「もうちょっと…こんな感じじゃね?」 「あ~駄目それじゃ。く泣く」 「うあっ!?ま、待て…ファーストショットくらい笑ってたいだろ夏海?」 「だったら余計な手出しはしないの、仁は」 「俺の娘だぞぉ!?」 「あたしがお腹を痛めた」 「俺が気持ちよかった!」 「…最低」 「…さ、笑って笑って」 「どう?」 「こんな感じ」 「うん…やっぱり夏海は可愛いね」 「あたりめ~だろ」 「旧姓夏海も、可愛いね」 「夏海にゃ負けるけどな」 「…やっぱ、この名前ってややこしいね」 「でも…いい名前だろ?」 「…まあね」 ---高村夏海。 今は笑ってるけど、めっちゃ気まぐれで、すぐに泣いたりするこの女、………俺の娘。 ちなみに母親は、高村里伽子…数年前まで夏海里伽子。 要するに、母親の旧姓を、そのまま名前に持ってきた。 これ、結構、夏海家の人々には不評だったんだけど、『娘を旧姓に戻さないという不退転の決意の表れ』ということで、強引に押し込んだ。 何しろ、俺と里伽子が別れて、夏海家が夏海を引き取ったりする事態になったら、この娘の氏名は『夏海夏海』という、非常に脱力系なものになってしまう。 だから、絶対に別れるわけにはいかないのだ。 …里伽子には『当たり前だバカ』と怒られたけど。 「よし、それじゃ夏海が泣き出す前に、もう2、3枚撮っておかないとな」 産まれたのは、一週間前の…7月20日。 いや、結構狙ったけど、的中するとは思ってなかった。 今まで、散々保育器で泣く夏海を、ガラスにへばりついて眺めていたけど、今日は、めでたい解禁日。 だから、取るものとりあえず、現状の最高画素数のデジカメを買ってきた。 「夏海…笑ってろよ? 笑ってろよ?よし、今だ」 「………」 「くぅ~っ! いい表情!なぁ、こいつモデルの素質あると思わねえ?」 「…バカ親」 「バカ親上等。前だって子供を持てばわかるようになる」 「夏海はあたしの娘よ」 「俺の娘だぞぉ!?」 「どっちも正しいってば」 「うるちゃいママはほっといて~シャッターチャーンス!」 「もう、仁ってば…」 「許せ里伽子…夢がかなったんだ。うちょっとばかし、バカのままでいさせてくれよ」 「………」 「けど、この娘本当に泣かないなぁ。んていい娘なんだ」 「………」 「角度を変えて…こっちからも」 「………っ」 「今度は反対側…お~い里伽子、お前もちょっとこっち向いて…?」 「っ…ぅ……ぅぅ…ぅぁぁ…」 「…何やってんだ、お前?」 「う…うあ…ご、ごめん…ごめんね…」 娘が泣き出す前に、母親が泣き出してしまった…「お腹すいたか? それともオシメ?」 「ばかぁ…っ、う、くっ…ぅぅ…」 「じゃ…どした?内容次第では、抱きしめてやるぞ?」 「だって…だってぇ…っ自分の子を抱けるなんて…思えなかったんだもん…っ」 「俺は…ずっと、信じてた」 「う、うああ、うああああ…っ」 五度の手術…五年のリハビリ…何度も何度も、希望と、絶望を繰り返し。 指先が、ぴくりと動いたって大喜びし、その反動による、痛みのぶり返しで泣きじゃくり。 そのたびに、抱きしめて、抱きしめて、抱きしめて…一緒に笑って、里伽子が泣いてる時に笑って、里伽子が怒ってる時に笑って…「夜、眠るのが怖いの。の日目覚めたら、タチの悪い冗談だったって…そんな夢オチになるのが嫌で…」 「ならねえよ」 「そうなんだけど…そうなんだけどぉ…」 「この、臆病者め」 「う、あ…うあああああ…っ、仁…仁ぃ…」 「俺たちは、夢なんかじゃ追い切れないくらい、たくさんのこと、体験してきたじゃないか」 「う、うん………うんっ」 俺の手と、里伽子の頭で、大学を卒業し。 …俺の卒業のときも、ちょっぴり、里伽子の頭、借りたけど。 俺の卒業式の二次会は、教会で。 目の前にいる、大切な人たちと祝い。 それからも、ずっと一緒に、頑張って、頑張って、頑張って…いつか、報われる日が来ると信じて。 そしてそれは、正しい努力の結果として、報われて…「あたしは…母親に、なれたんだよね?ふたつめの夢も、叶ったんだよね?」 左手の指が、全部動き始めてから、俺たちは、ようやく、子供を、作った。 里伽子が…我が子を抱けるようになったから。 「お前の死に物狂いの努力でな。張れ、笑えっ」 「仁ぃ…」 妊娠してからの数ヶ月…本当に、里伽子は死に物狂いで頑張った。 俺の手をさわってただけだったのが、いつか、掴めるようになり、そして…握れるようになり。 「でも、今日は思いっきり泣いていい…」 「ふえぇぇぇぇぇ…うああああああ~っ!」 多分、復活した神経は、痛覚まで目覚めさせ、錆びていた左手を、ギシギシと苛んだはずだ。 それでも里伽子は、にこにこと、全身に脂汗を噴き出しながら、自分で動かしては、悦に入っていた。 動く手の軋みは、動かない苛立ちに比べて、百億倍も、嬉しい痛みだから。 里伽子は、笑って、嬉し泣きして、俺に、何度も、何度も、にぎにぎして見せた。 そう、今の、夏海の手のように。 「あ、あはは…共鳴しちまいやがんの」 「あ、あんただって、あんただって…」 「うるさい、こっち向くな…っ」 里伽子が、泣きわめく夏海を、しっかりと抱きしめて、ゆらゆらと揺らす。 最初は、叶わないかもと思ってた夢。 こじ開けて、力尽くで引っ張り出して、運なんか何にもなくて、努力だけで引き出した、結果。 「仁ぃ…ありがとう…今まで、ずっと、ずっとぉ…ありがとうね?」 「本当に…しょうがねえなぁ…里伽子はぁ…っ」 とうとう、親子三人、みんな同じ状態。 周りから見れば、実に滑稽な光景。 けれど、俺たちにとっては、やっと、辿り着いた聖地。 今は、はばかることなく…辛く、長く、厳しかった戦いの日々を、過去に押しやることができた幸せを、噛みしめよう。 美里「ほらっ、似合う似合う♪」 「きゃああああ~!!!」 黄色い声と黄色い(?)悲鳴に彩られ、アンティーク喫茶『キュリオ』の朝は始まる。 とは言え、今朝の始まり方は、いつもの日常とは少し違っていた。 美里「髪を見たときから絶対に似合うって思ってたんですよ~、完璧」 「ひ、ひ、人の髪を勝手にいじらないでくださいっ!」 美里「勝手じゃないですよ?ちゃんと『髪に触らせて』って頼んだらいいって言ってくれましたよね?」 「触ってもいいとは言いましたが結んでもいいとは言ってませんっ!」 翠「お~い、何騒いでんのよ。鳥さん、まだ着替え終わんないの?」 その、いつも以上の、あまりの更衣室の騒がしさに、キュリオのフロアチーフ、大村翠が覗きに来る。 と…翠「お…」 美里「ねえ翠さん見て見てっ、ツイン・ツインビームですよっ」 やっと、新人の肩書きが取れかけてきた真名井美里が、取れたての新人の肩を抱いて、いつものように、にっこりと微笑む。 「違います私は嫌だと言ったのに真名井さんが無理やり私の髪をツインビームにっ………って、そのツインビームとは何ですか?」 取れたての新人…金色の髪を、美里と同じく二つに結わえた…結わえられた少女が、困惑と戸惑いとまごつきに満ちた表情を見せ…要するに、とても困っていた。 翠「美里ちゃんさぁ…あんま大介を信奉するのもほどほどにしときなよ?」 美里「かっこいいじゃないですか♪」 翠「あ~美里ちゃん、あんたもヤンキーセンスの持ち主だよ、ホント」 美里「似てます?やっぱり、わたしと大介さんってお似合いって事でしょうか?やだなもう翠さんったら」 翠「あ~、あ~…黙れ」 「そんなことよりも私の髪をなんとかしてくださいっ!」 とうとう、戸惑いから、半怒りへと感情をスライドさせつつ、日本人離れした髪と顔をした少女、花鳥玲愛は正しい日本語で、二人の会話を遮った。 翠「え~、というわけで、今日からキュリオに新しい仲間が加わります」 「………」 開店前の朝礼の時間…人の輪の中心には、いつも通り、颯爽とした笑顔の翠と、不機嫌極まりなさげな金髪の少女。 ちなみにツインテールはきっちりほどかれ、今はストレート。 翠「それじゃ、花鳥さん」 「花鳥玲愛です。上」 全身から“社交辞令”を滲ませ、思いっきり機械的な挨拶と一礼。 それもこれも、出勤一日目でいきなり食らった“洗礼”への、無言の抗議なのだが…美里「玲愛ちゃん、キュリオへようこそ~」 すず「一緒に頑張ろうね」 真子「まあまあ…よろしくお願いします」 榊原「歓迎しますよ、花鳥さん」 さやか「あ、あの…こちらこそよろしく」 「………」 その程度の嫌味など、キュリオには通用しない。 翠「それじゃこっちのメンバーも紹介するね」 翠「えっと、左から順に、真名井美里ちゃん。う知ってるよね?彼女が花鳥さんの教育係になるから、よろしくね」 「え…」 玲愛の、さっきまでの不機嫌な表情に、今度は絶望の青色が加わる。 美里「一緒に頑張りましょうねっ、玲愛ちゃん」 もちろん美里は、そんな玲愛の表情の変化をを読み取りもせず、満面の笑みで応える。 翠「で、その隣が結城すずちゃん。女、確か花鳥さんと同い年だから、仲良くしてあげてね」 すず「そうなんだ、すごく大人っぽいから、年上だと思ってたよ…」 玲愛は、自分が大人っぽいとは思ったことはなかったが、彼女の方が年下に見えるということについては全面的に同意だった。 翠「桜井真子さん。たしと同じくらい、ここ長いから、分からないことがあったら彼女に聞くといいよ」 真子「でも、若いんですよ~?」 玲愛が注目したのは、自分に良く似た髪の色。 ただ、ストレートの自分とは違い、自然にカールがかかっている感じだ。 ちなみに年齢に関しては迂闊な感想は避けた。 翠「榊原宏幸さん。チのシェフにして、今は店長代行も務めてもらってます」 榊原「坊ちゃんと旦那様がいない間のほんの繋ぎですよ。れに来月からは、新しい店長も来る予定ですからね」 そういえば、この店の店長と店長代理は、近日中にオープンする2号店の準備で奔走していると聞いた。 しかし玲愛にとっては、そんなことよりも、雇い主を『坊ちゃん』『旦那様』と呼ぶこの男性の正体の方が謎だった。 翠「橘さやかちゃん。 ウチの看板パティシエール。 コンクールで入賞するくらいの腕前なんだから」 さやか「み、翠さん、そういう風に言うのやめてくださいよ…」 とりあえず玲愛は、直感的に、彼女が一番話が通じそうだと感じた。 翠「で、彼女は今んとこ学園生なんで、一応夏休み中のバイト扱いなんだけど、まぁ夏休み終わってもいてもらうから」 「は…?」 美里「2号店立ち上がっちゃいますもんね~」 すず「そっかぁ…人、何人いても足りないね」 「い、いえ、それは…」 『そんな話は聞いていない』と、反論しようにも…真子「しっかりしたお嬢さんのようですし、安心して任せられますねぇ」 榊原「期待してますよ、花鳥さん」 さやか「できれば、パティシエの方も増員お願いできたらいいんですけど…」 温かくて、優しげだけど、さり気なくお仕着せな“空気”が、その反論を許さない。 「ちょ、ちょっと…待ってください…よ」 翠「さ、これで朝礼は終わり。ゃ今日もみんな頑張ってこ~!」 …その程度の小さな反論の声など、キュリオには通用しない。 美里「で、これが台所洗剤。皿やカップをピカピカにしてくれる、魔法の液体ですよ?」 「………」 さやか「あ、あは、あはは…」 キュリオ開店後、美里は、玲愛をキッチンの流し台に連れていった。 そして、すぐに、熱心な“しごき”が始まり…美里「これをスポンジに含ませて… あ、気をつけて欲しいのは、洗剤を使いすぎても駄目ってことです。 何ごとも適量。 ここ覚えといてくださいね?」 「………」 いつも通りの満面の笑顔の美里。 そして、もはや顔面蒼白の玲愛。 更には、気まずそうに二人のやり取りを見守っているさやか。 美里「で、スポンジをお皿に滑らせるように、こう!」 「………」 美里「…よくわかんないですか? それじゃ最初から」 「~~~っ!!!」 さやか「か、花鳥さん、美里さんは冗談で言ってるんじゃないです、本気なんですよ~!」 『台所洗剤とは何か』から始まった新人研修は、本来のカリキュラムから大幅に逸脱した懇切丁寧な指導をのため、“たったの一週間で皿洗いまでをマスター”というスケジュールへと変更を余儀なくされそうだった。 …主に職場先輩側の意向により。 「…アンティークメイド喫茶?」 「おっしゃる通りですご主人様」 「黙れ奥様。って、へぇぇ、これが」 「驚きでしょう?」 開店して1時間。 今日も、お客様…ではなくご主人様は、たくさんご来店…ではなく帰宅されている。 ほとんどのご主人様が、自分の居場所と立場をわきまえて振る舞っているが、その中の一組、大学生くらいのカップルが、自分たちが異国に迷い込んだような反応で、興味深そうに店内を見回していた。 「道楽ここに極まれり、だな」 「でも流行ってる」 「だって美味いもん、このダージリン」 「ケーキも相当なものね。い職人さんがいるみたい」 「ますます趣味の領域だぞ…贅沢すぎる」 「でも…流行ってる。繁盛と言っていい」 「流行るに決まってんじゃん。んな店なら俺だって毎日通う」 またしても二人が、いや、主に男の方が、きょろきょろと店内を見回す。 確かに席はほとんど埋まり、それどころか座る場所のないお客様が、恨めしそうに、窓際に座る二人を見つめていた。 「それでは質問。ァミーユにここのお茶とここのケーキを持ってきて、同じように流行ると思う?」 「ケーキならウチだって負けてない」 「なら、ウチが負けてるのはお茶だけ?それでこれだけ集客数に差が出る?」 「………」 「この空間演出…使えると思わない?」 「なあ、里伽子…」 「ん? どうしたの仁?」 「俺たち…あの人を何か怒らせることでもしたのかなぁ?」 「は…?」 里伽子と呼ばれた女性が、仁と呼んだ男性の視線の方向を見やると、そこには、何故だか恨めしそうな表情をした、これまた大学生くらいの…翠「こら香奈子!そんなとこ突っ立って何やってんだよ!?」 香奈子「…いつもの席が空いてない」 翠「あそこはお前専用じゃないの!おとなしく下の席に座ってろ!」 「………」 「………」 『メイドは“ご主人様”にかしずく』という原則に、二人は少し疑問を持った。 美里「うわぁ…玲愛ちゃん上手~い!」 「この程度のことで上手い下手言わないでください」 翠が、聞き分けのないお客様にして、親友の秋島香奈子を怒鳴りつけていた頃。 キッチンでは、新人研修が、圧倒的な速度で進んでいた。 美里「これなら早速、明日からお皿洗いは任せてもよさそうですね♪」 「…ここまで底辺から始まる新人教育は初めてです」 さやか「ほ、ほら、それは…ねぇ?」 玲愛の聞こえない程度に呟いた愚痴は、よく気のつくさやかには、しっかりと捕捉されていた。 美里「ねえ見てください榊原さん。愛ちゃん、もうこんなに上達したんですよ?」 榊原「ほほう、見事なものですね…きっと真名井さんの教え方が上手かったのでしょう」 美里「そ、そうでしょうか?あ、でも、玲愛ちゃんも優秀だったからですよ~」 「………」 さやか「あ、あは、あはは…」 自分の成果“も”否定しない美里に、ますます疲労の度合いを濃くする玲愛と、もう愛想笑いにも疲れてきたさやか。 しかし…美里の提唱する“厳しい新人教育”は、今日から始まったばかりなのである。 ………………それから一週間。 真子「お待たせいたしました。イチゴのパルフェに、カフェラテのお客様?」 お客「いや、こっちのテーブル、そんなの頼んでないけど?」 真子「あらあらまあまあ?」 「それはお向いのテーブルじゃない。う、何やってんですかぁ」 おっとりしたオーダーミスに、いつもいつも小声で正解を言い当て、その後ため息をついたり。 さやか「へぇ、ふわっとしていい感じじゃないですか」 榊原「ええ、とても美味しく仕上がってますよ」 すず「そ、そうかな?お兄ちゃん喜んでくれるかな?」 さやか「大介さん、きっと涙を流して食べてくれますよ」 すず「でもお兄ちゃん…すずの作ったもの、どれも美味しいって言うんだもん。れが本当に美味しいのかわかんないよ」 さやか「ふふ…大介さんらしいですね」 「いくら暇な時間帯だからって…それ、お店の材料だし…あ~っ、納得いかないっ」 店員同士の、あまりにも平和で、安穏とした『なあなあさ』に苛立ちを覚えたり。 「あの…お嬢様?」 香奈子「………」 「こちら、お下げしてよろしいでしょうか?」 香奈子「…よろしくない」 「で、では、コーヒーのお代わりなどいかがでしょうか?」 香奈子「いらない。にコーヒー飲みに来た訳じゃないし」 「そ、そ、そうですか」 香奈子「こっちが呼ぶまで話し掛けなくていいから。かに本読ませて」 「あ、は、はい…申し訳ありません。ゆっくりおくつろぎください」 香奈子「…言われなくてもゆっくりする」 「もう5時間もいるじゃないのよっ」 我が侭で、身勝手で、店内の席を私物化する常連客に思いっきり困惑させられたり。 玲愛の、肉体的には何の疲れもない割に、精神的疲労が重くのしかかる実務研修は、ある意味苛烈を極めた。 ………………「何とかしてくださいチーフ!」 翠「あ~、それとバランタイン、ダブルで。上、よろしく」 「かしこまりました~」 「ちょっとぉ! 話聞いてくださいよ」 翠「乾杯してからね」 日曜日…玲愛がキュリオに来て6日経ち、明日は初めての定休日。 何故だか深刻な顔をして翠に相談を持ちかけた玲愛は、何故だか今『居酒屋 蛍』のテーブル席にいた。 翠「あ、本日のお薦めにホタルイカがある。いけど頼んでいっかな?」 「私には興味ありませんのでどうぞご勝手に」 翠「…興味持ってくれた方が頼みやすいのに」 既に飲みモードに入っている翠と、飲む前から愚痴モードに突入しようとしている玲愛とでは、なかなかに会話が噛み合わず。 香奈子「ごめん翠、遅くなった」 と、そんな気まずい空気の中に登場した新客は…「ああっ!?この人いっつも来てる得体の知れないお客様!」 香奈子「得体の知れない…」 翠「確かになぁ」 ちょっとだけ、場の空気をなごませて、そして気まずくさせたとか。 「私、今のままじゃ、キュリオでやっていく自信、ありません」 翠「…たったの一週間で音を上げたかぁ?玲愛は真面目そうだから、もうちょっと頑張ると思ったんだけどなぁ」 「音を上げてるのは本当ですが、チーフが思ってる理由とは全然逆で………いつの間にか呼び捨てですか?」 翠「あ~ごめんごめん、でも玲愛ってどうも『玲愛ちゃん』って感じじゃなくて。たしの中だと」 「そういう問題じゃ…はぁ、チーフもかぁ」 翠「あたしもって…何が?」 「今のキュリオは…みんな全然真剣じゃありません!」 翠「………」 香奈子「………」 いきなり自分の職場を否定され、目を白黒させる翠と、さっきからずっとスコッチを飲み続けている香奈子は、言葉を失ったり、おつまみに手を伸ばしたりしていた。 「私、今までにも結構、色々なところでアルバイトしてきました。から、仕事が忙しいのには慣れてますし、それをこなしてこそ、働いてるって言えるんだと思います」 翠「…キュリオのみんなは、忙しく働いてないと思う?あれだけお客様に来ていただけてるのに?」 「それは…でも、ちっとも忙しそうに見えません」 翠「は~忙しい忙しいって、バタバタしながら接客するのがいい喫茶店?フロアを走り回ってた方がお客様が喜ぶ?」 「そうは言ってません…ただみんな、真剣さが足りないって思ってるだけです」 翠「真剣さ、ねぇ…」 「告げ口するみたいで嫌なんですけれど…例えば、オーダーミスが多かったり」 ほんわかと笑顔で適当な記憶力を披露する先輩の顔を思い出す。 翠「あはは…でもほら、真子さん、他では色々と助けてくれるし」 「せっかく匿名にしてるのに個人を特定しないでください」 翠「あう…」 とはいえ、店内のことを全て把握している翠にとっては、オーダーミスというキーワード一つで『あらあらまあまあ』という台詞が脳内再生されてしまうから、不特定にすることは不可能だったりする。 「あと、仕事中に私語が多いです…この間も、2号店の若店長の話で盛り上がってたりとか」 翠「あの2人ねきっと…それは本当に良くないことだと思う」 「大体、一度お話ししただけで言うのもなんですけど、若店長ってそんなに騒ぐほど魅力的でしょうか?」 香奈子「…よくわかってない人間のこと、そういう風に軽く言うのも良くないことだと思う」 「え、えっ?」 翠「香奈子…お前、大介が誉められても貶されても機嫌悪くするのやめろって」 香奈子「………」 そっぽを向いて、いつの間にか5杯目のグラスを空にする『得体の知れないお客様』を前にして、玲愛は底知れぬ恐ろしさを覚え、必死に話題を転換する。 「今の店長代理も注意するでもなく、いつも笑ってるばかりで…」 翠「そりゃ仕方ないって。の人が怒ってるの見たことないもん」 怒ると凄く怖いという、まことしやかな噂もあるが、何しろ誰も見たことがないから未確認のままである。 「大体、お店の規律が乱れてるのも、ここ最近、チーフがほとんど来ないからですよ!?」 翠「しょうがないじゃん。号店の準備、大介だけに任せといたら心配なんだもん」 「私、きちっと成果を出したいです。んな、なんとなく惰性で働いてて、進歩もない環境にいるのは…」 翠「本気で…そう思ってる?」 「え…?」 翠「玲愛…お前、真面目で一生懸命なのは認めるけど、ちょっと視野狭窄じゃないのかなぁ」 「チーフ…?」 翠「あのな、玲愛…あたしの…あたしたちのキュリオはな…」 香奈子「…翠、2号店行くの?」 「え…?」 玲愛にようやく反論を仕掛けるべく、厳しい顔を正面に向けた途端…予想もしない攻撃は、真横から突き刺さってきた。 香奈子「2号店…行くんだ?」 翠「い、行ったらおかしいか?」 香奈子「別におかしくない。ど…」 翠「けど…?」 香奈子「………」 翠「………」 「…すいません、私を差し置いてお二人で緊迫しないで下さい」 ………………「…ふぅ」 いつもより、耳に心臓の音が響く夜道。 二人のピッチに煽られて、いつの間にかアルコールに付き合ってしまっていた帰り道。 玲愛は、駅には行かず、キュリオへとUターンしていた。 『試しに、明後日、1時間早く来て、1時間遅く帰ってごらん』『やめるのは、それからでも遅くないだろ?』「何が…あるってのよ?」 帰りがけの翠の言葉に反発するように、翠の指定した日よりも2日も前…すなわち当日中に、正体を確かめようとするところが、玲愛の真面目な偏屈ぶりを象徴している。 「………」 少しばかりの千鳥足で、キュリオの入り口に辿り着くと、窓から中を覗き込む。 ………そして数分。 「何よ…」 「何も…ないじゃないのよ」 店内は暗く、普通の“閉店後”と何ら変わるところはない。 フロアの大時計の鐘の音とともに、“何か”が出たりするのだろうかとか、少しファンタジーなことも想像していた玲愛は…「もう…これだからキュリオってばさぁ…」 「…玲愛ちゃん?」 「ひくっ!?」 美里「どうしたの?ずっと前に帰ったんじゃ?」 「あ、あ~? あれぇ?真名井さん? どうしたんですかぁ?」 美里「…聞いてるの、こっちですよ?」 「あ、あ、あぁ…なんでもないです。 ちょっと忘れ物。 忘れて下さい」 まだ自分の酔っぱらい具合に気づいていなかった。 美里「…そういえば、翠さんに捕まってましたもんね。 気をつけてくださいよ。 あの2人、底なしなんだから、ふふっ」 つい先程まで、嫌と言うほど思い知らされていた。 「あ、そ、そ~ですねぇ…それじゃまた明日、一時間早く~」 美里「あ、玲愛ちゃん?ちょっと待って!」 そそくさとその場を去ろうとする玲愛に、それでも美里は何とか食い下がる。 美里「もう、終電なくなっちゃってますけど?」 「…え」 その言葉に、時計を見ると、午前0時15分。 閉店から、3時間以上が、経過していた。 美里「ふぅ…いい気持ち」 「うぷ…」 美里「あ、ごめんなさい、急がせちゃって」 「そ、そんな些細なことはいいんですけど…」 家に帰れなくなった玲愛を『近所だから』と頼んでもいないのに泊めることを快諾し、『松の湯、1時までだから』と、いきなり銭湯に連れ込み、酔ったまま、熱い湯の中に放り込んだ。 美里「でも…大きなお風呂っていいでしょ?一日の疲れが飛んでっちゃいますよね~?」 「…その件については少し息を整えてから考えさせて下さい」 色々とこみ上げてくるものを必死に抑えつつ、玲愛はつとめて胸に刺激を与えない喋り方に徹した。 「………」 壁には、絵に描いたような典型的な銭湯のように、絵に描いた富士。 「………」 二人が喋らないと、共同浴場とは思えないくらいに静まり返る。 閉店間際に駆け込んだから、入っているのは、美里と玲愛の二人だけ。 それでも、番台のおばちゃんにとっては、いつものことのようで、快く美里と世間話に花を咲かせていた。 「真名井さん…」 美里「はい?」 「いつも、こんな時間までキュリオにいるんですか?」 要するに、美里はいつもこの時間に銭湯に駆け込んでくるということで。 ということは、つまり…美里「わたしだけじゃないですよ。さんやさやかさんも結構いるし、大介さんなんか、夜中の2時とか平気なんですから」 「………」 玲愛が帰宅してからが、本当の、キュリオの姿だったのかもしれない。 美里「あ、でもでも、わたしは夜は全然働いてないですから。んでるだけ」 「…なに、してます?」 美里「わたし、まだまだ下手だから。っと大介さんの…みんなのお役に立たないといけないから」 「質問の答えになってません」 美里「…玲愛ちゃん、まだ酔ってる?」 「…なに、してるんです?」 美里「ん~…お掃除したり、お茶淹れたり、コーヒー淹れたり、にっこり笑ったり、挨拶したり…お帰りなさいませ~、行ってらっしゃいませ~♪」 「…一人、で?」 美里「ときどき、誰かに練習台になってもらうけど…大介さんとか」 「………」 数時間前まで、吐き出していた不満と、今、初めて知った美里の努力。 「…見えない」 美里「ん?」 「それでも…真剣に、働いてるように、見えません」 その事実は、玲愛の認識を、根底から覆すには至らない。 「生温いお湯にずっと浸かってるみたい。 何があっても許してしまってる。 そして…みんな笑ってる」 玲愛にとって、キュリオの人たちは、一生懸命働くというには、温かくて、呑気で、そして…優しすぎる。 ちなみに今浸かっている湯船は、ちっとも生温くない。 美里「真剣に働いてませんよ?」 「へ…?」 美里「みんな、真剣に楽しんでます」 「は、はぁ…?」 美里「キュリオの一員であることを。間であることを」 美里にとって、キュリオの人たちは…美里「わたしは、大介さんの、ファミリーであることを」 やっぱり、玲愛と一緒で、温かくて、呑気で、そして…優しすぎる。 美里「だからわたしは、一生懸命、キュリオで楽しむために、頑張ってます」 「…よく、わかりません」 美里「あ…少しばかり、恋のためでもありますけどね?」 「それは…見てればわかります」 美里「…本人にだけ、伝わらないんですよねぇ」 ちょっとだけ、ため息をつく美里の横顔を覗き込む。 一生懸命を、額に汗せず実行する、玲愛とも、彼女の“天敵”とも微妙に違う人を。 美里「…ん?」 「叶うといいですね」 美里「無駄な努力なら、誰にも負けてないと思うんだけどなぁ」 自ら無駄と言い切っているところが、自身の空回りっぷりを象徴しているようでもあり。 「私は…報われる方がいいです」 美里「ふふ…意見、合いましたね?」 二人はそのまま、玲愛がのぼせて倒れるまで、湯船に浸かり続けた。 ………………翠「え~と、それじゃ朝礼…なんだけど…」 火曜日…キュリオの休日開けの朝。 点呼を取るまでもなく、一昨日から一人少ない、キュリオのメンバー。 翠「一時間早く来てみろって言ったのになぁ…」 美里「風邪かなぁ?もしかして、連絡も取れないくらいに酷いとか」 真子「あらあら、誰か花鳥さんの電話番号、ご存じでしょうか?」 さやか「み、翠さん、履歴書ありますよね?わたし、連絡取ってみます」 誰も、無断欠勤とか、辞めてしまったとか、そういうネガティブな想像すらしないのが、キュリオのキュリオたる所以。 そんな、生温くて、彼女にとっては居心地が悪いかもしれない場所に。 「その…すいません、遅刻しました」 すず「あ…」 美里「玲愛、ちゃん…」 花鳥玲愛は、やっぱり、戻ってきた。 「その…言い訳なんですけど…これ、セットするのに時間がかかって」 翠「うわ、真剣に働いてない~」 「申し訳ありませんねぇ…」 翠の揶揄に、ほんの少し青筋を立てつつも、素直じゃなく謝る玲愛。 その、ちょっとキュリオっぽい反応に、翠の頬が緩む。 美里「お仕事が終わったら、わたしがやり方、教えてあげますよ?」 「ええ、お願いします…“美里さん”」 美里「うんっ、任せてくださいな♪」 玲愛の髪を、二つに結わえている黒いリボンが、ふわりと揺れた。 石造りの壁、フローリングの床。 落ち着いた雰囲気のテーブルや椅子。 住宅街の真ん中のアンティーク喫茶店『ファミーユ』の、今はちょうど、開店10分前。 なのだが…「仁くん…仁くん! じんく~ん!声を…声を聞かせてよぉぉぉ」 普段なら、朝礼のはずのその時間、店内は約一名の悲痛な喧騒に満ちていた。 「喋れないからメール出してきたんですから、声なんか聞かせられるわけないです。ら切った切った」 「『喉痛い。 声出ない。 熱39度。 ごめん今日休む』…シンプルな文面からも苦しさが滲み出てるね~」 「どうして…どうして今日風邪ひくのよぉ。っかくの仁(じん)くんのハタチのお誕生日なのに~」 「そうです。日で仁(ひとし)は20歳なんですから、恵麻さんもそろそろそういう駄目な態度は控えてはどうです?」 「ひぅっ!?」 「まぁまぁ、とりあえず朝礼始めましょうよ恵麻さ~ん。(ひとし)くんいないんだから、シフト組み替えないといけないんだし」 件の人物を『じんくん』『ひとし』『ひとしくん』と呼ぶ3人が、今この場所に集う全員。 『じんくん』の姉であり義姉である杉澤恵麻。 『ひとし』の同級生にして同僚の夏海里伽子。 『ひとしくん』の天敵にして同僚の涼波かすり。 いつもの平日なら、開店時に4人、閉店時には5人いるスタッフが、今日はどうやら、3人でのスタートを余儀なくされそうな状況。 『じんくん』こと、『ひとし』こと、『ひとしくん』たる、本日めでたく成人する一人のスタッフの病欠によって。 「…わたし帰る」 下手をすると、2人でのスタートを余儀なくされそうだ。 「却下」 「否決」 『じんくん』の姉たる恵麻が、もう仕事どころじゃないという趣で更衣室に逃げ込もうとするのを、残りの二人が呆れつつも抑え込む。 「で、でも、でもぉ…今はそんな場合じゃ」 「そんな場合でないのはここも同じなんです。が休みで、この上恵麻さんまでいなくなったら、かすりさんが死にますよ?」 「死ぬのはわたし一人ですか…」 「り、臨時休業にするとか…」 「本日はテイクアウトご予約のお客様が5組ございます、店長」 「う…」 「さあさ、諦めて仕込みに入ってください」 何とかして逃げ道を探そうとする恵麻の退路を予想したかのように、里伽子の容赦ない正論が飛ぶ。 何しろこのファミーユは、店長、かつパティシエールの恵麻の作るお菓子の評判で持っている喫茶店だ。 その生命線たる恵麻が、弟可愛さ『だけ』で休むことが出来るほどには、余裕のある人員配置がされていない。 「ま、仁くんの誕生パーティならまた日を改めてすればいいじゃないですか」 しかし、今日は日が悪かった。 半月も前から、事あるごとに恵麻が皆に喧伝し、いい加減皆が『あ~はいはい』な反応しか返さなくなった記念日…仁の20回目の誕生日。 何だかんだ言いつつ皆も実は乗り気で、パーティの準備も滞りなく完了し、後は当日を迎えるだけという…その当日。 「パーティだけじゃないわよぉ…世界でたった一人の弟が苦しんでるのに、何もしてあげられないなんて…」 「大丈夫です。なんてあたしには一人もいません」 「あ、わたしも弟はいないな~」 「そういう問題じゃないのに~」 誰もが残念に思っているし、一人苦しんでいる同僚の心配もしている。 しかし…「かすりさん、飲み物と軽食お願いしますね。れないメニュー教えてください」 「そっちはなんとかするけど、フロアの方は?今日のシフトってどうなってる?」 「夕方から明日香ちゃんが入るだけ。れまではあたし一人でなんとかしますから」 「それはまた…無味乾燥な店内になりそうね」 「仕事が回ればいいんです。急事態なんですから」 「否定しないところがなんとも…」 「はい開店まで5分を切りました。さん今日も張り切ってお願いします」 里伽子とかすりの素早い打ち合わせが終了して、目の前にいる店長不在の朝礼は滞りなく終わった。 「わたしの知らないところで次々と話がまとまってる~!?」 目の前の、弟を溺愛し過ぎて周りの見えてない駄目姉のおかげで、二人の有能なスタッフは、あっさりと冷静さを取り戻してしまっていたらしい。 そうして、ファミーユの『準備中』は、『営業中』へとその姿を変える。 ………………誠介「む…美味しい。のマドレーヌはいけるぞ大介」 大介「うぷ…」 お昼時を少し過ぎた辺り。 食事よりも、菓子が中心のファミーユは、まだ、現有戦力で頑張れる程度の客の入りだった。 誠介「生ケーキもレベルが高いと思ったが、焼き菓子は更に絶品だな。原や、さやか君も連れて来ればよかった」 大介「そ、そう…」 その中でも、怒濤の勢いでケーキを貪る壮年の男性と、その向かいに座る青年の2人連れは、この店内では異彩を放っていた。 誠介「どうした? お前の口には合わんか?」 大介「さっきまでは合ってたけどな…」 誠介「さてと、じゃあ次は基本に立ち返って…あ、すいませ~ん、いちごショート2つ~」 大介「ぶっ!?」 「かしこまりました。々お待ち下さい」 そんな少しばかり異様な光景にも、眉一つ動かさず、冷静にオーダーを取り、事務的に一礼して立ち去る里伽子は、ウェイトレスの鑑かもしれない。 誠介「ふむ、スタッフの質もなかなか…ちと無愛想なのが玉に瑕か」 …いつも『少しは笑顔を見せろ』と、唯一の男性の同僚に注意されてばかりではあるが。 大介「な、なぁ、ちょっと待ってくれ親父」 誠介「ん? あの娘は好みか大介?偶然だな、私もだ」 大介「いや好みだけどそういう問題じゃなくてだなぁ」 どうやら大介という名らしい青年の審美眼にも適ったらしい。 もともと里伽子は、大学でも『理想の低い才色兼備』として有名な存在だったりする。 ちなみに理想、イコール男の好みという意味で。 誠介「支払いのことか?遠慮するな。 今日は私のおごりだ。 好きなだけ頼むがいい」 大介「既に『好きなだけ』じゃねえんだよ!」 周りのお客が、ただでさえ異様な二人組の男性たちに奇異の視線を向ける。 しかし青年の方は、その視線を気にしつつも、どうしてもその言葉だけは言わずにはおれなかった。 大介「もうこれで5回目の追加オーダーだぞ!俺たちはケーキ王にでもなりに来たのか!?」 「追加オーダー入りました」 「どういう胃袋してんのよ、あのお客様たちは」 カウンター越しに、例の2人組の口論と、暴食ぶりを眺めるかすり。 恵麻の、美味しいけれど、甘くてボリュームのあるケーキを、1人で5個も6個も平らげるお客は見たことがない。 「初めての来店、だと思う。たしの記憶だと」 「まぁ、あんなに印象的な人たちだったら普通絶対に忘れないからねぇ」 「それはそうと、そろそろショーケースが寂しいんだけど」 ガラスの扉を開き、ショートケーキを2個取り出すと、残りはあと3つ。 今日は、イートインのお客様は少ないが、テイクアウトがなかなかに盛況のようだ。 「ならリカちゃんが恵麻さんを説得してよ~」 「まだ抜け殻?」 キッチンの奥に佇む恵麻は、なんだか一回り小さくなったように見える。 背中を丸め、肩を落とし、しかも時折震え、頭上に暗雲を漂わせ、何やらブツブツと呟いている。 肝心の両手は、ずっと動かないまま。 「さっきまで仁くんが風邪こじらせて心停止に陥るイメージに囚われてたわよ」 「心臓マッサージの要領で生地こねてもらったら?」 「それ、うどんが出来るって」 両手で押し込み、思い切り叩きつけ、後は伸ばすだけのいい玉が作れるだろう。 「弟とは言え、一店員が休むたびに店長兼パティシエールがこれじゃ、洋菓子店としては問題あるんだけど」 「仕方ないって。度弟離れしようとしたけど、壮絶に失敗したんだから」 その言葉だけは、気を使って里伽子にしか聞こえないくらいに声を潜める。 「リバウンド…か」 その意図を正確に解して、里伽子も、元々小さな声を更に落とす。 恵麻が、ここまで弟の仁にかまい、溺愛とも言える感情を表に出す理由。 仁が、何を置いても恵麻のことを優先し、おかげで益々、恵麻の弟好きが加速されていく理由。 恵麻と仁が、同じ名字を名乗っていない理由。 少しだけ微笑ましく、結構痛々しい過去の傷をなめあう二人の姉弟のエピソードは、ここファミーユでは暗黙の了解。 「でもさぁ…恵麻さんの甘さも問題だけど、リカちゃんの冷たさも問題だと思うけどなぁ」 「冷たい、かな?」 「あんた仁くんの彼女でしょう?」 「誰がそんなことを?」 「状況証拠しかないけど…」 「自白もなしじゃ、有罪は難しいかもですね」 「う~ん」 こうして何度も鎌をかけるのだが、彼女得意の鎌かけ話術を以てしても、里伽子の飄々とした態度は崩れない。 「心配じゃないの?」 「心配ですとも。ど、だからって仕事の手を抜いていい訳じゃない」 「そうは言うけどさぁ…寂しくない? 物足りなくない?」 仁と里伽子は、大学では公認という噂を、常連客の学生から聞いたことがある。 それに、店内での雰囲気を見ていても、仁は里伽子を全面的に信頼している面がある。 恵麻に対する仁は、思い切り背伸びをして、彼女を支えようという気概が見え隠れするのだが、それが里伽子相手だと、依存する気満々だったりする。 恵麻と仁よりも、里伽子と仁の方がよっぽど姉弟に見えて仕方がない。 それは、少しばかりの微笑ましさと、少しばかりの疎外感を感じさせる雰囲気。 「わたしは…やっぱり寂しいなぁ。ァミーユには仁くんがいないと」 「公園に遊びに来たら、遊具がなくなってた心境?」 「毎日毎日飽きもせずにからかってるのも、深い愛情の裏返しとか思わない?」 「仁を愛してる、と?」 「だったらどうする?」 その疎外感と、生来のいじめっこの血が、里伽子に対しての、ちょっとした意地悪に繋がる。 そして、対する里伽子は、その挑戦的な視線を…「まぁ、そういう主従関係もありかもね」 「あら?」 軽く受け流した。 「さてと、それじゃ恵麻さんの方、頼みます。のままだと、あと一時間でショーケースは空っぽだし」 「ちょ、ちょっとぉ」 トレイに2つのショートケーキを載せ、本当に、何も気にしていない態度で、例の超甘党のお客の元へと戻っていく。 後には、抜け殻と化した恵麻を働かせるという無理難題を押しつけられたかすりが、里伽子の背中を見送りつつ…「う~ん、尻尾出さないなぁ」 未だに、無愛想な同僚の真意を測りかねていた。 「ショートケーキ、お待たせしました」 誠介「おお、ご苦労さん」 「ではごゆっくり」 既に相当ごゆっくりしている2人組の男性客に、また機械的に丁寧なお辞儀をすると、里伽子はそそくさと立ち去る。 誠介「住宅街の小さな店にしては、このメニューの豊富さは驚きだな。日中に制覇は無理かもしれん」 と、年配の男性客の方が、いそいそと新しいケーキにフォークを突き立てる。 大介「制覇するつもりだったのかよ…あ、これも結構」 若い男性客の方も、何だかんだ文句を言いながら、しっかり残したりしないところが、余計な躾の賜物っぽい。 誠介「で、どうだ?」 大介「ん? 何がよ」 誠介「相変わらず一から十まで説明しないと理解しない奴だな、そんなことだからいつまで経っても童…」 大介「違うから」 何を察知したのかは不明だが、強引に相手の言葉を遮る。 よほど先を言わせたくなかったらしい。 誠介「どうだこの店は?店構え、内装、メニュー、何でもいい。業者として率直に感想を言ってみろ」 大介「あ~…偵察? スパイ? 諜報活動?」 誠介「まぁ、そう思うなら思えばいい。、どうだ?」 大介「ふん…」 さっきまでとはうって変わった相手の真面目な視線に気づき、店内を眺め回す。 内装、調度品、食器と、ゆっくりと目移りさせていき…大介「このティーカップってボーンチャイナ?結構いいものを…」 誠介「骨董市でセット500円と言ったところか…」 大介「テ、テーブルや椅子も雰囲気に合ってるし、高そうな…」 誠介「輸入家具のガレージショップで1セット5千…いや、もっと値切れるな」 大介「か…壁は落ち着いた石造り…」 誠介「…の壁紙だな」 大介「自由意見を求めておいて、頭ごなしに全否定する上司って最低だよな」 次から次へと梯子を外されて、青年は少しキれていた。 大介「菓子の方は親父だって誉めてただろ?確かに美味いし、俺は悪くないと思うぞ、この店」 誠介「奇遇だな。 実は私もそう思う。 今のところ第一候補かな」 大介「…散々ケチつけてたくせに。て、第一候補って何だ?」 誠介「ファミーユ…お前好みのネーミングセンスだしな」 大介「その心は?」 誠介「『ファミリー』のフランス訛りさ。ッドファーザー君」 呟くと、壮年の男は、手帳を取り出し、大きく円を描くようにペンを走らせた。 「え、え、恵麻さん…あの、その」 午後2時を少し過ぎた、昼下がりと言っていい時間帯。 さすがにショーケースが洒落にならない事態に陥ったことを悟ったかすりは、重い腰を上げ、暗雲の中に飛び込んでいった。 「すいませ~ん、落ち込み中のところ申し訳ないんですが、そろそろ在庫の方が…ひいっ!?」 その声に振り返る恵麻の表情と、顔色と、化粧のノリの悪さは、かすりをおののかせるのに十分な威力を持っていた。 「仁くんってね…」 「は、はい?」 「小さい頃、体弱くてね。ょっちゅう熱出しててね」 そんな恵麻の口からこぼれるのは、何度聞かされたかもわからない、彼女の昔語り。 「あ、そ、そ~なんですか…」 「そのたびにわたし、学校休んで看病するって言ったんだけど、親が許してくれなくてね。も、だからって登校しても勉強なんか手につくはずなくって」 仁の話によると、恵麻は、試験後の休みの日に何度もテストを『受けさせられる』くらいに勉強熱心だったらしい。 「いや、親がいるんだったら大丈夫でしょ」 「そう、誰かが看病してくれてたからまだ少しは安心できた。も今はどう!?」 「あ、あ~…」 きっと恵麻の脳内では、一人寂しくベッドで咳き込んで『ま…ま~姉ちゃぁん…助けてぇ』とうなされている仁のイメージで満たされているのだろう。 「最近は丈夫になったと思って安心してたのに、こんな…こんなことって」 「いや、だから死にゃしませんって。っとただの風邪ですよ」 「誓える?仁くんは大丈夫だって未来永劫誓える!?」 「いや、将来を誓えと言われても………いいんですか?」 「都合のいい聞き違いしないでよ!」 「で…どうすればいいんですか、わたしは」 人の言葉を全然聞いていないようであって、不穏な言動にはきっちり反応する恵麻に、かすりは、恐れにも似た呆れという微妙な感慨を抱く。 「どうする?ねえかすりちゃん、どうしたらいいと思う?」 「とりあえず、お店が終わったらお見舞いでもお誕生祝いでも好きにしていいですから、とにかく今は働きましょうよぉ」 「それしか…ないの?」 「少なくとも、テイクアウトの注文は増えてます。れを焼き上げないと、ファミーユの信用問題ですよ~?」 普段と正反対の、ここまで役に立たない恵麻に対して、実は保護欲を掻き立てられているかすりだが、萌えてばかりでは店は立ち行かない。 「かすりちゃん焼いてくれない…?」 「いいんですね…?」 「…あ~、ちょっと待って。っと…やっぱりわたしがやるわ」 「どうせそんなことでしょうよ…」 普段の恵麻は、ケーキ作りに関しては相当のワンマンで、パティシエール見習いとして雇っているはずのかすりに、なかなか実戦経験を積ませてはくれない。 そしてその態度は、今日の、このヘタれた日に関しても、土壇場で覆ることはなかった。 少しは腕の見せ所との期待を砕かれたかすりだったが、こうでなくては恵麻じゃないと思っているところもあり、なかなか複雑だったりする。 「頑張りましょ恵麻さん!そのバースデーケーキ、仁くんに食べさせてあげるんでしょ?」 「う…うん」 「だったら今は一生懸命働いて、とにかく少しでも早く上がれるように努力しないと」 で、結局、かすりの口から出る言葉は、いつも恵麻を肯定したものに編集される。 姉としてダメな恵麻や、師匠として勝手な恵麻よりも、憧れの人として輝いている恵麻が優先されるから。 「そ、そう、よね。たしがやらないと…沢山焼かないと、いけないのよね」 「そ~そ~、わたしも力を貸しますから!」 「かすりちゃん…っ!」 「はい! 恵麻さん!」 「その前にもう一回だけメールさせて~」 「このダメ姉がぁ~!」 しかし、たまには例外もある。 誠介「それじゃ、ごちそうさまでした。味しかったよ」 「ありがとうございました。たお越しください」 結局、ケーキを8度追加オーダーし、10個ほどテイクアウトに包み、親子らしき男性客たちは、ようやく帰途に就いた。 午後3時から、時計の長針が真下まで移動するくらいの時間。 この季節なら、そろそろ夕方と言ってもおかしくない、陽の傾き具合。 「あ…」 お客様を送り出し、そんな少し赤っぽい空を眺めていた里伽子の視線の先に、全力で駆けてくる、学園の制服姿の女の子の姿が映る。 「やっと…来たかぁ」 その姿こそ、実は、里伽子が待ち望んでいた救世主そのものだった。 「あ、里伽子さ~ん、遅くなりました~」 「明日香ちゃん、助かった」 「忙しいの? 今」 「ま、なんて言うか、色々とあってね。りあえず急いで着替えて」 「ふぅん…?」 全力で駆けてきて、全力で急制動をかけた少女は、少し息を切らしながら、少し小首を傾げた。 「せんせが…病気ぃ?」 学園の制服から、ファミーユの制服に早変わりして、フロアに駆けつけたのは…仁を『せんせ』と呼ぶ女子校生。 仁の家庭教師の教え子にして、同僚の雪乃明日香。 「だ、大丈夫なのかな?うなされてないかな? お腹空かせてないかな?」 「一応メールでは返事来てるみたいだから」 「あ~もうっ、なんで連絡入れてくれなかったの?そしたらバイト休んでお見舞いに行ったのに~」 スタッフの中では、一人だけ年が離れているために、何かと皆に可愛がられ、マスコット扱いされている。 だから、仁の病欠に対しても、他のスれたメンバーとは違い、純粋にその体調を心配する。 「明日香ちゃん…あんたってやっぱ…いいコねぇ」 「ちょっ、な、なになに?」 今日一日、スれた里伽子と丁々発止のやり取りをしていたスれたかすりは、そんな明日香の頭をいとおしげに何度も撫でた。 「ま~それはともかく、そんなわけだから、今日は恵麻さんいじらないでね」 「落ち込んでる?」 「10は老けて見える」 この会話を聞かれたら、更に10歳老けそうなので、ひそひそ話に切り替える。 「でも、そしたら今日、パーティ中止だね」 「そりゃまぁ、主役がいないしねぇ」 「せっかくプレゼント用意してきたのにぃ」 「へ~、見せて見せて」 「ほら、現国の小テスト。 満点だったんだよ。 これあげればせんせ、涙流して喜ぶって思って」 「…そりゃ、大きな期待とそれに見合った失望で、涙流すと思うけどね」 かすりは、先ほど明日香に対して抱いた感慨を、少しだけ下方修正することにした。 「そっかぁ、ざ~んねん。麻さんのオリジナル新作ケーキ楽しみにしてたのにな~」 「モノはあるから、あとで分けてもらお。にかく今は、頑張って売り切って、恵麻さんを早く解放してあげよ」 「そんなに帰りたがってるんだ…」 「もう、仁くんのもとに一刻でも早く駆けつけることが生き甲斐になってる」 一時の虚脱状態からようやく抜け出した恵麻は、今や冷徹な製菓マシーンと化している。 オーブンが追いつかないくらいのスピードで、粉をふるい、混ぜ合わせ、焼き、冷まし、飾りつけを繰り返す。 全ては、閉店時間の7時に定時ダッシュして、愛しの弟のもとに駆けつけるために。 「でも、そううまく行くかなぁ。だでさえ人手が足りないのに」 「まぁ、仁くんがいないのは、わたしがカバーするし、フロアも二人体勢になったことだし」 明日香が加わったことにより、ようやくかすりが恵麻のアシスタントに集中できる。 「なってないよ」 「は…?」 うまく行けば、閉店時間よりもかなり前に、パティシエールとしての役目を終わらせることが…「里伽子さん、さっき帰ったもん」 「はぁ…?」 そうすれば、閉店後の後片づけや戸締まりは、他の人間に任せて早退ということも…「わたしがシフトに入ったのと同時に。急用があるから後は任せた』って」 「はぁぁぁぁ?」 させてあげられるのではないかと思っていたかすりの思惑は…「あれ? 恵麻さんに話通ってないのかなぁ?てっきりみんな知ってると思ったから、そのまま帰しちゃったけど」 既に10分ほど前に、粉砕されていたらしい。 「リカちゃん…あんた一体…?」 予想もしていなかった、里伽子のいきなりの戦線離脱に、混乱したかすりの耳に…「きゃあああああああああっ!」 「んなっ!?」 更に、混乱を助長させるような叫び声が聞こえてくる。 「今の…恵麻さんの声じゃ」 「今度はなによぉ!?」 「な、な、な…」 「ど、どうしたの恵麻さん?」 「ゴキブリでも出た?」 「明日香ちゃん、喫茶店でその名を出しちゃダメ」 かすりと明日香がキッチンへと入ると、そこには冷蔵庫を開け、呆然とその前に膝をつく恵麻の姿があった。 「なくなってる…」 「なくなってるって…何が?」 「ケーキ…仁くんのバースデーケーキがぁぁ…」 「ケーキ…?」 「確かに冷蔵庫に入れといたのに…消えてるのよぉ!」 震える指で指し示す冷蔵庫の中は、確かにぽっかりと大きなスペースが空いている。 「誰か間違えて売っちゃった?」 「わ、わたしは今来たばかりだもん知らないよ~。っちゃったかどうかは里伽子さんに聞いてよ」 もし間違えて売ったとすれば、明日香が来るまで一人でフロアの接客と、ショーケースの販売員を兼ねていた里伽子でしかあり得ない。 「でも、そのリカちゃんは………」 明日香が来ると同時に、さっさと帰宅してしまっていたから、真偽のほどを聞き出すのは不可能…「あ…れ?」 そのとき、かすりの頭に、一つの疑問符が浮かんだ。 里伽子は、どうして誰にも何も言わずに、早退してしまったんだろうか?「あ…あ…」 今日は、ただでさえ仁がいないので、早退なんて、よほどの事情がない限り、認められるわけがない。 現に、店長たる恵麻が、どれだけ帰りたがっても、誰も認めたりはしなかった。 「あ…あ…あああ…」 風邪で寝込んでいる、今日二十歳の誕生日を迎える仁。 早退した里伽子。 なくなったケーキ。 「ま、まさか…まさかっ!?」 「ど、どしたのかすりさん?」 「な、なんなの?何か気づいたことがあったら教えてよかすりちゃん」 「え?」 今日の里伽子の態度からだと、あまりにも非現実とも取れる仮説。 けれど、あの態度が、全部演技だったとしたら…全てのピースが当てはまる。 それは、明らかに真相に近い…というか、ほぼ間違いなく真相だろう。 「今から作り直してたら夜遅くなっちゃう…仁くんのもとに行く時間がどんどん遅れるのよぉ」 「あ、ああ…えっと…そですね。りましたねぇ」 「ねえ、わたしのケーキ、仁くんのためのケーキ、どうなったの? どこに行っちゃったの?」 言えるわけがない。 『えっと、それはきっと、リカちゃんがくすねて、 一人抜け駆けして仁くんのところに行ったんだと思います』絶対に、言えるわけがない。 もし今、自分の考えを、うっかり口に乗せてしまった場合、その後の惨状が想像できないから。 「あ…あのタヌキ…」 尻尾を見せないと思っていたが、違った。 最後の最後に、尻尾を見せたけれど、その尻尾は、本体を逃がすために、既に切れていた。 夏海里伽子は…トカゲの血の入った、タヌキなのかもしれない。 「すいません、ケーキ用のキャンドルいただけます?ええ、20本」 『何気なく出逢って、なんとなく気が合って』道行く人々が、彼女の美しい歌声につられて………一様に怪訝な表情を向ける。 「う~ん、つまんないって言ってる割には楽しそうだなぁ…」 それでも歌っている少女は、そんな奇異な視線にまるっきり気づいていないふうに、自分の世界を形成している。 「もっとこう、静かに~、ちょっとだけ下げて~」 花鳥由飛。 大和音楽大学の二年目の一年生。 子供の頃からピアノを弾いてきたが、音楽の専門用語にかなり疎い。 「ん~、やっぱりサビのとこ……S_Paper01…わぷ!?」 駅前を歩きながら、歌ったり、独り言をつぶやいているだけでなく、今度は、風で飛ばされた紙を顔で受けてしまうという、漫画のような事態に陥る。 「ファミーユ・ブリックモール店です。 オープニングスタッフ募集してます。 よろしくお願いします」 駅前でのチラシ配りは、『受け取らない側』も慣れたもので、高村仁の左手に積まれた紙束は、なかなかその厚さを変えてはくれない。 たまに受け取ってくれる人もいるにはいるのだが、ちらりと目をやっただけで、すぐに道端に捨ててしまう人が半数以上。 そんな事態を発見するたびに、いちいち拾い直してゴミ袋に詰めているものだから、肝心のチラシ配りは、更に遅々として進まない。 「明日開店で~す。しい職場で一緒に働きませんか?あ、どうぞお願いしま~す」 そんな彼でも、たった今、自らが配ったチラシを、角を曲がった後に捨てた人のことまでは思い至らなかった。 そして、その捨てられたチラシが、風で飛ばされて、一人の少女の顔を直撃してしまうなどとは、全然…「うわ、うわ、もう、なによぉ~!もう今せっかくいいフレーズが浮かびかけたのに~!」 いきなりの失礼な仕打ちに怒りを覚え、辺りを見回した由飛の視線の先には…一様に目をそらす通行人たち。 我関せずを決め込んだり、コントのような展開に笑いをかみ殺していたりと様々だったりする。 「一体なんなの、これ…?」 怒りの持って行き場を失った由飛は、仕方なしに、右手の中に握り潰された一枚の紙を広げる。 それは、由飛の握力のせいで思いっきりしわくちゃにされていたが、それでも印刷された文字が読めるくらいには、原形を留めていた。 そして、そこには、よくある文章が、ありきたりな文体で、何の意外性もなく、書き連ねられていた。 『欧風アンティーク喫茶ファミーユ、 ブリックモールにオープン』『ただ今、オープニングスタッフ募集中』「………」 その、道行く人々の、多分9割くらいが見もせず、9分くらいが見ただけで興味を失う、ある意味理想的なチラシを目にした由飛は…「…これよ!」 と、先程までのフレーズ云々のことをすっかり忘れて、見入っていた。 「………」 「………」 「あ…」 「ん?」 「その…ごめん」 「何が?」 「何がって…その…」 「ん…?」 「…それじゃ、おやすみ」 「…おやすみ。た明日ね」 「もう、今日だけどな」 「そうだね」 ………「…あ」 カーテンの隙間から漏れてくる光が、顔の辺りを照らす時間帯。 それは、この部屋の配置からすると、昼過ぎを意味する。 「………つまんない、夢」 この部屋の主…夏海里伽子の、それが、10月9日の第一声。 「ん…っ」 布団を跳ね上げ、ベッドの上で足を組み、右手で左手首を掴み、ゆっくりと伸びをする。 ボタンの嵌めていない白いワイシャツから覗く、シャツにも負けない白い肌が、既に高い陽の光を浴びて、さらに白く染まる。 この、ワイシャツとショーツだけのシンプルな寝間着も、少し肌寒くなる季節。 それでも里伽子は、この“脱ぎやすい格好”を、改める気は、ない。 「もう、明日…かぁ」 カレンダーの、10月10日のところには、赤い丸印と、たどたどしい字で『開店』とある。 その日…明日は、駅前にできた、欧州の街並みを模したショッピングモール『ブリックモール』の開店の日。 そして、モール内のフードコートに出店するカフェ『ファミーユ』の開店の日。 「あの、馬鹿…」 何度止めても、噛んで含めるようにその無謀さを説明しても、結局、出店を強行してしまった、8ヶ月年下の同級生を思い浮かべて、里伽子は、一言では言い表せないような複雑な表情を浮かべる。 「どうしようかな、今日…」 物憂げに肩を落とし、シャツが滑り落ちるに任せ、ショーツ1枚になると、ハンガーにかけたままのブラジャーをひっつかむ。 最近では、洗濯物を畳んだり、タンスにしまったりなどという、生活時間を圧迫するような“整頓”はしない。 それは、何度も癇癪を起こし、何度も涙をこぼして得た、哀しい生活の知恵。 「はぁ…」 右手一本で器用にブラをつけ、フロントのホックをはめると、一つだけ溜息。 「馬鹿にでも…会いに行くか」 またしても、複雑すぎる表情。 けれど、先ほどと明らかに違うのは、口の端の角度。 里伽子は、最近ではほとんど使っていなかったドレッサーを開き、引出しから小さなビンを取り出す。 それは以前、“馬鹿”に初めて気づいてもらえた、ラベンダーの香り。 つまんない恋… ずっとしてたかったS_Bell01「おはようございます。義父さん、お義母さん…」 澄んだ鐘(リン)の音が、フローリングの部屋の中に響く。 シンプルな洋風の部屋に鎮座する、半分焼け焦げた位牌。 香る線香の煙。 それは、いつもの日常のようでいて、いつもの日常よりも、2時間くらい早い。 「一人さん…」 位牌に手を合わせて10秒ほど目を閉じた後、杉澤恵麻は、今はいない、けれど、今、一番話をしたい人に向かって話し掛ける。 「いよいよ、明日になっちゃった…どうしよう?」 「仁くんが…ファミーユをまた立ち上げちゃうんだって…どうしよう?」 耳に届くはずのない返事が、心に届くのを少しだけ期待して、恵麻は、右側の位牌に向けて、何度も問いかける。 その目は赤く、腫れぼったく、彼女の睡眠が安らかでなかった…いや、それどころか、睡眠そのものを取ったのかすら怪しいことを、如実に物語っている。 事実、恵麻は、ここ3日ほど、目を閉じても、意識を閉じられたことがない。 『睡魔使い』『二度寝るごとに一度しか起きない』『寝る子は育つ。 寝る大人は老いる』などと、いつも酷い言われよう(主に両親に)な恵麻にとっては、考えられない72時間連続稼働中。 それもこれも、彼女に言わせれば『姉ちゃんに余計な心配かける仁くんのせい』ということになる。 「ねえ、一人さん…」 「あなたは、嬉しい?」 「仁くんが、あなたの作った“家”を、取り戻そうとしてくれるのは、嬉しい?」 「仁くんが、あなたとわたしの歴史を、思い出させようとしてくれるのは、嬉しい?」 行間に、一つ一つ、思いを込めて。 「わたしは、わたしはね………あ~、いいや、ノーコメント」 自分が何を言いたいのか、思い出すために、ゆっくりと、ゆっくりと。 「なんで…な~んで、いなくなっちゃったのかなぁ?」 ちょっとだけ、自嘲的な、それでいて、愛情たっぷりな笑みを浮かべて、蕩々と、淡々と。 「あなたは、生きてさえいれば、優しくて、カッコ良くて、ちょっと出しゃばりで、頼りがいのありすぎる、世界一の旦那さんだったのに」 「そして、あなたがいれば、仁くんは、優しくて、カッコ良くて、でも、ちょっとだけ頼りないところがとっても可愛い、世界一の弟だったのに」 …今はいない人だけでなく、今、近くにいる人まで理想化してしまうのが、恵麻の救い難い資質だったりする。 「もう、きょうだい3人で暮らしていける世界は、あの世って呼ばれるところしかなくなっちゃった訳だけど…」 「仁くんは、そこに少しでも近い場所を、頑張って、取り戻そうとしてる」 3人のうちの1人は、応えてはくれない世界で。 3人のうちの1人に、否定されながらも。 「わたしは…どうすればいい?」 それでも、彼女の“家族”は…「どうすれば、一人さんは、喜ぶの?」 頼られることを想定していた“家族”は…「仁くんが喜ぶことをすれば………あなたも、喜んでくれる?」 なんだか妙に、背伸びを始めてしまっていた。 「………ふあぁ」 久しぶりに、恵麻の心に睡魔が襲ってきた。 何も解決していなくても、聞いてもらえたから。 悩みを、聞いて欲しい人に、全部、聞いてもらえたから。 「まだ、許さないけれど………」 「がんばれ、仁くん」 恵麻は、ゆっくりとベッドに向かいつつ、目覚まし時計を手にして…「おやすみ、一人さん…」 今の時間から、23時間59分後に、アラームをセットした。 つまんない恋、まだしてるから「う~………違う」 オープンを明日に控えたブリックモール。 当然の事ながら、もう、電気もガスも水道も全て使えるようになっている。 そんな中、フードコート内のとある喫茶店のキッチンでは、灯りが煌々とともり、冷蔵庫はフル稼働。 オーブンに火が入り、そして電動泡立て器が賑やかな音を立ている。 ちなみに最後の一つは、この喫茶店の現店長に見られれば“邪道”とのそしりを受けることは重々承知している。 「もっと甘く、もっと重く………で、もっと美味しくぅ?どうやったらそんなことになるのよ~」 涼波かすり。 ファミーユ・ブリックモール店唯一のパティシエールは、ちょっとだけ苦悩していた。 「砂糖を増やして…あと、ざくざく感?スピードと手際といい加減さが…あ~、さっぱりわかんない!」 ファミーユ復活にあたり、彼女が自分に課したテーマはしごく単純。 それは要するに『前店長兼シェフ・パティシエールの味と量を忠実に受け継ぐ』というもの。 かすりの資質から考えれば、方向性としては間違っていることは重々承知している。 そして、実際にやってみて更に痛感した。 …本当に、自分の資質とまるっきり合っていないことに。 「う~ん、う~ん」 かすりが師と信奉する前店長兼シェフ・パティシエールこと恵麻の味は、今、自分が口にしたマドレーヌのそれとは明らかに違う。 そして、かすりにとっては、どちらが美味しいという問題よりも、違うということこそが重要だったりする。 「う~ん、う~ん、うう~ん………ちょっと一休み~」 オープン一日前にして、まだ方向性を模索中の現シェフ・パティシエールは、とりあえず気分転換が好きだった。 「これこれ、やっぱケーキで甘ったるくなった舌にはこれが一番よね~」 と、自分の鞄から紅白饅頭を取り出し、ぱくりと一口で白い方を平らげる。 「ん~…このこしあんの控えめな甘さがたまんな~い」 ちなみに彼女の言動には、通常、様々な遊びというか、いい加減さが見られるが、今の一連の発言は、本人大真面目である。 そして、次に口に出した言葉は、大真面目であることに加え、少しだけ悲壮感がにじみ出していた。 「理想と、目標と、現実と、妥協、かぁ…」 ある人と、その作品に惚れ込んで、和菓子の世界から、洋菓子の世界へと飛び込んだ。 その、ある人…恵麻を目標に、なかなか成果を出せずとも、数年、頑張ってきた。 そして、その目標は、今では重い枷となって、重くのしかかっている。 「どっちにしようかな~」 ファミーユの味を守るか、それとも、自分にできる最良の味を提供するか。 自分の憧れの人である恵麻を信奉し続けるなら、前者。 けれど、今の陣容でのベストを尽くすなら、後者。 「う~」 そして、新生ファミーユを支えていくのに相応しい味は…?かすりにしては珍しく、こめかみを押さえて、しばらく考えにふけり…「考えすぎで疲れた脳には甘い物が一番よね~」 と、今度は紅い方の饅頭を手に取った。 ちなみに彼女は、好きなものは最後にとっておくタイプだ。 「………んぐ……お、お茶…っ」 さすがに2個連続での饅頭の丸飲みは堪えたか、胸を叩きつつ、冷蔵庫を開け、飲み物を探す。 しかし、まだ開店前のファミーユの冷蔵庫には、彼女の求める飲み物などない。 「な、なんか…なかったっけ…?あ…」 胸を叩きながら、必死でバッグを探ると、小さな缶ドリンクが一つ。 「あ、あは、あはははは…相変わらずだねぇ仁くん」 その、200ml缶の中には、牛乳と砂糖、そして卵の黄身が、絶妙なブレンドで詰まっている。 それは、現店長と昨日打合せをした時に、差し入れと称して押し付けられたミルクセーキ。 彼にとって、唯一認めるメーカーの商品にして、彼女には到底受け入れられない嗜好品。 けれどそれは、今のかすりにとって、目標へのこだわりを、幾分和らげてくれる”癒しのドリンク”「そだね。えてたってしょうがないよね…ファミーユの、ためだもんね」 S_Drink01一つ大きく伸びをすると、プルトップを開け、一気に喉の奥に、その甘ったるい液体を流し込む。 理想か、現実か、目標か、妥協か…涼波かすりの結論は、明日の開店時に披露される。 「…やっぱこれめっちゃ甘いよ仁く~ん!」 つまんない恋かどうかなんて、してみなけりゃわかんないじゃない「あ、あんたたちさぁ、今まで明日香に頼りきりだったくせに、この上まだこき使おうっての?」 沙智「だけどさぁ、喫茶店やろうって言い出したの明日香だよ?」 「みんなだって賛成したじゃないよ~」 沙智「委員長と副委員長の2票がなかったらおでん屋だったよね~?」 「沙智! あんた喫茶店に票入れたよね!?」 沙智「それだってさぁ、明日香がやたらと根回ししたからだし~」 クラスメート1「去年もおでん屋さんだったし、みんな慣れてるのにねぇ」 一度ひっくり返された盆は、水どころかコップまで返って来ないようだった。 来月の、学園祭に向けての役割分担を決めるホームルーム。 そこでクラスメートから噴出したのは『委員長の分担が少なすぎる』という不満。 さっきまで議事を取り仕切っていた委員長、雪乃明日香は、今は、顔面蒼白で、皆の矢面に立たされていた。 「い、今さら何言ってんのよ~!そういうこと言う方が無責任じゃない~!?」 突然のクラスメートの激しい反逆に、先ほどから激しく応酬しているのは、明日香ではなく、親友にして、副委員長の美鈴の方だった。 しかし…「み、美鈴…もう、いいよ」 そんな険悪な雰囲気に、心優しい委員長が耐えられるはずもなく…「あ、明日香、でも…」 「ちゃんと説明する。っぱ事情も説明せずにサボろうってのよくないよ」 「明日香、サボってる訳じゃないじゃない」 「あ~、みんな聞いて…」 食い下がる美鈴を制して、明日香がクラスメートに向き直る。 「ごめん、その…実はわたし、明日からバイト始めるんだ」 去年から、家庭教師の先生のお姉さんが経営する喫茶店でバイトしていたこと。 今年の6月、その喫茶店が火事で焼失してしまったこと。 そのせいで、明日香はバイト先を失い、図らずも委員長としての使命をこなせるようになったこと。 そしてこのたび、駅前のショッピングモールに、その喫茶店が復活の運びとなったこと。 明日香は、自分から申し出て、その喫茶店のバイトに復帰したこと。 その喫茶店こそが…明日香が学園祭で再現しようとしている“ファミーユ”であるということ。 ………教室中が、沈黙するほどに。 正直に…ほんとうに、まるっきり正直に…明日香は、静かに、けれど、事細かに説明した。 クラスメート1「明日香は、うちらの“ファミーユ”よりも、本物の“ファミーユ”の方が大事ってこと?」 重くなった教室の雰囲気の中、クラスメートの一人が口を開く。 「そ、それは…」 クラスメート2「学園祭は所詮遊びで、バイトとは違うってこと?」 「そんなふうに…思ってなかった…あの時は違ってたんだよぉ」 クラスメート2「でも本物が再建したら、あっさりとそっちに戻るんだよね?」 クラスメート3「委員長の責任って、ちゃんと考えてる?」 クラスメート3「家庭教師の先生に頼まれたから仕方ないって言われても、それってやっぱり勝手だと思うな~」 「………ないもん」 次々とクラスメイトの口から発せられる、突き刺さってくるような言葉のトゲに…「せんせは…頼んでないもん。 仕方なくじゃないもん。 わたしが自分で決めたんだもん」 とうとう明日香は、耐えきれなくなった。 「でもしょうがないじゃん!せんせ頑張ってたんだもん! せんせのためなんだもん!」 「………」 クラスメイトの指摘通り、私的で、身勝手で、あまりにもえこひいきの過ぎる…その、明日香の涙声に、教室中が言葉を失い…そして、その沈黙を破ったのは…「ほ~ら、カミングアウト~♪」 「美鈴っ!?」 明日香の真後ろで、さっきまで明日香をかばっていたはずの…クラスメート1「うっわ~、本当だ」 クラスメート2「明日香ってやっぱり身近な男に惚れちゃうタイプだったんだね~」 クラスメート3「せんせって呼んでるんだ~、わ~明日香っぽい~」 「…へ? へ? へぇ!?」 クラスメート2「ね? ね?どこまで進んでる?」 クラスメート3「何言ってんのよ~、毎日二人っきりなんでしょ?そしたらとっくにさぁ」 クラスメート1「八橋なんだって? 彼。っわ~、いいなぁ」 実は、口の軽い副委員長によって、クラス中に広報されていた『委員長の恋』。 仲間うちでも、『可愛いけど奥手っぽい』と見られていた明日香の、その浮わついた話の真相解明に、クラス全員が団結したのは、ある意味当然の流れだった。 全ての友人から、ことごとく裏切られ、思いっきりネタにされていたと知った明日香の絶望…という名の照れはいかばかりか…「なんなのこれぇぇぇ~!?」 想像に余りある訳で。 恋がつまんないなんて、誰が言ったの?「それじゃ、これからもよろしくお願いします。礼しました」 社交辞令に上乗せしたにっこり笑顔で扉を閉めると、もう一度、ドア越しにぺこりと頭を下げる。 「さて…3階の皆さんへの挨拶は終わり、と、あ、やば」 言いつつ、ふと時計を見て、あまり時間的余裕がないことに気づき、階段を駆け上がっていく。 金髪の長い髪を二つの尻尾に結わえた少女、花鳥玲愛は、今日からここのマンションの5階の住人となる。 「あ、玲愛、お疲れ~」 「そっちの首尾は?」 「ん、4階と5階の挨拶は済んだよ。軒留守だったけどね」 「そか、お疲れさま。ゃ、片づけ戻ろうか」 「いや、『お疲れさま』の次に来る言葉としては、『片づけ戻ろうか』は不適でない?」 『お茶しようか』くらいを期待していた川端瑞菜にとっては、玲愛の言葉は、単なる予想通りだった。 「そうは言っても夜までに荷物の梱包全部解いておかないと。日はもう仕事だし」 「3分だけ…ほら、おごるからさぁ」 と、両手に持った缶ドリンクのうち、右手に持った、小さい方の缶を差し出す。 「そいえばさぁ…」 「ん?」 「玲愛の部屋の左隣…ほら、そこの角部屋の人のことなんだけど」 「どんな人だった?」 「いや、留守だったんで会えなかったんだけどね」 「ふうん…」 と、相槌を打ちつつも、自分の部屋の右隣よりも、玲愛の部屋の左隣の住人を話題にすることから、大体の話の展開は掴めていた。 「たにむらさんって言うらしいんだけどね、なんでも名門大学に通ってる大学生でさ、ちょっと格好良くて、すっごく感じのいい人なんだってさ」 「ふぅん、谷村さんね…」 二人がこの聞き間違いに気づくのは、それぞれ30時間後と、30時間5分後のことである。 「でさ、それだけなら普通のいい人なんだけどね、それが面白いエピソードがあってね」 瑞菜はきっと、そんな面白いエピソードを聞き出せるくらいに、無駄話が満開になるまで時間を潰していたに違いない。 「時々さぁ、ご近所に自分が作ったプリンを配ったりするらしいのよ」 「それも『今日のは出来が良かったから是非食べて貰いたくて』とか言うんだって」 「…なんでプリン作りでそんなに自信満々なのよ」 自分の作ったプリンを頬張り、その出来映えに喜色満面な名門大学生というのが、玲愛にはどうしてもイメージできなかった。 「ね? 面白いでしょ?どんな人だろ…会うの楽しみだなぁ」 「ちょっと格好良くて、すっごく感じのいい人なんじゃないの?」 「なんで知ってるの?もしかして、玲愛、もう会った?」 「…あんたねぇ」 「ま、それはネタとして、これは出会いのチャンスっぽいかも」 などと言ってる割には、いつも『ただの友達として大いに好かれてしまう』のが、瑞菜の難儀な資質だったりする。 「ね、わたしが挨拶に行くから、玲愛、出し抜いちゃ駄目だかんね?」 「なんで私がそんな真似をする必要があるのよ…」 「その余裕の発言が友達をなくす秘訣だって気づいてるかな?」 「そういう意味じゃなくてねぇ…いい瑞菜? 私たちがここに越してきた意味をもう一度ちゃんと考えて…」 「あ~わかってるわかってる。ゃんと仕事の方は真面目にやるってばさぁ」 「ホントにわかってるのかなぁ…」 社員寮扱いの、このマンションへの引越しが決まったときの、瑞菜のはしゃぎようを思い出し、玲愛は首を斜め15度くらい捻った。 「さ、それじゃ片づけに戻ろっか。は玲愛の部屋だよね」 「あ、うん」 玲愛の部屋には、まだ段ボールが山積みになっている。 なんとか今日中に全部の荷物を片づけないと、明日から一週間、段ボールに埋もれて生活する羽目になってしまう。 何しろ、新店舗の立ち上げなのだから、明日からは帰ってきても、疲れて泥のように眠るだけだろうから。 「さて、と…」 瑞菜に促されるまま、玲愛は、自分の部屋の扉を開き、瑞菜を招き入れ、自分も部屋へ入ろうとして…「…プリン、ねぇ?」 一度だけ、ちらりと、左隣の扉を見つめ…「お~い? 玲愛~」 「あ、うん、今行く」 再び振り向いた時には、いつも通りの、綺麗に引き締まった表情に戻っていた。 恋なんて、つまんないことやってる場合じゃない『誰にも、譲れない、わたし、だけの恋』透き通る高音部。 遠くまでも響く、地に足の着いた声量。 そして…楽しそうな表情。 「………できた~」 けれど、由飛の、高くて、響き渡る歌声に反応する通行人はいない。 なぜなら、今、由飛のいるこの場所には、彼女以外の人間は誰もいないから。 「うん、せつなげ~いい感じ~♪」 せつないという感情からはほど遠い表情で、今朝、なんとなく思いついた歌を完成させた。 作詞・作曲を、自称・新進気鋭のシンガーソングライター、花鳥由飛が手がけた新曲『つまんない恋』。 深夜の、人っ子一人いない、開店前のブリックモールの、できたての喫茶店の中。 そんな意味不明のステージで、誰に聞かせるでもなく。 面接の待ち時間…と彼女が信じている時間の、ただの、暇つぶしに。 「よしっ、完成完成、完全無欠。れじゃ通していってみよっか~」 いや、本人はもう、面接なんてイベントは忘れているのかもしれない。 勝手に着込んだファミーユの制服に身を包み、なんとなくお姫様気分で。 深呼吸一つ。 そして、ゆっくりと三つ数えて…由飛は、また、朗々と歌い出す。 ………「あれ? 守衛さん?忘れ物ですか?」 「………」 「どうしたの?」 「いや、その…俺、君に謝らなくちゃならないことがあるんだ」 「…はい?」 「ファミーユへ…ようこそ。長の、高村です」 つまんない恋、始まる由飛1由飛2由飛3玲愛1玲愛2玲愛3明日香1明日香2明日香3次へかすり1かすり2かすり3恵麻1恵麻2恵麻3里伽子1里伽子2里伽子3「んっ!?」 「ん…んむ…」 俺が、その言葉を言った瞬間。 OKの返事は、ほんとうに、あっという間にやってきた。 「んん…あ、んむ…あはぁ…っ、んぷ…ぅ」 そして、言葉に続いて、その言葉を紡いだ唇が、これも、即座に続いてきた。 俺を、苦しみから、少しでも早く解放しようっていう、由飛の心遣いが嬉しくて…「ん…由飛…っ」 「ん~っ、ん、ん…ひ、仁…っぷ…あ、あぁぁ…」 信じられないくらいに激しく、由飛の唇を、貪っていた。 「仁のことが好き…」 「由飛ぃ」 「仁のことが好き…仁のことが大好き…仁のことが、たまらなく好きだよ」 唇が離れると、また、由飛が、何度も何度も、俺の告白に対しての返事を繰り返す。 「ん…ちゅ…ああ、好き、好きだよ…本当に、本当に本当に…」 俺を安心させようと、唇の先、頬、まぶた、次から次へと、キスの雨を降らせる。 「ごめんな…いじけて。前に全部任せちゃって」 「だって、わたしのせいだもの…最初に、自分の気持ちが全然わかってなかった、わたしが悪いんだもん」 やっと、由飛に謝ることができたのに、由飛は、結局、すべてを自分でかぶろうとする。 「わたしって、本当にバカ…」 「そんなことないって」 「こんな、おかしくなってしまいそうなくらい、仁のこと、好きだったのに…何わけのわかんないこと言ってたんだろ」 「いいよ。 もういいから。 好きになってくれただけで、めちゃ幸せだから」 奇跡の大逆転で、女神が俺に微笑んだ。 そんな素敵な出来事だけで、俺はもう、お腹いっぱいだから。 だから…「由飛…」 「んぅ?」 「もう一度だけ、キスしよう?」 「………」 「…駄目、か?」 ほんの少しでも、由飛の表情が曇ると、まだ、過剰反応してしまう。 癒されきってないみたいだ、俺。 「『だけ』って…どうして?」 「え…?」 「やっと、通じ合ったのに…今日はこれまでなんて、そんなのあり?」 けど、由飛の表情が曇ったのは、俺が考えていたのとは、まるで違う理由だった。 「こうして抱きしめあうのも、いやらしめのキスも…」 「『今日はこれでおしまい』なんて、よくもそんな我慢ができるもんだね、仁は」 「ゆ、由飛…?」 「あ、ごめん…なんか、自分の気持ちに気づいたから、抑えが利かなくなってるかも」 と、口では反省しながらも…俺を抱きしめる手は、少しも緩むことなく、潤んだ瞳は、俺を捕らえて離れそうにない。 …誘惑してんのかよ、俺を。 「あのなぁ…由飛。は、お前がめちゃくちゃ好きなんだぞ?」 「うん…嬉しい」 「だから…二回キスしたら、あと五回くらいしたくなるし、そんなにキスしたら、お前のこと、触りたくなるんだよ」 「触れば…いいじゃない」 「そのうち、服の上からじゃ我慢できなくなって、お前の裸が見たくなって、直接いじりたくなるんだぞ?」 「すれば…いいよ」 「そこまで行っちまったら、もう、そこで止まるなんて、あり得ないんだぞ?」 「大丈夫」 「…なんで、だよ?」 「わたし、もう止まれないから。に奪われるまで、やめる気ないから…っ」 「ん…んぅ…んちゅ…ふぅ…あ、あむ…っ」 頭が、真っ白になった。 由飛を、めちゃくちゃに、力強く抱きしめ、強引に、唇の中に舌を割り込ませ、そして、音を立てて吸う。 「じゅぷっ…ん、ん…ちゅる…んんっ」 「あ、あ、あ~っ、んぷっ…あ、んむっ…ちゅぷ…あ…むぅんっ、ん、んんっ」 生暖かくて、由飛の口の中の味がする液体を、喉をこくこく鳴らして飲み込む。 由飛も、俺とおんなじように、俺の舌を舐め上げ、口の中に吸い込んで、飲み込む。 二人して、激しく桃色なキスをかわす。 「ふぅぅっ、ん、んむぅ…あ、ちゅぷ、んぷぁっ、あ、あ、あ…ひ、仁…い、ぃぃ…」 「由飛…もう一回」 「うんっ…ん、ん…んん~っ!」 ちょっとだけ唇を離して、すぐにもう一回。 ただ、何度もキスをしたいから、ちょっとだけ離れて、またすぐくっつくのを繰り返す。 「ふぅ、んん…っ、あ、あむ…ちゅ…ぷ、んっ、あぁ…」 お互い、知っている限りの舌の動きを駆使して、口の中を舐め合い、吸い合い、飲み込み合う。 ちょっと離れては、また絡みつき、長くくっついては、また…「今度は、ちゅっちゅって…して」 「由飛ぃ…」 可愛く唇を突き出す由飛に、ぶつけるように軽くて、想いの溢れたキスを。 何度も、何度も…「ちゅっ…んっ、ふぅんっ、んちゅっ…仁っ、あ、あんっ」 馬鹿みたいに、何度も、何度も…真正面で向き合って、おでこをぶつけて、頬をくっつけあって、舌先をぶつけあって。 軽く、でも、何度も、しつこく、イチャイチャイして…「ん…んん…あ、あぁぁ…仁」 俺は、いつの間にか、由飛をカウンターに押しつけて、思い切り、由飛の体に自分を重ね合わせていた。 由飛の、柔らかな胸が、俺の胸に押しつけられ、豊かな弾力をもって、俺を押し返す。 その、たわわな果実をもぎとりたい衝動にかられ、手のひらを広げ、鷲掴みにする。 「ひぅっ」 「もう、十回はキスしたから…次、進みたい」 「仁…うん、んっ…あ…」 こんなにキスしたから、由飛のこと、触りたい。 次から次へと、由飛を、貪りたい。 まずは、服の上から…「ん…ふぅっ、あ、ん…あふ…っ、ん~、んん~」 吐息を吐く唇がなまめかしくて、また、そっちにも吸いついて、甘い唾液を味わう。 手には、制服越しに、ふわふわと柔らかい肉の感触。 赤ん坊が“にぎにぎ”するみたいに、ただ、手のひらで掴んでは、離す。 「う、あ、あ~…ひ、仁ぃ…はぁ、はぁぁ…ん、ん、は、あっ、や…」 「由飛…なか、手、入れてもいい…?」 もう、服の上からじゃ我慢できなくなってきた。 この状態でも、ぐいぐい、俺の手に食い込んでくる、由飛の胸…直接、掴んだら、一体どうなるんだろう。 好奇心と、興奮と、そして…由飛の言うところの、“桃色の感情”に支配されている。 「ん…脱ぐ? それとも、脱がせる?」 「…どっちも」 「じゃ、競争、ね…っ、あ、ひぅっ…」 制服をたくし上げて、由飛の白いお腹を晒し出す。 無理やり作り上げた隙間から手を差し込んで、柔らかい二つの山へと伸ばしていく。 「あっ…う、ぅぁぁ…あ…はぁ、はぁぁ…ひ、仁…ど、どう?」 「ああ…ああ…」 ブラ越しでも、ふっくらと柔らかく、でも、俺の手を押し返す弾力に満ちている。 けど…もう、直接触りたい。 由飛のおっぱいを、揉んで、吸って、噛みたい。 「っ…ちょっ、待って…外すから」 「あ…ごめん」 まるで駄々っ子のように、ブラを無理やり引き剥がそうとする俺を優しく制して、由飛が、制服の中に手を入れる。 「ん…いいよ、仁…あっ…や、ちょっと…」 由飛の背中からブラが出てきた瞬間、俺はもう一度、服の中に手を伸ばして、今度こそ、直接そのふくらみを握る。 「い、うぅ…仁…がっついてるぅ。、あ、あ…すごぉ…ちょっ、う、あっ」 「だって由飛…お前、柔らかいよ。持ちいいよ…すごいよ」 「ん…あ、むぅん…はぁ、はぁぁ…あは、は…いっ、あ…あはぁ」 手に余るくらいのボリュームと、弾力。 俺の手がめり込んでいき、その手を包み込むように形を変え、けれど離せば、また綺麗なおわん型に戻る。 激しく揉んだ後に手を離すと、ぷるりっと目の前で揺れてみせる。 「は~、はぁぁ…はぁぁぁぁ…あ、やっ、う、ふぅんっ、は、あん、あっ…」 カウンターに押し倒し、制服をたくし上げ、手と、口と、舌を使って由飛を蹂躙する。 こんなに…理性を失うなんて。 女神を犯すという背徳感を自分の中に抱くことで、余計に興奮している変態だ、俺は。 「やぁぁぁぁっ、仁、仁ぃ…もっと、もっと…一緒に、なろうね」 「由飛…うん」 「また…ちゅっちゅって、してぇ」 「ああ…っ」 「っ、ん、ちゅ、ぷ…んっ、ん、んむ…あ、あ…」 唇をついばみ、舌先をつつきあい、軽い、軽いキスを、何度も、何度も。 「はぁ、はぁ、はぁ…ん、んく、あぁ…」 唇から離れたら、今度は首筋、鎖骨、肩口と、キスの雨を落としていき、そして、胸に戻る。 大きめのふくらみの上に、これもぷっくりと膨れた、可愛いピンク色の突起を見つけ、ここにもキス。 「ひゅぅっ、ん、あ、あ、あああ…仁っ、わたし、う、あ、あ…うぅぅっ」 「ん…ちゅぷ…あ、あぁ…んんっ」 乳首を包み込むように吸い、前歯で乳首を挟み込み、ちょっと強めの刺激を与える。 「ひゃうぅんっ、い、やっ、やぁぁっ、ああっ、ああっ、だって、くぅぅっ…」 「ん、んん…痛い、か?」 「違う、違うぅ…ふ、ぅぁぁぁ…ぞくぞくする…なんか、ぞくぞくするよ」 気持ちいいというには微妙な感覚に苛まれてるんだろうな。 俺が胸に吸いつくたびに、ふるふると頭を揺らし、そのたびに、長い髪がゆらゆらと揺れ、俺の顔も撫でる。 でも俺は、そんな微妙な表情をされると、ますます手のひらに力を込めてしまうわけで…「う、あ、あ、ああああっ、あ、はぁ、はぁぁっ…い、ふ、ぁぁ…仁、ちょっと、えっち過ぎかもぉ」 「うん、俺もそう思う…んん」 「やぁぁぁぁ~、もう、もうっ…そんなに引っ張られたら伸びちゃうよぉ…あぁぁ~」 由飛の乳房を、乳搾りのように縦に掴み、その先端を口に含み、更に引っ張り上げる。 二つのたわわな房が重なり合って、俺の興奮を次から次へと煽る。 「あっ、あっ、あぁぁっ…なんだか、す、すごいことになってるよ…」 由飛が刺激に耐えかねて、左右にばたばた体を動かす。 そのせいで、スカートはめくれ上がり、肉付きのいい太股が、俺の脇腹に当たる。 だから、俺は右手を胸から離し、由飛の左足を、そうっと撫でてみる。 「う、あ、あ…仁…そこ…は…」 改めて、自分の格好を思い出したのか、ほの暗い店内でもわかるくらいに頬を染める。 「由飛は…どこも柔らかいな。前に触るの、気持ちいい、よ」 頬、唇、お腹、胸、太股。 本当に、何でこんなに柔らかいところばかりなんだろう。 手のひらだけはたくましいけど…「本当…?ほんとに、わたしにさわると、気持ち、いい?」 「だからこんなにしつこく触ってるんじゃないか。がこんなにスケベになっちまったのも、お前が柔らかすぎるからだぞ」 「仁のすけべは…わたしのせいなんだ…」 「だから…責任取れよ」 「う、うん…満足するまで、いろいろ、していいよ」 由飛が、体の力を抜いて、俺に任せてくる。 調子に乗った俺は、右足を持ち上げ、その膝頭から、太股に向けて、手を滑らせていく。 白い布地から、白い素肌へと感触が変わり、そしてまた、別の白い布地へと辿り着く。 「う、ああ…仁っ、くすぐった…やっ、は、はぁ…はぁぁ…ああ…」 右足だけを持ち上げられ、バランスを崩した由飛が、体をよじらせて、ちょっとだけ抵抗する。 「い、いろいろ、していいけどぉ…でも、恥ずかしいんだからね」 なんだか、よくわからないことを言っている。 俺は、ソックス越しの膝頭にそっと口づけると、そのまま、舌を這わせて、内股をなぞっていく。 由飛の、からだの匂い。 ますます歯止めを利かなくさせていく、魔性の香り。 「あ、やだ…すけべぇ…仁…桃色過ぎるよ…そんなとこまでキス…あっ、う、うそぉ…」 手の甲にするような、軽いキスを、でも、由飛の柔らかい足の付け根に進めていく。 「きょ、今日は、たくさん汗かいたから…だからもう、そこはやめてぇ」 由飛は今日、一日中ピアノと格闘していた。 だから確かに、由飛は汗をかいていた。 けれど、こんなに官能的な香りだったら、ずっと、吸い続けていたい。 「由飛…ここ」 「あ…」 とうとう、指の方が先に、由飛の大事な部分に辿り着き、ノックする。 「触るぞ…いいだろ?」 「仁…」 「とはいえ、もう絶対にやめないんだけどな。スもするけど、いいな?」 「そこへのキスは…やめてほしいな」 「軽く、だから」 「………」 俺から顔を逸らして、けれど、それ以上は拒絶しない。 俺は由飛のショーツに手をかけて、ゆっくりと、太股から抜き去っていき…「あ…」 少しだけ、透明な筋が、ショーツと由飛を繋いでいるのが見えた。 結構、感じていてくれたんだ。 「あんまり見ないでよ…」 「うん」 「だからぁ、見ないでってば」 「…うん」 ちっとも視線を動かさずに生返事をする俺に、段々由飛の声が湿っぽくなっていく。 俺は、指を一本だけ、由飛の筋にあてると、まずは上下にゆっくりとこすってみる。 「う、あ、あ…や、こんな、ひぅぅっ」 やっぱり、指先にとろりとしたものが着く。 由飛の体は、受け入れる準備ができてる。 中指を、少しだけ埋めてみる。 周りを、唇で軽くつつく。 由飛が好きな、ちゅっちゅって、してあげる。 「うあああっ、い、いあぁぁっ…あ、あ、あ~っ、ちょっ…あ…」 由飛の声、由飛の体温、そして、由飛の匂い…渾然一体となって、俺の脳を溶かし、獣の目覚めを促す。 「ん…ちゅぷ…ゆ、由飛…由飛、由飛ぃ」 唇の先についた液を、舌で舐め取ってみる。 こんなことを続けたら、愛しさのあまり、気が狂ってしまうかもしれない。 「う、あ、あ…い、いた…ちょっ、う、あああっ」 俺から逃げようと、ずるずると後退する由飛。 けれど、こんな狭いカウンターの上じゃ限界がある。 俺は、暴れる由飛の足を掴んで、また、軽いキスの雨を降らせる。 「だ、だめぇ…あと、ついちゃうから…あ、明日も、お仕事、あるんだよ?」 「大丈夫…軽くしてるから。…ちゅ…んぷっ」 「あ、や~っ!ちょっと…嘘つきぃっ、あ、あ、だめっ」 「ここは大丈夫だから…」 人から見えない、付け根に近い内股とかは、激しく吸う。 「さ…最初のエッチからこんなことするなんてぇ…仁って…ものすごい変態さんだぁ…」 「だって由飛…お前が柔らかすぎるのがいけないんだって」 早く終わらせないと、全部触りたくなる。 全部、キスしたくなる。 それこそ、由飛が嫌だと言っても。 「だ、だからぁ…もう、来てよぉ。たし…とっくに…いいみたいなんだよ」 …わかっていた。 由飛の体が開いていること。 受け入れるためのものを分泌していること。 今なら、抵抗を最小限に抑えられるかもしれない。 「じゃ…はいって、いい?」 「ん…いい」 息も絶え絶えに、けれど、こくこくと肯く。 俺は、そんな由飛の手を取り、今更、手の甲に口づける。 「仁…」 「行く、ぞ…」 ズボンを下ろして、由飛のそこにあてがおうとする。 俺の方も、もうとっくに準備なんか通り過ぎてる。 「あ…お願い、忘れてた」 「なに?」 「抱き合って、したいの」 両手を大きく広げて、由飛は、俺を抱きしめようとする。 「けど、この場所じゃ…」 「どうしても、抱き合って、したいのぉ」 半身を起こすと、由飛が俺の首に手を回す。 「あ…こらっ」 そのまま、太股も絡めて、まるでコアラみたいな“だっこ”の体勢に持ち込まれる。 「仁…仁ぃ…わたしの仁っ」 「ちょっ、ちょっと…」 この、せっぱ詰まった状況において、いきなりにっちもさっちもいかなくなってしまった…しがみついてくる由飛をそのままにして、由飛の中に入るなんて…そりゃ、慣れればできるかもしれないけど、ほとんど素人の2人で…「そうか…」 一つだけ、方法があった。 それは、今、俺の膝の裏側に当たっている感触。 カウンターに備え付けの椅子の上に、腰掛ける。 「仁…ん、んむ…っ、ちゅっ…んぷ…」 俺にしがみついて、強引に唇を重ねてくる由飛。 俺は、その由飛を抱きかかえたまま、自分を椅子の上に座らせる。 そして、そのまま由飛を、自分の上にまたがらせて…「う、あっ…あ、あ、…あああああっ!」 由飛と俺が、ますます渾然一体となって…そして、由飛のなかに、俺が、ずぶずぶと入っていく。 「あ~っ! あ~っ! う、くぅぅぅぅっ!ひ…仁~! い、た、たあぁぁぁ…」 「だ、だからしがみつくなって…」 「やだ、やだ、やだぁ…仁を抱きしめたいもん…い、いたぁ…いたいよぉ」 この格好だから、俺からは抜くことができない。 由飛も、俺の上にまたがった状態で、腰を浮かせることもままならない。 だから必然的に、由飛の奥深くに、俺のモノが、どんどん埋まっていく。 「い、いたい…仁、助けて、助けてぇ…あ、あ、あ…ああああっ」 「だから…まず俺から離れろ」 「やだ、やだ、やだぁ…仁が好きなんだもん…もう、離れないよ」 それとこれとは別なんだけど…けど、今の由飛に理屈は通用しないらしい。 まぁ、もともと理屈の通用するような相手じゃないけど。 「なら、力を抜け」 「…振りほどいたりしない?」 「しないから。に、俺が抱きしめててやるから、安心しろ」 「…ん」 俺は、なるべく由飛の痛みが和らぐように、角度を調整して、動かないまま、抱きしめる。 由飛の、剥き出しになった胸が、俺の目の前でぶら下がってるけれど、むしゃぶりたいのをじっと我慢する。 「あ、はぁ…ぁぁ…い、く…っ」 「まだ、痛いか?」 「だ、だいぶ…楽になったよ。仁の、ちっちゃくなった?」 「失礼な」 まだ思い切り、由飛の中にずっぽりと埋まってるっての。 まぁ、それでも、かなりの何だかなぁな展開のおかげで、いきなり放出とか、大暴れとか、そういう方面でのオイタはしなさそうだけど。 「はぁ、はぁ、はぁ…こ、これなら…ずっと一緒にいられる、ね」 俺の頭を抱え込むようにしがみつきながら、由飛が、息も絶え絶えに、けれど嬉しそうに呟く。 蒸し返すようだけど、さっきまで、俺のこと好きかどうかもわかってなかった女だぞ。 それが、ちゅっちゅってしてだの、抱き合いながらしたいだの…何が何だか…もう死んでもいい。 「もう、思い残すことないよぉ」 「馬鹿なこと言うな。かがセックスしてるだけじゃないか」 同じ事を言われると冷静に戻る。 「はっはっはぁ~…吸って、吸って、吐いて~、だったっけ?痛くなくなる呼吸法って」 「…それは出産だ」 「…似たようなもんじゃん、あはは…っ」 相変わらず、非常に感覚的で、考えなしの言葉を口にする。 でも、せっぱ詰まった状況にしてるのは、こうして俺が、入れてるせいで…「どう?」 「う、うん…なか、灼けてるみたい」 「…ごめんな」 「のう、ぷろぶれむ、ですっ…う、くぅ…は、はぁぁ…」 もちろん、強がりに決まってる。 俺の方に、ものすごい勢いで食い込む、由飛の指が、そう語ってる。 だから俺も、その程度の痛み、強がりで無視する。 「由飛…お前には申し訳ないけど、俺、気持ちいい、よ」 「仁…うん、よかったぁ…っ。うなって欲しいから、わたし、捧げたんだもん」 「由飛…本当に俺…君が好きだから…ん…んぅっ」 「ひぅっ、あ、ぅぁぁっ、や…く、くすぐった…んぅぅ~っ」 首筋に、また、キスの雨を降らせて、剥き出しの胸の先っぽにも、舌で触れる。 すべすべの背中をなで回し、スカートで覆われた、お尻にも手を回す。 「んっ…あ、あぁぁぁぁ~…は、はぁ、はぁぁ…せ、せつない…よぉ」 由飛がまた、全身に力を込めて、俺を、ぎゅうっと抱きしめる。 俺の顔のところに、由飛の乳房が押しつけられて、また、由飛の柔らかさを堪能できてしまう。 俺だけが、こんなに気持ちいい。 ごめんな、由飛…「んっ、ふ…ぅぅっ…ね、ねぇ、仁…」 「なに?」 「そろそろ…動いても大丈夫、だから」 「…いいよ今日は。こまでで」 俺の偽らざる気持ちだった。 出さなくてもいい。 由飛のなかに入れたという事実だけで。 「だめ…だめ、だめぇ…仁が満足しないと、ダメだよ…っ」 「けど…そうしたら、由飛が」 「そんな中途半端なはじめては嫌だよ…」 「由飛…」 「はじめては『仁に無理やり奪われた』っていう、素敵な思い出が欲しい…」 「待てこら」 「いつもの、優しくて、ちょっと情けなくて、けど…ほんのちょっと強引な、仁のままで…」 由飛が、いつの間にか、微笑んでる。 色んな感覚のせいで、ぼろぼろこぼれる涙と、一緒になってこぼれる笑顔と…だったら俺は…「動く。るべく、痛くないようにするから」 「う、うん…期待してる」 痛くしないように、なのか、それとも、最後まで突き進むことに、なのか。 からみあって、ほとんど身動きが取れない中、ゆっくりと、腰を揺らし始める。 「んっ…う、あ、あぁ…」 腰もほとんどくっついた状態なので、出したり入れたりじゃなくて、中で動かす程度。 それでも、由飛の柔らかさを全身で受け止められるから、この格好は、気持ちいい。 「ふぅっ、ん…うあぁ…仁…あ、あぁぁ…」 「由飛…おいで」 「ん…ちゅっ、んぷ、は、はぁぁっ…んぷ…ふんぅぅ…ん…あ、ちゅぷ…ぁぁ」 唇を突き出してやると、向こうも必死で、同じように突き出してくる。 ちょっと体勢的にはきついけど、唇を重ね合わせ、お互いを楽しむ。 「んっ、んぅ…んぷ…ふぅぅ…」 「はむ…んちゅ…んぷぅ…あ、ちゅ…ぅ…んっ、は、はぁぁっ、あ、あ…」 由飛の太股は、一生懸命俺の腰に巻きつき、由飛の腕は、必死で俺の頭を抱え込む。 ひとつに溶け合うみたいに、ゆっくり、ゆっくり、混ざっていく、俺たち。 だから…そんなに動かなくても、十分、上り詰めていくことができる。 