだ。頭が下がるよな、ホント」 誰よりも責任感が強くて。 誰よりも生真面目で。 だからこそ村人たちに尊敬され、頼られる神官……レキ。 後のことは、俺たち警備隊に任せとけ。 「よし、戻るぞロコナ」 「はいっ」 ロコナの瞳に、やる気の炎が燃え盛っている。 「やるぞ〜〜〜〜ぉっ! お〜!」 「ちょ、声でかいって……レキが起きるっ」 「はぅあ!? す……すみません」 ぺし、と自分の頭を叩きつつ、ロコナが階段を駆け上っていった。 「………………」 「……任せとけ、レキ」 一人じゃない。ロコナも、アルエも、ミントも、爺さんも、アロンゾもいる。 ジンだって、フラフラの癖に、色々と気遣ってくれている。 これだけ仲間がいるんだ。なんとでもなるさ。 だから――今はゆっくり、おやすみ。 「……また後でな」 ……………… ……………… 「………………」 「……うん。任せたぞ、リュウ」 「あ、戻ってきた」 「レキが倒れたらしいな。大丈夫なのか?」 ミントとアルエが、揃っていた。 「ああ、今ちょうど寝かしつけたところ」 「過労らしい。病気ではないから、少し休ませれば大丈夫だろ」 「過労かぁ〜、一人で頑張ってたもんね〜」 心配そうに、表情を曇らせるミント。 「誰か付いていなくていいのか?なんなら、ボクが行くぞ」 「いや、静かに休ませてやろう」 「洗濯は、もういいのか?」 「うん、干してきた。あとは乾くのを待つだけ」 「既に干してあった洗濯物は、畳んで持ってきた」 よしよし、カンペキだ。 「爺さん、沸かしてる薬湯の補充を頼む。喉の腫れを抑える薬湯……だそうだ」 「うむ。まあなんとかやってみよう」 「アルエとミントは、汗をかいてる病人の着替えを手伝ってくれ」 「ロコナは双子の世話を。俺は湿布薬作りを終わらせる」 「頭痛を訴える病人がいたら、俺に言ってくれ。レキから丸薬を預かってある」 「……オレは〜?」 「寝てろ」 「あいよぉ……」 それぞれに指示を出し、一丸となって看病に当たる。 レキならどうするかを考えながら――俺たちは、協力しあった。 その後……二日程経って、ようやく病人の数が減り始めた。 レキの体力も回復し、精力的に看病に勤しんだ。 幸い、俺たち警備隊は一人として、発病しなかった。 ……一時はどうなることかと思ったけど、みんな無事でよかった。 村人たちも、レキも、そして警備隊のみんなも。 やっぱり、健康が一番だよなー…… 村人たちの病も癒え、落ち着きを取り戻しつつある村。そこに収穫した作物を買いつけに、商人たちが村へとやってくる。 アレコレと文句をつけては安く買い叩こうとする商人たち。しかし、そんな光景を黙って見逃すミントではない。 村人たちに代わって、ネゴシエイターとして商人の本領を発揮。少しでも高く売れるよう手を尽くして頑張るのだった。 村に赤麦を買い付けに来る商人たち。騙して安く買い叩こうとする行動に、同じ商人として憤るミント。 そしてミントは、アドバイザーとして交渉に立つと言うのだ。ロコナは本当にお願いしてもいいのか訊ねるのだった。 「うん。あたしにとっちゃ、むしろそっちが本職だしね」 それを聞いたリュウは…… 村人たちの病も、ようやく癒えて―― 日差しは高いのに、風は冷たい初冬の午後。 数週間ぶりに、村の広場には市が立った。 「ナスの酢漬けだよ〜!チーズか腸詰と交換しとくれ〜!」 「炭はいらないかねー? 炭だよー!」 うーむ。久しぶりに活気のある光景を見たような気がする。 一時はどうなることかと思ったが…… 「隊長〜、兵舎の炭が心許ないので、補給したいと思いますっ」 「ん、任せた」 兵舎内の細かなことは、ロコナとミントに一任してある。 ……で、その肝心のミントはというとだ。 「王都の水に、王都のハムだよー! 安いよー!」 うわ、ちゃっかり混ざって商売してるし。 しかもラインナップが、アルエに買取を拒まれたやつの在庫だし。 「あ、リュウ発見。なんか買わない?」 「……買わない」 だって、ポルカ村の水とハムで充分幸せだもん。 「懐かしさ漂う郷里の味だよ?」 知ってるよ。でもいらない。 「ちぇー、身内のよしみで何か買ってくれてもいいのに」 「……おぉ? レキだ。おーいっ、レキー!」 レキ? どこだ? 振り返るとそこに、レキが立っていた。 「あ……」 あれ? いきなり逃げたぞ? 「おーいっ、なんで逃げるんだよっ!」 呼び止めてみる。 すると…… ごんっ。 「……〜〜っぅぅぅ」 レキは木製の看板に額をぶつけた。 見るからに痛そうなのに、なぜか恥ずかしそうに咳払いをしている。 俺の声は届いてないのだろうか? じーっと彼女の背中を見つめつつ、もう一度叫ぶ。 「おーい、レーキー」 「…………」 「レーキー、こっちに来てくれーっ」 呼び止めても無駄だったので、今度は頼んでみた。 「………………」 あ、戻ってきた。 「……や、やぁ」 ぎこちなく挨拶してくるレキ。 「もう体調の方はいいのか?」 「あ、あぁ。万全だ。問題はない」 コクコクと頷く。 実は……レキは、つい先日まで風邪で伏せっていた。 過労からも立ち直り、俺たち警備隊の面々と一緒に、村人たちの看病に明け暮れたレキ…… そして、ようやく村から病の脅威が去った―― ……と思いきや。 その一番最後に、病に倒れたのは……レキだったのだ。 あれだけ大勢の病人を、長時間、看病していたのだから無理もない話だ。 ……幸い、俺を含む警備隊の面々は無事だった。 だから、健康な俺やロコナが、レキの見舞いに訪れ、看病していたのだ。 「なんか会うの久しぶりな感じだね」 「そ、そうだな。久しぶりだ」 「……なんか顔赤いよ? まだ熱あったりする?」 「い、いやっ、快調そのものだがっ」 「どしたの? ビミョーに挙動不審だけど……」 「………………」 チラリと、レキが俺の顔を見る。 「しゅ、醜態を晒してしまったな、神殿では」 うん? 醜態? 「私ともあろう者が、倒れて運ばれるとは……不覚だった」 ああ、過労でぶっ倒れた時のことか。別に気にしなくてもいいのに。 「まだ……礼も言ってなかったな。その後の看病も、本当に助かった。すまない。ありがとう」 深々と頭を下げるレキ。 「あ、お久しぶりです、レキさん!」 そこに、ロコナが戻ってきた。 ……って、何だその山のような荷物はっ!? 「たいちょー、村のみんなにもらっちゃいました」 カゴ一杯に盛られた冬野菜に、革紐で繋がれた何本もの瓶詰め…… 両肩に、鎖のようにかけられた腸詰の弦…… 「看病してくれたお礼、だそうです」 「別に、気を遣う必要はないのに」 厚意は凄くありがたいけど……なんか、照れ臭い。 「実は私も今朝方、山のように礼をもらった」 「しばらく神殿は食うものには困らない」 「特にハム……ああ、ハム……」 なんか、ウットリしてるぞ。 そんなレキの姿に苦笑しかけた、その時―― 広場の一角が、急に騒がしくなった。 「いくらなんでも、それは安すぎるよ。売れない売れない」 「いやいや、そうはおっしゃっても、ワタクシどもも、これが精一杯でして」 なんだありゃ? 「あんなオッサン、村にいたっけ?」 素朴な疑問を口にした。 しかし皆、互いの顔を見つめて左右に首を振る。 「ふん、麦商人じゃよ。買い付けにきたんじゃ、今年の分をのぅ」 ひょっこりと現れた婆さんが、タネ明かしをする。 麦商人……? あのオッサンが? 「へえ、同業者さんかぁ」 「行商人とは、ちょっと違うだろ」 あっちは麦専門にやってる商人なんだから。 しかし、なんか揉めてるな。 「今年の粒は大きいんだよ。去年よりもずっと実りがいいんだから」 「ええ、それはもう立派な赤麦ですとも」 「しかしですね、最近は輸入品が安く手に入って、市場はそっちに流れちゃうんですよ」 粘り強い交渉を続けている麦商人。 そういや、隣国のトランザニアからも赤麦が輸入されてるんだよな…… 「あんなモンは小手調べじゃ。大勢来るぞい、赤麦を買い付けにのぅ」 ふんッ、と鼻息荒く言い放ち、婆さんはどこかへ消えていった。 なんだか……敵視してる感じだな。 「いかに高く売るか、安く買い叩くかの戦いだからな」 あまり興味なさそうに、レキが呟いた。 「おそいッ!」 帰るなり、いきなりアルエに怒られた。 「ずーっと帰るのを待ってたんだぞっ!」 「いったい、どこまで見回りに行ってたんだ!」 「あー……すまん」 留守番を押し付けたことを、すっかり忘れてた。 「殿下が王族であることを、貴様、忘れているのではあるまいな?」 忘れてはいないけど、別に気にはしてない。 だって、本人がフランクに付き合って欲しいと言ってるワケだし。 「お土産ありますよ〜、ほら」 村人たちにもらった『看病のお礼』を、アルエに見せる。 「これは……なんだ? 食べ物?」 「え、アルエってばピクルス知らないの?」 「ぴくるす……? あ、あー、ぴくるすか」 「もちろん知っている。あれだ、こう甘いヤツ」 「いや、酸っぱい」 「う……そ、そうそう酸っぱいんだった。あと、柔らかくて口の中でとろけるんだ」 「むしろコリコリしてるな」 「むむ……で、でも香りは芳しい!」 「どっちかって言うと匂いはキツいぞ」 「うー……ぐすっ……」 いや、半泣きで睨まれても…… 「他にもたくさん頂いたんですよ。後でお見せしますねっ」 そそくさと、兵舎に入るロコナ。 その後について、俺たちも中に入った。 「商人が、ポルカ村まで麦の買い付けに?」 先程、広場で見聞きしてきたことをアルエにも話す。 「ふうん……麦って、そうやって取引されるのか」 「普通の麦じゃなくて、赤麦だからねー。そりゃポルカ村まで足を延ばすっしょ」 「トランザニアからも輸入されてるんだろ?」 今となっては、それほど希少価値も無いんじゃないのか? 「あまーい。ここ数年、輸入品にかかる関税は上がる一方なのよ」 「いくら安く手に入ったとしても、税金が高いと意味ないでしょ」 まあ、それはそうだけど。 「お、お話にさっぱりついていけません」 「ボ、ボクはなんとなく分かるぞ。なんとなく」 困った子たちが二人いる。 「ポルカ村の赤麦、っていうのはさ、それだけでブランドだからね」 「高くても良い物を欲しがってる人は、けっこういるのよ」 へ、へーぇ。俺なんか、安ければ我慢できちゃうタイプだけど。 ……ん? 待てよ? 確か、広場で聞いた話だと…… 『しかしですね、最近は輸入品が安く手に入って、市場はそっちに流れちゃうんですよ』 今のミントの話と、微妙にズレてる気がするんだが。 その疑問をぶつけてみると、少しミントは考えて―― 「嘘じゃないけど、本当でもない ……そんな感じかなあ」 「関税が高いと言っても、やっぱりトランザニア産の赤麦は安いのよ」 「そっちの方が、一般的に売れやすいのは事実」 じゃあ、ポルカ村の赤麦はどうなんだろう。 「さっきも言ったじゃん。高くても良い物を欲しがってる人は、けっこういるって」 「それはそれで、市場がちゃんと固定してるわけ」 結構、話が専門的になってきたな。 「ロコナ、今日は空が一段と青いな」 「ホントですねぇ〜、真っ青ですね」 完全に、聞いてないことにしているらしい。 「つまりこういうこと。作物は同じ赤麦でも、市場が全然違う」 「同じチーズでも、作られた場所によって扱いが違うでしょ。似たような感じ」 「……なるほど」 ミントは分かりやすく説明してくれる。 ……俺は、騎士訓練は受けたが、こういう分野の教育は受けてない。 勉強になるなぁ…… 「でも、気になるね、その商人」 「出来るだけ安く買うのは、商売の基本だけど……」 「騙して安く買い叩くのは最低。騙し方にもよるけどね」 そういや、初めてミントと会った時―― 大して価値もないグラスを、さも凄いグラスであるかのように宣伝されたっけ。 「ロコナ。収穫した赤麦だけど、買い付けにきてる商人に全部売っちゃうの?」 「そうですね。たぶん、明日明後日にはもう……」 「そっか。んじゃさ、あたしがアドバイザーになってあげる」 「騙されたり、買い叩かれたりしないように。この村の人たちってお人よしばっかりだもん」 「いいんですか? そんなことお願いして……」 「うん。あたしにとっちゃ、むしろそっちが本職だしね」 「ホントにそんなことできるのか?」 「ああっ、あたしの腕を疑ってるの?」 「いや、そういうわけではないんだが。俺にはさっぱりチンプンカンプンで……」 相場も何もわからないからなぁ。 「じゃあ、リュウにあたしの商売の腕、見せてあげちゃうよ」 「それはありがたいな。村の人たちが損をしないように見ててくれよ」 「任してよ! あたしの腕を見せつけてあげる」 「明日からミント様と呼びたくなるからね〜」 にっかりと笑って言う。 ミント様はともかく、助かるよ。 「なんか、楽しそうだな」 うん、俺もそう思った。 やけに生き生きしてるというか…… 「そりゃそーだよ」 えっへん、とミントが胸を張る。 「だってあたし、生まれながらの商人だもん」 きっぱり言い切ったミントの姿が、やけに頼もしく見えた。 そして、翌日―― 更に幾人かの商人たちが、ポルカ村へとやってきた。 もちろん、そのほとんどが赤麦の買い付けにやってきたのだ。 「あぁー、粉にすると色が悪いかもしれないねえ、今年の収穫分は」 「何を言うか。例年通り、育ちの良い赤麦の色をしとるじゃないか」 「それはそれ、私どもはプロですから。些細な違いもわかるんですよ」 「いい麦なんですけどねェ、やっぱり、値は少し下がっちゃうかなぁ」 あれこれとイチャモンをつける買い付け商人たち。 「ぬぅぅ……」 その様子を、ヨーヨードはじっと睨みつけている。 「………………」 ヨーヨードの背後には、ミントが控えている。商人たちの品定めを、品定めしているようだ。 「買い物で値切る時、オレたちもあんな風に見えてるのかね。他人の目には」 野次馬のジンが、ポツリと漏らした。 「これは特殊な例だろ。商売のプロなんだぞ、あいつら」 同じく野次馬の俺が、小声で応える。 「……火花をバチバチ散らしながら交渉するものなんだな」 三頭目の野次馬は、なんとアルエ。 『何事も勉強だ』と言い張り、わざわざくっついてきたのだ。 「ざっと、こんな感じでどうかね、長老殿」 商人の一人が、ヨーヨードに価格を提示した。 ここからでは、その値段がよく見えないが…… 「ダメじゃダメじゃ、話にもならんわ」 拒絶するヨーヨード。しかし。 「こちらとしても、これが精一杯の譲歩なんだがね」 「だったら話は終わりじゃな。別の商人に買い取ってもらう」 「そうかね。我々はそれでも構わんが……」 お? やけにあっさり引き下がるんだな。 「これだけの量を、一手に買い取る商会が、我々の他にあるとも思えんがね」 強気な態度で、言い放つ商人。 ……察するに、かなりデカい商会なんだろう。 「小分けに売るとなると、それなりに大勢の商人を呼び込まねばなりませんしねぇ」 「今から……となると、なかなかに厳しいお話でしょう」 「じ、じゃが、いくらなんでも、この値では……」 「そこだよ、長老殿」 ずずいっ、と男が歩み寄った。 ミントはまだ、沈黙したまま様子を見ている。 「お互い、気持ちよくニコニコと取引がしたいんだよ」 「そっちは儲かってニコニコ。こっちは安く仕入れてニコニコ」 「その為にゃ、そちらさんにも、ある程度の譲歩はしてもらわにゃ」 「来年もぜひ、互いに良い商売をしたいじゃないかね」 「うぅぅ……」 「あんまり高いとねえ、輸入品を買った方が利率がいいですし」 「かといって、ポルカ村の皆さんとは長年の付き合いがありますから……」 「そう。私たちもね、お金の損得だけじゃあない。この村と、長く付き合っていきたいんですよ」 矢継ぎ早に繰り出される、商人たちのプレッシャー。 その時。 「じゃあ、そうすれば?」 アドバイザーのミントが、ついに口火を切った。 「高い関税でピーピー言いながらも、薄利多売で儲かるんなら、その方がいいんじゃない?」 その流暢なトークに、商人たちの視線がミントへと集まる。 「テクスフォルト国王は一昨年、トランザニアからの輸入品、特に作物には高額の関税をかけたと思うけど?」 「長老様、こちらのお嬢さんは、いったい……?」 「ふふん、村のビジネスアドバイザー」 「ダメだよー、子供がこんなところで遊んでちゃー」 「だ、誰が子供じゃーっ!人を身長で決めつけないっ!」 「こっちだってね、ポルカ村の赤麦と、輸入品とが別の市場で扱われてることくらい、知ってるんだからっ」 「………………」 「それと! 未確定な来年の取引の話をダシにしないっ!」 「書面にして印を押して、契約を結んでるっていうのならともかく――」 「なにも分かってないな、お嬢ちゃん」 低いトーンで、商人の一人がミントの話を遮った。 「これは、信用の話なんだよ。書面にできるようなモンじゃあない」 「売り手と買い手の、信頼関係で成り立ってるのさ」 「輸入品の赤麦とごっちゃに流通してるみたいなインチキ論法で丸め込もうとする話の、どこに信頼関係があんのよ」 「ノーミソ沸いてるの?」 ちょ、そこまで言うのかよ!? 「キ、キミ、失礼じゃないかね」 「世情に疎い田舎の村民だと思って、口先三寸でなんとか出来ると思ってる方が失礼でしょが」 「一手に買い取る商会が他にない?なかったら王都辺りに宣伝かけて呼び寄せるわよ」 「多少は買い叩かれるかもしんないけど、アンタたちの提示したインチキ額面よりはずっとマシなはず」 ポンポン飛び出すミントの舌撃に、たじろぐ商人たち。 「お、おぬし、やるのぉ」 「まあね♪」 きらん、とミントの歯が輝く。 「見直したぞ、ミントのことを。あれほどまで口が達者とは」 それ、本人に言ってやれよ。コネの実現が近づいたって大喜びするハズだから。 「……そこまで言われて、逃げ帰っちゃ商会の名折れってモンだ」 「そーそー。悪評立っちゃうもんね。看板に泥がつくと後々厄介だもん」 「結局、いくらなら納得がいくのかね?」 男が、紙とペンをミントに手渡す。 「ん〜……そうねえ。こんくらいかな?」 ざっ、と書き殴ってミントが額を提示した。 「なっ!? こちらの提示額の3割増し!?」 「話になりませんよ、こんな条件では」 猛反発を受ける、ミントの提示額。 「強気で行ったねぇ……」 「大丈夫なのか、アレで?」 「いやあ、オレも商人じゃないし、その辺のことはよくわからないけど……」 「いいだろう。その値で買おうじゃないか」 え? 「お、親方……っ!?」 「うろたえるな、商人だろうが」 「し、しかしですね、それはあまりに……」 「構わん。これも将来への投資だと思えば安いもんだ」 「今後とも、良い取引をしたいからな」 「へえ……意外と話が分かるじゃない」 な、なんか話がまとまってるぞ? これは、ミントの大勝利……なのか? 「おい、測量するぞ。秤を持ってこい」 「は……はい。ただいま」 一人が、慌てて秤を取りに向かう。 「いや、おみそれした。なかなか手厳しいアドバイザーを雇ったもんだ」 「う、うむ。これも村のためでな。気を悪くせんでほしい」 「いやいやなんの。こちらこそ、商売なものでね。無礼もあったが水に流して欲しい」 「持ってきました、親方」 「ひとまず、こちらの方々に不正が無いか、調べて頂け」 「承知いたしました」 ヨーヨードたちの前に、計量用の秤が置かれた。 「うむ。ではさっそく……」 小さな金属の塊を、一つ取り出す。どうやら錘のようだ。 商人たちの側も、錘を一つ取り出した。 2つの錘を天秤にかけて、計測が公平であるかを確かめるようだ。 ゆっくりと、錘を乗せて…… 「つりあってますね」 「……よかろう。問題は無いようじゃ」 「見せて」 じ〜〜〜〜っと、ミントが秤を睨みつける。 「そんなに睨んでも、重さは変わらんよ」 「うっさい、黙ってて」 商人たちが、苦笑しながら肩を竦める。 「………………」 「……リュウとアルエ」 ん? え、いま俺たちのこと呼んだ? 「二人とも、ちょっと来て」 野次馬として隅に隠れていたのに、存在モロバレ。 仕方なく、ノコノコと場に歩み出る。 「……な、なんだよ?」 「どうして、ボクまで?」 「えーと、みなさんご紹介します」 「こちらにおわすお方は、テクスフォルト王国第4王女のアルエミーナ殿下」 「なっ!?」 いきなり商人たちの前で、正体をバラすミント。 しかし―― 「ええ、ええ。伺っておりますとも。こちらにご滞在のお噂は……」 「お目にかかれて光栄でございます、殿下」 「兵舎にご逗留なさっておられると、伺っておりました」 商人たちは、特に驚く様子でもなく、腰の低い対応を取った。 「……ちぇ」 驚かなかったのが、ちょっと悔しいらしい。 「な、なんのつもりだ、ミント」 「やー、ちょっとそこにいて欲しいだけ。ごめんね」 なんつーか、ミントもアルエの扱いが、だんだん粗くなってきたなぁ。 「で、もう一人。こっちの男はリュウ・ドナルベイン」 「国境警備隊の隊長で、王国の騎士」 「ほう。これはこれは。お勤めご苦労様でございます」 揉み手をして、挨拶をされる。 「……ミント、いったい何なんだよ、これは」 「んーとね、ハイこれ」 ミントが、俺に金槌を手渡した。 ……なんだこりゃ? 「いますぐ、この秤をぶっ壊して」 ……………… ……は? 「ぶっ壊しちゃって」 「なっ!? 何を言い出す!?」 「うごかなーい。殿下が見てるよー」 「くっ……!?」 「ほら、リュウ! 早く!」 「え、ええと……」 知らんぞ、どうなっても。 「やっちゃえ!」 「――はッ!!」 振りかぶった金槌で、目前の秤を叩き壊す! 「あああああっ!?」 「な、なんてことをッ!? 無茶苦茶だ!」 「い、いったい何のツモリで――」 「おうおうおうおうおうっ!」 「こんなイカサマ秤で、あたしらを騙そうとしたって無駄なんだからっ!」 ビシィ! とミントが商人たちを指差す。 「ほら! この秤! この天秤の軸の中身!」 打ち砕かれた秤の中から、ミントが破片を取り上げた。 「空洞になった中身に、磁石入りの玉とバネ!」 「どうせ、この錘は鉄なんでしょ?ほーら、磁石玉にくっつく」 「くっ……!?」 「な、何がどうなってる?」 目を白黒させているアルエ。俺もさっぱり分からんのだが。 「説明すると――」 「こっちの錘は銅。あっちのは鉄」 「で、この秤の中は軸の片側が空洞になってて、磁石玉が入ってる」 「あたしたちは、その空洞のある方に銅の錘を乗せられたの」 「片方の……磁石玉の無い方に、こいつらは鉄の錘を載せた」 一見すると、釣りあっているように見える天秤。 しかし、空洞のある方に、鉄の錘を乗せると…… 「この磁石玉が移動して、重さを増す。その分、測る麦より重くなるのよ」 つまり……不当に多くの麦を計測して、掠め取ろうとしていた。 「………………」 「質問」 いつの間に出てきたのか、ジンも姿を見せていた。 「それって、彼らの目の前で、実際に計ってインチキを暴けばよかったのでは?」 「真偽を確かめないまま、ぶっ壊しちゃってよかったの?」 「そ、そうですよ! 確かに、その磁石のようなモノはあったようですが……」 「そんなことしたら、ここにいる警備隊の隊長が、この人たちをしょっ引かなきゃいけないでしょ?」 あ…… 言われてみれば確かに。これは立派な詐欺行為で、犯罪だ。 「もしかしたら、詐欺……だったかもしれない、よね?」 ニヤニヤと笑いながら、商人たちを見つめるミント。 「お姫様も見てた。警備隊の隊長も見てた。でも証拠は――無いけど」 「……何が言いたいんだ、アンタ」 「別になにも。さ、ちゃんとした別の秤で、もっかいキチンと計りなおして商売しましょ」 「ええと……価格は、こんな感じだったっけ?」 サラサラっと、新たに何かを書き殴るミント。 「なっ……!?さっきよりも増えてるじゃありませんか!」 「えー? そうだっけぇ?」 すっとぼける。 「そうですかねえ? 親方さん?」 「ぐっ……」 「い、いや、その値段でこちらは了承した。買い取らせて頂く」 搾り出すような声で、商人が答える。 「つまり……ボクは何だったんだ?」 「お目付け役。というか、証人だな。何かあった時の……」 さすがに相手も、姫様と警備隊を前に、シラを切り通す覚悟は無いらしい。 「よくやった。よくやってくれた……!」 「ふふん、まあね」 自慢げなミント。 「しかし、よく見破ったな。あの秤がインチキだなんて」 外見だけじゃ、絶対にわからない仕組みになってたぞ。 「……昔、あれと同じ秤を売ったことがあって」 ポツリ、と呟くミント。 「ちなみにアレ、王国に5つしかない貴重なインチキ秤なのよ」 「過去の経験が生きたってヤツねー」 さらっと、とんでもない過去を暴露された気がする。 まあ……いいか。 こうして、村の赤麦は高額で取引され―― 村には、当初の予想を遥かに越えた収益が舞い込んだ。 村人たちは、こぞってミントを誉めそやし…… 中には『村の救世主』とまで呼び称えて、拝む者までいた。 「あ、あはは……あはははは……はぁ」 「交渉した分のマージンちょうだい、とは言い出せない雰囲気に……とほほ」 「結局、タダ働きかぁ……」 「あははは……あはははは……笑っとけ笑っとけ」 合掌―― 作物も高値で売れてあとは冬を待つばかり ……といったある日。ロコナが言っていた流星群が到来する日が村に来た。 この日ばかりはヨーヨードは大忙し。『占い成功率ほぼ100%』という貴重な日なのだという。 ヒロインたちもこぞって占いを頼むのだが、ロコナだけ頼まないのだ。孤児のため自分の誕生日が分からず占ってもらえないのだった。 窓の外には、満天の星々が瞬いている。 ふと見上げると、一筋の流星が落ちた。 「おー……」 流星を見るなんて、久しぶりだな。 つい見とれて、願い事をする間もなかった。 「窓の外に、なんぞ面白いもんでもあるのかぇ?」 「星だよ、星。流星が見えた」 「ほう……もうそんな時期か」 暖炉の前から一歩も動かず、爺さんがアゴヒゲを撫でる。 村の作物も売れ、後は冬を待つばかりのポルカ村―― このまま、平穏な毎日が続くといいんだが…… 「ロコナぁ! ロコナはおるかーっ!?」 ぶっ!? 「またノックもせんといきなり現れおって……」 「今度は何じゃ? また出産か?」 「それともついにヨーヨードのババアがくたばったか?」 「オマエさんの目の前におるじゃろうが!」 「っと、そんなことより!」 「ロコナはどこにおる!?ええいジジイ、はよう教えい!」 「ロコナなら、レキの所へ差し入れに行ってるけど……」 「何か、あったのか?」 「何かあった? ふんっ、大ありじゃとも!!」 「流星じゃ! ついにきおった!流星の日じゃ――」 「流星の日?」 「何かあるのか?」 「おおありじゃ!だからロコナを探しとるんじゃっ!」 このわからずやめ! と言わんばかりの迫力。 その時。 「ただいま戻りました〜」 「……って、あれ? おばあちゃん?」 あ、戻ってきた。 「おお! ロコナ! ついにきおったぞ!」 「流星じゃ! 流星の日じゃ!」 「え……?」 「ええええええええええっ!? 流星の日!?」 「うむ! まさか今宵来ようとは思いもせなんだ!」 「忙しゅうなるぞい! 準備じゃ!村の衆が詰め掛けてくるぞ!」 「ジジイ、今宵だけはこの兵舎を借りるぞよ!ええの!?」 「ワシじゃなくリュウに訊け」 は? 俺? 「借りるぞい! ええの!?」 「え……? あ、うん……」 よく分からないままに、頷いてしまう。 「うむ、場代として、率先して占うてやるからの。ロコナ、準備じゃっ」 「わ、わかった! すぐ仕度するっ!」 慌しく、兵舎の外に駆け出してゆくロコナ。 「あてもこうしちゃおれんわいっ、準備準備っ……」 ロコナの後を追って、走り出すヨーヨード。 「………………」 思わず、ボーゼンとしてしまう。 「なに? 何が始まるの?」 「流星の……日?」 何なんだ? 流星の日って―― 瞬く星空に、幾筋もの光が流れていた。 十数年に一度の、大流星群…… それが今日、今夜から明朝にかけてやってくるという。 「流星の日はのォ、特別な意味を持つ日なんじゃよ」 珍しく屋根の上までついてきた爺さんが、呟いた。 「お祭りか何かか?」 「惜しい。まあお祭りの一種には違いないがの」 「流星の日は、占いの日でもあるのじゃ」 「占いの日?」 うむ、と頷く爺さんの頭上で、またしても一筋、星が流れる。 「今日、この日に限っては、占いの当たる確率がほぼ100%と言われておる」 え……? 「普段ならば、当たるも八卦、当たらぬも八卦の占い師じゃが――」 前々から思ってたけど、それって占い師としてどうなんだ? 「今宵だけは違う。真にその力を発揮するのじゃよ」 「まあ、力ある占い師に限っての話じゃがの。あのババアは、そこそこやり手じゃからな」 つまり今夜は、ヨーヨードの占いが的中する日、なのか。 「じゃあ、広場にわんさか集まってる村人たちは……」 「全員、占い目的じゃな。今夜のババアは大儲けじゃわ」 忌々しそうに言う爺さんだが、顔は笑っている。 「ちょ、だったらさ!あたしも占ってもらえたりするの!?」 「そりゃ頼めば占ってくれるじゃろ。むしろ、優先してくれるらしいが」 「まじっすか!」 「あたし、行って来るっ!」 ミントが、慌しく降りてゆく。 「ま、待てっ、ボクも行くっ!」 その後について、アルエも降りていった。 残されたのは、俺と爺さんの二人だけ…… 「オマエさんは行かんでいいのか?」 「後で、ちょろっと覗きに行こうとは思ってるけど……」 でも、占いなんか信じてないしなー。 「好きなおなごと結ばれるか否かも、占うてくれるぞよ」 ニヤリ、と爺さんが笑う。 「爺さんこそ、余命どのくらいか占ってもらえば?」 「ふん。お断りじゃ」 「あのババア、ワシの時だけ本気で占いやせん。前の時なんぞ『明後日死ぬ』とか言われたわい」 「こちとらそれを信じて遺言まで書いてもうた」 「なんか、似たような事が前にも……」 「ま、占いなんぞに頼っても、良いことなんてありゃせんちゅーことじゃ」 達観したようなことを言いながら、爺さんは屋根を下りていく。 「占いか……」 無意識に呟いて夜空を見上げる。 また一筋、二筋と流星が尾を引きながら、流れていく。 その光景は美しくて―― しばらくの間、俺は夜空を見上げ続けていた。 「うわ……すごい事になってるな」 ポルカ村に、こんなにも人がいたのかと驚く程の賑わい。 兵舎の前に、ズラリと村人たちが並んでいる。 「あ、たいちょ〜〜〜〜っ!」 俺の姿を発見して、ロコナが駆け寄ってきた。 「凄いことになってるな、この人だかり」 「そうなんですよ〜。ちょっと人が多すぎて、もう何が何だか……」 「これ全部、占い目的で集まってるの?」 「はい。隣村からいらっしゃってる人もいるみたいです」 わざわざ数日かけて、ポルカ村まで来てるのか。 大変な騒ぎだな、こりゃ…… 「でもちょうど良かった!場を提供してくれたお礼に、これから占ってくれるそーですよっ」 え? 「あ……いや、俺は別に……」 「さーさーさー、どーぞどーぞ!」 グイグイと、俺の袖を引っ張るロコナ。 「あっ!? ちょ、こら!警備隊の隊長が順番抜かしってどうよ!?」 列に並んでいたジンが、目ざとく俺たちを見つけた。 「ジンさんもどーぞ! 特別枠でご招待です!」 ロコナに誘われて、満面の笑顔で列から抜け出すジン。 なんか……並んでる村人たちに悪い気がするんだが。 「隊長さんなら、仕方ないねえ」 「未来のお嫁さんでも、占ってもらいなよ」 「それを言うなら、いつまで村に飛ばされてるのか、の方が重要じゃて」 ぎゃはははは、と笑いあう村人たち。 ……未来の嫁さんかー。 つーか、本当の本当に当たるのか? 占いなんて…… 「ハジャラムホジャラム……きぇぇぇえぇッ!」 うわ、なにこの怪しさ大爆発な空気。 謎の壺を膝に抱えたヨーヨードが、奇声を張り上げている。 「さささ、こちらへどーぞ!」 こちらに、と言われても。 占ってもらう気なんか、さらさら無いんだが…… 「………………」 って、あれ? 「レキも……占ってもらいに来たのか?」 「……ま、まぁ、暇だったのでな」 恥ずかしそうに頬を赤らめて、プイっと顔を逸らすレキ。 いいのか?リドリーの神官が、占いなんかしてもらって。 「む、感じる……感じるぞい」 「アロちゃん! 水晶の粉をココに!」 「アロちゃん……」 嫌そうな顔をして、アロンゾが溜息をつく。 「アロンゾさん、なんだか助手にされちゃってるんです」 みたいだな。ちょっといい気味だ。 「ま、まずはボクからだよな? 王族だものな?」 「うえ、こんな時にそれを持ち出すのはずるくない?」 「ずるくない。だって、本当のことだからなっ」 順番争いを始めたぞ、あの二人。 「ふぬぬぬぬぬぬッ!うきーッ!」 傍から見てると、ボケが末期に達したようにしか見えんのだが…… 「う……む! むむむっ!むっきゃー!」 お、ついに脳の血管でも切れたか? 「あ、準備ができたみたいです」 「え……?」 「きたきたきたーっ!」 「未だかつてないパワーがあての体内に集まってきとるぞい!」 なんかやだなぁ…… 「よいぞロコナ! 皆に説明を!」 「あ、うんっ」 「ええとですね、占いの前に簡単な説明をしますです」 「まず一つ目……何を占ってもらうかを、決めることはできません」 へ? 「その人の、一番知りたいこと――」 「口には出さなくても、心の奥底に眠ってる、一番知りたいことが占いの対象になります」 「……ど、どういうことだ?」 「つまり、おばあちゃんが勝手に占って、勝手にお告げする、みたいな感じです」 うわ、身も蓋もないな。その言い方だと。 「ええっ、じゃあ何を売ったら大儲けできるか、とかそういうのを訊いちゃだめなの!?」 「それがもし、ミントさんが心の底から、本当に一番知りたいことなら、その事についての答えが出ます」 ……ちょっと、ややこしいな。 「で、誰から占ってもらうんだ?希望者がいないのなら、私が……」 「ボクが行くっ!」 ずずいっと、アルエが身を乗り出した。 「うむ。では占ってしんぜよう――」 サラサラ……と、水晶の粉を床に撒く。 「誕生年と誕生日を、この棒を使って、粉の上に記すのじゃ」 と、ヨーヨードがアルエに一本の棒を手渡した。 「……あれは?」 「銀杏の枝です。魔力があると言われてます」 ほほう…… 「ん、これでいいか?」 粉の上に、棒先で誕生年、誕生日を書き記すアルエ。 「……ぬぬ、ふんぬぬぬぬぬッ!」 ヨーヨードの唸りに反応して、その粉が――ゆっくりと溶け始めた。 「なッ!?」 いくつもの水滴と化した粉は、それぞれが結びつき、一つの水溜りへと変化する。 そして。 「キエェェェーイ!」 気合の一喝と共に、その水溜りは小さな水晶球へと形を変えた。 「……すっげぇ、これだけでも見る価値あるなあ」 同感。 「ど、どうなんだ? 何か分かるか?」 「……う〜む」 じっ、と小さな水晶球を覗き込むヨーヨード。 「……探し物は、すぐ側にあるぞよ」 「え……?」 「それは、必ず見つかる。そして思いのほか近くに存在しておる」 「ま、幻の花かっ!?」 思わず、ヨーヨードに詰め寄るアルエ。 「探し物の姿形までは見えん……が、確かに“在る”ようじゃ!」 「そなたは、それを近いうちに手にするじゃろう」 「………………」 「……ぬぅ」 ぴしり、と乾いた音を鳴らして、水晶球が二つに割れた。 そして、そのままサラサラと粉状に戻ってゆく。 「ふぅぅぅ……信じるも信じないも、本人次第じゃ」 「探し物は……すぐ近くに……」 お告げを反芻するアルエ。 探し物とは、まず間違いなく幻の花のことだろう。 それは近くに在り、必ず見つかるというのだ。 アルエにとっては、この上ない吉報だろう。 「……必ず見つかる、か」 あれ? あんまし嬉しそうじゃないな…… 「さあ、次はどいつじゃ!」 「次、あたし!このミント・テトラで一つよろしくっ!」 グイグイっとアルエを押しのけるようにして、ミントが名乗りを上げる。 「うむ。では先ほどと同じように、誕生年と誕生日をココに……」 ……………… ………… …… それから、五時間後―― 真夜中を過ぎて、ヨーヨードは全ての希望者を、占い終えた。 ……結局、俺は占ってもらわなかった。 先を知ってしまうことが、少し怖かったし―― 心の中を見透かされてしまうようで、少し嫌だったから。 例えば、ジンに対する占いの結果…… 『爵位を継ぐことはない』というお告げ。 ジンは『いまさら興味なんかないし』と 〈嘯〉《うそぶ》いていたが…… 心の奥底にある願望を占う、という言葉を信じるなら、それは嘘だということになる。 ジンは苦笑いしていた。 ちなみに―― ミントの占いの結果は『痛みを伴うが、かけがえの無い財産を得る』だった。 出費はデカイが見返りの大きいビジネスを成功させる……と、ミントは解釈したようだ。 『やっぱし、王族とのコネかなあ』なんて、まんざらでもない顔をしていた。 レキの占いの結果は、聞かせてくれなかった。 人払いをされたので、ヨーヨードとレキしか知らないはずだ。 ただ、占いが終わった後、レキは辛そうな表情をしていた。 「……人間、運命は自分で切り開くもんだよな」 伝承歌などで使い古された、陳腐なフレーズを口にしてみる。 「そうじゃな。占いなんてもんは気休めじゃよ」 ぶっ!? 「い、いたのかよ! 爺さん!」 つーか、ノックくらいしろって。 「オマエさんを呼びに来たんじゃよ」 「ロコナが茶を淹れたでな。忌々しいババアも同席じゃがの」 ぽんぽん、と肩を叩かれる。 そういえば、爺さんも占いを拒んだ一人だ。 というより、ヨーヨードから拒まれたというべきか。 「茶なんぞより、酒の方がいいんじゃがなあ……」 文句を零しながら、階下へ向かう爺さん。 ふと窓の外を見ると、またしても一筋の星が流れていた。 ホールでは、皆が談笑していた。 占いの結果について、あれこれ解釈を語り合ったり―― ジンのように、テーブルの隅で、気まずそうに茶を啜ってるヤツもいるけど。 「……お。オレの味方登場」 なんだそりゃ。 「違うんだよー、オレは本当に爵位なんかどーでもいいんだよーぉ」 まだ引っ張ってるのか、占いの結果を。 「なんかアレじゃん!内心は未練たらしい感じの情けない勘当息子っぽい結果じゃん!」 「ないよ〜、それはないわ〜。ぜったいに違う〜」 「わかってるって」 ジンはそんなタイプじゃない。 まあ、どんなに的中率の高い占いでも、間違いはあるって事だろ。 「どーぞっ、たいちょーの分は、お砂糖多目にしておきましたっ」 そっと、ロコナが熱い茶を置いてくれた。 「おー、さんきゅ」 寒い夜には、熱くて甘いお茶に限る。 あー、あったけー…… 「オマエさまは、本当に占わんでええのか?」 「ん? 俺のこと?」 「そうじゃ。次の流星の日は、十数年後じゃぞ?」 「うん。貴重な機会だけど、辞退するよ」 「ホメロの爺さんも、辞退したみたいだし」 「ふむぅ……」 「それも一つの選択だ。無理に未来を知ることはない」 ずずず……と茶を啜りながら、レキが呟く。 結局、レキの占いは――どんな内容だったんだろう? 「そうだ。ロコナは、どんな結果が出たんだ?」 ふと、アルエがロコナに尋ねた。 「え……?」 「そーそー。あたしもそれ、気になってた」 「いっちばん最初に占ってもらったんでしょ?どーだった?」 「あ……ええと……」 返事に困っているロコナ。 「言いたくないのなら、言わなくてもいいぞ?」 「ただ、なんとなく気になって……」 「うん。無理に言わなくてもいーよ」 「あ、あはは……」 笑ってごまかすロコナ。しかし―― 「ロコナは占えんのじゃ。誕生年はともかく、誕生日を知らんからのう」 え……? 「ババア、こんな時につまらん話を……」 「ふん。別にええじゃろ。ここにおるのはロコナと親しい者ばかりじゃ」 「それに――村に住む者で、知らんのはここにおる者たちだけじゃて」 一体、何の話だ? 「ええっと、あのですね。そのぉ……なんといいますか」 「わたし、捨て子なんです。えへへ……」 !? 一瞬、場の空気が凍りついた。 今……なんて言った? 「もう何年前じゃったかな……」 「ちょうど今頃の、もうすぐ冬になりそうな季節の頃合じゃった――」 遠い目をして、ヨーヨードが語り始める。 「……続く」 おいっ! 「ヨーヨード先生の次回作にご期待ください」 「………………」 「ジョークじゃよ」 いちいち、ジョークを挟まんで欲しい。 「村の……森の中にのぉ、赤子が捨てられておったのよ」 「薬草を取りに行ったあてが、偶然、それを見つけたんじゃ」 「大事そうに毛布に包まれてな。元気一杯、泣いておった」 「それがなんと、わたしだったのでした!」 びしぃ! と親指を立てて微笑むロコナ。 なんで、そんなに明るいんだよ。 しんみり聞けばいいのか、ツッコミながら聞けばいいのか、わからなくなってきた。 「王都は知らんが、辺境では捨て子なんぞ珍しくもなくてな」 「口減らしに子を捨てるなど、よくある話じゃよ」 ずずず、と茶を一口啜って、一息入れるヨーヨード。 「最初は、村のモンが捨てたのかと思うて、四方八方親を探したんじゃが……」 「残念ながら、それらしき者は見つからんでなぁ」 「あの年、村に妊婦はおらなんだ」 「結局は、よそ者の仕業……ということになってのぉ」 「いぇいっ♪」 「あ、あのなあ……」 どんな顔して聞けばいいのか、俺も、他の皆も困っているだろーが。 「あ、あははは。なんだか湿っぽくなるのは、ちょっとヤだな〜、と思って……」 「昔の話じゃからな。ま、あてが拾って育てることにしたと。そういう話じゃよ」 「それで……誕生日も分からないのか」 「そーなんです。でも、あんまり困らないし」 「あ、でもでもっ、名前だけはハッキリしてたんです。ねっ、おばあちゃん?」 「うむ。毛布に刺繍されておった。ロコナ、という名が」 「えっへん。なので、ロコナとゆー名前だけは、ちゃんとしてるのでしたっ」 「占ってもらえないのは、ちょっとだけ残念ですけど……でも仕方ないですよ」 ポリポリと頬をかいて、苦笑するロコナ。 「……そっかぁ。ロコナの誕生日、分からないのかぁ」 「手紙も何も、添えられていなかったのか?」 「無かったのう。あるのはただ、毛布だけじゃった」 ……………… 少し、空気が重くなる。 「で、でもっ、何も困ってませんしっ、あってもなくてもいいかな〜くらいの感じでっ」 「……ったく。そういう事は、早めに言ってくれよ」 ふう、と溜息をついて、俺は立ち上がった。 「あ……あの、たいちょー?」 「婆さん、ロコナを拾ったのは、ちょうど今頃の季節なんだよな?」 「うむ? そうじゃよ、収穫も終わって、今頃の時分じゃ」 「だったらちょうどいい。今日を、ロコナの仮の誕生日にしちまおう」 うん、我ながら名案。 「え、えとっ、どういうことですか?」 「つまり、これからは毎年、今日をロコナの誕生日にしようって話」 「そ、そんなのいいんですか?勝手に、その、決めちゃったりして」 「いいんじゃないか?なんなら、ボクがお墨付きを書こうか」 いや、そこまでしなくてもいいだろ。 「誕生日おめでとうロコナ」 急に決めてしまった誕生日だけど、みんなでロコナの誕生日のお祝いをする。 「ねーねー、仮の誕生日ってことにして、それで占ってみてもダメかな?」 「そんな例は今までに無いからのぉ……」 「偶然、本当に今日が誕生日だという可能性もある。365分の1の確率だが」 さすがに、それは厳しいと思うけど…… 「……おばあちゃん」 「うむ。まあ物は試しじゃ。まだ星は流れておるでな」 ヨーヨードが、ロコナに銀杏の枝を手渡す。 「あう……」 枝を持ったまま、ロコナの動きが固まった。 「って、そっか。まだ字が書けないんだっけか」 「……すっかり忘れていた」 「あ、あははっ、すみません」 「いや、だったらこうすりゃいい」 ロコナの手に、俺の手を重ねる。 「た、隊長……?」 「ゆっくり、俺の動きに合わせて書いて」 そっと、手に力を込めた。 今日の日付を、水晶の粉の上に書き記す。 「……よし、では占ってみようぞ」 「………………」 期待と不安に満ちた表情で、ロコナがごくりと喉を鳴らした。 そして…… ……………… ………… …… 結局。 ロコナの未来はなにも見えなかった。 「済まんのぉ、ロコナ……」 「ううん、謝ることないよ。だって本当の誕生日じゃないんだから」 ロコナは明るく話しているものの、どうにも可哀想だ。 「未来が見えなくたって平気だよ〜。ほら、わからない方が楽しみが増えるしっ」 そう言って健気に振る舞うロコナだけに、余計に可哀想になってくる。 「あっ、皆さんも気にしないでくださいっ。落ち込んだりとかしてませんからっ」 そうは言ってもなぁ…… みんな気を遣ってしまって何も言えないでいる。 俺も、シンミリした気分になってしまった。 う〜ん…… 「……おぉ、まだ降っておるのう、星々が」 ホメロ爺さんが窓から外を眺めて言った。 「せっかくの星降る夜……部屋の中で過ごすのはもったいないのう」 ロコナの方へ振り返ると、ホメロ爺さんは顔をくしゃくしゃにしてウインクをする。 ……そうか。爺さんのやつ、ロコナに気を遣って。 「どうじゃ、皆で星空を眺めんかのう?」 「いいね。爺さんの案にのった!」 「じゃあ、みんなで温かいものでも飲みながら空を眺めましょうか」 「飲み物はあてがいれようぞ、ロコナは先に行っておれ」 「ヨーヨード殿、私も手伝おう」 「じゃあお言葉に甘えて。ロコナ、外に出ようか」 「はいっ、隊長!」 瞳を輝かせたロコナを連れて、俺は外へ出た。 夜空には、まだ、たくさんの星が流れていた。 綺麗だな……と、素直にそう思う。 「……残念だったな」 そっと、ロコナを慰めた。 もしかして、という淡い期待はあった。 でも、やっぱり現実はそんなに甘くない。 「いいんです。未来なら……ちゃんと見えました」 えっ? 「素晴らしい未来に、決まってます」 「だって、こんなにも綺麗な星空の夜に――」 「こんなにも素敵なみんなに、お祝いしてもらえたんですから」 「ロコナ……」 ロコナの瞳には、少しだけ涙が滲んでいる。 「隊長、今夜は本当にありがとうございました」 「いや、俺は何もしてないよ」 「いえ、そんなことないです」 頭を振って、幸せそうに微笑む。 「隊長は、わたしの隣にいてくれたじゃないですか。本当に……ありがとうございました」 「ロコナ……」 誰かの隣にいただけで、こんなに感謝されたのは初めてだった。 何だかとてもくすぐったい気持ちになる。 「わたしの……ううん、隊長や、みんなの未来はきっと……」 降り注ぐ流星の下――ロコナは、にっこりと微笑んだ。 「素晴らしい未来ですよ! 間違いないです!」 占いの結果、探し物は必ずあると判明し、やっと男に戻れるとご満悦のアルエ。 しかしリュウはアルエを女の子として扱おうとするため、怒ったアルエは一人で森に入ってしまう。 そんな中、単身のアルエを狙う刺客が出没。王族である以上、こうしたトラブルには過去にもあってきたアルエ。 いつもならアロンゾが一掃するのだが、一人で来たため自分で対処しようとするが、捕えられそうになってしまう。 薄れゆく意識の中で、アルエはリュウの声を聞くのだった。 占いの結果に気を良くしたアルエは、興奮のあまり徹夜してしまう。そして起きてきたリュウに森に行こうと告げる。 アルエが徹夜明けと知って、リュウは危険だからと森に入ることを止めると、それなら一人で行くと言い始める。 そんなアルエに、リュウは女一人で森に入るなんて危険だと言ってしまう。それを聞いたアルエは不機嫌に…… 「……女って言ったな?」 そう聞かれたリュウは…… 朝日が昇ると共に、ロコナの角笛が鳴る。 流星の日から一夜明けた、ポルカ村の朝―― 「ふぁぁぁ……っと」 大きな欠伸をして、ベッドから半身を起こす。 ……眠い。 そりゃまあ、昨日は結局、朝方までワイワイやってたからなー。 それでも時間通りに、角笛を吹くロコナは大したもんだ。 ……他の連中は、きっと全滅に違いない。 実を言うと、俺も全滅の仲間入りをしたいのだが…… 「隊長が寝坊じゃ、格好つかないよな……やっぱり」 ここは一つ、気合で起きるとしますかね。 「ふんぬッ! ……っと」 反動をつけて、ベッドから跳ね起きる。 「はー……」 頭がボーっとするが、井戸水で顔でも洗えば一発でシャキっとするだろう。 「……よっし」 手早く着替えて、隊長室を後にした。 「ん……起きてきたか」 「おぉっ?」 意外や意外、アルエが俺より先に起きていた。 「おはよーさん。……よく起きてこられたなぁ」 昨夜、あれだけ夜更かししたのに。 「寝なかった」 へ? 「結局、昨日は寝なかった」 「完徹したのか?」 「うん。色々と考えることもあったからな。別に大して疲れてないし」 「あ、おはよーございますっ!隊長っ、アルエさんっ」 元気一杯、ロコナが朝の挨拶を投げかけてくる。 「昨日は、本当にありがとうございました」 「嬉しかったですっ。えへへ……」 「ロコナも寝てないのか?」 「ふぇ?」 「いや……アルエが徹夜したらしいから、一緒に徹夜したのかと思って」 「寝ましたよー、2時間くらいばっちり」 たった2時間で、ばっちり……? あれかな。これが老いってヤツなのかな。 ……まだそんな歳じゃないと信じたいんだが。 「ロコナ、熱いお茶を頼む。ミルクと砂糖をたっぷり入れて♪」 「ん、りょーかいですっ、少々お待ちを〜」 すたたたた、とロコナがキッチンに消えていった。 「ふんふん〜♪ ふふふん♪」 なんというか、2人の若さが眩しいね。 「上機嫌だな。何かいいコトでもあったのか?」 「いいコトも何も……昨日の占い、もう忘れたのか?」 昨日の占い? あー……探し物は近くにあって、必ず見つかるとかいうアレ。 「見つかるぞ。今度こそ、間違いなく見つかるっ」 「男に戻れるんだ!ずっと、ずっと願い続けてきた」 「……昨日、その話を聞いたときは、そんなに喜んでなかった気がするけど」 呆然と、立ち尽くしていたような気がする。 「いきなりだったから、ビックリしたんだよ」 「でも――やっと。やっとだ。ようやく男になれるっ」 「この重たい、肩の凝る乳ともおさらばだっ」 言いながら、ふにふにと自分の乳を揉むアルエ。 ……朝から、過激なことをするのはやめて欲しい。 「と、ゆーわけで」 「今日は早速、森に入るぞ」 「え……?」 「なんだよ“え”って」 「忘れたのか? ボクはこの村に、幻の花を探しに来てるんだぞっ」 いや、そりゃもちろん覚えてるけど。 何も、昨日の今日で、そんなに張り切らなくても…… 「見つかるまで帰らない覚悟で、食料や寝袋も持っていくからなっ」 「ま、待て待て待て待てっ、そんな急に決められても困る」 「何が困るんだ。何も困るようなことはないだろ」 「そもそも、徹夜明けで森に入ろうとか、それ自体が無茶だって」 忘れたのか、これまで散々な目に遭ってきた過去を。 「無茶なもんか、このくらい楽勝だリュウが行けないならボク一人でも行く」 「ダメだ。危ないから。女一人で森に入るなんて……」 言いながら『あ、しまった』と思った。 「……女って言ったな?」 「……空耳かと」 とりあえず誤魔化してみる。 「いいや、言った!今、ボクのことを女扱いしたっ!」 誤魔化されてはくれませんでした。 やっぱりね。 「あ、あのなあ。女扱いも何も、実際、体は女だろーが」 「また言ったな……?」 ぎろり、とアルエが俺を睨む。 「だって女じゃないか……」 「なんだと! ボクは男だとさんざん言ったじゃないか。信じてなかったのか!?」 アルエが愕然とした顔で叫ぶ。 「少なくとも身体は女だよ。そうだろ?」 「だからどうだって言うんだ!?ボクをバカにするなっ!」 「バカにしてるんじゃない!事実を言っただけだ」 「よーし分かった。もう分かった。リュウには頼まない」 「ボクが男に戻ったら、オマエとは決闘だからな!」 びしっ! と指差される。 決闘って…… 「まさか、一人で行くんじゃないだろうな……?」 「ふん、ボクの勝手だ」 ぷいっ、と顔を背けて、出て行ってしまうアルエ。 ……上機嫌かと思ったら、今度は不機嫌。 ホント、女心ってのはよくわからない。 ……男心、なんだろうか? これって。 「ぜっっっったいに、ギタギタのメタメタにしてやるんだ!」 「ボクを誰だと思ってるんだ。何が『女一人で森に入るなんて』だよっ」 「アイツには一度、しっかり思い知らせてやらなきゃ」 ブツブツと、途切れることなく文句が溢れる。 周囲には誰もいない。 お供のアロンゾさえ、今日は兵舎に残してきた。 「……なんでもボクが頼ると思ってたら、大間違いだ」 「最初から、できないと決めてかかってるんだ。リュウもアロンゾも」 ゆっくりと、森の中に足を踏み入れる。 一瞬、怯んだりもしたが、勇気を出して一歩踏み出す。 「これまでだって、一人で入ったこともあったじゃないか」 その度に、色々と酷い目には遭ってきたのだが―― それは過去の話。今は今。未来は未来なのだ。 「……よしっ」 更に一歩、アルエは前に踏み出した。 吸い込まれるように、森の中へと踏み入ってゆく。 ……………… そんなアルエの様子を、見つめる視線があった。 アルエが森に入る瞬間を見届けると、それらの視線は気配を消した。 相変わらず、不気味な雰囲気の森。 必要以上に周囲を何度も見回しつつ、アルエは進んだ 「な、何か出てきたら、逃げればいいんだ」 「戦って勝てそうなら、戦えばいいし」 「……う、うん。そうすればいい。そうだよ」 誰に語りかけるわけでもなく、ただ独り言を呟き続ける。 「冬なんだから、ヘビだって冬眠中だろ」 「特に恐れるようなものは、何もない」 ふんっ、と鼻息荒く、意気込むアルエ。 森は深く、歩いても歩いても、目的の場所――石碑の地点にはたどり着かない。 ふと、アルエは立ち止まった。 「……温泉があったな、そういえば」 以前、皆と一緒に行った露天風呂。 このまま石碑の場所に行くのもいいが、汗を流すのも悪くない。 「……よし」 くるり、とアルエは方向転換した。 汗を流して、それから戻ってくればいい。 むしゃくしゃした気持ちも、さっぱりするだろう。 来た道を引き返す、軽い足取りのアルエ―― その背後で、いくつかの影が蠢いた。 「……引き返すようだ」 「先回りしろ」 「了解した」 単身、露天風呂にやってきたアルエは興奮していた。 「なんだ、一人でもここまでは来れるじゃないか」 ふふん、と鼻を高くして、この偉業に胸を誇るアルエ。 これなら、いつでも一人で風呂にやってこれる。 兵舎の狭い風呂を使うことも、なくなるだろう。 「毎日、ここで湯浴みするのもいいな」 鼻歌交じりに、湯の中へと手をつける。 「ん、ちょっと熱い……か?まあ、入れば慣れるだろ」 頷いて、装備を外そうとした――その時だった。 「……殿下、動かないで頂きたい」 「っ!?」 声は、背後から聞こえた。 聞き覚えの無い……男の声だ。 「抵抗なさらなければ、危害は加えません」 「しばし、我々に同行して頂きたい」 「………………」 「……誘拐、か?」 「お察しの通り」 男が頷く。 「……またか」 溜息混じりに、アルエが呟いた。 王族――という身分柄、こうした無礼な来客には慣れていた。 これまでにも幾度か、同じような目に遭ったことがある。 「さすが王女殿下、取り乱さないところは見事」 「同行して頂けますな?」 「聞いても無駄だと思うが、誰の差し金だ?」 「トランザニア? それともボクの身内の誰かか?」 「聞いても無駄でございます」 「……だろうな」 「しかし、よくこんな辺境まで追いかけてくるもんだ」 「もしかして……金で雇われただけの、土地の者か?」 「それも、聞いても無駄でございますよ」 「なんだ、つまらない」 腰に剣はある。 普段なら、護衛のアロンゾが一掃してくれる―― 「同行は断る」 「悪いが、抵抗するぞ!」 アルエは、剣を抜き払った。 「……やれやれ、お転婆とは聞いていたが」 「我らは3人。勝てるとお思いですか?」 「やってみなくちゃ、わからない」 ぐぐっ、とアルエは奥歯をかみ締めた。 まずは一撃、薙ぐように切り払って、それから逃げる。 追手を待ち伏せてから、そこに二撃目。 あとは、一対一に持ち込めば…… 「仕方ありませんな。おい」 「はっ……」 男たちが、ロープの両端に石つぶてを結わえた、不思議な道具を取り出した。 ブンブンと、その石つぶてを回し始める。 「なんだ……それは?」 「ボーラという道具ですよ、殿下」 「こうして使うのですッ!」 言い放つや、男たちはアルエに向かって石つぶてを投げつけた。 「っ!?」 ジャンプして、かわそうとするアルエ。しかし―― 「あぁっ!?」 結わえ付けられたロープが、アルエの足元に絡みつく。 「ひ、卑怯だぞっ!?」 「申し訳ありません」 「我々もプロですので。捕らえることに専念しておりますから」 冷静に、淡々としゃべり続ける男たち―― 「くっそ! 離せっ! このロープを離せっ!」 「……眠らせますか?」 「そうだな。騒がれては面倒だ」 「では……」 アルエの口元に、何かを染みこませた布が押し当てられる。 「もごっ、もごごっ!?」 「暴れないで頂きたい。すぐ眠りに落ちます」 「貴女には、色々と利用価値があるのです」 「もごっ……」 ゆっくり、ゆっくりと意識が薄れ始める。 視野が、だんだんと黒に塗り潰されてゆき―― 「へぇ……その利用価値とやらを、聞かせてもらおうかな」 意識が切れる瞬間―― アルエは、聞き馴染みのある声を、聞いたような気がした。 「アルエ……」 「アルエ……よくお聞きなさい」 「ははうえー……」 「強く生きなさい、アルエ……」 「どんなことがあっても、諦めない、くじけない……」 「でも、本当に困ったときは……素直に誰かに頼れるような……」 「そんな……大人になりなさい」 「いっちゃイヤだ。ははうえ」 「死んじゃイヤだ!」 「大丈夫。私はずっと……あなたの側にいるから」 「側にいて……守ってあげるから」 「ヤだ……アルエがははうえを守る」 「なにがあっても、ははうえをお守りしますから!」 「だからお願い、いかないで……」 いかないで、ははうえ―― 「母上っ!?」 がばり、とアルエは身を起こした。 「うっ……」 「あー、まだ起きちゃダメだ。眩暈が酷いだろ」 「妙な薬を嗅がされてたからな」 「……リュウ?」 パチクリと、アルエが瞬きをする。 「……危ないところだったんだぞ」 「後をつけて、大正解だったよ」 俺は肩を竦めた。 あの後――アルエが兵舎を飛び出してから。 俺は、心配になってアルエの後をつけた。 すると、アルエの後をつけている、別の男たちがいたのだ。 注意深く見守っていたら、案の定…… 「誘拐……みたいだな。今、アロンゾが連中を問いただしてる」 「………………」 「……珍しいことじゃない、よくあることだ」 よくあるコトじゃないと思うが……一般常識では。 「……どうして、つけてきたりしたんだ」 プイッ、と顔を背けるアルエ。 「そりゃ……まあ、ちょっと言いすぎたかもと思って」 「徹夜明けに、一人で森は無謀だと思ったし」 「……信用ないんだな、ボクは」 うん、と頷きかけて、危うく思いとどまる。 これまで幾度も、似たようなケースで、危険な目に遭ってるんだから…… 「もう……イヤだ」 「うん?」 「こんな体……もうイヤだっ!」 「こんな、ロクに戦えもしない体なんてっ!」 「いっそ、誘拐されてしまえばよかったんだっ!」 「っ!」 思わず、手が出ていた。 「え……?」 軽くではあったが、アルエの頬を、俺は叩いていた。 「……んなこと、言うもんじゃないぞ」 「い、いま、ボクを……?」 「ああ、叩いちまった」 「アルエが、あんまり間違ったことを言うもんだから」 「ま、間違った……こと?」 「そうだよ」 深呼吸をして、思考を整理する。 「まず、男だとか女だとか関係なく、周りを心配させたことを反省しなきゃ」 「アルエは王族だろ? 王女だろ?」 「だ、だったら……何なんだよ」 「それだけ、アルエのことを心配する人は多い」 「アルエが誘拐に遭いかけた、って知ったアロンゾの慌てっぷりは尋常じゃなかったぞ」 まあ、その分、犯人たちを痛めつけてるような気がするが…… 「男女は関係ない。周囲を心配させたことが悪い」 「自分の行動が、周りにどう影響を及ぼすのか、考えるんだよ」 うわ、俺ってば自分を棚に上げて偉そうに…… 「自由ってのは、勝手気ままに振舞っていいってコトじゃない」 「その行動に責任を持たなきゃいけないってコトなんだよ」 「責任……」 「そう。責任。アルエは特に重い責任を生まれながらに背負ってる」 「俺なんか比にならないくらい、大勢の人間が、アルエのことをいつも心配してるんだから」 「ちょっと……反省してくれ」 「………………」 塞ぎこむアルエ。 少しばかり、お説教が過ぎただろうか……? 「どうだ、そろそろ薬の効き目が切れてないか?」 「う……まだ少し、頭が痛む」 「そうか。じゃあ歩くのはまだ無理そうだな」 俺はアルエの体をひょい、っと持ち上げた。 「なっ、なにを!」 「こら、暴れるな。暴れたら落っことすぞ?」 「降ろせっ、自分の足で歩くっ!」 「歩くと頭痛がひどくなるぞ? それに、ずっとここにいるわけにもいかないだろうが」 「そうは言っても……ボクは重くないか?」 「さあ?重いと軽いと、どっちに答えれば怒らないんだ?」 問いかけると、アルエの動きがピタリと止まる。 「……すまない」 抱き上げたアルエの体は意外なほどに軽かった。 結構ボリュームがあると思ったけど。 やはり女性の体は見た目より軽いようだ。 「ここは少し足場が悪い。落ちないように、しっかり掴まってるんだぞ」 「う、うん」 おずおずと伸ばした手が、俺の袖を掴む。 小さく拳を固めた、女の子らしい握り方だ。 「おいおい、そんな握り方じゃ落っこちるぞ。しっかりと掴めよ」 「あ、うん……しっかり握った」 ……どこがしっかり握ったんだか。 まあいい、俺が注意深くしていればいいんだ。 「あ……リュウっ、やっぱり降ろせっ!」 「なんだよ、いきなり?」 「リュウ、怪我してるんじゃないか?足を引きずっているんじゃ……」 「ああ、ちょっとな。誘拐犯の奴ら、めいっぱい抵抗してくれたから」 「だったら無理するなっ、ボクはひとりで歩ける!」 「バカいえ。薬でよろよろの奴を歩かせられるか」 俺は暴れるアルエをしっかりと抱き、足を引きずって歩く。 不意に、アルエの動きが止まった。 「……やっぱり、男はいいよな」 「うん?」 「……なんでもない」 ……わかってくれたのかな? 本当に。 「……ありがと、助けてくれて」 「うん。無事でよかった」 俺の袖を、きゅっと握りしめるアルエ。 心なしかアルエの頬が染まって見える。 そんなアルエが、何故か不思議と可愛くて―― 俺は思わず、苦笑した。 今すぐに分からなくても、そのうち分かってくれれば……いいや。 ……なんて、この時の俺は思っていた。 でも、そんな簡単なモノじゃないってことを―― 俺はすぐ、思い知らされることになる。 先の事件もあってか、あまり積極的に花を探そうとしないアルエ。リュウに言われた言葉が何度も頭をめぐっていた。 そんなアルエを見てホームシックだろうと思ったリュウは、出来るだけ早くアルエが王都に戻れるように自ら花の捜索を志願。 しかしアルエは『そんなにボクを村から追い払いたいのか!?』とキレて、その場から駆け出してゆくのだった。 ……近頃、アルエに元気が無い。 先日の騒ぎから、もう五日―― あれから一度も、森に花を探しに行こうとはしなくなった。 「……どうだった?」 アルエの部屋に茶を運んだミントに、様子を聞く。 「窓の外をボ〜〜〜〜〜っと見つめてた」 「あと、溜息」 「うーん……」 「アルエさんだけじゃなく、アロンゾさんも険しい顔してました」 「お二人とも、何かあったんでしょうか……?」 う〜む、と首を傾げる俺たち3人。 やっぱり、あの野盗たちが原因なのだろうか。 「元気のないアルエさんを見ているとすごく悲しくなっちゃいます」 「うん、心配だよねぇ……あんな調子のアルエに、品物を売りつけることは出来ないし……商売あがったりだよ」 「うぅ〜ん……アルエさんやアロンゾさんを元気付けることはできないかな……」 「今は黙って様子を見ていたほうがいいと思うよ。アルエの事だから、あたし達に気を使って無理に笑ったりするだろうし」 「……そうですね」 二人同時にはぁとため息をつき、首を振る。 「さり気なく、アルエさんを元気付けられれば良いんですけど……」 「うぅーん、レキに相談してみる?あたしらだけじゃさり気なく、なんて出来ないだろうし」 「だよなぁ」 「あ……」 考え込んでいると、盆に空のカップを載せたアロンゾがやってきた。 「ここに置く。わざわざすまなかった」 テーブルの上に、盆を置く。 「とても美味かった。ありがとう。迷惑をかけてすまない」 「へ?」 うわ、本格的に壊れたのか、アロンゾ!? 「殿下からの伝言だ」 仏頂面でアロンゾは言う。 そうか……アルエか。 アロンゾが壊れたんでなくて良かった。 でもアルエの奴……謝罪なんてどうでもいいのに。 急にしおらしい態度を見せる彼女に、ため息をつく。 「それと、本日の夕食は不要だと殿下はおっしゃっている」 「俺の分もいらない」 「わ、わかりました」 ぎこちなく頷くロコナ。 「どうしたんだよ、いったい」 たまらず、アロンゾを問いただす。 「この数日、アルエもオマエもちょっと変だぞ」 「……俺が?」 「あまり部屋から出てこないし、ボーっとしてるし」 「その上、メシも食わないとか……何があったんだよ」 「貴様がっ……」 「………………」 「……いや、いい。殿下も色々と思うところがおありなのだ」 「貴様は貴様の職分を果たしていろ。殿下のお世話は俺がする」 「……井戸に水を汲みに行ってくる」 アロンゾが兵舎から出て行った。 何を言いかけたんだ? 『貴様が口を出すことではない?』だろうか? 「……あー、もしかして」 ポンと、ミントが手を叩いた。 「あれじゃない? ホームシックってやつ」 ホームシック? 「なんですか、それ?」 「長いこと王都から離れてるから、お城が恋しくなっちゃったとか」 「色んなものを、あっちに置いてきてるはずだしさ」 「色んなもの?」 「家族とか、友達とか、そういうの」 なるほど…… 王都に帰りたくなってるのかもしれない。 うん。そんな気がしてきた。 「でも、帰ろうにも帰れないし」 「例の花、まったく見つからないもんなぁ……」 それどころか、探してすらないし。ここ何日も。 だったら、俺たちにも協力できることはあるはずだ。 少しでも早く、アルエが王都に戻れるように。 「……よし」 一つの決意を胸に、俺は頷いた。 「ちょっと、アルエと話をしてくる」 「――と、いう訳で」 「例の、幻の花を探しに行こう。今日は時間もあるし……」 「………………」 俺の提案に、アルエは目を瞬かせた。 「な、なぜ突然、そんなことを言い出す」 「なぜって……」 「少しでも早く、アルエが王都に戻れるように、だよ」 「っ!」 「男に戻れば、大手を振って王都に帰還できるんだろ?」 「ポルカ村に、いつまでも居座る理由もなくなるし――」 「やめろッ!」 俺の言葉を遮って、アルエが叫んだ。 「……へ?」 「そんなにボクを、村から追い出したいのかっ!?」 アルエの口から飛び出したのは、意外な言葉だった。 「そんなにボクを、王都に追い返したいのかっ!」 「な、何を言って……」 「花を見つければ、ボクは男に戻って、村にいる理由はなくなるもんな」 「面倒な存在だとか、世話の焼ける王族だとか、そんな風に思ってんだろ!?」 「お、おい、アルエ……」 「勝手にしろっ! ボクは知らないっ!」 どんっ! 突き飛ばされて、よろめく俺。 その横をすり抜けるようにして、アルエが部屋から飛び出して行く。 「ちょ、ちょっと待てよ! アルエっ!」 「アルエはっ!?」 「え? もの凄い勢いで、外に飛び出して行ったけど……」 またか!? まさか――また森に行ったんじゃないだろうな。 「どうした? 何があった?」 朝から姿の見えなかった爺さんが、ノンキに茶なんか啜っている。 「何があった、とか茶を啜ってる場合じゃないって!」 「さっき、アルエと話をしてたんだが――」 俺は、事の経緯を説明した。 一方、その頃―― アルエは、兵舎側の馬小屋で、じっとうずくまっていた。 「ボクは……」 「ボクは、どうしちゃったんだ……」 俯いて、呟きを漏らす。 怒るツモリなんて、なかった。 別に、本気でリュウたちが自分を追い出そうとしてるなんて、思ってもいなかった。 なのに―― 「どうして、あんなことを……」 「……殿下」 「っ!?」 「あ……アロンゾか……」 「殿下の怒声が、外まで聞こえておりました」 「どうなさったのです? 殿下」 そっと歩み寄り、膝をつくアロンゾ。 「……別に、どうもしてない」 「そんなはずはありますまい」 「ここ数日の殿下、何やら思いつめていらっしゃるご様子でした」 「………………」 そっぽを向くアルエ。 アロンゾは、抱えていた水瓶を置いた。 「あの男……リュウ・ドナルベインが気になりますか?」 それは、言葉の形をした爆弾だった。 「な……なに!?」 「殿下はもしや、あの男に心惹かれているのでは、ありますまいか?」 「わ、訳の分からないことを言うなッ!」 「ボクが……なんだって? リュウに惹かれてる?」 「何をバカな事をっ! ボクは男だぞっ!?」 一蹴するアルエ。しかし。 「こんな時だからこそ、改めて申し上げます」 「私……いや、俺は、幼い頃より殿下のことを存じております」 「トリスタン家を重用してくださったのは、殿下の母君です」 「開祖リドリーに誓って言えます。殿下は本当に、生まれた時から姫君でした」 「っ!?」 「呪いなど、無いのです」 「殿下は母君を亡くされ、失意の果てに……自らを男だと思い込まれたのです」 「ち、違うっ!」 「ボクは……ボクは……!!」 「違いません。違わないのです、殿下――」 「オマエは……オマエだけは、本当は信じてくれていると思ったのにっ!」 どんっ! 「くっ!?」 突き飛ばされたアロンゾが、水瓶の上に倒れる。 「ボクは……男だっ!!」 叫ぶように言い捨てて、アルエが駆け去ってゆく。 「殿下っ――」 見る見るうちに、アルエの姿は小さくなり、村の奥へと消えていった。 「ドナルベインッ!!」 鬼のような形相で、アロンゾがドアを蹴破った。 「アロンゾ! ちょうどよかった、これからアルエを――」 探しに行こうと準備をしてたところだ、と言いかけた。 「貴様ぁぁぁッ!」 胸倉をつかまれ、壁に押し付けられる。 「貴様のせいだっ!」 「貴様が殿下をたぶらかし、ないがしろにし、惑わせたのだ!」 「な……いきなり何を!?」 「全ては、貴様が原因だっ!」 「俺が、何をしたんだよ!?」 「何をした? 何をしただと――」 「俺はただ、アルエが早く男に戻れるように、協力しようと……」 「その余計な気回しがっ! 殿下のお心を乱すっ!」 「貴様のような三流の左遷騎士が、第4王女であらせられる殿下のお心をッ!」 ぎりぎり、と締め上げられる。 「俺は、花など最初からどうでもよかったのだ!」 「ただ、殿下のお気持ちが済むようにと、お側で仕えてきた!」 「男になりたいというのなら、それもいいだろうと思ってきた!」 「うぐっ……」 「あの不憫なお方の側で、せめて俺くらいは、心休まる存在たろうと努力してきたッ!」 「それを……それを貴様は、いともたやすくぶち壊す!」 激昂するアロンゾ。 何も言えず、俺はただ、真正面からアロンゾを睨みつけるだけ。 「殿下……」 「こうしてはいられんっ、殿下ーっ!」 俺を投げ捨てて、アロンゾは兵舎の外へと駆け出した。 「げほっ……こほっ」 あいつ、本気で掴みかかってきやがった。 息が…… 「ちょ、ちょっと大丈夫!?」 「隊長……!」 「けほっ、平気。それより、アルエを探しに行かなきゃ」 そのために、装備や準備を整えた。 服の上に甲冑も身に着ける。 「みんなも協力してくれ。爺さんは馬を使っていい。神殿の方を頼むっ」 「承知した。レキにも声をかけよう」 まさか、とは思うが…… また一人で、森に行ったんじゃないだろうな―― 「アルエ……」 いったい……どうしちゃったんだよ。 苦々しい想いを胸に、俺たちは兵舎を飛び出した。 村人総出でアルエを捜索するが、見つけられないリュウたち。どうやら森の方へ逃げたらしく、危機感が募ってゆく。 なんとか一度はアルエを発見するリュウだが ……更に森の奥へと逃げられてしまう。 ようやくアルエを捕まえたものの、もろい地盤から地下洞窟に落とされてしまい、ピンチに陥る二人。 二人が迷い込んだ洞窟は、なんと冬眠前の小ドラゴンの巣だったのだ。巣主を前にピンチを迎えるリュウとアルエだった。 ポルカ村に来てから、リュウたちと接していく内に、アルエは自分が本当に男なのか分からなくなっていた。 そしてアロンゾに生まれた時からアルエは女だと告げられ、リュウにも女の子扱いされて心を惑わされてしまっていた。 アルエの男に戻りたいという思いは、自分でも分からないほど薄れていたのだ。 「男に戻るべきなのか?それとも、周りのみんなが言うように――女のままであるべきなのか?」 そう聞かれたリュウは…… アルエを捜して、村中を駆け回った。 「アルエさーんっ! どこですかーっ!?」 「おーい、殿下〜! お姫様〜!」 ジンにも協力を頼んで、捜索に加わってもらった。 「悪いな、ジン」 「別にいいよ。つーか、珍しいことでもないだろ。お姫様の家出は」 まあ、確かにそうなんだけど。 今回は、ちょっと本気度が違うというか…… どうして、アルエはあんなに怒ってたんだろう……? 「ロコナ、村の捜索は任せてもいいか?」 「俺は……森の方を捜しに行ってくる」 「お、お一人で……ですか?」 「ああ、一人で行く」 はっきりと頷く。 しばらく、ロコナは俺を見つめて―― 「……分かりましたっ」 「アルエさんを見つけたら、角笛でお知らせしますっ」 「頼んだ」 「気ぃつけて行けよー。日が暮れたら、森は怖いからなー」 重々承知してる。これまで何度も怖い目に遭ってきた。 「爺さんが、レキにも応援を頼みに行ってくれてる」 「ミントは畑の方を回ってるはずだ」 「合流して一緒に捜索に当たってくれ」 「お任せをっ」 頼もしく頷くロコナに後を託して、森へと駆ける。 『殿下ーっ! 殿下ぁぁぁッ!?』 アロンゾだ。あいつも声を張り上げて、村の中を探している。 「アロンゾ! 俺は森の中を探しに行く!」 「森だと……?バカな、先日、野盗に遭ったばかりではないか」 「いくら殿下でも、同じ愚をそう何度も……」 「アルエなら、わからないぞ」 「………………」 「どけっ! 俺が行くっ!」 「何の装備も持たずにか?二人で行けばいいだろうがっ!」 「装備なら、この通り甲冑を身に着けているッ!甲冑と剣があれば、他の物など無用だッ!!」 確かに、アロンゾは甲冑を装備していた。 アロンゾなりに、最悪の事態に備えたのだろう。 だが――森に入るには、それだけじゃ足りない。 「四の五の言わず、一緒に行くぞっ!」 「貴様と同行などゴメンだ!」 「いいから、カンテラと食料と地図っ!半分渡すからっ!」 無理やり、アロンゾに装備の半分を押し付ける。 「くっ……」 「走るぞっ!」 全力で、森へとひた走る―― 腰にぶら下げた無用の長物、長剣がチャリチャリと音を奏でた。 アルエは、森の側にいた。 「……ボクは男だ。何も分かってないんだ、アロンゾも、リュウも」 さすがに、森の中へは入らない。 その危険性は、アルエだって重々承知している。 ぼんやり空を見上げると、早くも冬の太陽は傾きかけていた。 「皆……ボクのこと心配してるかな」 ぎゅっと膝を抱えて、ぽつりと呟く。 幼い頃、ちょっとした遊び心で城の書庫に隠れただけで、何十人もの兵士やメイドが自分を必死に探していた事をアルエは今でも覚えている。 その光景を思い浮かべると、胸がチクチク痛む。 「ボク……皆に、迷惑かけてるよな……でも……っ」 今まで滅多に言ったことのない、謝罪の言葉が喉の奥につっかえている。 自分が情けなくて、愚痴を吐きたくなる。 それをグッと堪えてアルエは彼女は頭を振った。 「………………」 いつまでも、こんな場所にいるわけにもいかない。 かと言って、いますぐ兵舎に戻るのは格好がつかない。 特にアロンゾ。 まさか、アロンゾまでもが自分の事を信じてくれないなんて。 ……いや、本当は分かっていた。 アロンゾが、自分を正真正銘の女だと思っていた件については、心当たりもあった。 リュウに関しては、ただ、無神経なだけで親切のツモリだったんだろう。 自分でも、よくわからない―― どうしてこんなに、心がちぐはぐなのか。 男に戻りたい。戻りたいと願ってきた。 それが叶う。すぐそこまで、手が届きそうなところまで夢は近づいている。 必ず見つかると、すぐ側にあると占いは告げていた。 だから、男になれる。 強く、逞しく……弱き者を守れる存在に、やっとなれる。 なのに―― 『アルエーっ!!』 『殿下〜〜〜〜ッ!!』 「っ!?」 やっぱり、探しに来た。しかも二人一緒に。 思わず、立ち上がる。 どんな顔をして、会えばいいのか分からない。 自分を女扱いする、リュウとアロンゾ。 自分を心配してくれる、リュウとアロンゾ。 その気持ちは、本当は分かっているけど―― 「くっ……!」 アルエは逃げ出した。入るつもりなどなかった、森の奥へと。 二人の男たちが、たどり着く前に…… 「はぁ、はぁ、はぁ……」 「いないっ、そっちは!?」 「はぁ、はぁ……こっちも見当たらんッ」 くそっ、いるとすればココだと思ったのにっ。 薄暗い森の中を、じっと見つめる。 まさかとは思うが、またこの中に……? 「む……?」 ふと、アロンゾがしゃがみこんだ。 その手に、何か紙切れのようなものを掴んでいる。 「……書置きか?」 「違う。砂糖菓子の包み紙だ」 「……ミントが殿下に献上した、王都の菓子だ」 「………………」 「……つまり、ここにアルエがいた、と?」 「おそらくはな」 「俺たちの声を聞いて、逃げ出したのかもしれん」 「貴様がッ!殿下の名を大声で呼ぶからだッ!」 「それはお互い様だろーが!」 顔を突き合わせて、威嚇しあう。 「……ふんッ!」 アロンゾの方が折れた。 「森の中に逃げ込んだ可能性が高い」 「俺は行く。貴様はどうする」 「行くだろ、そりゃ」 「……では手分けしよう」 アロンゾが地図を取り出した。 「俺は、こっちを捜す」 地図上の、森の奥を指す。 石碑のある場所とは反対側―― 例の食人植物に遭遇した、危険な場所だ。 「貴様は、石碑の方を捜せ」 危険という点では、どっちもどっちか…… 「アルエを見つけたら、どうする?」 「狼煙……は木々で見えんか。待て、笛がある」 ゴソゴソと、アロンゾが小さな笛を取り出した。 「小さいが音は充分だろう」 「……準備いいな、オマエ」 「殿下のお心を慰めようと、ロコナに習って手作りしていた」 「そんな話は、今はどうでもいいッ!」 ごもっとも。 「いいか、殿下をお守りしろ。必ずだ」 「……貴様にこんなことを頼まねばならんとは、屈辱だ」 「そっちこそ、森の中で逃げられるなよ」 「無論だ」 頷きあって、森の奥へと足を踏み入れる。 更に日は傾き、森の中は闇と霧で包まれ始めていた。 「アルエさーん! いませんかー!」 「おおーい! おらんかのー!?」 響き渡る、捜索の声…… 「いないなら、いないって言ってくれー!」 「そうやってふざけるのはやめろっ」 「今は、おちゃらけてる場合じゃないだろう!」 「う……そーだね。そーでした。ごめんなさい」 「アルエーっ! 出て来ーい!」 「美味しいお菓子があるよー!なんとタダ! おごっちゃうよー!」 枯れそうになるほど、声を張り上げて捜す一同。 しかし、見つかる気配は全く無い。 「アルエさぁぁぁ……んっ」 「ロコナ、水飲んで少し休みなよ」 「ああ、声がひどく擦れているぞ」 「いいえ、わたしはまだまだ平気ですっ!」 ロコナは力強くガッツポーズをしてみせた。 しかし額には汗が滲んでいる。 彼女だけではなく、ミントやレキの声も擦れていた。 「ねえレキ、占いとかでアルエの居場所をちゃちゃちゃーっと探せちゃったりしないの?」 「無理だな。私に出来ることは、こうしてそなたたちとアルエを探すこと、そして彼女の安全をリドリー神に祈ることだけだ」 「わ、わたしも、アルエさんの無事を一生懸命祈ります!」 「あたしもっ! アルエが助かるなら神殿に寄付だってしちゃう!」 「全く……そなたたちは非常時だけ信心深くなるようだな」 苦笑しながら、レキは周囲を見回す。 「リュウたちは、森に行ったんだな?」 「はい。アロンゾさんも一緒みたいでした」 「だったら、森の方は任せても大丈夫だろう」 「広場とか兵舎の方は、村の人たちに頼んであるから」 「まさに一致団結じゃな。人騒がせなお姫さんじゃわ」 「ねーねー、オレも行方不明になったら、これくらいの規模で捜してくれる?」 「このくらいの規模で祝宴を開こう」 「うわぁ……参加してえ。その祝宴。ジン行方不明祭り」 「無駄口を叩いてないで、ちゃんと捜せっ」 「へいへい……」 「にしても、リュウたちは大丈夫かねえ……?」 相変わらず、不気味な雰囲気に包まれてるな。この森は…… アルエ一人で、こんな奥まで来るとは思えないけど…… 覆い茂る木々を薙いで、奥へと歩みを進める。 石碑の場所まで、あと少し…… ここまで、アルエらしき姿は見かけなかった。 森の怪物たちの姿も、見当たらない。 さすがに冬眠の時期……なんだろうか。 「っ!?」 茂みを揺らす音に、思わず身構える。 そして―― 「む、虫っ! でっかい虫がっ……」 「……あ」 ばっちり、目が合う。 「……見つけた」 「あ……ああっ!?」 逃げ出すアルエ。 しかし、そう簡単には逃がさない。 「逃げるなって! どこ行くつもりなんだよっ!」 「追いかけてくるなっ! 一人にしてくれっ!」 できるか! こんな森のど真ん中でっ! ……っとと! 笛! 合図用の笛! 胸いっぱいに空気を吸い込み、笛を吹いた。 「な……何のツモリだっ! その笛はっ!」 「アルエを無事に見つけたっていう合図」 「来るなっ! こっちに来るなーっ!」 来るな、と言われて引き下がれるかっ! 「どうせボクは、邪魔者なんだっ」 は? 「王都では、誰もがボクを異常扱いしたっ」 男に戻る、なんて言い張ってる姫様を見たら、不思議に思うのは当然だ。 「この村はこの村で、少しでも早くボクを追い出そうとしてるっ」 「何をどう誤解したら、そんな解釈に到るんだよ」 「う、うるさいうるさいっ」 「男に戻りたいんじゃないのか?」 「戻りたいさ!」 「必ず見つかるって、そう言われたんだろ?」 「そうだよ!」 「最近、元気が無いから、手伝ってあげようとした」 「それがどうして、追い出そうとしてるってコトになるんだよ?」 さっぱり分からない。 「う、うるさいっ!」 「とにかく、ボクのことはほっといて――」 アルエが叫びかけた、その時。 ぽたっ。 「ひゃう!?」 一滴の雫が、アルエの頬に落ちた。 「え……? 雨……?」 「アルエっ! 逃げろッ!!」 思わず、アルエに向かって駆け出す。 そこには―― 「ぐるぁぁぁぁ……!」 アルエの背後に、巨大な猛獣が潜んでいた。 虎のような……獅子のような。 コッカスに勝るとも劣らない、巨大な獣。 「なっ……!?」 振り返ったまま、立ちすくんで身動きの取れないアルエ。 獣は、その巨大な爪を振りかぶって、今にもアルエを襲おうとしている。 「アルエ――!!」 飛び掛って、アルエの体にタックルをかます。 風を切る音と共に、凄まじい風圧が駆け抜ける。 間一髪、アルエの立っていた場所を巨大な爪が切り裂いていた。 「あ……う……」 「ぼさっとしてる場合じゃないっ! 起きろっ!」 アルエの首根っこを掴んで、叩き起こす。 「ぐるるるるるる……」 獣は、緩慢な動作でこちらを見下ろし、また腕を振り上げた。 冬眠前で、動きが鈍ってると見た―― 「こっちに!」 アルエの手を掴み、駆け出す! 放たれた獣の一撃が、大地を揺らす。 あんなの食らったら――粉々になっちまう!! 「なっ、何なんだ!? 何だよアレは!?」 「知らんっ! 帰ったらロコナに聞けばいいっ!」 今は、そんなことよりも―― 「うがああああっ!」 咆哮! そしてすぐ、二度目の地響きが襲ってくる! 「うわわっ!?」 「驚いてないで、とにかく走って――」 その時だった。 踏み出した一歩が。その足先が。 ガラガラと音を立てて、崩れ始めたのは―― 「んなッ!?」 「ちょっ……わああああっ!?」 崩れた足元に、飲み込まれてゆく。 何だ? いったい、何が起こった……? 考える間も無いまま、俺とアルエは、突如崩れた森の穴に吸い込まれた。 ……………… ………… …… ……暖かい。 暖炉の効いた部屋で、うたた寝でもしている気分だ。 いい匂いがする。 花の香り……いや、太陽の香り。 晴れの日に干した、ふかふかの枕の香り。 ここは……一体…… 「……う」 ぼんやりと、目を開ける。 茶色い壁に、茶色い床。茶色い天井…… 「って、あだだだだっ!?」 背中に激痛が走る。 「やっと目が覚めたか……」 「いつまでボクの膝の上に寝てるつもりだ? 起きろっ」 膝の上? いつの間にか、俺はアルエの膝に頭を預けて、横になっていた。 慌てて起き上がり、激痛の走る背中へと触れる。 外傷はない。ただ、激しく打ち付けたようだ。 「カンテラを借りたぞ。いつまで経っても起きなかったからな」 薄暗い空間の中で、足元でカンテラが明かりを灯している。 ここは、一体……? 「洞窟みたいだ。ボクたちが落ちてきた穴は、塞がってしまった」 くいっ、と顎先で洞窟の先を示すアルエ。 崩れた土や岩で、一方の道が塞がれている。 ……って、塞がれてる!? 「閉じこめられたのか!?」 「そうみたいだ」 「こっちは!? 行き止まりなのか!?」 塞がっていない、もう片方の暗闇を指差す。 しかしアルエは、首を左右に振った。 「まだ調べてない。キミが気絶したまま動かなかったからだ」 う…… 「……まったく。どうしてこう、ツイてないんだ」 溜息と共に、愚痴りだすアルエ。 「逃げたりするからだぞ」 「さっきも、訳のわからないことを言って、プンスカ怒ってたし」 「訳のわからないとはなんだっ」 「ボクは――」 「………………」 「……いや、そうかもな。訳のわからない話かもしれない」 おろ? 「もう、自分でも分からないんだ」 「ボクはずっと、本当は男なんだと思ってきた」 「でも、父上も……アロンゾまでも、それは違うと言い張ってる」 「ボクは、生まれた時から女で、今でもそれは変わってない……と」 「………………」 「わからなくなった。もう、どっちが正しいのか」 「ボクの記憶か、それとも、ボク以外の人間の記憶か……」 「男に、戻りたいんだろ?」 「……うん」 「その気持ちは、今でも変わらないんだろ?」 「……わからない」 「そのつもりだったんだ」 「けれど、最近……どんどん薄れてくるんだ。その気持ちが」 「どうして、そうなってきたのか、ボクにはまるでわからない」 ブンブンと、頭を左右に振るアルエ。 「アロンゾは、リュウのせいだと言った」 え……? 俺? 「リュウが、ボクの心を惑わしてるって」 ああ、なんかそんな事を俺にも言ってたな。 意味がわからん。 「リュウ……」 「ボクは……どうすればいい?」 「男に戻るべきなのか?それとも、周りのみんなが言うように――女のままであるべきなのか?」 突きつけられた問い。 その質問は、とてつもなく重みのある問いだった。 「……知らん」 突き放すように言う。 「知らんって……それだけか?」 「俺に本当に答えて欲しいのか?」 「人に決められて、それでアルエはその通りにして満足できるのか?」 アルエは俺の言葉に唇を噛んだ。 「それは俺が決めることか?」 「え……?」 「俺がこうしろと言ったら、アルエは納得するのか?」 「それは……」 「そんなに簡単に決められることで、アルエはずっと悩んでいたのか?」 「簡単じゃない!」 「うん、そうだろう。だから……」 「……俺が答えるべき質問じゃないよな、それって」 「アルエ自身が決めること……じゃないのか?」 「………………」 「どちらにしても、だ」 「アルエはアルエだ。男だろうが女だろうが、それは変わらない」 「俺は、どっちのアルエも……仲間だと思うし、仲良くやっていこうと思うよ」 正直な、偽らざる気持ちを伝える。 アルエが男になっている姿を、今の俺は想像できない。 でも、コイツとなら仲良くやっていけそう。そんな、不思議な確信はあった。 「なんだよ、それ……」 「ちっとも答えになってないじゃないか」 「だから、俺には答えられないって」 「ボク自身の問題だから?」 「アルエ自身の問題だから」 「……ふぅ」 「まったく……いざという時に、頼りにならないな。キミは」 アルエが、苦笑を浮かべる。 その笑みが、不思議と明るくて――ホッとする。 「わかった。キミに聞いたボクが間違ってた」 「どうすればいいのか……うん、ボク自身がしっかり考える」 「相談には乗れるぞ。結論を出してあげることは出来ないけどな」 「でも、その前に……」 ゆっくりと、周囲を見回す。 「ここから脱出しないとな。まずはそれからだ」 森の地下に、ぽっかりと空いた洞窟。 そっと地面に触れると、少し暖かい。 ……そういや、この森の周辺には温泉が湧いてるんだったな。 地熱、ってヤツか…… 「この先に進んでみるか?」 「他に、道は無いからな」 もしかすると、どこかの出口に繋がってるかもしれない。 「こっちの、崩れたところを二人がかりで突破するっていう方法もあるぞ」 「それは無理だ。道具もないし、それに……」 「………………」 言いかけて、止めた。 「……ボクが女だからか」 う、しっかり読まれてる。 「まあいい。確かに今のボクは女だからな」 「先に進むんだな?じゃあ、カンテラはボクが持って――」 アルエが、暗闇を照らした……その時だった。 生ぬるい風が、二人の頬を撫でた。 「ぐぉぉぉぉ……」 暗闇の向こう……何も見えない漆黒の中から、唸り声が聞こえてくる。 「ま、まさか……」 「さっきのヤツ……か?」 あの、虎と獅子を足して割ったような、巨大な獣。 それとも、全く別の……? 「ど、どうする?」 「どうするって……」 進む以外に、選択肢はない。 アルエの手を握って、一歩、また一歩と慎重に踏み出す。 ぼんやりと、明かりが見えた。 ……明かり、だって? カンテラをかざして、目を凝らす。 岩肌に、ぼんやりと輝く苔が群生している。 そして―― 「あ……あああ……」 アルエの歩みが、止まった。 ぽっかりと開けた空洞。その岩肌にも、びっしりと光る苔が生えている。 凍りついた表情で、アルエは、目前の“それ”を凝視していた。 アルエの視線の先―― そこに在ったものは。 「ぐおああああああああああッ!!」 「ド……ドラゴンっ!?」 俺たち二人を、横たわる一匹のドラゴンが見つめていた。 リュウたちは小ドラゴンを前に大ピンチ。トラウマを乗り越え剣を抜き応戦するものの剣を折られて八方塞がり。 今度こそもうダメだ……というところに、仲間たちが駆けつける。しかし危機的状況は変わらず、ピンチの連続。 レキが逆鱗を割れば大人しくなると叫び、リュウとアロンゾの連携によって逆鱗を割ってドラゴンを怯ませることに成功する。 そして、命からがら逃げ出した先に、アルエが探していた幻の花が咲いている。花を摘み取って泣き笑うアルエ。 村に戻ると、花の入手を祝してお祭り騒ぎに。そしてアルエとリュウは、あのパーティーで踊れなかったダンスを踊るのだった。 「そっちはどうじゃー!? おったかえ!?」 「見つからないねえ、やっぱり森の方に行ったんじゃないかね」 「もう一度、神殿の方から捜してみるよ」 「わたしゃ兵舎の方を見回ってくるでな」 アルエを捜す村人たちの姿で、広場はごった返していた。 しかし、その姿は一向に見つからない。 「長老様! ロコナが戻ってきたよ!」 「お、おお、ロコナ! どうじゃった!?」 「さっきね!森の方から笛の音が聞こえたのっ!」 「笛の音……じゃと?」 「あたしたちには、全然聞こえなかったんだけど、ロコナには聞こえたって……」 「間違いありません!」 「ロコナは、ここにいる誰よりも耳がいい」 「これから私たちは、森へ入ることにする」 「し、しかしじゃな、間もなく日も暮れる……」 「万が一のことがあったら、どうする?」 「ワシがついておる」 「じじい……」 「心配するな。ワシがついておるよ」 「………………」 「……ふん。ロコナになんぞあったら許さんからの」 「うむ。では森に入る者を募る。ワシとロコナとレキ……それから」 「あたしも!」 「森には不慣れじゃろう? 大丈夫かの?」 「ん、足手まといにならない程度には、頑張るよ」 「うむ。他には……」 「ここはアレだよね。オレも行く、っていう流れの空気だよね」 「オマエさんが……?」 「森には、これまで何度か付き合いで入ったし」 「……ふむ」 総勢五名の捜索隊が、結成される。 「ロコナよ、笛の音が森のどこで鳴ったか、それは分かるかの?」 「う、う〜ん、そこまでは……」 「もう一回鳴れば、なんとか分かるかもしれないけど」 「森に、何か手がかりがあるかもしれない。まずは行ってからだ」 「そうじゃな。その通りじゃ」 「では村の衆よ、引き続き、捜索を頼むぞよ」 「引き受けた。怪我なんぞせぬようにのぉ」 五人の捜索隊は、一路、森を目指す。 一方その頃―― 森の地中では、リュウとアルエが危機を迎えていた。 ――信じられない光景だった。 信じたくない光景、というべきか。 俺たちの目前にいるのは……ドラゴン。 口にするものは多く、見た者は稀有とされる存在。 「ほ……本物、なのか?」 「わ、わからん。でも……」 噂に聞いていたよりは、ずっと小ぶりだ。 それでも、俺たちの4〜5倍の大きさはあるが…… もしかすると、幼生体なのかもしれない。 ……どちらにせよ、戦って勝てる気は、毛の先ほどもしないけど。 「ぐるるるる……」 ドラゴンは、気だるそうに首をもたげて俺たちを睨んでいる。 どうやら……ここは巣穴らしい。あのドラゴンの。 「ひ、引き返そう」 「そ……そうだな。どの道、ここも行き止まりだ」 「あのトカゲの大将が、怒り出したりする前に――」 一歩、後ろに下がろうとした。 その時―― 「ぐるぁあああああああああああッ!!」 ドラゴンが吼えた。 「っく!?」 ビリビリと空気が震える。 耳をつんざく咆哮に、足が竦む! 一歩、横たわっていたドラゴンが足を踏み出した。 地響きと共に、ぼんやりと輝く苔が、パラパラと崩れ落ちてくる。 「引き返せっ! 早くっ!」 アルエに声をかけるが、反応が無い。 完全に、立ちすくんでいるようだ。 「アルエっ!!」 アルエを抱きかかえて、来た道を引き返そうとする。 「シャァァァァァァ!!」 突然、ドラゴンがこちらに向かって駆け出して来た。 その猛烈な勢いをかわそうと、横へ飛びずさる! ドラゴンの頭突きが、岩肌を打ち砕く! っ!? しまった、退路に陣取られた―― ゆらぁぁ……っと、ドラゴンが首をもたげる。 「アルエっ! しっかりしろっ!」 「あ、あああ……」 「ボーっとするなっ!しゃきっとしろ! 男だろ!?」 ぱんっ、と軽くアルエの頬を叩く。 「あ……」 「逃げるぞ! 戦える相手じゃない!」 「に、逃げるって、どうやって――」 退路には、ドラゴンが陣取っている。 ……となれば、もう一度、あの場所から動かさなければならない。 一瞬でいい。あいつを怯ませられたら―― 「くるるるるるぅ……」 余裕なのか、それとも眠たいのか、ドラゴンは目を細めて鳴いている。 なんとかして、怯ませる方法…… 鞄の中に、手を突っ込んだ。 何かないか……何か使えるものが…… 「食料! あいつ、エサだと思って食うかも!」 それはない。 こんなにちっぽけなクッキーを食うくらいなら、俺たちを食うだろう。 「シャアァァァッ!!」 再びドラゴンの咆哮が耳を劈く。 俺たちの退路を塞ぎ、尻尾を左右に振って威嚇してくる。 「ギシャァァァッ!」 俺たちの焦りをよそに、ドラゴンは尻尾で壁を叩いた。 轟音と振動が洞窟に響き渡り、岩石が崩れ落ちる。 「あぶないっ!」 「くそっ!」 落ちてくる岩石を避けるものの、アルエを抱えたままでは動きにくい。 「ハァァァァッ!」 二度、三度とドラゴンの尾が翻る。 その都度崩れた岩石が降り注いでくる。 「くそっ、どんくさいクセに力はあるらしいな」 運良く岩石の下敷きは免れたが、ドラゴンは納得がいっていない様子でこちらを見ている。 「なんとかしてドラゴンの気をそらさないと……」 ドラゴンの動きは、さほど速くない。 攻撃を避ける事は、かろうじて出来そうだ…… しかし、降ってくる岩石は動きが読めないし避けるので精一杯。 このままだと体力が持たなくなる―― その時、ひとつの名案が閃いた。 「俺がドラゴンの気を引くから、その隙に逃げるんだ」 落下した岩石から、手頃なものを拾い上げた。 「どうする気だ?」 「これを投げつけて、あいつの気をそらす」 全身の力を振り絞り、こぶし大の石を投げる。 ゴツッ!! 「ギシャアアアアッ!」 投げた石はドラゴンの鼻っ面に直撃した。 「あ、あれ……」 ドラゴンの背後に投げたつもりだったのに、手が滑ってしまった。 「見事命中だ!」 「喜んでる場合じゃないっ!」 「シャアアァァァッ!!」 気をそらせるつもりが、火に油を注いだらしい。 ドラゴンは鼻っ面を押さえて尻尾を振り回す。 「怒ってるみたいだ……」 「だから危ないんだって、避けろっ!」 ビュンッ!! 風切り音と共に、ドラゴンの尻尾が俺たちを掠めた。 「……まずいな」 動作は緩慢だと思っていたが、尻尾の攻撃は思ったよりも素早く、避けるのが難しい。 俺たちを掠めた尻尾は壁に激突し、バラバラと岩石を降らせた。 あれに当たったら、ひとたまりもないだろう。 「ど、どうする?」 「ああ、今考えてるところだ」 石を投げて気をそらす方法は、二度は通じないだろう。 また直撃して怒らせたら状況は悪くなる一方だ。 ……となると。 かちゃり。 腰にぶら下げていた剣に手が伸びる。 手が触れると、ひんやりとした感触が伝わってくる。 「フーッ、フウゥーッ」 ドラゴンはこちらを睨み付けたまま慌ただしく尻尾を振って威嚇している。 「あれと……戦うのか?」 「だから、今考えてるんだって!」 出来れば剣なんて抜きたくない。 こうして手を触れているだけで、嫌な感覚が蘇ってくる。 血まみれになった、親父の姿が瞼に浮かぶ。 親父は、苦しそうに笑っていた。 血まみれの手で、俺を撫でようとした…… 「う……あう……」 鞘に収まったままの剣が、カタカタと鳴る。 剣が勝手に鳴っているわけじゃない。 俺の手が震えているからだ。 今、ここで剣を抜かなければ――俺たちに活路はないかも知れない。 そう分かっていても、剣に添えた手ががくがくと震える。 「リュウっ、あぶないっ!」 「う、うわああっ!」 間一髪。 俺の目の前を、ドラゴンの尻尾が掠めた。 アルエが咄嗟に引っ張ってくれなければ、直撃だった。 くそう……アルエに助けられるとは。 「リュウ、大丈夫?」 アルエは俺の顔を心配そうに覗き込む。 俺がアルエを守らなきゃならないのにこれじゃ立場が逆だろうがっ! 「剣を抜いて戦えないのなら、ボクがかわりに!」 「……冗談。死にたいのか?」 「でも……」 アルエはドラゴンに目を向ける。 ドラゴンは小首を傾げる様にこちらを見ながら尻尾を悠然と振っている。 あの鞭の様な尻尾の攻撃から、いつまでも逃げ切れるはずもない。 アルエの言う通り、ここは剣を抜いて戦う他はない。 「……俺が、やる」 震える手で、剣の柄を握る。 手元が震えて剣が真っ直ぐに抜けない。 くっそッ…… くそぉぉぉぉぉぉぉぉッ!! ……ウ。 ……ュウ。 ――リュウ。 「リュウ。もう一度だ」 「筋はいいぞ。さっきのフェイントは、なかなか良かった」 親父…… 父……さん…… あの日の光景―― ただの、手合わせだった。 ――手合わせの、はずだった。 ずっと憧れていた。 王都赤銅騎士団の副隊長。ダスティン・ドナルベイン。 幼い頃から、父さんのような騎士になりたかった。 そんな俺を慈しみ、愛してくれた。 修行……と称しては、手合わせをねだった。 何度も。何度も。何度も…… 数え切れないほど、手合わせをした。 それは、俺と父さんなりの親子のコミュニケーションだったし…… ポカポカ叩かれ、痣だらけになった俺を見て、母さんは『やりすぎ』なんて、父さんを叱ってた。 そんな時、父さんはシュンと落ち込んで『ごめぇん』なんて、俺に謝ってきたりしてた。 必死になって向かっても、父さんには敵わない。 敵うはずがない。 そこには、大人と子供という圧倒的な力量の差より、もっと大きな壁があるような気がした。 何度でも、何度でも挑みかかり―― そして、あの日。 あの忌まわしい事故が起きた。 石床に広がる、赤い鮮血…… 立ち上る、鉄の匂い…… 剣先から、滴る赤…… 偶然が重なり合った、事故だった。 俺の剣が、深々と父さんの脇腹に突き刺さった。 ただの手合わせ、だったのに。 いつもの……これまで幾度となく繰り返してきた、俺と父さんの修行、だったはずなのに。 肉を裂き、突き刺さる剣の感触…… 忘れたくとも、忘れられない。 幸い、命に別状はなかった。 迅速な処置と、鍛え上げた身体が父さんの命を救った。 命だけは、取り留めたものの…… 父さんは、二度と剣の握れない身体になった。 俺の剣が、父さんの騎士生命を断った。 ……それからだ。 俺も、剣を握れなくなったのは。 父さんの……親父の人生を狂わせた自責。 血を見る度に、あの時の光景が脳裏を過ぎる。 以来、ずっと避けてきた。 騎士学校でも、刃のない模擬剣で誤魔化し続けた。 大切なものを奪った剣なんて。 二度と、握るものかと思い続けてきた。 でも、今は―― 鞘擦れの音が鳴る。 むき出しになった白刃に、自分の顔が映った。 たいして重くもないのに、ずっしりと感じる。 白刃を見つめると、血まみれの親父の姿が過ぎる。 「……今は、それどころじゃないんだって!!」 自分自身を怒鳴りつける。 守るために、剣を抜けよ―― 奪うためでも、傷つけるためでもなく。 大切なものを守るために、剣を手に取れよ!! しっかり握れ! リュウ・ドナルベイン!! 「う……おぉぉぉぉッ!!」 「リュウ! 戦うのか!?」 「やってみる……」 やるしかない。 俺が、やるしかないんだ。 なんとしても、俺は―― 俺は、アルエを守る! 「ぐるるる……ぐごぁぁぁぁぁ……」 ゆっくりと、こちらに狙いを定めるドラゴン。 ヤツの攻撃をかわして、その隙に一撃、剣を突き立てる。 そうすれば…… 剣を構え、じりじりとドラゴンとの間合いを取る。 「ふー……ふぅぅぅ……」 今にも、飛びかかろうと反動をつけているドラゴン。 いつの間にか―― 俺の手の震えは止まっていた。 「あいつが襲ってきたら、右に飛んで逃げるんだ。右だからなっ」 「わ……わかった!」 「よし……!」 柄を握り締めた。 もう二度と、剣なんて持たないと思っていた。 あの日、親父の―― 騎士人生を終わらせた、過ちの日から。ずっと。 「だ……大丈夫かっ!?」 「大丈夫だ、任せろ!」 なんとかしなきゃ、二人まとめて、こいつの胃袋の中だ。 闘牛の要領だ。すれ違い様に一撃、その横腹に突き刺す。 それで、なんとか活路を開いて―― 「ぐるあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」 来たっ!! アルエが、即座に右へと飛んだ。 スローモーションのように、流れる光景。 飛び掛ってくるドラゴンの横を、紙一重で避けつつ――剣先を突き立てる!! 「くうっ!」 凄まじい衝撃が剣から伝わってきた。 剣を携えた両腕が一瞬で痺れ、腰から踏ん張った両足へと衝撃が抜ける。 「なにっ!?」 ドラゴンの脇腹に突き立てたはずの剣が、俺の両手にある。 「ぎしゃあぁぁぁぁ!」 ドラゴンの鱗が数枚、俺の足元に降り落ちた。 直撃したはずだったが、鱗が邪魔をしたらしい。 「ちいっ!」 剣を返しつつ、ドラゴンの足めがけて薙ぎ払う。 足に命中した鈍い衝撃が、ビリビリと腕に伝わってくる。 「しゃぁぁぁぁぁっ!」 ドラゴンはますますいきり立ち、尻尾を振り回す。 「剣が……効かないのか!?」 その瞬間。 「んなッ!?」 剣先が尻尾に弾かれて真っ二つに折れた。 「シャアァァァァァァ!!」 「うわわわわっ!?」 頭の上を、凄まじい勢いで振られた尻尾が掠めてゆく。 「リュウ!!」 アルエの絶叫と、ドラゴンの咆哮。 無様にも転がって、這いずりながら逃げ出す俺―― 「け、剣が……」 「ダメだ。ぜんっぜん効かない。硬すぎるっ」 まさか、傷一つつけることも出来ないなんてっ。 「ふー……」 生臭い息が、吹きつけてくる。 剣は折れた。 そして、退路は完全に塞がれている。 ……万が一、通路に逃げ込むことが出来たとしても。 その先は、行き止まりだ。 「万事休す……か」 八方塞がりとは、この事を言うのだろう。 動作が緩慢とはいえ、いつまで逃げ切れるか分からない。 一体、どうすれば―― ……ん? 今、天井の方で……何か鳴ったような。 「グゴォ……?」 ドラゴンも、空洞の天井を見上げている。 今のうちに――と思ったが、退路はしっかりと体で塞がれている。 まただ。 まさか、上で――あの獅子の化け物と、誰かが戦っているのだろうか? ぶっ!? 突然、天井に穴が空いた。 瓦礫の山が、バラバラと崩れ落ちてくる。 「ぐぎゃっ!?」 目を閉じて、身を捩るドラゴン。 そして―― 『殿下―――ッ!!』 信じられない光景だった。 天井から、アロンゾが降ってきたのだ。 「ふんッ!!」 着地して、ゆっくりと立ち上がる剣士アロンゾ…… 「ご無事でしたか、殿下っ!」 滑らかな動作で、アロンゾは腰の剣を抜いた。 その鋭い眼光で、目前のドラゴンを睨みつける。 「ア……アロンゾ! どうして!?」 「音でございます、殿下」 「ロコナが――気づいてくれたのです」 ロコナが……? 『はわわわわわわわ〜っ!?』 『なっ!? お、おい、せめてロープなり……わああああっ!?』 天井の穴から、新たに二人が落ちてくる。 「ど、どうなってるんだ……?」 見上げると、ぽっかり空いた穴の向こうで、爺さんが手を振っていた。 『今、ロープを下ろすからのーぉ』 『そっち大丈夫〜? なんか揉めてる〜?』 『ちょ、待って。ロープの端っこ、結びつけるから』 爺さんと、ミントと、ジンの声だ。 そして…… 「んななななななななッ!ド、ドラゴンの子供ぉぉぉ!?」 「な……なんということを。ドラゴンの巣穴だと!?」 落ちてきて、いきなりびびりまくる二人。 肝心のドラゴンは――不思議そうに天井の穴を見つめている。 『こ、こっち見とるんじゃが』 『だ、大丈夫だよね? 火とか吹かないよね?』 「な、何が一体、どーなってるんですかっ!?」 それは俺が聞きたい。みんなに。 「地中から声が聞こえたのでな、穴に落ちたのだろうと……助けに来たのだが」 「……早まったな」 ドラゴンを見上げて、表情を歪ませるレキ。 「……貴様、剣を抜いたのか?」 じっと、俺の手元を見つめながら、アロンゾが呟いた。 「あ、ああ……折れたけど」 「命を捨てて、殿下をお守りするためにか」 「……二人で一緒に逃げるために、だ」 「………………」 「そうか……」 って、悠長に話をしてる場合じゃないっ! 「とにかくっ、逃げなきゃっ!」 「簡単に逃がしてくれるとは思えんが……」 「ぐるるるるるるぅ……」 巣穴を滅茶苦茶にされた、その事に気づいたのか―― ドラゴンの瞳の色が、変わった。 「お、怒ってます! すごく怒ってます!」 「い、色が変わると怒るのか?」 「逆ですっ、怒ると色が変わるんですっ」 そんなの、どっちでもいいっ! 「来るぞっ!?」 レキが叫んだ、その瞬間。 凄まじい風圧と共に、ドラゴンの尻尾が空間を薙いだ。 「ぐはぁッ!?」 剣を楯にして、一撃を受け止めるアロンゾ。 しかし、その体は宙を舞い、岩肌に叩きつけられる。 「アロンゾーっ!?」 「だ……大丈夫です、殿下。心配はご無用にっ」 剣を杖にして、立ち上がるアロンゾ。 しかし、その剣も先程の一撃でへしゃげている。 「ほ、本当にこれ、子供なのか?」 「こ、子供です。大人になると、この三倍くらいに……」 この大きさの三倍!? 「一度だけ、見たことがあるんです。ほんの一度だけですけど」 できれば、一生見たくない。この子供ドラゴンも見たくなかった。 「ぐぉぉぉぉぉあぁぁぁぁッ」 「と、冬眠前ですから、お腹が空いてるんですよっ」 「だから、ちょっと機嫌が悪いんじゃないかと」 「つまり、私たちが美味しそうに見えてるわけだな」 知りたくもない情報が、ポンポン耳に飛び込んでくる。 『ロープを下ろしたぞいっ!はよ上がってこんか!』 『はーやーくぅぅっ!』 『ってゆーかね! こっちもいつ化け物が来るかわからないんだからっ!急いでくれっちゅー話ですよ!』 無茶言うな。この状況で、どうやってロープになんか昇るんだよっ! ドラゴンが、俺たちを睨みつける。 分散した俺たちの、誰から口をつけようかと――悩んでいるようにも見える。 剣は通じない。 このままでは、逃げ切れない。 一体、どうすれば…… 「あ……」 「お、思い出したッ!」 不意に、レキが叫んだ。 「こんな時に、何をっ!?」 「逆鱗だ!」 びしっ、とレキがドラゴンを指差す。 「逆鱗を割れ! 大人しくなるはずだっ!」 逆……鱗? 「あそこですっ! 首筋のっ、色の違う鱗ですっ!」 言われてみると、確かに、一枚だけ色の違う鱗が―― 「何かの本で読んだことがあるッ」 「逆鱗は、割ってもすぐに再生するが、しばらくドラゴンは動けなくなる……と」 「その隙に、ロープを上るのか!」 なるほど名案だ。でも…… 「どうやって、あんな微妙な箇所の鱗を割るんだよ!?」 「剣を突き立てても、跳ね返されたんだぞ!?」 「……俺が何とかしよう」 「貴様は、あの小さな鱗に、なんとか一撃食らわせろ」 「なんとか……って」 「貴様の非力と、俺の剣とは比べ物にならん」 「ちなみに――先程、大地を割って穴を空けたのは、この俺だ」 うげ。 「貴様の放った一撃に、力を加える」 「鱗の一枚や二枚、砕いてみせよう」 俺の放つ一撃たって…… 剣も折れて、他に何もないのに。 「……しゃぁぁぁぁ!」 どうやら、狙いをアルエに定めたらしい。 ドラゴンは、ゆっくりとその首先をアルエに向ける。 一撃……一撃…… どうすれば…… ……………… ……あ。 ふと、足元にキラリと輝く金属片を見つけた。 折れた剣先―― 文字通り、刃も立たなかった剣の切っ先だ。 「……い、一回しか出来ないぞ?」 「一度で充分だ。狙いを外すなよ?」 指先に、折れた剣先を挟み込む。 「ぐるるるるるる……」 「踏み込んでくる相手の力も、利用する」 「殿下、どうかお怪我のないよう……」 「ちゃんと逃げる。大丈夫だ」 ゆっくりと、体を捻って反動をつける。 「行くぞ……」 「いつでもこい」 「ぐるるる……ぐごあああああああああッ!!」 ドラゴンが、猛撃を開始した、その瞬間―― 「ってぇぇぇぇやぁぁぁぁぁぁぁッ!!」 全身をバネにし、剣先をダーツに見立てて投げ放った! 「うおおおおおおおッ!」 風を切って突き進む、折れた剣先。 その後ろを追うように、曲がった剣を横に振るうアロンゾ。 そして―― 「うごあああああああああああああッ!!」 ――逆鱗が割れた。 「うごぁッ! ぐごッ! おごぁぁぁぁッ!!」 ドラゴンが暴れ、激しい地響きが起こる。 『今じゃっ! ほれっ! はよ昇ってこんかい!』 『こっちは木に結んであるから、だいじょーぶ! 何人でもいけるっ!』 慌しく、ロープにしがみつく。 「がぅあッ! がうッ! ぐぎゃッ!」 暴れまわるドラゴンを見下ろしつつ―― 俺たちは、命からがら、その場から逃げ出した。 「っだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」 脱出して、その場に崩れ落ちる俺たち。 酸素が足りない。 全身の筋肉が、悲鳴を上げている。 「悠長に休んでおる暇はないぞい」 「この辺には、化け物がウヨウヨしとるからのぉ」 う……そうだった。 辺りは、すっかり闇夜に包まれている。 長居は無用だ。 一刻も早く、村に戻らなきゃ―― 「ロープほどいてくる」 「うむ、頼んだ」 ビクビクと周囲を見回しながら、ジンがロープを解きに行く。 「………………」 「……ごめん」 不意に、アルエが頭を下げた。 「ボクが……みんなを危険な目に……」 「い、いきなりどうしたんだよ」 「だって、さっきのは……本当に危なかった……」 まあ、確かに危なかったけど。 「別に、これまでだって似たようなことはあったし」 「今更、謝るようなことでも――って、あだだだだっ!?」 俺の足を、思いっきりミントが踏みつけていた。 「この鈍感バカ、空気を読みなさい空気を」 く、空気? 「本当に……悪かった……」 「殿下……」 「ご無事で、何よりでございました」 アルエの前で、アロンゾが膝をつく。 「怪我は……無いか? 大丈夫か?」 「はっ。いささか頑丈な体に出来ておりますゆえ、ご心配には及びません」 「リュウ、どこも痛いところは無いか?」 「俺? あー、穴に落ちた時の背中くらい」 嘘だ。本当は全身が痛い。 「ま、風呂にでも浸かって一晩寝りゃ治るよ」 「……すまなかった」 アルエが、うな垂れる。 「そ、そんな気になさることないですよぉ〜」 「みな、無事だったのだ。今はそれでいいとしよう」 「………………」 気まずい沈黙が訪れる。 アルエの瞳に、涙が滲んでいた。 「ボクは……」 「ボクは……もう、花のことは……」 「にょおおおおおおおおおおおおおッ!?」 アルエの言葉を遮って、ジンの絶叫が聞こえた。 「何だッ!? 今、殿下がお言葉を――」 「ちょっ、こ、こここっ、これっ!これっ!!」 ひっそりと佇む石碑の裏を、ジンが指差している。 「何だよ?」 「は、はははは、ははははは」 笑ってるのか? 「ははは、花っ! 例の花っ!」 ――え? 「は……花だと!?」 慌てて、全員で駆けつける。 そこには…… ぼんやりと輝く、青い花―― その形は、あの古文書で見た、太陽の形…… 「ま、まさか……!?」 そっと、アルエが歩み寄る。 「これって……」 「他に……無いじゃろうな」 「………………」 「本物? ねえ、これって本物!?」 全員の視線が、アルエに集中する。 「た、たぶん……本物……だと思う」 両手で包み込むようにして、優しく、花の根を掘るアルエ。 「アロンゾ、何か入れ物を……」 「は……はっ! 袋でよろしいでしょうか?」 「うん……」 そっと、周囲の土と根元ごと――花を採取する。 「……伝説だと思ってた」 「自信はなかったんだ……」 「でも……」 ポロリ、とアルエの瞳から涙が零れる。 その涙は雫となって、輝く青い花に滴る。 「……占いは、当たったのう」 「男に……戻れるんだね、アルエ」 「………………」 言葉にならないのか、ただ頷くアルエ。 こうして―― アルエは、ずっと捜し続けていた幻の花を手に入れた。 長い、長い間求め続けてきた、男へと戻るための花を、遂に…… ……それからが、大変だった。 村に戻ると、アルエを捜していた皆から、大喝采を浴びた。 アルエは王族らしく、毅然とした態度で――皆に頭を下げた。 『本当にすまなかった。申し訳ないことをした。心配をかけた』 村人たちは、きょとん……とした顔で、そんなアルエを見つめていた。 アルエが幻の花を手に入れたことを知ると、お祭り騒ぎとなった。 夜にも関わらず、大勢の村人たちが広場へと集まって…… アルエを取り囲んで、ダンスパーティーを始めた。 「リュウ……」 「ん? なにか?」 「なんと言えばいいのか、ちょっと分からないけど。ありがとう、リュウ」 「なんのことか、俺にも分からないけど?」 「いや、その……ドラゴンから救ってもらったりして」 なんだ、そのことか。 そもそも俺ひとりの力で救ったわけじゃない。 「リュウが戦う姿は、その、なかなか格好が良かったぞ」 「トラウマにビビって腰抜かしそうだったのに?」 「そのトラウマを、見事克服したじゃないか」 ……そうなのか? 俺としては、あの状況をなんとかしたい一心だったけど。 まだ実感がない。 そういや、アロンゾに剣を握ったことを知られたんだ。 真剣で勝負だ、とか言い出さないといいが…… 「それに、リュウのおかげで花も見つかったんだ」 「まあ、偶然っちゃ偶然なんだけど」 「それでもボクはリュウに感謝している」 なんだ?急にもじもじしたりして? 「その……何か礼をしたい」 「礼なんていいですよ、それだけで俺には過分なお言葉ですから」 「なんだ、急によそよそしくなって?」 アルエの表情が、急に寂しげに見えた。 俺としては、ちょっと照れくさかっただけなんだけどな。 「……あのさ」 「なんだ?」 「ひとつ、お願いしていいかな?」 「う、うん。無理な願いでなければ」 「えーっと。男に戻ったら決闘ってのは撤回してくんない?」 「あ……あれはその場の勢いというもので。もとよりそのつもりはないから」 よかった。 こいつにまで決闘を迫られたら、たまったものじゃないからな。 「じゃあさ、一緒に踊ってくれないかな?」 「……え?」 「あの日、踊れなかっただろ?ほら、あのパーティーの時に踊れなかったダンスだよ」 「あ……」 「お願いしてもいいかな?」 「も、もちろん!」 俺はアルエの手を取って――村人達の踊る輪へと入っていった。 そのお祭り騒ぎは、夜明けまで続いて…… アルエにとっても、俺にとっても、忘れられない一夜となった。 そして、その日の朝―― 『ああああああああああああああッ!?』 「何だ!? どうした!?」 「なにごと!? ドラゴンの復讐!?」 「どうしたんですかっ、アルエさんっ!」 「あ……あぁぁぁ……」 アルエは、机の前で呆然としていた。 机の上には、昨日、採ったばかりの幻の花が―― ……………… ……あ、あれ!? 「花は!? 幻の花はどうした!?」 「……か、枯れた」 は? 「ね……寝ようと思って、見たら……枯れてた」 か、枯れてた!? 「騒がしいな……なんだ、一体」 眠そうに、レキが部屋にやってくる。 「……って、泊まってたのかよ、夕べは兵舎に」 「ああ、ミントの部屋に泊めてもらった。なんの騒ぎだ?」 「は……花が……花が……」 茫然自失のアルエ。 ……無理もない。俺でも、きっとこうなる。 「ああ、枯れたのか」 そんな、あっさり言ってやらなくても。 「ど、どど、どうすれば……?」 「お、落ち着いてください殿下。きっと、この枯れた部分に効能がっ」 「残念だが、性転換の効能は花の部分にしかない」 「一夜草なのだ。その花は……」 あふ……と欠伸をしながら、語るレキ。 「………………」 全員の視線が、眠たそうなレキに集中する。 「……みんなの疑問を、俺が代表してぶつける」 「レキ、やけに詳しいじゃないか、この花について」 前々から、なんとなくおかしいとは思っていた。 以前、神殿の書籍を見せてもらうときも、ヘンだと思ってカマをかけたことがあったが…… 「既に見つけたのだから、今更隠しても仕方ない」 「そうだ。私は、この花について……知っている」 ふぅ、とレキが溜息をついた。 「い、一夜草って……どういうことだ?」 「そのままの意味だ」 「この花は、一年のうち、ある特別な一日のみ花を咲かせる」 「まさか昨日がそうだったとは、私も驚いた」 淡々と語るレキ。 「じ、じゃあ、また一年間、咲くのを待たなくちゃいけないんですか?」 「そうだな。もうこの枯れた草には何の効能も残ってない」 「あうぅ……」 失意のどん底直前のアルエを、わざわざ蹴り落とすこともないだろうに。 「……レキ。そうと知ってたら先に言えよな」 「聞かれなかったからだ」 さらりと、これまでの努力や積み重ねの日々を吹き飛ばす、問題発言が飛び出す。 「な、なにーっ!?」 「……冗談だ。神殿の掟で禁じられている」 「その花の存在を、本当に知る者以外には、教えてはならない」 「そなたたちは昨日、本物を知ったからな。もう教えてもいいだろう」 ……言葉も出ないよ。 なんだろう、この脱力感。 「ど、どうして、そんなに融通が利かないんだっ!」 「ボクは王族なんだぞっ!?」 「私は神官だぞ」 「こ……このぉぉぉぉっ!?」 「すとっぷ!ケンカはダメですっ、ケンカは〜〜〜っ!」 ロコナが、必死に乱心のアルエを取り押さえる。 「レキが勝つほうに銅貨3枚」 「アルエに3枚」 「殿下に6枚だ」 おいおい、オマエも乗るのかよ…… 「そういう事はっ、早く言え〜〜〜〜〜〜ッ!」 アルエの絶叫が、ポルカ村に響き渡る―― 「――つまり、だ」 「年に一回の開花を待たなくてもいいって事なのか?」 「……そうだ。まだ完全ではないが、人工的に開花させることは可能だ」 「ただし、数は確保できない。開花させるためには、一定の期間と手間が掛かる」 「だが……まあ一株程度なら、今すぐとは言わないが、なんとかなるだろう」 「……だからさあ。そういうことは聞かれなくても言えよな」 「神官は便利屋じゃない」 ああもう、すぐこれだ。 とはいえ――枯れた花はなんとかなると言うことで。 こうして、アルエは幻の花を、今度こそ手に入れた。 今度こそ、やっと、本当に…… 「何だか、色々と納得がいかなーい!」 ……同感だ。 無事に花も手に入り、いつでも男に戻れる余裕の出来たアルエ。しかし、今度は男に戻る踏ん切りがつかない。 心の中がモヤモヤし、リュウの顔が浮かぶ。一方、まもなく収穫祭を迎えようとしている村は、その準備で賑わっていた。 収穫祭で男は一人の女性にプレゼントを贈ることになっており、誰に贈るか悩むリュウ。一方の女性陣は、気が気でない様子。 口論に発展した女性陣は、収穫祭に行われる女性オンリー、パイ料理対決で白黒つけることになるのだった。 ここは、兵舎の一角―― 元々は客室だった場所を、貴賓室に模様替えした部屋。 一人の少女(?)が、物憂げに窓の外を見つめていた。 「……はぁ」 溜息を一つ。 くしゃくしゃと、金色の髪を掻いて……また溜息をつく。 「どーしようかなぁ」 ポツリと呟いて、ぼすん、と枕に突っ伏した。 「………………」 そんな彼女の様子を、心配そうに見守る騎士が一人…… 「何を悩んでおいでです、殿下」 「別に……悩んでない」 「ちょっと、考え事をしてるだけだ」 それを世間では悩んでいる、というのですよ――と騎士は思う。 しかし彼は優秀な騎士なので、あえて口には出さない。 「……花は、いつでも手に入るんだ」 「そうだよな?」 「そのように聞いております」 騎士は頷いた。 あれほど探し回っていた幻の花は、なんと神殿で培養されていた。 いつでも、男に戻ることが出来る。 ずっと、そうなる日を夢見てきたのだ。 「……いつでも戻れる、か」 しかしまだ、彼女は男にはなっていない。 男に戻ろうと思う度、モヤモヤとした不思議な気持ちが邪魔をする。 そして、そんな時には決まって、ある男の顔が思い浮かぶのだ。 リュウ・ドナルベイン―― 「……いつでも戻れるんだよなあ」 バタバタ、と足をベッド上でばたつかせる。 「はぁ……」 「どうしようかな……ホント」 誰に問いかけるでもなく、彼女は呟いた。 「……ん?」 見回りの最中、奇妙な光景を目にした。 村人たちが、収穫を終えた後の麦藁を、せっせと編んでいる。 縄でも作ってるのか? 「ねーねー、あれ何やってんの?」 『暇だから見回りついでに行商させて』と付いてきたミントが、疑問を口にした。 「人形を作ってるんですよ。おっきな人形です」 「藁人形?なんか、呪い的な感じの道具にするの?」 「ち、ちがいますよ〜。収穫祭のときに、村の中央に飾るんです」 ああ、そういえばそんなお祭りがあるとか言ってたな。 「収穫祭って、いつ頃やるの?」 「ええと……ひい、ふう……3日後です」 「楽しいですよ〜♪一年の中で、一番好きな催し物ですっ♪」 「ダンスを踊ったり、露店で買ったおイモのフライを歩きながら食べたり」 きらん、とミントの瞳が輝いた。 「ほほう、露店とな。聞き捨てならんにょー」 商売でもするつもりか。 「あ、それと一番の目玉は、パイの品評大会ですね」 パイの品評大会? 「なにそれ? 味くらべ?」 「んー、説明すると、ちょっと長くなるんですけど……」 「長くてもいいよ。聞く聞く」 「えっとですね……」 「そもそもの始まりは、とある女性が、夫のためにパイを作ったことがキッカケでして」 ロコナの説明が始まった。 「その女性は声を失った人で……言葉を出すことが出来ない奥さんだったとか」 「それでも、なんとかして旦那さんに日頃の感謝の気持ちを伝えたいと、知恵を絞ったそうです」 「手紙に書けばいいのに。いつもありがと〜、って」 「そういえば……そうですね。どうして手紙にしなかったんだろ?」 「わたしみたいに、読み書きできなかったのかなぁ……」 ロコナが考え込んでしまう。 おーい、説明の続きはー? 「ミント……素朴な疑問ツッコミは後にして、とりあえず、最後までロコナの説明を聞こうぜ」 「すまぬ」 すまぬ、って…… 「あれ? どこまで話したっけ?」 ほれ見ろ、ロコナが混乱しちゃったじゃないか。 「気持ちを伝えるために、知恵を絞ったあたり」 「あ、そーでしたそーでした」 「それで、収穫祭の時に、旦那さんの大好物ばかりを詰め込んだパイを焼いたんです」 「一年間、お疲れ様でした……っていう、感謝の気持ちをたっぷり詰め込んで」 ……いい話だな。 「すると、一口食べた旦那さんは、ポロポロ泣いちゃって……」 「気持ちが伝わったんだねえ……」 うん、いい話だ。 「以来、気持ちをパイで表そうっていう行事が出来上がったとか」 「にゃるほど。それがパイの品評会に繋がってくのね」 うんうん、とミントが頷く。 「パイの中に何を詰めるかによって、それぞれ、伝えたいメッセージが変わります」 「例えば日頃の感謝だったり、恋の告白だったり……」 「中には『大嫌い』とか『顔も見たくない』とか、そんなのもありますけど……」 それはキツいな…… 「だから、品評会といっても、品評するのは味だけじゃないんです」 「作り方だったり、メッセージの内容だったり……」 「何が入ってると、どんなメッセージなのさ?」 「ん〜〜〜〜〜〜」 ロコナが唸る。 「じゃあ、後でミントさんにだけ、こっそり教えます」 「俺は聞いちゃダメなのか?」 「ダメなんです。男の人は、そのメッセージの内容を知っちゃいけないんです」 「ってことは、女だけの秘密なの?」 ニヤリ、とミントが笑う。 「へっへっへ……教えてあげないから」 そーゆー決まりなんだから、仕方ない。 しかし、色々と変わった文化があるもんだな…… 王都の中だけで暮らしてたら、きっと、知ることもなかったんだろうな。 兵舎に戻ると、レキがアルエと茶を飲んでいた。 ……珍しい組み合わせだな。 「見回りか。寒い中ご苦労だな」 「いや、今日はそうでもないぞ。少し暖かいくらいだ」 マントを脱いで、壁にかける。 「爺さんとアロンゾは?」 「アロンゾは裏で剣を振ってる。ホメロは知らない」 剣の稽古か……よくやるよ。 「あたしもお茶飲む〜」 そそくさと、テーブルにつくミント。 「んでさ、ロコナ。パイの話だけど、続き聞かせてよ」 「いいですよー。あ、でも隊長がいるので、詳しい話はちょっと」 う。なんとなくお邪魔虫な感じ。 「なんだ? パイの話って。今夜の夕食か?」 「収穫祭の話だろう。そうか、パイの品評会があったな」 「パイの品評会?」 アルエが、目を瞬かせる。 「そうなんですよー。さっき、ミントさんにはお話したんですけど……」 先程と同じように、ロコナが説明を繰り返し始めた。 部屋に戻ろうかとも思ったが、茶を出されたので、とりあえず二回目の解説を聞く。 「……と、いうわけで! 以来、収穫祭ではパイの品評会をすることになったんです」 発祥の経緯と、女性だけの秘密のメッセージの話。 「へえ、なるほど」 「あ、でも、アルエさんは……その」 「ん? なに?」 「男になるんでしょ?だったら、パイの話はこれ以上聞いちゃダメ」 「う……」 そうだったな。 もう、いつでも男にチェンジ出来るんだもんな。 「男の人は、ただパイを食べるだけなの?」 何気なしに、ミントが尋ねた。 「ん〜と、男の人はですね、プレゼントを用意しなくちゃいけません」 え? 「プレゼント? ……誰に?」 パイをくれた女性、全員に? 「確か、パイをくれた女性の中で……一人だけ選んで、プレゼントを渡すのだったな」 「はい。自分が一番『この人にあげたいな〜』っていう人に、プレゼントを渡すんです」 ちょっと待て、初耳なんだが。 それって、もしかして俺も用意しなきゃいけないのでは? 「便利でお得なテトラ商会。プレゼント各種取り扱っております」 さりげなく営業される。 「つまりボクは、男としてプレゼントを用意しなきゃいけないんだな」 「う〜ん、アルエさんの場合は、どっちを選んでもいいような……」 「………………」 「誰か一人に、プレゼント……か」 「何を渡せばいいんだか」 頬杖をついて、考え込んだ。 というか、そもそもなぜ一人限定なんだよ。 「何を渡すかより、誰に渡すか考えた方が良いんじゃないのか?」 「うむ、そうすれば自ずと渡す品物も決まってくるだろう」 「隊長っ、誰にプレゼントを渡すんですかっ!?」 「プレゼントの内容はいい、誰に渡すか言え」 「リュウ、プレゼントは誰に渡すの?」 「んな短時間で決めれるわけないだろ」 俺の顔を覗き込んでくる女性陣に頭を振る。 「優柔不断な奴だなっ」 「悪かったな」 けど誰が俺にパイをくれるか見当もつかないし。 もしかしたら誰からもパイを貰えない可能性だってあるんだぞ? 「やっぱり俺、プレゼントを何にするかを最初に考えるよ」 「むぅ……そうか」 アルエが残念そうに呟く。 「金目の物がいいなあ。金目の物にしよー?」 なんで、ミントがもらうことに決まってるんだよ。 そもそも、ミントは俺にパイをくれるつもりがあるのか? 「ただのお祭りだ。難しく考える必要は無い」 「つまりは日頃、一番世話になっていると思う女性に渡せばいいのだ」 日頃、一番世話になってる女性に……ねえ。 「お、お茶のお代わりいかがですか? たいちょー」 「ん? あ、ああ。ありがと」 「む!? いまのはもしやアピール行動!?」 「えっ!? ち、ちち、違いますよっ!?」 「ホントにぃ?なんか絶妙なタイミングだったけど」 「も、もぉ! ミントさん!」 「………………」 さりげなく、アルエが俺の皿にクッキーを一枚、投げ入れた。 「はっ!? 今のは――」 「ちがうっ! 食べきれなかったから、くれてやったんだ!」 「……バカバカしい。意識しすぎだ」 呆れたように、レキが呟く。 「アルエは……男側で参加するとして、レキはパイとか作らないよね?」 「……どうして決めつける?」 「だって、あんまり料理とかしないでしょ?」 「………………」 「ってことはつまり、ロコナかあたしがゲットするチャンス大」 もしかして、俺のプレゼントの行方の話をしてるのか。 「純金のティアラとか欲しいな〜」 無茶を言い過ぎる。 「わ、わたしはそんな、ゲットとか、そういうんじゃなくて……」 「パイは作るんだよね?」 「そ、それはまぁ……村の伝統ですし」 「じゃあ一騎打ちだ、あたしとロコナの」 なんだか、勝手にどんどん話が進んでるんだが。 「誰も出ないとは言ってない」 不意に、レキが口を挟んだ。 「それに、私だって料理くらいは出来る」 ムッとした表情のレキ。 「確かに普段は、ロコナや村の者に、差し入れを受けているが――」 「私だって、それなりに自炊はする」 「そ、そうなんですか!?」 「うわ、あたしじゃなくてロコナが驚いちゃったよ……」 「できるっ」 がるるる、と噛み付かんばかりのレキ。 「ってことは、あたしとロコナとレキの三つ巴かぁ」 他の村人も参加するってことを、まるっきり念頭に置いてないな。 ヨーヨードの婆さんに、プレゼントを渡すかもしれないんだぞ。 「……ボクだって、パイくらいは作れるんだぞ」 ポツリ、とアルエが呟く。 しかし誰も、その呟きには耳を貸さなかった。 「レキさんは、どんな料理が得意なんですか?」 「うっ……? と、得意料理か?」 「あるじゃん、いろいろ。煮込み料理とか、蒸し料理とか……」 「ボクは、焼いたり炒めたりする料理が得意だぞ」 「………………」 アルエの発言に、一瞬、ミントとロコナが顔を見合わせて沈黙する。 そして『何も聞かなかった』と言わんばかりに、レキの方へ視線を向けた。 ……思い出したんだろ、あの真っ黒な消し炭料理を。 俺だって、あの衝撃はまだ忘れてないぞ。 「グラタンとかお好きですもんね、レキさんは」 「あー、オーブンで焼いちゃう系?」 「………………」 「ま、まあ、そのような感じだ」 ぎこちなく頷くレキ。 「ホントに? だったらパイとか楽勝じゃん」 「女三人、三つ巴戦かぁ。ちょっと燃える展開だねぇ」 「うぅ〜……」 話題に入れないアルエが、頬を膨らませている。 「じゃあ、ここは一つ、女三人、正々堂々と腕を競い合うってことで――」 ミントが、握手をしようと手を差し伸べた……その時。 「ま、待てっ、ボクも参加するっ!」 ……………… え? 一瞬、場の空気が固まった。 「参加するぞ、そのパイ対決っ!」 いや、別に対決ってワケじゃないだろ……?対決なのか? 「だ、だって、アルエは……」 男に戻るんじゃないの? と皆の表情にはアリアリと浮かんでいる。 「この先、いつでも男には戻れるんだ」 「特別に女枠で、参加してやる」 「……本気か?」 「本気だっ!」 「パイの一枚や二枚、どーってことないっ」 ふんぞり返るアルエ。 こうして―― ロコナ、ミント、レキ、アルエによる四つ巴の火蓋が切って落とされた。 ……って。 プレゼント、どうしよう? う〜ん…… 「はっ! ふっ! はぁっ!」 ただの棒きれが鋭い音を立てて空を切り、ちょうど目の高さでピタリと静止する。 「………………」 「……ふぅ」 大きく息を吐くと、持っていた棒を投げ出す。 「今日はこのくらいにしとくか……」 と、踵を返したその時―― 「っ!?」 暗がりから飛び出す大きな影―― 俺はとっさに剣を抜く。 「くっ――!?」 とてつもなく重たい一撃。 両手でなければ防ぎきれなかっただろう。 こんな剣筋を持つ人物を、俺は一人しか知らない。 「なんのつもりだ……アロンゾ」 「やっと剣を抜けるようになったか」 「後ろから斬りかかるなんて、騎士にあるまじき行為じゃないのか?」 「ふん……手加減はしてやった」 言いながら、スッとアロンゾは剣を引く。 「あっそ……」 「これで、俺との勝負から逃げる理由は無くなったな」 ……やはり言うのか、それ。 「いや、まだ相変わらず血は苦手なんだけど」 「……礼を言ってなかった」 「は?」 なんか今日は脈略がないな。 「殿下を守ってくれたこと、感謝する」 「礼なんていいよ。これでも元・騎士だから。お姫様を守るのは当然さ」 「姫……か」 って、おーい。 今度は遠い目をして…… ほんと、今日はなんなんだ? 「……邪魔したな」 そう言うと、アロンゾはさっさと兵舎に戻っていく。 ……と、思ったら立ち止まった。 「いずれ、決着はつける。それまで、せいぜい鍛え直しておけ」 また一方的に告げると、今度こそ兵舎に入っていった。 「……なんだったんだ?」 リュウが誰にプレゼントを渡すのか、なんとなく気になるアルエ。事あるごとに自分をアピールしようとする。 朴念仁のリュウはともかく、そんなアルエの様子が村人にはおかしく可愛い様子。 しかしプレゼントなど関係なく、リュウは素直に日頃の感謝と、アルエとの不思議な縁について語り、安堵させるのだった。 「…………むぅ」 「……パイ……パイ、か」 昨日聞いた話が、一晩たってもずっと頭の中で繰り返されている。 「お返し……お返し」 パイを貰った男性は、その中から1人にだけお返しをする。 「一番大事に思う人に、お返しをするか」 リュウからプレゼントを貰えるのはたった1人だけ。 言うなればこれは“勝負”だ。 理由は分からないが、そう思った。 「ならば……勝たねばならん!」 末席とはいえ、王族に名を連ねる者として。 いや、男として! 「そうだ、これはボクがボクであるための戦いだ」 別にリュウのために参加するわけではない。 リュウに選ばれたいからじゃない! 「もちろん、このボクに決まってるがな」 「何と言っても、リュウとボクは一緒に色々なことを乗り越えたんだし!」 夜盗での一件や、洞窟でのこと。 「ボクに決まってる! フンっ!」 ……とは言うものの。 「ボクだよ……な……う、うん」 自信がないなどと、口が裂けても言えやしない。 「いや、リュウはおっちょこちょいだから、もしかしたら間違えて、他の者にお返しをやるかもしれないな」 ロコナや、ミントや、レキに。 「む……っ!」 それはとっても納得がいかない。 3人はとってもいい仲間だけれど、それとこれとは別なのだ。 「……一応、確認をしておいてやるか」 「ボクがどれだけ役に立つ人間で、リュウとの絆が深いのかを、ちゃんと確認させてやらねば!」 アルエは拳を握りしめて、何度も頷く。 「そうだ! これはリュウのためだからな!」 「リュウが悩まないように、だ!」 「あくまで、リュウのためだぞ!」 アルエは、苦々しいとばかりに吐き捨てながら。 だが、ほんのり頬を桃色に染めて、リュウの元へと向かった。 午後の見回り終えて部屋に戻ると書類の整理を始めた。 こういうものは、溜め込む前にさっさと片付けるに限る。 「ほい、これはもう終了」 警備隊備品防具の覚え書き。いわゆる棚卸しだ。 歴代の隊長が書き残した書類の綴りに挟み込む。 「えっと、こっちは……」 ポルカ村の人口推移について。 他国と最も近い国境線の村では、自ずと人の出入りについて厳しくなる。 村の人間について把握しておくことは、国境警備隊にとって重要な任務だ。 ……なんてな。 国境と言っても、ポルカ村ほど辺境だと、それなりに人の出入りもザルなわけで。 とりあえず、この間生まれた赤ちゃんを住民台帳に記載しとく程度だ。 「はい、終了っと」 「えっと、次は……」 「ん?」 誰だ? 「……や、やぁ!」 扉を開けて、アルエが入ってくる。 「どうしたんだ? こんな時間に」 「あ〜……なんだ、その」 「いい天気だな! まさに散歩日和の!」 まあ、確かにいい天気だが。 「あ、あの……だから!」 「み、見回りなんかもする時間だな!」 「ん? 見回りはさっきすませたけど?」 「なに!? どうして勝手に行く!」 「そう言われても」 「〜〜〜〜〜っ」 なんだ? アルエの顔がどんどん赤くなる。 「見回りが1回だけだと誰が決めた!」 「今から、散歩がてらに見回りに行くべきだろう!」 「は……はい?」 話が飛びすぎてて意味が分かりません。 「警備隊の任務だ!」 「さぁ、行ってこい!」 「ほら、行けっ!」 「とっとと、行け!!!」 「え? うわっ……ちょっ、引っ張るな〜〜!?」 なぜか、俺はアルエに引っ張られ。 突然のポルカ村見回第2弾の為に、兵舎を追い出されたのだった。 「なんなんだ……?」 再び、村の見回りを始めた俺だが、アルエは何故かその後ろをずっとついてきていた。 背後を気にしつつ、村の中央広場へ到着する。 それでもアルエが俺から離れる気配はない。 おいおい、まだ俺についてくるつもりなのか? そっと後ろを見る。 「……」 ……いる。 やっぱりまだ居る。 アルエが俺について来てる。 俺が一歩進むと、アルエも動く。 俺が二歩後退すれば、同じようにする。 「………………」 「……おい、アルエ」 さすがに痺れを切らしたぞ。 「いつまで俺について来るつもりだ」 「べっ、別にキミについてるワケではないぞっ!勘違いするな!」 とか言いながら、やっぱり歩調を合わせてくる。 これは……あれか? 隙を見せた瞬間、俺の息の根を止める気か? 「………………」 「なわけないか」 「で、アルエは今からどこへ行くんだよ?」 「うっ!」 言葉を詰まらせ、しどろもどろにアルエは続ける。 「ボ、ボボクの勝手だ! 教える筋合いはないっ」 「それよりも、さっさと見回りを続けないか!」 「まぁ、いいけどさ……」 これが、アロンゾだったりしたら、それこそ命を狙われてるのは間違いない。 んな状況、全力で願い下げだ。 それに比べたら何百倍もマシだが、やはり理由も分からないまま付いて来られてはどうにも気になって仕方ない。 とはいえ、聞いても答えそうな雰囲気じゃないし。 「うーん」 こうなったら…… 「あっ、リュウ! なぜ走るっ!」 「俺の勝手だろ、アルエに教える筋合いはないぞ〜」 さっきのアルエの台詞をまんま返してやる。 「なにっ!? あ、ちょっ、リュウっ、止まれッ!止まれぇっ!!」 アルエの声を無視して、小走りを続ける。 「こらっ、リュウ、止まれ!キミに走られてはすごく困るんだ!」 アルエも同じように走って着いてくる。 「なんでだよーっ?」 よし、あともう一息! 「あっ、こら待て! 足を速めるな!」 アルエが焦ってきてるのが分かる。 もうちょい……だな? 「待て!キミの尾行ができなくなるだろうっ!」 とうとう言ったな。 ま、思いっきり分かってたけど。 でも尾行って、宣言してやるものか? 「なんで俺の尾行なんてするんだよ」 アルエが余裕のない間に聞き出しちまおう。 「ぜはーっ、ぜはーっ」 「ボ、ボクが、颯爽と現れる……ぜはーっ!ため……じゃないか……ぜはーっ!」 現れるも何も、真後ろにいるだろ? あんまりな返答に、足を止めてアルエに尋ねる。 「てか、なんで颯爽と現れるんだ?」 「キ……キミが見回り中に暴漢に襲われたら、そこにボクが助けに入るってことじゃないかっ!」 えーっと……どこから突っ込んだらいいですか? ポルカ村で暴漢なんて、 道を歩いてたらドラゴンに出くわすとか、街角でナンパしたらお姫様だったとか――そのくらいの珍事だろうが。 「………………」 なんかこの例えだとぜんぜん珍事って感じがしないな。 「ほら、リュウ」 「ボクが颯爽と現れる事態になるまで、村の見回りを続けるんだ」 俺はいつまで村を徘徊したらいいんだ。 「いや、もう、颯爽と登場するのはいいから、なんでそんなことをする気になったのか教えてくれ」 「な、なに!?」 「理由がないと、しないだろ?」 誰が見ても馬鹿馬鹿しいことだけど、アルエにはアルエなりの理由があるはずだ。 ……多分。 「だって……キミが……」 「忘れてるかもしれないから」 「何を?」 「その……なんだ、えっと」 なぜか、アルエの顔がどんどん赤らんでいく。 ……怒ってるのか? 「そうだ! キミは覚えてるかっ?キミとボクの出会いや、数々のスリルと危険に満ちた冒険の日々を……」 「へ?」 これまた唐突だな。 「そ、そう! キミとボクでなければきっと乗り越えることが出来なかった事件ばかり……!」 「ボクのおかげで、キミの今日はあると言っていい」 「だっ、だから、その……キミが一番信頼し、感謝してるのは……その……ボク……だったり……するよな?」 「……う、うーん」 その問いは微妙っちゃ微妙。 確かに、アルエのおかげで『今』の俺がある。 ……と、言えなくもない。 多分に、不運に見舞われただけな気もするが。 「む……むむぅ」 けど、なぜか俺は否定できなかった。 確かに、騎士任官から即左遷――なんて憂き目にさらされた。 はじめは運命を呪ったりなんかもした。 でも、ポルカ村で暮らした日々と出会った人たちは、間違いなく俺にとってかけがえのないものだ。 もちろん、アルエとの出会いも含めて…… 「そうだな……」 軽く頷いて、アルエとの出会いなどを思い返していく。 王都での任命式はとんでもなかったけど…… あの始まりの任命式 ロコナを庇って、外聞を捨てて怒り狂ったアルエ。 ドラゴンとの命からがらの対峙。 普通に考えたら、いいことばっかりじゃなくて、どっちかって言うと、一生分の大変な目にあってたような気がするけど。 それを思い返しても、嫌な気はしない。 任命式が始まる前。 会場の片隅で佇んでいたアルエに声を掛けたあのときから。 思えばアルエと俺は、不思議な縁で結ばれてるような気がする。 「そうだな、今の俺があるのは、アルエのおかげって言えるよな」 大変だけど、楽しい生活。 ……そりゃ、左遷のループはきつかったけどさ。 たどり着いたのがここなら、そんなに悪くなんか無いだろ。 「感謝してる部分もある」 「そ、そうか! そうだろう、そうだろう!」 「信頼と感謝はボクにあるんだな」 そうだな。あるっちゃ、ある……よな。 「と、いうことは……だ」 「一番信頼して感謝していたりする人間に、キミは……その……パ、パ……」 「パイを貰ったりしたら……」 「ただ一人のプレゼントに……は、ボクを……」 「ん? なんだ、声が小さいって」 「だから! その……っ!」 「感謝を……だなっ」 さっきから、ひどく感謝って言葉に拘ってるよな。 そうだよな、こういう気持ちはちゃんと言葉にしないといけない。 「俺、アルエのおかげで毎日が楽しいよ。ありがとうな」 「リュウ……、えっと……その」 「だから……」 「パイの……」 「プレゼントは……その」 どんどんアルエの声が小さくなって、もうほとんど聞き取れない。 「どうしたんだよ、アルエ?」 「あう……あうううううううっ!」 うわっ! びっくりした! 「……なんでも、ない」 「リュウが、ちゃんと毎日が楽しくて、それを喜んでるなら、いいんだ」 「そのきっかけは、ボク……なんだし」 アルエはまた小さく何かを呟くと、そのまま地面を足先でほじほじし始めた。 「ん……まぁ、いいか」 「ボクが大事だって、わかったんなら」 「それで……な」 さて、太陽が夕陽に変わろうというそのころ。 そんな2人を見つめる目があった。 「……噛み合ってない会話だねえ」 「そうじゃなあ……隊長さんは、少し抜けとるようじゃのぉ」 「いや、でもほら。アルエ殿下は男……なんだよね?」 「ああ、そうか」 「うーん、じゃが今の会話は……のぉ?」 「…………」 「…………」 「まぁ、ええじゃろ」 「そうだね、見た目はお姫様なんだしね」 「それに、アレで男同士にはリドリー様だって見えやせんじゃろ」 「だよねえ」 村人達の目には、リュウとアルエの姿は、微笑ましい男女の姿として映っていた。 恐れ多いこと……とは思いながらも、リュウのプレゼントの行方が気になって仕方のないロコナ。 色々と妄想しては、ボーっとしてしまい、見回りも雑用もポカミスを連発して、周囲に失笑されてしまう。 挙句の果てには、隊における自分の存在価値までも疑いだし、「お役に立ってますか?」とリュウに尋ねてしまうのだった。 収穫祭の話をリュウにしてから数時間後。 ロコナはベッドに横たわり、真剣な顔でブツブツ呟いていた。 「羊が161匹、羊が162匹、羊が……」 毛布をぎゅっと握り締め、目蓋を閉じる。 しかし毎夜すんなりやって来る睡魔は、今日に限って一向に訪れそうにない。 「うぅ、だめだ……眠れそうにないよぉ」 大きなため息をつき、机上で揺れる蝋燭に目をやる。 ゆらゆら揺れる暖かい炎を眺めていると、マントを羽織った男の笑顔がぼんやり思いうかぶ。 その姿を意識してはだめだ。 もっと眠れなくなる。 分かっているのに、どうしても考えてしまう。 敬愛してやまない警備兵隊長、リュウ・ドナルベインの事を。 「……たいちょ、ごめんなさい」 静かに呟いて、ため息をつく。 恐れ多いことだとは思う。 恥ずかしいことだとも思う。 けれど彼女はリュウが収穫祭の時に渡すプレゼントの行方が気になって仕方がなかった。 そう、夜も眠れないくらい。 「たいちょ、誰に渡すんですか?」 パイのお返しプレゼントはただ一人にだけ渡される。 「隊長のことだから、誠実に……だよね?」 「誠実に誰かを選んで……」 「何を渡すんだろう?」 「食べ物かな?」 「それとも装飾品?」 「……指輪とか!?」 「指輪って……もしかして……!」 「はうぅぅぅうっ!」 「もし、そんなものをいただいたら……!」 し、死んでしまう……! 「た、たいちょー!」 「にゃぁぁぁあぁぁぁっ!?」 ゴロゴロゴロゴロ…… ロコナは真っ赤になって、ベッドの上を転げ回る。 ゴロゴロゴロゴロ…… 「にゅぅぅぅぅうぅぅっ!」 ゴロゴロゴロゴロ…… 「にょぉぉぉぉおぉぉぉっ……うっ!?」 ピタリ。 「目、目が……目が回った……うぷ」 ロコナはベッドの上でグッタリする。 「はふぅ……お水でも飲んでこようかな」 少し歩けば、この落ち着かない気分も収まるかもしれない。 ロコナはそう思い立ち、部屋を出た。 「おや、ロコナ」 「あ、こんばんは、ホメロさん」 ランタンの灯りを頼りにホールへ向かうと、蜂蜜火酒の瓶を抱えたホメロが出迎えた。 薄暗い部屋を見渡す。 他に人はいないようだ。 「どうしたんですか、こんな夜中に?」 「そんなことより、一杯どうじゃ?」 ニヤリと笑って、ホメロが杯を差し出す。 ロコナは本能的に首を激しく振った。 「いいですっ! 遠慮しておきますっ」 宴会で醜態をさらした件は、ロコナの中で人生最大の失敗として記憶されている。 本当ならすべてキレイさっぱり忘れたいのだが、根が真面目な彼女は、それすらも罪深く感じるのだ。 「ちびっと付き合うだけで良いんじゃよ」 「なに、小さい頃のようにこのジジイの膝に乗ってみたらどうじゃ」 「そ、そんな!」 「そんなことをしたら、また腰を痛めてしまいますよ!」 老人の下心丸見えの誘いにも気づかず、ロコナは慌てて首を振る。 「へ……あ、いやいや、ワシの腰なら大丈夫……」 「駄目です!」 「シクシク……ロコナはワシと一緒に座るのがいやなんじゃな?」 「えええっ!? そんなことないですよ!」 「ほら♪ わたしは隣に座りますね」 「……隣かい」 「ほへ? どうしたんですか?」 「……うう、膝だっこが……残念」 「ところで、こんなところで何をしてるんですか?」 「何じゃ、知らんのか?」 「はい……」 呆気に取られたままロコナは頷く。 ホメロはなぜか得意げに蜂蜜火酒の入った杯を回した。 「ふむ……ロコナ、お前さん」 「『知らない』というより、すっかり『忘れてる』ようじゃな」 「はへ?」 「ロコナ」 「は、はいっ」 「ほれ、村の連中が野犬の話をしてたじゃろうて」 「あ……そういえば」 ここ数日、野犬の遠吠えがよく聞こえるから、心配だと村の人から相談をされていた。 ロコナは心の中でそう呟き、人差し指を唇にあてた。 「ええっと、確か……今夜の見回りは……隊長と……ホメロさん……」 「ホメロさんどうしてここにいるんですかっ!?」 「え〜と、あれじゃ、持病の腰痛が悪化したんじゃよ、ごほっごほっ」 腰痛のホメロは、なぜか胸を押さえて咳をする。 「ええっ! 大変です!」 「蜂蜜火酒なんて飲んでる場合じゃないですよぉ〜!」 「あっ! こりゃ、杯を奪うでない」 「すぐにお部屋に行きましょう!」 「いやいや、大丈夫じゃ」 「休んでおったで、もうほれこのとおり!」 「頭痛はあっという間に、治ってしまったわい」 「あれ? 腰痛なんじゃ……?」 「腰痛と頭痛じゃったんじゃ」 「そんな大変なときだったんですね……あうぅ」 「あっ! それなのにお酒なんて〜」 「うううっ、ホメロさんのばかばか!」 「無理をして倒れたらどうするんですか〜!」 その場面を想像して、じんわりと目頭が熱くなる。 「わわわっ! ロコナ、落ち着くんじゃ」 「うう〜、ホメロさんが寝たきりになっても、わたしちゃんとお世話しますからね!」 「ほれ、それよりも、もっと重大な事項を思いださんといかんじゃろうて」 「ほひ?」 「見回りは、誰がしてるんじゃ?」 「隊長ですよね?」 「1人でじゃの?」 「はい、だって、ホメロさんがここにいて……」 「……あれ?」 「見回り役は、元々何人じゃったかの?」 ロコナは動きを止め、考えを巡らせる。 「今夜の見回りは……隊長と……ホメロさん……」 そう言えば…… あともうひとりいたような……? 誰だったっけ……? 小首を傾げて、数秒後、ロコナははっとする。 「ああああああああっ!!」 自分を指差すと同時に、さあああっと顔が青くなる。 リュウのことを考えていて、今の今まで見回りのことなんかすっかり忘れていた。 急に目眩がして、床にへたり込んでしまう。 「ふぅ、ようやく思い出したようじゃな」 「そう……今夜の見回りは、リュウとワシ、そしてお前さんで行うはずじゃったろ?」 「……はい……すっかり忘れてました」 ロコナは項垂れたまま、力なくうなずいた。 「うう……わたしったら、なんてことを……」 大事な任務を忘れていた。 「わたし、もう隊長に顔向けできません」 こんなことじゃ、まかりまちがってもリュウから信頼してもらえるはずもない。 パイのお返しの相手に選ばれるはずもない。 「安心せい、リュウはちっとも怒ってなかったわい」 「むしろ定時に来なかったお前さんのことを心配しとったぞい」 「ロコナはいつも頑張ってるから疲れがたまっとるんじゃないか、とな」 ホメロが優しく声をかける。 「わたし……わたし!」 「わたし……今すぐお役所へ行って、自分の罪を告白してきます!!!」 「ほえっ!? お前さん何を言い出すんじゃ」 「止めないで下さいホメロさん!極刑は覚悟の上です!」 「ポカミスくらいで死ぬわけなかろうて」 「ほれ、頭を冷やせい」 「分かりましたっ! ではまず滝に打たれ、身を清めてからお役所に出頭するようにしますっ!」 「分かった、お前さんの心意気は十分ワシにも伝わった! じゃからそこの椅子に座って、少し落ち着くんじゃ」 「あう〜〜、でもぉぉ……」 「警備隊の隊員にあるまじき失態です……」 「良いんじゃよ、お前さんのミスはこの時期特有の症状じゃろうしな、あまり気にすることはない」 ほっほと笑い、ホメロはロコナを立ち上がらせ椅子に座らせた。 何もかも悟ったような老人の瞳に、彼女の動きも止まる。 「お前さん、リュウの事を考えてたんじゃろ」 「え……っ?」 「詳しく言えば、リュウが収穫祭の時、誰にプレゼントを渡すか気になって仕方がなくて、見回りを忘れていた……そうじゃろ?」 「な、何で分かるんですか!?」 的確な答えに、ロコナは否定するのも忘れてホメロに訊く。 微笑すると深くなったホメロの目尻の皺が、ロコナにはやけに印象的だった。 「何十年とこの村で暮らしてれば分かる事じゃよ」 「どうじゃ? 仕事に身が入らんほど悩んでおるなら、いっそリュウ自身にプレゼントの行方を尋ねてみては」 「う……」 「協力するぞい?」 甘い言葉に、意思がグラつく。 しかしロコナは強く頭をふった。 「え、遠慮しておきます」 「なぜじゃ?」 「わたしは、隊長がいてくれるだけで十分なんです」 「だから、そういうのを気にするのは……」 ――きっと、良くないことだ。 ロコナは自分に呪文でもかけるように、心の中で呟いた。 「リュウがお前さんを選ばなくともかまわない――そういうことかの?」 「……はい」 ウソだ。 わたしはウソをついてる。 なぜだかとても胸苦しくなり、ロコナはぎゅっと服のすそを握り締める。 あの人を想うたびに感じていた鈍い痛み。 大切な仕事を忘れていた自分への嫌悪感と罪悪感。 ロコナの心には色んな感情が渦巻いていた。 それらが一気にこみ上げてきて…… いつしか彼女の白い頬には、いくつもの雫が零れ落ちていた。 「ホメロさん……わたし、どうすればいいんでしょう」 「申し訳ないが、ワシに訊いても答えば出んよ。お前さんがどうすれば良いのか知ってるのは、奴だけじゃ」 杖で扉を指すホメロ。 そこには―― 「異常なし……だな」 村の人から頼まれて、見回りをしてみたけど、結局野犬が現れてる様子はなかった。 「ホメロは……サボりだからいいとして」 「ロコナは大丈夫かな?」 集合時間に来なかったから気になったものの、普段の仕事で疲れてるんだろうと思って、部屋に呼びに行かないまま、見回りに来てしまった。 「ロコナは普段から、一杯頑張りすぎてるからな」 たまにはちょっとさぼったりして、休憩を取るのだって必要だ。 「兵舎がこれだけ綺麗なのも、ロコナが毎日掃除してくれたりするおかげだし」 洗濯も食事の用意も、ロコナの仕事だ。 「明日はゆっくり休むように言ってやろう」 そう決めると、俺は兵舎の中に戻った。 「おーい、特に異常はなかったぞ」 ホールにはホメロと…… 「隊長!」 「……っと、あれ? ロコナ、起きてたのか?」 ロコナが青い顔をして立ってる。 やっぱり、具合が悪いんじゃないのか? 「ふえっ……たいちょぉ……お帰りなさいいぃぃ」 「そして、申し訳ありません〜〜〜〜っ!」 「な、なんだ!?」 ロコナが走ってきて―― 「ほへっ!?」 「うわわっ!」 「ひゃわわわわわ〜〜〜っ」 「わっ! だ、大丈夫か!?」 目の前でロコナが椅子を巻き込んでの大回転。 「ら、らいじょうぶれすっ」 いや、全然大丈夫じゃないだろ!? 椅子の脚とこんがらがってるぞ……? 「ほら、俺の手に掴まって」 「ふひ……こんなわたしの心配まで……」 「ああ、やっぱりお役所に行ってきます!」 「えっ!? なんで役所なんだ!?」 「では、滝に!」 もっと分からん。 「おい、爺さん。ロコナはどうしたんだ?」 「さあ? ワシは何もしらーんよ」 「しーらん、ったらしらーん♪」 「滝……いいえ、いっそ濁流にのまれてきます!」 滝やら濁流やら。いったい何なんだ!? 「今まで一緒に居たんだろ、爺さん?」 「よっ! イロオトコ!」 「はあっ!?」 ヒュウ〜♪ と口笛を吹くホメロに突っ込むが、泣き続けるロコナにリュウはオロオロしっぱなしだ。 「隊長……わたし、こんなドジばっかりで」 「全然お役に立てなくて……」 「しかも、見回り任務まですっぽかして〜〜っ」 「極刑です、火炙りです、呪殺ですぅ〜っ」 「え? ちょ、なんだそりゃ!?」 もしかして、見回りをすっぽかしたからか? 「なんで……なんでわたしったらこんなに役立たずなんでしょう〜〜〜っ」 「とにかく、ほら……椅子から離れような」 まだ椅子と仲良くなってるロコナを、椅子から引き離して、立ち上がらせる。 「隊長は、こんなにお優しいのに……」 「ふぇぇぇっ、たいちょぉーっ、ごめんなさぁぁい……わたし……全然お役に立ててないですよね……うううっ」 ロコナがグスグスと鼻をすすり上げる。 「見回りのこと気にしてるのか? なら気にするな。ロコナは日頃から人一倍頑張ってるから、疲れがたまってたんだよ」 「ぐすっ……たいちょー……」 「でも、大事な任務をすっぽかして……すっぽかし」 「あうう〜〜っ、やっぱり滝に打たれてきますっ!」 「なんで、そこで滝チョイスなんだよ!?」 「獄門です、磔です〜っ!」 「いやいやいやいや、落ち着け!」 てか、落ち着いてください、頼みます。 ホメロは蜂蜜火酒を片手に、なんでか俺たちをニヤニヤしながら見つめてるし。 「わたしは役たたずのダンゴムシさんですぅ」 「ずっとジメジメした岩の下にいてたまに子どもが岩をひっくり返したら慌てて丸まってコロコロ転がるんですぅ〜」 「そして転がった先は水たまりで、ダンゴムシは短い一生を終えます〜」 「いや、もうなにが言いたいか分からん」 まさか酔ってるのか? 違うよな、酒の匂いなんてしないし。 だったらロコナのこの壊れっぷりはどうしたことか。 ひとしきり首をひねったが、俺は慌てて言葉を紡いだ。 「ちゃんと言ってなくてゴメンな」 「ロコナがどれだけ役に立ってるかさ……うん」 それが日常のことだからって、ちゃんと感謝の気持ちは言葉にしないとな。 「ロコナはすごく役に立ってるぞ。ありがとう……俺、ロコナにはすごく感謝してる」 「っ……たいちょ……!」 「だって、ロコナがいてくれるおかげで、俺たちは快適に暮らせてるし」 「ご飯だって、毎日ロコナのおかげで美味しいものが食べれてるんだしな」 日常の中に紛れて、それが当り前になると、ついつい感謝の気持ちが薄れがちだけど、本当はそれって駄目だよな。 「毎朝、角笛を吹いたりしてロコナはすごく頑張ってると思うぞ」 「ロコナは、とっても優秀な隊員だ」 「たい、た、たた隊長〜〜〜っ」 だから泣き止んでくれ! と続けるつもりだったが、それよりも数秒早く、ロコナの涙腺が崩壊する。 「ふえぇぇっ、わたしにはもったいない言葉ですぅ!ぐすっ、本当にありがとうございます、たいちょー!」 「ふぇぇええええんっ!」 更にロコナの涙腺が、激しく決壊する。 鼻をちょっぴり赤くして、すすり泣くロコナ。 「ふえふえっ……ふえええ〜〜っ」 「えっ、ちょ……ロコナ!? おいホメロっ、これは一体どういうことなんだよ!?」 「さあ? ワシは何も知らんよー?」 「こらっ、逃げるな!」 「ふぇええええんっ」 「嬉しいです、もう……わたし、それで十分です」 「プレゼントなんて……」 「気にしたわたしがバカでした……ふぇぇぇ〜」 「わたし、自分が恥ずかしいです〜〜」 「え? なんのことだよ?」 「隊長、わたしこれからもっともっと頑張ります!」 「皆さんのお役に立てるように……!」 「頑張って……がんばって……」 「ちゃんと、隊長のおそばで胸を張って立っていられるように……なります!」 ロコナが目頭の涙をぬぐう。 「青春じゃのう〜」 ホメロがのんびりと、蜂蜜火酒のお代わりを飲んでいた。 リュウが誰にプレゼントを渡すかなど、くだらないこと……と割り切った態度を見せていたレキ。 しかし、なんとなく気になってしまう。瞑想に耽っていても気になり、祈祷中も気になってしまう。 イライラが募った挙句「ヤツのせいで村の風俗が乱れつつある!」と断定してしまう。 しかし村の伝統を壊すわけにはいかない、ならば神職である自分が預かれば問題解決、と強引な論法を導き出すのだった。 深夜。 レキは誰もいない神殿で瞑想をしていた。 端整な横顔を照らすのは、わずかな月明かりだけ。 そのわずかな光をうけて、彼女の髪は不思議な光沢を見せる。 まるで、ひとつの美術品のような、犯せざる存在―― 信仰と堅い意志とでその身を覆った彼女は、決して揺るがない。 ……そのはずだった。 「……うぅ」 低く呻いて、眉間に皺をよせる。 「……だめだ……雑念が消えない……」 ゆっくりと深呼吸をして、むりやりに精神を落ち着かせようとする。 ……………… ………… …… 「う……くぅ……ダメだ!」 もうどのくらいこんなことを繰り返したのか…… いつもなら教典の一節を頭に浮かべるだけで、心を空にして瞑想にふけることができるのに。 「なぜだ、一体何故なのだ!?」 苛立ちを隠せないまま、立ち上がって叫ぶ。 「私は何故……リュウのことなど考えてる!?」 皆で収穫祭の話をした後から、自分はおかしくなってしまった。 頭を占めるのは、あのどこか頼りない男のことばかり。 気の抜けたような笑顔が、 落ち込んで肩を落とす姿が、 そして、時折見せるまっすぐな瞳が―― レキの心を千々に乱れさせている。 「れっ……冷静になってよく考えろ……」 「あの時はつい皆と張り合ってしまったが、ヤツのプレゼントなど別段欲しくなどない」 「そう、つまり私がパイを作る必要もない」 わざと語尾を強めて、自分を納得させようとする。 「よし、決めたぞ!」 「絶対に私は、パイを作らない……!」 「作らないったら、作らない!」 清々しい笑顔で宣言し、再び瞑想を始める。 「……う……うう……」 しかし、パイを作らないと決めたら決めたで、また別のイライラが彼女を襲うのだ。 ならば、あの男はプレゼントを誰に渡すのか? もちろん、自分以外の人間である事は間違いない。 なぜなら、レキ・ロックハートは、彼にパイを渡さないのだから。 それが、無性に許せない。 リュウが他の女性にプレゼントを渡す―― 「うああああっ!」 「なぜだ! なぜ、こんなにも心が乱れる!?」 かれこれ2時間――レキはこの思考の堂々巡りを繰り返していた。 「私は……どうしてしまったのだ……」 プレゼントの行方が気になって、神への祈りすらまともにこなせない。 こんな見習い神官以下の精神状態は初めてだ。 「プレゼント……あやつの……」 たとえば……そう、たとえばの話。 仮に、リュウが自分からパイを受け取ることを心待ちにしているとしたら? そして、プレゼントを渡す相手として、レキ・ロックハートを選ぶとしたら? 『俺、レキの作ったパイが食べたい』 「……〜〜〜〜っぅぅぅ!!私は一体、何を考えているのだ!?」 がくりと大理石の床に手をつき、悔しげに唇を噛み締める。 『レキは勿論、            俺のためにパイを作ってくれるよな?』 「うぅぅぅっ! 消え去れぇぇっ!」 床に手をついたまま、首を激しく振る。 とっくに分かっていた。 もはや自分に残された道はひとつだと。 「いいだろう!」 「望み通り私がパイを作ってやる!」 もちろん、その矛盾にレキは気がついていない。 神殿を後にしたレキは、全速力で書庫へとやってきた。 「これだけ、ヤツのことで惑わされるのは、なにか良くない兆候に違いない!」 「そうだっ、その不吉な気配を感じ取って、私はこんなにも混乱してるんだ!」 「そう、たとえばヤツのプレゼントが、村に破壊と混沌を振りまくとか――」 自分が何を言っているのかすでに理解できていない。 「もしもそんなものが村人の手に渡れば、きっと良くないことが起こる!そうに違いない!」 「だから私はヤツのプレゼントの行方がどーしても気になるのだ!」 適当な理由を叫びながらレキは書物をあさる。 普段の冷静な彼女は、もうどこにも居なかった。 「しかし村の伝統を壊すわけにはいかない」 「よって、神職である自分がリュウのプレゼントを預かればいい!」 強引な論法を理路整然と喋り、レキは一冊の本を手に取った。 それは装丁に獣の皮を使った、神殿にあるとは思えない色の禍々しい本だった。 カビたような匂い。 表紙を汚す染みはまるで血痕のよう。 そして、豪奢な彫金によって表紙に打ち付けられたタイトル―― 『大好きなあの子を振り向かすテクニック100』 鮮やかなピンク色の表紙には、そう打ちつけられていた。 「これだ……」 まるで莫大な財宝を見つけた海賊のように、レキの顔には壮絶な笑みがうかぶ。 「これで、リュウが私に振り向く……」 言ったそばから、かあぁぁぁっと、頬が赤くなる。 「べ、別に大好きというワケではないからなっ!」 「で、でも今はリュウのプレゼントを、私が受け取る義務があるのだ!」 「これは緊急事態だし、仕方ないので読んでやる事にしよう」 誰にともなく断って、ページをめくるレキ。 ごくりと喉を鳴らし、文字を読みすすめる。 「っ……!? な、なに!?」 「好きな男の子の手にソフトタッチして自分を意識してもらおう♪ だと……!?」 「ヤツの手にソフトタッチ!?神職であるこの私がか!?」 「あうっ、あうううっ……何て破廉恥なっ!」 「なっ、男の子は基本的に露出の高い服が好き!?まずはミニのスカートを履いてみよう!?」 「こんなこと……こんなことをこの私が!?」 初めて読む男女のハウツー本に、レキは失神寸前だった。 読み進めるたびに、顔が赤くなったり青くなったり。 激しい運動をしているかのように、呼吸が荒くなる。 「ぺっ……ページを捲るだけで、大変な決心が要る本だなっ。はぁっ、ふぅっ……あううううっ!?」 「はぁっ、ううぅっ……一文読む度に……はぁっ、精神が削られていくようだ……っ……くううっ」 「な、なにっ!?」 「さりげなく身の回りの世話をしてあげるのが、相手に自分を意識させるのがポイントだと!?」 「そ、そんなことできるかぁぁぁっ!?」 本を破り捨てたくなる衝動を、何とかぐっと堪える。 「で、でもこれは全て、村の平和を守るためっ……絶対に、投げ出してはいけない試練……」 「そう、これは神が私に与えてくださった試練なのだ……あうううっ!」 全身を震わせながら、ページを捲っていくレキ。 ちなみに彼女が書庫へ来てから数時間経つが、現在4ページ目を読んでいる最中だ。 窓の外はすでに明るくなり始めていた…… ……その日の夕方。 「たいちょーっ、今日も一日お疲れさまでしたーっ」 「今日も一日が終わったな〜」 俺はロコナと一緒に兵舎へ向かっていた。 アルエや爺さんは買い物だかなんだかがあると早々に別行動をしている。 「あれ?」 いつもは簡単な日用品を扱ってるだけの店が、今日はやけに華やかな感じだ。 「いつもはあんなもの置いてないよな?」 ミント達みたいな行商が来た時じゃなきゃ、この村では日用品以外のものなんてほとんど売ってない。 「どうしたんだ、これ?」 「どうだい、素敵だろ?」 おばさんが商品を指さして、胸を張る。 新品じゃないけど、綺麗な布に、こっちも新品じゃないけど、切れな筆立て。 「うちの納戸から出てきた、中古品だけどね」 「売り物になるくらいには、綺麗だろう?」 「本当だな」 娯楽の少ないポルカ村じゃ、十分に通り過ぎる人の目を集める品々だ。 「あ……これ」 皮の背表紙が着いた、重厚な本が1冊。 「これ、中見ていい?」 「それは中は白紙なんだよ」 「え?」 「真っ白だから、なんにでも使えるさ」 「これって、帳面なのか」 帳面には見えない重厚さだけど、ぺらぺらとめくると、本当に白紙だ。 「こういうのを使いそうなのって……」 俺は神殿の書庫で見た、レキの書き付けを思い出す。 「レキなら、喜びそうだよな」 薬草についての書き付けだって、こういうのに残したら便利だろうし。 「そういえば、レキはどうしたんだろうな」 そのままの流れで、ふと彼女のことを思い出し呟く。 今日は一度も会っていない。 「お昼に神殿を訪ねても居ませんでしたよね。書庫で調べ物をしているみたいですけど……」 「今から差し入れでも持って、訪ねてみましょうか?」 「そうだな」 俺たちを厳しく叱る彼女がいないとせいせいすると言いたいが、やっぱり少し物足りない気がする。 俺とロコナは露店を離れ、神殿へ向かうことにする。 『……待て』 「え?」 すると、そこに負のオーラをまとった女性が立ちはだかった。 ヨロヨロとこちらへ向かってくる彼女は……もしかして…… 「レ、レキか!?」 「……ああ、私だ」 「レキさん!?」 「お前、どうしたんだ!?」 「レキさん、かなりヤツれちゃってますよ!?」 「ふふ……大したことではない、ちょっと、な……」 「いや、大したことあるだろ……」 レキは妖しく笑って、近づいてくる。 俺とロコナは思わず一歩下がる。 「リュウ……」 「な、何だよ」 「……言え」 「へ?」 「お前の望みを言え」 「……は?」 「どんな身の回りの世話でも、すべて私が引き受けよう!」 「ちょっ……レキ?」 「レキさん、熱でもあるんですか!?」 急にわけの分からないことを言いだしたレキに、オロオロする俺とロコナ。 だが彼女は顔を真っ赤にしながら話を続けた。 「お前が払う代償はただひとつ!しゅっ、収穫祭の……プレっ、ぷれぇぇ……っ……! ごほっ、ごほほっ」 「レキさん、大丈夫ですか!?」 今にも倒れそうなレキを、ロコナが支える。 「大丈夫だ……それよりも、リュウ!」 「どうしても、そなたに言うべきことが……っ!」 「お、おい、大丈夫か?」 俺も慌ててレキの傍による。 その拍子に、至近距離でレキと見つめ合ってしまう。 「……うっ!」 いきなりレキの顔が真っ赤に染まっていく。 「おい、もしかして熱があるとか!?」 「心配無用だ、それよりも……リュウ、そなた!」 「どうしても、そなたに……」 おいおい。この状況で俺に伝えなきゃいけない内容ってなんだ? 「えっと、だから……身の回りの世話を……!」 「いや、その前に体を治さなきゃ」 「私のことなどどうでもいい」 「そうではなく、リュウの世話を……」 「そして、プ……プ……プレ……っ!」 「プレ……ひぇんっ……ああぁっ、もう!」 なんだかレキがかなり挙動不審だ。 俺は突然の出来事に激しく動揺しつつ、必死にレキを諭す。 「えっと、何だ……その気持ちは嬉しいけど、レキにはレキにしか出来ないことがあるはずだ。無理に俺の世話をすることはないよ」 「……しかし!」 「私が、そなたの世話をしなければ……その!」 なんだか分からないけど、とにかく俺を心配してくれてる……のか? 「レキに助けてほしい時が来たら頼まれなくても俺から必ず言うし……」 「レキが倒れたら、俺だけじゃなくて村中の人間が心配するだろ?」 「だから、具合が悪いならちゃんと休んでくれよ」 でなきゃ、俺も心配で気が気じゃない。 「俺、レキのこと凄く信頼してるからさ」 「リュウ……」 「……へへ」 ポリポリと鼻をかきながら、照れ笑いをする。 「私を信用してる……のか?」 「当り前だろ?」 「信頼してるし、心配してる」 「レキが大事だから、無理して欲しくないんじゃないか」 こんな風にフラフラになってまで俺のことを考えてくれてるとか、嬉しいけど…… やっぱ、それよりも心配が勝るよな。 「リュウ……」 レキはそんな俺を呆然と見ていたが、しばらくしてふっと微笑んだ。 「……そうだな」 「ああ」 互いに何が『そう』なのかよく分からなかったけど、理解したように頷いてはにかみ合う。 「ふぇ???」 ロコナだけが首を傾げていた。 「リュウ」 「ん?」 「髪……乱れてるぞ」 「へ? あ、ああ、どうも」 頭上の少し跳ねた髪を指摘され、片手で押さえる。 その瞬間…… そっと、俺の手の上に、レキの手がふれる。 「……っ」 「……あ、あの……レキ?」 「えっ、れ、レキさん?」 「……ソフトタッチ」 「へ?」 ぽっと頬を染め、小さな声で何かレキは呟いた。 もしかして、除霊でもしてくれてるのだろうか??? えっと……こういう場合は、一応、礼を言った方がいいよ、な? 「あの……レキ」 「な、何だ?」 「……えっと、ありがとう」 「う、うん……っ」 とっても嬉しそうにレキは微笑する。 さっきまでの彼女の負のオーラが一気に消えたようだ。 まるで長年の悩みから開放されたような表情に、俺も何だかホッとする。 良かった……元のレキに戻ったみたいで。 ……けど、なんでいきなり俺の世話がしたいなんて言いだしたのだろう? ま……彼女の悩みが晴れたのなら、別に良いか。 どうせならプレゼントには現金をくれたらいいのに、などと軽口を叩くミント。 しかし村人たちによるリュウのプレゼント行き先予想を耳にし、自分が大穴扱いされてることに苛立ちと寂しさを覚える。 そうなってくるとやさぐれるミント。そんなのいらないと素直でない態度を取り、徹夜仕事でウサを晴らそうとするのだった。 「ねえリュウ、プレゼントになに渡すのー?」 「う〜ん、どうしようかな」 「金目の物にしよー? 純金のティアラにしよー?」 リュウの側に寄り添い、ウィンクをするミント。 パイ対決の火蓋が切って落とされた翌日、リュウのプレゼントをゲットするべく真っ先に動いたのはミントだった。 他の者は難しい顔で黙り込んだり、苦しそうに呻いている。 今がチャンスとばかりにミントは積極的におねだりを始めた。 「おっきなダイヤモンドの指輪でもいいよー?黒真珠のネックレスなんかでも良いよねー」 「う〜〜む、俺の給料では手が届かない物ばかりだ」 「なら借金してでも買おうよ、年に一度の収穫祭だよ? プレゼントをケチることなんて絶対に許されないって!」 「うぅぅ……そう言われてもな」 「ここは見栄張んなきゃ男じゃないよ!まぁ、どうしても無理ならありったけの現金でも良いけど〜?」 「現金か……それならどうにか……って、なんで俺がミントに現金をプレゼントしないといけないんだよ」 「あたしがパイ焼いたら、そんなの当然だよね?」 「いいや、異常だ」 「俺はミントにプレゼントを贈るなんて一言も言ってない」 「え〜〜……あたしにプレゼントくれないの?」 「さあな。その日の気分次第だ」 「うっわ、アバウト過ぎ」 曖昧なリュウの答えに、ぷうっと頬を膨らませるミント。 いつもなら、そのままやいやいと攻めるのだが…… 「うーん……こことここを繋げるだろ」 「あと少しなんだよな……」 「ねえ〜、それさっきから何やってんの」 「子供の玩具だよ。今日、見回り中に壊れたから直してって泣き付かれた」 「それもいいけど、あたしの話もさ〜」 「聞いてる聞いてる」 そういいながらも、リュウの手は止まることはない。 「……あたしより、玩具修理〜?」 「……ちぇっ」 自分が真剣におねだりしているのに、適当な返答をするリュウ。 ミントはなぜか苛立ちよりも、寂しさを感じていた。 「あ、おいミント、どこ行くんだよ」 「ちょっと気分変えてくる」 相手にその気がないのに言い寄っても無駄だ。 外の空気でも吸って、気分を変えよう。 そう思ったミントは、兵舎を出て行った。 「は〜〜っ、賑やかな場所は落ち着くな〜。お金の匂いのする所っていいね〜♪わくわくする〜」 開いている市場を眺めつつベンチに座る。 恒常的な屋台があるわけじゃないので、みんな地べたにござを引いての店開きだが、ポルカ村ではそれで十分だ。 周囲から聞こえてくる賑やかな声に、ミントは自然と笑顔になった。 「この林檎もう少し安くならない?」 「悪いが無理だよ。この時期は需要の多い果物だからね」 「アップルパイが一番人気だからね。毎年すぐに品薄になるんだよ」 アップルパイ、勝率…… きっと収穫祭の話をしているのだろう。 曖昧なリュウの返答を思い出し、ミントは表情を曇らせる。 「ふ、ふん、いいよっ、あたしには関係ない話だもん」 とは思いつつ、林檎売りと村人の話に耳をそばだてるミント。 もしかしたらパイ対決に勝つヒントが聞けるかもしれない――などと淡い期待をしていた。 しかし聞こえてきたのは、胸がズキズキ痛くなるような言葉ばかりだった。 「そういえば、隊長さんはパイ行事に参加するのかねえ?」 「さあ、どうだろうねえ」 「参加するも何も、ロコナがいるじゃないか」 「あの子がパイを渡すだろうから、強制参加に決まってるよぉ」 「隊長さんはロコナにプレゼントを渡すかのぉ?」 「どうかなぁ」 「隊長さんにパイを渡すのはきっとロコナだけじゃないからねぇ」 「同感だね。多分、ううん、きっとアルエ殿下も、レキ様も……ミントちゃんだって隊長さんにパイを贈るんじゃない?」 「じゃったら、隊長さんからプレゼントを貰うのは誰になるんじゃ?」 「う〜〜ん、私はレキ様だと思うけどね」 「わたしは断然、ロコナだと思うね!」 「アルエ殿下じゃない? いや、きっとそうだよ」 きゃあきゃあと騒ぎながら、リュウのプレゼントの行き先を大予想する村人達。 アルエやロコナやレキの名前が叫ばれるが、ミントとは誰もいない。 「ちょっと〜、どういうことよ〜っ」 眉間に皺が寄る。 論議する前から、自分は皆から大穴扱いされているのは、すぐに分かった。 「……むぅ」 ぎゅっとスカートを握り締め、立ち上がる。 自分が大穴扱いされていることに、彼女は奇妙な苛立ちと寂しさを覚えた。 みんながそう思うってことは、やっぱりリュウもミントにはプレゼントあげる気がないってことじゃないだろうか? 「……いいもん、別に」 「リュウのプレゼントなんて要らないもん!」 「ど〜せ、ケチくさいもんだって」 「金とか、宝石じゃないならいらないってば」 ふん、と鼻を鳴らすが、胸の奥には冷たい氷の針が刺さったようだ。 「フン……だ」 強がってみるけど、痛みは消えない。 胸がズキズキする。 瞳がじんじん熱い。 「風邪かな、風邪よ、風邪!」 「リュウからのプレゼントなんて、欲しくないしね!」 ミントは鼻をすすりながら、逃げるようにして兵舎へ戻っていった。 「あ、ミントさんお帰りなさい」 「ただいま。リュウは?」 「隊長ですか? 隊長は今外出中ですよ」 「あ……そうなんだ」 「いま、ちょうど隊長がいないので、収穫祭でのパイ作りの話をしてたんですよ」 「フン、ボクは負けないぞ!」 「……私も参加するからには、な」 「いいや、ボクが優勝だ」 「わ、わたしだって頑張るんですよ」 「…………」 先ほどの傷がいえていないミントは、浮かれきっている様に見えるロコナたちに腹が立って仕方がなかった。 彼女達に八つ当たりをしても何の意味もないと頭の中では分かっている。 けれど…… 「もお良いよ、あたしだけでも真面目に働く」 やさぐれ気味にそう言うと、ミントはひとり帳簿をつけ始めた。 こうなったら、徹夜で仕事でもして、ウサを晴らしてやる。 「あたしに必要なのはプレゼントじゃない。現金よ……!」 自分に言い聞かせるように呟き、ペンを握り締めた。 ……それから何時間経ったのだろう。 周囲はすっかり暗くなり、遠くでミミズクが鳴いていた。 「……う」 肌寒さを感じ、ゆっくり目蓋を開ける。 「あらら、うっかり寝てしまった」 皆が立ち去った後も帳簿をつけていたミントだが、ほんの少しの間、眠ってしまっていたようだ。 ぶんぶんと首を振り再びペンを握る。 しんとした部屋の中で、自分の呼吸だけが聞こえる。 あんまりにも静かな夜は、昼間の市場での会話をミントに思い出させた。 「人を大穴扱いしてくれて……むかつく!」 「ったく、どういう意味よ、もうっ」 「……それだけ、傍目から見たらあたしってリュウに好かれてないのかな……?」 ――ズキン 「へ、平気だもん、別にプレゼントなんかこれっぽっちも欲しくないし?」 ――ズキン、ズキン! 「何言われたって……寂しくなんか……全然ないもん」 本当は、寂しくてたまらなかった。 いつもはこんな弱気になることなんて無いのに、どうしてかリュウが関わったこのパイ合戦になると、普段の自分がどこかに消えてしまったみたいだ。 誰もいない薄暗い部屋にいると、どこまでも落ち込んでしまいそうだ。 強がってみたものの、不覚にも涙がこみ上げてくる。 「っ……」 目の前の帳簿が、じわじわと滲み始める。 もう……我慢の限界だ。 机の上に突っ伏した。 鼻をすすりながら、静かに目尻を拭う。 それは腕で隠れた机の上に、一粒二粒の滴となって跡を残す。 「別に……いいもん」 「大穴で悪かったわね、バカ……」 「フン、だ……ぐすっ」 ミントはそのまま、ゆっくりと再びの眠りの淵に沈んでいった。 ……………… ………… …… 「ん?」 ホールの中、ほのかな灯りが見える。 机の上を照らすその灯りは、散乱した帳簿の上に突っ伏す乙女の姿も浮かび上がらせた。 「おい、ミント?」 「……ば……か」 「夢の中でまで、それかよ」 「ん……」 「ミント?」 なんだろ? ミントの様子が気になる。 いつもは元気が有り余ってるヤツだけど、こうして見たら、細い肩細い首の……女の子だ。 「……くしゅんっ」 「寒いのかな?」 慌てて辺りを見回す。 羽織らせてやれるようなものはなにもない。 「ちょっと待ってろよ」 俺は急いで、部屋に向かい毛布を取ってくる。 ミントの背中に、持ってきたばかりの毛布を掛けてやる。 「ん……ぅ」 げ、起こした? 「ふぅ……」 ミントの吐息が、柔らかなものに変わった。 「ん、セーフ」 うたた寝してたら、風邪を引きそうだけどなんか疲れて眠ってる感じのミントを起こすのが忍びない。 「起きるまで、待ってるか」 このまま、去る気分になれなくて、ミントのそばに腰掛ける。 「……すぅ……すぅ」 安らかな寝息。 穏やかな寝顔。 どれくらいの時間がたったろう。 ミントのまつげが、ピクリと動いた。 「ん……んはぁ……」 「起きたか?」 「ふへ……?」 「え? アンタ、帰ってきてたの?」 「ああ、さっきな」 「ふうん……お疲れさん」 身を起こしたミントの肩から、掛けてあった毛布が落ちる。 「え?」 「これ……毛布?」 ミントが目を丸して、俺と毛布を交互に見る。 「……この毛布って、何?」 「あー……これは、部屋に帰るんならもう必要ないかも知れないけどな」 「……え?」 「リュウが……これ?」 まあな。 「ミントが寒いだろうと思って」 「あ、あたしのためにっ!?」 「おう。あ、もしかして迷惑だったか?」 男の俺の使ってた毛布だからな。 嫌だったかもしれない。 「う、ううん!」 「そんなことない! 全然無いよ!」 「ちょうど今、夢の中でも、寒いと思ってたんだよね〜」 「なんか暖かくなったと思ったら……」 「そっか、リュウだったんだ」 「えへ……」 「あは、あははっ」 ぺしペしと俺の胸を軽く叩いてミントは笑う。 「リュウ、ありがとう! あたしすごく嬉しい!」 幸せそうに毛布を首に巻きつける。 薄暗がりの中、ミントのほっぺたが桃色に染まってるのが分かる。 なんか、ちょっと可愛いな。 「あんまり、根詰めるなよ」 「誰にもの言ってんのよ?」 「大丈夫に決まってるでしょ!」 「じゃ、俺も部屋に戻るから」 帰ってきてから、そのままここにいたからな。 「うん、わかった」 「リュウ、ありがと」 「おう」 毛布を抱えたミントに向かって、軽く手を挙げる挨拶をして、俺は部屋へと帰った。 ……………… ………… …… 「毛布か……」 きゅっと巻き付けた毛布からは、リュウの匂いがするような気がする。 ミントはリュウのさり気ない優しさに、今まで感じた事のないトキメキを感じていた。 「な、なんだろう、この気持ちは……」 戸惑っている間にも、風邪で倒れていた時のことや、買い付け商人に作物を売ったこと……リュウとの思い出が次々に浮かんでくる。 「こんなのなんでもないってば!」 きゅっと胸を押さえ、ミントは動揺を誤魔化そうとする。 「ほら、すーーーはーーーー」 「すーーーはーーー」 深呼吸をして平静を保とうとしても無理なようだ。 ミントのリュウに対するドキドキは、強くなる一方だった。 共通ルート「誰かのためのプレゼント」このシーンはスキップできません。 そして、次の日の夜―― 「む〜〜〜〜ん……」 机に頬杖をついて、唸る。 プレゼント……ねえ? これが王都なら、バザールにでも出かけて、何か無いかと物色するんだが。 いかんせん、ここはポルカ村だ。 何かを買おうにも、ここには何も無いときた。 ミントに仕入れてもらおうかな、とも考えた。 でも、そうするとミントにはプレゼントの内容がバレてしまう。 オマケに、そんなに時間的な余裕もない。 と、なると―― 「自作かー……」 そのような結論に至る。 騎士を志して、幾数年…… まさか、女の子のためにプレゼントを自作する日が来ようとは。 こんなことなら、手芸か何かの修行も積んでおくべきだった。 「う〜〜〜〜〜ん……」 頬杖を突きっぱなしで、またしても唸る。 はてさて。何を作るべきか…… いや、それ以前にだ。 誰に作るべきか……を考えないとな。 一人に絞れっていうんだから、また話がややこしい。 これじゃまるで、俺が、特定の誰かに気があるみたいじゃないか。 特定の……誰かに…… 「………………」 「って、違う違うっ! そーゆーんじゃないっ!」 落ち着け、俺っ! 妙なしきたりのせいで、俺まで変な感じになっちまう。 「ったく……もう」 わしゃわしゃ、と両手で顔を撫でて、椅子から立ち上がった。 ちょっと頭を冷やそう。 もっと軽い気持ちでいいんだ。 日頃の感謝を、形にして渡すだけなんだ。 「プレゼント……かぁ」 溜息混じりに呟きながら、俺はコツコツと自分の頭を叩いた。 いい知恵、浮かばないかなぁ…… ホールには、夕食の残り香が漂っていた。 ちなみに、今日のメニューはコンソメシチューとパン。 もうみんな、寝ちまったかな…… 「わあ!」 んがっ!? 「いや、なにもそんなに驚かなくても」 「お、驚くわっ!」 アホかっ! 「何だよ!? なんでこんな時間に、ここにいるんだよっ!?」 夕食の時は、いなかっただろーがっ! 「ホメロ爺さんと賭けポーカーの約束してたんだよ」 「しかしアレだな。なんか美味そうな匂いしてるな。ふんふん」 クンクンと鼻を鳴らし始めるジン。 「……鍋に残ってるかもしれんから、勝手に食っていいぞ」 「マジで!? やったねー」 これでも、この人って貴族なんです。信じられないけど。 「おぉ、来ておったか」 奥から、爺さんが姿を現した。 「うん? オマエさんも一緒にやるのかね?ポーカーを」 「俺? 俺はいいよ、忙しいから」 「忙しい?」 「ああ。例の……ほら。プレゼントの件で」 「あー、収穫祭のアレね」 「そういやオレも用意しなきゃいけなんだわ。なんにしよう」 「なんでもええんじゃよ、気持ちが籠もっておれば」 アゴをさすりながら、爺さんが言う。 「まあ、なんのかんのと言うても、やはり装飾品が喜ばれるがのぉ」 装飾品…… ……そんなの、手作りできるか? 「肩たたき券とかで、なんとかお茶を濁せないものか」 「ジン叩き券か、ジン殴り券なら濁せるかもしれん」 「なるほど、今のが婉曲な嫌がらせというやつか。勉強になった。ぜひお礼に目を突かせて下さい」 お断りします。 「ちょっと、散歩してくる」 「散歩て。この冬に、こんな時間に」 「外の空気吸って、頭冷やそうと思っただけだよ」 言い捨てて、俺は兵舎のドアを開けた。 さすがに冷え込む。 吐息は白く、あっという間に耳が痛くなってくる。 「さっぶ!」 頭が冷えるどころか、風邪引いちまうって。 「ぬお!? うぉぉぉぉぅ……」 いかん。考え事どころじゃない。 慌てて、兵舎の中に引き返す。 「お早いお帰りで」 「さっぶ! 外、めちゃくちゃさっぶ!」 「そりゃ冬だもん。この辺は、特に寒いんだぞ」 そうなのか……? 「乾いた冷風が吹くからのう。雪が少ないが、気温は低い」 それは、前にも聞いたような気がする。 「で、頭は冷えたのか?」 「冷えすぎて、何にもアイデア浮かばなかった」 「どうしようかな、プレゼント……」 「なにも、そんなに悩まんでも」 悩むだろ。だって、一人にしか渡せないんだぞ。 「誰に渡すか、じゃな。ポイントは」 「それによって、おのずと渡す物も変わるじゃろ」 「………………」 「誰に渡すの?」 ……それなんだよ。 結局、俺が悩んでるのは、それなんだよな。 誰か一人に、プレゼントを渡す。 ――その“誰か”って、誰? 「はぁぁぁ、どうしよ……」 頭を抱えながら、部屋に引き返す。 その後ろ姿を、ジンと爺さんが奇妙な顔で見つめていた。 「どーしちゃったんだ? リュウのやつ」 「うむ、若さ故の悩みというヤツかのぉ」 結局、部屋に戻ってきちまった。 誰か一人だけ……か。 「んー……」 目を閉じて、頭の中で思い浮かべてみる。 一人だけ選ぶとしたら。 自分が今、一番プレゼントを渡したいと思う相手―― ……え? ま、待て待て待てっ。ちょっと待て。 アルエ――なのか? 脳裏に浮かぶ、一人の少女の姿。 その姿は、やがて形を変えて―― っ!? あの時の……アルエ。 た、確かに、あの時はアルエをダンスには誘ったけど。 でも……相手は姫様なんだぞ? 姫様扱いしたら怒る、自称・男のワガママ娘…… 「………………」 一度、姿が浮かんでしまうと、もう頭から離れない。 いつも迷惑ばかりかけられている。 強情だし、知ったかぶりするし、女扱いすると怒り出す。 それでも…… それでも、やっぱりアルエの姿が脳裏に浮かぶ。 「……参ったな」 姫様にプレゼントなんて、ますます敷居が高いじゃないか。 一体、どうしたものやら…… ……うん。 やっぱりロコナ、だよな。 村に来てから、ずっと俺を支えてくれたロコナ。 周囲に疎まれていた時も、ひたすら俺を信じてくれたロコナ。 感謝を捧げるなら、やっぱりロコナしかいない。 「そうだよな、感謝の気持ちをプレゼントすればいいんだよ」 何も、妙にドキドキ意識する必要はないんだ。 いつもありがとう、メシ作ってくれてさんきゅ、朝起こしてくれて助かるよ。 そんな気持ちを形にして、渡せばいい。それだけのことだ。 ……………… ……それだけのこと、なんだが。 なんか、恥ずかしいっちゅーか、照れくさいっちゅーか。 変な気分だ。どうした俺。 「ま、まあ、とにかく渡す相手はロコナに決めたんだ」 後は、何を作って渡すかだけど…… 浮かんだのは、レキの姿だった。 ……俺がレキに、プレゼントを? た、確かに、レキには言い表せないほど世話になってるけど。 でも……レキが俺のプレゼントなんか、受け取るだろうか? 『余計な気遣いだ』とか言って、一蹴されそうな気がする。 「俺は良くても、レキの方が迷惑なんじゃないか……?」 こういった事には、嫌悪感を示しそうだ。 あるいは、それは俺の勝手な思い込みで、本当は喜んでくれるのかもしれない。 「………………」 ふと、喜ぶレキの笑顔が脳裏に浮かんだ。 「……はは」 自然と頬が緩む。 いや、ありえない妄想だとは思うけど。 レキにプレゼント……か。 うん、いいかもしれない。 ここ最近、色々と世話を焼いてもらってるしな。 ……まあ、問題は何を作って渡すか、だけど。 あ、あれ? 何故か、浮かんだのはミントの姿だった。 そりゃまあ、ミントには、色々と世話になってるけど…… あの剣幕だと、プレゼントなんか受け取ってくれないと思うんだが…… 現金がいい、なんて言ってたしな。 「そもそも、なんでミントなんだよ……?」 自問自答。 しかし、脳裏に浮かんだミントの姿は消えない。 しっかりしてるように見えて、案外抜けているミント。 なんでも一人でやろうとして、自爆してしまう無計画なミント。 ぶつくさ文句を言いながらも、結局は、色々と助けてくれるミント。 まさか……俺、ミントのことが気になってるのか? 「……ははっ、まさかな」 ないない、と頭の中で否定する。 そもそも、俺が真剣に悩みすぎだ。 ジンや爺さんの言う通り、もっと軽く考えよう。 はいプレゼント、どうもありがとー、くらいの感じだと思えばいい。 渡す相手は……うん。ミントにしよう。 いつも警備隊の経理、ありがとなー、みたいなノリで。 渡す相手は決まった。 後は、何を作って渡すか……だけど。 現金はさすがになぁ。俺も貧乏だし…… 「装飾品、か……」 ネックレス、イヤリング、指輪、ブレスレット。 いや、もっと実用的で、相応しいモノがいい。 例えば……手袋とか、耳当てとか。 そうだ。冬に相応しい贈り物にすればいい。 それなら、きっと喜ばれるはずだ。 「材料材料っと」 カバンをひっくり返して、素材になるアイテムを探す。 ――お。いいもの発見。 短剣を包むために持っていた、兎の毛皮。 それに、何枚かのスウェードの生地。 他にも、いくつか使えそうなモノが見つかる。 「えーっと、針と糸。針と糸は……」 うん? 「ドア、開きっぱなし〜」 「なにしとるんじゃ、カバンをひっくり返して」 「プレゼントを作るんだよ」 「色々とひらめいた」 机に向かい、二人に背を向けたまま応える。 「うわ、針に糸が通らない……裁縫なんか久しぶりだもんな」 糸先を、唾で濡らして尖らせて。そーっと、そーっと。 ……ん、よしよし。通った。 「なに作るの? っていうか、裁縫?」 「誰に作っておるんじゃ? こっそり言うてみい」 「内緒だ。……あつっ、指に刺さった」 指先を、ペロリと舐める。 「女の子なら、確実に萌えポイントだな、今の。プレゼントのために下手な裁縫を頑張るとか、王道中の王道」 「ワシは、夜なべして手袋を編んでくれた母親を思い出すわい」 カラカラと笑いながら、俺をからかう背後の二人。 「気が散るっつーの。居てもいいけど、ドア閉めて座ってろ」 振り向きもしないで、集中する。 「ま、プレゼントは気持ちじゃからな。がんばれ若人よ」 「この分だと、たっぷり乗りそうだな、リュウの気持ちは」 「おう、頑張る」 ぐぐっ、と親指を突き立てた。 このプレゼントで、喜んでもらえるといいんだが…… そして村民待望の収穫祭の日がついにやってくる。ダンスや見世物、出店に物々交換会が行われる。 そしてメインイベントである、女たちで作るパイ料理の品評会は、ヒロインたちも参加しての激闘パイ対決の様相に。 そしてリュウは、くじびきで決められた相手の手伝いをすることになるのだった。 そして―― ついに、ポルカ村収穫祭の日がやってきた。 村は活気に満ちていた。 露店が立ち並び、様々な自家製品が売られ…… 広場では、大きな藁人形の周囲を、女たちが老若交じり合ってダンスを踊っている。 「テンション上がってきたあああああッ!」 上がりすぎ。 「ちょっと、オレも踊ってくる」 はいはい、いってらっしゃい。 「何か売ってるぞ? あれは何だ?」 アルエが、露店の一つを指差す。 「あれはですね、赤麦の藁で編んだ髪飾りです」 「売ってるんじゃなくて、配ってるんですよ〜」 「タダなの? やった、一個も〜らいっ」 「あ、待てっ、ボクも行くっ」 露店の方へと、駆け寄ってゆくミントとアルエ。 しかし……相変わらずというか。 女ばかりだよなあ、村の人間って。 せめて収穫祭の時くらい、男たちも出稼ぎから戻ってくればいいのに。 ……ん? ちょっと待てよ? ふと疑問が湧いた。 「なあ、ロコナ。パイは女が男に食べさせるんだよな?」 「はい、そーです」 「男って……いないじゃん。今、ポルカ村にはほとんど」 大多数の男が、塩を掘りに出稼ぎ中。 「おるぞよ、ワシとか」 「にしたって、少ないだろ」 人口の割合で言えば、2対8くらいの男女比だぞ。 しかも、その“2”の構成は、子供と老人ばかり。 「女が男にだけパイを渡す……なんて風習は、大昔のことじゃよ」 「今となっては、男女関係なく、世話になったモンに渡すんじゃ」 ……ロコナの言ってた話と違うじゃないか。 「で、でもでもっ、男の人に優先して渡すのは本当なんですっ」 「まあ、おなご同士はパイの中身が何を意味するのか、互いに知っておるからのぉ」 「知らぬは男ばかりなり。品評会も、味というよりは具の面白さを競うようなモンじゃからな」 そ、そうなのか? 「なんにせよ、ワシらにはなーんも分からん。おなごのためのイベントじゃよ」 爺さんが、苦笑いを浮かべる。 「……ふん、知ったかぶりしおって、しわくちゃジジイ」 ひょこんっ、とヨーヨードが現れた。 って、どこから湧いた!? 「なんじゃババア。いきなり割り込みおって」 「今年は一味違うわい。なんせ、若い男が三人もおるからの」 「男衆にも、参加してもらうぞよ」 ジロリ、と俺を見る婆さん。 「参加って……プレゼントの話なら聞いてるけど」 「違う。パイの品評会じゃ。挑戦者の手伝いをしてもらうでな」 挑戦者の……手伝い? 「おばあちゃん、それ……わたしも初めて聞いたんだけど」 「む? 言うておらんかったかの?」 「若い娘には、助手をつけることに決めたんじゃよ」 「これを機に恋でも芽生えて、余所者の男が村に居つけば儲けモンじゃ」 うひひひ、と婆さんが笑う。 ……その、余所者の男の前で、そんな計画をあけっぴらに話さないで欲しい。 「あくどいのう、ババア」 「あては村の将来を心配しとるんじゃっ」 「ほれ、ロコナ。準備を手伝え」 「あ……うん。じゃあすみません隊長、また後ほどっ」 婆さんに手を引かれ、ロコナが去ってゆく。 「ふむう、ババアめ。やり手じゃな」 なんか、色々と陰謀の渦巻く収穫祭だな…… 「レキを見つけてきたよー」 ミントとアルエが、レキを連れて戻ってきた。 「ま、待て、引っ張るなっ。私はまだ、あのイモのフライに未練が……」 見つけていたというより、連行してきた感じだな。 「あれ? ロコナはどこへ行った?」 「ヨーヨードに引っ張られて、どこかへ行った」 「なんだあ、せっかくロコナの分ももらってきたのに、髪飾り」 ミントが、藁で編んだ髪飾りを指に通してクルクル回す。 「ところで、アロンゾを見なかったか?」 アロンゾ? 「今朝から姿が見えないんだ」 「いや、知らない。そういえば俺も見てないな」 あいつ、アルエの護衛が任務のくせに。 「アロンゾ殿なら、先程、広場の隅で見かけたぞ」 「村の老婆たちに囲まれて、もみくちゃにされていた」 「さあ食え、これも食え、あれも食えと、食い物責めに遭っていたな」 うわぁ……溺愛される孫みたい。 あいつ、どうしてあんなに老婆受けがいいんだろうな。 うん? 突然、馴染み深い、調子っぱずれな角笛の音が聞こえてきた。 『みなさーん!間もなくパイ品評会を始めまーすっ!』 『参加希望者は、井戸の側にある受付まで集合してくださ〜いっ!』 お、ついに始まるのか、品評会。 「俺は……どうすればいいんだ?」 「ワシに訊かれても困るが……」 とりあえず、アルエたちについて一緒に行けばいいのか? 『それとっ!男の人も、受付まできてくださーい!』 「ワシも含まれるんかのぉ」 「……俺は含まれてるんだろうな、やっぱり」 「どうして、男も一緒に呼ばれてるんだ?」 「……受付で聞けば、教えてくれるよ、きっと」 俺から説明するのはヤだ。 ……で、呼ばれた俺はノコノコと井戸の側まで来たんだが。 なぜか受付から離れた場所まで連れてこられてしまった。 「なんでオレらまで呼ばれたの?」 「……挑戦者とペアを組んで、手伝うんだとさ」 「え、何のために?」 「さあな」 あえて、すっとぼけた。 「いや、なんにせよ助かった」 「危うく、老婆の海で溺死するところだった……」 そんなに凄まじかったのか。 「なんでオヌシまでおるんじゃ、ジジイ」 「男じゃからな」 「………………」 「……まあ、ええわい」 「ほれ、くじを引け。中に紙が入っておるでな」 「オヌシらには、書かれている名前の挑戦者の、助手をしてもらう」 穴の空いた、四角い箱を差し出された。 「俺は、殿下を手伝いたいのだが」 「いくらアロちゃんの頼みでも、それはダ・メ♪」 「ち、近寄らないで頂きたい、長老殿」 「ほれ、はようくじを引け」 促されて、渋々と箱の中に手を入れる。 指先に、一枚の紙が触れた。 つまんで、ゆっくりと取り出す。 「………………」 その紙に、記されていた名前は―― リュウが手伝おうとしても、ひとりで出来ると無茶をするアルエ。指に怪我をしてしまい、仕方なくリュウの手伝いを受け入れるが…… 怪しげな素材と、怪しげな手順で作られた、とても食べ物とは言えない酷い出来のパイが出来上がってしまう。 しかし、製作の過程を目の当たりにしていたリュウは、誰よりも一生懸命頑張っていたとアルエのパイを一番に評価するのだった。 紙に記されていた名前は―― 「アルエ、か……」 どうやら俺は当たりクジを引いたらしい。 まあ4人の中で最も手伝い甲斐がありそうだ。 変なものを入れないか監視もできるし。 「ドナルベイン、その紙を俺に渡せ」 「アロちゃん、ズルはダメ♪」 「うっ、腕は組まないで頂きたい、長老殿」 「ほれ、オマエさんははよう姫様の所へ行け」 「はいはい」 「ちょっ、ドナルベイン、待て!」 「はーい、アロちゃんはあて達のパイ作りを手伝ってねぇ♪」 「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」 「……ご愁傷様」 俺はレキの見よう見まねで法印を結んでやると、アルエの元へ向かう。 背後ではアロンゾの悲鳴がどこまでも響いていた。 賑やかな広場へ戻ると、周囲には甘い香りが漂っていた。 どうやら女性達がパイ作りを始めたようだ。 広場の一角に作られたテーブルの上は、それぞれが持ち寄った道具や材料で一杯だ。 生地をかき回す音や、材料を切る音が聞こえる。 楽しそうにパイを作る女性達を見ていると、俺もワクワクしてきた。 よーし、気合入れてアルエを手伝うか。 「え〜っと……アルエは……っと」 辺りを見回し、彼女を探す。 「……いた」 アルエは端のテーブルで、材料を切っているようだ。 周囲の邪魔にならないようそっと近づき、声をかける。 「よう」 「その声はリュウか。どうした?」 包丁を握った手元を見つめたまま、アルエは訊く。 見るからに危なっかしい手つきだ。 というより彼女はなぜ、キャベツを切ってるんだ? 今から行われるのはパイの品評会だよな?? ……なんでキャベツ??? いや……きっとコレはキャベツに似た果物。 うん、この日のために王都から取り寄せた貴重品種だとか? 俺は自分にそう言い聞かせ、気持ちを落ち着かせることにした。 「えーっと、実はクジ引きで、俺がアルエの手伝いをすることになったんだ」 「手伝い? ボクはひとりで出来るから大丈夫だ」 「いや、でもひとりだと何かと大変だろ?包丁貸してくれよ、俺が材料切ってやるから」 「いい、ボクが切るっ」 「でも」 「ああもうっ、ボクひとりで出来るってば!」 ムッと眉間に皺を寄せ、包丁を握りしめるアルエ。 ぎこちない手付きで、キャベツに似た果物を刻んで…… 「ま、待て待て待て!」 なんで、キャベツを切るのに、スイカをたたき割るような方法をとる? 「もうっ、声を掛けるな」 「手元が狂うだろう」 「その前に、ちゃんとキャベツ……キャベツ?とにかくそのキャベツっぽいものを、押さえろよ」 習わなかったのか? 食材を持つ手は、猫の手〜 ……って、習うわけ無いか。 そこから、そこからなんだな! 「えっと、まずは食材を残りの手で押さえることから始めよう、アルエ」 「なにっ、ボクに指図するのか!?」 ここで頭ごなしに言っても聞きやしないよな。 よぉし…… 「庶民は、そうやって切る方が楽って習うんだ」 「え?」 「貴族的流儀はそっちかもしれないけど、ここはポルカ村だぞ。庶民の集まりだぞ」 「せっかくだから、庶民流儀でやってみようぜ」 「う……うん、まぁそういうことなら」 ようやくアルエがまともに食材を手で支える。 「それで食材を切るときは……」 「とおっ!」 「わーーーっ、包丁を振り上げるな!」 包丁をナタのように振り回すなって。 「じゃなくて、庶民的にはもうちょっと食材の近くから包丁を使うんだ」 「ふ……ふぅん」 俺が手真似をしてみせると、アルエは危なっかしいながらも、普通の(ああ、普通のな!)切り方を覚える。 「そうそう」 「なるほどな」 よかった。これでアルエのパイ作りに、少しは役に立ってやれたよな。 ほら、もうこんなにキャベツ(?)のみじん切りの山ができて―― 山!? 「どうなるんだ……これ?」 呆然とする間に、アルエはキャベツ(?)を更に刻んでいく。 これ……何になるんだ??? 「っぅっ!? いたたっ……」 「おい、大丈夫か?」 アルエの声に驚いて、飛びそうになってた意識が戻る。 アルエの人差し指には、うっすら血が滲んでた。 包丁で少し手を切ったみたいだ。 「これ塗っとけ」 「う、うん……ありがとう」 こんな事もあろうかと、一応持っていた傷薬をアルエに渡す。 やっぱりひとりでパイ作りをさせるのは、色んな意味で危険すぎる。 ここは文句言われても彼女のパイ作りに協力しよう! 「悪いが、手伝わせてもらうぞ」 「うぅ……仕方ない。手伝わせてやろう」 怪我のせいでほんの少し気が弱くなったアルエが渋々頷く。 「その代わり、ボクの指示に従ってもらうぞっ。ぜっったい勝手に動かないこと!分かったなっ!?」 「はいはい」 まだ不器用だけど、包丁はまともに使えるようになったし。 材料チェック出来たら、さらにありがたいよ。 パイ作りについては半分諦めかけの俺は、そっとため息をつく。 なんせ、目の前にはキャベツみたいな果実……いや現実逃避はやめよう。これは……キャベツだ。 パイを作るはずなのに、なぜか山盛りのキャベツの千切り。 すでに材料が怪しげだが、でも一応食材だ。 よーーーっし! こうなったらもう、アレだ!! せめて食べれるものを完成させよう!! 「リュウ、水の中に小麦粉入れて、切った材料と混ぜてくれ」 「水の中に……小麦粉?」 それは反対じゃ……ないのか? 「早く!」 カッ! とアルエの目が光る。 わ、わわわわわかったよ! 「了解っ!」 半ばやけくそになって、俺は叫んだ。 こうして―― 怪しげな食材と、妖しげな手順で作られた、パイ料理らしきものを俺達は作り上げていった…… 「よし、完成だっ!」 「ぜえぜえぜえ……げほっ……疲れた」 「うーん、色、形、匂い、どれも素晴らしい!」 パイらしきものが乗った皿を持ち上げて喜ぶアルエ。 彼女は瀕死の状態の俺に、それを得意げに見せる。 「どうだリュウ」 「ど、どうって言われても……」 俺も頑張ってはみたが、アルエの暴走は止められなかった。 あまりに見た目がひどいパイに、目眩がする。 すごいな、小麦粉と水であんなものが作れるんだ。 芸術……前衛的な芸術かな??? 「うーん、いい匂いだ!」 よく分からない黒いソースの焦げ臭い匂いがする。 本来なら窯で焼くはずのパイを、アルエはなぜか豚肉を乗せて鉄板でジュージュー焼いてたもんな…… 手順や食材うんぬんより、作り方さえ違う。 この物体をパイと言うのだろうか? 「どうだこのパイ、男らしくて豪快だろ?」 「まぁ……たしかに豪快だよな」 他に言いたいことは山ほどあるが、ぐっと堪えて笑う。 嬉しそうな顔を見ていると、彼女を悲しませるような言葉は言えそうになかった。 「あえてキャベツを山ほど入れて作ったパイ料理! これこそ料理界に革命をもたらす一品に違いない!」 「リュウっ、これなら品評会で1位を狙えるよなっ!?」 「あ、ああだといいな」 やっぱりアレ……キャベツだったんだネ。 「では早速、採点してもらってくる!」 意気揚々とパイらしきものを出品しに行くアルエの後を追い掛けながら、俺は頭を押さえて、深いため息をついた。 「さて……」 すでに幾品か提出されたパイ達が目の前に並んでる。 どうやらアルエが一番最後だったようだ。 「どうだ!」 胸を張るアルエだが…… 「ふ、ふむ……」 「ふひっ!」 アルエのパイを前に、生き字引と化したご老体たちが息をのむ。 すごいぞ、ある意味最高……最強だ! 「これは、今まで見たことのない……なかなか斬新な一手じゃのう……?」 「褒め言葉はいいから、ほら、早く」 「いや、これも選考委員としての、ワシの勤め」 ちなみに選考委員は、村でも年のいった女性達の役目だ。 大丈夫か……年寄りにこんなの食わせて。 「よし、いざ!」 ヨーヨードがフォークを振り上げる。 緊張の一瞬。 陽光を反射する、フォーク。 「いただくぞーーーいっ!」 かけ声と共に振り下ろされたフォーク。 それはアルエのパイに突き刺さり―― アルエのパイは……『最硬』のパイだった。 それから、数時間後―― 「ううっ、ぐすっ……うううっ」 「元気出してください、アルエさん」 「失敗は誰にでもある」 「そうだよ、アルエが出品したあのパイに、あたしは何か懐かしいもんを感じたし、落ち込むことないって!」 「……初めての料理のこととか思い出しちゃった」 遠い目をしてミントが言う。 失敗した思い出なんだな。 「ううっ、高評価を得たお前たちに慰められたくない!」 ベンチにうずくまり、ぐすぐすと鼻をすするアルエ。 当然……と言うか、何というか、彼女のパイらしきものは、最低ランクだった。 なんていってもフォークが刺さらない。 「アルエ……」 「ぐすっ、ボクを気遣わなくていい。キミにはまだ仕事が残ってるだろう」 「仕事?」 「さっさとボク以外の子に、プレゼントを渡せっ」 投げやり気味にそう言ってアルエは膝をかかえる。 ったく……子供っぽいお姫様だな。 「あっ! わたし達、まだ隊長にパイを渡していません!」 「あ〜、そういえば」 「さてと、これからがあたし達の本番だよね!」 「そうだな。遅れてしまったが、食べてくれるか?」 ロコナにミント、レキからパイを渡される。 「…………」 「ほら、アルエもくれるんだろ?」 「どうせ、ボクのなんか」 「……って言うと思ったから、品評会の会場から、俺が取ってきた」 「えっ!」 俺の目の前には4つのパイ。 それぞれが、一生懸命作ったパイ。 俺はその全部に口をつける。 ……そのうちの一つは、ものすごく歯に抵抗があったけど。 味は……聞かないでくれ。 舌が思い出すのを拒否してる。 「げほげほっ……これで全部」 難問もあったが、どうにか全てを口にしてから、4人に向き直る。 「たいちょ……」 「ふふ〜ん?」 「……ゴクッ」 3人は俺を期待の目で見つめ。 そして、最後の1人は―― 「…………」 まだ膝を抱えていじけてる。 でも視線だけは、俺に向けてるのが、なんていうのかな、可愛い。 ……って言ったら怒られるか。 「じゃあ、プレゼントを渡すな」 俺は苦笑しながら、用意していたプレゼントを取り出す。 ロコナもレキもミントも……アルエも真っ赤な目でその行方を見守っていた。 「これ……アルエにやるよ」 「え……?」 「……アルエ?」 「なななななななな、何で!?」 「な、なぜだ!? なぜなのだ!?」 一斉に皆が俺を問いつめる。 確かに最低評価のアルエにプレゼントが渡るのは、みんな不思議だと思うだろう。 でも…… 「リュウッ、キミはボクに同情してるのか!?」 「違う、アルエが誰よりも一生懸命に頑張ってたからだ」 出来上がった料理はひどかったが、アルエは何も悪気があってこれを作ったわけではないんだ。 彼女は誰よりも一生懸命パイを作ろうとしていた。 それだけは、俺が自信を持って言える。 「料理はもちろん味が大事だ」 「けど、それと同じくらい気持ちも大事だと思う。俺は、アルエの一生懸命な気持ちがすごく嬉しかった」 「リュウ……」 「だからアルエ、俺からのプレゼントを受け取ってくれ」 王族の姫には、ものすごく安物だろうけど。 これが俺に用意できた精一杯の品。 ウサギの毛皮で作った、小さなポシェット。 冬の寒い風が吹く中。 身につけていたら、それで温かくなれそうなもの。 一生懸命考えて、一生懸命作ってみた。 喜んでくれるか、アルエ? 「ん……ありがとう」 背筋を伸ばして、アルエはプレゼントを受け取る。 「……アルエ」 「リュウ……」 「なっ、なにっ!? この雰囲気は!?」 「うう〜っ、たいちょーが変ですうっ」 「ふん、破廉恥な!」 周囲の非難なんて、この時の俺たちには聞こえていなかった。 俺とアルエは、互いに顔を真っ赤にして、しばらく見詰め合っていた。 ロコナのパイ作りは順調そのもの……のハズが、肝心の食材を無くしてしまい制限時間がピンチに。食材を探して、ロコナと二人で森へと走るリュウ。 なんとか見つけて、パイ作りを成功させる二人。だが、急ぎすぎたせいか焼き上がりが甘く、採点は微妙な結果になる。 落ち込むロコナだが、リュウはきっと込められた想いは伝わると伝え、それが自分に向けられたものだとは知らずに評価するのだった。 紙に記されていた名前は―― 「おっ、ロコナか」 どうやら俺は手伝いとしては、外れクジを引いたらしい。 だってそうだろ?ロコナはなんたって料理上手だ。 俺が手伝わなくても美味しいパイ料理を完成させるに決まってる。 「むしろ俺が手伝ったら、不味くなるかも知れないなぁ」 彼女の邪魔にならないよう、食材でも洗っていよう。 俺はそんな事を考えつつ、軽い気持ちでロコナの元へ向かった。 「おーっ、盛り上がってるな」 どうやらパイ作りを始めたらしい。 賑やかな広場へ戻ると、周囲には甘い香りが漂っていた。 広場の一角に作られたキッチン……と言っても、テーブルと簡単な料理道具しかない所で、女の子達がパイを作っている。 端には石を積んで竈も作られている。 生地をかき回す音や、材料を切る音、明るい笑い声があちこちから聞こえてきた。 皆の楽しそうな雰囲気に、俺も自然とテンションが上がってくる。 よし、邪魔にならないよう、全力でロコナのサポートをするぞ。 味見役とか。 「えーっと……ロコナは……っと」 辺りを見回し、彼女を探す。 と、中央のテーブルでピョンピョン跳ねる女の子が目に入った。 「たいちょーっ!」 「よう、ロコナ」 周囲の邪魔にならないようロコナに近づく。 彼女のテーブルには既に美味しそうなパイが出来上がっていた。 「もう完成したのか?」 「はい、あとはドラゴンベリーを乗せて焼くだけです」 ドラゴンベリーとは、ポルカ村の森に自生する小さな実のことだ。 ベリーの王様と呼ばれるくらい甘くて美味い。 「まだ材料の下準備をしてる子ばかりなのに、さすが料理上手のロコナだな」 「えっ!? そ、そんな、褒めすぎですよ、たいちょーっ」 ぽっと頬を赤らめてパイの形を整えるロコナ。 恥ずかしそうに俯いてるけど満更でもなさそうだ。 彼女の嬉しそうな表情を見ていると、俺も幸せな気持ちになる。 「でも大丈夫なのか? この時期ドラゴンベリーは採れにくいし、値段も高いって聞くけど……」 「心配後無用です、隊長っ!」 びしっと敬礼して、ロコナは空の瓶を取り出す。 「実はわたし、この日のためにドラゴンベリーを採取していたんです!」 「ほらっ見てください!努力の甲斐あってドラゴンベリーが、こぉぉぉぉぉ〜〜〜んなにっ!」 「それ……空だけど」 「へ? ……アレ?」 「…………あれれれ????」 「その瓶、空っぽだぞ」 空の瓶を覗き込むロコナに、ため息をつく。気づいてなかったんだな。 「ええええっ!?ドラゴンベリーが一粒もないっ!」 「ど、どうしてええぇぇっ!?」 「持ってくる瓶を間違えたんじゃないか?」 「そんなことありませんっ!出かける前にきちんと確認を……あれ?したかな?」 「瓶を間違えたなら、宿舎に戻って取って来よう」 「……でも確かにこの瓶なんですよぉ」 「……だとすると誰かがつまみ食いしたな……」 いかにもしそうなヤツならすぐに思いつくぞ。 ホメロとかジンとか…… 「ふぇぇぇっ!たいちょーっ、どうしましょう!?」 ロコナは突然のピンチにすっかり混乱したようだ。 今にも泣き出しそうな表情で俺に助けを求めてくる。 うーむ…… 俺は彼女を手伝うためにここにいるんだ。 何とか助けたいとは思うが、ロコナが集めたドラゴンベリーは誰かの腹の中の可能性が高い。 今から買い集めるのも不可能だろう。 「たいちょぉぉっ!」 「うーむぅぅぅ」 俺は必死に頭を働かせて打開策を考える。 「うーん……この状況を解決する道は……ふたつあるな」 「どんな方法ですかっ!?」 「ひとつは、ドラゴンベリーを諦めてパイを焼く」 「そんな」 「それが出来ないなら今から森へ行き、ドラゴンベリーを採って来る」 しかし、今から行っても実が取れるかどうかは分からない。 制限時間だって迫っている。 気づけば周囲の女の子達も、パイを焼く準備に入っていた。 やっぱりここはドラゴンベリーを諦めるしかないんじゃないか……? 「ロコナ……残念だろうけど……」 額ににじむ汗を拭い、彼女に安全な道を勧めようとした時だった。 「わたし、森に行ってきます!」 ぎゅっと握った拳を胸に当ててロコナは断言する。 彼女が危険な道を選ぶのも、こんなに強い口調で話すのも、初めてだった。 「けど、制限時間が」 「大切な人に食べてもらう物に、妥協なんて出来ませんっ」 「ロコナ……」 「わたし、行きます!」 「ああ……分かったよ」 ロコナの気迫に圧倒された俺は、一言も反論できなかった。 確かに、大事な人に食べてもらう物に妥協なんて出来ないよな。 すぐに諦めるより、ギリギリまで一生懸命頑張って作ったものの方が美味いに決まってる! 「俺も一緒に森へ行くよ」 「えっ、でも隊長に迷惑をかけるわけには」 「急ごう! 時間がないっ」 「は、はいっ」 遠慮する彼女の手を引き、急いで森へと向かう。 制限時間が迫る中、トラブルに直面した俺とロコナ。 大ピンチのはずなのに、なぜか俺も彼女も頬が緩んでいた。 不謹慎かもしれないから黙っていたけど、俺はとてもワクワクしていた。 ロコナと一緒にピンチを乗り越えることができればきっと、この日の出来事は一生の思い出に残るような宝物になる気がしたからだ。 たぶん……彼女も同じ気持ちだったと思う。 「リュウっ、ロコナっ、どこへ行くのだ!?」 「まさか戦線離脱しちゃうツモリ?」 「勝負を投げ出すとは情けないぞ!」 急に走り出した俺たちに周囲から戸惑いの声が飛ぶ。 俺たちは手を握り合ったまま、明るい声で答える。 「ごめん、すぐ戻ってくるから!」 「行ってきますっ!」 アルエたちは不思議そうな顔をしていたが、俺とロコナは笑顔のまま森へ急いだ。 「見つかったか?」 「……ダメです、ありません」 森に入り、手分けしてドラゴンベリーを探す。 もう十分ほどこうして木を見上げているが、全然見つかりそうにない。 「おかしいな、昨日まではこの木に生ってたのに」 「パイ作りの為にみんな採られたみたいだな」 「うう〜っ、もう見つからないんでしょうか」 「まだ時間はある。諦めずに探そう」 「は、はいっ」 弱気になっていた自分の頭を軽く叩き、ロコナは再びベリー探しを始める。 う〜ん……でも、諦めるなとは言ったものの、このまま制限時間いっぱいまでベリー探しをしていては、パイを焼く時間がなくなってしまう。 パイを焼かないまま審査に出すのは流石にマズい。 それを考えると、ベリー探しに使える時間は後5分というところだろう。 俺は懐中時計を睨みつつ、渋い顔をする。 ――と、その時。 「あっ、たいちょーっ! ありましたっ!」 「本当かっ? どこにあった!?」 「あそこです!」 興奮気味に、ロコナが一本の木を指差す。 その先には少しではあるが、確かにドラゴンベリーが生っていた。 「急いで採ろう!」 笑顔で言うと、ロコナが困ったように言う。 「で、でも、手が届きません……!」 俺が精一杯手を伸ばしても同じだった。 あとちょっと、ベリーに手が届かない。 「う〜っ、もう少しなのに〜!」 「う〜ん……仕方ないな」 ジャンプしても、木を揺すっても実は取れそうにない。 俺はしばらくベリーを見た後、地面にしゃがみこんだ。 