「あっ、あっ、あっ…う、うあ、うあぁぁ…」 「ん、ふぅんっ、あ、んっ…ひ、仁ぃ…な、なか…なんか、また…びくびく…って」 もう、由飛のなかで暴れたくて仕方なくなってる。 エアコンも切れた、冬の夜の店内。 それでも二人は、激しく熱く、汗を滴らせながら、力いっぱい、からみあう。 「はぁ、はぁ、はぁ…っゆ、由飛…」 「ん、あ、あぁぁ…っ、な、なに…仁?」 「そ、そろそろ…離れて」 「やだ、なんでぇ…っ、ん、く、あぁぁっ…せ、せっかく、少し…」 少し…?けど、こっちはもう…「俺、出そう…」 「あ、ああっ、あぁぁっ!だ、だからなんなのよぉ…っ、ん、く、あ、ひぅ…んんっ」 俺の言葉の意味をわかってないのか、由飛は、ますます腰を押しつけてくる。 「だ、ダメだって…このままじゃ、中に…」 「あ、んっ、んくぅっ…あ、い、あ、あ…な…何か、マズいのぉ?」 「あ、当たり前だぁっ…何もつけてないだろうが」 「で、でも…でもぉっ!あっ、んっ、んっ、んっ…んんんっ!」 「ゆ…由飛っ!?こ、こらぁ」 俺を抱きしめる腕と足に、ますます力を込めて…しかも、俺の上で跳ね始めた。 これじゃ、逃げ場がない。 「ああ…仁、仁ぃっ!いい、いいよ…ちょっとだけ、いいよぉ…う、あ、あ、あ…ああああっ」 「ゆ…由飛…お前、責任取れよっう、く、あぁぁ…」 由飛の『感覚で喋る癖』が伝染ってしまったらしい…「うん、うん、大丈夫、だから…いいよ仁…あっ、あっ、あっ、ああっ、あああっ」 けれど由飛も、当然のように受け止める。 俺たちは、間違った方向に心を一つにして…そして…「う、あ、あ…あああああっ!」 「あ~~~っ! ああああああ…っ」 全身が、硬直して…弾ける。 「あ、あああ、あああああ…あ~…あっ、あっ、あっ…」 「うっ、くっ、あっ…あ、あ、ああ…」 どく、どく、どく、どく…上へ…由飛の、なかへ…駆け上がっていく。 「ん…うあ、あぁぁ…っ、ひ、く、ぅ…あ~っ、ひ、ひとし…な、なんか…きたよぉ」 「だ、だからぁ…」 「うわぁ、熱ぅい…あ、んっ…やだ…まだ、だぁ」 思いっきり重なり合ったまま。 由飛の、一番奥で弾けた俺は…まだ、熱いほとばしりを、由飛の中へと注ぎ込んでいた。 「あ…ん、くぅ…あぁぁ…あ、あ…」 これ以上はないってくらいの、激しい、本当の意味でのセックスを、してしまっていた。 「んっ!? ん…あ、んむっ!?」 「ん…由飛…っ」 「あ、ちょっと…仁っ…ん、あふぁっ…」 軽く唇を塞いで、ほんの少し舌を入れ、そして、軽く唇を離す。 子供の遊びの、終わりの合図。 「仁…」 「もっかい…今度は強く」 そして…今度のキスが、大人の遊びの、始まりの合図。 「んっ!ん、ん…ふぅぅん~っ!」 壁際に手をついて、追い詰めた獲物を激しく貪る。 「ん…んちゅ…くふ…は、ぁんっ、ん、ん、ん…ちゅぷ…ふぁっ」 すると…あろうことか、獲物の方まで、俺を貪ってくるじゃないか。 だったら…負けてたまるか。 「ん、く…あ、あむ…んむぅ…っ、んく」 「は、ぁぁ…仁…ぁぁ…っ、ん、ひと、ひぃ…っあ、あむ…ん、ちゅぶ…ん、ぷっ、ふぅぅっ」 ………「あ、あ、あ…ちゅ、ぷぅ…ん、んむ…んぅ…はぁ、はぁ…あっ」 追い詰めた獲物を、背中から抱きしめて、俺の膝の上に座らせる。 そのまま、無理やり横を向かせ、飽きるまで、柔らかい唇をむさぼり尽くす。 「あ、ん、む…はむぅっ…ん、んぅ…ひ、ひほひぃ…っ、んんっ…んちゅ…ぅぅ…」 声を出そうにも、完全に口を塞いで、吐息までも吸い尽くそうと、舌で口中を掻き取る。 甘い唾液が、とくとくと、こぼれ、お互いの唇の周りを垂れていく。 「ん…じゅぷ…あ、む…」 それすら勿体ないので、舌を伸ばして、一滴も零さないように、舐め取る。 「は、あ、あっ!ん、んん…ん~っ! あ、んむ、あんっ、あ、や…」 その間にも、制服越しに、胸をずっと愛撫し続けている。 全身が柔らかい由飛の、さらに、もっとも柔らかい部分。 玲愛のサイズに合わせた服のせいで、ちょっとばかり、はちきれそうになってるのはご愛敬。 「ん~…ん、あ、あむぅ…あ、はぁ、はぁぁ…あ、ちゅ…ぷ…ん、く、ふぅ…あ、仁…仁ぃ…」 制服の、胸の部分に手をかけると、その複雑な構造に閉口しつつも、なんとか、まくり上げていく。 「あ…や…っ」 敏感な部分が空気に触れたのに気づいて、由飛が、戸惑いの声を上げる。 けど俺は、そんな可愛い反応を更に楽しみたくて、ゆっくり、なで回すように、由飛の乳房を揉み始める。 「あ、あ、あ~…や、仁…っ、ど、どうやって、脱がした、のぉ?」 「さあ…俺にもよくわからんけど、なんかめくれた」 「ちょっ、や…胸だけ出ちゃってるぅ…な、なんか、えっちくない…?」 「だって…えっちなこと、してるじゃん、俺たち」 「た、たちって…仁が勝手に…ぃっ!?あ、あ…ふぁぁっ、や、くぅぅっ?」 両胸を持ち上げるように愛撫して、人差し指で、乳首をこりこりと、引っ掻いてみる。 本当は、もっと感じ始めてからの方がいいんだろうけど、由飛、胸いじられると、折れやすくなるから…「ちょっとぉ、仁ってばぁ、もう…これ、玲愛ちゃんに返さないといけないのにぃ」 「…うるさい、もう止まらん。げ惑う由飛が悪いんだ」 「あ、やっ…あぁ…あ、あれはぁ………?なんで、逃げてたんだっけ?」 「…さあ?」 「あっ…あ、あ…あ、あつい…仁ぃ…先っぽ、しびれるよぉ」 「感じるようになってきたよな…乳首」 指でつまんで引っ張って、ついでに先を指や爪でこすって…「きゃっ…ちょっ、強いよぉ…やさしく、やさしくってばぁ…あ、あ~っ、あ…ぁぁ」 ちょっと強めにやると、潰れて、由飛が、ちょっとだけ悲鳴を上げるけど。 指を離すと、すぐに、ぷっくりとふくれて、なんだか前より大きくなってたりする。 「ふぅ~っ、ん、ふあぁ…え、えっち…ぃぃ…あ~あぁ~…」 「由飛だって、えっちな声出してる…」 「や、やだぁ…出したくない…仁ぃ、塞いでぇ」 「…どうやって?」 「だからぁ…ちゅっ、ちゅっ、て…」 「ん…わかった。れ、お口を大きく開けて~」 「あ~………んむぅっ!?ん、ん~っ、んん~っ!」 由飛が、ぱっくりと開いた口に向けて、深く、深く、舌を差し込む。 ぐちゅぐちゅに唾液を混ぜ合わせて、そして、由飛の喘ぎ声を塞ぐ。 「ん~、ん~…♪ん、ん、あ、あむ…あんっ、あっ、ちゅる…」 由飛の『ちゅっちゅって、して』は、別に、声を出さないためのものじゃない。 ただ、純粋に…そうしてるときが、えっちの中でも一番気持ちいいらしい。 …頑張らないとな、俺も。 もっと、色んなことで、由飛を感じさせてあげたい。 「あ、む、ちゅ、ばぁっ、あ、あ…あぁぁ…ひ、ひとしぃ…だいすき………あ」 「ん…? どした?」 「答え…言っちゃった」 「………」 あの、ミミズがのたくったようなホワイトチョコが描いていた軌跡が…“だいすき”って、たったの4文字だったっての?「ああ、恥ずかしいなぁ…だいすきだってさ…仁のこと、だいすきなんだってさぁ…あはは」 「っ…由飛」 「ん…ん~っ!あ、ん、らいふひぃ…ん、んむぅ…らいすき~っ」 単純な、けど強烈なボディーブローを積み重ねられて、唇を離していることが、我慢できなくなった。 だから、何度も、何度も、何度も、キスをしよう。 だって…こいつの口を塞がないと、俺がおかしくなる。 「ん~、ん~、ん~っ…あ、む…だいすきっ、あむっ…らい、ふふぃ~…あ、だい…ちゅ…ぷ…すきぃ…」 クリンチしてるのにお構いなしかよ!こ、こうなったら…キスよりも、乳首いじりよりも、更に強い刺激を…………「ふぅぅぅぅんっ!?あ、あむっ、あ~っ、あ、あ…ひ、ひろひぃ…あうっ、ん…あぁぁ」 いきなり下着をずらして、指を、その熱い泉の中に埋没させる。 …いや、喩えじゃなく、本当に熱い。 これも、俺たち二人で、少しずつ鍛えた結果だ。 「あぁぁ…ゆび、ゆびがぁ…や、あ、んむ…ひぅっ!?」 「由飛…あっつい…」 「だ、だってぇ…仁が、えっちなことばっかぁ…うああっ…あ、あ、あ~…はぁ、はぁぁ…」 中指を、くりくりと押し込みながら、人差し指は、先端の弱点をいじる。 俺もだいぶやり方を覚えたからな…由飛の身体を使って。 「はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ…あ、いたっ」 「あっ、ご、ごめん…」 覚えた、はずなのに…「う、ううん…ちょっと、刺激が強かっただけ…仁があやまること…ないよぉ」 俺の肩に頭を乗せて、由飛が、俺の首筋に、熱い吐息を吹きかけながら、俺を、安心させようと、言葉を紡ぐ。 …好きな女を痛がらせて、気まで使われて。 精進、しないとな。 もっと、すごいこと、いっぱいしたいし。 「指…入れていいか?」 「い…入れてるくせにぃ」 「いや…もっと奥に」 「どうせ、嫌だって言ってもするくせにぃ」 「いや、今日は嫌だと言われたらやめようかと…」 「でも…えっちは…するんでしょ?」 「そりゃ…まぁ…」 「だったら…いきなりよりも、準備してくれた方が…よくない?」 「………」 それは…一理ありすぎ。 馬鹿か俺は。 「じゃ、入れるぞ。ょっと痛いかもしんないけど、我慢な」 「う、うん…っ、く、う、あぁ…は、はぁぁ…ん、はぁ、はぁ…仁…ん~…」 また、“ちゅっちゅ”を求める仕草。 「ん…むぅ…」 「ん…ん~っ、あ、ふぅ、あぁ…んんっ!んぐっ、ん、くふぅっ、あ、んむ…ちゅぷ…」 キスで誤魔化しながら、左手の指を、由飛のショーツの中から、更に、由飛の中心部に向かって挿し入れる。 右手は、柔らかい胸を揉みしだき、ときどき、乳首を引っ張って刺激を与える。 でも、爪を立てる時はデリケートに。 あまりやりすぎると痛がるし。 けど、時々、気持ちよさそうな表情してくれるから、やめられないんだけど。 「ん、ん、ちゅぅぅ…んぷ、ふむぅぅ…あ、あっ、はぁぁ…あんっ、あっ、はぁぁ…っ」 キスを繰り返し、胸をいじくり回し、秘所に指を埋没させ、ぐりぐりと動かす。 由飛の身体を、隅から隅までさわらせてもらえる幸福。 由飛の身体の、柔らかいとこ、熱いとこ、しめってるとこ、開いたり、導いたりして、いじらせてもらえる至福。 「うああっ、あ…や、やだよぉ…なんか、もう…すごいことになってる…」 思う存分、由飛の身体に溺れて、由飛も、俺に溺れてくれる。 俺にとっての女神を。 その、肉感的な身体を。 思う存分楽しむという、背徳感。 「仁…ひとしぃ…怖いよぉ…わたし、仁に溺れちゃう…これ以上好きになったらどうすればいいのよぉ」 「んなこと言ったって…俺の方が好きだし」 「や~っ、そ、そんなこと、ない…っ、う、あ、あ~…はぁ、はぁぁ…あ、あぅっ、もう、とっくにわたしのが上だよぉ…っ」 「んなわけ…ないだろう、が…」 「あるもんっ…ん、んむ…ぷはっ…わ、わたし…最初っから、あ、あ…」 「嘘…つけぇ」 一度断られた恨み、まだ忘れちゃいないぞぉ。 「あっ、あ、あ~っ!?い、あ、は、はいって…くる…?や、んっ、も、ちょっと…ひぅっ!?」 もうちょっと優しく…って言いたいんだろう。 でも、ちょっとだけ、以前の恨みを晴らしてしまった。 結構優しくない奴…それもこれも、由飛が、こんなに俺を狂わせるから。 ここまで、我慢できなくさせてしまうから。 「由飛…も、もう…っ」 「あ、あ………あぁぁ…」 口を半開きにして、涙を流しながら、俺を見上げる由飛の…なんて、色っぽいことか。 「仁、わたしと、えっち、したいのぉ?」 その、かすれた声が、どれだけ俺の全身を刺激することか。 お前…わかってんの、か?「由飛が…許してくれなくても、する」 「あ、あはは…仁、それ強姦だよぉ…」 そういうことを笑いながら言ってくれるな…だいたい、ここまでさせてくれておいて、最後の一線だけ越えさせてくれなかったら、それはそれで悪質な犯罪だぁ。 「で、でも、でも…っ、も、もちろん、いいよ…仁、きて、いいよぉ…?」 「さんきゅ…由飛」 感謝のしるしに、耳たぶにキス。 「ひゃっ…ん、もうっ…くすぐったいなぁっ」 文句を垂れつつも、くすっと笑ってくれる。 目を真っ赤にしての笑顔って…ああ、やっぱ由飛って…愛しいよぉ。 「行く、入る…由飛のなか、入れる」 「う、うん…はじめは、ゆっくり、ね?」 その言葉を、俺は…ほんとに、はじめだけ、実践してみせた。 ………「あ…あ、あ…っ、ああ、ああ、ああぁぁぁ…っ!」 ずぶり、ずぶりと、音を立てていくように、一度、二度、三度と、奥に入っていく。 「あ…あぁぁぁぁ…」 ものすごい達成感。 とてつもない快感。 「はぁ、はぁ、はぁ…は、入った…仁の、はいった、ね…っ」 ぐいっと、奥まで挿入すると、俺の腰と、由飛のお尻がくっつく。 もう俺は、由飛の一番奥まで入れられる。 これぞ、何度も愛し合った賜物。 全てを由飛に包まれると、由飛のあったかさと、締めつけのきつさが、全身に染み渡っていく。 「ん、ん…あぁ、はぁぁぁぁ…っ、はぁ、はぁ、はぁ…よ、よし、大丈夫だ、よっ」 それは、俺と由飛との約束ごと。 俺が入れた後、由飛が落ち着くまでは動かさないって。 確か、二度目か三度目のときに、これを無視して由飛を泣かせたことがある。 「う、うごいて…うごいていいよぉ。、ねぇ、仁ぃ…」 「…ん?」 「わたしを、愛してあげて、ください…」 「由飛…っ」 今の言葉…ちょっと…射精しそうになった。 「ん、あ、あぁぁっ…あ、ああ…はぁぁ…んっ…く、ぅぁ…あぁぁぁぁ…」 一度、半分以上抜き出して、そして、もう一度、ゆっくり奥まで挿入。 由飛の全身を抱きしめて。 思いの丈をぶつけたいけど、でもそうすると、すぐ出てしまいそうで、だから、ちょっともどかしくて。 「う、うぁぁっ、あ、ん…っ。…あ、ん…ねえ…いい?仁的には、気持ち、いいかなぁ?」 「っ…しゅ、集中させろ…俺の心を乱すな…っ」 なんとも理不尽な文句。 けど、そんな蠱惑的な言葉、さわられたり、なめられたり、しゃぶられたりするより、感じちまうじゃんかよ…「あ、んっ、で、でもっ、あ、あぁっ…仁のことば…聞きたい、もん…なんでもいいから、喋って、よぉっ」 「む…昔々、あるところに…っ」 「ばかっ!」 「う、く…だ、だからぁっ…あんまえっちなこと言ったら、出るっ」 「う、あ、あぁ…だ、だからぁ…えっちなことじゃなくてもいいよぉ…そ、その…安心させてくれることば、とかぁ」 …言って欲しいことば、わかった。 由飛が、チョコレートの上に書いた奴だ。 「ん、んなこと…っ、あっ、あっ、あっ…」 「んぅぅっ!? あ、あんっ、だ、だめぇ…言ってってばぁ…あっ、ん、い、やぁっ」 言えるか…そんなん。 なんか、それって、変に熱くて、恥ずかしいぞ。 「あ、あ~、あ~…仁の…ばかぁ…っ、ひっ、ん、も、もう…させてあげないっ」 「嫌だ…ん…」 言葉の代わりに、首筋に舌を這わせ、優しく、唇で吸う。 由飛の、ミルクのような甘い香りを、鼻腔と、粘膜で、同時に味わう。 「あっ、ん…だ、だめ、それもだめぇっ…あ、あと…あと、ついちゃう…っ」 「大丈夫…つかないように、するから」 …本当は、歯も当てたいけど。 でも、確かに明日も出勤だから、あんまり、強く吸うことはできない。 「ほ、ほんとぉ…?んっ、ほんとうに、大丈夫ぅ?んっ、あ、あんっ、やっ…強いぃ」 俺は、首筋から、背中へと、キスを下げていく。 けど背中は、制服が邪魔になって、あまり舌が届かない。 だから、見えるか見えないかギリギリのところで、ゆっくり、やさしめに、キスを繰り返す。 「う、うん…由飛、いい匂い…」 「あ…うん…ありがと…っ」 由飛は髪、長いから…大丈夫、大丈夫だ…多分。 「あ、んっ、あぁ…仁…いい、感じ。たし、わたし…だいぶ、いい、よ…っ」 「あ、うん…うんっ」 そうしている間にも、俺の腰はちっとも休まず、由飛のなかに、何度も、何度も、打ちつけている。 まるで、タガが外れたみたいに、ギチギチに密着して、突っ込んで、堪能してる。 「あ、あんっ…ん、くぅっ…あ、はぁ…はぁぁ…ひ…ひと、しっ…ん、んく…ちゅ、むぅっ」 そしてまた、ちゅっちゅの時間。 思い切り吸い合って、唇をぶつけ合って、時々、額なんかがぶつかると、笑い合ったりして。 汗と、涙で濡れた由飛の顔は、やっぱり、最初に出会った時の、女神のイメージと、きっちりとダブり。 「んっ、んっ…ちゅっ、んぷっ…あ、んっ…あ、あは…っ、あ、ん、んん…あぁぁっ」 やっぱり…口に、出したくなってしまう。 「由飛…」 「あ、んっ…ひ、ひとし、ぃっ…あ、んっ…だ、大丈夫、だいじょぶ…わ、わたし、ぃっ!い、いい、からぁ…」 「うん…ありがとうな…俺のこと、大好きって、言ってくれて」 「んっ…や、やだ、なぁ…こんなときに…照れる、よぉ」 「俺も…大好きだから、な?」 「っ………ばかぁ」 うあ…可愛い。 「ゆ…由飛…ぃ」 「ん…あああっ、す、すご…やぁぁっ、い、い、い…は、激しっ、仁っ」 これで、思い残すことはない。 ラストスパートに向かって、一気に、駆け出していく。 「うあ、あっ、ああっ…」 「仁…仁っ、あ、ああ、あああっ!ひっ、ひぅっ、んっ、あぁぁっ、や、やっ」 俺の腕の中で悶える由飛。 その髪も、肌も、その上を伝う汗も、全身から発する匂いも、柔らかさも、温かさも、気持ちよさも…いつまでも、俺の腕の中にしまっておきたい。 「んっ、あ、あ、あ…ああああっ、く、くる…仁が、おっきくなってるっ」 「あ、く…っ」 由飛の言う通り、俺のが、由飛のなかで、一気に膨張した。 これは…もう、果てる…「あ、あ、あ、あ、あ…あ…あああ…っ!」 あ…でも、今日は…中は、マズいかも!?「ゆ、由飛…そ、外にっ…」 「え? あ、あ…でもっ…あああああっ!?」 「う、ああああっ!」 「ああああああああああああ~~~っ!?」 寸前で、由飛のなかから引き抜いて…どくんっ一気に、破裂する。 「あっ、ここ、ここにっ!」 と、由飛の手が、俺のものを包み込む。 「うあっ!?」 その刺激が全身に伝わり、次から、次へと、放出していく。 「あ、あ、あ………あ~っ」 「う、く、あぁぁ…あ? ゆ、由飛…?」 俺が出したものは、飛び散らずに…全部、由飛の、手のひらの中に溜まっていく。 「は、はぁ…はっ、あ…これ、本当に、熱ぅい…」 「あ、お、おい…っ…く…」 こいつ…手で、受けやがった。 俺の精液。 それはつまり、由飛の手の中に、思いっきり放出したということで…「は、はぁ、はぁ、はぁぁ…っひ、ひと、しぃ~…あ、あっ、あっ…」 まだ、俺の腕の中におさまったままの由飛が、二度、三度と、びくっ、びくって、震える。 それは、俺の、あれの、断末魔の放出に近い感じで。 「ゆ、由飛…なんで…大丈夫、か?」 「え? な、なに、がぁ?」 「いや、だって…それ…」 と、俺は由飛の手の中を覗き込む。 そこには、俺の出したモノが、大量に溜まってるって…ことだよなぁ。 「あ、あ~…ごめんね。って、その…これ、玲愛ちゃんに借りた制服だし」 「あ…」 すっかり忘れてた…「汚したら、悪いかなって。どっちみち、シワになっちゃったけどねぇ」 「…返す前に、クリーニングに出すって」 「あ…そなんだぁ。、あは…」 けど、確かに、だからって、俺のあんなので汚したって知れたら…玲愛に、十回以上生き返っても死ねるくらいに殺されるんだろうなぁ。 「うあ…これが仁の…」 「見ないで」 手のひらを広げて、まじまじとそれを見つめる由飛。 恥ずかしくて、穴があったら入りたい。 いや、今出てきたばかりだけど。 「…ねばねば」 「広げるな…」 右の手のひらに溜めたものを、左の指でもてあそんでいる…「ん…ん~…」 「や、やめろっ!」 指にくっついた精液を、恐る恐る口の中に持って行こうとする由飛を、必死の思いで止める。 「やっ、ちょっと…止めないでぇ…その、ひとくちだけ…ん~」 「や、やめて、やめてぇ…」 泣きそうになる俺をよそに、由飛は、手のひらの上のねばねばの味が、気になって仕方がないらしい。 しかし男としては、その最中だったらまだしも、こうして、一度スッキリして、素面に戻った後だと…「あ、やっ…ふいちゃやだぁ…」 強引に、由飛を押さえつけ、電光石火の勢いで取り出したポケットティッシュで、その右手をぬぐうしかなかった。 ………「ん…んむ…んく」 「あ…ああっ…」 それでも、左手の指に絡めた方は、とうとう、拭き取ることかなわず…由飛は、濡れた左手の指を、口の中で転がした。 「………う~ん」 「お願いだからその微妙な表情はやめて」 由飛に、変な興味を抱かせてしまったことに…俺は、マントル層よりも深く反省した。 「あ、熱っ…仁ぃ、これいつもよりもすごく熱いよ…?」 「あ、うっ…」 由飛の、柔らかい胸で挟み込まれて、ただ、それだけで、情けない声を上げてしまう。 こりゃ…三こすり半ってやつでイってしまいそうな。 「で…挟んだよ?これで、次はどうしようか?」 「えっと…じゃあ…その、上下に動かして」 「ん…わかった。しょ…っと」 「うあっ…」 俺のモノを包み込んだまま、由飛が、全身を揺らせて、上下に跳ねる。 ちょっと不器用で、なんだか不格好だけど、それでも、与えられる刺激は、この世のモノとも思えず…「んしょ…ん、ふぅっ…あ、あぁ…や、なんか…こすれてるよぉ」 「あ、ああ、あああ…」 「んっ、んっ…うあ…仁…ど、どう?」 上目遣いの、男を狂わせる、けど無邪気な視線で、由飛が、俺を射抜いてくる。 「あ、んっ…く、ぅぁ…っ、い、いい…由飛…いいっ」 「よかった…こんなのでも、気持ちいいんだ…ふ、んっ、あ、あ…もっと、もっと…頑張るね」 力いっぱい、胸を押しつけて、ぎゅうぎゅうに挟み込んでくる。 上下に、激しくこすり上げて、ベッドが軋むくらいに、跳ね回って刺激する。 …あの、由飛が、だ。 こんなの…たまらない。 「う、く、あ…あ、あ、あ…っ」 やば…もう、キた。 一ヶ月の欲望の塊が、あっという間に、全身をかけめぐり、そして、一ヶ所に集中する。 「んっ、ん、ん…あ、あれ…?仁…ちょっと、動いちゃ駄目だよ」 「ち、違う、それ…っ」 別に、腰を引いて逃げようとした訳じゃない。 ただ、あまりにも固くなり過ぎて、反り返ってしまっただけ。 「あ、や…逃げないで…っ、う、ん…こらっ、ちょ、ちょっ、あ、あ…?」 「う…うああああっ!?」 「っ!?」 一気に…それこそ一気に、大爆発、噴火、そして…濁流。 「あ…あぁぁっ…」 「う、く、あぁっ」 びゅっ、びゅっ…由飛の胸に、身体に、そして顔に…俺の、溶岩流が、降りかかる。 何度も、何度も…火山口から、思いっきり、噴き出して…「あっ…あ、あぁ…うあ…うわ、うわぁ…っ、仁、すご、すごいねぇ…っ」 「あっ…ああっ…」 「んっ…んぅ…あ、まだ、かかってる…仁の、熱いの…あっまだ…ん…あぁ…」 凄い…いきなり由飛を、こんなに汚してしまった…白く、ねばつく液体を、身体じゅうで受け止めて、由飛が、ものすごく、いやらしいオーラを放つ。 「っ…く」 「仁の…いつもより、いっぱい、出た、ね。つもと…ちょっと、匂いとか、ちがう、かなぁ?」 顔にかかったもの、胸で受け止めたもの、全身に降りかかったしずく。 いちいち手ですくっては、匂いをかいだり、舐めてみたり。 相変わらず、由飛のやることは、無邪気で、そして残酷なまでに、俺を、誘ってくる。 「由飛…ぃ」 「次は…どうする?まだ、おっぱいで、続ける?」 由飛が、そう言ってまじまじと見つめる先には…全然、全く、これっぽっちも萎えてない、俺の…「あ、そうだ…綺麗にしてあげる、これ」 由飛は、そう言うと、俺のモノを手で掴み、口を寄せてくる。 「いや、綺麗にするなら、お前の顔や身体のが先だろ」 「あ、あはは…そういえば、仁ので、べとべとだねぇ」 自分で汚しておいて、なんて傲慢な…「ごめん…ちょっと拭くね。っと…ティッシュは…」 「………」 由飛が、四つんばいで、ベッドの外のティッシュ箱に手を伸ばす。 多分、その気はないんだろうけど…由飛の、結構ボリュームのあるお尻が、俺の目の前に…「う、あ…ごめんね、ティッシュ、たくさん使っちゃう」 「………」 丁寧に、全身や顔についた精液をぬぐう由飛。 俺に、無防備な下半身を晒したまま。 「よ、よし…こんなところで…きゃっ!?」 当然、まだ全然おさまってない俺は、由飛の、その、ふっくらとした下半身に、襲いかかってしまう。 「悪い、由飛…俺、その、我慢が…」 「あ…っ、そこ、は…っ」 目の前に、由飛の下半身を持ってきて、そこを指でなぞる。 すると…「あ…」 「…バレちゃったぁ」 ものすごい勢いで、洪水を、起こしていた。 「由飛…ぃ」 「あはは…溜め込んでたんだねぇ…お互い」 一ヶ月のご無沙汰は…覚えたての俺たちに、とんでもない反動をつけてくれていた。 「ここ…なめていいか?」 「それじゃ…お互いに、なめてみよっか?」 「あ、ああ…」 「どこが気持ちいいか、詳しく教えてね?その通りにしてみせるから…」 「お前も…言えよ?」 「うん…言うよ。に、気持ちよくしてもらえるんなら、どんなえっちなことだって、言うよ」 お互い、とんでもないくらいに盛っている俺たちは。 「は、んぐっ…ん、ん…むぅっ」 「ん…くぷ…ちゅ…」 お互いを、激しく密着させて、お互いの秘所を、口で愛撫しあう。 最初から、遠慮なんかしない。 もう、由飛のそこは、蜜でべとべとだ。 俺のは、一度爆発しちまってる。 「ん…んむ…あむぅ…あ、んっ?ひ…ひほひぃ…や、そこ、ちょっと刺激強…」 「あ…ごめん…じゃ、このくらい、か?」 いきなり舌先で、クリトリスを責めるのは、急ぎすぎたかな?「あ、ん…っ、うん、べ、別にいやじゃないの…ただ…あぁぁっ…もうちょっと、ゆっくり…ぃ」 「うん…わかった…ん、く…」 舌先を、そこに直接ぶつけずに、周りからゆっくり舐め回していく。 「あ…それ…うん…ん…んぷ…ちゅ、ぅぅ…ん、れろ…あ、ね、ねえ…こっち、はぁ?」 「いい感じ…もっと、強く吸っても構わない、ぞ」 「うん…それじゃ…もうちょっと強くしてみる。でも、して欲しいこと、言ってね?」 「あ、それじゃ…あと、こっちの方、いじってくれると…「あ…うん」 由飛の手を、袋のほうに導く。 由飛は、素直にそこに触れると、柔らかく、揉み始める。 「けど、力いっぱいすんなよ?お前の力だと潰されかねん」 「いやだなぁ…そんなことしないよぉ。の赤ちゃん、作れなくなっちゃう…ん、くぷ…ちゅ、んっ」 そこがどういう役目を担うのかって知識はあるのか。 いや、その前に今、さらっと凄いこと言ったような…?…ま、いいか。 今は、えっちなことに集中しよう。 「ん、ん、んぐ…んむぅ…あ、ちゅぷ、んぷぅ…あ、あ、あ…じゅ、ぷぅっ…はぁ、んっ」 「ん…ちゅ…ぷ、んん…ぅ…っ、あ、由飛…ここ…凄い…」 「う、うん…じぶんでも、わかるよ…仁を誘ってる…いやらしい」 舌と、指を、由飛の中に入れて、かき回す。 すればするほど、なかから溢れて溢れて、俺の口の中におさまりきらずに、ベッドの上にまで、ぽたぽたとこぼれる。 「あ…あぁ…っ、はぁ、はぁ、はぁぁ…っ。ぃ…気持ち、いいよぉ…すごっ、や、あぁ」 嬉しい…由飛が、俺の指と、口で、こんなに、いやらしい声を上げて、悶えてる。 嬉しくて、嬉しくて…はちきれそうだ。 「は~、は~、は~…あ、んう…くちゅ…んぷ…あ、んむぅっ、ん、ん…」 由飛も負けじと、俺の先っぽを舐め上げて、奥まで飲み込んだかと思うと、今度は顔を上下させる。 手の方は、袋を優しく揉んでいたかと思うと、今度は竿の辺りをゆっくりとなぞってくる。 「ん~、ん、んぅ…あ、あのさぁ…ピアニストの指って、男のひと、喜ばせるのに有利なのかなぁ…?」 どこからの知識だ…「そ、それは…きっと、指先が器用だから、色んなことできるって意味じゃないのか?」 「そ、そっかぁ…わたし、指、実は太いから。ら、白魚みたいな指?男のひとは、ああいうのが好きだって意味かなって」 「そ…そんなこと、どうでもいいじゃん」 「けどさぁ…ピアノやってると、鍛えられちゃうんだよぉ。んな、ほっそりした指だったら弾けないなぁ、わたし」 「だからさぁ…由飛」 「ん? なに?」 「今は…えっちに集中しろよぉ…んむ…ちゅぷ…」 「あ、あ、あ~っ…わ、わかった、わかったからぁ…や、そこ、ちょっ、激しい…あ、だからいたいって…あ、あれ…っ」 「ん…くぷ…もう、痛くないだろ?慣れて、きただろ?」 「あ、うあ…や、なにこれ…さっきより…気持ちよくなってる…っ」 さっき、由飛に痛いって言われた、クリトリスを、もう一度、直接舌でつっついてみる。 だいぶ、色々なところで感じた今の由飛なら、結構、簡単に受け入れられると思ったから。 「は、はぁ、はぁぁ…っ…あ、んっ…こ、これ…ぇっ、う、あ、あぁぁ…」 すすり泣く声。 ひくひくと震える下半身。 次から次へと溢れ出す、蜜。 一晩の、夢だから。 いや、一晩で終わり、なんて言いたくはないけど。 けれど、今日は、何でも許される、特別な日。 「由飛…こっちも、いじっていい?」 「んっ!? あ、あぁ…お、お尻…?」 「だって、その…今日は…それに、目の前にあるし…」 なんとも締まらない言い訳をしつつ、由飛の、お尻の割れ目の部分に指を入れる。 「…本当に、触りたいの?」 「いや、できればその…もっと色々したい」 「………」 さ、さすがにこれは…ちょっとマニアックだったかな?でも…aわたしのどこに入れてもいいよ。 仁のなにを入れてもいいよ。 あの言葉を、聞いて、ちょっと、その…「…実はね。こも、ちゃんと綺麗に洗ってきた」 「え…」 「仁…えっちだから…その、何を求められても、大丈夫なように…」 うああ…こいつ、駄目な女だぁ!「由飛ぃ…っ」 「あ、ちょっ…そ、その…お風呂場から、ベビーローション…持ってくる…」 「っ…」 もはや制御不能…「あむ…んむぅ…ん、んく…んぷっ…あ、あ、あ…や、つ、爪、がぁ…っ」 「あ…ごめん。うちっと、その、冷たいけど、我慢な?」 ベビーローションを手に垂らし、指先に含ませて、また、由飛のお尻の中に侵入する。 第一関節から、第二関節くらいまで、その辺りで、ゆっくり、出し入れしてみる。 「あ、う、あぁぁっ…な、なかで…そんなに動かさないでよぉ…あ、やっ…」 「けど…今日は、なにをしてもいいって…」 「………うん、そうだった。かったよぉ、痛くなければ我慢するから」 「ありがと、由飛…ん、んぷ…っ」 「う、あ、あああっ!?そ、そっちも…そっち、もぉ…?」 指は、後ろの穴をいじりながらも、舌は、前の穴に差し込んでいく。 由飛の、いやらしいとこ全部、俺まみれにしたいから。 「あ、あ、あ…ああああっ、く、あぁ…はぁ、はぁ、はぁぁ…っ、だ、やっ…」 由飛は、息も絶え絶えになりながらも、自分の役目を思い出したのか…「あ、む…んぷ…ん、んぅ…っ、あ、あ、あ…ちゅぷ、くふぅっ…あ、んむ…」 また、唾液でべとべとな俺のモノに、舌を這わせると、一気に奥まで飲み込んでくる。 「は、あ、んむ…あっ…あ、く、くぅぅっ…」 「ん…ん、ちゅ…ぷっ…あああっ! あ、あ~っ…や、ん…ちゅぷ…あ、あんっ、ん、んぅ~っ」 竿や亀頭は唇と、口内と、舌で。 袋の部分は、指先と、手のひら全体で。 俺に負けじと、一生懸命、すすって、舐めて、揉んで、さすってくる。 「あ、く、ぅぅっ…ん、んむ…」 だから、俺もそんな、えっちな由飛に応えようと、舌を激しく動かし、指も、深くまで差し込み、入り口の辺りをマッサージしたりする。 「あ、うあ、うああっ…ひ、ひほ、ひぃ…わ、わたしぃ…あ、なんだか…なんだかぁ…」 「い…いき、そう…っ? う、あ、あ…っ」 「ひ…ひとし、もぉ…っ?」 「な、なら…一緒に…っ」 「う、うん…うあ、あっ…ん、んむぅっ、ん、あ…ちゅ、ちゅぅぅ…じゅぷ…んむぅぅっ…」 お互いの、絶頂の合意が取れた。 由飛は今日はじめて、そして俺は二度目の。 だから、後は集中。 二人して、二人がバラした弱点を、容赦なく責め立てる。 「う、う、う、う、う…っ、んむっ、あむぅんっ!?あ、や~っ、あ、ああ…あああっ…んん~っ」 「あ、く、あぁ…あ、くぅっ…んむ…れろ…あ、くぅ」 必死に相手を責めて、時々、耐えきれずに声を上げて、けれどもすぐ戦線に復帰して、相手を愛撫しなおす。 もどかしくも、確実に…二人して、昇りつめていく。 「う、あ、あ…あむっ、ん、んぅぅっ…んっ、んっ、んっ、んっ…んんんんっ!」 「あ、ん…く、あ、あ、あああああっ!」 「んんんんんっ!ん~っ、んんん~っ!!!」 「あ、うあ、うああ…っ」 俺が、びくんって、射精した瞬間…由飛も、びくんって、絶頂を迎えた。 お互いの顔と、口の中に、相手の液を浴びて…「ん…んく…んっ…んぅ…あ、んぐ…」 そして、その液を、喉の奥に、流し込み…「んは…あっ…う、あ、あぁぁぁぁ…あ、あ、あ~っ…、や、とまんない…っきもちいいの…とまんない、よぉ…っ」 「う、く、あぁ…ゆ、由飛…ぃっ…」 壮絶に、そして、いやらしく…果てた。 まだ、本当に、してないのに…もう、伝説級の『ものすごいえっち』だ。 「あ、あ…あぁぁぁぁ…ひ、仁…や、気持ち…よかった、よぉ…」 「お…俺、もぉっ…すげ…由飛、すげぇ…」 お互い、身体をびくびく震わせて、一生懸命、お互いの秘所をなめあって…イきながら、後始末しつつ、そして、どんどん、欲望がチャージされていく。 「あ、あ~…っ、あ、ちゅぷ…ん…はぁ、はぁ、はぁ…あ、んっ…」 「あ…ゆ、由飛…っ…あっ…あっ…ん、んむ」 まだ、垂れてくるしずくを、お互い、音を立ててすすりあい。 「あ…仁…これ、また…たってきた…」 「お前だって…まだ、出てくるし…」 「あ、あは…っ、ひぅっ…お、終わりそうに、ないねぇ…あはは…」 「誰が…もう終わるかよ。だ、由飛のなかに入ってないってのに」 「あ…そう、だったね。のに…いっちゃったんだ、わたし…」 「心配するな…俺なんか2回もイった」 「ふ、ふふ…えっちだね、わたしたちぃ」 そうやって、えっちに笑うから…余計に、エッチになってしまう訳だろうが。 そのくらい、気づけ。 「ね、ねえ、仁ぃ…」 「次は…由飛のなか、入る」 「…来て♪」 お互いの言いたいこと、すぐに伝わりあう。 まぁ、今は、えっちなこと限定だから、言いたいことだって限られてる訳だが。 のろのろと、お互いの身体を支えに、手をついて起き上がる。 「由飛ぃ…」 「あ…」 由飛が、四つんばいになってるところに、背中からのしかかる。 と、せっかく起き上がろうとした由飛は、くたっと、うつぶせに倒れ込んでしまう。 「あは…ちから、はいんないよ…」 「じゃ…このままで、いい?」 「うん…して。から、はいってきて…」 まだ、おさまらないままの俺のモノを、さっきまで、俺の舌が潜っていた場所にあてがう。 そのまま、ゆっくり、ゆっくりと…由飛のなか、侵入してく。 「う、あ、あ…あぁぁぁぁ~…あ、あ~」 指で拡げて、舌で拡げたそこは、ゆっくりと、しかしすんなりと、俺を、飲み込んでいく。 「あ、ああ…あぁぁ…」 一ヶ月ぶりの、由飛のなか。 熱くて、ぬめってて、柔らかくて、けれどキツくて…たまらない。 「ん…あぁぁ…仁が、はいってきたぁ…あ、ああ…あぁぁ…っ」 「…由飛?」 「ありがと…ありがと…今、こうして、仁とえっちできるの…ぜんぶ、仁のおかげだよ…っ」 「俺…だけじゃないって。愛とか、ファミーユのみんなとか、キュリオのみんなとか…」 たくさんの人の手を経て…俺たちは、今、こうして、ここにいられるんだ。 …それで変態的なえっちしてるってのは、その人たちにとっては冒涜かもしれないけど。 特に玲愛なんか…内容話したら、烈火のごとく怒るだろうなぁ。 まぁ、それ以前にとんでもないセクハラだけど。 「あぁ…あったかい…仁の、あったかぁ…おなか、きもちいい…よ」 「由飛…あ、ああ…俺、も」 入れただけで、感極まった由飛。 こんな最中に、ここ一ヶ月の、俺たちの苦難の日々を思い出している。 苦しくて、死に物狂いで足掻いて、色々なものにすがりついて。 そうして、やっと、ふたたび抱き合えた俺たち。 「う、うごいて…いい?」 「うん…思い切り、入ってきて、いいよ」 「う、く…由飛…っ」 「あ、う…あぁぁぁぁっ!あ、あ~っ、あんっ、あ、んっ…んぅぅ…っ」 由飛のお尻を持ち上げるくらいに、腰を押し込んで、跳ね上げる。 入れて、出すだけじゃなく、上下左右に、とにかく、由飛のなかをえぐるように動く。 「あっ、あぁっ、あ~っ!あ、んっ、ひ、仁…こ、これ…ひぐっ、く、あぁぁっ」 俺に蹂躙されて、くねくねと腰をくゆらせる由飛。 でも、逃がしはしない。 両手で腰を掴むと、がっちりと固定して、更に大きく突き込む。 「あ、あ~っ! あああああっ!?や、ちょっ…あんっ、こ、これ…いああっ…あ、あ…う、あぁ…ふ、深い、深いよぉ…っ」 「当たり前だ…深くまで入れてるんだから…っ」 「う、あ、あ…ひっ、い、あぁ…こ、こんな…あ、う、はげしい…よ…ひぅっ、う、ああぁ」 由飛の、やわらかい身体と、やわらかい、なかに、激しく、突き込んで、深く、深く、潜り込む。 結合部は、さらに蜜であふれ、ぐちゅぐちゅと、二人のいやらしさを奏でる。 愛しくて、愛しくて…それで、こんなに激しくて、いやらしいことができて…こんないい女が、俺のものになってるなんて、もう…幸せ過ぎて…「あ、あはぁっ、ああ、あああっ…仁…っ、いあ、あぁぁ…わたし…いい、すごい、よ…」 「あ、あ、あ…あああっ…」 目の前で踊る、白くてまるいお尻に…さっきまでの、下準備を、再開する。 「あ…? あ、あ~っ! ああ…ああああっ!ちょっ、仁…ま、またぁっ、あ、あんっ…ひぅっ」 お尻の割れ目を両手で押し拡げて、開いた穴に、ゆっくりと指を差し込む。 さっき、少し拡げておいたのが幸いして、つぷりと、埋まり込んでいく。 「う、あ、やぁ、もうっ…こ、こんな…やっ、やっ、や~っ!」 びく、びくと、また、由飛のなかが、俺を締めつける。 良くも悪くも、強い刺激を受けているってこと。 「あ、あ、あぁ…由飛…う、く、ぁ…」 激しく腰を打ちつけるだけで、どうしても、中に入れた指まで、潜り込もうとする。 「う、く、い、たぁ…っ、あ、でも…あ、あんっ、な…なんでも…して、いい…よっ」 最初の約束を、もう一度口に出す由飛。 きっと、自分の中で、決心をつけるため。 俺の、全てを受け入れて、そして、艶めかしく輝く。 「すごい…由飛のなか、凄い…っ」 「う、あ、あぁぁ…っ、ひ、仁…っ、う、うああ…き、きて、いいよ…ひぅっ」 言われなくても、激しく由飛に押し込んでいく。 前には、俺のモノ、後ろには、俺の指。 突き入れて、押し拡げて、かき回して…二人は、ぐちゃぐちゃに、溶け込んでいく。 セックスの海に、溺れていく。 「ああ、ああ、あああっ…や、き、きもちいい…なに、これぇ…っ」 「あ、あ…俺も…俺も…」 これで三度目だったのに、まだ、全然我慢がきかない。 一ヶ月、ずっと溜め込んでたから。 一週間、由飛と、何もせずに、一緒に寝たから。 そして…由飛と、しているから。 「あ、あ、あ…仁…わ、わたし、わたしぃ…っ」 「由飛…俺、また…っ」 「う、うん…い、いいよ…いいよぉっ…どこでも…なんど、でもぉ…っ」 由飛のなかが、俺を締めつける。 後ろの中にある、指さえも。 「あ、く、くぅっ…あ、うあっ、ああああっ」 そして…ひときわ大きく背中をのけぞらせて…「あ、ああ、ああああああああ~っ!!!」 「~っ!」 俺が、一気に、膨張して…そして、弾ける。 一度、二度、三度…由飛のなかへ、次から次へと、白濁を流し込んでいく。 「ああああ~っ! あっ、あっ…あぁぁぁ~っ…はぁぁぁぁ…ああっ………あんっ………あんっ…」 俺が弾けるたびに、由飛が、びくっ、びくって、なかを収縮させる。 俺の精を受け入れて、なかで受け止めて、注がれることで、感じている。 …ってのは、穿ちすぎ、かな。 「あ、う、あ…あぁぁ…はぁぁぁ…は、はぁ、はぁぁ…はっ………はっ………はぅっ…あ、はぁぁぁぁ…」 息も絶え絶えに、喘ぎながら、ベッドの上に、うつ伏せに、倒れ込む。 前と後ろから、同時に、ぬぽっと、抜ける。 俺のモノと、指先は、べっとりと濡れ、それらが入っていた由飛のほうも、なかから溢れんばかりに、びしょびしょになってる。 これだけ放出して、やっと俺は…「あ…あぁぁ…やぁ…はぁ…はぁ…っ、ひ、ひくっ…う、あ、あぁぁぁぁ~」 「………」 全然、駄目じゃん。 なんで、ちっとも小さくならないんだよ。 「あ…あぁ…仁ぃ…よかった、ぁ?わたし…きもち、いい?」 目の前で、ひくひくと蠢く、由飛のお尻。 誘ってる…絶対、俺の勘違いだけど、けど、誘ってる…「由飛…ごめん…その…」 「…ぇ?」 由飛の身体を、仰向けに寝かせる。 そのまま、太股を抱え上げ、下半身を、思い切り持ち上げる。 「え? あ、やっ…ま、まだするのぉ…?」 「う、うん…ダメか?」 「だめじゃ…ないよ。って、今日の約束だから…」 「本当は、ちょっと後悔してるだろ?何でもさせてくれるって約束したこと…」 「し…してないもんっ」 「けど…俺、その…今からするのって…」 「あ………もしか、して…?」 「その…せっかく準備したし、その…」 抱え上げた腰の、いつもより、ちょっと下めに、俺のモノをこすりつける。 さっきまで、指で拡げていた、その場所に。 「おしり…入れる、の?」 「いや、その…さすがに、嫌ならやめる…」 「………」 腰を大きく持ち上げられたままの格好で、俺の瞳を覗き込む由飛。 「確かに…つきあって3ヶ月で及ぶコトかといえば、それはその…」 相当に、自信がない。 いや、そもそも、何年経ったって、こういうことしない恋人同士の方が多いかも。 けど、今日は…「ものすごいえっち…しないとねっ」 「由飛…」 「うん、いいよ仁…どこに入れても、どこに出しても…わたしは、仁の、ものだから」 「その…やさしくするから…」 「あはは…信用、してないよ」 「く…」 そりゃ、今日の今までのことを鑑みるに、そういう結論になるのは当たり前か。 「それじゃ、おいで…仁」 由飛が、下半身の力を抜く。 「う、うん…悪い」 だから俺は…その、未知の領域へと、自分を誘い…「~~~っ!!!」 「あ…うあぁ…」 万力の中へ、自ら突っ込んでいくような、重圧。 由飛の、もうひとつの、なかへと、埋め込んでいく。 「ひぅっ、う、く、あぁぁ…っい、い、いっ…ひぅ、う、あ、あ…っ」 「由飛…その…ごめん、な」 「う、うん、うん…っ、おなか、ちょっと、苦し…あ、けど…いいよ…」 一生懸命、力を抜いて、俺を受け入れようと、頑張ってくれてる。 「仁の…趣味だもんね。きあう、よ…」 「いや、その…」 ちょっとした興味だったんだけど…趣味って言われると、なんか俺、めっちゃ変態みたいな…「うあ、ああ…熱い…っ、ん、くぅっ、あ、あぁぁ…っ」 「あ、あ、あぁぁ…っ」 ベビーローションのお陰か、はたまた、事前に拡げていたのが幸いしたか。 なんとか…由飛のお尻に、埋まっていった。 「はぁぁぁぁ…はぁ、はぁぁっ…」 「はぁぁ…ああ…」 二人して、お互い深呼吸で、息を整える。 「は………はいる、もんだねぇ…」 「あ…ああ…」 大きく持ち上げて、拡げた由飛の両足の間から、俺たちが繋がっている部分が丸見えになってる。 本当に、由飛のお尻の中に、俺のが、ずっぷりと、入り込んでる。 「あ…あとでトイレ行くのが、ちょっと怖い…」 「………」 なかなか身も蓋もないことを言う奴だ。 「ひ、仁ぃ…どんな、感じ…?こんなの、気持ちいいの…?」 違和感に全身を苛まれながら、興味津々と言った風情で、由飛が聞いてくる。 …この調子なら、そんなに罪悪感抱かなくてもいいかな?「えっと…その、なんつ~か、ギリギリ締めつけてくる」 「それって…いいこと、なの?普通にするのより、いいの?」 「その…どっちも、気持ちいい、かな…」 「そ…そうなんだぁ…気持ちいいんだ………なら、おっけ」 「由飛…」 「ゆっくりがいいけど…動いて、いいよ。っと、痛いの、落ち着いてきた」 「…ごめん」 「大丈夫、だいじょぶ…もう、仁は、わたしなしで生きていけないよね?」 「え…」 「こんなに凄いことさせてくれるコ…もういないよ?ね? ずっとわたしにしときなよ…?」 「………」 ここまで、激しくしても、全然退いてない。 それどころか、こんなことされても、まだ、俺を口説いてくれるのか。 「さ…動いていいよ。こに、出してもいいよ…」 「由飛…っ」 「あ、う、く…ぅぁぁぁぁ…っ、あ、ああ…あぁぁぁぁ…っ」 苦しそうに、けれど、少しだけ、感極まって。 由飛が、俺を受け入れる。 「ふぅぅ…あぁぁぁぁ…あ、ああ、あああ…っ、はぁ、はぁ、はぁぁ…う、く…だ、大丈夫…っ」 「由飛…由飛ぃ」 ゆっくりと、けれど強く力をかけ、しっかりと引き抜いては、また埋め込む。 いつもとは違った、排除しようとする抵抗を、無理やり抑え込む感覚。 受け入れてくれてるのに、犯しているような…「は、う、く、あぁぁ…ああ、あ、あ…っ、い、や、あ…んっ……んんっ、んんんっ…」 それでも、段々と、抵抗が減ってくる。 なかを動く俺のモノも、スムーズに出入りするようになる。 こうなると、結局、俺の我慢が効かなくて、いつしか、由飛のなかを、ぐいぐいと掻き回してしまう。 「ああっ、うああっ、ああ、あ…あぁぁぁっ…ひぅっ、う、うん…うんっ、あ、はぁぁぁぁ…」 駄目だ…ゆっくり、ゆっくり…だ…「あ、あ、ああっ、あんっ、あんっ、うああっ!?あ、ああ、あ…ひ、仁…こ、これ、ちょっ、待っ…!」 なにが…ゆっくりだよ…「わ、悪い…そんなつもりじゃ…っ」 ないんだけど…止まるはずもなく。 「あ、うん…やめなくていい…あ、くぅっ、う…は、うあ、うあぁぁ…っ、だ、だいじょうぶ…っ」 「あ、あ、あ、あ、あ…あ、あの、俺…もう、イくわ…」 「え…いい、の?う、うぅっ、ん…あ、あ…ひぅぅっ、う、んっ…」 こんな、はじめてのプレイで、由飛がイけるわけないからな。 だから俺だけ先に…「ちょっと…また中に出すから…その、気持ち悪いかもだけど…我慢してな」 「う…うん…いいよ…なか…おしりの、なか…出して…いいよ…」 「お腹壊すって噂もあるけど…」 「………い………いいよぉ?」 …ちょっと迷いやがったな。 けど…そろそろ、本当に…「あ、う、くぁぁっ…あ、あ、あ…」 「ん、ん…んんん~っ!は、はぁ、はぁぁぁっ…あ、んっ…あ、あつい…だんだん…その、あ…」 ここにきて、ようやく由飛の反応が、ちょっと、期待の持てるものになってきた。 けど、俺の方が、もう…「い、いく…由飛…あ…ああ…」 「あっ、ちょっ…ん、あ、あ、あ、あ…き、来て…いい、いいよ…仁ぃ…ああ…うぅんっ」 「う、あ、あ…あああああっ!」 「~~~っ!あ、あぁぁぁ…っ、やっ、あ、ああ…あああっ」 これで…今日、四度目。 由飛に向けて、射精した。 「あ、あ…あぁぁぁ…ああああ…」 由飛の、お尻の中へ、どろりとしたものを流し込む。 「や…は、はいってる…仁…まだ、たくさん出てるよぉ…」 胸と、口と、なかと、お尻で受けてくれた由飛。 本当に…お前みたいな魅力的なコ、他にいやしない。 「あ…あ~…あぁぁぁぁ~…は、はぁ、はぁぁ…は、は、は~っ…あ、あぁ…ど、どう、だった…?」 「え…?」 「これからも…したいような気持ちよさだった?」 「えっと…」 「…仕方ないなぁ。も、たまにだよ?」 まだ何も言ってないけど…まぁ、表情が雄弁に物語ってたのかもしれないが。 「そういうお前は…どうだった?」 「…よく、わかんない。に、最後のほう」 やっぱり…ちょっとくらいは…?「気持ち、よかった?」 「だからぁ…よくわかんないって…」 「そんなに嫌じゃ…なかった?」 「しつこいなぁ、仁!」 …そんなに嫌じゃなかったらしい。 「あ…」 「うわぁ…すごい…こんなの、信じられないね」 由飛のお尻から抜くと、そこからも、こぽ、こぽと流れ出てくる。 前からも、後ろからも俺の精液を垂らして…自分の女神をここまで汚しまくる俺って、本当に、どうしようもない不信心者かも。 けど…今までの例から外れることなく…「由飛…その…今度こそ、最後で…」 あと、1回くらい出せば、なんとか、おさまるんじゃないかってくらいには…「ねえ…歴史に残ったかな?今日のえっち」 「…再現しろと言われても難しい」 まず、一ヶ月溜め込むことが、きっと我慢できないだろうなぁ、俺。 ここまで由飛の身体を知ってしまったから。 もう、我慢なんかできる訳ないじゃないか。 「最後は…抱きあって、普通に、したいな」 「偶然だな…俺もそうしたいって思ってた」 「ふふ…ん…」 そして…俺たちは、深く抱きあい、キスをして…二度と離れないってくらいに、繋がった。 ………「ああっ、ああっ、ああああっ!ひ、仁…仁ぃっ! ん、んん…んんん~っ!」 「ん…んく…ちゅ…」 「ん…んむ…ちゅぷ…あむ…んん…っ、あ、あぁ…ふぅ、んっ、んぷ…あ、んむぅぅっ」 深く、奥深く。 由飛の、全てを包み込み、そして包まれて。 息も絶え絶えになるくらいに抱きしめて、窒息してしまうくらいに抱きしめられて。 入れて、締めつけられて、吸って、飲んで、息を吹きかけて、揉んで、つまんで、噛んで…ありとあらゆる愛撫を、お互いに施して。 「ん、ん~っ、んん~っ!あ、あぁ…きもちいい…仁…すごく、気持ちいい…っ」 「う、うん…俺も、俺も…由飛のなか…もう、出られない」 「溺れて…溺れてぇ…わたしなしじゃ、生きられなくなってぇ…だってわたし…わたしぃっ」 「大丈夫、だいじょぶ…絶対に、離したりしないって…誓う」 「う、あ、ああああんっ…あ、ああ…や、やくそく…ずっと、約束…っ、ひぅぅんっ、あ、あ、あ~っ」 由飛の、豊かな胸に、爪を立てる。 俺の刻印を押したくて、首筋を強く吸い、耳に歯を当てる。 由飛も、それに応えるように、肩口に、契約のしるしを残す。 俺たちは、お互いにつけられたしるしを、これからも、ずっと、心からは消さない。 「い、い、いい…いいよ、凄い、凄い…っ、もう、もう、だめかも…わたし、こんなぁっ」 「俺…もっ、こ、今度こそ…あ、あ、あ…」 何時間、絡み合ってるんだろう。 由飛の温かさと柔らかさにずっと包まれて、その心地よさを激しく堪能して、酷いことして。 入れては出し、舐めて、飲んで…由飛の細胞が、どれだけ俺の中に吸収されたか、そして、その逆も…「う、あ、あ、あ、あ~っ!だめ、だめっ、だめぇぇぇっ!い、いっちゃう…凄いの来ちゃうってば!」 由飛の身体が、今までにないくらい、痙攣を始める。 最後の、そして最大の波が、俺たちに、押し寄せようとしてる。 「ゆ…由飛…っ、も、もう…いくぞ…っ」 「来て、来て、仁ぃっ!奥に、すごいの…一番奥に…大好きな仁…っ!」 「う、く、あぁぁぁぁ…」 最後に、由飛の両足が、俺の腰にからみつき、背中に回した手から、突き刺さるような痛みが割り込む。 由飛が、思い切り、爪を食い込ませてきたから。 「あ、あ、あ、あ、あ…ああああっ!」 「ああああああああああああああ~~~っ!!!」 どくんっ最後の、最後に…まだこんなに弾けられるんだってくらいに…由飛の胎内に…とめどなく、精液を送り込む。 「あ、あ~っ! あ、あぁぁぁぁ…仁のが…また、いっぱい…にぃっ…」 由飛の足が、更に強く絡みついてくる。 もう、外に逃がすことなんかできない。 「あっ…まだ来る、あ、あ…入って、る…仁の…奥まで…届いて…っ…あ、あぁ…」 「ん…由飛…由飛ぃ…」 「ん…んむ…ちゅ、ぷぅ…んっ、んんん~っ! ん、くふぅっ、あ、あむ…」 息も絶え絶えになりながらも、それでも、苦しさよりも、キスの嬉しさを選ぶ。 「ん…んぷ…あ、あぁぁ…っ」 「ちゅぅぅ…ん、ぷぅっ…あ、あむ、むぅんっ…ん、んん…ちゅぷ…んぷぅっ…あ、あむ…っ」 俺たちは、もう一度、唇で、深く、深く、繋がって、この夜の余韻を、何度でも反芻する。 そう、何度も、何度も…「んっ」 「んんんっ!? あ、あんっ、ん、んむ…」 こいつ…本当に冷静じゃないのか?本当は俺を、計算通りに誘ってないか?そんなふうに考えてしまうくらい、今日の玲愛は、いつもと違って『考えなし』だった。 ただ、一つのことを除いて。 「ん…んく…あ、あ、あぁぁぁぁ…」 「玲愛…お前、着替えてただろ?」 「あ…」 ベランダでの防寒装備が、今ではすっかり普通の服に戻ってる。 「俺が焦ってお前の部屋をノックしてたとき…自分は呑気に着替えてたんだよな?」 「しょ、しょうがないじゃない」 「何がしょうがないんだよ」 「男の胸に飛び込むにも、身だしなみってもんがあるのよっ!」 「………」 「ね? しょうがないでしょ?」 「訳わかんねえよ」 冷静なのか、燃えさかってるのか…それは、俺に関してもよくわからないけど。 「ところでさ…」 「何だよ」 「仁…あんた今の状況わかってる?私を…ベッドに押し倒したのよ?」 「あ…っ!?」 そうだった。 キスしてる最中に、思わず…「あのさ…」 「な、何だよぉ」 「今日…どこまでにする?」 何てことを聞くんだこいつは…「駄目な日、とか?」 「ううん、むしろ大丈夫な日」 「…そうやって俺の選択肢を広げるな」 お前が駄目って言えばここで終わってたんだぞ。 こいつ、わかってんのかなぁ?「私的には、その、最後までが希望なんだけど」 「うがぁ~!」 「でもさ…後で後悔したりしないかな?今はただ、熱に浮かされてるだけとか」 「もう遅い」 「え? あ、え、ちょっと…っ!?」 もう一度、強く抱きしめると、首筋にキスをして、そして、胸に触れる。 「お前、やっぱ誘ってるだろ?俺を罠にはめてるだろ?」 「え? え? え…?そ、そうなっちゃってる…?」 「今更何言ってやがる。 もう泣いてもわめいても許さないからな。 今日、この場で…お前を抱くからな」 「………」 「聞いてんのか?もう、遅いって言って…」 「わかった…泣いたり、わめいたりしないように努力する」 「………」 「どうしたの?」 「キス、しよう」 「…ん」 ふっと力を抜く玲愛。 残っている緊張を、無理やり抑え込んで、俺に抱かれるのを、受け入れてる。 「ん…あ、んむ…ん、ふぅ…んぷ…ちゅ…」 さっきまでのキスとは違う、穏やかで、ゆっくりとしたキス。 けど、違いはそれだけじゃない。 「んっ? んん…あ、んむ…っ、ちょっ、あ、あ…し、した…あむぅっ!?」 ゆっくりと、ゆっくりと、絡めていく。 俺の舌を、玲愛の、引っ込んでいこうとする舌に。 「ん…んぷ…は、あぁ…」 俺だって、それほど…だけど、それにしても、玲愛も、あんまり、慣れてないような。 「ふぅっ、ん、ん、ん~っ!あ、あ、あ…はぁ、はぁ、はぁ…っ」 「うろたえるな、これくらい普通だぞ」 「ほ、本当、に?」 「…多分」 「こういうこと、どのくらいやったことある?」 「こ…こういうのって…?」 「とりあえずは、今してること」 キス…か。 「お前が言うなら俺も言ってやってもいい」 「はじめて」 「言うなっ!」 「…どのくらい、ある?」 「………」 こいつには、本当にいつもいつもハシゴを外される。 「…いっかい」 「………」 「なんだよ?」 どうにも複雑な表情をしやがって。 「怒っていいのか、ほっとしていいのか、微妙な回数だからよ」 なんなんだ、それは。 「で、納得したか?」 「とりあえず、仁の言うことの方が、ちょっとだけ正しそうね…」 「なら、口開けて。、入れるから」 「………」 「なんだよ?」 「初めてのときも、そんなにムードなかったの?」 「やかましい!」 「んっ!?」 放っておくと、最初のとき、俺が何をやったのか、逐一報告しなければならなくなりそうだ。 こういう場合は、そう、口を塞ぐのが得策。 「ふぅんっ、ん、ん、ん~っ…あ、んむ…は、あ、あぁっ、んん、んぷ…っ」 俺の絡める舌に、少しずつ、少しずつ、おかえしをはじめてくる。 最初は用心深くつついて、俺がやり返すと、段々、段々、大胆に、襲いかかってくる。 「は、むっ、ん…んちゅ…くぷ…ん、ふぅ…は、あっ、あ、んむ…ん、ん~っ」 キスのほうが一人歩きしたから、今度は俺は、服の中に手を侵入させる。 瞬間、玲愛の肌が、びくんって揺れたみたいだけど、おかまいなしに侵入していく。 だって俺たちはもう、『セックスをしようと約束した間柄』なんだから。 「は、ん、む…あ、ちゅぷ…ん、ぷ…はぅ…あ、あ、あ…っ、ふあぁ、あ、あ…仁ぃ」 「玲愛…」 ブラ越しだけど、ようやく玲愛の胸に辿り着く。 「由飛…姉さんより、触り心地よくないけど」 「比較なんかできねえよ」 「ホントに? 触ったことない?」 「ちょっとは集中させろよ…」 「わ、私の胸に触ることに集中するの?」 「だって、直に触りたいし、もっと、色んないじり方したいし」 「うわ…えっち」 「決まってるだろ…なあ、ブラ、外していい?」 「あ、待って…外す」 「…悪い」 俺がたくし上げておいた服の隙間から手を入れて、玲愛の手が、背中のホックに伸びる。 胸を締めつけていた布が、一瞬柔らかくなると、そのままブラがずれていき、俺の手にむしり取られる。 「………」 「…どうぞ」 「ど、どうも」 なんとも情けない受け答えをして、待ちに待った、玲愛の胸を眺める。 もちろん眺めるだけじゃなくて、そのふくらみに、ゆっくりと手を這わせる。 「んくっ」 「い、痛い?」 「ううん、くすぐったかった」 「そ、そうか…」 柔らかい…ちょっと小ぶりだから、固いのかとも思ってたけど、とんでもない。 しっかりと、女の子の柔らかさだ。 「あ、は、はぁぁ…あ、や、ん…」 となれば、男が吸いつくのは当然のこと。 右手で、つまんで、引き延ばして、マッサージするように、揉み込んでみる。 「ん、ん、ん~…ひ、仁…やっぱり、いやらしいよ、あんた…」 「だから最初から言ってんじゃん。めるからな、ここ」 言いつつ、先端のピンク色の突起を、つん、つんと、指の先端でつつく。 「あ、あ~っ、や、そこ、そこがくすぐったいのにぃ、もう、そんなことするんだ…いやぁぁ」 その、ピンク色の突起…乳首を、指でつまんで、ころころと転がしてみる。 今は、ほんとうに小さな突起なんだけど、これが大きくなるってのは本当だろうか。 それにしても…本当に、舐めたくなる色と、形をしてる。 「ん、あ~、あ、や…は、はぁ、はぁぁ…あ、こら、顔近づけて何するつもりよ?」 「言ったじゃん、さっき」 「だ、だめっ、私いいって言ってない…っ、あ、こら、んっ、あ、や~っ、いや、ちょっ…」 必死に頭を押さえつけようとする玲愛を無視して、唇で乳首を含んで、ころころと転がす。 「うあっ、や、変なことするの、やめてよっ、な、んっ、いやぁ…しびれる、しびれるからっ」 これだけのことで、また全身を硬直させてしまった。 …本当に、今日中に最後まで行けるんだろうか?「あ、あ、あ~…は、はぁぁ…酷い…仁。んな、びりびりすることしてぇ…」 玲愛のため息混じりの声は逆効果だ。 なぜなら、もっと酷いことをしたいと思わせる力を秘めているから。 「あっ、や、吸うなっ…ちょっ、だめっ、何も出ないってばぁ! あ、あ、や~っ」 玲愛が胸への愛撫に悶えている隙に、左手は、内股をまさぐる。 気づかれないうちに、既成事実を作っておいて、後で色々抵抗されないようにというセコい手だ。 「あ、ああ…? こ、こらっ、今、足さわったでしょ!?」 …意外に鋭いな。 「ああ、やっぱりぃ…ずるい仁ぃ…あ、もうっ、そんな色々さわってぇ…」 「い、色々触るに決まってるだろ?最後まで行くんだぞ、俺たち?」 「それは…そうなんだけど…でも、なんか…さっきから引っかかってて…」 「もう…お前、喋るな」 「んんっ!?」 太股から、だんだん上へとせり上がる指をごまかすように、もう一度、玲愛の唇に、舌を潜り込ませる。 「んっ、んっ、んんん~っ!ん…あ、あむ……んぷ…んちゅ…ぅぅ…」 玲愛の喉がこくこくと動き、俺の唾液を飲み込んでいく。 そして俺は、太股から、ようやく、布に覆われた、玲愛のなかへと繋がる場所に、辿り着く。 「んっ…」 なんか、許されないんじゃないかと思えるくらいに、あたたかくて、そして、柔らかくて。 「う…あ、ん…ふぅ…あむ…んん…」 絶対に、そこを意識しているはずなのに、玲愛は、気づかないふりを貫いてくれる。 だから俺は、布地と地肌の境目や、布に覆われた中心部を、丁寧に、丁寧に、指でなぞっていく。 「は、あ…ぁぁ…はぁ、ひ、仁…」 「玲愛…ああ…」 首筋にキスを浴びせて、乳首をこりこりと摘んで、そして、何とか中に入り込む方法を窺っている。 まずは、ショーツをずらして…「う、あ…仁…そこ…」 「だ、駄目?」 「………仕方ないなぁ、もう」 「玲愛…ありがと」 お許しが出たので、勢い込んで指を侵入させていく。 玲愛のそこ…微妙に、濡れていた。 「い、あ、あ…や、やだけど…でも…許す。、だから」 健気なことを言ってくれるのはいいんだけど…そういう態度を取れば取るほど、俺の情欲が増していくってこと、気づいてるのか?「あ、くっ…い、っ、や、なんか…へんなかんじぃ…あ、あ、あ~っ、ひぅっ、い、たぁ…」 「あ、痛い?」 「痛いけど…これが当たり前、なんでしょ?」 「…多分」 「頼りないなぁ、もう…」 「ごめん…」 「いいよ…これで百戦錬磨だったら、もっと怒りがこみ上げてたから」 難儀な…「そこ、いじっててもいいけど…でも、ずっと、私のこと、見てて」 「ん…」 返事と一緒に、まぶたへと軽いキス。 「ん…っ、あ、く…ぅぅ…ひ、く、ぅ…」 玲愛は、痛そうだけど、でも、顔を背けたりはしなかった。 ただ、玲愛の顔を見つめている俺を、ずっと、すがるような表情で、見つめていた。 「あ、あ、あ…う、ぅぅ…はぁ、はぁ、はぁ…」 そうして、いよいよ…「脱がすよ…下着」 「うん…」 玲愛は、腰を浮かせて、俺の手を受け入れてくれる。 するりと、小さな布がまくれて、太股をすべって、足首まで下がっていく。 そして、以前に布に覆われていた部分が、とうとう、俺の目の前に晒される。 「あ、ちょっと待って…」 そこまで辿り着いたところで、俺は、自分が何も脱いでないことに気づいた。 慌ててズボンを下ろす。 何だか、ちょっと、いや、かなり不格好。 でも、準備はできた。 「玲愛…じゃ…」 「ん…」 玲愛が、俺を受け入れやすいように、足を開いてくれる。 俺は、その間に腰を侵入させると、玲愛の、その、中心部へと…「う、あ………うああああっ!」 ほんの少し埋没させただけで、激しく痛みを訴えてくる。 「玲愛…ごめん。も、やめられないから、俺…」 「うん、うん…う、あ…あああああ~っ!」 玲愛の痛みを和らげてあげたいけど、生憎と俺には、どうすればいいのかわからない。 だからそのまま、ただ、玲愛の中心めがけて、進んでいくだけで…「あっ、あっ…あぁぁぁぁ…っ!う、くぅぅ…ひ、仁…ぃっ」 「ごめん、ごめんな…」 「謝らなくて…いいから」 とうとう、最後まで貫いた。 玲愛のなか、深くまで埋まってる俺自身を感じてる。 それだけで、ぞくぞくと駆け上がりそうになるのを抑えて、玲愛の額に、頬に、まぶたに、くちづけの雨を降らせる。 「あ、あは…仁。いって…いいってば」 それだけで、玲愛は、なんとなく満たされた表情をしてくれる。 これから俺が、胎内を蹂躙していくって知ってるのに。 「…動く、ぞ」 「うん…おいでよ」 「っ」 玲愛の、あっさりとして、それでも愛情の感じられる言葉に導かれ。 俺は、少しずつ、少しずつ、玲愛への責めを、激しくしていく。 「はぁっ、は、あぁ…あっ…あっ、あっ…い、う、うあぁ…いぅっ、く、あぁぁ」 「はぁ、はぁ、はぁ…」 「あ、うっ…く、ぅぁぁ…仁ぃ…ねえ…私…いい、かなぁ?」 玲愛の手が、爪が食い込むくらいに激しく、俺の腕を掴む。 目に涙を浮かべて、それでも流さないよう頑張って、一生懸命、気合いを入れて、力を抜こうとしてる。 「いい…玲愛のなか…いい…俺、ダメになるくらい、いい」 「あ、はぁっ、あ、あ、あ…そ、そう、なんだ…すごい仁…えっち、だねぇ」 そんな健気な玲愛を感じるたびに、俺の体と心が両方いっぺんに満たされて、そして、どんどん上り詰めていく。 「う、く、あぁぁっ…あ、はぁ、はぁぁぁっ…仁…うん、私たち…してるね…」 吐息混じりの玲愛の声が、めちゃくちゃ色っぽい。 口からこぼれる言葉も扇情的で、チリチリと俺の頭を焦がす。 「ああ…お前と、やらしいこと、してる。持ちよくて…ああ…」 「仁…仁っ…ん…あ、あ、んぷ…ちゅぅ…んんっ、あ、あ、ああ…あぁぁぁぁ…ひぅ、ぅぅっ」 必死で舌を突き出し、俺の唇を求める玲愛に応える。 こぼれる唾液も熱く、どろりとお互いの口を行き交い、そして、官能的なまでに、甘い。 「ん、んくっ…あ、あむ…んぁぁ…あ、はぁっ、れ…玲愛ぁ…ひっ、うぅ…」 「こんな、こんな…ぁぁ…仁が、入ったり、出たりぃ…すご、すご…ぃぃ…じんじん…なか、しびれてるよぉ」 破瓜の傷みが、興奮に誤魔化されていく。 玲愛が、本当は感じていない快感に身をよじらせる。 嘘の快感でも…玲愛が、そう感じてくれたなら、嬉しくて、嬉しくて…「はぁ…あぁ…れ、玲愛…」 「うん、うん…仁…う、あ、あ…あぁぁぁ…や、や、やぁぁ…ひぅっ」 それでも、初めてなのに、あまり玲愛を傷つけたくない…いや、そもそも…そろそろ俺が、ヤバかったり。 「れ、玲愛…あ、あの、俺…っ」 「…出そう?」 「…うん」 「そう、か…私のからだ…よかったぁ?あ、う、あぁぁ…っ、あ、あ…」 「ああ…凄く、気持ちいい」 「また…したい?」 「何度だって…うあ…」 「うん…なら…出して、いい。 仁…私で、いやらしい気持ちになって。 そして…私で、出してぇ…」 その言葉を合図に、今まで、ほんの少しだけ、まだ玲愛を気遣っていたけど、それすらも、もう、やめてしまった。 激しく、激しく…玲愛の胎内を、えぐるように、突いて、突いて、奥まで、踏み込んで…「ああっ! ああっ! うあああっ!い、や、あ、あ、あ…仁っ…は、はや、くっ」 玲愛の声の中に、また、苦しそうなものが混じる。 「あっ、あっ、あっ…あ、あ、あああ…」 そして俺の声には、多分、快感が混じる。 最初から、ギリギリと締めつけられている玲愛の胎内。 そこに、次から次へと叩き込み、玲愛の喘ぎと、吐息と、汗と、水音と、ぬくもりを感じて。 「あああ…あああああ…ああっ、う、うあぁぁっ、ひ…ひとし…あ、あ、あ…」 「れ…玲愛…ああっ!」 「あ~っ! あ、ああ、あ…ああああああああっ!」 全身が膨れ上がり、破裂するかと思うくらいの快感が襲い来る。 「あっ…あっ…あ、あ、ああ…あぁぁぁぁぁ…あ、ああ~…」 びゅっ、びゅぅぅっ…全身から抜けていく力と共に、俺の先端から、白い液が激しく飛び、玲愛の全身に降りかかる。 「あ…あぁぁっ…あ~~~…」 「あ…あつぅい…仁の…わっ、こっちまで…も、もう…こんなに、出るんだ…ね」 胸、おなか、太股まで。 「ご…ごめ、んっ…」 玲愛の全身を白く染め上げてしまうくらいに…いや、そこまで大げさじゃないけど。 でも…かなり汚してしまった。 俺の腕の中で悶えてくれた、この綺麗な女の子を…「はぁ、はぁぁ…はぁっ…あ、まだ、垂れてる、よ…」 「そこ見なくていいから」 俺の先端から、まだ垂れる雫を見つめて。 自分の体にこぼれている、白くてどろりとした液体を見つめて…「…しちゃったんだ」 玲愛は、呆然と、呟いた。 けれどその表情は、後悔も、不安も、不満もなく。 ただ、悪戯が見つかった子供のように、バツが悪そうな笑顔を、俺に向けるだけだった。 「ん…んふ…ちゅ、んぷっ…ん、んん…は…ん、くぅ…」 先っぽだけ、口の中で転がして、舌先で、舐め回してる。 俺は…なんか、そんな現実が信じられなくて、玲愛が咥えてるはずの下を向けない。 「ん…む、あふぅ…ね? これで、本当に気持ちいいわけ?」 「し、知るかよ…っ」 「何よぉ、張り合いないなぁ」 「だってお前…いきなり何しやがる?」 「いきなりじゃないよ…次、何すればいいのか、色々と考えてたから」 さすが、真面目な方の花鳥…一回目の反省とか、二回目への展望とか、きちんと議事録にしてそうだ。 「もっと、飲み込むように深くすればいいかな?ねぇ、仁…どうすれば、気持ちよくなる?」 「…色々、適当に」 「ほんっとに張り合いないなぁ」 「違うよ…お前がそういうことしてくれるってだけで、かなりクるから、大丈夫」 「………次、なめてみるね」 「うあっ…」 こんな一言で機嫌を直す玲愛って…あれだけ自分と他人に厳しい奴だったのに、今の俺には、甘すぎるんじゃないだろうか?「ん…じゅぷ…ん、れろ…んっ…ちゅう…ぅぅ…れ、れぇ…ほんなの、どう?」 唇と舌先で、竿の裏のところを舐め上げてくる。 「う、あ、あ…じれったいけど…気持ちいい」 「ふぅん…じゃあ、こするのは?」 「はぁ、あ、あああ…」 竿を握ると、上下にこすり出す。 そして口は、もっと下にさがって、袋の部分に舌を差し伸べる。 「ん…んぷ…ちゅ、くぅ…あふぁ…んむ…ん、ん、ん~…ちゅぷ、んぷっ…」 「はぁ、はぁ、はぁ…」 決して、超絶テクニックというわけじゃない。 ところどころたどたどしいし、歯が当たったり、強く吸い過ぎたりと、様々だ。 「ん、んく…んぅ…あむっ、ん、ぷ、ふぅっ、あ、あむ…あぁぁ…ちゅく…ちゅば…んん」 けれど、その光景を、視界に入れることすらできない。 だって玲愛の、そんなはしたない姿…きっと、見ただけで、あっという間に果ててしまうから。 「今度は、深く飲み込むね…痛かったりしたら言いなさい…」 「あ…ああ…っ」 「んんんん…んぶぅ…あ、んむ…っ」 「あああああ…っ」 もう、痛いなんて感覚は存在しない。 喩え、噛み切られたとしても、絶頂に達してしまうかもしれないくらい、快感に、全身を侵されている。 「んっ、んんっ、んっ…あ、あむ…ちゅぽ…んぷ、あ、あむぅぅ…」 「あっ…あっ…ああああっ…れ、玲愛…玲愛ぁ…」 「ふんぅぅぅ~…あ、はぁ…らり?ひほひぃ?」 「いや…咥えたまま喋らなくていい。はただ、お前の名前呼んで気持ちよくなってるだけ」 「っ…」 玲愛の口が、びくっと震えて、俺のモノを刺激する。 どうやら今の言葉で狼狽したらしい。 自分が今、何やってるのかわかってなさそうな、純情な反応ぶりだな。 「ふぅぅぅぅ…ん、んむ…あむぅ…ん、ふく…あ、ちゅぷ…んちゅぅ…」 口の中を唾液でべとべとにして、俺の竿にまぶし、それを舐め上げる。 丁寧に、丁寧に。 玲愛らしい、細やかな心配りが感じられる。 …こんなスケベな行為なのに、それでも真面目っこの性格は反映されるもんなんだな。 「んん…んぷ…ふぅっ、あ、あむ、むぅんっ…んっ、んっ、んんんっ…ちゅぷ…ぷぅぅ…」 時々、こぼれ落ちそうになった唾液を飲み込み、また、俺の先っぽを吸い出す。 「ちゅうぅぅ…ん、こく、んく…あ、あむ…はぁ、あ、うぷ…ちゅぅぅ…あむんっ」 「はぁ、はぁ、はぁ…ああっ」 足が、がくがく震える。 その振動は、とっくに玲愛の口にだって伝わってるはず。 「ふ、む、あむぅ…ちゅぷ…んく…くぅぅ…ちゅぷ、んぷぅ…あ、はぁぁ…あむぅっ」 「あっ、あっ、あっ…」 崩れ落ちそうになる膝を、玲愛が抱え込んで、俺を支えてくれている。 情けないな、俺…けど、玲愛が悪いんだ…俺を、こんなに昂ぶらせてしまう、魔性の真面目っこ。 こんなことまで、一生懸命地道に努力しなくていいものを。 「ん、んぷっ、はぁ、あむ…むぅっ、ん、んく…ちゅぷ、んぷっ、んんっ、あ、あんっ、んんんっ」 「れ、玲愛…駄目だ、俺、もう…っ」 「はむ…ん、んく、あ、ああ…んぷっ、んふぅっ、あ、あ、あ…んんんんっ、ふむぅ…んんっ」 「駄目だって言ってんだろっ」 玲愛の頭を掴んで引き離そうとしても、しっかりと膝ごと抑え込んだ玲愛は、俺の股間から離れない。 マズい…このままじゃ、玲愛を…汚すっ「ん、ん、ん………ふぅんっ、んん…んぷ、はむ…んちゅ…くぷ…あ、あむ…むぅぅんっ」 しかもこいつ…わかってて…離れやしねぇっ!?「れ、玲愛…玲愛ぁ…うああああああっ!?」 「んんんっ!?」 びゅくんっ「ふあぁぁっ!?」 一瞬、背筋に焼けた鉄の棒を差し込まれたような…いや、苦痛じゃないんだけど、想像を絶する感覚が…「ん、ん、ん~っ!あっ…あっ…あぁぁっ…」 どくっ、どくっ…「う、ああ…玲愛…あ、やめっ…」 一度、玲愛の口の中で爆発したものは、口から解き放たれても、しばらくは連爆を続け…「あぁぁっ…あ、あつぅい…っ、あ、は、はぁぁ…」 二度、三度、四度と…玲愛の、人形のように整った綺麗な顔を、どろどろに、汚していってしまう。 「あっ、あっ…あぁ~っ…」 「ん…ん…は、あ…はぁ、はぁ、はぁぁ…ひ、ひと、しっ…あ、あは…あぁぁ…すご…」 うわぁ…いやらし。 玲愛の顔じゅうに、俺の精液が浴びせられて、しかも、口からも垂れてる。 こんな光景、ブリックモールにいる人間の、誰が想像できるよ?「はぁ…あ、んぷ…ちゅぷ…仁…これ…」 「ご、ごめん、玲愛ぁ…」 「ん~、いいんだけどさぁ…なんか、妙な味だね」 「そういう…もんなんだよ。か吐き出せ」 「あ…目に入った。みる~」 「…想像させんな」 「ふぅ…あ、ちょっと動かないで。だ、出てる」 「あ、こら…うああっ」 「ちゅぷ…んっ、くちゅ…ちゅぅぅ…」 先っぽからはみ出してきた、最後の一滴まで、玲愛の口の中に吸い込まれてしまう。 一体…今、ここで何が起こってるんだろう…「はぁぁ…気持ちよかった? 仁」 「そ、その顔で話し掛けるな。りあえず拭け」 「かかってるの、あんたのなのに…そんなに嫌がることないじゃん」 「俺のだから嫌なんだよ!お前のだったら全部飲んでやる」 「…私は出ないよ、そんなのぉ」 あかん…思考能力が、剥ぎ取られてる。 ………「これで…満点?」 「………」 「…いじわる」 「え?」 「やっぱり…あげないと、駄目なんだね」 「お、おい…」 玲愛は、今度はスカートの中に手を入れる。 俺、ただ、今は考え事してられないだけだったのに。 なんだか、どんどん話だけが先に行ってしまう。 「…ん、ふぅ。い、これで、いいよ」 「うわ…」 玲愛が、ゆっくりと手を下ろして、次に掲げた時には…その手の中には、小さな布きれが一枚。 玲愛の、大事な部分を覆っていたはずの、最後の砦…「どうぞ…ご主人さま。のはしたない私に、お情けを…」 と言いつつ、ショーツの方は、後ろに放り投げてしまい、長めのスカートをたくし上げてみせる。 「あ…」 「ごめん…はしたないっての、本当なんだ」 持ち上げられたスカートから覗く、玲愛の太股。 そして、その上の…この少しの照明に照らされただけで、てらてらと光ってることがわかる。 「お情け…って言うかさ。直…して欲しいかな、仁に」 「玲愛ぁ…」 「ごめんね…私、すけべかも」 「何で謝る…この馬鹿。前のこと、一番好きだって言ってるだろ?」 「証明してみせなさい…私の、仁」 「う、あ、あ…っ」 「んんっ…あ、あはは…っ」 俺は、玲愛にとびつくと、そのまま壁際に押しつける。 スカートの中に右手を入れて、玲愛の左足を、太股から抱え上げる。 「あ、でも…ごめん。日も、中はちょっと…」 「…わかったよ」 いつかは、玲愛の中に出したいけど…それでも、二人が、真にそう望んだ時のために、楽しみとして、取っておこう。 「このまま、入るぞ?」 「うん…早く、きて…っ」 「う、あ、あ…ああああっ」 「ああああああああああっ!」 あ…入った。 まだ、ちょっとキツいけど、それでも、玲愛の中に、すんなりと、入れた。 「だ…大丈夫、か?」 「あ、あぁ…ん、大丈夫。いうか、待ってたの、私だし」 「玲愛…っ」 「あ…いいの?」 「え…?」 「さっき、仁の、飲んじゃったけど…キス、できる?」 「………」 言わなければ気づかなかったのに…「ちゃんと拭いたし、きちんと飲み込んだけど…でも、嫌じゃない?」 「…する」 「…ありがとね、仁」 『なんでお前が謝る?』という台詞に代えて、玲愛の唇を塞ぐ。 「あ…んっ…ん、んぅ…ふぅん…」 「んむ…んぷ…あ、むっ」 ちょっと、抵抗あるけど…でも、やっぱり、玲愛の口の中、気持ちいい。 「ふむ…ちゅぅ…んぷ…あ、あぁ…あむ、ん、あふぅっ、あ、あんっ」 玲愛は、気を使ってるのか、舌を差し込んできたりとか、唾液を送り込んできたりとかはしない。 ちょっと強めに、こっちの口や舌を吸って、こく、こくと、喉を鳴らして飲み込む。 …こういうところの気配りも、玲愛らしいっちゃあらしい。 「ちゅぅぅ…っ、ん、んん…あ、あむ…むぅ…んっ、んん…ぷぁぁ…あ、ああ…」 「玲愛…ありがとっ。 俺、頑張るからな。 お前のこと、気持ちよく…してやるから」 「あ、あ、あ…そ、そんなに、張り切らなくても…仁が、気持ちよくなれば…いいんだよぉ…っ」 愛しい…気が強くて、自他共に厳しいってだけの女じゃない。 一度心を許すと、こんなにまで情が深くて…綺麗で、可愛くて、ちょっと…いや、かなりかもしれないけど、嫉妬深くて。 「ん、あぁ、あっ、ひ、仁ぃっ、う、くぅっ…ふ、深い、深い、よ…」 一緒にいると、お互いの表情とは裏腹に、楽しくて、妙にこそばゆい気分にさせる奴。 それが今、俺に貫かれて、俺だけのために喘いで、腰を振ってくれている。 「ふ、あ、あ…仁…仁ぃ…ん…く、うあ…っ、ひっ…く、ぅぅ…」 「苦しい? 痛い?」 「それが…どうしたってのよ…っ、あ、ああ…ん、くぅっ」 …やっぱ、まだちょっと痛そうだ。 けど、嘘もつかないし、正直にも言わない。 ここんとこが、玲愛の真骨頂だな。 「もっと…激しく、していい…っ?」 「あ? あ、う、うん…っ、だ、大丈夫…っ、あ、う、くぅ、あぁぁ…はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ…っ」 玲愛の腰の下に、もっと深く潜り込んで、玲愛を持ち上げるように、下から貫き上げる。 身長の低い玲愛が、少し持ち上がる感じで、俺の肩にしがみついてくる。 「うっ…あ、あ…ああああっ!や、あ、うあ、いっ…つ、くぅっ、ん…ふぅぅんっ」 歯を食いしばって、必死で、俺のために耐えてる。 そんな玲愛が、ますます、どうしようもなく好きになって。 そんで、どうしようもなく、壊れるまで、突き込んでみたくなる。 好きな子ほどいじめたくなる…とは違うかもしれないけど。 「玲愛…あぁ…お前のなか…いい…ん…あ、れろ…」 「あっ…ふ、あぁぁ…っ、や、みみ、ちょっ、ん、んあぁぁっ…」 首筋から、耳にかけて、キスをして、舌を這わせて、玲愛を胸一杯に吸い込む。 汗の匂い、女の匂い、玲愛の匂い…激しい息遣い、女の声、玲愛の喘ぎ…どれも、俺の獣を、次から次へと解放していく。 「ん、あ、くぁっ、あ、あ~っ、あ~~っ!!!仁っ、い、ああ、深いよ、あ、あたってるよぉ」 「ん、あ、うああっ…れ、玲愛ぁ…」 いつの間にか、玲愛を持ち上げるようにして、深く、深く、突き上げまくっている。 キュリオの制服姿で、俺にしがみつき、涙と、汗と、そして、結合部からも愛液をしたたらせ、激しい声を上げて、のたうちまわる、愛しい女。 「はぁ、はぁ、はぁ…あっ、く、ああああっ!や、だめ、だめっ…ま、まだぁ…っ」 「…玲愛?」 「うっ、な、なんでもない、のぉ…っ、あ、や、くぅぅっ、ん、ふぅぅっ、あふぅっ…」 もしかして…「感じてる?」 「ひぅっ、ん…あ、そ、その………ちょっ、ちょっとだけだからっ」 「玲愛ぁ…」 「ん、んんんん~っ!あ、んむ…ん、く、くぅっ、ふぅぁっ、あんっ」 その、可愛らしい反応が、また嬉しくて、もう一度、玲愛の唇を求める。 口の端から垂れていた唾液も舐め上げて、したたる汗も吸い込んで、玲愛の体を、隅々まで味わう。 「ふむぅぅっ、ん、ちゅぷ…ぷぁぁ…っ、あ、んむ…ん、んん…んんん~っ!」 一生懸命、俺の唇や舌を吸おうとする玲愛。 けれど、下半身は容赦なくいじめられて、なかなか思う通りにいかない。 けど、俺にとっては、そのもどかしさが、また楽しかったり。 「あっ、ああっ、あぁぁっ!ひ、ひとし、ぃっ、わ、私…っ、い、あ、あ…」 「玲愛…ああ、玲愛ぁ…俺、も、もう…っ」 「う、うん…うんっ…わ、私も、そろそろ…っ、あ、あ~っ、ああ…」 お互いに、ラストを感じて、盛り上がってきた。 左足を持ち上げ、右足は絡ませあい、全身を押しつけて、奥へ、奥へと侵入して。 次から次へと、欲望の噴射がわき上がってきて…「あ、あ、あ~っ!や、あ、こ、こんな…ああ、あぁぁぁっ…」 玲愛を、思い切り抱え込んで…「う、く、くあぁぁぁっ!」 「あ? あ、あああああああっ!?あ、あああ~~~っ! ああああ~~~っ!!!」 激しい奔流が、二人を押し流していく。 激しい鼓動が、二人の体を満たしていく。 「あ…あ、あぁぁ…っ?う、そ、あ…うそ…ちょっ、ま、待って…っ、え…」 「う、あ、あ…あぁぁぁぁ…っ」 どくん、どくん、どくん。 心臓の音か、射精の音か、わからないまま…俺は、玲愛の中に、次から次へと放出していく。 …何か忘れてるような気もするけど。 「え…えええ…?あ、ああ…な、なん…で? ちょっ、ひ、ひとしぃ…っ」 「ああ…玲愛、玲愛、ぁ…」 だらんと全身を弛緩させるように力を抜く玲愛。 俺は、その体を支えるように、入れたまま、力いっぱい、抱きしめる。 「あ、ちょっ…待って、え? え?あ、あの…仁…」 「玲愛…ああ…気持ちいい。前のなか…すげぇよ…」 「そ、そう、なんだ…あ、あは…で、でも…でもさ…」 二人して、息も絶え絶えに…熱く重なり合った余韻に浸りながら…「ん?」 「…ひょっとして、中に出した?」 「あ…」 重要なことを、思い出した。 「あ、あ、ああ…あああっ…や、仁…仁…そこ、ちょっ…」 「玲愛…すべすべだ」 「だからぁっ、もう、いやだなぁ…すけべなこと言う仁は嫌いよぉ」 ファミーユの制服は、キュリオに比べてスカートが短い。 だからこうして、玲愛の太股とお尻が堪能できる。 白くて、すべすべの太股をなで回し、ショーツ越しに、お尻の丸みを味わう。 …おっさんくさいな、俺。 「う、あ、あ…っ、やだもうっ、これ。されてるかわかんないんだもん…」 「逃げちゃダメだぞ、玲愛」 「あ、うぅんっ、ん…はぁ、う、くぅ…あ、あ、あ…ああああっ!」 太股にキスをしながら、両足の付け根の隙間を、指でこすってみる。 最初から、そこだけ触った時の感触が違う。 「玲愛…お前、もう…」 「な、なんの、ことぉ?私、知らないからねっ、あ、や…あぁぁ…」 「お前…このショーツ、今日はもう、履いて帰れないぞ?」 「う、うるさいっ…あ~っ、あ、あんたの、せいだぁっ。、もうっ、さっきから、いやらしいことばっかぁ…」 「しょうがないじゃん…玲愛とえっちできるんだから」 「う、く、ひ、卑怯者ぉ…私がそんな言葉に騙されるとでも…騙されるけどぉ」 「ん…ちゅぷ」 「ふあぁぁぁぁっ!? あ、あ、あああっ…や、やだ、そんな…っ」 太股へのキスを、段々と、せり上げていく。 下着越しに、玲愛の、しめっている部分を探り当てる。 「なに、してんのよぉ…っ、ちょっと…あ、あぁぁ…っ、はぁ~、はぁぁぁぁ~…あ、あぁっ…」 玲愛の体を支える両足が、がくがくと震えはじめた。 だいぶ、感じられる体になってきてる。 俺が玲愛を、ここまで感じるようにした。 そう思うと、また、嬉しさと、欲情が増していく。 で…玲愛をもっといじってしまうわけだけど。 「ん、ん、んんんんん~っ!あ、もう…そんな、めくっちゃやだぁ」 めくられて困るのは、ショーツなのか、それとも、その中の…俺は、どちらの頼みにも従うつもりがないとばかりに、めくり上げたショーツの隙間から、玲愛のなかに、舌を押し進めていく。 「ん…んん…んぷ、ちゅぷ…」 「うああああ…ああっ、やだぁ…はいってくる…仁の、した、がぁ…っ、あ、あ、あ~~~っ」 ショーツをダメにするくらいにこぼれていた液は、俺が舌を差し込むと、こぽ、こぽと音を立てるくらいに、なかからどんどん溢れてくる。 「玲愛…本当に、えっちに、なってくれたな」 「ああ…あ~…ひ、仁の、せい…仁の、おかげ…仁の、ため…だから…」 「玲愛ぁ…んん…」 「ああああっ! や、いい…そんなぁ…ざらざらして…あ、あ…立ってられないよぉ」 俺の舌と、玲愛のなかが、いやらしい音を響かせる。 俺たち以外に、誰もいない店内に。 玲愛には、もっと大胆に、もっとスケベになって欲しい。 ただ、俺だけのために。 「ん~、んん~っ…あ、はぁ、はぁぁ…ね、ねえ…仁ぃ…もう、そこ、いいよぉ」 「うん…いいだろ?もっと、気持ちよくなってな」 「そういう意味じゃなくてぇ…あんた、わざと勘違いしてるでしょ?」 わざとなのは勘違いとは言わない。 指を使って、玲愛の入り口をさらに拡げ、どんどん溢れ出る蜜を、次から次へとすくう。 もう片方の手は、玲愛の、ぷっくりと膨れた、もっともデリケートな場所をこする。 「ん…じゅぷ、んぷぅっ」 わざと音を立ててすする。 もちろん、玲愛の羞恥心を煽るのが目的で。 「やっ、だめっ…音たてないでぇ…こんなの…こんなの違うっ、私じゃないよぉ」 「玲愛…玲愛ぁ」 「私じゃないって言ってるのにぃっ!あ、や、や、やだっ、やだっ、なにこれっ…」 玲愛の足の震えが、ますます大きくなっていく。 これは…もしかして?「玲愛…いくか?」 指と舌で責めながら、言葉でも責める。 「やだっ、ち、違っ…だめ、あ、んっ!こ、こんなの…いじられてるだけ、でっ!?」 玲愛が、俺の手で、絶頂に上り詰めていく。 それは、俺自身をも快感と悦びに満たしてくれる。 「玲愛…いいよ。、玲愛のいくとこ、見たい」 「あ、く…馬鹿にしてぇっ…そう言えば、私がホイホイ従うって、そう、思ってるんでしょうっ!」 「そういう玲愛が大好きなんじゃん…ん…んむ」 次から次へと溢れ出る蜜をすくい、先端のクリトリスを、優しくつまんで…最後の、大きな波を誘う。 「う、あ、あ、ああ…ああああっ!や、これっ、だめ、だめぇっ…ああああ…」 「玲愛…っ」 「うああああっ! あ~っ!ああああああああああ~~~っ!?」 玲愛のからだが、一瞬、固まり…そして、次の瞬間には、思い切り、弛緩した。 「あ~っ、あ~っ、あああああ~っ…や、や、とまんない…やだ、なにこれぇ…」 全身の震えが、激しさこそなくなったものの、まだ、びくっ、びくっと、定期的に訪れる。 そして、玲愛のなかからは、透明な液が、次々と、俺の顔へとかかってくる。 「だ、だ、だめぇ…仁、やだ、私、やだぁぁ…あ、あんたの…あんたの…せいだから、ねぇ…」 「そうだな…玲愛、可愛いぞ」 「そういうところがあんたのせいなんだぁっ!あ、ああ…うあああ…っ、ひっ、くぅっ…」 「ほら…綺麗にしてやるから。…んむ…」 「うあっ…や、だから…ちょっと…イったばかりなのにぃ…いじめないでよぉ」 今まで、ずらしているだけだった玲愛のショーツを脱がし、太股のところまでこぼれている液を、舌で拭う。 ソックスまで辿り着いて汚さないように…というのが、まぁ、表向きの理由として。 「あふぅっ、あ、ん…は、はぁ、はぁぁ…やっ、もう…そんな…ぞくぞく、しちゃうじゃない」 大きな波が去った後でも、小さな波が断続的に押し寄せる。 前、玲愛が初めてイったとき、そんなことを話してくれたっけ。 ………それはともかく…そろそろ、俺も、なんとかなりそうだ。 「玲愛…」 「んっ…もう…?」 「いいって言うまで、待つけど、さ…」 「んっ…あ…とか、言いながらぁ…もうっ」 立ち上がると、玲愛の背中に覆い被さるように、抱きしめる。 制服の紐を緩め、ゆっくりと、中に手を入れていく。 「ん…れろ」 「ひぅっ…ま、待ちなさい、よぉ…」 「待つのは、入れるのだけ」 玲愛の、結ばれた髪を持ち上げて、耳を舌で責めていく。 これも色々試して気がついたんだけど、玲愛の場合、耳は、イった後の方が感じる。 「あ、あぁ…ぁぁぁ…っ、ゃ、はぁん…う、く、あぁ…なんで、もう…」 おさまってくれない波に翻弄されながら、玲愛が、可愛い声を上げる。 ちょっと時間がかかったけど、制服もほどけ、胸と背中が、外気に晒される。 「玲愛…あ…」 「う、んっ、あ、ああ…仁…だめぇ…は、はぁ、はぁぁ…」 背中越しに、両手で乳房を掴み、指で、乳首を挟み込むように揉みしだく。 キスは、耳から首筋、背中へと回る。 「んっ、く…あぁ…はぁぁ…あんっ、ん…ひ、仁、ぃ…」 「玲愛…あ…」 「あ…仁の…こすれてる…」 存分に盛り上がってしまった俺のモノは、今はもう、むき出しのまま、玲愛のお尻に挟まれる形で、玲愛にこすりつけている。 「ああ、ああ…っ、玲愛…ぁ」 「やっ、ん…熱ぅい…仁の…すごく、かたいよ…」 「だって、さ…玲愛のなか、入れられるって考えただけで」 「んっ…あ、興奮、した?私のなか、入れるって想像して、興奮したぁ?」 「う、うん…っ、あ、あ、あ…」 いつの間にか、自然に腰が動いている。 玲愛のお尻の割れ目を滑り、その、柔らかい肉にこすりつけて、それだけで、激しく興奮している。 なんか、ケダモノとしか言いようがない。 「けだもの…だね」 ほら、玲愛にも指摘された…「仁は、私が犯したくて、しょうがないんだぁ…あ、んん…んぅ、ふぅ、は、はぁ、はは…」 「そ、そうだよ…だから…っ」 「ふふ…あはは…どう、しようかなぁ」 「こ、こらぁっ…」 「あ、んっ…や、やだぁ…そんなに、強くしないでよぉ。と、ついちゃうじゃない」 玲愛が注意したのは、背中への激しいキスのことか、それとも、胸を力いっぱい掴んだことか。 それとも…ただ、俺をじらしているだけなのか。 「はぁ、はぁぁ…まだ、こすりつけてる、ねぇ…や、もう、気持ち悪いなぁ…ふふっ」 「お前…ふざけんなよぉ…早く、入れさせてくれよ」 「じゃ、やくそく…」 「そ、外、か?それとも、ゴムつける?」 「ん…今日は、大丈夫。分、大丈夫だから…中で、出していいよ」 「~っ」 その言葉が、下半身に伝わると、もう、制御しきれないくらいの欲望の塊が噴き出てきそうになる。 「そのかわり…約束…私を抱いてるとき…10回は『愛してる』って言うこと」 「く、う、ああああっ」 「んっ!? あ、ちょっ…あああああっ!?あ~、あ~っ!?」 玲愛の、凶悪な契約の言葉が、俺をハンマーでぶん殴り。 そして、一気に、玲愛のなかに、埋没させる行動へと誘ってしまった。 「あ、あ、あ…っ」 玲愛の、小ぶりだけど、形のいい胸を激しく揉み、玲愛の、これも形のいいお尻に、俺のモノを、いきなり奥深くまで突き込む。 「あ、く、ひ、仁…っ、ちょっ、あ、ああ…あ、愛してる、はっ!?」 「れ、玲愛…あ、あ、あ…愛し…うあっ」 散々、じらされて。 しかも、中でいいとか、愛してるって言えとか、滅茶苦茶、搾り取るような言い回しを多用されて…実のところ、もう、あっという間だけど、限界が、近い。 「んっ、く、あぁぁっ、だ、だめっ、だめよっ!言わなきゃ、させて、あげないんだからぁっ、うああっ」 もう、遅い…玲愛のなかの壁を、俺のモノがこするたびに、ぞわぞわ、ぞわぞわと、絶頂感が駆け上がってくる。 「ご、ごめん…玲愛っ…俺、ダメみたい…っ」 「な、な…何、言ってんのよぉ…っ、い、いっつも、もっと…あああっ、く、やぁんっ」 散々お前にじらされたせい、なんだけど…とか言ってもはじまらないので、なんとか我慢しようと…「だ、だめっ、だめぇっ!まだ出しちゃだめぇっ、愛してるって言えぇっ!あ、あ、あ、あ~っ、こ、こらぁぁっ」 「あ、あ…あい、し、て…だ、だめ、やっぱり、もうだめだ…」 「早いよ仁っ! やだっ、我慢しなさいっ」 「あ、ああ、ああああああっ!」 全身が、弾けた。 「あっ!? ああっ、だめ、だめだってばぁっ!」 二度、三度…どく、どく、どく…あっという間に、注ぎ込む。 「う、く…あぁぁぁぁ…あ…っ」 「あ…うそ…はいってきてる…まだ、何も言ってないくせにぃ…っ、あっ、あっ、あぁぁっ…や、もうっ…」 「いてっ!?」 絡ませていた足を上げて、かかとで、思い切り足を踏まれた。 いかん…致命的だ。 去年、禁止されてた中出しして怒られて以来の、超フライング…「も、も、もう…終わっちゃったぁ…やだ、やだよぅ…仁の、ばかぁ…」 「ご、ごめん…ごめんなさい…っ」 死にたい…本気で愛してる女に、セックスのことで怒られるのって、かなり辛いんだぞぉ…「あ、ん…ひくっ、う、う…愛してるって…言ってくれなかったぁ…」 多分、胎内を、俺の精液で満たしながら…玲愛が、細かい文句をたらたらと言い始める。 「ん、んなこと、言ったってぇ…今日は、じらされてたから…俺…」 「楽しんでたじゃないぃ…私のこと、いじめてさぁ」 「だからだよぉ…」 玲愛の反応が可愛くて、最高で…それで、限界が近づいてたこと、計算に入れてなかっただけで。 「…言って欲しかったのに。っちの最中に、愛してるって…言って欲しかったのにぃ」 「なんで、そんな…」 「気持ちいいって…気づいたから」 「え…?」 「入れられてる最中に口説かれるとさ…ものすごいんだよぉ」 「な…?」 こいつ…なんて、意表を突くことを…「すけべな気分で頭がぼうっとして…でも、好きだ、愛してるって言葉は、そんな中でも、がんがん響いてきて…」 「あ…」 「なかが、じんってして…そこに仁のがはいってきて…」 「………」 「また、されてみたかったんだけどなぁ。の、ものすごいえっち」 「…っ」 「ごめん、単なる愚痴。、私のなか、気持ちよかったのよね?だから、いい…よ…?」 「愛してる…」 「っ…え? ひと、し?」 やっと、気づいてくれたらしい。 俺が、玲愛のなかで、全然萎えてないことに。 「誰がもう終わりって言ったよ? ば~か」 「あ、え? あれ?ちょっ、ちょっと…仁…あんた、あれぇ?」 「玲愛の弱点聞いたぞ。う、お前なんかにゃ負けやしない」 「や、ちょっと…あれ? おっきいよ? 仁?ど、どうなってる、の? あ、あぁぁっ!?」 「再開…いくぞ、玲愛…っ」 俺は、玲愛のなかに出したまま、一度も抜くことなく、また動き始める。 「やっ、え? あ、ああああっ!?ちょっ、ちょっとぉ…え? あ、あ、あ…ああっ」 戸惑う玲愛をおいてきぼりにして、まずはもう一度、激しく腰を動かす。 俺の精液で満たされた玲愛のなかは、いいのか悪いのか、滑りがよくなってる。 「あ、あれっ、な、う、あ、あ…仁っ…や、やめ…え、ん、あ…うあああっ」 もう一度、乳首を挟み込むように、激しい愛撫を再開して…肩口や首筋の、服の下に隠れるはずのところに、キスマークを刻んでいく。 「あ、あ、あ…ああっ…や、だめ、だめぇ…もう、終わったと思ってたから…ちょっ、仁」 まだ、一度クールダウンした体が目覚めてないらしい。 けど…大丈夫。 俺は、切り札を知ったから。 「玲愛…」 「ん、く、あぁ…ね、ねえ…だめだよ、仁…」 「玲愛のこと、愛してる…だから、このまま、させて欲しいな」 「っ! …う、あ…」 …今、玲愛のなか、きゅんって、収縮した。 こいつ…マジか。 「大好きだから…もっと、したい。、いいだろ? 玲愛…」 「ん…あ、ぅん…ああっ、あ…だ、だい、すきぃ?」 「ああ…玲愛の全てが、好きだ」 「あああっ!あ…あっ…ん、うん…おっけ…そんな感じ…きた、よ…」 俺としては…まぁ、素面で言うよりも、なんとなく誤魔化せそうで、こっちの方が言いやすい。 …なんて言うと、玲愛にはたかれそうだけど。 「う、うああっ、あ、あんっ…や、すご…仁、は、はげしっ…あああんっ」 結合部から、出たり、入ったりする湿った音と、腰を、思い切りぶつける乾いた音。 玲愛の喘ぎ、吐息。 そして…恥ずかしながら、俺の、口説き文句。 「玲愛…お前の全て、もらうぞ?」 「うあああっ! あ、うん…もらって…仁、奪って…私、を、あ、あ、あ~っ!」 今度は…玲愛が、少しイったみたいだった。 ………「ああんっ、あっ、あっ、ああっ!仁…ま、また…っ、あ、だめ、だめぇっ」 「玲愛…イって。の目の前で、イったときの可愛い顔、見せて」 「あ、あ、あああああああっ!う、あ、あぁぁぁ~…っ、あ、あんっ、んっ、んんん…」 また、イった…もう、玲愛は、俺の腕の中で、何度も、何度も、昇天して…汗と、涙と、涎にまみれて…「…可愛すぎだぞ、お前」 「ひぅっ、う…あ、あぁぁ…」 お世辞でもなんでもなく…めちゃくちゃ可愛い。 