「たいちょー?」 「ロコナ、乗れ」 「ふえ?」 意味が分からず首を傾げるロコナに、素っ気無く言う。 「俺がロコナを肩車すれば、簡単に採れるだろ?」 「……ふえ? ふええええええっ!?そ、そそそんなっ! 肩車だなんて畏れ多いことっ!? ええええっ!?」 「悩んでる時間はない、急げっ」 「で、でもぉぉぉっ!わたし、すごく重いですしっ、そのっ!」 ぶんぶん首や手を振るロコナ。 だーっ! このままでは制限時間に間に合わないっ! 「……許せ、ロコナ!」 「ふえっ、ふええええっ!?」 俺は意を決して、ロコナの股に首を突っ込んだ。 「きゃっ、きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 甲高い悲鳴が、森に響き渡る。 おいおい……そんなに俺の肩車が嫌なのか? 「きゃっ……たっ、たいちょぉぉぉぉっ!?ぐすすっ」 泣き出したいのはこっちだぜ。 「たいちょぉぉぉっ!重くて本当にごめんなさいいっ!」 「ばっ、何度も頭を下げるなっ! 危ないだろっ!」 「ううっ、は、っはい!」 俺の一喝に、ロコナの動きが止まる。 彼女ももう忘れてるかも知れないが、俺は騎士団試験を突破した士官だぞ? 女の子ひとりを肩に担ぐくらい、どってことない。 「ほら、さっさと上を見てドラゴンベリーを採る!早くしないと、制限時間に間に合わないぞ?」 「そ、そうですね……分かりました」 平静を取り戻したロコナが実を取り出す。 「……」 彼女とは逆に、俺の心臓は爆発寸前だった。 女の子の柔らかい脚を握っていて、冷静になれるわけがない。 首にロコナのあったかい体温を感じ、思わず顔が赤くなる。 「隊長、全部摘み終わりました」 「そうか、良かったな……はは」 ロコナを下ろして、軽く笑う。 うう、心臓がドキドキして彼女の顔を見れない。 「隊長……? 息が苦しそうですね……やっぱりわたし、重かったですか?」 「い、いや、大丈夫だ」 「けど」 「広場へ急ごう!」 真っ赤な顔で明るく笑うと、再びロコナの手を引く。 は〜〜〜っ……純情だなぁ、俺って…… 青空を眺めて、俺は深くため息をついた。 ……様々な苦労の末、なんとか俺とロコナはパイ作りに復帰した。 しかし制限時間ギリギリで急ぎすぎたせいか、焼き上がりが甘く、採点は微妙。 せっかくドラゴンベリーを手に入れたのに、いまいちパッとしない結果に終わってしまった。 「はぁ〜〜」 「そんなに落ち込むなよ」 「でも……たいちょーに手伝ってもらったのに、申し訳ないです」 広場の外れにあるベンチに座り、ロコナは重いため息をつく。 中央ではパイの表彰式が行われている。 壇上にはレキ、ミントの2人が嬉しそうに立っていた。 結果的にはミントが優秀賞。レキは敢闘賞。 アルエは不服そうに、壇上の横でそっぽを向いてる。 アロンゾが必死になって、アルエを壇上に上げようとしてるけど……ビックリ賞じゃ、な。上がりたくもないらしい。 なんて言っても、アルエのパイはフォークすら刺さらない最高の硬度を持っていた。 「……わたし、一番になることも、表彰されることも出来なかった」 寂しそうに呟き、ぎゅっとスカートを握るロコナ。 俺は表彰台をしばらく眺めた後、はっきりと言った。 「俺は……ロコナのパイが一番だと思う」 審査委員のヨーヨード達が食べ終わった後、俺の所にあの3人がパイを持ってきてくれた。 ミントとレキのは表彰されるだけあって、とても美味しかった、 アルエのは……うん、硬かった。すっごく。 でも、不慣れながらも頑張ったのが、包丁で切ってしまった指先に現れてた。 そして、ロコナは――さっき言ったとおりだ。 「確かに、半焼けだったよな」 「でも、ロコナは一生懸命に作っただろ」 「……はい」 「込められた思いは伝わるよ」 ロコナは誰よりも頑張ってた。 パイの中に込められた思いは、誰よりも強いと思う。 俺にはちゃんと伝わった。 ロコナが一生懸命、美味しいものを食べさせようってしてた思いが。 俺は自然と隠し持っていたプレゼントを、彼女へ差し出していた。 「他のみんなのも食べたけど、ロコナのが俺には一番美味かったよ」 「たい……ちょー……」 「その……受け取ってくれるかな?」 「……っ、はい!」 震える手で、ロコナはプレゼントを受け取る。 ウサギの毛皮で作った、ちいさなポシェット。 ロコナがそれを下げてくれたら嬉しいと思う。 「これ、どうですか?」 ロコナがポシェットを斜めがけにする。 冬の寒空の下、もこもこの毛皮のポシェットはロコナに似合って可愛かった。 「って、あああーーーー!」 「ロコナにあげちゃったの、プレゼント!」 「そんな……すでにか?」 「ずるいぞ、リュウ!ボクのパイだって美味しかっただろう!」 3人がぷうっと膨れて文句を言っている。 「ごめんな!」 美味しかったけど(一部、すごかったが)、やっぱりロコナのが一番だったんだ。 「これ、大切にしますね、隊長♪」 「よろしく」 俺とロコナは見つめ合い、微笑んでいた。 レキのパイ作りを手伝うリュウだが、最初から手順がむちゃくちゃ。本を片手に真剣なレキは、リュウが口を挟むたびにすげない態度をとる。 女のプライドがかかっているというレキに、誰かに美味しいものを食べて欲しいから作るんだろと基本姿勢を語り、納得させるリュウ。 ようやく二人の歯車が噛みあい、作業は順調に進んでいくのだが……いざ完成! というところで、レキはパイを地面に落としてしまう。 リュウは泥だらけのパイを口にすると、泣きそうなレキに向かって美味しいと伝える。 審査対象からは外れてしまったものの、敢闘賞ということで評価され、恥ずかしそうに笑うレキだった。 紙に記されていた名前は―― 「うーむ、レキかぁ」 人に頼ることなく生きてきた彼女のことだ。 俺が手伝うと言ったら、怒りそうな気がする。 うーん……難しいクジを引いてしまったなぁ。 「婆さん、もう1回クジ引いちゃダメ?」 「ダメ。オマエさんはさっさとレキ様の所へ行くんじゃ」 「はいはい、分かったよ」 引いてしまったものは仕方ない。 ここは大人しくレキを手伝いに行こう。 「うおっ、盛り上がってるな」 にぎやかな広場へ戻ると、周囲には甘い香りが漂っていた。 どうやらパイ作りが始まったらしい。 広場の一角に作られたキッチン……と言っても、テーブルと簡単な料理道具しかない所で、女の子達がパイを作っている。 端には石を積んで竈も作られている。 材料を切る音や、かき回す音、明るい声があちこちから聞こえる。 さっきまでテンションの低かった俺も、自然と気分が高揚してきた。 よーし、小言を言われないようさり気なく、しかし全力でレキのサポートをするぞ! 「えーっと、レキは……っと」 キッチンを見回し、彼女を探す。 「……おっ、発見」 他の女の子達に混じってパイ作りに奮闘しているレキを見つける。 うっ……遠目から見ても、かなり機嫌が悪そうなのが分かる表情だ。 俺は周囲の邪魔にならないよう彼女に近づき、そっと声をかける。 「よう、頑張ってるみたいだな」 「黙れ」 「なっ!?」 会っていきなりソレか!? 驚く俺を前に、レキは真剣な表情で本を見つめている。 「なあ、レキ」 「今大事な所なのだ、すまないが立ち去ってくれ」 「悪いがそれは無理だな」 「そなた……わざわざ私の邪魔をしに来たのか?」 ギッと俺を睨みつけるレキ。 今にも呪い殺されそうな気迫を感じだ。 「ち、違う! くじ引きで俺がレキを手伝うことになったんだよっ」 「そなたの助けなど不要だ。私はひとりで最高のパイを作れる」 「そう言われてもなぁ……」 さっきからレキの手元を見ているけど、まともなパイを作ってるとは思えないぞ? 手付きも危なっかしいし、手順がむちゃくちゃだ。 「あのさ」 「黙れ」 小麦粉の中に、数個の卵が埋まっているのを黙って見ていられるわけがない。 しかも殻付き。ど、どうしろと! 俺は怒られるのを覚悟して、なるべく優しくに指摘した。 「卵は割って、小麦粉と一緒に混ぜるものだぞ?」 「しかし本には卵を『割って』とは書いてないぞ?」 うん、まぁ、書いてないな。 「でも、それは書いてなくても当たり前だろっ」 「レキは卵の殻付き焼きってのを食べるか?」 「むぅ……」 「じゃあ、本当にそうなのか?」 「俺のこと疑ってるのかよ」 すげない態度の彼女に少し腹が立つ。 するとレキは本を片手に、苛立ちの声を上げた。 「違う、女のプライドがかかっているから、慎重になっているだけだっ」 「ふぅん……女のプライドねぇ」 「何だ、文句でもあるのか」 「いや……その、さ……」 文句ではないけれど、レキの姿勢に俺は何か引っかかるものを感じた。 そもそもレキは、何故パイを作っているのだろう? 彼女の言うように、女のプライドがかかってるからなのか? いや……違う。 レキはきっと、誰かに自分の作ったパイを食べてもらいたくて、今ここで料理をしているのだと思う。 確かにレキはプライドが高い女性だけど、それだけではない。 人を思いやる気持ちも、負けないくらい持っている。 レキは……誰よりも優しい人だ。 「あのさ……今レキがパイを作っているのは、誰かに美味しいものを食べて欲しいからだろ?」 「なっ、何を突然言い出すのだ」 「だからさ、もっと肩の力を抜いて、プライドより気持ちを込めて作った方が良いんじゃないかな〜……なんて俺は思うんだよ」 「その方が、パイを貰う相手も嬉しいと思うし……女のプライドの塊なんて、食べたくないだろ ……たぶん」 「……っ」 傷つけないように言ったつもりだが、レキは少し寂しそうにして俯く。 うーん……酷いこと言ったかな。 「……レキ」 もしかして泣いてるのかも知れないと心配になり、そっと顔を覗き込む。 しかしレキは俺が想像とは正反対の表情だった。 「…………うん」 「リュウの言うとおりだ」 明るい笑顔で、レキが頷く。 とても可愛くて、見ているこっちまで楽しくなるような笑顔だった。 間近でそれを見た胸が、どきどきと高鳴る。 「リュウの言うように、私は気持ちを込めてパイを作りたい!」 「悪いがリュウ……手伝ってくれないか?」 「あ、ああ、もちろん!」 レキの笑顔に見とれていた俺は、慌てて手を動かす。 はぁぁ……まだ心臓がドキドキしてる。 俺、可愛い女の子には弱いからなぁ。 「リュウ、ふたりで力を合わせて、美味いパイを作るぞ」 「おうっ!」 ようやく歯車がかみ合った俺たちは、順調に作業をすすめる。 俺が本を読み、レキが着々とパイを作っていく。 レキが用意した具材は、モンデンジクの実。 ちょうどこの時期になると甘い実をつける果物だ。 外は真っ白で、硬い皮膜に覆われてるけど、割ってしまえば、とろりと柔らかく甘い果肉がつまってる。 なんか、誰かさんみたいだよな。 ――そして、数十分後。 美味そうなパイが焼きあがった。 「……っ! やった……完成したぞ、リュウ!」 「お〜っ、焼き色も良いし、すごく美味そうだ!」 黄金色に焼きあがったパイを見て、俺とレキは手を取り合う。 表面には神官のレキらしく、リドリー神教の法印をあらわす文字が描かれてる。 「これって、どんな意味?」 「あ……」 「……信頼、だ……」 「え、なんて?」 「……秘密だ!」 うわっ、急にそんな大声。 ちょっと耳がきーんとしたけど、何でかレキは楽しそうに、そして恥ずかしそうに微笑していた。 まるで、嬉しさを隠せないようだった。 「ホント、お疲れ様」 慣れない手つきで、一生懸命に作ったレキ。 後はこのパイを、審査席へ持っていくだけだ。 「では、行ってくる」 「最高点をもらって来いよ!」 「うむ」 皿の上に載ったパイを両手で持ち、歩き始めるレキ。 人込みを掻き分け、審査席へ急ぐ。 ……と、その時。 「きゃっ!」 「あっ、ごめんなさい」 レキの肩に村人の体が触れる。 「あっ……ああ……!」 ぐらりと揺れた上体。 俺の目には、レキの体がバランスを崩す瞬間が、まるで魔法みたいな遅さで飛び込んでくる。 「レキ!」 思わず声を掛ける。 でも、それがなんの役に立つわけでもなく…… 「あ……!」 ぐしゃ…… バランスを崩したレキは、あんなに一生懸命に作ったパイを地面へ落としてしまった。 鈍い音がして、パイが変形する。 さっきまでの美味しそうな形も匂いも、見る影がない。 泥だらけになったパイを、レキはその場に立ちつくして、じっと見つめている。 今にも泣き出しそうな表情だ。 ぶつかった村人も、真っ青な顔で謝る。 「も、申し訳ありません、レキ様!」 「いや……いい……大丈夫だ」 大丈夫な訳がない。 あんなに頑張って、気持ちを込めて作ったパイだ。 それが誰に食べられることもなく、泥だらけになるなんて…… 「レキ様、何とお詫びをしたらよろしいのか!申し訳ありません!」 「謝る事はない、私の不注意のせいでもあるのだから」 レキは気丈に振舞おうとする。 俺は慌てて彼女の元へ行き、そっと彼女の肩に触れた。 「レキ」 「……すまない」 「せっかく手伝ってもらったのに」 しゃがみ込み、レキは悲しそうにパイをよそう。 その表情があまりに切なくて、胸がチクチク痛む。 もう一度……さっきみたいに笑って欲しい。 強くそう思った俺は、無意識に泥だらけのパイを口にしていた。 「リュウ……!」 「……うん、美味い」 嘘ではない、本当にパイは美味しかった。 ちょっと砂が歯に当たったけど、それがなんだ? 「レキのあったかい気持ちがこもってるから、どんなパイより美味いよ」 泣き出しそうなレキに、笑って言う。 「これ、審査委員より先に食べるとは何事じゃ〜」 「ゴメン、婆さん」 俺は急いでパイの上の泥を払う。 もちろん、そんなんじゃ取れないだろうけど、ちゃんと努力は見て貰おう。 「しかたないのう」 「あれ? なんでレキのだけ先に食べてるわけ?」 ミントがひょっこりと現れて、皿の上のパイを見て、唇を尖らせる。 「抜け駆けは禁止!」 「となったら、あたしらのも食べなさいよ!」 「えっ?」 ミントが走り寄ってきて、そして俺の口が……! 「もごっ!?」 「えいえいえいっ!」 ぐ、ぐるじい……! 詰め込むなっ! パイを詰め込むな! ミントは自分のパイ、ロコナのパイ。恐怖の破壊神的威力を持つアルエのパイ、と。 代わる代わる俺に食べさせた。 「んごーーーー、ひぬーーーー!」 「これで平等よね♪」 ちょっとリドリー神の元に旅立ちそうになりながら、パイの品評会は幕を下ろしたのだった。 ……………… ………… …… 結局、レキの泥だらけのパイは審査対象から外れてしまった。 しかし彼女の頑張りは認められ、敢闘賞をもらう事になった。 「良かったな、レキ」 「ふ、ふん、私の実力を考えれば当然だ」 「じゃあ、さっそくだけど……」 隠し持っていたプレゼントを、レキに差し出した。 「これ……ポルカ村一のパイを作ってくれたレキに」 「え?」 「当然なんだろ?」 「あれは、その……っ」 「ほら、プレゼント受け取ってくれないか?」 「でも私のパイは、あんなだったのに」 「ミントやロコナの方が、美味しかっただろう?」 「でも、俺はレキのパイが村一番で美味しかった」 だから……と、プレゼントを渡す。 ウサギの毛皮で作った、ポシェット。 小さなものだから、あんまり物は入らないけどレキなら大事に使ってくれると思う。 「あ〜〜、何? レキなわけ!?」 「はうあっ! 負け……てしまいましたぁ〜」 「なんでだ、ボクの最高のパイがあったのにっ」 あの超絶硬かったヤツな。まさに最硬…… パイ生地が硬すぎて、中身まで到達できなかったぞ。 「俺はレキにプレゼントを渡したいんだ」 「美味しかった、ありがとう。レキ」 心のこもったレキのパイは、お世辞でなく美味しかったんだ。 「っっっ、あ……ありがとう」 恥ずかしそうにプレゼントをレキは受け取る。 ようやく彼女は嬉しそうに笑ってくれた…… 「プレゼントもだけど……」 「手伝ってくれたり、私の気持ちを分かってくれたりして……」 「……ありがとう」 「ん?」 「な、なんでもないっ!」 そっぽを向いたレキだけど、その手には俺の送ったポシェットがしっかりと握られている。 「ふふっ♪」 レキは雲ひとつない青空の下、幸せそうに笑った。 ミントの手伝いをすることになったリュウ。素材も金も愛情も惜しまない――と、見たこともないようなパイを作り、ホクホク顔のミント。 これで優勝は間違いないと胸を張るミントだが、リュウが苦言を呈する。これは外で食べる味で誰かのためを想って作られた味じゃない……と。 リュウの言葉を理解したミントはパイを廃棄して、新たにゼロから作り直し始める。それは幼い頃に母親が作ってくれたパイの味。 材料も安く、素朴なパイなのだが……審査員には大好評。懐かしいこと思い出させてくれたと、苦笑しながらもリュウに感謝するミントだった。 紙に記されていた名前は―― 「……ふうん、ミントか」 可もなく不可もなくって所だな。 前にスープを作ったときは美味しかったもんな。 でも、毎日炊事をしてるロコナほど手際がいいとは思えない。 でも、アルエほど破壊的はなく、レキほど不慣れでもないだろう。 簡単に言えば、アルエやレキよりは、安心して手伝えそうだ。 ……ぶっちゃけ、助かった。 俺は足取り軽く、ミントの手伝いに行った。 「おっ、どうやらもう始まってるらしいな」 にぎやかな広場へ戻ると、周囲には甘い香りが漂っていた。 すでにパイ作りが始まっているらしい。 広場の一角に作られたキッチン……と言っても、テーブルと簡単な料理道具しかない所で、女の子達がパイを作っている。 端には石を積んで竈も作られている。 あちこちから材料をかき回す音や、切る音、明るい声が聞こえてくる。 何の気なしに戻ってきた俺だったが、自然とテンションが上がってきた。 よし、美味いパイが作れるように、ミントを全力でサポートするぞ! 「え〜っと……ミントはどこだ?」 キッチンを見回し、ミントを探す。 ミントは他の女の子達にまぎれて、パイを小皿に取り分けていた。 「よう、ミント」 「あっ、リュウ!」 声をかけると、ミントは小皿に取り分けたパイを俺に差し出す。 「えっ!?」 「えっ、じゃないわよ。ほら味見」 どうやらこれは出来立てのミントのパイらしい。 黄金色のパイからはとても美味しそうな匂いが漂っていた。 「もう完成したのか?」 「うん、事前に下準備が済んでたからね」 「すごいな」 ロコナほど手際がよくないなんて思って悪かった。 料理でもミントの手際のよさはピカイチのようだ。 俺の手伝いは、全然必要ないみたいじゃないか。 少し寂しさも感じるが、目の前の完璧なパイを見ては何も言えない。 「あたしは仕事一辺倒の女じゃないよ、材料は全て最高級品を揃えました〜!」 「へぇ……かなり金がかかったろ?」 「うん、けど愛情も惜しまずたーっぷり入れたよん♪」 素晴らしいパイの出来にミントは自信満々に笑う。 たしかに彼女のパイは、料理人が作ったような完璧な色だし、形もとても綺麗だ。 けれど俺は、何となく妙な違和感を感じていた。 「さあさ、味見してみてってば!」 「うん、いただきます」 ミントに勧められ、一口食べてみる。 「ぱくっ」 「どう?」 シャク、シャク……もぐもぐ…… 「うん……美味いよ」 上品な甘さが、口いっぱいに広がる。 一体、なんのフルーツだろう。 「最高級のモモコケのシロップ煮でしょ」 「レモンなんて使わないわよ。もっと高級なレモニールなのよ」 「たっかいんだから!」 ちらっと、ミントの調理台を見ると、みたこともないような瓶詰めがずらりと並んでる。 すごい材料だな。 こりゃ宮廷で出されるって言われても、頷ける。 ――完璧だ。 惜しい点が何ひとつない。 ……でも。 「これで優勝は間違いなしだねっ!」 「うーん、それはどうかな……」 胸を張るミントに、俺は首を傾げる。 「どうして? 美味しいんだよね?」 「うん、外見も、味も完璧だと思う」 「なら優勝間違いなしでしょ!」 「う……ん」 俺ははっきりと頷けない。 確かにさ。どう考えてもこれが一番美味いはずだ。 でも、美味いはずなのに、なにかしっくりこない。 感動する美味さなのに、なんか寂しい。 ミントの手作りのパイが、コレっていうことが何でかすごく残念に思うんだ。 「いや、完璧だからこそ、俺は何か違うと思うんだ」 「う〜〜ん???? どういうコト?」 「つまりだな……」 俺はミントのパイを味見して感じたことを、素直に話してみた。 彼女が作ったものは完璧過ぎる。 これは特定の人のために作った家庭料理と言うよりも、万人受けするように作られたもの。 つまり……店で売られているような味だと思う。 洗練された味だけどなんだか寂しい。 これは、誰かたった1人のためを想って作られたそれとは違う。 「何、もっと不味く作った方がいいってこと?」 「う〜〜ん、そういう訳ではないけど、個人のために作った物にした方が良いと思う」 もしも、このパイを、友達が食べるとしたら? もしも、このパイを、子供が食べるとしたら? もしも、このパイを、俺が食べるとしたら……? 「誰に自分の作ったパイを食べてもらいたいか、もっと想像して作ってみたらどうだ?」 「美味しいんでしょ、だったらコレでいいじゃん」 「……ミントがコレでいいなら、俺は無理は言わないけどな」 「……ちょっと不安になるじゃん」 「でも、嘘を言ってもしかたないだろ」 1度目は最高に美味しく食べれるだろう。 2度目も美味しく食べれるだろう。 でも、3度目4度目になったら? 「婆さん達は、多分俺と同じことを言うと思うな」 「そんな〜」 「それじゃ優勝できないしー!」 「うん、だからもっと、こう……違うのがいい」 「違うって、どんな?」 「さっき言ったみたいに、誰かのために一所懸命になるこを想像してみたら、ってこと」 料理って、技術や素材だけじゃないだろ? 「誰に食べてもらいたいか、想像ねえ……」 しばらくミントはその場で難しい顔のまま唸ってた。 でも、かけ声と共に顔を上げたとき、そこには明るい笑顔。 「分かった、やってみる」 ミントは、新たにゼロからパイ作りを始める。 さっきの果物や、他の特別な材料などは使わないらしい。 むしろ、ちょっと表面に傷のある冬林檎を手にとって、器用にその皮を剥いていく。 ミントの目前には新たな食材の山。 どこにでもあるような食材で、ミントは手際よく進めていく。 「どんなパイを作ってるんだ?」 「んー……あたしが小さい頃に、お母さんが作ってくれたパイだよ」 「冬林檎に、香辛料をちょっと入れて。クタクタになるまで煮込むの」 材料をかき混ぜながら、照れくさそうにミントは笑う。 「あの頃は経済的に厳しくて、高価な材料なんて買えなかったからね」 「材料費をケチっても何とか美味しいものを食べさせたいって、あたしのお母さんいつも試行錯誤しながら、このパイ作ってたよ」 「もちろん美味しい食材をふんだんに使ってる訳ではないから、すごく素朴な味なんだけど」 「……でも、あたしが一番好きなパイはこれなんだ」 目を細めて、ミントは家族のことを話してくれた。 彼女のこんな話を聞くのは初めてかもしれない。 今まで知らなかったミントの表情が見れて、俺は嬉しかった。 「いい思い出だな」 「うん……ずっと大切にしていきたい思い出と、味だよ」 「でも、何でだろう?」 「リュウに、どんなパイを食べさせたいかって考えてたら、急にこれを作りたくなったんだよね」 「不思議だなぁ」 鼻唄まじりにそう言って、パイの形を整えるミント。 俺もなぜかは分からない。 分からないけど…… 今、彼女が作っているパイを、真っ先に食べたいと強く思った。 「さて、品評会を始めるぞい」 審査委員のヨーヨードの元には、村の乙女達が慌ただしくパイを運んでくる。 「では、いざ!」 品評会の火ぶたは切って落とされた―― そして、数時間後…… ミントが作った素朴なパイは、誰よりも安価な材料で作られたものだったが審査員には大好評だった。 最優秀賞までは到達しなかったけど、優秀賞は、ミントのものだ。 「このパイには、愛情が溢れておった」 「愛と言っても異性愛、家族愛、人類愛といろいろあるがの〜」 「これは人が持つ、大事な愛情の全てが再現されてるような味じゃった」 ヨーヨードがミントへの賛美を口にする。 「人が幼い頃に、口にしていた味」 「根底に存在する、愛そのものがこのパイには詰まって焼き上がっておったぞい」 「へ、へへへ♪」 手放しの褒め言葉に、ミントも顔が赤い。 もちろん俺も、彼女のパイを一番に食べ、最高に美味いと評価した。 「ありがとう、リュウ」 「へ?」 「だってリュウがアドバイスくれなかったら、あのパイは完成してなかったわけだし、こんなに評価されなかったと思うもん」 「それに……懐かしいこと思い出させてくれたから ……ありがとう」 苦笑しながら、ミントは何度も俺に感謝する。 こんな状況に慣れていない俺は、あたふたしっ放しだ。 「い、いや、でもパイを作ったのはミントだろ?俺はただちょっとアドバイスしただけだからさっ」 「ぷぷっ、照れることないのに〜」 「うっ、うるさいっ」 素直に喜ぶミントの笑顔が可愛くて、ドキドキするんだよ! とは勿論言えず、視線を逸らす俺。 そして……用意していたプレゼントを取り出し、ミントへ渡す。 「ん、どしたん、これ?」 「プレゼントだよ」 「え、何で????」 目を丸くして、きょとんと俺を見る。 期待と不安が入り混じったような子供のような表情だった。 かっ、可愛いじゃないか。 真っ赤になった顔を逸らし、俺は言う。 「ミントの作ったパイが一番美味かったからに決まってるだろっ」 「……っ、ほんとに!?プレゼント、あたしにくれるの!?」 「ああ、ミントに受け取って欲しい」 「嬉しい……!」 「でも安物だぞ。俺が作ったんだし」 「えっ! リュウが!?」 「そう。だからしょんぼりするなよ」 ティアラでも、指輪でも。ネックレスでも指輪でもないんだから。 「いいよ、嬉しいよ」 ウサギの毛皮で作ったポシェット。 もこもこのポシェット。 冬の厳しいこの村では、よく似合うと思う。 今にも泣き出しそうになりながら、ミントはプレゼントを両手で受け取る。 「むぅ……この対決はミントの勝ちか」 「負けちゃいましたぁ〜……」 「……ふん!」 品評会の途中で、ちゃんとみんなのも食べた。 3人とも美味しかったけど(弱冠一名、鉱物のような物を作ったが)俺はミントのパイが一番だったんだ。 「おめでとう、ミント」 「あ、あったり前じゃん?」 俺たちは互いに微笑み合って、空を見上げた。 収穫祭でパイをもらった男たちによる、互いのパイの味と具の意味を考察しまくる裏品評会が開催される。 贈った本人の本当のメッセージなど知りもしないで、それぞれが勝手な解釈をつけながら一枚、また一枚とパイの味見をしてゆくのだった。 収穫祭を終えた、その日の夜―― 「じぇんとるめん あーんどじぇんとるめーん!」 「お集まりの紳士諸君、お待たせしました」 「今ここにっ、ポルカ村収穫祭、ザ・裏品評会を開催いたしますっ!」 「わーわー、どんどんどん。ぱふーぱふーぱふー」 「ざわ……ざわ……」 「………………」 「……悲しくならないか?」 「なる」 「泣く」 泣くなよ。 「……人を呼びつけておいて、これは一体なんの騒ぎだ?」 不機嫌そうに、アロンゾが言う。 「男ばかりじゃのう。こんなムサい空間に、なぜワシまで……」 「だから、裏品評会なんだってば」 その『裏品評会』とやらの意味が、これっぽっちも分からん。 「皆さん、収穫祭ではお疲れ様でした」 「人徳あらたかな皆様のこと、さぞ多くのパイを頂いたことと推察いたします」 「中には、不肖・私のように十枚ものパイをゲットした猛者もおります」 そうなのだ。 なぜかジンの元には、十枚ものパイが集まった。 しかも、村の若い娘から。 「ふん、俺は十二枚もらったぞ」 うん。その大半は村の老婆からだったけどな。 「だがしかーしッ!」 「我々は、このパイに込められたメッセージを知ることができなーい!」 「疲れないか、そのしゃべりかた」 「疲れる」 「フツーにしゃべります」 そうしてくれ。 「ま、要するに、もらったパイを食いながら、色々と妄想したり考察したりしようって話よ」 「そのために、わざわざ呼び集めたと?」 「うん。だって他のやつがどんなパイを貰ってるのか気になるんだもん」 まあ、それは確かに…… 「くだらん。遊びに俺を巻き込むな」 吐き捨てるように言って、立ち去ろうとするアロンゾ。 「……オレは、アルエからもパイを貰ったぞ?」 「………………」 「気にならないかね? その中身が!」 「……俺も、殿下からは頂いた」 「え、ワシもらってないんじゃが」 「あーあ、仲間はずれ」 「マジで!? ありえなくね?」 なんでいきなり若者っぽくしゃべるんだよ。 「……いいだろう。くだらん余興だが付き合ってやる」 考えを改めたのか、アロンゾが戻ってきた。 「……で、もしかして、その背負ってる包みの中身はパイか?」 ジンが背中に負っている、巨大な包みを指差す。 「そのとーり。お集まりの紳士諸君の戦果を、ここに持参した」 人のパイまで、勝手に持ってきやがって。 「……俺は参加しないからな」 「生理見学か。まあよかろう」 生理見学って…… 「では、ヘタレなリュウは置いといて、早速味見としゃれこもう」 「各自、誰からもらったパイで、中に何が入ってるのか報告をよろしく!」 それぞれの元に、各自の戦果が手渡される。 山のように盛り上がる、パイの数々―― 「では、レディ〜……ゴォォォォゥ!」 ジンの合図と共に、味見大会の火蓋が切って落とされた。 「ぬ……ぅ!? 鮮烈な酸味と、えぐみと、顔がよじれそうな程の苦味」 「誰からのパイだ?」 「……ええと、村の娘さん。名前忘れた」 「そのデロデロの緑色のペーストは……苦ドクダミじゃな」 「毒草か?」 「ええええっ!?」 「いや、毒ではない。薬草じゃよ。痔に効く」 痔って…… 「えーっと……」 「わたくし思いますに、これは『ずっと健康でいてください』のメッセージかと」 違うと思う。 「単に、苦しめたかっただけじゃないのか?」 「失敬な。村娘さんの厚意を疑うとは……」 「次、ワシが食うてみるとするか」 ぱく、とパイを一口かじる爺さん。 「………………」 「んー、これは何じゃろう?」 「どんな味? 誰からのパイ?」 「レキからのパイなんじゃが」 「中に、何も入っておらん」 「え、うそ?」 「あ……ホントだ。からっぽ」 「入れ忘れたんかのぉ?」 「案外、空であることがメッセージなのかもしれんぞ、ご老人」 「うむ。そうに違いあるまい」 「これはきっと、ワシへの尊敬の念を表しておるのじゃよ」 どうしたら、そこまでプラス思考になれるんだ。 絶対、ただの入れ忘れだと思う…… 「あ、これアルエからもらったパイだ。いっとくか」 「む。待て、俺も殿下から頂いたパイを試す」 ジンとアロンゾが、同時にパイを一口かじる。 そして―― 「か、辛ぁぁぁぁッ!?か、からっ、から〜〜〜ッ!」 暴れだすジン。 「ぬ……うぅぅぅぅ。ぐぐぐ……くぅぅ。さすが殿下、見事な酸味」 口を尖らせて、酸っぱそうに悶えるアロンゾ。 硬いではなく辛いとすっぱいってことは、俺が食べたのと違うやつなんだな。これが込められたメッセージの違いなのか。 「なんじゃなんじゃ。何が入っておった?」 「わ、わかんない。凶器。これはもう一種の凶器」 「脳天を突き刺すような、鮮やかな酸味……」 「そして、舌の上で稲妻のように駆け抜ける強烈な酸味」 全部、酸味じゃん。 「はー、はひー。これは凄かった……悪意すら感じたね」 「物言いに気をつけろ。殿下が、そのような真似をなさるはずがない」 「これはおそらく『いつも、心配をかけてすまない』という殿下の謝意なのだろう」 「どこがだ」 「疲れてるときには、酸っぱいものがいい」 「殿下は、この俺の疲労を案じて、酸味を利かせてくださったのだ」 あのな。味じゃなくて、具の種類がメッセージなんだぞ。 「オレは『貴族ぶっつぶす』くらいのメッセージに思えた」 それは合ってるかもしれない。 「よし、次じゃ次。ちょっと楽しくなってきたわい」 「乗ってきたねえ。じゃあ、これ行ってみようか。ヨーヨードのパイ」 「え……それはちょっと……」 「……特大なんだが、あのご老体に頂いたパイ」 アロンゾのパイだけ、やけに巨大。 「うわぁ、愛が詰まってる。もう食う前から分かる感じ」 「オマエさん、超愛されとるのぅ」 「恐ろしいことを言うな。これは、しっかり栄養を取って殿下をお守り下さいという嘆願メッセージだ」 まだ食ってもいないのに、勝手に決め始めた。 「爺さんのはすごいな。もう、明らかに警戒色。黄色と黒のまだらって……」 「うむ。おそらくメッセージは『早うくたばれ』じゃな」 苦笑を浮かべあい、一枚、また一枚とパイの味見をしてゆく。 それぞれが、勝手な解釈をつけながら…… 贈った本人の、本当のメッセージなど知りもしないで。 「硬っ!?なんかクルミの殻が入ってるんだけど!?」 「これはアレ? その硬い意志を貫くあなたが好きです。今すぐ抱いてってこと?」 ホント、お気楽だよな。俺たち男って…… 村に吹く風も少しずつ冷たさを帯びてきた頃。このまま村に骨を埋めるのも悪くないな……とリュウが思っていた矢先、王都から伝令が届く。 それはリュウに対して発せられた、新たな任地への辞令だった。唐突な出来事に驚き、反発する一同。騒ぎは村中に広がり、その気持ちが嬉しいリュウ。 辞令は絶対と分かっていても名残惜しさが募る。しかし、これ以上皆に迷惑はかけられないと、リュウはそっと荷物をまとめるのだった。 「さぶっ……」 冷たい夜風が、身を撫でてゆく。 白い吐息と、真っ赤にかじかんだ耳。 まだ初冬だというのに、この寒さだ。 真冬になると、一体どうなってしまうんだろう? 大して雪は降らない地方だと聞いている。 そもそも、雨の少ない地域なのだ。 ただ、身を切り刻むような冷風が吹き荒れる冬。 あんまり想像したくないなぁ…… 「立ち止まると余計に寒いだろ」 「っと、そうだった」 抱えた油瓶が、ちゃぽん……と音を奏でる。 カンテラ用の油を、レキに譲ってもらったのだ。 神殿は獣脂蝋燭を使うらしい。 不要だから、と譲り受けたのだが―― まさか、こんなにも日が落ちるのが早くなってるなんて。 兵舎を出た時には、まだ明るかったのになぁ…… 「はーっ」 「見ろ見ろ。ホメロの吹かしてるパイプみたいだ」 吐息がまるで、煙のようだと言いたいらしい。 負けじと俺も息を吐く。 「ふーっ」 あれ? 白くならない? 「ふーっ、じゃダメなんだよ。はーっ、じゃないと」 夜空に星が瞬く帰り道―― 近づきつつある冬の足音を、この身に感じながら歩いた。 収穫祭も無事(?)に終了し、村に静かな日々が訪れた。 ……と言っても、冬越えに備えて忙しい日もある。 ロコナなんか、防寒着を編むのに夢中だし―― ミントは、村人たちの副産品……毛織物や毛皮を売る仲介役として引っ張りだこ。 レキは、この時期にしか手に入らない薬草の収集に右往左往。 アルエは、例の花のエキスを飲むべきか否か、頭を悩ませる毎日。 暇そうに見えて、実は色々と抱え込んでいる一同の中で…… 俺だけが、この平穏な日々を満喫していると言っても過言じゃない。 見回りを終えたら、もう他にやることが無い。 もっぱらジンや爺さんたちと、カードゲームやボードゲーム。 後はこうして、手紙を書いたり……っと。 「おし、できた」 羽ペンをインク壺に刺し入れて、書状をクルクルと丸める。 宛先は……うちの実家。オヤジとオフクロに宛てた手紙だ。 健やかに暮らしてること。 村の生活に慣れたこと。 収穫祭も終わって、平穏な日々が過ぎていくこと。 この村に骨を埋めるのも……悪くないかも、という感想。 実家のハチミツが舐めたいので送って欲しい要望。 不肖の息子でスマンという詫びの一言。 我ながら取り留めの無い内容だが、逆に俺らしい。 明日にでも、ミントに頼んで送ってもらうか…… 月に一度の巡回配達人を待つよりは、独自の流通網を持っているミントに頼む方が、早くて確実だ。 小額だが、チップ分はミントの小遣いにもなるし。 ふと、懐中時計の針を見る。時刻は夜の9時。 まだ寝るには早い時間だ。 ……酒でも飲むか? 爺さんあたりを付き合わせて、暖炉の前で一杯やるのも悪くない。 いやむしろ、ナイスアイデアというべきか。 どだだだだだだだ…… 『たいちょーっ! まだ起きてますかーっ?』 あれ? ロコナだ。 「起きてるぞー! どうしたー?」 『お客さんですっ』 客? こんな時間に? 「客って……誰?」 『ええとぉ、騎士団人事院から来たそーです』 『隊長に御用だそうです』 騎士団……人事院! 「すぐ行くっ!」 丸めた手紙を、ベッドの上に投げ捨てる。 マントを掴んで、そのまま部屋から飛び出した。 ホールに下りると、暖炉の前に客が座っていた。 ……見覚えの無い、二人組の騎士だ。 「リュウ・ドナルベインです。お待たせしました」 「ああ、キミがドナルベインか」 「すまないな、こんな夜更けに」 俺よりも随分と年上に見える。 ……十歳は上だろうか? 「途中、馬が調子を崩してね。昼には着くつもりだったんだが……」 両手を暖炉にかざし、人懐っこい笑顔を浮かべる2人。 「あの、それで……俺に御用でしょうか?」 まあ、用があるから来たんだよな。当然。 いやいや、アルエ絡みってこともありうるからな。 「なんだ? 来客か?」 っとと、本人のお出ましだ。 背後には、ぴったりとアロンゾが付き添っている。 「アルエミーナ殿下。このような夜更けに申し訳ございません」 「我らは騎士団人事院の騎士、アラムとファンガスでございます」 恭しく一礼する2人の騎士。 「騎士団人事院……? ボクに用か?」 「いえ、我々が赴きましたのは、リュウ・ドナルベインに会う為でございます」 あ、やっぱり俺に用なのか。 「ロコナ、お二方に熱いお茶をお出しして」 「あ、はいっ。ただいまっ」 「いやいや、気遣いは無用だ」 「我らはこの後、ステイン伯の別荘に赴かねばならない」 ジンの実家の別荘に? そういや、この村の近くにあるとか言ってたな、前に。 「ドナルベイン。キミに新たな辞令が下った」 え……? 「これが辞令だ」 胸元から筒状の書状を取り出し、俺に突きつける。 ……騎士団人事院の紋章と、王家の紋章が並んでいる。 新たな……辞令? この……俺に……? 「どうした。受け取らないのか?」 「あ……すみません、拝見します」 受け取って、目を通す。 リュウ・ドナルベイン―― 灰魚の月をもって、グリモンド男爵領パーペル郡警備隊、副隊長の任を命ず。        騎士団人事院 団長マクノリア・メッツェン 「っ!?」 パーペル郡の警備隊、副隊長!? 「どうした? 何が書いてあった?」 横から、アルエが辞令を覗き込んだ。 「………………」 アルエが押し黙る。 これは――新たな左遷命令だった。 グリモンド男爵領パーペル郡は、王国の最南端。 地理的には辺境だが、鉄鋼業の盛んな鉱山地帯だ。 それなりに街も大きく……人口も多い。 「灰魚の月が終わるまで、まだ一週間残っている」 「荷造りと、引継ぎの準備をしておくようにな」 「ちょ、ちょっと待ってください」 「いくらなんでも、話が急すぎません?」 たったの一週間後に、異動しなきゃならないなんて。 普通、一ヶ月は余裕を見て、辞令が下されるはずなのに。 「異例の事だとは思うが、なにぶん上が決めたことなのでな」 「我らには、どうすることも出来んよ。ただ辞令を伝えるだけだ」 そうだけど、そうだろうとは思うけど。 でも―― 「一週間後、キミの転任を確認しに来る」 「その間、我々はステイン伯の別荘に逗留する。もし予定が早まった場合は連絡して欲しい」 「なぜステイン伯の別荘に? ……いや、これは純粋な興味からお尋ねするのだが」 「貴殿は……確か……」 「アロンゾ・トリスタン。近衛騎士団所属」 「おお、剣豪トリスタン。貴殿の噂は耳にしている」 さすがアロンゾ。俺と違って真っ当に有名人だ。 「未確認の情報だが、この界隈でトランザニアと密貿易が行われているようだ」 「我らは、その調査を命じられている」 「とはいえ、ステイン伯領内のこと。領主の協力を仰がぬわけにもいくまい」 「なるほど……そういった事情がおありか」 つまり、だ。 協力を仰ぐ――というのは、領主たるステイン伯自身にも嫌疑がかかっているため、身辺を調べるという事だ。 別荘への滞在は、調査の一環というわけか。 「では、我々はこれで失礼する」 「一週間後に」 2人の騎士は、恭しくアルエに向かって頭を下げた。 そのまま、茶に手もつけず兵舎から出て行ってしまう。 「………………」 渡された辞令が、やけに重い。 「た、隊長……」 「……うん」 「また、遠いところへ行かなきゃならないみたいだ」 苦笑いを浮かべようとして――失敗する。 きっと俺は今、情けない顔をしているのだろう。 ロコナが、今にも泣き出しそうな顔をする。 「……リュウ」 ああ、ロコナだけじゃない。アルエもか。 せっかく、この村にも馴染みかけてた頃なのにな―― 「……辞令は絶対だ」 「奇妙な考えを起こすなよ? ドナルベイン」 「……わかってるよ」 そう。辞令は絶対だ。 そんなことは、よーく承知している。 にしても、残された時間が、あと一週間とは…… 神様も、よくよくイジワルがお好きなようだ。 「………………」 窓の外には、眩いほどの星空。 吹きすさぶ冷風が、ザワザワと木々を揺らしていた。 ロコナの部屋に集う、一つ屋根の下に暮らす者たち。 護衛騎士アロンゾを除く4人が、結集していた。 いや、4人の他にも――もう1人。 夜更けにも関わらず、召集に応じた少女の姿が。 「うっそ……マジ?」 「マジです。大マジです」 「マジで? 本当に? ガセじゃないの???」 「っ……ボクだって最初はそう思ったさ!今だって信じられない!」 悲鳴に近い声で、アルエが言う。 ロコナもそれに続いた。 「わたしも最初は嘘だと思いましたっ!」 「でも……マジでマジで大マジでガセでもドッキリでもありません……残念ですが……隊長は……」 唇を噛んで押し黙る。 ロコナはそれ以上、何も言わなかった。 「……っ」 ミントはふらふらと椅子へ座る。 レキは無言のまま、皆に熱いミルクを差し出した。 「本当、なんだね……」 「……ああ」 「あと一週間しか無いそうだ、次の任地への転任まで……」 「なんぞ騒がしいと思うたが、まさか、そんな事になっておったとはのう」 「灰魚の月の終わりまで、か……本当にあと一週間しかないのだな」 「グリモンド男爵領のパーペル郡と言えば、そこそこの規模じゃ」 「ある意味、栄転と言えんことも無いがのぉ……」 「で、でもっ、隊長が村からいなくなっちゃいますっ」 「まぁ……そうじゃな。そういう辞令じゃからな」 「アルエの力で、止められたりしないの?」 「なんだボクの力って?」 「王室の権力だ」 「元々、リュウが左遷される原因となったのは、そなたとのイザコザなのだろう?」 「イザコザって……」 「あれは、怒った父上が決めたことだ」 「まあ、その父上に口利きできないワケじゃないけど……」 「できるんですかっ? してくださいっ!しましょー!」 「ん〜……」 「あまり、他人の人生に大きく干渉すべきではないと思うがの」 「……あれ? ホメロさんはリュウの転任に賛成なんだ?」 「いいや、賛成はしとりゃせんよ。ワシなりにリュウのことは気に入っておる」 「でもさっきから、なんとなく中立な意見ばっかり」 「そーですよっ、ホメロさんは、隊長がいなくなってもいいんですかっ!?」 「そうは言うておらん」 「じゃが……一部の者たちの、一時の想いで若者の道を決めてはならんと思うてのぉ」 「………………」 「とにかく、あたしらだけで騒いでもしょーがないよ」 「そうだな。村の者たちがどう思うかで、状況は変わるかもしれない」 「え……変わるんですかっ!?」 「現地の信徒に好かれた、派遣神官にはよくある話だが……」 「別の神殿に異動させないで欲しいと信徒たちが署名を集め、人事を動かしたこともあるという」 「署名……ですか」 「なるほど、リュウは村人に好かれてるからな」 「来たばかりの頃は、毛虫のように嫌われておったがのぉ」 「え、そうなの!?」 「あ、あはは……ミントさんはご存知ないでしょうけど、そうだったんです」 「へええええ……」 「うん、みんなの署名……わたし集めてみますっ」 「きっとみんな、隊長のことが好きだから……」 ロコナの呟きが、染み渡る。 頷きあった彼女たちは、夜明けまで語り合った。 これからのこと、これまでのこと―― そして、リュウ・ドナルベインのことを。 「し……署名運動!?」 「はいっ」 朝一番、ロコナの口から、とんでもない話が飛び出した。 俺を左遷させないために、村で署名運動を行う……って。 「待て待て待て待てっ!」 ちょーっと待った! 「いや、あのっ、気持ちは嬉しいけど……」 「もしかすると、人事院も考えなおすかもしれないぞ」 「なんか、神殿じゃ前例もあるんだって」 「治安を守る長がコロコロ変わるのは、村にとっても望ましくない」 「とゆーか! 隊長はポルカ村に必要な人ですっ!」 四者四様に、ありがたい言葉が飛び出す。 ――でも。 「……辞令ってのは、絶対なんだよ」 それを守らなきゃ、秩序が崩壊してしまう。そういうモンなんだ。 「ホント、気持ちは嬉しいんだけど……そういう無茶は」 「無茶なんかじゃないです!」 「みんなの気持ちは、きっと通じます!どこかに!」 どこかに……って。 「あたしは村の人間じゃないからさ、ロコナほど必死じゃないけど」 「ま、いろいろ世話になってるし、たまには恩でも売っとくかーくらいの気持ちよ」 「そもそも、リュウの人生の転落は、ボクにも原因があるからな……」 転落と決めつけないで欲しいんだが……まあいいや。 「こちらが勝手にすることだ、そなたが気にすることはない」 いや、気にするだろフツー。 「そんなわけで! 不肖このロコナ!村のみんなに話をしてきますっ!」 「あとの3人は、その手伝いをする……みたいな」 「………………」 「ではっ、また後ほどご報告にっ」 ビシィ! と久しぶりの自分チョップ敬礼をかまし、去っていくロコナたち。 俺の残留を求める……署名活動? こんな俺のために? 俺って……そんなことしてもらえる程の男か? 「無茶だって……」 領民、臣民が統治に口出しすると、手痛いしっぺ返しを食らうこともある。 アルエがいるから、そんなことにはならないと思うけど―― 「……なんか、俺の存在自体が迷惑を呼び込んでるよな、この村に」 そんな気がする。 辞令は覆らない。覆すべきじゃない。 『なんでアイツだけ特別扱いなんだ』という不満が、必ずどこかで生じる。 それを押し切ってでも……残りたいのか? 誰かに嫌な思いをさせてでも、村に残りたいか? 「………………」 考えても答えは出ない。 いや、答えはもう、最初から出ていた。 「……荷造り、しなきゃな」 丸めたまま投函していない、実家への手紙…… 村のことを長々と綴った、久しぶりの手紙。 「結構、頑張って長く書いたけどなぁ……」 くしゃりと握りつぶして、ゴミ箱に投げ込む。 左遷先での、新たな左遷…… 俺の人生は、まだまだ流転の日々を送りそうだった。 そもそもリュウの左遷の原因はボクにあると責任を感じるアルエ。それは違うと諭されるのだが、父上に直談判だとアルエは暴走気味。 そんな折、アルエはリュウが自分を女の子扱いしていることを知る。いつもなら怒りだす自分が、怒っていない事に混乱するアルエ。 そして、アルエはアロンゾから騎士団上層部に繋がりを持つ人物の名を聞き、説得に向かうのだった。 部屋の中では、さながら発情期のクマのように歩き回る乙女(推定)がいた―― 「うう〜〜〜っ」 「あの、殿下? どうされましたか?」 「ぬぬぬぬ〜〜〜っ」 「なるほど……このアロンゾに以心伝心を求めておいでですね、殿下」 「ん〜〜〜っ」 「もちろん、殿下のお考えは分かります!」 「毛の先ほどの間違いも致しません!」 「ぬ〜〜〜んっ」 「ふむ……ふむふむ」 「明日の天気は晴れかと存じます、殿下」 「ふにゅ〜〜〜っ」 「ち、違いますか?」 「はうぅ〜〜〜っ」 「では……分かりました!」 「明日の朝食は、ミモーレ風にいたしましょう」 「みゅ〜〜〜んっ」 「ち……違いますか?」 「ではっ、ヒュルプール風に……」 「ああもう、うるさいっ!」 「なんなんだ、おまえはうるさいな!」 「考え事が出来ないだろっ」 「し、失礼いたしましたっ」 「もしよろければ、殿下のお心を悩ます事項を、このアロンゾにご相談ください」 「悩んでないっ」 「しかし、何か気がかりがあるご様子」 「……別になにもないっ」 「殿下……?」 「ああっ、もう!」 「気になるんだから仕方ないだろう!」 「なにがでございましょう?」 「リュウだ!」 「!? あのボケナスが何かしでかしましたかっ!?」 「ならば即刻あの首を討ち取って……」 「なんだ、それは」 「違うっ! そうじゃなくて、リュウの左遷のことだ!」 「ああ……! あの任命式での……なるほど」 「かしこまりました、殿下」 「あやつの不敬の罪を、今こそ断ぜよと、そうおっしゃっているのですね」 「このアロンゾ、一撃で仕留めて参りましょう」 「人の話を聞かない奴だな」 「そうじゃなくてっ、あんなことが原因で、リュウが左遷され続けてることに納得がいかないんだっ」 「はあ」 「たかだか人前で胸を揉まれたくらいで、リュウは左遷されて、挙句にまたも……」 アルエは唇を尖らせる。 「リュウは、ポルカ村を離れたくないんだろ?」 「左遷が続いてるのは、元はと言えば、ボクのことがきっかけじゃないか……」 「あのような真似をしでかしたのです」 「左遷で済んだことすら、奇跡といえましょう」 「自分が処刑執行人であれば、即刻……」 「父上と同じようなこと言うな、うっとおしい!」 「うっと……お……!?」 「殿下……こちらで暮らすようになられて、ずいぶんとお言葉が荒れておられるような気が……」 「うっさい!」 「うぅぅ……」 「……書状じゃ読まないで捨てられそうだし」 「やっぱり、直談判しかないか……」 「書状? 直談判?殿下、先程から何をおっしゃっているのです?」 「だから、今回のリュウの転属を父上にお願いして取り消して貰うんだ」 「なッ!?」 「何ということを申されますか、殿下っ!」 「王族の特権なんて、今使わないでどうする」 「あやつなどの為に、殿下のお力を使うなどとんでもありません! まさに不敬です!」 「だーかーらー!」 「だいたい、元はと言えばあんな広間で任命式をした父上だって悪いんだ」 「階段を作るのが悪い!」 「だからリュウは悪くないんだっ!」 「殿下……それはあまりにも無茶な……」 「そもそも、ボクがあれだけ自分は男だって言ってるのに、聞いてくれない父上も悪い!」 「ボクにダンスをしろとか言うし!」 「刺繍? 編み物? 冗談じゃないぞっ!」 「刺繍なんてしたら、指に針を刺すし、編み物なんて、目が痛くなるだけだ!」 「父上め〜〜〜っ!」 「殿下、お話がずれておりますっ」 「あ……そ、そうか、そうだった」 「とにかく……リュウの転属はこのボクがどうにかして阻止してみせる」 「と、いうわけで」 「アロンゾ、馬を引け」 「なぜでございますか?」 「今から王都に戻って、父上に直談判だ」 「……それはなりません、殿下」 「急に真面目な顔になるなよ。びっくりするだろ……」 「真面目なお話でございます」 「殿下のお心がたいそう広く、あのドナルベインめをお許しになられているのは、ご立派でございますが……」 「しかし、国王陛下への直談判はおやめ下さい」 「どうして?」 「他の者に示しがつきません」 「王族に気に入られれば、人事を覆せる……等と、不埒な勘違いを起こす者が現れるやもしれません」 「で、でも、今回の左遷劇は、そもそもボクのことが発端で……」 「さらに、今ひとつ」 「もし殿下が、かようなことをなされば――」 「国王陛下のさらなるご不興を買ってドナルベインはさらに厳しい土地に異動させられましょう」 「……そんなことないだろ?」 「いいえ、絶対にそうなります」 「もとより、過日の件について陛下はいまだにたいそうお怒りの様子」 「あの席上には、他国からの賓客もおりました。面子を潰された――とお思いの筈です」 「そこにドナルベインを庇うような発言を殿下がされれば……」 「発言を……したら?」 「殿下のお優しい御心を、お褒めにはなりましょう。しかし、ドナルベインへのお怒りは増幅しましょう」 「う……」 「ですから、どうかここはお静まりを」 「でも……でもっ!」 「……わかりました」 「このアロンゾが、何か手だてはないか色々と手を尽くしてみます」 「本当か……?」 「このアロンゾ、殿下に嘘をついたことは一度もございません」 「………………」 「……数えるほどしかございません」 「よし……わかった」 「じゃあ、とにかく至急どうにかしてくれ」 「かしこまりました」 アルエは、ほっと息を吐く。 「じゃあ、ボクは散歩に行ってくる」 「うん、なんか気が軽くなってきた」 「お気をつけてご散策下さい」 「うん、わかった」 「じゃあ、リュウのことを頼んだぞ、アロンゾ」 「もちろんです、殿下」 アルエは、ウキウキした様子で部屋を出て行く。 アルエには神妙に頭を下げていたアロンゾだったが―― 「ぬおおおぉぉ、ドナルベインめ〜っ」 「殿下にご心痛をおかけするとは不届き千万ッ!」 「殿下のお頼みであるから、仕方ないが……」 「覚えていろよ、ドナルベイン〜〜っ!」 怒りに〈滾〉《たぎ》ったその表情を、運良く、アルエには見られなかった。 アロンゾが、また少しリュウへの恨みつらみを増やしていたその頃―― 「おや、隊長さんじゃないかい」 「ああ、ユーマさん」 「なんか悪いね、色々とロコナたちが引っ掻き回しちゃってさ……」 署名だの何だのと、平和であるはずの村が、俺のせいで騒がしいことになっている。 申し訳ないよなぁ…… 「そんな暗い顔をするんじゃないよ」 「大丈夫、隊長さんはあたし達が守るさ!」 ドンと胸を叩くおばさんに、胸が温かくなる。 ホント、この村の人たちはいい人だよな。 最初は色々あったけど、今となっては…… 「おばさん、本当にありがとうな。色々と」 「ちょっと、そんな別れの挨拶みたいなことは言わないでおくれよ、縁起でもない」 うん、ありがとう。 でもこれ以上、みんなに迷惑はかけられない。 「ねえ、そこでなに話してるのさ」 「おぉ、隊長さんじゃないかね。ちょっと待ちなされ、温かい飲み物を持ってくるでな」 いつの間にか、俺の周りに村の人たちが集まってくる。 「みんな、本当にいい人ばっかりだよな」 「だから、そういういかにもな台詞は言わないの」 「そうそう。アタシ達は隊長さんを守る気でいるんだからね」 胸が……じんと熱くなる。 「この村に来てから、なんか俺っていいことばっかりだな」 「嬉しいこと言ってくれるね」 「歴代の隊長さんは、みんなこの村の田舎っぷりに嫌気が差してたみたいだけどね〜」 「いいところだよ、ポルカ村は」 離れたくないって、強く思うくらいに。 最初はなんで俺がこんな目にって、ほとほと思って拗ねてたけど。 今じゃ、発端になったアルエに感謝の気持ちすら生まれてるんだから。 「アルエ……か」 あいつも大変だよな。 自分が男だって……言ってるけど、それもなんだか信憑性があるようなないような。 とんでもなく、わがままな坊ちゃんだと思ってた。 だけど、うち解けていくにつれ…… 単に、ちょっと突っ張ってるだけだと分かった。 最近じゃ、随分楽しそうに笑ってるし。 みんなとの生活を楽しんでる様子だ。 「……アルエのことも、みんなよろしく頼みます」 「アルエ殿下のことかい?」 「どうしたんだい、突然」 「だって、ほら……なんやかんや言ってもアルエは女の子だし」 「あれ? 殿下は男だって、言い張ってるんだよね?」 「それはそうだけど」 でも、体は女の子でしかない。 無茶をする所があるから、俺がこの村を去った後に、なんかしでかさないかって。 なんでだろう、とにかく気になるんだ。 「それに、なんか俺の左遷自体を気にしてる様子もあったしな……」 あれはものすごく不幸な…… ていうか、俺の不運の発露。 アルエの所為なんてもんじゃない。 俺がこの村を去ったら、アルエは余計に気にしそうだ。 無茶をする奴だから、気がかりなんだよな。 「まぁ、とにかくさ」 「お城で窮屈な生活をしてたから、ポルカ村での暮らしが楽しいみたいだし」 「だから、これからもアルエのことよろしく」 「そりゃ、アルエ殿下のことは、ちょっと変わってるって思うけど、いい子だと思ってるよ」 「おっと、こんなことを姫様相手に言ったら、失礼だよね。あたしったら、もう」 「まぁ、アルエなら気にしないって」 「隊長さん、ほら温かいしょうが湯じゃよ。ちゃぁんとハチミツ入り」 「おー、ありがとありがと」 渡されたしょうが湯は、湯気を立てていてカップを持っただけで温かい。 わざわざお湯を沸かして、作ってくれたんだよな。 「うちにまだお代わりがあるでな」 「なら、あたし達にも飲ませておくれよ」 「そうだよ、ああ……寒い!」 「じゃ、ちょっと移動しましょうか」 「そうだよ。これからのことをちゃんと隊長さんにも相談しないといけないしね」 「さぁ、行こう行こう!」 俺を囲んでおばさん達が、意気揚々と移動し始める。 ……もうすぐ、この村ともお別れだけど。 この人達の優しさは、忘れないだろうな。 おばさん達はあたたかいしょうが湯と同じくらい、俺の心を温めてくれた。 村人とリュウが去った後、物陰から人影が現れた。 「……何なんだ、今のはっ」 「ボクが女の子だって!?」 「ボクは男だって言ってるだろーにっ!」 「リュウのやつ……っ!」 「今すぐ文句を言いに行ってやる!」 アルエはリュウの後を追い掛けようとしたが、なぜか、その足はうごかない。 「あ、あれ?」 怒りのまま、走っていきたいのに。 なんだかその勢いがない。 「えっと……あれ?」 「もしかして、ボク怒ってないのか?」 アルエの嫌いなことは、女の子扱いされることだ。 それなのに…… 「どうしたんだ、ボクは……」 額に手を当てて考えようとして、ふと自分の顔がおかしなことに気がつく。 「な、なんで笑ってるんだ!?」 アルエは無意識のうちに、自分の口元が緩んでいることに驚きを隠せない。 しかも、なんだか頬が熱い。 「え? え? なんで? なんでだっ?」 訳も分からなくて、その場でジタバタとする。 「ああ〜、もうっ!」 自分でも制御できないこの事態に、ひたすらアルエは混乱するのであった。 「……疲れた」 なんだか訳が分からなくなって、結局村の中をあてもなく彷徨ってしまった。 しかし、そこは狭いポルカ村。 無意味に15周ほど村をぐるりと回り続けて、ものすごくバカらしくなって帰ってきた。 疲れもするところだ。 「アロンゾは……どこだ?」 「リュウの転属を止める方法を捜しに行ったままかな?」 部屋の中でひとりきり。 ぽつん……と、立ちつくす。 「誰だ? アロンゾか?」 「失礼します、殿下」 「どうだった!?」 「今回、荷の中に入れておりました騎士団名鑑で、どうにか足がかりがないものかと探っていたのですが」 「それで?」 「実は、そこにとある人物の名が」 「とある人物? 誰だ、それは」 「まさか、こんな身近にいるとは思いもしませんでしたが……」 「だから、誰なんだ!」 「お耳を拝借できますか?」 アロンゾが、声を落とす。 「実は……」 アロンゾからその人物の名が告げられる。 「……本当かっ!?」 「そのものならば上層部の人事関連に、伝えることが出来ようかと」 「わかった……!」 アルエはすぐさま扉に向かう。 「いまから、あいつと会ってくる!」 アルエはそのまま、部屋を飛び出した。 リュウの転属を阻止するために、乙女が走る。 都会に移れる方がいいに決まっていると、本心を偽るロコナ。リュウの旅立ちの準備を手伝ったりと表面的には祝福している様子。 しかし、リュウが後任の隊長に書き残した長い文面の中で、ロコナのことを特に褒め、後を頼んでいることを知ってしまう。 心の堤防に穴が開いて、本心が溢れ出すロコナ。行っちゃイヤだと泣いて、リュウに抱きつく。 そんな折、ロコナは、ホメロが騎士団上層部の人物と懇意であることを耳にする。ホメロを動かすために、想いをぶつけるロコナだった。 「さて……と」 決めたんなら、早いほうがいい。 部屋の荷物、片付けないとな。 みんなが俺のために、一生懸命になってくれるのは嬉しいけど。 でもこれ以上迷惑はかけられない。 村のみんなが俺を思ってくれてるように、俺だって村のみんなのことを思ってるからな。 「荷物……って、言ってもそんなにないか」 感慨に浸る間もなく終わりそうだな。 それもちょっと物寂しい。 「いやいや! 決心が揺らがなくていいってことだ」 そうそう。 何事も、前向きに行こう。 ……これからも左遷人生は続くんだろうし。 あ、ちょっと悲しくなってきた。 「あ〜あ、片付けよ」 服に、下着……うわ、かなり増えたなあ。服の量が。 これとか、ロコナが編んでくれた服だし。 かなり厳選して、持っていかなきゃな…… ん……? 誰か来たのか? あ、やばい! この荷物を見られたら! 「たいちょー!」 「げっ、ロコナ!」 「隊長、あのですね……あ、あれ?」 ロコナの目が、荷物を広げた部屋の中に移る。 「隊長……? どうして、こんな荷物」 「村に残ってくれるんじゃ……?」 呆然とした様子のロコナに、しまったと頭を抱える。 「あ……隊長、もしかして」 「ごめんな、ロコナ」 「あ、あ……行っちゃうんですね……」 「……ああ。その方がいいと思うんだ」 「みんながせっかく、俺を在任させてくれようとしてるけど……」 「そんなことをしたら、村人全員に迷惑がかかっちまう」 せっかく、こんなに穏やかなポルカ村なのに、俺の所為で、その穏やかさを壊すなんて。 そんなの、俺自身が我慢できない。 「………………」 「ロコナも一生懸命になってくれたのに、ゴメンな、本当に」 「……いえ、それは……」 「わたしは……ただ……」 ロコナは、そこで言葉を詰まらせて俯いてしまう。 細い肩がなんだか痛々しくて、胸がじくじくと痛む。 そのまま、重い沈黙が続きそうになったとき。 「……隊長っ!」 ロコナが突然顔を上げた。 え……、笑顔? 「赴任先は、ポルカ村より都会ですよね!」 「あ、ああ。そうだけど」 「だったら、栄転ですよね!」 「これって、本当は喜ばないといけないんですよね!」 「え……うん、まぁ……」 俺がポルカ村で過ごした日々を知らない人間からしたら、これは紛れもなく栄転。 左遷のループに見えて、ようやく見えた光。 でも……俺の中では…… 「ごめんなさいでした、隊長!」 「せっかく来ていただいた隊長が、どこかに行っちゃうのが寂しくて、残って欲しいなんて、わがままでした!」 「隊長、あたらしい土地でも頑張って下さい!」 ロコナは、初めて見たときと同じ明るい笑顔で、俺に新しい任地への祝福を口にする。 「お荷物ですよね、わたしもお手伝いしますよ〜」 「え、いや、大丈夫だぞ、これくらい」 「いえいえっ、させてくださいっ」 「隊長のお役に立てるなんて、もう少しのことなんですから」 「ね、隊長!」 ロコナは春の日差しのような笑顔で、俺の部屋に散らばった荷物を片付けていく。 「……ロコナ」 「もし他にご用があるのなら、部屋のお片付けは、わたしがしますから」 「大丈夫ですよ、他の用事をしてください♪」 「ロコナ、あのな……」 「ああ〜っ、隊長!」 「な、なんだ?」 「洗濯していないお洋服を、荷物に入れたら駄目じゃないですか〜」 「え、そんなのあったか?」 「ありますよ、ほら〜!」 ばさーっと、ロコナが服を広げる。 あ……そういやコレ洗ってなかったっけか。 「お洗濯してきますから、綺麗な荷物にして、出発してくださいね」 「さぁ、お洗濯です、お洗濯〜!」 ロコナは俺の洋服を抱えて、部屋を出て行く。 元気なロコナの後ろ姿を見おくったまま、かける言葉が見つからなかった。 「お洗濯〜、お洗濯〜♪」 「お洗濯……おせんたく……」 リュウの服を抱えていたロコナは、洗濯に使う大きなタライの前で足を止めた。 「隊長……行っちゃうんだ……」 「ポルカ村から、出て行っちゃう……」 ぎゅっ、と抱えていた洋服を抱きしめる。 「……栄転だもん……」 「隊長が転属するって決めたんなら、笑って送り出してあげなきゃ……いけないもん」 抱えた洋服は、汚れなんかなにもない。 あのままリュウの前にいたら、泣いて縋ってしまいそうだった。 「隊長のため……に、なるようにしなきゃ」 「笑っているわたしを、覚えてて欲しいもん」 ポルカ村での生活を、笑顔の記憶で残しておいて欲しい。 「隊長……」 「おめでとう……ございま……す……」 服に埋めた顔は、そのまま上げられることはなかった。 「ふぐっ……ぐすっ……」 体が凍えるほどの時間。ロコナは外に立ちつくしていた。 「することって言ってもなぁ」 荷造りくらいしかないだろ。 その荷造りも、服がなきゃどうしようもない。 「……すること……なぁ?」 「あ、そうだ!」 俺が去れば、ここにはまた後任がやってくる。 俺がこの村にきて、警備隊の面々と出会ったとき、とんでもないところに来てしまった〜って、呆然となったんだよな。 何せ、いるのは女の子と色ボケジジイ。 この身に降りかかった不運を嘆いたね。 それもあいつらと付き合ったら、すぐにいろんな誤解が解けていった。 でも、それって時間がいることだろ? 後任の隊長が、どんな奴かも分からない。 もしかしたら、ロコナを小娘、ホメロの爺さんを老いぼれ扱いして、小馬鹿にするかもしれない。 「俺に出来ること……しておくこと、発見だな」 俺はまだ荷造りの中に入れていない、筆記具を取り出す。 できるだけ上等に見える紙を選んだ。 机に向かって、姿勢を表す。 「さて……と、最初は」 俺は急いで、ペンを走らせた。 「はわわわ〜〜!」 「もう、こんなに外が真っ暗!」 長い時間ぼうっとしていた所為で、洗濯に手間取ってしまった。 ようやく乾いた洋服を腕に抱えると、ロコナは急いでリュウの部屋へと向かった。 「隊長〜、お洗濯終わりました」 「あれ……隊長?」 見渡しても、誰もいない。 「どこかに行っちゃったのかな?」 抱えていた洋服を、鞄の上に置いてからロコナは首をひねる。 「とにかく……お洋服をたたんでおこう」 そんなに量はないから、あっという間に終わりそうだが、何かをしていないと、流れる時間が辛い。 「えっと……あれ?」 リュウの机の上に、紙が数枚ある。 「もしかして、転属の書類……?」 だったら、見るのは辛い。 目を反らそうとして、でも駄目だった。 「…………」 そろそろと、ロコナは机に近づく。 ……読めない。 「文字の勉強をしたばっかりだから……う、うーん……えっと」 まだ読み書きをマスターできてないロコナは、目の前にあるリュウの書類が、何を書いてるものなのかわからない。 「透かしてみたら、分かるかも……えいっ!」 ……もちろん、読めない。 「息を吹きかけてみたら……ふぅぅーー!」 ……読めるわけがない。 「気になるのに……どうしよう?」 それでも諦めきれなくて、裏返したり、ひっくり返したりしていたが…… 「ぎにゃ!? や、やぶけちゃった!」 ちょうど真ん中くらいに、亀裂が走っている。 真っ二つに裂けたわけじゃないが、それでもロコナは盛大に焦った。 「だ、だだっ、大事な書類だったらどうしようっ!?」 大事なものかどうかも、ロコナには分からない。 おろおろと辺りを見回してから、ロコナは思い切って、書類を抱えたまま部屋の外に飛び出した。 「どうしたんじゃ、ロコナ?」 「ホメロさん! よかった〜!」 ロコナはホメロに飛びつく。 「おひょ♪ なんじゃい、積極的じゃのう?」 「そんな場合じゃないんです!」 「ホメロさん、この書類が何か分かりますか!?」 半泣きでロコナはホメロに書類を見せる。 「なんじゃ……、ん?」 「たいちょーのお部屋にあったものなんです」 「触ってたら、破けちゃって……」 「大事な書類だったら、どうしよう!」 「ふーむ……」 書類に目を通すホメロの顔が、どんどんと真面目なものになっていく。 それを見てロコナは血の気が引く。 やっぱり、何か大事な書類だったんだろうか? 「大事……と言えば、大事じゃ」 「ど、どうしようっ!」 「しかし、ロコナがそんなに気にすることはないぞ。安心せい」 「どういうこと?」 「ここにある内容が読めんかったんじゃろう?」 「ワシが読み上げてやるから、しっかり聞いておるとよいぞ」 「う、うん……」 「ポルカ村国境警備隊の隊員についての報告――」 ――ポルカ村は牧歌的な村である。 着任早々、あまりにも田舎で驚かれたことだろう。 しかも隊員は若い女の子で、もう1人は、よぼよぼの老人だ。 驚かないほうがおかしい。心中、お察し申し上げる。 貴殿は、自分の運命を呪われたことだろう。 しかし、けっして誤解しないで欲しい。 この国境警備隊の隊員ほど、素晴らしい人間はいない。 この村の人間ほど、優しい人たちもいない。 「……隊長はこんな風に、わたしたちのことを思っててくれたんですか?」 ホメロが読み上げていく内容に、ロコナは驚きで、今にも息が止りそうだ。 「まだ、続きはあるぞい」 ――ロコナという少女は、とても素直でわたしは彼女ほど心の澄んだ人間にまだ会ったことはない。 バカ正直と言ってもいいほど、人を疑うことをせず、人を信頼する子だ。 自分の身の危険も顧みず、他人を助けに走り、他人の幸せを考えて、辛いときでも笑ってみせる優しい心の持ち主。 だから、見た目は頼りない少女だったとしても、ロコナを罷免したりはしないであげて欲しい。とても優しくて素晴らしい少女だから。 新しく隊長になられる貴殿も、かならず彼女の存在の大きさをちゃんと理解するときが来るだろう。 「隊長……隊長っ!」 ホメロから聞かされる内容は―― リュウが次の隊長に向けて書いた、ロコナ達への気遣いの言葉の山だった。 「新しい隊長が来ても、わたしやホメロさんがちゃんと警備隊に残れるように……?」 「……そうじゃな」 「確かに、初対面でワシらを、最初から頼りにする者はおらんじゃろうてなぁ」 「こうして手紙を書き置いて、ワシらを守ろうとしたようじゃの」 「かかか! やってくれよるわ、若造め!」 明るく笑うホメロ。 だがロコナは、胸の奥からわき上がってきている熱い塊に言葉が詰る。 「ほれ。まだ、あるぞい」 「ふむ……これは……」 ホメロが一旦言葉を句切る。 「これは、後任の隊長に向けての手紙ではなく、その場の気持ちを書いたようじゃの」 「書くだけ書いて捨てるつもりじゃったのか」 「まぁ、こうして残ってしまったのもそういうめぐりあわせじゃの」 「本来なら読むべきものではないが、聞いておくとよいぞ、ロコナ」 そういって、ホメロはその短い文を読み上げる。 ――ロコナ ロコナは辛いときにも笑ってるけど。辛いときには、泣いたりしてもいいと思うぞ。 ……ごめんな。ポルカ村を出て行くことになって。 本当は、ずっとポルカ村に…… 「……ふむ」 「ここで止っておるのう」 「……っ!」 リュウの本心を、勝手に覗いてしまった。 罪悪感はあるが、それと同じくらいの大きさで、ロコナにはこみ上げてくる思いがあった。 言っちゃ駄目だと、堪えていた思い。 「……っ、いやです……嫌」 「行って欲しくない……隊長っ」 「ポルカ村に……いてくださいっ!」 ぽたりと、涙がひとしずく。 床に丸い円の跡を残した。 「ほれ、ロコナ」 「そろそろ、リュウの部屋に戻ってこの書類を元に戻しておくんじゃ」 「……ぐすっ……はい……」 俺は辺りをキョロキョロ見回しながら、ホールへと足を踏み入れる。 「おかしいな、ロコナはどこだろ」 裏で洗濯してると思ったのに、行ってみたらいやしない。 「どうしたんじゃ?」 「わっ! 爺さん!?」 どこにいたんだっ!? 「いや、ちょっとロコナを探してて」 「それなら、さっきおまえさんの部屋に戻っていったぞい」 「すれ違ったのか」 「そうじゃ、偶然と必然のすれ違いじゃ」 「は? なんだよ?」 「いいんじゃよ」 「さぁ、早く部屋に戻るがいいぞ」 ……よくわからん。 でも、とりあえず俺の部屋にロコナが居るのは確かなんだったら、それでいいか。 首をひねりながら、俺は部屋に戻った。 ん? ロコナ? なんでか、ロコナが部屋の中央で俯いてる。 「隊長……っ!」 怪訝に思ったのと同時。 ロコナが、俺に飛びついてきた! 「隊長っ、隊長っ……いやです!」 「な、なんだ……!?」 「行っちゃ嫌ですっ! 嫌、嫌です……!」 ロコナの手に……あっ、俺の書いてた手紙! 「それ読んだのかっ?」 でも、ロコナはまだ文字がちゃんと読めないよな? ……まさか、ホメロの爺さんが!? 「ごめんなさい……でも、でもわたし……っ!」 「隊長が……ポルカ村を出て行く決心をしたなら、それを引き留めちゃいけないって……」 「ちゃんと喜ばなきゃいけないって ……思ったのに。でも……わたし!」 ロコナが嗚咽混じりの声で訴える。 泣いてる……ロコナが泣いてる? 「行かないでください」 「ポルカ村にいて下さい」 「このまま、みんなと一緒にいて下さいっ!」 「ロコナ……!」 「うっ……うううっ、うううっ」 小さな肩を震わせて、ロコナは嗚咽を響かせる。 「ごめんな……ロコナ」 でも俺にはこれしか言えない。 「俺もここに残りたい」 「でも、それじゃ村のみんなに迷惑がかかるんだ」 「それだけは避けなきゃいけない」 「だから、俺は転属しなきゃいけないんだ」 「隊長……っ、隊長ぅ……!」 「でも、絶対にポルカ村のことは忘れない」 「ロコナのことも忘れない」 「隊長ぅぅ……」 震える肩に手を置く。 「…………」 「ごめんな」 俺には、やっぱりこれしか言えなかった。 「……ぐすっ……」 リュウの部屋を出て、ロコナはぼんやりとホールで椅子に座っていた。 ホメロの姿はもうない。 「……え、え、なに?」 ゆっくりと声のした方を見る。 ジンがそこにいた。 ぼんやりと見つめていると、じわりと目頭が熱くなって、視界が歪んだ。 「え、えええ!? オレなにもしてないよ!」 「ジンさん……」 「誤解です、オレじゃないです!」 「大丈夫です、泣いてたのはジンさんの所為じゃ……ないです」 手を振って慌てているジンに、急いで目頭をぬぐう。 「あ〜、よかった」 「なんか最近誤解が多いんだよ」 「変態とか、変態とか、変態とか」 「絶望した!濡れ衣だらけの辺境世界に絶望した!」 「あは……」 濡れ衣かどうかはさておき、ひとりぼっちでいたロコナは、突然現れたジンの姿にホッとする。 「で、なんで泣いてたわけ?」 「え……えへ」 「うーん、あれかな?」 「リュウの転属が寂しいって所?」 「えっ!」 「まあね、寂しいよねー」 「オレなんか、いっそ面白いから、転属するならリュウについてっちゃえ! ……とか密かに計画してるけど〜」 「ロコナはそうもいかないか」 「はい、わたしはおばあちゃんもいるし……」 「そっかー」 「だから……えへ」 「えへへ……えへ……う……うぅっ」 「ぐすっ……」 「わーっ、わーーっ!」 「泣くの? これってやっぱりオレ?」 「オレが悪いの!?」 「だ、大丈夫です、ごめんなさい! ジンさん」 「しかたないなー」 「んじゃ、ちょっと貴族特権的重大情報を、庶民の君にも与えちゃおう!」 「ジンさん?」 「この兵舎にすんでるとある人に、勢い込んでお願いしてみたら、現状打破できるかもよ」 「とある人?」 「ホではじめり、ロで終わる!」 「ホメロさんですか?」 「なんかねえ、あのオジジ様ったら、騎士団の上層部、しかも人事部に知り合いなんかいちゃうかもしれない〜」 「……えええ!」 「いやぁ、人間無駄に長生きしてると、どこでどんな知り合いを作ってるか、わかったもんじゃないよ、怖い怖い」 「なんせ、こんなド田舎で、まさか王女様と知り合いになってる〜なんてこともあるんだしさ」 「ホメロさんに、お願いしたら……どうにかなるかもしれないんですね!」 「分かんないけど、やってみる価値はあるよな」 「ありがとうございますっ!」 ロコナはジンの手を取って、大きく振る。 ぶんぶん振る。 「わたし、行ってきます!!!」 「ああ……行っておいで」 さっきまで兵舎にいたのだから、探せばすぐ近くにいるはずだ。 「ホメロさ〜〜〜〜んっ!」 ロコナがホメロの元に走っていく姿を、ジンはニヤニヤ笑いのまま見送っていた。 「……ヤバイ。ちょっとオレがカッコイイ」 出来れば行きたくないに決まっていると呟いたリュウの想いを受け、レキは隣村に滞在している伝令官の元に、直談判に向かう。 そして大揉めに揉めたらしく、怒鳴り込んでくる伝令官。その場は事なきを得るものの、勝手な行動を取ったことを謝罪するレキ。 そうしたレキの気持ちに少しでも応えてから村を去ろうと、様々な物や手記を残してゆくリュウ。そんなリュウに、ますます不条理を感じるレキ。 そんな折、レキはホメロが騎士団上層部の人物と懇意であることを耳にする。ホメロを動かすために、想いをぶつけるレキだった。 そして、夜―― 「はぁ……」 動揺を鎮めようと、夜風に当たる。 ……鎮めるどころか、あまりの寒さに心がくじけそうだった。 「神様って……ホント気まぐれだよな……」 この場合の神様は、開祖リドリーのことじゃない。 もっと意地の悪い、もっと気まぐれな、運命を弄ぶのが大好きな、そんな存在だ。 ……もしかすると、それを悪魔と呼ぶのかもしれない。 それにしても―― なんという波瀾万丈な人生。 俺、もしかして受難の星の下に生まれたんだろうか。 あるいは、いずれ大成するための試練だったりとか。 「……だったらカッコいいけどな」 目に見えない力に、翻弄される人生。 大河に流される木の葉みたいに。ゆらゆらゆらゆらと。 「……そんな俺なんかに、ありがたいことだよな」 みんなの署名運動の話だ。 けど、ただの木っ端の俺なんかには、もったいない。 引き留めてもらっても、いったい、俺にどこまでのことができるのか。 この村に、村のみんなに、それだけのものが返せるのかどうか…… 気持ちだけで充分だ。充分すぎる。 そのありがたさを胸に、新天地でがんばっていこうじゃないか。 そんなもんだよな、人生なんて。 背後で、静かな足音が聞こえた。 「……こんなところで、なにをしている?」 レキだった。 思わず身構えた体を、再びくつろげる。 「そっちこそどうしたんだ? こんな時間に?」 「ああ……そなたと話がしたいと思ってな」 「俺と?」 レキは、俺の隣りに腰を下ろした。人1人分の距離を空けて。 だが、ほんのりと、その温もりが伝わってくるような気がする。 「いい月だな……」 レキが夜空を見上げる。 その吐息が、白く夜空に立ち昇ってゆく。 「冷えるな」 「風邪を引きたくなければ、戻った方がいいと思うぞ」 「心配無用だ。私を誰だと思ってる」 「この前、風邪でぶっ倒れたじゃないか」 「……そんなこともあったかもしれない」 すっとぼけるレキ。 いったい、何の用なのだろう? ……いや、考えなくてもわかるか。 「パーペル郡は、少しは暖かいのだろうか」 何気ない調子でつぶやく。 やはり、その話か。 「南の辺境だからな。多少は温暖だと聞いてる」 「……本当に行くつもりか?」 試すような目が俺を見る。 「……ああ」 「言ったろ? 辞令は絶対だって」 神官という身分からしても、それがわからないレキではないはずだ。 なのに、レキがこの件に関して、妙に納得していないように見えることが―― 俺には、ちょっと意外だった。 他の誰が不平を漏らそうとも、レキだけは(例え内心はどう思っていようと)、文句は付けないだろうと思っていたからだ。 「こちとら悲しい宮仕えの身だよ。オマケに問題だらけの左遷騎士ときたもんだ。上に命じられたら、従うしかないさ」 「そんな常識論を聞きたいわけではない。そなたの、真実の気持ちを聞きたいんだ」 「だから、俺の気持ちなんて、この際関係なくてだな……」 「いいから言え。私は焦らされるのがキライだ」 苛立った声で、レキが回答を急かす。 雰囲気に気圧されて、俺は思わず居住まいを正した。 「本当のところはどうなんだ?行きたいのか? それとも行きたくないのか?」 真剣な目が、俺を覗き込む。 心の底まで見透かそうとするようなその目―― きれいな目だった。 「……そりゃ、できれば行きたくないさ」 諦めて、俺は正直に答えた。 一度口にしてしまえば、抑えていた気持ちもスラスラと口をついて出てくる。 「村にきた最初の頃は……できれば、王都に帰りたいとも思ったよ」 「こんなところに追いやられた、我が身を恨んだりもした」 「……でも今は、ここが気に入ってる」 「………………」 「村の人たちだって好きだ。最初はすっかり嫌われて、どうしようかと思ったけどな」 「この夜空の満天の星も、自然だって気に入ってる」 身も心も、村の人々や自然に馴染んでしまった。 「けど、そんなこと言っても、仕方ないだろう?もう決まったことだ」 「ったく……レキも罪な質問をするもんだ」 苦笑して、少し誤魔化す。 心にしまっておけば済むものを、口に出してしまえば、考えずにはいられない。 考え始めたら、里心がつく。 そう―― 俺はもう、この辺境の地を、故郷のように親しく感じているのだ。 「そう……か……」 「わかった」 レキが、腰を上げた。 「わかったって、何をだよ?」 「そなたの気持ちだ。よくわかった」 立ち上がり、俺を見下ろす。 「この村を――村の者たちを、好きになってくれてありがとう」 真顔で言われて、少し戸惑った。 改まって、そんなことを言われるとは思ってもいなかったから。 少し照れる。 「な、なんだよ、急に」 レキなりの別れの挨拶なのだろうか。 そうかもしれない。 「感じたことを口にしたまでだ」 ふっ、とレキが微笑む。 その笑みは、慈愛に満ちていた。 「覚えておくといい。そなたが、この村を愛したことを」 「そして、この村の者たちもまた、今では、そなたを愛おしく思っていることを」 「……ああ」 よく覚えておく。 忘れることなんか、出来ないさ…… 「……世話になったな、レキ」 少し、しんみりする。 込み上げてきそうになるものを、ぐっとこらえて夜空を見上げる。 瞬く星々が、滲んで見えた。 「レキには、いろいろ面倒をかけた」 「本当に……面倒ばかりかけた」 「そうだ、覚えているか? あの……」 「あれ? いない?」 そこには、もうレキの姿はなかった。 「……帰ったのか?」 なんてあっさりしてるんだ。 せっかく、感動的な別れの言葉を告げようと思ってたのに。 今夜は、朝まで思い出話に花を咲かせるぐらいの気持ちだったのに。 「……ま、こんなもんか」 そもそも、俺はよそ者なんだし。 いや、このぐらいの方が、後ろ髪引かれずに済んで、俺も去りやすい。 レキなりの気遣いなのかもしれない。 「うむ、いい方に考えよう」 いい思い出を胸に、ここを去っていきたい。 この場所は、俺にとって、思い出深い土地になったのだから。 「荷造りは……明日からにしよう」 今日は、今夜だけは、少しだけ感傷に浸ろう。 「今日の午前中は、少し部屋にこもるから」 朝、その日の予定をロコナに告げた。 「ふぇ? こもって……どうなさるんですか?」 「荷造りだ」 「1週間しか時間がないからな。そろそろ片づけはじめないと」 「あ……」 途端に、ロコナは泣きそうな顔になる。 「あ、あのっ、ちょ、ちょっと待ってください!」 バタバタと駆けていき、そしてすぐ駆け戻ってくる。 手に、紙の束を抱えていた。 「たいちょー! これを見てください!」 手にした紙の束を振り回す。 「こんなにたくさん署名集まったんですよ!村のみんな、喜んで協力してくれました!53人! 村に残ってる全員の分です!」 「だから、絶対大丈夫ですから!わたしにまかせてください!」 「いやロコナ、でもな……」 「だいじょうぶです! たいちょーはずっと、わたしのたいちょーですから!」 「わたしの隊長って……」 「署名だけじゃなくて、隊長のどこが素晴らしいのか、それも今、文章にしてまとめてもらってますっ!」 「わたしみたいに字が書けない人もっ、書ける人に頼んで、代筆してもらってますから!」 「お、おい、ロコナ……」 「もう出来てるかもですっ!ちょっと行ってきます!」 ロコナは、逃げるように駆けて行った。 俺に止められることがわかってるからだろう。止められないうちに――と大慌てで。 心苦しい。 そんなにしてもらっても、その厚意は、きっときっと無駄になってしまう。 「………………」 「……荷造り、しなくちゃ」 未練を断ち切るように、俺は呟いた。 「けっこう物が多いな」 荷造りしてみてわかった。 来た時は、鞄一つで済んだ俺の荷物…… いつのまにか、物が増えている。 それだけ、俺がここに馴染んでいたという証拠だ。 季節が変わったということもあり、服もだいぶ増えている。 「あー……これ、ロコナがくれた毛糸のパンツだ。寒くなってきたからって、くれたんだっけ」 こんなもん男がはけるかっての。 でも、俺を気遣って用意してくれたんだよな。 使い古しの歯ブラシに、履きつぶした靴、ジンがどこからか持ってきたガラクタ…… 「うお!? これ、モウロクゼミの抜け殻!?」 これもジンだな。 蝉の抜け殻を人の部屋に置いていくなよな。なんだこのでかい抜け殻は。 ……と、まぁ、こんなことをしているから、まったく荷造りが進まない。 気がつけば、日は高く昇り、昼になってしまっていた。 散らかしただけで、まったく片付いてない部屋を見回し、途方に暮れる。 「……とりあえず腹ごしらえしとこ」 そう言えば、ロコナはもう帰ってきたのだろうか? ドンドンドンドン!! 部屋のドアが、けたたましい音を立てた。 ドンドンドンドン!! 『た、たいちょーっ! いますかー!?』 焦りまくってるロコナの声。 イヤな予感がする。 「ど……どうした?」 恐る恐る聞き返す。 『とにかく来てくださいー! 早くー!』 この期に及んで――いったい何事だ? 「どういうことか、説明してもらおう」 待っていたのは、先日の人事院の騎士たちだった。 たしかアラムとファンガスと言ったか。 「なんとか言うがいい!」 2人はすごい剣幕だった。 訳がわからない。 「え、ええと……」 「いきなり説明を求められても困るのですが。いったい、何事でしょうか?」 「それはこちらが聞いている。おぬし、人事院の裁定に不服があるそうだな」 ……………… ……はい? 「な、なんのことでしょう?」 不服もなにも、俺は、ついさっきまで荷造りしてたところだぞ。 「とぼけるのはよせ!この村の神官を遣わし、特例を認めよと詰め寄ったではないか!」 「この村の……神官?」 まさか。 「も、もしかして、レキのことですか!?」 村の神官と言えば、レキしかいない。 「そうだ。あの女神官……我らを『人情のないカラクリ人形』だの、『頭の固い小役人』だのと愚弄したのだ」 「なッ!? あのレキが!?」 何かの間違いじゃないのか!? 常にクールなレキが、そんな罵詈雑言を? 全く想像できないんだが…… それとも、2人が言ってるのはレキのことじゃないのか? 「我らが人事院の裁定に不服とあらば、姑息な手を使わず、堂々と申し立てればよかろう!」 「だが、人事院は国王より人事を一任されておる。その裁定は国王の命も同じ」 「それに不服を申し立てるということがどういうことか、わからぬハズはあるまい?」 「も、もちろん。それは重々承知……」 それがわかるからこそ、俺は大人しく荷造りをしていたのだ。 「ならば、大人しく辞令を受けるがよかろう」 「……断っておくが、これは栄転も同然の人事だぞ。決して悪い話ではない」 「は……」 至極もっともな言い分ばかりで、俺は黙って押し頂くより他はない。 「……こほん」 「あー、我らも多少、激昂しすぎたところはある。女の戯言に血を昇らせ、礼儀を欠いたことは不覚」 「貴官の不幸は我らも耳にしている。あがきたい気持ちは、理解できなくもない」 「……とはいえ、あの女狐神官に縋るのは、騎士として如何なものかとは思うが」 「言うな。それほどに追い詰められているのだ。騎士の情けだ。今回は目を瞑ろう」 「うむ……」 なんか、勝手に同情されてるんだが…… 「では、期日通りたしかに辞令が遂行されることを期待する」 「ハッ!」 恭しく頭を下げる。 伝令官たちは、嘆息しながら出ていった。 「隊長、行っちゃいましたよ?」 ロコナに言われて、頭を上げる。 伝令官たちの姿は、もうどこにも見えなくなっていた。 「ふぅ……」 「怖かったですねぇ。でも、どーして怒られてたんでしょう?」 「いや、それがだな……」 なんと説明したものか。 レキが怒鳴り込んだ? ありえないだろ。そんな話。 じゃあ、女神官って……誰だ? 「リュウ!」 そのとき、レキが息を切らせて駆け込んできた。 きょろきょろと周囲を見回す。 「で、伝令官たちは!?」 「今帰ったとこですけど……そんなに慌ててどうしたんですか?」 「そうか……」 「すまないっ!」 ロコナの問いには答えず、レキは俺に向かって頭を下げた。 「そんなつもりではなかったのだが……私のせいで、話をこじらせてしまった」 え? 「じ、じゃあ、伝令官たちの話は本当だったのか!?」 「……ひどいことを言われたか?」 「いや、それほどでもないけど……」 「でも、なんで人事院にかけ合うようなマネを?」 「それは……」 「………………」 俯いて、押し黙るレキ。 少し考えて、ゆっくりと顔を上げた。 「そなたが、この村に必要な人間だと思ったからだ」 「俺が……この村に……?」 「私はそう思っている。村の者たちもだ」 「はいはい!わたしもそう思いまっす!」 「隊長は、この村にも、わたしにとっても必要な人です!」 「………………」 「署名も集まったと聞く。皆の、そんな気持ちを汲んではくれないか」 「そのためならば、私もできる限りの力を尽くすつもりだ」 「わたしもです!」 どうして…… 「どうして、そこまでして……?」 こんな俺が、村に必要な人? 「そなたは、信頼を築いたのだ」 「コッカスの撃退、マリーカの出産、病に倒れた者たちの看病……」 「皆、それを過ぎ去った思い出にはしたくはないのだ」 「おばあちゃんが言ってました。隊長は、この村で初めて、村のみんなと心が通った警備隊の隊長だって……」 「だから、隊長……」 二人の言葉が、胸に染みる。 『過ぎ去った思い出にはしたくない』 そんなの……俺だって同じ気持ちだ。 でも―― 「みんなの気持ちはありがたいけど……」 俺には、どうすることもできない。もう決まってしまったことだ。 今も、念を押されてしまったばかりだ。 「すまない……」 「リュウ……」 「隊長……」 俺には、どうすることもできない。 でも、せめて何かを残せないだろうか? みんなの気持ちに、どうやったら応えられるだろう? どうやったら、応えられるだろう―― 甲高い音が青空に響き渡る。 「うん、これでよし……っと」 「これでもう、雨漏りはしないと思う」 「なんだか悪いねぇ」 「いーや、ぜんぜん。それより、他に困ってることはないか?」 「いや、うちはもうじゅうぶん」 「そう?」 「他に困ってることがある人はいないかー?」 近所のみんなにも声をかける。 だが、みんな戸惑ってるようで、返事は返ってこない。 囁き合う声が聞こえるばかりだった。 「ホントに遠慮しなくていいんだぞ?なんでも言ってくれ」 俺にできるのはこんなことしかない。 できる限りのことを、この村に残していこう。 「えいっ! えいっ!」 「もっと大きく! 思いっきり振るっ!」 「えいっ! ええいっ!」 「そうだ! その調子だ!」 子供というのは、一度コツを掴めば飲み込みが早い。 教え甲斐があるってもんだ。 「えい! ええい!」 「てやっ! やあ!」 「剣術の上達法は、まずは敵を必ず倒す力を養うこと。それから、必ず当てられるように精度を上げること」 「みんな、まだ小さいからな。今は、力いっぱい打ち込むことを覚えるんだ」 「はい! たいちょーさん!」 「この村は、お前たちが守るんだぞ」 俺がいなくなったあとは、後任がやってくることだろう。 だがそれは、どこの誰とも知れないヤツだ。 着任したとき、この地に派遣されるのはなにか問題を起こした連中ばかりだったと聞かされた。 自分のことを棚に上げてなんだが、そんな連中の警護なんてアテにできない。 だから信用できる人たちにあとを託したい、そのための力になりたい── そんな気持ちだった。 だが子供たちがそんなことを知るよしもない。 それでも、なにか感じることがあったのだろうか。 「たいちょーさん、どこか行っちゃうの?」 「え? いや、それは……」 まっすぐな視線に問われ、言葉に詰まる。 「たいちょー、どこにも行かないでよー?」 「ずっとここにいて、この村を守ってくれるんだよね?」 「それは……」 答えられない俺を、子供たちが祈るように見上げてくる。 子供たちを騙しているような、後ろめたい気持ちになった。 「そ、そんな情けないことを言っててどうする。守ってもらうんじゃなくて、自分たちで守るって気持ちにならなくちゃダメだ」 「よし、素振りはそこまで。じゃあ、好きなように俺に打ち込んできてみろ」 「はい! やああああっ!!」 カンッ! 「おお! なかなかいいぞ!」 「よし、次!」 「てえやああっ!!」 カコンッ! 「そうだ! 力いっぱい!」 「おい」 「え……」 思わず一瞬気が逸れた。 「やああっ!!」 ブンッ! 「あ……」 ガコンッ! 「うがっ!?」 夜でもないのに星が瞬いた。 気が逸れて受け損なった俺の頭に、木剣が見事に命中していた。 「あ! 当たっちゃった!」 「あだだだだ……」 「たいちょー、大丈夫?」 「だ、大丈夫だ……イテテ」 子供の力とは言え、思いきり力の乗った鋭い一撃だ。 自分の指導力の高さに、自分で舌を巻いた。 「なにをやっているのだ。情けない」 「レキが急に話しかけるからだ。稽古中なんだぞ」 「……なぜ、急にこんなことをはじめた?」 問いつめるような眼差し。 それは、俺の行動を静かに責めているようだった。 「自分はいなくなるから、あとは自分たちでなんとかしろということか」 「お、おいおい、そういう言い方はないだろ?」 「……わかっている。すまない。イヤな言い方をした」 レキは苦い顔をした。本当に悔いているようだった。 レキから目を逸らし、俺は子供たちに向き直る。 「じゃあ、今日の稽古はここまで!」 「今日やったこと、家でも復習しておくように!じゃあ解散!」 「ありがとーございましたー」 わーと声を上げながら、子供たちが駆けていく。 俺とレキだけになると、辺りは急に静まり返った。 「よかったのか?」 「ああ。それより、なにか話があるんじゃないのか?」 「うむ……」 レキは、言葉を探すように黙り込む。 そして、言葉が見つからなかったのか、小さく首を横に振った。 「いや……なんでもない」 「邪魔をして悪かった」 レキは小さく頭を下げ、静かに去っていった。 「レキ……」 その考え込むような背中が、いつもより小さく見えるような気がして―― 俺の胸も、少し痛んだ。 「………………」 レキは、考え込むようにうつむいて歩いていた。 リュウをこの村から去らせてはいけないと確信しているのだが、方途が見つからない。 署名は集まった。しかし、それもどこまで効力のあるものやら。 リュウの気持ちはわかっている。 リュウは、できればこの村に留まりたいと思ってくれている。 だが、そう言ってみたところで、簡単に辞令が覆るはずもない。 それがわかっているから、なにも言わないでいるだけだ。 だが、なにも言わず、なにもしなければ、本当になにも変わらない。 数日後には、リュウはこの村を出て行くことになる。 だから、無駄だとわかっていても、なにもせずにはいられない。 「なにか手があるはずだ……なにか……」 「レキ様、前を見ずに歩いては危ないですぞ」 声をかけられ、立ち止まる。 「ヨーヨード殿……」 ヨーヨードは、やさしく微笑んだ。 「随分と悩んだ顔をしていらっしゃいますのぉ。なんぞ、お困りですかの?」 「署名の話は聞いておりますが、それは難しいでしょうなぁ」 ロコナに請われてヨーヨードも署名はしていたが、実際に辞令を覆すのは難しいだろうと言うのだ。 「やはり……そうだろうか?」 「ですのぉ。人事とやらは、ひとつ変わると、他へも影響が出ますからなぁ」 「人を動かすちゅうことは、星の位置を変えるようなモンですじゃ」 「勝手に変えてしもうては、他の物まで狂うてしまいます」 「それは……わかるのだが……」 レキは、苦しそうに顔を歪める。 そんなレキを、ヨーヨードが労るように見つめた。 「レキ様は、あの小僧に、この村にいて欲しいのですな?」 「私だけの意向ではない。村の者たちの総意だ」 「ほっほ。そうですかそうですか」 なにやらおかしそうにヨーヨードは言う。 そんな老婆を、レキは訝しげに見つめ返した。 その視線を風のように受け流し、ヨーヨードが表情を改める。 「もしかしたら……」 「ホメロのジジイが、なんとかできるやもしれませぬ」 「ホメロ殿が?」 「あのジジイ、ああ見えても長く生きているだけのことはありますでな」 「騎士団の人事院上層部に、知り合いがおるらしいのです」 「人事院の上層部に!? 本当か!?」 「あの汚いジジイに、どれほど影響力があるのかはわかりませぬがの。親しい仲の者と聞いております」 「あるいは、力になってくれるやもしれませんのぉ」 「そうか……」 人事というのは、実際には、上司の鶴の一声で決まるような側面もある。 上役の胸先三寸ということだ。 その上層部に親しい知り合いがいるのであれば、ホメロを頼ってみる価値はありそうだった。 「ですが、あのジジイがそう簡単に動くかどうか……」 「私が頼んでみよう」 他によい手立ても見つからない今、それだけが頼みの綱なのだ。 レキは、決意のこもった顔で立ち上がった。 「ふむぅ……」 「まあ、話はわかったがのぉ……」 レキの話を聞いて、ホメロは考え込む。 ホメロは、レキの丁重な頼みということもあり、人目を忍んで神殿までやってきたのだ。 「村の者たちも、みんなそれを望んでいる。なんとか……力を貸してはくれないだろうか」 「じゃがのぉ……」 ホメロは困ったように口ごもった。 「無理か?」 「んむ? 口添えをすることはできようが、じゃが……ワシが口を出してもいいものか」 「若い者にとっては、どんな辛いことでも経験になる。それが本人の肥やしとなり、未来の糧となるじゃろう」 「それを、ワシらが摘んでしまっていいものかどうか」 「その考えには私も賛成だ。真に第三者の立場なのだとしたら、私もリュウの人生に干渉するようなことはしない」 「だが、私たちはもう、リュウの人生に深く関わる権利があるのではないかと思う」 ほう、とホメロが身を乗り出す。 レキの言葉に興味を抱いた様子だった。 「ワシらは、単なる第三者ではないと?」 ホメロの問いに、レキは浅く頷いた。 「……私自身、この村にとってみれば、究極のところでは余所者かもしれない」 「だが……そうではないと、信じたい自分がいる」 「誰もオマエさんを余所者だとは思うておらんよ。既に、立派なポルカ村の神官じゃて」 「オマエさんは数々の行いで、それを示してきた」 「……ありがとう」 「私の自惚れではない、と素直に喜ぼう」 「リュウもまた、そうである……と?」 レキの思考を先回りして、ホメロが呟く。 「そう思う」 「まるで家族のような……そんな感じさえする」 「家族……」 「リュウに限った話ではなく、この村の誰もが、家族のようなものだと、私は、そのつもりで日々を送っている」 「ふむ……」 ホメロは考え込む顔になった。 「どうだろう? 力を貸してはくれないだろうか」 「一つ、聞いていいかのぉ?」 「うん? なんだろう?」 「オマエさんは、リュウのことが好きなのかね?」 ぽいっ、と投げつけるかのように、ホメロは言葉の爆弾を放った。 「なっ……ななななななっ!?」 「ど、どどっ、どーいう意味だっ!?」 「違うのかね?」 「違うッ! まったくこれっぽっちも、そういった感情とは無縁の話だッ!」 「いったい、何を聞いてたのだっ!?」 「そんなムキになって否定せんでも……」 「事は村全体に関わる話だっ!個人的な感情云々は、そこに存在しないっ!」 顔を真っ赤にして、否定するレキ。 そんなレキの姿に、ホメロは苦笑する。 「ま、確かに、村の者たちも動揺しておる」 「ワシは、この件には関わる気は無かったのじゃが……」 ヒゲを摩りながら、ホメロが俯く。 そして…… 長い、長い黙考を経て、ようやくホメロが顔を上げた。 「レキがそこまで言うのなら、見て見ぬふりはできぬか」 「やってくれるか?」 「じゃが、なによりまずリュウの気持ちが大事じゃ」 「あやつと話をしてみよう。どうするか決めるのは、それからじゃな」 「……頼む」 レキは、ホッと息をついた。 あとはリュウの気持ち次第。 だが、リュウならばきっと、あとは自ら道を切り開くだろうと、レキは信じていた。 きっと、この地に残れる道を選んでくれるだろうと。 リュウなら、きっとそうすると―― リュウの一連の騒動も、距離を取りつつ見守っているミント。しかし、事あるごとにリュウに頼ろうとしている自分に気づき、次第にイライラしはじめる。 頭をめぐらした結果、村のみんなが落ち込んでいると商売に差し支えるという理由にこじつけて納得して、リュウの残留へ向けて動き始めるミント。 偽造辞令書面を制作し、他人が派遣されるという辞令をでっちあげるが、リュウはその人に迷惑をかけるからと辞退してしまう。 他人を気にしてる場合か、と思うミントだが、だからこそのリュウなのだと納得し、溜息をつく。 そんな折、ミントは、ホメロが騎士団上層部の人物と懇意であることを耳にする。ホメロを動かすために、あの手この手で口説き落とそうと奮闘するのだった。 「また左遷かぁ」 思わずため息が漏れる。 なんという数奇な運命だろう。 任官早々僻地へ追いやられ、だがその土地にも愛着が湧いてきた。 ここに骨を埋めるのもいいかもしれない―― そう思いはじめた矢先に、また左遷の憂き目に遭うとは。 「栄転、ねぇ」 たしかに客観的に見れば栄転と言える人事だ。だが、俺の心はちっとも晴れない。 できることならここに留まりたいと思って……いや願っている。 だが、それは叶わぬ望みだ。 「こちとら、悲しい宮仕えのみだからな」 ため息が出る。 やるせない気持ちで空を見上げると、悲しいほどたくさんの星たちが輝いていた。 この星も見られなくなるんだな。 「なーに黄昏れてんの?」 その声に、見上げていた視線を戻した。 いつのまにかイタズラっぽい顔をしたミントが、俺の前に立っていた。 「よお、どうした?」 「どうしたじゃないわよ。それをこっちが訊いてるの」 「ああ、そうだったな」 「ん〜? ほんとに大丈夫?」 心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。 「元気になる薬あるけどいる?安くしとくよ〜♪」 「いや、遠慮しとく」 元気になる薬って怪しすぎるだろ。 でも、こうあっけらかんと接せられると、悩んでるのがアホらしくなってくるな。 「あ、そうか。また左遷されるから落ち込んでんだ?」 「まあそんなとこだ」 「でも、左遷ていうか栄転なんでしょ?」 「パーペル郡って言ったら、ここよりはずっと賑やかな町じゃない」 「そうらしいな」 「ミントは、パーペル郡には行ったことあるか?」 「ううん、ないよ。ちょっと遠いんだよねぇ」 「でも、儲け話はいっぱいありそう〜♪」 ミントが瞳を輝かせる。 頭の中では、架空の都合のいい儲け話が、泉のように湧き出しているんだろう。 「よし! あたしもいつか行くよ、パーペル郡!それまで、しっかり町の治安を守っといてよね!」 ミントは発破を掛けるように、バンっと俺の肩を叩いた。 なんて前向きなヤツ。 そういや、ミントってけっこうな額の借金があるって話だけど、めげずにいつも笑顔だよな。 こういうところは、俺も見習うべきかも。 「サンキュー。ちょっと元気出たよ」 「ん? あたしのおかげ?」 「ああ、ミントのおかげだ」 「ふーん……」 「じゃあ、報酬よこしなさい!銅貨2枚でいいよ〜♪」 「金取るのかよ……」 たくましいというか、ゴウツクというか。 「スマイルはタダとか甘いのよ!0はいくらかけても0じゃない!塵も積もれば山となるよ!」 「なんだそりゃ?」 スマイルはタダとかわけわからん。 て言うか、なんでも金に換算するなよ。 「なーんちゃって。冗談よ、冗談」 ミントがいたずらっぽく笑う。冗談だったらしい。 冗談とは思えないところがミントっぽいよな。 「ま、あっちに行っても元気でがんばりやー」 ミントが笑う。 そのてらいのない笑みに、俺も自然と笑みを返せた。 「ああ。ミントもな」 「うん♪」 ちょっと照れくさい気持ちで握手を交わす。すっかり元気を分けてもらっちゃったな。 俺もがんばらねば。 「けっこう荷物が増えたな」 荷造りをはじめて気づいたのだが、ほとんど身一つでやって来たというのに、私物がだいぶ増えていた。 「この荷物をまとめなくちゃならないのか」 なにを持っていくか迷うな。 もう時間がないし、早く荷造りをしなくちゃならないのだが…… 「とにかくやるか」 今日の午前中は、この荷造りのために休みをもらった。 まあ、農閑期に入ったし、そんなにやることもないのだが。 「荷物は厳選しよう」 パーペル郡は遠い。荷物が多いとなにかと骨だからな。 ガチャ。 「リュウ〜! あ、いた」 いきなり入ってきたのはミントだった。 「なんだいきなり。ノックぐらいしろ」 「なに固いこと言ってるの。あたしとリュウの仲じゃないのよ」 「どういう仲だ」 「それよりさ、ちょっと手伝ってくれない?」 俺の意見はさらっと流して、ミントは甘えるようにしなを作った。 「手伝うってなにをだ?」 「ここの森に生えてるなんとか茸ってキノコが超おいしーんだって」 「採ってきて売りさばいて大儲けしようよ〜」 また金儲けの話か。いろいろ見つけてくるもんだな。そのバイタリティがうらやましい。 「でも、俺今荷造り中だからさ」 「荷造り? なんの?」 「なんのって、ここを出てくための荷造りだ」 昨日話したばっかりなのに、左遷の話はもう忘れてるのか? 「あ、そっかそっか。 ……じゃあ無理?」 「悪いな」 「まー、しょーがないね」 「じゃあ仕方ない。あたし1人で行こうかな」 「やめとけ。危険すぎるぞ」 森の中は危険がいっぱい。それはミントも重々承知しているはず。 「だよねぇ」 ミントは、悔しそうに唇を歪めた。 「せっかく金のなるキノコがすぐ近くにあるってのになぁ……」 「アロンゾさんとか手伝ってくんないかな?」 「無理だろ。アロンゾはアルエから離れないだろうから」 「だよねぇ。ジンじゃ頼りにならないしぃ」 ミントは、恨めしそうな目で俺を見る。 「リュウ、もうすぐいなくなっちゃうんだね」 今さら、改めてそんなことを言った。 「やっぱり行くのやめたりしない?」 「は? なにを今さら?ミントだって、昨日は元気づけてくれたじゃん」 「あれ〜? そうだっけ?」 「ミントには元気をもらったよ。俺、パーペル郡に行ってもがんばるからさ」 「あ、あはは、そうだね〜。あたしを見習ってがんばりやー」 「はぁ……」 なんでため息なんだ?ヘンなヤツだな。 「そうか……リュウ、いなくなっちゃうんだ」 ミントは改めてつぶやくと、またため息をついた。 今までは、リュウがいなくなるということについて、あまり深くは考えていなかったのだ。 「そっかぁ、いなくなっちゃうんだなぁ」 今まで真剣に考えなかったが、リュウがいなくなると、困ることがたくさんあるような気がした。 まず、例のキノコを一緒に採りに行ってくれる人がいない。 それに、なんだかちょっと心細いような気がした。 なぜだかはわからない。 「別に、今までだって1人でやってきたじゃん?」 そのはずなのだが、リュウがいなくなると思うと、なんだか漠然とした不安が胸に広がってくるのだった。 「おや、なに呆けてるんだい?」 洗濯物を抱えた村人に声をかけられた。 名前はわからないが、この前、うちの品物を買ってくれた奥さんだ。 「ほら、リュウがいなくなるって。それでちょっと困ったなぁって」 「ああ、そうだってねぇ。寂しくなるよねぇ」 「寂しくなるの?」 「隊長さんは、この村にはなくちゃならない人になっちゃったからねぇ」 「隊長さんが出てっちゃったらこの村はどうなるんだろうって、みんな不安に思ってるみたいだよ」 「後任には、どうせまたろくでもないヤツがやって来るんだろうし」 「今まではそうだったんだっけ?」 「なにしろこんな辺境の小さな村だからね。ろくな人間なんて来やしないよ」 「だからこそ、隊長さんみたいな人は、あたしらにはありがたいものだったのにねぇ」 「まったく、お上もろくなことしてくれないよ」 村人はことさらにため息をつくと、洗濯物を抱えて歩き去った。 その丸まった背中を見送り、ミントは思った。 景気が悪い、と。 「これじゃ商売に支障が出るかも」 なんとかしなければ。 ミントの中で誰かがしきりにそう囁いていた。 「ふむ……」 拍子抜けした気分で、こぢんまりとまとまった荷物を見下ろす。 「あっけないもんだな」 その気になってやりはじめたら、荷物はあっというまにまとまってしまった。 増えた私物はほとんど置いていくことにした。 この場所での生活に欠かせないものであっても、出て行く身になって考えれば必要のないものばかり。 冷静になって選別すれば、切り捨てるのは簡単だった。 それがまた寂しい。 「ま、仕方ないか」 さて、もうすることがなくなってしまった。 手持ち無沙汰でベッドに腰掛ける。 そのとき、ノックの音が響いた。 「はい?」 返事をすると、勢いよくドアが開く。 ミントが飛び込むように入ってきた。 「これ見て見て〜」 手にした紙片をビラビラと振っている。 「なんだそれ?」 受け取って覗き込む。 それは、最近見たばかりの書状だった。騎士団人事院の紋章と、王家の紋章が並んでいる。 辞令だ。 「なんだこれ?」 辞令は辞令だが、内容がおかしい。 灰魚の月をもって、グリモンド男爵領パーペル郡警備隊、副隊長の任を命ず。        騎士団人事院 団長マクノリア・メッツェン ここまでは同じ内容。 だが…… 「レミントン・モンドゴール……って、誰だこれ?」 その書状は、見ず知らずの人間に下された辞令だった。 「それね、よくできてるっしょ?ちょっとお高かったんだよ〜」 「お高かったって……」 その意味に気づいてハッとした。 「まさか、偽造か?」 「その通り!」 ミントは、我が意を得たりとばかりに手を打った。 しかも自慢げだ。 「でも大丈夫。そのモンドゴールって人は、ちゃんと実在する人だから」 「その辞令を、届ける料金も込み込みで入ってるから安心してよ」 「いや、よくわからないんだが……そもそもなんでこんなもんを?」 ミントがなにをしたいのかがわからない。 辞令を偽造なんてしてどうするつもりだ? 「鈍いなぁ」 「そのモンドゴールって人にリュウの代わりにパーペル郡に行ってもらおうって言うんじゃん」 「俺の代わりに?」 そんなことができるのか?いや、辞令があれば可能なのか? いや、でもこれはウソの辞令だろ。 「そしたらリュウはこの村に残れるんだよ〜」 ミントはあっけらかんと笑う。自分のアイデアを、自慢するように。 そのあっけらかんとした顔を見ていたら、怒る気は起きなかった。 思わずため息をつく。 「でも、それじゃそのモンドゴールって人に迷惑がかかるだろ」 「いいじゃん。どこの誰かもわかんない人なんだから」 「だからって、その人の人生をどうこうする権利なんて俺たちにはないんだぞ」 「なに固いこと言ってんのよ〜。大丈夫だって」 「考えても見ろ。どんな人だかわからないけど、その人にだって家族があるかもしれない」 「その人がいなくなることで、悲しむ人たちがいるかもしれない」 「俺が出て行くことを、残念に思ってくれる人がいるように」 「きっとその人にも、いなくなったら悲しむ人がいるはずだろ」 「だから、その辞令は使えないよ」 丁重に、俺は辞退した。 きっとミントは、ミントなりのやり方で、俺と別れることを悲しんでくれているんだろう。 だから辞令の偽造なんて思いついたに違いない。その気持ちは、素直にありがたいと思った。 ミントは小さく俺を睨む。 「リュウだってさ、そんな赤の他人のこと、気にしてる場合じゃないでしょーが」 後ろめたい気持ちはあるんだろう。小声で俺を抗議した。 「ミントの気持ちはうれしいよ。ありがとう」 「バカ……そんなこと言ってるんじゃないよ。お礼なんて言ってもらいたいわけじゃないもん」 「村のみんなが寂しがってるって言ってんの」 「でも、これは、どうしようもないことだからさ」 「あたしがせっかくこうして、偽の辞令を用意してきたのに」 「これがあれば、この村から出て行かなくて済むんだよ?」 「悪いな。でもそれは使えない」 「……モンドゴールって人に迷惑がかかるから?」 「ああ」 「……ったく、リュウらしいよ」 ミントは、これ見よがしに肩をすくめて見せた。 でも、怒っているふうじゃない。呆れてる、のかな? その顔は、少し微笑んでいた。 「自分より他人が大事だなんて、あたしにはわかんないよ」 「でも……」 「だからこそ村のみんなが、リュウにはずっとこの村にいて欲しいって思うんだろうね」 「ホントにみんなの気持ちはうれしいよ」 「でも、1つだけ訊かせてよ」 ミントは、また真面目な顔になって俺を見つめた。 「もしこんな偽辞令じゃなくて、この村を出て行かなくて済む方法があったら、リュウもこの村から出て行かない?」 その問いになら、考えなくても答えられる。 「ああ。できればここで、ずっとみんなといっしょにいたいよ」 「そう。わかった」 納得してくれたのかどうか、ミントはそれきり黙った。黙ってなにか考え込んでいる。 「でもまあ、また向こうでヘマして、出戻ってくるかもしれないからさ」 沈黙が居心地悪く、おどけて言った。 「まあね〜。リュウのことだから、その可能性は高いかもね」 それで、ミントもやっと笑ってくれた。 「でもまあ、リュウならどこででもやってけるよ。案外逞しそうだし」 「ミントほどじゃないけどな」 ミントは曖昧に笑う。そして、手の中の偽辞令をに目を落とした。 「じゃあまあ、これはなかったってことで」 書状を、手の中で丸めて屑籠に放った。 「じゃあ、あたしはこれで。邪魔したわね」 「いや。こっちこそ悪いな」 「いろいろありがとう」 「うん……じゃあね」 軽く手を振って、ミントは部屋から出て行った。 1人きりになると、途端にさみしい気分になる。 「ミントとも、もうお別れなんだな」 なぜか改めて、そんなふうに思ってしまった。 お別れか…… 「はぁ……」 ミントは1人ため息をついた。 ため息は白い靄となって、夜空へと漂っていく。 それはまるで、ミントのモヤモヤした気分が、形となって現れたみたいだった。 白い息のように霧散してしまえばいいが、ミントのモヤモヤは、胸の中でまだ留まり続けている。 「リュウのバカのせいでこっちは大損よ」 わざと罵ってみても気持ちは晴れなかった。 たしかに、あの偽造辞令を用意するには、それなりの資金が必要になった。 それが丸々無駄になってしまったのだ。腹立たしい気持ちはある。 だがその怒りよりも、やるせない気持ちの方が大きかった。 それは言葉にできない気持ちで、だからミントはモヤモヤしている。 それがため息となって幾度となく吐き出され、大空へと舞い上がっていく。 「らしくない姿じゃのう」 幾度目かのため息をついたとき、背後でそんな声が聞こえた。 振り返ると、深い闇に紛れるように、老婆が立っていた。ヨーヨードだった。 「ババ様」 「らしくない顔をしとるな。どうした? 商売が上手く行かないのか?」 「んー、まあそんなとこ」 「あーほら、リュウが左遷になったじゃない?みんな元気なくて不景気でさぁ」 「商売どころじゃない雰囲気なんだよねぇ」 「ほう、なるほどな……」 「リュウはああ見えて、村の者たちの信頼を得ていたからな」 「皆、リュウがいなくなると不安なのだろう」 「なんかいい方法ないかな?リュウがパーペル郡に行かなくても済む方法」 「ふむ……」 ヨーヨードは考え込む。そして思い出した。 「もしかしたら、ホメロのジジイがなんとかできるやもしれん」 「ホメロさんが?」 「あのジジイ、ああ見えて妙なところにツテがあってな」 「たしか、騎士団人事院の上層部に知り合いがおったはずじゃ」 「え? ほんとに?」 ミントは、ヨーヨードの話に飛びついた。 「あのジジイにどれほどの発言力があるのかは知らんが……」 「親しい知り合いだと言っていたのを聞いた覚えがあるぞ」 もしその話が本当なら、ホメロの口利きで、リュウの左遷を取り消すことができるかもしれない。 そう思ったら、ミントはじっとしていられなかった。 「あたしちょっと行ってくる!」 そう言ったときには、もう駆け出していた。 「あ、おい……」 だが、ミントの姿はもう見えない。 「行ってしもうた。やれやれじゃな」 ヨーヨードは、1人苦笑を浮かべた。若さの持つパワーをうらやましいと思いながら。 「ホメロさん!」 「あ、いた」 「ワシも、若い頃には手柄も立てたもんじゃ」 ホメロは、兵舎でロコナやアルエたちに昔話を聞かせているようだった。 リュウはいない。まだ部屋で荷造りをしているのだろうか。 「いっぺんこーんなでかいマダラ大カラスヘビが出たことがあってな」 「誰も近づけなんだその大蛇を、剣で一撃の下に切り捨てたのじゃ」 「こーんなにでかいヘビじゃぞ」 自慢げに両手をいっぱいに広げる。 「そ、それはちょっと大げさだろう?こーんなでっかいヘビがいるもんか」 「いや、本当じゃ」 「むぅ……信じられん」 「いえ、ウソとも言い切れません」 「う、ウソだ……」 アルエはもう、恐怖で声も出ない。ヘビに睨まれたカエルのように脂汗を滲ませている。 「ホメロさんすごいです!」 「誰も近づけもしなかったそんなおっきなヘビを、一発でやっつけちゃうなんて!」 「頭から尻の先までこう真っ二つじゃ」 「それは言い過ぎでしょう」 「言い過ぎなことがあるか。あれは我ながら神業じゃった」 「そしてその手柄で、ワシは人事院のお偉いさんから褒美をもらったんじゃからな」 「人事院!」 ミントは思わず声を上げていた。ホメロたちがようやくミントに気づく。 「あ、ミントさん」 「どこに行ってたんですか〜?みんなでホメロさんの武勇伝を聞いてたんですよ〜」 「おまえはどう思う?こーんなでっかいヘビが世の中にいると思うか?いないだろう?」 姫様の言葉すら無視し、ミントはホメロの元へとまっすぐ向かう。 「人事院からご褒美もらったんだ〜?すごいよ、ホメロさん!」 ミントは手放しで誉めた。ホメロがまんざらでもなさそうな顔をする。 「ま、まあな。あの頃はワシも若かったからな」 「いや〜、ホメロさんはやるときはやる人だと思ってたよ。若いころはさぞモテただろうね〜」 「ま、まあのう道を歩けば求愛されておった」 「ウソをつけ」 「う、ウソじゃないぞ」 「きっと、昔と今とは美の価値観が違ったのでしょう」 「いや〜、今でも十分イケてるよ〜。こんな辺境の村で燻ってるなんてもったいない!王都に行けばまだまだモテモテだって〜!」 「そ、そうかのう?」 「うんうん!」 「案外若い子たちの方が、ホメロさんみたいなタイプは受けがいいんじゃないかな〜」 「よ! この女泣かせ!」 ミントはホメロを誉めまくる。 ホメロはやに下がった顔ですっかり鼻の下が伸びていた。 「ミントさん、どうしたんですか?」 「なにかヘンだな。なぜそんなにホメロを持ち上げる?」 「別に〜。思ったことを言っただけだよ」 「ホメロさんって、前から頼りになる人だなーって思ってたもん」 「ふむふむ。見る目がある者にはわかってしまうのじゃな」 「まあ、困ったことがあったら、なんでもワシに相談するがいい」 調子に乗って答えるホメロ。ミントはすかさず言った。 「じゃあ、リュウの左遷って、なかったことにできない?」 今まで冗談ぽく言っていたミントの顔は、真顔になっていた。 ホメロも、やに下がった顔を真顔に戻す。 「リュウの左遷をなかったことにじゃと?」 「ホメロさんって、人事院に知り合いがいるんでしょ?」 「なに?」 「ヨーヨードのババ様に聞いたよ。ホメロさんは、人事院に親しい知り合いがいるんだって」 ホメロは困惑した顔付きになる。 「なるほど。それでワシを持ち上げとったわけか」 ホメロは肩を落として溜息をついた。ちょっとガッカリしているようだった。 「ね、お願い! リュウがずっとこの村にいられるようにしてよ!」 肩を落としたホメロに拝む。 「ねえほら、ロコナだって、リュウにはずっとここにいてもらいたいって思うでしょ?」 「は、はいっ、もちろんです。隊長には、ずっとこの村にいてもらいたいです。だから署名だっていっぱい集めたんですから」 ロコナは自分の部屋に走ると、たくさんの書状の束を持って戻ってきた。 「ほら、こんなに!」 「ほう。だいぶ集まったではないか」 「あの男がそんなに人望があるとはな」 「ね。みんなリュウにいて欲しいと思ってるんだって」 「ホメロさんならなんとかできるかもしれないんでしょ?」 「もしできるなら、わたしからもお願い」 「そうだな。ボクが口出しするよりは角が立つまい」 「ホメロさん、お願い!」 両手を合わせて拝む。 そんなミントを、その場の全員が、奇異なものでも見る目で見つめた。 「しかし、ミントはずいぶん一生懸命なんだな?」 「え?」 「知らなかったです。ミントさんって、隊長のことが大好きだったんですね〜」 「大好きって……な、なに言ってんのよ?」 「あたしはただ、リュウがいないと商売に差し支えるから……」 モゴモゴ言って、ミントはキッとホメロを睨んだ。 「いいから、騎士団の人事院に口利いてよ!」 ぞんざいな口調で乱暴に言った。ハッキリ言って八つ当たりだ。 「じゃから言っただろう。周りの者たちの一時の感傷で、若者の道を決めるべきではないと」 「問題ない。人事など、どうせ一部の上役の気まぐれで決まってるようなものだ」 「村人たちの要望で道が決まっても問題あるまい」 「いや、しかし……」 ホメロは言葉に詰まる。さすがに、姫の言葉は無下にはできない。 「ね、お願いホメロさん!なんとかしてあげて!」 「わたしからもお願い!」 「うーむ……」 何より、ホメロは若い女の頼みに弱い。腕を組んで考え込む。 「じゃが、要は本人がどうしたいか、だろう」 苦しげに言った。ミントが笑う。 「それなら、本人に聞いてみてよ!絶対この村に残りたいって言うから!」 「……ふむ、わかった。ワシが直接話してみよう」 「どうするかを決めるのはそれからだ」 「うん! よろしくね!」 相談してきたヒロインとの約束通り、ホメロはリュウの本心を聞き出そうとするのだった。 最初は王国に属する騎士として従うだけで、自分の気持ちなど関係ないと言って本心を語ろうとしないリュウ。 しかしホメロからヒロインたちのことを聞いたリュウは本心を告げる。残留を望むその本心を汲み、ホメロが動くのだった。 「……さて、と」 荷造りは、ほとんど終わった。 次の任地……グリモンド男爵領パーペル郡は、王国の最南端。 十日間。いや、二週間はかかるだろう。ポルカ村からの旅程なら。 「……気ままな一人旅ってやつかな」 王都を出発し、ポルカ村を目指して旅をした事を、少しだけ思い出す。 あの時も、こんな気分だったな。 人生って何だろう――なんて。自問自答しながら歩いたっけ。 「………………」 「……居心地、良かったんだけどな」 この村は、いい村だ。 最初は、なんて居心地の悪い村だろうと、運命を呪ったりもした。 転任できるのなら、悪魔に寿命を分けてもいいとさえ思った。 それが、今ではどうだ。 こんなにも去りがたく、後ろ髪を引かれるなんて。 「……はぁ」 溜息が止まらない。 またいつか……この村に戻ってくることは出来るだろうか? お? 『ワシじゃよ、今、ちょいと構わんかのう?』 爺さん? 「いいよ、どうぞ」 『うむ、失礼する』 いつになく礼儀正しく、爺さんがドアを開けた。 「なんだよ、いつもはノックなんかしないくせに」 「たまにはええかな、と思ったんじゃ」 「……ほう? 荷造りは終わったか」 ベッド脇の鞄に視線を落とし、爺さんが呟く。 「……まあね。元々、持ってきた荷物は少なかったから」 「グリモンド男爵領の、パーペル郡じゃったのぉ」 「ああ。鉄鋼の街だ」 ポルカ村とは、比較にならないほど大きな街。 ……………… ランプの炎が、かすかに揺れる。 俺と爺さんの影も、ゆっくりと揺れた。 「それで、何か用事?」 「ふむ。用事といえば用事じゃが……」 「どうじゃ。ちと屋根に昇らんか?」 屋根? 「……この寒い中、爺さんと二人っきりで?」 「ろまんちっくじゃろ」 苦笑しながら、爺さんが言う。 「……まあ、別にいいけど」 何か、俺に話でもあるのだろう。 「うむ。では参ろうか、隊長殿よ」 芝居がかった動作で、俺を誘う爺さん。 マントを羽織って、爺さんの後に続いた。 空気が冷たい。 どんなに厚着をしていても、鼻先や耳たぶは、すぐに痛くなってくる。 「さぶっ!?」 「空気が澄んでおるのう」 ゴシゴシと身を擦りながら、腰を下ろす俺たち。 「――それで?」 「うん?」 「何か、話があるんじゃないの? 俺に」 だから、わざわざこんな所まで連れてきたんじゃないのか? 「あの部屋はいかん」 「隣室の、ミントの部屋に会話が丸聞こえじゃからな」 え、そうなの? 「まあ別に聞かれて困るような話でもないんじゃが……」 「大体の想像はつく。俺の……左遷の話だろ?」 他に考えられない。 「そうじゃ」 「オマエさん、本当のところは……どうしたいんじゃ?」 「どうしたいも何も……」 「行くよ。行かなきゃなんないし……」 辞令ってのは、そういうモンだ。 「行きたいのかね? グリモンド男爵領に」 「………………」 「それとも、村に残りたいのかね?」 直球ど真ん中。 妙な誤魔化しもせず、爺さんは疑問をぶつけてきた。 「……俺の気持ちは、どうでもいいんだよ」 「重要なのは、従うか従わないか……だろ?」 それが、王国に属する騎士の仕事。 自身のワガママで、どうこう出来ないし、するべきじゃない。 そんなことが横行したら、あっという間に秩序は崩壊する。 「オマエさんの気持ちは、どうでもええのかもしれんが……」 「オマエさんを想う者たちの気持ちは、どうなんじゃ? ん?」 「……後任の騎士は、俺よりずっとマシな隊長になるかもしれない」 こんな新米の上、悪名高く、欠点だらけの騎士よりは…… 「アルエが、国王に直談判しようとしたこと……知っておるか?」 「え……?」 なんだって? 「アロンゾが諌めたそうじゃが……」 「オマエさんの留任を、王に頼もうとしておったそうな」 「んな、無茶な……」 いくら親子とは言え、末端の一騎士の人事を直訴するなんて。 アルエの立場を悪くするだけだ。 「ロコナは、泣いておったぞよ」 「……知ってる」 俺の前でも、泣いていた。 「よっぽど、オマエさんのことが気に入ったらしいのう」 「………………」 「オマエさんも罪な男じゃな。あのロコナを泣かすとは」 茶化しながらも、爺さんは真面目な顔をしていた。 「レキは、随分と無茶をしたのう」 直訴しに行ったことを、言っているのだろう。 「……だからこそ思うんだよ、これ以上、迷惑はかけられないって」 「ここで俺がゴネたって、何もいいことはない」 「そうかの?」 「そうだよ」 「少なくとも、オマエさんの留任を望む者は、喜ぶと思うんじゃが」 「………………」 「ミントの一件、聞いたぞよ」 「偽造辞令とは、これまた思い切ったもんじゃ」 苦笑を浮かべる爺さん。 「笑い事じゃない。ヘタすりゃあいつ、憲兵に捕まってたんだぞ」 「うむ。確かにちと危ない火遊びじゃったな」 気持ちは嬉しい。嬉しいけど―― 「……ヤなんだよ、俺のせいで他人に迷惑がかかるのは」 夜空には、大きな月。 表面のデコボコさえくっきりと見える、巨大な月が浮かんでいる。 「どうも、オマエさんは色々な理屈を並べて、話の核心に触れようとせんのう」 「んなこと無いって」 「ワシが訊いておるのは、オマエさんの“気持ち”なんじゃよ」 「誰かに迷惑がかかる、秩序が狂う、そんな話はどーでもええんじゃ」 ど、どうでもよくはないだろ。 「改めて訊くぞよ」 「オマエさんは、本当はどうしたいんじゃ?」 幾度も突きつけられた質問。 本当は、俺は、どうしたいのか―― そんなの、決まってる。 「……残りたいよ」 「ああ、残りたいさ。この村に。この兵舎に」 一度決壊すると、後は簡単に溢れ出した。 「転任なんかしたいワケないだろ」 「この村に来て、そりゃ最初はツラい目にも遭ったよ」 「でも……乗り越えた。みんなが助けてくれたから、逃げ出さずに頑張れた」 俺は次々にみんなの顔を思い浮かべた。 それから、なんて言っても一番心残りな顔が浮かんでくる── ──アルエ。 俺の転任は自分のせいだと、またくよくよ悩まないといいけどな。 男になるのか女のままでいるのか…… 結論くらいは手紙で知らせて欲しい。 俺としては今でも十分、可愛い女の子に思えるんだが。 それは、王女殿下の姿が目に焼き付いているせいなんだろうか? アルエのおかげで、俺はこの村でいっぱい幸せな経験ができた。 楽しかった…… ──ロコナ。 左遷されて、悪い噂を立てられていた俺を唯一信じて支えてくれたロコナ。 彼女の陰りのない瞳が、俺を頑張ろうという気にさせてくれた。 この信頼を裏切りたくないと。 そうして頑張って、この村に受け入れられたんだ。 ロコナがキラキラと輝く瞳で俺を見上げてくれることはもうない…… そう思うと、すごく寂しくなる。 ──レキ。 怒られてばかりだったけど、誰よりも村のために一生懸命なレキ。 俺が村に受け入れられるように、気を配ってくれたレキ。 気高く頭を上げて、村のために何をすべきか率先して見せてくれた。 レキが見本となってくれたから、俺は頑張れたと思う。 レキに負けないように。 俺がいなくなっても、ひとりで頑張るのだろうな…… 無理しすぎるから心配だ。 もう手助けできないのが、ひどく残念だよ。 ──ミント。 なんでミントが一番気になるんだろう? この村の住人じゃない。 いついなくなるかわからないのにな。 でも、ミントが来てから、退屈しなかった。 次々問題を起こして…… 俺のいないところでも、何か起こして困ったりするんだろうか? 少しは大人しくしていて欲しい。 もう助けてやれないんだから、さ。 パーペル郡に行っても、心配しそうだぞ。 ……ミント。 「一歩一歩、固めていった今の暮らしを――」 短い間なのにこんなに思い出が詰まっている。 「手放したくなんか、ないに決まってるだろ」 それが、俺の本心。 出来ることなら、どんな汚い手段を使ってでも、ここに残りたい。 でも、それが誰かの迷惑になるのは、絶対にイヤだ。 「……人はのう、誰にも迷惑をかけずに生きたりは出来んのじゃ」 「初めは親、そして友人、いずれは妻、最後には子供や孫にも迷惑をかけて一生を送る」 「ワガママが通るのなら、周囲がそれを許すのなら、受け入れても構わんのじゃないか?」 「………………」 「どうじゃ?」 「……なんにせよ、もう色々と手遅れだよ」 残された時間は、あと二日。 今更あがいた所で、事態が変わることはない。 「……ありがとな、爺さん」 「うん?」 「いい話だった。次、同じような事があったら、教訓にするよ」 「周囲がそれを許すのなら――少しだけ甘えてみる」 立ち上がって、腰についた埃を払い落とす。 「……この村を、去りたくは無いんじゃな?」 「うん。ずっとここに居たかったよ」 「……そうか」 「じゃあ……おやすみ。あんまり長居してると風邪ひくよ」 爺さんを残して、屋根から下りる。 胸の中に溜まっていたものを吐き出したら、少しスッキリした。 「………………」 「……若者は素直じゃないのう」 ぼやきながら、ホメロは懐から円柱状の筒を取り出した。 「やむをえん。ここは一つ、老人のお節介ということにしておくか」 その筒を、高く、夜空に掲げるようにして持ち上げる。 「……はてさて、メッツェンの洟垂れ坊主が、ワシの嘆願を聞いてくれるかどうか」 漆黒の鳥が、ホメロの頭上に現れる。 「王都への書状じゃ。その羽なら一夜で着くじゃろ」 そのまま、筒を両足で掴み、飛び去ってゆく漆黒の鳥。 騎士団人事院の長、マクノリア・メッツェンへと宛てた書簡は、瞬く間に闇夜へと消えていった。 紆余曲折はあったものの、ホメロの骨折りもあって正式な留任辞令が届き、村に残ることになったリュウ。 めでたい時は飲んで食って騒ぐもんだというジンの計らいで、大宴会になるのだった。 ……眠れなかった。 結局、昨夜は一睡も出来なかった。 参ったな、今日は出立する日だってのに。 これから……約二週間もの長旅に出るというのに。 「はぁ……」 気が重い。 村を去りたくない気持ちが、重く圧し掛かる。 ……遅いな、ロコナの角笛。 窓の外には、朝日が昇っている。 普段なら今頃、とっくに鳴っていてもおかしくないはず…… お……おぉ!? 地響き!? ノック、というよりは打撃に近い音がドアを鳴らす。 『たいちょ〜!大変ですっ、たいちょ〜〜〜っ!!』 『起きてくださいっ、たいちょー!』 いや、起きてるけど。 「どうしたー!?」 『お客さんですっ!この前の、騎士のお二人がっ!』 ……こんな早朝に? 「わかった、すぐ着替えて行くから。失礼のないようにな」 『りょ、了解っ!』 ドアの向こうで、まだ奇妙な敬礼をしているんだろう。 その姿が想像できて、俺は少しだけ笑った。 ……しかし、夜明け間もない早朝に、人事院の騎士が何のようだ? 転任の確認にやって来るのは、明日のはずだけど…… 階下に下りると、二人の騎士がロコナの出した茶を飲んでいた。 「ああ……早朝から、騒がせてすまない」 「火急の用件でな。非礼はお詫びする」 丁重に頭を下げられて、むしろこっちが恐縮してしまう。 「い、いえ。お気になさらず」 よく見ると、二人の瞼が腫れぼったい。あまり寝てないのだろう。 「何だ? 朝から何の騒ぎだ?」 眠そうに目を擦りながら、アルエが現れた。 「来客か? こんな早朝に……」 その後ろから、アロンゾもやってくる。 「ご無礼の段、平にご容赦を! 殿下!」 慌ててカップを置き、姿勢を正す騎士二人。 「なに? なにごと?」 「ふわぁぁ……なんじゃなんじゃ?」 騒ぎを聞きつけて、ゾロゾロと起きてくる一同。 まあ、普段ならロコナの角笛が鳴ってる時間だしな。 「ええと……何か、あったんですか?」 「転任の確認にいらっしゃるのは、明日だとお聞きしてましたが……?」 「ああ、その件で来たのではない」 「いや……その件で来た、と言えなくもないのか」 どっちなんだ。 「今朝方、騎士団人事院から、高速伝信が届いた」 「……高速伝言って、何だ?」 「簡潔に申し上げますと、矢文でございます」 「決められた区間、連続して矢文を射継ぐことで、高速な伝書を可能にした通信です」 初めて知ったぞ、そんな連絡の方法。 「リュウ・ドナルベイン」 「キミへの辞令は――撤回された」 「はぁ……」 ……………… 「は!?」 いま、なんて言った!? 「これが書状だ。殴り書きだが、確かに団長の筆」 一枚の紙を見せられる。 リュウ・ドナルベイン―― グリモンド男爵領パーペル郡への転任を撤回する。引き続き、現地治安の維持に務めよ。     騎士団人事院 団長マクノリア・メッツェン 「これって、いったい……?」 「我々にも、よくわからんのだ」 「手違いがあったのか、それとも、団長の気まぐれなのか……」 「いや、後者はないな。そのようなお方ではない」 もう一度、改めて書状を見る。 『引き続き、現地治安の維持に務めよ』 これって……つまり…… 「む、村に残れるんですかっ!? 隊長っ!」 「そうなのか!?」 「うそ!? まぢ!? ホントに!?」 ざざざっ、と三人娘が書状を覗き込む。 って、ロコナは字が読めないだろーに。 「あ、あの……これ、本当なんですよね?」 「この村で……警備隊の隊長、やってていいんですか?」 念を押して確かめる。 「そうとしか、解釈できない」 「こんなケースは初めてで、我々も困惑している」 互いの顔を見つめ、首を傾げる二人。 この村に……残れる? 転任……しなくてもいいのか、俺……? 「おめでとう、と言った方がいいのかどうか、判断しかねていたが……」 「キミのその顔を見る限り、どうやら吉報だったようだな」 「え……?」 今の俺、そんなに嬉しそうな顔してる? 「世の中、奇妙なことがあるもんじゃのう」 ぽん、と爺さんが俺の肩に手を置いた。 俺が村に残れるというニュースは、あっという間に広がった。 村人から、村人に伝わり―― 昼を過ぎる頃には、村人全員に知れ渡っていた。 そして―― 「それでは皆さんっ、リュウの留任を祝してっ!」 「かんぱーいっ♪」 あれよあれよという間に、留任祝いの大宴会に。 ちなみに俺は、まだ呆然としていた。 ……悪質なドッキリとかじゃないよな? 未だに、この転任撤回の書状が疑わしい。 「どうした? 嬉しくないのか?」 「え? あ、ああ……嬉しいよ。嬉しいけど」 なんというか、実感がわかなくて。 「人事院の手違いだろう、なんて言われたけど……」 「そんなことって、あるんだろうか?」 「私に訊かれても困る」 う。そりゃそーか。 「ちょ、主役なにやってんの!手ぶらじゃん! 酒がないじゃん!」 「ロコナー、隊長さんにお酌〜」 「はーいっ♪」 「ささ、どーぞどーぞ。ぐぐっと」 「あ、ああ……」 「どーしたのよ。もっと笑って笑って」 「嬉しいんだけど、なんか、拍子抜けしちまって……」 「さもありなん。あやうく南の果てに飛ばされるところだったもんなあ」 いや、そういうことじゃなくて。 ……………… ……まあいいか。 とにかく、村に残れるんだ。 今は素直に、この喜びをかみ締めよう。 「……うん」 「ありがとう、な。みんな」 みんなの拍手が俺の疑問を解かしていく。 とにかく! 俺はここにいられるんだ──! 感謝の言葉を伝えに行くリュウ。しかしアルエはいつものようにどこか強気な感じ。あまりにも素直じゃない態度に、周囲は苦笑してしまう。 ホメロやジンたちが、アルエはリュウに気があるのではともてはやし、ついに逆ギレしてしまうアルエ。 その場では勢いで悪態をついてしまうものの、その後リュウの部屋に発言を謝りに行くのだった。 俺の留任祝い大宴会は、盛況のまま終わった。 途中から主旨が微妙に変わって。 「えっと、それよりもアルエは……」 俺の転属をどうにかしようと、アルエが国王陛下にまで直訴しようとしたなんて。 ホメロから聞いてびっくりした。 結局の所、アルエの直訴はアロンゾに止められたらしいけど。 してくれようとしたことが嬉しいよな。 感謝、って2文字が頭に浮かぶ。 だったらそれは伝えるべきだろ。 で……肝心のアルエは……? 「ふぃっ、く……」 げ、まさかヨッパーか? ヨッパー。いわゆる、酔っぱらい。 「ふぃ……ふぃっくしょんっ!」 なんだよ、くしゃみかよ! 紛らわしい…… 「アルエ、風邪か?」 「ぐす……違う」 「だれかがボクの噂をしてるんじゃないのか」 「え……っ?」 さっき、心の中でアルエのことばっかりを考えた身としては、なんとなくドキッとする。 「ん、まぁいいや」 「それで、どうしたんだ?」 「お礼を言おうと思ってさ」 「な、なんのことだ?」 「ホメロから聞いたんだよ」 「ホメロっ!? 何を……っ!」 「ボクはなにも頼んでなんかいないからな!」 「ボクは全然手助けなんかしてないぞ!」 「……はい?」 手助け? なんの話だ? 「え……違うのか?」 「俺が聞いたのは、アルエが国王陛下に直談判しようとしてたってことだけど」 「あ……あああっ! そっちか!」 「他にあるのか?」 「……ないっ!」 胡散臭い。 「話がそれだけだったら、もう行くぞ」 「どこに行くんだよ?」 もう夜だぞ。 「や……山に芝刈りとかっ!!!」 なんでやねん。 んじゃ、俺は川に洗濯に行くぞ。 「そうじゃなくてさ」 「無茶をしようとしてくれたから、一応お礼をな、言おうと思って」 「別に……それは」 「それに直談判はしてないし」 「してくれようとしたのが、嬉しいんだろ?」 「気持ちが嬉しかった、ありがとう」 「う、う……」 「まったくいい迷惑だったぞ!」 「はぁ?」 「元はと言えば、リュウが左遷されるから、また左遷されるようになって、ボクが困ったんだぞっ!」 えっと……俺に理解できる言語で喋ってくれ。 「何を惚けてる、ドナルベイン!」 「殿下のお優しい言葉に感銘を受けないのか!?」 「スマン、意味がわからんかった」 「貴様が殿下に不敬な行いをした所為で、左遷という処罰を受けた。まさに自業自得!」 「だがその左遷で、この村に流れ着き、貴様なんぞでも、この村では受け入れられ」 久しぶりに、すごい言われようだな。 「どうにか安穏に暮らしているようで、殿下も、お優しい心をお許し下さっていたのに」 「またもやの転属で、村を騒がせ、それを憂いた殿下の心痛は、いかばかりか!」 いや、いかばかりって言われても…… しかもなんで、ちょっぴり演劇調なんだ? 「村人の憂いを取り除くため、殿下はお優しくも、国王陛下に直訴なされようとし……ああ、なんたるお心!」 うん、まぁ続けて。 「そんな、殿下の行動は大変な苦労であったのだ。それをおまえは、感謝するべきである、と仰せだ!」 長かったけど、これで終わりか? 「結局は、アルエがジタバタして、リュウにお礼を言われてくすぐったい」 「……って、ことでしょ?」 簡略化、ありがとう。 「なにっ! そんな簡単な話ではないだろう!」 「ややこしくしすぎ。あと、長くてウザい!」 アロンゾを一刀両断。ミント、すごいな。 「ね、アルエ、そうでしょ?」 「な、な……なんでっ!」 「照れてるんですね、アルエさん」 「違う! どうしてそうなる!」 「まァ、素直でないのは今に始まったことでもあるまいて」 「それはボクのことか!」 あーあ、アルエがどんどんいきりたってる。 「ひゅーひゅー!」 ……それは口笛の真似か? 「口内炎が出来て、最近は口笛がふけんのじゃ」 気をつけろよ! 「改めて、ひゅーひゅー!」 「オレも合わせて、ひゅーひゅー!」 「なんなんだ、おまえたちまで!」 「え〜、だって、これってもしかしてアレじゃないですか、奥さん?」 「愛ってやつ、らぶとか言っちゃう〜?」 「いやぁ〜〜ん♪アルエってば、リュウに気があるみた〜い♪」 「な……なななっ!」 アルエの顔色が、一瞬で真っ赤になる。 火でも吹き出そうな勢いだ。 大丈夫なのか? アルエ…… 「ひゅーひゅー♪ 乙女らし〜〜♪」 噂好きの井戸端会議奥様風なだけでも、かなりウザいのに。 あげく、アルエに対してのその禁句。 「ボクは男だぞーーーーーっ!」 「リュウなんか、ちっとも気にしてないっ!」 案の定、アルエの雷が落ちる。 「ほら、落ち着けってアルエ」 「そもそもは、リュウの所為じゃないか!」 「次の矛先は俺かい!」 「ボクは男ったら、男!」 「リュウなんか眼中にないんだからな!」 柳眉を逆立てて、アルエが睨む。 「だいたい、リュウみたいな左遷男、もしボクが女だとしても、ごめんこうむる!」 「絶対、絶対に願い下げだからなっ!」 う……っ、ちょっとショック。 「ふ、ふんっ!」 アルエは言い放つと気がすんだとばかりに、荒々しく自分の部屋へと戻って―― 「リュウのバーーーカッ!」 戻る前に、わざわざ振り返って怒鳴る。 「イーーーーーっだ!」 しかも、イー……て。 いくつだよ、おまえは! 「あっ……殿下、お待ち下さい!」 慌ててアロンゾが後を追う。 残った連中は、全員苦笑だ。 「あうぅ〜、アルエさん怒っちゃいました」 ロコナだけは、本気で心配してるけど。 ま、ロコナだしな。 「寝て起きたら機嫌直ってるって」 「そうだな。気にすることはないだろう」 「俺も右に同じ」 「あ〜あ」 「どこかの誰かが、空気読めない発言をするからじゃのう」 「けーわい、だね〜」 ……それは、おまえらだ! アルエにちゃんと礼を言ったような、言えなかったような感じになったけど。 あんまりつつくと、また怒り出しそうだし? あれはあれでいっか。 それよりも、今夜はもう寝よう。 さすがに疲れた。 「ん?」 「…………」 「アルエ? どうしたんだ?」 「……一言だけ言っておく」 なんだ? まだ怒ってるのか? 「さっきは……ちょっとだけ、ほんのちょっぴりだけ……」 「…………………………言い過ぎた」 「ちょっとだけだからな!」 「本当にちょっとだけだぞ!」 「……ぷっ」 「なんだ、何がおかしい!」 「いや、なんでもない」 ったく、素直じゃないよな。 「ボクは女の子じゃないから、リュウに気なんか無いけど!」 「でも男同士なら、そうじゃないからな。厚い友情を感じている!」 おお、厚い友情とな。 「いいな、男同士としてだ!」 アルエは腰に手を置いて、ふんぞり返る。 「それだけだから!」 「じゃあ、ボクはもう寝る!」 最後の最後まで、語気荒く去っていったアルエ。 なんか俺は笑っていいのか、戸惑っていいのか。 ホント困るところだけど。 「とりあえず、寝るか」 色々あって、疲れた。 ここで今晩眠っても、明日もまたいつもと変わらぬ日常が待っている。 「おやすみ」 ひとりごちて、俺はベッドの中へともぐりこんだ。 リュウの留任を心の底から喜んでいるロコナ。これまで以上にハリキリ、むしろ空回りしているような感じになる。 そんな姿を見たヨーヨードに、リュウに恋しておるんじゃろと言われ、初めて自分の気持ちを意識するロコナだった。 「おばあちゃん!」 「ロコナ、どうしたんじゃ?」 「あのね、おばあちゃんの家にとっておきの燻製があったと思うの」 「ホレコレ鳥の燻製」 「隊長が村に残ることになったから、お祝いに、夕飯に出してあげたいのっ!」 「ああ、なるほどのぉ」 「そういうことなら、譲ってやらんこともないぞえ」 「ありがとう、おばあちゃん!」 ロコナは喜びも顕わにヨーヨードに抱きつく。 「ほえっ! こ、こりゃ!」 「きゃっ……わわわっ!」 「いててて……」 「きゃーーー、おばあちゃーーーん!」 「あての背は小さいんじゃ」 「そんな勢いで抱きついたら、倒れて当り前じゃろうが」 「はうぅぅん、ごめんなさいぃ……」 「……いつにも増して、元気じゃのう」 「え? そうかな?」 「わ、わたしはいつもと一緒だよ♪」 「相変わらずウソが下手じゃのう」 「ほへ?」 「ふむふむ……もしかするともしかするのかの?」 「どうしたの、おばあちゃん?」 「ロコナ、おまえさてはあの男を愛しておるんじゃろ」 「あ、あひっ!?」 「あひ、じゃないわい。愛じゃ」 「あひーーーーっ!」 「落ち着かんか、ロコナ」 「や、や、や、やや、はやややや!」 「ロコナ、息を吸って。ほい、すぅぅぅぅーーー」 「すひーーーーーーーっ」 「息を吐いて。ほい、はあああーーーー」 「ひゃはああーーーー」 「駄目じゃ、こりゃ」 「はうはうっ!」 「ほれ、水でも飲まんかい」 ヨーヨードに渡された、ひしゃくの水を、ロコナは一気に飲み干す。 「……ごっくん」 「お、おばあちゃんが、驚かすから〜」 「びっくりしたぁ」 「何を言っておるか」 「ロコナの様子を見ていたら、おまえさんがあの男を愛しておるのなんて、このババにはすぐに分かろうて」 「あ、あひ!?」 「『あひ』は、もういいからの」 「お、おおおおばあちゃん」 「どうして、そんなこというの〜っ」 「娘同様のロコナのことじゃ」 「惚れたはれたは女の晴れ舞台じゃぞえ」 「惚れた男を思って、夜も眠れぬことがあってこそ女の色気が出るというものじゃ」 「このあてじゃて、毎晩アロちゃんのことを考え、幾晩の眠れぬ夜をすごしておるぞい」 「へ、へ、へ……へーーーっくしょい!」 「なんだ……悪寒が……」 「ほれ、自分の気持ちに素直になってみい」 「そ、そんな……わたしは、別に!」 「隊長は、大事な隊長で」 「わたしは、隊員で!」 「えっと、尊敬はしてるけど、その……ええっ!」 ロコナはどんどんと顔が桃色に変わっていく。 それを見て、ヨーヨードはしたり顔で笑う。 「ふむ……」 「そうと分かれば、このババも一肌脱がねばの」 「さて……黒イモリの干物はどこに仕舞っておったかの」 「おばあちゃんっ?」 「古来からポルカ村に伝わる秘薬じゃ」 「黒イモリの干物を、三日三晩恋しい相手の枕の中に仕込んでの」 「4日目の朝に、白イモリの干物と一緒に煎じて飲ますのじゃ」 「これは効くんじゃぞ……ふひひ♪」 「イモリ!?」 「飲ませたその日の夜には、べっどいんじゃ♪」 「べっどいん!?」 「さて、黒イモリ黒イモリ〜」 「だめ〜〜っ!」 「そんなの飲ませたら、隊長がお腹を壊しちゃうよぉっ!」 「気にするでない」 「……壊すのは、翌々日くらいじゃて。その日の晩はべっどいん可能じゃ♪」 「違う〜〜〜〜!」 「隊長のこと、わたしはそんな風に思ってないから!」 「尊敬なの、大事な隊長さんなの!」 「男の人として……なんて……」 「その……、……う……」 「では、あてが隊長さんを貰おうかの?」 「え?」 「黒イモリをあてが飲ませれば、あの男の心はあてにふぉーりんらぶじゃ」 「え、えええ!」 「さて、黒イモリ〜黒イモリ〜!」 「だめえええ〜〜〜〜っ!」 「隊長にそんなことしたら、おばあちゃんでも許さないんだから〜〜!」 「ほほう♪」 「隊長は、隊長は……!」 「ほう、隊長は、どうした?」 「隊長は…………」 「…………」 「…………」 「お、お、おばあちゃんの意地悪ぅぅぅぅ〜〜!」 ロコナは真っ赤になった顔を覆って、どたばたと走り去っていく。 「あっ、これロコナ!」 「もう肩たたきしてあげないから〜〜〜!」 「これ、これ……燻製はどうするんじゃ〜〜!」 「行ってしまったか」 「しかしまぁ……」 「あの子にこんな春が来るとはのう」 「赤子だったのに、月日は早いもんじゃ」 ヨーヨードは、顔をほころばせながら、家の中に戻っていった。 「はう、はう……おばあちゃんの意地悪ぅ」 「……どうしたんだ、ロコナ?」 なんかすごい息切れしてるぞ。 「はうっ!」 「……ん?」 「隊長……あひ……隊長をあひ……」 あひ? なんだそりゃ? 「きゃうううぅぅぅ〜〜〜っ!」 ぼんっ! ロコナが突然真っ赤になる。 なんだ? お、おい湯気!? 「ちょっと、なんの騒ぎよ」 「って、ロコナ? 顔真っ赤じゃないの!」 「あひ〜〜〜」 「……何、あひって?」 俺に聞くな。 「俺のことで色々あったし、疲れが出たんじゃないか?」 「部屋に連れていくよ」 「うん、お願い」 「ら、らいひょうぶれす」 全然。まったくもって。これは大丈夫じゃないぞ。 「あふっ、あふっ……」 「ちょっと驚いたことがあって……はふ〜」 「すみません、混乱しちゃってました。はふ〜」 「変なロコナ」 「とにかく、部屋でやすんどけよ」 「ほら、おんぶするから背中に乗って」 「お、おんぶ!?」 「……歩けそうにないだろう?」 「い、いえ!」 「スキップも出来ます!」 「いや、しなくていいから」 ったく、しかたないな。 「よっ!」 「きゃ、きゃあっ!」 うん、案外軽いな。 ロコナを横抱きに抱き上げて、思ってたとおりだと納得する。 「うわ〜、お姫様だっこじゃん」 「あ、あ、あひ〜〜〜っ」 「ほら、行くぞ」 「あ、そうだ。祝賀会で言い忘れたけど。ありがとうなロコナ」 「ええっ? な、なにが……っ」 「俺がこの村にいられるように、署名とか集めて頑張ってくれたろ」 「感謝してる」 「たいちょーが……わたしに感謝……」 「あう……、ぷしゅぅぅ……」 あれ? ロコナ? 「お、おい! ロコナが気を失ってるぞ!」 「ええっ! マジで!」 「レキだ、レキを呼べ!」 「わかった〜〜〜!」 俺は慌てて、ロコナを部屋へと運んだ。 結局、レキの見立てでは知恵熱のようなもんだということだった。 大事はなかったんだが…… 翌朝、ちょっと顔を赤くしながらも元気になったロコナは―― いつもの通りの角笛を吹いて、ポルカ村の夜明けを告げたのだった。 レキの元へ感謝に行くリュウだが、それに対してレキは冷静な対応をする。 しかしリュウがいなくなると顔を真っ赤にし、自分の発言を恥ずかしがる。村人たちはレキがリュウのことをとかんぐり始める。 村人たちはリュウの前にレキを連れて行き、くっつけようとする。その意図に汲み取ったレキは、それは勘違いだと否定するのだった。 「レキ、いるかー?」 ガランとした部屋の奥へと声をかける。 「なんだ?」 少し間があって、無愛想な返事が返ってきた。 そしてレキが姿を現わす。 「いたか。よかった」 「だからなんだ?」 とりつく島もない。 早いとこ用件を切り出さないと追い出されてしまいそうだ。 「ありがとうな」 単刀直入に言った。レキがキョトンとする。 「なんのことだ?」 クールな反応。素っ気ないと言ってもいい。 本当に俺のために骨を折ってくれたのかと疑いたくなるほどだ。 「この村に留まれることになったのも、レキのおかげだ」 気を取り直して告げる。 「なんだ、そのことか。そのことなら気にするな」 レキはつまらなそうに答えた。やっぱり素っ気ない。 まあいいか。 「とにかくありがとう。レキの言葉、うれしかった」 「……」 俺が頭を下げると、レキはほんの一瞬、動きを止めた。 「レキ?」 「……っ、ご、ごほんっ!」 しかし、すぐに咳払いをして冷静な表情を作る。 「私の言葉?なんのことだ?」 「俺が村に必要だと言ってくれただろう。あの言葉、ずいぶん力強かったからさ」 「ああ……」 レキが動揺したように見えた。顔が少し赤くなっているような…… 「そ、そんなのは当然のことだ」 「私は立場上、村の総意を伝える義務があると思ったまでだ」 「それだけか?」 「それだけだ。他になにがある?」 「いや、そうか」 「………………」 レキはうつむいて黙り込む。 俺の感謝なんかに取り合っているヒマはないって感じか。 少し残念だが…… レキの事だ。感謝されるためにやった訳じゃないんだろうし。 「ま、いいか」 「な、なんだ? なにがまあいいのだ?」 「レキがどんなつもりで言ってくれたにしても、俺にはうれしい言葉だったことに違いはないから」 「……そうか。それは、よかったな」 「まあ、というわけで」 「しばらくは世話になると思うけど、またよろしく頼む」 「ああ……こちらこそ」 レキはチラリとこちらを見ただけで、また顔を逸らしてしまった。 なにか書物に集中しているようだ。 邪魔にならないよう、俺はそっと神殿をあとにした。 「よし。生まれ変わった気持ちでがんばるかー」 こうなったからには、ここに骨を埋めるつもりでこの村のために働こう。 「おーっし、やるぞおっ!」 「ふー……」 リュウが出て行くと、レキはホッと胸を撫で下ろした。 強ばった体をほぐす。 「一体なにを動揺しているのやら」 リュウに礼を言われて、レキは珍しく動揺していた。 「おまえはこの村に必要だ……か」 「私も恥ずかしいことを言ったものだな」 思い出しただけで顔が熱くなる。 とっさに、村の総意だと責任を転嫁したものの、そのセリフを口にしたあのときは、どんな気持ちだったんだろうか。 思い出そうと思っても、思い出せなかった。 「なぜ顔を熱くしているのだ、私は」 動揺するようなことではないはずだ。 そう言い聞かせるのだが、リュウの顔を思い出すと、なぜだか顔が火照ってくるのだった。 「どうかなさいましたか、レキ様?」 「ギクッ!?」 突然声をかけられて、レキは飛び上がるほど驚いた。 恐る恐る振り返ると、数人の村の娘が入って来たところだった。 「もしかして、お取り込み中でしたでしょうか?」 「い、いや、大丈夫だ。いかがした?」 「はい……あの、実は気になる人がいるんです」 「気になる人?」 そこまで言えば用件は明らかなのだが、レキにはピンと来ない。 「ですからその……その男性が、私のことをどう思っているのか……占ってもらいたいのです」 「要は、彼女の恋の行方を占ってもらいたいのです」 「ああ、そういうことか」 占いならヨーヨードの役目ではあるが、レキも神官であり、一応一通りのことは心得ている。 村の若い娘などは、ヨーヨードではなく、レキに相談に来る者も多かった。 歳が近く相談しやすいということもあるのだろう。 「恋……か」 なぜかレキの頭には、リュウの顔が浮かんだ。また顔が火照る。 「なぜアイツの顔が……」 レキは激しく動揺していた。 「レキ様、大丈夫ですか?お顔が真っ赤ですが」 「いや、これは……」 「先ほど、隊長さんがここから出て来るのを見ましたが、もしかして隊長さんとなにかあったのでしょうか?」 「な、なにもない! なにもないぞ!」 「あやつと私の間に、いったいなにがあると言うのだ?」 レキは、必死に手と首を振った。見るからに過剰反応である。 村の娘たちは、ますますいぶかしがった。 「もしや、レキ様も恋を?」 「は?」 「あ! お相手は隊長さん!?」 「はあ?」 他人の恋の噂は、若い娘たちの好物であるのはよく知っている。 娘達が華やいだ声を上げるのを、レキは別の世界の人間の会話でも眺めるように、不思議そうに見つめていた。 ハッキリ言って、この娘たちがなにをはしゃいでいるのかさっぱりわからない。 「な、なにを言っているのだ?私とリュウがなんだと?」 「レキ様は、隊長さんに恋をされてるのではないですか?」 「はあ?」 レキはアゴが外れてしまったように、あんぐりと口を開く。 「私がリュウを……?」 そして、その言葉の意味に遅ればせながら気がついて、レキはますます顔を真っ赤に染めた。 赤は危険の印である。そして、若い娘は危険なことが大好きなのだ。 「やっぱり!」 「レキ様と隊長さんならお似合いですよっ!」 レキの気も知らず、娘たちはますますはしゃいだ。 レキは眩暈をこらえる。 「な、なにをバカなことを」 「そんなことがあるはずがない。私がリュウに、こ、こここ、ここここ……」 ニワトリのようにどもった。娘たちは目を輝かせる。 「ここ恋などするはずがない!断然ない!」 「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ、レキ様」 「わっ、私が恥ずかしがる!? そそそっ、そのようなことは無いッ! 一切無いッッッ!」 真っ赤な自分の頬に両手をあて、強く首をふる。 彼女の呼吸は、無意識のうちに荒くなっていた。 ぱくぱく口を開け、何度も違うと繰り返す。 「違う! 私はリュウに恋などするわけなどあり得ないのだ!」 動揺のあまり、言葉遣いがおかしかった。頭の中は真っ白である。 レキは、この手の話に、まったく免疫がないのだ。 「そうでしょうか?そうは見えませんが……」 「とにかく!」 「断じておまえたちが考えているようなことはないからな!」 どうしていいかわからず、とにかく強く否定した。 「そういったことを、皆に触れ回ることは許さぬぞ?」 「はい、わかりました」 「絶対に喋りません!」 だが、娘たちの目は爛々と輝いている。 あまり強く否定すればするほど娘たちの好奇心をますます掻き立てることになる。 そんなことも、レキには理解できていないのだった。 「レキ様が隊長さんのことを?」 「うん、そうみたい」 「隊長さんの話をしただけで、レキ様ったら真っ赤になってしまって」 「あんなかわいらしいレキ様ははじめて見たわ」 「レキ様が隊長さんをねぇ。そりゃめでたい話だ」 噂は、ジャングルの熱病のように、あっというまに伝播していく。 たっぷりと尾ひれをつけて。 「さて。ちょっくら見回りにでも行ってくるかな」 「見回り? もう収穫は終わって、農作業もないんじゃないのか?」 アルエは怪訝な顔をする。 今までは、見回りと言えば、農作業の手伝いだったのは間違いではない。 辺境ののどかなこの村では、警備が必要な物騒なことは、そうそう起こりはしないからな。 「ヒマになった村人と井戸端会議でもしに行くのだろう。まあ、おまえには似合いの仕事だ」 「まあそうだな。それも立派な仕事だ」 アロンゾの嫌味な口ぶりも気にならなかった。 言い返さない俺を不思議そうな顔で俺を見返す。 「どうした? 腹でも痛いのか?」 「悪いが絶好調だ」 ますます怪訝そうな顔になる。 「俺は、今回のことで生まれ変わったんだよ」 ささやかなイヤミなんか気にもならない。 「ほう、生まれ変わったのか?」 「村のみんなの気持ちに助けられた」 「みんながいてくれなかったら、俺は今、ここにはいないだろうからな」 「だからこれからは、少しずつその恩を返して行こうと思う」 そう決めたら、迷いはなくなった。今は、以前より気持ちが充実しているくらいだ。 「ふむ。たしかに、少しはいい顔になったかもな」 「殿下」 アロンゾが眉をしかめる。 そのとき、バンッとドアが開いた。 「たいちょー、たいちょー!」 ロコナが駆け込んできた。 「ロコナも張り切ってるな。よし、2人で見回りに行くか」 「へ? いえ、あの、たいちょーにお客さんが来てるんですけど」 「お客? 誰だ?」 ロコナの背後をうかがう。 ドヤドヤと、騒々しい気配が部屋に入って来た。村の人たちだった。10人はいる。 その中心に、レキの姿があった。 「は、離せ! 離さんか!」 レキは、村人たちに押されて部屋に入って来る。 いったいなんなんだ? 「私はこんなところに用はないと言っているのだ」 「まあいいではないですか。少しぐらいお茶でも」 「あ、お茶ですね! すぐ用意しますから!」 ロコナが走る。 「あ、こら、かまうな!」 レキが慌てて止める。だが、ロコナはもう台所へと引っ込んでしまい、レキは椅子に座らされてしまった。 「いったいどうしたんだ?」 「な、なんでもない。なにか誤解があったようだ」 「誤解? なんのことだ?」 「誤解は誤解だ!そなたが知る必要はない!」 赤い顔で怒鳴る。 いつもクールなレキが、今日は珍しく興奮していた。 「隊長さん。隊長さんはレキ様の隣りに」 「は? お、おい?」 手を引かれ、レキの隣りに座らされた。距離が近い。 レキの体からはなんだかいい匂いがした。 って、なに妙な気分になっているのだ俺は。 「おい、これはいったいなんなんだ?」 毅然として娘たちに問う。だが、娘たちは聞いていない。 「ああ、やっぱりお似合いだわ!」 「2人ともステキです♪」 俺とレキを囲んで、わいわいきゃーきゃー。ホントにいったいこれはなんなんだ? 「なんなんだこれは?」 「さあ?」 「お待たせしました〜。お茶です〜」 「って、なんですかこれは?」 並んで座らされた俺とレキ。そしてそれを囲む村人たちを見て、ロコナは目を丸くした。 俺もわけがわからない。 レキは、憮然とした顔でじっと座っている。 「ささ、もっと近くに」 ギューギュー押された。レキの体が、俺の方へと押しつけられる。思いがけずやわらかい。 ……って、なに考えてるんだ俺は? 「や、やめないか! 悪ふざけもいい加減にしろ!」 レキは声を荒らげているが、ありありと動揺が見て取れるのであまり迫力がなかった。 そのせいでか、村人たちを止めることができない。 「まったく仕様のない連中だな」 「リュウ、そなたもなんとか言ったらどうだ?」 「なんとかと言われても、状況がさっぱり飲み込めないんだ。とにかくこの騒ぎを説明してくれ」 「説明と言われても……」 レキはなぜか赤くなって口ごもる。 「隊長さんと、レキ様がお似合いだという話ですよ!」 村の娘の1人が言った。 他人事なのに、なにがうれしいのか。 「俺とレキがお似合いって……」 思わず絶句してしまう。いつのまにそんな話になってるんだ? 「わ、私はなにも言ってないぞ?皆が勝手に勘違いしたのだ」 「なんでそんな勘違いを?」 「そんなことは私は知らん!皆に聞け!」 レキはプイッと顔を逸らす。唇を尖らせて拗ねた仕草が、なんだか子供っぽい。 レキもこんな表情をするのか。 「皆ちょっと落ち着かぬか。いったい何事だ?」 アルエが声をかける。すると、騒ぎはピタッと止んだ。 「殿下、いらっしゃったんですか!」 「お騒がせしちゃってすみません!」 「そんなことはいいんだけどさ」 「リュウとレキがどうこうって話はいったいなんなんだ?」 「皆は、この2人が恋仲だと言っているようです」 アロンゾがもろに言う。ズバリ直球。 「え? そうだったんですか?」 ロコナが目を丸くして俺たちをマジマジと見る。尻の据わりが悪くなった。 「バ、バカを言うなっ!そんなことはないと言ってるだろうっ!」 「なあ、リュウ?」 「え?」 「あ、ああ。たしかにそれはない。誰が言い出したのか知らないが、ただの根も葉もない噂だ」 あまりキッパリ否定されるのも寂しい気がするが、それが事実だからな。 俺の答えに、皆ガッカリした様子で肩を落とした。なんでそんなに俺たちをくっつけたいんだ? 「だいたいだな、私は恋などというものにうつつを抜かしているヒマはないのだ」 「私には、やらなければならないことが……」 レキはそう言いかけて、慌てて口をつぐんだ。 「やらなければならないことって?」 なんとなく気になって聞き返す。 「いや……なんでもない。気にするな」 なんだろう、気になるな。やらなきゃいけないこと…… 「でもでも、私は、レキ様と隊長さんはお似合いだと思いますよ」 「は?」 「私もそう思いますよ」 「なっ……なにを言うかなにを!」 「レキ様は、隊長さんのことはキライなんですか?」 「え?」 動揺したレキは、慌ただしく目を泳がせた。 皆を見、俺を見、そしてどこか虚空を見つめ、それからまた俺に視線を戻す。 「それは……」 俺と目が合うと、レキは気の毒なぐらい真っ赤になった。 「キライなんですか?」 娘が重ねて問う。 村人たちが、レキの次の一言を、固唾を呑んで見守っている。 俺もレキから目が離せない。ドキドキしながらレキの言葉を待つ。 「………………」 レキが目を上げた。俺を見る。 「はぅ……」 目が合うと、また慌てた様子で目を逸らした。 ……やっぱ嫌われてるのかな? 「す、好きとかキライとか、そそ、そんなこと、考えたこともない……」 小さく、消え入りそうな声が答えた。村人たちから、大きなため息が漏れる。 俺も思わずため息。考えたこともない、か。 考えたことがないということはつまり、好きでもキライでもない、特別な感情など一切ない、ということか。 まあ、一番レキらしい答えかな。 だが、つまりは箸にも棒にもかからないということで……ちょっとショックかも。 ミントに感謝しに行くと、大損だったと苦笑いされる。自分でもなぜあそこまでしたのか分からないミント。 それは恋だと周囲に指摘され、ないないと否定するが、妙にすっきりしない。ミントは、リュウのことを色々と考えてしまう。 そうなってくると、今度はリュウの気持ちが知りたくなり、怪しげな薬を使ってリュウの気持ちを探ろうとするのだった。 俺の留任祝賀パーティはつつがなく終わった。 ──ということにしておこう。 途中からただの飲み会と化して、酔っぱらいがまだくだを巻いているが。 「いろいろあったが、やっと落ち着いたかな」 またここで、1からがんばろう。 「ん〜」 でも、まだなにか忘れているような…… 「あ、そうだ。ミントに礼を言っておかなくちゃな」 ミントにはいろいろ世話になったからな。 よし、思い立ったが吉日だ。早速行ってこよう。 ミントの部屋を訪ねてみると、ドアが開いていた。 開いたドアから中を覗くと、ミントの背中が見えた。 「ミント、ちょっといいか?」 背中に声をかける。 「んー? なにー?」 ミントが背中を向けたままで答える。なにやら、紙の束を見つめて難しい顔をしていた。 「なにしてるんだ?」 「うん、ちょっとねー」 「はぁ……」 そして大きなため息をつく。 なんだろうとミントの手元を覗き込むと、それは領収書のようだった。 印されている数字が大きい。そこそこの額の領収書だ。 「どうしたんだ、それ?」 「いや〜、ちょっと使い過ぎちゃってねぇ」 苦笑してみせる。だが、口角がピクピクと引きつっていた。 これだけの額、いったいなにに使ったんだろう。 「それより、リュウはどうしたのさ?なんか用?」 ミントが話題を変えた。それで、ここに来た目的を思い出す。 「あ、そうだった」 改まって背を正すと、俺はミントに頭を下げた。 「いろいろありがとうな。感謝してる」 顔を上げると、ミントはキョトンとしていた。 「なに? どったの、急に?」 「今回の俺の左遷の件では、ミントにいろいろ世話になっただろ。だから、一言、礼を言っておきたくて」 「ああ、そんなことか。別に気にしなくていいよ」 ミントはあっさり言って、くすぐったそうに微笑んだ。 「そんなこと改まって言われると照れくさいって」 「いや、でもホント感謝してるんだ。今、俺がここにこうしていられるのは、ミントのおかげだからな」 「もー、やめてって〜。あたし、そういうの慣れてないからさ〜」 本当に慣れてないらしく、ミントは照れくさそうにボリボリと頭を掻いた。 「あたし、人に感謝されるようなことなんて、今までほとんどしたことないからさ〜」 「そうか?」 「でも、俺のことは助けてくれたじゃないか」 「まあね。そういえばなんでだろ」 ミントが首を傾げる。自分でもよくわかってないらしい。 「こんな出費してまでねぇ」 ミントは憂鬱そうに、手にしていた領収書を見つめた。 「あ。もしかしてそれ、俺のために?」 あの偽造辞令を作るのにかかった分なのか。 「あはは、まあね〜」 「そんなにかかってたのか」 思っていたよりずっと高い。 こう言っちゃなんだが、金にうるさいミントが俺のためにそんな大金を出してくれてたなんて驚きだった。 「お役人て、いい加減なクセにがめついからさ。あちこち根回しするのにけっこうかかっちゃった」 「俺のために、そんなにまでしてくれたのか」 「まったくねぇ。大損だったわよ」 まいったまいったと笑うミント。 「あたしが勝手にやったことだもん。気にしなくていいよ」 片手を振って、ミントは言う。 その姿は、俺の胸にグッと来た。 どうしてミントは、大金を積んでまで俺のことを助けてくれたんだろう? 次の朝。 酒に潰れて泊まっていたジン共々、遅い朝食を食べていた。 そこで、つい俺は昨夜感じた疑問を口にしてしまったのだが。 「それは、ミントさんがたいちょーのことを好きだからじゃないでしょうか?」 「ブーーーーーーッ!!」 ロコナの感想に、ミントは口の中のスープをすべて噴き出した。ちなみに俺も思わず噴き出しそうになった。 それはすべて、正面にいたアロンゾの顔面に。 「ぶわっちっちっち! あっちっち!」 頭から熱いスープをかぶったアロンゾは、おもしろい踊りを披露した。 「こら。食事時に踊るな」 「踊りではありません!! あちっち!」 「で、ミントがリュウに恋をしているというのは本当か?」 自分の部下の災難は放置して、アルエはミントに身を乗り出した。 「な、なにアルエまで……」 「どうなんです?」 ロコナも身を乗り出す。 ロコナとアルエ、2つの視線がミントに突き刺さった。 「な、なにみんなして? 目が怖いよ?」 「色男は憎いのう」 ホメロの爺さんが、ニヤニヤと意味ありげな目を俺に向けた。 「なんの話だ?」 「いや、ワシが若い頃のことを思い出してのう」 遠い目をするホメロ。わけがわからない。 「オレもおまえのことが好きだーーーーーーッ!」 ジンが突然叫んだ。ギョッとする。 まさかのカミングアウトに俺は引いた。 「え? ジンさんて、たいちょーが好き……なんですか?」 「お、おまえ、そういう趣味だったのか!?」 変態だとは思っていたが、まさかそこまでとは。 「いや、まさか。オレのタイプは猫獣人の少女だ。リュウはタイプじゃないぞ」 「じゃあなんだよ今のは?」 「なんかオレだけ置いてかれるのが悔しかったからさ」 「なんだそりゃ?冗談は顔だけにしろ。恐ろしい」 冗談で済むことと済まないことがある。 「で、ミントはどうなのだ?リュウのことが好きなのか?」 アルエが話を戻す。再び、ミントに視線が集まった。 「どうなんですか?」 「どうなんだ?」 俺も思わず身を乗り出してしまう。 みんなの視線を集め、ミントはヘビに睨まれたカエルのように縮こまっている。 「や、やだな〜、リュウまで」 「そんなのあるわけないっしょ〜」 ミントがケラケラと笑い飛ばす。 「あるはずないのか?」 「ないない! 絶対あり得ないって〜!」 「絶対か……」 「だって、あたしがリュウのこと、なんて……あははは、おかしいよ〜」 大笑いしだすミント。思わずガックリ。 ……って、ガックリなのか?俺、ちょっとは期待してたのかな? 「あはは、まったくみんなそういう話が好きだね〜」 「女の子はみんな恋の話が好きですよ〜」 「ボクは女じゃないけどな」 「あたしはね、そんなことにうつつを抜かしてるヒマはないんだよ。いっぱい稼がなくちゃなんないんだからね」 「ミントは色気より金だったな〜」 「そうでしたよね〜。あはは」 「……ほっ」 「まったく色気のないことじゃのう」 「色気じゃ借金は減らないからね〜」 あっけらかんと笑う。 ま、ヘンに色気を出されるより、こっちの方がミントらしいか。 ……ちょっとは残念だけど。 「まったく、みんななに考えてんだかねぇ」 1人、そう言って笑ってみるのだが、ミントはなんだかスッキリできずにいた。 あれからずっと、なんだか胸がモヤモヤしている。 「なんだろ、これ?もしかして胸の病?」 風邪ではない。今までこんな症状が出たことはなかった。 それならこの胸のモヤモヤはなんなのか。新手の流行病か、それとも…… 「よくわかんないけど……」 1つだけ気になることがある。 リュウの気持ちだ。 リュウが自分のことをどう思っているのか……それが気になった。 「あたしばっかり訊かれてずるいよね。リュウはあたしのことどう思ってんのよ?」 思えばリュウは、なんやかんやと自分のためにしてくれてきたような気がする。 過労で倒れ、引き受けた仕事が間に合わなそうな時だって、リュウがみんなに声をかけて間に合わせてくれた。 改めて考えると、いつもそばで見ていてくれるような気がする。 今回ミントが大枚をはたいて動いたのは、そういう借りを返したようなものだ。 「そうだよ。リュウこそ、実はあたしのこと好きなんじゃないの?」 それでなきゃ、あんなに助けてくれるはずがない──ミントはそう考えた。 だって、リュウは自分を助けても、なにも見返りを求めてくるわけでもない。 リュウが朴念仁であり人が好いのはよく知ってる。 それにしたって、なにか下心のようなものがあるのではないか。 ミントにとっては、その方が理解しやすかったから。 「よし! 確かめてやろ!」 「酒?」 「うん、お酒」 ミントが持ってきたのは、毒々しい赤い色の液体が入った瓶だった。 酒らしい。 「これ、王都でも珍しいお酒らしいよ。たまたま手に入ったからさ」 「俺にくれるのか?」 「どーぞどーぞ」 酒瓶を俺に押しつけてくる。 「……金は?」 「え? お金なんていらないよ。なに水くさいこと言ってんの?あたしとリュウの仲じゃん〜」 どういう風の吹き回しだろう。ミントがタダで俺に物をくれるなんて。 ……怪しい。 いや、昼間は違うとか言ってたけど、もしかしてミント、本当は俺のことが? ああは言ったものの、改めて考えてみたら俺への気持ちに気づいてしまったとか? 「なんてな」 どうも妙なことを考えてしまうな。 「なにしてんの? 早く味見してみてよ」 「あ、ああ。じゃあせっかくだから……」 毒々しい色の液体をコップに移す。 しかしこの酒はなぜこんな危険色をしているのだろう?、 1杯煽ってみる。 「ゴクゴク……ぷはー」 「どう? どんな感じ?」 「どんな感じ?」 酒の感想を訊くにしては妙な言い回しだな。 ふつうは美味いかどうかと訊くものじゃないだろうか。 「う……?」 ふと、胃の腑がじわっと熱くなってきた。 口に入れたときは、そんなに刺激が強いアルコールとは感じなかったけど。 ドクンッ……ドクンッ…… 「うう……?」 「どしたの?」 「いや、なんか……」 心臓がドクドクしてきたぞ。なんだこれは? 胃もさらに重くなってきている。 さっき流し込んだ液体が、胃の中で固まって、重くなっていくような感じ。 そしてそれが熱を発している……ような感じだった。全身が熱い。 「ど、どしたの? すごい汗だけど……」 「わ、わからん……なんか、体が熱くて……」 「あの、なんか喋りたくなってこない?自白したいな〜とか?」 「自白? なんだ、それ?」 「う、ううん、なんでもないない!」 「おっかしいな〜?強烈な自白剤だって話なのに」 「な、なんか言ったか?」 「う、ううん! なんでも!」 「それより、ホントに大丈……んぎょっ!?」 ミントが、目玉が落ちそうなほどに目を見開いた。 目を瞬かせて、信じられないものでも見るような目で俺を見ている。 「な、なんだ? どうした?」 「リュウ、アンタ、その顔……」 「顔? 顔がどうした?」 「リュウって、そんなに大きな目だったっけ?」 「目?」 顔を触ってみる。なんだか形がおかしかった。 「お、俺の目って、こんなに切れ長だったっけ?」 「ううん、そんなに切れ長じゃなかったと思う。すごい充血してるし」 「どうしてそんなに大きな目になっちゃったの?」 「それは……」 「ミントの姿をよく見るため、かな?」 よくわからないがそんな気がした。 「あ、あたしのことを?」 「ああ」 「じゃ、じゃあ、その耳は?」 「耳?」 触ってみる。なんだかずいぶん尖っていた。 「あれ? 俺の耳ってこんなに尖っていたっけ?」 「う、ううん……そんなに尖ってなかった、かな」 「なんでそんなにおっきな耳になっちゃったの?」 「それは……ミントの声を、よく聞くため、かな?」 よくわからないが、そんな気がする。実際、ミントの声はよく聞こえた。 息づかいや心臓の音までしっかり聞こえる。 だが、もっとおかしなことが。 「俺の口、こんなに大きかったっけ?」 口が、耳の辺りまで開くようになっている。しかも、犬歯が異様に大きい。 「そんなに大きくなかったし、そんな牙も生えてなかったよ?」 「ああ、これは牙か」 たしかにこれは牙だ。だが、どうして俺に牙が生えているんだろう? 「どうしてそんな牙が……生えてるの?」 ミントも同じ疑問を感じたらしく、そう訊いてきた。その目がなぜか怯えている。 ミントの怯えた目を見たら、なんだかゾクゾクした。 「それは……」 答えた唐突に頭に降って湧いた。 「ミントを食べるためだ〜〜〜〜〜!」 「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」 よくわからないが、ミントがご馳走に見えて、たまらず俺はミントに飛びかかった。 「そ、そういう意味で食べられるのはゴメンだってば〜〜〜〜!」 「どういう意味でもいいから食わせろ〜〜〜!ガオーーーーーッ!」 「ひい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」 「おい、なにを騒いで……」 「なな!? なんだこの野獣は!?」 「ガオーーーーーッ!ガオーーーーーッ!」 「殿下、危険です! 下がって!」 「俺が斬り捨ててくれる!」 「あー! 斬っちゃダメ〜〜〜〜!」 「ガオ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」 「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 このとき、俺が飲まされてたのは、人を獣にするという薬だったらしい。 はた迷惑な。 ミントがなにをしたかったのかは、わからずじまいだった。 花の問題が解決して以来、男に戻ることをためらい続けたアルエ。ためらう気持ちが大きくなり、リュウのことを考えてしまう。 このままじゃダメだと考えるのをやめて、初志貫徹、男に戻ることを決意するアルエ。レキの手配で薬は用意できたのだが…… 手違いでそれをリュウが飲んでしまい、女になってしまう。村は大騒ぎになるがちょっとだけホッとしているアルエ。 こうして村に、男になりたい(戻りたい)女が二人誕生するハメになってしまうのだった。 花のエキスを飲むべきか悩んでしまい、花占いならぬタマネギ占いをするアルエ。大量に剥かれ夕食に使用されることに。 翌日になっても悩み続けるアルエに、リュウはタマネギを大量に剥いていたのを反省していると勘違いするのだった。 「はううぅぅぅ〜〜〜〜」 元気がないアルエにリュウは…… プチッ、プチッ、プチッ…… 「飲む、飲まない……飲む……」 世の中には、花占いなどというものがあって、花びらをむしっては、答えを得ようとするものだ。 まさに今アルエは、それに準じたものを行っていた。 「飲まない……飲む……飲まない」 プチッ、プチッ、プチッ…… ――ゴロン…… 「うっ! もう剥くものがないじゃないかっ!」 花の代わりにされたタマネギ…… いや、タマネギの残骸がベッドに転がる。 「くぅ……っ、答えが出ない上に、どうしてこんなに涙が出るんだ〜〜っ!」 部屋の中には、タマネギ特有の目にしみる臭いが漂う。 「役たたずめっっ!!!」 アルエはベッドの上で地団駄を踏んだ。 「あの〜。だれかタマネギを知りませんか〜?」 ん? どうした? 「夕食の材料なのに、タマネギが消えちゃったんです」 「ええ〜っ、それじゃあご飯はぁ?」 「それは大丈夫です、作れますよ」 「ホロホロ鳥の塩漬け肉と一緒に、お料理しようと思ってただけだから……」 「でもどこいっちゃったんだろうなぁ?」 不思議だな。 タマネギ泥棒なんて聞いたこと無いぞ。 「どっか、転がってないか?」 「ないんですぅ」 「俺も一緒に捜すか」 よっこらしょ。 どうせ、晩飯まで手は空いてるし。 「しゃーないなー」 「あたしも捜してあげよー」 タマネギ捜索部隊の完成だ。 「……何をしている?」 「いいところにきた、アルエ」 「今晩の飯の材料だったタマネギがどっかに消えたんだよ」 「一緒に捜してくれないか?」 「タマ……ネギ?」 ん? なんかアルエが変な顔をしてるな。 元が可愛いから、そういうのも可愛いけど。 ……って、本人は『ボクは男だ!』って言ってるんだもんな。 はい、可愛いは禁句ー。 「ごめんなさい、アルエさん」 「見つかったらすぐに、ご飯の用意しますね」 「あ……えっと、その、なんだ……」 「ん? どうした?」 「タマネギなら、ボクがすでに剥いてある」 「えっ!?」 「ロ、ロコナの手伝いだ!」 「手伝ってやろうと思って、部屋で剥いてやったんだ、文句あるか!」 なんで、真っ赤になって言うんだ??? 「なんで、部屋なの?」 「そうだな、台所で剥けばいいじゃないか」 「うっ!」 「う、うるさいっ!」 「タマネギを剥くのに神経を集中したんだ!」 タマネギを剥くのに、神経集中〜? 「ボクの部屋に剥いてあるから、リュ……リュウが取ってこい!」 俺かよ。 ……まぁ、いいけどさ。 どうせなんか、他の理由でタマネギを部屋で剥いたりしたんだろう。 「ま、いっか」 「無事に見つかったんだし?」 ミントもちょっと肩をすくめて、テーブルに戻る。 バレバレだよな、アルエのつく口から出任せのアレコレなんかは。 「あの、アルエさん……」 あ、ロコナやめとけ、突っ込むなって。 「な、なんだ!」 「あ……ありがとうございました〜〜!!!」 「ふえっ?」 「お手伝いをしてくださるなんて、本当に嬉しいです、ありがとうございますっ」 「う、うん……まぁ、ちょっとだけどな」 「今晩はお礼に腕をよりをかけて、ご飯を作りますね〜♪」 「う……ん、頼む……」 アルエがしどろもどろになっていく。 ロコナ……おまえは素直すぎるぞ! 「感激です、アルエさん」 「う、うむ……」 「本当にありがとうございます♪」 「う……うぅぅ〜」 アルエの額に、キラキラと輝く汗。 知ってるぞ、ああいうのを脂汗って言うんだ。 なんか、このままじゃアルエがどんどん挙動不審になりそうだな。 そろそろ助けておくか。 「とにかく、そのタマネギは俺が取ってくればいいんだろ」 「ロコナも台所で待っててくれよ」 「そうだ、ほら早く!」 アルエが俺を追い出すようにせっつく。 「はいはい」 ……そのあと、俺はアルエの部屋でタライに山盛りになったタマネギを見つける羽目になった…… りょ……量を考えろよっ!!! 昨日のタマネギ山剥き事件の真相は闇のままだ。 うう……腐る前に食べないとって、ロコナが必死でタマネギ料理を作ったからなぁ。 食いましたよ、もったいないから! どうしても食べきれなかった分は、酢と香辛料に漬けて、保存食となったが。 「うぇっぷ……」 なんか体の奥から、タマネギ臭がするような……! 「うう〜〜」 「はあああぁぁぁ〜〜〜」 「…………」 「ふうううぅぅぅ〜〜〜」 なんで、朝からアルエが俺の後ろをくっついてきて離れないんだろ。 アルエのため息が背後から漏れるのは、これで14回目だ。 ちなみに、アルエの後ろには当初アロンゾがくっついてた。 いまはアルエの命令で兵舎の中だけど…… 「はううぅぅぅ〜〜〜〜」 「???」 タマネギ地獄の原因になった本人は、なぜか朝から元気がない。 もしかして、昨日のタマネギを反省してるのか? それで落ち込んでるとか? 「…………」 下手に声を掛けない方がいいよな? こういう時のアルエは、破裂する寸前の風船みたいなもんだ。 声を掛けたが最後、怒り出す。 「うう〜〜〜〜っ」 俺の前では、まだアルエが唸ってる。 しばらく放置、放置。 ……………… ………… …… 「はふうぅぅぅ〜〜〜」 ……うーん、だめか。 このままじゃ、夜になるまでため息をついてそうだ。 俺は思いきって声を掛ける。 「なぁ、アルエ。もうタマネギのことはいいから、ため息は終わりにしないか?」 「ため息は、タマネギのことじゃない」 「じゃあ、なんだよ?」 そんなに物思いに沈むことがあったのか? 「うっ……それは」 「それは?」 やっぱ一声掛けておくか。 「昨夜のことなら気にするなよ」 「は? なんのことだ?」 「タマネギを剥きすぎたことで落ち込んでるんじゃないのか?」 「タマネギ? ……ああ、美味しかったな、夕飯」 んん??? なんか話が通じないぞ? 「おいおい……さっきのため息って、タマネギ事件の反省のもんじゃないわけ?」 あの山盛りタマネギの処理がどれだけ大変だったか。 「あ、ああ……タマネギか」 「……んもう、どうしてボクはタマネギなんか」 「そうだ、タマネギだぞ! タマネギ!タマネギなんかで、決めることじゃないだろう!」 「なんだか、よく分かないぞ」 「どうしてわからないんだっ」 「ボクがため息をついてたのは……!」 「ついてたのは?」 なんだろう? 「だから、陽の花を……、花を……っ」 花って言えば……ああ、あの男女転換の秘薬。 「そういえばまだ薬飲んでなかったな」 「ぐっ!」 そうだよな。 俺の目から見たら、アルエはどこからどうみても美少女に他ならない。 本人はいたって真面目に、男だと主張するけど。 なんか色々なことを見てたら、男……とは、思えないんだよな、実際。 たとえば今みたいに、なんか1人でグルグルして突っかかってくるときとか。 ほっぺたが桃色に染まってたりして本人の主張を無視したら、うん、すごく可愛い女の子だ。 それに……おっぱいとか…… 「うっ……やばい、思い出した」 大きかったよな、おっぱい。 あれが本人納得のものじゃないのか。 も、勿体ない……! 「おい、どこを見ている!」 「うあっ! なんでもない!」 やばいやばい。単なる痴漢だ、これじゃ! 「〜〜〜〜っ!」 うわあ……すでに痴漢扱いの目が突き刺さってる。 「あっちに行く! ここじゃ考え事も出来ない!」 「あっ、おいっ!?」 すったかすったかと兵舎に戻る後ろ姿を見送る。 「ていうか……」 何でわざわざ俺の後ろをついてきて、あの秘薬のことを考えてたんだ? 「???」 疑問だけが残った。 ドカッ、ガスッ! 「むかつく、むかつく、むかつく!」 アルエはベッドの脚を、蹴りまくる。 「仕方ないだろう!なかなか決められないんだから!」 元々、アルエがポルカ村に来たのは性別を変化できるという薬を得るため。 そして幻の花は手に入り、薬だっていつでも飲める。 それなのにどうしてか、愚図愚図してる。 「ボクにだって、分かるものか!」 昔から、早く男に戻らないと……って、思ってた。 母上を守るために、男に―― それなのに、どうしてだ!? 苛立ってきて、また脚を振り上げかけたとき。 なぜか、アルエの頭の中にリュウの姿が浮かんだ。 「ううっ!」 どうしてか、胸がドキドキする。 こんなの初めてだ。 「ボクは何か悪い病にかかったのか?」 男に戻ることを考えると、なぜかリュウの顔が浮かんで、二の足を踏む。 「う……うううぅぅぅ〜〜〜!!!」 また胸がざわざわと騒いで、どうにかなってしまいそうだ。 「これじゃ、まるでリュウの所為で男に戻るのを迷ってるみたいじゃないか!」 「そうじゃないぞ! ただ時期を見てるだけだ!」 だいたい、自分は男なのだ。 そう、男、男、男! アロンゾや父上がいくら『そんなことはない』と言っても、あれだけ男だと主張してきたんだ! 「リュ、リュウは、ボクにとって……」 アルエにとって、リュウは―― 「〜〜〜〜っ!」 「し、親友だ。仲間だ。そうなんだ!」 これは男の熱い友情が、ちょっと激しくなっただけなんだ。 リュウの傍にいたら、なんとなく落ち着くとか。 目が合うと、胸の奥がぎゅっと締め付けられたりとか。 「友情だ!」 森の中で空を見上げながら、亡き母の思い出話をしたときに、そう言ったのは自分だ。 「親友だっ、そうなんだってば!」 このままだと、男に戻る決心がぐずぐずに溶けて流れてしまいそうだ。 「ううう〜〜っ!」 そんなの、今までの自分の人生全否定だ。 それなのに……! 「駄目だ、駄目っ!」 「――薬を飲むぞ!」 それしか道はない! このままでいたら、なんだかどんどんと自分が知らない人間になっていってしまう。 「善は急げだ!」 アルエはマントをひっつかむと、兵舎を飛び出した。 「さぁ、飲むぞ」 レキの所へと駆けていって、とにかく早く薬を渡せと告げた。 液体の入った容器を渡され、急いで帰ってきたのだが…… 「さ、さぁ、飲むぞ!」 「…………」 「飲むったら、飲むぞ!」 「う……ぅぅぅ〜〜〜」 さっきからこれの繰り返しである。 「もちろん、ボクは薬を飲む」 「でも……それならば、まず服を着替えよう!」 男に戻る瞬間は、ちゃんとした礼服でいたい。 「薬から逃げるとかじゃないからな!」 誰もいないというのに、宣言すると、アルエは薬をテーブルに置いたまま、部屋へと戻っていった。 ……………… ………… …… 「あ〜あ……今日もよく働いた」 村の家で、棚が落ちてきたって事件発生。 ポルカ村じゃ、そんなのだって事件だ。 農耕具を持つよりは、木槌の方がよっぽど扱いやすい。 『お疲れ様』といって出された、蜂蜜入りのしょうが茶は美味しかったけど。 やっぱり帰ってくるまでに体が冷え切った。 う〜〜サブサブ。 この時期からこんなで、越冬できるか? 兵舎の中で凍死……なんてのはやだなぁ…… いやまぁ、暖炉もあるんだしそんなことあり得ないけど! 「うう〜〜、暖炉サマサマだ」 パチパチと薪が爆ぜる音を聞きながら、炎で手を温めた。 「あったかくはなってきたけど……」 次は喉が渇いた。 うーん、なんか飲み物無いかな? 辺りを見回す。 「あ、あるじゃん」 なんでこんなところに、カップが? しかも何か入ってる。 ……いかにも、やばいもんだな。 騙されないぞ、俺は。 鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。 「……おっ♪」 なんかすごい甘い香りがした。 蜂蜜入りか、なんかかな? 「うーん、誰もいないし」 1杯くらい貰ってもイイだろ、と言い訳をして、俺はカップを手に取る。 「……ゴクッ、ゴクゴク……!」 お……! あの甘い香りの通り、美味…… いいいいい〜〜〜? 「う、うええええ〜〜〜〜っっ!!!」 美味くない! 全然美味くない! 匂いは甘いのに、味激マズ! 「ぺっ、ぺっ、ぺっ……!」 なんだ、これっ!? 目の前がチカチカする程の不味さ。 逆にスゲえ! 「ふぐぅ〜っ、んぐ〜〜っ!」 なんか口直しになるものはないか!? 「う……っ、ぅ……っ」 いかん、足に力が入らないぞ。 机に縋り付いて、中腰になる。 う、うええええ〜〜〜、気持ち悪いぃぃ。 机に縋り付いて七転八倒するところに、廊下からロコナとホメロの話し声が聞こえる。 『ええっ!? 痔のお薬ですか?』 『そうなんじゃ、そこのカップに入れさせてもらったぞい』 『ンもう〜〜、そんなことしちゃ駄目ですよ』 『大丈夫じゃ、単に患部注入用の水薬じゃからの』 『余計に駄目ですぅぅぅ〜〜〜!』 ……カップ? 俺のすぐ傍に転がってる……カップ。 ……!!!!! もしかして〜〜〜!!! 「☆#%○’&$`▲%〜っっ!!!」 水ッ、水くれっ! 誰か〜〜〜! いや、もう贅沢なんて言わんっ。 とにかく胃の中のものを少しでも薄めないと……うげぇぇぇっ!!! テーブルに半分突っ伏しながら、辺りを探る。 すると机の上にあった、何かの瓶が手に触れた。 ちゃぽちゃぽと水の音がする。 「ふぐぅぅ〜〜っ」 誰の飲み物か分かんないけど、とにかく今は、いただくぞ! 「うぷっ……ゴクゴクゴクッ!」 瓶の中の液体を、一気に飲み干した。 「ぷはっ!」 こっちは、随分フローラルな薫りだったな。 でも味は悪くない。 むしろ……美味い。 「ちょっと口の中がましになったな」 いや、かなりイイ。 「もうひと瓶くらいないのか――」 ――ドクン! 「な……んだ?」 ――ドクン! ――ドクン! ドクン!! 「うっ……んあっ!?」 なんだ、この息苦しさ!? ――ドクン! ドクン!! 体中が、心臓になったみたいな……!? 鼓動が全身を震わせる。 なんだ? ……なんなんだっ!? 視界が歪む。滲む。蠢く。回転する。渦巻く。 「う……っ、かはっ!!!」 俺は突然訪れた謎の衝撃に耐えきれず、そこでばったりと倒れてしまった。 …………………… ………… …… 「ん……?」 今のは一体なんだったんだ……? 口の中が粘っこくて気持ちが悪い。 「ううっ……とにかく口をすすぎに……」 「!?」 なんで俺の声こんなに高い?しかも、なんか胸がまだドキドキしてる。 起き上がろうとしながら、俺はなにげなく自分の胸に手をやった。 ――むにゅっ☆ 「!!!!!」 いま、なんか、あってはならないものを。 ふれてしまい……ました〜〜〜っ? 「まさか……!!!」 もう片方の手も、そっと胸に持っていく。 ここには何も無いはず、無いはず…… ――むにゅ☆ 「……やわらかい……」 「…………」 「ぎゃあああ〜〜〜〜〜〜!!!」 絹を引き裂くような悲鳴が響いた。 俺、女になってる!!! 俺が口にしたのは、アルエが飲むはずの、あの薬だった。 幻の青い陽形の花より作られた性別を転換させる薬。 おかげで、俺は女に大変身。 悲鳴に飛んできたみんなに、俺がリュウと信じて貰うのがどれだけ大変だったか! そして、大変なことはそれだけではなかった。 俺の飲んだ薬の材料になる青い陽形の花は。 1年に一度しか咲かない――『一夜草』。 レキが作った薬のストックは、アルエに渡したもののみ。 たったひと瓶だけ。 俺が男に戻るための薬は――なかったのだ!!! 女になってしまったリュウは途方に暮れていた。次の花が咲くまで待たなくてはならず、散々、周囲にからかわれオモチャにされてしまう。 そんな折、王都からまたしても手紙が。それはアルエに宛てた帰還命令だった。アルエは理由を付けて、リュウを連れていくことにする。 リュウは断ることもできず、一縷の望みをレキとホメロに託して、王都まで同行することになるのだった。 「はふぅぅ〜〜〜」 「ほへ〜〜〜〜〜〜」 「ふみゅぅぅぅ〜〜〜」 漏れるのはため息ばかり。 まさか、まさか……自分の身にこんなことが起こるなんて、誰か想像してる!? 「うっ……」 項垂れると、同時に胸が揺れる。 視線を落とせばそこには豊かな胸の谷間。 「俺、意外にでかい?」 ロコナくらいか? はは……自分で揉んじゃうぞ〜〜! …… …… む、むなしいっ! 「最長であと1年って……マジかよ」 レキ曰く、人工で開花させられるらしいが、うまくいかなかったら次の花が咲くのは1年後。 それまで俺はこの姿ってことだ。 「信じられん……くそ〜」 「やは〜、なんか暗いな?」 「……なんだよ」 ジロリ。 ひょっこりと現れたジンを睨み付ける。 「睨むなよ〜、オレ達親友じゃん?」 「むしろ、心友? 心の友?」 「いつ?」 「まぁまぁ、気にしない」 なぜか異様にさわやかに笑って、ジンが俺の肩に手を置く。 「なんなんだよ。用件を言えって」 「リュウ君の女体化記念として、一緒に温泉に入りに行きま――」 「死ね、このボケーーーー!」 「ふぎゃっ!」 「おまえは人間の女の子には興味がないんだろ!」 「なんで、温泉になる!?」 まさか宗旨替えか? 「もちろん無いけどさ」 「なんていうの? 流行の女体化?」 「猫獣人愛好家たちで作る会報誌の中でもさ、今流行ってんだよ、女体化空想小説が♪」 「ここはほら、実地でレポートすべきじゃない?」 「女の子に変わって戸惑っている姿とか、ほら克明にノンフィクションで綴るべきでしょ?」 ほう……そうか。ジンがそんなに主神リドリーの御許へ行きたがってたとは知らなかったな。 「え? なんだ? なんで拳を握るわけ?」 「うっさい、ちょっと相手しろ!」 「ストレス発散だ、拳で勝負だ!」 ノリがアロンゾレベルだ〜、ちくしょぉぉ〜〜っ! でも憂さ晴らしをしなきゃ、やってられっか! 「俺はこんな格好で1年待機なんだぞ〜っ」 「だから勝負だーーー!」 「うわわっ! ちょっと待った〜〜!」 「オレ、なんか悪いことした〜?」 アロンゾ系思考回路になった俺と、逃げまどうジンとがもみ合う場面が、しばらく兵舎の前でくり広げられた……。 とにかく、こんななりになっても俺は国境警備隊の一員だ。 村の見回りをさぼるわけには…… ……って、いうほどの熱血でもないんだが。 兵舎でゴロゴロしててもしかたない。 だから、こうして見回りに出かけたってわけだが、案の定というか……俺の女体化を知った村人達に、取り囲まれたんだ。 「あらぁ……本当に女の子になっちゃったんだね」 「はぁ……よろしくお願いします」 何をよろしくしてもらうか分からんが。 もう、疲れて思考能力0です……。 「ねぇ、隊長さんって女の子になったらけっこう美人だよねえ」 「そうだ、化粧しないかい? 化粧!」 「うちの娘の化粧道具を使ったらいいよ!」 「いっ、いえ、それは結構ですっ!」 なんでこんなにノリノリなんだ? ……と言いたいところだが、よく考えたら当り前だ。 平穏無事が常に冠されてるポルカ村。 それは逆にいえば、刺激に飢えてる状態。 そんなところに、この姿の俺が現れれば、村人の好奇心を刺激するのは当然だ。 「あら、遠慮しなくてもいいじゃない」 「ちょっと〜、みんな聞いておくれよ〜〜!」 「今から隊長さんを着飾るよ〜〜!」 な、なんですと!? 「俺は仕事があるんで〜〜っ」 「気にしない気にしない、一日くらいお休みよ♪」 さっきの声かけに、ぞろぞろと村人が集まってくる。 「ちょっ、待っ……うわあああ〜〜っ!」 俺はそのまま民家に連行されて…… うっっ、その後のことは聞いてくれるなっ!!! 「安全地帯は、ここくらいか」 さすがに兵舎の中までは、悪ノリした村人も突入してこない。 ああ……疲れた。 とにかく部屋に帰ろう…… 帰ってきて、ベッドにドスン。 うっ……胸が揺れる。 ホントのホントに女になってしまった。 襟ぐりを引っ張って、胸元を見る。 「ある……っ!」 そして、とっても肝心の場所に手を…… 「ああっ、無いッ!!!」 無い、無い、無いんだ! 豊かなおっぱいが生えたのにはどうにか我慢できるとして。 どうしてもここだけは、ショックを隠しきれない。 生まれてこの方、初めての感覚。 スカスカするんだ。 股間がスカスカするんだ〜っ! ああ、無いんだよ、アレも無いんだよ〜〜っ! そりゃ性転換してるんだから、当り前だけどでも、このショックが分かろうか? 「俺、一体どうなるんだ……?」 尋ねるまでもない。 きっと一年近く、このままなんだ! 「ああ〜〜〜……」 なんで、あんな薬を飲んじまったんだ! 部屋の中にいても、結局悶々するだけだ。 俺はのそのそとホールへとやってきた。 ホールにはちょうどアルエが1人で居た。 「どうしたんだ、疲れた顔をして?」 ……おまえが言うか? 「なんだ?」 「どうもこうも、この体の所為だろーが!」 この胸、この股間! 俺の人生未来予想図にはなかったことだ。 ……もちろん、左遷の事件だってなかったけどさ。 「なかなか不便だろう」 「気持ちはよく分かるぞ」 アルエが腕組みをして、おっぱいを両側から押し出すような仕草をする。 見ていてあんなに楽しいと思えていた、女の子のおっぱい。 でも、実際は走るときには邪魔。うつぶせに寝るときにも邪魔。 結構大変だった。 「でも、これで薬が本物と証明されたな」 「本当にあったんだな……この秘薬」 「ホントにすごいよ」 それは本音で感心する。 「そういえば、さっきから兵舎の裏で何か変なうめき声が聞こえるんだが」 「うめき声?」 「ちょっと見てくる。不審者かもしれない」 兵舎裏。うめき声……? 「あ、ちょっと待った。それって……」 俺は慌ててアルエを止めた。 ……………… ………… …… 「あ〜、酷い目にあった」 「着いた早々、リュウに虐められんだもんな」 人聞きの悪い。 捕まえた後に、縄で縛り上げて裏庭に転がしておいただけじゃないか。 「まぁ、それはさておき。とりあえず、用事があったので皆様にご報告」 ホールには、みんなが集まってる。 「ホントに何か用事があって来たのか?」 てっきり俺をからかいに来ただけだと思ってた。 「オレの用事はちゃんと別にあるんだって」 「はい注目!」 ジンが布に包まれた棒のようなものを、ぶんぶんと頭上で振りまわす。 「ほれ、はよ言わんか」 「年寄りに残された短い時間を無意味に使わせるでないぞ〜」 「はいはい」 「……ジンが持ってくるっていうと、なんか嫌〜〜な予感がするのよねぇ」 「ひどー。オレの評価って何さ?」 「だってホントじゃん?」 確かに合ってる。 「とにかく早く言えよ」 もったいぶってんなって。 「ほいほい。ジャジャーン!」 「またアルエ殿下に書状が来ました、BY国王」 ああ、BY国王ね…… 国王〜〜〜!? 「国王陛下からの書状かっ!」 「伯爵公子ともあろうものが、国王陛下からの書状をそのように扱うとはなんたることかっ!」 ただいまのジン。見事に振り回してます、国王陛下からの書状。 「こわっ!」 「って、ことで……はい☆ 受け渡し」 なんだか軽い扱いで、書状をアルエに渡す。 「父上の手紙か……どうせまた小言でも書いてあるんだろう」 蝋で封のされた書状は、王家の象徴である赤龍の印影が浮き上がってる。 美しいリボンで封をされたそれを、アルエは細い指でほどいて、国王陛下からの手紙をひろげる。 「…………またか」 アルエの顔が不機嫌そうに歪む。 「前と同じことを繰り返して……父上め〜っ」 って、ことは。以前のように、姫として生まれた〜と始まり、アルエへの切々とした愛の訴えが延々と続く。 そして、おまえは女の子だよと続いて、とにかく帰ってこい、が基本内容らしい。 「帰れだって? 冗談じゃない!」 「しかし、殿下……そろそろ」 「呼び出しって言っても、どうせくだらないパーティーとかに決まってる」 「でも、国王陛下から2回も呼び出されてるのに、無視してるってのも怖いよな」 いくら父親とはいえ、相手は国王陛下なんだ。 「……でも、帰るのは嫌だ」 アルエがぶうっと膨れてしまった。 「あの……無視すると怖いって、もしかしてアルエさんが罰を受けるんですか?」 「いや、どうだろうなぁ〜?」 任命式の時とかのやりとりを考えると、国王がアルエをものすごく大事にしているのはもう、言うまでもない話。 あ、でも…… 「逆恨みでポルカ村になんかされたりして」 「えっ! ポルカ村に!?」 ロコナが真っ青になる。 「いやいや、冗談だって」 いくらなんでも国王が、大事な己の国民を無意味に虐げるわけが無い。 「なぁ、アルエ?」 「うっ……ううぅ〜」 「アルエ?」 おいおい、なんでそんな顔してるんだ? 間違ってニガモモでも食べたみたいじゃないか。 ちなみにニガモモってのは、その名の通り超絶に苦いモモ科の果物だ。 「父上は……ちょっと、子供っぽいところがおありになる」 「子供っぽいのではありません、殿下」 「殿下を愛してらっしゃるからこそ、時々、とても……とっても……」 おい、そこで切るなよ! 「……お、お元気になられるのです!」 うわぁぁ〜〜。 なんか選ぶ言葉が見つからなかった感、ありあり! 「……うーん、手紙も泣き言が多くなってきてるな」 アルエが俺に手紙を渡す。 見ていいってことらしい。 目を落とすと……う、うん、確かに。 アルエを説得してる内容が、以前の手紙の3倍くらいに膨れあがってる。 なんか切れる寸前? 「さすがにポルカ村に迷惑はかけられないな」 アルエが小さく唸る。 「でも……、でも……っ」 チラッ…… 「ん?」 なんでか、アルエが俺を見る。 「ボクは、その……」 「まだ、ここに居たい……し」 「で、でもそれは薬のためだからな!」 「薬を手に入れるために来たんだから、手に入れられないなら、まだ帰れないってことだ!」 俺がたったひと瓶だけの薬を飲んじゃったからなぁ。 「あの、お薬ならちゃんと届けますよ」 「そうよね、あたしが持って行ってもイイし?」 「う……っ!」 「でも……帰ってしまったら、もう会えなくなるじゃないか!」 「ほえ?」 そう言われてみれば、そうだ…… 王都とポルカ村は遠い。 しかもアルエは王族……王女殿下だ。 もし王都に帰ったら、もう会えないかもしれない。 俺なんて、左遷でポルカ村に飛ばされた身。 王都に戻ることなんて、当分無いだろうし、そうなったら、アルエともここでお別れ…… 「…………」 突然、胸の奥に穴が空いたような気分になる。 そこから、ひゅうひゅうと、冷たい空気が漏れる。 「そうだよな、会えなくなるな」 「あ……あのっ、会えないと思うのは誰、というわけじゃないぞ!」 「ここのみんなと、だ!」 しんみりした俺とは対照的に、アルエはなんだかどんどんと赤くなっていく。 ん……? なんだろ? 思わずじっと見つめてしまうと、目があったときになぜか睨まれた。 「そうだ……いいことを思いついたぞ」 「リュウも一緒に来い!」 「だったら、王都に帰る!」 「あ〜、なるほどなるほど……って、俺!?」 なんで、俺!? いや、指名されるのは全然嫌じゃないけど。 「殿下、それはいけません!」 「ドナルベインは、ここの警備隊長です!」 「しかも殿下に不敬を働き、その罰として左遷されたのですよ!」 ……左遷……久しぶりだなぁ、その罵り…… 慌てるアロンゾに、アルエは引く様子はない。 「1人で帰っても退屈なだけだ」 「だから、退屈しのぎにリュウも来るんだ!」 「え、でも、俺は警備隊の……」 勝手に、離れちゃまずいだろ? 「ボクが言ってるんだぞ!」 「でもなぁ」 「ボクが男に戻れるチャンスを潰したのは誰だ?」 う! 「あの薬、飲んじゃったのは誰だ!?」 「そ、それは俺だけど……」 でも、最近は男に戻る話もしてなかったし。 まさかあの薬が身近にあるなんて、思いもしないだろ!? 「とにかく、ボクはリュウを連れて行くぞ」 「殿下、本気ですか!?」 「ああ、そうでなきゃ帰らない」 急展開に、俺は目を白黒させるだけだった。 あれから、数日後―― 「それじゃあ、またな!」 なんでか晴れやかな笑顔のアルエ。 アロンゾは当然のように、側に立つ。 「気をつけてお帰りを」 「例の薬は、出来るだけ早く仕上げられるように、私も尽力する」 「よろしく……」 「ホメロさん、ちゃんとご飯を食べて、夜には温かくして寝てくださいね」 「ほいほい」 「あ〜、村のみんなにもよろしくね!」 「伝えておこう」 「ねぇ、やっぱオレも馬? 馬車とか駄目?」 ……うるさい。 「では、出立!」 アルエの元気な声が響く。 俺達は、強引なアルエの提案によって、かなりの人数で王都へと向かうことになった。 ポルカ村は収穫も終えて暇な時期。 まだ王都に行ったこともないロコナと。 もとは王都で商売をしていたミント。 なんでか着いてきたジン。 そして―― 「ほら、行くぞ、リュウ!」 アルエの絶対的な意志で、引っ張り込まれた――俺。 「んまぁ、王都も久しぶりだしな」 この姿じゃ、誰かに会うわけにもいかないが。 でも懐かしい気持ちも生まれてきてる。 「女になったのは、もう割り切るか」 とにかく、次の薬は永久に出来ないわけじゃないんだし。 「頼むな、レキ!」 「了解した」 「ホメロも、警備隊のこと頼むな」 隊と言っても、ホメロ1人だけど。 「まかせておけい」 「よし……」 「行くか!」 用意していた馬に飛び乗る。 ……ろうとして、足の長さが足りなかった。 「何をしてるんだ? 馬にしがみついて」 「気……気にするな」 くそっ、男と女じゃ足の長さとかが違うんだ! やっぱり、一時でも早く男に戻るぞ! ああ、戻ってやるとも〜〜〜!! アルエがポルカ村に来たときのような。 そんな熱い決意を、俺も辺りに振りまいた。 王都についた一同は、アルエの希望でまずは城ではなくミントの家に厄介になることに。 『これが下町の庶民生活か!』と浮かれるアルエだが、リュウは相変わらず女である自分に辟易してしまう。 普段なら絶対にできない、王都下町の散歩がしてみたい……という希望に沿って、リュウたちは王都のバザールへ。 ロコナたちとはぐれ、二人っきりで楽しい庶民生活社会見学をしていると、アルエを狙う刺客が現れるのだった。 活気に満ちた人々のざわめきが、辺りに響いてる。 今からどこかに出かけようとしている家族。 仕事の荷物を抱えた職人。 これからデートでもするのか、人待ち顔の女の子。 せわしなく走っていく男。 「王都だ……」 懐かしいな。 放り出されてから1年も経ってないけど、なんかすごく懐かしい。 「ほえ〜〜〜」 ロコナはポカンと口開けて、辺りを見渡してる。 「こんなに人がいるなんて、お祭りですか?」 「別に普通よ、これくらい」 「ふええぇぇぇ〜〜〜」 そうだよな。 ポルカ村のお祭りの時だって、こんな人は集まらない。 王都ってのは、それだけ都会なんだ。 「ああ〜、久々だな。この活気」 そういえば、ジンは貴族だから、王都にももちろん来たことがあるんだよな。 「微妙に空気の悪いところが、なんともまたいい!」 いいんかい。 「すーはー、すーはー……うーん、まずい!」 深呼吸をして文句を1つ。 でも、ちょっと頷ける。 王都を離れて少ししか経ってないのに、ポルカ村の新鮮な空気を吸い慣れてたせいか、なんかほこりっぽいんだよな。王都って。 「ほう……ようやく、王都か」 「お疲れでしょう、殿下」 「いいや、大丈夫だ」 アルエとアロンゾは普通だな。 そうだよな、2人には地元なんだし…… 「で、ここはなんだ?」 「いやに人が多いな、祭りだったか?」 「はぁ!?」 なんでアルエまで、ロコナと同じことを?王都出身だろうが。 「殿下、ここは単なる広場です」 「毎日これくらいの人出があります」 「そ、それくらいは知っている!」 「人が多いから、祭りだと推測したまでだ」 「その……本日はたんなる平日です」 「うっ! それもわかってるぞ!」 「ちょっと予定を勘違いしただけだ!」 「…………」 アルエは王女なんだから、外を頻繁には歩き回らないか。 多分、広場なんかには来たこと無いか、来ていても、ちょっと通って目にしただけ。 物見遊山レベルはロコナと一緒だ。 「さぁ、殿下。王都まで無事に戻って来れました。早く城へと帰還いたしましょう」 さて、そうなると、俺達はどうするか。 「これだけの人数が宿に泊まったら高いよね」 「そうだなぁ」 ジンはこっちで貴族の知り合いの家にでもやっかいになりゃいいけど、俺達は無理。 俺の両親は田舎に引っ込んで養蜂家してるし。 ま、もしも王都にいたとしてもこんな姿じゃ帰れない。 ひとり息子がひとり娘になってるんだぞ。 阿鼻叫喚だよな。 ……いや、面白がられたらどうしよう? ちょっと不安。 ミントは元々こっちに家があるからいいとして。 「俺とロコナは、宿か……」 ううっ、金が保つだろうか? ちょっと青くなる。 「宿泊代が心配なの?じゃあ、あたしん家に来る?」 「えっ?」 「宿屋なんかよりも、よっぽど安くしとくよ!」 「まじで?」 「あたしも兵舎にロハで泊めてもらってたし?」 でも労働ではらってたが。 「受けた恩義は返さなきゃ」 「ありがとうございます!」 「正直助かる」 「はいはいはーい。だったらオレも」 「おまえはどうにかなるだろ?」 「だって、そっちの方がおもしろそうだろ」 「オレはちょっと朝飯が出て、昼飯が出て、夕飯が出て、お風呂があって、ベッドがあれば全然っ、大丈夫だから!」 「おまえなぁ」 要求が多いだろ。 「んー、まぁ。宿代払うならいいわよ」 「やったね! これってやっぱ人徳?」 ありえん。身の程をわきまえろ。 「じゃなくて、お金よ。お・か・ね」 ほらな。 でもとりあえず、これで落ち着く先は決まった。 あとはアルエが城に帰れば…… 「だったらボクもミントの家に泊まるぞ」 「えええっ!?」 ちょっと待った! なんのために王都に帰って来たんだ!? 「だって、城に帰ったら、そうそう身動きが取れないじゃないか」 「だったらボクも、ミントの家に泊まる」 「いけません、殿下!陛下がお怒りになられます!」 「王都に帰ってこい……というのは従ったぞ」 「でもボクは、いつ『城』に帰ると言った?」 「で、ですが……!」 「でなかったら、またポルカ村に帰る」 「殿下〜〜〜っ!」 「ふんっ!」 「おいおい、そんなのでいいのか?」 「こちらでの庶民の暮らしを体験するんだ」 「それも大切な王族としての勉強だろう?」 「これは王族としての義務でもある!!!」 拳を振り上げて、意気揚々と宣言。 ……へ、屁理屈だな。 「殿下〜〜〜!」 あ〜あ……アロンゾ半泣きだぞ。 「おまえは、城に戻って父上に報告しておけ」 「ボクはただいま、王族としての修行中だとな」 「なりません、殿下〜っ」 アロンゾはまだアルエを説得しようとしてるけど、そんなの聞いちゃいない。 「さぁ、これで話は決まった」 「ミントの家に行こう!」 「ま。あたしは宿代が入るなら文句ないし〜」 「従業員もいないテトラ商会としては、宿泊者が出てくれて万々歳よ」 「人が多いと楽しいですね、たいちょー♪」 「じゃ、出発!」 ミントが号令と共にさっさと歩き出す。 アルエもそれに続き…… えっと……俺もはぐれたら困るからな。 野宿は勘弁だ。 んじゃ、悪いけどアロンゾ、バイバイ☆ 「アロンゾ、いいな!ボクは修行中だと、父上に報告だぞ!」 「殿下〜〜〜〜〜!」 広場から歩くことしばらく。 市場のにぎやかさとは違う派手な地区に着く。 「でか……」 お屋敷と言ってもいいような邸宅。 「うう〜〜〜、ただいま、我が家〜〜〜♪」 「ここがホントにミントの実家なのか?」 結構でかいぞ。 ミント1人で切り盛りしてる、貧乏商家って話だったのに? 「そうに決まってるじゃん」 「じゃなかったら、不法侵入じゃない?」 あっけにとられる俺を置いて、ミントはずかずかと邸宅の中に入っていった。 「ほへ〜〜〜」 ロコナはまたぽっかり口を開けてミントの家を見上げてる。 うん……気持ちは分かる。 こんな屋敷はポルカ村じゃあり得ないもんな。 まず平屋建てだし。 「おい、ロコナ〜? ロコナ〜?」 目の前で手をヒラヒラ振るけど反応ナシ。 これはカルチャーショックを受けすぎたかな? 「リュウ、何してるんだ!」 「うわっ!」 いてええ〜〜〜。 「何するんだよ!」 「よそ見をしているのが悪いっ!!!」 「よそ見って……ロコナじゃないか」 「う、うるさい」 「なんで、ロコナをそんなに見つめてるんだ」 「ん? なんだって?」 「もうっ! ほら、早く行くぞ!」 「うわ。待て待て、服を引っ張るなって!」 慌ててロコナの手首を掴む。 「ロコナはボクが連れて行く!」 ぱしっと手を払われて、ロコナの手はアルエの手に移る。 アルエ、俺&ロコナという一行はミントの屋敷に吸い込まれていった。 ……………… ………… …… 「おーい、みなさーん……」 「オレを忘れてるんですけどぉ」 「しくしく……」 ミントの家は内外ともに豪勢。 それが俺の感想だ。 「てきとーに、荷物を置いて、てきとーに使って」 「ほう、これが庶民の家か」 「ポルカ村とは、またちょっと違うな」 「そりゃ、村と都を比べるのは無茶だろ」 「流通してるものも違うしな」 「ま、まあな。その通りだ!ボクもそう思う!」 今気がついたな。……ま、いっか。 「とりあえず、この後どうする?」 「ご飯を用意するにしても、お買い物からだし」 「買い物……買い物か」 「だったら、アレだ!」 「へい、らっしゃい、らっしゃい!」 「大安売りだよ〜〜! 都一番の大安売り〜!」 「産地直送のマッカの実、マッカの実だよ〜!」 バザールが開催されてる広場は、ごった返しの人で溢れてる。 さっきも十分に人は多かったが、バザールとは活気と熱気がまた違う。 アルエが行きたいと主張したのはバザールだった。 「うわぁ……っ♪」 「すごいですぅ〜」 なんだかおのぼりさん状態の乙女が2人。 「うう〜〜、あたしも商売したいなぁ〜!」 ……色気より金気の乙女が1人。 「闇市で稀少品の猫獣人幼体人形とか、売ってないかなぁ……」 なーんか、フェチズム全開の野郎が1人…… そして―― 「ものすごく幼稚舎の引率気分だ」 「はぁぁ〜〜〜」 この年で、子供を預かる幼稚舎の教師気分。もしくは大家族のお父さん。 そんな俺(一応見てくれ乙女)が1人。 合計5人がバザールのど真ん中で立っていた。 「すごいな……っ、これが庶民の暮らしか」 「アルエはバザール初めてか?」 「……初めてだと悪いか?」 珍しく知ったかぶりはしないらしい。 「ちょくちょく来てるって言われた方が驚く」 「ボクはずっと行きたかったのに、アロンゾが邪魔をしたんだ」 まぁ、護衛の近衛騎士としては当然だろうな。 「こういう下町には、足を踏み入れるのは禁止だったからな」 「うん……すごいぞ。本で見たとおりだ」 嬉々として、バザールを眺めるアルエに、俺も思わず微笑んでしまう。 うーん……ここで可愛いとか思っても口にしたりしたら、ぶん殴られるんだろうなぁ。 「よし、買い物をするぞ!」 アルエの目はキラキラと輝いている。 よっぽど嬉しいんだろう。 「じゃ、全員でブラブラするか」 アルエの庶民生活見学だ。 ……………… ………… …… 「ほら、お嬢さん。この髪飾りはどうだい?」 「トレダ村で取れた、キシナム花をかたどったいま都で流行の物だよ」 「いまなら、もれなくこっちの髪留めも付ける!」 商人は2種類の商品をアルエに差し出す。 「1つの値段で2つが手に入る。なんて幸運だい、お嬢さん!」 「うちは王都でも有名な親切商店さ!」 「ふぅん……こうして売っているのか」 「どうだい?」 「髪飾りには興味がない」 「それよりはあっちの絵はどうなんだ?」 アルエは店舗の奥にある、絵画を指さす。 うーん……なんていうか、なんの絵だ? 抽象的というか、前衛的な絵画は俺の目には落書きにしか見えない。 「へ? アレを買うのかい?」 「ああ、欲しい」 「よぉし……なら、あれは銀貨25枚だよ!」 「なるほど、なら買おう」 買うのか!? 銀貨だぞ!? 「毎度あり〜!」 「ちょ、ちょっと待った!」 「どうしたんだ?」 「んもう〜、すぐに買っちゃ駄目だって」 アルエの様子を見ていたミントも慌てた様子で首を突っ込んでくる。 「おじさん、これもう少しまからない?」 「何言ってんだい、これ以上値引きしたら、こっちは鼻血が出ちまうよ!」 「鼻血くらいケチケチせずに出したらいいじゃん」 「それに、これならテトラ商会でもっと安く手に入るわよ。……どう?」 「く……ううぅぅ〜〜っ」 「わかった、銀貨3枚分値引きだ!」 「よっしゃっ! 買った!」 「そ、そういう買い方をするのか?」 「まあな。言い値で買ったら損するんだよ」 バザールでの不文律ってやつだな。 「ほい、これ」 ミントが勘定をしてる間に、アルエに商品を渡す。 ……なんせ、アルエは持ち合わせがないからな。 普段はアロンゾが精算してるけど、いま奴は城で青い顔をしてるところだろう。 「ふふふ……なんか、いいな」 ポルカ村じゃ、買い物をすると言ってもこういう賑やかな場所はなかったからな。 やっぱり楽しいんだろう。 「あ、あれ……ロコナがいない!」 「えっ!?」 いつの間に? 「ちょっと、ここで待ってて捜してくる!」 ミントが慌てて雑踏の中に紛れ込む。 「大丈夫か?」 「ジンと一緒だったから、多分そっちにくっついてったのかも……」 うわ……ついて行かされたなら、なんとなくえげつない目に遭ってる気がする。 ジンの奇抜な趣味はみんなの知るところだ。 「ねぇ、君たちどこに行くの?」 「んあ?」 なんだよ、考え事をしてるんだから邪魔するな。 「僕達、丁度時間が空いてるんだけど、一緒にバザールを回らないかな?」 うるさいな…… 「ね、2人ともすごい可愛いし」 「よかったら一緒にお茶でもしないかな?」 ……ったく、うるさいっての! 俺はちょっとイラっとしながら声をかけてきた男たちを見て―― 「げっ! おまえら……」 ケンとバディっ!? 俺の同期。 一緒に青銅騎士任命式に居た。 「ん……? キミ、僕とどこかであったっけ?」 「なんか懐かしいような……あれ?」 ド、ドキッ! そりゃ、おまえたちとは同じ釜の飯を食った仲。 でもいまは事情があって、女の子なんです。 「言えない……てか、言いたくねーっ!」 絶対に笑う、こいつら笑いやがる! それに、その話をするならアルエの話にもいきついてしまうだろ。 まさか、あの時の王女が自分は男だと言い張って、村にやってきました……なんて。 「やっぱり、言えねーっ」 なんてはちゃめちゃなんだ、俺の人生は。 ちょっと、途方に暮れる。 「バディ、おまえの所為だぞ」 「そんな使い古したナンパの文句あるかよ」 「でも、ほら……どこかで見たこと無い?」 「誰かに似てるよーな……うーん……」 「だから何言ってるんだよ、……ん?」 やばっ! 「あれ? そっちの女の子も……」 「ん?」 「なんか……似てるけど、いや、まさか……」 やばい、もっとやばい! こいつらアルエの顔を知ってるじゃないか! まさか王女がこんなバザールにいると思ってないから、悩んでるみたいだけど…… 「俺……じゃなくて、あたし達は、第32回テクスフォルトそっくりさん大会に出るために田舎から出てきたんです〜〜〜!」 「だから、誰かに似てても気にしないで!」 「そっくりさん大会なんてあったっけ?」 「あるんです!!!」 「……そんなのあるのか?」 「いいから、アルエは黙ってろ」 「ああ〜、これから予選大会に行かなきゃ!」 ものすごく棒読みだけど、気づくなよ。 「ほら、アルエ行くぞ!」 「あっ、ちょっと待ったっ」 「さよならーーー!」 アルエの手首を掴んで、人混みの中をダッシュ! 「あっ! さっきのアルエミーナ殿下じゃ……!」 げっ! 気づかれた!? 「リュウ? どうしたんだ!?」 「いいからーっ」 とにかく捕まったらどえらいことだ。 俺はバザールの中を、ひたすら走り抜けた。 「はぁ……はぁっ」 びっくりした。 まさかケンとバディに会うなんてな。 元気そうでよかったけど。 ああ……どうかあいつらが俺だと気づきませんよーに。 「まったく、なんなんだ」 「あんなところで、アルエが王女ってばれたら大騒ぎになるだろ」 それに俺の一件も出来るなら内密にしたい。 「せっかくバザールが面白かったのに」 「もう少ししたら戻るか」 今はちょっと隠れていよう。 「あれ? ちょっと待った」 辺りを見回す。 ひとけのない場所へと逃げ込んだから当然だけど。 えっと……ここ、どこだ? 「どうしたんだ?」 「しまった……!ミントたちを待ってる予定だったのに」 気がつけば、俺達2人きり。 「しまったなぁ……」 とはいえ、あそこに留まってるのもまずかったし。 「どうするんだ、リュウ?」 「そうだな。ミントたちも捜してるかも」 「早めにミントの家へ引き上げるか」 せっかくのバザール見物だったけど、明日だってあるんだし。 「しかたないな」 少し不満そうだけど、それほど怒ってる様子もない。 「それにしても、さっきのは男たちは一体――」 「うわっ!?」 なんだっ!? 「おとなしくしろ!」 突然。目の前に黒装束の男が現れた。 しかも1人じゃない……1、2……3人! 「なんだ、おまえたちは!」 「おとなしく、こっちに来てもらおうかっ!」 俺を突き飛ばした連中は、じりじりとアルエを囲う。 こいつら……まさか。 「逆らっても無駄ですぞ、アルエミーナ殿下」 「おまえたち……!」 やっぱり! こいつらの狙いはアルエか! 「なっ……!」 男たちが剣を抜く。 白刃が光を反射する。 「ちっ!!!」 「アルエ、俺の後ろに隠れてろ!」 男たちは、俺が女の子だと思って甘く見てるようだ。 アルエとの距離をじりじりと詰めていた奴らの間に、とっさに滑り込む。 「アルエには指一本触れさせないぞ」 「おいおい……か弱い女の子が、何をとぼけたこと言ってるんだ?」 「それはどうだろうな?」 左遷はされたものの、俺だって騎士の訓練をしっかりと受けてきたんだ。 王族を守る。 それの意味をよく分かってる。 いや、王族とかそういうんじゃなくて。 ――アルエに傷なんてつけさせてたまるか! 「リュウ、無茶をするな!」 「無茶でも何でも構うもんか!」 「面倒だ、こいつも一緒に攫え!」 「そうだな。あとで酒場にでも売ったらいい」 「……いっそ、殺してもいいな」 なんだって!? 「おいおい。姫君は、あんまり傷つけるなよ」 「後がまずいからな」 「おまえら……」 こいつらの狙いは、アルエの身柄か。 命までは奪う気はないみたいだけど、いつ気が変わるか分かったもんじゃない。 「ほらよ、お嬢ちゃん!」 「アルエっ、気をつけろ!」 男が剣を振り下ろした。 アルエを突き飛ばして、俺もすんでで避ける。 「ほう、身は軽いな」 ……よけたけど、ギリギリだ。 いつもならもっと素早く体が動くのに! 「リュウっ!」 背後でアルエが泣きそうな声を出す。 大丈夫……。 3対1の劣勢でも、大丈夫にしてみせる。 いまはアルエを無事に守る。 それがなにより大事だ。 「これ以上怪我したくなかったら、どけ!」 剣が振りかぶられる。 このままじゃ……やられる! なにか……武器は、武器はないか!? 「ほら、お嬢ちゃん、どうした?」 お嬢ちゃんじゃねーよ、あいにく……っ! 「いや、待てよ……」 「ん? どうした?」 「やめて……やめてください……」 か細い声を出した。 まるで怯えた女の子のような声。 「リュウ?」 アルエがビックリした様子を見せるけど、作戦なんだから、このまま黙っててくれ! 「やっぱり、強がりか」 「体が震えてるぞ」 「お願い……そんなものしまってください……っ」 胸の前で手を握って、仕草まで怯えた風にする。 「女の子がいきがってんじゃねーぞ」 「可愛い顔に傷を付けられたくなかったら、さっさと後ろの子を引き渡せ」 「そ、そんな……」 「おら、どけ!」 男が俺を押しのけようとする。 剣なんか使わなくても大丈夫と思ったんだろう。 ――グイッ! 俺の体に手をかけた――いまだ! 「……っ、しゃああぁぁっっ!!!」 男の手をねじりながら引き寄せる。 ――ゴキッ! 「ぎゃあっ!」 くっ……自分の思ってる以上に力が出ない。 相手の肩の関節はイッたけど、俺も手を軽くひねった。 でも、このままじゃ、まだだめだ……足払いっ! 「げふぅっ!?」 横倒しに倒れたところに、すかさず足蹴り。 「ぐっっ!? ……う……っ」 腹に決めたキックは、男の意識を奪った。 「くっ! ……痛ぇ……」 やっぱり、脚力も男の時とは全然違う。 連続の足技は、ジンジンとした痺れを寄越す。 でもどうにか1人目は片付いた……っ! 男は地面に倒れたまま、ぴくりとも動かない。 「お、おまえ……!」 残りの2人が身構える前に、最初の男が転がした剣を取る。 「くっ……」 ずっしりとした剣の重み。 く……っ。 まだ剣を持つのには抵抗がある。 でもここでそれに気づかれるわけにはいかない。 「……さぁ、どうする?」 「俺をただの女の子だと思ったら、痛い目を見るのはおまえらだぞ」 剣の切っ先を相手に向ける。 「ぐ、偶然だ……!」 「じゃあ、やってみろ!」 「こい……っ!」 中段に剣を構える。 ……大丈夫、アルエはちゃんと後ろにいる。 絶対に傷なんか付けさせられるか! 「くそ……っ!」 「いやあっ!!」 男が剣を振るう。 ギリギリで受け止めた。 ギッ……ギギギ…… 剣同士が擦れあって、嫌な音が鳴る。 男の腕力で押されると、今の俺じゃ太刀打ちできない。 でも……技術はあるんだ……ぞっ! 「はあっ!!!」 相手の剣を振り払い、そして―― ――ガキィィン! はじき飛ばした剣が、遠くに飛ぶ。 俺の剣は、男の喉元に突きつけられている。 「さっさと消えろ」 「でないと、こいつの喉がふたつに裂けるぞっ!」 驚きで固まっている、最後の1人を恫喝する。 ――チッ…… 刃先が少し肌を切る。 頼む……出るな、出るなよ、血! 「ひ、引き上げろ……っ!」 「お、おう……っ!」 倒れた男を引きずって、男たちが退散した。 「……セーフ……」 俺はその場で、力なくしゃがみ込んだ。 「この……バカッ!」 「どうして、あんな無茶をした!」 「ていうか……当り前だろ」 「ボクだって戦えたんだぞ!」 「でもな……」 ん……? なんか……視界が暗い? 「あ〜あ……女の子の体って、扱いづらい」 「そういう話をしてるんじゃなくて!」 うん、わかってる……。 でも、なんか頭の中がぼやけるんだ。 あれ……? 俺、どうした? 腕の上の方が、なんか痛い。 ちらりと目をやる。 「う……っ!」 服が破け、そこから赤いものが滲んでる。 血……血〜〜〜っ!? 「……きゅぅ……」 「おい、リュウ? リュウっ!?」 「まさか……リュウっ、死……っ!?」 「いやだ、リュウっ、リュウゥゥゥーーっ!」 アルエの悲愴な声が耳に届く。 えっと、違う、違います。 俺、血、駄目なんだ…… ……って、説明、しなきゃ……ああ、無理、だ。 ――プツン 俺の意識はそこで途絶えた。 アルエを守るために負傷してしまったリュウ。怪我は軽いが、どうやら痺れ薬を塗られていたらしく身動きが取れなくなってしまう。 そんなリュウのために、かいがいしく世話を焼くアルエは、目覚めたリュウに女の体なのに無茶をして自分を守ろうとしたことを責める。 しかしどんな体だろうと守るべきものは守るというリュウの言葉に、アルエは感動してしまう。 そして、そんなリュウが女として好きだと。アルエは言葉にしてリュウに伝えるのだった。 ………… 「あれ……? 俺どうしたんだ?」 「目が覚めたかっ!」 突然、アルエのドアップ。 「な、なんだっ!?」 「男たちを追い払った後に、リュウは倒れたんだ!」 「人を呼んだら騒ぎになって」 え……騒ぎ!? そりゃ、まずいだろ。 「丁度その中に、ミントたちがいたからジンにおんぶさせて、家まで連れ帰ったんだ……バカッ!」 思い出した。 バザールの途中で、変な男たちに襲われたんだ。 アルエを庇ったときに俺は負傷。 んでもって、バタンでキュー。 今こうしてベッドの上にいるというこった。 「あれから無事だったか?」 なんせ相手は、アルエを王女と知って襲った連中だ。 「ボクは無事だ」 目の前で〈憤懣〉《ふんまん》顔のアルエがいる。 うん、よかった。元気そうだ。 「それにしても、あいつら一体何者だったんだ?」 「心当たりがありすぎて分からない」 「はぁっ!?」 「王族なんて、そんなものだ」 さらりと答える様子で、それが本当のことなんだと分かった。 なんて、こった…… あんなことが、何度もあったのか? 「それより、リュウの傷だ」 「それよりも、アルエの身の安全をちゃんと確保しないと駄目だろ」 もしものことがあったらどうするんだ。 「いいんだって!」 「それよりも、ちゃんとボクの話を聞け!」 「聞かなかったら、丸腰でバザールを一人歩きするぞ」 どんな脅し文句だよ……! 「いいな、ちゃんとボクの話を聞くな!」 「わかった……聞く、聞く、聞きます」 「よし!」 「え〜、ゴホン!」 「リュウの傷は、医者に診せたところ、体の自由を奪うようなしびれ薬が剣に塗ってあったらしい」 「だから今は体の力が入らないぞ」 「あ……それでか」 血に気づく前に、視界が暗くなってたからなんかおかしいとは思ったんだよな。 「ってことは、かすり傷ってことか」 「この……バカッ!」 「怪我は酷いんだぞっ!」 「え?」 ――ズキンッ! 「うあっ……?」 腕に鋭い痛みが走った。 なんだ、これ? 驚いて布団の中から腕を引き抜く。 「げっ!」 俺の腕には白い包帯。 ……なんていうのか。 自分だって分かってても、女の子の腕に包帯が巻かれてるのって、痛々しい。 かすり傷だと思ってたものは、案外深くて大きな傷だった。 「死んだかと思った……」 「そういえば、何も言わずに倒れたっけ」 「心臓が止まるかと思ったんだぞ!」 「ごめん」 心配かけたのは本当だから、素直に謝る。 それにアルエはいつになく髪も乱れてて、なんだかすごく慌ててるのが分かる。 多分、俺が起きるまでついててくれたんだな。 「馬鹿……馬鹿リュウ……っ」 文句を言うアルエ。 でも、その細い肩は震えてて。 アルエが女の子扱いをされるのを嫌なのは分かってるけど……なんか、抱きしめたかった。 なんだろ、この胸の奥でざわめく感情は……? 「……バカ者……っ」 「あ〜、目が覚めた!?」 ミントがやってくる。 「これで一安心だ〜」 「ふわ……ああ……ぁ〜」 ミントが大きなあくびをする。 あれ? もしかして、もう夜なのか? 「今、ロコナが他の部屋の用意をしてくれてるから、これで移動しよっか、アルエ」 「いいや、ボクはリュウの様子を見ておく」 えっ? 「様子って程のことじゃないだろ?」 「薬も明日には抜けるって話だし、そんなに心配しなくても大丈夫だって」 「怪我って言っても腕だけだし付き添いがいるほどじゃないだろ」 「いいから、病人は黙ってるんだ!」 ピシリ! そんな音が出そうな勢いで、俺にひと差し指を突きつけてくる。 とは言っても、男と女が2人きりで同じ部屋に一晩居るっていうのも…… ……ん? いや、アルエは……一応男……自称・男? 男だって言ってる女の子、だよな。 んで俺は男だけど、今は女の子。 ……なんか複雑だけど、世間的には女の子同士で男同士ってことか? 同じ部屋に一晩いようが何だろうが、問題のない関係。 「いいな、ボクはいるぞ、いるったらいる!」 ……こうなったアルエが、引くはずもないか。 「わかった。それじゃ今晩はアルエに看病してもらうよ」 「しっかたないな〜」 「それじゃ、アルエ用のベッドをジンと一緒に運んでくるね」 それもそうだな。 仮にも王族のアルエをソファとかで寝かすわけにもいかない。 ……なんか本人はおもしろがりそうだが。 ポルカ村暮らしで、アルエも随分鍛えられたよな。 最初はベッドも知らなかったのに。 「ぷっ……くくく」 なんかちょっと懐かしい。 兵舎でベッドが分からなくて、憮然としてたアルエの顔とか。 「なんだ? どうした? 傷が痛むのか?」 「いや、なんでもない。なんでも」 「???」 とりあえず、アルエを誤魔化して。 俺はしばらく病人になることになった。 「うそぉぉ〜〜」 翌朝、俺は真っ青になった。 朝になれば抜けると思っていた薬の効果が、いまだに持続……むしろ増加してたんだ! うう……足に力が入らないっ。 おかげでベッドから出ることも出来ない。 マジで? 「ど、どうしたらいいんだ!?」 「今流行の、滑車付き椅子買わなきゃっ!」 「たいちょ〜〜っ、隊長が死んじゃうぅ〜」 「死ぬ!? 死ぬだって!?」 「うわああ〜〜〜ん、たいちょ〜っ」 「死、死、死ぬのは困るって〜〜っ!」 「死ぬな、リュウ〜〜〜!」 揃いも揃って、縁起でもないこと言うなっ! 「なんかカオスだなぁ」 まさかのまさかで、一番まともな状態なのがジンだ。 「そだね。医者は必要かね」 「素人判断でこれ以上パニックになっても、意味ないしー?」 ちょっと語尾の上がるコレがむかつくけど、今はそんなことを気にしてる暇はない。 「ってことで、医者呼ばない?」 ……まさかジンが頼もしく見える日が来るとは。 「ジンの言うとおりだ」 「たしかに、痺れて体が動かないけど、痛みとかはないからな。落ち着け、みんな」 あ〜……本当なら、俺が一番パニクりたいんだけどな〜…… なんせ、体が動かないんだぞ。 ビックリするし、怖いぞ。 とはいえ、横でこれだけ盛大なパニックを起こされたら……なあ? 落ち着くしかないだろ。 「わかった、医者だなっ!」 「王族専属の医者を呼ぶっ!」 王族専門医!? それって、読んで字のごとしだろ!? それはまずい、まずすぎる! 「わわわ、ちょっと待てっ!」 「手遅れになったらどうするんだっ!」 だから、ちょっと待てー! なんでそうなるんだ!? 「王族専属なんて、畏れ多いのは呼ばなくていい。絶対にいいから!」 「そうじゃなくて、ちょっとだけ名の通った医者なんかに、ツテ無いかな?それだと助かるんだけど」 高額の診療代は懐に痛いが、仕方ないだろ。 「わかった!」 「すぐにテクスフォルト一の医者を呼ぶ!」 「あっ、だからちょっと待……」 行っちゃった…… ま、いっか。 「医者……そっか、医者だよね」 「たいちょー、死なないんですよね?」 「おう、死なない死なない」 「よかった、たいちょ〜、ふぇぇぇぇぇん」 とりあえず、死ぬほどの倦怠感とかはない。 ……あ、そういえばちょっとだるいかな? 熱でてるのか? 「ま、とにかくこれで一安心」 「医者が来てくれるまで待つとして……」 「ねー、オレお腹がすいたんだけど?」 やっぱり、ジンはジンだった。 「何? アルエ殿下からのご連絡だと」 「はい、書簡が届いております」 「よし、貸せ!」 アロンゾは急いでアルエからの書簡を広げる。 「……なんだと?」 「ドナルベインが怪我だと?」 「うう〜〜〜」 「ほら、唸るな」 「なんか、ずっとベッドに拘束されてるのって、結構辛いもんだな」 単純に言うと暇だ。 「わかってるな。無理をするなよ!」 「はいは〜い」 結局、医者の診立てによると、俺の体の痺れは、やっぱり薬の作用。 どうやら、発熱をしたために薬の効果が残留してしまったんじゃないかってことだ こういうことは、よくある症状ということだ。 なんせ最初に診た医者は、単なる町医者。 こんな稀少な薬効については詳しくない。 しかしそこは、アルエの手配した医者。 王族・貴族関係では、暗殺とか誘拐が頻繁にあるために、医者の知識も違うんだ。 なんか……改めてびっくりした。 アルエのいる世界は、そういう場所なんだな。 「それにしても、アロンゾのやつ……」 アロンゾに、俺の怪我を連絡した所為で。 どうやら早く城へ帰還をという連絡が、ひっきりなし。 アルエはそのたびに、書簡を部屋の隅に投げてるが…… そろそろ小山になってきたな。あれ、どうすんだ? 薪の変わりになるのかな? 「リュウ、お茶はいらないか?」 「ちょっと欲しいかも」 「よし、待っていろ」 アルエがいそいそと俺のためにお茶を淹れてくれる。 ポットに入れておいてあるお茶を、カップに注ぐだけの話だけどな。 でも、今までのアルエの行動を考えたらすっごい変化じゃないか、これ? 最初は、椅子を引いてもらわないと座ることもしなかったのに! 「はい、どうぞ」 「ありがと」 まだ痺れの残る手でカップを受け取る。 潤した喉が気持ちイイ。 「ところで、ホントに城に帰らなくていいのか?」 「いいんだ!」 「リュウはボクの所為で怪我をしたんだからな!」 「怪我が治るまでは、絶対に帰らない!」 「えっ、俺のために?」 「ち、違うぞ、リュウのためじゃない」 「これは、その……」 「ボクがリュウの怪我の様子が気になるからだ。気になったまま帰ったら、落ち着かないからだ!わかったな!」 ……それって、俺の為じゃないのか??? 「だいたい、女の体のくせに無茶するからだ!」 「ボクに任せておけばいいんだ」 「アルエだって、女の体だろ」 「ボクは慣れてるっ!」 「慣れてるとか、慣れてないとかそういう問題じゃないだろ」 「たとえ、アルエが俺より強かったとしても、俺はアルエを庇って戦ったぞ」 「え……?」 意外というような顔をしたアルエに、なんとなく憤ってしまう。 「俺が女じゃなくて、子供の体になってたって、同じことをしたに決まってるだろ!」 「どうして、そんなの無茶じゃないかっ」 「無茶でもなんでも、しなきゃいけない時ってのはあるんだよ!」 「えっ……!」 「あ……」 「…………ああ、そうか」 「ボクは王族だからな」 「リュウは、助ける責任がある、か……」 「責任感……だな」 どんどんと寂しそうな顔をするアルエ。 その瞬間、ものすごく大きな感情の塊が、喉の奥からこみ上げてきた。 「そんなの関係ないだろ!」 思わず、大きな声を出す。 「王族とか、王族じゃないとか、関係ないっ!」 「俺が女でも男でも関係ない!」 「アルエが襲われたとき、とっさに体が動いたんだっ」 あの瞬間、俺は騎士であって、騎士じゃなかった。 「王族としてのアルエを騎士として助けようとしたんじゃなくてっ」 「ただ、アルエ自身を助けようとしただけだ!」 「ボク、自身……? え?」 「しかたがないだろ、そう思ったんだからっ」 「こんなことに、男も女も関係ないだろ!」 アルエが自分を男と思っていても。 俺から見たら、やっぱり女の子の姿で。 「ただ守りたい……守らなきゃって思ったんだ」 「なんで、そんな……」 「大事に思う人間を、守ったら駄目なのか」 「でも、ボクは……その……」 「ボクは男だ……」 「なのになんで、こんなに嬉しいんだ……っ」 「守られて嬉しいなんて、今まで思ったことないのにっ!」 「ボクは……なんで……っ」 ……実は、前から考えてたことがある。 アルエは本当に、男なのか? これだけ思いこみが激しいんだから。 もしかしたら、小さい頃に何か思いこんだだけってことはないのか? 「俺はアルエを大事に思ってる」 今、はっきりと分かった。 アルエを前にして。 今ものすごく抱きしめたい。 「ボクはおかしいんだ」 「だって……幻の花が見つかったのに」 「薬を飲むのを、ずっと躊躇ってて……」 「飲もうと思ったときは、いつもリュウの顔が浮かんで」 「ボクは男に戻りたくないって……思ってた」 「え……」 「どうして、ボクが悩んでることを、リュウはそんなに簡単に乗り越えるんだっ!」 「ボクは……自分が男なのか女なのかもう、分からない……自信がない」 「でも、リュウが死ぬかもしれないって思ったときに……」 「ボクは……リュウが死んだら、嫌だった」 「そんなの耐えられない……っ」 「……リュウが、好き……だ」 「それは……友情とかで?」 男として、か? 「…………」 「ううん……」 「多分、女として……」 「ボクは、リュウを好きになっちゃった」 「ボクの中に生まれた、女の子の自分が、リュウを好きになっちゃったんだ」 「俺も……っ、俺もアルエが好きだ!」 思わず告げた。 「えっ!?」 「アルエを助けたのは、それが理由だ」 そりゃ、好きじゃなくても助ける。 でもそういうことじゃなくって、俺の体が動いた瞬間の感情は…… アルエを女の子として守ろうとしたからなんだ。 「うっ……」 「ど、どうしてくれるんだ!」 「えっ、なんで怒るんだよ!?」 「男だったら、こんなの気持ち悪いはずなのに!」 「今まで、どんな奴に言い寄られたって、そんな風に思ったこと無いのに……っ!」 「リュウだと、なんで……なんで」 「嬉しいんだ……バカァっ」 ああっ、もう! どうしてこんな時に体がちゃんと動かないんだ! でもここは、どうしても流せない。 俺は痺れる腕を伸ばして、アルエの手を取った。 「あっ……」 「や……ぁ」 恥ずかしそうに俯く、アルエ。 こんなに可愛いアルエを見たこと……ない。 たまらなくなって、引き寄せた。 「あっ!」 見つめ合う。 アルエは途端に真っ赤になって、視線を落とす。 けど、悩んだ様子を見せてから、また俺を見る。 真っ赤なほほ。 潤んだ目。 微かに開いた唇。 薄桃色の、唇…… 俺達は自然と顔を寄せ合い、そして―― 「ん……っ」 触れるようなキス。 柔らかい唇同士が触れあう。 「ん……ちゅっ……」 「あふ……んっ……」 アルエの手が、おずおずと俺の服に伸びる。 きゅっ……て握ってきた。 う……可愛い。 やっぱり胸の奥から、温かい感情がわき上がってくる。 アルエが好きだ。 本人は男か女か迷ってるみたいだけど。 でも、俺はそんなアルエを知ってても、好きだと思った。 ゆっくりと唇を離す。 「リュウ……好きだ……」 「好き……」 「うん、俺もアルエが好きだ」 そして、もう一度唇をあわす。 「ん……ふぅ……っ」 甘い吐息に、くらくらする。 ああ……俺が今男だったら……! 「リュ……ゥ……」 アルエの甘い呼びかけに、応えようとしたとき。 『たいちょ〜〜、アルエさ〜〜んっっ♪』 ――えっ!? 「はへ?」 「どうしたのよ……わわっ!」 「おーい、オレを置いていかないでよ」 「って、あれ〜?」 な、なんで、こいつらがくるんだ!? 俺、硬直。アルエも硬直。 「えっと、えっと」 「レキさんが、薬の調合に成功して、それが……あの〜早馬で届いたんですけど……」 「あ、あの……お邪魔でした……ね?」 「でも、でも……えーと」 「アルエさんって、男の子……んんん???」 「やっ、ちょっと待て!」 やっぱり、見た? 見られちゃった!? 「看病してるかと思いきや……ったくぅ〜」 「不埒な場面を衝撃目撃!」 「見ちゃった見ちゃった。しっかり見ちゃった」 「いや、そのこれは……そのっ!」 「はいはい、邪魔はしないわよ」 「ほら、退散〜〜〜!」 ミントが全員の背中を押して出て行く。 ……のを、呆然と見送る俺達。 「あっ、あの、お薬だけここに置いておきますぅぅぅ〜〜〜」 ロコナの声がどんどん遠ざかる。 そして部屋には俺達2人が残される。 プラス、薬の瓶が2つ。 これを飲めば、俺は男に戻れる。 でも、それって――アルエも? 「う……」 「あう〜〜〜!」 告白して、キスまでして。 それで突きつけられた選択肢。 どうする? どうする??? 俺とアルエは顔を見合わせ、しばらくしてから2人で天を仰いだ。 心の中で、同じ言葉を叫ぶ。 ……最悪のタイミングだ!!! レキが持ってきた薬を飲んで男に戻ることが出来たリュウ。アルエは自分の分を飲まず、このまま女として生きることを選ぶ。 男としての記憶を心配するリュウたちだが、その記憶も怪しくなってきた……とアルエ。 アロンゾが言ったように、本当に女だったのかもしれない。きっとそうなんだろう……と、産まれた時から女だったと認めるのだった。 自分が元々女であると認めたアルエは、それまでとは打って変って甘えん坊の姿をリュウに見せる。 おねだりして膝枕をしてもらったアルエは上機嫌になって、さらに甘えてくるのだった。 「じゃあ、もっと膝枕」 そんなアルエにリュウは…… 「うーんっ!」 両手を伸ばして頭の上で組む。 そしてそのまま左右にゴーキゴキ。 ついでに首もゴキゴキ鳴らす。 ああ、いい! やっぱり男の体はいい! こうして男に戻れたのも、あの薬のおかげだ。 しかも男に戻ってからは、痺れ薬の効果もすっかり消えた。 多分、性別を変えられている状態では、痺れ薬の効果が何か変に作用し過ぎてたんだろう。 「よかった、よかった」 ホッとする。 なんせ本来なら、あの薬を作るのには1年とまではいかなくても、一定の期間待たなきゃいけなかったんだ。 それをレキは、蕾の状態の陽の花をすり潰してエキスだけを抽出して薬を作ってみたんだ。 それがまさかのビンゴ! レキ万歳、レキ様々! 急いで作ってくれた、俺とアルエの分2瓶。 早馬で届けてくれたんだが…… 「うう〜……おはよう」 「お、おう」 「…………」 2人とも目を合わせてから、同時にため息。 アルエはまだ薬を飲んでいなかった。 「えっと、みんなはどうした?」 「朝の買い出しに行ってる」 「なんだ、ボクも行きたかったのに!」 「いや、アルエは寝てただろ」 朝は侍女に起こされる生活をしていたアルエ。 ポルカ村では侍女なんていなかったが、あの角笛でたたき起こされたり、アロンゾが起こしたりしてた。 いまは、角笛を吹くわけにもいかないしアロンゾもいない。 そうなると、自力で起きるしか無くてこうして寝坊する羽目になってるんだ。 「う〜っ! どうして起こさないんだ」 アルエが悔しそうに唸る。 どうやらよっぽどバザールに行きたかったらしい。 「でも、当分は外出はやばいんじゃないか?」 「どうしてだ?」 「また誘拐されそうになったらどうするんだよ」 「その時は――」 「リュウが守ってくれるんじゃ……ないのか?」 ――ドキッ! 少しだけ、上目遣いに俺を見るアルエ。 すごく女の子らしくて、可愛らしい。 なんかこの雰囲気なら聞けそう。 思い切って聞いてみるか……? 「ところで、アルエ」 「なんだ?」 「あの薬は飲まないのか?」 男を女に。 女を男に変えてしまう薬。 アルエはずっとあの薬を探し求めてた。 「…………」 「リュウは、飲んでもいいのか?」 「俺は……」 本音を言えば、すぐに薬の瓶を割ってしまいたい。 アルエを好きだと気がついたから、女の子のまま傍にいて欲しい。 でも、アルエの希望を無視してまで、俺のわがままを通したくない。 「俺は――」 「アルエが望むなら、飲んでも構わない」 「えっ!?」 「女の子のアルエに傍にいて欲しいけど」 「でも、好きな子の望みを握りつぶして、それで傍に縛り付けるなんて、最悪だろ」 好きな子だから、なおさらだ。 それにもう一つの本音。 アルエがもし男だったとしてもだ。 どうだっていいじゃんかよ、と思ってしまってる自分がいる。 だって、アルエが男か女かはっきりしないまま、好きになっちゃったんだぞ。 いまさら、男でした。はい、もう好きじゃありません。なんて思えるか? そんな器用なこと出来るかよ。 だったら、アルエの気持ちに任せる。 好きな子が望むことを優先するのが、男だろ!? 「リュウ……そんな風に考えてくれるのか?」 「ちょっとは見栄張ってるけどな」 正確には思いっきりの見栄だ。 女の子でいてくれるに越したことはない。 でも…… 「俺はアルエの気持ちを一番大事にしたい」 「リュウ……」 「ありがとう」 アルエはあの瓶を手にして、俺に一歩近づいた。 「ボクは、この薬を……」 飲むのか? 飲まないのか……? 「――飲まない」 「いいのかっ!?」 「いいんだ」 「ボクはこのまま……」 「このまま女の子として生きていく」 きっぱりとした口調。 揺らぎのない瞳。 うっすらと微笑んだ唇。 ……本気なのか、アルエ? 「自分が男だと思ってるんじゃないのか?」 「リュウを意識するようになってから、その自信がどんどんなくなってるんだ」 「えっ!?」 「だから、薬が見つかっても、理由を付けて飲むのを躊躇ってた」 「飲むのが怖かったんだ」 「あんなに男になりたいと思ってたのに」 「ずっと、男になることが怖かった」 「それで、いままで薬を飲んでなかったのか」 「うん」 「自分が男だったはずの記憶が、霧がかって、今はどんどん薄れてる」 「父上やアロンゾが、ボクは男じゃないと言ってもそんなの信用できなかったけど」 「今じゃ、自分の記憶の方があんまりにもあやふやで、信用できない」 「ボクは男じゃ、無いんじゃないか?」 尋ねられても……ごめん。本当のことは俺にも分かんない。 「どうして、ボクが自分を男だと思ったのか ……今となっては分からないんだけど」 「でも、今は女の子の自分を認めることが出来た」 「リュウは、ボクが男の方がいいのか?」 いや、まさか! 「アルエがそれでいいなら、もちろん俺に文句なんて無いに決まってる」 むしろ女の子のままでいてくれた方が嬉しい。 「よかった……!」 「もしかして、男のボクが好きだったら、やっぱり薬を飲んだ方がいいのかもと思って」 「うわああっ、それはない!」 なんで、わざわざびーえる方面に? 流行かなんかは知らないが、あえてそんな道に進まんでもいい! 「そうか、よかった」 「それじゃ、この薬はリュウにやる」 アルエは、薬の入った瓶を俺に手渡す。 「どうしようか、これ」 「リュウが好きにしてくれていいぞ」 うーん……性転換の薬。 ミントに見つかったら、高額で売り買いされそうだし。 ジンに見つかったら、よからぬことをされそうだ。 ま、レキに返すのが一番かもな。 俺は瓶を懐にしまい込んだ。 「……リュウ」 「ボクが……好きか?」 「当り前だろ!」 「ふん……そうか」 「そうか、そうか……♪」 自分で聞いておいて、恥ずかしそうにするアルエ。 つま先で、床をツンツン蹴っているのもなんかたまらなく可愛らしい。 たまらなくなったから…… 「アルエ……っ」 「ん……っ!?」 ぎゅっと、抱きしめた。 「な、なんだ急に」 「だって、抱きしめたくなったから」 「だったら……いい」 「ん♪」 柔らかい体を、押し包むようにして抱きしめる。 壊れ物を扱うように。 宝ものを扱うように。 「……もっと」 「何?」 「もっと、ぎゅっと!」 「いいのか?」 「いい!」 アルエの方が、俺の背中に手をまわして、ぎゅぅぅぅっと抱きしめてくる。 「痛て、痛て」 「えっ!? 痛いのか!?」 「なんて、嘘」 「むっ!!!」 腕の中にすっぽりと収まったアルエが、頬を赤くして俺を睨み上げてくる。 それが可愛くて。 目があったまま離せなくて。 離せないから、そのままにして。 そして―― ゆっくりと唇を合わせた。 「……んっ……」 ちゅっ……ちゅっ、ちゅ……っ 啄むように何度も唇を触れあわせる。 ああ……ようやく、自分の唇でキスできた。 男でも女でも、唇の柔らかさには大差ないけど、やっぱりなんか違う。 「んっ……リュウ……」 アルエが触れあわせた唇の隙間から、名前を呼んでくる。 グッ、と熱いものが腹の奥に宿る。 「アルエ……ちゅっ、ちゅぱっ……」 「あふ……っ、ん……ちゅっ」 唇を軽く吸い合いながら、抱きしめる腕に力がこもる。 舌をそっと唇の隙間に忍び込ませる。 「は……ぅっ?」 「ちょっと、口、開けて」 「……んっ……んぅ」 恥ずかしがってるのが分かる、ゆっくりとした動きで、唇の扉が開かれる。 「……ん……ちゅぱっ、ちゅるっ」 生まれた隙間から舌を差し込む。 まだ誰も侵したことがないアルエの口内。 俺の舌が、初めてそこに踏み入る。 「は……ぅっ……んっ、ちゅっ……ぅ……」 「ん……ちゅっ……ちゅぱっ」 「んふぅ……あっ……ン……っ」 甘い声にぞくりとする。 十分に堪能してから、唇を離す。 銀色の糸が、2人の間で光った。 「うう……、見るな」 「なんだか、顔が熱い」 「変な顔になってるだろう、だから見るな!」 俺の胸に額を押し当てて、顔を隠してしまう。 うん、やっぱり可愛い。 「ほら、顔を見るなって言っているだろう」 「わかったわかった」 なんか可愛すぎる。 「ほかに要望は?」 「別に!」 「なんでもいいぞ」 「みんなが帰ってきたら、騒がしいだろうし」 「ほら、今のうちに」 「…………」 「ほら?」 「…………ら」 「ん?」 「……膝枕」 「え?」 「膝枕っ!!」 「そんなんでいいのか?」 「いいんだ!」 なんか意外。 でも、アルエがそうして欲しいんなら俺は全然構わないけどさ。 むしろ、こんな美少女の恋人を膝枕。 願ったり叶ったり! 「じゃあ、どうぞ」 ソファの端に腰を下ろして、膝上をポンポン。 ほら、おいで。 「ふふっ♪」 すごく嬉しそうに、アルエが俺の膝にちょこんと頭を乗っける。 「膝枕だ……ふふふっ♪」 本気で嬉しそうなアルエに、ちょっとビックリする。 「膝枕って、そんなに嬉しいか?」 「うん、嬉しい」 「母上が亡くなってから、ずっとこんなことはさせてもらってなかったから」 ……そういえば、アルエの母君は早くに亡くなってたよな。 「自分は王子だと思っていたし」 「こんな風に甘えるなんて許されないと思ってたもん」 「膝枕だ……ふふっ、嬉しいな♪」 太ももの上やら、膝っ小僧やらをアルエは嬉しそうにポンポンと叩いていく。 ちょっと、こそばゆい。 っていうか、あんまりもぞもぞするな……! 変なところに当たるから! 「ん? どうしたんだ?」 「……重い?」 「いやいや、まさか」 「じゃあ、もっと膝枕」 膝枕のさらなる進化形はあったか? えっと…… 「よしよし」 アルエの頭を、優しく撫でてやる。 「ん♪」 さらさらの金の髪が、指先に絡んで、ほどける。 指を櫛のようにして梳くと、なんか俺も気持ちいい。 「気持ちいいな♪」 「すごく、いい」 「んん……もっと♪」 「ん、了解」 こういうのに飢えてたんだな。 男だって言い張ってたときも思ってたけど、意地っ張りのアルエが素直になると、結構……いや、極上に可愛すぎる。 こんな姿、絶対に俺以外に見せないぞ! とくにアロンゾなんかには〜! 今更ながらに考えたら、アロンゾは四六時中アルエにくっついてたんだよな。 うっ、なんかむかつく。ジェラシー? 「むぅ〜」 「ん、どうした?」 「いや、こっちのこと」 アロンゾなんかのことを考えるよりも、アルエのことを考えよう。 その方が精神衛生上、いい! 金の髪を撫でるのに、神経集中。 「ん……♪」 気持ちよさそうに、アルエが吐息を漏らした。 「えっと……」 「ねぇむぅれぇ〜〜ねぇむぅれぇぇぇぇ〜〜」 「……な、なんだ!?」 「えっ、子守歌だけど」 ものすごく小さい頃。 聴いたことのある子守歌だったんだが。 「の、呪いの歌かと思った」 ショックっ! そんなに下手だったか!? 俺の顔色の悪さに気がついたらしいアルエが慌てる。 「あっ! 下手とかじゃなくていきなりだったから驚いただけだぞ!」 「でも、なんで突然子守歌なんか?」 「膝枕してるんだから、もっと気持ちよく休めた方がいいだろ?」 だから子守歌だったんだけど。 どうも失敗だったか。 「そうか……それなら、嬉しいな」 「え?」 「ボクのためなんだろう?」 「もちろん」 「だったら、どんな変な歌でも嬉しい♪」 「そうか、そうか……」 って、やっぱり下手なんか! ちょっとがっくり。 「くくく……♪」 項垂れる俺に、アルエが膝の上で笑う。 ほっぺたを膝にスリスリして……くっ……可愛い。 「膝枕♪ 膝枕♪ 楽しい……ふふっ」 母君が亡くなってから、1人で突っ張っていたんだな。 子供に返ったみたいにして膝枕を喜んでるアルエを見たら。 なんかわかってしまった。 王族って、庶民とは違った不自由ない暮らしをしてるんだろうけど。 かわりに俺達とは違う、不自由の中にいるんだな。 膝枕くらいで喜ぶんなら、他にも何かして欲しいこととかあるんじゃないのか? 「他になんかしたいことあるか?」 「え?」 「せっかくだろ、今のうちに言っちゃえ!」 男の沽券にかけて。 今日はアルエを甘やかしてやるんだ。 「ほら、あっちに屋台があるぞ」 「あっ、こら待てって!」 「ほら、早く! 早く!」 「ああ〜〜〜!」 まさか、アルエの希望が外でのデートだったなんて! いや、嬉しいんだぞ。 俺だってデートってすごい楽しみだし。 でも、こないだ誘拐されかかったばっかり。 それを考えたらなぁ…… 「ほら、アレ、アレを食べてみよう!」 「わわ、引っ張るなって!」 えっと、あんかけ串ミート? それって都の名物品。 いわゆる観光客相手って食べ物。 またベタなものを……。 「アレは知ってるぞ。串ミートだろう?」 「都名物だって知ってるんだからな!」 「だから、引っ張るなってば〜」 いて、いてて。 痺れは消えたけど、傷はまだあるんだから! 「ほら、早く行くぞ!」 「だからっ、勝手に走り出すなって〜!」 もしまた誘拐犯が来たらどうするんだよっ。 俺の心配をよそに、アルエはご機嫌で王都デートを楽しんでいた。 「ったく、もう〜」 「リュウ〜〜、早くこ〜〜いっ♪」 ……ここは本来なら帰るべき。 帰るべきなんだが…… 「ほら、リュウ!」 ……ま、今日だけはよしとするか。 俺が気をつけてアルエを護衛したらいいんだ。 「ほら、早く早く!」 「う……よぉし!」 右見て、左見て、不審者なし! 行くぞ! 「串ミート、2本下さい!」 俺達の初デートは、串ミートから始まった。 国王に会うべく、アルエが城に上がることに。そしてリュウたちも、アルエの危機を救った者たちとして城に招かれることになる。 アルエとしては、その席でリュウに対する不名誉な失態を払拭したい思惑もあった。 国王はアルエが女であることを認めたことにご満悦で、褒美を取らせようとまでする。 そこにアルエの異母姉妹たちが現れ、褒美目的の狂言芝居の詐欺ではないかと言い出し、玉座の前は騒然となる。 アルエは、決してそんなことはないとリュウをかばい、非礼な異母姉妹たちをきつく睨み返すのだった。 俺達がミントの家に滞在して、はや数日。 さすがにそろそろ、国王陛下も黙っちゃいない。 そして、それはやってきた。 「んぁ〜〜い?」 『アルエ殿下にお目通り願いたい』 「あれ? アロンゾさん?」 「殿下はいらっしゃるか?」 「えっと、いるっちゃいるけど?」 ちょうど客間にいた全員が、渋顔のアロンゾの登場に驚く。 「お久しぶりですね、アロンゾさん」 懐かしい面々からの挨拶に、アロンゾの渋顔が少しましになる。 「もごもご……やあやあ、アロンゾ」 「いつにもまして……もぐっ。うーん、眉間の皺が険しいね……ごっくん」 物を食いながら喋るなよ、ジン。 「……あいかわらずですな、伯爵公子」 案の定、アロンゾの眉間の皺は更に深くなった。 「腹が減っては戦は出来ぬ、って言うじゃん?」 どこに戦いに行く気か、一度聞いてみたいが話すと長くなりそうなので無視しよう。 きっと妄想トンデモ国だしな。 「で、どうしたんだよ?」 尋ねてみたけど、なんでかアロンゾは俺を凝視して固まってる。 「ドナルベイン……その姿は」 ああ、そっか。 俺が男に戻ったのって、まだ知らなかったんだよな。 「レキが薬を作ってくれて、それで無事に男に戻ったんだよ」 「……殿下っ、殿下はどうなされたっ!」 アロンゾの顔が、一気に青くなる。 「なんだ、うるさい」 「殿下……そのお姿は……っ」 「よかった、何もお変わりありませんね」 「??? なんのことだ?」 「いえ……なんでもございません」 俺は分かったぞ。 俺が薬を飲んだってことは、アルエも薬が飲めたかもしれないって考えたな。 だからもしかしたら、もうアルエが男になってて、って思ったんだろうな。 おまえの心配は無用。 アルエはしっかり女の子のまま。 俺の所為……ていうか、俺のため? あ、なんかちょっとほっぺたが緩む。 「それで? 一体なんの用だ、アロンゾ」 「どうしたもこうしたもございません」 「もうお城にお戻り下さい」 「いやだ」 間髪入れずにアルエが答える。 「殿下!」 「都には帰ってるじゃないか」 「先日は、暴漢に襲われたというではありませんか!」 「それなら大丈夫だ。リュウが守ってくれた」 「……聞いております」 「その、ドナルベインも込みで登城下さい」 「えっ!?」 「俺?」 なんでだ? あ、もしかして……警備隊を無断で離れた罰か? いやそれに関しては、王都に帰ったときに、アルエがアロンゾに追加で命じて俺とロコナの滞在を報告させている。 処罰があるなら、もっと早くに出てるはず。 「殿下をお守りした人間ということで、一行全員にも呼び出しがかかっている」 アロンゾが、筒状の書状を差し出す。 「国王陛下からの正式な召喚状である」 アロンゾの言葉が、かしこまる。 ってことはマジで国王陛下からのもの? 俺が代表して受け取る……のが、いいよな? 受け取ると、くるりと巻かれた書状の封を切ると、みんなが一斉にのぞき込んできた。 「ほえ〜、いい紙」 「ええと、わたし達もお城に行くんですか?」 中身に目を通すとそういうことらしい。 こないだアルエを助けたことを感謝するって……? え、まじ? 「あたし達は何もしてないよねぇ?」 「えっと、えっと……?」 「殿下をお助けしたドナルベインを、おまえたちが助けただろう」 「へえ〜、一緒に褒めてもらえるんだ!」 親亀の背に子亀が乗って……って感じだけど、どうやら本当に全員が呼び出されてるみたいだな。 「あれ? でもジンの名前がないぞ?」 一応、ジンも関係者だよな。 「伯爵公子には、別便で正式な召喚の使者がたつ」 「貴族だからねー、オレ。なんかいろいろ作法とかあるのよ」 忘れがちだが、一応貴族の三男坊だったよな。 「殿下、どうかお城へとご帰還をお願いいたします」 「……むぅ」 「もし殿下がお城へお戻りにならなければ、他の者も呼び出しを無視したことになります」 げ、それはまずいんじゃないか? 「そんなの、こじつけだぞ!」 「あっ! さては……おまえが考えたな」 じろりとアルエがアロンゾを睨み付ける。 「と、とにかくお城にお戻りくださいっ」 「警備もない民家でお過ごしになられるのは、あまりにも危険すぎます!」 「でも……」 じり……じり…… アロンゾがゆっくりと後退する。 「いいですね、必ずお越し下さい」 じり……じりり…… 「リュウ・ドナルベイン!おまえも必ず殿下をお連れしろーっ!」 それだけをいうと、アロンゾは一気に背後へとダッシュした。 「あっ、おい! ちょっと待……っ」 これ以上、アルエを説得しようとしたらまた言い負かされそうだから……逃げたな〜! 「まじか……よ」 まさか、まさかの王宮呼び出し。 突如として、そんなものが俺達の身に降りかかった。 煌びやかな装飾が、いたるところに施された内装。 金銀の細工がおしげもなく辺りに配置されてる。 やっぱり王宮ってところは、俺の想像以上だ。 あの声はなんだ……? 鳥か? なんでお城の中で鳥の声がするんだよ? 「あー、コホン。説明しよう」 「アレは貴族王族が好んで飼ってたりする、〈金鈴花鳥〉《レンゲルシーナ》って鳥だね」 「金の鈴を転がしたような鳴声は、魅せられて花すらも咲くっていうのが名前の由来」 「へ、へぇ……」 確かに綺麗な鳴声だよな。 その美しい鳴声が、絢爛豪華な内装の中でとても自然に溶け込んでいく。 「……ごくっ」 ただ立っているだけでも圧巻されるこの光景に、俺だけじゃなく、誰もが無言だ。 「すご……」 「ほ、ほえぇ〜」 「うう。緊張するな」 王宮には、任命式の時にきたことがあったけど、内殿にまで入ったのはこれが初めて。 こんなところでアルエは暮らしてたのか? 「皆様、こちらです」 「は、はい!」 俺達からしたら、侍女までまるでお嬢様だ。 「ステイン伯爵名代ジン様は、こちらへ」 「はいはい。作法って面倒だよなー」 どうやら貴族のジンは、陛下との謁見もいろいろ俺たちとは違うらしい。もう1人の侍女に案内されていく。 「さぁ、ドナルベイン殿、どうぞ」 「はい」 なんか……余計に緊張してきた。 こんなんで大丈夫か、俺? これから陛下との閲覧を控えてるのに。 ……いや、ここは堂々と行くしかない。 なんせ、俺達はこれから(一応)褒賞の儀に向かうんだ! ……う、うわあああ……! 「な、なんだこれ……っ」 玉座の間。 まさに国王陛下の現れるべき場所。 それにふさわしいだけの豪華な広間に、俺達は息を飲む。 任命式で国王陛下に会ったときは、ホールで40人の仲間たちと一緒だった。 今度はたったの5人。 しかも場所は玉座の間。 緊張するなってのが無理だ。 救いは騎士や警備兵たちなんかがほとんどいないこと。 見物客のような連中もいない。 しかし静まりかえった部屋の空気に、俺達は完全に飲まれていた。 「うう……リュウ、ほら笑顔笑顔!」 「ここはかしこまるところだろ」 「でも、今回はリュウの名誉挽回の場でもあるんだからね!」 「そうです、た、た、た、隊長!」 「アルエさんも言ってたように、頑張らないと」 「分かってる、もちろん分かってる」 アルエが城に戻ると決めてから、俺に1つの作戦を打ち明けた。 それは俺が犯した、以前の失態を払拭すること。 任命式でのアルエへの非礼(おっぱい掴み事件!)を今回のアルエ救出でチャラにしてしまえ、と。 あれはもちろん不可抗力だったけど、でもやっぱり失態は失態でしかない。 挽回できるなら、しておきたい。 「アルエが切り出してくれるから、ちゃんとその時、陛下にゴメンって言っちゃえ!」 ゴメンって言っちゃえ……って、近所の親父に話しかけるわけでもないんだけどな。 な〜んか、微妙に緊張感に欠けるけど、気負いすぎるよりもいいか。 「よし!」 俺は拳を握りしめて、活を入れる。 重厚な扉が開き、1人の男性が入ってきた。 国境警備隊のような、実用オンリーの防具でなく、装飾の意味も込めた防具に身を包んでる。 たしか任命式でも見たから…… 「国王陛下のおいでである!」 「一同、膝をつき玉座に向かって一礼!」 俺達はその場で膝をつき、頭を垂れた。 ミントとロコナは、なんだかぎくしゃくしてる。 ……陛下にしては、いやに軽い足音だ。 『父上はすぐにおいでになるぞ』 ――アルエ!? 『はっ!』 また、1人。 今度は男っぽい……もしかしてジンか? すぐに高らかなラッパの音が鳴り響いた。 「き、きたぞ……!」 『待たせたな。皆の者、面を上げよ』 「はいっ!」 任命式の時よりも緊張しながら、顔を上げる。 「陛下のお言葉である! 皆! よく聞けい!」 「……ボルドー……」 「そちは、いくら言っても大声が直らんの」 「はっ! 申し訳ありません!」 「さて……アルエ」 「は、はい、父上」 アルエが気まずそうに返事をしてる。 俺の目に飛び込んできたアルエは、一番最初に見たときのようにドレス姿。 女の子の格好だ。 「ようやく顔が見られたの」 「なかなか城に戻ってこぬゆえ、心配したぞ」 「申し訳ありません」 「城下で襲われたと聞いたときには肝を冷やしたぞ、大事な我が娘よ」 「父上、ご心配をおかけしました」 「け、けれども! 私は、あちらにいる者のおかげで傷ひとつなく、無事に助かっております!」 「おうおう、そうであった」 「リュウ・ドナルベインよ」 「は、はいっ!」 「…………」 う……なんか睨まれてる? やっぱり、任命式での事件が尾を引いてるよな? 「父上、彼は私の命の恩人です」 「分かっておるっ」 「しかし、以前の不敬罪については……」 やっぱり、そこにいくか〜。 「…………」 微妙に睨まれてる? まずいな……。 この場の気分とかで、再左遷になるとかはマジで勘弁して欲しい……! 「私は気にもしておりません、と何度も言っております、父上」 「それに、本日は私を助けてくれたリュウ・ドナルベインへの褒賞で呼び出されたのではないのですか?」 「それもそうであるな……仕方あるまい」 「我が娘を守ったこと、感謝するぞ。若き騎士、リュウ・ドナルベインよ」 「あ、ありがたきお言葉でございます!」 よかった……なんか助かった。 「そして、そのリュウ・ドナルベインの看護をした者達よ、おまえたちにも感謝をしよう」 「あ、ありがとうございます」 「あり、あひがたきしあわせでございまふ!」 ミントはいいとして、ロコナが噛み噛みだ。 ……ま、しかたないよな。緊張しても。 「そして、ステイン伯名代子息ジン・トロット・ステインよ」 「ここにかしこまりましてございます、国王陛下」 「そなたも、一件に尽力したと聞く」 「はっ」 「大儀であった、父君であるステイン伯にも余からの感謝の意を表した使者を送ろうぞ」 「お言葉、ありがたき幸せでございます」 今ばかりは、ジンがまともな貴族の子息に見える。 ちゃんとすれば、普通の貴族の息子なんだよな。 「さて、アルエ」 「はい?」 「そちは、しばし静養に出かけておったが……」 「……は、はい」 「もう、男……げほげほっ! ではなく。 ……せ、静養は諦めたのであろうな? な!?」 「それは……その」 アルエがチラリと俺を見る。 「アルエ?」 「はい、父上。もう『例のこと』は諦めました」 「そうかまだ諦めてはおら……」 「な、なんじゃと!?」 「まことに、そちは男……いや『例のこと』を?」 「あの村で静養をし、彼らとの交流によって、私の心は随分と安らぎました」 「ですから、あの『例の件』について父上のお心を悩ますようなことはないように致します」 「それはまことか!? まことなのか!?」 「はい、これからは王女として生きていきます」 「ああああ、アルエミーナぁぁぁ〜〜!」 陛下がよろよろとアルエににじり寄る。 こ、国王陛下ご乱心? アルエの『王女宣言』がよっぽど嬉しかったみたいだけど。 えっと……いまは俺達も謁見中ですよ? 「陛下……っ、陛下っ!?まだ謁見の者がおりまする!」 「こんなに喜ばしい日がくるとは!」 「それならば例の話も……」 「国王陛下、その話はまたあとで」 あれ? いつの間にか国王陛下の横に、男が1人。 騎士のようでもなく、貴族……貴族か? なんだか気品溢れる正体不明の男が、その場に現れていた。 「父上? 例の話とは?」 「いや、なんでもない、まだなんでもないぞ!」 「???」 「とにかく……父上。これもあの者たちのおかげです」 「そうか、そうか。本当に喜ばしいことである!」 国王陛下の様子は、今にも蕩けそうなほどに笑顔を振りまいてる。 よっぽど嬉しいんだな。 「国王陛下に1つ申し上げたいことがございます」 「ステイン伯の子息よ。さて、どうした?」 「実は王女殿下が、我が領地の村に滞在されていた時のことでございます」 「そこにいる、リュウ・ドナルベインが王女殿下のお心をお慰めしておりましたこと、この私め、この目で確認しておりました」 「それは確かでございます故、ご報告を」 丁寧に頭を下げたジンが、そのままこっそりと俺にウィンクを寄越す。 「おお、そうか……!」 あ、なんか国王陛下の目が、少し和らいだ? うん、今のはいい援護射撃だ! ありがとう! 「そうなのです、父上!」 「リュウ・ドナルベインに、私は感謝しております」 「ほうほう……!」 「先日、そちが不敬を働いたときには、即刻打ち首にしてやろうかと思ったが……」 う、うわ……やっぱりマジだったのか、打ち首。 「なかなか優秀な男であったらしい」 「あ、ありがたきお言葉!」 「先日の事件では、許しがたいこともあったが、今回アルエの命を救ったこと」 「そして、アルエが無事に、女……いっ、いや、静養を終えたこと!」 アルエの『ボクは男だ』主張は結構タブーみたいだな、ここじゃ。 「この2つの功績によって――」 「お待ちになって、お父様」 「そうですわ、騙されてはいけませんことよ」 だ……れだ? 金色の髪。うすい湖のような瞳。 整った顔の美人だけど、見惚れるような何かがない。 ドレスも豪華だし、国王陛下をお父様って呼んでるんだから、この2人は、やっぱりアルエの姉妹? それにしては似てない。 美人なのは共通項だけど、こっちの2人はなんだかどこか薄ら寒いものを感じる。 「ちっ……どうしてここに、姉上たちが」 姉上ってことは、やっぱりこの人達も姫君。 でも姉妹と言っても仲はよくなさそうだな。 アルエの渋顔ですぐに分かる。 「どうしたのじゃ、マリエールにエリザベラ」 「おまえたちの妹がようやく戻ったのじゃ。喜ばしき祝いの場であるぞ」 「私たち、お父様を止めに参りましたの」 「そうですわ、お父様」 2人の王女は、一段上の場所から俺達を見下ろす。 ……その目で、すぐにわかる。 この2人、絶対に俺達を敵対視してるぞ。 「お父様。アルエミーナの変人ぶりは幼き頃から王宮内でもよくよく知られたことですわ」 「自分のことを男と言ってみたり、と奇行が激しかったではないですか」 「これっ! そのことは口にするでない」 慌てて国王陛下が止めるが、えっと……ここにいる全員が知ってます、それ。 「今回のことも、またいつ気が変わるか。信用なんてしてはいけませんわ」 「今まであれだけ自分は男だと主張していたのに、突然気が変わる方が、おかしくはありませんこと?」 「ですから……そこの庶民たちに何か騙されて、茶番劇をしているのかもしれませんわ」 な、なんだって!? 何言い出すんだ? 「そんなことはありません!」 「誘拐を止めた男が、以前アルエミーナに不敬を働いていた男だなんて、出来すぎでしょう?」 「もしかしたら、その誘拐犯はこの庶民たちの仲間かもしれませんことよ」 「なに……?」 「狂言の誘拐阻止で、お父様に褒賞して貰い、先日の、王族に対して働いた不敬な事件を、無かったことにしてしまおうということかも」 「だが、しかし……」 「だって、こんなひょろひょろとした男が、数人の誘拐犯を撃退できまして?」 ひょろひょろ……って、それは俺か! 「うむぅ……確かに」 国王陛下の目が、俺に向けられる。 そこには微かに浮かんだ疑惑の色。 「デタラメだ!」 アルエがドレスの裾を翻し、勢いよく駆ける。 控えている俺達の前にくると、国王の視線から庇うように立ちふさがる。 「リュウのことはボクがよく分かってる!」 「そんな姑息なことをする男じゃない!」 「それに、リュウはボクを庇って倒れたんだぞっ!」 凛と響くアルエの声。 「あら、こわぁい」 「やっぱり、血筋が悪い母親から生まれると、王族としての気品が備わらないのね」 「……っ!」 「お、おいっ!」 「しっ……駄目だ! リュウがここで反論したらアルエが余計窮地に立つぞ」 「でも!」 俺のことはいい。でも、アルエを! 「下手に口を挟んだら、今度こそ不敬罪で捕まるようなことになるって!」 「くっ……」 アルエは2人の姉妹を睨み付け、姉妹はアルエを馬鹿にしたような目で見ている。 「誰が何と言おうと、リュウはそんな卑怯なことはしない!」 「父上、ボクが保証します!」 揺るぎない瞳で、アルエは国王を見つめる。 それに気圧されたように、国王陛下の険しい表情が和らいだ。 「……うむ、わかった」 「そちが、王女としての自覚を持ったのは確か」 「それがここにいる者たちのおかげと言うのならば、それだけでも十分に褒賞に値する」 「ということだ、姉上たちはもうお引き取りを」 「あら、追い出すの? 失礼ね」 「お引き取りをっ!!!」 アルエは厳しい目で2人を睨み付ける。 俺達を庇うように、前に立ったまま。 その足は微動だにしなかった。 こっそり城を抜け出してきたアルエとデート。以前襲われたことから心配するリュウだが、庶民らしいデートを重ね、大喜びのアルエ。 そんなアルエをアロンゾが探しにやってくる。王都を逃げまわる二人が逃げ込んだ先は……なんと連れ込み宿だったのだ。 隣室の声や垣間見える情事にドキドキする二人は、そのまま問答の末に結ばれるのだった。 隣の部屋から聞こえてくる声に、自分たちがいる場所がどこなのか気づいたアルエ。 そんな状況にアルエは、リュウが自分とエッチをしたいのかと聞いてくるのだった。 「もしかして、そういうことを……したいのか?」 そんなアルエにリュウは…… 城での謁見が終わって数日―― 「隊長、お茶が入りました」 「ん、ありがと」 「アルエさん……連絡ないですね」 「ん……そうだな」 あれからアルエは俺達と一緒にミントの家に帰ろうとしたが、案の定、国王陛下によって却下。 そうだよな。 もう何ヶ月も城に帰ってないんじゃ当り前だ。 あげくに姉姫達とあんな喧嘩をしたんじゃ、余計にだ。 「あの〜……」 「ん?」 「聞いたらいけないのかもしれないんですけど」 「えっと、でも、その……気になって!」 もじもじと、珍しくロコナが言いよどむ。 「隊長って、もしかしてアルエさんと……」 と、そこまで言って、やっぱりロコナは口ごもった。 なんとなく聞きたいことは分かるな。 ちゃんと言ってなかったしな、俺とアルエのこと。 なんせキスシーンに飛び込んでこられて、そのままうやむやになっちまってた。 騎士と王族だし。身分の差とか、やっぱりそういうのが気がかりか。 ……今更だけど、親父達に話が伝わったら引きつけでも起こされそうだな。 よりによって、初カノが王女様です、じゃ! 「えっと、その、たいちょ」 あ、しまった。目の前のロコナを忘れてた。 「び、び、び……」 ん??? 「隊長たちは『びーえる』なんですかっ!?」 「ふぎゃっ!」 いてええっ! 椅子、い、椅子からすっ転げた! 「なんだって〜?」 「だって、アルエさんって男の人なんですよね?」 「でも、隊長とお付き合いしてるんですよね?」 「それは『びーえる』だって聞きました!」 「しまった……そっちを言い忘れてたか」 付き合う、云々の前の大事な前提。 アルエが、自分を女の子だって思うようになった話をしてなかった。 お城で陛下に向かって宣言してたけど、あれはあくまでも陛下用の台詞って思われてたんだろうな。 「説明する、ロコナ」 俺は誤解を解こうと、慌てて立ち上がる。 「ご安心下さいっ!」 「隊長とアルエさんがそれでもいいなら、わたし、応援しますから!」 「えっと、びーえる万歳……っ?」 万歳じゃねえええええ〜〜! 「ちょっと待て、その前になんで『びーえる』なんて言葉を知ってるんだよ?」 ポルカ村でそんな話をする奴がいるのか? 「じゃじゃーん。それはオレでーす」 「やっぱり……おまえか」 「いいじゃん、いいじゃん。昨今の流行でしょ」 いや、待て。 俺は敢えてそっちに走ってるつもりはない! 「アルエは、自分が女の子だって認めたんだよ」 「え〜?」 「だから、認めたんだ! 自分が女の子だって!」 「あれだけ大騒ぎしておいてかよ?」 「んまぁ、騒いでたのは確かにそうだけど」 「俺のことを好きになってくれて」 「それで、やっぱり自分は女の子だって思うようになったんだ!」 「そうなんですか〜」 「なんだ、つまんないな」 「背徳の愛、とかでドキュメンタリー小説を一本書いて、儲けちゃおうかと思ってたのに」 「性別の壁、身分の壁、美貌の壁を乗り越えて!」 美貌の壁って、どういう意味だよ! 「はたまたリュウがまたもや女の子になって!セクシャリティを越えた長編大河ばいおれんす・らぶ!」 「どこにバイオレンスが入るんだよ!」 「それは勝手にねつ造だろ、やっぱ」 死ね、この腐れ脳みそが…… 「へー。じゃあ、あの時に陛下に王女宣言してたのって本当だったのか」 「そうだよ」 「それじゃあ、隊長とアルエさんは普通の恋人同士になったんですね♪」 「まぁ、一応そういうことかな」 「わぁ〜〜♪ おめでとうございます!」 「いやぁ〜」 なんか、そうはっきり言われると照れるな。 「でも、アルエさんがお城に帰ってしまって隊長寂しくないですか?」 「うっ……」 また思い出しちまった。 そうなんだよ。 城に帰ったアルエとは、連絡の方法がない。 城内にツテなんか無い俺には、余計にない。 「連絡係くらいならやってやるけど?」 「マジで!?」 「地獄の沙汰も金次第って言うじゃん?」 取るのか、金! でも、この際それでもいいぞ。 なんせそれくらい、俺にはアルエとの連絡方法がないんだ。 「よ、よし……」 「俺の少ない給金でも……」 「なんの話をしてるんだ?」 「アルエと連絡を取るために、ジンに……」 え……? 「アルエ!?」 なんで、ここに!? 「本物のアルエ?」 「当り前じゃないか」 「それともボクが来たらまずかったのか?」 「違う違う。いきなりだったから驚いたんだ」 だって、まさに今。アルエのことを考えてたら目の前に現れたんだぞ。 「あれからすぐにお城を抜け出そうとしたんだ」 「でも、アロンゾとかの監視が酷いんだ!」 「部屋から一歩も外に出してもらえなくて、だから、こっそり脱走してきた」 腰に手を当てて、アルエが胸を張る。 「マジで……?」 「だって、そうしなきゃ会えないだろう?」 「それともリュウは、ボクと会えないままでよかったのか?」 「まさか!」 会えて嬉しいに決まってる。 それにしても、王女のアルエが城を抜け出したりして大丈夫なのか? ちょっと心配になる。 「それにしても、呼び鈴の音も何もしなかったのに」 「うん、勝手に入ってきた」 「それに鍵が閉まっていたら、窓から入ればいいだろう?」 ……前は椅子を引かなきゃ座れなかったくらいの箱入りだったのに、なんだかとってもアルエは成長してますよ、国王陛下〜〜〜! 「とりあえず、お茶を淹れますね〜♪」 ロコナは嬉しそうに、台所へと駆けていく。 それにしても、数日会わなかっただけで、なんだかすごく久しぶりな気がする。 いままでずっと一緒にいたからな。 会えるってことのありがたみを実感するぞ。 「ん?」 誰だ? 「アロンゾだ!」 「えっ!?」 「ボクが抜け出したのに気づいて、追ってきたに違いないぞ!」 「げっ!」 『殿下〜〜っ! ここにいらっしゃいますねっ!』 マジだ! 『リュウ・ドナルベイン〜っ!!貴様、殿下を拐かしたなっ!』 や、ちょっと待て、誤解だ! 「さぁ、逃げるぞリュウ!」 「おおっ、愛の逃避行」 「とにかく俺達は逃げるから、後よろしく!」 「えっ! あの筋肉の相手をオレがするわけ?」 やれ! やれば出来る子だ、おまえは! 「じゃあな!」 「早く、リュウ!」 俺とアルエは手に手を取って、ミント邸から逃走したのだった。 「よく考えたら、外に出るのも危ないんだよな」 「ん、どうしたんだリュウ?」 「うーあー……」 もんのすごい笑顔ですヨ。 こんなに喜んでいるのを不安にさせるのもなー。 でも…… 「いや、ほら」 「こないだ誘拐されかけたし、やっぱり外を出歩くのは危なくないか?」 「大丈夫だ」 「どこから来るんだよ、その自信は」 「だって、ボクのことはリュウが守ってくれるんだろう?」 「そりゃ、もちろん守るぞ!」 「ボクはリュウを信じてる」 「だから大丈夫!」 寄越される満面の笑み。 くっ……本当は、危ない目には遭わせちゃいけないんだよな。 アルエは王女で、ただの女の子じゃない。 「ほら、あっちで何かやってるぞ」 「なんだろう? 演し物かな?」 「大道芸人だろうな」 「お城でも見たことはあるけど、こういう場所では初めてだ!」 「お城なんかのより、面白そう♪」 「ほら、行こうリュウ!」 ただの大道芸にすごく楽しそうなアルエを、追い返すような真似は出来ない……よなー。 城の中じゃ、まさに籠の鳥なんだろうし。 「何してるんだ、もうっ!」 「来ないなら、置いていくぞ」 「うわっ、ちょっ、待った!」 特に騎士としての俺から見たら、 ホントは、ちゃんと送らなきゃいけない……けど! 「遅いってば、リュウ!」 「うう〜〜〜っ!」 恋人の笑顔を守るのも男の甲斐性だ! 「ほら、ちゃんと俺の傍にいろよ」 右見て、左見て、不審者無し。 俺はアルエの傍にピタリと寄ると、王都デートを存分に楽しむことにした。 ……………… ………… …… 『見つけたぞ……』 『リュ……リュウ・ドナルベインめ〜っ!!!』 ……………… ………… …… 「ほら、あれを買おう」 「ふわふわと浮いていて不思議だぞ」 桃色や橙色があざやかな球体が、ぽふぽふと浮いている。 「紙風船か。懐かしいな」 安く手に入る子供の玩具の代名詞だ。 でもそれなりに手が込んでて、ドラゴンや飛び栗鼠とかの、絵柄が描かれてる。 基本的に描かれるのは、飛翔系の動物なんだ。 「懐かしい、って?」 「子供の頃によく遊んだからな」 かっこいい絵柄の風船を集めたりするのが子供の頃のステイタスだったりする。 「子供の頃には、ああいうので遊ぶのか」 「お城じゃなかったのかな」 「な、無かっただけで知っているから!」 ……知らなかったよな、絶対、これ。 「買ってく?」 「え?」 「あれならあとで、空気を抜いたら仕舞えるだろ」 息を吹き込んで、膨らます物だから空気を抜けばまた遊びに使えるんだよな。 「仕舞う? 抜く?」 「紙風船のこと」 「も、もちろん、そうだ。紙風船だな」 相変わらず、意地っ張りなままだけど、そんなとことも可愛いんだから惚れた欲目だな。 「ふぅん、仕舞えるのか。そうか……♪」 「仕舞っておけるなら、今日の記念にずっと大事に出来るな……」 「……えへ♪」 あ、なんか可愛い。 「よし、買いに行こう」 「うん! リュウとの記念だ♪」 「……なんの記念になさるつもりですか?」 「決まってるだろう、そんなの――えっ!?」 「殿下〜〜〜!」 げげーっ!アロンゾ、いつの間に!? 「ドナルベイン、貴様、殿下を連れ回して一体どういう了見だっ!!!」 や、ちょっと待った! こんなところで剣を抜くな! 「さぁ、お城へお戻り下さい」 「いやだ!」 「どうしてですか!」 「どうもこうもない。帰らないったら帰らない」 「王都見学なら、自分が付き従います!」 「アロンゾと行っても意味ないだろう」 「は? どういう意味ですか?」 あ、そっか。 こいつはまだオレとアルエが付き合ってるのを知らないんだよな。 知ったら知ったで、大騒ぎしそうだけど…… 「……もうっ! アロンゾには関係ないっ」 「行こう、リュウ」 アルエが俺の腕に手を回す。 それを見たアロンゾの眉毛がつり上がった。 「ドナルベイン、貴様!殿下に何を吹き込んだ!」 いや、吹き込んだとかじゃなくて、単にデートの邪魔って……ことだけど。 ンなこと言ったら、藪蛇だ。もしくは火に油。 えっとこの場合は…… 「に、逃げろ!」 三十六計逃げるにしかず。 怒れるアロンゾからも逃げるにしかず! アルエの手を取り、ダッシュする。 「うん!」 「あっ、殿下!」 「それとドナルベインっっ、貴ぃ様ぁ〜〜っ!」 ちゃんとアルエと俺とじゃ、口調を変えてるところがアロンゾらしい。 って、感心してる場合か! 悪鬼の形相で追い掛けてくるアロンゾ。 やばい、やばいぞ、マジギレだ。 「ったく、しつこすぎるんだ、アロンゾはっ!」 「同感っ!」 俺たちは人混みをかき分けながら、ひたすらアロンゾから逃げ続けた。 「うわっ……まだ追ってくるぞ!」 「ヘビ……か、あいつは!」 なんか爬虫類系のしつこさだよな、うん! って、そんな話してる余裕はない。 都の裏手の道を、角を曲がったりしてとにかく逃げ続ける。 『ド〜ナ〜ル〜ベ〜イ〜ン〜!』 あ……でも、ようやく姿は見えなくなったぞ。 「リュウ……そろそろ、息が……っ!」 アルエが限界にちかい。 どこか……隠れられる場所はっ!? そんな時、何かの店みたいな扉が俺の目に飛び込んでくる。 他人の家に飛び込むわけにはいかないけど、ここなら……! 「アルエ、あそこに入るぞ!」 俺は扉に飛びつく勢いで、謎の店の中に転がり込んだ。 「はぁ……はぁ……っ」 「どうにか、まけた……かな?」 耳をすましても、アロンゾが追ってくる気配はない。 それにしても、とっさに飛び込んだここ。 ……どこだ? 薄暗い店の中は、ランタンででも照らさないと、ほとんど周りが見えない。 「いらっしゃい、お客さん」 わっ! 「泊まりかい? 休憩かい?」 急に現れた店主に、心臓が跳ねる。 「は? なんだ?」 「いまならいい部屋が空いてるよ」 ここは、もしかして…… 「おいおい、ひやかしならさっさと出て行きな」 いや、今出て行くのはまずいっ。 でもここって、ここって……! 「どうしたんだい、入るのか入らないのか?」 『ドナルベイン〜〜っ!』 げっ……あの声はアロンゾ? 背に腹は代えられない、ってまさにこのことだ。 「とりあえず、休憩で!」 「ほい、まいどあり。〈李〉《スモモ》の間が空いてるよ」 「え? どういうことだ、リュウ?」 あ〜〜、う〜〜〜。 説明はどうか後にさせてくれ。 俺は真っ赤になりながら、アルエを部屋へと連れて行った。 「なんだ、暗くて全然周りが見えない」 俺も部屋の内装なんて何も見えない。 閉められたカーテンの隙間から、うっすらと差し込む光でようやくアルエの顔が見えるだけ。 手の中にはランタンがあるけど…… ここの部屋のことを説明するまでは、点けられないっ! 「う……あ〜〜」 「リュウ? 暗いんだが」 「あ、うん、その〜」 『ん……あっ……ふぅっ』 !!! 「な、なんだ?」 もしかして、隣の声? 『あん……そこっ、イイっ……ああぁっ!』 !!!!! 「これ、もしかして……っ?」 や、やばい。 「あのなっ、別にわざとここに入ったわけじゃないから!」 ご休憩にお泊まり。 その怪しげなキーワード。 そう、ここはいわゆるカップルが密やかにやってくる為の場所。 いわゆる、連れ込み宿! 「ごめん! マジでゴメン!」 こんな状況を利用して、エッチな宿に連れ込んだって誤解されるのはさすがにイヤだ! 連れ込むなら、せめて……堂々としてるってーの! 俺だってそれくらいの甲斐性はある。 「えっと、その……」 「ここは、そういう場所なんだな」 「……うん、そうです」 なんでか敬語。 「もしかして、そういうことを……したいのか?」 「エッチ……だろ?」 「ちょ、ちょ、ちょちょっと待った!」 ちゃんと言わないと、誤解されるぞ! 「したいのは、したいから!」 好きな子とエッチがしたくないわけないだろ。 ちゃんとそれを先に言ってから説明する。 「でも、ここに入ったのは、不可抗力なんだ」 「だからといって、したくないってわけじゃないから!」 「じゃあ、やっぱり。ボクとそういうことを ……したいのか?」 「うん。したい……って気持ちはある」 「そう、なのか」 「そっか……そう」 アルエは暗がりの中でも分かるほど、頬を赤らめて……えっと、なんかすごく可愛いぞ。 「そういう意図で入ったんじゃないから!」 「……したくないんだな」 「じゃ、じゃなくて!」 「別にボクには興味なんてないんだな」 「あるある!」 ああ、しまった。ものすごく誤解された!? 「そうじゃなくて! ここに入ったのはアロンゾから逃げるためだったけど」 「アルエとエッチなことをしたいっていうのは、それと別で、ちゃんと思ってる!」 「そ、そうか……」 あ、よかった。 アルエの表情が、ホッとしたものに変わった。 「えっと……もし、したいなら」 「……いい、ぞ」 「え?」 「恋人同士なら、することだろう?」 「だったら……ボクもしたい」 「リュウとエッチなこと、したい……」 「い、いいのか?」 「いいんだ!」 「あ……それともリュウは、今は嫌……?」 薄暗がりの中でも分かる、傷ついた顔で俺に尋ねるアルエ。 そんな顔見たら…… 「したいっ! すごくしたいっ! 今したいっ!」 「え?」 あっ、しまった。これって、焦りすぎた? なんかすごくがっついてるみたいでカッコ悪…… 「えっと……その、なんだ」 「俺もアルエが好きだから、抱き合いたいって思う」 「でも……本当にいいのか?」 「愛しあってるなら、当り前にするんだろう」 「だったらボクはリュウとしたい」 「リュウがしたいなら、してもいいんだ!」 唇を少し尖らせて。暗がりでも分かるほどに頬を染めて。 そんなアルエに、ものすごくドキドキする。 「アルエ……」 そっとアルエの体に手を回す。 「ん……♪」 アルエはそのまま俺の腕の中に収まった。 細い体を抱きしめて、キスをする。 「んっ……ちゅっ」 「あふっ、ん……リュウ……ちゅっ」 絡め合う舌が、唾液の塗れた音を響かせる。 「ちゅっ……んはぁっ、ちゅうっ、ちゅるっ」 たっぷりと舌を絡め合ってから、俺たちはベッドに倒れ込んだ。 ベッドの傍のカンテラに、火打ち石で火をつける。 ようやく部屋の中に灯りが生まれて、俺の目にアルエの姿が飛び込んできた。 「う……っ」 はだけさせた服から、白い膨らみが目に飛び込んでくる。 「えっと……あの……っ」 アルエのおっぱいがどんどんと桜色に染まってく。 もしかして、恥ずかしがってる? 初めて見たわけじゃないけど、こんな反応のアルエは初めてだ。 すごく普通の女の子の反応、だよな? 「恥ずかしい?」 「そ、んなこと……ないっ!」 でも、そう言いながらも俺の目に晒されてるおっぱいはアルエの言葉を裏切ってる。 乳首がツンと立ち上がって、色っぽい。 「あ……んっ」 「リュウの、馬鹿……ぁ」 やっぱり恥ずかしそうに、アルエは身を捩る。 それがすごく、なんか……嬉しい。 だって男だって言い切ってたときは、おっぱいを見られても、全然平気だったのに。 今は、こうして俺に対して恥じらってる。 それってやっぱり、アルエがちゃんと女の子の気持ちだからだよな。 それが、なんかもうすごく嬉しくて。そして愛おしくて、たまらない。 「ん……ちゅっ」 思わず、口に含んだ。 「あっ、やぁっ!」 「嫌? ダメ?」 「あ……喋ったら……んっ!」 「嫌じゃなかったら……ちゅっ」 「はぅんっ!」 「ちゅっ、ちゅぱっ……」 「やんっ、何してる……んっ、きゃうっ」 口の中に含んだ乳首を、舌先でころがす。 サクランボのような可愛い乳首は、舌先で弄ってると、どんどん硬くなってくる。 「ふあっ……んっ、リュウっ……あぁっ!」 目の前にあるおっぱいの白い膨らみは、どんどんと桜色にその色を変える。 片方のおっぱいにも手を伸ばしてみる。 「あ……そっちもっ!?」 柔らかい……! 手のひらから溢れる質量のおっぱいを、ゆっくりと揉んでいく。 「ひうんっ、あっ……あふぅっ……ンんっ」 甘い声がアルエの口から漏れてくる。 こんな声、初めて聞いた。 すごく女の子らしい声。 たまらなくなって、口の中の乳首を音を立てて吸い上げる。 「ちゅっ……ちゅるっ、ちゅぱっ」 「あんっ♪」 「くちゅ、ちゅっ……ちゅっ、ちゅうっ」 「あふっ♪ んっ、リュウっ……あぁんっ」 「そんなに吸ったら、……あぁっ、んっ♪」 「なんだか……変っ、あ、ボク……おかしく、なる……んぅっっ!」 どんどんアルエの声が、水気を帯びていく。 それは俺も昂らせていった。 「体の奥が……あふっ、んっ、や……ぁっ」 アルエがもじもじと太ももを摺り合せた。 「あふっ……んン♪」 もしかして、やっぱり感じてる? 「うわ……すごい、くる」 太ももに手を伸ばしてみたくなる。 その先……その奥で、アルエがどうなってるのか、すごく知りたい。 おっぱいを揉んでいた手は、無意識にその欲望に従っていた。 するり、とおっぱいからお腹へ、ヘソの横を通って、手が下りていく。 「あ……何、リュウ?」 「あっ、つい」 さすがにそこに突然触ったらダメだよな。 「えっと、触っていいか?」 「ど、どこ?」 改めて聞かれると、ちょっと言いにくい。 けど……言わないと分からないよな。 「アルエの大事なところに、触りたい」 「あうっ!」 さっとアルエの頬に赤みが差す。 すごく恥ずかしそうに、俺から視線をそらすけど、アルエはすぐにその目を元に戻した。 目の淵を赤く潤ませて、はっきりと答えてくれる。 「リュウなら……何をしてもいい」 「リュウの、好きにして……」 アルエが精一杯の勇気を振り絞った言葉に、俺は愛おしさがこみ上げた。 「アルエの全部を見せて欲しいんだ」 「アルエが好きだから、全部見たい」 「全部手に入れたい」 「……うん」 「リュウなら、いい」 「リュウ……触っていい、よ」 アルエの答えを聞いてから、俺はゆっくりと体を下へとずらした。 太ももを左右にゆっくりと開かせる。 「あ……あぁ……っ」 俺の前に晒された、白い太ももの間には、まだ誰も見たことがないアルエの秘部。 「見てる……、リュウがボクの……っ」 緊張で太ももが強ばってるのが分かる。 それと同時にヒクヒクと震えてる、秘裂を囲む2枚の襞。 灯りを反射するように光ってるのは、秘裂から滲み出てる愛液の所為だ。 さっきので感じてるんだ。 「リュウ……リュウっ」 「何、するんだ……ねぇっ、黙ってないで」 じっと見られてるのに、焦れたようにアルエが声を上げる。 「や……ちょっと、なんか嬉しくてじっくり見ちゃってた」 「な、なんだ……嬉しいって言うのは!」 「だって、さっきので感じてくれたんだよな?」 「……うっ」 ヒクンっ! アルエのおま○こは唇の変わりに答えるようにして震えた。 ああ、もう……っ、本当に可愛いだろ! 「アルエ、怖くないからな」 俺だって初めてだし。 怖いっていうのとは違うけど、なんていうのかすごく緊張してる。 でもアルエを怯えさえないように。 一緒に気持ちよくなれるように。 ゆっくりと、秘密の場所に口づけた。 「……ちゅっ」 「きゃふぅっ!」 「そんなとこ、舐め……あぁっ、舐めるのっ!?」 「ん……んちゅっ、ちゅっ……ぺろっ」 「くふぅっ……あぁっ! そんな、ああっ!」 おま○この形を、舌でゆっくりとなぞる。 「ひゃうっ……んんっ、あっ、舌……っ!リュウが舐めてる……っ、んうぅっっ!」 じわり……じわり…… 桜色の裂け目から、蜜水が滲む。 「ちゅ……ちゅるっ」 「やんっ! あふっ!」 「舐めちゃ……だめっ、そんなの、あぁっ!」 「恥ずかし……いっ、んはぁっ、リュウっ!」 ちゅっ……ちゅるっ、ちゅるるっ! 滲む愛液を、舌で舐めとっていく。 「や……なんか、熱い……っ」 「リュウ……怖い、ボク怖い……っ!」 おま○こからはどんどんと愛液が溢れてくる。 「なんでボク、こんな……あぁっ!」 「感じてるからだよ、アルエ」 おま○こに口づけたままで答える。 そして舌先をゆっくりと、差し込んでいく。 「はうっ! あっ……な、なに!?」 「入ってくる……んくぅっ……あぁっ!」 「ん……ぅっ……ちゅっ」 未通の固い扉を閉じた秘部を、ゆっくりと舌で綻ばせる。 「ボク、変っ……リュウっ、あぁああっ!」 ひくっ……ひくひくんっ! 舌をねじ込まれた媚肉は、驚きのあまりといった様子で震える。 「アルエの中、熱い……んむっ、はむっ」 「きゃふぅっ! あんっ、やっ……あひっ!」 「何が入ってる……のっ、あぁっ……んくっ」 「舌で、アルエのおま○こを慣らしてるんだ」 指よりも柔らかい舌なら、内部に侵入される感覚も、少しはマシなはず。 「舌……舌っ? リュウの?」 「俺の」 ……以外に誰がいるんだよ、アルエ。 「はず、かし……っ、そんなところに……リュウの舌……あぁっ、やぁんっ」 「や……っ、ふぅっ……あっ」 「ダメ、中で動かしたら……んっ、くぅっ!」 「あふっ……んンっ、あ……変っ、……熱っ」 おま○この内部を抉るように舌を動かす。 ちゅっ……ちゅぷっ 「くふぅっ……あぁっ!」 膣壁を押し上げて、出来るだけ奥へ。 にちゅっ……じゅぶっ、ぐじゅっ! 「あ、や……そこ、あぁっ……変っ!」 媚肉を擦りあげるように、前後に動かす。 ぐちゅっ、じゅっ、ぐじゅううぅ…… 「おなか、熱い……っ、あ、ふぅっ……」 「んっ……あはぁっ……ダメ、おかしいっ」 「リュウが触ってるところ、変っ……だよぉっ!」 すごく……アルエが感じてくれてる。 「アルエ、それ……気持ちイイってことだ」 「これ……が? そう、なのか……ぁああっ!」 「うん、そうだ」 内部からはどんどんと愛液が溢れてきてるし、媚肉は蕩けてきてるのが分かる。 「なんか、奥……変っ、だめ、腰が……あぁっ!」 ビクンビクンとアルエの腰が跳ね上がる。 それを押さえて、更におま○こを舐めあげる。 「あふっ……ん、ンんんっっ!!!」 舌を更に奥まで引込もうとしてるみたいに、アルエが体を俺に押しつけてくる。 恥ずかしいのに、気持ちいい。 そんなアルエの様子がよく分かって、俺もそろそろ限界に近くなってる。 だって、好きな女の子のこんな姿を見てたら、我慢も限界になるのが、当然だろっ? 「アルエと、繋がりたい……」 「ボク……と、リュウが……繋がる」 「ボクのここで、リュウを受け止める……の?」 「うん。俺のチ○ポをアルエのおま○こに入れたい」 「リュウの……、お○ん……ちん」 「ここで繋がるんだ」 愛液でぐちょぐちょに濡れたアルエのおま○こに、そっと指を這わせる。 「ひゃうっ!」 ずいぶんと蕩けてるおま○こは、ゆっくりと侵入する指を、拒むことは出来ない。 「あ……入って……るっ!?」 「何……指? リュウの指がボクに入ってる!?」 媚肉は指を締め上げる。 その強い拘束が、これからチ○ポに寄越されると思うと、期待でぞくりと震えがくる。 「入れたい」 「アルエの中に入れたい」 2本に指を増やして、舌では届かなかった奥にまで、侵入を深めていく。 「あ……くぅっ……そんなに、入るの!?」 指が根元まで差し込まれることに、アルエが驚いて身を硬くしてる。 「奥まで、入れさせて欲しい」 ねっとりと粘質の愛液を絡めながら、媚肉は指を咥えこんで、ヒクヒクと蠢く。 「はふっ……んっ!」 「うん。ボクに……入れて」 「リュウと1つになりたい……っ」 俺は指を抜き去ると、アルエの体をゆっくりと起こした。 「なんか、この格好……すごく恥ずかしいぞっ」 「うん、でもこっちからの方が怖くないだろ?」 正面から抱き合ったら、入っていくところが見えるしな。 まだ緊張してるアルエには、後ろからの挿入の方が、いい気がする。 「う……うん」 「大丈夫だからな」 そう言って、アルエのお尻を少しだけ上に引き上げる。 「ん……ぅっ」 ぷりんとしたお尻の膨らみを左右に開く。 「……あっ……リュウっ!」 怖がっているような声を出すアルエを、宥めるように白いお尻のてっぺんにキスをした。 「ちゅ……大丈夫だから」 「リュウ、なら、いい……んだ」 「だから、リュウ……のものに、して」 「ボクをリュウのものにして……!」 うん、俺もアルエが欲しい。全部欲しい。 だからそっと唇を離して、濡れそぼった秘裂に、チ○ポを押し当てた。 「アルエ……いくぞ」 「うん……リュウ」 ぬぐ…… 「ん……っ!」 亀頭をゆっくりと押し込んでいく。 「あっ……入って、くる……っ、ああっ!」 愛液で濡れた媚肉は、まだ固い扉を閉ざしているのに、ゆっくりと侵入を許す。 ぐぬ……ぐぬぬ…… 「んぅ……っ、あっ……はうっ」 亀頭が媚肉を穿孔する。 「くっ……きつい、な」 「あふぅっ、んっ、……あぁっ、リュウっ!」 「痛……っ、ボクのおま○こ、あぁ……裂けちゃう……っ!?」 「初めてだから、痛いんだよな……ゴメン」 「でも裂けるとかはないから」 「でもっ……あぁっ、こんな太いのっ?」 「入るの……ボクに入るの無理……だっ、あぁ……んくぅっっ!」 ぐぬっ…… 辛そうな声のアルエに、動きが止まる。 「や……ぁ、中に、入ってる……っ!」 「そんなところで、止めたら、……あうっ!」 亀頭だけが入りこんだところあたりで、止まってる挿入は、激しい異物感をアルエに与えてるみたいだ。 少し待ったら馴染むんじゃないかって思ったけど、これは…… 「アルエ、ちょっとだけ……ごめんな」 「え?」 痛かったらと思って、ゆっくり入れたけどそっちの方が痛みと恐れが増幅されたに違いない。 だから…… 「くっ!」 ジュブゥゥンッ! 「んひぃぃっ! あっ、痛っ、バカぁ……っ!」 アルエのおま○こを、一気に貫いた。 「あく……ぅ……っ」 ビクン、ビクンッ…… アルエのおま○この中は激しく脈打って、それが直接チ○ポに伝わってくる。 とろりと、内部からアルエの純潔の証が流れる。 「急に……するから、痛かった……うぅっ」 「リュウのバカ……バカァ……」 「ごめんな。こっちの方が楽かと思って」 「確かに、ゆっくり入ってくるときより、こっちの方がよかったけど……ううぅぅ〜」 怨めしそうにアルエが唸る。 でも、怒ったりはしてない。 アルエのおま○こが馴染むのを待って、それからゆっくりと律動を開始する。 じゅっ……ぐじゅっ 「あっ……中、動いて……るっ!」 「んっ……きつくて、すごい……イイ」 熟れた果実がねっとりと絡みつくような、そんな感触の中、強い締め上げがチ○ポに寄越される。 大好きな女の子と繋がった喜びと、その強烈な感触に、チ○ポは内部でビクビク震えた。 「くっ……う、あっ……んんっ」 「リュウの、お○んちん、が……あうっ!中で、ひくひく、してる……ぁっ!」 「ん、すごく気持ちよくて嬉しいから」 こうしてアルエと繋がれたことがすごく嬉しい。 女の子として納得してなかったら、絶対にこんなこと許してくれない。 それって、俺を好きになってくれたから、変わったってことだよな。 このエッチで、アルエの心がこれ以上なく証明されてるんだ。 「アルエ、好きだ……」 湧き上った想いを口にして、おま○こにもそれを伝える。 じゅっ、じゅぶっ、ぐぢゅっ! 「ひゃうっ……くふっ、んあ……ぁああっ!」 「ボクの中にリュウがいる……ぅっ!」 「リュウ……好きっ」 「好き……好き、リュウっ」 「好きだから、こんなこと出来る……っ」 「そうでなきゃ、こんなこと、できない……っ」 「うん、すごく嬉しい」 「アルエ、好きだ……っ」 そんな言葉で表せないくらい嬉しい。 「……女の子、だからな……ボク」 「ちゃんとそう思って……リュウのこと好き……だからっ」 「うん、分かってる」 「んっ……動いて、いい、リュウ」 「リュウが、気持ちよくなって、欲しい」 ああっ、もう! そんな可愛いこと言ったら……! 「くっ……!」 ぐっちゅぅぅっ! 「ひゃうぅんっ! あっ、あうっ!」 アルエの狭い肉壁をかき分けて、チ○ポを激しく突き立てる。 じゅぶっ、ぐちゅっ、じゅぶぶっ! チ○ポの先が、おま○この奥にまで当たる。 「んぅっ……あぁっ……なんか、あふっ」 「痛くない……けど、奥が、変……っ」 「なに? あふっ、リュウのお○んちんが当たる、そこ、あっ……ああっ、なんか熱……んっ♪」 「ここ?」 根元まで押し込んで、その状態でぐりぐりと腰を回してみる。 「んくぅぅっっ!」 ビビクンッ! 媚肉が大きく震えた。 チ○ポに絡みつく強さが大きくなる。 ここ、気持ちイイんだ…… 「このまま……っ、こうして……!」 ぐじゅるっ、ぢゅぶぶっ、づりゅっ! 「くはぁっ♪ あふぅっ……なに、そこっ!」 「や……おち○ちん、当たるっ、そこ、ん……はぁぁぁっン♪」 子宮口に亀頭を押し当てたまま、おま○こをかき混ぜるように刺激する。 内部で愛液が溢れて、それがチ○ポの動きと共にいやらしい水音を響かせた。 「あぁっ……くぅっ!」 「お腹、熱い……っ」 「奥、変……ぁっ、イイ……っ♪」 「気持ちイイ? アルエ、イイ?」 「んっ……あふっ、イイ……気持ちイイっ」 じゅぶっ、ぐじゅっ、じゅぶぶんっ! 「んひっ! あ……ぅんっ♪」 「や、ぁ……もっと、リュウ……っ」 「もっと、して……っ、リュウのおち○ちんが、気持ちよくて、くぅっ……変になっちうぅぅっ♪」 溶岩のように熱くどろどろになったおま○こが、ぴっちりと隙間なくチ○ポを包み込む。 ヒクヒクと震えて、それはまるでチ○ポからミルクを絞り上げてるみたいだ。 「くっ……俺もイイ……っ」 「イイ? リュウも、イイ……っ?」 「すごく……イイっ」 「ボクも、あぁっ……イイっ」 「あふぅっ……イキそうっ、リュウっ!ボクもう……ダメ、ああぁっ……んふぅっ♪」 アルエの腰がとうとう揺れ始める。 律動に合わせて、チ○ポを出来るだけ奥にまで引き込もうとして離さない。 ぢゅっ、じゅぶるっ、んじゅじゅっ! 「あぁっ……イッちゃう……っ!ボク、もう……あっ、あああっ!」 チ○ポを吸い上げるような、おま○この蠕動運動。 疼くような甘い快感が、俺のチ○ポの中でどんどん膨らんでいく。 「俺も……イキそう……っ」 「イッて、リュウ……ボクも……もうっ」 じゅぐっ、ぐじゅぶるっ! 「んはっ、はうっ! んんンっっっ♪」 たまらない快感に、俺も最後の瞬間へと駆け上がる。 「くおっ……射精……するぞっ」 「うんっ、出してぇ……っ、リュウっ!」 「あふぅっ……ふおおおっ……!」 アルエの腰を引き寄せて、思いっきり奥まで突き上げる。 「んっ、んんんーーーーーっ!!!」 アルエの口から漏れた高い嬌声と同時におま○この中に、勢いよく精子を放出した。 ドクッドクッ! ビュルルルッ! 「中……に、くるっ! あああぁぁぁっっ!!!」 「くっ……はふっ、うううっ……」 ビュルッ……ビュルルル…… 「中に、すごい……入ってる……ぅっ」 「気持ち、いい……リュウ」 「うん、俺もすごくよかった」 「すごく気持ちよかった」 「ん……♪」 「――ちゅっ♪」 アルエが恥ずかしそうにしながら、振り向いて俺の唇にキスをする。 「身も心も結ばれた……って言うんだろう? こういうの」 「……んふっ♪」 嬉しそうなアルエに、俺も嬉しくなってくる。 「愛してる、アルエ」 「ボクだって、リュウを愛してるぞ」 見つめ合ってから、今度はしっかりとキスをした。 甘い吐息がアルエの唇から、俺の唇に移って、それは喜びをさらに高めてくれた。 ミントが村で仕入れた品物を売るという。そこにまたしても城を抜け出してきたアルエがやってきて手伝うことになる。 金勘定や商売人の駆け引きなどに無頓着なアルエは色々と失敗するが、それでも町民の熱気や庶民らしい活気に大興奮。 リュウと夫婦に間違われてはご満悦になり、最終的には商人らしい駆け引きに成功して満面の笑みを浮かべるアルエだった。 アルエが帰ってから、また数日。 俺はだらだらとした日々を過ごしていた。 なっ、なんだ? 「どうしたんだ、その釜はなんだよ?」 突然、ミントが現れて釜の底を木べらで叩く。 あの音はコレか。 「働かざる者食うべからず!」 「〜〜〜と、いうこと〜〜〜で!」 「そろそろみんなに働いて貰おうかな!」 働く? って、何を? 「あんた達、男連中のことよ!」 「へ?」 連中、ってことは俺とジンか? 「ロコナは家のおさんどんをしてくれてるでしょ」 「うちん家がただいまゴミ屋敷にならないのは、ロコナのおかげじゃん。うーん、重宝重宝♪」 たしかに…… 「ところが、リュウとジンは今のところなんの役にも立ってないじゃなーい?」 「お、おいっ、買い物の荷物持ちはしてるぞ」 あと、薪運びとか、ゴミ捨てとか。 ……って、なんか言っててむなしい。 「まあね、それは感謝してるわよ」 「でも、仕事もしなくて家にいても意味ないじゃん。家もただで泊めてるわけじゃないし?」 それはそうだけど。 「だから、今日は2人でバザールに行ってきて」 「何するんだ?」 「ふふーん♪」 「ロコナ〜!」 「んしょ、んしょ!」 ロコナが何かの荷物を担いでくる。 「へへへ。実はポルカ村を出るときに、色々仕入れてきたのよね」 「まさか食べ物じゃ……?」 「腐るじゃん、そんなの」 「そうじゃなくて、ポルカ村の民芸品!」 じゃじゃーんというかけ声と共に、荷物が開かれる。 「うわっ!」 中からは、毛織物や革製品がでてくる。 あ……なんか懐かしい匂いがするな。 「あとね、ポルカ村の空気」 「はぁ?」 「瓶詰めにしたのよ、ポルカ村の空気を」 空っぽの瓶をミントが捧げ持つ。 「ポルカ村の一番の名産は、あの美味しい空気よ」 「水も食べ物も美味しいけど、腐るでしょ」 「でも空気は腐らない!」 なるほど…… 「って、まさかそれを売れって?」 「大当たり〜〜!」 マジかよ! 「そりゃね。都の人間だからって全員裕福じゃないわよ」 「でも、中にはかなりの富豪もいるじゃない」 「こういう変わった嗜好品が好まれんのよ!」 「頭脳戦よ、商売は!」 ガッツポーズを取るミント。 た、逞しいな……おい。 「……で、ジンはどこ?」 「あっ、そういえばいないな」 朝から見かけない。 「あの〜、ジンさんならお出かけされましたよ」 「えええ〜〜!」 「猫獣人なんとかの、なんとかって言ってました」 まったくもって分からんが、ものすごく分かった気がする。 「それじゃあ、当分帰ってこないよな」 「んもう〜、2人で売りまくって小遣い稼ぎをして貰おうと思ったのに!」 「しかたない。リュウだけで行ってきてもーらお」 ええっ! 俺だけで!? 「……って、1人じゃ無理かなぁ。ロコナにも行ってもらおうかなぁ」 「だったら、ボクが行く」 「うわっ! アルエ!?」 アルエ!? 本当にアルエじゃないか。 アルエは俺達の驚きをよそに、ミントが広げた荷物を面白そうに覗いてる。 「ふーん、これを売ればいいのか」 「……また、城を抜け出してきたな」 神出鬼没のお姫様なんて、聞いたこと無いぞ。 「だってアロンゾと父上がうるさいんだ!」 「アロンゾなんて、出かけるなら近衛騎士一団を付けるって言うし!」 それは……かなり大仰だな。 「とにかーく、ボクが来たからには任せておけ」 「え……アルエが行くの? だ、大丈夫かな?」 「当り前だ! ボクに出来ないことはない!」 ……前は椅子に座るのにも……以下略! 「うーん……それなら、あたしも行こう……っと」 ミントがうっすらと額に汗を浮かべて呟く。 うん、分かるぞ。分かる。気持ちは分かる。 「よし、決まった!」 「さぁ行こう、リュウ!」 そんなわけで。 誘拐されかけた(以下略……)椅子にも1人では(以下略……)のアルエを連れて。 俺たちはバザールで突然、テトラ商会臨時店舗を開くこととなった。 相変わらず、活気があるよな。 「さぁ、店を開いたぞ」 ミントが簡易で登録した露店の場所で、あっという間に店開きは出来た。 肝心の、お客とのやりとりなんだが…… 「なんだ、この商品は」 「売っている!」 「…………」 「どうした? 買え」 「……ありがとさんよ」 わわわ! しまった!売り手のノウハウを教えてなかった! 「あああ〜っ、お客さんちょっと待った!」 帰りそうになった客を、ミントが慌てて引き留める。 「これはね、超早馬で駆けても丸1日半はかかる、国境付近の村での特産品なのよ」 「……ほぉ」 「冬になれば雪で埋もれちゃうような村!そこでの防寒用の手袋なんて、すごいあったかいと思わない?」 「都はそこまで寒かないだろ」 「それに手袋ならあるからいいよ」 「目がないわねえ。見てよ、この刺繍細工」 「……ん?」 「ほほぅ……こりゃ、なかなかいい品だな」 「でしょ、でしょ♪」 「わざわざ、そんな遠い村まで行って、仕入れてきた意味はそこにあるんじゃない」 ……単に、居着いてただけじゃないか。 「普段なら、銅貨15枚はするわよ」 「そりゃ高いだろ!」 「でも、今日はとっておき!なんと銅貨13枚!」 「もう一声!」 「ん〜〜、んじゃ銅貨11枚!」 「11枚か……」 「10枚!」 「買った!」 「毎度あり〜〜〜♪」 あっという間に、手袋が1つ売れていく。 「おい、銅貨5枚分も値引いていいのか?」 「いいわよ、仕入れは銅貨4枚だもん」 「えっ!?」 「もとから銅貨10枚が売値だけど、それだったら足下見られて、値引きされるでしょ」 「だから最初から高めに言っておくんじゃん♪」 は……はぁ。さいですか。 「とまぁ、こんな感じで売っていってくれる?」 「なるほど……理解したぞ」 アルエがうんうんと頷いてる。 ホントに分かってるか? 「なんか、いいものあるかい?」 「よし、次はボクだ!」 意気揚々とアルエが買い物客の前に立つ。 ちょっと心配だけど、ここは見守ってみるか。 「このコースターはいくらだい?」 「最初は高く言うんだな……」 「よし――これは金貨100枚だ」 「ぶーーーーーーーーーっっっ!!!!」 「ア、アルエっ!?」 「金貨100枚! 100枚ったら、100枚だ」 「は、はああ!?」 「さぁ、値引き交渉だぞ」 「…………」 「…………ん?」 「こんなんに金貨100枚払うなら、嫁さんにいいドレスでも買ってやるよっ!」 「じゃあな!」 「あ、あっ、お客さーーーん!!!」 「あれ? おかしいな?」 おかしいのは、お客じゃないぞ、絶対。 「ちゃんとミントの言うとおりにしたぞ」 「いくらふっかけるって言っても、今のは高すぎるんだ」 「高いところから値引きするんだろう?」 「だからより高くしたのに、間違ってるか?」 「聞くまでもなく、当り前じゃんっ!」 「どこの世界に、コースター1枚に金貨100枚払う人がいるのよ〜っ!」 「もしかして、安いのか?」 「高いんだ!」 「だから、高いのがいいんじゃないのか?」 「限度がある、さすがに」 コースター1枚なら、ふっかけてもせめて銅貨3枚が限度だ。 しかも単品で売るな! セット売りだ! 「ふ、ふーむ……難しいな」 「ま……まぁ、いいよ。次行こう、次!」 まだまだ露店には商品が山盛り。 ……これ、無事に売り切れるのか!? ……………… ………… …… 「い、いらっしゃいませ〜」 「いらっしゃいませ〜♪」 「いらっしゃいませ〜〜!」 それでもどうにか客を捕まえて、臨時開店テトラ商会は絶賛営業中。 「へぇ……この敷き布いいねぇ」 「う、うむ。いいぞ」 「『いいですよ、よく見てください』……だ」 こっそりと耳打ち。 「あ! いいですよ、よく見てください!」 「ふぅん……なかなか手が込んでるなぁ。刺繍もしっかりしてるし、品も良さそうだ」 「当り前だ! 何と言ってもポルカ村のみんなが一生懸命作ったものだぞ!」 「『丹誠込めて作りました』……だぁっ!」 「う、うん……丹誠込めて作りました!」 「だから買ってもいいぞ」 「……はい?」 「『是非お買い求め下さい』……だぁぁっ!」 「ぜ……是非、お買い求め下さい!」 「…………」 ああ……お客さん、ちょっと忍耐をヨロシク! 「くくくっ……ところで、これはいくらだい?」 「えっと……その」 あ〜……もうこれはアルエが素人なのがばれてるな。 しかたない、はっきり言おう。 「本当は銅貨50枚って言って、35枚までなら値引きする予定でした」 「そうかい、そうかい。んじゃこれは銅貨35枚が底値かい?」 「そうですね」 ……本当は30枚だけど。 「わかったよ、それじゃこれを銅貨35枚で買おう」 「えっ!?」 「奥さんに助け船出してる旦那さんを見たら、なんかこっちまでいい気分になっちまった」 奥さん!? 旦那!? 「奥さん……え? ボク、ボクのことか?」 「あれ? 新婚さんじゃないのか?」 「え……いや、その〜」 なんか、照れるじゃないか。 「よ、よし、これもおまけだ!」 アルエが目の前の敷き布をもう一枚差し出す。 こ、こら〜〜っ! 「おいおい、駄目だろ。奥さん」 「奥さん……奥さん……奥さん……っ♪」 アルエはポヤ〜として、なんかえっと……嬉しそうだ。はは…… なんか俺まで笑っちゃいそうになるだろ。 「リュウ、ボクはリュウの奥さんに見えるのか?」 「見える……って、見えたみたいだよな」 「そ、そうか……っ♪」 アルエがニコニコ×100くらいの満面の笑みになる。 ああ、やばい。 なんかぎゅっと抱きしめたい感じだ。 「あ〜あ、熱々だよ」 「オレも、うちのカミさんに花でも買ってくか」 「じゃあ、その代わりにこれはどうだ?」 アルエが、皮細工の花の髪飾りを差し出す。 「格安の銅貨10枚だ」 ……お? 「うーん、10枚か」 「8枚」 「7枚?」 「よし、売った!」 確かこれは底値が銅貨5枚。 それを銅貨7枚で売ったなら、いい商談だ。 「あははっ、奥さん商売が上手くなってるね」 「ほら、銅貨35枚と銅貨7枚」 アルエの手の中に、銅貨が渡される。 「毎度あり!」 「まいどあり〜!」 「やるじゃん、アルエ〜♪」 「ふふん、どうだ!」 胸を張るアルエに、俺も頷く。 「この調子で売りまくろう!」 「おおっ!」 「いらしゃいませ〜!」 「いらっしゃい、いらっしゃい!」 「いらっしゃいませ〜!」 「この瓶はなんだい?」 「それは、空気が美味しいって有名なポルカ村の空気ですよ♪」 「ねぇ、こっちの手袋見せてよ」 「いくらでも!」 「温かいですよ、最高の品です!」 「へぇ、いくら?」 「銅貨12枚」 「う、うーん……12枚ねえ」 さっきの要領で、アルエはどんどんと品物を売っていく。 なんだ、なかなか筋がいいよな。 ちょっと驚いた。 「どうだ? ボクは商売上手だろう?」 「うん、かなり見直した」 「これで、いつでもリュウと一緒にお店を始められるな」 「これなら安心して出来るぞ」 王女のアルエが店なんて経営するわけ無いけど。 なんかそんなことも出来てしまいそうな気すらする。 「さぁ、もっともっと売っていこう!」 「よし、どっちがよく売るか勝負だな」 「負けないぞ♪」 アルエの初めての売り子体験は、思いの外、上出来な結果で幕を閉じたのだった。 ちなみに。 どっちがより売ったかは、内緒だ。 まさか、俺がアルエに負け……ゴホゴホッ!! 毎日のようにお忍びで城を抜け出すわけにもいかず、なんとかして会えないか思案した結果…… ジンの提案により貴族のフリをして入城するという大胆な作戦に出る一同。 村に居たときとは正反対の、アルエ&ジンによるスパルタ貴族講座が開かれ、涙目になるリュウたち庶民派だった。 アルエが城を抜け出して。 バザールで売り子なんかをした日から、また数日。 やっぱり、そうそうお城を抜け出してなんかこれやしない……と思いきや。 「お城で侍女が淹れるお茶なんかより、ロコナのお茶の方が断然美味しい♪」 「わぁ〜い、ありがとうございます!」 今日も今日とて、アルエの脱走は成功中。 とはいえ、どうせまたアロンゾが押しかけてくるんだろうけどな。 「毎回、市場や広場に逃げるわけにもいかないし」 ちょっと聞いておくか。 「アルエ、こんなにお城を抜けて大丈夫なのか?」 「大丈夫とは?」 「アルエの身柄のこともあるけど……」 お姫様のアルエが、こんなに何度もお城を抜け出せる状態って。一体お城の警備態勢はどうなってんだ? 「む……何か失礼なことを考えてるな?」 う、ばれた? 「いや、お城の警備って大丈夫なんかなって?」 「ん? 警備? ちゃんとしているぞ」 「それにしては、何回も抜け出てるよな」 「ああ……! それは簡単だ」 「入るのは難しいが、出るのは簡単なんだ」 「は? そういうものなのか?」 「うん。やってみてよく分かった」 アルエはうんうんと頷いてる。 「でも、結局は入るのが難しいから困るんだ」 「もっと簡単に入って来れたら、リュウがボクに会いに来られるのに……」 アルエはちょっと寂しそうに呟いた。 うん、出来るならそうしたい。 俺だって、アルエに会いたいんだ。 「アルエ……」 「リュウ」 アルエが俺の横に来て、ちょこんと肩に頭を乗せる。 甘えてくる仕草に、肩を抱き寄せ―― 「はいはいはい、注目!」 「わっ!? なんだよ、一体!」 突然、ジンが大声を出す。 「そりゃ、こっちの台詞」 「こんなに人目があるのに、いちゃつくな」 「え?」 「あう〜〜」 「ここ、あたしん家〜」 うわわっ! しまった! みんながいた! 客間にいたのは俺とアルエだけじゃなかったんだ。 すっかり忘れてた……うあー。 頭をかきむしりたいような、そんな恥ずかしい気分に浸る。ううう〜! 「はい、慌ててくれたところで本題」 「お城に入るのが難しいのは、なぁぜ?」 「は……そんなの貴族でなければ、通行証も手に入らないからだろう」 入城するには、貴族にのみ発行される通行証が必要だ。それがあれば、かなり簡単に城への入城が叶う。 でもそれだって、簡単に発行されるわけじゃない。 「じゃじゃーん、ここにその通行証があります」 ジンが細工の施された札を取り出す。 これって、通行証? 本物を見るのは初めてだ。 皮に焼きごてとかで、繊細な細工が施されてる。 「で、これを〜〜〜、はいロコナ!」 「は、はいっ!?」 「キミの器用な手先で、同じもの作れる?」 「え、これをですか?」 「やってね♪ 決定」 「はうっ!」 「材料はテトラ商会が調達できるだろ?」 「都にいて、このミント様が調達できないものなんて無いわよ」 「なら、材料と作り手はゲット!」 「んで、通行証の裏に必要な王族の裏書きは、目の前のアルエ殿下様々がちょいちょいっとしちゃえば、おーるおっけー?」 ニヤリと笑ったジンの提案に、みんなあっけにとられてる。 こいつって、なんでこういうことには知恵が回るんだろうな? 「これで通行証は手に入るってことだ」 「でも、それってやばいんじゃないのか?」 ぶっちゃけ偽造です。 「見つかると大変なことだぞ」 「見つかんなきゃいいんだろ」 「本気か?」 「本気と書いてマジと読む、ってくらいには☆」 「ジンにしては、いい提案だな」 え? え? 「と、いうわけで〜〜〜!」 「いまからリュウ君の『貴族に化けちゃえ特訓』の始まり始まり〜〜っ!」 「なんだ、それーーっ!?」 「説明しよう!」 「通行証は手に入っても、持ってる人間が貴族らしくなかったら、衛兵に止められるのであーる!」 「そうだな、確かに」 「それに貴族独得のルールってあるだろ?」 そんなのあるのか? ありそうだな……うん。 「そこで貴族の流儀をオレたち貴族組が授業よ」 「なんかほら、それってちょっぴり学園ものっぽくない?」 いや違うだろ! しかし、俺の心の突っ込みはどこにも届かない。見事に届かない! 「さぁ! 今からオレのことはミスター・ジン・ティーチャーと呼ぶのだ!」 「じゃあ、ボクのことはアルエ先生だ」 「教育指導には……うん、そこの薪でいっか」 って、なんで薪を振り回してる!? 「ザ・根性入魂棒!」 おまえはアロンゾかっ? 「おもしろそうだな、ボクも何か……」 「待て待て! なに変なモードになってんだよっ」 「しゃ〜〜〜らっぷ!」 「さぁ、お勉強の時間だぞ!」 なんでか、ジンは異様にノリノリだ。 「人生の楽しみと、暇つぶしは自ら作り出すのが鉄則だよ。リュウ・ドナルベイン君」 「ま……マジかよ……」 こうして、突然。 貴族流儀詰め込み授業は幕を開けた。 ……………… ………… …… 「はい、お辞儀」 「う……わかった」 教えられたとおりに、胸を張る。 左足は一歩分、少し斜め前。 左手は胸の前。 右手は斜め下。 その手のひらは下に向けて。 指先は人さし指から薬指までをつける。 親指と小指は、他の指と微かに離して。 手のひらで大きな球を持つように…… 「ごきげんよう、ナントカ公爵令嬢」 そして、頭を下げ…… 「ちがーうっ!」 「お辞儀の速度が速い! ゆっくり、1、2、3」 アルエが見本で、お辞儀をする。 う……。 どこって言えって言われたら困るけど、なんか俺とは違う。 なんてーの? 気品? 優雅? 「ほらほら、見惚れてないでリュウもやる!」 「うわっ、薪を振り回すなよ!」 「はい、お辞儀からもう一度!」 「は、はい〜〜〜」 もう涙目だ。なんでこんなことに。しかも鉄拳制裁。 「あう〜っ、なんだかすごいですね」 「よかった、あたし関係なくて〜」 「何言ってンの?ロコナもミントも後で特訓に決まってるだろ!」 「ほえっ!?」 「リュウを貴族に仕立てるとして、お付きの人がいないとまずいじゃんかよ」 「ああ、それじゃあロコナとミントもあとで特訓だな」 「ひ、ひえええ〜〜〜〜!」 「すまん……がんばれ、2人!」 「いやあああ〜〜〜〜っ!」 そうして俺達(主に俺)の特訓はその日の深夜まで続いたのだった。 スパルタ特訓の夜が明け、翌朝―― 「ぜは〜〜〜っ」 「ぜは〜〜〜〜っ」 「ま、それなりに納得ってとこか♪」 それなり……かよ、おいっ! こっちは疲労困憊だ。 「ほらほら、早く支度するぞ」 「あ……ああ」 さすがに外泊なんてことをしたら、城から騎兵隊でも投入されそうなアルエは、すでに城に戻ってる。 そこに今度は俺が訪ねていくんだ。 今日! 「おらおら、早く着替えろ!」 「ひは〜〜〜〜っ」 「んじゃ、用意してくる……」 3人に告げて、俺はフラフラとしながら準備に取りかかった。 「リュウ!」 「よお!」 ジンの突飛な作戦は、見事に成功した。 俺達は門番を騙して城内に侵入し、アルエの部屋にまでたどり着いたのだ。 「よかった、ばれなかったな」 うん、まぁ、ちょっと冷や冷やしたところはあったけどな。 門番が緊張でカチコチの俺に疑惑の目を向けたり。 アルエの部屋を見つけるのに、ちょっと城の中で迷ったり。 でも、今はちゃんとアルエのそばにいる。 「よかった」 「城内の地図が役に立ったな」 アルエは俺達が迷わないようにって、ちゃんと城内の見取り図を描いててくれた。 「でも、あんなに詳しく描いてよかったのか?」 王族専用の抜け道とか、なんか地下牢の位置まで描いてたぞ。 城内の警備状況までめちゃくちゃ分かる代物だ。 あれがもし不審者なんかの手に渡ったら、ものすごく大ごとになること間違いなし! 「リュウ達が安全に来るためなんだから、出来るだけ細かく描いていた方がいいだろう?」 それでも、迷いかけた……ってのは言わない方がいいだろうな……ぁ? なんて言っても、城内ってのは本当に広いんだ! 「ところで、ジン達はどうした?」 「今、外で見張ってる」 誰かがやってきたら、引き留めてもらうって段取り。 急に来られたら困るけど、心の準備すら整えたら貴族の振りをして挨拶するくらいはマスターした。 「せっかくだから、庭にでも行こうか」 今日の天気はいい。 晴れ渡る青空ってやつ。 たしかに庭なんかを歩いたら、すごく気持ちが良さそうだ。 「じゃあ、庭を案内……」 『えまーじぇんしー! えまーじぇんしー!』 「えっ!?」 『伯爵公子? どうしてここに!?』 「うわっ! あの声はアロンゾか?」 「やばっ!」 『今は入っちゃ駄目、駄目だって』 『だ、駄目なんですぅぅ〜』 『ほら、飴あげるからあっち行っててってば!』 『公子だけでなく、おまえたちも?この面子……もしや!』 やば、やばいぞ! 『殿下、失礼します!』 「なっ!」 「げっ!」 「勝手に入ってくるな、アロンゾ!」 「リュウ・ドナルベイン!貴様どうしてここに!」 「あ、ああ〜〜」 「伯爵公子、貴殿の仕業か! 説明して貰おう!」 「ん〜っ。ゴホンっ!」 「一体、何を言っているのかな? アロンゾ殿」 「伯爵公子こそ、しらばっくれるか!?」 「何を言う? そこにおられるのはポカラヘルン男爵の第5男」 「リュリューン・ベルハルト公子であるぞ」 「ポカラヘルン男爵!?」 「リュリューン・ベルハルト公子!?」 「ほい、通行証が証拠♪」 「こ、これは……!」 アロンゾが(偽造)通行証を見て、目を丸くする。 「こんなものは偽物だっ!」 「ドナルベイン、貴様〜〜っ!殿下へどんな非礼を働く気だっ!」 さすがに城内で抜刀はまずい。 アロンゾもここでは堪えて剣を抜いてない。 「私はリュリューン・ベルハルト・ポカラヘルン」 「以後お見知りおきを」 ここで徹夜で覚えたお辞儀をかます。 でも、偽名をもう少し短くすればよかった…… 舌噛みそうだ! 「おのれ、貴様〜〜〜ッ!」 「こらこら、男爵公子に向かって無礼であるぞ」 「口を慎みたまへ、控えおろ〜」 なんかジンは、この場面を楽しみ始めてる感じだ。 「そうだぞ、アロンゾ」 「男爵公子に対して、失礼であろう」 「殿下までそのようなことを〜っ!」 「ふん!」 「アロンゾが、ボクを外に出さないで、部屋に閉じこめるのが悪いんだろう」 アルエはそっぽを向いてしまう。 「って、ことで。一応は男爵公子でヨロシク」 「そうそう。その通行証を偽造って言うなら、裏書きしたアルエミーナ殿下のサインも問題になっちゃうぞ〜」 「ぐっ……裏書きだと……っ!」 アロンゾが顔中を真っ赤にして、俺を睨み付けてくる。 「貴様……殿下に対するこの非礼」 「そして俺に対するこの侮辱、忘れんぞっ!」 「あ〜……」 なんかアロンゾからはまた余計な怒りと恨みを買ったみたいだけど。 「さぁ、庭に行こう、庭庭庭!」 「な、なりません!」 「こやつらが見つかれば大変なことになります!」 「お会いになられるのであれば、この部屋限定ですっ!」 「あの〜〜?そろそろわたし達も入っていいですか〜?」 「廊下だと寒いんだよ〜っ」 「うわ〜、部屋の中ってば豪華〜!」 廊下で待機してた2人が入ってくる。 途端に部屋の中の豪華さに目を剥く。 「ド〜ナ〜ル〜ベ〜イ〜ン〜っ!」 「…………」 「…………」 せっかくアルエに会えたのはいいけれど、どうも落ち着くことは出来そうにない。 「やっぱり、城の外がいいな」 「同感」 手も握る前に、こんなに邪魔が入るとは。 まさかのまさかの予定外だ。 デートをするなら、やっぱり城外。 そんなことを再確認してしまう俺たちだった。 アルエがお茶会を開くということで、城に呼ばれたリュウたち。女の子らしいことをすると喜ぶ国王。 和やかなはずのお茶会ムードだったものの、いやらしいアルエの異母姉妹たちの参加で場は一転して緊張感に包まれてしまう。 遊学に来ているという隣国の王子も参加し、若干和らぐのだが……改めてアルエと自分との間の身分の壁を思い知らされるリュウだった。 「んもう!」 せっかく、リュウが城の中にまで来てくれたのも束の間。 無粋なアロンゾという邪魔者の所為で、逢瀬は慌ただしく終わってしまった。 あれじゃ逢瀬なんてものじゃなくて、みんなが遊びに来た、というレベルだ。 「あんなのデートじゃないぞ!」 アルエはリュウともっとイチャイチャしたかったのだ。 自分が女の子だと認めてから。リュウと結ばれてから。 どんどんその気持ちが高まってる。 「城の中で、堂々と一緒にいるには……」 「どうしたらいい? うーん?」 「殿下、もしやまた城を抜け出るつもりでは?」 「うるさい」 「そんな危険なことはおやめ下さい」 「それに、どうしてもお出かけになられたいのであれば、不肖このアロンゾをお供にお連れ下さいと……」 「そんなの邪魔だ〜っ!」 「何がですか、殿下?」 「ふたりっきりになれないじゃないか……」 「ポルカ村の牧歌的空気がお気に召して、彼らと話などをとおっしゃるのでしたら、ちゃんと謁見の手配をさせていただきます」 「…………」 アルエはそういうのがしたいんじゃない。 ただ普通に、リュウとデートがしたいのだ。 とはいえ、このままでは監視の目がうるさくて、抜け出すのも不可能。 リュウもそう何度も続けて貴族の振りで城に入るのは難しい。 「でも謁見なんて大仰なものは……」 「いや、待てよ!」 「どうされました、殿下」 「すぐにミント邸に使者を出すんだ」 「は、はぁ?」 「いいから早く!」 アルエの頭の中には、珍しくいい案が浮かんでいた。 その数刻後、ミント邸では―― 「お〜い、こっちの荷物は片付いたぞ」 「ありがとうございます、たいちょ〜!」 「それじゃあ、次はこっちの荷物を運んでください〜」 「へぇへぇ」 これといってすることのない俺は、しかたがないので、ロコナの手伝いをしてる。 今日の買い物も朝市で済ませたし、本当にすることがないんだ! あとは、アルエに安全に会うための算段を、余りまくった時間を使って考えるとか。 貴族の振りをして、お城に忍び込むことは出来た。 あとは……出入りの業者とか? それとも整体師とかの振りでアルエに呼び出されるってのは? それもいいかもしれないな。 でも、わざわざ呼びつけるくらいの整体師なら、それなりに有名でないとおかしいな。 それとも道化師はどうだ? 得意のダーツを活かして…… ……って、そう何度も城に出入りしてたら、俺がリュウ・ドナルベインってばれるか。 マイナスな意味で、まだ有名人だからな。 こないだのアルエ誘拐事件を未然で防いだ功績のおかげで、マイナスポイントは随分マシになってるとはいえ。 やっぱり、任命式でのアレコレはインパクトが強すぎた。 「う〜ん……どうするかな?」 「ん?」 ミント邸に、予期せぬ客人の到来であった。 「リュ……リュウ・ドナルベインであります」 「うむ、うむ。面を上げい」 「はっ!」 床に向けていた顔を、ゆっくりと上げる。 俺の目の前には、ニコニコ顔の陛下が鎮座してる。 「本日は我が王女、アルエの呼び出しで、城に来たと聞く。相違ないの?」 「はっ、間違いございません」 ミント邸の扉を叩いたのは、アルエが寄越した正式な使者。 内容はお茶会への招待だった。 「先日の一件のお礼ということで、ありがたくもアルエミーナ殿下より、お茶会への招待を受けております」 「ふむふむ、ふむーふむ!」 「背後の者たちも、同じく茶会に呼ばれたのであるな?」 俺の後ろには、ロコナとミントもいる。 「は……はぁいっっ!」 「ポルカ村国境警備隊隊員のロコナです!」 「あた……わたしは都にて商店を営む、テトラ商会のミント・テトラです」 「ありがたくも、アルエミーナ殿下にお茶会のお誘いをいただきました!」 「緊張せずともよい」 「余は……余はただいま大変喜んでおる!」 ん? どうしたんだ、急に? 「今までは、男……いや、ごほごほっ!」 「なかなか娘らしい言動を好まぬ我が王女であったが……ううっ!」 陛下が感極まったように、何度も頷く。 「ポルカ村から帰ってから、ようやく姫らしいことをしてくれるようになったのじゃ!」 前までは、自分が男だって主張してたもんな。 「お茶会など……あのアルエが!」 「朝からいそいそとお茶会の用意を指示するなど!」 いそいそなのか。 ちょっと想像して、口元が緩む。 「ドレスをアレコレ選ぶなどっ!」 ドレスも? マジで? それって……多分、俺のため? あ、駄目だ。なんかマジで口元が緩みまくりそうだ。 「この目で見られるとは思えなんだっ!!!」 ちょっと……じゃなくて、俺もかなり嬉しい。 「そちらとの交流で、何か思うところがあったに違いない、皆のものに礼を言うぞ」 「ありがたきお言葉です!」 「これでアルエのこん……」 「いやいや……なんでもない」 ん? なんだろ? なんか言いかけてたような? 「さて、あまり引き留めてはアルエが痺れを切らすの」 「我が姫の開くお茶会に行ってくれ」 「は、はい……」 俺達は侍女に案内されて、お茶会へ向かった。 お茶会は気楽に……と思いきや。 「…………」 「……マジかよ」 「あの〜……どうしたらいいんでしょう?」 「なんか微妙な空気、うえ〜」 「さっすがお城のお茶会、豪勢豪勢♪」 陽気なのは、ジン1人。 ちなみに、ジンは貴族なので、陛下への挨拶は俺たちより先に済ませてた。 さて、俺達が案内されてテーブルにつくと、そこには予期せぬ顔ぶれが3つもあった。 あの姉姫達と、前に玉座で見かけた見知らぬ男だ。 「あら、アルエミーナ?どうしたのかしら浮かない顔で」 「……なんでもないです」 「そうかしら、なんだか邪魔な人間が居て、窮屈そうな雰囲気だわ」 「……別にっ!」 いまにも歯軋りして、姉姫達を睨み付けそうだ。 前の時も思ったけど、アルエの姉姫達はかなりアルエを嫌ってるようだ。 このお茶会にも突然現れて、せっかく俺達が楽しもうとしているのを邪魔しようって魂胆が見え見えだ。 「帰そうとしたんだが、どうしても居座って動かないんだ」 「……ごめん」 アルエがこっそりと俺に耳打ちする。 「あら、内緒話なんてどうしたのかしら?」 「アルエミーナ、私にもお話ししてちょうだい」 「……なんでもありませんから」 「あ〜ら、妹姫に遠慮なんてされたくないわ」 「言ってご覧なさいな、アルエミーナ」 「だめよ、エリザベラ。アルエミーナは引っ込み思案で遠慮がちなのよ」 「だから、代わって私が教えて差し上げるわ」 うわ……なんていうのか、含み針がいっぱいの会話。 ちくちくちくちくちく、うっとおしい! 「うふふ♪」 「せっかくのお茶会に、無粋な庶民が混じっているから、アルエミーナのご機嫌が悪いのね」 「な……っ、そんなことあるわけない!」 「それに、あの下品な蛮行をはたらいた騎士もいるからじゃないの?」 げっ、俺!? 「リュウは下品ではないっ!」 「あら? 衆人観衆の前で、貴女の胸を……くすっ」 「いやだわ、私にはこれ以上恥ずかしくて口に出来なくてよ」 「それとも……お母様の血筋が粗末だと、そんな辱めを受けても平気な面の皮の厚い生き物になるのかしら?」 な……っ、なんだこいつ!!! 椅子から思わず立ち上がりかける。 それを制したのは―― 「エリザベラ殿に、マリエール殿はどのような楽器などを得意とされますか?」 今まで黙ってお茶を飲んでいた男が、突然口を挟む。 「え……、私ですか?」 「リュ……リュートですわ」 「すばらしい!」 「僕がこちらに滞在している間に、是非そのお手前を拝聴いたしたいですね」 「かまいませんことよ……」 誰だ……こいつ? 「ほほう。してエドワール殿は、どのような物がお得意で?」 エドワール……? こいつの名前か? 「僕は楽器は不得手でして。多少シタールを扱えるくらい」 「それはそれは!」 「シタールを扱えるとは、かなりの腕前でございましょう?」 シタールってなんだ? 俺とロコナは頭にハテナマークを飛ばしてる。 ミントは分かってるみたいだけど、商品であつかったことがあるとか? 「私も楽器は不得手でございます」 「しかし、シタールを弾きこなせるとは、不得手などというのは謙遜でございましょう。一度拝聴させていただきたい」 「僕などの腕前でよければ、是非」 「それは楽しみでございます」 俺の目の前にいるのは、本当にジンか? まともな受け答えの出来る姿に、俺は目を丸くするしかない。 「して。エリザベラ殿下は、いかに?」 「……僻地の領主の三男風情が、この私にものを尋ねるとは無礼ですわ」 「これは失礼を致しました」 気にした様子もなく、ジンが頭を下げる。 なんだよ、この会話は……っ!? いくら王族って言っても、失礼じゃないのかっ? 「おいおい、こんなの気にしたら負けだって」 いつもの口調で、ジンが俺に耳打ちする。 「てか、これなんなんだよ!?」 「こんなの貴族とかじゃ当り前」 「日常茶飯がこれだから、オレが貴族の生活を嫌になったんじゃん」 それを聞いて目を剥く。 こんなのが王族・貴族じゃ当り前なのか? アルエも強ばった顔のままで、言いたいことを我慢してるみたいだ。 それでも我慢してるのが悔しいのか、テーブルの下で俺の手を握ってくる。 ぎゅっ、と強く。 俺はそれをただ握り返すくらいしかできなかった。 「早く姉君達を追い返すぞ、まったくっ!」 「いつもこんななのか?」 「……母上は騎士の家出身の側室だからな」 「出自のことで言われるのは慣れている……っ」 そういいながらも、アルエの手は俺の手をぎゅっと握りしめて……震えてる。 「それにしても……こんなに庶民達が同席するなんて」 「いやだわ。せっかくのお茶がとても下品な味に感じられてよ」 「あら、エリザベラ。庶民と同席できるなんてとんでもない経験よ」 「本当なら不敬罪で打ち首だけどね……ふふっ♪」 「ひっ!」 ロコナが自分の首を押さえて、小さく悲鳴を上げる。 「姉上!」 ぎゅっ! アルエが思いっきりの力で、俺の手を握る。 「あら、何かしらアルエミーナ?」 「ボクのことはいいですが……友人を馬鹿にするのはやめていただきます!」 渾身の力で握ってきた手は、憤りで激しく震えている。 「あら? 庶民と友人ですって?」 「さすがお里が知れるわね、アルエミーナ?」 「いい加減に……っ!」 あんまりな言いぐさに、俺もカッとなる。 この人たちは王族で、俺なんかよりもずっと偉いけどなっ! でも、言っていいことと悪いことはあるだろ! 「アルエミーナ殿」 けど、そこにまたエドワールという男が割って入る。 「このマフィンはとても美味しいですね」 「…………喜んでいただけて光栄だ」 「エドワール殿は、なかなか素晴らしい舌をお持ちだ」 「いや、お世辞でなく本当ですよ」 「……ふん!」 アルエの姉姫達の嫌味な会話に、ジンやエドワールが口を挟んでいく。 俺達庶民グループは、ただただその毒気に当てられて、ほとんどお茶にも手をつけてない。 「隊長……、わたし達って、帰った方がいいんでしょうか?」 「わたし達がいる所為で、アルエさんが怒られてるんじゃないですか?」 「…………」 「なんか、王族とか貴族ってすごい世界」 「こういうの見たら、アルエが……可哀想」 「そうだな」 「でもそれが王族の宿命なのかもねー」 「あたし、庶民に生まれてよかったかな」 「……とにかく、せっかくなんだからお茶とお菓子を食べておこう」 「食べ物には罪はないよね、うん……」 結局、お茶会はそんな感じで続いた。 俺達は美味しいお茶菓子も、まるで藁でも食べてるような気分で飲み込み続けた。 「みんな、すまなかった!」 さんざんなお茶会がようやく終わって。 ようやく、俺達はアルエの部屋に引き上げた。 「ごめんなさい、アルエさん」 「わたし達の所為で、嫌な思いをしたんじゃ……」 「嫌な思いをしたのはロコナ達だろう」 「姉上たちめ……っ」 「あの場で暴れたら、みんなに迷惑がかかると思って止めたが……後で見てろ!」 地団駄踏んで、アルエが憤る。 なんだかちょっとだけホッとする。 姉姫たちの嫌味な会話を、そつなく受け流してたジンとか。 にこやかに話題をそらしていくエドワールとか。 なんかものすごく、違う世界の住人なんだなって気がした。 けど、今俺の目の前で力一杯怒ってるアルエは、俺の知ってるアルエだった。 出会ったときから、王族特有(?)の物知らずで。わがまま一杯で周りを振り回して。 ちょっと弱気なところもあるけど、心根はまっすぐな。 俺の好きになった――アルエだ。 「リュウ、怒ってるのか?」 「えっ? いや、違う違う」 「大丈夫だ、あとで姉上たちにはしっかり仕返しをしておくからな!」 「うう〜〜っ!」 「気にしなくていいよ」 「ポルカ村の時と同じでいちゃったけど、やっぱりアルエは王女様で、ここはお城なんだし」 「色々難しいことはあるよね〜」 「……すまない」 「おっと、ボンボン発見!口直し……パクッ!」 場の空気を見事に読まないジンが、テーブルの上にあったシロップボンボンを口に放り投げる。 「アロンゾに何か持ってこさせよう」 「アロンゾ、おい、アロンゾー!」 ………… 「あれ?」 「アロンゾ?」 「もしかして、居ないんじゃないか?」 「なにぃ〜っ、ボクの護衛のくせして!」 「そういえば、お茶会の時も居なかったな」 「せっかくみんなを呼んだお茶会で小言を言われてはたまらないからな」 「だから、別棟の離れに……あっ!」 あ? 「しまった、離れに閉じこめていた」 「そりゃ、呼んでも来ないだろ!」 「う〜……」 「侍女を呼んだらいいのか?」 侍女が居ると落ち着けないからと、アルエが全員下がらせてしまってる。 「じゃ、俺が呼んでくるから」 「ボクも行く!」 アルエが目をキラキラさせてる。 一緒に呼びに行ったら、ようやく2人きりになれるチャンスだ。 「んじゃ、そうするか」 「うん!」 侍女の控えの間は、ぶっちゃけ遠かった。 城、でかすぎだろ! まだ数えるほどしか来てないけど、なんだか部屋数が多すぎて、迷路みたいだ。 「そういえば、さっきのエドワールって?」 ちょっと気になっていたことを尋ねる。 「ああ、彼はエキスリト王国の王子だ」 「えっっ!?」 エキスリト王国って…… トランザニア公国の、そのまた向こう側にある、割と大きな王国だ。 強大な兵馬を擁する王国だと、聞いたことがある。 「遊学で我が国に来られたのだ」 「今日もお誘いしたわけではなかったんだが、父上からのいいつけで、一緒にお茶会になってしまった」 「迷惑な話だ……まったく」 プンスカとアルエは怒った様子になる。 てか、あの人は王子だったのか。 なんか王族とか貴族にちょっと偏見を持ちそうになってたけど。 ああいう人もいるなら、悪くない。 「…………はぁ」 でも、なんとなくため息。 あのお茶会で、俺ってばなんにも役に立たなかったな。 アルエに暴言を吐いていた姉姫たちを、抑え込んだのはあのエドワール王子だったし。 ……なんとなく。 本当に、なんとなくで、微かなもんだけど。 俺とアルエの住む世界の差を、見た……気がした。 もちろん分かってたことだけど、はっきりとした線引きを見てしまった気がする。 こうして俺の隣にいるけど、アルエはあくまでもこの国の王女様だ。 王女様、なんだよな…… 「……ュウ」 騎士……しかも辺境に左遷された騎士が恋人、 ……なんて、胸張れなくないか? 俺って、なんか情けなくね? いや……それよりも。 俺とアルエの身分の差って、どうやって乗り越えたらいいんだ? 俺は、ようやくそのことに思い至った。 「……ュウ!」 「リュウってば!」 「んあ!?」 「急に黙り込んで、なんなんだ?」 「あ、いや、なんでもない」 「……バカ」 「え?」 「エドワールは、確かに素晴らしい男だが、ボクはなんにも思ってないぞ」 「え?」 アルエがあたりをきょろきょろと見回す。 誰もいないのを確認してから伸び上がって、俺の首に手をかけ…… 「ン……ちゅっ♪」 そして――キス。 「お、おい! こんなところで!」 見つかったら、やばいぞっ! 「だって、リュウがヤキモチ妬くからだろう」 ヤキモチ? え、え??? 「ちょっと、嬉しかった……♪」 「でもボクの心は、リュウだけのものだからな」 「う……うん」 なんかちょっと勘違いされたみたいだけど。 ほっぺたを桃色に染めて恥ずかしそうに、でもちょっと嬉しそうにしてるアルエを見てたら。 ただ、好きだなって感情が頭の中で渦巻く。 身分の差…… 多分、これから俺達の間にものすごく大きな問題として降りかかってくるんだろうけど。 「手、繋いで」 「うん、わかった」 アルエのお望み通り、手を繋ぐ。 「ふふ♪ デートだ、デート」 ……今はあんまり考えずに、アルエの笑顔を見ていよう。 リュウの元に新たな辞令が下る。王都の近衛騎士団に配属せよという内容だが、村への未練から素直には喜べないリュウ。 しかしロコナたちは前回の左遷問題とは違うと新たな辞令に大賛成。アルエもリュウの新任を望んでいて、悩んだ末に納得するリュウ。 じゃあ今日はお祝いだと、ミント邸で大宴会になるのだった。その夜、皆が寝静まった後……またも結ばれるリュウとアルエ。 アルエの可愛い寝顔を見つめながら、リュウは、このままでいいのだろうか……という疑念を更に深めてしまうのだった。 アルエの一件への王からの褒美ということで、近衛騎士団への配属命令を受けるリュウ。しかし村への未練で素直には喜べないリュウ。 そんなリュウの姿に、アルエはリュウが王都に戻れるのを喜んでいないと思うのだった 「え? 嬉しくないのか?」 そんなアルエにリュウは…… 俺達がアルエの招待であのどす黒いお茶会に参加して、数日後―― 「うそ、だろ?」 俺の手の中には、質のいい羊皮紙での辞令書があった。 ――リュウ・ドナルベイン 貴殿をポルカ村国境警備隊隊長の任から解き、王都近衛騎士団への配属を命ず。      以上―― 「左遷……終了?」 内容は、簡単に言えばそうなる。 でも……でも、なんでだ!? 「ええ〜、もう左遷君って呼べないじゃん」 うわっ! 背後から首を伸ばしてジンがのぞき込んでた。 「え? なになに? なんの話?」 「隊長っ、左遷が終わったんですかっ!」 ジンの声で、ミントとロコナもやってくる。 「いや……うーん。なんか辞令書が来た」 ぴろん、と羊皮紙をみんなに見せる。 「貴殿を……へぇ、へぇっ、へぇぇ〜っ!」 ミントが興奮の表情を作る。 「どう見ても、左遷終了の辞令書じゃん!」 「だったら、これで晴れて近衛騎士団に入ってご活躍されるんですねっ!」 「うわ〜うわ〜! おめでとうございます!」 「う、うん……まぁ」 「リュウ!」 「アルエ!?」 また城を抜け出してきたのか! おいおい、城の警備って一体…… 「辞令が出ただろうっ?」 「知ってるのか?」 「当り前じゃないか!」 「父上が今朝辞令を出したんだから!」 「もしかして、アルエが陛下に頼んだのか?」 「違う。それよりも先に、父上が決めたんだ」 「父上が、かなりリュウを気に入ってくれた」 「俺を?」 「うん。昨夜、父上と夕食の後に、色々お話をしてたんだ」 「それでボクを誘拐犯から助けたこととか」 「ポルカ村で世話になった話をしていたら、随分とご機嫌がよくなって……それで父上がリュウの左遷を解こうって!」 「やったじゃん!」 「そっか。そうなのか」 「これからは、ずっと王都だぞ」 そっか……王都に戻ってこれるんだ。 「どうしたのよ、嬉しくないん?」 「え? 嬉しくないのか?」 「いや、嬉しいって」 元は自分で招いたことだけど、ようやく左遷ループからのおさらばだ。 ポルカ村を離れるのは寂しいけど。 それでも左遷ループが続いてたら、いつかはまたどっかに飛ばされる運命。 「嬉しいに決まってるだろ」 「そうか、よかった!」 アルエが満面の笑みを浮かべた。 ほんの少し。 ほんの少しだけ、喜べないでいる。 「ちょっとだけ、心残りだな」 「王都に帰って来たくなかったのか!?」 「ポルカ村を出たときは、まさか左遷が解かれるなんて思ってなかっただろ」 だから、本当に簡単な挨拶で村を出ちまった。 「このまま王都に残るんだったら、ホメロとかにも挨拶できないままになるだろ」 「それがちょっとだけ、心残りだ」 だって、ポルカ村は俺にとっても大事な場所になってるんだ。 「そうか……リュウの気持ちを考えなくて、勝手に浮かれて悪かった」 「王都に戻ってくるのが嫌なんじゃないぞ!」 「うん、分かってる」 「大丈夫です、隊長!」 「ちゃんと、わたしが皆さんに伝えますから!」 「うん、さんきゅ」 「そうだよ、これで永遠のお別れじゃないでしょ」 「休みが出来たら、またポルカ村に行ったらいいじゃん。ねっ!」 「そそ」 「リュウが王都に戻ったと知ったらちゃんと喜んでくれるって」 ロコナに、ミント、ジン。みんなが俺に発破をかける。 「そうだぞ。リュウの優しい気持ちはポルカ村のみんなに伝わると思う」 「そうだな……うん、そうだな」 ロコナへの言づてだけじゃなく、手紙でも書いてみんなに挨拶をしよう。 左遷の時みたいに、あれよあれよという間に放り出されるわけじゃないんだしな。 「でも……リュウは優しいな」 「そんなところも」 「……好きだぞ」 ちょっと照れた様子で、アルエが告げる。 「見直した、リュウ♪」 アルエが微笑みながら、俺を見つめた。 「それじゃあ、隊長のお祝いをしませんか!」 「あ、いいねそれ♪」 「陶酔型の合法禁断酒とか希望?」 「幸せな気分になれるぞ……くくくっ!」 「そんなのがあるんですか?」 「ちょっと、それって結局は違法酒でしょ」 「そんなのに手を出したら、テトラ商会がバザールから追い出されるじゃん」 「はうぅ!」 「普通のお酒なら、どれでも用意するって!」 「ちぇ、じゃあそれでいいか」 「あ、お会計はお願いね、伯爵公子」 「うわっ、もしかしてオレって財布扱い?」 「うっさいわね。ほら、買い出しに行くよ〜!」 あれよあれよという間に、話が決まってく。 「それじゃあ、ボクは料理を手伝うかな」 「久しぶりに、腕によりをかけて……」 「いや、アルエ(さん)はゆっくりしてて!」 「なんだ? ボクだって料理はできるんだぞ」 炭風味が多かったり、激硬だったり、酸っぱかったり激辛だったり。 アルエの恐ろしい料理の腕前に関しては今さら言うまでもない。 しかも、基本的に悪意はないんだから恐ろしい。 「お料理は、また後で考えよう、ね、ね、ね!」 「でも……」 「ア、アルエには他にもして貰いたい準備があるぞ」 「そうなのか?」 「あり、あります! 作ります!」 あ、こら本音を言うなって。 「とにかく……みんな、サンキュ!」 さっさとこの場をまとめてしまう、全能の言葉を伝える。 ――ありがとう! 「さぁ、さっさと用意するよんっ!」 「おうっ!」 意気揚々とした仲間に囲まれて。 俺の王都出戻り祝賀会は、ミントの家を大宴会場に変えて行われた。 どんちゃん騒ぎは夜まで続き。 酒に飲まれて、飲まれて飲んで。 てんやわんやの大騒ぎ。 またもやロコナが服を脱ぎそうになったり。 ミントは巨大なそろばんと共にダンスする。 ジンは椅子に向かって、なんかずっと喋ってた。 俺とアルエはポルカ村での思い出話をしたり。 そうしているうちに、いつのまにか、1人2人と沈没していく。 酒瓶を抱えて寝ころぶ仲間を、ベッドに移動させていたりすると、気がつけばあたりは夜になっていた。 「やば……お城に戻らないとまずいんじゃないか?」 窓から見える空の様子は、星々の輝く夜空ってやつだ。 ……やばい。 「しまった!」 「でも、夜に戻る方が危ないな」 「夜の方が警備が厳しくなるし、忍び込む方が難しいんだ」 「なんやかんや言って、いつもアロンゾが突撃してたからなぁ」 そのままアルエを連れて帰ってたことが多かったけど。 今日はアロンゾが現れることはなかった。 「正門から堂々と帰ってもいいけど、どうせなら明日の方がいいな」 「勝手に外泊したら、お城の中で騒動にならないか?」 大丈夫なのか? そんなことして。 「大丈夫だ!」 「お城のことなら、ボクの方が分かってる!」 本当か〜? 「本当だぞ」 「それとも……リュウは、このままボクが帰っちゃう方がいいのか?」 「せっかく、久しぶりに2人きりなのに」 きゅっ、とアルエが手を握ってくる。 「リュウの匂いだ……♪」 ぴと、とくっついてきたアルエが、嬉しそうに呟く。 「……ボクと一緒にいたくないなら、それでもいいけど……?」 「そりゃ、いたいに決まってるだろ!」 「じゃあ今晩はお祝いだから、外泊も特別」 「朝まで一緒に……いよう」 「リュウと一緒にいたいんだ……もん」 アルエの可愛らしいおねだりに、本当は帰さなきゃ、とかの色々な理性がグズグズに溶けていってしまう。 「朝になったら、すぐにお城まで送るから」 「うん♪」 俺達は静まりかえった部屋の中で、しっかりと抱き合った。 ベッドに押し倒したアルエの体中に、キスを落としていく。 「リュウ、どこ舐めてるんだっ、もうっ!」 「全部」 「全部って……んもうっ」 あわてて俺を止めようと手を伸ばすアルエに、反対にその手を取ってしまう。 邪魔されないようにしっかりと握って、大きく開いてしまう。 「バ……カ、リュウっ……」 目の前に晒されたおっぱいに、改めて口づけ。 「ちゅっ……♪」 「ん……っ」 右の乳首を口の中で転がして、ちゅうっ、と音を立てて吸い上げる。 「ん……はっ、……っ」 そのままおっぱいにも、キス。 「ちゅっ……ちゅっ、ちゅっ……」 「リュウっ、そこばっかり……っ」 んじゃ、次は左な。 右のおっぱいから左に移動する間も、唇は肌の上を辿っていく。 時折吸い上げて、跡が付かない程度に肌をうっすらと桃色に変える。 「くふ、う……っ」 「あンっ……んひゃぅっ……んんんっ!」 左の乳首にも、おっぱいにも。たくさんのキスを降らす。 「どうして、キスばっかり……もうっ!」 「なんか、すごく愛しいから」 おっぱいから離れて、みぞおち。おへそ。お腹。内股……太もも。 「やっ……はぁっんっ」 「くすぐったい……んっ、はふぅうっ♪」 唇が触れてないところはないってくらいに、キスでアルエの体を埋めていった。 「はふっ……んっ……もう、あぁっ……!」 膝、ふくらはぎ、足の甲、そして足の指。 余すことなくキスを落としていくと、最初は照れていたアルエは、いつのまにかぐったりとしてる。 「はふ……んっ、リュウの、すけべ……」 キスの痕じゃなく、火照りで体を桃色に染め、もう一度足から上へとキスを上げていく。 「んくぅっ……あっ、あああっ!」 「リュウっ、や……ぁ、はふっ、んぅぅっ!」 脇腹、腕の付け根。首筋……耳。 「体、に力がはいらない……じゃないか、もうっ」 唇にまで戻ると、アルエから文句が飛び出てくる。 でも、目を潤ませて、唇は噛みしめてたのかちょっとだけ赤くしての文句じゃ、それをキスで塞ぎたくなるだけだ。 「んっ……ちゅっ♪」 「あふっ……んっ、ちゅっ……ちゅるっ」 「ちゅっ、ちゅぱっ……ちゅっ」 舌を存分に絡め合う。 ゆっくりと唇を離すと、2人の間に銀色の糸の橋が架かった。 「ちゅっ」 頬にまたキスを落として、最初に戻る。 「あっ、リュウ、また……!」 おっぱいに吸い付いて、乳首を舌で転がす。 「くっ……ぅううんっ♪」 「ひゃうっ、ボクのおっぱいは……砂糖菓子、じゃないんだ、ぞ……んもぅっ」 「砂糖菓子と同じくらい、美味しいぞ」 そういいながら、乳首を軽く歯で挟む。 「ンううっっ!」 そのまま左右に転がすように刺激して、最後に硬くしこった乳首を吸う。 「きゃふっ♪ んっ……はぁっ、ああぁっ♪」 アルエの口からは甘い嬌声が漏れ続ける。 その刺激がおま○こにどんな作用をもたらしてるかは、擦り合わされてる太ももを見たらすぐに分かる。 「あぁ……ん、リュウ……っ」 「もう、入れていい?」 「うう……だめ」 「え?」 「ボクだけ気持ちよくしてもらったんじゃ、やだ」 肌を上気させたアルエが、上目遣いで可愛らしく睨みながら告げる。 「ボクだって……!」 ガバッと、勢いよくアルエが身を起こした。 俺の体の下から抜けたアルエは、今度は逆に、俺に覆い被さるようにしてくる。 でも、そのまま押し倒してくるんじゃなくて、俺の足下に体を潜り込ませた。 「ボクだって、リュウをちゃんと気持ちよくさせられるんだからな……!」 アルエはおっぱいでチ○ポを挟もうとする。 「お、おい……?」 「リュウも、ボクで気持ちよくなって」 勃ち上がってたチ○ポは、アルエのおっぱいの間に、セットされる。 2つの膨らみの間から、突き出た亀頭にアルエがそっと顔を近づけ。 ふかふかの肉感のおっぱいと、今にも俺のチ○ポに口づけそうな、そのアングル。 「……ゴクッ」 おもわず生唾を飲む。 「んっ……いくぞ」 おっぱいでぎゅっと挟んでから、ゆっくりとたわわなおっぱいを上下に動かし始める。 「はぁ……んっ、んっ……ふっ」 しゅっ……しゅっ…… おっぱいとチ○ポの擦れ合う音。 「それから……んむっ」 目の前で上下するチ○ポを、アルエがはむっと咥えた。 「ひゅう……これれ、ろう?」 「ん……、いい感じ」 「んっ……ふっ、ふむっ……ンんっ」 「アルエ、チ○ポを口の中で舐めて」 「ひゃめるの……か?」 「こひゅ? んっ、ちゅっ……れろっ、れろんっ」 「んむっ……れろっ、れろろっ!」 口内でアルエの舌が動いて、亀頭をぺろぺろと舐め始める。 「あっ、そう……いう感じ」 「んむっ、んっちゅ、れろん……っ」 「吸ったりして」 「んっ……ちゅぱっ、ちゅるっ、りゅっ」 「ちゅるっ……んはっ、はう……んっ」 「ちゅるるっ……こんな、感じ? ……ちゅぱっ、ちゅるる……んじゅっ♪」 柔らかくて熱い舌は、器用に蠢いて、どんどんと口の中でチ○ポを育てていく。 「ちゅっ……んちゅっ、じゅっ、じゅるっ」 「んじゅっ……ちゅっ、りゅぱっ……」 「ん、リュウ……気持ち、イイ? ……じゅるっ、じゅぱぱっ、じゅるるっ!」 水音を立てて、チ○ポが吸われる。 唾液が絡んできて、チ○ポはぬめぬめとした感触に包まれて、すごく気持ちがいい。 「イイ感じ……アルエ」 もっと奥にまで飲み込んで欲しく、アルエの頭をそっと引き下げる。 「んっ……ちゅぷっ、ちゅぱっ、ちゅぱぱっ」 「あふっ……んっ……じゅっ、じゅぱっ!」 「ちゅるっ、ちゅぱっ……んじゅぅっ!」 喉を突くほどに、チ○ポが深く飲み込まれる。 それは引き抜かれそうになるときに、強く吸われた。 「くっ……」 痺れるような刺激が、チ○ポから放散される。 「あん、だめ……っ」 アルエがおっぱいでチ○ポを強く挟み、口から抜かれてしまいそうになったチ○ポを、再び深く咥えこむ。 「んむっ……ちゅっ、ちゅぱっ」 「ちゅっ……ちゅるるっ……♪」 頬がへこむほどに、チ○ポを吸い込む。 口内で舌はチ○ポにぴったりと添えられて、肉茎を擦りあげていく。 「んっ、あ……もうっ……!」 アルエの唾液で濡らされたチ○ポは、挟まれてるおかげで、アルエ自身のおっぱいに擦りつけられる。 おっぱいがアルエの唾液でてらてらと光っていく。 「んっ……ちゅっ、ちゅぱっ」 「ちゅっ、ぢゅっ……ぢゅるっ、ぢゅぱぱっ!」 どんどんと音が大きくなって、それと比例して、チ○ポに寄越される刺激も大きくなる。 熱い口内では、おま○この媚肉に似た柔らかい舌が、チ○ポに絡みついて。 ……あぁ、たまんないな……これっ! チ○ポの奥で膨らんでいる、熱いマグマのような快感の塊が、一気に限界寸前まで膨張した。 「くっ……アルエっ」 堪えきれずに、アルエの頭に手を置く。 そしてアルエの口を、おま○このようにして、俺の腰は激しく動く。 「んぶっ! んっ! ぢゅっ! んぐぅっ!」 ぐじゅっ、じゅぶっ、じゅぶぶっ! 「んぅっ! ぢゅっぶっ……ん、ンうぅっ♪」 じゅぶっ、ぐじゅっ! じゅぶぶんっ! おっぱいで挟み込む力も強くなって、俺のチ○ポが柔らかい肉筒で激しく圧迫される。 「くっ……で、るぞっ!」 溜まりに溜まった熱が、一気にチ○ポを突き抜ける。 「んうっ! んっ、んんんっ!」 「ふおおっ、おおおおうぅっっ!!!」 射精の瞬間に、俺はアルエの口からチ○ポを勢いよく引き抜いた。 ドクッ、ビシャッ! ビシャッ! 「んうっっ!!!」 「くっ……はぁっ、はぁっ」 アルエの顔に、俺の精子がべっとりと付着する。 「あふっ……はぁっ……ん……」 「すごい、べとべと……」 「リュウの命の元で……ボクこんなになってる」 精液にまみれて驚きの表情のアルエは、なんだかすごくいやらしい。 「う……」 射精したばかりのチ○ポが再び反応する。 ピクリと震えた目の前のチ○ポと、そして俺を見てから、アルエが頷く。 「うん……ボクも、もうしたい」 「リュウに……入れて欲しい」 精液を滴らせたままのアルエを引き上げて。 俺の太ももの上に、アルエを座らせる。 腰を抱え上げると、アルエも自ら膝をついて、腰の位置を調整する。 立ち上がったチ○ポは、濡れてるアルエの秘部へと導かれる。 アルエの腰が、ゆっくりと下りてきて俺のチ○ポは温かい媚肉に包まれた。 ぐっ……にゅぐぅっ…… 「ん……あぁっ!」 アルエはゆっくりと、チ○ポの上に座り込んでいく。 すでに十分に濡れている秘裂は軋むことなく、俺のチ○ポを受け入れる。 「あ……うっ、ンっ」 「前よりも……奥に、きちゃうっ」 腰を支える俺の手に、アルエが縋るように手を置く。 チ○ポの上に座り込んだ形のアルエは、そこからはどうしていいのか分からないように、ぴくりともしない。 「アルエ、ゆっくり動いて」 「動くって……や、無理……ぃ」 辛そうにアルエが首を振る。 「こんな格好、だけでも恥ずかしいのに……ッ」 確かに、アルエが上に乗ってるこの体勢だと、おま○こがチ○ポを咥えこんでるところまで、はっきりと俺の目に見えてる。 正面からでも、バックからでも見えるけど、見られてる自分をはっきり自覚するのは、今の体勢が一番だろう。 「んっ……ぅっ」 視線を感じるのか、アルエが体を震わせる。 内部で媚肉が蠢動して、チ○ポをキュウキュウと締め上げてきた。 「あんっ、や……はうっ……ンっ」 自分でチ○ポを締め上げちゃって、余計にその存在を、内部で感じてるようだ。 「じゃ、俺が突くから」 同時に下から突き上げる。 ぐぢゅっ! 「はうっ、ンんんんっ!」 目の前でアルエのおっぱいがぷるんと揺れる。 サクランボ色の乳首が、白い肌に映え、すごく可愛くて、ぞくぞくする。 アルエは自重でおま○この奥にまで俺を飲みこみ、内部を穿つ存在感にまだヒクヒクと震えてた。 アルエの腰を支えて、チ○ポを引き抜くようにして、上へと抱え上げる。 「ひゃうっ、あはっ……んっ!」 ずるり……と抜けていくチ○ポの感触に、アルエが甘い声を漏らす。 そのアルエの腰を、下へと落とした。 ぐじゅんっ!!! 「きゃふぅぅっ!」 内部の愛液が、交接部から噴き出してくる。 衝撃に媚肉は震え、そのビクビクとした振動は、そのままチ○ポに伝わった。 膣奥を押し上げるほどに、深くねじ込まれたチ○ポで更にその内奥をこねくり回す。 「あふっ! ああっ! 奥に……すごい!きて、るぅっ……リュウっ……あぁっ!」 ぐりぐりと膣奥を押し上げながら、隙間なくぴったりと触れあってる交接部を同じくグリグリと刺激する。 「んあっ、あああっ、ダメ、リュウっ!」 「なに、そこ……ああっ!」 ちょうどクリトリスにあたる部分が、いい感じでチ○ポの根元に触れてる。 刺激するように、わざと擦りつけるとおま○この中がビクビクと震えた。 「はうんっ、んはっ……くぅっ、あぁっ!」 「んひぃっ! そこ、あふっ、なに……っ?」 「ここ、気持ちイイよな?」 「うくっ、ん……あぁ……うん、イイっ」 ぐりぐりと更に擦りつけると、おま○この内部から愛液が大量に滴ってくる。 「んくっ……あぁっ……♪」 「そこ、……イイっ、はふぅっ……んっ!」 「中も……一緒にかき回されてる……ぅっ」 腰を押しつけてくるアルエ。 密着感がすごい…… 「俺も、イイ……っ」 チ○ポに絡みつく秘肉は、まるで軟体動物のようだ。 蠢いて、締め上げて、そして熱い。 「く……っ!」 たまらなくなって、アルエの腰を支えながら再び激しい律動に変える。 「きゃふっ! あっ! んぅっ!」 じゅぶっ、ぐじゅんんっ、ぢゅぶるっ! はしたないほどに愛液の絡んだ水音があたりに響く。 「壊れちゃうっ……ボクの中、リュウでいっぱい……あぁっっ!」 じゅぶっ、ぐじゅんっ、ぢゅっ! 突き上げるだけじゃなくて、腰もグラインドさせた。 「やんっ……そんなにかき回したら……あうっ!」 「壊れるっ、壊れちゃう……ボク、だめぇっ!」 アルエはいつの間にか、自分でも腰を動かしてる。 その無意識の動きが、いやらしくてすごく燃える。 交接部から愛液を迸らせて、腰をくねらすアルエ。 「溶ける、ボク……あんっ、おま○こから……っ、リュウで溶けちゃうっ……あひっ、ひぅんっっ♪」 「イイっ、やはぁ……っ、んぅぅっ♪」 もうアルエは腰の動きを止められないようで、おま○こをチ○ポに擦りつけては、おっぱいをぶるぶると震わせる。 「気持ちイイ? アルエ」 「ん……イイっ。ああ、イイよ、リュウっ」 「どこがイイ? アルエ、どこ?」 「イイ、の……おま○こ、イイ……っ」 「気持ちイイ……っ、突いてぇ、リュウっ!」 「んっ……!」 ぐじゅぅっ! 「きゃぅっ♪ ダメ……あふっ、イイっ!」 「あ……もっと、うん……あぁっ!イイっ……リュウっ、おま○こが……すごいのっ」 ジュブジュブと、チ○ポを引き込んでは、また抜き、そして奥へと引きずり込む。 「おち○ちん、熱い……リュウっ」 「イッちゃう、もう……我慢できな……っ」 おま○こがきゅぅぅっと引き絞られて、熱い媚肉はもう溶けて崩れそうだ。 「イッちゃう、リュウっ、イク……あぁっ、イクうぅぅぅっっっ!」 喉を反らして、アルエが嬌声を上げる。 吸い込まれるような感覚に、俺の方もそろそろ限界が近い。 「俺も……イキそう……だっ!」 「一緒に……っ、リュウっ!」 「うんっ、イクぞ……っ!」 ぐじゅっ、じゅぶぶんっ、じゅぶぶっ! 「くふぅぅぅっっっ!!!」 じゅぶぶっ、じゅぶぐんっ! 「あぁっ、ああっ! ああああぁんんっっ♪」 仰け反るアルエの体を抱きしめて、最奥を突き上げる。 そして、猛った熱量を思いっきり解き放った。 ドックン……びゅるるるるるんっ!!! 「は、ん……んんんーっっ!!!」 ビクビクと震えて、アルエが絶頂する。 俺もアルエの中に注ぎながら、更に腰を揺らして、全てを出し切る。 びゅる……びゅるる……っ 「中……に、きてる、……あぁっ!」 アルエが震えながら、おま○この中に浴びせられる射精の感覚に震える。 おっぱいを揺らしながら、絶頂する姿は普段のアルエからは想像できない。 「は……ふぅっ……」 まだ余韻で震えてるアルエを抱きしめる。 「ん……リュウ」 嬉しそうに微笑むアルエに、ちゅっ、と音のするキスをして、もう一度強く抱きしめた。 「すごく、気持ちよかった……♪」 「でも、恥ずかしかったんだからな」 俺の胸の中に顔を埋めて、そんなことをいうアルエが愛おしい。 金の髪に俺も顔を埋めて、俺たちはそのまま長いこと抱き合っていた。 「すぅ……すぅ……」 穏やかな寝息を立てて、アルエは俺の隣で眠ってる。 「お城に帰さなくてよかったのかな、マジで」 アルエはそこらの娘とは違うんだし、やっぱりここは帰すべきだったよなぁ。 「…………」 そこまで考えて、ふと俺の思考は止まった。 ……そうだよな、アルエは王女なんだ。 そんでもって、俺はただの騎士。しかも元は左遷組。 俺とアルエって……このままでいいのか? ポルカ村でなら、咎める人の目もないだろうけど、ここは――王都。 この喧噪でにぎわう都市を首都とした、この国の王女……なんだ。 「……なんだ、俺?」 隣にいるアルエが、突然遠く思えた。 手を伸ばせば届くはずなのに、それが無理な気がして、体が動かない。 差し込んでくる月明かり。 アルエの横顔が白い光に照らされている。 金の髪は更に艶めかしく、まばゆいばかりだ。 「……はぁ」 ため息を1つ吐く。 なんでこんな暗いことじっとりと考えてるんだ、俺? 「寝よ……多分、酒が残ってたのかもな」 俺は今の暗い気分を酒の所為にして、布団に潜り込む。 隣からはアルエの健やかな寝息と、そして鼻腔をくすぐる甘い匂い。 「お休み、アルエ」 ひっそり囁いて、アルエの隣に身を沈める。 月夜の空に雲がかかった。 月光は厚い雲に覆われ、その姿を消す。 その時俺が思った灰色の思考は、この後に起こる事件を、まるで示唆してるようなものだった。 またしても隠れて庶民デートの二人。しかし、城からやってきた憲兵に迎えられ城へと連れ戻されてしまうアルエ。 アルエは王の御前に連れて行かれ、事情の釈明をさせられる。娘とリュウの身分違いの恋仲に王は大激怒し、リュウの捕縛を命じる。 アルエの懇願により捕縛は免れることになったリュウだが、その代わりとして、隣国王子との政略結婚を言い渡されるアルエだった。 「ん……ふわああぁ……」 「……ん……? 朝?」 隣でアルエが目覚める。 ちょっと寝ぼけた顔が可愛いぞ……ううっ。 「おはよ」 「おはよ……ちゅっ♪」 ちょん、とアルエの唇が俺の唇に触れる。 「おはようのキスだ」 「嬉しいだろう?」 「すっごく!」 おはようのキスってだけでも嬉しいけど。 照れくさそうなアルエの顔とか。 それが朝日の中とか。 そういうのが全部混じって、すごく嬉しい。 昨夜、なんだか暗くなってた思考回路は、朝の光の中では霧散してた。 ……霧散って言ったら言いすぎか。 胸の奥に引っかかってるものの、悲観的に考える気分じゃないってことだ。 「おっと、早く起きて支度しないと」 まだ日は昇ったばかり。 今のうちに、アルエをお城まで送らないと。 「……どうせ外泊したのには変わりないんだし、いっそ夜まで一緒でもいいじゃないか」 「騒ぎが大きくなるだろ、そんなことしたら」 「大丈夫だって」 「でも、国王陛下も心配するから駄目だ」 アロンゾがここに来てないってことは、多分アルエが抜け出たことはばれてないんだろうけど。 でも、やっぱり早めに帰さなきゃな。 「ほら、用意!」 「……ケチ」 膨れるアルエを宥めて、俺達はお城へと向かった。 まだ、人通りもほとんどない都通り。 この静けさなら、こっそりとお城までたどり着けそうだ。 「近衛騎士団に配属が決まったら寮なのか?」 「そうなるだろうな」 「だったらお城にも近いし、もっと会いやすくなるな♪」 「そうだな」 近衛騎士団が勤めるのは、基本城内だし。 ミントの家に居候しているよりも、もっとアルエと会いやすくはなる。 でも、それって、王女と騎士としてだよな。 会うって意味とはちょっと違うだろうけど、でも顔を見れるだけでも、嬉しいのは確かだ。 「お城で会ったとき用に、合図を決めないか?」 「合図?」 「リュウと会ったときに、ボクは自分の唇を触るから」 「それで、リュウのことが……好きって合図だ」 「リュウも、同じように返すんだぞ」 ちょっとそれ恥ずかしいぞ。 でも……まぁ、ちょっと、いいかも? 「いいな? 約束だぞ」 「よ、よし」 「じゃあ、約束の指切りを――」 ん? 「アルエミーナ殿下! お捜しいたしましたぞ!」 「わ……っ!」 突然、憲兵の集団が背後から現れた。 剣の鞘が触れあう音が、妙に響く。 「おまえはリュウ・ドナルベインだなっ!」 「は……はい、そうです」 思わず答える。 げっ! こんな場所で抜刀するか!? 「おまえを今から捕縛する、抵抗するな!」 捕縛? え、なんでだっ!? 「何をする、無礼者!」 「アルエミーナ殿下には、国王陛下から至急のお話がございます!」 「直ちに帰城していただきます!」 「ドナルベイン、抵抗するな!」 うわっ……おいっ!? 憲兵たちが剣を突きつけて、俺を後ろ手に縛り上げる。 「ちょっと、待った!」 「待てって……痛ててっ!」 俺は突然の出来事で呆然としてる間に、縄で縛り上げられて連行されてしまった。 静まりかえった室内。 俺の前にはアルエ。 そして縄で体を縛り上げられ、口には猿ぐつわを噛まされた俺が、床に膝をつき陛下の厳しい目に晒されていた。 「アルエ……そちは一体どういうつもりだ!?」 「どういうつもりとは、なんのことです父上?」 「誤魔化すでない!」 「そちが城を抜け出て、その男に会いに行っていたのは、すでに分かっておるのじゃ!」 ビリビリと、部屋の空気が振動するほどの怒声。 アルエの体がびくりと震える。 「なんのことですか、父上……?」 「王族の姫ともあろう者が、こんな騎士ごときとただならぬ仲になるとは……言語道断!」 やばい…… これは、俺たちのことがばれてるんじゃないか? ざぁっと血の気が引く。 昨夜、頭をよぎったあの思い。 俺とアルエの身分の差。 それが今現実となって、目の前にある。 「そ、そのようなこと……」 「何をおっしゃってるんですか、父上」 心なしか、アルエの声も震えてる。 顔色は……うっ、真っ青だ。 「…………」 「…………」 「……証人を呼べ!」 陛下の声と同時に、扉が大きな音を立てて開いた。 そこから騎士たちに囲まれて登場したのは…… 「えっと……そのおふたりなら、ワシの店に来ましたです、はい」 おどおどとした様子で答える町人。 ちょっと待て…… このオッサンって、もしかして……あの時の!? 「おまえの店とは、どういう店だ」 「それは、その〜……」 「はっきりと答えんかっ!!!」 「ひぃっ!」 オッサンが跳び上がる。 「い、いわゆる恋人同士の為の、密閉された特殊空間と言いますかっ!」 「んぐっ……んぐぐっ!!!」 頼むっ、この状況でそれを言うな! 無理だと分かってるけど、人間切羽詰まれば、無理なことでもどうにかならないかと願ってしまうもんだ。 まさに、今の俺のように! 「はっきりとせい!」 「はいっ! 連れ込み宿ですっ!!!」 「ぬおぉぉっ!!!」 まずい……っ! 「ど、どうし……よう」 さすがのアルエも、視線が全然定まらない。 「……証人その1はもうよい、下がれ」 「証人その2をここに!」 ま、まだいるのか!? 今度も、また変哲もないオッサンが現れる。 誰だ……? 全然知らないぞ。 「その2人には、バザールで会いました」 「てっきり、その2人は新婚の夫婦だと思うくらいに仲がよかったです」 ……ああっ! バザールで買い物した客! 「もうよい、それ以上は聞きとうないわ!」 陛下の声で、2人目のオッサンも入ってきた扉から連れて行かれる。 「……これで、どう言い逃れする気じゃ」 「ボクは……ボク達は、その……っ」 「このようなふしだらで情けないことを……」 「余はそちのことを見損なったぞ!」 「…………っ」 アルエは可哀想なくらいに、驚きの表情を浮かべた。 そこまで言われるなんて、思ってなかったんだろう。 なんだかその姿を見ていたら、陛下にばれたことをやばいと思ってた自分が、情けなくなってくる。 俺のことを悪く言われたのが悔しいんじゃなくて、自分の大事な人にこんな顔をさせたことが悔しい。 「ぐぐっ、んぐぐっ!」 ちくしょうっ! 猿ぐつわの所為で言いたいことも言えない! 「このような醜聞を……まったく!」 醜聞、という言葉が放たれたとき。 アルエがそらしていた視線を、陛下にまっすぐ向けた。 「ボクがリュウを好きで、何が悪いんです!」 「ボクは確かに王女です」 「でも……1人の女の子でもあるんですっ!」 「好きな人が出来て……どうして悪いんですか!」 「王族なだけで、ただ人を好きになったことを、醜聞だなんて言われるんですかっ!」 アルエが、俺の心の声をそのまま叫ぶ。 確かにアルエは王女だ。 そんで、俺は騎士だ。 身分の差ってでかい壁があるのは分かってる。 でも好きになったんだ。 男かもしれないって言うのに、好きになったくらいなんだ。 それを越えて好きになった相手を身分なんてもので諦められるわけないだろ! 身分の差を悩みかけそうにもなったけど、正念場を突然突きつけられて、俺の心ははっきりとしたものになった。 俺は、アルエが姫でも、ただの女の子でも。 アルエがアルエであるから、好きなんだ。 「んぐっ、んぐっ、んぐぐっ!」 ああっ、もうだからこの猿ぐつわッ!!!俺にも喋らせろよっ! 「リュウに酷いことをしたら、ボクは一生父上を許さない……!」 「お願いです……っ、父上!」 「ボクは……ボクはリュウが好きなんですっ」 ちくしょうっ、この猿ぐつわを外せよ! アルエだけにこんな話をさせたくない。 俺にもちゃんと言わせろってば! 「アルエミーナ……そちは……そちは!」 「父上のお言いつけでも、この件だけはどうしても譲れませんからっ!」 アルエが国王陛下を睨み付ける。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「リュウの縄をほどいてください、父上」 「…………」 「父上っ!」 「……その男を逗留先に待機させておけ!」 「表には決して出すでないぞ!その時は問答無用で捕縛して牢送りじゃ!」 「父上っ!? どうしてっ!」 「早くせいっ!」 その言葉と同時に、俺は屈強な憲兵に、脇を抱えられてそのまま連れて行かれる。 「んぐーっ!」 アルエ! 「リュウっ、あとで絶対に会いに行くから!」 「んぐーーっ!」 「そんなことは許さぬぞ、アルエ!」 「イヤですっ。父上の……父上の」 「父上のバカーーーッ!」 ……うわっ! 何言ってんだ、アルエ! 「バカバカバカバカっ!父上なんか大嫌いだーーーっ!」 「なっ……!!!」 おまえがバカだって、アルエ! 怒鳴りたい気持ちは分かるけど、さすがにそれを『国王陛下』に言ったら駄目だ! とんでもない罵倒語を投げつけられて、呆然とした陛下と、ちょうど目が合う。 「…………」 「う……ぐぐ……」 「おまえなんぞと付き合った所為で、アルエが……余の愛おしいアルエが……!」 一番大事にしてる姫に、あの罵倒語を言われたら、そりゃ父親である国王陛下だって切れるってなもんだ。 「そ、その病原菌男をつまみ出せ〜〜〜〜ッ!」 八つ当たりも含まれた命令が放たれ。 俺の渾身の抵抗はあっさりと押さえこまれると、そのまま命令通り、ミント邸にて軟禁の身となった。 ……………… ………… …… リュウの消えた玉座の間。 数刻の間、アルエと国王はにらみ合っていた。 「もう、そろそろ口をきいたらどうじゃ、アルエ」 「…………」 「アルエ!」 「どうして、あんな酷いことをするんですか」 「そちこそどうしたのじゃ、あれは騎士じゃぞ!」 「身分の違いなど、わかっておるだろう!」 「でも、ボクはリュウが好きなんです」 「そんなことは理由にならん」 「父上!」 「……そちがそこまで意地を張るのならば、余にも考えがあるぞ」 「なんですか……」 「アルエよ。愛おしい我が娘」 「このままあの男を、さらなる流浪の地へと送ってやってもいいのだぞ」 「そんなっ!」 「だが、あの男をそのまま無事に釈放してやってもよいがの」 「全ては余が決めることじゃ」 「父上……リュウには何もしないで下さいッ!」 「ならば、条件がある」 「……なんですか?」 「今、遊学中のエドワールとの婚姻じゃ」 「なん、ですって?」 「我が国としては、エドワールの国との強固な繋がりがどうしても必要じゃ」 「今回、婚姻の調停のために遊学という形で城に身を寄せていたが」 「アルエミーナ。そちはエドワールと結婚するのだ」 「そんな……バカな冗談を」 「そちが自分を女だと認めたのであれば、何も問題などないだろう?」 「エドワールは、あの騎士風情とは比べものにならぬよい男だぞ」 「嫌だっ、冗談じゃありません!」 「ではあの男を、人も住めぬ地に左遷してやろう」 「それともいっそ、後腐れなく処刑することにしてもよいのじゃぞ」 「卑怯です……っ、父上!」 「余は君主としてだけで、エドワールとの婚姻をそちに勧めるのではない」 「おまえの幸せを願えばこそ、騎士などではなく、ちゃんとした王子との婚姻をそちに与えてやりたいのじゃ」 「そんなのいりません!」 「ボクは、ただリュウと……!」 「これはもう決めたことじゃ!」 「分かったな、アルエミーナ」 「……や、いやですっ!」 「あの男の命がかかっておるのじゃぞ」 「…………っ!!!」 アルエの顔から、血の気が引く。 「では、早々に身支度を調えよ」 「昼はエドワール殿と一緒に席に着く」 「よいな?」 「……っ」 「……誰か、騎士の辞令書を作成する用意を……」 「父上っっっ!!!」 「では、よいな?」 「…………リュウ……っ」 「アルエミーナ、返事はどうなのじゃ?」 「…………」 「…………っ」 「………………はい」 アルエの固い声が、玉座の間で響いた。 ジンが、アルエが政略結婚させられるというニュースを持ってくる。なんとかしなければと焦るリュウたちだが、手立てが思い浮かばない。 しかしそこに、渦中のアルエがやってくる。アロンゾの手引きで再び抜け出してきたのだ。 すぐに王都を離れてというアルエだが、彼女を放って村に帰るわけにもいかないリュウ。そんな中、ミント邸に憲兵が押しかけてくる。 再び連れ去られるアルエ。アルエを外出させた責任を取らされ、捕縛されるアロンゾ。そしてリュウも獄に繋がれるのだった。 自分の結婚の儀を無事に終えるまでは、リュウたちに危害は及ばないだろうがその後は分からないと言うアルエ。 だからこそ今のうちに王都から逃げ出して欲しいと必死に懇願するアルエだった。 「今のうちに王都から逃げてくれ!」 そんなアルエにリュウは…… あれから、すでに数日。 ミントの家に閉じこめられた形の俺。 もちろん外からの情報はない。 アルエはあれからどうなったんだ? 陛下の様子からして、穏便にことが収まるはずもない。 城に駆けつけたい。いっそ忍び込みたい。 けど、ミントの家の周りは憲兵が見張ってる状態で、抜け出すことも出来ない。 アルエは無事なのか? 一体、あれからどうなったんだ? ……どうしたら、この状況を打開できる!? 必死になって考えても、何も答えは出てこないままだ。 ……これって、俺の実家にもお咎めが行くんだろうか? 養蜂稼業に精を出す親父たちには、なんかものすごく迷惑を掛けることになっちまいそうだ。 元騎士の親父からしたら、王女様に手を出した息子なんて勘当かもしれないな。 「勘当ですむならそれでいいけど……」 親父たちにまで処罰がいったら、とそれが気がかりだった。 「…………」 「元気だしなよ、リュウ」 「…………」 親父たちも気になるけど、やっぱり俺の頭を占めるのはアルエのことだ。 大丈夫だったろうか? 今、無事だろうか? 「たいちょー、あの……温かいお茶でも飲まれますか?」 「…………」 2人が何か言ってるけど、俺の耳からはそのまま通り抜けていく。 「駄目だ、聞いてないや」 「どうしたらいいんでしょう?」 「うーん……でも、投獄とかはされてないから、それが救いっちゃ救い?」 「はうっ!? 投獄!?」 「そりゃ、アルエってお姫様だもん」 「……本人はずっと王子だって言ってたけど〜」 「それは、ま、おいといて」 「やっぱり、王族の姫君に手を出したら、かなり危ないよねー。しかも騎士だし」 「はうぅぅ〜〜っ」 「あ〜もう、早くジンが帰ってこないかな」 「あの、ジンさんはどこに?」 「あたしらの中で、お城に出入りできるのなんてジンくらいだもん。情報収集でしょ」 「アルエさんに会えたら……いいんですけど」 「だよね〜。伝言でも貰って来れたらいいのに」 「…………っ!」 「ジン! どうだった!?」 「リュウ、大変だぞ」 「…………」 「おいっ、リュウ!」 ……っ! な、なんだ? 「ぼけっとしてる場合か!」 珍しくジンが真面目な顔で俺に詰め寄る。 ……なんか、嫌な予感がする。 「落ち着いて聞け」 「どうし、たんだ……っ?」 「アルエ殿下の――婚儀が決まった」 「なっ!?」 婚儀……って、結婚? 「相手は、エドワールだ」 「どういうことだよっ!?」 エドワール?遊学中の、あのエドワールがどうして!? 「政略結婚だ」 「そ……そんなの認められるか!」 「でも、それが国王陛下の命令だ」 「アルエは? アルエはなんて言ってるんだ?」 『ボクは結婚する』 アルエ……!? アルエが、どうしてここに!? 「エドワールと、結婚することに……なった」 「ちょっと、待てよ!」 突然現れたアルエ。 それに驚きながらも、そのアルエの口から飛び出た台詞に、もっと驚く。 驚くなんてもんじゃない。 俺は思わずアルエに詰め寄った。 「アルエ!」 「殿下に何をする、ドナルベイン!」 「アロンゾ!?」 アルエの腕をつかみかけた俺の手を、アロンゾの手がたたき落とす。 「邪魔するな!」 「殿下に危害を加える気なら、俺が許さん!」 「んなわけないだろ!」 「やめろ、アロンゾ!」 「リュウも落ち着いてくれ」 ……アロンゾが一緒にいるってことは、アルエがここに来れたのは国王陛下の許しを得たってことか? だってそうでなきゃ城から出られるわけもないし、第一ミントの家の周りには、憲兵の見張りがある。 でも、まさか国王陛下が俺達のことを許すわけもない。 現にアルエは結婚するって……言ってる。 「とにかく……説明してくれ」 「説明してる暇がないんだ」 「どういうことだよ!?」 一体、なんなんだ!? 俺とアルエのやりとりを、ロコナたちはただ黙って見守ってる。 「お願いだ。早く王都から逃げてくれ」 「逃げる?」 ちょっと、待てよ。どうなってんだ? 「リュウはボクが結婚するまでの人質だ」 「でもボクが結婚して国を出たら、あとはどんな目に遭うか分からない」 「人質? ちゃんと説明しろよ」 「殿下のお心遣いに、ケチをつける気か!」 「ケチもクソもあるかよ!」 こんなんじゃ、意味が分からなすぎる! 「すまない、リュウ……」 「ボクは……無力だ……っ」 アルエが俯く。 「ただ……好きな人と一緒にいたかっただけなのに」 「アルエ?」 小さな肩が震える。 ……まさか、泣いてる? 「よく聞け、リュウ・ドナルベイン」 「貴様の身柄を助けることを条件に、殿下は結婚を承諾されたのだ」 「なんだって……!?」 「リュウ、それ本当だぞ」 ジンが小さく口を挟む。 「ボクが結婚の儀を無事に終えるまでは、父上もリュウに手は出さないと思う」 「でも、その後は……」 ――人質。 意味がよく分かった。 「だから、今のうちなんだ」 「ボクが結婚するまでなら、父上もリュウには手を出せない」 「今のうちに王都から逃げてくれ!」 アルエは必死の形相だ。 それを見て俺は…… 「なんで、そんなことを言うんだ?」 俺は悲しい気持ちになった。 どうして……好きな子を犠牲にして、自分の身の安全を取らないといけないんだ? そんな男だと思われてるのか? 「…………」 俺の心の内を読んだように、アルエが慌てて首を振る。 「違う、違うんだリュウ……!」 「ただ、ただ……ボクはっ」 「リュウの身を守りたくて」 「うん……分かってる」 「とにかく……今は少しでも早く、王都を離れてくれ、リュウ」 「言いたいことは分かったけど」 でも……でもな! 「そんなの『うん』って言えるわけないだろ!」 俺は怒りの感情を爆発させた。 自分が助かるために、好きな子を政略結婚させるのか? そんなのできるわけない! 俺の強い口調に、アルエがはっとした表情になる。 「だって、ボクの所為だ」 「ボクが王族なんかだった所為で……!」 「ゴメン、ボクが……ボクが悪いんだ」 「ンなこと言ってたら、俺が王族じゃなかった所為って言ってもイイだろ!」 だから、こんなのアルエの所為のわけじゃない。 んなこと言ってたら、きりがない。 「アルエがなんでそんなことを言うのか、気持ちは分かるけど……」 俺の身を案じてくれたって、わかるけど。 「でもそんなの納得できるわけない!」 怒りは小さくなって、残ったのは悲しい気持ちだった。 「リュウ……ゴメン。それと、ありがとう」 「そうだな。こんなの誰が悪いわけでもない」 当り前だ。 人を好きになる想いなんて、誰かが悪いわけじゃないんだ。 「でもとにかく……今は少しでも早く、王都を離れてくれ」 「時間がないんだ! お願いだ!」 「そんなことしたら、アルエはどうなるんだ」 「結婚……するしかない」 「だから、そんなの納得できるわけないってっ」 堂々巡りになりそうになった話に、アロンゾが言葉を挟んだ。 「リュウ・ドナルベイン、よく聞け」 「殿下がもしこの結婚を了承しなければ、貴様はすぐさま処刑されてもおかしくない」 「なっ……!」 「んなの、無茶苦茶だ!」 「だから、殿下は逃げろとおっしゃってるんだ!」 アロンゾの怒鳴り声が、部屋の中で響き渡る。 「あ、あの……あのっ!」 「アルエさんも、一緒に逃げるのは無理ですか?」 「うわっ、そんな無茶言う?」 「逃げられるものなら、逃げたい」 「でも……それは」 「全員動くな!!!」 「な、なんだ?」 「アルエミーナ殿下。すぐさまお城にお戻り下さい」 「ちょっ、なんなのよ、あんた達!」 どかどかと、憲兵たちが部屋に乱入してくる。 あっという間に、俺達を囲み。 そして抜かれた剣は、こちらに向けられてる。 「きゃぁっ!」 「貴様ら! 殿下に対して不敬だぞ!」 「殿下をお守りする近衛騎士のくせに、城からの脱走を手引きした罪人に口を挟まれるいわれはない!」 「くっ……!」 「手引き……って、アロンゾが!?」 アルエのお付きの騎士とはいえ、アロンゾは国王陛下の命令が絶対だ。 それなのに……脱走させたのか? 「全員捕縛しろ!」 「うわわ、ちょっと待った!オレ貴族だぞっ、貴族! 不敬罪にするぞ!」 「やめてくださ……い、痛っ!」 「何すんのよ、ここあたしん家よっ!」 憲兵たちが一斉にみんなに襲いかかる。 もちろん、俺にもだ。 「ちぃっ……!」 もちろん応戦する。でも多勢に無勢。 俺の拳は憲兵の1人、2人を沈没させたけど、それで雪崩れ込んできた部隊が壊滅するわけじゃない。 そして、とうとう 「……離せッ!」 俺は床に引き倒され、背中には何人もの体重がかかっ……げふぅっ、く、苦し……っ! 「貴様ら……のけっ、のかんかっ!」 俺だけでなく、あのアロンゾまで憲兵に取り押さえられてやがる。 「やめろっ、みんなに手を出すな!」 「アルエ殿下、国王陛下がお待ちです」 噛みつくアルエを、憲兵は容赦なく拘束する。 く、くそ……っ! 「どけっ、おまえらっ!」 「離せ、この無礼者っ! 離せ離せっ!」 アルエが暴れる。 けれど憲兵たちは容赦なく、アルエを取り囲み拘束の力を弱めることはない。 「早く殿下をお連れしろ!」 「やめろ、ボクはまだ……リュ、リュウっ!」 「リュウゥゥーーーっ!」 アルエが憲兵たちに連れて行かれる。 「アルエーーーーっ!」 「ええい、やかましいっ!」 「ふげっ!」 目の前に、星が飛ぶ…… 後頭部には……強烈な痛み…… 「う……」 視界が暗くなり……そして。 「…………」 俺の意識はそこで途絶えた。 ……………… ………… …… 「ん……?」 ――ズキン!!! 「いでっ!」 な、なんだ……この痛み……!? 「目が覚めたか?」 「アロンゾ……?」 なんでアロンゾが……? 俺は、一体…… 「……アルエっ!」 思い出した! ミントの家に来たアルエが、突然踏み込んできた憲兵たちに連れて行かれたんだ。 んで、俺は殴られて、意識消失。 「ここは、どこだ?」 薄暗い……部屋。 「それに、みんなは?」 ミントは? ロコナは? ジンは? 「安心しろ、他の連中は無事だ」 「3人とも家からは出ないことを条件に、捕縛も連行もなしになっている」 そうか、よかった。 ……って、3人? 「んじゃアルエは!? アルエはどうなった!?」 「多分……城内にいらっしゃるだろう」 「無事なんだな?」 「多分」 「多分、ってなんだよ!」 アルエのお付きの騎士だろ。 おまえが分からないでどうするんだよ! 「分からないのだから、仕方ないだろうっ!」 「それもこれも、貴様が……っ!」 アロンゾが憎々しげに俺を睨み付ける。 俺はそれを受け止めてにらみ返す。 「ここはどこだよ」 「…………」 「おい?」 「城の地下にある、牢だ」 「捕まったのか? 俺?」 「おまえだけじゃない」 「は? どういうことだよ」 「俺も捕まっている」 「ああ、そうなのか」 「…………」 「なんでっ!?」 だから! こいつはアルエのお付きの騎士だぞ!? 「さっきの憲兵の言葉を聞いてなかったのか!」 言葉? って……なんだっけ。 「……脱走だ」 「殿下の脱走の手引きをした罪で、俺も捕まったんだ!」 「マジかよ」 呆然とアロンゾを見る。 「…………」 不機嫌そうなアロンゾ。 「殿下もどうして貴様などと……」 「俺の育て方が悪かったのか?いや、殿下は花のように美しくそして竹のようにしなやかでまっすぐだ」 「では、ご趣味が悪かったのか……くぅっ!」 なんか、アロンゾは1人で苦悩の淵に立ってる。 どうやら脱走は本当のことらしい。 でも、あのアロンゾが脱走の手引き? 「……じろじろと見るな、鬱陶しいっ」 「ああ……うん」 なんか吠えられた。こえええ〜〜! そして困惑する俺。 一体、これからどうなるんだ? アルエは一応無事(?)に捕まり。 俺達は地下牢。 仲間は、ミント邸に軟禁状態。 そして、アルエには結婚問題が浮上中。 俺もどうやら、身が危ない。 「もしかして、これってピンチ……?」 「これ以上なく、危機的状況だ」 「まじ……ですかい」 地下牢には、不気味な沈黙が下りていた。 アロンゾと二人で牢に閉じ込められたリュウ。気になるのは自分よりもアルエのことばかり。 一方のアルエも軟禁状態で、城では着々と政略結婚の準備が進み憔悴するアルエ。 八方塞の状況の中、希望の光が王都へとやってくる。それは村に居残ったはずのホメロとレキだった。 あれから俺とアロンゾは、嬉しくもない同居を、地下牢で絶賛続行中だった。 「秘密の抜け道とかないのか?」 「あるわけないだろう」 「城とかって、そういうのがあるもんだろ!?」 「あることはあるが、それは国王陛下や、殿下たち王族の方々の避難経路だ!」 「んじゃ、ここにもあってもいいだろっ!」 「王族の方が地下牢に繋がれるかっ!」 「ぐぬぬぬぬ〜〜〜っ」 「ふぬぅぅぅぅぅ〜〜っ」 お互いにらみ合う。 ……不毛だ。 「それにしても……なんでだよ」 「ん?」 「なんで、アルエを脱走させたんだ?」 アロンゾは、アルエを大事にしてたけど、陛下の命令の方をちゃんと重要視してた。 それなのに、なんで今回は陛下の逆鱗に触れるようなことを? 「殿下に頼まれたからだ」 「そんなの、今までだって同じだろ!」 アルエが散々城を抜け出ては、アロンゾがそんなアルエを捕まえに来てた。 どうして今回だけ? 「……殿下のためだ」 渋い顔で呟くアロンゾ。 アルエのため……アルエのため。 ……おい、ちょっと待てよ、こいつ。 「まさか……おまえ、アルエが好きなのか?」 「な……っ」 アロンゾが赤くなる。げ……まじ!? 俺が青くなりそうになった瞬間。 「何を不敬なことを言っているかーーーー!」 ビリビリビリ……っ! 「耳痛ぇぇ〜〜っ!」 あり得ない音量での罵声に、分厚い地下牢の壁まで震えそうだ。 「俺は純粋に、殿下のことを考えてのことだ!」 「どこの世界に、己が守る主人に懸想するうつけの騎士が居るかっ」 「こ、この……超うつけ者がーーーっっ!!!」 ビリビリビリビリッ!!! イヤ、だから耳が痛いって! 「殿下にあんな顔で頼まれなければ、貴様なんぞの為に城を抜けることなど、手伝いはしなかったわっ!」 「貴様のことなぞ認められんが……だが!」 「殿下があんなご様子になるのは、俺も初めて見たんだ……くそっ!」 アロンゾが憎々しそうに俺を見る。 「しかたないだろ、好きになったもんは好きになったんだ」 それがこんな事態を引き起こしたのは分かってる。 でも、好きになった気持ちは本当なんだから、いまさら誤魔化すこととか、なかったことにできるわけもない。 「…………」 「殿下から貴様のことを聞いたときには、俺は倒れるかと思うくらいに驚いたぞ」 「俺も自分でビックリしたよ」 「……ところで、少し聞きたいが」 「こんな機会だ。好きなだけどーぞ」 ふたりっきりの地下牢。 喋る相手はお互いくらいしかいない。 「貴様……」 「男色か?」 「ぶーーーーーーーーっっっ!!!」 肺の中の空気を一気に吐き出す。 「だ、だ、だんしょくぅ?」 「殿下がご自身を、男と主張しているのは知っているだろうが!」 「それを知っていて、結ばれたというのなら、貴様……もしや殿下が男になるのを……」 「んなわけあるか!」 女の子大好き。おっぱい大好き。俺はノーマルだ! ……前にもロコナから似たようなこと言われたな。 「好きになったときは、アルエもまだ男か女か分かんない感じだったけど」 「でも好きになったし、アルエも俺を好きになったんだよ!」 「それで、アルエは自分が女の子だってちゃんと認めたんだ」 俺が好きだって。女の子として好きだって! 「では、貴様は変態ではないのだな」 「変態言うな!」 色んな意味で、俺とアルエの恋路はイバラ道なのかもしれない…… 「変態でないなら、それでいい」 「……いいのかよ?」 「主人に懸想したうつけ者の騎士なんだろ?」 「ああ、おまえほどの馬鹿は見たことがないわ」 「だが、殿下がお望みであるなら、それを守るのも騎士の役目だ」 「殿下がお幸せになるように尽力するのも、俺が考える騎士の道だ」 「頑なに、ご自身を男だと主張していた殿下が、おまえを好きになって、ようやく女性として目覚めてくださったことには……感謝している」 こいつ、本当に俺に感謝してるんだ。 やっぱりそういうのって空気で分かる。 アロンゾって、アルエのことが本当に大事なんだな。 「俺も聞きたいけど」 「なんだ?」 「アルエって、本当に女の子なんだよな?」 「そうだ。生まれてからずっと姫君だ!」 「んじゃ、なんでアルエは自分が男だなんて思うようになったんだろ」 「それが分かれば苦労はない」 「……だよなぁ」 そこで会話が途切れる。 なんとなく、アロンゾとちょっと距離が縮まった気はしたものの。 「…………」 「…………」 「はああああぁぁぁぁ〜〜〜」 お互いに大きなため息をついた。 ここでどんなに親交が生まれようとも、俺たちが投獄されてる事実には何ら変わりはないのだ! リュウとアロンゾが盛大なため息をついている頃。 アルエは…… 「……くぅぅ」 「どうしよう……」 さっき、部屋を訪れた姉姫たちの意地の悪い言葉が胸をえぐる。 『王子といっても、エドワール殿は第4王子』 『へんぴな領地を与えられた、王子とは名ばかりの存在ですって』 『あら、アルエミーナにお似合いだわ』 『本当ね。私たち、そんな方の所へ嫁ぐなんて死んでもイヤですわ……おほほほっ』 『これで王宮内で、忌々しい庶民の血がドレスを着ている場面を見ることはないのねぇ』 『お父様も、騎士の家から側室をあげるなんて、本当にどうかしてらしたのよ』 『同じ姫として扱われるなんて、屈辱だったわ。ああ、清々するわ、アルエミーナ』 『そういえば、おまえのお付きの騎士と、おまえの恋人の騎士は地下牢にいるんですって?』 『……おまえの婚儀が終われば、どうなることやら、見物だわ』 『お父様がお許しになるはずもないわね』 『せいぜい、何も出来ずに泣いていればいいわ〜!』 『お〜〜〜ほほほほほほっ♪』 「……くっ! 姉上たちめっ!」 悔しさよりも、地下牢に繋がれた2人の身が心配でならない。 「どうしたらいいんだ……!」 今すぐ地下牢に助けに行きたいが、部屋の入り口は護衛騎士が見張りに立っている。 窓から逃げだそうにも、アルエの周りでは、侍女たちが慌ただしく部屋の中の片付けをしている。 アルエに刃向かう隙を作らせず、早くエドワールとの婚儀を取りおこなうためだ。 『国王陛下のおなりです』 「えっ!?」 「アルエよ、大事はないか?」 「父上!」 アルエの父である、国王がやってくる。 アルエは父を非難の目で睨み付けた。 「リュウとアロンゾを牢から出してください」 「それはならんぞ、我が娘よ」 「父上っ!」 「アロンゾめ、余の信頼を裏切りおって」 「アロンゾにはボクが命令したんです」 「その前に、余の命令が重要である」 「あれには、そちの監視を言いつけておったのに、まさか城から逃がす手引きをするとは」 「あげくに、あの家の見張りの憲兵を倒したのはアロンゾであろう」 「そこまでして、そちとあの男を会わせたとは、反逆以外のなにものでもないわ」 「だから、それはボクがさせたことでっ」 「言い訳は許さぬぞ」 「アロンゾは身辺警護の騎士としてあるまじき蛮行を働いたのじゃ」 「そちとあの男を会わすということは、そういうことじゃ!」 「リュウと会って……どうして駄目なんです!」 「……言うまでもないではないか」 「そちは、このテクスフォルト王国の大事な姫なのじゃぞ」 「……わかっています」 「でも、でもボクは……!」 「ようやく自分が男などという世迷い事から目を覚ましたと思えば、騎士などと……」 「母上の実家も騎士でした!」 「ボクにも、その騎士の家の血が流れています!」 「何を言う! そちは余の姫じゃ!」 「父上……お願いです」 「そちの幸せを思えば、ちゃんとした相手に嫁に行くのが一番なのじゃ」 「それは、あんな騎士崩れの男の元ではない」 「リュウは、立派な騎士です!」 「エドワール殿の方が、よい男子である」 「父上ッ!」 「これはそちのためなのじゃ」 「エドワール殿は、そちが少しばかり馬鹿な熱病に浮かされてしまったことを何も気にしないとおっしゃってくださっておる」 「ボクは……嫌です」 「そちの幸せを考えてのことじゃ、アルエ」 「そんなの……っ!」 アルエは、父親を睨み付ける。 「よいな、婚儀の発表は数日中に行う」 「そちがおとなしくエドワール殿に嫁げば、アロンゾとあの男の処遇も悪いようにはせん」 「……卑怯です、父上」 あの2人を盾に取られれば、アルエは身動きできない。 でも、アルエが嫁いでも、本当に父があの2人を解放してくれるのかなんてわからない。 姉姫たちの言うとおり、アルエが国を出れば、2人がどうなるか調べようがないのだ。 今の父王の怒り方を見れば、アロンゾは確実に左遷だろう。 リュウはもっと僻地に飛ばされるかもしれない。 それこそ、命の危険もあるような土地へ。 ……それでも生きていてくれればいい。 でも……打ち首とかになったら!? 「お願いです、父上っ」 「どうかあの2人とポルカ村からきた友人には、絶対に手を出さないでください」 だからアルエは必死になって、懇願する。 「では、エドワール殿との婚儀をちゃんと納得するのじゃな?」 「…………」 「アルエミーナ?」 「……結婚……します」 そう答えなければ、アルエは自分の身よりも大事なものを失ってしまう。 だから、こうするしか……ない。 「そうか、そうか!」 「今は辛いかもしれんが、これでよかったと必ず後々思うことになるのじゃ」 「…………」 「彼の国に嫁げば、余ともそうそう会えることはないのだ」 「それまで親子睦まじく暮らそうではないか」 国王の手が、アルエの肩に触れる。 大きな手。温かなその手。 幼い頃は大好きで、この手に触れられることを誇りにすら思っていた父の手。 ……でも、アルエはこの父の手よりも、今はリュウの手に触れて欲しかった。 「…………」 アルエは押し黙ったまま、俯く。 視線の落ちた足下。床を貫いて、その先。城の地下奥深く。 そこには、リュウとアロンゾが捕らわれていた。 『おお、なかなかすごい人じゃのう〜』 『そんなにキョロキョロされるな』 都の広場の中央に、とある人物たちが到着していた。 「それでは、早くミントの家に向かうか」 「ひさしぶりじゃのう〜」 それはポルカ村からやってきた、レキとホメロであった。 既成事実を作ってしまえば、アルエも諦めるだろう ……という王の動きで、着々と進む式典の準備。焦るリュウたちを意外な人物が救いにやってくる。 それは、アルエが結婚する隣国の王子だった。結婚を承知する条件で、リュウたちを逃がして欲しいとアルエに言われたという王子。 牢は開き、選択を迫られるリュウ。身分の壁を前に恋を諦めるのか、それとも――そこに、ホメロたち一同が駆けつける。 このままアルエを連れて逃げろという周囲だが、それでは皆に迷惑がかかってしまう。関わった全員がお尋ね者として生きてゆくことになる。 全てを捨てて仲間たちに縋るか、それとも別の方法があるのか……悩みながらも、アルエの元へ駆け出すリュウだった。 「ほれ、早く用意をせんか」 「申し訳ありません、陛下」 「花嫁のドレスは、豪華にするのだぞ」 「それは、もちろん!」 「仮縫いから本縫いまで、針子たちが夜を徹して作業いたします」 「突然の婚儀となったが、アルエは余の一番愛している姫じゃ」 「最高の婚儀を執り行わねばの」 「はい、エルドの谷より最高のレース職人もすでに到着しており作業に入っております」 「そうかそうか!」 国王は満足げに頷く。 「さて……司教はいずこじゃ?」 「アルエの婚儀について、進捗を報告をせよ」 国王の声が玉座に響き渡る。 それをBGMにして、様々な召使いが突然決まったアルエの婚儀に走り回っていた。 「おい、何をしている?」 「壁が削れないか、やってみてるんだよ」 手の中にあるのは、牢の中に転がっていた木で出来たスプーンだ。 「貴様は馬鹿か? 無理に決まってるだろう!」 「やってみなくちゃ分からないっ」 俺はアロンゾを睨み付ける。 今の俺たちにはこれくらいしか道具らしきものがないんだ。 無理って言いたい気持ちも分かるけどな。 「ほら、よく見ろよ、この壁って赤灰レンガだ」 レンガの中でも一番頑強なもの。 「でも、間を埋めてるパテは、青粘土じゃないか?」 青粘土って言ったら、固まれば接着力は出るけど強度は赤灰レンガに劣る。 「削っていけば、レンガを外せるかもしれない」 どんなに無謀かもしれなくても、一縷の望みがあればそれにかけるしかない。 「……違う」 「え?」 「城を造るときに使用されるのは、青粘土ではない」 「見た目は青粘土によく似ているが、青銅粘石と呼ばれる、赤灰レンガに劣らぬ強度を持ち合わせた接着パテだ」 「マジかよっ!?」 「王族護衛の騎士として、城の造りを詳細に理解するのは当り前だ! 間違いないっ!」 「鉄の道具を持ってしても、青銅粘石には傷をつけるのが精一杯だ」 「ましてや崩そうなど……な」 ってことは……これじゃ無理ってことか? 手の中にある木のスプーンを、見つめる。 ……ボロボロだな。 「牢がそんな柔らかいもので作られるわけないだろう」 「貴様、洞察力もないのか」 「なんだと!」 にらみ合ったまま、俺たちは固まる。 足音? 見張りの憲兵あたりか? 急いでスプーンを部屋の隅へと放った。 いや、それにしてはなんだかのんびりだ。 アロンゾと一緒に、緊張しながら足音のする階段の方へと目をやる。 「リュウ殿、アロンゾ殿」 「……エドワール殿下?」 足音の主はこの人か。 でもなんで、この人がここに!? 「しっ! 静かに」 「僕はアルエミーナ殿下の頼みであなたたちを逃がしに来ました」 「どういうことですか?」 「アルエミーナ殿下は、あなたたちを救出すれば僕との婚儀を納得してくれるそうです」 「なんだって!?」 「貴殿には申し訳ないが、僕にも僕の事情がある」 「テクスフォルトの姫を1人……僕の妻として国に連れ帰ることが、父・エキスリト国王より与えられた使命なのです」 「そんなの、アルエには関係ない!」 「ええ、彼女個人には関係ありません」 「しかし、王族の1人として、彼女も無関係ではないのですよ」 そんなの……納得できるか! 「おっしゃっていることは分かります」 「分かるのか? なんでだよっ!」 ……いや、俺も……本当は分かってる。 そういうことが、王族に課せられた義務なんだろ。 でも納得できないんだ。 それは俺がアルエを好きだから。 だから納得は出来ない。しちゃ、いけない。 「本音を言えば、アルエミーナ殿下が僕の妻となってくれれば、ありがたい」 「テクスフォルト国王が一番大事にしていらっしゃる姫だ。国交上、それはとても重要なことなんですよ」 「それに姉姫様たちは……アレですからね」 エドワールが苦笑いをする。 「それでも、それが義務と言われれば姉姫様たちとでも、僕は結婚しますよ」 俺には信じられないさわやかな笑顔にその表情を変化させて、エドワールはそんなことを言う。 「それ、笑って言うことじゃないだろ?」 「くどいようですが、それが僕の使命ですから」 「だからこそ、アルエミーナ殿下が自分の意志を通そうとする態度に、どうしても好感を持ってしまう」 「……こうして、損な役回りをするくらいにはね」 エドワールは、笑ったまま牢の鍵を開ける。 鈍い音を立てて、鉄格子の扉が開かれる。 「交代の衛兵が来る前に、早く」 「かたじけない」 「…………」 「どうしたんです?」 俺は扉の前で、その一歩が踏み出せない。 このまま牢を出て、どうするんだ? アルエの結婚を引き替えに、身の安全とか、自由を手に入れるのか? 身分の違いは乗り越えられない壁だと、そう思ってアルエを諦めるのか? それでアルエの意思じゃない結婚を、どっか遠い辺境の地で、遅れてきた王都からのニュースとして知るのか? 「はやく、リュウ殿!」 「くっ……!」 ここから出ること自体が、アルエを追い詰めないのか? 判断しかねて、俺は固まった。 「そんなところで突っ立っているなら、ポルカ村で鼻くそほじってる方がマシじゃぞい」 「…………ホ」 「ホメローーー!?」 なんでホメロがここに? ポルカ村にいるんじゃないのか? 「ひどく空気が悪いな」 「うえええ〜〜。なんか下水臭いよ……うぷっ」 「たいちょ〜〜っ」 レキ? なんでレキが!? それにミントにロコナも! 「うぉうっ! いかにもな地下牢」 「うちの館にもあったけど、どこも造りは似てるな」 ジン、おまえまでも? 「なんで、おまえら……」 「どうなっておるかと、ポルカ村から来てみれば、急展開でオマエさんが捕まっておるではないか」 「ならば助ける以外に選択肢はあるまいて」 「その武勇伝については、待て次号じゃ」 「ホメロの大冒険。〜愛とおっぱいの日々〜」 Vサインされながら言われてもな…… 「ほんとに大変だったんだってば」 「ジンなんかの侍女役したり〜、憲兵ぶん殴ってみたり〜」 「やばいだろ、それ」 「たいちょーをお助けするためです!」 「あの……ところで、どうしてアロンゾさんが?」 「それに、えっと……エドワール様も?」 あ、忘れてた。 「……色々あったんだ」 「どうやら、あなたは随分と仲間に思われてるみたいだ」 「ったく……危ないのに」 苦笑いをしちまう。 地下のこんな牢屋にまで来るなんて、そんな危ない橋を渡ったくせに。 なんかいつも通り陽気な様子のみんなに本当に心から感謝する。 ……ありがとな、みんな。 「さて、こんなところで立ち話をしてる場合ではないじゃろうて」 「さっさと逃げ出して、姫様奪還じゃ」 「え?」 「あったりまえでしょ」 「リュウも助ける、アルエも助ける」 「それで2人で逃げちゃえっ!」 「愛の逃避行です!」 「そのために、わたしたち来たんですからっ!」 そんな簡単に……おい。 「うーん、この場合僕は止めるべきなんですがね」 「あぁぁっ! アルエの政略結婚相手!!!」 今更気づいたらしいミントが、エドワールを思いっきり指さす。 「いっそこいつを、リュウの代わりに牢に入れるか? ちょうど都合よく、ここに縄があったりするしな」 どこから取り出したのか、ジンが縄を片手にエドワールににじり寄ってる。 「うわっ、ちょっと待てって!」 気持ちはすっげー嬉しい。 でも、ここでこいつらを頼ったら、合わせて全員お尋ね者じゃないのか? 「罪人は俺だけで十分だろ」 「水くさいことを言うでない」 「そうだな。ここまで来たら一蓮托生だ」 「レキ、おまえまで……」 「一番冷静で理性的なはずなのに」 「冷静に、かつ理性的に考えて、こうした方がいいと思ったまで」 にこりと笑いながら、胸を張るレキに全員が頷いてみせる。 「ほら、時間がないって」 「早く逃げよっ」 「そんで、アルエもひっ捕まえるの」 「そういうわけなので、申し訳ないですがエドワール様は捕まっていただけますか?」 「ここで逆らっても、人数的に無理そうだな」 エドワールは苦笑して、逆らう様子もない。 「いいのか?」 「困りますよ」 「でも、もしアルエミーナ殿下との結婚が無理になれば、上の姫君が僕の妻になるだけでしょう」 「あまり歓迎は出来ませんが、そうなったらそうなったで、運命です」 あっさりと答えるエドワールに、俺は少しだけ同情するな。 あの姉姫と、って意味だけじゃなく。 それを運命って簡単に思えてしまうエドワールのその考え方に。 「誠に申し訳ございません、エドワール殿下」 「自分も、アルエ殿下のため、御身を拘束することに荷担させていただきます」 「よいのだ、アロンゾ殿」 「王族に生まれた者の宿命を打ち破ろうとする、アルエミーナ殿下には、今でも心から惹かれる」 「殿下を助けようとする仲間がこんなにいることにも、嫉妬してしまいそうだが」 「それもこれも、運命だ」 エドワールが俺の腕を掴む。 「さぁ、行きたまえ。リュウ・ドナルベイン殿」 「アルエミーナ殿下は、ご自身の部屋にいる」 「悪い」 俺を助けることと引き替えに、アルエとの結婚が約束されてたエドワール。 俺が仲間とともにアルエと逃げたら、それはまったく意味がなくなる。 なんだかんだ言っても、この人はいい人なんだろう。 こういう場所での出会いじゃなくて、身分とかも関係なかったら、ものすごくいい仲間の1人になってたんだろう。 「早くしないと、憲兵が来るぞ」 「わかった」 「それじゃ、えっと」 「エドワール殿は、牢屋に入ってください」 「はいはい」 俺とアロンゾのいた牢の中に、今度はエドワールが入っていく。 「それじゃ、アルエ奪還作戦を始めるわよ〜!」 「……ああっ!」 俺は地下牢の階段へと駆け出す。 このまま、仲間を頼って逃げるのか。 それともアルエを救い出した後は、2人だけで逃げるのか。 どっちをとっても危険な選択。 仲間とともにいれば、心強くてもお尋ね者の仲間にしちまう。 アロンゾが捕まったのが、いい例だ。 かといって、2人だけで逃げるにはあまりにも追っ手は多勢。 逃げて、すぐに捕まって。 それでアルエは政略結婚。俺は獄門。 それも思いっきりいただけない。 でも。 でも、今はとにかく! 「アルエを助けるのが先決だ!」 婚儀の準備で慌ただしさを増している城内に、俺達はこっそりと、でも勢いよく忍び込んだ。 「……リュウ」 「絶対に、刑になんてかけさせないぞ」 「アロンゾと共に、逃げてくれ」 「そのためだったら、ボクは――」 「アルエや」 「父上……何のご用ですか?」 「そう怖い顔をするでない」 「今、花嫁衣装の仮縫いが終わったぞ」 「最終調整が必要じゃろうて、呼びに来たのじゃ」 「父上、御自らですか?」 「余が、こうしてそちといつでも話が出来るのは、あと少しのことではないか」 「娘を嫁に出す、父の心を汲んでみよ」 「…………」 だったら、リュウと結婚させてくれればいいのに。 そうすれば、ずっとこのテクスフォルト王国で、幸せに暮らしていられる。 「アルエ?」 「もしや、まだあの騎士の男のことを……」 国王の顔色が変わる。 「そんなに心残りならば、いっそ……」 「い……いいえ! なんでもありません!」 アルエは足に力込めて、その場に踏みとどまる。 自分が結婚さえすれば……いいのだ。 それでリュウが助かる。 だったら。 だったら……! 「父上、衣装の調整に参りましょう」 アルエは、悲しみを押し隠しながら、死に装束に等しい、白の衣装をまといに、部屋を後にした。 アルエルート「全てを捨てて」このシーンはスキップできません。 「あ〜〜〜っ。まだ、走るの、かぁ〜〜っ!?」 「ほら、急げっ!」 ようやく地下牢を出たものの、城の中を簡単に駆け抜けるのは無理だ。 「おい、そっちは駄目だ!」 「へ? だって、誰もいない廊下でしょ」 「もうすぐ見回りが始まる!」 「ふひ〜〜っ」 「ちょっと、息切れ……はぁっ、はぁっ」 「……、……、……」 俺とアルエを助けに来た、勇気ある乙女たちだって、疲れ果ててる。 そりゃ、これだけ広い城内を見張りの憲兵やら騎士やらと遭遇しないように、大回りやなんかして走り抜けてればな。 「はぁっ……がんばれ!もうすぐでアルエの部屋だ」 「どうして分かる?」 「前に貴族の振りしてお城に来たとき、アルエに細かい地図を描いてもらったからな」 「……そんなものを殿下が」 アロンゾが苦々しい顔をする。 「まぁ、いい。それよりも急げ!」 アロンゾが、辺りを見回してから、手招きをする。 そうだ、あと少しだ! 「あの部屋だ!」 廊下の先。アロンゾの指さす方向には2人の憲兵が部屋の扉を守ってる。 「2人だけなら、なんとかなるな」 「俺は右、貴様は左だ」 「ああ、了解!」 他の連中を待たせて、俺とアロンゾがこっそりと忍び寄る。 「……ん? おいっ!?」 「気づかれた!」 「おまえたちはっ」 「行くぞ!」 走って数歩の距離。 一気に詰める。 「ふぬぅっ!」 見張りの憲兵が剣を抜く。 それが躊躇なく俺達を襲う。 抜かれた剣。それが俺を狙う。 「いやあぁぁっ!」 「遅いっ!」 光る剣先を簡単にかわす。 コッカスや竜に比べたら、まるで踊ってるようにしか見えないぞっ! それでもさすがに丸腰の今では、すぐには相手の懐に飛び込めない。 しばらくの間、憲兵の剣とダンスを躍るが、俺は相手の作った小さな隙を見逃さなかった。 たたらをふんだ憲兵の腹に遠慮なく腹にたたき込んだ。 「ぐふっ……、がっ……ううっ!」 男はそのまま床に倒れ込む。 「よし……完了」 その横で、アロンゾももう1人の憲兵を相手にしていた。 「おまえらを捕まえて、褒美をもらってやる!」 「ふん、身の程知らずがっ!」 「えぇーーいっ!」 憲兵は剣を抜くと、むやみやたらと振り回す。 「……まったくもって、腰が入ってないな!」 剣先はアロンゾを狙うものの、それは全てかわされていく。 「ふ……ふぬっ!」 〈蹌踉〉《よろ》けた男の側面に回り込み、憲兵の首筋に手刀を打ち込む。 「ふぎゃっ!」 〈蹌踉〉《よろ》けたところに、更に右の拳が頬にたたき込まれた。 「うが……っ、がはっ……!」 憲兵はそのままゆっくりと床に沈み込む。 「鍛え方が足りんな」 俺と同じ丸腰なのに、あんなにも簡単に相手の懐に入れるなんて……さすが最強の騎士と言われてるだけある。 「さすがだな」 「味方になれば百人力ってところだ」 「……ふん、貴様もな」 「一応、同じ言葉を送ってやろう」 アロンゾと目が合い、お互いにニヤリと笑う。 「さぁ、アルエは目の前だ」 アロンゾの方の憲兵も片付いた。 これで外の見張りは倒したってことだ。 でも、中はどうなってる? 中にはもっと憲兵たちが控えてるかもしれない。 扉に飛びついてから、そっと中に声をかける。 「アルエ……アルエ、いるのか!?」 いてくれ。無事でいてくれ。 「アルエ? アルエなのか?」 『リュウ……っ!?』 アルエの声だ……! 「リュウ……っ!」 開かれた扉と同時。アルエが抱きついてきた。 鼻腔に届く甘い匂い。 アルエの匂い。 本物のアルエだ。 アルエが俺の腕の中にいる。 また、会えた。 アルエと会えた……! 俺も強く抱きしめ返した。 「無事なんだな。大丈夫なんだな」 「ものすごく元気だ」 「よかった……」 「殿下……ご無事でよかった」 「アロンゾも無事か。エドワールだな?」 「でも、どうしてボクの部屋に?お城の外に出る通路は、エドワールに教えておいたはずだぞ!」 ああ、そっか。 アルエはエドワールがここまで俺達を連れてきたと思ってるんだな。 「話すと長くなる。とりあえず中に入れてくれ」 「あ、ああ。そうだな」 「じゃ、この見張りは中につっこんどくってことで」 「外に放置してたら騒ぎになりそうだかんな」 「……ジン?」 「ワシゃ、ジジイだて力仕事は無理じゃい」 「ほれ、手すきのアロンゾがせい」 「……ホメロっ?」 「もちろん、あたし達もいるから」 「アルエさん〜〜〜っ」 「元気そうでよかった」 「ミント!? ロコナ!? レキっ!?」 アルエはわらわらと出てくる仲間たちに目を丸くしてる。 「エドワールも地下牢に来たんだけど、その後にみんなが現れたんだ」 「色々あったけど、結果としてはエドワールに助けてもらったんじゃなくて、みんなに助けてもらったことになるんだ」 「それで……助けに来たんだ、アルエ」 「リュウ……っ」 アルエの顔が明るくなる。 けど、その顔はすぐに強ばった。 「だめだ! 早く、逃げてくれっ!」 「ここにいたら、みんなにどんな咎があるか分からない! だから……早く!」 「アルエはどうするんだよ」 「ボクのことは、もういいんだ」 「それよりも、みんなが捕まったら……っ」 「ですが、殿下。このままでは……!」 「いいんだ!」 「アルエだけ、放っていけないだろっ」 「好きな子を犠牲にして、逃げる男がいるかっ」 「そんな……でもっ!」 「でももくそもない!」 「ちっ……やばい」 外が騒がしくなってきた。 「早く、アルエ!」 「いいや。ボクは……っ!」 「ああああ〜〜〜っ、もうっっ!!!」 「みんなで逃げたらいいんでしょ」 「そうですよ!」 「たいちょーとアルエさんは一緒に逃げるんです」 「そして、わたし達も一緒です!」 「えっ、おい。でも、それじゃっ」 ここで全員で逃げたら、それこそお尋ね者集団だぞ。 俺とアルエは自分たちのことだからいいけど、それじゃ、みんなまで巻き込んじまう。 「概念の壁なんて、打ち破るためにあるんだろっ」 「面倒に考えず、地の果てまで逃げろっ!」 うわ、なんだか格好いいぞ、ジン。 「そうとも。こうなったら、一蓮托生だ」 「私達には主神リドリーのご加護がついている」 みんな、そう言ってくれるけど。 本当にその話に乗っていいのか? それって、大事な仲間をこれ以上なく巻き込むことになる。 「何を悩んでおるんじゃ!」 「逃げるなら、今しかないぞ」 たしかにアルエと共に逃げるのはいい。 でも、みんなを巻き込むのか? 他に方法はないのか? でももう、これしか……ないのか! 「駄目だ……」 みんなの気持ちは嬉しい。 でも、仲間を死地に送り込むかもしれないようなそんな選択が出来るはずもない。 「今、ここで全員を巻き込んで逃げたら、俺は一生後悔する」 「選ぶ道はまだあるはずだ」 「全員が無事でいられる道が!」 アルエも諦めず、仲間も危険に晒さない。そんな方法を探すしかない! 「うん、ボクもみんなを巻き込むのはイヤだ」 「あ〜〜〜っ、もう!」 「だったら、いっそここで結婚しちまえ!」 「は? なんだって?」 「オレ達を巻き込んで逃げるのはイヤなんだろ?」 「でも離ればなれになるもイヤ」 「だったら、今くっつけ!」 「結婚して既成事実だ!!!」 け、結婚っ!? 突拍子もない台詞に、言葉を失う。 「結婚って……ええ〜っ?」 「今、ここでですか?」 「とは言っても、結婚には神官や儀式が……」 「ここにいるだろ!」 「ああ……そうだな、私がいるか」 「しかし、結婚して……その後はどうするんじゃ?」 「知るかいっ!」 「でも婚儀は神事だろ。国王とはいえそうそうには取り消せないのが……神事だ!」 「イコール、まさに既成事実!」 「リュウとアルエを離せなくしちまえ!」 「なんか、すごい理論だけど……ちょっと納得」 「ほ、ほええ〜〜〜」 「よし決まったぞ、今から2人の結婚式だ!」 他の連中も、ジンの提案にビックリしてる。 しかし、この場で一番ビックリしてるのは…… 「結婚? 結婚……っ!?」 降ってわいた結婚話に、ただ目を丸くしてる俺とアルエの2人だった。 「そんな。でも……そんな結婚……!?」 「いや、そんな……」 「えっ、嫌なのか?」 「バ、バカ! その『いや』じゃない!」 「だったら、いいのか?」 「いいも、なにも……!」 アルエが真っ赤になる。 「求婚の言葉も……ないじゃないかっ!」 「バカ者っ!!!」 アルエがこの上なく真っ赤になって、俺に怒鳴る。 「あっ……そうだった」 ていうか、突然の結婚話で求婚する暇もなかった。 なんかこんな形で改めてだと、すごく恥ずかしいし、馬鹿らしく見えるかもしれないが。 でも、気持ちは真剣だ。 「これからずっと、永久に。傍にいて欲しい。一緒にいて欲しい」 心からの気持ちを、口にする。 「アルエを愛してる」 「俺と……結婚してください」 そして愛しい姫君に向けて。 俺は騎士らしく、その場で跪く。 アルエを見上げ、片手は胸に。残りの手は、アルエに差し出す。 「承諾の証に、俺の手を取っていただけますか?」 古来から伝わる、ちょっと臭い求婚の儀式。 時間もない俺達には、余計な儀式かもしれないけど、どうしてもしておきたかった。 「……リュウ……っ!」 「アルエ?」 アルエは震える手で、俺の手を取った。 「ボクも……リュウを愛してる!」 「お嫁さんに……してください……っ」 そのまま、アルエからのしがみつくような抱擁。 「うん。お嫁さんになってくれ」 「うん……うんっ、なる、お嫁さんになる……っ」 真っ赤になったアルエが、ぐりぐりと俺の肩に額を押しつける。 耳まで赤い……可愛いな、ほんとに。 「よし、求婚の儀もそれでおっけーだ!」 「それじゃ、さっさと、結婚の儀に行くぞーっ!」 そのジンの号令で、俺達は超特急の結婚の儀に取りかかることとなった。 「健やかなるときも、病めるときも」 「主神リドリーの名の下に、変わらぬ愛を誓うことを宣言するか?」 「誓います」 「もちろん、誓います!」 「では、誓いの杯を……」 「杯……聖酒……聖酒はどうする?」 「え、えっと、このお茶で代用しよ!」 「仕方あるまい……えっと、これでよし!」 レキがお茶に向かって聖なる印を結ぶ。 「ではこの聖……茶を、2人で」 「はい」 ティーカップに注がれたお茶を2人で口につける。 「それでは、聖布に手を……聖布はっ!」 「この、レースのテーブルクロスで!」 「し、仕方ないな……」 ロコナがテーブルクロスを差し出し、レキがまたそれに聖なる法印を。 清めの儀式を終え、レキの差し出した手の上に、白いレースのテーブルクロスが乗せられる。 「2人は聖……テーブルクロスに手を」 「はい」 レキの手にかけられた、テーブルクロスの上で、お互いの手を握りあう。 「リュウ・ドナルベインと」 「アルエミーナ・リューシー・テクスフォルト・ゼフィランスの――」 「変わらずの愛を主神リドリーに宣誓する」 「宣誓します!」 いろいろ、行き当たりばったりの婚姻の儀。 でも俺たちには、絶対の愛を誓う大事な儀式だ。 「では、指輪の交換……」 レキはそこで固まる。 「ああもうっ!指輪の代わりになるものはないのかっ!?」 しまった。 用意も何もしてないから当り前だけど、婚姻の儀に一番大事な指輪がない。 「う、どうしよう」 「指輪もなんか変わりのものをさがすかっ?」 でも、指輪くらいはせめて代用品は避けたい。 「う……さすがに指輪はなぁ?」 「伯爵公子。そのモノクル眼鏡のフレームを破壊して指輪にしてはどうだ?」 「ちょっ、それは無理だろ!」 「ワシも指輪の練金術などはないしのぅ」 みんながその場で青くなる。 だが、そこに助けの手が伸びた。 「あっ! そんなときのテトラ商会におまかせ!」 「じゃじゃーん!」 ミントが懐から、巾着を取り出す。 「お城でなんかあったときに、袖の下を掴ませようと思って、貴金属を家から持ってきてたんだよね!」 「まじでっ!?」 「大マジよ、ほら!」 ミントが巾着を振ると、中で金属が触れあうじゃらじゃらとした音が響いた。 ありがとう、テトラ商会! ミント様! 「えっと……ペアリングになりそうなのは〜?」 巾着の中身を手のひらに取り出して、ミントが色々さがしてる。 「これなんかどうですか!?」 「うん、おっけー! はい、レキお願い!」 指輪が無事にレキの手に渡る。 「では、この指輪をお互いの指に」 レキは細いリングを2つ手のひらにのせて、俺たちの前に差し出した。 「出世払いするからな、ミント」 「当り前でしょ♪」 「アルエ、手を出して」 「うん」 輝く銀色のリングを手に取る。 王女のアルエにしたら、とても安物かもしれない。 でも、アルエはそれをとても嬉しそうな顔で見つめてから、微笑んでくれた。 アルエの細い手を取って、ゆっくりとその指に嵌める。 「リュウも」 「よし」 交代で、アルエが俺の指に指輪を嵌める。 「婚姻の指輪は互いの指で輝いた」 「では、宣誓の口づけを」 レキの言葉で、俺たちは向かい合う。 「愛してるぞ、アルエ」 「ボクも、愛してる」 手を握り合い、そしてお互いに目を閉じて。 ゆっくりと唇を重ね合う―― 「ん……っ」 やわらかい感触。 絶対に離れないという想いを込めて、アルエの体を抱きしめる。 抱きしめたまま、深く口づけあう。 「主神リドリーの御名のもと、2人は夫婦の誓いをかわした」 「今この時より、2人は夫婦として認められる」 「主神リドリーの御名のもと、それは侵されることはない」 「主神リドリーの加護が、2人の元に!」 レキが法印を結ぶ。 そして、婚姻の儀式の全てが終わった。 「これで、2人は夫婦となったわい!」 うん、俺たちはもう夫婦なんだ。 どんな困難があっても、離れない。 心は常にお互いの傍にあるんだからな! 「アルエミーナ殿下、ご無事ですか……うわぁっ!」 まだ口づけをかわしている最中。思いっきりなだれ込んでくる、護衛の騎士たち。 でも俺たちの姿を見て凍り付く。 当り前だな。 まだ抱き合ったままだし、多少代用品も多いけど、俺達が婚姻の儀を執り行ってんのは、見たら分かる。 「リュウ、逃げてくれっ!」 「こいつらは、ボクには酷いことは出来ない!」 「だから、それは駄目だ!」 アルエだけを見捨ててなんて行けない! 「逃げようにも、ちょっと無理っぽいよ」 入り口には詰めかけている騎士や兵の数々。 脱出口といえば、窓から飛び出るくらいか? 「アルエは無事かっ? な……なにっ!?」 騎士達を押しのけて、陛下が現れる。 でも俺たちの姿を見て、これまた凍り付いた。 「ア、ア、アルエミーナーーーっ!?」 「遅いですから、父上!」 「もうボクはリュウと婚姻の儀をすませました」 「ボクはリュウのお嫁さんになったんです!」 「そんな馬鹿な! 神官もおらんのに……!」 「国王陛下。神官ならここに」 「な、な、な……なにぃぃぃ!?」 呆然と陛下は俺とアルエを見つめる。 「俺はアルエと離れられません。アルエも俺と離れられないと言ってくれました」 「黙れ、この不敬者が〜〜〜っ!」 「全員……っ、引っ捕らえろ〜〜〜っ!」 「は……ははっ!」 国王陛下の怒声に、騎士たちが俺たちを取り囲む。 「リュウ!」 「アルエ……!」 繋いだ手を、たくさんの人間によってふりほどかれる。 そして俺は、またもや地下牢に戻ることになったのだ。 今度は仲間と共に―― ……覚悟を決めよう。 「ごめん。それと、みんなありがとう」 巻き込んだら迷惑をかけるのは分かってるけど、それを分かって、助けてくれる仲間たち。 左遷されて、俺の人生って案外悲惨……とか思ったこともあったけど。 んなこたないだろ? すごく最高だ! 「アルエ、俺と一緒に逃げよう」 「リュウ……」 「追っ手も来るだろうし、どこまでも逃げなきゃいけないかもしれない」 「でも、離ればなれになって生きていくなんて俺には考えられない」 「リュウ……ボクだって!」 「ボクだって、離ればなれなんてイヤだ!」 「でも、それじゃ……」 アルエがみんなを見る。 「みんなに迷惑が……」 「何遠慮してんのよ〜」 「幻の花探しだって、引っ張り込まれたじゃん♪」 「引っ張り込まれたなら、いっそ最後までよ」 ミントがふふんと胸を張る。 「そうですよ!」 「隊長とアルエさんと一緒に、どこまでも逃げちゃいます!」 「これって、ばいばる……?さばばいる……? 何て言うんでしたっけ?」 ロコナは拳を雄々しく振り上げかけて、『さばいばる?』と不思議そうに首をかしげてる。 「オレもそろそろ貴族の三男坊にも飽きてたし?」 「ちょっとかわった人生始めるのもいいよなぁ?」 「老い先短い老いぼれじゃ」 「人生の最後に、面白く花火を打ち上げるのも悪くないじゃろうて」 ジンとホメロはニヤニヤと笑って楽しそうだ。 「このメンバーでは、突っ走りかねないな」 「だったら、私が制止係として必要だろう」 「それに薬種関係に明るい者も必要だ」 レキはいつもの通り、冷静な顔をしてけど強気な笑みをその顔に浮かべてる。 「自分は、殿下にどこまでもお仕えします」 「殿下の望まれることであれば、リュウ・ドナルベインとの道であろうとも」 「このアロンゾ、祝福いたしましょう」 アロンゾは胸の前で左手を折り、宣誓のポーズを取る。 「みんな……」 アルエの目が、水気を帯びる。 「でも……エドワール殿の国との……」 「エドワールのことなら大丈夫だ」 「アルエと結婚できたらよかったけど、駄目なら姉姫でも構わないってさ」 「アルエが俺と逃げても、エドワールの国との国交は大丈夫だと思う」 エドワールが言いたかったのは、そういうことだ。 「エドワール殿……が、そんなことを?」 「ああ。アルエが部屋にいるって教えてくれたのもエドワールだしな」 「そう、なのか……!」 アルエでなかったら、姉姫でもいいって考えには、やっぱりなんとなく釈然としないものがある。 でも、それが政略結婚ってやつなんだろう。 エドワールにはエドワールの持論がある。 俺には到底理解できないけど、エドワールの住む世界では、その持論が正しい。 「そこまでお膳立ては出来てるんだし、だったらもう、乗るっきゃないでしょ?」 「みんな、ありがとう……っ」 俺の体に回されたアルエの手が震える。 「本当に……ありがとう……っ」 ああ、本当にありがとう! まじでいい奴らだ。 最高の仲間だ。 「さぁて! そうと決まったら即実行だよね!」 「ああ、今から城を脱出だ!」 「城を無事に抜けたら……」 「アルエ、結婚しよう」 「……えっ!?」 「この身が、朽ち果てるその日まで」 「俺はアルエを愛してる」 「結婚しよう」 「……リュウ」 「返事は?」 「…………はい」 「ボクも、この命尽きるその日まで」 「ずっと、ずっと……リュウを愛してる!」 「リュウ……っ!」 感極まったように、アルエが俺の胸の中に顔を埋める。 「そういうのは後にしてくれないかな?」 「時間がないんだぞー」 「いいじゃん」 「あと10秒くらいは待つわよ」 ……10秒かよ。ケチ! でもな。 本当に、ありがとう、おまえら。 「行こう、アルエ」 「うん♪」 俺とアルエは手を取り合った。 これから城を抜け出るまで。 抜け出てから王都を去るまで。 追っ手から逃げ切るまで。 絶対にこの手を離さない。 そう強く誓って、俺達は新たなる世界への一歩を踏み出した。 いくら王とはいえ、神事である結婚を王命で取り消すのは難しく憤る国王。一方、またも獄に繋がれているリュウたち男組。 これからどうすればいいのか……と頭を悩ませていると、隣の獄の囚人が話しかけてくる。 なんとそれは、かつてアルエに呪いをかけた魔術師だった。この檻から出してやる代わりに、一つだけ頼みを聞いてくれと交渉するリュウ。 交渉を終えたリュウは薬で女になり悲鳴をあげ、様子を見に来た牢番たちをなぎ倒し、一路、アルエの元へと女の姿で駆け出すのだった。 「なんたることだ!」 「婚姻の儀を執り行うとは……!」 「あんなものは無効であるっ!余が……国王である余が許さんぞっ!!!」 「ですが陛下」 「簡略化されたものであっても婚姻の儀は、確かに執り行われてしまいましたぞ」 「神事は絶対」 「それは例え国王陛下といえども、むやみに覆すことは出来ませぬ」 「ぬぅぅっ!」 「主神リドリーの御名のもと、すでにアルエミーナ殿下は、あのリュウ・ドナルベインの妻となっております」 「なんたることだ!」 「我が娘が……我が姫が!」 「このままでは王家としての体面もままならぬ」 「アルエの処分は、後で考えるとして……」 「あのリュウ・ドナルベインに断罪を!」 「王家への侮辱罪であるっ!」 「陛下! それでは王家が、王族に連なる者を刑に処することになりまするっ!」 「アルエミーナ殿下の夫であるということは、リュウ・ドナルベインが王家と姻戚関係を結んだこととなったのです」 「くぬぅぅ……そんなものは認めぬっ!」 「しかし、陛下……」 「表だって処刑できぬと言うのならば、いっそ……そうだ、闇に葬ってしまえぇぇ!」 「さ、さすればアルエの婚姻の儀も取り消されてしまうわっ」 「くっ……余が一番、大事にしておった姫を……っ!」 「あの……陛下。いくら相手が死のうとも、アルエミーナ殿下が寡婦となるだけです……」 「主神リドリーの御前で交わされた誓約はですね」 「ふぬぉぉぉっ!わかっておるわぁぁぁっ!」 「とにかくリュウ・ドナルベインを抹殺しろ!」 「余の……余の可愛いアルエに手をつけよって」 「う、う……ううう」 「打ち首じゃあああああ!!!」 「……うーん」 さっきよりも更に下層の牢に閉じこめられてしまった。 「なかなか湿っぽい部屋だな」 「さすが牢獄。不快指数もなかなかのものか」 「いやぁ、年寄りの乾燥肌にはこれくらいの湿度が心地よいわい」 「オレはピチピチの若者だし、こんな湿度はうざいんだけどなぁ」 「貴殿ら……!」 「もう少し緊張感はないのか!!!」 アロンゾが吠える。 えらいぞ、アロンゾ。いい突っ込みだ。 「ぼーっとしてる、貴様もだ!ドナルベイン!」 今度は俺に火の粉が降りかかる。 「ぼーっとしてんじゃない、考えてるんだ」 「なに?」 「どうやってここから逃げ出して、アルエを取り戻しに行けるかって」 諦めるわけがない。 結婚までしたんだ。 絶対にアルエを取り戻す! 「その心意気。漢だねえ」 「うむ、心意気だけは立派じゃ!」 ひっかかる言い方だな、おい。 「して、具体的にはどうする?」 「だから、それを今考えてんだろ」 牢の鍵が開かないのは、わかってる。 外からの助けは、アルエたち乙女組ぐらいしかあてはないものの、あっちも監禁中。 「ポルカ村からさらなる応援が来るはずもないし」 まさかケンとバディが来るってのは? ……無理だな。 あいつら、一応は王都勤務って話だが、さすがに城内のこんな騒動は知るはずもない。 「やっぱ自力か」 「でも武器も何もないしな、参ったな」 口調は軽いものの、内心ではかなり焦ってる。 でもそれを表に出したら最後、その焦りに飲まれそうなだけなんだが…… 「参ってるのは最初からだ、今更気づくな!」 ビリビリビリビリッ! アロンゾが空気を震わす大喝を放つ。 「わかってるよ、んなこた!」 「焦って、その感情に飲み込まれても仕方ないから、こうして必死になって平静を取り戻そうとしてんだろうが!」 つい、俺もけんか腰になる。 「くっ……」 「とにかく、ここを出ないといけないんだよ」 どうする……どうする? 俺は額に汗が浮かぶほど、必死になって考える。 『おい、おまえさんら』 な、なんだ? 誰の声だ? 老人に近い男の声が、隣から響いてきた。 『儂は隣の住人じゃ、仲良くしようじゃないか』 「隣って……隣の牢か?」 『いかにも、そうよ』 てっきりこの地下牢階には俺たちだけと思ってたけど、先住民がいたらしい。 「こんな城の地下に閉じこめられるなど、よっぽどの犯罪を犯した重罪人に違いない」 「そのような輩と、話すことはない」 それって、俺達にも言えるんだけどな。 気づいてないみたいだし、突っ込むのはやめとこう。 「……で、あんたは何をしてこんなところにいるんだ?」 アロンゾの言い分と被るけど、こんな地下牢に閉じこめられるんだから、極悪人かもしれない。 一応、知っておくに越したことはないからな。 『ちょっと酒の席で、口を滑らしただけじゃ』 「酒の席で?」 「一体どんなことを言ったら、地下牢に入れられるような失言が出来るんだ?」 『それを聞いたら、お主らも儂と同じ目に遭うぞ?』 「……どうせ、もう地下牢だからな」 聞くだけ聞いておこう。 『ここの王女様に関わる、とある秘密じゃ』 「王女?」 誰のことだ? アルエ以外にも王女はいるんだ。 「何番目の王女だよ?」 『第4王女、アルエミーナ様のことだ』 「なっ……!」 アルエのことだって!? 「おいっ、いったいどういうことだ!?」 「殿下にまつわる秘密とは、なんだ!」 『ほえっ!? お主ら、もしや城の者か?』 「……大きく括ったら、そういう感じだ!」 「アルエとは特に親しい!」 「俺は殿下の護衛の騎士だ!」 『まさか、あの姫君の身近な者とこんなところで会えるとはの! そうかそうか!』 だから、なんなんだ! アルエの秘密って? 『では聞くが。あの王女様は、いまだに自分が男と信じておるのかの?』 「どうして、それを……っ!?」 『なに、この儂が王女の記憶がすり替わるように、術をかけた本人だからじゃよ』 「なんだって……っ!?」 『伝説の大魔術師様とは、儂のことよ』 「大魔術師……?」 『いかにも』 「ほぉ〜、ワシ以外にも自称・伝説の魔術師がいたのか」 ホメロの突っ込みは誰もが無視して、あたりに無言で出来た、沈黙の幕が下りる。 その沈黙を破ったのは、俺だ。 「お……お……」 「おまえかーーーーーーーーーーーー!!!」 『なんだ? なんだ?』 どこからどうみても女の子のアルエが、なんで自分を男と信じてたか! ここに、その謎の張本人がいたとは! 「それでは、殿下が自らを男だと思っていたのは全部、貴様の仕業かっ!」 俺の次に、アロンゾが我に返って切れた。 「うっわー。こんなところで発見かよ」 『なんじゃ? なんなんじゃ? おい!?』 「おまえの所為で、いろいろややこしいことになってたんだぞ、このボケー!」 それが、この牢の向こうにいる老人の所為だとは! 『え? ……なんで怒っておるんじゃい?』 「やかましい、このクソジジイが!」 『罵倒するよりも、驚いて敬う所じゃろうがっ!』 『王女の記憶を完全に塗り替えたんじゃぞい!そのものすごい魔術師がここにおるんじゃぞ!』 「てめぇっ!」 大事なところはそこじゃない! 「――それは、本当に『魔術』かの?」 その時。切れた俺を制すように、ホメロがのんびりと口を挟んだ。 「ワシも、それなりに魔術を扱うが、いまだかつて、こんな長期間の記憶をすり替える壮大な魔術など、聞いたことはありゃせんわ」 『ぐっ……!』 「記憶のすり替え……思いこませ」 「それは古来から魔術師たちの間で伝わる『さいみん』の術というものじゃろう」 「なんだ、それ……?」 「あっ、なんか聞いたことあるな」 「魔術じゃないけど、魔術に近いって……やつ」 『ぎ……ぎくっ!』 「魔術か、魔術じゃないかなんてどうでもいいだろ!」 それよりも、アルエにそんなことを思いこませた本人が、壁一枚向こうにいるってことだ! 「……断首だな」 ギラリ。 アロンゾの目が光る。 「俺ももちろん喜んで、成敗に荷担するぞ」 『なんじゃい?おぬしは王女とどんな関係なんじゃ!』 「その王女と結婚したんだよ、俺は!」 『ええーーっ、じゃあ儂の術は解けたのか!?』 「解けた!」 ……んだろうな、多分。 だって、アルエは俺を好きになったんだし。 「でも、説明しろ! なんでアルエにそんな術をかけたんだ!」 『……若気の至りよ……』 「声から察するに、当時も十分ジジイだろ」 何が、若気の至りか。 『今よりは、若かったんじゃい』 「そんなのはどうでもいいから、説明しろ!」 『ようやく出来たお隣さんじゃ。サービスで話してやるか』 『あ〜、コホン!』 『あれは十数年前の、ある晩のことじゃった』 魔術師はある夜、城に忍び込んだ。 己の魔術師としての腕を試そうと城内でなにか騒動を起こそうとしたのだ。 しかしそれはあまりにもタイミングが悪かった。 まだ公表されていなかったが、国王の一番愛する側室の女性が、つい先日亡くなったばかりの時期だったのだ。 魔術師はそこで、幼い姫と出会う。 側室であった母を亡くし、涙で頬を濡らす幼い姫に。 魔術師はその可愛らしい姫を見て、ひと目笑顔が見てみたくなった。 そこで、魔術師は言ったのだ。 『望みを1つ、儂が叶えてみせよう』 「……どういうことだよ?」 『幼い姫は、その時儂に言ったんじゃ』 『――私を男の子にして欲しい――』 「なんだって……っ?」 『自分が王子ならば、母上も城内の人間たちから姫しか産めずにいると、責められなかったはずだと』 『そして、自分が男の子だったら、体の弱い母上を守り通せたかもしれないのに――と』 『まだ10にも遠い幼き姫の言葉に、儂は心打たれての』 『それで儂の力で魔術を掛けたんじゃい』 「『さいみん』じゃろうて」 『あ〜う〜……ごほんっ! 自分を男と思うように『さいみん』の術を姫に掛けたんじゃい』 「なるほどな、それで謎が解けたわい」 「『さいみん』の術は、相手が強く望めば望むほどそれがしっかりとかかってしまう術なんじゃ」 「姫様はよほど強く、男になりたいと望んだのじゃろうて」 「それで『さいみん』の術が、このように長い年月の間、かかったままになったのじゃ」 アルエはそれで、10数年も自分が男だと思いこんでたのか。 「う、うう〜〜〜っ!」 謎は解けたけど……っ、怒りの矛先をどこに向けたらいいのかわからなくなったぞっ。 いや、やっぱりここは術をかけた本人にもかなり責任があるだろう。 いくらアルエがそれを望んだとしても、術をかける奴がいなかったら、今頃は普通の姫君として育ってたはずだ。 『で、その夜はそのまま城から抜け出したんじゃが』 『ちょっとした借金取りに追われて、結局王都を10年近く離れる羽目になったのよ』 『久方ぶりに戻って、うまい酒を飲んでいれば、くぅぅっ……この有様よ〜』 「どうせ。酒に飲まれて、姫様のことをべらべらと喋ったんじゃろうて?」 『ち、違うぞ!』 『王女様はいまだに男と思ってるのかどうか近くにいた客に聞いてみたら、それが近衛騎士団の団長だっただけだ!』 「……あほか」 『聞いた途端に、捕縛されての……ぐすん』 『どうやら、アルエ王女のその話は城下では知られていないタブーじゃったらしい』 当り前だろうが…… 俺は大きくため息をつく。 小さい頃のアルエが、男になりたいと必死に願ったときの気持ちを考えると、いますぐ側に行って抱きしめたくなる。 それができないのが、ものすごく悔しい。 それと同時に、蓋を開けてみれば諸悪の根源の魔術師の間抜けぶりに、なんだか激しく疲労感を覚える。 隣のアロンゾも、珍妙な顔で隣の房の壁を睨み付けて直立不動だ。 「姫様の謎が解けたのはいいが、結局ワシらがここから出られなければどうしようもあるまい」 「う……っ!」 正論だ。 『そうじゃ、そうじゃ』 『どうせここで当分、お隣さんになるんじゃい』 『仲良くやろうじゃないか? 若者たちよ』 「仲良くするするわけないだろーがっ!」 「うーん……」 「これってさ、なんか利用出来ない?」 「は? 何が?」 「だって、『さいみん』の術を使える魔術師だろ? 味方につければ役に立たないか?」 「こいつをか? それだったらホメロでもいいんじゃないか?」 魔術師ってところは一緒だ。 「いやいや、ワシは魔術師としてまがい物となる『さいみん』の術など会得はしとらんよ」 「あれは、まっとうな幻覚術などが使えんヒヨッコ魔術師が最初に逃げる道じゃからのう」 『わ、儂はヒヨッコではないぞっ!』 「幻覚術を使えるようになってから、言ってみせい」 「じゃあ、ホメロはそれを使えるのか?」 「むむぅ、それは難しい質問じゃの」 「天空の月が三角になるかと尋ねるようなもんじゃ」 ……できないんだな? 「これ、その疑わしそうな目はなんじゃ!」 「幻覚術というものは、『さいみん』の術と違うて、見たくもないものでも見せる、壮大な術じゃぞい!」 「効果があるのは保って数十秒じゃ」 「そういうもんなのか」 どうやら幻覚術と『さいみん』の術には効果がかなり違うみたいだな。 「魔術のうんちくについては後にして、それよりも魔術師の爺さん、ちょっといいか?」 「どうにかこの牢屋からオレたちを脱出させられないか?」 「はぁ?」 ジンの暢気な質問に、ずっこけそうになる。 『そんなことが出来ておれば、儂がさっさと逃げておるわ』 「当り前だろーが!」 「聞くのはタダじゃん?」 『今は水晶すらなく、『さいみん』の術も使えぬこの身じゃからのう……』 「水晶?」 『そうじゃ。儂は術を使うときに、水晶が必要なんじゃ』 『だが、それは捕らえられたときに割られてしまったんじゃ……とほほ』 水晶? 水晶だって? 『それがあれば、鍵を持った憲兵にどうにかして鍵を開けさせることもできるかもしれんのじゃい』 なんだと!? 「それをさっさと言えよっ!!!」 「アロンゾ、水晶なんて持ってるか?」 「持っているはずないだろう!」 「ホメロは?」 「ワシは魔術の際に媒体なんぞ使わんじゃて」 「くっ……」 「ジンは……」 そんなに都合よく、持ってるわけないよな。 やっぱり、万事休すか? いや、諦めるわけにいかないっての! こんなところで、一生アルエと会えないまま朽ち果てるなんて、冗談じゃないっ! 俺が歯軋りをしかけたとき、まさかの声が上がった。 「へぇ……水晶ってか?」 「それって、これでいいんじゃないか?」 「へ……?」 今、なんて言った? ジンは自分のモノクル眼鏡を外す。 「これ、水晶なんだよな」 モノクル眼鏡が、ジンの手の中でキラリと光る。 「……マジ?」 「うん、マジ」 にっかーとジンが笑う。 『水晶があるのかっ!?だったら、どんな形でもいいんじゃいっ!』 『くれ! それをくれーーー!』 魔術師が必死になって叫ぶ。 「んじゃ、さっそく水晶を渡してやるか」 「あとは憲兵をおびき寄せたら、おっけ?」 「いや、待て待て待て!」 「水晶を渡しても、勝手にこいつだけ逃げるかもしれないぞ」 そうしたら、俺たちはどうなる? 「確かに、簡単に渡すのは危険だな」 「信用できんぞ、ドナルベイン」 アロンゾがおっとろしい顔で、声の聞こえる方を睨んでる。 まさに目で射殺せそうって感じだな。 「でもさ、他に方法ないだろ?」 「……む。むぅっ……」 俺とアロンゾは、顔を見合わせて唸る。 でもこうしてても、時間が過ぎるだけなのは事実だ。 「おい……魔術師のジイさん!」 「水晶を渡したら、俺たちも牢から逃がすと約束するか?」 『するぞっ! なんじゃったら、儂の牢よりも先に、お主らの牢を開けさせる!』 「よし……!」 ここから出るには、このジイさんを信用して、頼るしかない。 それで脱出の道が出来たなら、あとはアルエたちを取り戻すんだっ! 「そうじゃ……これは、何か使えんかの?」 「なんだ、その瓶?」 ホメロが懐から、何かの瓶を出してくる。 どこかで見たような瓶。 ……ああっ! 「それって、もしかして陽の花の薬か!?」 性転換させる、あの驚異の薬。青い陽形の花から作った薬。 今、ホメロの手の中には、あの薬の瓶があった。 「ミントの家にあった残りを持ってきたんじゃが」 「こんなところで、男手を減らして誰ぞやを女性にしても、なんの役にもたたんだろう」 「ほれ、色仕掛けが出来るかもしれんぞ」 「リュウの時のボン・キュッ・ボンはなかなかの目の保養だったじゃろうて?」 ひょひょひょ、と笑ったホメロにアロンゾが眉をつり上げる。 「冗談を言ってる場合か!」 「いや、ちょっと待てよ」 色仕掛け……か。 「…………」 もしかして、これは……もしかする! 「それを俺が飲む!」 「はぁ!?」 「おい、魔術師!」 『なんじゃい』 「この牢は俺たちがどうにかして開ける!」 『なんじゃと!? 儂をお払い箱にする気か?』 『待て待てっ! 役に立ってやるから、儂もどうかここから出してくれ!』 必死の声を出す魔術師に、俺はおもむろに切り出した。 「じゃあ。俺のいう相手に『さいみん』の術をちょっと使ってくれないか?」 『ここから出られるなら、なんだってするぞ!』 「おい、ドナルベイン。どういうことだ!?」 「あのジイさんを使わないで、どうやってここから出る気だよ?」 「俺に作戦がある」 にやり。笑ってみせる。 うまくいけば……これで大団円だ。 「ちょっと耳を貸してくれ」 俺は思いついた作戦を、仲間に報告した。 ……………… ………… …… 地下牢の入り口。 憲兵たちは気を張って見張りの任務に勤しんでいた。 「おい、地下牢の罪人たちに変わりはないか?」 「おとなしいもんだ」 「ほら、物音1つ……」 そこに、絹を切り裂くような女の声。 『たすけてええええ〜〜〜!』 『あたし、犯されるうううぅぅぅ〜〜〜!』 「な、なにごとだっ!?」 憲兵たちは慌てて、地下牢へと続く階段を駆け下りていった―― 「いやああ〜〜〜〜んっ」 「こ、こ、こっちにこい!」 「いやあああ〜〜ん、犯されるぅぅ〜〜!」 「いいおっぱいじゃのう〜」 「ほれ、揉んでやろう、揉んでやろう」 「ちょっ、マジで揉むな!」 「嫌よ嫌よも好きのうち、ってね♪」 「さぁ、素敵な4Pの世界へようこそ!」 「きゃああ〜〜、変態ぃぃぃ〜〜」 「兵隊さんっ、助けてえええ〜〜!」 「な……なんで、地下牢に女が!?」 「捕まえてたのは男だけの筈だぞ!」 憲兵たちは、目の前の光景にただただ驚き、挙動不審になってる。 「いや、でも……本物の女だぞ!」 「犯されちゃうっ、助けて兵隊さんっ!」 「と、とにかくあの女の子を助けろ!」 憲兵たちは、慌てて牢の施錠を解くと、鉄格子を開けて突入してくる。 「貴様らやめんかっ! この性欲野獣が!」 「ああ、兵隊さんありがとうっ!」 踏み込んできた憲兵に、抱きつくようにして縋り付く。 「ほら、こっちにくるんだ」 「怖かったわ……」 「本当にありが……とうぅっっ!!!」 ――バコーーーンン☆ 「へぐっ!?」 女の子の腕では、ちょっと威力半減だけど、思いっきりのパンチを後頭部に進呈だ! 「な、なんだ!?」 「悪いなっ!」 ――バコーーーンン☆ 2発目ヒット。 「……きゅぅぅ……」 あっという間に、憲兵たちは牢屋の床と仲良くなってる。 そして牢の扉は、外に向かって開かれていた。 「これで突破口は開いたぞ」 あの薬のおかげで、もう一度女になった俺。 足下に転がった憲兵たちを見下ろして、ニヤリと笑ってみせる。 「それじゃ、これからアルエたちを助けに行く」 「――例の件、頼むぞ魔術師」 『出してもらえる礼じゃ、まかせろい!』 「よし!」 目の前には、地上へと続く階段。 アルエたちへと続く道。 俺は女の姿のまま、一気にその階段を駆け上った。 アルエの元にまで辿り着いた女リュウ。今度こそ逃げ出そうと、アルエの手を取る。逃げ出した一同の存在が知れ渡り、またも城は騒然となる。 ついに追い詰められる一同。アルエ以外の者たちを狙う衛兵に対し、その身を楯に皆をかばおうとするアルエと、さらに守ろうと立ちはだかるリュウ。 万事休す――というところに、魔術師に記憶を改ざんされた王が現れる。リュウを処断したと思いこんでいる王は、一同を城から追い払う。 離れ離れになる際、互いの結婚指輪を確認しあい『あの村で待ってて、必ず行くから――』と叫ぶアルエだった。 アルエたちを奪還に向かった俺たち。 まずは居場所を突き止めるところから始まったが。 もちろんこっそりとアルエを捜す……のではなく! 「おい、どこへ行く?」 「はい? なんでしょう?」 「見かけぬ顔だな」 「先日から、お城に上がらせていただきました下働きの者です」 「ですので、こんな男のような格好で……ほほほ」 女に変わってて、よかった。 まさかこれだけボン・キュ・ボンの姿じゃ男の『リュウ・ドナルベイン』とは思われない。 「実は、国王陛下からアルエミーナ殿下へ、内密のお届け物がございます」 「……そうなのか?」 「はい♪」 「なにやら、地下牢に閉じこめた男たちの件で、どうしても殿下に確認するべきことがあると」 「そんな話は聞いてはおらんが?」 「私もビックリしてるんです」 「こんな男みたいな格好で、まさか殿下の御前にでることになるとは……」 ちょっと頬に手なんかやってみて、恥ずかしそうな振りをする。……うええぇぇ。 「恥ずかしいので、あんまり見ないでください」 「男の人に見つめられると、私……きゃっ♪」 キモイです、キモイです……でも我慢だ! 「こ、これは失礼した!」 「あの……殿下はいずこに?」 「殿下なら、お部屋にいらっしゃる」 「そうですか、ありがとうございます!」 「それじゃ、お礼に……」 はい、拳を振り上げて―― ――ゴイ〜〜〜ン☆ 「ぎゃっ!」 綺麗に入ったな、右ストレート。 倒した数としては何人目にもなる憲兵が、俺の足下に転がった。 女の子の姿だと、腕力は落ちるけど相手に隙を作らせるのが本当に楽だ。 「よし、アルエは自分の部屋だ」 隠れてたアロンゾたちに合図して、一目散に駆けだした。 「アルエ、無事かっ……!」 「えっ……リュウっ?」 飛び込んできた俺(でも、女の子)に、アルエがまるで幽霊を見たような顔で驚いてみせる。 「本物……のリュウ?」 「そうだ、ほら、俺だろ!」 ……女だけどな。 「リュウ……よかったっ!」 硬直してたアルエだけど、すぐにそれを解いて俺の元へと駆けてくる。 「リュウ……リュウっ、リュウっ!!!」 アルエの体を抱きしめて、俺たちは再びこうして会えたことを体でちゃんと分かり合おうとする。 アルエ……よかった、アルエ。 「ていうか……どうしたのその姿!?」 「また女の子の姿で……」 「ていうか……、なんで本物の女の子のあたしより、リュウが変身したときの方がおっぱい大きいのよ……!」 「む、むかつく〜〜!」 「ほれ、驚くのとおっぱい談義は後じゃ」 「早く入り口の見張りを中に引っ張り込めい」 ホメロが気を失った憲兵を引きずってる。 見張りの兵を倒すのに、見た目が女の子でいるってのは、案外便利だ。 中には見張りがいないって情報を聞き出すにも、相手が女の子だったら、案外口が軽くなってくれる。 「たいちょ? それにホメロさんに、ジンさん、アロンゾさんも……!」 「うわ〜〜ん、ご無事でしたか〜〜!?」 ロコナがくしゃくしゃの顔で、俺たちの安否に安堵の声を上げる。 「とりあえず、全員無事でよかったよぉ」 「一時はどうなることかと思ったじゃん」 ミントもようやく安堵したのか、おおきな吐息を唇から漏らした。 「リュウ、その姿は……あの薬を?」 「ああ、今こそ使うべきだろ?」 女の変装をしてるだけなら、怪しまれても、こうして本当に女の子になってれば、兵たちだって、疑いようもない。 「確かにな」 これで全員が無事にアルエの部屋の中に集合した。 「さぁ、アルエ。今から全員で一緒に逃げるぞ」 もう、こうなったらそうするしかない。 俺たちが仲間なのはばれてるんだ。 レキなんて、神官として俺たちの婚姻の儀を執り行ってるくらいだしな。 「でも、それじゃみんなに迷惑が……」 「みんなまで巻き込んでしまう」 「大丈夫だ!」 逞しいこいつらだ。 厳しい追っ手にも立ち向かって、逃げ切る。 ……に、決まってるよな? 「さぁ殿下、早くお逃げ下さい!」 「そうよっ、ここまできて悩んでもめちゃ仕方ないでしょ!」 「だいたい、ここまで来ちゃったら一緒に逃げなきゃ、意味ないし?」 「そうです! アルエさんは仲間ですよ!」 「大事な大事な友達ですっ!」 「ここで見捨てるくらいなら、最初から手など貸さない」 「みんなを頼って逃げるといい」 「ほれほれ、早く行くぞ」 「ジジイは足腰が弱いんじゃ。あまり待たせるな」 「それにしても、どうやって牢を?」 「それに……ジンの眼鏡はどうしてレンズがないんだ?」 「あっ……と、その話は逃げながらする」 アルエがどうして自分を男と信じてたか。 あの魔術師が昔かけた、『さいみん』の術の仕業だって。 だから、アルエはちゃんと……本当の本当に。女の子なんだって! 「こっちが、手薄の筈だ」 「みんな、遅れるなよ!」 迷路のように思える廊下を駆ける。 「ま、待ってください……っ、はぁっ、はぁっ!」 「ほら、遅れちゃダメだって!」 「はい……っ。はいっ!」 「ご老人……っ、もう少し、痩せ……痩せられなかったのかっ!?」 「すまんのぉ、おぶってもらって」 「ご老人の速度で、走られるよりは……っ、はぁっ……ま、まし……だがっ!」 「ほら急げ、それ急げー!」 「早く、こっち、こっちだ!」 「うっ……ドレスって、走りにくいぞっ」 やっぱりドレスなんか着るんじゃなかったか? 「そうだろう、ドレスは面倒だろう!」 「ボクもずっと、我慢して生活してたっ!」 アルエのドレスを借りた俺は裾を蹴散らす勢いで、全速力だ。 ああっ……でも、走りにくいっ! 「ドレスの意味ってあったのか……!?」 「ある、ある!」 「もし憲兵に見つかっても、リュウが女なら、たんなる侍女だって誤魔化せるぞ!」 これだけの集団でいたら、どっちみち疑われそうだけどな。 でも……少しでも危険回避が出来るなら、この面倒なドレスだって、なんのそのだ! 「あの声……やばいぞ」 もう、見つかったのか? 「早く、こっちから庭に出られる!」 「わかった!」 「ほら、みんな行くぞ!」 背後に声をかけた、その時。 「――おいっ! こっちにいたぞ!」 やばいっ、見つかった! 「走れっ、とにかく走れ!」 捕まったら最後だ! 逃げろ……逃げろ! 逃げろっ!! 「応援を早くよこせ〜〜〜!」 「庭に出ちまうぞっ!」 まずい。どんどん増えてくる。 確かに、これだけの人数で逃げてたら目立つのかもしれないけどさ……! だけど、あと少しなんだ! あと……少し! 俺たちは庭先に飛び出た。 城門が見えるほどの距離だ……これなら行ける!? 「全員、動くな、そこまでだっ!!!」 「うわわっ!!!」 ずらりと憲兵たちの集団が待ち伏せてる。 そして、その手には剣や弓。 鋭く光る鋭利な武器が、俺たちに向かって狙いを定めてる……やばい、万事休すかっ!? 「やめろ!」 「みんなに何をするっ!!!」 「殿下、お静まり下さい!」 ギラリと光る剣先や、矢尻がアルエをのけて俺たちだけを威嚇する。 腕に覚えのあるアロンゾも、ホメロを背負っていた所為で構える間もなく刃や弓矢の的になっている。 「やめろと言っている!」 「国王陛下のご命令です」 「殿下を誘拐しようとしている不届き者の捕縛。そして抵抗するなら処刑もやむなし、と」 ……最悪の展開だ…… 「そんなこと、許さない……!」 「すぐさまその武器をおろせっ!」 「もし、みんなに危害を加える気なら、その最初はボクにしろ!」 アルエがみんなを庇おうと、手を広げて憲兵の前に立ちふさがる。 「馬鹿!」 慌てて、アルエを押しのける。 「リュウっ!」 「ボクなら大丈夫だっ!」 「ボクには手を出せないっ!」 ああ、確かに姫であるアルエは捕まっても、俺たちよりは手荒な扱いにはされないだろうな。 わかってるけど…… でも……でもな! 「姫君を守るのは騎士……だろっ?」 今は女だけど、俺は騎士。 「そんでもって、妻を守るのは夫の役目だ!」 「バカぁ……リュウっ!」 俺を押しのけようとするアルエを、絶対にダメだと背後に匿う。 そしてこんな時のためにと、手にしていた剣を鞘から抜く。 ずしりとした剣の重みが腕にかかる。 女の子になって、腕力が落ちてるからってだけが重さを感じる理由じゃない。 剣で人を傷つけたことのあるトラウマ。 それがまだ俺の中には、微かに残ってる。 でもこんなときに、それに捕らわれてるわけにはいかないんだ! 俺が親父から剣を習ったことの意味。 いまここで、その意味を見いだす。 ――俺は愛する人を守るときのために、剣を手に取る運命だったからだ! 「この剣にかけて、アルエには……みんなには手を出させないぞっっ!!!」 俺は剣を構える。 もう、腕の震えは――ない!!! 「不届き者めっ! アルエミーナ殿下を引き渡せ!」 「姫さえ無事に返せば、おまえたちにも悪いようにはしないぞっ」 「信用できるか!」 まだ憲兵たちの剣の切っ先は仲間全員に向いている。 「リュウっ、危ないから!」 「大丈夫だ!」 そして憲兵の後ろから、騎士たちが現れる。 「アロンゾ殿。どうか投降してください」 「貴方のような騎士が、こんな奴らと共に罪人になる理由が分かりません」 「俺は殿下に付き従うまで」 「そして仲間を裏切るわけにもいかない」 「アロンゾさん、危ないです!」 「そなた、もっと後ろへ下がれっ!」 アロンゾはホメロを背負ったままロコナやレキを背中に庇ってる。 ミントやジンも一歩も引かない。 「このままでは全員、血を見ることになるぞ!」 ギラリと光る剣の先が、間近で光る。 でも、ここで引く気はさらさらない。 心から大事と思った、愛してる子も。 ここまで一緒に助けてくれた仲間も。 「手は出させないからな……っ!」 俺の剣は揺らぐことはない。 どんなに大勢が相手でも。 いくつの剣が、この身に襲いかかっても。 絶対にここから動かないぞっ! 守ってみせる。絶対に……!!! 俺はきつく憲兵たちを睨み付けた。 「こ、こいつ……生意気なっ!」 「最初にかかってきた奴から――やる」 最初の1人目。 もしその剣が俺を貫いたとしても、相手も一蓮托生、ただじゃすまさない。 「誰が最初の犠牲になる?」 「俺たちに手を出すなら、そのつもりでこいっ!」 「ぐっ……!」 憲兵たちが俺の気迫に、気圧されるのを感じた。 仕事として剣を振り上げてる憲兵と、愛しい子と仲間を守るために、命を懸けてる俺。 その気迫の差が、均衡状態だったこの空間に、すこしずつ俺たちが有利となる空気を生む。 「どうしたんだ?」 アルエを背後に庇ったまま、白く光る剣先は、憲兵たちからそらすことはない。 でも、ここさえ突破できれば、城門はもう目の前だ。 あそこまで。あと10数歩先まで! じり……じりじり…… 俺たちと憲兵たちの包囲網は、ゆっくりと移動する。 あと、少し……少しっ! 緊迫する空気。いまにも破裂しそうな風船のようだ。 「く……、逃すわけにはいかん……っ」 その緊張感で満たされた空間が、小さなきっかけで瓦解する―― 「いかんのだ〜〜〜っ!」 「くっ!!!」 憲兵の1人が剣を振り上げた! それを受けるために剣を構え直す。 来るなら、来い……っ! 俺が覚悟を決めたとき―― 『何をしておるかっ!!!』 突然、大きな雷が落ちたような怒声が響き渡った。 反射的に憲兵や騎士たちの動きが止まる。 あの声……は……もしかして! 「父上……っ!」 「アルエに剣を向けるとは何事じゃ!」 「しかも、この大騒ぎは何をしておる!」 「国王陛下……?」 「ですが、こいつらの捕縛は陛下からの最重要辞令ですが……っ?」 「余が命じたのは、アルエを拐かそうとした重罪人リュウ・ドナルベインの捕縛であろう」 「それなのに、今更何をしている?」 「……へ? 今更? はへ?」 陛下の視線が、俺に注がれる。 憲兵たちの目も、俺に注がれる。 ここに『重罪人のリュウ・ドナルベイン』はいない……ちゃ、いないわな。 いるのは、なんか似た感じのグラマラス美女。 「あの……たしかにドナルベインはいませんが、アロンゾ殿や、仲間たちがおります……が?」 「だからそれは、もう終わっておろう!」 陛下の言葉に、憲兵も騎士たちもただただ目を丸くしている。 でも、次の台詞でこいつらはもっと目を丸くした。 「あのリュウ・ドナルベインの処刑ならば先ほど終わっておるわ!」 「え……えええ〜〜っ!?」 「リュウが処刑? え? え???」 アルエも驚きが隠せない。 「魔術師……やったな」 撒いておいた種が、無事に花を咲かせたぞ。 「リュウ、どういうことだっ?」 「さっき、地下牢にいた魔術師の話はしたろ?」 アルエに、自分を男だと思いこませた張本人。 あの魔術師に俺が約束させたのは、これだ。 「リュウ・ドナルベインはすでに処刑済である!」 「……って、こと」 陛下の心を『さいみん』の術で操って、俺は見事に死亡したことになった。 そして仲間への興味は失せさせること。 これなら追っ手のかけようもない。 本当は、アルエごと全ての記憶を抹殺するように頼んだ方が安心だったんだろうが。 望まないことに関しては、効き目の薄い『さいみん』の術だ。 それは無理だろうし、陛下にとってアルエは大事な王女。 アルエにとっても、陛下は大事な父親。 勝手に家族の記憶は消せないだろ。 そんなことは、逃げるためだからってしていいわけじゃない。 「あのリュウ・ドナルベインは完全に、完璧に、処刑しておるっ!」 ……すごい言い切りに、こんな時だけどちょっと苦笑いしてしまう。 どうやら俺は、陛下に思いっきり嫌われたらしい。 ここまで完全に俺の処刑済を信じるってことは、そういうことなんだろうなぁ。 「全てはもう終わったのじゃ」 「アルエだけを、大事に連れてこいと命じておったじゃろうに、なにをしておるか」 国王陛下の、『してもいない命令』に憲兵たちは思いっきり困惑中だ。 でもそんなの関係ない。 ゆっくりと下ろされていく剣先や矢尻の数々に、全員がほっと安堵の息を吐いた。 「じゃあ……リュウは、もう追われないのか?」 「ああ、そういうこと」 これで命の危機だけは、全員が脱したって所だ。 「よかった……っ」 しゃがみ込みそうになるアルエを、慌てて支える。 「わわっ、大丈夫か?」 「なんか、気が抜けた……」 アルエの手を取って、微笑み合う。 これで、どうにか一件落―― 「しかし――その者たちは、目障りじゃ」 「いますぐ、城内から叩き出せ!」 「かしこまりました、国王陛下!」 ――えっ!? 緩んでた空気が、また一変する。 「国王陛下の命令である!」 「全員、今すぐ城内から立ち去れいっ!!!」 「うげっ!」 またもや突きつけられる剣先の数々。 「リュ……あっ!」 「失礼いたしますっ、アルエミーナ殿下!」 油断した俺の横から、腕が伸び、アルエの体が騎士の1人に引き寄せられる。 「アルエっ!」 しまった! 「殿下、お静まり下さい!」 アルエを拘束する騎士たち。 「アルエ……っ!」 慌てて、アルエの体を引き寄せようとする。 「やめんか、殿下から手を離せ!」 「全員抵抗をやめて、即刻立ち去れぃ!」 「寛大な陛下のご配慮を無視するならば、すぐさまこの剣がおまえらを貫くぞ!」 「アルエ……離せっ、やめろ!」 さっきみたいに、本気で剣先を向けられることはないけど、今度は容赦なく体を拘束される。 憲兵や騎士たちの手が、俺の体を、腕を掴み。 そしてアルエから引き離していく……! 「リュウ……っ!」 「アルエ……アルエーーっ!」 まだギリギリで繋がってる手。 でも互いの体は、抵抗もむなしくどんどんと引き離される。 離さないと誓った手が、離されていく。 「アルエ……っ!」 握りあっていた手が少しずつ離れ。 「大丈夫……ボクは、ボクは大丈夫だから!」 指先だけが、触れあっている。……アルエっ! 「待って……て!」 その指先も……離されて…… 「あの村で、待ってて……リュウっ!」 人の波に押されながら、俺たちは引き離される。 俺に伸ばされたアルエの手には……光る指輪。 俺との結婚の証に誓うようにして、アルエの手は俺に伸ばされてる。 俺が伸ばした手にも、同じく光る指輪。 アルエと俺はそれを見て、強く頷く。 結婚の誓いをしたんだ。 あの時、一生の愛を誓ったんだ。 それは絶対に覆さないんだからな……っ! 「今度は、ボクがリュウの所に走るっ!」 「絶対に、絶対に……リュウの所に帰るからっ!」 「父上を説得して、ポルカ村に帰ってみせる!」 声までも遠くなる。 「待ってて!」 「絶対に、待ってて……っ!!!」 振り絞るような声で寄越される誓い。 お互いの指に光る指輪に誓う。 「アルエミーナ殿下、お静まり下さい!」 「アルエっ!!!」 「こらっ、暴れると容赦ないぞっ!」 「ポルカ村で会おう!」 「愛してる……リュウ」 もう、手の届かない距離にいるアルエが最後まで視線を離さずに告げる言葉。 「……待ってる」 「アルエを待ってるぞっ!!!」 「――うんっ!」 そして俺たちは完全に引き離された。 けれど、絶対にまた出会う約束が俺たちの指に光る指輪に誓われてる。 だから……だから! 俺たちは、また出会うんだ! アルエルート・ノーマルエンディング 「森の中の姫と騎士」このシーンはスキップできません。 あれから、命からがら王都を逃げ出した俺たちは、追っ手を振り切り、方々を旅する生活をしていた。 旅の仲間はあわせて8人。 「リュウ、ちょっと聞きたいんだけど」 「なんだ?」 「夕飯のおかずが決まらないんだ」 「その……考えるのが面倒だから、リュウがもし食べたいものがあるなら」 「作ってあげないこともないぞ」 照れくさそうに尋ねてくるアルエは、もうしっかり俺の奥さんをやってる。 最近じゃ、こんな拗ねた口の利き方は少なくなってたのに、こりゃ……昨夜の所為だな。 いや〜、昨夜のご飯があんまり美味しかったから、手放しで褒めたら、みんなから冷やかされてさ。 おかげでアルエは嬉しいを通り越して、恥ずかしいが勝ったようなんだよ。 んでもって、朝からちょっと拗ねモード。 でも夕飯のおかずは、やっぱり俺の好物にしてくれるみたいだ。 なんかすごく可愛いじゃないか。 自分が王子だなんて言ってた頃のわがままと世間知らずっぷりは、今じゃ『可愛い』に取って代わられてる。 「ほら、早く! 何が食べたいんだ?」 アルエの可愛さをしみじみ思い出してたら、なんか目の前でプンスカ怒り出しちゃった。 まずい、まずい。 「そうだな〜。チキン系かな?」 「うん、わかった。チキンだな」 「じゃあ、頑張って捕ってこい」 「捕ってこなかったら、ご飯ないんだからな」 「別のものなんて用意してないんだからな!」 上目遣いで睨んでくるけど、怖いというより可愛い。 城の中にいた頃よりはよっぽど日差しの中にいるってのに、アルエの肌は透き通るように白いままだ。 その白い肌に、ピンク色のほっぺたがすごく綺麗で可愛い。 夜になったら、もっとその色が染まって ……いつだって抱きしめたくなるくらい。 「リュウっ、リュウってば!」 「あ、ああ……了解」 やば、なんか朝の光の中で思い出したら、色々とやばいことまで思い出しそうになってた。 それは今晩までお預けだ。 「じゃ、しっかり鳥を捕ってくるからな」 「うん♪」 追っ手から逃れるために、あちこちを流れるような暮らしだけど。 こんな自給自足の生活は、結構楽しい。 最初はどうなることかと思ったけど、やってみると性に合ってた。 もしかしたらポルカ村での、農業経験が役に立ってるのかもしれないけどな。 自分でものを作って、それを食べるってのは買ってきたものを食べるより美味しかったりするんだよな。 「料理も随分うまくなっただろう?」 「そうだよな。今じゃ一番?」 ちょっと妻への欲目もあるかもしれないけど? あと愛情って調味料が効いてるとか? う……言ってて恥ずかしいぞ、俺。 でもホントにアルエの料理はうまいんだ。 最初の頃は、あんなに炭風味の料理だったのにな。 「狩りに行くのか、リュウ?」 「お、どうした?」 「ついでに薬草を見つけたら採っておいてくれ」 「そろそろ傷薬になる、ホギラ草の貯蓄がなくなりそうなんだ」 「だったら、ボクもあたりを捜しておく」 「傷薬は大事だからな」 「もしリュウが怪我したときに薬がなかったら、化膿して大変なことになっちゃうんだから」 前に一度、ちょっと大きな怪我をしたから、アルエはすごく心配性になってたりもする。 「リュウ……怪我なんてするなよ」 「そんなの、ボクは嫌だからな」 アルエの手が、俺の指先をキュッと握った。 その手をしっかりと握り返す。 「うん、気をつける。ありがと」 優しいアルエの気遣いに、なんかちょっと照れる。 「相変わらず、仲のいいことだな」 「あ……っ」 アルエが赤くなって手を離しそうになるけど、それをそのまま力強く握る。 「新婚さんなんだから、いいだろ」 「すごくいいことだ」 「うう〜〜〜っ」 アルエがどんどん真っ赤になっていくのを、俺とレキがほほえましく見つめる。 「ドナルベイン! そろそろ出かけるぞ!」 「ああ、ちょっと待った」 狩り担当は、俺とアロンゾ。 仲は悪いけど、狩りの相棒としてはなかなかのものになってしまってる。 まさか、アロンゾとの間に、阿吽の呼吸が生まれるようになるとはなぁ。 「あうっ! 持病の癪が……うううっ!」 「ふひぃぃぃ! 持病の腰痛が……うううっ!」 「きゃあ〜っ、大丈夫ですか、おふたりとも!?」 「オレはもう駄目だ……」 「ワシももう駄目じゃ……」 「だから、川に洗濯には行けない」 「山に芝刈りも行けないのぅ〜」 「大丈夫です、わたしがしますから」 「ホント(かのう)っ?」 「嘘つくんじゃないわよ、このサボり魔!」 「わっ、出た!」 「ロコナもいい加減、騙されてんじゃないの」 「毎日毎日毎日懲りもせず、さぼろうとしてっ!」 「わ〜〜っ、暴力反対!」 「ほへ? 嘘なんですか?」 「ロコナも毎日騙されるんじゃな〜〜〜い!」 ジンやホメロも相変わらず。 ロコナやミントも相変わらず。 みんな仲良く暮らしてる。 「ほら、ジンはさっさと川で洗濯してくる!」 「芝刈りもあたしが手伝うから、ホメロさんもさっさと行くよ!」 ジンとホメロがミントに追い立てられる。 ロコナはおろおろとして、そんな3人を見つめてる。 「毎日、よく飽きないな」 「あれが楽しいんだろうな」 不便の多い生活に思えるんだろうけど、俺たちはかなり満足しながら生活してる。 「リュウ、ボクもこの生活が楽しいぞ」 「だって、リュウがいるから」 「うん、俺も」 アルエがちょっと辺りを見回す。 ジンたちが騒いでるのに、みんなの注目は集まってて―― リュウ、大好き……なんだからな ――ちゅっ☆ アルエが伸び上がって、俺の頬にキスをする。 「大好き、リュウ♪」 「俺もアルエが大好きだぞ」 「知ってる、でもボクの方が好きだ」 「俺だって、大好きだって」 「でも、ボクの方が好きだもん!」 負けず嫌いなアルエが、膨れて拗ねる。 それはいつ見ても可愛くて仕方ないんだ。 「ああ、もう我慢できないって!」 俺はたまらず抱きしめる。 「わっ、リュウ……!」 「みんなが見てるだろ! バ、バカっ!」 真っ赤になったアルエが、俺をポカスカ殴るけど、力がこもってなきゃ、全然痛くないし。 「一生一緒にいような、アルエ」 お姫様の生活はさせてやれないけど、でも愛情だけはたっぷりの生活なら、俺たちにはいくらでもある。 「うん……リュウ♪」 「一生、一緒だ」 「あ〜ぁ、またやってるよ。熱いなぁ〜」 「新婚じゃからのう、しししっ!」 「ほら、覗き見しないの!」 「さっさと洗濯に行ってこ〜い!」 冷やかしの声を背後に聞きながら、俺たちはちょっとだけ2人の世界に浸る。 「リュウ、愛してる♪」 その言葉に頷いて。 アルエに手を振り、俺は元気に森へと駆けだした。 さぁ、今日も元気に狩りに行ってくるか。 そんでもって、今夜はアルエの手料理だからな! こうして俺の左遷から始まっためまぐるしい人生の大車輪大回転の日々は。 愛しい姫君と共に、これからも続く――! アルエルート・トゥルーエンディング 「奥様は元王女」このシーンはスキップできません。 あの怒濤の脱出劇から、季節は移り。 冬の終わりと呼ばれる時期になっていた。 城を追い出された俺たちは、ポルカ村へと戻ったが、追っ手がかかる様子もなく。 どうやら魔術師があやつった陛下の記憶は、いまだに『リュウ・ドナルベイン処刑』のままのようだ。 でもそのおかげで、親父たちには俺の一件でもお咎めはなかったらしい。 こっそりと手紙を書いて、近況を知らせたところ『馬鹿息子が!』という一言が紙いっぱいでの大きな文字で返事が来た。 その後、親父特製の蜂蜜が大量に村に届いたから、勘当にはなってないみたいだ。 勘当息子になり損ねた俺はレキの作った新たな薬を飲んで、男の姿に戻ってる。 そうして俺は―― ポルカ村で第2の人生を始めていた。 ポルカ村の国境警備隊の朝は早い。 そして、毎朝繰り返される光景が、今日も今日とて始まろうとしていた。 「朝の点呼を始める!」 「隊員その1、ロコナ!」 「はい! ロコナ隊員、ここにいます!」 「うむ」 「隊員その2、ホメロ!」 「ほいほい」 「点呼にはしっかりと答えるように!」 ホメロにそれを求めるのは無理だろ。 それでも毎朝文句を言うアロンゾに、俺はちょっと感心する。 「では最後に」 「隊員ではない、なんとなくの居候。――リュウ・ドナルベイン!」 「ほい、ここ〜!」 のんびり左手を挙げる。 「貴様、たるんでるぞ!」 「そんなことで国境警備隊の一員がつとまるか!」 「いや、隊員じゃないしな」 「屁理屈を言うな!」 「警備隊の兵舎に寝泊まりしているのだから、貴様は警備隊の一員だ!」 「ただし義務はあっても権利はない!」 「ものすごく横暴だな」 「無駄口を叩くな」 「そんな暇があったら村の警備に出動するぞ!」 「では、全員用意!」 「あいあいさー」 さて、こんな風に俺の日常は始まるわけだ。 説明するまでもなく想像が付くだろうが、現在の国境警備隊の隊長はアロンゾ。 アルエが城から抜け出すのを手助けしたり、最終的にはアルエと俺の結婚を助けたりしたことで。 陛下から王都追放の命が下った。 左遷に左遷を繰り返し、結果たどり着いたのがポルカ村。 テクスフォルトの左遷コースって、最後はポルカ村にたどり着くようになってるのか? ま、そんなわけで俺の死亡によって不在だった警備隊の隊長の椅子には、こないだからアロンゾが居座ってる。 文句は多いし、規律には口うるさいけど、ポルカ村での暮らしにはかなり馴染んでる。 そりゃ、その前の花探索で長居してたからな。 アロンゾが隊長の任に着いたおかげで、ヨーヨードが、毎日兵舎に来るようになったのは村でも有名だ。 「リュウ・ドナルベイン。何してる」 「はいはい。隊長」 俺はすでに死んだ者扱い。 そんなわけで、もちろん騎士でもなく、一村人としてポルカ村に住んでいる。 村にはまだ俺用の家はなくって、まだ兵舎での居候だから、村人のくせにちょっと変な立ち位置だけど。 「見回りが終わったら、鍛錬だぞ」 「はいはい、分かってるって」 「怠けることは許さんからな」 「はいはーい」 あんまりソリは合わないけど、でもそれなりに上手くやっていってると思う。 「……おい」 「なんだよ、もう」 見回りに行くんだろ? 「貴様、どうしてここにいる?」 「はぁ? 毎朝点呼集合かけてるのは現隊長のおまえだろ?」 「そういう意味ではないわ」 「今ならほとぼりも冷めてる」 「王都へと引き返し、アルエ殿下を奪還するつもりはないのか?」 「…………」 「隊長、新隊長の言うとおりですよ」 「わたしたち、いつでもアルエさんと隊長のために王都へ行くつもりです」 「…………」 あれからミントは王都の家を引き払って、ポルカ村を起点に行商をしてる。 ジンもなんやかんやで騒動が実家に伝わり、勘当+出入り禁止でポルカ村に生息中。 レキは、いままでとかわりなくポルカ村で神官の職に就いてる。 そんなわけでポルカ村には、あの時の仲間が全員集まってる。 「貴様が一声あげれば、俺たちはすぐに立ち上がるつもりだぞ」 「わかってるよ、ありがとう」 みんながじりじりしながら待っててくれてるのは分かってる。 でも、俺は―― 「アルエを待ってる」 アルエは『待ってて』と言ったんだ。 俺はあの時のアルエの言葉を信じてる。 真剣な顔で告げた言葉を、俺は信じて待っている。 「ロコナたちにお咎めがないってことは、アルエが陛下と戦ってくれてる証拠だろ」 アロンゾは左遷になったものの、ロコナやレキには処罰は下っていない。 だったらそれは、アルエが頑張ってる所為だ。 「もしまた、結婚させられそうになったり、似たようなことになってるなら、絶対に俺たちを人質にしてるからな」 ところが、ポルカ村は平穏そのもの。 空気のうまさが自慢の、田舎そのもの。 俺たちを人質にして、アルエに言うことをきかせようとするような動きはない。 「アルエが頑張ってるなら、俺はそれを信じて待ってる」 待ってるのも、結構大変だけどな。 王都は遠く離れていて、心配は尽きない。 でも、俺は待ってるぞ。 アルエを信じてるからな。 「……貴様がそう言うなら仕方あるまい」 「そういうことだ」 「さっ、行こうぜ。新隊長」 ポルカ村の平穏な日々を守るのは、テクスフォルト王国で(多分)一番暇なこの国境警備隊の大事な役目だ。 今日の見回りは、村周辺。 不審者がいないか……とかじゃなく、村の家の修理状況確認だ。 「じゃ、俺は畑に行ってくるから」 「うむ」 一応、準隊員みたいな扱いで点呼にも呼ばれるけど、あくまでも俺は居候。 村には畑も作ったし、あとは地道にポルカ村での生活基盤を作らなきゃな。 アルエがいつ来てもいいように。 もちろん、まだ冬は終わってないから、こんな状態じゃ作物が作れるわけもない。 でも、畑の周りに柵を作ったりとやることはいくらでもあるんだ。 「よし、今日も一日頑張るぞ!」 「頑張ってくださいね、隊長!」 「もう、隊長じゃないだろ」 「はい、隊長!」 聞いちゃいないな。 でも、そんなところもロコナらしい。 「ほら、早く行かないとアロンゾが怒り始めるぞ」 「おいっ、見回りを始めるぞ!」 「はいっ! 新隊長!」 びしぃぃっ! ロコナはあの珍妙な額チョップの敬礼をして、慌ただしくアロンゾの元へと走る。 太陽はどんどんとてっぺんへとのぼってく。 凍てつくような冬の冷気が、少しだけマシになったような気がする。 「よし、今日も一日頑張るか!」 まだ荒れ地でしかない畑に対して、俺は俺なりの戦いを挑みに向かった。 ……………… ………… …… そして、季節は巡る。 ゆっくりと冬の女王の吐き出す冷気が、春の女神の吐息へと変わってく。 畑には緑が生まれ。 暖かさに誘われて、蝶が飛ぶようになる。 「ふぅ……!」 ようやく畑も形が出来てきた。 本当ならポルカの赤麦を栽培したいところだけど、それにはまだ畑が貧相すぎる。 「春野菜は、そろそろ収穫できそうだな」 太陽は見事に頭のてっぺん。 そろそろ昼飯の時間か。 「今日はなんの昼飯だっけな……あっ!」 しまった。 今日は警備隊の面々で、レキの神殿修復に行ってるんだっけ? 「げ……自炊か」 ……面倒。 とはいえ、食わないわけにはな。 腹の虫は大合唱中だ。 「しかたない、さっさと帰るか」 汚れた鍬を持って腰を上げる。 よっこらしょっと……ジジ臭いぞ、俺! 「農夫仕事も慣れたけどな」 『……ュウ……』 「ん?」 今、なんか呼ばれた? 『……リュウ……っ!』 この声……まさか…… リュウ……っ! 「アルエっ!? 本物のアルエか!?」 「ボクだ、アルエだ、リュウっ!」 飛びつかれた衝動で、〈蹌踉〉《よろ》けそうになる。 それを堪えて、アルエの体を抱き留めた。 「リュウ……リュウっ、リュウ……っっ!」 柔らかく細い腕が、俺の首に絡みつく。 金の髪。 透明な青の瞳。 珊瑚色の唇。 「ちゅっ♪」 頬に柔らかくて暖かい感触が触れる。 「帰ってきたぞ、リュウの所に!」 この声……アルエだ。 間違いなく本物のアルエだ! 「待ってた……アルエ!」 「うん……うん……ちゃんと待っててくれた」 「もう離れない」 「二度とリュウの側を離れないから!」 俺だって、もう離れない。 万感の思いを込めて、アルエを強く抱きしめた。 華奢な背中を、強く、強く抱いて。そして体中でアルエを包む。 「リュウの匂いだ……♪」 「よかった……ようやくここに帰って来れたぞ」 俺の腕の中を、帰る場所というアルエ。 本当に愛おしい。 「本当はもっと早く帰ってくるつもりだったんだ」 「でも父上がなかなか許してくれなくて」 「陛下は、ちゃんと納得してアルエを送り出してくれたのか?」 「すごかったぞ……もう!」 「毎日、毎日、毎日、毎日!」 「ずぅぅぅぅぅっと、父上を説得したんだ」 「女の子らしく可愛く拗ねてみたり」 「泣き真似なんかもしたんだぞ」 「アルエが!?」 「ふふっ♪」 「ポルカ村に移住させてくれないなら、父上とは口をきいてあげない、とか言ったりもしたぞ」 びっくりだ。 初めてポルカ村に来たときには、世間知らずも甚だしくて。 しかも自分は男だと勢い込んでたアルエがだぞ。 「恋する乙女は強いんだ♪」 「父上は、リュウが死んじゃったと思ってるから、再婚をなんて言ったりもしたけど」 「リュウ以外と結婚させられるくらいなら、修道女になって一生神殿に籠もってるって言い切ったりもした♪」 う、うわぁ…… アルエをあんなに大事にしてた陛下からしたら、そんなのたまったもんじゃないだろう。 「ポルカ村に来させてくれたら、年に一度は王都に帰って、父上のご機嫌伺いもちゃんとするって言って、それでようやくだ」 「何ヶ月もかかったけど……」 「リュウの所に戻るために頑張ったんだからな♪」 「すごいな、アルエ!」 「リュウと一生一緒にいるためだから」 「だって、ボク達は主神リドリーの前で誓いあった夫婦だろう?」 「ああ、そうだな」 「俺の奥さん」 「……っ」 「照れる……やっぱり」 「俺もちょっと照れた」 2人で目を合わせてから、笑う。 「愛してる、リュウ♪」 「俺もだ、アルエ……!」 もう一度。 俺たちは強く抱きしめあった。 「リュウ……や、急に……」 「うん、でもごめん」 誰もいない兵舎に戻って、すぐに抱き合う。 本当は毎日、アルエを取り戻しに王都へ向かいかける足を、堪えてた。 俺だってアルエに会いたかった。 本当に俺の所へ帰ってこれるのか、心配だった。 そんな思いが全部、今この時に集約されて激しいものとなる。 「やんっ……急に、そんなとこっ……あぁっ!」 広げさせた秘裂に、舌を這わせる。 桃色の襞が、舌に触れられる度ヒクヒクと震える。 「だめ、リュウ……っ、あ……ンっ!」 「なんで、すごく可愛い」 「やぁんっ、舌なんか、んくぅっ! ……恥ずかしい……っ、あふっ、んンっ……!」 「すごく興奮する……ほら、ちゅぱっ」 「きゃふぅんっ♪」 腰が跳ね上がって、おま○こが俺の顔に押しつけられる。 「やぁんっ!」 自分でしてしまった痴態に、驚くようにアルエの腰が逃げる。 それを押え込んで、更に媚肉に舌を這わせた。 「んちゅ……ちゅっ、ちゅぶっ……!」 「だめ、ん……あぁっ……!」 秘裂の隙間からは、愛液がどんどんと滲み出てくる。 ねっとりとした蜜は、アルエの体がどんどんと熱くなってる証拠だ。 「どこが、気持ちイイ?」 「バカ……そんなの、あンっ、言えな……いっ」 「じゃ……ここ?」 舌先を、秘裂の中にゆっくりと押し込む。 「ひゃうっ、あっ……入ってく……るぅっ!」 「んっ……じゅっ、じゅじゅっ、じゅぶっ」 「舌動かしちゃ、だめ……あぁっ、んぅぅっ!」 舌で感じる秘肉は、すごく熱い。 侵入する舌を必死に押しとどめようとするけど、蕩けるような柔らかさでは、全然止められない。 むしろ舌をぎゅっと締め上げてきて、それで余計に存在感を顕わにしてる。 「ここ、とか……どう?」 膣壁の前の方。クリトリスの裏側あたりを、ぐいぃっと押し込む。 「きゃうっ……!」 「あっ……だ、めっ……そこぉっ……!」 ビクビクッ……! おま○こが激しく震える。 ここ、イイんだよな? もっとアルエに可愛く啼いて欲しくて、反応の高い膣壁を更に刺激する。 「んじゅっ、じゅっ……ジュジュッ!」 「んひゃぁっ……やんっ、だめっ!」 「そこ、おかしくなっちゃうっ!」 「ボクの……中、変になるぅぅっっっ」 じゅぶっ……ぐじゅんっ! 舌の動きに合わせて、内部から蕩けてきた愛液が、粘質の音を立ててあたりに響く。 「あふっ、んっ……そこ、ぉっ……リュウっ」 快感に震える可愛いおま○こを、もっともっと愛したい。 秘裂の上でぷっくりと膨れているクリトリスに、鼻先を擦りつけた。 ――グチュ…… 「ひはぁぁぁんっ!」 おま○こから滴った愛液で濡れていた肉芽は、鼻先で擦ると淫猥な水音を立てる。 「んっ……んじゅっ、じゅうっ」 「きゃうっ……やぁ、両方なんて……んっ! あぁ……あああっ!」 おま○この中と、クリトリスの両責めにアルエは今にもくずおれそうだ。 もっと、可愛い声が聞きたいよな。 ちょっと意地悪かもしれないけど、俺はそっと手を伸ばして。 ――にゅぷっ! 「やんっ、お尻……っ!?」 「大丈夫、痛くないから」 周りの愛液をすくうと、塗り込めるようにしてお尻の穴の中に指を差し込んでいく。 「きゃうっ……そんなの、あっ……あぁぁンっ!」 桃色の秘密の蕾の中に、俺の指が入っていく。 あたたかくて、すごく……締まってる。 「力、抜いて」 「でも……んっ、あふ……ぅっ!」 愛液の滑りを借りて、禁忌の孔の中に指はどんどん埋まっていく。 「入った……ほら」 ぐじゅっ! 内部で指を鉤状に曲げる。 「ひゃんっ、そこ、あ……だめ、あっ、ああっ!」 「ゆっくりとだから……」 そう言って、舌で再びおま○こ内をぐぢぐぢと湿った音を立てながら責めていく。 鼻先ではクリトリスを、押し込むようにして愛撫して。 秘密の蕾では、内壁の向こう側にあるおま○こをマッサージするように。 「あひっ……んぅっ、すごいっ……ああぁっ!」 「舌……あぁ、ん……気持ち、イイっ!」 「リュウっ、おかしくなっちゃう、よぉ……っ!」 「気持ち、イイ……あぁ、変…… ……お尻が変……んん……っ!」 ビクビク……ビクンッ! 内部で蠕動するように、おま○こが震える。 愛液は吹き出るような勢いで溢れて、顔がベタベタになっちまいそうなくらいだ。 「アルエ、可愛い……すごく可愛い」 「あう……っ、リュウっ、イイ……っ」 「ボク、のお腹の中……熱い……んはぁんっ♪」 「あんっ……おま○こ、……イイっ、イイのぉっ」 アルエは背中を反らして、舌をもっと奥にまで吸い込もうとする。 俺以外には絶対見せないアルエの痴態。 快感に溺れて、おま○こをさらけだすこの姿。 そんな姿を見せられて、もう俺のチ○ポだって、完全に勃ちあがってる。 「アルエ……俺のち○ぽも、ほら……」 アルエの手を取って、チ○ポを握らせる。 「あ……っ!」 「すごい……硬い、リュウ」 「うん、アルエの可愛い姿で、こんなになった」 「あふ……っ、んっ……リュウ、ボクも……っ」 「ボクにも、リュウを愛させ……てぇ……っ」 快楽で目の淵を赤くしたアルエが、可愛らしく、そしていやらしくおねだりする。 もちろん、それに応えないわけがない。 「じゃ、アルエ、こっちに」 アルエの体を後ろから抱きしめて、俺たちは重なり合った。 「んっ……ちゅ♪」 顔の前に差し出されたチ○ポに、アルエがすぐさま唇をつける。 先端にかわいらしくキスをして、それから舌で砂糖菓子を舐めるように、チ○ポを愛撫する。 「れろっ……んっ、れろろっ」 「あ、イイ……ぞ、アルエ」 「れろっ……れろろっ……♪気持ち、イイ? リュウ?」 「ちゅろっ……れろんっ!ン……ボクがこうしたら、気持ちイイ?」 「うん。それから、口の中に入れて」 「こう……? ん……んむっ」 熱い口内にチ○ポが吸い込まれる。 「んむっ、はむっ……んっ、ちゅっ、ちゅぱっ」 「ちゅぱっ、ちゅっ……♪ちゅるるっ、ぢゅるっ……んぢゅっ、ぢゅぢゅっ!」 「リュウ……っ、ちゅっ、んじゅっ、ぢゅるるっ♪」 亀頭だけを口の中に含んで、その中で舌がチ○ポに絡みつく。 「ちゅ……ちゅぱっ、んちゅ!れろん……んっ、れろろっ、じゅぱぱっ」 「イイ、リュウ?」 「ボクの口で、気持ちよくなってる……?」 「くっ……あ、イイ……ぞ」 「嬉しい……んちゅっ、ちゅぱっ」 「ちゅっ、ちゅぱっ……!もっと気持ちよくなって……れろんっ、ちゅぱっ」 「リュウ……好き、ちゅっ……んちゅっ♪りゅぱっ、じゅっ、じゅるるっ、ちゅぱっ!」 軟体動物のような感触で、アルエの舌が亀頭全体を舐め回る。 鈴口に舌先が入り込み、滲んでくる先走りを、あの可愛い舌が舐めとっていく。 「こっちも……ちゅっ、ちゅるっ」 「あぁんっ♪」 さっきも愛してたアルエのおま○こに、再び舌を這わせる。 今度は内部にまで差し込まず、周りの媚肉を丹念に舐めていく。 「あっ……んっ、むっ、はむっ、んぅっ!」 「くふぅっ……んっ、あふっ……じゅるっ!ちゅっ……ちゅぱっ……あぁんっ……あふっ♪」 縋るようにして、アルエがチ○ポを吸う。 「アルエのおま○こ、可愛いよ」 「ほら、ヒクヒク震えてる」 「やん……言っちゃダメ、あぁっ、リュウっ」 「んっ、ちゅっ、ちゅぱっ……れろろンっ!」 「はひぃんっ、あぁっ、 ……やぁっ♪ ちゅっ……はうっ、 ……んっ、ちゅっ……ああっ!」 「イイ……あふぅっ……ひゃぁんっ」 「そんなことしたら、リュウのおち○、ちん……愛せない、じゃないか……ああぁっ」 「頑張って、ほら」 口から離れてしまったチ○ポを、アルエの口元に近づける。 「ん……わか、った……んむっ……ちゅっ」 今度はチ○ポを横咥えにして、茎全体を唇で愛撫していく。 「こう……? ちゅぅっ、んちゅぅぅっ!」 「ちゅろっ、りゅぱっ、ちゅるうぅっ!んぢゅっ、じゅっ、ぢゅるる……あふぅ……ン♪」 「くっ……そこ」 裏筋をアルエの唇がなぞる。 「ちゅるぅっ……んちゅっ……」 「あ……先っぽから、リュウのお汁が……」 「こんなに垂れてきてる……ちゅっ」 「じゅるっ、れろっ……んっ、ちゅぱっ、ちゅうっ」 伝った先走りの液を、アルエの舌が舐める。 そして、舌はそのまま根元から先端に。先端から根元まで。 唇は横からチ○ポに吸い付いたままで、何度も上下する。 「大きく、なっていく……リュウの」 「アルエが気持ちよくさせてくれてるからな」 お返しに、俺もまたおま○こを愛していく。 「はむっ……んっ」 唇で秘裂の柔肉を挟みあげる。 「はうんっ……! あっ、ああああっ!」 「すごいな……ベタベタ……だ」 おま○こはまるで洪水のように愛液を滲ませる。 「リュウ……もう、ボク、ダメ……っ」 「熱い……ボクのあそこ、が熱い……っ」 「あふっ……んぅっ……あひっ、ああっ!」 ヒクヒクと震えるおま○こは、充血して今にもはじけそうなザクロのようだ。 「かふっ……んぅっ、じゅっ……じゅじゅじゅっ!」 縋り付くように、アルエがチ○ポを口内に引込み、その吸引が激しくなる。 「くっ……うっ」 「あふっ……んぅっ! ちゅっ、ちゅぱぁぁっ」 吸い上げに、下肢で滾った熱が激しさを増す。 快楽がチ○ポに集まって、それをアルエの唇が更に高みへと押し上げていく。 「くっ……出そう、だっ」 「んぷぅっ……ボクも、ボクも……ぁんっ」 「ちゅっ……んぢゅっ、ぢゅるるっ!イキ、そう……あぁ……っ!」 口内で舌が鈴口をチロチロと舐める。 「れろっ、れろろっ……んちゅっ、ちゅぱっ!」 「ちゅっ、ちゅぱぁっ、んじゅっ……あぁっ♪」 アルエのおま○こもヒクヒクと震えて、絶頂の前兆を見せる。 溢れる愛液を舐めあげながら、俺も濡れそぼったおま○こを激しく愛した。 「じゅっ……れろろっ!」 「ひゃうぅ……んっ、んじゅぅぅっ!」 たまらないと言わんがばかりのその強い吸い上げに、俺は頂点へを駆け上る。 「イ、クぞ……アルエっ」 「受け止め、るから……んちゅっ!ちゅぱちゅぱちゅぱぁぁ……っ!」 「くうっ……出るっ!」 アルエの口内……その奥に、チ○ポの先を強く押し当てる。 ドクッ……ドクドクッ!!! 「んぶぅっ!」 ビシャッ、ビシャシャッ!!! 「んくぅぅぅぅぅんンンンっっっ!!!」 アルエの喉の奥に、思いっきり精子を放つ。 同時にアルエの体が激しく硬直して、おま○こからはおびただしい量の愛液が迸った。 「くふっ……んぐっ……ぐっ、ごく……ごくんっ」 ビュルッ……ドク……ドクン……っ まだ止まらない射精を、アルエはそのまま嚥下する。 「もしかして、飲んだのか?」 「ん……うん……」 ちょっとだけ苦しそうにしながら、アルエが頷く。 形のよい唇から、俺の精液が一筋零れた。 「リュウのだから……欲しかったんだ」 「もっと、リュウが欲しい……」 「リュウのお○んちん、ボクに……ちょうだいっ」 アルエがは俺のチ○ポを口元から離さないで、いやらしくおねだりをする。 射精したばかりのチ○ポを握って、ゆっくりと擦りあげてくると、そこにはすぐに熱い力が戻ってくる。 「リュウ……リュウがもっと欲しい♪」 「うん。俺もまだ足りない」 「うん♪」 俺たちは、離れていた間の分を取り戻すように、更に繋がり合うために抱き合った。 「入れるぞ」 「早く……リュウっ」 開いた両脚の間には、さっきからの愛撫で蕩けきったおま○こが俺を待ってる。 猛りきったチ○ポをその入り口に押し当てる。 「アルエ、行くぞ」 「来て、リュウ……来てぇっ!」 ぐっ……ぐぬぬぬぬっ…… 「あっ……入ってる!」 「リュウが、ボクの中に来てる……あぁっ!」 「アルエの中……すごい熱い……」 媚肉がチ○ポにねっとりと絡みつく。 愛液でぬめる膣壁は、たまらなく気持ちいい。 「動く、ぞ……」 「うん……動いて、リュウ……っ」 その言葉と同時に、アルエのおま○こを突き上げる。 ぐっ……ぐじゅぅぅっ! 「きゃううぅっ!」 ぬちゅっ、じゅぶっ……ぐぢゅっ! 「あんっ……あぁっ、奥にまで……っ」 「くる、リュウがきてる……ひゃぅっ!あふっ……ああっ、リュウが入ってるぅ……っ」 しっかりと抱き合って、腰を打ち付ける。 秘肉はチ○ポに擦りあげられるたびに、じゅぶじゅぶと粘質の音を立てた。 交接部からは愛液が溢れる。 「ん……イイ、アルエ……っ」 「ボクも……すごく、気持ちイイ……っ」 「ずっと、お城の中で……リュウを想ってた」 「リュウに愛して欲しくて……っ」 「あぁ……嬉しい、リュウ……っ」 アルエが感じるほどに、媚肉はチ○ポに絡みついて離れない。 チ○ポが引き抜かれるのを嫌がるみたいに、おま○こはきゅうきゅうと締め上げてくる。 それを振り払うようにして腰を引くと、追いすがって、アルエの腰が上がる。 背筋は反らされ、より一層交接は深くなった。 そのいじらしい姿に、思いっきり激しい律動を送る。 じゅぶっ、じゅうぶぶんっ! 「きゃうぅ! あっ、……リュウ、リュウっ!」 「アルエ……アルエっ」 づじゅっ、じゅぶっ、ぢゅぶぶっ! 「はふぅ……んっ!!!」 「もっと……奥っ、まで……ン、んはぁっ!」 「もっと、ボクの奥にまで、きてぇ……っ」 会えなかった空白の期間を埋めるように、俺を求めるアルエ。 ものすごくいやらしくて、ものすごく愛おしい。 「アルエ……好きだ」 「愛してる、アルエ」 「ボクも……愛してる……っ!」 抱きしめあって、激しく口づけをかわす。 舌が絡み合う。 アルエの口内を、どこまでも進み上あごから舌の根っこまでも俺の舌で舐めていく。 「んちゅっ……ちゅっ、ちゅるぅっ」 「リュウ……もっと、キスして」 「リュウのキス、大好き……」 「ン、俺も」 「ちゅるっ、ちゅっ、ちゅっ……ちゅるるっ」 「んちゅっ、ちゅ……ちゅ……ぁあっ、リュウっ」 甘い声でアルエが俺の名を何度も呼ぶ。 呼べなかった分を取り返すように、何度も。 痺れるほどに舌を吸いあってから、ようやく唇を離すと、アルエの唇はピンク色にぽってりと膨らんでいた。 「ボクに魔術をかけた奴だけど……」 「そういえば、あいつどこに行ったんだろうな」 どっかでまた、変な『さいみん』の術を使ってなかったらいいが。 「大丈夫……後でボクに会いに来たんだ」 「えっ!?」 「10年前の術のことを謝りに来てくれた」 「その時に『さいみん』の術とかいうのはもう二度と使わないって言ってた」 そっか、なら安心なんだけど。 「謝りに来られたけど……ボクはあの魔術師を恨んでないんだ」 「そうなのか?」 もとは自分が望んだとはいえ、10年以上も男だと思わされていたんだぞ。 「ボクがあんな魔術をかけられたのは母上のことがきっかけだったけど……」 「でも、それは……リュウと出会うためだったんだ」 アルエは嬉しそうに告げる。 「それまで誰にも触れられないように」 「リュウのためだけの、女の子になるために」 「うっ!」 なんか、すっごくキュンと来た。 思わず腰が跳ねて、アルエの膣奥を突き上げる。 「や……っ、急に……バカ、リュウ……っ」 だって、そんな可愛いこと言われたら、とまらなくなるだろ……! ちょっとだけ休憩してた律動は、また激しく再開される。 「あんっ……イイ……リュウっ!」 ぐじゅっ……じゅぶっ、じゅぶぶっ! 「主神リドリーが……あっ、……んはっ!ボクに……授けてくれた、運命だったんだ……っ」 「リュウに……んうぅっ……出会って、はぁ……あふっ……まやかしが消えた……」 「リュウが……ボクの運命の人なんだ」 うん、俺の運命の女の子もアルエだったんだ。 愛おしさがすごくこみ上げてきて、それに比例して腰の動きが速くなる。 「あぁっ……イイっ、リュウっ、イイっっ!!!」 チ○ポの先が、おま○この奥に当たる。 こりこりとした感触の子宮口を先端で押し込むようにして、突き上げる。 「あふっ……んっ、そこ……ああぁっ!」 「くっ……イイっ、アルエ……っ」 「ボクも、あふっ、イイっ……あぁっ!」 「んくぅっ、奥に当たってる……っ」 「リュウのお○んちんが……きてるっ」 「ボクの中で、あぁっ……すごいっ!イイ……っ、あぁっ……リュウっ、リュウっ!」 快感で痺れたおま○こが、絞り上げるようにしてチ○ポに絡みついて蠢く。 内部は蠢動して、不規則に震えては俺のチ○ポを締め上げていく。 「や……ぁっ、なんか熱いっ」 「お腹の中……熱くて……ぁっ!」 ぐじゅっ、じゅぶぐんっ、ぢゅぶぶっ! 「ダメ……なんか、くるっ、きちゃうっ!リュウきちゃうっ、きちゃうよぅぅっ!!!」 「俺も……もうっ……!」 チ○ポが熱く膨れあがる。 快感がチ○ポを別の生き物みたいにして、気持ちよさが爆発する……もう、爆発する! じゅぶっ、ぐじゅぶんっ、じゅぶぶっ! 「イク……あぁっ、イッちゃうっ!」 「イクぅっ、イッちゃうっ……!イッちゃう、リュウ……っ!」 「俺もイク……一緒に、アルエ……!」 「ひゃぅうんっ!」 「リュウっ、イッて……一緒にイッてぇっ」 キュウゥゥ……! アルエのおま○こが、激しく締め上げてくる。 ダメだ……もう、イク……! 俺は最後の律動を激しくアルエの中に叩き込んだ。 ジュッ!ヂュュブブッ!ジュブブブンッ!!! 「あぁっ!!! イクっ、リュウっ!」 「イッちゃうぅぅぅっっ!!!」 「俺も……っ!」 子宮口を突き上げる。 そして最奥で、思いっきり放出する。 「うおおおぉぉぉっっっ……!」 ドクッ!!!ビュルルルルンンンッ!!! 「あぁっ! ンくぅぅぅぅぅううんっ!!!」 「くおっ……おおおっ……」 ドクッ……ドクドク……ビシュッ…… まだ出てくる精液を、アルエのおま○この中にたっぷりと注いでいく。 「あふぅ……っ、中にドクドク入ってる……っ」 「リュウの大事な命の元が……入ってるよ」 「うん、いっぱい……出した」 ドク……ドクッ…… 大量の精液で、アルエの中を満たす。 絞りきるようにして、最後の一滴までアルエの中に放出してから、ようやくチ○ポを抜いた。 ズル…… 「ん……あぁ……っ」 ズルル……ドロッ…… 「あ、ああ……」 アルエのおま○こからは、俺の精液が白く流れ出す。 「全部、ボクの中に出してくれた?」 「ああ、すっごいたくさん出した」 「これからは……ボクが全部貰うからな」 「リュウのお○んちんは、ボクだけのものだよ……ね?」 「当り前だろ」 「ふふ……嬉しい♪」 「リュウ、大好き……」 「俺も」 汗だくのまま、しっかりと抱きしめあう。 「リュウ、これからはずっと一緒だ……よ」 「うん、もう離さない」 指輪の光る左手を重ね合った。 「あ……そういえば、まだ言ってなかった」 「ん?」 会えたことが嬉しくて。 嬉しすぎて、忘れてた。 とっても大事な一言。 「おかえり、アルエ」 俺の元へ、帰ってきてくれてありがとう。 アルエが一瞬ポカンとしてから、すぐに満開の花のような笑みを浮かべた。 「……ただいま!」 「ただいま、リュウ!」 ――おかえり、アルエ! 「それにしても、みんなはいないんだな」 「今日はレキの神殿で修理に行ってるんだ」 説明する間もなく、兵舎に連れ込んだからな。 やっぱり、すごく興奮してたんだ。 「あ……あれかな?」 そういえば、もう昼も思いっきり過ぎてる。 夕方まではいかなくても、午後のおやつなんかを兵舎で食べる気かもしれない。 「みんなともひさしぶりだろ」 「うん、そうだな……って、ああ!」 アルエが慌てて、自分の体を抱きしめる。 「服を着ないと!」 「しまった!」 まだお互い裸だった。 『あれ? あれれ?』 『どうした、ロコナ?』 『人の気配がしよるぞい』 『もしかして泥棒? おおっ、捕まえろ』 『ちょっと〜、物騒なこと言わないでよ』 『いいや。警戒するに越したことはないだろう』 『では、俺が様子を見てくる』 や、ちょっと待て、アロンゾ! 『みんなは下がっていろ』 服、服……よし、着衣完了だ! 「ここを国境警備隊の兵舎と知って侵入したか、不審者めっ!」 「ええ〜い、成敗です!」 飛び込んでくるアロンゾとロコナ。 でも、すぐに中にいる人物に気がつく。 「で、殿下……っ!?」 「アルエさんっ!?」 「え? アルエ? 帰ってきたの!?」 「本当かっ!」 「あ、本物じゃん」 「ほほ〜、ご帰還であらせられるか」 驚きで目を丸くする仲間たち。 そして嬉しそうに微笑むアルエ。 「帰ってきたんだ」 「もう、城には帰らないから!」 「う、うわあああ〜〜〜〜んっ!」 「アルエさ〜〜〜んっっ!」 ロコナが途端にアルエに抱きつく。 「殿下……お元気そうで、なによりですっ!」 感極まったようなアロンゾが、そろりそろりとアルエに近づく。 そして堰を切ったように、扉の向こうからみんなが駆け寄ってきた。 「お帰り、アルエ!」 「無事に王都を出られたのだな」 「よかったのぅ、ずっと待っておったぞ」 代わる代わるかけられる言葉に、アルエがうんうんと頷いてく。 「帰らないってことは、勘当仲間って感じ?」 「ボクは勘当じゃないぞ」 そうだな。 アルエはちゃんと陛下を説き伏せてきたんだ。 「アルエは、これからここで暮らすんだ」 「俺と夫婦として、一生」 そして、幸せに。 「これから、よろしく」 アルエはそう言ってから、俺に幸せそうな顔を見せる。 「これから、一生よろしく……リュウ♪」 「俺も一生、ヨロシク」 表向きは死人で、元騎士、今村人の俺。リュウ・ドナルベイン そして元テクスフォルト王国の第4王女で、でも今はただのアルエミーナとなった、アルエ。 俺たちの新しい人生は、ここから始まる。 俺たちの出会ったポルカ村。 優しい仲間に囲まれた、この村で。 新たなる歴史が、今始まる―― Princess Frontier レキのリュウとの恋なんて考えたこともないという発言は、意外に重かったらしく沈み気味のリュウ。 そんな折、隣国の狩人が国境を越えて森に侵入していることが発覚。すぐに出かける警備隊の面々。 見つけ次第捕縛することになっているのだが……狩人たちは、ちょうど薬草を摘みにきていたレキを人質に取り、そのまま隣国に逃げようとする。 その人は大事な人なんだと、自分が身代わりになるとレキの解放を訴えるリュウ。言われたとおり丸腰になるものの、隙をついてレキを助け出す。 そんなリュウに狩人たちが襲いかかろうとするが、アロンゾたちが現れ狩人たちは逃げ出してしまう。レキはリュウの無茶な行為に大激怒するのだった。 狩人の麻痺毒に倒れたリュウが兵舎で目を覚ますと、傍にいたレキが右手を大きく振りかぶり、リュウの頬を引っぱたく。 そして死ぬかもしれなかったリュウの無茶な行動に対して本気で怒るのだった。 「わかっているのか!?ヘタをしたら、死ぬところだったのだぞ!!」 そんなレキにリュウは…… 「はぁ……」 雨が降っている。 空は一面、鉛色の雲に覆われており、部屋の中もどんより薄暗い。 「はぁ……」 机に突っ伏して、もう一度、大きな溜息をつく。 「たいちょー、元気ないですねぇ」 コトリ、と机に湯気のたつカップが置かれた。 「お体の具合、よくないんですか?」 ロコナが心配そうに声をかけてくる。 「んにゃ……大丈夫だよ」 別に体調は悪くない。 なんとなく、昨日のレキの言葉が重かっただけだ。 好きでもキライでもない、か…… そりゃまあ、こんな俺だし、異性として意識するなんて、ありえない話だろうけど。 俺だって別に、レキを色恋の対象として、意識していた訳じゃないし。 ……そうだよ。意識してた訳じゃないはずだ。 ……………… 「……はぁ」 「どうしたんだよ、何度も何度も溜息ついて」 「ただでさえ、天気が悪くて雰囲気が暗いのに。気分だけでもパーっと明るくしたほうがいいぞ」 「んなこと言われてもな……」 体に力が入らない。なんだろう、この倦怠感は。 失恋したって訳でもないのに、ポッカリと胸に穴が開いたような気分だ。 まさか…… まさか俺、ひょっとしてレキのことを―― 「あ〜、わかった。さては痔だな?」 おいっ。 「あれはツライよなー。座ってるだけで地獄だし」 「デリケートな部分に軟膏を塗ったら、こう、歩く度にヌルンヌルンして、微妙な気持ちになるよね」 「………………」 否定する気力も湧かない。 というか、なぜ、この三人は俺の部屋に集まってるんだ? ホールで、和気藹々と談笑してればいいじゃないか。 「なんで俺の部屋に集まってるんだよ、って顔をしてますな、左遷騎士の人」 「……その前に、なぜオマエが今日も兵舎にいるのか、それも疑問なんだけどな」 いつもの事と言えば、それまでだが。 「それがねー。朝飯たかりに来たら、急に雨が降り出したんだよねー」 「雨っちゅーか、みぞれになってたけどネ」 窓の外には、やはり鉛色の風景。 ジンの軽口でさえ、煩わしく感じる。 「はぁ……」 「だめだこりゃ。いつからこんな調子なの?」 「んー、昨日の夜くらい、だったかな」 「ですです。昨日の夜から、ずーっとこんな感じです」 「なあ……雑談なら俺の部屋じゃなく、ホールで……」 「え、昨日って何かあったっけ?」 「何かって、なんだよ?」 「それがわからんから、訊いてるんでしょー」 「う〜ん、昨日……昨日ですかぁ」 人の話をまるで聞かない三人組。 「……あ、そういや昨日はレキが来てたな」 う。 「いらっしゃってましたねー。来てたというより、連れて来られたというか」 「それだけ? レキが来るのは、別に珍しいことじゃないでしょーよ?」 「そうだけど、昨日はおかしな事になってたんだ」 「村の娘たちがレキを連れてきて、リュウのことが好きなのかどうか、なんて話を――」 甲高い破壊音が響く。 「あ……」 っ!? レキが、半開きになったドアの側で、呆然と立ち尽くしていた。 「レ、レキ……!」 思わず、ドキっとしてしまう。 「す、すまない。手が滑ってしまった」 レキの足下には、割れた小瓶の破片が散らばっている。 どろりとした液体が、水たまりを作っていた。 「あ、危ないから動かないでくださいね。すぐに掃除しますからっ」 ロコナが走った。ホウキを取りに行ったのだろう。 「き、来てたのか?」 動揺しつつ訊ねた。 ちょうど、レキのことを考えていたところだったのだ。 動揺するに決まってる。 「あ……ああ。今、来たところだ」 「ホメロ殿に打ち身用の軟膏を頼まれて、持ってきたんだが……」 所在なく足下を見下ろす。 今、床にぶちまけた液体が、その薬らしい。 そういえば、ホメロ爺さん、備蓄用の軟膏が切れたとか言ってたな。 「よ、汚してしまったな。うっかりしていた」 「い、いやいや、いいよ。気にするな」 交わす言葉が、どこかぎこちない。 レキも、俺のことを意識してるんだろうか。 昨日の一件もあって、妙に気まずくなっているのかもしれない。 それは……俺も同じだけど。 「はいはーい、ちょっと待っててくださいねっ」 掃除用具を持ってきたロコナが、テキパキと床を掃除する。 「ロコナ、すまないが……頼む」 そう言って、レキは部屋を出て行こうとする。 「あ……」 引き留めようとしたが、言葉が出ない。 「あれ? もう帰っちゃうんですか?」 俺の代わりに、ロコナが引き留めてくれた。 「……また来る。せっかく頼まれていたのに、私の不注意で無駄にしてしまった」 「すぐ、作りなおして持参する」 「そ、そんな。雨の中をいらっしゃったんですから、ゆっくりしていってくださいよ〜」 「あ、そうだ! 熱くてあま〜いお茶を淹れますっ」 「気遣いは無用だ。それに、雨ならもう止んだ」 窓の外を見る。 あ……ホントだ。ほとんど降り止んでる。 「打ち身用の薬、だっけ?そんなに急いで必要というワケじゃないんだろ?」 「そうそう。そうですよ。また今度、時間がある時で大丈夫ですよ」 「そんなことはわからないぞ。災厄というのは、忘れたころに起こるものだ」 「そなたたちも気を抜くでない」 レキの言うことは至極もっともだった。 いつ、どこで何が起こるか分からない。 村の治安を担う警備隊が、油断していては始まらない。 「たしかにそうだな。ありがとう、レキ」 「いや……」 「では、また来る」 プイッとそっぽを抜くと、レキは急ぎ足で出て行ってしまった。 俺が声をかけたから、気まずくなって、去ってしまったようにも思える。 ……考えすぎか。 「はあ……」 「また溜息か……」 「古代テクスフォルトの故事に、こんな言葉があるぞ」 「溜息をつくたび、人は幸せを逃してしまう」 「う……」 思わず、吐きかけた息を止める。 これ以上、幸せに逃げられてたまるか。 「厄災は忘れたころに、かぁ……うんうんっ、しっかりしなきゃ! しっかり!」 「しっかりするぞー。おー」 ロコナは、レキの言葉に素直に感動している。 「最近、ちょっと気を抜きすぎだったかもな」 俺の留任決定以降、特に事件らしい事件も起きず。平穏で静かな毎日が続いてるし…… 「ですね。こういうときが危ないんですよね」 「うん。気をつけよう」 だが、災厄というのは―― 気をつけていようがいまいが、お構いなしに降りかかってくる。 厄介な存在なのだ。 「はッ! せやッ!」 木剣を力いっぱい振る。 うん、やっぱり真剣よりこっちの方が手に馴染む。 木剣を振る度に、汗をかいた背中からモウモウと湯気が立ち上る。 雨上がりの、湿気を含んだ冷気が火照った体に気持ちいい。 「そなたたちも気を抜くでない……か」 実に、まったくその通りだ。 レキらしいな、と苦笑してしまう。 「レキ、か……」 ……ふと、村に来たばかりの頃を思い出す。 『己の一時的な不遇を理由に、   それを放棄することは愚の骨頂だ』 『隊長の任とは、それを率先して守ることにあるのだと思っていたがな』       ……たはは。 あの時は、びしっと厳しく怒られたっけ。 あの頃と比べれば、かなりレキは優しくなった。 うん。優しく……なったよな。かなり。 「………………」 レキのことを考える度、胸が締めつけられるように痛んだ。 やっぱり俺……レキのこと、意識してるんだな。 思い返せば、そんな兆候は以前からあった。ずっとあったような気がする。 例えば、あの大樹のウロで、一緒に一夜を明かした日とか―― 過労に倒れたレキを、看病した日とか―― 少しずつ、本当に少しずつ、俺はレキに惹かれていたのかもしれない。 「……だとしても、今更だよな」 そう、今更の話だ。 昨日、本人の口からハッキリと『意識していない』って、宣言されたばかり。 今更、レキに惹かれてることを自覚したって、事態は好転したりしない。むしろ辛いだけだ。 「……妙なことになる前に、発覚してよかったのかもな」 この場合の妙なこと――とは、俺がレキに、勢いに任せて愛の告白をする、という愚行のことだ。 んなことしてたら、決定的にフラれて、そして失意のどん底に叩き落されていただろう。 「はッ! せいやッ!」 余計なことは考えず、体を動かして、頭を空っぽにしよう。 決定的に気まずい関係になるよりは、今のまま、この関係が続く方がいい。 「うぉぉッ!」 力一杯、木剣を振り上げたそのとき―― 『リュウ! 大変大変〜っ!』 ミントが、手を大きく振りながらこちらへ駆けて来るのが見えた。 かなり慌てているようだ。 「ちょ、本気で大変! 大事件っ!!」 「どうした? なにがあった!?」 「も、森に……」 「森に、トランザニアからの密入国者が……!」 「な、なにッ!?」 とうとう災厄がやって来たのだった。 「本当に間違いないのか? その目撃情報……」 「あ、あたしに言われても困るよ。村の人が見かけたって言うから……」 森と言っても、そんなに深く入ったところではない。ポルカ村は、すぐ目と鼻の先だ。 「でも、服とか言葉とか、トランザニア風の人間だったって言ってたし」 「うちのおばあちゃんも一緒に見たって言ってます。間違いじゃないと思います」 ヨーヨードも目撃してるのか…… 「トランザニアの人間が、こんなところまで入ってくるなんて」 トランザニア公国とテクスフォルト王国は、友好的な国交は結んでいるものの、国家間の往来は、厳しく管理されている。 各地に設けられた関所で、往還許可状を提示しなければ、通行できない。 俺たちの国、テクスフォルト王国よりも、隣国、トランザニア公国の方が、その辺の制限は厳しい。 かつて、テクスフォルト王国が、トランザニアから様々な職人たちを引き抜き、移住させたことがあった。 これが両国家間で、問題化した。 優秀な人材の流出を危惧したトランザニアは、民の、国家間の往来を厳しく制限したのだ。 その報復手段として、テクスフォルト王国は、トランザニアからの貿易品に、これまで以上に高額な関税をかけた。 それは今でも続いている。最近、また関税は高くなったばかりだ。 先日の、赤麦の売買のとき ……それも話題に上った。 「たぶん、隣国の密猟者ですね。年に1回ぐらい、来たりするんです」 ロコナが、不安そうに言う。 密猟者というのは、つまりは犯罪者だ。しかも、猟のための武器を所持している。 場合によっては、戦闘になることもあり得る。 「目当てはやっぱ、パニカラだよね?」 「……だろうな」 ミントのように商売をしていれば、その手のことには、詳しいはずだ。 パニカラというのは、この森に生息するイタチの一種。 そのパニカラの毛が、闇で高く取引されている。 闇で……というのは、そのイタチが、禁猟の対象とされているからだ。 パニカラは、リドリー教では、神聖な生き物とされている。 しかし、その美しい月光色の毛皮を欲しがる金持ちは、あとを絶たない。 そのせいで密猟者が活躍することになる。特に、リドリー教とは無縁の、隣国の密猟者が。 「あ、たいちょー! ここに足跡が……」 ロコナがしゃがみ込む。周辺の泥土が、不自然に凸凹していた。 「動物じゃないな。……人だ」 足跡はそんなに古くない。この近くにいるかもしれない。 「7人か、8人か……」 少なくとも、5人以下じゃない。足跡から判別できるのはそのぐらい。 こちらは、俺の他にはロコナとミントだけ。万が一の場合、かなり分が悪いな…… 「2人とも、村に戻ってアロンゾたちを探して連れてきてくれないか」 相手の力量にもよるが、アロンゾがいれば、安全係数は高くなる。 「アルエの散歩に付き添ってるはずだ。たぶん、村の近辺にいると思う」 「りょーかいですっ」 「んじゃ、ちょろっと戻って、呼んでくる」 「あ、そうだ。ちゃんと武装してくるように伝えてくれ」 「え……武装?」 俺の言葉に、ロコナとミントは表情を強ばらせる。 「密猟者が抵抗して暴れるかもしれないし……なにより、森の中は獣だらけで危ないからな」 「頼んだぞ」 「わ、わかりました」 俺の真剣な様子に、ロコナとミントは神妙に頷いた。 「でも、リュウはどうするのよ?」 「俺は足跡を追う」 「危ないよ?」 「あー、だいじょぶ。ムチャはしないよ。居場所がわかれば、それ以上の深追いは避ける」 「ぜ、絶対ですよ? 約束ですよ?」 「わかってるって。子供じゃないんだから」 「ん、じゃあ急いで行ってくる!」 2人が駆けていく。 その背中を見送って、再び森の奧へと視線を戻した。 「さて……と。こっちだよな」 足音を忍ばせ、慎重に足跡を追う。 先ほどの雨で、少し地面がぬかるんでいる。 雨上がりの、苔むした木々の根は、滑りやすいので注意が必要だ。 「……ん?」 あれ? いま、何か聞こえなかったか? 歩みを止めて、じっと耳を澄ます。 ……………… 『貴様ら、何者だ?』 ッ!? 聞き覚えのある声が、森の中に響いた。 「レキ……!?」 今の声、レキの声だよな? 声は奧から聞こえた。俺が向かっている、森の奧だ。 そんなに遠くはない。 更に歩みを進めると、声は大きく聞こえてくる。 『さては……貴様たち、密猟者だな!?その風体、その訛り……トランザニアからの密入国者か!』 レキの怒声が響く。 「密猟者だって!?」 サッと血の気が引いた。マズい、レキが危ない! 「レキ!!」 考えるより先に、俺は駆け出していた。 「なにをする! 離せ!」 「レキ!!」 俺が駆けつけたとき、レキは男数人に取り押さえられていた。 「リ、リュウ!?」 「おい、オマエら! レキを離せッ!」 「……なんだ、おまえは?」 「騎士……? 国境警備隊か?」 俺の正体に気づき、男たちはレキを盾にとって身構える。 男たちの数は7人―― 武器は大振りの剣が3本に、鉈が2本。 それに、やっかいなのがクロスボウだ。クロスボウを持った男が2人いる。 おそらく、パニカラを仕留めるために用意したのだろう。 男の一人が、剣先をレキの首筋に当てた。 「く……っ!?」 「や、やめろ!」 密猟者たちがニヤリと笑う。圧倒的優位を嗅ぎ取った者の、余裕の笑みだ。 「動くなよ? 動くと、コイツの首を切り裂くぞ」 レキの首筋に、更に剣先が押し当たる。 「やめるんだ。剣を下げろ」 「リュウ! 私にかまうな!早くコイツらを叩き伏せろ!」 レキが、毅然とした口調で信じられないことを言う。 この状況下で――んなコトが出来るかッ! 身動きのとれない俺に、レキが苛立ちを見せた。 「コヤツたちは、密猟者だぞ!?捕まえるのが、そなたの職分だろう!」 「……村人の生活の安全を守るのが、俺の仕事だ。レキを危険にさらすわけにはいかない」 レキは不満そうな顔をしたが、それ以上は言えずに黙った。 だが、その目は俺を、『臆病者』と責めているように見えた。 それでも、レキを危険にさらすわけにはいかない。 「……よォし、いい子だ。そのままおとなしくしてろよ」 「まずは、腰の剣を捨てろ」 当然の要求。 迷ったが、俺は素直に剣を捨てた。十分離れたところへと放る。 「ば、ばかものっ! 素直に捨ててどうする!?」 あんまり騒ぐと、首が切れるってば。 「……提案があるんだけど」 両手を頭の上に掲げ、無抵抗のポーズをとる。 「……言ってみろ」 「その子を解放してくれ。俺が、代わりに人質になる」 レキの目が、驚きに見開かれた。 「なッ!? 何を言っているのだ!?そなたが人質になってどうする!?」 「血迷ったのか、リュウ!」 レキが怒ったようにまくし立てる。だが、このままレキを人質にしておく訳にはいかない。 あのレキの首筋に押し当てられた剣先が、いつ、突き立てられるか分からないのだ。 「いいから、ちょっとレキは黙っててくれ」 「っ……!」 「おまえらの言うとおり、武器は捨てたぞ。これでもまだ俺が怖いか?」 密猟者たちが、じっと俺を見つめる。 「服を脱げ。下着姿になるんだ」 まだ心配らしい。用心深いヤツらだ。 俺は、素直にヤツらの要求に従った。 ゆっくりと装備を解き、服を脱ぐ。 脱ぎながら――巾着の中のコインを一枚、そっと親指の付け根で挟んだ。 「それは……金か? よこせ」 「はいはい……どーぞ」 親指に“感触”を残しつつ、巾着も投げ捨てる。 その“感触”を、指の付け根に隠した。 「お、乙女の前で服を脱ぐなどと……」 いやいや、そーゆー問題じゃないだろう。 レキが顔を背ける中、言われた通りに服を脱いだ。 さ、さむっ…… 「これでいいだろ?」 「ハッハッハ! 本当に脱ぎやがった!」 密猟者たちが笑っている。 「そんなに、この女神官が大事なのか?」 レキの神官服を乱暴に掴んで、密猟者たちは、更に大きな声で笑い出す。 怒りに身を震わせるレキ―― 「……大事なんだよ」 ポツリ、と俺は答えた。 「あん?」 「――ああ、そうだ。その人は、俺の大切な人だ」 「なっ…………」 レキが絶句しているのが見えた。だが、今はかまっていられない。 「だから……その子を解放してくれ。俺を人質にしておいた方が、利は多いと思うぞ」 「お察しの通り、俺は……国境警備隊の人間だからな」 密猟者たちの表情が、引き締まる。 「やはりそうか」 「しかも、こう見えても俺は隊長だ。同行していれば、追手の部下たちが来ても、おまえたちに手を出すことはできない」 「なるほど。確かに利は多いかもしれん」 「だが、もっと安全な方法がある」 クロスボウの矢が、俺に向けられた。 「なっ……」 「……おまえたちを死体にするのが、一番安全な方法だ」 男の指が引き金にかかる。 「危ない……!!」 レキが叫んだ。 「ふッ!!」 俺は、密かに親指の付け根に挟んでおいたテクスフォルト銅貨を、ダーツの要領で投げつけた。 「うぐぁっ!?」 狙ったのは、レキを戒めている男の眼球。 男の手が弛んだ。 「くっ!!」 レキが男の手をすり抜ける。 「レキ、逃げろッ!」 レキが駆け出した。 「あ、女!!」 クロスボウの照準が俺から逸れる。 「おまえはこっちを見てろ!」 他の6人の注視を引き付けながら、足下の、折れた太い木の枝を拾い上げる。 そして、力任せに投げつけた。 「うわっ!!」 ゴンッ!! 命中。男がクロスボウを取り落とす。 その隙に前転しながら肉薄し―― もう一人の、クロスボウを構えた男に、突き上げるような掌底を食らわせた。 「ぬぐぉっ!!」 よし、これで飛び道具は封じた。 「うおぉぉぉぉぉッ!!」 だが、剣を持った男たちが、俺に飛びかかってきた。 「リュウ!!」 レキが、男の1人に体当たりする。 剣を振り上げた男が、たたらを踏んだ。 「バ、バカっ! 早く逃げろってば!」 「そなたを置いて、一人おめおめ逃げられるかッ!」 体勢を立て直した男たちが、剣を構えて詰め寄ってくる。 「くそっ!」 レキをかばって、前に出る。 ちっくしょう、せめて剣くらい拾っておくべきだった。 散々、真剣を忌み嫌ってきた罰が下ったんだろうか? 「うおりゃっ」 剣が空気を切り裂く音。 一歩、飛び下がる。 「うくっ……!」 二の腕に熱を感じた。それから痛みが追いつく。 「リュウ!」 痛みを感じた二の腕から、血が流れ出してきた。 「ちっ……」 相変わらず、血は苦手だ。剣は克服したのに。 それも昔と比べれば、ずいぶんマシだが…… 「だ、大丈夫か!?」 「ぐっ……」 歯を食いしばって、痛みと血の恐怖に耐える。腕の傷のことは、考えないことにした。 「大丈夫だ。レキは下がってろ」 背中でレキをかばう。 その足に、硬いものが触れた。 さっき投げつけた、太い木の枝だった。咄嗟に、それを拾い上げる。 「ふん……」 男たちの表情に、嘲笑が浮かぶ。 太い木の枝を正眼に構えて、ジリジリと距離を―― 乾いた音に全身が凍りついた。 ビィン、と痺れるような手中の感覚。 男が、俺の手にした木の枝にクロスボウを放ったのだ。 「ちっ……運のいいことだ」 男が、次の矢を構えて、俺たちに向ける。 「殺してやる」 「………………」 男の目には殺気が満ちていた。本気で撃つ気だ。 「リュウ……」 「レキ、俺が合図をしたら逃げろ」 「そ、そなたはどうするツモリだっ!?」 「ヤツらを食い止める」 「バ……バカを言うな!この状況で、1人でなにができる!?」 「じゃあ、2人でなにができる?」 「それは……」 チラリとレキを振り返る。 「いいか? いち、にの、さんで走れ。大丈夫だ。きっと上手くいく」 「上手くいくって……」 「何も考えずに村に向かって走れ。レキの足なら、必ず逃げ切れる」 「し、しかし――」 「俺も、すぐに行く」 「いち、にの……」 「さんッ!!」 「走れ!」 「リュウ!」 「死ねえっ!」 「いいから走れ!!」 レキを突き飛ばす。 クロスボウの音が、鳴り響いた。 「リュウ!!」 「う……ッ!」 ……撃たれた? 「……ん?」 あれ? どこも……痛くない? 外れたのか? 「うう……」 密猟者が、クロスボウを落としてうずくまる。 その手を押さえて、呻いていた。 「な、なんだ?」 何が起こった? 「あ……!」 「わ〜、当たりましたね〜」 ロ、ロコナ!! 「当てるように投げたのだ。外れるわけがない」 「投石にも優れてこそ真の騎士。ドナルベインのダーツなど邪道の極み」 アロンゾ! 来てくれたのか! 「うっわ、いっぱいいるじゃん。ひいふうみい……七人て。むちゃくちゃだな、おい」 ジンまで来たのか!! ぞろぞろと、物見遊山のように救援が現れた。 アロンゾは長剣を、ジンは短剣を持て余すように握っている。 「み、みんな……」 「応援、呼んできたよ〜。なんとか間に合ったみたいだね」 「仲間だと!?」 「に、逃げろ!」 密猟者たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。 「逃がすものかッ」 逃げ惑う密猟者たちを追う、アロンゾ。 俺も、追いかけるために駆け出そうとする。 ――え? あ、あれ? 今……視界が揺れた? 「う……あ」 がくん、と膝が崩れ落ちる。 どうして……? ちょっと、腕を斬られたくらいなのに…… 「リュウ!!」 どさり、とその場に倒れ伏す。 体に力が入らない。 「ア……ロンゾ、深追い、するな……よ……」 それを言うのが精一杯。 「あれ? どしたの!? また血を見て失神!?」 「た、隊長〜〜〜〜〜っ!」 「リュウ! リュウ!」 「リュウ〜〜〜〜〜〜ッ!!」 『初めまして、だな。私はレキという。この地の神殿を任されている者だ』  あ…… この光景、覚えてる…… 初めて、レキと会ったときの光景…… 『若いな。ずいぶん』 『私は赤岩竜の尾、老樹の月の生まれだ。そっちは?』 俺は……銀狼鳥の足、雪霜の月生まれだよ。 『そちらが年上か……2つ、いや3つ上だな』 そうだな……3歳違い、だな。 『王都からの便りで、そなたの噂は聞いている。式典で、王女に恥をかかせた顛末――』 ああ……お恥ずかしい限りだ。 まさか、あんなことになっちまうとはな。 『よく、左遷程度で済んだものだ』 まったく同感だ。 ……でも今は、感謝してる。 左遷されて、こうしてポルカ村に飛ばされたことで。 レキや……みんなに出会えたのだから。 そうだろう? レキ…… レキ―― 「う……」 気がつくと、俺は部屋にいた。 「あ……あれ?」 「俺……どうしたんだっけ?」 体を起こす。そこはベッドだった。 「そ、そうだ! レキは!?」 「……ここにいる」 「え……」 ベッドサイドにレキがいた。怖い顔で俺を睨んでいる。 「あの、俺は……」 「倒れたんだ。連中、剣に麻痺毒を塗っていた。おそらく素早いパニカラを仕留めるための用意だろう」 「幸い、掠った程度で済んでいた。一晩休めば、体の痺れも取れるだろう」 「あ、ああ……」 それでやっと思い出す。 アロンゾたちが助けに来てくれたこと。その後、気が遠くなって、それからの記憶がないこと。 「そっか……腕を斬られたときに、食らったのか」 「傷は痛むか?」 見ると、腕に包帯が巻かれていた。薬草の匂いがする。 少しジンジンするが、たいしたことはなさそうだ。 「大丈夫。もう気分も悪くないし」 「そうか、それはよかった」 そう言うと、レキはすっくと立ち上がる。そして、右手を大きく振りかぶった。 パンッ……………!! 「え?」 小気味のいい音。そして、しびれるような頬の痛み。 レキが、俺の頬を引っぱたいたのだと理解するまで、少し時間が必要だった。 「な……?」 レキは怒っていた。怖い目で俺を睨んでいる。 「1人であんなムチャをして……」 「わかっているのか!?ヘタをしたら、死ぬところだったのだぞ!!」 大怒号だった。 レキは、本気で怒っていた。 「俺の命だろ、レキの命じゃない」 「な、なに?」 「死ぬかもしれない、なんてことは分かってる」 「それでも、命をかけなきゃと思ったんだよ」 「……っ!!」 更なる怒りに、レキの表情が険しくなった。 「心配させて、ごめん……」 「ご、ごめんだとか、そういう問題ではっ……」 「確かに、軽率だったところもある」 「でも、あの時は……命をかけなきゃって、思ったんだよ」 「ごめん……」 「……と、とにかくっ!」 「自分の命を大切にできないヤツは、嫌いだっ!!」 「キ……キライ?」 平手打ちよりも強烈な衝撃が、俺の胸をえぐった。 レキは、俺を見捨てるように背を向ける。 「………………」 「……とにかく安静にして傷を早く治せ。また来る」 「あ……」 ドアの閉まる音が無情に響く。 レキの姿はドアの向こうに消えた。俺は動けない。 「キライって……」 レキに……嫌われた? それも、完膚無きまでに、決定的に。 な、なんで、こんなことに…… 「そんな……」 なんで、こんなことになったんだろう―― リュウは、もう今度こそ決定的に嫌われたと、まるで魂の抜けた状態。そんなリュウに、ロコナは見当違いなものの励ましてくれる。 リュウは玉砕覚悟で気持ちを伝えに行くが、神殿にレキはおらず、部屋には書きかけのノートが放置してあるだけだった。 そこには、リュウに対する好意的な記述が書かれていて、照れまくるリュウ。そこにレキが帰ってきてノートを見たなと大暴れ。 すったもんだの末に、お互い両想いであることを知り、付き合おう宣言をするのだった。 自分が不在の間にリュウにノートを見られていたと知ったレキは大激怒するのだった。 「人の手記を、勝手に読んでいいと思っているのか!? いったいどんな教育を受けてきたのだ!?」 怒りまくるレキにリュウは…… 「ぼ〜〜〜〜〜〜……」 まったく、何もやる気がしない。 気力ゼロだった。 「たいちょ? たーいちょー?」 「はぁ……」 がっくり、と項垂れる。 「どーしたの、あれ。まだケガが治ってないとか?」 「そ、そんなはずは……もう大丈夫だって、レキさんは言ってましたっ」 ざくっ、とレキの名前が胸に突き刺さる。 「あ……ますます落ち込んでる」 「ふん。俺に危機を救われたことで、己の無力を思い知ったのだろう」 なんか、好き勝手言い始めた…… 「いやいや、ケガする前から、時々あんな感じで、ボーっとしたり、溜息ついたりしてたぞ」 「うん。このところ、ずっと様子が変だ」 「最近、食事もあんまり食べてないですし……」 遠巻きから、心配そうに俺を見つめるロコナたち。 「朝からフラっと出かけたと思えば帰ってくるなり、この調子だ。いったい、どこ行ってたんだ?」 ……神殿だよ。 朝から、神殿に行ってたんだよ。 レキに……詫びようと思って…… 叩かれた頬が、まだ痛いような気がする。 それほど強く叩かれた訳じゃないのに。 それだけ心配かけたことを謝ろうと思った。 「はぁ……」 もう一度、溜息。 レキは……会ってすらくれなかった。 門を閉ざし、神殿の中から、 『帰ってくれ』 たった一言。 それでも、しつこく粘ったのだが―― レキが門を開けてくれることは、無かった。 「あああああああぁぁぁ……」 「な、なんだなんだ? どーしたオイ」 「こ、今度は悶え始めたよ……?」 「最近、ホントにどうかしてるぞ、リュウ」 そっとしておいてくれ…… 俺はもう、決定的に嫌われたんだ。レキに…… 「生ける屍だな、まるで」 「鬱陶しい、どこかに捨ててくるか」 「ダ、ダメですよ〜、隊長を捨てちゃったら〜」 いや、いっそ誰か、本当にどこかに捨ててはくれまいか。 こんな俺なんて……もう…… リュウ・ドナルベインが途方に暮れ、失意の底で悶え続けている頃―― もう一人の存在も、頭を抱えていた。 「はぁ……」 もう一人の存在、とは彼女に他ならない。 リュウ以上に溜息を漏らしつつ、ベッドの上で、ジタバタと悶え続ける。 「どうしたのだ、私はいったいっ……」 後悔。〈韜晦〉《とうかい》。雨あられ。 あの時、リュウの頬を叩くツモリなんて本当は無かったのに。 ありがとう―― そう告げるツモリで、リュウの目覚めを待っていたのに。 たった一言、礼を伝えるはずが、なぜか説教を食らわして、追い討ちのビンタ。 「あ……あれはっ、リュウが命を粗末にしようとしたからだっ」 側には誰もいないのに、声に出して弁明する。 「そ、そうとも。その通りだっ。神官として、座して黙するわけにはいかなかった!」 うんうん、と頷く。 「そもそも、国境警備隊の隊長ともあろう者が、密猟者の人質になるなんて、面子や誇りは無いのかっ」 「剣を捨てろ、と言われれば素直に捨てるしっ。服を脱げと言われれば、素直に脱ぐしっ」 「挙句の果てには、私を、大切な人だ……などと」 「大切な人だ……なんて……」 「………………」 かぁぁっ、と頬が紅潮する。 「お、臆面もなくっ、あの大ばかものっ!」 じたばたじたばた。 まるでバタ足で水泳しているかのように、ベッド上で悶えるレキ。 その姿は、およそ神殿を司る神官とは思えない、一人の可憐な少女、そのものだった。 「大ばかものぉぉ〜っ!」 ……夜になった。 結局、今日は一日中、ずっと溜息ばかり漏らしていたような気がする。 「……まさか、こんなにダメージを受けるとは」 こんなことになってから、初めて気づくなんて。 俺は、自分でも驚くほど、レキのことが好きだったみたいだ。 でも、今更気づいても、どうしようもない。 完璧に嫌われたもんな…… 想いも伝えないうちに、失恋してしまった。 「つくづく情けない……」 ノックの音。 『隊長、ロコナですっ』 「あー、ロコナか。開いてるぞ」 投げやりに応える。 ドアが開いてロコナが入って来た。 「大丈夫ですか?その……何があったか知りませんけど、元気出してください、たいちょー」 俺を一目見て、ロコナは気の毒そうな顔をする。そんなやさしさが、今はとても身に染みる。 「……すまん、なんか色々と心配かけて」 「ホント……最近の俺はダメだなぁ……」 がっくり項垂れる。 「そ、そんなことないですよ〜〜っ」 ロコナが俺の傍らに座る。優しく、俺の背中をポンポンと叩いてくれた。 「元気だしてください。ちっともダメなんかじゃないですよっ! 森の平和も守ったし、びしっとレキさんも助けたし!」 「うう……」 それが元で、俺はレキに嫌われちまったんだけどな。 でも、あの場合、ああするしか無かったんだよ。 俺は間違ってなかった……と、思う。 はぁ…… 「ん、わかりましたっ」 「不肖、このロコナっ!たいちょーが元気になれるよう、景気づけに一曲、吹きますっ」 すちゃっ、と角笛を取り出すロコナ。 「わわわっ、ちょ、待った! 角笛はいいっ」 慌てて制止する。 気持ちは嬉しいが、この至近距離でおはようラッパは勘弁してもらいたい。 「なにか……お力になれることは、ないですか?」 心配そうに、ロコナが俺の顔を覗き込む。 そして、また優しくポンポンと背中を叩いてくれた。 ……なにやってるんだよ、俺は。 部下にも心配かけて、一人でウジウジと。 「ごめんな……ロコナ。気ぃ遣わせちゃって」 「ふぇ? そ、そんなっ、気を遣うだなんて!」 「たいちょーのためならば、例え火の中、土の中ですよっ」 水の中、な。 「………………」 「……あの、さ」 ポツリ、と俺は語りだす。 ずっと、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。 ロコナなら――茶化したりせず、聞いてくれるハズだ。 「なんでしょぉ……?」 姿勢を正し、ロコナが聞く体勢になった。 「実は……さ」 「俺……レキのことが、好きなんだよ」 「え……?」 ぱちくり、と瞬きをするロコナ。 「恋、なんだと思う。最初はそんなツモリなかったのに」 そう。最初はそんなツモリは無かった。 漠然とした好意を抱いていた。 それが、ここ数日でくっきり形になって…… ……まあ、そんな気持ちを伝える前に、レキの方から、きっぱり線引きされちまったけど。 「ちょ、ちょっと待ってくださいね!頭の中が混乱してきました」 「ええと、ええと、隊長がレキさんのことを……?」 「ほ、本当に、本当ですか?」 「……うん」 しょんぼりと肯定。 「ぜんぜん……気づきませんでした……」 俺だって、自分の気持ちに気づいたのは最近だよ。 気づかなきゃよかった…… 「もう、レキさんに気持ちは伝えたんですか?」 俺は力なく首を振って答えた。 「伝えるもなにも、その前にキライだって言われちゃったから」 「ええええええっ!?」 告白する前にフラれるなんて、ほんと惨めだよな。 「レキさんが……隊長をキライ……?」 言葉にされると、また胸が痛い。 「ええと、それじゃまだ、ちゃんと想いを伝えてないんですか?」 「だから、それ以前の問題だったんだよ……」 これ以上、惨めな思いをするくらいなら、何も伝えずに、これまで通りの関係を貫いた方がいい。 「……なるほど」 「お話はわかりましたっ」 ふんっ、と鼻息荒く、ロコナが立ち上がった。 「そーゆーことであればっ、このロコナ、隊長のお力になりますっ」 ……え? 「さっそく、神殿に行ってきますっ」 ドアに向かって、駆け出そうとするロコナ。 「ちょっ、待て待て待てっ!!」 慌てて、その手を掴む。 「神殿に行ってどーするんだよっ!」 「えっと、レキさんに隊長のお気持ちを伝えに……」 「だああああああっ!」 何も分かってねえ!? 「あ……あれ? わたし、間違ってましたか?」 「だから、気持ちを伝える前に嫌われたんだってば」 「う〜〜〜ん?」 よくわからない、といった感じで首を傾げるロコナ。 「たいちょー……」 「わたし、難しいことはよく分かりませんけど……」 まっすぐに、ロコナが俺の目を見つめた。 「それでも、ちゃんと気持ちを伝えた方がいいと思います」 珍しく、ロコナはハッキリと言い切った。 「………………」 「伝えられて、初めて分かることだってあります」 「わたしなんか、頭が良くないから、特にそーですっ」 自分を指差し、ロコナは苦笑いを浮かべた。 「プレゼントなんかいらないよ〜、なんて言っててもいざ、プレゼントあげるよって言われたら……」 「やっぱり嬉しいです。欲しいです」 「う、この例えは、分かりにくいですね。ん〜っと、どう説明したら……」 「……いや、なんとなく分かるよ」 「分かるけど……」 でも、改めて拒絶されたら、どうするんだ? それだけは避けたい―― 俺は臆病者……なんだろうか? 「隊長は、強い人です」 え……? い、いきなり……何だ? 「コッカスにも、木の棒一本で挑んでいきました」 「密猟者に襲われたときも、逃げなかったですっ」 「あのときは……」 レキがいたからだ。レキを守らなくちゃならないという一心だった。 「相手が誰だろうと、たいちょーは逃げない人ですっ」 「だから……ビクビクしちゃダメです」 じっ、とロコナが俺を見つめる。 「………………」 「……俺は逃げない人、か」 「はい!」 「リュウ・ドナルベインは臆病者じゃない?」 「臆病者なんかじゃないですっ、保証しますっ」 ロコナの言葉を受ける度、力が湧いてくるような気がした。 「そっか……」 「そうですよっ」 「伝えなくちゃ、伝わらないこともあるか」 「ありますっ!」 「……ん」 ロコナの言葉を、深く噛み締める。 拙い説明だったけれど――ロコナの優しさと暖かさが、詰まっていた。 そうだよ。コッカスの時も、密猟者と対峙した時も、先の結果なんて考えなかったじゃないか。 ただ、今の自分に出来ることをやった―― 怯むな、臆病者。当たって砕けろ、俺。 ――よしっ!! 「行ってくる」 「レキのところに――気持ちを伝えに!」 「がんばってくださいっ」 ビシィ! と自分チョップ敬礼をして、ロコナは俺を見送ってくれた。 直らないなぁ、アレ。 「レキー! いるかー?」 神殿の地下、レキの私室にズカズカと上がり込む。 だが、そこに人気はなかった。 「なんだ、いないのか……」 勢いで飛んできたのに、その矛先を失って、たちまち勢いが落ち込む。 「……う、いかんいかん。弱気になるな」 結果はどうあれ、ちゃんと気持ちを伝えようと決めたのだ。 待たせてもらうか。それとも探しに行くか…… 「……ん?」 なんとなく目を泳がせた先に、レキの机があった。その上に、本のようなものが開いたまま置いてある。 「これは……」 レキのノートだ。村の人たちについて書き留めてあるノート。 「あ、俺の……」 開かれていたのは、俺のページ。ノートの脇にはペンが転がっている。 つい最近、そこに何かを印したということだ。 いけないと思いつつ、その端正な文字の並びが、自然と目に入ってきてしまう。 「………………」 「これは……」 思わず目を疑う。 「どうしてあんな事をしてしまったのか、自分でもわからない。いきなり引っ叩くなんて……」 そんなふうに、メモは始まっていた。 命を危険に晒すリュウが、許せなかった。 私を守ろうと、無茶をするリュウが許せなかった。 もし、あの時……リュウが命を落としていたら。 考えただけで、ゾっとした。 リュウのいない毎日。リュウを失った毎日。 ……胸が痛くなる。 気づけば、リュウのことばかり考える。 どんな顔をして、リュウに会えばいいのかわからない。 でも……会いたい。 この気持ちは……いったいなんなのだろう? この気持ちは…… そのノートは、疑問で終わっていた。 俺もそこが知りたい。その気持ちは――なんなんだ? 「レキ……」 すっかり嫌われたのだと思い込んでいたが、この文面から察すると、レキも俺のことを…… 「なにをしている?」 「ひっ!?」 突然、背後で低い声が響き――俺は、思わず手にしたノートを落としてしまった。 「む……?」 レキの視線が、床のノートに注がれる。 「な……っ!?」 顔を上げ、俺を見つめたレキの顔は、まるで幽鬼のようだった。 「……見たなぁぁぁ!?」 地獄の底から響いてくるような声。 「み、見てない見てない!」 「ウソをつくな! 見たなら見たと、読んだなら読んだとハッキリ言え!」 「わ、わかったすまん! 読んだ!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」 正直に言ったのに、レキの怒りはさらに燃え上がった。 「人の手記を、勝手に読んでいいと思っているのか!? いったいどんな教育を受けてきたのだ!?」 「すまん! ゴメン! 見る気はなかったんだ!」 「うぅぅぅぅ〜〜〜!」 「軽率だった。本当にごめんっ!」 心の底から、謝る。 少しだけ、レキの怒りが弱まった……ような気がした。 「で、でも、机の上に、開いて置いてあったんだし、それはレキの無用心ってやつじゃ……」 「そもそもっ、人の部屋に無断で入ること自体が、おかしいとは思わないのかっ!!」 大喝が下された。 まったくもって、その通りだ。 レキの怒りが、ますます膨れ上がったような気がした。 「なにを見た!?いったいなにを見たのだ!?」 「えっと、それは……」 「……そんなに、俺のことばかり考えてくれてるの?」 「………………はぅぁ」 レキが仰向けにスーッと倒れていく。 「あ、おい! レキ!」 レキの体を慌てて受け止めた。俺の腕で、レキが目を開く。 「う…………!」 俺と目が合った瞬間、レキの顔が真っ赤に染まった。 「大丈夫か?」 「ううううううう……!」 唸ってる。キッと俺を睨みつけた。 「ばか! ばかっ! このばか!」 バシ。バシ。バシ。 いじめられっ子のように、ポカポカと殴りかかってくるレキ。 「イテっ。イタイって……」 ジリジリと後退して―― っ!? 「あだぁっ!?」 木箱に躓いて、そのまま派手に転倒する。 その瞬間、焼けるような痛みが腕に走った。 「ッ痛!?」 やべ、腕の傷が開いちゃった…… 白い包帯、赤いシミが広がってゆく。 あっという間に、白は全て赤に塗り替えられ―― 「わ、ち、ち……血っ……」 ごくっ、と喉がなる。 遠のきそうになる意識を、歯を食いしばって耐える。 「あ、リュウ! リュウ!」 倒れた俺を、レキが抱き起こしてくれた。 甘い匂いが鼻先をくすぐる。 「すぐ止血するっ!」 しゅるり、と一本の紐を掴んで、俺の腕を縛り上げるレキ。慣れた手つきだ。 それにしても、レキの腕の中は心地いい。ふかふかで温かくて。 ずっとこうしていたい。 ……少し気分が落ち着いた。 「大丈夫か!? リュウ!!」 「だ、大丈夫……平気……」 「す、すまない! 悪かった! 許してくれ!」 「……ノート見たの、許して、くれるか?」 「許す! 許すから、私も許してくれ!」 なんだか、よく分からなくなってきた。 「よかった。嫌われなくて」 ホッとして笑みがこぼれた。俺を覗き込んでいたレキの顔がカッと赤く染まる。 「ほ、包帯を換えるっ! そこで待てっ!」 顔を背けて、レキが俺から離れる。 俺は、その横顔に語りかけた。 「俺……レキに嫌われたと思ってたんだ。それが心配で……」 「………………」 「き、嫌ってなどいない……」 「リュウのことは、き、キライではない」 顔を背け、背一杯という感じでそう言う。 小さく震える、その細い肩を見ていたら、想いが溢れ出してきた。 「俺は、レキのことが、す、好きだぞ」 肝心なところで言葉を噛んでしまった。カッコわる…… 「……え?」 でも、レキはそんな些末なことには思い至らなかったようだ。 信じられないものでも見るような目で、俺を見つめる。 「な、ななな、なにを言うんだ急に……」 気の毒なぐらい動揺している。 俺の方を見られないらしく、体ごと顔を背けた。 「あのときだって、決して自分の命を無駄するつもりだったわけじゃない」 「ただ、レキを助けたかっただけなんだ。俺にとってレキは、自分よりも大切な存在だから」 「な……な……なにを……」 レキは、言葉を失って口をパクパクさせた。空気を求めて喘ぐ魚のようだ。 「好きなんだ」 「あ、あう……」 レキは言葉を失ってしまった。石のように固まって動かない。 「うん……」 「ただ、俺の本当の気持ちを知って欲しかった」 「……そ、そう、か……」 レキは何度かためらってから、ようやく顔を上げた。だが、俺の方は見られないでいる。 俺から目を背けたままで口を開く。 「そ……それなら、私も、そ、そなたが……」 言葉を切って、すーはー、と深呼吸するレキ。 「す……すすっ、好きっ、なのかもしれない……!」 レキの言葉。レキの気持ち。 レキのそんな不器用な告白が、俺の心の芯を温かくしてゆく。 ココに来るまであんなに重かった気持ちが、空に舞い上がらんばかりに軽くなっていた。 今なら、本当に空も飛べそうだった。 「……じゃあ、仲直りの握手だ」 手を差し出す。 レキは、キョトンと俺を見つめ返した。 「な……仲直り?」 「ああ、仲直りだ」 「それと、これからもよろしくって意味で」 「その……お互い、好意を寄せ合う同士ってコトで」 「っ……」 またしても、レキの顔が赤くなる。 「そ、それは……恋仲になる握手、というコトか?」 「うん。それ。恋仲になる握手」 大きくうなずき返す。 いきなりキスとかよりは、その方が俺たちらしいと思ったから。 「ここから始めよう。新しい関係をさ」 「新しい……関係……」 強ばっていたレキの顔が、かすかにほころぶ。 そして、差し出した俺の手を握り返してきた。 手のひらが、温かく柔らかいものに包まれる。 レキの柔らかな手は、今まで以上に、レキが女だということを強く感じさせた。 「その……いろいろ不慣れで、至らないところもあると思うが……」 「これから……よろしく頼む」 その固い挨拶が、もう至っていない。これから付き合おうって相手への言葉じゃない。 でも、レキらしい。だからこそ嬉しい。 「こちらこそ、よろしくな」 レキの手を、しっかりと握り返す。 「あう……」 それだけで、レキは耳まで真っ赤になってしまった。 さて、こんな具合でこれからどうなることやら…… だがともかく―― 俺たちは、こうして恋仲同士になったのだった。 地面から、少し浮いているような気分だった。 夢じゃないだろうか、と何度も疑う。 ジンジンと腕が痛みさえしなければ、何度も、頬を抓って真偽を確かめただろう。 レキと――恋仲になったんだ。 笑みが零れる。 歩調はどこまでも軽く、俺は兵舎まで駆けて帰った。 「あ……たいちょー!!」 兵舎の前で、ロコナが俺を待っていた。 「おお! ロコナっ!」 満面の笑みで応える。 それだけで理解したのか、ロコナは表情を輝かせた。 「お気持ち、ちゃんと伝わったんですねっ」 「ああ、伝わった!それだけじゃなくて、実は――」 ロコナの耳元で、そっと打ち明ける。 レキも、俺を想っていてくれたこと。 二人で気持ちを確認しあい、恋仲同士だと認め合ったこと。 そして……これから新たな関係を築いていくと誓い合ったこと。 「じゃあ、レキさんと恋人同士にっ!?」 「こ、声がでかいっ」 「ふぇ? あ……す、すみませんっ!」 慌てて、周囲を見回すロコナ。 さすがに、まだ皆に知れてしまうのは恥ずかしい。 いずれ折を見て、レキとの関係を説明しなきゃならないだろうけど…… 考えただけでも、なんとなく気恥ずかしい。 しばらくの間、俺とレキとの関係は内密に―― 『ほほー。リュウとレキが恋人同士とな』 『そりゃまた、なるべくしてなった感じじゃのぉ……』 いっ!? 閉じられていた兵舎のドアが、ゆっくりと開く。 そこには、聞き耳を立てるポーズで立つ、ミントと爺さんの姿があった。 「ぬ……盗み聞きしてたのかーっ!?」 「ノンノン。それは人聞きが悪ぅーい」 「うむ。ワシらはたまたまドアにぴったり耳をくっつけて、外の物音を聞いていたら、偶然にも小耳に挟んでしもうたコンビじゃて」 そんな偶然があるかっ! 「た、たいちょー……ごめんなさいぃ」 い……いや、ロコナはけっして悪くは…… 「この手のメデタイ話題は、皆に知らしめてこそ喜びも分かち合えるというものじゃよ」 「明日にもなれば、村中の知るところとなろうて」 「あたし、ジンとかにも知らせてこーよう♪緊急速報だし、情報料ゲットできるかも」 あ、あああ、あああああ…… 呆然とする俺をよそに、早速、アルエたちに情報をタレ流し始める爺さんとミント。 緘口令を敷こうにも、時既に遅し―― 「言いふらすなって〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 俺の絶叫もむなしく…… レキと俺が、恋仲になったという噂は、一夜のうちに村中へと知れ渡り―― 名実共に、俺たちは周囲公認の恋人同士となったのである。 国境警備隊、隊長のリュウ・ドナルベインと―― リドリー教の女神官、レキ。 二人の恋仲が、放たれた矢のごとき速さで知れ渡っていった、その夜…… 一人の少女……もとい、 一人の自称・男は、夜空を見上げながら困惑していた。 「はぁ……」 溜息が、白い吐息となって霧散する。 「殿下、お風邪を召してしまいます。どうかお戻りください」 「別に寒くない」 嘘だった。寒くて、耳たぶがジンジンと痛い。 「それに、夜は足元もおぼつかず危険です。万が一のことがあると……」 「転げ落ちたりもしない。心配性だなぁ」 「すぐ戻るから、部屋に帰ってろ。ちょっと一人で星を見たい」 「殿下……」 アロンゾには、なんとなく分かっていた。 アルエは、星が見たいわけじゃない。一人で考えたいのだ……と。 考えるのはもちろん、あの男のこと―― 「……熱いお茶を用意しておきます。あまり長居なさりませぬよう」 一礼して、アロンゾは下がった。 ひゅぅぅぅ、と吹き抜ける夜の冬風は、体の芯まで染み入る冷たさだ。 「リュウが……レキと恋仲に……」 「めでたい……よな?」 自分自身に問いかける。 心の中には、モヤモヤとした、説明のつかない感情が、〈縺〉《もつ》れ合っている。 それが、リュウに対する淡い好意だということを、アルエは理解していた。 あのドラゴンの巣穴に落ちた日……アロンゾに指摘されて以来、ずっと心に引っかかっていたのだ。 遅い――初恋だった。 「ボクは……男なんだぞ」 だからこれは、間違った感情だ。 一時の気の迷いか、何かの間違い。 「………………」 「……間違い……なんかじゃない」 間違いなんかじゃない。 リュウのことが、好きだった。 今でも――好きだ。 命をかけて、何度も窮地を救ってくれた。 時には、厳しく叱ってくれた。 心の中の、かなりの部分をリュウの存在が占めていた。 だから―― だからこそ分かる。レキの気持ちが。レキの愛情が。 「うぅ……」 ほんの少し、視界が滲む。 男であれば、こんな思いはしなくても済むのだろうか? いっそ、この失恋らしき哀しさを埋めるために、花のエキスを飲み干して、男に戻ろうか…… そうすれば、色々なことに諦めがつく。 「……それは、ヤだな」 ポツリ、と呟く。 男に戻ることを、逃げには使いたくない。 リュウに恋した、自分の“女らしさ”は、確かに存在したのだから…… それを覆い隠すために、その言い訳に、花のエキスを使いたくはない。 「……ははっ」 あれほど、男に戻りたがっていたのに。 どんな手を使ってでも、戻ろうと決めていたのに。 いざ自分の中の“女らしさ”を実感してしまうと、気持ちにためらいが生まれる。 もうすこし、自分を見極めてみよう――と、結末を先送りしたくなってしまう。 それでいいのかもしれない。 男には……いつだって戻れるのだから。 この淡い失恋が教えてくれた、自分の女らしさを―― もう少しだけ、観測していたい気持ちになった。 「……うん。めでたい」 「よかったな、リュウ……レキ」 夜空の星々に向かって、祝福する。 アルエの頬を、一筋、きれいな涙が流れた。 恋人同士になったリュウとレキ。しかしレキは、リュウの顔を見ただけで赤面して逃げ隠れする。付き合ってるのに逃げちゃダメだと諭すリュウ。 これではいかんと自分でも思い、レキは村の少女たちに恋の相談をする。そんなレキに少女たちは驚きつつも、色々と教えることに。 はじめは初々しい内容だったものの、徐々に過激な内容になり、ついにはエッチ講座が始まってしまうのだった。 繰言になってしまうが―― 俺とレキの関係は、村中に知れ渡ってしまった。 ……これは大きな誤算だった。 いずれ知られてしまうだろう、とは思っていたが、その頃には、俺もレキも新たな関係に慣れ始めて…… まあ、分かりやすく言えば、恋人らしく振舞えるようになっている……予定だった。 しかし、いきなり知れ渡ってしまった。 当然、その情報はレキ本人の耳にも入り―― 神殿に殺到して『おめでとう』を連発する村人たちの優しさに、レキは赤面しっぱなしだったそうな。 「はぁ……」 いきなり、妙な事になっちまったな…… まだ、これから関係を深めていこうって矢先なのに。 既に周囲はお祭り騒ぎときたもんだ。 「おや隊長さん! これからレキ様のところかい?」 「あ、あははは……まあ、そんなとこ」 「いいねえ、若いうちはそうでなくちゃ」 「赤ちゃんの顔、早く見たいねえ」 あ、赤ちゃんて!! 俺たち、これから付き合い始めようぜって段階なのに。 まったく…… 道中、5人の村人たちにレキとの間柄を祝福されて、ようやく神殿までたどり着いた。 さて……肝心のレキは…… あ、いたいた。レキ発見。 「おーい、レキ」 「っ!?」 「………………あ、あううっ!」 え……? いきなり駆け出すレキ。 もしかして……今、逃げた? 「あ、おい、レキ!?なんで逃げる?」 追いかける。 「わわ!? く、来るな!」 「来るなって……」 なぜ、いきなり拒絶されるんだ? 「い、いいから来るな! ちょっと待て!」 レキは、物陰に隠れた。 『落ち着け! そこでしばし待て!』 「何なんだいったい?」 『すー、はー……すー、はー……』 深呼吸してる。ホントに何なんだ? 「どこか具合でも悪いのか?」 あまりに様子がおかしい。少し心配になる。 『いや、そ、そういうわけでは……』 「じゃあ……やっぱり俺と付き合うのがイヤになったとか?」 恐ろしい想像だったが、レキの態度から察するとそうなる。 「ち、違う! 勝手な勘違いをするな!」 レキは、物陰から顔を出し激しく手を振って否定した。 「あ……」 だが、俺と目が合うと、またコソコソと物陰に引っ込む。 「どう考えても嫌われているような気がするぞ」 『そ、そうではない……』 消えそうな声が否定する。 「じゃあなんだ?」 「と、突然だから驚いてしまったのだ」 「驚いたって……会っただけだぞ?」 「急に現れるからだ。こちらにも心の準備というものがあるだろう」 震える声で俺を責める。そんなこと言われてもな。 「恋人に会うのに、そんなに緊張することはないだろ?」 「こっ、恋人!!」 怒鳴った。 「とにかく落ち着け」 「付き合い出したからって、そんなに構えることはないだろ。今まで通りでいいんだよ」 「わ、わかっているっ」 「しかし……ここ数日、連日のように村の者が来て、その、なんだ。私とリュウのことを祝うのだ」 あー、うん。その話は聞いてる。 「恥ずかしくて、倒れてしまいそうだっ」 「こ、こういうことには、慣れていないのだ」 「それは……俺もだけど」 それにしても意外だ。普段が普段だけに、レキがたった恋愛ひとつで、こんなに、おろおろしてしまうとは思わなかった。 「でも、そんなんじゃ話もまともにできないぞ。恋人と話もできないってのは困る」 「そ、それは……そうだが……」 所在なく言って、困り顔で考え込む。 「徐々に慣れるとは思うけど、意識し過ぎないで、肩の力を抜こう」 「………………」 「わ、私が思うに」 顔を真っ赤にしたまま、レキが語りだす。 「その……色恋についての私の無知が、必要以上に、私を動揺させているんじゃないかと」 うん? どういうことだ? 「つ、つまりだ。私は……生来、こういった事に疎い。男と付き合ったことなど一度もないのだ」 「だから、知らないことが多すぎる。余計に腰が引けてしまう」 なるほど…… 「少し、時間をくれ。私なりに、色々と学んでみるつもりだ」 「学んでみるって……どうやって?」 恋愛小説でも読むのか……? 「任せてくれ。たぶん、大丈夫だ」 レキが、思いつめた顔で言う。何が大丈夫なのか、まったく説明になっていない。 どうするつもりなんだろ…… その日の夕刻―― 神殿に、村の少女たちが集まっていた。 『たまには茶のみ話でもしよう』 そんな風に、レキに誘われたのだ。 甘いお菓子と、ミルクたっぷりのお茶。 村娘たちは、あれこれと、リュウの話を聞きたがる。 笑ったり、聞こえないフリをしたりして、彼女たちの質問攻めをかわし続け―― そして、ようやくレキは本題に入った。 「あー……こほん。そなたたちに、少し尋ねたいことがあるのだが」 「尋ねたいこと、ですか?」 「えー? なんだろ? なんですかレキ様ぁ」 「難しいお話はちょっと……わかんないかもです」 「い、いや、ええと……その。実は、王都に住んでいる私の知人が、つい先日、お、男と付き合うことになったらしいのだ」 若干、声が裏返ってしまう。 あくまでも、それは自分とリュウのことではない ……と、アピールしなくてはならない。 「あ、あはは。困ったやつなのだ。遠く離れた私に、相談事を色々と持ちかけてくる」 「話を聞くと、その、どうやら初めて恋人を持ったらしくてな。まったく、初々しい話だな。うん」 よし! 我ながら完璧! ……とレキは自画自賛した。 一方の少女たちは、もう、最初の段階で、『ああ、レキ様ご自身の話なんだな』と看破している。 知らぬはレキばかりなり……なのだった。 「えっと、それで、あたしたちに尋ねたいことって……」 「う、うむ。さっきも言ったが、その者は、初めて恋人を持ったのだ。それで、いまいち、相手との接し方がわからないらしい」 「接し方が……わからない?」 「あ、会うたびに、恥ずかしくなって、逃げてしまったり……言葉が出なかったりするのだ」 「………………」 マジっすか、と言わんばかりに、レキを見つめる三人娘。 「わ、私の話ではないぞっ。王都の知り合いの話だっ」 言われてから、ああ、そういう設定でした、と少女たちは苦笑を浮かべる。 意外なレキの恋愛相談に、少女たちは内心お祭り気分だった。 「いったい彼女は、どうしたらいいのだろうか?」 少女たちはお互いの顔をうかがい合い、譲り合って、1人の少女が小さく手を挙げる。 「そんなに深く悩むことはないと思いますよ。要するに慣れの問題です」 みんなを代表し、その少女が言う。女たちは皆ウンウンとうなずいた。 「慣れ、か。それは一理あると思うが……」 レキは、まだ不安そうだ。 「慣れるまではどうしたらよいのだ?距離感がわからないのだ。……と言っていた」 最後の『言っていた』が、あからさまに付け足しで、少女たちは苦笑を噛み堪えるのに必死だった。 そもそも、レキにとっては、すべてが初めての経験。何が良くて何がいけないのかが、まずわからない。 「お互いに好き合っているのですから、触れあって、さらに距離を縮めるべきですよ」 「ふ、触れあうのか!?」 「ですです。もう、手は握ったのですか?」 「え? あ、ああ……握手程度なら……」 「あ、いや、握手程度ならしているそうだ」 「恋人同士で手を握り合うのは、握手とは意味合いが違いますよー。もっとこう……」 2人の少女が、お手本とばかりに手を握り合う。 2人の指が知恵の輪のように複雑に絡み合っているように、レキには見えた。 ……想像を超えている。 「恋人同士は、こうやって握るんです」 「……無理だ」 レキはさじを投げた。自分にできるとは思えない。 「レキ様、手を握るなんて初歩の初歩です。こんなのはお友だちレベルですよ」 「そ、そうなのか?では、つ、次はどうするのだ?」 「接吻です」 「せっぷん? ……接吻!?」 レキは唖然とした。 もちろん知識はある。 だが、レキにとっては異国の風習のようなもので、自分がすることがあるなどと思っていない。 「無理だ」 キッパリと言った。 人工呼吸ならまだしも、接吻は無理だ。 「ええと、王都のお知り合いの話ですよね?」 「へ? あ、ああ! そうだ!でもたぶん……無理なのではないかな、となんとなく思ったのだ。可能性の話だ。可能性の」 だんだん、自分が何を言っているのかわからなくなってきた。 「接吻もまだ初歩の初歩です。まだまだその先があるのですよ」 「そ、その先までも!?」 「そーです。恋人同士っていうのは、そういうものなんです」 「そ、そうなのか……?」 「ちなみに、その辺のハードルはクリアしないと、破局になってしまうこともあります」 「は、破局!?」 「キスさせてくれないから別れる、なんて、わりと聞く話ですよ」 「なんということだ……」 気が遠くなる。 恋愛とは、かくも厳しい試練の道だったのか。 「……わかりましたっ」 「こうなったら、あたしたち力になりますっ」 「さすがに、レキ様はオクテすぎますっ」 「い、いや、私ではなく知り合いの……」 「キスなんかで驚いていちゃ、ダメです」 「そーですよ。あたし、キスなんか毎日してました」 「え、誰と? エド?」 「うん。舌絡めて、ディープキス」 「し、舌を絡める!?」 「あと、胸を揉まれたり……胸、吸われたり」 「なっ、ななななっ!?」 レキの理解を遥かに超えていた。 早くも、頭の中はパンクしそうだ。 「っていうか、あたし見ちゃったんだけど」 「エドが塩堀に行く前日、森のところでさ……」 「あ……ちょ、まさか」 「思いっきり……フェラしてたよね、エドの」 む? ふぇら? 知らない単語が出てきたことに、レキは困惑した。 「み、見てたの……?」 「別に恥ずかしがることないよー。フェラくらいなら、あたしもあるある」 「ふぇら……とは、いったいなんだ?」 素朴な疑問だった。 「フェラっていうのは、男の人のアレを、お口でしゃぶってあげることですよ」 「アレを……しゃぶる?」 「えっと、お○んちんを……こう、口とか舌で……」 レロレロ、と実践してみせる少女。 「……ッ!?」 レキの中で、ようやく理解が繋がった。 「つ、つつ、つまりっ、男性の……性器を、舐めたり、咥えたりする行為、なのかっ!?」 「そーです♪ 付き合ってると、なんか、けっこう求められちゃうんですよね。フェラしてよー、とか」 「○×△□っ!?」 パニック状態。 そして、レキの脳裏には……先程からずっと、リュウの股間に舌を這わせる自分の姿が浮かんでいた。 「そ、そのようなっ、そのような行為をっ、本当に恋人同士はするものなのかっ!?」 「しますよー。飲んでくれ、なんて言われちゃって」 「エドはねー、顔にかけたがる派。髪についちゃうと面倒だって言ってるのに」 「うわマニアックー」 「ま、まさか、飲むとか、かけるとか……」 「せーしですよ、せーし」 「!!!!!!!!」 「レキ様、飲んであげた方が喜ばれるみたいですよ」 「わかんないよー。隊長さんも、エドと同じ趣味かも」 「どっちだろうねー、隊長さんって」 「はう……はぅぅぅぅっ」 ぱたりこ。 ついに頭がオーバーヒートを起こし、レキは倒れてしまう。 「ちょ、ちょっとレキ様? レキ様ーっ!」 「だ、大丈夫だ。少し混乱してしまっただけだ」 ゆっくりと立ち上がる。 顔は、茹でたカニのように真っ赤になっていた。 「フェラで驚いてちゃ、ダメですよー」 「え、どこまで話する? 本番までする?」 「その先も言っちゃう?」 「先って……おしり? SM?」 「はうぅぅぅ……」 またしても、倒れそうになる。 その時―― 「きゃんっ!?」 三人の少女は、ノックの音に身を強張らせた。 神殿のドアが開き、やってきたのは―― 「レキ、よかったら一緒に散歩にでも……」 「あれ? 先客がいたのか」 三人娘を見つめて、照れ笑う男。リュウ・ドナルベイン。 ……まあ、俺なんだけどな。 実は……ずっと神殿の外で、立ち聞きしていた。 そろそろ、レキが限界のようだったので、助け舟のつもりで、ドアを叩いたのだ。 「あ、いえいえっ、あたしたちもう帰りますからっ」 「どうもお邪魔しましたっ、レキ様っ」 「お菓子とお茶、美味しかったです♪」 「失礼しました〜♪」 ぺこりと一礼して、神殿から去ってゆく三人娘。 すれ違い様に―― 「ファイトですよ、隊長さん♪」 そっと、耳打ちされた。 ファ、ファイトって…… 「はぁぁぁ……力が抜けた」 へなへな、と崩れ落ちるレキ。 よほど、話の内容に仰天したらしい。 ……でも、全部が全部、過激だったわけじゃない。 さすがにフェラ云々から怪しい雲行きではあったけど。 「さ、散歩だったな? 少し待っていてくれ……」 「散歩か……散歩はいいな。普通で」 思わず苦笑してしまう。 過激な話を聞かされ続けたから、感覚が、だいぶ大らかになっているようだ。 この調子で、距離も縮まればいいんだけどな。 ……ま、それは今後の、お互いの課題ってことで。 冬の間に酒瓶を仕込むことになり、その手伝いに行く警備隊。ちょうどレキも居合わせて、昨年に仕込んだ分のおすそ分け……という流れに。 色々と味見をしているうちに、酔っ払ってしまったレキをリュウが神殿まで送ることになる。 送り狼などとからかわれ、ちょっとその気になってしまうリュウだが、スヤスヤと幸せそうなレキの寝顔に邪気など吹き飛んでしまうのだった。 いよいよ、冬も佳境―― 身を切るような寒さに、辟易する季節。 こんな季節になると、欲しいものが幾つかある。 一つは、あたたかい暖炉。 一つは、ふかふかの毛布。 そして、もう一つは…… 「……んー、これは美味い」 口の中に、なんとも言えない芳香が広がった。 甘みの中にコクがある深い味わい。 「いい出来だな。蜂蜜の甘みもまろやかだ」 ちゃぽん、と酒瓶に指をつけて舐めるレキ。 「そんな、指で味見なんてしなくても。ぐいっとやってくださいよ、レキ様」 「うむ、ではお言葉に甘えて」 「ホメロさんは飲みすぎだよ……まったく」 ずらりと並ぶ、土埃に塗れた瓶…… これらは全て、昨年の冬に仕込まれた蜂蜜火酒だ。 ポルカの赤麦から作られた蒸留酒に、蜂蜜と、コペという葉を一枚漬け込んで、冷暗所で寝かせる。 一年経ったあたりから、飲み頃になるらしい。 今年の瓶を仕込むというので、手伝いに来たのだが…… 昨年分の味見、と称して、すっかりご相伴に預かってしまっていた。 「んっ、くっ……こ、濃いなぁ」 「殿下、あまりクイクイと飲まれては……」 「はーっ、お腹の中がカッカしてるぞ。口当たりは甘いのに」 「ドナルベインっ、どうしてこのような手伝いに殿下をお連れしたのだっ、この慮外者っ」 「お連れしてないっつーの。アルエが一緒に行くって自分から言い出したんだよっ」 「おい、何をボソボソしゃべってる。こっちの瓶もなかなかイケるぞ。甘さはマイルドだ」 次から次へと、味見しているアルエ。 ……意外と、酒豪なんだろうか。アルエって。 「ワシゃ、この酒を飲むのだけが毎年楽しみでなぁ。ういっく」 ホメロの爺さんも、もう真っ赤だ。気分好さそうに酔っ払っている。 「しっかしアレだな、つくづく思うんだけど、ポルカ村の蜂蜜火酒は味が違うよな」 うん? 味が違う? 「何と比較して、味が違うんだよ?」 「よその蜂蜜火酒だよ。例えば……んー、王都の酒場にもあるじゃん。蜂蜜火酒って」 あー、あったかもしれない。飲んだことはないけど。 「あれかね、これがホームメイドの魔力ってやつかね」 「ホームメイドって、家のメイドさんって意味じゃないよ?」 いちいち説明せんでよろしい。 「あ、でも、家庭によっても味が違うんですよ?」 「ユーマおばさんちのお酒は、特に美味しくて、いつも村の評判なんです」 「よく言うよ、ロコナはすぐ酔っ払っちゃうくせに」 「うぅ、お酒には弱いのです……」 知ってる知ってる。おまけに脱ぎ癖もある。 「ジンの言う味の違いは、家庭の味の違い……というレベルの話じゃないのだろう」 「トランザニア産の赤麦を使った、割安の蜂蜜火酒と比べているのではないか?」 「やー、トランザニア産かどうかまでは知らんけど、そうなのかも。安かったし」 「蜂蜜火酒はねー、昔は赤麦と並んで、ポルカ村の名産品だったらしーのよ」 「まあ、セットみたいなもんだしね。赤麦と蜂蜜火酒」 「でも、トランザニアからの安い輸入品に押されてさ」 「今となっては、すっかり、ポルカの赤麦は高級品扱いになっちゃったからねー」 なるほど。あまり市場に出回らないってことだな。 そういや、そんな話を麦商人とイザコザのあった時、してたような気がする。 「ま、安物とは品質が違うわい」 「うん、こっちの方がぜんぜん美味しいよ!」 「あたしたちだけで飲むのもったいないなー。これ、絶対高値で売れるよ」 「とか言って、さっきからガバガバ飲んでるね」 既に味見のレベルを超えて、フツーに飲酒なんだが。 「みなさん、飲み過ぎない方がいいですよ〜。口当たりいいですけど、けっこうこれ強いんで」 確かに、大して飲んだわけじゃないのに、気づけば、かなり酒が回っている感覚がある。 「だから、女の子を落としたいときに飲ませるといいらしい。貴族インフォメーション」 「気づけばフラフラ。おっと危ない、送り届けてあげよう……みたいな」 「へぇ、なるほど」 落としたい女の子に飲ませる、ねぇ…… ちらりと脳裏に、半裸で色っぽいレキの姿が過ぎる。 「………………」 「……おい。なにをよからぬことを考えている?」 レキに睨まれてしまった。 「言え。いったい誰に飲ますつもりだ?」 「い、いや……別に」 というか、俺たちもう恋人同士なんだから、今さら落とす必要はないんだった。 「まったく……男というのは……んっんっ、ぷはぁ……」 お、おいおいおい、なんだその豪快な飲みっぷりは。 先程からかなり飲んでるのに、レキの様子は変わらない。 レキも、酒には強そうだもんな。 酔い潰して云々、なんて手が通じる相手じゃなさそうだ。 「こりゃ二瓶ぐらいは空になっちまいそうだねェ」 「なあに、今年多めに仕込めば差し引きゼロじゃよ」 ぐびり、と一口飲んで、爺さんがニカっと笑った。 ……そして、一時間が経った。 「ううう……」 「お、おいレキ、大丈夫か?」 レキはすっかり酔い潰れていた。 ……思ってたより、酒には弱かったようだ。 「レキさん、あんまり強くないのにいっぱい飲んでるから大丈夫なのかなぁって思ってたんですよね」 「そういうことは、もっと早く言ってくれ」 そして、ロコナも他人の事は言えないんだぞ。 「うう、リュウ〜……」 ぐでんぐでんになったレキがしなだれかかってくる。 抱き留めた体は、火照って熱かった。 「大丈夫か? 歩けるか?」 「あるひれふー……」 「なに言ってるかわかんないぞ」 こりゃ立つのも無理そうだ。 「たいちょー、送ってってあげてください」 「うん、そうした方がよさそうだな」 「おいレキ、しっかりしろ。今、神殿まで連れてってやるから」 「はふふはー……」 「ほら、しっかりしろ。よいしょっと!」 レキの体を、お姫様だっこで抱き上げる。 レキは思ったよりずっと軽かった。 「うー、リュウのにほひがふるー……」 俺の首筋に鼻を押しつけ、クンクンと匂いを嗅ぐ。くすぐったいし、照れくさい。 「いいのう、若い者は」 「からかわないでくれって。とにかく送ってくるから」 「よ! 送り狼!」 ちょ、なんつーことをっ。 「がんばってねん〜」 からかうような声が飛んでくる。 「や、やめろ。そんなことしないって」 「送り狼ってなんですか?どうしてたいちょーがオオカミなんです?」 「ふむ。話せば長くなるのじゃが……」 「だああっ。ロコナにおかしなことを吹き込むなっ」 「失敬な。保健体育じゃぞ」 なんだそりゃ。 「じゃ、とにかく行ってくる」 レキを抱え直し、その場をあとにした。 「うう〜〜、リュウ〜〜………」 腕の中でレキが暴れる。 「こら、おとなしくしてろ」 「リュウ〜……リュウはどこだぁ〜〜……」 レキが俺を探して手を伸ばす。 目は閉じていて、ほとんど眠っているようなのに―― それでも、光の射さぬ深い森の奧でも太陽の方向を向く植物のように……レキは、俺の方へと手を伸ばしてきた。 俺は、レキのその手を包み込むように握った。 「ここにいるから安心しろ」 「リュウ……うう〜ん……」 レキが、握った手に指を絡めてきた。つい最近覚えたばかりの、恋人同士の手の握り方。 「リュウ……ムニャムニャ……」 それで安心したように、レキは規則正しい寝息をつきはじめた。 「すぅ……すぅ……」 「気持ちよさそうだな。あはは」 こんな顔見せられちゃ、オオカミになんてなりようがないよな…… 「ったく、色々と隙の多い恋人さんだ」 くつくつと笑いがこみ上げてくる。 ちゃんと送り届けて、ゆっくり寝かせてやろう。 いい夢、見れるといいな……レキ。 辺境近隣の村の寄り合いがあるとかで、ヨーヨードが隣村まで出かけることになる。 ロコナとホメロも同伴し、ミントやアルエもくっついて行き一人で留守番状態のリュウ。それを聞きつけたレキが夕食を持って来る。 そうしている間に外は大雨になり、兵舎に泊まっていくことになるレキ。 雷の音で眠れないレキが、リュウの部屋にやってきて添い寝する。そのままムードに流されて、エッチしてしまう二人だった。 う…… ロコナの角笛で起こされた。 顔面が冷たい。特に鼻先がやけに冷たい。 あ〜、部屋にも欲しいな、小さな暖炉が。 一応、ホールの暖炉から通った煙突が、兵舎全体を暖めてはくれてるんだが…… 「部屋の中でも息が白いって……どうなのよ」 はぁぁ、と息を吐く。 毛布を被ったまま、足の指を器用につかって服を掴む。 ベッドに入ったまま、ヌクヌクと着替え。 「なんちゅう横着な朝の着替えじゃ……」 ぶっ!? 「なっ、なななっ、なななななっ!?」 「勝手にお邪魔しておるぞよ」 「ほれ、はよ起きんか」 ま、待て待て。ちょっと待て! 「なんで婆さんが俺の部屋にっ!?」 「用があって来たに決まっておるじゃろ」 「もうみんなホールで待っておるわい」 え……? みんな? 「しかし、なんとも色気のない男じゃのお」 「アロちゃんなんか、寝顔も可愛くての。つい目覚めのチューを頬に……」 うわ……同情するぞアロンゾ。 「行くよ、着替えたらすぐ」 「はようせい」 ブツブツと文句を言いながら、ヨーヨードは階下に向かっていった。 何なんだ、一体…… 「寄り合い?」 「うむ、近隣の村の会合でな」 ヨーヨードが、隣村で開かれる寄り合いに出かけるという。 「毎年持ち回りでやっとるんじゃが、今年は隣村が会場なのじゃ」 「隣村って……けっこう距離あるだろ?」 「馬車が来ておる。此度はぜひ、殿下もお招きしたいと先方が言い出してのう」 アルエを招きたい? 「うん、招かれた。ポルカ村以外の場所も見ておきたいしな。一緒に行って来る」 楽しそうに、アルエが笑う。 でも、なんでアルエを…… 「村のよきアピールになると考えたんじゃろ。馬車は、そのためのサービスじゃな」 なるほど……馬車なら、飛ばせば一泊二日で帰れないこともない。 「というわけで、今日は帰らんから留守番を頼むぞ」 その会合には、ホメロの爺さんも行くそうだ。 それから、ロコナも。 「すみません、よろしくお願いします」 「気にするな。爺さんと婆さんだけじゃ心配だもんな」 ロコナが付き添ってくれれば安心だ。 「しかし、キミたちまで行く必要があるのかね?」 部屋の隅で、大荷物を積み上げている一団がいた。 「愚問だ。護衛として殿下に付き従うのが俺の役目」 いや、まあオマエはそうだろうけど。 「なんか、儲け話の匂いがするからね〜」 実は、隣村には今、有名な曲芸の一座が来ているらしい。 人間業とは思えない、素晴らしい軽業を見せると評判なのだ。 「……まあ、いいけどさ」 俺は警備隊の隊長として、ここを離れるわけにはいかないからな。 「あー、なんかジンも一緒に行きたいみたいなこと言ってたんだけど、馬車の空きある?」 「大丈夫だろ。いざとなれば荷台に乗せればいい」 ……哀れな貴族の三男坊。 「すみません、隊長。明日には戻ってきますから」 「ああ、後の事は任せとけ」 一日くらい、俺一人で何とでもなるさ。 「おお、そうじゃ。今夜あたり空模様が怪しいでの。気をつけることじゃ」 空模様が怪しい? こんなに晴れてるのに? 窓の外に広がる青空に、チラと視線を向ける。 雲ひとつない快晴だが…… まあ、占い師の婆さんが言うんだから、信じることにするか。 王都の、王立気象予報局の連中よりは、ずっと当てになりそうだ。 こうして、慌しく馬車に乗り込んだ一行は、隣村を目指して出発した。 ま、今日は特にすることもないし。 のんびりするか…… ……………… ……………… 「……静かだなぁ」 ロコナたちが出発してから、はや数時間。 モットに飼い葉をやったり、読書したりと、あれこれしている間に、昼を迎えて……そして日は傾き始めていた。 まもなく、夕方。 「………………」 耳鳴りがするほど、シーンと静かな兵舎。 1人だと、こんなに静かだったのか。 時折、風が窓を揺らす音が聞こえてくる程度。 あ、モットのいななきが聞こえた。 ……………… 再び静寂に包まれる。 う〜ん…… 休める時に休めないのは、集中力が散漫になっている証拠だ。 オンとオフのスイッチを、しっかり切り替えられてこそ騎士だと、何度も教官騎士に叩き込まれたっけ…… 村が平和で、居心地がよすぎて、精神が軟弱になってしまったのかもしれない。 体は鈍ってないけど、心はすぐ鈍る。 たまには、心の方も引き締めておくか…… 「久しぶりだな、アレをやるのも」 アレ、というのは精神修行の一つだ。集中力を身につける訓練で、俺は親父から習った。 必要なものは――卵と真剣。 あまり剣は抜きたくないが、それも慣れなきゃ。 「よし、いっちょやりますか」 剣を携えて、俺はホールへと向かった。 さてさて。 ここに用意しましたのは、今朝、生まれたての新鮮な鶏の卵。 村の女の子が、おすそ分けに持ってきてくれた物。 晩飯のおかずにしようと思ってたところだし、ちょうどいい。 真剣を、ゆっくりと抜く。 「………………」 相変わらず、あまり気分はよくない。 白刃に自分の顔が映りこむ。 そして、卵を一個……剣の刃に乗せる。 「……ん」 決して、刃の上から落とさない。 微妙なバランスを保って、卵を刃の上に乗せ続ける。 そして―― 「……はっ!」 ふわり、と卵を浮かせた。 宙を舞う卵を、今度は――刃で受け止める。 落下速度にあわせて剣を引き、かかるショックを限りなくゼロに近づける。 剣玉で、玉を受け止める要領だ。 まさしく、この特訓も親父は『剣玉』と呼んでいた。 少しでも加減を間違えば、卵は、落ちるか割れる。時には切れてしまう。 「んんっ……と! セーフ!」 ひたすら、力加減とバランスに集中。 吸い込まれるように、ぴたりと卵は剣の刃にくっついている。 今度は、もう少し高く浮かせて…… 「……はっ!」 刃を見ずに、頭上で受け止める! 宙高く舞い上がった、卵。 落下にあわせて、腰をバネにし、ショックを吸収して―― 「んぷっ……!?」 受け止めた……はずが、真っ二つに割れ、中身が頭に降り注ぐ。 「あ……ちゃぁ……」 でろりん、と白身が髪から頬を伝った。 潰れた黄身が、シャツを汚す。 ――やっちまった。 「……あーあ、せっかくの卵、一個無駄にしちまった」 剣を鞘に収めて、汚れたシャツを脱ぐ。 頭も洗わなきゃ…… 失敗した罰に、湯を沸かさず冷たい水のまま洗うか…… ズボンを脱ぎ、下着も脱ぐ。 洗濯して、部屋干ししよう……外は雨が降るらしいからな。 素っ裸のまま、卵の殻を拾い集めようとした、その時。 「……な、何をしているのだ?」 「え……?」 フリチンで、卵塗れの俺の背後に、レキの姿があった。 「わ、わわわわわわわーっ!?」 ……俺は絶叫した。 「まったく、信じられん。食い物を粗末にするなど、言語道断だぞっ」 「ましてや、素っ裸で……」 い、いや、それは卵塗れになったから、体を洗おうと思って…… 「卵一個といえども、貴重な食料だっ」 怒るレキに、俺はお説教されていた。 レキは、俺が1人で留守番だと知って、晩飯を作ってきてくれたらしい。 玄関から入ってくれば、俺も来訪に気づいたのに、勝手知ったるなんとやら……台所側の裏口から、そっと入ってきたのだ。 そして、見られた。素っ裸で卵塗れの無様な姿を。 「そもそも、卵をつかった精神修行など、聞いたことないぞっ」 「う……ごめんなさい。たぶん、ドナルベイン家オリジナル」 というか、うちの親父オリジナル。 「おかげで……見てしまったではないか……」 レキが小さくつぶやく。ますます顔が真っ赤になった。 俺も思わず顔が熱くなる。 「すみませんでした」 「でも、裏口から入って来るレキも悪いんだぞ?玄関をノックぐらいしてくれれば……」 「私が悪いと言うのか?」 怖い目で睨まれてしまった。ブンブンと首を振る。 「いえ。すみませんでした」 「……ったく。もういい」 呆れたように言って、レキが目の前の鍋を引き寄せた。持って帰るのかな……と思ったら、その蓋を開ける。 「すっかり冷めてしまったが……ほら」 鍋を俺の方へと押しやる。 「え? 食っていいのか?」 「仕方ないだろう。それはリュウのために作って来たものだ。他にどうしようもない」 「おお、さすがレキ!」 レキの愛にむせび泣きながら、ありがたく料理を頂く。 鍋の中には、根野菜とベーコンのブラウンシチュー。 うん、冷めていても、いい香りだ。 さっそく一口…… 「んっ、美味い……美味いぞ、これ!」 もう一口。パンにつけて、更に一口。 「そんなにがっつくな。全部食べてもいいんだからな」 「だって、ホントに美味いからさ。んぐっ」 がつがつ、と貪る。 「だからそんなにがっつくなというのに。ああほら、口の周りについてる」 レキが口の周りを拭ってくれる。 「あ、ありがと」 「いや……」 ふと我に返る。なんだか新婚夫婦みたいで照れてしまった。 レキの顔も赤い。 ……………… 考えてみたら―― 俺たち、今この家に2人きりなんだな。 微かな水音が聞こえてきた。 「あ……」 「む……雨か」 雨の音は、どんどん強くなる。あっという間に、嵐のようになった。 「今夜は荒れるかもしれないと、婆さんが言ってたな」 「ヨーヨード殿が? しまったな……晴れていたから油断した」 レキは、窓の外を見つめてつぶやいた。この雨では、神殿まで帰るのは骨だろう。 「泊まっていったらどうだ?」 思いきって、そう提案してみた。 「え?」 「いや、ほら……今夜は誰もいないし……」 理由になってるような、なってないような発言。 これでは、安心させようとしてるのか、不安にさせようとしてるのかわからない。 「誰もいないって……」 「ヘンな意味じゃないぞ? ただ……」 ガタガタガタ…… 強い風が吹き付けて、窓が音を立てた。雨が強くなってきたようだ。 「こんな天気だからさ」 「だが……」 「………………」 レキが黙る。 ガタガタガタ…… ひときわ強い風が窓を鳴らした。 それをきっかけに、レキがうつむいていた顔を上げる。 「そ、そうだな……泊まっていこう」 少し引きつった顔で、レキはそう言った。 ごくり……と、俺の喉が鳴った。 「……ま、そうだよな」 泊まると言っても、部屋は別だよな。 幸い誰もいないし、部屋はいくらでも空いてるし。 というわけで、レキにはロコナの部屋で寝てもらうことにした。 「レキ、寝たかな」 こっちはまったく寝付けない。 嵐の音が気になるというのもあるが、違う部屋とは言え、レキがひとつ屋根の下にいることを、意識してしまう。 「う〜ん……」 「うお!?」 雷だ。 暗い空がゴロゴロと轟いている。 「こりゃ……けっこう近いな」 稲光と雷鳴にあまり時差がない。窓がビリビリ震えるほどの雷だ。 村に……落ちたりしないよな? じっと、窓の外を見つめてしまう。 すると―― 遠慮がちな、ノックの音が響いた。 こんな時間に誰だろうと思ったが、1人しかいないことに思い至る。 『お……起きているか?』 レキの声は、緊張しているように固かった。 「起きてる。入っていいぞ」 俺も少し緊張しつつ、返事を返す。 ドアが開き、レキが部屋に入ってきた。 「どうした? 寝付けないのか?」 「すまん……ちょっと……」 「ひゃうっ!」 雷に、レキが身をすくめた。 どうやら雷が怖いらしい。 「レキって雷が苦手だったのか?」 「ちょ、ちょっとだけ……」 「ひっ!」 見たところ、ちょっとって程度じゃなさそうだ。レキは震えていた。 「わ、悪いが、少しの間でいい。ここにいても……いいか?」 小さくなって震えているレキの姿に、俺の胸はキュンとした。 「じゃあ……こっちで一緒に寝るか?」 気づくと、そう言っていた。 「え……?」 レキが驚いたように目を見開く。だが、すぐにその目は伏せられた。 「………………」 「う、うん……」 目を伏せたまま、レキが小さくうなずき返す。 心臓がドクドクと音を立てて鳴りはじめる。 「じゃ、じゃあ、こっちへ……」 「う、うむ……」 レキがベッドにやってくる。 横にずれて場所を空けると、レキはそこに滑り込んできた。 俺に背を向けて丸くなる。 「………………」 息が苦しいぐらいの緊張感。 なにしろ、俺と同じベッドにレキが寝ているのだ。 レキの匂いがした。甘いような、いい香りだ。 「香油かなにかつけてるのか?」 「え? いや、別につけてないが……夜だし」 「そうか。なんだかいい匂いがする」 「うん……いい匂いだ」 「バ、バカ、やめろ。人の匂いを嗅ぐなんて失礼だぞ」 レキが振り返って睨んだ。夜目にも顔が真っ赤になっているのがわかる。 「あ、悪い。ゴメン」 「まったくおまえは……」 「ひゃっ!?」 一際大きな雷鳴に驚き、レキが俺にしがみついてきた。 レキの甘い匂いが強くなる。 見下ろすと、鼻先が触れそうな場所に、レキの顔があった。 レキが顔を上げる。 目が合った。 「あ……」 あまりの近さに戸惑い、お互いに動けなくなってしまった。 ……………… 無言で見つめ合う俺たち。 慌てて、ぎこちなく目を逸らす。 「あ、あの……」 「な、なんだ?」 「こ、こういうとき、男と女はその……す、するのではないか?」 「するって……」 この状況で、すると言ったらアレのことしかない。 だが、レキの口からそんな言葉が出るとは…… きっと村の娘たちに吹き込まれたんだろうけど。 「いや、それは……」 「男は……そういうとき、ガマンできないものだと聞いた」 「それは、まあ……」 「でも、レキがイヤならしないぞ?」 本当にそのつもりだった。 レキはそういうことは苦手みたいだし、焦るつもりはない。 だが…… 「イ、イヤかどうかは、してみなければわからない」 レキはそう言った。緊張した顔で笑おうとして、強ばった笑みを浮かべている。 「私は……なにも知らないのだ。教えてくれ」 「俺で、いいのか?」 「リュウだからいいんだ」 震える声でレキが言う。揺れる瞳が真っ直ぐ俺を見上げた。 「私はそういうことは何も知らないが、リュウが教えてくれるのなら……」 「……わかった」 俺は、やさしくレキを抱きしめた。 「ほ、本当にこんな格好をするものなのか?」 戸惑いと羞恥と怒りが入り交じったような顔で、レキが俺を見る。 「あ、ああ、本当だ」 俺だってこういうことはじめてなのだ。入れる場所がわからない。 失敗しないよう、それをちゃんと確かめておきたかった。 「は、早くしてくれ。すごく恥ずかしい」 「わかってる」 緊張しつつ、レキの股間に顔を寄せて覗き込む。 「わ、な、ど、どこを見ている!?」 「どこって、ここを見なくちゃはじまらないだろう?」 「そんなとこを見られたら、よけいに恥ずかしいではないかっ」 「大丈夫。きれいだぞ」 「きれいって……」 レキが絶句する。まさか、そんなところをほめられるとは思っていなかったらしい。 思考停止している間に、レキのそこをしっかりと観察する。 「本当にきれいだ……」 こうして見る限りは、レキのそこは、きれいな縦線があるばかりだった。 その上の方、恥丘には、恥毛が柔らかくそよいでいる。 「柔毛とはよく言ったもんだなー」 「ど、どこを見て言ってる?」 「いや、別に」 割れ目の方はつるんとしている。 見られているという緊張からか、レキのその場所は、時折ピクピクと痙攣するように震えていた。 「あ、あんまり見るなというのに……」 レキが震える声で言う。たしかに見てるだけじゃもったいないか。 「では……」 レキの割れ目に手を伸ばす。唇のようなそこにチョンと触れた。 「んあっ……!?」 レキの体が跳ねる。 「な、なにを……?」 戸惑うレキの声。かまわず、俺はきれいな割れ目を指先でなぞった。 「ひんっ!?」 レキの体がまた跳ねる。 「や、さ、触っているのか?」 「ああ」 「や、やめろ……そんなところ、汚い……」 「汚くなんかないって。すごくきれいだぞ」 「な、なにをバ、バカなことを……」 「いや、本当だって」 胸を張って言う。ウソはついてないからな。 「リュウは……私のそんなところを、触りたいのか?」 泣きそうな目で問うてくる。 「触りたい。好きな人のことは、全部知りたいんだ」 「好きな人……」 レキは絶句し、うつむいた。 「そう、か……」 「わかった。存分に触ってくれ」 力を抜いて体を開く。 それでもまだ恥ずかしいには違いない。レキの体は羞恥に震えていた。 そんな健気なレキに感動しつつ、俺は割れ目に手を当てて、そこを左右に開いた。 「わ、バカ! 開くな!」 「え? ダメなのか?存分に触ってくれって言ったのに……」 「う……わ、わかってる」 観念した様子でレキが黙る。 開いた割れ目から、レキの胎内が覗いていた。鮮やかなサーモンピンクの粘膜が、濡れてうねっている。 「すごい……中、うねうねしてるぞ」 「そ、そんなことはいちいち言わなくていい。あ、そんなに顔を近づけるな……い、息が当たってる……」 「なんだか不思議な匂いが……」 「か、嗅ぐなっ!」 レキのそこからは、濃い女の匂いがあふれ出していた。 嗅いでいると、頭がクラクラしてくるような匂いだ。 その匂いを発する割れ目を、少し力を込めてなぞる。 「ん、んく……」 レキが小さく声を漏らした。指先に少し力を入れる。 くちゅ……ちゅく…… レキの性器から、微かに、水っぽい音が漏れ聞こえた。レキのそこは濡れはじめていた。 「レキのここ、濡れてきたぞ」 「ぬ、濡れてるのか? 私が?」 信じられないという顔をする。 「ほら」 割れ目を強く押す。 くちゅっ…… 「んうっ……」 ハッキリと、湿った音が響く。指先がヌルッと滑った。 指を離すと、レキの中からあふれ出した粘液が、俺の指とレキの性器の間に糸を引いた。 「なんと……」 それを見てレキが目を見開く。その顔が真っ赤に染まった。 「あ、う……はう……」 口をパクパクさせるばかりで言葉が出てこない。恥ずかしすぎて、もう言葉にならないようだった。 「感じやすいんだな」 「し、知らん……」 割れ目の上端に、ポツンとした突起がある。 薄い皮をかぶっている。その皮の上からそこにチョンと触れた。 「ひあっ!?」 レキが高い声を上げ、その体が跳ねる。 「な、なにをした?」 「やっぱりここは、そんなに気持ちいいのか?」 肉芽を嬲る指先に、少し力を込める。 「んくっ!? は、んっ……な、なにを……はううっ!」 俺の指の動きに、レキがダイレクトに反応を見せる。 「そんなに?」 「ひっ、あっ、体が、勝手に……」 「んっ、あんっ、やっ、ああ……こ、声が……」 声が恥ずかしいらしく、唇を噛んでこらえようとする。 「んくっ、あっ、やあ、あああ……!」 だが、努力も虚しく、レキの声はどんどん高くなっていった。 「そんなに気持ちいいのか?」 「わ、わからん……あんっ、や、なんだこの声は……」 「すごくかわいいぞ」 「バ、バカなことを……」 レキの白い裸体が、全身うっすらと桜色に染まっていた。レキがすっかり興奮しているのがわかる。 レキの反応に気をよくし、さらに強く陰核を愛撫する。 「ひあっ、ああ、ちょっと待……あんっ、ふぁあ……!」 指先で嬲っていると、少しずつ肉の芽が硬く尖ってきた。それを指で軽くつまんでみる。 「ひんっ! つ、つまむなっ……!」 尖った肉芽を指先でこねる。 「あんっ、や、ああ……も、もうやめ……ひあっ、や、んん……!」 レキの声がひときわ高くなる。その額に汗の玉が浮かんでいた。 「レキ、イキそうなのか?」 「イ、イクって、どこへ……」 レキはわかってないみたいだが、レキの内側に大きな波が押し寄せているのがなんとなくわかった。 愛液が白く濁り、トロトロとあふれ出している。 俺は、レキを責める指先にさらに力を込めた。 クチュ、ちゅくぷっ…… 「んっ……あ、あんっ、あっ、やんぅ……!」 レキがイヤイヤと首を振る。 「も、ダメだ……リュウ……」 「あ、ああっ……な、なにか……なにか来る……」 「わ、わからん……だが、何か……あっ、んんっ、あっ、ああ、やあ、あああああ……!」 レキが一際高い声を上げる。 「んくっ………………!!」 それから全身を張りつめ、グッタリと力を抜いた。 「ふぁ、あ、ああ……はぁ、んっ、ああ……」 大きく息を吐く。全身がガクガクと震えていた。 「だ、大丈夫か?」 「バ、バカモノ……や、やめろと、言ったのに……」 涙の浮いた瞳で睨まれた。イッた直後の気だるげな表情がひどく色っぽい。 体の芯から、ムラムラと欲情が込み上げてくる。 「あんまり気持ちよさそうだったから……悪かった」 「許さん。今度はリュウにしてやる」 「するって、なにを……」 「大人しくしろ。おまえにも恥ずかしい思いをさせてやる」 「え……?」 レキは起き上がると、俺の股間を覗き込んだ。 「な……?」 股間のイチモツは、当然もうイタイほど漲っている。 はじめて見たのだろう、それを見て、レキは目を丸くした。 「こ……こんなに大きいものなのか?」 無垢な瞳が泣きそうに俺を見上げる。 相当、想像とはかけ離れていたらしい。かわいそうなほど戸惑っている。 「男は、みんなこんなものを股間にぶら下げているのか?」 「いや、普段はもっと慎ましいんだぞ。こういうときには大きく硬くなるんだ」 「あ、ああ、それは聞いた。ボッキだろう」 レキの口から『勃起』なんて言葉を聞くと、すごくグッと来る。 「あ、う、動いたぞ?」 「いや、すまん。つい」 「うむ……」 俺を辱めるとか言ったものの、少し怖じ気づいているようだった。 「な、なんのこれしき。リュウのモノだと思えば、こんなものでも愛らしいと思えるはず」 健気なことを言ってくれる。こんなものとか言われてるが…… 「よし!」 意を決したように気合いを入れると、レキは股間のモノに手を触れてきた。 根元にそっと手を添える。 「うお……」 ただ触れられただけなのに、ゾクゾクっという快感が背筋を走り抜けた。 「ま、また動いたな。痛かったか?」 「いや、逆だ。気持ちよかったから……」 「え? 気持ちよかったのか?」 レキが目を輝かせる。なんだかうれしそうだった。 「だが、おかしいな。まだペロペロしてないが」 「ペロペロ?」 「え? それってまさか……」 フェラのことか?レキはいきなり口でするつもりなのか。 「大丈夫だ。やり方は皆に教わってある」 村の女たちの性交講座は、あれからもまだ密かに続けられていたらしい。 「行くぞ」 亀頭にレキの温かい息がかかった。レキが舌を出す。 ぺろん。 レキのピンクの舌先が、俺の裏筋をペロンと舐め上げた。 「ふおっ……!」 今まで感じたことがないぐらいの快感が、全身を貫いた。 「うむ、味はあまりないようだ。よし、大丈夫」 「あむ……」 味見が済んだとばかりに、レキは亀頭全体をパックリとくわえてきた。 「お、おお……」 亀頭が温かく濡れたモノに包まれる。 レキの口の中はすごく温かかった。濡れた舌先が、おずおずと亀頭に触れては引っ込む。 だが、いつまでも舌を引っ込めているのもつらくなったのだろう。 「ん……んう……」 温かい舌が、ピトッと亀頭の裏側に触れた。 「ん、うわ……」 それだけで、蕩けてしまいそうなほど心地よかった。 強烈な快感じゃないが、ホッとするような心地よさ。 「い、いはふはいは?」 くわえたままなのでよくわからない。おそらく痛くないか訊いてるんだろう。 「大丈夫だ。気持ちいいぞ」 「ほうは」 くわえたまま、満足そうにうなずく。 口の中のあちこちに、俺のあちこちがこすれて、それだけで昇天しそうな快感だった。 「んぷ、んん……」 レキがゆっくりと動き出す。 「ジュプッ、んっ、ぶぷっ……ちゅぷっ」 「う、お、おお……?」 いやらしい音を立てながら、レキの口が俺のモノを嬲る。 ペニスは、あっというまにレキの唾液でぬるぬるになった。 「んっ、んんっ、んう、じゅぷ……ちゃぷ、ちゅぱっ」 「う、うう、レキ……」 いつもは知的な雰囲気のレキが、俺のペニスを無心にしゃぶっている。 その光景は、見ているだけでもかなりのインパクトがあった。 「んぷっ、んっ、じゅぷ……んは、んっ、んぅ、んっ……ろ、ろうら? ほれれいーか?」 「い、いい……」 もうまともに答えられない。 すぼめた唇が、幹の部分を上下に刺激する。さらに口の中では、舌が亀頭の裏側を舐め上げてきた。 動きはぎこちないが、男のツボを的確に突いた口戯。 はじめてのはずのレキがここまでできるのも、村の女性たちの指導の賜物だろう。 村の女性ネットワークに、改めて感心し、そして感謝した。 「ちゅるるっ、ちゅぷっ、じゅっぷぷ……っぷぅぅ!」 レキが俺を強く吸う。 「ぬ、いいい!?」 その刺激に、雷に打たれたような鋭い快感が走った。まるで魂を引っこ抜かれそうな快感。 「んあう……口の中で、ひくひくしている……あむ、んっ、ん……」 つたないレキの奉仕に、俺のモノがさらに漲っていく。 「んむむっ……!?く、くひの中で、またおーひふ?」 「うく、おお、レ、レキ……!!」 俺が感じる素振りを見せれば見せるほど、レキはその行為に夢中になっていく。 「ちゅぶっぷ……んんっ、んぅ……ぷぷっ……」 口の端から唾液が溢れて滴っているが、かまわず首を振る。 激しくペニスをしごかれ、体の奥底から熱いモノが込み上げてきた。 「レ、レキ……んお……」 「んっ、んうっ……あふ、ひくひくして……?」 「お、おお……レキ、出る……もう……」 もうイキそうだった。腰を引こうとするが、だがレキはペニスを離さない。 「いい、このまま……このままれ……んぷ、んんっ、ジュプププッ!!」 わかっているのかいないのか、更に強くペニスをしごいてくる。 「く、あ……レキ、う、あ、ああ……!」 思わず目を閉じる。真っ暗なまぶたの裏で光が弾けた。 その瞬間、俺はレキの口の中でイッた。 「んっ……………んんっ!?」 勢いよく噴き出したモノに喉の奥を叩かれ、レキが低く呻く。 「んあ……けほ、けほけほっ……」 そして、むせながらペニスから口を離した。 その顔にも、白濁した体液が勢いよく叩きつける。 「ふあ、あ……あうぅ……」 噴き上げる液体をどうにもできず、レキはそのすべてを顔で受け止めた。 たっぷり放って、冷静になって慌てた。 「だ、大丈夫か?」 自分でやっておいて大丈夫かもないものだが。 「だ、大丈夫だ」 「この、ドロッとしたモノが、男の精液なのか?」 「まあ、そうだ。とにかく顔を拭いて」 顔についた液体を拭ってやる。レキはされるがままになっていた。 「しかし……これは、すごい匂いなのだな……頭がクラクラする」 レキは、のぼせたような顔つきでつぶやいた。 俺の男の匂いに当てられたらしい。 レキの手が、自分の股間の辺りに伸びていた。 無意識なのか、恥丘の辺りに手を添えている。 「今のは、ふぇらちおだったな?せっくす、とは違うのだろう?」 「ああ、違う」 「そうか……」 レキが、俺の股間を見つめた。 今出したばかりだというのに、それはまだ、節操なく反り返っている。 「まだ、硬いままだな?」 俺を見上げる。レキが、欲情しているのがわかった。 だが、その感情を、どうしていいかわからず戸惑っているのだ。 「レキ、いいか?」 それだけで、レキにも通じたようだった。レキが、小さくうなずいた。 「はじめからそのつもりだ」 「レキ……」 愛しいその名を囁き、俺はレキを抱き寄せた。 「力を抜いて」 濡れた割れ目にあてがったペニスを、グッと押し込む。 ぬぷっぷ…… 「う、んん……」 レキが小さく呻いた。レキの中心に先端が埋まる。 レキの中が、痛いぐらいに俺を締めつけてきた。 「く……さ、先っぽが入ったぞ。もうちょっと……」 「え、遠慮をするな……私は大丈夫だ……」 その苦しそうな声で、強がっているのはすぐわかる。 レキを傷つけないように、俺はゆっくりと腰を進めていった。 ヌプ……ジュププ…… 「んっ、ああ……」 少しずつ、ペニスがレキの中を進んでいく。さすがにキツイ。 「んうっ……」 「大丈夫か?」 「だ、大丈夫だ。気にせず最後までしてくれ」 そうは言うのだが、レキはやはり痛そうだ。 好きな人の苦しそうな顔を見ているのは忍びない。自分がその苦痛を与えていると思えばなおさらだ。 だが、レキは汗にまみれた顔をふっと微笑ませた。 「気にするな。リュウにならば、傷つけられてもかまわない」 「レキ……」 「早く、私を、おまえのモノにしてくれ」 そんな健気な懇願に、俺は強くうなずいた。 「……わかった」 レキの足をしっかりと抱えると、俺は強く腰を突き出していく。 ズブッ……ブブブブッ…… 「んくっ……!」 レキのくぐもった声と共に、なにかを突き破るようなショックを感じた。 そして、俺のペニスは、すっかり根元まで、レキの中に飲み込まれていた。 「レキ、全部入ったぞ」 「そ、そうか……」 「これで私は、リュウのモノになったのだな?」 少しツラそうな顔を、本当にうれしそうにほころばせる。 「ああ、おまえはもう俺のモノだ。絶対に離さない」 「うむ……ならばよい」 レキが笑顔でうなずく。 そして、レキの中が、ギュウギュウと俺を締めつけてきた。 「う、レキ……」 誘うように、中の壁がうねりながら吸い付いてくる。たまらなかった。 「少し動くぞ」 「うむ……んんっ……」 俺はゆっくりと腰を動かしはじめる。 ジュブッ……ヌブブッ…… 「んあ、あ、ん……」 レキの中は、たっぷり濡れていた。そのおかげで、思ったよりはスムーズに動くことができた。 「あ、ん……ああ……リュウ……」 「レキ、わかるか?俺のモノがレキの中で動いてるのが?」 「あ、ああ、わかる。リュウの陰茎が、私の中を行ったり来たりしている……」 陰茎なんて言い回しが、いかにもレキっぽい。 こんなときでもレキはレキなのだと、ちょっと安心してしまった。 でも、レキが感じるともっと可愛らしくなってしまうことも、俺はもう知っている。 初めてで痛みもあるだろうが、なんとかレキを感じさせたいと思った。 「レキ……」 ゆっくりと、だが大きく深く、抽送を繰り返す。 ジュブッ、ブブッ……ジュブブブブ…… 「んぁ、あ、リュウ……リュウ……あ、ああ……リュウのが、奧まで来ている……」 「んっ、んん……あっ、ああ……」 「ああ、根元まで入ってるぞ」 「レキのに俺のが入ってるのが丸見えだ」 俺の位置からだと、レキの性器に俺のモノがズッポリと入っているのが丸見えだった。 俺は、それをわざと口にする。 「バ、バカ、見るな……」 「引っ張るときに、中のビラビラがめくれて見える」 「な……な、なにを見て……」 振り返ろうとするレキを、俺は強く突き上げる。 「あ、やん、あ、ああ……」 レキの中がギューッと締め付けを増した。 濡れた肉襞が、絡みつくようにまとわりついてくる。 それを振り切るように、俺は強く腰を動かした。 ジュブッ、ブブッ、ジュブブッ……ブパッ…… 「ひあ、あ、やぅ……んっ、ああ……!」 「リュ、リュウ、激し……んく、あっ、んあああっ!」 きれいな白い背が大きく反り返る。 陶磁のような肌に浮いた汗の玉がキラキラして、レキの全身が、まるで宝石のように輝いていた。 「リュウっ、リュウ……あんっ、や、ん、中、こすれて……ふぁっ、あ、んんっ……!」 「リュウの太いのが、腹の中でこすれて……んあ、あっ、やんっ、あっ、あああ……!」 レキの声が次第に高くなる。また、レキの内側に大きな波が押し寄せているのがわかった。 レキがどんどん昇りつめていく。 俺も、もうそろそろ限界だった。 「くっ……レキ……」 「あ、ああ……?」 「リュウのが、中で大きく……?」 中で、俺のモノが体積を増す。 カリの傘の部分が、キツくなったように感じるレキの中の壁を、こそぐようにこすり上げる。 「く、うう……レキ、もう俺……」 「イ、イクのか? またイク……んっ、んあ……せ、せーしを、出すのか?」 「ああ、もう……うくっ」 答えながら腰を振る。体の奥底から、熱いマグマのようなものが込み上げてくるのがわかった。 「あっ、んくっ……リュウ、出せ……私の、中に……」 レキがうわごとのように訴える。 「え? 中にって……」 「私の中に……中に出してくれ……」 「え? でも……」 「リュウの子種を私の中に……体の中まで全部、私の全部をリュウのモノに……」 レキが、切なげな目で振り返る。 抜かせまいとするように、レキの膣が俺のモノをギュッとくわえ込んできた。 「う、レキ……」 キツくくわえられたそこから、レキの気持ちが伝わってくるような気がした。 レキが、さらに深いつながりを俺に求めているのがわかった。 だから、俺はその想いに応えた。さらに深く、腰を突き出す。 「ふぁ、んっ……ああ……!」 レキの白い背が弓なりに反り返る。 「リュウの……お、奧に当たってう、あんっ、あっ、あああ……!」 奧をこじるように腰を突き出すと、レキの体がガクガクと震えた。 「ココか? ココが気持ちいいのか?」 「ひゃうっ、ああ! そ、そこらめ……奧、グリグリしちゃ……んっ、あっ、あああ……!!」 引きつけを起こしたように、レキの中が痙攣している。 そのリズムが、俺の深いところに伝わってきた。 もう限界だった。 「くっ、レキ……レキ……!」 名前を呼びながら、乱暴に腰を振る。 「リュウっ……あっ、リュウ、好きだ……好き、リュウ好き……あっ、ああああ!!」 レキがそれに応える。 俺たちは、同時に頂点へと昇りつめた。 「う、く……うおお!!」 レキの一番奧へとペニスを押し込む。先端が奧のコリッとした部分に当たった。 その刺激が全身を貫く。 「ひうっ!!」 レキの一番奥で、俺はイッた。 ドクッ、ドクッ、ドクッ…… ハッキリ音が聞こえそうな勢いで、レキのいちばん奧に大量の精を放つ。 「ふぁ、あ、ああ……出てる……リュウの熱いの……」 胎内で熱い精を受け、レキがうっとりとつぶやいた。 「………………」 「………………」 終わって服を着ると、沈黙が訪れた。照れくさくてお互いに言葉が見つからない。 嵐はいつのまにか止んでいた。 「だ、大丈夫か?」 「う、うむ……だいじょう……イタタ……」 動こうとして、股間を押さえる。 「おい、無理すんな」 「うん……やっぱりちょっと痛い」 「でも、イヤな痛みではないぞ?痛むたびにリュウの存在を体の内側に感じられて、そう悪い気分ではない」 真顔でそんなふうに言われて、思わず照れた。 「と、とにかく今夜は大人しくしてろ」 「あ……」 レキを抱え上げ、ベッドに横たえる。そして、その額にキスをした。 「ん……」 「とにかく寝てろ。なにかして欲しいことがあったらなんでもしてやるから」 「なにか食いたい物とかあるか?」 「こんな夜中に食べたら太る。だいたい、病人じゃないのだから大丈夫だ」 「そうか」 「ああ」 短く答えて、それから、マジマジと俺を見た。 見つめ返すと、慌てて目を逸らす。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」 なにやら急にひどく恥ずかしくなったらしく、レキは頭から布団をかぶって顔を隠した。 「おい、レキ?」 「ね、寝る! おやすみ!」 「あ、ああ、おやすみ」 「………………」 レキがタヌキ寝入りしてるのはわかったが、あえて触れないでおく。 一線を越えてもレキは相変わらずで、あまり変わった感じはしない。 でもま、無理に変わることもないか。 俺たちはこのまま、自然なままで…… またしても、レキが恥ずかしがって逃げまくり苦笑いするリュウ。村人たちは二人が結ばれたと感づき、お祝いで色々なものを差し入れに来る。 逃げ出すようにして神殿へと向かうのだが、レキは神に祈りを捧げる時間で瞑想中。邪魔をしては悪いと神殿の片隅で待つことに。 祈りを終えたレキに神殿にまつわる神の話や信仰の話、そして彼女が神官として村に来るきっかけとなった妹の話などをするのだった。 「うーむ……」 ここ数日、レキの姿をまともに見ていない。 一線を越えたあの夜の翌日…… 起きると、レキは既に出て行った後だった。 テーブルには書き置きと、朝食が用意されていた。 そこまではよかったのだが…… それから3日、まともにレキの顔を見ていない。 それというのも―― 「あ、レキ!」 「あっ!」 俺に気づくと、レキは素晴らしい身のこなしで、俺の前から姿を消した。 「おい………」 こんな具合で、まともに顔を合わせていないのだ。 「そりゃー恥ずかしがってるんでしょ」 「レキが……恥ずかしがってる?」 「嫌われた、という可能性もあるが」 「いや、それはない」 なにせ俺たちは……だからな。 「でも、どうして急に恥ずかしがるんでしょう?せっかく恋人同士になれたのに」 「う……」 ロコナの鋭い疑問。 思い当たることがある。 というか、アレしかないよな…… 「やっちゃったからでしょ」 「……へ?」 「しちゃったっしょ? ずばり」 「なっ……!?」 驚いてミントを見ると、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。 ミントだけじゃない、ジンもニヤニヤしている。 アルエだけは、眉根を寄せて少し怒っているようにも見えた。 「な、なんで、それを……?」 「そんなの、2人を見てりゃわかるって」 「あの嵐の夜でしょ。ありがちな話だねぇ」 「ふぇ? 何がありがちなんですか?たいちょーとレキさんは、何をやっちゃったんです?」 「……契りを結んでしまったらしい。〈臥所〉《ふしど》を共にしたんだ。リュウとレキが」 「はあ……?」 わかってないのはロコナだけらしい。 途端に、恥ずかしくてたまらなくなった。 穴があったら入りたい気分…… 「まあよかったじゃん。んで、感想は?」 「か、感想って………」 真面目に答えようとしてハッとした。 「そ、そんなこと言えるかっ!」 「けちー。将来の参考にするから聞きたかったのにぃ」 「ケチじゃないっ」 危うく、いらんことを喋ってしまうところだった。 んなこと言ったのがレキにバレたら、絶対ただじゃ済まないだろう。 「よいしょ……っと、ごめんください〜」 玄関で声。来客だ。 「あれ? ユーマおばさんの声でしたね?」 ロコナが行ってドアを開ける。 村の人を連れてすぐに戻ってきた。 「隊長に、差し入れだそーです」 ロコナは、両手に持った酒瓶を俺に差し出した。 「え……俺に差し入れ? なんだこれ?」 「いやぁ、お祝いにと思ってねえ」 「お……お祝い?」 わけがわからない。何かの記念日ってわけでもないのに。 「俺、誕生日かなんかだっけ?」 「なに言ってんのさ。レキ様と、とうとう契りを交わされたそうじゃないか」 「契り……って、ええええええええ!?」 ギョッとした。どうして村の人がそんなことを……? 「おめでとう、よくやったよ」 「いや、えっとあの……」 「ど、どうしてそんなこと知ってるんだっ!?」 「どうして……って、村中、その話題で持ちきりだよ?」 「なぬ!?」 思わず、レキのようなしゃべり口調で『なぬ』なんて言ってしまう俺…… 冷や汗が、背筋を伝った。 「隊長さん、おめでとう」 「ご結婚は、いつになるかのぉ?」 「いや、ちょっと……」 噂は本当だった。村を歩けば、あちこちから声をかけられる。 「まいった……」 上を向いて歩けない。 狭い村だから、噂が広まる時はあっという間だった。 「隊長さん、初めてで上手くできたかい?」 「にゃにゃにゃ!?」 ど、どうしてそんなことまで知ってるんだ? つーか、みんなどこまで知ってるんだ!? 怖しい……これが村社会というものか。 「隊長さん、これをレキ様に」 村人の1人に、レキへの差し入れを渡された。 「これは?」 「薬草ですよ。産後の肥立ちに効くらしいので」 「い、いや、産後じゃないんだけど……」 ま……いいか。みんなの心遣いはありがたい。 とにかく、預かったからには渡しに行かねば。 レキを訪ねる口実ができてちょうどよかった。 いつまでも……逃げ回らせておくわけにもいかないし。 「レキ〜、いるか〜?」 「………………」 「あ、レキ……」 と声をかけかけて、言葉を飲み込む。 レキが、祈りを捧げている最中だったからだ。 「………………」 近寄りがたいオーラを全身から発散している。 邪魔しちゃ悪い。……しばらく待ってるか。 「くぅ……すこここ……」 「Zzzz……」 「……おい、起きろ」 「はふ?」 気づくと、目の前にレキがいた。 「なぜ……こんなところで寝てるのだ?」 「あ……あれ? 俺、寝てた?」 レキの祈祷が終わるのを待つツモリで、いつのまにか寝てしまった。 「あー……いや、実はこれを預かってさ」 村人から預かった薬草を渡す。 「産後の肥立ちにいいそうだ」 「知っている。ナラル草だ。なぜこんなものを?」 「さあ?」 「それより……」 レキの手を捕まえる。 「やっと捕まえた」 握った手に力を込める。 「な、なにをする!?」 手をふりほどこうとするが、俺は離さない。 「レキが逃げ回ってるからだろ。もう逃がさないぞ」 「べ、別に逃げ回ってるわけではない……」 「じゃあ、どうして顔を合わせようとしないんだよ?」 「………………」 「どうして?」 「そ、それは……」 「は……恥ずかしっ、かったから……」 顔を真っ赤にして、か細い声で呟くレキ。 やばい。たまらなく可愛い。 「今度こそ、逃がさないからな」 「……う」 観念したらしく、レキはやっと大人しくなった。 「まったく、世話が焼ける」 珍しく、立場逆転。 「申し訳ない……」 「で、祈祷は終わったのか?」 「ん? ああ、見ていたのか。声をかけてくれればよかったのに」 「いや、声をかけられるような雰囲気じゃなかった。さすが神官、見事だなー」 「そんな、たいしたものじゃない」 「本職は違うって感じだったぞ。カッコよかった」 「や、やめろ……あまりほめるな……」 どうやらレキは、ほめ殺しに弱いらしい。 「そういや――前から聞きたかったんだけど」 ずっと疑問に思ってたことを、この機に、訊いてみることにした。 あの、森の中の大樹のウロで一夜を共にした日から、ずっと疑問だった。 「レキは……どうして神官になったんだ?」 レキは、祖龍の巣の出身だと聞いた。 祖龍の巣は王都最高峰の学術院。エリート中のエリートだ。 本来なら、レキはこんな辺境の村で、神官をやっているような人間じゃないはずだ。 「………………」 意表を突かれたのか、レキは目を瞬かせた。 そして、少し考えて……ゆっくりと口を開く。 「私には……ここで、しなければならないことがあるのだ」 「しなければならないこと?」 「ああ……」 レキの表情が曇った。 その瞳に、戸惑いと、悲しみの色が浮かんでいる。 「私には……妹がいる」 一見、関係なさそうなことを話し出す。 「妹……?」 脳裏で、何かが引っかかった。 レキの……妹…… ……あ。 『リン・ロックハート』 以前、神殿の地下書庫で見かけた名前。 レキの親族らしい、とは思ったが…… 「妹さんの……名前は?」 それとなく、訊いてみた。 「……リンだ。私より4つ年下の妹だ」 やっぱり―― つまり、レキの苗字は『ロックハート』で確定ということになる。 そうか……レキに妹がいるのか…… レキの妹なら、さぞかわいいんだろう。いつか会うことがあるだろうか。 「妹さんは、カフカスの街にいるのか?」 製紙の街カフカスは、レキの故郷だと聞いている。 「いや……」 「王都の、神殿管轄の療養所にいる」 「療養所? ……病気、なのか?」 「……私のせいなのだ」 レキが、苦しげに吐き出した。 「レキのせいって……」 「妹は……」 「リンは、ずっと意識が戻らない。私のせいでな」 レキは、どこか遠くを見るような目で話しはじめた。 今から4年前……まだ、私が祖龍の巣にいた頃の話だ。 私は、神学ではなく薬学を学んでいた。 それなりに成績もよかった。師たちは、まだ幼さの残る私に研究室をくれた。 妹のリンは、神官学校に通い始めたばかりだった。 両親とは死別したが……残してくれたささやかな財産と、奨学金で、それなりに幸せに暮らしていたんだ。 ……ある日のことだった。 実験用に、新種の薬草を掛け合わせて調合した薬湯を……リンが誤って飲んだ。 私の……管理ミスだった。 病の進行を遅らせ、外傷の悪化を止める薬湯。研究開発中のそれを、私は、停止薬……と呼んでいた。 未完成だった。 誤って、それを飲み干した妹は……妹の時間は……以来、ずっと止まったままだ。 今でも……止まったままだ。 「妹を救おうと、あらゆる処方を試した」 「だが……どれも成果は得られなかった」 「失意の底に沈んだ私が、最後に掴んだ光明――」 「それが、ポルカ村だったんだ」 この土地には、万病に効果がある薬草が眠っているという。 加えて、神殿の研究機関は、国内ではいちばん薬学の研究が進んでいる。文献や書物も多い。 この神殿にも、大量の古文書が保存されている。 そして、更に―― 「ついて来てくれ……見せたいものがある」 神官服を翻し、レキが歩き出す。 レキの後について、俺も歩き出した。 こ、これは―― 「私の研究室だ……アルエに頼まれた青い陽形の花も、ここで開花させた」 見たこともない器具や、植物が並んでいた。 こんな部屋が、神殿の地下にあったなんて―― 「ぜんぜん……知らなかった……」 「隠していたからな」 レキは微かに笑う。自嘲するような笑みだった。 「ど、どうなんだ? 薬はできそうなのか?見つかったのか、その万病に効くという草はっ」 レキは小さく首を振る。 「見つからない。アルエの場合と違って、資料がほとんど存在しない。今のところ……神頼みでもする他はない」 「神頼み、か」 さっき、レキが真剣に祈りを捧げていた姿を思い出す。 あの祈りには、そういう願いが込められていたのかもしれない。 「俺は、根っからの不信心者でよくわからないんだけど……祈りは、届くものなのかな?」 俺は今まで、神というものの存在を感じたことがない。 だが、レキはその存在をいつも感じているんだろうか? レキは、俺を見つめて大きく、力強くうなずいた。 「ああ、きっと届く」 「現に、私はこうしてリュウと結ばれたではないか」 微笑む。 が、その顔はあっというまに真っ赤になった。 「む、結ばれたといってもあれだぞ?性交渉のことではないぞ?」 「もっと一般的な広い意味でだ」 「そんなにムキにならなくてもわかってるよ」 レキの肩を、そっと抱き寄せる。 「あ……」 「俺も一緒に祈るよ。2人で祈ったら、早く想いは届くかな?」 「……ああ、きっと届く」 レキが微笑む。そして、俺の肩に頭をもたれてきた。俺はレキの肩をそっと抱きしめる。 神よ。本当にいるのなら、この少女の祈りを聞き届けよ。 俺はそう祈った。 村に、神殿を巡る巡礼者がやってくる。もてなすレキに、巡礼者たちはその厚遇に感謝。そして噂とは大違いですねとこぼす巡礼者。 いわく、レキは妹殺しの大罪者で破戒神官だと。事情を聞き知っているリュウは、それは違うと懸命に反論しようとするがレキに止められる。 レキに纏わる噂は村を駆け巡り、揺れる村。それは疑ってではなく、そんなことを言われたレキのことを心配していたのだ。 そんな心優しい村人たちに、リュウは真相を告げるのだった。 昼食を終えた午後のひと時―― 日差しの下で、皮道具に脂を塗っていると、ジンがやってきた。 「この寒い中、よく外で脂塗りなんかやってられるなぁ」 そりゃお互い様だ。この寒い中、何しにきたんだ。 「見ての通り、俺は取り込み中だ。ホメロの爺さんなら中にいるぞ」 「なんであんな枯れた老人と遊ばにゃならんのかなー」 いつも遊んでるくせに。カードしたりチェスしたり。 「こほんっ……あー」 「ザ・貴族ニュース!」 なんだ、いきなり。 「本日未明、ポルカ村側のリドリー教神殿に、王都からの巡礼者が到着した模様」 巡礼者―― リドリー教の信者で、テクスフォルト国内に点在する数々の神殿を巡り、祈りを捧げる人々のことだ。 別に、それほど珍しくはない。 これまでにも何度か、レキの話題に上ったことがあるしな。 「見に行かない?」 「見に行くって……巡礼者を?」 「そ。巡礼者を」 「最新の王都の話題が聞けるかもよ?」 「王都の話題……」 別に、大して興味はない。 しかし神殿に行くとなると話は別だ。いつだって、レキに会うための口実は喜ばしい。 ま、口実なんかなくても会ってるけど。 「しょうがないな……付き合うか」 「と、さりげなく友の恋路を手助けする、細やかな気遣いの貴公子、ジンだった。まる」 あ、あのなあ…… 神殿に着くと、ちょうど巡礼者たちが祭壇に祈りを捧げているところだった。 「あ、いたいた」 「なんか、ずいぶん仰々しい雰囲気だな」 皆、真剣に祈っている。 野次馬根性を発揮して見物に来ていいような雰囲気じゃなかった。 すっかり馴染んだ神殿なのに、ひどく場違いな感じがする。 「ま、こんなとこまで巡礼に来るくらいだ。よっぽど敬虔な信者たちなんだろ」 「でも、平均年齢高そうだなぁ」 「中年・熟女マニアにはたまらん環境だな」 敬虔な信者たちの前で、ジンはひどく罰当たりに見える。 いや、いつも罰当たりっちゃ、罰当たりだけど。 「おい、そなたたち」 レキが俺たちに気づいた。 「いったい……なにをしてる?」 「いや、王都から巡礼者が来たって聞いたから」 「覗き見に来たのか?まったく……仕様のないヤツらだな」 「う、ごめん」 怒られてしまった。 「あ、ほらほら。巡礼者の皆さん、お祈り終わったみたいだよん?」 ジンがうまく話を逸らす。 屈み込んで祈っていた巡礼者たちが、立ち上がっていた。 レキは俺たちを一睨みすると、巡礼者たちの元へ戻ってゆく。 「……おまえのせいで怒られたじゃないか」 「それはアレね。逆恨みってやつね。オレが領主だったら、オマエ打ち首ね」 暴君すぎる。 「いやはや、お手数をおかけいたしました」 「いえ、こちらこそ。何のおかまいもできずに」 「いえ、結構なものを拝ませていただきました。その……立派な神像ですね」 「ふふ……お気遣い頂かなくとも結構ですよ。辺境の小さな神殿にしてはマシ、といった程度のものです」 「あ、いや……これは失礼を」 「ああ、どうかお気になさらず。立ち寄って下さったことが、何よりの喜びです」 一礼するレキに、恐縮する巡礼者たち。 「正直、他の立派な神殿に比べると、どーしてもパッとしないよね」 ジンが率直な感想を呟く。 辺境にしては、十分立派な神殿だと思うんだが。 「それにしても、やはり噂はあてになりませんね」 「噂、ですか?」 「いえ、言いにくい話なのですが……」 「実は、ここにくる前、こんな噂を耳にしまして……」 巡礼者は、遠慮がちにその噂話を語り出した。 「……いくらなんでも、ひどい噂だよな」 巡礼者たちが帰ってから、ジンがぼやいた。 そのぐらい、巡礼者の語った噂話というのは、ひどいものだった。 「レキが、妹殺しの大罪者で破戒神官だ……なんて。さすがに無茶苦茶すぎだろ。どんな設定だよ」 「………………」 ジンは憤っているが、レキは何も言えない。 事情を知っている俺にも、その噂が根も葉もない噂ではないことがわかる。 だからこそ悔しい。 そんなひどい、いい加減な噂が広まっているなんて。 「……やっぱり、ちゃんと説明した方がよかったんじゃないか?」 レキに囁く。 レキは、弁解のひとつもせずに、笑って巡礼者たちを帰してしまったのだ。 「いや、いいんだ」 レキは首を横に振る。 「ただの噂だ。放っておこう」 「で、でもさ……」 「くそ。いったい誰がなんであんな噂を……」 「……私は、一部の神官たちに疎まれているからな」 レキが、苦笑して言う。 「疎まれてる?」 「祖龍の巣出身の神官など異端だからな。しかも、無理を言ってこの村に派遣させてもらった」 「若造のくせにと、おもしろく思っていない神官たちは多いのだ」 「でも……」 だからと言って、中傷するような噂を流されるいわれはない。 レキには事情があった。 妹を救うために、神官の道を選び、そしてポルカ村へと来たのだ。 その過失を償うために、妹を救う術を探し続けているのに…… いかん、だんだん腹が立ってきた。 「おおう!? どしたの?なんか顔が怖いよ?」 「ジンだって、怒ってるだろ」 「そりゃまあ、根も葉もない噂に立腹はしたけども」 根も葉もないわけじゃない。悪意をもって、根と葉を改変した噂だ。 「いいんだ。私が黙っていれば、何事もなく済むことだ」 「私は……この村の神官。皆を癒やし、村の力になるのが役目だ」 「その私が、皆に心配をかけては面目が立たない」 レキが微笑む。俺を安心させようという笑みだ。 レキにとっては俺も、守らねばならない庇護の対象と映っているのかもしれない。 「大丈夫だからな。私は、噂など気にしない」 「……本当にか?」 「私の望みは、この村にいることだからな。王都での噂など、私には関係ない」 レキはそう言って微笑んだ。 そこまで言うなら、俺にはもう、これ以上なにも言えない。 だが、やはり納得はできなかった。 「心配をかけたな」 そんな俺の心情を感じ取ったのか、レキはそんなふうに言った。 「レキが謝ることはないだろう」 俺にまで気をつかわれるのは、逆にツライ。 「なあ、レキ」 俺は、レキをまっすぐ見つめて語りかける。 「もしツライことがあったら、なんでも言ってくれよな?1人で背負い込まないでほしい」 「……少しでもレキの力になりたいんだ」 レキの手を握る。思いが伝わるようにと、その手に力を込めた。 「リュウ……」 手を取り合って、見つめ合う。レキが、俺の手を握り返してきた。 が、そこで邪悪な視線を感じた。 「なに2人の世界作ってんだよ〜?オレもいるんですけど〜」 「あ……」 すっかり忘れていた。 いや完璧に。 「ス、スマン……」 レキが慌てて俺の手を振り払う。 「と、とにかく私は心配ない!大丈夫だ!」 まくし立てるように言って、レキは話を打ち切ってしまった。 レキは気にしてないと言うが…… 本当にこのままでいいんだろうか? 「……ふぅん」 悩む俺と、作り笑いのレキを交互に見つめて、ジンは少し首を傾げた。 「……なにか事情がありそうだな」 神殿からの帰り道、ジンが訊いてきた。 俺とレキのやりとりを見ていて、やはり何か感じたのだろう。 「……まあ、ちょっとな」 レキのプライベートな話なので、俺の口から説明するのは気が引ける。 「そっか……ワケあり、か」 「ま、何かあったら相談してくれ」 ジンが独り言のようにつぶやく。 そして唐突に、声色を作り、表情をキリリと改めた。 「もしツライことがあったら、なんでも言ってくれよな?1人で背負い込まないでほしい」 「……少しでもリュウの力になりたいんだ」 ジンの熱い眼差しが俺を見つめる。 「ジン……」 俺は、ジンの手を取って…… ぎりぎりぎりぎり、と捻りあげた。 「いだいいだいいだいいだい!ちょ、ギブ! マジで!」 「さっき俺がレキに言ったセリフを、まんま真似するなよっ」 「だってさっきは、オレの存在そっちのけで、二人だけの世界に浸ってたんだもん!」 じたばた、と暴れるジン。 その軽口が、少し心地よかった。 「こほんっ……あー」 「どんな理由があるのか知らんが、一応、みんなには説明しておいた方がいいんじゃないの?」 「噂が村人たちの耳に入ったら、あらぬ誤解を受けるぞ」 「村人たちの耳に?」 「さっきの巡礼者、おしゃべり好きみたいだったし」 巡礼者たちは、村を見て回ると言っていた。 当然、村人たちと話す機会もあるだろう。 そのとき、軽い気持ちでさっきの噂話を話したら…… 「あ、隊長さん」 村の人間に呼び止められた。 ……イヤな予感がする。 「巡礼に来た方に聞いたんだけどね、レキ様の話は……本当なのかい?」 「信じられんことじゃが……なにぶん、ポルカ村は過去に色々あるでのぉ」 イヤな予感的中。 「……遅かったみたいだな」 「……ああ」 村人たちの顔を見ればわかる。 どんな噂を聞いてしまい、皆がどう感じたのか。 このままじゃ済みそうにない予感がした。 「知らなかったー……レキ様に妹さんがいたなんて」 「でもさ、隠してたってことはやっぱり……」 「………………」 狭い村だ、噂が広まるのはあっという間だった。 「まるで未知の流行病みたいだな」 ジンの言いたいことはわかる。 それまで村になかった病が、外部の人間によって村にもたらされる。 そしてそれは、あっという間に村中に広まって、村を蝕んでいく。 そうして、たった数日で滅びた村も、歴史上は存在するらしい。 噂というのはまるで、そんな病のようだった。 そしてこの場合、滅びてしまうのはレキ―― いや、そんなことは絶対許せない。 「このままじゃマズイぞ。どうする?」 「………………」 レキに言っても、きっとまた『放っておけ』と言うだけだろう。 「妹さんを殺めた咎で、こんな僻地に流されて……」 「信じられないけど……警備隊の例もあるからね……」 このまま放っておけば、噂は、どんどん大きくなってしまうだろう。 村人たちのレキへの信頼が厚い分だけ、反動も大きいに違いない。 でも、村の人たちにきちんと説明しようと思えば、レキのことを喋らずにはいられない。 「では、やはりレキ様も重罪人なんじゃろうか……?」 「この村に派遣されるのは、罪人ばかり……」 でも、やっぱり放ってはおけない。 「みんな、ちょっと待ってくれ!!」 俺の声に、ヒソヒソ話はピタリと止んだ。 「みんな、そんな噂は信じるな。レキを信じてくれ」 「でも、巡礼の方々が、王都ではそのような噂になってると……」 「それには事情があるんだ。ちゃんと話すからよく聞いてくれ」 「実は……」 「リュウ」 だが、俺の言葉を押しとどめたのはレキだった。 いつの間に来たのか、レキがそこに立っていた。 「レキ……」 「いいんだ。なにも言うな」 「だけど……」 レキは、村のみんなに向き直る。 「レキ様」 「皆、すまない。私が至らないばかりに、皆にまで心配をかけて」 村人たちに向かって、頭を下げる。 村人たちは、戸惑うように顔を見合わせた。 レキが何も言ってくれないことに戸惑っているのだ。 「レキ……」 「あながち間違いとも言えない……」 ぽつり、と俺にだけ聞こえる声で、レキが呟いた。 「殺してしまったも……同然だ。私は……神官失格だな……」 「そ、そんなことはッ!」 声を荒げかけて、思わず口を噤んだ。 村人たちは、そんな俺たちに注目している。 「……しばらく一人にして欲しい」 「ああ……診察はする。病人が出たら、神殿には遠慮なく来てくれ」 「騒がせてすまなかった、みんな……」 自分1人で、何もかも背負い込もうとするように、レキは、村人たちの前で、何ひとつ語らなかった。 レキ―― そして、夜になった。 噂は、更に村中を駆け巡り…… 当然のことながら、ロコナやミント、アルエたちの耳にも入った。 「くだらない。そんなことがあるもんか」 アルエは噂を一刀両断した。 「村の民は、どうしてこんなデタラメに簡単に揺れてるんだ」 「ご、ごめんなさい」 なぜかロコナが謝る。 「ロコナが謝ることないよー。村の人たちも、本当はありえない話だって分かってるんだろうしさ」 「良くも悪くも、純朴なんじゃよ……村の者は」 「噂がもたらした不安や心配で言うと……ほれ、このリュウの前例もあるじゃろ?」 全員が、俺に視線を向けた。 そして納得したかのように、苦笑を浮かべる。 「……先程から、やけに静かじゃないか。ドナルベイン」 アロンゾが、俺を睨んだ。 「レキ殿は貴様と恋仲……何か事情を知ってるんじゃないのか?」 「………………」 アロンゾの的確な指摘に、少し怯む。 「言えないこともあるって。とりあえずレキを信じて、ほっとこう。噂なんていずれ忘れられるよ」 「そうだな。そんな噂なんか、そのうち忘れて……」 アルエが言いかけた、その時だった。 兵舎のドアを、誰かがノックした。 「はーい、今あけまーす」 ロコナが、ドアへと走ってゆく。 「わ!? ユーマおばさん……それに、他のみんなも……」 えっ? 慌ててドアの向こうを覗く。 そこには――何十人もの村人が、詰め掛けていた。 「ど、どうしたのっ? こんな大勢で……」 「隊長さんに、用があって来たんだよ」 俺に……? 「レキ様の噂のことさ。隊長さんが、何か知ってると聞いてね」 ああ……村の広場で、レキに止められた一件か。 「教えておくれよ、隊長さん」 「あたしたちは……レキ様が心配なのさ」 まっすぐに、俺を見つめてくる村人たち。 「疑ってるんじゃないの?レキの噂が本当かどうか」 「見損なわないで欲しいね、ステインの若様」 「この村は……レキ様に何度も助けられたんだ」 「噂の真偽なんてどうでもいいのさ。ただ、あたしらは知りたいんだよ。レキ様のことを……」 村人全員が、大きく頷いた。 その表情には、どんな話でも受け止める――という覚悟が、見て取れる。 「な〜んだ、オレたちと一緒か。さすがうちの領民。数少ない親父の財産だなあ」 「たいちょー……」 ロコナが、俺を振り返る。 教えてください、本当のことを――と、その瞳が物語っていた。 レキ……ごめん。 俺、レキのこと話すよ。レキには止められたけど。 この人たちになら、話してもいいと思うんだ。 レキの生い立ちや、妹のこと……そして、レキがこの地にいる理由。 「……わかった。話すよ。俺の知っていることを」 「だって……みんな、レキの仲間だもんな」 自分の言葉に、照れを覚えて頬を掻いた。 そんな俺を見つめながら―― 村人たちは、優しい笑みを浮かべる。 「外は寒いだろ、みんな中に入ってくれ。ちょっと狭くなるかもしれないけど」 村人全員を兵舎に招き入れる。 長い、長い夜になりそうだった。 噂の真相を知った村人たちは、少しでも元気付けようと、こぞって仮病で訪問し、レキを褒め称えようとする。 すぐに看破されなんのツモリだと怒り、同情してくれなくていい、というレキをリュウは逆に怒る。 これまで数多くの村人を助けてきたこと、導いてきたことに自信を持ち、後ろを向かず前を向いて生きろと諭すリュウだった。 そして、一夜が明けた。 昨夜は、空が白むまでレキのことを語り続けた。 レキ本人には、聞いたことを明かさない約束。真相は、一人ひとりの胸にだけあればいい。 村人たちは、ただ黙って俺の話に聞き入り…… そして、納得した者から、順番に兵舎を去っていった。 去り際に、彼女たちが零した言葉は―― 『レキ様も水臭いお人だよ』 ……だった。 と、いう訳で。 すっかり夜更かししてしまったせいで、俺は、昼過ぎまで寝こけてしまった。 目が覚めると、空には高々と日が昇っていた。 「さて、と――」 今日の予定は、もう決めてある。 神殿に行って、レキに会う。 一人になりたい、なんて言ってたけど……あえて、それでも会いに行く。 ……門前払いされるかもな。 ま、その時はその時だ。病人なら遠慮なく来てくれ、と言ってたし。 コブの一つでも作って、会いに行けばいい。 手早く着替えて、部屋を出た。 「おーい、ロコナ〜。ちょっと出かけてくる〜」 ……………… 声をかけても返事はない。 兵舎はいつにも増して、静まり返っていた。 「……誰もいないのか?」 いつのまに出かけたんだろう。 昨日、全員夜更かしだったはずなのに。 「……まさか」 まさか、これから俺が向かおうとしてる場所―― そんな場所は一箇所しかない。 レキの神殿だ。 「な、なんだこりゃ!?」 神殿は人で溢れていた。 こんなに繁盛(?)している神殿は、以前、感冒が大流行した時以来、久しぶりに見る。 「なんで……こんなに混んでるんだ?」 側にいたユーマさんに訊ねてみる。 「あ、あはは、ちょっとお腹の調子が……ねえ?」 曖昧に笑って答えるユーマさん。 とても、腹の調子が悪そうには見えないが…… どうやら全員、レキの診察を待っているようで、大人しく列を作って並んでいた。 「……はぁ。次の者」 「あたしあたし〜。よろしく〜♪」 「ミ、ミント!?」 レキの前に進み出たのはミントだった。あいつ、腹でも壊したのか? それにしては元気そうだが…… 「……ミントか」 レキはなぜか用心深い眼差しをミントに向けた。斜に構えているようにも見える。 「あ、あれ? ここで診察するの?個室とかじゃなくて?」 「地下は蝋燭の明かりなのだ。診察するには向いていない」 「心配しなくてもいい。服を脱がせる時は、衝立を用意して、他には見えなくする」 「ふぅん……そっかそっか」 「それで? どうした、また過労か?」 「そうなのよ。ちょっと眩暈がしてさぁ」 「ほう……眩暈。本当か?」 レキがすっと眼を細める。 「ホントだって。特にね、立ちくらみ?あれがひどくてさー。立ったり座ったりするだけで、毎回クラクラするのよ」 それらしい事をいうミント。 でも、そんな症状があるなんて初めて知ったぞ。 「……そうか、それはいかんな。眩暈によく効く薬を調合してやろう」 「そんなのあるんだ? じゃあヨロシク!」 「……ふむ」 レキはなにか言いたそうだったが、なにも言わず、黙ってごりごりと薬草を練りはじめる。 「さすがに慣れた手つきだね〜。その腕前で、何人も村人を救ってるんだもん。レキは凄いよ。ホント凄い」 レキの手際を見ながら、ミントは微笑んだ。 確かにレキの調薬の腕前は確かなものだと思うけど、今更、そんなに持ち上げるほどのことじゃないだろ? 「……たいしたことじゃない」 「んなことないよ。レキのおかげで、村のみんな助かってる」 その場にいる村人達はみな、ウンウンと頷いた。 「ほら。みんなそう思ってるんだって」 「そう言ってもらえるのはうれしいが……」 「ところでミント。病状は何だったかな」 「え? だから、眩暈だけど」 「そうか。そうだったな。じゃあ背中の方を見てみよう。ああ、服は着たままでいい」 「ちょっと立ってみてくれ。こちらに背を向けて」 「あいよ」 立ち上がって、レキに背中を向けるミント。 「へーえ、でも眩暈って背中とか見て、何か分かったりするんだ?」 「……いいや」 「え? じゃあなんで背中なんか……」 「立ちくらみは、ないようだな。今、こうして立ちあがっても平気のようだが」 「……あ」 ミントが、しまった……という表情を見せた。 レキがムッとミントを睨む。 「そなたも仮病かっ。そこで、皆と一緒に反省していろっ」 「うぁ……ツメが甘かったぁぁ」 ミントが追いやられた神殿の隅には、他にも、たくさんの人間がいた。 「……みんな仮病なのか?」 どうやら、みんな仮病で反省させられているらしい。 その中には、アルエやジンやホメロもいた。 「何やってるんだ……みんな」 「ミント、惜しかったぞっ」 「さすが商人じゃ、あと一歩じゃったな」 「うぅぅ、過労と結びつけたところまでは、けっこう良い線いってたのになぁ」 「ボクは……すぐ見破られたけど、言いたいことは言えた。だから満足だ」 「ワシもじゃよ」 仮病組が、お互いを慰めあっている。 俺にも、なんとなくわかってきた。 「ああ、なるほど。これは……」 「あの、お願いしま〜す」 次に並んでいたロコナが進み出る。レキは少し驚いた顔をした。 「ロコナ? おまえまでか?」 もう端から仮病だとバレている様子だ。だが、ロコナはバレていることに気づかない。 「実はですね、ちょっとお腹が痛くて。あいたたたた……」 「……あのな、ロコナ」 「うーん、痛いです。お腹が全体的に。嘘じゃなくて、本当にお腹が痛いです!」 嘘じゃなくて……って。 「どんな痛みだ?」 「え……? どんなって……」 「あ! ええとっ、そのっ、キリキリ! キリキリです!キリキリするタイプです!」 うわぁ…… ミントの演技と比べると、こっちは酷い。 「……そうか。では腹痛の薬を煎じてやろう」 「はい、お願いします」 「……はふぅ」 ロコナは、一芝居終えてホッとした……とでも言わんばかりに、息を吐いている ロコナ、芝居にもなってないぞ、それは。 レキの調薬はすぐにできた。 「食前に、ひとつまみ飲むといい」 「はい、ありがとうございます!」 「ぱくっ!」 ロコナはいきなり薬を口に含んだ。 「けほっ、こほっ……!」 そして大半を咳き込んで吐いた。 「な、なぜ今飲む?食前だと言っただろう?」 「い、いいんです。この後ゴハンにしようと思ってたので」 「……そ、そうか?」 「ん!? あ、すごいです!」 ロコナが腹を抱えて叫んだ。 「お腹が……お腹が治ってます!お薬が効いたんですよ! すごい!」 ロ、ロコナ……それは流石に、やりすぎだ。 アルエもホメロも、村人たち全員が、あちゃぁ〜、という顔でロコナを見ている。 「……何を言ってるんだ。そんなにすぐに効くはずがないだろう」 「でも効きましたよ!もうお腹痛くないです!」 「レキさんの薬はすごいです!」 「また、レキさんに助けてもらいました!」 同意を求めるように大声を張り上げるロコナ。 村人達が、皆ウンウンとうなずいている。 「むむむ……」 レキは呆れた様子で黙り込む。 だが、俺には皆が何故ここにいるのか、その気持ちがわかった。 みんな、レキを励ましに来たのだ。仮病を使って、口実を作って。 そうでもしないと、会ってくれないだろうから。 だが、真面目なレキ本人にだけは、それがイマイチうまく伝わってないようだ。 「皆、今日はいったいどうしたというのだ?」 レキは、怒りを通り越して、呆れたという様子で俺たちを見つめた。 「みんな、思ってることを言ってるだけだよ」 「リュウ……」 レキが驚いた様子で俺を見る。 「よお」 「……そなたまでもか」 レキは俺の顔を見てうんざりした顔をした。 「うん、俺も来た」 「……そなたも具合が悪い、とか言い出すのか?」 「いや、俺はやめとく」 話をしにきたんだ。レキと。 「まったく……どいつもこいつも。今日はどうしたと言うのだ?」 「わからないのか?みんな、レキのことが心配なんだよ」 「………………」 ケガでも病気でもないのに、村人たちが、こぞって神殿に押しかけたこと。 それは――レキを心配してのことだ。 ある者はレキの様子を見に、ある者はレキを励ましに、ある者は軽口でレキの気を紛らわせようとやって来た。 みな、レキのことが好きだから、レキを慕っているからこその行動だった。 「すまん……レキ、最初に謝っとく」 「噂の真相を、俺がみんなに話した」 「ッ!?」 レキが、俺を睨みつけた。 「……ごめん」 「………………」 「……同情か」 吐き捨てるように、レキが言った。 「違う」 「レキのことが好きなんだと、だから元気を出してくれと、みんな……そう言いたいんだ」 「……それで、仮病を?」 みんなウンウンと肯いている。 「レキは、この村に必要な人だ」 「噂だとか、真相だとか、そんなものは些細なことだ。本当に大切なのは……皆がレキを慕ってるってことなんだ」 アルエの言葉は、きっとこの場にいる人間全員の、いや、全村民の総意だ。 「そうですよ〜!レキさんはこの村に必要な人です!」 「レキがいなきゃ、こんな辺境の村、安心して暮らせないよな」 「そうだよ〜! 自信持って!」 気持ちのこもった声がレキを励ます。 「………………」 「私には……慕われるような資格は……」 「レキ」 俺は、強い調子でその名を呼んだ。レキが驚いたように顔を上げる。 「みんな、レキを心配してる」 「噂だの何だのは、本当に些細なことなんだよ」 「資格があるとか無いとか、そんな話ですらない」 「今日、俺たちがここに来たのは――」 「これまで、レキが数多くの村人を助けてきたこと」 「たくさんの村人を導いてきたこと」 「だから……愛されてることに、自信を持って欲しい。後ろを向かず、過去に押し潰されず、前を向いて欲しい」 「それを伝えに来たんだよ。 ……仮病は、そうでもしないと会ってくれないからだ」 だよな? と村人に問いかけると、全員が一様に頷いた。 「………………」 「ええと、もう少し分かりやすく、何が言いたいかと言うとだな……」 「もう……わかった。それ以上は無用だ」 レキが声を上げ、俺の言葉を打ち切った。 「はぁ……」 「あれこれ悩んでいたのが、愚かしく思えてくる」 レキが大きくため息を吐いた。怒らせてしまったのかと不安になる。 だが、レキは俺たちをぐるっと見渡し、微笑んだ。 「もうわかった。