玲愛が6回イく間に、俺も合計で3回は出してる。 でも、衰えない。 玲愛の反応を見てるだけで、何度でも復活…いや、萎えないんだから、復活もなにもない。 「玲愛…ん…」 「やあああっ、また、またぁ…あ、あ、あ…っ、らめ、らめぇ…」 顔や首筋、耳にキスの雨を降らせるだけで、また、びくびくと震える。 「ん…んむ…んぅ…」 「あ、れろ…んぷっ、あ、んむ…ちゅ、ぷぅ…あ、はぁ、はぁぁ…ご、ごめんね…仁…ぃ」 「なんだぁ…?」 「私、突っ走っちゃって…ぇと、とまんなくて…っ、う、あぁ…」 「今のお前…今までで、一番好きだぞ」 「~っ! あ、やだ、こら…ぁぁっ!い、いじめないで…や、また、またきちゃうっ」 「一緒に…イこうな、玲愛。、もう一回、お前の中、出す…っ」 「う、ん、あ、あ~っ!出してっ、私のなかっ、いっぱいに…ああ、仁…好き、すきぃ…」 「あっ…」 玲愛の、『すきぃ』って言葉が、俺の頭を揺さぶって…その瞬間、玲愛に締めつけられると…そうか…こういう、感覚だったんだ、玲愛の奴。 そりゃ…やめられなくなる訳だなぁ。 「う、あ、あ、あああっ…やだ、やだ、やだやだやだっ、もう、もう…だめ、だめぇっ」 「い、行くぞ…玲愛…」 「う、うん…最後、さいごに…っ、仁、愛してるって…私を、愛してるって…」 「玲愛を…世界一、愛してる…っ」 「あ、あ、あ、あ、あああああああ~~~っ!!!」 壮絶に…そういって差し支えないくらいの、絶頂。 「う、く、ああああ…ああああああっ!」 そして、ワンテンポ遅れて、俺も、続く。 「う、あ、あ~っ、あっ、あっ、あああああっ!や、んっ、仁、仁っ、あ、愛して…ます…っ」 最後に、もう一度、愛をささやく。 こういうのも、一種のイメージプレイとでも言うんだろうか?でも…俺も玲愛も、なんか、めちゃくちゃ本気っぽいのが気になるけど。 「あ、明日香ちゃん…明日香ちゃん…っ、ん、んぅぅ…んんんっ…」 「はむぅぅっ、ん、ん~…んぅぅぅぅ…んぷっ、あ、はぁ、はぁぁ…」 だから、明日香ちゃんは今…俺に、組み敷かれてる。 「せ、せんせ…ほらぁ…可愛い、でしょぉ?」 「あ…」 押し倒したときに、まくれ上がった制服のスカートの下。 フリルつきの、可愛らしいショーツ。 「冬休みの間に買っておいたんだよぉ。も…なかなか使う機会がなくってぇ」 「明日香ちゃん…」 “勝負パンツ”って言い切ってた下着の使う機会って…それは、一つしかないわけで。 要するに、ずっと、その機会をうかがってたってことで。 「せんせにいじめられたの、怪我の功名だったね。ゃんと、はじめてのときに履けた…」 「ったくぅ…ん…」 「は、んむ…ちゅ…んぷっ…あ、あ、あ…はむっ、ん…ん~っ…ん、あ、ふぁぁ」 自分の悪巧みの遍歴を次々とバラす明日香ちゃん。 そんな悪いコの唇は、念入りに塞いでやる。 「ふむ…ん、ちゅ…じゅ、る、んぅ、あむぅ…あ、あ、あ…ちゅ…んちゅ…ぅぅ…」 小さいけど、ボリュームのある身体にのしかかり、その温かさを感じる。 明日香ちゃんの口中に、唾液を流し入れ、そしてもう一度、音を立てて吸い上げる。 「はぁぁぁっ、んっ、じゅぷ…あ、あむ…んんっ、あ、あ、あ、あ、あ…ちゅぷ、ふむぅんっ…」 「ん…ちゅ、んく、んく…あ、あぁ…明日香ちゃん…ん、ぺろ…」 「あ、あ、あ…せ、せんせぇ…あ、あむ…れろ…ん、ぷ…」 お互いの唇から垂れた唾液を、舌を伸ばして舐め合い、そしてまた舌を絡ませる。 そうすると、また唾液がこぼれるから、唇周りを舐め回し、そして舌を絡ませる。 「はむっ、ん、ん、んぅ…んちゅ…ふぅっ。、あは、あはは…きすって…すごぉい」 「もっと…すごいことするんだぞ、これから。えられるか? 明日香ちゃん」 「ん~、どうだろ?」 「言っておくがな…こっから先は、先生じゃなくて、ただの獣だからな。めて欲しいって思っても、もう遅いぞ?」 「けだものみたいなせんせかぁ…いいかも」 「君って奴は…ホントに男の怖さをわかってないなぁ」 「うん…せんせが教えてくれるまで、そんなこと、知りようがないよ?」 「明日香、ちゃん…」 「刻み込んで、せんせ。 おとこのひとの、怖さを。 身体の奥に、思いっきり…ね?」 「あ…明日香ちゃん…っ」 「あっ…」 まるで引き裂かんばかりの勢いで、明日香ちゃんの制服のボタンを外そうとする。 「あ、く…」 「あ、ちょっと…これ、こう、だから…」 その、もどかしい手つきを見かねたか、明日香ちゃんが自分から、ボタンを外してくれる。 「よ、余裕を見せるなよ、俺がリードするんだぞ?」 「せんせ…声、震えてる」 「だからぁ、そういうのが…」 「だってさ…何回も、シミュレーションしたもん。備は万端、だよ」 「なんだよそれは…」 「せんせがね…ここ、さわってくるの。ょっと、ぎこちなく」 「あ…」 明日香ちゃんの手が、俺の手を掴み、自分の…胸へと導く。 俺の手のひらに、ふわりと…いや、むっちりとした感触が伝わる。 「それでね、いろいろといじられて、わたしがね、色っぽい声、出すんだよぉ」 「…痛かったらすぐ言ってな」 「…うん」 明日香ちゃんに導かれたシチュエーション通りというのは、なんだか男の尊厳的には辛い物があるけど…でも、この柔らかさには抗えない。 両手で包み込むように、明日香ちゃんの胸を、ゆっくりと揉み始める。 「はふぅ…あ、ん…」 俺の手が動くたびに、明日香ちゃんの胸が形を変える。 手のひらから、むにゅって肉がはみ出して、先っぽの突起も、色んな方向に向きを変えて……たまらない。 なんていやらしい光景なんだ。 「あ、あ…う、く…はぁぁ…ど、どう? せんせ…わたしの、おっぱい、どぉ?」 「どう…って…柔らかいわ、あったかいわ、すべすべだわで…最高」 「ふ、ぅぅんっ…そ、そうなんだ。んせ、おっぱい、好き…?」 「明日香ちゃんのおっぱいだけ、好き…ん…」 「ひゃっ…あ、あ…そ、そこ、くすぐった…っ、あ、あ、あ…せ、せんせ…かわい…」 乳首にむしゃぶりついた俺の頭に手を置いて、明日香ちゃんが、撫でてくる。 この娘は、本当に、怖いもの知らずだなぁ。 「ん…ちゅっ、はむ、あむ…はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ…っ、あ、明日香、ちゃん」 「あ、んっ…あ、あっつぅい…なんか、先っぽ、じんって…きたぁ」 唇でくわえて、舌先でつついて、つまんだまま引っ張って…真ん中に寄せるように揉んで、掴んで、爪をちょっとだけ食い込ませたりして…縦横無尽に、延びたり、ぷるんって震えたり…ボリュームがあって、柔軟性のある、明日香ちゃんのおっぱい。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…ん…かりっ」 「ひぅっ!? あ、あぁ…やぁ…噛まれるとぉ、こんな感じなんだぁ…っ」 「…それは、想定してなかった?」 「ううん、そうじゃないけどぉ…でも、自分じゃ試せないもん…」 「届かないかな…明日香ちゃんのお口」 「せんせぇ、わたしのおっぱい、なんだと思ってるのよぉ」 「おっき~じゃん…ほら、こんなに…ん、ん、んぅ…」 「はぅっ、あ、あ、あ…い、あ、ああっ…い、いやだぁ…せんせ、べとべとにしてぇ」 乳首を舐め回しているうちに、唾液が明日香ちゃんの胸全体にこぼれていた。 電灯の光に照らされて、てらてらと輝く明日香ちゃんの胸…それが、また、劣情を催すのは当然で。 「れろ…ん、ちゅ…ちゅぅ…ん、ん…」 「あ、あ、あぁぁ…っ、や、もうっ、しつこいよぉ、せんせぇ」 「色々するって言ったじゃん。だ、全然色々してないぞ?」 「だって全然いろいろじゃないよぉ。っきから胸ばっかりいじめてぇ…あ、やんっ、ん、んぅ…っ」 「ひょっとして…気持ちよくなってきた?」 「…っ」 「そか…じゃ、もうちょっと強くしてもいいかな?んぷ…あむ…はむぅ…」 「あ、やっ…あ、あぁ…あぁぁっ、せ、せん、せ…っ、ひぅっ、あ、んっ…」 大きく口を開き、明日香ちゃんのおっぱいを、思い切り口に含み、舐め回し、かじってみる。 乳首だけでなく、乳房でも感じられるように、揉んで、吸って、噛んで、さすって、いじめる。 「う、あ、あああっ、あ、やんっ、やぁっ…も、もう、ちょっとぉ…なっ、ああっ…」 明日香ちゃん…だいぶ、いい感じで鳴くようになってきた。 そのまま、口は乳首に残し、手の方を、内股に差し入れる。 「うあっ…あ、そこ…ちょっと、まって…」 「ん…ちゅ…なんでぇ?」 「えっと…えっとぉ…その…なんだろ、ねぇ…」 「………」 そういえば明日香ちゃん…さっきも、耳にキスして、胸を揉んだだけで…もしかして…「ひゃっ!? あ、あ…だからぁ…だめって…ちょっ、せんせ…や~め~て~よぉ~」 「どうせここ触んじゃん…誤魔化しよう、ないぞ?」 「う…けどぉ…も~ちょっと、後だったら言い訳も聞くでしょぉ?」 「さっきだって…すぐ、だったんだろ?…うあ」 「あ~ん、もうっ」 明日香ちゃんの『勝負パンツ』に指を這わせる。 …熱い。 指先に、ぬめっとした熱さがまとわりつく。 「…こっちも汚しちゃったなぁ」 「いわないでよぉ…えっちぃ」 「えっちなの、明日香ちゃんの方じゃん。、まだここいじってないぞ?」 「ひゃんっ、う、ん、んぅ…せ、せんせが、出させたんだからね…?責任、とってよぉ」 「責任て…じゃ、今度、新しいぱんつ買ってやろか。う、黒くて、スケスケのやつ」 「うあ…似合わないよぉ」 「俺は似合うと思うけどな…」 「ん…ほ、ほんと?あっ、きゃっ…あ、ああ…ふぁぁっ」 その、染み出した部分に、人差し指を当てて、ぐりぐりとねじり込むように、動かす。 明日香ちゃんが濡れてくれるおかげで、どこを触ればいいのかわかりやすい。 「ん…ちゅ…んぷ…」 「は、はむっ…ん、んぅ…あぁ、ひぇんひぇぇ…は、んむ…ちゅぅぅ…は、はむぅっ」 乳首をいじめまくっていた唇を離して、明日香ちゃんの唇をもう一度塞ぐ。 舌を差し込んで、絡め合わせて、音を立てて唾液を飲み込む。 「はむ…ん、んむ、んぅ、んっ、んっ…あぁ、んぷ、ちゅぅぅ…はむ、ぅぅ…っ」 二人がすすり合ういやらしい音が、部屋中に響き渡る。 隣にまで聞こえてない…よな?「はぁ、はぁぁ…あ、あ…せ、せんせ、せんせ…ふぁぁっ、あ、あ、あ~っ、ま、また、そこぉっ」 唇から離れて、今度は、明日香ちゃんの耳たぶ。 軽く歯を合わせて、舌を転がして、キスをして。 さっき、映画館で明日香ちゃんの下着を汚した通りに、色々な手を使っていじめてみる。 「や、だぁ、せんせ…あっ、あっ、あぁっ…だ、だめ…こんなに…ちょっとぉ…やぁっ」 「ん…ちゅ…明日香ちゃん、いい、匂い」 さらりとした匂い、とでも言うのか。 女が、男を誘うのとはちょっと違うけど…けど、俺にはピンポイントで突き刺さる、こんなにも、愛しい匂い。 「はぅっ、ん、んぅ…あ、くぅっ…あ、ひっ、は、やぁぁ…あんっ、うっ…」 耳だけでなく、首筋にもキスをして、そのまま、強く吸おうとして、思いとどまる。 「…跡、残しちゃマズいよね?」 「ふぇ?」 「ほら、キスマーク。日、学園あるんだよな?」 「あ~…そっかぁ…どしよっかなぁ」 「いや、やめとく。育ある?」 「ん~…サボる」 「…それは、ちょっと」 「だってぇ…どうせ何もできないよぉ。足の間が痛くて」 「………」 それを言われると、返す言葉がない。 いつもは、授業を休むなんてもっての他って論調だが、こればっかりは許さないわけにはいかない。 「なら…肩とか、背中なら大丈夫だね?」 「ん…せんせのあと、つけてぇ」 「明日香…ちゃん…」 「ふぅんっ、あ、あぁ…んっ…ひぅっ、あ、あはは…あ、んっ…」 肩口に唇を押しつけて、ちょっと強めにキス。 舌先で愛撫して、歯で刺激して、明日香ちゃんの肉を味わう。 「うあ、うあっ、うあああっ…あ、くぅっ、せ、せんせ…ぇぇ…っ」 指の方は、明日香ちゃんの下着を横にずらしてる。 「うわぁ」 「ひぅっ!? あ、んっ、い、あ、あぁぁ…っ」 はじめて触れた、明日香ちゃんの、女の子の中心。 下着をぐっしょり濡らすくらいの奔流は、そこから湧き出していた。 指先に、熱くてぬめりのある泉水が絡む。 その、湧き出す方の泉は、びく、びくと震えて、とめどなく潤いを吐き出す。 「いああああ…せんせ、見ちゃやぁ…わたし、すごいことになってるから、だめぇ」 「けど…見たいよ明日香ちゃん。日香ちゃんのあそこ…見たいな」 「…笑わないぃ?」 「興奮するだけだって」 「…それって、いいの、かなぁ」 「俺をからかってた明日香ちゃんはどこいった?このくらい見せるなんて訳ないだろ?」 「あっ、く、ふぁぁっ、あ、あ~っ。、せんせ、ゆび、うごかしてるっ」 「ごめん…けど、止まらないんだって…あ、あぁ…熱い、よ」 「あっ、あっ、あぁぁぁぁ~っ!も、もう、こんなぁ、あ、あぁぁっ」 「そ、そしたら、見るのは次でいいから、その…」 「う、えぇ…?」 「明日香ちゃんの、なか………」 「あ…」 「入れても…いいかな?」 とっくに、ズボンの中はパンパンに膨らんでる。 このまま、明日香ちゃんをいじってるのも嬉しいけど、でも…「その…門限まで、あと1時間くらいしかないし」 「え…? あっ…」 ベッドの上にある目覚まし時計をのぞき込み、明日香ちゃんが目を見開く。 そろそろ、9時を指そうとしてる。 家庭教師のときも、10時帰宅が限界。 もちろん、俺が送ること条件で。 「その、今からして、シャワー浴びて、着替えて…ギリギリっぽいんで」 「………ごめんねぇ」 「…なんで明日香ちゃんが謝るのさ?こんなに、俺に捧げてくれてるのに」 「せんせぇ…わたし、今度は泊まりに来るねぇ?」 「…待ってる」 「ぜったいに、ぜったいに泊まるからね?そ、そうだ、来月のテスト休み、水曜だから…ね?」 「うん…その時は、一晩中、えっちなことしような?」 「約束、ねぇ?」 「ああ…けど、俺たち、まだ初めてもしてないぞ?」 「………」 「………」 「そういえば…そうだねぇ…あはは…っ」 明日香ちゃんの全身の力が、いい具合に抜けた。 今なら、できるかもしれない。 「それじゃ…明日香ちゃんにもらったの、着けるから」 ベッドの脇に置いたコンドームを手に取ると、ぎこちなく、包装を剥がす。 「せんせ…つけようか?」 「…やり方知ってんの?」 「雑誌でね…こう、口にくわえて着けるんだって…」 「…俺がやるから」 本当に、ロクでもない雑誌ばっか読んでるな、この娘は。 ………明日香ちゃんに背中を向けて、ベッドの上にあぐらをかいて、ちょっと、情けない構図で…「じゃ、その…」 「うん…」 横たわる明日香ちゃんに、ゆっくりと覆い被さって…「足…もうちょっと、開いて」 「なんか…かっこわるい…カエルみたぁい」 「でも…開かないと、痛いぞ?」 「解剖…されるから?」 「…俺を萎えさせるのが目的か?」 「あんまりおっきいと、痛いかなぁって…」 「…小さいままだと入らない。れに、その程度では小さくならないぞ」 「な、なんで…?」 「目の前に…こんなに可愛い娘が、足、開いてくれてるんだぞ?」 「…せんせ」 「どれだけ無駄口叩いたって、俺の興奮はおさまらないぞ。日香ちゃんに入って、出すまでは」 「ん…」 明日香ちゃんの顔に、笑みがこぼれる。 そのまま、両足を、大きく拡げて、俺を、受け入れやすくしてくれる。 「それじゃ、行くからな。いけど、我慢して」 「うん…せんせ、い~よ。くして、い~よぉ」 その言葉に反応して…って訳じゃないけど…「っ」 「っ…ぁ、ぅぁぁ…っ」 めりめり…って、感じで、明日香ちゃんの中に、俺のが、埋まり始める。 「ぅぁっ、あ、あ~っ、く、ぅぁぁ…っ」 「あ、明日香ちゃん…ごめん、ごめんな…」 謝りながらも、俺の侵入は、ちっとも止まらない。 先っぽが入ったら、今度は茎まで。 茎まで入ったら、とうとう根本まで…ぐい、ぐい、ぐいって、明日香ちゃんのなかに、無理やり、押し込んでいく。 だって、止まらないから。 本当に、止められないから。 「うあぁぁぁっ、あ、あ、あ~っ!い、いあぁぁぁぁぁ…あっ、あっ、あぁぁっ」 物凄く痛そうな叫び声…けど、俺のモノは、それでも固さを失わず、明日香ちゃんの中で、暴れだそうとしてる。 「うあぁぁ、ああ、あ~っ、ひっく…う、うぅ…あ、ああ、ああんっ、う、あぁぁ…っ」 そして、あっという間に、明日香ちゃんの一番奥まで貫いてしまう。 「あ、あぁっ…あぁぁぁぁ…」 …こんな仕返し、いけないのに。 でも、明日香ちゃんの泣き顔…めちゃくちゃ興奮する。 酷いこと、したい。 明日香ちゃんに、とんでもないこと、したい。 「ひぅぅぅっ、う、う~、ううう~っ!あぁぁっ、あんっ、う、うごくの…もう、うごくのぉ?」 まだ、明日香ちゃんが痛みに慣れる前から、動き始める。 ゆっくりだけど、引き抜いて、そして、また押し込む。 ぬぷっと抜けて、ぎゅうっと入り込む。 「い、いあぁぁっ、あっ、んっ、あんっ、あんっ、い、たい、よ、せんせ…せんせぇ…っ」 明日香ちゃんの爪が、容赦なく俺の背中を引っかき回す。 でも、俺は声一つあげないし、表情一つ変えない。 だって、明日香ちゃんの痛みの方が、数十倍大きいって、わかってしまってるから。 「あ、明日香ちゃん…ごめん…お、俺…気持ちいいよ…ごめん、ほんと」 「せんせの…せんせのいじわるぅ…っ、そんなこと言われたら、やめてって言えないよぉ…あ、あ、あ…あ゛~っ!!!」 あれだけ力を抜いた全身が、またたく間に硬直して、明日香ちゃんの苦しみを見せつける。 「ごめんな、ごめん…」 「う、うあ、うあぁ…せ、せんせぇ…うあぁぁぁ…うえぇぇぇ~っ…」 「あ、明日香…ちゃん…ん…」 「んぅっ!?ん、ん、ん………んぅぅぅぅ」 少しでも明日香ちゃんの痛みをそらそうと、もう一度、唇を塞ぐ。 右手を、明日香ちゃんの豊かな胸に置いて、そのまま、乳首を指で挟みながら、ゆっくりと揉む。 明日香ちゃんが気持ちよさそうにしてた愛撫を繰り返して、なんとか、痛みを紛らせてあげたいから。 「ん…んぷ…はむっ」 「ん~、んぅ~っ…あ、あむ…ちゅ、くぷ…あ、はぁ、はむっ…ん、ちゅぅぅぅっ」 明日香ちゃんも、俺の意図がわかったのか、積極的に唇を絡めて、激しいキスを交わす。 柔らかくて、大きめな胸を押しつぶし、先っぽをつまんで、くりくりと刺激を与える。 二人の繋がっているところからは、明日香ちゃんの潤滑油が、流れ出している。 「ん…ちゅ…あ、明日香ちゃん…何度もすれば、痛くなくなるから…だから…何度も、したい、な」 それは、多分事実だろう。 初めてなのに、かなり濡れてることは確かだから、あとは、なじんでさえ来れば…「ひぁぁっ、ほ、ほんとぉ?せんせの、いたくなくなる…?ひぅっ、あ、あ~っ、く、くぅっ」 「あ、ああ…だいじょうぶ…ん、ちゅ…」 「ひぅぅっ、う~っ、あ、んっ…わ、わかったよぉ…何度も、何度も、せんせと頑張るよぉ…っ」 首筋を、キスマークを付けない程度に吸って、耳たぶや、肩に、舌先や歯で愛撫を重ねる。 今日一日で開拓した、明日香ちゃんの弱点。 そこを重点的に責めて、痛みを散らそうと頑張る。 「ふぇぇっ、う、あ、あ、あぁぁぁぁ…あんっ、あ、んっ、んぅ…」 「明日香ちゃん…明日香ちゃん…ああ、あぁぁ…っ」 でも、俺の快感は、ますます増幅されて、どんどん、上り詰めていきそうになる。 いや、この際、その方がいいのかも。 明日香ちゃんのためには、早く果てて、彼女をこの苦しみから解放してあげた方が…「ふあぁっ、あぁっ、あんっ、あ、あ、あ…せ、せんせ…せんせぇ…」 「あ、う…っ」 必死でしがみついてくる明日香ちゃん。 その柔らかさ、温かさ…そして、熱さを、奥深くまで、堪能する。 そうやって、明日香ちゃんに放出することを想像し、このセックスを、終わらせる方向に走る。 それでも、この程度にゆっくりと動いていては、すぐ出るってわけにはいかなそうで…「ふぅっ、あ、あぁ…あぁぁぁぁ…っ、や、ふぅっ、ん、ん、んぅ…あ、あぅぁ」 「明日香ちゃん…ごめん。後にするから…もっと、うごいていい?」 「ふぇ…? う、うごくのぉ…もっとぉ?あ、んっ、んぅ…くっ…」 「終わらせるから…だから、最後だけ、我慢して…っ」 「う、うあ、うあぁぁ…っ、う、うん…わかった…がまん、するよぉ…」 「ありがと…明日香ちゃん…」 「なんの、なんのぉ…っ、あ、愛するせんせの、ためだもん、ねっ…」 「~っ!あ、あ…明日香ちゃんっ」 「ふぁあああっ、あ、あ、あ~っ!い、いたくないもんっ…あ、ん、んぅっ、あ、ああ…せんせ…せんせぇぇ…っ」 「はぁっ、はぁっ、はぁぁっ!」 明日香ちゃんの、愛の言葉に励まされ、余計に、激しく興奮して、思い切り明日香ちゃんを掻き回す。 …逆効果だっての。 「うああっ、あんっ、あんっ、あ~っ、あぁぁぁ~っ!せんせ、あっ、すき…すきぃ…だから…だからぁっ」 「お、俺も…明日香ちゃん…っ」 来た…来た…背中から、じんじん下半身に集まってくる。 激しい射精感が、突き上げてくる。 「ふぁぁっ、あ、あ、あ…あああああ…あ、ああああっ、あぁぁぁ~」 「あ、明日香ちゃん…い、いく、から…う、あ、ああああああっ!」 「あぅぁぁぁああああああっ!」 「うあああっ!」 明日香ちゃんのなかで、俺が思い切り膨れる。 「ふあぁぁぁぁああああ~…あ~っ、あぁぁぁぁ~」 どくん、どくん、どくん…薄いゴムを隔ててだけど、明日香ちゃんの胎内へと、精液が吐き出されていく。 生まれてこの方、体験したことのない、頭の中が真っ白になるくらいの射精感。 「あぁぁ…あぁぁぁぁ…っ、は、はぁ、はぁぁっ…あっ、あっ、あっ…」 俺が、びくん、びくんって震えるたびに、明日香ちゃんの身体も、びくびく、びくびく反応する。 胸がぷるんって揺れて、おなかが激しく上下して、太股から下は、痙攣してる。 「ふあぁぁぁ…あ、せんせ…あ…わたしで…イった、んだぁ…」 「う、うん…明日香ちゃんの、なか…すごく、気持ちよくて…うあ、あ…っ」 「そ、そなん、だぁ…っ、あ…っ、よかった、ねぇ…わたし、いたかったけどぉ…しあわせだよぉ」 「…ご、ごめん、な」 「ごめんは無し…ん…」 「んんっ?」 「ん…ちゅ、んぷっ…あ、あ、あ…せんせ…せんせぇ…うれし、よ…っ」 まどろむ時間も惜しんで、俺たちは、ふたたび唇を吸いあった。 「えへへ…どうかなぁ?」 「どう…って…なんだよこの面積の狭さは!?」 「お店でも、ちょっとドキドキだったよぉ」 色はピンクで可愛らしいけど、肝心な部分を覆う布地の量は、なんとも申し訳程度で…しかも、明日香ちゃんの腰には、ほっそい紐が引っかかってるだけで、よくぞこんなんで脱げたりしないものだと感心する。 「今日は転んだりしたらしゃれにならなかったし、いつもより、ちょっと大人しめだったでしょ?」 「買ったの? これ」 「ううん…美鈴たちからのプレゼント」 「友達思い…なのかなぁ?」 こんな、切れ込みの深い勝負ぱんつ…………あれ?何かおかしくないか?「ねぇ…えっちな気分になったぁ?」 「明日香ちゃん…」 「うん…」 「…なんで友達が勝負下着をくれるんだ?」 「………」 「普通、こういうのって、そういう相手がいるって知ってないとくれないよなぁ?」 「あ、あはは…」 「………」 「ほ、ほら、きっと色々と気を回してくれたんだよ。ってわたしって奥手だしぃ」 俺もつい二ヶ月前まではそう思ってたけどな。 「明日香ちゃん…バラしたな?」 「う…」 「面が割れてるから恥ずかしいって言ったのに…」 それどころか、散々『日陰の女ごっこ』と称して、色々とおねだりされたりいじめられたりしたのに…「で、でもほら!ちゃんとお店のみんなには話してないよ?だってきっと、恵麻さん泣いちゃうし」 それは想像するだにみっともない。 「あんまり広めるなよ?」 「うん…わたし、堪え忍ぶよ」 「おい」 いずれは皆にも言うべきことなのはわかってる。 けど、今はまだ、その時期じゃないって思うから。 ………それにしても、目の前にある、目の毒な光景は、その、なんというか…「よくこんな凄いの買ってきたよなぁ…」 「あ、でも、こういうののお店って、可愛らしい感じで、結構入りやすいんだよ?」 「でも…ここ、こんなに切れ込みが…」 「ぁ…」 下着の、股の切れ込みの部分に、指を這わせる。 明日香ちゃんのすべすべの肌と、下着の布の薄さが、いっぺんに指に伝わる。 「こんだけ短いと不安じゃなかった?…処理とかした?」 「え、えっと…ゆうべ、一度履いてみたんだけど、はみ出してなかったから…」 「明日香ちゃん、薄いもんなぁ」 「っ…ぅ、ぁ…」 指は、いつの間にか下着の中心に移り、ちょびっと浮き出てる筋のところをなぞる。 「けど、ほんっとにこれ…面積少ない上に、ペラペラだぞ」 「は、あ…あ、ああ…て、てんちょ、ぉ…」 縦になぞる指の速さを段々と上げていく。 結構、おっさんくさい責めだよなぁ、俺も。 「なあ、こういうのって、履いてて違和感とかない?俺も一度だけほら、ピチピチのビキニパンツ?あれ履いたことあるんだけど」 「へ、へぇ…っ…て、てんちょのピチピチ…見たかったなぁ…」 「あれ、なんつ~か、すげぇ押し付けてきてさぁ。れで、ずっと変な感覚で…まぁ、その、なんだ」 膨張したせいで、押し付けられ感が更に増したりとか。 「う、ふぅっ…あ、はぁ、ぁ、ぁぁ…」 「…明日香ちゃん」 「ふ、んっ…ふぁっ、な、なに、ぃ…っ?」 「このままじゃ、これも汚れちゃうけど…いいかな?」 「ふあぁぁぁっ、あ、あ…て、てんちょ、ぉぉ…っ」 薄い布を、指の腹でごしごしこすり、人差し指の爪で引っ掻き気味に刺激を与えて。 ついでに、上のほうにある突起の周りをぐるぐる回すようにこすってたら…「や、やぁ、そこ…そんなふうに…やっ、ん、ふぅ…あ、はぁ、はぁぁ…っ」 いつの間にか、ピンク色の布は、水気を帯びて、ちょっと赤っぽくなってきてた。 「かわいくて、いやらしい明日香ちゃん…大好きだぞ」 初めてのときも、下着を2枚とも濡らしちゃってたし…明日香ちゃんって、本当に、濡れやすい。 「ああああっ! う、やぁ、てんちょぉ…そんなに、いじめちゃやだってばぁ」 「だって…えっちな気分になったから。日香ちゃんがこうしたんだぞ?」 いつも、最初はガンガンにからかってくるけど、俺が本気でいじり出すと、こうなるんだよなぁ。 耳年増で、積極的で、ものすごく敏感で…でも、感じ始めてくると、今度は羞恥心が表に出てきて。 男を、いや、俺をくすぐる行動を、本能的に取ってくる。 「う、あ、あ…も、もう…だめぇ…っ」 「替えの下着…持ってきてる?」 「う…うん。ってわたし、すぐこうなっちゃうもん…っ、ひぅっ…う、んっ…あぁ、ふぅんっ」 「じゃ…もっと汚しちゃっても、大丈夫だな」 「ふ、あ…も、もっと、するのぉ…?そ、それじゃあ…脱ごうか?」 「いいよ、このままで」 「で、でもぉ、このままだと…邪魔じゃない?」 「邪魔になるほど面積がないじゃん。れに、こんなに薄いし…」 下着越しからでも、じゅくじゅくと染み出してくる、明日香ちゃんのしずく。 俺は、そのしずくを、舌を這わせてすくい取ろうと…「うああああっ、や、や、やぁぁ…っ、て、てんちょ…っ、そ、それ、うあ、うああぁぁ…っ」 「ん…はむ…」 直接でなく、濡れた下着に口をつける。 布越しでも、もう、ぐっしょりと濡れてるから、明日香ちゃんの温かさも、匂いも、しっかり伝わってくる。 「ちょっ、ちょっとぉ…てんちょぉ…そ、それ…だめっ…なんかぁ、じれったいよぉ」 布越しに、音を立てて吸ったり、息を吹き込んだり。 舌先で、何度も、何度も、なめ上げると、唾液と、それ以外の液で、べとべとに濡れてくる。 明日香ちゃんのそこに貼りついて、くっきりと、形を浮き出させてしまっている。 「ん…んぅ…ちゅ、れろ…ん、んん…」 「ふあぁぁぁっ、あぅ~、う、うあぁぁ…はぁ、はぁ、はぁぁぁ…も、もう、やぁ…っ」 明日香ちゃんの、瑞々しい匂いが、どんどん濃くなってくる。 その香りを、布越しに胸一杯に吸い込む。 「う、ああ、あぁぁ…やだ、やだぁ…匂い、かいじゃやだよぉ…」 布越しに息を吸い込むと、その微妙な刺激が、明日香ちゃんのそこに伝わるらしく、くねくねと身をよじる。 その動きが、また俺の情欲をそそる。 頭が恍惚となり、全身で明日香ちゃんを味わいたくなる。 「ん…んぶ…あ、明日香ちゃんっ、あ、あむ…んっ…ああ、ふぅ…ん…」 「あっ…あぁぁっ…あぁぁぁぁ~、ちょっと、こ、こんなの…うあぁぁぁ」 下着は、俺が口をつけた部分だけじゃなく、お尻の方にまで、シミが拡がってる。 次から次へと流れ出る、明日香ちゃんの液。 溢れ出して、止まりそうにない。 「やぁぁぁぁ…てんちょ、もう、もうっ…は、はやく、なんとかしてよぉ…っ」 とは言われても…この光景と、温もりと、舌触りと、匂いが、俺の脳に、次から次へと快感を運ぶから…「あぁぁ…あぁぁぁ…あぁぁぁぁ…て、てんちょぉ…も、もう、ゆるしてよぉ。んな、じれったいのはいやだよぉ」 さっきから、全身がびくびく硬直してる。 じわじわと襲い来る、けれど決して激しくはない快感のせいで、中途半端につらくなってるみたいだ。 「…どうして欲しい?」 「そ、そのぉ………」 「抱きしめる?」 「う…うん」 「キスは?」 「…して」 「さわるのは?」 「さわってほしいし、さわりたい…」 「…入れてもいい?」 「今日は…いつもの、いらないから」 「…おいで」 「う、うん…」 ふらふらと揺れながら…明日香ちゃんが、俺にもたれかかってくる。 ………「ふ、んぅ…ちゅぷ…あ、むぅ…はむんっ…んぅ…あ、あ、あ…ちゅぅぅ…んぷっ」 明日香ちゃんを、背中から抱っこして、色んなところで気持ちよくしてあげる。 唾液を流し込みあうような、濃厚なキスをかわし、服をたくし上げて、その豊満な胸を、じわじわといじめ、濡れた下着の中に指を入れて、激しく掻き回す。 「んんんんん~っ、ん、ん、んぅぅぅぅ…て…てんちょ…ああ、すご…んあぁぁっ」 「ん…ちゅぷ…あむ…んれろ…じゅぷ…あ、明日香、ちゃん…っ、ん、ん…」 「ああ、ああ、あぁぁ…やだ、あつぅい…てんちょ…わたし、めちゃめちゃだよぉ…」 明日香ちゃんの胸は、本当に気持ちいい。 大きくて、弾力があって、乳首は敏感で…ちょっと、爪でいじめるだけで、びくびく反応して、じくじくと漏らしてくれる。 それは、下着の中…さらには明日香ちゃんの中に入れた指に、いっぱい伝わってくる。 「うあぁ、ああ、あ、んむぅ…ん、ん…んむぁっ…あ、ああ…ああんっ…」 「ん、あ…あ、明日香、ちゃんっ…お、俺…その…いい、かなぁ?」 さっきまで、俺のことからかってた明日香ちゃんが、今はその面影がないくらい悶えてるのと同じように…さっきまで、誘惑をはね除けようとしてた俺は、今はその面影がまったくないくらい、明日香ちゃんを、めちゃくちゃに求めてる。 家庭教師も、雇い主も失格…だよなぁ。 「あ、う、うん…きて…てんちょ…なか、はいって、きてぇ…」 「う、あ、あ…く、ぅぁぁぁっ…」 「あ~っ! あ、あ、あ…んぅぅっ…う、く、あ、あぁぁぁ…っ」 明日香ちゃんの言葉が終わる前から…さっきまで、明日香ちゃんのお尻にこすりつけてた俺のものを、なかに、埋め込んでいく。 「う、くぅぅぅぅ~っ、ん、あ、あぁぁぁぁ…は、はい…ったぁ…」 「うん…明日香ちゃんのなか…あったかい…よ」 「ほ、ほんとぉ…?」 「あ、ああ…っ、うあぁ…すげ…気持ちいい…」 「そ、そなんだぁ…っ、安全な日、しらべて、よかったぁ…」 「ありがとな…明日香ちゃん…ん、んぷ…れろ」 「ひぅぅぅぅっ!?あ、だからてんちょ…耳、はぁ…っ」 明日香ちゃんが、首をすくめて、耳へのキスを避けようとする。 何しろ、ここもかなり敏感だし。 まぁ、だからこそ責めがいがある。 「ん…んむ…ん、あ、はぁ、はぁぁ…っ」 「あ、んっ、や、く、あぁ…あぁぁ…あ、やぁん…ん、んぅ…あ、はぁ、はぁぁ…っ」 明日香ちゃんのなかに入った俺のものは、ゆっくり、ゆっくりとしか動かさない。 何しろ、この体勢だと、そんなに激しく動けない。 明日香ちゃんを抱きしめて、上下に揺らして、微妙な快感を貪っていく。 「ふぁぁっ、あっ、あっ、あぁぁ…っ、んぅ~、て、てんちょぉ…うあ、うあぁぁ…」 「明日香ちゃん…ああ…くぅ…ん…んむ…ちゅ…」 「ふむぅぅ…ん~、んんぅぅぅ~っ、あ、ちゅぶ…んぶぅっ、あ、あむ…んむぅぅぅ…」 ゆっくり、ゆっくり、突き上げながら、もう一度、明日香ちゃんの唇に吸いつく。 甘くて、柔らかくて、温かくて、しめってて、とろけるような唇に。 「んむ…あ、んむぅ…ちゅぷ…ちゅぅぅ…んぅ…っ、んぅ~あ、んん…ちゅ、ぷぅぅ…はぁ、んむ…ふぅ」 唇を合わせたまま、明日香ちゃんの腰を抱えて、段々、突き上げの速さを上げていく。 「んぅぅぅっ、んっ、んっ、んんんっ、は、んむっ、あ、あんっ、あんっ、あっ…」 途中から唇が離れて、明日香ちゃんの喘ぎと吐息が、俺の耳元で、流れていく。 最初の頃は、声からも、かなり痛がってたってわかったけど…今は、結構…「あぁぁっ、あっ、あっ、あぁっ…て、てんちょ、ぉ…さ、ささって…てんちょのが…おなかに…っ」 「う、ああ…明日香ちゃん…いい…明日香ちゃんのなか…いいっ…」 「う、うん、だってぇ…わたしのここ…てんちょが拡げたんだもん…」 「っ!」 「んっ、く…あぁっ、あ、あ、あ~っ!な…きゅ、急に、はげしくしないでぇ…」 「ん、んなこと言ったって…明日香ちゃんが、そんなこと言うから…っ」 「で、でも、でもっ、事実だもんっ…わたしのなか…てんちょしか入ったことないんだからぁ」 「あ、く、ぅぁっ…」 「ああっ、う、あ、あ…な、なんか…おっきくなったぁ…ひぅっ、ん、んあぁっ、あ~っ」 明日香ちゃんの、言葉の暴力(?)に対抗すべく、背中から、力いっぱい抱きしめて、激しく出し入れする。 両手でその豊満な胸を揉みしだき、まるで絞るみたいに、ぎゅうぎゅういじめてあげる。 「や、やぁっ、ひぅっ、お、おっぱい…いじめないでぇ、そんな、強すぎるよぉ…っ」 「だって明日香ちゃん…いじめられるの好きだろ…っ」 「い、ああ、ああっ、あ~っ! やだやだやだっ、もうっ、色々とすごくてやだぁっ!あぁぁぁぁ~っ、あ、ああ、ああああっ!」 ぐいぐいと胸に手を押しつけて、掴んでは絞り、乳首をコリコリと指で転がして、つまんで、押しつぶす。 また、耳や首筋にキスの雨を降らせて、明日香ちゃんの体の香りを、めいっぱい吸い込む。 「ふぅぅんっ、ん、んぅっ、あ、あ、あ…て、てんちょぉ…ひ、ひぅっ…」 明日香ちゃんの、奥へ、奥へと入り込んで、その、柔らかい肉の中身まで、めいっぱい感じる。 明日香ちゃんのなかに入れるのは、俺の、ごく一部だけなんだから、そこに感覚を集中させて、快楽を貪る。 「う、あ、ああ…あ、で、でもぉ…いたくない…よ、てんちょぉ…いい、感じぃ…う、あ、あぁぁ…」 「よ、良かった…明日香ちゃん…気持ち、いいんだ?」 「う、そ、その…っ、う、うんっ…ちょっと…よくなってきてるよぉ…んっ、あ…んむ…んちゅ…ぷぅ…」 「ん…あむ…はむぅ…ちゅぷ…んん」 言葉を濁すように、またキスに戻る俺たち。 唇と舌で、くちゅ、くちゅって音を奏でてるとき、下半身も、ぐちゅ、ぐちゅって音を漏らしまくってる。 明日香ちゃんのお汁は、俺のズボンにまでぽたぽたこぼれてる。 「ふむぅ…ちゅぅぅ…んぷっ…あ、あむ…はぁ、はぁ、はぁぁ…っ、あ、んっ」 口の周りからも、涎がぽたぽたこぼれて、やっぱり、俺の服や口元を濡らす。 「ん~…ぺろ…ちゅ…」 「ふぁぁっ、あ…ん…て、てんちょ…くすぐった…んぅぅっ、あ、ん…あぁ…でも…じわって、くるよぉ…」 目からも、感極まった涙がぽたぽたこぼれてる。 その涙にまで舌を這わせ、美味しくいただいく。 「明日香ちゃん…明日香ちゃん…っ、そろそろ、俺…」 「んっ、ぅ、あ…?あ、う、うん…そう、なんだ…てんちょ………いきそぉ?」 「あ、ああ…」 いくらもどかしい動きだったとしても、何しろ、明日香ちゃんと繋がってるんだ。 明日香ちゃんの重みを感じて、明日香ちゃんの匂いを嗅いで、明日香ちゃんの唾液を飲んで。 明日香ちゃんのおっぱいをいじりまくって、明日香ちゃんのいやらしい声をいっぱい聞いて、明日香ちゃんのなかに入って、動いて…本当なら、すぐにだって、イけるくらいに、すごく気持ちいいこと、してるんだ。 「ん、あ…あぁぁ…そ、そいじゃ、いいよぉ…」 「明日香ちゃん…はぁ?」 「わたしはぁ…もう、さっきから、だめだもぉん…あ、あは…きもち、いいよぉ、てんちょぉ…」 「…よかった、ぁ」 「だって、だってぇ…せんせが…てんちょがぁ…っ、な、なかで、あばれてっ…う、ぁぁっ」 「だ、だって、明日香ちゃんのなか…っ、う、あ、あ…あぁぁぁ…っ、く、ぅぅ」 「あっ、あっ、ああっ…ま、また、はげしくっ…う、く、あぁぁっ、あんっ、い、ぅぁっ」 ラストとばかりに、明日香ちゃんの腰を持ち上げて、勢いよく打ちつける。 今までの、ぐちゅ、ぐちゅっていう音が、乾いた、けれど大きな跳ねる音へと変化する。 「はぅっ、う、う、くぅっ…あ、明日香ちゃん…いい、すげぇ…っ」 「う、うん、うんっ…おなか…いっぱいに、はいってるぅ…あ、あ、あ…や~っ、あんっ、あぁぁっ」 「お、俺、俺っ…あ、く、く…ぅぁぁっ」 「も、もう、もうっ…だ、だめ、わたしだめっ、すごい、だめになっちゃう…っ」 「あ、明日香ちゃん…いい?なか…本当に、いい…っ?」 「う、うん、だいじょうぶ…っ、てんちょ、わたしの、なかぁっ…ああんっ」 なかに出されるって、今さらながらに意識したんだろうか…明日香ちゃんのなかが、最後の最後に、ぎゅうって収縮した。 「う、あ、あ、だめだぁっ!だ、出す…う、あ、あ、あ、あ…ああああっ!」 頭の中が、真っ白になって…「や、や、や~っ!あああああああああああ~~~っ!」 「あ、あ、あ、あ、あ~~~っ」 「ひぅっ、うううっ、んぅぅっ、あんっ、ひぁぁぁ~…」 幾度も、明日香ちゃんの胎内にぶつかる射精感。 「や、やだ…てんちょの…おっきくなって、ちっさくなって…出してるの…わかるよぉ…っ」 俺たちを遮るものは、なにもないから、明日香ちゃんにも、ダイレクトで伝わる。 「あ、ぅぁ…あああ…っ、あ、明日香ちゃぁん…」 「ま、まだ…すご…っ、あっつぅ…うあ、まだきてる」 「は…はは…はぁぁぁぁ…」 二人の結合部から、二人の混ざり合った液が、ぽたぽた、ぽたぽたとこぼれてる。 それだけ、お互いに、出したってこと。 二人のセックスが、とてつもなく気持ちよくなってるって証拠。 「はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ…て、てんちょぉ…」 「あ、明日香…ちゃん」 だから、俺たちは…「今日も…帰り、おぶってねぇ…わたし、もうダメだよぉ」 気持ちよすぎて、限界をついつい超えてしまう。 「んな馬鹿なぁ…俺も、気絶しそうなくらい疲れたのに」 「ど~しよ~…もう、帰らないといけない時間なのにぃ」 「お、俺…足、しびれたもん。日香ちゃんがずっと乗っかってるしぃ」 「うあぁぁ…てんちょ、責任転嫁だぁ…」 「は、んむ…ちゅぷ、ん、ん…」 「あ…明日香ちゃ…っ、く、ぅ」 「ふむぅ…ん、んぶ…ちゅ、れろ…ん、ん…ね、ねえ、せんせ…いい?」 「う、うん…すごく…っ」 「よかったぁ…練習した甲斐があったよぉ」 「れ、練習て…こら…」 「も、もっとしたげるね?ん、んぅ…ちゅぷ…んく…んっ、んっ…」 「うあああっ」 俺の下半身を、鈍く駆け抜ける快感の嵐。 そりゃ、当たり前だ。 だって、明日香ちゃんが俺のを…飲み込んでくれてる。 「んっ、んっ、んぅっ…んく、ちゅ…ぷぅっ、は、んむ…れろ、ん…ひぇ…ひぇんひぇぇ…はむ…」 口で挟んで、舌でべろべろに舐め上げてくる。 …一体、どんな練習したんだよ。 「あ、明日香…ちゃんっ」 「ふぅんっ…?あ、へんへ…はぁっ、あ、んっ…」 目の前で、明日香ちゃんのお尻が、ゆらゆらと揺れてる。 俺のプレゼントした、例の、かなりエッチっぽい下着。 今日のために、やっぱり、履いてきてくれた。 「はぁ、ん…あ、あ…」 「ふぅ、ん、んぅ…じゅぷ、んぷぅ…あ、あむ…は、は、は…あんっ、あ…せんせぇ…そこ、ぉ」 だから俺は、目の前にある、セクシーな下着に包まれた下半身に、両手を伸ばし、いじくる。 両手の親指で、明日香ちゃんの中心をなぞり、割り開くように、左右に押し拡げてみる。 その拡がりのなかに、人差し指を突っ込んでみたり、手前の突起に、指の腹を押し当ててみたりする。 「うあぁ…あ、あ、んっ…ふむぅっ、んむ…あ、んぷ、ちゅぅぅ…は、ん、くぁぁっ」 明日香ちゃんは、音を立てて、俺のモノを、舐め、しゃぶり、すすり上げ、刺激を与えてくる。 だから俺も負けないように、激しく指を動かし、明日香ちゃんの花びらを、下着越しに愛撫する。 明日香ちゃんは、いつもの例にならって、あっという間に、下着から染み出させる。 「ふ、んぅ、あ、ああっ、せ、せんせ…っ、や、ちょっと…また、もうっ…わたしが、きもちよくしたげるのにぃ」 「だって…明日香ちゃんのここが目の前にあるんだぞ…?本当は、誘ってただろ…?」 「そ、そんなことな…やぁぁっ、あ、あ、あ~っ!ゆ、ゆび…なか…にっ…」 下着を横にずらして、人差し指を直接、明日香ちゃんのなかに、潜り込ませる。 じゅくじゅくに濡れていたそこは、俺の指をたやすく受け入れて、奥へと誘う。 「うああ、あ、あ…これ、あ、あむ…ちゅぷ…ふむぅんっ、ん、んむ…ら、らからぁ…らめぇ」 指を、すぐに二本に増やして、激しく往復させる。 指に垂れてくる液の量も相当なもので、ぽたぽた、ぽたぽたとこぼれ、俺の顔にまでかかったりする。 これは…すくい取ってあげないと。 「明日香ちゃん…お尻、落として。う、そう…」 「へ…? あ、や、だめっ、そ、んなぁ…あ、んむ…ひぅっ」 立て膝になってる足を掴んで、ゆっくりと、ずり下げていく。 すると、明日香ちゃんの腰が落ちて、俺の顔に、一番恥ずかしいところが、覆い被さってくる。 「らめ、らめぇ…せんせぇ、そこ…やっ…あああああっ!」 下着をもう一度、横にずらして、舌先を直接、明日香ちゃんの胎内に突っ込む。 「は、んむ…じゅぷ、んく…はむんっ、ふ、あ、あ…明日香ちゃんの…すごく出てくる…」 「や~、や~、やぁぁぁぁっ!な、なかまで入れないでぇっ、や、あ~っ!」 どうせ後で、『なかまで入れる』のに、何故だか最初は抵抗するんだよな。 まぁ、アレでするのと、舌でするのとでも、また羞恥の度合が違うのかもしれないけど。 「ん、ん、ん…は、む…ちゅ…んく…じゅるる」 「いや、いやぁぁ…えっちな音ぉ…もう、せんせってばぁっ」 口をつけて、息を吸い込んで、明日香ちゃんの穴から、音を立ててすする。 次から次へとこぼれ出るしずくは、口の中に留まらず、俺の顔を濡らしていく。 「やぁ、やぁぁ…も、もうっ、ん…ちゅぶぅ…ん、んむっ、じゅる…ふむぅんっ」 俺のえっちな音に対抗して、明日香ちゃんも、激しく音を立てて、俺のものに吸いついて、飲み込む。 二人の発する、吐息と、口唇と、性器と、唾液の奏でる音。 濃密な匂いと、ねばっこい空気が、部屋を包み込む。 「んっ、んぅ、ちゅぷ…はむ…んっ、んっ…んんんっ」 「は、んむ…ちゅぷ…ん、く…は、むぅぅぅぅっ、あ、あ~っ、は、ん、くぅっ…せ、せんせぇ…」 「んん…ちゅぅぅ…んく…れろ…はむ…んちゅ…ぷぅ」 「あ、あ、あ~っ!ちょっ、待ってせんせっ、わたし、ちょっと…あああっ」 やっぱり、明日香ちゃんは、色んなとこが敏感だ。 舌を入れて、激しくかき回しながらも、指で、先っぽの突起に触れて、くりくりとこすってあげると、その部分が小刻みに震えて、快感をアピールする。 それに気をよくして、思い切り拡げ、深くまで突っ込んで、激しく動かして、こすって、つまんで、引っ張った。 「うああああっ!? や、やだ、ちから、はいんないよぉ…も、もう、せんせのへんたい…っ」 明日香ちゃんの、俺を責める声も、誉め言葉と受け取って、いじくるのを続ける。 本当に、全身に力が入らないみたいで、俺の体の上で、くたぁ~って、うつぶせに横たわってる。 荒い吐息が、俺の股間にかかり、ちょっとくすぐったい。 「せ、せんせぇ…もう、勘弁してよぉ…わたしだけ、わたしだけおかしくなっちゃうよぉ。、あ、あ…ふあぁぁぁ…っ」 「なら…明日香ちゃんも頑張って。、んっ…んぅ…ちゅ、ぷ…」 「そ、そんなこと、言うんだったら…そんなに、激しく、しないでよぉ…、や、やぁ、も、もう、だめだってばぁ~」 「口がお留守になってるぞ…ん…ちゅぷ…んぅ…あ、じゅぷ…んん」 「うああぁぁぁっ、だ、だって、だってぇ…せんせが…せんせがぁ…いやぁぁぁっ、あ、あ…」 明日香ちゃんは、もう、顔さえ上げられずに、全身をびくびくと震わせている。 これなら…一度、イかせてあげられるかも。 「明日香ちゃん…お先にどうぞ」 舌先を、先っぽの突起に潜り込ませ、ぐるぐると舐め回す。 穴の中には、指を二本入れて、中で拡げるように動かす。 「や、や、や、だ、だめ、だめっ、せんせ、いやだぁ、だめだってばぁ」 「ん…んむ…いいから…イっていいから…ちゅぷ…れろ…」 「そんなこといったらぁ…いや、しびれるよぉ…っ、あ、だめ、だめ…も、もう、こんなのだめだよぉっ」 明日香ちゃんの痙攣が、さらに激しくなる。 指を入れた穴の中からこぼれるしずくは、もう、次から次へと湧き出て、明日香ちゃんの絶頂が近いことを教えてくれる。 だから…もっと…いじめてあげる。 「ん…ちゅぷ…かぷ」 最後に、舌先で露出させた突起に、軽く歯を当てると…「う、あああああああっ!?あ~っ、あ~っ、あああああ~っ!」 「んんっ」 一瞬、激しいしぶきが、俺の顔にかかり…「ああああああ~っ、ああ、ああ…いあぁぁぁ…せんせ…せんせぇ…ひぅっ、あ、う…」 俺の、差し込んだ指と舌を、潰してしまうんじゃないかってくらいに収縮して…「うあっ、あ、あぁぁぁぁ…あんっ、あんっ、あ、あ、あ…あぁぁぁぁ~」 そのまま、くたって、更に脱力して。 俺の顔に、ぽたぽたしずくをこぼしながら…「ご、ごめんなさぁい…い、いっちゃったぁ…せんせより先に…いっちゃった…よぉ…」 そんな、いやら可愛らしいことを、呟いた。 「全然OK。らしい明日香ちゃん、とてつもなく可愛いし」 「はぁ、はぁ…ほ、ほんとぉ…?」 「ん…大好き、だよ。気で…な」 「っ…ぅ…」 俺の体の上で、また、びく、びくって震える。 俺の顔に股間を押しつけて…って考えると、めちゃくちゃいやらしい格好だけど…いや、実際いやらしいんだけど、でも、愛しくて愛しくて…「ん…ちゅぷ…」 「あ、明日香ちゃん…?」 「が、がんばる、ね…せんせも…いかせてあげるから、ね?ん…ちゅぷ…はむっ、ん…んぷ…」 「無理しなくても…たった今イったばかりだろ…」 「ん…ん…でも、でもっ…わたしが先にしてたんだもんっ…せんせを気持ちよくさせてあげたいんだもんっ」 「明日香ちゃん…ぁぁ…」 「ん…んぷ…ちゅぷぅ…は、はむ…んぅ…ん、く、あ、はぁぁ…ちゅぅぅ…んぅ…」 二人して、お互いのあそこを舐め合ってるにしては、なんだかこそばゆくて、微笑ましい会話になっちゃってる。 それこそが明日香ちゃんの、なんとなく癒されるキャラクターによるものだろうか。 「は、んむ…ちゅぷ…ひぇんひぇぇ…いって…わたしのおくちで…いってよぉ…んぷ…」 「う、あ…っ」 今の言葉は、かなりキた…明日香ちゃんの口の中で、びくんって跳ねるくらいに、感じてしまった。 「あ、んっ…おっきくなった…せんせの…またぁ…あ、あむ…んぶぅ…ちゅぅぅ…はむ…んっ…」 「あ、明日香…ちゃん…」 下半身に受ける刺激と、目の前で、ひくひく半開きで蠢く、明日香ちゃんの花びらのせいで…俺も、すぐ、限界に近づいていく。 「は、んむ…んぷっ、あ、ちゅ、ぅぅ…は、んっ、んっ、んっ、んんんっ…」 「あ、あ、あ…す、すげ…っ、あっ、ちょっ、い、いいよ…これ…っ」 情けないくらいに激しい喘ぎが漏れ出してきた。 けど、それが、明日香ちゃんをも加速していく。 「ん、んんっ…へ、へんへぇ…だひて…は、んんっ、んむ…はむぅんっ、ちゅ…ぷっ…」 「う、くぁぁっ、は、あぁ、あ、あ…」 そして…あっという間に…「んんっ、んんんっ、んくっ、んんっ、ちゅぷぅ…は、あぁ、あぁぁ…んんんんんっ!」 明日香ちゃんが、喉の奥まで飲み込むと同時に…「あ、あ、あ…あああああっ!」 「んんんんん~~~っ!!!」 びゅくぅっ「ああああ~っ!」 「あむっ、ん、んぅぅぅ~っ、あっ、あっ、すご、せんせっ…ちゅぷ…けほっ、けほぉっ…」 「あ、あ、あ…明日香、ちゃぁん…っ」 喉の奥に放ってしまったせいで、明日香ちゃんがむせてしまっている。 済まなさと、そして、とてつもない快感と…「ん…んくっ、あ、こほっ、あ、らめぇ…あ、んむ…ちゅぅぅ…ん~…ん、ん…」 一度口を離したのに、またわざわざ吸いついて、次から次へと出てくる精液をすすってくれる。 「ん~…ちゅぷ…ちゅぅぅ…あ、あむ…で、でたねぇ…せんせぇ…すっご…」 「あ、あ…」 「出してくれたんだねぇ…あ、あむ…うあ…どろどろだよぉ」 「ご、ごめん…」 「やだなぁ…わたしが出させたんだもん…ん…うあ…なんか…えっとぉ…」 「は、吐き出せ」 「あ…う~ん…べつに嫌じゃないよぉ。んせの、だもぉん…ん、あむ…んっ」 俺からじゃ見えないけど…なんか、まだすすってる音がする。 「ん~…んぅ~…ん、んく…ふ、ふぅぅ…」 「ほ、ほんとに大丈夫、か?」 「…なんか、微妙な味だねぇ…あはは」 そんな感じで、明日香ちゃんは、脱力したまま、ちょっとだけ、笑った。 「………」 「はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ~…」 「明日香ちゃん…」 「…んぅ」 「お互い汚れちゃったし…お風呂わかすから、入りなよ」 「うん…いっしょに…はいろ」 「…狭いぞ?」 「だから…いいんじゃないよぉ」 ………………「ん、ふ、あ…」 「う、く…」 「うあ…すごい、せんせ…すぐにおっきくなるね…」 「そ、そりゃ…気持ちよすぎるから」 「ほんと? きもちいい?わたしのおっぱい…気持ちいいかなぁ?」 「そ、そりゃ…柔らかいし、あったかいし、…ぬるぬるだし」 「えへへ…うれしいなっと。しょ、んしょ…っ」 「け、けど………どこでこんなこと覚えたぁっ!?」 「ん、ん…それは、その………『明日香のおっぱいならできる』って、みんなが…」 「友達づきあいを考え直せ…」 お風呂を沸かして入るまでの時間で、せっかく(?)大人しくなった俺のモノが、明日香ちゃんのせいで、むくむくと再起動していく。 明日香ちゃんと体の洗いっこって話になって…お互い、汚れ物を“出した”ところを重点的に洗おうってところから、コンセプトがおかしくなった。 石鹸を手にとって、下半身をいじりあい、結局、二人して興奮して、抱きあって床に転がって…「ん、んっ、んんっ…ね、ねえ、どんな感じかなぁ?」 「どんな感じもなにも…うわぉぅっ」 「あ、ぴくぴくきた…せんせ、ほんっとにきもちいいんだぁ」 柔らかくて、なめらかで、包み込む圧力は、お口やあそこほどじゃないから、もどかしくて…でも、明日香ちゃんのしてることそのものが、俺を極限まで興奮させることも確かなわけで。 「ん、ん…せんせの先っぽ、見えるよ」 明日香ちゃんの胸から、出たり、入ったり。 もう、かなり限界近くまでカチカチになってる。 「なんか、さっきからずっとなめてたら、愛着わいてきちゃった…ちゅ…」 「あうぅ」 しかも、その先端の尿道口に、明日香ちゃんの舌先が届き…「ん、ん…ちゅ…ぷ…あ、あんっ、ふぅっ、あ、む…」 とうとう、また、口と舌まで使って、明日香ちゃんの愛撫攻勢がはじまった。 「あ、明日香ちゃん…あ、く…」 「ふぅ…ん、ちゅく…はむっ…せ、せんせぇ…すりすり、気持ちいい?」 「でなきゃこんな情けない声出してないって…」 「そ、それも…そだねぇ…えへっ、ん、ちゅぷ…ちゅぅぅ…ん、んっ…」 明日香ちゃんの舌先が、すぼめた唇が…俺の、尿道の先にピンポイントで刺激を与えてくる。 そこしか届かないから仕方ないんだろうけど、なんてもどかしい拷問…「ふ、んむ…あっ、あっ、あぁっ…お、おっぱい…こすれて…っ、あ、あんっ」 「ふ、あ、あ…明日香ちゃぁん…」 「ひぅっ、やだ、せんせかわいい…今の、もっと言ってぇ」 「な、なめんなぁ…こらぁ」 「な、なめたら、もっと言う?はむ、んちゅ…ちゅぷぅ…は、んむ、んっ」 「意味違ぁう…っ、あ、ああ…あ…」 「うあ、うあ、うあぁ…かわいい、かわいい…ん、ちゅ…ぷぅっ」 あかん…俺の喘ぎ声が、明日香ちゃんにヒットしてしまったらしい。 今までよりもさらに積極的に、おっきな胸で俺を挟み込み、唇で囲い込んで、舌先で、チロチロと舐め回す。 「へんへ、へんへぇ…あ、んむ…ちゅっ、う、あ、あ、あ、あ…や、ちょっと、動かさないでぇ」 「む、無茶言うな…それ勝手にっ」 俺のが反り返って、挟まれてる胸から、勝手に逃げ出そうとしてる。 それを追いかけて、明日香ちゃんが、もっと胸を押しつけて、唇を寄せて、舌を掻き回す。 「れろ…あ、んむっ、ちゅぷ…あ、あんっ、あ、んむっ、はぅ、んっ、んぅっ…あぁぁ…」 「はぁっ、はぁっ、あ、ああああ…だ、だめだ、もう…」 「あぁぁっ、うん、いいよ、いいよせんせぇ…今度は、わたしのおっぱいで…イってよぉ…」 「こ、こら、こらぁっ」 わざとなのか、自然なのか…明日香ちゃんが、めちゃくちゃいやらしい言葉で、俺を挑発してくる。 可愛らしい、舌足らずな声が、お風呂場の中でエコーを伴って、俺の耳をさわさわと撫でる。 人知れず、腰が浮き、明日香ちゃんに突き出す形になってしまい…「はむ…くぷ…ん、んむ…あ、はは…んっ、んっ、んんっ…あ、あぁぁぁ…」 余計に、快感が増幅されてしまう。 「うあ、うあ、うあああ…っ、あ、明日香ちゃん、お、俺っ」 「う、わ、あっ?」 「う、あああああああああっ!」 「うあああっ!?あ、んっ、んむっ、はぁ、あぁぁぁぁ…っ」 本日、二度目の射精なのに…「あ、んっ、わぁ、あふぅっ…ま、まだ出る、まだ出てるよぉ、せんせ」 「ああっ、あ、あ、あ…」 自分でも、呆れるくらい、沢山出て…明日香ちゃんの、胸と、お口と、顔を、また、めちゃくちゃに汚してしまって。 「ん…ちゅぷ…あ、あは…こんなに…真っ白だぁ」 「そ、それは石鹸…」 「これがぁ?ほら、こぉんなにねばっこいよ?」 「う…」 指ですくって、目の前で広げてみせる明日香ちゃん。 それは…ちょっと反則的な仕草だろう。 …あっと言う間に回復してしまうぞ?「これで、お口と、胸で、せんせをイかせたね?なんか、考えてみるとすごいねぇ」 「うぅぅ…」 それは…ちょっと反則的な言葉だろう。 …やっぱり、あっと言う間に回復してしまうぞ?「ん、ふぅ…せんせ、気持ちよかったよね?わたしも、せんせの声、気持ちよかったよぉ」 「………」 「せんせ…?疲れちゃった?」 「…明日香ちゃん」 「んぅ…?」 「…立って」 「ふぇ?」 「ごめん…その、明日香ちゃんに、入れたい」 「………」 「すぐ入れたい。 今入れたい。 …ほんと変態でごめん」 「うあ…ほんとだ。だかっちんかっちん」 「…申し訳ない」 年下の女の子に、拝み倒して、させてもらうなんて…なんつ~か、もの凄く駄目人間なような気もするけど。 けどまぁ、仕方がない。 何しろ、したくてしょうがない。 …今さっきまで、2発抜いた人間の言うことじゃないかもしれないけど。 「元気だねぇ、せんせ…」 「明日香ちゃんだから…」 「ふぁぁ…」 あ、ちょっと揺れてくれた。 こういう反応、嬉しいな。 「なんか、すればするほど、明日香ちゃんが好きになってく…もう、止まりそうにない」 「…せんせって、明日香殺しだねぇ。の言葉、他のひとに言っちゃヤだよぉ?」 明日香ちゃんが、石鹸で、胸や顔を洗い、ゆっくりと、立ち上がる。 「約束する。がしたいのは、明日香ちゃんだけだし」 「…それだけえっちなのに、わたしとしかできないなんて…大変だねぇ。へ、えへへ…」 明日香ちゃんは、ちょっと頬を染めて笑うと、俺の目の前で、無防備でいてくれる。 「じゃ…いいよ。たしのなか…おいで、せんせ…」 俺の、なすがままに、なってくれる。 ………………「ん…」 「あ…んんっ…」 「うああああっ、あ、あ、あ~っ」 十分に濡れて、何度も舌と指で割り開いたそこは…ぬるりと、俺のモノを迎え入れてくれる。 「うあぁ…あ、ああ…」 「せ、せんせ…あ、ああ…なか、はいって…うああ、あぁ…」 「う、うん…明日香ちゃん…ありがと」 「ありがとって…なんかへんだよぉ。、あんっ、やんっ、せんせってばぁ…っ」 一番奥まで突っ込んで、ゆっくりと引き抜く。 締めつけてくる感覚も、焼けるような熱さも、どれもこれも、俺好みの、明日香ちゃんの胎内。 腰がぶつかるお尻も、ちょうどいい肉付きで、夢見心地になってしまう。 「ふあぁ、ああ…せ、せんせぇ…今日は、ゆっくりするのぉ?」 「…そんなこと、俺にできるわけないだろ」 「あははっ…すぐ我慢きかなくなるもんねぇ。んせの女やってるのも、大変だよぉ」 最初から、やさしくできなかったからなぁ。 明日香ちゃんの身体に溺れて、すぐに激しく動いて、何度も、何度も、してしまうケダモノだから。 「ま、まずは頑張ってゆっくり動くから…」 「ふぁぁっ、あっ…あっ…あぁぁ…せ、せんせ…ん、いい、かんじぃ」 明日香ちゃんの胸を、背後から鷲掴みにする。 今日は、この胸でもイったんだよなぁ。 そんな妙な感慨に耽りながらも、にぎにぎして、先っぽを指ではじく。 「うんっ、く、あぁぁ…せんせ、おっぱい好きだねぇ」 「明日香ちゃんのが…魅力的だから…っ」 「ふあぁっ、あ、あんっ…ん、そ、そう?えへへ…おっきくなった甲斐があったよぉ」 「…もうちょい、背も伸びるといいけどな」 「ひ、ひっどぉい…あ、やんっ、ちょっ、こらぁ、そうやってごまかすぅ、あ、あんっ、や、両方からぁ…っ」 乳首を指でぎゅっとつまんで、こりこりと転がす。 腰も、ゆっくりとだけど、強く、奥に進み、大きなストロークで、明日香ちゃんを貫く。 「ああ…明日香ちゃん…本当に、柔らかいなぁ、君はぁ」 「せんせがしつこくこねるからだよぉ…あっ、あんっ、や、そこ、ああん…もうっ」 ミルクを絞るみたいに、ぎゅっ、ぎゅって、胸をいじめる。 真ん中に寄せて、両方の胸同士をこすり合わせて、潰すように愛撫する。 「やっ、かたち、くずれちゃうよぉ…そんなに、いじめないでぇ」 「そんなことあるか…」 若いせいか、こんなにピチピチで、張りがあって、いつまでも揉んでいたくなるおっぱい。 明日香ちゃんの身体は、どこも大好きだけど、なかでも、いつまでもいじっていたいと思わせてくれる。 「はぁっ、はぁっ、はぁぁぁぁ…せ、せんせ、微妙に、はげし~…あっ、ああっ、あああああっ」 ぐいぐいと胸をいじめながらも、ストロークを段々と早くしていく。 いや、これは単に我慢が効かないだけ。 明日香ちゃんのなかを往復してると、どんどん、その壁をこすりたくなってしまうから。 だって…反応可愛いから。 いつもの高い声、いつまでも聞いていたいから。 「いあ、ああ、ん、あ、あ…はぁっ、はぁぁっ、あ、ぁぁぁ…っ」 激しく胸を揉みしだきながら、腰もそれに合わせ、スピードを上げていく。 全身に力を込めて、明日香ちゃんを襲う。 太股もくっつけて、背中に乗っかって、首筋に、舌を這わせる。 「ふあっ、ふあぁぁっ、あ、あんっ、ちょっ、せんせ、あ、あしが…あ、あ、あ~っ」 明日香ちゃんの太股がぶるぶると震えてる。 快感と、俺の重みとで身体を支えきれなくなってる。 「明日香ちゃん…大丈夫だから…ん、んぅ…ちゅぷ…」 明日香ちゃんを持ち上げるように胸を鷲掴みにして、でも、結局、ぐいぐいと中に侵入して。 楽にしてあげて、苦しめてあげて、外をなで回して、中を引っかき回して…「あ、ああっ、せ、せんせぇ…そうやって、やさしくいじめないでよぉ…あ、あんっ、あんっ、だ、だめ、だめぇ…」 「ん…れろ…ちゅ…今日は、どこ吸ってもいいよね?泊まってくんだもんな?」 「あ、うやぁぁ…あ、あんっ、そ、そうだよ…せんせと、一緒に寝るんだよ…あ、あぁぁ…っ」 背中にキス。 首筋にキス。 うなじにキス。 そして、耳にキス。 どれも、思い切り吸って、ときには歯を立てて…明日香ちゃんに、俺の痕跡を刻む。 「んぅぅっ、あ、あっ、ああっ…せ、せんせぇ…たまんないよぉ…もう…なんでこんなに、気持ちいいんだろぉ…」 「うん…俺も、明日香ちゃん」 両手で胸をいじめて、唇で首筋をいじめて、おなかで背中をいじめて、太股で太股をいじめて。 そして…なかを引っかき回す。 全身全霊で、明日香ちゃんを愛しまくって、全身全霊で、明日香ちゃんが応えまくってくれる。 嬉しくて、楽しくて…めちゃめちゃ、気持ちいい。 「ああ、ああ、あぁぁっ、げ、限界…せんせ、もう、限界ぃ…」 「明日香ちゃん…今日、は?」 「う、うん…大丈夫。 そうでないと、泊まりに来ないよぉ。 せんせ、すぐに中に出したがるもん」 「おのれ…」 「あ~っ、や、ごめんなさい、ごめんなさぁいっ、ホントのこと言ったら怒るよねそりゃ…ああんっ」 最近は、余裕が出てきたのか、感じてる最中にまでからかうことを覚えたな…「おしおき…するからな」 「ふあああっ、あっ、あっ、あああっ!やぁ、すご、すごい、せんせぇ…こんなぁ…」 明日香ちゃんが限界だというなら、最後の最後は、やっぱり激しく。 体力の全てを使い切って、明日香ちゃんを貫きまくる。 お風呂場に、二人の結合部から漏れる音が、エコーがかかり、淫靡に、響き渡る。 「うああっ、あっ、あっ、あああああっ!だめ、だめ、だめぇぇ…もう、おかしくなっちゃう…っ」 「おかしくなってよ明日香ちゃん…俺のせいで」 「う、うん、うんっ、せ、せんせ…もう、いいよ。いっきり、いかせて…ぇ」 「う、く、あぁぁあああっ!く、う、あぁぁぁ…」 最後の、最後の、最後のスパート。 まるで持ち上げるように、明日香ちゃんを突き上げて…「ふあぁぁっ、あ~、あ~、あああああ~っ!やぁぁぁぁ…あっ、ああああ…」 そして…限界を超える。 「うくぁぁぁぁ…ああああああっ!」 「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ!!!」 びゅくんっ、びゅくんっ。 耳鳴りと、射精が、完全にシンクロする。 「あ、あぁぁぁぁ…ああっ、ああっ、あああっ!う、あ、あ…あつぅ…や、あ、あ…ひぅぅっ」 「うく…あ、あぁぁぁ…あ、明日香ちゃん…明日香、ちゃぁん…」 「う、うあ…せんせ…まだ、まだ、なかぁ…ふあ、あんっ………あああっ………あっ」 まだ、遅いストロークで、明日香ちゃんのなかを、往復する。 そのたびに、まだおさまらない射精の波が来て、明日香ちゃんのなかに、精子をまき散らす。 「も、もう…すごすぎだよぉ…せんせ、これで今日三回目なのにぃ、なにこの量はぁ…」 「だから言ってるだろ…明日香ちゃんのなか、だからだって」 「う、あ、あ…やだ、なぁ…まだそうやって、いじめるんだもんっ」 「いじめてなんかないって…明日香ちゃん、大好きだから」 「あ、ああ…もう、だめぇ…骨抜きぃ…」 「あ、ちょっと、こら…」 明日香ちゃんの身体から、ぐたっと力が抜けて、床にへたり込んでしまった。 勢い余って、調理台の上に押し倒してしまった。 「んんっ…んっ…」 かすりさんは抵抗せずそれどころか、嬉しそうに目を細めてくれていて。 やっと、唇の柔らかさと甘さが脳に届いてくる。 「ごめんっ…!でもっ、かすりさんが悪いんだからねっ…!?」 「う、うん。  ごめん。 わたし、悪いこだよねぇ…」 ぎゅっと、かすりさんの腕が俺を締め付ける。 今気付いたけど、調理台に押し倒したおかげで、生クリームやメレンゲがボゥルに入ったままひっくり返っていて…「ふふふっ…すごい有様。着まで濡れちゃっている…」 「え…?」 「脱がしてくれる、仁くん…?」 一瞬、言葉の意味がわからなくてかすりさんの顔を見つめてしまう。 「え…? それって、まさか…」 「うん。しよう、仁くん…」 赤く顔を染めながらの大胆すぎる誘い文句。 狼狽える俺の前でかすりさんは、自ら服に手をかけて……目の前に白い肌とブラジャーが晒されて胸の谷間にクリームが流れ込んでいるのが見えてしまった。 「あはっ…こんなとこまでクリームが入ってきちゃってるね?」 「かすりさん…ちょっと…」 「仁くん? 女の子を押し倒しといて、今更、止めたりしないよね?」 悪戯っぽい顔で微笑んでなのに、頬は真っ赤で声が震えていて…それでも躊躇う俺を見てかすりさんは自ら背中に手を伸ばして…「よいっしょ…さあ、召し上がれ」 ぷるんと震えながらブラジャーが外れ乳首が綺麗なピンク色で…もう、我慢できない。 俺の手が勝手に柔らかな膨らみを掴んでしまう。 「あん…」 やわらかくて、あったかくて。 「ふぁっ…あんっ……」 すべすべで、乳首がこりっと少し硬くて…柔らかな感触に、俺は夢中になってしまう。 「はあっ…気持ちいいよ、仁くん…んぁ…」 かすりさんの手が生クリームをすくって誘うように、乳首の先端に塗りつけられて…誘われるままに、俺は小さな突起を口に含む。 「あっ…ああっ…あ…はあっ…」 甘さと共に、普段聞けない甘い声が聞こえてくる。 もっと甘さを味わいたくてもっと甘い声を聞きたくて「はあっ…あ…あぁっ…美味しい…? あんっ…仁くぅん…?」 喘ぎ混じりで尋ねられるけどもう、答えている余裕なんかなくて。 俺は夢中になって、赤ん坊のように胸を吸い続ける。 「はあっ…あ…ぁあっ…きもちいいよ…ああっ……あぁっ……」 大きく吐息をつきながらもぞもぞとかすりさんが身を動かして…「んっ…よいしょっと…!」 薄い布地がするりとはがれるそして、かすりさんの手が今度は足の付け根にクリームを塗りつけて…「……はぁっ。、仁くん、こっちも食べてみる…?」 またもや、顔を真っ赤に染めつつ震える声で、大胆すぎる事をしてくる。 「め、召し上がれ、仁くん…」 俺は瞬きも忘れて見入ってしまってそこで、細い足が細かく震えているのにやっと気付く。 「…震えてるね、かすりさん」 「…あはは。ながらちょっと大胆すぎて恥ずかしいかな」 照れ隠しのように軽く笑ってくれてだけど、その笑顔が何よりも刺激的すぎて俺はクリームに向けそっと顔を寄せてゆく。 「……あっ」 ぴくっと体が硬直する。 頬に触れた太ももが、じっとりと汗ばんでいて。 突き出した舌先に、クリームの甘さが触れあたる。 「ひゃぁああっ…あ、ぁあんっ……!」 一段と甘い声。 かすりさんの体が小さく跳ねる。 クリームを舐めた下から鮮やかなピンク色が姿を見せて。 「…綺麗だ」 「…はあっ…あ、ぁあっ…」 今度は照れ隠しもできずただ、恥ずかしげな吐息だけが返ってきて。 「あっ。ああっ…ふっ、はううっ…ううっ……」 数回舌を這わせただけで綺麗な部分が、ほとんど丸見えになってしまって。 俺はクリームを残さないように丹念に丹念に舐めてゆく。 「はあっ……あっ、あ、ああっ、やはっ…くふっ……」 もう、舌に甘さは感じない。 舌に残るのは、独特の濃い味だけで。 「ああっ、あっ、はあっ…あ、ああんっ…あぁあああっ…!」 かすりさん味のシロップが舐めれば舐めるほどにあふれ出して……これがかすりさんの味と匂いなんだ。 意識した途端、もうたまらないほどに疼いてしまって。 「かすりさん、俺、もう我慢できないよ…」 我ながら、情けない言葉が漏れてしまう。 「はあっ…我慢しなくていいよ?言ったよね? 召し上がれって……」 「う、うん…」 ベルトを外すのももどかしい。 トランクスごとズボンをおろしてしまう。 そのまま、太ももに手をつき粘膜同士を触れ合わせる。 「……はあっ」 かすりさんが目を閉じ、わずかに体が緊張する。 それを見届け、ぐっと腰を突き出す。 「ふぁあっ…!」 温かさの中に、俺のものが埋没する。 ぐっと滑った感触が、根本までものを包み込んで…これが、かすりさんの感触なんだ。 「はあっ…あ……あ、あぁあっ…」 貫かれたまま、かすりさんがかすかに身じろぎする。 半脱ぎのコスチューム。 汗ばんだ体は、クリームに飾られて…「くふっ…は、はううっ…う、ううっ……」 綺麗すぎて、いやらしすぎて俺は欲望のままに、かすりさんを貪ってしまう。 「あっ、はあっ…あ、ああっ…はぁっ…あ……」 調理台の上でかすりさんの体が前後に揺れる。 肌と肌がぶつかりあって厨房に音が響き渡って…「ん、んあっ…あ、ああっ…あ、あぁあっ……!」 擦りつける心地よさにすぐに限界がやってきて…それでも、一秒でも我慢しようと歯を食いしばって腰を動かし続けて…「ふあっ…あ、あぁあああっ、ああっ……!」 せめて、かすりさんがいくところを見届けたくて…「あ、ああっ、いっ、いいよぉ……ひ、仁くんっ…!」 なのに、すぐに我慢できなくなって…「くっ、ごめん…!」 ものを引き抜いた瞬間。 どくっと迸りがまき散らされてしまって…かすりさんのお腹や太ももに熱い滴りをまき散らしてしまった。 「はあっ…はあっ………あ……」 かすりさんはまだ、ぼおっとした顔で俺を見つめていて。 きっと、早すぎたんだろうな。 俺は恥ずかしくなって、つい顔を背けてしまう。 「ふうっ…ごめん、その……俺だけいっちゃって」 「ふふっ……気持ちよかったよ、仁くん」 かすりさんの言葉が、俺を気遣ってくれてるようで余計になんだか情けない。 わかっていたけど、かすりさんって俺より経験を積んでいるんだろうな…「…でも、かすりさん、まだいってないんだよね?」 ついつい余計な事を言ってしまう。 「そんなの気にしなくていいんだよ?わたし、仁くんとできて本当に嬉しいし…」 「けど…」 「くすっ…そんなに気になるなら、もう一回してみよっか?」 かすりさんは起きあがると俺の腕を誘うようにぎゅっと引っ張る。 「今度は仁くんが調理台に座ってよ…」 俺は誘われるまま調理台の上に腰掛けて…今度はかすりさんが、股間に顔を寄せてくる。 「……小さくなってるね、仁くんの」 かすりさんは吐息を吹きかけながら萎縮したものを興味深げに見つめている。 「え? そんなに小さいかな、俺のって…?」 「ううん。そうじゃなくて…実はさっき内心びっくりしてたんだ…仁くんのって大きいんだなって…」 「そ、そうなのかな…?」 なんだか、慰められているようで居心地悪い。 「ね? もう一回大きくしていい?」 言いながらも、すでにかすりさんの指が俺のものに触れている。 ずきっと心地よさがこみ上げて俺はただうなづくことしかできない…「くすっ…ちょっと硬くなったね?」 「そりゃ、指で触られているんだから…」 「ふふふっ…じゃあ、くすぐっちゃおうかな?」 かすりさんは指で髪を摘むと俺のものの先端に触れさせてくる。 「うっ…」 「…気持ちいい? 仁くん?」 「気持ちいいって言うか…くすぐったい…」 ムズムズする感触に、思わず身をよじってしまう。 「ふぅん…こうすると気持ちいいって聞いたけどなぁ…」 まるでおもちゃで遊ぶようにかすりさんは、髪でものを擦り続ける。 さわさわと敏感な部分に髪が流れ微妙な刺激に、ものが再び硬さを増して…「うわぁ…こんなに大きくなるんだねえ」 何故かかすりさんに驚かれてしまう。 「…俺のって、そんなに膨張率が極端なのかなぁ?」 「あ、あはは…どうなんだろうね?」 あからさまにごまかすと上目遣いで悪戯っぽく微笑んでくる。 「ねえ? フェラチオしていい?」 「うん、いいけど…いいの、かすりさん?」 「うん。仁くんの舐めてみたいな…」 答えながらも目を閉じてそっと舌が突き出される。 あいかわらず強引でだけど、俺には逆らえなくて…「ちゅっ…」 ぺたっと舌が陰茎の部分に触れてくる。 「んんっ…」 そのまま、ずずっと舌が先っぽの方にずれ動く。 まるでアイスキャンディーを舐めるような大きな舌の動きが数回続く。 「んっ…気持ちいい? 仁くん」 「うん…」 本当は先っぽの方だけ舐めて欲しいけどなんとなく、そんなことは言えなくて…「んちゅっ…んんっ…」 疼くような淡い快感がしばらくの間続いてしまって。 ふと、かすりさんの動きが止まる。 「ねえ…実はあんまり、気持ちよくない…?」 ふと見れば、ものが再び半立ち状態へ戻ってしまっている。 「ええと…俺、そのくびれた部分が一番気持ちよくて…」 「そうなんだ…わかった、ここだね?」 ぱっと顔を明るくしてかすりさんが再び口を寄せてくる。 男でも、人によって、感じる部分は違ったりするのかな?そんな事を思った途端、ものがねっとりとした空間に飲み込まれた。 「んっ…」 まるで味わうようにかすりさんは目を閉じて、ものを軽く唇で包む。 「ちゅっ…んちゅっ……」 そして、俺のものが吸われてしまう。 快楽が強まって、かすりさんの口内で、ものが硬さを増していって…「んちゅっ…ん…んんっ…」 気持ちいい。 だけど、何かが少し物足りない。 「ん…んふっ…んちゅっ…」 だけど、何が足りないかを指摘できるほど、俺には経験が無くて。 経験のことを考えると余計に気が散ってしまって…「んっ…んんっ…んちゅっ……」 それでもかすりさんは一生懸命、舐め続けてくれるわけで。 ちょっと物足りなくて申し訳ないそんなフェラが続いてしまう。 「…んっ、ぷはっ…ふうっ…」 しばらくの後ちょっと疲れた顔で、かすりさんがものを口から吐き出す。 「あはは。わたしってば、要練習だね?」 「ううん、そんなことは無いと思うけど…」 「あと少しって感じなんだけどな…ここを擦ると気持ちいいんだよね?」 言いながら、かすりさんの指がそっと亀頭に触れた。 「うん…そこを強く擦って貰うと…その…」 「そっか…もっと強くてもよかったんだ…」 独り言のように呟くとかすりさんの指が強く、感じる部分を締め付けて。 ずきっと激しい快楽がこみ上げてきた。 「大丈夫? 痛かったら言ってね?」 「い、いえ、丁度いいぐらいで…」 「うん。じゃあ続けるね…?」 強く指で擦りながら、かすりさんが舌を先端に這わせて…「ん。ちゅっ…ちふゅっ……」 今度は、本当に気持ちいい。 …けど、気持ちがいい反面。 こんな事をさせているのが申し訳なくて。 「ちゅっ…んんっ…んちゅっ……」 どうして、かすりさんはここまでしてくれるんだろう?疑問を感じつつ、どうしようもなく気持ちよさが高まって…「ん…んっ…して欲しいことがあったら、言ってね…?今日はどんなエッチなことでも、してあげるからね…?」 擦られながら、囁かれて。 ついに俺は我慢できなくなって…「ううっ、もう限界っ…」 「あっ…!?」 そのまま、俺は射精してかすりさんに高ぶりを浴びせてしまっていた…「あ…つぅ…い…」 かすりさんは、俺の精液をうっとりと眺め少し微笑んだ。 「ふふ…生クリームまみれ…だね」 …いや…その感想はどうかと。 出しちゃうと素に戻ってしまう男の性がまだうっとりしてるかすりさんとかみ合わない。 ってか恥ずかしいぞっ!「ふふっ…仁くんってば、本当に好きなんだね~、そういうの」 「断じて違いますッ!」 ああ~、妙な誤解されちゃったよ…悩ましいなぁ~。 「うわ~、あったかーい!」 「ひーつめたーい~~っ!」 ぐりぐりと、かすりさんが身を丸めて押しつけてくる。 パジャマの布地ごしなのにかすりさんの肌が冷たくてなのにとっても柔らかくて…「ふーん、仁くんはパジャマ派なんだね?」 いたずらっぽく微笑んできて吐息がふっと顔にかかる。 甘酸っぱい香り。 そして高鳴る俺の胸。 そして、冷え切った手が直接、俺の腰に触れてくる。 「ちょっと、腹を触るな!冷たいってばさ…!」 「いいじゃない、あったかーい♪」 邪気の無い笑顔を浮かべながら冷たく細い指が、俺の肌を擦ってゆく。 ぞくっ。 指が動くと、不思議な快感が体を貫く。 「ちょっと、かすりさん、冷たいから…」 「くすくす…もうちょっとで冷たくなくなるよ?」 俺の体温を奪うように、かすりさんの指から冷たさが薄れそれを補うように、俺の体が熱くなってゆく。 「ほら、冷たくなくなってきたでしょ?」 「う、うん…」 もう、かすりさんの肌は冷たくない。 そればかりか、布地を通してなお、触れる肌が温かくて。 布団の中は、かすりさんの甘酸っぱい匂いで一杯で、すぐ目の前では、かすりさんの笑顔がまぶしくて。 …耐えきれなくて、顔を背けた途端ぞくっと一段強い快感が腰を貫く。 「うひゃ!」 かすりさんの手が、ズボンの中に潜り込んでいる。 いや、パンツの中に滑り込み、熱い部分に触れている。 「かすりさん、ちょっと…!?」 「んふふ、いいから、いいから…」 少し冷たさの残る手が俺の一番敏感な場所に触れている。 握るのでもなく、擦るのでもなく掌で包むように触れていて……それだけで、声が勝手に漏れてしまう。 「ううっ…」 「ねえ…気持ちいいの、仁くん?」 何も答えられない。 答えられるわけがない。 困っているのが通じたのかかすりさんが、口を口で塞いでくれる。 「んっ…」 唇を塞ぐ柔らかな感触。 視野いっぱいにかすりさんの顔が写っている。 思わず、細い肩を引き寄せてもっと唇を密着させる。 「んんっ…ん……んぁあっ……」 嬉しそうな吐息を漏らしながらさらにかすりさんが身を寄せてくる。 きゅっ、と胸が胸に押しつけられてちょっと堅い突起がくりくりとあたる。 「んっ…ちゅっ……はあっ…ん、んんっ…」 暖かくて、柔らかくてもう、ただ口を吸われるままで、身動きできない。 …そして、かすりさんの手がゆっくりと包み込むように動き始めて…「うっ…」 「んふっ……んっ、ちゅっ…ん…んうっ……」 思わす吐息を漏らした途端舌が口の中に入ってくる…無我夢中。 俺は何も考えられずに、舌で舌を迎え撃って…「ん、んちゅっ……ん、んううっ…んっ……」 …俺たちの間で、舌と舌が絡み合いつつっと生暖かい唾液が、顎の方まで滴ってくる。 その間も、かすりさんの手は止まらない。 いや、少しずつ、手の動きは速くなって……だけど、喘ぐ暇も与えてくれない。 「…ちゅっ……んちゅっ、んっ、んん……っ…」 なんだか、一方的に責められてるよな。 わずかな悔しさが、心に中に浮かぶけど。 すぐに甘い感触が、そんな想いをかき消してしまう。 「…ん……んっ、んはっ……あっ…んんっ…」 熱い吐息が口の中に流れ込む味わうように、舌と舌が、互いの口の中を往復する。 かすりさんの唾液は甘い。 口を口で塞がれたまま、モノを包んだ手が止まらなくて…だめだ、もう、このままじゃもたない…「んっ……んはっ、かすりさんっ、俺っ…!」 「はぁっ…仁くん…んううっ……んんっ……」 声を上げようとした口はむなしく、かすりさんの口に塞がれてしまって。 もうだめだ。 もう、このままじゃ、俺…。 「んんっ…!」 突然、頭の中が真っ白になって。 「…あっ」 かすりさんの掌に熱く、俺の欲望がほとばしる。 それでも、柔らかな手が、きゅっとモノを包んでくれて俺はどくどくと、掌に熱いものをまき散らしてゆく。 「…はあっ」 やっと、かすりさんが口を離してくれて冷たい空気が、喉の奥に流れ込む。 「はあっ…はあっ…」 「…ふぅっ…気持ちよかった、仁くん?」 「う、うん…」 一方的にいかされちゃったな。 恥ずかしくて、なんとなく顔を背けてしまう。 かすりさんの手は、白濁した液体にまみれていてお腹の方まで、飛沫が飛んでいるのが見えて…「んふふっ、なんか、うっとりしてたね?」 …なのに、かすりさんは無邪気な顔で微笑んでいる。 その顔を見た途端、悔しさが押さえられなくなって…「あんっ!? 仁くんっ…!?」 …布団をはねのけかすりさんの足をつかんで体勢を代える。 「今度は俺の番だよ」 「え…? あんっ、ちょっと待ってってば…!」 足をぐっと開かせてかすりさんの下半身へとかがみ込み。 真っ白な太ももと、剥き出しになったあそこが迫り俺の動きが一瞬止まる。 「…っ。じゃ、じゃあ、今度は仁くんがしてくれるのかな?」 ちょっと強ばった笑みがなんとなく、挑発されているように思えてしまう。 だから、返事の代わりにそっとかすりさんのあそこに指で触れる「あ…っ」 まだ、何もしていないのに指先に湿り気が伝わってくる。 「かすりさん…」 「ふふっ…仁くんに触ってたら、もう…」 恥ずかしげに笑う姿に余裕みたいなものを感じてしまう。 だったら、笑えなくしてやりたい。 俺は指先で敏感な場所をそっと撫で上げる。 「はあっ…あんっ、仁くんっ……」 ぴくっと、かすりさんの体が小さく震える。 「あっ…ああっ。はうんっ…」 甘い声が口から漏れてとろっと布団へしずくが滴る。 「あ……はあっ、ああっ…い、いいよぉ、仁くん…」 もっと甘い声を上げさせたくてもっと体を震わせたくて「舐めるよ、かすりさん…?」 「え? あんっ…はあうううっ……!」 舌先に味を感じた途端かすりさんの体が、さらに大きく震えてくれる。 「はんっ…あっ、ああっ…はんっ……!」 「かすりさん、気持ちいい?」 「う、うんっ…くふっ……い、いいけどぉ…。っ…あんまり、無理しなくて……いいからね?」 「無理なんかしてるもんか…」 もっと我を忘れさせてやりたくて。 かすりさんから余裕をはぎ取りたくて。 「あっ、ふああっ…!はあっ…あっ、ああぁあんっ…」 丹念にキスを繰り返し何度も何度も舌を這わせて…「あっ…すごい……あぁあっ…!仁くんがこんなに…あっ、ひゃあぁああんっ!」 「本当に気持ちいい、かすりさん?」 「う、うんっ…見てわかるでしょ…わたし、もう、こんなに…ああっ……」 そう答えてはくれるけれど心の底で、恐れている俺がいる。 俺のために演技してくれているんじゃないか?そんな事を思ってしまう俺がいる。 それがとても恐ろしくてそんな事を考えてしまう俺が嫌で…「…入れていい?」 「う、うん。いよ、仁くん…入れて……」 俺はかすりさんの腰をつかみ布団の上に、四つん這いにさせて…「後ろから…するの?」 「うん…だめかな?」 「ううん、いいけど…あはは、ちょっと恥ずかしいな」 お尻をぐっと突き出しながら恥ずかしげに笑ってくれる。 俺はかすりさんのそこに、ぐっとモノを押しつけて…「今度は本気で感じさせてあげるからね?」 「えっ? 本気って…?わたし、十分に……はぁあああんっ…!」 …そのまま、一気に貫いた。 「あっ、ふぁあっ、ああっ、あ、ああっ…!」 ぬるっとモノがかすりさんの中に埋没する。 温かくてぬるっとした感触。 滑りの中、俺は腰をゆっくりと動かし始める。 「あ、ぁああっ…あああっ…仁くんっ…」 甘く震える声が、俺の名前を呼んでくれる。 もっともっと甘い声を上げさせたい。 俺は強く腰を打ち付けた。 「あっ、はああっ…!は、激しいよぉ、仁くんっ…ふうぅううっ…!」 「ごめんっ…痛かった?」 「う、ううん…だ、大丈夫…激しくても、気持ちいいから…ああっ、はあっ…!」 目一杯喘いでいてもそれでも、俺のことを気づかってくれている。 それがとても嬉しくて…だけど、それがとても悔しくて…「ああっ、ああっ、はああっ…!あ、あああっ……あああんっ……」 結局は力一杯、かすりさんを責めてしまう。 白いお尻が腰を打ち付けかすりさんの中で、ものがきゅっと締め付けられる。 「あっ、ああぁあああんっ…!はっ…ああっ……気持ちいいっ……」 」 「ううっ、俺もっ…。すりさんの中、動いてるっ…」 「はあっ、だって…ああっ、気持ちいいからっ…!わたしっ…ふうっ…こんなにぃ…はぁああっ……!」 かすりさんが腰を動かしてもっと、もっと、と誘ってくる。 俺はもっと、もっと感じさせたくて無我夢中で腰をつかんで打ち付ける。 「あっ、ああんっ、あああぁあっ…あっ、あはっ、あああっ…ああっ……!」 激しく擦れる感触にあっという間に、限界が目の前に迫ってきて…「ううっ、かすりさんっ…俺っ…う、ううっ……!」 「ああっ、いいよっ…?ああっ、イっても…はううっ…あ、ああっ…」 「くっ…まだまだっ…ううっ……」 一秒でも長く感じさせてたくて喘ぎながら、必死に腰を動かす。 「あっ、ああっ、あああっ…!はあっ…あ、ああっ…あ、ああっ、はあっ…!」 かすりさんがイく姿を見届けたくて。 必死になって快感を抗った。 「はああっ、あっ…!あ、ぁああああああ、あああっ……!」 一際高い声が聞こえた。 その瞬間、俺は我慢できなくなって…「ううっ…!」 引き抜いた瞬間熱いほとばしりが吹き出して…「…ぁあああああああっ……!」 断続的に吹き出す白濁液が汗ばんだ尻にほとばしった。 「んっ…んんっ……」 …だけど、今日の俺たちはそれでも抱き合いキスを続ける。 「んうっ…んあっ……ん、んはっ……」 …そして、やっと口が引き離されて。 「くすっ…」 眼前でかすりさんが屈託無く微笑んでくれた。 その笑顔が、まるで雨上がりに見た青空のようで。 今までわだかまっていたものが、すっと溶けていくようで。 「ははっ…ははははっ」 「あははっ、はははっ…」 吐息を吹きかけ合いながらなんとなく、俺たちは笑ってしまう。 開放感に導かれ、もう一度どちらともなくキスを交わす。 「…んっ……んふうっ…ん…ん……」 舌の甘さ、唇の柔らかさが心の中にあった頑なな何かを溶かしてゆく。 抱きしめた体が温かい。 それが嬉しくて、こんな安らぎは久しぶりなような気がして……押しつけあった体の間で、ぎゅっとものが硬くなる。 「ねえ、仁くん…しよっか?」 ごく自然に、まるで食事に誘うようにかすりさんが微笑む。 「…うん。俺もかすりさんとしたい」 俺もつられて、思ったままの言葉を口にする。 以前なら感じたはずの、わだかまりはもう感じない。 だって俺はかすりさんが大好きで、本当に抱きしめたくてたまらないから。 「うん、わたしも仁くんとしたい…」 承諾のキス。 「んふっ…んんっ……」 俺はかすりさんの胸に手を伸ばし…かすりさんも自分の胸に手を伸ばし…丸い膨らみが露出して俺は掌にそっと丸みを包み込む。 「あんっ…」 くにゅっと手の中で、柔らかみが潰れてゆく。 「ふぁっ…あっ…」 手の動きに伴って、くにゅくにゅと形を変えてゆく。 「あっ…はあっ…あ、ああっ…」 心底心地よさそうな吐息が漏れて甘く、熱く、俺の顔に吹きかかる。 もっと、吐息の甘さを感じたくてもう一度、唇と唇を重ねてしまう。 「……んっ…う…んんっ…ん…」 喉の奥へと、熱い息が流れ込んでゆく。 「……んふっ…んあっ…ん、んふうっ……」 今度は俺の吐息を、かすりさんが飲み干してくれる。 そのまま、吐息を共有しながら手探りで、胸からお腹へと手を這わせてゆく。 ひきしまったお腹が露出してへそのくぼみに指が触れた。 かすりさんの肌が熱い。 指先に触れた肌は汗ばんでいる。 汗の味を確かめるようにそっと乳首を口に含む。 「……んはああっ!」 大きく、強く、体が震えた。 「はぁっ…仁くんっ…ああっ…ああっ…」 舌に突起をこすりつけるとかすりさんの体が震えて声が上がる。 もっと、もっと、甘い声が聞きたくて硬くなった突起を甘噛みする。 「はぁあああぁあっ…!」 ぴくん、とかすりさんの体が大きく震えて机上の食器がカタンと跳ねる。 「…っ!?」 「…あっ!?」 …また、ボウルが落ちてくるんじゃないか?俺たちは思わず動きを止めてしまって。 「ふふっ…」 「ははっ…」 顔を見合わせて苦笑してしまう。 「ねえ…また、やってみようか?」 悪戯っぽい笑み。 それだけで、何を誘っているのかわかってしまう。 だから、俺は手を伸ばし生クリームの入ったボールを掴み上げ…「いくよ?」 「うん…」 かすりさんの白い肌に真っ白な生クリームを垂らしていく。 「はあっ…服、クリーニングに出さなきゃね…」 「大丈夫、予備があるから…」 胸の隙間に白い液体が浸透してゆきたれ流れたクリームが、お腹から足の付け根に流れてゆく。 「ふう…ははは、ちょっと冷たいね?」 白く染まった体が身じろぎして今更ながら胸が高鳴る。 俺は舌を伸ばし、そっと胸についたクリームを舐め取る。 「はあぁっ…!」 甘いクリームの味が口に広がりまるで酒を飲んだように、頭の中が熱くなる。 もっと甘さを味わいたい。 クリームに埋もれた乳首を口に含む。 「あっ、はあぁっ…。くんっ…あ、ぁああっ…」 丹念に乳首を舌で拭き清め軽く、唇に挟んで吸ってみる。 「くふっ…あ、はぁあっ…い、いいよぉ……」 右の胸が綺麗になって今度は左の胸をしゃぶりついて…。 「あ、あぁああぁあっ…はぁっ…」 そのまま、舌を密着させなだらかな隆起をなぞってゆき…まるで雪をかき分けるように舌を素肌に這わせてゆく…「あ、あんっ! はあっ…くすぐったいよぉ…仁くん…ああぁっ…」 舌は引き締まったお腹を通過し布地に包まれた股間へとたどり着く。 クリームに塗れた下着は女性独特の甘酸っぱい匂いを放っていて…「ねえ、かすりさん…この奥も舐めていい?」 「あっ…はあっ…いいよ……。ったら、わたしも仁くんのを舐めさせて…」 目を潤ませながらかすりさんが息を弾ませ囁いてくる。 返事はいらない。 俺たちは共に下着を脱ぎ捨てて互いの股間に顔を埋める。 「いくよ…仁…」 声とともに、俺のものが冷たい感触で覆われる多分、かすりさんが指でクリームを塗りつけてくれたんだろう。 俺もお返しでクリームをかすりさんの敏感な場所に塗り広げた。 「はっ…ああんっ…。ゃあ、いただきます…んっ…」 声とともに、ぬるっとした感触が心地よく股間から伝わってくる。 「んっ…ちゅっ…んんっ…」 かすりさんが舐めてくれているんだ。 うっとりしながら、俺もかすりさんの敏感な部分に舌を這わせた。 「んふっ…ん、んああっ…んうっ……」 甘い味と、かすりさんの味が舌に広がり俺の上で柔らかな体がぴくんと跳ねた。 それから俺たちは夢中になって互いの一番感じる部分を味わいはじめる。 「はあっ…ん、んちゅっ…んっ…はあっ…。ごいよね…んっ…すごいことしてるよね…」 「う、うん…うっ…後始末が大変そうだね」 「んっ…ちゅっ…後でお風呂に入らないと…あ、ああっ…はあぁああっ…」 重ね合った体が、クリームでぬるぬると滑り合う。 「後でいっしょにお風呂入ろうね…んんっ…。れで、また洗いっこしようね…んんっ…」 「うっ…んっ…。いけど、俺、体力がもつかなぁ…」 「んっ…ちゅっ…。丈夫、もたなくても、勝手に舐めてあげるから…」 顔を見なくても、かすりさんが悪戯っぽく微笑んでいるのがわかってしまう。 あの屈託のない笑みが浮かんでいるのがなんとなくわかってしまう。 「あはは…ちゅっ…。んなこと、恵麻さんにバレたら大変だよね…」 「………」 「あははっ…。っ…バレたら、わたし、殺されちゃうかも」 「その時は一緒に殺されようね、かすりさん」 「はあっ…ああっ…。くん…大好き…んんっ…」 そして、俺のものがぬるっと温かな湿り気に包まれる。 「んっ…んんっ…ちゅっ…んちゅっ…」 唇が、舌が、俺の敏感な場所を擦り続ける。 俺も負けじと、夢中になって舌を動かす。 もう、クリームの味はしない。 だけど、あふれる蜜の味がたまらなくて。 「んっ…ちゅっ…おいしい…んあっ…仁くんの舐めてると気持ちいいよぉ」 「俺もだよ…。すりさん…すごく気持ちいいよ…」 「う、うんっ! 私もっ…!んんううっ…気持ちよすぎてどうにかなっちゃいそうっ…!」 全てを忘れて、俺たちは互いに互いを舐め合って…「んっ…んんっ…んんっ…ちゅふっ……」 快感に我を忘れそうになりながらそれでも、必死に舌でまさぐって…。 「んううっ…んっ、んんっ…んああっ、んはっ…」 「うああっ…」 もう、我慢できない。 快楽が限界に達して解き放たれた。 「んっ…んううっ……!ぷはあっ…あ、ふあああぁああああっ…!」 欲望を解き放った瞬間重なった体がぴくぴくと震える。 「はあっ…はっ…イっちゃった…」 「はあっ…はっ…わたしも…はあっ……仁くんに舐められてイっちゃった…」 頭の中が真っ白。 かすりさんの声が、やけに遠くから聞こえてくる。 そして、休む間もなく射精したばかりのものに舌が触れた。 「かすりさん、ちょっと…?」 「ちゅっ…綺麗に拭いてあげるね…くちゅっ…」 ちろちろと舌が擦れ萎えたばかりのものが、再び頭をもたげてしまって…。 「くすっ、元気だね、仁くん」 「う、うん。って、かすりさんとエッチしてるんだから…」 「だったら、今度はキスしながら抱いて、お願い…」 俺はかすりさんに誘われるまま体の向きを入れ替えて…。 「入れるよ、かすりさん…」 「うんっ、来てっ…」 合図とともに、正面からかすりさんを貫いた。 「ふぁああっ…あ、あああっ…仁くんっ……!」 温かさの中へ、俺のものが埋没してゆく。 ぎゅっとかすりさんがしがみついてくる。 汗とクリームに濡れた肌が、ぺとっと俺に密着する。 「あっ…はあっ、繋がってるぅ…わたし、仁と繋がってるんだよね…?」 「うん…かすりさんの中って、とっても温かいよ…」 深く繋がった体勢で、どちらともなく口と口が寄せ合って…「ん、んううっ…ん…ふんんっ……」 上も下も密着したまま、俺はゆっくりと腰を動かす。 かすりさんの奥が動いて、俺のものをきゅっと包み込んでくれる。 「んはっ…あ…動いてるぅ。あっ…お腹の中で…仁くんのが…ああぁあっ…」 「う、うん…動いてる…。すりさんの中が動いてる…」 互いに喘ぎ合いながら、互いの事を確認しあう。 抱きしめた体が熱い。 俺の動きに伴って、小さな痙攣が体を貫く。 「感じてくれているんだね、かすりさん…」 「う、うん…わたし…くふっ、感じてるっ…。ぁっ…わかるよね?わたしっ、こんなに感じてるぅっ…!」 喋りながらも声が震え、目が潤みながら輝いてかすりさんは体中で快感を表現してくれている。 演技じゃありえない。 そう確信できるのが、なんだかとても嬉しくて…「んっ、んんんっ…ん、んうううっ…」 嬉しさにまかせて力一杯キスしてしまう。 「んっ…んぁああっ…。ごいよぉ…んあっ…んんっ…んんっ…」 口を吸われながら、かすりさんの腰がリズムを合わせて動いている。 「あっ…はあっ、あっ、あああっ…。っ、い、いいよぉ…仁くんっ、本当にいいっ…」 腰のリズムに合わせて、熱い喘ぎが漏れてくる。 かすりさんの奥で、俺の感じる部分が擦れている。 くちゅくちゅと音を立てて擦れている。 気持ちがいい。 いや、良すぎて、すぐにでも終わってしまいそうだ…「くっ…」 このまま達してしまいたい。 いや、もっと、この快楽を分かち合いたい。 葛藤する俺に、かすりさんが唇を重ねてくる。 「んっ…んんっ…。あっ…今日は…あ、ぁあっ…大丈夫だから…」 「大丈夫って…?」 「だから、今日は…はあっ、あっ…。、中に出しても大丈夫…だからぁ…」 魅力的すぎる誘いに、俺の中で何かが切れて…「かすりさんっ…!」 俺は腰を叩きつけるように動かし力一杯、かすりさんの感触を味わってしまう。 「あっ、はあっ…あ、ああっ…!あ、ひゃっ…だめっ、激しすぎっ…ああっ…!」 声も出せなくなって、かすりさんが快楽に激しく喘ぐ。 さらに、口を重ねて喘ぎを奪い熱い吐息を全て飲み干してしまう。 「んっ…んんっ…! んぁあっ…あ…!あんっ…あっ、ああっ…あはぁああっ……!」 抱きしめた体がやけに小さく感じられる。 ずっと、俺に引け目を感じさせた女性がやたらか弱く、かわいらしく感じられて…かわいいかすりさんを感じさせているのが嬉しくてたまらない。 「あっ、はあっ…だ、だめっ…もうだめっ!いいっ、いくっ…いっちゃううっ…あっ、あああっ…!」 一瞬、声が途切れ、体にぶるっと痙攣が走り抜け…「いっ、いくふっ…ふぁああぁああぁあっ…!」 四肢を硬直させながら、かすりさんが大声を張り上げて…その瞬間、かすりさんの中が、俺のものを包んだままで脈動して…「かすりさんっ…!」 