だから心配しないで欲しい」 人をホッとさせるような笑顔だった。 「みんな、ありがとう。どうしようもない私だが、これからもよろしく頼む」 少し照れながらそう言ったレキは、まるで初々しい少女のようでかわいかった。 「だが、一つだけ言わせてもらおう」 「理由はどうあれ、仮病というのは人を騙すこと。それは感心しないぞ」 「仮病軍団の皆には、とびきり苦い煎じ薬を処方して進ぜよう」 「……え? とびきり苦い?」 「うっそぉ……」 一瞬、空気が凍る。 「ぷっ……」 沈黙の中、レキが噴き出した。 「すまん。冗談だ」 「あはははは」 声を上げて笑う。凍った空気を、レキの笑い声が溶かしていく。 レキの笑いにつられて、みんなも笑った。 皆を見送った後……俺は、レキと二人きりになった。 場所は、あの地下研究室。 前回、来たときとはまた違う植物が増えていた。 「……どうも私は、まだまだ半人前のようだ」 「こんなにも村人を心配させてしまっては……まさしく神官失格だな」 「また、そーゆー事を言う」 「資格云々なんて、自分で決めるもんじゃないだろ」 「少なくとも、俺はそう思うぞ」 「……そうだな。その通りだ」 「自分で自分を見限るのは、半人前の証拠だな」 言い回しが、実にレキらしい。 「ありがとう、リュウ……」 レキが、そっと俺の頬に手を伸ばした。 そのまま、吸い込まれるように――キスを重ねてくる。 「ん……」 驚いた。レキの方から、キスしてくるなんて。 「……そなたの説教が、一番効いたぞ」 「それにしても……私とそなたの間には、よくよく仮病が絡んでくる」 村に来たばかりの頃、仮病を使って、レキに怒られた過去を思い出した。 「あの時は、私が説教をした――」 「今回は、俺が説教しちゃったな」 苦笑を浮かべて、もう一度、レキが俺の頬に口付けした。 「これからも……私が間違っていたら、説教して欲しい」 「そんな機会、めったにないと思うぞ。逆はしょっちゅうありそうだけど」 互いに、ぷっと吹き出して、笑いあう。 そんなレキの笑顔が、たまらなく愛おしくて―― 俺は、ぎゅっと強く、レキの体を抱きしめた。 すっかり元気を取り戻したレキ。薬草を取りに行くというレキに同行し、森の中でのデートを楽しむことに。 村の誰にどんな薬草が必要なのか、誰がどんなモノを欲しがっていたのかを精細に覚えているレキにリュウは感心してしまう。 そのままいいムードになるのだが、今日は神官として身を清めなければならない日と言われてガックリのリュウだった。 村人たちがどんな薬草を必要としているか覚えみんなの身体を気遣うレキに、自身の身体を大事にしているか不安になるリュウ。 心配になったリュウは、レキに調子が悪いところがあるか聞くのだった。 「うーん……強いて言うなら、最近目が疲れやすいぐらいか」 そんなレキにリュウは…… 「ん〜〜〜〜〜っ」 空に向かって、大きく伸びをする。 清々しい朝の空気を、胸いっぱいに吸い込む。 ひんやりとした空気が体に心地良い。 「あ、たいちょー! おはようございますっ」 角笛を持ったロコナは、朝から元気いっぱいだ。 「ああ、おはよう」 「どうしたんですか、隊長?今朝は早いですね」 「うん、ちょっとな」 用事があるんだよ、今日は。 「あ、もしかして、抜き打ちで朝の見回りですかっ?」 なんじゃそりゃ。 そんな気の利いた見回り、したこと無いだろーに。 「不肖、このロコナもぜひお供を……」 「あー、違う違う。そういうわけじゃない」 角笛を投げ捨てそうな勢いで言うロコナを必死になって止めた。 なぜ必死になって止めるかというと、理由はこうだ。 今日はレキが薬草を採りに行くらしい。俺はそれに同行しようと考えている。 警備隊という仕事柄、というのもそうなのだが俺の側にはいつも、ロコナたちがいる。 レキはレキで、信者であったり病人であったりと常に村人と接触しているわけで。 お互い、なかなか2人っきりになれないのだ。 そこへ、レキが森へ薬草を摘みに行くと聞いてこいつはチャンスだ、と思ったわけだ。 「あのー、たいちょー?」 「ん? なんだ?」 「どうかなさったのですか?お顔が、にや〜ん、と緩んでます」 ……う、いかん。 「昼過ぎには戻るから、留守番頼んだ。村の見回りは、戻ってから一緒に行こう」 ウキウキと逸る気持ちを抑えつつ――俺はロコナに今日の指示を与えた。 かさかさと落ち葉を踏みしめる音がする。 森の空気は心地良く、村のそれとは少し違って感じる。 「まだ奧へ行くのか?」 「ああ。こんな近くで採れれば苦労はないのだがな」 レキはまっすぐ森の奧を目指して歩いている。 森の奧へ行くというなら、ついてきて正解だった。さすがに、この辺は危険も多い。 「いつも……そんなに奧へ入るのか?」 「薬草が群生している場所は、まだずっと奧だからな」 そういえば。密猟者たちに襲われたときも、レキは1人で森の奥深くへ入り込んでいたっけ。 それで危険な目に遭ったのだ。 これからは、薬草採りには必ず俺がついて来ることにしよう。 「子供じゃないのだから1人でも平気なのだぞ?」 「あのな。密猟者に襲われたのはどこの誰だ?」 「そ、それは……」 「それだけじゃないよな?足を挫いたりもしてるし」 レキは真顔のままで黙りこくる。 事実だけに言い返せないのだろう。 「それでも平気とかいうわけ?いつもは理路整然としてるのに、説得力がないと思わないか?」 「……平気」 「――なわけ、ないよな?」 俺に切り込まれて、レキは困惑の色を浮かべている。 「そんな場所に、一人で行かせられると思うか?」 「しかしだな……ロコナは一人で森に入ることもある」 「もちろん、ロコナのことだって心配だけど……」 「心配……私を心配して言っているのか?」 ぱあっと明るい表情を浮かべる。 「心配してくれるのだな?」 「当たり前だろ、心配しない方がどうかしてるって」 自分が好きな女の心配をしないなんて俺としては考えられない。 「そういうことで、今後はついていくから。ちょっとした森のデート、くらいに思ってくれよ」 「デ、デート?」 レキの顔が一瞬で真っ赤に染まる。 付き合いはじめてしばらく経つが、レキはまだその手の話題にはからっきしだった。いつまでも初々しい。 「村にいれば、俺もレキもお互い1人でいることが少ないだろう?」 「2人きりになれることなんて滅多にないからさ」 「そ、それはそうだが……デートなどと……」 凛としてみせると思えば、初々しく恥ずかしがる。 神官としての建前があるんだろうが、それはそれで可愛く思えたりする。 「そ、そもそも私は、薬草を取りに来ているわけで……」 「そのついでにデートってのは?」 「いや、だからそれではどちらがメインかわからない……」 「どっちがメインならいいんだ?」 「あ、いや、だから……」 動揺してる動揺してる。 デートって言ったぐらいで動揺してしまうレキが、愛おしくてたまらなくなった。 そういや、まだ1回きりしかしてないんだよな。あれからもうしばらく経つし、今日のこの機会に…… などと否応なしに期待は高まって来てしまう。 というか、それが目的で一緒に森に入ったことは秘密だったりする。 「な、なにを悪巧みしている?」 ふと我に返ると、レキが俺の顔を睨みつけていた。 よからぬことを考えているのが、顔に出てしまっていたらしい。 「べ、別に何も、やらしい事なんか考えてないぞ」 「そこまでハッキリとは言ってない。悪巧み、と言っただけだぞ」 「……うっ」 しまった。うっかりすると、つい気持ちが口に出てしまう。 「今日は薬草を神前に捧げるという月に一度の儀式があるのだ」 「そのために身を清めておかねばならぬ」 「そ、そうなの?」 つい情けない声を出してしまった。 レキが困った顔をする。 「そんな情けない顔をするな。仕方ないだろう」 「いや、そうだよな。俺、そんなに情けない顔してたか?」 「……してる。そんな顔をされると、こちらが悪いことをしているような気分になる」 「そうか。すまん」 意識して顔を引き締める。 妙に期待してしまっただけに、落胆は大きい。まあ、勝手に期待していたわけだが。 「まったくぅ……仕様のないやつだな」 と、レキがそっと寄り添ってきた。俺の手を握る。 「ま、まあ、このぐらいで今日は勘弁してくれ」 手をつないで歩くから、勘弁しろということらしい。 エッチと手をつなぐじゃ雲泥の差。 ……と言いたいところだが。 恥ずかしいくせに、真っ赤になって俺と手をつないで歩いているレキの姿は新鮮で…… 俺はつい満足してしまうのだった。 ま、いいか。この方がデートっぽいし。 「わかった。これで手を打とう」 「そうか? すまんな」 「その代わり、俺がいいというまで絶対に手を離さないように」 「ぬ……わ、わかった」 一瞬怯んだが、レキは渋々うなずいた。 そういうわけで、俺たちは手をつないで森を往く。こんなデートもいいものだ。 「そういえば、こんなデートっぽいデートははじめてじゃないか?」 エッチはしたけれど、手をつないで歩くなんて、はじめてだ。 ……そもそも恋愛の手順ってそうか?いろいろ順番が間違っているのかもしれない。 「デ、デートデートと連呼するな。恥ずかしいっ」 レキは耳まで真っ赤になっている。裸も見せ合った仲なのに。 もしかすると……それが乙女心というものなのか。 「それに、どんなモノがそなたの言う普通のデートなのか、私にはわからない」 「なにしろ、リュウがはじめてなのだからな」 「そうか。そりゃ光栄だな」 「ば、ばかものっ」 頬を朱に染めて叱咤するレキが可愛く思えて仕方がない。 仮病の時、レキに叱咤された時はなんだか母親みたいで怖かった。 まあ……あれは俺が全面的に悪かったしな。 でも今は―― レキが何をしても可愛く思えてしまう。 「……何をニヤニヤしているのだ?」 「いや、レキが可愛いなと思って」 俺の一言で黙りこくったレキは繋いでいた手を強く握る。 沈黙と握った手は抗議のつもりなのか、それとも嬉しいのかが微妙にわからない。 心なしか、歩き方もぎこちなく感じる。 「うむ……」 「……」 そんなわけで俺たちは、デートらしからぬ張りつめた空気をまといながら、手をつないで行進していった。 「手を離してもいいか?」 レキに訊ねられ、俺は自分からレキの手を離した。 周りの景色は、鬱蒼とした緑に変わっている。俺たちは、だいぶ森の奥深くへと踏み込んでいた。 「この辺か?」 「ああ。あ、ほら、あった」 レキが木の根もとにしゃがみ込む。 その草は、俺にはただの普通の草にしか見えなかった。その普通の草を、レキは丁寧に根から引き抜いた。 「それも薬草なのか?」 「ああ、これはソムロだ」 「緑の部分を煮詰めてペースト状にしたものはリウマチに、根の部分は慢性的な胃痛に効く」 「へえ、根も使えるのか」 「老マルゴがリウマチだったな。ミラの腹痛は、この根が効くかもしれん」 レキは、引き抜いた薬草を大事そうに籠に収める。 「この青ミズシロは、レスクの腱鞘炎に効くだろう」 「これはセンギョウ草だ。これは赤ん坊のかんのむしに効くのだ。マリーカの赤児に飲ませよう」 この草は誰の何に効くといちいち語りながら、レキはどんどん薬草を摘んでいく。 さすがだな……俺は感心してしまった。 「レキは、みんながどんなことで困っていたとか、全部覚えてるのか?」 「もちろんだ」 レキは簡単にうなずいた。 「病や怪我を治すのも私の役目だからな。皆の健康状態を把握しておくのは当然のことだ」 当たり前のように言うが、それって、けっこう凄いコトだと思うのだが。 神官としての職務は言うに及ばず―― 薬草についての造詣の深さと村人を思う慈愛の心に頭が下がる。 その苦労をおくびにも出さず、村人全員の健康に気を配るのは当然のことと言い切る。 そんなレキに、俺は心から尊敬の念を抱いた。 あわよくば野外エッチ……なんて不埒なことを考えていた自分が恥ずかしい。 「すまん」 思わず詫びると、レキは不思議そうな顔になった。 「なぜ謝る?」 「いや、なんとなく」 「なんとなくで謝られても困る」 「謝るぐらいなら、この黄色の小さな花を付けた草を摘んでくれ。これは手に出来たまめなどに効く薬になる」 「手のまめ?」 「うん。鎌や鍬、鋤などで手にまめが出来るだろう?それを早く治す効果がある」 「それも、村人たちのためか」 「それはもちろんだが、リュウやアロンゾ殿にも必要と思ってな」 「……え?」 「毎日、剣の鍛錬をしているのだろう?」 ……俺の場合、まだ棒っ切れでだけど。 真剣は握れるし、抜けるようになったけど、まだあまり使いたくないんだよなぁ…… 「何かを、誰かを守るための鍛錬だろう?方法こそ違うが、私も村を守る者だからな。見て見ぬふりは出来ない」 「そうか、優しいな、レキは」 俺はいつになくやさしい気持ちになった。たくさん摘んでいってやろう。 「ん?」 薬草を摘んでいてふと気になった。 レキは村人達みんなの体を気遣っている。では、レキ自身の体のことはどうなのだろうか? 「レキは持病とかはないのか?調子の悪いところとか?」 人のことばかりにかまけていて、自分の体のことには頓着してない気がして心配になった。 「私は大丈夫だ。体だけは丈夫だからな」 「本当か?どこか痛いとか、疲れているとかは?」 「そうだな……」 レキは一瞬だが考え込む。 「うーん……強いて言うなら、最近目が疲れやすいぐらいか」 「そうか……」 毎晩遅くまで調べものをしたりするみたいだからな。 それに……俺の問いかけに一瞬考え込むなんて、やっぱり自分には無頓着なのかも知れない。 レキに注意した方がいいかも。 「あのなあ、レキ。それじゃまずいと思うぞ?」 「まずい?なんのことを言っている?」 「いいか、よく聞くんだぞ」 きょとんとするレキに、俺は真顔で向き直る。 「……わかった」 俺の表情をじっと見ていたレキだったが、すぐに姿勢を正して俺の目を見つめる。 「人の心配をするのは良いことだと思う。そんなレキの姿に感動したりもする。でもな、それじゃまずいんだよ」 「自分の体調をしっかりと管理していないといざという時に、レキが倒れでもしたら村の人たちはものすごく困ると思うぞ」 真剣に注意をすると、レキは俺に視線を向けたままで頷いてみせる。 「医者の不養生といったところか……」 「そうそう、それ。だからさ、もちろん自分のためでもあるけど村のためにも自分を大事にするべきだと思うぞ」 説教くさいかと思ったけど、これぐらいはっきり言った方がいい気がする。 「そうか……うん、リュウの言う通りだ。自分のことも、もう少し気に掛けることにする」 レキは柔らかな笑みを浮かべ、何度も頷いて見せた。 「こう言っちゃあなんだけど、村人のためとか考えるなら、まずは自分だろ」 「うん?どういうことだ?」 「レキが自分の体調管理をしっかりとしてないといざって時にレキが病気じゃ役に立たないだろ」 「そ、それはたしかにそうだが……私としても、自分の体調についてはまったく頓着してないわけじゃない」 「でもさ、さっきは強いて言えば……なんて言ってただろ?」 「それは……突然リュウに不調はないかと聞かれてもほかに思い当たる不調がないからだ」 あー。そうだったのか。 「まあ、とにかくだ。レキがしっかりと自己管理していないと、村人がどうこうなんてのは本末転倒じゃないか?」 「そうだな……たしかに言うことは筋が通っている。気をつけることにする」 レキはちょっと不満そうに言うと、小さく頷いた。 ……とはいえ。人のことに親身になると、後先見えなさそうだし。 これからは俺が気をつけてやらなければ。 俺の中に、そんな使命感が芽生えていた。 自分より他人を優先してしまうだろうレキのことは、俺が守ってやらなければ。 包み込むような気持ちで見守っていると、レキが訝しげな目を上げた。 「どうした? なにを見ている?」 「大丈夫だ。俺がちゃんと見ていてやるからな」 安心させようとして言うと、レキはなぜか目をそらせた。 「そ、そんな熱のこもった目で見るな。今日は、その……儀式があると言っただろう?」 精一杯見守っていたつもりだったのに。なんか、めいっぱい勘違いされてる雰囲気。 まぁ、いいさ。 めげずにこれからも見守り続けてやる。 王都からレキの元に伝令が届く。辺境での活動が認められ、高位神官へ格を上げるという内容だ。 神官に高位も下位もないとすげない風のレキだが、辺境での努力を認められたことについては嬉しそうな様子。 ただし、式典出席のために王都まで行かねばならない。ちょうどアルエも王都に帰らなくてはならないという。 めでたい式典なのだから、記念に参列しに行こうという話になり、一同総出で王都に上ることになるのだった。 その一報は、大慌てで転げ込んできたロコナによってもたらされた。 「たっ、たたっ、たたた! たいちょー!」 「たいちょー! 隊長ですっ!!」 「……は? なにを言ってるんだ?」 「あ、間違った。たいちょー、大変ですっ!!」 ぜえぜえと息を切らせるほどに大慌てで飛んできたらしい。 いったい何があったんだ? 「とにかく落ち着いて話してみろ」 「は、はいっ」 「あ、あのですね、レキさんが……」 「え? レキが?」 「レキさんが、大変なんです!」 ロコナの慌てぶりに、俺の中で不安が募る。 「な、何があったんだ!?」 「と、とにかく神殿へっ!」 大変だと言いつつも、ロコナの表情はどこか嬉しそうだ。 何があったのかはわからないが……悪い報せではないらしい。 「わかった」 俺は弾かれたように神殿へと向かった。 「レキーっ!!」 レキが心配で、神殿内へと飛び込んだ。 ……と、そこには。 「やっときたのか。遅いぞ」 「わ、わざわざリュウを呼びつけたのか?」 「そりゃ呼ぶでしょーよ、彼氏なんだもん」 レキだけじゃなく、アルエたちも一緒にいた。 「ロコナが大変だって言うから、すっ飛んできたんだけど……なにがあったんだ?」 問いかけると、レキは困ったような顔をする。 アルエやみんなの顔を見回すと、それぞれに笑顔を浮かべている。 雰囲気から見ても、悪い話ではなかったらしい。 ……何が大変なんだ? 「あ、あのさあ。もったいつけてないで、何があったのか聞かせてくれよ」 「いやぁ、それなんだが、じつは畏れ多くも――」 「あだっ」 「おしゃべりが過ぎると痛い目を見るぞ」 「まだ喋ってないんだけど……」 「あーもーじれったいなあ!なんなんだよ〜」 仲間外れにされた、だだっ子状態になってしまう俺。 「ボクたちの口から言うよりも本人の口から聞いた方がいいと思う」 アルエに促され、レキが前へと押し出された。 「そ、そんな大袈裟なことでは……」 レキはほとほと困った様子で、俺に救いの目を向けてくる。 「な、なあ、リュウ?」 「なあっていわれても……」 俺に助けを求めてもしようがないぞ?なにしろ、何も知らないんだから。 「ほら、レキ。はやくリュウに報告しろよ」 「う、うむぅ……」 アルエにせかされて、レキはようやく俺に向き直る。 何か悪いことをして叱られた子供のような、そんな瞳を浮かべている。 「なんか、俺に報告することがあるそうだけど?」 軽く促してやる。そうでもしないと、このまま見つめ合っていそうな予感がする。 「あの、だな……王都から報せが来たのだ」 「うんうん、どんな報せなんだ?」 「それが……私を高位神官に取り立てるらしい」 「そうかそうか、レキが高位神官に……」 ニッコリ笑ってそこまで言って、俺の思考が停止した。 えーっと。 高位神官? 「ま、驚くのも無理はないな。レキが高位神官に取り立てられたんだから」 「えーと……」 早く戻ってきてくれ、俺の思考。 「高位神官か……うん、たいしたもんだ」 ロコナが大騒ぎをした報せとは―― レキが高位神官に任命されるというものだった。 その一報に、アルエも素直にレキを誉め称えた。 高位神官に任命されるというのは、そのぐらいたいしたものなのだ。 全国に数万人はいるとされる神官の中から特に優秀な神官が選び出されるわけだが、数年に1人、出るかどうかの狭き門だ。 神官としての任はもちろんのこと、人徳や品格、さまざまな点で優れていなければならず年功序列的に出世出来るものではない。 「す……すごいじゃないか、レキ!!」 ようやく、俺の思考回路が繋がった。 「そんな大したものではない。そもそも、神官に高位も低位もあるまい」 だが、当人のレキは一番冷めている。 「リュウ、すまなかった。なんとも大騒ぎになってしまって」 「いや、これ、普通は大騒ぎだろ」 「そうかな?」 ……やっぱり本人が一番冷めてるっぽい。 「ホントすごいですよ〜。レキさんはポルカ村の誇りです!」 「そ、そんな大げさな」 レキは謙遜して言うが、ロコナは決して大げさではない。 テクスフォルト王国の国教たるリドリー教。その神官には、ランクが存在する。 高位神官は、国中で20人ほどしかいない。そのほとんどは、主に王都で活動している神官だ。 こんな辺境の地で活動していながら、その業績を認められて高位神官となるケースなど、異例中の異例だろう。 「いやいや、ほんにたいしたものですじゃ。レキ様も立派になられて」 ヨーヨードの婆さんにまで誉められて、レキはくすぐったそうに肩をすくめた。 「あ、あまり褒めるな。肩書きがどうだろうと、これまでも、これからも……私は変わらない」 「まあそう言うな。みんな嬉しいんだよ」 「高位だなんだって問題じゃない。これは、レキの今までやってきたことが認められたってことなんだろ?」 「だから、みんなうれしいんだ。レキも素直に喜べよ」 「べ、別に、認められようと思っての行動じゃない」 「んなこと、みんなわかってるって」 レキは俺の言葉に小さくうなずいて、照れくさそうに頬を染める。 「私のしてきたことが、少しでも認められたのなら……それは、私だけの力じゃない」 「村の者、全員のおかげだ。皆が息災でいてくれるからこそ今日の、この日があったのだと思う」 「それにこの村の環境。森が自然の恵みをさずけてくれるおかげで、薬学の研究もできたのだ。それを王都に提出していたら認められた」 「すべてはポルカ村のおかげと言える」 そこいらの薄っぺらい貴族や領主が言うのとは違い、レキの言葉には重みがあった。 うわべではなく、実感を伴った言葉だ。そんなレキだからこそ、高位神官に認められたのだろう。 「改めて礼を言う。ありがとう」 レキが礼を言うと、集まった全員がわっと湧いた。 「ぃよーし! 今日はお祝いだネ!」 「あたしあたし! あたし仕切るから!」 「会費は1人いくらにする?」 「ケチなことを言うな。費用など気にせず、どーんとやればいい」 「わーお! さすが殿下! 太っ腹!」 「そういうことなら、日を改めて盛大にやろっか?準備もいろいろあるし」 「そうじゃな、その方がよかろう。一生に一度あるかないかの、めでたい事じゃからの」 「そうですよ〜!わたしも、腕によりをかけてお料理作ります〜!」 話が、どんどん大きくなっていく。 にぎやかなことや、目立つことが苦手なレキは少し慌てていた。 「い、いや、そう大げさにするほどのことでは……」 レキが宥めようとしても、すっかり盛り上がってしまった面子は止まらない。 ……こりゃ、盛大なパーティーになりそうだな。 「まいったな……」 「いいじゃないか。めでたいことなんだし」 「それは……そうだが……」 そうは言っても、昇格は嬉しいだろう。 しかし、大げさにされると恥ずかしくて困ってしまう……という複雑な心境のようだった。 盛り上がる面々を眩しそうに見つめているレキは…… いつもの、冷静で大人っぽいレキではなく、少女のように愛らしく映った。 「レキ、よかったな。おめでとう」 改めて、俺は言った。 レキが、少し困ったように、でも素直にうなずく。 「……ありがとう」 レキはやっと、はにかむように微笑んだ。 その笑顔に、またうれしさが込み上げてくる。 レキのがんばりが認められたことが、自分のことの様にうれしい。 「あ、そうだ。昇格するってことは、宮殿で任官式があるんじゃないのか?」 高位神官に昇格ということになれば、それなりに盛大な式典が催されるはず。 「ああ。久しぶりに王都に出向かねばならん」 レキは引き締め直した顔でうなずいた。 式典に出席するという栄誉に、さすがに少し緊張してると見える。 それに、王都に出向くとなれば、長い道中それなりの危険もある。 「それなら、俺も同行しよう」 「リュウが……一緒に?」 「1人で行かせるわけにはいかないだろ」 「いや、だが村はどうする?警備隊長が村を空けるわけにはいくまい?」 「いや、でも……」 一生に一度のレキの晴れ舞台だ。この目で見たいし、祝ってやりたい。 それに長い道中だって心配だ。 やはり俺が行かねばなるまい。 「やっぱり、俺が同行する。ほら、レキは村にとって大事な人間だろ?そりゃあしっかりと警護しないと――」 「ば、ばかものっ!そんなものは取って付けた理由でしかない、職務を疎かにしてどうする!」 俺の言葉を遮るようにして、レキが声を荒げた。 「リュウは村を守るために、この地に赴いたのだろう!私の留守を守ってくれないのか?」 「う……」 レキの留守を守る……か。それを言われると辛い。 「まあまあ、2人ともめでたい席で言い争いはよせ」 アルエが口を挟んできた。 「式典のために王都に赴くのなら、ちょうどいい」 「ちょうどいいって……何が?」 「うん、王都に行く用事があったんだ。ボクも一緒に行こう」 「警備隊長として、リュウには道中の警護を命じる」 王族の威厳を感じさせる声音で言った。 「用事って、どんな用事なんだ?」 アルエに向かってレキが問いかける。 「え……あーいや、それはだな……」 「警護には、アロンゾ殿がいるだろう?」 「あー、えーっと、まいったな……」 レキに畳み掛けられて、アルエはもごもごと口ごもっている。 「アルエ……王都になんの用事があるんだ?ちゃんと言った方がいいぞ?」 「ば、ばかっ。これはだなぁ……」 アルエはレキに気付かれないように、俺に向かって必死に瞬きをしてみせる。 ……なんだ?目でも痒いのか? 同じように瞬きをして返すと、アルエは呆れたような顔をして肩を落とした。 「つ……つまり、だな。ええと。ボクがこの村に入り浸っていることを快く思っていない連中がいるのだ」 「ふむ」 「それで……んーっと、たまにはそうした連中に、土産でも持って顔を出さないと、いろいろとややこしいんだよ」 なんとなく、取って付けたような話だが…… 「そろそろ顔を出さないとまずいと思ってな。道中、土産を狙う盗賊から警護してもらいたい。理由はそれでいいか?」 「王族のしきたりについては明るくない。そう言うのなら……仕方ない」 「よ、よし!というわけで、リュウには警護を任せる」 それからアルエは小さくウインクしてみせた。 あー、そういうことか。 アルエは目が痒いのかと思っていたけれど。俺がレキに同行する口実を作ってくれたらしい。 ……ありがとうな、アルエ。 「任せてくれ、ばっちり警護するからさ」 アルエに向かって敬礼をしてから、レキに向かってウインクしてみせる。 レキも困った顔をしつつも、小さく笑った。 「あ、いいないいな〜! ついでだから、あたしも一緒に行っちゃおうかな〜」 「ミ、ミントもか?」 「王都で仕入れたいものもあるしね〜。よし、決めた! あたしも行く!」 「そういうことならオレも行こうっと。なんかおもしろそうだから」 「遊びじゃないってのに」 「ならばワシも行こうか。こんな時でもなければ、死ぬまでにあと何度王都になど行けるかわからんからのう」 「それもそうじゃな。よし、あても行こうかの」 あれよあれよというまに、同行者が増えていった。 「みなさん、行っちゃうんですか?あう、どうしましょう……」 心細そうにロコナがつぶやく。 盛り上がっていざ王都へなんて言ったものの……やっぱり村を空けるわけにはいかない。 「う〜ん……村の警備をどうするかが問題だな」 「なんなら、近衛騎士を数名配備するか?」 「殿下、それは……」 今まで黙っていたアロンゾが泡を食って立ち上がる。 そりゃそうだろう、近衛騎士が辺境警備なんて問題だよな。 「いや、いくらなんでもまずいだろ」 アルエが村にいるなら、周辺警護って名目は立つけど。 それ以外で、近衛騎士に留守番を頼むのは問題アリだ。 「そうだな……しかし、留守はどうする?」 「うん……」 情けないことに、なんの手だても思いつかない。 俺がしょんぼりしていると、レキもどこか浮かない表情になる。 そんな気配を読んだみんなも、萎んだようになる。 「まあまあ、村のことは心配するな。留守の間の警備は、ワシの知り合いに頼んでおく」 「……えっ?そんなことが出来るのか?」 「もちろんじゃ。隣村へ使いを出してくれれば大丈夫じゃよ。出発までには屈強な留守番がやってくるじゃろう」 「本当ですか?」 ロコナをはじめ、みんなの顔がパッと輝いた。 「それはありがたいけど……本当に留守にして大丈夫か?」 「おまえさんが来るまで、ここの警備はロコナとワシだけじゃったぞ?」 ……たしかにそうだ。 前任の隊長が去ってから俺が赴任するまで警備隊はホメロ爺さんとロコナだけだった。 「そうすれば、ワシもロコナも一緒に王都に向かえるぞ?」 「それに、ボクの警護という名目もあるしな。上への配慮も必要ないだろう」 ……ありがとう、ホメロ爺さん、アルエ。マジで感謝。 「じゃあわたしもご一緒して、精一杯お祝いします!」 声を弾ませたロコナは、まぶしいほどに目を爛々と輝かせている。 王都までとは言え、みんなと旅をするというのがうれしいらしい。 「よし! みんなで行ってレキを祝ってやろう!」 「あまり大げさに騒ぐなと言うのに。まったく……」 困ったように言うが、レキもまんざらでもなさそうだ。 みんなで王都か。今から楽しみだな。 式典には、決まり文句の応酬をする対話儀式があるらしい。それは神への忠節を誓う内容のモノ。 練習しといた方がいいと勧めるリュウの言葉に従って、王都へ向かう前にリハーサルするが、さすがにレキは完璧で練習など不要だと知る。 レキは村の誇りだと大掛かりな送別会が行われ、胸がいっぱいになるレキだった。 式典の対話儀式の練習をしてみるものの、レキは完璧にこなしてしまい、リュウの心配は取り越し苦労で終わってしまう。 自分を心配するリュウに、レキは村に左遷された原因を話題に持ち出してしまう。それを聞いたリュウは冗談で拗ねてみせる。 するとレキはリュウが怒ってしまったのかと思ってしまい、捨てられた子犬みたいな瞳で不安そうにリュウの顔色をうかがうのだった。 「……怒っているか?」 そんなレキにリュウは…… 「……よ、よし。全部ある。忘れた物は無いようだ」 出発を間近に控えて、レキは少し緊張していた。 さっきから、暗がりの中で旅用の荷物を何度もチェックしてるけど。 「3回も確認したら、充分だって」 「わ、わかっている!念には念を入れているだけだ」 声も少しうわずってるし。 知らせを聞いた時には、落ち着いていたように見えたけど。 何しろ、高位神官への大出世だもんな…… 嬉しさが落ち着いたら、急に緊張してきたんだろう。 まあ、意識するなという方が無理ってもんだ。 「そういえば、高位神官になるときって、何か特別なことをしたりするのか?」 俺がやった任官式典みたいに、堅苦しい儀式とかがあるんだろうか。 「ああ、司教様との対面問答の儀式がある。他にも細かな作法や儀式はあるがな」 「うわ、対面問答があるのか……」 対面問答とは、司教と1対1で宗教的な問答をする儀式のことだ。 王都にいたころ、話だけ聞いたことがあったけど…… かなり大変で、緊張するものらしい。 レキもそれをやらないといけないのか。 「開祖リドリーへの誓いを、改めて行うのだ。高位神官になるためには、司教様と直接問答をしなくては……」 「けっこう長いんだろ?」 「ま、まあ、それなりにはな」 頷くレキだったが、少し強張っている。 「大丈夫なのか?」 「な、なにも難しいことはない。話す内容は古い聖典からの引用だから、すでに暗記もしてある」 レキのことだ。その辺は抜かり無いだろう。 だけど、俺も緊張するあまり任官式典であんな大失敗をかましてしまったわけで。 レキは俺よりもしっかりしてるから大丈夫だろうけど。 やっぱり心配になってしまう。 大事な晴れ舞台で、万が一にもレキに恥をかかせるわけにはいかない。 「一応練習しておいた方がいいんじゃないか?」 「本番は緊張するだろうし、内容を暗記するのと実際に話すのじゃ、かなり違うと思うぞ」 「う、むぅ……」 「確かに……一理ある。対話の練習は必要か……」 「一度やっておくだけでも違うと思うぞ。よし、俺が付き合うから、通してやってみよう」 「そ、そうか?リュウが付き合ってくれるのなら……助かる」 レキは少し安心したのか、ようやく笑みを見せた。 「んじゃ、早速始めようか」 こうして、俺とレキの対面問答が始まった。 「レキ・ロックハートよ。汝、リドリー様に、真の信仰と忠誠を誓い、尽くすか?」 司教の真似をしつつ、俺はレキから渡された古い聖典を読み上げる。 「否」 「何と?」 「誓いはすれど、すべては尽くしませぬ」 俺の問いかけに、よどみなく答えるレキ。 さっきまで緊張していたのが嘘みたいに、神々しささえ感じさせる。 「人民を救い、導くことが神官の勤め……」 まるで本当の司教に向かっているかのように、キリッとした目を俺に向け、レキは厳かに答え続けた。 「人民のために尽くすことこそ、ひいては国のため、リドリー様のためとなり真に尽くすことになると心得る」 普段から聡明で美しいと思うけれど、こうしている時は、本当に神官らしい。 不謹慎だけれど、綺麗だ……と思った。 「……リュウ?続きはどうした?」 「おっと……ごめん」 みとれてた、なんて言ったら怒るだろうな。 「さて……汝、人民のために尽くすことがリドリー様に尽くすことに通じると?」 「リドリー様への忠誠を誓う、されどリドリー様が真に求めるものは人民の平和と安定なり」 「心乱れるものあれば導き、病に冒されたものはそれを救い、彼らの感謝の心がリドリー様に届くことこそが開祖たるリドリー様の喜び」 「……すごいな、レキ」 「まだあるぞ」 「あ、ごめん」 またみとれてしまった。 「……最後に、天上の神とこの大地の民のために、一生この身を捧げることを誓います」 無事に最後の言葉を言い終え、レキは恭しくお辞儀をした。 「すげ……完璧だよ……」 本番と同じように、頭から通してやってみたけど。 レキは1度もセリフを忘れたり飛ばしたり、言いよどんだりすることすらなかった。 立て板に水を流すがごとく、淀みなく最後まで言い切ってしまった。 文句のつけようがない。 これなら、本番で多少緊張したところで、致命的な失態は犯さないだろう。 そのぐらい、レキは完璧だった。 「たいしたもんだよ。さすが、高位神官に任命されるだけのことはある」 「大げさだ。このぐらいのこと……神官職に就くものなら、出来て当然なのだから」 レキは謙遜してそう言うが、俺にはそうは思えなかった。 今までレキが努力を積み重ねて来たからこそ、この聖典一つとっても、こんな風に身体に染み込むほどになったんだろう。 やっぱり……すごいよ、レキは。 「ふぅ……しかし、さすがに少し緊張した。やはり対話練習は大事だな」 「喋ってる時は、緊張してるように見えなかったけどな」 「これなら本番でも大丈夫だ」 俺がそう言ってやると、レキも落ち着いた微笑みを見せる。 「ふふふっ。心配をかけてすまないな」 「しかし、まさかそなたに式典での心配をされるとは思わなかったぞ」 「えっ? なんで?」 「晴れ舞台とリュウの相性は、悪そうだからな」 「うぐ……」 悪戯っぽく笑うレキに、俺は苦笑を浮かべる。 「……じゃあ、今回のことは、緊張して失敗した、先輩からの助言ってことで」 「そうかそうか。では、リュウの助言は、ありがたく受け取っておこう」 「それにしても、王都まで一緒に来てくれるのはありがたいが……」 「そなたの方こそ、大丈夫なのか?またうっかり失態を見せて、左遷なぞ……」 「い、いくら俺でも、レキの晴れ舞台で、そんな失敗はしないって!」 ただ見ているだけなのに、失敗しようがないだろう。 「そう思い込むことがいけない。無いと思い込んでしまうことで、人は過ちを犯した時に咄嗟に対処出来なくなる」 「何かあるかもしれないと、常に気を引き締めなくてはいけない」 ううっ、なんて的確なことを。 心にレキの言葉がグサグサと刺さる。 「……どうせ俺は、楽観主義のダメ男だけどさ」 「なにを子供みたいに膨れているのだ?責めたわけではないだろうに」 口を尖らせた俺に、レキが苦笑する。 「そうだよ。どうせ俺は子供だよ」 思いきり拗ねてやった。 もちろん、冗談でやってるんだけど。 「そ、そんなに気を悪くさせてしまったか?」 レキは俺が怒っているんだと思って、不安な表情になった。 「すまない。そんなつもりじゃなかったんだが……」 顔色をうかがうように、俺の顔を覗き込む。 捨てられた子犬みたいなその瞳を見ていると、ギュッと抱きしめたくなってしまう。 「……怒っているか?」 「当たり前だろ」 そう告げると、レキはますます申し訳なさそうに小さくなってしまう。 「す、すまない……口が過ぎた」 ……うーん、ちょっと言いすぎたかな? 「いや、別に」 怒ってないことをレキに告げるのに、わざと素っ気なく言ってみる。 「……ううっ、そうは言われても、気になるではないか」 それでも不安なのか、様子を伺うようにレキは上目遣いで俺を見つめてくる。 ああっ、ぎゅーっとしてやりたいけど。 我慢だ我慢。 「どうしたら許してくれるのだ?」 怒ってないと言っているのに、レキは気が済まないらしい。 「あ、あの……リュウ私にできることなら何でもするから……」 そんな、伏し目がちで、もじもじされたら、たまらない。 ああっ、可愛すぎる! 「……何でもするって、本当?」 「あ……ああ、本当だ」 「それなら……」 心の中でにやりと笑い、俺はレキにちょっとした悪戯をすることにした。 「な、なんのつもりだこれは?」 目隠しをされ、後ろ手に縛られたレキが不安でもがく。 身動きが取れないうえに、視界を塞がれているのでかなり心細くなっているようだ。 「お、おいリュウ……答えろ!」 「リュウ? そこにいるのだろう?」 俺が答えないでいると、レキの声が震えた。 こうして息をひそめて無言でいると、俺の存在が感じられないらしい。 「リュウ? おい、リュウ?」 レキはかなり動揺しているみたいだ。 いつしか俺の名前を呼びながら、泣きそうになっていた。 ……さすがにこれ以上は可哀想だな。 そこで俺は呼吸を再開する。 「ここに、ちゃんといるよ」 俺が答えると、レキはホッと息を吐く。 「わ、悪い冗談はやめてくれ……」 「いなくなってしまったかと思って、焦ったではないか」 「大丈夫だよ。ちゃんといるから」 答えてやるが、あえて傍には近付かない。 「どこだ? 見えないからわからない」 「リュウ……目隠しを外してくれ」 もぞもぞと身体を動かし、懇願してくる。 「だーめ、まだこのままで」 「さ、さっきのことを怒っているのか?あれは本当にすまなかった。だから……」 必死に謝るレキだったが、そんなことは俺はとっくに気にしていない。 だけど、これはある意味チャンスなんだ。 だって、普段出来ない色々な事をしてくれると言ってたし。(←意訳) それに、好きな子をちょっぴりいぢめたくなってしまうのは、男の性というやつだ。 いつもレキには、イニシアチブを取られっぱなしだし。 ここらで一つ、彼氏として優位性も示しておかねば。 「なんでもするって、さっき言ってくれただろう?」 「それはそうだが……こんな風に縛って、いったい、何をさせるつもりなんだ」 「目隠しされて、手まで後ろに縛られ……これではなにもできぬぞ?」 「いや、出来るよ。たとえば、こんなこととか……な」 俺は、それをレキの目の前に突き出した。 興奮して、大きくなった肉棒だ。 赤黒く充血した亀頭を、レキの口元にそっと押しつける。 「な、なにをしている……!?」 唇に何かが当たって、レキはビクンとした。 視界が塞がれて正体が分らないので、鼻先に突きつけられた物から、逃げようと顔を背ける。 「この感触に、覚えはないか?」 物の正体を教えてやるように、レキの唇に更に押し当てる。 そのまま、ゆっくりとレキの鼻先に、亀頭を押し付けた。 「……っ!?こ、これは、もしや……リュウの」 ようやく肉棒だと気づいたレキは、サッと顔を赤らめた。 「そうだ。レキのよく知ってる俺の一部だよ。そのままこれを舐めてみてくれ」 「え? な、舐めるって……この状態でか?そんな、手も使えないというのに」 見えない目で、レキが目の前のチ○ポを見つめる。 「お詫びに、俺の言うことを、聞いてくれるんじゃなかったのか?」 少し強めに言うと、レキはビクッと怯えた。 「そ……そういうことか。リュウのしたい事とは……」 うんうん、理解が早くて助かる。 「……えっと、本気でイヤなら、止めて別のことにしてもいいけど……」 ちょっとだけ、弱腰な俺。 「い……いや、目も利かなくて、少し不安だっただけだ」 「リュウの、言う通りにする……くぅん、んんっ……」 ……ん? そこで俺は、レキの様子がいつもと少し違うことに気づいた。 俺が調子に乗ったら、てっきり怒られるかと思っていたんだけど―― 俺に『命令』されて、レキは戸惑いを見せながらも、あまり嫌がっているように見えなかった。 というか、むしろ喜んで……る? 「じゃ、じゃあ早速舐めてくれ……いや、舐めろ」 「ううっ、リュウがそう言うのなら……」 ワザと俺が命令口調で言うと、レキはおずおずと口を開いた。 「こ、これは罰なのだな? ……私に対する罰なのだな?」 目隠しで覆われた目で、すがるように俺を見上げる。 嫌がっているというよりも、むしろそれが罰だと言って欲しいようだった。 もしかして、レキってじつはマゾっ気があったりするんだろうか。 普段が固い人間ほど、意外な性癖を持っていると聞いたことがあるけど。 「そうだ。これは罰だ」 だから俺は、あえてそう言うことにした。 「罰ならば、仕方ない……受けなくては」 レキは頬を赤らめながら、震える唇を開き、俺を受け入れようとする。 「こ、こうか?」 そのまま、おずおずと口を近づけてきた。 「ん……んむっ」 唇が触れたとたん、俺の先端がレキの口内にヌルッと滑り込む。 「お、おお……」 温かく湿った感触が、亀頭を包み込んだ。 得も言われぬ心地よさが、下半身に走る。 「いいぞ、レキ。もっと吸うんだ」 そのまま、命令口調で言う。 「ん、んむ……分った」 ……いや、折角のチャンスだし。 ただやらせるんじゃなく、もう少しそれっぽくやってみようかな。 「レキ、その言葉遣いはなんだ。それが詫びる相手に対する態度か?」 「えっ? ど、どういう意味だ……?」 「罰を受けるのなら、それに相応しい言葉遣いにしないとな」 「そんな堅苦しい話し方じゃなく、もっと丁寧な言葉で話せ」 ……って言ったら怒るだろうか。 「……ん」 「わ……わかり、ました。気を付けます、んっ、じゅるっ……くぅっ」 「んっ、ちゅぶぶっ……あふっ、あぁっ、申し訳ありません、んっ、あふっ」 わわっ、素直に言うことを聞いてるよ! まるで何かの幻術にかかってしまったように、レキは従順に俺に尽くし始めた。 「んっ、ちゅばっ……こう、ですか?ちゅっ、んっんっ、あぁっ、上手く舐められないですっ」 被虐されることで、レキは興奮して……自ら率先してチ○ポをしゃぶり始める。 「そんなに俺のコレが好きなのか?」 ノッてきた俺も、荒々しい口調でレキの被虐心を煽る。 「はむっ、んむっ、は、はい……好きです。じゅぶぶっ、ちゅぶっ……」 素直に答えるレキ。 「レキは何が好きなんだ?今、口に含んでいる物が何なのか、はっきりと言ってみろ」 「はぁぁんっ、んっ、チ、チ○ポ……逞しい、チ○ポですっ」 いやらしい言葉と共に、淫靡な水音がレキの口から零れ出る。 自分で言った言葉に興奮して、レキはゾクゾクッと身悶えた。 「あぁっ、やっ、私は、あなたのチ○ポに奉仕するのが大好きです……んっ、ちゅぶっ」 「はぁん、やっ、手が使えないと、難しい……んっ、あふっ」 手が使えないぶん、口だけを懸命に動かしてレキが肉棒に愛撫を加えてゆく。 しびれるような快感が、俺の腰から背中へと走り抜けた。 「お、おお……くっ……」 激しい快感に腰が砕けそうになる。 ヤバイほど感じてしまう。 「んっ、んっ、んぷっ……あふっ……」 「んっ? ちゅっ、くぅぅ……な、なにかチ○ポの先から出てきました……」 唇に付いたガマン汁を、舌先で舐め取る。 ねっとりと糸を引く俺のエキスを、美味そうに味わっていた。 「レキの舐め方があんまりいやらしいんで、チ○ポが涎を出したんだ」 「責任を取って、しっかりそれも舐め取るんだ」 「は、はい……わかりましたっ、舐めます」 「んんっ、じゅるるっ、あふっ、ちゅばっ……あぁっ、次から次へと溢れて、ちゅっ」 「うっ、くぅっ……」 レキに舐め上げられるたびに、腰が浮いてしまう。 「はむっ、じゅるるっ、んっ、口の中でチ○ポがびくびく動いている」 「ああん……んっ、ちゅぱっ、暴れないで下さい、んっ」 「はむっ、れろれろっ、じゅぶ、んんっ、やっ、口から飛び出しそうです、んぷっ!」 唾液を絡めながら、ねっとりとチ○ポを包み込む。 「はぁんっ、じゅるっ、じゅぶぶっ……あぁっ、リュウの香りが濃くなって……んっ」 本能がそうさせるのか、レキは俺の反応する場所を、重点的に攻めてきた。 肉棒をしゃぶりながら、レキの表情が段々淫靡な物に変わってゆくのが見えた。 こんなふうに虐げられても、レキは嫌がっているようには見えない。 むしろ、匂い立つような色香が、レキの全身から立ち昇っている。 「んむ、んっ、ちゅぶっ、ちゅるるっ……んぶっ、くぅん? また、大きく……んはぁっ!」 中で脹らみすぎて苦しくなったのか、レキがチ○ポから口を離す。 「おいおい、勝手に離していいと、誰が言ったんだ?」 「くぅん、申し訳ありません……大きすぎて口に入り切らなくなってしまったので」 確かに、いつもより興奮しすぎてチ○ポが腫れ上がっている。 「仕方のないヤツだ。だったら舌で俺を満足させてみろ」 レキは言われるまま、肉棒に舌を伸ばした。 「れろれろっ……んちゅっ、わかりました、じゅるっ、ちゅっ、れろっ……」 硬く尖らせた舌先で、裏の筋を舐め上げてくる。 「くっ……」 ザラザラした熱い舌の表面が、敏感な部分を舐め回す。 強い刺激ではないけれど、もどかしいような快感がかえってたまらない。 「う、レキ……」 たまらず名を呼んだ。 「ちゅっ、ちゅぶっ……んっ、あぁっ、恥ずかしいっ、名前を呼ばないで下さいっ。 ……はむっ、じゅるるっ」 興奮しているのか、レキは強く亀頭を舐め上げてきた。 2度目で慣れたのか、レキの仕草はこの前よりも奔放でいやらしく見える。 手の自由を奪われ、視界を閉ざされているというのに。 俺が命令すればするほど、レキは驚くほど大胆に、エロくなっていった。 「れろれろ……ん、ちゅぶ、はぁん、ヒクヒクしています。んっ、反応されると……嬉しいです、れろっ、じゅるるっ」 硬く尖った舌先が、俺の尿道口をほじるようにして押しつけられた。 「う、お、レキ……!」 たまらない。 熱い欲望がどんどん体の奧に溜まっていく。 愛しい恋人に、俺のすべてを受け止めて欲しくなる。 「レキっ……」 俺は思わず腰を突き出した。 苦しくないように、加減をしつつ……肉棒を口内に押し込んでゆく。 「ん、んぐっ……じゅるるるっ、んむっ!」 呻きながらも、レキは俺のチ○ポを深く飲み込んだ。 「んぐぐっ、んぅ……んっんっ、んぷっあふっ、じゅるるっ、んむっ!」 レキも俺の状態を心得たかのように、貪るようにしてチ○ポをしゃぶってくれた。 「じゅるるっ、あふっ、チ○ポが口にいっぱい……くぅんっ、もっと深く……んっ、じゅるっ」 レキがなんとか俺を感じさせようと、懸命になっているのが感じられて、胸が熱くなった。 それと同時に、下半身もカァッと熱く高まってゆく。 「くぅぅっ、レキっそのまま口で受け止めるんだ」 熱いモノが、体の底から湧き上がってくるのを感じる。 もうイキそうだった。 「んぐっ、はい……はむっ、じゅるっんんっ、じゅぶっ、ぶぶぷっ」 「あふっ、んむっ、ジュプッ、んんっんっ……」 レキはますます強く激しくチ○ポを吸った。 俺の絶頂を促すように。 「く、う、レキ……!」 「んっんっんっんっ……じゅるるるるっ!」 レキが舌を絡ませながら、強く亀頭を吸う。 その舌先が、高まっていた尿道に差し込まれて…… 「うっ……くうううっ!!」 その鋭い刺激で、こらえていたものが一気に爆発した。 びゅるるっ、びゅくっ、びゅく! 眩暈がするほどの快感とともに、熱いモノが激しく迸った。 「ん……っ!? んんんーー!!」 喉の奥で勢いよく射精され、レキがうめく。 しかし、レキはチ○ポから口を離さなかった。 「んぐっ、ん……んく……あふっ、じゅるる」 口の中で射精を受け止めると、レキはそれを喉を鳴らして飲み下す。 「くぅぅ……!」 「んく、んっ、んく……あふっ」 大量に吐き出した俺の精を、レキは残らず飲み下してしまった。 「ん……まだ残ってます……ちゅううっ、ちゅぶっ……れろっ」 尿道に残ったものまで吸い尽くそうとするように、レキは音を立ててチ○ポを吸った。 イッたばかりで敏感になった亀頭を吸われると、強すぎる快感が俺を襲う。 「んっ、と、とりあえず……口での奉仕はこの辺で許してやろう」 思わず、俺は自分から腰を引いた。 音を立てて、チ○ポがレキの口から抜ける。 そそり立ったままの肉棒は、レキの唾液に濡れて熱くなっていた。 「はぁ……んん……濃い味でした……んっ」 レキは少し呆けた状態で、飲み干した物の味を思い出していた。 「あぁぁっ、胸が熱くなります……くぅん」 奉仕をさせられただけで、レキは腰砕け状態になっている。 エロすぎるぜ、レキ! 「はぁっ、はぁ……んんっ、まだ……胸がドキドキしています……」 濡れた半開きの唇と、興奮で上気した肌がたまらなく色っぽかった。 手が縛られたままなので、火照った体をどうする事もできず、もじもじと脚を摺り合わせている。 「あ、あの……私に対する罰は……も、もう終わりですか?」 何かを期待しているような媚びた声音に、俺のチ○ポは興奮でまたビクンと震えた。 「いや、まだだ。レキ、今度は立ってくれ」 レキの身体を起こし、そのまま後を向かせる。 「んっ、こ、今度は何を……?」 「いいから、俺の言う通りにしろ」 そう言って、レキに腰を突き出させる。 尻の割れ目を覗き込むと、そこはもうすっかり潤っていた。 いや、潤っているというレベルじゃない。 溢れた蜜が床にまで滴り落ちている。 レキのそこは、これでもかと俺を求めていた。 「ど、どこを見ているんですか?」 レキは目隠しのまま、必死に背後を振り返る。見えないので、俺が何をしているのか分らないのだ。 「涎を垂らした、淫乱なおま○こを見ているんだ」 「まったく、レキのここは……いつの間にこうなってたんだ?」 濡れた割れ目を指先でなぞった。 くちゃり、と大きな音が立つ。 「んあっ……ああ……!す、すみませんっ!」 そっと触れただけなのに、それだけでレキは快感に身を震わせた。 「罰を受けていたはずなのに、不思議だな」 俺がからかうように言っても、レキは怒らない。 「あぁっ……どうしてなのか、自分でも分らないんです、くぅぅんっ」 むしろ、恥じらいの色を濃くして、俺の次の言葉を待っている。 「うん、だったら今度は、これで罰を受けてもらおうかな……」 俺はいきり立ったモノを、レキの濡れた入り口にあてがった。 「……あぁっ!」 先端を軽く滑らせながら、俺は一気に挿入した。 ジュブブブブッ!! 「んっ……ああっ!!」 挿入時の快感で、レキの白い背が大きく弓なりに反り返る。 「う、キツっ……」 レキの中は、痛いぐらいにキツかった。 かなり興奮しているらしく、俺を求めてぎゅっと肉棒を締めつけてくる。 「くぅ……」 絡みついてくる肉襞を振り切るように、俺は強く腰を動かしはじめる。 ジュブッ、ブブッ、ジュブブッ! 「ああぁっ! んくっ……やっ、激しいですっ!」 腰がぶつかるたび、レキの秘処が淫らな音を立てる。 たっぷりの愛液が、肉棒に掻き出されて奧から溢れ出してきた。 「レキ、見えるか? 脚までエロい汁が伝って、ヌルヌルに濡れているよ」 「あぁっ、やぁんっ、見ないでください……あっ、くぅんっ!」 「尻の穴まで、物欲しそうにヒクヒクさせて。本当にレキは淫乱な神官だな」 わざと声に出して言うと、レキの身体が震える。 「あぁっ、言わないでっ……やっ、あふっ、あ、ああんっ!」 レキは恥ずかしそうに尻をよじって逃げようとするのだが、背後からしっかり貫かれていて動けない。 「レキは、どこを見られると、恥ずかしいんだ?またハッキリ言うんだ」 「くふぅんっ、んっ、お、お尻の穴……ですっ」 「淫乱のくせに、そんな上品な言い方をするんじゃない」 調子にのって、更に追い立てる俺。 「な、なんと言えば……んあぁっ、いいのですかっ?」 「そうだな……」 少し考えて、俺はレキの耳元にそっと囁いた。 「そ、そんな下品な言葉を……?」 「言うんだ」 「うっ……んっ、あぁっ……」 「ケ、ケツの穴……ですっ!あぁぁぁぁっ、は、恥ずかしい……くぅぅっ!」 言葉による羞恥責めだけで、レキは達しそうになっていた。 その尻に向かって、俺はさらに強く腰を打ち付ける。 肉同士がぶつかり合う甲高い音が、部屋に響く。 「あぁっ、激しいですっ……あふっ、ああっ、深すぎて……んく、んんっ……!」 腰を打つたび、レキの白くて形の良い尻が揺れる。 つかんだ指に吸い付いてくるような、〈肌理〉《きめ》の細かい柔らかなお尻だ。 「くぅぅんっ、ひゃふっ、あっ、あんっ!」 「おいおい、喜んでるのかよ。これじゃあ罰にならないじゃないか」 「もっと、お仕置きらしいことをしなくちゃいけないな」 耳元で囁くと、俺はレキの白い尻を…… 「ひぅんっ!?」 平手で打たれて、レキは悲鳴を上げた。 もちろん強く打ったわけじゃないんだが。 敏感になっている所を刺激されて、ビクンと大きく反応する。 「あぁっ、やっ、こ、怖い……んんっ!」 ゾクゾクとするような声を上げるレキ。 俺の中の加虐心が、刺激されてしまう。 ……もう少しやってみようかな。 「ひぁんっ! あっ、あふぅぅっ!やはぁぁんっ!」 俺に打たれるたびに、レキは甘く鳴き…… 白い肌の上には、ほんのりと赤い印が刻まれた。 「ひぅんっ、あっ、ああんっ!くぅ……ダメっ、あふぅぅんっ!」 レキの唇から漏れる声は、痛みを訴える声ではなかった。 淫靡な喜びを吐き出すような、甘い声音だ。 「尻を叩かれているのに、感じてるのか?レキは本当に淫乱でスケベな女だな」 「あぁっ、そ、そんなことはっ……」 酷い言葉責めをされても、レキはどこか嬉しそうだ。 「嘘をつくな。感じているんだろう?」 「ひゃんっっっ!」 また、レキが喘ぐ。 「やんっ、あぁっ! や、やめっそんなに叩かないでぇ……ふぁ、あああん……っ!」 尻を叩かれ、レキは普段は絶対出さないようなかわいい声を上げる。 叩かれるたび、レキの中がキツく締った。 かなり、感じているらしい。 「くううっ……レキは、尻だけじゃなくこの中もかなり淫乱だな」 俺の動きに合わせて、膣内が勝手に収縮して肉棒を愛撫してくる。 「ケツ叩かれて、感じてるんだよな?」 「あぁんっ、私は淫乱な女ですっ……んっ、ケツを叩かれて、感じてますっ、あっ、ふぁぁっ!」 叩かれ、突き上げられるたび、レキの奧からどんどん淫靡な蜜が吐き出されてくる。 溢れた蜜は、レキの足元に小さな水溜まりを作っていた。 「まいったな。こんなに喜んでいるんじゃ、本当に罰にならないじゃないか」 繋がったまま、俺はレキを窓辺に導いた。 そして、レキの目隠しを外してやる。 「えっ……」 薄明かりが目に入り、レキは一瞬目を眇める。 しばらく眩しそうにしていたレキだったが、すぐに状況はわかったらしい。 「やっ……窓に近づけるなんてっ、こ、こんなところでは、人に見られてしまいますっ!」 窓の向こうには、道が見える。 夜だから、今は誰もいないけれど。 不意に人が通りがかるかもしれない。 「あぁっ、やめてくださいっ、も、もし人が通ったりしたらっ……?」 「その時は、その時だ」 「その時って……」 「レキのエロい姿を観察して貰うんだ。あのレキがこんな表情を浮かべるなんて知ったら、みんな驚くだろうな」 そう言って、レキの上体をガラス窓に押しつける。 「ひゃうっ! つ、冷た……」 レキの豊満な胸が、ガラス窓に押しつぶされた。 「やっ、恥ずかしいです……見られるなんて、怖い……んっ!」 恥ずかしさでイヤイヤをするレキだったが、身体の反応は違う。 窓の近くに、新たに滴り落ちた淫水で水溜まりができはじめていた。 ……やっぱりレキは、こういう責め方をされると燃えるらしい。 今日は新発見なことだらけだな。 本人が喜んでいるなら、もう少しやってみるか。 「さてと……レキが本当はド淫乱なやつだってことを、みんなにも教えてやろう」 「やっ、やめて下さい……それだけは……それだけはっ」 レキが不安そうに俺をふり返る。 「見られた方がレキは嬉しいんじゃないか?」 もちろん誰かに見せる気なんてさらさら無いけど。 わざと煽って、背後からレキを突き上げた。 「ひあ、んんっ!!」 レキがまた甘い声を上げる。 こんな声だって、俺の他には誰も聞いたことがないはず。 「あっ、あぁっ、んくぅぅん!」 「気持ちよければ、もっと声を出してもいいんだぞ」 耳元に囁きかけながら、強くレキの膣内をこすり上げる。 「んくっ……や、ダメですっ、そ……外に聞こえてしまうっ……」 唇を噛んで必死に声をこらえるレキ。 そんな仕草にゾクゾクしてしまう。 「それがいいんじゃないか。レキだって、嬉しいだろ?」 「さあ、どうなんだ?」 また尻を軽く叩いてやる。 「ひぅぅぅんっ! う、嬉しいですっ!あぁっ、見られると興奮してしまいますっ!」 「くっ、レキっ……!よく言えたな。これはご褒美だ」 たまらなくなり、俺は激しい勢いで、レキの蜜壺を掻き回した。 「んあっ、ああっ!硬いチ○ポが、奧に……んくぅ!!」 肉棒の先端が、レキの一番奥に当たっていた。 奧の壁に先端を押しつけながら、ノックするようにして何度も打ち付ける。 「ひあっ、あふっ、ああっ……!中でゴリゴリして……くぅっ、やぁんっ!」 「ダメですっ、そこだけは……あっ、あああっ、はふぅっん!」 レキの声がうわずる。 絶頂の予感で、白い裸体がブルブルと震えた。 「レキは奥が気持ちいいの?」 押しつけたまま腰を動かし、更に奧の壁をノックする。 「ひぅんんっ! い、いい……気持ちいいですっ!気持ちよすぎて、はぁぁんっ!」 「いやぁんっ、それ以上されたら……ダメになりそうです……んく、んっ、んああ……!」 レキの全身が熱く震えていた。 自由にならない手を動かし、迫り来る大きな快感から逃げようとする。 その反面、俺と繋がっている部分は、ひくひくと蠢き、包み込むように俺を締めつけて来た。 「ひぅんっ! ああ……こ、こんなところでっ」 「やっ、皆に見られるかもしれないのに、はぁんっ!こんなに感じるなんて……あっ、あふぅぅぅ……」 俺に突き上げられながら、レキはうわごとのように繰り返す。 羞恥心と快感に挟まれて、レキは激しく乱れていた。 「……じゃあ、もうやめる?」 レキが高まりきったところで、俺はピタリと動きを止めた。 「あ……」 戸惑うような声。 「レキが嫌がるんだったら、罰はこれで終わりにしようか?」 「え? いや……」 戸惑いつつも、レキはお尻をモゾモゾと動かしている。 「どうした?」 「い、いや……その……」 モゴモゴ言って語尾を濁す。 口が言わないかわりに、挿入したままの肉棒を、蜜壺が締め付けてきた。 「あ、んんっ……」 レキの中が、俺を誘うように妖しくうねっている。 その動きに、俺のモノも反応してしまう。 「んっ、あぁっ……リュウが、私の中でピクンって……」 俺の微妙な動きに、レキが大きく反応した。 「んふっ、はぁん、ああっ……リュウ……」 もう我慢できないというように、レキが微妙に尻を揺すりだす。 「おいおい、どうしたんだよ、レキ?」 「あ、あの、リュウ……?」 「わ、私に罰を与えるのは、もう飽きてしまったの……か?」 恥ずかしがりながら、そんなことを訊いてくる。 「いや、そういうわけじゃないけど」 思わず素で答えてしまう。 「だったら……もう少し……私に罰を与えてくれ」 レキがぼそぼそと小さく呟いた。 言っている本人は相当恥ずかしいらしく、耳まで赤くなっている。 腰も俺に押しつけて、軽く揺すってくる。 レキなりに、必死に俺に対してアプローチをしているようだ。 もっと欲しいと、ハッキリと言えないだけに。 ああもう、可愛すぎるぞレキ! 「わかった。本当に淫乱なやつだな。自分からおねだりするとは思わなかったぞ」 「そんなに罰して欲しければ、犬のように自分で腰を振ってみろ」 レキを喜ばせるため、俺はまたそんな命令をしてしまう。 既に何に対する罰なのか分らなくなってるが、レキが愛らしすぎる罰だと言ってもいい。 「そ、そんな……犬のようにだなんて」 レキが大げさに驚く。 「嫌なら終わりだ」 そう言って、俺はわざと腰を引く。 「やっ! ま、待って下さいっ!」 チ○ポを抜こうとする俺の下腹部に、レキがお尻を押しつけてきた。 俺達は、再び深く繋がる。 「言うことを聞くと言った以上……や、約束は守らないと……んっ」 そんな風に言い聞かせながら、レキが自分から動き出す。 「あぁっ、んっ、あふっ……くぅんっ!あっあっ……んっ、う、上手く動けないですっ」 レキはぎこちない動きで腰を動かし、俺のチ○ポを蜜壺で愛撫する。 「あんっ、あふぅっ、これでいいですか?やっ、案外難しい……はぁんっ、んんっ!」 俺の反応をうかがいながら、腰だけを使ってぎこちなく動く。 そのぎこちなさが、また新鮮で。 俺も思わず腰を突き出してしまう。 「あぁぁんっ! お、奧に来るぅ……!」 こつん、と先端が子宮に当たった感触に、レキは嬉しそうな声を上げた。 そして、さらに奧へと導くように、自分から尻を押しつけてくる。 「あふぅんっ、んっ、リュウ……はぁんっ!」 「ひぅぅんっ、ああっ、チ○ポが当たっているのが分かるっリュウのチ○ポが私の一番奥にっ……!」 自分が感じるポイントを探りながら、蜜壺の奥で何度も亀頭を擦り上げる。 そんなレキの媚態に、俺もついに我慢できなくなった。 「レキ……俺も動くぞ」 細い腰を掴むと、俺は思いきり腰を突き上げた。 「ひあぁ……んっ、あああ……!!くふぅんっ!!」 レキがガクガクと全身を震わせた。 膝が崩れて一瞬、倒れそうになる。 どうやらさっきので、軽くイッたらしい。 「奉仕している方が先にイクなんて、酷いやつだな。このド淫乱め」 そんなふうにワザと責めてやると、レキは恥ずかしがって更に悶える。 「あぁぁんっ、すみませんっ……! ……んくっ、でも、感じすぎて、あっ、ああっ!」 まだ小さな快感の波が押し寄せているらしく、レキは全身をヒクヒクさせている。 「勝手にイクようじゃ、また俺が罰を与えないといけないな」 絶頂を迎えたばかりの蜜壺に、俺は深くチ○ポを突き立てた。 「ひゃふうっ!? やぁぁっ!」 「ちょ、ちょっと待って下さい……っ今は敏感になってて……あぁぁっ!」 構わず、貫いたチ○ポでレキの中を掻き回した。 ジュブ、ジュブブッ、ジュクッ! 大きな水音がして、新しい愛液があふれ出す。 「いやぁん、ああっ……や、やめて……ふぁっ、あああん……!」 可愛らしい悲鳴を上げるレキ。 出来上がってしまったその身体は、とろとろにとろけ…… それでいて、貪欲に俺の肉棒を締め続ける。 「あぁんっ、くっ、んふぅぅっ!やっやっ、あふっ!」 隙間無く肉棒を包み込む、レキの秘部。 まるで俺のために〈誂〉《あつら》えたような身体をしている。 濡れた壁がピッタリと全体に吸い付き、うねりながら肉棒を搾り上げてくる。 「レキ……気持ちいいぞ……う、うう……」 激しく抽送を繰り返し、レキの中をくまなく味わう。 「ふぁ、あっ、やうっ、激しすぎるぅっ!ひぁんっ! おかしくなりそうだっ」 「あぁぁっ、リュウに抱かれてると……自分が抑えられなくなるっ……!」 「抑えなくったって、いいよ」 いつしか俺達は、素の状態に戻っていた。 ありのままの姿で、深く繋がり合う。 「やぁぁんんっ、あぁっ、リュウっ、リュウ……あんっ、ひゃふぅぅっ!!」 イッたばかりで敏感になっているレキの体が、再び高まっていくのがわかった。 キツイ膣がさらに締め付けを増し、ピッタリと吸い付く壁が、カリの裏側までこすり上げてくる。 「レキ……俺もイクぞ……!」 「くぅぅんっ、あふっ、イってっ、イッてくれ……私もまた……!」 レキも激しく腰を押しつけ、子宮口を俺の先端にこすりつけてくる。 そのコリコリした感触が、尿道口の辺りをイイ感じに刺激してくる。 もうたまらなかった。 「うくっ、レキ、イク……!」 「はぁんっ、だ、出してくれ……私の中でっ……一緒にイッて……」 「リュウの子種を、私の子宮にたっぷり注いでくれっ……!」 精を搾り取るように、レキの性器がキツく俺のモノを搾り上げてきた。 「ぐっ……レキ……!!」 目をギュッと閉じて腰を突き出す。 先端がゴリッと奧にこすれた。 その刺激で、俺はイッた。 ビュルッ、ドクッ、ドクドクドク! 「く……おおお!」 レキが望むまま、思いきり精を子宮めがけて放つ。 「あ、あ、あああ……!」 「熱いのが、溢れそうだ……っリュウの熱を感じるっ、んんっ、はふぅぅっ!」 「あんっ、あぁっ、ひうんっ!やっ、まだチ○ポが中で動いているっ、ああああ……!!」 子宮に俺の子種を思いきり浴びて、レキがイッた。 全身を痙攣させて、絶頂の波に身を任せている。 「ふぁ、あ、ああ……リュウ、リュウ……」 しきりにレキが俺の名を呼ぶ。 「リュウ、好きだぞ、リュウ……愛してる……」 こんなときしか聞けそうにない台詞を、レキは何度もうわごとのようにつぶやいた。 「……まったく、なにが罰だ。さすがにアレはやりすぎだぞ」 喉元過ぎればなんとやらというやつか。 落ち着いた頃には、すっかりレキはいつもの調子に戻ってしまった。 「……レキだってかなーり喜んでたくせに」 「い、いい加減なことを言うな!喜んでなどいない!」 「わ、私が……この私があんなに乱れるなんて……嘘だっ、ううっ」 真っ赤になって完全否定。 だが、引きつった頬が動揺を表わしていた。 「……とても嘘には見えなかったんだけど」 「……っ!?」 激しく動揺して、ビクンとするレキ。 実に分りやすいな。 「あ、あれだ! 祭と同じなんだ。つまり祭りと日常の違いなんだっ!」 「日常と、非日常ってヤツ?」 「そ、そういうことも、たまには必要なのだ!」 なにやら必死になって弁解するのだが…… 「素直に認めればいいのに」 俺がポツリとツッコむと、レキは真っ赤になって怒り出す。 「み、みみみ認めるだなんて!そんなこと、私が出来るはずがないだろ!」 「逆ギレするなよ」 「逆ギレなど、してはいない!」 すっかりむくれてしまったレキに、俺は苦笑するしかなかった。 だけど、怒ってそっぽを向いたレキの頬が……まだ赤く染まったままなことに、俺は気づいていた。 「寒く……ないか?」 「いっ、今ごろ優しくしてもダメだ!」 「でもさ。風邪引いたらまずいだろ?」 「だっ、大丈夫だっ!」 「やせ我慢するなって。ほら、毛布」 「あ……」 肩に掛けた毛布を、そっと握りしめる。 「もう……優しくすると、つけあがるぞ?」 「それもいいんじゃないかな」 「ば、ばかもの……」 頬を朱に染め上げてばかもの、か。可愛いなあ、レキは。 ……まあ、時々は、今日みたいに激しいエッチをするのもいいかな。 レキの喜ぶ姿を思い出しながら、俺は秘かにそんなことを思った。 ――そして、いよいよ明日、俺達は王都に向かうことになった。 今夜はレキの旅達と昇進を祝う宴会ということで、兵舎には、俺達だけじゃなく、たくさんの村人達が集まっていた。 「では、レキの高位神官昇格を祝って」 「かんぱ〜〜〜〜〜〜〜〜い!」 ホメロ爺さんの合図で、皆が杯を掲げる。 誰もが、レキの出世を心から喜んでいるのが、伝わってくる。 「みんな……ありがとう」 レキは少し恥ずかしそうにつぶやいた。 飲む前から、頬が紅潮している。 「レキ様、おめでとうございます!」 「レキ様は、本当に私らの誇りです!」 レキは村人たちに囲まれて、賞賛の言葉を浴びている。 「そ、そんなたいそうなものではないんだ。あまり大げさにしなくても……」 レキは照れくさそうにたしなめる。 「いいじゃないか。みんなレキの昇進を喜んでくれてるんだからさ」 「う……」 「だ、だが、私は、自分が祝われるのはどうも苦手で……」 率先して村人達に尽くし、祝福を与えてきた、レキらしい反応とも言える。 「でも、これからは高位神官なんだからさ。少しは慣れておかないとな」 「ううっ……」 レキは照れて、ますます赤くなっていた。 「リュウの言う通りだぞ。何しろ恋人の行く末を案じているのだからな」 「ううっ、アルエまで……からかわないでくれ」 「ほら、どんどん飲んで!返品なんて許さないんだからね〜!」 「美味しい料理もたくさんありますからたっぷり食べてください〜♪」 料理と酒が進み、宴はどんどん賑やかになってゆく。 「うーん、こりゃあずいぶんと奮発したみたいだな。貴族のオレ的にも大満足♪」 高そうな酒を、グビグビと飲むジン。 オマエは少し遠慮しろ。 「料理も絶品じゃな。ロコナはますます腕を上げたのう」 「あても……愛しいアロちゃんのために、料理の腕を磨こうかのう♪」 「な、なんだ?急に……さ、寒気がっ!?」 「今日はめでたい日じゃ〜♪そこの嬢ちゃん、ワシと乳繰り合わんか〜?」 爺さんに至っては、ナンパなんかしてやがる。 まったく、どんどんお祝いとは違う方向に盛り上がり始めてるな。 「まあよい。皆が楽しんでくれるなら」 俺の気持ちを読んだようにレキが言った。 その顔には、満足そうな微笑が浮かんでいる。 「それに、みんなもう……充分祝ってくれたからな」 盛り上がる皆を見つめるレキの眼差しは、まるで聖母か女神のように見えた。 「そうだな」 俺は、レキに向かって酒杯を掲げた。 「レキ、改めておめでとう」 「……ああ、ありがとう」 レキが微笑む。 俺たちは、そっと酒杯を合わせた。 兵舎の窓から見える夜空は、レキの晴れの門出を祝うかのように煌めき、今にも星々が降ってきそうな程に澄み渡っていた。 その翌朝早く、俺たちは王都に向かって出発した。 神殿への登録を済ませに行くレキに同行して、街で元・同期の騎士たちに出会うリュウ。 レキを褒めそやされ、こそばゆいやら恥ずかしいやらの二人。田舎に飛ばされてよかったなと、不思議な祝福までされてしまう。 リュウも自慢の恋人だと、レキの良さをアピールしてしまい、その度に小さくなって赤面するレキが、ますます可愛いと大評判。 そして囃されて、勢いでキスしてしまう二人。その様子を遠くで見ている者がいた。それは、レキの出世を快く思っていない下位神官だった。 「ひいっ、はあっ、はぁぁんっ……」 ぜえはあ、とジンが息を荒げている。 王都ゼフィランスを目指して、数日―― 俺たちは、王都の付近まで歩いてきた。 「はひっ、はふぅっ、んほぉぉっ」 「大げさな……普段、兵舎まで平気で遊びに来るくせに」 「いやもう……はあっ、はあっ……貴族を徒歩で旅させるなんて、酷いと思います」 「勝手についてきて文句言うなよ」 「たいちょーっ、あれはなんでありますかっ!」 「ん? あー、あれは……ただの石碑だ。王都までの距離が書いてある」 「ふぇぇぇ〜っ、なんと便利なっ!せっかくだからタッチしてきますっ!」 しゅたたた、と石碑にタッチしにいくロコナ。 ……子供か、ロコナは。 まあ、村からほとんど出たことがないんだ。あらゆる物が珍しいんだろう。 「おおおっ、あそこにゆくのは若い娘の集団ではないかのう!」 「こりゃ、老いぼれジジイ! 隊列を乱すでないわ!あれは修道女の巡礼じゃ! 罰が当たるぞい!」 「あーあー、2人とも隊列を乱したら他の通行人が迷惑するっしょ!」 ……お年寄り2人も異常なほどに元気だ。 「殿下。お疲れではございませんか?」 「うん? 別に疲れてないぞ?」 「そろそろ休憩など取られましてはいかがでしょう」 「いや、今の季節はすぐに陽が落ちるからな。早く都に着かないと、日が暮れてしまう」 「御意」 ……アロンゾも大変だねえ。山のような荷物を持たされて。 回りくどく言わず、休みたいって言えばいいのに。 「………………」 レキは村を出てからというもの、必要な事以外はほとんど話すことなく黙々と歩いている。 宿でもロコナやミントと一緒に部屋に籠もっていて、話す機会も少ないのだが…… こうも話さないと、なんだか寂しい気持ちになる。 「レキ、緊張してるのか?」 「え……ああ、いや、そういうわけではない」 首を振ってみせるものの、レキの表情は少し硬く見える。 そりゃあ高位神官になるなんて、そうある事じゃないし緊張もするか。 「あと少しで王都だ、みんな頑張れよ!」 「おー!」 どこまでも青く澄んだ空に、俺たちの気勢が吸い込まれていった。 「……にぎやかだなぁ」 久しぶりに訪れた王都は、驚くほど活気に満ちていた。 俺だってついこの前までここで生活していたのだが、辺境での暮らしにすっかり慣れてしまったらしく、この活気には改めて驚く。 ポルカ村では、自然の息吹を感じるが―― 王都は人の息吹が溢れかえり、歌うような物売りの声や人々の会話が大きな音圧となって俺たちを圧倒する。 「す、すごいですねぇ……なんかクラクラしてきちゃいました」 ロコナはすっかり人に酔っていた。 「レキは大丈夫か?」 「ん? なにがだ?」 レキは涼しい顔で応える。村にいるときとなんら変わらない様子だった。 ……王都に着いたとたんに平常心か。さすがと言うべきか。 道中ほとんど口を利かなかったけれど。緊張じゃなく、いろいろと心の整理をしていたのかも知れないな。 「皆はこれからどうするのだ?」 「オレはせっかくだから、古い知り合いのとこに顔出してくるよ」 「あたしは、儲け話がないかうろついてくる」 「ふわあ、気持ち悪いです……うぷっ」 「あてらはロコナを連れて先に宿に向かう。ジジイ、肩を貸せ」 「なに!? あてらとはワシも入っとるのか?」 「どうせナンパなんぞしても、王都の若い娘には相手にされんよ」 「これだけたくさんのおなごがいるんじゃ、ジジ専のおなごがいるかも知れんのに……」 がっくりと項垂れたホメロの爺さんは、ロコナを支えつつヨーヨードと共に宿へ向かってゆく。 ちなみに宿泊予定の宿というのは、ミントの実家である屋敷だ。 「アルエたちはどうするんだ?」 「ボクはせっかくだから、久しぶりに王都の雰囲気を満喫したいな」 「なりません。まずは国王陛下に到着の挨拶に上がらねば」 「固いことを言うな。そんなものは後回しでも……」 「なりません」 アロンゾにピシャリと言われ、アルエは大きなため息をついた。 「わかったよ。行けばいいんだろう」 というわけで、アルエは城に向かうらしい。 「リュウはこれからどうするのだ?」 「レキの方こそ、どうするんだ?俺はレキの護衛でやって来たんだからな」 「それなら、神殿に顔を出す前に付き合って欲しいところがあるのだが」 「お安いご用だ」 というわけで、俺はレキと共に歩き始めた。 「しかし人が多いな」 思わず独り言を口にする。 ひさしぶりの王都は、人ばかりが目に付く。 前からこんなに人がいただろうか? いきなり増えたりはしないだろうから、俺自身が村での生活に馴染んでしまってそう感じるのかも知れない。 「ここは王都の中心部だからな。どこよりも人が多いのだろう」 レキはあくまで冷静だ。 レキの方が、王都は久しぶりのはずなのだが。 「それにしても……」 レキと並んで王都を歩いているというのは、なんだか不思議な感じだ。 思いもしなかったシチュエーションで、まるで夢でも見ているかのようだ。 「ん? なんだ?」 「いや、レキは目立ってるなと思ってさ」 すれ違う男どもが、皆レキを見ている。 そのぐらい、この華やかな王都でも、レキの美しさは目立っていた。 「目立つのは神官の衣装のせいだ、こればかりは着替えるわけにもいかないので仕方なかろう」 「あ……うん、そうだな」 衣装のせいなんかじゃない。 昼の日中で女たちもたくさん歩いてはいるが、レキのような美形はちょっと見当たらない。 なんとなく誇らしい気分になってしまう。まあ、これは無理からぬことだろう。 「あれ? リュウじゃないか?」 いきなり声をかけられた。誰かと思ったら、俺と同期だったケンとバディたちだ。 「よお、久しぶりだなー。こんなところで会うとはなー。おまえら、元気か?」 「こんなところでって、俺たちがここにいるのは当たり前だけどよぉ。まさか、おまえが王都にいるとは驚きだぜ!」 「おまえこそ元気なのか?ポルカなんて辺境に飛ばされちまって、どうしてるのかってみんなで心配してたんだぞ」 「なんだ、ぜんぜん元気そうじゃないか」 「ああ、おかげさまでな。ポルカは平和だぞ。なにしろ空気がうまい」 「がっははははは、平和ボケか?すっかりアクが抜けたような面してるじゃないか」 ばんばん、と俺の肩を叩いてくる。 懐かしいな…… こんな触れ合い、久しぶりだ。 アロンゾ相手じゃこんなに和気藹々と出来ないしな。 訓練校での同期ってのは、兄弟以上の絆がある。 ベタベタと付き合わなくても解り合えるような、そんな関係だ。 「おまえら、みんな元気そうでホッとしたよ」 「僕もさ。おまえとはもう二度と会えないかと思ってたぜ」 「まったくだ。よかったら、その辺で一杯やらないか?」 「あー、そうしたいところなんだけど……」 と、3人の視線が当然のようにレキに注がれた。 「ど、どうも」 レキは3つの視線に気圧されるように会釈を返す。 「こちらの神官は、おまえの知り合いか?」 「ああ。ポルカ村の神官だ。今度高位神官に昇格することになってな」 「こんな美女が高位神官!?マジかよ、萌える……」 「燃える?」 「で、なんでおまえが神官殿にくっついて来るんだ?おまえの役目は辺境の村の警備だろうが」 「まさか彼女か? 彼女なのか?」 「まさか嫁さんか!?」 「嫁!?」 「い、いや、まだ結婚はしていない」 「まだって……」 「ってことは、神官殿は彼女なんだな?」 「ま、まあな」 ちょっと誇らしい気分で答える。途端に3人の目つきが変わった。 「マジかよー!?こんな美人がリュウの恋人だと!?」 「マジかよ、うらやましい……」 「辺境の地に飛ばされた甲斐があったなー、おまえ!」 「まあな」 「今まで運がなかった分、取り返したって感じか」 「いや、取り返しすぎだろ。すっげえ美人さんだもんよ」 3人がポーッとなってレキを見つめる。 「う……」 レキは真っ赤になって俺の背中に隠れた。 「か、かわい〜」 「クソー! ほんとにうらやましいぞ!こんなことなら僕が失態を演じて左遷されるべきだった!」 「あっはっは!おまえが左遷されたって、誰もおまえになんか惚れるもんか」 「でもまあ、うらやましいのは同意だ。本当に美しいです、神官殿」 「いや……どういたしまして……」 絶賛されて、レキは俺の背中でますます小さくなる。 俺の方はますます鼻が高い。 「ほんとにうまいことやりやがったな〜」 「まあな〜。だが、レキはきれいなだけじゃなくて頭もいいんだぞ」 思わずもっと自慢したくなった。 「よ、よけいなことを言うなっ」 レキは止めるが、口は勝手に動いてしまう。 「レキはな、祖龍の巣出身の才媛なんだ」 「なに? あの祖龍の巣か?それでなぜ神官に?」 「だが、それならばその年齢で高位神官に取り立てられるというのもうなずけるな」 「美人で頭も良いが、それを鼻にかけるところがない。だから村人たちからの信頼も絶大だ」 「ふむ。そうだろうなぁ」 「ちょ、ちょっと褒めすぎだぞリュウ。あまり褒めるな……恥ずかしい……」 「なにが褒めすぎなもんか。これでも言い足りないぐらいだ」 「いや、でも……」 よっぽど恥ずかしいらしく、レキは俺の背中から出てこられない。 そんな姿に、屈強の騎士達も相好が崩れている。 「ほんとにか〜わいいな〜♪」 「くそー!こうなったらおまえら、ここでキスして見せろ!」 なにがこうなったらなのかわからないが、突拍子もないことを言い出した。 「キスって……バ、バカなことを言うな。そんなことできるか」 「(コクコクコク!)」 俺の背後で、高速でうなずくレキ。だが周りは許してくれない。 「いいだろ〜、キスぐらい。キスぐらいはしたんだろう?」 「そ、そりゃまあ……」 「バ、バカ正直に答えるなっ」 「キスぐらいでそんなに恥ずかしがるな」 「そうだそうだ!キスぐらいなんてことないだろう!」 「あっそれ、キース! キース!」 「お、おい」 「キース♪ キース♪」 3人が手拍子でリズムを取ってはやし立てる。こいつら……騎士養成所でのノリと、まったく変わってない。 「お、おまえらなぁ……」 「キース♪ キース♪ キース♪」 「調子に乗るなってのに……」 「キース♪ キース♪ キース♪」 「な、なんだこれは? なんなのだ?」 レキは困惑と恥ずかしさでおろおろしていた。 「どうやらキスするしかないらしいぞ」 俺たちがキスしなければ、同僚たちの騒ぎは収まりそうにない。 「す、するとは……キスをか!?」 俺はこくりと頷いて見せる。 こいつらの前でキスして自慢したい気持ちが無いわけでもない。 「ば、ばかもの。往来で、さらに人前でそんなこと……」 「キース♪ キース♪ キース♪」 キスをはやし立てる声が大きくなった。野次馬たちも、さらに数が増している。 「早いとこしちまった方がよさそうだぞ」 「む、むむむ……」 「神官殿!ぜひとも人民の声にお応え下さい」 「お応え下さいっ!」 痺れを切らせた連中の言葉に、レキはギュッと拳を握った。 「えーい! こうなればヤケだ!」 「キスすればよいのだな!」 そうやけっぱちに言うとギュッと目を閉じた。 「いいのか?」 「いい。旅の恥はかき捨てだ」 「よし、じゃあ行くぞ!」 「んんっ……」 「おお♪」 同僚の前で、俺たちはキスをした。 緊張でガチガチだったせいで、歯と歯がぶつかってしまった。 「神官殿、お見事でありました!」 「おまえら、こんな往来でよくやるな〜」 「おまえらが催促したんじゃないか。まったく……」 ふと、背筋に悪寒のようなものを感じて、何気なく振り返った。 「ん?」 ずらりと並んだ人垣が背後にあった。 いつの間にか、通行人が立ち止まって俺たちのキスを見物していたらしい。 「げっ!」 「ああっ……」 赤面したレキが、俺の後ろへと隠れた。 無理もない。俺だって穴があったら入りたい気分だ。 それにしても、おかしい。 俺が感じた気配は、通行人たちの視線じゃない。 もっとおどろおどろしいような、禍々しい気配だったはず。 改めて通行人たちを見回すと―― 「あ……」 神官装束の女と目が合った。 「………………」 女神官はサッと目を逸らすと、人混みに紛れて消えた。 まるで逃げるような態度だった。 逃げなきゃいけないのは、こっちの方だと思うが。 「リュウ、どうした?」 俺の腕を掴んで、レキがそっと問いかけてきた。 「いや……なんでもない」 声をかけてこなかったということは、レキの知り合いではないだろう。 なら、知らせるまでもないか。 だが、どうにもイヤな予感がするな。 なにも起こらなきゃいいけど。 散らばってゆく通行人を眺めながら俺はなんとも不安な気持ちに包まれていた。 高位神官の任官にあたって、世話になった人たちに、ご挨拶の品を用意しなくてはならない…… そう言い出したレキに同行して、お買い物デートへ出かける二人。 エリートコース一直線だったレキは、アルエ程ではないが世間知らずで、下町文化には馴染みがない様子。 リュウがリードする形で、王都での初々しいデートを楽しむ二人だった。 初めて食べるアイスクリームに喜ぶレキだが、しかし歩きながら食べるという行儀の悪い行為が気になって仕方がない様子。 周囲の目が気になって仕方がないレキに、リュウは悪戯心で〈齧〉《かじ》っていたクレープをレキの口元に差しだして味見を促すのだった。 「ううむ……」 恥ずかしがるレキにリュウは…… 「……ちょっと調子に乗りすぎた」 真っ赤な顔で、レキは自分の行いを悔いていた。 連中にはやし立てられるままに、キスをしてしまったからなー…… 確かに、ちょっとまずかった。 ……うっかり人に見られちゃったし。 「まあ気を取り直していこう。これから買い物だろ?」 レキは任官に当たって、世話になった人たちへの手みやげを買いたいらしい。 それならば――と、王都のバザールにやって来たのだ。 「店がたくさんありすぎて、いったい、何がどこにあるやら……」 レキはキョロキョロと辺りを見回している。こういう場所の勝手がわからないらしい。 レキはふと、人で溢れ返ったバザールを眺め回した。 「王都の人間は、みな楽しそうだな」 感心したように呟く。 「そうだな。平和な証拠だ」 「私も王都で何年か暮らしていたのに、こんな光景はろくに知らなかった。いや、気にしていなかっただけかも知れない」 「勉強ばかりしてたんだろ?」 レキのことだ、そのころは道を歩くときも本を読んでいたりしたのかもしれない。 「……そうだ。もっと他のことにも目を向けるべきだった」 レキの言葉は、昔を悔いているように聞こえた。 「よし。じゃあ今日は俺に任せろ」 「俺がどこへでも案内してやるから」 「そうか。そうしてもらえると助かる」 「やはり、リュウについてきてもらってよかった」 レキが微笑む。俺は俄然やる気になった。 今日は、レキがおもしろがるようなものをたくさん見せてやろう。 「……で、どんなものが欲しいんだ?」 「食べ物がいいだろうな。日持ちする……菓子のような」 「菓子か」 「とりあえずブラブラ歩いてみよう。いろんな店があるから」 「うむ、そうだな」 せっかく2人でこんなところにいるんだから、少しはデート気分も味わおう。 「ほお、これは美味いな」 レキが舐めているのは、近頃王都で流行りのアイスクリームという菓子だ。 冷たくて甘くて美味い。すぐに溶けて流れるのが欠点だが。 俺はクレープを数枚、大人買い。 「気に入ったか?」 「うむ。甘くて美味しいものだな」 本当に気に入ったらしく、レキはアイスクリームにご執心だ。 唇にクリームが付くのを気にしてか、レキはどこかぎこちなくアイスクリームを舐める。 その姿が愛らしく、抱きしめたくなるような衝動に駆られてしまうが……さっきのように見せ物になるのはごめんだ。 「こいつがお土産になればいいけどな」 「そうだな。しかし……これでは持っていくまでに溶けてしまうだろう」 「そこが難点なんだよな」 「それに、相手はほとんど年配の男性だ」 「そうか……だったら酒と、酒のつまみになるようなものがいいのかもしれないな」 「うむ、そうだな」 肯いて、またぎこちなくアイスクリームを舐める。かなり気に入ったみたいだ。 「しかし……」 恥ずかしそうに辺りを見回す。 「歩きながらものを食べるなど行儀が悪いのではないか?」 そんなことは誰も気にしていないのだが、レキは周りの目が気になるらしい。 「最近の王都じゃ、歩きながら食べられるものが大流行なんだ。だから誰も気にしないぞ」 「そうなのか?」 だがレキは育ちがいいからなのか、歩きながらものを食べるというのに馴染めないらしい。 みっともないことをしている気がするからだろう。どうしても周りの目が気になって仕方ない様子だ。 そんなレキを見ていたら、ちょっと意地悪したくなってしまった。 「レキ」 レキを呼び止めた。 「なんだ?」 「あーん」 囓っていたクレープを、レキの口元に差し出す。 「えっ……」 一瞬キョトンとしてから、その意味に気づいたらしい。レキは固まってしまった。 目を丸くして俺を見上げる。 「ほれほれ。あーんして」 「な、なにがあーんなのだ?」 レキはどう反応していいのかわからず細い肩を揺するようにしてもじもじする。 「これも美味いから食ってみろってことだ」 「ば……ばかものっ!そ、そんなことできるわけなかろうっ」 頬から耳まで真っ赤にして拒否する。 もちろん怒っているわけじゃない。 照れまくっているだけだ。 そんな過剰な反応がかわいくてますます調子に乗ってしまう。 「いいから食ってみろって。ほら、みんなやってるから恥ずかしくないぞ」 「そ、そう言われても……」 レキは辺りを見回す。 今日は休息日で人出、特にカップルの姿が目立つ。 王都のカップル達は開放的で、そこかしこでやや過激と思えるスキンシップを楽しんでいる。 それにくらべれば、あーんなどかわいいものだ。 「ううむ……」 ピンク色の唇をへの字にして唸る。頬には朱が差したままだ。 「いいから食え」 俺はその唇に向けて、クレープを差し出した。 「……んっ!」 閉じた唇にちょっとだけクレープを押しつけると、レキはたまらず唇を開けて一口囓った。 「いらないなら、俺が食うぞ」 「い、いや、別にいらないなどとは……」 レキはクレープと俺を交互に眺め、もじもじと照れている。 「こういう時のレキは、本当に素直じゃないなぁ……」 「素直じゃないとは、どういう意味だ!」 うーむ、こうなったら、実力行使するしかないな。 レキが口を開けた隙に、クレープを差し出した。 「んむっ!?」 レキは思わず、パクッと口に入れてしまう。 「にゃ、にゃにをするっ!」 舌っ足らずに抗議して口の中のモノを咀嚼する。その途端、レキはハタと動きを止めた。 「……美味いな、これ。甘くて、少しほろ苦い感じもする……」 「ほろ苦いのはカカオだよ。ほら、もう一口食ってみろ」 差し出したクレープに、レキは今度は素直にかぶりついた。 「ほお、これは美味。カカオが菓子になるとは驚きだ」 どうやら気に入ったらしい。レキはどちらかというと甘党だと思った。 「だから言っただろ。素直に人の言うことを聞けばいいんだって」 「食わず嫌いというわけではない。歩きながら食べるというのが苦手なだけだ」 「歩き食いってしたことないのか?」 「もちろんだ」 レキは胸を張る。 「だいたい行儀が悪いだろう。どうしてみな平気でいられるのだ?」 どうしてって言われてもなあ。屋台で買ったら歩きながら食うしかない。 そんな人々を、レキは遠い異国の光景でも眺めるように見つめていた。 「ん?」 そのレキの目が、何かを見つけた。 「あれはなんだ?」 その視線の先に人だかりが出来ているのが見えた。何かを見物してるらしい。 「あれは、大道芸だな」 「ほう。あれが大道芸というものか」 どうやら見たことがないらしい。興味があるのか、レキは微かに目を輝かせた。 「レキは見たことがないのか?」 「以前は、休息日に町を歩くことなどほとんどなかったからな」 「出歩くのは用事があるときだけで、用事が済めば帰るだけだった」 「じゃあ、せっかくだし、ちょっと見ていくか」 「うむ。そうしよう」 「ちょっとごめん、悪い、そこ通して」 レキのために、人混みを掻き分けてやる。 大道芸人が、たいまつを手にしているのが見えた。 「火を持ってるぞ?あの火をどうするのだ?」 「まあ見てろ」 大道芸人は、たいまつを顔の前にかざした。思いきり息を吹く。 ゴォォォォォォォォォォォ!! 勢いよく炎が噴き出した。 「おお! あの男、火を吹いたぞ!?」 「まだまだ。こんなもんじゃないぞ」 「なに? まだ序の口なのか?」 「ああ。まだまだ序の口だ」 大道芸人がギョッとしてこっちを見たような気がするが、たぶん気のせいだろう。 不自然なほどの沈黙の後、炎の熱で額に脂汗を滲ませながら、大道芸人は大きくたいまつを掲げた。 そのまま、天に向かって大きく口を開ける。 「な、なにをするのだ?ま、まさか……あの火を口で消そうと言うのか?」 また大道芸人がギョッとしたような気がするのはやはり気のせいだろう。 大道芸人は、また不自然なほど長い沈黙の後、ゆっくりとたいまつの火を口へと近づけていった。 「だ、だめだろうあれは?」 「大丈夫なのか?大道芸人は不死身なのか?」 レキが固唾を呑んで見守る中、たいまつの炎が大道芸人の口に飲み込まれ…… 「まあ、人間失敗することもあるだろう」 当然のように、大道芸人はたいまつの火を飲み込むことはできなかった。 「うむ。残念だった」 「あの大道芸人、レキが薬草を持っていて助かったな」 「火傷によく効く薬草だからな。すぐによくなるだろう」 大道芸は失敗だったが、レキは楽しそうだった。 最初は凛としていたレキだったが……このお祭りのような雰囲気に飲まれ、すっかり気分が高揚しているようだ。 「あそこに蛇を操ってる芸人がいるぞ?」 見ると、女の子が蛇を前にして芸を披露していた。 「あれは蛇使いだな。笛の音で蛇を操るんだ」 『……いらっしゃい』 蛇使いの少女が言葉を書いた札を掲げる。言葉が喋れないのかな…… 『……見ていく?』 「おお、見せて見せて。ちゃんと御代は払うからさ」 「ほら、レキもこっち来て」 「あ、ああ……」 『……いい度胸』 え? 『紹介します』 『名前は百歩蛇くん』 ひゃっぽだ……くん? 『猛毒注意』 『一撃必殺』 『咬まれたら大変。百歩も歩かないうちに死ぬ』 『だから、名前が百歩蛇』 へ、へーえ。 『もし、うっかりお客さんを噛んだら……』 か、噛んだら……? 『……ごめん』 いや、死ぬから! ごめんとかじゃないから! 『念のために、血清は準備済』 『間に合えば助かる……はず』 『では』 「ま、待った! 待った待った!」 『まだ出してないのに』 出されてたまるかっ!んな危ない蛇っ! 『……大丈夫、ちゃんと調教済』 『冗談はここまで。いきます』 女の子の笛に合わせて、蛇が動く。 「おお、すごい!蛇が少女の言いなりに動いてる!」 ゆらゆらと動く蛇に合わせて、レキの体が右へ左へ、前へ後へと揺れる。 本人は自覚なしにつられているのだろう。 その様が可笑しいやら可愛いやらで俺はひとりでニンマリしてしまう。 「そこでなにか買ってくるから大人しく見物してるんだぞ」 「………………」 そう告げたものの、レキからは返事がない。よほど熱中して、蛇使いの芸を見ているのだろう。 背後にあった屋台でパンと飲み物を買うと、さっきと、まったく同じ姿勢で蛇を凝視するレキの元へと戻った。 「レキ、そろそろいいだろ? 行こう」 「う……うむ。名残惜しいが……」 「ありがとうな、蛇使いのお嬢ちゃん」 『……謝意は形で』 そ、そうだな。 「じゃあこれ、楽しませてくれた礼だよ」 少し多目に、テクスフォルト銅貨を渡した。 「そういえば、今さら聞くのもなんだけど筆談も芸なのか? それとも喋れないから?」 『……大人の事情』 なんつーか、不思議な子だったな…… 屋台で買ったパンを、歩きながら食べる。 「うむ、この肉入りのパンも美味いな。食べたことのない不思議な味がする」 「これは……異国の料理か?」 「ああ、遙か東の国の食べ物らしい」 「そうか、やはり異国の食べ物だったか」 さっきまでダメだと恥ずかしがっていた歩き食いも、いつのまにか抵抗がなくなったらしい。 すっかり楽しんでいるようだ。 「美味いがこれはちょっと喉が渇く」 「ほれ、飲み物」 さっき屋台で買ったカップを手渡す。 受け取って、レキは一気にあおった。 「……ぶはっ!!」 で、吐き出した。 「な、なにすんだよ!?もったいないじゃないか」 「こ、これは酒ではないかっ!真っ昼間っから、こんなものを――」 「酒って言っても、軽いものだぞ。多少なら酒は百薬の長と言うだろ」 「ま、まあ薬になるのはたしかだが……」 「屋台で売ってるぐらいだ。みんな飲んでるぞ」 「……そういうものか?」 「そういうものだ」 「そう……か」 カップの酒をじっと見下ろし、レキはゆっくりと中身を口に流し込んだ。 「うむ、甘くて美味い」 微笑む。 「あ……」 それから赤面し、唇に手を添えた。 「どうした?」 「これは……世間で言う間接キス……ではないのか?」 「世間だけじゃないけど、まあそんなもの」 顔を真っ赤にしてかわいいことを言う。 「ま、また……はしたない事をしてしまった」 「なにを今さら。俺たちは散々舌を絡め合った仲……」 「ばかものーっ!」 ポカッ! 「痛っ」 後ろ頭をはたかれた。見事な突っ込みだった。 「そういうことを、天下の往来で口にするなっ」 「大丈夫だって。誰も俺たちのことなど気にしていない」 「これだけ人がいるんだからな」 そう言ってから、さっき見かけた女神官のことを思い出した。 他の神官に見られたのは、まずかったかもしれない。 「見られていようがいまいが、居住まいを常に正しておくのが神に仕える者の義務だ。ハメを外しすぎるわけにはいかないのだ」 「まあ、そうかもしれないけど」 勢いでキスしてしまったことを、レキはかなり反省しているらしい。 「でも、たまにはこういうのも楽しくないか?」 「まあ、楽しくないことはないが……」 そう呟いて、ハッと我に返る。 「た、楽しむために来たんじゃない。土産を買うために来たんだ」 本来の目的を思い出したらしい。ごめん、俺も忘れてた。 「でもま、もうちょっといいじゃないか」 せっかくのデートなのだ。今度はいつ王都でこんな風に過ごせるかわからない。 たまのことだ。少しぐらい羽を伸ばしてもバチは当たらないだろう。 レキに向かって手を伸ばすと。 「……仕方ないヤツだな」 渋々という口調で、しかしレキは微笑みを浮かべて俺の手を握ってきた。 森の中へ、2人で薬草を採りに行ったあの日のように。レキは俺と手を繋いで歩き始める。 「いい土産が見つかるまでだぞ」 「よぅし!じゃあ、次はあれを食ってみよう!」 「そんなにはしゃぐな。あ、こら引っ張るな」 このときはまだ漠然とした不安が、まさかあんな大事になろうとは…… 夢にも思ってはいなかった。 レキの元に、王都神殿から緊急の召集がかかる。心配になって神殿に忍び込み様子を伺うリュウ。 そこではレキが異性とふしだらなマネを繰り返しており、高位神官としてふさわしくないという内容の讒言があったというのだ。 二人が安宿で不浄な交わりをしているところを見たという男まで出現してしまい神殿は大混乱。この事態を神殿は重く判断してしまう。 レキへの焦点は高位神官に任ずるかではなく、神職から追放すべきに切り替わるのだった。 翌朝── 俺が起きたときには、もうレキは出かけていていなかった。 「え? 臨時召喚? レキが神殿に?」 悪い予感に、胸がざわめく。 「そうなんじゃよ」 さすがにヨーヨードの婆さんも心配そうだった。 なにしろ臨時召喚という呼び名からして不穏だ。 数日後には任官式典だというのに、今さら召喚とは……一体、何があったのだろう。 「リュウ、どう思うかの?」 「今ひとつ事情がわからないけど……様子を見てくる」 ここにいても何もわからない。動いてみるしかないだろう。 「ワシも行ってはみたんじゃがの、神殿には入れんかったぞ。一部が封鎖されていて、そこの警備が厳重でのう」 「一部封鎖だって?その先に、レキがいるのか?」 「おそらく……」 ますます不安になる。 普段から神殿の警備はしているが、基本的にいつ、誰でも訪れられるようになっている。 夜中でも出入りが出来るように配慮されているのが常なのだが、一部封鎖というのは尋常じゃない。 レキのことが心配で、とてもじっとしてはいられない。 「とにかく行ってみる」 「うむ、そうか。気をつけてな」 いったいレキになにがあったんだ? 俺は増大する胸騒ぎを感じながら、神殿へと急いだ。 神殿はホメロ爺さんの言った通りに一部が閉ざされていて、俺は警護の目を盗んで忍び込まねばならなかった。 俺は神殿の警備のことなら一通り心得ている。 騎士になるための養成課程で、神殿警備を数回行ったことがあったのだ。 騎士以上のランクであれば、誰でも無条件で通過出来る場所がたった1つだけ存在する。 騎士が人知れず懺悔するために通るゲート。 そこには警備兵はいない。神官が交代で出入りを見守っているだけだ。 「………………」 俺は懺悔する騎士を装い、そのゲートをくぐる。一応顔を見られないように俯いて通る。 警備隊の軽装ではあるが、一応は騎士としての体裁は整っている。 見張りの神官は、俺をじっと見つめる。 ……頼む、すんなり通してくれ。 心臓が高鳴る。ここで止められれば、ほかに入れる入り口はない。 一歩一歩、確かめるように石畳を踏みしめて進む。 緊張で口の中が苦くなる。 もしも止められたら……神官を武力で制圧してでも通るか。 しかし、傷つけるのは問題を大きくするだけだ。 どうなる…… まさしく神に祈る気持ちでゲートを行く。 ……………… ………… …… ゲートを通り過ぎ、懺悔室に通じる廊下へと辿り着いた。 神官は、俺の身なりで騎士だと判断したらしい。 肩越しに振り返ると、神官は俺に向かって祈りを捧げている。 顔を見られまいと俯いた姿勢が幸いし、いかにも懺悔に来た風に見えたようだ。 俺は一礼をして、一部封鎖されているという神殿の奥へと進んだ。 そしてそこで俺が目にしたものは…… まるで罪人のように引き立てられたレキの姿だった。 「レキ……ッ!」 思わず上げそうになった声を飲み込む。 いったい何が起こってるのか……まずそれを確かめねば。 息を潜めて中の様子をうかがう。 「いったいこれは何事でしょうか?」 レキが問う。 罪人のように扱われていても、いつもの毅然とした態度は変わらない。 レキの前には、お偉方の神官たちが並んでいる。 その中央にいるのが、レキたち神官職のトップである司教―― 「そなたに関する芳しくない噂について、査問を行うためである」 「芳しくない噂?」 「そなたが神官職にあるまじき行いをしているというじつにゆゆしき噂じゃ」 「あるまじき行為とはなんでしょう?身に覚えがありませんが……」 「神官とは、神に仕える者。神にその身を捧げた者」 「その身を、他の者に委ねるなどあってはならぬこと」 「え……?」 レキの顔が青ざめる。 俺も思わず血の気が引いた。 もしかして……俺との関係のことが問題になっているのか? 「市井で異性と接吻を交わしていた……などと申し出た者があったが、それは嘘と申すか?」 「そ……それは……!」 先日の町でのことだ。あれを、神殿の関係者に見られた? とっさにあの女神官の顔を思い出す。 あの神官が司教に訴え出たのか? それとも他に誰か……? いったい、何のために? 誰かの密告だと仮定して…… それは、レキの出世を妬んでのことだろうか? レキ自身、人から恨みを買うようなタイプじゃないからな。 いや、誰の仕業かなんてことはどうでもいい。このままじゃレキは…… 「どうなのだ?」 神官がレキを問い詰める。 俺は心の中で強く念じた。しらを切ってしまえばいい。 レキ自身が自分は清廉潔白だと強く申し出れば、おそらくこれ以上の詮索はされまい。 これからは神官として言動に気を配るようにとの注意だけで済むだろう。 だが、レキは…… 「その話は……本当です」 たとえ自分の不利益になるとしても、嘘はつけない性格だった。 レキの答えに、神官達がざわめく。 「なんという罰当たりな……」 「では、安宿で不浄の行いをしていたというのも本当なのだな?」 「は?」 安宿で不浄の行い? なんだそれ? なんのことかわからない。そんなことをした覚えはない。 「なんの……ことでしょうか?私には身に覚えのないことですが」 「とぼけるでない。見たと言う人間がいるのだ」 その声を合図に、1人の男が神官達の前に現れた。目つきの悪い男だった。 「そなたが見たと言うことを申してみよ」 「はっ」 男は一礼し、大仰に語り出した。 「私はたしかに見ました」 「その女神官が、なんと!町の安宿で男と犬の恰好で交わっているのを」 「なっ……!?」 レキの顔に怒りの色が差す。 「嘘を申すな! 私はそんな……」 「待て。話は最後まで聞くのじゃ」 司教にたしなめられ、レキは口惜しそうに口をつぐんだ。 顔を伏せた男がニヤリと笑ったのが、隠れて見ている俺からは見えた。 罠だ―― ピンと来た。 あの男……レキに不利な証言をわざとしているに違いない。 「私はただ、見たままを口にしているだけ」 「たしかに、その女神官が、男と不浄の交わりをしている現場をこの目で見たのです」 芝居がかった口調で男が訴える。 「して、その相手の男というのは?」 「はっ。見たところ、騎士のようないでたちでした」 ……騎士って、俺のことか? 怒りに全身が総毛立つ。 「騎士のようないでたち……」 「接吻をした相手も、たしか騎士という……」 神官達は、男の言葉を信じたようだった。 「司教様、これはゆゆしき事態ですぞ。高位神官に取り立てようとした人物の醜聞とは……」 「巷の者たちはかような噂話が好きですからな」 「ふむ……」 司教達が難しい顔で考え込んでいる。状況は最悪だった。 「お待ちください! 私にも弁明の機会を!」 「さきほどの件はともかく、安宿での不浄な交わりなどはまったくの事実無根!」 「黙れ」 レキの弁明を、神官の1人がピシャリとはねつけた。 「あちらの噂は本当で、こちらの噂は嘘と、そんな理屈がまかりとおると思っているのか」 「ですが、それが事実……」 「だが、かような醜聞が立ったというのもまた事実」 「神に仕える身にとって、悪評が立つということがすでに問題なのだ」 そう言われては、レキも返す言葉がない。 「………………」 神官たちがコソコソと相談し合うのを、黙って聞いているしかなかった。 神官達のざわめきの中に、『罷免』という言葉が混じって聞こえた。 まさか……神官の地位まで取り上げようというつもりか? そんなことをされたら、レキは薬草の研究を続けられなくなるじゃないか。 時間を閉ざしてしまった妹を、なんとか助けたいというレキの気持ちはどうなる? 「ふむ。この場で結論を出すのは難しいようだな」 「この件は、追って沙汰する。そなたは大人しく謹慎しておるように」 「は……」 司教の言葉に、レキは悔しそうに頭を下げた。 その横で、いい加減な証言をした男がほくそ笑んでいるのが見えた。 「……このまま黙ってはいられないよな」 俺は、胸がカッと熱くなるのを感じつつ神殿を後にした。 神殿を出た俺は、先ほど偽証をした男を尾行していた。 男はフラフラと屋台に立ち寄ったり、路地を抜けて道を変えたりを繰り返している。 明らかに尾行を意識している動作だが、所詮は素人だけに『気をつけている』程度だ。 おそらく神殿からの使者と思しき人物が、数名、男を尾行している。 神殿側でも証言を疑っていると言うことか? いや、疑っていると言うよりも確証を得ようとして尾行させているのかも知れない。 俺は物陰に身を潜め、或いは通行人に紛れて男を尾行する。 神殿からの尾行者は、いつの間にか巻かれたらしく男は尾行者が消えた事で満足したのか振り返ってニヤニヤとしている。 しかし、俺の尾行には気付いていない。 おそらく…… あの男は偽証をしてきた事を、誰かに報告するはずだ。誰かに依頼されて嘘の証言をしたなら、必ず連絡する。 金で雇われたか、もしくは何かを引き替えに脅されて偽証を強要されたか…… 男の行動や表情から見て、おそらく前者に間違いない。脅されたのならあれほどニヤニヤとは出来ないだろう。 ここで、俺は1つの考えに至った。 「やあ、なんだか昼間からご機嫌だな?」 俺は男に歩み寄り、軽く声を掛けた。 「へへっ、騎士のダンナ。ちょっと良いことがあってね」 ヘラヘラと笑みを浮かべる男に殺意が湧き上がるがここで括り殺しても無意味だ。 ……それに。 男は俺の顔を見ても、顔色ひとつ変えないでいる。 もしもこの男が俺とレキのキスシーンを見て、話を大袈裟にしようとした愉快犯だったとしたら俺の顔を見れば逃げるなりするはずだ。 しかし男は俺の顔を見て笑っている。 つまり、愉快犯の線は消えたわけだ。 さらに『いいことがあった』などと有頂天だ。 間違いなく誰かに金で依頼されたと見るべきだ。 「なんだ、いいことってのは?俺はここしばらくうまい話がなくてな。いい話なら、ちょっと聞かせろよ?」 「いやあ、博打で小銭が入っただけでさ」 男は俺の言葉に少し顔色を曇らせた。 ここで無理に吐かせても良いが、人目が多い。 「俺は博打ってのに縁がなくてな。その辺で一杯やりながら、博打のコツを教えてくれ。もちろん、酒は俺のおごりでな」 金貨をちらつかせてウインクをすると、男は目を輝かせて頷いた。 ドンッ!! 「ぐえっ!!」 背中を壁に打ち、男が呻いた。 バカな男だ…… 俺が誘うままにノコノコと路地裏へとやってきてあっさりとこのざまだ。 「言え。誰に頼まれたんだ?」 「な、なんのことだ?」 「誰に頼まれて嘘の証言をしたんだ?」 「証言って……おまえ、まさかっ!?」 男の顔色が一気に青ざめる。先ほどまでの、にやけたアホ面が別人のようだ。 「俺が誰だろうとおまえには関係ない。誰に頼まれたのかを正直に言え」 「ここでも偽証をしたら、こいつの錆にしてやる」 俺は腰に下げた剣を軽く叩く。剣を抜く気はないが、脅しには使える。 「くっ……!!」 男は俺を突き飛ばそうともがく。 「暴れるな。無理に暴れると腕が折れるぞ?」 片手で男の腕を絡め取り、捻りあげる。 「うぐうぅぅっ!」 肘と肩の関節がぎしぎしと鳴り、男は苦悶の表情を浮かべた。 「早く言え。だんまりを決め込むのは得策じゃないぞ?」 さらに男の腕を捻りあげる。 「ぐっわああっ、 ……っ、いういういうっ、言います、言いますからっ!」 脂汗を滲ませ悲鳴を上げる男を見て、俺はゆっくりと腕を放してやる。 「くっ!」 俺が腕を放したと見るや、男は路地の奥へと駆け出した。 俺は剣を腰に下げたまま、男を追う。 路地を走り抜けざま、男が足元に転がっていた暖炉用の火消し棒を掴むのを見逃さなかった。 「はっ!」 男はようやく、この路地が袋小路であることに気が付いた。 「まいったな、逃げるんだもんなあ……行き止まりとも知らずにさ」 俺はニヤリと笑ってみせる。 男は俺の笑みに怯んだ様子だが、すぐに火消し棒を構えた。 「くそうっ!!」 男の構えには、剣術の心得が見えた。 しかも、かなり使える。身なりは遊び人風だが、元は兵士か何かのようだ。 「出来れば、茶でも飲みながらゆっくりと話を聞きたかったんだがな」 「うるせえっ! 俺をどうする気だ!」 「どうもしないさ。誰に頼まれたのかを吐けば、な」 「口が裂けても言えるか!」 男は構えた火消し棒を、一気に突き出してきた。 俺は剣に手を掛けることもなく、体を右に捻る。 胸にめがけて伸びた火消し棒は、するりと脇に抜けた。 「ち、ちくしょうっ!」 めったやたらに火消し棒を突き出してくるが、どれも緩慢な動きだ。 避けることなど造作もない。 「コッカスにも劣る動きだな、おい」 「そこをどきやがれ!」 男が体当たりをするようにして火消し棒を構えたままで突進してきた。 シャキーン!! 「……俺に剣を抜かせないでくれよ」 いつの間にか、俺は剣を握っていた。あれほど苦手だった剣を、無意識に抜いていた。 自分でもわからないほど、レキのことで俺は頭に来ていたらしい。 「1つ警告しておく。抵抗して斬られたくなければ誰に頼まれたのかを言った方がいい」 「くどい! 誰が言うかっ!」 男は火消し棒を振り上げた。 ――刹那。 キィィィン!! 空中に振り上げられた火消し棒が分断し音を立てて地面に散った。 「な……な……」 握り柄の部分だけになった火消し棒に男は呆然とする。 「警告したのに抵抗するんだもんなあ」 ビュンッ、ビシュッ!! はらり、と男の衣服が斬れた。 俺は剣を鞘へと収める。 露わになった男の胸には、下級兵士が喜んで彫る下卑たタトゥが刻まれていた。 さらには犯罪者の証であるタトゥも見える。 信用ならないヤツ――ということで決まりだ。 「さて。そろそろ本題に入ろうか」 「う、う、うわああああ!」 それでも諦めないのか。男は火消し棒の柄を握りしめて体当たりをしてきた。 どすっ!! 鞘に収めた剣で、男の腹を突いた。 「うぐ……」 男は呻き声を上げてその場に崩れ、手に持っていた火消し棒の柄を地面へと転がした。 「おまえのような卑劣なヤツはもう少し懲らしめておきたいところだけど……一応、話を聞かないとな」 地面に這いつくばってもがく男の髪を掴むと、俺はニンマリと笑顔で問いかける。 「で、おまえを雇ったのは誰だ?」 掴んだ髪を引っ張り、胸を地面へ押しつける。息が詰まった男の顔が、みるみる紅潮する。 「や゛、や゛め゛でぐれ゛……ぐる゛じ……」 「言うか? 早く言わないと窒息するぞ?」 「い゛、い゛う゛……言う゛、がら゛……」 「よし」 手を離してやる。これ以上は抵抗する様子もない。 「さあ、話してもらおうか」 「か、金をやるから、あの女神官に不利な証言をしろと……」 「やはり頼まれたんだな」 思った通りだ。問題は、誰に頼まれたのかと言うこと。 「相手は?」 「それは……」 言い渋る男の脇腹に、軽く蹴りを入れる。これ以上……レキを愚弄することは、許さない! やりすぎてしまいそうな自分にブレーキを掛けつつ俺は、男から依頼人についての全てを聞き出した。 「むう……別の神官の密告か」 レキのことを司教に密告したのは、王都の下位神官だった。 話によると、俺が見かけた女神官と風貌の特徴が一致する。 あの女で間違いないだろう。 その女の話をすると、レキはただ小さくうなずいた。 「私のことをおもしろく思っていない人物はおそらく少なくないだろう」 ショックを受けた様子でもなく平然と言う。 想定の範囲内の出来事だったのかもしれない。 「んな冷静に言ってる場合じゃないだろ」 「いや、それより……」 レキが俺を睨んだ。 「神殿での覗きなど、畏れ多いことを。神罰が下るぞ」 「うぁ……すまん……」 怒られてしまった。 「ここは大目に見てやってくだされ」 「おまえさんのことを心配してのことじゃし」 「それは……うれしいが……」 「それよりも、今はこの先のことを考えんと」 「このままでは、神職を追われてしまうのかもしれんのじゃろう?」 「うむ……」 さすがにレキの声が暗く沈む。 もし神職を解かれてしまったら、妹を助けたいというレキの願いは…… 「そんなことさせない」 俺は思わずそう呟いていた。 レキは何の悪いことをしたわけでもない。 それなのになぜ……こんな目に遭わなければならないのか。 それに、こんなことになったのは、つい羽目を外しすぎた俺のせいでもある。 仲間に乗せられてキスなんてしなければ、弱みを見せるようなことにはならなかったのだ。 「俺がなんとかする。レキは俺が守るから」 「リュウ……」 「なにを1人でカッコつけとるか。おまえさん1人じゃ心許ないわい」 「そうじゃそうじゃ。亀の甲より年の功ということもある」 年寄り2人が笑う。 この2人だって、いざとなったら頼りになる2人だ。 「ロコナたちも、この話を聞けば怒るはずじゃ」 ちなみに今、ロコナたちは、ミントの案内で王都見物に出かけている。 あいつらの知恵が合わされば―― 俺なんかじゃ思いつきもしない、機転を利かせた裏技で、なんとかなるかもしれない。 「よし!俺たちでなんとかしてレキの汚名を晴らそう!」 俺は、俺たちレキを泣かせたりはしない。 それにレキは村に必要な人間なんだ。神官としてのレキを、村のみんなが頼りにしている。 あんなふうに盛大に送り出してくれた村の人たちの気持ちを無駄にしないためにも…… このまま黙って帰れはしない。 絶対にレキの汚名を晴らしてみせる。 追放されると、薬草研究を続けることが困難になってしまうレキ。リュウたちは手分けして、この讒言をした男のウソを暴くために奔走する。 やっとの思いで、その男がウソをついていることを証明するリュウたち。そして交際相手と目されているリュウが、神殿に召喚される。 このままではどう転んでもレキの立場は危うくなってしまう。考えに考え抜いた末、リュウは一つの決断を下す。 それは性転換の花のエキスを飲むこと。女の姿となったリュウは神殿に出頭し、一人の女としてレキを愛していると答えるのだった。 早速、俺たちは動き出した。 「いたいた。あの男だ」 ジンが声を潜める。 その視線の先にいるのは、神殿に出入りしている商人だ。 「んーっとねぇ……」 「あたしの情報では、あの男が、例のレキのことを密告した神官と親しいらしいよ」 「……よし。じゃあ行こう」 人混みを掻き分けて商人の元へ。3人で商人の行く手を阻む。 「な、なんだおまえらは?」 「ちょっと聞きたいことがあるんだ。なに、手間は取らせないよ」 俺とジンに挟まれて、商人はオロオロとする。 「悪いようにはしないから。この人たちの質問に答えてくれればいいの」 ちゃめっ気たっぷりな笑顔のミントは、商人のポケットへとコインをねじ込んだ。 ちらり、とポケットの中を覗き込んだ商人は、先ほどまでの引き攣った表情を、ニコニコと、えびす顔に切り替えてみせる。 「まあ、私にわかることでしたら……」 手を摺り合わせてお辞儀をする商人に、俺たちは密告女神官の身辺について聞き始めた。 俺が、あの偽証男から聞き出した情報だけではいまひとつ信憑性が薄いからだ。 苦し紛れに喋ったとも考えられるため、こうして念には念を入れて裏を取る。 1つでも間違いがあってはならない。 レキを守るために、どうしても聞き出さなければ。俺は商人からの証言に、しっかりと耳を傾けた。 ……………… ………… …… 昼下がり。城内の廊下には人の気配は少ない。 そこを、足音も立てず優雅に歩いてきた人物を、アロンゾが呼び止めた。 「失礼。ちょっとよろしいですかな?」 その人物とは司教だった。 司教はアロンゾに気づくと、穏やかな歓待の表情を浮かべた。 「おお、これはこれはアロンゾ殿。いかがなされましたかな?」 「実は、少しお話しがあるのです」 「これからですか?」 急な話に、司教は驚いた表情を浮かべる。 「これから、神殿の人事の件で国王に報告に上がらねばならないのですが……」 「ええ、存じております。ですがその前に、是非司教様とお話をしたいという方が……」 「どちら様でしょう?」 司教が首を傾げると、廊下に面したドアが静かに開いた。 そこから現れたのはアルエである。 「ごぶさたしております、司教様」 アルエは、王女にふさわしい優雅な所作で司教にお辞儀をした。 司教が満面の笑みを湛える。 「お、おお、アルエミーナ殿下……!いかがなされたのですか?」 司教も恭しく礼を返す。が、その顔は明らかに戸惑っていた。 一国の国の王女が、1人の従者しか付けず、このように密かに声をかけてくるなどというのは、城内では異例である。 しかも廊下で、だ。よほどの話があるのだと、司教は察した。 「司教様に、少々お訊ねしたいことと、お願いがあるのです」 アルエは憂う百合のような表情を作る。そんなアルエの様子に、司教は心を痛めた。 「いったいなにごとが、殿下のお心を悩ませているのでしょう?」 「私にできることでしたら、何なりとお申しつけ下さいませ」 「そう言ってもらえると助かります」 健気な作り笑いを浮かべて、アルエは心で舌を出した。 「実は……」 アルエは声をひそめた。 ……………… ………… …… 俺たちは、中央広場のオープンカフェで落ち合った。 「あー、くたびれた」 姫君のドレスはよほど窮屈だったと見えて、アルエは大きく手足を伸ばした。 「で、アルエの力でレキは無罪放免ってわけ?」 「いくらボクだって、おいそれとそんなことできるわけがないだろう」 「王族がそんな横暴をするようになったら、国がおかしくなる」 ……王女が男装して辺境の村に押しかけるのは横暴じゃなかったのか。 「まあそうじゃな。あとはワシらでなんとかせねばなるまい」 「そうだな……国王に報告がいかなかっただけでも助かったよ」 高位神官に係わる人事となると、報告が逐一国王に上がる。 アルエが司教に頼んでくれたのは、今回の件についての報告をしばらく待ってもらうこと。 それから、今しばらく決断を保留してくれということ。 レキの出世を妬む人間がいるという噂があるという話も、それとなく伝えてくれたらしい。 噂は噂でも、王女からもたらされた噂となれば、無碍に噂と切り捨てられはしないだろう。 「で、オマエさんたちの方はどうだったんじゃ?」 「ああ、思った通りだった」 「神殿に出入りしてる商人からちょっといい話が聞けたよ」 「レキの異例の出世を妬む女神官がいるってこと。それも1人や2人じゃないんだって。で、その中心的人物も聞き出したんだよね」 「その女神官と、司教に偽証した男との接点もね」 「いやーそりゃもうオイシイ話だったよ。まあ、なかなか口を割らなかったけどね」 「オイシイ話じゃと?どういう事か話が見えてこんのう?」 ジンの話が見えないのは、今に始まったことじゃないが。 「つまり、だ。偽証した男だけど、アイツは女神官に頼まれた……ってところまでは、すんなり吐いたんだ」 「キスシーンを目撃した女神官ね」 「そうだ。しかし、関係までは吐かなかったから裏を取ってみたんだけど……」 「驚きだよねー。まさか、そんな関係があったなんて」 「ええい、回りくどいことを言わずに話の核心に触れんかえ!」 「つまり、偽証した男はキスシーンを目撃した女神官のヒモだったってことだ。馴染みの商人は、その事を証言してくれるそうだ」 「ちょっと手荒な頼み方だったけどね」 ミントが肩を竦めてみせる。 「そうか……女神官がヒモをこさえるとは、世も末じゃなぁ」 「向こうも探られると痛い腹ばかりだから、そっちの件はなんとでもなりそうだ」 「じゃが、往来で接吻をしていたという話だけはどうにもならぬわいな」 「目撃者が大勢いる上に事実だからなぁ」 「まったく、場所もわきまえずに欲情するからじゃ」 「エロジジイに言われたくはないけど……たしかに俺は軽率だったよ。それはものすごく反省してる」 俺の責任だというのは紛れもない事実。このことだけは俺がなんとかしなければ。 「レキさんは、今どうしてるんですか?」 ロコナが心配そうに訊ねた。 「謹慎を言いつけられたからな。部屋でおとなしくしてるよ」 「レキさん、かわいそう……」 レキの身の上を案じて、ロコナは泣きそうに顔を歪めた。 ロコナだけじゃない。みんなだってレキのことを本当に心配してくれている。 ここには来てないが、村のみんなだって…… このまま運命に身を委ねているわけにはいかない。なんとしてもレキを救わなければ。 今までレキが救ってきた村人たちのためにも。 時が止まったままの、レキの妹のためにも。 そして、俺たちの未来のためにも。 そのためには、どうやってレキを助けよう。 「う〜〜〜ん。何かいい案は……」 レキがキスをしたことを認めてしまっている以上、それを取り消すのは大変だ。 「……ううっ! わ、分らないっ!獣人に関するアイデアだったら、山の様に出るってのに!」 「そうだ! 他の神官達に賄賂を……ってそれはさすがに通じないよねー」 「ボクも……あれ以上は、さすがに協力しようがないからなぁ。ゴメン」 「いいえ、殿下は充分働かれました!ですから、気を落とさないで下さい」 「ほれ、ババア、ぼーっとしとらんで、何かいいアイデアは思い浮かばんのか」 「あー、うるさいジジイじゃ。せっかく浮かびかけた案を忘れてしもうたわ」 俺もそうだが、みんなあれこれ考えてくれるものの、いい案が浮かばずに、難航しているらしい。 「えーと……男の人とキスをしたのが、いけないって言われてるんですよね?」 そんな中、ロコナが基本的な質問をしてきた。 「そうだけど……ロコナは何かいい案を思いついたのか?」 「ご、ごめんなさい……まだです。ただ、男の人とキスがダメだったら、女の人とだったら、いいのかなって思って」 「……っ!?」 女の人とだったら、いい……? ロコナの一言で、俺の頭に閃くものがあった。 「そうか。俺がアレを使えば……いやいや、でも、そうなったら大変な事になるしな」 「たいちょー?何か閃いたんですかっ!?」 「うう〜〜〜、うー……そうなるのはかなり嫌だ」 心の中で、実行した時のことを考えて、激しく葛藤する。 「でも……レキが罰せられるのは、もっと嫌だ!」 悩みに悩み抜き、他に方法が無いと悟った俺は…… ある決意を実行に移すことにした。 「アルエ。あの花のエキスは、まだ使ってないんだよな?」 念のために、確認する。 「なんだ唐突に? 見ての通りだよ」 アルエの姿は、まだ確かに女だった。 「もし俺が……あの花のエキスを飲んだら、本当に女になるんだろうか?」 「は? なに言ってんの?」 「ちょ、リュウ、なんかバカなことを考えてない?」 「おまえにバカ呼ばわりされたくないっつーの」 まあ……たしかにバカなことかもしれない。 でも、今の俺にはそれしか方法が思いつかない。 「アルエ。あの花のエキス、譲ってくれないか?」 俺は、そう告げながら、アルエをまっすぐ見つめた。 「……っ、リュウ、まさか本気なのか?」 動揺するアルエ。 そうだよな。 あれだけ必死に探して手に入れた、大事な物なんだ。 気軽に譲ってくれるなんて、思ってはいない。 「ゴメン……あれがアルエにとって、大事な物だってことはわかってる」 「それでも、どうか頼む!俺はレキを救いたいんだ!」 「ドナルベイン! 貴様、ぬけぬけと!」 怒ったアロンゾが、俺に掴みかかろうとした。 「待て!」 「で、殿下……」 「………………」 アルエは片手でアロンゾを制したまま、しばらく考え込む。 「アルエ……」 みんなの困惑した視線が、俺とアルエに向く。 「リュウは、自分はどうなっても本当に構わないと言うんだな?」 静かに俺に訊ねるアルエ。 だが、俺の決意は揺るぐことはなかった。 「もちろんだ!」 「そもそも俺の不注意でこうなったんだ。当然、責任は俺が取る!!」 意を決した俺の一言にみんなはさらに困惑した表情を浮かべた。 「わかった……今回は、リュウにコレを譲ってやろう」 アルエはこくんと頷くと、懐に大切に入れていた花のエキスを俺の手に握らせた。 翌日、再び神殿からレキに召喚がかかった。 そして、その場には俺も呼ばれたのだ。もちろんバザールの件の当事者として、だ。 「………………」 俺は、昨夜は宿に帰らなかったので、レキと会うのは1日ぶりだった。 だが、レキは俺を見つけられずにキョロキョロと辺りを見回している。 ちなみに――俺はレキの目の前だ。 「レキ。ココだココ」 目の前で手を振って存在をアピール。レキの目の焦点がやっと俺に合った。 「……ん? あなたは?」 だが俺には気づかない。不思議そうな顔で俺を見つめた。 「俺だ、俺」 「オレオレではわからぬ」 「そういえば……近頃はそのような詐欺が流行しているというが、貴様もその詐欺団の一味か?」 レキが身構える。俺は慌てて首を振った。 「よく見ろ。俺だ。リュウだ」 「んんっ!?そなたが、リュウ……だと!?」 レキの目が、舐めるように俺の全身を睨め回す。 足の先から這うように上がってきて……俺の胸元で止まった。 「なっ――っ!?こ、これは……っ!」 そこにある、2つの膨らみを見て、レキは固まった。 む、無理もない……よな。 「えーと、つまりそういうことなんだけど、分ってくれたかな?」 肩を優しく叩いてやると、レキがハッと我に返る。 「あ、ああ……そ、そうか!」 石化の溶けたレキが、ポンと手を打つ。 「そなたは、リュウの妹御かなにかなのだな?」 そうであって欲しいと願うような口ぶりだ。 信じたくないことから必死に目を背けようとするとき、人はこんな口ぶりになる。 「いや、残念ながら違う」 俺の答えに、レキは目に見えて狼狽した。 「な……じゃ、じゃあ、そなたは本当に……!?」 「ああ。リュウだ」 「いや、リュウネと呼んでもらおうか」 「な……」 かあっと顔が紅潮する。どうやら俺が女になったことを怒っているらしい。 「ななッ、なななななななッ!?」 「なにを考えてるのだ、リュウっ!?」 「リュウネだってば。間違うなよ、リュウネだからな」 「名前などどうでもよい!それよりも、その、か、身体はっ!」 「女になったって、言っただろ?例の花のエキスを使ったんだ」 人に聞かれないように、小声で打ち明ける。 「なっ、なぜだ。あれは確かアルエに渡したはず……」 「無理を言って今回は譲ってもらった。アルエもレキを助けるためなら……って」 「そ、そんなっ、なぜ……なぜそこまでして私をっ」 「リュウが……リュウがそんな姿になってまで、なぜ私なんかに……」 「しっ! どうやら使いの連中が来たみたいだ。とりあえず、今の俺はリュウネだからな!」 念を押すと、レキはわかったようなわからないような表情で、曖昧に頷いた。 俺達が入場すると、静かなはずの神殿がざわついていた。 広い神殿の中で、神官達の囁く声が異様に大きく聞こえる。 それが虚偽であれ、真実であれ…… 外へ漏らせないような内容のことだけに、内部で情報管制は行われるにせよ…… あの女神官が周囲に言いふらしている可能性も高い。 普段の厳かな雰囲気とは打って変わって、否応なしに緊張が走った。 「………………」 レキもわずかに表情を強張らせ、司教の前へとゆっくり進んでゆく。 針の上を歩いているみたいな気持ちだろうに。 そんな気持ちはおくびにも出さず、レキは真っ直ぐ前を見つめていた。 ……大丈夫だ。俺が絶対にレキを守る。 心の中で、レキに話しかける。 ――やがて、レキの運命を決める議会が始まった。 「こちらも事情はだいたい把握しておる」 司教はまず俺たちにそう告げた。 アルエの口添えのおかげで、神殿側も独自に調査をしたらしい。 男を尾行してまかれた間抜けな使者ではなく、ちゃんとした調査班でも組んだのだろう。 「あの証言者が偽証していたことは明らかになった。また偽証を指図した神官にも、直接事情を聞いてある」 なるほど、裏の事情もきっちりと掴んだようだ。神殿だってバカではない。ちゃんと調べればわかることだ。 「私が安宿で男と交わったなどという虚偽の証言はなかったことに?」 「そうだ。他者の異例の出世を妬み、陥れようとする卑しき心を持った神官についてはすでに禁固し、厳重処罰が決定している」 「では、私が潔白だということは、わかっていただけたのでしょうか?」 レキがかしこまって言う。 だが、神官たちの厳しい表情は変わらない。 「だが、そなた自身が認めた市場での狼藉は事実のようだな」 「は……」 「それは偽りなき事実……」 やはりそこがネックになる。 だからこそ、俺はここにやって来たのだ。 「今日は、その件を詳しく詮議するためにそなたを呼んだのだが……」 そこで言葉を切って、神官たちは辺りを見回した。 「そなたと接吻していたという相手が来ていると聞いたのだが……」 「は……」 レキが苦しげに頭を下げる。 そして、チラリと俺の方を目で促した。 「これにたしかに」 神官たちはポカーンとしている。 とても国教のお偉方だとは思えないような顔だ。 「そうは言うが、その者はそなたと同じ女ではないか」 「は……」 レキがまた苦しげに頭を下げる。 「そうなのですが……」 レキが言葉に詰まる。俺の出番だ。 「司教様に申し上げます!」 俺は恭しく礼をしてから、まっすぐ司教を見上げた。 女性らしい所作については、女性陣から一晩中みっちりと叩き込まれた。 「女が女を好きになってはおかしいのですか!?」 俺は叫んだ。神官たちが皆、ギョッとしているが見えた。 「私はたしかに女ですが……世界中の誰よりもレキ様をお慕いしております!」 そう宣言して、俺はレキに…… 抱きついた。 「な……なんと!」 「レキ殿のお相手はおなごだったと申すか?」 「……は」 レキは苦しげに答えた。 自分がそういう趣味であるかのような、そして常に真実を口にする者がウソをつかねばならない事への抵抗感が拭えないのだ。 レキは真面目一辺倒の人間だからな。 だが、レキが助かる道はこれしかないのだ。 「司教様! レキ様を責めないでください!」 言葉が続かないレキを、俺がフォローする。 「おやさしいレキ様は、憐れみから、私に付き合ってくださっているのです!」 「なに? 憐れみから?」 司教が食いついてくる。俺は何度も大きくうなずいた。 「はい!そもそもは、私がレキ様に、一方的に想いを寄せていたまでのこと……」 「もちろん私だって、それが報われない想いであることぐらい存じています」 「だって、私たちは女同士なのですから……」 顔を覆ってヨヨヨと泣くふりをする。 我ながらの会心の演技を、レキは横目で見て半ば呆れたような顔をする。 そりゃ、レキのためならなんだってやる。こうして女の体にだってなったのだ。 「ですがおやさしいレキ様は、そんな私の報われない恋心を不憫に思ってくださって……」 「憐れみで、そなたの心を救ったと……?」 「はい」 涙を拭うふりをしながら大きくうなずく。俺の大芝居に、レキはもう言葉も出ないようだ。 「では、往来での接吻というのは?」 「あれは……2人きりでの散歩で浮かれた私に、レキ様が無理矢理付き合ってくれたのです」 「ですからレキ様には何の罪もありません!レキ様こそは、私に光をお与え下さった真の聖女!」 「レキ様は哀れな私を、そのお優しい慈愛の心で救ってくださっただけなのです!」 「なんと……」 「悪いのはすべて私!罰ならば、私にお与えください!!」 涙ながらの俺の啖呵に、神官たちは騒然となった。 「今の話が本当ならば、レキ殿の行いは決して不敬なだけのものでは……」 「いや、だが接吻はやりすぎ……」 「だが、そのぐらいのことは……その、なんといいますか、修道女同士の戯れでも、よくある話ではありませぬか」 「ううむ……」 神官たちはあれこれと言い合う。だが、結論は出ないようだった。 「話はよくわかった」 司教が困り果てた顔で話をまとめる。 「この件に関しては、追って沙汰する」 結局その場で結論は出ず、先送りとなった。 だが、風向きは悪くない。 神官たちの様子から察すると、レキに同情する空気が漂っていた。 昇格は無理としても罷免は免れそうな雰囲気だ。 「やったな」 レキに小さくウインクを送る。 「……ムチャをしおって」 レキも囁き返して来た。 「それにまだ安心するのは早い」 レキは冷静だった。たしかにまだどのような沙汰が下るかはわからない。 だが、これでレキの心証はかなりよくなったはず。 あとは祈るばかりだった。 レキルート「リュウの選択」このシーンはスキップできません。 「ふわあ……」 女になった俺を見て、ロコナが大きくため息をつく。 他の連中も、多かれ少なかれ同じような眼差しを俺に向けていた。 「たいちょー、キレイになっちゃいましたねぇ」 「あら、そうかしら?うれしいわん♪」 なんて、ちょっぴり悪のりしてみる。 まあ、普通は女になる機会なんて無いしな。 「おーおー、なりきっとるわい」 「いいや、まだ甘い!こう、おっぱいがイイカンジに揺れるように、もっと色っぽくシナを作らんといかん」 ……真顔で言うなよ爺さん。 「あはは……でも、ほんと似合ってますよ〜」 「う〜〜〜。リュウが女になるとこうなるわけね」 何故か不機嫌な表情で、ミントが俺の全身をジロジロと見ている。 「な、なんだよ?」 「女性化しただけで胸がこんなに大きく膨らむなんて。納得がいかないわ……」 ブツブツ文句を言いながら、むにっと胸を掴む。 「こっ、こらっ!変なところをつかむなっ!」 「それに、この腰の細さは何っ!?これはもう犯罪よ、犯罪だわっ!」 次にウエストをつかむと、ミントはそのまま俺の身体を腹立たしげにガクガクと揺すり始めた。 「揺するな! それに、犯罪とはなんだ!俺だって好きでこんなスタイルになった訳じゃないんだぞっ!」 「だったら、これちょーだいよっ!あたしにも少しおっぱい分けてぇぇぇっ!」 「にぎゃぁぁぁっ! 引っ張るなぁっ!」 「お、おい、その辺りで勘弁してやってくれ。あまり引っ張るとアザになってしまうぞ」 見かねたレキが、慌てて俺とミントを引きはがした。 「花の効果でこうなってしまったのだから、不可抗力だ」 うう、レキは優しいなぁ。 「うー……わかってるんだけどさぁ」 「リュウのスタイルを見てると、あたしの女としてのプライドが、ガラガラと崩れていくというか〜」 「あーもう分ったよ。俺が悪かったよ」 などと、とりあえずミントをなだめすかしていると。 「うーむ、こうして目の当たりにしても、この女性があのドナルベインとは信じがたい」 「ボクも驚いたよ。あの花は、本当にすごいものなんだな」 興味津々と言った感じで、アルエとアロンゾも俺に注目していた。 「み、認めたくないっ、認めたくはないが。 ……か、可憐だ」 ……何か幻聴が聞こえたような気がするが、何も聞かなかったことにしよう。 「そうだ! たいちょー、折角女の人になったんですから、オシャレをしましょう!」 「えっ? い、いいよこのままで。中身は男なんだし、オシャレなんて」 「えー、そんなに腹が立つほど美人になったのに磨かないなんて! もったいないじゃん!」 「服もそうだけどお化粧もしようよ!これなんかどう? 安くしとくから!」 落ち込みから復活したのか、ミントが商魂たくましく化粧品を押しつけてきた。 「素材がいいし、お化粧すればもっときれいになって、男の人にモテモテになれるよ!」 「モテたら困るわっ!」 ああもう、みんな興味が出るのはわかるけど、俺が男だってことを忘れんで欲しい。 「まったく……後先考えずにあのエキスを飲むからだ」 ぽつりと呟いたレキは、怒っているように見えた。 ……う、俺が司教に嘘をついたことをまだ怒ってたのか。 「勝手にそんな姿になってしまって……いったいこれから、どうするつもりなのだ?」 やはり、俺が黙ってムチャをしたことに腹を立てているらしい。 「すまん。だけど、あの時はこうするしかなかったんだ」 「そうだ。すべてはレキを思ってのことだぞ。許してやるべきだ」 大事な花のエキスを使わせてもらったのに、アルエは怒るどころか俺をかばってくれた。 「アルエもごめんな。俺のワガママで、大事な花のエキスを……」 「いいさ。レキを助ける方が先決だったからな。ボクの方は急いでなかったし」 「それに……女というのも案外悪くないと思ってきたところだったからな」 ブツブツと、アルエは何事かつぶやいた。 「なんだって?」 「い、いや! なんでもないっ!」 なにを言ったのかはよく聞こえなかったが、とにかくアルエは怒っていないらしい。 「まあ、心配ないさ。一年待たなくてもレキに頼めばまた手に入るだろうし」 「ああ、村に戻りさえすれば、すぐにまた培養の準備に取りかかろう」 「だが、状況が落ち着くまでは、ポルカ村には戻れないのだぞ?」 「それまでその姿でいるつもりか。まったく……」 俺を見つめて、呆れたように溜息をつくレキ。 「それはとっくに覚悟を決めてるって。村に戻れるまで我慢くらいするさ」 「私のためにそこまで体を張らずとも……」 「今、身体を張らずに、いつ張るんだよ」 「男は、好きな女のためにだったら、自分の体ぐらいいつでも張る覚悟は出来てるんだよ」 俺がそう言うと、レキは急に俯いてしまった。 顔は見えないけれど、その耳が真っ赤に染まっているのが分った。 「……ありがとう」 囁くような声で、感謝の言葉をつぶやくレキ。その声は、小さいながらもハッキリと俺の胸に届いた。 「いいって! やるだけやったし、後はいい結果が出ることを祈るだけだな」 「そうじゃな。で、レキ様の処分とやらは、いつ頃決まるんですかのぅ?」 「そうだな。なにしろ異例のことだ。神殿内でも会議で紛糾するだろう」 「それでも、一両日中には……」 「大丈夫っ。きっと大丈夫ですよっ!」 ロコナが明るく励ますと、レキは微笑んでうなずいた。 「皆にここまでしてもらったのだから。きっと大丈夫だ」 そう、きっといい結果が出るはずだ。 「そうそう。大丈夫!だからさ、折角の機会なんだし……これ、付けてみない?」 俺の目の前に、ジンが突然毛皮細工のような物を差し出してきた。 「なんだそれは」 というか、何が『折角の機会』なのかが謎だ。 「何って、付け獣耳と尻尾に決まってるじゃん」 「市場で見つけたんで買ってきた。『かわいい〈猫獣人〉《ワーキャット》セット』これであなたも今日から猫獣人! ですにゃん」 「………………」 「というわけで、今すぐ装備してくれると貴族的にマジで嬉しいんだが」 「寝言は寝てから言えっ!!!」 「ぴぎゃー!?」 悲鳴を上げながら、ジンは獣耳セットと一緒に、開いていた窓から退場となった。 ……………… ……………… 神殿からの報せは、その日のうちに届いた。 もちろん、中身は良い知らせだ。 神殿的には、今回の事は大目に見てくれるらしい。 そんな訳で、レキはめでたく高位神官になれるのだった。 ……ただし、条件付きで。 「いろいろ大変だったけどよかったですね〜」 「まったく一時はどうなることかと。獣耳セットが壊れちゃうかと思ったよ」 ……そっちの心配かよ。 だけど、ある意味いつも通りの日常が戻りつつある証でもあった。 久しぶりにホッとした空気が皆の間に流れている。 だけど、俺にはまだ一つ気懸かりが残っていた。 「………………」 はしゃぐみんなを余所に、俺は一人膝を抱えて考えをまとめていた。 「なにを一人でふさぎ込んでいるんだ?喜ばしい結果になったじゃないか」 「はは〜ん、さてはあの日じゃな?」 「つまらぬ冗談は聞かなかったことにして。一体何を気にしているんだ?」 「今後のことで、ちょっとな。今回は許してもらえたけど、厳しく言われただろ」 「今度このような問題を起こしたら、次こそは即追放だって……」 今回大目に見てもらえたのは、レキの力によるところが大きい。 祖龍の巣を主席で出たことや、辺境の村での活動、薬学の研究が大いに認められて…… この若さで高位神官に任官されるまでになったレキ自身の力だ。 その功績が認められて、今回の件は上手く不問になったっていうのに。 もし、また俺との関係が明るみに出てしまったら。 レキにはもう次が無いんだ。 「今回はうまくごまかせたけどさ……」 しかも、俺が女になるという超裏技で。 だけど、こんなことは、何度も通用するはずがない。 俺がレキと付き合う以上、また同じ事で問題が起きるかもしれない。 一度注目されてしまった分、その可能性はかなり高かった。 「まあ、先のことなんて考えたって仕方ないじゃん。今回はうまく収まったんだからいいだろ?」 「そういうわけにはいかない」 「じゃあどうするつもりなんだ?レキと……別れるのか?」 「………………」 やはりそうするしかないのだろうか? 俺が身を引けば、万事が丸く収まる。 だけど…… 「そ、そんなのダメですよ〜!レキさんが悲しみます!」 それだってわかってる。 もちろんレキを悲しませたりはしたくない。 でも、俺のせいで、レキが神官を罷免されるようなことになったら…… それはダメだ。 それだけはダメだ。 そんなことになったら、時を止めたままのレキの妹はどうなるんだ。 妹を救いたいという、レキの気持ちはどうなる? いったい俺はどうしたらいいんだろうか…… ……………… ……そうだ。 レキには成すべきことがあるじゃないか。 レキにとっては、それが一番大事なこと。 そのためだったら、俺は…… レキのことを本当に想うのなら―― 俺は、決断しなくてはならないのかもしれない。 レキには、どうしても神官でいなければならない理由がある。 それが一番に優先されるべきことだよな。 でも、俺だってレキの傍にいたい。 一番近くで、レキを支えていたい。 たとえ、どんな姿であっても…… レキのために身を引くことを決意したリュウ。皆が寝静まった夜、手紙を残し、そっとミント邸を抜け出して王都を出ようとする。 行き先は決めていないが、まずは男の体に戻らなくてはならないので、幻の花が咲くまで女のままで暮らさなくてはならない。 しかし、そんなリュウの行動などみんなに看破されており、アロンゾたちに捕まって強制的に連れ戻されるのだった。 ガチャ…… 部屋から出ると、辺りは闇に包まれていた。 耳を澄ますと、他の部屋からか微かに寝息が聞こえてくる。 それもそのはず、今は真夜中だ。皆部屋で寝ているはずだ。 全員が寝静まるのを待って、そっと部屋から出てきたのだから当然だった。 「さてと」 テーブルの上に、用意しておいた置き手紙を載せる。 何度も推敲した挙げ句、素っ気ないほど短くなってしまった文面の手紙だ。 「まあ、いいよな。立つ鳥跡を濁さずだ」 あっさりしているぐらいがいいだろう。 あとを引くようなお涙頂戴の手紙を残されてもみんな困るだろうし。 「さて、行くか」 暗がりの向こうで寝息を立てているみんなに、ひそかに『じゃあな』と声をかけ。 俺はミントの家を出た。 「うー、寒っ」 昼間はそんなに気にならなかったが、日が落ちると寒さが骨身に染みる。 寒さが堪えるのは人がいないせいかもしれない。 1人というのはこんなに心細いものだったっけか。 1人には慣れていると思っていたけど…… 「まずは王都を出ないとな」 先のことは、とりあえず王都を出てから考えよう。 この女の体でどこまで動けるのかはわからない。 元の男の体に戻るには、もう1度あの花のエキスを飲むしかないんだが。 アレを普通に手に入れるのは難しい。 ……レキの助けがあれば難しくないけど。 そのレキから身を引く決意をした以上、花が自然に咲く、来年まで待つしかないだろう。 「1年か。長いなぁ」 それまでどうやって生活すりゃいいんだ? こんなふうに夜逃げ同然で出てきたわけだから、何食わぬ顔でポルカ村に戻るわけにもいかない。 まあ、来年には花を取りに戻らなくちゃならないわけだが。 「それにしてもせめて半年は……」 「……いや、3ヶ月はがんばろう」 それぐらいしたら、レキも俺のことなんて忘れてるよな。 きっと立派な高位神官になって、村の人たちに尽くして…… そして妹を治す薬だって、きっと見つけ出してるに違いない。 「がんばれよな、レキ」 暗い夜空に囁きかける。 「俺は遠い空の下から見守っているぞ……か」 「え?」 空が答えた。 いや、空が答えるわけはない。 声は後ろから聞こえた。 ふり返る。 「こんな時間に1人でふらついているとは怪しいヤツじゃな」 「爺さん……」 『どうしてここに?』という疑問は言葉にならなかった。 その前に、両脇を何者かにガッチリと押さえこまれたからだ。 「怪しい人間を黙って見過ごすわけにはいかんな」 「怪しいヤツは死刑だ死刑!」 「アロンゾ? ジンまで……」 なぜコイツらが? ミントの家で寝てたんじゃなかったのか? 「お前さんの浅はかな考えなど、先刻お見通しじゃよ」 「今日辺り、夜中にこっそり抜け出すだろうと思って、待ちかまえてたんだけどね」 「あまりに予想通りで、こちらが戸惑ったぐらいだぞ」 「読まれてたのか……」 こうなると、1人でカッコつけて出てきた俺がマヌケじゃないか。 「だが、俺を捕らえてどうするつもりだ?」 マヌケにも行動を先読みされて捕まってしまったが、まだ動じることはない。 これは単なる軽挙妄動ではなく、考え抜いた末に、俺がこれが一番良いと結論づけた行動なのだから。 「貴様1人の直情径行な思考で導き出された結論など、豚の餌にもならん」 「なに!?」 「リュウ、水くさいじゃないか。なんでオレたちに相談しないんだよ?」 「オレたちが、困ってる仲間を黙って見過ごすような薄情なやつらだと思ってる?」 あのジンまでが、珍しく真面目になっている。 「いや、そういうわけじゃ……これは俺の問題で……」 「では、レキはどうなるんじゃ?」 「え……」 「これは自分1人の問題だとオマエさんは言うがの」 「では、何も告げられず恋人に去られ、1人残されたレキはどうなるんじゃ?」 「それは……」 「いや、俺がいなくなった方がレキのためになるんだ」 「レキが高位神官になるということは、レキだけの問題じゃないだろ」 村のみんなだって……それを望んでいるし、レキの出世の知らせに喜んでくれたんだ。 「それに高位神官になれば、レキだって今より自分の研究がしやすくなるはずだろ」 そうすれば、妹を救う方途も見つけやすくなるはず。 だから、俺がレキから遠ざかるのがレキのためなんだ。 「そんなことをしても、レキ殿は喜ばないだろう」 アロンゾの固い声が寒空に響いた。 「貴様が黙って姿を消して、それで高位神官になれたとして……」 「レキ殿が喜ぶと思うか?」 「それは……だが……」 「はぁ〜、なんでこんな女心のわからないヤツがモテるんだろね〜」 ジンが苦笑しながら言った。 俺はなんとも答えようがない。 「とにかくオマエさん1人を行かすわけにはいかんのじゃ。一緒に来てもらおうか」 爺さんの合図で、アロンゾとジンが俺を引きずって歩き出す。 もちろん元来た方向、ミントの家の方角だ。 「イヤだ! 俺はレキのために身を隠す!」 「離せコラ!」 「あー、コラ暴れるな!」 女の身体なので、男二人に掴まれたらなかなか逃げられない。 くそっ、どうにかして…… 「……致し方ない。貴様にはしばらく眠っていてもらおう」 「たとえドナルベインと分っていても、婦人に手をあげるのは不本意だが……」 「なっ!? コラ、やめ……」 ゴンッ!! 「ん……」 殴られた頭がズキッと痛み、俺は目を覚ました。 「イテテ……」 「クソ、アロンゾのヤツ、思いきり殴りやがって」 痛む頭をさすりながら体を起こす。 「まだ痛むか?」 「え……」 そこでようやく、傍らにレキがいたことに気づいた。 レキは、ベッドの脇に置いた椅子に腰掛け俺をじっと見つめていた。 「い、いたのか」 「いて悪かったな」 つっけんどんに返事を返す。怒ってる……みたいだな? 「えっと、あの……」 もしかしなくても、勝手にレキから去ろうとしたのがバレてる……からだろうな。 「訊かれる前に言っておくが、私は怒ってるぞ」 「あ、やっぱり?」 レキはツンとそっぽを向いてしまう。 その横顔は、今まで見たことがないぐらい怒っているように見えた。 「信じられん。なぜ1人で出て行こうとする?」 こっちを見ずに問う。 「それは……」 「自分が身を引けば、すべて丸く収まるからか?」 アロンゾたちに看過されたぐらいだ。 聡明なレキだって、俺の考えなどお見通しなのだろう。 「それが一番いいと思ったんだ。レキが追放されないためには、そうするしかないと……」 「バカ!!」 レキの怒鳴り声が響いた。 その怒声の勢いに、思わず体がすくんだ。 まさかレキがこんな大声を出すなんて。 「だからって、そんなことをしてっ!」 「私が喜ぶとでもっ……思っているのかと ……っ、くううっ、言ってるのだっ!」 レキの声に嗚咽が混じる。 その目に、大粒の涙が溜まっていた。 真珠のような大粒の涙は、極限まで膨らむととうとう重力に負け、つうっと頬を伝い落ちた。 泣きながら、レキは俺を睨みつけていた。 「私が悲しむとは思わなかったのか?」 「思ったけど……それは仕方ないかな、と」 「仕方ないで済むかっ!」 叱咤と同時に、腕を強く握られる。 「うくっ……それで平気なのか?私がいなくても、リュウは平気だというのか?」 レキは俺の腕を掴んだまま、涙を零していた。 「いや、そういうわけじゃないけど……」 「うくっ……ではどういう訳だ! 答えろ!」 「そりゃ……俺だって、そんなの嫌だよ。レキと離れて平気でいられるわけがない」 「ならばなぜ出て行く!?そなたのやっていることは矛盾だらけだ!」 「アホ! バカ! 愚か者!」 散々な言われようだな。 普段は冷静なレキが、ここまで乱れるなんて。 「そなたのような愚か者は死んでしまえ!」 「あ、やっぱり今のは嘘だ! 死ぬな!」 しかもすぐさま訂正。もうとりとめも何もない。 「死ぬな! だが死ぬほどの目に遭え!いや、後遺症とかは残らない感じで……」 「……プッ」 普段のレキとのあまりのギャップに、俺は堪えきれずに噴き出してしまった。 レキが涙に濡れた赤い目で睨む。 「なにを笑っているんだ!私をバカにしているのか!?」 「いや、そうじゃなくてさ。ゴメンゴメン」 「謝罪の言葉は1度でいい。繰り返すと軽く聞こえる」 「じゃあゴメン」 俺は真面目な顔で謝った。 だが、すぐ顔がほころんでしまう。 「だからそんな穏やかな顔で笑うなというのに……怒っている私がバカみたいじゃないか」 レキの声が勢いをなくす。恨めしそうに俺を見つめる。 「だって、レキがあんまりかわいいからさ」 「な……」 素直にそう言うと、レキはあっというまに真っ赤になって照れた。 だが、咳払いでごまかして平静を取り繕う。 「そ、そう思っているのなら……そのかわいい恋人を残して去るなんて、もったいないとは思わないのか?」 すごく恥ずかしいくせに、レキはそんなふうに言って俺を責めた。 必死になって俺を責めているレキの姿を見て、俺は、自分がしようとしたことの罪の重さを初めてしみじみと感じた。 こんなにレキを悲しませるようなことをしようとしたんだな、俺は。 「そうだな。レキの言うとおりかもしれない。あのまま行ってたら、絶対後悔しただろうな」 俺は正直に言った。 「そ、そうだろう?」 「それがわかったのなら……もうどこにも行くなんて言うな。何があろうとも、ずっと傍にいろ」 「い、いいか?」 命令口調なのに、懇願しているようにしか聞こえなかった。 負けた。俺の完敗だ。 俺はレキから、もう絶対に離れられないと思い知らされた。 「わかった。もうどこにも行かない」 レキのいない場所で生きていくなんて、俺には絶対に無理だ。 「本当か? 本当にどこにも行かないな?」 「ああ、本当だ」 「ゴメン、俺が本当に悪かったよ。謝る」 後頭部が見えるぐらいに頭を下げる。 顔を上げると、レキはボロボロ泣いていた。 「あれ? レ、レキ? どうした?」 「ホ、ホッとしたら急に……」 「よかった……リュウがどこにも行かないと言ってくれてよかった……」 ポロポロと涙をこぼすまなじりを、子供のように手で拭う。 あのレキがこんなになるなんて、驚きを通り越して罪の意識を感じた。 俺は本当に……愚かなことをしようとしてたんだな。 「ほんと、ゴメン。本当に絶対もうどこにも行かないから」 泣きじゃくるレキを抱き寄せる。 「ん……絶対だからな……約束してくれ」 「ああ、約束する」 「うん……」 レキは、俺の膨らんだ胸に顔を埋めて、しばらく泣いていた。 レキの熱い涙が身体に染み込んだかのように、俺の胸が温かくなってゆく。 これが母性本能というものなのだろうか。胸の奥がキュンと痛んだ。 と同時にむず痒いような感触を、乳房の奧に感じた。下腹にも同じような感覚を感じる。 体中がムズムズして、じっとしていられないような感じ。 自分が欲情していると気づくまで、しばらくかかった。 そう、俺は身も心もレキを求めていたんだ。 そりゃそうだ。愛しい人をこうして胸に抱きしめているのだから。 今は女の体だろうと、ときめくのは当たり前だよな。 「レキ」 さらに強く、レキの体を抱きしめる。 「ん……リュウ……?」 戸惑うように、レキが顔を上げた。まだ乾かぬ瞳が問うような眼差しを向ける。 「こんな体だけど……俺、今すぐレキを抱きたい」 「リュウ……」 レキは、恥ずかしそうにうつむいて、俺の胸に頬を押しつけた。 「私も、そう思っていたところだ」 「私も、今、リュウに抱かれたい」 レキが顔を上げる。 その瞳は、さっきまでの涙とは違うもので妖しく光っていた。 「レキ……」 たまらなくなって、俺はレキをベッドに押し倒した。 「ん、んん……リュウ……」 深く強く、唇を交わす。 「んむ、ん……あん、ぷあぁ……」 レキは自分から積極的に舌を絡めてきた。 いつになく積極的だった。 「んっ、レキの顔を見ていると……自分が抑えられなくなりそうだよ」 レキの目は物欲しそうに潤み、唇の周りはお互いの唾液でぬらぬらと光っている。 今まで見たレキの中で、今が一番艶っぽく、とても扇情的に見えた。 「くぅん、わ、私も……だなぜだか体の芯がたまらなく熱い」 「体が疼いてたまらぬあぁっ……」 自らの柔肌を、俺の体にこすりつけるようにして押しつけてくる。 「んっ……」 乳首と乳首がこすれて、思わず声が出てしまった。 「リュウも……胸が感じたのか?」 「そ、そうみたいだ。女の体だし、感じる部分も女性と同じになってるのかも」 「そうか」 レキはなぜか嬉しそうに微笑んだ。 「女の体なら私の方が詳しいからな。今日は私の方からリュウを愛してやれる」 レキが色っぽく俺を睨め上げる。見つめられただけでゾクゾクするぐらい、淫靡な瞳だった。 「リュウ……ん……ちゅっ」 再びレキが唇を押しつけてきた。 「んぅ、ん……あう、んっ、ちゅぶっ、んっ、じゅるる……」 音を立てて俺の唇を吸い、舌を絡めてくる。 しっかりと寄り添ってくるレキの体は、〈熾火〉《おきび》のように熱かった。 しっとりと汗ばんだきめの細かい肌は俺の肌にぴったりと吸い付き、微妙な摩擦だけで俺の体に快感を送り込んでくる。 「んぷ、んっ、んぅ……ちゅ、あふっ、ちゅぶっ……んちゅ、んんっ……」 レキの舌先が、俺の口の中を舐め回してくる。 舌の裏に歯茎まで、まんべんなく這い回る。 「ん、う……レキ……」 熱くねっとりとしたレキのキスに、俺の頭はまるでのぼせたようにボーッとなってしまった。 「ん……ぷは……あふっ」 レキが唇を離す。その顔も俺と同じですっかりのぼせたように上気して、たまらなく色っぽい表情になっていた。 「リュウ、もっと気持ちよくなろう」 そう言うと、レキは逆さになって俺の上に覆い被さってきた。 「んぷ、んっ、ちゅ……じゅぶぶっ ……リュウ、どうだ?」 俺の両足の付け根を、レキが音を立てて啜る。 「んっ……くっ、ああっ……」 肉芽を舌でくすぐられて、俺は溜まらず腰を持ち上げる。 フェラをされた時とはまた違う、むず痒いような、たまらない感覚だ。 女の身体って、こんな風に感じるのかと驚いてしまう。 「ここはどうだ? 気持ちいいだろう?ちゅっ、んっ……れろっ」 俺の性器を指先で広げながら、顔を上下に動かして舐めてゆく。 「くぅっ、そ、そんなに広げるなよ……」 恥ずかしさに体が震える。 チ○ポを見られた時よりも、ずっと恥ずかしい。 普段閉じている部分を晒されるのは、こんなに恥ずかしいものなのか。 「リュウのここ、すごくきれいだ。もっとさらけ出したくなる……ちゅっ」 淫扉にキスをしながら、レキが俺の中を覗き込む。 「くっ……あ、ダメだってば……」 「愛する人の身体だから……よく見ておきたいんだ」 「そして、私の手で気持ち良くなって欲しい……んちゅ、ちゅっ、じゅるるッ……!」 「んぁっ……あっ、こ、このっ……」 俺だって、レキと同じように思ってるんだぞ。 仕返しとばかりに、俺も目の前の裂け目に吸い付いた。 「ジュルルルルルッ!」 濡れた割れ目を、思いきり音を立てて啜る。 「んうっ……ひゃうっ!!」 レキが俺の股間から顔を上げた。 その背が大きく弓なりに反り返る。 「ひゃぅ……あぁっ、ちょっと強すぎる ……いっ、んんっ、ああっ!」 かまわず、俺はさらに吸った。 「ふぁあ、ああん……や、やめ……んっ!はぁっ……んんんっ!!」 声をこらえようとするように、レキも俺の股間に思いきり顔を埋めてくる。 「ん、ちゅぷっ、んっんっんっ、じゅぷっぶぶ……ここも責めるぞ。どうだ、たまらぬだろう?」 俺も負けていられない。 「あぁん、そこはやめっ……ふぁ、んんんっ!」 「くっ、ああ……!」 全身を貫く強い快感が、レキの舌先によってもたらされる。 あまりの快感に眩みそうになる目を見開き、俺は目の前の割れ目を大きく左右に開いた。 「あぁっ……そんなに開いては ……やっ、あぁっ、見ないでくれっ……」 開いた割れ目の奧を覗き込む。 鮮やかなピンクの肉壁が、レキの呼吸に合わせて胎動していた。 動くたび、奧からとろりと蜜が吐き出されてくる。 奧に小さな穴が蠢いているのが見えた。 「すごい濡れてる」 「み、見るなというのに ……ひゃうっ! やっ、剥かないでくれっ……!」 「ここもこんなにぷっくり膨れてる……」 充血した肉芽を優しく剥き、ちょんと触れてみる。 「ひゃぅぅぅんっ!」 レキの腰がビクッと跳ねた。 「レキのここ、ちょっと大きくなったんじゃないか?」 どうやらここもチ○ポみたいに、勃起するらしい。 「し、知らん! もう見るな……!あぁっ、人に見られると恥ずかしすぎるっ」 「今は女同士なんだから、いいじゃないか」 「女同士ってそなた……」 「んっ、あふぅぅぅ、ひゃんっ!?」 レキのかわいい入り口に、舌を挿し込んだ。狭くて熱い裂け目の中を、チロチロと舐める。 「あぁ、やっ、中に入れないで……ひゃぅっ……あぁぁんんっ!!」 レキが鼻を鳴らす。 硬く突き出した舌先を、中で踊らせる。 「ひあっ、んんんっ!!やっ、ああ……リュウの舌が、くぅぅん、中で動いている……!!」 レキは悲鳴のような声を上げ、両太股で俺の顔を挟みつけてきた。 その心地よい圧迫感を感じながら、俺はさらに激しく舌先を踊らせる。 ジュブブッ、チュブッ、ブップププ……!! 水っぽいいやらしい音が響く。 レキの奧から、さらに大量の愛液が溢れ出し、そこをたっぷりと潤わせた。 「ひゃふっ! くっ、あぁっ……んんっ、ちゅっ、ちゅぱっ、やっ……んんっ!」 レキも舌を止めずに俺の秘部を舐めているが、感じすぎてままならないらしい。 大量に溢れ出した愛液は、俺の顔にまでしたたり落ちた。 こぼれ出る愛液をすくうようにして、舌をさらに奧へと進める。 きゅうっ。 レキの中がキュッと痛いほど俺の舌を締めつけてきた。 その力に抗って、レキの内側を舐め上げる。 「ひうっ、あ、や、ああああ……!!」 中を刺激されて、クリトリスも痛いほどに充血している。 俺はレキの膣内を舐めながら、指先で肉芽をつまみ上げた。 「やっ、ああああ……!!そこはっ……ふぁ、あああんっ!」 「じゅるるるっ!」 「ひうっ、つ、強いっ……ふぁああっあああ……!!」 レキの声が上ずる。 「うくっ、リュウばかりずるいではないか……私もリードしたいのに……んっ、じゅるっ、ちゅぱっ」 レキも怒ったように、俺の股間への愛撫を再開する。尖らせた舌が、ぬるっと俺の中へと這い入って来た。 「うわっ!?」 異物が体の中に入ってくる独特の感覚。 ほんの少し舌先が入っただけなのに、ビリビリと痺れるような快感が湧き上がる。 「ちゅぷっ、んじゅっ……んんっ、どうだ? 舌が入った感触は……」 「んちゅ、じゅるるっ、ぴちゃっちゅぷっ、ちゅぷちゅぷ……んんっ!」 猫がミルクを舐めるような音が響く。 「ぴちゃっ、んふ……どうだ、気持ちよいだろう?じゅるるっ、ぶぶっ、ちゅぶっぶぶ!」 「んっ、あっ……お、俺だって……じゅぶッ、ちゅるっ、ちゅぶぶッ!」 互いに競い合うようにして、目の前にある性器を吸い合う。 俺が強く吸えばレキも強く吸い、俺が舌を差し入れれば、レキも俺の中を舐め回した。 お互いが、どんどん昂ぶっていくのがわかる。 「ひんっ、ん、んっ、んん……!あぁっ、じゅるっ、んっ、んむっ」 ブルブルッとレキの腰が震えた。ねっとりとした愛液がまた新たにあふれ出す。 「んくっ……ああああっ……!!」 俺の中からも、なにかが溢れ出る感触があった。 なにかが体の底から押し寄せてくるような感覚。 「リュ、リュウ、あんっ、ああっ、んっあああ……!」 レキが俺の下半身を抱きしめ、ガクガクと体を弾ませた。 俺の体も、男の時とは違う快感の波が押し寄せ、激しく震えた。 「んく、あ、ああ……リュウ……あふ、ん……」 レキが切なげな息を吐いた。 俺も切ない。 気だるいような快感の余韻が全身に広がっていくが、満足できなかった。 もっともっと深く、レキとつながりたい。 「リュウ、まだ、足りぬ……もっと……もっとそなたを愛したい……愛して欲しい……」 レキが顔を上げ、ねだるような目を向けた。 レキも俺と同じ気持ちでいてくれるのだとわかった。 でも、今俺は女の体。どうすれば…… 「じゃあ、こうだ……」 大きく開いた足を交差させるように交わらせ、お互いの股間をこすり合わせる。 これなら挿入しなくても、お互いが感じるだろう。 「あ、ああ……こんな格好……」 レキはしきりに恥ずかしがっているのだが、その意思に反して腰の動きは止まらない。 「レキの腰、すごくいやらしく動いてるぞ」 「そ、そんなこと口に出して言うな……ん、あ、ああ、リュウ……あぁっ」 ちゅっ、くちゃっ…… お互いの濡れた割れ目が吸盤のように吸い付き、勢いよく音を立てて離れた。 「ふぁっ、あああ……ンンーーッ!!」 レキの全身が快感に震える。 俺の全身にも、電気のような快感が走り抜けた。 俺はしがみつくようにして抱えたレキの足にキスをした。 「んあっ……リュ、リュウ……」 膝小僧を舐めてやると、レキはヒクヒクと震えた。 「レキは、こんなところまで気持ちいいのか?すっかりエッチな体になって ……チュ、チュ、チュウ……」 「ひんっ、あ、仕方ないだろうが……ひああっ、んっ、あぅ、そんなところまで……!」 すねにもキスをしてやると、レキの背が弓なりに反り返る。 脚に愛撫を加えるたび、更にレキが乱れてゆく。 「ちゅば、ちゅ、ちゅぱ……」 もっと乱れたらどうなるんだろう。 そう思い、今度はすねから足先へと舌を這わせていく。 そうしながら股間を擦りつけているうちに、どんどん蜜が溢れてゆくのが分かる。 「や、は、ああん、リュウっ!リュウ、ん、あ、ああ……やぁっ!」 丹念に舐め上げた後で、俺はレキの足の指を口に含んだ。 「やうっ!? そ、そんなところ汚……」 指と指の間を舌でねぶる。 日頃から清潔にされているらしく、ほんのりと石鹸の香りがする。 「ひゃうっ!? や、やめ……はうんっ!!」 くすぐったいのか、レキはクネクネと体をくねらせた。 「や、やめ……くすぐった……ひゃふっ!」 だが、くすぐったいだけではないのは、その声でわかる。 レキの声は、いやらしくとろけていた。 「ちゅぶ、ちゅぷぷ、んっん……」 さらに、アメ玉でもしゃぶるように、レキの指先をしゃぶってやる。 「や、あ、ひあ、あああ……!」 「んっ、んう、んっ……ふぁあ、らめぇ、んくぅ……!」 俺の足にしがみついて、レキが泣いているような声を上げる。 無意識なのか、自分から股間を強く押しつけて来る。 ちゅく、ちゅく、ちゅぷっ…… 濡れた割れ目同士がこすれる音が大きくなった。 ちゅぷ、ちゅぷ……ちゅぷぱっ! 「ひゃうん……っ! んんっ! やっ、あぁっ!」 強く擦りつけると、濡れた性器はまるで一体化したように吸い付く。 それが勢いよく離れるとき、感じたことのないような種類の快感が走った。 「ひ、ああ、リュウ……んっ、あっ、ああ……!」 「ダメだ、気持ち、よすぎて……んあ、あ、気が遠くなるっ、あぁっ、リュウ……!」 俺の足にしがみつきながら、レキは激しく腰を揺すった。 揺すりながら、強く股間を擦りつけてくる。 本能の囁きに身を委ね、俺もレキも絡み合ったまま少しずつのぼりつめてゆく。 「あんっ、あっ、あ、ああ気持ちいい……リュウ、あ、んっ、ああ……っ!」 「レキ……う、あ、ああ……」 どうしようもなく声が上がってしまう。 なだらかだが、たまらなく甘い快感が、全身を駆け上ってゆく。 これが女の体というものなのか。 「や、あ、んっ……リュウ、も、もう私は……んくっ……」 レキの声に切迫した響きが滲みはじめる。 押しつけ合った濡れた割れ目が、ますます強く吸い付きあう感じがした。 溢れ出した愛液が飛沫となって、周囲に飛び散る。 シーツには、たくさんのシミが付いていた。 ……あとでミントに怒られるかもしれないな。 だが、ここまで火がついてしまったら、もう止まらない。 「んっ、あ、リュウッ、リュウ……好きだっ!もう、どこにも行くなっ」 「好きっ! 好きっ、ふぁ、あ、ああああ……!」 レキが急にのぼりつめていくのがわかった。 そして俺も…… 「レキ、イク……俺も、もう……」 「私もイク……イクイクっ……あ、ああっ……イックう……!!」 レキの秘処から激しく愛液が噴きだした。 それと当時に、俺も絶頂に達した。 「くぅぅぅ……」 射精したのとは違う強く甘い快感が、大きな波になって押し寄せる。 「んく、あ、リュウ……んあ、ああ……リュウ……」 胸を大きく上下させ、レキが息を吐く。 レキも俺と同じように、この快感を味わっているのだろう。 挿入した時とはまた違う、不思議な一体感を感じた。 「はぁ、はぁ……んっ……ああ……」 「レキ……」 名を呼ぶと、レキが微笑む。 「リュウ、好きだぞ」 俺たちは裸のままでもう1度抱き合った。 この夜、俺は本当にレキと1つになれたような気がした。 「いいな? もう2度と勝手に私の前から勝手に消えようなどと考えるなよ?」 服を着ながら、レキは何度も俺に念を押していた。 「わかってる。もう腹は括ったから」 同じく服を整えながら、俺も頷く。 何があっても、もう2度とレキから離れない。 その決意はしっかり固まっている。 「ならばよい。私も……色々と決心したからな」 「色々と決心って? なんのことだ?」 「うむ、それは……」 『どう? 話し合いはうまく行ったー?』 『もちろん無事に収まっただろうな?あんなにボクたちに心配をさせて!』 『隊長、もう変なことを考えちゃだめですよー』 ガチャッ! ノックの後に、ドアがいきなり開いた。 「あ」 「うっ!?」 その場で硬直する俺とレキ。 「え、えっと……」 「こ、これは……その……」 「………………」 入ってきたメンツと顔を見合わせ、同時に乾いた笑いを浮かべる。 「は、ははは……と、取り込み中だったのか」 「ひゃぅ!?ご、ごめんなさいっ」 「上手く行ったかなーと思って見に来たんだけど。な、仲直りできたみたいでよかったね〜」 乱れまくったシーツ。そして、まだ服が乱れている俺とレキ。 ……どう見てもエッチの後。 誰が見ても分かるような状況だった。 「し、心配させておきながら……まったく、上手く収まって良いのか悪いのか」 「な、仲がいいのは良いことに決まってますよー」 「いきなり仲良くなりすぎても……だけど」 「う……」 必死に気を遣う3人を見ているうちに、レキの顔が火がついたように赤くなる。 「まあ、とにかく良かった……のかな?」 「ううううう……」 やり場のない羞恥は、どんどん脹らみ…… 「いやぁぁーーーーーーーーーっ!?」 レキが壊れた。 羞恥にまみれた叫びが、街中に木霊した。 こうして、みんなのお陰で元鞘に戻った俺とレキだけど。 まだ問題は山積みだが、これからはどんな問題でも2人で立ち向かっていけるだろう。 そうすれば、きっと大丈夫だ。そう信じられる。 レキと2人ならきっと…… 神殿関係者の前で、神職を捨てることを宣言したレキ。当然、神殿から追い出されることになるが、それでも構わないと。 大切なものを守るために神官になったのに、いつの間にか目的と手段が変わってしまっていたことに気づいたのだ。 神殿に預けたところで妹が治るわけが無いと気づいたレキは、一緒にいることを選ぶ。 妹を引き取ってみんなが待つポルカ村に、自分の居場所に帰ることを決めたのだった。 「あー、なんだかスッキリした」 神殿から帰ってくると、レキはどこか清々しく呟いた。 他のみんなは王都の観光にでも行ったのか、ミントの家には俺とレキの2人きりだった。 まるで憑き物が落ちたみたいに、レキはすっかり晴れ晴れした顔をしている。 「でも、本当によかったのか?」 司教を含む大勢の神官達の前で、レキは俺との関係を正直に告白したのだ。 当然高位神官の話は立ち消え…… その上、レキは神官職を罷免されてしまった。 それなのに、レキは本当にスッキリとした表情をしていた。 「レキが……後悔してないのならそれでいいんだけど」 レキへの奸計が明るみに出たことで、あの女神官は追放処分になっていた。 だから、レキが俺との関係さえ認めなければ、最初の予定通りになったはずだったんだ。 「良いに決まっているだろう?後悔してないからこそ、私はここにいる」 レキは晴れやかに笑うと、俺の胸に顔を埋めるようにして抱きついてきた。 「今の私は、とても満足している……」 俺の胸の膨らみに顔を押しつけ、幸せそうな笑みを浮かべる。 「たとえ高位神官になれたとしても、ここまで気持ちが晴れることはないだろう」 「自分の本当の気持ちを偽り続けながら、神に仕えられるわけがない」 「どちらにしても、神官失格だ」 「いや、そんなこと言ったってさ……」 「よいのだ。本当に大事なものは何かハッキリわかったのだからな」 強がりを言っているようには聞こえない。 青空のような笑顔がそれを物語っている。 「本当に大事なのは……私が大切だと思う人たちと、寄り添って共に生きていくということだ」 「私は神官になりたかったわけじゃない。大切なものを守りたいがために、神官になったのだ」 「だというのに、目的が手段に変わってしまっては、本末転倒もいいところだ」 レキは苦笑する。 言いたいことはわかるのだが…… 「でも、その目的はどうするんだよ?」 レキの目的は、妹を助ける方法を探すこと。 そのために都合がよかったから、レキは神官になったのに。 「レキの妹は……大丈夫なのか?」 たしか、王都の神殿附属の施設で療養しているんじゃ。 レキが神職を追われたとなると、その療養所も出ないといけなくなりそうだ。 「妹……リンは、ポルカ村に連れて帰る」 レキは迷わず答えた。 もう心は決まっていたらしい。 「それで大丈夫なのか?」 レキは、俺を安心させるように大きくうなずいた。 「そもそも、あそこにいたところで妹が治るわけでもない」 「それならば、少しでも一緒にいてやった方がよいと思うのだ」 「大切な人と離れているのはよくないだろう?」 今までは、研究に没頭するために、レキは妹の世話を他人に任せてきた。 だが、それは違うと悟ったのだと、レキは言う。 本当に大事な人ならば、できる限りそばにいるべきだと。 「そういうことなら、俺も協力するぞ」 俺にだって、少しぐらいできることはあるだろう。 いや、レキと一緒なら、なんだってできる。 「それにきっと、村のみんなだって協力してくれる」 「いや、皆にまで迷惑をかけるわけには……」 「なに水くさいこと言ってるんですか〜」 明るいその声に、俺たちは振り返る。 「ロコナ」 ロコナだけじゃなかった。 いつの間にか、みんなが集まっていた。 「話は聞いたよっ」 「神官、辞めちゃったんだってな。あの女神官がクビになったのは当然だけどさ」 「ずいぶん話が早いな」 「まあ予想はしていたからな」 アルエが、なんでもお見通しだと言いたそうな顔で言った。 アルエ経由で、司教や他の神官達から話を聞き出したのかもしれない。 「みんな……折角手を尽くしてくれたのに済まない。私のわがままでこうなってしまった」 レキは神妙な表情で、みんなに向かって頭を下げた。 それはたぶん、ここにいる連中に対してだけじゃない。 村のみんなに対しての、謝罪の気持ちの表れだった。 皆、レキの昇格を喜び、祝って送り出してくれたのだ。 それが、高位神官への昇格がダメになったばかりか、神官の職まで自らなげうってしまったのだから。 「ま、レキがそう決めたのなら、それでええじゃろて」 ホメロの爺さんが、ことさらどうでもよさげに言う。 その隣でヨーヨードの婆さんが、しわくちゃの顔で微笑んでいる。 「神官の肩書きなんぞ関係ありませんわい。レキ様は、レキ様ですじゃ」 「それはなにも変わりませぬ」 「そうですよ〜。レキさんはレキさんですよ!」 「わたしたちの大切な仲間のレキさんです」 「同じく、そゆことで」 みんなの眼差しがレキを励ます。 「みんな……」 レキの目に、驚きと喜びの混ざり合った色が浮かんだ。 その顔に、再び笑みが広がる。 「村のみんながレキの出世を喜んだのは、みんながレキのことを好きだからだよ」 「その通り。レキは神官という肩書きではなく、その行いで皆の尊敬を集めていたのだ」 「そうですよ! だから村のみんなも、レキさんの決めたことなら応援してくれますよっ!」 「神官でなくなったとしても、また以前と同じように村に居て下され」 「うむ。それで充分皆への恩返しになるじゃろ」 「うん……うん……ありがとう……」 レキは、みんなの言葉にいちいち肯いて返した。 そのたびに、溢れ出た涙がポロポロとこぼれ落ちる。 俺は、今にも泣きじゃくりそうなレキの細い肩を抱き寄せた。 「ほれ、妹を迎えに行くのじゃろう?なのにそんな顔をしていてどうする」 「そうだよ〜。ほら、涙拭いて」 「あ、はい。ハンカチです」 ミントがハンカチでレキの顔を拭ってくれる。 涙を拭われてゆくにつれ、レキの顔は雲が去った空のように晴れやかなものになった。 「よかったな」 「ああ。私は果報者だ」 レキの笑顔は、今まで以上に誇らしげに輝いている。 「めでたしめでたし、と言いたいところだが、うーん、ボクは少し納得がいかないな」 「殿下のお気持ちは分りますが、あの卑怯者も神殿から追放となりましたし……これ以上の処罰は難しいかと」 「う〜〜〜」 アルエが渋る気持ちも分かる。 確かに、相手も処罰はされたけど……納得がいかない部分はあった。 あのしたり顔の女神官を思いだし、俺も腹立たしさを覚える。 「アルエ。その気持ちは嬉しいが、私はもう気にしてないぞ」 「あの一連の出来事のおかげで、私は大事なことに気づかせてもらったのだから」 レキはいとも簡単に言い捨てた。 本当に、何一つ気にしてない様子だ。 「うわ、スケールでかー。心ひろー!」 「さすがレキさんですね〜!」 「レキ……」 真っ直ぐ前を見つめるレキは、とても美しくて。 俺の目に眩しく映った。 「うーん。それじゃオレたち、余計なことをしちゃったかな?」 「じゃなぁ」 ジンと爺さんが、バツが悪そうにポリポリ頭を掻いている。 「余計なことってなんだよ?」 「えーと……」 ミントまでもが、何かを隠しているみたいにもじもじとしていた。 「いやー、このままだと腹の虫が治まらないんで、 ……ちょっとね♪」 「そなた達、あの神官になにかしたのか?」 それは、レキが詳しく問いつめようとして、3人に迫った時に起きた。 『出てけコノヤローーーーーーーーーーッ!!』 外からヒステリックな悲鳴が聞こえてきたのだ。 「な、なんだなんだ?」 窓から外を覗いてみると、1軒の家から半裸の男が飛び出してくるのが見えた。 そのすぐ後を追うようにして、箒を振り上げた女性が飛び出してくる。 「あれは……」 「あの神官じゃないか」 確かに、レキのことを密告したあの女神官だ。 その彼女が、半裸の男を腹立たしげに箒でバシバシとはたいている。 その騒ぎで、辺りの家や路地から人が集まり、周囲にはあっというまに人だかりができた。 「いったい何が起きてるんだよ」 さっぱり分らない。 「男と女の修羅場ってやつだねぇ。ヒモの男が浮気してたのがバレたらしいよ〜」 「ヒモの男?あの神官にも恋人がいたのか?」 「じつはいたんだよ。なのにレキのことを責めてたってわけ」 本人も、レキと俺の事をとやかく言えた義理じゃないのにな。 「他人の色恋ばかりに目が行っとって、自分の男の浮気を知らなかったんじゃのう」 「本人は知らないままの方が、幸せだったかもしれないけどさ」 「誰か親切な人が教えてあげたのかもね〜?本人だけじゃなく、近所中にも……な〜んて♪」 それでピンと来た。 「あーあ、まだ事件の調査が終わってないってのに。こんな騒ぎを起こしたら大変かもなー」 「何か関連があるかもって、詳しく調べられても仕方ないよねー♪」 「あ、そうこうしてるうちに、役人まで来ちゃった♪」 女と男が役人に取り押さえられる様を、ジンたちはニヤニヤ笑って眺めていた。 「こりゃあ、あの女もそうじゃが、男の方もタダではすまんじゃろうな」 「もしかして、この騒ぎって……?」 まるで狙ったかのようなドタバタな展開に、俺は半ば確信していた。 これは、ミントたちが画策した意趣返しなのではないだろうかと。 「ま、自業自得じゃな。人を呪うなら墓穴を2つ掘れと昔から言われとる」 「まさに墓穴を掘ったってヤツだ」 泣きわめく女神官が、ヒモの男と仲良く連行されていく。 「……さすがに、気の毒すぎるのではないか?」 散々ひどい目に遭わされたというのに、レキは女神官に同情しているらしい。 「人がいいな、レキは」 「ボクはようやく胸がスッとしたぞ」 「まあ物は考え様だ。愛する者に裏切られているのをずっと知らずに過ごすよりはいいと思う」 「そういうこと〜。あの女もこれで目が覚めるっしょ」 「そういうものか……」 そう呟きながらも、レキは複雑そうだった。自分をひどい目に遭わせたヤツだってのに、ホントに人がいいな。 神官ではなくなっても、レキは変わらない。これからもたくさんの人たちを助けていくだろう。 俺は、そのレキを幸せにしてやれるような男にならなくちゃな。 「レキ、今日はゆっくり休んで……明日は妹さんを一緒に迎えに行こうな」 そう言って手を取ると、レキは俺を見上げて微笑んだ。 「うん、そうだな。あの子もきっと待ってる」 レキが俺の手を握り返してくる。 「あの子を連れて村に帰ろう。みんなの待つポルカ村に」 「私の……私たちの家に」 『あそこが、私の居場所なのだから──』 レキは、瞳を輝かせてそう呟いた。 レキルート・ノーマルエンディング 「こんな愛の形」このシーンはスキップできません。 ……どんな形になっても、俺はずっとレキの側にいたい。 そう決心してから、1年が経った。 「また来てやったぞ。どうだ、上手くやってるか?」 「殿下がわざわざ足を運ばれたんだ。光栄に思うがいい」 「たいちょーっ! 差し入れ持ってきましたっ。レキさんの大好きなグラタンですよっ」 今日も神殿に、付近の見回りを兼ねて警備隊のメンツがやってくる。 アルエとアロンゾも、王都での用事が済んだらまたちゃっかりと村に戻ってきていた。 「おー、ロコナありがとう。レキも喜ぶよ」 「ロコナ〜、隊長はマズイっしょ。ここではリュウネって呼んであげなくちゃ」 「そうじゃそうじゃ。噂の巨乳美人修道女、リュウネ嬢とな」 「……その呼び方だけはやめてくれ」 頼むから。 「じゃあ、この獣耳を付けて、ラブリー〈猫獣人〉《ワーキャット》のリュウネたんってのは?」 「……ジン、まだそのアイテムを捨ててなかったのかよ」 ……と、こんな感じで。 相も変わらずこいつらには、毎日苦笑させられている。 いつもと変わらない、ポルカ村の仲間達。 そして、俺とレキの出会った大切な場所。 またここでレキと暮らすことが出来て、本当に良かったと思う。 あの後、無事に高位神官になれたレキは…… 村人達の願いもあって、ポルカ村に戻ってきた。 もちろん、俺も一緒にだ。 ただ、前と変わったところがあるとすれば…… 俺が女の姿のままだということ。 村人達は最初は俺の変貌に驚いていたが、俺とレキの気持ちを知って、以前と変わりなく付き合ってくれるようになった。 「隊ちょ……じゃなくて、えっと、リュウネさん」 「ユーマおばさんからの伝言で、後でレキさんに薬をお願いしたいそうです」 「うん、わかった。ユーマおばさんには、後で俺がいつもの薬を届けるよ」 「あははっ、リュウネも、すっかりレキの手伝いに慣れたみたいだね〜」 「修道女らしくなってきたと、村中の評判だぞ」 「……からかうなよ。一応、真面目にやってる仕事なんだからさ」 まあ、1年近くレキの手伝いをやっていれば、それらしくなるってもんだ。 「まったくじゃ。身体つきもますます色っぽくなりおって」 「猫獣人がダメなら、狼獣人の格好でもいいんだけどなぁ」 「……くぅっ、またしてもこの俺が、ドナルベインの姿などに目を奪われるとはっ」 オマエらは少し黙ってろ。 「俺はまだ仕事が残ってるからさ。また今度レキと一緒に遊びに行くよ」 連中を追い返し、俺は再び神殿の雑用に戻る。 「ふぅ……ここの片付けも終わり、と。やっぱり女の身体だと、効率が悪いなぁ」 力仕事をするたびに、今の身体は女なんだと、改めて実感してしまう。 こんな状態なので、警備隊長の仕事は現在休職中。 俺が男に戻るまではと、ロコナ達が結構頑張ってくれているらしい。 まあ、ここは元々平和な村なんで、滅多なことは起きないしな。 「あ〜、早く男に戻りたい」 溜息をついて、大きく伸びをひとつ。悲しいほどに立派な胸が、ぷるるんと揺れた。 そう言うな。もうすぐ王都からの使いがくる時期だからな。 「うん、ちゃんと分ってるよ。言ってみただけだからさ」 研究室から現われたレキに、苦笑をしてみせる。 「それならばよいが……本当に、今のままで後悔していないのか?」 少し悲しげな表情で、レキがそっと寄り添ってくる。 俺がずっと女の姿でいることを選んだ時……誰よりも悲しみ、心配してくれたのはレキだった。 「後悔なんて、してないさ。それに、この格好だからこそ、レキと一緒に暮らすことができるしな」 高位神官になったため、レキの元には以前にも増して人が訪れるようになっていた。 王都のリドリー教の神殿からも、定期的に使いがやってくる。 そんな中、二度とあの過ちを犯さない為にも…… 俺は女の姿のまま、修道女としてレキの元に残ることにしたんだ。 「そういえば、次に使いの人が来たら、当分は来なくなるんだっけ?」 「ああ、そう聞いている。どうやら私に対する警戒も、少しずつ薄れてきたようだ」 神殿側は、最初はレキがまた問題を起こさないかと、目を光らせていたけれど。 それも、1年経った今では大人しくなったようだ。 「じゃあ、男の姿で堂々とこんなことが出来る日も、そう遠くないってことだな」 そう言って、俺はレキの身体を抱き寄せると果物のように瑞々しい唇に、そっと口づけをする。 「あふ……んっ、そんなふうにされたら、欲しくなってしまうではないか」 俺にキスをされながら、レキが妖しく瞳を輝かせる。 「じゃあ……今夜、例のやつを使う?」 「んっ、ちゅっ、いつでも……用意は出来てるぞ」 そう言って、レキが懐から取り出したのは、培養したあの花のエキスだった。 レキの妹を治すため、二人掛かりで研究に取り組んだ結果…… 薬草学の研究が進み、例の花の培養も容易にできるようになった。 これは二人だけの秘密なのだが…… 二人きりの夜は、花のエキスを使ってこっそりと男に戻り…… レキと愛し合っていたりする。 「今はこんなだけど。いつか時代が変わって、神官の恋愛が認められるようになったら……」 「その時は、正式にレキに結婚を申し込むよ」 「そうなったら、今度は夫婦として、堂々と一緒に暮らそう」 「ああ、そうだな。私もその日が来るのを待っている……」 俺の手を取り、レキが優しく微笑む。手の平を通して、柔らかな温もりが伝わってきた。 この温もりを失わなくて良かったと心から思う。 「それまでは、共に村の人々に尽くそう」 「そうだな。今日もたくさんやるべき事があるしな」 仲良く手を取り合った俺達は―― 今日もポルカ村の神官と修道女として、村の人達に尽くすのだった。 いつか、夫婦になれる日を夢見て。 レキルート・トゥルーエンディング 「無くならない支え」このシーンはスキップできません。 レキが、妹を連れてポルカ村に戻り―― それから、数ヶ月の時が流れた。 「あれ、レキは?」 レキの姿が見えないので、ロコナに訊ねた。 そろそろ、来てもいい時間なんだが。 「レキさんでしたら、さっき広場で子供たちに聖典を読んであげてましたよ〜」 「勉強会のあとも、本を読んでやってるのか。本当に熱心だなぁ」 神官を辞めたレキは、村に戻ってから、子供達に読み書きを教えることを新たな仕事にしていた。 もちろん、今までと同じように村人達に頼られて、医者代わりもやっているけれど。 神殿の代りに広場の近くに小屋を建て、そこで子供達の面倒を見ている。 小さいながらも保育所兼学び舎といったところだ。 まるで本当の教師のようだと、村人達の評判もいい。 「帰ってきてからのレキさんって、毎日活き活きとしてますよね〜」 「そうだな」 ポルカ村での新しい目標を見つけたレキは、本当に輝いていた。 俺はと言えば、相変わらず辺境のこの村に左遷されっぱなしなんだけど…… もとよりそれは、俺自身が望んだことだし。 このまま、ポルカ村に骨を埋めるつもりでいる。 「そういえば、レキさんとは……いつ結婚なさるんですか?」 「えっ、いや……」 ロコナに無邪気に訊かれて、思わず照れる俺。 神殿に住めなくなったので、現在レキは兵舎の空いている部屋に仮住まいをしている。 妹の様子を見に行く時にも、ここからなら都合がいいからなんだけど。 いつまでもここで甘えるわけにはいかないとか、言ってるんだよな。 レキらしいと言えばそうなんだけど。 「リュウってば、まだレキにハッキリ言ってないんだ?」 「男なら、こういうことは早めにガツンと決めんといかんぞい」 「うぅぅ……」 振り返ると、ミントとホメロ爺さんが冷やかすような目を俺に向けていた。 ジンやアルエ達も一緒だ。 アルエはポルカ村でののんびりした生活がかなり気に入っているらしく、また静養と称しては長期滞在をしている。 「なにをモタモタしてるんだ?大事な恋人を、いつまでも客人扱いで住まわせておくつもりか?」 「男らしくないぞ、ドナルベイン」 「いや、そういうわけじゃないけど……」 「あ、今、なんとなく『ポルカ離婚』って言葉を思いついた。なんとなくね」 勝手なことを言って、人の不安を煽るな。 「い、いろいろあるんだよ。心の準備とか」 「大丈夫ですよ〜! たいちょーは決めるときは決める人ですから!」 ロコナが根拠のない期待をいっぱいに込めた眼差しで俺を見た。 「ね? たいちょー?」 「う、うん……まあな」 こんなに真っ直ぐな目で問われたら、頷くことしかできない。 いや、実際にそれは思ってたんだよな。 妹の件も上手く行っているし、そろそろ頃合いかな……って。 「ねえ、リンちゃんが治ったら、一緒に暮らすんでしょ?」 「ああ、そのつもりだよ」 レキの妹──リンは、今ヨーヨード婆さんの元で療養しながら暮らしている。 レキは毎日、足繁く妹の元に通っていた。 もちろん俺も、レキと一緒に見舞いに行くのが日課になっている。 「リンの具合、だいぶいいんだって?」 「ああ、かなり良くなってきた」 村に戻ってから、薬草の研究を続けた結果…… ようやく、時を止めてしまったリンに効きそうな薬の調合に成功したのだ。 次の冬が来るまでには、外で遊べるまでになるだろうと、婆さんは言っていた。 ……結局、万病に効く薬草などというものは存在しなかった。 その代り、いくつかの薬草を調合することで、それに似た薬効を発揮することができる。 そして、その薬草のひとつが、あの性別を転換する幻の花だった。 しかも、その調合方法は書物でなく、村の口伝として伝わっていたのだ。 「年寄りの知恵も、なかなか馬鹿には出来ないもんじゃて」 きっかけになったのは、ある老人がリンを見たことからだった。 その老人が幼いころ、やはり意識が戻らなくなった幼子がいたのだが…… 当時の村の長老が、古からの口伝で伝えられていた、特別な薬を煎じて飲ませたらしい。 時代と共に忘れられていった、その薬の存在を…… リンの症状を実際に目の当たりにしたことで、老人は古い記憶を思い出したのだ。 そして、ホメロ爺さんが若い頃に学んだという魔術師の知識を元に、レキが今まで研究した成果を加えて。 ついに幻の薬が現代に蘇ったのだ。 「あの爺さんも、リンを見なければ、昔の記憶なんて思い出せなかったじゃろなぁ」 「ワシも、あのヒントが無ければ、手助けのしようが無かったぞい」 「ホント、そうだよな」 もし、レキが神官を続けて、妹を王都に預けたまま一人で研究をしていたら…… こんなに早く、妹を救う方法を見つけることなんて出来なかっただろう。 あの時、レキが選んだ答えは正しかったんだ。 「やはり家族は一緒にいなければならぬということだな」 「家族、か」 「そうですよ! 家族ですよ、たいちょー!」 「早く家族になっちゃいなよ。レキも絶対それを望んでるって」 うん……みんなが言う通り、ここが俺の正念場かもしれない。 「わ、わかった! 今から言ってくる!」 「そうこなくっちゃ!」 「リュウ、しっかりな!」 「たいちょー、頑張ってですー!」 仲間達の声援を背中に受けて、俺はレキの元へと走った。 そして、大切な話をすべく……俺はレキを連れて森に来ていた。 「あ、リュウ、すまないがそこにあるリウマチ用の薬草を採ってくれ」 「分った。ソムロだな」 レキに言われるまま、慣れた手つきで薬草を摘む俺。 毎日のように薬草採りに付き合っているうちに、いつも使う種類の草はすっかり覚えてしまった。 「リュウに手伝って貰えて、助かるぞ」 「い、いや、大したことじゃないって」 隣で嬉しそうに微笑むレキを見ていると、胸が熱くなる。 これから、大事な告白をするというのもあって、そりゃあもう、心臓バクバクだ。 いや、緊張している場合じゃないって。 よ、よーし…… 「あの……」 俺が思い切って、口を開いた時だった。 「リュウ……そなたには本当に感謝している」 「えっ?」 レキは薬草を採る手を止め、じっと俺を見つめていた。 「な、なんだよ改まっちゃって」 「いや、こうして薬草を摘んでいるうちに、あの頃のことを思い出してな」 レキの頬が、うっすらと桃色に染まっている。 「狩人に襲われた時や、村に噂が広まった時……何よりも、あの王都での事件から、リュウは身を挺して私を救ってくれたな」 「リュウが傍にいてくれなかったら……私は、今みたいな幸せを感じることなんて出来なかったと思う」 そんなレキの真っ直ぐな言葉は、俺の胸を熱く打った。 「俺もだよ。レキが傍にいてくれたから、今の俺の幸せがあるんだと思う」 「だから……さ。出来ればなんだけど……俺は、これからもレキと共に生きて行きたい」 「リュウ……?」 顔が熱くなってゆくのが自分でも分かる。 レキが真っ直ぐに気持ちをぶつけてくれたから。 俺も、素直に自分の思いの丈を告げよう。 「レキ、ずっと言いたかったんだけど。俺の、家族になってくれないか?」 「レキと……それと、リンが治ったら。3人で一緒に家族として暮らそう」 「そ、それは……つまり……」 レキの手から、ころりと籠が落ちた。 表情が、驚きから喜びへと変わってゆく。 「俺と結婚しよう、ってことだよ」 「……リュウっ!!」 レキが、胸に飛び込んでくる。 その瞳には、涙が光っていた。 「うくっ……ぐすっ、私も……その言葉をずっと待っていた」 俺に抱きしめられながら、レキは歓喜の涙を零していた。 ……………… ……………… 今日も村の広場に、子供達の声が木霊している。 楽しそうにはしゃぐ子供達の中心では、レキが聖母の笑みを浮かべ見守っている。 「あっ、たいちょーだ!たかいのして♪ たかいの♪」 俺を見つけて、子供たちが飛びついてきた。 「ぼくもー、ぼくもしてもらうのー!」 「お、おいおい……ちゃんとしてやるから、身体をよじ登るなって!」 樹によじ登るノリでやられるので、俺の身体はあっというまに子供が鈴なりになる。 「ぷっ……」 そんな俺を見て、レキがおかしそうに吹きだした。 「わ、笑うことないだろ。レキ、見てないで助けてくれよ」 あはははっ。いや、すまない。何度見てもおかしくてな。 「リュウは本当に、子供たちの人気者だな」 朗らかに笑うレキ。 人気者というか、オモチャにされているだけのような気もするが。 しかしレキは、子供たちと戯れる俺の姿を本当に楽しげに眺めていた。 「コ、コラ! 動けなくなるじゃないかっ!は、鼻の穴に指をづっこむなー!」 「きゃははははは♪」 「こらっ、リュウをあまり困らせてはダメだぞ」 暴走する子供たちを、レキが優しくたしなめる。 その眼差しは、我が子を見守る母親のようだ。 「レキは……いい母親になりそうだな」 「うっ、そ、そうか……?」 子供達の前だというのに、レキの頬がカァッと赤くなる。 「うん。きっとなれると思う」 俺達が家族になったら……レキが母親になる日も、遠くないだろうしな。 「さーて、俺も今のうちにいい父親になる練習をしないとな」 近くの子供を抱え上げ、高い高いをしてやる。 「きゃはははっ、たいちょーたかいたかーい!」 「ふふふっ、その調子なら、練習せずともリュウはきっといい父親になれる」 子供達をあやす俺を、レキは眩しそうに見つめていた。 「たいちょーとレキお姉ちゃんって、お父さんとお母さんになるの?」 「い、いや、それにはまだ早いけど……」 「とりあえず……家族にはなるつもりだ」 ……って、二人して子供相手につい真面目に答えてしまう。 「しゅごーい、レキおねえちゃん、およめしゃんになるんだー!」 お祝いのつもりなのか、はしゃいだ子供たちが俺にますます群がって来た。 この温かい村で、あたたかい人々に囲まれながら俺とレキはこれからもずっと力を合わせて暮らしていくのだろう。 いつまでも、ずっと…… リュウに対するアルエの気持ちを知り、上手くいったら王家とのコネがと企み仲を取り持とうと画策するミント。 あれこれと手を尽くしては、リュウとアルエを二人っきりにさせるが、リュウは朴念仁でどうにも要領を得ない。 逆に上手くいきかけると、なぜか自分の胸がチクリチクリと痛むミントだった。 一日の労働を終えての夕食タイム。 俺たちはいつも通り、ロコナの作ってくれた美味い食事に舌鼓を打っていた。 「うーん、この縞鳥の香草焼きうまいな。さすがロコナの好物だけある」 「ええっ、たいちょー、わたしの好物だって知ってたんですか」 「隊長だからな。隊員の好物くらい知ってるさ」 レキの日記に書いてあったんだけど。 「さすがです! さすがたいちょーっ! 感激です」 「では、ワシの好物をしっとるかのう、隊長」 「そこで、女性用下着とか言ったら怒る」 「オレの好物は……」 「猫型獣人とか言ったら、怒る」 「むうっ、心が狭いのぅ」 「ふたりは黙って飯を食え!」 「リュウ、ボクの好物は知っているか?」 「殿下、自分が知っておりますっ!タルナ鳥のミモーレ風ですな」 「あ〜〜っ、答えを言ってはダメではないかっ!」 いつの間にクイズタイムになったんだ? 「すまないが、これでごちそうさま」 いち早くそう言って、アルエが食器を置く。 だけど、その皿にはまだおかずが残ってる。 「もう食べないのか?」 普段のアルエなら、美味い美味いと、お代わりを要求するほどなのに。 「夕方、ミーナに会って……焼きたてのパイをもらって食べてしまったんだ」 「だからって、なにも夕飯前に食うことないだろ。ガマンできなかったのか?」 「だが、焼きたてで、まだ熱々だったんだぞ」 「美味そうだったんだ!」 「あ……ロコナには、悪いが……」 目の前で残ったおかずを見て、アルエがすまなそうにする。 ……とにかく腹一杯なわけか。 「じゃあ、もったいないから俺がもらうぞ」 アルエの返事を聞く前に皿を引き寄せ、残ったおかずを口の中に放り込む。 「なっ……!?」 「なにヘンな顔してるんだ? ……ムシャムシャ」 「な……なんてことをするんだ!ボクの食べかけだぞ!」 「俺は別に気にしないぞ」 「リュ、リュウが気にしなくともボクが気にする!」 「怒ることないじゃないか。ヘンなヤツだな」 「だ、だって……そんな……っ」 「か、間接キスじゃないか……」 「ん? なんだって?」 「な、なんでもない!」 「……はう……間接キス……」 「…………」 「ふーん……♪」 「なんだ?」 ミントが、なんか興味深そうに、俺とアルエを交互に見やってる。 「ううん、なんでも〜」 にへらっと笑ってから、ミントは、すぐに目を逸らして食事を再開する。 「???」 なにか言いたいことがありそうだったぞ? 「ふふふ〜〜ん♪」 「…………」 やっぱり、怪しい。 なんかヘンなこと企んでなきゃいいが…… 「これはチャンスじゃん?」 ミントは上機嫌だった。 上手くいけば、いい商売になるに違いない。 そのために、ひとり状況を整理する。 「ご飯の時の、アルエのあの態度……」 「間違いない! アルエはリュウに気がある!」 夕食のときに見た、リュウに対するアルエの不自然な態度。 あれはリュウを意識しているからに違いない。 今夜のことだけじゃない。 はじめは自分を男だと主張して、男らしく振る舞っていたアルエだったのに、最近はずいぶん女らしくなったように見える。 そういうのを、世間では恋という。 そしてミントが見るに、そのお相手は――リュウ。 「あれ……?」 「男なのに、女の子になってるアルエとじゃ、禁断の恋……?」 「ま、いいわ」 アルエがリュウを好き(らしい)というのが一番重要なのだ。 リュウはそのことに気がついてないみたいだし、アルエ自身もはっきりとは気づいていないようだ。 「案外、本人が一番分かっていなかったりするのが、恋の恐ろしいところなのよね〜、ふふん♪」 「これはうまいことすれば大儲けの予感〜♪」 問題はこれをどうやって儲け話に発展させるか。 「やっぱ、アルエに恩を売っておくのがいいかなぁ」 「橋渡しのお礼に、王家御用達のお墨付きとか?いやいや王家からの褒賞をもらったってだけでも十分に宣伝効果はあるし〜!」 「テトラ商会、発展の大チャンスっ!」 まずは、朴念仁っぽいリュウにどうやってアルエを意識させるところからだ。 さて、どうしようと策を練り始める。 「それにしても、アルエがリュウをねぇ」 意外といえば意外。 「いやいや、でもお似合いじゃん!」 「騎士とお姫様っていうのは、王道でしょ!」 姫君姿のアルエの横に、騎士の姿のリュウが立っているところを想像する。 「ああ、結構お似合……」 ――チクン…… 「ん……?」 なんだか胸の奥が、小さな針で突かれたような。 そんな変な感覚があった。 「……風邪、かな?」 寒気なんかしないけど、どうも痛んだ胸の奥が、スカスカと寒い秋風が通り抜けるよう。 「なんだろ……?」 ミントは少しだけ考えこむ。 「……ううん! 今はそんなことより儲け話のチャンスを考えるのが先!」 ミントは薔薇色の未来のために、再び、計画を練りはじめた。 「え? みんな出かけたのか?」 朝起きると誰もいなかった。 いや、正確にはミントとアルエ以外。 ホメロもアロンゾもロコナもいない。 ロコナがあのとんでもない角笛を吹いてから、まだちょっとの時間だぞ? ホールにいる、ミントとアルエを見て呆然とする。 「……朝飯は?」 「それなら、ほらここにあるよ!」 なぜか上機嫌のミントが、テーブルの上を指さす。 いかにも慌てて作りましたって感じの朝飯が一人前だけ残ってる。 「みんな揃って出かけるなんて珍しいな。どこに行ったんだ?」 「まぁ、ほらそれはいろいろよ♪」 「追い出すのに苦労したんだから、余計なこと聞かないでよね〜」 「で、あたしもこれから出かけるから」 「えっ!?」 俺と一緒に、アルエも驚く。 「ミーナさんとこよ。パイに使う木の実採りを手伝いに行ってくんの」 「そ、それならボクも行こうか……な?」 「ほら、えっと……ふたりきりになるし……」 「げっ!」 「ちゃ、ちゃんとお土産持ってくるから、2人は……いや、2人で! 留守番しててっ!」 「ほら、警備隊がみんな出払っちゃったら物騒でしょ。わー、怖いっ!」 ……なんで、こんなに焦ってるんだ? 「いいわね! リュウとアルエは2人で留守番!」 「ふたりっきりでよ!」 「は、はぁ?」 「ちょっ……待て!ふたりっきりって……そんなっ!」 「いいから決定〜!」 「ふ・た・り・き・り! ……での留守番、ヨロシクね〜!」 「うっ……!」 言葉に詰まるアルエに、ニヤニヤ笑いのミント。 ……ん? ニヤニヤ笑い??? なんかミントの奴、笑いが引きつってないか? 「……ん〜?」 気になってミントを見つめる。 「ん? な、なによっ?」 「いや、なんか……」 なんだろな? なんか気になる。 「……んじゃね! あとはヨロピクっ!」 「あ! コラッ!」 「……行っちゃったな」 逃げるように出て行ってしまった。 「う……ふたりっきりって、そんな……」 「なんだ……どうして、こんなに緊張するんだ?」 アルエの様子もなんだかヘンだな。 ブツブツと、なんかを呟いてるぞ。 ミントもなんかヘンだったし、いったい何なんだ? 「……ま、いいか」 どうせ、たかが留守番。 「とりあえず、それはさておき」 朝飯だ。腹減った…… 「みんな遅いな」 「んー? ああ、そうだなぁ」 結局、一日中アルエと兵舎の留守番になっちまった。 村の見回りに行ってもよかったんだが…… アルエをひとり残すのも気が引けたし。 逃げるように出て行ったミントが気になったりもして、出かける気にならなかった。 それで、気がつけばこんな時間。 「すっかり日が暮れてしまったぞ」 「あー……んー」 「まさか今日は、帰ってこないつもりじゃないだろうな?」 「んー……」 そんなわけ、ないだろ…… ……ふわぁ…… 「おい、リュウっ!?」 「腹が減って……力が出ない……」 なんせ、昼飯の時間になっても誰も帰ってこなくて。 それは、ロコナがいない……ってことで、イコール昼飯がないってこと。 「だから、ボクがお昼を作るって言ったじゃないか……」 「い、いや……それは……」 「それに、材料がなかっただろ」 ミントが手伝いに行ったはずの、ミーナさんのパイがおみやげで来ると思ってたし。 わざわざ、アルエのマズ……いや、珍妙な料理を食べるのも避けたいところだった。 「腹減ったな……」 おかげでこんな状態だ。 「アルエは腹減らないのか?」 「ボクは……!」 「……緊張して、そんな余裕なんか……」 「はっ! だからなんで緊張なんか!?」 「ボクは一体どうしたんだ……っ!」 なんかアルエがまたブツブツ言ってるけど、どうも今日のアルエはずっとこんな調子だ。 ……あぁ、腹が減ると、人間は眠くなる…… 「…………」 「おい、リュウ! 聞いてるのか!?」 ………… 「リュウっ?」 「……ぐー……ぐー……」 「……おい? 寝てるのか!?」 「ボクがいるんだぞっ! 失礼じゃないかっ!」 「信じられーーーんっ」 アルエの声と、俺の寝息がふたりっきりのホールで響いた。 「あーあ、ダメだこりゃ」 こっそり部屋を覗いていたミントは肩を落として、項垂れた。 まさかリュウがあんなに鈍いなんて。 せっかくふたりっきりにしてやったのに、その意味にまったく気づかず、眠りこけるなんて! 「まったくしょうがないね、リュウは!だからモテないんじゃん」 ミントから見ても、見惚れてしまうような美少女のアルエ(自称、男だけど)。 それなのに、リュウときたら一日中、アルエを意識した様子が皆無だった。 「…………」 「はっ! ちょ、なに!?」 今、自分はホッとしてなかっただろうか? 「……はぁ?」 「長いこと、外から部屋の中を覗いてたから、風邪でも引いたかな……うん、そうね」 「今のは寒気ね、寒気!」 帰ったら、温かい蜂蜜茶でも飲もう。 でも、それよりも今は次の作戦を考えることが第一優先の重要事項だ。 「テトラ商会の未来がかかってるんだから!」 ミントは冬空に向かって、拳を振り上げる。 「ふたりっきりにしたぐらいじゃダメならもっとリュウが興味をひくようなことを考えてやるっ!」 振り上げたミントの拳の先には、冬の星が輝いていた。 その頃、兵舎では…… 「腹減った……むにゃ……」 眠りこける俺と。 「うう……っ」 妙な緊張で疲れ切ったアルエ。 「はひ〜〜っ、ミントさん帰ってないんですか〜?」 「ミーナのパイを土産にするからという約束で、ロコナと一緒に、ババアの家の修理を手伝いに行ったんじゃぞい……」 「俺は、神殿の大掃除だ」 腹を空かせて帰ってきたのに、パイはおろか、ミントもいないことに呆然とする3人。 ミーナのパイは、ミントの口から出たとりあえずのでまかせであったことを兵舎の5人は知るよしもなかった―― 翌日。 またもや俺は、朝一番でミントに捕まっていた。 「子供達に剣術ぅ?」 「うん。村の人たちに頼まれちゃってさ〜」 「今さら断れないしさ。お願い、教えてやってよ!」 「なんで俺が」 「あたしじゃ教えられないからでしょ」 「自分でできないことを引き受けてくるなよなぁ」 「おねがいっ、この通り!」 「他にお願いできる人なんていないし!」 ミントが拝むように、俺の前で手を合わせる。 「……アロンゾは?」 「頼むだけ無駄な人は頭数に入れられないでしょ」 それもそうか。 アロンゾに言っても『俺は殿下の護衛騎士だ!』で終わっちまいそうだよな。 「でもなぁ〜、昨日の今日だぞ」 「うっ!」 昨日、待ちぼうけを食らわされたあげく、パイのおみやげもなかったことを思い出す。 ここは毅然と断ってやろうと思ったんだが…… 「あれは、本当にゴメンっ!」 「ミーナさんのパイが中止になったのをすっかり言いそびれてて〜っ!」 「だったら、さっさと帰ってきたらよかっただろ」 「そ、それも忘れてたんだって!」 昨夜も聞いた無茶な言い訳を、ミントが繰り返す。 「ゴメンってば、このとーり!」 ミントは、手を摺り合せてお詫びのポーズをする。 その手の向こうから、上目遣いのミントと目が合った。 …………う、うーん…… 「まあ、今日は時間が空いてるからいいか」 パイくらいで、目くじら立てることもないだろ。 こんなに謝ってるしな、うん。 「ホント? 引き受けてくれるっ?」 「ホントだって」 「やったー!」 ミントが嬉しそうに万歳のポーズをする。 「んで、どうすればいいんだ?」 「もう子供集まってるからさ。早く行ってあげてよ」 「そうなのか?」 ずいぶん手際がいいな。 ていうか、俺が断ったらどうするつもりだったんだ? 「んじゃま、行ってくる」 「よろしく!」 「ん?」 「もっと大きな声で!」 「やー! やー!」 どう見ても、アルエが子供たちに剣術指導をしてる。 「なんでだ?」 「ん?」 「リュウ? どうしたんだ?」 アルエも驚いてるようだ。 「アルエこそどうしたんだ」 「ボクは見ての通りだ。頼まれて子供達に剣術を教えてる」 「俺も子供達に剣術を教えに来たんだけど」 「リュウもか?」 なんだか話がおかしいな。 他に教える人間がいないというから俺が来たんだが。 「まあ、アルエがいるなら俺はいらないな」 教官は2人もいらないだろう。 「じゃあ、あとはよろしくな」 「あっ! ちょっと待って」 兵舎に戻りかけた俺を、アルエが呼び止める。 「よ、よかったら、一緒に教えないか?」 「ん? 俺もか?」 「やはり本職が教えた方がよいと思うしな」 「本職って言ってもたいしたもんじゃないぞ?」 子供達に教えるぐらいなら、アルエだって十分だろう。 「と、とにかくひとりよりはふたり!多いに越したことはないんだっ!」 「たいちょーの剣術も見てみたいー」 子供達のキラキラした期待の目が、なんか集中してくる。 うーん……最初から教えるつもりで来たからな。 別にいいか。 「じゃあ一緒にやるか」 「うむ」 「わーいっ!」 なんでか、子供達と一緒にアルエも嬉しそうに笑った。 「さて、どんな感じになってるのかな〜?」 乙女が1人、物陰に隠れてコッソリ覗く。 「うむ、さすが本職。見事な教え方だ」 「いや、アルエだってなかなかだぞ。基本に忠実できれいな剣筋だ」 「この間教えたのを、しっかり覚えてるな」 「そ、そうか? それほどでもないが……」 「おっ! なんかいい雰囲気♪」 「まさに、あたしの作戦通〜り!」 「…………」 「通り……なんだよ、ね……ぇ」 自分でお膳立てしたくせに……いざふたりが上手くいっているのを見るとミントはなんだか胸がざわついた。 「こう受けた場合は、こう返せばいいのか?」 「それもありだが、こうすると……」 リュウが、アルエの背中越しに手を取って指導する。当然のごとく、ふたりの体は密着している。 ――ズキンっ 「あ……あれ?」 ミントは自分の胸に手を添える。 この間から、胸の奥でチクチクと痛む不思議な感覚がまた襲ってきている。 「なんだろ、これ……?」 ――ズキン……ズキン…… 仲のいいふたりの姿は、ミントの希望だったはず。 アルエの恋を自分が叶えてやって、そのお礼で父親から引き継いだテトラ商会を大きく発展させるのだ。 そのためには、リュウとアルエがくっついてくれないといけない。 「……あたしの希望どおり……だよね?」 それなのに、なんでこんなに寂しい気分になるのか。 「変だなぁ……」 「変だよ、あたし……」 疼く胸を押さえる。 それでも痛みは消えない。 ミントは戸惑う思いを胸に抱え、その場に立ちつくしていた。 「あ〜、なんかいい運動になったな」 相手は小さな子供たちといっても、人数が多かったら、それなりに体力がいる。 野良仕事や、家の修復とはまた違った筋肉を使ったせいか、今日は夕飯が一際美味しかった。 まったりと、食後の時間を楽しんでた俺だが―― 「あ、しまった」 ん? 「なに? どしたの?」 「昼間、広場にハンカチを落として来たみたいだ」 アルエが、ポケットをひっくり返してる。 だがそこにはなにも入っていないようだ。 「仕方ない、ちょっと探してこよう」 「今からですか? 暗いし危ないですよ?」 ロコナが心配そうな目を暗い窓に向けた。 今夜は月もなく、外はいつにもまして暗かった。 「明日にしたらどうだ?」 「こんなに暗けりゃ探すのも難しいだろ」 「そういうわけにはいかない。あれは貰い物なんだ」 「風に飛ばされたりして無くすのは避けたい」 ハンカチじゃ確かに、時間を置くとどこに飛んでいくかわからないな。 「殿下、自分が探して参りましょう」 「じゃぁ、そうして――」 「あーーーっ、ちょっと待った!」 「リュウについてってもらったらっ?」 「なら、アルエが捜しに行っても問題ないでしょっ」 「はぁ? なんで俺がっ?」 今、アロンゾが行くって言ったよな? 「警備隊長でしょ。当然でしょー」 「それに落とし物は、本人が捜すのが一番!」 「アロンゾさんが行って、もし違うハンカチを拾ってきたら二度手間でしょ」 「俺が殿下の持ち物を間違えると!?」 「じゃ、どんなハンカチか知ってんの?」 「それは知らんが……だが、殿下に聞けば……」 「はい、間違えるかもしれない可能性大っ!」 「それにアルエだって、大事なもらい物を落としたんだし、くれた人のことを考えたら自分で拾いに行きたいに決まってるし!」 「えっ? ボク?」 「ほら、リュウと2人で行ってきてってば!」 なんで、俺が行くことに決定してるんだ? 「リュウは、警備隊の隊長でしょ」 「大事な王族のアルエを警備するのも大切な仕事だと思わないわけ?」 「まあ、そう言われると……な」 しかたない。 掛けていた椅子から立ち上がる。 「だったら、俺が殿下と共に行くぞ」 「ドナルベインなどより、殿下の護衛騎士である俺が行く方が理に適っているだろう」 アロンゾが俺を押し退ける。 だがそれをさらにアルエが止めた。 「……アロンゾは、いい」 「殿下……!?」 「リュウ、ちょっと付き合ってくれ」 「な、なぜですか?」 「まあいいじゃないの!」 「ほらほら、んじゃじゃ!いってらっしゃいっ!」 「ああ、じゃあいってくる」 「う、うむ」 俺とアルエは連れだって、村の広場へと向かった。 ……………… ………… …… 「ごゆっくり〜♪」 2人が出て行ってしまうと、ミントの顔からはさっきまでの笑みが消えた。 「……はぁ……」 無意識にため息が漏れる。 「ミント、どういうつもりだ?」 そんなミントに、アロンゾの鋭い視線が突き刺さった。 普段なら震え上がりそうな、そんな視線も今のミントにはてんで効果がない。 なんだか胸の奥に、がらんとした空洞が突然生まれてしまったようなのだ。 「おい、ミントっ!」 「ん……?」 「どういうつもりなんだ、と聞いているだろう」 「はへ? どういうつもり……って?」 「ミントはもしや、リュウとアルエをくっつけようとか思ってるのかのぅ?」 「はうっ! そんなことを!?」 ロコナは目を丸くしている。 ……鈍感人間はここにもいたのだ。 「あ……あれ? わかっちゃった〜?」 えへへ〜、とミントは愛想笑いを浮かべる。 「不思議なことをしよるの?」 「不思議ってなんでよ?」 「……気がついておらんのか?」 「なにが?」 ミントの行動は至極明快だ。 「アルエに恩を売っておけば、あとでいろいろ融通してもらえるかなぁと思っちゃったんだもん」 「恩を売るとはどういうことだ?」 「えー、それは企業秘密……」 「ミント……」 ギロリと睨まれて、ミントは諦める。 「アルエってリュウのことが好きなんでしょ?」 「はぁっ!? なにをバカなことをっ!」 「殿下がドナルベインをだとっ?そんなことがあるわけなかろう!」 「えー? 絶対そうだって〜」 「ねえ、そうでしょ?」 ミントはその場にいるホメロとロコナに賛同を求める。 たが、ふたりともなぜか困惑顔だ。 「あれれ?」 「アルエさんもたいちょーのこと嫌いじゃないと思いますけど……」 「ワシはミントの方こそ、リュウに気があるのかと思っておったがな?」 「……はぁぁぁぁ? あ、あたしが?」 「はい」 「ミントさんは隊長のこと、好きですよね?」 「いやいやいやいや、なんでなんでなんでっ!?」 「あたしがリュウを?」 「ないない! そんなの全然ないって〜!」 「そうじゃのう。自分ではリュウをどんな目で見ていたのかなど、見えぬもんじゃからのう」 「え、いや、なにそれ!?」 「よく、隊長のことを見ていたりしましたよ?」 「あ、あたしがっ!?」 そんなつもりはない。 なかったけど……! 「……言われてみれば、そうだったな」 「パイの品評会の時も、あやつの意見を素直に聞いていたな……うん」 3人の視線が、ミントに集まる。 「えっ、その……なによ、みんなっ!」 「だって……はい、そう見えました」 「や、やだなあ、みんな!」 「そんなの誤解よ、誤解! すっごい誤解〜っ!」 ミントは笑って否定する。 ――だが、その目は笑っていなかった。 「…………」 3人の無言のままの視線が痛い……! ミントの額に、汗が滲む。 「(……嘘ぉ……あたしが、リュウを?)」 「(そんな馬鹿なこと……はははっ!)」 心の中で否定するものの、動揺は隠せない。 動揺するのも無理はない。 ミントはリュウのことを好きだなんて、全然思ってもいなかった。 思ってもなかった……はず、なのだ。 それがいきなり、なんで、どうして? でも不意に、以前自分が呟いた言葉がミントの脳裏に浮かんできた。 案外、本人が一番分かっていなかったりするのが、恋の恐ろしいところなのよね〜、ふふん♪ 「……っ!!!」 自分で自分の気持ちがよくわかっていない。 まさに、それは自分が指摘したことではないか。 「う、うそぉ……っ」 まさか……自分は……リュウのことが!? 思った瞬間、ミントの頭の中にリュウの姿がいくつも浮かんでくる。 「わわわっ! リュウなんて好きになっても、銅貨の1枚の得にもならないじゃんっ!」 大好きなお金を思い出して、リュウのことなんか心の中から追い出そうとしてみる。 「銅貨が1枚……銅貨が2枚……っ」 リュウのことじゃない、お金のことを考えよう! だ、だから、落ち着け自分! ミントは必死で、突然襲ってきたこの事態からどうにか逃れようとする。 「ううう〜〜〜っ!」 しかし、ミントの胸はいつのまにか、激しい鼓動を刻んで今にも破裂しそうだ。 「ち、違うし、絶対違うし〜〜っ!」 だって……だって! 恋なんてものが、自分の身に降りかかるなんてミントは想像もしてなかった。 なんの利益も生まない恋なんて、商売成功の夢の前には、無駄の一言で終わるはずなのに……! ――ドクン 「〜〜〜〜っ!」 それなのに、甘いうずきは胸の奥で止まらない。 そう、今まで感じていた胸の痛みは、気がついてみると、どこかほんのり甘かった。 「あ、あたし、もう寝る〜〜〜っ!」 たまらなくなったミントは、その場から逃げ出した。 ホールに残された3人はあっけにとられる。 そして、ホメロの放った一言に頷くしかなかった。 「ふむふむ、青春よの〜」 ミントの元へ借金取りがやってくる。悪質な連中で、ミントがリュウに助けを求めるとリュウはミントをかばい追い返してくれる。 助けてもらったのに、誰にでも優しいリュウにミントは苛立つ。そして周囲がどれだけリュウのことでヤキモキしているのかぶつけてしまう。 リュウへの苛立ちが自分でも把握できていない想いだと気づいたミントは、自分がダメになる前に村を出るという決意を固めるのだった。 自分を助けてくれたリュウの姿に見惚れてしまったミントは、自分の本当の気持ちとアルエの気持ちとが混ざって混乱してしまう。 そして苛立ちをリュウにぶつけてしまい、八つ当たりから、リュウの優しさからの行動を責めてしまうのだった。 「自分はいいことしたつもりで気分いいかもしんないけど、周りはいい迷惑なのっ!」 そんなミントにリュウは…… 「うーん……」 なんだかおかしい。 なにがおかしいかと言うと…… 「あ……!」 「あ、おい……!」 ミントが逃げるように消える。 今日はまともにミントの顔を見ていない気がする。 朝挨拶した時も逃げられた。 どうやら、俺はミントに避けられているらしい。 「なんでだよ?」 とりあえず気になって追いかける。 「なんで追いかけてくるのよ!」 「ミントが逃げるからだろ」 「し、知らない、そんなのっ」 そう言いつつも、ミントはまたあっという間に姿を消した。 な、なんだ? わけが分かんないぞ。 「おい、気になるだろ!」 もう一度、追う。 「わぁっ!」 「ここか……」 ちょっと探し回ったぞ。 「なによっ!」 「いやだから、なんで避けて……」 「うわっ、なんだなんだ!?」 ミントが目の前からかき消える。 ……走って逃げたらしい。 あいつは魔術師かなんかか? 「……鬼ごっこかよ」 とにかく徹底的、かつあからさまなこの避けっぷり。 こっちは理由がわからない。昨日までは普通だったぞ。 なのに、朝起きてからはずっとこうだ。 「またなにか、企んでるんじゃないだろうな?」 それとも、俺になにか隠してるとか? 「うーん」 理由がわからないから気になってしまう。 問い質そうとしても、ミントはすぐ逃げてしまう。 「……ま、そのうち普通に戻るか」 ミントのことだ、きっとなにかの気まぐれだろう。 『わわわっ! あんたたちっ!?』 その時、外でミントの声が聞こえた。 さっき逃げたはずのミントが、大慌てで駆け戻ってきた。 「どうした?」 「か、匿って!」 「匿ってって……」 ミントが俺の背中に隠れる。 と同時に、その男たちが姿を現わした。 どう見ても堅気の人間じゃない、ガラの悪そうな2人組だ。 「誰だあれ?」 「あ〜〜う〜〜っ」 ミントが、顔をくしゃっと歪める。 「おい、ミント?」 「しゃ……借金取り」 「はぁ!? 借金取り〜!?」 「や、でも、事情があるのよ!」 「事情もなにも、借金取りなんだろ?」 「だから、色々あるんだって!」 「おう、ねえちゃん。今日という今日は払ってもらおうか」 「なに言ってんのよ、この悪徳金貸しっ!」 「あんたたちみたいな詐欺まがいの奴らに払うお金なんて、銅貨1枚もないわよっ!」 俺の背中から顔だけ出して、ミントが怒鳴った。 な〜んか、本当に事情があるみたいだな。 「これ以上、無茶言うなら訴えてやるからね!」 ミントはまたもや俺の背中から顔だけ出して怒鳴る。 でも、借金取りの男たちは動じる様子もない。 「帰れとはご挨拶だな」 「もう返済期限を10日も過ぎてるんだぞ!早く金を返さねえか!」 借金取りの男が、俺を無視した態度で歩み寄る。 そして、強引にミントの腕を掴んだ。 「ちょっ……!」 「おい、なにすんだっ!」 男の手を振り払う。 「痛たた……っ、なによ、力任せに掴んでっ!」 ミントの腕には、くっきりと男の手の痕が。 「……おいっ!」 頭に血が上るのが分かった。 「なんだい、兄ちゃん? 文句あるのか?」 「借りたもんは返さねえとなぁ。な? それが人として当然のことだろ?」 「だからって、女の子にこんなことしていいと思ってんのか!?」 「それに詐欺まがいってのも、聞き捨てならないな」 「なんのことだかな〜?」 「本当のことじゃんっ! だってもう、本来の契約分はちゃんと返したでしょっ!」 「どういうことだ、詳しく言えよ」 「こいつら……あたしを騙したのよ。法外な利子とってさ」 「だからちゃんと返してるのよ、本来の利子も元金もっ!」 ミントは、キッと借金取りの男たちを睨む。 「それ、本当か?」 「ホントだってば! 契約書をあとで勝手に書き換えたんだもんっ!」 「知らねえなぁ。ひっひっひ」 「どっちにしても、騙される方が悪いんじゃねえの?」 「んなわけないでしょっ!」 「んじゃなにかい?」 「いっちょ前の商人気取りしてたくせに、書き換えられるような契約書に署名したのか?」 「そ、それは……だって!」 「父さんが死んで……早くお金を工面しないと、テトラ商会が潰れちゃう時だったから……」 「だから、急いで契約したけど……そのっ」 どうやら、ミントが困惑してるような時期に、無謀に結んだ借金の契約だったみたいだ。 「契約書はちゃんとここにあるんだからな〜?」 懐から契約書を取り出して、俺の目の前でヒラヒラと振る。 「これがある限り、お嬢ちゃんの借金はこの世に存在してるんだよ。がっはっはっはっは!」 「くぅ……っ」 「こんな奴らに騙されたなんて、あたしの一番の大恥よ……っ!」 本気で悔しそうなミントと、高笑いする胡散臭い男たち。 どうやらミントの言ってることが正しいようだな。 ってことは、コイツらは悪徳高利貸しってことか。 「おらっ、ンな所に隠れててもなんにもならないぞ」 借金取りの男が再びミントに手を伸ばす。 「やっ!」 ミントが俺の背中にしがみつくように隠れるのと、俺が男の手を振り払うのは同時だった。 「あん? なにすんだコノヤロ〜?」 すごんでくる男を、睨み付ける。 「リュ、リュウ、無茶したら危ないからっ」 「コイツらバカだから、手加減できないしっ」 「そうだぜぇ? オレらはバカだから手加減できねーぞ」 「……って、バカにしてんのかあっ!?」 「ひゃっ!」 男たちの恫喝に、ミントが首をすくめる。 それに気を大きくしたのか、2人がかりの強みなのか。 男たちはにやけた笑い顔のままで、俺とミントを左右から包囲しようとする。 「どうしても金が工面できないって言うんなら、家を売ったらいいって言ってるだろ、ん?」 「いい買取り手は捜してやるぜ?」 「冗談じゃないわよっ!」 「それが駄目なら、お嬢ちゃん自身で払うか?」 「そうだな、酒場でちょっとオヤジの相手をしたらいい感じで稼げるぞ……ぐふふっ……」 嫌な目で男たちがミントを見る。 ああ、なるほど……本当にタチが悪そうだ。 血が上っていた頭は少しずつ冷静になり、その代わりに苛立ちとムカツキがわいてきた。 「今までだって、あたしが商売してたら邪魔しに来たりしてさっ」 そんなことまでしてるのか? 「なにされたんだよ」 「……露店の前で、虫をまかれた」 う……それは、なかなか嫌な感じだな。 「あと、露店の前で鳩の餌もまかれたっ!」 「鳩だらけで商売になりゃしないっ」 ……なんか、馬鹿らしい嫌がらせだな。 「おかげで出入り禁止になったバザールだってあるんだからね!」 それは聞き捨てならないな。 「それが嫌なら、借金返しな」 「だから、それが詐欺だってんでしょーっ!」 ミントと借金取りが再びにらみ合う。 嫌な沈黙が流れる。 それを破ったのは男たちの方だった。 「ほら、兄ちゃんも、女の子の前だからってカッコつけようとしてたら怪我するぞ?」 「さっさと、そいつを渡しやがれっ!」 そして2人揃って、勢いよくミントに手を伸ばした。 「やっ!」 「やめろっ!」 ――ゴキュッ! 「ぎゃっ!?」 ミントに掴みかかろうとした男の手首を、俺が先に捕らえる。 その手首を掴みざまに、捻りあげた。 「でででっ……いでででっ!!!」 「お、おいっ、大丈夫かっ!?」 1人目の男の手を離して、すぐに裏拳で2人目の男の顔に放つ。 ――ベコォッ! 「ぎゃっ!!!」 「わ、わわ……」 「こ、このやろ〜〜っ! やりやがったなっ!」 「タダじゃすまさないぞっ!」 ビックリした顔のミントが、俺を見上げてくる。 「驚く暇があったら、ちゃんと背中に隠れてろよ」 ミントを背に庇い、借金取りたちと対峙する。 「この野郎、カッコつけやがって!」 「本気で痛い目に遭わせてやる!」 男たちが飛びかかってきた! 「……っ!」 「リュウ!!」 ……………… ………… …… 「イタタタタッ! もう許して!」 「ず、ずびばぜんでじだ〜〜〜〜!」 借金取りは、土下座して許しを乞うた。 「すご……あっという間にやっつけちゃった」 「俺、いちおう警備隊だぞ」 相手は丸腰だし、この程度の相手なら木剣だって必要ない。 だが、ミントには驚きだったようだ。 おいおい…… 俺のことなんだと思ってたんだ。 一応、ドラゴンと遭遇した場面にも居合わせてたよな? ま、ここでそれを突っ込んでも仕方ない。 先にすべきはこいつらの処理だ。 「ミントが言っていたことは本当なんだな?騙して金利を余分にふんだくったって」 「す、すみません〜!」 「その通りです……ううっ」 「じゃ、詐欺なんだな?」 「は、はいぃぃ〜」 借金取りは、泣きながら素直に認める。 ま、一応言質は取らないとな。 「ミントも、こんなヤツらから金借りるからいけないんだぞ」 見るからに怪しいじゃないか。 「う……ごめん」 「とりあえず契約書。ほら、よこせ」 「は、はひっ!」 偽造された契約書をふんだくる。 俺は、それにランプの火をつけた。 「あ……!」 見る見る燃えてなくなる。 「あーあ……」 「あーあじゃない! こんなあこぎなことやってないで、真面目に働け!」 「そ、それはオレらみたいな高利貸しにする説教じゃないですぜ、兄貴〜」 「真面目に働けるような性分なら、高利貸しなんてしてませんて兄貴」 「誰が兄貴だ誰がっ。物騒なこと言うな」 こんな奴らに兄貴呼ばわりされたくないっての。 「とにかく、ミントの借金……ていうか、詐欺まがいの借金は終わりだぞ」 「ミントにはもう近づくなよ」 ボキボキと指の骨を鳴らす。 「はい、もちろんっ!」 「で、ではこれで失礼します〜っ!」 借金取りたちは、逃げるように出て行った。 いや、実際逃げてるんだけどな。 「まったく」 なんだったんだ、一体。 「ほら、ミント……あれ?」 「………………」 「ミント?」 ミントは、なにやらポーッと俺の方を見ていた。 「どうしたんだよ?」 「あ……」 が、目が合うと慌てて逸らす。 「な、なんでもないっ」 「なんだよ? どこか痛むのか?」 もしかして、さっき掴まれたところとか? 「腕を見せてみろよ」 俺が手を伸ばすと、ミントは慌てた様子で自分の手を引き、胸に抱え込む。 「平気だってばっ!」 なんだか怒ってる? なんでだ? 「なに怒ってるんだよ?」 「な、なんでもない……!」 「なんでもないんだからねっ!」 ミントはバタバタと慌ただしい足音を立てて、ホールを出て行ってしまった。 その顔は、なんでか真っ赤だった。 「なんだ?」 わけがわからない。 助けてやったのに、なんなんだ? 「お〜い、ミント?」 ミントの態度に怒るというよりは、なんだか気になって、俺はミントを追いかける。 「おい、ミント?」 勝手に入ったけど、声をかけてもどうせ開けてくれなそうだったからな。女の子の部屋に入る無礼は許して貰おう。 部屋の中では、窓際でミントがこちらに背中を向けている。 「急にどうしたんだよ?」 声をかけると、背中がビクッと震える。 「ミント?」 「な、なんで勝手に入ってくんのよっ?」 振り返って、ミントが声を荒げる。 「だって、急にプイッと行っちゃうからさ。なんか怒ってるのか?」 怒らせるようなことは、した覚えはないんだけど。 「それはだって……その」 「見惚れ……じゃなくて……っ」 「???」 「そ、その……リュウが余計なことするからでしょっ!」 「余計なことって、今の借金取りのことか?でも、助けろって言ったのはミントじゃ……」 「うっ!」 「そ、そりゃ言ったけど……」 「でもっ、でもっ……誰にでも優しくするのは正直どうかと思うもんっ!」 「リュウがそんなだから、周りはみんな ……め、迷惑するんだからっ!」 「俺、迷惑だったのか?」 思いもよらないミントの言葉に、ビックリする。そんなふうに思われてたのか。 もしかして、あの借金取りを追い返したのがミントには嬉しくなかったのか? 「あ……もしかして……」 商人である自分に、プライドを持ってるミント。 もしかしたら自分でちゃんとけりをつけたかったのかも。 「悪い、さっきのことか?」 「……そ、そうよ」 「でもさ、さっきのは別だろ」 迷惑だったかもしれないけど、あのままだったらミントが危害を加えられてたかもしれないんだ。 「目の前でミントが危ない目に遭ってるのに、放っておけるわけないじゃないか」 「う……っ!」 ミントの顔が、急に赤く染まった。 「な、なんでそんなこと言うのよっ!」 「そういうのがよくないんだってば!」 「え……?」 「そういう態度が、アルエとかを色々引っかき回してるんじゃんっ!」 「アルエ?」 突然出てきた名前に、またビックリする。 「あ、いや……違う、アルエは関係なくてっ」 「でもアルエが……好きになったのは多分、リュウのそういうとこだったりするし……」 「そういうのが……だから……、うう〜〜っ!あたしまで、なんかおかしくなっちゃうっ!」 「とにかく、リュウが悪いんだってばぁっ!」 ミントが、声を荒げる。 そして腕を振り上げて俺に突っかかってきた。 「バカッ、バカバカバカッ!」 「お、おい……!?」 女の子のパンチなんて、あんまり痛くないけど。 なんかがむしゃらに、ペチペチと俺を叩いてくるミントの様子が気になって、とっさにその手を受け止めた。 「な、なによっ、もうっ!」 ミントが俺の手を振り払おうとしたものの、つい俺は変に力んでしまって、逆にバランスを崩す。 「わわっ……! うわっ!?」 俺たちはもつれて転がった。 いてて……っ 「あ、危ないだろ……」 「あ……」 俺は思わず言葉を飲み込んだ。 俺に馬乗りになったミントは、なんだかまるで……泣き出しそうだった。 「リュウは、なにもわかってない!」 そう言って俺を責める。 でも、ミントがなにを怒っているのか、やっぱり俺にはわからない。 「じゃあさっきはどうすればよかったんだよ?」 「放っておけば……よかったのっ」 「アルエの花探しだって放っておけばよかったじゃん!」 「ドラゴンの時だって、そうでしょっ」 「あんなに必死になるから……だから、リュウなんかに……んもうっ!」 俺? 俺がどうしたんだ? 「さっきだって、もしあいつらが武器でも隠し持ってたらどうするのよっ」 「だったらなおさらミントが危険だろ」 「だ、だから……そういうとこっ!」 「でも、匿えって言われたし」 「うっ!」 「確かにあたしが言ったんだけど……」 「ううっ……でもでもでもでもっ!」 「ミント?」 なんだかミントが混乱してるのだけは、今の俺にも分かった。 「だ、だから、とにかくよっ!」 「誰にでも優しくなんてするのは、ホントは逆に優しくないってことなのっ」 「そんなこと言われても……」 困っている人間を見捨てろというようなことを言われても困る。 それに、ミントはそんな冷たいこと言うやつじゃないはずだ。 一体どうしたって言うんだ? ミントはますます苛立ったように、戸惑うばかりの俺を睨みつけてくる。 「自分はいいことしたつもりで気分いいかもしんないけど、周りはいい迷惑なのっ!」 「そう、なのか?」 俺のやってることは迷惑だったのか。 ……少なくとも、ミントは迷惑だと思ってたらしい。 「そうか……。悪かったな」 「え?」 さっきの一件は、ミントのプライドを傷つけたのかもしれない。 「すまん」 だから謝ったんだけど、ミントはなぜか泣きそうな顔になった。 「……バカっ、なんで謝るのよっ!」 「リュウは悪くないじゃん……」 「こんなの……単に、あたしの八つ当たりで……」 「謝られたら……あたし、あたし……っ」 「え?」 どういう意味だよ? 「ミント、ちょっと落ち着いて……」 俺がミントに手を伸ばしかけたとき。 「いいから、ほっといてよぉっ!」 「だから、あたしまでおかしくなっちゃうんじゃないの〜〜ッ!」 「…………」 そう言われたら、言葉なんてない。 「な、なによ……なんで黙るのよっ」 「あたしが悪いこと言ったみたいじゃないっ!」 ミントは俺の無言で余計に混乱を強くしたようだ。 「……ごめんな」 ようやく、その言葉を告げる。 多分さっきの借金取りを追い払ったのは、ミントのプライドを傷つけたんだろう。 自分でした失敗を、自分で解決できなかった ……ってことになるからな。 「な、なんで、謝るのよ……バカ……っ」 「お人好しもたいがいにしてよねっ!」 「だから、あたしまでおかしくなっちゃうんじゃないの〜〜ッ!」 ミントはそう叫ぶと、脱兎の如く駆け出した。 そしてそのままの勢いで部屋を飛び出して行く。 「あっ、おいミントっ!」 慌てて追いかけようとするが…… ……行っちまったな。 「はぁ……」 ミントの怒りの理由がわからず、結局俺はミントを追いかけることができなかった。 追いかけても、なんと声をかけていいのかわからなかったのだ。 「はあ、はあ……はぁ〜……」 ミントは大きく息を吐いた。 その場にへたっと腰を下ろす。 「なんで、あんな無茶苦茶なこと言ったんだろ……」 リュウに庇われて。 背中が思っていたよりも広くて。 なんか、安心なんかしたりして。 目の前で、助けてくれた姿に ……つい、見惚れてしまった。 それに気がついた瞬間、昨夜のホールでのみんなの言葉が頭の中に浮かんでいた。 『ワシはミントの方こそ、リュウに気があるのかと思っておったがな?』 『ミントさんは隊長のこと、好きですよね?』 「〜〜〜〜〜っ!!!」 思い出した瞬間、また顔から火が出そうになる。 「じょ、冗談じゃないし!」 「あたしはリュウなんて、好きなんかじゃないもんっ」 「あたしには、テトラ商会を大きくして都一の大商会にする夢があるのよっ!」 「それなのに、こ、こ、ここここ……」 「恋……だなんて……っ」 ミントは勢いよく頭を振る。 自分は恋なんかするつもりもない。 だから、リュウなんかに見惚れるのはおかしいし、一緒にいてホッとしたりするのもおかしい。 「そうよ、リュウが悪いのよ!」 言い切って、すぐにミントは項垂れた。 ミントもちゃんとわかっているのだ。 リュウはなにも悪くない。 自分を助けてくれただけなのに、あんなひどいことを言ってしまった。 だが、言ってしまった言葉は取り返しが付かない。 「あーあ。いつからあたし、こんなねちっこい性格になったんだろ?」 根に持たない、失敗してもクヨクヨしない。 そういうさっぱりしているところが自分のいいところだと思っていた。 なのにこんな風にクヨクヨしたあげく、さっきはなにも悪くもないリュウを責めてしまった。 「謝ってたのよね……リュウ」 悪いのはミント自身なのに、ちゃんと理由を考えてから謝っていたリュウ。 それに引き替え、自分はどうだ。 胸の中で生まれた、このもやもやした感情をなかったことにしたくてしかたない。 「考えれば考えるほど、あたし最悪……」 八つ当たりだって、自覚してるだけに自省の念も強い。 「あー、やだやだやだーっ!」 抱えた頭を掻きむしる。 どんどん自分が、イヤな女になっていくような気がする。 「……このままじゃダメだ」 「あたし、ここにいたらどんどんイヤな女になっちゃうっ!」 そうでなくても、ここに来てから自分は甘くなった。 そもそもほとんど儲けていない。ここにいたら自分はダメになってしまう。 テトラ商会を大きくする夢が……大商人になる夢が潰れてしまう。 暢気に恋なんかしてる場合じゃないのに、そんなものにあたふたしてしまうのはゴメンだ。 「……決めた」 「出て行こう」 この村を出て行こう。 そうすれば、こんな変な気持ちに振り回されなくてもいい。 思い立ったら気が変わる前に行動しなくてはならない。 「今夜にしよう」 今夜こっそりと、誰にも気づかれないようにこの村を出て行こう。 そして王都に戻って、また商売に精を出そう。 「そうしよう。ここを出て行こう」 「それしかないっ!」 ミントは自分に言い聞かせるように、ひたすら繰り返す。 「リュウとも、二度と会わないでいたらこんな変な気持ちになることないはずだもんっ」 ――……ズキンッ 「そうよ、そうよ」 ――……ズキンッ、ズキン…… 「あ〜、決めたらなんか清々したっ!」 ――ズキンッ、ズキンッ、ズキン……ッ! 「ささ、旅支度しよっ!」 ミントは、明るい声で自分を鼓舞する。 しかしズキズキと膿むように疼く胸は、ミントの中に生まれた決意を責め苛んでいた。 朝、ミントの姿がどこにも無い。置手紙だけ残してあり、王都に戻って商売をすると書かれている。 突然のことに、騒然となるリュウ。元々、行商人であるミントが旅立つことはおかしくないのだが…… 近頃ミントの様子がおかしくなかったか調べだすリュウ。そしてミントと自分のやり取りが原因だと感じ始める。 そんな折、王都からアルエに召喚状が届く。リュウはミントに原因を確認するために、王都に連れて行ってくれと頼み込むのだった。 「ふぁ〜あ……」 まだロコナの角笛も鳴らぬ早朝。 俺は1人起き出してた。 外はまだ薄暗く、朝靄が立ちこめている。 「さっぱり眠れなかったなぁ」 ちょっとうとうとしたぐらいで、さっぱり眠った気がしない。 眠れなかった理由は自分でも分かってる。 昨日のミントの一件だ。 結局、あれからミントは遅くまで帰ってこなかった。 捜しに行こうかと思いはじめた頃になって、ようやく兵舎に戻ってきた。 そして俺の姿を見たら、慌てた様子で部屋に入ってしまったのだ。 「そんなに嫌われてたのか?」 そう考えてみたものの、しっくりこない。 昨日のミントの様子は、俺を嫌ってるとかそういう感じとは少し違っている気がする。 怒ったミントに色々言われたけれど、あれが本音だとは思えない。 「さすがに、迷惑とかって言われたのはこたえたけど……」 ベッドに横になって考えれば考えるほど。やはりミントのあの時の台詞が、どうしても本心からとは思えない。 「今日、改めて聞いてみるか……」 また逃げられるかな? う、うーん…… 「とりあえず、ミントに……は、は……」 「はっくしょっんっ!」 「今朝はいやに冷えるな」 さすがに、まだみんな寝ている。 誰もいないホールは、ガランとしていてやけに広く感じた。 そのせいか、やけに寒々しく感じる。 「……あれ?」 テーブルに、手紙のようなものが置かれていることに気づいた。 手に取ってみれば、それはよく知る人物の文字だ。 「ミント?」 署名まで付いてる……けど、これを読んでいいのだろうか。 封をしてるわけでもなく、そのまま置かれた紙。 一番上には『みんなへ』と書いてるあるし、俺が読んでも大丈夫だろう。 「なんか、書き置きみたいだけど……まさかな」 さて、なにが書いてあるんだ? 「みんなへ――」 『王都に戻って商売します。     短い間でしたがお世話になりました。――ミント・テトラ』 素っ気ない文面。 その意味を理解するまでに、少し時間が必要だった。 「……え?」 なんだ……これ? 「おいおい、中身まで書き置きみたいじゃないか?」 嫌な冗談だよな。 「えっと……」 「えっと……?」 ………… …………マジかっ!? 慌てて、ミントの部屋へと走った。 「ミントっ? いないのかっ!?」 嫌な予想は当たって、ミントの部屋には誰もいなかった。 部屋の主がいないというだけで、閑散としているように感じるのはどういうわけだろう。 「荷物……」 ミントの部屋は商売用の荷物でごった返していたはずだ。 それが――半分くらいは、ない。 「……ミントの荷物がなくなってるっ!?」 「王都に帰って商売しますって……もしかして、ミントが……出ていった!?」 それは妙に荷物の減った部屋が、示している事実。 「…………」 「…………」 しばらく、俺は呆然としてから、ようやく我に返った。 そして、大声で叫ぶ。 「みんな、大変だーーーっ!!ミントが家出したーーーーーっ!!」 静かな朝は、一気に騒がしい朝へと変化した。 「ミントが出て行っただって?」 「そうなんだ! どうしよう?」 「まあ落ち着け」 ジンに体を押され、俺は椅子に座らされた。 「てか、なんでおまえがいるんだっ!?」 「いやぁ、昨夜寝付きが悪くて、宿屋からこっちに押しかけたんだよな」 「でも布団がカビ臭くて、ちょっぴり悲しかったりする」 「あうっ! すみませんっ!」 「ロコナが謝ることじゃないだろ……って、今はそんな話をしてる場合じゃないっ!」 「それに悠長に座ってる場合でもないっ」 「騒がしい男は嫌われるぞ」 「男はどっしり落ち着いてが基本じゃわい」 「そんな話をしてる場合でもないっての!」 「ミントが家出したんだぞ!」 「あわわわっ! ど、どうしましょうっ!?」 「ちょっと待て、家出ではないだろう」 え……? 「ああ、そういえばそうか」 アルエまで納得した様子だ。 「なに言ってんだよ、みんなっ? 落ち着けよ」 気が動転でもして、ミントの家出が理解できないのか? 「落ち着くのはオマエさんじゃい」 「ほれ、ロコナもそろそろ気がついたぞい」 「え?」 「あ……あの。ミントさんは家出じゃなくて、家に帰ったんじゃないですか?」 「家?」 言われてハッとした。 そういえば、ミントは王都に家があるんだっけ? すっかりここが家のような気がしてたけど、そうじゃなかったんだ。 「家に帰った……のか」 家出したような気がして焦ったけど、家に帰ったのならそう焦ることもないか。 いや、でも…… 理屈じゃ分かってるけど、そんなことじゃ落ち着けない。 ミントがいないんだぞ? しかも、こんな紙切れ1つで。 いてもたってもいられない気分を味わう。 ……なんでだ? なんで、こんなに焦ってるんだ? 「ふん、ようやく落ち着いたようだな」 「貴様も騎士のはしくれならば、少しのことで騒ぎ立てるな」 「んまぁ、確かに突然のことで驚くが、ミントも子供ではないしな」 「家に帰っただけなんだったら、そう慌てることもないだろう」 「いや、でも……」 「元々、ミントは行商人じゃからの」 「去るときはあっという間というものじゃ」 そう言われても、焦る気持ちは変わらない。 なにしろ、ミントがここを出て行ってしまったことには変わりないんだ。 それにだ。 帰るなら帰ると言っていけばいい。なんで置き手紙なんか残してこっそり帰るんだ。 しかも、こんな手紙1枚で。 「納得いかない、こんなの」 みんなが仕方ないと言っても、俺は納得できなかった。 なんで、こんなに焦るのか分からないけど…… もしかしたら、ミントとの最後の会話が、昨日のあんなものだったせいなのかもしれないけど……! 「急に出て行った理由が分からないか、ミントの部屋を調べてくる」 俺はそう言い残して、ミントの部屋へと向かった。 「これも、関係ないか」 中身まで確認した変な形の壺。 それを自分の右側に置く。 左側には、まだチェックしてない荷物の山。 減ったと思っても、いざ集めてみたら、ミントの荷物はかなり多かった。 やはりミントが急に出て行くことになった原因なんて、捜してみてもそうそう見つかるわけがなかった。 「なんなんだ、一体?」 「なんで、出て行って ……じゃなくて、帰った……のか」 「はあああぁぁぁ……」 無意識に、重いため息が出る。 胸に穴が開くって、よく比喩で使う言葉だけど、それがこういうことなのかと知る。 スカスカ……するんだよ。 あの、騒がしくけたたましいミントがいないと、どうにも落ち着かないんだ。 ……寂しいんだよ。 「誰だ?」 「隊長……、失礼します」 ロコナが入ってきた。 「あの〜、もうお昼ですけど……」 「え、もうそんな時間か?」 「はい。お日様は、真上です」 うわっ、何時間荷物を漁ってたんだ? 「昼飯に呼びに来てくれたのか?」 「……あの、それもあるんですけど……」 ロコナが口ごもる。 「…………」 「あの、たいちょ……」 「ん?」 「ミントさんが実家に帰ってしまったのって、もしかしたら……わた、わたし……」 「わたしのせいかもしれませんっ!」 「えっ!?」 ロコナのせい!? 「この間の夜に、わたし、ミントさんに言っちゃったんです」 「ミントさんは、隊長が好きなんじゃないかって!」 「…………なんだって?」 「わたしが余計なことを言っちゃったせいで、ミントさん……か、帰っちゃった……帰っちゃったんでしょうか〜……ぐすっ」 ロコナが今にも泣きそうな顔で訴えかける……が。 その前に、今なんて言った? 「うう……隊長がこたえてくれない」 「やっぱり、わたしのせいなんですねーーーっ!?」 「わわわ、ちょっと待て落ち着け!」 「ふえ……」 「ミントが、俺を好き……?」 「……はわっ!」 「隊長に言っちゃった!」 「いやまぁ、聞いちゃったけどさ」 「あ……でも、その!」 「ちゃんと確認したわけでなくて、そうじゃないか〜って言っちゃったんです」 「だから……その、そんなことを聞かれたから怒って帰っちゃ……ちゃった……あうっ!」 「待て待て、落ち着けって」 「あう〜」 「……とりあえず、その話はここだけでな」 「はい」 「でも、ホメロさんとアロンゾさんも、その場にいましたよ?」 更に2人もいるのかよ! 「とにかく……えっと、ロコナに怒ってとかなら、ミントの態度はおかしくなったと思うんだけどそういうのはなかったんだよな?」 「はいっ! 昨日は普通通りでした!」 「じゃ……違うだろ」 とりあえず、ロコナに怒って帰ったなら、なにか態度の変化があったはずだ。 態度……の変化? 「昨日のアレ……か?」 俺が好き(かもしれない)ミント。 それで俺への態度がおかしかったのか? それって、好きだから? 「ふええ〜、たいちょー?」 「大丈夫だ、うん。ロコナのせいじゃないと思うぞ」 「うう〜っ」 ロコナはまだ、眉尻を落としたままだ。その横で、俺は昨日のミントとのやりとりを思い出す。 あの変なミントは……もしかして……?確かめたくても、その本人はここにはいない。 「王都……は、遠いな」 訪ねて行くにも遠すぎる。しかも俺は簡単に村を出ることはできない。 左遷の警備隊長が、ふらふらと王都にまで出かけるなんてな。 「……むぅ……」 八方ふさがり。 そんな言葉が脳裏をよぎった。 俺の気がそぞろになってしまい、ミントの部屋の捜索は午後に持ち越すことになった。 昼飯だと声をかけられホールへと行くと、用事があるのかレキが来ていた。 「丁度よかった、リュウ」 「レキ、一体どうしたんだ?」 「どこかの伯爵公子が宿屋を抜け出たせいで、代わりに神殿へと書簡が届いたんだ」 どうやらそれを届けに来てくれたらしい。 レキの手の中には、いかにも上等そうな書状があった。 王族の紋章の蝋印で封をされた立派な書状だ。前にも見たことがあるこれは…… 「アルエに、国王陛下からだ」 「……またか」 アルエが嫌そうな顔で受け取る。そして受け取った書状をその場であらためた。 「ところで、なにかあったのか?」 「いや、それが……」 なんて説明していいか迷う。ただ状況を話しただけでは、レキにも心配ないとか言われそうだ。 俺の隣では、アルエが陛下からの手紙に、どんどんと機嫌を悪くしていた。 「…………」 「……ふむ」 「なんて書いてあるんですか?」 「まとめてしまえば、帰ってこい、と言ってる」 「……困ったな、父上が泣き落としに来た……」 え? 「殿下。王都を出てから、もう随分と日数が経っております」 「陛下のご心配は、当然のことかと」 「おまえは父上の肩を持つのか? ん?」 「……う……っ」 「ボクはまだ帰らないぞっ!」 「ですが……」 「…………」 「……と、言いたいところだが……」 「参った。……父上がかなり興奮状態だ」 「帰らないと、まずいかもしれない……」 アルエの顔色は、少しばかり青い。 珍しく弱気の言葉をアルエが口にする。 「でも……それじゃ……う、うーん」 アルエは唸りながら、陛下からの手紙にチラチラと目を落とす。 「殿下、どうか一度城にお戻り下さい」 「いい機会です」 「い、いやだぞ!」 「ほら、まだ陽の花の薬だって飲んでないし」 「それに離れたくない……し」 「ポ、ポルカ村のことだからなっ!」 アルエはなぜか、アロンゾに向かって激しい主張を続ける。 「陛下のご様子を察するに、下手をすれば憲兵が乗り込んでくるやもしれません」 「そんなことをすれば、この村にも迷惑がかかるというものです」 「ボクを脅す気か、アロンゾ〜っ!」 「め、滅相もありません」 「しかし、陛下のことでございますから……」 「う、うーーっ」 アルエが唸り始める。 どうやら、かなり厳しい書面だったみたいだ。 「ありゃ。それじゃアルエも帰っちゃうのか?」 「急に寂しくなるのう」 ミントに続き、アルエまでいなくなるのか? それはさすがに寂しい。 「いや……でも……」 アルエは、まだ決心が付かない様子だ。 「……しかたない」 「憲兵が出てしまうと、かなりの騒ぎになるからな……」 国内の至る所に送り込まれた憲兵は、城内の憲兵とは少しばかりわけが違う。 「とりあえず1度城に顔を出さないと、まずいかもしれない……」 「またポルカ村に帰るかどうかは……」 「……いや、絶対に父上を説き伏せるぞっ!」 意気込むアルエを見ながら、ふと首をかしげる。よく考えたら、おかしな話だよな。 青い陽形の花の薬は、もう出来てるんだし、わざわざ戻ってこなくても、レキから貰ってお城に帰ったらいいんだ。 ……そりゃ、もちろんアルエたちがいなくなったら寂しくなるけどな。王都は遠いし。 ん……? 「王都?」 「どうしたんだ?」 「……アルエ……」 「王都に帰るなら、俺も一緒に連れて行ってくれ!」 「えっ? 連れて行く!?」 「貴様、職務放棄を宣言する気かっ!?」 アロンゾが、胸ぐらを掴まんがばかりに迫る。 「思いっきり、放棄になるんだろうな」 「でも王族のやんごとなきお方が王都に戻るとあれば、警備するのは大事な役目じゃないか?」 「屁理屈だな」 「でも、理由がいるんだ」 「警備隊長の俺が村を離れるには」 でも、どうにか理由をつけて出られれば…… 「王都でミントを探せる」 「……え……?」 「ものすごく、ゴメンっ!」 「でも、アルエしか頼れる奴がいないんだ!」 「……リュウが、王都に行きたいのは……ミントの……ためか?」 「ああ、そうだ」 このまま会えなくなるなんて、冗談じゃない。 ロコナが言ってた、ミントの気持ちが本音はどうなのか……とかも気になってるけど、多分、俺の一番の原動力は――あの手紙だ。 「あんな手紙だけで、納得できないだろ」 そんな簡単な付き合いじゃなかったぞ、俺たちは。こんな別れ方、納得できるわけないだろ? だったら、どうする? 自分でもう一度ミントに会いに行けばいいんだ! 「…………」 「ボクのために、ついてくるんじゃ……ないんだ」 「ミントのため……か……」 「……駄目か? アルエ?」 「…………」 「……わかった、連れて行ってやる」 「ありがとう、アルエっ!」 「殿下、そのようなことを……っ」 「いいから、ボクの言う通りにするんだ!」 「出発の時より、リュウには特別随伴護衛としての役を命じる!」 「……で、殿下ぁ……」 アロンゾが情けなさそうな声を出す。 「隊長……すごいです!」 「ふぁいとです!」 「……このボクに頼み事をしたんだ」 「ちゃんと、ミントを捜して捕まえてこないと、一級罪人として、このボクがリュウを捕まえて牢に入れてやるからな!」 アルエのその言葉に、俺はしっかりと頷く。 王都に行けばミントがいる。このままでは、俺の気持ちが納得できない。 なにが納得できないのか、それをもう一度ミントに会って確かめたかった。 「よし、決まりだ」 「ありがとう、アルエ」 心からの礼を言う。 「そんな笑顔を、ミントのために作れるんだな……」 「ん?」 なんか、言ったか? 「……ほら、早く出立の準備をしてこい」 少し消沈した様子のアルエが、口元だけの笑いを浮かべる。 どうしたのか気になったものの、俺の意識はすでに王都へと向かっていた。 待ってろよ、ミント。すぐそっちに行くからな。 なぜ急に出て行ってしまったのか、王都に戻るのに紙切れ一枚だけだったのか、必ず聞き出してやる。 ミントの本音を――! アルエの随伴で王都に向かったリュウたち。バザールで商売中のミントを見つけるが、ミントは逃げ出してしまう。 ようやく捕まえて村を出た理由を聞くと、ミントは顔を真っ赤にしてリュウが嫌いだから村を出たのだと大嘘をつく。 ショックを受けて呆然とするリュウを尻目に、女だけで話をすると連れて行かれたミントは追及の末自分の気持ちを認めるのだった。 女だけの話し合いに向った一同。どんな話をしてるのか気になるリュウ。そんなリュウに、ジンは盗み聞きを勧めるのだった。 「な、気になるだろ?」 そんなジンにリュウは…… 俺たちがポルカ村を出たのは、あれから数日後のことだった。 本当はすぐにでも出発したかったが……警備隊長の任務を放り出す以上、ちゃんと後のことを手配しなきゃいけない。 いくらポルカ村が揉め事とはほど遠い穏やかな土地って言っても村を離れるのは、俺のわがままだし。 村のみんなに、村を離れることを謝って。みんなも突然消えたミントのことを心配してくれて。 そして、俺たちを快く王都へと送り出してくれた。 「やっと着いたか〜」 馬を使って、数日の道のり。 久々に戻った王都は、相変わらずの活気に満ちていた。 人が溢れている。 「ミント……」 その人の群の中に、俺は自然とミントの姿を捜していた。 「この王都で、そう簡単に意中の人間と出会えるはずがあるまい」 アロンゾが、呆れたように言う。 「ここはポルカ村とは違うんだぞ」 「わかってるよ」 アロンゾの言うとおり、人間1人がそう簡単に見つかる場所じゃない。 でも…… 「足元を見ていないと、転ぶぞ」 「う……わかってる」 この一行についてきた、レキにも突っ込まれる。 でも、やっぱり気がつくミントを捜していて…… ――ドンっ! 「はうっ! たいちょーっ!」 「ご、ごめん!」 しまった、ロコナにぶつかった。 「鼻が〜、あうあうっ……」 わ、悪い。 ロコナはアルエが連れて行くと主張した。 「……落ち着け、リュウ」 「う、……うん」 アルエにまで突っ込まれる。 「愛だね、愛」 「周りも見えないとは、なんともはや」 「…………」 実はジンまでついてきている。 「ほれ、どうした?」 ホメロもな。 ……これ、大所帯過ぎるだろ! 正直なところ、ジンやホメロは村に残す男手として置いていきたかったんだが、どうしても来ると言って聞かなかった。 俺たちがいない間は、ホメロが手配した助っ人が村を見ていてくれるそうだ。 「ふわわ〜」 「それにしても、本当にすごい人ですね〜」 「人に酔いそうだな」 「あとで観光しようぜ〜」 「お姉ちゃんのいる店がいいぞい」 遠足並みに賑やかだ。 だけど今の俺は、ミントのことで頭がいっぱいで、騒ぐ気分じゃない。 ……でも、なんでこんなにミントのことで頭がいっぱいになってるんだろう。 あんな別れ方じゃ、納得できなかったのが王都にまで来た理由だけど。それにしても、自分でも驚くほどミントのことが頭から離れない。 ため息をつきかけたところで、アルエが話しかけてきた。 「まあ、あのミントのことだ。捜し出すのはそう難しくはないだろう」 「行動パターンは単純だからな」 アルエは、なにかを示唆するように意味ありげに微笑んだ。 あ……なるほど。 「俺も気がついたぞ」 ミントと言えば金。金と言えば商売。 王都に戻ったミントが、いつまでもじっとしているわけがない。 魚が水無しでは生きられないように。ミントにも商売が必要だ。 「となれば、まず向かうべき場所は決まったようなものだな」 「ああ、間違いない」 商売人の集まるところと言えば、この王都では、まずあそこだろう。 よしんばミント本人に会えなくても、ミントを知る人間を見つけることができるはず。 居場所を掴むことは難しくないはずだ。 ……と、信じたい。 「わかったら、さっさと行け」 アルエがしっしっと手を振る。 そんなアルエの、素っ気ない態度の中にある気遣いに、俺は心から感謝した。 「いろいろありがとうな、アルエ」 「いいからさっさと行け。ミントをしっかり捕まえるんだぞ」 「ああ、必ず」 最後に落ち合う場所だけを決めると、アルエたちに向かって、軽く手をあげる。 行ってくるからな。 俺は踵を返して駆け出した。 バザール── この王都でも、最も活気に溢れた場所だ。 数百の店が軒を連ね、1日中買い物客が絶えることはない。 「ミントならきっとここに……」 辺りを見回す。 「ここじゃ……ないか?」 向かって直ぐに出会えるなんて、思っちゃいない。 「虱潰しだ」 俺の意気込みを舐めるなよ、ミント。 区画を替えて歩く。 けど、ここでもミントの姿はない。 「どこにいるんだよ、ミント」 こっちにもいないのか……? 「それにしても、やっぱりすごい人出だな」 この人混みの中で、たった1人を捜してる俺。 バザールを虱潰しに捜せば、いつかはミントを見付けられるとは思うけど。 現実として、この雑踏はすごい。 「でも、見付けるぞ……ミント」 でないと、胸の奥がスカスカしたままなんだ。 ミントに会って、ちゃんと話をしないと、この胸の奥に出来た、喪失感は消えることがない。 喪失感……なんだ。 今はっきりと気づいた。 胸の奥のスカスカしたこの感覚は、ミントを失った悲しさなんだ。 「ミント……見つけてやるからなっ」 新たに決意する。 そして、俺は辺りを再び見回して―― 『さあー、安いよ安いよ!』 ……いたっ! ミントだっ! いくつかの区画を歩き回ってから、ようやくミントの姿を見つけた。 やっぱりバザールに店を出してたんだっ! 「この幸運を呼ぶ魔法の石!この石さえあれば、富も名誉も、意中のあの人の愛情だってあなたのもの!」 ずいぶん威勢のいい呼び込みだ。いつもと変わらないように見える。 「……なーんて」 そっと見守っていると、ミントはふと肩を落とした。 「そんな石があったら、こんなとこでちまちま商売してるわけないじゃんねぇ」 そう呟いて、幸運の石とやらを手にしたまま、何気ない調子で顔を上げ―― 俺と目が合った。 「あ……」 「ミント、見つけたぞ」 ミントは大きな目をこぼれ落ちそうなほどに見開いて、俺を見ている。 「んなっ、んな……な、なんでリュウが……っ?」 しばらく、沈黙。 そして―― 「ギャーーーーーーッ!!」 ミントはいきなり叫ぶと、両手を振るう。 「悲鳴かよっ!?」 ブンッ! 「えっ!?」 風を切る音に、俺はとっさに頭を屈めた。 その頭上スレスレを、こぶし大の幸運の石がすり抜けていった。 「石かよっ!!!」 あ、当たったら死ぬぞっ! 「あ、あぶねーなっ」 「ゴ、ゴメンっ、つい……!」 「じゃなくて、急に現れるそっちが悪い!」 「だからって石投げつけるヤツがあるか」 「だいたい急なのはそっちだろうが。置き手紙なんて残して勝手に消えて」 「そ、そんなのあたしの勝手でしょっ!」 「なんで急に出てったんだよ?」 「そ、それは……」 途端にミントは口ごもる。 「そんなの、リュウには関係ないし」 小さくそう言い返す。 「関係ないのか? 本当に?」 ミントをじっと見つめて問い返す。 「………………」 ミントは答えなかった。 そして俺の視線から目をそらす。 ものすごく気まずそう。 この様子じゃ関係ない、ってことはないよな? 「なあ、理由を教えてくれよ。急に出てった理由」 「そ、そんなの……」 「絶対教えない!」 「じゃっ!」 ミントが店をほっぽり出していきなり走り出す。 「お、おい……店はっ!?」 とりあえず、俺も追い掛ける。 ところが小柄ですばしこいミントは、人混みをチョロチョロと駆け抜ける。 ……疾い。 「クソ! 逃がすか!」 俺も必死に追いかける。 「借金取りでもないのになんで追ってくるのよ〜〜〜っ!」 「ミントが逃げるからだろ! 逃げるな!」 「やだ! 絶対やだ!」 ミントがさらにスピードを上げる。相当意地になってるな。 こうなりゃこっちも意地だ。絶対に捕まえてやるっ! 「待て待て待て〜〜〜〜!!」 「ひ〜〜〜! 助けて!殺される〜〜〜〜ッ!!」 「バカ! 物騒なこと言うな!」 物騒な叫び声に、辺りが騒然とする。 じょ、冗談じゃないぞっ! 早く捕まえないと大変なことになりそうだ。 「よし、こうなったら……!」 一か八か、俺は路地に入った。 細い路地を通り抜け、再び大通りに戻る。 「あっ!」 先回り成功。 「捕まえたぞ」 逃げようとするミントより早く、俺はその小さな体を捕まえる。 「うぁ……ああ……」 ミントはなんか訳の分からないうめき声を上げていた。 やだやだとぐずるミントを捕まえて、俺はみんなと待ち合わせ場所で合流した。 ポルカ村での仲間全員集合状態に、ミントは再び目を丸くしたが、もう逃げられないと悟ったらしい。 俺たちは、王都のミント邸に移動した。 造りは、思っていたよりも豪勢だった。 親父さんが死んで、ミント1人でテトラ商会を切り盛りしてるなんて聞いてたから、ぶっちゃけもっと小さな家だと思ってたのに。 素直にそう言ってみると、ミントは『まぁね』と返してくる。 「父さんが生きてた頃は、繁盛してたの」 「あたしが引き継いでからよ、弱小になったのは!」 「だから、テトラ商会を大きくして父さんに恥ずかしくないようにしたかったのにさ」 唇を尖らせて、それから俺を睨む。 ……なんで、俺を睨むんだ? 「その話はまた後で聞くとして、今は尋ねるべき事柄があっただろう?」 「うう……ミントさん」 「急に出て行ったから、びっくりしました」 「そうだ。みんなも心配してたんだぞ」 「まったく、人騒がせな」 「…………」 「な、なんだ? みんなして、ボクを見て!?」 ……言葉にしなくても、今の俺たち(アルエ除く)は以心伝心だ。 それは、一言。 『人騒がせって、アルエが言うな』 色々あったからな、うん。 まぁ、今は突っ込むべき所じゃないから放っておくけど。 「そーそー。リュウは、ミントを捜すって言って、王都まで出てきてるんだぞ」 「警備隊の隊長が、アルエ随行の名目をつけて、無理矢理王都にまで出てきてるのがばれたら、うーん……誰のせいだろうな?」 「あ、あたしのせいっ?」 「さぁ?」 ジンはなかなか嫌味な口調で、ミントを追い詰める。 雰囲気といい、なんといい、ものすごく似合ってるのはなんでだろうか。 「そんなの、あたし……あたし、知らないもんっ」 「確かに、王都まで出てきたのは俺のわがままだ」 「別にミントに責任を押しつけるつもりはないから」 「そ、そんなの言われたって……気になるじゃん」 「じゃあ、とにかくなんで出て行ったのかそれを教えてくれよ」 それが知りたくて、ここまで来たんだ。 「それは……その……っ」 「だって、あのままじゃ、あたし……」 「あたし?」 うつむき加減になったミントをのぞき込む俺。 ちょっと近くなった距離。 「ひゃっ! な、なんで顔近づけんのよっ!」 「だって、ミントが俯くから」 ちゃんと目を見て話しておきたくて。 ほら、また目を反らす。 「あう、近い……近いってっ!」 ミントがどんどんとその顔を赤くしていく。その変化を見て、俺は思い出す。 ……そういえば、ロコナから聞いてたんだ。 もしかしたら、ミントって俺を好きかもしれないって。 この表情……もしかして、本当なのか? ――ドキンっ 心臓が、大きく鼓動を打った。 「あたしが出て行ったのは……」 ――ドキンっ 「あ、あれは……っ!」 ――ドキンっ 「リュ、リュウのことが大嫌いでっ!ムカついてしょーがないからよっ!」 えっ!? 「だから、出て行ったのーーーーーっ!!!」 「ええーーーっ!?」 衝撃の告白。 「はうっ!?」 「…………」 「ほうほう……そうくるかの」 「……なんだか、ロコナから聞いていた話と違うぞ」 「ロコナから聞いてた話ってなんだ?」 「ボクは知らないぞ」 「ああ、それって道中での内緒話のことだろ」 「なに、ジンも聞いてるのか?ボクだけ知らないのか?」 「……ま、おいおい説明するってことで」 俺の周りでは、なんだか雑談がかわされている。でも俺の耳には、ちゃんと会話として入ってこない。 それよりも、俺の頭を埋めてたのは…… 俺って、ミントにマジで嫌われてたのか……!? 「あうっ……ううう〜〜っ」 「そ……そんなに俺がキライですか?」 思わず敬語になっちまうくらい、ショック。 「キ……キ、キキ……キライっ」 「キライだもんっ!」 うわっ……なんか2回も言われた。 軽く石化する俺。 いやま……それが事実なら……仕方ない、のか? う……仕方ないけど……なんか、天国と地獄? 呆然としたまま固まってる俺と、なんか同じように固まってるミント。 そこに、レキが割って入った。 「ミント……ちょっと来い」 レキがミントの肩を抱く。 「な、なによっ?」 「ミントさん、いいからこっちに来てください♪」 レキとは反対側から、ロコナもミントの肩を抱いた。 なんか2人とも笑顔だけど……ちょっと怖い? 「なんだ、ボクも行くぞ」 「そうだな……うん、来てもらおう」 「えっ、なによこの雰囲気!?」 「話なんてあたしは別に……」 「いいんですよ♪ じゃあ……えーっと。あっちの空いてそうなお部屋に行きましょう」 ロコナが、ミントを引っ張る。 「え? あ、ちょっと……」 「ほら、行け!」 「えっ、ちょっとーーっ!」 「たいちょーは、お待ち下さいね」 ロコナが振り返って、告げる。 「あ、うん……」 3人に囲まれて、ミントは部屋を出て行った。 まるで連行されて行くみたいに。 「なんだ……ありゃ?」 「女同士の話し合いに期待しようじゃないか」 「って、アルエを女の子の頭数に入れていいのかどうかは、謎だけど」 「殿下は女性だ! 生まれたときから!」 「って、言っても本人が納得はしてなかったみたいだけど……って、まぁ、それよりも注目はミントだな」 「うーん、オレも話が聞きたいなぁ」 ジンは他人事だと思って軽く言う。 「話し合い……って」 いったいなにを話し合うんだか。 気になるけど、ミントたちの入った部屋の扉はがっちりと閉められてしまってる。 「気になるなら盗み聞きしてみりゃいい」 「えっ、おい!」 「伯爵公子、盗み聞きとは品性下劣な所業」 「まぁまぁ、時と場合じゃ」 ホメロがなんか援護してくる。 「な、気になるだろ?」 「う……っ!」 確かに気にはなるけど…… 「いやだめだ、盗み聞きはよくないぞ」 「……ばれたらどうする」 「って、ことは。ばれなきゃ、いい♪」 「……という、わけじゃなくて」 いや、まぁ……ほら、礼儀とかだろ! 「ここは、一発素直になろうよ、旦那」 「誰が旦那だ、おい」 「リュウもミントみたいに意地張ってないで、さっさとしろって言ってんだよ――おらっ!」 ――ドンっ! 「わっ!」 突き飛ばされた俺は、たたらを踏んでミントたちの部屋の前に。 「ほら、さっさと構える」 「あ、ああ」 ……ちょっとだけなら、いいかな? これははっきり言ってルール違反だし、その前にマナー違反だ。 わかってても、やる。 ここでおためごかしをしてても仕方ない。 「悪いな、ミント」 「おい、ドナルベイン!」 「非難とかは後で聞くからな」 それよりも、今はミントたちの会話をこの耳で聞きたい。 「よし……」 俺は扉の前に移動する。 そしてそっと扉に耳をつけた。 「ちょ、なにすんのよ?」 「まあちょっと頭を冷せ」 突然のことにミントはふて腐れる。 「さっきのはちょっと言い過ぎだ」 「そんなの……あたしの知ったこっちゃないし」 「そんなふうに言っちゃだめですよ」 「隊長だって、すごく心配してたんですから」 「……心配、してたの?」 「私は直接は見ていなかったが、聞いたところによるとな」 「ミントの書き置きを見て、すごく慌てていた」 アルエが渋い顔で頷く。 「わたしだって、ミントさんが出て行ったのは、自分のせいじゃないかって……すっごく」 「えっ? なんでロコナのせいなのよ」 「……だって、ミントさんに言ったじゃないですか」 「隊長のことが、好きですよね、って」 「わ、わわわーーーーっ!」 核心を突かれて、ミントは盛大に慌てた。 「なに、それは本当か!?」 「そうらしいぞ、アルエ」 「ち、違……っ!」 「そんなに慌てるなんて……やっぱりわたしのせいですかっ!」 「わた、わたしが……ミントさんに嫌な目をさせちゃったんだ……うっ、ぐすっ」 「待って、や、泣かなくてもいいしっ!」 「ロコナのせいじゃないからっ!これは、えっと……あたしの気持ちの問題?」 「ほう、気持ちの問題?」 レキが、なにやら思案顔をする。 そしてしばらくしてから、口を開いた。 「……それはロコナを庇って、この場限りの口からでまかせを言ってるんじゃないか?」 なんだか癇に障る言い方をされ、ミントのただでさえ平静でなかった心があっという間にかき乱される。 「でまかせってどういう意味よ、レキ!」 「ミントは根っからの商人だ」 「口が上手いからな」 「それって、あたしが嘘ついてるってこと!?」 「そりゃ確かに、商人は口が上手くてなんぼよ!」 「でも、こんなことで変な嘘なんかつかないしっ!」 「信用できるかな……?」 「あの……レキさん?」 「どうしたんだ、レキ?」 普段のレキからは、あまり想像できない嫌味な口調と雰囲気に、他の2人もあっけにとられる。 「なによ、むかつく!あたしの気持ちも知らないでっ!」 「じゃあ、言ってみろ」 「あたしが出て行ったのは、ロコナのせいじゃないっての!」 「リュウを好きになったかもしれなくて、それでヤキモキしたり、平静でいられないのが、どうしても我慢できなかっただけなんだもんっ!」 売り言葉に買い言葉。 ミントは怒りのままに真情を吐露する。 「……好きなのか!」 「え……、あれ?」 「やっぱりな」 レキがさっきまでの嫌味な空気を振り払い、清々しい笑顔を見せた。 「はう……やっぱり、ミントさんは隊長のことが好きなんですね?」 「や……ちょっと、待って?」 「あたし、なにを口滑らしてんの!?」 「すまなかったな、ミント。口を割らせるために、嫌な言い方をしたぞ」 「嘘、やだ……あたし、なに言ったのよ〜っ」 ミントは盛大に焦る。 「あの、あのね、やっぱり好きじゃないから!」 「好きかなぁって思うけど、でもリュウのことを考えたら、落ち着かなくて!」 「気もそぞろになるし、こんなのあたしじゃないもんっ」 「胸も痛いし、会うとなんか余計胸が痛いしっ」 「こんなの好きとか、そんな……こ、恋……だなんて言わないんじゃないのっ?」 ミントは必死になって、みんなに訊く。 自分で自分の気持ちがわからないのだ。 「ね? 言わないよねぇ?」 「……うーん。言うんじゃないですか?そういうのを恋って」 ロコナがあっさり言い切った。 「そうなの? これって恋?」 「じゃああたし、リュウのこと好きなのっ?」 「ホントに好きなのっ!?」 「そうだ。そなたはリュウのことが好きなのだ」 「どうやら……間違いない、ようだな」 レキは微笑み、アルエはまだ困惑顔だ。 「おめでとうございます〜!」 「……ということだ、扉の前でもよく聞こえたか?」 「え?」 レキの言葉に驚いたと同時に、部屋の扉が開いた。 「えっと、悪い。聞いてた」 扉越しにレキから声をかけられて、盗み聞きはばれていると分かった。 素直に扉を開けて、ミントに謝る。 「な、な……なん、な、なんで!」 俺の顔を見て、ミントの顔は熟れた林檎のように真っ赤に染まった。 「リュ……っ」 「リュウのアホ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」 ミントが扉の前にいた俺たちを突き飛ばして、廊下に飛び出した。 「あ、おい!」 『バカバカ、死んじゃええ〜〜〜っ!』 『バァァカァァァ〜〜〜〜〜〜っ!!!』 声だけが響く。 「……怒らせた……?」 「まぁ、大丈夫だ」 レキが頼もしく笑う。 「こういうものは、客観的な立場の人間の方がよく分かるものだ」 「ミントがちゃんと自覚したなら、あとは落ち着くのを待つだけだろう」 なんだか、レキが一回りも二回りも大きく見える。 「ほえ〜〜、レキさん、すごいです」 ……うん、同感。 「あー、疲れた……」 クタクタでベッドに身を投げる。散々走り回ったせいで、足が棒のようだった。 レキには大丈夫って言われたけど、あれからずっと街中ミントを捜し回った。 広場にも行った。 バザールにも足を伸ばした。 もしかしたら……と、下町の方まで捜してみた。 しかし結局ミントは見つからなかった。 結局、夜になってもまだミントは帰ってこない。 人様の家を勝手に使うのは気が咎めたが、それでも家主が帰ってこないなら仕方ない。 他のみんなは、使える部屋を勝手に拝借させて貰い今夜はこのままミントの家の泊まることにした。 「ミントが俺を好きって本当か?」 嫌われてると言われた方がしっくり来るような。 やっぱり嫌われてる……のか? 「うっ……!」 ミントに嫌われてるかも……と思った途端、胸の奥がずきんと痛んだ。 ミントが消えてから、空洞になったような場所が今度はズキズキと痛いんだ。 「……眠れないな」 とはいえ、疲れきった頭じゃろくな考えが浮かばない。 「徹夜かな?」 そんなことを考えていたとき。 ん? もしかして…… 「あ……!」 なんだか疲れた顔のミントが現れた。 まるで迷子の少女みたいに頼りなさげだ。 「いたんだ……!」 「いるよ」 「あ……う……」 どうやら、再び逃げる気はないらしい。 ミントは、所在なげに自分の足下を見つめている。 「えっと……」 なんて言ったらいいかわからない。気の利いた言葉も思いつかない。 ミントがどういうつもりで、俺の前で留まってるのかわからなくて、だから沈黙が重苦しい。 でも、不思議と俺はホッとしていた。 ミントがそばにいるというだけで、なんだか満たされた気分になる。 ミントを捜して街中を走り回っているときは、なんだか、無性に焦りがあって、ずっと落ち着かなかった。 胸にポッカリ穴が空いたみたいで、一瞬たりとじっとしていられなかったんだ。 だから街中を走り回り続けた。 ミントの姿を捜して。 そのミントが、今……俺の前にいる。 「あの……昼はゴメン」 ミントは申しわけ程度にちょこんと頭を下げた。 まさかミントから、謝ってくるとは思っていなかったので、驚く。 「ホント……ゴメン」 「いや、べつに」 本当はもっと言いたいこととか、言わなきゃいけないことがあるはずなんだ。 でもなんだか緊張して、言葉が出てこない。 「いっぱい、捜し回ってくれたんだってね」 「なんで知ってるんだ?」 「バザールで、あたしの名前を出して捜してたんでしょ。商人仲間から聞いたもん」 あ、そうか。 ここはミントの陣地みたいなもんだもんな。 「まあ、結構捜し回ったかも」 「……ありがと」 またちょこんと、申しわけ程度に頭を下げる。 「あの……怒ってる?」 「なにが?」 「……全部」 書き置き1つで出ていったこととか。嫌いって叫ばれたこととか。ひたすら逃げ回られたこととか……か? 「……ぷっ……」 羅列したら、なんか笑えてきた。 普通は、完全に嫌われてる流れだよな。 「なによ!」 「今はもう怒ってない」 「ホントに?」 「ああ、ホントだって」 「よかった……」 ミントがおずおずと近寄ってくる。 「後ろ向いて」 「え?」 「いいから、向いてってば!」 なんだか分からないけど……言うとおり、ミントに背を向けた。 温かいものが俺の背に触れた。 「え……?」 「よかった……ぁ」 背中に触れているのがミントだと……ミントの額だと、理解するまでにずいぶんかかったような気がする。 「ミント?」 ドクンッ、と心臓が音を立てる。 「リュウがすごい怒ってて」 「もう口も聞いてくれなかったらどうしようかと思った……」 弱々しい声。 「そ、そんなわけないだろ」 「でも、そう思ったら、すごく怖くなったんだもん」 「都のいろんなところを歩き回ってたけど、考えたら、いても立ってもいられなくなって……」 「ごめん……嫌いなんて、嘘……」 「死んじゃえとかも嘘」 「酷いこと言ったの、全部嘘だからっ!」 「全部、全部嘘だから……っ!」 背中に押し当てられてる、ミントの額が熱い。 「歩いてるうちに、頭が冷えて……ホントなんてこと言っちゃったんだろうってもう……あたしの、バカ……っ」 「王都にまで逃げたのに、リュウは来てくれて」 「すっごく嬉しかった」 背中の皮膚を伝わって、ミントの声が俺の中に染みて来るみたいだ。 「あたし、なんか今までとは変わっちゃった自分が怖くて……それで逃げたの」 「だって……恋、なんて……知らなかったから」 「だから、怖くて……ごめんっ!」 ミントの手が、そっと俺の腰に回された。 控え目に抱きついてくる。 胸の奥がキュンと鳴った。 いや、キュンなんてもんじゃなくて、キュゥゥゥゥ〜〜〜って締め上げられた。 俺は勇気を奮い起こす。 「あのさ、ミント……」 「うん?」 「俺……ミントが黙って出ていった時も、今日の昼間いくら捜しても見つからなかった時も寂しくて仕方なかった」 「え?」 「俺はミントのことが……好きなんだと思う」 「は、はうぅっ!」 勇気を振り絞って、伝える。 足を踏ん張ってなければ腰が砕けそうだった。 愛の告白が、こんなに体力を使うものだなんて知らなかった…… 「じゃ、じゃあ……両想いってこと、なの?」 「あたし、リュウに好きになってもらえてるの?」 「あんなに、ヤなこと言ったのに……っ?」 「なんか、ミントがいないと駄目なんだ」 俺の目の前にいてくれなかったら、落ち着かなくてしょうがない。 姿が消えたら、寂しくて仕方ない。目の前にいて、そして笑ってくれたら嬉しい。 これって、多分。 恋――だろ? 「……あの、あのね……」 「リュウがあたしを好きかもしれなくて……」 「それで、あたしがリュウを好きだったりすると、そのね……えっと」 「じゃ、じゃあ、あたしたちは、今日からこ、恋人同士……に、なるってこと……かな?」 恋人同士…… ――ドキン 心臓が……痛い。けど、すっごく甘い感覚なのは、なんでだ!? 恋、ってこういうことなんだな。 「うん。恋人同士……になるんだろうな?」 「そうなんだ……」 ミントが感心したようにつぶやいた。 俺もある種の感動を覚えていた。 親、親しい友達、ちょっとした友達、ちょっとした知り合い、赤の他人…… 誰かとの関係を、こんなふうに確かめ合ったことなんて今までになかった。 「え……えへ♪」 ミントの腕に、きゅぅぅっと力がこもる。 「じゃあ、これからは……えっと、よろしくデス」 語尾がいつもとは違う感じなのが、ミントの照れだと分かって可愛らしい。 俺の背に額をつけたまま、背中越しにミントが俺に手を差し出した。 「よろしくな」 その手を握る。 手をつなぐというよりは握手という感じ。 まだ戸惑いでスマートじゃない部分は多いけど、最初はこんなものから、始まっても悪くない。 俺たちはドキドキしながら、ただずっと手を握り合っていた。 ……………… ………… …… その頃、別室では3人の乙女が座を丸く囲んでいた。 「うぃぃ〜〜っ」 その中央には、アルコール度数の高い濁り酒。 いわゆるどぶろく。 「こっちにも、もう一杯」 とくとく、とレキの手の中の杯にどぶろくが満たされる。 「……ボクもだ」 「ミントさんも、ちゃんと自覚してぇ〜、これで、たいちょーと……ひぃっくっ!お付き合いしちゃいますよね〜……っ」 「するだろうな……、リュウがわざわざ王都まで追いかけるって気持ちの時点で、ミントのことが好きってことだ」 「……うっ!」 「アルエさん、ごめんなさいいぃぃ」 「な、なんだ!?」 「アルエさんは、たいちょーのことが、好きらったんれすよね〜っ、ひぃっく!」 「ボ、ボクは男だぞっ!」 「……隠さずともよい。見ていれば分かる」 「な……っ! 本当に、そんな気はないからっ!」 「自覚されてなかったんれすか〜」 「うう……もっと、ごめんなさいいいぃぃ〜〜!」 「初恋と失恋と同時なんれすね〜〜っ、う……うわぁぁ〜〜ん!」 「ボクが、リュウを好き……? しかも失恋!?」 「ううう……お慕いしてました、たいちょ……」 「たいちょーが、ミントさんを好きなんだって、分かってから……それを見てたら……わらしもっ」 「あうぅ……たいちょーのことが、ちょぴり好きだったのに気づいちゃいましたぁ〜っ!」 「……似たようなものだ、私も」 「え? え? えええっ!?」 「ということで、今晩は女同士で飲み明かすぞ」 「え……あの、ボクは、だから男……」 「今更、もう気にするなっ!」 「ほら、もう一杯飲むといいっ!!!」 「うわっ、おいっ! そんなに注ぐな!」 「たいちょー! ミントさーんっ!お幸せにーーーっ!」 3人の乙女たちの夜は、まだまだ続く。 ミントの件が一件落着し、改めて王都見物ということで街に繰り出す一行。 下町で人気のミントは、色々な商人たちに声をかけられ、リュウの存在をからかわれる。 気を利かせた一行が姿を消し、二人きりになるミントとリュウ。ぶつくさと文句を言いながらも、いい雰囲気の二人だった。 「グー……グー……」 『うう……えっと、どうしよう……』 「グー……グー……」 『リュ、リュウ〜』 「んー……」 誰かが呼んでる。うー、まだ眠い…… 『リュウ〜、起きて〜。朝だよ〜♪』 しつこい……なぁ。まだ眠いって言ってんのに……誰だよ…… 「う〜ん、もうちょっとだけ……」 『もうちょっとじゃないわよ〜♪もう朝なんだからね〜?』 『あっという間に起こせるって言っちゃったんだから早く起きなさいよね』 ……しつこいぞ。 ミントと付き合うことになった興奮で、昨夜はあんまり眠れなかったんだよ……うう…… 「う゛ーーーー……」 『コラー、起きろ! 朝だってばっ!』 ――ぽかぽかっ! 「な、なんだっ!?」 背中にちょっとした衝撃。 多分、軽いパンチなんだろうけど、寝起きの俺は、威力以上にびっくりする。 「だ、誰だっ!」 もう一度パンチを繰り出そうとしていた、正体不明の腕を素早く掴む。 『あっ!』 掴んだ腕を引き、狼藉者を布団に引きずり込んだ。 暴れるそいつを押さえつける。 「捕まえたぞ、コノヤロー!人の睡眠を妨害しやがって……、って、あれ?」 なんか思ったよりも小さいし、柔らかい? 『バ、バカっ! なにすんのよっ!』 「……ん? その声は?」 布団をはね除ける。 朝の光が、暴漢の顔を照らした。 「バカッ!」 俺の体の下にいたのは、ミントだった。 「あれ? ミント」 「ちょ、ちょっと離してよ」 「えっと、近いってば……ここベッドだしっ!」 気づけばミントの顔が近い。息がかかるほどだ。 俺が押さえつけているミントの体は柔らかくて、あったかくて、その体からは微かにいい匂いが…… 「ゴクッ……」 「ちょ、ちょっと、なに生唾飲んでるのよっ?」 「い、いや違う! 今のは……」 「ス、スケベ……っ」 「違うぞっ! 違わなくないけど……違うっ!」 これは正当防衛……だよな? ん? 「残念でした〜。時間切れで……」 「はうあ〜〜〜っ!!!」 ドアを開けた格好のまま、ロコナがドア口で固まっていた。 ベッドで抱き合うような体勢の俺たちに、その目が釘付けになっている。 「どうしたんだっ?」 「なにがあったんだっ?」 そして、今度はアルエとレキが現れる。 同じくその場で硬直。 「あ……」 「これは……」 あ……あーあ…… 誤解されてる、絶対誤解されてる。 「いや、こ、これはだな……あははは」 「あ、あはは〜」 俺とミントが一緒になって笑う。 「ところで、これってあたしの勝ち? 負け?」 ミントが訳の分からないことを言った。 どうやら朝のアレは、ミントと他の連中が、俺を時間内に起こせるか賭けをしてたらしい。 賭けと言っても、内容は宿泊費について。 ミントが時間内に俺を起こせたら、滞在費はポルカ村での兵舎宿泊費と同じ。起こせなかったら、宿泊費はチャラ。 どうやらミントとしては、勝っても負けてもどっちもでよかったみたいだ。 「ったく、朝から人をダシにしやがって」 「だって、みんなのおかげで、リュウへの気持ちにちゃんと向き合えたし」 「ほら、その……こ、恋人同士なんかにも、なれちゃったりした……し……えへ?」 そこまで言ってから、ミントは真っ赤になってそっぽを向く。 意地っ張りなのは、あいかわらずだ。 「熱いな」 「冬なのに、熱い」 「えへへ〜、よかったですね♪ おふたりとも♪」 乙女3人(アルエも一応、入れて)は、なんだかちょっとだけ眼が赤い。 寝不足みたいな感じだけど、妙にすっきりしたような様子でもある。 こいつらも、なにか夜更かししたのか…… ちなみに俺たちが付き合ったことをみんなが知っているのは、ミントが口を割ったらしい。 曰く『あれで黙ってられたら、あたし人間じゃないっ!』だそうな。 一体、なにがあったんだか…… 「いやー、晴れやかな朝の空だ」 「と、いうことで、貴族的に腹が減りました」 貴族は関係ないだろう。 「あ……」 俺も腹の虫が鳴った。 朝からバタバタしてるうちに、やっと体が目覚めてきたらしい。 「じゃ、さっそく朝食にしますか!」 「……って、言いたいんだけど。申し訳ないことに、食材がないのよね」 「ということで、朝市に行こう。あそこなら美味しいもの食べられるよ!」 「朝のバザールか」 「わぁ♪ 楽しみです♪」 「王都と言えば……アルエさんもよく知ってるんですか?」 「あ、ああっ! もちろんだ!王都なら、ボクに任せろっ!」 「王族のアルエが、朝市とかを知ってるのか?」 「うっ……知ってるっ!」 「……殿下、お城の外にはあまり出られていないので、それは無理かと……」 「馬鹿者っ、言うな!」 ……うん、また知ったかぶりなんだな。 負けず嫌いめ。 「えーっと、今回はお礼も兼ねてあたしが案内ってことでいいかな?」 ミントの助け船が出る。 「よし、そうするか」 「じゃあ行こう〜♪」 「どーでもいいから、腹減ったー」 俺たちは8人揃って朝市へと出かけた。 王都のバザールは早くから開かれる。 あたりには近くの農村から朝一番で収穫した野菜や、果物。 それを調理した屋台が並んでる。 朝のバザールはすでに活気に満ちていた。 「イモリの形の堅焼きパン、発見!」 「よし、オレはあれをゲットだ」 「伯爵公子……貴殿は……」 「どうした? ポルカ村ではイモリ形の成形食品を縁起がいいとしておるんじゃぞ」 「なっ……本当か?」 「冗談じゃわい、若人め」 「ご、ご老人っ!俺を馬鹿にしているのか!?」 アロンゾがいきりたつ。 「アロンゾ。イモリは嫌だが、あっちにある花の形のパンがボクは食べたいぞ」 「さすが殿下は趣味がよろしゅうございます。ただいまお持ちします!」 アロンゾの変わり身は、対アルエ限定で天下一品だ。 「あ〜〜、いい匂いですね♪」 「それにこんなに朝から人が一杯で」 「都とはこういうものだ」 「はう〜、目が回りそうです」 みんなも、それぞれ朝のバザールを楽しんでる。 「よお、ミント。おはようさん」 「あ、おはよー」 「お、久しぶりだなー。元気だったか?」 「元気元気〜♪ じいさんも元気?」 「ワシはいつも元気じゃい」 ミントが通りを歩くと、たくさんの商人たちから声をかけられる。 どうやらミントは、人気者らしい。 「あら、ミントちゃんじゃないか。こっちに戻ってきてたんだね?」 「こないだからね」 「しばらく見ないうちに、なんだか綺麗になったみたいね」 「え? そ、そうかな?」 「で……そこにいる人は誰だい?」 にやにやと笑って、おばさんが俺について尋ねる。 「あっ、えっと、その……」 「リュウは、なんて言うのか……その……っ」 ミントの顔が、みるみる赤くなっていく。 「は、はぁあん♪」 「ほら、みんな! あのミントちゃんにとうとう恋人が出来たよ〜〜っ!」 「はにゃっ! お、おばちゃんっ!」 「なになに? ひと目見せんかい!」 「え、うわっ……!」 ぞろぞろと商人たちがわいてくる。 「案外、男前じゃないか」 「あたしが、あと10才若かったらね〜」 「結構、お似合いじゃのう」 「や、みんな、見せ物じゃないから〜〜〜っ!」 「はは……ははは」 「えっと、リュウ・ドナルベインです」 「昨日から、ミントと付き合ってます」 「ひゃっ! なに言ってんのよ!」 「ミントだって、みんなに先に言っちゃっただろ」 俺が寝てる間に。 「う〜〜、でもそれは〜っ」 「おや、さっそく喧嘩かい? 熱いね♪」 「ち、違うもんっ!」 「はは……はははははは……」 ミントの顔見知りの商人たちに散々検分されていると、ポルカ村の仲間たちはどこかに姿を消していた。 「……あれ?みんなどこ行ったんだ?」 「あれ、ほんとだ?いつの間にいなくなっちゃったんだろね?」 「ぜんぜん気づかなかったな」 なんせ、商人たちに囲まれてそれどころじゃなかった。 「ま、子供じゃないんだし……大丈夫かな?」 「探し回る方が、無理そうだしな」 朝のバザールの人混みは、また格別なんだ。 「せっかくだから2人で回るか」 「そだね」 何気なしに言うと、ミントも何気なしにこたえてくる。 「…………」 「…………」 「そ、空が青いな」 「あ、うん」 「…………」 「…………」 ふたりっきりだとわかった途端、意識して会話がなくなってしまった。 えっと、これじゃ墓参りみたいだ。 せっかくふたりっきりの今だからこそ、ちゃんと恋人同士らしいことをしないと。 えっと、どうする? 俺は、思い切ってミントの手を握った。 「にゃっ!?」 びくんっ! と、跳ね上がるような勢いでミントの体が揺れた。 「その……恋人同士だから。手をつないで歩くのはどうかなって?」 「て、手をつないだんだよね、うん、そうだね!」 とりあえず、手を繋ぐのは成功。 「う……はうぅ……」 なんか声が漏れてるけどな。 しかも…… 「ミント……」 「は、はひっ!?」 裏声かよ。 「右手と右足が一緒に出てるんだけど……」 「ほわっ!?」 歩きにくそうなミントに見かねて、教えてやる。 「こ、これは、マイブームなのかな?」 かな? って聞かれても。 ……どう見ても照れてるんだよな? いつもは勝ち気で、元気いっぱいのミントがなんだか急におとなしくなるのは、ものすごく……可愛かったりする。 「右手……左足……あぁっ、駄目じゃん!」 一生懸命、まともに歩こうとしてそして意識しすぎたのか失敗している。 「ううう〜〜っ」 上目遣いで、なんか俺を睨んでくるけど……可愛さで俺を殺す気か、こいつ。 「なんか、リュウが悪い……」 「え?」 「あたしがジタバタしてるのに、落ち着いてる感じがしてムカツクぅ〜〜」 「緊張する前に、なんか笑ったからな」 なんせミントは右足と右手が一緒になって歩いてて、しかも可愛らしくて、たまらない。 緊張もするけど、同時に勝手に笑みがこぼれる。 「ほら、あっちに美味そうな屋台がある」 「串ミートだ、好きなんだよね、あれ」 「じゃ、奢ってやるか」 「恋人のリュウからの初奢りか……」 「えへ……わーい♪」 ……もう、10本でも20本でも食え! 「おお、手をつないでるぞ」 「しかし、人前であんなふうに手をつなぐとは破廉恥な行為ではないのか?」 「……ドナルベインめ、風紀を乱すとはけしからん」 「だが、最近の若い者はああいうものらしいぞ」 「若い……いや、俺も若いんだが……」 「まさか、おなごと手を繋いだこともないのか?」 「だ、黙ってもらおう!」 「わ〜〜♪ おふたりとも笑ってますね〜。楽しそうだなぁ」 「あっ、ほら移動する!」 「せっかくふたりきりにするために、はぐれてやったんだから、尾行はしなきゃな!」 「そうじゃそうじゃ」 「ふたりきりにすることで、恋の炎は燃え上がり、それをワシらは見守る使命があるでのぅ」 「出歯亀だろう……単なる」 リュウとミントの背後から、ポルカ組6人はぞろぞろと付いてきていた。 「うう……?」 「どしたの?」 「なんだかゾクッと来たんだけど……」 「風邪じゃない? 寒いの? 大丈夫!?」 そう言って、ミントが心配そうに身を寄せてくる。 あ、なんか全身が、ほんのり温かい感じ。 「えへ……♪」 ミント、ご機嫌だな。俺といるからかな? ……なんつって。 でも歩いてるだけでなんか楽しい。恋ってこういうものなのか。 「リュウの手、あったかいなー。手があったかい人は心が冷たいんだってさー」 「それ、ほめてないぞ?」 「ほめてないよ〜」 「なにー?」 「わー、怒った〜!」 大げさにはしゃぐミント。 ただじゃれ合っているだけでこんなに楽しいとは。 恋、恐るべし。 ていうか……デートだよな、これ? ようやく俺たちが2人でいることにも慣れてきて、甘い空気が流れかけたとき―― 「あれ? リュウじゃんか?」 「ん?」 声を辿って振り返ると、見覚えのある顔のやつらが立っていた。 「え? リュウ!?」 ケンとバディ! 「久しぶりだな!」 「誰? 知り合い?」 「ああ。同期の連中」 「そ、そうなんだ……」 「ここにいるのも驚きだけど、誰だい、このかわいい子は?」 「まさか、彼女とかじゃないよな?」 するどいな、こいつら。 「えっと、そのまさかだったりする?」 「なんだってーーー!?」 ケンとバディが目を剥いて、ミント見つめる。 「あの、その……えっと」 ミントがあっという間に、頬を真っ赤にする。 「リュウの、恋人……の、ミントです」 いつものはきはきしたしゃべり方と違って、恥ずかしくてたまらないっていう感じの声。 ほんと、意外だ。 恋人になったミントは、思った以上に照れ屋だった。 「なんかわからんけど、うまいことやりやがって!このーっ!」 小突くなって! 「よし、ついでだ。僕も小突く」 おまえもか。 「こんなかわいい子、リュウにはもったいない!リュウなんかやめて俺と付き合わない?」 「おいっ。人の彼女をナンパすんな!」 「あれ……リュウ、ヤキモチ?」 「ヤキモチかな? かな?」 おい、なんで嬉しそうなんだよ。 「くっ! なんだよ、見せつけやがって!」 「こうなったら、俺も可愛い子を見付けて……」 「あっ!」 俺の背後を指さす。 なんだ? 俺の背中になにがある? 「うわっ、すごい可愛い子たちがあそこにもいる」 「王都の美少女率って、こんなに高かったっけ?」 「は?」 なんとなく、振り向く。 するとそこには―― 「しまった、見つかったぞ!」 「あうっ、隠れましょう〜っ」 「……もう、無理だろう」 「アルエ!? ロコナ!? レキ!?」 「えっ!? どういうことっ!?」 ミントも3人の姿を見つめて、あんぐりと口を開ける。 しかもそれだけじゃない。 アロンゾとジンもいる。 もしかして……あいつら! 「つけて覗いてたのか!?」 「ばれたか〜、てへっ☆」 「開き直るな〜っ」 「…………空が青い」 「誤魔化すな〜!」 「どっちならいいんだよ」 「どっちも悪いわっ!」 「嘘っ、もしかしてずっと見られてたわけ〜っ!?」 「おい、どういうことだよ」 「あの美少女たちも知り合いか……?」 「……なぁ、あの中の1人って、まさかアルエミーナ殿下……」 げっ! 「た、他人のそら似だ!」 ここでアルエがいるのばれたら騒動じゃないか。 「あれは単なる村娘だから!」 「ドナルベイン、貴様!いま殿下を村娘と言ったのか!」 「だーーっ、だからおまえは黙ってろ!」 「あれって、青の騎士のアロンゾ殿……?」 「え、え……そら似? それともマジ!?」 「うう〜〜っ、恥ずかしい〜〜っ!」 「手を繋いでるところなんか見られた〜〜!」 ああ、もうメチャクチャだ。途中まではいい雰囲気だったのに。 俺とミントの初デートはこうして、慌ただしく幕を下ろした。 とほほ…… アルエは城に上がり、これからは女として生きていくことを王に宣言する。村での生活が、アルエの心を変えたのだ。 アルエを正しき道に導いてくれた者たちに会いたいという王の命により、国王謁見へ。 アルエの口利きもあってか、ミントは王家が独占している岩塩流通に、仲買人として関わってもいいという資格を手に入れる。 その上資金の無利子貸付まで行ってもらい、借金も無事に返済し、それもこれもリュウのおかげだと上機嫌のミントだった。 俺とミントが付き合ってから数日。 朝食の席で、それは突然の宣言だった。 「え? アルエがお城に戻る?」 「そういえば、まだ戻ってなかったっけ?」 「あう〜〜、もう会えないんですか……」 「……会いにくくはなるな、やっぱり」 レキもジンも、驚きを隠せない顔だ。 ホメロは1人落ち着いてるけど、それは年の功なのか? でも誰もアルエを止めることは出来ない。 元々、お城に戻るためにポルカ村を出たんだから。 しかし、みんなが驚いたのはその点ではなかった。 それだけではなく、これからは女として生きていくと、陛下に書状で伝えたと言うのだ。 「うむ。もう観念した」 アルエはサッパリしたように言った。 あれほど男に戻ると言っていたアルエだけに、その心変わりには驚きだ。 「本当にいいのか?」 つい心配になってそう問い質してしまう。 「いいんだ。女に二言はない」 なんかまだちょっと男っぽいが。 「心配そうにするな」 「どうやら、ボクの本質は女の子らしいと、確認してしまうような出来事があったんだ」 「そんなことがあったのか?」 一体、いつの間に? 「……男を好きになって、しかも失恋したのでは、もう観念するほか無いしな……」 「ん? どうかしたのか?」 「ううん、なんでもないんだ」 晴れやかに笑う。 「ポルカ村での日々が、ボクを女の子なんだと自覚させる色々の要素を孕んでいたんだ」 「あの村に行って、みんなと出会ってなかったら、ボクは今でも自分を男だと信じて、必死に元に戻ろうとしてただろう」 「殿下……よく、ご決心いただけました!」 「アロンゾにも、色々と苦労を掛けたな」 「もったいないお言葉です」 「自分は殿下が女性であることを、ずっとお伝えしておりましたが、ようやくご理解いただけたことを嬉しく思います」 「本当に、ボクは女の子……だったのか?」 「左様にございます」 アロンゾは強く頷く。 そういえば、前からずっとそう言ってたよな。 それじゃあ、アルエが男だと主張してたのは、やっぱり本人の勘違いとか、思いこみ? ……まるで悪い魔法にでもかかって、勘違いさせられてたみたいだよな。 「ま、そんなことあるわけないか」 俺の呟きをよそに、アロンゾの強い口調での主張は続いてた。 「殿下は男子であらせられたことは、一度もございませんでした」 「幼少の頃から、それは美しい姫君でした」 「そうか……」 「今まで、男だと言い張って……悪かったな」 「もったいないお言葉です……殿下っ!」 アロンゾは感極まったように、俯く。 な、泣いてないよな? 「あー……それでだ」 「実は父上が、みんなに会いたいと言ってるのだ」 ……え? 場が静まりかえる。 「へぇ〜、お父さんがですか♪」 「アルエさんのお父さんって……どんな」 「はうあっ! 国王陛下……ではっ!!!」 遅いっての! どうやら、アルエが陛下に書状で連絡した際に、俺たちのことも一緒に伝えたらしい。 それはさっきアルエが言ったことと同じ。 ポルカ村のみんなとの出会いのおかげで、女の子である自分に納得できた、と。 「陛下御自ら、感謝の意を伝えたいとの仰せだ。ありがたく思え」 「そりゃすごい……」 国王に礼を言われるなんて、一生に一度。いや十生に一度あるかどうかってことだろう。 「それで、いつなんだよ」 登場すべき日ってのは。 「今日だ」 「へぇ、今日……って、今日っ!?」 また目を丸くする一堂。 そして、留守番と言い張ったホメロを残し、それはあれよあれよという間。 俺たちは迎えの馬車に乗せられて入城したのだった。 目が痛いほどの、豪勢な装飾が施された内装。 微かに薫るのは、気品ある香木の匂いかな? いつもとは違う世界、違う空気に俺たち庶民派は緊張の極みだ。 「大丈夫だって、取って食われやしないから」 なんのかんの言っても、ジンは貴族。 陛下へのお目通りも初めてじゃないらしい。 「ま、貴族って言ってもピンキリだけど?」 「アルエ殿下はともかく、他の姉姫なんかじゃオレが会っても、鼻で笑うかもな〜」 ……同じ王女殿下でも、違いはあるんだな。 ……き、来た……じゃなくて、おいでになった! 俺たちは揃って頭を下げる。 『みなのもの、頭を上げてくれ』 凛としたアルエの声が響く。 顔を上げれば、そこにはドレス姿のアルエ。 うん……やっぱり似合ってるな。 「本日は、急ぎのため非公式の謁見となっている」 「そのために必要な、謁見での儀礼は省き、父上も堅苦しい挨拶は抜きにしてよいとのことだ」 「そのつもりで、肩の力を抜いて欲しい」 アルエの口上が終わり、そしてその背後から国王陛下であるアルエの父親がやってくる。 陛下が入室されると、その後ろからはアロンゾがやってきて、アルエの後ろに控えた。 「アルエが申したとおり、固くならず楽にするがよい」 「ハッ! もったいないお言葉!」 楽にしろと言われて楽にできるわけもない。 「余の可愛い姫であるアルエは、そちらの村に赴いてから変わった」 「短い期間に、人間的にすっかり成長したようじゃ」 「…………」 アルエは黙って聞いている。 だが、国王である父の誉め言葉はくすぐったそうだった。 「そなたたちとの生活の中で、どうやら大事なものを見つけたとみえる」 「娘を正しき道に導いてくれたこと、余は心より感謝するぞ」 国王は、わずかに頭を下げた。 「……陛下っ」 アロンゾが息をのむ。 その姿は、国王としてのものではなく、父親としてのもののようだった。 国王の、娘のアルエを思う父親の側面を垣間見て、なんか……感動する。 アルエもそんな陛下の姿を、少しだけ眼を赤くして見守っていた。 「父上……。ボクの……いえ、私の成長を、これからも見守っていてください」 「父上のご期待に背かぬよう、これから努力して参ります」 「うう……本当に立派になって……」 涙ぐむ陛下と、同じような様子のアルエ。 その背後のアロンゾは…… ここは騎士の情けで、見なかったことにしてやろう。 「皆のものには、いくら感謝してもしつくせぬ」 「なにか褒美をとらそうと思うが、そちたちに望みの品はあるか?」 「えっ!?」 突然のことで、俺たちは顔を見あわせる。 「そんな……ご褒美だなんて、わたし」 「私もだ」 「うーん、別になぁ」 俺も、左遷が解かれれば……とは思うけど、品って言われたらなぁ? みんなそんな感じで戸惑ってる。 「えっ? ご褒美♪」 おい……ミント! 1人だけ違ったか…… 俺は、後ろ手にミントの服を引いた。 「おとなしくしてろよ?」 「わ、わかってるわよぅ」 「父上。突然のことでは皆も戸惑います」 「それに国王からの急なお話では、遠慮して申し上げにくいこともあるでしょう」 「それもそうじゃの」 ……いや、約一名、現金な奴がいたぞ。 「では、そちらには余とアルエで相談したものを褒美としてつかわそう」 「使者を遣わすので、楽しみにしてるがよい」 棚からぼた餅的に、俺たちには褒美の品が与えられることになった。 下城して、ミントの家に帰り着くと直ぐに陛下からの使者がやってきた。 そして言い渡された、各自への褒美は特にミントを喜ばせるものだった。 「やったぁぁぁぁ〜〜〜!」 「最高のご褒美っしょ〜〜〜〜〜〜!?」 さっきから、ミントは家の中ではね回っている。 「まさか、国王が岩塩の仲買人の資格を与えちゃうとはなぁ」 俺も詳しくは知らなかったんだけど、岩塩を取り扱う市場ってのいうのはかなり特別なものらしい。 塩というのは、人が生きる上で必要不可欠なものだ。 その塩を市場に安定して供給できるよう、岩塩の流通は国政として王家がコントロールしている。 「アルエもなかなか、目の付け所がいい。ミントがなにで喜ぶか分かってたってことだな」 採掘も仲介業者も、王家の認可が必要なんだそうだ。 だけど、もう長いこと古株の業者たちが事業を行っているのが現状で、新規の参入はずっと認められていない。 安定して高い利潤が得られる岩塩市場は、商売人であれば誰もが夢見るもの。そこにミントが参加できることになった。 ミントに与えられた褒美はそれだった。 「ミントさん、おめでとうございま〜す!」 一応、俺たちにも褒美はあった。 俺は左遷の撤回…………にはならず、王家に古くから伝わる剣だった。 騎士としては、城1つ与えられたくらいの価値があるものなんだが…… トラウマ持ちだった俺には、ほんの少し微妙。 そしてロコナには―― 「ポルカ村への図書館の寄贈だなんて〜♪」 これからいくらでも、自習できるようにと、アルエが考えてくれたらしい。 レキには―― 「これから数年分は、布地には困らないな」 「村のものに分け与えられるし、助かる」 上等の布地が大量に送られた。 神官のレキのことを考慮して、華美にならずなおかつ収賄的な要素がないものになったらしい。 ジンは―― 「なんていうのかね〜、くくくっ……」 笑ってこたえない。 『うちの先祖が喜ぶかもな』って言ってたから、俺と似たり寄ったりかもしれないな。 ホメロには―― 「ほほう……女体百選書とは……」 「そんなのもらったのか!?」 「医学書じゃわい、医学書……うひひ」 ……本当か? 怪しげなホメロへの褒美はさておき。 他にはポルカ村に残っている村人あてに、おってなにかがあるらしい。 なんか、アルエ様々って感じだ。 今ここに本人がいないから、直接礼を言えないのがもどかしい。 それにしても、一番この褒美を喜んでいるのは…… 「あぁ〜っ、うれし〜うれし〜よ〜〜っ♪」 「これもさ、みんなのおかげだよ。ほんとにありがとね〜」 ミントが目元を拭って笑う。 ちょっと泣いてるのかもしれない。 それくらい嬉しいんだろう。 岩塩商人に加われるっていうのは、それほどのことなんだな。 俺は隣に行って、ミントの頭をちょっと撫でてやる。 「ありがとーっ♪」 嬉しさが勝ってるのか、照れる余裕もないみたいだ。 「すごい興奮してるな」 「だってさ! アルエに借りてた分のお金も無期限無利子に変更してもらってるんだもん!」 「その上、運転資金まで無利子で貸してもらえちゃうなんて〜♪」 まさに夢のような話だ。 あんまりにも良い話すぎて、怖くなるぐらい。 「がんばらなくっちゃ!岩塩を扱うってことは、お客さんへの責任がものすごくあるってことだもんね!」 そう言うミントの表情は、未来を夢見る子供のように期待に輝いていた。 そうだった。 ミントの目的は金儲けだけじゃない。 親父さんのような商売人になるという夢があるんだもんな。 今回岩塩市場に食い込めたことで、その夢に大きく近づけたのは間違いない。 「ミントさん、がんばってくださいねー!」 「こりゃ、一躍大商家の仲間入りじゃのう」 「うん! まかせといて!」 ミントは、やる気満々で拳を天に突き上げた。 もちろん、その夜のミント邸は、お祝いの宴の会場と化した。 大宴会も深夜になって、ようやくお開き。 「ホント、よかったな」 俺はベッドに潜りながら、呟く。 みんな登城の疲れで酔いが回るのも早く、さすがに徹夜での宴会は無理だった。 いまごろは、夢の中だろう。 だが、俺はなんとなく興奮して寝付けない。 「ん?」 静まり返った部屋にノックの音が響いた。 『あたし。起きてる?』 ミント? 「ああ、起きてるぞ。入れよ」 「リュウ、よく起きてたね。みんなもうグーグー言って寝てるよ」 「なんかな、目が冴えて」 「あたしも興奮しちゃって眠れないんだ」 踊るように部屋を横切ると、ベッドで半身を起こしてる俺の足下狙って身を投げた。 ベッドがちょっと軋む。 「えへ……えへへ♪」 まだ岩塩衝撃での夢見心地らしい。 「はー、ホント夢みたい〜♪」 まるで空を泳ぐように手足をバタバタと動かす。 こらこら、暴れるな。ベッドから落ちるぞ。 「よかったな、ミント」 「うん、ありがと」 「これもリュウのおかげだね」 妙にしおらしくミントは言った。 「いや、ミントの地道な努力がやっと報われたんだろ」 ミントが陰ながら人一倍努力していたことを、俺はよく知っている。 今まではそれが裏目に出ていただけなんだ。 だが、その分貯まっていた幸運が、今回いっぺんに回ってきたんだろう。 「ううん。リュウが支えてくれてたからだよ」 ミントが、ベッドから身を起こして俺を見つめた。 「リュウを好きって思ったときに、商人である自分が、どっかに行っちゃいそうですっごい怖かったんだよね」 「でも、ちゃんとリュウと向き合ったら、そんなことなかったもん」 「リュウのことも好きだけど、商人である自分も大好き」 キラキラとした眼で、ミントは夢を語る。 「あたし、今日はすっごく幸せだったけど、リュウと出会えたことがいっちばんの幸せだったなって思うんだ」 ミントは、茶化すでもなく真面目に言った。 だからよけい照れてしまう。 「そんなこと言われると照れるな」 「これからも、あたしを支えてくれる、かな?」 ミントは、ちょっと心配そうに尋ねてくる。 馬鹿だな……当り前だろ。 大きくうなずいて答える。 「もちろんだ」 「ミントがイヤだって言っても、つきまとって支えてやる」 「ポルカ村から逃げ出しても、こうして追ってきたくらいなんだからな」 「あは……♪」 ミントの顔に、泣き笑いのような表情が浮かんだ。 ミントが身を起こしてきて、俺は自然とミントの小さな体を抱き寄せた。 「あ……」 「ちゃんと言ってなかったけど……俺はミントが好きだからな」 付き合いだしてみて、分かった。 恋かも? なんて思ってたのは間違いだ。 これは間違いなく恋。ミントへの恋。 だって、こうしていたら、こんなに胸が熱くなる。 「あ、あのね……」 ミントが緊張した声で囁いた。 「あたし、リュウになにかお礼がしたかったの」 「そんなものいいよ」 「……お金とか」 「マジでいらないぞ」 「うん、考えたけど、お金なんかじゃないよねって思ったら……1つしかなかった」 ミントの体が、俺の腕の中で緊張する。 ……ミント? 「今夜は……一緒に寝ようか?」 「……え?」 「2回も言わさないでよ、馬鹿っ」 ミントの手が、俺の背中に回った。 「それって、もしかして……」 「あたしなんかでよかったら、もらって欲しいな……女の子の大事なもの」 ミントの体が更に密着する。 その声は、体は、少し震えていた。 ミントを抱く腕に力を込める。 「ありがと、ミント」 「や、やだったらいいんだよ!」 「んなわけあるか」 勇気を振り絞って、来てくれたミント。 愛おしさがこみ上げる。 「一緒に寝よう」 抱きしめて、耳元に囁き返した。 ミントが顔を上げる。 「あたし初めてだから……そのっ!」 「優しく……愛して、ね……」 羞恥で真っ赤になって告げるミントは、本当に可愛かった。 「リュウ……好き、だからね」 「俺もだ、ミント」 ゆっくりと顔が近づく。 俺たちは、その時初めてのキスをした。 「ん……ああ……リュウ……」 ミントが甘い声を漏らす。 ミントの唇は、瑞々しい果実のようだった。艶やかで張りがある。 そんなミントの唇を、何度もついばむ。 「あむ、ん……ふあ、あは、キス……だ。キスしちゃったね……」 「んっ、あ、また……んん……」 目を閉じて、キスを受け入れるミント。 いつもとまったく違う艶めかしい表情に、俺は夢中で唇を貪った。 「んくっ、ん、リュ……ぷあっ!」 苦しげに、ミントが唇を離した。俺を睨む。 ちょっとがっつきすぎたか? ミントを優しく抱き寄せて、もう1度キス。 今度は、さらに深く唇を重ねた。 ミントの中へと舌を差し入れる。 「んん!? し、舌っ、ん、んあうっ……!」 舌を奧へと進めていくと、ミントの舌は驚いたように奧へと引っ込んでしまった。 舌先でツンツンとつつく。 すると、ミントもおずおずと、舌を絡め返してきた。 「んむ、ん、あ、ああ……あう、ん、ああ……リュウの……舌……んっ、入ってくう……ん、んぁ、……あむ、ん、んぅ……」 慣れてきたのか、次第に大胆に舌を絡め返して来た。 ミントの舌はやわらかくて熱かった。 舌だけじゃない。抱きしめている体中が熱い。 熱くなったミントの体から、甘いような匂いが立ち昇ってくる。 胸が、ミントの匂いでいっぱいになった。 「ん、あ、ちゅっ……リュウ……んあ……んっ」 苦しげにミントが唇を離す。 「ふぁ、んっ……ふぁう、ん……」 ミントの唇の周りは、お互いの唾液でびっしょり濡れていた。 それがまたたまらなく色っぽい。 ミントにこんなに色気を感じるなんてな…… 「ふは……っ、はふぅ……」 ミントが自由になった唇から吐息を漏らす。 「んもう……いきなり舌なんて入れて来るからビックリした……じゃん」 かわいく睨みつける。 だが、その顔は羞恥と興奮に上気して、目は色っぽく潤んでいた。 「ミントがあんまりかわいいから悪いんだ」 「……バカ……あ、んん……」 再び唇を重ねる。 少しやわらかくなった唇をついばみながら、今度は手をおっぱいの膨らみに触れた。 「んんっ!?」 ミントが驚いたように身を固くする。 俺は、その膨らみを、下から包み込むように揉んだ。 ちょっと小さいけど、柔らかくてしっとりと俺の手のひらに吸い付いて来るみたいだ。 「んっ、あ、ひうんっ!あ、ああ、んく……リュウ、手……あっ!」 「んっ、あ、ふぁ、あああ……胸、 ……そんな揉ん……やうっ、あっ、ああ……!!」 俺の手の動きに合わせて、ミントがクネクネと体をよじる。 「あ、んあっ……リュウの、エッチ……っ」 「……んっ、あっ、ああ……!」 「おっぱい、感じるのか?」 おっぱいを揉みながら、耳元に囁きかける。ミントはくすぐったそうに肩をすくめた。 「リュウが、エッチなことする、から……ひんっ!?あ、や、そこ、こすっちゃらめ……!」 手のひらに当たる乳首が、コリッと硬くなっているのがわかった。 そこをつまんでみる。 「ひあううんっ!?」 ミントは、感電したように全身を震わせた。 「あっ、やぁ……んぁっ……恥ずか……しっ」 だけど、ミントの体は正直に反応している。 「あ、あたしの……おっぱいなんてさ、触っても、おもしろくな、い……よね?」 ちょっとだけ、拗ねた口調でミントが呟く。 「レ、レキとかみたく、お、おっきくないし……」 「そんなこと気にしてるのか?」 「気、にしてるわけじゃない、けど……んあっ」 「んっ、ああ、あんっ、やんっ!話してるのに……駄目、弄っちゃ、ああぁ……!」 「俺はぜんぜん気にしないぞ。ミントの胸、かわいいじゃないか」 「小振りは小振りだけど、形はきれいだし、感度もいいし」 すっかり膨れあがった乳首を、指先で弾く。 「ひゃう……んっ! だ、だからそこ、だめ、っ……てぇ、あふっ、あふぅぅぅっ!」 赤い顔でミントがおっぱいをかばう。 「じゃあこっち」 俺は、すばやくミントの両足の間に手を滑り込ませた。 「わ、ちょっとそこ…………んんっ!!」 指先に下着の布地の感触。 「ん?」 そこはもううっすら湿っていた。 「もう濡れてる」 「や……そんなこと、嘘……やぁっ……っ」 ミントが驚きながら、恥じらいの表情を見せる。 どうやら自分でも気づいていなかったらしい。 「嘘じゃない。ほら」 秘部に押し当てた指先を動かす。 クチュクチュ…… 「ひうんっっ!?」 音とその刺激に、ミントは体を仰け反らせた。 クチュクチュ…… 「ほら、音がしてる」 「あ……な、なに、これ……っ!? ……あんっ、あ、ちょ、そんなに動かさないで……あっ、あああっ!!!」 ミントは、どうしようもなく体をくねらせる。 「やんっ、あっ、ああっ……!こ、声が……体も勝手に動っ……」 「ふあっ、やんっ、あっ!んんんーーーーーーッ!!」 みるみるうちに、下着が湿ってくる。 「このままじゃビショビショになっちゃうな」 「え、あ、ちょっと……」 俺は、有無を言わさず下着を下ろした。 「リュウのエッチ……っ!こんな格好、あんっ……は、恥ずかしいってば!」 真っ赤になって訴えるミント。 可愛いお尻を振って逃げようとするのだが、俺はしっかり抱えて逃がさない。 「おお、すごい……」 ミントの濡れた割れ目が、すぐ目の前にあった。 まさに目と鼻の先だ。 「そ、そんなに見ないで……だめぇっ」 「そんなとこ、見ちゃだめぇ……っ!」 ミントの整った縦筋は、うっすらと微かに開いている。 左右の襞は色素が薄く、ほんのりと色づいたさまなどは、まさに唇のようだ。 その唇から、ミントの内部が覗いていた。 中は鮮やかなピンク色。 濡れたピンクが、うねうねと蠕動しているのが見える。 「ミントのおま○こ、ヒクヒクしてる」 「見てるのっ!? だめぇっ!」 「見ちゃ駄目っ……あぁ、ああああっ!」 恥ずかしそうに顔を背け、俺を責める。 「たしかに見てるだけじゃもったいないよな」 俺は、ドキドキしながら、ミントの割れ目に手を伸ばした。 「ひあっ!? ちょ、ちょっ……やんっ」 割れ目に指先を当てて、大きく左右に開く。 くぱっ。 「ひぅんんっ!?」 ミントが鳴いた。 その拍子に割れ目がキュッと締り、中から透明な蜜があふれ出てくる。 「そ、そこ、触ってる……のっ!?」 「指……リュウの指が、あたしの恥ずかしいところ……っ!」 「ああ、触ってる。ミントの中まで丸見えだ」 左右に開いた割れ目から、ミントの内部がさらけ出されていた。 濡れた粘膜の奧に、小さな穴が見えた。 本当にこんな狭いところに俺のち○ぽが入るんだろうか? 「やぁ……見過ぎ……っ!」 「息が、かかって……るっ……んぅっ」 ミントがお尻を振る。 だが、俺は逃がさない。 「あ、コレって……」 ミントの割れ目の上端に、ぷっくりと肉のイボのような突起があった。 艶やかで、小さい真珠のようだ。 小さな真珠は、包皮からちょこんと顔を覗かせていた。 まるで俺を誘うように。 だから俺は、そこにチョンと指先を触れさせた。 「はにゃぁんっ!?」 ミントの腰が跳ねる。 乳首に触れたときよりも鋭い反応だった。 「ひゃ、い、今のなに……っ?」 ミントは、オバケでも見たような顔をした。 「痛くなかったか?」 「い、痛くはない、けど……」 ミントの体は、今の快感の余韻でまだ波打っていた。 割れ目もまだヒクヒクと痙攣してる。 今度はその部分に舌を伸ばした。 固く尖らせた舌先で、その肉の真珠を軽く弾く。 「にゃうんっ!? や、な、ああああ……!!」 舌先を押しつけるように陰核を嬲ると、ミントは踊るように体を揺らした。 すごい快感がミントの体を襲っているのが見ていてもわかる。 俺は気をよくして、さらにミントの敏感な肉芽を嬲る。 「ひあっ、ちょっ、あああああんんっ!そ、そこダメっ、お、おかしくなるぅ!!」 「いいぞ。誰も見てない」 下から上に、割れ目ごと肉芽を大きく舐め上げる。 「んにゃっ、あっ、ああああ……!!や、これ、だめ……あっ、だめぇ!」 「だめだめっ……ッン〜〜〜〜〜ッ!!」 ミントは、おもしろいように俺の舌に反応した。 割れ目とその周囲は、もう俺の唾液でびしょ濡れだった。 いや、それだけじゃない。 ミント自身から吐き出された液体が、糸を引いて滴っていた。 それは少し白く濁って、入り口の辺りで泡立っている。 俺は、そっとその辺りに指で触れた。 「あうっ!!」 キュッ……と、ミントの入り口が、指先を締めつけてきた。 血が止まりそうなほどきつい締めつけ。 だが、少し力を入れて押すと、たっぷりの潤滑油で、指はヌルッと滑った。 指がミントの中へと飲み込まれる。 「ひあ、あっ、なに? 入って、くるぅ……!」 ミントの声が戸惑う。 指は、さらに奧へと入っていく。 ぬぷ、ぷっ、ぬぷぷっ…… 「あ、は、入ってる入ってる!」 「リュウの指……あたしの中に……あっ、ちょ、待っ、んっあああ……!」 ミントは、怯えたように俺の腕にしがみついてきた。 俺の指は、第二関節まで、ミントの中に埋まっている。 「痛くないか?」 「い、痛くはないけど……は、入ってるよぅ?」 ミントは泣きそうな顔をした。 「あっさり入っちゃったぞ」 「う、うん……」 「リュウの指がお腹の中にあるの、わかる……」 ゆっくりと指を動かす。 ちゅくっ……ぬぷっ、ぬぷぷっ…… 「あ、ふぁ、ああっ……ちょ、動かさないでっ……」 怯えたようにミントが止めた。 「ひ、あ、ああ……動いてる……中で動いて……」 「ん、指、あふっ……だ……ちゃんと、はじめてはリュウので……」 ミントが懇願するように俺を見上げた。 「わかった。じゃあ……」 「こ、ここ? よくわかんないよ……」 俺の腰をまたいで、ミントが不安げな声を上げた。 「たぶんその辺だと思う」 「じゃ、じゃあ、いく……よ?」 「ああ。そのままゆっくり……」 ミントが、ゆっくりと腰を落としてくる。 ぬっぷっ…… 「んんっ……!」 俺の先端に、熱いぬかるみに包まれるようなたまらない感覚があった。 そして、行く手を拒むようなきつい締めつけ。 「は、入った?」 ミントは苦しげに俺を振り返った。 「いや、まだ。先っぽだけ」 「ま、まだ……? うそっ……」 「まだ指先ぐらいだ。そのままゆっくり腰を落として」 「う、うん……」 再び、ミントの白いお尻が落ちてくる。 ぬぷっ……ずぷぷぷ…… 「んんっ…………あっ、あ、入って来、る ……リュウが入って……んんっ!」 ミントがギュッと目を閉じ、胎内に挿入される異物に意識を集中させている。 「あ、ほ、ほんとに入ってる……」 「リュウが、いる……あたしの中に……っ!」 「んうっ……あふっ……ん、くぅぅぅっ!」 ミントの腰が途中で止まる。 そこで俺の先端にも、なにかが引っかかるような感じがした。 「大丈夫か?」 「ん、う……だめ、入んない……」 「ゆっくりでいいから。ゆっくり……」 ミントの腰を支え、ゆっくりと引き寄せる。 それを迎えるように、俺も腰を突き上げていった。 ジュブッ……ぬっぷぷ…… ――つぷっ! 「んあっ! あああ……っ!!!」 ミントが堪えきれないように呻く。 その瞬間、俺のち○ぽはミントのおま○この中に深く突き入っていた。 結合部から、ミントの純潔の証が赤い筋となって、一筋漏れる。 「ミント、入ったぞ………っく、キツ……」 まるで絞めあげられるような、そんな圧迫感。 入り口が俺の根元をギュッと締め、中の濡れた壁がうねうねと幹全体に絡みついてくる。 「うお……ミントの中、すご……」 「ふぁ、あ……リュウのも、すご、いっ……」 「ちょ、ま、まだ動かないで……っ」 「リュウのおっきすぎて……ん、んく……」 ミントは、俺たちがつながった部分を覗き込み、目を丸くする。 「……うわ、ぁ……あたしの、こんなに広がってる……? 元に、戻るの……?」 「大丈夫……と思う」 「思うって…………あっ、動いちゃ、やっ……」 そう言われても、腰が勝手に動いてしまう。 ミントの中が、俺を誘うように絡みついてくるのだ。 ちゅく、ちゅぷっ、ブッププ…… 少しずつ動いているうちに、ミントの中がだんだんほぐれてくる。 奧からは新たな愛液が滲み出し、それが中をたっぷりと潤す。 少しずつ大きく動けるようになってきた。 「あ、んくっ……中、動いてる……」 「リュウのがお腹の中で動いてるの、わかる……あ、あああっ」 少し苦しそうに訴える。 「痛いか?」 「ちょっと……でも、だいじょ……ぶ」 汗の浮いた顔を健気に微笑ませる。 体の小さなミントには辛いかもしれない。 「痛いなら無理すんなよ」 「ほんと、大丈夫……」 「ちょっと痛いけど……リュウがお腹の中にいるって感じで……なんかホッとする」 俺も、ミントとつながってるって感じがした。 「リュウは、気持ちいい……?」 「すごく気持ちいいぞ」 「ほ、んと? ん……こう、するといい……?んく、っ……あぁっ……」 ミントは自分から腰を動かす。 クチュッ、じゅぷ、ジュププッ…… 「ふぁ、うんっ……リュウのが、出たり入ったりして……る」 「あっ、ああ……中で、こすれてる……のっ」 「う、あ、ミント……」 濡れた壁が、吸い付くように俺のペニスを搾り上げる。 魂まで吸い取られそうな感触だった。 「んっ、んぅ……リュウ、あ、おっきい……リュウのオ○ンチンが、お腹の中で暴れてる……っ」 ジュブッ、ぬぷっ、ぬっぷぷっ…… 結合部が、派手な音を立てていた。 ミントの中は熱いぬかるみのようになっている。 腰を打ちつけると、溢れ出した愛液が激しく飛んだ。 「んっ、リュウ、あ、すご……あ、あ、ああ! ……どんどん入ってくるっ……んううっ」 ぐっと腰を突き出すと、俺のち○ぽはどんどんミントの秘裂の中に飲み込まれていった。 「ふぁ、あっ、奧まで、来てる……リュウのが奧に当たって……」 「んっ、んんんん〜〜〜〜っっ!!」 先端が、コリッとした肉の壁に触れていた。 尿道の辺りが圧迫されるような感触。 俺は、ミントの奧を強く突いた。 「はひんっ!? あ、奧、ゴリゴリなって! ……んくぅ、あっ、あっ、リュウっ!」 「リュウッ……あぁん、好き……っ!!」 ミントが怯えたように俺の腕にしがみついてくる。 それでも、ミントは自分から腰を動かしていた。 自分から股間を押しつけてくる。 「自分から押しつけてきてるぞ」 「え、だって……んっ、あっ、ああ……ひゃうっ」 「あっ、きもちっ、そこ、きもち、イイ……あっあっ、んん……っ!」 ミントの声が明らかに高くなった。 奧が気持ちいいらしい。 こんなミントを見るのははじめてだった。 俺がミントを、こんなに気持ちよくさせているのかと思うと、ますます気分が猛った。 「そんなに気持ちいいのか? はじめてなのに?」 「うん……はじめてなのに、気持ち、いい……」 「ふぁっ、あんっ、リュウのお○んちん気持ち……あっ、んっ、ひああンっ!!」 「ここは?」 俺は、背中から結合部に手を回した。 俺のち○ぽが入ってるすぐ真上の、肉の真珠に指先を当てた。 「ひうっっ!? や、そこ、だめ……あぁっ」 ミントがいやいやと首を振る。 ちょっと触れただけで、ミントの中はますますきつく締った。 指の腹で円を描くように刺激してやる。 「ひあっ、あっ、ンッン〜〜〜〜〜〜〜ッ!!はっ、だめ、そこ気持ちよすぎて……ああぁっ!」 ミントが苦しそうに喘ぐ。 すっかり息が上がっていた。 結合部からは、さらにたっぷりの愛液があふれ出してくる。 「ミント、かわいいぞ」 耳元で囁いて、俺はさらに愛撫を続ける。 陰核をこねながら、思いきりペニスを突き上げた。 「ひっ、あっ、リュウッ、リュウ!」 「好き……こんな恥ずかしいことされても、好きっ」 「あっ、リュウ、いいっ……気持ちいっ!あっ、やんっあっ、あああ……!」 ミントは、髪を振り乱して悶えた。 「リュウっ、好きっ、あっ、ああ、好き好きぃっ!もっと、強く……して……あぁんっ!」 ミントの顔が振り返ってキスをせがむ。 その瑞々しい唇にキスをしながら、俺は強くミントを抱きしめた。 しっとりと汗に濡れた肌と肌が吸い付く。 「リュウっ、リュウ、んぅ、んちゅ、ん……」 「ぷあ、あっ、やあっ、もっと……もっと奧っ、んっあ、はうっ!」 「ミント、く、ううっ!」 ミントの奧の壁が降りてきて、俺の先端を包み込む。 ミントに優しく抱かれているような錯覚を感じながら、俺はミントの一番奥で射精した。 「くおっ……おおおっ……!」 ドクッ……ドクドクッッ! 「ふぁ、あっ、なにっ……んあっ!リュウのが、中でドクドクって、んぁ…… ……あったかい……」 ミントは、俺の腕にグッタリと身を任せた。 その体を、俺はやさしく抱きしめる。 ミントが、気だるそうに顔を上げた。 目が合う。 「あ……」 「……しちゃった、ね……」 恥ずかしそうに、呟く。 じゅぷぷぷ…… まだつながったままのミントの中から、俺が放ったばかりの子種があふれ出してきた。 「あ……」 ミントが固まる。 顔が真っ赤だった。 「……すごい、出てる……」 「こんなにいっぱい、入ったんだ……リュウの」 頬を赤らめて、滴ってくる精液を見てる。 ぽた……ぽたた…… 「ん……っ、まだ……出てきちゃう」 「馬鹿……出し過ぎ」 「う、すまん。気をつけます」 照れ隠しのような台詞に、俺も合わせてこたえる。 でも、確かに最初から中に出しちゃったしな。 びっくりさせたのかも。 次は気をつけよう。 ……………… 次はいつかな。 岩塩流通の仲介商人たちが集うギルドに、新参として参加することになったミント。ガチガチに緊張して言葉も出なくなっている。 ギルドに入るための儀式のおさらい練習。アレコレからかわれながらも、ちゃんと本番もこなすミント。 その夜、王都を一緒に散歩するリュウとミント。そしてミントは自分の夢をリュウに告げる。 いつか飛行艇のオーナーになって、国中を飛び回ってでっかい商売するのが夢だ……と。 それは、密やかに。 そして薄暗い空気の中で行われた密談だった。 「ミント・テトラ……というそうだ」 「若造の上……おなごじゃと?」 「いや、小娘と言ってもいいようなヒヨッコが?」 「……しかたあるまい、国王の推薦だ」 「一体、どんな手を使ったのか……小娘風情が」 「決定は決定だ。迎え入れるしかあるまい」 「……そうだな」 「迎え入れる、だけならば……な」 「…………」 「小娘に舐められて……たまるものかっ!」 力任せに何かを殴る音が響き、それが終わりの合図に変わる。 その密室ではそれ以上言葉が交わされることはなかった。 「あぅ〜、緊張するなぁ」 ミントは緊張で青ざめた顔を、強ばらせていた。 そして同じ場所でグルグルと歩き回る。 ……目が回らないか? 「ミントでも緊張ってするんだな」 陛下に謁見したときだって、そんなに緊張してなかったのに。 「だって、商売で名を立てようって人間の間じゃ、1つの目標になってるギルドだもん」 「あたしだって、ずっと憧れてたし」 「緊張くらい、するっしょ!?」 岩塩の仲買に加わる許可をもらったミントは、その流通に関わる商人たちが作るギルドに、加入することになった。 今日の夜は、その顔合わせに呼ばれたのだ。 「俺がついてってもいいのかな?」 「あたしを1人にしないでよ〜」 逃がすまいと、ミントが俺の手を取る。 「大丈夫、大丈夫だから」 「あ〜でも……緊張する〜〜〜っ!」 また、ミントが繰り返す。 「でも楽しみなのよねっ!」 ミントは、期待と不安の入り交じった顔で言った。 「でね、顔合わせの際の挨拶の文句を練習したいの」 「付き合ってくれない、リュウ?」 「それくらい構わないぞ」 にしても、弁の立つミントにしては、挨拶を事前に練習するなんて意外だな。 「テトラ商会のミント・テトラです」 うん、うん。 「こ……このたびは、名誉ある、ギ、ギルドの末席に……く、くわ、くわわあっ!」 くわ……? 「あうーーーっ、やっぱりだめだっ!」 ミントが頭を抱えてしゃがみ込む。 「どうしたんだ?」 「昨夜から、ずっとこの調子なの」 「いつもなら、こんなことないのに〜っ!」 うん、まぁ……俺も驚いた。 「緊張かな? やっぱ緊張だよね?」 「どっからどう見ても緊張だな」 「ううーーっ」 ミントは頭をかきむしる。 おいおい……大丈夫か? 「よし、もう1回っ!!!」 しかし、跳ねるようにして立ち上がった。 「このたびは……め、名誉あるギルドの末席に加えて頂くこととなり……」 お、さっきより調子がいいぞ。 「きょ……恐悦至極に、ござざざざざっ!」 「落ち着け、ミント……」 「ああ〜〜っ、ギルドの面々の前で喋ると思ったら、それだけで緊張して舌が凍っちゃうのっ」 「いやだめだって、こんなことで負けてられないしっ!」 「もう1回ね、聞いててよ、リュウっ」 「お、おうっ!」 「このたびは、名誉ある……ギ、ギルドの末席に加えて頂くこととなり……きょ、恐悦至極に……ございます……っ!」 よし、ちょっと噛んだけど大丈夫だ。 「せ……先人の皆様の顔に、泥を塗らぬよう」 うんうん、いいぞ。 「また、た、た……た、民草が豊かになるよう!」 もう少し頑張れ! 「ふ……粉骨砕身、あ、あああ商いに励みますっ!」 「どうか、よろしひくおねがいひまふぷぷぷっ!」 ……だ、だめだな……っ! 「ひ、ひーーーんっ」 「どうしよう〜〜っ」 いつもの商人口上がまったく活かせてない。 「よし、俺が言うのに、続いて言ってみろよ」 「う、うん」 「このたびは、名誉あるギルドの末席に加えて頂くこととなり、恐悦至極にございます」 「このたびは、名誉あるギルドの、ま、末席に……加えて頂くこととなり、恐悦至極にございますっ!」 「よし、いいぞ」 ちょっと、調子がいいじゃない。 「うん、なんかリュウの後に言うと、ちょっと気が落ち着いてくる感じっ♪」 「この調子で頑張るぞ」 「うん、夜までに噛まないようになってみせる!」 「もう1回いくね」 「このたびは、名誉あるギルドの末席に加えて頂くこととなり、きょ……きょ……?」 「あ、あれえええっ!?」 「…………」 どうやら、夜まで超特訓が必要そうだ。 がんばれ、ミント……! そうして、夜はやってきて。 ミントはギルドの入会式へと赴いた。 ギルドの商人たちとの顔合わせは、厳かにはじまる。 あれだけ練習したミントの成果はと言うと…… 「テトラ商会のミント・テトラです」 「このたびは、名誉あるギルドの末席に加えて頂くこととなり、恐悦至極にございます」 「先人の皆様の顔に泥を塗らぬよう、また民草が豊かになるよう、粉骨砕身商いに励みます」 「どうかよろしくお願いします」 完璧だ! ミントと一緒に俺も頭を下げた。ミントの血の滲むような苦労は報われたんだ。 実際、舌を噛んで血を流したしな…… 惚れた欲目を差し引いても、ミントの挨拶は堂々としたものだったと思う。 そんなミントに対してギルドの商人たちは、難しい顔を崩さなかった。 「久しぶりの新入だと聞かされていたが、こんな年端もいかぬおなごだったとはな」 戸惑っているのか、気に食わないのか。 ギルドのメンバーは笑顔のひとつも浮かべない。 「若輩者ですが、よろしくお願いします!」 持ち前の元気良さを出して、明るく返すミント。 あれだけ緊張していたにしては、やっぱりさすがにたいした根性だ。 ギルドのメンバーたちは、そんなミントをねめつける。 「…………」 「…………」 「…………」 いくら、厳しい目に晒されても、ミントは一歩も引かなかった。 笑みを浮かべたまま、静かにメンバーが動くのを待つ。 「ほう……根性はありそうじゃ」 「そのようだな」 その根性が受け入れられたのか、黙りこくっていたギルドメンバーたちの間に、ようやくやわらいだ空気が流れた。 「若い人が入ってくれるというのは、いいことかもしれぬの」 「それもそうじゃ。このギルドもすっかり旧態依然とした、古くさいものになってしまっておったからの」 「なるほど。一理ある」 「この若いお嬢さんが、新しい風を吹き込んでくれるかもしれぬの」 期待のこもった目を向けられて、ミントはブルルッと身震いをした。 武者震いだろう。 「はい……!」 「はいっ! 少しでもみなさんのお役に立てるよう誠心誠意をもってがんばります!」 「ほっほっほ……!なかなか元気のいいお嬢さんだ」 「これは期待の新人が入ってきたということですな」 「あ……ありがとうございますっっ!!!」 ミントは元気のいい返事で答えた。 「よきかな、よきかな」 「楽しみですな」 「本当に、その通りじゃ」 「がんばりますっ!」 ミントは興奮で赤い顔をしてる。 そんな姿を見たら、いますぐ抱きしめておめでとうって言いたい。 「……ん?」 ミントと向かい合って、にこにこと笑うギルドメンバーたち。 その笑顔が、一瞬精巧な仮面のように見えたのは ……俺の気のせい、だよな? 「リュウ、ご挨拶もすんだし、帰ろうか」 「あ、うん……」 「がんばりなされ」 「はいっ!」 ミントは深くお辞儀をして、部屋を出る。 こうして、ミントは栄誉あるギルドの一員になったのだった。 「さて。そろそろ寝るか」 今日はいろいろあって疲れたしな。 と思っていたら…… 「リュウ〜♪ 散歩行こ、散歩♪」 ミントがノックもなしに扉を開き、ぴょこんと顔を出した。 「あのな、ノックぐらいしろ」 「えー、なんで?」 「なんでって、マナーだろ」 「えー? だってあたしたちってもうさ……」 「……えへ……えへへ♪」 自分で言っておいて、真っ赤になるなよ。 「だってさー!」 「ノックの1つや2つで、目くじら立てないでもイイじゃん!他人行儀だよね、リュウって」 「そういう台詞は、真っ赤な顔で言ってもあんまり迫力無いぞ。可愛いだけ」 「バ、バカッ!」 まあ……他人だと思われてないってのは、ちょっと嬉しいし。これ以上突っ込むのはやめておいてやろう。 「で、どうした?」 「だから散歩行こって。興奮しちゃって眠れないんだもん」 まだギルドでの興奮が抜けないらしい。 ミントは北風に向かって駆ける子供のように、元気がみなぎっていた。 「でも、外寒そうだなぁ」 「それより、ベッドであったかいことを……」 「ご託はいいから、ほら、散歩散歩〜♪」 わ、わわっ! 付き合うから、引っ張るなって! 「ひー、月が明るい」 夜空を見上げて、ミントがはしゃいだ声を上げる。 「寒くないか?」 俺はちょっと寒い。 だが、ミントは太陽のような笑顔で応えた。 「ぜんっぜん寒くない〜」 「そうか……」 まだ当分は部屋に帰してはもらえなさそうだ。 でも、あたりはひとけもなく静かで、この王都を2人占めしているような気がする。 ちょっと気分がいい。 「あー、今日はいい日だった♪」 ミントは、くるくると踊るように歩いた。 「よかったな、ほんとに」 心からそう思っていたけど、こうしてミントの喜びようを見ていると、ますますそう思えてくる。 「これで、少しは夢に近づけたかな〜」 ミントは、月で明るい夜空を見上げた。 「夢って、親父さんみたいな商売人になることだろ?」 「うん、それもあるけど……」 と、ミントは空を見上げたまま微笑んだ。 「あたしね、飛行艇を買って、世界中を股に掛けて商売するようなすっごい商人になりたいんだ〜」 ミントは、大きく見開いた目をキラキラと輝かせた。 「飛行艇かよ。すごいな」 商売を成功させて大金持ちになりたいとか、そんな夢だと思っていたが、それよりぜんぜんスケールがでかい。 しかも飛行艇のオーナーだ。 ロマンがあるじゃないか。 「あたしね、子供の頃から空を飛ぶのが夢だったんだ〜!」 「空を飛びながら、お金儲けできたらサイコーでしょっ?」 「金儲けはともかく、俺も空には憧れるな」 俺だって、子供のころ、空が飛びたいと思ったことぐらいある。 いや、子供なりに真剣に憧れていたとは思う。 それでも、そんなことはいつしかすっかり忘れて大人になった。 でもミントは違う。 夢をまだ持ち続けて、その夢に向かってがんばってるんだな。 「もし飛行艇買ったら、リュウは1番に乗せたげるからね♪」 目を輝かせて笑う。 その瞳の中に、大空で羽ばたくミントの飛行船が見えるような気がした。 「ああ、頼むぞ。期待してるからな」 「期待されちゃしょーがないわね〜」 「まあ、まかせといてよ」 飛行艇で国中を飛び回る商人になる── そんな夢だって、夢じゃない。 なにしろミントは、選ばれた商人しか扱うことの許されない岩塩の仲買人に指名されたのだから。 ミントは今日、夢に向かって、大きな1歩を踏み出していた。 「小娘が……いい気になりよって……っ!」 「栄えある、我がギルドメンバーにあんなおなごを加えねばならんとは……っ!」 「メンバーが増えるということは、儂らの取り分が減るということじゃからの……」 「はらわたが煮えくりかえると思ったわい」 「……ところで、ひとつ面白い話があるんじゃ」 「なんじゃ?」 「あのミントという小娘に、以前一泡吹かせられたという男がおっての」 「……ほう」 「どうやら、いろいろと面白い情報を持っておるようじゃ」 「それは、どういう?」 「耳を貸せい」 ……………… ………… …… 「ほう……それはおもしろい」 「では、さっそく手配してみるか」 「――ポルカ村か……!」 皆に日頃の感謝をしたいと言い出すミント。とっておきの場所に招待するというそれは、なんと……王都で唯一のサウナ風呂。 ミントのとっておきを満喫する一同だが、それぞれが目的の場所に向かって思いがけず二人っきりになってしまうミントとリュウ。 誰もいないし……ということで、その場でエッチに突入してしまうのだった。 ミントのギルド入りも無事に終わり、まったりとした日常が訪れていた。 少し手持ち無沙汰な俺。 警備遂行という名目のある俺は、アルエが村に戻るのか、それとも当分は戻れず1人で村に戻ることになるのか。 その結果待ちの空白期間ってところ。 とはいえ、俺にとってもそれは助かる。 村に戻るってことは、ミントと遠く離れちまうってことだ。 ギルド入りを果たしたミントは、王都を離れることは無理だろうし…… 俺はこれからのことを考えると、ちょっと頭を悩ませていた。 今日の王都も、天気は青天。 いかにもな商売日和だったが、朝食が済んで直ぐ、ミントから発表があった。 「えっと、あたしのギルド入りがこないだ無事にすみました〜♪」 「改めてですが、これもみんなのおかげだと思ってます!」 「どうしたんですか、ミントさん?」 「だってさ、ポルカ村でみんなと出会ってなかったら、今のあたしはないわけでしょ」 「感謝してるわけよ」 ミントがちょっぴり照れた様子で、鼻先を指でぽりぽりとかく。 「というわけで、みんなに感謝の気持ちを込めてプレゼントがあります〜♪」 「プレゼント?」 ミントがみんなにプレゼント? 意外な展開だ。 「ミントがなんかくれるなんて、珍しいな」 「空からハーピーが降って来なきゃいいけど」 「あ、嬉しいか、それ」 獣人マニアめ…… 「なんでジンが喜ぶことが、起こるのよ」 「で、プレゼントってなに?」 「脱線したのは誰のせいよ、まったく……」 「ま、いっか!」 ミントは、ふふんと鼻を鳴らして、自慢げに胸を張った。 「あたしからみんなへのプレゼントは、王都で唯一にしてこのテクスフォルト王国最大の豪華サウナ施設に、みなさんをご招待!」 ミントの発表に、みんなどよめいた。 そこは有名な高級サウナ施設であり、民衆の憧れ。 で、俺たち一般の国民には、なかなか利用することができない施設だったからだ。 「マジで? あそこって高いんじゃないのか?」 「いいのか? 高いのだろう」 「もっちろん! のー・ぷろぶれむ♪」 「おごりとは、太っ腹な」 「わ〜、すごいです〜♪」 「お肌がツルツルになって、10才は若返るって噂ですよ」 ロコナが10才若返ったら大変だけどな。 「それにしても思いきったことを。財布の方は大丈夫なのか?」 「任せてよ! アルエのお父さんに、前金で運転資金を貸してもらえたから!」 「だが、それは運転資金なのだろう?そのようなことに使ってしまっては……」 「まあ、固いことは言わない言わない」 「お金を儲けるにはね、使うときには使うことも大事なんだよ〜」 「これ、お金の法則ナリ!」 それは一理あるかもしれないな。 「……本当に甘えてしまっていいのか?」 「もっちろん! 遠慮しないで〜」 「わーい♪ ありがとうございます〜♪」 サウナかぁ。 俺もはじめてだし楽しみだな。 ……と、そんなわけで。 俺たちはさっそく、そのサウナ施設に向かうこととなったのだ。 「むむむむむ……」 「サ、サウナって、ずいぶん暑いんですねぇ……」 「蒸し料理になっちゃいそうです〜……はう〜」 「サウナは暑くして、あ、汗を出す施設だからな」 「ワシは大して汗が出ぬがの?」 「あ、もう干からびてるからじゃないのか?」 「なにを言うか。ワシゃ、まだまだ現役じゃわい」 「は……はふぅ……」 しかし、サウナははじめてだが、これはなかなか強烈。 熱帯地方の森の中だって、こんな熱気は体験できないだろう。 「オレ、こんなに汗が出たことないぞ」 うわっ……なんだ、その汗だくは!? 「本当にすごい汗だな……」 「人間、こんなに汗が出るものなのか」 レキも、その様子にちょっと引いている。 「で……これ、いつまで入ってればいいんだ?」 汗で目が開けていられない。 いつまで入るというような決まりはないみたいなんだけど。 「元を取るまで……ぜはぁ〜……っ」 「簡単にでちゃったら、もったいないっ……しょ?」 そうは言うけど……熱い。 暑いじゃなくて、熱い! 「しかし……な、なんだかだんだん呼吸が苦しくなってきたが……へほぉ……」 これじゃ、癒しに来たというより我慢大会だぞ? 「ううう〜……」 みな口数が少なくなって、すっかり静かになってしまった。 狂おしげな唸り声だけが、たまに聞こえる。 サウナって、もっと楽しいところだと思ってたけど、 「ミント……なんかやばいぞ」 「うう〜……うう〜……」 「し、かたないか〜……」 よし、ミントの許しは出たぞ。 「みんな脱出だ!!!」 俺の言葉を合図に、みんなはサウナ室から転がり出た。 ……………… ………… …… 「ごめん、ごめん!」 「なんか、さっきのとこはサウナのプロ中のプロ御用達の高温サウナだったみたい」 どうりで暑いはずだ…… 今は、造りこそは一緒だけど、無理のない温度のサウナに来ている。 ふー、やれやれ。 「で、みんなはこれから、どうする?」 さすがにサウナだけじゃつまらない。 サウナ以外にも、ここには様々な施設があることだし。 「わたしは『えすて』というのに行ってみたいです」 「ワシはマッサージに行ってくるわい。最近、また腰が痛くてのぉ」 「私は、『滝の湯』というものがあるそうなので、身を清めて瞑想して来よう」 「オレは幼女探してくる」 「普通のことのように言うな」 「んでもって、捕まるようなことするなよ?」 「まかせろ」 自信満々なところが怖いが。 「リュウたちはどうするのだ?」 「んー、ちょっと考える」 『探検』とかって、施設もあるし、『リウマチ治療』……は、関係ないな。 「中の施設は全部使い放題だから、みんなはめいっぱい楽しんで来てよ〜」 「はい! じゃあ行ってきます〜♪」 みんなが三々五々出て行く。 そして、俺とミントの2人きりになった。 「みんな行っちゃったねぇ。あたしたちはどうしよっか?」 「そうだなぁ」 ミントと2人でいられるならどこでもいいんだけど。 「じゃあ、これでマッサージしてあげる」 と、ミントはどこからか、洒落た形の瓶を取り出してくる、 「ジャジャーン♪」 「これ、生薬配合のマッサージオイル♪」 「えっ、ミントがやってくれるのか?」 マッサージを? 「こう見えてもけっこう上手いんだよ〜。さ、寝て寝て」 「じゃあ、頼むな」 張り切ってるミントに促され、その場に横になる。 ぬる……ぬるぬるぬる〜 「ほえっ!?」 体にとろりとオイルが垂らされる。 「どう〜? 気持ちいいでしょ?」 それをミントの手が伸ばし、肌の上を滑っていく。 「お、おお、これは……」 気持ちいい……! 「はい、追加〜♪」 とろ……とろろろ〜 オイルをたっぷり塗ったミントの手のひらは、さらに俺の肌の上を這い回る。 「よい……しょっ」 「んっ、これ、けっこう滑るなぁ……んしょ」 そんなことを言いながら、オレの胸をマッサージしてたミントだけど…… ――ツルっ☆ 「んひゃっ!」 ――ポヨン☆ 「うわ……っ」 ミントがオイルで滑って、俺の体にのし掛ってきた。 「あ、や……ちょっと、滑って……」 ぬる……ツルっ ――ポヨン☆ ミントは俺の体の上で、ヌルヌルオイルにまみれてなんだかいやらしいダンスをしてるみたいになる。 「あんっ、もう……!」 しかもタオルははだけて、俺の胸に当たってるのは、ミントのおっぱい。 さっきのマッサージも気持ちよかったけど、それとはまた一線を画す気持ちよさだ。 簡単に言うと、下半身に効く。 いやこれは油断すると、下半身が大変なことになりそうな…… 「う!?」 下半身に意識を移してギョッとした。 股間が、ギンギンになっている。 い、いつのまに? いや、まさに今か! 「ど、どうしたの?」 ミントが耳元で囁く。 「な、なんでもないぞ!」 慌てて股間を手で隠したが、それがまずかった。 「なんで、そんなとこ隠すの?」 「え? それは……」 俺の動揺ぶりを見て、ミントがぽっと頬を赤らめる。 「……おっきくなっちゃった?」 「しょ、しょーがないだろ。ミントがあんまりくっつくから……」 今この時も、おっぱいは俺の胸に密着だ。 「それって……あたしが魅力的だから、かな?」 俺の勃起が、ミントには嬉しいようだ。 恥ずかしそうにしながらも、チラチラと俺の股間を見つめる。 「……もっと、気持ちよくしてあげる♪」 「こう、かな……んっ」 ぬる……ぬるるっ……つるんっ☆ ミントはわざと、俺の股間に太ももをを擦りつけてくる。 「気持ち、いい……リュウ?」 おっぱいだけじゃなく、体全体を使って、ミントは俺の体にオイルを擦りつける。 「ん……はぁ……ど、どう……?」 「さ、最高です」 何でか、敬語。 でもそんな気分になるくらい、気持ちいいんだ。 「ん……ふぅっ……あふっ」 ミントの吐息が首筋に当たる。その息も熱い。 「このオイル、はふ……なんか変じゃない?」 「オイル?」 別におかしくないだろ? そういえば、ちょっと体が熱いくらいで? 発汗作用があって、すごく気持ちよくて、うっとりして……ああ、おっぱいが当たってる。 「リュウ、ってば……はぁっ、んっ!」 ミントの甘い声。 その声に誘われるように俺のチ○ポもピクリと跳ねる。 「あっ、あん……っ!」 淫靡な声が耳元で響く。 「あのオイル、エッチな気分になるオイルだったのかなぁ……んう……はぁ」 ぬる……ツルっ、ぬちょっ…… ツルっ……ぬるっ、ぬちゃ…… ミントは俺の体に、足を巻き付けるようにして、太ももから、お腹、おっぱいを使い俺の体にオイルをすり込んでいた。 「もしかして、マジで?」 エッチな気分になるオイルだったのか? 「今までこんなことなかったけど、あんっ……体、すごく熱い……あふっ、リュウ……っ」 ミントが、熟した瞳で俺を見上げた。 「ね、ここでしちゃおうか?」 熱い吐息で囁いて、いやらしく体をこすりつけてくる。 「でも、誰か来たら?」 「みんな……しばらく戻ってこないよ」 こんな声、こんな顔で誘われて、断る男は男じゃない。 「ミント……」 顔を上げて、口づける。 「んっ……ちゅ……れろろ……」 最初から舌を絡め合って、激しいキスになる。 「はうっ、んっ、れろっ……れろろ」 「ン……ミント……」 もうガマンできそうになかった。 体の向きを入れ替えて、ミントに俺の頭をまたがせた。 目と鼻の先の距離で、ミントの性器が丸見えになる。 「や……ちょっと、そんな近くで見ないでってば」 「ミント、もう濡れてるじゃん」 ミントのそこは、もう濡れていた。 しかもグッショリ。 内股に、透明な蜜が伝い落ちている。 「もうこんなになってたのか」 「だ、だってしょーがないでしょ……」 「リュウとあんなにくっついてたし」 「そ、それに、リュウだってこんなになってるもん……!」 言い訳するように言って、ミントは俺のチ○ポをおそるおそる掴んだ。 「うく……」 「うわ〜……すっごい、パンパン」 「こんななんだ……リュウのお○んちん」 ミントは恥ずかしそうにしながらも、俺のチ○ポを存分に眺めた。 「あ、先っちょから、な、なんか出てる?」 「え、えいっ」 チョンと、ミントの指先が先端をつついた。 勝手にヒクッと腰が跳ねてしまう。 「わっ……糸引いちゃった」 ミントが楽しそうに何度も尿道口をつつく。 そのたびに、俺の体は、他人のもののように勝手に反応した。 「すご……い」 「コラ、おもちゃじゃないぞ」 やられっぱなしじゃシャクだ。 俺もミントの中心をもう1度覗き込む。 甘酸っぱい、女の子の秘密の匂いがする。 そして、濡れた割れ目のすぐ上に、もう1つの穴が見えた。 ヒクヒクと妖しげに蠢いている。 「お尻の穴まで丸見えだぞ」 「え? や、なに、なに見てんのっ!」 ミントが慌てる。 性器より、そっちの方を見られる方が恥ずかしいみたいだ。 それなら…… 俺は、ミントの割れ目に唇を押し当てた。 「え、えええっ!? ちょ、ちょっとリュウ……」 そのまま舌を伸ばす。 濡れた割れ目を、下から上へと強く舐め上げる。 「にゃうんっ!?」 ミントの全身がビクンと震えた。 俺は猫のようにペロペロと、ミントのおま○こを舐め上げる。 「ちょ、やあ……そんなとこ舐めちゃ汚い」 「……んっ、あ、ダメってぇ!」 「サウナで悪いものは全部出たから、きれいだろ」 指で割れ目を広げ、舌先を中に潜り込ませた。 「ひゃぅっ、あん……だめっ、やっ、し、舌なんて……ああぁっ!」 濡れた膣壁が、キューッと俺の舌を締めつけてきた。 「れう……う……」 キツイそこをほぐすように、舌で掻き回す。 ジュブッ、ジュルルッ、ブップ…… 「ひあ、あ、舌、動いてる……っあ、中で、リュウの舌が……う、動いてるぅ……!」 ミントは、しがみつくように俺のペニスを握った。 そして縋るようにして、そこに唇をかぶせてくる。 「んっ……ちゅっ、ちゅぱっ……」 「おお……!」 亀頭が、ミントの唇に飲み込まれていった、 火がついたように熱い。 「んぷ、ん……じゅぷっ、ぶぷっ……」 「ふぁ、ん……変な味……ら、よ……んジュププッ、ジュルルッ……ぅっ」 ミントが夢中な感じで俺のチ○ポをしゃぶる。 「そう……ミント……もっと吸って」 「んぷっ、こ、こふ……? じゅっ、じゅぱぱっ」 「ちゅっ、じゅぱっ、じゅうっ……じゅじゅっ!」 チ○ポの根元から、熱いものがこみ上げてくる感じだ。 「じゅぶ、ぶちゅっ……ん、あぷ……」 「また……んっ、じゅぶっ、じゅぱぱ……っはむ……おっきく……ちゅっ……なってきたよ?」 ミントの愛撫はまだつたない感じだったけど、俺のチ○ポは、はち切れそうなほどに漲ってしまう。 「はうっ……ピクピクしてる……っ、そんなに、気持ひ、いいろ? ……んぅっ」 はちきれそうなチ○ポを、ミントの小さな手のひらが握る。 亀頭を口内を含みなおし、顔を上下させて、チ○ポをしごいてきた。 「んぶっ、じゅっ……じゅぶぶっ、じゅぶっ!」 「うわ、ちょ、おお……」 「こうしゅると……んじゅっ、じゅぱっ……ちゅっ……にゅるにゅるが、んっ……」 「どんどん出てくる……ちゅっ、んぢゅっ……♪」 ミントは、俺が気持ちよくなっていくのが嬉しいみたいで、チ○ポを一生懸命しゃぶってくる。 「ちゅぶ、ちゅ、れろれろれろ……っ」 「ん〜、ちょっ……と苦い、けど……んっリュウのだから、……はむっ、ちゅぱぁぁっ♪」 「お、おお……ミント……」 俺もミントの腰を抱きしめて、その股間に再び顔を埋めた。 濡れた秘処を思いきり舌でほじる。 「なうっ!! んっ、んぐぐ、んう!」 「ふぁ、あっ、ああ、リュウの舌、……はうぅっ!」 「あ……き、気持ちイイ……あんっ、あ!もっと……してぇっ! ンっ! んんんっっ!」 俺が強く舐めれば、ミントも俺を強く吸う。 そうして、俺もまたさらに深くミントの媚肉を刮げるようにして中へと舌を差し入れる。 蕩ける秘肉が、舌を締め上げてくる。 熱い肉の抱擁は、これからチ○ポを入れたときのことを想像させて、更に勃起を硬くさせる。 「はふ、あんっ、ふぁ、ああ……あふぅっ!」 「んっ……ちゅっ、ちゅぱっ……今日、あたし……なんか、エッチ……」 「リュウの、エッチが……んぅっ、はふっ……移っちゃたみたい……んはぁっ、ちゅぱちゅっ!」 そうかもしれない。 俺から見ても、今日のミントは前よりも積極的で、なんかエッチだ。 でもそれはミントだけじゃない。 俺も自分の体がすごく敏感になって滾っているのを感じていた。 オイルのせいなのかもしれないな。 見上げると、濡れた割れ目のすぐ上に、もう1つのすぼまりが見えた。 まるで誘うようにヒクヒクしている。 俺はそこに手を伸ばす。 「ミント、こっち」 ツンツン。 ヒクヒク蠢く、ミントの秘密のすぼまりをつついた。 「ひぅんっ!?」 ミントの腰が大きく跳ねる。 「あ、気持ちよかったか?」 「や……バ、バカぁっ……そんなとこっ!」 「気持ちいいくせに」 ミントの反応は、明らかに快感を感じている反応だった。 オイルで敏感になっているせいかもしれない。 もう1度そこをもう少し強くつついてみる。 ツンッ、ツンッ! 「に゛ゃんっ!?ちょ、ちょっといい加減に……」 顔を上げてミントが抗議する。 かまわず、俺はその部分に舌を伸ばした。 ……ぬっ、ぬる……っ! 「ひあっ!?」 ぬるっとした感触と共に、舌先がミントの秘密の孔に入り込む。 「ひあ、や、やめ……入ってう、入ってりゅう!!」 口からチ○ポを離してしまったミントに、促すようにして腰を押しつける。 「んむ、んっ……はむっ……」 「んちゅ、ちゅぷぷぷっ……んあっ、あっ!」 「れろっ、れろろっ……ぬぷっ、ぬるんっ」 「……ふぁっ、おしり、舐めちゃだめぇ……!あ、やん……んちゅっ、ちゅぱっ、ぢゅぢゅっ!」 お尻を振って逃げようとするミント。 でも、ミントの秘裂からはますます愛液が濡れてくる。 まるでお漏らししたみたいにぐしょ濡れだ。 ぐぷっ……ぬぷぷっ、ぐぬぬぬっ! 「あふっ……んちゅっ……もう、ああっ……!」 秘裂がヒクヒクと蠢き、ミントは必死の様子で腰を捩る。 さっきまで逃げをうっていた体は、今じゃ、俺の顔に押しつけてきていた。 「気持ちイイ?」 「あ……ひぃ、……イイッ、リュウっ!」 「んぴゅっ、じゅっ、んむむっっ、ぢゅぢゅっ♪」 答えをチ○ポに返してくるミント。 その吸淫に、俺の快感も激しく滾る。 「……くっ……」 「あふっ、大きく……なって、んむっ、ちゅぶっ♪」 「リュウっ、あぁっ、んっ、じゅじゅぅっっ!」 吸い上げが強くなり、舌はねっとりと絡みつく。 口内はおま○このように変化して、チ○ポを激しく愛してくる。 「くっ……いいぞっ……」 「あっ、んっ……あたしひも、んむっ!ぢゅっ、ぢゅ、ちゅうぅっ……あひっ、もうっ!」 言葉通り、ミントのおま○こは絶頂の直前にまで来てるようだ。 弄っていた秘孔から、おま○こへと移動する。 ぬりゅっ……ぬぷぷぷっ! 「ひああっ! やぁっ!入って、くるっぅぅっ……!!!」 ビクンッ!!! おま○こは突然の侵入に、激しく反応した。 「はむっ、ひぐぅっ……イクっ、イっちゃぅぅっ!」 「うっ……俺も……っ!」 ち○ぽを思いっきりミントの口内へと突き入れる。 「んむぅぅぅぅっ!!!」 「イクぞ……っ!!!」 「んじゅっ、じゅぶぶっ、んじゅぅぅぅぅっ!」 ドクンッ……!!! 「んぐっ!?」 ドクッ……ビュルルルルンッ!! 「はぶっ、んっ……! んむっ、ぐふっ……ぅっ」 ドクドクとミントの口内に、俺の精子が放たれる。 「んく……ぅっ……」 どく……どくっ…… まだ出てくる精子を、ミントは音を立てて飲み干す。 「……う……ごくっ……ゴクンっ!」 喉が動き、精子が嚥下される。 「……ぷは……ぁっ……」 ずる…… ミントの口からチ○ポを抜くと、唇の端からは、白い一筋が漏れて顎を伝った。 「飲んじゃったな」 「……飲ませたくせに……ぃ」 ちょっとだけ睨まれたけど、本気で怒ってはいないみたいだ。 「……ね、まだ……しよ」 ……ほらな。 白い太ももを左右に開く。 ミントの唇のように、桃色の秘裂は、物欲しそうにヒクヒクしていた。 正面から体を合わせていく。 「ん……リュウ、はやく……」 ミントが急かす。 俺は張りつめたチ○ポを、ゆっくりとミントへと挿入した。 じゅ……じゅぷぷぷぷっ……! 「あぁ……リュウが、入ってくる……っ」 「ん、ふあっ、あっ……」 「や、なに……っ!?」 「んはぁっ、ああっ、ああぁんんんっっ!!!」 挿入だけで、ミントの全身がガクガク震えた。 俺を受け入れた熟れた肉壺も、痙攣するように細かく震えている。 「ふぁ、あ、ひ……ひぅ……っ」 呆然とした様子のミント。 もしかして、今のでちょっとイッたのか? 「大丈夫か? すごい感じた?」 ミントは、汗にまみれてグッタリしている。 その顔は、のぼせたようで、気だるげだ。 「わ、かんない……なんか急に……ぐわー、ぶあー……て、なって……」 「お腹の中が熱くて……すごい、気持ちよかった……んだもん……」 軽い絶頂だったらしい。 ミントの媚肉は波打つようにうねりながら、咥えこんだチ○ポを締めつける。 「う、ミント……」 そのうねりに、思わず腰が動いてしまう。 「ん、あ……まだ待って……」 「ごめ、無理……っ」 止めれない。 ジュッブ、ブブッ……ジュップブブ……! 「あ、ん……ああ、やぁ、まだっ、あ……あぁんっ、き、気持ちよすぎて……っ」 その体はチ○ポの動きに反応し、ピクピクと痙攣する。 中のチ○ポが動くたび、奧から透明な愛液があふれ出してくる。 あふれるほど濡れているのに、中はひどくキツイ。 「リュウのお○んちんが、お腹の中……こすってる……ぁあんっ!」 「ひゃうっ……あぁ、気持ちイイ……よぉっ」 「俺も……イイっ」 ぬちゅっ、じゅぶっ、じゅぶぶっ! 「んひぃっ……気持ちいいよぉっ……!あ、そこ、そこ……イイっ!」 「あっ、んぅぅ……っ、あ、ああッ……!」 ミントが自分から腰を揺する。 ぐちゅっ、じゅぷっ、ぶっぷぷっ…… 淫猥な水音が、交接部からは漏れていた。 「やぁ、エッチな音……ん、ああ、あ!リュウ、リュウ……んはぁっ……!」 下から俺にしがみつくようにして、ミントはねっとりと腰を動かす。 濡れた膣壁もねっとりと吸い付くようで、脳がとろけそうなほどの快感が股間を中心に広がっていく。 「うくぅ……ミントの、すごい気持ちイイ……」 「リュウのお○んちんも……すっごい気持ちイイ、あふっ……あたしの中……こすれてるっ……!」 喘ぎながら、ミントが腰を押しつけてくる。 もっとたくさん欲しいと言っているみたいだった。 俺は体重をかけて、思いきり奧へとチ○ポを突き入れた。 「んふっ、ああ……奧に……っ!?」 「チ○ポの先っぽが、ミントの子宮口に当たってる」 こりこりとしたものが、先っぽに当たる。 それを押し込むようにして、激しく突き上げる。 「あひっ、はうっ、んっ、あぁんっ!」 「お○んちん……奧に当たって……ひうっ、あ、あああ……っっっ!」 ミントの全身が震える。 入り口がキュッと締って、俺の根元を締めつけてきた。 ……くっ…… イッてしまいそうなほど気持ちいい。 「ここ、そんなに気持ちいいのか?」 思いきり腰を押しつけて、先端に当たる子宮口から、膣奧の壁までを何度も突き上げる。 「にあっ、はううう……っ!そこ、気持ちいい……よぉっ!」 子宮口をこじ開けるぐらいのつもりで、また思いきりチ○ポを突き上げた。 「ひあっ、あああ、来るぅ……っ!!!」 「お○んちんがいっぱい……ああっ!奧こすれてっ……あんっ、リュウ、リュウ……!」 「好き……リュウ、好きっ……」 「もっと、して……いっぱいしてぇ……っ!」 ミントは髪を振り乱して声を上げる。 「ミント、エッチになったなぁ」 「誰か来るかもしれないとこで、こんなに感じて」 「や、……だって……あふぅ」 「誰も来て……んぅっ……ないよね……っ?」 ミントが心配そうに顔を上げる。 だが、ミントの位置からだと、出入り口の方は見ることができない。 「あっ、ん……だ、誰も、いないよね? ねぇっ?」 心配そうに辺りを見回して、繰り返し尋ねる 「……さあ?」 ちょっと意地悪な気分になって、俺はわざととぼける。 ミントの顔がさらに不安げに曇る。 「ウソだよね? い、いないよね?」 「いや、あそこに誰か……」 「え……?」 すがるように、ミントの中がキュッと締った。 中の俺のモノを強く咥え込む。 「う、キツ……」 「ね、誰かいるの? こんなとこ見られたら……」 きゅぅっ…… ミントの中がさらに締まる。 「見られたらと思うと興奮するのか?」 「そ、そんなわけない……って、もう〜っ!」 「でもミント、すごい締めつけてるぞ」 抜かせまいとするように、ミントの秘処は俺のチ○ポをきつく締め上げて離さない。 「そんなに締めつけられたら抜けないって」 「だ、だって……体が勝手に……」 「や……ばか、もうっ……!」 「あ、ほんとに誰か来たかも」 「またうそばっかり……」 『あれ? カギかかってる……?』 すごいタイミングで、扉を開けようとする音が聞こえ、続いてロコナの声が耳に届いた。 ミントがビクッと体をすくませる。 『隊長たち、いないのかなぁ?』 俺たちを捜しに来たのか。 ドア越しにこちらをうかがうような気配。 「やぁ、リュウ、もうやめ……」 ミントの言葉を無視し、俺は軽くミントを突いた。 「いうっ!? や、なにする……のっ!?見つかっちゃう……しぃっ!」 「大丈夫、鍵かかってるから」 答えをばらして、俺はミントに笑いかけた。 「まさかこんな所を誰かに見せるわけないだろ」 「だって、ミントの可愛くて、いやらしい姿を見ていいのは俺だけだからな」 「……もう〜っ、鍵がかかってるなら、ちゃんと言ってよ……びっくりしたぁ」 「ごめん」 言葉で謝って、体でも謝る。 くちゃっ、グチュ、ジュップ…… 「んくっ……あひっ!?」 わざと音を立てるように動く。 「音、だめだってばっ……聞こえ……っ!」 ぐちゅ、くちゃ……ジュブブッ! 「んく、あっ、やあ、だめぇ……っ!声が出ちゃ……うっ……んくぅっ!」 「あ……おい、あんまり声出すと……」 『あれ? 今中で声がしたような……?』 「あ……っ!」 『たいちょー? ミントさーん?いるんですか〜?』 ロコナが、じっと息を詰めてこっちをうかがっているのがわかった。 『あれえ? 気のせいかなぁ?』 「マズイよ、見つかっちゃう……んんっ」 「ちょ、あん、あっ、あっ……!」 「じゃあ声、潜めておいて」 俺はミントに伝えて、また激しく腰を振る。 ジュブ……ジュブゥンっ! 「そんなこと言っ……ても、あぅんっ!」 ぐちゅっ……じゅぶう゛……っ! 「んんっ、あっ、んん、んうっ、んんっ!」 「んくぅっ……んっ、だめぇ……、んんっ……はぁっ……!」 ミントは必死に声をこらえる。 眉間に寄った悩ましげな皺が色っぽい。 だめと言いながらも、ミントの体はさらに俺を求めてくる。 ねっとりと吸い付くような肉壁が、俺を刺激する。 『あれえ? 気のせいかなぁ?』 『うーん、みんなを捜しに行こうっと』 ロコナの気配が遠ざかる。 ミントはホッと息をついた。 安堵しているミントをさらに突き上げる。 「ひっ……や、まだロコナがそばにいるかも……!」 「もう大丈夫だって」 「それに、俺、もう……」 そろそろイキそうだった。 先端を奧にこすりつけるように腰を突く。 「やんっ、ああっ……リュウの!いっぱい来てるっ……よぉっ……あぁっ!」 「あ、あたしも、またっ……またきちゃうっ!」 「……また、ぶあって……あ、だめっ」 「やぁ、あああ……っっっ!」 ミントの中が強烈に締まった。 「うう……ミント……っ!」 「あ、んんっ、リュウも一緒に……一緒にイッて……ぇぇぇっ!」 「よし……わかった……っ」 ミントとタイミングを合わせようと動きを速める。 小さな体を抱きしめるようにして、思いきり腰を振った。 ぐじゅっ、じゅぶぶっ、じゅぶぶんっ! 「リュウ、来て……いっぱい……あんっ!リュウ好き、好き好きっ……!」 「んっ、あっ、あああ……!」 「やあっ、イクイクっ、イッちゃう!」 「ああっ、はひっ、んはぁっ……あああっっ!!」 濡れた膣壁が震える。 全身を痙攣させながらミントが絶頂に駆け上る。 俺もそこが限界だった。 「くっ……イクっ!」 寸前でペニスを勢いよく引き抜く。 その瞬間、思いきり放っていた。 ドックンッ! ビチャ、ビチャチャッ!!! 「熱いの、あぁん……、きたぁっ……!!!」 熱い迸りは、ミントの裸の腹から顔にまで飛んだ。 たっぷりの熱い精液を浴びて、ミントはまた体を震わせてる。 「はふ……ん……いっぱい、きた……」 「こんなにいっぱい、出しちゃった、ね……」 「すごく気持ちよかった」 「嬉し……♪」 『たいちょー? ミントさーん?やっぱり中にいるんじゃないですか〜?』 「あ、やば……」 物音でも聞こえたのか、ロコナが戻ってきた。 早く支度して出ないと…… 「は、ん、あぁ……リュウ、好きぃ……」 だけど、イッた余韻に浸っているミントは、しばらく動けそうになかった。 サウナでたっぷりと汗をかいた俺たちは、ちょっぴりふらふらとしながら帰路についていた。 「倒れるまで我慢比べするなんて、勝負の世界はキビシイですね」 疑うことなど知らないような、ロコナの純朴な視線が痛い。 ロコナには、我慢比べの延長戦だと説明した。 勝負を放棄してドアを開けることはできなかったのだ……と。 そして、ミントは勝負の末にのぼせて倒れてしまったことになっている。 ……そう言うしかないだろ! 「あは……あはは……か、賭けしてたからね!」 「そうですよね、賭けだったら負けられないですね」 ロコナの素直な反応に心が痛む。 ミントも俺も肩を縮めて小さくなるばかりだ。 「でもお2人は仲が良くてうらやましいです」 「あはは、そうかな〜」 愛想笑いを引っ込めて、ミントが小さく俺を睨む。 素直なロコナを騙すことに、やはり胸が痛んでいるんだろう。 「(リュウのバカ……!)」 ギュ〜〜〜〜〜〜ッ! 「痛でっ!」 思いきり太ももを抓られた。 「あれ? どうしたんですか?」 「い、いや、なんでも……」 「なんでもないよ!」 「なーんでもない!」 ……俺の太ももは痛いぞ。 「はあ?」 ちょっと調子に乗りすぎた。 次は気をつけないとな。 「んもう……しばらくエッチ禁止」 「う……」 ……すみません…… 異母姉妹たちには嫌われているアルエだが、侍女たちには人気が高く、ポルカ村の品を見たいと言っているとミントに会わせる。 お城で臨時開店したテトラ商会では、ポルカ村の品を見ては嬉しそうな侍女たちとミントの姿があった。 一方のリュウは刺激に餓えた侍女たちに囲まれてオモチャにされてしまう。 ちょっぴりヤキモチを妬いたミントに思いっきり尻をつねられてしまうのだった。 刺激に餓えた侍女たちに囲まれて色々と聞かれるリュウ。あれこれと聞かれている間にミントの機嫌が悪くなっていく。 「そちらの騎士の方は、ミントさんの恋人かしら?」 そう聞かれたリュウは…… ホールには、城で働くたくさんの侍女たちが集まっていた。 「はいはい、たくさんありますから慌てないでくださいね〜」 若い侍女たちをはべらせ、ミントは上機嫌で声を上げる。 その前には、村から持参した色々なものが、所狭しと並べてあった。 『お城の侍女たちが、ポルカ村の品を見たいと言っている』 しばらくぶりのアルエからの連絡でそう請われ、城に呼ばれた俺たちだった。 そんなわけで、テトラ商会はただいまお城で臨時開店営業中。 「ほらほら、たくさんお品はありますよ!」 ミントはどんなときにも準備を怠っていない。 ちゃっかりと、ポルカ村から商品になりそうなものを持ち帰っていた。 びっくりしたし、感心もした。 こういう強かさが、岩塩での大抜擢のような幸運を呼んだんだろうな。 「それにしても、ポルカ村の品が人気があるとは知らなかったな」 「ボクが世話になった話を侍女にしたんだ」 「そしたら、ポルカ村の素朴な様子や、手作りの品々に興味を持ってな」 「ポルカ村って言ったら、赤麦が有名だけどね」 「でも、暮らしてみたら手作りの品もかなりいいものばかりっしょ?」 「これは売れる! って踏んだのよ」 「なるほどねぇ」 で、アルエの引き合わせによって、今ここで臨時営業が出来ることになった。 それにしても、アルエのそばにアロンゾがいないなんて珍しいこともあるもんだ。 なんか用事でもあったのかな? 「この織物は見事ねぇ。まるで芸術品のようだわ」 「それだけ織るのに、ものによっては半年もかかるんですよ!ちょっと値は張りますが一生物です」 ……たしか基本は3ヶ月って聞いたぞ? んまぁ、絶対に半年とは言ってないから嘘じゃないよな。 「ほら、いいお品でしょう?お嫁入り道具にも喜ばれるみたいですよ〜」 「まあ、お嫁入り道具?」 「お嫁入り道具は早く揃えるにこしたことないって、いいますもんね♪」 「そうよねぇ♪」 女たちの顔が華やぐ。 さすがミントは女心の掴み方を知ってるようだ。 「このお酒って、ポルカの赤麦の?」 「そうで〜す♪王都に出回ってる安い粗悪品とはまったく味が違いますよ♪」 「ちょっと味見してみます?」 試食や試飲が女は好きだ。 試飲と聞いて、侍女たちが我先にと群がってきた。その全員に、ミントは気前よく酒を振る舞う。 「みなさん、どうですか〜?」 「わあ、すっごく美味しいわ」 「私、お酒はあんまり強くないんですけど、これだったら飲みやすくて私でも大丈夫そう」 「これ、1本いただけます?父への贈り物にします」 「まいどあり〜♪」 「じゃあ私はこの織物を……」 「私は……」 すごい……飛ぶように品物が売れていく。 「やるな、ミント」 決して押し売りではない。 みんなが嬉しそうに買い物をしている姿がなんだか印象的だった。 「ミントは人心を掴むのが巧みだな。たいしたものだ」 「アルエだって、侍女たちには人気があるみたいじゃないか?」 「いや、ボクは別に……」 「アルエ様、ありがとうございます」 「いい商人さんを紹介していただいたおかげで良いものがたくさん買えました」 「ありがとうございます、アルエ様」 「ありがとうございます!」 「あ、いや……うむ」 ほらな。 「あら、どなたでしょう?」 「あの……こちらで、何か商人の方が来られてお店を開いていると聞いたんですが?」 新しい侍女が一人、二人とやってきた。 なんかすごいな。 「そうですが……あの、アルエ様どうしましょう?」 ん? どうしたんだ? 「おまえたちは姉上たちのお付きの侍女じゃないか?」 「そうなんですが……よければ私達もお買い物がしたくて」 「だめでしょうか? アルエミーナ様?」 「いや、ボクは良いんだが……」 「ん? どうしたの?」 「商品ならまだまだあるわよ」 「そうじゃなくて、姉上のお付きの侍女だからな」 まずいのか、なんか? 「姉姫様たちは、アルエ様に辛く当たっておいでなんです」 「お母様が側室であらせられたからと……酷いお話ですわ……!」 「……そうなのか?」 「単に仲が悪いだけだ、気にするな」 そういえば、前にジンがそれっぽいこと言ってたな。 『アルエ殿下はともかく、他の姉姫なんかじゃオレが会っても、鼻で笑うかもな〜』 異母姉妹みたいだし、やっぱり確執があるみたいだ。 「……姉上たちには、ボクの紹介の商人だとは言わないでおけば大丈夫だろう」 「おまえたち、好きに見ていいぞ」 「ありがとうございます、アルエ様!」 「絶対に内緒にしますから!」 「ばれたらばれたで、ボクに言いに来るといい」 「ちゃんと庇ってやるからな」 「アルエ様……」 「本当に、お優しい……っ」 「ほら、ボクを見ていてもなにも買えないぞ」 侍女に優しく接するアルエを、ちょっと見直した思いで見つめる。 ポルカ村に来たときは、なんてわがままなボンボンかと思ってたけど、その心根はとても優しい。 ポルカ村での生活で色々成長したせいか、高慢な部分とかが随分なりを潜めている。本当にいい王族になっているよな、と思う。 「ん? どうした?」 「あ、いや……」 「……あっ!!!」 ん? 「ぶぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜」 ミント? ど、どうしたんだ、そのふくれっ面は!? 「……アルエを見つめてポーッとしてるっ!」 や、違う、誤解だ! 「感心してたんだよ! それは!」 「……浮気だ……」 「違う〜〜〜!」 俺が好きなのはミントだろ! 「まぁ……くすすっ」 ほら! なんか笑われてるぞ! 「そちらの騎士の方は、ミントさんの恋人かしら?」 「え……はえっ!?」 「いや、あの……えっと!」 突然のことで、ミントが口ごもる。 「あら、違うのかしら……?」 侍女たちの目が一斉に俺に向いた。 いつの間にか侍女たちは、商品じゃなくて、俺とミントを取り囲んでいる。 なんだ……!? 「あの……俺はリュウ・ドナルベインです」 一応、自己紹介。 「ミントの……」 恋人、と続けようとしたんだが…… 「まぁっ! ドナルベイン殿ですって!なんだか素敵な名前ね!」 ……は? 「お顔も精悍だわ……うふふっ」 ……はい? 「あの、どちらの団に所属されてらっしゃいますの?」 いや、ちょっと待ってくれ! 「…………」 あ、なんかミントの周りに黒いオーラが見える。 やばいんじゃないのか、これ……? その上、侍女軍団の迫力がなんか恐ろしい。 「侍女たちは、お城から出る機会が少ないからな」 「刺激に飢えているんだ」 アルエがこっそりと耳打ちする。 「ちなみに、ボクでもこの迫力には負ける」 「ボクにどうこうしてくれと頼むなよ」 「えっ、おい!?」 どうしたら……!? そんなのに、俺が対抗できるのか!? 仕方ない、腹をくくるぞ……! 「あの、俺はミントの恋人です!」 「えっ……!」 はっきりとした宣言に驚いたのか、ミントが驚いた顔で俺を見る。 あ……なんか、ミントの顔が赤い。 くぅ……可愛いな。 俺には無理だ…… 「ミント、助けてくれっ」 「……んもうっ!ちゃんと言ってくれたらいいじゃん」 「俺はミントの恋人です、って」 「ミントだって、さっきは言えなかっただろ」 「あれは驚いたのと照れくさくて!」 「……もう、いいわよ!」 ぷぅ、と膨れてミントがそっぽを向く。 けどすぐに侍女たちに向き直った。 「皆さ〜〜ん、すみません!」 「このリュウは、あたしの恋人なんです」 結局、ミントが侍女に宣言する。 う……ごめん。 恋人宣言に、侍女たちはしーんとなる。 だけど、次の瞬間。 「きゃ〜〜〜〜〜っ!」 「うふふふっ、恋人ですって、素敵♪」 「いいわ〜、私も恋人が欲しいわっ♪」 「う……余計にうるさい」 侍女たちのパワーはすごかった。 刺激に飢えてるって、なんか恐ろしい……。 「デートとかは、どんなところに行かれるの?」 「バザールとかでデートされるの?」 「告白はどちらから?」 侍女たちは興味津々で俺に詰め寄ってくる。 あげくに遠慮なくベタベタと体に触れてくる。その迫力に気圧されてしまって、俺は動けない。 う、うわ……どうすれば……!? ギュゥゥ〜〜〜〜〜ッ!!! 「いでえええっ!?」 な、なんだっ!? 激痛の走った尻に目をやると…… 「…………むぅぅぅぅ」 「ミントっ!?」 「なによ、鼻の下伸ばして」 「女の子に囲まれて、嬉しそうだよねっ!」 「違うだろーがっ!」 これは困ってるんだ。 「ふんだ!」 「リュウなんか、このままお城で暮らせば?」 「もう、家に帰ってこなくてイイもんねっ!」 「お、おい……!」 慌てる俺に、ミントはまた尻を抓る。 ギュゥゥゥ〜〜〜! 「いでででっ!」 「バカバカ、リュウのバカ!」 ふくれてそっぽを向くミントは、あからさまなヤキモチを妬いていた。 「まぁ……痴話喧嘩だわ♪」 「間近で見られるなんて、なんて素敵〜」 侍女たちには、なんでか受けている。 「ほら、デレデレしてる……!」 「してない、誤解だっ」 「しかも、言いわけしてるぅ〜!」 なにやらヤキモチのスイッチが入ってしまったらしく、なにをしてもミントはプンスカ拗ねている。 それも可愛いんだけど! 「くすくす……尻に敷かれてらっしゃるわ♪」 「それもいいですわ。ほら、楽しそうですもの〜」 どうやら俺とミントのやりとりは、なにがどうであれ、侍女たちからしたら新鮮で刺激になるらしい。 「た、たすけてくれ……」 俺はこの段になってようやく、どうしてあのアロンゾが今日に限ってアルエのそばにいなかったのかを理解した。 女性の団体には勝てない。 てゆーより、怖いデスヨ。 「言ってくれよ、アロンゾ!」 ミントたちの元に、村から手紙が届く。突然税吏がやって来て、とんでもない金額の税金を請求されたというのだ。 村ぐるみで作物を隣国に密輸している疑いをかけられており、そんなバカな、と驚くミントたち。 とにかく一刻も早く村に戻ろうということで、アルエとアロンゾを王都に残し村に引き上げる一行だった。 「だから、鼻の下なんて伸ばしてないっての」 「嘘ばっか。伸ばしてたもーんっ!」 ミントはあれからずっとヤキモチのスイッチが入ったままだ。 「そんな怒るなよ」 「怒ってない」 ふん、とそっぽを向く。 「た、たいちょー、浮気したんですか……?」 「ん?」 「たいちょーっ、浮気はダメですっ!」 「ちょっと待て、誤解だっ!」 しかも、なんでロコナが突然参入する? 慌てて辺りを見回すと、いつの間にかみんなが物陰からこっちをうかがっていた。 大半の顔はニヤニヤしている。 「み、見てたのか……」 そのとき、呼び鈴が鳴った。 「あれ、誰か来た」 「出てくる!」 ミントが玄関に走る。 「あ、おい〜!」 逃げられた…… 「いやー、痴話喧嘩って見ていると面白いな」 「それが恋の醍醐味よ」 「ワシも昔は幾多のおなごと、恋の戦争をやらかしたものじゃ……ふほほっ♪」 「やれやれ、もっとやれー!」 人ごとだと思って、こいつら…… そこにミントが戻ってくる。 「なんか、ポルカ村から急ぎの手紙が来てるよ?」 来客は郵便夫だったらしい。 一通の手紙を手にしてる。 「村から手紙? なんの用だろ?」 「わざわざ手紙など、よっぽどの急用だろうか」 「宛先は……王都のテトラ商会。ミント・テトラ様……ってなってるのよね」 「住所はないのか?」 「知らないんじゃないの?」 それもそうか。俺たちも知らなかったくらいだ。 「住所が分からないから、着くのにちょっと時間がかかったみたい」 郵便夫から聞いたらしいことを呟きながら、ミントは手紙の封を切る。 みんなも心配そうに、その手を見守る。 「え? なんで……?」 ミントの顔色が変わる。 「なんだ? どうした?」 「村でなにかあったのか?」 「ミントさん、どうしたんですか?」 さすがにみんなも、落ち着かない様子だ。 「村に突然税吏がやって来て、すんごい金額の税金を請求されたって」 「は? なんだそれ?」 「税吏が動くってよっぽどだぞ」 「そうなのか?」 「ポルカ村はうちの領地だから税金の徴収は、オレの所の管轄だ」 「それを乗り越えて税吏が来るってなると……なんかよっぽどのことだぞ」 ジンの言葉に、みんなが息を飲む。 「ど、どういうことですかっ?」 「税ならば、きちんと収めとるはずじゃが」 「ああ。ポルカ村の人間が、そんな大事になるようなことをするとは思えないぞ」 「ちょ、ちょっと待って。続きを読むから!」 もう一度手紙に目を落としたミントは、更に困惑を深めた様子になる。 「なに、これ……?」 「……密輸の疑いがあるみたいなことが、書かれてるんだけど……」 「密輸? なんだそれは?」 通常使う機会のない言葉がいきなり飛び出して、その場にいる全員が戸惑う。 「どういうことだよ?さっぱりわけがわかんないぞ?」 「あたしだってわかんないよ」 「なんか、すごく急いで書かれてるみたいで、はっきり書いてないんだもんっ!」 「とにかく、村から助けを求める手紙なんじゃな」 ホメロが険しい顔で、尋ねる。 ミントは頷いた。 「たいちょー、ど、どうしましょう……っ!?」 みんなの視線が俺に集まる。 「とにかく村に戻ろう」 はっきりと言い切る。 「アルエに連絡をして、俺をポルカ村に帰してもらえるように頼む」 一応はアルエの警備随行の名目が残ってる。勝手に先に帰るなんて許されない。 「今からお城に行って、アルエへのお目通りを申請してくる!」 家を飛び出しかけた俺の背中に、ミントの声が飛ぶ。 「あ……あたしもポルカ村に行くから!」 「ミント、いいのか?」 「当り前でしょっ!」 ミントは強く頷く。 ……ありがとう、ミント。 「みんなは出立の用意をしててくれ」 そして俺はお城へと向かった。 アルエへのお目通り申請は、丁度よくアロンゾに伝わったせいで早急に行われた。 「ポルカ村に脱税疑惑!?」 「じゃなくて、密輸疑惑だ」 「とにかく、それならボクも行くぞっ」 「ポルカ村の窮地を見過ごせるかっ!」 アルエがドレスの裾を翻すような勢いで、椅子から立ち上がる。 「殿下、それはなりません」 「アロンゾ、おまえはポルカ村のみんなを見捨てるつもりか!」 「いいえ、そうではありません」 「もし、ポルカ村の窮地を救うならば、殿下は王都に居ていただいた方が絶対にお役に立っていただけます」 「な……っ!」 「確かにそうかもしれないな」 「なにが起こってるのか分からないからこそ、王族としてのアルエの力を頼りにしたい」 「領主のジンの実家を跨ぎこして、税吏まで動いてるとなると、なんかやばそうだ」 王都でのアルエの方が、権力は大きいんだ。 王族の権威は村でも大きいけど、こっちだったらアルエが使える人間の量が違う。 「……ボクだって、心配なんだ」 「うん、分かってる」 「だからこそ、アルエには王都で俺たちの援護をして欲しいんだ」 「ドナルベインなどの言葉ではありますが、その通りです、殿下」 アロンゾも俺の意見に賛成する。 「…………」 「アルエ」 「殿下」 「……わかった」 アルエは、一度大きく息を吸うと、王族らしい立ち居振る舞いで、俺と向かい合う。 「ポルカ村国境警備隊隊長。リュウ・ドナルベイン!」 「はっ!」 王女の姿になったアルエに対し、俺は跪き、騎士としての礼を取る。 「我が警備随行の任は、今この時より解く」 「すぐさまポルカ村に帰還し、村の異変について調査せよ!」 「かしこまりましたっ!」 「……頼む、リュウ。ポルカ村を守ってくれ」 公の立場である王女から、アルエの声になったのを確認して、俺は立ち上がる。 「アルエも頼んだぞ!」 俺はそう言い残して、アルエの前から退出する。 いったい村でなにが起こっているのか。 村に帰って、それを確かめなければ――! 村に戻ってきた一同を、不安そうな村人たちが取り囲む。詳しい話を聞いてみると、隣国で村の赤麦が密輸品としてさばかれているらしい。 村に密輸をするような者などいないはずだが、隣国ですでに捕縛された商人が、ポルカ村と共謀して密輸で買い付けたと証言していた。 そのため村ぐるみの犯行だと思われてしまい、莫大な額の追加徴税を請求されたのだった。 追加徴税について話し合っている一同の元に、王都から憲兵がやってくる。 ミントに組織的密輸犯罪の首謀者として捕縛命令が出されていたのだ。 「おい、どうするんだ?このままじゃマズいぞ?」 ミントの窮地にリュウは…… 暗闇の中、とある密談が進行していた。 「さて……計画は上手くいってるのか?」 「順調じゃわい」 「今頃、村は大騒ぎになっておるだろうて」 「あとは、獲物が網にかかるのを待つだけか」 「くくく……っ」 「ふはははは……!」 あとは笑い声だけが、部屋の中に残った。 王都を出た俺たちは、早馬で村にまで戻った。 村に着くと、村全体の雰囲気が騒然としているのがわかった。 「あ、帰ってきおった!」 帰った途端、村の人たちが集まって来て、俺たちを取り囲む。 「おばあちゃんっ、いったいどうしてっ?」 「それはあてらが聞きたい」 「突然税吏がやって来ての、わけのわからないことを言いよったんじゃ」 婆さんが言うと、他のみんなも頷いた。 ざわめきはさざ波のように広がる。 村の人たちの戸惑いが伝わってきた。 「誰か詳しい話を聞かせて」 金関係の話なら、一番詳しいミントが、名乗りを上げてくれる。 「手紙じゃ、密輸がどうこうって話だったけど」 村人の1人が手を上げて前に出る。 「わたしらが、村ぐるみで密輸して密かに収入を得てると言いよったわい」 「その分に課税するって、言ったよ」 「密輸って、なんの?」 「赤麦じゃ。わしらが赤麦を不正に売買しておると言うんじゃ」 「そんな……っ!」 「なにかの間違いじゃないのか?密輸などと、そんなバカなこと……」 「じゃが、税吏は聞いてはくれん」 「とにかく追徴課税じゃと言って、請求書を置いていきよった」 婆さんが、請求書らしい書類を出してくる。 「見せて」 「……え? なにこの金額?ひい、ふう、み……ひっ!?」 「な、なんじゃこりゃあああああああっ!?」 請求書に目を落としていたミントは、血走った目を剥いて叫んだ。 「そ、そんな額なのか?」 「こんなの絶対払えるわけないよ……」 ひらりと、その手から請求書がこぼれる。 そこに印された数字を見て、俺たちは全員絶句した。 「こんなバカなことはあるまいて」 「じゃが、税吏は来たんじゃ」 「うちの家をさしおいてのこれか……」 「よっぽどのことじゃないか」 ジンはしかめっ面をする。 「どうしよう、おばあちゃん。こんなのポルカ村始まって以来だよね?」 「分からん。一体、どうしてこんなことに……」 なにがなにやらわからない。 いったいポルカ村になにが起こったんだ? 王都から駆けつけたものの、あまりな事態に俺たちは呆然とするのみだった。 広場で話していては、村人たちの不安が増長されるばかりだと判断し、俺たちは兵舎へと移動した。 「隣国で、ポルカ村の赤麦が密輸品としてさばかれておるという話じゃった」 婆さんからもう一度事情を聞くと、そんな答えが返ってきた。 「ありえない。密輸などする人間がこの村にいるはずはないだろう?」 「あてもそう言ったんじゃ、レキ様」 「じゃが、隣国ですでに捕縛された商人が、正規のルートで入れると関税が高いから、ポルカ村と共謀して密輸で買い付けたと……」 「そんなのウソだよぉ!」 ロコナがヨーヨードに縋り付き、泣きそうな声を出す。 「どう考えても、その捕まった商人って奴が嘘ついてるんだろう」 「でも、なんでそんな嘘つくんだよ?」 「自らの罪を、なすりつけようとしているのではあるまいか?」 俺たちが話し合っていると、それまで黙っていたミントが口を開いた。 「てかさ。この村に、闇で品物をさばける余裕なんてないっしょ?」 ポルカ村在住組が、全員うなずく。 「収穫量なんて、知ってたのか?」 「買い付けの取り引きに立ち会ったことがあるし、大体の収穫量はヨーヨードのババ様から聞いてるもん」 「だから、密輸で流通しちゃったのはポルカ村から正規のルートで出て行った赤麦しか、考えられないのよね」 「ということは?」 「赤麦を買っていった奴らが怪しいってこと」 ミントの言葉に、場が静まりかえる。 ポルカの赤麦を買い取ったのは、もう少しで詐欺まがいに買い叩こうとした…… 「あの商人たちか!」 「ご名答〜!」 明るいミントの声は、この場の空気にあまりにもそぐわなかった。 「ミント、こんな時になんでそんな明るい顔してるんだよ?」 「だってさ、よく考えてもみてよ」 「赤麦の売買はあいつらとしかしてないんだから、その契約書を見せたら、ポルカ村から出て行った赤麦のルートは証明できるでしょ」 「これだけの追加徴税を掛けるって言うんなら、大量の赤麦が出回ったことになるし、そんな過剰在庫があるわけないっしょ!」 ミントが、えっへんと胸を張る。 「と、いうわけで!」 「ささ、赤麦の売買契約書を出してちょーだい♪」 ミントが婆さんに開いた手のひらを差し出す。 みんな、一安心の顔でそれを見ていたが―― 「……ないんじゃ」 「はへ?」 「売買契約書など……ないんじゃよ」 「ええええええええ〜〜〜〜〜!!!」 「昔から、その場での売買じゃったから、何度か契約書を取り交わそうとしたんじゃが、ついつい、そのまま慣習で……」 言い辛そうに、婆さんが告白する。 「じゃ、じゃあ……証明になるものは……」 「ないんじゃ」 またもや、ホールが静まりかえった。 まさか、契約書が無いだなんて…… 「契約書がなかったら、ポルカ村はどうなるんですか……?」 「無実の証明が、できないってことだ」 「わたしたち、捕まっちゃうんですかっ!?」 「それはないじゃろう。要求は、莫大な額の特別関税の追徴税だけじゃ」 「長老のあてとしたことが、とんだ失態をしてしもうたわ……」 婆さんが沈んだ声を出す。 「それが問題じゃがのう」 なにしろ、とても払えないほどの額だからな。 「もし、払えなかったら……?」 「畑の強制徴収や、最悪は村全体の土地を没収されて、村人は追い出されるか……」 「そんな……っ!」 「いいや、それですむならいい方だろ」 ジンが硬い口調で割り込む。 「最悪の場合ってのは、捕縛者が出て、村人はどっかよその地で、強制労働かな?」 「そんな……ひどいですっ!」 「伯爵家の領地でのことに、強引に首を突っ込むくらいなんだから、それくらいの無茶はしそうだろ」 「た、隊長、なんとかならないんですかっ!?」 「むう……」 俺の役目は村を、村のみんなを守ることだが、こんなケースでは手も足も出ない。 どうやったらいいんだ……っ!? 「赤麦か……」 「あたしがやりこめたせいで、恨みをもたれちゃったのかな……」 ミントが、苦々しく呟く。 そのとき、激しく兵舎のドアが鳴った。 「な、なんだ?」 「誰じゃ!?」 「村の人かもしれないです」 入り口に向かいかけたロコナを、ミントが止めた。 「……待って。あたしが出る」 「なんか、やな予感がするのよね〜」 ミントはそんなことを言い残して、ドアを開けに行った。 「ミント・テトラはどこだ!?」 扉を開けると、憲兵が2人。いかめしい面で立っていた。 そして恫喝するように、ミントの名を告げる。 「なんだ、どういうことだ!?」 「なんで憲兵が、国境警備隊の兵舎にやって来る!?」 ミントをかばい、俺はその前に進み出た。 「王都より捕縛命令が下った!ミント・テトラがここにいるだろう!?」 憲兵たちが俺たちを見渡す。 「やな予感はしたって言ったけど ……まさか、これかぁ」 ミントは苦笑している。 そんな場合じゃないだろ。 「な、なんでミントさんを探して憲兵さんが……?」 「どいつがミント・テトラだ?隠し立てするとためにならんぞ!!」 「ちょっと待て!なんで、ミントを捕らえようとする?罪状を聞かせろ」 「ポルカ村での組織的密輸犯罪の首謀者として、捕縛命令が出ているのだ!」 憲兵がミントの捕縛命令書を突き出す。 ……な、なんだって!? 「おい、どうするんだ?このままじゃマズいぞ?」 レキが囁いた。たしかにこのままじゃマズイ。 外の気配を探る。派遣された憲兵は、この2人だけのようだ。 娘1人捕まえるのに、大人数で押しかけることはないだろうから、間違いないだろう。 戦うしか、無いか。 俺はそっと相手の隙を窺う。 「ちょっ、リュウ、なにしようとしてんの?」 ミントが慌てた様子で囁く。 「俺があいつらをやっつける」 こんな無茶な命令に従えるか! 「馬鹿! そんなことしたら、村のみんなに迷惑がかかるでしょ!」 「……あっ」 「だから、逆らっちゃだめ」 「ミント、こっそり中に戻って裏口から逃げろ」 ミントにそっと耳打ちした。 この2人だけなら、俺1人でも、なんとか時間稼ぎぐらいはできる。 その間にミントを逃がせば…… だがミントは笑ったまま、動こうとはしなかった。 「そんなことしたら、みんなに迷惑がかかるじゃん」 ヘラヘラ笑ってそんなふうに言う。 「そんなこと言ってる場合じゃないですよっ!早く逃げないと捕まっちゃいます!」 「逃げたって仕方ないよ。逃げれば追われるだけだし、自ら罪を認めるようなものじゃん」 ミントは、こんな時なのにまだ笑顔だ。 「あたしは大丈夫だって」 なんの根拠もないはずなのに、みんなを安心させようとするみたいに、ミントはひたすら笑顔だ。 突然の事態で不安がないわけないのにそんな笑顔を無理して作るなよ……っ! 「おい! なにをコソコソ言っている!?」 「隠し立てするつもりなら、この場にいる全員引っ捕らえるぞ!!」 憲兵はすごい剣幕でまくし立てる。 その前に、ミントは無言で進み出た。 「はーい、あたしがミント・テトラだよ」 手を上げて名乗る。 まるで、紹介された友達の友達に、自己紹介するみたいに気軽に。 「おい、ミント!」 「よし! 大人しくしろ!」 憲兵が、ミントに縄をかける。 俺の目の前で、ミントの腕に縄が掛けられる。 「痛い! 痛いってば!逃げないからそんな強く縛らないでってばさぁ!」 「おい、やめろ! ミントを放せ!」 やっぱりこんなの、黙って見てられるか! 「リュウ、やめなよ」 興奮する俺に、ミントが冷静に言う。 「あたし、悪いことなんてしてないもんね。コソコソする必要ないじゃん」 「そんなこと言ったってなっ!」 これは罠だ。 ポルカ村を陥れた奴らの罠だ。 きちんと調べてもらえば無実が証明できる、なんて甘いことは考えられない。 「あたしは大丈夫。自分のことは自分でなんとかするから」 「なんとかって言っても、どうするんだよっ」 「それより、村のことお願い」 「このままで済むとは思えないから……っ!」 ようやく、ミントの口調は乱れた。 ミントが、自分のことよりも、村のことを心配してるってのが、それでわかった。 もっと悪いことが起こるだろうと思っているらしい。 「あたしがいない間、村を守ってて」 「あたしは絶対戻ってくるからっ!」 ミントが、笑顔で力強くうなずく。 その顔はあまりに自信に満ちていて、そしてその眼はあまりにも強い光をともしていた。 「村のこと、頼むね」 「――わかった」 うなずき返すと、ミントは安心したように微笑んだ。 「よし、来い!」 憲兵が、ミントを捕らえた縄を乱暴に引く。 「あ、イタタッ!だから、そんな引っ張らないでよ!」 「黙って来い!」 ミントが、憲兵たちに引っ張られていく。 俺たちはそれを見ているしかなかった。 「隊長! いいんですか!?」 「よくない。よくないけど……」 ミントの言葉を思い出し、歯を食いしばる。 「この村のことを、俺はミントに頼まれた」 ミントが自分の身よりも、気に掛けたポルカ村を。 「でも……」 「ミントは大丈夫。きっと大丈夫だ」 ミントが大丈夫だと言ったんだ。 やると言ったら、なんとしてもやるヤツだ。 だからきっと大丈夫だ……っ! だから俺は、村のことに全力を尽くす。 ミントと約束したのだから。 ミントが帰ってくる時を、信じて! 憲兵によって王都に連行されたミント。最後まで村のことを気にしていたミントの姿に一同は胸を打たれる。 そんな一同にミントの所へ行ってあげてはと言われるが、ミントから村のことを頼まれたリュウは、村に残ることを選択する。 そしてポルカ村を守るために、村人全員が協力して金策が始まるのだった。 静かだった。 さっきまでの騒ぎなんて嘘みたいだ。 「ミントさん、大丈夫でしょうか?」 ミントがいない。 誰か1人がいないというだけで、こんなに静かになっちまうんだな。 まるで葬儀の後みたいな静けさは、俺だけでなく、みんなまでその静けさに押しつぶされそうだった。 「しかし……ミントが頼むと言ったのは、特別関税のことだろうか?」 「そのことだろうけど」 もしかしたら、もっと悪いことが起こるとでも考えてるのかもしれない。 とはいえ、ミント本人がいなかったら尋ねることも出来ない。 「目の前にある、問題はとにかく請求されてる特別関税のことだな」 「うむ……」 この非常事態だ。 レキも、神殿には帰らずに、兵舎に留まってくれている。 知恵を出し合う頭脳は多い方がいい。 「とにかく金をなんとかしなくちゃマズイな」 「なんとかと言っても、簡単にできるような額じゃないわい」 到底、短期間で作れるような額じゃない。 だがそれでもなんとかしないと。 「夜が明けたら、手分けして金策に走ろう」 「期限は10日後だったな」 「ああ」 あと10日。 10日でなんとか金を作らなければ、この村の存続すら危うくなるかもしれない。 「大丈夫! きっとなんとかなりますよ!」 「村のみんなに協力してもらいましょう!」 「こういうとき、みんなが団結できるのがポルカ村のいいところなんですから!」 「そうじゃな。あてが子供のころの大飢饉も、そうして乗り越えたのじゃ」 「みなにもそう頼むとしよう」 「オレも実家からふんだくれる分はふんだくってくるか」 「とはいえ、元々が使い込みで勘当されてる身だからなぁ〜」 ……そういえば、そうだったな。 猫獣人の幼獣期彫刻かなんかで。 「彫刻、売るかー」 「えっ!?」 「それくらいしか、オレが勝手に動かせる財産無いもんなー」 「三男って、悲しいネ」 「ジン……」 ちょっと感動した。 獣人ものについては、命を懸けてるような奴なのに。 「私も神殿の私物を見てみよう」 「少しでも売れる物があるかもしれない」 「ワシも精一杯やってみるかの」 「みんな……」 熱いものがこみ上げてくる。 ここにいる誰ひとりとして、諦めていない。 みんなのおかげで、俺も闘志が湧いてくる。 みんなが力を合わせれば、きっとどんな苦境も乗り越えられる。 そう、思えた。 「それにしても、ミントがあんなに村のことを思っているとはな」 ホメロの爺さんが、しみじみと言った。 「だな〜。あれにはちょっとやられた」 「あれを見せられちゃな」 ミントは、自分が捕まるという時に、自分よりも村の心配をしていた。 その姿が、みんなの胸を打ったのだ。 「村のこともですけど、ミントさんのことも心配です……」 「あのときは強がってはいたが、ミントとて不安だろう」 「たいちょー……」 「村のことはわたしたちががんばりますから、ミントさんのところへ、行ってあげたらどうでしょう?」 「そうじゃな。おぬしがいるということが、あの娘の力になるじゃろうて」 俺を送り出すような雰囲気が広がる。ミントを心配してでのことだ。 それは、すごく嬉しい。 でも…… 「いや、俺はここにいる」 「隊長っ!?」 「みんな、ありがとうな」 「でも、意地になってたり強がってるわけじゃないんだ」 ミントに頼まれたこの村を、ミントが帰ってくるまで守る。 それが俺に出来ることだ。 「ミントは大丈夫だ」 「だから、俺たちは俺たちにできることをしよう」 今はそれしかない。 捕らえられたと言っても、ミントはすぐにどうこうされることはないだろう。 ……無いと、信じたい。 だが村は、このままだと10日で確実に危機に瀕する。 「ミントはきっと戻ってくる」 「そのときのためにも、みんなで力を合わせて村を守り抜くぞっ!」 ミントが、ここに笑顔で帰って来られるように。 「私たちに今できることを……か」 「たしかにその通りだな」 「はい、わかりました!隊長、一緒にがんばりましょう!」 「明日からしばらく忙しくなるぞい」 「村中の有り金を掻き集めて、売れるものは売り払って金に換えるんじゃ」 それだけしても、いくら集まるのか…… だが、銅貨1枚でも多く集めなければ。 ここで諦めるわけにはいかないんだ。 翌日―― 「寄付の受付はここじゃぞー。銅貨1枚から受け付けておるぞー」 「みんな、すまないが協力してくれ」 俺たちは事情を説明し、村人たちに寄付を募った。 村人たちも、村の厳しい状況は痛いほどに理解している。 レキとホメロが寄付を募りはじめると、すぐに人が集まってきてくれた。 「これ、今うちにある全財産だよ!」 ユーマおばさんが、小さな巾着の中から、銅貨や銀貨をレキに渡す。 きっと、爪に火をともすようにして貯めた金だろう。レキは預かったお金を押し頂くと、帳面に書き付ける。 「すまないな。いつか必ず返すから」 「ほんとに、ちゃんと返すからな」 そのためにちゃんと記録も残している。 「これはポルカ村全体のことだからね。こういうときこそ、みんなで協力し合わないと」 「レキ様、これを使ってください」 ユーマおばさんのあとに、また巾着が渡される。 「本当にありがとうっ」 帳面に書き付ける村人たちの名前は、どんどんと増えていった。 そして、レキたちとは違う組として、ロコナももちろん金策に励んでいた。 「すみません〜!みなさん、ありがとうございます!」 「なにを言っておるか。これは村全体の問題じゃろうて」 村人たちは、総出で機織りに精を出していた。 様子を見に来た俺は、部屋の中の熱気に気圧されるくらいだ。 「みんな、よろしく頼む」 「まかせとくれ、隊長さん」 「さぁ! これから不眠不休じゃ!」 みんな、端織機の前で気炎万丈だ。 この村の織物は、一部の人間には意外に人気があるらしい。 ここが王都から遠いせいと、手間がかかって織るのに時間がかかるせいで供給が少ないため、知られていないだけ。 品質としては極上の物だった。 その手間のかかる織物を、機織りの得意な女たちが中心となって、できうる限りの速さで織り進めていく。 「みんな、急いでても手を抜くでないぞ。品質が命じゃて!」 「ああ、がんばるよ!」 「無理を言ってすまない。でも、今はそれでもお金が必要なんだっ」 無理を承知で、こんな頼み事をしてる。 でも、どうしてもやってもらわないといけない。 「大丈夫、みんなちゃんとわかってるって。力を合わせてがんばるからね!」 機織りの手を止めず、皆がニッコリとうなずく。 ロコナは泣きそうな顔をする。 「あ、ありがとうございます……っ!わたしもがんばりますから……っ!!」 そしてロコナも旗織機の前に座った。 「普通なら3ヶ月、どんなに急いでも1ヶ月はかかる敷物を、たったの10日で織ろうっていうんじゃからの!」 「ポルカの女の意地を見せてやるぞい!」 「旦那が帰ってくるポルカ村を消滅させたりするもんですか!」 「がんばりましょうっ!」 部屋の中では、旗織機の動く音が鳴り響いた。 よし、次は俺だな。 女たちが総出で働いている間。 俺とジンの若手男組も、金をかき集めるのに必死になっていた。 「だから、いっそのことオレの実家から宝石でも盗もうって言ったじゃんかよー」 「それは危なすぎるって言っただろ」 ジンの実家はポルカ村を治める伯爵家だ。 もし親父さんにばれたら、怒りがポルカ村に向くかもしれないんだよ。 「一応、税吏の件については調べてくれって、連絡はしてるけどな」 それ以上は望めそうにもない。 俺たちの出した結論はそれだ。 「ほら、文句言ってないでとにかく探せ」 「なんか無駄骨のような気もするけどなー」 「ホメロの言葉を信じろって」 俺たちが森をうろついてるのは、ホメロの勧めだった。 『青い陽の花を探しに行った森で、もしかしたら、古代遺跡の装飾品なんぞが見つかるかもしれんぞい』 『あの地には……色々あったんじゃ』 なんでホメロがそんなことを知ってるのかは謎だ。 でも、今は藁にもすがる思いなんだ。 「石碑付近が怪しいってことだから、徹底的に見て回ろう」 「ふひー、また森かぁ」 とにかく……とにかく探すんだ! ……………… ………… …… 「おい、あったか?」 「いや、ないな」 俺たちは、2人してうつむいて歩いている。 人海戦術って言うには、あんまりにも人手が足りないけど、しかたない。 「こんなことしてて見つかるのかー?」 ジンがぼやく。 俺だって、ちょっとはそんな気持ちだ。 「俺たちは機織りもできないし、仕方ないだろ」 「ってもさ、ただ歩いてて見つかるんだったら誰も苦労しな……」 「ん?」 ジンが急に立ち止まり、しゃがみ込んだ。 何かを拾い上げる。 ま、まさか……! 「……コガネキラリムシー……」 「辺境の森によくいる、ただの昆虫です」 「捨てろ!」 昆虫なんか拾ってどうするんだよ! 「大体虫なんかだったら……」 ――キラリッ! 「あっ!」 俺の目にも、何か輝くものが飛び込んでくる。 もしかして……! 「……ん?」 埋もれた装飾品かと思いきや、地中から顔を出してるのは、ただの黒い石だ。 お日様の光で、反射しただけらしい。 「反射で光ってても、石じゃ意味ないか」 「いやいや、案外宝石の原石とかかも!」 「なに!?」 ジンがやってきて、俺が見付けた石をのぞき込む。 「これは……」 まさか……まさかなのか!? 「……石ですな、ただの」 「…………」 そう上手く行くはずもないか。 俺は黒い石を背後に放り投げる。 「ん?」 石ひとつの音にしては、いやにでかい? また? 俺の背後にある鬱蒼と茂った草むらが奇妙な音をたてた。 いやな予感がして振り返る。 「……ぐるるるっ!!」 圧力を感じさせる何かがそこからぬぅっと姿を現わした。 「や、やば……サーベルベアだ!!」 「サーベルベアだって!?」 サーベルベアとは、剣のような長い角を持ち、輝くような毛皮に身を包んだ肉食獣。 人が襲われることも少なくない。 獰猛動物としては有名な獣だ。 「……ぐるるるっ!!」 「げ……っ」 喉が鳴っているのは、機嫌のいい証拠じゃない。 むしろ…… 「ガオオオオオオオオッ!!」 咆吼と共に、サーベルベアが俺たちに襲いかかってきた。 「に、逃げろっ!!」 「うわああ〜〜っ!!」 ふたりして、一気に森の中を駆ける。 このぐらいで負けるか! ミントもきっと今ごろがんばってるはずだからな! なんとか銅貨1枚でも多く作ってやる! 「ガオオオオオオッ!!」 そのためにはまず生き延びねば!! 俺たちは必死で森の中を駆け抜けた。 ようやくたどり着いた兵舎で、俺は思いっきりため息をついた。 「疲れた……」 「貴族的に言って、疲労困憊」 「ぶっちゃけて言えば、疲れました」 言わなくても十分わかる。 「ちょっと休んでくる〜……」 ジンがヨロヨロとしながら退場する。 それに手を振ってから、俺はまたため息をついた。 「どうした、何をため息なんかついておる?」 ……当り前だ。 森の中でサーベルベアに襲われた俺たちは、命からがら逃げ出したんじゃない。 「サーベルベアが重かったんだよ」 あのサーベルベアに追い掛けられている途中、反撃でとっさに放ったダーツの矢は、見事サーベルベアの目に命中した。 視界を奪えば、後はあれよあれよという間だった。 サーベルベアを討ち取り。その貴重な毛皮や角は、売買品の表に加えられた。 「でも、結局は装飾品なんて物なかったぞ」 見付けたのはサーベルベアのみ。 「一応、明日も探しに行くけどな」 「うむ、そうしてくれい」 「ほんとうに、あの地には……色々あったんじゃ」 「なにかあると願いたい」 「そうだな……幻の花があったんだから、古代遺跡の装飾品があってもおかしくないよな」 ポルカ村を救うには、とにかく金が必要なんだ。 「古代都市遺跡か……」 「このままポルカ村が滅びれば、森も破壊されてしまうじゃろう」 「そうなれば、防人はこのワシの代でとうとう終わるのかもしれんな……」 「ホメロ、どうしたんだ?」 なんかブツブツと言ってたような気がする。 「しかし、今はそれよりもポルカ村じゃ」 「早く、アルエに送った手紙に返事が来ると、いいんじゃが……」 「そうだな。急ぎの便で送ったけど」 今日の朝、王都のアルエに向けて出した内密の手紙は、いつ見てもらえるのか。 今のポルカ村は監視が厳しく、外への連絡手段も封じられている。 「どうにか、届けばいいんだが……」 王都はあまりにも遠かった。 村人全員で懸命に金策するが、集められるものは集め、できることはすべてやっても支払い額の1/3ほどしか集まらなかった。 そんな村の弱味につけこんで、高利貸しがやってくる。目的は金利ではなく、この先何年か村の作物を安く買い叩くことだった。 それを飲むことは、村人たちはこれから先何年も奴隷のように働かなければならないことを意味していたのだった。 金策に走り回って早8日。 何度もアルエに送った手紙への返事はないまま、その8日目ももう終わろうとしてた。 期限の日はすぐ目の前だ。 明日中にはなんとかしなければ、支払いの期限に間に合わなくなってしまう。 「これで全部です」 ホールのテーブルには、この8日間で集まった全財産がうずたかく積まれてる。 「よくここまで集めたものじゃな」 「みんな頑張ったからな」 機織りに精を出したロコナ組は、不眠不休で見事に数十の織物を仕上げた。 レキたちは売りに出せる物を集めては、とにかく現金に換えた。 結局、ジンの獣人収集物は、マニアへの売買があまりにも難しくて、頓挫してしまったけど。 ジンは俺と毎日のように森へと赴き装飾品を探し、結果としては狩りをして貴重な毛皮を、手に入れた。 本当に、みんなよく頑張ってくれたんだ。 「でも……ここまでか」 ジンの一言に、みな肩を落とす。 みんなの努力は素晴らしかったが……だが、それでも、なんだ。 支払わなければならない金額の、1/3ほどしか集まってない。 「さすがに厳しかったか」 その呟きに、現実を思い知らされる。 どんなに厳しい状況も、みんなで協力すれば乗り越えられると信じてた。 でも、やっぱり実際は厳しかった。 「でも、みんなよくやったよ」 「そうですよ!みんなすごく頑張りましたよ!」 でも、請求金額に足りなかったら、結果としてなにかしらの懲罰が下される。 「どうしたものか……。明後日には、税吏が再び取り立てに来るのだろう」 誰も答えられない。 集められるものは集め、できることはすべてやった。もうこれ以上は八方ふさがりだった。 これからどうすればいいのか…… 「俺、ちょっと行ってくる」 じっとしていられずに立ち上がる。 「行くってどこ行くんだよ?」 「今からなにをしようと言うんじゃ?なにか考えはあるのか?」 「そんなのはないけど……」 思いつけて森への狩りくらいだ。 けどこんな深夜じゃ、逆にこっちが危ない。 だが、だからと言ってじっとしていられない。なにかは分からないが、なにかしなければ。 「闇雲に動いてもダメだ。少し落ち着け」 「落ち着いてる時間はもうないだろ。なにかしなくちゃこのままじゃ……」 でも、レキの言うとおりなんだ。 結局、ここまでなのか? こんなに頑張っても、どうにもならないのか!? ミントとの約束はどうするんだ!? 自分の身よりも、ポルカ村を心配してくれたミントとの約束は――! 「ちくしょう……っ」 俺の漏らした怨嗟の声に、みんな黙り込む。 辺りは静まり返った。 「誰だ、こんな時に?」 「はーい、誰ですか」 ロコナが扉を開けに走った。 「え……なに、なんですか?」 「あ……ちょっと、勝手に入っちゃだめですぅ!」 「……なんだ?」 慌てるロコナを押しのけるようにして、2人の男が現れる。 商人風にしては、すこし派手な感じだ。 誰だ、こいつら? 「お初にお目にかかります」 「我々で、なにかお力になれることがあるのではと思いまして王都からやってきたんですよ」 なんだ……一体? 「は? どういうことですか?」 「色々とお困りなのじゃないですかな?」 「こういうものに」 そういって、男たちは手にしていた幾つかの巾着袋を差し出す。 「え、それは……ええと、ええっと?」 ロコナが戸惑った顔で、俺に助けを求めてくる。 「いったいどういうことだ?」 代わりに俺が応じる。 男たちは、下卑た感じのする笑いを浮かべた。 「……どっかで、会ったか?」 なんとなく、どこかで見たような気がする。 既視感……っていうやつだ。 「他人のそら似でしょう?私はお会いしたことなどありませんがね」 「それよりも、ほら」 男は今度は俺に巾着を差し出してきた。 警戒しながらそれを受け取り、中を覗いてみた。 「な……!?」 「金が必要だと聞き及びましてな」 巾着の中には、光り輝く金貨が大量に詰まっていた。 「どうして知ってるっ!?」 「僕らの情報伝達網を、甘く見てもらっては困りますなぁ。こういう話は必ず僕らの耳に入ります」 「それが商売ですからね」 ってことは、こいつら…… 巾着の中の大量の金貨と、男たちの顔を見比べる。 「金貸し……か?」 「そういうことですね」 「……で、おぬしらはなにをしてくれると?」 ホメロが、懐疑的な眼差しを向けた。 やはりおかしな雰囲気は感じていると見えて、油断なく男たちを観察している。 「もちろん、金の話です。守銭奴と罵る方もおりますがね」 金貸しだと告げた男たちは、俺たちを見てニヤリと笑う。 「…………」 ……嫌な感じだ。 屍肉に群がる鬼のような目。 粘ついたものを、体にまとわりつかせてる。 「あなたたちに融資をしようと言ってるんですよ」 「ゆう、し? ほえ?」 きょとんとしたロコナに、レキが耳打ちする。 「金を貸してくれるという話だ」 「え? そうなんですかっ?だったらよかったじゃないですか!」 人を疑うということを知らない素直なロコナは、ひとり笑顔に変わる。 「ええ、ええ、いい話ですとも!」 「こんな大金を、貸してくれるところはちょっとやそっとじゃありませんよ」 「よかったですね、これでポルカ村が助かります!」 「ちょーっと、待った」 そこに、ジンが割って入ってくる。 「大金を融資するってことは、見返りもその分多く求めてくるってのが、優れた金貸しのやり口だろ?」 金貸したちがニヤリと笑う。 「いえいえ、安いものですよ。もちろんタダというわけにはいきませんが」 「それじゃ、こっちも商売になりゃしない」 ここからが重要だな。 ロコナ以外の誰もが、そんな感じで身構えてる。 「で、利子はいくらなんだ?」 「そこで、問題ですよ」 「大金の融資となれば、利子だけでも大変な額になります」 「いつ、返済が滞るか分かったもんじゃない」 「だったらどうすると?」 「ですから、現金の代わりに、品物で収めていただくというのはどうでしょう?」 「品物でか?」 「ポルカ村の商品って言えば……」 「赤麦を収穫したときは、赤麦で払うってことですか!?」 「すばらしい! その通りです!」 「聡明なお嬢さんだ」 「え? いえ、それほどじゃ……褒められちゃいました〜」 ロコナは喜んでいるが、誰も笑わない。 まだ話の肝心な部分が見えていない。 「つまり、村で採れた作物や民芸品を、安く売ってくれってことだな」 「そのとおりでございます」 安く買った品物を、市場で売りさばく。 適正な価格で売ったとしても、安く買った分多く儲けが出る。 それで利子の分を取り戻そうってわけだ。 「……いくらだ?」 「ええ、そうですねえ……」 商人がそろばんを弾く。 その手をみんながじっと見つめた。 パチパチとそろばんの玉の音が響き…… 「今までの三掛けというところでいかがでしょう?」 「はぁっ!? 三掛けっ!?」 なんかの間違いだろ? でなきゃ、あんまりにもあり得ない。 「三掛けって、七割引のことだなぁ?」 「そんなバカな!」 「それでは、ポルカ村の人間は赤麦を作って、赤字を更に作ることになるではないか!」 「え? 三掛けってなんですか? 七割引って?」 「いつもは銀貨100枚で売ってた赤麦を、銀貨30枚で買うって言ってるんだ」 「ひぃ、ふぅ……みぃ……」 「えええっ!? そんなの無茶ですっ!」 だが、そんなことはこいつらには知ったことじゃないのだ。 自分たちさえ、利息分を徴収して、儲かればいいんだからな! 「おまえら、人の足下見やがって」 みんなに睨みつけられても、金貸しの男たちは笑って肩をすくめただけ。 くっそ……っ! 「三掛け買い付けのどこが悪いんですか?」 「そんなことをおっしゃられましても、そのぐらいでなければとても利子どころか、元金すら回収できませんからねぇ」 「この条件で、向こう10年我慢してもらえれば、あとは好きに出来ますがねぇ?」 「10年……」 そんな悪条件じゃ、永遠と思えるぐらいの気の遠くなるような年月だ。 「そんなことは不可能じゃ。皆飢え死にしてしまうぞっ!」 「なに、人間なんて案外生きていけるものですよ。やる気さえあればなんとかなりますって」 他人事だと思って簡単に言い捨てやがる。 ……こいつら! 「さて、どうなさいますかね?今、村ごと心中するよりは、10年ほど頑張ってみる方がよいのではないですか?」 「くっ……!」 その言い分は、今の俺たちの弱みを的確に突いた。 俺たちが用意できた金額は、請求額の1/3程だ。 しかも、その全額を特別関税の支払いに回してしまったら、冬支度もままならず、ポルカ村はこの冬を越えられない。 このままでは、どのみち先は見えている。 でも……でもだ! 「背に腹は代えられない……か」 ジンの呟きは、俺たち全員の胸にこたえた。 たしかにその通りなんだ。 それを見透かしたように、金貸したちがほくそ笑む。 「さて、いかがなさいますかな?」 「まあ、我々としては返事は急ぎませんが、そちらはもう猶予がないのでは?」 今は8日目の夜。 期限は10日後で、残るはあと丸1日。向こうはこちらの状況を知り抜いている。 それでいて、的確な揺さぶりをかけているのだ。 もう、仕方ないのか……? 「今、ここで村が潰れてしまうよりは……」 「悔しいが、条件をのむしかないのかのぅ?」 「……仕方、あるまいて……」 全員、沈んだ声を出す。 でも、そこで思わぬ声が上がった。 「だ、だめですよっ!」 「ポルカの赤麦は、みんなが一生懸命働いて作ったものです!」 「それなのに、タダみたいな値段でこの人たちに渡しちゃうなんて……っ!」 一番、ほやほやしてたはずのロコナが、日和かけてた俺たちを押しとどめた。 「隊長っ!」 ロコナが俺の名前を呼んで、泣きそうな顔で見つめる。 「……そうだ、ロコナ」 たしかにそうなんだ。 村の人たちが精魂込めて作ったものを、こんなその価値もわからないようなヤツらに、二束三文で渡すなんて。 それじゃ、村は成り立たなくて、今大丈夫でも、来年には行き詰まるだろ! そんなことで、ポルカ村を守ったって言えるのか? ミントとの約束が果たせたって言えるか? 「……帰ってくれ」 絞り出すように言った俺の声は、かすれていた。 「おや? いいんですかな?」 「僕らが帰ってしまえば、もう追加の特別関税を支払うすべは、完全になくなりますぞ?」 「リュウ……」 「帰れ」 もう一度、俺はさっきよりもはっきりと言った。 その選択が本当に正しいのかすらわからない。 「村の連中の魂を売るような真似が出来るか!」 そんな俺の宣言に、金貸したちは、顔を見合わせて苦笑している。 「ま、そういうことなら致し方ありませんな。今日は退散することにしましょうか」 「明後日の取り立ての期限までは、この村に逗留することにいたしますがね」 金貸したちが悠々と出て行く。 必ず泣きついてくるだろうと、確信しているという態度。 静かになったホールの空気は、重苦しいものだった。 「リュウ、よかったのか?」 「……わからん」 自分の選択に自信がない。 本当にこれでよかったのかなんて…… 「でも、俺はミントに頼まれたんだ。この村を守ってくれって」 「アイツらの申し出を受けることが、この村を守ることになるとは、どうしても思えなくて……」 だが、その決断がこの村を守ることになるのかと言われれば、とても自信がなかった。 「隊長! 胸を張ってください!隊長は間違ってないです!」 「あんな人たちに、村のものを1つだって渡しちゃだめです……っ!」 「だから……だから、あれでよかったんですっ!」 「とにかく、もう少し時間はある。こうなったら最後まで足掻いてみよう」 「それしかないじゃろうな」 ホメロの世を儚むような声が、しんみりと響いた。 もうすぐ今日も日が暮れる。 あと二晩で、いったいなにができるんだろう。 「それでも……やるしかない」 村を。 村のみんなを。 そしてミントが帰ってくるって言ったこの場所を。 絶対に守り抜かなきゃいけないんだ! 高利貸はしつこく揺さぶりをかけてくる。もう、条件を飲む他に村が助かる道は無いのかと、全員が諦めようとする。 しかしリュウだけは最後まであきらめず、高利貸したちの態度から以前村に来た悪徳の赤麦商人とグルになっていることを看破する。 高利貸したちを追い払うと、村に救世主が戻ってくる。それは捕まったはずのミントと王都に待機していたアルエ、アロンゾだった。 あの金貸しが現れた翌日。 俺たちは、最後の力を振り絞って金策に明け暮れた。 でも、やっぱり現実は―― 「うーん、ダメですね……」 「もう逆さにひっくり返してもなんも出てこないって感じだぞ」 「そうだよな……」 今日まで、必死になって村中から掻き集めたんだ。 これ以上なんてとてもあるはずがない。 そんなことはわかっていたんだ…… 「リュウよ、どうする?」 「うーむ……」 「こうなったらホントに密輸でもして稼ぐか?」 「は?」 「なんてな……ははは!」 景気づけに冗談を飛ばしてみたけど、自分で言っておいて、笑えない。 でも暗くなってたってどうしようもないんだぞ。 しらけた空気の中、ノックの音が響いた。 「誰でしょう、こんな時間に」 もう真夜中と言っていい時間だ。 「こんな時間に取り立てが来るはずもなかろうし」 だがこんな時間の訪問なら、緊急の用向きだ。 「もしかして、ミントか?」 ミントがなんとかして戻ってきたんじゃ……! 「なに? ミントじゃと?」 「ミントさんっ! 本当ですかっ!」 ロコナが走っていく姿を、みんなが見つめる。 しかし、そこから現れたのは…… 「ちょっと失礼しますよ」 「なんだよ。またアンタたちかよ」 「おやおや、嫌われたものですね。僕たちはあなた方の救世主だと思うのですが」 「悪いが取り込み中だ。帰ってくれ」 レキがつれなく言っても、金貸したちは笑っているだけだ。 「取り込んでいると言いますが、もう手がなくて、ただ困り果ててただけじゃないんですかね?」 「それは……」 まるで見ていたように言う。 いや、もしかしたらどこからか覗いていたのかも。 ……いや、見なくてもわかりきってるのか。 「まあ、僕たちのことは気にしないで、金策に励んでくださいや邪魔はしませんからね」 昨日に比べて、口調が乱雑になってきてる。 どうやら本性が滲み出てきてるみたいだな。 「よっこらしょ。んじゃ、ここで待たせてもらうよ」 「なんだ、粗末な木の椅子かよ」 どうやらここに居座るつもりらしい。 それが当然という態度の金貸したちに、みんなが鼻白む。 「放り出すか?」 「放っとけ。かまってる時間も惜しい」 「とは言うものの、あやつらの言うとおり、あてらにできることはもうないぞ」 「できることはすべてやり尽くしてしまったからな」 「む……」 本当にもうできることはないのか?俺たちにできることはなにも…… ふと、ミントの顔が頭に浮かんだ。 ミントは今、どうしてるんだろう? ミント、俺はどうしたらいい? どうしたら…… そうして、これといった打開策を打ち出せないまま、ただ時間だけが過ぎた。 誰も言葉を発しない。 ただ時間だけが無言で過ぎ去っていく。 9日目はそうして過ぎ、アルエからの連絡も、ましてやミントからの連絡もないままだった。 ……………… ………… …… 「朝だ……」 窓の外を見て、レキが呟いた。 いつのまにか、窓の外が明るくなっている。 「万事休す、か……」 「くっ……」 「ん……」 椅子で寝転けていた金貸しが、あくびをしながら目を覚ます。 「ああ、もう朝かすっかり寝てしまったな」 「で……お金の工面はできましたかな?」 目やにをとりながら訊いてくる。 金の工面ができたなんて、露ほども思ってないくせに! 「ほれ、決心は付いたのかよ?」 男たちは見せつけるように、金貨の入った巾着を揺らして迫ってくる。 「たいちょ〜」 「く……っ!」 「私たちにも契約書の準備なんかがあるから、早く決めてほしいんだがな、ん?」 「……アンタたちにの世話にはならないって、昨日の晩に言ってるだろう」 「おや、おやおやおや? そうですかい?」 「それでは僕らはお邪魔でしたかなぁ?そういうことなら無理にとはね」 向こうの受け答えには余裕がある。 本当にどっちでもいいと思っているのかもしれない。 俺たちが苦しんでるのを、ただ笑いに来たのか?そんなことをするほどの恨みでもあるのか……? 「あ……っ!」 その瞬間、俺の脳裏にとある人物の残像がはっきりと浮かび上がった。 「まさか……」 「いやでも……よしっ」 俺は頭に浮かんだ考えを確かめてみることにした。 「おっ、とうとうその気になったんですかい?」 金貸しが顔色の変わった俺に素早く気づく。 「じゃ、さっそく契約を……」 「いいや、金を借りるのはおまえたちじゃない」 「なんだと……!?」 金貸しの顔色が変わり、顔が歪む。 「王女殿下にでも泣きつくつもりか? んっ?」 「連絡がつくはずもないぞっ!」 「ポルカの赤麦を欲しがってるのは、おまえらだけじゃないんだよ」 「いたとしても、誰がこんな高額の融資をできるものかっ、馬鹿めっ!」 「おい、リュウ? どういうことだ?」 「隊長? いったい、どなたですかっ?」 「ほら、こないだ赤麦の買い付けにきた商人たちが居ただろ?」 「あいつらに連絡をして、赤麦の長期契約をとれば、こんな奴らと契約するよりも、よっぽどマシだ」 「え……? たいちょー?」 「おい、なにを言っておるんじゃ? 奴らは……」 わかってる。 あの赤麦商人が、この罠を張った奴らだ。 そんな奴らに頼んだら、元も子もない。 でもな…… 「……な、なるほどな」 金貸しの顔色がどことなしに明るい。 「まぁ、そういうことなら私らの出る幕じゃないか」 さっきまでの剣幕はどこへやら、まるで人が変わったみたいに、男は落ち着きを取り戻してる。 「お、おい……いいのか?」 「融資話があっちに行くんなら、いいだろう?」 小さな声でかわされる密談を、意識して耳をすませていた俺は聞き逃さない。 「やっぱりな……」 確信が持てた。 「おまえら、赤麦商人と繋がってるだろっ!」 「なっ……!?」 「えええっ!? どういうことですか!?」 「リュウ、説明してくれ」 俺は金貸しの男の顔を指さす。 「こいつの顔、誰かに似てないか?」 「ほえ?」 「赤麦商人の親方の顔に、よく似てるだろっ!」 「い、言いがかりだっ、俺は知らんぞっ!」 「勝手なことを言いやがると、容赦しねえぞっ!」 金貸しの男は、怒気を孕み荒れた口調で反論する。 だけどもう遅い。 みんなの視線が金貸しの男に集まる。 「あ……そういえば」 「よく似ているな……兄弟か親類のような」 「ぎ、ぎくっ!」 金貸しの男は顔を隠そうと手で覆う。 余計に怪しさが増す。 「こいつらが赤麦商人と似てると気が付いたとき、繋がりがあるんじゃないかって、思ったんだよ」 「だからわざと、赤麦商人を頼りにするようなことを言って、反応を見てみたんだが……」 「なるほどな」 「融資を他に流そうとすると、気色ばんだくせに、赤麦商人であれば、ホイホイと譲ろうとしたのは、そういうわけじゃったのか」 「ちっ……、そのためにあんな話を……!」 「さぁ、おまえたちの正体はわかったぞ」 俺は金貸したちを睨み付ける。 「俺が誰と兄弟だろうと、おまえらに関係あるかっ!? んっ」 「そんなことより、金はどうする気だっ!早く手配しないと期日に間に合わんぞっ!」 わかってしまえばなんてことはない。 金貸したちの動揺は、見ていて滑稽なほどだった。 「さ、さあ、どうするんだっ!?」 「金を貸して欲しいなら、頭を下げて頼むがいい!」 そんな奴らに、俺は無言で剣を抜いた。 「ひえ!? な、なにを……」 「いい方法を思いついた」 「おまえらを斬り捨てて、金だけ手に入れる」 剣先を金貸したちに向ける。 ギラリと光った剣先が、不気味に光った。 剣を自分の意志で人に向けるときが来るなんてな。 「ひいっ……」 「た、隊長!?」 「おい、どうした? とうとうキレちゃったのか?」 「大丈夫だ。きっと上手く行く。森の奧へ捨てれば、遺体も見つからないだろ」 金貸したちを睨み据え、構えた剣を大上段に振りかぶった。 「ま、待て! 早まるな!」 「だ、だから、こんな面倒ごとに噛むのは嫌だったんだーーーっ!」 「俺は関係ないっ! 赤麦商人と兄弟なのはこいつで、俺は関係ないんだーーーっ!」 「あっ、貴様〜っ!」 剣の前で内部分裂した金貸しは、簡単に馬脚を現す。 「問答無用!」 腕に力を込めた。 「うらああああぁぁっ!!」 「ひいいいっ!?」 「じょ、冗談じゃねえぇっ!」 金貸しは腰を抜かしてその場にへたり込み、そして仲間を置いて、さっさと逃げ出した。 「お、お助けええええーーーっ!!」 「ひぃっ、待てッ、置いていくなっ!」 こけつまろびつしながら、金貸したちは一目散に逃げ出していった。 「……ふぅ。これでよし、と」 俺は剣を下ろす。 ……斬るわけないだろ、この俺が。 「ひえっ、ひえひえっ……ひえぇ……」 「……ん?」 あ、あれ? 「だ、大丈夫か? 虫祓いの儀式をしてやろうか?」 「は? 虫?」 「頭に湧いたのではないかと……ち、違うのか?」 失礼だな、おい! 俺は呆れた顔を作る。 「追い払うために脅しただけだっての」 あんな奴らから金を借りるわけにはいかない。 あ、でも……捕まえておけば、もっと色々と話を聞き出せたか。 「しまったな、やっぱり頭に血が上ってたか」 ちょっと渋顔になる。 「ん……? なんだ?」 馬の蹄の音? まさか、もう税吏か? 早すぎるだろっ! 「た、たいちょーっ」 俺たちは一斉に身を強ばらせる。 その時だ。 『それでいいんじゃな〜い?』 この声……まさか! 「は〜い、ただいまっ!」 ドアを蹴破る勢いで現れたのは――ミントだった。 「ミ、ミント……!?」 捕らえられているはずのミントが、今俺の目の前にいる。 「なんて顔してるのよ〜?そんな泣きそうな顔しちゃって」 「あたしがいなくて、そ〜んなに寂しかったりしたのかな?」 たくましい顔でニカッと笑う。 いつもと変わりないミントだ。 幻なんかじゃない。 本物の……現実の、ミントだ! 「ふえええ〜っ、ミントさぁぁんっ」 ロコナがその場でしゃがみ込む。 安堵のあまりだろう。 「ミント、でも……どうやって?」 「説明はあと。とりあえず……」 ミントの体がグラッと傾いだ。 「ちょっと寝かせて……ぇ」 「うわっ、ミントっ!?」 ミントは俺の腕の中に倒れ込むと、まるでゼンマイが切れたみたいに、動かなくなった。 「おい、大丈夫か!? ミント!?」 「すかーーー……すかーーー……」 ミントはもう寝息しか返さない。 「寝ているだけだろう、大丈夫だ……」 そこにもうひとり、いやふたり現れる。 「アロンゾ……と、アルエ!?」 ぐったりしたアルエを、アロンゾが抱きかかえややおぼつかない足取りで兵舎に入ってきた。 「ん……ぅ……」 「王都から早馬で夜通し駆けてきた」 「騎士である俺でもきつい行程を、殿下もミントも遅れずに着いてきたのだから、疲労は並大抵の物じゃないだろう」 ……アロンゾできつい行程って言ったら、一般の騎士でも厳しいぞ。 それを女の子であるミント、アルエが? 「とにかく、ベッドを2つ用意しろ」 「わかった」 乙女たちは深い眠りについている。 俺はミントを抱き上げて、すぐにその身を休ませることにした。 軽く一眠りすると、ミントはすっかり元気になった。アロンゾも一休みをして、すぐに復活している。 アルエはまだ眠りの中だけど、これが普通なんだ。 「要するに世の中お金よね」 ホールに集まったみんなの前で、ミントはふふんと鼻を鳴らす。 要するに、金の力で釈放されてきたらしい。 「あっ……保釈金か」 「保釈金って高いんじゃないの?」 「すっっごいわよ。保釈金って、もう一生払いたくないわ」 世界が滅亡するって顔で嘆く。 「でも、ミントさんが無事に帰って来てくれてよかったです……そうじゃなきゃ……っ!」 ミントが見せた、村への思い。 あれがなかったら、きっと気持ちが先に折れてしまっただろう。 「しかし……もう今日が税吏の取り立て日だ」 「すまない、私たちでは請求金額の1/3ほどしか集めることが出来なかったのだ」 「税吏は、もうすぐやってくるだろう」 レキが沈痛な面持ちで、ミントに伝える。 そうだ、もう太陽は昇ってしまった。 いつ税吏が取り立てに来てもおかしくない。 そうなったら、村はどうなる……? また暗くなった部屋の空気を、ミントが一蹴した。 「あ、それなら大丈夫♪」 「どういうことだ?」 「貴様は殿下に何通も書状を送っただろう」 「ああ、返事は届いてないけど」 「あれはさっきの連中の手配した輩が、王都に着く前に街道で妨害していたのだ」 「なんだって!?」 だから、10日近くあったのに返事がなかったのか! 「そいつらは俺が成敗をしておいたがな」 そっか、さんきゅ。 「でも、それと税吏となんの関係が?」 「税吏は、少し離れた街にいるでしょ?」 「ポルカ村にくるまでの街道で、なんか郵便夫と同じような目にあったみたい〜?」 「まさか、それって……!」 「覆面をした、正体はばれていない」 マジかっ!? 「3日もすれば、平気だろう。剣を使ったわけじゃない」 「深くは尋ねるな」 腕相撲大会で怪力を見せた腕を叩いて、アロンゾはさらっと恐ろしいことを言う。 「だから、取り立て期限は延びたってこと!」 「らっきーよね、あたしたち!」 ニカッと笑うミントに、みんなが苦笑いする。 ラッキーなのは、俺たちだ。 俺たちにミントが付いていてくれたことが、その最たるものだろ? 「アロンゾもありがとう」 あとで、ちゃんとアルエにも礼を言わないとな。 ミントも、アルエもアロンゾまで来てくれた。これで全員集合だ。 ここから気分も新たに仕切り直そう。 「でも、まさかあたしがいない間に、こんなこと仕掛けてくるとはね〜。アイツら、やってくれるじゃないの」 軽口を叩いて見せるが、ミントは悔しそうだった。 奴らにいいようにされたことが口惜しいんだろう。 「赤麦商人め……」 「あ、もうひと組追加して」 「ほう、どういうことじゃ?」 「それは間違いないよ。そこまでの裏は取ってきたから」 「王都まで連れて行かれて、ただで戻ってくるわけ無いでしょ」 「保釈されてから、アルエを訪ねて色々と調べてもらってたの」 ミントはアロンゾの肩をバンバンと叩く。 どうやら、王都ではアロンゾが活躍したらしい。 「して、もうひと組とは?」 「岩塩ギルド」 「岩塩ギルドの商人たちってば、突然参入してきたあたしが、気にくわなかったみたいね」 「殿下も、色んなことを想定せず、推挙してしまったご自分のせいだと、随分気にされておいでだ」 ミントはアルエの推挙で岩塩を商う資格を得た。 そのことが商人たちの怨嗟の的になった。 だからと言って、アルエの責任ということはないだろう。 「だから何度も言ってるじゃん。アルエのせいじゃないって」 「アルエには感謝してるんだからね」 「殿下はお優しいのだ」 「その成長を、この俺がどれだけ喜ばしいか……!」 はい、そこでストップ。 親馬鹿まがいのアルエ賛辞は、あとで聞くから。 「赤麦商人と岩塩ギルドの一部の連中が、なーんか裏で手を組んだみたいなんだけど……」 「それは、今は横に置いておこうか」 「あたしや村の無実を証明する作業は、王都の警吏たちに放り投げてきたものの、当分は濡れ衣は晴れそうにないもん」 「そんなもんに時間を割いてる暇はないってーの」 「じゃあ……」 「目下の問題は、課税徴収っしょ」 「あーあ。振り出しに戻ったか」 俺たちに残されたのは、ほんの少し期日が延びただけの大量の請求金。 しかも、その請求の2/3はめどがつかない。 「なに言ってんの〜。このあたしが考えもなしに戻ってきたと思う?」 「なにかいい手立てがあるのか?」 「さすがミントさんです!」 