「あぁあっ…あ…あはっ…あ、ぁああああっ……」 震える体の奥底めがけ、熱い迸りを放出して…「くうっ…」 強く抱き合いながら、俺は最後の一滴まで、かすりさんの中に注ぎ込んだ。 「あ…んっ」 お互いの気が変わる前に、一気にかき込むしか、ない。 「ん…くぅっ…」 「あ、ん、ん…」 ………やってしまった。 偶像を、汚した。 俺の、三つ子の魂を、呼び覚ました。 「ふ…ん、ぅっ…んむ…」 背筋が凍るほどの…背徳感。 「ん…ぅっ…は、はぁ、はぁ…」 「あ、あ、あ…」 「んふ…なんて顔、してるのよ?まるで、地獄に堕ちたみたいよ?」 そりゃ、そうだろう…心の中まで、そういった焦燥が渦巻いているんだから。 だって、俺の姉さんを…そして、兄ちゃんの奥さんを、奪ってるんだぞ。 「姉さんは…本当に平気?」 「罰は受ける。の覚悟は、あるの」 「なんで…」 「価値があるから…じゃないかな?」 俺と、こんなことをすることに?一体、何の価値があるって?俺にとっては、恍惚で、苦痛な時間。 でも、やめられない、麻薬のような営み。 「んぅっ…ん…んん…っ」 「あ…ん…」 だから、次はいきなり、姉さんの、唇に、吸いつく。 …甘い。 本気で、甘くて、柔らかくて、歯を当てたくなる。 「ふむぅ…ん、ぷっ…あ、あぁ…はぁ、はぁ…じ、じん、くぅん…んっ、う、あぁ…」 「姉さん…ま~姉ちゃん…う、あ、あ…」 唇をくっつけては離し、離しては重ねて、何度も、何度も、頭が麻痺するまで、背徳のキスを、重ねる。 「はぁ、はぁ、あ…あぁ…仁くん、ちょっと、上手、かも」 「あ、あぁ…姉ちゃん…姉ちゃんの唇…柔らかい、すげ…っ」 「姉ちゃんとのキス、よかった…?」 「あ、ああ…気持ちいい」 「もっと、もっと…気持ちよくなっても、いいかな?」 「あ、ああ…んっ…」 今度は、どっちから誘ったのかわからないくらい、自然と唇を寄せ合った。 「ん…ちゅぷ…ん、ん…ふぅ…う…」 「あ、む、ん…あはぁ…あ、うあぁ」 何かが弾けたように、お互いをむしゃぶりあう。 姉さんは、俺に抱きしめられながら、両手で、ゆっくりと、俺のシャツのボタンを外している。 「ふ、ん…んぷ…ふぅん…ん、んん、あ…」 一つ、二つ、三つ…引きちぎるように、俺の服を剥いでいく。 「っ!? あ、あぁ…ん…っ」 「ふぅ…んむ…ん、ちゅ、ふぅ、あ、ぁぁ…」 ボタンが全て外れると、姉さんは、待ちかまえたかのように、俺の肌に手を滑らせる。 なめらかで、温かい手のひらが、俺の胸を滑っていく。 「あ、あ、あ…っ」 「仁くん…ああ…仁くんの胸…かたい、ねぇ…」 さわさわと、触れては、ちょっとだけ爪を立て、また滑らせる。 俺の皮膚を、微妙な刺激が駆け巡り、身体の力を抜いていく。 「仁くん…ねぇ、もっと…さわらせて」 「あ…あ…」 姉さんが体重をかけてくるのにあわせて、床の上に、仰向けに転がる。 「仁くん…仁くん…ああ…仁くんを、自由にできるなんて…」 「ま~姉ちゃん…俺…」 俺の上にまたがった姉さんが、潤んだ瞳で、俺を見下ろしてくる。 それだけで、また、とんでもない葛藤が、俺の中で弾ける。 「…さわる?」 「…うん」 俺の言葉に、悪戯っぽい微笑みを漏らすと、裾に手をかけて、たくし上げる。 そこには、白いブラに包まれた豊かな胸が、たわわに実っていた。 「ああ…」 「ん…っ」 思わず感嘆の声を上げ、同時に手を伸ばす。 布越しでも、その柔らかさは格別だった。 「外す…ね」 俺の感動がとても追いつかないスピードで、先へ、先へと進んでいってしまう。 なんか、焦ってるみたいな…いや、俺が尻込みしてるだけか?なんて…情けない。 「ほら、仁くん…姉ちゃんの胸、どう?」 「いや、その………綺麗」 「ふふ…嬉しいっ。くんに誉められちゃった♪」 俺が退けば退くほど、姉さんは押してくる。 じゃあ、俺が押したら?「ま~姉ちゃん…」 「あっ…あ、あぁ…うん、さわって…仁くん」 でも、きっとそうなったら、笑って、受け入れてしまうんだろうな。 「あっ…あぁ…やだ、仁くんの手、おっきい。つの間に、こんなにたくましくなっちゃって」 ほら、こんなふうに。 「うちの子になってすぐのときは、細くて、さらさらで…柔らかかったのに、ね」 「そんな…十年も前の話…」 「んっ、あ…そ、それが…ねぇ?こんなに…なんか、感動、する…あ、ん」 まるで、俺のことを自分で育てたみたいに、感慨深げな姉さん。 まぁ、確かに昔から、一番可愛がってくれていた。 けど今は…俺が、このひとのことを、可愛がってあげたい。 「う、あ、あ…っ、うん…いい、仁くんの手…あったかいよ…」 手を伸ばして、姉さんの乳房を、握ったり、左右に揺すったりして弄ぶ。 手に吸いつくような感触。 握り込めば、押し返してくる弾力。 指の隙間から溢れてくる柔らかさ。 どれもこれも、俺が、ずうっと憧れていた、姉貴の乳房に対しての表現。 「ふあぁ…あ、ああ…仁くぅん…ね、姉ちゃん…ああ、いい…やだもう…仁くんが触ってるよぅ」 姉さんの手は、俺の肩からさかのぼり、頬、額、髪、そして顔全体をなで回してくる。 俺は、それに応えるように、手の力を変えて胸を弄んだり、わき腹や、背中に触れたりする。 「あっ、ひゃぁ…くすぐったい…やぁん、もう…仁くんが、イタズラしてる…姉ちゃんに、イタズラ…してる…っ」 「う、あ、ああ…」 「ふぅん…ん、ちゅぷ…んく…あ、んむっ…」 俺の手をそのまま這わせておきながら、顔を近づけて、また、唇を合わせる。 「ん、んっ!?」 姉さんの舌が、俺の中に割り込んでくる。 熱くて、ぬるっとした感触で…そんな凶器が、俺の口の中で暴れ回り、俺の唾液をすすって、姉さんの唾液を流し込む。 「ふむぅ…んぶ…ぅぁっ、あむ…ふむぅ…んん…あ、ちゅぷ…んむぅぅ…はぁんっ」 俺の頬を両手で挟み込み、唇を押しつけて、どん欲に、俺と唾液を交換する。 姉さんのなかでも、何かが弾けてる。 「あ、あぁ…ま~姉ちゃん…」 「仁くんの、美味しい…あ、ちゅ…ん…」 口の周りについた唾液も、丁寧に舐め取ってくれる。 俺のことを、いつくしむように、頬を撫で、抱きかかえ、何でも許す。 「ん…ふ、く…」 「う、あっ…ぅぅんっ、あ、あぁ…や、い、いい…ふあぁ…」 目の前にあった乳房にむしゃぶりつき、その、柔らかい肉の塊に、キスの雨を降らせる。 音を立てて吸うと、口の中に柔らかい感触。 離すと、その部分にキスマークが残る。 「ん…ちゅ…んぅ…あ…」 「ふあぁぁぁっ、あ、あ…仁くん…っ、や、そこ…噛んでる…のぉ…あ、んっ」 先っぽに歯を当てて、軽く合わせた後、左右にこすって、刺激を与えてみる。 さらに舌先で、乳首を包み込むように転がして、音を立てて吸ってみる。 「いあぁぁぁ…あ、あ、あ~…はぁ、はぁ…仁くん…いいよ、姉ちゃん、気持ちいい…」 「あ、あぁ…俺も。ちゃんに、こんなことできるなんて…」 冒涜ってのは、甘い果実があるからこそ。 その果実が、美味であればあるほど、背筋を駆け抜ける快感は、凄くなる。 「う、あぁ、あぁぁ…仁くん、ひぅぅっ、あ、あ、あ…んっ…んく…あぁぁっ!」 俺の顔に胸を押しつけて、甘い声を上げているのが、姉さんだからこそ。 俺の興奮を司る神経が、もうそろそろ、最上級の欲望を求め、蠢く。 「ん…あぁ…姉、ちゃん」 「…する?」 「本当に…いいの?」 「弟から求められたら…応じないわけにはいかないもの」 そういうものじゃ…決してないと思うんだけど。 でも…そんな言葉は、思い切り飲み込む。 だって、だって…ま~姉ちゃんと、できるんだぞ。 夢にまで見たこともある。 もちろん、その朝は、めちゃくちゃ後悔して、姉さんの顔すらまともに見れなかったけど。 けど、これは夢じゃない。 「じゃ、下、脱ぐから…仁くんのは…脱がそうか?」 「い、いや…脱ぐから!大丈夫だから」 何もかも主導権を握ろうとする姉さん。 なんで、こんなに積極的なんだろう。 まるで、この日を待ち望んできたような……気のせい、だよな。 「えっと…それじゃ、仁くんは動かなくていいから。ちゃんが、気持ちよくしてあげるからね?」 俺の上にまたがり、また、慈愛に満ちた目で、俺を見つめる。 そそり立つ、俺の下半身からは、わざと目をそらしてるけど。 「いや、やっぱり俺が上に…」 「いいよ…姉ちゃんに、任せなさいって」 「でも…」 「それとも…仁くんって、こういうこと、たくさん、したことある?」 「…全然」 「全然って…どれくらい?」 「…聞かないの、そういうことは」 「………ふふ」 「笑わないの、そういうことで」 「ううん、嬉しい」 嬉しい? なんで?やっぱり姉にとっては、弟は純情な方がってことなんだろうか?「仁くんのことだから、たくさん、誘われたでしょ?」 「だからそういう話やめようよ」 こっちに来てからは、皆に、里伽子との関係を誤解されてたから、ちっともそういう誘いなんてなかったし。 …里伽子、か。 結局、本当に、ただの誤解だったんだなぁ。 「…仁くん?」 「え? あ、なに?」 「今、なに考えてたの?」 「…なんにも」 そうだ…今は、ずっと昔からの夢が、成就する瞬間なんだ。 姉さんの中に…入れるんだ。 「それじゃ…その、上向いてて」 「なんで?俺、姉さんの顔見てたい」 「…悪趣味ねぇ。んなの見ても、つまらないわよ」 そんなこと、あるわけがないのに。 「じゃあ…入れる、ね?」 俺の先っぽに手を添えて、前屈みになりながら、ゆっくり、ゆっくりと、姉さんが、腰を下ろしていく。 「う…く…っ」 「~~~っ!」 「あ、く、あぁ…ね、ねえ、ちゃん…」 「あ、あ、あぁぁ…っ、く、くぅっ…い、いぁぁ…」 「姉…ちゃん?」 「あっ、く、くぁぁ…っ、ん? なに?」 「大丈夫…?」 『そんなの見てもつまらない』と言っていた表情は、苦痛に歪み、俺を受け入れることに苦しんでるように見える。 「う、うん、大丈夫…っ、ひ、久しぶり、だから、ねっ」 目に涙を溜めながら、それでも姉さんが笑顔で肯く。 でも、どう見ても、壮絶に我慢してるような…「その…苦しいなら、今日は…」 「だめっ!」 「っ?」 「慣れておかないと…次、苦しいだけじゃない」 「けど…少しずつ慣らしていけば」 「ふぅぅん…仁くんは余裕だねぇ。ちゃんと、今すぐしたくないんだぁ?」 「そんなこと言ってない、だろ…」 その証拠に…下半身は、もうビクビクいってる。 今にも、姉さんの中で、爆発しそうになってる。 「けど…姉ちゃんのこと、大切だもん。い思い、させたくない…」 「…そうやって、優しい言葉かけて、また姉ちゃんを惑わせるつもり?」 「惑わされてるのは…俺…っ」 「う、く、ぅぅ…ほら、動けるようになった。う大丈夫…気持ちいいよ」 「う、く、あぁ…っ」 とうとう、姉さんが、俺を飲み込んだ。 「あ、ああ…あああ…じ、仁くんが…なかで…うあぁっ」 「あ、う、くぁ…」 中に…姉さんの、中に、本当に、入ってる…姉さんに、締めつけられてる。 姉さんに、飲み込まれてる。 姉さんに…抱かれてる。 「あぁっ、う、あ、あ…仁くん…んんっ…ね、ねえ、どう? どう、かなぁ?」 ぐい、ぐいと、姉さんが、腰を押しつけてくる。 ただ愚直に、俺を奥へ導こう、導こうって、そういう、単純な動きをしてくる。 「う、うん…あっ、く、ぅぁ…ま~姉ちゃん…ああ、いい、はぁ、はぁぁぁ…」 「いい? いい? 姉ちゃん、いい?仁くん、姉ちゃんが、気持ちいい?う、あぁ…く、う、あぁぁぁ…」 姉さんの顔から、汗がしたたり落ちて、俺の胸や顔を濡らす。 俺の上で、一生懸命に動き、必死に俺を導こうとする姉さん。 気持ちよさと、愛しさがあいまって、つたない行為の中にも、快感が増幅していく。 「ああっ、ああっ、ああっ…は、あ、あぁぁ…っ」 「やぁっ、い、あ、いい…仁くんの、すごい…やぁ、もう、なかで動いてる…っ」 ぎゅうぎゅうに締めつけられる姉さんの胎内。 いつ暴発してもおかしくない快感の渦の中で…「あ…」 俺は、姉さんからこぼれる汗のしずくの中に、違うものが混じっていることに気がついた。 「ひっ、く…う、あぁ…はぁ、はぁっ…き、気持ちいい、から…姉ちゃん、気持ちいいからぁ」 俺の胸に手を置いて、必死でお尻を、円を描くように揺する。 そんな扇情的な行為を、あの姉さんがしていることだけで、気が遠くなりそうなくらいの快感が押し寄せる。 「姉ちゃん…キス…しよ?」 「う、うん…仁くん、仁くぅん…っ、ん、んん…ん~っ…あ、あむ…ちゅ、ぷ…」 俺の誘いに、あっという間に乗ってきて、目を閉じて、積極的に唇を絡ませてくる。 俺は、目を閉じずに、その姉さんの表情を、間近で見つめ…「ん…んむ…んっ」 「う、あ、くぁ…あんっ、ん、くぅっ…仁くん…仁くん…っ、う、あ、ああ…」 やっぱり…泣いてる。 なんで、こんなに無理してまで、俺と、関係を結ぶんだろう。 今までの、“家族”って関係、ぶち壊れちまうかもしれないのに。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…あ、ん…いい、仁くんいい…っ、ああ、ひぅぅっ、ん、ちゅ…ぷっ…あ、はぁ、はぁぁ…っ」 「ん…んちゅ…んぅ…あ、あ、ああ…っ、ね、姉ちゃん…俺、あ、あぁ…」 「出そう? ねえ、出そう、なの?仁くん、イくの? あぁ、あぁぁ…」 でも、ダメだ…もう、頭が、回らない。 血が全部、姉さんと繋がってるところに、集中しちまってる。 「うん、イって、仁くん…姉ちゃんで…イってぇ…あっ、あっ、あぁぁっ…う、くぅぅんっ」 少しずつ慣れてきたのか、俺の上で、控えめにだけど跳ねてみせる姉さん。 「ああ…姉ちゃん…ダメ…もう、もう…っ」 「う、うん…出して…仁くんの、いっぱい…う、あ、あ…ああああ…あああああ…」 「あ、ね、姉ちゃん…だめ…早く、抜かない、と…」 「あっ、あっ、あ~っ、あんっ、ん、んぅっ…はぁ~、はぁぁぁ…あんっ、あ、あ、あ…」 俺の声は、目を閉じて腰を振る姉さんに届かない。 このままじゃ…このままじゃ…「駄目だっ…出る、出るって…っ」 「あ、あ、あ、あ…うん、出しなさい…っ、姉ちゃんの中に…いいからっ」 「っ! う、あ、あ…あああああああっ!?」 「あああああっ!? あ~っ、あああああ~っ…は、あぁ…仁くん…っ、あ、あぁ…」 最後の、姉さんの言葉が致命的。 もの凄い勢いで、俺のほとばしりが、駆け上がり、そして胎内を満たす。 「あぁ…あぁぁ…やぁ、ひぅっ、う、ああ…ああ…ま、まだ…んっ…すご…仁くん…なか、ひっ、く…」 姉さんは、俺の精液を、なかで受けながら、全身の力を抜いて、俺を迎え入れる。 俺のものを、抜こうともせずに。 「う…ぅぁ…あぁ………っ、はぁ、はぁぁ…あ、あは…じん、くん…」 「はぁ、はぁ…ま…ま~、姉ちゃん…」 「仁くんの…あふれて…あついよ…もう、元気だなぁ…仁くんはぁ…」 「お、俺…姉ちゃん、と…?」 いまだに、消化し切れてないのかもしれない。 今、俺の上で、荒い息を吐きながら、俺を受け入れて微笑んでいるのが、俺の、姉ちゃんで、義姉さんだなんて。 「ぬ…抜く、ね?」 「あっ…」 ずるりと、姉さんの肉をめくり上げるように、ゆっくりと、俺が姉さんから解き放たれていく。 「はぁ、はぁ…あ、ごめん、汚しちゃった」 姉さんのなかから垂れてきたものが、俺のお腹のところに落ちてきてる。 「いや…それ、もともと俺の…」 「あ、拭くから…ちょっと、動かないで」 「いや、俺が…」 「いいから!」 「? あ、ああ…」 近くにあったティッシュの箱をひっつかむと、俺のお腹、自分のなかと、俺に見えないように拭う。 「…たくさん、出したわね。だ、溢れてくる」 背中を向けて、自分のなかを拭う姉さんは、生々しくて、なんか、いやらしくて。 そして…やっぱり、綺麗だなって、感じてしまう。 「ふぅ…おしまい」 「姉ちゃん…」 「寝ていいよ、仁くん。たし、起きてるから」 「ごめん…」 「何謝ってるの?誘ったの、わたしじゃない」 「ね…仁くん。ちゃんのおっぱい、見たい…?」 「ま~姉ちゃん…?え? え?」 「見せて…あげよっか?」 「ちょっと…まずいよ。さんや母さんに見つかったら…」 「ここは離れだもん、大丈夫…ほら…」 「~っ!」 「触っても…いいのよ?」 「………」 「仁くんの、自由に、していいよ。って姉ちゃん、仁くんのこと大好きだから」 「本当に…」 「ん?」 「本当に、さわっても、いいの?」 「うん…おいで」 「あ、あのさ…なめても、いい?」 「仁くんの…エッチ」 「ご、ごめん」 「ふふ…」 「………」 「ふ…ふふふ…」 「………っ」 「ぷっ…あはは…」 「笑うなよ…」 「だって…わたしたち、すっごいバカよね?」 「誰が言い出したと思ってんだよ」 「それにしても、お互い入るものね。 昔の制服。 ちょっと胸がきつい以外はサイズぴったり」 「俺は全体的にちょっとキツいよ、やっぱ」 「でも…やっぱり仁くんの学生服姿…凛々しいよ」 「ま~姉ちゃんも綺麗だよ。ちょっとマニアックだけどな」 「あはは…なんか、ちょっと特殊な風俗みたい?」 「自分で言うな…」 その通りだけど。 23にもなってセーラー服姿の姉さん。 それを相手にしているのは、20歳にもなって学ラン姿の俺…………“チキンキッス”で負けた俺は、姉さんに迫られるまま、正直に姉さんを求めた。 で、二人して、離れにある俺の部屋へしけ込み、そのまま抱きあおうとした。 けど、二人にとって懐かしい俺の部屋。 引き出しとかタンスとか物色してるうちに、姉さんが、懐かしいものを見つけた。 高校の時に、俺が着ていた学生服。 姉さんは何故かとても喜んで、俺に着るようにせがんだ。 で、そんな馬鹿みたいな仮装が嫌だった俺が、『ま~姉ちゃんも昔の制服着たら考えてもいい』と、無理難題を言い出して、うやむやにしようとして…それが、何故だかこんなことに…「あのさ…」 「ん?」 「せっかく脱いだのに、放っておかれるのは寂しいし、寒いよ?」 「あ…」 いかん…目の前に胸を出した女の人がいるのに、ついつい世間話をしてしまっていた。 「これじゃ、なんか姉ちゃん一人が勝手に暴走してるみたいで…虚しい」 「け、けど…先に笑い出したのは」 「そうね…じゃ、戻ろうか」 「そうだな…1分前に」 「ううん………5年くらい前が、いいな」 「え…?」 「仁くん………おいで」 両手を広げて、俺を抱きしめようとする姉さん。 その姿に、5年前の姿が重なる。 「…姉、ちゃん」 本当に、重なる。 まぶしくて、せつなくて、大好きで…「あぁ…」 そして…ずっと、こうしたいと思っていた、女の子。 「姉…ちゃん…っ」 「ん…ふっ、あぁ。たためて…仁くん」 姉さんの胸に抱かれて、その、柔らかさを堪能する。 顔に押しつけられる乳房が、ぐにぐにと変形して、気持ちいい。 「ま~姉ちゃん…柔らかい」 「あ…うん。っと、さわっていいよ」 「ん…」 目の前にある丸みを、両手でつかみ、円を描くように揉んでみる。 力を入れたら入れただけ指が埋没し、けれど、その指を押し返す弾力が心地良い。 「んっ…あ、仁くん…が、姉ちゃんのおっぱい、触ってる」 「だって…姉ちゃんがいいって…」 「うん…当たり前じゃない。 仁くんなら、なにをしてもいいよ。 だって…弟、だもん」 「ま~姉ちゃぁん…ん…」 「ひぅっ…ん…あ、あは…仁くんが、吸ってる…姉ちゃんのおっぱい、美味しい…?」 「ん…ちゅぅ…んん…姉ちゃん…こんな、こと…あぁ」 5年前に、こんなことを許されていたら…勉強が手につかないどころの騒ぎじゃなかっただろうな。 「ん…んぅ…っ、あ、や、あつい…っ、仁くんの手が、仁くんの、したがぁ…っ、あ、あぁ…っ」 「んぅ…あ、んむ…はぁ、はぁぁ…」 両の胸を、左右から挟み込むように強く揉み、中央に乳首を寄せて、一度に左右の乳首を舐める。 姉さんの胸は、俺の手の中で、自由自在に形を変えて、どこまでも、俺に弄ばれてくれる。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…あんっ…じ、仁くん…せつない…よ…あ、あ、あ…あぁぁぁっ!?」 右の乳首を口に含んで、そのまま歯を軽く合わせる。 きゅっと押しつぶされた乳首が、目の前で、ぷっくり膨らんでいくのが淫猥に映る。 「姉ちゃん…いやらしい」 「そ、そんなぁ…仁くんがしてるからなのにぃ…姉ちゃん、仁くんとだから、こんなになってるだけなのにぃ」 段々と、俺が胸をいじるのに耐えきれなくなってきたのか、姉さんが、身体をのけぞらせる。 俺が乳房を揉むたびに、ずるずると、後ろに下がり、そのまま、後ろ手をついてしまう。 「う、あぁ…やだ、も…仁くん、触り方も舐め方も、や~らしいっ」 「仕方ないじゃん…ま~姉ちゃんの身体にさわっていいなんて…ずっと、許されないって思ってたんだぞ…?」 「う、ん…っ。 そ…そう、ね。 いけないこと…だもん、ね」 いけないことだから、こんなに気持ちいい。 いけないことだから、やめられない。 深く、強く、しつこく…姉さんの、いやらしい胸を、蹂躙する。 「あ、う、あぁぁぁ…はぁ、はぁぁ…じん、くぅん…や…あぁ…」 姉さんがのけぞるたびに、スカートがめくれ上がり、太股が露わになる。 その白さ、滑らかさ、艶めかしさ…昔、見た夢に出てきた、俺といやらしいことをする姉さん。 あの…俺の下着をべっとりと濡らした夢に出てきた姉さんと、今日の姉さんが、重なる…「…姉ちゃん」 「ん?」 俺は、その、いやらしい姉さんの頬に、頬を寄せ、耳元でささやく。 「姉ちゃんの………見せて」 あのとき、見た夢の通りの台詞を。 「…えっち」 「最初に誘ったのは姉ちゃんの方だよ…」 「だって…仁くんがこんなに…」 「こんなに…なに?」 「………見たい?」 「見せて」 「姉ちゃんの、ここ、見たい、の?」 俺の視線は、姉さんの太股の奥…太股よりも、さらに白い下着の中心に向く。 「ここ、どうなってるか知りたい…教えてよ、ま~姉ちゃん」 そしてまた、夢の通りの台詞を漏らす。 …よく覚えてるなぁ、あの時の夢。 まぁ、確かに強烈な罪悪感だったし。 「わかった…仁くんになら…教えてあげる。ちゃんのなか…覗かせてあげるね」 「ん…」 ごくりと、喉が動く。 今の俺は、本当に5年前に戻ってしまったかのように、初々しい興奮に包まれている。 けど…本当は…今現在の俺だって、この瞬間を、とんでもなく興奮しながら、待ってるんじゃないのか?「ん…」 姉さんの手が、ショーツにかかり、お尻をもぞもぞさせて、そのままずらしていく。 「あ…」 するりと、太股を滑り、膝を抜けて、足首にかかる。 「あ…あ…」 「ほうら…どう、かな?」 だから、目の前には…薄紅色の、姉さんの、真ん中への入り口が。 「これが…ま~姉ちゃんの」 「普通でしょ?」 「そんなことわかんないって…見たことないんだもん」 少なくとも、5年前の俺は…「そう、なんだ。くん、姉ちゃんのが、はじめてなんだぁ」 「もっと、近くで見ていい?」 「うん…近くに来て、いいよ」 言うと、姉さんは、ゆっくりと足を拡げ、俺の顔が近づける場所を空けてくれる。 開いた足の間に、姉さんの、その部分が、ねっとりと存在感を示す。 「すごい…」 その、神々しさといやらしさが同居した場所は、今まで視界に収めた、どの色よりも、どの形よりも、俺の心臓をしめつけてくる。 「なかも…見せてあげようか?」 「なか…って」 「ん…こ、こう、して…」 「っ…」 姉さんが、両手の指をその場所に差し込んで、左右に、割り開いて見せてくれる。 「どう…よく見える?」 「あ、ああ…」 中は、同じく薄紅色で、少し濡れていて、小さな空洞が開いていて。 姉さんの手がたどたどしいせいか、時々、ひく、ひくと動いて。 「こ、ここに…仁くんのが、入るのよ」 「ここに…俺、のが?」 「うん、うん…仁くん、大きくして、固くして、ここに入ってくるの」 「あ…」 姉さんが、入り口の辺りを指でなぞる。 その指が離れると、その指先には、ねばつく液がついている。 「好きに…いじっていいわよ。ちゃん、こうして、拡げててあげるから」 「姉…ちゃん…っ」 「え? あぁっ…!」 我慢の限界に達した俺は、姉さんの許可と同時に、むしゃぶりついた。 「ちょっ、そんな…いきなり…っ」 姉さんの股間に、顔を埋めた。 指で開かれている、穴の中を、唇でつついた。 「あぁぁぁっ!?あ、仁くん…あ、あわてないで…っ」 慌てるなと言われても…ここまで誘われて、気も狂わんばかりに刺激だけ与えられて。 これで、獣にならない方がおかしい。 「ん…ちゅぷ…んく…あむ…」 四肢で立ち、姉さんの股間に顔を埋め、ただ、ぴちゃぴちゃと舐めまくる、理性を失った獣に。 「い、う…くぁぁ…あ、あぁ…したが…あ…仁くん、やだぁ…ざらざらしてる…っ」 舌を差し込んでいくと、穴の奥から、とろりとした液体が流れ込んでくる。 多分、さっき、姉さんの指を濡らしたものと同じだろう。 「ん…ん、ん…」 俺は、姉さんの胎内から流れてくる、その生暖かい液を、口の中で転がす。 ちょっとだけ塩辛い、けれど至福の味が、口の中を満たし、唾液を分泌させる。 「ひぅぅぅっ、ん~、あ、あぁぁぁ…じん、くぅん…これ、や、こんなぁっ」 唾液を穴の中に送り込むと、それが呼び水となって、たくさん溢れ出してくる。 その、こぼれ出る液を、音を立ててすすると、姉さんの腰が、びく、びくって跳ねる。 「ひっ、う、あぁ…は、はぁぁ…あんっ、あ、もう…もう、すごく…」 「指、離すなよ…ま~姉ちゃん。ゃんと拡げててってば」 いつの間にか、秘所を拡げていた指を、自分の口に当てて、噛んでいた。 だから、俺の舌が、深くまで潜れない。 そんな、我が侭で理不尽な抗議をぶつける。 「だ、だって、だって…すごい声、出ちゃいそうで…」 「ここは離れだもん、大丈夫…なんだろ?」 「………もう」 さっき、姉さんが俺を誘うときに言った言葉を、そのまま返す。 すると、渋々と、もう一度指を戻し、思い切り、指で引っ張ってくれる。 「ほら…したいように、しなさい。ちゃん、声、我慢するから」 「我慢しなくていいのに…ん…」 「あふぅっ…あ、ん…んぅ…く、あぁ…も、もう…いきなり動かしすぎぃ」 姉さんの胎内に、もう一度、激しく舌を突き込んで、大きく丸く掻き回してみる。 断続的に、俺の舌をぎゅうっと締めつけてくるけど、ぬるりと滑り、外に弾き出されてくる。 「あ、あ、あ~っ、あんっ、仁くぅん…ね、姉ちゃん、の…あ、あんっ、あ、そこ、そこがぁ」 「ん…んむ…ちゅぷ…ん…ちゅぅぅ…ああ…ま~姉ちゃん、の、あつい、よ」 「だって、だって…仁くんの、したがぁ…っ、なかに…ふかくまで、入ってくるなんてっ」 荒くなってくる息を必死で飲み込みながら、この、至福の時が終わらないよう、必死に、舌で舐め転がす。 けど、そうやって頑張ると…「うあ、あ、あ、あ…だめっ…もうだめっ、やだ、やだ…仁くんやめてぇ…だめだってばぁっ」 「…どしたの?」 「は、はぁ…はぁぁ…どしたの、じゃないわよぉ…わかってるくせにぃ」 「イきそうになった?」 「はぁ、はぁ…あ…う、ふ…っ、ちょっと、休ませて…」 「ん…」 姉さんの要望通り、穴から舌を引き抜くと、その周辺を、ゆっくりと舌で愛撫する。 けど、そうやって舐め上げていくと、いつかは、その部分に辿り着くわけで…「う…ひぅっ…な、こ、こらぁ…っ、そこ、もっとダメぇっ」 ご飯の時から、足でいじめ続けてきた、先っぽの、一番敏感な部分。 潜り込ませるように、舌で優しくつつく。 「あ、ああああああ~っ! あ~っ、あぁぁぁ…だからぁ…ひぃぁ…あ、あ、あ………」 姉さんの胸が、思い切り上下して、全身が、がくんがくん揺れる。 今の姉さんには、あまりにも刺激が強すぎた…かな?「あ~っ、もう、やぁぁぁっ! やんっ、やんっ、あ、あ、あ、あ、あ…だめ…仁くんだめぇっ」 「ダメなことないよ…綺麗だよ、ま~姉ちゃん」 本当に、綺麗だ…俺の愛撫を受け、涙を流し、涎を流し、荒い吐息と、大きな喘ぎ声を漏らし…そして、とってもいやらしい表情の姉さんは、掛け値なしに、世界で一番、綺麗だ。 「や、こんなえっちな顔、誉められたくないよ…っ、あ、だめ…だめだってば…我慢しろわたしぃっ」 そうは、いかない。 「ん、れろ…んぷ…ちゅぷ、んんんんっ」 その部分を舌で剥きあげて、剥き出しになった突起を、歯と舌の両方で刺激する。 これで…イっちゃえ。 「あ、あああああ…ああああああっ!あ~っ、ああああ~っ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「っ!?」 一瞬、姉さんのなかから、勢いよく何かが噴き出し、俺の顔にぴしゃっとかかった。 「あぁぁぁぁ~っ、あんっ、あんっ…あ、あ、あ…や、こら、だめ、みないで…こんなの…」 「あ…あ…」 透明で、さらりとした液が、俺のベッドを濡らしてる。 これ、もしかして…「はずかしい…はずかしいよぉ…こんな…仁くんの前で…はしたない…」 半泣きの姉さんは、それでも、まだ、俺のためにそこを拡げてくれてる。 律儀というか、弱みを見せすぎというか。 「はしたないなんてことない…ま~姉ちゃん、すごかったよ」 「あ~、あぁぁぁぁ…それ、ちっともなぐさめになってないわよぉ」 「そんなことないって…本当に、いやらしかったってばぁ」 「わたしは…仁くんの前でしか、こんなにいやらしくならないのにぃ…」 目の前で拡げられた秘所は、まだ、ひく、ひくと蠢いている。 「………」 盛大に達した今、それでも、俺を、ぐいぐいと誘ってくる。 「もう…こん、なぁ…え…?」 「姉ちゃん…」 「じ…仁、くん?」 「いい、だろ?俺、もう…ま~姉ちゃんのなかに…」 「あ、え? も、もう…?だ、だけどわたし…今さっき…っ」 「あんなの見せられて…我慢できないって…もう」 もう、ズボンはとっくの昔に下ろした。 姉さんが指で拡げてる、穴の中心に、俺の先端をくっつけて、ぐいぐい押しつけてる。 「あ、けど…姉ちゃん、今、敏感に…っ!?」 「俺だって…敏感になってるよ。う、限界」 「じ、仁くん…そんな…あ、あ…あああああああああ~っ、あ~っ!」 くちゅ…姉さんの愛液と、俺の唾液で濡れまくったそこは、姉さんの態度とは裏腹に、俺のものを、スムーズに受け入れていく。 「あっ、ほんとに…入れてきたぁ…仁くん、我慢が足りないわよぉ…っ」 「んなこと言ったって…俺、今日はまだイってね~もん」 「だ、だったらぁ…入れなくたって…好きなやり方で、出させてあげたのにぃ…っ」 「それは…またの機会に、な。日は俺、ま~姉ちゃんのなかでイきたいよ…」 「そ、それは………そう?」 「うん…動いて、いい?」 「…入れておいて動かないのも、生殺しだと思わないの?」 「…そう、だね」 「んっ…」 姉さんの許しをもらって、ゆっくりと動き出す。 ぐいっと腰に力を入れると、更に、ずぶりと、姉さんの胎内に、埋まり込む。 「んぅ、あ、あ…く…ぅぅっ」 「苦しい…?」 「ん? えっと…半分半分」 あとの半分は…なんだろう。 俺の想像してる通りだったらいいな。 「ん…あ、く…」 「ふぅぅっ、ん、あ…ぁぁ…仁くぅん…姉ちゃん、なんかすごい…」 「ま~姉ちゃん…ん…」 「ふ、んちゅ…んぷ…あ、あむ…ん、ちゅく…んぅぅ、あ、ふむぅ…んっ」 姉さんの唇に、舌を這わせると、待っていたかのように、舌を伸ばして応える。 「あ、んむ…ちゅ…んぶ…」 「はむ…んん、ちゅ…んぷ…あ、んむぅ…んんっ、は、ん、んん…ちゅぷ…んぷぅ…あ、あぁ」 姉さんに覆い被さり、口の中いっぱいに唾液をまぶして、舌を絡め合い、吸って、飲んで、ぐちゃぐちゃに溶け合う。 その間も、腰だけはグラインドを続け、奥深くへと、えぐり続ける。 「ん…ちゅ…はぁ、あ、あ、あっ…あんっ、ああっ…じ、仁くん…あ、ちょっ…やぁぁんっ、ん、んぅ」 「あ、はぁ、はぁぁ…姉ちゃんのなか…姉ちゃんの、なかぁ…すげ、うあぁぁ…っ」 「ちょっ、や、強い、強いってばぁ…仁くん、やぁ…そんなにおいたしないでぇ」 「子供扱い…すんなよぉ。っ、く、あぁぁ…」 俺の頭をかき抱いたり、胸に触らせたり、舐めさせたり、自ら開いて、自分をさらけ出したり。 姉さんは、まだ、ナチュラルに俺を子供扱いする。 こんなに激しく犯しているのに…「あっ、や、ん…仁くんが…仁くんの、がぁ…姉ちゃんのなか、おくまで…んっ、ぅ、あ…っ」 「ま~姉ちゃん…どう?」 「どう…って…仁くんの、えっちぃ…あああっ、こ、こらぁっ、そんなに、あばれるなぁ…っ」 姉さんを組み敷いて、壊れる寸前まで押し込んでるのに、まだ、お姉さん風を吹かすというか、主導権を握ろうとする。 その、アンバランスさが…「ま~姉ちゃん…可愛い」 「それは姉ちゃんの台詞なのっ」 「は、はは…ん、く、あぁ…あぁぁ…」 「やっ、ん、く…じん、くぅん…っ、姉ちゃん…こんな、ごめん…すごい」 「気持ちいい…?俺の、気持ち、いいだろ?」 「だめ、だめ、だめぇ…仁くんが先…先にイかないとダメぇ…」 もう、先にイったくせに、妙なところで意地になる…「あっ、あっ、あぁぁ…仁くん…早く…出して…気持ちよく、なりなさいよぉ…っ」 「気持ち…いいって…俺、ま~姉ちゃんとしてて、気持ちいいって」 「だったら…早く、早くぅ…仁くんの、イくとこ、見せて…」 相変わらず、俺を愛でることをやめない姉さん。 自分の弟が獣と化して、自分を貪っているのに、その獣の、美味しそうな表情に満足してる変態だ。 「あっ、あぁぁっ、んっ…んんんっ、はぁ、あ、んっ…仁くん…あ、ぁぁ…」 そうやって、俺を贔屓しまくるダメな姉は、俺に貫かれて、せつない喘ぎ声を上げる。 …興奮する。 「ん、くぅっ、あ、あ、あ…姉ちゃん…すげ…あっ、あぁぁ…」 そして、姉さんを、犯すことをやめない俺。 自分の姉が、自分のために身体を開いてくれたのを、更に引き裂いて、すべてを食い尽くそうとする変態だ。 「あぁっ、あ、あ、あ~っ…や、やん…もう、仁くんってばぁ…」 「…なに?」 「元気、だね」 「おかげさまで…」 「んっ、ん…ん…っ、はぁっ、はぁっ…あ、あ、あ…」 そろそろ、頭の方も、もやがかかってきた。 はじめの弄り合いから数えると、長いこと続いていた、俺たちの睦み合いも、終わりが見えてきた。 「ま~姉ちゃん…俺、イく…」 「あ、やっと…なのね?もう、この頑張りやさんめぇ」 「…ごめん」 「何謝ってるのよぉ…っ、ばかな仁くん」 「いっしょに…イこうね?ま~姉ちゃん」 「ん…んっ、あ、ん…うん、でも本当は…」 「ん?」 「2回くらい…イっちゃってたんだけど、ね」 「………」 気づかなかった…やっぱ未熟だな、俺。 「仁くん…きもちいいよ。気で、力強くて…凄い感じるよ…っ」 「あ、あ、あ…姉ちゃん…くぅっ」 「う、う、うぅ…んっ、あああああ…」 姉さんの太股を抱えて、ラストスパートをかける。 のしかかるように、強く、深く、そして速く突き込み、姉さんの胎内を、ぐちゃぐちゃにかき混ぜる。 「あ、あ、あ、あ、あああ、あああっ…ん、仁くんっ、あ、い、くぅっ、んんんっ」 姉さんの手が、首に回されて、思い切り抱きしめてくる。 太股を締めて、俺を全身で抱え込み、離れないように、からみつく。 「ね、姉ちゃん…あ、あ、くぅぅっ」 だから俺も、姉さんにしがみつき、その、柔らかい胎内で、思い切り弾ける。 「う、あ、あああああああ~っ!ああああああぁぁぁぁぁぁ~~~っ!!!」 「う、あ、くぁぁ…あっ…あっ…」 「あっ…ぁぁ、仁くんの、が…おくに…ふあ、あぁぁ…やだ、すごっ」 「う、っく、あ、あぁぁ…」 「んっ………んっ………やっ、まだ出てる…姉ちゃんのなか、どれだけ出したのよぉ」 「あ、ご、ごめっ………んっ」 「っ…謝りながらも出してるしぃ」 「け、けど…外れない…っ」 姉さんが、俺にしがみついてるせいで。 「あ…そっか…姉ちゃんの、せいかぁ」 「いや…俺のせいだけど…」 「ごめんね仁くん…」 「だからぁ」 俺に中出しされながらも、何故か頭を撫でてくる。 その精神構造に、俺を甘やかす以外のことはないんだろうか?「仁くんの、汗…仁くんの、におい。して、仁くんの…」 ずるりと引き抜くと、そこから、どろりと溢れ出るものをすくって、姉さんが、目の前にかざす。 「これが…姉ちゃんのなか…たくさん、入ってきたのね」 「姉ちゃん…」 そんな、えっちな言葉を零さないでくれよ。 今は、敏感になってるんだからさ。 「仁くんの…精液…ん…ちゅ」 そして姉さんは、白くどろどろに濡れた指先に、自分の舌を這わせた。 「ふ…んむ…っ」 「あ、く…っ」 結局、俺はその姉さんの『ゆびきり』に抗えない。 姉さんの口に包まれて、全身が、じわじわと満たされていく。 「ん、ちゅぷ…んぷ…はむ、んぅ…ちゅぅ…ふむぅん…あ、あむ…」 「はぁぁ…ああ…ま~姉ちゃん…あ、あ…」 「どこ、何して欲しいか、言ってごらん。ちゃん、仁くんに言われたこと、何でもするよ…ん、んむ…ちゅぷ…じゅぷ…ん、んん…」 「あ、あ、あ…そ、そこ…もっと…舌で」 「ふん…ん~っ、ん、ちゅ、んちゅ…ぷぅ…あ、れろ…ん、あ、あ…じゅ、んぷぅっ」 本当に、俺のリクエスト通りに、舌を、裏筋のところに積極的に這わせてくる。 弟を慰めるって大義名分のもとに、いつも、やりすぎてしまう姉さん。 甘え過ぎる弟が悪いのか、甘えさせすぎる姉が悪いのか…「ん…ん、あむ…はむぅ…ん、ふぅっ、あ、あ、あ…んぷ…くちゅ…あぁぁ」 「ひぅっ、あ、あ…それ、いい、いいよ…」 今度は、袋を手で揉み上げたかと思うと、その、塊の入ってるところを、口に含んで転がす。 「は、む…んぷ、あむ、ん、んぅ…んっ、んっ…ちゅ、くぷ…はむ、んっ、んぁ、ぁぁぁ…」 「あ、あぁぁ…姉、ちゃぁん…うあ、うあぁぁ…っ」 全身を駆け巡る、ものすごい快感。 姉さんに弄ばれて、俺は、ゾクゾク感じてる。 誰もいなくなったとは言え、店内の、更衣室。 …変態っぽいシチュエーションが、俺をますます高める。 「仁くん、仁くぅん…おいしい…仁くんの、におい…ああ、気持ち、いい」 いつの間にか、姉さんの右手が、自分の、あそこを弄ってる。 「あ、ああ…あむ…あんっ、あぁ…あぁぁ…や、すご、いい、いいよ…仁くん」 ストッキングが、いやらしく蠢いて、姉さんの指使いが、結構激しいことを伺わせる。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…あ、あ…姉ちゃん…っ、姉ちゃんの舌…すげ、いいよ…気持ち、いい」 「ん…んぷ…あ、ん、よかった、仁くん、嬉しい…あ、あ、あっ、あんっ、や、これ…あんっ」 「あ、く…」 「あ、ご、ごめん…今、歯…」 「い、いいから…続けて。ょっとくらいなら、噛んでもいいから…っ」 「あ、あ…んっ…んっ、んっ、んっ、んっ…んんんんっ、あ、あむ、ん~っ、あ、ちゅぷ…んぶぅっ」 姉さんの口が、激しく俺のものを舐めしゃぶり、出したり、入れたりと激しく動く。 その一方で、自分のなかも、指を激しく動かして、どんどん高みにのぼっていってる。 俺を、どん欲に飲み込もうとする姉さん。 快感を、積極的に貪ろうとする姉さん。 綺麗で、可愛くて、いやらしくて…俺の大好きな姉ちゃんは…俺の、理想のイメージから崩れていき、俺の、心だけでなく、身体も満たす存在へと変わっていく。 「あっ、あっ、あぁっ…ん、んむ…ちゅぷ…んぅ…あ、あむ…あ、あ…あ~っ、あくぅっ、あ、んっ」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ…あ、あ…ま~姉ちゃん…すごく…やらしい、よ」 「ん…んぅ…や、やだぁ…姉ちゃんやらしい?仁くん、やらしい姉ちゃん嫌い?」 「ううん、大好き…だから、もっとやらしくなっていいよ…う、あ…」 「ん、ん、ん~っ、あ、あむ…あ、あ、あ…っ、も、もう、仁くん意地悪…そういうこと言ったら…姉ちゃん、ますます歯止めが利かないわよぉ…っ」 口の端からよだれを零しながら、姉さんは、今度は更に深く飲み込む。 まるで、喉の奥に俺のを導くように、深く、深く、限界まで。 「ん~っ、んぅ~っ、ん、ん、んん…ちゅぶっ、は、はむ…んう、んむぅぅ…あ、ん~っ、んんんっ」 「あ、うあっ、く…はぁ、はぁぁ…っ、す、すごっ、あっ」 姉さんの口全体が、俺のモノを包み込む。 その温かさ、その艶めかしさ、その柔らかさ、そしてそのいやらしさが、俺をどんどん追い込む。 あるときはキツく、あるときは優しく、あるときは意地悪く、あるときは柔らかく。 でも、一つだけ共通してるのは、いつも、どんなときも、俺を、姉さんの口の中に、導こうとする動きと、思い。 「ん、ちゅぷ…んんっ、んむぁ、あんっ、あ、む…ちゅぷ、ちゅぅ…れろ…んぷっ…」 「あ、あ、あ…姉ちゃん…姉ちゃん、俺…っ」 「ん、んん…出そう…?仁くん、でそぉ…っ?」 上目遣いで、もの凄い嗜虐的な表情。 姉さんが…俺の、ま~姉ちゃんが…たまらない。 「あ、あ、あ…うんっ、出る…俺、やべ…」 「やばくない、やばくないよっ…出して…ああ、たくさん…っ、ん、ん、ん~っ」 俺に出すよう求めて、姉さんは、また、深くまで俺を潜らせる。 これじゃあ、全部、姉さんの中に注ぎ込まれてしまう。 「は、ん、むっ、ちゅぅ…んぅ、むぅんっ、ん、ん…あ、ちゅ…んんっ、んんっ、んんんっ…」 「あ、あ、あ、あ、あ…ああ…あぁぁ…っ」 でも…それでも、いいかもしれない。 俺の精液が、姉さんの、口の中に…「は、ん、むっ…ちゅ、じゅぷ…んん…あ、む、んっ、んっ、んっ…ん…あんっ、んんんんっ!」 そして、全部飲んでもらって…姉さんに、全部…っ「う、あ、あああああああああっ!」 「ん、んんんんん~っ!」 駄目だ…そんなこと、想像するから…どうしても、その結末を、この目で見てしまいたくなる。 「あっ、あっ、あ~っ…」 「ん…んぅっ、んむ、んんんっ、ん~、んん~っ!」 姉さんの喉の奥に、もの凄い勢いで叩きつけられる、俺の精液の奔流。 そのたびに、俺がびくっ、びくっと震え、姉さんが合わせて苦しそうに目を閉じる。 「んぅっ、ん…んっ、ん………ん~…」 その、苦しそうな表情でさえ、俺には、快感の増幅となり…まだ、何度も、何度も…とどまることなく、姉さんの、口の中に…「あ、あ、あ…あ~っ」 「んっ…んんっ………ん、ぷぅ…あ、んむ…ん~っ、あ、あぁぁぁぁ…」 姉さんの口から、ゆっくりと、俺のものが姿を現す。 今まで、何度も何度も爆発していたのは、全て、姉さんの口の奥。 喉か、口の中かに、俺の、あれだけ出した精液が溜まってるってことだ。 「ん…ちゅぷ…ん、んぅ…はぁ、はぁ、はぁぁ…す、すご…い…仁くんの…姉ちゃんのお口に…すっごく、出したねぇ」 「あ、ああ…その…ごめん…っ」 「ん、ううん…っ。 気持ち、よかったぁ? 姉ちゃんの、お口。 そんなに、良かった、かなぁ?」 「あ、ああ…凄かった…」 「ん…こく…っ、あ、そ、そう…よかった…よかったぁ…あっ、いけない…ん…」 口の端からこぼれそうになった白い筋を、指でぬぐって、また、口の中に収める姉さん。 …めちゃくちゃ、いやらしい。 「仁くんのこれ…こんなに、ねばついて…ふふ…堪能、しちゃった…んっ」 「うあぁ…」 誘ってる…絶対に、誘ってる。 その、舐め上げるような視線。 その、わざとな変態っぽい言い回し。 俺が、全然おさまってないって、口で咥えてて、知ってるから…「どうする…?残りは、帰ってからに、する?」 「こ、この…」 「そういえば、おなかすいてきたでしょ?姉ちゃんは、今、おなかいっぱいになったけどぉ」 なんてあからさまな挑発…俺が、絶対に乗ってくると思ってるだろ?意志の弱い弟だって、笑うんだろ?けど…けど…「ね…姉ちゃん…っ」 「あ、んっ♪」 そんなの…決まってるじゃないか。 ………「あ、や…仁くんの、えっちぃ」 「なにを…今さら」 「ほんとに…すけべなきょうだいだよねぇ」 「うん…ここらへんとか」 「あんっ、あ、や…」 「…さっきから、ずっと自分でいじってたろ?ほら、もうこんなに」 下着が最初から、縦にびっしょり濡れている。 中に指を入れると、手に絡みつく熱さ、ねばりけ。 俺を、激しく誘ってる、女の匂い。 「あ、あっ、あぁ…や、やぁ…」 「我慢できてないの…俺じゃなくて、姉ちゃんだろ?」 「ん、んぅ…あ、あ…それ…ちょっとだけ、訂正なさい…」 「なんて…?」 「我慢できてないのは…お互い様、でしょ?」 「………うん」 さすが姉さん、お見通し。 …っていうか、お互いバレバレか。 「じゃあ、いくよ…」 ストッキングの裂け目から見える下着をずらして、そこに当てて、上下にこする。 そうして、しっくりと止まった場所に、狙いを合わせる。 「うん…来なさいよ。度は、姉ちゃんのお腹のなかに、入れなさい…」 「う、く…っ」 「あ、んっ、あ、あ…あああああっ」 力を込めると…ぐいっとした感触が、俺のモノを包み込み、中へと、導いていく。 「あ、あ、あ…ああああっ」 「あ~っ、あ、あ、あああ~っ、は、はいって…はいってきたぁ…仁くんっ、あ、こんな…やだっ、もうっ…」 一気に奥まで挿入する。 俺の腰と、姉さんのお尻がくっつく。 俺の太股と、姉さんの太股もくっつく。 下半身が、完全に重なり合う。 「うあぁっ、あっ、あっ、あっ…じ、仁くん…っ、あ、おっき…ああっ」 姉さんの腰を跳ね上げるくらいに、ぐいっと持ち上げるように腰を浮かせる。 一瞬、姉さんのかかとが浮いて、身体がびくんと震える。 「や、や、や…そんな、持ち上げないでよ…っ、ね、姉ちゃん…こんなの、はじめてなんだからぁ」 こんなのって…こういう突き方が?それとも、こういう体位が?とりあえず、姉さんが苦しそうなので、最初は浅く、ゆっくり挿入しては出してを繰り返す。 「あ、ん…ああ…そ、そう…最初は、やさしく、ね?」 「う、うん…っ、く、あ…」 俺の視界の真下で、俺のモノが、姉さんのお尻に突き刺さって、抜け出てくるのが見える。 俺が、姉さんのお尻に腰をぶつけるたびに、ぱんって乾いた音と、くちゅって濡れた音が重なる。 間違いなく、俺たちが、エッチして出してる音だ。 「はぁ、はぁ、はぁ…っ、ん、あ、ああ…おなか…仁くんの…出て、はいって…あぁ…っ」 「う、うん…くっ、あ、ああ…すげ…」 姉さんの口の中も絡みついてきたけど、こっちのなかも、ねっとりと絡みついてくる。 入れると、中の肉が寄ってきて、俺のを排除しようとし、出すと、中の肉が引きつって、俺のを逃すまいとする。 「う、あ、く…くぅっ、ま、ま~姉ちゃん…くっ」 姉さんが…俺を、いじめてる。 「ふあぁ…ああ、あんっ、やっ、もうっ、んんっ…あ、あ、あ、あ、あ…あぁぁぁ~、仁くん、仁くぅん」 姉さんの背中に張りついて、胸に両手を伸ばし、キツく掴む。 ぎゅうっていう肉の収縮。 中心で、ぴぃんと張りつめる、勃起した乳首。 「い、たぁっ!? あ、ああ…や、ちょっ…あんっ、い、いきなり…仁くん、もっと、ゆっくりって…あぁっ」 そんなの問答無用で、どんどん姉さんにひっつく。 背中に舌を這わせ、強く吸って、キスマークを残す。 ぐいぐいと前のめりに突き込んで、姉さんの膝ががくがく震えても許さず進んで、壁に押しつけるくらいに責め立てて。 「うあ、うあ、うあああ…っ、じ、仁くん、そんな、乱暴にしない、でっ…ね、姉ちゃん、姉ちゃん…っ」 「嫌? こういうの、嫌?」 「ああ、無理やり、犯されてる…みたいっ…仁くんに、仁くん、がぁっ…あ、あ、あ…っ」 また、姉さんを持ち上げるように、ぐいぐいと突き上げる。 鷲掴みにした胸は、爪を立て、乳首の先を軽く引っ掻き、何かを絞り出すかのように、きつく揉みしだく。 「あっ、はぁっ、はぁぁっ…あ、ああ…仁くん…こんなの、こんな、のぉっ…あ、ああんっ」 背中から肩に、軽く歯を当てて、顎を引き絞る。 乳首を指でつまんで、徐々に力を込めて押しつぶす。 激しく、激しく、何度も何度も突き上げる。 「いあっ、あ、あ~っ!だめっ、だめぇっ…おかしくなるっ…仁くん、姉ちゃんだめになっちゃうっ」 「駄目になって、いいんだよ…俺だけに見せてよ…駄目になったま~姉ちゃん」 なんと懇願されても、やめる気はない。 激しく、激しく、何度でも、何度でも…姉さんを、思い切り犯し、貪る。 「う、くぁぁっ、あ、うあぁぁ…んっ、や、やだぁ…だめぇ…だめだってばぁ…」 だって…いい香りがするから。 姉さんを抱くと、突くと、いじめると…ものすごくエッチな香りが俺を包み込み、そして、誘ってくるから。 『もっと、もっと…いじめてもいいのよ』って…「そ、それだけは…見せられない。くんに、ダメなとこ、なんて、え、あぁっ」 「いいんだよ…ま~姉ちゃんなら…駄目なとこも好きなんだから」 完全につま先立ちになってる姉さんを、更に浮かせるくらいに突き上げる。 もう、身体を支えていられない姉さんは、俺に腰を持ち上げられるまま、ふわふわと揺れている。 それでも俺は、姉さんを突き上げ、乳房を思い切り握りしめ、首筋を激しく吸う。 「や~、やあぁ…やぁぁぁぁっ!あ、あ、あ~っ、あああ…ひぅっ、ん、んん~っ」 壁まで揺れてるんじゃないかってくらいに押しつけて、押し込んで、犯して、犯しまくって。 征服欲と、保護欲が、溢れ出てくるのが止まらない。 このひとを…支配したい。 身も心も、全部、俺のモノにしたい。 そして…このひとを、守りたい。 犯してるくせに、そんな想いが、頭を支配する。 「あ、あああっ、あんっ、くぅっ、ふあぁ…じ、仁、くぅんっ、や、や、姉ちゃん、もう、もうっ…」 「ま~姉ちゃん…俺…姉ちゃんのこと…欲しい」 「う、うん…あげるから…あげるからぁっ…もっと、もっと…やさしく、してよぉ…っ」 「それは…無理。ちゃんのこと、欲しすぎるから」 「う、あ、あぁあ…っ、や、こんな…姉ちゃん、そんなに…っ、ないのにっ、あ、あ、あああっ、あんっ、あんっ…」 いつまでも、いつまでも…めちゃくちゃに、犯して、このひとのこと、壊すくらいに愛して。 いつまでも、いつまでも、俺のものに…誰のものでもない、俺だけの、俺ひとりのための、家族に…………なんて…不埒な考えだろう。 「ひぐぅっ、ん、あ、あ…はんっ、あ、あんっ…仁くん、仁くん…こ、怖い…姉ちゃん、怖いよ…」 「はぁっ、はぁっ、はぁぁっ…だ、大丈夫…俺が、ついてるから」 「仁くんがついてるから…怖いんだよぉっ…と、遠いところ…連れてかれちゃう…仁くんに、めちゃくちゃにされちゃう…っ」 「大丈夫、大丈夫…っ、俺も、ずっと、ついてく。~姉ちゃんと、一緒にいくから」 ぐい、ぐいっと、姉さんの胎内に、強く押し込む。 そのたびに、びくっ、びくって震えが、姉さんのお尻から、俺の腰へと伝わる。 姉さんが…ものすごく、感じてる。 俺に強引にされて、とんでもなく、気持ちよくなってる。 「あ、あ、あぁ…仁くんと…仁くんと、いっしょ…?姉ちゃんと、一緒に…きて、くれる…?」 「ああ、ああ…だから…だから…」 もっと、もっと、姉さんの、お尻にたたきつけて、胎内の奥底に、潜り込む。 姉さんの全身に、俺を巻きつけて、逃げていかないように。 俺のものに、するために。 「あっ、あっ、もう、もうっ…姉ちゃん、もうだめぇ…仁くんに、連れて、いかれちゃう…っ、う、あ、あ…」 いきなり、姉さんの膝がオチて、がくん、がくんって、思い切り力が抜けていく。 「あ、あ、あ、あ…あああああ…あああああっ」 俺は、その腰を、思い切り引き上げて、そして、最後のひと突きを、引き絞る。 「ああっ、あああっ、あああああっ!あああああああああ~っ!!!」 「~~~っ!!!」 俺に、連れて行かれた姉さんが…姉さんの胎内に入ってる、俺のものを、力いっぱい締めつける。 「あああああっ、ああっ、ああっ…は、はいってる…なか、なかにぃっ…あ、あ…」 言ったって止まらない。 姉さんと俺は、一緒に、遠くへと…飛んでいくから。 「ふあぁぁ…あぁ…あああ…あ~…あ~…ひぅ、ひん、くぅん…うぅ、あ、あぁぁぁぁ…」 俺がひとつ射精するたびに、姉さんのお尻が、どくっ、どくって、痙攣してる。 俺の射精を受け入れて、なかに運んでいるんだろうか。 それとも、吐き出してるんだろうか。 「ふ、あ、あぁぁぁ…」 「ひぅっ、う、あ、あ…や…だめっ…仁くん、ちから、ぬいちゃだめ…ぇ…」 がくがくと、二人してバランスを崩す。 もともと姉さんは、俺に支えられてただけで、その俺が力を抜いてしまえば…「う、く、あ…ね、姉ちゃんっ」 「だめっ、だめぇっ…仁くん我慢してぇっ、あ、あ、あ、あ、あ…」 まだ、なかに次々と射精しつつ…「ご、ごめん…ごめんっ」 「う、あ、あ…ちょっ…いやぁっ」 俺たちは、繋がったまま、床に転げ落ちる。 「ん…んむ…」 「り、里伽子…っ!?ん、あ、あむ…っ」 そうなれば、当然、首に絡みついた腕は、絶対に外れないわけで…「んん…あ、んむ…んふぅ…っ、ん、んん…ふむぅっ…」 「あ、あ、あ…っあ、んむ…ちゅばっ…あ、くぁぁ…」 だから俺たちは、キスをするしかないわけで。 「は、んむ…ん、んぷっ…ちゅぷ…ふぅ…あ、ん、んん…ちゅぱ…んぶぅ…っ」 クリームを舐め合うような、穏やかなキスじゃなく、お互いをしゃぶり尽くそうとする、激しいキスを。 「は、はぁっ、はぁっ、はぁぁ…っ…」 「り、里伽子…ぉ…こ、こら…」 「い、いきが…仁の息が…かかって…っ」 「あ、当たり前だ…この…」 里伽子の腕が、首に巻きついているせいで、唇を離しても、すぐ近くにお互いの顔がある。 里伽子の、どアップ。 キスの後の甘い吐息が、俺の唇や、頬を撫でる。 そして、それは里伽子にとっても、まったく同じ条件で。 「ん~っ、ん、ん、んんん~っ…あ、あむ、んむぅっ、んちゅ…っぷ…」 だから…お互いが、お互いの、いやらしい部分を感じ、どんどん、どんどん、興奮していく。 「あ…んむっ、ん~っ…んんん…あ、ぁぁ…」 「はむっ、ん、んぅう…ん、ちゅ…ぷ…ふぅんっ、あ、あ、あ…は、あぁむぅぅっ、んぷっ…ちゅ…ぅぅ」 里伽子の腕が、ぎゅうぎゅうと、俺の首を締めつける。 力いっぱい、唇を押しつけて、そして、中まですすってくる。 少しでも唇を開こうものなら、柔らかくて、艶めかしいものが、次から次へと押し入ってくる。 「は、んっ…ん、んん…ちゅ、ぷ…んぷ…はむ…はぁ、はぁぁ…あ、あ…仁…っ」 「里伽子…里伽子…ぉ」 これが、さっきまで、俺のことを受け入れようか、拒もうか、揺れていたはずの女…なんだろうか?こんなの…まるで、俺のキスを、俺の愛撫を、待ちかねていたみたいじゃないか?「はぁっ、はぁっ、はぁぁ…っ!ひ、仁…っ、あ、や、や~っ…」 里伽子がバランスを崩し…いや、多分、わざと。 ベッドに倒れ込む。 「うわっ」 里伽子の腕が、俺の首から外れないので、当然、俺が里伽子の上に乗る形で一緒に倒れ込み…「ふ、んっ…あ、む…むぅんっ…ん…ちゅ…じゅぷ…あ、ん…んく…ぅぅ…」 「あ、あ、あぁ…あ、んん…っ」 里伽子を押しつぶさないように、必死で体を腕で支えても、里伽子の方は何処吹く風。 俺の首に回した腕を、また引き絞って、俺の唇に食らいついてくる。 俺が戯れに舌を入れると、もの凄い勢いで、舌を絡め、唇をすぼませ、唾液を、交換し始める。 予想もしていなかった、里伽子の積極的過ぎるキス。 ずっとしたかった俺に、抗う術はない。 「ん~、んん~…んんん~っ!あ、仁…あ、ああ…あぁぁぁ~っ!」 息苦しさか、興奮か、それとも、それ以外の感情か。 唇の周りだけでなく、目元まで、ぐしょぐしょに濡れている。 「里伽子…お前…」 なんで、こんなに俺を求める?これじゃ、俺が奪おうとしたもの、お前に奪われてしまうじゃないか。 「仁…仁…ひとしぃ…っやだ、離れちゃやだぁ…っあたし、あたしぃっ」 「里伽子ぉ…」 「あ、あ、あ~っ!ん、んん…はんっ、ん、む…ぅぁぁ…あ、あ、あ、あ…あぁぁぁぁ~っ」 舌を入れ、舌を吸い、唇を舐め、唇を吸い、唾液を飲み、唾液を流し込み、息を吹きかけ、そして、息を浴びて、悶える。 キスだけでイってしまいそうな、俺と里伽子の、つたないはずの、営み。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…っ…や、もう、もう…こんな、すごいこと…してる…仁と…しちゃってる…」 「なに、言ってんだよ…っ、これから、だろ…もっと、すごくなるのは」 「あ…あぁ…もっと…?仁…もっと、すごいこと、するの?」 「当たり前だ…覚悟しとけ」 「う、うん…うんっ」 里伽子の腕が、首に巻きついたまま、キスをかわし、息を吹きかけながら…ままならない体勢で、里伽子の上着を、たくし上げる。 「あ…」 そのまま、乱暴に、ブラのホックを外す。 前で止めるタイプだったから、俺でもなんとかなった。 「あ…あぁぁ…」 これが…里伽子の、裸の胸、か。 里伽子の腕から首を抜いて、その、白くて柔らかそうなふくらみに、熱い視線を向けてしまう。 「…さわったら?」 「い、言われなくてもっ」 まだ、里伽子に挑発されてる気がするけど、里伽子の、その、ツンと上を向いた乳首と、その土台となっている乳房に手を伸ばす。 「あぁ…はぁ…仁の手、つめたい、ね…」 「あ…ごめん」 お互い、冬の空の下に何時間もいたんだ。 手なんか、さっきから冷え切っていて、ほとんど感覚さえなかったってのに、その手で、いきなり胸に触れたら…「ううん、きもちいい…ねえ、仁。ばらく、あたしの胸、さわってていいよ」 「な、なに?」 「胸、さわって、手、あっためれば、いいよ」 「…つめたく、ないか?」 「平気…からだが、どんどん、あっつくなってるから…」 「あ、あぁ…里伽子…っ」 「んっ…あ、あぁ…そ、そう…手、うごかして…もっと、はげしくしても、全然平気、だから…」 指の間から、里伽子の乳房の肉と、乳首がはみ出ては、いやらしく蠢く。 俺がしていることなのに、いや、俺がしていることだからこそ、そのいやらしさに目眩がする。 「ふぅっ、ん、んぅ…はぁ、はぁぁ…仁…気持ち、いい?やらしいこと、してる?」 「あ、あぁ…あぁぁ…里伽子ぉ…お前…柔らかい、やわらかいなぁっ」 「そう…よかった…もっと、満足するまで、強くしてもいいからね…はぅっ、ん、んぅ…あぁぁ…あっ、あぁぁ…」 かじかんでいた手が、里伽子の胸からの温かさを受けて、だんだん、普通に動かせるようになってくる。 そうして、里伽子のバストをまさぐる手は、次第に、力強さと、滑らかな動きを取り戻していく。 「あっ、あっ、あぁぁ…っひ、仁…ん、んぅ、うあぁ…やだ、いい…なんか、余計熱くなってきた…よぉ」 ぐにゅ、ぐにゅって、里伽子の胸が、ひしゃげて、ふくらんで、つぶれて、張ってくる。 俺は、その、指の隙間からこぼれ出る、里伽子のバストの先端に、舌を這わせる。 「あ、んんっ…く…くすぐったっ…いぃぃっ…や、や、や…はぁ、はぁぁ、はぁぁ…く、ぅぅっ」 冷たい手に弄くられながらも、身体がうっすら汗ばんで、里伽子の匂いが、俺の鼻腔をくすぐってくる。 舌先に感じる、ほんのりとしたしょっぱさ。 里伽子の身体が、俺の五感全てを刺激して、次から次へと、快感を増幅させる。 だから俺は、乳首だけでなく、里伽子の全身を、撫でて、舐め回そうと、次から次へと、里伽子の身体を這い回る。 「あっ…あっ、あぁぁっ…や、やんっ…あ、仁が…仁がぁ…あたしの、あたしのぉ…仁がぁっ…」 里伽子の、縛られた両腕を、左手一本で押さえ込み、次から次へと、その、いい形の、いい匂いの、いい味の、いい柔らかさの上半身を陵辱する。 耳に転がり込む、いい喘ぎ声を堪能しながら。 「い、あぁっ、あ…そんな、とこ、までぇ…あ、ん…いい、いいよ…どこでも…うん、うん…っ」 俺の舌が、里伽子の脇の下をくすぐったとき、一度、びくって反応したけど…それでも里伽子は、そこへの責めすら容認した。 女の子として、かなり恥ずかしい箇所だと思うけど、里伽子は、全部、受け入れる。 「あ、あ、あ~っ…あんっ、く、くすぐったい…でも、でも…あ、あつぅい…や、ちょっ…うぅんっ」 縛られた両手が、頭上に置かれているせいで、そこを舌で責められても、抵抗一つできない。 「ん…んく…ちゅ…ぅぅっ、ん、ちゅ、ぷ…」 「ふ…うあぁっ、あ、あ~っ…や、んっ、あ、はぁ、はぁぁ…な、なんでぇ…くすぐったい、だけじゃない…ぃ」 里伽子が、せつなそうに身体をよじる。 その、なまめかしい動きに、ますます興奮して、里伽子の匂いを嗅ぎ、味わい、そして全身の触感を楽しむ。 「あっ、あぁっ…はぁ、はぁ、はぁぁ…ひ、ひとし…あ、んっ、くぅっ…」 顔は、まだそこを責めながら、右手は、とうとう、スカートの裾を掴む。 そのまま、上半身の方までめくり上げると、里伽子の、こちらも柔らかそうな下半身が、露わになる。 「あ…あぁ…はぁぁ…っ、ん、くぅっ…ゆ、ゆびが…仁の…ゆびぃ…んんっ」 下着の、ぷっくりと盛り上がった部分に、中指を這わせる。 そこも、胸と同じくらい、柔らかくて、布越しなのに、同じくらい、温かかった。 「ふ、くぁ…あ、ん…んぅ…はぁ、はぁ、はぁぁ…さ、さわってる…仁が…あたしの…っ」 「…ずっと、色々と、想像してた。伽子の身体って、どうなってるのかなって」 「…どう、だった?」 「思ったより…やらしそうで安心した」 「んっ…う、あぁ…はぁぁ…う、うん…だから、好きにしちゃって、いいからね」 「里伽子…」 「なんでもして、いいからね。、あたし、今は、抵抗できないから、ね?」 里伽子は、最初から全然、抵抗の意志なんか見せない。 これだったら、拘束なんかしなくても、ずっと、俺のなすがままだったんじゃないだろうか。 「あ…」 下着が、少し、ねっとりとしてきた。 ただ、こすってるだけで、もう、何かが疼き始めている。 「あ、あぁ…あぁぁ…っ、あ…仁…な、なか…あっ…あんっ、…~っ!」 「あ、ごめん、痛かった、か?」 ショーツの中に、指だけ入れて、入り口に入れてみた。 どうやら、まだちょっと刺激が強かったみたいだ。 「だ、だいじょう、ぶ…だって…こんなの、比較にならないものが入るんだから…」 「里伽子…ぉ」 受け入れる気…そんなに、あるのか。 そういえば…ちゃんと身体も…俺の指先には、里伽子の潤滑液が…「もっと、いじって…仁。たしの身体、準備、させて」 「開けよ…里伽子。っと、開いてくれ」 「ん…」 力を抜いて、足を拡げて、俺の指を、受け入れる。 だから、まずはゆっくりと、第一関節くらいまで。 「ん…んん…はぁ、はぁ…まだ、大丈夫…もっと、いけるよ」 「じゃあ…もうちょい、奥まで…」 「ん…くぅ…う、うん…はぁ、はぁぁ…っ、や、あ、いっ…う、ぅぁ…ぅぁぁ…」 里伽子は、頑張って、全身の力を抜く。 矛盾してるようで、矛盾していない努力。 だから、俺の指は、里伽子のなかを、ゆっくりと、けど確実に、進んでいく。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…う、うん、うんっ…だ、だんだん…いい、感じに、なってきた…ぁ」 「うん…お前のなか、ちょっと拡がってきた。らかく、なってきたぞ」 「あ、そ、そう…?ん…仁、上手いね」 「んなわけ…ないだろ」 「…ごめん、そうだったね」 お互い、ちょっとだけ俯いて…いや、それは気のせいだ。 俺は、指を二本にして、なかで、少しずつ拡げていく。 「う、くぁ…あぁぁっ…あ、あ、あ…は、はぁ、はぁぁ…っ、い、いい、いい…ゆ、ゆっくり…違う、なんでも、いい」 「り…里伽子…ぉ」 一度は、こういう関係になることを拒絶したはずなのに、里伽子は、どうして、こうまで積極的に、受け入れようって頑張るんだろう…罪悪感?それとも、他の何か?「ふ、く、あぁ…ひ、仁…あ、あたし…だいぶ…もう、いい、よ…」 「覚悟…できたか?」 「覚悟を決めるのは…仁の、方だよ」 「俺は…ずっとこの日を夢見てた」 「あんたが…あたしに勝てるわけがない」 「…どういう、意味だよ?」 「…ごめん、違った。丈夫、受け入れて、みせるよ」 「う、うん…」 最後の一線を越える段になっても、里伽子の態度は、俺の想像と、ちょっと違った。 この行為を待ち望んでいたのは、誰だ?一番夢見ていたのは、一体、誰なんだ?………「行く、ぞ…」 そんなの、俺に決まってるじゃないか。 ずっと待ち望んで、拒絶されて、それでも諦めなくて、やっと、やっと、破ることを許された禁忌。 「絶対に…やめないこと。束、して」 「やめられるかぁ…」 だから…俺は、里伽子を突き破る。 「は、あ、あああああっ!」 「~~~っ!」 熱い、キツい、そして…愛しい!「う、あああああ…仁…きた、きたよ…仁が…入ってきたよぉ…っ」 里伽子の声は、また、理由もわからず、泣き声に変わっていた。 けど、感無量なのは、俺の方…「あ、あ、あ…里伽子ぉ…里伽子の、なか、だ…」 「う…うん、うんっ…うああ…うああああ…あ~っ、あ~~っ! あぁぁぁぁ~っ!!!」 「痛いか? ごめんな、ごめんな里伽子。も…絶対にやめねえぞ」 「い、痛いとか、痛くないとか…そんなの、どうでもいいよぉ…あ、あぁ…あぁぁ…仁、だぁ…っ」 「り…里伽子…?う、く、あ…」 「あ~っ、はぁぁぁ…っ、ん、くぅっ…ね、ねえ、仁ぃ…ねぇ、キス、してよぉ…抱きしめられないから、抱きしめてよぉ」 「ああ…あ、あぁ…ん…んん…」 「ちゅぷ…んぷっ…ん、ん、ん~っ!あ、あむ、んむぅぅっ、ん~、はぁぁっ」 拘束した両手をもどかしそうに動かし、里伽子が、俺を激しく求めてくる。 本当に、何のための拘束なんだよ…「ふぅぅぅ~ん、んん…んむぅぅっ…ん~、ん、あ、んぷ…くふぅっ」 「り、里伽子…俺、もっと、奥に…」 「ん、はぁ、はぁぁ…う、うん…どこまでも、入ってきて、いいよ…うあっ、あ、あ、あ~っ、ん」 身体は俺を弾き出そうとしているのに、言葉が、俺を、深く、深くへ誘おうとする。 わからない…里伽子の、想いの深さが。 この、俺でさえ圧倒されるような思いの丈が、どうしてこんなに、ダイレクトに突き刺さるんだろう?俺は…こんなに里伽子を好きなのに…どうして、心が追いついていない気にさせられるんだろう。 「う、あ、あああ…ああああ…仁…仁ぃ…うあああ…あっ…ひぅっ、うっ、あああぁ…」 「う、く…あ、あぁぁ…」 奥まで、突き刺さった。 里伽子の、子宮まで、突き刺した。 「あ…あ、うん…仁…あたしたち…身体の、一番奥で…繋がってるよぉ?」 「うん…里伽子のなか…気持ちいい」 「ふ、ふふ…もっと、早く来ればよかったのに…」 それを拒んだのは里伽子なのに…待ち望んでいたのは、俺だけのはずなのに。 「あ、はぁ、はぁぁ…っあっ、あんっ、あんっ…あ、ああ…ひ…仁が…ああ…っ」 俺が、里伽子のなかで、動き出す。 里伽子が絡みつくのを、力いっぱい引き剥がして、出しては入れ、入れては快感を貪る。 「ん、く、あぁ…あっ、あっ、あぁぁ…っ、い、あ、あ…あはは…はぁ、はぁぁ…っ」 「ん、く、くぁぁ…あ、あ…」 気持ち、いい。 好きな女のなかって、なんでこんなに…っもう…出てしまいそうなくらいに。 「あ、ん、ん~っ!はぁ、はぁぁ…あんっ、あ、ん、んぅっ…」 「あぁぁ…里伽子…俺、本当に…お前のこと、好きだ…」 「う、うるさい…あんたなんか…あんたなんかぁ…っ………キスしてよ、もいっかい」 「ん…んぅ…」 「ふぅぅんっ、ん、んむぅ…ん~っ…ちゅぷ…んぷ…は、はぁ、はぁぁ…っ」 じゅるじゅると音を立てて、お互い、唾液を飲みあう。 今の里伽子の味は、甘いだけじゃなくて、俺を酔わせる何かが分泌されてる。 「ん~、ん~…っ、あ、あむ…んむ…は、あぁ…仁、あ、やだ…仁…ん、くぅ…」 里伽子は…本当に、痛そうじゃない。 キツい感触に、腿のところからこぼれる赤い液体。 それでも、俺の蹂躙を、全身で受け止めてる。 「うあぁぁぁ…ああ、ああ…馬鹿、馬鹿ぁ…っ、仁のばか、ばか、ばかぁぁぁ~っ」 「馬鹿馬鹿言うな…」 「だって、だって、だってぇ…う、あ、あ…あぁぁ…あああああ…っ」 どうして、俺を責めるんだよ。 せっかく、乗り越えたのに。 俺たち、やっと、向かい合えたのに。 「行かないで…行っちゃやだぁ…仁、仁ぃ…あ、あ、あ~っ、も、もう…もうっ」 「俺は…どこへも行かないって」 「う、うん、うんっ…わかってる…っ、あ、ん、くぅ…わかってるんだけどぉ…あ、あ~、ひぅ…ん、くぅっ」 もう、かなり強く腰を動かしている。 でも里伽子は、そんな俺のやんちゃを、いつもみたいに、全て、受け入れてくれる。 だから俺は、安心して、里伽子を、めちゃくちゃにしてしまう。 「う、くぁぁ…あ、あんっ、あんっ…ん、ん…んくぅっ、い、あ、ああ…あああっ」 「里伽子…里伽子ぉ…」 「仁…仁ぃ…あ、ああ…う、くぅ…あんたなんか…あんた、なんかぁっ…ああ、ああ、あ~っ」 里伽子に、中途半端に罵倒されながら…限界に、近づいていく。 「里伽子…お、俺…そろそろ…」 「ん、んぅ…うん、うん…き、きなさいよ…あ、あ、ん~っ、はぁ、はぁ、はぁぁぁ…」 「う、うん…あ、あ、あ…あっ、あっ、あっ、あっ、あっ…」 「んっ、んっ、んっ、んっ、んっ…あぁ、あぁぁ…来て、来て…い、ああ…あああっ」 里伽子の太股が、俺の腰を締めつける。 無意識なのか、意識してなのか、そのまま、足を、きつく絡めてくる。 縛られた両腕で、俺の首に巻きついたみたいに、両足で、俺の体に、巻きついてくる。 「里伽子…っ、あ、あ、あ…」 このままじゃ…なかに…っ「仁、仁、ああ、あぁぁ…いいよ、いいからぁ…仁の…受け止めさせてよ…あたし、に…っ」 「い、いいの、か…っ?」 「うん、うんっ…あたためて…仁の、で…あたしを…あ、あ、あ…あああああっ」 俺たちは、最後の、最後で…今までで一番深く、つながった。 「う、あ、あ…ああああっ!」 「あああああああああああああ~っ!あ、あ、あっ、あっ、ああああぁぁぁぁ~っ!」 そして、里伽子のなかを、押し破らんと、俺のものが、激しく膨張して、弾けた。 「あっ、あっ、あっ…あつっ…仁…あぁっ…あぁぁぁぁ…すご…仁の、がぁ…は、はぁ、ぁぁ…」 びくんっ、びくんっ、びくんっ…俺のが弾けるたびに、密着している里伽子も、びくん、びくんって震える。 「う、く、あぁぁ…あああああ…ひ、ぃぃ…なか…ああ、ながれて…っ…」 注ぎ込んでる。 里伽子のなか…ものすごい勢いで、流し込んでいる。 何度も、何度も…「あ、ああ…届いた…仁の、出したの、が…あたしの…頭のなかにまで…届いたよ」 「う、ああ…里伽子…ぉ」 その、でたらめな言葉に反応して、また、里伽子のなかで、跳ねて、そして出してしまう。 「あっ…? あぁ…ぁぁぁ…まだ…出すんだ…仁はぁ…」 「お、お前こそ…そろそろ離れろよ…」 「あ…あんた、が…離れなさい、よぉ」 「お前…自分がどんな格好してるか…知ってるか?」 「女に…恥をかかせるんじゃ、ないわよぉ…」 そういう問題じゃ…ないんだけど。 でも…「じゃ…しばらく、このままで、いようぜ」 「…はじめから、そう言いなさいよ。の、鈍感」 「里伽子…」 背後から抱きかかえたまま、里伽子を押し倒す。 ベッドの上に、肘をつかせる格好で、俺はそのまま、上から覆いかぶさる。 「あ、んっ…仁、んぅ、あ、ふぁぁ…」 服を脱がせるのももどかしく、乱暴にたくし上げ、マシュマロのような胸に、両手で乱暴を働く。 鷲掴みにして、乳首をつまんで、絞り出すように、とにかく強く、里伽子の肉をいじめる。 「あぁぁ…や、ん…仁…らんぼうものぉ…あぁぁ…あっ、んっ…んんっ…」 「里伽子が…いい匂いで誘うからだ…このフェロモン女」 「あんんっ、ん、くぁ…そ、そう…?それなら、仕方ないか…あは…んっ」 俺の滅茶苦茶な理屈にも、何故か納得して、そのまま許してしまう里伽子。 俺が言うのもなんだが、許しすぎ、こいつ。 まぁ、元々、好きでも何でもないのに、キスを許してくれた奴だから…なぁ。 「う、ん…はぁ、あっ…ひ、仁…っ、そ、そっち…あんっ、ん、んぅ…」 右手を胸から外し、スカートをまくり上げて、下着越しに指を這わせる。 「里伽子…どう?」 「は、はぁ、はぁぁ…や、じれったい…むずむず、する」 温かくて柔らかい里伽子のお尻と、手触りのいいショーツと。 そして…その手触りを、ちょっとだけ変える、しめった部分と。 「もう、出てる…里伽子の」 「あれだけキスして、胸いじめてた奴が、何言ってんのよぉ…ふぁっ…あ、あ、あ…」 爪の先で、引っ掻くように刺激を与える。 直接だと痛いかもしれないけど、下着越しなら。 「いあぁ…あ、あ…あんた、上手くなってない?」 「そうかなぁ…そう思ってくれるんなら、嬉しいけど」 「練習…したりしてないでしょうねぇ…?」 「どこでよ…」 「それは…その…んっ、あ、あぁ…や、そこ、直接さわられると、刺激が強…ああっ」 早くも、下着越しの愛撫を放棄して、ショーツの中に手を入れ、直接いじる。 だって、そうしたいから。 里伽子のあそこを、早くいじりたかったから。 「里伽子こそ、だいぶ感じるようになって…練習、してたりしないか?」 「んっ、あ、やぁぁ…し、してな………どう、かなぁ」 「っ…こ、この…」 「ふぁぁっ、あ、あ、あぁぁ~っ、や、じんじんする…仁のゆび、こんなとこで感じてるぅ…う、うぅ…ぁ」 入り口の辺りを、指でなで回し、そのまま、ゆっくりと親指を一本差し込む。 先端の部分も、他の指を動員して、表面をこすり、じくじくと愛撫していく。 「い、うぅぅっ、あ、あぁ…仁っ…い、いい…ゆび、えっち、あ、すごっ…あっ、ああっ…や、も、もう…っ」 「はぁ、はぁ…はぁぁ…っ」 里伽子が、気持ちよさそう。 その事実だけで、俺は、上り詰めてしまいそう。 「うううっ、あ、んっ…仁…そこ、そこぉ…あ、あぁ…いじって…なんでも好きにしてぇ…」 左手で、里伽子の豊満なバストを鷲掴みにし、右手で、里伽子の中心に責め上がり。 白い背中に、キスの雨を降らせる。 俺のもの、俺のもの…もう、二度と離さない、俺だけの、里伽子。 「ん、くぅ…あんっ、い、あぁ…あ、あ、あ…な、なんか…身体だけでも、気持ちいい、かも…」 心は、もう、満たされてたのかな?こんな俺の、つたない求愛で。 でも…それを証明するかのように、俺の下手な愛撫で、もう、そこはドロドロに溶けていて…「な、なぁ…いいか?俺、里伽子のなか…いいかぁ?」 「あ…うん、いい。、はいってきても、いい」 「里伽子…っ」 「暴れて…仁。たしのなかだけで、凄くなって…」 俺の目の前に突き出された里伽子のお尻が、誘うように揺れている。 俺は、もう、ズボンを脱ぐのももどかしく、そこに辿り着こうと、もがく。 「はぁ、あ、あ…里伽子…いくぞ。伽子のなか、入るから…」 「うん…入ってき…あ、あ、ああああああっ…あ~っ、は、はいった…あぁぁ…っ」 里伽子の返事を聞く前に、本能が、俺の腰を打ちつける。 いきなり、思い切り深くに、潜り込んだ。 「うああああ…おく…にっ…仁…あんた…ちょっ…あああああっ」 「わ、悪い…っ、でも、止まらないって…」 「ん、く、あぁぁ…い、た…っ、はぁ、はぁ、はぁ…と、止まって…おなかが…いっぱいに、なってる…」 「悪い…無理…っ」 「うああぁぁぁっ、あ、あ、あ~っ、や、ちょっと…深いよ、仁、深いよ…っ」 はじめてのときのように、また、里伽子を引き裂いてしまっている。 悪いと思ってるし、申し訳ないと感じてる。 でも…だからって、腰が止まるわけじゃない。 「お前も…共犯なんだからな。を、こんなに誘うから…」 「あっ、あっ、あぁぁ…う、く…っ、ご、ごめん…でも…うあぁぁぁ…っ」 なんで里伽子が謝るのか、よくわからない。 でも…それでも納得してしまうくらい、里伽子のなかは、熱くて、そして狭くて…「あっ、あっ、ああっ…」 「やっ、く、あぁっ、あんっ、あんっ…や、あ、は、はやい…っ、仁…ちょっと…っ」 里伽子のリズムに合わせられずに、どんどん速く、しかも強くなってしまう俺のリズム。 これじゃ、お互いに上りあってない。 ただ俺が、里伽子の肉を貪っているだけ。 でも…それが、止まらない。 「ふあぁ…あっ、あ~っ!ひ、ひとしぃ…あたし…あうっ、う、く…あぁ、ごめんね…」 「な…なんで…?」 里伽子は、謝る?俺の一方通行を、全部、その身体で受け止めて、どうして、まだ罪悪感があるんだろう。 「仁に、あわせられなくて、ごめんね」 「そんなの…俺の、せい、だ…」 「ん、く、あぁぁ…っ、き、気持ち、いいんだよ…でも…まだ、かかるかも…ぉ…」 俺が、もうすぐ出てしまいそうなことを、里伽子は感じ取っている。 けれど、自分がそこに間に合いそうにないのを、申し訳なく思ってるって訳だ。 「お前…馬鹿か。んなのは、男の責任だ」 「んっ、あ、あっ…はぁ、はぁぁ…ごめん、なさい…っ、い、あ、あ…んっ、んっ、んっ…んぅぅ…」 責任があるとしたら、里伽子が気持ちよすぎるって、ただそれだけなのに…「う、く、あ…あぁ…ぁぁ…あああ…っ」 「んっ…あ、あああ…あぁぁぁぁ…仁ぃ…いいよ。まってたの、全部出して、いいよ」 「なんで…そういうこと、言うかなぁ…」 「ごめん…はしたなくて。も、でも…っ、あ、うあ…ぅぁぁ…っ、仁のは…全部あたしが受けてあげたいから…」 「っ…だ、だから…っ」 えっちで、扇情的で、男を狂わせるような…そういう言葉を、ナチュラルに言わないで欲しい。 「あ、うあ、あああっ…ま、また…すごっ…あ、あ、あ、あ、あ…あああっ、あぁぁぁぁ…」 我慢、できなくなってしまうから。 「お、俺、俺…ごめん、もう…」 「う、うん…いい、よ。け止めるから、いいよぉ…あ~っ、あ~っ…ん、ん、んん…きて…ひとし…」 「きょ…今日…は?」 「いつでも出していい…仁なら…っ、あぁっ、あああ…あ~っ!」 「~っ!」 その言葉を最後に…一瞬、俺の視界が闇に閉ざされる。 「あぁぁぁぁ…あ~っ、あ~っ、あぁぁぁぁ~…あっ…あっ…あっ…」 里伽子の胎内で、俺が、リズミカルに膨張して、その都度、大量の液を流し込む。 「あっ…あっ…あぁぁ…っ」 「ん、く、ぁぁ…っ、ま、まだ、入って、くる…仁のが…あつっ…はぁ、はぁ、はぁぁ…」 「り…りかこ、ぉ…」 里伽子の背中に倒れ込み、押しつぶしてしまいそうなくらいに脱力する。 「あぁ…仁…ねえ、きもち、よかった…?あたし…よかったぁ?」 それでも、俺の快感を気遣うあたり、天性の世話焼き女…なんだろうか。 「ごめん…気持ち、よすぎて…先走った」 「よかった…仁、感じてくれたんだ…そ、そうよね…だって、こんなに、出てる…」 「…言うなって」 「あ…まだ出てる…ぅ…ん…んぅ…はぁ…はぁぁ…っ」 その、『感じさせる言葉』を言うたびに、里伽子のなかも、びく、びくって、収縮する。 これじゃ、落ち着くどころの騒ぎじゃないから、俺は、里伽子から、ゆっくりと引き抜く。 「く…ぅ」 「あっ…」 最後に離れる瞬間も、里伽子のなかは、俺を惜しむように、びくって…なった。 「はぁ、はぁ…あぁぁ…」 放心する里伽子の隣…ベッドに腰掛け、そのまま倒れ込む。 久しぶり…とは言っても一週間ぶりだけど、里伽子と、することができて、なんかもう、色々と放心状態になった。 「ねえ、仁…」 「あ…ああ?」 「あんた…まだ立ってるよ?」 「そういうのはすぐには引っ込まないの…」 寝転がった俺の、その部分をめざとく見つけ、嫌な指摘をしてくる里伽子。 そんなこと言われたら、おさまるものもおさまらないだろうが。 「これが…今まであたしのなかで、暴れてたんだね…」 「そういうことを言うのもやめろ」 わざとか、こいつ…?「あ…本当に、熱い。かでも熱かったけど…」 「さわんな」 「なんで?」 「そんなことされたら、いつまで経っても立ったまま」 「…寒」 「あ~いい感じでクールダウン」 自分でも里伽子の指摘通りだと思ったので、とりあえずプラス思考で誤魔化す。 あとは、里伽子につままれていることを、なんとか忘れさえすれば…「この…」 「握んな!」 俺のを包み込む里伽子の右手に、力が込められる。 と、俺の袋辺りに、冷たい感触が…「お前…こういう時くらい、ブレスレット外せよ」 「あ…」 俺が、一週間前にプレゼントしたブレスレット。 前にあげたやつは、仕事中でも外さないくらい、気に入ってくれてたみたいだけど…今度は、セックスの最中でも外さないくらい、気に入ってくれてる…ということなのか?「それは、ほら…部屋に入ったら、仁がいきなり獣になったから…」 「う…」 否定できん。 確かに、有無を言わせず、後ろから襲って、そのままバックで貫いてしまったわけだし。 「悪かった、許せ。も、今からシャワー浴びるだろ? 外せよ」 「………」 「なんなら俺が…っ!?」 「ん…」 「り…里伽子…っ!?」 さっきまで、温かい指で握られていた感触が、今度は、温かく、ぬめっとした感触に置き換わる。 「ん…ちゅぷ…んぅ…」 里伽子が…俺のを咥えてる。 「な…な、なぁ?」 ブレスレットを着けていた右手の方は、後ろに回して、俺の手の届かないところ。 要するに…外すのを拒絶したってことか?「ん…んぅ…んぅぅ…んぷ…ふむぅ…んっ、あ、ん…んぷ…ちゅぱ…んく…むぐ」 「な、なん…里伽子、おい…ちょっ…」 「綺麗に…してあげる…んっ…」 「そ、そんなの、シャワー浴びるから…うああっ」 「ちゅぷ…ちゅぅぅ…んぷっ、あ、あむぅ…ふ、んぅぅっ、ん、んん…あ、はむ…」 人の話を聞かずに、喉の奥まで飲み込もうとする。 「いてっ!?」 「んっ…けほっ…ご、ごめん…噛んじゃった」 「い、いきなりやり過ぎなんだよ…」 「けど…はじめてだし…こんなこと」 「誰もやれなんて言ってないだろ…」 「やりたいんだからしょうがないじゃない」 「なんでぇ?」 「理由は…聞くな。、あむ…」 「く…」 今度は、いきなり深く飲み込むのはやめて、先っぽだけを口に含んで、舌でねぶってくる。 「んん…ちゅぷ…れろ、んっ…あ、むぁ…はむ…ん、ちゅ…じゅぷ…ん、く」 「あ…あぁ…」 悔しいが…やっぱり、こういうことされると、想像を絶する気持ちよさがあるわけで。 それも、身体に感じる刺激よりも、里伽子がこういうことしてるって、心の刺激のせいで。 「ふむ…んん…んっ…あ、むぅ…ちゅ、くぷ…ちゅぅぅ…んっ」 「あ、あ、あ…あぁぁ…」 「ん…ねぇ…ほれっれ…ろんな…かんじ?」 「…咥えるか喋るか、どっちかにしろ」 「どんな感じなの?こうして舐めるだけで、気持ちいいの?」 「してる人間が聞くな」 また微妙な質問を…「だって…ん…固くなってる」 「なら…それが答え」 「…気持ちいいんだ。、あたしがなめると、気持ちいいんだ?」 「う、ああ…っ」 「あっ…また、おっきくなった。…んむ…ちゅぶ…んぶぅ…はむ…んん」 「く、くそぉ…そうだよぉ…里伽子がするから、めちゃくちゃいいんだよ…」 「んん…わはっは…もっと…ん、んむ…んく…は、んむっ、ん、んぅ…う…っ」 「あ、あ、あ…こ、こらぁ…」 さっきの反省を込めて、歯を立てないよう、けれども深くまで、里伽子が、俺を飲み込んでくる。 「んく…んぅ…じゅぷ…ふぅん…あ、あむ…あ、あ、あ…仁の…口のなかでも、暴れてる、よ…」 「う、あ、あ…あぁっ…」 里伽子のつたない動きよりも、里伽子の言葉の方で、感じていく。 いつの間にか、腰が勝手に動いて、里伽子の喉を突いていたりする。 「はっ、あむっ、むぅぅ…ちゅぶっ、んむぅっ…あ、は、んくっ、ちゅぅぅ…んぷ…あ、はぁぁ」 「く、くそ…里伽子、もういい」 さっき出したばかりなのに…いや、出したばかりだからこそ、第二弾が素早く充填されてしまう。 「ん? んぅ…なに? 出す?」 「出さない…出そうだから、もう、やめろ…」 「なんで…出そうなのに、出さないの?ん…れろ…ちゅぅぅ…んむ…」 今度は、先っぽを舌先でしつこくねぶりながら、里伽子が、残酷な問いかけをしてくる。 「だって…せっかく綺麗にしてもらったのに…」 「何度だって…綺麗にしてあげるよ?ん…ちゅぷ…はむ…ん、んぐ…っ」 「あ、あ、あ~っ!こ、こら、こらぁ…っ」 「ん…んぷっ、ん、んっ、んっ、んっ…くぷ…ちゅぷ…は、はむっ、ん、ん…んぅ…」 とどめとばかりに、また、次から次へと、舌と、口と、喉を使って、俺を飲み込む。 出せって、ことなのか?お前の…口の中に?「ふ、んっ…ん、ん…んんぅぅ…んぷっ、んむぅっ、ん、ん…んんんんっ…」 「あ、り、里伽子、りかこぉ…っ、く、あ、出しても…いいか? いいかぁ?」 「ん、ふぅんっ、ん…ちゅぷ、んぷっ…ふ、ふぅん…いいよ…らひていいから…あ、ん、むぅっ、んんん…んく…ぅぅ」 言葉でも、OKをもらってしまい、俺はもう…我慢することを、やめてしまった。 「あ、あ、あ…ああああああああっ!」 「んむぅぅぅっ? ん~っ、んぅぅ…んむぅっ…」 里伽子の口の中、喉の奥。 そして、里伽子の顔が離れた瞬間に、その端正な顔にも。 「あっ…あぁ…すご…あっ…あ、ん…ちゅ…んぅ…」 「うあ、あ、あ~っ…あぁぁぁぁ…」 口と、喉と、顔に放たれたくせに、まだ、俺から出てくるものを、口に収めようとする。 「は、ん…ちゅぅぅ…あ、あむ…んあぁ…」 「あっ………うあっ………あぁぁ…」 「ん………ちゅ、ぷ………んく…」 また、激しく脱力していくなか、里伽子が、俺のをすすっている音だけが、部屋の中に響く。 なんつ~エロい空気なんだ、ここは…「ん…んむ…ふぅ…んっ…んく…く…」 「おい…我慢してまで飲み込もうとするな。き出せよ」 「んぅ…ちょっと、喉にからむ、これ…」 「…たまには人の言うことを聞いてくれ」 「別に…嫌じゃないし」 「だからって…お前、俺を受け入れすぎ」 「…退く?」 「いや、嬉しいけど…」 「なら…これからも、歯止めはかけない。が気持ちいいこと、探してくから」 「里伽子…」 「………」 「…どうして顔を背けるのよ?」 「だ、だって…見えてるぞ?」 「今までだって、ずっと見えてたじゃない」 「い、いや、その…下着だけってのと、スカートの中から覗くのとは、ちょっと、なんつ~か、仕方なさが違って…」 「訳、わかんない」 「お、お前…恥ずかしくない?」 「あんたが、もし、あたしの面倒を見るって言うなら、毎日、こんなふうにしないといけないのよ?」 「くぅ~っ」 椅子に腰掛けて、無造作に足を上げる里伽子。 俺は、その足を取って、ストッキングを脱がせ、今は、ニーソックスを履かせている。 里伽子の爪先に、白いソックスを通して、そのまま太股まで引き上げていく。 そうすると、当然、里伽子の白い太股や、その先の、下着までが露わになるわけで…いや、そもそも、服を脱がせたのも、制服を着せたのも、全部俺なんだけど。 「リボン、結んで」 「あ、ああ…」 アクセントのリボンを、左足の、ソックスの一番上辺りに結ぶ。 「上…もっと上」 「す、すまん…」 「もっと近づきなさいよ。カート、めくらないと無理だってば」 「う、ううう…」 普通に脱がすよりも、スカートだけをめくる方が、何かいやらしいことをしてるような気になるのは何故だろう。 「二年前に作った服だけど…ちゃんと、着れるね。たし、太ってなんか、なかったね」 「胸は…ちょっと、きついだろ?」 「そうでもない…なんかショックかも」 「あ、あは…」 ………里伽子の『して欲しいこと』。 今朝、持ってきたものを、着せること。 ファミーユの、制服。 ………「次、右足」 「う、うん…じゃ、今度は右足、上げて」 「ん…」 「~~~っ」 「なんでいちいち新鮮な反応するのよ。度だって脱がせて、何度だっていじってるくせに」 「て、手元が狂うから、そういうこと言うな」 ………『もう、これを着て、みんなと働くことはできないけど』里伽子が、ファミーユに戻ってきてくれなかった理由。 それでさえ、全て、止むに止まれぬ事情。 しかも、真の原因は、俺。 『最後に、もう一度だけ、仁に、見てもらいたい』もう、里伽子には、この制服を着る理由も意味も、ない。 だから、全てを忘れるために、突き返そうとしたけど、俺に、拒まれた。 行き場のない、誰も、もう着ることのない、プロトタイプ制服。 里伽子が手縫いで作った…里伽子が着てるの、俺しか見たことがない、制服。 ………「靴…」 「あ、ああ…」 白いソックスで覆われた爪先に、黒い靴を、かぶせる。 やっぱり…脱がせるよりも、着せる方が、なんか、いやらしく感じてしまう。 「着替え、これからも手伝ってくれるんでしょ?だから、慣れておかないと」 「あ、あ、ああ…」 里伽子の言ってることは正しい。 最近は、あまり複雑な服を避けていたから、里伽子もなんとか一人で着替えられていた。 けど、これだけ複雑な服は、片手で着れる訳がない。 「仁が手伝ってくれるなら…あたし、もっとお洒落したい…似合わないくらい、可愛い服も、着てみたい…」 「着せてやる。姫さまみたいなドレスだって、紐みたいなセクシーな下着だって…」 「うん…だから、予行演習。ゃんと、綺麗に着せて、ね?」 「里伽子…」 俺の、照れ隠しのセクハラ発言だって、全部、額面通りに受け取って、しかも受け入れてしまう里伽子。 想像もしないくらいに、可愛くて…その里伽子に、こんな風に触れて、俺は、そろそろ、危なくなってきてる。 着替えのたびに毎回これじゃ、身がもたないかも。 「エプロン」 「ん…」 今度は、エプロンの紐を結べと指示が来る。 ………「あれ? えっと…」 「………」 俺が、ぶきっちょな手を動かして、何度も、何度も結び直していても、里伽子は、手はもちろんのこと、口も出さない。 「………ごめん、やり直す」 「ん…」 『もういいよ』とか『これで十分』とかも言わない。 あくまでも、俺が…しかも、ちゃんと綺麗に結べるまで、根気よく、待つ。 ………「よし…これなら、完璧、だろ?」 「次、袖」 「………」 そして、俺がやっと結ぶことができたら、さっさと次の使命を申しつける。 これは…想像以上の、ワガママ、か?………「どう、だ?」 「首」 「ぐ…」 今度は、首のリボンを指差す。 ………「ど、どうだ?」 「頭」 「………」 でも、里伽子の可愛いワガママも、これで最後。 ………「できた…」 最後に、カチューシャをつけると、これで、ファミーユのフロアチーフの完成。 「ん…」 「できた…っ」 「できたね…」 全ての服とパーツを着け終えると、里伽子が、ゆっくりと、立ち上がる。 そして、自分を覆う、ファミーユの制服を、なんとも微妙な表情で、眺める。 憧憬、満足、悲哀、苦笑、皮肉…そして、感動?「こんな…感じ…っ」 「ああ…」 「メイド服より、もうちょっとカフェの制服に近くしてみました…っ」 「ああ…っ」 「ちょっと、ウエストきついまま…でも、まだ、着れた…着れたよ」 「ああ、ああ…そう、だなぁ」 「リボンも、全部つけた…仁が、つけてくれたよ」 「うん…うんっ」 「スカート、短いでしょ?こうすると、見えちゃうでしょ…っ?」 「み…見せる、なよぉ」 二人とも、変な顔、してる。 ただ、着替えただけなのに。 ただ、着替えさせただけなのに。 なんで、こんなに一生懸命、見つめあって、涙を、ぽろぽろと零さないといけないんだよ…「ごめんね、戻って来れなくて…お店、手伝えなくって、ごめんね」 「里伽子…里伽子ぉ」 「チーフ、だったのに。任、果たせなくなっちゃって、ごめんねぇ」 「大丈夫、大丈夫、だから…お前が育てた、みんなは、ちゃんと、受け継いだ、から」 「それも…寂しいよ。 本当は、ずっと、戻りたかったんだよ。 みんなのとこ、帰りたかったんだよ…っ」 「おかえり…ようこそ、ファミーユへ」 「仁…仁ぃ…」 ぼろぼろ、ぼろぼろ泣きながら…お互い、半歩ずつ、歩み寄る。 もう、手を伸ばさなくても、身体が触れあう距離に。 そして…「抱い、て」 「っ!」 二人とも、理性を、失った。 ………「っう、う、く…あ、あぁ…ひぅっ、うあ、うあぁ…」 「ん…里伽子…っ」 「うあ、ああ…ひっく…う、うああ…仁、仁ぃ…っ」 「里伽子…ああ、里伽子、里伽子…」 里伽子の爪先に…何度も、何度も、キスの雨を降らせる。 「あ、ああんっ、あ、あ…仁、がぁ…あ、あたし、あたしぃっ…」 里伽子は、そんな、俺のよこしまな愛撫に…ただ、号泣して、応える。 「あ…ん…んぅ…ちゅ…あ、はぁ、はぁ…」 「ふあ、ふあぁぁ…ああっ、あ、あ、あ~っ!ふええ…ふえぇぇぇ…ひぅ…あぁぁん…っ」 しゃくり上げては、身体をびくびく震わせ、全身で、俺の、全てを受け止めている。 俺は、爪先から、足の甲へと唇を這わせる。 里伽子の、どの部分も、貪りたい。 全部、啜りたい。 「ひぅぅぅぅっ、う、あぁっ、あんっ…や、も、もう…せつない…よ、仁っ…」 全身を身悶えして、泣き叫びながら…どこまでも、どこまでも、俺を受け入れようとしてやまない里伽子。 そんな、せつない欲望が突き刺さり、俺も、次から次へと、欲望を全開にしていく。 「里伽子…ああ、いい。 お前、いい匂いがする。 我慢、できない…」 足の甲から、ふくらはぎ、そして膝の裏…「あ、あ~っ! あっ、あっ、あぁぁぁっ…ひ、ひとし…やっ…あ、すき…すき…いやぁ」 胸を大きく上下させ、何度もしゃくり上げ、俺のすることに抵抗せず、全てを投げ出して。 里伽子は、でも…もの凄く、感じている。 「ん…ちゅ…れろ…あむ…んっ」 それは、大きく足を開いている里伽子の、その、中心部にある布の濡れ具合からも、わかる。 「ひぅっ、あんっ、あっ、あぁぁっ…仁、がぁ…こんな、ああ…だめ…すごい…や、や、やぁぁ」 膝頭、そして、太股。 ニーソックスが途切れ、ようやくまた、白い肌に辿り着く。 今までも、温かかったけれど、里伽子の、生の肌は、もう、熱い…「うえぇぇ…あ、あああ…あぁぁぁ…あ、あがって、きた…仁…、もう、もう…っ」 左足の、ソックスの付け根…リボンの上を、指と、唇で責め立てる。 俺の、変態的な責めにも、『嫌』とか『やめて』とか、一言も言わず、ただ、涙と激しい喘ぎで受け入れる。 たったこれだけの愛撫で、里伽子は、何度か、軽く達してるみたいだ。 「う、ああ…はぁ、はぁぁ…きた、きたぁ…はぁ、はぁ、はぁぁ…っ、はぁぁっ…!」 開いていた足を、無意識のうちに閉じて、俺の頭を挟み込むように蠢く。 どんどん深みに、どんどん異常に。 ハマっていく、俺たち。 「ん~…んちゅ…くちゅ…んぷっ…あ、あぁ…里伽、子ぉ…あ、あ…」 里伽子の、両足の太股で、がっちりと挟み込まれ、むわっと、里伽子の女の匂いが漂い、俺を満たす。 「あ~っ、あっ、あっ、あぁぁぁぁっ!や、んっ、こ、これ、あぁぁっ、仁、そこ、そこぉ…」 ぐいぐいと、下着越しに、濡れた場所を押しつけてくる。 まるで俺に、もっといやらしいことを強要するように。 「ん…くぷ…はむ…んちゅ…くぷ…」 「うああああっ、ああっ…仁、そこ、あっ、そ、そう…気持ちいい…もっと…あ、あ、あ…」 もちろん俺は、その誘いに応えて、下着越しに、里伽子のそこに、激しくキスをする。 甘酸っぱい匂いに加え、甘酸っぱい味が広がる。 里伽子が、俺を誘ってる。 匂いで、味で、音で、温かさで、そして柔らかさで。 もともと、里伽子に溺れていた俺は、もう、なすすべなんかなくて。 「ふぅぅん…ん、すぅぅ~んぷ…ちゅぅ…ん、く、あむ…んちゅ…」 「はぁぁぁぁっ、あ、あ、あぁぁ…ぁぁ…す、すご…仁…なっ…あっ、あぁぁ…」 里伽子のショーツ、べとべとに濡れてる。 俺も、遠慮なく舌を這わせて、もっともっと濡らす。 そうして、獣よりも獰猛に、里伽子を食い尽くす。 「べろ…ん…ちゅく…んく、んく…っ」 里伽子の太股に挟まれたまま、その中心部に手をあてがい、下着を、少しだけずらす。 「ん、くぅっ、あっ、あああっ…んあぁぁぁっ!や、やぁぁぁぁっ! くぅぁぁぁっ、あ~っ」 隙間から舌を差し込み、やっと、泉源に辿り着く。 そこは、地上へと噴き出すくらいに泉を溢れさせ、まだ、とどまるところを知らないみたいだった。 「うああ…うあぁぁぁ…きた、きた…仁が…はいって…あっ…」 舌先がしびれるような快感。 今までだって、したことあるのに、なんでだろう…興奮の度合いが、違いすぎる。 大好きな女と、本気で通い合ったって信じられて、本気で貪りあえてることから来る、安心、満足、充実。 俺も里伽子も、一瞬で達してしまいそうなくらいに、ヤバいことになってる。 