「助かったな」 「なんせリュウなどは、本当に密輸をして稼ごうとか言い出す始末だ」 お、おい、ここでそれを言うなよ。 「だから、あれは冗談だって」 「冗談じゃないよ!」 「いや、そんな怒るなよ。ほんとに冗談だって……」 「だから冗談じゃないってば!」 「さっすがあたしのリュウ!」 ミントはいきなり俺に抱きついてきた。 「わわわ、なんだっ!?」 「だってあたしのアイデアも同じだもん!密輸で大儲けして、それで税を払うのっ!」 「は?」 俺たちが呆然と見つめる中、ミントは大まじめな顔で自信満々に宣言したのだった。 「密輸大作戦よ!」 村を救うための金策は、本当に密輸貿易をして大金を稼ぐというものだった。 税率が高く、そして利益率が高いのは岩塩。ミントが王から頂戴した商売資金を充て、大規模な岩塩密輸を実行することになる。 しかし、例の密輸騒ぎ以降、国境は厳重な警備体制下にあり、そう簡単にはことを運ぶことはできない。 一同は村を救うために、決死の覚悟で隣国を目指すのだった。 王都から無理をして戻ってきたミントは、時間までリュウに甘えながら休んでいた。 そして隣国への出発の時間が刻一刻と迫ってくると、不安が募ってきたのか弱音も漏らすのだった。 「作戦、成功するかなぁ。密輸なんてやっぱ無理だったかな?」 不安そうなミントにリュウは…… 「あー、疲れた〜」 ミントがベッドにダイブする。 そのまま死んだように動かなくなった。 「お疲れさん」 「そりゃ、こっちだって必死だったからね〜」 うつぶせで枕に顔を埋めたままで答える。 税吏の取り立ては、数日後に伸びる連絡が届き、俺たちは新たに得た、貴重な時間を新たなる金策のために動くこととなった。 ミントがみんなに宣言した『密輸大作戦』だ。 「まさか、岩塩に目をつけるとはなぁ」 手っ取り早く、大金での取り引きが出来るのは、市場を厳しく管理されている岩塩。 岩塩を闇で流すことができるなら、確かに莫大な利益が見込めるんだ。 「そもそも、追徴金なんてさ。本来は、あたしらの払うべきもんじゃないでしょ」 「どうせ税金は国庫に入るわけだし、それなら、今回は王家が管理してる岩塩を売り払ったら、差し引き0じゃない?」 「結局ぐる〜っと回るだけなんだから♪」 ミントの理屈には、みんな煙に巻かれたような顔になった。 その言い分が正しいのかどうかよくわからないが、一理あるような気もする。 ミントの計画がみんなに伝えられている間に、アルエもようやく起き出してきたが、この一件には目を瞑ると言ってくれた。 『税吏の件は、国政の目が届かなかった責任がある』 本来、領主である伯爵家を飛び越えて税吏が動くには、裏で画策があったに違いない。 それを未然に防げなかったのは、国政を預かる者の責任。 それが、理由だ。 「でも、密輸って言っても簡単にはいかないだろうな」 なにしろ今回の密輸騒ぎ以来、国境の警備は厳重になってる。 容疑のかけられている村の俺たち国境警備隊は完全に蚊帳の外だから、手の施しようがない。 その監視の目をかいくぐって、隣国に岩塩密輸をしなきゃならないんだ。 「もし見つかったら、アルエがなんとかしてくんないかな〜とも思ったんだけどさ」 「それはさすがに無理だろ」 アルエの立場から言えば、岩塩の密輸に目を瞑るのが精一杯の譲歩なんだ。 アルエにも、アルエの立場がある。 「岩塩の手配は、王都でしてきたしね」 「大変だったのよ〜」 「借りてた運用資金も、全〜部使ってとにかく出来るだけの岩塩をポルカ村に集めてるんだから」 村の男手たちが、出稼ぎに出てたのも今回は助かった。 ミントが各地にいた男たちにも連絡し、そこで手に入る岩塩を、いま極秘で届けてもらっている最中なんだ。 それは、今日の夜までに届けられるはずだ。 ミントが王都から戻るのが遅かったのには、こんな手配をしていたのも理由だった。 「ふひ〜〜。それにしても、疲れたよぉ」 その声も、体も、疲れ切っているのがわかった。 なにしろ、王都から休みなく馬でここまで戻ってきて、すぐさま岩塩密輸の采配を振るってたのだ。 「少し寝るだろ?やっぱ俺はいない方がよくないか?」 寝るなら1人で寝ればいいと言ったのだが、どうしても一緒に来てくれと引っ張り込まれてしまった。 だがやっぱり、俺がいるせいなのか、ミントは眠そうなのになかなか寝付かずにいる。 「いいからそこにいてよ。久しぶりに会ったんだから」 ミントがベッドの上で起き上がる。まっすぐ俺の方を見つめた。 にんまりと笑う。 「へっへー。リュウだ♪」 「なんだそれ?」 「だってさ、もう会えないかもとか思ったし〜」 捕まったときも帰ってきたときも、気丈に振る舞ってたけど、やっぱり不安だったんだな。 「あのあと、大丈夫だったか?」 捕まって連行されたあとのことは、俺はなにも知らない。 「なんかエラそうな憲兵に、エラそうにいろいろ訊かれたかな?」 「密輸なんか知らないて言ってんのにさー。人の話なんか聞いちゃいない」 「大変だったな。でも、よく戻ってきてくれたよ」 「うん。がんばったよ〜」 「村の為もあるけど、リュウにもう一度会うためにこんなことで負けるかって、歯を食いしばってた」 さらりと言うけど、本当はすごく大変だったに違いない。 ごめんな、駆けつけてやらなくて。 甘えるような笑みを作ったミントに、愛おしさが込み上げてくる。 だが、ミントの笑みは、すぐに不安に塗り込められてしまった。 「作戦、成功するかなぁ。密輸なんてやっぱ無理だったかな?」 強がっていたけど、あれはミントが自分に言い聞かせているようなものだったのかも。 本当はやっぱり不安なのだ。 出発の時間は刻一刻と迫っている。よけいに不安が募ってきたのかもしれない。 「大丈夫だって」 ミントを励ます。 ここでなにを言っても始まらない。 「もし、ばれたときは一蓮托生」 「俺はどこまでもミントと一緒だからな」 「……ありがと、リュウ」 「ちょっと、不安になってたから嬉しいよ」 ミントは手を伸ばして、俺の指先をキュッと握る。 「少し寝たらどうだ?」 ミントの顔から、疲労の色は隠せてない。 「ずっとそばにいてくれる?」 「ああ。ずっといるから」 「……じゃあ、お駄賃いるかな?」 「は〜い、手を出して」 おいおい。お駄賃かよ。 苦笑いしてしまう。 恋人にお駄賃はないだろ。 「んなの無くても、そばにいるよ」 「いいから、ほら早く!」 「…………ったく」 手を差し出すと、更に注文が飛んでくる。 「目もつぶる!」 「はいはい」 仕方ない、付き合うか。 俺が目をつぶって、手を差し出していると。 「はい、お駄賃♪」 ――ちゅっ☆ 「え?」 唇に当たった、柔らかい感触。 「お駄賃だよ♪」 ベッドから起き上がったミントが、少しだけほっぺを赤くして微笑んでる。 俺に渡されたお駄賃は、ミントからの可愛らしいキス。 「金貨何枚分になるかな、これ?」 俺にはそれくらいの価値がある。 「バカ……もう」 少し照れたような顔をして、ミントはまたベッドに沈没する。 「夜まで眠ろよ」 「そばにいてね」 「ああ」 これからだって、ずっといるからな。 その言葉をかける前に、ミントは深い眠りに落ちていった。 「ミント……」 俺は覆い被さるようにして、ミントの体を抱きしめる。 「え……、もしかして、エッチ……?」 「今したら、ミントが死んじゃうぞ」 そんなことするわけないだろ。 「こうしてるから、なにも考えずに寝ちまえよ」 「……そだね。考えても仕方ないっか」 ミントはそう言って、目を閉じた。 しばらくすると、規則的な寝息が聞こえてくる。 ほんと、お疲れさん。今はゆっくり休んでくれ。 ゆっくり休んだら出かけよう。村を救うために。 多少の不安はあったが、それを俺たちの運は見事にはねのけた。 岩塩は各地から集まり、これを売ればどうにか、残りの2/3の請求金額にまであと少しという感じだった。 その少しの不足を補ってくれたのはアルエだった。 自分の所有していた宝石やらを、村のためにと差し出してくれた。 元は女の子の自分を否定しまくってたため、装飾品をあまり持っていなかったアルエだが、俺たちからすれば、それは十分に貴重な金額だった。 「みんな、準備はいいか?」 予定通りに集まったみんなに声をかける。 「こっちは準備万端♪」 「すべて準備は整ってます、隊長!」 「任せておけ」 「おもー、岩塩おもー」 「ほれ、きばらんか。軟弱公子め」 みんな岩塩をその身に背負って、覚悟を決めた顔だ。 岩塩を大量に運ぶのなら、各地から秘密裏に舞い戻ってくれた村の男手の方がよかったのかもしれない。 でも、捕まったときに家族の居る連中を密輸に巻き込むわけにはいかない。 それに男連中は直ぐにでも、出稼ぎ先に戻らないと俺たちの密輸計画がばれる可能性もある。 だから、俺たちがするしかない。 「やっぱり、ボクも行く……!」 「それはなりません、殿下」 「だが……っ!」 王族としての立場のあるアルエも、この行軍には入れることは出来ない。 そのかわり、アロンゾが名乗りを上げた。 青の騎士と呼ばれる、アロンゾが犯罪である密輸に手を貸すんだ。 その覚悟はもちろんアルエのため、村のためだった。 「……頼むぞ、アロンゾ」 「お任せ下さい」 アルエは悔しげにしながらも、ポルカ村での居残りとなる。 俺は改めて、みんなの顔を見回した。 「明日朝までに、森を越えた隣村の約束の場所まで荷物を運ばなければならない」 森どころか国境も越えた隣村なんだがな。 「人目を避け夜の森を行くことになる。厳しい、それに危険な道程になると思うが、みんなよろしく頼む」 みんながしっかりと肯く。 誰1人、怖じ気づいたり迷ったりしている者はいなかった。 「よし。じゃあ行こう」 とうとう出発の時。 この行軍の成功に、村の命運がかかっている。 村の運命をかけ、今夜俺たち国境警備隊は。 ――国境を越える。 「みんな、静かにだぞ静かに」 後続のみんなに、手振りを交えて指示する。 「わかってるから、ちゃんと前見て」 ミントに言われた瞬間、足下がなにかに引っかかった。 「おうっと!」 上体が泳ぐ。 うねった木の根に足が引っかかったのだ。 「ほら、気をつけてってば。どこに憲兵がいるかわからないんだから」 「すまん」 息を潜めて周囲の気配をうかがう。 幸い、俺たち以外の気配は感じられなかった。 「バカなことやってないでしっかり歩け。貴様、情けないぞ」 「だから悪かったって」 声をひそめて言い返す。 「国境の警備はかなり厳重になっとるからの」 「見つかると大事になるだろうな」 「だ、大丈夫でしょうか?」 ロコナの顔は、緊張からか、夜目にも白く見えた。唇が小さく震えている。 「密輸を取り締まってる憲兵さんたちって、不審者を見つけると容赦なく攻撃してるって聞きましたけど……」 「女子供は食べられちゃうんですよ〜!」 攻撃はともかく、食べるってなんだ。 とんでもない噂が流れているらしい。 憲兵は怪物かなんかか。 「わ、わたしは女ですか? 子供ですか?」 「あえて言うならどっちもだな?」 「たっ、食べ放題じゃないですか〜っ!」 ロコナは泣きだした。 「だからシーッて!」 「ふざけてる場合じゃないぞ。今、向こうの方で灯りが動いた」 憲兵か!? 目をこらして、森の奥をじっと窺う。 「光った……!」 まだ距離はあるが、たしかに灯りが動いた。 この先に……誰かいるんだ! 「大丈夫? もし見つかったら……」 「大丈夫だ。まだ距離がある」 意識を澄ませて、気配を読む。 「灯りを持った奴らはあっちへ移動したみたいだ」 「俺たちがこっちへ迂回すれば、なんとかやりすごせるだろ」 「うん、わかった!」 微妙に進行方向を変えて、再び歩き出す。 みんな、ほとんど息を止めて歩いていた。 見つかったら追徴税どころの騒ぎでなく、本当に密猟者として全員捕まってしまうんだ。 加えてミントは保釈中の身。本来なら、王都から出ることすら許されないのだ。 こんなとこでこんなことをしているのが見つかったらどうなることか…… 「ちょっと待て」 「な……どうした?」 「今、あちらでも、赤い光が動いたぞ」 「なに?」 アロンゾの指差す先は、俺たちが向かおうとしている方向。 だけど、そこは一面漆黒の闇。なにも見えない。 「なにも見えないじゃん?気のせいじゃない?」 「この闇の中で、灯りと見間違えるものなどあるものか」 「もし見間違いじゃなきゃマズくないか?オレら、挟まれるかもしれないだろ」 ジンの言うとおりだった。 「まさか、それが狙いか?ヤツら、ワシらの動きに気づいて……」 「いや、まさか……」 そんなことがないよう、周囲の気配には気を配って、慎重すぎるほど慎重に進んできたつもりだ。 「なっ……!?」 思いがけない至近距離で突然草が鳴り、思わず飛び上がりそうになる。 そして、その音の正体が俺たちの目の前に現れる。 「リュ、リュウ……!」 ミントの声は、恐怖のあまりかすれていた。 赤い光が至近距離の闇に2つ。 「げぇ……っ!」 「ガルルルルル……!!」 「こいつは、夜の殺し屋と言われとる、キングカイザーじゃ!」 アロンゾが憲兵の灯りと見間違ったのは、闇夜の森を徘徊する、獰猛な野獣だった! 「リュウ、どうしよう〜!?」 「みんな、下がれっ……アロンゾっ!」 小声だけど、はっきりとその名を呼ぶ。 「わかってる! 俺に指図するな!」 そう返しながら、自ら剣を抜くアロンゾ。 俺も腰の剣を抜く。 いまだに微かに残る剣への嫌悪感。 だけどそれを考えてる場合じゃない。 「一斉にかかるぞ、ドナルベイン……っ」 「いや、戦うんじゃない」 「貴様、この期に及んでなにを!」 「威嚇して、憲兵たちが居た方に追い立てるんだ!」 「な……!?」 戦って物音を立てるのは得策じゃない。 それよりは、こいつと憲兵とぶつける方がふたつの敵と一気におさらば出来る。 「……よし、わかった……」 アロンゾが顎をしゃくって、自らの方向を示す。 ああ、だったら俺はこっちだ。 一行の半々を背に庇い、俺とアロンゾはキングカイザーに狙いをすませる。 そして…… 「はぁ……っ!!!」 殺した居合い声を同時にあげ、キングカイザーに剣を振るった! 「ガウウウゥゥッ!!!」 獣の声が森の中に響いた―― 「はあ、危なかった……」 俺とアロンゾの絶妙なチームワークで、キングカイザーは憲兵たちの居る方へと追い払われた。 背後の森から、なんかすごい悲鳴やら泣き声やらが聞こえてたけど……大丈夫だったかな、憲兵たち。 怪我とかしてなかったらいいんだけど。 「まだ着かんのか?」 ホメロは、すっかり息が上がっている。 「もうちょっと、だと思うんだけど……」 「はふ、はふ……」 ロコナに至っては、もう声もまともに出せないらしい。 無理もない。 足場の悪い森の中を、ずっと歩き続けてるんだ。 みんなかなり疲弊してる。 「道を間違ったわけではあるまいな?」 「大丈夫、なはずだけど……」 ミントもさすがに不安になっているらしい。 「みんながんばれ! きっともうすぐ着く!」 根拠はないが、とにかくみんなを元気づける。ここまで来たら信じて進むしかない。 みんな、足下だけを見つめて黙々と進む。 「あ……っ!」 俺の背後で、土の滑る音。 そして――! 「きゃあああっ!!!」 「ミント……っ!」 振り向いた同時、ミントの姿が消えていく。 崖かっ!? しっかり考える余裕もなく、俺はとっさにミントのいた場所に飛びつく。 間に合え……っ!!! 伸ばした手。 空を掻き、そして…… ――ガシィィッ!!! 俺の手は、大事なものをつかみ取った。 ミントのその手を。 「リュ、リュウ……っ!」 「大丈夫だ……俺に掴まれ……っ!」 地面にはいつくばって、崖からぶら下がったミントを支える。 例えこの腕がもげても、ミントは離さないからなっ。 「ドナルベイン、支えているから手を離すなよ!」 言われなくても……っ! 俺の体を支えてくれる仲間が、俺ごとミントを崖から引き上げていく。 「リュウ……リュウ、下見て!」 「ンなもの、見てる余裕が……」 「違うってば、ほら!」 ミントの声に、俺はようやく崖下に目をやった。 そこには、俺たちが探し歩いていた隣国の村が見えた。 それと同時に、地平線から朝日が昇るのみえた。 俺たちの顔は白い光に照らされてゆく。 「着いた……のか!」 「着いたんだよっ♪」 俺の体にしがみついた仲間たちからも安堵の声が漏れる。 これでもう大丈夫。これで村は救われる。 俺たちはやったんだ。 やったんだ――! 秘密裏の取引を終え、ようやく村にたどり着いた俺たち。 すでに日は夕刻近くとなっていて、兵舎に戻るとみな崩れ落ちるようにして床にへたり込んだ。 「大丈夫だったか!」 アルエが物音を聞いて飛び出してくる。 「へへ〜……」 ミントが担いでいた麻袋を開いてみせる。 そこには、たっぷりの金貨が詰まってる。 「まさか、税吏は来てないよね〜?」 「大丈夫だ」 それにほっとする。 「村で集めてくれたお金と、アルエの宝石。んでもって、この岩塩純利に溢れた金貨の山」 「関税徴収額に十分でしょ?」 「すごいぞ、みんな!」 ああ、本当に……みんなよくやったよ。 「今すぐ、村のみんなに知らせてくる」 「殿下、そのようなことは自分が……」 よろよろとアロンゾが立ち上がるが、それをアルエが目で制す。 「みんなは一休みしててくれ」 「夜には宴会だぞ!」 アルエが明るい笑顔で飛び出していく。 ……宴会か…… 嬉しいけど……疲れた……! 「はひ〜……」 疲れた声を出すミントの傍に寄る。 「あはは……」 「村のみんなの、冬支度用のお金は返すとして、そうなったら、岩塩でのお金は全部消えちゃうな〜」 俺にだけ聞こえるような小さい声で、ミントが呟く。 そうなんだ。 陛下から借りた岩塩売買の運用資金は、すべて保釈金と岩塩の調達資金で消えた。 岩塩を売って作った金も、すべて追徴税に消えてしまう。 これだけのことをして、ミントの手に残るものはゼロ。 むしろ運営資金を失い、大きなマイナスだ。 「ま、しゃーないか」 ミントは、力なく笑う。 村の危機は去ったが、ミントの危機はまだ終わっちゃいない。 いや、これからが本番かもしれない。 「ま、これからのことは明日考えるとして」 ミントが俺の手を握った。 「今日はみんなと喜びを分かち合お♪」 「……ああ、そうだな」 とてつもない借金を背負ったのに、ミントは明るい笑顔を見せた。 「お疲れさん、ミント」 ミントの手を、しっかりと握りかえした。 ミントルート「ミントの決断」このシーンはスキップできません。 一夜明け、税吏の取り立てはやってきた。 俺たちは用意した金を支払い、とりあえずの危機は去った。 もちろん、村への濡れ衣はそのままだし、ミントへの疑いも晴れていない。 けれど、とりあえずの平穏は訪れたのだ。 「…………」 「おい、ミント?」 「…………」 ぼんやりとしたまま、ミントは天井を見つめてる。 税吏が帰り、村中が安堵の空気に包まれる中、ミントは魂が抜けたような状態で、部屋から外に出ようとしなかった。 理由は分かってる。 「ミント、これからのことを考えよう」 「…………ん、そだね」 ようやくミントは俺に顔を向けた。 その顔がへにゃっとした笑いに変わる。 こんなに気落ちしたミントは初めてだ。 それでも懸命に笑おうとしてる姿に、胸の奥が締め付けられる。 「村のためにつぎこんだ金を取りもどすんだろ?俺も手伝うぞ」 「……え? リュウが?」 「ああ。2人で頑張ればなんとかなる」 『なるだろう』とたずねるんじゃなく、『なる』と言い切る。 俺はそれだけの覚悟があった。 だが、ミントはうつむいて顔を隠してしまう。 「……そんな簡単に言わないでよ」 「使い込んだお金は、今までの借金よりずっと多いんだよ?」 「あれを全部取り戻すなんて、何年、ううん、何十年かかるか……」 「さすがに、もうどうにもならないよ」 「だから、俺も手伝うんだよ」 「俺だって稼ぎはあるし、この村じゃたいしてすることない」 「時間はたっぷりあるんだ。ミントの仕事だって手伝えるぞ」 「もう無理だって……」 だが、ミントは沈んだ声で否定した。 「ダメって、そんなこと言うなよ」 「ミントの商魂があればきっとなんとかなる! 今までだって、なんとかしてきたんじゃないか!」 「今までとは状況が違うし。元手がゼロじゃ、仕入れだってできないし……っ!」 「だいたい、あたしは密輸容疑をかけられて、まだ保釈中ってだけの身なんだよ?」 「今のままじゃ商売だってできやしないもんっ!」 どんどん、ミントの声が大きくなっていく。 「それは今、アルエが警吏を動かしてくれてるだろ」 「このまま赤麦商人とか岩塩ギルドの奴らに、やられっぱなしで諦めるのかっ?」 「たしかに、時間をかければポルカ村の密輸疑惑も、あたしの容疑も晴れるかもしれないよ」 「でも……でもさ、それっていつよっ」 「商売は、信用が命なんだもん」 「一旦着いた汚名は、ずっと消えないんだ」 「例え疑いが晴れても、疑惑は噂で残るもんなの」 「事実なんて、大して重要なことじゃないんだよっ!」 ミントはまるでそこに憎い敵がいるような、そんな険しい目で床を睨み付けている。 「だから、もう……いい」 「まさか、もう商売をやめるって言うのか?」 あのミントが? あれだけ商売が大好きなミントが? 「夢があるって言ってただろ?飛行艇を買って、国中を飛び回る商人になるって」 「そんなの、今となっては夢物語だよ」 悪い冗談とばかりに、ミントは笑い飛ばす。 俺から視線はそらされたままだ。 「今度のことで、もうよ〜〜くわかった。自分の器ってものを思い知った」 「だから、もう商売は終わり」 「あきんどミントは、もう終わりだよ」 ようやく顔を上げたミントは笑ってる。 無理に浮かべた笑顔は、ただ悲しかった。 だから俺は、ミントをしっかり捕まえた。 「あ……」 「リュ、リュウ?」 俺の腕の中で、ミントが戸惑ったように身を捩る。 だが、俺は抱きしめた腕を解かない。 「ミント……」 「ミントがどんな道を選んだとしても、俺はミントのそばにいるから」 そんなセリフが、自然と口からこぼれ出ていた。 「なにがあっても、俺がそばにいるから」 抱きしめた腕に力を込める。 ミントがもう商人をやめるって言うんなら、俺もそれについて行ってやる。 想いが伝わるようにという気持ちを込めて。 「リュウ……」 「商売を辞めたんなら、俺のお嫁さんになれよ」 「え?」 ミントは驚いて顔を上げる。 「なに言ってんの?あたしは借金持ちなんだよ!?」 「だからどうした」 「どうしたじゃないっしょ!」 「もう、決めた」 「ミントをお嫁さんにする」 「だから、だめだって!」 「そんなの構うもんか。ずっと俺のそばにいてくれ」 「だめだって言っても、追いかけるぞ」 「王都まで追っていったのを忘れたのか?」 「リュウ……」 ミントの目が、驚いたように見開かれた。 その目がみるみる潤む。 「絶対……後悔するよっ!」 「するわけない」 「ここでミントを手放す方が、一生後悔する」 「……そんなこと言わないでよっ!」 「我慢してるのに……っ!」 「リュウに頼りたいのを我慢してるのに、 ……そんなこと言われたら、あたしっ!」 ミントの目からぽろぽろと涙がこぼれる。 「借金持ちの女の子なんて、リュウに似合わないよ……っ」 「でも、俺はミントがいい」 ミントでなきゃ、だめだ。 「リュウの……バカッ、バカバカバカッ!」 ミントは、俺の腕をしがみつく。 「……ゴメン、好きになって」 「なんでだよ」 「大好きになっちゃって、ゴメン」 「俺も好きだよ」 「大好きなリュウを、巻き込んじゃってゴメンっ」 「好きで巻き込まれてる」 「リュウっ、……リュウが……好きっ!」 「俺は愛してる」 「あたしだって、愛してるよぉ。ばかぁ〜〜〜!」 ミントは声を上げて泣き出した。 俺の腕に濡れた鼻先を埋め、しゃくり上げる。 「これから、一生一緒だぞ」 「うん……リュウとなら、あたしもう1回やり直せる気がする」 ミントがどんな道を選んだとしても、いつも俺はそばにいる。 まだ大変なことは山ほどあるだろうが、2人ならなんとかなる。 してみせる。 だから、大丈夫。 そう信じよう。 『リュウ、愛してるよぉ……』 ミントは、何度もそう繰り返していた。 「このぐらいのことで諦めるなんて言うな」 優しい言葉をかけてしまいたくなる。 でもその気持ちを抑えつけ、俺はあえてそう言った。 「リュウ……?」 ミントが戸惑った声を上げる。 「最後まで諦めないのが商人なんだろ?」 呆れるぐらいしぶといのがミントだ。 誰が諦めても、他の全員が諦めたって、ミントだけはしつこく諦めない。 ミントはいつだってそうしてやって来たはずだ。 「でも、だから今度は特別なんだってば。いくらあたしでも今度ばっかりは……!」 「1人で抱え込むな」 俺は、抱きしめた腕に力を込めた。 「ミント1人じゃ無理なことだって、2人ならなんとかなる」 「そんなこと言っても、借金は膨大なの!」 「それに商売だってできやしないし……」 「諦めるな、ミント」 「今はショックが大きくて、弱気になってるけど、よぉく自分の胸に手を当てて考えてみろ」 「ミントは商売が大好きだろ?」 「…………」 「飛行艇を買って、大空を飛び回るんだろ」 「…………無理だよぉ」 「ミントなら出来る」 「俺が支えてやる」 ミントの体が、腕の中で震える。 「たしかに大事な商売資金を、全部ポルカ村救済につぎこんだのは、商売人としては失格かもしれないけど」 「おかげでポルカ村のみんなが救われた」 「……リュウ」 「みんなミントに勇気づけられて、あんな極限の状態でも頑張ったんだ」 「自分の大事なものを捨てても、他人を助けたミントを俺は誇りに思ってる」 「リュウ、あたし……」 「ミントは、もう信用を無くしたって言ってるけど、ミントの信用は、ここにあるんだぞ」 ポルカ村に、それが詰まってる。 「そんなミントが、商売人としてこれから立ち直れないわけ無いだろ!」 「うん……リュウっ、うん」 ミントは俺の腕に縋り付いた。 「……あたし、出来ると思う?」 「出来る」 「すごい借金持ちだよ」 「返していこうぜ、一緒に」 「あたし……がんばれるかな?」 「俺が保証する」 「あたし……あたしっ」 「リュウが好きだよぉっ!」 「俺も大好きだぞ」 強く……強く抱きしめた。 「うん、頑張ってみる……あたし」 「そうだよね、借金くらいでへこたれてちゃ、ミント・テトラの名前が泣くよね……っ」 「頑張れ、ミント」 「あたし、やる。やるよ……!」 「ああっ、俺がついてるからな」 そう言って、俺は一層強くミントを抱きしめた。 ミントには俺がついてる。 その言葉に二言はない。 だから、そのためなら―― 俺は、騎士である自分を捨ててもいい。 でも、俺の決意はまだミントには伝えてない。 今伝えたら、ミントは意地になって商人をやめそうだからな。 だから、これは後で伝えること。 これからどうしていくのか……ミントがちゃんと答えを出してから、一緒に歩き出せばいいんだ。 だから、それまで俺はミントを見守ってるんだ。 「頑張ろうな、ミント」 「うんっ!」 でもその前に。 俺にはひとつ、やることがあった。 明かりの消えたホールに、どこからどうみても怪しい様子でとある男たちが集まっていた。 「で、旦那。情報はおっけー?」 「2つほど離れた村に逗留している」 「どうやら、赤麦商人と落ち合って、またよからぬことを企んでいるのかもしれんな」 「目と鼻の先にいるなんて、変な度胸のある奴らだな」 「くくく……馬鹿な奴らじゃのう」 「さてと、準備も出来たしそろそろ行くか」 ちゃぽん、と瓶の中で何かの液体が揺れる。 「アルエがいらなくなった伝説の青い陽形の花」 「有効利用させてもらうとするか」 怪しい男たち4人は、闇に紛れて出立したのだった。 ……………… ………… …… そして、時間は少し先へと流れて…… 「あれ? どうしたんだ、こんなところで揃って」 その日、兵舎にはレキが訪ねて来ていたようで、ロコナにアルエ、レキが仲良くお茶を楽しんでいた。 「ちょうどいい話を、レキから聞いていたところだ」 「なんだ、いい話って?」 そこに、ひょっこりとホメロたちがやってくる。 「なんじゃ、なんじゃ?」 「あ、お菓子じゃん」 「こちらにいらっしゃいましたか、殿下」 一気に集まると、空気が濃いな。 「ほれ、なにかを話しかけておったじゃろう?」 「ああ。2つ隣の村から、伝わってきた話なんだが」 レキの言葉に、俺たち男組はピタリと動きを止めた。 見事に同じ動きで、レキを見る。 「あのですね!その村に、ポルカ村を狙ったあの赤麦商人と、あのお金貸しのご兄弟が居たんです!」 「……へー」 「あっ、ご兄弟だったらしいんですよ!さすが隊長、千里眼ですね♪」 「で、そいつらが先日の夜、暴漢に襲われたらしい」 「……ほほー」 「そして不思議なことに、昨夜まで男だったが、襲われた翌朝から女性になったそうな」 「……わぁー、怖いなぁ」 「でも、なんだかまるで毛むくじゃらのままで、中途半端な女の人になっちゃったんですって〜」 「……げぇ……」 「まるで、1つの陽の花の薬を『半分こにして飲ませた』ような、結果だな」 「かなり不気味な状態らしいぞ」 「……それはちょっと、予定外な……」 「おや、なにか言ったか?」 「いや、まさか!」 「でも、きっと天罰が下ったんですねっ!」 ロコナは、ニコニコと純真な笑顔を向ける。 アルエとレキは、少しばかりしたり顔だ。 「やっぱり、悪い人は罰せられるんです!」 「まさにそのとおり!」 同じタイミングでニヤリと笑った俺たち。 そうさ、刑罰は確かにお上が下してくれる。 でもな。 やっぱり、腹に据えかねるってこともあるんだよ。 それは、あの堅物アロンゾですら怒らせるほどの。 「ああ、今日の空は一段と青くて気持ちがいいな!」 アルエが窓の外を見て、楽しげに伸びをする。 「……王都に残った岩塩の連中は、ボクに任せてもらおうかな……くくくっ」 なんかアルエが言ったような気がするけど、誰もが聞こえてないふりをした。 「あぁ、空が青いな!」 残務処理に追われながら、まだ決心がつかないミント。プレッシャーになってはいけないと、リュウはそっと寄り添って支えるだけだった。 そんなミントの元に、村人たちがやってきては感謝の言葉を口にする。自分が巻き込んだと思っているミントは、むしろ申し訳なくなる。 そんなミントに、村人たちはなおも優しい言葉をかけて励ます。みんなの優しさに、ミントはなぜ自分が商売を続けていたのか思い出すのだった。 あのミントの決意から、しばらくしたある日。 最近では毎日のように聞こえるうめき声が、今日も今日とて響いてきていた。 「あぁぁもぉぉぉー、めんどくさぁぁぁ〜っ!」 手を動かしながらミントが愚痴をこぼす。いかにもやってられないという顔だ。 ミントの前にはたくさんの書状が広げられている。 裁判所へ出す書類、王家経理部への提出書類、それからミント自身の納税申告書、等々…… 要するに今回の騒動の後処理だ。 「いろいろあるんだな」 「いろいろムチャしちゃったからねぇ。つじつま合わせが面倒なの」 話しながらも、ミントの手は止まらない。その手は、奇々怪々な数字の列を紡ぎ続ける。 それを見ているだけで、ミントのしてくれたことの重大さがよくわかった。 「手伝ってやりたいけど、俺にはわけがわからない」 「気にしなくていいよ〜。めんどくさいだけで、そんなに大変じゃないから」 「こんな面倒なことさっさと終わらせて、それで……」 そこまで言って、ミントの手と口が止まった。困ったように目を泳がせる。 「終わらせたら、どうしようかなぁ」 見えないなにかを見つけようとするように、窓の外にじっと目を向けている。 「………………」 黙って、じっと外の景色を見つめている。 「ま、焦らなくてもいいだろ。ゆっくり考えれば」 わざと気楽な調子で言った。 今はとにかく、ミントにはなにものにも縛られず、自由に発想してこれからのことを決めて欲しい。 だから、あまりあれこれと言わないようにと、俺は自分に言い聞かせていた。 ただ、できるだけそばにいようと、それだけ心がけて。 「うん、そだねぇ」 穏やかに笑って、ミントは窓の外の空を見上げた。 「最近よく考えるんだよね」 「ん? なにをだ?」 「あたしにとって、商売ってなんだったのかなぁ、って」 「あたしって、どうしてあんなに商売に精を出してたんだろって思って」 金儲けのためじゃないのか? ……と思ったが黙っておいた。 ミントはきっと今、自分にとっての答えを出そうとしているんだ。 「答え、見つかるといいな」 「うん、そだね〜」 それからミントは、ずっと手を動かしながらも、なにかを考え込んでいるように見えた。 書類に埋もれてたミントだが、気分転換がしたいと散歩に誘われた。 普段通りに返事した俺だけど、気づいてるのか、ミント? あれから、ようやくぶりに外に出たんだぞ。 案の定、ミントの姿を見付けた村人たちは、一目散の勢いで集まってきた。 「隊長さんにミントちゃんっ」 「ミントちゃん、ひさしぶりじゃないの!」 「長老〜っ、ミントちゃんが来たわよ〜っ!」 婆さんの姿まである。 「ミント、ほんに今回はありがとう」 「ポルカ村を代表して、礼を言わせてくれ」 婆さんのしわくちゃの手が、ミントの手を握る。 「えっ、いや、そんな。気にしないでよ」 「なにを言うのさ、ミントちゃんのおかげでこの村は助かったんだよ、本当にありがとう!」 ミントを取り囲んだ面々は、尽きぬとばかりに礼を言う。 「そんな……ほらだって、今回の件は、あたしが岩塩ギルトとかから恨みを買われてて、それにポルカ村が巻き込まれたってのもあるじゃん」 「なにを言う、赤麦の買い付けの時には助けてもらい、今回じゃて村を救ってくれたじゃろう」 「ミントちゃん、お金を随分使ったんだって?すごい額って言うじゃないか……」 「それは……その」 「わたしらで出来ることがあれば、いくらでもしよう」 「織物だって、いくらだってタダで織るから、せめてもの足しにしてくれない?」 「そんなの悪いって!」 「なに言ってんの、ミントちゃんは村の仲間だよ。ポルカ村のいいところは、村人が助け合うことさ」 「じゃあ、ポルカ村の酒の流通もしばらくは五掛けでミントちゃんに頼もうかね」 「ええっ!?」 「それぐらいのことはさせておくれ」 優しいみんなの言葉に、ミントが呆然としている。 その頬が次第に紅潮してきた。 「ゴメン……みんな、ゴメンね」 うっすらと目を潤ませて、なぜかミントが謝る。 「あたし、心の底でちょっぴりだけど全財産を無くしたことを、後悔してた……」 「これであたしの人生終わりだって。心のどっかで、悔しいって思ってたんだよ」 「自分の引き寄せた不運だったのに、ポルカ村のことをちょっぴり恨んじゃったのに!」 ミントは必死になって言葉を紡ぐ。 「それなのに、みんな……ホント、ありがとう」 「ごめん、ほんとにゴメン……ごめんなさい……」 ミントは心の内を、隠すことなく伝えてる。 本当なら黙っておきたい、自分の暗い気持ちも全部伝えて、本気で自分を思ってくれた村人たちに、正直であろうとしてる。 「あたし、やな子なのに……ありがとうっ」 その言葉は、俺だけじゃなくって村のみんなの心も打ったようだ。 「馬鹿言うでない。おぬしのどこがいやな子かえ」 「全財産を村のために捨ててくれたんじゃ。誰だって、後悔くらいするじゃろう」 「そうだよ、ミントちゃん」 「うう……ぐすっ……」 ミントの口元から、泣き声を抑えたものが漏れる。 「わたしらは、ミントちゃんがこうして顔を見せてくれただけで、十分なんじゃ」 「そうじゃよ」 「おぬしの元気そうな顔が見れただけで、あてらは本当に嬉しいんじゃ」 その言葉で、俺はみんなが今までずっと兵舎に籠もってたミントを、そっとしておいてくれたんだと気が付いた。 財産を失って、むしろ借金まみれ。 そんな状態で落ち込んでるミントを訪ねて、無理矢理の愛想笑いなんかさせないように。 婆さんに、みんな…… 本当にポルカ村の人間は、優しい人たちだ。 ミントの顔が歪んだ。 「あたし……」 その目のふちに涙が盛り上がる。 ミントの中で、なにかが満ちつつあるのが俺にもわかった。 そんなミントを、村の女たちが優しく抱きしめる。 「なんて顔してるの?早く元気になって、またお店やってちょうだいね」 「ミントちゃんがいつも仕入れてきてくれる珍しいもの、みんな楽しみにしてるから」 村の女たちが微笑む。 やさしい笑顔に包まれて、ミントも笑う。 堪えきれなくなってあふれ出た涙でグチャグチャの笑顔で。 「みんな、ありがとう……」 「ありがとうね……」 笑いながらしゃくりあげ、ミントは何度も礼を言った。 その笑顔は生気に満ちている。 ミントの中で、なにかが再び動きだしたんだ。 「リュウ、あたしね、お店で商売してる父さんのことが、いちばん好きだったんだよね」 「親父さんがすごい商売人だったから?」 「ううん」 だが、ミントは首を振る。 「お客さんと楽しそうに話してる姿が好きだった」 「父さんから買い物をして、喜んで帰っていくお客さんたちを見てるのが大好きだった」 遠い日の記憶を見晴るかすように、ミントは目を閉じて微笑む。 「あたしも、あんな風になりたいな」 「みんなを喜ばせてあげたいなって、小さいころのあたしは思ってた」 閉じていた目を開き、微笑んで俺を見つめた。 「それが、あたしが商売を続けてきた理由」 「いつのまにか忘れちゃってたみたい」 そう言って、ミントはちょっと寂しそうに笑った。 「人のことを思いやる気持ちがあったから、ポルカ村を救えたんだよ」 ミントが私財をなげうって村を救ったのも、そう考えればなにもおかしくない。 みんなを喜ばせる『商売』をしただけなのだ。 ミントは忘れてしまったと思っていても、深いところではちゃんと覚えてたんだよ。 「だから、みんなもミントが好きなんだ」 「俺もな」 「リュウ、ありがとね。リュウのおかげで、大切なこと思い出せた気がする」 「リュウのおかげだよ。あたし1人じゃ、きっとダメだった」 「1人だったら、もう商売もやめてたかも」 「あたし、また頑張ってみるよ、商売!」 ミントは自分から宣言する。 「スッカラカンだし、ゼロからの……ううん、マイナスからのスタートだから大変だと思うけど、でも頑張ってみる」 「あたし、自分がどれだけ商売が好きか、改めて気づいたから」 ミントの顔に、晴れやかな笑顔が広がった。 「リュウがいてくれてよかった」 「これからも、そばにいてくれる?」 「ああ、もちろん」 俺たちは自然と見つめ合う。 そしてどちらからともなくキスをした。 「ん……リュウ、好き……」 ミントが上気した顔で囁いて、俺の胸に抱きついてくる。 そして、俺の服を脱がせはじめた。 「お、おい……」 「今日はあたしにさせて」 「大好きなリュウのこと、いっぱい愛したいの」 「う……ミント……」 ミントの唇が、俺の胸元をなぞる。 そのくすぐったさに、思わず体が跳ねてしまう。 「あ、今感じた?」 「嬉しいな……ちゅ、ちゅ、ちゅ♪」 ミントは更に、俺の全身にキスを落とす。 「んちゅ、ちゅっ……れろれろっ、れろ♪」 「くっ……イイ感じ、ミント……」 俺が反応するところを、ミントは何度も啄むようにキスをする。 「ちゅば、ちゅっ、んちゅ……、リュウ、好き」 「ここも、好き……ちゅっ」 ミントは俺の乳首に吸い付いてくる。 背筋を駆け抜ける鋭い快感。 「感じてるね……もっと、感じて。チュウ……ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅ……♪」 快感はチ○ポを刺激して、勃起に結びつく。 「はぁ……リュウのお○んちん、大きくなってきた」 ミントの視線は俺の股間に向けられてる。 「あたしがして、気持ち良いんだよね……?」 「ああ、すごくいい」 「じゃあ、もっと……」 「んっ……れろっ、れろろっ、ちゅちゅっ♪」 くすぐったいような、気持ちいいような不思議な感覚が、胸の中へと伝わる。 「ちゅっ……れろろっ、んっ、ちゅぱぱっ♪」 ミントは唾液で唇をべとべとに塗らしながら、俺の肌に吸っては舐め、吸っては舐めを繰り返す。 「すごい……おっきいよ」 「お○んちんが、あたしのところに来ちゃった」 ヘソにつくくらい反り返ったチ○ポ。 ミントのお腹にピタピタと当たってる。 「リュウ……お○んちんも、キスしていい?」 「もちろん」 大歓迎以外のなにものでもない。 「じゃあ……」 「れろ……っ!」 ミントがピンクの舌をちょこっと出してチ○ポの先端をぺろり舐める。 「ふおう……っ!」 ザラッとした舌の表面が、心地いい。 「んっ……れろっ、んちゅっ、れれろっ」 敏感な裏の筋を、ミントの舌がこすりあげた。その快感に、思わず腰が浮く。 「気持ち……イイ? んっ、ちゅっ、ちゅるっ」 「いいかな? ちゅっ、ちゅるるっ!」 裏筋に吸い付きながら、顔を上下させる。 舌先がツーッと幹の裏をなぞりながら、降りていく。その先に垂れ下がる袋にまで、ミントは舌を這わせてきた。 「れろれろっ、れろ……っ」 「う、おおお……!?」 こそばゆいような快感が、じわっと腰の辺りに広がる。 「はむ、はむはむっ……」 袋を口に含んで、れろれろと舐められる。 うっ……すごい、いい……っ。 「もぐもぐ……んむっ……れろっ、んぶっ」 口内でコロコロと袋が転がされ、温かく柔らかい舌がぴったりと密着する。 「んっ、……んぱぁっ……!」 袋を口から出して、またチ○ポに戻る。 「あ……お○んちんの先っぽから、もうお汁が出てきてるよ……♪」 ガマン汁が、先端でしずくを作っていた。表面張力いっぱいまで膨らんでいる。 ミントは、それを舐めとる。 「れろ……ん、ちゅっ、ちゅう……」 尿道口をほじるようにして、にじみ出たガマン汁を舐め上げる。 「ちゅぷ、ちゅ……ん……」 「んちゅっ、れろっ……れろんっっ!」 そして、ミントはチ○ポを先端からゆっくりと咥えた。 「はむっ……んっ♪」 「く、おお……」 亀頭が、なんとも心地よい感触に包まれた。 温かくて、心地よい圧迫感が俺を包み込む。 ザラッとした舌が、裏の筋辺りに押しつけられてる。 「じゅっ、じゅむっ、んぢゅぢゅ……」 咥えたまま、ミントの頭が上下に動き出す。 「ジュブッ、ブブッ……んんっ、ん……っ」 「んぷっ、ちゅぶっ、ちゅぶっちゅぶっ♪」 「きもひ……ひひ? りゅふ……んっ」 「うん、めちゃくちゃ気持ちいい……」 先端は唇が吸い、根元はミントの指が輪を作ってしごいてくる。 たまらない感覚に、俺も腰を動かし始める。 「んぐっ……んっ、リュウ……腰、うごいへふね……んっ、りゅぷっ」 「ああ、すごくいいから我慢できない」 「んふ……リュウ、んちゅ、ジュブッ、んんっ、ん……」 ミントの動きが激しくなり、強く吸いながら、思いきり深くペニスを咥えてくる 「んっ、ちゅぱっ、ぢゅぱぱっ、ぢゅっ、ぢゅづ!」 「ふぁ……、あう……っ!」 ミントの口の中の柔らかい肉が、俺の幹全体を吸い付くように擦り上げてたまらない。 「あう……口のなはれ、ひふひふいっへふ……」 「うお……く、くわえたまま喋るな……」 ただでさえヤバイのに、予想外のところが刺激される。 熱い物が、腹の底からグツグツと込み上げてきた。 「くっ……ミント、イキそうだ……っ」 「んぷ、んっんっ……出ひて……リュウっ」 「んっ、んぷ、んちゅ、じゅぷっ、ぶっぷぷっ!」 「ひーひょ、イッてっ、んぷっ……んちゅるっ、ちゅぱっ……ちゅぶぶぶぶっ!」 ミントがさらに強くチ○ポを扱いて吸う。喉の奥にまで吸い込まれて、激しく擦られる。 「うくっ……おおっ、おおおおっ!」 全身を、電流のような快感が走り抜けた。 ドクンっ! びゅぶぶぶぶるるぅっ! 先端をミントの喉でこすり上げられながら、俺は思いっきり射精した。 「んくっ!? んんんっっ、んくぅ……!」 ドクドク……ドクン まだまだでる精液を、ミントの口内に満たす。 「んぷぁ……ごくっ……ごくんっ♪」 喉を鳴らして、俺の精子を飲み下す。 「あぷっ……んく……んー、ねばねば、する」 射精したチ○ポをゆっくりと離してから、精液の零れた唇の周りを、赤い舌が舐める。 「飲んじゃった……リュウの」 「無理して飲まなくてよかったんだぞ」 「でも、リュウが気持ちよくなった証拠だもん」 「出したらもったいない気がしちゃった……えへっ」 精液と唾液で濡れた口元を微笑ませる。なんだかすごくいやらしく見えた。 「あ……また固くなってきた……」 今出したばっかりなのに、俺のモノは、萎える間もなくまた張りつめていく。 「今度はミントを気持ちよくしてやるよ」 「うん♪」 ミントを背後から抱え上げて、屹立したチ○ポの上へと下ろしていく。 その途中で、そういえば……と、定めていた狙いを変える。 「えっ……やん、そこお尻だよっ!?」 「こっちも気持ちイイらしいって」 「でも、お尻になんて入らないよ……っ!」 「でも、ミントの全部が欲しいんだ」 おま○こだけじゃなくて、お尻まで。 「あたしの全部は、リュウのものだよ」 「じゃあ、お尻も?」 「うう……うぅぅ〜」 「お尻なんて、恥ずかしいのに……ぃ」 「ミントのお尻だから、愛したいんだ」 好きなの子の体だから、全部欲しい。 「……痛くしたら、やだよ」 「うん、ゆっくりする」 亀頭をミントの秘密の蕾にそっと押し当てる。 チ○ポはミントの唾液と、さっき放った精液で濡れて滑りがいい。 ゆっくりと入り口へと、侵入していく。 ぬぷっ…… 「ん……くぅぅっ……!」 ミントの体に力が入る。 「力抜いて」 「が、がんばる……」 さらに力を入れて、チ○ポの先を含ませた。 ぬぷぷっ……! 「にゃうっ!?」 唾液と精液の潤滑油のおかげで、先端がミントの桃色の秘密の孔へと滑り込んでいく。 「んぁ、あ……くっ」 「大丈夫か?」 チ○ポの先が、キュウキュウに締め付けられてる。 「待って、う、動かないで……」 そのまましばらくじっとしておく。 「ちょっと、痛……い、けど……少しずつ楽に、なってきたかも……」 ミントの全身からちょっと力が抜けたようだった。中の俺も少し楽になる。 「じゃあ、もうちょっと進むぞ」 ミントの腰を掴んで、引き寄せるようにしながら、俺も腰を突き上げる。 ぬぷっ、ずっぷぷぷぷ…… 「ひあっ、あっ、痛……っ、ん……あぁっ」 「やぁ……お尻に、入ってきちゃう……ぅっ!」 ミントの禁忌の孔は、侵入するチ○ポをそれでも必死に受け入れようとしてくれる。 「ゆっくり……して、ああぁっ!」 「お腹の中……押してる……ぅっ!入ってるよぉ……お○んちんが、きてるぅ……っ!」 もう、半分以上入った。俺はミントの体を抱えて、動きを止めた。 「は、ふぅ……っ」 「痛くないか?」 「痛く、ないわけじゃないけど……お腹、苦しい……感じのが、すごい……」 「うん……大丈夫、優しくしてくれたから、あんまり怖くなかったし」 最初の緊張がとれたのか、締めつけが少し解れてきたようだった。 「ゆっくり、するからな」 「うん」 ぬっぷぷ…… 「ひあっ、あっ! な、中で動いてる……」 体の中を穿孔する動きに、ミントは上ずった声を上げた。 「力……抜いて」 また力が入りそうになるミントの耳元に囁きかける。 「そ、そんなこと言われても……んっ、あっ!」 「う、動いてる……お、お○んちんが、お尻の中で動いてるっ……あぁっ……んっ!」 「全部、入った……っ」 根元までずっぷりとち○ぽを咥えこんだ蕾は、皺が無くなるほどに、張り詰めていた。 「リュウに、全部……あげちゃった♪」 嬉しそうなミントの様子に、ち○ぽが反応する。 「ひゃうっ!? あ、リュウっ、動かして……るっ!?」 ミントの震える秘密の蕾から、ゆっくりとチ○ポを引き抜いていく。 「ひあ!? ま、待って!」 「ひ、あ、この感覚……や、んんっ♪」 抜ける寸前まで引いて、またゆっくり押し込む。 ぬぷっ……ぬぶぶ……っ 「ふぁ、あ、あうっ!?」 「また来た、あ、入って、んっ、あああ……!」 「あんっ、あ、お腹の中、めくれちゃいそうっ!」 「ひゃう……あう、あんっ、や、やぁ……っ♪」 感覚に慣れてきたのか、ミントの声が、少しずつ艶を帯びてくる。 目の前にミントの耳がある。真っ赤になっているのが可愛い。 耳たぶをぱっくりと唇で挟む。 「はひっ!? あっ、耳、くすぐったい……んっ」 さらに舌を伸ばして、耳を舐め回す。 「あぃ、あっ、んぅ……や、ああ、声出ちゃうっ」 「……や、いやらしい声が、出ちゃ……恥ずかし……あんっ、あ、リュウ……っ」 声を上げながら、ミントは自分から腰を揺らした。 手は、自分の恥丘辺りに添えられている。 背後から手を回し、ミントの手を掴む。 そして、その手をミントの股間へと導いた。 濡れた性器を触らせる。 「ひぅっ……あ、やあ……」 いやいやと首を振りながらも、ミントは強くは抗わない。 されるがままに、自分の性器に触れた。 ぬちゃ…… 指先が湿った音を立てる。 俺の手にも、ぬるっとした感触が触れた。 ミントの秘裂は、びっくりするぐらい濡れていた。 「すごい、濡れてる。お尻が気持ちよかった?」 「あんっ、だって……はう……っ」 ミントの白いうなじが真っ赤に染まる。 「ここも気持ちよくなりたいんだろ」 ミントの手を、ゆっくりと動かしてやる。 ちゅぷっ……ぬちゅ、くちゅっ 「ひゃうっ……」 ミントの指を使って、濡れた割れ目を探る。 くちゅ、ちゅぷ、くちゅ…… 「ふぁっ……こんなの、ダメぇ……あ、ああっ」 くちゅくちゅくちゅ…… 俺が動かさなくても、いつの間にかミントの手は自分から濡れた秘処をまさぐっていた。 「や、ああッッ……」 ミントの手を押すと、指が割れ目の奧にぬるりと滑り込んだ。 ……ぬぐっ 「あ、バカ……指、入っちゃった……ぁ」 俺も、ミントの指に重ねて、自分の指を挿入する。 「わ、ウソ……そんなに入らな……」 ジュブブブッ…… 「んく、う、うそ……入ってる……っリュウの指も、中に……あ、ああ……ぁん♪」 2本の指が、ミントの媚肉を押し開き、そしてもう1つの秘穴には俺のち○ぽが嵌ってる。 「やう、こんな……あ、あく、はぁ……」 ゆっくりとおま○こを掻き回しながら、蕾の中のち○ぽを突き上げる。 「ひ、あ、あああ、ダメダメぇ……そんなっ!動かしたら……あん……あはぁっっ!」 「あ、指が触ってる……おしりのお○んちん、触ってるよぉ……っ」 媚肉の中を犯す指が、薄い壁越しにち○ぽへ触れる。 「これ、リュウのお○んちん……よね」 グリグリと押してくる。 「くっ……おお……」 「あ、ああ……ピクピクしてる……っ」 「おしりの中で、お○んちんがひくひくっ、 ……あ、ああ、やぁ……恥ずかしい……よぉっ」 「前と後ろ、どっちが気持ちイイ?」 「わ、かんない……どっちがどっちか、よくわかんない……っ」 「おま○こもお尻も気持ちいいのか?」 「うん……どっちも気持ちイイ……っおま○こもお尻も、どっちも気持ちイイ……っ」 「お○んちん……入れるとこじゃないのに、お尻も、あぁん……気持ちいいよぉ……っ♪」 「リュウのせいだぁ……エッチに、なっちゃ、た」 「あんっ、やんっ、あっ、ふぁ、ああ……っ♪」 「いやらしいミントも可愛い」 ぬちゅっ、ぐちゅっ……ぐぬぬっ 「あんっ、んっ、お尻……イイ!リュウのお○んちん、イイよぉ……っ!」 グチュグチュと音を立てて、張り詰めてる蕾をち○ぽで責めたてる。 「ふぁ、あっ、そこぉ! そこイイっ!」 「こうか?」 ぐじゅっ……! 角度を変えて、膣側の壁をこすり上げる。 「ひんっ、あっ、ああっ、ああっ!」 「ダメぇ……イッちゃう、イッちゃうぅ!」 「んくぅ……イイッ、イクぅ……あふぅっ♪」 嬌声を上げながら、ミントの蕾が締まる。 温かくて柔らかいミントの内部は、ねっとりとチ○ポに絡みついて、蠢動する。 「く……っ!」 俺も、そろそろ限界だった。 「ミント、一緒に……」 ミントの小さな体を抱え、俺はさらにチ○ポを押し込んだ。 隙間なく、2人の体がピッタリと合わさる。 「あ、リュウが来てる……ぅ!」 「あんっ、あっ、ああ……リュウ、好きぃ……」 「好き……こんなことしちゃうくらい、 ……大好きい……っ!!」 ビクビクと、秘孔の中が震える。 「ミント、俺も……う、く、ああっ!」 滾るものが、チ○ポに集まる。 すごく、気持ちイイ。 「ああ、イクっ、イッちゃう、あんっ!」 「あっ、あああああ……………ッ!!」 秘部が震え、秘蕾も痙攣するようにしてチ○ポを締め上げてきた。 「くううっ!!」 チ○ポから、思いっきり精子を放出した。 ドクドク……っ!!!ビュルルルンン……!!! 「んはぁっ、あああああぁっ!?」 「くおっ……はう……うおおっ……」 俺たちは同時に達した。 俺はミントの一番奥に、ドクドクと精液を吐き出す。 「ふぁ、あ、熱いの出てる……お尻にリュウの熱いのが……きてる……」 「く、あ、ああ、ミント……く……」 ドク……ドク、ドク……ビシャ…… 「ああ、まだ出てる……リュウのお○んちん、ヒクヒク動いてる……よぉ」 2度目なのに、射精は長く続いた。 ミントの腹の中に、俺の放った精液がじんわりと広がっていくのがわかる。 「お尻、熱い……」 ミントは、うっとりとした声で呟いた。 全部を俺にくれたミントの体は桃色に染まって、これ以上なくいやらしくて可愛かった。 「うー、まだお尻になんか入ってる気がする……」 ミントはしきりにお尻を気にしている。 こんな姿をみんなに見られたら、絶対に怪しまれそうだ。 「でも、リュウのがいっぱい入ってきて嬉しかった」 「なんか元気までもらっちゃった気分♪」 ミントは力いっぱいの笑顔を浮かべる。 「これからのこと、がんばれる元気」 ミントの笑顔には、もう迷いはみじんも感じられなかった。 それどころか、未来への希望に満ちている。 「ミント、頑張れよ」 「うん! 頑張るよ♪」 ミントは自分の道を決めた。 だったら俺も、これからのことをちゃんと決めないとな。 その日が近づいていることを、俺は感じていた。 商人として生きていくことを決めたミント。王からの貸付金を少しでも返済していくため再出発することになる。 岩塩の採掘場へと出稼ぎしている村人たちの協力で、少しではあるが塩が集まり王都への納品も無事出来た。 そしてリュウも騎士を辞め、ミントと共に夢を売る商人を目指すのだった。 清々しい朝の目覚めを実感し、ホールへと足を向けると、そこには俺の可愛い恋人が居た。 「おはよう、ミント」 「おはよー! 行ってきまーす!」 は、はい? すごい勢いでミントが飛び出して行った。 なんなんだ? 「ほよ? たいちょー、おはようございます〜」 ロコナが朝食の鍋を抱えながらやってきた。 よく見れば、食卓にはすでに1人分の朝食が済んだ後。 ミントのだろうな。 「おはよう。えっと、ミントはどうしたんだ?」 「ミントさん、今日から営業再開したみたいです!」 「そうか……!」 早速動きはじめたのか。 こうと決めたら、さすがに早い。1度決めたら迷わないんだな。 「でも、どこ行ったんだろうな?」 まだ朝は早い。 「なんとかして岩塩を集めなくっちゃって、そんなこと言ってましたけど?」 「岩塩? ……ああ、そっか」 密輸で岩塩を、隣国に流しちまったからな。 7人分の人間に背負われた分の岩塩は、かなりの量だ。 それは俺たちテクスフォルト公国内での岩塩供給量が削られたってこと。 「あれを補填する気かな?」 でも、どうやって? 昨夜、あれから色々考えたのかも。 ほんとに元気いっぱいになったミントに、俺は笑みがこぼれるのを止められない。 よし…… 「俺、ちょっと見てくるよ」 村の方へと、俺も足を向けた。 「そう、どこに行けば連絡取れるかな?」 あ、いた。ミントだ。 ユーマおばさんと話してるみたいだけど…… 「うん……あ、そう?じゃ、あそこに行けばなんとかなるかな?」 「あら、行くの? じゃあついでに……」 なに話してるんだろう?なんか受け取っている。 「ありがと! ちょっと行ってみる!」 「気をつけて行っておいで」 ユーマおばさんと別れて、ミントが俺を見つける。 「あ、リュウ。ちょうどよかった」 「あたし、ちょっと出かけてくるね!」 急になんだ? 「出かけるってどこに?」 「うん、帰ってきたら話す!」 「机の上の書類だけ、王都に郵送しておいて〜♪」 書類って、あのややこしい事件の始末書類か? 「じゃあ、10日ぐらいで帰るからっ」 ふうん、10日か…… って、10日ぁ!? 「おいっ、ミントっ!?」 俺の問いかけが投げられたときには、すでにミントは遙かかなた。 「張り切ってるなぁ」 昨日まで落ち込んでいたのが嘘みたいだ。 「でも、ミントはああじゃなくっちゃな」 どうやら、俺は今回も留守番らしい。 ……と、肩をすくめていた俺だったけど。 ミントはそれから本当に10日も帰ってこなかった。 ミントが消えてから10日。 ヤキモキしながら待ってた俺の所に、ミントは突然舞い戻ってきた。 「ただいま〜♪」 「ミント!」 薄汚れたなりで、笑ってる。 でも、疲れているのか足下がへろへろだ。 「おい、大丈夫か!?」 「大丈夫、大丈夫〜」 「一体どこ行ってたんだよ?」 訊くと、ミントはにへら〜っと笑った。指でVサインを作る。 「リュウ、やったよ〜♪」 「とりあえず、仮納品分の岩塩を確保してきた」 「これで密輸分の1/10くらいは取り戻したからね〜」 「どうやったんだ?」 それでもかなり莫大な資金がいるだろう。 「岩塩の採掘場に行ってきたんだ」 「密輸の時には、遠すぎて声がかけられなかった場所にね〜」 「ポルカ村の男の人たちで、岩塩採掘場にいる人をツテにして、半分出世払いで買い上げてきたっ」 ポルカ村の窮状を救ったのはミントだ。 多分、たくさんの人たちがミントを助けれてくれたんだろうな。 「そうか。よかったな!」 「うん! これでとりあえずなんとかなりそう」 「やっぱ岩塩を扱う商人としては、市場の供給を無茶苦茶には出来ないからね♪」 偉いぞ、ミント。 でも、笑ったミントの体が傾いだ。 「ふひゅ〜〜〜……」 そのまま倒れそうになる。 慌ててミントを抱き留めた。 「おいおい、大丈夫か?」 「うん、平気〜。眠いのとお腹へったのでフラフラなだけ……きゅぅぅ〜」 「なんだ、驚かすなよ」 でも、腕の中のミントはちょっと軽くなってる。 よっぽどこの10日を頑張ったんだな。 「じゃあ、帰ってなにか作ってもらおうか」 俺はミントを、お姫様だっこの格好で抱え上げた。 「わわ、これってお姫様だっこじゃんっ!」 ミントは、瞬時に赤くなって、ジタバタする。 「俺にとってのお姫様だから、いいんだよ」 「んもう……帰ってきて早々……!」 更に赤くなったミントだけど、腹をくくったのか、すぐにおとなしくなる。 「あたしこんな風にされるの初めて」 「えへへ、なんか元気出てきた」 照れくさそうにしながらも、嬉しそうに笑う。 「ん? あれはミントじゃないか」 「ミントさ〜ん!」 ロコナたちが手を振っている。 「あはは、みんな〜」 「わあ、お姫様だっこだぁ。いいなぁ」 「あはは、恥ずかしいなぁ」 「ロコナ」 「悪いけど、ミントになにか食べるものを用意してやってくれないか?」 「腹ペコで立てないんだ」 「あいあいさー!」 ロコナが兵舎に走っていく。 「よろしく〜♪」 ミントがヘラヘラと手を振る。 でもその手首は前より細い。やっぱり痩せたよな。 「こんなになるまで1人で無理するなよ。俺がどれだけ心配したか」 「そういうことなら言ってくれればいいだろ。俺も協力したのに」 「ゴメン〜」 「でも、初めの一歩は、あたしが1人でなんとかしなくちゃって思って」 「それに岩塩納品だけじゃなくってさ」 「ん?」 「納品で王都に寄ったついでに〜」 ミントが俺の耳に、こっそりと囁く。 「……はあああ〜〜〜〜っ!?」 「アルエが岩塩ギルドをぶっ壊したぁ!?」 「しーっ、しーっ!」 「まだ内緒なんだから、大声はだめだって」 ……びっくりした。 どうやらあれからアルエは王都で活躍に活躍を重ね。 ミントとポルカ村を陥れた、岩塩ギルドの連中の尻尾を掴み取ると、一網打尽にしたのだ。 ナント、その場にはミントも居合わせたという。 「なんか黒い衣装で格好つけて、アルエったらノリノリよ、あははっ!」 ……なにやってんだ、アルエは。 「ギルド内の半分くらいが、今回の件で処罰されるし、ギルドも色々変わりそうだよ」 「赤麦の奴らも、とっ捕まったし」 「……で、なんでか。毛むくじゃらのまま女の人になってたけど、リュウは理由知ってる?」 「……さぁ、なんのことやら」 「ま、いっけどね♪」 「もうすぐ、ちゃんと調べが付いて、ポルカ村も、あたしも汚名をそそげるよ」 「よかった、ミント」 「うん!」 そうか、事態は更に色々好転してるようだ。 ミントの商売もまた始まるようだし。俺もそのためには、ケジメつけないとな。 なんか、笑みがこぼれる。 「なに笑ってんの?」 「これからのことが、楽しみで」 俺とミントとの生活はこれから始まるんだからな。 ――よし! 「さて……これで終わり、と」 ペンを置いて、したためた手紙を読み返す。 まあ、こんなもんだろ。 「あれ? なにしてるの?」 ミントが隣りに座った。 俺の力作を覗き込む。 「え? 退役願いって……」 ミントが言葉を失う。 そう、俺が書き上げたのは退役願い。 前から決めてた通り、俺は騎士をやめてミントと同じ商人になることにしたんだ。 「へ、な、なに? どういうこと?」 「一生、一緒って言っただろ?」 「だから、ミントのそばにいるためにこうするんだ」 「そ、そんなっ!」 「あたしは今のままでもいいんだよっ?」 「俺は、ミントの夢を叶える手伝いがしたいんだ。それが俺の夢になったんだよ」 「だから、騎士にも未練はない」 「……途中退役だから、奨学金の返金で、俺もちょっぴり借金持ちになったけどな」 2人でガンガン稼いで返していこう。 「……あたしの夢が、リュウの夢になるの?」 「ああ、そうだ」 「ミント、言ってただろ?みんなに喜んでもらいたいって」 「俺も、誰かに喜んでもらえる、夢を売るような商人になりたいと思ったんだ」 「夢を売るような商人、かぁ」 ミントの顔が満面の笑みに変わる。 「うん、それいいね! 夢を売る商人!」 「すっごく……」 いい夢だろ? 「――儲かりそう!」 そう、儲か……、はいぃ? 「え? 儲け?」 そういう話だったか?ちょっとニュアンスが違うような…… 「よし、リュウの心意気はよくわかったっ!」 「2人で大儲けして、世界一の大商人になろう!」 ミントは爛々と目を輝かせている。 「えっと、あの……夢売るんだよな?」 「とびきり高くね!」 あれ? なんか俺の夢が微妙に歪められてしまったような気がするのは……気のせいか? 「夢を売って大金持ちになれるように、2人でがんばろうね〜、リュウっ♪」 元気いっぱいのミントは、もう人の話なんて聞いちゃいない。 これは、俺がそばについていて、ミントが突っ走らないようにしてやらないと。 一生一緒に居るんだし、それが運命なんだな。 「これからもよろしくね♪」 元気いっぱいの笑顔を振りまくミント。 その笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも輝いていた。 そうだな、ミント。 2人で力を合わせて、いつかきっと夢を売る商人になるんだ。 いつかきっと…… 「こちらこそ、よろしく!」 俺は始まりの挨拶の代わりに、ミントを強く抱きしめた。 ミントルート・ノーマルエンディング 「村の小さな商店で」このシーンはスキップできません。 あれからポルカ村へ密輸疑惑を掛けた赤麦商人と、その裏で手を組みミントを嵌めた岩塩ギルドの人間はアルエの働きもあって、その悪事を暴かれた。 ミントの嫌疑は晴れ、ポルカ村の名誉も回復した。 それに伴い徴税金は戻り、ミントは無事岩塩の取り扱いを出来ることになったのだが…… いらっしゃい、いらっしゃい〜♪ 本日より開店です〜♪ ミントは王都に戻ることをやめて、ポルカ村で小さな雑貨店を始めた。 雑貨店とはいっても、ポルカ村では貴重なもの。 王都やその近隣から集めた品々は、村のみんなの興味を引くようだった。 「俺、いちおう国境警備隊の隊長なんだけど」 手が足りないと言われて、計算係を命ぜられた俺だ。 問題は、そろばんが苦手ってこと。 なんだよ、この玉は……! 「だって、ずっとそばにいてくれるって言ったでしょ?」 たしかに言った。でも計算は苦手だ。 「それに暇でしょ? この村、平和なんだから」 「それはそうだけどな」 ポルカ村は相変わらず平和だ。 前と変わらぬ、穏やかな日常が続いてる。 この平和なポルカ村で、俺はミントと一緒に暮らしてるんだ。 「ミントちゃん、来たわよ〜」 ユーマおばさんがやってくる。 「いらっしゃい、ユーマおばさん」 「なにか、いいものある?」 「えっとね……うーん、これなんかどう?」 ミントは明るい柄のスカーフを広げる。 「綺麗なだけじゃなくて、品質もいいんだよ」 「これがたったの銅貨3枚」 「……えっ!? 安すぎないかい?」 「うん、安いよ!」 「でも品質は銅貨10枚並を保証しちゃう」 「みんなには、安くて良い品を、いっぱい使ってもらって、いっぱい喜んでもらいたいからね」 以前のミントは、どれだけ儲けをあげるかに必死になっていたけど、今は違うんだ。 儲けは二の次。求めるのはお客さんの笑顔。 それが幸せなのだと、ミントは言った。 「それじゃ、これ3枚ちょうだい」 「毎度あり〜♪」 「ほら、リュウお会計だよ」 うおっと、銅貨3枚の掛ける3で……銅貨9枚ね。 そろばんを弾くけど……暗算の方が早いんだけどな。 そんな俺の、内心のぼやきを聞き届けたようにミントが手元をのぞき込んでくる。 「何事も練習、練習」 「まだまだお客さんは来るんだから、いざというときに、ソロバンくらいはじけなきゃ」 ……剣の訓練の方が、楽かもしれない。 「ミントちゃん、買い物に来たわよ」 「こんにちは! いらっしゃい!」 「こんにちはー」 あの双子達もやってきて、店は更に騒がしくなる。 「この、玩具なにー?」 パルムとリルムが手にしているのは、木を削りだして作った、精巧な玩具だ。 「あっ、その玩具は空を飛ぶんだよ」 「飛行艇って言って、あたしも昔憧れてたんだから」 「今は憧れてないの?」 「もっと、素敵な夢を見つけたからね」 「ねっ、リュウ♪」 ミントが振り返って笑う。 その顔には後悔の影は欠片もない。 「ほら、いらっしゃい、いらっしゃーい♪」 「新色の紅だって、流行のハンカチだってドナルベイン商会には揃ってますよ〜♪」 ミントの呼び込みの声は、高らかに響く。 「繁盛しておるようじゃな」 「初日から、すごい人出だ」 ホメロとレキがやってくる。 「ミントさーん、たいちょー♪」 「うぃーす!」 ロコナとジンもやってくる。 みんな、ミントの新装開店業をお祝いに来てくれたらしい 「あっ、そこの4人、いいところに来た」 「ちょっと人手が足りないから手伝って」 「ほえ? お店番ですか? できるかな〜」 素直なロコナは二つ返事で、店内に入っていく。 「いらっしゃーい、らしゃっしゃーい」 ……なにか、ちょっと間違ってるけど。 「ほら、レキも早く」 「わ、私は、開店の祝いに来たんだが……?」 「じゃ、お祝いついでに手伝ってね」 ほい、と前掛けを渡してしまった。 レキは目を白黒させて、前掛けと自分を見比べている。 「ワシは腰痛が……」 「じゃ、そこに腰掛けて呼び込みね」 「あー、オレは?」 「なんもしなくていいよ」 「ひどっ、扱いひどっ!」 わいわいがやがやと、ミントの店は初日から盛況だった。 そんな中、ミントはひたすら安くで商品を売っていく。 俺はそんなミントを見て、思わず微笑んだ。 「ん? なに?」 「幸せを噛みしめてた」 「ミントといられて、幸せだなって」 「ば……ばかっ」 途端にミントが真っ赤になる。 しまったな、抱きしめたいくらい可愛い。 「んもう、まだ見つめてるしーっ」 「あははっ!」 真っ赤になったミントが、店の外に飛び出した。 どうやらそこで呼び込みをするらしい。 ミントの声が、辺りに響き渡る。 「いらっしゃい、いらしゃ〜いっ!」 ……ここはポルカ村。 テクスフォルト公国の国境に存在する、小さくて素朴な村。 けれど、ここには穏やかで、そしてささやかな幸せに満ちあふれた日常が溢れんばかりに揃ってるんだ。 俺は、今それを実感してる。 ミントのそばで――心の底から。 「いらっしゃいませ〜〜♪」 ミントの明るい声は、ポルカの空にこだました。 ミントルート・トゥルーエンディング 「空飛ぶ商船」このシーンはスキップできません。 それから、数年後―― 「ぼーーーー……」 畑仕事の手を休めて、ロコナはボーッと空を見上げていた。 「どうしたんじゃ?」 ホメロも、鍬を振るう手を止めて、一緒になって空を見上げる。 「お2人とも、そろそろ帰ってくるころかなぁって思ってたんです」 「ああ、今日はアイツらが帰ってくる日だっけ。今回はちょっと長かったな」 手伝っていたレキと、見物していただけのジンも、手を休めて空を見上げた。 丁度いい頃合いの休憩になりそうだった。 「よいことだ」 「商売がうまく行ってるということだからな」 「しかし、アイツらもたいしたもんだよな。あれからまだたった数年だろ?」 「運がよかったと言えばそれまでじゃが、あの2人の頑張りようは、そんな言葉では言い尽くせぬものがあったからのぅ」 「仲良しですよね〜」 『おーい』 「はれ? あの声は……」 「久しぶりだな、みんな」 「アルエさんっ♪」 「ようやく休暇が取れたから、また来てしまったぞ」 「丁度よかった♪ もう少しで隊長とミントさんが戻ってくるんですよ〜」 ロコナの言葉に、アルエも嬉しそうにする。 「早く帰ってこないかな、2人とも〜」 ロコナが見上げる空の、遠く先。 そこではリュウたちが、ポルカ村に向かって大空を駆けていた。 面舵いっぱ〜〜〜い!! ミントが大きく手を振ると、飛行艇の船首がゆっくり右を向く。 この艇はミントのもの。 出会った当初、語っていたミントの夢は、数年経った今では、現実のものとなっていた。 「帰るの、久しぶりになっちゃったな」 「そだね〜。今回はちょっとのんびり滞在して、ポルカ村であの温泉でも行こうか?」 「お、いいねぇ」 「……けど、帰ったらなんだかんだ言って、畑仕事を手伝わされそうだけどな」 「あはは、そうだね♪」 あれから俺は騎士を辞めて、こうしてミントと一緒に各国を回っての大行商人となっている。 岩塩ギルドの連中の悪事はしっかりと白日の下に晒されて、ポルカ村住民の名誉も回復した。 それに伴い、密輸の一件での追徴課税は全て手元に戻ってきて、それを元手にミントは岩塩市場で活躍したんだ。 そして今では、テクスフォルト公国岩塩ギルドのギルド長を勤めるまでとなった。 ミントの活躍は岩塩だけに留まらず、更にその商売を手広く広げてるのが、今のこの現状。 「それにしても、あっという間だったな」 「赤麦事件から、ほんとにバタバタし通しだったもんね」 その間に結婚までしたんだから、それはもう、本当に忙しい日々だった。 「でも、ミントが頑張ったおかげで、『テトラ商会』って言ったら、もう大陸中でその名を知らないってまでに、なったもんな」 「飛行艇商船なんてのも、大陸広しとはいえ、俺たちくらいしか持ってないし」 「それもこれも、リュウのおかげだよ」 「リュウが居てくれなかったら、ここまで頑張ってこれなかったもん」 「俺も、ミントが居たから一緒に頑張れたんだ」 「あたし達、お互いが必要だね!」 「絶対に離れられないな」 ここまで辿り着くまでにはいろいろあった。 岩塩市場で儲けた利潤だけで、テトラ商会がここまで大きくなれたわけじゃない。 あの赤麦事件の時。 森で古代遺跡の装飾品を探し回っていた俺が、なんとなく拾い上げて、単なる石だと思った鈍く光ったあの黒い鉱石。 あれが鉄よりも強く、そして銅よりも加工のしやすい稀少鉱石だったんだ。 それはまさに古代遺跡の時代にさかのぼり、伝説の中だけで存在していたと言われる、この世で唯一、ポルカ村でしか採れないもの。 その鉱石を見付けたことで、テトラ商会は、ここまで一気に大きくなった。 そしてポルカ村の男達も、鉱石発掘の仕事を手に入れて、出稼ぎに行く必要はなくなったんだ。 だからポルカ村のみんなは、家族一緒の生活を送っている。 「でも、そろそろ商売も落ち着いてきたし、あたし、赤ちゃん欲しいなぁ〜?」 「え、赤ちゃん?」 いや、驚くことはないか。 商売の方も落ち着いてきたことだし、俺たちだって子どもを作ってもいいころだ。 「あたしとリュウの子どもだったら、きっと可愛いよ〜♪」 「新しい家族、欲しいな〜」 「ね? ダメ?」 ねだるような目で俺を見る。 俺は、自然に笑みが込み上げてきてしまった。 「そうだな、そろそろかもな」 「それじゃ帰ったら……な」 ミントの顔に、見る間に笑みが広がる。 「わーい♪ リュウ大好きっ♪」 ミントは勢いよく俺に抱きついてくる。 「えへへ……リュウ、大好き♪」 「愛してる」 「俺もすっごく愛してる」 見つめ合ってから、俺たちは触れあうだけの可愛いキスを交わす。 ちゅっ、という音が唇の上で幸せの音色を奏でた。 「それじゃ、ポルカ村への最短進路〜〜!」 ミントの号令で、船が速度を上げる。 向かう先はポルカ村。 俺たちが出会った思い出の場所であり、たくさんの友人達が居て、俺たちの幸せの形が息づく場所。 夢と希望と幸せと。 そして、愛する人と共に。 俺たちが帰る場所へ向けて、進路を取る。 リュウは村に残れたことを素直に喜びつつ、これまで以上に勤務に精励し、村の治安を守るために知恵を絞ったりと大忙し。 影ながら、懸命にリュウをサポートするロコナ。そんな姿に、アルエはロコナがリュウに恋しているのだと初めて気づく。 アルエの胸中にライバル心が生まれ、ロコナと張り合おうとするアルエ。そんな中、ロコナとアルエが事故に巻き込まれるのだった。 古井戸に落ちてしまったロコナとアルエ。レンガ作りの壁は、どうにか捕まるだけの突起を作ってくれていたが時間の問題だ。 一人ずつしか助け出せない状況に、ロコナは自分よりアルエを先に助けるよう告げると、リュウに向かって頼もしく頷くのだった。 「たいちょー……早くアルエさんを……!」 そんなロコナにリュウは…… ……さて。 なんにしろ、俺の留任は決まった。 俺の力じゃなく、俺を支えてくれた人たちの力で。 感謝しても、感謝しきれない。 ロコナの朝の角笛(あの調子が外れたメロディ)を聞く前に、早々にベッドから起き出した。 朝の光が眩しい。 すがすがしい朝の空気で、肺の中を一杯に満たす。 赴任当初、空気がうまいのが特徴だと言われたが、まさにその通りだ。 いや……今朝の空気は赴任した時よりも、ずっとうまい。 俺は大きく伸びをして、再び空気を吸い込む。 「んううううーーっ……げほげほっ!」 す、吸い込みすぎた…… 「過ぎたるは及ばざるがごとし……っ」 「……朝から何してるんだ?」 怪訝そうな声が背後からかかる。 振り向くとそこには、困惑した声にふさわしい眉を〈顰〉《ひそ》めたアルエの姿があった。 「アルエ? どうしたんだよ、こんなに朝早く」 「ボクより早く起き出していたくせに、それをリュウから尋ねられるとは」 それもそうだ。 「ん、まぁ……なんというか、留任が決まって心機一転頑張ろうかなんてね」 じつのところ、昂った気分で朝早くから目が覚めてしまったのだ。 「そうか。留任出来てよかったな」 アルエの表情がやんわりとした笑顔に変わる。 その笑みに俺もつられて微笑んでしまう。 「ああ、これもみんなのおかげだからな」 わざわざ俺のために、色々と奔走してくれたみんな。 その気持ちに応えるためにも、俺は今まで以上に、この村につくしたい。 そんなやる気が俺の中で満ちあふれていた。 よし! 気合いを入れるために、再び大きく息を吸い込む。 「頑張るぞー!」 それと同時に、ロコナのいつもの角笛の音がポルカ村に鳴り響いた。 ロコナはモットの世話があるというので今日の見回りは俺1人。 ホメロ爺さんは相変わらずで『ワシゃ、持病の癪が〜』とか言いだして…… 端的に言うとサボりだな、あれは。 「畑の柵はどう?」 「ああ、大丈夫だよ。隊長さん」 「もし何かあったらすぐに言ってな」 「もちろん、何もなくても好きなときに声を掛けてくれよ」 「ああ、そうさせてもらうよ」 「なにか困ったことは起きてない?」 「大丈夫だよ。ポルカ村は平穏無事さ」 「じゃあ、俺は他の見回りしてくるよ」 「いつもご苦労さんだね」 「帰り道に寄っとくれ。取れたての野菜があるんだ、差し入れだよ」 「おおっ、ありがとう!」 いいなあ、この感じ。 村人との交流がしみじみと心に染み込む。 都にはない穏やかなムードが心地良い。 ひととおり、村の中の見回りは終わった。何と言っても小さい村だからな。精を出せばあっという間だ。 「さて、森の方の見回りに行くか」 だったらモットに乗っていくのがいいだろう。 俺は兵舎へと引き返し…… 「おっと、その前に野菜を受け取りに行かないとな」 俺は兵舎へと戻りかけた足を方向転換させた。 そのころ。 厩舎ではロコナが汗だくになって老馬モットの世話をしていた。 「んしょっ、んしょっ!」 「ぐひひん〜!」 「気持ちイイ〜? モット?」 「ぐひひん〜♪」 「よぉ〜し、もっとブラッシングしてあげるね!」 寒い季節だというのに、全身から湯気が立ちのぼりそうなほどロコナはモットの世話に精を出す。 「ロコナ、そんなに一生懸命にモットの世話をしてどうしたんだ?」 「ああ、アルエさんっ!おはようございます!」 大きなブラシを胸に抱えて、ロコナがぴょこんと頭を下げる。 「モットはたいちょーに乗っていただく大切な馬ですから世話もちゃんとしてあげないと!」 一生懸命のブラッシングの所為だろうか、ロコナのほっぺたは綺麗なピンク色に上気している。 「そうだな……うん」 なんとなく、アルエはそれが気になって仕方ない。 「あっ、もしかしてお腹すきました?朝ご飯、足りませんでした?」 「い、いや! そんなことはない!」 アルエははっきりと応えるものの、目が泳いでいてどこか落ち着かない様子だ。 「台所にクッキーがあるので、もしお腹が減ったら食べてください」 「だから、違うんだ……」 「そうですかぁ……わたし、これから隊長に付いて森のあたりの見回りに行ってきます」 「え、リュウとか?」 「はいっ!たいちょーと一緒にですっ!」 「……そうか」 キラキラと輝く瞳で答えるロコナに、アルエはなぜか目をそらしてしまう。 「(なぜボクは、ロコナの目を見ることが出来ない?)」 自らにそう問いかけても、アルエの心がざわめくだけで、納得のゆく答えは見つからない。 『うぉ〜〜い!』 「あっ、たいちょーの声です!」 ロコナがパッと顔を輝かす。 そのほっぺたは、さっきと同じように綺麗なピンク色になっていた。 「…………」 なんだか、妙に胸の奥をもやもやとさせながらアルエはリュウに駆け寄るロコナの小さな後ろ姿を見ていた。 ふ〜やれやれ。今日の任務も完了した。 村の見回りに、ちょっくら野良仕事。それにロコナと一緒に森の見回り……と。 今日はなかなか充実した一日だったな、辺境警備任務に存分に従事した感じか。 警備……って、名付けて良いのかどうか謎な仕事だが、ポルカ村ではこれが大事な任務なのだ。 「なにやってんの、難しい顔して?」 「難しい顔なんかしてないって。一日の充足感に浸っているだけだ」 「ふーん。ところで、ご飯まだだよねぇ」 「なんだよ、唐突に。そんなに腹へってるのか?」 「へへー。育ち盛りなのよぉ〜」 「うむ。たくさん食べて早く成長するのだぞ」 特に胸とか身長とか、な。 「ううう、なんかその視線、むかつくー」 「夕飯はロコナが今、用意――」 ドンガラガシャアアアアーーーン! 「のわっ!?」 「な、なに!?」 台所からか!? 『だ、だ、だいじょうぶですかっ、アルエさん!』 『大丈夫だ!』 ロコナに……アルエ!? あいつらのでっかい声が聞こえてくる。 『あの、本当に大丈夫ですから、隊長達と一緒にホールで待っていてください』 『い、いや! ボクも手伝……うわっ!』 ドンガラガシャアアアアーーーン! 「……まただ」 『ああ〜〜、お皿が……割れちゃったぁ〜』 『ううっ……』 どうやらアルエが何か手出しをして皿の山を辺りにばらまいたらしい。 『アルエさん、怪我はありませんか?』 『いや、それはないが……ロコナは大丈夫か?』 『はいっ、大丈夫ですっ!』 あーあー、何やってるんだか。 2人に怪我がなくてなによりだけどひとつ気になることがある。 「……まさかとは思うが、飯が入ってる皿じゃないよな」 「そんなことになったら、食材がぁっ!ああ、無駄すぎるぅぅ〜〜!」 いても立ってもいられないのか、ミントが台所へとすっ飛んでいった。 「ははは……まさか、な」 俺の乾いた笑い声だけが、ホールに響いた。 「今日は、ボクも付いていくぞ」 「はい?」 「えっと……付いていくとは?」 「村の見回りだ! 王族として、辺境の村の平和を守るのは当然のことだ!」 なぜか鎌を持って、アルエがふんぞり返る。 「農業用の道具も準備した。ボクも村を守るぞ!これは王族として当然の行為だ!」 いや……えっと、当然って? 普通王族ってのは、もっとでかいスケールで国を守るもんであって、なにもこんなピンポイントで頑張らんでも。 「あの……今日は何も収穫するものはないです」 ロコナがすまなそうに、アルエが嬉々として手にした鎌を見て告げる。 「なに!?」 「今日は、森の中の探索だ」 ポルカ村の森は自然の砦となって、国境を守ってくれているがちゃんと見回りをしないとな。 「そ、それならボクも行くぞ!国境を守るのも王族の大事な役目だ!」 アルエが鎌を振り上げる。 いや、だから……王族ってそんな末端のことに従事するものではないと思うのだが。 なんというか、やる気満々だ。 「それともボクが行ったら、まずいのか!」 「そういうわけじゃないけど……なんか張り切ってないか?」 「もちろん!」 「振り回すなって……危ないから鎌は置こうね」 「アロンゾからも、了承を得ている!王族として当然のことだ、と言っていたぞ!」 「アロンゾが!?」 本気で言ったのか?あのアルエ・大大大事アロンゾが? ヤツがそう言ったのなら仕方がない。 「そうか……それなら一緒に行くか」 「ああ!」 「それじゃあ、えっと……モットはどうしましょう?」 予定では、俺がモットに乗って森を一回り。 ロコナには1人で移動しても大丈夫な場所を、徒歩で回ってもらう予定だったのだが。 「モットは置いていって、3人で歩けばいい」 なんか、効率悪いな。 「なんだ、不満なのか!?」 「それとも、ボクが一緒だと都合が悪いのか!」 そういうわけじゃないが……うーん。 「ボクの有能さを見せつけるためには、3人一緒でないと駄目なんだからな……!」 「何を独り言言ってるんだよ?」 「いいから行くぞ!」 こうなったら、アルエはがんとして意見を曲げない。 「わかった、わかった。徒歩なんだな」 「よし、行くぞ!」 ああ……なんか、ちょっと面倒…… 「ぬむむむーーーっ、んむむむむーーーっ!(殿下! どうしてですかー!?)」 その頃、アルエの部屋では縄で縛られダンゴムシのようになったアロンゾが、1人呻いていた。 「ひゅむむむーーーっ、ぬぐむむむーーーっ!(お一人で出歩かれるなど危険ですーーーーっ)」 「むぅ……何もないな」 「何もないのが、良いんだろうが」 「わ、わかってる!」 一緒に行動するアルエだが、意外にも邪魔にならないし、これはこれでいいか。 それよりも見回りだ。 俺たちは、日の光が入ってこなくなった森の中を、3人でてくてくと歩いていく。 うん、怪しげな様子は何もない。 ドラゴンの侵入している形跡もない。 「あっ、隊長! キノコです♪」 「おお!」 ロコナが指さす方向には、キノコの群生。 「わぁ〜♪ これを採っていけば今夜の夕飯が豪勢になります♪」 「キノコ……キノコ焼きとか?」 「あは♪ 焼くんじゃなくてお鍋にします。コトコト煮て美味しいですよ〜」 ロコナの作る飯は美味い。 思い出しただけで思わず唾を飲み込む。 「とりあえず、あのキノコを収穫していくか」 これで今夜の晩飯が豪華になるぞ♪ 「は〜〜い♪」 俺たちはいそいそと夕食の食材を収穫する。 「ボクとしたことが、後れを取るとは……っ」 「ボ、ボクだって……!」 「おいっ! あっちにもキノコがあるぞ!」 「ん?」 「ほら、そのキノコより美味しそうな色だ!」 「どれどれ……ぐっ!」 「綺麗な青に、赤に、黄色だぞ。どうだ、すごいだろう!」 「それは……ううっ」 ホントに青やら赤やら、黄色だ。 しかも……ヌメってます! なんかナメクジにでも変身しそうなくらい激しくヌメってますよ、奥さんっ! 「とりあえず、そのキノコを捨てろ。どう考えても、そのキノコは食えん」 「あうっ、あうあうあう〜」 ほら見ろ。 ロコナも涙目で首を振っている。 「な……何を言ってるんだ!色鮮やかで美味しそうじゃないか!」 うわわっ! こっちに持ってくるな! 「ほら!」 つ、突きつけるな! 「よく見ろ!」 やめろ〜〜!口にねじ込もうとするなーっ! 「あのっ! それは毒キノコです!」 「え……?」 「青いのは食べたら痙攣しちゃいます。赤も黄色も嘔吐と下痢症状がでちゃいます……」 「そんな馬鹿な!」 「ボクの収穫量が多いから……悔しくて嘘を言ってるんだろう!」 「違います、本当に危険なんです。あの……村の人もそう言うはずです」 「そんな……」 アルエはようやく、キノコを押しつけるのをやめてくれる。 「こんなに美味しそうじゃないか……」 いやいや! そんなあからさまな毒キノコを食用と間違えてくれるなっ! 王族のおやつはカラフルかも知れないが天然でカラフルなものは毒と思って間違いない。 「森に詳しいロコナが言わなくても、素人目の俺から見ても、毒キノコだ」 「くぅ……っ!」 なぜかアルエは俺とロコナを睨み付ける。 「もういいっ、さっさと見回りに行くぞ!」 「あ、おい……っ! 勝手に先に進むなよ!」 あいつ、何でこういうときだけは足が速いんだ! 俺達は慌てて後を追った。 「西の方は異常なしだな」 少々暴走気味のアルエを御しながらどうにか一帯の見回りは終わった。 密入国者の抜け道みたいなのもなかったし、その他諸々危険なものも存在なし。 全てこの世はことも無し……である。 「どうしますか、北の森の見回りも行きますか?」 「そうだな〜」 木々の茂る森の中は、太陽がどの位置にあるかちゃんと見えるわけじゃないが、だいたいの時間くらいは分かる。 「よし、それなら北も見て回るか」 「ちょっと待て!」 「なんだ?」 「3人いるのだから、残りの三方を手分けして見回ればいいだろう」 「それで、一番最初に不審な場所を見つけた人間が勝ちだ!」 「おいおい。見回りは勝負じゃないだろう」 「でも……!」 ……うーん、アルエのヤツ何を躍起になっているのかは知らないけど。 この様子じゃ、不審な場所を見つけるまで森の中を歩き回りそうだなぁ。 「わかった。たしかに3人固まっての見回りは効率が悪い」 「ほら見ろ!」 「だから、アルエとロコナが組んで北の森」 「俺が東の森を見回るってことでどうだ?」 「む……」 「ロコナ、とか……」 アルエがチラリとロコナを見る。 「よし、分かった!ボクとロコナは北の森だ」 「ほら、行くぞ!」 アルエはさっさと森の北部へと向かおうとする。 「あっ! 待ってくださ〜い!」 慌てて追い掛けそうになるロコナに、俺はそっと耳打ちする。 「ロコナ……アルエが暴走しないようにしっかりと見張っててくれよ」 「はい、たいちょー!アルエさんとしっかりと見回ってきますね」 やれやれ…… なんだか今日の見回りは疲れる。 リュウと別れたアルエとロコナは、周囲の見回りに余念がない。 とはいえ、基本的には穏やかなポルカ村の森。 もしもの時のための見回りとはいえ、これといって不審な場所があるはずもなかったのだが…… 「不審な場所を、どちらが探し出すか競争だぞ」 「不審な場所はない方が、いいですよ〜」 「う……」 「でも、とにかく探すんだ!」 「それにわたし達のいる北の森は、国境からも離れているので不審な場所とかは、あんまりないと思います〜」 「東の森に行けばよかった……」 「東の森も似たようなものですよ?」 「むぅぅっ!」 「そんなことじゃ、ボクの活躍の場が全然無いじゃないか……っ」 「いいえ。こうしてアルエさんが直々に国境の森を見回ってくれるなんて村人はものすごく感謝します!」 「そ、そうか?」 「ええ、そうですよ!」 「だから2人で見回って、隊長よりも早く集合場所に帰れるようにしましょうね」 ニコニコと言われてしまい、アルエも仕方なく頷く。 「そう……だな」 とはいえ、このままだと見回りに付いてきた意味がない。 でも、どうして自分がこんなにロコナに対抗してしまうのかアルエは自分でも分からないままだった。 そうして北の森をしばらく見回る。 「なんだ……あれは?」 ぽっかりと一部分だけ草が生えていない。 アルエの目に、それは激しく不審なものに映った! 「怪しいぞ……」 「よし、ボクが先に見つけてやるっ」 アルエはこっそりと、ロコナの側から離れてその場所へと近づいた。 「やっぱり、何か変だぞ」 近づくにつれ、不自然さは増す。 「あれ? アルエさん!?」 ロコナが、ようやくアルエの姿が無いことに気がつく。 「ボクが先だからなっ!」 アルエはロコナに見つけられる前にと、一目散にその場所に走る。 「どうしたんですか!?」 「ボクが先だってば!」 背後に迫ったロコナに負けじと、アルエが思いっきり足を伸ばしたとき。 ――ズルッ!!! 「えっ!?」 足の長い草に、足を取られた! 「わ、わ、わああああああ〜〜〜!」 体が滑る! そして――! 「うわああああ〜〜〜〜〜!」 つんのめった先の地面が突然消える。 「落……っ!」 アルエの体は、謎の空間へと慣性の法則のまま落下していた。 「アルエさんっ!」 とっさに手を天空に向けた。 その手に、ロコナの手が届く。 「きゃああああああっ!」 けれどアルエの落下する勢いは、ロコナの細い腕ひとつでは支えきれるはずもない。 2人の体はあっという間に、草の中に消えた。 待ち合わせの時刻、だよな? ロコナとアルエがこない。おかしいなぁ。 あいつら、まさか迷ってるわけ…… ないない。なんせ森なら詳しいロコナがいる。 「でも、おっそいな……」 ぐ〜きゅるるるる。 「腹減った……うぉいっ!」 いくら何でも遅すぎる。 やっぱり何かあったに違いない。 「アルエが足でもくじいたか?」 俺はため息をつきながら、ロコナとアルエを探しに北の森へと足を向けた。 北の森の中。 俺は名前を呼んで、迷子疑惑の2人を捜す。 「ロコナ〜〜〜〜〜〜〜〜!」 ………… 「アルエ〜〜〜〜〜〜〜〜!」 ………… 返ってくるのは静寂のみ。 こりゃ、どういうことだ? 「もっと奥なのか?」 しかたない…… 俺は更に森の奥にまで進んでいった。 「うぉ〜〜〜い!」 『……ュウ……』 あれ?何か聞こえたか? 「おお〜〜〜い!」 『……ちょー……』 「ロコナ?」 微かにだが、確かに声が聞こえた。 「おいっ、どうした!」 俺は声のした方向へと、急ぎ足で駆けていく。 「なっ……!」 「リュウ……助けて……くれっ」 「隊長……っ」 アルエとロコナが、必死になって古井戸の壁にしがみついている。 レンガ作りの井戸の壁は、どうにか2人が捕まるだけの突起を作ってくれていたが……時間の問題だ。 「待ってろ、すぐに助ける!」 1人ずつなら、俺の力でも大丈夫だ。 「くっ……落ち、る……」 アルエは、俺を必死の目で見つめる。 「大丈夫です、アルエさん……っ。隊長が来てくれたから!」 「たいちょー……早くアルエさんを……!」 自分も必死になって壁に捕まっているくせにロコナは俺と目が合うと、頼もしく頷いて見せた。 これはアルエを助けろということなんだろうな。 どうする? 「おい、ロコナ。手を伸ばせるか?」 「…………」 俺の問いかけに、ロコナは首を振る。 そのまま俺をじっと見つめる目は真剣なものだ。 「リュウ……手が、痺れて……っ」 随分と寒くなっているポルカ村。しかも日の差し込まない森となると寒さはより一層のものとなる。 寒いということは、手もかじかむということだ。 悩んでる暇はなかった。 「アルエ! 俺の手につかまれ!」 俺はアルエに手をさしのべた。 「手を伸ばせ……アルエっ!」 俺は先にアルエに手を伸ばす。 「リュウ……っ!」 アルエは俺の伸ばした手に捕まろうとするが、そのためには、一度捕まっているレンガから手を離さないといけない。 「わたしが支えます……!」 アルエの背中を支えるようにしてロコナの手が、フォローする。 「う……っ!」 「よし、いいぞ!」 アルエの手が俺の手を掴む。俺はその手を、勢いよく引き上げた。 「はぁ……はぁ……」 女の子の軽い体とはいえ、2人も引き上げたら大仕事だ。 落としたら命はないだろうし、つ……疲れた。 俺はがっくりとその場で膝と手をつく。 「ありがとうございました〜……たいちょー」 「ああ……」 アルエはまだ動機が収まらないのか、胸を押さえて荒い息をついている。 「おい、大丈夫か?」 「あ……ああ」 「びっくりし……げほげほっ!」 「おいおい」 アルエはそのまま、酷く咽せている。 「わたし、泉でお水を汲んできます!」 こっちはまったく平気な様子のロコナが、ウサギのように軽やかに森の中に消える。 「げほっ、げほげほっ」 「ゆっくり息を吸って」 体を丸めて咳き込むアルエの背中を、ゆっくりと撫でる。 「大丈夫だ……げほっ」 しばらくすると、アルエも落ち着く。 「もうすぐ、ロコナが水をくんでくるからちょっと待ってろよ」 「あ……ああ」 アルエは頷いたが、そのまま地面に目を落とす。 井戸の底に落ちかけたのがよっぽどショックだったのか? 「さっき……」 「ん?」 「さっき、どうしてボクを先に助けたんだ?」 「ボクが王女……だからか?」 「いいや、違うぞ」 「え……!」 「そ、それじゃあ……」 アルエがなぜか、顔を桜色に染める。 「だってロコナの方が、アルエよりも保っていられそうだったからな」 「な……っ! なんだと!」 「ボクの方が軟弱だと言いたいのか!?落ちたのは一緒だったぞ!」 アルエは桜色だった顔を、真っ赤にしていかにもな憤怒の表情を作る。 「違うって。怒るなよ」 慌ててアルエを制す。 「ぶら下がっていたときの足場とか、捕まったレンガの具合とかあるだろ」 あの時、そのまま先にロコナを助けていたら、アルエは俺の手が空くまで待てず、井戸の底に真っ逆さまに落ちてたかも。 「そこまで、あの暗がりで見えたのか」 「いいや、まさか。見えたのは、2人とも顔くらいかな?」 「じゃあやっぱり。ボクが王族だからなんだろう」 「そうじゃなかったら、どうして!」 え?なんで、こんなにアルエに追求されるんだ!? 「どうしてだ! 言え!」 「なんでって言われたら……そ、そりゃ」 そりゃあ…… 「――阿吽の呼吸?」 「え……?」 井戸の中で、ロコナが俺を見た。それ以上の言葉はなかったが、ロコナの目が『わたしは大丈夫です』と言っていた。 ロコナがそう言うのなら、そうなのだ。 強がりでも何でもなく、それがロコナの示した事実。 「……って、とこだな」 俺はあの時感じたままのことをアルエに伝える。 「ボクの……入る隙間なんて、無いんだな」 「ん? どうした?」 「まだ王女だから助けたって言われた方がよかったな……」 「おい、どうしたんだ?」 「いいんだ」 「助けてもらった……ありがとう」 「ロコナにも、後で礼を言っておく」 『アルエさぁぁーーーーん!お水を汲んできましたーーーー!』 「帰ろう……兵舎に」 しょんぼりしたアルエからは、いつもの元気な様子は見えなかった。 初恋を失恋で迎えたアルエの元に、王から召喚状が届く。アルエは戻ることになり、村の皆で盛大な送別会を行うことになる。 パーティーから抜け出したアルエはリュウを呼び出し、ロコナがリュウのことを想っていると告げ、大事にするよう忠告する。 翌朝、村を出るアルエとアロンゾの姿を見送るリュウだが、妙にロコナのことを意識してしまい、顔が赤くなるのだった。 「え……? なんだって?」 「殿下がお出かけの間に、王都より急使の伝令が参りました」 「またオレが持ってきました!」 得意そうに胸を張って手を挙げているジンを、見事に全員が無視する。 「殿下、どうぞ」 アロンゾが筒状のケースをうやうやしくアルエに献げる。 真紅の蝋で閉じられた封印は、王国の守護獣『赤龍』の紋章。 しかもそれには金糸をあしらわれたリボン。 以前にもジンの家経由で、王都から書簡が届いたことはあったが今回とは様式が少し違った。 どうやら金色のリボンをあしらわれたそれは、王族専用の緊急伝達文書の仕様らしい。 「あのぉ〜、隊長。あのおリボンだけでもたぶんうちの食費3ヶ月分になりそうです」 「ああ、俺もそう思った」 「そうだよね〜!あれで獣人愛玩画集が3冊は買えるよ!」 おまえは黙ってろ。 「父上から……か」 「はい、国王陛下直々の緊急書簡です」 アロンゾとアルエの声が固い。 「分かった。貸せ」 アルエはアロンゾから書簡を受け取った。 「すまない。ボク1人で読みたい」 その言葉に、アロンゾが俺たちをホールから叩き出した。 鍋一杯の水が熱湯に変わるだけの時間を3杯分ほど使って…… ようやくアルエからの呼び出しがかかった。 「ええ〜〜〜、アルエ帰るわけ〜?」 「ああ。父上からの召喚状だった」 アルエの元に届いた書簡は、国王からの絶対命令に近いものだったのだ。 「無理をすれば無視できるが……」 「できるのか?」 「いや、もういいだろう」 アルエは首を振って、視線を床に落とす。 どうしたんだ?いつものアルエの態度ではない。 「いいのか、それで?」 「ああ。もう帰ることにした」 「じゃあ、男に戻るのか?」 そのために、ポルカ村にきたのだ。 レキのおかげで、いつでもあの秘薬は手に入るのだから帰還の時に持って帰るつもりなのだろう。 この美少女姿の王女様とも、これでお別れになるのだろうか。 ちょっとおしい気はするが。 本人だってあれだけ男に戻りたいと言っていたのだから、ここは気持ちよく送り出してやるべきか? 「いや……それについては……」 なぜか口ごもるアルエ。 おまけにちらっと俺を見たりして、気になるじゃないか。 そんな微妙な雰囲気を、ぶちこわすヤツがいた。 「送別会をするぞーーー!」 な、なんだ!? 「苦楽を共にした仲間が村を去る。ならば、ここは一発盛大にお見送りっ!」 「景気よく、そして厳粛に!そして燃えさかる太陽のように!」 なんのこっちゃ!? しかもこっそりと俺達の話を聞いてやがったな。 「あぁ、もう何の騒ぎよ。仕事がはかどらないでしょ!」 「あの、お話は終わったんですか?」 「一体、何なんじゃ?」 以前よりも厳めしい様式での書簡に、ロコナ達は一旦自室に引き上げていたが。 だが、ジンの鳴らしたけたたましいドラ音(BY:タライ)に飛び出てきたようだ。 しかしアルエの沈んだ表情に、やってきた3人も戸惑いを隠せない。 「殿下が、王都に戻られることになった。明日にもここを離れる」 「ええっ!?」 「王都にって、帰るってこと!?」 「いくら何でも急じゃなぁ」 「…………」 アルエはしばらく、そのまま無言だったがはっきりと言い切った。 「いいや、本当だ」 「ボクは、明日……王都に向かう」 アルエの静かな声に、ホールの中はしんと静まった。 夜。ロコナの部屋をノックする者がいた。 「はい。どうぞー」 「ボクだ。少しいいかな?」 「アルエさん? どうしたんですか」 突然現れたアルエに、ロコナは驚く。 突然の帰還となり、アルエとアロンゾは秘薬を受け取りに、レキの神殿に向かっているはずだった。 「用事があって、ボク1人で戻ってきた」 ああ、もしかして送迎会のことだろうか? ロコナは合点がいった。 「送別会の準備なら、あと少しですよ。村の広場で行いますから」 突然の話で驚いてしまい、ロコナはアルエが去ってしまう寂しさもあまり実感できていない。 でも、こうして2人きりになると、王族のアルエとは、もうこんな風に会えることはないのだろうと、悲しくなってくる。 「帰っちゃうんですね……本当に」 「ああ、もう決めたことだ」 アルエはどこか寂しげに、けれどきっぱりと言い切った。 だが、なかなか次の言葉がない。 「ロコナは……」 「はい?」 「ロコナは、リュウが好きなのか?」 「ふっ、ふぇっ!?」 思いがけない質問に、ロコナは慌てた。 「好きなんだろう?」 更に追い込むアルエ。 「はうはうはうううっ!」 「ひょ、ほよんなこひょはっ!」 パニックになって、ロコナは変な言葉を口走っている。 「ボクに嘘をつくな」 アルエが厳しい目で、ロコナを見てくる。 「あの、わ、わ、わた、わたしは!隊員として……そのっ、たいちょーを、そのっ!」 「なるほど。隊員だから……か。ボクは……王女だ」 「もし、ボクがリュウを好きで王都にリュウを連れて帰ると言ったら?」 「えっ!?」 「王都に戻るなら、リュウは栄転だぞ。そうなったら、どうする?」 アルエは、ロコナの返答を少しも聞き漏らさないでいるというようにじっと目を見つめたままだ。 栄転……もし、それが本当ならば。 「もし……そうなら……わたしは……」 「リュウとは二度と会えないな」 二度と会えない。 それくらいに王都は遠い。 ロコナも一応兵士の1人であるが…… それとリュウの所属する騎士団とは、まったくもって立場が違うのは百も承知だ。 「どうする?」 更に問いかけるアルエ。 リュウに会えないと考えただけで、ロコナの胸は張り裂けそうだった。 今にも、目頭が熱くなってくる。 しかし…… 「王都に帰れるならそれは隊長の為です。今度は笑顔で送り出します」 ロコナは顔を上げると、そう言ってアルエに笑顔を見せた。 「本当か? リュウが他の地に行くのをあんなに嫌がってたじゃないか!」 「他の土地に左遷されるんじゃありません。隊長がようやく……王都に戻れるんです」 「それを……止めるなんて……出来ません」 その人のことを本当に好きなら、自分のわがままを通すなんて出来ない。 せめて足かせにならないように、今度はしっかりと送りだそう。 ロコナは本気で……そう思っていた。 「……馬鹿」 「あの、本当にたいちょーを王都に戻してもらえるんですかっ?」 「………………」 「もし、それが出来るなら……お願いします!」 ロコナが手を伸ばして、アルエの手を握ると、アルエの顔は驚きで強ばる。 握りしめた手は、震える。 でも、手が震えてしまうのは、別れが怖いからじゃない。 そうじゃない……と、自分に言い聞かせてアルエの手を握る。 「………………」 アルエはしばらく、ロコナをじっと見つめた後。 強ばっていた顔に、華やかな笑顔を浮かべた。 「心配しなくていい、ロコナ。ボクへの無礼で左遷されたのに、そのボクが幾ら言っても王都帰還は無理だろう」 「それにボクの口添えでどうにかなるならこないだの左遷事件で、どうにかしている」 「え……無理なんですか?」 悲しげな顔をするロコナ。 折角のリュウのチャンスが不意になり、心から落胆しているように見えた。 「本当に、裏表がないな……ロコナは」 「あーあ、負けた。負けた!」 自分の金髪をくしゃっとなで上げると、アルエは自棄になったように叫んだ。 「え?」 「意地悪を言ってすまなかったな」 そう言って、素直にロコナに詫びる。 「えっ!? 今のは意地悪だったんですか!?」 「……ったく!」 「ロコナには、敵わないな」 きょとんとするロコナに、アルエは声を上げて笑った。 アルエの急な帰還は、すぐさま村中に伝達された。 裕福ではないポルカ村だが、皆、各々の家庭からとっておきの材料などでごちそうを作ってきていた。 「寂しいよねぇ……王女様が帰られるとなると」 「こんな〈僥倖〉《ぎょうこう》に出会えるのは、もう一生のうちに二度とないんじゃろうな」 「ほら、何湿っぽくなってんだよ。殿下を見送るのにお通夜みたいにして!」 「それもそうだね。アルエ殿下、万歳〜〜〜!」 「ばんざーい!」 しめやかに、でも明るく。 アルエの送別会は、ポルカ村の夜を照らし出していた。 「ふぃぃぃ〜〜〜〜」 「お疲れ、ロコナ」 昼間井戸に落ちるという騒ぎがあったばかりなのに、休む間もなく送別会の準備に追われたロコナは、どこからどう見てもくたびれていた。 俺はねぎらいの意味も込めて、ロコナの肩に手をぽんと置く。 「ふひゅああ!?」 「なんだ? いまの雄叫びは?」 手を置いたロコナの肩は、十年分の肩こりでも発生したようにガチガチになっている。 どうしたんだ、いったい? 「大ジョブです!不肖、ロコナ、元気です!」 「なん、なんでもないれひゅ!」 いや、ものすごく何かあるだろう? 思い切りセリフ咬んでるし。 「ロコナ、本当にどうし――」 「左遷と栄転の狭間で漂うリュウ〜!」 「獣人のすばらしさの深淵に、そろそろ気づき始めたリュウ〜!」 「左〜遷、左遷。さささささせん〜♪ふんふふ〜ん、ふふふふふ〜〜ん♪」 調子の外れた鼻歌に変わったジンの声に、俺は眉間に皺を寄せながら振り向く。 「色んな意味で、その口縫いつけるぞ」 「ああん、そんなこと言わないで、心の友なのにっ!」 誰が心の友だ! 「まあ、お茶目はここまでにして。ちょっと付き合ってもらうよ」 うわっ! ガッチリと腕を絡めて、俺が逃げないようにしてやがる。 「じゃ、借りていくね」 「は、はい……ど、どうぞ」 ロコナに見送られながら…… 俺はジンに引きずられて、なぜかアルエの元に連れて行かれた。 「キミに内密の話がある」 やってきた俺に、アルエは真面目な顔で告げた。 「改まって何だよ?」 大事な話らしく、俺を連れてきたジンも既に退出している。 「一度しか言わないぞ」 「――ロコナを大事にしてやれ」 「え?」 アルエの意外な発言に、俺は面食らってしまった。 「だから、ロコナを大事にしてやれと、言ってるんだ!」 「いや、今までロコナをないがしろにした覚えは無いんだが」 赴任当初の仮病はともかく……本当にないぞ。 「だから、そういうことを言ってるんじゃなく!」 なぜかアルエは怒っている。 なんでだよ。俺の察しが悪いのか? 「ああ、荷物運びとか、そういうことか?」 それとも、これからもっと寒くなるから水汲みとか、モットの世話とかのことか? これからどんどんと寒くなるし。大変な水仕事をさせて、女の子の指があかぎれでもしたら可哀想だからな。 「ちっがーーーう!」 突然、アルエは怒りを爆発させて、俺を壁に押しつけた。 「な、なんだよっ!?」 「ロコナは……リュウのことが好きなんだぞ!」 ……は、はい? 俺のことがすき?鋤? ……えっと、農耕具のアレ? 「間抜け面をするな! この鈍感バカっ!」 「鈍感バカだと!? それに、親から貰った俺の素顔にケチをつけるなっ!」 「顔の造作を言ってるんじゃない。男ならもっとキリッと引き締めろ!」 「無理言うな!」 「根性でどうにかなるだろう!」 「いきなり言われても無理だ!」 いったい、アルエは何を言いたいんだろう。 やけに俺に噛みついてくる。 「……何でキミはそう物わかりが悪いんだ!」 「だったら分かるように話せよ!」 ぜはぜはぜはああ〜〜。 いったい何なんだ。 「本当に鈍いやつめ。ここまでキミが鈍感だとは思わなかったぞ」 俺か? 俺が悪いのか? 「ロコナはキミの部下だが、その前に一人の女の子なんだ。それについて考えたことはあるか?」 「ええい、ハッキリ聞くぞ?キミはロコナをどう『想って』るんだ?」 「想ってるって……え、えええ!?」 ロコナを想う……? 「ボクはロコナの気持ちを知っている。だから伝えてやる権利と義務がある!」 その権利と義務についてはよく分らないが…… アルエが、何か大事なことを俺に伝えようとしているのだけは分った。 「ボクは明日でポルカ村を去るが、ロコナを泣かせたらただじゃおかないぞ」 「泣かす……って、そんなことするかよ!」 どうして俺がロコナを泣かすようなことをするっていうんだ。 「ロコナはいい子だ。ボクなんかより、よっぽど……」 胸の前でキュッと拳を握りながら、アルエは苦しそうに呟く。 「キミがポルカ村を去ったら寂しいはずなのに」 「もしボクが王都に呼び寄せたら、と聞いてもキミのためになるなら……と言ってた」 俺のためになるなら……? 一体、何の話だ? 「こないだの異動騒動では、あれだけ必死になってたのに、王都への栄転なら、キミのためだと……ね」 「これがどういう意味なのか、さすがに分かるだろう?」 「………………」 ロコナがそんなことを? なぜか胸が苦しくなる。 「もし、ボクがロコナだったら絶対に嫌だ」 「リュウの帰還話なんかぶち壊してやる!」 いや、それはそれで困るけれど。 「でも、ロコナは違った」 「完敗だ……ボクの」 「完敗って……何にだよ?」 勝手に怒って、敗北宣言。 アルエは自称男のはずなのに。 本当の女の子みたいに、複雑で。気持ちが読めない時がある。 「そ、それは……あー、その、なんだ」 「もう終わったことだ! いいからキミはこれからしっかりとロコナのことを考えてやれ!」 「いいな! 約束だぞ! 絶対だぞ!」 「ロコナを大事にすると約束しろ!」 なんだか分からないまま、アルエから恫喝される俺。 「わざわざ言われなくても、大事にするに決まってるだろ!」 赴任してきてからずっと、俺のことを(盲目的にだけど)信じてくれたのはロコナなんだぞ。 「そうか。ちゃんと、大事にするなら……いい」 「ボクの話はそれだけだ」 アルエは、俺の首もとから手を離すと、これで話は終わりだとばかりにさっさと部屋を出てゆく。 な、何なんだ〜? あわただしいやりとりに、テンパっていた俺だが、ようやく一息つく。 「なんか変なこと言ってたな、ロコナがなんだって……」 アレ? ちょっと、待て? アルエは何て言った? ロコナが鋤……じゃなくて、好き? 「俺を、好き?」 好きって……好き? LOVEとかの好き? 「なんですとぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜!?」 俺の仰天した声は……誰に聞かれることなく、夜のしじまに消えた。 翌朝、まだ太陽が頭上に上がりきる前。 冷たい冬の空気が辺りを包む中で、アルエの見送りが行われていた。 「皆、世話になったな。礼を言う」 「殿下からの感謝の言葉である。光栄に思い、子々孫々まで語り継ぐように!」 アルエの王都帰還には、俺たち仲間だけではなく村人総出での見送りとなる。 「寂しくなりますよ、殿下」 「うむ」 「また、機会があったら寄ってくださいね」 「赤子共々、元気で過ごしてくれ」 「王都までは長い道のりですじゃ。これを道中召し上がって下され」 「ありがとう、長老」 「元気でのぉ〜。いつでもポルカ村に来て下されよ」 「うん、絶対に」 「アルエが帰るなら、あたしも王都に行くから!」 「……って言いたいところだけどさ。色々な人の帳簿や経理を引き受けてるし、すぐには行けないのよね」 アルエと村を交互に見ながら、ミントが溜息をつく。 あれだけ王族にコネを作るとか言っていたけれど。 ここでの生活に、後ろ髪でも引かれたんだろうか? 「そうだな。ミントが思ったようにするがいい」 「息災で。そなたの道中に主神リドリーの加護を」 レキはしなやかな指先で、法印を結ぶ。 「主神リドリーのご加護を」 アルエはそれを神妙に受け取る。 「次に来たときには、一緒に夜を徹して獣人特殊人形で着せ替えゴッコしよう!」 「アルエには、特別に触手人形を貸してあげるよ♪」 「………………」 あ、アルエがドン引きしてる。 「おまえはいいから黙ってろっ!」 「へぶし!」 この不謹慎者め…… 俺の拳は見事、ジンの後頭部に埋まった。 「……いや、ジンらしくていいさ」 「最後の最後で普通の伯爵公子のようになられたら、気持ちが悪い」 「ひ、酷い言われようだ!」 「いいから、おまえはもう黙ってろ……」 そして、最後に俺が声を掛ける。 「気をつけてな。アルエ」 「………………」 「どうした?」 アルエは何かを言いたげに、俺を見ている。 だが、すぐに小さく首を振ると明るく笑った。 「ああ、気をつけて帰還しよう!」 「それでは、アルエさんの出立を祝して――!」 ロコナの調子っぱずれの角笛が、村中に鳴り響く。 「また……また、会おう!」 アルエとアロンゾの一行は、村人総出の見送りを受け、徐々にその姿を小さくしていった。 「あ〜あ……なんか、あっという間だったなぁ〜」 「人の出会いと別れは、流水のようなものじゃよ」 「おっ、珍しく爺さんが知的な事を言ってる」 「……もしかして、また変なものでも食べた?」 「う……実は、古い牛乳にあたってのぉ〜。ああ、今にも倒れそうじゃ〜、今すぐ膝枕を……」 「さ、帰ろ」 「ちっ」 それでもまだ膝枕に未練があるのか、爺さんもミントを追って行ってしまった。 「私もこれで失礼する」 レキに続き、村人達もアルエの姿が見えなくなったことでぱらぱらと立ち去って解散となった。 「わたし達も帰りましょうか、隊長」 「あ、ああ」 今までと何の代わりもなく、ロコナは俺の隣を歩いて兵舎への帰路につく。 だけど……俺は。 「好き……?」 ロコナが俺を? 「あれ?どーしたんですか、たいちょー?」 少しだけ距離を取ってしまう俺に、ロコナが怪訝そうに首をかしげて見上げてくる。 「うっ……!」 くりっとした目が、俺を見つめる。 ――ドキッ! 何か、変な緊張が襲ってきてないか? 「あの、体の具合でも悪いんですか?」 「いや、そういうわけじゃないけど」 「んむむむ〜〜?」 ロコナが、俺の顔をのぞき込もうと、背伸びして顔を近づけてくる。 うっ……そ、そんなに近づかれたら!? 「やっぱり、顔が赤いですよ!」 「そんなことないって!」 「レキさんの所に行きましょう!」 「いや、マジで大丈夫だって!」 「隊長に何かあったら大変です!」 「ホントに大丈夫だってーーー!」 顔を赤くした俺と、心配で顔を青くしたロコナはしばらくそこで押し問答をくり広げたのだった。 アルエに恋心がばらされたと知らないロコナは、いつも通りにリュウに接する。 しかしリュウはぎこちなく、なんとなく距離が遠ざかった感じになってしまう。もしかして嫌われたのではと沈むロコナ。 そんな二人の様子を見ていたジンとホメロは、くっつけようと画策する。その結果ロコナは自分の気持ちをリュウへ告げるのだった。 こんこん。 「はいー」 「失礼します、たいちょー!おはようございます!そして、おはようございまーす!」 朝から元気いっぱいの、ロコナの挨拶。 「あ、う……うん」 いかん……なんかロコナの顔をまっすぐに見れない。 「たいちょー?」 「お……っ、おひゃよう!」 しまった、噛んだ。 「あのぉ……具合が悪いんですか?」 いや、ある意味具合が悪いというか。 なんていうのか、妙な心拍数の高まりで、普段の行動が出来んだけだ。 「ああっ! もしかして、ベッドに虫がわいたりしましたかっ!?」 「いや、そんなことはないから」 ていうか、俺のベッドは虫でもわくと思われてるのか? ホメロ爺さんのように脂も枯れ果てたようなカスカスの爺さんじゃないがそんなに水分油分過多ではないぞ! 「隊長、大変です。お布団干しましょう!」 「いやいやいやいや!」 「でも、虫がわいたお布団は……」 決定すんな。 わいてないから、虫! 「布団はマジで大丈夫。それよりも、朝の見回りに行ってるくるから」 「いいんですかぁ〜お布団……」 ロコナは心配そうだが、大体、こんな寒い季節に虫がわくわけもない。 「それよりも、仕事だ。仕事!」 「それじゃあ、お供しますね!」 ロコナが、俺の傍にぴょこんとやってくる。 げっ! ち、近い……! 「いいっ、いいいいい!」 「なんでしょう、たいちょー?」 「今日は、その……1人で行ってくるから」 「え……でも?」 「今日は、えっーと。ほら、ロコナも色々忙しいだろう?」 「何も忙しくないですよ?収穫もないですし、モットのお世話も終わってます」 「……う」 そうだった。 「たいちょー?」 「そうだな……はは、ははは」 首をかしげたロコナは怪訝そうだ。 「ああ、そういえば今日は良い天気だなー!」 強引に話を変えた俺は、空に向けて、強引に話を振った。 なんだかぎこちないまま、見回りに向かう。 「今日も2人で見回りごくろーさん」 !!! 「2人って……な、なにが!」 2人で悪いのか!? でも、これは通常の見回りだぞ! 俺のそんな焦りとは裏腹に、おばさんは怪訝そうな顔をする。 「……ホメロさんは、また兵舎でぐうたらしてるんじゃないのかい?」 「ホメロ……? あ、ああ、そっちか」 「???」 「いやいや、なんでもないです」 「何も困ったことがなかったら、それは大変結構なことでっ!」 「隊長さん……どうしたんだい?」 「いやあ、なんでもないですって」 「それじゃ、俺たちは次の見回りに行きますんで!」 じゃ! と、ロコナのような変な敬礼をして、その場を去る。 「あ、あの、たいちょーっ?」 「待ってください、たいちょー!」 俺の後ろから、戸惑った様子のロコナが付いてきていた。 一体、どうしたってんだ。 そりゃ、女の子から好かれて悪い気はしないのは当り前だぞ。 俺だって、うら若き青少年なんだし! でも、この落ち着かない気分は今までにない経験だ。 「あの、たいちょー」 確かにロコナは可愛いし。 可愛いから、嬉しいのか? ………… 違うなぁ、そういう感じじゃない。 「たいちょー……?」 「隊長っ、もう兵舎ですぅっ!」 「うわっ!?」 えっ? 兵舎? 慌てて辺りを見回すと、いつの間にか兵舎の前まで帰ってきていた。 「あ、あれ? 見回りは?」 「ちゃんと回ったじゃないですかぁぁ〜!」 え? そうだっけ? 記憶がない…… 勝手に歩いて、勝手に帰ってきてたのか!? 見回りになって無いじゃないか…… 「アホか、俺は」 がっくりと項垂れる。 「隊長、やっぱり今日はおかしいです」 「病気かもしれません……うううう」 ロコナが心配そうに俺をのぞき込んでいる。 大きな目が心配の色にそまって、少し潤んでいる。 「隊長……」 ゆらゆらと揺れるロコナの目が、俺をじっとのぞき込んで…… ――ドキンッ! 「うっ!」 何か、変に心臓が跳ね上がる。 「隊長? きゃあっ、顔が赤いですっ!」 赤いのか、顔!? 「早く兵舎に入って、休んでください!」 「わっ、ちょっと待て待て!」 ロコナは俺をモットから引きずり下ろして、兵舎へとぐいぐい押す。 「いや、ホントに大丈夫だから!」 「駄目でーーーーす!」 結局、俺はロコナの手によって、ベッドの中へと叩き込まれてしまうのであった。 「具合が悪いって聞いたけど、大丈夫そうじゃないのー」 「あ、ああ。まぁな」 夕飯の時間まで、ベッドで安静を言い渡された俺はこの時間になってようやく皆と顔を合わせた。 「無理は禁物じゃぞ。レキもそう言ってたじゃろう」 「ホントに大丈夫だし!」 ロコナがレキを呼んで俺の具合を診させたのだが、実際は何も不調ではない俺に、首をかしげるのみだった。 それでも、心配するロコナと反して大丈夫だと主張する俺に、一応安静にしておけと言い残していたのだ。 「今日の見回りでは、様子が変だったと村中で噂になってるじゃろうに」 「うっ……」 言ってくれるな、それを。 いつの間にか終わらせていた見回りの最中、俺はどうやらかなり挙動不審だったらしい。 休耕地に肥料を仕込むために畑を耕せば、なぜか落とし穴レベルで畑を掘り返し。 猪が荒らした畑の柵を直しては、なぜか人の背丈の3倍ほどにまで築き上げる。 ロコナが心配そうにして近づいてくれば、反覆横跳びを繰り返し。 あげく、モットに乗って帰ろうとしたときにはなぜか反対向きに乗り、尻尾を手綱代わりにしようとしたらしい。 頭に何か変な虫でもわいたのかと、心配した村人達が見舞いに来る始末だ。 これは、ロコナの呼んだレキから聞いた話だ。 「こうしてると、別にいつもと変わんないんだけどねぇ?」 「ポルカ村の寒さにやられたのかもしれんぞ」 「それとも、なんかあったのかなぁ?」 俺に聞いてくれるな。 それこそ、俺が自分自身に答えて欲しいことにほかならないわけで。 「お待たせしましたー!」 「うわっ、今日は豪勢じゃないの!」 「おおっ! どうしたんじゃ?」 ロコナがたくさんの夕飯を抱えて登場する。 「隊長の具合が悪いようなので精の付くものをご用意しました」 「ウシ鳥のキモと肉をハーブでコトコト煮込んだものです。隊長、たっぷり食べてくださいね」 「あ、うん……そうだな、ははは」 全員の配膳が終わり、食事が始まる。 美味い……。 そうなんだ、美味いはずの料理なんだが、なんだかこう、胃腸の上で邪魔するものがあって、俺は一口一口を飲み込むが辛い。 美味いのに、食いづらいって、なんなんだよ! 結局、いつもならおかわりもするところを俺は一杯目だけの皿を空にしてスプーンをテーブルに置いた。 「隊長。味付けがおかしかったですか?」 「そんなことない、マジで美味かった」 それは本当だ。 「でも、量がとっても少ないですよ」 「その……ちょっと疲れたからかな?」 せっかく料理を作ってくれたロコナの気を悪くしないように、そう言う。 「今日はちょっと、部屋で休むわ」 俺はヨロヨロとしながら、部屋に戻った。 ロコナの視線が、『心配』という形になって、俺の背中に突き刺さるようだった。 リュウの消えたドアを見つめて、ロコナがしょんぼりと肩を落とす。 「なんだか、わたしがいるとたいちょーの具合がよくないみたいです……」 「わたし……たいちょーに嫌われたんでしょうか?」 「そうは見えんがなぁ」 「どっかで拾い食いでもしたんじゃないの?」 ホメロとミントの慰めの言葉も、ロコナにはあまり効果がない。 「あの……わたし片付けてきます」 お皿を集めて、ロコナは台所へと消える。 「あっ、ちょっと待ってよー」 落ち込んだロコナを気遣い、ミントがその後を追う。 「ふむぅぅ……これは、もしやのもしや」 ホメロはニヤリと笑う。 「我が国境警備隊に季節外れの春かいや?」 『ふふふふ……』 「天が呼んだか、地が呼んだか。幼獣人が呼んだらすぐ参上!」 「なんじゃい、急に現れよって」 「爺さん、さすがに年の功とスケベの功。その千里眼に、オレの獣人玩具コレクションを一体進呈するのも吝かではないっ」 「おぬし、何か知っておるな」 「アルエの送別会の夜に、リュウを呼び出してやったのはオレなんだよね」 「その時に、2人の話を聞くとも無しに聞いてしまった」 「ようは盗み聞きをしたのじゃな」 「駄目だよ〜、そんな無粋なことを言ったら♪」 「だが、盗み聞きじゃろう?」 「偶然という名の妖精が、オレにちょっぴり情報提供してくれた・だ・け♪」 「爺さんも聞きたいよね〜?」 ジンがホメロにニヤニヤ笑いのままで近づいてくる。 「…………」 「うひひひ」 「ワシの部屋に、いい蜂蜜火酒があるぞい」 「そうこなくっちゃ!」 リュウとロコナの知らない間に、怪しげな計画は密かに進行しようとしていた。 いくら落ち着かない気分であろうが、太陽は気にせず東の空から昇る。 俺はロコナの角笛で清々しいような、しかし落ち着かないような、そんな奇妙な朝を迎えた。 「レキの神殿で、不審なことがあるって?」 「そうなんだよねー」 「書庫に、誰かが忍び込んだらしい」 そりゃ、まずいだろう。 「それでリュウとロコナに調べて欲しいってさ」 えっ? 「いや、おまえも付いて来いよ」 「ああ、駄目駄目駄目駄目駄目!」 「ボク、とっても大事な用事があるんですぅ」 だったら、ホメロに…… 「げほげほっ、ワシゃ、持病の癪が……っ!」 「何だよ、そんなもの無いだろ!」 「ロコナと2人で行ってきたらいいじゃ〜ん」 「そうじゃ、そうじゃ」 「いや、それはその……ごにょごにょ……」 今のこの落ち着かない状態でロコナとふたりっきりになるのは、ちょっと辛い。 「リュウはポルカ村の警備責任者だろー」 「なんだか個人的感情で、ロコナと一緒にいたくないのかな〜?」 「そんなことは、な、ないぞ!」 「だったら決定じゃな」 「いや、でも……」 「はいはい、決定ーーーー!」 「だから、その!」 「おぉぉぉーーーい、ロコナーーー!」 「ちょっと待てって!」 俺の戸惑いをよそに、ジンとホメロによって、ロコナと俺はレキの神殿に向かうこととなった。 「誰もいないな」 「レキさん、どうしたんでしょう?」 レキからも状況を聞きたかったのだが、神殿の中はもぬけの空だった。 レキに一緒にいてもらおうと思っていたのに、俺の計画はすでに最初から躓いている。 「おかしいですねえ」 誰か、急な病人でも出たのか? 「とりあえず、こうしてても仕方ない。書庫の様子を見に行くか」 「そうですね、隊長」 俺とロコナは書庫に向かった。 「おかしな感じはないよな」 「ええ、変わりはありませんね」 普段、ここで生活をしているわけじゃない。 些細な変化などは、レキにしか分からないだろう。 「誰かが侵入してきたような……様子はないな」 やっぱり、ここはレキの帰りを待つしかない。 「一旦、神殿の方に帰――」 「え?」 今のは、鍵の掛けられる音? 「おい、レキか!?」 「レキさーん、中に入ってまーす!」 俺たちは慌てて外に声を掛ける。 『ふふふ……おまえ達は閉じこめられたのだ』 「誰だっ!?」 扉の外から、不気味な声が響く。 『あの神官はしばらく帰ってこないゾヨ』 「おいっ、どういうことだ! ここを開けろ!」 『我はビスムンエの精霊なり』 『この扉は我の力によって、封印されたのだ〜』 『この扉が開かれるのは、おまえ達が自分の心に真に素直になった時のみゾヨ!』 な、なんだ、いったい? 『では、さらばじゃ〜!』 「はぁっ!? おい、ちょっと待て!」 「おい、おいーーーーーっ!」 「隊長、駄目ですぅぅ。押しても引いても扉が開きません〜っ」 俺はロコナの手から、扉のノブを譲り受けて思いっきり扉を押してみる。 「くっ……!」 「隊長ぅぅ」 「だ……駄目だ、びくともしない」 「わたし達、どうしたらいいんでしょう?」 「何なんだ、一体!?」 わけのわからぬ状況で、俺はロコナと閉じこめられてしまった。 ……………… ………… …… 「誰かーーー、誰かいませんかーーー!」 「レキさーーーん、おばあちゃぁぁぁーーーん!」 ロコナは必死になって、外に呼びかけている。 俺は扉がどうにかして開けられないか、隙間に細い釘を差し込んでみたりするが施錠は解かれることはない。 「さっきの、精霊さんって怖い人なんでしょうか?」 ロコナが不安げな様子で、俺の傍に寄ってくる。 「もしかして、わたし達は食べられちゃうんでしょうか?」 「そんなわけあるか」 俺は首を振る。 さっき、あいつが去っていくときにしっかりと足音が聞こえていた。 精霊が足音を立てるなんて話は聞いたこと無い。 「じゃあ、一体誰なんでしょう?」 「もしかして……盗賊かもしれない」 俺たちを閉じこめておいて、その間に村の中で何かをする気とか。 「くっ……!」 俺は想像して血の気が引く。 すぐに思い至らなかった間抜けな自分に、〈臍〉《ほぞ》を噛む。 「隊長ッ、村が……ポルカ村が危ないんですか!」 ロコナは涙目だ。 「くそっ……!」 俺は扉に体当たりをする。 「きゃっ!」 硬く頑丈な扉は、それくらいではびくともしない。 「もう一回……っ!」 俺は扉に体当たりをする。 「隊長……っ、わたしも手伝います!」 「ロコナの細い肩でぶつかっても、扉の前に体が壊れるだけだ」 「でも……っ」 「じゃあ、肩に巻き付ける布でもないか探してくれるか?」 クッションがあるないで、随分と違う。 「だったら、これを……!」 ロコナは上着を脱いで、俺の肩に掛ける。 「他にもないか探します!」 「頼むぞ」 俺は再び扉に立ち向かおうと、身構える。 その時、書庫の奥で奇妙な物音が響いた。 「な、何っ?」 『無駄な抵抗はやめるのだ〜』 『おまえ達の行動は、お見通しなり〜』 さっきの不審な奴の声が響いた。 「ロコナ、俺の傍から離れるな!」 俺は慌ててロコナの傍に駆け寄る。 声が響いてきたのは扉からではない。 ――部屋の中からだ! まさか、本当に精霊? いや、まさか! 俺は声のした方向から、ロコナを守るようにして、背中に庇う。 「隊長……っ」 『ビスムンエの精霊の力をとくと見よ〜』 響いた声と同時に、部屋の中で色々なものがガタガタと揺れた! 「きゃあっ!」 これはなんなんだ!? 「た、たいちょーは、わたしの後ろにか、かかか隠れてください〜〜ぃぃ」 「何で、俺が隠れるんだよ!」 「だって、だって……たいちょーは大事な人です!」 「村にも……わたしにもっ!」 「だから、だから、だから……っ!」 ガタガタと震えながら、ロコナは俺の腕を引く。 俺はロコナの言葉に驚いて、しがみついているロコナを凝視する。 こんなに震えているのに、俺を庇いたいって……? 「たいちょーにもしものことがあったら、わたし……嫌ですっ!」 必死なロコナの様子に、なんだか胸の奥が熱くなる。 「駄目だ……」 「ロコナは――俺が守る」 隊長だからとか。男だから、とか。 そういううわべの理由ではなく、本能的にそう思った。 「大丈夫だ。絶対に俺が守る!」 「でも……っ」 俺は辺りを見回して、武器になりそうなものを探す。 分厚い辞書……いや、この箒だ。 俺はそれを剣のように構える。 正体不明の相手に、これが通用するかどうかなんて分からないが、それでもやるしかない。 箒の柄を強く握りしめる。 「きゃあっ!」 「またか!」 物音は、部屋中の至る所から聞こえる。 一体、あの声の正体は何なんだ!? 「ひゃうぅぅっ、たいちょぅぅぅ〜〜〜」 俺は背後のロコナの手を、安心させるように掴む。 『……何だこれは?』 あの声は――レキ!? その途端、ピタリと部屋の中の騒音が止まった。 『書庫の前がぐちゃぐちゃじゃないか!』 「おい、レキ! 無事なのか?」 『リュウ?』 『ねぇ、この穴って何?』 『……なっ、なんだこれは!!!』 ゴソッ、ゴソゴソゴソッ! 小さな穴を慌ただしく人が通ってきたような、そんな音がする。 「リュウにロコナ?」 少し頬に埃が付いたレキが、不機嫌そうな表情で現れた。 「レキ、どこから入ってこれたんだ!?」 扉は開かなかったはずなのに! 「穴は、そなた達が開けたものではないのか?」 ごそ……ごそごそ…… 「ぷっはぁ〜〜。何よこれぇ?」 「ミントまで!」 次に現れたのは、ミントだった。 「これはどういうことだ、説明してもらおうか」 「どうして、そなた達がこんな所にいる?」 「説明も何も、レキが俺たちを呼んだんだろう?」 「私が?」 「あの……書庫荒らしが出たと聞いたんですけど」 「そんな事実はない」 レキはきっぱりと言い切る。 何だ、一体どういうことだ? 「俺たちは書庫に来たら、閉じこめられて ……あっ、そうだ!」 あの正体不明の声の主はどうなったんだ!? 俺はビスムンエの精霊と名乗った奴のことを、レキに伝える。 「なんだ……そんな精霊については伝承でも聞いたことがない」 「単に2人の勘違いじゃないの?」 「そんなわけあるか。確かに物音がしたんだぞ」 「それよりさー、あたしらも変なのよ」 「レキが、あたしに用事があるって言って、兵舎に来たんだけど」 「ミントが至急の用があるからと伝え聞いて、兵舎に行ったのに、ミントはそんな話は知らないと言う」 「意味が分かんない」 「一体、誰がそんな話をしてきたんだ?」 「ジンだ」 「ジンさん、何かを勘違いしたんでしょうか?」 「いや、ちょっと待てよ」 俺に話を振ってきたのも、ジン。 レキに話を振ったのも、ジン。 「両方とも、ジンが?」 おかしいぞ、これは。 『やっばーい……』 『だからワシは、こんな作戦ではうまくいかんと言ったじゃろうに』 『何言ってんだよ〜。楽しそうだって、書庫に穴開けたの、爺さんだろー』 「おい、今の声は……!」 『いやぁぁ〜、地獄耳ぃぃ〜』 やっぱり! 「ジンッ! じーさんっ!」 俺は声のした方へと走り込む。 『ああっ、やめて! 無体はやめて〜!』 『こりゃ、こりゃ!老体に非道な振る舞いをするでない〜』 「何が無体だ、非道だ、このボケナスがー!」 部屋の隅で隠れていたジンとホメロを俺は引きずり出してきた。 「さっきの心霊現象の正体はこれだな」 俺は2人が手にしていた縄の束を睨み付けた。 そのうちの1本を引くと、縄の先が括り付けられているらしい机がガタガタと揺れる。 「これで、ものを動かしていたんですね!」 「そういうこった」 「一体、どうしてこんなことをしたんですか?」 「すごく怖かったし……」 「村に何かあったら、とも思いましたし!」 「それに……っ! たいちょーは扉に体当たりをしちゃったんですよ!」 「もし肩を痛めたらどうするんですかぁ〜!」 珍しく、ロコナが真剣に怒っている。 「だってね〜、ほら窮地をくぐり抜けた男女は結ばれやすいって言うじゃ〜ん!」 「そうなんじゃ、ワシらは親切で〜」 「はぁ!?」 「だって、だって〜!」 「オレ、知ってるんだも〜ん」 「リュウが挙動不審になってるわけ!」 なんだって? 「この〜♪ イ・ロ・オ・ト・コ」 「…………!」 俺はザァァァァッと血の気を引かす。 引き潮なんか目じゃないぞ! 「どういうことですか?」 「リュウはさぁ〜♪」 「待て、言うな!」 「ロコナから好かれてるのが分かって、それで様子がおかしいんだよ〜〜ん♪」 「わああああああ!!!!!」 なんで! 何で、こいつが知ってるんだよ! 「え……わたしが、って……ふえええええ!?」 「言っちゃったのぅ〜」 「ええっ、それホントなの?」 「…………」 「はうっ、はうううっ!」 「どうして、ジンさんが知ってるんですかぁぁ〜」 「それじゃあ、やっぱり本当なの!?」 「あう〜〜、あう〜〜〜っ」 「だ・か・らぁ♪」 ジンが、人さし指を立てて区切った言葉ごとに左右に揺らす。 「2人の距離が少しでも縮まるように!このボクちんが、一肌脱いだんだよ〜ん」 「そうじゃ、そうじゃ〜。そのためにワシも一肌脱いだんじゃぞぉ」 「それで俺たちを閉じこめたのか!?」 なんちゅー人騒がせな! 「悪気はなかったんだって〜!」 「そうそう」 こめかみがヒクヒクと痙攣する。 こいつらは〜〜〜! 「たいちょーっ、2人を怒らないでくださいっ」 「でもなぁ!」 「元はと言えば、わたしが悪いんです……」 「わたしが……わたしが隊長のことを好きになってしまったりしたからです!」 「わーーー、告白だ♪」 「アンタは黙ってなさいよ!」 「ごめんなさい、隊長……」 ロコナが視線を床に落としてしまう。 「とにかく、ここは2人で話をした方がいい」 「ええ〜〜っ、ワシらの功績じゃぞい」 「そうだー、そうだー!」 「うっるさい! ほら、行くわよ!」 「一旦、私達は引き上げる」 「扉の前のバリケードも撤去しておくから、それまで話し合っててくれ」 レキとミントは、馬鹿2名の首根っこを掴み、開いていたという穴から出て行く。 書庫の中は、また俺とロコナの2人きりになる。 「あの……だな」 「隊長の様子がおかしかったのは、わたしの所為だったんですね……ごめんなさい」 「いや、それは単に俺の勝手な理由で、だな」 「隊長の重荷になったりして、わたし、駄目な隊員ですね」 ロコナは、無理をしていると分かる笑顔で俺に笑いかける。 「ジンさんの言ったように……わたし、隊長のことが……好きです」 ――ドクン! 「あの、俺は……その」 「いいんです。わたしの想いの所為で隊長にご迷惑を掛けたくありません」 「そんなことはないって!」 「でも、隊長はわたしの気持ちを知って、ずっと変な感じになってたんですよね?」 おおむねはあってる。 でも、ニュアンスがかなり違ってるんだ! 「ごめんなさい、隊長……」 いや、だからな…… 「わたしの気持ちに無理に応えようとか、してもらわなくても大丈夫です」 「えへへ……わたし、強いんですよ♪」 眉をハの字にして言われても、強がりとしか思えないじゃないか。 「だから、これからはわたしのことなんて気にしないで下さいね!」 「ただ……」 「好きでいることだけ……許してもらってイイですか?」 寂しげに告げるロコナ。 ――ドキン! しまった……やられた! 俺は思わず、叫んでいた。 「俺も、なんか最近おかしいんだよ!」 「ほへ?」 「ロコナがオレを好きなんだって、聞いて……それで妙に意識しちゃって、なんかこう……」 胸がザワザワと騒いで、どうしようもない。 けど、好かれたからって理由で相手のことを好きになるとかってアリなのか? 何となく、そういうんじゃないと思う。 赴任した当初から、盲目的に且つ馬鹿正直に、俺を信頼して助けてきてくれたロコナ。 ポルカ村から異動になりそうだったとき、必死になって引き留めてくれたロコナ。 変な精霊(と、思っていたジンと爺さん)から、ガタガタと震えながらも、俺を庇おうとしてくれたロコナ。 そして、今みたいにひっそりとした想いを打ち明けてくれるロコナ。 思っていることをそのまま伝える。 「前は……ただの大事な部下って思ってたけど、なんかこの頃違うんだよ」 もちろん、言葉はぎこちなく説明できていない部分も多いけれど。 「それ、あの、わた、わたしのことですか!?」 「ここで、他の奴の話をしてどーする」 「あっ、そうですよねっ、はい、そうです!」 「あの、えっと……もしかして、わたし、希望を持ってもいいんでしょうか?」 「持ってもらっていいし、むしろ持って欲しい」 「はうっ!」 ロコナはあわあわとして、あからさまに挙動不審になる。 ……おい。これって、昨日までの俺そっくりじゃないかよ。 そうか。やっぱり、そうなんだな。 客観的に自分の姿を見せられたようになって、俺は昨日までの自分の言動が、腑に落ちた。 「今回のことで、ちゃんと分かった」 「俺はロコナのことが好きなんだ」 「はううう〜〜〜っ!」 ロコナはその場で、突然背骨にまっすぐの針でも入れられたように直立不動になる。 「うう……本当、ですか?」 「自分の気持ちにも、なかなか気付けなかった間抜け野郎だけど、それでよかったら付き合ってくれるか?」 「はうぅぅ〜〜〜っ」 ロコナの大きな目が、更に見開かれてそこにうっすらと涙が滲んでくる。 俺はたまらなくなって、ロコナに手を伸ばす。 ロコナの腕を引くと、そのままキュゥッとしがみつかれた。 「う、う、ううう〜〜〜」 「さっきから『う』ばっかりだな?」 「ううーーーっ、うううーーーっ」 「う、嬉しいんですぅぅぅ〜〜〜」 ようやく、まともな言葉が返ってきた。 「あの、その……」 「わたしも至らないですが……隊長の、こ……恋人にしてくださいっ!」 「俺こそ、よろしく」 「よろしくされますぅ〜っ」 ロコナは恥じらいながら、握手の手を差し出す。 俺はそんなロコナの手を、しっかりと握りしめる。 表面は寒さで冷え切っているがしっとりとしたロコナの小さな手は俺の手の中でとても温かく感じた。 「おおっ……! とうとう告白完了だ!」 「おめでたいねえ〜」 「今夜は若いカップル誕生の祝いじゃのうぅ♪」 書庫にいる、リュウとロコナの会話は、その場にいた出歯亀連中によってしっかりと盗み聞きされていた。 「くくく〜……この詳細なやりとりを村の連中に微にいり細にいり伝えてやるぞぉ」 「うわっ、性格悪っ!」 「当り前じゃないか。つれづれなる日常にハプニングは素敵なエッセンスよ」 「さーいーてー」 「ああっ、最低とか言った!オレちゃま、ブロークンハート!」 やたら盛り上がるメンバーの後ろで、不機嫌そうな顔の少女が1人。 「……そなた達、ひとの部屋でいい加減にしないか」 「ほれほれ。そうしかめっ面をしなさんな〜」 「ロコナとリュウの、めでたい日じゃぞ」 「その点については認める。たしかに、2人については祝福をしよう」 「しかし、盗み聞きなどをこの私の部屋でしたという不埒な行いに対する不満と……」 「――と?」 「神殿の書庫の壁に、穴を開けた話をしようか?」 「あっ!」 「書庫の中の備品に紐を付けて、ポルターガイストごっこをした件についてもな」 レキの目がキラリと光る。 「そう言えば、書庫の中はグチャグチャ。あげくに壁にえげつない穴を開けてたわよねぇ」 「ふふふ……」 「覚悟は出来ているだろうな」 レキが悪霊かくやのオーラで、ジンとホメロに迫る。 「はううううう〜〜〜んっ!」 幸せなカップル誕生のまさにその時。 不幸な……自業自得の2人組も誕生していた。 兵舎の軒下には、蓑虫状の人間が2人。 「終わりよければ全てよしって言葉は、どこに消えたのぉぉ〜〜?」 「神殿書庫の、脆くなった壁の箇所が分かったという利点もあったじゃろうに……」 「ああっ! 寒ッ、寒いって、マジで〜〜」 「ふっ、ふっ、ふえええっっくしょい!」 翌朝、鼻水をつららにした、世にも奇妙な物体ができあがっていた。 想いが結ばれたというのに、朝からぎこちない二人。妙に空回ったり、すれ違ったりしてしまう。 周囲もそんな二人を見かねて、色々と世話を焼こうとするのだが、ますますぎこちなくさせるばかり。 そんな周囲の思いとは別に、自分たちのペースで恋仲の二人として発展していくリュウとロコナだった。 「ああ、酷い目にあった〜」 「オレ、貴族なのにーっ。吊されるの2回目だしーっ」 「くんくん……しかし、この縄。神殿の備品かのう?なんだか僅かにレキの臭いがするぞい」 「アンタ達、本当に懲りてないよね!」 「いっそのこと日中も軒下にぶら下がってる?」 「やだよぉ、眠りにくいじゃないか」 「これ以上激しくされたら、オレ、壊れちゃう……」 「不気味っ!」 「不気味って言うな!」 「じゃあ気色悪っ!」 ……何やってんだ、こいつら。 俺は食堂の入り口でため息ひとつ。 夜までそのまま吊しときゃよかったかもしれん。 「あっ……」 「おぱようござりまじゅ!」 俺の後ろからやってきたロコナ。 目があった途端に、ぴしっと、チョップをかました敬礼をする。 「おう、おはよう」 「はひっ、おひゃおゆごじゃいまじゅ!」 それは……なんだ?言語か? 言語なんだな? 俺が苦笑いでロコナを見ていると、目を合わしたロコナが真っ赤になる。 おおう。頭の上から湯気でも噴き出しそうだ。 俺も何となく、言葉に詰まってそのままロコナと目を合わせたり、そらしたり。 改めて、こうしてみるとロコナは可愛いな。 こんな可愛い子が、俺の彼女なのか。 いかん、なんかまた変な緊張が……っ。 ヤバイっ、意識すればするほど俺まで石化しそうだっ! まるでどこからかメドゥーサに睨まれているかのように、俺とロコナはぎくしゃくと固まってしまった。 「あ〜ほらほら!そこの2人、見つめ合って世界を作らない!」 「うわっ、ミントいつからいたんだ!?」 「さっきからいたでしょ!」 あ、そういえばそうか。 「ほら、朝ご飯にしよーよ」 「あっ! すぐに、ご用意しますね!」 石化の解けたロコナが、慌てて台所に駆けていく。 なんか気恥ずかしくて、まっすぐに顔を見れなかったぞ。 「いかんいかん。これだと一昨日の二の舞だ」 だが、一昨日と違うのは自分の感情がちゃんと分かっていること。 落ち着かない気分でのソワソワではなく、照れくさい気分でのソワソワで、俺はその日の朝食を終えた。 「はうあ〜っ」 今日の見回りに行くと告げたときの、ロコナの第一声はそれだった。 んでもって、ただいま見回りの真っ最中だが右手と右足が一緒に出ている。 ちなみに本日の見回りに、モットはいない。 なぜだか知らないが、ホメロ爺さんが、断固としてモットを俺に渡さなかったのだ。 おかげで俺は徒歩。 もちろんロコナも徒歩。 なので、こうして2人揃って歩いてる。 「………………」 「………………」 2人の距離は、いつもと微妙に離れていた。 普段は、あと半歩くらい近いはずなのに、なんとなく距離を取ってしまう。 今までだって、2人で見回りをしてたんだから、別に何も変わっちゃいないはずなのに。 何でこんなに緊張するんだろうな。 以前の俺なら、(知らなかったとはいえ)王宮で王女のアルエにダンスを申し込もうとしたくらいだったのに。 タイプは違うが、ロコナだってあの時のアルエに張る可愛さだ。 ……それなのに。なぜ俺はこんなにガチガチになってしまうんだろう? 「あの……えっと、た、たいちょー」 「ん?」 「その……えっと、えっと!いい……いいお天気ですね!」 「う、うん。いい天気だな」 ぎくしゃくしたロコナの言葉に、これまたぎこちなく返す。 空を見上げると、晴れ渡った青空。 うん、いい天気だ…… いー天気。実にその一言で終わる。 「えっと、お天気……お天気の話は他にないかな……うーん、うーんっ」 会話に困ったときには天気ネタ。 とはいえ、話に詰まるのも天気ネタ。 「はうぅ〜」 「……ははは」 俺たちはまだまだぎこちないまま、村の中の見回りを続けた。 「おや〜、隊長さんにロコナじゃないかい」 「あ、おはようございます、ユーマおばさん」 「相変わらず、仲が良いねぇ、ふふふ……」 「え?」 気のせいか、ユーマおばさんが俺達を見る目が妙に温かいような。 「羨ましいよ、いやぁ冬なのに春だねぇ」 ……おい、ちょっと待て? なんだ、この笑顔は…… 「えっと……あの、お手伝いはないですか?」 「やだね、そんな野暮は言わないよ。2人でゆっくりデー……いやいや。見回りをしておいでよ」 「ちょっ!」 待て、これはおかしい! どう考えても、俺とロコナが付き合ったことを知ってるような口ぶりじゃないか。 付き合い始めたのは、昨日だぞ、昨日! 「ほらほら、足を止めるんじゃないよ♪そのまま仲良く歩いていって、どうせなら人気のない方に……ね♪」 ぐいぐいぐい! 俺たちは強引に道の方へと押し出される。 「ユ、ユーマおばさんっ!話っ……話を聞かせてくれーーー!」 「わたしも聞きたいですぅーーーっ!」 そして、この謎な状態はこれだけではすまなかったのだ。 「ロコナ、花だよ、花! 持って行きなよ〜え? なんでって? お祝いだよ、お祝い」 「これね、綺麗なスカーフじゃろ。ロコナにあげるよ。ああ、ほら似合うじゃないか」 「ちょっと、何してるのさ。2人の邪魔をしてるんじゃないって!」 「2人は見回りの大事な仕事があるんだからさ!」 おおっ、1人はまともな人がいてくれたか! 「ほらほらアタシらがこうしてると、お邪魔虫になるんだよ」 あんたもかい! 「あの……隊長、どうしてみんな変なんでしょう〜?」 「わたしたちのこと、知ってるみたいだし……」 「ああ。これは偶然じゃない。リークした奴がいる、絶対だ!」 「えっ? ど、どういうことですか?」 「俺とロコナが付き合ったことを、言いふらしている奴がいるってことだ」 「えええ〜〜〜〜!」 「誰だ、一体〜っ」 「ううっ、誰でしょう」 こういうことをする奴は…… まあ、ごく一部しか居なさそうなんだがな。 「……というわけで、ロコナとリュウは晴れてカップルになったんじゃ!」 「えー、そうなんだ!ロコナにもついに恋人が出来たのね!」 「しかし、ヒヨッコ同士だからのぅ。これからワシが手取り足取り教えてやらねば」 「教えるのはいいけど、ほどほどにしてよね。ロコナは無垢な子なんだから」 「ほほう、それでこそ染め甲斐があるというもの。2人にワシの知る限りの知識を……」 「やっぱ、アンタかーーーーー!」 ニヤリと得意気に笑った爺さんの後頭をどついていた。 「ほぐっ!?」 「ろ、老人をぶったっ!?虐待じゃっ! 酷い若者もいたもんじゃ!」 「若者の大事な秘密をバラしまくる老人は、酷くないってのか」 「ううっ、ホメロさん、酷いですぅぅ!」 「あ……えっと、じゃあそういうことで。ロコナ、隊長さんと仲良くね♪」 ホメロ爺さんと話していた村娘が、そそくさと家に帰っていく。 俺たちににこやかに手を振るのを忘れずに。 「ふぅ……せっかくワシが親切心で皆に教えてやっておったのに……」 「余計なお世話だ!」 「オマエさん達に任せておいたら、いつまでもモジモジしとって進展せんからじゃ!」 「だからそれが余計なお世話だっつーの!」 いけしゃあしゃと、胸を張る爺さんを俺は睨み付ける。 だが、俺の目は節穴じゃない! 間者(スパイ)はもう一人……居るはずだ。 「爺さん1人だけで、これだけ村中に広めるには無理がある」 「ロコナ、他にも噂を流してる奴がいるはずだ。村を回って、探ってきてくれ!」 探すのは簡単なはずだ。 何しろ、ジンを見つければいいだけだからな。 「は、はいいぃぃ〜〜!」 ロコナが、まだ見回っていない村の方へとバタバタと走っていく。 「ちっ、恥ずかしがり屋さんめ」 「あったり前だ!」 狭い村の中……こんな浮いた話を広められたら、あっという間に村中から冷やかされてしまう。 「そんなに心配せんでも、どうせ1人にばれたら、1週間で村中に話が伝わるもんじゃて」 「どうせ知られるならば、早いほうがよかろう?」 「……よくないぞ」 「密やかに伝わるならいいけど……意気揚々と言いふらされると困る」 「そんなに喜ばれるとはのぅ」 「喜んでない! 恥ずかしがってるんだ!」 「嬉しいくせにぃ〜、このこの〜」 冷やかしながら、つんつんと俺を突いてくる。 何を言ってもダメなのか……この爺さんは。 「とにかく、尾ひれ背びれを付けて言いふらすのは止めてくれよ!」 「何を言っちょる。付き合ったというのに、まだ手も繋いでいないヒヨッコが〜!」 「付き合ったのは、昨日だろ!」 「せっかく恋人になったとゆーに。何もせんで、寝るなんてのう〜」 「何かをする暇なんて、微塵も無かっただろうが!」 爺さん達を吊したりで、大変だったんだよ! 「でも、さすがにキスくらいはしたじゃろ?」 「だから、付き合ったばっかだってーの!」 昨日の今日だぞ! 「何を言っておるか。そんなことではエロ伝道師の道は開けんぞ!」 「誰がそんなものになるかー!」 「はっ! まさか、その年で枯れ……」 「爺さんこそ、いい加減に枯れてくれよ。頼むから」 「ちっ、ちっ、ちっ!」 「いいんだよ〜グリーンだよ〜。オレ達に遠慮しなくても〜」 「なっ! ジン、いつの間に!」 「もう、村中に話をばらまき終わったから爺さんと合流しに戻ってきたのさ♪」 ……ロコナは間に合わなかったのか。 くぅぅっ! がっくりと項垂れる。 「オレ達は、所詮しがない彼女ナシ羨んだり、恨めしがったり、呪ったりしないから存分にハッピーライフを楽しんでね♪」 楽しめるか! それに、俺とロコナをくっつけようとしたくせに。 こんな嫌がらせをするとは。 「嫌がらせなんかじゃないよ。友情がちょっぴり先走りしちゃったからさ☆」 ……そろそろ殴るか? などと俺が拳をぷるぷるさせていると。 「まあ、真面目な話……手ぐらいは握ってやれよ?」 急に佇まいを改めて、俺の肩にポンと手を置いた。 「そうじゃ。男のオマエさんから動かないと、ロコナも困るじゃろて」 こちらもまた、真面目な顔になっている。 おまえら急に変わりすぎなんだよ。 「う……うん」 でもまあ、言っている事は正しいっぽいので、俺も素直に頷く。 「そう! まずは手を握るのから始めるのじゃ!そしてそれが済んだら……」 「キス&押し倒せ!」 「YEAH!」 2人は同時に、グッと親指を突き出した。 「余計なお世話だ〜〜〜〜!!」 「わーっ、リュウが怒った〜!」 散々煽った後で、2人は俺に殴られる前に逃げていった。 兵舎に戻ったら、またあいつらの相手か……ああ。 なんだか、どっぷりと疲れてしまった。 「隊長〜」 ジンと爺さんと入れ違いで、今度はロコナが現れた。 「はぁ、はぁ……すみません、探し回ったんだけど、見つかりませんでした」 真面目に探してくれたらしく、ロコナは息を切らしている。 「今さっきまで、その犯人はここにいたよ」 「あうっ!」 ロコナが眉をハの字にする。 「ロコナのせいじゃないよ。どちらにせよ、もう言い回った後みたいだったから」 俺はそう言って、ロコナを慰めたが、手に持っているやけに大量の荷物が気になった。 「ところで、それは何?」 「これですか? 村を回っていたらまた皆さんから色々と頂いてしまって」 そう言って、俺に差し出した大きな籠の中には、抱えきれないほどの食料やら、花やらが。 「持って帰るしかないな……」 村人達が俺達を思ってプレゼントしてくれたのには間違いはない。 「そうですね。あはっ♪」 行く先々で村人達に祝福されたロコナは、どこか嬉しそうだった。 この笑顔を見ていると……冷やかされるのも悪い気はしなかったりする。 「あっ! もう太陽が頭の上です!お昼を作らないといけないです!」 言われてみて気がついた。 「あは! たいちょーのお腹の虫が鳴いてます♪」 「なんか、あいつらの相手で疲れたせいかもな」 異様に腹ぺこだ。 「たっくさん、頂き物をしたので美味しいお昼ご飯を作りますね♪」 「マジで? 楽しみだな」 「がんばります!」 俺とロコナは顔を見合わせて笑う。 「重そうだな、籠は俺が持つよ」 「大丈夫です、これも鍛錬です!」 「そういうわけにいかないって」 「駄目ですぅ〜!」 籠の持ち手に手を伸ばした俺と、持ち手を握りしめて離さないロコナ。 「ほら、貸してみろってば」 「だーめーでーす!」 荷物の入った籠が、俺とロコナの間を行ったり来たり。 気がつけば、俺とロコナの手は持ち手を挟んだまま握りあっていた。 「あっ!」 「あ……」 なんとなく、無言で見つめ合ってしまう。 「あの……えっと」 ロコナの顔が、ほんのりとピンクに。それがやがて、朱に染まっていく。 俺はその隙に、籠を奪い取ったけれど。 手は握ったままだった。 「ロコナ、このまま、帰ろうか」 ちょっと緊張しながら―― ロコナに尋ねる。 「……はいっ♪」 ロコナは手をキュッと握り返しながら、嬉しそうに大きく頷いた。 俺たちは手をしっかりと握りあったまま、兵舎までの道のりを、少しだけ回り道して帰ったのだった。 あれから――のんびりと兵舎に帰った俺たちは、ジンとホメロ爺さんからまた冷やかしを受けた。 村人達からもまた冷やかし……もとい、祝福されつつ仕事を終えた俺達は。 夕食が終わってから、ようやくゆっくりとした時間を持つことが出来た。 「風が冷たいけど……気持ちイイですね」 「そうだな」 夜風に吹かれながら、ロコナと寄り添う。 秋の風は肌寒いが、仕事の後の火照った体には心地良い。 屋根の上に来たのは、風に当たりたかったのもあるけれど。 主にあの騒がしい二人の目から、逃れるためだったりもする。 「しかしまぁ、今日はなんだか慌ただしかったな」 「はい。村中に話して回られたのは、ちょっと恥ずかしかったですけど……でも」 「ん?」 「ちょっとだけ……嬉しかったです」 もじもじとはにかむロコナ。 「大好きな隊長の恋人になったって、みんなに知ってもらえたのが嬉しかったんです」 髪に付けた羽根飾りを玩びながら、ロコナは照れくさそうに告げる。 「んまぁ……実は俺も恥ずかしかったけど、そういう意味では嬉しかったかな」 ……ただし、あの2人のせいで、尾ひれ&背びれ付で伝わった分だけは、後で訂正しよう。 そう心に誓う。 「でも、余計な口出しをされるのは、さすがに勘弁だけどね」 散々手を握れとか、キスをしろだとか言っておきながら…… 『手くらいは握った!』と言い返せば、『この甲斐性なし!』と言われる始末。 でも、誰に言われようとも、俺たちは、俺たちなりのスピードでボチボチやっていけばいいと思う。 「……くしゃんっ!」 可愛らしいクシャミをひとつするロコナ。 「あ、寒かった?」 もう、ポルカ村の夜はかなり冷え込んでいる。 そんな時ほど、夜空は綺麗だけれど、風邪を引いたら元も子もない。 「もう、部屋に戻る?」 「いいえ、大丈夫ですっ!」 なぜかブンブンと手を振って、ロコナは遠慮している。 「あ……でも、隊長が寒かったらすぐに部屋に戻りましょう!」 「いや、俺も平気だよ」 それに、出来ればもう少しロコナとこうしていたいというか。 ……それはロコナも同じ気持ちだったらしい。 「でしたら……あと少しの間だけ。こうしてて、いいですか?」 ちょこんと、ロコナの頭が俺の肩に乗る。 「わがままなお願いですけど、今は、こうしていたいんです」 「う、うん……」 女の子の小さな頭。 肩に感じる心地よい重み。 夜風に乗って鼻腔に届く、甘い香り。 ロコナの香りは、なんだか収穫直前のプラムを思い出させた。 「あの……たいちょー?」 「な、なんだい?」 「えっと……だ、大好きです!」 「えへ……言っちゃった♪」 くぅっ……可愛いじゃないかよ! 俺の心臓は、これでもかと高鳴っていた。 可愛いすぎる恋人。 そして、これでもかという程の良い雰囲気。 ……動くなら、今しかない! 「たいちょー?」 「ロコナ……キス、してもいいかな?」 「はひゅぅっ!?」 俺の申し出に、ロコナが小動物の鳴声のような声を上げる。 夜目にも分かるほど、顔が真っ赤だ。 くぅ……っ、可愛いじゃないかよ! ロコナは、大きな目をきょろきょろさせてしばらく動揺していたが。 「ど……どうぞ」 やがて、勇気を出したのか、そっと目を瞑った。 そして、ロコナの唇にそっと触れるようなキスをする。 「……んっ……」 小さく、ロコナが吐息を漏らした。 それが唇の上で滑る。 ふんわりと、甘い匂いがまた俺に届いた。 ドキドキとしながらの、初めてのキスは俺の記憶の中で消えることはなかった。 健全な男であるリュウにはそれなりに欲望もあり、更なる進展を望まない訳ではなかった。 しかし度胸も無ければ、きっかけもないのが現状。せいぜい勇気を振り絞ってキス止まり。 そんなリュウにホメロから後押しが入る。村には夜這いの風習が根強く残っており、恋仲であればまず拒絶さないという。 その言葉を信じ、勇気を振り絞って夜這いに向かうリュウだった。 夜這いに向ったリュウだが、ロコナはベッドの中でぐっすりと眠っていた。起きているのか聞いても返事は無い。 安らかな寝顔のロコナを前にして、リュウは起こすことを躊躇うのだった。 「…………」 ぐっすりと眠るロコナを前にしてリュウは…… さて、問題です。 他人にどうこう言われようが、自分たちのペースで付き合っていったらいい。 などと、かっこつけたことを言った男は誰であろう? そう。 ――俺だ。 だが、しかし! あいつらの言いなりになって、暴走するわけじゃないが。 なんていうのか、お年頃だ、俺だって。 そりゃ、キス以上のこともしたいという欲求があったりもする。 溢れ出る想いをどうしたらいいものか。 王都にいた頃は、恋愛なんてクールに、スマートにこなせるだろうなんて思っていた。 それなのにまさか、こんなに悩むとは思わなかった。 ロコナの吹く角笛よりも早く起きてる俺。 もとい、寝てない俺。 「ふあ……ねむ」 視界がぼんやり霞みます……嗚呼。 「あれ? 隊長っ!?こんなに朝早くにどうしたんですか?」 「ん、まぁ。色々とな」 主に、これからの恋愛ステップについて悶々としていて寝れなかった、とは言えない。 「はっ! 何か深い考えが!?」 ロコナの眼がキラキラと輝く。 あ、これは絶対になんか勘違いされてるぞ。 「そういえば、村のお家で壁が壊れたって話がありましたよね」 「補修工事の段取りとか、見回りのパターンを考えてたりしたんですね!」 ……そんな話もあったっけ? 「さすがです〜。わたしも隊長を見習って、頑張ります!」 可愛く握り拳を胸の前で構えて、頑張りをアピールするロコナに、勘違いを訂正できるわけもない。 「でも、お体にも気を遣ってくださいね」 「ん?」 「目の下のクマ、すごいです」 ロコナが心配そうな顔で、俺をのぞき込む。 顔が近い。 ピンク色の唇に、無意識で目が行ってしまう。 「だ、大丈夫だから」 慌てて、視線を唇から引っぺがす。 駄目だ、駄目だ! 角笛の音で、爺さんやミントが起きてくるのに、こんなところでキスをするわけにいかない。 「それよりも朝飯の支度が、あるんじゃないのか?」 「あうっ!」 ロコナがぴょこんと跳ねて、驚いた様子を見せる。 「腹ぺこだから、朝飯が待ち遠しいな」 「はい♪ 美味しい朝ご飯を用意しますね〜」 ロコナが笑顔で答える。 台所へと向かうのと入れ替わりで、爺さんとミントがホールへとやってきた。 「おはようございまーーす!」 ロコナの明るい声が響いた。 いつもの日常で、時間が過ぎる。 午前の見回りでは何も変わったことはなく、午後からは壁の補修。 それくらいだ。 「ああ、平和だ……」 何か用事がある時に限って、ジンはやってこない。 いらん時には、いくらでも現れるくせに。 「だけど、あいつに話しても余計話がややこしくなるだけかもな」 なんせ、話の内容はロコナとのことだ。 引っかき回されるのがオチだろう。 「キス以上に進みたいときに、いいきっかけって無いか、なんてな」 まさか、そんなこと、ミントには相談しづらい。 焦ることでもないんだが、欲求はちゃんと存在してるのだから、それにどう折り合いを付けるか、なのだ。 「うーん、うーん」 「悩んでおるようじゃのぅ、リュウ」 「爺さん? どうしたんだ?」 「オマエさんの悩みを、ずばっと解決しにきたんじゃよ」 「……別に、悩みなんて無いぞ」 思わず強がりを言う。 ……爺さんも、ジンと同格でやっかい事を引き起こしてくれそうだからなぁ。 「ひょひょひょっ♪」 「その強がりを、ワシの話を聞いた後にも言えるかな?」 ホメロ爺さんが意味深に笑う。 「何を隠そう、このポルカ村にはとある伝統があるのだ」 「なんだ?」 「それはの。青少年の良い味方……」 爺さんはそこで言葉を切って、無駄にためを作る。 「気になるだろ、言ってくれよ」 「――夜這いじゃ!」 「な、なんだって?」 夜這い? 「恋人同士の夜這いは当り前。この村で、恋人の夜這いを拒否する娘などいようはずもないぞ〜」 ま、まじかよ? 「もちろん、恋人以外に身を許すことはない!愛し合ってるからこその夜這い」 「夜這い、それは男の度胸の見せ所」 「夜這い、それは男の浪漫!」 「かくゆうワシも、昔は恋人達の家に夜な夜な忍んでいったものよ〜」 でろん、と顔の筋肉を緩めた爺さんになぜか迫ってこられる。 「オマエさんの悩みはそこじゃろうて?」 「うっ……!」 言葉に詰まる。 図星だからだ。 「ロコナもオマエさんが来てくれるのを待ってるんじゃないかのぉ〜?」 「なっ……!」 「なんじゃったらのぅ、ワシが一緒について行ってやって、手取り足取り指南してやるぞい」 「お礼は……まぁ、気持ち程度でいいわい♪」 キラーンと光った爺さんの目には、見事にエロの二文字が浮かんでいる。 「指南なんかいるか!」 第一、夜這いの話も眉唾ものだ。 「ワシの言うことが信用できなければ、ババアにでも聞いてみるがいい」 「聞けるかよ、ロコナの保護者だぞ!」 「他の村人でもいいがのぅ。ひょひょひょっ♪」 爺さんはモロに楽しそうだ。 「もし、この話が嘘だったときには、ワシが大事にしておる、レキ・コレクションを捨ててもいいぞ〜?」 「何、コレクションしてるんだよ!」 「信じるも信じないも、オマエさん次第」 ホメロ爺さんは老人のものとは思えない軽快な足取りで、兵舎へと戻っていった。 「とりあえず……」 「レキ・コレクションとかいう危ないのは後で没収してレキに返却だな」 ああ……レキの下着なんかを盗んでいませんように。 みんなが寝静まったころ。 俺は忍び足で兵舎の中を歩いていた。 「…………」 あれからしばらく考えていたのだが……。 レキのコレクションまで賭けたホメロ爺さんが、嘘をつくとは思えなかったのだ。 ドキドキと心臓の音が体内で響く。 俺はロコナの部屋を目指していた。 「…………」 ロコナはベッドの中で、ぐっすりと寝入っていた。 心臓の鼓動は、いつもの1.5倍くらいだ。 ロコナの名前を呼ぶのに、ものすごく緊張する。 「ロコナ、起きてるか?」 「…………」 しかし、ロコナからは返事はない。 安らかな寝顔だ。 これを起こすなんて鬼畜の所業か? うーむ。すっかり寝入っているらしい。 夜這いと言っても、寝ているところをいきなり……ではまずいんじゃないか? 俺としても騎士の端くれなわけだし。 起こさないであんなコトなんかしたら、軽蔑されるかも知れない。 それに…… 「……やっぱり、同意がないとなあ」 それを夜這いというかどうかはともかく、ロコナの意思も確かめたい。 まずは起こそう。 「えーっと……ロコナ、ロコナさーん」 ……………… ………… うーむ。眠りは深そうだ。 夜這いというのは、寝ているところを無理矢理にでもゲットすることだったか? それではいくら付き合っていたとしてもご、強姦……という気がしないでもないのだが。 ……初めてが、ご……そういうのはまずいだろ。 いやしかし、この村では夜這いが普通らしいし。 「起こさない方がいいのかな?」 そうひとりごちると、ロコナがむにゃむにゃと唇を動かした。 「ん……、たいちょ〜……んん〜」 「うわごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」 ……って、寝言か。 寝言で俺を呼ぶとはなんというか……可愛いじゃないか。 「……」 起こすことも出来ず、俺はロコナを見つめる。 「すぅ〜……すぅ〜〜……」 ロコナはまったく起きる気配がない。 ホメロ爺さんの言葉に乗せられて、ロコナの部屋に夜這いしてしまったものの、どうも行き詰まってしまった。 「寝顔……可愛いよな」 安らかに眠っているロコナの寝顔に思わず笑ってしまう。 いつもは元気に動いている目が、今はしっかりと閉じられている。 「こうしてみたら、結構まつげ長いよな」 こうして寝顔を盗み見ていると、ちょっと後ろめたい気分になってくる。 でも、それと同じくらいにドキドキしている。 だが、部屋に来るまでのドキドキとは種類が違う。 「なんか、最近の俺ってヘタレか?」 ちょっと肩を落とす。 なんでだろうな。 前は王宮でナンパしようとまで思い切ったことをした俺だぞ? 「うーん? なんでだ?」 ここしばらくの俺の悩み。 あれほどクールに決めようなんて思っていたのにどうしてロコナが相手だとダメダメなんだろ? 「……ロコナ、だけ?」 いや、違う。 ロコナ、だからか! ああ、そうか! ロコナに対してだけ、こんなに緊張するのは、そういうことか! 俺は突然、納得する。 王宮でナンパしそうになったアルエは、確かに可愛い女の子で、せっかくの機会を逃すものか、とか思った。 でも、それは『可愛い女の子』に対する一般的な感情だ。 ロコナは、俺にとって特別な子だった。 だから緊張もするし、意識もする。 大事にしたいと思うから、無理なことも出来ない。 「俺は、随分と前からロコナのことが好きだったんだな」 「ロコナが俺のことを好きだって聞いて、自覚してなかった気持ちが先走ったから、あんなに挙動不審になってたのか」 分かってみれば、ばからしいというか。気恥ずかしいというか。 俺としたことが意外とウブだったんだな。 1人で顔を赤くする。 「すぅ……、すぅぅ……、……ぅぅ」 ロコナの寝息が少しだけ乱れて、俺はそれに気を取られる。 「すぅ〜……、すぅぅ〜〜」 俺の独り言がうるさかったのか? どうせなら起きてくれたらよかったのに。 そんなことを思わないでもないが、起きないのだから仕方ない。 「キス……くらいならばれないか?」 しかし、それは卑怯な気がしないでもない。 「……気がしないでもないのだが、したくないかと聞かれれば、これまたやぶさかでないというか」 ちょっとだけ。 ちょっとだけなら、ばれない。 ……よな? 夜這いに来て、何もせずに帰るんだし、キスくらいは…… いいよな? な!? そっと近づいて、唇に触れる。 柔らかい唇の感触に、胸の高まりが激しくなる。 「すぅー……すぅー……」 ロコナの微かな寝息が、頬にかかる。 ほのかに薫る、甘い匂い。 軽く触れてから、一旦離れて、また軽く触れる。 しっとりとした感触が、更に俺の鼓動を早くする。 「……ん……ぅ……っ」 ロコナの口から、可愛い吐息が漏れた。 起きてくれるかと思ったが、どうやら起きる様子はない。 「すぅ……ぅ、すうぅぅ……」 可愛い寝息が漏れる。 唇を離して、ロコナの寝顔を見た。 どうやらキスでも目は覚めなかったらしい。 「起きてくれたら、思い切ったのにな」 ちょっと残念だ。 名残惜しくて、ほんの少しだけ頬に触れてみる。 ロコナはちょっとだけ微笑んだように思えた。 「うう……」 俺もしっかりと起こすまでの勇気が不覚ながら……ないです、すみません。 「寝顔が見れただけでも、いいか」 俺は自分を慰める気持ちでそう呟くと、健やかに眠るロコナの傍からそっと離れた。 後ろ髪をビンビンにガンガンに引かれながら…… 「……あ、あう〜〜〜」 「起きれなかったぁぁ……」 「わたしの意気地無しぃぃぃ〜〜」 「たいちょー、ごめんなさい。ふえええ〜〜ん」 リュウが去った後。ロコナは真っ赤になりながらひとりベッドの上で、転げ回っていた。 村にアルエが帰ってきた。女であることを王の前で認めたというアルエは、しばらく静養という名目で村に戻ってきたのだ。 ロコナとリュウの仲が大して進展していないことに、なぜか怒り始めるアルエ。そしてアルエはリュウを懇々と説教する。 結果、二人混浴で仲を深めなさいとお達しが出て、恥ずかしがりながらも二人で温泉へと向かうのだった。 温泉に二人でやってきたリュウとロコナ。これから服を脱ごうというところで、ロコナは恥ずかしそうにお願いするのだった。 「あの……服を脱ぐ間、後ろを向いていてください……ね」 ロコナのお願いにリュウは…… 「ふわ……」 ん……。 鳥のさえずりで目が覚める。 どうやら朝になったらしい。 昨夜、夜這いに失敗してから…… 俺はあまり眠れていなかった。 ぶっちゃけ寝不足だ。 「角笛もまだだし、もう少し寝てるか……」 「……ぐぅ……」 俺はそのまま、二度寝に入った。 ……………… ………… …… 「んが…?」 まったりとした二度寝から、なんとなく目覚める。 「なんか、おかしいな」 さすがに俺だってポルカ村に慣れてきている。状況のおかしさに気がついた。 「あれ? もしかして、寝過ごした!?」 あのロコナの調子外れな角笛が聞こえないほど、寝こけていたのだろうか!? 慌ててベッドから跳ね起きる。 それと同時に誰かの声が響いた。 『誰かいないのかーーーーーー!』 「あの声、まさか……?」 聞き慣れた声……忘れもしないあの声に、俺は慌てて部屋の外へと飛び出した。 「おお、リュウ! 勝手に入ったぞ。誰もいないなんて、不用心じゃないか!」 「アルエっ! ど、どうしてまたポルカ村に?」 そこには王都へ帰還したはずのアルエが、仁王立ちして待っていた。 もちろん、金魚のフ……。いや、お付きのアロンゾも一緒だ。 「我々が帰還した途端、ここの部隊はこんなにたるんでいるのか、貴様っ!」 いや、ちょっと待て。状況が把握できない。 「んもうぅ〜、なんなのよ。あの声」 「朝っぱらから誰が騒いでおるんじゃ?」 アロンゾの声に起こされて、ミントとホメロ爺さんもやってくる。 「しゅ、しゅみませんっ!」 最後にやってきたのはロコナ。 慌ててやってきたのが分かるように、髪の毛がすこし乱れている。 「事情はよく分からないんだが、アルエとアロンゾが帰ってきてるんだ」 「分からんとは、どいうことだ、貴様!」 「貴様は殿下のお越しを察知し、お迎えするべき立場であろう!」 ……無理なことを言うな。 「伝達があればまだしも、ンなこと分かるかよ」 「しかも朝っぱらも朝っぱら。何でこんな時間に」 ロコナの角笛さえ鳴っていない時間だぞ。 「確かに朝には着いたが、そこまで早くない。いつもなら、朝食を食べ終わる時間だろう?」 「なのに、全員が寝惚け眼で……」 朝食を食べ終わる時間だって? 「すみませんっ、わたしのせいなんです〜!」 ロコナがそこで、頭を振り子のようにガンガン下げていた。 「け、今朝は寝坊をしてしまって……!角笛のお役目が出来なかったんですっ」 「ロコナが寝坊? 珍しいじゃないか」 「え、えっと……昨夜は……その、あんまり眠れなかったので」 ロコナが顔を真っ赤にして、俯いてしまった。 昨夜、眠れなかった……? ちょっとやましいことのある俺は、良心をチクチクと刺激される。 もしかして、昨夜俺が夜這いなんかをした所為で、眠りが浅くなってたとか……? 「き、気にするなよ。人間誰しも、失敗はあるんだからさ」 「ううう〜〜っ、すみません」 「んまぁ、あたしらはゆっくり眠れたからいいけど。でも、村の人たちって大丈夫なの?」 ロコナの角笛は毎朝の習慣。 それを合図にして生活している人も多いのだ。 「ひえええ〜〜〜っ!」 ロコナは真っ青な顔で、角笛を取りに走る。 「ふむふむ、青春じゃのう〜♪」 ホメロ爺さんはのほほんとしたものだ。 「……どうしたんだ、いったい?」 「どうにも分かりかねます」 そうだな。 何が何だか、俺にも分からない。 とりあえず、ロコナは平身低頭で皆に謝り、朝食の支度でバタバタと走り回っていた。 さすがにミントもロコナを手伝っていて、ホメロの爺さんは腰が痛いのじゃ、と言っての二度寝。 ホールにはアルエとアロンゾ、そして俺が残った。 「で? どうやって帰ってきたんだ?」 アルエの帰還は、国王命令。 しかもどうしても逆らえないと言って帰ったのに、この短期間での帰還。 しかも、どうやら未だに女の子のままだ。 「まさかレキの薬が効かなかったとか?」 だからポルカ村に戻ってきたんだろうか。 「いいや、ボクは薬を飲んでいない」 アルエの返事は、意外なものだった。 「ええっ!?」 なんのために、あんなに苦労して探索したり、色々な目に遭ったんだ! 「ドナルベイン、貴様は殿下のご英断に何か文句があるのかっ!」 シャキーンと、アロンゾが剣を抜く。 ああ、もうどうにかしてくれよ、この熱血漢! 懐かしいが鬱陶しい。 「アロンゾ! 話の途中で騒がしいぞ」 「失礼いたしました、殿下」 怒られてやんの。 ……という、俺の心の声が聞こえたのか、アロンゾがこっちを睨む。知るか。 「ボクが薬を飲まなかったのと、ポルカ村に帰ってきたのには繋がりがある」 「なんだよ?」 「ボクがここに戻って来られたのは……自分が女であることを、父上の前で認めてきたからだ」 「ああ、そうなのか」 「……って、ええええええええっ!?」 「うるさい、耳が痛い!」 「いや、だって……ええええええっ!?」 あれだけ、自分は男だと主張していたのに、一体どんな心境の変化があったんだ? こんな悪い冗談を言うとは、アルエの皮を被った、ジンか? 「……し、仕方ないだろう」 「自分の初めて好きになった人が男だったりして、しかも、自分が女の子の姿だったら……もごもご」 「なんだよ?」 「だから……自分が男っていう思いこみが間違いかもって感じて」 「何だよ、聞こえない」 「ああっ、うるさいなっ!」 「とにかくっ!!!ボクは女の子らしいから仕方ないんだっ!」 「それにどうしても納得いかなくなったり、女の子を好きにでもなったら……」 「その時こそ、あの薬を飲むからいいんだっっ!!!」 キーーーーーーン…… 「急に大きな声をだなぁ……。ったく、鼓膜が痛いだろうが〜っ」 良く分らないが、アルエは女のままで居ることに決めたようだ。 「これ以上、詮索するならアロンゾに命令して、キミの口を縫わせるぞ!」 「裁縫は得意ではないですが、殿下のご命令であれば、如何様にも」 ニヤリと笑って、アロンゾが俺ににじり寄る。 「わかった、わかった!」 アルエがそういう性格なのは、百も承知。 王子……ならぬ、王女なのだから仕方ない。 俺は降参の意味で両手を挙げる。 「とりあえず、ボクが王女であることをちゃんと認めたことで父上も落ち着いた」 「ポルカ村で静養がしたいと言ったら、二つ返事で了承してもらえたぞ」 「ポルカ村で静養しないと、また自分が王子であると思うかもしれないと、陛下を脅しになったのは殿――」 「あーあーあー! 聞こえないぞーっ!」 ……父親を脅したんだな…… 国王陛下も気の毒に。 「いいじゃないか! そうでも言わなきゃ今すぐ政略結婚させられそうなんだぞ!」 「たしかに、ボクは女の子かもしれないが、顔も知らない奴と結婚してたまるか!」 「そういうわけだ。当分、ここでまた世話になる」 「殿下のお世話を出来ることを、光栄に思うことだ、ドナルベイン」 「そりゃ、構わないけどさ。むしろこうしてまた会えて、皆も喜ぶだろ」 「皆……か。そうだな」 「キミ個人の感想は、やっぱり無いんだな」 「ん?」 「な、なんでもない!」 「それよりも、その、なんだ……!ロ、ロコナが寝坊だなんて珍しいな」 「確かに珍しいですな」 ――ドキッ! 昨夜の夜這いでの、微妙な後ろ暗さがまた湧き上ってくる。 「なんだ……様子が変だぞ?」 「……そ、そう?」 「おい、貴様。殿下の質問に答えないか!」 「別に、俺は何もしてないぞ!」 そう、何も出来ていないのだ。 「……何もしていないのに、その顔か?」 ――ドキッ! いや、夜這い未遂はしたよ。したけど! 「何かあるな」 「ない、ないないない!」 「このボクに嘘がつけると思うなよ〜っ」 「さぁ、吐け〜〜〜〜っ!」 「いやぁぁぁぁ〜!!」 「はぁっ!? 何もしてない?」 俺から話を聞くなり、アルエは大声を上げた。 「でかい声出すなよ! 人に聞かれるだろ!」 アルエに、客室に引っ張り込まれ、俺はしっかりと昨夜のことを白状させられたのだ。 「ロコナとは、付き合ってるんだろう?」 「そうだよ、付き合ってるよ!」 「ボクが帰った後に、ちゃんと進展していたのは褒めてやるが……何だ、その情けない体たらくは」 アルエが呆れたような顔をする。 アロンゾが見張りを言いつけられて、部屋の外にいてくれて助かった。 今の俺は、多分ちょっぴり情けない。 他の男に見られるのは、辛すぎる。 「一体、キミは何をしてるんだ」 「そうは言っても、色々と……ほら!タイミングとかがあるだろ」 「タイミング? そんなものは作れ!」 「人ごとだと思って、簡単に言うなよ」 「このボクが、諦めたのに……なんてことだ」 「はい? 何を諦めたって?」 「こ、こっちのことだ!それよりも今はロコナとキミのことだろう」 なぜかアルエは盛大に憤慨しているようだ。 なんで、アルエに怒られるんだ。 「ったく、こうなったらボクが一肌脱いでやる」 「どういうことだ?」 「いいから、ボクに任せておけ!」 「アロンゾっ、そこにいるか!」 『もちろんです、殿下』 扉の向こうから、アロンゾの声が聞こえる。 「至急、ロコナを呼んできてくれ」 『かしこまりました』 「おい、一体何する気なんだ」 「いいからボクに任せておくんだ!これは王族命令だぞ、命令!」 「は、はぁ……」 帰ってきたばかりのアルエは、早速なんだか台風の目のように俺たちを振り回し始めた。 「えーっと」 「……えっと」 まさにあれよあれよという間のことだった。 アルエは、ロコナを呼びつけると、俺たちに2人で温泉に行ってくるようにと王族命令を出したのだ。 曰く―― 『仲を深めるには、まず裸の付き合いだ!』 『今から、リュウとロコナは休暇を取らせる!温泉で仲良くなってくるまで帰ってくるなーっ!』 ………… し、史上まれに見る意味不明の王族命令だっ! 騎士団の連中が聞いたら、泡吹いて倒れるぞ。 だが、ちょっと嬉しい……というか、助かったというか。 進展を望んでいた俺としては、渡りに船だったのだ。 「あのっ! 隊長、おね、お願いがあります!」 「うおっ、な、なに?」 いかん、考え事をしていてぼーっとしてた。 「温泉に入るんですけど……ぉ、その……」 ロコナは、恥ずかしそうに視線を足下に落としている。 「あの……服を脱ぐ間、後ろを向いていてください……ね」 「も、もちろんだ!」 俺はすぐに了解した。 「ありがとうございます♪」 「……えー」 「……お願いしますぅ」 ロコナの目が潤みはじめる。 「じょ、冗談だよ!言ってみただけだって」 「じゃあ、俺はこっち向いておくから」 ロコナに背を向けるが、なんていうのか意識は耳に集中しまくりだ。 『本当に、こっちを向いてないですよね?』 「向いてない、向いてない」 耳は異常に神経集中してますが。 う……何の音だ? 上着……か? いや、先にスカート? 『ん……んぱぁっ!』 シャツ、脱いだ!? 『……お風呂だもの……これも……これも、脱がなきゃ……だよ、ね?』 ほんの小さな呟きまでもが、やけに大きく聞こえる。 何を脱いだッ!? ――ゴ、ゴクッ! 生唾を飲む音が、いやに大きく聞こえる。 緊張というか、期待感というか、そういうもので下半身が微妙に反応している。 『あのっ! 先に温泉に浸かっていますねっ!』 「あ、ああ」 『もう、いいですよー!』 「お、おう」 いや、この状態でロコナの前に出るのはまずい。 見えない分、余計に妄想が頭の中で暴走して、1人でかなりテンパってしまってる。 「落ち着け、俺」 露天風呂の(不幸なる事故での)覗きで、ロコナの裸は一度見てしまっている。 初めてじゃないんだから落ち着け、俺! 「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」 俺は深呼吸で、どうにか落ち着きを取り戻す。 『たいちょー?』 「ああ、今行く!」 俺は出来るだけゆっくりと、服を脱ぎ…… 鼻をもたげた象さん状態のナニを無事鎮めることが出来たのだった。 「お待たせ」 「は、はい、お待たせされ、されました!」 両手で胸と腰を隠していたロコナだが、なぜか俺を見て敬礼。 「おうっ!」 その拍子に、隠していたはずのおっぱいが俺の目に飛び込んでくる。 「ほぐっ!?」 「お、お湯加減は、ちょうどいいです!」 敬礼したままのロコナは、多分俺の目におっぱいが晒されていることに気がついていないに違いない。 えっと、これは言うべきか? いや、気づかないふりをして……おこう。 うん。それがいい。 そう思っているうちに、ロコナも敬礼を止めてようやく平穏(?)が訪れた。 ……気がしただけだった。 「あ、あの、隊長?」 「な、なんだい? ロコナ」 「えぇと、お背中……を、ですね」 「背中を?」 「背中を……流しても、いいですか?」 「えっ!」 そんな風にロコナに言われて、驚いてしまう。 ま、まじで、いいの? 俺は驚いて、ロコナを凝視してしまう。 「はううっ! だ、ダメでしたら、もちろんしませんっ!」 俺がびっくりして、すぐに答えられないでいると、それを拒否ととったのか、途端にロコナがしょんぼりとする。 「いやいやいや、ダメだなんて、まさかそんなわけないだろ」 「じゃぁ、わたしがお流ししてもいいですか?」 すぐにロコナが嬉しそうな笑顔になる。 桃色のほっぺたが、更に濃い桃色になる。 よし、俺もここでちゃんと言っておかないとな。 「う、うん。もちろん。めちゃくちゃ嬉しい」 「はうっ、はう〜〜んっ」 ロコナは、これ以上ないくらいほっぺたを染め上げる。 「わたしも好きな人の背中を流すの、とっても嬉しいです、えへへっ♪」 温泉で全身をピンクに染め、ほっぺたをそれ以上のピンクに染めたロコナ。 ……この場で襲いたいくらいの、犯罪的な可愛さだ。 だが、初っぱなから温泉ってどうよ? ロコナの心の準備だって、分からないのに、俺1人野獣になるわけにはいかない。 「……それじゃあ、お願いしようかな?」 下心を抑え付けて、ロコナに背中を向ける。 「はいっ♪」 嬉しそうなロコナの返事に、下半身が一瞬反応しそうになったけれど。 ……理性をフルで活動させた俺を、誰か褒めてくれ! 「わぁ……隊長の背中……広いですね♪」 ロコナが石けんを泡立てて俺の背中を擦る。 空いているロコナの片方の手は、そのまま俺の背中にぴったりと触れている。 「隊長、気持ちイイですか?」 「うん、かなり……いや、思いっきりイイ」 「よかった!」 「わたし、両親も兄妹もいないので男の人の背中を流したことがなくって」 そういえば、ロコナの生い立ちは捨て子だったっけ。 「これくらいの強さで擦っても、隊長は痛くないですか?」 一生懸命に背中を擦る感触。 気持ちイイ以外のなにものでもない。 「うん、ちょうどいいよ」 「じゃあ、もっとたくさん擦りますね」 「んしょ……んしょっ♪」 柔らかい手が、背中全体を擦っていく。 ああ、天国みたいだ……。 リドリー様、ありがとう。 アルエにも感謝すべきだな。 「……んっしょ、んんっ♪」 「えへへ……でも、わたしがこうやってたいちょーのお背中を流してるなんて不思議ですよね」 「ついこの間初めてお会いしたような気がするのに」 背中を撫で擦りながら、ロコナがぽつりと漏らす。 「う、うん……そうだな」 左遷されて、この村でロコナ達と出会って…… 本当に、ついこの間のような気がする。 「でも、今は、もう何年もここに住んでるような感覚だよ」 悪い意味じゃなくて。 王都での騎士団生活とはまた違った、充実した日々。 そして、ロコナや仲間達との楽しい毎日。 「わたしも……隊長とずっと長い間暮らしているような気がしてます」 「まるで、ふ、夫婦みたいに……」 「えっ?」 「きゃっ!い、今のは聞かなかった事にしてくださいっ」 ……ゴメン、今のはしっかり聞こえました。 ロコナが俺のことをそう思ってくれてるのかと、知って、じ〜んとしてしまった。 「え、えっと、隊長の背中ってやっぱり鍛えてるから、硬い……ですね……んっっ♪」 照れを誤魔化すように、ロコナがごしごしと再び俺の背中を洗ってゆく。 「肩胛骨も、しっかり洗わなきゃ……んっ……んしょっ、んしょっ……んっ♪」 何事も一生懸命なロコナ。 それはすごくいいことなんだが…… 「あっ、振り返っちゃ、駄目ですよ。恥ずかしいですからっ!」 「んしょっ、んしょっ♪」 「くっ……ううっ」 背後から聞こえる、吐息にも似たようなロコナの声。 背中にはその柔らかい手の感触。 「はうっ……んっ、んしょっ、んんっ♪」 嬉しいし、確かに天国だが。 「(ある意味、地獄だ……っ!)」 俺は天国と地獄の両方を味わいながら、声なき嘆きを森の中へとこっそり叫んだ。 ロコナが出産に立ち会った女性が、愛する人の子供を産むことについて語る。それを受けて、ロコナもリュウとのエッチをますます意識する。 一方のリュウも、ホメロとジンの悪乗りコンビによるエロ講座に引っ張りまわされ、欲望は高まってゆく。 そして再び夜這いをかけようとするが、部屋にロコナはいなかった。なんとロコナもリュウに逆夜這いをかけようとしていたのだった。 リュウが夜這いに向ったものの、ロコナは部屋にいなかった。落胆して自分の部屋に戻ろうとすると、廊下でロコナと遭遇する。 どこに行っていたのか訊ねると、ロコナは顔を真っ赤にしながら口ごもってしまう。そして逆にリュウに質問してくるのだった。 「た、隊長こそっ、どうしてこんな時間にわたしの部屋の前に?」 そんなロコナにリュウは…… 今朝も元気に、村中にロコナの角笛が鳴り響く。 「んくわあああぁぁぁ〜」 どこぞやの怪鳥のような声で伸びをして、俺はベッドから跳ね起きた。 「おはようございます、たいちょー♪」 「おはよう」 どうやら一番乗りみたいだな。 「あ〜、たいちょー!寝癖が付いてます、発見です」 ロコナが駆け寄ってきて、俺の髪の毛をなでつける。 「サンキュ」 「はい、もう大丈夫ですよ♪」 見つめ合う俺たち。 なんかいい雰囲気じゃないか。 恋人同士の朝って感じがするよな。 「……ロ、ロコナ」 これはキスくらいなら…… 「隊長……」 ロコナがそっと身を寄せてきて、ちょっとだけ顔を上げる。 まさに以心伝心。そして俺達が、今まさに唇を重ねようとしたその時。 「ああああ〜〜、腹減ったよぉぉぉ〜〜!」 「今日の朝飯は何じゃろうな」 「……朝っぱらから元気よねぇ」 「ん〜っ、ベッドは貧相でもやっぱりポルカ村の朝の空気は格別だな」 「そうですね、殿下」 ……まるでタイミングを計ったかのように、ゾクゾクとお邪魔虫たちが現れた。 がっくり。 「うう〜……」 ロコナも悔しそうだ。 分かる、分かるぞ、その気持ち。 「あぁ、腹減った〜!朝ご飯はまだかな〜?」 「おっ、ロコナ発見!美味しいご飯出来てる?」 「ちょっと待て、突然現れた招かざる訪問者」 「おいおい、ひどいなぁ。いくらなんでも王女様と騎士様に対してそんな風に言うだなんて失礼だぞ〜?」 「なにっ! ボク達が招かざる訪問者だと?」 「不敬罪でドナルベインを処罰いたしましょう、殿下!」 なんでそうなる!おまけにすぐに信じるなよ。 「勝手に話の矛先を変えるなっ。俺はジンに言ったんだ。なんで兵舎にいるんだよ!」 こいつの逗留先は村の宿屋のはずだ。 「レキの所で朝ご飯を恵んでもらおうと思ったら追い出されたからに決まってるだろ?」 そりゃ、追い出されるだろーな。 「だったら、ここに来るしかないじゃん?」 疑問形で言うな。余計に腹立たしい。 「宿の食事はどうしたんだよ」 「ん〜。それはもちろん、嫌がりもせずにちゃんとご飯の用意をしてくれるんだけどね」 だったら、そこで食え。 「みんなでワイワイやりながら食べる方が美味しいと思ってさ♪」 「……あいからわず、マイペースな論理ねー」 苦笑を浮かべながらミントがツッコむ。 「うーん、オレの高等な論理は一般人に理解されづらいのだろうか」 「やっぱりオレを理解してくれるのは、愛しの獣人しかいないねっ!」 「だったら、人里離れた場所に引き篭もってたらいいっしょ」 まさにそうだ。こいつは人里で暮らす能力が低いぞ。 「オレは美術工芸品の無い生活はダメなの。それに、生活能力ゼロだしネ☆」 美術工芸品って……獣人のエロ彫刻のことだろうが。 だが、ここまで明るく胸を張って言われたら、何も言えなくなる。 「ほらほら、細かいことはおいといて。みんなお腹も減ってることだし、朝食にしないかい? あ、オレは大盛りでよろしく♪」 「あう〜、材料足りるかなぁ」 「スマン、頑張ってくれ」 俺に言えるのは、それだけだ。 「ご飯ご飯〜♪ 美味しいご飯〜」 俺たちのあきれ顔には目もくれず、相変わらずのジンのマイペースで、一日は始まろうとしていた。 「それじゃ、俺と爺さんはヨーヨードの婆さんのとこに行ってるから」 「はい、いってらっしゃい♪」 「わたしはマリーカさんのお家に行ってます」 「マリーカさんに、なにかあったのか?」 「赤ちゃんのお世話が大変そうなのでお手伝いをしてくるんです」 「それに、アルエさんも村に顔を出したいって」 なるほど。 アルエは昨日帰ってきたばかりだしな。 また久しぶりに村の中を見て回りたいのだろう。 「そうか、じゃあそっちはよろしく頼むよ」 「ほら、ご挨拶でちゅよ。こんにちは〜」 朝食の後、ロコナはアルエを連れて、マリーカの家を訪れていた。 「もう、こんなに大きくなってるのか?」 「そうですよ。ほら、見てやってください」 マリーカの腕の中で、小さな赤ん坊がロコナとアルエに手を伸ばす。 「髪もふわふわ♪ かわいいですね〜」 「ありがとう、ロコナ」 「生まれたときも思ったが、赤子とは本当に可愛いものだな」 母性本能をくすぐられるのか、アルエが目を細める。 「はいっ♪」 ロコナも心からそう思う。 「ふふふ、こうしていると可愛いんですけどね」 「泣き出すともう大変で。最初はお乳が欲しいのか、それともおむつか、わからなくて大変だったのよ」 すっかり母親の顔になったマリーカが、赤子をあやしながら愚痴をこぼす。 「それに、眠たくなるとまたぐずってね」 「そのまま眠っちゃったりしないんですか?」 「ふふふ、そうだと助かるんだけどね」 「眠くても、寝かせてあげないと眠れないの。だから、赤ちゃんはぐずって知らせるのよ」 「そうなんですか? 不思議ですねー」 「もしかして病気なのか?」 「いいえ、違うんですよ。赤ちゃんのうちは、誰でもそうなんだから」 マリーナは笑うが、ロコナもアルエも理解できずに顔を見合わせる。 「ご飯もそう。一人じゃ食べられないから、一日に何回もおっぱいをあげて……それこそ、夜の間にもひっきりなしにね」 「えっ、じゃあマリーカさんはいつ眠るんですか?」 「ちょっとした時にウトウトするくらいよ。ふふふ、さすがに寝不足気味かもね」 「ええ〜っ!」 「大変なことじゃないか!」 「そうですよ。それが母親ってものだもの」 「お腹の大きかったときも十分大変だったけど、生まれてからの方が何倍も大変だわ」 そう言いながらも、マリーカは笑顔だ。 「マリーカさん、嬉しそうですね」 「とってもしんどいけれど、とっても幸せなの」 「だって、この世で一番愛している人との大事な大事な子供だもの」 「あたしのお腹の中で、大切に育んだあたしたち夫婦の愛の結晶よ」 「こんなに愛おしいものなんて、ないわ」 「はう〜」 「はぁ〜」 感嘆の溜息を漏らすロコナ達。ふたりは、マリーカの笑顔をとても眩しく感じていた。 「この子の妹か弟を作ってあげたいけど……男達は出稼ぎだものね」 「案外、この子の妹や弟が出来るよりも先に、ロコナの所に赤ちゃんが来てたりして♪」 「ええっ!」 「そうだな。他に夫婦や恋人と呼べる組み合わせも無いしな」 「で、でもっ、わたしと隊長は、そのっ!」 「あら、あなた達、まだだったの?」 「はうう〜っ、それは〜〜っ!」 茹で上がったみたいに、ロコナの顔が一気に赤くなる。 「ちょっと待て。温泉では何もなかったのか?」 マリーカとアルエの視線が、ロコナに集中した。 「だだだ、だって、そんな〜〜!」 「せっかくボク達が気を利かせたというのに……何をやってるんだ、リュウは!」 「あっ! それともロコナが嫌がったとか?」 「いえ、そんなわけじゃありません!」 思わず答えてしまって、ロコナは赤面する。 もちろん、彼と結ばれるのは嫌なんかじゃない。 「(ああっ、でも〜〜!)」 複雑な乙女心が、ロコナの中でくるんくるんと渦巻いてしまう。 「なんだ、だったら問題ないじゃないか」 「そうよね〜」 そうは言っても、やっぱり恥ずかしいものは、恥ずかしい。 「また、ボクが一肌脱ぐしかないのかな」 「大丈夫です、大丈夫ですぅぅ〜〜!」 ロコナはアルエに飛びついて、必死になって首を振り続けた。 ロコナがアルエ達に詰め寄られていた頃―― 「班長、こちらは大丈夫であります!」 「フムフム、ここなら誰も来んわい」 って、なんだよ。 「おい、なんだよ?婆さんの所に行くんじゃないのか?」 なんで、ジンと爺さんに拉致されて、ひとけのない森の中へと連れてこられなきゃいかんのだ? 「そんなのはオマエさんを連れ出すための口実に決まっとる」 「ふっふっふ、まだまだヒヨッコのオマエさんに、ワシらがちょっくら教えを説いてやろうとな」 教えって……わざわざ森まで連れ出して、何を教えるつもりなんだ。 「ほらほら、ここで注〜〜〜目♪」 「ヒュ〜パフパフドンドンドン!」 呆れる俺をよそに、ふたりは勝手に盛り上がってゆく。 「これからワシらが、オマエさんに大事な講義をしてやるぞ」 「だから、何の講義だよ?」 「まあまあ、慌てずに。題して!」 「今夜はあっはん♪わたしを好きにしてください講座〜! だ!」 「………………」 自分の身体から、急に力が抜けてゆくのが分った。 「そんなワケの分からない講座のために、森まで連れ出したのかよ!」 「ワケが分からないとはなんじゃ!すべてオマエさん達の為じゃぞ!?」 「いざというときに、ちゃんとした知識がなければ大事な合体! も、うやむやになってしまおうて」 が、合体って言うな! 「ワシの熟練の知識」 「オレの変態の知識!」 「合わせてその頭にたたき込んでやる(ぞい)」 「い、いらんわ!!!」 そんなもん、講義されなくっても一応……ちゃんと分かってる! 「そうかのう〜〜?」 「リュウは照れてるだけだって。ほらほら、こんなことは知ってるかい?」 「まずはコレ!男のロマン、口でナニをして貰う場合じゃ」 「これを頼むのには、女の子の身にならんといかん。無理矢理させるなんてもってのほかじゃ」 「一番最初なんて、特にじゃ!」 「だーかーらっ!」 なんつー生々しい話を始めるんだ。 「お口の中の柔らかさと温かさを感じながら、優しく女の子をリードしてやるのが大事じゃぞ」 「具合がいいからと言って、いきなり腰を振ったらダメじゃ」 そ、そんなことするわけないだろ! というか、勝手に講義が続いているのはなぜだ。 そして、俺がつい聞き入ってしまうのはなぜっ! 「あくまでも、男はその口の柔らかさを味わうのみ。女の子に全てを預け、なおかつ自分が感じるポイントを教えてやるのがベストじゃ」 「最初から上手い娘っ子はおらん。パートナーとの意思の疎通が大事じゃ」 「オマエさんが気持ちイイと思うことをちゃんと伝えてやるんじゃぞ」 はぁ……それは、なるほど……だな。 「いよっ! エロ爺!」 「吸ってくれとか、舐めてくれとか、ちゃんとオマエさんのペースを伝えるんじゃ」 これはこれで、勉強になるような気がしなくもない。 そんな気持ちになってくる。 「イコール、相手にもちゃんと聞くんじゃぞ」 「どこが気持ちイイかを聞いて2人で行う愛の営み!」 「それが合体の集大成じゃ〜〜〜!」 うーむ、奥が深いっ。 妙に説得力のある爺さんの解説に、俺はいつしか頷いていた。 伊達に歳を食ってない気がする。 「オマエさんの体のことを、相手が理解しオマエさんも相手のことを理解してこそ!」 「そこに真のエロスが発生するのじゃ!!!」 おお〜〜〜、確かに! 「はい、ここ大事〜。メモってね♪」 アホエロ講座かと思ってた俺の予想を裏切り、爺さんの話す内容は、意外と役立つものだった。 ……ノリはちょっとアレだけどな。 「さて、講義はまだつづけてよいかの?」 「あ、ああ……」 頷いてから、慌てて居住まいを正す。 「いえ、お願いします!」 「よろしい!」 俺と爺さん(と、おまけのジン)はそれからしばらくの間、真面目にエロ講座を続けたのだった。 「疲れた……」 案外ためになった爺さんのエロ講座と、まったくもって無意味だったジンの変態講座。 終わってみれば、日は落ちていて、帰ってきた時には、俺は疲労困憊になっていた。 「うう……頭から内容がこぼれ落ちそうだ」 これでもかとエロ知識を詰め込まれたので、頭がくらくらする。 ちょっとベッドで横になろうかな……? 「あっ……たいちょー」 「うっ!」 マリーカさんの所から戻ってきたロコナと鉢合わせた。 俺を見つけて、ロコナが嬉しそうに軽い足取りで近付いてくる。 「たいちょー、お疲れ様ですっ♪」 「あ、ああ……ロコナもお疲れさん」 ロコナの甘い香りがふわっと鼻に届き、俺の心臓がバクンと音を立てる。 ああ、さっきまで聞かされていた話のせいで、妙にロコナを意識しちゃうじゃないか。 気恥ずかしくて、まっすぐ顔も見れやしない。 「はうぅぅ〜〜〜」 ちらりと見ると、なぜかロコナの顔も赤かった。 ど、どうしよう。 下心に気づかれてしまったんだろうか? そのわりには、妙に俺に近付いているような。 「あの、あの、えっと……夕飯の用意してきます!」 「う、うん。頼む、是非頼む!」 お互いぎくしゃくした状態で、ひとまず離れる。 とにかく、落ち着くまではもう少し時間をくれ、プリーズ。 「で、では〜〜〜〜!」 ロコナは右手と右足を同時に出して、ぎこちない動きで台所へと消える。 なんだかロコナも俺を意識してるみたいだな。そう思うと、余計に胸のドキドキがっ! 「夕飯までに、本当に落ち着けるのか、俺……?」 自信ないぞ…… 夕飯は無事乗りきったが、どうにもこうにも収まりがつかん。 ――夜這い・リベンジ 頭の中に、そんな言葉が浮かぶ。 この前は失敗したけど、今夜はどうだろう? 爺さん(と、無意味だったジン)のおかげで、なんかエッチにおける大事なことも頭にたたき込まれた。 「あの時は、起こせなかったけど……今夜こそ!」 拳を握りしめる。 ロコナもなんだか意識してくれてるみたいだし…… 今日こそ上手くいきそうな気がする。 がんばれ、俺! 頑張るんだ、俺ッッ!!! リュウが気合いを入れている頃……ロコナも自分の寝室で、一人葛藤をしていた。 「うう〜〜っ、どうしよう」 「こないだの夜、せっかく隊長が来てくれたのに。寝たふりなんかしちゃって……わたしのバカ〜!」 枕を抱えて、ベッドでごろんごろんと転がる。 昼間マリーカとアルエに発破をかけられて、ロコナは改めてリュウとの関係を意識していた。 「もう、夜這いに来てくれないのかな……?」 来てくれて嬉しかったのに、緊張しすぎて寝たふりをしてしまった自分。 もし、また来てくれたら……今度こそ、大好きな隊長と結ばれるのだろうか。 「どうしよう、どうしよう、どうしよう〜〜」 時間が経つほどに、ロコナはリュウの事を意識してしまう。 「わたしだって、好きな人と愛し合いたいもん」 でも……どうやったら、そんなきっかけが?自分から踏み出す勇気なんてない。 「夜這い……来てくれないかなぁ」 「もし来てくれなさそうだったら、いっそわたしが……んむ〜、はむ〜っ!」 もぐもぐと枕を噛みしめる。 ロコナの部屋では、しばらくの間可愛らしいうめき声が続いていた。 そろり。 そろり、そろり。 人々が寝静まった頃…… 俺は足音を忍ばせて、ある部屋を目指していた。 兵舎の中には、前よりも人が増えてるので、こっそりが基本だ。 「リベンジだ、リベンジだぞ!」 小さくガッツ。 そろり。 そろり、そろ…… 慎重に進むうちに、やがてロコナの部屋の前に来た。 深呼吸を一つして、音を立てないようにゆっくりとドアを開ける。 「ロ、ロコナ……」 緊張しながらロコナの名を呼ぶ。が…… 「あ、あれ?」 ロコナ、いないし。 薄明かりの中、目を凝らして見ると、ロコナのベッドは膨らんではいなかった。 こんな夜更けだというのに、どこへ行ったんだろう? 「仕方ない……出直すしかないか」 ガッカリしつつ、自分の部屋へ戻ろうとしたその時。 「うわ……っ!?」 「はうっ!」 だ、誰だっ!?声からして女の子みたいだけど…… 「……もしかして、ロコナ?」 なぜかそんな予感がして、俺は優しく訊ねてみた。 すると、暗がりの中の人影が、恥ずかしそうにもじもじとし始める。 「隊長、わ、わたし……です」 ぶつかった相手は、やはりロコナだった。 まさか夜這いに行った相手に、こんなところで遭遇してしまうとは。 とんだ不意打ちである。 「あ、あの〜っ、どうして隊長がここに?」 ロコナは驚いて泣きそうな顔をしてるが、俺も同じ気持ちだったりする。 なぜロコナは部屋に居なかったんだろう。それに、俺を見てやけに驚いているし…… もしかして……? 「ロコナこそ、どこに行ってたんだい?」 「あの、それは……あうううぅ」 ろうそくの明かりが頼りの薄暗い視界の中。ロコナの顔が赤くなるのが見えた。 「た、隊長こそっ、どうしてこんな時間にわたしの部屋の前に?」 「いや、その……じつはロコナに逢いに来たんだ」 見つかってしまったので、正直に答えた。 「えっ? そ、そうだったんですか?」 どこか嬉しそうなロコナの声に、俺は安堵した。 「うん。ロコナは……どこに行ってたんだい?」 「いや、ト、トイレに行った帰りに迷って……」 恥ずかしくて、咄嗟に誤魔化してしまった。 「そう……でしたか」 ロコナはなんだかガッカリしている。 もしかして、じつはロコナも俺を待っていてくれたんだろうか。 「う、嘘! 本当は……ロコナに逢いたくて来たんだ」 「えっ!?」 「じ、じつは、わたしも……なんです」 ロコナは恥ずかしそうに視線を床に落としていた。 うっ……可愛い。 「わたしも、さっき隊長のお部屋に行ってました。でも、居なくてガッカリして戻って来たらここで……」 それってやっぱり、そういうことか!? 「わたし、わたし……隊長のおそばにいたくて……つい」 きゅっと、服の裾を掴まれる。 ――ドキン! なんか服じゃなくて、心臓を掴まれた気分だ。 「うん、俺もロコナと一緒にいたかったんだ」 いや、こんな中途半端じゃなくはっきり言うんだ。 「今まで、なかなかその一歩が踏み出せなくてゴメン。でも、今夜は勇気を出して言うよ」 「俺はロコナが欲しい。恋人として、ロコナと一つになりたい」 「た、隊長っ、えっ、ふえぇぇっ!」 ロコナがピクンッと体を強ばらせる。 げっ……もしかしてロコナのはそういう意味じゃなかったのか!? ちょっと冷や汗が滲む。 「隊長〜〜〜っ」 上目遣いで睨まれる。 ちくしょう、だから可愛いんだって! 「……わ、わたしが言おうと思ってたのに。先に言うなんてずるいです〜!」 ロコナっ! 俺は嬉しさのあまり、ロコナを抱きしめる。 「はううっ、はうはうっ!」 腕の中でロコナが、なんか訳の分からないことを言ってたが、そんなのどうでもよくて、もっと強く抱きしめた。 「た、隊長が勇気を出してくれたから、わたしも……」 「わたしのすべてを……見て下さい」 自分の部屋に入って少し落ち着いたのか、ロコナはベッドの上で恥じらいながら、自ら上着の前を開いた。 「うん……」 「うう、緊張して……心臓がドキドキして、変になりそうですぅ」 開かれた服の間から、形の良い乳房が月明かりに照らされて浮かび上がる。 「う、うん。俺も同じだよ……」 大胆なロコナの仕草は、俺の興奮と緊張をこれでもかと刺激していた。 もし理性を保っていなかったら、今すぐ彼女に飛びかかっていただろう。 「し、下も……脱ぎますね」 ショーツに手をかけ、足からゆっくりと抜き取る。 スカートの間から秘部が覗き、足の付け根の柔らかそうなラインが見えた。 「隊長、これで……いいですか?」 内ももを震わせながら、ロコナが上目遣いに俺を見つめる。 潤んだ熱い瞳が、俺をじっと捕らえている。 「うん。とてもきれいだよ、ロコナ。触れても……いいかな?」 「は、はい。隊長に触って欲しい……ですっ」 真っ赤になって、こくんと頷く。 そんなロコナが愛おしくて、俺は彼女の上に覆い被さった。 優しくキスをしながら、彼女の身体に触れる。 「んっ……ちゅっ……はぁっ!」 初めて触れたロコナの肌は、すごく柔らかくて驚く。 女の子の肌って、こんなに柔らかいのかっ? 「……ンはっ……んっ、ちゅっ……ちゅっ」 最初は唇が触れるだけだったキスが、次第に深くなっていく。 柔らかい唇を吸って、ゆっくりと舌を滑り込ませる。 「あふっ……んっ……んちゅっ」 そっと薄目を開けてみると、ロコナはなんだか必死の顔だ。 「ロコナ?」 「ぷは……っ! はふうう〜〜っ」 潤んだ目で、見つめてくる。 「たいちょー……息が出来ないですぅ」 「もしかして、キスの間息を止めてたのか?」 「だって、どうしたらいいのか分らなくて〜」 うるうるとした目で訴えられて、胸が高鳴った。下腹部がカァッと熱くなる。 「はうっ! なんか、当たってます!」 それは元気になった俺の一部です…… 「あっ、えっ?これって、もしかして隊長の……」 「はうぅぅ〜〜〜っ!」 そこまで言って、ロコナが真っ赤になる。一応、一般的な知識は知っているようだ。 恥じらいで震える姿が、また愛らしい。 「とりあえず、キスの時は呼吸をしてても大丈夫だから」 「は、はい!」 敬礼しそうな勢いで答えられて、ちょっと笑いそうになる。 「あとは、お互い自然にすれば……大丈夫」 爺さんからあれこれと教わったけれど……結論から言うと、そういう事らしい。 ふたりの気持ちが自然に重なれば、身体も重なるんだと、俺は今実感していた。 「わかりました、隊長」 ニッコリと笑うロコナが可愛くて、俺は引き寄せられるように、またキスをする。 「ん……はぁ……っ、んちゅっ……やっ、んんっ」 恥じらいながらも、キスで応えるロコナ。 湿った音が、部屋の中に響く。 舌を口内に滑り込ませると、柔らかくて温かいロコナの舌に触れた。 「んふうっ……んっんっ!」 舌を吸うようにして、俺の口内へと誘う。 「あふ……んっ……あっ」 いつもは元気一杯のロコナから艶めかしい声が漏れる。 キスを深くするうちに、ロコナもそれになれてきた。 乳房をなぞるようにして、揉んでゆく。 「んふっ!?」 緊張で少し汗をかいているのか、手のひらはロコナの肌にしっとりと吸い付く。 「あうっ……あっ、隊長……っ、んっ」 縋るように、ロコナが俺のキスに応える。 「きゃふぅっ! あっ、胸が……んんっ!」 形の良い柔らかな脹らみが、手の中で形を変えるとロコナは甘い声を漏らした。 乳首が尖り始めたらしく、手のひらの中央にコリッとした感触がある。 俺はその感触を確かめるように、思わず何度も揉んでしまう。 「ぁ……んっ!」 こらえたような吐息が、ロコナの口から漏れる。 うっ……すごい、くるっ! たまらなくなって、さらに感触を確かめるようにおっぱいを揉んでみる。 「あふ……んはっ、隊長……ぁっ、んっ♪」 感じてるのか? そう、だよな? 「ひゃうっ……あぁ、ふぅんっ……!」 硬くなっていく乳首。手のひらの中で存在感がすごい。 転がすように手を動かすと、おっぱいの下の心臓が、ドクドクと早鐘を打つ。 「隊長……っ、あぁ……んっ」 熱い吐息が、顔にかかる。 「んっ、むっ……ちゅっ、ちゅぱっ」 舌を激しく絡めて、唇をむさぼる。 ロコナの足が、もぞもぞと動いて、それが微妙に俺の股間を刺激してくる。 「う……っ」 ちょ、それ……すごい、気持ちイイ。 「くふぅ……っ、ン……ぅっ、ああ……っ」 更にロコナの足の動きが大きくなる。 もじもじとして、太ももを摺り合せるようななんか、そんな感じ……? もしかして……こっちも触って欲しいとか? おっぱいから手を離して、その手をもっと下へと移動させる。 「あっ……隊長……っ!?」 驚いたようなロコナの声。 けれど、俺の手はそのまま腹の上を通過して、更に下へと…… 「やっ、駄目……っ、あっ、あぁんっ!」 露わになっていたロコナの女の子の部分に触れる。 「きゃうぅっ、あっ……恥ず……かしい、です……ぅっ!」 キスもままならない風で、羞恥を訴えるロコナ。 ……ううっ、ヤバイほど興奮するっ! 指先には、しっとりと濡れた感触。 俺の指先を濡らしてしまうほどのその湿度に、心臓は、もう爆発寸前だ。 感じてる……ってことだよな。 濡れてるってことは、ここで俺を受け入れてくれる準備がロコナの中で出来てきてるってこと。 「ロコナ。えっと……もっと触って、いいか?」 「うう〜〜っ、隊長のバカぁ〜……」 「恥ずかしいのに……ううっ!でも、答えなきゃ、いけないですよね……?」 素直一直線のロコナは、誤魔化すなんて出来ないらしい。 「いいです……隊長にだったら、わたし……」 恥ずかしいのを一生懸命我慢した様子。 一気に突っ走りたくなるのを堪えるのが結構大変だ。 俺は緊張しつつも、露わになったロコナの秘部に指を這わせた。 ――くちゅっ♪ 「きゃうぅぅっ!」 「すご……っ」 初めて触る、ロコナのおま○こ。 すごく熱くて、指がぐっしょり濡れるほどすでにそこは準備を整えていた。 ゴクリ、と生唾を飲み込んで、ゆっくりと亀裂の上をなぞる。 「きゃふぅ……んっ、あふっ……ぁっ」 「た、たいちょーの指が、あぁ……わたしの……っ、さ、触ってるぅ……あっ、んぅっ!」 羞恥で身悶えるロコナの奥から、大量の熱いエキスがにじみ出してくる。 俺はその粘質の愛液を、音を立てるように指に絡ませた。 「あっ、や……そこ、指、だめ……ぁあっ」 はだけていた服の隙間から、ロコナの肌がピンク色に染まっていく。 ぬちゅ、ちゅぷ…… 「あぅんっ♪ やっ、あぁぁっ!」 ちゅぷっ、ぬくちゅっ…… 「あ……っ、中に、入ってきちゃうっ……!」 指先が吸い込まれるようにして、裂け目につるりと入りこんでしまう。 蜜水の滑りを助けに、ロコナの温かい入り口を指で穿孔すると、きゅっと締め上げられた。 「ああっ……隊長っ、あふぅっ、ンっ……」 すごく、興奮する。 この狭い場所に俺のチ○ポが入るんだ。温かくて狭い……ロコナの中に。 それを考えながら、ロコナの中で指を動かす。 じゅぶ……ちゅっ、ぐちゅっ 「んくぅっ……あ、はぁ……っ!」 「はうぅぅ……恥ずかしい、です。でも……大好きなたいちょーだから、わたし、がんばり、ます……ぅっ」 真っ赤になったロコナが、縋るような視線を向ける。 なんかすごい色っぽい。 「まるでこの中に心臓があるみたいに、すごいビクビクしてるよ」 「たいちょ……っ、指動かしながら、あっ……ン、だめ、そんな……んうぅっ!」 きゅっと噛みしめた唇が可愛くて、またキスをする。 「ん……はむっ……ちゅっ、ちゅぱっ」 ぬちゅっ、くちゅっ、ちゅっ…… 「あふぅ……たいちょっ……あんっ、ちゅっ」 ぐちゅっ、じゅぶっ、じゅぶぶっ! 「はひゅぅっ、んっ! んくぅっ!」 「気持ちいいの? ロコナ?」 「うう〜っ、……はい……いいれす……」 恥ずかしそうにしながらも、ロコナはこくんと頷く。 「俺もすごいドキドキして興奮してる」 しっかりと勃っているち○ぽをロコナの太ももに押し当てる。 「……あっ……隊長の……硬い」 「あの……あのっ、たいちょー!」 「わたしだけ、気持ちよくなったらふ……不公平だと思っちゃいました」 「え?」 「わたしも、隊長を……その、気持ちよく……してあげたいですっ!」 真っ赤になって、一生懸命に伝えたロコナは、多分すごく恥ずかしかったのだろう。 「んん〜〜〜っ」 きゅっと目を瞑って、熟れたリンゴみたいになってしまった。 とはいって、気持ちよくと言えば…… あ、アレを頼んでみるとか? いや……でも、初めてなのにいいのだろうか? 「隊長……?」 上目遣いのロコナと目があう。 「あ、あのさ……こういう事を頼んでいいのかわからないけど」 「は、はいっ! なんでも言って下さいっ!」 俺に応えようとして、ロコナは期待で目を輝かせている。 「口で……俺のここを愛撫してくれないか?」 「えっ、えっと……隊長のそこをお口で……?」 「うん。無理強いはしないけど……できれば」 「た、隊長の為なら何でもするですがっ!」 「すみませんっ!わたし、は、初めてなんです!」 「そりゃそうだろ!」 「だから、あの、あのっ!」 「な、なに?」 「やり方を、教えてもらえますか!」 勇気を振り絞って、ロコナが俺に告げてきた。 悔しいが、今さらながら爺さんにあれこれ教わっておいて良かったと思う。 おかげで、俺も落ち着いてロコナに伝えられそうだ。 「それじゃあ、えっとまずは……」 改めて、ロコナと向き合い――ズボンから張り詰めた物を取り出した。 「はう……っ!」 初めて見た男性器。あからさまに驚いた顔でロコナが見つめてる。 「こんなに大きい……んですか?」 「はうぅ……で、できる、かな?」 へにゃりと眉をさげて困った顔をするが、おそるおそるの手つきで俺のチ○ポを握る。 「あんまり強く握らないで、優しくね」 「はい……っ」 手でそっと挟むようにして、チ○ポを持ったロコナが、上目遣いで俺を見る。 「あの……これを、舐めたらいいですか?」 「うん、根元から上に向けてゆっくりと」 「はい……んっ、ぺろっ」 ロコナが赤い舌を伸ばして、おそるおそるチ○ポを舐める。 「う……っ!」 このアングルの、このビジョンだけで、かなり……くる! 「れろっ……れろろ……っ」 ぴちゃぴちゃと、音が響く。 ロコナが舐める音だ。 「どう、ですか……んっ」 「聞くまでもなく、もうすごい……」 チ○ポはいつでも挿入できるくらいに、ガチガチに勃っている。 ビクン、ビクン、とロコナの手の中で、チ○ポは脈打って震えた。 「あの……隊長っ、動いてます!」 「うん、気持ちイイから……っ」 「わたしが舐めて、気持ち、いいですか?」 「最高……っ」 「それじゃあ、一回チ○ポの先を咥えて」 「は、はい……ん……んふっ!」 熱い口内に、亀頭が含まれた。 舌がぴったりと亀頭に触れて、微かにざらついた感触が、たまらない。 「んむ……むむふ?」 隙間を作らずに唇で咥えたロコナの声は、くぐもって何を言ってるのか……わからない。 「ぷはっ、隊長、この後は……?んっ、あっ……んふっ」 勝手が分らずに、戸惑っているようだ。 俺がリードしてやらなくちゃ。 「えっと、そのまま先っぽを口の中でレロレロ舐めてみてくれるか?」 「ふにゅっ」 ロコナは俺が言ったとおり、そのまま口内で舌を動かしてくる。 「んちゅっ……んぬっ、ふ……んぅっ」 一生懸命が分かる吐息が、すごく……イイ。 「んっ、イイ……ぞ」 「ふ……んっ、あふっ、んにゅ……ぅっ」 う……なんか、このままだと口の中でイッてしまいそうだ……っ。 「咥えるのは、そこまでで……また舐めてくれるか?」 「ん……ぷはっ! はいっ!」 ロコナの口からは、チ○ポがはじけるような勢いで飛び出てくる。 唇とチ○ポの先に、銀の糸が繋がった。 「えっと、舐めるんですよね」 「え、えい……っ!」 「あんんっ、れろん……っ、んふっ、ちゅぱっ」 ロコナがまた根元から舐め上げてくる。 「う……そこっ」 裏筋に当たった舌に、思わす声が出た。 「ここですか? んれ……れろっ、ぺろろんっ」 「そう……そこだ」 「れろ……はっ、ぁっ……んっ、あんっ」 赤い舌を伸ばして、まるで甘い果実を舐めるように、ロコナは俺のチ○ポを舐めてくれる。 それがものすごく気持ちよくて、ものすごく嬉しい。 このままずっと舐めててもらいたい気持ちになる。 快感が高まって、ズキズキとチ○ポの周辺に血が溜まっていく。 「はん……ちゅっ、ちゅろっ、ちゅぱっ」 「う……ロコナっ」 「はい、たいちょー! ど、どうしましたっ?」 切羽詰まった俺の声に、ロコナがチ○ポを口から離す。 「そろそろ限界なんだ」 「え?」 「…………あっ!」 言いたいことが分かったらしいロコナが、恥ずかしそうに俯いた。 「いいですよ……んっ、このままっ!お口で隊長を受け止めるですっ、あっ、んんっ」 ずっぽりと肉棒を口に含み、ロコナがピッチを上げてきた。 「んっ、んんっ、あふっ……くぅぅんんっ!」 口の中が、ねっとりと肉棒に吸い付き……俺の身体の中を、強い快感の波が押し寄せた。 「くっ……ロコナっ、い、イクっ!!」 「んむっ、んんっ、たいちょ……んっ!きゃふっ、んふっ、んっ……くぅぅんっ!」 ロコナが俺のチ○ポを強く吸い上げた瞬間。熱いものが身体から吹きだした。 「んんんっ……んくっ、んっ……けほっ、けほっ……あふっ、ちゅっ」 射精したにも拘わらず、ロコナは肉棒を口に含んだまま、喉を上下させる。 「こくっ……あんんっ……んふっ。すごいです。たくさんお口に入ってきました」 「ロ、ロコナ!?もしかして飲んじゃったのか?」 驚く俺に、ロコナは恥ずかしそうに微笑んだ。 「だって、隊長のですから……全部受け入れようって、思って」 ロコナの気持ちに、俺の胸が更に熱くなる。 射精したばかりなのに、チ○ポもロコナへの気持ちで高まったままだ。 「今度は……口じゃなく、ロコナ自身が欲しい」 ロコナと結ばれたい。 強くそう思った。 「はい……隊長♪」 「わたしの初めてをもらってください」 ロコナが腕を伸ばして、俺に抱きついてきた。 ロコナの体を横たえて、足を大きく開かせる。 ヌラヌラと光る裂け目も、俺を受け入れる為に軽く開いている。 「ああっ、隊長……大好きです」 「隊長となら、わたし……怖くありません!」 「うん、大丈夫だよ」 怖がらせないように、大事に抱く。 さっき十分に愛戯を施した秘裂に手を伸ばした。 ――くちゅっ…… 「んぅっ……!」 かなり、濡れてる。 お尻の方に伝うほど、愛蜜が溢れ出していた。 これなら大丈夫だろう。 俺はロコナのおま○こに、カチカチになってるチ○ポを押し当てた。 「はふぅぅん、熱い……です、隊長のが熱いっ……」 「それが、わたしの中に入ってくるんですね?」 「うん、今すごくロコナの中に入りたい」 「入れてください、たいちょ……ぅ」 俺はそれに頷いてから、亀頭をゆっくりと押し込む。 グジュッ! 「んうっ!?」 すごく、きつい。 亀頭を含ませただけなのに……おま○こがヒクヒクして締め上げてくる。 まだ少ししか入ってないのに、なんだか熱さとこの感触でイキそうになる。 それをこらえて、ゆっくりと奥へと進む。 ジュ……ジュブ……ジュブブブ…… 「んっ……、痛……っ、あ……隊長、隊長ぅっ!」 ロコナは俺の体に必死になってしがみつく。 グッ……ジュブ、ブブ……ッ 「あう……んンっ!」 「大丈夫か、ロコナ?」 辛そうな顔のロコナに、思わず尋ねる。 「大丈夫……です、隊長」 だけど、チ○ポを締め上げるおま○この力は、かなり強くて驚くくらいだ。 ……ゆっくり入れた方が、痛くないかって思ったけど…… 「ゴメンな、ロコナ。一瞬だけ我慢してくれ」 「たい、ちょう……?」 「ふ……うんっ!」 ジュブグンッッ!! 「きゃふぅぅ……っっ!!!」 俺は途中まで埋まってたチ○ポを一気に奥にまで突き入れた。 ロコナの秘裂から、純潔の証が一筋流れる。 「ん……あ、ぁ……あふ……っ」 衝撃に辛そうにしてるけど、生殺しみたいなのはもっと可哀想だ。 「大丈夫だったか?」 「は……い、痛かったけど、もう、大丈夫です」 それでもロコナの息が整うまで、勝手に動かずにじっと待つ。 「は……ふぅ……っ」 ゆっくりとロコナの息が整い始める。 同時に、痛いくらいに締め上げてたおま○こも、普通の強さで絡みつくようになってきた。 ヒクヒクと、内部が蠢いてくる。 ねっとりとした粘膜はチ○ポにぴっちりと絡みついた。 「あふ……ぅっ、隊長……」 「隊長が、わたしの中に、いるんですね?」 