このまま、何度でも、何度でも、何度でも…お互いをすすって、かじって、飲み込みあいたい。 「ん…ちゅぷぅぅ…あ、んむ…っ、あ、あ~っ、あぅぅっ、ん、くぷ…」 「ひぐぅっ、う、うあぁぁぁ…ん、あ、あ…う、あ…あああ…っ」 里伽子の、俺を抱え込んでいる太股が、また、一段と強く、締め上げてくる。 「ん、あっ…り、里伽子…っ、あ、あ、あ…んんっ」 「駄目っ、ダメ、だめぇ…っ、仁、恥ずかし、恥ずかしけど…もうだめっ、ああ、ああ、あああ…っ」 俺を、里伽子の中心に押しつけて、蜜を与えまくってるのは、里伽子自身。 俺が、甘い蜜に溺れれば溺れるほど、蜜は巣から溢れ、どろどろと流れ出る。 吸っても、吸っても、とまらない。 それどころか、今からもっと、激しく、噴き出そうとしている。 「う~、あ~、あああああっ!あっ、あっ、だっ、だめぇぇっ!ああああああああああああああ~~~っ!!!」 「んんっ!?」 びくっ、びくっ…里伽子の全身が、まるで、陸に打ち上げられた魚のように、びくびく、びくびくって跳ねる。 「ふぅぁぁあああああっ! あ~~っ!仁ぃぃぃ~っ、ふあぁぁぁぁぁ~っ!」 女の中心から、激しくほとばしらせ、全身を反らせて絶頂に辿り着いた里伽子。 それは、まるで射精しているかのように、俺の顔に、蜜をぶつけてくる。 「あ、んむ…んく…っ」 ほとばしる里伽子の液体を、出口から吸い取り、舐め回し、綺麗にしてあげる。 「あっ…あっ…あぁぁぁ…や、もう…だめ…あたし、あたし…からだぁ…ヘンに、なっちゃったぁ…」 「ヘンじゃないよ…ちゅ…」 「いあああっ…あっ…あっ…や、やっぱり、ヘン…とまらない…きもちいい…仁に、されるの…死ぬほど、イっちゃうんだよ…う、ああ…」 「嬉しい…里伽子。 もっと、俺に、いじられてよ。 凄く、イっちゃってくれよ…ああ…」 まだ、断続的に、びくっ、びくって振動する、里伽子。 手足をだらんと垂らして、壮絶な快感に苛まれて…でも…まだ、底に辿り着いてる訳じゃない。 「里伽子…今度は、俺が…死ぬほど、イきたいんだ」 「ん…んぅ…仁、が、あ…あたし…仁、イかせたい…よ…めちゃくちゃ、出させて、あげたいよぉ…」 「うん…出したい。伽子のなか…出させて」 二人して、とても信じられない、いやらしい言葉の応酬。 里伽子が、こんな凄い台詞を言うなんて…ほんの数日前なら、想像すらできなかった。 けど今は…里伽子の、こころに、やっと触れることのできた俺は。 里伽子の欲望が、俺と同じレベルにあることを知った俺は。 「どれだけ、しても、いいよ…あたし…ほんとは、仁の、ものだもん」 「里伽子…ぉっ」 お互いの凄いところを受け取り、与えるのに、何の躊躇もしない。 「う、あ………あぁ…仁、あ、あつい…」 「うん…里伽子が、えっちだから、感じた」 「あぁ、あぁぁ…う、く…っ、は、はいって…ああ…あぁぁ…」 徐々に、下半身に力を込めていく。 「う、うう、あぁ…ひ、仁…ね、ねえ…あたしを、離さないでよ?…あっ」 「うん…絶対に、離さない」 俺が握っても、握り返してこない、里伽子の左手。 今まで、何度抱いても、ここだけは抱かせてくれなかった場所。 哀しい嘘を積み重ねて、俺の束縛から逃れていた、身体の一部。 ぎゅっと、握りしめて、離さないように、しっかりと繋ぐ。 「じゃあ…はいるぞ?」 「貫いて…引き裂いてぇっ!あたしを、仁でいっぱいに満たして…あんたには、その、義務があるよぉ」 「っ…」 「う、あ、あああああっ!あ~っ、あぁぁぁぁ~っ…う、う、あ、うあぁぁぁ…ひぅぅ…あ、あぁ」 相変わらず、次から次へと濡れていく里伽子の中心に、ぐい、ぐいと入り込んでいく。 「あ~っ、あ、あ、あ…仁、はいって…あぁぁっ、もっと、もっと、もっと…あぁぁぁぁ~」 瞳も、どんどん、濡れては、涙をぼろぼろこぼし、溢れて、しゃくり上げて、めちゃくちゃに壊れていく。 なんて、愛しすぎる反応。 なんて、せつなすぎる、涙。 俺の胸を、押しつぶすくらいに染みいる感情。 でもそれは、俺の下半身すらも刺激して、熱く、固く、そそり立っていく。 里伽子の、なかで、どんどん大きくなる。 「んっ、んぅ、あ…仁、おっき…ふあぁ…犯して、犯して…あたしのこと、何度でも、何度でも」 「う、あ、あぁぁ…っ」 俺のを、奥深くまで受け入れて、里伽子が、激しく泣き喘ぐ。 動けば、動くほど、感じて、涙をこぼして、大きく開いて、また奥まで誘う。 「仁、仁ぃ…あ、あ、あ…やだ、嬉しい、嬉しい…っあ、あ、あ…あ~っ」 また…ちょっとだけ、びくってした。 里伽子はさっきから、何度も、何度も、小刻みに絶頂を繰り返す。 隙あらば、俺を搾り取ろうとする、里伽子のなか。 締めつけて、巻きついて、引っ張り込んで、感情を剥き出しにして、蠢く。 「う、や、やぁぁ…あああ…ああっ?あ、んむ…んむぅ…ちゅぅぅ…んぷ…は、あぁ」 俺が、唇を差し出すと、凄い勢いでむしゃぶりついてくる。 激しい感情が、里伽子の身体を、思うがままに動かし、考えられないくらいに、情熱的な女を作り上げる。 「あ、む…んっ…ん、ちゅく…はむっ、ん…」 「はぁぁぁぁ…んぷ…んむぅ…あ、あむ、んく、んく…あ、ちゅぅぅ…んふぅ、あ、あ…れろ、あむぅ…んっ」 俺の口の中に、舌を思い切り差し込んで、べろべろと舐め回し、唾液を流しては飲み込む。 俺も、そんな里伽子の舌を唇で挟み込み、舌でつつき、喉の奥に誘い、唾液だけでも吸い取る。 お互いが、お互いの口中で暴れ回り、口の周りから、とろとろ唾液を零して、むしゃぶりあう。 「ん…んく…ちゅる…は、あむ…ん、ん~っ」 「あ、あ、あ…あぁぁぁっ、あ、あむ…あ~っ、はむ…ん、ぷ…ちゅぅぅ…んぷ…あむ、あぁ…あっ」 あまりにもキスが深すぎて、お互いの歯が、カチ、カチとぶつかる。 けれど、そんなことを気にする余裕なんてない。 だって俺は、里伽子の全てを飲み干したいから。 里伽子だって、おんなじくらい、俺を求めているから。 「んっ、んっ、んんっ…ん、んく…んくぅ…あ、はぁぁ~、あ、あ、あ…仁っ、うあ、うあぁ…」 お互いが口を離すと、みっともないくらい、ぽたぽたと唾液がこぼれ、里伽子の顔に降り注ぐ。 「ちゅ…ん、あ、あぁ…」 けれど、それさえも、俺が舌を激しく這わせて、舐め回して味わう。 「あ、んっ…あぁ、あぁぁ…やっ、仁…ぃ」 その間も、里伽子のなかに入れた俺のモノは、どんどん、どんどん膨らんで、暴れまくる。 里伽子の子宮に届けとばかりに、入れては、引き抜き、さっきより強く入れてを繰り返し。 里伽子の膣壁に揉まれながら、動いて、動いて、蹂躙する。 「ひぅぅ、あ、ああ…はぁぁぁぁっ!仁…う、あ、あああっ…」 次から次へと押し寄せる快感の波に、俺は抗い、里伽子は流される。 「っ…く、あ…お、お前…今、また、イっただろ?」 「ああ…や、もう、だめ、だめぇ…さっきから、何度も、何度も、止まらないんだよぉ」 最初に壮絶にイったときからずっと、里伽子は、快感の頂から、降りてきてない。 その感覚はいかほどのものか知らないけど、流れ落ちる涙と、激しく痙攣を繰り返す全身から、ちょっとだけ、うかがい知ることができる。 「うあぁぁ…ごめん、ごめんね仁…でも、でも、あたし…あんたに、めちゃくちゃに…されたい…ああ、あ~っ、あっ、あっ、ああっ…」 「う、くぅっ、あ、ああ…」 激しく絡みつく里伽子の全身と、感情。 振りほどくつもりなんて微塵もなく、里伽子の、中へ、なかへと、突っ込んでいく。 …一度目のほとばしりが、近い。 「里伽子…出す。も、まだやめない」 「う、うん、うんっ…出して。、気持ちよく、なってぇ…あたしに、溺れてよぉ…」 溺れている里伽子が、俺にすがる。 それは、引き上げてくれることを求めてじゃない。 一緒に、快楽の底へ墜ちようとする、悪魔のささやき。 「う、うん…里伽子、イく…う、うう…」 俺は…もちろん、里伽子の、その誘いに、抗うことなんか、するつもりすらなくて。 「ああ…なか、なかに…注いで…い、く、あ、あ、あ…ああああっ」 扇情的な言葉と共に、意図したのかしないのか、里伽子が、また、ぎゅうって、締めつけてきた。 「あ、あ、ああ…くぅぅぅっ!」 それが、合図。 「うあ、あ、あ、あ…あああああああっ!」 ずくんって、身体の芯に響くくらいの重い快感とともに…里伽子のなかに、思いっきり、放出する。 「あっ、あっ、あ~っ!ふあぁぁぁ、ああ、ああ、あ~っ、あああああ~っ!」 ぎゅっと、ぎゅっと…里伽子のなかが、また、俺を離さないよう蠢いて…次から次へと、俺の精液を、なかで受け止めていく。 「うあ、ああ、あああ…仁、仁ぃ…あ、あつい…仁の…あっ、まだ…まだ、入ってくるよ…」 「う、う、うん…里伽子、気持ち、いい…」 「あたしも…あたしもぉ…仁に、注いでもらって…ああ…またっ…」 「っ…」 何度も、何度も…なかに。 里伽子の、奥深くに注ぎ込み。 とてつもない快感を、与えられる。 俺も、里伽子と同じように、身体を、びく、びくと震わせ、感覚を共有する。 「あ、ああ…はぁぁ…すご…仁…いっぱい…まだ…出てる…受け止めきれないくらい…だよ」 「その…ごめん。慢が、きかなくて…」 「我慢する必要なんて…ない。って…あたし、全然我慢してない」 「…そう、だな」 俺を、貪って、受け止めて、喘いで、何度も軽く絶頂を迎えて…今だって、一緒に、また凄い絶頂に辿り着いた。 「あ、ああ…仁…?もしかして…まだ…?」 「…よく、わかったな」 「だ、だって…あたしのなか…まだ、きついまま、だから」 それは、俺が抜こうともしないし、小さくすらなっていないから。 「俺…まだ、出したい。け止めて…里伽子ぉ」 「ん…いいよ。たしと、同じくらい、イって、仁」 「ああ…あぁ…」 「何度も、何度も…おかしくなって。 頭、真っ白にして。 あたしと同じくらい…好きになって」 「俺は…お前よりもお前のこと好きだ」 「あたしは…あんたよりも、仁のことが好き。対に、負けない…」 「なら…勝負な…」 「ん…う、あ、ああ…」 ゆっくり、ゆっくり、また、動き始める。 イった方が勝ち…負けた方が勝ちの、勝負を再開する。 「あ、あ、あ…あああっ!」 「う、く…あ…」 里伽子の、奥深くをえぐる。 もう、身体のこと、気づかってない。 ただ、俺の愛しいひとを、全身全霊で、犯してる。 「い、いい…ダメになっちゃう…なんて…気持ちいいの…う、ああ…ひっく…」 全身を絡みつけ、里伽子のお尻に腰を叩きつける。 肉と肉が跳ねて、液が混ざり合い、辺りにぶつかりまくりながら、俺たちは、溶け合っていく。 「あ、ああ…あぁぁ…里伽子…ぉ」 「ああ、ダメ、だめぇ…あたし、どうしよう…ホントに、仁がいないと、ダメになりそうだよぉ…」 「いるよ…俺、いるよ、いいじゃん…っ」 「ふあぁぁぁ…あ、あ、あ~っ…絶対に、絶対に、絶対に…離すなぁ…っ、もう、ひとりで抱え込むの、いやぁ…」 「全部、分け合うから…だから里伽子…お前の全部、もらう…」 「う、うん、うんっ…あ、あ、あ…っ、仁、すご…いっ、あ、や、やぁぁぁっ」 何度も、何度も、突き上げて、震えて、放出して、溢れさせて、激しく息をついて、そして、また動き出して…“約束”を交わした俺たちは、もう、二度と離れないってくらいに、絡まりあう。 「んっ…あ、あ、あ…また、またっ…ひぅぅ、ん、くぁ…す、ごい…よっ」 「ああ、ああ…」 里伽子の胸を、鷲掴みにして、爪を立てるくらい激しく揉み、乳首をこする。 手のひらのなかで、快感を貪り、里伽子に、快感を返していく。 「ふぁぁ、ああ、あっ…もう、もう…っ、仁、すごい…あたし、あたしぃ…っ」 俺の腕の中で、まだ、ぴちぴちと跳ねてみせる里伽子。 何度えぐられて、注ぎ込まれても、新鮮な反応のまま。 何て、エッチで、何て、可愛くて、何て、愛しいんだろ。 「里伽子…里伽子…俺の、里伽子…ぉ」 ぐいぐいと、胸を愛撫し続け、耳たぶや、首筋にも舌を這わせ、身体中に、俺のしるしを刻んでいく。 もう、俺の手の触れてないところはない。 俺の舌の触れてないところはない。 里伽子の、身体という身体、穴という穴、触れて、指を入れて、舌でつついて、開いて、舐め回して、掻き回した。 「ふぅ、あ、あ…あんっ、仁…あたしの…あたしの…う、うあぁぁぁっ」 そのたびに里伽子は、激しく反応し、大きな声を出し、絶頂を迎え、そして、俺に同じ行為を返してきた。 お互いが、お互いの身体のあちこちに、マーキングを施す。 身体中、キスマークと、爪痕と、歯形が刻まれ、唾液や愛液や精液にまみれて、蠢きあう。 「んっ、んっ、んっ…ふあぁ…あ、あ、あ…っ」 「はぁ、はぁ、はぁぁ…っあ、ああ、ああ…っ」 「ん…あ、あぁ…仁。つない…きもちいい…よぉ」 「うん…うん…っ」 お互い、すごい行為を繰り返し、でも、髪を撫でると、それが凄く幸せで。 「あぁ…はぁぁ…ん…」 うっとりと目を閉じて、浸って、それでも、じくじくと快感が湧き上がってきて。 もう、どうしようもないくらい、お互いを、高めて、高めて。 「…最後に、一緒に、イこうか?」 「うん…」 今日、何度目か、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの、絶頂に、向かっていく。 「ん、く…っ」 「あ、ああっ…ん、くぅっ、あ、あ…や、まだ…こんなに…すごい…っ」 里伽子のなかで、もう一度、跳ねてみせる。 里伽子のなかだから、何度でも出せるし、何度でも、暴れることができる。 俺の、世界一大事なひと、だから。 世界一、大切に扱い、そして世界一、激しく扱う。 「んっ、あ、あ…ああああっ!ひ、仁っ、あ、あんっ…や、すご…っ」 里伽子のなかも、まだ、俺を、ぐいぐいと締めつけてくる。 続けざま、びくびく震えて、お尻から、刺激を与えてくる。 だから俺は、いつまで経っても萎えない。 里伽子の身体を貪り続け、潜り続ける。 「ふあぁぁっ、あ、あ、あ~っ!だ、だめ、だめ…きてる、きてる…よ…」 「俺も、俺も…」 お互い、最後のあがき。 貪りあい、与えあって、タイミングを合わせて、一緒に…「あ、あと…ちょっと…っ」 「ん、うんっ…う、くぅっ…あ、あ、あ…あと、ちょっとぉ…っ」 頭が、じんじん痺れてくる。 何度も、何度も感じた絶頂感。 今までよりも、遙かに大きな波が、近づく。 「あ、あ、あ…里伽子、いく、俺、いく…っ」 「あ、あたしも、あたしもぉっ…一緒に、一緒に…ふあぁぁぁっ、あ、あ、あ~っ」 里伽子のなかが、今までにないくらいに、びくぅって、激しく収縮した。 それが、俺の全てを絞り出す合図…「う、あ、あああああっ!」 「ふぁぁぁああああああっ!?あぁぁぁぁっ、あっ、あああああ~っ!!!」 最後の、最後の、最後のほとばしり。 里伽子の、奥に、果てしなく放つ。 「あぁぁぁぁ、あ、あ~っ、はぁぁっ、あ、あ、あ…あ、あぁ、あぁぁ…」 もう、とっくに俺の精液で満たされた、里伽子の胎内に…また、何度も、何度も。 「ん…あぁ…あっ………あっ………仁、の、まだ、まだ、はいって…ぇ…」 「う、ん…っは、はぁ、はぁ、はぁぁ…」 一体、今日だけで、どれだけの精を、里伽子のなかに満たしたんだろう。 それでも、まだ里伽子への欲情は消えることなく、身体の奥に、潜んでいるのがわかる。 「ん、ぅぁ…仁、あたし、もう…」 「…いっぱいいっぱい?」 「ううん…まだ、欲しいけど…約束だもん、ね」 「俺も…」 このままだと、いつまでたっても終わらないから。 だから、これで、『今日のところは』おしまい。 「続きは…明日、ね?」 「うん…もちろん」 そして俺たちは…心地良い疲労感に包まれて、まどろむ。 Opening.mpgOpening.mpg共通シナリオ由飛シナリオ玲愛シナリオ明日香シナリオかすりシナリオ恵麻シナリオ里伽子シナリオプロローグ第1クォーター01第1クォーター02第2クォーター01第2クォーター02第3クォーター01第3クォーター02第4クォーター01第4クォーター02追加01追加02プロローグ.bin第1クォーター01.bin第1クォーター02.bin第2クォーター01.bin第2クォーター02.bin第3クォーター01.bin第3クォーター02.bin第4クォーター01.bin第4クォーター02.bin追加01.bin追加02.bin由飛01~由飛10由飛11~由飛20由飛21~由飛29由飛01由飛02由飛03由飛04由飛05由飛06由飛07由飛08由飛09由飛10由飛01.bin由飛02.bin由飛03.bin由飛04.bin由飛05.bin由飛06.bin由飛07.bin由飛08.bin由飛09.bin由飛10.bin由飛11由飛12由飛13由飛14由飛15・玲愛15由飛16由飛17由飛18・玲愛18由飛19・玲愛19由飛20由飛11.bin由飛12.bin由飛13.bin由飛14.bin由飛15・玲愛15.bin由飛16.bin由飛17.bin由飛18・玲愛18.bin由飛19・玲愛19.bin由飛20.bin由飛21由飛22由飛23由飛24由飛25由飛26由飛27由飛28由飛29由飛21.bin由飛22.bin由飛23.bin由飛24.bin由飛25.bin由飛26.bin由飛27.bin由飛28.bin由飛29.bin玲愛01~玲愛10玲愛11~玲愛20玲愛21~玲愛29玲愛01玲愛02玲愛03玲愛04玲愛05玲愛06玲愛07玲愛08玲愛09玲愛10玲愛01.bin玲愛02.bin玲愛03.bin玲愛04.bin玲愛05.bin玲愛06.bin玲愛07.bin玲愛08.bin玲愛09.bin玲愛10.bin玲愛11玲愛12玲愛13玲愛14由飛15・玲愛15玲愛16玲愛17由飛18・玲愛18由飛19・玲愛19玲愛20玲愛11.bin玲愛12.bin玲愛13.bin玲愛14.bin由飛15・玲愛15.bin玲愛16.bin玲愛17.bin由飛18・玲愛18.bin由飛19・玲愛19.bin玲愛20.bin玲愛21玲愛22玲愛23玲愛24玲愛25玲愛26玲愛27玲愛28玲愛29玲愛21.bin玲愛22.bin玲愛23.bin玲愛24.bin玲愛25.bin玲愛26.bin玲愛27.bin玲愛28.bin玲愛29.bin明日香01~明日香10明日香11~明日香20明日香21~明日香21明日香01明日香02明日香03明日香04明日香05明日香06明日香07明日香08明日香09明日香10明日香01.bin明日香02.bin明日香03.bin明日香04.bin明日香05.bin明日香06.bin明日香07.bin明日香08.bin明日香09.bin明日香10.bin明日香11明日香12明日香13明日香14明日香15明日香16明日香17明日香18明日香19明日香20明日香11.bin明日香12.bin明日香13.bin明日香14.bin明日香15.bin明日香16.bin明日香17.bin明日香18.bin明日香19.bin明日香20.bin明日香21明日香21.binかすり01~かすり10かすり11~かすり20かすり21~かすり23かすり01かすり02かすり03かすり04かすり05かすり06かすり07かすり08かすり09かすり10かすり01.binかすり02.binかすり03.binかすり04.binかすり05.binかすり06.binかすり07.binかすり08.binかすり09.binかすり10.binかすり11かすり12かすり13かすり14かすり15かすり16かすり17かすり18かすり19かすり20かすり11.binかすり12.binかすり13.binかすり14.binかすり15.binかすり16.binかすり17.binかすり18.binかすり19.binかすり20.binかすり21かすり22かすり23かすり21.binかすり22.binかすり23.bin恵麻01~恵麻10恵麻11~恵麻20恵麻21~恵麻25恵麻01恵麻02恵麻03恵麻04恵麻05恵麻06恵麻07恵麻08恵麻09・里伽子09恵麻10恵麻01.bin恵麻02.bin恵麻03.bin恵麻04.bin恵麻05.bin恵麻06.bin恵麻07.bin恵麻08.bin恵麻09・里伽子09.bin恵麻10.bin恵麻11恵麻12・里伽子12恵麻13恵麻14恵麻15恵麻16恵麻17恵麻18恵麻19恵麻20恵麻11.bin恵麻12・里伽子12.bin恵麻13.bin恵麻14.bin恵麻15.bin恵麻16.bin恵麻17.bin恵麻18.bin恵麻19.bin恵麻20.bin恵麻21恵麻22恵麻23恵麻24恵麻25恵麻21.bin恵麻22.bin恵麻23.bin恵麻24.bin恵麻25.bin里伽子01~里伽子10里伽子11~里伽子20里伽子21~里伽子26里伽子01里伽子02里伽子03里伽子04里伽子05里伽子06里伽子07里伽子08恵麻09・里伽子09里伽子10里伽子01.bin里伽子02.bin里伽子03.bin里伽子04.bin里伽子05.bin里伽子06.bin里伽子07.bin里伽子08.bin恵麻09・里伽子09.bin里伽子10.bin里伽子11恵麻12・里伽子12里伽子13里伽子14里伽子15里伽子16里伽子17里伽子18里伽子19里伽子20里伽子11.bin恵麻12・里伽子12.bin里伽子13.bin里伽子14.bin里伽子15.bin里伽子16.bin里伽子17.bin里伽子18.bin里伽子19.bin里伽子20.bin里伽子21里伽子22里伽子23里伽子24里伽子25里伽子26里伽子21.bin里伽子22.bin里伽子23.bin里伽子24.bin里伽子25.bin里伽子26.bin「焼けた~」 「えっと…かすりさん、カカオ、このくらいでいい?」 「このくらいなんていい加減はNG。と製菓に関しては、レシピは絶対よ?」 「…恵麻姉さんなんか、いっつも目分量だよ?」 「……規格外の人は参考にできな~~いっ!」 「規格外って……」 「天才ってヤツ?初めて恵麻さんのお菓子食べた時から思ってたけど」 すでに営業終了から1時間。 ファミーユは、明日の仕込みモードに入っている。 「今日は忙しかったもんね~、明日の分、気合いれてつくんなきゃ」 「頼りにしてます」 「あはは~、任された!」 残っているのは、店長の俺と、お菓子担当のかすりさんの二人きり。 「…よし、完成。くん、ほれ、あ~ん」 「ん…」 かすりさんが、切れ端をひとかけら、俺の口の中に放り込む。 普通、男女でこういうことやるのって、くっついた後だったりバカップルだったりするわけだが、これがかすりさんとなると、何の抵抗もなかったり。 「どう?恵麻さんの味になってる?」 「美味いよ、これ」 お世辞じゃない。 甘さも、焼き加減も、そして柔らかさも。 和菓子屋の娘さんなのに、実に洋菓子洋菓子してる。 …いや、ちょっと意味不明。 「質問の答えになってないなぁ~」 「う…」 そう…かすりさんは『恵麻姉さんの味になったかどうか』を尋ねたわけで、美味いか不味いかなんて聞いてない。 「まだダメかぁ…も~、天才の壁は厚いなぁ!」 「わ~っ! 完成品捨てないでよ!ウチにはそんなに材料費に余裕はないんだから!」 「わかってるって…でも、頑張ってるんだけどなぁ」 「気にすることないって。さんの味じゃなくても、十分美味しいんだから」 「前からの味を知ってるお客さんの前にはそんな美味しさに何の意味もないの~」 かすりさんは、やる気のない仕草で、スポンジにラップをかけて、冷蔵庫にしまう。 「…でもいいや。 恵麻さんが復帰するまでの代理だもんね。 あ~あ、早く帰ってきてくれないかな~」 「さて、こっちのカスタードプディングはどうかな~?」 「味見なら俺に任せろ」 「…ひとくちだけよ?いつの間にか平らげたりしないように」 「やだなぁ、俺がそんなガキみたいな真似…」 「はい、あ~ん」 「…自分で食うって」 「ダメ~、これだけ。かわりなし」 「信用ないんでやんの」 「だってね? 仁くん、卵が絡むとアレだし」 くすくす笑いながらかすりさん。 「ちぇっ」 かすりさんの持つスプーンにかぶりつき、カスタードプディングを口の中に溶け込ませる。 ………「混ぜが甘い。 泡立てちゃっただろ?卵と牛乳の比率は…まぁ合格点。 う~ん、まぁ、55点ってとこかな」 「だから仁くんの評価じゃなくて!」 「恵麻姉さんのとは、似て非なる。どっちも俺より下」 「言うと思ったよ」 「失格。 こんなもの店には出せない。 処分」 「も~、抱え込むな~!!!」 う~ん、このとろける食感はなかなか…………………「よし、これで最後…っと」 「お疲れ様~」 今日の仕込みはこれで全部完了。 明日香ちゃんのいない午前中は、なるべくかすりさんにも店頭に立ってもらいたいから、いきおい事前の仕込みが多くなってしまう。 なるべく、焼きたてが美味しいお菓子に関しては、営業時間内か直前に焼くようにしてるんだけど…「うわ~、午前様だぁ。くん、先に帰ってもよかったのに」 「いいよ、こうしてかすりさんが働いてるのを見るの楽しいし」 「うふ…ひょっとして、今さら夜遅くに二人きりという事実に気づいた?」 ちょっと流し目?かすりさんは、ねこが甘えるように俺にすり寄る。 「菓子を焼いてる現場にいるのが楽しいってこと」 「うっわ~、最低の甲斐性なしだね~」 「やかましいです」 妙な誤解されるのもアレだし、誤解が誤解でなくなると、あの親父さんが夢枕に立ちそうだし。 「ま、わたしも昔よく残ってたからわかるけどね」 「…恵麻姉さんの仕込みのとき?」 「も、そうだけど、実家でもね。 紬姉さんって凄いんだから。 ある意味、恵麻さんの対極よ?」 「恵麻姉さんと? かすりさんのお姉さんが?」 「和菓子と洋菓子ってのもそうだけど、製法とかね?」 「へぇ~、あの人も職人さんだったんだ?」 「そうよ、知る人ぞ知る、和菓子製菓業界の王女様なんだから」 王女ってよりは女王様って感じだったけどな。 「んで、対極って?」 「精緻とおおらか。然と偶然」 「はぁ」 「精密機械みたいに、きっちり計算どおりのものをつくるのよね、姉さんって」 「そりゃ、確かに姉さんと逆かも」 「でしょ! 恵麻さんって、あのてっきと~な手際がスリル満点だよね~」 「あはは…」 恵麻姉さんのお菓子作りを見た人間が、まず一番最初に驚くのは、キッチンに計量用の器具が一切ないってこと。 普通のスプーンですくったり、しかもそのスプーンが毎回形の違うものだったり、あるいは材料を袋から直接ボウルに入れたり。 「最初に恵麻さんのケーキ食べたのって、仁くんとリカちゃんが開店前に配ってた試食品でさ~」 「そいやそんなこと言ってたね」 3年前のファミーユオープン前…とにかく開店前から知名度を上げるために、俺と里伽子は、姉さんの焼いたマドレーヌを、駅前でチラシと一緒に大量に配った。 そして、ちょうど旅行中に、偶然ここに立ち寄ったかすりさんが、その試食品に魅せられて、気づいたときにはここで働いてた…その行為が、ほとんど家出同然だったと知ったのは、つい最近のことだったけど…「バイトの面接のときに、目の前で作ってるとこ見せてもらってね」 「あのいい加減さに圧倒されたんでしょ?」 「それもあるけど…前と同じマドレーヌだったのに、前に食べたときよりも明らかに美味しくなってて…天才っているんだな~って思ったよ」 「そこがあのひとの恐ろしいところでね…」 あれだけ目分量なのに、同じものをもう一度作っても、絶対に味が落ちてない。 …その代わり、何度も何度も味見するから、使った材料に比べて、出来る量は少なめだったりするけど。 「あの頃から、恵麻さんは憧れだな~」 普段の性格とは対照的な二人のケーキ作り。 大胆すぎる恵麻姉さんと、繊細なかすりさん。 本当は、二人の力が合わさったときが、本物のファミーユの味なんだけど…「あ~あ、恵麻さん早く帰ってきて~」 「本当にね。た前みたいに一緒にやりたいよな…」 「それまでは、不肖この涼波かすり、頑張って恵麻さんの代理を務めますとも」 「かすりさんが頑張ってるのは、よ~くわかってますから」 「そう?んじゃ、ご褒美ちょうだい?」 「ご褒美って…言っとくけどファミーユは零細企業で、その店長も激しく貧乏だぞ?」 「男と女が、深夜二人っきり。れで女がねだるご褒美といえば?」 「言えば?」 「ちゅ~…とか?」 「っ!?」 「…ぷっ」 「あ…あんた、かすりさんっ!?」 「あはは~、赤くなった。くん、ちょっとはわたしのこと、意識してるんだ?」 「んな訳ないでしょ!?いきなりだったからビックリしただけですっ」 「よし! 仁くんからかって、元気でたっ!」 「俺はおもちゃかいっ!」 「あはは~、今頃気がついた?」 ………まぁ、なんだ…こういった男と女の会話を、ここまで色気なくやれるのが、かすりさんの凄いとこだったりして。 というか、俺を踏み台にするな。 「お待たせしました。注文のケーキセット、お飲み物はダージリンでよろしかったですね」 「ありがと。味しそうね」 「はい、本日のセットは洋なしのコンポートとブラウニーになります。ゆっくりどうぞ」 穏やかな笑みを浮かべて、接客しているかすりさん。 実にそつがない。 現状のもう一方の戦力が今ひとつ、当てにならないことを考えると、非常に心強かったり。 マルチプレイヤーってのはありがたい。 でも、本当のところを言えば、かすりさんには、キッチンに集中してもらった方がいいんだけどな。 「きゃあ!」 ……だ、誰にだってミスはあるよな、うん。 「申し訳ありません、すぐに代わりをお持ちしますので」 かすりさんは、お皿を落としてわたわたしている由飛くんの側に駆け寄り、すかさずフォローに入ってくれる。 人員の不足はいかんともしがたいが、なんとかまわっているのは彼女の力が大きいなぁ。 「ふぅ~」 大きくため息をつきながら、かすりさんはフロアの樣子を伺っている。 「どうしたの? なんか目が真剣だけど」 「ん~? いやね、ほら、あのお客さん」 「あの窓側のテーブルに座ってる人?」 「そうそう、あの人、前のお店の時にも良く来てくれてたよね?」 「ああ、そう言えば! 見覚えあるよ」 「くくくっ! 食べてる食べてる~♪」 「かすりさん?」 「ほら、ケーキセット!全部食べてくれれば、わたしの勝ち~」 「あ、またお客さん! いってきま~す」 「頑張って~」 入り口に立っているお客さんに向かって歩き出すかすりさんの後ろ姿。 『全部食べてくれればあたしの勝ち』…か。 きっとお客さんは全部食べてくれるとは思う。 だってかすりさんのつくるケーキは、十分に美味しいから。 ……でも。 かすりさんには言ってないけど、この数日、ケーキの出が悪い。 まだ微々たるものだけど、この先、時間がたてばもっとはっきり見えてくるだろう。 姉さんのケーキの味は、誰にも真似できない。 ずっと食べ続けてきた俺にはわかる。 「すみませ~ん、お勘定お願いしま~す!」 由飛くんの声で、弾かれたように俺はレジに向かった。 「ごちそうさまでした」 「ありがとうごさいます。ーキセットで650円になります」 自分的に極上の笑みを浮かべながら、おつりを渡す。 「………」 釣り銭を受け取りながら、お客様は遠慮がちな声で俺に話しかけた。 「いいえ? そのようなことはない筈ですが」 「ですよね、うん、美味しかったですまた来ますね」 「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております」 ……ふぅ。 やっぱり、わかっちゃうんだな。 「ねぇ、見てみてっ!」 「ん?」 「ほら、さっきのお客さん、全部食べてくれてるよ~」 かすりさんが指さす先のテーブルには、綺麗に片づいたお皿とティーカップ。 「えっへん! どんなもんだ!」 「良かったね、かすりさん」 言いながら浮かべる笑みが少しひきつっているのがわかる。 さて、どうしたものか。 俺の頭には、さっき帰ったお客さんの声がありありと聞こえていた。 「……でも、少し味が変わりましたよね?前の方が美味しかったような……」 「じゃ、キッチンもそろそろ片づけるね?」 「よろしく」 常に人手が足りない我がファミーユでは、店の後かたづけも、大仕事だ。 今日はかすりさんと俺で、店の前の清掃。 この後、俺はレジの締め、かすりさんは、キッチンの清掃が待っている。 「ありがとうございました~」 そして、今日最後のお客さんが店を出ていった。 「みんな、お疲れさま~」 「フロア、クリーニング入りま~す」 「はぁ、疲れた~」 今日もどうやら、無事に1日が終わりそうだ。 フロア担当の二人は、せっせと片づけを始めている。 んじゃ、俺もレジ周りを片付けようかな。 売上はまぁまぁ。 うん、この調子で行けば、打倒キュリオも夢じゃないかも。 「あれ? 忘れもの?」 「なになに?雑誌?」 由飛くんが、すかさず近寄っていく。 相変わらず、猫のような好奇心だ。 「…と」 などと他人を気にしてる暇はない。 今日の伝票整理が終わらないと、いつまで経っても帰れない。 金勘定は、集中してやらないと。 ………「うそっ!?」 「うわ~っ、これって本当かな?」 「え~と、1のかたまりが10集まって…」 「こ、こっちのページなんか、ほらぁ」 「う、うわわわわ…」 「え~と…1900円の会計で、2000円預かって、おつりは…はい百万円だよ~」 ………いかん、全然集中できん。 何を騒いでるんだ?ウチの若手組は?「お疲れ様~、キッチン、もう火ぃ落としたからね~…ってどうしたの?」 「あ、かすりさん、ちょうどいい所に!」 「ん?」 「そっか、かすりさんなら、詳しそう」 「なになに? 一体なんの話かな~♪」 「………」 とうとうかすりさんまで出てきて…フロアは一気に賑やかになった。 女3人で姦しい。 良く言ったもんだ。 ったく、これじゃうるさくて勘定が…………………「………」 「………」 「………」 「…れ?」 いつの間にか、3人の話し声が随分と小さく…「……なんだよね」 「え~、それはいくら何でもつくってるでしょ?」 「……だと思うけどな~」 「かすりさん……すごい……」 かすりさんを見る、明日香ちゃんの目がキラキラしている。 そして、自慢げに小鼻を膨らますかすりさん。 「………」 何が…何がそんなに凄いんだ!?ったく、ひそひそ話ってのも困るぞ。 これじゃ気になって勘定が…「一体なに話してるんだ?」 「………」 「………」 「………」 「ど、どうした?」 な、なんだ? この妙な間は。 「て、てんちょ、何でもないんだよ?」 明日香ちゃん…何故そんなに頬を赤く?「………」 由飛くんまでっ!?「仁くん、あのね?」 そしてかすりさんは、かなり微妙な笑顔。 「女の子には色々秘密があるのよ…異性には聞かれたくない話とかね?」 「は?」 「はい、気にしない気にしない。れじゃ、着替えてきまーす!続きは更衣室でね~」 「あ、わたしも行くっ!」 「フロア上がりま~す!あ、かすりさん、待って~!」 ………「お~い…」 そして、一気に静寂。 3人が一気にいなくなったフロアは、妙に静かに感じる。 ………こんなに静かだと、気になって勘定が…………………「え~と…」 更衣室の扉に、ぴったりと耳をくっつけて。 ロケーションも、姿勢も、見つかったときの言い訳を許さないシチュエーションだ…「で、でもこの記事とか!」 「どれどれ?うわ~っ、うわ~っ、うわ、うわ、うわ!」 「彼氏の求めるままに、SMプレイ?」 「っ!?」 慌てて自分の口を塞ぐ。 「ん~、ごく普通じゃない?」 「そ、そうなの!?」 そ、そうなの!?「か、かすりさん、経験豊富っ」 「ま、そんなこともないけどね」 うわ、結構まんざらでもなさそうな声…「これに載ってる体験談ってけっこう過激だと思ってたけど」 「実際はもっとスゴいんだね~」 「で、でもコレなんてどうです?」 「何々、彼氏に求められるままに…ベランダ、でぇ?」 「………」 ベランダ…青い…なんて青いんだ。 いや、多分一般的な用法とは違うけど。 「これはないよね?かすりさんの体験から言ってどう?」 「わたし? わたしの体験でいうと……」 「言うと?」 「………」 「…(わくわく)」 「…(どきどき)」 「………別に、その程度、ねぇ?」 「え~~~っ!」 「あるの!?」 「い、今時外でするなんて当たり前でしょ?」 「…あ、当たり前」 「そうだったのかぁ…」 「誰かに見られちゃうかも、声漏れちゃうかも……ってのが刺激的なのよね~」 「し、刺激的……なのぉ?」 「そうだったのかぁ!」 「今時、そんなの当たり前よ?」 「そ、そうなんだ~」 「べ、勉強になる~」 「た、確かに…」 そっかぁ、当たり前なんだぁ。 俺って保守的だったんだなぁ。 そういえば、ジャンケンは必ず最初にグー出すしなぁ。 俺も、色々と認識を改めないと…「あ…」 「聞き耳頭巾はっけ~ん!」 「ゆ、由飛くん!?」 「てんちょ、盗み聞き?」 「い、いや、決してそう言うわけではなく…」 「じゃ、覗き?」 「そんな構造には作ってない!」 「駄目だよてんちょ!かすりさんも何か言ってよぉ」 「………」 「…あり?」 「かすりさん?」 かすりさん、どうしたんだ?こんな時には、誰よりも生き生きと責め立てる人だってのに。 「………」 「かすりさん?」 かすりさんが、ちらっと目線をやった先には、さっき明日香ちゃんが拾った雑誌。 少女向けの情報誌って感じのイラストが表紙を飾っている。 しかし、その上に踊っている文字はと言えば…『ロマンティックにエッチする聖夜』『彼氏が虜になる! お口のテクニック』「………」 なるほど…この雑誌の記事でワイ…いや、雑談してたんだな。 「き、聞いてた?」 「心ならずも」 「嘘つき発見!」 「同意!」 「え~!?」 「………」 「…かすりさん?」 てっきり、二人と同調して、いや、それ以上に俺をからかってくると思ったんだけど…「………」 かすりさんは、顔を真っ赤にして俺達のやりとりを聞いている。 この人にも照れとかあるのか…な?でもまぁ、自分の性体験を赤裸々に異性に聞かれるのは…確かに、照れるか…?「ち、違うからね!」 「は? 何がです?」 「………」 「………」 「何がよ?」 「聞いておるのは俺ですが…」 「すいません、オーダーまだですか?」 「少々お待ちくださいっ」 「ちょっと待ってるんですけど~」 「申し訳ございません、ただいま!」 フロアはてんやわんや。 この分だと、打倒キュリオも夢じゃない…とは言えないよなぁ。 だって、これは単純に手が足りてないだけだから。 軽食のオーダーが少ないのを良いことに、俺までフロアの手伝いをしてるけど、いかんせん、決定的に戦力不足だ。 午後になって明日香ちゃんが来るまでは、なんとかこのメンツで持たせないと。 ウィンドウから、ちらりとライバル店の様子をうかがう。 「………流行ってんなぁ」 こっちより客は入ってるのに、混雑はしてない。 …結構キュリオの壁は厚いかも。 いや、そんなことは最初からわかってた。 なんと言っても、こっちは二番煎じ。 今のままじゃ、ただのイミテーションだ。 お客の目当ては、可愛い制服のウェイトレスとおいしいケーキ。 まぁウェイトレスの質は負けてないとして。 「ああ、申し訳ありませーん」 負けてないとしてっ!…いや、かなり主観入ってるけど。 「申し訳ありません、すぐに代わりをお持ちしますので」 由飛くんのフォローに回りながらつい考えてしまう。 問題はケーキだ。 かすりさんは頑張ってくれている。 それはよくわかる。 実際、彼女のつくるケーキは繊細で美しい。 味だって決して悪くない。 そう、悪くない…それが問題なんだ。 今回相手にしてるのは、あの『キュリオ』。 美しくて美味しい。 姉さんの味に匹敵する美味しさでかすりさんに匹敵する美しさのケーキ。 一年前みたいに、姉さんとかすりさんが協力して作ってくれれば、決してウチのケーキも負けてないんだけど。 「キッチン入りま~す。飛くん、あとは任せた!」 「は~い!任されました~♪」 もうすぐ明日香ちゃんも来るし…。 ここは任せて大丈夫だよ…ね?「うわわわわーーーーっ!」 「………」 聞かなかったことにしよう。 「はい、ミルフィーユあがりっ!」 「んじゃ、切り分けます」 「しかし、いっそがしいね~っ!」 「とりあえず、午後の分のケーキはこれでOK?」 「うん、当面はもつかな?」 「よし! お疲れ様!…これでかすりさんに、フロアに入ってもらえる」 「休憩…わたしの休息時間はぁ?」 「これでかすりさんに、フロアに入ってもらえる…」 「…労働基準法って知ってる?」 「知識としては。さ、フロアのお客様がお待ちですよ?」 「『残酷! 疲れ果てたスタッフの制服をひん剥き、重労働を強要する鬼店長』?」 「重労働は強要してるけど制服はひん剥いてない」 「や~ん、脱がせてくれなきゃ手伝わない~」 「…自分でひん剥いてください。、さっさと着替えて手伝ってください」 「『驚愕! スタッフの心からの願いも聞き入れず、指一本触れようとしないドケチ店長』~♪」 「やかましい」 セリフとはうらはらに、笑顔を浮かべて、かすりさんは更衣室に消えていく。 さて、俺も軽食片付けるか。 ………………「よしっと…クラブハウスサンドあがったよ、由飛く…」 「はいはい、お待たせ~」 「早っ!?」 あっという間の早変わり…この人なら、カーテンだけで仕切った狭いスペースでも、一分以内に見事着替えてみせるに違いない。 「ねえ、ちょっとちょっと~」 「ん?」 「どしたの?」 「あの人、また来てるよ」 「あの人って…?」 「まさか…」 「ほら、窓際の、あのお客様なんだけど」 「…ぶっ!」 「恵麻さん!?」 「ごふっ!?」 「いったい何してるんです?」 「ごほっ、ごほぉっ!ちょっ、な、く、苦し…」 「ほら、お水お水っ!」 「っ! ん、んく…」 姉さん…。 あなたって人は。 しょうこりもなくと言うか、なんと言うか。 気になるなら、普通に来てくれればいいのに。 「何やってんの…?」 「あ、あの…あなた誰ですか?」 「いや、だからさ」 「わ、わたしは通りがかりの単なるケーキ好きの客ですよ。店の方に姉さんと呼ばれる心当たりは…」 「それはもうやった」 「…だよね~」 「あるの」 「…はい」 いたずらが見つかった子供のような表情を浮かべる姉さん。 まったく、この人は。 「恵麻さん、どうしたんです?今日もお仕事じゃなかったでしたっけ?」 「ど、どうって、その…ほら、アレよ。 アレでしょアレ。 わかってるわよね?」 わかるか。 「もしかして、わたしのケーキ、食べに来てくれたんですか?」 「そ、そう!実は…そうなの」 …絶妙な助け舟。 姉さん相手だと優しいな、かすりさんは。 まぁ、当然か。 姉さんに惚れ込んだからこそ、ずっとファミーユで働いてた訳だし。 「で、どうです?恵麻さんの反応が一番怖いな~」 久々ってこともあってか、にこにこと笑顔で問い掛けるかすりさん。 「そ、そうね…よかったと思う」 対する姉さんの笑顔は…まだ、引きつったままで。 「お~、恵麻さんお墨付きですかぁ!?」 「う、うん…その」 お墨付きにしては、その歯切れの悪さは一体…「かすりちゃんのケーキ…とってもお、お、お…」 「お?」 「お、おい、おいし…」 「お、おいし…っ?」 「………」 「………」 「………」 「………」 「………」 「はぁぁぁぁ~」 「あああああ~!?」 「…姉さん」 喉まで出かかった言葉が、なかなか口へと下りてこない。 その反応だけで…実は、俺もかすりさんも、うすうす感づいている。 「い、言い方を変えましょ!もうちょっと具体的に~」 「は、はい…っ」 「焼きたてのミルフィーユはさくさく香ばしいわね」 「ほ、本当ですか?」 「うん、これは本当。……なんかひと味足りないけど」 「う…」 「………」 「あ、悪くない! 本当に悪くはないのよ?」 姉さんは…洋菓子に関しては、まるっきり嘘がつけない。 「ザッハトルテは…」 「は、はい…」 「その、何て言うか………クレームアマンドが、なんか、微妙?」 「ぐ…」 「………」 「あ、そ、そういう意味じゃなくて~!基準はクリアしてるのよ? 本当よ?」 そして姉さんは…洋菓子に関しては、まるっきり容赦がない。 「そうそう、前よりは美味しくなってる!これは保証する!」 「そ、そうですか?」 「だけど前からのお客さんには物足りないかも…」 「………」 「………」 さらに姉さんは…なにごとに関しても、助言がアバウトで、教えることに向いてない。 自分は美味しい菓子を作れるのに、人に伝授できない。 真似させられない。 自分が満足するものを、自分以外に作らせることができない。 「ご、ごめんね?あの、かすりちゃん…?」 「…そうです…よね。はは~、自分でもわかってはいるんだけど…」 「げ…」 かすりさんが…あのかすりさんがへこんでる…?心持ち声も小さく、ややうつむき加減で。 無理に笑ってる感じが…痛々しい?「あ、あの…かすりさ…」 「んっ!」 「っと」 けれどすぐに、大きく咳払いして、しゃんと背を伸ばす。 「やっぱり、この店には恵麻さんが必要ですって。く戻ってきてくださいよ~♪」 そして、いつものかすりさん。 姉さんを信奉し、姉さんを必要とし、いつも姉さんの手下でいようとする、明るいお姉さん。 …なんか姉さんだらけだな。 「大体、ファミーユって、恵麻さんがつけた名前ですよ~?いつになったら責任取ってくれるのかな~?」 「あ、でも、それは…今のお仕事が…」 「ん~、そっかぁ。 でも、いつまでも待ってますからね、恵麻さん。 それまでは、頑張って“繋ぎ”やってますから」 「かすりちゃん…」 強いなぁ、かすりさん。 ここのところの連日の努力が粉砕されても、即座に立ち直って。 それどころか、姉さんの辛辣な批評までも、真正面から受け止めて。 いつもへらへらしてるけど、やっぱり、根っこのところで強いんだろうな。 「店長! かすりさぁ~ん!手伝ってくださいよぉ」 「あ、はーい、今行きます」 「あ、その…頑張ってね」 「は~い、もちろん頑張りますとも。麻さんもまた来てくださいね~」 「…ん」 「それじゃ、姉さん、俺も行くから。ゆっくり」 「あ、仁くん」 「ん? なに?」 「………」 「………」 「仁くんも…頑張ってね」 「うん」 何か言いたそうだった姉さんは、結局、それ以降、何も言わなかった。 「ちょっとぉ! 仁くん早く持ち場に戻ってよ~!いつまでもお姉ちゃんに甘えてない~!」 「そゆこと周りに聞こえるように言うな~!」 そして、かすりさんは…それから閉店まで、いつものかすりさんのままだった。 「ケーキ切れちゃいました~」 「もーちょっとだけ、待ってて~」 かすりさんの担当は、下ごしらえとデコレーション。 今もせっせと、ショートケーキの飾り付けをやっている。 言葉は焦りながらも、手は機械のように正確に動かして。 それまで、ただのスポンジだったものがみるみるうちに美しく飾られてゆく。 この繊細な飾り付けだけは、姉さんにも真似できない。 「あ…」 キッチンに場違いな音楽。 かすりさんのポケットからだ。 「ごめ~ん、ちょっとだけいい?」 「ほんとはよくないけど…」 「すぐ終わるから~」 言いつつ、かすりさんはポケットから携帯を取り出す。 「ちょっとちょっとあんた…手がクリームまみれだって」 「うわ、べとべと…あ」 「ん?」 「…れ?」 「ふう」 着信画面を見たとたん、急に表情を険しくして…かすりさんは、そのまま切ってしまった。 「ったく、こんな時に電話なんてかけてこないでよねっ!」 携帯をしまいこみ、再び作りかけのケーキに向かいながらぶつぶつ文句を言うかすりさん。 「…いいの?」 「仕事中の私用電話はよくないって、店長がおっしゃいますので~」 「だって、すぐ終わるんだろ?」 何故だかさっきと会話が逆だ。 …あの素っ気ない対応。 誰が相手なんだ?かすりさんって開けっぴろげな割にプライベートは全然話してくれないからなぁ。 「ほい、後は仕上げのホイップ」 「ね、ね、かすりさんっ今のって誰からですか?」 「…君はさっきまでフロアにいなかったか?」 「オーダー通しに来たついでですよ~。、ね、例の彼氏からですか?」 「なっ…!?」 例…の?「何詮索してんのよ~」 「だってほら~、この間、すっごいこと言ってたじゃないですか~」 「………」 す、すごいこと…?「う~ん、教えてあげてもいいけど、条件があるわね」 「なんですか?わたし、秘密は守りますよ~」 「…あなたが受けて来たオーダー、まず通しなさい。すぐ復唱できたら教えてあげる」 「………」 「………」 「え、えっと…あはは~」 「………由飛くん」 またか…「聞き直してきます~!」 「やっぱね…ひとつのことに興味示すと、他のこと飛んじゃうのよね、あの子」 「なるほど…」 それがわかってたから、普通だったら割に合わないはずの、あんな危険な賭に出たのか。 「さ、お仕事お仕事。イップホイップ」 「あ、あの…」 「ん?」 「い、いや…なんでも」 「そう」 と、かすりさんは、あっさり会話を打ち切ると、ホイップを両手に握り、デコレーションを始める。 「………」 俺も仕方ないので、バックオーダーのブレンドを挽き始める。 ………………「…気になる?」 「全然っ!」 「何が?」 「う…」 あまりにも早いリアクションのせいで、逆に、こっちが興味津々なのがバレバレじゃないか。 「ご想像にお任せするわ」 「く…」 結局、かすりさんに余計な警戒心を抱かせてしまい、電話の相手を聞き出すことは不可能となってしまった。 「………」 「………」 誰だったのかなぁ…なんか、結構感情的になってたみたいだけど。 「男からだったわよ」 「うあちっ!?」 「恵麻さん、スポンジまだ?」 「後ちょっと。クリームでお願いね」 「デコレーションはお任せ♪」 キッチン二人組は息もぴったりに、仕事を進めている。 しかし戦場だ。 あっちもこっちも。 フロアは由飛くんと明日香ちゃんが頑張ってくれてる。 でも結局、ケーキが飛ぶように売れて、かすりさんと恵麻姉さんの負荷が増えてる。 俺も軽食と経理、仕入れ関係で手一杯。 里伽子がいてくれたらな…とかあらぬことを思ってしまう。 「かすりちゃん、そろそろ仕上げに入るわよ」 「はぁい、了解。ね、ねえ、恵麻さ~ん」 「ん?」 「ちょっとだけ、仕上げ、わたしに任せてみる気、ありませんか?」 「ふむ…」 「いいんじゃないの?かすりさんだって、実際にはもうベテランの域だし」 実際、短い間だけど、姉さんが戻るまでは、一人でやってたし。 姉さんの下での下積みだって、2年になる。 もう自分の店を持ったっておかしくないんだ。 「そうねぇ…じゃ、これやってみてくれる?何か困ったことがあったらわたしがフォローするから」 「やったね! 仁くん聞いた?恵麻さんが任せてくれるってさ~」 「よかったじゃん。張りなよかすりさん」 「よっし! それじゃ行っくぞ~、恵麻さんフォローよろしく!」 「はいはい、了解」 「じゃ、俺ちょっとフロアのヘルプ行ってくるから」 これで、かすりさんも仕上げに回れれば、実質的に、姉さんの負担が減って、キッチンもいい感じに回るだろう。 やっぱり、一人に頼ってる現状だと、その一人に何かあったときが大変だからな。 姉さんのケーキと同レベルのものを、かすりさんが作れるようになれば…「お待たせしました~♪」 「こちら、アールグレイのアイスですね。々お待ちください」 「ふむ…」 フロアは、結構混雑している。 商売繁盛、ありがたや。 でも、二人とも結構余裕がある。 明日香ちゃんはもともとバイトでやっててくれたから安心感があったけど…。 「はい、こちらにおいときますね~」 由飛くんが少しずつ戦力になってきてくれてるな。 まだミスはあるし、時々どつぼにはまることはあるけど。 「いらっしゃいませ!お席までご案内しますね」 「ねぇ、ケーキってもう売り切れなの?」 お客さんの視線は、からっぽになっているケーキのショーケースに向けられている。 200円均一のおかげで、ケーキはいつも品薄だ。 さっきも見てきたみたいに、キッチンではいつも、姉さんとかすりさんが、全力でケーキを焼いている。 それでも往々にして足りなくなることがある。 「今、新しく焼けたのが出てくると思いますので、少しだけお待ちくださいね」 とは言ったものの、遅いな。 さっきの様子だと、5分もかからずに出てきそうだったんだけど。 ちょっと様子を見てくるか。 「………」 「………」 「あり?」 確か、さっきは、かすりさんが仕上げをやるって話だったのに…結局、なんかいつもと変わらない光景に見えるのは…?「ねえ、恵麻さ~ん、わかった、わかったから。うそう、そんな感じよね~」 「う、うん…もうちょっと待ってて。れ、終わらせちゃうから」 「…わたしの出る幕は~?」 「あ…そうか」 生地を巻き込もうとしていた姉さんの手が、やっと止まる。 「それ、いつまでかかる?そろそろショーケースが寂しいんだけど」 「あ、ごめんごめん。麻さんにコーチしてもらいながらだったから、ちょっと時間がかかっちゃって」 「うん、後はホイップをなじませるだけだから、すぐに終わる。、かすりちゃん任せた」 「よろしく~」 「任されました、今度こそっ」 と、妙な気合いを入れて、かすりさんがもう一度、ケーキと向かい合う。 「む…」 「………」 その間に、俺は飲み物メニューを作っておこう。 「よ…」 「…(そわそわ)」 え~と、確かアールグレイのアイスと、ブレンドが2つと…「…っと」 「…(そわそわそわそわ)」 豆をミルに入れて…あれ? アールグレイってこんだけしか残ってない?「ここを…こうして…」 「あ~違う違う! そこ違うのかすりちゃん」 「へっ?」 「ちょっと貸してみて」 「ね、姉さん…」 姉さんは、10秒もたたないうちに、かすりさんから仕事を取り上げてしまう。 「ここのシロップの打ち方違う。う、こんな感じ、わかるでしょ?」 「…全然違わないように見えます~」 「全然違うのよぉ。~もう、どう説明したらわかってくれるかなぁ」 いや、そもそも説明してないじゃん。 手際を見ても、半分以上素人の俺には、さっきのかすりさんのやり方との違いがわからない。 「え~っとね…こっからこう、パパっと!ほら、出来合いも変わってくるんだから」 「ぱぱっ………と?」 そして姉さんは…壊滅的に説明が下手だ。 きっと、本当に違いがあるんだろうけど、何しろどこがどう違うのか、全然伝わらない。 「そうそう、パパっと。、こっから先はこう、きゅっ、きゅっと、ほら、いい感じに染みてきたでしょ?」 「結果だけは…わかるんですけどぉ」 …ある時期、姉さんにべったりだった俺が、ケーキ職人の道を目指さなかったのも、実はこれが理由だったりする。 何しろ、姉さんは美味しいケーキを作る。 けど、どう作ってるのかが、本人にも説明できない。 真似しようとする方はストレス溜まるんだよなぁ。 「あ~、そういえばお客様お待ちなんだっけ。 いいわ、これやっとく。 かすりちゃんは仕上げまで待ってて~」 「うぐ…」 「ね、姉さん…」 結局、仕上げを任せるって言葉は、あっという間に空中分解。 姉さんを信奉してて、いつもお手伝いに甘んじてるかすりさんにすれば、かなり前向きな行動だったんだけど…「すぐに終わるから。くんはカットの用意して」 「あ、ああ…」 言いつつも、姉さんの手はすいすいと動いて、あっという間に、仕上げに入っていく。 「…よしっと。 さ、かすりちゃんの本領発揮の時間よ。 こっち、タルト生地がそろそろ焼けるから、後は任せたわね」 「…はぁい」 と、姉さんは、次の仕上げに入ってしまう。 …かすりさんに任せるって話は、あっという間に立ち消え。 デコレーションはかすりさんの領域だけど、肝心な仕上げの部分だけは、いつまでも譲られることはない。 「あ、あのさ、かすりさん…姉さんも、決して悪気は…」 「あるわけないじゃない。麻さんのこと悪く言ったらいくら仁くんでも怒るよ?」 「…ごめん」 ここら辺の、姉さんに絡んだ機微も複雑なんだよな…お互い。 「その、かすりさんだって上手くなってるよ。年もやってるし、それは間違いないって」 「そう…なのかなぁ」 「うわっ」 ちょっと自信喪失?「も、もう紙一重だってば!かなり姉さんの手際と味に迫ってる…と思う」 「その紙はきっと壁紙で、裏側に分厚い壁がくっついてるのよね~」 「うわぁ…」 ふう、どうやら今日も一日が無事に終わった。 「お疲れ様でーす」 「フロアのお掃除終わりました~」 「明日香ちゃん、悪いけど次はキッチンの片づけを手伝ってあげてくれないか?」 今日も戦場と化したキッチンは、まだ片づけ終わっていないみたいだ。 「は~い、てんちょ」 「あっ、だったらわたしも…」 「いい。飛さんは上がっていい」 「え~、みんなでやった方が早く片づくよ~」 「…由飛さんは、上がっていい」 なんとも奥歯に物の挟まった言い方…でもないな。 冷徹に、明日香ちゃんが由飛を『厄介払い』する。 「ううっ…」 「…由飛くんは先に上がってていいから」 「…でもぉ。っかく仕事に燃えてるのに~」 「キッチンは3人で十分だから」 「そっかぁ…じゃあわたし、店長のお仕事を手伝うよっ!」 「…キッチンを手伝ってこい」 「………わかった。ど、なんか釈然としないものが~」 ごめん、みんな。 売り上げの精算には集中力が必要。 決してミスは許されないのだ。 ………………「ふう…」 それにしても…200円ケーキ、当たってるなぁ。 売り上げ、爆発的に増えてる。 まぁ、利益は微々たるものだけど、これで固定客がつくって言うのが何よりも美味しい。 しかし、この小銭の山は何とかならんものか。 駄菓子屋さんじゃないんだから。 …ってまぁ、今の料金だと似たようなもんか。 いっそのこと、『おつり300万円だよ~』とかやるか。 ………「大体片づいたな…あれ?」 時計を見ると、伝票計算始めてから30分も経ってる。 なのに、まだみんな、キッチンから出てこない。 「なに手間取ってんだ…?」 ………「でね…それがね…」 「うそぉ…しんじられない…」 「かすりさん、すごい…」 …キッチンからは、みんなのひそひそ声が聞こえてくる。 あ~…声の調子から、なんとなく会話の内容がわかってしまう。 またやってるな…あいつら。 「でね、男の子も初めてだと、上手くできなかったりするわけなの」 「う~ん、やっぱり体験談は重みがあるね…」 「ねえねえ、相手って年下の男の子?」 ワイ談なぞやってる時間があったらはよ帰れよ……とは言え、そうやって注意しようにも、この雰囲気だと、なんだか、とっても入り辛い。 「ふんふん…そうなんだ…そうよね、きっと」 って、姉さん!?まさか姉さんまでこんなティーンズっぽい話題に加わっているとは…「で、でも、失敗したって初めてなら、仕方が無いんじゃ…」 「ダメダメ。の子って、結構傷つきやすいのよ?」 …なんか生き生きしてるな、かすりさん。 「初体験の失敗が原因で一生、できなくなっちゃったりするの」 …そうなのか?「わぁ…責任重大なんだね~」 「そう、だから、うまくいかなくても余計な事を言うのは禁物よ?」 「………」 大きくうなずく従業員一同。 「『え? 終わっちゃったの?』とか、『もしかして、初めてだった?』とか、『最っ低』とか言うの厳禁だからね?」 「~~~っ!」 心臓に激痛がっ!?「質問っ! じゃあ、じゃあそーゆー場合、どうしてあげればいいんですか?」 「え、ええと、そこで女の子が導いてあげるわけ。、ね? 恵麻さん?」 「え? ええっ!? わたしっ!?」 「ほ、ほら、ねぇ?えっと、なんていったっけ…ほら、自分から…」 「じ、自分からって…」 「と、年下の未経験の男の子だったら、えっと…そ、そう! 上に乗ってあげてとか」 「年下の…未経験の…」 「で、でも、それじゃあ相手の人に、経験豊富とか思われちゃわないかな?なんかそういうのはちょっと…」 「う、上…自分から…?」 「そ、そうだよね。っぱり、男の人にリードしてほしいし…」 「でしょ?だから、付き合うなら経験豊富な人が…」 「そんなこと…ないと思うの」 「…え?」 「えっと、その…肝心なのは、うまく行くことよりどれだけ相手が夢中になってくれるか…じゃないかしら」 「そ、それはそうかもしれませんけど…」 「うん。だから、わたしは教えられるよりも、教えてあげたい」 「…恵麻さん?」 「そう…こう、弟みたいな男の子に、初めてを教えてあげたいな…」 「あの…もしもし…?」 姉さんの口調に、少しずつ熱がこもっていく…反比例して、みんなの声が静まってゆく…「それで、失敗したら、ぎゅっと抱きしめて成功するまで愛してあげればいいんじゃないかなぁ…」 「………」 「そういうの…ちょっと憧れかも。くんもねぇ…ちっちゃい頃って、すっごく可愛くてね?」 「~~~っ!!」 始まってしまった…姉さんの、俺語り。 「ぎゅってしてあげたこともあったけど、そういえば、あの頃はお互い、そういうこと、まだなんにも知らなくてね~」 「…びょーきがでた」 「…もう止まりそうにないね」 「…でね~、その時仁くんったらね?うふふっ…やだ、わたし、何言ってるんだろう」 「………」 …だめだ、もういろんな意味で聞いていられない。 俺は物音を立てないように、立ち去ろうと振り向いて。 「~~~っ!!」 「………」 今度こそ、心臓が凍った。 いつからそこに立っていたのか俺のすぐ後ろには、里伽子が…「あ、ごめん。麻さんに用だったんだけど」 「………」 「とんでもない取り込み中みたいだし、出直すわ。ゃね」 「ま、待て…待ってくれ!」 『取り込み中』の前に『とんでもない』って形容詞を付ける日本語なんて、聞いたことないぞっ!?「てんちょ…」 「~~~っ!!!!」 極めつけに、心臓が爆発した。 「また立ち聞き?」 「え? あ、いや、その…」 「じ、仁くん…?まさか、今の聞いてた…?」 「あ、いや…その…え~!?」 「…違わないかもしれない」 「何が~!?」 「てんちょ。ルボナーラ2つ!」 「はいはいっ…!」 店内にある20席がぎっしりと埋まっている。 「はい、少々お待ちくださいっただいますぐ、ご注文に伺います!」 「うひ~、目が、目がぐるぐるだよ~。ょっと待って~~っ!」 これも、軽食メニュー目当てのお客さんが増えたおかげだ。 200円ケーキの時に比べればささやかだけど、確実に成果は上がってる。 里伽子の助言はいつも正しい。 まったく、頭が上がらないな。 「かすりちゃん、オーブン、温度大丈夫?」 「はいはーい! いつでもオッケイですよ~。レームアマンドも準備完了!」 「はい、んじゃ、次いくわよ!」 「うひ~、息つく間もない~」 ケーキの方でも、今や修羅場の真っ最中。 邪魔にならないように隅っこで、フライパンを握りしめる………………「ふうっ…」 「…やっと、一息ついたみたいね~」 なんとか修羅場を乗り切って額の汗をぬぐう若人二人。 …だけど、若さ故の元気とか超越してる人もいるわけで。 「かすりちゃん、手が空いたならメレンゲよろしくね?」 「あっ、はいっ…!」 「あ…!」 「………」 「ごめん。帯切り忘れてて…」 「手早く用件だけ聞いておけば?」 「うん、ごめん」 「もしもし…?」 「もう、仕事中はかけてこないでって言ってるでしょ?」 携帯を握りしめ、かすりさんはキッチンの奥へと走ってゆき「……うん……うん、わかってる」 結構、親しげに会話してるな。 「…友達かな?」 「…にしては、親密な感じよね。て別に聞き耳たててる訳じゃないのよ?」 …姉さん、語るに落ちてます。 それにしてもかすりさんの表情はいつにもなく楽しげで。 …なんとなく、耳をそばたててしまう、俺たち2人。 「あはは…やだ、何言ってるのよ」 そういえばこの前も…確か、あの時は『男から』って堂々と言ってたような…かすりさん…やっぱ、いるのかなぁ…?「気になる?」 「…え?」 「かすりちゃんの交友関係が気になる?」 「うん、そりゃ…あ」 「………」 「いや、だから、それは単なる好奇心と言うかそれを言うなら姉さんだって…あ」 「…恵麻さんがどうかしたの?」 「うわあっ!?」 姉さんの方を向いて会話してたせいで、かすりさんが戻ってきてるのに気づかなかった!「大体、ここで何してるの?…カルボナーラ大丈夫?」 「う…いや、それは…姉さ…あれ?」 「あ、かすりちゃん、よかった、戻ってきてくれたのね。コレーションお願い~」 「汚っ!?」 さっきまで一緒に様子を伺っていたはずの姉さんは、何食わぬ顔をして、持ち場に戻っている。 「あ、は~い、すいませんでした~」 と、しかし、俺の不審な挙動も気にする様子はなく、かすりさんは、持ち場へと戻っていく。 なんとなく、表情がリフレッシュしてるのは気のせいだろうか?と、そのかすりさんの表情が、俺にはなんとなくぼやけて見える。 どうしちまったんだろう、俺。 なんか、かすりさんがまともに見れない。 この感情は、もしかしたら…「…あれ?」 「てんちょ、カルボナーラ上がった?」 「………」 「…てんちょ?」 「明日香ちゃん…」 「ん?」 「ごめん…お客様に謝っといて。と15分かかりますって」 「ええ~!?」 俺の目の前には、カルボナーラというよりは、スクランブルエッグあえパスタが、もうもうと白い煙を上げていた。 かすりさんどころか、何も見えない。 「………」 閉店後のレジ周りの片付けいつもなら、これで一日の仕事はおしまい。 「あれ? おかしいな…?」 何度計算しても伝票と実際の金額が合わない。 「仁くん、どうしたの?」 「いや、なんか集計があわなくて…」 「今日も忙しかったもんね」 「仁、大変だね、肩でも揉もうか?」 「てんちょ、わたし計算得意だよ?」 姉さんと俺の会話を耳にしたみんながレジ周りに集まってきた。 「…いい、みんな先に帰ってて」 「わたし、手伝うよ~?」 「ファミーユの店長は俺。から、これは俺の仕事」 「…わかった。んまり無理しないでね?」 「じゃ、てんちょ。がるね!お先に!」 「あ、姉さん、かすりさんの件、あれでいいよね?」 「うん、かすりちゃん、頑張ってるしね。ろそろいいと思う」 「了解、じゃお疲れ様」 「お先にね? くれぐれも無理しないように!」 「さて、最初からやり直してみるか…」 …………………「揃ったぁぁぁ!」 帳簿から顔を上げた途端、蛍の光が鳴り響く。 ふと時計を見ればもう、ブリックモールの閉店時間。 …てことは、ファミーユの閉店から、もう一時間経ったのか。 「ふううっ…」 椅子から立ち上がりう~んと背筋を大きく伸ばし…「…なんだ?」 かすかな物音が店の奥から聞こえてくる。 「…もう、みんな帰ったはずだよな?」 泥棒…?ってことはないか。 セキュリティのしっかりした建物だし。 てことは…まさか、まだ、誰かが居残ってる?………「あ…」 「え~と、こんな感じかな…」 キッチンの作業台の上には、色とりどりの材料が広げられている。 そしてボールを片手に生クリームを泡立てていたのは…「かすりさん」 「あっ、仁くんっ!?ど、どうしてまだここに?」 「そりゃ、こっちの台詞。すりさん、帰ったんじゃなかったの?」 「あ、それが…そう!片づけに手間取っちゃって…!」 …いや、それ片づけ違うし。 「姉さんからは、30分前に終わったって報告受けてたけど?」 「そ、それはその…勘違いってやつじゃない?ほら、恵麻さん、今日疲れてたみたいだし~」 「………」 「ははは…は…あはは」 怪しい。 て言うか、キッチンがこんな状況のままで姉さんが帰るなんてあり得ない。 「正直に話して。ったい、何をしてたの?」 「だから、後片づけを…」 「ふうん、それなら…」 「ちょっ、ちょっと、まさか…?」 「うん。 姉さんに事情を聞いてみる。 片づけ忘れたんなら、責任取らせないとね」 「え~~っ!?ちょ、ちょっと待って…!」 「…話してくれるよね?」 「ううっ…わかったわよぉ」 「…結構」 ………「なるほど…仕事中は、ほとんど生地作りと飾り付けだけだから?」 「…うん」 「…で、こっそりと残って新しいケーキを開発しようと…?」 「…そゆこと」 「ふぅ…」 かすりさんの気持ちはわからなくもない。 なにしろ、洋菓子を作りたくて家を飛び出して来ちゃった人なんだから。 だけど、姉さんがいる限り、基本的にかすりさんのケーキがファミーユに並ぶことはない。 確かに、気持ちはわかる。 わかるけど…「…あのですね事前申請を出さないと深夜作業ができないのは知ってますよね?」 でも、今の俺はこの店の店長なわけで…防火や防犯の責任者でもあるわけで…「あはは~。っそりやれば、バレないかなって」 「ところが、もう俺にバレてしまったわけで今日のチャレンジはこれにて終了」 だから、ここは厳しい事を言わざるを得ない。 「え~!」 「あのねぇ…守衛さんに見つかったら面倒なことになってたかもしれないんですよ?」 「ごめん…」 「まったく。めて事前に相談してくれれば…」 「あはは~、白鳥は水の中で…って言うじゃない?」 「俺が言ってるのはそういうことじゃなくてね?」 「うん、わかってる。めんね迷惑かけちゃったよね」 しゅんとうなだれるかすりさん。 「あ、ごめん、そんな意味じゃ…」 …ちょっと厳しく言い過ぎたかな?「ううん。  仁くんの言葉は正しいよ。 何も、間違ってない」 「え…」 「仁くんが頑張って、ファミーユを再建して…」 「恵麻さんのケーキや、由飛ちゃんの派手な接客や、明日香ちゃんの気配りと可愛さで、なんとかここまでやってこれて…」 だけど、気がついた時にはもう、かすりさんの言葉は止まらなくなっていて…「なのに…わたしだけが、何も店の役に立ってない」 「えっと…」 「………」 「…で、どこで落とすつもり?」 「………」 「あ、あれ…?」 いつもなら、ここらで『えっへっへ~』って感じなのに。 今日は…本当の本当に………マジ?「え、えっと…役に立ってないことないって!」 まずい…これはマズい!ついついいつものノリでやってしまったぁ…取り返せるかわからないけど、でも、本気でぶつかるしかない。 「だって、かすりさんだって、家を飛び出してまで、ファミーユに戻ってきてくれたじゃないか」 「戻ってきただけ…わたしの腕じゃ、恵麻さんの代わりになれなかった」 話に…ついてきてくれた。 けどそれは、今のかすりさんが、本当に、マジだったってことで…「今じゃ、ファミーユ関係者でないはずのリカちゃんの方が、よっぽどお店に貢献してる」 「どうして、そこで里伽子が出てくるっ…?」 「仁くんの発想じゃないよね?軽食のメニューを、あそこまで切りつめるのは?」 「うっ…」 「わたし、本当に役立たずよね?やっぱり、いらない子なのかなぁ」 「………」 「ごめん、愚痴ってるね、わたし」 「いや、そんな…」 「あ~あ、みっともないなぁ。だなぁ、もう…どうしちゃったんだろう」 「かすりさん…」 想像もつかなかったかすりさんが、今、目の前に、いる。 いつも明るくて、さばさばしてて。 すごく強い人だって、俺はずっと思ってた。 それが…自分が役に立ってない。 そんなことを思っていたなんて。 「ごめんなさい、今、片付けるから…」 「…待って」 「ん?」 「ファミーユの店長として言わせてもらうけど…」 「ん?」 「かすりさんは、ファミーユにとって、決して『いらない子』なんかじゃないよ」 「え…?」 放ってはおけない。 ついこの前までの自分の姿と、今のかすりさんがだぶって見えるから。 「だって、わたし役に立ってないよ…」 「ケーキは恵麻さんに及ばないし、由飛ちゃんみたいに、ムードメーカーにもなれない」 「明日香ちゃんみたいにフォローも上手くないし、仁くんの相談には、リカちゃんが乗ってる」 「なんだ、そんなことか…」 「そんなことじゃ…ないよ」 「かすりさんは…誰にも負けてないよ」 「嘘だぁ…」 「姉さんより接客上手いし、由飛より相談しがいがあるし、明日香ちゃんよりケーキ作りが上手いし、里伽子よりムードメーカーになってる」 「…それって、ただの器用貧乏じゃない」 「器用貧乏結構。れのどこが悪い?だから今までファミーユは回ってきたんだ」 心から、本当にそう思う。 「店長としての立場から言っても、かすりさんみたいなマルチプレイヤーは貴重だよ?」 「仁くん…」 「さて、それじゃちょっと守衛室まで行ってきます。審者として通報されちゃ、たまんないしね?」 「え? じゃあ、もしかして…」 「まったく…一言相談してよ。っと一緒にやってきた仲間じゃない」 「…っ!ありがとうっ! 仁くんっ!」 「新作は、出来上がっても姉さんが良しって言わないとお店には出せないけど…」 「うん、わかってるよ~。もチャレンジしてみたいじゃな~い?」 「…なら、よし。もつきあうよ」 いつものかすりさんの口調。 それを聞けたから、俺は安心して、今日は、ずっとつきあおうって、決心した。 ………………「ダメだぁ~」 「いつまでやってるつもりだよ~!」 「根性ないなぁ仁くんは~。んの8時間残業しただけじゃな~い」 「もうちょっとすると空が白み始める時間なんですが…」 「う~ん、それにしても、色々つくってみたけど、恵麻さんの壁は厚いわ~」 「無視かよ」 …完全に、いつものかすりさんに戻ってしまった。 落ち込みモードのかすりさん、結構可愛かったのになぁ。 「やっぱりスタンダードが一番美味しいのかな~。もそれじゃ、絶対かなわないし」 「あのひとは、弟の俺が言うのも何だけど、天才だからねぇ」 「少なくとも、今ファミーユに出てるケーキでは恵麻さんには勝てないな~。れがわかっただけでも、収穫と言えば収穫だけど」 「うっわ~、後ろ向きな収穫っ!」 「和菓子でもダメ、洋菓子でもダメ。~、もともと自信なんてなかったけどへこむなぁ」 「和菓子?」 「そ。さい時から、お菓子作るのは好きで、実家でも手ほどき受けて作ったりしてたのよ」 「そうなんだ…」 「でもほら。っちも天才の壁がどど~んと」 「ああ、あのお姉さん?」 「和菓子界のプリンセスって呼ばれてたのよ」 「ぷりんせす…」 和菓子なのに英語?前は確か王女だったのでは…「色々なコンテストに入賞してるのよ?しかも14やそこいらの頃から」 「はぁ…そりゃ天才かも」 「恵麻さんのケーキも美味しいけど紬ねーさんのお菓子も、そりゃ夢のように美味しいんだから」 うっとりと呟くかすりさん。 自分の前に立ち塞がり、しかもかなわない相手なのに、きちんと尊敬できるところが、かすりさんの長所だな。 にしても和菓子…和菓子ねぇ。 和菓子…か。 「あのさ…」 「なになに?」 「素人考えだけどさ、和菓子のテイストをもった洋菓子とかどうだろ?」 「和菓子の?」 「うん、かすりさん、デコレーション上手いよね?それって、和菓子のたしなみがあるからじゃないか?」 和菓子って、かなり繊細な美しさがある。 かすりさんのデコレーションは、確かに言われてみれば、そこからの派生に思える。 「そうだね。ねーさんも、よく四季折々の風景を取り込んだ、季節限定のお菓子とか作ってたな」 「そういうのってヒントにならない?」 「方向性としては、それじゃ恵麻さんの反対方向ね。は小さく、見た目は美しく…」 「そうそう。さも美味しさも、あくまで繊細に」 「いわゆるプティフールなら、確かに…恵麻さんのケーキは、どちらかというとカントリーだし…」 「おおざっぱで、大きくて、甘くて…力強い美味しさって感じ?」 「確かに…同じ方向性じゃ勝負にならないから…これって、どっちかって言うと、キュリオの方向性よね」 「かもね。も、かすりさんにはそっちのが合ってるかも」 「うん、ちょっと方向性見えてきた。たしのオリジナルレシピかぁ…よぉぉぉし…」 おお、かすりさんが燃えているっ!「でもとりあえずは、目の前のクリスマスを乗り切ろうね?」 「…た、確かに。のような忙しさが目に浮かぶわ」 「で、さ。のは相談なんだけど」 「ん?」 「クリスマスの時は、姉さんにはクリスマスケーキに専念して欲しいしと思ってるんだ」 「そりゃそうよねぇ…」 「で、さ…それ以外のケーキは全部、かすりさんに任せようと思ってるんだけど」 「うそっ! からかってる?」 「うっわ~、何かすごい被害者意識?」 「だってだって、アシスタントじゃなくて、お客さんに出せるケーキ焼くのなんて久しぶりなんだよ~?」 「姉さんも、かすりさんが腕を上げてきてるのはわかってるんだから。の話したら、即座にOKしてくれたよ?」 「嘘っ…恵麻さんが?やったぁあああああっ…!」 「ちょっ、ちょっと、かすりさ…」 かすりさんが、いきなり、ぎゅっと俺に抱きついてきて…「うわっ…!?」 「やったやった~!仁くんありがと~!」 「だ、だから、ちょっとぉぉぉ~!」 しがみつかれた反動で俺は足を滑らせて…「きゃっ……ぁぁぁぁ~!?」 「うへぇっ…!?」 「あ…」 俺とかすりさんは甘いクリームにまみれ床の上に座り込み…「………」 「………」 「ぷっ…」 「ふふっ…あははははっ…!」 」 なんとなく、おかしくて顔を見合わせたまま笑いあう。 「はははっ…かすりさん、酷い…いきなり抱きついてくるから」 「ふふふっ…ごめん…あんまり嬉しくて、つい…ありがとう、仁くん」 髪の毛からクリームを垂らしながらかすりさんが悪戯っぽくウィンクして。 「っ!?」 その仕草に俺の呼吸が、何故か一瞬止まった。 「あ~あ。 どうしよう…ふふっ。 もう帰ってる時間もないし…いいや」 「………」 「厨房でお湯をかぶらないと…って、仁くん、どうしたの?」 「…あ、うん。 いや、別に。 なんでもない…よな?」 「質問してるのはこっちだけど?」 「…わりっ」 俺は今頃になってかすりさんの姿から目を背ける。 「あ~あ、下着までベトベト…これはいったん、裸にならないとだめかも」 「し…下着っ?」 「…なに?」 「なんでもない………だろ?」 「だから質問してるのはこっちだってば…」 そんなことはずっと前からわかっていたはずなのに。 クリームまみれで、かなり変な光景なはずなのに。 徹夜明けで、お肌だって荒れてるはずなのに。 なんか………ドキドキした。 「えっと、それでは、お互い準備は…姉さん、本当に大丈夫?」 「な、なんの…全然問題ないわよ~」 本当かよ…今日はクリスマスイブだったんだぞ?ケーキがホール単位でばんばん売れて、焼いても焼いても追いつかない状態だったんだぞ?昨夜も仕込みでほとんど寝てないって言うのに、勝負になるのかなぁ…「別に延期しても構いませんが?後でケチ付けられても困りますしなぁ」 「そっちこそ、ビジターだから負けたとか、後でそんな文句言われても困るわよ?」 「………」 「………」 あかん…これは決着がつくまで誰も止められない。 「じゃ、じゃあ…ちょうど9時から始めるってことで。と、2分」 ファミーユのキッチン。 審査員よろしく、由飛と明日香ちゃん、かすりさんと俺の4人が、調理台を前にする二人を見つめている。 「恵麻さんは何作るの?」 「マドレーヌ…」 本気だ…シンプルだけど奥が深い。 そして、姉さんの本質を一番表に出す焼き菓子。 「で、紬さんは?」 「ここにあるような材料で作るとなると…雪梅にでもしますか」 「う、和菓子はなじみがないからどんなお菓子か見当つかない~」 「雪梅ってのは、軽い食感の焼き菓子?白い梅の花のビスキュイで中にはリンゴの餡がはいってるの」 「あ~、食べたことあるかも」 両者とも焼き菓子か。 和菓子と洋菓子じゃ、味の比べようもないと思ったけど、これなら優劣つくかも。 「………」 「………」 お互いが、言葉を止め、それにつられて、皆も押し黙り。 そして…時計の長針が、真上を向き…「じゃ、じゃあ…」 「はじめっ!」 俺の合図と同時に、両者一斉に調理にかかる。 「っ!」 「っ!」 「は、早っ!?」 「うわぁぁぁ…」 姉さんが手早いのは知ってたけど、紬さんも恐ろしく手際がいい。 流れるような動作で、次々と作業をこなしていく。 「…相変わらず、なんて綺麗な動線」 「動線?」 「動線ってのは、人間が何かの行動をする時の流れの線のことね」 「へ、へぇ~…」 「お菓子を作る時も、生地をねったり、ものを切ったり片づけたりするときの動きにムダがないってこと」 「なるほど…だから姉さんも紬さんも、あんなに動きが速く見えるのか」 「ムダなく的確な動きだもん。人の頭の中には、お菓子が出来上がるまでの行程がシミュレートされてんのね」 「紬姉さんは意識して、恵麻さんは多分無意識に。具の配置から、料理の手順まで体に叩き込まれてるのよ」 「ふわぁ、かすりさん博識~」 「一応パティシエールなんですけど…」 にしても、紬さんはすごい。 姉さんがすごいのは知ってたけど、はじめて使うキッチンで、ここまでの動きができるなんて。 こりゃ、本当に勝負は予断を許さないぞ。 ………………オーブンが音をたてて、焼き上がりを知らせる。 どうやら、両者とも、ほぼ同時にできあがったみたいだ。 「はい、完成っ!」 「お待たせしました」 厳しい表情のまま、二人が、盛りつけられたお菓子を持ってくる。 こんがりときつね色に焼けたマドレーヌ。 かたや、見事な白梅の形をした焼き菓子。 ほかほかと湯気を立てて、これはまた…「うわぁ、どっちも美味しそう…」 「ね、食べていい? これ、食べていいんだよね?」 「はい、召し上がれ」 「いただきま~す♪」 「いただきま~す♪」 理性をなくしている少女が二人。 ここはなんとしても姉さんに勝って欲しいところだけど。 そうでないと、かすりさんは…「じゃ、まずはマドレーヌから…」 姉さんの、焼きたてのマドレーヌを一口。 ………ほおばるとバターの風味が口いっぱいに広がる。 押し寄せる甘さ。 そして香り。 これを一言で表すなら…「んまいっ!」 「ありがと~」 …ほんとに、たった一言。 前よりもまた美味しくなってる。 というか、作るたびに別の美味しさを発見させられる。 「じゃあ、次は紬さんのお菓子を…」 「身内びいきは、なしでお願いしますよ?」 「仁くんはそんなに器の小さな男の子じゃありません~」 器が大きいと言うのなら、『男の子』はよして…さてと、で、紬さんのお菓子はどんな塩梅かな?「ふぅん…」 純白の梅の花だ。 見た目のアドバンテージは圧倒的だよなぁ。 でもお菓子は味だし。 というわけで一口…………「…っ!」 これは…さくっとした外の皮が、ほろほろ崩れて…中には甘酸っぱいリンゴの餡。 絶妙だ…「美味しい…っ!」 「おおきに」 こっちも一言。 いかん…味でも甲乙つけがたい。 「ひーん、どっちもおいし~~」 「うわぁ、選べないよぉ、これは」 審査員たちも、いきなり迷ってる。 そりゃそうだろう。 子供の頃から、姉さんの菓子で育てられた俺でさえ、『どっちも美味しい』としか言いようがない。 逆に、そんな育ち方をした俺でさえ判断つかないってのは…紬さんの腕って、一体…「う…心情的には恵麻さんなんだけどぉ」 「どっちも、同じくらい美味しいよ~」 いきなり棄権票が2つ。 「………」 うわぁ…姉さんの目が語ってる。 『姉ちゃんに入れないとひどいわよ』…って。 「………」 なんかかすりさんも、紬さんとアイコンタクト?って、紬さんが勝っちゃったら、かすりさん連れ帰られちゃうだろ。 「かすりさん…姉さんに入れないとまずいぞ?」 「でも、どっちも美味しいわ…」 「う…」 「それどころか、キッチンのアドバンテージを考えたら、紬ねえさんのが…」 “嘘はつけない”と、味の求道者の目でかすりさんが答える。 「で、でも姉さんはさっきまで働きづめで…」 「だとしたら…完全に五分?」 「うああ…」 結局、俺と同じ結論。 全然事態が進展してないぞ、これ。 と…「…っ」 「…ほぉ」 見るとお姉さんたちは、お互いの菓子を交換して、試食しあっていた。 しかも、二人とも顔色が変わっている。 これは…「…引き分けやね」 「そうね…」 「な…」 「姉さん…」 結局、俺たちの評決を待つまでもなく、お互いが、お互いの仕事を認め合ってしまった。 勝負はつかず。 二人とも、納得ずく。 「えっと…てことは…」 もしかして、勝負は流れ、かすりさんを帰省させるという話は、うやむやに…「ひ、仁くんっ」 「かすりさんっ」 俺たちは、感激と安堵のあまり、両手を取り合い…「次で決着やっ!」 「望むところ!」 「えええええ~!?」 「待てぇぇぇぇ~!」 そして、そのあんまりな展開に、二人して、おののいた。 ………………一体…どれくらいの時間がたっただろう。 「うわぁ…終電やばいよ~」 「わたしなんかぁ、門限とっくに過ぎちゃってる…」 …短針までもが、そろそろ頂点に達しようとしている。 そして、俺の目の前には…「うぷ…」 「もうだめ…食べられないよぉ」 「わたし、甘いものはもう一生食べなくていい~」 …いや全く同感。 眼前に広がるお菓子の山、山、山。 そして、半死人の由飛と明日香ちゃん。 「うぅ…」 かすりさんも顔色が悪い。 いや俺も実際気持ち悪いんだけどさ。 「一体あの二人はどういう胃袋してんだろ?」 「これで試食20回目よ…」 「まさに超人…」 その体は無限の別腹で出来ていた?しかし、このまま勝負が続くと間違いなく人死にがでる。 なんとかならないものか。 大体、どうしてかすりさんのことで、姉さんと、かすりさんのお姉さんが、争わなくちゃならないんだ?元はといえば、かすりさんの嘘が発端で…だったら、かすりさんに責任取らせる…と言っても、その嘘をつかせたのは、俺がかすりさんを求めたからで…………い、いや、この言い方は不穏当だ。 けど、本当に何とかしないと。 大体、明日だって営業あるんだぞ?みんなを休ませるのも、店長の義務だし、それに、かすりさんと俺の問題を、俺たち以外の人間に解決させるのも…………かすりさんと俺の問題って…なんか、これもアレだなぁ。 ………そうか…「かすりさん、ちょっと…」 「なに?」 「こっち…」 俺は、二人の、もう何度目かわからない勝負の最中に、かすりさんをフロアに連れ出す。 「どしたの仁くん?もしかして、駆け落ちの相談?」 「これ以上事態をややこしくしようとすんな」 なんて懲りないひとだ。 「あのさ…かすりさんも、この勝負に参戦してみない?」 「え? わたしが?」 「そう」 俺の思いついた解決策。 それは、事態の解決を、俺たちの手で図ろうという、一応、建設的なもの。 「意味ないって… 恵麻さんと紬姉さんよ?どうあがいても、今のわたしじゃ勝てないわよ」 「いや、勝てなくてもいいんだよ。すりさんの成長ぶりをみせれば」 「な…なるほど…って、わたしの成長~!?」 「そう、かすりさんの成長」 「せ、成長って…え~?で、でもほら、最年少の明日香ちゃんと比べたって…」 「なんの話をしとるか」 視線を自分の胸元に落とすな。 「新作だよ、新作!ほら、最近ずっと頑張ってたじゃん!」 「あ、ああ~、あれかぁ」 「なんだよ、せっかく朝まで付き合ったのに、『あれかぁ~』程度なのかよ、まだ」 あの時は、結構二人とも、いい雰囲気だったと思ってたのに。 かすりさんにとっちゃ、その程度、なのかなぁ。 ………それはこの際関係ない…か?「…実は、一つだけレシピは出来てるけど」 「ならさ…それ作ってみようよ。人に一矢でも報いることができれば…」 かすりさんが、姉さんに比べて、努力で劣っていることは、ありえない。 なら、少しくらいは報われてもいいはずだ。 「う~ん…でもなぁ、あれ、まだ不完全なのよね」 「そっか…」 「………」 いいアイデアだと思ったんだけどなぁ。 せっかく一人で盛り上がったけど、肝心のモノができないんじゃ…「なら、戻ろうか、かすりさん。めて由飛や明日香ちゃんだけでも帰してあげないと」 「仁くん…」 「ん?」 「そこまで言うのなら…ちょっと、協力してくれない?」 「え…?」 ………………「な…なかなかやるわね」 「…ですね。 まだ決着はついてませんが。 さてはもうギブアップですか?」 「まさか!一晩中でも大丈夫よっ」 「ひ、一晩中…」 「審査員の途中退席ってないのぉ?」 「最後まで…」 「つきあってくれるわよね?」 「うあああ~~~~っ!」 「うあああ~~~~っ!」 「ひええ…」 戻ってきてみれば、なんだかひどいことになってる。 まさに阿鼻叫喚、女殺し甘味地獄。 これは、急がないとえらいことになるぞ。 「かすりさん…」 「はいっ」 俺に促されて、かすりさんが一歩前に進み出る。 「紬姉さん、恵麻さん…次はわたしも一緒に作っていいですか?」 「え?」 「なんで?」 「なんでって…これって、元々わたしのことで始まった勝負よね?」 「それは確かに…」 「勝った者が正しいってのなら、わたしが勝てば、わたしの言うこと聞いてくれるわよね?」 「え? ええと…」 「うーん…」 口を濁す、二人の姉さんたち。 なんだか、お気に入りのおもちゃを取り上げられた子供の顔。 この人たち、本当にお菓子つくるのが好きなんだな。 …まさかわざと引き分けてるんじゃないだろうな。 「とにかく、次の勝負はわたしも参戦します」 しかし、その、威圧的というには拗ねたような二人に向かって、かすりさんが参戦を宣言する。 「かすり? あなたがうちに勝てるとでも?うちと比べられるのがイヤで、家から出たの知ってるのよ?」 「かすりちゃん…ここはわたしに任せて…ね?」 口々に言う姉さんたち。 二人にとって、かすりさんは妹なのかな。 俺にとっては、いじめっこの姉だけど。 「わたしの新作は、ちょっと手強いわよ…ね、仁くんっ!」 「…仁くん?」 「高村さん?」 「ああ、かすりさんに助っ人させてもらうよ。ってほら…これって俺たち二人の問題だし」 「じ、仁くん~?」 だからそこで絶望的な顔する状況じゃないだろ。 「そこまで…逆らうのね? かすり」 「逆らうというか…はじめての、二人での作業?」 「違うっ!」 な、なにはともあれ…三つどもえの、そして最後の決戦が、こうして火ぶたを切った。 ………燃え上がる炎!(心象風景)逆巻く風!(心象風景)とどろく雷鳴(心象風景)を背に…紬さんと姉さん、そしてかすりさんは、かなり狭く感じる調理台を舞台に、お菓子を作り上げていく。 「きゃ! ちょっと、あっち行ってて!」 「あかん! かすり、もうちょっと寄ってや」 「ああ~ん、なんだか狭い~~」 「ぐ、ぐええ…」 「………」 「………」 ま…まぁそりゃそうだろ。 本来一人、多くて二人で作業する場所なのに、四人同時に使ってるんだから。 しかし、そんな押しあいへしあいを続けつつも…「かすりさん、こっち上がりっ!」 「さんきゅ!」 俺は自分の担当を無事に終え、後はかすりさん一人にお任せ。 後は…かすりさんの頑張り次第だ。 ………………そして、オーブンが、高らかに焼き上がりの音を告げて…「できたっ!」 「こっちも完成」 「はい、できあがり」 三者三様に盛りつけられたお菓子…を、置く場所がないっ?「え~と…」 「キッチンはもう大混乱だからフロアで試食しましょうか」 「うわぁ…やっぱり食べないとダメ?」 「つきあってね、由飛ちゃん、明日香ちゃん」 「ひ~」 「それじゃ、わたしのお菓子からね」 姉さんの作ったのは、スコーンか。 ここまで来ても、まだ目玉を隠し持ってたか…カントリー風味のお菓子、本当に好きだよな。 ほかほかと湯気を立てているスコーン。 クローテッドクリームが添えられている。 …相変わらず、とんでもなく美味しそうだ。 「わたしは、甘さ控えめに」 紬さんは葛きり、かな?吉野葛がちょっとだけあったんで、それを使ったんだろう。 黒蜜がかけられている。 見た目もさっぱりとして美味しそうだ。 ………「さすがですね」 「そっちも…」 お互いのお菓子を試食しあって、不敵な笑みを見せる姉さんたち。 「ま、まだおいしい…」 「もう甘いのダメだと思ってたのに…」 審査員たちの反応も、またまた上々だ。 確かに、審査員の腹具合まで考慮した、素晴らしい出来だ。 スコーンは元々、ほのかに甘いって程度だし、その上かかってるクリームは、ほとんど甘くないコクを出すためのクローテッドクリーム。 葛切りは、もちろんさっぱり系。 黒蜜の甘さも重くなく、計算されつくしてる感じ。 やっぱり…二人とも、ただ者じゃない。 けれど…負けてない、ぞ。 「かすりさん…」 「うん。れがわたしの…新作」 「これは…」 「クロカンブッシュ…?」 小さくまとめられたシュー生地の中に、カスタードクリームが入っていて、周りには金色に輝く飴細工が飾られている。 上から振りかけられた粉砂糖が、美しいグラデーションを創っていて、見た目は抜群だ。 「うわぁ…綺麗」 「そういえば…今日はクリスマスイブだったね~」 「いや…残念ながら、もうイブじゃないけど」 「どう…?」 「か、肝心なのは味よね~」 「お菓子は目でも味わうものだって、言ってなかったっけ?」 「じ、仁くん、どっちの味方よっ!?」 デコレーションに関しては、かすりさんに譲る姉さんが、ちょっと拗ねてみせる。 「…あら、これは」 「あ…」 と、こちらの言い争いなどお構いなしに、紬さんが、かすりさんの作品を口に運んでいた。 「温かくて…冷たい?」 「え?」 姉さんも、紬さんの妙な反応を受けて、かすりさんの作品に、フォークを入れる。 「あら…これ」 「冷たっ?」 「アイスクリーム…?」 「そ、カスタードクリームのね。なみに普通のクリームとアイスクリームの二種類あるから」 「カスタード…って、仁くん…」 「こればっかりは姉さんにだって負けないからな」 「このクリームを…高村さんが…?」 「我が弟ながら、卵の扱いは天才的…くっ…すごいわ…仁くんっ」 「悔しがるのか嬉しがるのかどっちかにしてください」 それにしても、相変わらず“俺の”卵は絶品だ。 つやつやと仕上がったカスタードは、自分で言うのもなんだが、芸術的なまでに美しい。 ああ、卵って素晴らしい♪「で、こっちに二種類のソースがあります。ろりと温かいチョコソースと、甘酸っぱいラズベリーソース」 「うわ、つけて食べると、また風味が変わる…」 「アイスにしてるから、本当はすっごく甘いのに、その甘さが気にならない」 「………」 「………」 一様に目を丸くする皆。 「っ!」 「っ!」 お互い、顔を見つめあい、軽く拳をぶつけあう俺とかすりさん。 間違いなく、今のお菓子で勝負の主導権を握った。 二人のお菓子に、勝ってはいないかもしれない。 けれど、簡単に否定されるようなものじゃないはずだ。 ………………そして…試食終了。 みんな、なんだか気が抜けてる。 「かすりさん、美味しかったよぉ」 「うんうん、びっくりした!甘くって温かくって、でも甘くなくって冷たくって~」 とりあえず、審査員には大好評。 さてと、後は…「…どう、でした?」 最後の難関二つ。 「完成度って言う点では…まだまだだと思う…」 「う…」 「そうですね、味はまだ雑な部分が多すぎます」 「うう…」 やっぱ厳しいなぁ、天才は。 まぁ、だからこそ天才なんだけど。 努力とは関係ない、ただ、良いか悪いかの判断。 その、冷徹な基準に照らし合わせると、かすりさんの作ったお菓子は…「美味しかった~」 「え…?」 「いいもん頂きました。 ようやりましたなぁ。 かすりも、高村さんも」 「恵麻さん…?姉さん…?」 …合格?「こちらでの修行の成果、確かに見せてもらいました」 合格っ!?かすりさん、残留決定!?「かすりが、こんな心が温かくなるお菓子を作れるのも、杉澤さんの、薫陶の賜物ですね」 「いいえ…わたし、何も教えてません。姉さん譲りのセンスですわ」 「あ…」 二人の顔に、笑顔がこぼれる。 それは、お互いを称えあう。 それこそ、拳で語り合った上での友情のような…「…杉澤さん、噂通りのパティシエールですね。いお菓子をつくりなさる」 「涼波さんこそ…私には到底真似できない繊細さだった。度はじっくりと味わってみたいな」 まだ食い足りないのか…「あら、では今度、『すゞなみ』の方にお越しくださいな。迎いたしますわ」 「え? それは魅力的ですけど、でも、ご迷惑では?」 「何をおっしゃいますか。れからは、家族ぐるみでのお付き合いになるんですから」 「あぅ…」 姉さんは…何かいろいろと言いたい事を、飲み込んだ。 …よかった。 「かすりさん、良かっ…?」 「………」 「かすりさん…?」 二人のやり取りを、ずっと黙って聞いていたかすりさん。 黙ってた訳じゃなかった。 ただ…「っ…ぅ、ぅぅ…」 「かすりさん…」 言葉が、出なかっただけなんだ。 「あ、あは、あはは…」 シューのキャンバスに、黄色のクリーム絵の具、黒のチョコレート絵の具、赤のラズベリー絵の具。 最後に、飴のモールをかけて、できあがり。 自分の、思い描いていたものを、はじめて、心置きなく描くことができて。 その作品が…かなわないって思ってた二人に、いっぺんに、認められて。 だから…「良かったね…」 誰にもわからないように、かすりさんの肩を抱く。 「っ…」 それは、俺にとっても意外な行動だったけど、でも、どうしても、してあげたかったから。 …いや、俺が、したかったから。 「仁くん…」 「ん…?」 振り向いたかすりさんの目は、真っ赤だったけど…でも、決してこぼさないように、一生懸命我慢して…「んっ」 その顔が、一気に近づいてきたかと思うと…「~~~っ!?」 一瞬で、唇を、奪われていた。 「な~いすあしすと~。くん、かっこ良かったよ~」 「かっ、かっ、かっ、かっ、かすりさんっ!?」 こ、このひとは、いつもいつも突然な…しかも衆人環視の中でっ!?こんなとこが、みんなに…特に姉さんに見つかったら…「じ、じ、仁くんっ、キスしてた~!」 「わ~!?」 見つかったっ!?「い、今、今っ!かすりちゃんと、キスしてた~!!!」 「え~!?」 「ちょっとぉ! どういうことよぉ!」 「えへへ…目ざといね、恵麻さん」 「認めたっ!」 「仁~!」 「てんちょ!」 「ちょ、ちょっとぉ…かすりさ~ん」 「いいじゃない、減るもんじゃなし。れとも…そんなに嫌だった?」 「い、いや…その、決して嫌などということは…」 むしろ…その唇の温かさと、柔らかさが、今でも俺の心臓を突き動かしてるくらいで…「うわ、うわ、照れてる!仁、照れてるよ~!」 「なんでこうなるのよ~!?」 「…(わなわなわな)」 「? あの、二人はらぶらぶですので、この程度のこと、いつも普通に行なうのでは?」 「ちっが~うの!あれは、あれは…あ、あれはぁっ!」 「違う? 何がです?」 「う、う…ううううう~!」 「………」 「………」 「あ、あは、あはは…」 とりあえず…爆弾は、今すぐ爆発せずに、紬さんが帰る時間までの、時限爆弾となった。 「ありがとうございました~」 キッチンからフロアをのぞくと、たった今、最後のお客様が帰ったところだった。 ふと時計を見ると18時50分。 閉店まで、あと10分。 「ちょっと早いけど、今日はもう閉店にするか」 「そうね。 もうお客様、来ないだろうし。 フロアのみんなにも指示出してくるわ」 「…疲れたぁ」 今日もお店は大繁盛。 と言うより、いつも以上に忙しい一日だった。 と言うわけで、キッチンでは地獄が繰り広げられて…「お疲れ~」 …ここにも亡者がいた。 姉さんは、結構ケーキ作ってれば満足な人なので、あまり疲れは見せてないけど、俺たち凡人は、そうはいかない。 「…ごめん、ちょっと休ませてすぐに片付けに入るから」 「…ミルクティでも淹れようか?」 「感謝~」 「…10分待って。ばらく動きたくない」 「その気持ち、よくわかるから承認」 と、二人して、なんとなく軽く笑い合い…「………」 「………」 「………」 「…携帯、鳴ってるよ?」 「ん~」 物憂げにうなずくと、かすりさんはめんどくさそうに、携帯を取り上げて…「もしもし?」 「………」 「…あ、うん。気よ、仕事で疲れてるだけ」 そういえば、この前の電話も…「違うってば。ゃんと仲良くやってるよ」 「………」 なんとなく、耳をそばだてている俺がいたりして。 「心配しなくても。はそんな人じゃないから…」 「…?」 彼…?「あ…」 俺に聞かせられない話になったからなのか、かすりさんは、フロアの向こうに歩いてゆく。 この調子じゃ、友達からって雰囲気じゃないな。 というよりも、どっちかというと、家族っぽい。 「かすりさん、今、彼って…?」 「うおぅ!?」 「言ったね? 言ったよね?彼と仲良くやってるって~」 「ていうか、君ら片付けは?」 「それどころじゃないよ仁…かすりさんのこと、興味…心配じゃないの?」 「あのな…あんまり人のプライベートを詮索するもんじゃない」 「えー、なんでなんでー?」 「てんちょのケチー」 「ああもう、後で二人にもミルクティ淹れてやるからとっとと片付けて来い!」 「二人にもって…あー! 仁、かすりさんと二人でこっそりお茶するつもりだったんだ!」 「えー、そうなの?てんちょ?ずるいずるい!」 「だからちゃんと人数分用意しとくから。ら、散った散った」 「…わたし、レモンティがいいな」 「じゃ、わたしはミルクと砂糖多めで」 「はいはい、わかったわかった。って、だから言いながらさりげなくかすりさんの方へ行こうとするんじゃない!」 「はーい」 「はーい」 これだけ忙しい一日だったってのに、どっからあの元気がわいてくるんだか…しかし、女の子ってのはなんでこういうことにいちいち耳ざといかねぇ。 「それにしても…」 そっか、考えたこと無かったけどかすりさんって彼氏いるんだなぁ。 そっか、そういえば前にもそれっぽい電話があったけど、やっぱりかすりさんって彼氏いるんだ…なんとなくフロアの隅のかすりさんの方に目を向ける。 まあ、かすりさんも黙ってれば結構美人に思えなくもないし…あれだけ普段から積極的な感じなら彼氏の一人や二人いたって不思議じゃないか。 ……「…仁~」 「人のプライベートにぃ~…」 「…かしこまりました、お嬢様。だいまお茶をお持ちいたします」 「しっ、聞こえないよ」 「うん…あいかわらず、彼と一緒に暮らしてるよ」 「え…!?」 「うん、今でも好きよ?ちゃんと将来の約束だってしてるし…」 な…?「かすりさん、同棲してる人がいるんだぁ…」 「…うっそぉ」 「でもほら、今までの口ぶりからも、彼氏いそうだったもんね」 「そ、そうだったっけ!?」 「しっ! てんちょ、声が大きい…!」 同棲…?確かに、なんか経験豊富そうな口ぶりは見せるものの、かすりさんが男と一緒だったところって見てないし。 ………けど…そうだ、電話。 今日の電話は、家族からみたいだけど、今までの電話は結構、それっぽいものも…「大丈夫大丈夫。たしだって子供じゃないんだから~」 まさか…まさか…?「そのくらいわかってるって。ゃんと出来ないように気をつけてるから」 「出来ないようにって…なにが?」 「え、え~?それをわたしに言わせるのぉ?」 「それに、別に出来たって構わないし。ったでしょ? 将来のこと、約束してるって」 「な…」 そ、そこまで…?「わかった? だから何の心配もないの。もう切るね、じゃあ」 「うるさいなぁ、もう…」 「あ…」 かすりさんは、そのまま早足でフロアから出て行ってしまった。 …片付けは?「うっわぁ…かすりさん、やるぅ…」 「あれって…もう結婚も近いってことだよねぇ?」 「………」 うっそぉ…と、心では思っても、口には出せない俺がいる。 「結婚するんだ~。っと自由な恋愛っぽかったけど、実は結構真面目な交際だったんだね~」 「この間の話とかを総合すると、相手は年下かな?」 由飛と明日香ちゃんは、わいわいと噂話に花を咲かせて、フロアの掃除へと戻っていった。 「………」 だから、キッチンには俺一人が取り残され…………10月にこっちに来るまでは、男なんかいなかったはず。 てことは、この3ヶ月間の間に…?「しまったぁ…先越されたぁ」 いや、先を越されたって…なんで?「お、お待たせしました。レンドと、ブルーベリータルトのお客様は?」 世間様はもう冬休み。 更に言えば、今日は祝日。 「…って、ああ~、間違えました。し訳ございません」 休みの時ってのは、当たり前のように客が増えるってことで…「ひーん、なんでこんなに忙しいの~~~っ!」 休みの時の手近な娯楽。 いやぁ、商売繁盛、ありがたや。 「みんな、がんばろう!明日はとうとう、クリスマスイブだぞっ」 「更に死ねとおっしゃる訳ね?」 「やだなぁかすりさん。んなの蓋を開けてみないとわからないじゃないか~」 「フルマラソンで全力疾走はいやだよぉ」 とか言ってる間にも、次々とお客様はやってくる。 「いらっしゃいませ!しばらくお待ちください」 キッチンは姉さんに任せてフロアは3人体制。 今日はこれが一番効率いい…というか、これでないと回らない。 こういう時にはつくづくキッチンとフロアで臨機応変にシフトを変えられるかすりさんのマルチプレイヤーぶりがありがたい。 …で、ケーキ屋が一年で一番忙しい日である明日はフルでパティシエやってもらわないとな。 なにしろクリスマスケーキを一個1000円で売ろうってんだから、姉さんとかすりさんの二人は朝からスポンジと格闘だ。 修羅場が目に浮かぶなぁ…「仁くん! カルボナーラと半熟オムライス一つずつ!」 …と、とにかく先ずは今日を乗り切ろう…………………そして嵐のような一日が終わり…「ん~、終わったねぇ~」 「…まだまだ明日があるけどね」 「いよいよキュリオと全面対決?」 「まあ、そんなところかな。りにしてますよ~」 「あはは、任せてちょうだい。派に恵麻さんの助手を務めて見せますとも」 「…それで頑張ったら何かご褒美もらえるのかな?」 「え? えーと…売れ残ったケーキとか…?」 「売れ残らす気?」 「嘘です…ちゃんと売り切るから、どんどん作って…」 「ふふ、まあ、お互い頑張りましょ。んとに作れるだけ作って、全部売り切れるといいね~」 そう言ってかすりさんはうんと一つ伸びをしながら微笑んだ。 「うん、じゃあ明日はとくに早いから、かすりさんも早く上がって、しっかり休んどいてね」 「りょう~かい。 それじゃ着替えてこようか。 …一緒に着替える?」 「…結構です!」 「あはは、まだ皆、更衣室にいるしね~♪」 そういうことじゃなく…ひらひら手を振りながら更衣室に入っていくかすりさんを見送ると、伝票整理のためにレジに向かう。 まあなんだかんだ言って、かすりさんには元気をもらったような気がする。 「さって、もう一頑張りといきますか」 ふと窓からフードコートの向こうに見えるキュリオの姿が目に入る。 「今回こそはリベンジだな…」 そして、もう一人の、半年越しの対戦相手の顔を思い浮かべる。 「…そうだ、今回こそはリベンジだ…」 ………………そして嵐のような一日も、そろそろ終わろうかと言うこの時間。 本日のお客も一段落。 そろそろクローズの時間が近い。 「てんちょ、カルボナーラ一つ」 「あいよ、お任せ」 夕ご飯にご利用してくださってるのかな。 よし、あとひと頑張り!フロアを後にして、キッチンに向かおうとしたその時…それは…やってきた。 「いらっしゃいませ…ってぇぇぇぇっ!?」 かすりさんが素っ頓狂な声を上げる。 フロアでは、いつもきっちり接客する人なのにな。 「ね、ね、ね…」 「ね…?」 「…来てしまいました」 「あ…れ?」 和服を着た、きりりとした美人。 あの人は確か…。 「紬姉さんっ!」 あ~そうだそうだ。 かすりさんの実家にいたお姉さん!「来る時は連絡くらいしてよ。忙しいのに~」 「誰? あの人」 「かすりさんのお姉さん…だよ」 「ふぁ~似てるね~」 「そっかなぁ?」 「似てるよ~、体型とか」 「由飛、それ以上何も言うな…」 どうやら、ちょっと失礼な感想を持ったみたいだ。 「お席に案内しますね、こちらへどうぞ…って姉さん、何見てるの?」 「小さなお店ですね?」 「お席はこちらっ!」 「かすり、怖いですよ?」 心温まる姉妹の交流…なのか?なんか見てると、こう帯電してるような緊迫した空気が…。 「なにしに来たんだろ?」 「可愛い妹の様子を見にきたんじゃない?」 なんか、そういう風に見えないでもとりあえず、ご挨拶に伺うかな。 俺が、紬さんのついたテーブルに向かおうとすると…「…っ!」 なにやら慌てたようすで、かすりさんが俺にジェスチャーしている。 なんだろ?来るなってことか?「そう言えば…かすり…お仕事はどうです?」 「あ、あはは~、じゅ、順調だよ?そろそろケーキも任せてもらえそ~な感じで」 「それは良かったですね」 ふと気がつくと、由飛と明日香ちゃんも興味津々と言った表情で、涼波姉妹を観察している。 …む、勤務中なんだが。 いっか、もうじき終業時間だし。 大目に見るか。 何しろ俺が、人のことを言えない状態にあるんだし。 「それで、高村さんとはどうなの?」 「そりゃもう…ほら、ねえ?らぶらぶって感じ?」 「………」 「………」 「………」 「…いや、言っておくが」 「え~~~~~ッ!」 「え~~~~~ッ!」 『俺に心当たりはないぞ』って言葉を遮られてしまった…「…今なんだか、妙な声が」 「き、気のせい気のせい」 「そう?」 「それじゃわたしは仕事があるから~」 「はい、それじゃ終わるまで待ってるわね」 「いや…帰ってくれていいんだけど」 「何か言ったかしら?」 「いえ! なにもっ!それではごゆっくり~~~~」 かすりさんは、一礼するとそそくさと奥に向かって歩いてくる。 「ちょっ、ちょっとぉ!?」 「かすりさん、さっきのって本当っ!?年下の彼って、てんちょだったのぉ~?」 「待て待て待て!いつの間にそんなことにっ!?」 何もいい思いしてないのに、既成事実だけ先にあるってのは納得できんぞ。 「ちょっ、ちょっと、その………集合!」 かすりさんは、ひそひそと叫ぶという、どうやったのか良く分からない声を上げると、みんなをキッチンに招集した。 「みんな…まずいことになったわ」 「なに、一体どーなってるの?みんな揃って」 「実は今、わたしの姉が来てまして~」 「あら、それじゃあご挨拶しないと」 「…まぁそれはおいといて」 「…おいとくの?」 まぁ、今は置いとくしかないだろうな。 なんか妙な方向に話が進みつつあるみたいだし。 「さて、かすりさん、説明して欲しいんだけど」 「説明?」 「この期に及んでとぼけても意味ないでしょ?さっきの話」 「あ、あれ?あはは~、あのね、だから…」 「さっきの話って…?」 「かすりさんと仁がらぶらぶって感じなんだって。っきかすりさんのお姉さんがそう言ってた」 「………」 「………」 「え、えへ」 「…だからそれは」 「え~~~~~ッ!」 『何かの間違いだ』って言葉を遮られてしまった…「聞いてない聞いてない!わたし、聞いてないよ仁く~ん!」 「お、俺も聞いてないから安心して…ちょっ、く、苦しいって…姉さんっ」 「え、恵麻さんっ!気持ちはわかるけど、今は落ち着いて~」 「か、かすりちゃん、かすりちゃぁぁんっ!い、いつの間に~?これって何の嫌がらせ~!?」 俺とかすりさんがつきあうことは嫌がらせなのかよ…「えっとぉ、これはですね~。重なる誤解とぉ、言い訳が積み重なった結果でして~」 「要領を得ないわよ~!」 「それは、その…いつか交わした約束?」 「いつかっていつ!?」 「…駆け落ちの夜?」 「まさか…まだ信じてるの? あれ…」 「いい加減にして欲しいよね~♪」 「ね…じゃね~~~ッ!」 「なになに、何の話?」 「ほら、わたし、仁くんと駆け落ちしたことになってるじゃない?」 「…って駆け落ちっ!?」 「そ、そうだったの、仁くんっ!?」 「ああ~、それは成り行きと言うか何というか」 「あの夜、仁くんが強引にわたしを奪って…」 「うわぁ~~あらぬ誤解をまねく発言はよして~~っ」 それから10分間、俺は言い訳マシーンと化していた。 ブリックモール開店から数週間前の…かすりさんを実家から連れ戻した騒動の顛末。 それを、なんとか茶化そうとするかすりさんと戦いつつ、とにかく客観的に、事実だけを、誤解のないように、包み隠さず告白して…………「まぁそういう訳で、実家では、わたしと仁くんがつきあってることになってるんですよ~」 そんな衝撃の事実を…そんなにあっけらかんと…「そ、それじゃ、つきあってるってのは、嘘なのね?本当じゃないのね?」 そんな大した事ない事実を…そんなに深刻そうに…「なぁんだ、びっくりしたぁ」 「紛らわしいよ~、かすりさん」 「まぁ、その辺は置いといて~。、さ、姉の手前、二人が交際してることにしてほしいな~って」 「しておいて欲しいなってぇ…仁くんはかすりちゃんのモノじゃないのよ~?」 「いや、だから今かすりさんはそう言ってるでしょ?」 いかん、姉さんが冷静な判断力を失いつつある。 「でもさぁ、それって変じゃない?」 「そうだよ。すりさん、彼氏いるじゃない」 「は? なにそれ?」 「いや、『なにそれ』って言われても…」 「ほ、ほらぁ、この前電話でさぁ『将来を約束した彼がいる』ってぇ」 「ああ、あの電話の相手、姉さんだから」 「そ、そうだったのぉ!?」 「で、でもでもっ!先月も誰かと親しそうに電話してたわっ!」 「あれも姉さんですけど…て言うか、みんなどうしてわたしの電話の内容を…?」 「ええいそんなことはどうでもいいっ!」 どうでもいいことにしないと、全ての盗聴疑惑に俺が関わってることがバレてしまう。 「そ、そういえばっ!先々月の電話はどうだっ!?あの時、確かにかすりさん『男から』って…」 「あれ、父親から…」 「………」 「………」 「………」 「………」 誰もが言葉もなくうつむく。 そしてかすりさんも、追いつめられたような目をしてうつむく。 「えっと…でもさぁ…ほら、自分の彼氏がどうとかって…色々と自慢話を…」 「そ、そうそう…とっかえひっかえみたいなこと言ってた~」 「…いないの」 「え…?」 「それでも今つきあってる人なんていないのっ!」 「なっ、なんですって~~っ!」 「そもそも、今のファミーユのこの現状で、悠長に男作ってる暇なんてあるわけないでしょ~!」 「う…」 「うぐ…」 「うぐぐ…」 「えっと…」 もしかして…みんなの急所を突いた?かくいう俺は…この忙しさで彼女つくってるヒマなんざあるか。 うわ…もしかして、俺らって負け組?「それはそうと…ケーキも任されてるって?」 …このままだと暗くなりそうなので話を進める。 「あ~、そっちもつい口がすべってっていうか手がすべって?」 手がすべったらケーキ作りはできんだろ。 「親父にね~。でうまくやってるかって聞かれて…つい」 「つい?」 「今じゃケーキは全部任されてるの~とか、ね?」 「ね? じゃねぇぇぇぇっ!」 「だからお願い、今日一日だけわたしを助けると思って~」 「………」 「………」 「………」 「………」 調子よく拝むふりなんかして、かすりさんは俺たちを見渡した。 「姉さん、どうし…」 「彼氏…仁くんが、かすりちゃんの恋人設定…」 「…どうしようか、みんな?」 どうやら、うち一人は話にならない。 「仁の考えは?」 「…ん、ある意味しかたない?」 「てんちょ、甘いよ~」 「そうかな? 仁らしいと思うけど」 「メインパティシエールはさておいて、そのらぶらぶ設定はどうなのよ~」 「む、それは確かに」 「らぶらぶ…仁くんとかすりちゃんが…らぶらぶ~」 「…姉さんはとりあえずそこで休んでて」 「でもでも、わたしの立場も~」 「そんなの、嘘を積み重ねるかすりさんが悪いよ~」 「でもでもぉ!この嘘がなかったら、わたし、ここに戻れなかったのよ?」 「すみませ~ん、オーダーお願いしま~す」 「…ああ、お客さんが呼んでる~」 「これ以上議論してる余地はない…か」 「てんちょが決めて!」 「うわ~、なんか圧倒的反対多数なんですけど」 「仁くんっ!」 「は、はい~っ!」 「この前言ったわよね?」 「な、なにを?」 「わたしは、ファミーユにとって、決して『いらない子』なんかじゃないって…」 「う、うわ~~そうくるか?」 「言った、確かに言った。 わたし覚えてる。 忘れたとは言わさないわよ?」 「…はい、言った、言いましたけどさ…」 「この嘘がばれると、わたし、連れ戻されちゃうのよ?それって、まずいわよね!?」 「そ、それは………そうかも」 「決定!それじゃ、今日一日私たち恋人同士だからねっ!」 「し…仕方ないなぁ」 「良かったぁ!仁くん、愛してる~」 「………」 「………」 「………」 「な、なんだよ~仕方ないだろ~?」 「弱気だ~~」 「てんちょのバカ~」 「こ…恋人同士…かすりちゃんと、仁くんがぁ…」 みんな、そんな目で…負け犬を見るような目で俺を見ないでくれ…………………「お久しぶりです、紬さん」 「ああ、高村さん。すりがお世話になっております」 かすかに頭を下げて、紬さんは微笑んだ。 閉店間際の店内。 俺の背中には、固唾を飲んで見守る従業員一同。 進むも地獄、退くも地獄。 …とにかく、ここはなんとしてもやり過ごさねば。 「かすりはどんな様子でしょうか?」 「ええ、良くやってくれていますよ。すりさんのいないファミーユなんか、考えられないくらいです」 「良かった。の子、強気を装ってはいますけど本当はもろい所のある子だから…」 「へ…?」 俺の目からは、とてもそうは見えないけど。 「高村さんみたいにしっかりした人がついてくれれば安心です」 「い、いやぁ…そんな」 「いえ、実は少し…心配に思っていましたもので」 「な、なにが…?」 「あの時は、二人の交際を認めるという形で、かすりが家を出ることを許したのですが、果たして、あれで良かったのかと…」 「は、はは…」 「もし、二人が上手く行っていないようでしたら、今日即刻連れ帰るつもりでしたけど…高村さんのそのご様子なら、安心ですね」 「あ、あは、あはは…」 上手く行ってるとかいう以前に、何も行なっておりませんが…これは…かなりまずいぞ。 この嘘、絶対に綻ばせる訳にはいかない。 「それで、二人の仲はどの程度?」 「はい?」 「いえ、入籍とか」 「にゅ、入籍…ですか?」 「はい、わかりやすく言うと、結婚のことですが」 「け…けけけけけっ」 「おや、何か可笑しかったでしょうか?そこまで面白い話をしたつもりは…」 面白いというよりも、恐ろしい…「姉さん、仁くんをからかっちゃ駄目よ?ほら、困ってるじゃな~い」 「あ、ああ、かすりさん…」 「からかってなどいません。面目な話ですよ」 救いの舟だ。 なんとかこの辺で、適当に挨拶を切り上げて…「じゃ、じゃあ、あとは姉妹水入らずで~」 「…丁度良かった、お二人に聞きます。村さんはいつ、父にご挨拶にいらっしゃるのですか?」 「へ…?」 「単刀直入に言うと、『結納はいつか?』ということですが」 「ゆ、ゆ…」 そんな具体的なっ!?この質問に答えたら、もう後戻りできないぞ!?「わ、わたくしは後片付けが~」 「お待ちなさい。は、お二人に聞いているのです」 「う…」 こ、ここはかすりさんに何とか誤魔化してもらわないと…「え、え~っと…」 「………」 「………」 「ち、近いうちにっ!だ、だってわたしたち、らぶらぶだしっ!」 救いの舟は泥船だった。 「それならいいんですけど。っぱりそう言うことは、きちんとしないと」 「ね、ねぇ、仁くん?」 「…へ?」 「ほら、調子合わせてよ~」 「だ、だって結納とか、挨拶とか…って…」 「やっぱりわたし、いらない子?」 「ぐ…」 弱気なようで強気な…恐ろしい娘っ!「仁くぅん…」 「そ、そうだね、かすりさんっ」 けどまぁ…俺しか頼る男がいないってんだし。 結構、男冥利に尽きるかも。 「ち、近いうちに!えっと、ほら、お父さんにもご挨拶に~」 「………」 「ほ、ほら、言質も取ったことだし、姉さん、今日はホテル?どっかご飯食べにいかない?」 「…どうも変ですね」 「は、はい?」 「なんだか、ぎこちなくないですか?」 「そ、そんなこと…ないですよ~?」 「どうしてそこで語尾を上げるのよ~」 「やはり納得いきません。人が愛し合っている証が見たいです」 「え~? 証拠もなにも…わたしたちこんなに愛し合ってるのに~」 「うっ…」 言いつつ、俺の腕にすがりついてくるかすりさん。 ぎゅ、としがみつかれて、控えめなふくらみが俺の腕にあたる。 「ほ、ほらほら、らぶらぶっ」 「その程度では…ねぇ?」 「キ、キスとかしたら納得する?」 ピシッ!「ひぃっ!?」 背後から、空気が割れるような音。 …いや違う。 お皿が割れる音だ。 「ひ、仁くん…ちょっとだけ目、つぶってくれない?」 「か、かすりさんかすりさんっ!まだ営業中営業中~!」 「他のお客さんなんて、もういないじゃない」 自分で梯子を外すな~!「仕方ないわよね?姉さんが納得しないって言うんだし~」 「ちょっ………ひぃっ!?」 「………」 由飛の態度が…冷たさを通り越して無表情?「………」 明日香ちゃんの視線が、痛いくらいに突き刺さってる?「う~ん…」 「な、何か…?」 「どうも高村さんが…あまり…らぶらぶには見えませんね…かすり、本当にお付き合いしてるの?」 「も、もちろんよ!仁くん、毎朝毎晩、わたしのこと立てなくなるまで可愛がってくれてるし~~」 「おいおいおい!」 「今日だって朝から、そりゃもう濃厚な…」 「待て…それはあまりにもあんまりだろ」 かすりさん、あんたもう、自分が何言ってるのかわからなくなってるだろ?「仁くん…それ本当?」 「え…?」 と、いきなり背後から、声がかかる。 それも、地獄の底から聞こえるような……って、段取り違うっ!?「あなた様は?」 「仁くんの姉の杉澤恵麻です…はじめまして」 とってつけたように、はじめましてのお姉さん。 「姉…ですか?」 いきなり俺を押しのけて現れた姉さんに、かすりさんのお姉さんが胡散臭い視線を投げかける。 おかしい…ここで姉さんが出てくる必要はないのに…?「かすりちゃん…本当なの?」 「え? な、何がですか?」 「だからその…仁くんと…あ、朝から…って…」 「え…?」 「おいおいおい」 さっきの打ち合わせで何を聞いてたんだこのひとは…?「ほ、本当ですよ~。んてったって、私たち同棲してるんですから!」 「~~~っ!」 「おいおいおいおい」 かすりさんとしては、進むしかないのはわかる。 けど、どうして姉さんが、そこでショックを受ける?「仁くん、姉ちゃんちっとも知らなかった…それって本当なの?」 うわ、一人称姉ちゃんになってる!さっきかすりさんと打ち合わせたことなんて、完全に頭から消えてる…!?「…あんたさん、さっきからごちゃごちゃうるさいどすな?」 ってなんか紬さんからも黒いオーラが…?「…なんですって?」 「高村さんの姉さんかなんか知らしまへんけど、いきなり入ってきてあれやこれやと…」 「わ、わたしは仁くんの姉として、当然の気遣いをしているだけですっ!」 「………」 「………」 い、一触即発?って、この状況で俺は一体なにをすれば…?………………熟考の結果…何もできないことが判明。 「まさか高村さん、うちのかすりを弄んでいたりしてないでしょうね?」 「な、なんでそんな話にっ!?」 今度は言いがかりっ!?「し、失礼な!うちの仁くんは、そんな男の子じゃありません。りゃちょっと優柔不断で、八方美人だけど」 「あんたさんには聞いてませんが」 「いいえ聞きなさい!金輪際、わたしの大事な弟を、悪く言うのはやめていただきます」 「別に悪くはいってません。 ただ、はっきりせん男やなぁ…と。 見たままにいってるだけですわ」 「…(ぷちん)」 「あ…」 いかん、これはいかん。 今、姉さんの中で、決定的な何かが切れた。 「…そこまでおっしゃるなら、こちらからも言わせて頂きますが~」 「ね、姉さん…ちょっとぉ」 「はっきり言って仁くんは、かすりちゃんにはもったいない位のいい男です!」 「う、うわああ…そんなぁ」 …つか、あんたもつられてヘコむな。 「ほほう…うちのかすりでは不足だと…?」 「そうですねぇ…気立てはいいとは思いますよ~?けど、そう、包容力とか、ねぇ?」 と、姉さんは…何故か、紬さんの胸元を見つめる。 そ、それは…まさか…?「…要するに、包容力とは、胸の大きさのことをおっしゃっているので?」 「いいえぇ、そんなこと一言も言ってませんけど?でも、もしかしたら心当たりが?」 「………」 「そ、そうなのぉ? 仁く~ん」 「だからつられるなっての」 「でもまぁ、こればっかりは仕方ないようですわね。うやら見たところ、劣性遺伝のようですし~」 「…(ぷちん)」 「あ…」 いかん、これはいかん。 今、紬さんの中で、決定的な何かが切れた。 …大体、劣性遺伝って、そういう使い方違う。 「ど、どうしよう、仁くん?」 「…かすりさん、紬さん止められる?」 「無理に決まってるじゃない。くんは、恵麻さん止められる?」 「こうなった以上、俺に一体何ができると?」 「うわ~、呆れるほど無力だわ、わたしたち」 「耐えよう、嵐が過ぎ去るのを」 そして、その暴風が爪痕を残さないよう、祈ろう。 「杉澤恵麻さん…そう言えばかすりから聞いてますわ。んでもお菓子作りの名人だとか」 「そんなこともないですけど?」 「ここまで言われたら、勝負するしかありませんなぁ」 「勝負?」 「は…?」 「わたしも、和菓子の世界ではちょっとは名が知られてますし」 「ね…姉さん?」 「今から二人でお菓子をつくって、美味しい方の意見が正しいというのは?」 …待て。 なんだその『強い方が正義』的な解決方法は?「いいですとも。ぁ京都の田舎菓子が洋菓子に勝てるとは思いませんけど~」 ね、姉さん…頭に血が上って思ってもいないことを…「ふふん、蛮東の田舎菓子にあたっておなか壊さないといいですけどね」 「わたしが勝ったら、さっきの暴言取り消してもらいますからね」 「うちが勝ったらかすりは連れて帰ります。んないい加減な男に、大事な妹を預けておくわけにはいきまへん」 「どうぞご勝手に!」 「ええ~!?」 「ちょっと! ま~………姉さん」 「大丈夫よ。れとも仁くんは、姉ちゃんが負けるとでも?」 「そ、それは…」 「つ…紬姉さん?」 「…こないなところにいても、かすりの腕が上達するとは思えません。さんと一緒に帰ろ?」 「そ、そんなぁ…」 「一体何がどうなって、こんなことに…」 「ああ~なんかわたしたちと関係ないところで、わたしたちの運命がやりとりされてるよ~」 「たちって言うな。っていうか、この人たち似たもの同士?」 「…最初からそう思ってた」 かくして、うやむやのうちに和菓子洋菓子の製菓対決が…「勝負は明日!今の時間でいかがで?」 「望むところよ!」 「姉さん!明日ってクリスマスイブだぞ!?」 「それがどうしたのよ…」 「あああああ…」 ケーキ屋が、一年で一番忙しい日…そんな日に、勝負って…しかも、嘘と誤解の泥沼勝負って…「勝てばいいのよ、勝てば…」 「………」 「………」 俺とかすりさんは、明日の地獄絵図を想像して、お互い顔を見合わせた。 まったく、なんて一日だったんだろ。 でも何とか収まったのは良かったよ。 危うくかすりさんが、実家に連れ戻されちゃう所だったもんな~。 それもこれも、まぁかすりさんの自業自得って言えばまったくその通りなんだけど。 そして、そのご当人はと言えば…「くぅ~…」 キッチンの調理台につっぷして安らかに寝息をたてていらっしゃったり。 結局今日のどたばたのペナルティとしてかすりさんは、店内の掃除。 俺は確認係として居残り。 …うーむ、納得できない。 キッチンの中は昼間の騒動でひどいありさまだ。 恵麻姉さんが、すっごく片づけたがってたけどここはかすりさんにやってもらうのが道理。 途中まで片づけて、力つきちゃったみたいだけど。 「かすりさん、ほら、風邪引いちゃうよ。きて起きて」 「んあ…ひっとしく~ん?も~あさぁ~~?」 「なに寝ぼけてんの、ほら、しゃんとして」 「う~、起きたくない~~っ!」 「まったくこの人は~、ほら、しゃんとするっ!」 「う~~」 不承不承といったようすで、かすりさんは体を起こした。 「まだキッチンかたしてないでしょ?頑張って片づける!」 「はいはーい」 「返事はひとつっ!」 「はーい」 まったく、こうしてるとかすりさんが年上の人だなんて思えなくなってくるよなぁ。 ごそごそと片づけを再開するかすりさんを見ていると、そんな苦笑まじりの感慨が浮かんでくる。 「でも、本当に良かったよ」 「何が?」 「かすりさんが、連れ帰られなくって」 「あはは~危うくドナドナになるところだったね~」 「いや、人ごとじゃなく」 「でもほら、終わりよければすべてよしって言うじゃない」 「………」 「あはは~」 「もう、かすりさん、実は俺が困ってるの見て喜んでるでしょ」 「実はそうなの~からかい甲斐があるんだもん、仁くんって」 「…まったく」 「でもね、今日、仁くんがわたしのことかばってくれたでしょ?」 「へいへい」 「あれにはちょっと乙女心が揺さぶられちゃったな~」 「おとめごころ~?」 …またからかわれてるよ、俺。 まったく、この人は。 「…何か異議が?」 「いえ別に」 「でも本当に…かっこよかったな~」 「またまた~」 「う~ん、ちょっと…困った」 「困ったって何が?」 「思い出したらね仁くんにドキッてしちゃったよ」 あ~あ、またかすりさんの悪癖がはじまったよ。 「ね、仁くん、わたしが仁くんのこと好きになったら…本当に好きになったら…迷惑かなぁ?」 調理台から身を乗り出して、かすりさんはささやく。 いつになく演技に熱がこもってる。 よし、かすりさんがその気なら。 「迷惑な訳ないじゃん。だってかすりさんのことが……」 調子を合わせて、俺も調理台の反対側から、かすりさんをのぞきこんだ。 「…っと!」 と、その拍子に、片づけ途中だった生クリームのはいったボールがスポーンと。 「きゃん!」 「…っ!?」 「…ぅわぁ…ごめん…」 気がつけば、俺とかすりさんはクリームまみれになっていて。 「もう…気をつけてよ、かすりさんこれで二度目だよ…?」 「くすくす…本当にごめん」 罰が悪そうにかすりさんが微笑む。 あまりに間抜けな姿に俺も本気で怒れずに、ただ苦笑いを浮かべることしかできなくて…「でも、わたしたち、よくよくクリームに縁があるみたいだね?」 髪や頬にクリームをつけたままかすりさんが、ぺろっと舌を突き出して。 「あ…」 俺の胸がトクンと高鳴る。 なんだろう?かすりさんの顔から、もう目が離せない…「…どうしたの、仁くん?」 「あ、いや…その…あはは、本当にクリームまみれだなって思って…」 笑ってごまかそうとするけれど我ながら、自分の声が硬くなってしまっていて…「ふふっ。本当にそれだけ?」 「うん。そ、そうだけど…」 まるで、狼狽を見抜いているようにかすりさんが笑顔を寄せてくる。 甘い匂い。 気恥ずかしくて、我慢できなくてついつい顔を背けてしまう。 「仁くんも、クリームまみれだね?」 囁く声が近すぎる距離から聞こえてくる。 かすりさんの体が、今にも触れそうな距離に迫っているのが5感全てでわかってしまう。 肌に触れてみたい。 理屈抜きの衝動がこみ上げてきて…「う、うん…だから、早く着替えないと…」 俺は気力を振り絞って体をぐっと引き離そうとする。 なのに、かすりさんの手が俺の肩をそっと掴み…「ちゅっ…」 頬に触れる生温かい感触。 ぞくっと体が戦慄いて……かすりさんが、俺の首筋を舐めている!?「あっ…!? ちょ、ちょっと…!?」 「くすっ…ちゅっ…」 吹きかかる吐息。 舌が触れると、まるで電気が貫くように体が痺れる。 思考停止。 身動きできないままに時間が過ぎて……やっと、かすりさんが体を引き離してくれる。 「…かすりさん」 俺は首筋を押さえたまま、ただ、かすりさんを見つめることしかできなくて。 「へへへっ…仁くん、頬が赤いよ?」 「そ、それを言ったらかすりさんだって…」 何気なしに口にして俺の言葉が詰まってしまう。 そう、かすりさんの頬が赤く染まってしまっている。 「うん。わたし、ドキドキしてるよ?だから、多分、頬も赤くなってると思う」 「あっ…」 かすりさんが身を寄せてきて思わず一歩後ずさり…腰がとんっ、と調理台にぶつかり後退を阻んだ。 「仁くん…ごめん。嫌だったかな…?」 「まさか…嫌なわけがないけど」 「よかった…」 そして。 また、かすりさんが一歩身を寄せてきて…「ちゅっ…」 逃れようもなく、またも、かすりさんの舌が俺に触れる。 「だめだよ…かすりさん」 「んっ…ちゅっ…」 吹きかかる吐息が熱くて甘い。 頭も体も熱くて…「仁くんは、ドキドキしてない…?」 「…わかるでしょ? 言わなくても」 「…うん。  ドキドキしてくれてるんだね。 嬉しいよ、仁くん…」 伏せた顔をかすりさんがのぞき込んでくる。 かすりさんの頬は真っ赤でそれでも、唇がつやつやと綺麗で…「んっ…んふうっ…」 柔らかすぎる感触が、俺の口を塞いでしまう。 かすりさんにキスをされている。 唇の甘さが、触れた体の温かさが強烈すぎて…「…んっ…はあっ…」 唇が離れても、俺の頭は痺れたままで動かない。 「…どうして?」 そんな間抜けなことしか聞けない。 「今日はまだ許嫁なんだよね?」 そして、かすりさんの手が下に伸びて…「うっ…!」 指先がズボンごしに触れただけで、背筋を快楽が貫いて…今頃になって、自分のものが硬くなっている事実に気付く。 「硬くなってるんだね…仁くん…」 「だめだよ… かすりさん…ううっ…」 かすりさんは手を離してくれない。 俺も気持ちよすぎて手が離せない。 …だめだ、このままじゃ、俺。 「かすりさん…!いいかげんにしないと…俺だって、男なんだよ!?」 「…知ってるよ。くんは素敵な男の子だよ?」 囁きながら、かすりさんの手の動きが速くなって…頭の中で音を立てて何かが切れ押さえきれない衝動がこみ上げて…「ごめんっ、かすりさんっ…!」 「んんっ…!?」 気が付くと、俺はかすりさんを抱きしめて強く唇を奪ってしまっていて…勢い余って、調理台の上に押し倒してしまった。 「んんっ…んっ…」 かすりさんは抵抗せずそれどころか、嬉しそうに目を細めてくれていて。 やっと、唇の柔らかさと甘さが脳に届いてくる。 「ごめんっ…!でもっ、かすりさんが悪いんだからねっ…!?」 「う、うん。  ごめん。 わたし、悪いこだよねぇ…」 ぎゅっと、かすりさんの腕が俺を締め付ける。 今気付いたけど、調理台に押し倒したおかげで、生クリームやメレンゲがボゥルに入ったままひっくり返っていて…「ふふふっ…すごい有様。着まで濡れちゃっている…」 「え…?」 「脱がしてくれる、仁くん…?」 一瞬、言葉の意味がわからなくてかすりさんの顔を見つめてしまう。 「え…? それって、まさか…」 「うん。しよう、仁くん…」 赤く顔を染めながらの大胆すぎる誘い文句。 狼狽える俺の前でかすりさんは、自ら服に手をかけて……目の前に白い肌とブラジャーが晒されて胸の谷間にクリームが流れ込んでいるのが見えてしまった。 「あはっ…こんなとこまでクリームが入ってきちゃってるね?」 「かすりさん…ちょっと…」 「仁くん? 女の子を押し倒しといて、今更、止めたりしないよね?」 悪戯っぽい顔で微笑んでなのに、頬は真っ赤で声が震えていて…それでも躊躇う俺を見てかすりさんは自ら背中に手を伸ばして…「よいっしょ…さあ、召し上がれ」 ぷるんと震えながらブラジャーが外れ乳首が綺麗なピンク色で…もう、我慢できない。 俺の手が勝手に柔らかな膨らみを掴んでしまう。 「あん…」 やわらかくて、あったかくて。 「ふぁっ…あんっ……」 すべすべで、乳首がこりっと少し硬くて…柔らかな感触に、俺は夢中になってしまう。 「はあっ…気持ちいいよ、仁くん…んぁ…」 かすりさんの手が生クリームをすくって誘うように、乳首の先端に塗りつけられて…誘われるままに、俺は小さな突起を口に含む。 「あっ…ああっ…あ…はあっ…」 甘さと共に、普段聞けない甘い声が聞こえてくる。 もっと甘さを味わいたくてもっと甘い声を聞きたくて「はあっ…あ…あぁっ…美味しい…? あんっ…仁くぅん…?」 喘ぎ混じりで尋ねられるけどもう、答えている余裕なんかなくて。 俺は夢中になって、赤ん坊のように胸を吸い続ける。 「はあっ…あ…ぁあっ…きもちいいよ…ああっ……あぁっ……」 大きく吐息をつきながらもぞもぞとかすりさんが身を動かして…「んっ…よいしょっと…!」 薄い布地がするりとはがれるそして、かすりさんの手が今度は足の付け根にクリームを塗りつけて…「……はぁっ。、仁くん、こっちも食べてみる…?」 またもや、顔を真っ赤に染めつつ震える声で、大胆すぎる事をしてくる。 「め、召し上がれ、仁くん…」 俺は瞬きも忘れて見入ってしまってそこで、細い足が細かく震えているのにやっと気付く。 「…震えてるね、かすりさん」 「…あはは。ながらちょっと大胆すぎて恥ずかしいかな」 照れ隠しのように軽く笑ってくれてだけど、その笑顔が何よりも刺激的すぎて俺はクリームに向けそっと顔を寄せてゆく。 「……あっ」 ぴくっと体が硬直する。 頬に触れた太ももが、じっとりと汗ばんでいて。 突き出した舌先に、クリームの甘さが触れあたる。 「ひゃぁああっ…あ、ぁあんっ……!」 一段と甘い声。 かすりさんの体が小さく跳ねる。 クリームを舐めた下から鮮やかなピンク色が姿を見せて。 「…綺麗だ」 「…はあっ…あ、ぁあっ…」 今度は照れ隠しもできずただ、恥ずかしげな吐息だけが返ってきて。 「あっ。ああっ…ふっ、はううっ…ううっ……」 数回舌を這わせただけで綺麗な部分が、ほとんど丸見えになってしまって。 俺はクリームを残さないように丹念に丹念に舐めてゆく。 「はあっ……あっ、あ、ああっ、やはっ…くふっ……」 もう、舌に甘さは感じない。 舌に残るのは、独特の濃い味だけで。 「ああっ、あっ、はあっ…あ、ああんっ…あぁあああっ…!」 かすりさん味のシロップが舐めれば舐めるほどにあふれ出して……これがかすりさんの味と匂いなんだ。 意識した途端、もうたまらないほどに疼いてしまって。 「かすりさん、俺、もう我慢できないよ…」 我ながら、情けない言葉が漏れてしまう。 「はあっ…我慢しなくていいよ?言ったよね? 召し上がれって……」 「う、うん…」 ベルトを外すのももどかしい。 トランクスごとズボンをおろしてしまう。 そのまま、太ももに手をつき粘膜同士を触れ合わせる。 「……はあっ」 かすりさんが目を閉じ、わずかに体が緊張する。 それを見届け、ぐっと腰を突き出す。 「ふぁあっ…!」 温かさの中に、俺のものが埋没する。 ぐっと滑った感触が、根本までものを包み込んで…これが、かすりさんの感触なんだ。 「はあっ…あ……あ、あぁあっ…」 貫かれたまま、かすりさんがかすかに身じろぎする。 半脱ぎのコスチューム。 汗ばんだ体は、クリームに飾られて…「くふっ…は、はううっ…う、ううっ……」 綺麗すぎて、いやらしすぎて俺は欲望のままに、かすりさんを貪ってしまう。 「あっ、はあっ…あ、ああっ…はぁっ…あ……」 調理台の上でかすりさんの体が前後に揺れる。 肌と肌がぶつかりあって厨房に音が響き渡って…「ん、んあっ…あ、ああっ…あ、あぁあっ……!」 擦りつける心地よさにすぐに限界がやってきて…それでも、一秒でも我慢しようと歯を食いしばって腰を動かし続けて…「ふあっ…あ、あぁあああっ、ああっ……!」 せめて、かすりさんがいくところを見届けたくて…「あ、ああっ、いっ、いいよぉ……ひ、仁くんっ…!」 なのに、すぐに我慢できなくなって…「くっ、ごめん…!」 ものを引き抜いた瞬間。 どくっと迸りがまき散らされてしまって…かすりさんのお腹や太ももに熱い滴りをまき散らしてしまった。 「はあっ…はあっ………あ……」 かすりさんはまだ、ぼおっとした顔で俺を見つめていて。 きっと、早すぎたんだろうな。 俺は恥ずかしくなって、つい顔を背けてしまう。 「ふうっ…ごめん、その……俺だけいっちゃって」 「ふふっ……気持ちよかったよ、仁くん」 かすりさんの言葉が、俺を気遣ってくれてるようで余計になんだか情けない。 わかっていたけど、かすりさんって俺より経験を積んでいるんだろうな…「…でも、かすりさん、まだいってないんだよね?」 ついつい余計な事を言ってしまう。 「そんなの気にしなくていいんだよ?わたし、仁くんとできて本当に嬉しいし…」 「けど…」 「くすっ…そんなに気になるなら、もう一回してみよっか?」 かすりさんは起きあがると俺の腕を誘うようにぎゅっと引っ張る。 「今度は仁くんが調理台に座ってよ…」 俺は誘われるまま調理台の上に腰掛けて…今度はかすりさんが、股間に顔を寄せてくる。 「……小さくなってるね、仁くんの」 かすりさんは吐息を吹きかけながら萎縮したものを興味深げに見つめている。 「え? そんなに小さいかな、俺のって…?」 「ううん。そうじゃなくて…実はさっき内心びっくりしてたんだ…仁くんのって大きいんだなって…」 「そ、そうなのかな…?」 なんだか、慰められているようで居心地悪い。 「ね? もう一回大きくしていい?」 言いながらも、すでにかすりさんの指が俺のものに触れている。 ずきっと心地よさがこみ上げて俺はただうなづくことしかできない…「くすっ…ちょっと硬くなったね?」 「そりゃ、指で触られているんだから…」 「ふふふっ…じゃあ、くすぐっちゃおうかな?」 かすりさんは指で髪を摘むと俺のものの先端に触れさせてくる。 「うっ…」 「…気持ちいい? 仁くん?」 「気持ちいいって言うか…くすぐったい…」 ムズムズする感触に、思わず身をよじってしまう。 「ふぅん…こうすると気持ちいいって聞いたけどなぁ…」 まるでおもちゃで遊ぶようにかすりさんは、髪でものを擦り続ける。 さわさわと敏感な部分に髪が流れ微妙な刺激に、ものが再び硬さを増して…「うわぁ…こんなに大きくなるんだねえ」 何故かかすりさんに驚かれてしまう。 「…俺のって、そんなに膨張率が極端なのかなぁ?」 「あ、あはは…どうなんだろうね?」 あからさまにごまかすと上目遣いで悪戯っぽく微笑んでくる。 「ねえ? フェラチオしていい?」 「うん、いいけど…いいの、かすりさん?」 「うん。仁くんの舐めてみたいな…」 答えながらも目を閉じてそっと舌が突き出される。 あいかわらず強引でだけど、俺には逆らえなくて…「ちゅっ…」 ぺたっと舌が陰茎の部分に触れてくる。 「んんっ…」 そのまま、ずずっと舌が先っぽの方にずれ動く。 まるでアイスキャンディーを舐めるような大きな舌の動きが数回続く。 「んっ…気持ちいい? 仁くん」 「うん…」 本当は先っぽの方だけ舐めて欲しいけどなんとなく、そんなことは言えなくて…「んちゅっ…んんっ…」 疼くような淡い快感がしばらくの間続いてしまって。 ふと、かすりさんの動きが止まる。 「ねえ…実はあんまり、気持ちよくない…?」 ふと見れば、ものが再び半立ち状態へ戻ってしまっている。 「ええと…俺、そのくびれた部分が一番気持ちよくて…」 「そうなんだ…わかった、ここだね?」 ぱっと顔を明るくしてかすりさんが再び口を寄せてくる。 男でも、人によって、感じる部分は違ったりするのかな?そんな事を思った途端、ものがねっとりとした空間に飲み込まれた。 「んっ…」 まるで味わうようにかすりさんは目を閉じて、ものを軽く唇で包む。 「ちゅっ…んちゅっ……」 そして、俺のものが吸われてしまう。 快楽が強まって、かすりさんの口内で、ものが硬さを増していって…「んちゅっ…ん…んんっ…」 気持ちいい。 だけど、何かが少し物足りない。 「ん…んふっ…んちゅっ…」 だけど、何が足りないかを指摘できるほど、俺には経験が無くて。 経験のことを考えると余計に気が散ってしまって…「んっ…んんっ…んちゅっ……」 それでもかすりさんは一生懸命、舐め続けてくれるわけで。 ちょっと物足りなくて申し訳ないそんなフェラが続いてしまう。 「…んっ、ぷはっ…ふうっ…」 しばらくの後ちょっと疲れた顔で、かすりさんがものを口から吐き出す。 「あはは。わたしってば、要練習だね?」 「ううん、そんなことは無いと思うけど…」 「あと少しって感じなんだけどな…ここを擦ると気持ちいいんだよね?」 言いながら、かすりさんの指がそっと亀頭に触れた。 「うん…そこを強く擦って貰うと…その…」 「そっか…もっと強くてもよかったんだ…」 独り言のように呟くとかすりさんの指が強く、感じる部分を締め付けて。 ずきっと激しい快楽がこみ上げてきた。 「大丈夫? 痛かったら言ってね?」 「い、いえ、丁度いいぐらいで…」 「うん。じゃあ続けるね…?」 強く指で擦りながら、かすりさんが舌を先端に這わせて…「ん。ちゅっ…ちふゅっ……」 今度は、本当に気持ちいい。 …けど、気持ちがいい反面。 こんな事をさせているのが申し訳なくて。 「ちゅっ…んんっ…んちゅっ……」 どうして、かすりさんはここまでしてくれるんだろう?疑問を感じつつ、どうしようもなく気持ちよさが高まって…「ん…んっ…して欲しいことがあったら、言ってね…?今日はどんなエッチなことでも、してあげるからね…?」 擦られながら、囁かれて。 ついに俺は我慢できなくなって…「ううっ、もう限界っ…」 「あっ…!?」 そのまま、俺は射精してかすりさんに高ぶりを浴びせてしまっていた…「あ…つぅ…い…」 かすりさんは、俺の精液をうっとりと眺め少し微笑んだ。 「ふふ…生クリームまみれ…だね」 …いや…その感想はどうかと。 出しちゃうと素に戻ってしまう男の性がまだうっとりしてるかすりさんとかみ合わない。 ってか恥ずかしいぞっ!「ふふっ…仁くんってば、本当に好きなんだね~、そういうの」 「断じて違いますッ!」 ああ~、妙な誤解されちゃったよ…悩ましいなぁ~。 ん~、眠い~。 怒濤の年末も終わって、久々のオフ。 まぶたくっついてて、開かない。 いや開けたくない。 ぬくぬくと布団にくるまってまどろむ一時って、まったく至福だよな~。 とか思っていたら…あれ?なんだろ?花鳥ん所に誰か来たかな?「新年あけましておめでと♪」 声と一緒に、外の冷たい空気が部屋の中に入ってくる。 「…仁くん寝てるの?」 目を開けると、そこには元気いっぱいのかすりさんがいた。 「んふふ~、おはよ♪」 「…ってかすりさん!」 「あはは~、来ちゃったよあけましておめでと♪」 「…おめでとうございます…じゃなくてっ!なんだってここに?」 「何言ってるの、この前合い鍵くれたでしょ?」 そう言えば…この前…クリスマスの夜にしちゃってから、何度か一緒に飯食って…自分の家まで帰るのがめんどくさいっていうかすりさんに、この部屋の合い鍵渡したんだっけ。 「良い天気だよ?一緒に初詣いかない?」 「うう~、お外寒いし」 「ほら、男の子! 元気だして!」 言いながら、かすりさんはいきなり俺の布団をはぎ取った。 「………ま」 「いやだって、ほら朝だしっ!」 いやぁ、我ながら元気なことだ。 連日ハードに仕事してるのになぁ。 「…ん~、これがわたしの中に入ってるのね♪いたずらっこめ!」 いいながら、かすりさんはいきなり服を脱ぎだした。 「って、なに!」 「そりゃ、外は寒いから~」 「寒いなら脱いじゃダメでしょっ?」 「仁くんに暖めてもらおうと思って♪」 …白い下着が脱ぎ捨てられ真っ白な肌が目に焼き付く。 「ちょ…かすりさん、初詣は?」 まだ回りきっていない脳髄が、色の白さに打ちのめされて…「や~めた♪」 「うわ~、あったかーい!」 「ひーつめたーい~~っ!」 ぐりぐりと、かすりさんが身を丸めて押しつけてくる。 パジャマの布地ごしなのにかすりさんの肌が冷たくてなのにとっても柔らかくて…「ふーん、仁くんはパジャマ派なんだね?」 いたずらっぽく微笑んできて吐息がふっと顔にかかる。 甘酸っぱい香り。 そして高鳴る俺の胸。 そして、冷え切った手が直接、俺の腰に触れてくる。 「ちょっと、腹を触るな!冷たいってばさ…!」 「いいじゃない、あったかーい♪」 邪気の無い笑顔を浮かべながら冷たく細い指が、俺の肌を擦ってゆく。 ぞくっ。 指が動くと、不思議な快感が体を貫く。 「ちょっと、かすりさん、冷たいから…」 「くすくす…もうちょっとで冷たくなくなるよ?」 俺の体温を奪うように、かすりさんの指から冷たさが薄れそれを補うように、俺の体が熱くなってゆく。 「ほら、冷たくなくなってきたでしょ?」 「う、うん…」 もう、かすりさんの肌は冷たくない。 そればかりか、布地を通してなお、触れる肌が温かくて。 布団の中は、かすりさんの甘酸っぱい匂いで一杯で、すぐ目の前では、かすりさんの笑顔がまぶしくて。 …耐えきれなくて、顔を背けた途端ぞくっと一段強い快感が腰を貫く。 「うひゃ!」 かすりさんの手が、ズボンの中に潜り込んでいる。 いや、パンツの中に滑り込み、熱い部分に触れている。 「かすりさん、ちょっと…!?」 「んふふ、いいから、いいから…」 少し冷たさの残る手が俺の一番敏感な場所に触れている。 握るのでもなく、擦るのでもなく掌で包むように触れていて……それだけで、声が勝手に漏れてしまう。 「ううっ…」 「ねえ…気持ちいいの、仁くん?」 何も答えられない。 答えられるわけがない。 困っているのが通じたのかかすりさんが、口を口で塞いでくれる。 「んっ…」 唇を塞ぐ柔らかな感触。 視野いっぱいにかすりさんの顔が写っている。 思わず、細い肩を引き寄せてもっと唇を密着させる。 「んんっ…ん……んぁあっ……」 嬉しそうな吐息を漏らしながらさらにかすりさんが身を寄せてくる。 きゅっ、と胸が胸に押しつけられてちょっと堅い突起がくりくりとあたる。 「んっ…ちゅっ……はあっ…ん、んんっ…」 暖かくて、柔らかくてもう、ただ口を吸われるままで、身動きできない。 …そして、かすりさんの手がゆっくりと包み込むように動き始めて…「うっ…」 「んふっ……んっ、ちゅっ…ん…んうっ……」 思わす吐息を漏らした途端舌が口の中に入ってくる…無我夢中。 俺は何も考えられずに、舌で舌を迎え撃って…「ん、んちゅっ……ん、んううっ…んっ……」 …俺たちの間で、舌と舌が絡み合いつつっと生暖かい唾液が、顎の方まで滴ってくる。 その間も、かすりさんの手は止まらない。 いや、少しずつ、手の動きは速くなって……だけど、喘ぐ暇も与えてくれない。 「…ちゅっ……んちゅっ、んっ、んん……っ…」 なんだか、一方的に責められてるよな。 わずかな悔しさが、心に中に浮かぶけど。 すぐに甘い感触が、そんな想いをかき消してしまう。 「…ん……んっ、んはっ……あっ…んんっ…」 熱い吐息が口の中に流れ込む味わうように、舌と舌が、互いの口の中を往復する。 かすりさんの唾液は甘い。 口を口で塞がれたまま、モノを包んだ手が止まらなくて…だめだ、もう、このままじゃもたない…「んっ……んはっ、かすりさんっ、俺っ…!」 「はぁっ…仁くん…んううっ……んんっ……」 声を上げようとした口はむなしく、かすりさんの口に塞がれてしまって。 もうだめだ。 もう、このままじゃ、俺…。 「んんっ…!」 突然、頭の中が真っ白になって。 「…あっ」 かすりさんの掌に熱く、俺の欲望がほとばしる。 それでも、柔らかな手が、きゅっとモノを包んでくれて俺はどくどくと、掌に熱いものをまき散らしてゆく。 「…はあっ」 やっと、かすりさんが口を離してくれて冷たい空気が、喉の奥に流れ込む。 「はあっ…はあっ…」 「…ふぅっ…気持ちよかった、仁くん?」 「う、うん…」 一方的にいかされちゃったな。 恥ずかしくて、なんとなく顔を背けてしまう。 かすりさんの手は、白濁した液体にまみれていてお腹の方まで、飛沫が飛んでいるのが見えて…「んふふっ、なんか、うっとりしてたね?」 …なのに、かすりさんは無邪気な顔で微笑んでいる。 その顔を見た途端、悔しさが押さえられなくなって…「あんっ!? 仁くんっ…!?」 …布団をはねのけかすりさんの足をつかんで体勢を代える。 「今度は俺の番だよ」 「え…? あんっ、ちょっと待ってってば…!」 足をぐっと開かせてかすりさんの下半身へとかがみ込み。 真っ白な太ももと、剥き出しになったあそこが迫り俺の動きが一瞬止まる。 「…っ。じゃ、じゃあ、今度は仁くんがしてくれるのかな?」 ちょっと強ばった笑みがなんとなく、挑発されているように思えてしまう。 だから、返事の代わりにそっとかすりさんのあそこに指で触れる「あ…っ」 まだ、何もしていないのに指先に湿り気が伝わってくる。 「かすりさん…」 「ふふっ…仁くんに触ってたら、もう…」 恥ずかしげに笑う姿に余裕みたいなものを感じてしまう。 だったら、笑えなくしてやりたい。 俺は指先で敏感な場所をそっと撫で上げる。 「はあっ…あんっ、仁くんっ……」 ぴくっと、かすりさんの体が小さく震える。 「あっ…ああっ。はうんっ…」 甘い声が口から漏れてとろっと布団へしずくが滴る。 「あ……はあっ、ああっ…い、いいよぉ、仁くん…」 もっと甘い声を上げさせたくてもっと体を震わせたくて「舐めるよ、かすりさん…?」 「え? あんっ…はあうううっ……!」 舌先に味を感じた途端かすりさんの体が、さらに大きく震えてくれる。 「はんっ…あっ、ああっ…はんっ……!」 「かすりさん、気持ちいい?」 「う、うんっ…くふっ……い、いいけどぉ…。っ…あんまり、無理しなくて……いいからね?」 「無理なんかしてるもんか…」 もっと我を忘れさせてやりたくて。 かすりさんから余裕をはぎ取りたくて。 「あっ、ふああっ…!はあっ…あっ、ああぁあんっ…」 丹念にキスを繰り返し何度も何度も舌を這わせて…「あっ…すごい……あぁあっ…!仁くんがこんなに…あっ、ひゃあぁああんっ!」 「本当に気持ちいい、かすりさん?」 「う、うんっ…見てわかるでしょ…わたし、もう、こんなに…ああっ……」 そう答えてはくれるけれど心の底で、恐れている俺がいる。 俺のために演技してくれているんじゃないか?そんな事を思ってしまう俺がいる。 それがとても恐ろしくてそんな事を考えてしまう俺が嫌で…「…入れていい?」 「う、うん。いよ、仁くん…入れて……」 俺はかすりさんの腰をつかみ布団の上に、四つん這いにさせて…「後ろから…するの?」 「うん…だめかな?」 「ううん、いいけど…あはは、ちょっと恥ずかしいな」 お尻をぐっと突き出しながら恥ずかしげに笑ってくれる。 俺はかすりさんのそこに、ぐっとモノを押しつけて…「今度は本気で感じさせてあげるからね?」 「えっ? 本気って…?わたし、十分に……はぁあああんっ…!」 …そのまま、一気に貫いた。 「あっ、ふぁあっ、ああっ、あ、ああっ…!」 ぬるっとモノがかすりさんの中に埋没する。 温かくてぬるっとした感触。 滑りの中、俺は腰をゆっくりと動かし始める。 「あ、ぁああっ…あああっ…仁くんっ…」 甘く震える声が、俺の名前を呼んでくれる。 もっともっと甘い声を上げさせたい。 俺は強く腰を打ち付けた。 「あっ、はああっ…!は、は、激しいよぉ、仁くんっ…ふうぅううっ…!」 「ごめんっ…痛かった?」 「う、ううん…だ、大丈夫…激しくても、気持ちいいから…ああっ、はあっ…!」 目一杯喘いでいてもそれでも、俺のことを気づかってくれている。 それがとても嬉しくて…だけど、それがとても悔しくて…「ああっ、ああっ、はああっ…!あ、あああっ……あああんっ……」 結局は力一杯、かすりさんを責めてしまう。 白いお尻が腰を打ち付けかすりさんの中で、ものがきゅっと締め付けられる。 「あっ、ああぁあああんっ…!はっ…ああっ……気持ちいいっ……」 」 「ううっ、俺もっ…。すりさんの中、動いてるっ…」 「はあっ、だって…ああっ、気持ちいいからっ…!わたしっ…ふうっ…こんなにぃ…はぁああっ……!」 かすりさんが腰を動かしてもっと、もっと、と誘ってくる。 俺はもっと、もっと感じさせたくて無我夢中で腰をつかんで打ち付ける。 「あっ、ああんっ、あああぁあっ…あっ、あはっ、あああっ…ああっ……!」 激しく擦れる感触にあっという間に、限界が目の前に迫ってきて…「ううっ、かすりさんっ…俺っ…う、ううっ……!」 「ああっ、いいよっ…?ああっ、イっても…はううっ…あ、ああっ…」 「くっ…まだまだっ…ううっ……」 一秒でも長く感じさせてたくて喘ぎながら、必死に腰を動かす。 「あっ、ああっ、あああっ…!はあっ…あ、ああっ…あ、ああっ、はあっ…!」 かすりさんがイく姿を見届けたくて。 必死になって快感を抗った。 「はああっ、あっ…!あ、ぁああああああ、あああっ……!」 一際高い声が聞こえた。 その瞬間、俺は我慢できなくなって…「ううっ…!」 引き抜いた瞬間熱いほとばしりが吹き出して…「…ぁあああああああっ……!」 断続的に吹き出す白濁液が汗ばんだ尻にほとばしった。 ………………汗ばむ体を横たえて、俺たちは放心していた。 「かすりさん…本当に気持ちよかった?」 「…ん、良かったよ」 けだるげに応えるかすりさん。 …なんか不完全燃焼だ。 かすりさん…ちゃんとイってないんじゃないのか?俺、早すぎたかな?自分が上手いとか下手とか考えたことなかったけど、ちょっと考えちゃうなぁ。 「どうしたの?なんか考えてる?」 「ん、なんでもないけど…」 「悩み事?なんなら相談に乗ろうか?わたし、おねーさんなんだしね?」 気楽に言ってくれるよ。 でも言えるわけないよなぁ。 …なんというか、男として。 なんだか情けないけど、かすりさんみたいに、経験豊富な人が相手だと、つい我が身を引き比べてしまう。 …昔かすりさんがつきあってた男とそもそも、昔のことをなんにも話してくれないかすりさんも悪いよ。 見えない相手って余計に気になる。 ああ~、俺って結構情けないタイプだったんだな~。 「せっかく二人揃っての休日なのになんかどんよりしてるね?」 「もしかして、わたし、あんまり良くない?」 「…ま、まさかそんなことある訳ないよっ!」 「…そう?」 「仁くん、結構経験豊富そうだから、なんかね~」 「んなことないけどさ…」 「………」 気まずい沈黙があたりをみたす。 まいったなぁ。 「ねぇ、仁くん。う一回しよ?」 「ん」 俺たちはまるで義務のように唇をあわせた。 「ん…くっ…」 かすりさんの柔らかな唇を味わいながらどうでもいいことを考える。 いったい、かすりさんに電話してたやつはどんなヤツだったんだろう。 この前はお父さんからだって言ってたけど、全部が全部そうだってことはないよな。 俺より年上だったのかな?かすりさんのこと、ふったんだろうか?「仁くん…」 「ん?」 「も~、キスする時は、心のよそ見しないでよ~」 「…ごめん」 「…謝るんだ…むー」 幾ばくかの沈黙。 気まずい。 「もしかして、リカちゃんのこと、考えてたの?」 不意に口を開いたかすりさんは、いきなりとんでもないことを口走った。 「はい?」 「だって~つきあってたの知ってるし。も未練たらたらみたいだし~」 「違うって! んなこと全然考えてないよ」 「それじゃ、何考えてたの?」 「う、そ、それは…」 言えない!かすりさんの男関係を勘ぐっていたなんて絶対言えない!「言わないなら~~」 「な、なに?」 「体に聞いちゃおうかな~~?」 言うなり、かすりさんは俺にぴたっと吸い付いてきた。 口を唇でふさがれ…。 何も考えられなくなる。 ………………結局その日一日、俺たちはどこにも行かず部屋の中で、何もまとわずに過ごしてしまった。 一年の計は元旦にあり…とか言うけど。 こりゃ今年も推して知るべし、だな。 「やーい、ダメ人間」 「あんたもだ、あんたもっ!」 おや、今日は鍵が開いてるぞ?誰か来てるのかな?「あ、おはよ!」 「仁くん、おはよう」 中にいたのは姉さんとかすりさんだった。 「どうしたの、こんな朝早くに」 「ダメだし食らってんのっ!」 「はい?」 見ると、調理台の上には、様々なケーキが散乱している。 「これは?」 「バレンタインも近いし、二人で新作考えようって話になって」 「色々試作してたんだけどね」 「恵麻さん、厳しいっ!」 「だって、かすりちゃん。ーキつくるのに妥協は禁物でしょ?」 「それはそれはその通りなんですよ。もでも~~~」 「このザッハトルテも~」 「このクロカンブッシュも~」 「このフィナンシェもカジノもサヴァランも~~~」 「み~んなボツってどうなんです?」 「…そんなにダメなの?」 「ううん…悪くないわよ」 「だったらボツにしなくても…?」 「悪くない、いいわよ。でも素晴らしくない」 「う~~~」 ぐるぐるとのどの奥で、うなり声をあげるかすりさん。 姉さん、本当にこういう場面では容赦がないからな。 まぁ遠慮すべき場面でもないけど。 「でも、どれもなかなか美味しいよ?」 「確かにそうなんだよね…ってあんた…板橋さんッ!」 「…やっぱ焼きたてはいいねぇ。チにもケーキ用のオーブン導入しようかなぁ」 「ちょっ、ちょっと…なぜここに!?」 「いや~、今日はたまたま早く起きすぎちゃってさぁ。店に出ても誰もいないじゃない?」 この人が花鳥よりも先に出るなんて、確かに、たまたまでしかあり得ない。 「寂しくなって外にでたら、ファミーユさんが開いてるもんだからついフラフラっと~」 「フラフラっと~…じゃないッ!」 「すいませんが、秘密会議なので、キュリオの関係者は退席していただけますか?」 「わかった、出てく、出てきますよ~。、その前に…」 「まだ何かあるのかよ…?」 「これ、売らないならもらっていい?朝抜いて来ちゃってさぁ」 「あのなぁ…」 「いや、タダじゃダメってんならお金払うよ?ファミーユさんは1個200円だっけ?」 「ああ、それなら持ってっちゃってください。までずっと試食してたからお腹いっぱいだし」 「いいの?」 「いいですよね? 恵麻さん。 …どうせボツなんだから。 ファミーユの味じゃ、ないんだから」 「え? あ、ああ…そう、ね」 「………」 なんか、微妙な空気を引きずってるな…「それじゃ遠慮なく~。っちそうさま~」 と、そんなこっちの空気に全然関知せず、脳天気なまま、板橋店長が退店する。 …しかし、本当にあの人は、いったいどこから沸いてくるんだ?「はぁ…なんか変な邪魔がはいっちゃったけどとにかくそういうことだから」 「はぁ~い」 及第点じゃダメってことは…姉さんのケーキを超える味じゃないと、意味がない。 そう言うことなのか。 「う~、この前は認めてくれたのに~」 「あれは仁くんのお手伝いがあったからでしょ?」 「あはは~…まったくその通りです…」 「でも基本構想はかすりさんなのに」 「はいそこ、甘やかさないっ!」 「へ~い」 「むむ~」 「とにかく、今回はこれにて終了」 「はぁ~い」 珍しくふてくされてような返事をするかすりさん。 姉さんは苦笑いをすると、キッチンから出て行った。 「ああ~~、永遠に恵麻さんに追いつける日なんて来ないかも~~~~っ!」 「まぁまぁかすりさん」 「…仁くん…わたし…わたし~~~~っ!」 「頑張ってるご褒美に、ほら!」 と、俺は冷蔵庫に入れておいたとっておきのプリンを差し出した。 昨日の夜、こっそりつくっておいた俺特製。 ひんやり冷えた絶妙の美味しさ。 「これでも食べて元気だしてっ!ほらっ!」 かすりさんは力なく俺の手からプリンを受け取る。 スプーンをぷるるんっと差し込み。 ぱくっ。 「……うう…ぐすっ…」 「ど、どしたの?」 「…美味しい…美味しいよぉ…」 「いや、いくら美味しいったって泣くほどでは…」 「なんで、わたしのつくるプリンよりこっちのが美味しいのよぉ~~~~っ!!」 絶叫。 ああ~~もしかして逆効果?俺ってバカ?結局、かすりさんは、プリンを食べ終わるまでボロボロ涙を流していた。 はぁ~~。 冬の朝はさわやかだ。 特にこんな晴れた日は。 今日も一日、頑張って仕事…しようと扉を開けたとたん、曇天の人がいた。 「おはよ、かすりさん」 「…おはよ、仁くん」 かすりさん…へこみモード続行中。 まぁしょうがないことではあるけど。 こういう時、何とか支えになってあげられればいいのに。 年上の人って言うのが、ちょっと俺の行動の邪魔をする。 「てんちょ、おはよ!」 「おふぁよ~ございま~~す~~」 かすりさんにかける言葉を探してるうちに三々五々みんなが集まってきた。 「おはよう、明日香ちゃん、由飛」 試験休みの間は、明日香ちゃんも午前中からフロアに入ってくれてる。 おかげで、かなり色々楽だよな。 さて、今日も一日頑張ろう。 ………………毎度の朝礼も終わり、解散を告げようとしたその時、珍しく恵麻姉さんが手を挙げた。 「はい」 「総店長、何か?」 朝礼の席では、一応役職で呼びましょ。 姉さんも真面目な顔してるしね。 「うん、あのね…ちょっと今度ケーキのラインナップを変えようと思ってね?」 「言っちゃえば新作発表会?」 「新作発表会…ああそう言えば…」 「そうそう、ケーキの定番化もいいけど、春に向けてね、新作もつくろうって話」 「新作ですか、すてき♪」 「キッチンスタッフ、具体的にはかすりちゃんとわたししかいないんだけど」 「新作を取り入れるにあたって、みんなの意見も聞いてみたいなって」 「へぇ、姉さんにしては珍しい」 「ん、かすりちゃんとも話したんだけどいいんじゃないかって話になって」 見るとかすりさんもどんよりと頷いている。 まぁこの前のあれを見るとなぁ…「それ、いいなぁ」 「バレンタイン近いし、ショコラ系のケーキ、もっと欲しいよね」 「そうそう、そんな感じで意見欲しいの…もっともわたしはチョコ系はダメなんだけどね」 「恵麻さんにも苦手があるんですか?」 「ん、繊細すぎるのはちょっと」 …おおざっぱな人だもんな~、姉さんって。 「試食会、当然あるんですよね?」 「あるよ? もちろ~ん!」 「いやったぁ!」 心底嬉しそうな由飛。 こいつは、食えればそれでいい感じだなぁ。 紬さんと姉さんが勝負してた時はあんなにダメダメになってたのに。 のど元過ぎれば熱さ忘れまくりだ。 「つくるのは恵麻さんとかすりさんなんだよね」 「じゃ、二人の勝負?」 「やだな。麻さんと勝負して、わたしが勝てるわけないじゃない」 かすりさん…声が死んでるぞ…「勝負ってことはないけどつくれるケーキの種類には限度があるしみんなの意見でそれを選出しようってことね」 恵麻姉さん。 まるで獅子が我が子を千尋の谷へ突き落とすかのように。 おそらくは無意識にかすりさんを鍛えてるなぁ。 いや、鍛えてるというか、追い詰めてる?でもまぁ、姉さんも、かすりさんの進歩を認めてるってことかな?今までだったら、姉さんが一方的にケーキの種類決めてたもんな。 頑張れ、かすりさんっ!俺は心のなかで、密かにエールを送った。 「ふ~、なんかピンとこないな~」 「ふふっ、かすりちゃんの新作も期待してるからねこの前言ってた、とっておきっての?」 「恵麻さんは、もう新作決めたの?」 「もちろんよ。々ありすぎで困っちゃうくらい」 「かすりちゃんも、今回は定番化狙ってるんでしょ?」 「まぁそうなんですけどね」 聞くとはなしに、キッチンで二人の会話を聞いてしまう。 歯切れが悪いなぁ。 まぁでも仕方ないか。 ここん所、また悩んでたもんなぁ。 なかなか良いアイディアってのはでてこないよな。 …そうだよ。 里伽子とかなら、良い案だしてくれるかも。 参考になるかどうかわかんないけどちょっと今度聞いてみよう。 「はい、お仕事お仕事。日も一日頑張りましょうね」 「はぁーい」 ………………さて、昼時も終わり、おやつの時間にもまだ少し遠い、今は喫茶店のアイドルタイム。 「いらっしゃいませ~♪」 「ご注文をどうぞ?」 フロア担当の二人もこの時間帯は余裕があるよな。 もうちょっとしたら、かすりさんもフロアのヘルプに入るし。 「…そろそろかな?」 うちは特にランチタイムはもうけてないがそれでも昼時になるとお客さんが立て込んでくる。 里伽子は、そんな激戦の時間帯を避けていつもランチタイム終了くらいに顔をみせに来る。 「あ、里伽子さん、いらっしゃーい」 由飛の接客は馴れ馴れしすぎる、と言う感想を、露骨に顔に浮かべ、里伽子は定番の窓際の席に座った。 「…カルボナーラひとつね」 「仁! カルボナーラいっちょ!」 「いや、聞こえてるし」 俺は苦笑いしながら、キッチンに戻りボールに卵を落とした。 ………………「お待たせしました。ーヒー、サービスしようか?」 「あからさまな贔屓はよくない。的な会話も望ましくないわね」 「………」 わかっちゃいたが、相変わらずだなぁ。 「…なにか相談事があるって顔してる」 「お見通しか」 「なに?聞くだけは聞いてあげる」 里伽子は相変わらずだ。 絶妙な距離。 遠くもなく、近くもなく。 「実は、新作のケーキのことなんだけどさ」 「ケーキ?仁がつくる…訳じゃないよね」 「もちろん。すりさんがね…最近悩んでてさ」 「そっか。すりさん…あの人…」 「…仁、力になりたいんだ?」 「まぁそうなんだ」 「そっか。作…ね…」 言うと里伽子は少し考え込む風に眉をしかめた。 「かすりさんのアドバンテージが欲しいわね」 「かすりさんの得意…って言うと、やっぱりデコレーションとか?」 「美味しくて美しいのがケーキの理想でしょうけど…うーん」 里伽子はいつも真剣だ。 頼りすぎ…なのかなぁ、俺は。 「姉さんの欲求もナチュラルに厳しいしな~」 「だってあの人は天才だし」 「そうなんだよなぁ~」 「ところで…仁…仕事はいいの?」 考え込む里伽子の顔を、ぼーっと見てたら呆れたような声が聞こえた。 おっと、いけね。 「ん、やっぱ自分で考えるわ」 「そう? わかった」 「それじゃ、ごゆっくり」 俺は里伽子に少しだけ微笑みかけるとキッチンに向かって歩き出した。 頼りすぎは…良くないよな。 やっぱり。 「さて、やるかな!」 腕まくりして、卵を冷蔵庫から取り出す。 …あれ?「姉さん、かすりさんは?」 「さっきフロアに出たよ?」 入れ違いか。 「仁くん…やっぱり……リカちゃんのこと…」 そして、忙しい一日が終わりあっという間に閉店時間。 レジもしめたしさて、俺もそろそろ帰ろうか。 あれ?キッチンまだ明かりついてるぞ?さては…「かすりさん?」 「あ、仁くん」 「やっぱり居残り?」 「うん、新作をね。ょっと思いついたから、試してみたくて」 「いいの思いついたの?」 「思いついたっていうより、リファイン?この前つくったヤツの」 「ああ、あれか」 「そうそう、あれから自分なりに考えてレシピ固めてみたんだよちょっとここのキッチンで試作してみたくて」 「へぇ~、それ、俺も食べて良いかな?」 「もちろん! 辛辣な批評を期待してるわよん」 「ふふっ、まぁ俺の舌を信じなさいって」 「しかし新作発表会ねぇ」 「はぁ…悩ましいよみんな変に期待してるし」 ぼーっと見てる俺の目の前でかすりさんはテキパキとケーキを作っている一口サイズのケーキを複数作るみたいだ。 「かすりさん、それ何種類つくるの?」 「ん、全部で6種類かな」 黙々と手を動かし続けるかすりさん。 かなりのスピードで飛ばしてる。 シュー生地を小さくまとめて、天板に。 そして、生地をオーブンにいれて焼成を待つ間にクリームを作る。 出来上がるのはおそらく、クロカンブッシュ。 この前姉さん対決の時につくった、あれだ。 小さなシューをまとめて、小山のように盛りつけた、祝い事の時に食べるケーキ。 とか考えている間に。 「できたっ! 会心の一作!」 かすりさんの嬉しそうな声が、キッチンに響き渡る。 見ると、色とりどりのプチフールが作業台の上に所せましと並べられている。 クロカンブッシュの応用版か。 「へぇ~、綺麗だね」 「うん、この6種類で一つのケーキなんだよ」 「花みたいだね」 「そうそう、アプリコットのケーキが花弁で…ホワイトチョコが花びら」 「試食してもいい?」 「もっちろーん!そのつもりで仁くんにいてもらったんだし」 「それぞれが一口で食べれるんだね」 言いながら、ひとつを口に運ぶ。 「ん~」 ぱくり。 うん、柔らかめに焼かれたスポンジが良い感じ。 クリームとの相性も悪くない。 「どう?」 心配そうな顔で聞いてくるかすりさん。 「ん、感想は一通り食べてからね」 そしてもう一つ。 今度はアプリコットのヤツを…ふむ、程よい酸味。 こっちは甘さ控えめなんだな。 …パクパク。 …ん…でも…こりゃ…「どーでしょ?」 「美味しいけど…どれもあんまり変わり映えしないかも…」 「う」 「見た目は満点なんだけどなぁ…でも何か違う?」 俺もこういうアドバイスがうまい方じゃないよなぁ。 変なところが姉さん譲りかも。 「正直な意見…ありがと…」 うわ~、へこんでる~無理もないけど、どうしよう…「今日はもうやめっ!」 かすりさんは、あきらめたように調理器具を片づけだした。 「かすりさん…」 「うん…いいよ…無理につきあってくれなくても」 俺はかける言葉もなく、その姿を見ていた。 張り切ってた分、反動も大きいんだろうな。 もう、本当の意味で深夜だ。 当然帰りの電車もない。 俺は歩いて帰れるけど…かすりさんにはタクシーでも拾わないと…考えていると、隣を歩いているかすりさんがつぶやくように言葉を紡いだ。 「ねぇ…仁くん。晩そっちに泊まってもいいかな?」 「…ああ、もちろん。も着替えとかいいの?」 「うん、明日朝一番で入っちゃえば、どうせコックコートか制服だし」 「わかった…じゃ今晩は一緒にいよ?」 「仁…」 「…え?」 振り向いた瞬間ぎゅっと、かすりさんが俺にしがみついてきて。 「んっ…」 気が付けば、俺の口はかすりさんの口に塞がれてしまっていて…抱きつかれたまま、俺は床の上に尻餅をつく。 「かすりさん…」 「ねっ? 仁くん、またしよっか?」 鼻と鼻をくっつけながらかすりさんが微笑ながら囁いてくる。 「…いやだったらいいけど」 言いながらも、かすりさんの手が俺のズボンに触れている。 厚い布地ごしなのに手の動きが、敏感すぎるほどに伝わってくる。 「うっ…そりゃ、いやじゃないけど…」 「…けど?」 かすりさん、逃げてるなぁ。 …でも、気持ちはわかる。 俺が慰めになるなら、いくらでもつきあうさ。 「んんっ…難しいことは考えなくていいんだよ…?」 答える前に、またもキスをされてしまう。 甘く湿った吐息の匂い。 唇は柔らかくて、ぞくっと体に快感が走る。 「…かすりさん…」 「お願い、何も考えないで…」 そして、3度目のキス。 視野を塞がれたまま、かすりさんの手が俺の手首をぎゅっと握り…「…はぁっ…んっ……」 誘われるままに、手が動き掌にくにゅっと柔らかな感触が触れる。 触れた胸の感触は、あまりに柔らかすぎて俺はついつい、柔らかさを手で包んでしまう。 「んっ…考えないで、仁くん…わたしも何も考えないから…ん…」 唇を触れ合わせたまま、かすりさんが小さく囁いてくる。 下唇同士が唾液に塗れて擦れ合いくにゅくにゅと、唇の柔らかさを教えてくれる。 「はぁっ…んっ…んんっ……」 そして、唇が密着しぬるっと舌が、俺の口内へと乱入してくる。 「んっ…んんっ…んふっ……んんっ……」 呼吸がキスで塞がれて肺に熱い吐息が流れ込み…まるで、酒を飲んだように、頭の芯が熱い熱くて、頭がクラクラしてくる。 「ん…んん…んちゅっ……んっ……」 それでも、口を離してくれない。 長すぎるキスは息苦しくて、同時に妙に気持ちよくて…息苦しさを耐えるように俺はかすりさんの胸を軽く握る。 「……はぁっ…あっ…」 軽い喘ぎとともに、やっと口が開放される。 「…はっ…はあっ…」 キスを交わしただけなのにすでに、俺の息は上がってしまっていて…。 「はあっ…はっ…んっ…んんっ……」 かすりさんも息を荒げながらそれでも、舌で俺の唇を擽って…「んっ……」 開放されたばかりの口がまたも、ぴったりと塞がれてしまう。 前と同じく、かすりさんに主導権を奪われっぱなしのキス。 だけど、そのキスはうっとりしたくなるほど気持ちよくて。 だから、余計に意識してしまう。 …かすりさんは俺なんかより、ずっとキスに慣れているって。 「ん…なにも考えないで、仁くん……ちゅっ……」 まるで、心を読んだように囁いてくる。 囁いた後、舌を突き出し、そっと俺の歯列をなぞってくれる。 「んっ……」 気持ちいい。 けれど、どこか切なくて仕方がない。 かすりさんは、こんなキスの方法をいったい、どこの誰から教わったんだろう?…そいつとは、いつもこんな激しいキスを交わし合っていたのかな?「んっ…仁くん……はあっ…お願い……」 乞うような囁きに、俺はやっと我に返る。 …だめだ、今は気持ちに集中しないと。 掌に神経を集中し、マシュマロのような柔らかさを掌で味わう。 「…はっ…あ、ぁああんっ…!」 ぞくっとするような甘い声。 手の中で、堅くなった乳首がこりっと擦れる。 ゆっくりと手を動かすと乳首が掌を心地よく擽ってくれた。 「あっ…いいよぉ…ふっ…気持ちいい……」 喘ぐかすりさんの顔は鼻が触れ合う距離から見ても綺麗すぎて…なのに、綺麗すぎて、胸が痛くなる。 この綺麗さを知っているのは、俺だけじゃないはずだから。 こんなに綺麗なかすりさんを、男が放っておくはずがないから。 「あっ、仁くんっ…いいっ…! あ、はあっ…」 そして、かすりさんの手がチャックにかかり…「……あっ」 戸惑った顔で、かすりさんの動きは止まってしまう。 理由はわかっている。 さっきまで硬くなっていた、俺のモノが今は萎縮してしまっていたから。 「………」 「………」 ちょっと気まずい沈黙が続いてしまった。 「ええと…」 「…ごめん。んな気分じゃなかったかな?」 申し訳なさそうな笑顔。 だけど、その瞳がやけに悲しげに感じられて…それが申し訳なくてたまらない。 こうなったのは、かすりさんが原因じゃないはずなのに。 「その…違うんだ。だ、ええと…」 ただ、なんだろう?なんて言えばいいんだろう?まさか、前の彼を気にしていたなんて言えないし…「…だったら、もう少し続けていいかな?」 いやだ。 なんて言えるわけがない。 こんな切なげな目を見て、拒絶なんかできっこない。 「うん、俺も続けて欲しい…」 「うん、だったら、うんとサービスしちゃうね?」 ちょっとわざとらしい笑顔が胸に痛む。 かすりさんは、ズボンのチャックに手をかけて柔らかいままのモノをそっと摘んで出してくれた。 「…感じてね、仁くん」 指で作った輪っかが、俺の敏感な場所を擦る。 「うっ…」 ずきんと突き上げる激しい快感。 押さえ切れず、俺の口から吐息が漏れて…そんな俺の姿を見て、ほっとかすりさんが微笑んでくれる。 「…出したくなったら、遠慮無く出していいからね…?」 そっと舌が突き出され俺のモノの先端に触れる。 ついで、舌先がちろちろと先っぽをくすぐり今まで感じたことのない、激しい快感が突き上がってくる。 「くうっ…かすりさんぃ……!」 「…んふっ…ちゅっ…んちゅっ…」 嬉しそうに目が細められ舌と指の摩擦が続く…。 「ちゅっ…んっ…ちゅっ…んちゅっ……」 凄い、こんなに気持ちいいのは初めてだ。 同時にもの悲しさがぶり返す。 この様子じゃ、こんな事をするのは俺が初めてじゃないはずだ。 わかっている。 そんなことはわかっているはずだったのに…「…んっ? あ、あれっ…?」 戸惑った声に下を見ると俺のモノが、いつの間にか萎んでしまっていて…「………」 「………」 …またもや、気まずい沈黙が始まってしまった。 「ごめん、なんか今日は疲れてるみたいだ」 「そうなんだ…」 俺は申し訳ない気分で、モノをパンツの中に納める。 まいったな。 どうして、こうなっちゃうんだろう。 「…ごめんね、仁くん」 「なんで、かすりさんが謝るんだよ?」 かすりさんが申し訳なさそうに呟いて俺の申し訳なさが倍増する。 こうなったのは、かすりさんが悪いわけじゃないのに…気まずい思いで、俺はかすりさんに布団をかけた。 「もう…寝ようか」 「うん、お休み…」 しばらく二人で黙って横になる。 …お互いにかける言葉も見つからないまま。 ただ黙って。 俺たちは眠りの床についたのだった。 「…んで話ってのはなんだ?」 「…この前言ってたじゃない、かすりさんの新作」 コーヒーを飲みながら、つまらなそうに里伽子が言う。 閉店間際にふらっと現れた里伽子は、そのまま清掃が終わるまでいすわりそして、今俺の目の前でコーヒーなどすすっている。 「…何か良いアイディアが!?」 「ん、まぁ逆転の発想ね」 「伺いましょう。うだ、かすりさんも呼んだほうがいいかな」 「………お好きに。も、彼女的にどうだろ」 ちょっと含むような態度。 里伽子の無愛想は今に始まったことじゃないが。 結構きついこと言うヤツだからな~。 ここんところ、へこむことの多いかすりさんにさらに追い打ちをかけるようなことになったら…「…いいや、後で俺から伝えれば。で、一体どんなアイディアなんだ?」 「かすりさんのアドバンテージと言うより恵麻さんの弱点をつく」 …うわ。 里伽子だ。 「恵麻さんのケーキは、美味しいけど洗練されてない味わいよね。れがファミーユの味でもあるんだけど」 そいや、姉さんの作るお菓子のあまりの素朴さのせいで、店名に『カンパーニュ(田舎)』ってのを提案したのは…俺だったっけ。 「バレンタインケーキに関しては、普段よりもお洒落な…夢のあるケーキの方が有効よね」 「なるほど…姉さんよりも、かすりさんの方が造形センスはいいもんな」 こいつの頼りになるところは、この勘の良さと、絶対に負け戦をしない計算高さと、どんな手を使っても勝利を手繰り寄せる腹黒さだ。 「…でも諸刃の剣だけどね。ァミーユの味って言うのは、要するに恵麻さんの味なんだし」 「かすりさんがいくら頑張っても、それがファミーユの味かって言うと…」 そして、一息つくようにコーヒーに手を伸ばす。 「…かすりさんのオリジナルだとファミーユのケーキじゃない…ってことか」 「かすりさん、結構がさつに見えて繊細だし」 「そんなことわかるのか?」 「創ってるモノ見ればね。かるわよ」 「でも難しいなぁ。すりさんは姉さんの味に憧れてここにいる訳だけど」 「コピーはオリジナルには勝てない。といって、かすりさんのオリジナルじゃここの味にはならない」 「………」 それって要するに、パティシエールとしてのかすりさんはファミーユにはいらない、って結論にならないか?「仁も同じこと考えたみたいね」 「恵麻さんに憧れて、一生懸命助手して、それで満足してれば幸せだと思うけど…」 「今のかすりさんは…違うもんな…」 「…きっとあんたのせいだよ」 「なんでだよ?」 「わかんない?あんたに認めてもらいたいんでしょ?」 …そんな…。 それじゃかすりさんが苦しんでるのは俺のせいだってのか?「とりあえず、言うべきことは言ったしそろそろ帰るわ」 「…ん」 「それじゃお勘定、おいとくね」 「…いいのに」 「公私混同はしない」 里伽子はキッチリコーヒー代を置くと、椅子から立ち上がった。 「んじゃ駅まで送ってくよ」 「別にいいのに…」 「まぁそれくらいはさせろよ。すりさんっ!」 フロアの掃除をしているかすりさんに声をかける。 「なに、仁くん?」 「ちょっと出てくる。店処理、お願いしていい?」 「ん、わかった、いってらっしゃい」 ………「悪かったな、わざわざ。ろそろ期末試験なのに」 「…本当に仁は受けないの?」 「ま、な。んな時間ないって」 「………」 もともと、ブリックモールにファミーユを立ち上げるって決めたときに、覚悟してたことだ。 「なんとか、今後の学費は自分で稼ぐ目処も立ったし、何年経っても卒業してみせるって」 「もう…一緒には卒業できないんだ」 「お前が留年すれば…いや、何でもない」 こいつは多分、もう、卒論以外の必要単位数は満たしてるんだろうなぁ。 …ま、いいか。 たとえ学年が違っても『友人』であることに変わりはないんだから、な。 「ねぇ、仁」 「なんだ?」 「かすりさんとつきあってる…の?」 「そんなような、そうじゃないような…」 「…はっきりしないわね」 「…ん」 「あんまり迷ってちゃダメよ?」 こいつがそれを言うか。 誰のせいで、俺が告白に臆病になったと思ってんだよ。 「仁って肝心なところで抜けてるから」 「…ほっといてくれ」 相変わらず、里伽子に口答えなんかできない。 「で、さ」 「ん?」 「かすりさんと正式につきあうことになったら、ちゃんと報告してね」 「なんでそんなこと…」 「あんたと好きな子がうまく行くように、微力を尽くさせていただく所存でございます」 「…なんだかなぁ」 「言っておくけど本気だよ。たし、あんたにはうまく行って欲しいから」 「別にそんなサポートなんか望んでないぞ」 まだ、友達でいてくれるってだけでも、ありがたくて、嬉しくて、申し訳なくて…そして…残酷だってのに。 「それじゃ、電車だから」 「うん…」 里伽子が背を向ける。 人通りの少なくなった駅の改札に向かい、いつものように、躍動感のない歩みで進む。 ポケットから直接プリペイドカードを出して、改札をくぐって…俺は、そんな背中が見えなくなるまで、ずっと…「仁!」 「あ…」 「今度こそ、絶対に幸せになりなよ!…あたしが言うのもなんだけどさ」 …本当に、なんだなぁ。 「………」 「あれ? まだいたんだ」 「ん…ねぇ…」 「なに?」 「リカちゃんと何話してたの?」 聞かれて、とっさに言葉がでてこない。 「それは…」 かすりさんのケーキのことなんだけど…それを言うと、さっきの…余り考えたくない結論にまでいってしまう。 「ん…言えないようなこと、話してたんだね」 「そんこと…ないっ」 「いいんだ」 「かすりさん?」 「もういいんだ」 「どうせわたしたち、つきあってる訳じゃないし」 「ただ気があって、時々身体重ねてるってだけだもんね」 「そんな…俺は…だって…」 「仁くんがリカちゃんとより戻したってわたしには何も言う権利ないんだし…」 「違うよっ! そんな話してたわけじゃなくて…俺たちはただ…」 「相談に乗ってもらってたんだよね。からそうだった」 「仁くんってリカちゃんにべったりで…いつも甘えてて…」 「あの子も、困った顔しながら嬉しそうで…」 「そんな二人を見てるの…わたし好きだったんだけどな…」 「どうしてこんな風に思うようになっちゃったんだろ…」 「かすりさん…」 「このままじゃ…ちょっと辛いかな」 「…仁くんには、他に好きな人がいるんだもんね」 「そんな…ことないよ…だって俺は…」 「だって仁くんっ!好きだって言ってくれないしっ!」 「…かすりさん」 何とか言葉を口に出そうと…誤解を解こうとする俺。 「里伽子とはっ!里伽子とは何でもないんだよッ」 「…ん、リカちゃんは呼び捨てにするんだね」 「………」 言えない…。 里伽子と、何を話していたかなんて。 恵麻姉さんを崇拝して、力になるのが嬉しくて…そんなかすりさんが、自分の味を追うことに目覚めて。 それ自体は素晴らしいことだけど、それが今のファミーユに必要なことかどうか。 里伽子の分析は、完璧だ。 かすりさんに、あんなこと、言えないよ。 「…帰るね」 「あ…送って…」 「いいの、放っておいてっ!」 少し歩き出したかすりさんは、振り返ってこういった「仁くん…わたし、ファミーユ…には…もう…いられないかも…」 「かすりさんっ!」 「だってそうじゃない?仁くんはわたしのこと、必要って言ってくれたけど…」 「今のファミーユには恵麻さんがいる。カちゃんも由飛ちゃんも明日香ちゃんも」 「やっぱり、わたしの居場所なんか…ないのかもね」 「違うよっ! そんなことない」 でも、そう言う俺自身さえ、かすりさんの言葉を否定することは出来なかった。 恵麻姉さんの助手としてのかすりさんは必要だ。 でも、パティシエールとしてのかすりさんは…「ねぇ、仁くん…私のこと…好き?」 「かすりさん…俺はね…」 言いかけた俺の言葉は、無粋な電子音に遮られた。 携帯だ。 …また…前の男から…なんだろうか?「でなくて…いいの?」 「………」 かすりさんは黙って、携帯の電源を落とした。 「帰るね…」 そう言ってかすりさんは、一人で歩き出した。 俺は何も言えず、ただその後ろ姿を見送ってしまった。 部屋に戻る。 いつもはそんな風にも思わないけれど、なんだか妙に広く感じる。 「…かすりさん」 つい口をついて出る独り言。 あの時…好きだって言えば良かったんだろうか。 俺は…きっとかすりさんのことが好き…なんだ。 さんざん体を重ねておいて、今更言うのも変だけど。 もっとちゃんと言えば良かった。 そうだ。 明日言おう。 仕事が終わったら、きちんとかすりさんに。 かすりさんの携帯にかかってきた電話は気になるけどでも、俺の他につきあってる男なんていないだろうし。 うん、きっと話せば、なんてことなくまた前みたいになれるさ。 考えながら布団に潜り込む。 と。 …こんな時間に…誰だ?いいや…もう…今日は寝ちゃおう。 留守録が働き、メッセージが流れ出す。 「…かすりです」 かすりさんっ!俺は慌てて布団から飛び起き…「今から言うこと、全部本当じゃないからね」 テーブルの上に置いたはずの携帯を探す。 「私は、仁くんのこと、好きじゃないから」 …えっ?「抱かれたい、なんて思ってないから」 これはかすりさんからの…告白?「だっておかしいよね?もともと嘘の恋人だったんだし」 涙混じりの声が、部屋のどこかから聞こえてくる。 くそっ、携帯…どこに置いたんだっけ…焦れば焦るほど、動きは空回りして…「それじゃ…ねわたし、ファミーユ辞めるから…みんなにはよろしく伝えてね…」 プツ。 電話の音か切れた。 「かすりさんっ!」 俺はようやく探し当てた携帯を手に取り焦ってリダイアルを押す。 電話は話し中だった。 しばらくして、また電話をかける。 呼び出し音が響き…………………つながったっ!「もしもし、かすりさんっ?」 「おかけになりました電話番号は、現在、電波の届かないところにあるか、電源が切れています」 「くっ!」 …結局その夜、俺はかすりさんに連絡をとることはできなかった。 「はぁ…」 「どうしたんだろ、ため息なんかついて」 「わかんないよ。心って難しいからね」 結局、今日はかすりさん来なかった。 昨日の電話から、連絡も取れない。 本当に辞めちゃうんだろうか。 ああ、あの電話をちゃんととれていたら。 「キッチン閉めるわよ!」 「はい、お疲れさま」 「それでかすりちゃんから連絡は?」 「依然なし」 「辞めるなんて、嘘よね」 「え~~~っ!かすりさん、辞めちゃうの?」 と、俺と姉さんの会話を耳にした由飛が会話に割り込んできた。 「ん、そう言う知らせが昨日あってね」 「なんでなんで! 寂しいよ」 しょんぼりと明日香ちゃんが言う。 寂しい…か。 俺だって寂しい。 今ここに顔を出してくれたら、みんなでかすりさんを引き止められるのに。 かすりさん…どこにいるんだよ。 「さよなら…ファミーユ…」 「ちょっとそこの人!」 「な、なにっ!?」 「どーしたの?そんな暗い顔して~。はこんなに明るくて鳥たちは高らかに歌ってるのに」 「もうすっかり夜ですけど…」 「いやまぁボクの心の中では…ってことで」 「板橋さん…なんだってここに?」 「ん~散歩?」 「こんなところで油売ってていいんですか?」 「ウチは優秀なマネージャーがいるからね~」 「キュリオ…そっか…」 「そうだ…」 「わたしを…」 「あのね…」 「キュリオで雇って頂けませんか?」 「ウチで働いてみない?」 「…っ!?」 「おや、気が合うね?ファミーユを辞めてきたんでしょ?」 「はい…実は…」 「うん、知ってる知ってる」 「んで、高村くんとつきあってたんでしょ?」 「…それは…」 「腕を磨きたいんだよね」 「…わかります?」 「あそこのパティシエールは、天才だけど人に教えるのはてんでダメだったからね~」 「恵麻さんは、そんなじゃないですっ!