「ああ、そうだ」 俺はチ○ポをゆっくりと動かしてみる。 「ひゃう……っ、ン♪」 ロコナの声には甘い色が滲んでる。 よかった……痛いだけじゃないみたいだ。 「動かして大丈夫かな?」 「大丈夫、だと思います……」 「隊長が気遣ってくれたから、もう……痛みもほとんど無いです」 「じゃあ……」 ゆっくりと腰を動かす。 ジュブ……ジュグッ…… 「ん……痛っ……くぅ……!」 「やっぱりまだ痛いか?」 「ううん、大丈夫です……ちょっとだけ、痛いだけですから」 「隊長が……わたしの中に入ってるんですよね、そう思ったらこの痛みも愛しくて……んっ!」 柔らかい媚肉とはいえ、今まで未通だった場所だ。 そこに突然チ○ポが入ったんだから、やっぱりしばらく違和感とかがあるんだろうな。 「わたしのことは気にしないで下さい。ゆっくりだったら本当に大丈夫です」 「それに……」 「それに?」 「あの……ちょっと、気持ち……イイから」 「そうなのか?」 「だって隊長だから、です」 恥ずかしそうに言うロコナに、思わずチ○ポが反応してしまう。 おま○この中に入れてるんだから、ロコナにもそれは伝わる。 「は……うンっ! ああっ、動いてるっ」 甘い声がロコナの口から漏れた。 ……今ので、出た声か? 俺は試しに、そっと動いてみる。 グッ……ヂュブ……ヅヂュ…… 「ひゃう……ん、はぁ……くぅ……っ」 ゆっくりなら本当に大丈夫みたいだ。 じゅ……と、おま○こ内で愛液が増えたような感じがする。 「もう少し、動くから」 柔らかく絡んでくるおま○こは、ものすごく気持ちイイ。 女の子の中って、こんなに気持ちよかったのか。 想像はしてたけど、やっぱり現実はすごい。 「あふ……んっ、あ……奥にっ……あふぅっ」 「どうした? ロコナ……」 「あの……んっ……あ、っ……」 もじもじとしてロコナが口ごもる。 「ロコナを気持ちよくしたいから、どこがいいのか知りたいんだ」 「奥……が、その……んひゃぅ……っ!」 「ここ?」 ちょっと強めに、チ○ポを突き入れる。 「くふぅっ……ああっ!」 びくん! ロコナのおま○こが震える。 「おま○この奥の方がいいんだな」 「ひゃ、い……んっ、あぁっ……イイっ!」 「わかった……ほらっ」 ジュブンッ! 強めの突き上げにも、もうロコナは痛みを訴えない。 「はひっ、んはぁ……っ♪」 かわりに甘い声が漏れる。 「ほら……もっと、強くするよ……っ」 グジュッ! 「やっ……あぁっ、そこ……隊長っ……!」 「ここだよな……っ」 「んっ、そう、です……あふぅっ、ンんっ♪」 もう、腰の動きはしっかりとしたものになってる。 「はぁ……んっ、あっ……あふぅ……っ」 グジュ、ジュブブ……ジュブンッ! 「お腹の奥っ、ああっ、響く……です……っ」 「あぁ……んはぁ……っ♪」 チ○ポの突き上げの度に、ロコナは喘ぎ声を上げる。 快感で背中が反れば反るほどに、おま○こは俺のチ○ポの根元に押しつけられてくる。 愛液でべとべとになった秘裂が俺の下肢も同じように濡らしていく。 「あふっ……んっ、あぁっ……♪」 「隊長……っ、はふっ……隊長っ!」 ロコナが潤んで赤くなった眼で、俺に何か訴えかけてくる。 「どう、した……?」 俺も声がかすれる。 「隊長……おかしい、です……っ」 「わたし、おかしい……お腹の奥、熱くて……気持ちよくて……んぅっ……!」 ビクンッ! おま○こが大きく震える。 締め上げがすごく気持ちよくて、チ○ポを中心にして、熱が集中する。 その間にも、容赦なくロコナのおま○こは蠢動しながら、俺のチ○ポを絞り込んでくる。 「はぁ……たいちょ、たいちょうぅ……っ」 あ、もしかして…… 「イキそうなのか?」 「これが、イク、です……かっ?」 ビクッ……ビクビク……ッ 「はっ……はぁんっ♪」 「おま○こが溶けてるみたいだ……っ」 おま○こ内の粘膜はトロトロになって、チ○ポに絡んでる。 「はうっ……んっ……あ、イイっ……」 蠢動は最高の刺激でチ○ポを攻撃する。 俺ももうかなり限界に近い。 「だめ……もう、おかしくなっちゃいまふ……」 「あふ……んっ、あぁっ……隊長……ぉっ」 「んっ……!」 ロコナの限界と共に、俺にも限界が訪れる。 「ロコナ……イクぞ……っ」 「は……ふぅっ、あ……きて下さい、隊長っ」 それに頷いて、俺はロコナの身体に、自分自身を強く打ち付けた。 ジュブッ、グジュブンッ! 「きゃふぅ……っ、あ……イクっ」 「イッちゃいま……すぅ……っ」 「ん……っ、俺も……っ!」 ジュブブッ、ジュブンッ! 「んくぅぅぅぅぅっっっ♪」 ロコナがベッドから跳ね上がりそうなほどに、背中を大きく反らせる。 熱いおま○こが、俺の根元に押しつけられた。 「イク……っっ!!」 俺も、もう駄目だ! 思いっきり、奥を突き上げてから、チ○ポを引き抜く。 「くっ……!」 ドクッ、ビリュッ、ビュルルゥゥ……ッ! 「あっ、うんっっっ!!!」 びしゃっ、びっしゃっ! ロコナの愛液をまとわりつかせて濡れ光るチ○ポが揺れた。 そのたびに白い精液がロコナの身体に飛び散る。 「あふ……っ、んっ……あぁぁ……っ」 ロコナの白い肌に、俺の白い精液が飛んでる。 「はぁっ、はぁっ……隊長……わたしたち、ようやく結ばれたんですね♪」 「うん、しっかり結ばれた」 「嬉しいですっ、わたし……初めては、絶対に一番大好きな人にあげたかったんです」 「だから、たいちょ……ぅ」 「大好き……大好き、大好きです」 嬉しそうに呟いて、ロコナは微笑んだ。 俺も微笑みかえす。 嬉しくて。 愛おしくて。 そんなロコナを強く抱きしめた。 二人がエッチを済ませたことが一目瞭然。やっと済ませたかなどとからかわれて、赤面しっぱなしの二人。 村人たちもおせっかいで、精力剤を渡したり、避妊具までも渡したりと、面白がっている様子。 別々の部屋で寝泊りしていた二人だが、アルエたちの後押しによってこれからは一緒の部屋で暮らすことになるのだった。 ……目が覚めると、世界が変わっていた。 いや、実際は変わっちゃいないんだろうけど。 そうとしか言えない気分だった。 おはよう、鳥! 良い鳴き声だな。 餌食えよ、鳥! とにかく世界の全部に、景気よく挨拶したい気分というか。 愛想のひとつも言ってやりたい。 浮かれてると言ってしまえばそれまでだが、こう体の奥からパワーが湧いてくる感じだ。 よぉぉぉしっ、世界の平和は俺が守る! 今ならそんなことが出来そうだ! 「ほほほぅぅ〜」 「やあ、爺さんおはよう!」 「なるほどなるほど〜」 ニヤニヤなエロ笑いは爺さんの標準装備だが今朝は妙に俺に絡みついてくる。 「オマエさん、昨夜の首尾は……バッチリだったようじゃな?」 「なっ!?」 なんで知ってるんだよ!まさか覗いてたのかっ!? 「そうそう青くなるでない、若人よ」 ひゃひゃひゃ、と笑い声プラス。 これが青くならずにいられるか! 「今朝のロコナの角笛の音はなにやら艶っぽかったしのぅ?」 「き、気のせいじゃないか?」 「いやいや〜。ワシを見くびるでない」 「それでオマエさんの、その顔を見たらドンピシャリじゃ」 なにがドンピシャリ(死語)だ。 「勝手な憶測を――」 「昨日の勉強会で疲れているはずじゃのに、ゴールを極めた達成感に満ちたその顔!」 うっ! 「うひゃひゃひゃひゃ〜」 ホメロ爺さんが肘で脇腹を突いてくる。 「これでようやく、一人前じゃのう」 「う……」 言い返せない。ああ、言い返せない! 「さて、ロコナが来たら昨夜の感想を聞いてみようかの〜」 「そ、それだけはやめてくれ〜!」 頼むから、からかうのは俺だけにしてくれっ! だが、運命とは皮肉なもので、タイミング良く(?)ロコナが現われた。 「あっ、ホメロさん」 「それに……たいちょー……♪」 「おはようございます……えへへ♪」 目があった途端、ほんのり頬を染めるロコナは、うう……っ、可愛い。 「おお、ロコナ!今リュウとも話をしてたん――」 「のわああ〜〜〜〜!」 ぐわぁしっ! と爺さんの口を塞ぐ。 「ほみょっ、なにほしゅる!?」 「あー、ロコナ! 爺さんが吐きそうだって!」 「ええっ! 大丈夫ですか、ホメロさん!」 「ひょあ〜〜、わひはひょんなころないひょ〜!」 「こうして口を押さえてないと吐く!吐きまくるから……ちょっと、外に行ってくる!」 「あうっ、レキさんを呼びましょうか!?」 「大丈夫! 外の風に当たったら一発で治るから」 「ひょら〜〜〜〜!」 「じゃ! そういうことで!」 「ひゅぅぅぅ〜〜〜!」 羽交い締めにして口を塞ぐという荒技で、爺さんをどうにかロコナから引きはがすことに成功した。 その後、俺とホメロ爺さんとの間で、どういう裏取引があったかは割愛する。 ……ううっ。 「……爺さん、ホントに約束してくれよ?」 爺さんと朝の見回りをしながら、念を押す。 本当はロコナと一緒にいたい気分だったけど、爺さんを野放しにしておくのは危険だ。 傍で見張ってるに限る。 「信用がないのう?性夜講義の礼を忘れたのか?」 「そ、それは感謝するけど……これとは話が別だから!」 ロコナの名誉は俺が守る! 「そうかそうか。じゃがの。ワシ1人が口をつぐんでもなぁ〜?」 「えっ? どういうこと?」 意味深な笑みに、イヤな予感がした。 「今日は、ロコナとミントで村の反対側の見回りにいっとるんじゃろ?」 「……そうだけど」 「ひょひょひょ……」 ……なんだ? 「おや、隊長さんに、ホメロさんじゃないかい!」 「ちょうどよかった、兵舎に行こうと思ってたんだよ」 焦った様子のおばさんに、俺は眉をひそめる。 「何かあったんですか?」 「大事な用事なんだよ、はい、これ」 ――ポン 蓋のついた籠を渡される。 「これが、何か?」 「ほらほら、いいから開けてご覧よ」 ……何か、嫌な予感しますよ、奥さん。 おそるおそる、蓋を開ける。 ――パカッ! 「な、なんだ〜〜〜?」 ぬるぬるぬるぬるぬ〜〜☆ ヌメヌメ光るヘビのような生き物が、籠の中からコンニチハ!? 「ウナーギル、って言ってね。川べりにだけ住んでる魚モドキだよ」 「ペ、ペット?」 「何をいっておるんじゃ。こいつは飼うんじゃなくて食べるんじゃ」 「これをっ!?」 このヌメヌメしたやつを食うのかっ!? 「ワシも若い頃はお世話になったもんじゃ」 ホメロとおばさんがニヤリと笑い合う。 「さっき、村の端でロコナに会ってねぇ」 「あんなに子供子供してたあの子が……ようやく……嬉しいね、おめでたいね♪」 「……はい?」 「あんなに幸せ一杯の顔をしてたら、ね♪」 ま……まさか。 「このウナーギルは、ここら辺じゃ有名な精力剤になる食べ物だよ。ねぇ、ホメロさん?」 「もう、ビンビンじゃ!」 そこで、グッと親指を立てるな。 「これを食べて、ロコナと仲良くしておくれ!」 籠の中で、ニョロニョロロロ〜と、ウナーギルが蠢く。 「☆@&#¥%〜〜〜!」 叫びたいのに、言葉にならないって体験を、俺はこの時めでたくしたのだった。 「最悪だ……」 俺の目の前には、ウナーギルの入った籠だけでなく、その他諸々の差し入れが山、山、山。 精力系の食料とか……果ては避妊具まで! 「リュウ〜、また差し入れが届いたよ〜!」 「うがあああ〜〜〜〜!」 「ちょっと、あたしに荷物運びさせないでよ!取るよ、荷運び料金!」 「なんで、こんなことに〜」 「いいじゃないの。ロコナとうまくいったんでしょ?」 「みんなもそれでお祝いだって言って持って来てるんだからさ」 「ううう……」 一言も言わなくても、気持ちが通じてしまうというのは、どうやら恋人達だけの特権ではなかったようだ。 今日のロコナの様子から、どうやら俺たちのことがあっという間に村中に広まってしまったのだ。 ポルカ村のいいところは、こうして仲間にはとても優しいことだが、今回ばかりは放っておいて欲しかった。 「あ、そうそう。ババ様からも届いてるよ」 「ヨーヨードの婆さんからも!?」 「『新たなる(頼りない)息子へ』」 「『これを食って精を付けるがいい』――だって」 ミントの口まねに突っ込む余裕もない。 ――俺は悶え死んだ。 「おいっ、ドナルベイン! どうして俺が貴様への荷物を預からねばならんのだ!」 うるさいのがまた来た。 「アロンゾ、いいから黙って渡してやれ」 「しかし、殿下の散歩の途中にドナルベインなどへの荷物を預かるのは……」 「いいから、いいから」 「上手くいったようじゃないか。ボクからも祝いをやろう」 お願いします、放っておいてください…… 「殿下のお優しい心に感謝しろ、おい!」 いつも俺に挑み掛かってくる困ったやつだけど……今現在、こいつだけが事情を理解してない。 まさかあのアロンゾが、心のオアシスになる日が来るとは。 あとは、せめてこういう騒ぎに乗らないはずのレキくらいが救いだよな。 「よっ、色男! この幸せ者!」 「帰れ」 冷やかす気満々で現われたジンを、素っ気なくあしらう。 「酷っ! そりゃあないんじゃないか?せっかくレキも連れて来たってのに」 「えっ? レキがなんで……?」 「おめでとう、リュウ」 微笑を浮かべたレキが、優しく声をかけてきた。 おめでとうって……まさか。 「村人達から話を聞いて、祝福しに来たんだ」 「これは私からの祝いの品だ。受け取ってくれ」 「……あ、ありがとう」 礼を言う俺だったが、羞恥のあまり膝がガクガクと震えている。 「ロコナと末永く、幸せにな」 ダメ。死ぬ。 恥ずかしすぎて死ぬっ!! レキにトドメを刺されて、俺は盛大に(?)死体となった。 落ち着いて静かな時間を過ごせるのが、兵舎の外っていうのも、なんだか侘びしい。 「ご、ごめんなさい〜、たいちょ〜わたしのせいでこんなことにっ」 俺の隣では、ロコナが小さくなっている。 「いや、ロコナのせいじゃないから」 「何も言ってないのに……どうして、わかっちゃったんでしょう〜?」 いいんだ、ロコナが悪いわけじゃない。 ……ただ、あんまりにも正直者過ぎるから、誰が見てもバレバレだっただけ。 それだけなんだ。 「そういうものらしいよ。俺も顔を見るなり爺さんにばれてたから」 やっぱり幸せオーラがでまくってたのだろうか? 「どうせいつかは分かることだし……それに、悪いことをしたわけじゃないもんな」 ロコナを安心させるためにも、これだけは言っておかないと。 「……考えたら、村の人たちも俺たちのことを喜んでくれたってことだよな」 「たくさん頂き物をしちゃいましたね。どうやってお返ししましょう?」 「それも一緒に考えようか」 「はい!」 俺たちは星空の下で、ああでもない、こうでもないと楽しくその計画を語り合った。 「ふわ……ぁ」 昨夜はほとんど寝てないから、さすがに眠い。 今夜はゆっくり寝るぞ! ……いやまぁ、今晩もいいと言うのなら。 断る理由なんかないけどね! それに、今、夜這いなんかかけたりしたら、これみよがしにみんなに冷やかされて…… 「か、考えただけで恐ろしい……」 おとなしく眠るとするか。 「ん?」 『た、たいちょう〜〜』 扉の向こうから、ロコナの声が聞こえた。 「ロコナ?」 まさか……ロコナの方からお誘いが!? 慌てて扉を開ける。 「隊長〜、大変なことになったんです」 「ん? どうしたんだ?」 桃色の期待とは裏腹に、ロコナは迷子のウサギのような顔をしていた。 「……何か良くないことがあったとか?」 いったい、どうしたっていうんだ。 「わ、わたしの部屋が……」 「部屋?」 「ロコナの部屋は封鎖させてもらった」 「わっ! アルエ!?」 「2人が兵舎の外にいる間に、ちょっとね♪」 「ああ……老体には骨が折れたわい」 なんだ? なんだ? よく見れば、俺の部屋の前にはロコナの部屋の荷物が積んであった。 そして、ロコナの腕の中には枕がひとつ。 「リュウ達が変な遠慮をしないように、ボク達で考えたいい方法だ」 「これから、ロコナはリュウの部屋で暮らすことになる!」 「ええええ〜〜〜〜!?」 「お部屋に帰ったら、扉が板で封鎖されていたんです〜」 そりゃ、びっくりだろう。 「これが、あたし達からのお祝いの品よ」 「末永く仲良く暮らすのじゃぞ」 「じゃあ、そういうことで!」 3人は言いたいことだけ言って去っていく。 残されたのは、枕を抱えたロコナとこじんまりとした荷物。 「どうしたらいいですか?」 どうしたもこうしたも…… 「……ぷっ……」 「あははははは!」 「隊長?」 ここで言うことは、ひとつしかない。 「俺の部屋で一緒に暮らそうか?」 抱えた枕の向こうで、ロコナの顔がどんどん赤くなる。 そして―― 「……はいっっっっ!!!」 兵舎中に響くような、元気な返事が返ってきた。 村にいては、色々と恥ずかしい目に遭ってしまう二人。こっそり森へと抜け出して、二人きりの時間を過ごすようになっていた。 村に伝わる恋人たちの樹に二人の名前を刻み込んだりと、二人の時間を楽しむのだった。 森の中で二人きりの時間を楽しむリュウとロコナは、偶然にも村に伝わる伝説の恋人達の樹、アイレン・ツリーを発見する。 そこに二人の名前を刻み、感極まったロコナが抱きついてくると、むずむずと欲望が高まってしまったリュウ。 その事を伝えたいリュウが選んだ方法は…… あれからロコナは俺の部屋で暮らすようになったものの…… 「あああ〜〜!」 部屋の中以外じゃ、いまだに落ち着けないってのが現状。 このまま村の中にいたんじゃ、とにかく人の目が多すぎる。 ぶっちゃけ、邪魔です。 だって考えても見てくれ。 一緒に村の中を歩いていただけで、『仲がいいね♪』とか始終声がかかる。 みんな、俺達のことを祝福してくれてるんだけどさ。 それはすっごくありがたいんだけどさ。 なんていうの? 恋人同士の逢瀬ってのができないんだ! 2人でゆっくりとして、んでもっていい雰囲気になって……キス。 そういうのが、村の中じゃ不可能! そりゃ村のど真ん中でキスする気はないけど、こう……微妙に2人きりの空気を味わいたい。 そんな密月希望週間が到来してるんだよ。 「やっぱり、あそこしかないか……」 この辺りで、人目のつかないところといえば。 よし、決めた。 俺は、小さく拳を握る。 昼飯の片付けをしているはずのロコナを誘いに、台所へと足を運んだ。 「隊長〜、ほらあそこにきれいな蝶々がいます♪」 「うわっ、すごい綺麗だな」 目の前を、極彩色の蝶が飛んでいく。 あんなの王都じゃ見たこと無い。 多分、見られるとしたら王宮か? 王族の観賞用に、虫かごにでも入ってるか、温室にでも放たれてるか。 それがポルカ村では大盤振る舞い。 ここの自然には、いまだに驚かされることが多いな。 「えへへ♪ 隊長とデートですね」 「ゴメンな……また森で」 「はへ?」 「森ばっかりで嫌じゃないか?」 「森は大好きですよ!」 「だって昔から森にはよく通ってましたから」 「隊長に森に誘われて、嬉しいです♪」 「うう……ありがとう」 俺とロコナのデート場所は、あれから結局、決まって森ということになっていた。 村の中をブラブラするのもいいけど、やっぱりひと目のないここはホッとする。 村の連中も、俺達が最近村の中じゃなくて森の方へと遊びに行ってるのを分かったみたいだ。 でも、さすがにそれに突っ込みはしてこない。 どうやら、ちょっとは静観してくれる気になったらしい。 やれやれ…… 「隊長〜、ほら、そっちに蝶々が行きました!」 「おおお〜〜〜!」 極彩色の羽が何枚も目の前をヒラヒラ。 俺達が見つけた、蝶の住み処だ。 森の入り口すぐじゃなく、色々と歩いて奥にまで来た場所。 あんまり村人も来ないような、そんな静かな場所だ。 「蝶々さん、ほらおいで〜」 ロコナが花を持って、蝶を誘う。 それに蝶が近寄りかけて、すいと逃げる。 「あっ、蝶々さん〜!」 まるで蝶と会話が出来てるように、ロコナは蝶と仲良く戯れる。 「おいおい、転ぶなよ」 「大丈夫で――あっ!」 やっぱり! 俺の目の前でロコナがつんのめった。 「おっと!」 「ひゃうっ!」 鼻から俺の胸の中に飛び込んでくるロコナ。 「たいひょ〜、ひゅみまひぇん〜〜」 鼻を押さえて、もごもごとしているロコナは反射的に抱きしめてしまうくらい可愛らしい! 村の中じゃ無理だ。 ああ、森でよかった。森、万歳! 「たいひょ?」 「ん……」 少し鼻の赤くなったロコナの顔を持ち上げて、そのままそっとキスをする。 「ん……隊長……♪」 ちゅっ、と唇を吸い上げる。 「んは……ぁっ」 甘いと息がロコナの口から漏れた。 細い腕が、俺の背中に回される。 ああ、恋人達はやっぱりこうでなくちゃ。 「んっ、ちゅっ……隊長? どうしたんですか?」 ロコナとのふたりきりの幸せな時間。 この時間を、ずっと残しておきたくなって。 俺はちょっとした提案をしてみた。 「なあロコナ。せっかくだから記念を残そうか?」 「え、記念?」 「うん、デートした記念に、この森のどこかに、2人の思い出になるものを彫ろうと思って」 「わぁっ♪」 ロコナはすぐにキラキラと眼を輝かせる。 純真な子供のようなロコナの表情に、俺も自然と顔がほころぶ。 「だったら、良い場所があるんですよ♪村に伝わる恋人達の伝説の場所が」 「うん、案内してくれるかい」 ロコナに連れられて、俺達は更に森の中へと入った。 「この樹なんですよ!」 ロコナが指した先に、一本の老木が立っている。 何やら妙に幹がでこぼこしている、不思議な樹だ。 「この樹は?」 「村に伝わる伝説の……アイレン・ツリーです!」 「恋人達の樹って言われてて、ここに名前を刻むとそのふたりは永遠に結ばれるんですよ♪」 「ほら、あちこちに昔の恋人達が刻んだ跡が残ってるんです♪」 なるほど、それで表面がでこぼこしているように見えたのか。 こういう場所に連れてきてくれるなんて、ロコナも女の子だなぁ…… 「やがて彫った名前が樹液で溶けていって……樹の中でひとつになるんですよ♪」 一生懸命俺に説明するロコナに、なんだか微笑ましくなった。 「あ……でも、どうしよう。わたし、字が書けない……」 「大丈夫、だったら俺に任せてくれ」 俺は服に忍ばせていた作業用の小刀を取り出す。 幹に自分の名前をしっかりと刻み込み、隣にロコナの名前も軽く彫ってやる。 「ほら、こっちがロコナの名前。これに沿って彫れば、ロコナが彫ったのと同じだよ」 「ううっ……隊長ぉ。ありがとうございますぅぅ」 ロコナは嬉しさのあまり半泣きになっていた。 「ほらほら、早く彫ってみなよ」 「はいっ!」 ちょっぴりはみ出しつつも、ロコナは自分の名前を刻み込むことに成功した。 そして、名前の他にロコナが付け足したものがある。 ふたりの名前を囲むような形で、彫られた模様。 「隊長っ! 相合い傘ですよっ!」 「あ、ホントだ」 結婚式の飾りに使う傘に似たマークが、俺達の名前を祝福しているようにも見えた。 「えへへ……また一つ、恋人が出来た時の願い事が叶っちゃった」 「そうだったんだ」 知らないで誘ったんだけれど、ロコナを喜ばせられて本当に良かった。 「隊長とわたしの名前♪」 しゃがみ込んだまま、嬉しそうに俺の名前の文字を指先でなぞる。 まるで、その単語を心に刻むようにして。 「たいちょ〜〜、わたし嬉しいですっ!!!」 そこで感極まったのか、ロコナが体当たりせんばかりの勢いで、俺に抱きついてきた。 俺もしっかりとロコナの身体を抱きしめる。 ああっ、そんなにくっつかれたら。 むずむずとした欲望が下肢に集まってくる。 だって好きな子とふたりっきりでいて、こうして邪魔されない場所で密着してる。 それで何か感じない方がおかしいだろっ!? ストレートに伝えるか、婉曲に伝えるか。 「……ロコナ、ゴメン、家まで待てない。いまここで、ロコナを抱いてもいいかな?」 「はうっ」 ロコナの顔が、真っ赤に染まる。 「ロコナ、え、えーとだな。少し……向こうの茂みで休まないか?」 「はい、でも休むんでしたら、あっちの広い所の方が座りやすいですよ?」 ……ダメだ。通じてない。 やっぱりハッキリ言わないと。 「いや、そうでなくて……エッチしようという意味なんだけど」 「ええっ!? そ、そうだったんですか。わ、わたしったら気づかなくて……」 いや、俺が悪いんだけどね。 「あ、もしかして駄目!?」 やっぱりここで誘うのはまずかったかな? ちょっと動揺しながらも、ロコナを見つめるとリンゴのように赤くなったロコナが恥ずかしそうに小さく答えを出した。 「ダメなわけ、ないじゃないですか。わたしもちょっと期待してたんですよ……?」 「ん……っ!」 伸び上がってきて、ロコナの方からキスをしてくる。 俺はそのままロコナを、木の陰へと引き込んだ。 「あ……隊長……明るいところでだなんて、恥ずかしいです」 「恥ずかしがらなくていいよ。日の下で見るロコナはすごく可愛い」 お尻を俺に突き出した姿のロコナは、顔だけでなくお尻まで桃色に染まってる。 こんな時期に蝶が乱れ飛ぶここは、地熱がかなり高い場所だった。 普通なら、屋外じゃ風邪を引きそうだけどこの場所ならそれなりにあたたかい。 「ほら、もっとこっちにお尻を出して」 「はぅ……」 「こう、ですか……?」 恥ずかしいのを我慢してるのがよく分かる仕草で、ロコナがお尻を差し出してくる。 白い太ももの間に手を入れて、ゆっくりと広げてゆく。 「あ……隊長、見ちゃ、だめ……」 ロコナの秘部が俺の目に晒される。 可愛らしいおま○こは、周囲よりも一際濃い桃色に染まってる。 ヒクヒクと、膣口が震えて内部から愛液がゆっくりと染みてくる。 「ん……ちゅぱっ」 「ひゃぅんっ!」 俺はそのままおま○こにキスをする。 内部にまで舌を差し入れて、漏れてくる愛液を舐めていく。 「あふ……んっ、あっ、隊長……っ」 ロコナの太ももががくがくと震えた。 それをしっかりと手で押さえて、そのまま更におま○この中を舌で探る。 「ちゅ……ちゅぱっ、じゅるっ」 「んくぅぅっ……舌が……あぁっ!」 「舌が入ってます……やぁん、隊長っ」 じゅ…… 更にロコナの愛液の量が増える。 内部ではヒクヒクと膣壁が震えてる。 「だめ、そんなとこ、舐めちゃ……あぁん!」 「こら、舌が動かせないって」 おま○こがキュッと締まって、俺の舌の動きを阻む。 「だって……ん、あふっ、……はぁっ」 「隊長の舌が、んぅ……わたしの、おま○この中に……あぁんっ!」 そう言われたりしたら、なんか余計にもっと責めたくなる。 俺は膣壁を押し上げるようにして、舌を前後させてみた。 「あ……イイっ、くふぅ……っ」 「や……気持ち、いいんです、はぁ……ンっ!」 ロコナの内ももがビクビクと震える。 「あ……やっ、あふっ、ンっ……」 「たい、ちょ……あ、イッちゃい、そうですっ」 だったら…… 「じゅっ、じゅるるっ、じゅぱっ!」 「んきゃぁっ……!!」 「ちゅぱっ、ちゅるっ、ちゅるるン!」 「やぁっ、駄目、イッちゃう!イッちゃいます……んはあああっ!」 ビクンッ、ビクビクッ! 俺の舌で責められたロコナは、どうやら最初の絶頂を迎えたらしかった。 ぐったりと、樹に抱きついたままロコナのおま○こはヒクヒクと震えていた。 「次は……わたしの番ですね」 絶頂の衝撃から戻ってきたロコナは、いそいそと俺の前で跪いた。 そして、勃ち上がったチ○ポにそっと触れる。 「あの……ここで、しますから」 ロコナは自分のおっぱいの間にチ○ポを挟み込む。 う……柔らかい。 温かいおっぱいの隙間から、立ち上がった俺のチ○ポの先が見える。 「あ……先から……お汁がでてます」 「うん、ロコナのおっぱいに挟まれてすっごく気持ちがイイからな」 先走りの液は、鈴口からせり上がってる。 「ロコナ、舐めてくれる?」 「は、はいっ、恥ずかしいけど、頑張りますね!」 おっぱいの谷間から生えたチ○ポに、ロコナが顔を近づける。 「ん……ぺろっ」 「うっ」 温かい舌が、チ○ポの先に触れる。 「ん、少し、しょっぱい……でも美味しいです」 「ん……むっ、あふっ、あっ、んんっ、ちゅるっ」 ロコナがチ○ポの先に吸い付いて、舌先でカリを舐めていく。 「いいぞ……ロコナ」 ゆっくりと腰を揺らすと、おっぱいの隙間で挟まれた圧迫感と、ロコナの口内の温かさに包まれる。 「んむ……隊長のここ……大きくなってまひゅ……はむっ、んちゅっ」 チ○ポを咥えたままのくぐもった声。 その動きが、絶妙な刺激でチ○ポのカリや、裏筋に与えられる。 「もっと、奥まで入る?」 「はい……んじゅっ、あふんっ、くふっ、んむっ!」 「りゅぱっ、ちゅるるっ……あっあっ、んっ!」 一生懸命に、俺のチ○ポを吸うロコナ。 「はふっ……んっ、ぺろっ、あぁっ、熱いっ……」 口から一旦出したチ○ポを、今度は亀頭の先だけ吸ってみせる。 おっぱいで揉み込みながらのその感触に、チ○ポはギンギンに張り詰めた。 「くぅん、隊長のを愛するのって、 ……わたし、好き……です」 「だって、これってわたしにしか、させてもらえないことです……よね?」 「当たり前だろ」 「だから……大好きで、嬉しいです……!」 「ちゅ……んんっ、あんっ、ちゅろっ、ちゅぱっ」 吸い付きながら、チ○ポを挟んだままの胸を強くすりあげる。 肌が擦れ合う音と、唾液が絡んだ粘着質な水音が俺の限界をどんどんと引き寄せる。 「ロコ、ナ……もう、そろそろっ」 「はひ……んむっ、ちゅっ、出してくださいっ」 「はむっ、あふっ、あっあっ、そのままわたしの顔にかけて……きゃぅんっ!」 「んっ、分った……くっ、イ、イクっ!!」 ロコナに言われるまま、絶頂のトリガーを引いた。 ビュルルッ、ビュクンッ、ビュク! 「くふぅんっ!? あっ、あぁぁんっ!」 ロコナの朱に染まった顔に、白い液体が飛び散ってゆく。 「くぅん、顔に隊長のがたくさん ……んんっ、とろけそうです」 「俺も、ロコナにしてもらって気持ち良くてとろけちゃったよ」 「んふふっ、嬉しいです♪わたしで気持ち良くなってくれたんですね」 「はふぅぅぅん、こんなに出てる♪隊長の味と香り、わたし大好きです ……んっ、ちゅぱっ」 うっとりとした表情を浮かべたまま…… ロコナはチ○ポについたままのエキスを、ペロペロと舐め清める。 「うくっ! そんなにされたら……っ」 敏感なままの肉棒を刺激されて、チ○ポが一気に復活した。 いや、むしろ出す前よりも高まっている。 「ははは……こいつも節操のないやつだよな」 苦笑を浮かべて、自分のチ○ポを見る俺。 「そんなことないですよ。わ、わたしも……同じですから」 閉じ合わさったままのロコナの内ももから、くちゃり、と音が聞こえた。 「たいちょー、あぁん、どうしましょう。恥ずかしいです……」 「ロコナは本当に可愛いな。 ……おいで」 ロコナを木の幹にもたれかからせると片足を抱え上げて、大きくひらいた。 「ん……っ、あぁっ」 充血した秘部が、俺の目に隠すものなく晒されてしまった。 ロコナの恥ずかしげな声に、俺のチ○ポもたまらなくなっている。 「ロコナ、このまま入れるよ?」 「はい、隊長っ」 「いっぱい、奥まで……わたしを愛してくださいっ」 ほっぺたを赤くしておねだりするロコナは、もう犯罪的に可愛くて、たまらない。 俺はたまらず一気に突き入れた。 ジュブッ……グジュゥゥゥ! 「あふぅっ! あっ……すごいです、一気に奥に……くふぅんっ!」 「あぁっ、当たって、ます……んくぅぅっ♪」 膣壁が、チ○ポに吸い付くようにして締め上げる。 ねっとりとした愛液が絡んで、チ○ポは膣内でぐちゅぐちゅと淫猥な音を立てた。 「くふぅ……あっ、やぁん、感じすぎちゃう……んっ」 「すごく感じますっ、隊長が……わたしのお腹の奥にまで、きてるの……っ」 「うん、根元まで入ってるからな……っ」 ロコナの秘裂は、俺のチ○ポをがっちりと咥えこんでいる。 ロコナの中は、本当に俺の形にぴったりで。 反りが合うというのは、まさにこういう事を言うんだと実感してしまう。 「動かすよ?」 ゆっくりとチ○ポを引き抜いていく。 「あ……はうっ、ン……っ」 「中で……あぁっ、や……んっ」 わざとゆっくりゆっくり。 ざらつく膣壁が、ことさらリアルにその感触をチ○ポに伝える。 う……すごい、気持ちイイ。 「あ、やぁん、出ちゃう……っ、たいちょーっ」 ギリギリまで引き抜いて、そして一気に奥にまで突き入れる。 ――ジュブグンッ! 「きゃはぁっ! ああっ、やぁっ……!そ、それっ、感じちゃう……んんっ!」 「くっ……うっ!」 ジュブッ、ジュブグッ、ジュブブッ! 「んくっ、はァっ、あんっ、また奥にっ!」 「やぁぁぁん、気持ち良いのっ、はふぅんっ、すご、いっ……あぁっ!!」 ロコナの足が緊張できゅっと閉じられる。 それと連結して、膣内が肉棒を締め上げてきた。 「あふぅっ、やっやふっ、はあぁんっ!」 「……隊長のがっ、んんぅ……膨らんでくるぅっ♪」 熱く熟れたおま○こはひくひくとして、律動の快感に打ち震える。 「俺のどこがそうなってるの?ちゃんと教えてくれる?」 あまりにもロコナが可愛らしいので、そんな事を言ってみる。 「あぁぁぁんっ、な、何て言えばいいのか知らなくて、きゃうっ! くぅぅんっ!」 「は、恥ずかしいですっ、あふっ、んんっ!」 「お○んちん、だよ。そう言ってくれると、すごく興奮する」 「は、はい……隊長のお、お○んちんが……あぁぁんっ、わたしの中をかき混ぜてますぅっ!」 「んっ、嬉しいよロコナ……もっとしたくなっちゃうよ」 ロコナの言葉に興奮して、俺は更に抽送の速度を上げてゆく。 突き上げる衝撃で、ロコナのおっぱいも揺れて、それが俺の目の前で波打つようだ。 のけぞった首筋が白くてそそる。 思わず唇を這わせた。 「あんっ……そこ、……隊長……っ」 くすぐったそうにしてるロコナだけど。 そのまま首筋を吸い上げていると、チ○ポに絡みつくおま○こが震える。 「ん、はぁぁん……っ♪」 「やっ、隊長……首を舐められたら……っ、ンぅっ」 「あ……んっ、こんなに気持ちイイのって……んふぅ、わたし……おかしいんですか……っ!?」 潤んだ瞳で尋ねられる。 いや、おかしいわけないだろ。 「それだけ気持ち良いのは、すごくいいことだよ。俺も同じだから」 愛液を更に増やしたロコナのおま○こへ御褒美とばかりに強い突き上げをする。 「んくぅ……っ♪あぁっ、嬉しいっ、隊長と同じ……んっ!」 ジュブッ、ヂュブッ、ヂュブブン! 「はうっ……んっ、あ……イイっ!嬉しくて、気持ち良いです……くぅんっ!」 堪えきれず漏らしたような言葉に、更に俺のチ○ポに快感が集まって膨れる。 「あぁっ……またわたしの中で、ンはぁっ、お○んちんが大きく、なってます……くはぁん……っ♪」 「隊長も気持ち、イイ……ですか……っ?」 「うん、すごく、いいよ。ロコナは最高だよ」 「ロコナは?」 「あぁん、わたしもなんですっ、すごく、気持ち、イイ……ですっ」 「あ、イイ……隊長のお○んちんが入ってきて、 ……くぅん、あ、好き……好きです、たいちょーっ」 キュゥゥゥゥ〜〜 「くおっ!?」 「あ、駄目……そのまま、あぁっ」 ロコナのおま○こが強く締めつけられる。 チ○ポに絡みつく愛壁は、俺を離すまいとして更に肉棒を搾ってくる。 「んは……っ、やぁんっ、んんっ!」 「隊長、あ……っ、はふうぅ……っ!」 喘ぐロコナの吐息に合わせるように、膣内をチ○ポで刺激する。 ジュブッ、グジュッ、グヂュルッ! ロコナのおま○こは、突き上げられる衝撃の度に激しく内部を震わせた。 「だめ……あっ、んっ……わたし、おかしく、なっちゃう……っ、んぅぅ!」 子宮口にチ○ポの先端を押し当てて、その状態で強く突き上げる。 「あああっ!! やっ、そんなっ!」 「んっ……くぅっ……!」 グッ、グググッ、ジュブッ……グジュゥッ! 「ひゃうぅっ、あぁ……!そんな、奥……に来たら、あああぁんっ!」 「イクっ、イキ、そう……です……んくぅっ!!」 俺も、限界がまた近づいてきた。 「あうぅ……身体が浮いたままです……っ」 「隊長……あぁん、ふわふわしちゃうっ、やぁぁぁん、あぁぁっ!」 キュゥゥゥ〜〜 溜まらずに上げたロコナの喘ぎと同時に、柔らかい肉襞が、強く強くチ○ポを締め上げる。 もう……俺も、イキそうだ……! 「俺も、身体が浮きそうだ……っ」 「あくぅん、あふっ……んはぁっ♪」 「んんっ、同じなんですね♪あふっ、きて下さい……たいちょう……っ」 「わたしの中にそのまま……あっ、んんっ!」 普段は純朴な立ち居振る舞いのロコナが、潤んだ瞳でおねだりをする、そのギャップ。 すごくエッチで、俺の脳髄を直撃した。 「う……イクぞ、出すぞ……っ!」 「あふぅっ……きて、下さい……っっ!!!」 ジュブッ、グジュッブッ! 「ああぁっ、イク……っ!」 「イッちゃいます〜〜〜っ!!!」 「うおおぉぉぉっ!」 ドクドクッ!ビュルルルルンッッ! 「あぁっ、んはあああぁぁぁっっ!!!」 思いっきり、ロコナのおま○この中に精液を放出する。 ビュルッ、ビュルル……ドクン……ッ! まだまだ出ている精液は、ロコナの蜜壺の中に全て放たれた。 「あ……あぁっ、体中がとろけそう……中がすごく熱い、です……っ」 「隊長の……が、いっぱい幸せもいっぱいって感じで♪」 ロコナの狭いおま○この中で、最後の一滴までを放った俺のチ○ポ。 脈を打つ肉棒を、ロコナは愛しそうに包み込んでいた。 「すごく、気持ちよかった」 「わたしも、です……たいちょー♪」 繋がったまま、俺達は舌を絡めてキスをした。 ゆっくりと、体を離してから、俺達はお互いを見つめ合って微笑んだ。 「なんか、いっぱいしちゃったな」 「えへへ、そうですね、たいちょー♪」 目を細めたロコナが、俺に抱きついてくる。 お互いの肌の温もりが、心地良かった。 まるでさっき彫った自分たちの名前のように、仲良く寄り添っている。 ……案外、伝説は本当かもしれないな。 なんて、思ったりして。 「………………」 それにしても。 ロコナの柔らかくて白い肌を抱きしめていると、 ……なんか、また元気が出てきたというか。 単純な自分に、少しだけ呆れて笑いながら、俺は素直にロコナに告げた。 「あのさ、ロコナ。もう一回……してもいいかな?」 「え! 隊長、な、なんでわたしと同じ事を思ってたんですか!?」 まるで図星を突かれたみたいに、ロコナは驚いていた。 つまり、答えはYESということらしい。 「同じだったら……問題ないよね」 「はい♪」 俺は改めてロコナを抱きかかえ―― 「えっ!?」 「今、何か音が」 『あ〜、だいぶ迷っちゃったねぇ』 『お前さんが、こっちの道の方が近いと言うからじゃ』 げ!!! 誰か来た!!! 『おや、こんなところに足跡があるのぅ?』 『誰かいるのかい?』 「た、た、たたたた隊長〜〜!」 こ、こらっ! 聞こえるだろっ! ロコナの口を慌てて手で塞ぐ。 『ん? 今人の声がしたような……?』 やばい! 『誰かいるのかい!?』 こ、こっちにくる!!! 俺は慌てて、ロコナの手を引いて逃げようと―― あああああ! 服の乱れを直すの忘れてた! 『お〜〜〜い!』 『誰だーーーい?』 「あうあうっ!」 うわぁっ、声が近い。近すぎる! 俺とロコナはおっぱいとチ○ポ丸出しの状態で、真っ青になる。 「逃げるぞー!」 俺は慌ててズボンの前を直しながら、ロコナに告げる。 「隊長〜〜〜!」 「急げ〜〜〜〜〜!」 俺とロコナは、森の茂みの中をこそこそと。でも脱兎のごとく、逃げ出した。 ――恥ずかしい姿のままで! 教訓:森でのエッチは人目にご用心! 村人の話で、最近森の近辺で怪しげな人影を見るという。調査の必要性を感じるリュウ。 結局、人影らしいものは見当たらず引き返すことになる。しかしその道中で、ロコナが冬にしか実らない珍しい果実を見つける。 村の子供たちが喜ぶと無茶をして取ろうとし、毒草の汁に触れてしまい昏睡するロコナ。 つきっきりの看病の末、ようやく目を覚ますロコナ。リュウは胸を撫で下ろした後、自分の体を粗末にするロコナを叱責するのだった。 太陽の光も、ろくに差し込まない森の奥。 普段なら誰も足を踏み入れない場所。 そこにひとつの人影があった。 「……いやだ、こんな所にでちゃったよ」 冬支度もあり、山菜を採りに来ていて、ついついこんな森の奥にまで来てしまった。 こんな所まで、村の人間はやってこない。 くるのは国境警備隊の見回りや、どこかの酔狂くらいだろう。 「早く戻ろう、気味が悪いんだよ――」 「……っ!!!」 「だ、誰だいっ!?」 「誰かいるのかい……っ!?」 「鳥……? 動物……?」 そんな感じではなかったような気がする。 微かに目に止まったのは――人影? 「……っ」 もしかしたら、魔物!? 仲間の姿で安心させて、人を襲う魔物もいると聞く。 「ひゃあああ〜〜〜っ」 山菜の籠を放り出して、女はやってきた道を走って戻っていった。 「え? 不審な人影?」 「そうだ、村人から森の奥で魔物を見たと連絡があったんだが……」 「私も調べてみたが、そんな気配はなかった」 ということは……? 「まさか密入国者か?」 ポルカ村は国境の地。 あの森が自然の砦となってるけれど…… 目的さえあれば、無理をして越えられないこともない。 「ちょっと、森の奥まで見回りを強化した方がいいな」 「頼む」 もちろんだ。 「それじゃ、ある程度まで進んだらそこからペアを組んで見回りになるから」 「がんばって、密入国者を探します!」 「思うんじゃがのぅ〜。兵舎で報告を待つ人間がいた方がいいぞ〜」 「あ〜、そこでワシが……」 「帳簿作業のミントがいるだろ」 「では、兵舎までの伝達者をじゃな〜」 「その時は、一番足の速いアロンゾにでも走ってもらうからいい」 「おい、どうしてこの俺が貴様に命令をされなければならん!」 「アロンゾが適任だというのは、ボクが提案したんだ」 「それだったら、聞いてくれるか?」 「もちろんです、殿下。わかったか、ドナルベイン!」 ……わかりやすいな、ホントに。 「だから爺さんも見回りに来てくれ。頼んだよ」 「人使いの荒い隊長じゃのう。老体をこき使いよって」 「はーーい、質問〜〜〜!」 「なんだよ? 臨時隊員」 「オレ、ものすごく関係ない単なる貴族のボンボンなんだけど」 「いいじゃないか。ジンがいないと奇数になっちゃうんだからさ」 「できるだけ人間が多い方がいいし、頼むよ」 「じゃあ、もう一つだけ質問いいかな?」 なんだよ。 「まさか無給じゃないよね!?サービス残業代くらいは出るよねっ!」 「ああ、出るとも。いつも兵舎で勝手に飯食ってる分で前払い済みだ」 「お、鬼っ!この、アイスドラゴン並に冷たいやつめ!」 なんとでもいえ。 「それじゃあ、出発するぞ!」 「ふむ、何もないな……つまらん」 「ない方がいいんですよ、殿下」 「わ、わかってる!」 「何もないのは……その!見逃しているかもしれないから気をつけようという意味で言ったのだ!」 わかりやすい言い訳だが、一応誰も突っ込まない。 「ほ、本当だぞ!」 「アルエさん、さすがですね」 「わたしも、ちゃんと辺りを調べないと!」 ……ロコナ1人が気がついてないみたいだな。 「う……」 「危険な密入国者がいれば、ポルカ村にも危害が及んじゃうかもしれませんよね」 「……わたし、頑張って見回ります!」 ピシィっ、と背筋を伸ばしてはりきってるなぁ。 「ボクも見回るぞ!」 「はい、一緒に頑張りましょう!」 なんか変な熱血が生まれてる。 「だるーい、ねむーい、かえりたいよぉ〜」 「腰が、膝が、足の裏が〜」 こっちは正反対だな。 「こら、オマエ達もしっかり見回れ!」 「あ〜〜う〜〜」 「こうして、王族のボク自ら手本を示しているの――あれ?」 「どうした?」 「いま……何か変なものが見えたんだが」 「まだ、森の半ばだぞ」 おいおい、まさかこんなところで早々に不審者を発見か? 「あうっ! こんな村の近くでですか!?」 ロコナだって顔色が変わる。 そりゃそうだろう。 ここら辺っていえば。 ついこのあいだ俺たちがデートした場所じゃないか。 「大変です、隊長、どうしましょう!」 「うん、大変だ」 こんな自分たちの身近な場所で、だなんて…… 「怖い……です」 少し怯えるロコナ。 大丈夫だ。ロコナは俺が守る! 「アルエ、今見たのはどの辺りだ?詳しく教えてくれ」 「殿下、ここはこのアロンゾにお任せ下さい」 アロンゾが剣に手をかける。 「隊長……!」 みんなに緊張が走る。 「ちょっと待て、ボクが見たのは人影とかじゃないぞ」 「え?」 「変わった樹があったんだ。なにか妙に木肌がでこぼこしてて……」 アルエが眉をしかめながら、道を外れて森の中に入っていく。 樹? 「あっ……! た、隊長!」 ぐいっ! ロコナが俺の服の裾を引く。 ん? なんだ? 「ここって、あの蝶の住み処の近くです」 そうだよな。 先日来たばかりだから間違えようがない。 「それで、アルエさんが向かってる樹って、わたし達が……」 「………………」 ああああっ! 「やばい……!」 ちょ、待てって〜〜! 「ほら、やっぱり!あっちの樹に何か記号が彫られてる!」 「実にアヤシイじゃないか。密入国者の暗号かもしれないぞ」 「殿下、お手柄です!」 「待て、ちょっと待て!」 「ボクが見つけたぞ、ほら、密入国者の――」 「待てってーーー!」 「なんだ、これは?」 う…… 見られた……な、こりゃ。 「殿下、どうされました?」 ゾクゾクと人が集まる。 ああ〜〜〜、やめろ〜〜〜! 「ほほ……おおお〜♪この樹はあの伝説のアイレン・ツリーじゃな」 「いや〜、じつに初々しいねぇ」 俺達の彫った、恥ずかしい相合い傘のマークが全員の目に晒される。 「あうあうあう〜〜」 ロコナも真っ赤になって、俺の後ろに隠れてる。 「ああもう、見るなって!これは密入国者には関係ないだろーー!」 「ったく、ひ、人騒がせな!」 発見したアルエは相当気まずかったらしく、そっぽを向いている。 「あう〜〜。恥ずかしいですよぉ、隊長」 うん、俺も盛大に恥ずかしい。 こういうのは、2人での秘密だからいいんだよ。 白昼の元で、みんなに見られるもんじゃない。 断じてない……! 「ほら、これが関係ないのは分かっただろ!」 「もっと奥にまで進むぞ」 「やーい、照れてやんのー!」 「うるさい!」 ほら、さっさと進む! 本当に密入国者が見つかるかもしれないってのに。 「随分、奥にまで来たな」 「ここまで来ると、もう森の半分以上を進んでいます」 「そうか、だったらここから二人組みになって辺りの捜索に向かおうか」 俺は見回り部隊の面々を見回した。 俺とロコナに爺さんの警備隊組。 そして。アルエとアロンゾにジンの一応警備隊じゃない組。 アルエにはアロンゾが付いていくので、大丈夫そうだな。 残るは、ロコナ、ホメロ爺さん、ジン。 ロコナと爺さんを組ませたら、セクハラ見回り部隊になりそうなので却下。 とはいえ、ロコナとジンを組ませるのも不安すぎるし。 「そうなると、結局は……」 「たいちょ〜〜〜!こっちには何も変わったところはありません」 「そうみたいだ、人の通ったあともないし」 「もう少し先まで見てみましょう」 「うん」 結局、俺とロコナ。ホメロ爺さんとジン。 そしてアルエとアロンゾの組み分けとなった。 こ、公私混同なんかじゃないぞ? あくまでも、危険度の少ないペアにした結果なのだ。 「草が踏み固められたような場所もないですね」 「ここらには、何もないのかもしれないな」 密入国をするなら、それなりにルートが残ってる筈なんだよな。 「あ!」 「なんかあったか?」 「あれ、モモイチジクの実です」 「もも……いちじく?」 「冬の最初の頃にだけ食べられる、とっても美味しい果物です」 「めったに見つからないのに……わぁ〜♪」 あれかな? なんかピンク色の綺麗な実が見えるぞ。 ……おいおい、崖の途中だろ、あれ。 「ちょっと、採ってきていいですか?」 「村の子供達の大好物なんです!」 「危ないぞ、採ろうとしたら崖に登らないといけないんじゃないか?」 「んー、でもあれくらいなら手を伸ばせば採れますよ♪」 「えへへ♪子供だけじゃなくて、大人も喜びますよ」 「こないだから、お世話になりっぱなしだからお礼にたくさん採ってきてあげなきゃ!」 「やっぱり俺が採るって。ロコナは待ってろよ」 「大丈夫ですよ〜。これでも森の中では小さい頃から遊んでいたんですから」 確かに森のことはロコナの方が詳しい。 でも……あっ、だから、ちょっと待てって。 この下草の中をよくあんなに軽々と動けるよな。 「おい、ロコナ!」 げっ、なんか蔓が足に絡まった。 「ほら、隊長。ちょっと手を伸ばせば……」 「んしょ……んしょ……っ」 お、おい……大丈夫か? こっちは蔓と格闘してるってのに。 「俺が採るぞ、待ってろって」 「ほら。もう、少し……なんで、す……!」 一杯一杯でロコナが手を伸ばしてる。 何度か空を掻いてる手が―― 「ほら、採れた……!」 「隊長、採れまし――」 「いたぁ〜〜〜〜」 「ほら、いわんこっちゃない」 こっちもようやく蔓が外れた。 「大丈夫か、怪我してないか?」 「はい……うっ……!」 「足でもひねったんじゃないのか?」 果実の枝を抱きかかえたまま、ロコナが草むらに転がってる。 草のおかげで、打ち身はなさそうだ。 「ほら、手を貸すぞ」 「たい……ちょ……」 「ほら、ロコナ」 「だめ……さわ、っちゃ……」 「ロコナ?」 「わたしの腕の……下……毒、草……が」 ……え? 「触っちゃ……だ……め……です」 「おいっ! ロコナっ!」 慌てて、ロコナの体をそっと抱き上げる。 「う……っ……」 腕に擦り傷。そこにべっとりと草の汁がついてる。 「お……おいっ、誰かっ!」 「誰か来てくれっーーー!」 「ロコナが毒草で倒れたって!?」 知らせを受けて飛び込んできたレキは、珍しく表情を強ばらせていた。 「早くリュウの部屋に、そこで寝てる」 「一体どうしてそんなことにっ」 「森で見回りをしているときに、グフリ草の汁に触れてしまったんじゃ」 猛毒で知られる毒草の名前に、レキは顔色を変える。 「あれは触れただけなら大丈夫だろう?」 体内に入れなければ、大丈夫なのに ……どうして? 「転んだ拍子に擦り傷が出来たんじゃ」 「しかもその時に、グフリ草をすり潰しておる」 「馬鹿……」 あんまりなタイミングの悪さに、額に手を置く。 「ほれ、話は後じゃ。とにかくロコナを」 「ああ」 持ってきた薬草で間に合うか……? レキは硬い表情の裏で、必死に今からすべきことを考えた。 「ロコナ、もうすぐレキが来てくれるからな」 まだなのか……レキは!? ベッドに寝かせたロコナは青い顔で荒い息を吐いている。 あれは…… 「ロコナの容態はどうだ?」 「レキ、すぐに診てくれ!」 「はぁ……はぁ……っ」 「唇が紫か……完全に毒が回ってる」 「熱もさっきから上がってきてるんだ」 「冷たい水をもらってきたよ!これで冷やして!」 ミントが革袋につまった冷水を持ってきた。 「だめだ、急に熱を下げると体内で毒が回る」 「そうなのか?」 「かわいそうだが、熱はこのままにしておこう」 「はぁ……はぁ……っ」 荒い息づかいが……辛い。 「何かしてやった方がいいことは?」 「……とにかく薬草を調合する。それまで待て」 「……俺に出来るのは、待つだけなのかよ!」 「リュウ、落ち着きなって」 「レキがそう言ってるんだから、薬が出来るのを待とうよ」 それはそうだけど…… 「はぁ……はぁ……はぁっ」 「ロコナ、もう少しで楽になるからな」 熱くなってしまった手を握る。 でもロコナは握りかえしてもこない。 「様子はどうじゃ?」 「今、レキが薬を作ってくれてる最中よ」 「熱は? 身体は冷やさないのか?」 「駄目なんだって、余計に悪くなるらしいの」 「それじゃ、あのままにするしかないのか」 「はぁ……はぁっ……はぁ」 「く……少し待っててくれ。これをすり潰すのに力がいる」 レキも冷静に対処しつつも、焦りが隠せないようだ。 「なら、男のワシがしてやろう」 「ご老人より、オレの方が適任だろう」 「無理だ。この薬種の塊はすり潰すのにコツがいる」 「慣れてない人間だと、粉に出来ない……くっ」 「それだったら、オレが代わるよ」 「だから、無理だと言ってるだろう!」 「それ琥珀鳥の骨だろ?」 「……知ってるのか?」 「獣人関節人形を作るときに、表面を磨くのに使ってるから、慣れたもんさ」 レキの手の中から、すり鉢が奪われる。 「こっちはやっとくから、レキは他の用意をしてろよ」 「わかった」 レキが慌てて、他の薬種を取り出していく。 「珍しく役に立ってるぞ、ジン!」 「非常事態は、さすがにね〜」 ジンが必死に力を込めているのがよくわかる。 額にはうっすらと汗がきらめく。 ジンがこんなに真面目なところを見るのは初めてだった。 「たい……ちょ……、はぁ、はぁ……っ」 「ロコナ……頑張れ」 「そうだ。リュウは声を掛けてやれ。意識を失うと危険だ」 な……っ! 危険って……どういうことだ。 目の前が一瞬……暗く、なった。 「意識を保っていれば問題ない。リュウ、ずっとロコナを呼んでいてくれ」 「わ、わかった! ――ロコナ、ロコナ!」 今できることは、そんなことだけなのか。 歯を食いしばりたい。 だけど、そんなことしてたらロコナに呼びかけられない。 だから……呼ぶ! ロコナ……ロコナ! 「ロコナ、俺だ、分かるか!?」 「ロコナ、頑張れ!」 「がんばるんじゃぞ、ロコナ」 「ドナルベインっ、もっと励ませっ」 「分かってるよ!」 「ロコナ、もうしばらくの辛抱だぞ」 「せっかく採ったモモイチジク。村のみんなに配るんだろう?」 「はぁ……っ、はぁっ、……」 目も開けることも出来ないロコナ。 必死になって呼びかけるしかできないなんて…… 「ジン、もっと粉末にしてくれ」 「あいあいさー!」 「ロコナ、頑張れ……っ!」 こんなことで、俺の前から消えないでくれ。 絶対にそんなことさせないからな! 「ロコナ!」 「解毒剤も飲ませたし、あとは様子を見るしかない」 リュウとロコナの部屋から出たレキは、ついてきた数人に向かって説明していた。 「私もロコナが目覚めるまでここにいることにする」 「そうしてもらえると、心強い」 「あたし、夜食を作ってくる」 「ロコナが大変なときだけど看病で全員が倒れたら大変だもん」 合理的なミントが台所に走る。 「ああ〜、肩凝ったよぉ」 「ひ弱な貴族のお坊ちゃんはあんなに力仕事をするとダウンです」 「オマエも珍しく、よくやってくれたな。そこで休んでいろ」 「ほぉ〜い」 「……薬、早く効くといいんだが」 「…………」 その場にいる全員が、不安を胸に抱えながらそれでもそれを口するのは我慢していた。 「はぁ……はぁ」 「たいちょ……、ぁ……あ、ふぅ……」 「汗がすごいな」 熱を出し切らせないといけないロコナは、辛そうな息を吐いてる。 「ごめん、ロコナ」 ぎゅっと手を握る。 握りかえしてくれない手が、悲しい。 「気がかりなのも分かるが、このままだと貴様が倒れるぞ」 背後に、アロンゾが立った。 言い方はぶっきらぼうだが、珍しく俺を気遣ってくれているらしい。 そんな心遣いに、なんだか急に胸がグッと来て…… 「……俺の所為なんだ」 ぽつりと漏らしていた。 「どうしたんだ、いきなり」 「俺は隊長なのに、ロコナをこんな目に……」 俺の所為だ。 俺の所為だ…… 「自分を責めるでない。今回のことは不幸な事故だったんじゃ」 「いや、俺がもっと森のことに詳しかったら……」 ロコナは森に詳しいんだからと、どこかで気のゆるみがあったんだ。 「あの毒草はそうそう生えないものじゃ」 「村の人間でも分かったかどうか」 「俺が危険の予測を出来ていなかったんだよ」 毒草じゃなくても、もしかしたら密入国者がいたかもしれない。 そんな時に、暢気に果物を採らせた俺のミス。 「ごめん……ロコナ」 「……俺は貴様のことは嫌いだが、己の責務を理解していることは認める」 「今回の件は、たしかに貴様の判断が甘かったかもしれん」 ああ、そうだ。 「だが、予測不可能なこともある」 「なにが言いたい?」 「自分だけを責めるな、と言っているんだ」 「むしろ、自分が何でも背負えると思うな」 「全能の人間がいるわけないだろう」 わかってるさ、アロンゾの言いたいことは。 でも、やっぱり俺は…… 「……ロコナが目覚める前に、貴様が倒れるな」 「俺は面倒なんて見ないからな」 皮肉なことを言うくせに、アロンゾは俺の肩に手を置いてからでていった。 はっきり言って、馬は合わないが、今だけは……感謝した。 「ロコナ……がんばれよっ」 残されたロコナの手を握り、俺は再びそう祈った。 ……………… ………… …… 一体、どれくらいの時間そうしてたんだろう。 気がつけば鳥がさえずりを始めていた。 いつもなら、ロコナが角笛を吹く時間。 でも、今は苦しげな息を吐いてベッドの中―― 「……う……、……すか?」 「ロコナ!?」 今のはうめき声じゃないよな? 確かに何か言ったよな!? 「わたし……どうし、たんですか?」 ぼんやりとした目が、俺を見る。 「覚えてないのか、ロコナ!?」 「あ……れ、隊長……?」 「……そういえば、わたし……グフリ草に」 よかった…… 記憶がおかしくなってるとかじゃないんだ。 「一晩中、すごい熱だったんだぞ」 「レキの薬が効いてからも、ずっと苦しそうで」 安堵感で胸の奥からなんだか変な塊がこみ上げてくる。 「ずっと見ていてくださったんですか?」 「ああ。一晩中な」 混沌としていたロコナの意識はだんだんはっきりとして来たみたいだ。 「一晩中!?」 「ひ、ひえええ〜〜〜っ」 「申し訳ありませんっ、心配をかけてしまって」 ロコナはしょんぼりとしつつも、慌てるという器用な芸当を見せる。 でも、よかった。 この声がもう一度聞けて。 「みんなも心配してたからな、今呼んでくる」 「皆さんにも迷惑かけちゃったんですか?」 「あう〜〜」 「もう少しゆっくりしてろよ」 ほら、起き上がるなって。 「わふっ! たいちょー、布団がぎゅうぎゅうです」 「勝手に起きるからだろ」 「大丈夫ですよ、ほら、もうこんなに元気です」 「だから、起きるなってば」 「ロコナの具合はどうだ?」 「ちょうどよかった、今目が覚めたんだ」 「それはよかった!」 「殿下、他の者に伝えて参ります」 「ああ、そうしてくれ」 「顔色もよくなってるし、峠は越えたな」 「本当にすみません、みんなにも心配をかけたって、たいちょーから聞いて」 「夜通しの看病をしてたリュウが一番心配してたぞ」 「あう〜〜、本当にごめんなさい〜」 「森でこんな失敗をするなんて……悔しいです」 「でも、モモイチジクの実がどこになってたか覚えてるから、次はちゃんと採ってきます」 ……え? 「何言ってるんだよ。もう二度とあそこには近づくな」 「大丈夫ですよ、次は気をつけますから!」 「そういう問題じゃないだろ」 「でも、本当に美味しいんですよ」 「みんなにも心配かけたから、そのお詫びに――」 「ダメだ!!」 「た、たいちょー?」 「どれだけみんなが……俺が……心配したと思ってるんだっ!?」 全然分かってないじゃないか! 「で、でも……」 「どれだけ美味い果物か知らないけど、ロコナの安全と引き替えに出来るかっ!」 「隊長、えっとあの……」 うなされていたロコナをずっと看てた、あの辛い時間が一気に思い出される。 心配したのに……何で、もう一度あんな思いをするかもしれないことを! 「ロコナ……っ!」 すごく心配した気持ちとか、安堵とか、それなのに……っていう、憤りとか。 そんな感情が渦巻いて、混じって、混沌として。 俺は言葉が出てこない。 「……っ!」 「今のは、ロコナが悪いぞ」 「アルエさん……」 「リュウは一睡もせずに看病をしてたんだ」 「眠らず……じゃなくて、眠れなかったんだ」 そうだよ。眠るなんて出来やしなかったんだ。 「ロコナが、村のみんなやボク達のことを大事に思ってくれるのはいいことだ」 「美味しい果物を食べさせてあげたいって、その気持ちだって、ボクも嬉しい」 「でも……それって、自分の命をかけてまで食べさせる価値があるものなのか?」 「大事なリュウに、こんな思いをさせてまで?」 「……あ……」 「わたし……」 「ロコナがちゃんと無事に生きてるからこそ、誰かに何かをしてあげられるんじゃないか」 「……はい、ごめんなさい」 「謝るのはボクじゃないだろう?ほら」 ――ドンッ! 「わわっ!」 ――ドサッ……! アルエ、急に押すなよ! もう少しでロコナに激突して、ベッドに突っ伏すところだった。 ギリギリセーフ……ロコナの体の横に手をついて自分の体を支えてるけどさ。 「大丈夫ですか、たいちょー!」 「ああ、大丈夫だ」 「本当にごめんなさい」 「心配かけたこともだけど、隊長の気持ちも考えずに、無茶を言ったこと ……ごめんなさい」 「わかってくれたなら、いいよ」 ぎゅっ、とロコナを抱きしめる。 腕の中に柔らかい体が……ある。 まだ熱は取れてないけど……ロコナは無事だ。 「しばらく2人きりにしてやるから、ボクに感謝していろよ、リュウ」 ああ、ありがとうアルエ。 アルエの出ていった音を聞いて、もっと強くロコナを抱きしめた。 「……よかった……」 肩口に額を押しつけて……強く、強く抱く。 ロコナ……よかった、ロコナ。 「隊長……もしかして、泣いてます……?」 「……本当に、心配したんだからな」 「ごめんなさい、隊長。本当にごめんなさい」 背中に回されたロコナの手が震えてる。 俺は本当にロコナが大事だ…… 失いかけて、身に染みて分かった。 2人きりにしてもらった俺たちはしばらくそうして抱き合っていた。 村の皆に心配をかけたお詫びにと、ロコナが村人全員の手袋を縫い始める。病み上がりに無茶するなと忠告するリュウ。 分かっていると答えるロコナだが、不安でたまらないリュウは自ら手伝いを買って出て、他の面々も集めて手袋作りに協力することに。 そして出来た手袋を村中に配って回るのだが、村の人々も、ロコナのためにそれぞれ何かを作ってはお返しを用意していたのだ。 改めて村と自分と、そしてリュウたちとの絆の深さを感じ入るロコナだった。 チク、チク、チク。 「うん……しょ、……もう少し」 チク、チク、チク。 「ここで、糸を止めて……」 クルクル……プチッ! 「よし、ひとつ目が出来た〜〜〜♪」 リュウの部屋からは、ロコナの嬉しそうな声が響いていた。 「うーん。お昼ご飯、あんまり美味しくないな」 「文句を言うなら食うな、部外者」 「部外者!? オレも仲間じゃん〜」 「ある意味納得できて、ある意味納得出来ん」 「ええ〜なんで!?」 「そりゃ、食費も入れずに飯だけを食いに来るからじゃろう」 「そんな核心を突いたら駄目〜」 「あ、大丈夫。あたしはロコナと違って、損得勘定ははっきりしてるもん」 「食べた分のお金は払ってもらうからね」 「えええ〜〜〜!」 「当り前だろう。貴族のくせに金がないとは言わせないぞ」 「まったくだな」 「横暴〜横暴〜!」 「文句言うなら、食うな!」 「ちぇ〜。早くロコナがよくならないかなぁ」 「ずっとリュウの部屋に監禁なんて……卑猥♪」 「監禁とは人聞きの悪い!まだ本調子じゃないからだろ!」 まったく……! ロコナはまだ病み上がりなんだぞ。 グフリ草の毒は抜けたものの、やっぱり体力が落ちてるからな。 完全に元に戻るまでは、レキからも安静を言いつけられてるんだ。 「あ、そうだ。どうせなら体で払ってもらうか」 「えっ? なに? オレ、貞操の危機?」 いるか、オマエの貞操なんて。 「ロコナが伏せってる間、家事が大変なんだよ」 ロコナの手が無くなってから、痛感。 朝昼晩のご飯の用意はミントがするとしても、他にもするべき雑務は山盛りなんだ。 掃除だって、洗濯だって、買い物だって。 案外手間がかかる。 それにプラスしてロコナは村の見回りとか手伝いもしてた。 こんなにたくさんのこと1人でしてたのか! ……って今更ながらに驚いてる。 「あたしはこれから帳簿整理があるから、残りの家事は他のみんなでお願いね」 「洗濯に掃除、か……」 「殿下はそんなことをなさらないでください」 「ボクだって手伝えるぞ」 「いや、アルエはモットの世話を頼む」 「殿下に駄馬の世話をしろというのか、貴様!」 「……おまえだって、アルエに洗濯とか掃除をさせるわけにはいかないって思ってるだろ?」 「む……ぐぅ」 アロンゾの顔色が変わる。 「掃除をしては、余計にものを散らかし、洗濯をしては服をぼろ布に変えるんだぞ」 ある意味、正当にお姫様のなさることだ…… 「貴様は、殿下のお手で洗濯された服を着れないとでも言うのか!」 「だったら、アロンゾが着ろよ」 「貴様、この俺に破廉恥行為をしろと言うのか!」 やっぱり、おまえもアルエの洗濯には異議があるんじゃないかよ! 「とにかく、一番無難なのがモットの世話だろ」 「む……」 料理は今さら言うに及ばす。 炭料理(アロンゾ曰く、香ばしい)は勘弁だ! 「しかたあるまい……」 「では、殿下のお手伝いをさせていただきます」 「あ、アロンゾは爺さんとジンとで掃除だ」 「なんだと!」 「見張りがいないと、さぼるからな」 「そんなことはないぞ〜」 「そうだーそうだー!」 「一緒に覗き見スポットを開拓する約束なんてしてないぞ!」 ………… 「アロンゾ、見張り頼む」 「うむ、よく分かった」 「ホメロさんの夕飯はおかずひとつ減らすから」 「夕飯の時に、ジンもまたいるならジンも減らすといい」 「ひ、ひどいぞ〜」 自業自得だ。 「きゃ、きゃあっ!?」 「ん???」 「ど、どうしたんですか、隊長!?」 「今、何か隠さなかったか?」 「なんでもないですよ!」 目が泳いでるぞ、おい。 「そうか、なんでもないのか」 「はい! なんでもないです!」 「じゃあ、俺は洗濯の干し物があるから」 「すみません、わたしが何も出来ないから」 「ああ」 ――と、見せかけて。 「こらっ、何隠してるんだ!」 「ああっ!」 「ん? なんだ、これ」 手の中に、くちゃっとした布きれ。 「あああ〜〜〜」 「なんで、見つけちゃうんですかぁ〜!」 「手袋?」 なんで、片一方だけ? しかもこれって、名前入り。 ……ダイヂョヴ、ってなんだ……? 「うう〜〜?」 「あれ? これ、もしかして手作り?」 まるで職人が作ったみたいだけど ……やっぱり手作りだよな? 「ロコナが作ったのか?」 「……ばれちゃいましたぁ〜」 「心配をかけたお詫びで、全員に手袋を作ってたんです」 「この文字は?」 手の甲の部分に、謎の呪文。 「『たいちょう』って刺繍を入れてるんです」 「微妙に違うぞ、コレ」 ダイヂョヴって、おいおい。 「えええ〜〜〜!」 「うう……やり直します」 「いや、これでもいいんだけど」 それよりも、問題は別だろ。 「病み上がりでこんなのしてたら治るのが遅れるぞ」 「俺たちの分って言ったら……7人分もだろ?」 「いいえ、全員分です」 「俺に、アルエ、ミント、爺さん、アロンゾ、それにレキとジン……ああ、ヨーヨード婆さんの分もか」 8人か。 「いいえ、ポルカ村全員の分です」 「ああ、ポルカ村全員……全員っ!?」 「はいっ♪」 「ちょっと、待った!」 そんなの元気なときにしても倒れるだろ! 「だって、わたしが倒れたことで村のみんなにも心配かけちゃったんですよ」 ロコナが倒れたことは、翌日に村中に知られてる。 モモイチジクの実を無理して採ろうとした ……ってことも、もちろん。 随分心配されたから、ロコナの気持ちは分からないでもないが…… 「それに材料の毛糸は、もうたくさん用意しちゃったんです」 「ええっ!?」 「お給料、つぎ込んじゃいました」 いつの間に……!? 「隊長……駄目ですか?」 うーん。 ここで取り上げても、他のことをしちゃうのはそりゃもう、見事なほどに目に見えてる。 「わかった」 「その代わり、俺も手伝う」 「えっ!? 隊長もですか!?」 「俺だって、村のみんなには感謝してるからな」 またロコナが無茶しないかそれが気がかりってのもあるんだけど。 「じゃあ、一緒に作ってもらえますか?」 「編み物の仕方を教えてくれるか?」 外でデートは出来ない代わりに、一緒に手袋を編むってのも、いいかもな。 「はいっ♪」 「お外でのデートの代わり……なんて。えへ♪」 どうやら、ロコナも同じことを考えたらしい。 そうして、俺たちの手袋作りは始まった。 ――だが、それは甘い道のりではなかった! 「お、おい……ここの目はどうするんだっ!?」 「落としてるっ! 目を落としちゃってるよ!」 「落としてるって……どうしたらいい!?」 「拾うの。ほら、ここをこうやって……」 「おおっ!」 「ロコナ〜っ、ここはどうするんだ!?」 たかが編み物と侮るなかれ。 なんで、こんなに難しいんだ、編み物って! 「目を増やさないといけないんですよ、隊長」 ロコナの手に渡った、俺制作中の手袋は魔法にかかったみたいに、編み目が増える。 ……す、すごい。 「はい、どうぞ♪」 「助かった、ありがとう」 「い〜と〜巻き巻き、い〜と〜巻き巻き」 「うう〜、眠いよう。帰りたいよぅ」 「……くっ、近衛騎士団の俺が……編み物!」 「騎士団の剣術師範がいったこと、覚えてるか?」 「なんだ?」 「力強く、しかし刺繍の様に華麗に、編み物の様に繊細な剣さばきを体得せよってな」 「おお、剣の極意だな!」 アロンゾを乗せるのは、ある意味簡単だ。 「ドナルベイン!貴様に負けるわけにはいかん!」 「皆さん、無理しないでくださいね」 「大丈夫だ、このボクに出来ないことはない!剣術の極意を身につけるためにも、やるっ!」 ああ、アルエも聞いていたか。こりゃ失策だった。 「ロコナのお見舞いって言って、村のみんなから食料をたくさんもらったしね」 「この恩はちゃんと返さなきゃ、あたしの沽券に関わるってーの!」 「い〜と〜巻き巻き、い〜と〜巻き巻き」 結局、ポルカ村+俺たちの手袋編みは、全員での家内制手工業となっている。 俺とロコナの編んでる手袋にアルエが興味を持ったところから始まり、いつの間にかの、この事態。 家事にも慣れてきてたから、時間も空き始めてたし、丁度よかった。 「はい、マリーカさんの分が出来ました」 「さすがに、一番上手いよな」 編み目も揃ってる。うーん、すごいぞ。 「隊長のも、お上手ですよ」 「そ、そうか〜?」 ちょっと、気分いい。 「ボクも負けてられないぞ!」 「うーん……アルエのは勝負以前の問題かもね……」 「な、なにっ!」 「だって、すごい形じゃない、それ」 「う……っ!」 「殿下の作られたものは、個性的というのです」 「そうだ、個性的なんだ!」 外は寒い冬の夜。 兵舎の温かい暖炉の前では、俺たちの明るい声が、幸せ色で響いていた。 「こらぁ! 貴様こそ手が休んでるぞ!」 「ちゃっちゃと編め!あと38人分が終わらんわーっ!」 「うわっ、剣を抜くなっ!」 ほんのちょっぴり、殺気立ちながら…… あれから一週間。 ロコナもゆっくりと休んで、完全に回復した。 もちろん、その休息時間は手袋製作に費やされてたんだけどな。 でも、みんなの助けもあって、手袋は無事完成。 「さぁ、みんなに配っていきますね」 「そうだな」 さすがに全員で行くのは大所帯過ぎる。 代表して、俺とロコナが配るんだがちゃんと作成者からのメッセージ付だ。 「じゃあ、最初はユーマおばさんに」 『ん〜、なんだい?』 「ユーマおばさん、ロコナです」 「ロコナかい。もう具合は良さそうだね」 「はい、おかげさまでこんなに元気です!」 「グフリ草の毒にやられたって聞いたときは、本当にびっくりしたよ」 「今日は、その時に心配をかけたお詫びを持ってきたんですよ」 「……おやおや、なんだい?」 ロコナが、緊張した顔で手袋を取り出す。 「これです!」 「まあ、これは、手袋じゃないかい」 「わたしだけで作ったんじゃないんです。警備隊のみんなも手伝ってくれてたんです」 「ホメロのエロ爺さんもかい?」 「はい♪」 「まさかアルエ殿下……も?」 「はいっ♪」 「で、隊長さんも編み物をしたのかい?」 「もちろん」 剣ダコならぬ、棒針ダコができるくらいには。 「そうかい、そうかい! ありがたいねえ〜」 「いつも、ありがとうございます」 「これからもよろしくお願いしますね!」 「当り前じゃないかい、ロコナ」 「あんたは、大事な大事な村の一員なんだからね」 「ユーマおばさん、本当にありがとうございます!」 「この手袋のお礼もしなくちゃね」 「そんな、お礼だなんて!」 「ふふふ、実はもう用意してあるんだよ」 どういうことだ? 「ほら、これだよ!」 ドサッ…… 「ええっ!?」 ロコナの手の中に、折りたたんだ布が渡される。 なんだろう、あれは……服か? 「あたしのお古の服をリメイクしたものだよ」 「よかったよ、ロコナが来るまでに間に合って」 「どうして……え? え???」 「いいから、いいから」 「これからまだ回るんだろう?ほら、早く行かないと日が暮れるよ」 「ええっ、でも……えええっ?」 えっと、これは一体どういうことだ? 「ほ〜ら、隊長さんも早くロコナを連れていきな」 うわっ、ちょっとまった。背中を押さないでくれ。 「それじゃね〜〜〜!」 俺達は、クエスチョンマークを頭上に乗せたまま、次の家へと向かったのだった。 村中を回り終わった後、俺たちの手の中にあったのは…… 「ほえええ〜〜〜、すごい数のお返しね」 「さすがにこれだけ集まると、すごいな」 「ホント、すごいよ」 村中の人から、『手袋のお返し』と称して何かしらの品をもらってしまった。 その山、山、山――! 実はロコナが大量に毛糸を買っていたんで、村の人間はロコナが何かを作るつもりだと察しを付けてたらしい。 「食料から、衣類まで……こんなに」 ロコナも呆然としてしまっている。 ロコナと付き合ってからというもの、贈り物攻撃によく遭ってるぞ、なんか。 「それだけ、ロコナは村のみんなからも好かれてるってことだ」 でなきゃ、こんなことにはならない。 お世話になったお返しへの、お返し。 なんだか心が温かくなる連鎖だな。 「このお返しは……どうしたらいいでしょう?」 「それはロコナがこれからも元気でいることで返したらいいんじゃないか?」 もう、あんな目には遭わないように。 村の人にも心配をかけないこと。 それが一番の贈り物だ。 「そうですね♪」 ロコナと村の人の絆が、また深くなった。 ちなみに―― 俺への『ダイヂョヴ』手袋はちゃんとした綴りに直されてから、貰った。 今度はちゃんと『リュウ』という名前付で。 リュウとロコナについて、周囲ではそろそろ結婚かなどと囁かれるようになり慌てる二人。将来的には考えるものの、まだ二人は付き合い始めたばかり。 しかし、いざ言われてみると将来のことを意識せざるを得ないリュウ。もし自分がまた左遷されたら、ついてきてくれるのだろうかなど。 ロコナと二人で混浴温泉につかり、そのことを聞いてみると、ロコナどこまでもお供しますとこたえてくれるのだった。 今日もポルカ村は平和そのものだ。 ここに来たときは、平和そのもののこの村がいかにもな左遷場所としか感じなかったのに。 今じゃ、ここが俺の幸せの場所だと思える。 それに刺激がないわけじゃない。 男手のない村は、俺とかの労働力は大事だし。 小さな事件はちょこちょこと起こるし。 いつの間にか、信頼出来る仲間達も増えて…… 王都での生活とはまた違うけど、ここにはここなりの生活と幸せがあるんだよな。 その中でも一番でっかい幸せは―― 「たいちょー! お待たせしました〜!」 「お疲れ、ロコナ」 「レキさんから、こんなに借りちゃいました」 おおっ、こりゃまたたくさんの本だな。 「がんばって、また勉強します」 「綴りも間違えないようにしなきゃ」 「なんせ『ダイヂョヴ』だもんな〜」 こないだの手袋にはちょっと笑った。 「うう〜〜」 「しばらく勉強がご無沙汰だったっけ」 まあ、色々あったから、勉強どころじゃなかったんだけど。 「でも、せっかく覚えた文字ですから忘れないようにします!」 「ミントさんのお手伝いが出来るくらいになるのが目標です!」 ロコナの志は、なかなか大きい。 「じゃぁ。俺も用事は終わったし、兵舎に帰るか」 屋根修理ってのも、ポルカ村じゃ死活問題。 男手がなきゃ、それをするのも女の人だもんな。 「隊長もお疲れ様でした」 「ほら、本持ってやるから」 「ありがとうございます、たいちょー♪」 ……う、マジで重い。 「わたしも隊長の荷物を半分持ちます!」 「それじゃあ半分ずつになるだろ」 女の子と男の俺じゃ、腕力は違うんだから、半分ずつにしたらなんか不公平。 「でも〜」 「だったら、三分の一持ってくれる?」 「15冊の……三分の一は、えっと」 「はい、5冊です!」 正解だな、うん。 もともと買い物とかはしてたロコナだから、それを応用したら簡単な算術系は得意科目。 「んしょ……はい、5冊いただきました♪」 本を持っていくときに、ちょっとだけ手が触れる。 う……手を繋ぎたいけど、荷物はあるし、人目もあるし……無理か。 「手……繋ぎたいなぁ」 「え?」 「はうっ! な、なんでもありません!」 「手を繋ぎたいなんて、言ってませんよ!」 思いっきり、言ってるし。 ああもう、なんて可愛いんだ! 「帰って暇が出来たら、森に行こうか」 「はいっっ♪」 そうと決まれば、さっさと帰るべし! 俺たちは並んで兵舎へと帰路についた。 「あの2人、相変わらず仲がいいねぇ」 「ロコナが倒れたときも、必死に看病してたんだろ」 「最初は王女様を襲ったっていうとんでもない変質者が来たと思ったけど……」 「あはは! そんなこともあったねぇ!」 「ねぇ、あの2人……もしかして、そろそろ」 「えっ? なんだい」 「にぶいねぇ、ほら〜ロコナも年頃だし」 「ああ……! もしかして、もしかする!?」 そんな井戸端会議にいそしむ女達の背後に、ふらりとひとつの人影が現れた。 「はーい、そこの奥さん達〜」 「なんの話をしてるのかな?」 モノクル眼鏡をキラリと光らせ、ジンはにこやかに訊ねた。 「ただいま〜」 「どこで油を売っていた、ドナルベイン」 「警備隊の人間として、訓練もせずに――」 兵舎に戻るなり、アロンゾが絡んできた。 「村の人に頼まれての屋根修理だよ」 「訓練は夜一人でも出来るけど、村人達の手伝いは昼間じゃないと無理だからな」 「む……」 まったく、アロンゾの絡み癖は変わらないな。 こいつも暇なんだろうな〜。 なんせ、今のアルエは花探しがあるわけじゃなし。 アロンゾのすることと言ったら――うん、ない。 「することないなら、ヨーヨード婆さんのところで手伝いでもしてみるか?」 「俺よりも、アロンゾをご指名してるんだよね」 「な、なにっ!?」 「そういや、腰が少し痛いって言ってたような」 ……嘘だけどな。 「手が空いてるなら、行ってきてやってくれよ」 「いや、俺には殿下を守るための、日々の鍛錬が……そのっ」 「どうした、リュウ?」 「何かあったんですか、隊長?」 「で、殿下、何でもありません!」 「それよりも、よろしければ散策のお供を!」 「はぁ?」 「こんな良い天気には、散策が一番です!さぁ、さぁ!」 「おいっ、アロンゾ? おい、こらーーっ!?」 「どうしたんですかね? アロンゾさんは」 「さぁな?」 たまには、いいだろ。 「あ、そうだ! お夕飯の下ごしらえをしたら、時間が空きそうですから、たいちょー……えっと」 「うん、俺もそれまでにちょこちょこしたこと片付けておくよ」 時間が空いたらロコナとデートだ。 相変わらず出かける先は森だけど。 でも、好きな子と一緒だとそれで十分楽しい。 「それじゃあ、すぐに仕上げちゃいますね♪」 さて、俺は兵舎の壁で気になってた所を…… 「わーーーーんっ、この薄情者ーーー!」 「な、なんだっ!?」 叫びながら、ジンが乱入してきた。 「リュウったら酷いじゃないかっ、オレ、聞いてないよ〜!」 「なんの話だよ!」 その前に離れろ、うっとおしい! 「で、死期はいつ?」 「はぁ!?」 「間違えた♪ 式はいつ?」 「どっちにしても意味が分かんないだろ」 「オレに黙っているなんて水くさいじゃないか、リュウ!」 「この村に栄えある左遷をしてきてからのオレとリュウとの仲だっていうのに♪」 誰が俺とオマエの仲なんだよ。 「だから! 俺に分かるように話せって!」 「だ・か・ら♪ ロコナとリュウの結婚式♪もうすぐ挙げるんだろ?」 「……はぁっ!? け、結婚式だとっ!?」 「よっ、この幸せ者!」 「勝手にオレより先に幸せになった分、新居に入り浸ってやるもんね!」 「入り浸るな!」 「というか、ちょっと、待て!どこから出た話なんだよそれは!?」 本人もビックリな話である。 いつの間にそんな事になっていたんだろうか。 「ん? 村で噂話を聞いたんだ。みんな2人はそろそろ結婚じゃないかって言ってる」 「初耳だよ!」 「あれ……?もしかして根も葉もない噂?」 「そうだよ!」 一体どこからそんな話が……っ? 「そっかー、なーんだ」 「だったら、呪いのハーピー人形に釘を打ち込む予定も却下だな」 「呪いってなんだよ!」 「1本〜2本〜……9本〜。ああ、1本足りな〜い……ってやつ」 意味分からんわ! 「友の幸せをちょっぴり妬む独身男のささやかな楽しみだよ」 「できるなら、世の中の皆さんがオレよりちょっぴし不幸せだったら嬉しい♪」 改めて思うが、なかなか真っ直ぐに育ったようだな。 かなり間違った方向に。 「そかそか。結婚はデマだったか。じゃ、オレはそういうことで」 「2人でこれからも仲良くね♪バイバーイ!」 「おお、帰れ帰れ……って、ちょっと待った!」 「その噂ってどこから聞いたんだよ!おいこらーー!」 あーあ。あっという間に消えちまった。 それにしても……結婚だって!? 謎の噂話を探りに村まで行ったせいで、夕方の時間は消えてしまった。 おかげでデートは消滅…… には、ならなくて。 「うう、生き返る〜」 「隊長、後でまた、お背中流しますね」 やっぱり2人きりで出かけたかったロコナと俺は、こうして夜の温泉に浸かりに来ていた。 さすがに兵舎で一緒に風呂は無理だしな。 まあ、大きさからして無理だけど。 「なんだか午後から忙しかったからな」 主に、噂の元を辿るのにだけど。 俺とロコナの噂は、さほど広がってなくて、それが救いだったけど……ったく! 案の定、噂の源はおばさん達の井戸端会議。 根拠もなく『そろそろ〜』と言ってたんだから、女の世間話って……こえぇ! 「どうしたんですか、隊長?」 「なんだか様子が変ですよ」 「いや、まぁ……なぁ?」 結婚……結婚か。 ロコナとだったら、悪くない。 いいや、むしろすごく嬉しい。 でも……でもなぁ! 俺たちまだつきあい始めたばっかりだぞ! エッチだって、まだ数えるほどしかしてない。 なのに、勝手に結婚話を盛り上げられても。 「たいちょー、もし何か心配事があるなら、わたしに言ってくださいね」 「わたしじゃ頼りないかもしれないけど……でもっ! たいちょーを思う心は誰にも負けません!」 きゅっと、俺の手を握ってくるロコナ。 「たいちょー、大好きです……!」 なんか胸が締め付けられる。 ドキドキするのとは違って、なんかあったかい。 そっか。愛おしいって感情だな、コレ。 「俺もロコナのことが大好きだ」 「はいっ!」 ずっと、こうしてロコナと一緒にいたい。 出来れば一生。 そんな気持ちがムクムク湧いてくる。 それと同時に湧いてくる、ちょっとした不安。 「……また異動話がでてきたら、どうなるんだろう」 「えっ! 隊長、異動のお話があるんですか!?」 「違う、違う! もしもの話だよ」 もしもだけど、あり得ないわけではない話だ。 「そんな……隊長がどこかに行っちゃうなんて」 ロコナが不安そうに、俺の手をぎゅっと握ってくる。 「だから、もしもの話だって」 「うぅ〜〜」 「こないだは、どうにかポルカ村に残れたけど、次に異動命令が出たときに、逃げられるかどうか」 「王都に戻る……とか、ですか?」 「いや、さすがにそれはないと思うけどさ」 なんせ俺の所業(もしくは罪状?)は、王女アルエへの不敬罪だぞ。 驚異のおっぱい揉み揉み事件をしでかしておいて王都に戻れるわけがない。 「もしかしたら村人が数人とかの超過疎村に赴任もあり得るし」 「そんな……!」 「わたし、隊長がそんなところに行っちゃうのは嫌です」 「俺もロコナと離ればなれになるなんて冗談じゃない」 それにポルカ村のみんなとも。 「あくまでも、もしもの話だけどさ」 もしも、だ。 「俺がどこかにまた異動させられそうになったら、 ……ロコナはどうする?」 「寂しいです」 「いやです……」 「隊長と離れたくないです!」 「じゃあ、万が一そうなったとき。ロコナも俺に付いてきてくれるか?」 「はいっ! たいちょーとなら、どこまでも!」 「ポルカ村を離れても?」 「……村を離れるのは、寂しいです」 「辛いし、悲しいけど……」 「隊長と離ればなれになるのはもっともっと辛くて悲しいですっ」 「俺もだよ」 「だから、どこまででもお供します!」 「うん」 「一生、一緒にいような。ロコナ」 「はい、もちろんです♪」 ……まるでプロポーズ。 というか、きっとそうなんだろうけれど。 俺達はしっかりと誓い合った。 「隊長の傍を、離れたりしません」 「わたし、サバイバルには向いてると思います」 「ですから、旅から旅への生活だってへっちゃらで頑張ちゃいますよ!」 「旅から旅って……おいおい」 そんなに左遷の旅に出たくないぞ。 とはいえ、ポルカ村に来るまではまさに厄介者の押し付け合いとばかりに、各地を転々と異動させられたっけ。 懐かしいなぁ、あれも。 「森の中の食べ物はわたしが見つけて、川の中とかは隊長がお願いしますね」 なんか、具体的になってきたな。 でもそれもロコナとの未来予想図であればちょっと楽しい。 「異動なんて、当分無いだろうけどさ」 でももし、本当にそんな時が来たら、一緒に行こう――どこまでも。 レキが、森の中で行き倒れていたという男を連れてくる。男は隣国の人間で、不法越境をして来たのだと知り、兵舎に緊張が走る。 警備隊の隊長としては男の身柄を拘束して、一番近い都市の憲兵に突き出さねばならない。しかし男は弱っており、手厚く扱う一同。 男が目を覚まし、自分の正体を告げる。なんと彼は、ロコナの叔父だというのだ。突然の出来事に驚きを隠せない一同。 ロコナは幼い頃にさらわれ行方不明だったが、噂を聞いてやってきたらしい。突然の出来事に困惑するロコナだった。 「……ふぅ、今日はこれくらいにしておくか」 レキは籠の中に溜まった薬草を見る。 半日で随分と集められた。 これなら村人達のための作り置きの薬が十分に用意できるだろう。 「暗くなる前に帰るか」 森はどこに危険が潜んでいるか分からない。 先日、ロコナがグフリ草で倒れたばかりだ。 籠を抱え直して、体を返す。 「さて――」 「……ん?」 今、何か音がした。 「誰だ!?」 「う……」 草むらの中から人影が現れ、そして――倒れた。 「……何者だっ?」 「……、あ……ぅ……」 「おい、どうした!?」 どう見ても村の人間ではない。 そして、服装から見て……この男は。 「密入国者……か」 密入国は犯罪であり、密入国者は犯罪者である。 悪人がそうではないかは問題ではない。 密入国をしてきた時点で、重罪人なのだ。 しかし、男は完全に気を失って倒れていた。 レキは男の傍で困惑する。 「……しかたない……」 レキは籠の中から、縄を取り出した。 「う〜〜〜んっ!なぁぁぁんで、こういう経費の使い方するかな!」 バシバシバシッ! おいおい、人様の帳簿を叩くなよ。 「何よ、何見てんの?」 「帳簿、分解してしまうぞ?」 一応、大事な取引先だろうが。 「でもむかつくじゃない? ものすごーーく、無駄な使い方した経費を見たら!」 「こんなものを、どうして大量に買うわけ?消耗品でもないのに、馬鹿じゃないのっ?」 よく分からんが、ミント的には許されんような金の使い方をしている店があるらしい。 「他人の店だから、どうしようと勝手だけど……だけど……うが〜〜〜〜!」 うわっ、頭を振るな! 髪が凶器のように振り回される。 「ミントさんっ、どうしたんですか!?」 「ロコナ〜、ああ、ムカツクのよぉぉ!」 「何か温かい飲み物でも持ってきますね。それ飲んで落ち着いて、一緒に歌いましょ!」 ……何で、歌う? 「歌〜?」 「いらいらした時には声を出すといいんですよ♪」 「ううう〜〜〜、とにかくお茶〜〜」 じたばたしたミントが、帳簿を開いたままの机に突っ伏す。 「は〜い♪」 「なんだ、うるさいな?」 「何を騒いでいる、貴様」 「俺じゃないっての」 なんで、いつも俺の所為になるんだ。 「うぅぅ〜ん、うぅぅ〜〜ん」 「ほら、騒いでるのはミン――」 「なんだ?」 「すまない、ここが一番だと思った」 な……なんだ? 「一体、その人はどうした?」 「とにかく、ほら俺に掴まれ」 床に膝をついているレキに駆け寄る。 レキは誰かを背中に担いでいた。 だれだ……この人。 「どっかの旦那さんか?」 ポルカ村では、男手はほぼ100%出稼ぎだ。 もしかしたらその中の誰かが帰ってきた? 「違う、この者は村の人間じゃない」 「だったら隣村の人か、行商?」 「……でも、ない」 「だったら誰なんだ? もしかして密……」 明るい声で言えたのはそこまで。 俺もそこでようやく気がついた。 まさか…… 「多分、密入国者だ」 「なんだって!?」 「密入国者だとっ!」 「こいつ、すぐに捕まえてやる!」 「待てよ、アロンゾ!」 「あの〜、どうしたんですか?」 「あ、レキさん……と、誰ですか、その方?」 ミントのためのお茶を持ったロコナがひとりまだ事情も分かっておらず、尋ねる。 「森で倒れていた」 「ええっ、大変です!」 「ああそうなんだ、大変なんだ」 「ドナルベイン、貴様何を考えている」 「レキから話を聞きたいって思ってるんだよ」 だってそうだろう。 なんで、レキがわざわざ俺たちの所に運んできた? 「縄で自分とこいつを括り付けてまでして、引っ張ってきたんだから、何かあるんだろ?」 女の子ひとりの力で、成人男性を担ごうとしたらこうでもしなきゃ無理な話だ。 単に放置できないって言うなら、見つけた場所で縛っておけばいいだけ。 「えっと、えっと、たいちょー?」 困惑した様子で、ロコナはキョロキョロしてる。 「密入国者だとしても、怪我人だ」 「それがどうしたというんだ」 「怪我人なら、手当をしないといけない」 「でも、神殿では人目につきすぎるだろう」 なるほどな…… 「とにかく、手当をしたい。この場所を提供して欲しい」 「馬鹿な!」 「と、とにかくレキさん、その人をこっちに」 ロコナが駆け寄ってきて、レキの体から縄をほどいていく。 ホールの中はしんと静まりかえって、いやな沈黙だけが流れている。 「わかった、とりあえずここで様子を見よう」 「なんだと、貴様正気か!」 「密入国者なのは、ほぼ決まりだろうけど、だからって怪我人を放置するわけにはいかない」 「いいの、それで?まがりなりにも国境警備隊だよね、ここ」 「警備隊だったら、怪我してる密入国者を放置したらいいって話じゃないしな」 「甘いことを!」 「ここの責任者は俺だろ」 アロンゾと俺との階級を考えたら、そんなの屁理屈になるけどな。 「そんな勝手は許されんぞ、ドナルベイン!ここには殿下もいる。もしお体に何かあれば……」 「ボクなら大丈夫だ」 「殿下!」 「自分の身くらいは自分で守るし、第一、アロンゾはボクの護衛騎士だろう」 「ですから、殿下の安全を考えて……」 「何かなんて無いようにしておけ」 アルエが、きっぱりと言い切る。 「ですが……殿下!」 「ボ・ク・の・命・令・だ」 「うっ……!」 「サンキュ、アルエ」 「重罪人であろうが、怪我人を見殺しにするなんて冗談じゃないからな」 「んまぁ、あたしは警備隊でもなんでもないからリュウとかアルエがいいなら、それでいいわよ」 「って、ことだ」 レキに向かって、笑ってやる。 「助かる、すまない」 「暖炉の前に運びますね」 「あと、毛布とか持ってきます」 「頼むぞ、ロコナ」 「はい、隊長!」 兵舎の中はにわかに慌ただしくなった。 「やはり、かなり衰弱してるな」 「外傷は……うわっ、なんだこれ」 正体不明の男には、背中に大きな傷。 鋭利な刃物で切り裂かれたようなこれは、もしかしたらコッカスあたりにでも襲われたのかもしれない。 「多分、長いこと森の中を彷徨っていたんだろう」 「打撲もちらほらって感じだな」 「隊長、お水を汲んできました」 タライの中にはたっぷりの水。 それに浸した布で、ロコナが男の顔をぬぐう。 「う……っ……、うぅ」 「大丈夫ですか? わたしの声、聞こえますか?」 「見つけ……な……と……っ」 「なんだ、何か言ったな?」 「聞き取れませんでした……うーん」 「体温が低い。温めてやらないと今晩を越すのは難しいだろう」 「わかった。おい、アロンゾ、薪を……」 「…………」 「だったら、ボクが取ってくる」 「殿下! それなら自分が行きます!」 「最初からそう言えばいいんだ」 「くっ……」 アロンゾはかなり不服そうだが、ここで奴に気を遣ってる暇はない。 「ほれ、ワシの毛布も持ってきたぞい」 「しかし、オマエさんはつくづくお人好しじゃな」 「ここで密入国者を捕まえておけば、左遷の身からも、晴れておさらばできるかもしれないのにのぅ」 言われてみれば、そうだったよな。 「そんなこと、考える間もなかったっての」 「まぁ、村にはロコナがいるからのう」 「わざわざ離れる理由を作ることもないかの〜」 だーかーらー。そんなことまで考えてる間はなかったんだって。 「むしろ、この件がばれたらもっと田舎に左遷かもしれないぞい」 「う……」 ありえる……な。 でも…… 「う……ぅ……っ、ぅ……」 「大丈夫ですか? しっかりしてください」 「ここは安全です、だから頑張って!」 「懲戒もんだけど、あんな状態の人間を罪人として警備隊本部に突き出せないだろ」 本来なら、一番近い都市にいる憲兵に早馬で知らせを送るべきなんだ。 「せんのじゃな」 「あいつがちゃんと治ってからだ」 「……やれやれ、うちの隊長は」 「……」 「なんだよ、爺さん」 「いい隊長じゃわい」 「ひょひょひょひょ〜っ」 ……褒めるなら妙なためを作らないでくれ。 「ほら、薪の追加を持ってきたぞ」 「殿下、お待ち下さい。そんなものは自分めが!」 「はいっ、レキの言うとおりに薬草を煎じたよ!」 「ほら、この煎じ薬を飲むんだ」 「頑張ってください……えっと、えっと。お名前が分からないから……名無しさん!」 よし、俺もぼうっとしてるわけにはいかないよな。 密入国者と分かっているのに、それでも結局は懸命に看病をするこいつらが、俺はやっぱり好きだと思う。 「ふわ……」 「大丈夫ですか、隊長?」 「お部屋で休んできた方がいいのかも」 「そういうわけにはいかないだろ」 どうやらレキの煎じ薬や、みんなの看病が効いたらしい。 男はまだ目をさまさないものの、ようやく落ち着いた息づかいになってる。 だからって、目を離すわけには行かないからな。 今夜は交代で見張っているところだ。 「ロコナも、レキ達と一緒に休んでこいよ」 「いいえ、大丈夫です!」 「それに隊長のおそばにいたいですから!」 ぴとっと、ロコナが俺の側に寄ってくる。 「わたし、感動しました」 「本当ならこのまま捕まえて、憲兵さんを呼ばないといけないのに、こうして怪我している人を助ける……隊長に」 「ごめんな、ロコナ達にも一緒に世話させて危険な目に遭わせてることになるのに」 「いいえ、あそこでレキさんのお願いを無視してこの方を憲兵さんに突き出すなんて……そんなの隊長じゃありません!」 「隊長は、とっても大事なときには自分を犠牲にしても人を助けてくれる人なんです」 「森でコッカスから子供達を守ってくれたように」 「懐かしい話だな、なんか」 もう随分前のことのように思える。 「たいちょー、大好きです」 ――チュッ ロコナが伸び上がってきて、俺にキスをする。 「ロコナ……」 思わず抱きしめそうになったところに―― 「ふわああぁぁぁ〜〜」 「……っ!?」 「年寄りは小便が近いんじゃよ」 「ほい、どうしたんだじゃい、おまえさんら」 「なんでもない(です)!」 あ……もう、朝か。 ちょっぴりお邪魔虫に邪魔をされたりしながらも、正体不明の男の見張りと看病は夜明けまで続いたのだった。 ロコナは明け方に部屋に帰していて、俺とホメロが…… 「すぴ〜〜」 寝てるのかよ! 「一応、爺さんだしな」 あんまり無理はさせられない。 実質は、俺1人で密入国者を見ていた。 体を見たところ、この密入国者はどうも軍関係の人間じゃない。 鍛え方を見れば、すぐ分かる。 どちらかというと肉体労働をしていない職業に就いてる人間だろう。 もし、急に目覚めて暴れたとしてもそう危ないとは思えないのだ。 それに怪我の具合をみれば、そんな無茶が出来ないのは当然だ。 「ん……、うっ」 男からまた小さくうめき声が漏れる。 「目が覚めたのか!?」 「こ、ここは……どこだ?」 「ここは……テクスフォルト王国、か……?」 弱々しく、男の手が空をかく。 「そういうあんたは、トランザニアの人間だな」 「その姿……警備隊か」 「どうやら俺は捕まったらしい……な」 状況は理解したようだ。なら、話早いよな。 「一体、何が目的で密入国をしたんだ?」 「…………」 「俺の名前は、オジーという。人を探して、テクスフォルトに来た」 人? 「教えてくれ、ここはポルカ村か?」 「俺は……俺はポルカ村にちゃんとたどり着けたのかっ!?」 「おい、そんなに興奮するなよ」 「お願いだ、教えてくれっ」 「ここは確かにポルカ村だが……」 ここに一体誰がいるっていうんだ? 「人を探してるっていうけど、危害を加えるつもりなら容赦しないぞ」 この村の安全は、ちゃんと守る。 「危害? そんなことするわけないだろうっ」 「うっ……げほげほっ」 「おい、興奮するなよ」 「……ポルカ村に行ったという行商の商人からようやく……ようやく手がかりを伝え聞いたんだ」 オジーが俺の手を強く握る。 ……何だ、この必死な様子は? 「どうしても会いたい子がいるんだ……っ!」 「行方不明になってる兄夫婦の娘なんだ」 「ええっ?」 「頼む、どうか……その子にひと目会わせて欲しいっ」 「そうは言われても、そんな簡単には無理だって」 「第一、本当のことを言ってるかどうか今の俺には調べることも出来ないんだぞ」 「嘘なんかついてないっ!」 「赤ん坊の姪は……誘拐されたんだ!」 赤ん坊が誘拐されたって!? 「ちょっと待てよ。だったらそれは違う。ここには、そんな赤ん坊なんていないぞ」 生まれたばかりの赤ちゃんはいるけど、あの子はマリーカが産んでいる。 「違う、誘拐されたのはずっと昔……」 「この村を通った商人が、赤ん坊と同じ名前の子をポルカ村で見たと」 「どうか、教えてくれ!」 「この村に……」 「ロコナという娘はいないのかっ!?」 「――なんだ、って……?」 ロコナ、って言ったか、こいつ? 「俺は姪を……ロコナを探して連れ戻しに来たんだっ!」 「頼む、教えてくれ……っ!」 オジーが俺の服の裾を掴む。 待て、待ってくれ。今、なんて言ったんだ? 「兄は、今病気で倒れてるんだ」 「このままじゃ長くないって話だ……。それまでにどうにか娘に会わせてやりたいっ!」 「ロコナを取り返したいんだっ!!!」 待て、待ってくれ……待てよっ! 『たいちょ〜、どうしたんですか〜?』 あの声は…… 「あっ、密入国者さんの目が覚めたんですね!」 ホールを覗いたロコナが、とたたたた……と小走りでやってくる。 「大丈夫ですか? 具合はいかがですか?」 ロコナはオジーをのぞき込んだ。 オジーの目がロコナに止まり、そして見開かれる。 「……義姉……さん?」 「は?」 「その顔、その声……まさか……」 「キミが……キミがロコナかっ!?」 「俺が探していた、ロコナなのかっ!?」 「え……えっ? なんですか、えぇっ?」 困惑顔で、俺とオジーを交互に見るロコナに、俺はなんと説明をしていいのか分からなかった。 叔父だという男と目も合わそうとしないロコナ。男は嫌われてしまったようだと寂しそうな様子。 一方のロコナは動揺しまくりで、何事も手につかない様子。育ての親であるヨーヨードは親に会いに行けと言うが、ロコナは決めかねる。 国境越えは違法で厳しい罰が待っており、越えたとしても戻ってこれるかどうかは不明なのだ。気持ちの整理もつかないまま悩み続けるロコナ。 そこに異変が起こる。国境を越えて来た不法者がいると聞きつけ、村に憲兵がやってきたのだ。 興奮したオジーの声で、寝ていたみんなは起きてきてしまった。 そして、オジーがロコナに訴えかける内容で、状況はあらかた知れ渡った。 いまはアロンゾがオジーについていて、その様子を見張ってるのだが…… 「あの男が、ロコナの叔父だって?それは本当なのか?」 「本当かって言われてもなぁ……はっきりとした証拠はないんだ」 「…………」 ロコナは俺の隣で、ただ俯いていた。 「ロコナが拾われていたときには、名前付の布きれ一枚だったからのぅ」 「思い出せば、随分と昔じゃ」 「それが今はもう、こんなにたわわに〜」 わきわきと手を蠢かすホメロに、ミントのチョップが降り注いだ。 「時と場合を考えて、エロってよね!」 「ワシは、少し場の空気を明るくしようとしただけじゃないか〜」 「余・計・な・お・世・話!」 「とにかく、あのオジーが言うには、だ」 俺はそこでオジーから更に聞いた話をみんなに説明する。 ロコナ……ロコナという少女は生後まもなくとある商家から誘拐されたらしい。 両親は方々に手を尽くし、娘を捜していたらしいがそれでも行方はようとしてしれなかった。 1年……2年……何年も。 普通なら諦めてしまうほどの時間が流れても、その夫婦は諦めなかった。 そして、十年以上もの年月を経た、ある日―― テクスフォルトの国境の村で、同じ名前の娘がいたという話を聞いた。 父親は自らが捜しに行くと言ったが、その時、彼は病床についていた。 更に、トランザニアからの出国も問題だった。 トランザニア公国とテクスフォルト王国は、友好的な国交は結んでいるものの、国家間の往来は、厳しく管理されている。 各地に設けられた関所で、往還許可状を提示しなければ、通行できない。 俺たちの国、テクスフォルト王国よりも、隣国、トランザニア公国の方が、その辺の制限は厳しい。 かつて、テクスフォルト王国が、トランザニアから様々な職人や商人たちを引き抜き、移住させたことがあった。 これが両国家間で、問題化した。 優秀な人材の流出を危惧したトランザニアは、民の、国家間の往来を厳しく制限したのだ。 特に、職人や商家は厳しい制限を受けた。 正式な手続きを踏み、テクスフォルトへ入国するには、時間がかかる。 往還許可状を手に入れるには、最短でも……一年は待たされるという。 父親の病は重く、一年、持つかどうかは疑問だった。 だから、弟であるオジーが来た。 オジーも、生まれて間もない頃に生き別れた姪を、本当に大事に思っていたのだそうだ。 「……って、わけ」 「ねぇ、それって名前だけなんでしょ」 「年も同じなんだ」 「……っ」 「商家っていうけど……本物かなぁ?」 「なんかの人さらいだったりして?」 「その可能性もあるよな」 「見た感じ、あの者の服装はそれなりに裕福な階級の人間の者だった」 「……商家……名前は聞いてるのか?」 「あっ、聞いてる」 たしかハンスとかって、言ってたな。 「ハンス!?」 「どうしたんだ?」 「それって毛皮商のハンス商会じゃない?」 「知ってるのか?」 「うん。うちにまで名前が届いてるくらいのかなり大きな商人よ……すごい」 「…………」 ミントが驚いた顔で、ロコナを見ている。 「そういえば、ハンス商会の夫婦って、子供を捜してるって話、聞いたことあるかも」 「えっ!?」 「噂話よ、詳しくなんて知らないけど……」 俺たちに詰め寄られたミントは引き気味に答える。 「娘を捜すために、お金がいるからって、それで商売を大きくしていったって話」 「それで無理をしすぎて、体をこわしたのか」 「元々それなりに裕福だったらしいから、それで赤ちゃんをさらわれたのかもね」 「身代金目当ての誘拐ってところか……」 「……っ」 やっぱり、ロコナはオジーの捜している誘拐された赤ん坊なんだろう……か。 ロコナはさっきから不自然なほど、無言だ。 「ロコナ、とりあえず落ち着いたらもう一度オジーにあって話を聞こう」 「…………い……え」 「ロコナ?」 「……いい、え」 「もしかしたら、本当の両親と再会できるかもしれないんだぞ」 「いいえ……いいえっ、いいえっ!」 ロコナが突然、大きな声で叫んだ。 「わたしには親なんていませんっ!」 「いるのはおばあちゃんだけ……っ」 「それに村のみんなもいるんです!」 「両親なんて……いなくてもいいんです!」 「ロコナ!?」 「何を言ってるんだ、そんなわけないだろう?」 「いいえ、いいえ……っ、いいえっっ!」 「もしかして、オジーが偽者の叔父さんかどうか心配してるの、ロコナ?」 「…………」 ロコナは無言で首を振る。 「わたしは……ロコナです」 「ポルカ村のロコナですっ!」 「トランザニアのハンスなんて家、知りませんっ」 オジーを捕まえてから、すでに数日経っていた。 まだ傷も癒えていないオジーは兵舎でかくまったままだ。 いや、ロコナの叔父だろうと思われるオジーを今更憲兵に突き出すなんて出来なかった。 「……ロコナはどうしてる?」 「表で掃除をしてるよ」 あれからロコナは、あからさまにオジーを避けるようになってる。 目も合わせないんだから、徹底している。 あのロコナが作ったような笑顔を浮かべている姿は、痛々しいに他ならない。 仕事も手につかないようで、しょっちゅう小さなドジをやらかしている。 「嫌われてしまったな……」 オジーが寂しそうに呟く。 当初は、オジーが本物の叔父かどうか怪しんでた面々も、ひとつの肖像画を見て誰もが疑いを捨てた。 それはロコナの母だという女性を描いた手のひらサイズの小さなものだったが、そこには……ロコナがいた。 ロコナそっくりの女性が…… 「でも、元気そうでよかった」 「今までは生きているのかも確証がなかったのに、今はロコナが無事な姿を、毎日確認できる」 「ロコナを絶対に国に連れて帰るつもりか?」 「すぐにでもそうしたいのが本音だ」 「兄さんは生死の境を彷徨っているし、義姉さんも、俺も……ロコナのことを忘れた日なんて無かった」 「……とはいえ、無理強いは出来ないな」 「そうだな、今の調子じゃロコナはそっちの国に戻ろうなんて絶対に言わなさそうだ」 「それだけ、この村に思い入れがあるんだろう」 オジーは困ったように笑った。 俺もなんて答えていいか分からなくて、愛想笑いのような奇妙な笑顔を無理矢理浮かべるしかなかった。 「……はぁ……」 「なんじゃ、ロコナ」 「そんなに大きなため息をつくなんて」 「おばあちゃん……わたし」 「どうしたんじゃ、泣きそうな顔をして」 背の低いヨーヨードを抱え込むようにして、ロコナは抱きついた。 「おばあちゃん……おばあちゃん……っ」 「ロコナ……親に会いに行くといい」 「どうしてそれを……っ!?」 何も言っていないのに! 「あての千里眼を馬鹿にしてはいかんぞ」 「……と言いたいところじゃが、種明かしはリュウじゃ」 「たいちょーが?」 「国境を越えて、ロコナの叔父がやってきたと、ちゃんと伝えに来てくれてたんじゃ」 「ロコナが悩んでいる様子だから、どうか助言してやって欲しい、とな」 「そんな……わたしは、何も悩んでないもん」 「このあてに嘘がつけるわけ無いじゃろう?」 「それにロコナほど、嘘と無縁の娘はいまいて」 「たとえロコナが誰の娘でも、あてにとっては大事な孫じゃ」 「あてが育てた、大事な娘じゃよ」 「おばあちゃん!」 ロコナはぎゅぅぅっと抱きつく。 小さな肩に額を押しつけて、ヨーヨードの匂いで肺の中を一杯にする。 「会いに行きなさい、ロコナ」 「…………」 「ロコナ?」 「…………」 ロコナの額は、ヨーヨードの肩に押しつけられたまま動かなかった。 押しつける額の強さが、ロコナの迷いの強さでもあった。 「ロコナはどこに行ったんだ?」 さっきからロコナの姿が見えない。 別に日が暮れてるわけじゃなし、そこまで心配はしなくていいんだろうけど今はあんまり普通の状況じゃない。 村人もそろそろ俺たちの行動に何かを察している様子だ。 そりゃそうだろう。 こんなに小さな村なんだ。 村全体が家族みたいなもんだし、様子がおかしい人間がいたら誰もがそれを気遣う。 それが、この村の……ポルカ村の暖かなところだ。 「ロコナか!?」 「隊長……」 俯いたロコナが、扉を開けたまま立っている。 「どうしたんだよ、ほら入れよ」 立ちつくしてるロコナの手を取って…… 「おい、こんなに手が冷たいぞ」 ロコナの手はまるで氷みたいだ。 慌てて手を擦って、温めてやる。 「わたし……わたし……」 ロコナは、次の言葉を紡げずそれだけを繰り返す。 俺はロコナが自分の言葉で想いを伝えられるまでゆっくりと待つしかない。 「たいちょー、わたしどうしていいか分からないんです」 ようやく人肌に近くなったロコナの手が、俺の手を握りしめる。 縋るように。 「おばあちゃんは、両親に会いに行くようにって、そう言うんです……」 「でも……両親に会いに行くってことは国境を越えるってことですよね」 「見つかったら厳罰です……」 「でも、そんなことよりも、なによりも」 「国境を越えてしまったら、わたし……もう、帰って来れないかもしれないっ!」 「……っ」 ロコナの手が、強く、強く俺の手を握る。 「もう村のみんなにも」 「隊長にも会えなくなるかもしれないっ!」 プルプルと体を震わせているロコナは、迷子になって不安がる雛鳥のようだ。 「どうしていいか……わかりません」 「オジーさんの顔を見れない」 「どうしていいか、わからないんです」 「ロコナ、両親に会いたいんだろう?」 「…………っ」 ピクンとロコナの体が震える。 「そんなこと……ないです」 嘘なんてつけるタイプじゃないのにな。 慣れない嘘なんか、すぐにわかるって。 優しいロコナは、村の仲間と両親との間でずっと悩んでいたんだろうな。 「ここで両親に会わなかったら後悔するぞ」 「でも……でも!」 「会いに行くべきだ、ロコナ」 「…………もう少し、考えさせてください」 ロコナはすっと踵を返すと寂しそうな後ろ姿を見せて部屋から去ってゆく。 「…………」 会いに行け、だなんて…… 「馬鹿じゃないのか、俺?」 ロコナの行ってたとおり、国境越えは重罪だ。 もちろん危険も伴う。 とはいえ、テクスフォルトの国境警備は俺たちなんだからそれは大丈夫。 トランザニアも、元は自国の民なんだから、そこまで酷い罪には問わないだろう。 それにロコナの生家は裕福な商家だ。 上との繋がりだってあるだろうし、賄賂のひとつやふたつ、用意できる。 「ロコナ達が無事にたどり着けるなら……それで」 「両親に会わせてやれるなら……それでっ!」 歯を噛みしめた。 ああ、そうだよ。 分かってる、ロコナのことを考えたら、それが正しいんだって。 でも…… でも……っ! 「帰って来れないかもしれないんだぞ……っ」 ああ……思いっきり殴った……机。 手が痛いけれど心はもっと痛い。 「ははは……あははっ……」 ロコナに格好付けたことを言っておいて、本音ではロコナと離れたくないんだよ。 「あ〜あ、馬鹿だな、俺」 ロコナの出て行った扉を見てため息をつく。 「ん?」 「ちょっと大変よっ!」 「どうしたんだ?」 「憲兵が来たのよ!」 「なんだって?」 「密入国者がいるって情報が入ったんだって!」 「!!!」 リュウは憲兵に国境を越えた者などいないととぼけるが、彼らは彼らなりに、独自の調査で不法侵入者がいることを突き止める。 国境警備隊としての能力を厳しく糾弾されるリュウだが、ロコナの叔父の存在を秘匿する。 しかし追求の手は厳しく、危うくバレてしまいそうになる。例の性転換の花を叔父に飲ませ、叔母の姿に変えて誤魔化すリュウたち。 なんとか事なきを得るが、憲兵隊は隣国からのスパイかもしれないから自分たちが国境の警備を行うと言い捨て、村は緊張に包まれるのだった。 それは突然の出来事だった。 「この村に密入国者がいると伝え聞いた!」 「すぐさま引き渡して貰おうか!」 「ちょっと待ってください」 「いったい何の話です?」 「貴様は誰だ!?」 「国境警備隊の隊長をしております、リュウ・ドナルベインであります」 「貴様が責任者か」 「ならば話は早い。密入国者をさっさと連れてこい」 3人ほどのいかつい憲兵が、じろりと俺を睨む。 「とりあえず、オマエ様方。お茶でも飲まんかね?」 「じじいは黙っていろ!」 「その言い方はないでしょう」 「確かにホメロは老人ですが、俺の大事な部下の1人です!」 「やかましい!」 「ポルカ村の警備隊と言えばろくでなしの流され地だろうが」 「貴様もたしか都で不敬罪を働いたという犯罪者まがいのくせに大きな口を叩くな!」 ……うわ〜、懐かしい話題を今更。 って、暢気に構えてる場合じゃない。 「ちょっと、いい加減にしてよ」 「勝手に兵舎に入ってきて、泥だらけの靴で汚しまくってさ!」 「……なんだ、おまえは」 「商人よ! まいどあり!」 「商人だと〜っ? たかが商人がよくも……」 憲兵が眉をつり上げる。 まずい……! 「ちょっと待った!」 慌ててミントを背後に庇う。 「この子には兵舎内での諸作業をしてもらっているんです」 「えっと、ですから……とにかく!その密入国者ってなんの話なんですか?」 「しらばっくれるのか、貴様」 「本当に何も分からないんですよ」 一体、どこからオジーの件が漏れたんだ? 村の人間には、オジーのことを言ってない。 兵舎の中を覗かれないように、気をつけてもいたはずなのに…… 「隣村の農夫が、密入国者を目撃してるのだ」 なんだって? 「誰かが、密入国者を負ぶって森の中を歩いていたという話だ」 ……レキか。 「しかし、ポルカ村はいたって平穏無事です」 「そんな奴がやってきてたら、すぐにでも警備隊に連絡が来ますよ」 「そもそも密入国者を村の人間が匿っても、なんの得にもならないですから」 「しかし、こちらの情報は確かだ」 「目撃した農夫からは似顔絵も作成している」 やばい……そこまでしてるのか? 「密入国者は、30代後半らしき男」 「背は高めで、肉付きのいいタイプ。口元にほくろがあり、日焼けはしてない」 ……まともに、オジーの姿だ。 「ポルカ村に消えていったと証言はあるんだ」 「でも、本当に俺たちは何も知りませんよ」 「本当に、何も知らないのか?」 「はい、もちろん!」 オジーをここで引き渡すわけにはいかない。 「だったら仕方ない」 とりあえず、この場をしのげたか? 「国境警備隊でありながら、貴様らはあまりに無能すぎるっ!」 「このような無能の集団に、警備隊を勤める権限はないっ!」 な、なに? 「職務怠慢での軍務会議に――」 「何を騒いでいる!」 「誰だ、オマエは……騎士?」 「騒がしい。ボクはたいそう不愉快だ」 「アルエ……アロンゾっ!」 「殿下のご気分をかように損ねるとは、貴様等はどういう了見だ」 「事と次第によっては、不敬罪に問うぞ!」 「殿下……?」 「アルエミーナ・リューシー・テクスフォルト・ゼフィランス殿下」 「テクスフォルト王国の第4王女であらせられるぞ!」 「王女殿下……っ!?」 「そんな、馬鹿な……!」 「俺はアロンゾ・トリスタン。近衛騎士団にして、殿下の護衛騎士を務めている」 「殿下はただいま静養でポルカ村に滞在していらっしゃる」 「この警備隊がその身をお守りしているが、殿下はそれにいたく満足されておられる」 「そうだ。今さっきまでは心地よかったぞ」 ちらりと、アルエが憲兵達に目を向ける。 芸術家が彫りだした彫刻のように整った顔で、冷たく一瞥されると、憲兵達は明らかに動揺で青くなった。 やるときゃ、やるな、アルエ! 「殿下をご不快にさせるとは許しがたい」 「貴様ら、この剣ですぐさま処刑してやる」 「ああ、ボクはたいそう不快だ」 「ひ……っ」 やりすぎだろ……おい。 「アルエ殿下、ここはひとまず俺にお任せを」 慌てて憲兵を背に庇うようにして、アロンゾとアルエに小さくウィンク。 助かった、ありがとう。 「リュウ・ドナルベイン。貴様がそこまでいうのならば、しかたあるまい」 おーおー。普段なら、絶対言わない台詞だ。 アロンゾ自体も、言いながら口元がヒクヒクしてるぞ……おい。 でも怒りを抑えてるように見えて、威力倍増。 「じゃあ、憲兵さん達にお咎めはナシということで」 「いいだろう」 「た、助かった……」 よし、恩に着ろ。 「とにかく、密入国者なんて話は根も葉もない噂話ですよ」 「ここはひとまず、お引き取り下さい」 「よ、よし。わかった」 「命あっての物種だ……」 憲兵2人が、背を向けようとしたとき、それをひとつの声が止めた。 「いや、待て」 なんだ……? 「アルエ殿下、失礼を致しましたこと深くお詫び申し上げます」 「……うむ」 「ですが、密入国者の情報は確かなもの」 「このまま捨て置くわけにはいきません」 「しかも殿下が滞在中の村に、そのような不審者がいるという情報があればなおさらのことです」 「いや、ボクはそんな話を聞いたことはない」 「大事なお体に何かあってはいけません」 「情報を元に、我々で独自に調査を致します」 「いや、それは……!」 「どうやら貴様は殿下のお気に入りらしい」 「……だが、無能者に重要任務を投げ渡すなど、絶対に許されんことだ」 そうきたか…… 「アルエ殿下、アロンゾ殿。それでは、我々はこれで」 憲兵はアルエに深くお辞儀をしてから、残りの2人を連れて去っていく。 「やった! 助かった〜」 「助かってないだろ、まだ」 「うむ、まずいのぅ」 とりあえず、今この時はやり過ごせたがでも、このあとは……どうなる? そんなの……俺に分かるわけがない! 「え? 密入国者なんてしりませんよ!」 「いやだ、怖いねぇ ……そんなはなしあるんですか?」 「不審者? そんなの聞いたこと無いですけど」 「ええ、どこも変わったところはないねぇ」 「作物が荒らされたこともないしね」 「村の中に潜んでたら、まずは食料荒らしが出るじゃろう?」 「知らないですよ。ねぇ〜?」 「えっ、ちょっと何するんですか!」 「勝手に家の中に入らないでくださいっ!」 「ほら、それは汚れたおしめ入れですっ!ちゃんと洗う前だから汚いのに……あーあ」 案の定、憲兵達は村の中で聞き取りをした。 成果が出ないと分かると、家の中まで勝手に捜索したんだから……村人達は憲兵に対してカンカンになってる。 「隊長さん、そろそろ事情を教えてくれないかい?」 「そうだよ。あたしらは、口を割らないからさ」 以前から、何かしら思うところのあった村人は、俺たちの所にこっそりとやってきていた。 「すまない、みんな」 「元はと言えば、私の所為なんだ」 「レキ様の?」 「密入国者だろうとは思っていたが、怪我をしている人間を放っておけずに……」 レキが集まっている村人に頭を下げる。 「いや、そのあとも匿ったのは俺の判断だし……俺も、すまない!」 レキと一緒になって、頭を下げる。 みんな、ごめん。 「匿っちまったもんは仕方ないさ」 「いいえ……隊長の所為じゃないです」 「あの人を兵舎で匿ってるのは、わたしの所為なんです」 「どういうことだい、ロコナ?」 「国境を越えてきた人は……わたしの叔父さんなんです」 「ええっ!?」 「でも、ロコナは長老に拾われたんじゃろう?」 「うん」 「でもね……叔父さんなんだって」 「それでわたしを迎えに来たらしいです」 「ええっ!」 「ちょっと待った、俺から説明する」 俺は集まっている村人に、今までの経緯を説明した。 「ロコナの両親が……そうかい」 「だから、怪我がほとんど治ってもまだ兵舎で匿ってたんです」 「分かった……そうと分かれば話は早い」 「そうだよ、ロコナはあたしらの家族と同然だよ」 「そのロコナの叔父さんっていうなら、あたしらにとっても叔父さんさ」 「そうだよ、憲兵になんか渡すもんかい」 「みんな……ありがとうっ!」 村のおばさん達は、ロコナを抱きしめる。 そこに小さな塊が出来てしまうくらいにぎゅっと、ぎゅっと抱きしめる。 「私も出来るだけのこと……いや、何が何でもロコナの叔父を隠匿しよう」 「とりあえず、俺たち警備隊への嫌疑はあるけどアルエのおかげでどうにか誤魔化せたし」 さすがに王族の威光だ。 ただし、憲兵にも職務への責任があるしアルエの前で失態は見せられない。痛し痒しと言ったところか。 「とりあえず、憲兵の目が光ってるうちはできるだけ怪しい動きはしないようにひっそりとしている……ってことで」 「ああ。あたしらも他の村人に絶対に変なことを言わないようにきつく言っておくよ」 「ありがとう……ほんとにありがとう!」 「みんな、大好き……ポルカ村のみんながわたしは本当に大好きですっ」 「馬鹿だねぇ、そんなこと前から知ってるよ♪」 おばさんはこっそりと目頭をぬぐいながら、頼もしい笑顔を向けていた。 「俺の所為で迷惑をかけている。すまなかった」 もう、オジーの具合は随分といい。 こうして自分1人で歩き回れるくらいだ。 「もう少ししたら、憲兵達も諦めるだろ」 「ロコナのことは、落ち着いてからでいいか?」 「ああ、十分だ」 まだロコナは、オジーとまともに顔を合わせようとしていない。 「でも……ロコナには、感謝してる」 「どういうことだ?」 「憲兵達が踏み込んできた、あの日」 「まだ伏せっていた俺の所に一番に飛んできて、俺を支えて隠れてくれたんだ」 「オジーはロコナが、連れて行ってたのか」 どうりで見あたらなかったはずだ。 「村の人たちからも愛されて、あの子は幸せだったんだな」 「その幸せの世界を、俺が壊そうとしてしまった」 「避けられても仕方ない」 「ロコナも本音では、迷ってるんだよ」 「キミもいることだしな」 「え?」 「ロコナと付き合っているんだろう?」 「知ってたのか!?」 「見ていたら分かるよ」 オジーは苦笑する。 う、なんか照れくさいというか、なんというか。 「兄夫婦の気持ちを考えたら、オレはロコナに帰ってきて欲しい」 「だが、ロコナの気持ちも大事だ」 「だからロコナの答えを待ちたい」 「そうしてもらえたら、嬉しいよ」 オジーが笑いながら俺に手を差し出す。 俺はそれをしっかりと握った。 とりあえず、憲兵達は騒がしいがそれもあと数日だろう。 それさえ、乗りきれば…… 乗りきれば、どうにかなると思っていた。 だけど憲兵達は甘くなかったのだ―― 「村中の捜索は終えたが、密入国者らしき人物は見つからなかった」 「だったらやっぱり情報が間違いってことじゃ?」 「いいや、目撃者の農夫からも話は聞いている」 「確実に密入国者がいるのだ」 うーん、しつこいぞ。 「しかしのぅ、この小さな村のことじゃ」 「あれだけ捜していないとなれば、密入国者などいなかったか、もうどこかに逃走してしまったのではないか?」 「いや、まだ家捜しをしていない場所がある」 「この兵舎だ」 やばい…… 「ちょっと待ってよ」 「ここにはアルエがいるのに、密入国者が匿われてると思ってんのっ?」 「それって不敬罪じゃないの〜っ?」 「殿下がいらっしゃるからこそ身の安全を考えて、捜索するんだろう」 「とにかく、兵舎の中を検めさせてもらう!」 まずいぞ…… オジーは客室に隠れてもらってるが、上手く逃がせられるか? 「しかたない、それでは兵舎の中を見てもらうことにしよう」 「お、おい……爺さん」 「ささ、ワシがご案内しよう」 「付いてきなんしゃい」 ホメロが憲兵の腕を引く。 ……いいぞ、ホメロがこいつを引きつけている間にオジーを逃がすんだ。 「案内なら不要だ」 「全員、集まれ!」 「なんだって?」 「1の部隊、集まりました」 「2の部隊も集まっています」 「なんじゃ、この人数は」 目の前には、十人以上の憲兵達が手に武器を持って並んでいる。 「殿下と護衛騎士殿が戻られた際には、ホールでお待ちいただこう」 こいつら…… 俺たちを完全に疑ってるな。 でなきゃ、こんなに人数を集めてやしない。 「どうした、警備隊隊長のリュウ・ドナルベイン」 「顔色が悪いが、何か不都合でもあるのか?」 「いいえ、まさか」 ……ど、どうする……っ!? このままじゃオジーが見つかっちまう。 そうなったら終わりだ。 「ま、まずはお茶でもいかがっ!?」 「ミント特製ボーララ茶、お安くしときますよ!」 「茶などいらん。ましてや売る気か?」 「し、しまった!つい商売っ気がでちゃった!」 やれやれ……時間稼ぎしたいんだか、奴らを逆なでしてるんだか。 「憲兵さん、それではまず家捜しの前の準備体操などどうですかな?」 「ワシがン十年かけて編み出した、夜の息子にも効く柔軟体操じゃ!」 「よ、夜の……?」 「門外不出のこの馬力体操」 「ツボ指圧の効果もある故に、そりゃもう、夜になったら女の子にモテモテじゃ」 「う……まじっすか?」 「精力倍増、持続力も倍増」 「膨張率も……すごいぞ」 「ちょ……ちょっとだけ、爺さんっ」 「ば、馬鹿者〜〜〜っ!」 「任務中に余計なことを考えるなっ」 「さっさと家捜しを開始するぞっ!」 「ちっ……コレも駄目か」 少しの間でいい。 憲兵達を引きつけていられたら…… 『うっわ〜〜〜〜〜♪』 『なんでこんなにたくさんの憲兵さんが兵舎に大集合なわけ〜?』 「ジン?」 「いえっさー、ジンで〜〜す♪」 「んもぅ、オレとリュウの仲なのに水くさいなぁ」 「なんだ、おまえは?」 「ちょっとした貴族の三男デース」 「でも一応領主の息子だから、それなりにコネがあるから大事にしてね」 「は……はぁ?」 「えっと、貴族の三男はぁ〜ちょっとここで昼寝したいんだけど?」 「何を言ってるか、貴様!」 「おいおい〜。貴族にそんな口聞いていいの?」 「そんなこと言ったら、拗ねちゃうぞ♪」 「うるさいっ! こっちは重要な任務で来ているんだ! 貴族であろうが邪魔は許さんっ」 「ちぇっ、ケーチ」 ジンがふてくされた面で、しかしなぜかスキップで俺の所にやってくる。 「水くさいな〜」 「オレも呼んでくれたらいいのに♪」 「なんのことだよ?」 「ま、いーからいーから」 「時間を取られたな……っ」 「今から捜索を開始するぞ!」 「はいっ!」 しまった……ジンに気を取られてて、結局、家捜しが始まってしまった。 「始め!」 号令共に、憲兵達は一斉に兵舎の中をひっくり返すようにオジーを探し始めた。 「こっち、異常はないぞー!」 「殿下の滞在されている部屋も異常はない!」 「こっちも異常なし!」 「くっ……絶対にいるはずだっ」 「…………」 俺たちを見張るように、憲兵は1人残ってる。 くそぉ、こいつがいなかったら、こっそりオジーを逃がす手はずだってあるかもしれないのに。 「ねぇ、やばいよ」 「ああ、こうなったら……いっそ憲兵に襲いかかるしかないか?」 こんな時にアロンゾがいないなんて、本当に付いてない。 多分、アルエとアロンゾが出かけたのを見計らって憲兵達はやってきたんだろう。 「リュウ〜、大丈夫だって。多分」 「こんな時にそんないい加減なこと言うな」 マジで、オジーが見つかる寸前なんだぞ。 「オジーはロコナと一緒じゃろう」 「見つかったときに、ロコナが危ないかもしれん」 「はっ……!」 しまった、その心配があった。 『やめてくださいっ、なんなんですかっ!』 あれは……ロコナの声! 「ロコナーっ!」 「あっ、こりゃ!」 「待て、どこに行く!」 待てと言われて待てるか! オレはロコナとオジーの隠れている客室に向かって駆け出した。 「ロコナっ!」 「隊長……っ、この人達が急に……!」 「娘、そこをどけ」 「やめてください、ここには病人がいるんですよ」 「嘘をつくな!」 「密入国者の男がいるんだろう!」 「違いますっ!」 「それは布団を剥いでみれば分かることだ」 「やめろ、おいっ!」 「やかましい!」 憲兵がロコナの体を押しのける。 「きゃっ!」 手が布団にかかり、そして勢いよく―― 「しまった……!」 万事休すか!? 「密入国者め、逮捕する!」 「きゃああああああ〜〜〜〜〜っ!」 「は、はへ?」 「なんてことをなさるんですか、ひどいですわ」 「おん……な?」 「酷いです、わたしの叔母さんに」 「叔母???」 「いや、でも……密入国者は男の筈……」 「これは、一体……」 「何をしてるんだ?」 「おい、女性の寝所で何をしてるんだ」 「殿下……、そのこれは……?」 「ロコナの叔母さんがどうかしたのか?」 「いえ、でも……あ、あれ?」 俺の目の前にはオジーがいる。 でもオジーであって、オジーでない。 ……女になってる。 オジーが女になっている!? 「……ああっっ……花!」 レキが所有してるあの薬。 性別を変化させる薬か!? 「褒めて、褒めて」 ジン、おまえか! 「憲兵の諸君も任務ご苦労」 「だが、これでこの警備隊への疑いは晴れたか?」 「いや、でも……しかし」 「あははは〜〜っ、やだなぁ、憲兵さん」 「心配なら、兵舎中隅から隅まで見てください」 「そうだよね〜、うん、ほらいくらでも〜♪」 「う……ううっ?」 「ほらほら、どうせなら厩舎までご案内します」 「だが……、ええっ!? えええっ!?」 「ささ。こっちじゃ、こっち!」 ギリギリのギリギリ。 どうやら俺たちはこの急場をどうにか無事にやり過ごすことが出来たらしい。 「ふぅぅぅ〜〜〜〜」 ああ、気疲れした。 「それにしても、いつの間にだよ、ジン」 あの薬を持っていたなんて、いくらなんでもタイミングがよすぎるだろ。 「いや〜、リュウと一緒に獣人関節人形を愛でようと思って兵舎に行ったらさぁ」 ……愛でん! 「なんか物騒な感じの憲兵が来てるじゃん」 「んで、どうしよっかな〜と思ってたら、散歩中だったアルエ達に運命の再会をしてね」 「あのままだとオジーが見つかりそうだからな」 「例の秘薬を咄嗟に使ったというわけだ」 「秘薬を持っていたのが幸いだったな」 「そうか……」 かなり際どいタイミングだったわけだ。しかも、あの秘薬を使うとは。 「ボクの提案だぞ、すごいだろう!」 ああ、すごいぞアルエ。 「あとは、オレが時間稼ぎしてる間にアルエがオジーの部屋に薬の瓶を投げ込んだってところ」 「さすがに逃がす余裕はなかったからな」 「女性にしてしまえば、誤魔化せるだろう」 「それにしても危機一髪だったな」 ようやく安堵の息を漏らす。 「しかし、この薬はすごいな」 「テクスフォルトには、こんな薬があるのか……」 感心してるオジーには悪いが、こんなのが一般薬で出回ってたら大変なことになる。 「これで憲兵達も諦めるだろう」 「よかった……叔父さんが、捕まらなくて」 「……ロコナ、今、なんて……?」 「あっ……」 「叔父さんと、言ってくれたのか?」 「あの……それは、えっと……」 オジーが喜色満面の表情でロコナを見て、ロコナはキョトキョトと視線を彷徨わせる。 でも、それは嫌がっている様子じゃない。 どんどんとほっぺたが赤くなっていく。 「あの……あのっ、わたし!お茶を淹れてきます〜っ」 ロコナは赤いほっぺたのまま部屋から逃げ出していく。 でも居心地の悪い思いをするようなそんな空気は流れなかった。 「とりあえず、いつものロコナに戻ったな」 「そうだな」 ロコナは馬鹿が付くほど素直だもんな。そこがまた可愛いわけで。 しばらくすると、ロコナがお茶を入れたポットを抱えてくる。 全員に温かいお茶を注いで回って、ふんわりとした湯気を楽しむ。 「それじゃ、ロコナのお茶で乾杯するか」 「無事に乗りきったことを祝福して……」 「乾杯!」 「かんぱーーーい!」 ささやかな祝いの時間だった。 「全員、配置につけ」 「はいっ!」 「ん……なんだ、外が騒がしいな」 これから夕飯だってのに。 「どうしたんですか、隊長?」 「ほら、外で誰かが」 ちょっと行ってみるか。 「なんだ……?」 「隊長、なんでしょう?」 憲兵隊が、またやってきてる。 「報告に来たぞ」 「一体、なんの騒ぎだ?」 「密入国者なんていないのは分かったんだろ?」 「いや、どこかに潜んでるかもしれん」 「絶対に諦めんぞっ!」 「おいおい、いい加減にしろよ……もう」 なんで、こんなにしつこいんだよ〜っ! 「これだけ捜して見つからないとなると、素人ではないのかもしれん」 「隣国からのスパイの可能性もある」 「はぁ!?」 「よって、今夜からポルカ村での国境警備は我々憲兵隊によって行う!」 「なんだって?」 「現時点での報告は以上だ」 「ちょっ、おい……! 待てって、こらーーー!」 「隊長〜〜、どうしましょう〜〜〜」 「どうしたもこうしたも……」 やはりアルエやアロンゾの手前、密入国者はいませんでしたと安易に引き下がれないのだろう。 それにしても…… 平穏無事が取り柄のポルカ村は、どんどんと、怪しげな雲行きになっていた。 ロコナルート「ロコナの決断」このシーンはスキップできません。 「それでは、これからポルカ村での密入国者狩りを行う」 「午後からは、応援部隊の到着もある」 「それまで我々で村人の徹底した再調査だ」 「おおーーーっ!」 「参ったな……」 あの憲兵達は、かなりやる気だ。 オジーをあぶり出すまで引き上げないつもりだな。 「すまない、オレのために」 「乗りかかった船だろ」 「だが、キミまで処罰されてしまった」 「処罰って言っても、単に謹慎だしな」 朝になってやってきた憲兵達は、俺が任務責任を果たせなかったと言って、兵舎での謹慎を言いつけてきやがった。 もちろん、アルエがかなり激昂したものの密入国者が見つからなかったら、すぐに謹慎は解くと言って譲らない。 まぁ、憲兵って任務に就いてる奴としたら、王族の権威にも屈しないってところで褒めていいんだろうけど…… 「長いものには巻かれてくれ……頼むから〜」 とんだ真面目憲兵がいたもんだ。 これ以上無理を言ったら、王都から本格的に憲兵本部隊を呼ばれそうになって俺たちも引きさがるしかなかった。 「隊長……」 ロコナが心配そうな顔で俺を見る。 大丈夫だって。 「うう〜〜っ、あの憲兵めっ」 「オジーが無事にトランザニアに帰ったら、目にもの見せてやるからな〜〜っ!」 おいおい……あんまり権力振りかざすなよ。 「こういうのどう? あいつの家の前に、ニンニク草を吊して回るって」 「おお、それは臭くてたまらないだろうな!」 「そーそー」 「くくく……夜な夜な臭いにうなされるといい」 「ちょっと!」 「アルエもジンも、一応王族と貴族でしょ」 「もっと、こう……権力に物を言わせたおきまりの攻撃とかは考えないわけ?」 褒められたわけじゃないが、もっともな意見だ。 「それくらい、できるぞ!」 「ボクは戦略や隠密の行動などに長けているんだからな」 ……そういう奴は、詳細不明の花をあやふやな記録だけを頼りにこんな辺境の地まで探しに来たりしないぞ。 「そうだな、こういうのはどうだ?」 「ニンニク草を、家の外に吊すだけじゃなく枕にも仕込むんだ!」 「安眠を妨害されて、さぞかし不快だろう」 「もちろん、それには王族の力を駆使して、そういう謀の上手い奴にやらせるのだ!」 「……うぁ〜〜、そうくる?」 「えっと、う、うーん……」 「それは王族の力なのかのう?」 「たぶん、他力本願っていうんじゃないか?」 案の定ホール内のみんなが、気の抜けた顔をする。 「いいねーいいねー!」 テンションが高いのはおまえだけだ。 「あとさ、服の縫い目をひと目とばしで切っていくってのもいいと思わない?」 「ほう、どうなるんだ?」 「うひひひっ……歩いてる途中で、服が分解して、哀れマッパ!」 「それは恥ずかしいな!」 「下着から全部やっちまうんだ」 「なるほど〜、アロンゾは手先も器用だしそれくらいのことなら一晩だ!」 「……自分がするんですか……?」 「ほかに誰が?」 「いえ、やらせて頂きます。さすが殿下、素晴らしい奸計です」 「殿下の成長の記録として、このアロンゾ、記念の石碑に刻みました」 憲兵たちも、アロンゾくらい長いものに巻かれてくれたらよかったのに…… 「よーし、憲兵共が引き上げたら仕返し作戦に打って出るぞ!」 「おおーーーっ!」 こんな子供の嫌がらせくらいの仕返しなら、俺も存分に参加させてもらいたけどな。 「アホな計画は却下」 「なにっ!? どこがアホだ」 「全部!」 「貴様、殿下の素晴らしい策略に文句を付けるのか!」 「まあ待て、やらされるのはおまえだぞ」 「いいのか? ニンニク仕込んだり、服の縫い目を切ったりする作業は」 「……これも殿下のお為だ」 とかいいつつ、ものすごく微妙な顔じゃないか。 「とにかく、今の作戦は却下」 「それよりも先に解決する問題があるだろ」 「なんだ?」 俺はちょっと口ごもる。 「…………」 ロコナは察知したようで、視線をきょろきょろと彷徨わせた。 そうなんだ、ロコナだよ。 でもみんながいる場所じゃ、話しにくい。 えっと…… 「一体、何の話をしているんだ?」 「レキ? どうしたんだ?」 ホールの入り口から、困惑顔のレキが現れる。 「リュウが兵舎で謹慎になったと聞いてな」 「様子を見に来た」 「謹慎って言っても、単なる軟禁だよ」 兵舎の中では自由の身だ。 心配されるほどのもんじゃない。 「村の中では、かなり大事になっている」 「そうなのか?」 「当り前じゃないか」 「謹慎なんて聞いて、みんな動揺しているし心配もしている」 「そっか。悪いことしたな」 「しかし、元気そうで安心した」 「ああ、大丈夫、村のみんなにもそう伝えておいてくれないか?」 「了解した」 「あの……」 「隊長、ちょっといいですか?」 「うん、俺もロコナと話がしたいと思ってた」 ちょうどいい。 レキも来てくれたことだし、この場は任せよう。 「ちょっとゴメン」 俺はみんなにそう言うと、ロコナと一緒にその場を去った。 ロコナが俺に言いたいことは分かってる。 「オジーに付いていくか、行かないかそれを迷ってるんだよな?」 「知ってたんですか!?」 「そりゃ分かるさ」 そうなんだ。 オジーを逃がす手はずを考えても、それにはまず、ロコナの問題を解決しないといけない。 ロコナがオジーとトランザニアに行くのか。 それとも、行かないのか。 「ロコナはどうしたいんだ?」 「迷ってます」 絞りだすような声。 元気いっぱいのロコナから、聞くとは思いもしなかったような、重苦しい声。 「だって……ポルカ村はわたしの家族です」 「それにここには隊長がいるんです」 「隊長とお別れなんかしたくないです」 「でも、でも……お父さんとお母さんも……」 そうだよな。 やっぱり、両親に会いたくないわけがない。 しかも父親が病気になってるんだ。 「どうしていいか、わかりません」 ロコナは両手で顔を覆った。 その手が震えてる。 頼りなさげな細い肩。 その上で揺れてる髪。 「隊長……たいちょー……っ」 「トランザニアに行ったら、帰って来られないかもしれないです」 「隊長に会えない……別れなきゃいけない」 「大好きなのに、いやですっ」 「いやです、お別れなんかいやですっ!」 「ううっ……ううう〜〜〜っ」 「ひっく……うっ……くっ……」 堪えきれなかったように漏れる、ロコナの嗚咽。 ロコナがどれだけ悩んでいたのか、その声だけで、分かるんだ。 なんかもう、たまらなくなる。 俺も胸の奥が締め付けられるようで、思いっきり抱きしめた。 「たいちょー……っ」 「俺だって、ロコナと別れたくなんかない」 だってそうだろ。 だれが大事な恋人と別れたいんだよ。 でも、だ。 ロコナのことを思ったら、それでもやっぱり両親に会いに行くべきだと思う。 行かないと、きっとロコナは後悔すると思う。 でもやっぱり、本音は行って欲しくない。 それなのに、そう思った瞬間にやっぱり行くべきだと思う。 ロコナと同じくらい、俺も迷ってる。 「お願いです、たいちょー……」 「わたし、決められません」 「だから隊長……言って下さい」 「お願いです、どうしたらいいか、わたしに教えて下さいっ」 俺……が? 「隊長の本当の気持ちを言って下さい」 「わたしに、トランザニアに行って欲しいですか?」 「それともポルカ村に残って欲しいですか?」 「俺は……」 俺は、どうしたい? そんなの俺だって決められるわけない。 でもロコナは迷ってる。 俺の言葉でどうするか決めたいんだ。 俺は…… 俺は……? 「本心を言えば、行って欲しくはない」 「俺だって、ロコナと別れたくないっ」 国境越えは重罪だ。 いまの憲兵達の動きを見ていれば、もし捕まったときにはどんな罰を与えられるか。 「オジーにも、ロコナの両親にも悪いと思う」 「両親に会えないままのロコナも、可哀想なことを言ってると思う」 「でも……俺はロコナの安全の方が大事だ」 「トランザニアには、いつか行ける日が来るかもしれない」 「隊長……本当にそう思ってくれますか?」 「もし、ロコナがそれでも両親に会いたいなら俺は命にかえても、ロコナを守って国境を越えさせる」 「いいえ……いいえっ!」 「隊長が行くなと言ってくれるなら」 「わたし、ポルカ村に残りますっ」 「隊長のおそばにいます!」 「ロコナ……っ」 「嬉しいです、隊長にそう言ってもらえて」 「怖かったんです」 「だって国境を越えたら、もう隊長とは一生会えないかもしれない」 「だから、止めてもらって嬉しかった」 「わたし一生隊長のおそばにいてもいいですか?」 「うん、いて欲しい」 「俺と一生、一緒にいて欲しい」 「はい……います!」 「一生、隊長のおそばにいます!」 「愛してる、ロコナ」 「結婚しよう」 「はうっ!」 「えっ、もしかして嫌!?」 「そ、そんなことありまひぇん!」 「お、驚いて……舌を噛んじゃいまひた」 おいおい…… 「ぷっ……くくくっ」 「はう〜〜」 ちょっぴりドジで。 でもものすごく素直で。 それは馬鹿が付くほどの素直さで。 そんなまっすぐで純情なロコナ。 初めてあったときは驚いたり呆れたりしたけど。 今じゃ、こんなに愛おしい。 胸の奥で、大きな炎が燃えているように、熱い感情でロコナを愛してる。 「愛してるぞ、ロコナ」 「わたしも隊長を愛しています」 俺たちは強く抱き合った。 オジーを国に帰すこととか、まだ難問は山積みだったけど。 でも、それもどうにか乗りきってみせる。 「これから忙しくなるぞ」 「はいっ!」 「っと、その前に……オジーに挨拶をしないと」 「え? なんの挨拶ですか?」 ロコナが俺の顔をのぞき込む。 ちょっとだけ離れた体が寂しいぞ。 「ロコナの両親はトランザニアにいるから会うのは無理だけど、オジーはいるだろ?」 「はい、います」 「結婚するんだから、肉親のオジーにちゃんと話をしないとな」 絶対にロコナを幸せにする。 だから、結婚させて下さい。 「う……緊張するな」 「隊長、ファイトです!」 ロコナが拳を振り上げる。 敬礼の時と一緒で、なんかちょっと変。 拳がまっすぐ上じゃなくて、斜めに向かってるんだよな。 「ファイト、たいちょー、ファイトです!」 でも、ロコナは真剣だ。 うん。まぁ、いいか。 いいよな! 「おうっ!」 俺たちは一緒に拳を振り上げてから、もう一度強く抱き合った。 「いざとなったら、国も騎士も捨てて隣の国まで追いかけていく」 「えっ!?」 「両親に会わなきゃ、一生後悔する」 「本当の気持ちは、俺にも2つある」 「行って欲しくないって気持ちも、本当の気持ちだ」 「だったら……わたし!」 「でも、村に残ったら絶対後悔するんだ」 「だから、両親に会ってからまたポルカ村に戻ってきたらいい」 「俺はロコナが帰ってくるまで、絶対にポルカ村を離れないで待ってる」 「隊長……いいんですか?」 「うん」 「よぼよぼの爺さんになっても、ロコナを待ってる」 「その時はわたしもおばあちゃんですよ」 一緒にしわしわも悪くない。 「でも、爺さんになるまで待ってるくらいならそれまでに俺がロコナに会いに行くから」 そうだ。 待ってるだけじゃ、始まらない。 「国境を越えたら重罪です!」 「でも、ロコナに会いに行く」 「さっき言っただろ」 「いざとなったら、追いかけるって」 ロコナとは離れない。 だったら道はひとつ。 自分でロコナの側に行くんだ。 「テクスフォルトの国境は、俺が命を賭けてでも無事に越えさせる」 「トランザニアに着いてからのことはそれはオジーやロコナの両親がちゃんと手配をしてくれてるだろ」 なんせ、でかい毛皮商人の家だ。 それくらいの財力はあるに違いない。 「わたし……」 「行ってもいいですか?」 ロコナが潤んだ目で俺を見つめる。 「行ってこい!」 「……はいっっ! たいちょーっ!!」 力強い答え。 ロコナはうっすらと涙を浮かべてたけど、それがうれし涙だっていうのは分かってた。 やっぱり、ロコナも心の底では両親に会いたくて仕方なかったんだ。 でも、村のみんなと離れることとか、俺とも離ればなれにならなきゃいけないこと。 だから、最後の一押しが欲しかったって。 俺には分かったんだから、仕方ない。 そうだろ? 好きな子の望みを叶えられなくて、何が恋人だ、何が騎士だ。 やってやる。 やってやるからな! 「さぁてと、これから忙しくなるぞ」 なんといっても、オジーとロコナを無事にトランザニアに帰さないといけない。 あの憲兵達を欺くんだからな。 「離ればなれになるのは少しの間だ」 「絶対に、俺達はまた一緒にいるんだからな!」 「はいっ!」 ロコナが俺に抱きついてきた。 俺はその小さな体を、渾身の力で抱きしめる。 「あう〜〜っ、隊長、痛いですぅぅ〜!」 「わわっ、ごめんっ!」 ちょっとだけ力を抜いて、でも力強く抱きしめる。 「隊長、大好き。大好きです」 「俺だってロコナが大好きだ!」 新たな決意を胸に秘め、俺たちは長いこと抱き合っていた。 本当の両親に会いに行くと決断したロコナ。 そうと決まれば話は早い。皆で協力しあって、憲兵隊の監視を潜り抜けつつ、二人を国境の向こうまで送り届ける計画を立てる一同。 名残惜しく、みんなでささやかな送別会を行うことに。そしてロコナ越境作戦がスタートするのだった。 「と、いうわけで」 集まっている面々に、ロコナがオジーとトランザニアに向かうことを宣言した。 「なるほど、密入国だな」 「ああ、そうだ」 「一応、アルエって王族なのに密入国に荷担していいわけ?」 「というか、むしろ、王族の特権とかを使ってロコナとオジーをトランザニアに送れない?」 「無理だよ。国家間の問題はデリケートなんだ」 「もしトランザニアに送れたとしても、その後、トランザニアで厳しい罰が下される」 まあ、思いっきりバレちゃう訳だからな。オジーがテクスフォルトに密入国してた事が。 「そっち方面で力になれない以上、こうして、手伝うのが筋ってものだ」 「……本来なら、お止めするのが自分の責務ですが」 「ボクの命令が聞けないのか!?」 「……と、おっしゃっているので、今回は自分も手助けをさせていただきます」 「うんうん、いい答えだぞ」 助かった。 実はアロンゾが反対しないかがちょっと気がかりだったんだよな。 アロンゾも、村に来てから随分と物分かりが良くなってきたな。 昔はあんなに石頭だったのに…… 「それで、当のロコナはどこじゃ?」 「オジーと話をさせてるよ」 2人きりで話をさせた方がいいからな。 ロコナはみんなには自分から言って、ちゃんとお願いしたいって言ってたけど。 時間がないので、俺が説明したってわけ。 「うーん、密入国か〜」 「こういう案はどう!?」 「いい案があるのか?」 「ハーピーを捕まえて、飼い慣らす!」 「それで2人を背中に乗せて飛ばす!」 「ないす・あいであ! さすが貴族なオレ」 「無理、却下」 できるわけないだろ、そんなの。 「ええ〜〜〜!」 「無事に密入国が終わったら、可愛く飼ってやるのに……」 「もう一回、軒下に吊される?」 「のーのー! のーせんきゅー」 懲りない奴だよな、まったく。 「とにかく、憲兵達が手薄になるのを待つ以外ない気もするんだが……」 それはいつになるのか。 長期戦で待ってもいいけど、それには問題がある。 ロコナの父親の容態だ。 「じゃあ、どうするんだ?」 「明日にでも、国境を越える」 「なにっ!?」 いまだに女体化してるとはいえ、オジーのことがいつばれるかも分からない。 そうなったら村中に迷惑がかかる。 ロコナのお父さんの容態。憲兵たちの様子。 オジーの正体。村への危険性。 そんなことを考えたら、早めに対処するのが一番だ。 「ねぇ、それって何かいい案あるのよね?」 「……まかせとけ!」 一応考えはあるんだ。 今晩一晩かけて、それの準備とかに必要なものを色々考えてみる。 「とにかく」 「ロコナの出発が決まったのは分かった」 「だったら、今晩ボク達がすべきことは、もう言うまでもないな!」 「へ?」 「大々的な送別会だ!!!」 ロコナの送別会は、大々的に…… ではなく! ひっそりと隠密に行われた。 盛大にしたいと言うアルエを、必死になって抑え込んでのことだ。 ンな、目だつことしたら憲兵にかぎつけられるだろーに! 本当は村人の全員が、ロコナとのお別れをしたいって思ってる。 でもそんなことをした日には、これから国境越えをしますと宣伝してるようなもんだ。 だから集まってもらったのは、ロコナが懇意にしている数人の村人で精一杯だった。 全員が、ロコナとの別れを惜しんでいる。 「無事に国境を越えるんじゃぞ」 「うん、おばあちゃん」 「あんなに小さかった赤子が……今じゃもうこんなに大きくなってのう」 「本当に月日の流れるのは早いの」 「ババアは干物になるくらい生きとるからな。時間の感覚に鈍感になっとるんじゃ」 「やかましい、この老いぼれ!」 「なんじゃと〜〜!」 いつものようにいがみ合うふたりだったが…… どこか無理にそうしているようにも見えた。 爺さんなりに、最愛の孫と別れる婆さんに気を遣ってるのだろう。 「ほらほら、喧嘩しないで2人とも」 「送別会なんだからな」 「死に損ないのジジイと話している暇はないわい」 ヨーヨードが、しわくちゃの顔でオジーに向き合う。 「ロコナは、あての本当の孫だと思ってる」 「トランザニアの両親の元まで、どうか無事に連れて行っておくれ」 「はい、必ず!」 「元気でね、ロコナ」 「はいっ、絶対に帰ってきます」 「マリーカさんも、赤ちゃんと一緒に待っててくださいね」 「当り前じゃない!」 「あの子を取り上げてくれたのはロコナ達でしょ。またあの子にも会いに来てね」 「はいっ!」 「そうだよ。早く帰ってこないと、隊長さんをあたしが誘惑してるから」 ……ユーマおばさん、冗談がキツイですよ。 「うう……たいちょー、浮気しないで下さいね」 「しないしないしない!」 「大丈夫、隊長さんはちゃんと見張っておくから」 「見張らなくても、ロコナ以外は眼中にないって!」 「はうぅっ!」 あ、ロコナが真っ赤になった。 「彼女のいない心の隙間を埋めるために、オレと一緒に獣人彫刻友の会に入るってのは?」 「入らん。興味ない。即行却下」 「つれないよーつれないよー」 恨みがましくいっているが、スルーしておく。 「絡むなら、いっそホメロさんとでも絡んでれば?」 「エロコンビで丁度いいし」 「ボンクラ貴族さんとエロ爺さんの話はいいよ」 「それよりもロコナだよ、ロコナ」 「本当に寂しくなるけど……あたしらはいつまでも待ってるよ」 「……はい、ユーマおばさん」 来てくれた一人一人と別れの挨拶を交し、ロコナの送別会は静かに続いていた。 「さて、そろそろ夜も更けてきたね」 「送別会はお開きにしようか?」 「そうね。もうお暇しなくちゃ」 ひとしきりロコナと一緒に過ごした後で、村人達は顔を見合わせた。 「まだ料理も残ってるよ、もったいない!」 「いや、そろそろお開きにした方がいいだろう」 「レキまで? んもう、冷たいなぁ」 「ふむぅ、なるほどなるほど」 「なんなの、みんなして」 「国境越えは明日決行じゃ」 「だったら今夜はポルカ村最後の夜じゃのう」 「だから送別会で……あっ!」 「あんだーすたーんど、オレも分かったぞ〜」 「今日はリュウとロコナの――」 「アロンゾ!」 「はい、殿下」 「ひぐっ!?」 「これでよろしいですか?」 「うん♪」 「ということで、今夜はこれにて閉幕だ」 アルエがロコナを席から立たせる。 俺を背後から羽交い締めにしてるのは、おい……誰だ!? 「ロコナ、心残り無くね」 「ほら、リュウ!」 おわっ、後ろからどつくなよ! 俺はロコナの目の前に、〈蹌踉〉《よろ》けて飛び出す。 「明日の朝は、ボクが角笛を吹く」 「ゆっくり寝てていいからな」 「では、これにて!」 今度は俺とロコナが一緒に背中を押されてホールを追い出される。 ようやく俺も、みんなの言いたいことが分かった。 「あ、あの……隊長?」 「ロコナ、部屋に帰ろうか」 今夜はロコナと過ごす最後の夜だ。 だから、だから―― 「隊長……今夜は、一緒にずっといてください」 「うん、当り前だろ」 俺たちがゆっくりと過ごせる最後の夜。 ……いいや、最後なんてことは言わない。 ロコナはいつかちゃんと帰ってくる。 それまで、少しのお別れ。 再会を待つ夜の始まり。 「離れてる間、ロコナが俺を忘れないように、思いっきり抱いていいか?」 「はい。わたしの全部を、もらってください」 ロコナがきゅっと抱きついてくる。 俺の胸元で顔を埋めるロコナ。 震える小さな頭が俺の目に映る。 ロコナは震えながら、俺の体に手を回してきた。 しがみつくようなロコナからの抱擁に、俺も溜まらなくなって強く抱き返した。 「んちゅ……ちゅぱっ……」 「ちゅ……ちゅるるっ」 「ふあっ、んむぅ……たいひょう……あ、だめ……そんなにしたら……っ」 「ん……わあし、たいひょうに……なにもでひないれす……んはっ、はぁんっ♪」 ロコナは必死になって、チ○ポを握ってるだけの状態だ。 俺は遠慮なく、秘裂から、その上のクリトリスまで舌でたっぷりと愛してやる。 秘裂の隙間から漏れてくる愛液を、音を立てて舐め取り…… ぷっくりと膨らんだクリトリスを口の中に引き込んで、舌先でレロレロとくすぐる。 「あぁんっ……ひゃうっ……それ、だめぇっ」 ビクビクとロコナの太ももが震える。 クリトリスへの刺激は、かなりロコナを快楽の渦へと巻き込んでるようだ。 「た、いちょう、の意地、悪……ぅぅっ」 そう言いながら、ロコナが必死に俺のチ○ポに奉仕を始める。 「んむっ、ちゅっ……ちゅぱっ」 「くぅ、そこ、イイっ」 亀頭をすっぽり吸い込んで、唇から出した舌が、裏筋を舐めていく。 亀頭部分の吸引と、裏筋に与えられる刺激が、ちょうどいい感じで混じり合っている。 「ちゅっ……れろろっ、ぺろっ♪」 ロコナはチ○ポを口から出して、今度はカリの部分に舌を這わす。 「ロコナ、そこのところをもっとしっかりと舐めてくれ」 「はい、隊長……れろっ、べろろっ、れぢゅっ♪」 「ふ、あ……っ」 カリの部分を、温かい舌がチロチロと舐める。 段差の部分をしっかりと舐めてくるのが、また最高に気持ちイイ。 「んじゅっ、じゅぱっ、れろ……じゅるるっ」 吸い込んだり、舐めたりとロコナは一心不乱で俺のチ○ポを愛していく。 俺も負けじと、ロコナのおま○こを愛撫する。 「ちゅるっ、んちゅっ……ズズズッ」 「あふっ……んっ、んぅっ、んはぁっ!」 ちゅぱちゅぱとわざと音を立てて、ロコナの大事なクリトリスを吸う。 「はふぅっ……んっ、はむ……っ、んちゅっ。ちゅる……んぅっ! やっ、あぁぁ……!」 喘ぎながらも、チ○ポへ愛戯は怠らない。 ロコナは快感で頬も体もピンク色に染めながら、それでも一生懸命、フェラを続ける。 「ぢゅぱっ、ぢゅるる……っっ」 「ぐじゅっ、じゅっ……」 俺もクリトリスを口に含んだまま、指先でおま○この中を探ってやる。 「くふ……っ、うっ、ああん!あふぅぅっっ!」 溢れた愛液が、俺の手をべとべとにしていく。 こんなに感じてくれてるんだという思いが、俺の中で快感を増幅させた。 「そろそろ……ロコナ」 「はい、隊長……♪」 お互いを愛し合うのもいいけど、もっと深い繋がりが欲しい。 同じことを思っていた俺達は、起き上がるとベッドの上で向かい合った。 お互いの唾液や愛液で、唇が濡れている。 そのまま口づけを交わしながら、俺達は両手と両脚を絡めていった。 俺の膝の上に、ロコナが乗ってくる。 もう裂け目は洪水みたいにぐしょぐしょだ。 俺のチ○ポも今にもはち切れそうだった。 膝の上に抱き上げたロコナの太ももを、大きく左右に広げる。 濡れたおま○こが、俺の目の前に晒される。 「隊長、入れてください」 「わたしのここは……隊長のものですから」 ロコナがそう言って、自ら腰を上げる。 「うん。ロコナ、こっちに来て……」 俺はロコナの腰を、自分の肉棒の上に誘導した。 「入れるぞ」 「はい♪」 俺はそのまま勢いよく、ロコナの腰を掴んで、挿入してゆく。 ジュブ……グジュゥゥゥゥンッ! 「ん……っ、あくぅっ……!」 膝の上に座った形で抱き合うと、ロコナのおま○こはいつもよりも深く、俺のチ○ポを飲み込んでいく。 「動くよ」 暖かいロコナの中に包まれたとたん、心の中で何かが弾けた。 我慢なんてできない。 俺は最初から、激しい動きでロコナを突き上げる。 じゅぶぶっ! ぢゅっ、ぢゅぶんっ! ぐじゅっ! 「きゃぅぅぅっ、あっ……やん」 「そんなに強く、ダメです……あぁっ!」 ロコナが俺の首に、きゅっと腕を巻き付ける。 「隊、長……っ、わたし、そんなにしたら、あぁん……すぐイッちゃうっ」 ロコナのおま○こは、もうトロトロに蕩けててチ○ポの刺激にビクビクと震えてる。 愛液がチ○ポに絡んで滴り落ち、俺達の交接部は、ぐっしょりと濡れている。 づじゅぶっ、じゅぶっ、じゅぶぶん! 「は……っ、あぁ……そんなに動かしたら、あぁっ……んはっ、くふぅんっ……♪」 艶々しい声がロコナから漏れる。 俺はぐっと引いた腰を突き上げるとき、おま○この中を抉るように、回転させてみた。 「はひゃぁっ!? んうっ、あぁっ!た、隊長……な、に……っ!?」 いつもと違う動きに、ロコナは戸惑う。 「や……っ、あひぃっ、んっ……そんな、奥っ」 「隊長……っ、お○んちん、を、そんな……にっ、激しく動かしたら……っ、やぁぁぁん……っ」 ぐちゅっ、ちゅぶっ、ぢゅ……ぢゅんっ! 「あひっ、ん……ぅっ!!!」 激しく突き上げながら、途中で回転を加える。 「はうっ、んっ……!」 「おち○ちんの当たるところが……っ、ひゃぁんっ……変わって、ひぅんっ……あぁ……イイ、です……っ」 ロコナが気持ちよくなると、おま○こがしがみつくように締まる。 俺もロコナの中で、強い快感を感じていた。 「くぅ……っ」 チ○ポに集まる快感を暴発させないように、突き上げた奥で、ぐっと堪える。 亀頭の先に当たる、コリコリとしたものは子宮口だろう。 「ん……っ!」 ぐぅぅっ! 先端を押し当てて、ロコナの最深部をグリグリと刺激する。 「あああっ! あふっ、やはぁんっ!」 「んっ、ロコナの奥に当たってるっ」 「はいっ、当たってます、隊長のお○んちんが……すごく深い、です……くぅっ……あはぁっ♪」 「ロコナの中も、俺のを吸い込んでるみたいだよ。もっと深く繋がりたくなる」 「だって……っ、あっ……んはぁっ」 ヒクッ、ヒクヒク……ッ! 根元から先に向かって、内部の媚肉が蠢動してくる。 まるで絶妙な手の動きで、強弱をつけてチ○ポを擦り上げられているようだ。 「くっ、ロコナ……っ」 「や……ぁンっ、お○んちんが……中でドクンドクン、してます……はぅぅっ……」 「気持ちイイよ、すごく、イイ」 「ああっ、隊長がわたしを感じてくれてる……んっ! 幸せです……わたし、すごく……んっ、あぁあんっ!」 「うん、俺もすごく幸せだよ」 あの日樹に彫ったふたりの名前のように、このままロコナと溶けてしまいたくなる。 「ああっ、隊長と一緒にとけそう……んっとっても、気持ちイイんです……っ!」 「好き、大好き……たいちょーっ」 「ずっと、ずっと……大好きっっ!愛してますっ、んんっ!」 「う……っっ!!」 だめだ、止まらない……! 「きゃうんっ!?」 「ロコナ……俺もだよ自分の気持ちが止められない」 愛おしくて、胸が熱くなって。 強い感情が、快楽も倍増させて。 俺は激しくロコナの中にチ○ポを叩きつける。 「あぁ……あふぅぅっ、壊れちゃうっ……!」 「それでもいいっ、隊長っ、わたしを無茶苦茶に、して……下さいっ!」 ロコナも俺の上で、自ら腰を振る。 目の前で揺れるおっぱい。 小さなさくらんぼのような乳首が、目の前で一緒に揺れる。 思わず口に含んだ。 「ん……ちゅっ、んちゅるっ!」 「ひゃふぅぅっ! あぁンっ♪」 じゅぶっ、ぐじゅっ、じゅぶぶんっ! 「はひっ、あっ、んはっ……はううっ、ンぅっ♪」 「あ、イイっ……イキそう……イッちゃうぅっ!」 おま○ことおっぱいの両方を責められたロコナが、絶頂に駆け上がっていく。 漏れ出る愛液は、ぴしゃぴしゃと飛んで太ももにまでかかる。 それでも、俺もロコナも動きを止めたり出来ない。 「あふんっ、イイっ! イイです、たいちょうっ」 秘肉がヒクヒクと蠢いて、チ○ポを渾身の力で絞り上げる。 狭くて熱い蜜壺の中を、こじ開けるようにしてチ○ポを律動させる。 「もう、駄目……イッちゃう。もう……イッちゃいますっ!!!」 俺も、だ……! 「くっ……イキそうだ、出る……ぞっ」 「きて……ぇっ、たい、ちょう……っ」 「好き、好き……隊長、大好きですぅぅっ!」 キュウゥゥゥ〜〜! おま○こが締まって、ビクビクと痙攣に近いほどの震えを寄越す。 その刺激に俺の限界がやってきた。 出るっ……! 「うおっっ!」 ラストスパートで突き上げながら、ロコナの奥を貪る。 「くぅぅん、イッちゃう、身体が浮いてるのっ、イキますぅぅぅっ!!!」 「おおおおっっ……!!!」 ロコナがイクのと同時に、下半身で暴れていた熱を、チ○ポから思いっきり放った。 ドクンッ!!! ビシュルルルルッッ!!! 「あふぅっ……あああっ!!」 「あ、熱いっ、隊長の……熱を感じますっ!」 「まだ、出るっ……」 絞り出すように、ロコナの中に何度も放出する。 俺の精子が、ロコナの体内にたっぷりと注ぎ込まれていた。 「はふ……ふうぅ……っ、あふっ、んン……♪」 脱力したのか、ロコナの体から力が抜けた。 「あ……ぁ……、ん……っ」 倒れそうになる体を慌てて抱きしめ、自分の胸の上に乗せる。 汗みずくになり、熱っぽい瞳で俺を見つめるロコナは、とても美しかった。 ベッドの上で、抱き合ったまま。 ただゆっくりとした時間を味わっていた。 「隊長……」 「ん、どうしたの?」 優しく訊ねる俺に、ロコナはもじもじとしている。 「あの……わたし、隊長にお願いが」 「お願いっていうのか、 ……お聞きしたいっていうか」 「な、なに? 改まって」 「わたし、隊長に全てもらって欲しいんです」 きゅっと抱きついてくるロコナ。 おっぱいが俺の胸に押し当てられて、そこで2人の距離の近さに潰される。 すべてって…… 今までロコナの心も、体も貰ったんだけど。 それ以上、どこを貰って欲しいんだろう? 「もう、こんなに貰ってるのに?」 これ以上、欲を言えって言われても無理だぞ。 「まだ、隊長にもあげてない所があるんです」 「……前に、村の人とかにエッチのことを聞いたんですけど」 「本当に大事な人になら、どんなに恥ずかしい場所ででも……その……こ、応えられるって」 「……???」 「だから、全部、もらってください。残っているわたしのすべてを……隊長に」 「う、うん。気持ちは嬉しいけど……残っているってどこのこと?」 「あの……それは……、そのぉぉ〜〜」 「わたしの……お、……し……り、も……です」 お、し、り……? ああ、お尻か。お尻、お尻…… ……って…… 「えええっ!?」 「いりませんかっ!?ダメですか?」 「いや、そうじゃなくて……」 まさかそこまでしてくれると思ってなくて。 胸がいっぱいになってしまう。 「わたし、隊長にならいいんです」 本当に? マジで? 興味がなかったわけじゃないけど。 まさかロコナからそんなことを言ってもらえるなんて、夢みたいだ。 「ホントにいいのか?」 「もらってください。全部全部、隊長のものにしてください!」 ロコナの体を抱きしめる。 そんなに、俺のことを思ってくれてるんだ。 恋人だから愛されてるのは、分かってるけど。 その思いの強さを見せてもらって、俺はすごく嬉しかった。 「ロコナ、いますぐ……いい?」 「はい、隊長♪」 ロコナは嬉しそうに微笑んだ。 後ろ向かせたロコナのお尻を、両手で持つ。 柔らかくて白いお尻の奥に、小さな蕾がひっそりと隠されている。 ゆっくりと、お尻の肉を左右にひらくと、桃色の蕾が俺の目にしっかりと晒された。 「はう……っ、んっ……見えないから、緊張しますぅ」 驚かせないように、そっと指で触れた。 「んくっ!」 びくっと、お尻が震える。 ロコナの菊門は、まるで裂け目のようにしっとりと濡れていた。 さっきあふれ出てた愛蜜が、お尻の付近にまで伝っていたのだ。 期待と不安で、濡れた菊門がヒクヒクと蠢いている。 「このままで大丈夫かな?」 ゆっくり……ゆっくりと指を入れる。 にゅ……ぷっ! 「はう……ンっ!」 ロコナのアヌスは、難なくつるんと指を飲み込んでゆく。 慣らしておかないと痛くなるかもしれないので、俺はアヌスの中で何度も指を前後させた。 にゅぷっ……じゅ……ぷっ、じゅぐっ…… 「ひゃう……、ん……っ、あぁ! ……指が、動いて……あぁん……っ」 ロコナが息を詰める度に、禁忌の蕾は指を強く締め上げる。 「ロコナ、大きく息を吸ってから、ゆっくり吐いてみろ」 「すぅ……はぁぁ〜〜〜」 にゅぐっ! 「きゃふぅん!」 なるほど。 息を吐いたときに、強張りが薄れるらしい。 「深呼吸を何回か繰り返して」 「すぅ……はぁぁ〜〜」 じゅぶっ! 「くふぅんっ! あぁっ!」 「す、すぅ……はぁぁ〜〜〜」 ぐじゅっ! 「あふ……んふっ♪」 ロコナは少しずつ気持ちよさそうな声を上げ始めた。 「そう、その調子」 ロコナの呼吸に合わせて、蕾をならすために指を動かしていく。 そのうちに、指は2本まで入り、どうにか3本まで動かすことが出来た。 これなら……大丈夫そうだな。 「ロコナ、そろそろ入れるぞ」 「は……い、隊長……」 「わたしの全てを……もらって、くださいね」 「ああ」 俺しか触れることを許されていない、秘密の蕾にチ○ポを押し当てた。 「息を吐いて、ロコナ」 「すぅ……はあぁぁぁ〜〜〜」 ぐぬっ! 「んっ……は、はああぁぁ〜〜っ、くぅぅんっ!」 「はぁっ……はぁああ……っ」 少しずつ押し広げるように、肉棒がロコナの蕾に侵入してゆく。 「はうぅっ……!!!」 「全部、入った……っ」 チ○ポの挿入で、ロコナの菊門が大きく押し広げられていた。 「あ……ふっ、ぅ……はっ、は……っ。あぁっ、入ったんです……ね」 苦しげに息を吐くロコナ。 でも俺の方に振り返って、本当に嬉しそうに笑っていた。 「これで……本当に全部、隊長のものに、なり……ましたね」 「うん」 口も、おま○こもお尻も…… 全部俺を飲み込んでくれた。 「動いて下さい……もっと、隊長のものにして……下さい……」 そう言われても…… ぴっちりとチ○ポを嵌められたお尻の穴は、激しい動きをしたら切れそうだ。 心配になる俺に、ロコナが首を振る。 「お願いです……隊長」 「わたしの中で、全部出して下さい。お、おま○こ……だけじゃなくて、お尻の中でも」 ロコナの目が訴える。 「……うん」 俺もロコナの全てが欲しい。 このエッチを最後にする気なんて無いけど。 でも……国境を越えたら、しばらくは会えないんだ。 だったら、その前に心残りなんて残したくない。 「いくぞ」 ぬちゅ……じゅぶっ、じゅぶぶっ! 「んくぅ……っ、ぐっ、……う……っ!あふっ、前に入れたのと違う感じ……あぁっ!」 「うん、おま○ことは違う味わいだよ」 特に入り口が狭い。 そこでチ○ポをきゅうぅと締め上げられる。 内部も元々は、チ○ポなんて咥えこむためにある場所じゃない。 その所為で、体内の熱さとともに、窮屈なほどの圧迫感で、チ○ポを包み込む。 「はう……んっ……んはぁっ……!」 それでも何度も律動を繰り返してるうちに、ロコナの声からは苦しげだった様子が消えていく。 「んっ……隊長っ……あぁ、はぁぁっ、あぁんっ!」 ぐじゅっ……じゅぶっ! きつい締め上げと、拒まれることのない律動。 そして、こんなところでも俺を受け入れてくれている、胸の熱くなる嬉しさ。 それが快感をどんどんと高めていく。 「くお……っ!」 ぐじゅぅんっ! ロコナの禁忌の秘道を、チ○ポで押し広げる。 「あぁ……んっ! お、お尻から……響いてっ」 「おま○こまで……痺れて、きてますっ」 「はふぅっ、んはぁっ、……あああぁぁっっ!」 快感に打ち震えたロコナは、背中を大きく仰け反らせた。 「あっ、今……すごい」 ロコナのお尻の穴は、チ○ポを吸い上げるように絞めてくる。 内壁の向こうで、おま○こがビクビクと震えてるのを感じる。 「あ……っ、この角度、イイ……ですっ」 「すごいですっ、隊長のお○んちんで……お尻まで気持ち良くなって……くぅぅんっ!」 「やぁぁんっ、こっちでも感じるなんて……あっ、初めてなのに恥ずかしい……っ、はぁんっ♪」 「ロコナ、もっと感じていいんだよ」 「は、はいっ。隊長ももっと、奥までっ、来てもいいですから……」 「うん、わかった」 俺は遠慮なくチ○ポをスライドさせる。 じゅぶっ、ぐじゅっ、ぢゅぶっ! 「ひゃぅ……ンっ、あっ……はぅん♪」 内壁がチ○ポを締め上げたまま、奥へと引っ張り込むみたいだ……っ! 「くふぅっ……あっ、あふぅ……」 「はぁ……んっ、んくっ……!」 じゅぶっ、ぢゅぶんっ、じゅぶぶっ 濡れることはない蕾だけれど、おま○こから流れる愛液は大量。 それを時折掬っては、秘肛に塗りつける。 ねちゃねちゃとした水音は、チ○ポとお尻の間で途切れることはない。 コリコリとした子宮を、チ○ポで裏側からノックしてやる。 「あふっ! きゃふぅぅぅっ!やぁっ、そこダメぇっ!」 「おま○こ、まで、響く……ん、です。あぁ……隊長、隊長……たいちょ、うぅっ!」 「くぅぅん、お腹の奥が痺れて……はぁんっ!」 「お尻もおま○こも……両方、イイんですっ」 「みたいだね。すごく濡れてるしな」 蜜液を何度も掬った俺の手が、ぬるぬるになってしまうくらいに、ロコナは感じてる。 「あぁんっ、イキそう……です、はあぁんっ、たいちょーっ」 「一緒に……イッて、下さいっ」 「隊長と、一緒にイキたい……っ!イキたいのぉっっ……!」 懇願するロコナ。 それに堪えてた俺の限界が、いっきに爆発にまで到達する。 「んっ、出す、ぞ……っ!!!」 「きて……もうイッちゃうぅぅ……!隊長、きてぇ……あっ、あぁんっっ!」 グジュッ、ジュブブ……ジュブゥゥン! 我慢を捨てて、思いっきり突き上げる。 「あぁっ! イッちゃうぅぅぅ〜〜っ!」 「おおっ、おおおっっ!!!」 ドクッ、ドクドクッ……!ビュルルッ、ビュルルンッッ!!! 「はぁんっ……イクっ、浮いてるぅっ、身体が飛んでるみたいですっ、あぁぁんっ!」 お尻の中に、思いっきり精子を放つ。 「はぁっ、はぁっ、隊長の精液が、お腹の奥に入ってきて……ますっ」 「熱いです、……んぅ、あぁっ……♪」 まだ射精してるチ○ポの動きに、ロコナが甘い声を上げる。 「ロコナ、こっちでもそんなに感じてくれたんだ……」 ゆっくりとチ○ポを引き抜くと、ロコナの秘色の蕾からは、俺の放った精液がとろりとこぼれ落ちた。 こんな小さな穴で、俺を受け止めてくれたんだ。 「ロコナ……ありがと」 なんだか胸が熱くなって、ロコナを背後から抱きしめた。 「えへへ、たいちょー、わたしこそ嬉しいです♪」 ロコナがゆっくりと向き直る。 真正面から体をピタリと合わせて、強く強く抱きしめ合った。 「あ……アルエさんの角笛」 ふたりで微睡んでいると、朝を告げる角笛が聞こえてきた。 アルエのやつ……上手いじゃないか。 ここの隊長として、ちょっぴり対抗心を燃やしてしまう。 「よし、ロコナが帰ってくるまで、俺が代わりの角笛係になるよ」 「ええっ、隊長って角笛も吹けるんですか!?」 ……さて、それはどうだろう? 吹けるも吹けないも、見よう見真似でするしかない。 なにせ元はロコナのあの角笛なんだから。 いまさら音程に文句を言う村人なんていないだろうしな。 「すごい、すごい、すごいです〜〜!」 「やっぱり、たいちょーはすごいですね」 ロコナは無邪気に感心していた。 その様は、まるで俺がプロの楽師並の演奏をするような期待っぷりで…… 「帰ってきたときには、わたしにも吹いて見せてくださいね♪」 「え……いや、その」 素人が適当に吹くだけですよ? とは言えない空気が漂い始めた。 「たいちょーの角笛……!」 「うわああぁぁ〜♪絶対に、演奏してくださいねっ」 ちょ、ちょっと待て? 「うわああぁぁぁ〜〜♪♪♪」 いや、だからさ、あのな。 「すっごく、すっごくっ! 楽しみです!」 目をキラキラと輝かせてそこまで言われたら…… もう後には引けない。 「隊長っ、楽しみにしてますね♪」 う……こうなったらしかたない。 男には頷かねばならないときもある。 「も、もちろんだ、まかせとけ!」 「はいっ、たいちょー♪」 ……明日から、特訓だーーーっ! 「え〜〜〜、ゴホン!」 「それでは今から、ロコナ&オジーの国境脱走大作戦を始めまーす!」 なぜかジンの音頭取りで、作戦会議が始まった。 「みなさん、よろしくお願いします!」 「本当にありがとう、このご恩は忘れない」 「まかせておけ、2人とも」 「一心同体ってことで、頑張ろね!」 「開祖リドリーの加護を」 レキは法印を結ぶ。 「気をつけるんじゃぞ、2人とも」 「騎士の名にかけて、この計画を無事敢行して見せよう」 各々が、ロコナとオジーに思いを伝える。 そして最後には俺―― 「無事に送るよ。俺の命に賭けて」 「だから、絶対に帰って来いよ、ロコナ」 「はい、隊長!」 とうとう、ロコナとオジーのトランザニアへの脱走計画は幕を開けた――! すっかり日が暮れ、闇に包まれた夜。夜陰に乗じてロコナたちの移送が幕を開ける。 危うく見つかりそうになったり、見つかってはなんとか上手く切り抜けたりと四苦八苦する一同。 そして国境に着く。涙で別れを惜しむ一同の中、リュウだけはロコナをしっかりと抱きしめ、長い長いキスを交わす。 ゆっくりと森の向こうに消えてゆく姿を、いつまでも見送るリュウだった。 「それで、一体どうやって国境を越える気なんだ?」 「その前に確認しておきたいんだけど、トランザニアに着いたら、そっちの方は大丈夫なのか?」 国境を越えた途端に、トランザニア兵に捕まったら元も子もない。 「それは大丈夫だ」 「世の中には、法よりも強いものがある」 そう言って、オジーは親指と人さし指で、丸い円を作ってみせる。 ……なるほどな。 「兄は、ロコナを取り戻すためだったら全財産だって放り出すさ」 「えっ、そんな!」 「そんなことをしたら、お父さんの病気は!?」 「大丈夫だ、見つからなければ問題ない」 「それに元々トランザニア国民のオレ達だ」 「単に国境近くで迷ってると言い切ったらあとは……」 またオジーが指で丸い円を作る。 ニッと笑った顔は、けっこうふてぶてしい。 「ま、お偉いさんへの袖の下ってのは商人やってりゃ、当り前よ」 同じ商人のミントは、当然という顔だ。 「そういうもんか?」 「そうよ。世の中の裏側での抜け道を知ることだって、商人の必要条件でしょ」 「はう〜、そうなんですか」 「ま……まぁ、そういうことなら」 とりあえず、問題はこっちの国境だけだ。 「それで、肝心の作戦はどういうものなんじゃ?」 「とりあえず、こっちで動くのはここにいるメンバーだけにする」 村人を巻き込んだ場合、村全体にお咎めがくるかもしれない。 「なかなかいい判断じゃのう」 「見つかったとしても、アルエ、アロンゾは王族に近衛騎士じゃ。すぐさまお咎めはあるまい」 「ああ」 「レキは神官。アルエと同じく尊ぶべき相手じゃ」 「単なる村人とは扱いが違うのう」 「そういうこと」 「ミントは商人。村から逃げればいいじゃろう」 「もしものことがあっても、後は野となれ山となれ」 「ワシはこの通り、老体」 「今更どうなろうと怖いものなんかないのう?」 ヒャヒャヒャ、と明るくホメロは笑う。 「何かあったときは、死にかけてるふりをしろよ」 「熊と遭った時みたいじゃな」 「いくらなんでも憲兵も、爺さん相手に無茶はしないだろうからな」 「そんなもん、ワシの魔術をもってすればちょちょいのちょいじゃ」 「何する気だよ」 「ひょひょひょ〜!」 「オマエさん自身は、覚悟あってのことじゃろう」 「ああ」 王都から流されてきた左遷の身。 いまさら怖いものなんて無い。 それに、大事な恋人のためだったら危険に身を投じるのも、男だろ? 「隊長、わたしのために無茶なんて絶対にしないで下さいね!」 「そんなことになったら、わたしトランザニアに帰れても、嬉しくなんかありませんから!」 「わかってるって」 「ロコナもオジーも無事で、なおかつ俺達も無事に、な」 「はい」 「あの〜〜、オレは〜?」 「よし、これで問題はナシじゃ」 「ねぇ、オレはー!?」 「がんばれ、貴族の三男坊。いざとなったらおまえの家の資本力でなんとかしろ」 「あう〜〜、なんか差別〜〜!」 「さて、話を戻すぞ」 そこで俺はみんなに作戦を告げた。 内容はこうだ。 国境越えをする本番は今夜。 闇夜に乗じてが一番いい。 だが、躍起になっている憲兵の守りはかなり厳しい。 交代で、常に4、5人が見回りをしてる。 でも、その人数を減らせたら? 4、5人相手じゃどうにもならなくても、1、2人相手だったら? 憲兵たちをうまく攪乱する手はないか? 「でも、どうやって?」 「コッカスだ」 「コッカス?」 前にコッカスが森の中にいたって話を憲兵達に日中に流しておく。 それで夜に憲兵達が見張りをしているときにコッカスが襲ってきた振りをして憲兵を蹴散らしてやる。 「コッカスの物まねをするんですね!」 「物まね……って言ったら、なんか迫力がないけど……まぁ、そうだな」 「ええ〜、コッカスのかぶり物?」 「んなわけないだろ、大きさが違う!」 コッカスが襲ってきたような、羽音。 コッカスが襲ってきたような、物音。 コッカスの足跡などを偽装するのも忘れない。 コッカスがいると思わせたら、それでいい。 月もない闇夜だからこそ、憲兵を目くらまし出来るんだ。 闇夜で怪鳥コッカスに襲われたと思ったら、憲兵達が慌てるのは必至だ。 隙さえ作れば、2人くらいを逃がすのはどうにかなるはずだ。 「はう〜、なるほど!」 「あとは昼間のうちに、コッカスがいた痕跡を森の中に作っておくとかな」 「それはどういうものですか?」 「さっきも言った通り、足跡、それにフンだ」 「フン、ですか?」 「モットの馬糞を、それっぽく捨てておくんだ」 「なるほど……だったら、私の持っている薬草を食べさせよう」 「薬草? なんでだ?」 「その薬草は排泄物がものすごく緑色になる」 「あ、それなら鳥っぽいフンになるな」 いかにも馬糞って感じじゃまずい。 「それはモットのお腹に大丈夫ですか?」 「大丈夫。たんなる胃腸薬だから」 「よかった……!」 「効果の割に、そんな作用があるから薬を作ったものの使ってなかったのだ。だから、安心するといい」 「しかし、鳴声はワシらで真似をするとして、コッカスのいるような物音はどうするんじゃ?」 「それは爺さんとジンが詳しいんじゃないのか?」 神殿の書庫事件の時、ホメロ爺さんとジンが仕掛けた悪霊の悪戯は、なかなか迫真のものだった。 「わかったわい。オマエさん、なかなか考えるのう」 「すごいです、隊長〜!」 「まあな」 昨日、単にロコナとの最後の夜を堪能してたわけじゃないんだぞ。 「なるほど……そういう策なら、日中はコッカス作戦の準備だな」 「さぁ、日が落ちるまでが勝負だ」 「やるぞ!」 俺は全員の顔を見回す。 「おう!」 8人の声が揃った。 兵舎では、ジンとホメロ爺さんが考えた仕掛けを作るためにみんなが集まっていた。 「ほら、ありったけの紙をもってきてー!」 「父上からの書簡も使え」 「いいの!? 国王様でしょ!?」 「紙は紙だ」 「なんと大それたことをっ、殿下〜〜っ!」 「そこの薪を取ってくれ、ホメロ」 「ほいな、ほいな」 「ほほう、オマエさん。なかなか手つきがいいのう」 「商会を大きくするまでは、色々してたからな」 「意外に苦労人じゃのう〜」 「まあな」 「ところで、トランザニアの女性はどんな感じかの?」 「……は?」 「こういうかんじか?」 「ボーーーン、キュッ、ボン♪」 「……ご、ご老体???」 「よし、これでモットに飲ませる薬は完成だ」 「餌に混ぜやすいように、甘みを加えた」 「助かるよ」 「それじゃ、わたしモットに餌をあげてきます」 「今のうちに食べさせたら、昼過ぎ……遅くとも夕方までには効果が出てるはずだ」 「了解」 「ああああ〜〜、何してんのアルエ!」 「何とは、なんだ?」 「それ、扇じゃないって!」 「むっ!」 「いえ、前衛的な芸術品です、殿下」 「おい、どうしたんだ?」 「いいところにきた、リュウ!」 う……なんだ? この奇妙な造形物は。 「ロコナとアルエを交代!」 どうやら、コッカスの羽音をつくるための扇作りは難航してるようだな…… 「う……まぁ、仕方ない」 「んじゃ、モットの餌やり……は」 アルエにさせるには、ちょっと微妙。 コッカス風の物音を出すための機材手伝いに回す方がいいかもしれん。 あっちも工作だけどな〜 うーん…… 「……殿下、こういうのはいかがでしょう?」 「憲兵達にねぎらいの訪問をされるのです」 「なに! ボクに敵方に付けと言うのか!」 「いいえ、違います」 「そこで、以前コッカスが森に出たという話や、最近その形跡があるという話などをさりげなくしていただくのです」 「なるほどな……」 新しく増員された憲兵達は、最初にやってきた奴らほどアルエに疑惑の目を向けてないはずだ。 しかも、アルエのこの美貌。 下手なことさえ言わなければ、かなり効果はありそうだ。 「なるほどな、ボクの地位を今この時存分に利用するということか」 いたずらに乗る子供のような、楽しげな笑みがアルエの顔に浮かぶ。 「ああ、頼む」 「いいぞ、もちろんその話乗った!」 「そうとなれば、精一杯王族として笑顔と愛想と尊厳を振りまいてきてやろう」 そうだ。 思いっきり憲兵達を、浮き足立たせてくれ。 「では、行かん! 憲兵たちの元へ!」 「あっ、お待ち下さい殿下!」 慌ただしくアルエが飛び出していく。 だ、大丈夫か……? 「どうにかなるって!」 「それよりも、リュウはこっちの手伝い!」 「隊長〜、モットの餌やりが終わりましたよ」 「いいところに来た、ロコナもね」 「はへ?」 「ほらほら、ちゃっちゃと手伝う!」 ミントが俺とロコナの首根っこを掴んで強引にホールの中央へと引っ張る。 うわわ……ちょっ、足下があぶないだろ! 「さぁ、突貫工事だからね!」 「よし、やるか」 とにかく、日没までに準備を終わらせないと。 「そういえば、コッカスの足跡用の足形は?」 「それはジンが作ってるわよ」 「あれで手先が器用だから、なんかね〜皺まで再現してる」 「あれかな? 獣人人形作成のノウハウか?」 ジンの趣味がこんなところで役に立つとは…… よし、こっちも負けてられないな。 「隊長、一緒に頑張りましょう!」 「おう!」 俺とロコナは、ミントと一緒になって巨大扇の作成に明け暮れた。 そうして、時間はあっという間に過ぎていく。 コッカス風の足跡は、すでに森の中にいくつか仕込済み。 縄でぶら下げた薪は、森の中にたくさん。 あれを一気に辺りにぶつければ、森の中には不気味な物音が響き渡る。 まるで巣があるような痕跡も残して、フンや食べ残したようにみえる食物も仕込んだ。 コッカス風の鳴声は、緊急で特訓もした。 日没まではあと少し。 準備は万端。 心づもりも万端だ! 「よし、そろそろだな」 外も暗くなってきてる。 「隊長……」 大丈夫、そんな不安そうな顔するなって。 ロコナの手をそっと握る。 「それじゃ……」 「ロコナとオジーの脱出作戦開始だ!」 「そっとだぞ」 「はい」 「ロコナ、絶対に兄さん達の所に無事に連れて行くからな」 「はいっ」 俺とロコナとオジー。 この3人が脱出本隊。 こっそりと森の中を抜けていく。 もちろん普通に開かれた道を歩くわけにはいかない。 獣道に近い草木の茂る森の中をこっそりと、こっそりと歩く。 「あ、隊長。そろそろ道が悪くなります」 「うん、分かった」 確かにしばらくすると、足下がかなりでこぼことしてくる。 気をつけないと、木の根っこに足を取られるな。 「随分と、オレが来た道からは遠回りだな」 「でも、こっちから攻めるのが一番安全なんだ」 憲兵達が守っている国境に向かうには3つほどのルートがある。 ロコナとオジーは絶対に見つかるわけにはいかないからな。 あとの二手が基本的に憲兵の目をそらして、その隙に俺達が国境を抜けるんだ。 幸いなことに……アルエが憲兵に伝えた偽情報を鵜呑みにしたらしく憲兵たちは警備の編成を変えていた。 憲兵たちはコッカスとの遭遇を恐れ、1組あたりの編成人数を増やしたのだ。 おかげで巡回警備の数が減ったというわけだ。 ここまでは俺の見立てた作戦通りに運んでいる。 「皆さん、大丈夫でしょうか?」 「見つかって捕まったりは……」 「大丈夫。そのために、日中にアレコレ用意したんだからな」 今は別れて行動してても、仲間を信じる。 ここでそれを崩したら、おしまいなんだ。 「大丈夫だ、みんなを信じろ」 「はい……!」 俺の言葉にロコナが力強く頷いた。 そして第2部隊は…… アルエ、アロンゾ、ジンの王族貴族組はすったもんだとしながら、森の奥へと進んでいた。 その手には、コッカスの羽音を再現するための大きな扇が握られている。 「るんたったー、るんたったー」 「静かにしないか、この馬鹿者!」 「だって暗いと怖いじゃん?」 「伯爵公子」 「はい?」 「黙るのと、黙らされるのとどっちがいい?」 「あ〜〜、じゃあ、黙っちゃおうかな?」 「はじめからそうしろ、馬鹿」 「どうしてボクがこんな奴と一緒なんだ!」 「殿下、ご辛抱下さい」 「ううう〜〜〜!」 ……第2部隊も、それなりに(?)順調なまま森の奥へと進行していた。 「そっちじゃない、こちらだ」 「あーっ、もう!」 「闇夜って、ホント前が見えないっ!」 「いやいや、そんなことはないぞ」 「ホメロさんって、夜目が利くの?」 「見える、見えるとも〜」 「目の前には……ほれ、このとおり……」 「ん?」 「どうした?」 「夜目にも白く浮かび上がるぞい♪」 「たわわな2つの果実と、硬さの残る初々しい果実が〜♪」 「……はあ?」 「おお、見える見えるぞ〜♪」 わきわきわき〜♪ ホメロの手が、2人のおっぱいに伸びる…… 「……ホ、ホメロ殿!」 「何すんのよ、このエロジジイ!」 「ふおおっ、危ない危ない」 「平手を喰らうところじゃわい」 「こんな時に、なにサカってんのよ!」 「何を言う、こんな時こそ平常心じゃ」 「普段の自分でいれずして、なんとする」 「一理あるが、頷きがたいぞ」 「そう言いなさんな」 「ほれほれ、それよりも早く先に進むぞい」 ホメロは2人の前に出て、先頭に立つ。 「もうすぐしたら憲兵達の見回りゾーンじゃ」 「……ああ」 「大丈夫よ、合図が来たら一斉に辺りの木をブチ鳴らしてやるんだから」 「しっ、隠れるんじゃ!」 「こっちは変わりないぞ」 「ああ」 「よし、もう大丈夫じゃ」 「行くぞ」 「開祖リドリーの加護があらんことを……」 ホメロ達は、息を潜めながら先へと進んだ。 「大分、先に進んだな」 「見張りの憲兵はいませんね」 「でも油断はするなよ」 あと少し森を抜けたら、国境だ。国境さえ抜けられれば…… しかし、それは憲兵達の見回り区域のなかでももっとも強固な見回り場所でもある。 「ここからは、簡単に抜けられないぞ」 今は誰もいないけど、絶対にこの先にはいる。 だからここがみんなとの合流地点なんだ。 「隊長、まだ誰も来てませんよ」 「まさか見つかったのか?」 「いや、そんなわけない」 だったら、合図の音が鳴るはずだ。 三方からここに集まるのが俺達の立てている計画。 その途中で何かあったら合図の笛を鳴らす。 「なんにも聞こえてこないなら、大丈夫だ」 「分かりました、たいちょー!」 「隊長が信じてるんですもん!」 「わたしも、もちろん信じます!」 「それじゃ、みんなが集まるまで……」 「隠れろ!」 「異常なし……か」 「おい、不審者を見逃さないように、しっかりと見回れよ」 「……でも。昼に殿下から嫌な話を聞いたんですが」 「この森にコッカスがいるって話で……」 「コッカス? そんなものは噂に決まってる。それを信じて編成を変えるとは情けない」 「いや、でも! 昼の連中から巣の跡を見つけたって聞いてるんですよ!フンも見つかったって!」 「だから、今夜はさっさと詰め所に戻……」 「この馬鹿モンが〜!」 「そんなものは見間違いだ!」 ……どうやら、憲兵達は動揺してるな。 いいぞ。 「そんなことよりも、早く周りを見回れ!」 「は、はい!」 憲兵2人組は辺りの草むらをかき分けながら、不審者を……俺達を、あぶり出そうとしている。 ……近づいてくる。 向こうに回れ…… 「なんだか嫌な予感がするぞ」 ……来るな! 「おい、こっちに来い!」 「この周辺を徹底的に調べるんだ!」 「たいちょー……っ」 「大丈夫だ、静かに」 「まずいぞ、挟まれたんじゃないか?」 「とにかく静かに……!」 「ん……これは足跡?」 まずい! 「(よし!)」 懐から、ダーツの矢を取り出す。 特製の! 「はっ!」 「なんだ? あの声は!?」 「コ、コッカスがでた!!!」 放ったダーツの矢は、風圧で音が出る仕様だ。 落ち着いて聞けば笛の音と分かっても、ビクビクしてる状態では…… 「逃げ、逃げろ〜〜〜!」 「あっ、こら待て!」 案の定、憲兵は泡食ってる。 「よし、今の隙に!」 俺は2人の背中を押して、急いで憲兵達から離れた。 「……あっ!」 「おい、そこにいるのは誰だ!」 しまった! 「おいっ、貴様らさては密入国者だな!」 「早く逃げろ、ロコナ!」 俺はここであいつを足止めする。 「駄目です、隊長も一緒に!」 「オジー! ロコナを連れて行け!」 「わかった!」 「隊長っ!!!」 オジーがロコナの手を引き、暗闇の森の中を駆ける。 夜に慣れた目には、うっすらとその背中の形が見て取れた。 「貴様……!」 「ちっ!」 背後から襲いかかってくる憲兵を、ギリギリで避ける。 「おい!今向こうに走っていった奴を追い掛けろ!」 「ひぃ〜〜っ、でもコッカスが〜〜!」 「そんなものいるか!」 「ひ、ひ〜〜〜〜〜!」 「待てっ!」 ロコナ達を追った憲兵を捕まえようと、今度は俺がそいつを追う。 すかさず回り込み、手にしたカンテラを叩き落とす。 ガシャッ! 「くそぉぉ!!」 一瞬にして闇に包まれた憲兵は、慌てて身構えた。 「なっっ!?」 風圧が、顔の横を……! 振り返る。 「ちくしょうっ、暗すぎる!」 闇夜を選んで、やっぱり正解だった。 一度森の中に足を踏み入れると、そこは星の光すらも届かない闇。 俺はずっとこの中にいたからいいけど、こいつらはカンテラの光に目が慣れてる。 「はっ!」 俺は残りのダーツの矢を、憲兵のいる方向へと投げる。 「なんだ? なんの音だ!?」 あてたら、さすがに危ないからな。 でもこの音だけで十分脅しにはなるだろ! 「うひぃっ!?」 「な、なんだ!?」 ……この音……! 「まさか、本物のコッカスか!?」 暗闇の中、剣を構えて辺りを見回している。 「いや、そんなはずはない!コッカスが通ったあとは、枝が折れているはず!」 ……しまった。そこまで偽装していなかった。 「誰だ〜〜っ!」 まずい。この憲兵、相手がコッカスではなく人間だと確信している。 もしもこいつを生かして帰せば、不審者が森にいたとの報告で村の警備が増強されてしまう。 そうなると厄介だが…… 殺してしまうのは忍びないし万が一口止めしたとしても傷から見てコッカスの仕業だとは思わないだろう。 結局村の警備が増強されてしまう…… 「隠れているのはわかっているぞ!俺を騙そうったってそうはいかないからな!」 剣を振り回しながら迫ってくる。 ……ん?アルエたちか? 「そ、そこかっ!」 「クキャ――――――オッ!!」 おおっ、なかなかリアリティがあるな!? 「え……マ、マジですか?」 「クキャ――――――オッ!!」 「う、うぎゃああああ!」 剣を放り出した憲兵が、闇の中を猛烈な速度で駆けてゆく。 ふう……どうやら危機は脱したらしい。 「クルルルルル……」 「あはは、ご苦労さん。なかなかの名演技だったよ」 「クキャ――――――オッ!!」 「いやもういいんだって、憲兵は逃げたから」 びゅんっ!! 目の前を何かが横切った。少し置いて、鳥独特の異臭が鼻に届く。 「ぐっ……ほ、本物かっ!!」 憲兵が逃げ、危機を脱したと安心していた全身に戦慄が走る! 「クキャ――――――オッ!!」 「くそっ!」 コッカスが攻撃してくるが、微妙に当たらない。どうやらあまり夜目が利かないらしい。 「……それなら!」 俺は特製ダーツを取りだし、素早く狙いをつける。 闇の中、キラキラと光るコッカスの瞳。 「はっ!!」 俺の手を離れたダーツは緩やかな放物線を描きつつコッカスの瞳へと吸い込まれる。 とすっ。 「グギャオオオッ!?」 目を射抜かれたコッカスは、足を踏み鳴らし羽ばたいて大暴れをする。 「いまのうちにっ!」 コッカスの死角をついて茂みから飛び出すと、ロコナたちを追う。 その時。 「クキャ――――――オッ!!」 俺の背後にコッカスの嘴が! 「うわっ!」 慌てて身を捩ったものの、足を取られて転んでしまう。 俺の目の前に、巨大な嘴が迫る…… 「くそっ!」 身をかわすと、コッカスの嘴が地面を抉る。直撃は避けられたが、いつまでも持つはずもない。 「クキャ――――――オッ!!」 大きく振りかぶったコッカスが、とどめの一撃を繰り出した、その時。 ガツーン!! 「……アロンゾ!?」 「貴様など助けるつもりはないがっ、ロコナが悲しむ顔は見たくないからな!」 アロンゾがコッカスの嘴を受け止めていた。だが、いかにアロンゾとはいえ相手はコッカスだ。しかも手負いになっているコッカスは必死だ。 「アロンゾ、そいつは手負いだから危険だ!」 「馬鹿者!危険ではない相手との戦いなど、有り得ん!」 「クキャ――――――オッ!!」 いったん間合いを取ったアロンゾに、手負いのコッカスが襲いかかる。 「つりゃああああああああああ!」 「クルルルルル……」 一声鳴いたコッカスの体が、ぐらりと揺らぐ。 アロンゾの一太刀で、コッカスは果てた。 「大丈夫か、リュウ?」 「いや〜、間に合ってよかったよかった」 コッカスの羽音を真似ていた大きな扇を持って、ジンとアルエがやってくる。 「ほうほう、本物のコッカスが出おったか」 「リドリー様のご加護か」 「重り付の薪をぶん投げるのって、絶対にあたしらの役じゃないわよ」 「男連中がしてよね」 ホメロ達も集まってきた。 ミントの手には、不気味な物音を作るための重り付の薪がいくつも抱えられている。 「あっ、ロコナ達が!」 「どうしたんだ?」 「ロコナとオジーを先に逃がしたんだ」 早く追い掛けないと、追っ手の憲兵が……! 「ほれ、早く跡を追うんじゃ!」 「分かってる!」 「コッカスを倒したことで、森の獣たちが騒ぎはじめたようだ」 「そのようだ。急いだ方がいい」 「ああ、わかった!」 俺達は慌ててロコナの跡を追った。 「どうだ、見つかったか?」 「だめだ、いない」 「もっとよく捜せ。おまえ、たしかに密入国者を見たのか?」 「うーん……たぶん、人だと思う……」 「なんだ、しっかりしろ!俺はあっちを見てくるぞ」 ……しまった。 ロコナ達を追った憲兵は、すでに仲間を呼んでいた。 「リュウ、どうする? 鳴くか〜?」 俺の隣でジンがのんびりと尋ねる。 「羽音と、物音も一斉に立てよう」 「あいつらが慌ててる間に、アロンゾさんとリュウがしばき倒す!」 「わかった」 それじゃ、行くぞ……! 「クケケケッケッケッケッケ〜〜〜〜!」 「なんだぁぁ!?」 「ひいいぃっ!?」 「コッカスがでた〜〜〜〜!」 「うぎゃああ、死にたくないぞ〜〜っ」 闇夜でのコッカス襲来は、憲兵達を完全にパニックに陥らせる。 「いやああぁぁぁ、おかあさーーーん!」 「うわわわわっ、俺の足を掴むな〜〜〜!」 それはまさに阿鼻叫喚。 「よしっ、着いて来いリュウ・ドナルベイン!」 「おまえが仕切んな!」 「ふんっ!」 「あひっ!?」 「あっ、殺すなよ!傷から人の仕業だとわかるからな!」 「心得ている! 打ち倒すだけだ!」 「はっ!」 「あへっ!?」 どうやら剣でひっぱたいて回っているらしい。 「よし……!」 「うわっ、なんだ、なんなんだ!?」 憲兵の1人を見つけて、その背後から…… ――ガコンッ 「く……うぅぅぅ〜〜〜〜」 ――ドサッ! 「うわあああっ、食べないで下さいぃぃ!」 「くけ〜〜〜っ!!」 ――バキッ 「あああっ、神様ぁぁお助けぇぇ……」 ――ドサッ! 「……」 辺りにはもう憲兵の姿はない。 倒れ伏した憲兵達の傍で、俺とアロンゾだけが立っている。 「成功っ! 成功だわ!」 「クケケケケケケ〜!」 「ここまでは順調と言ったところか」 「……可哀想だが彼らの手当は出来ないな」 現れた仲間達の顔は……ああ、闇夜でだって分かる。 作戦が成功した笑顔だ。 「ロコナ? オジー!?」 俺は辺りに声をかける。 多分、近くに潜んでるはずだ。 「ロコナ? オジーっっ?」 ………… あれ? 「ロコナっ!?」 いない……? まさか、いないのか? 「どうした、ロコナはどこにいる?」 「……いない……」 俺は血の気が引く。 まさか森で迷ったのか!? 「ちょっと、捜しに行こうっ」 辺りの空気が騒然としたものに変わる。 「分かった、すぐに――」 「そこにいるのは誰だ!」 えっ!?まだ憲兵がいたのか!? 全員がハッとなってその場に身を隠す。 「誰だと聞いている!おまえたちの気配は感じているぞ!」 「すみま、せん……っ」 憲兵の腕の中に、苦しげな様子のロコナの姿が見えた。 いつもなら『たいちょー』と叫ぶだろうにロコナは俺を気遣ってか、俺を呼ばない。 「その子を離せッ!」 ロコナの首には、憲兵の太い腕が巻き付いてる。 「う……っ、くる、し……っ」 「離せっっ!!!」 「ほざくな、罪人が」 「密入国は重罪犯罪だぞっ!」 「……っ」 わかってる、わかってる! 俺は国境警備隊の隊長なんだからな。 でも、重罪と分かってても、どうしてもしなきゃいけない時もあるんだよ! 「さっきのコッカス騒ぎも、おまえたちの仕業だな」 「もう、騙されんぞ!」 「おまえら全員捕縛だ!」 「くっ……」 どうせこいつ1人じゃ、俺達全員なんて捕縛できないだろう。 でも、今はロコナが人質に取られてるのと一緒だ。 ……オジーは……どうした? 「おい……もう1人はどうした!」 まさか、殺……!? 「む……向こうに倒れ……てます」 「抵抗したら、この娘に容赦はないぞ」 「やめてよっ、駄目っ!」 「そうだ、そんなことはボクが許さないぞっ!」 「……うっ……くっ」 どうする、このままじゃ……隙がない。 俺はこっそりと懐のダーツに手を…… 「おい、動くな!」 「くっ!」 憲兵もこの闇夜に目が慣れてきたんだろう。 俺の動きをめざとく見つける。 ちくしょう……どうしたら? 「さぁ、全員武器を捨てろ」 「くっ……」 アロンゾが悔しげにしながらも剣を地面に置く。 アルエ達も、手にしていた荷物をそろそろと地面に置いた。 紙の扇だって、重りを付けた薪だって。 使いようによっては武器になるんだが……くそっ! 「よし、そのまま全員地面に伏せろ」 「ちくしょうっ、従うしか無いのか……っ!?」 「世の理の中から出でし、金剛の光よっ!」 な、なんだ!? 昼? 太陽!? まさか、今は夜だろ!? 「今この時、我の手の輪より輝け……」 ホメロ……!? 「ヒギラ・ホブル・ペカソ!!!」 なんだっ!? ホメロから光が放たれる。 それは、ロコナを捕らえた憲兵に一直線に向かった。 「な……なんだ……!?」 憲兵は眼をぱちくりとさせる。 そして、すぐにその顔を引き攣らせた。 「ひ、ひぃぃぃ〜〜〜!」 「コッカスがでたああああああ!」 「……はぁ!?」 「うわっ、来るなっ、来るなぁ〜〜!」 まるで『居もしないコッカスを見た』ように、憲兵は狂乱に陥ってる。 突然、悲鳴を上げた憲兵はロコナの首から腕を放してる。 「いまだ!」 俺はダーツの矢を取り出して、それを憲兵に向かって投げる! ――シュン! ――グサッ! 「ヒット!」 「い……」 「痛ぇぇぇぇぇぇ〜〜〜!」 憲兵の靴の中心。 そこには俺のダーツの矢がぐっさり! 「いて、いて、いて!」 憲兵はロコナから離れる。 そして足を抱えて、ぴょんぴょんと跳ねる。 「ロコナ!」 俺は駆け寄って、ロコナを引き寄せる。 そして、背後に庇って―― 「とりあえず、寝てろ!!!」 まだぴょんぴょん跳ねてる憲兵のどでかい腹に向かって、拳を一発……! ――ゴブッ 「あ……ぐぅ……、……っ」 ――ドサッ 男が倒れた。 「危機……一髪」 「隊長……っ!」 ロコナが俺に抱きついてくる。 「よかった、隊長っ!」 「みんなも無事でよかった……っ!」 「そうだな……よかった」 ロコナを抱き返しながら、安堵の息をつく。 「よくやったな、貴様」 「しかし、なぜ足だ?狙うべき急所は他にもあっただろう」 「さっきも言っただろ。殺したりしてはまずいんだって」 「……ホメロ! おい、ホメロが!」 「ホメロがどうしたんだ!?」 慌てた声に、俺達は急いでホメロの元に駆けつける。 「う……はり、きり、すぎた、わい……」 アルエに膝枕をされてる形で、ホメロは地面に横たわっていた。 「さっきの何? ねぇ、何やったの?」 あれは、多分……魔術だ。 もう、この時代では眉唾物扱いされてる魔術。 「ホメロ、もしかして本当にすごい魔術師だったのか?」 「できたのは、偶然じゃ、偶然……」 「できるかどうか、ワシにも、わからん……そんなあやふやな……もん、じゃ」 「ホメロ、大丈夫かっ!?」 「ホメロさん、ホメロさんっ!」 苦しげな様子のホメロに、一同息をのむ。 「幻術は……寿命を10年分は使うからのう〜」 「それで成功するか、……しないか……わからんのじゃから……当てにならんわい」 「とりあえず、疲れたで……ワシは、寝るぞ……」 寝るって、まさか……ホメロ!? 「ホメロ爺さんっ、頑張れ!」 「寝かせてくれ……リュウよ」 「爺さんっ、ホメロ爺さんーーっ!」 「…………」 「じいさーーーん!」 「……ぐぅぅ〜〜〜☆」 ……ん? 「ぐぅ〜、ぐううぅぅ〜〜〜」 ……あれ? 寝て、る? 「ホメロさん、こんなところで寝たら風邪引きますよ、駄目ですよ〜!」 「そうじゃなくて!」 「ぐぅぅぅぅ〜〜〜〜☆」 「マジで寝てるんかよ!」 ホントに言葉の通りか! 驚かすなよ、このクソジジイ! 思いもよらず『本物』の魔術師に会えた俺だが、なんか感動は薄い。 でも、まぁ……いいか。 ホメロは無事で、みんなも無事だったんだ。 「おい、ボクはいつまでこのままだ!?」 「あとさ〜、オジーちゃん忘れちゃってねー?」 「あっ!」 忘れてた! 「ああっ、叔父さん〜〜〜!」 俺達はすっ転がった憲兵達を飛び越えて、急いでオジーの元へと向かった。 憲兵達は全員片付いた。 あとは国境を越えるのみ。 俺達の足取りは安堵で軽く。 そして同時に、別れの寂しさを感じていた。 「ほら、森が途切れる」 そして見える丘を越えたら、そこは……トランザニアだ。 「隊長……ありがとうございました」 「オレからも礼を言う」 「本当にありがとう」 「皆さんも本当にありがとう」 オジーがみんなに向きあう。 「ありがとうございました!」 ロコナは、体を半分に折るようにして、見送る仲間に心からの感謝を表す。 「隊長、お体に気をつけてくださいね」 「ああ」 「おかしなもの食べちゃ駄目ですよ」 「ああ」 「寒いときは、温かい格好してください」 「ああ」 「朝もちゃんと起きて……起きて、くだ……くだ、さいねっ」 どんどんかすれていく声。 俺を見つめてるロコナの目にはせり上がっている涙の光…… 「ああっ、大丈夫だから!」 たまらなくなって、抱きしめた。 「隊長……たいちょーっ!」 「絶対に帰ってこいよ」 「はい……」 「帰ってこなかったら、追い掛けるぞ」 「はい……っ」 「愛してるからな」 「……はいっ♪」 俺達は最後のキスを交わす。 みんなが見てる前だったけど、そんなの構うもんか。 「うわ〜〜〜、ねぇ、見せつけてる?見せつけられてる、オレ?」 「黙っとれい」 「いつ起きたんだよ。不屈のジジイ、復活か?」 「殿下、教育上よろしくありません!」 「ほら、夜空をご覧下さい!」 「ボクをいくつだと思っている、アロンゾ」 「なんかアロンゾさんって、教育ママみたいよねぇ?」 「教……!?」 「うるさいぞ、全員」 ……うるさいなんて、気を回す余裕はない。 「たい、ひょう……すき、れす」 「愛して……まひゅ」 キスの間、微かにずらした唇の隙間から、ロコナの声が漏れる。 一生懸命伝えようとしている、言葉が届く。 「愛してるからな、ロコナ」 「はい……たいちょー……っ」 俺達は思いっきり抱きしめ合った。 男の俺が少し痛いと思うほど、ロコナの腕の力も強かった。 それは絶対に離れないと誓っているようで、俺はその痛みすら……嬉しかったんだ、ロコナ。 「出発します、隊長」 そっと体を離した俺達。 別離は、今―― 「達者でな、ロコナ」 「もし向こうの国で何か困ったことがあったら、ボクに連絡を取るんだぞ」 「もしもの時は、殿下と共に力になろう」 「アルエさん、アロンゾさん。本当にありがとうございました」 「しっかりやるんじゃぞ、ロコナ」 「お土産よろしく☆」 「ホメロさんも腰に気をつけてくださいね」 「それと、あんまりエッチなことを辺り構わずしちゃ駄目ですよ」 「ほいほい」 「ジンさんも、お元気で」 「オレはいつだって元気だよ。そっちこそ、親孝行しといで」 「はいっ」 「開祖リドリーの加護が、これからも常にそなたにあらんことを」 「はい、ありがとうございます、レキさん」 「あ、これ持っていったらいいよ」 「え……トランザニアのお金?」 「商人だからね、そういうのも持ってんの」 「お父さん達に会えるまでの、緊急用よ」 「でも、大切なお金なんじゃ……」 「大切なお金だからこそ、こうして使うところを選んでるんだけど?」 「あ……ありがとうございます、ミントさん」 みんな、にこやかに笑いながら、ロコナに声をかけていく。 でも、その笑顔が今にも崩れて涙をこぼしてしまいそうなのは…… 誰もが分かっていて、誰もが分かってない振りをした。 「隊長……行きます、わたし」 「ああ」 ロコナが行く。 俺の腕の中にいたロコナが、違う場所へ行く。 「ロコナ、次に会えたときは……」 「次に会ったときには!」 ずっと思っていたことを、俺はロコナに告げた。 「――結婚しよう!」 愛してる。 大事にしたい。 俺の一生をかけて、守りたい。 傍にいて欲しい。 愛してる。 愛してる、ロコナ。 「……はいっ!」 「わたしをお嫁さんにしてくださいっ!」 絶対だ。 だから、絶対に帰ってこい。 ロコナ、おまえを待ってる人がいるこの村に。 仲間のいるこの場所に。 俺の腕の中に――! 「また……また会う日まで……っ!」 ロコナはそう言うと、オジーと共に国境の丘を駆けていった。 最後まで、『さよなら』は言わなかった。 「そうだよな」 だって、これは一時の別れ。 俺達は、絶対にもう一度…… もう一度、出会うから。 「また、会う日まで……だ、ロコナ!」 『また、逢う日まで……!』 俺は消えていく、2人の背中を見送りながら、何度も、何度も何度もそう呟いた。 ロコナルート・ノーマルエンディング 「村でいつまでも」このシーンはスキップできません。 ロコナの前に、突然、叔父と名乗るオジーが現れて。 そして、去ってから――もう1年近く経った。 あれからオジーは、1人でトランザニアへと戻った。 ロコナが、俺と一緒にいることを望んでくれたからだ。 その後……オジーからの便りはない。 オジー本人もそうだが、ロコナの両親……特に、病に伏せているという、父親の状況が気がかりだった。 急がないのであれば、旅行者として、トランザニアに行くという手もある。 往還許可状は、1年も待てば手に入る。アルエの尽力があれば、半年で手に入るかもしれない。 ……でも、今は無理だ。 俺たちは“それなりの理由”を抱えて、旅なんか出来ない状況にある。 そう、それなりの理由が……あるんだ。 「っと、さぼってる場合じゃなかったな」 俺はモットの首を、村の方へと向かせる。 「ほら、行くぞモット!」 「ぐひひん〜♪」 これから村の見回りだ。 「もうすぐ商人達が来るからな」 「ミントもその中にいるはずだぞ」 あれからポルカ村を離れたミントが、またやってくる。 そして、ミントだけじゃなく、今日は懐かしい面々が揃う。 王都に帰っていたアルエとアロンゾも、湯治だかなんだかと理由を付けてやってくるんだからな。 いったんは、実家に連れ戻されていたジンも、また何かやらかしたらしくて、今日の午後にはポルカ村に再送還。 「賑やかになりそうだな」 ここんところ、ホメロとロコナと俺だけだった寂しい兵舎はまた活気を取り戻すんだろう。 「ああ、だからさぼってる場合じゃないって!」 「さっさと見回りをすまして、ロコナの手伝いをしないと行けないからな」 「ほら、モット急げ!」 「ぐひひん〜♪」 モットの返事と同時に、村へ向かって俺達は駆けだした。 たいちょ〜〜〜♪ 「ただいま、ロコナ」 兵舎が見えたと同時に、届く声。 俺の帰りを迎えに来たロコナに手を振る。 そして見て分かるように、ロコナのお腹には…… 「隊長〜、お腹の赤ちゃんがまたたくさん蹴ってきちゃってます〜♪」 「まじで?」 「はい♪」 「とっても元気ですよ、えへへ〜」 ロコナが愛しそうに、お腹を撫でる。 俺との赤ちゃんだ。 あと1月もすれば生まれてくる予定だ。 男の子か、女の子か? 分からないけど、すごく楽しみなのは同じ。 「で。そろそろ、その『隊長』ってのはランクアップしないのか?」 「自分の奥さんから、『隊長』って言われるのもなぁ〜」 「はうっ!」 「ほら、リュウ、って呼んでみるとか」 「はうあうあうっ!」 ロコナが一気に真っ赤になっていく。 「ほら、『リュウ』」 「リュ……」 「あと、『ウ』!」 「リュ……、リュ……」 「リュ、リュリュリュ〜〜〜!」 なんだ、それは。 「おいおい、人の名前を呪文にするなよ」 「あうあうっ……だって心臓が、もちません〜〜」 「たいちょ〜、困っちゃいましたぁ、どうしましょう」 うるうるとした目で、見つめられる。 ……どうやら、まだ駄目らしい。 もう結婚して1年も経つのに。 いつになったら、名前で呼んでもらえるんだ? 「まぁ、いいか。人生、先は長いしな」 「はい、たいちょー!」 ちょっと待てよ。 ……子供が生まれてからも、隊長か? 子供から『お父さん!』って言われる前に、『隊長!』って言われかねないぞ! やっぱ、特訓するしかないのかね。 「隊長? どうしたんですか?」 「いや、なんでもない」 ま、それは後々ということだ。 モットの背から下りて、ロコナの隣に立つ。 「往還許可状が下りて、一緒にトランザニアに行ける日まで……」 「2人で待っていような」 「隊長、2人でじゃないですよ〜」 ロコナがお腹を撫でる。 ああ、そうだ。2人じゃなくて、3人だ! 「親子3人」 「いつかロコナの家族に会いに行こう」 「はい、たいちょー♪」 明るい笑顔をロコナは浮かべた。 初めてここに来た時は、左遷の流浪の行き着く先だと思った。 ここで人知れず終焉を迎えるものだと思い込んでいた。 けど今は違う。 ロコナと共にいること。 仲間と出会えたこと それは俺の宝物だ。 俺は色んな気持ちを込めて、ロコナに告げる。 「ロコナ」 「はい、隊長」 「愛してるからな!」 「はいっ、たいちょー♪」 「わたしも愛してますっ♪」 俺は自分の一生で一番だと思える笑みを思いっきり浮かべた。 晴れ渡った青い空の下。 俺は間違いなく幸せだった! ロコナルート・トゥルーエンディング 「花嫁は国境を越えて」このシーンはスキップできません。 あれから、1年―― 「ん、んあああああ〜〜〜〜」 鳥の声か。 ってことは、もう朝。 夜じゃなくて、朝。 「ねむ……」 あったかい布団の中に再び潜り込みたい衝動を、どうにかして堪える。 寝てる場合じゃない。 「朝のお勤め……だ、ふわああああ〜〜」 朝の清々しい空気と言うには、あまりに冷え込んでる。 でも2回目の冬ともなれば慣れたもんだ。 「よし……」 俺は角笛を構える。 ……どうやら、俺にも角笛の才能はないらしい。 「ああ、隊長さんの角笛だね」 「ロコナと同じで、音程が外れてるねぇ」 「ロコナが帰ってくるまでにもう少し上達するといいけどね」 「ホントだよ、あははははは〜〜!」 よし、朝の第一日課は終わり。 「ほえほえ……早いのう、リュウ」 「いつもと同じ時間だっての」 「ワシのような老体には朝寝が大事なんじゃ」 「よく言うよ、あれから超元気じゃないか」 ロコナとオジーを送り出したとき、魔術を使って寿命が10年〜とか言っておいて。 ホメロ爺さんは現在、思いっきり元気だ。 むしろ前より元気じゃないのか? 「数十年ぶりの大魔術で、細胞が活発になったんじゃろう」 「ほれ、おかげで今朝も朝から元気元気!」 くいくいっ、と陽気に腰を振る爺さん。 ……ホントに元気で嫌になる…… 「ちょっと〜、なに馬鹿なことしてるわけ〜?」 「おはよう、ミント」 「ったく〜、いい加減にしてよね」 「ふひ〜〜、なんでこんな朝から角笛だよ」 「貴族の意見としては、朝寝万歳」 「黙ってろ、この居候」 ジンは結局、兵舎に住み着いている。 元は乳母だったあの宿屋の夫妻が匙を投げたわけじゃないぞ。 親父さんの方が、なんか切れたらしくてな。 『貴様は己の力で生きてみよ!』とか、なんとか。 ま、それで兵舎に転がり込んでりゃあんまり世間の厳しい風には当たってないけどな。 「ミントが朝飯の支度してる間に、ジンは水汲みだぞ」 「え〜、オレってば獣人玩具用の筆以上に重いもの持ったこと無いのに〜?」 「毎朝、同じいいわけすんな」 「爺さんはモットの世話を頼むな」 「どうせなら、ミントの洗濯なぞ……」 「さ・せ・な・い!」 これもいつものやりとり。 「俺は裏庭の畑の世話ついでに、食材を採ってくるからな」 「はい、各自さっさと動く!」 こうして、いつもの一日が始まる。 変化なんてほとんど無いポルカ村の見回りも、もう慣れたもんだ。 「隊長さん、今朝もご苦労さん」 「おはようございます」 「また何か手伝うことはありますか?」 「大丈夫だよ、あたしは」 「なんか会ったら声かけてください」 「頼むよー!」 「隊長さん、あとでうちに寄ってくれよ」 「なんか、ありました?」 「悪いんだけど、庭の柵が壊れそうでねぇ」 「じゃあ、午後に寄ります」 「助かるよ!」 今は農閑期。 頼まれる仕事は、こうしたもんばっかりだ。 「そういえば、聞いたんだけど、アルエ殿下がまた来るそうだってね」 「ああ、なんかまた静養とかいって王都を飛び出すつもりらしいですよ」 アルエとアロンゾは、まるで近所の家に来るような気軽さで王都とポルカ村を往復してる。 どうやら、王宮の窮屈な空気よりもポルカ村ののんびりした時間がいいらしい。 「リュウじゃないか」 「あれ、レキ? どうしたんだ?」 「薬種を届けに来ている」 そういって、籠を小さく揺らす。 「なるほどな、お疲れさん」 「先日、村人から果物を分けてもらった」 「たくさんあって食べきれないから、あとで兵舎の方へお裾分けを持っていこう」 「おっ、ありがとう!」 「では、私はこれで」 「ああ」 しゃんと伸ばした背筋を印象づけて、レキはそのまま村の向こうへと去っていった。 ――あれから。 闇夜の中、オジーとロコナを逃がしたあの夜。 本物のコッカスの騒ぎで目を覚ました獣たちが一晩中森を騒がせてくれた。 俺たちを目撃した憲兵たちは、コッカスや獣に襲われたことで記憶に混乱をきたしたらしい。 ホメロ爺さんの幻術に落ちた憲兵は、特に混乱が酷くお話にもならない状況だそうだ。 おかげで俺たちを目撃したという憲兵は一人もいなかった。 たとえ目撃されていたとしても、彼らは証言しないだろう。 獣たちによって壊滅寸前だった憲兵たちは、森の騒ぎに気がついたアロンゾと俺の活躍で命拾いをしたということになった。 アロンゾがコッカスを叩き斬ったのが動かぬ証拠になったのだ。あれを叩き斬れる者はアロンゾぐらいだ。 憲兵たちは『密入国者は他へ移動した』と結論付けてしまった。 その背景には、アルエが『失態は見て見ぬフリをするから』という約束があった事はいうまでもない。 憲兵たちは逃げる様にして、村から去っていった。 ――そうして日常が村に戻ってきたのだ。 俺の日常。 もう1年も繰り返している、平和な日常。 端から見れば、左遷の地でそのまま没するようなそんな生活に見えるのかもしれないが。 俺は十分、この生活に満足してる。 ただ、ひとつ―― 「足りないピースが埋まるのを待ってるだけだ」 「――ロコナ」 今日も一日が無事に終わった後で……俺はロコナとデートをしたあの森に来ていた。 あの蝶は今の季節にはいないけれど。 樹にロコナとふたりで刻んだ印は、まだ残っている。 「この冬を越えたら、かな?」 指でロコナの名前をなぞりながら、ひとりごちる。 俺はロコナを待ってるけど、それにも限度がある。 「この冬を越えたら、待つのはお終いだ」 実のところ、持ってる荷物なんてわずかなもの。 荷造りはあっという間にすむんだ。 「この冬が終わったら……」 「嬉し恥ずかし密入国者の仲間入りだ!」 そうだ。待ってるのは終わりにする。 「遅かったら、俺から行くって言ったからな」 だったら、有言実行あるのみだろ? ロコナに語りかけるように、俺は樹に彫った彼女の名前に微笑んだ。 『たいちょ〜!』 ロコナの声と、あの笑顔が見えた気がした。 隊長〜〜!! 伝説の樹が見せた幻……なのか? 顔を上げると、ロコナの声が……姿が見える。 「あれ……は……」 まさか…… まさか!? 「隊長〜〜〜〜〜♪わたしですよっ!」 「ロ、ロコナ……!!!」 「隊長ッ、帰ってきましたっ!」 この妙な敬礼は、久しぶりに見た気がする。 「ロコナっ!」 俺は自分の目を疑いながらも、無意識のうちに走り出していた。 「たいちょーっ、お会いしたかった……っ!」 白いフワフワの服に身を包んだロコナをしっかりと抱きしめる。 ロコナだ。 この小さい身体。柔らかい感触。 抱きしめたときに首元に当たる、髪の感じ。 本物のロコナだ。 夢の中で見る、ロコナなんかじゃないぞ。 「ロ、ロコナ。ひさしぶり……」 幻になって消えてしまったら、どうしよう。 いや、そんなことあるわけない。 俺のすべてが、彼女の存在を認めているのが分かる。 「あ、えっと……その、なんだ」 「へ?」 「久しぶりだな、リュウ」 「あ、オジー!?」 いつから、居たんだ? ……いや、ちょっと待て。 よく見たら、ロコナだけじゃないような。 「はじめまして、リュウ・ドナルベイン殿」 少し恰幅のいい男性が俺に話しかける。 えっ、誰ですか? 「私はロコナの父親です」 「えっ!?」 「そして、こちらは私の妻。ロコナの母です」 ロコナのお父さんが、1人の女性を紹介する。 「はじめまして、リュウ・ドナルベインさん」 一目見て分かった……ロコナそっくりだ。 ロコナが、あと15年もすればこうなるのだろうという、女性。 美人、じゃないか……! 「お父さんの病気もよくなりました」 「それで、わたしが隊長のおそばに帰りたいことを言ったら……お父さん達が」 「私達も、もうロコナと離れたくはない」 「けれどそのために、娘の幸せを潰してしまうなど、親としてあり得ないでしょう」 「お父さん達も……来てくれたんです」 「ええっ!?」 まさか……一家、いや、一族総出で密入国!? 「オレも、このままの姿では困るしなぁ」 女の姿のままのオジーが苦笑いをする。 「だから、帰ってきました……隊長!」 にっこりとロコナが笑う。 ああ、今気がついた。 ロコナのこの姿は、花嫁衣装だ! 「次に会ったときには……結婚しよう。だったよな」 「はい、ちゃんと約束を守りました♪」 うん、ホントに約束通りだ。 「わたし、約束を守って帰ってきました」 「隊長、だからお嫁さんにしてください♪」 「もちろん!」 「ロコナ、これから村に帰って結婚式だ!」 「はいっ♪」 ロコナを高く抱き上げて、その場でグルグルと回る。 夜空の星々が円を描いて回る中、ロコナの輝くような笑顔が目に眩しい。 「これからは、ずっと一緒だぞ、ロコナ」 「はい、たいちょー♪」 これから、俺の……いや、俺達の新しい生活が始まる。 そこにはもう、欠けたピースなんて無い。 大事な仲間、家族、そして愛する人。 全てが揃っている幸福な世界で、日々を過ごす。 これから、いつまでも―― いつまでも――ロコナの笑顔と共に。