わたしが覚えわるいだけでっ!」 「ウチのケーキ職人は…上手いよつくるのも教えるのも」 「もしウチに来てもらえるなら、橘女史が直々に教えてくれる機会もつくってあげられるけど?」 「…よろしく…お願いしますっ!」 「うん、ようこそ、キュリオへ涼波かすりさん」 「はぁ~」 「ふぅ~」 「なんか雰囲気違うよね~」 「うん、午後になってもかすりさんいないし~」 「こら、フロア担当、何だらけてんの!」 「だって~」 「ねぇ~~」 かすりさんが店を出て行って、そろそろ半月になる。 アパートに電話しても、いつも留守番電話。 携帯にかけても出てくれない。 実家に帰ったようすもないし、一体どこにいっちゃったんだろう。 「はぁ…」 「…てんちょもため息ついてるし」 かすりさんがいなくなった穴は、予想以上に大きかった。 キッチンでは姉さんが頑張ってるけど、やっぱり一人ってのはキツイみたいだ。 このままだと、ケーキ200円ってのも量的にまずい。 生産が需要に追いつかないんだよな。 そして…俺も…胸に穴があいたような…ってのは、きっとこういう感じなんだろうな。 時々無意識のうちにため息をついていることに気がつく。 結局、俺はなんのアクションもできないでいる。 このままじゃいけない。 それだけはわかってるけど…でも、一体どうすればいいのか。 なんの答えも出せないまま、俺は日々を重ねていた。 「それじゃ、2号店からきた新入社員を紹介するねどうぞ!」 「涼波かすりです、よろしくお願いします」 「えっ…あの人って」 「ファミーユの…パティシエールさんだよね?」 「店長、どういうつもりです?」 「だってさ~、もったいないじゃない?あのファミーユのケーキをつくってた人だよ?」 「でも…だって…」 「いいから、ボクに任せておいて」 「あの子はまだまだ伸びるよ。も、あそこじゃ、二人ともダメになっちゃうからね」 「二人?」 「いやいや、カトレアくんは気にしないで。の子を上手く使ってちょうだいね」 「カトレア言うなっ!」 「これで寂れてたキッチンもやっと役に立つわけだしさ。ぁ頑張ってもらいましょ、ね、涼波君」 「…はい」 「ねぇ…最近キュリオ、妙に元気じゃない?」 「うん、新作のケーキもバンバンでてるみたいだし」 「比べてこっちは…」 「な、なんだよ?」 「いいえ、なんでも~」 「はーい、なんでもないでーす」 実際人手が一人分へったってのは大ダメージだ。 特にかすりさんは、キッチンもフロアもできるマルチプレイヤーだったし。 姉さんも、今のラインナップの制作に追われて新作にまで手が回らない。 いなくなってみて初めて、ファミーユにとってかすりさんがどれほど貢献してくれていたかよくわかる。 「愚痴ってても始まらない。ら、お仕事お仕事っ!」 「はーい」 「はーい」 二人をたきつけておいて、キッチンに向かう。 「お疲れさま」 「お疲れさま。子はどう?」 「ん、かすりちゃん、戻ってきてくれないかな。た一緒にケーキつくりたいなぁ」 ってことは忙しいんだよな。 いくら姉さんが達人でも、やっぱり限度はあるし。 「ところで、仁くん、話があるって顔してるけど?」 「バレバレだな~。はね?」 あれは昼間の休憩時間。 俺が息抜きに、ブリックモールの中をうろついている時だった。 「高村くん?」 「あれ、板橋店長」 いかにも人を食ったような笑みを浮かべて俺に近づいてくる板橋キュリオ店長。 「実はね、ブリックモールの主催で、こんなイベントが企画されてるんだ」 「バレンタイン・ケーキコンテスト?」 「せっかく美味しいケーキのお店が二軒もあるんだしね」 「コンテストですか…うーん」 「ウチは負けないよ? 理由があるからね」 相変わらずの軽い口調だけど、妙に自信ありげだ。 俺のこと、挑発してる?花鳥ならともかく、この人がこんなこと言ってくるなんて…なにか裏があるのか?「聞いてるよ~?そっちって、今キッチン一人しかいないんでしょ?」 「な、なぜそれをっ!」 「語るに落ちてるね~、高村くん。ぁそんな状態で、ウチと勝負するのがイヤだって言うなら無理にはとは言わないよ、もちろん」 「…橘さんって人がどれくらい腕のいいパティシエールか知りませんがうちの…恵麻姉さんが負けるとでも?」 「さてね?じゃ、そっちは自信ありってことで、いいのかな?」 「…いいですよコンテスト、やりましょう」 「…と、言うわけなんだ」 我ながら安い挑発にのってしまった。 かすりさんがいないってことで、やっぱり心が不安定になってるのかな、俺。 チョコケーキは姉さんが苦手にしてるジャンルだしどうかとも思ったんだけど…「特訓あるのみねっ!」 「おお、姉さんがやる気にっ!」 「ここの所、仁くん落ち込んでたからね。ンション上げるためにも勝ちにいきましょ!」 姉さん、励ましてくれてるんだ。 よし! 俺も気合いいれよう!「でも本当にいいの?古巣相手に競争することになるのよ?」 「…望むところよ」 「涼波さんがそう言うなら、いいけどね」 「まぁまぁ花鳥くん。女史も認めた逸材だよ?ここは彼女に任せてみない?」 「ほんの一週間で、あれだけの技術を吸収した人だからね~」 「やります、やらせてください」 そして当日。 ブリックモールの中央広場には、結構大きめなステージが用意され、そこには電光掲示板が用意されていた。 その手前には、ご丁寧に調理台とオーブンそして冷蔵庫まで用意されている。 「これ…昨日一晩でつくったんだ…」 「…ブリックモールバレンタインフェア制作実行委員会。作実行委員会って…」 「…テレビ中継もあるみたい。ーブルテレビだけど…」 本日販売分のケーキは、両店とも一種類。 特製チョコレートケーキのみ。 「…○っちの料理ショーかよ…これ…」 「解説席まであるよ?」 「すっごい悪のりイベントだな~」 「ブリックモールって、こんなにウチとキュリオさんに力入れてるんだ?」 「まぁ、なにげに集客能力がすごいからね~」 「かすりちゃ~ん、準備いいかな」 「お任せですよ~!」 「彼女、ずいぶん馴染んできたわね」 「涼波さん? うん、わたしは好きだよ~。しやすいし、ケーキも上手だし」 「なんでファミーユからうちに来たんだろうね」 「聞いた話だと、痴情のもつれだとか?」 「…む、否定はできない」 「って涼波さんっ!」 「聞いてたの?」 「そりゃ、聞こえちゃうでしょ」 「ごめ~ん、悪口じゃないんだよ?」 「あはは~、いいのいいの。かにそれも一因なんだから」 「そ、そうなの?」 「うん、でもね、それだけじゃないんだよ?」 「わたしね、確かめたいことがあるの。からここに来たんだよ」 「涼波さん…」 「さっ、頑張ってお仕事しましょ!」 「はいはい、かすりさんの言うとおり。んな、頑張っていきましょ!」 「はぁーい!」 「それじゃ、みんな、今日も一日頑張り…ってボクの訓辞は?」 「…とっくに、みんな持ち場についちゃいました」 「とほほ~ん」 「でも店長…いいんですか?」 「いいんですかって?」 「かすりさん、勝っても負けても、きっと…」 「ああ~それは大丈夫。て言うか最初から計算尽く?」 「…何か計算間違ってません?」 「いっぱい人が集まってきたね~」 「今日は通常営業の他に、あれがあるもん」 「コンテストか~」 「例の橘って人が、本店から来るのか。敵だよな」 「そうね。も負けないわよ?」 恵麻姉さん、強気だ。 ここ一番で燃える人だもんな~。 「ほら、仁くんもテンションあげていこっ?」 「…おお~~」 「…テンションひくっ!」 「かすりちゃんがいなくなってからね~」 「やっぱり好きだったのかな?」 「好きだったのかも」 「はぁ~~」 「はぁ~~」 「放っておいてくれよ~~。う言えば姉さん、準備は出来てるの?」 「うん、ばっちり」 頷く姉さんの傍らには、ケーキの材料が所狭しと並べられている。 「でも実際、どうやって優劣を競うわけ?」 「売り上げ?」 「いや、正午から試食会があるんだよ。加希望者は午前中のうちに申し込むんだって」 「先着50名さま…へぇ~あたしたちもいこっか?」 「お~し~ご~と~」 「…はい」 勝負は一般審査員50名と、特別審査員5名で行われる。 ちなみに俺は特別審査員。 先方からも板橋店長が出てるから、フィフティだ。 残りの3人は、一体どんな人なんだろうな。 「それじゃ開店するよ!今日はちょっと大変だけど、みんなで頑張ろう!」 「おうっ!」 いや~ウチって本当に体育会のノリだな~。 日は中天に高く、実に快晴。 いよいよ、コンテストの時間だ。 俺はオープンカフェに設置された審査員席に陣取って、調理がはじまるのを待っていた。 「高村さん?」 「…えっ?」 声のした方向を向くと、そこには楚々とした和服美人がたっていた。 「一別以来ですね」 「紬さんっ! なんだってここに?」 「はい、今日のコンテストの審査員に呼ばれまして」 紬さん…姉さんが呼んだのかな?この人なら確かに審査員には打って付けだよ。 あの姉さんと互角の腕、そして和菓子界に鳴り響くそのネームバリュー。 …でも。 なんていえばいいんだろう?かすりさんのこと。 この様子だと、まだウチを辞めたって話は知らないんだろうな。 「楽しみですね」 「はい?」 「杉澤さんの新作も、かすりの新作も」 「そうですね…ってかすりさん?」 信じられない単語を聞いて、思わず聞き返した時。 場内にアナウンスが流れ始めた。 「ブリックモール・バレンタインフェアへようこそこのイベントは、一般審査員の方々と特別審査員5名からの投票で勝者を決めさせて頂きます」 「これは、ブリックモールが誇るファミーユ、キュリオの両店舗から、ケーキを選抜し、その優劣を競うお祭りです」 「それでは、みなさま、お時間の許す限り、ごゆっくりご鑑賞ください」 アナウンスが終わると同時に、しつらえられた設備に、パティシエールが入場する。 「ファミーユ代表、杉澤恵麻さ~~ん」 「えっまっさ~~~ん!」 「らぶ~~~~っ」 わき上がる姉さんコール。 し、知らなかった。 姉さん、案外ファンが多いんだ。 「キュリオ、ブリックモール店代表涼波かすりさぁ~~~ん」 ッ!かすりさんっ!?壇上の姉さんも驚いた顔をしている。 「かすり…凛々しい…」 隣でほほをそめる紬さん。 この人も相当な妹バカだなぁ。 っていや、そういうことはどうでもいい。 「どうかしましたか?」 「いや…だって…かすりさんが…キュリオに」 「だって移籍したんだから当然でしょう?」 「そ、そんな…」 「職人は、色々な職場で腕を磨くものですし…」 紬さんの言葉は俺の耳には届いていなかった。 かすりさんが…今回の相手だなんて…「では、両パティシエールに一言」 「ファミーユの杉澤です…き、今日は…お日柄もよく…え、え~~っと…」 だ、ダメだ。 姉さん、動揺しまくってる。 かすりさんが相手だってのがそんなにショックだったのか?「とにかく頑張りますっ!」 なんとも締まらない挨拶だなぁ。 「キュリオの涼波です」 キュリオの…涼波…すごい違和感だ。 「今日は全力でやらせてもらいます」 きっぱりと、そしてはっきりとかすりさんは言い切った。 その視線はまっすぐに姉さんに向けられている。 「負けませんよ、恵麻さん!」 かすりさんが…いつも姉さんを崇拝して、姉さんの役に立つことを喜んで、姉さんに追いつこうとしていたかすりさんが。 まっすぐな目で、姉さんを見ている。 「…かすりちゃん」 「本気で勝負してくださいね…じゃないとわたし…」 「…ええ、かすりちゃん…勝負よ」 壇上でかすりさんと姉さんが、何か話している。 何を話しているんだろう。 「かすり…なんだか強くなった」 「え?」 「なにか吹っ切れたようですね」 「迷いのない、良い目です」 「これも高村さんのおかげかも知れませんね」 「そんな…俺、なんにも…それどころか…」 言いよどむ俺を、紬さんはなんだか優しい目で見た。 「それでは製菓をはじめてくださいっ!」 司会者のコールとともに、二人は調理台に向かい忙しく手を動かし始めた。 姉さんが何をつくるのかは知っている。 シンプルなチョコレートケーキ。 ガトーショコラだ。 見た目の美しさよりも、味で勝負、ってのはいかにも姉さんらしい。 もちろん、こういうイベントにふさわしく見た目もいつもに比べれば、ずいぶん凝っているけど。 対するかすりさんは、なんだかずいぶん凝った細工をしている。 エッグセパレータで卵の黄身と白身をわけて白身はメレンゲにするのかな?二人ともムダのない素早い動きだ。 かすりさん…いつの間にこんなに出来るようになったんだ?「やるわね、かすりちゃん!でも、そんなに凝ったものだと、量産効かないわよ」 「でも、これが今のわたしの全力ですから!」 姉さんもかすりさんも、すごく楽しそうにケーキをつくってる。 そこには、なんのわだかまりもなかった。 クリームを混ぜ、スポンジを焼く。 メレンゲを泡立てて、生地をこねる。 冬の日差しの中、二人は汗まみれでそれぞれの仕事をすすめていた。 ………………「それでは時間で~す!」 「ふわぁぁぁ~~」 「お、終わったっ」 アナウンスとともに、二人は力尽きたように肩を落とした。 55人分のケーキだもんな~~。 想像するだに恐ろしい。 よくこの時間内でつくりあげたもんだ。 「それでは、皆様、前にケーキが配られます。べて美味しかった方のお皿を、係の者に渡してください」 みんな一斉にケーキを食べ始める。 俺の前にも2つのお皿が運ばれてきた。 姉さんのケーキはガトーショコラ。 チョコは苦手だって聞いたことあるけどそんなことは全然感じさせない完成度の高さだ。 かすりさんのは、真っ白なホワイトチョコのケーキ。 泡雪のような見た目がまるで和菓子のようだ。 「ほんに、上手になりましたなぁ…かすり」 隣で紬さんが、一口食べて目を細めている。 「でも…あと一息で杉澤さんには及んでませんな」 小さくつぶやく紬さん。 「それでは、両パティシエールに今回のケーキについて解説していただきましょう」 「え、え~っと。 見たままの小さなチョコケーキです。 味が濃い分、やや小さめに創りました」 「ちょっとビターな雰囲気で、味付けとしては大人むけなのかな?」 「題して、プチバレンタインです」 む、姉さん、ネーミングのセンスちょっと悪い。 でも美味しさには変わりない。 姉さんの味だ。 食べる人の心を温かくする、そんな味。 誰にでも受け入れてもらえる、優しい味がする。 「それでは次に涼波さん、どうぞ」 ぱくり。 かすりさんのケーキをほおばる。 かすかにレモンの風味。 美味しい…かすりさんのケーキ…すっごく美味しいよ!一般的な評価はわからないけど、俺の口にはぴったりあう。 「これは…たった一人の人のために創りました。前はスィートペイン」 マイクを通して、かすりさんの声がブリックモール全体に響き渡る。 甘い痛み…なんだかこのケーキにぴったりの名前だ。 「その人は…」 たった一人の人って…まさか…「その人は、とんでもないシスコンで、優柔不断で、八方美人で、女の子と見ればすぐ優しくしちゃう、ナチュラルに女ったらしで…」 ングッ!口の中のケーキがのどにつまって…く、苦しい…「わたしの処女を奪っておきながらちゃんと好きだとも言ってくれないろくでなしで…」 「ちょっと待った~~~~ッ!」 「あ…仁くん…聞いてた?」 「聞いてた…じゃないよッ!いきなり辞めちゃって、俺がどれくらい心配してたと思ってたんだよッ!」 「良く聞こえないよ~~っ? 何言ってるの~~っ?」 くっ…かすりさんはマイクで話してるし審査員席から台までは結構離れてるから~~。 と、誰かが俺の前に、ワイヤレスマイクを差し出した。 「どうぞ?」 って紬さん…あんたなぁ。 起立して、マイクを持った俺に、会場の注目が集まる。 「ファミーユ店長の高村です…」 「ぶ~ぶ~」 「お前が処女奪ってポイ捨て男かぁ~~」 「ひっこめ~~~っ」 うわっ! いきなりのブーイングかよッ!いや、当たり前か。 さっきのかすりさんのMCだと、俺ってとんでもない悪者じゃないか。 「仁くん…」 「かすりさん、いきなりいなくなっちゃって…俺がどれくらい心配したと思ってるんだよ…」 「だって…仁くん…わたしのこと好きじゃないんでしょ」 「どうしたら、そんな話になるかな!好きでもない女の子と、あ、あんなこと出来るわけないだろっ!」 って俺何話してるんだよっ!こんな衆人環視のなかで~~ッ!「わたしね、思ったんだよ。くんは優しいけど、それに甘えてちゃダメだって」 「かすりさん…」 「お店をでたあの時は、頭に血が上っちゃってわけわかんなかったけど、色々考えたんだ」 「恵麻さんを追っかけてるだけじゃダメだ。麻さんの味がファミーユの味だって言うなら…」 「わたしの味もファミーユの味だって認められるくらい思いっきりケーキつくってやるって」 「そしたら、仁くん、わたしのこと好きじゃなくてもきっと必要としてくれるでしょ?」 「おお~、ええ子やぁ~~」 どよめく観衆。 「誰も好きじゃないなんて言ってないだろっ!」 「だって仁くん…あの時好きって言ってくれなかった」 「あれは…かすりさんの携帯に…その…ごめん! 昔の男から電話がかかってきてるって思って…俺、ヤキモチ妬いてたんだよッ」 「え~~~ッ!わたし、男の人とつきあったのって仁くんが初めてだよ~?」 「な、なんだって!だって色恋話色々してくれて…って」 「み、見栄よッ! 悪いっ?」 道理で…ベッドで、なんか妙に先走ると言うか耳年増というか…だと思った。 俺としたあの時が、初めてだったのか…なんてこった…「それじゃ携帯にかかってきた電話は?」 「全部お父さんっ!」 「………」 「だってだって、この年になって男女交際の経験のひとつもないなんて、恥ずかしいじゃない!」 「ちょっと良い雰囲気になった男友達ができても…家の親父見ると逃げちゃうし~~~っ」 「あ…あはは~…」 俺は一体何をしてたんだろ?自分で自分の馬鹿さ加減に笑いたくなる。 「笑ってごまかさないでっ!わたしのこと好き? 好きなら好きって言って!」 「好き? だよ?」 「声ちっちゃくてきこえなーーーいッ!」 「好きだーーーーっ!」 「わ、わたしも、わたしもね、仁くんのこと、好きーーーーーっ!」 「かすりさん、大好きだーーーーッ!」 「あーんもう、ラブなの、好きよ、仁く~んッ!」 「めでたくもありめでたくもなし」 「板橋さんって、結構なお節介さんですね?」 「共存共栄。チの本店の店長が言うんだよ競争なきところに、成長はない…なんてね」 「ボクもまったく同感」 「それでうちの弟と、かすりちゃんの色恋に口をだした?」 「そうそう、あのままじゃ若い二人がダメになっちゃいそうだったからね~」 「板橋さん」 「なんです」 「わたし、金輪際あなたと口聞きませんから」 「え~~っ! そんなぁ~~」 「はい、店長はこっち!忙しいんですから手伝ってくださいっ!」 「あ、カトレアくん…ご無体な~~」 「黙ってさっさとこっち来る!」 「はぁ…バカですね」 「うん、ヘタレのバカだね」 「結局、あの二人って似たもの同士だってこと?」 「う~ん、否定しがたい」 「わたしとしては否定したいけど?」 「それはただの弟びいきじゃ?」 「好き~~~~~っ!」 「俺もだ~~~~っ!!大好きなんだよ~~~~~~ッ!」 「…そうかも」 ………………「ふぃ~」 床掃除も、テーブル拭きも、全て終了した途端、床にへたり込みそうになり、慌てて椅子に腰掛ける。 なんて疲れる一日だったんだろう。 でも、なんて言うか充実した疲れ?結局バレンタイン勝負はかすりさんの負け。 恵麻姉さんもかすりさんも、妙に納得した顔してたっけ。 でも、調理終了のときのあのやりとり。 …思い出すと、顔が熱くなってくる。 『好きだ~~~~ッ!』半径3キロには聞こえたかも…うわわ~~~っ!あまりの恥ずかしさに、意味もなくテーブルを磨いてみたりする。 と、その時。 誰もいないはずのキッチンに、人の気配がした。 「仁くん…」 「かすりさん…」 そこには、ファミーユの制服に身を包んだかすりさんが立っていた。 「久しぶりだな、この制服。しておいてくれたのね」 「捨てることなんて…できないから」 「ごめんね…」 「俺のほうこそ…ごめん…」 「わたしたちバカみたいだよね~」 「まったくだ」 「ねぇ仁くん…さっきのコンテスト…わたしのケーキに入れてくれたよね…」 「う、うん…だって俺には…あの味がすごく良かったんだ」 「やっぱり恵麻さんには勝てなかったけどうん、いいや、これで」 「仁くんが美味しいって言ってくれた。番伝わって欲しい人に、思いが伝わったんだもんね」 「わたしとしては、大満足」 そう言ってかすりさんは笑った。 「ありがと」 ついばむようなキス「チョコの味がする」 「今日はずっとつくってたもん」 「なぁ、かすりさん。ちに戻ってきてくれないか?」 「…どーしようかな?板橋店長は、どっちでもいいみたいなこと言ってくれてたけど」 「ファミーユには、やっぱりかすりさんが必要なんだよ」 「ファミーユも大事だけど…」 「仁くんには?」 「む…」 「むしろ、俺にはかすりさんが必要…なんだよ」 「仁くん…」 「かすりさん…」 自然と俺の手が、かすりさんの腰にまわる。 「仁くん…」 答えるように、かすりさんの手が俺の腰に伸びてくる。 そして、かすりさんの目がそっと伏せられゆっくりと顔が近づいて来て…「んっ…」 柔らかく唇が触れ合って…かすりさんの唇が柔らかすぎて叫びたいほどの衝動がこみ上げてきて。 「んんっ…」 どちらともなく強く体を寄せ合って唇を強く押しつけあってしまう。 気が付けば、舌と舌が自然に互いを求めて絡み合っていて…「んんっ…!」 強すぎる抱擁に、かすりさんが少し苦しげに呻く。 それでも、もっともっと密着しようとかすりさんの腕に力がこもり…「うわっ…!?」 「あっ…!?」 またしても、俺たちは床に転んでしまい食器が俺たちの上に降り注ぐ。 「んっ…んんっ……」 …だけど、今日の俺たちはそれでも抱き合いキスを続ける。 「んうっ…んあっ……ん、んはっ……」 …そして、やっと口が引き離されて。 「くすっ…」 眼前でかすりさんが屈託無く微笑んでくれた。 その笑顔が、まるで雨上がりに見た青空のようで。 今までわだかまっていたものが、すっと溶けていくようで。 「ははっ…ははははっ」 「あははっ、はははっ…」 吐息を吹きかけ合いながらなんとなく、俺たちは笑ってしまう。 開放感に導かれ、もう一度どちらともなくキスを交わす。 「…んっ……んふうっ…ん…ん……」 舌の甘さ、唇の柔らかさが心の中にあった頑なな何かを溶かしてゆく。 抱きしめた体が温かい。 それが嬉しくて、こんな安らぎは久しぶりなような気がして……押しつけあった体の間で、ぎゅっとものが硬くなる。 「ねえ、仁くん…しよっか?」 ごく自然に、まるで食事に誘うようにかすりさんが微笑む。 「…うん。俺もかすりさんとしたい」 俺もつられて、思ったままの言葉を口にする。 以前なら感じたはずの、わだかまりはもう感じない。 だって俺はかすりさんが大好きで、本当に抱きしめたくてたまらないから。 「うん、わたしも仁くんとしたい…」 承諾のキス。 「んふっ…んんっ……」 俺はかすりさんの胸に手を伸ばし…かすりさんも自分の胸に手を伸ばし…丸い膨らみが露出して俺は掌にそっと丸みを包み込む。 「あんっ…」 くにゅっと手の中で、柔らかみが潰れてゆく。 「ふぁっ…あっ…」 手の動きに伴って、くにゅくにゅと形を変えてゆく。 「あっ…はあっ…あ、ああっ…」 心底心地よさそうな吐息が漏れて甘く、熱く、俺の顔に吹きかかる。 もっと、吐息の甘さを感じたくてもう一度、唇と唇を重ねてしまう。 「……んっ…う…んんっ…ん…」 喉の奥へと、熱い息が流れ込んでゆく。 「……んふっ…んあっ…ん、んふうっ……」 今度は俺の吐息を、かすりさんが飲み干してくれる。 そのまま、吐息を共有しながら手探りで、胸からお腹へと手を這わせてゆく。 ひきしまったお腹が露出してへそのくぼみに指が触れた。 かすりさんの肌が熱い。 指先に触れた肌は汗ばんでいる。 汗の味を確かめるようにそっと乳首を口に含む。 「……んはああっ!」 大きく、強く、体が震えた。 「はぁっ…仁くんっ…ああっ…ああっ…」 舌に突起をこすりつけるとかすりさんの体が震えて声が上がる。 もっと、もっと、甘い声が聞きたくて硬くなった突起を甘噛みする。 「はぁあああぁあっ…!」 ぴくん、とかすりさんの体が大きく震えて机上の食器がカタンと跳ねる。 「…っ!?」 「…あっ!?」 …また、ボウルが落ちてくるんじゃないか?俺たちは思わず動きを止めてしまって。 「ふふっ…」 「ははっ…」 顔を見合わせて苦笑してしまう。 「ねえ…また、やってみようか?」 悪戯っぽい笑み。 それだけで、何を誘っているのかわかってしまう。 だから、俺は手を伸ばし生クリームの入ったボールを掴み上げ…「いくよ?」 「うん…」 かすりさんの白い肌に真っ白な生クリームを垂らしていく。 「はあっ…服、クリーニングに出さなきゃね…」 「大丈夫、予備があるから…」 胸の隙間に白い液体が浸透してゆきたれ流れたクリームが、お腹から足の付け根に流れてゆく。 「ふう…ははは、ちょっと冷たいね?」 白く染まった体が身じろぎして今更ながら胸が高鳴る。 俺は舌を伸ばし、そっと胸についたクリームを舐め取る。 「はあぁっ…!」 甘いクリームの味が口に広がりまるで酒を飲んだように、頭の中が熱くなる。 もっと甘さを味わいたい。 クリームに埋もれた乳首を口に含む。 「あっ、はあぁっ…。くんっ…あ、ぁああっ…」 丹念に乳首を舌で拭き清め軽く、唇に挟んで吸ってみる。 「くふっ…あ、はぁあっ…い、いいよぉ……」 右の胸が綺麗になって今度は左の胸をしゃぶりついて…。 「あ、あぁああぁあっ…はぁっ…」 そのまま、舌を密着させなだらかな隆起をなぞってゆき…まるで雪をかき分けるように舌を素肌に這わせてゆく…「あ、あんっ! はあっ…くすぐったいよぉ…仁くん…ああぁっ…」 舌は引き締まったお腹を通過し布地に包まれた股間へとたどり着く。 クリームに塗れた下着は女性独特の甘酸っぱい匂いを放っていて…「ねえ、かすりさん…この奥も舐めていい?」 「あっ…はあっ…いいよ……。ったら、わたしも仁くんのを舐めさせて…」 目を潤ませながらかすりさんが息を弾ませ囁いてくる。 返事はいらない。 俺たちは共に下着を脱ぎ捨てて互いの股間に顔を埋める。 「いくよ…仁…」 声とともに、俺のものが冷たい感触で覆われる多分、かすりさんが指でクリームを塗りつけてくれたんだろう。 俺もお返しでクリームをかすりさんの敏感な場所に塗り広げた。 「はっ…ああんっ…。ゃあ、いただきます…んっ…」 声とともに、ぬるっとした感触が心地よく股間から伝わってくる。 「んっ…ちゅっ…んんっ…」 かすりさんが舐めてくれているんだ。 うっとりしながら、俺もかすりさんの敏感な部分に舌を這わせた。 「んふっ…ん、んああっ…んうっ……」 甘い味と、かすりさんの味が舌に広がり俺の上で柔らかな体がぴくんと跳ねた。 それから俺たちは夢中になって互いの一番感じる部分を味わいはじめる。 「はあっ…ん、んちゅっ…んっ…はあっ…。ごいよね…んっ…すごいことしてるよね…」 「う、うん…うっ…後始末が大変そうだね」 「んっ…ちゅっ…後でお風呂に入らないと…あ、ああっ…はあぁああっ…」 重ね合った体が、クリームでぬるぬると滑り合う。 「後でいっしょにお風呂入ろうね…んんっ…。れで、また洗いっこしようね…んんっ…」 「うっ…んっ…。いけど、俺、体力がもつかなぁ…」 「んっ…ちゅっ…。丈夫、もたなくても、勝手に舐めてあげるから…」 顔を見なくても、かすりさんが悪戯っぽく微笑んでいるのがわかってしまう。 あの屈託のない笑みが浮かんでいるのがなんとなくわかってしまう。 「あはは…ちゅっ…。んなこと、恵麻さんにバレたら大変だよね…」 「………」 「あははっ…。っ…バレたら、わたし、殺されちゃうかも」 「その時は一緒に殺されようね、かすりさん」 「はあっ…ああっ…。くん…大好き…んんっ…」 そして、俺のものがぬるっと温かな湿り気に包まれる。 「んっ…んんっ…ちゅっ…んちゅっ…」 唇が、舌が、俺の敏感な場所を擦り続ける。 俺も負けじと、夢中になって舌を動かす。 もう、クリームの味はしない。 だけど、あふれる蜜の味がたまらなくて。 「んっ…ちゅっ…おいしい…んあっ…仁くんの舐めてると気持ちいいよぉ」 「俺もだよ…。すりさん…すごく気持ちいいよ…」 「う、うんっ! 私もっ…!んんううっ…気持ちよすぎてどうにかなっちゃいそうっ…!」 全てを忘れて、俺たちは互いに互いを舐め合って…「んっ…んんっ…んんっ…ちゅふっ……」 快感に我を忘れそうになりながらそれでも、必死に舌でまさぐって…。 「んううっ…んっ、んんっ…んああっ、んはっ…」 「うああっ…」 もう、我慢できない。 快楽が限界に達して解き放たれた。 「んっ…んううっ……!ぷはあっ…あ、ふあああぁああああっ…!」 欲望を解き放った瞬間重なった体がぴくぴくと震える。 「はあっ…はっ…イっちゃった…」 「はあっ…はっ…わたしも…はあっ……仁くんに舐められてイっちゃった…」 頭の中が真っ白。 かすりさんの声が、やけに遠くから聞こえてくる。 そして、休む間もなく射精したばかりのものに舌が触れた。 「かすりさん、ちょっと…?」 「ちゅっ…綺麗に拭いてあげるね…くちゅっ…」 ちろちろと舌が擦れ萎えたばかりのものが、再び頭をもたげてしまって…。 「くすっ、元気だね、仁くん」 「う、うん。って、かすりさんとエッチしてるんだから…」 「だったら、今度はキスしながら抱いて、お願い…」 俺はかすりさんに誘われるまま体の向きを入れ替えて…。 「入れるよ、かすりさん…」 「うんっ、来てっ…」 合図とともに、正面からかすりさんを貫いた。 「ふぁああっ…あ、あああっ…仁くんっ……!」 温かさの中へ、俺のものが埋没してゆく。 ぎゅっとかすりさんがしがみついてくる。 汗とクリームに濡れた肌が、ぺとっと俺に密着する。 「あっ…はあっ、繋がってるぅ…わたし、仁と繋がってるんだよね…?」 「うん…かすりさんの中って、とっても温かいよ…」 深く繋がった体勢で、どちらともなく口と口が寄せ合って…「ん、んううっ…ん…ふんんっ……」 上も下も密着したまま、俺はゆっくりと腰を動かす。 かすりさんの奥が動いて、俺のものをきゅっと包み込んでくれる。 「んはっ…あ…動いてるぅ。あっ…お腹の中で…仁くんのが…ああぁあっ…」 「う、うん…動いてる…。すりさんの中が動いてる…」 互いに喘ぎ合いながら、互いの事を確認しあう。 抱きしめた体が熱い。 俺の動きに伴って、小さな痙攣が体を貫く。 「感じてくれているんだね、かすりさん…」 「う、うん…わたし…くふっ、感じてるっ…。ぁっ…わかるよね?わたしっ、こんなに感じてるぅっ…!」 喋りながらも声が震え、目が潤みながら輝いてかすりさんは体中で快感を表現してくれている。 演技じゃありえない。 そう確信できるのが、なんだかとても嬉しくて…「んっ、んんんっ…ん、んうううっ…」 嬉しさにまかせて力一杯キスしてしまう。 「んっ…んぁああっ…。ごいよぉ…んあっ…んんっ…んんっ…」 口を吸われながら、かすりさんの腰がリズムを合わせて動いている。 「あっ…はあっ、あっ、あああっ…。っ、い、いいよぉ…仁くんっ、本当にいいっ…」 腰のリズムに合わせて、熱い喘ぎが漏れてくる。 かすりさんの奥で、俺の感じる部分が擦れている。 くちゅくちゅと音を立てて擦れている。 気持ちがいい。 いや、良すぎて、すぐにでも終わってしまいそうだ…「くっ…」 このまま達してしまいたい。 いや、もっと、この快楽を分かち合いたい。 葛藤する俺に、かすりさんが唇を重ねてくる。 「んっ…んんっ…。あっ…今日は…あ、ぁあっ…大丈夫だから…」 「大丈夫って…?」 「だから、今日は…はあっ、あっ…。、中に出しても大丈夫…だからぁ…」 魅力的すぎる誘いに、俺の中で何かが切れて…「かすりさんっ…!」 俺は腰を叩きつけるように動かし力一杯、かすりさんの感触を味わってしまう。 「あっ、はあっ…あ、ああっ…!あ、ひゃっ…だめっ、激しすぎっ…ああっ…!」 声も出せなくなって、かすりさんが快楽に激しく喘ぐ。 さらに、口を重ねて喘ぎを奪い熱い吐息を全て飲み干してしまう。 「んっ…んんっ…! んぁあっ…あ…!あんっ…あっ、ああっ…あはぁああっ……!」 抱きしめた体がやけに小さく感じられる。 ずっと、俺に引け目を感じさせた女性がやたらか弱く、かわいらしく感じられて…かわいいかすりさんを感じさせているのが嬉しくてたまらない。 「あっ、はあっ…だ、だめっ…もうだめっ!いいっ、いくっ…いっちゃううっ…あっ、あああっ…!」 一瞬、声が途切れ、体にぶるっと痙攣が走り抜け…「いっ、いくふっ…ふぁああぁああぁあっ…!」 四肢を硬直させながら、かすりさんが大声を張り上げて…その瞬間、かすりさんの中が、俺のものを包んだままで脈動して…「かすりさんっ…!」 「あぁあっ…あ…あはっ…あ、ぁああああっ……」 震える体の奥底めがけ、熱い迸りを放出して…「くうっ…」 強く抱き合いながら、俺は最後の一滴まで、かすりさんの中に注ぎ込んだ。 「ふふ…」 「はは…」 つながりあったまま、俺とかすりさんは声を出して笑った。 「それじゃ、頼んだよ」 「頼まれた!」 にっこり笑って答えるかすりさん。 俺の部屋には、かすりさんの甘いにおいが漂っている。 一緒に暮らしてから、もうずいぶん経つよな~。 そろそろもう少し広い部屋に引っ越すことも考えた方が良いかもしれない。 「でもわたしに勤まるかなぁ~?」 「その話は何度もしたじゃない」 「ん~そうだけど~」 今日から俺とかすりさんは違う場所で働くことになる。 ようやく復興した、ファミーユ本店。 本店は俺と姉さん、そして新人のバイトくんの3人で仕事をすることになったのだ。 そしてブリックモール店には由飛と明日香ちゃん、そしてかすりさんが残る。 「まぁ人手不足とは思うけど、よろしく頼むね、店長」 「あ~~~慣れないなぁ~~~、その呼びかた」 「でも実際に店長さんなんだし」 「ん、頑張るよ!」 大きく頷きながら、かすりさんは顔を近づけてくる。 「俺も頑張らないとね…それに、もう少ししたら、一緒に京都まで行かないと…婚約のご挨拶にね」 「ほんと?」 少し驚いたようなかすりさん。 「ほんと」 俺は満面の笑みを浮かべかすりさんを見た。 「でも今日から別々か…ちょっとだけ寂しいよな」 「それじゃ、チュウして」 「こんな朝っぱらから~~」 「はい、チュウ」 「………」 たやすくおねだりに負ける俺。 まぁかすりさんには負けっぱなしなんだけどさ。 「そう言えば、今度またコンテスト出るんだよね?」 「ん、任せて!またファミーユの名前売って来ちゃうよ~」 「名パティシエで店長さんかぁ。んか俺、負けてない?」 「あはは~、仁くんあってのファミーユですから」 「ほんきでいってる?」 「ほんきほんき、いつだってわたしは大まじめ~」 「信用できないな~」 「…って仁くん、ストロベリートークしてる場合じゃないよ、ほら!」 かすりさんの指さす先には、無情にも7:30を示す時計が。 「うわッ! 遅刻じゃん」 「あはは~、わたしもだ~~」 街を走り抜け、二人は大きな交差点で右と左に分かれる。 「それじゃ、頑張ってね~~っ」 「かすりさんも!お店のこと頼んだよ~~~っ!」 「任せて~~、好きよ、大好きだからね~~~っ」 「俺も、好き~~~っ」 大声で声をかけあう俺たち。 例え離れて仕事してても、俺たちはいつも一緒だ。 いままでも、そしてこれからも。 「…あの二人、またやってるし」 「みんなに聞かせたいんでしょ、好き好きコールを」 「…まったく、バカばっかり!」 「いいんじゃないの、幸せならば~♪」 その朝、キッチンに入った俺を出迎えたのはでっかい柏餅だった。 作業台の上に、真っ白なお皿。 その上に、幾重にも折り重なった柏餅が置いてある。 なぜ、柏餅?どうして柏餅?疑問符が飛び交う俺の耳に、底抜けに明るい声が飛び込んでくる。 「仁く~んっ、これ新作なんだけどさどう?」 どう…って言われてもなぁ。 「和風のテイストって言っても…これじゃみたまんま柏餅じゃ?」 「違うよ~ほら、みてみて、葡萄の葉っぱにくるんだホワイトチョコのムースだよ?」 …いやだから、そりゃまんま見た目柏餅なんじゃ…「美味しいんだから。かもナイフもフォークもいらないんだよ?」 「いや、それはそうだろうけど…」 困った俺は、姉さんに視線をやった。 「ふふっ」 姉さんも苦笑している。 「ほらほら、恵麻さんも良いと思いますよね~?」 「美味しいとは思うわよ?確かに」 姉さん、また微妙な物言いだなぁ。 「ほら、仕事の前に食べて食べて!」 「ん、うん…」 ぱくっ。 一口ほおばると、ホワイトチョコがまるで泡雪のように口のなかで消えてゆく「美味しいっ!?」 「でしょでしょ?」 …確かに食べやすいかも。 でも、直接かぶりつくってのは、焼き菓子としてはともかくケーキとてしはどうだろ?「あ、仁くんってば、お口にチョコつけて!ほら、取ってあげるよ~」 「いいってば」 姉さんも見てるのに照れくさいってば。 かすりさん、俺をからかうチャンスは逃さないよなぁ~。 「いいから、ほら、動かない!もうちょっとこっち来て?」 言われるがままに顔を差し出す俺。 姉さんが呆れたような目で俺たちを見ている「ねぇ、仁くん?かすりちゃんとつきあってるの?」 とっさに言葉を返すことのできないでいる俺に代わって、かすりさんがにこやかに微笑む。 「ん~つきあってるような、そうでないような~?」 「え~、そうなの?」 って、てっきりお付き合いしてるものだとばかり…びっくり顔の俺に、人の悪い笑みを浮かべるかすりさん。 「わたしたち、まだまだこれからなんですよ?」 「そう?それじゃ、生暖かく見守ってあげるわね」 生暖かいですか…姉さん……でも、悪くない。 友達のような、恋人のような。 俺たちには、そんな関係が似合っているのかも知れない。 「はい、新作もいいけど、今日のお仕事!」 「はぁーい、今日も頑張っていきましょ!」 ぱん、と手をたたき、腕まくりする姉さん。 かすりも笑みを含んだ声で応えている。 フロアに出ようとした俺にそっと身をすり寄せたかすりさんは小さくささやいた。 「今日も試作で居残りますのでひとつよろしくお願いします」 なぜに小声?「…着替えも持ってきたから襲ってくれてもオッケイよ?」 「なっ!?」 「あはは~♪」 「仁くんって生クリームプレイ大好きだもんね~♪」 「か、かすりさんっ!」 「あはは~、赤くなった赤くなった♪」 かなわないなぁ、もう。 そうして俺は…いつも俺のことをからかう年上の…恋人のような友達のような…でも、かけがえのない人に。 大きく微笑んだのだった。 プロローグから始める本編から始める「…は?」 「まぁ、そういうわけですから。 ああ、いやいや、返事は急いでませんので。 明日までにいただければ」 「いや、それ全然急いでなくないです」 「まだ38時間ほどあるじゃないですか。の気になれば核ボタンだって押せますとも」 「…あなた、本当にブリックモールの方?」 「正確にはブリックモールの推進委員会のメンバーの一人…ということになってます。疑いで?」 「はあ…あ、いえ」 「ではご決断を。よいお返事をお待ちしていますよ」 「いや、だからぁ、ちょっと待ってくださいよ」 「はい?」 「話を整理させてください。ずあなたは、来月オープンするブリックモールの推進委員会のメンバーの一人だと?」 「不肖この結城誠介。地域の皆様方のご期待に添えるよう、粉骨砕身の決意でこの任務に当たらせて頂き…」 「で、その中でも、飲食店系の店舗誘致を担当しておられる」 「本業は飲食店経営の方でしてね。やこう見えてもウチの店は他にない特色を売りにしておりまして…」 「で、天下の東洋百貨店系列のブリックモールが、あろうことかウチの店をお誘いくださってる、と?」 「コーヒー、紅茶、ケーキ、コース料理はいかがですか。らっしゃいませいらっしゃいませ」 「話を聞いてください」 「おめでとうございます。 ファミーユさんは、我が委員会の厳正なる審査に合格いたしました。 今なら格安の出店料で開店できますよ?」 「いや、ですからそうやって話をどんどん胡散臭くしないでください」 「こんなお得な話は二度とありませんよ?まずは三ヶ月だけでも契約してみるっていうのはどうです?あ、商品券もつけますから」 「わざとでしょその勧誘…」 「…このままファミーユを畳んでしまうおつもりか?」 「!?」 「なくなってしまうのは実に惜しい…そう、思わせるほどの魅力的な店作りができていた…そのような自負は、ありませんでしたか?」 「あなた…一体…?」 「あ、ちょっと待ってください!」 「…れ?」 「あれ? 開かない…開かないよ~」 「ちゃんと着るもん着てから開けて!ていうか、ちゃんと起きて姉さん!」 「ん~?」 「…いつもどこかで聞いてるような会話だ」 ………………「…おはようございます。さん、母さん、兄さん」 澄んだ鐘(リン)の音が、フローリングの部屋の中に響く。 シンプルな洋風の部屋に鎮座する、半分焼け焦げた位牌。 香る線香の煙。 それらは徹底的な不調和を以って、この部屋での居住権を主張している…気がしないでもなかったり。 「う~…」 「さてと…お参り完了。、食べるよね? 姉さん」 「オムレツ…仁くんのチーズオムレツー」 「はいはい」 勝手知ったる姉貴のマンション。 冷蔵庫から、卵を1個、2個、3個…バター、とろけるチーズ、牛乳、その他諸々。 食器戸棚からボウル、泡立て器、数枚のお皿。 食パンをオーブントースターに放り込んで、卵を割って、泡立てて…………「いい音~」 などと褒め称えつつも、相変わらず、姉さんの声は死んでいる。 「コーヒー? 紅茶?」 「一杯目が濃いコーヒー、二杯目が普通のコーヒー。杯目が紅茶…」 「…はいはい」 どうやら、寝たのも遅かったらしいな。 ………………「…ブリックモール?」 「うん」 「それって…今、駅前に作ってる?」 「そう、大型ショッピングモール。0月の中ごろには開店するんだってさ」 「…それってあと1月しかないじゃないの」 「もうほとんど出来てるって。たことない?」 「ふ~ん…」 コーヒー2杯と紅茶1杯を胃に流し込んだ後でも、まだ眠そうな表情を崩さない我が姉。 ---杉澤恵麻。 朝から、いや朝だからこそ不機嫌に振る舞うこの人は、俺の、二重の意味での義姉という意味不明な間柄。 10年前…俺が高村の家に養子に入ったとき、この人はまだ、高村恵麻と名乗ってて、行きがかり上、俺の姉になった。 そして3年前、俺の兄貴…杉澤一人と結婚し、今度はこの人が、俺の旧姓である杉澤を名乗り、更に俺の義姉となった訳。 で…今はいろいろあって、花も実もある勤労未亡人ライフを送っている。 「で…そのブリックモールが何だっていうの?」 「出店のお誘い…ファミーユの」 「………」 「ちょっとだけ条件の話もしたんだけどさ、あの立地条件にしては格安の出店費でさ」 「………」 「確かに、オープンまで間もないけど、これって考えようによってはチャンスじゃ…」 「仁くん」 「え?」 「先方には、ちゃんとこちらの現状を話したの?」 「それが…」 「ファミーユが今、どんな状況か知ってたら、とてもじゃないけれど、そんな誘いなんか来るはずが…」 「話す前から知ってた」 「………」 「ちょっと変なヒトだったけど、なんでもこの業界のことはかなり詳しいらしくて」 「…それは変なヒトね」 朝は容赦ないな、姉さん。 これで昼過ぎると凄くいい人なんだが。 「ねえ…考えてみない? 姉さん」 「………」 「幸いといっちゃなんだけどさ、今だと、本店すらないんだから、新しい店に全力を尽くせるし」 「でもわたしには…新しい仕事が」 「姉さんはお菓子作ってるのが一番似合ってるって」 「………」 「他はほら、アルバイト雇えばいいし。んなら、前に働いてもらってたコたちに声かけて…」 「仁くん…」 「そうだ、里伽子に来てもらおう。いつさえいれば、後は新人だけでもなんとかなる」 「仁くん……」 「なんかワクワクしてきたなぁ…ファミーユ、半年ぶりの復活ってことで」 「仁くん!」 「っ…」 「もう、終わったの」 「………」 「ファミーユは、“あの日”をもちまして、閉店させていただきました」 「姉さん…」 「長らくのご愛顧、誠にありがとうございました」 「閉店…か」 姉さんと話してたときには、まだ『そんなことないのに』って思うことができたけど…こうしていざ、現実を目の当たりにすると、さっきまでの気持ちが、急にしぼんできてしまうのが自覚できてしまう。 半年前まで、ここには一軒の喫茶店があった。 客席は30程度。 晴れた日にはバルコニーにもテーブルを並べ、お客様は、おいしいお茶とおいしいケーキを楽しみ。 ショーケースには色とりどりの洋菓子が並び、3時頃には売り切れてしまうほどの人気を誇り。 そして…お店を切り盛りする店長は、若くて、綺麗で、とっても、とっても頑張っていて…支えるスタッフたちも、未熟で、だけど一生懸命で、そこには、素敵な“みんなの空間”が広がっていて。 「仁、カルボナーラ追加。と3番のお客様、ブレンドお代わり」 「了解…あ、でもちょっと待て里伽子。はお前に一つ言いたいことがある」 「忙しい最中に話し掛けないで」 「いや、お前のその態度…こうして厨房の中でだったら正しいと思う。かに今は、ほぼ満席の状態だし」 「わかってるじゃない。れじゃ行くわね」 「…頼むから全く同じ態度でお客様に接しないでくれ。想がなさ過ぎる」 「何言ってるのよ。つもと全然変わってないじゃない」 「…そうだ。つもから改めてくれとお願いしてるわけ」 「…あんたが何を望んでいるのかさっぱりわかんない」 「客商売に携わる者としての当然の指示だと思うけど」 「仁くん仁くん…今さらリカちゃんにそんなこと言っても…」 「そうだよせんせ。伽子さんは最初からこういう人なんだもん」 「かすりさん、明日香ちゃん…俺はね、里伽子が少しでも君たちのレベルに近づいて欲しいという親心から…」 「あ、いらっしゃいませ」 「だからそこで淡々と挨拶するなよ~」 「はい、シフォン焼き上がったわよ。 あと、ショーケースの方、お客様来てる。 明日香ちゃん、よろしくね」 「は~い」 「ほら、ぼやかないぼやかない。日もあと1時間、がんばってこ?」 「…ったく」 「…カルボナーラまだ?」 「作ってるよ!」 「…そんなこと、ないじゃん」 目を閉じて、30秒間思い出すだけで…しぼんだ気持ちが、こうしてむくむくとよみがえって来る。 楽しい日々だった。 間違いなく、人生で最良…とまではいかなくても、比較的佳き日々、だった。 「みんなだって…そう思ってるよな?」 明日香ちゃん、かすりさん、里伽子。 かけがえのない仲間たち。 楽しかった日常。 「やっぱ…閉店なんかしてないよ」 兄貴が作った店。 姉さんが守った店。 俺たちみんなが、ない知恵を振り絞って、あそこまで育てた店。 このまま、なかったことになるなんて…絶対に、納得できない。 「ファミーユ…復活だ」 高村仁、20歳。 ある秋の夕刻…男一匹大決意だった。 「無駄」 「お前人を萎えさせる名人だよ!」 男一匹大決意…持続時間15時間。 「冷静に考えなよ、仁…」 「れ~せ~ですともおれわ~!」 「恵麻さんがやる気になってないのに、あんた一人で何ができるの?」 「ね、姉さんは…辛い思い出に引きこもってるだけだって」 昨日のは単に朝だったからというのも大きいけど。 「出店料はともかく、内装の工事費は?設備費は? 材料費は? 人件費は?」 「なんだよ…そんな金、金、金って…いつかお前にビッグマネー叩きつけてやる」 「あんたがどんだけいい夢を見たところで、そんな夢に投資する銀行ならあたしは口座を作らない」 なんて遠回しに無謀と言う奴だ…「金なら…ほ、保険金が下りてる」 「恵麻さんにね」 「う…」 「仁はまず、あたしを口説くんじゃなくて、恵麻さんを墜とすべきなの」 「墜とすって…どうやって?」 「あんたのテクニックで骨抜きにするもよし、若さに任せて暴走するもよし、力と技でくるくる回すもよし」 「父よ母よ兄よ…今の発言どう思う?」 「ほら早速行き詰まった。ない力ない人望ないのないない尽くしじゃない」 「仕方ないだろ…お互い経済を学んでるとは言え、まだ学生…いや待て力と人望については言及してない」 気づかないうちに悪口にまで利子を付けてくるところは、さすがに『経済学部の中では』才媛と言われてるだけのことはある。 …あ、忘れてた。 ---夏海里伽子。 冷静に、冷徹に、冷たく、冷やっこく言葉を紡ぐこの女、俺と同じ経済学部の三回生。 初めて会ったのは、入学式直後のオリエンテーションの時。 何故かその時から気が合って、こうして三年来の付き合い。 しかも半年前までファミーユのチーフを務めていただけでなく、店のコンセプトやメニュー、仕入れにまで参画していた、筋金入りのファミーユの参謀。 恵麻姉さんが、経営者にしてはかなり楽観的な人だったので、シビアな決断はほとんど彼女の判断を優先させていた。 要するに…こいつさえ味方に付ければ勝ちも同然なんだが。 「だからさぁ、まず味方を集めて、それから説得…」 「弱いね本当に。麻さんのこととなると」 「俺の姉さんだ。くて何が悪い」 「あたしに威張られても知らない」 「そんなことないって。前の言うことなら姉さん聞くし」 「………」 「な? そういうことだから…あ、飯行く? 何でも好きなものおごるぞ?」 「仁…やっぱ、無駄だって」 ここまで節を曲げて頭を下げてるってのに、この冷血参謀は…「無理なんかじゃないって。算はある!」 「…聞こうか? その勝算とやら」 「まず第一に、ブリックモールのコンセプト。々と調べたんだけど、ウチにとって追い風だと思う」 「なんでそう思えるの?ブリックモールって、あの東洋百貨店が母体なのよ。っと周りは有名店ばかり」 「ところが、だ。のショッピングモール全体に、面白い仕掛けがあるんだよ…」 「仕掛け?」 「これ、ブリックモールのパンフレット。成予想図見てくれよ」 怪訝そうな表情の里伽子の鼻先に、さっき駅前でもらってきたパンフを掲げる。 「どこ?」 「そんくらい自分で探せよ…ほら、ここ」 わざわざ中折りのページを開いて、里伽子の前に広げてみせる。 と…彼女の視線が、ある一点に集中…「………」 「何もそこまで険しい顔せんでも」 「ちょっと、動かさない」 まるでパンフレットにキスを迫ろうってくらいに目を極限まで近づけて、完成予想図のイラストを、まじまじと見つめる。 「中世ヨーロッパの街並み?」 レンガ造りの建物、石畳の歩道。 そんな時代を切り取った風景が、一つの建物の中に再現されている。 「だから出店候補が限られる訳なんだな。チみたいな弱小店にまで声がかかるわけだろ?」 「………」 「元はと言えば、里伽子の発案で始めたアンティーク“風”喫茶だったんだけど、こんなとこで利いてくるなんてなぁ」 「このショッピングモールの中にファミーユが…?」 「悪くないだろ?」 そう…ファミーユは、この辺りでは珍しい『欧風アンティーク喫茶』。 最初は、恵麻姉さんの作ったホームメイドのお菓子が売り物の、それ以外は何の変哲もない喫茶店だった。 けれどまぁ、オープンして半年、なかなか利益が出なくて、経営はジリ貧。 で、俺と里伽子の二人が、県内県外問わず、流行ってる喫茶店を調査しまくって…そして、一つの面白いビジネスモデルを見つけた。 「仁…」 「やってくれるか!」 「成功を祈ってるわ」 「里伽子ぉ~!」 「大体、あんた就職活動は?」 「…は?」 「もう3年の冬よ?勝負は始まってるのよ?」 「…へ?」 「そうでなくても試験が終われば4年。 卒論もある。 そんな忙しそうな仕事にかまけてて卒業できるの?」 「えっと…」 「………」 「………」 そっか…俺たち、来年度、卒業だったんだ…「元々、あたしは学費を稼ぐためのバイトだったの。末転倒はしたくない」 こいつ、そういえば大手商社希望だったっけ…「里伽子…」 人情論も、損得勘定も…全てが最初から入り込む余地なんかなかったって訳だ。 「悪いけど…」 「ごめん」 「いいよ、あんたがファミーユのことで見境なくすのは慣れてるから」 「はは…」 それは、学生の本分をちっとも顧みない俺に対しての、ちょっとした皮肉なのかもしれない。 けど、その言葉を発した時の里伽子は、いつもより、ちょっとだけ優しそうに見えた。 「飯食いに行こうぜ。詫びに好きなとこ連れてってやる」 「…いいわ。たし今、お昼は食べてないから」 「ダイエット?」 「ま、そんなとこ」 この体のどこを削るつもりなのやら…「じゃあね…」 「な~るほど…それで今日は暗いんだ、せんせ」 「いや、まぁ…そうだけど」 「ふぅん…ブリックモールかぁ。 そういえば、クラスの子たちも楽しみにしてたな。 今までショッピングって言ったら電車で30分だもんね」 「微妙に田舎だからなぁ…」 環状線まで30分。 隣の県の中心街まで45分。 よく考えたら、こんな微妙な立地条件の場所に、あんな大規模のショッピングモールって、結構な冒険なんじゃないだろうか?「それで? 諦めちゃうの? せんせぇ?」 「それは………休憩時間終わり」 「あ~、ずる~い。だ5分あるよ」 「だってさっきからお菓子食べてないじゃん。うお腹いっぱいってことだろ?」 「今日のケーキおいしくないもん」 「しょ~がないだろ?今日は帰りが遅かったから、いつもの店に寄れなかったんだよ」 「恵麻さんのケーキがもう一度食べたいな…」 「そりゃ、俺だって食べたいよ」 何しろ、売り物レベルの美味さだ。 …というか、半年前まで売り物だった。 「でも…もう半年も焼いてない」 「………」 あれ以来、姉さんのマンションのオーブンは、埃をかぶったまま。 あれほど甘い物好きだったあのひとから、間食という概念がすっぽり抜け落ちてしまった。 普通に見えても、まるっきり普通に戻ってない。 こういう事実の積み重ねが、嫌でもそれを自覚させる。 「で、さ…お菓子食べるでもなく、お茶も尽きた今、我々に残された道は勉強するだけだとは思わないか?」 「ちぇっ、厳し~」 「中間、一桁に入ったんだって?そりゃ、教える側も気合入るってもんだよ」 「んふふ…せんせのお陰だよ~」 ---雪乃明日香。 俺が教鞭を振るう、唯一の対象者。 …要するに、家庭教師の教え子。 1年前、バイトがきっかけで知り合い、こうしてもう一つのバイトを斡旋してもらった間柄。 週二回、火曜日と金曜日。 19時から21時まで。 彼女は、俺の部屋で勉強をして、お茶を飲んで、ケーキを食べて、控えめに喋って、控えめに笑って、そして勉強をして、お礼を言って、帰っていく。 もう、10ヶ月にもなる恒例行事。 その間、場所がほんのちょっと変わったり、お茶菓子が貧弱になったりしたけれど。 「はいそれじゃ数学の教科書開いて~」 「確か前回、宿題が出てたよね…せんせぇに」 「任しとけ。ッチリ解いてきた」 昼間に里伽子に教えてもらったんだけどな。 大体、経済学部の学生に受験数学が解けるか。 「あ、なるほど…階差数列なんだ」 「そうそう、盲点だったんだよ」 そんな概念があったってことが。 「へぇ、この証明の仕方、わかりやすい。つものせんせの文体じゃないみたい」 …相変わらず勘の鋭い娘だ。 「さ、それじゃ今日は46ページの練習問題な。によって制限時間10分」 「は~い」 「んじゃ、始め! …る前に、今日は何か新刊ある?」 「あ、そだ。ラフル○○○の3巻持ってきたよ」 「でかした!」 2巻までで、既に24人のヒロインが出てるこの漫画…一体どんな展開になっていくのか非常に気になっていた。 「んじゃ、制限時間変更ね。 俺がこれ読み終わるまで。 どうぞごゆっくり~」 「…なんか釈然としないな~」 ブツブツ言いながらも、彼女は基本的に素直ないい子である。 「ん~と…」 俺が一話分を読み終わる頃には、きちんと問題集と格闘を始めてくれていた。 ………………「…ぷっ」 「………32ページでしょ?ああくるとは予想外だったよね~」 「…悪い、リアクションは我慢する」 「よろしくお願いします~」 教師が授業妨害してどうする…ここはひたすら心を無にして、漫画の世界へと没頭するのだ。 ………………「ぶはははは!」 「………」 「許せ! この通り!」 何してんだ俺は…漫画に集中したら、面白いネタが益々面白くなるに決まってるじゃないか!「えっと…コメディやめ。恐怖の嫁姑戦争シリーズ』ない?」 「買わないよそんなの…」 ………………「んと…」 「………」 「えっと…」 「…わかんない?」 「あ、もうちょっと一人で頑張ってみる」 「そうか」 「うん…」 素直ないい子で、努力家で…俺にはもったいないくらいの教え子だ。 「………」 「………」 「ね、せんせ」 「ん?」 「わたし、また胸のサイズが大きくなっちゃった」 「ぶほぉっ!?」 少し、訂正…素直ないい子で、努力家で…ちょっとだけ、イタズラ好きの小娘だ。 「前のブラ合わなくなってきちゃって…今月厳しいのに、ピンチだよ~」 「海にゐるのは、あれは魚人ではないのです!海にゐるのは、あれは、河童ばかり!」 ああ、汚れつちまつた俺の純真な心よ…「だからさ…サイズ、間違えないでね?」 「…え?」 明日香ちゃんは、ノートの端っこを破ると、その紙切れを、俺の前に置いた。 そこには…身長と、身長の割には…な、他のところのサイズとか……て言うか、寸法表?「これ…?」 「制服も焼けちゃったもんね…あの時」 「あ…」 「作り直すんだよね?わたし、普通のサイズだとちょっと…」 「明日香ちゃん…」 確かに、身長に合わせると胸が…だし、胸に合わせると…袖から手が出てこないんじゃ?「いや! そんなことより!」 「何が『そんなこと』?」 言えるか。 「制服作るって…どういう意味?」 「復活するんだよね? ファミーユ。験者優遇してくれませんか?」 「って、ちょっと待って」 「オープニングスタッフ第一号…わたしじゃダメですか? せんせぇ」 制服…確かに、発注しなけりゃいけないな…じゃなくて!「ちょっと待てよ…明日香ちゃん、来年は3年生だろ?もう受験なんだぞ!」 「せんせも来年卒業だよね?」 「俺は大学生だからいいんだよ。年の一つや二つ」 いいわけがない。 何しろ養子でしかも仕送りまで貰ってる身だ。 「わたしのこと第一に考えてくれる優しさは、せんせぇの美点だけど…」 「いや、家庭教師にも成功報酬あるし。が受験に失敗したら、ご両親に顔向けが…」 「そんなことばっかり言ってたら、いつまでたってもだ~れも集まらないよ?」 「う、ぐぐ…」 「今までは、スタッフ集めとか、教育とか、みんな里伽子さんがやっててくれたから、そういった粗は見えてこなかったけど…」 「あ、粗…?」 「うん…だってせんせ、里伽子さんにふられた後、どうやって人集める気だったの?」 「い、いや、それは…」 「里伽子さんに断られるなんて、考えもしてなかった?」 「いくらなんでもそれは…」 「………」 「………うん。天動地」 「素直でよろしい…えへっ」 素直に自分の弱さをさらけ出すのは、美徳でもなんでもないと思うのですよ俺は。 「でも安心して。麻さんや里伽子さんに捨てられても、せんせにはわたしがいるからね」 「捨てられてないよぅ」 あ、声が中途半端に裏返った…「それじゃ、わたしが復帰第一号ってことで…」 「………」 「お願いします、てんちょ。生懸命働きますから」 「店長…」 そんな肩書になるつもりは毛頭なかったんだけど…けれど、それでも、明日香ちゃんの申し出は…「ごめん、な…」 本気で泣けるほど、心に染みた訳で。 「採用…ありがとうございました」 「…どういたしましてぇ」 だから、ほんのちょっとだけ、目頭が熱くなっていた訳で。 教え子の前で泣くなんて…泣き虫先生じゃねえかよ。 「かすりさんの…住所?」 「今でもメールのやり取りはしてるんだよ」 「遠いな…」 「ファミーユが閉店して以来、実家に帰ってるんだって」 「なるほど…」 「どうする? 声、かけてみる?それとも、あきらめる?」 「諦めるわけにはいかないだろ…かすりさんは、喉から手が出るほど欲しいよ」 「そっか…恵麻さんがいないんじゃ…」 「とりあえず行ってみる。の人のことだから、誠意を持って話をすれば、きっとわかってくれると思うんだ」 「そう…じゃ、頑張ってね。んちょ」 ---涼波かすり。 ファミーユの開店当初からの元スタッフ。 フロアも厨房もこなせる貴重なマルチプレイヤー。 午前中は、恵麻姉さんについて、お菓子作りの仕込を手伝い、午後はフロアに出て接客。 どちらもそつなくこなすかすりさんは、ファミーユになくてはならない人の一人だった。 特に今、恵麻姉さんの力が借りられない可能性もあるなか、ファミーユの味を再現できるのは、かすりさんしかいない。 確か、俺よりひとつだけ年上だけど、ノリがよくて気さくでよく笑う、とっつきやすい人だった。 あの人なら、きっと俺の話を聞けば、からからと笑って、戻ってきてくれるんじゃないかな?「…は?」 そして、艱難辛苦の末、俺のたどり着いた住所には…ある意味、全く想像しなかった看板が掲げられていた。 「和菓子処…『すゞなみ』…?」 「かすりの姉でございます。前、かすりがお世話になりまして」 恐る恐る店内に入り、用件を家人に切り出した俺は、いきなり奥に通された。 「いいええお世話だなんて!こちらこそ色々とご指導ご鞭撻を賜りまして!」 なんていうか、京美人?表情筋がないんじゃないか、このひと?「申し訳ありません、今、かすりは外出中でして」 「そんな申し訳ないなんて申し訳ない!突然訪れたわたくしめの方が無作法あい仕りましただけで…」 …いかん、何を言っておるのだ俺は。 目の前の、小柄で、丁寧な物言いながら眼光鋭い女性…差し出された名刺には、『和菓子処すゞなみ 十七代目当主 涼波紬』とのシンプルな文字列。 「じゅ…じゅうななだい…ですか?」 「元禄二年に創業させていただきまして…こうして今も細々とやっております」 「………」 元禄時代創業の歴史ありすぎな和菓子店?かすりさん…あなたは一体…?なんで喫茶店でケーキ作ってたの?ひょっとして実は舞妓さん…いや、その連想は何故だ俺?「ず、ずいぶんお若いんですね」 「…父が病弱なもので。輩ながら、私が当主を引き受けさせていただいております」 「はぁ」 「…それで本日のご用向きは?」 「え? あ、あ…」 言葉遣いだけは丁寧だけど…その視線、態度、言葉の内容そのもの…俺を値踏みしているというか、敵視しているというか…出会って5分の人それも、女の人になんでここまで鋭い目で見られないといかんのだろう…?「あ、あの、わたくし、実はファミーユという喫茶店で働いておりまして…何というか、前にかすりさんも」 「………」 「ファミーユ…ご存知ですか?以前、かすりさんも勤めていたんですけど」 「かすりから聞いております。でも創業して3年足らずの洋菓子店とか?」 「ああっ! ごめんなさいごめんなさい」 二桁違う歴史の前に、ついつい卑屈になってしまう俺。 「…本当の味があるとか…好いた人がいるとか…かすりはようわからんこと、言うてましたけど…」 「それで、その洋菓子屋の従業員様が何か?確か現在は休業中…とか」 …なんか『従業員様』の様が、『ふぜい』に聞こえるのは俺の気のせい?「あの…実は、このたび新装開店の目処が立ちまして」 「それはおめでとうございます」 「あ、ありがとうございます。れで、ですね…」 「ふっ………」 「っ…」 何だか屈辱的。 鼻で笑われたぞ?「それで…何です?」 「え? あ、いや、そのう…」 「わざわざ尋ねて来ながら全く要領を得ないその物言い。うかと思いますが?」 「ご、ごめんなさい…」 目と仕草だけでコーナーに追い込んでおいて言うかぁ?でも…仕方ない。 なんと言われようと、俺たちには、かすりさんが必要だ。 「あの…かすりさんをくださいっ!」 「………あら」 「え…?」 瞬間…部屋の奥にあったふすまが、とんでもない音を立てて開かれた。 「やはりお前だったのかっ!」 奥の部屋から飛び出してきたのは、…ヤクザの親分さん?「許さーんっ!この涼波源一郎の目の黒いうちはそのような無体、許すわけにはいかーんッ!」 「お父様っ!」 「お父さんっ!?」 い、いや、どうやら涼波家の家長であらせられるらしい。 こ、これが病弱な父?い、いや、その前に…もしかしてお父さんって…ヤクザ!?………んなわけないか。 「悪いが、お前のような男に娘をやるわけにはいかん。んな約束をしたか知らんが、なかったことにしてくれッ!」 「いや男関係なんてありません。 約束ってなんですか?今日は就職の話。 俺とかすりさんは単なる同僚…」 「おおかた、営業再開の目処が立ったため、娘を連れ出そうと来たのだろう?」 「そ、そうそう…それです」 「…かすりを連れ出す?」 「いや違った。すりさんにファミーユに戻ってきて貰いたいんですが」 「つまり、これでようやく生活も安定するから、結婚したいとの申し出だな!?」 「どこからそのような流言が!?」 「ええい! 祝言など許さんっ!」 「お父さんの座布団全部取れ!」 「お父さん言うな!ッ…ゴフッ!」 「お父様ッ!そんなに興奮しては、お体にさわります!」 「む、止めるな、紬…ワシは…ワシはやらねばならんのだぁ~!」 「え…?」 やるって…一体何を?「ふふっ…今宵の虚鉄は血に飢えておる…」 「げっ!?」 目にもまぶしき日本刀っ!?ていうか、それ今…どっから出した?「お父様、あきまへんっ!!」 おお、関西イントネーション。 興奮するとかすりさんも、こうなのかな?…などと感慨に耽っている場合では!「許さん…許さんぞーッ!そこに直れ! 叩き切って…ゴフッ!」 「ああ~、お父様っ!しっかりなさってください」 「ごほっ、ごほぉぉっ…な、なんの…これしき。奴を叩っ斬るまでは、この涼波源一郎、死なぬ!」 「…死ぬのも殺すのも勘弁してくれ」 ………………「しかし…でっけー家」 客間にひいてもらった布団に寝っころびながらあれからの談判を思い出す。 完全に何か妙な誤解をしているお父さん&お姉さんを粘り強く説得し、『あくまでファミーユにとってかすりさんが必要』という当方の主張は…やっぱり認められず。 曰く…『歴史もない、しかも洋菓子屋の倅なんぞに娘はやれるか』『妹はちゃんとした婿を取り、この店の支店を任せます。 貴方はかすりの将来をめちゃくちゃにする気ですか?』『大体貴様はいつもそんなにグダグダとハッキリしないのか!そんな男に大切な娘は任せられん』………いや、前提として娘の男じゃないし、そんな男らしいところ見せたってなぁ。 大体、グダグダしてたのは、何とか穏便に話を進めようと努力した結果だ。 話し合いに来て逆ギレしてたら、ただの馬鹿じゃないか。 結局、話し合いは何ら歩み寄りを見せることもなく、しかもかすりさんと話したいと言っても『まだ帰ってない』の一点張り。 …夜中の2時だぞ、今。 まぁ、それでも、深夜に及ぶ大激論の末、寒空に追い出されなくてよかった。 日帰りの予定だったから、ホテルも取ってないんだよな。 あれだけ罵っておきながら、一宿一飯を提供。 ただの頑固親父じゃないな、涼波源一郎…「…寝よ」 泊めてくれたとは言え、明日の朝には追い出される。 結局、かすりさんを連れ戻すことはできなかったらしい。 「おやすみなさい」 俺は、徒労感に包まれたまま、目を閉じた。 一瞬で眠気が襲ってきて、意識が闇に包まれる。 ………………「………」 「すぅ、すぅ…」 「んふふ…」 「すぅぅ…う…ん…」 「せ~のっ」 「ん?」 「ばあっ!」 「うわあああっ!?」 突然、耳に吹きかかる息と、全身に伝わる温かくて柔らかい感触がががが!「いや~ん本当に迎えに来てくれたんだ~かすりちゃん感激~」 「かっ、かっ、かっ、かっ、かすりさ…もごっ!?」 「しっ、しっ、静かに、黙りなさい。んまり騒いだらあの××親父に見つかっちゃうよ~?」 「ん~っ、んん~っ!!!」 「騒がない?」 「ん! ん!」 事態が飲み込めないまま、こくこくと首を縦に振る。 「そう、いいコね。れじゃ力を抜いて、お姉さんに全てを任せて」 「ん~! ん~っ!」 事態が少しだけ飲み込めたいま、首を激しく横に振る。 「ちぇっ」 「ぷはぁっ!」 予想だにしない闖入者は、舌打ちをかましながらも、ようやく俺の口を解放してくれる。 「か…かすりさん?」 「お久しぶり~、仁くん」 ---涼波かすり。 既に説明済み。 「いつ帰ってきたんですか?何でこんな夜中に俺のとこに来たんですか?いや、そもそもお宅のお父さん何とかしてください」 「あ~、ごめん、あれ何ともならない。々な行き違いと誤解が積み重なってね~」 「勘弁してくださいよ」 うまい具合に最初の2つの質問をスルーされたような…「仁くんが来てるのだって、明日香ちゃんからさっきメールが来て初めて知ったのよ?もうあったまきた」 「それはそうと…お父さんやお姉さんの言ってた、『将来を誓い合った仲の男』ってのは?」 最後の方は、うわ言のようにそんな言葉を繰り返してたからなぁ。 「あ、それは方便」 「巻き込まれた俺の立場は!?」 「いい具合に辻褄が合ったね~。 同じ職場に将来を誓い合った男がいた…そりゃ、家出もするわけだ。 説得力抜群」 つまり、行き違いの中には、訂正しようともしなかったどころか、積極的に誤解を誘うネタもあったと…「そ、その前に離れて…」 よく考えなくても、これは相当に危ない構図だ。 「こんなところをあの親父さんに見られたら、和三盆持って追い回されるでしょうが」 「仁くん…和三盆って砂糖だけど…?」 「さすが和菓子屋の娘」 虚鉄だった。 …全然違うじゃねえか。 「そんなことよりも…ねえ、脱いで」 「ひいっ!?」 ますます誤解と親睦を深めるような発言を!?「早く…みんなに気づかれる前に」 「何をするつもりですかあんたは」 「何って…そりゃ、ねえ?」 「そこで無邪気に笑わないでください」 無邪気に反応してしまうモノとかある訳ですよ。 「かすり! かすりはどこに行った!?」 「やばっ! 仁くんさっさと起きて!ずらかるわよ!」 「なんで!?」 「駆け落ちに決まってんじゃない。が一度決めたんなら、何があってもやり遂げなさい!」 「一度も決めてねえっ!?」 わたわたと立ち上がったところで、浴衣の前がはだけて、ほとんど裸同然。 「荷物持って!だから早く着替えろって言ったのに」 「脱げとしか言わなかったじゃないですか!」 「細かいこと気にする男ね、仁くんは。っぱ彼女が昔付き合ってた男とか、気になるタイプ?」 そりゃ気になるが、今それを言ったところで泥沼だ。 「く、靴…俺の靴は!?」 「玄関行ってる時間なんかない!安全なところまで逃げたらタクシー呼ぶからそこまで我慢!」 「嘘っ? 嘘ぉぉ!?」 「さあ! 素晴らしき自由とケーキの世界に戻るわよ!手に手を取って進みましょう♪」 「待ってくれ~!」 涼波家の人々に、強烈な印象(主に間男としての)を残し、俺は、夜の闇に、パンツ一丁で駆け出そうとした。 その瞬間。 「そこかぁ~、そこにいたのかぁ~。の泥棒猫め~」 「ひぃ~っ!」 日本刀片手に、ゆらり、とこちらに身構えるお父さん。 「あはは~、ちょっと間に合わなかったね~」 そして…気楽に笑うかすりさん。 …そういう人だよ、あなたは。 「絶体絶命のピンチってやつ~?」 「なに気楽に笑ってるんですかっ?って言うか、刀が! 刀が!」 蛍光灯を反射して、刀が物騒な光を放つ。 「覚悟…するがいい…天誅~~~~ッ!!」 「うわぁ~~~っ!」 ………………いつまで待っても、衝撃も痛みもこなかった。 「…れ?」 恐る恐る開けた俺の目にうつったものは…。 「お父様…そんなに興奮したらお体に障るとあれほど…」 倒れふした源一郎氏と、重そうな壷を抱えて立ち尽くす紬さんの姿だった。 更には、倒れている源一郎氏の後頭部に、でっかいこぶがある。 「おい」 今のゴンッって音は、もしかして…お父さんって、病弱だったんじゃ…?「お姉さま、なーいす!」 「しょうがないですわね、今のうちに行きなさい」 「い、いいんですか?」 「そこまで好きあっている二人を引き裂くのは野暮というものでしょう」 「いやそれは野暮とかいう以前に情報が錯綜…」 「おね~さまっ!」 「かすりっ!」 ひしっ、と手に手を取り合う姉妹。 「二人の想いが本物なら、もう私が口出しすることはできません」 …いや、本物も何も…「姉さん、わかってくれたのねっ?」 …いや、俺には全然わかんないんですけど。 「お父様には、私からよく言っておきます。 かすりが見つけたという、本物の味。 恋におぼれずにしっかりモノにしてくるのよ」 「はいっ、紬姉さま」 「高村さん?」 「は、はい~~っ?」 「かすりのこと、よろしくお願いしますね」 「…は、はい…?」 あ…首を縦に振ったぞ、俺?「いや~良かった良かった。に強制送還されてから、ずっと軟禁状態だったのよ~」 「しくしくしく…」 「洋菓子の勉強したくて家を出たってのがバレたから、もうこのまま一歩も外に出られないかと思ってたけど…王子様は意外なところにいたんだね~」 「靴を残して逃げるのはシンデレラの方なのに…」 「気にしな~い気にしない。くんがわたしを奪いに来てくれたこと、嬉しかったよ」 「奪うつもりなんかありませんでした…」 「でも…必要なのよね? わたしのこと」 「う…」 「万一、いい加減な気持ちでかすりと交際していることがわかったら…」 「は、はい…」 「痛い目会わせますえ?」 「ひ、必要、必要。う聞くまでもないじゃないか~」 「激しく棒読みなのは気のせい?」 「うっ…」 「あはははは…ともあれ、これからまた、よろしくね」 何はともあれ…本当に、何はともあれ…これで、三人。 ファミーユ復活に、また一歩近づいた。 ………一週間後。 「うわぁ、広いね~。井も高~い」 「あ、ここだここ。-1」 「へぇ、入り口から近い。地条件もなかなか」 「本当にここに出店できるの? せんせ」 「契約にさえ漕ぎ付ければね。応、今のところはまだ空いてるって」 「一番最初に埋まりそうな場所なのに…出店料、高いんじゃないの?」 かすりさんの言う通り、スペース番号A-1とB-1は、フードコート入り口付近という絶好のロケーションだ。 俺も最初に図面を見せられたとき、頭の中で描いた出店料は、とても払いきれる額じゃなかった。 「いや、それが…月でこんだけ」 「…誰が儲かるの? この金額で」 見積書の金額を見て、かすりさんが呆れた声を上げる。 …初めて金額を提示されたときの俺と同じ反応だ。 「怪しいよこの条件、美味しすぎる」 「…やっぱりそう思う?」 「もしかして…ここが建つ前、この辺りには墓地が…」 「スーパーだったって」 よく買い出しにも来てたことを都合よく忘れ、かすりさんが縁起の悪い喩えを持ち出す。 「店内には…20席くらい?」 「あ、でも外は共有スペースのオープンカフェになるらしい。からそっちのお客様にも対応しないとね」 「屋内のオープンカフェって、何がオープンなのかしらね」 「それは言わない約束だよぉ…」 「けど、こんな広い共有スペースがあるんだ。んか周りの店との競争が厳しくなりそうね」 「大丈夫だって。チの店、ちょっと特殊だし、住み分け可能」 お菓子は美味しさで。 サービスはコンセプトで。 半年前までの店でも、ウチの独自性はなかなかに好評で、常連も二桁はいた。 今まで通りにやっていけば、大きな失敗もせず、コンスタントに利益が出せるはずだ。 そして、いずれはまた、あの場所に戻るため、お金と味と、お客様を繋いでおかないと。 「さて、というわけで、今朝刷り上ったのがこれ」 封筒に入れた紙束を、二人に渡す。 そこには、俺が昨日、徹夜でデザインした自慢の…「へぇ…オープニングスタッフ募集のチラシ?」 「うわぁ、凝ってるね」 「あと2人…最低でもあと1人は欲しいからね。んとか皆の目に留まってもらわないと」 あと2人いれば、かすりさんがお菓子作りの方に専念できる。 どれだけ忙しくなるかはわからないけど、せめて常時ウェイトレスが2人はいてくれないと。 「きっとすぐに見つかるよ。しいファミーユの仲間」 「ま、そのためにはアピールが大事ってことで」 「で、これ、もう貼っちゃっていいの?契約まだなんでしょ?」 「明日申し込むよ」 少しだけ、迷いもあったけど、二人の上々の反応を見て決心した。 お金は…ギリギリなんとかなる。 「だから悪いけど…」 「ファミーユブリックモール店の初仕事だね」 「気合入れていきましょ」 「頼んだぞ~。のミーティングは来週の同じ曜日、時間に俺の部屋」 「せんせ、またね~」 ………………「さて残るは…恵麻姉さんの説得かぁ…」 お金に関しては、なんとか頭を下げずに済みそうだけど…でも、そのためにしたこと…多分、メチャメチャ怒られるだろうなぁ。 久々に呼び捨てにされるかも。 「ひっ!?」 噂をすればなんとやら…「…れ?」 と、思いきや、ディスプレイに表示された名前は…「よ、久しぶり」 「何のん気なこと言ってるのよ」 「二週間ぶりの挨拶がそれか?」 あれ、なんか微妙に焦ってる?いつも冷静沈着なこいつが?「久しぶり、今日もいい天気ね。ょっと確認したいことがあるの」 「なんておざなりな時候の挨拶だ」 「仁、あんた、もう契約しちゃった?」 「契約って…?」 「ブリックモールのフードコート、スペースA-1」 「…お前、どうしてスペース番号まで知ってる?」 業者向けの説明資料にしか載ってない情報だぞ。 「契約した?」 相変わらず、必要なこと以外はな~んも喋らん。 「明日、契約する予定」 「間に合った…」 「はあ?」 さっきまで焦ってたかと思ったら、今度はあからさまに安堵してる。 一体、何が何して何とやら…「契約しちゃ駄目」 「はぁっ!?」 何が何して………何とやら?「諦めなさい。ち目、ないから」 「何言ってんだよ急に?」 「今まであたしの指示に間違いがあった?」 「いや、ないけど…でも!」 「なら、今度もあたしを信じて諦めなさい。なら大した損害じゃないでしょ?」 「ちょっと待てよ!勝算なら十分あるって言ったろ?」 「ない、全然ない。うじゃない、嵌められたのよあんた」 「訳わからん…」 「コンビニ」 「は?」 「近くにコンビニある?あるいは本屋」 「…目の前にあるけど」 「入る」 「お、おい…」 なんか刑事ドラマで誘拐犯に振り回されてるような…「雑誌コーナー。日発売のAマガジン」 バイト情報誌…?「…読めってこと?」 「132ページ。から三段目」 「…お前絶対同じ雑誌手元に持ってるだろ!」 それをわざわざこんな回りくどい方法で…一体何の嫌がらせだ?「よく…読む」 「よく読めって言われてもなぁ…」 こんなの、時給とか勤務時間とか、単なる“情報”しか載ってないじゃんか。 そんな雑誌に、何か心揺さぶる感動的な一文でも?…132、ページ。 上から…三段…「…キュリオ?」 「ブリックモールに三号店オープン」 それは、一見、何の変哲もない募集広告。 新しくできるショッピング街『ブリックモール』に出店するにあたり、オープニングスタッフを募っているだけの記事。 「キュリオ…来るのか?」 だけど…少なくとも、俺と里伽子には…「お帰りなさいませ、ご主人様、奥様」 「え? え?」 「堂々としてなさいご主人様」 「ふふ…二名様ですね。二階へどうぞ」 ………「…アンティークメイド喫茶?」 「おっしゃる通りですご主人様」 「黙れ奥様。って、へぇぇ、これが」 「驚きでしょう?」 「ただ店員さんの制服がメイド服ってだけじゃないんだ」 「空間そのものを『メイドさんがいてもおかしくない』ように、念入りに演出されてる」 「さっきの挨拶…」 「メイドなんだから、“ご主人様”にかしずくのが原則」 「それだけじゃない、内装も…食器も…」 「輸入もののアンティークね、これ。えるのにどれだけかかってるんだろ?」 「道楽ここに極まれり、だな」 「でも流行ってる」 「だって美味いもん、このダージリン」 「ケーキも相当なものね。い職人さんがいるみたい」 「ますます趣味の領域だぞ…贅沢すぎる」 「でも…流行ってる。繁盛と言っていい」 「流行るに決まってんじゃん。んな店なら俺だって毎日通う」 「それでは質問。ァミーユにここのお茶とここのケーキを持ってきて、同じように流行ると思う?」 「ケーキならウチだって負けてない」 「なら、ウチが負けてるのはお茶だけ?それでこれだけ集客数に差が出る?」 「………」 「この空間演出…使えると思わない?」 「…ここに?」 「あんたが契約しようとしている場所の真向かい…B-1」 「キュリオ…が?」 「極めつけのダブルブッキング」 「聞いてないぞ、そんな事…」 ここには、中世ヨーロッパの街並みを再現したストリートが広がり…店舗も、そのコンセプトに即したものだけを厳選し…来店されるお客様におきましては、現実の世界から脱却し、ひとときの安らぎを…確かに…キュリオに、ぴったりのコンセプトじゃないか。 「仁…ファミーユは、キュリオに潰される。んただって、わかるでしょう?」 「そんな…」 「だってファミーユは…『喫茶キュリオ』を、忠実に模倣した喫茶店」 アンティーク“風”の家具、食器、内装。 そこに、“ちょっとしたオリジナリティ”はあっても、“オリジナルそのもの”は存在しない。 「キュリオには勝てない。いえ、最初から勝負にならない」 「…あれ?」 重い足を引きずって、たどり着いた自分の部屋。 確かにかけたはずの、鍵が開いている。 「あ…」 玄関に入って、すぐに不法侵入者の正体が割れた。 ちょこんと揃えられた革の靴が一足。 どうやら、今いちばん顔を合わせたくないひとが来たらしい。 「ただいま…姉さん」 ………人の気配はするのに、反応は返ってこない。 寝てる?「………」 「あ…」 全然寝てなかった。 それどころか、まるで親の仇でも見るように、えらく鋭い目をこちらに向けていらっしゃる。 …親、同じなんだけどな。 「来てたんなら電話くれればよかったのに。飯食べた?」 「………」 「オムライスで良かったら作るけど…?」 「どういうこと?」 「天津飯?」 「仁!」 「っ…」 いかん…いきなり呼び捨てだ。 どれがバレて逆鱗に触れたかなぁ?正直、心当たりがありすぎて墓穴を掘りそうだ。 「ちょっとここ座んなさい。座!」 「は、はひっ」 姉さんの指差したのは自分の膝のほんの先。 要するに、思いっきり膝を突き合わせて話さないといかんという内容らしい。 「説明しなさい」 「まずはチキンライスを作るんだけど…鶏むね肉とたまねぎとピーマンをサイの目に切って…」 「こら」 「いてっ」 痛くないけど、痛がらないと怒るから、とりあえず痛がってみせる。 「誰がオムライスのレシピを説明しろって言ったのよ?」 「やっぱ卵は半熟だと思うんだけど、どうかな?」 「あんた姉ちゃん馬鹿にしてるの?」 …いかん、話し方が結婚前に戻ってる。 激怒してる証拠だ。 「休学届出したんだって?」 「あ~、それか」 芋づる式に全てがバレる最悪の情報…「お母さんからさっき電話あって…だからすっ飛んできたのよ」 学生課め、余計なことを…「あ~、ほら、それは…こう、なんて言うか、若いうちの苦労は休んででもしろと言うか」 「泣いてたよ、お母さん。父さんも今日は早退するって」 「そんなたいした話じゃ…もともと留年の危機だったんだし」 「そんなはずないじゃない!仁はやればできる子なんだから!」 「いや、だからやらなかったんだって…」 大体『やればできる子』ってのは、できない子の親が言う言い訳だぞ。 「お父さんたち、今夜中にこっち来るって言ってたけど、『とにかくわたしが話を聞くから』って、止めといたんだからね」 「かたじけない…」 高村家勢揃いで叱られまくるというのは想像したくない。 「さあ説明しなさい。得の行く理由だったとしても、姉ちゃん認めないからね」 「う…」 「納得するまでご飯抜き」 さっき確か『認めない』って言ったよな?餓死決定?「………」 「………」 仕方ない…命には代えられないからな。 ………………「…というわけで、ファミーユが軌道に乗るまでは、しばらく大学行ってる暇ないし」 「………」 「最初はまとまったお金がいるし、今までのバイト代つぎ込んで、その上ノートとか売ったけど全然足りなくて…」 「………」 「で、こうなったら授業料に手をつけるか闇金か…いてっ」 「姉ちゃん、やんないって言ったよね? ファミーユ」 「だから仕方なく俺がやろうと…いてっ」 「学生は勉強が本分でしょう!?」 「だからけじめをつけるために休学…いてっ!本当に痛ぇ!」 「~~~っ」 「…手、大丈夫?」 俺の頭なんていう固いモンを力いっぱい叩くから…「もういいって言ったじゃない」 「………」 「仁が、自分のことほっぽり出してまで、ファミーユを存続させようとしたって…一人さんも、わたしも、喜ばない」 「姉、さん」 「わたしには…ここにいないひとよりも、今、目の前にいるひとの方が大事なの」 「………」 焦点が…目の前にいる姉さんは…目の前の俺に話し掛けているのに…「ね? 仁。 大丈夫だから。 姉ちゃんは…もう心配いらないから」 その声が…耳を素通りするのは…音も、光も、全てがぼやけているから。 「後は姉ちゃんに任せて。は、大学を卒業することだけ考えなさい」 aあたしを信じて諦めなさいa後は姉ちゃんに任せて誰も彼も…うるさいなぁ…誰も彼も、俺のこと、第一に考えてくれて…そして、俺の気に入らない選択肢ばっかり出しやがる。 「……つき」 「…え?」 「ま~姉ちゃんのうそつき!」 「仁?」 伝わりにくい嘘…つくなよなぁ。 もしかしたら、騙されるかもしんないだろ?「俺のためにわざとらしい嘘つくな!そんなの迷惑だ!」 「誰が嘘ついたってのよ!姉ちゃんが弟を大事に思って悪いか!」 「だからって無理やり兄貴を忘れようとすんな!」 「っ!?」 「そんなの…もっと傷つくだけじゃん!」 「無理やりじゃない…もう三年経った…」 「兄貴がま~姉ちゃんのために作った店なんだぞ!俺たちの“家”なんだぞ!?」 「そんなもの…もう、ない」 「なくなってない…」 「なくなった」 「なくなってない!」 「燃えちゃったの!」 6月18日。 その日は、運悪く、梅雨入り前の晴れ間が広がっていた。 ファミーユの営業が終わり、皆も帰宅して。 俺と恵麻姉さんは、月に一度の贅沢の日で、二人揃って外食に出かけてて。 出火したのは、午後10時30分頃。 店も、杉澤の家も、全焼だった。 原因は、放火。 その時期、近所に出没していた放火魔の仕業。 犯人はすぐに捕まったけど、木炭が木材に戻ることはあり得ず。 俺のたった一人の肉親が建てた家は、三年前の本人と同じく、灰に帰った。 あのときの…真っ黒に、焼け焦げた家を目の当たりにした、ま~姉ちゃんの表情を。 その後の、抜け殻となった彼女を。 三年前のあのときと一緒の彼女を。 いつまでも、いつまでも、夢に見てしまうから…「何もないの。 もう、元に戻らないの。 戻してもしょうがないの」 「ま~姉ちゃん…」 「あの場所が無くなったって…わたしはあの人を思い出せる。から、“家”なんて関係ないの」 「………」 「それに、ファミーユには…一人さんとの思い出は、存在しないから」 兄貴が作ったファミーユは、その開店の日を、兄貴が生きている時に間に合わせることができなかった。 だから、兄貴と過ごした記憶は、ファミーユの中には存在しないだけど…「俺は…兄ちゃんの実の兄弟だから」 「仁!」 それでも、兄貴の思いは宿ってる。 「兄ちゃんの作った“家”を、守る権利がある」 義務じゃない。 俺や、ま~姉ちゃんや、仲間たちの思い出の詰まったあの場所を…もう一度、取り戻したいから。 兄ちゃんと、兄ちゃんが愛したもののために。 「姉ちゃんがこれだけ言ってるのに?」 「ごめんよ、ま~姉ちゃん。も俺…」 「………勝手になさい」 「…ありがと」 お許しが…出た。 ………だから、もう少し頑張れる。 弱音を吐かずに頑張れる。 ………そうじゃない。 頑張らないと、色々な重さに潰されて、やっていられないだけだ。 そして、数日後。 とうとう完成したブリックモール。 けど今は…お客様や店員さんのいない、完全なる無人地帯。 だけど俺には、大事な用がある。 「店内放送のテストかな?」 静寂のブリックモールの中…どこかから、流れてくる歌声。 「………」 ついつい、足を止める。 だって、雑音を混ぜるのは、勿体ない。 「なんだこれ…」 めちゃめちゃヒット。 ちょっと古くさくて、ちょっとありきたりで…そして、なんかすげぇ迫ってくる。 しまった…最近のヒットチャートとか全然チェックしてないから、何の歌か、さっぱりわからん。 「あ…」 止まっちまった。 やっぱり、ほんの数分のテスト放送だったみたいだ。 しかし…「誰の歌だ…?」 ちょっと、いやかなり気になっちまった。 有線放送かな? それともFM?後で、守衛室で聞いてみればわかるかな?CD、欲しいな、これ。 ………「あ、いかん…忘れてた」 その守衛室からは、30分で戻るって約束で、鍵を借りてきてたんだった。 「はは…」 そして…辿り着く。 俺と、かすりさんと、明日香ちゃんの、三人だけの夢の結晶…本当なら、五人で祝いたかった、夢の結晶…「とうとう…できちゃったか」 「里伽子…」 「守衛さんに聞いたら、ちょうど“店長”が中にいるって」 「ああ…」 心配で、駆けつけてくれたのか。 ちょっとありがたいけど、ちょっと、ほっといて欲しかったな。 「本当に、あんたらしい店構えね」 「そうか?」 「だって…半年前のファミーユと、何一つ変わってない」 近くの輸入家具屋で手に入れた、アンティーク“っぽい”テーブルに椅子。 ギリギリの予算で揃えたティーカップ、ポット。 全て、以前使ってたものと同じものを集めた。 調理器具も、レイアウトも…「原点、だから」 「………」 「それに、俺らしいって言ったって、もともと、この内装を設計したのはお前だろ?」 「そうだったっけ?」 もともと里伽子は、俺と姉さんと共に、ファミーユのオープニングスタッフの一人だった。 店舗兼新居ができたところで、兄貴がいなくなり、この店の開店は、数ヶ月間頓挫していた。 そんな折、大学でこいつと知り合い、なんとなく友達になって、いつしか、変な噂が立つくらいに親友になって。 そんな時、俺は、その関係に甘えて、ポロリと語ったんだ。 『この喫茶店を、なんとか立ち上げたい』って。 「ファミーユが開店したのも、二年間続いたのもお前のおかげだ。から今度だって…きっとうまくいく」 「………」 「いや、何としても成功させてみせる。ァミーユを好きでいてくれる、ほんの一握りの人たちのために」 残った三人。 離れた二人。 今まで、ファミーユに通ってくれていたお客様。 そして、これから好きになってくれるかもしれないお客様。 「…無駄、よ」 「お前にだけは言われたくないんだよ」 「…ごめん」 恵麻姉さんと里伽子がいれば…いや、それは言っても仕方のないこと。 二人とも、しごくまっとうな理由で、新しい店づくりに参加できないだけなんだ。 「それで、人は集まったの?」 「俺と、かすりさんと、明日香ちゃんと…」 「うん」 「高村くんと、涼波さんと、雪乃さんと…」 「待ちなさい」 「仁くんも含めると七…え? なに?」 「…三?」 「いや、だから七…」 「………」 「………」 「………」 「涼波さんとかすりさんがお菓子作りと接客、雪乃さんと明日香ちゃんは常時フロアに出てもらって、高村くんと仁くんには俺の調理のサポートを…」 「…回るのそれで?」 「だからこんだけ頭数が揃ってれば…」 「引っ張りすぎ」 「何とか回してみせるよ!」 結局、駅前でビラ配りとかしたけど、採用希望は皆無。 キュリオの出店というのがバイト情報誌に掲載されたため、希望者はほとんどそっちに流れてしまったというのが現状。 そりゃ、キュリオは今や、喫茶店フリークの間じゃ、知らない者がいないくらいに有名になってるけど…ファミーユだって、地元じゃそこそこ有名だったんだけど…やっぱり、半年間営業してなかったのが響いたのかな。 「…何人足りない?」 「あと一人、フロア担当が欲しい。それ以上は、払いきれん」 本当の理想は、加えて優秀なお菓子職人。 それも、安い給料で働いてくれる人希望。 有名なパティシエを金で連れてくることは、今の俺の財政状況では不可能だし。 かすりさんの腕が悪いわけじゃないけど、正直、まだ修行中の身だったわけで。 けれど、今はそんな泣き言を言ってる場合じゃない。 「…フロアに出てくれそうな子、声かけてみる。チの後輩とか」 「悪いな」 オープンは明日。 いくら里伽子が駆けずり回っても、たった数時間で見つけられる訳がない。 それでも、その心遣いにだけは、感謝。 「負い目があるしね」 「…悪いな」 「成功を祈ってる。れは本当の気持ち、だから」 「…サンキュ」 「はぁ…」 結構、いい雰囲気に戻ったと思ったんだけどなぁ…それでも、飲みに誘ったら、けんもほろろに断られた。 結局、何しに来たんだ? あいつ。 励ましに来た…にしては暗いし、しかも、応援してはくれてるけど、失敗を確信してるし。 なんか…クソミソに貶されるよりも落ち込む。 それに、結局『あの歌』の正体も掴めなかったし。 守衛さんに聞いたところでは、今日、店内放送のテストなんかやってなかったらしい。 でも…それってどういうことだ?あの曲は、誰かがラジオでもつけてて、そこから聞こえてきたってことか?…まぁ、どのみち、手がかりはなくなってしまった。 しばらく、FMでもチェックするしかないか。 何しろ、気になって気になってしょうがない。 あ~あ…本当に、今日はついてない。 「一人で…飲みに行こうかな?」 点心亭のカニ玉と天津飯を肴にビールでも。 …いや、そもそも今、一人で酒なんか飲んでると、ますます落ち込んでしまうじゃないか。 ここは大人しく、麒麟食堂の特製半熟オムライスを、スパークリングワインで流し込み…って酒だこれも。 「…あれ?」 俺のバッグ…確か、店のカウンターに置いて、内装のチェックを始めて、そのまま…「あちゃ…」 それでも、家に帰る前に気づいてよかった。 今なら、5分とかからずに戻れる。 というわけで、ブリックモールに向けて踵を返す。 ………「…あれ?」 もう一度、守衛室に頭を下げて、鍵を借りてきて…でも、開いてる。 確かに俺、閉めてから出て…いや、鞄を忘れるくらいだ。 鍵をかけ忘れても不思議じゃない。 「いかん…抜けてる」 かなり頭が煮えてるらしい。 普段じゃ考えられないミスの連続だ。 「ったく、まいったなぁ…」 「あ、いらっしゃいませ~♪」 「…は?」 「お一人様ですか~?お煙草はお吸いになられますか~?」 「…いや、吸うけど」 「それでは喫煙席にご案内…」 「あ、いや、お店じゃ吸わないから禁煙席で」 「禁煙席ですね?それではこちらへ~」 「って、待て待て待て!」 かすりさんでも、明日香ちゃんでも…ましてや、恵麻姉さんでも、里伽子でもない、けど、ウチの制服姿の女の子。 ………どう考えても、不法侵入。 更に、ウチの制服勝手に着てるから、窃盗罪?「あれ、そういえば…」 「な、なに?」 「あなた誰です?こんなところで何を?」 「いや、あのね…」 まったく同じ質問を、今しようと思ったのにするんだもんな~「あ、守衛さんですね? ご苦労様です。 心配しないでください。 用事が済み次第、すぐに帰りますから」 「守衛…」 「あ、そうそう!ちょうど、第三者の意見が聞きたかったところなんですよ~」 「第三者…」 俺って…まったくの無関係者?「どうですこれ?似合ってますか?」 「ぇあ?」 なんか擬音みたいな声しか出てこないぞ…あまりにも予想の斜め上を行くやり取りに、とことんついていけない俺がいる。 この店の責任者なのになぁ…「素敵なデザインの制服でしょ?…ちょっと、サイズが小さいけど」 「は、はぁ…」 あれ…明日香ちゃんのだな。 「もう一着、サイズはピッタリなのがあったんですよ。でもそっちは、胸がキツくて…」 「ははぁ…」 そっちは…かすりさんのだろう。 明日、このエピソードをみんなに語るとしても、彼女の今の発言は、証言から抹消しておこう。 「素敵な制服ですよね~なんだかお姫様になったみたいな気分♪」 「いやそれどっちかって~とメイド服だし」 どっちかって~と、お姫様のお世話係の着る服…そう、これこそが、ファミーユの制服。 キュリオのコンセプトを取り入れつつも、その枠の中で独自性を打ち出そうと、あいつがデザインした制服。 「こう、なんだか身も心も軽くなって、ついつい、幸せな気持ちになりませんか?なりますよね!?」 「いや、それは…そう?」 「そうなんですよ!わたし、この服気に入りました!それに、このお店のデザインも」 「は、はぁ…」 「決めた! やっぱりここにします。ュリオとどっちか悩んだんですけど、なんか、こっちのがわたしに合ってるみたい」 「ここにするって…もしかして…」 「ええ、明日からここで働きます。憩のときとか、ご来店くださいね?」 「いや、働くって…採用されたの?」 いや、してないけどさ。 「今から面接なんですよ」 「誰が面接すんの?」 「さあ? 今はいないみたいですねぇ。っき、人の気配がしたから、誰かいると思うんですけど」 それはつまり、俺と里伽子、か?「アポ、取ってある?」 いや、受けてないけどさ。 「いえ、さっき駅前でチラシ見て、『これだ!』ってひらめいたばかりですから~」 「あ、そ…」 駄目だこりゃ。 確かに見た目は、かなり完璧に近いけど、なんか言動や行動がいい加減すぎる。 里伽子がこの場にいたら、10秒で不採用だろうな。 「あ、それで、そういうわけですので、面接が終わるまで、少しだけ待っててくれますか?」 「………わかりました。部にそう伝えておきましょう」 「ありがとうございます~。日以降、本当に、是非ご来店くださいね?」 「あ~、わかりました。ゃ」 「お疲れさまでした~」 「さて、と…」 騙すみたいでなんだけど…一度、守衛室に戻って、本物の守衛さんにつまみ出してもらおう。 確かにウチとしては、新しい戦力は欲しいけど…なんか、違うだろ、この娘は。 下手に採用すると、かえって店内に混乱を招くような、そんな、怪しい予感がする。 許せよ、幻のバイト志望のお嬢さん。 君のことは忘れない。 「………え?」 静寂のブリックモールの中…どこかから、流れてくる歌声。 「…って、これ!?」 さっきの…店内放送…………じゃないぞ!?だって…この声…畜生、なんでさっき気づかなかった!?脳天気な会話の方にばかり頭が行って、ちょっと意識を向ければ、すぐ気づくはずのことを、全然認識してなかった。 そうだ、思い返してみれば…彼女は…鈴を鳴らすような心地良い声を、していた。 「…なんてこった」 透き通る高音部。 遠くまでも響く、地に足の着いた声量。 そして…楽しそうな表情。 そう…彼女は、なんだか妙に楽しそうだ。 深夜の、人っ子一人いない、開店前のブリックモールの、できたての喫茶店の中。 そんな意味不明のステージで、誰に聞かせるでもなく。 面接の待ち時間…と彼女が信じている時間の、ただの、暇つぶしに。 耳に吸い込まれ、直接脳を揺さぶり、全身に染み渡っていく、音波のシャワー。 駄目だ…俺の…負けだ。 ………「あれ? 守衛さん?忘れ物ですか?」 「………」 「どうしたの?」 「いや、その…俺、君に謝らなくちゃならないことがあるんだ」 「…はい?」 「ファミーユへ…ようこそ。長の、高村です」 Opening.mpg「店長さん、店長さんっ」 「ん?」 カウンター越しに、由飛くんが小声で話し掛けてきた。 いつも誰にでも聞こえるくらいの大きな声で話す彼女にしては珍しい。 「雑誌とかの記者さんが来てますよ、多分」 「雑誌?」 「ほらほら、よくあるじゃないですかっ、『ケーキの美味しいお店特集』とか、ほらタウン誌とかで」 「ああ…」 「間違いないですよ。っきから一口食べてはメモ取ってるし、それに何品注文したか知ってます?」 由飛くんの話によれば、既に7種類のケーキを頼んだとか。 確かに、ブリックモール自体が開店したばかりだし、フードコート内のお店特集とかやってもおかしくない時期だ。 もしかしたら本当に…?だとしたら、これは重大な試練だ。 特に、お向かいと間違いなく比較される身としては、今のメニューの評価は…「ところで、そのお客さんってどこ?」 「ほら、あそこです。の窓際の…」 「………え?」 「あれ、多分変装ですよね。しかしたら有名な評論家かもしれませんよ」 「………」 「にしても、マスクしながらケーキ食べるのって、不便だと思うんですけど…」 「はは…」 確かに、不便だ。 窓際のお客様は、暖房の効いた店内でコートも脱がず、サングラスもつけたまま、極めつけに、マスクをしたまま。 よく見てると、ケーキを一口食べるごとに、いちいちマスクをずらして口の中に運んでいる。 「どこの雑誌でしょうね? 聞けるといいんだけどなぁ…あ、ひょっとしたら店長インタビューとか申し込んできたりして」 店長インタビュー…?キュリオの板橋店長の隣のページとかに写真が載ったりして?………いや、そんなことはあり得ない。 だって、あれは…「由飛くん、お願いがあるんだけど」 「はいっ、店長!なんなりとお申し付けくださいっ」 「あの人がまだ注文してないケーキ、いくつか包んでおいて。で渡せるように」 「お任せ下さいっ♪」 「俺は…ちょっと話してくる」 「頑張ってきてください!これはチャンスですよ~!」 気合い入ってるなぁ…きっと、本当に取材だと信じてるんだろうなぁ。 …後で真実を知ったら、がっかりするんだろうなぁ。 ………「…恵麻姉さん」 「ごふっ!?」 そのケーキに囲まれた不審人物は、俺が真の名を呼びかけると、いきなり喉を詰まらせた。 「ごほっ、ごほぉっ!ちょっ、な、く、苦し…」 「ほら、お茶飲んで」 「っ! ん、んく…」 俺が差し出したティーカップを奪い取ると、冷めた紅茶を一気に喉に流し込む。 …そして、なんとか息を落ち着けた。 「は、はぁぁ…はぁぁぁぁ…」 「座るよ」 「あ、あの…あなた誰ですか?」 「いや、だからさ」 「わ、わたしは通りがかりの、単なるケーキ好きの客ですよ。店の方に姉さんなどと呼ばれる心当たりは…」 確かにケーキは大好物なひとだったが…「わざわざ店に入らずに、持ち帰りにすれば、正体バレずに済んだのに」 「だってショーケースには明日香ちゃんがいたんだもん」 「なるほど…」 顔見知りのいない場所を狙ったと言うことか。 少しだけ巧妙だな。 「あぁ違った!正体ってなんのことでしょう~?」 「おい」 「あっ!?」 とりあえず問答無用でサングラスを外す。 ついでにマスクも取り除く。 「来るなら来るってひとこと言ってくれれば…」 「だって…」 「気まずい?」 「仁く~ん」 「はぁ…」 なんだか、背中を丸めて、えらく寂しそうにいじけている。 どうやら、俺に反抗されたのが相当ショックだったみたいだな。 「…まだ怒ってる?」 「怒ってるのは姉さんの方だろ?」 「だってぇ…」 「俺は…絶対に諦めない。くら姉さんに嫌われても、この店を続けてみせるよ」 「嫌うだなんて…」 所在なさげにフォークでケーキをつつく姉さんは、なんだか、年下の女の子みたいに頼りない。 「で…かすりさんのケーキはどう?」 「………」 「それが心配で様子を見に来たんだろ?」 「それだけじゃないわよ…?仁くんがどんなお店を作って、どんなふうに頑張ってるのか心配で心配で…」 「で、どうだった?」 「………」 「そっか…」 俺にだってわかってる。 今が、ファミーユのベストコンディションじゃないことが。 かすりさんの焼いたお菓子は、確かに洋菓子店の商品として通用する味だと思う。 けれど…甘いものにそれほど通じてない俺だって、恵麻姉さんが昔焼いてたものに及ばないのはわかる。 それにフロアの接客…まだ慣れない由飛くんと、平日は午後しか働けない明日香ちゃんとの2人じゃ、どうしても、お客様の満足するサービスに追いつかない。 今のファミーユは…半年前のファミーユに追いついていない。 でも…「心配しないで」 「え?」 「今はまだ開店したばかりで、俺がみんなに迷惑かけちゃってるけど、そのうち慣れるから、店長」 「仁くん…」 「店長さん、その…お包みしました~」 「え?」 「ああ、ありがと、由飛くん。いでだから紹介するよ」 「え? は、はいっ!」 「こちら、風美由飛くん。装開店のファミーユの期待のルーキー」 「そ、そんなぁ、期待だなんて…えへ。、あの、もしかして写真撮影ありですか?」 …由飛くんは、どうやら、まだ取材だと信じ込んでいるようだ。 「由飛くん、こちら杉澤恵麻さん」 「よ、よろしくお願いします!えっと、このファミーユは、美味しい紅茶と、美味しいケーキと、アットホームな雰囲気が…」 「…俺の姉さん」 「それで、一度来たらまた来たくなる、そんなお店を目指して、従業員一同………え?」 「よ、よろしくね…由飛ちゃん」 「………」 「………」 気まずい…ちょっと恥ずかしい勘違いと、ちょっと恥ずかしい変装のおかげで…「え~と…姉さん、これお土産。で明日香ちゃんとかすりさんにも挨拶してってよ」 「う、うん…」 「え~と…あはは~」 「由飛くん…」 「は、はいっ!?」 「ごめんね…愉快な姉さんで」 「ご、ごめんなさいっ」 「あ、あはははは~!気にしてない全然気にしてませんよ~!あははははははははは………あはは……_はぁ」 由飛くんの笑い声は…さっきの期待に満ちた笑顔とは対照的に、たいそう虚ろで、痛々しいものだった。 ………………「…やっぱ9時はマズかったかなぁ?」 ………「…仕方ない」 ………………「…やっと起きたか」 ………「…おはようございます。さん、母さん、兄さん」 「う~…」 「ごめんね起こしちゃって。夜、遅かった?」 まぁ、早かろうが遅かろうが、この低血圧は避けられない事態なんだけど。 「シャワー浴びてくる」 「朝、何が食べたい?」 「…フレンチトースト」 「コーヒー? 紅茶?」 「ジャスミンティー」 「アイアイサー」 フランスと中国という謎の取り合わせだけど、もともと気にするような姉さんや俺じゃない。 勝手知ったる姉の家。 冷蔵庫から卵と牛乳。 ありったけのジャム。 ボウルに卵を割り入れ、牛乳を目分量。 よくかき混ぜて、テーブルの上の砂糖をひとさじ。 バゲットを薄く切り、ボウルに浸してオーブンへ投入。 「…なんか寂しいな」 ボウルの中身に、更に卵を足して、そのままフライパンに流し込む。 ついでにスクランブルエッグも作っておこう。 ………………「ん~」 フレンチトーストをぱくつきながらも、まだ眠たそうに目をこすっている。 「今日、仕事は?」 「午後から」 ファミーユを失った1月後から、姉さんは今さら就職活動を始めた。 そうして、この不況のさなか、幸運にも保険会社の外交員の仕事を手に入れて、毎日、外を走り回っている。 朝弱くて、のんびり屋の姉さんにしては、想像もつかなかった職種だったんだけど、その人当たりのよさもあり、結構成績を残せてるらしい。 「…おいし」 「ちゃんと自炊してる?」 「最近はちょっと…忙しくて」 「朝、食べてる?」 「…ほとんど起きてない。事、お昼から真夜中って感じだし」 「あんまりいい生活パターンじゃないね…」 「………ごめんね」 「いや、俺に謝られても…」 「違うの…ごめん」 「違うって…?」 「この前怒鳴ったこと…ごめんね」 「あ…」 日常会話の中にいきなり謝罪を混ぜてきたのは、姉さんなりの照れ隠しってことか?「仁くんは、一人さんのために頑張ってるのに、わたしったら…」 「いや、それだけじゃなくて…」 もう一人のためでも、あるんだけどな…「ヤキモチ焼いたのかな?仲の良すぎる兄弟に」 「はは…」 ヤキモチ焼いたって…どっちに?「あんな酷いこと言っちゃって、仁くん、もうウチに来てくれないんじゃないかって…そう思ったら、とっても悲しくて…」 「そんなわけないじゃん…ただの姉弟喧嘩で」 「だから今日、訪ねてきてくれて、本当はとっても嬉しかった…ごめんね、ごめんねぇ…」 「ちょっ、やめてよ恵麻姉さん…俺、兄さんとおんなじくらい、姉さんのことも大好きだって」 そうか…そんなに感激してたのか。 寝起きの悪さのせいで、ちっともそうは見えなかったけど。 「あ、ありがとうねぇ…わたしも仁くんのこと、大好きだからぁ」 「ありがと…」 なんか湿っぽい雰囲気になっちゃったけど…それでも、姉さんと仲直りできた。 これだけは、何者にも代え難い収穫だ。 来て、よかった。 ………………「………」 「………」 食後のお茶をすすりながら、真剣な表情でノートをめくる恵麻姉さん。 さっきまでのふにゃふにゃした姉さんは影を潜め、今は、俺が持ってきた帳簿を隅々まで真剣にチェック中。 「一応、黒は黒だけど…」 もともと、今日ここに来た目的の半分は、前店長に、今の経営状態をチェックしてもらうためだったりする。 「少ないわね…利益」 「うぐ…」 「これじゃ、最初にかかった経費を返す目処が立たないわよ」 出店料、工事費、設備費、材料費、そして人件費。 無理に無理を重ねて、ほとんどを借金でまかなった金が、このままじゃ、全く返せない。 ちなみに借金は、ブリックモールが紹介してくれた、低金利のローン。 が、連帯保証人として、高村征氏。 …恵麻姉さんの実父にして、俺の養父を立てている。 ゴメンよ父さん。 「さ、最初はさ、まだみんな慣れなかったから…これから巻き返すって!」 「最初の一週間は大黒字にならないと…だって、オープン記念で大繁盛したでしょ?」 「…こなせなかった」 「え?」 「ちょっと人手不足だったかな?お客様来たけど、待たせちゃって…」 「仁くん…まさか…」 「いや~! 俺ミスっちゃってさ。ょっと読み違えたかな~って」 ちょっとどころじゃない…人手が十分あれば、用意したお菓子や軽食は、全部売り切れる量だった。 けど、初日から売り切ることはできなかった。 フロアに一人、ショーケースとオープンカフェに一人。 しかも午前中は明日香ちゃんがいないから、ほとんど人を割けない。 この微妙な読み違えは、毎日毎日、歪みを微増させていく。 「何か、巻き返しの策があるの?」 「だ、大丈夫大丈夫!昨日なんかは、お客様を待たせなかったし」 …それでも用意したお菓子は、売り切ることができなかった。 明らかに減ったんだ…来客数が。 「………」 「そんな顔しないでよ。すりさんのお菓子も評判は上々だし、俺さえ間違えなければ、これからいくらでも…」 「本当に、そう思う?」 「な、なにが?」 「毎日試食してる仁くんから見て、かすりちゃんのお菓子はどう?」 「そりゃ美味いよ。んたってウチで3年もやってきてるんだ」 「じゃあ、お向かいのキュリオの商品と比べたら?」 「ひ…引けは取ってないと思う」 いかん…どもった。 「キュリオのケーキ、食べてみた?」 「うん」 「わたしも食べてみた…」 「う…」 「すごいわ…あれ。んであれがウチと同じ値段なんだろう…」 「そ、それはさ、本店で大量に作って、日に二回運んでくるんだってさ。、反則だよねそんなの」 「やっぱり負けを認めてるじゃない…」 「あ…」 相手の反則を責めるということは、相手に敵わないと思ってるってこと…「それに、どこで作ろうが、お客様には関係ない」 「ある店より、安くて美味しいものを売る店が隣にあったら、仁くんはそこに入ったりなんかする?」 「そんな言い方…かすりさんに失礼じゃないか!かすりさんは、恵麻姉さんの味を守ろうと一生懸命に…」 「多分、そのことを一番わかってるのが、かすりちゃん」 「………」 言葉もない。 今でもへらへら笑ってるかすりさんだけど、仕込みにかける時間が、日ごとに長くなってる。 態度には表れないけど、もしかしたら、物凄いプレッシャーと戦ってるのかもしれない。 「ねえ、仁くん…」 「………」 俺だけが悩んで、苦しんでると思ってた。 けど…もっとも悩みから遠そうな人まで、胃に穴が開くくらいに悩んでたとしたら?それって…経営者の責任だよなぁ。 「お互い意地を張って、みんなを苦しめちゃったわねでも、もうそろそろ、やめにしない?」 「え…」 やめるって…何を?「わたしに考えがあるんだけど…聞いてくれる?」 「………」 どういうこと?ファミーユを、やめるってこと?「まず、今までかかったお金、わたしが………仁くん?」 また…終わらせようとするの?兄さんと、姉さんと………俺の、思い出の場所を。 そんなの…「駄目だよ…」 「じ、仁くん?」 「やめられないよ、今さら…やめられるか」 「ちょっと、話を聞いて…」 「なんで俺の邪魔ばっかするんだよ…ま~姉ちゃん」 「聞きなさい仁!」 せっかく仲直りしたのに。 せっかく、ま~姉ちゃんと、また笑って話せたのに。 俺のせいで…俺が、うまくやれなかったせいで…元の木阿弥、だ。 「何度だって言うぞ!俺、絶対に諦めないからな!」 やめてたまるか。 「なんでいつもいつも姉ちゃんの言うこと聞かないのこの子は!」 「聞けるわけないだろ!」 だって…ま~姉ちゃん…あんた…あんとき、自分がどうなったか、覚えてないだろ?………高村仁、20歳。 最近、喧嘩してばっかりのダメ店長は、今日も、やってしまいました。 ………ゴメンよ…ま~姉ちゃん。 AM7:30「仁くん、スポンジお願~い」 「あ? ああ」 メレンゲの心地良い角の立ち具合に恍惚となっていた俺は、オーブンのタイマーの音で我に返った。 「それじゃ、今朝の第一号…」 「オーブンをオープン~」 「………」 いや、姉さんも普段はこんなにセンスがないわけじゃないんだ。 これもひとえに、朝方の血糖値のせいなんだよ。 しかし…「お~…完璧」 オーブンを開けた途端に、むわっとする熱気とともに溢れる、洋菓子特有の、バタくさい甘い香り。 この、ちょっと下品かってくらいの濃い香りが、我がファミーユのお菓子の特徴だったりする。 「うん…中まで火も通ってるし、わたしの朝イチの作品にしては上出来~」 表面の部分を少しこそぎ落として、俺の口の中に放り込んでくる。 …確かに、上出来。 「それじゃ、今度はタルト生地の方お願い。っちは冷ましてから飾り付け始めるからね」 「了解」 ファミーユの朝は比較的早い。 AM:8:15「お次はババロア行こっか~」 「ちょっと休ませて…」 姉さんがお菓子作りにノってくると、時間と他人の犠牲を忘れる傾向にある。 というわけで、ずっと白身を泡立て続けていた俺は、いつの間にか、右腕がパンパンになっている。 「泡立て器使ってもいいんだよ?」 「それは駄目。妙に空気の泡が粗くなる」 「こだわり過ぎだって~」 「結果を見てから言って欲しいなぁそういうことは」 「む~…確かに。くんに手伝ってもらうと、ふんわり感が違うのよね~」 卵の扱いで、人の意見を聞くつもりはない。 何しろ、子供の頃から姉さんのお菓子作りにおける、かき混ぜ係を仰せつかってきたんだ。 姉さんが、ケーキの腕を上げるのと同時に、俺は卵“のみ”に対する腕をめきめきと上げていった。 …要するに、力仕事しか手伝わせてくれなかったんだけど。 姉さんは、お菓子作りの腕は確かなんだけど、実際に作る段階で、なかなか他人の協力を介在させない。 直弟子を自称するかすりさんも、姉さんにかかっては、粉ふるい要員に成り下がってしまう。 技術を覚えるには、盗むしかないのだ。 …がんこ職人?「さてと…それじゃ仁くんは卵黄を泡立てて」 「あのさぁ、白身のほう余るよね?マカロン作っていい?」 「…まだ泡立てたいのね」 AM:8:45「苺ショート第一号完成~」 「はぁ、はぁ、はぁ…」 「どうして朝からそんなに疲れてるのよ」 「右手の筋が…」 明日は、久々の筋肉痛が楽しめそうだぜ。 「馬っ鹿ね。とでマッサージしてあげるから、休んでなさい」 「いや、そういうわけにも…カットしないと」 「そんなのは姉さんに任せて。くんは休憩」 「いや、やっぱり俺が切るよ。さんだと6等分しそうで」 ホールのケーキを6等分して、1ピース200円…材料費と俺の筋肉痛に見合った価格設定とは思えない。 「…4等分にした方がよかった?」 これだよ。 「10等分…せめて8等分にして」 「そんなのお得感がないじゃない」 「女性客は小さいのがいいんだよ…食べきれない人だっているんだからさぁ」 誰もが姉さんのような別腹を持っている訳じゃない。 「じゃあ、6等分なら200円だけど、さらにハーフサイズで半額ってオプションを」 「100円ショップかよ!」 「大きい方がいいに決まってるじゃない。が不満なのよ仁くんは…」 「だから、その、お好み焼き屋のおばちゃん的な思想はやめてくれよぉ」 ケーキにご飯と味噌汁つけて『ケーキ定食』とかやらかしそうで…「もう、どうして仁くんはそんなに細かいのよぉ!美味しくてお腹いっぱいになればみんな喜ぶわよ」 「繊細という言葉の意味をいい加減覚えてよ」 「おはよ…って、何してんのかすりさん?」 「…水がいらなすぎて入っていけない」 「ベイクドチーズケーキOK~」 「ゼリーも固まった~。すりちゃん、こっち店頭に出して~」 「はいは~い、待ってました~」 「ショーケース、どんな感じ?」 「どんな感じも何も…一目見ればすぐにわかりますって」 「は? どういうこと?」 「姉さんは何も気にせず一心不乱に作れってこと」 「これだって10分もたないんだからね。ント頼んますよ~」 「え? ええ~?」 無駄話の好きなかすりさんが、ここまでビジネスライクな口調に徹するほど、ショーケースの方は修羅場ってるんだろうなぁ。 まぁ、1個200円だし。 それに…そろそろ、口コミ効果が出始めた頃だ。 「次、何焼く?」 「だから、売り切れたものから作ろうって思ったのに、かすりちゃん、聞いても答えてくれないんだもん」 「じゃあ、いちごのショートケーキ」 「で、いいの?」 「またはブルーベリータルト。 他にはカスタードシュー、モンブラン、ガトーショコラ、ミルフィーユ、シフォン。 エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ…」 「…からかってんの?」 「全部ないんだよ、もう」 「………」 「………」 「嘘ぉ?だってみんな、2回ずつは焼いたわよ?」 「わかった。こまで言うなら一度見てきていいよ」 「う、うん…」 と、姉さんは、しばしキッチンを離れ…………………「ちょっと! 大変だよ仁くん!」 「さっきからゆってんじゃん!」 プチパニックになって戻ってきた。 「どうしよ、どうしよ?あんなに売れてるなんて想像してなかったよ?ちょっと、更衣室で笑ってきていい?」 「…今焼き上がったスポンジの飾り付けが終わったらな」 「う、うん…がんばろう」 冷蔵庫からホイップクリーム、各種フルーツ。 スポンジを、型から取り外し、スタンバイOK。 「…冷ましてからにしてよ」 「あ」 目の前には、焼きたてで、熱々のスポンジ。 きっと、ホイップクリームを乗せたら、気持ちよく溶けてくれるだろう。 「あ、あのさ…仁くん」 「3分だけね。事は山ほどあるから」 「ごめん! ちょっと休憩入りま~す♪」 「………」 「ふふ…ふふふっ…」 「凄い…凄い。れてる…わたしのケーキ、めちゃくちゃ売れてるじゃない!」 「ふふふ…あはははは…」 「………」 耳を澄ませば、ま~姉ちゃんの勝ち鬨。 とはいえ、これだけ売れても赤字なんだけどな。 何しろ原価と売値がほぼトントンなんだから。 この調子が続けば、多めに仕入れられるから、原価も段々下がっていくけど。 ま…それでも、売れない赤字よりも、売れて赤字のほうが、持てる希望の桁が違う。 だから、姉さんが喜ぶのは正しい。 間違ってるのは、素直に喜びきれない俺の方。 「店長~いちごショートとレアチーズケーキ…在庫あります?」 「…またケーキ?」 「またケーキ」 「…ショートケーキは、あと10分ほど時間かかるって説明して。アチーズはまだ大丈夫」 「は~い♪」 「はぁ…」 ちょっとだけブルーの原因は、これ。 ケーキを作るのは姉さん。 料理を作るのは、俺。 週末辺りから、この比率が劇的に変わってきている。 まぁ、もとからケーキメインの喫茶店なんだから、軽食メニューが振るわないのは仕方ないんだけど…それにしても…こうまであからさまに差が出なくたって。 「はぁ…」 ため息をついていても仕方ない。 俺には俺のできることを…とりあえず今は、猿のように卵を泡立てよう。 ………………「ぷはぁ~! はぁ、はぁ、はぁ…」 さ…さすがに無呼吸メレンゲ作りは困難を極めるな。 「仁く~ん、ナポリタン」 「待ってました!」 ようやく俺の出番が!「と、エビピラフ。分ずつ」 「はい?」 「ついでに薄焼き卵で包んで。、上にケチャップかけるのも忘れずにね?」 「…ずいぶんと注文の多いお客様だね?」 というか、その、店の冷蔵庫の中身を、全て把握しているかのようなメニューは一体…?「いや、わたしのお昼ご飯だし」 「………」 「ケーキが売れすぎてさぁ、今までお昼も食べられなかったのよね~」 「………」 「と、いうわけで…よろしくね? まかないのおばちゃん」 「………」 ナポリタンの赤い色は、タバスコの色~「…お久しぶりです。さん、母さん、兄さん」 「仁く~ん、お待たせ~♪」 「お、新しいの買った?」 「うんうん、先週、ブリックモールでね」 「…職場で私物買うのって、なんか有難みがないなぁ」 「何言ってんの。 社員割引とか全然ないんだから。 どこで買っても同じ」 「そういう問題じゃなくてさぁ…こう、よそ行きって言葉の意味をさぁ」 「で…要するに、似合ってないと?」 「んなわけありますか。げ~いい感じ、姉さん」 「ふふ、ありがと仁くん。なたもそれ、すっごく似合ってる」 「あ…ありがと」 身内びいきってわかってても、やっぱり、照れるものは照れる。 …一張羅、着てきてよかった。 「それじゃ、出かけましょうか♪」 さり気なくなく、腕を絡ませてくる恵麻姉さん。 「靴履くまで待ってよ」 この、べたべたくっつく癖、いつになったらやめてくれるのかねぇ。 ………「え~と、それじゃ…第27回杉澤・高村両家恒例の月例会を始めます。ずは杉澤家代表、杉澤恵麻さんの挨拶から」 「おなかすいた~。 以上。 では続きまして、高村家代表、高村仁さんから乾杯の音頭を…高村さんお願いします」 「それでは僭越ながらわたくしが…腹減った。杯!」 「かんぱ~い」 ワイングラスの乾いた音が小さく響くと、その、グラスの中の紅色の液体を、二人して喉の奥へと流し込む。 「あ~…この一杯のために生きてる~」 「おっさんくさいよ姉さん…」 「いいじゃない。に一度の、仁くんとのデートなんだもん」 「…デートというからには、もうちょっと構えてよ」 「やぁねぇ、家族で何言ってんのよ」 「そうさ、家族でデートって、何言ってるのさ」 「細かいこと気にするね~仁くんは。 あ、こっちのサーモンおいし。 ほら、仁くんも食べてみなさい」 「俺、さっきからそっちの冷製スープが気になってるんだけど」 早速、お互いの料理の交換会が始まる。 大抵、俺が一切れ提供すると、姉さんから二切れ返ってくるくらいの割合。 まぁ、姉さんにしてみれば、俺はまだ『育ち盛り』ってことになってるみたいだから。 ………この、恵麻姉さんと俺との食事会は、俺が大学に入学してからずっと続いてるから、もう、二年半になる。 途中、ほんの少し抜けがあったけど、基本的に毎月開催で、交代交代で飯をおごり合う。 普段から、毎日顔を合わせている二人だけど、仕事中は、公私の区別を付けているので、腹を割って話せるのは、一月に一度の、このときだけ。 …いや本当だって。 普段はちゃんとしてるって。 「ねえねえ、ムール貝も頼んじゃおっか?コースだけじゃ、仁くんおなかすくでしょ?」 「俺をダシに使わなくてもいいから、姉さんの好きなの頼めばいいじゃない」 「…そうやって追加しにくい空気を作り出さないの。日はわたしの当番なんだから、いいでしょ?」 「…保険の仕事やめたばっかじゃん。ょっとは倹約した方が」 「何言ってるのよ…ちゃんと仕事は続けてるでしょ?」 「…大赤字のね」 「む~」 「…とはいえ、ムール貝は魅力的だ。いでに白ワイン追加していい?」 「だから仁くん大好き♪すいません、追加お願いします」 ………俺たちは、姉弟の成り立ちとしては、ちょっと…いや、かなり特殊だけど。 こうして長い間、ずっとうまくやってる。 普通なら、家族での食事会なんて、うざったいの一言で片づけられることが多いだろうけど、こうして続いてることからもわかる。 いや…特殊だからこそ、こうして、家族の団らんを、大切に扱うのかもしれない。 「…10年?」 「そう、来年で10周年」 「もう、そんなになるんだぁ…仁くんが、うちの子になってから」 「お互い、年取ったよねぇ」 「…訂正しなさい。なたは年を取ったかもしれないけれど、わたしはあの頃からずっと変わってないわよ?」 「あんたそれは無茶」 「え~、え~、そういうこと言うんだ…10年前…じゃない、もっと昔から、ずっと可愛がってあげたのに」 「その歴史があるからこそ、若いままってのは無茶があると…」 「ワインおかわり~え~い、飲んでやるから」 「ちょっとは控えてよ。日も仕事あるんだからさぁ」 ………そう、10周年。 杉澤弘文と、杉澤佐恵が、事故で亡くなってから、来年一月でまる10年。 ちなみにこの両名は、俺、仁と、俺の兄貴、一人(かずと)の父と母。 10年前の当時、俺は、まだ中学にすら上がる前で。 大学卒業前の兄貴と俺とでは、さすがに生活できなかったため、俺だけが、養子に出ることになった。 そりゃ、よその子になるってことに、最初から抵抗がなかったわけじゃない。 俺もそうだし…受け入れ先だって。 もともと俺は、親戚中では、影の薄い存在だった。 何しろ帝王大に現役合格した、文武両道の兄貴がいた。 そして俺は、成績凡庸、運動神経普通、さらに当時は病気がちで、ひょろひょろの子供だった。 そんな、スーパーマンの弟で、しかも目立たない俺が、親戚たちにどういう扱いを受けるかってのは自明の理で…『一人君じゃなくて、仁かぁ…』『一人君もウチに来てくれるなら…』結局、親父の親戚筋である杉澤の家の方は、7人も兄弟がいるのに、誰も引き取り手として名乗り出てはくれず…業を煮やした、母の兄である、高村の伯父さんが、ようやく、俺の引き取り手となってくれた。 もともと家族ぐるみの付き合いだった高村家だったから、ありがたく伯父さんの好意を受けることにして、俺は、杉澤仁から、高村仁になった。 高村の伯父さんが俺を引き取ってくれたことは、俺にとっては、地獄で天使に出会ったような、複雑な幸福だった。 だって、そこには…「じんくん…寂しい思いさせて、ごめんね。 でも…安心して。 もう、ずっと一緒だからね?」 「…ま~ね~ちゃぁん」 「今日からは…本当の、お姉ちゃん、だからね?」 「だ~か~ら~…え~と、なんだっけ?」 「ま~姉ちゃんの脂肪率の話だよ…」 「あ~そうかそうか~…ってなんですってぇ?」 そこには…俺の憧れのひとがいたから。 10年以上前は、俺の従姉として…10年前から3年前までは、俺の姉として…3年前以降は、俺の義姉として…そして今は、ただの酔っぱらいとして…俺を、ずっと可愛がってくれていたひと。 「いや、母さんからの電話の話。た縁談だって?」 「あ~そうそう、それそれ。んでああ急ぐかな~?まだクリスマスだって超えてないのよ?」 クリスマスとは…25のこと。 確かに、まだ2年ある…が。 「けど、ま~姉ちゃんの場合はなぁ…中古品だし…ってぇ!?」 手の甲をフォークが姦通…貫通してるっ!?ちなみに『!?』は東○ポ風なので安心してほしい。 「一人さんを侮辱するのは許さないわよ~!たとえ仁くんだって~」 「あんた今わざと勘違いしてるだろ!」 俺が侮辱したのは、兄ちゃんじゃなくて、ま~姉ちゃんの方なのに~「ふぅ…だいたいねぇ、仁くんは、わたしがもう一度お嫁に行っちゃってもいいの?」 「一度も二度も変わら…ぐおっ!?」 「も~仁くんなんか知らない」 「おい! フォークが立ってるよ!?」 「『どんなにいき遅れても、俺がもらってやるから大丈夫』って、仁くんが言ってくれたから、今まで次々と断ってきたのに~」 「え…?」 この酔っぱらい、今、何て…?「ちょっ、ちょっと…ま~姉ちゃん?俺、そんなこと言ったっけ…?」 「言ったもん!わたしが高校卒業して、家を出たときに~」 「………」 そりゃ…今とは条件が全然違うじゃん。 なんて言えるはずもなく。 「………」 「………」 俺と、ま~姉ちゃんとの間に、沈黙が訪れる。 姉ちゃんはうつむき、俺にその表情を見せない。 だから、俺は、彼女の心情を、必死で予測して…「それはさぁ…ほら、ちっちゃなきょうだいだったら、何も知らずに、よくやる約束じゃん?」 「………」 ただ、あまりちっちゃくない時期の約束ってのと、血縁が薄いってことで、ちょっとだけ生々しくなってるだけで。 「大体、その約束を最初に破ったのは…って、あれ?ま~姉ちゃん?」 「すぅ…すぅ…」 「………」 「すぅ…ふしゅ~…」 「…すいません、お勘定お願いします」 「うぅん…ふふ…」 「…このまま送ってくか」 これにて、今日の月例会は、めでたくお開き。 ………今日はちょっと…お互い、ハメを外しすぎたみたいだ。 懐かしくて、愛しくて、痛い昔話が、ばんばん出てきやがった。 ………a仁くんは、わたしがもう一度お嫁に行っちゃってもいいの?一度も二度も…変わらないよ。 一度とゼロの間には…無限にも近い、差があったんだけど、ね。 「ただ~いま~」 「ただいま~」 「もう、遅かったじゃないの!お昼には着くって言ってたから、ご飯用意して待ってたのに」 「ま~姉ちゃんの『昼に着く』を信用してどうすんのさ。が呼びに行った時もまだ全然目が覚めてなかったよ」 「昨日は頑張って早く寝たのに~」 「お父さんもさっきからずっと、まだかまだかって、もううるさいったら」 「俺はそんなこと言っとらんぞ!」 「それでどうする、お寺さん?お昼ご飯食べてからにしようか?」 「ダメ、3時からお願いしてるから、もう行かないと」 「そうかい? それじゃタクシー呼ばないとね」 「あ、それならさっき電車乗ってるときに呼んどいた。と10分くらいで来るはずだよ」 「仁くん助かる~」 「ああ、仁は頼りになるねぇ。れにひきかえ恵麻ときたら…もう、いい年して」 「してないっ!」 「父さん、ご無沙汰してます」 「仁…お前に話がある。ょっと座りなさい」 「う…」 「あ~ほら車来たよ。んな早く仕度して~」 「なんだ? もう来たのか?…後にするか」 …いいタクシー会社を選んだな、俺。 久々の帰郷。 とはいえ、明日も仕事があるから日帰りだけど。 ………今日は、兄ちゃん…杉澤一人の命日。 三年前の今日…兄ちゃんは、結婚したての姉さんを置いて、出張先の海外で、帰らぬ人となった。 まだ、披露宴すらしてなかった。 半年間の海外出張から帰ってきたら、式を挙げる約束で、入籍だけして旅立って…そのまま、遺骨だけが、帰ってきた。 だから今日は、四回忌。 去年や一昨年は、三回忌や一周忌で、杉澤の親戚一同も集まった。 けど、四回忌という法事は、普通存在しないので、今年はこうして、身内だけでの小さな行事にした。 それに…杉澤の親族は、正直、来て欲しくない。 ………………「ほれ仁、飲め」 「あ、ども」 法要も無事終わり…久々に、高村家が全員揃っての一家団らん。 「ほら仁。 こっち食べな。 あ、煮物取ってあげようか」 「後で詰めて持たせてやりなさい、母さん」 「ありがと…」 食卓には、母さんの懐かしい味が並んでる。 俺と姉さんの好物も、数え切れないくらいだ。 こういう時…俺は、この家に引き取られて良かったと、心底、思うことができるんだ。 …ま、卵料理は、俺がケチつけるって知ってるから、一つも並んでないけどな。 「まぁでも無事に終わって良かったねぇ。麻も仁もご苦労さん」 「本当に良かったのかしら?杉澤の人たちに声かけなくって…」 「いい、いい、あんな奴ら。文さんや一人君には悪いが、来たってロクなことにはならん」 「…ごめん」 実際、三回忌のときも、一周忌のときも、揉めに揉めたからなぁ…「なんで仁が謝る?お前には関係ないだろ」 「そうよ、あんたは正真正銘ウチの子なんだから、妙な気を使うもんじゃありません」 「うん…」 高村の家は、俺を引き取るときに、杉澤の本家と大喧嘩して、それ以来、両家はほぼ断絶状態となっていた。 そこに、今度は兄ちゃんが、高村家の一人娘と結婚するってことで、さらに修復不能なまでの溝を作ってしまった。 …更に、兄ちゃんが結婚まもなく亡くなったものだから、もう杉澤の家は、兄ちゃんの早すぎる死さえも、高村家のせいだと信じている。 今でこそ、随分と明るく見える姉さんだけど、兄さんが亡くなった当時は、周りが、その死さえも悲しませてくれなかった。 俺が、姉さんの家の近くの大学を選んだのも、その辺の事情が、少しだけ…絡んでる。 「けれど、もう3年になるのねぇ…」 「これからだったのになぁ…」 「俺…兄ちゃんが亡くなるとしたら、絶対肺ガンだと思ってたけど」 「こら!」 「はは…確かに一人君はよく吸ってたなぁ」 俺の兄貴の唯一の欠点…それは、ヘビースモーカーであること、だった。 「一人さんの建ててくれた家もねぇ…あんなことになってしまって」 兄ちゃんの家…ファミーユ本店。 半年前、跡形もなくなってしまった、二人の、思い出の場所。 「いいのよ…そりゃ、当時はとても悲しかったけど、いつまでも塞ぎ込んでるわけには、いかないからね」 「………」 「それに、物がなくなっても、心は残ってる…一人さんの記憶がある限り、何も、なくなったことにはならないわ」 「…そう、だね」 やっと…そこまで、言えるようになったか。 「もう…3年になるのねぇ」 「…お母さんボケた?話がループしてるじゃない」 「恵麻、あんた、幾つになった?」 「っ!?」 やるな母さん…最初に思い出話で姉さんを安心させておいて、すっかり和んだ雰囲気になったところで、今日の本題か。 「実はお父さんの部下でね、1年前にやっぱり奥さんを亡くされた方がいて…」 「だからぁ、まだ早いってばぁ!」 「そりゃ、3年前はそう言って反対したわよ?でもあんた、聞かなかったじゃない」 「う…うう…」 「で、でもあの時は…ほら、兄ちゃんがいい歳だったし」 「あんたそれフォローのつもり?」 「せっかく援護してるのにっ!?」 二人が結婚したのは、姉さんが20歳、そして兄ちゃんが28歳のとき。 「あんたは普通の独身とは訳が違うんだから、賞味期限だって…」 「人を開封済みみたいに言わないでよ!」 「…わかってんじゃないの」 「うわあ!」 いつも思うんだが…あけすけな家だ。 引き取られるまでは、憧れのま~姉ちゃんが、家でこんな会話してるなんて思いもしなかった。 「恵麻…お前、もう結婚する気はないのか?」 「父さんまで…そんなの、まだ考えられないわよ」 「まだっていつまでよ?」 「母さんうるさい!とにかく、今は仕事のことで精一杯なの。んな先のことなんて考えられないよ」 「仕事って…ケーキ屋か?」 「そうよ…仁くんが、わたしのために再開してくれたの」 「姉さん…」 「まぁ、何も今すぐ再婚しろとまでは言わないが、そろそろ、そういうこと考えてもいい頃じゃないのか?」 「お父さん…」 「いつまでも、亡くなった人のことを想い続けて、このままでいたら、一人さんの方が困っちゃうわよ?」 「………」 母さんの指摘は…実はいいところを突いてる。 俺の兄ちゃんは、そういう人だ。 もしここにいたら、姉さんの幸せを一番に考えるだろう。 …だからこそ、絶対にかなわないって、そう思えてしまえるんだけど。 そして3年前…その差を、思い知らされる羽目になった訳だ。 ………兄ちゃんと、姉さんが結婚するって話は、兄ちゃんの口から直接聞いた。 そのときの、俺の表情を…俺はいまだに、思い出すことができる。 鏡を見てたわけじゃないから、想像でしかないくせに、絶対、そんな顔をしてたって、確信をもっている。 俺は、妙に苦く感じるようになったビールを、ぐいっとのどの奥に流し込んで…「いくら待ったって、もう仁はお前をもらってくれないんだぞ?」 「ぶぶぶぶぶぶぅぅぅ~!?」 思い切り、吐き出した。 「お父さん! ちょっとぉ!」 「恵麻、ティッシュ取って」 「ごほっ、ごほっ…ごほぉっ!?と、父さん…いきなり何を?」 俺が…姉さんを…もらう?「だってなぁ…もともと仁は、恵麻の婿養子として迎えるはずだったんだぞ?」 「ごほごほごほごほっ!?」 ちょお青天の霹靂!?「佐恵のとこは、男の子が2人いたし、ウチは恵麻しかいなかったから、仁を高村の跡取りにするってことで…」 「あ~あ…お父さん、いつの間にこんなに飲んでたのかしら?久しぶりにみんな揃って嬉しかったのね」 「言ってないでやめさせてよ!恥ずかしいなぁもう!」 確かに、父さんは酔うと饒舌になる。 けど…嘘はつかない人だった…はず。 「結局、仁が成人する前に引き取ることになったから、その話は立ち消えになったけどな…」 「か、か、母さん…?」 俺は、誰か否定する人を求めて、周りを見回す。 「もうこの際だから言うけどさ…」 「この際でもなんでもないわよ!ちょっとぉ、言わないでよ!」 「仁を引き取るときも、恵麻が泣いて嫌がったんだよ。になったら、結婚できないって教えたらねぇ」 「………」 いや…この際ってレベルの話じゃないだろ、これは…大体母さん、なにそのスッキリしたような表情は?まるで、穴を掘って大声で叫んで埋めたみたいな…「やめてって…言ってるのに。体、何年前の話だと思ってるのよ」 今日からは…本当の、お姉ちゃん、だからね?あれって…あれって…?「おお、そうだ仁…お前、大学を休学したって…」 「………」 「仁?」 どういうことなんだよ…姉さん。 ………………「ああもう…あれだから年寄りの昔話って嫌」 「………」 「何年何月におねしょしたとか、そういう大昔の、恥ずかしいことだけピンポイントで言い出すんだから」 「…姉さん」 「…なによぉ」 「嘘、だよね?」 「…ふん」 姉さんの声が、えらくふてくされてる。 ………あの後、俺は父さんの説教も上の空で、結局、高村の家を出るまで、ほとんど喋れなかった。 それほど、あの、父さんの発言が気になったし、そして、そのことを気にする俺も、滅茶苦茶気になった。 …なんでこだわるんだよ、こんな、昔の話に。 姉さんが、兄ちゃんのものになるよりも、昔の話に。 「姉さぁん…」 「なによぉ、初恋の君」 「っ!?」 「10年以上も前のこと蒸し返してぇ…仁もウチの年寄りとおんなじなんだ~」 「ね…姉…ちゃん」 初恋…って…だって、俺は…え?「そんなに驚くこと? 子供の頃の話よ?年に数回しか会えない親戚の男の子に憧れたって、全然不思議じゃないでしょ?」 「いや、それはそうだけど…」 「それに、仁だったら、いっくらでもそう言ってくれる子、いたでしょ?」 「いねえよ…」 「見る目ないなぁ、女ども」 「それは身内びいきだよ…大体、なんで兄ちゃんじゃなくて俺?」 「一人さんは、8つも年上のお兄さん。 仁は、3つだけ年下の男の子。 どっちに転ぶかは、当時なら自明の理」 「いや、兄ちゃんだろ普通?俺の周りって、みんなそうだったぞ?」 「一人さんは、その頃からもう大人だったからね。供の恋愛対象としては、ちょっとね…」 「子供だったら婿養子とか考えんなよ…」 「姉ちゃんはただ、ずっとこう言ってしつけられただけよ。いい子にしてたら、仁くんがお婿さんに来てくれる』…ってね」 「母さん…」 俺の親になる前だからとはいえ、なんという即物的な教育方針…「…だから知られるの嫌だったのよ」 俺だったら、穴掘って生き埋めを選びそうだ。 これはおねしょよりも、百億倍恥ずかしい…---杉澤恵麻。 今、俺の隣で不機嫌に振る舞うこの人は…ま~姉ちゃんであり、恵麻義姉さんであり、従姉の女の子であり、幼なじみの女の子であり。 そして…実は許嫁だった。 「…頭いて」 「寝る? 肩にもたれてもいいよ?」 「やだ、照れる」 「今更照れたところで、仁が姉ちゃんの初恋の相手だってのは変わらないの」 「開き直るなよぉ」 「じゃ、姉ちゃん先に寝るね?おやすみ」 「あ…」 肩に…もたれかかってきやがった。 「んぅ…」 「………」 多分今、俺は顔から火を噴いている。 「すぅ…すぅ…」 なぜなら…“俺の初恋の相手”が、肩にもたれかかって、眠っているから、だ。 「おおう…見事な手際ですねぇ」 「ど、どうも…」 「この華奢な体のどこからこんなエネルギッシュな造形が…繊細かつ大胆。さに天使の作ったデザート!」 「あ、あの…板橋さん?」 「ああっ、ボクのことは気にせずに!ささ、お仕事お仕事~」 「あんたがお仕事しろ」 「なんだ仁くんいたの?」 「人がちょっと休憩してたら性懲りもなく…大体、なんだその意味不明な美辞麗句は?」 ケーキ作るのに華奢とかエネルギッシュとか…「あ、それでですね。日伺ったのは他でもないんですが、来週の定休日の都合をお伺いに…」 「あんたも懲りない人だな」 「実は偶然ですね…いやホント偶然!トリトンホテルのフレンチレストランのお食事券が!これがまた、新聞契約したらついてきまして」 「まあ、トリトン…?」 「おい! あそこのフレンチだったら、下手すると一年の新聞代より高いぞ?」 「詳しいわね仁くん」 「色々あったんだよ…色々」 一度、見栄を張って予約しようとして、一番安いコースの値段を聞いて、電話口で平謝りした記憶がある。 誰を誘うつもりだったのかは、今となっては永遠の謎と言うことにしといてくれ。 「いやほら、永年契約だから。まけもパ~っと奮発したんじゃない?」 「解約するとき“落とし前”とかいるんじゃないのか?」 「ちょっと仁くんうるさいよ?ボクは恵麻さんと話をしてるんだ。れな横恋慕男は黙っててくれないかな?」 いろいろな意味で哀れな表現だ…「ささ、恵麻さん。まにはライバル同士、美味しいものでも食べて、急激に親睦を深めてみませんか?」 「う~ん、誘う場所としてはいいとこ突いてるんだけど…59点」 大学で言えば、ギリギリ『不可』。 「だからね仁くん?今日は君と遊んでる暇はないんだよ。クは真面目にデートのお誘いに来たんだ」 「いや、俺だっていつもあんたと遊んでる暇ないんだけど…」 「君の、姉さんを心配する気持ちはわかる。けど残念ながら…」 「ほんと残念~。週のお休みの日は、仁くんとトリトンホテルに行く約束だし…」 「ほら見たまえ。麻さんは快く来週トリトンに…」 「………」 「…は?」 あ~あ…気の毒に。 「あ、そうだ仁くん。なんだけど、8時に来てくれないかな?」 「え~やだよ。んな時間の姉さんになんか会いたくない」 「でもぉ…一次予選から見たいもの」 「あ、あの…恵麻さん?」 「一次なんて下ごしらえじゃん。んなもののために、いわれのない罵詈雑言を受けるのは嫌だ」 「じゃ、じゃあ、30分前には目覚ましセットしておくから~」 「4つ…な。、起きたらすぐシャワーに直行すること」 「…デート?」 「そうですけど何か?」 「君のお姉さんは、弟以外の男性に優しくないんじゃないかなぁ?」 「涙目はやめろ…」 「あ、休憩の時間だわ。くん、悪いけど…」 「あ~いいよ。っといで」 何しろ、明らかに鬱陶しそうだったし。 「あ、ああ…恵麻さん?」 「それじゃ失礼しますね。 板橋さんも、ゆっくりしてないで働いてください。 ちゃんと自分の店で」 「あ、ああ…」 「………」 「………」 そして後には、半泣きの中年男と、二人きりで取り残された俺。 「…朝っぱらからホテルにしけ込もうってか?お姉ちゃん相手に大ハッスル?」 中年の嫉妬は醜いうえにセンスがない。 「…洋菓子コンクールだよ、トリトンの。んたキュリオの店長のくせにそんなことも知らんのか?」 「おお! 本店の店長室にトロフィーあるよ。 橘くんの。 そうか、今年は冬開催なんだ」 トリトンホテル主催の洋菓子コンクールは、若手パティシエの登竜門として、全国的にも有名な大会だったりする。 「恵麻さん、出場するの?」 「いや今年はギャラリー」 「確かそろそろ参加資格が切れるんじゃ…?」 「…それ、面と向かって姉さんに言うなよ?」 “若手”の登竜門であるこのコンクールは、参加資格が『23歳まで』と限定されている。 来年からは、もう出られない…つまり、“若手”じゃない………「そっか…なぁんだ。麻さんがデートって言うからてっきり…」 「姉さんは、俺と出かけるときは、いつでもデートって言うの」 ちょっと、こそばゆくて、そして、虚しい瞬間。 「で、君以外の男とはお出かけしないの?やっぱりブラコン?」 「夫に操を立ててるとか、どうしてそういう発想が出てこんのだ?」 まったく、俺と姉さんがちょっと仲良くしてるだけで、周りはすぐにブラコンだのシスコンだのと。 もうちょっと、家族愛というものに対して、理解を持ってもらいたいもんだ。 「恵麻さんの亡くなったご主人って、確か仁くんの実のお兄さんなんだよね?」 「…どうしてそれを知ってる?」 「蛇の道は王道ってね」 …かすりさんだな。 こういう姑息な人間に同調するのは。 「で、そんなに立派な人だったの?亡くなってから3年も想い続けられるほど?」 「帝王大卒。 大手商事に勤務。 20代後半にして課長級。 当時の年収一千万超。 姉さんと結婚するにあたって、一戸建て兼喫茶店をポンと建てるような人間だ」 言いたくないが、スーパーマン。 それでいて、ちゃんと休日のデートも欠かさないし、カッコいいし、優しいし、頼もしいし、けど、ちょっとだけ関白だし。 …というのが、姉さんののろけ。 「その人って最初から君らの心の中にだけ生きてたんじゃないの?」 「俺の兄ちゃんを空想の産物にするな」 本当に、いたんだよ…そんな、どう足掻いても勝てないような化け物が。 「そっかぁ…それじゃ、よほどの男でないと、興味湧かないかもしれないねぇ」 「かもしれないんじゃなくて、湧かないんだよ」 姉さんが、ずっと、母さんの縁談攻勢から逃げ続けてるのだって…相変わらず、俺の前でちょっと無防備なのだって…兄ちゃん以外の男を、男と認めていないからなんだ。 俺を含め、ただ一人の、例外もなく。 「そうか…だから仁くんしか残らないんだ」 「…あんた、今までの俺の話を聞いてたのか?」 「聞いてたけど?」 「だったら、どうしてそういう仮定が出てくる?俺が姉さんに釣り合うとでも?」 いや、それ以前に、兄ちゃんと張り合えるとでも?「八橋大在学中、人気喫茶店に勤務。 20歳にして店長。 年収はさておき、恵麻さんを元気づけるためだけに、大学をポンと一年休学するような人間だろ、君は?」 「…全部劣ってんじゃん」 「でも今、彼女の側にいるのは君だ」 「………」 「劣ってるか優れてるかは、恵麻さんの判断することであって、我々の常識は関係ないんじゃないの?」 「…あんた、一体」 「それに…君はお兄さんによく似てるんだってね」 「…っ」 あ、あの口(か)軽(す)女(り)めぇ~!「普通なら、君の顔を見るのも辛いんじゃないかな。れでも近くにいるのはなんでだろうねぇ?」 「お、俺は…その、ずっと前から、ま~姉ちゃんの弟で…」 10年前、高村仁になったときから…もう、そんなことを思う資格は…「けど彼女は、今は君と姓が違うだろ?」 「そ、そりゃ…そうだけど」 ま~姉ちゃんは、俺の旧姓である杉澤で…俺は、ま~姉ちゃんの旧姓である高村で…これって…どうなんだ?俺たちって、今は、きょうだいなのか?「こうは考えられないだろうか?恵麻さんは、君と、姉弟に戻るのをためらっていると」 「な…」 「確かに、君のお兄さんが忘れられないのかもしれない。も…君の告白を待っているという可能性は、果たしてゼロなんだろうか?」 「………」 ま~姉ちゃんが…いつまで経っても、高村の家に戻ってこないのは…?………「仁くん…やっと、言ってくれた」 「ね…姉ちゃん…?」 「ずっと待ってたの…あなたが、わたしを奪ってくれるのを…一人さんのことを、忘れさせてくれるのを」 「ほ、ほんとに…本当に、俺で?」 「ううん…仁くんでなきゃ、嫌…」 「ね…姉さんっ!」 「恵麻って…恵麻って呼んで…っ」 「い、いけないよ恵麻…じゃないま~姉ちゃん!ちょっ、そんな、俺、心の準備が…」 「あ、お、俺…ま~姉ちゃんのこと…ああっ! ダメだ、兄ちゃんごめんっ!ああ、でも…くそぉ!」 お、俺は一体…どうすればいいんだ~!?………「まぁ、ふられたのは残念だけど、別の意味で楽しませてもらったからいっかぁ」 「このシスコンちっとも直ってやがらないねぇ」 「うそ~! これが?」 「うわ、今と全然違う」 「早くそっち回してください~!」 「そ、そろそろ返してよ。ずかしいじゃない」 まいったな…こっちは掃除も終わって、帰る気満々なんだが、誰も更衣室から出てこない。 これじゃ、いつまで経っても帰れないじゃないか。 「お~いちょっと~。替え、まだ終わらないの~?」 「あ…」 「じ、仁くん…?」 「実物だ」 「はぁ?」 実物って…何だ?「仁~、こっちこっち~」 「うわ引っ張るな!」 いきなりドアが開き、中に引きずり込まれてしまう。 女性陣全員が着替え中の更衣室に…「…って、何だぁ」 「そのあからさまに残念そうな態度を見ると、さっきのうろたえっぷリはポーズだったみたいね」 全員、もうとっくに着替えてるじゃないか。 くそっ、期待させやがって。 「全然残念そうでもないし、最初から期待もしてない。 それよりも早く着替えさせてくれよ。 片付け終わったよ」 この、口と心を分離させるスキルこそ、女性だらけの職場で生きていくために身につけたもの。 「う~ん………確かに面影が。もとの辺りなんか…」 「はぁ?」 見ると、由飛が、手に持った一枚の紙切れと俺とを、交互に見ては、何か考え込んでいる。 「けど、ちょっと痩せすぎ?」 「うん、体弱そう」 「………」 目もと…痩せすぎ…体弱そう…なんか、嫌なキーワードの符合を見たような。 「姉さん…まさか?」 「ごめんっ!みんながどうしてもって言うんだもん」 「ちょっと仁、動かないでね」 「やっぱりこれか~!」 由飛が、俺の顔の隣に一枚の写真を並べる。 そこには、小学校中学年くらいの、体の弱そ~な男の子。 「肌の色も全然違うし…この頃なんか真っ白」 「よくぞここまで育ったねぇ、てんちょ」 俺の、子供の頃の写真。 「その頃は、よそにお出かけしたりすると、すぐに熱を出してね。から、いつも眠ってるイメージがあってねぇ」 「いや、そこ、しみじみ懐かしがってる場合か?俺の恥ずかしい秘密をバラしておいてそれか?」 「こんな感じかな?あ、明日香ちゃん、写真持ってて」 「ひゃ~め~ん~くぁ~」 由飛が、俺の頬を両手で挟み込み、そのままぐいっと下に引っ張る。 要するに、俺の顔を落ち窪ませて、写真の頃の顔に似せてみようという…「あ、似てきた」 屈辱…「で、要するに、俺が一人寂しくフロアを掃除してる最中、みんなはここで、俺のか弱き少年時代を肴に盛り上がってたって訳だ」 「そんなに怒らなくても…今からは一緒に楽しみましょう?」 「楽しめるか!」 自分の子供時代の頃の思い出なんて…屈辱と、無力感と、恥しか感じないってのに。 「ねえねえてんちょってさぁ、もしかして子供の頃はいじめられっこ?」 「女の子にゃ人気ありそうだけどねぇ」 「いや…そもそもあんま学校行ってなかったし」 「え…そうなの?」 「だからほら…病気がちだって」 「仁…」 だからこの話はしたくなかったんだよなぁ。 よくて同情、悪くて憐憫。 笑い飛ばされても、場の空気が悪くなる。 あまり、思い出話に花を咲かせるには向かない子供時代だった。 「この頃ね…仁くん、すごく儚くってね」 「………」 …ある一人を除いては。 というか、これは…「もう、支えてないと折れちゃいそうで」 「あ~この写真見ただけでわかるわかる。の依存体質は、この時期に培われたんだねぇ」 「やかまし」 反撃しつつも、俺は、ゆっくりとドアの方へずれる。 「今みたいに『姉さん』じゃなくって、『おねえちゃぁん』って感じで…こう、弱々しくって、声変わり前だから、たっかい声で」 「うわぁ、想像できないよぉ…」 やっぱり…始まった。 「あ、こっちの写真も見て。れは確か、高村のおばあちゃんのお葬式のときに、わたしと一緒に撮ったんだけど…」 「う、うわっ! 髪長い!女の子みた~い!」 「え、恵麻さんのショート…こっちは逆に、男の子みたい…」 「この時ってほら、お葬式だから、親戚一同が高村の本家に泊まったんだけどね、そこがまた、いかにもって感じの古い家で…」 「で、ね?夜、一緒のお布団で寝てたんだけど」 「え~! ええ~!?この女の子みたいなてんちょとぉ?この男の子みたいな恵麻さんがぁ?」 「なんか別の意味で背徳的なような…」 …帰る。 俺は帰るぞ。 なぜなら、この後の惨劇を、容易に想像できるからだ。 …最近はしでかさなかったのになぁ。 「夜中にふと目が覚めたら、隣で仁くんがしくしく泣いてるのぉ。う、それすら可愛いんだけどね!」 「え、えっと…なんで泣いてたんです?」 「ほら、古い家で…天井のシミが人の顔に見えるとか、本当に些細なことなんだけどね」 「あ~そういうのあるある。葬式だと、色々考えちゃうんだよね」 「で、こう…ぽろぽろ、ぽろぽろ泣いてる訳よ。の儚げな仁くんがぁ! そしたらこう、わたしまできゅんって来ちゃってねぇ」 「………」 「で、お布団の中で抱きしめてあげるとね?『おねえちゃん、ごめんね? ごめんね?』って、またこう琴線に触れる声をね?」 「………」 「あ~もうこの子は!わたしが守ってあげなきゃ死んじゃうって…ほら子供って大げさに考えるじゃない?」 「………」 「『こわくないよ? こわくないからね?』って、髪の毛をなでてあげるんだけどさ…この髪がまた! さらっさらで通りが良くて~」 「え…恵麻さんって…もしかして…ショ○?」 「でね? でね?ほっぺたさわると…これもまた!すべっすべのつるつる。うこれ反則? って感じで~」 「き…聞こえてないっ!?」 「そんな仁くんがさぁ、涙で濡れた黒い瞳を見上げて…あ~…もうっ!」 「どうしよう…もう、手のつけようがないような?」 「だからこう、さ。 ほら、腕枕? してあげて。 お互い、見つめあったまま、夜明かしして~」 「で、しばらくはそのままで良かったんだけど、一時間くらい経った頃かな?また仁くんが、しくしく泣き出してね?」 「お疲れさまでした~」 「今度はどうしたのって聞いたら…『おしっこぉ』って…これがまた蚊の泣くような声で!」 「また明日~」 「そりゃもう、わたしだってその頃にはわかってるからぁ、『一緒に行ってあげるね?』って…そしたらまたこう『ごめんね、おねえちゃぁん』って~!」 「いつまでやってるかなぁ?」 「でも仁くんってこう見えても男の子じゃない?そんな、男の子のおトイレなんて見たこともないし…でも、絶対に外で待ってるなんて許してくれないし」 「あ~、でもほら…やっぱりちょっとだけ興味あるじゃない? その年頃の子ってさぁ」 「それでほら、まぁ、なんていうか…?一緒に中に入って、それで仁くんがパジャマのズボンを………あれ?」 ………「…みんな?」 ………「ちょっとぉ!ここからがいいとこなのにぃ!?」 「できたよ、試作品」 目の前に、どんっと、大きなデコレーションケーキ。 生クリームとイチゴでスタンダードに。 いかにも、ホワイトクリスマス。 そして、もう片方は…「ブッシュ・ド・ノエル…?」 「おいおい…」 切り株をイメージした、チョコレートケーキ。 スポンジに、シロップとショコラクリームを塗り、ロールケーキに。 そして、表面にもショコラクリームをべたべた。 最後に、フォークでスジを付けて、切り株に。 目の前のケーキには、チョコペンまで使って、さらに年輪の模様と、『メリークリスマス』の文字。 …凝りすぎ。 「…これをいくつ作るって?」 「去年の3倍ってことだから…1.5倍を2種類?」 「なんでわざわざ修羅に入る?単一製品の大量生産によるコストダウンが切り札じゃなかったのかよ?」 「だってぇ…一種類だけだとつまんないもん」 「………」 「………」 俺と里伽子は、呆れて顔を見合わせる。 本当に、主旨を理解してるのかなぁ?「焼き方も飾り付けも全然違うんだぞ?どうやって回転させるのさ?」 「たったの二種類じゃない。前中に苺のショートケーキを作って、午後からブッシュ・ド・ノエルで…」 「多分、恵麻さんの負担が半端じゃないよ。れでもいいの?」 「負担って…ケーキ作りが?」 しれっと…というよりは、きょとんという感じで、俺たちを見る。 本当に、俺たちの心配が、まったく理解できていないらしい。 「もういい里伽子…俺たちの負けだ」 こうなってしまったときの姉さんは、48時間でも72時間でも、平気でケーキを作り続ける。 まぁ、その後、96時間でも144時間でも寝こけてしまえる訳なんだけどさ。 「原価…大丈夫かなぁ」 「そ~んなことよりも、試食、試食!早く食べよ早く、仁くん!」 「せかすなよ…自分が作ったもん食うのに」 ケーキナイフで、“切り株”を切り落とす。 輪切りにしてみてわかる、贅沢すぎる、ショコラクリームの厚さ…「ほら、見てみて?切り口の年輪の形もかなり気を使ったのよ?」 「金太郎飴職人かあんたは…」 「…どうしてこれを1000円で売るのよ」 「言い出しっぺが責任を取れ」 「わたしが言うのもなんだけど、お得よね~」 「本当に、なんだなぁ」 ケーキ皿に、とろける切り株を盛る。 見た目だけで、美味しさを約束されてる。 さらに、チョコレートとクリームの、甘く苦い香り。 「………」 「く…」 とどめは、舌の上でとろける甘さと、こんなにべたべたクリームを塗りたくったくせに、ちっともしつこくない、ふわっとした美味さ。 …さすがは、天下の辻本調理師専門学校で、料理そっちのけで菓子しか作らなくて退学になりかけただけのことはある。 「美味しい…美味しいよねぇ?ね、ね? もいっこもらってもいいかなぁ?」 「いや、姉さんが作ったんだし」 「こっちの二つ目を行くより先に、ショートケーキの味見をしたほうが建設的だと思うけど、ね」 「…それもそうね。うしてそのことに気がつかなかったんだろう…仁く~ん!」 「…はいはい」 俺は、ケーキナイフをキッチンペーパーで丁寧に拭いて、今度は、白と赤で彩る丸いスポンジに、刃を入れる。 ………………「ふぅ~、お腹落ち着いた。味しかったね」 「なんて自画自賛な…」 というより、既に自分が作ったことすら忘れているような。 「…最初からわかってたことだけど、味に関しては、問題がなさすぎるわね」 「…まぁ、な」 んまい。 正直、キュリオにだって負けてる気がしない。 それなのに、向こうの半分くらいの値段だし。 「後は、ブランドイメージでの差をどう埋めるかだけど…もうこの際だから、試食、やろうか?」 「あ、それ賛成!スーパーの食品売り場みたいでいい感じ」 我が姉ながら、本当に高級感のカケラもない…ケーキなんて嗜好品を作ってるくせに。 「完成品をその場でカットして、お客様に提供すれば…味と、見た目の両方でアピールできると思う」 「確かに…」 切らないとわからない仕掛けも入ってるし。 「うん、だいたい話もまとまったわね。れじゃ…」 姉さんが、これで今日の話は終わりとばかりに立ち上がり…「ブッシュ・ド・ノエルの二つ目行く前に、お茶も飲みたいわねぇ…仁くん?」 「………」 「………」 話は終わったから、本格的に食うらしい。 …この、2つのでっかいケーキたちを。 ………………「あ、仁…口」 「ん?」 「クリームべっとり。っともない」 「ケーキを頬張るときの作法だろうが」 「もう、しょうがな………」 「?」 目の前にあった紙ナプキンを取ろうとして、里伽子が固まる。 「ごめん、恵麻さんお願い」 「リカちゃん…」 結局、伸ばした手を引っ込めてしまう。 そりゃ、まぁ、そうか。 今さら、そんな彼女っぽい世話を焼くわけには…「ほらほら仁くん、こっち向いて」 「むぐっ…?」 と、ちょっとしんみりしていたら、姉さんに、姉っぽい世話を焼かれてしまった。 なんというか、まぁ…俺って、この3人でいるときって、一番年下扱いなんだよなぁ。 ………まぁ、本当に一番年下なんだけど。 「ほうら綺麗になった」 「いや姉さんこそ酷いことになってる」 「え~!?」 と、右側が白くて、左側が黒い唇を、大げさに開いて驚いてみせる。 「………」 結局、姉さんの口の周りを拭いたのは、何だかんだ言って事実を認めようとしない姉さんじゃなくて、俺だったり。 「ほら、綺麗になった」 「もとから綺麗よ…失礼な」 「そういうこと言うの俺だけにしとけよ」 「………」 「怒んないでよリカちゃん…あなたがやれって言ったんだからね?」 「あたしは呆れてるだけです」 「どっちに?」 「………」 「あはは…お店、始めたときを思い出すね。うして三人だけだと」 「二年と…八ヶ月くらい?」 「お客さん、最初は全然入んなくてね~、三人で、売れ残ったケーキでよくお茶してたじゃない」 「あったあったそんなこと…」 始めた当時は、誰も飲食店経営のノウハウなんかなくて、ただ、キュリオを真似て作ってみた即席の喫茶店。 パティシエール…というよりも、お菓子のお姉さんといった風情の女店主の作るケーキは、甘くて、くどくて、ボリュームたっぷりだった。 「リカちゃんには、よく『バタくさい』って、叱られたのよねぇ」 「…今でもそんなに変わってないけど」 「俺は、ああいうのも好きだったけどな」 「お店のコンセプトに合わないのよ。まりにも、質より量って感じのは」 「だって、美味しいんだから、仕方ないじゃないか」 「仁くん…」 いくら重くても、いくらバタくさくても…口の中では、とろりと溶けて、すうっと、喉をくぐるのが快感なんだから。 「そういえば、そういってよく衝突したなぁ。を変えるか、内装を変えるかって」 カントリー風な“お母さんのお菓子”と、欧風メイド喫茶なコンセプト。 本物の『お屋敷メイド』なら、ぴったりかもしれんが、生憎ウチは『メイド服っぽい制服のお洒落なカフェ』。 その微妙なミスマッチは、開店した月の売り上げを赤く染めた。 「二人とも呑気過ぎるのよ。 もうちょっと危機感を持って欲しかった。 あの頃も、今も」 「う…」 「………」 …そう、ブリックモール出店のときと、実は何も変わっていなかったりする。 そう考えてみると、確かに成長してないな、俺たち。 「大体、新メニューとかも『テレビで見て美味しそうだったから』とか、そういう行き当たりばったりで決めたりするから…」 「リ、リカちゃん…?」 「あたしがせっかく、季節感を持たせようとか、色々と考えてたのに、朝来てみたら、真冬に平気でアイスデザートとか始めてるし」 「いやほら、冬ってコタツでバニラアイス食いたくならないか?」 「そうそう、定価1000円の大パックが特価の時に買ってきては、二人で全部空けちゃってたのよね~」 「仁と恵麻さんの胃袋を一般人と同じに考えないで」 「いや、俺はよくお腹壊したぞ?姉さんは平気でぺろりと食ってたけど」 「………」 「…なんの話だっけ?」 「さあ?」 ………………「うん、我ながら美味しかった~」 「………」 「………」 最後のイチゴが、姉さんの胃の中に収まる。 …本当に、3人で食べきってしまった。 ぐったりとした俺と里伽子とは対照的に、姉さんはいたく満足そうだ。 普通の食事とかではあまり食べないのに…このひとは、別腹の方が大きいんじゃないだろうか。 「でも、よかった」 「何が?」 「リカちゃんが、戻ってきてくれて」 「………」 「しばらく、連絡くれなかったから嫌われちゃったのかなって…」 「…何か心当たりでもあるんですか?」 「え…?」 「里伽子?」 「…冗談。麻さん、色々とあったから、声かけづらくて」 「あ、ああ…そう、なんだ」 「お見舞いとか行けずに、ごめんなさい」 「ううん、それはいいのよ。い、と言ってはなんだけど、誰にも怪我はなかったんだし」 ファミーユが焼失して、みんな散り散りになって。 かすりさんや明日香ちゃんなんかは、時々、姉さんの様子を見に来てくれたけど。 里伽子だけは、この半年間、姉さんとは、連絡を取らなかったらしい。 まぁ、俺と里伽子の間にも、色々あったから、そのこととか聞かれるのが嫌だったのかも。 「欲を言えば、本当に店に戻ってきてくれたら、もっと嬉しいんだけどな~」 「それは、その…」 「あ、ううん、無理にってことは言わないけど…就職が決まって、時間ができたら、また、一緒に働いて欲しいな」 「………」 「この3人が揃わないと、ファミーユって気がしないもの。え、仁くん?」 「え? いや…その…」 この場合、俺、どう答えればいいんだろ…里伽子に戻ってきてもらいたいのは、姉さんに言われるまでもなく、当然のこと。 けどもう、俺と里伽子の間には、姉さんの知らない溝が穿たれてしまっていて…「あ…ごめん、ちょっと」 鳴り出した携帯を手に、俺は、スタッフルームへ向かった。 ………「どうして…ダメだったのかな?」 「なにが…ですか?」 「いい男だよ、仁くんは…わたしが保証するよ」 「だから…なんですか?」 「どうして、別れちゃったのかな?仁くん、今でもリカちゃんのこと、好きなのに」 「………」 「どこが…ダメだったのかな?そりゃ、ちょっと甘えん坊なとこあるけど、それってリカちゃんを頼りにしてるってことだったのに」 「ちょっと…じゃない。りすぎ」 「まんざらでもなさそうだったじゃない…いっつも『しょうがないなぁ』で許しちゃってたじゃない」 「もう…頼られるのに疲れたの」 「ほんとに? 本当に? わたしは知ってるよ?そういうときのリカちゃん、微妙に口の端が笑ってた」 「………」 「ダメかな?本当に、もう、戻ってきてくれないのかな?」 「だから、仁がどうこうじゃなくて、就職活動が…」 「そんなの、本当の理由じゃないでしょ?まだ3年なんだから、この時期から動く必要なんか…」 「あります。れにゼミだって忙しくなるし」 「何も毎日だなんて言ってないの。とえば、土日だけでも」 「恵麻さん…」 「仁くんのためにも、また一緒に…ダメかな?」 「………」 「すぐに返事してくれなくていいから…少しだけ、考えてみてくれないかな?」 「…あなたは」 「ん?」 「結局…仁さえよければ、他人の事情なんか、どうでもいいんですね?」 「え…?」 「仁の方に未練があるから…仁はいい男だから…仁が頼りにしてるから…」 「あたしの就職なんかほっといて、ゼミが忙しくても時間を見つけて、気まずかろうが、とにかく戻ってこいって…」 「そう…言ってますよね?」 「リカちゃん…?」 「それで、またいつものアレですか?『家族だから、お互いを大事に思うのは当たり前』。も恵麻さんも、1日に3回は使う台詞ですよね?」 「ど、どうした…の?わたし、そんなに酷いこと、言った…?」 「…恵麻さんが」 「え…?」 「そんなに仁が心配なら、恵麻さんが、慰めてあげればいいじゃない」 「リカちゃん…?」 「あたしは…もう、仁の面倒は見きれない。もあなたは“家族”なんだから、いつまでも、側にいてあげればいいじゃない」 「ちょっと…なに言ってるの?」 「昔みたいに、一緒に住んで、一緒に食事して、一緒に寝て…そして…抱きしめてあげればいいじゃない」 「できるわけないでしょ…もう、そんなこと」 「なんで?」 「なんでって…」 「もしかして、まだ旦那さんを愛してます?3年も前にいなくなった、仁にそっくりな人を?」 「っ…!」 「あ…」 「………」 「………ごめんなさい」 ………………「………」 里伽子の出て行ったフロアに、沈黙が訪れる。 俺は、しばらくは、その中には入っていかない。 姉さんが、必死に平静を取り繕うと頑張っているから。 ………電話は、ただの勧誘だった。 だから本当は、1分もたたずに、すぐに叩き切ってた。 けど、いつの間にか、フロアには戻れない雰囲気が漂ってたから、俺は、ここで、ただ、聞いているだけしかできなかった。 「なんで…?なんで、こうなっちゃうのかなぁ?」 だから…姉さんの目が、赤くなくなるまで、ここで、もう少し、待つしかない。 「………」 「………」 「ね? ね? いい感じでしょ?我ながら上手くできたと思うのよね~」 「いや、そりゃ確かに…よくできてるけど」 「ちゃんとシューも綺麗に積まれてるし、クリスマスツリーっぽくできてる」 「そうでしょ? 良かったぁ。れでますます楽しくなりそうね」 「却下」 「え~!?」 「誰がこの期に及んでさらに新メニューを増やせと頼んだの?」 24日のクリスマスケーキの大量生産モードに入っているかと思っていたのに…今、目の前にあるのは、まるで、クリスマスツリーのように積み上げられたシュー。 クロカンブッシュ…シューを積み上げて、飴で固めたお菓子。 フランスで、お祝い事によく使われる。 その形がツリーっぽく見えるので、クリスマスケーキとして扱われることもある。 …そのことが、姉さんの創作意欲を刺激したらしい。 「考えたんだけどさ…『世界のクリスマスフェア』っての、どうかな?」 「世界って…」 「いろんな国の、クリスマス菓子を片っ端から作るの。? 面白そうでしょ?」 「………」 「………」 「クリスマスプディングやフルーツケーキやパネトーネは熟成に時間がかかるから、残念ながら無理だけど」 「姉さん…」 「こんなことなら、半年前から準備しておくんだったなぁ。~、失敗した」 半年前は家が焼けてそれどころじゃなかったろうに。 「ま、それでも、これで3種類。張って、あと2~3種類くらいは」 「だから却下」 「ええ~!?」 あからさまに不満そうな姉さんを、もはや憐れみの表情で見つめる俺とかすりさん。 「ブッシュ・ド・ノエルを増やしただけで、俺としては最大限の譲歩なの。れ以上種類増やして、かすりさんを殺す気?」 「そうなの? かすりちゃん?」 「え? あ、いや…ねぇ?」 「ねえじゃねえだろ」 姉さんを尊敬してるせいで、イマイチいつもの『好き勝手』が出てこない。 しかし、ここは退くわけにはいかない。 「姉さんがどんどん新メニューの開発に入ってったら、デコレーションケーキの方は誰が焼くんだよ?」 「それなら大丈夫。類が5倍になれば、1種類辺りの量は、5分の1になるわ…ほら負担が減った」 「コストは?」 いやそれ以前にその計算には致命的な欠陥があるのだが…「だから一種類あたりの個数がかなり減るから…」 「それって、一個あたりのコストが高くなるって意味だということはわかるよね?」 「………」 「………」 「え、え~と、ここは一つ、わたしが一両を負担するということで…」 「黙れ忠相」 「上様!?」 「いい姉さん? これは店長命令。れ以上、クリスマスケーキのメニューを増やすの禁止」 「…総店長に逆らうの?」 「現場を指揮するのは俺だ」 「酷いわ、店長横暴~!」 「横暴結構。長には、スタッフの健康を守る義務があるの」 「………」 「………」 ここで甘い顔を見せてはいけない。 今の姉さんは、ただの『クリスマスを前に浮かれている子供』だ。 他人の迷惑も、店の売り上げも関係なく、クリスマスを楽しく過ごすことしか考えてない。 だから、ここで譲ってはいけない。 なぜなら、いい子にしてないと、サンタクロースはやって来ないからだ。 「………」 「………」 「ちょっ、ちょっとぉ…」 店長と総店長の睨み合いは、その後しばらく続き…「あ、シュトーレン焼けた♪」 「まだ作っとったんかい!」 そしてすぐに言い争いに発展したらしい。 「仁くん?」 「うわあっ!?」 ………「…何よ今の変な声は?」 「いや、だってさ、今、朝の9時だよ?しかも休みの日の」 「だからなんなのよ?言っとくけど、わたしだって、人を呼んでおいて、その時間に平気で寝てたりしないわよ」 いや、それを今まで何度もやられたことがあるから、驚いているんですが…「あ…」 部屋に入ると、テーブルの上に、お茶とお菓子の用意がしてある。 それに、ほのかに線香が煙ってる。 位牌に、お茶とご飯が供えてある。 …てことは、本当に早起きしたんだ。 ………「…おはようございます。さん、母さん、兄さん」 いつも俺が用意するものが、一通り揃ってて、お客さんみたいな妙な感じ。 半分焦げた位牌の中の人たちは、今日の姉さんの『鬼の霍乱』をどう思ってるんだろう?「…ていうか、どういう風の吹き回し?」 実は昨夜『とにかく明日の朝、家に来て』と言われただけで、何が目的なのかも聞いていない。 「仁くん、今日の予定は?」 「いや、別に今のとこないけど…」 「だったら、今日は晩ごはんまで付き合ってくれないかな?」 「買い物? 別にいいけど」 「違う違う。 出かけない。 ずっとここで、夜まで一緒にいてくれないかってこと」 「え…?」 てことは、一日中?姉さんと、二人きりで、姉さんの部屋で?そ、それは、ひょっとして…朝から…?「あのさ…もう一度、一人さんの四回忌、やり直したくって」 「…ああ」 そういうオチでしたか…ちょっとパンチに欠けるな。 「この前はほら、お父さんとお母さんに、滅茶苦茶にされちゃって、ちっとも一人さんの話、できなかったじゃない」 「まぁ、そうかな…?」 この前ってのは、高村の家で執り行われた、兄ちゃんの四回忌の集まりのこと。 あのとき、結局、話題の中心になってたのは、姉さんの再婚話と、俺の休学話。 生きてる人間の話が増えるのはやむを得ないとしても、兄ちゃんの話…確かにほとんどしてなかった。 兄ちゃんのための集まりだったのにな。 「そういうわけでさ、ほら」 姉さんの手には、いつの間にか、ワインの瓶が…「朝から飲むのかよ…」 「だってさぁ、高村の家だと、ビールか日本酒ばっかりなんだもん」 「いやそれ答えになってないし」 俺たちはヨーロッパの人間じゃないから、ワインは水とは違うんだぞ。 「けど、おつまみコレだよ?それでもビールのがいい?」 「いや、だからぁ…」 ふと見ると、テーブルの上には、色とりどりのクッキーやチョコレートやケーキ。 つまみをどうこうじゃなくて、飲み物をお茶にしてくれよぅ。 「ほらほら、グラス持って持って。ぐよ~」 「本当に栓開けてるし…」 現在、朝の9時10分。 こんな時間に酒を飲むなんて、ものすごいダメ人間になったような背徳感。 …は、背徳?「は~い、用意はいい?」 「ねえ、本当に飲むわけ?」 と、姉さんは、いきなり俺の目の前で正座をして、三つ指をついた。 「本日は、皆様お忙しい中を亡き夫、杉澤一人の四回忌法要にお越し頂きまして、誠にありがとうございます」 「って、おい…」 「早いもので、夫が亡くなりましてもう、三年の月日が流れました」 とうとう喪主挨拶を始めてしまった…要するに、この宴は強制参加ということらしい。 「当初はただ呆然とするばかりでしたが、皆様の温かい励ましもあり、ようやく元気を取り戻してまいりました」 「本日、ささやかではございますが、お食事をご用意しました。ゆっくりご歓談ください」 「そして、故人の話に花を咲かせて頂ければ、幸いでございます」 ここまで一気に喋って、そして深く頭を下げる。 「…と、堅い話はここまでにしてっと、それじゃ仁くん、かんぱ~い♪」 「いや、そこで明るく音頭を取っちゃダメだろう」 「あ~、おいしい!朝から飲むお酒って、やっちゃった感があって最高よね~」 「…やっちまった」 ある冬の水曜日…故人をしのぶ、ダメ宴会が、始まった。 ………………「でね? 家出てこっち来たとき、いきなり一人さんと大喧嘩しちゃったのよ」 「…それは姉さんが悪い」 「理由も聞かずに断定するのぉ!?」 「兄ちゃんほど、第一印象と、人当たりと、物わかりのいい人はいない。から姉さんが悪かったんだろ?」 今、盛り上がってるのは、姉さんがこっちに出てきた頃の思い出話。 高校を卒業して、有名な調理師学校に通うため。 …実は、父さんや母さんは反対だったんだけど。 けど、兄ちゃんがこっちに住んでたから、色々と相談に乗ってくれるってんで、俺も姉さんの味方して、やっと許可が下りたんだった。 「仁くん…それは身内びいきってものよぉ」 「姉さんだって身内じゃん」 「違うんだってば!一人さんだって、仁くんには見せない裏の顔ってものがあったのよ」 「え…? ど、どんな?」 「一人さんってね…ものすごく仁くんを溺愛してたのよ」 「…は?」 「わたしが相談に乗ってもらいに行ったのに、すぐに『仁はどうしてる? 仁が心配だ』って、仁くんのことばっかり聞いてくるのよ」 「そう、だったの?」 俺が高村の子になってからは、両親にも気を使って、年に2~3回しか会わなかったけど…で、会うたびにいつも説教だったけど。 「それでわたしもカッチーンって来ちゃって、思わず言っちゃったのよ」 「…もっと姉さんのことを心配しろって?」 「ううん。仁くんは大切なわたしの弟なんだから、他人のあなたが余計な心配するな』って」 「………」 「だってそうでしょ? 自分は仁くんを里子に出しといて、たまにしか顔出さないくせに何言ってんのよ。っちは一緒に住んでたのに、馬鹿にすんじゃないわよ」 「………」 それは…あまりにも…あまりにも、姉さんの言い分の方が、身勝手なような…いや、それ以前に、二人の喧嘩の原因って…俺?「そしたらさぁ、痛いとこ突かれたもんだから、もう変なとこで難癖つけてきてさぁ」 「変なとこって…?」 「『あいつには両親にもらった“ひとし”という立派な名前があるんだ。じん”なんて間違った名前で呼ぶな』だってさ」 「………」 それは…また…あまりにも、兄ちゃんの言い分は、的を外しているような…「そんなこと言ってもさぁ…こっちは仁くんが物心つく前からそう呼んでるんだもの。更そんなこと言われてもねぇ」 『じんくん』というのは、姉さんの、ちょっとした勘違い。 杉澤の家で、初めて俺を見たとき、俺の名前を漢字で知り、誰にも頼らず、必死で一人、その読みを調べ上げた結果。 初めてその呼び名で俺を呼んだとき、親戚中に笑われて、かえって意地になってしまい…そして定着した呼び名。 「それで、どっちが仁くんのことを大切にしてるかって、競争になって…けど一人さんって口が達者じゃない?途中から、わたしじゃ到底かなわなくなって…」 「まあ、そりゃ…」 学生時代は委員長やったり、弁論大会に出たり、社会に出てからも、出世しまくったりしてたしなぁ。 「それでわたし、悔しくって悔しくって…最後には泣き出して、『それでも仁くんは、わたしのものだ』って」 俺への姉弟愛を裁判で否定されましたか?「そしたらあの人、急にうろたえて…人に泣かれるのって慣れてなかったみたい」 「いや、それは…」 きっと、そんな理由で泣かれるなんて、夢にも思ってなかったせいだと思うぞ。 「まぁ…結局、つきあい出したのって、それがきっかけなんだけどね」 「…そこまで俺が絡んでたとは、夢にも思わなかった」 「そうね…仁くんが、わたしと一人さんを結びつけてくれた」 「………」 そうか…俺が、キューピッドか。 …馬鹿だね、しかし。 「それまで、一人さんのこと、ちょっと苦手だなって思ってたの。も、そのことがあって、一気に親近感が増してきてね」 「そう…」 「うん…救いようのないブラコン同士、仲良くしようって。はは…まるで『弟はかすがい』よね」 「そんなことわざは聞いたことがない…」 そんな、こそばゆくて、恥ずかしくて…ちくちくと痛い、ことわざは。 ………………「だからねぇ?まだ、再婚とか、そういうこと考えられないのよぉ。の辺のこと、お母さん、全然わかってない」 「俺は母さんじゃないしぃ」 「あ、いけない…今日は一人さんの思い出話をするんだった。れじゃあこの前のときと同じよねぇ」 いつの間にか、外は日が西に傾いている。 冷蔵庫には、これでもかというくらいにワインの瓶が転がっていて、いくらでも補充が効いてしまっている。 今、テーブルの上には、空き瓶が何本転がってるのか、それすらよくわからない。 10本にも、20本にも見えてしまう。 しかも、なんか輪郭がぼやけてるし。 「要するにあれだ…ま~姉ちゃんは、まだ兄ちゃんのこと愛してるから、だから他の男なんかメじゃないってか~」 まぁ、兄ちゃんの代わりになる男なんて、世界中探したって、そう簡単に見つかるわけもなく…いやひいき目を抜きにしても。 俺だって女だったら惚れてる。 ただ、その場合は兄妹の禁断の愛になってしまうが。 ………酔ったかな? 妙に気持ち悪い。 「う~ん…今でも深く愛してるってのとは、ちょっと違うのよねぇ」 「え…どういうこと?姉ちゃん、兄ちゃんのこと愛してないの~?」 「そんなわけないじゃない…というか…今は、3年前よりも愛してるの」 「………」 深い…それはそれは、重くて、強くて、鋭すぎる愛の言葉。 「ぶっちゃけちゃうとね、姉ちゃん…結婚の約束した当時、一人さんのこと、深く愛してたかって言うと…微妙なの」 「…なんだって?」 「あ、そりゃ、好きだったわよ?凄く優しくて、時々厳しくて、でも基本的には甘くて。士で、頼りがいがあって、顔は仁くんそっくりで」 最後の方に、気になる発言があったけど、この際、そのことには触れないでおこう。 「一緒にいると安心できるひとだった…」 「愛してんじゃん、それって」 「もちろん愛してたってば。も…安心はできたけど、ドキドキは…どうだったかな」 「あんた贅沢だよま~姉ちゃん」 俺の知ってるだけでも、兄ちゃんに本気だった娘の数は、両手、両足じゃ足りない。 兄ちゃんは、人当たりがいいもんだから、そういった『友達』を、俺が小さい頃から、よく家に連れてきていた。 彼女たちは、兄ちゃんの歓心を買おうと、俺をよく可愛がってくれたもんだけど、俺には、その魂胆が見え透いてしまっていて…で、結局、ひねくれた反応をする、病弱のガキは、その女の子たちの興味をすぐに失わせた。 兄ちゃんは兄ちゃんで、その女の子たちに飽きると、家に連れてくるどころか、電話にさえも出なくなり、後は野となれ山となれ。 「…ことほど左様に、兄ちゃんを射止めるには、様々な障害があったんだから」 「そうね…わたしが一人さんと結婚するって話になったとき、いっぱい無言電話がかかってきたわよ」 「…そんな苦労があったんだ」 「一体どこで調べてくるのかしらねぇ」 …きっと兄ちゃんが自慢しまくったんだろうな。 「そんな兄ちゃんに見初められたね~ちゃんは、ちょおらっきぃだったんだよ。しは自覚しろよそういうの~」 「でも、わたしは一人さんの審査なんかスルーだったわよ。んな、あの人を口説くときのルールを知らなすぎたの」 「ルールぅ?」 「さっきから言ってるじゃない…『救いようのないブラコン同士』だって」 「はぁ?」 「自分と同等か、それ以上に弟を愛してくれる人…一人さんが求めてたのは、そういう女性だったの」 「え? え…?」 「自分が家庭を築いて、生活が安定したら、仁くんを引き取る…ってのが、一人さんの青写真」 「………」 「そのとき、仁くんのこと疎ましく感じる女となんて、一緒に住めるわけないでしょ?」 「おい…」 また、俺かよ。 「後悔してたのよ…本当に。くんを、高村のうちに渡してしまったこと」 「仕方ないじゃん…兄ちゃん学生だったんだし」 「本当は中退して、すぐ就職する気だったんだって。ど、親戚一同に猛反対されて…」 「………」 「そのくせ仁くんを引き取ったのは、杉澤の本家じゃなくて、ウチだったんだもの…『本当に、仁には済まないことをした』って」 「兄ちゃん勘違いしてるよ。は…ちっとも後悔なんかしてない」 「仁くん…」 「高村の両親にも、もちろんま~姉ちゃんにも…言葉にできないくらい、ものすごく感謝してるよ」 「嬉しいな…そう言ってくれると。約破棄してまで姉ちゃんになった甲斐があったってものよ」 「それは俺知らんて…」 たった二週間前に聞いた衝撃の事実。 いつの間にか許嫁で、いつの間にかそうじゃなくなってた過去。 今更聞かされても、ただ困るだけ。 本当に、本当に困るだけ。 「ま、それはともかくとして…だからプロポーズだって、一人さんの方からだし。結構強引だったのよ?」 「あの兄ちゃんが…?」 「なんか、あれよあれよと言う間に入籍しちゃって、そりゃ、嬉しかったけど、戸惑いもあって…」 「それは…」 俺だって、同じ気持ち…いや、もっと、戸惑いの方が大きかった。 なにしろ、姉を奪われる寂しさと、兄貴が結婚するっていう寂しさを、いっぺんに体験したっていう希有な奴だから、俺は。 「そうやって、ずっと手を引いてくれてたのに…いきなりハシゴ、外されちゃってさぁ…もう、一体何なのよって…ね?」 「………」 「悲しみもあったけど、戸惑いの方が大きくて、慰めてくれる人もいたけど、結構、責める人もいて」 もともと、兄ちゃんと姉さんの結婚を、快く思ってなかった本家筋…何の責任もない姉さんに、葬式のときも、訳のわからない難癖をつけてた。 「そういうことに、必死に抗ってるうちに、泣くことも忘れちゃって…」 そういえば姉さんは…葬式でも、初七日でも、四十九日でも…一度も、涙を見せたことがなかった。 「やっと、あの人のことを思い出せるようになったのは、一周忌の頃…ファミーユが軌道に乗り始めた頃、かな?」 「ふぅん…」 里伽子や、かすりさんが、俺に協力してくれて、姉さんを支えて…やっと、姉さんに笑顔が戻り始めた頃、か。 「思い出は美化されるって言うけれど…どう割り引いて考えても、一人さんは、本当に、素敵な人、だったのよねぇ…」 「まぁ、それは…反論の余地がない」 あそこまで『かなわない』って感じさせる人間に、俺は今まで、会ったことがない。 「な~んであんなに戸惑ってたんだろう。うしてもっと、あの人に、“好き”って気持ちを伝えられなかったんだろう…」 「………」 「思い出せば、思い出すほど…後悔と、感謝と、そして恋愛感情が大きくなって」 「そう…」 「今は…結婚当時の10倍は好き」 ただでさえ完璧な兄ちゃんが、偶像化されて、しかも、未だに想いが成長し続けている。 そんなの…誰だって敵うわけ、ないじゃん。 「だから…思い出が焼けてしまったときは、あの人が亡くなったときよりも、ショックだった」 安物だなぁ、このワイン…さっきまでフルーティで、めちゃくちゃ甘かったのに、こんなに短時間でここまで苦くなるのかよ。 「ごめんね…」 「何のこと?」 「すがっちゃって、ごめんね」 「…なんのこと?」 「…なんでもない」 そう、なんでもない。 だって、蒸し返さないって、約束だから。 「…ワイン、また空いちゃったね。ってくる」 「…ん」 少しの間だけ、この息苦しさから解放された。 「あ~、そういえばさぁ、今だから言っちゃうけど、一人さんのプロポーズの言葉、これがまた傑作だったのよ~」 「………」 今なら、相槌を打たなくて済む。 心の赴くままに、不機嫌な顔をして、ふてくされて、目を閉じて、無視することもできる。 「普段は自信満々なくせにねぇ…誰かさんに、本当の意味でのコンプレックスも持ってたのよね」 「ん…」 今さら、そんな、痛い台詞なんて聞きたくない。 ただ困るだけ。 本当に、本当に困るだけ。 だって…「あ、仁くん…白と赤、今度はどっちがいい?」 だって俺は…姉を奪われる寂しさと、兄貴が結婚するっていう寂しさと。 そして、好きな女を奪われる悲しさを、いっぺんに体験した、希有な奴なんだから。 ………「お待た…あれ?」 「すぅ…」 「仁くん?寝ちゃった?」 「ん…くぅ…」 「そっか…そうよね。んなのろけ話、他人が聞いても、面白いわけ、ないわよね?」 「………」 「わたしにとっては、かなり…痛いとこ、突かれたんだけど、ね」 「………」 「そうだ、毛布…」 「第三陣、来たわよ」 「アイアイサー」 「明日香ちゃん、包装紙たんない~」 「ああもう!自分で取ってきてよぉ」 「わかったよぉ。ってくればいいんでしょ」 「開店まであと30分か…どのくらい用意できる?」 「店売り分は10ずつは行けそう」 「予約分として、その倍キープしてある」 「30が3種類…90か」 「なんか壮絶…」 「だって寝てないし」 イベント前日に姉さんを寝かせるなんて、そんな危険なことができるか。 「ま、でも、これだけ揃えば午前中は十分だな。んなよくやってくれたよ…」 「だって、いつもよりも2時間も早く出勤してるんだもん。りゃ、パティシエ組には負けるけどさぁ」 「あ~、今日の営業が終わったら、思いっきり寝てやるんだから~」 「12月24日にそういうこと言うの寂しいよ~」 「ふう…そろそろいいかな。店まで休憩にする?」 「甘いよ仁…」 「由飛?」 手に包装紙とリボンを抱えた由飛が、何故だか青ざめている。 「みんな、キッチンにこもりっきりで、肝心の外の様子、見てこなかったでしょ?」 「外の様子って…でもここ建物の中だし」 「え~、なに? もしかして外は雪?ホワイトクリスマス~?」 「それは困るよ…客足が鈍るってばぁ」 「本当の外じゃなくて…中の外」 「言ってる意味がわからん」 「列…できてる」 「………」 「………」 「ざっと見たところ、10人くらい」 「………」 「………」 「キュリオにも並んでるけど…ウチの方が多いかも」 「…見てくる」 ………………「ど、どうだった? 仁くん?」 「………」 「てんちょ…?」 「やっぱりデマ?由飛ちゃんの、いつもの大ボラ?」 「ちょっと何それ!?」 「………てた」 「え?」 「増えてた…」 「はい?」 「由飛が見たときより、倍近くに増えてる…」 ショーケースの前に、順序よく並んだお客様。 その数、今や20人程度。 「宣伝、しすぎたかなぁ?」 「午前中に用意する店売りのクリスマスケーキの数っていくつって言ってたっけ…?」 「30?」 「もし、今並んでるお客様たちが、一つずつクリスマスケーキを買ったとしよう。て、残りはいくつ…?」 「…10?」 「午前中って…あと何時間あるんだっけ?」 「…2時間」 「………」 「………」 「………」 「………」 「皆の者、働け~!作れるだけ追加しろ~!」 「きゃああああ~!?」 12月24日。 クリスマス商戦のピーク。 その戦いは…開店時間になる前から、始まってしまっていた。 ………………「いらっしゃいませ。うぞごゆっくりお選びください」 「あ、え~とね。リスマスケーキが欲しいんだけど」 「スタンダードな苺ショート、ブッシュ・ド・ノエル、シュトーレンと各種取り揃えてございます」 「う~ん…迷うなぁ」 「ぜひお迷いください…できるだけ長く」 「え?」 「はい! なんでしょうか?」 「あ、えっと…どれがお薦めかしら?」 「どちらもお薦めですよ。れはもう甲乙つけがたく」 「う~ん、やっぱり苺のショートかなぁ」 「シュトーレンは日持ちいたしますので、ゆっくりとお召し上がりいただけますよ?」 「あ、そうなの?だったら…」 「ブッシュ・ド・ノエルはショコラクリームをふんだんに使いまして、しっとりとした味わいに仕上がっております。よりも見た目が楽しいですよね」 「…どれにすればいいのよぉ」 「…ごゆっくりお選びください♪」 「う~ん」 「(にこにこ)」 「そうねぇ…」 「(にこにこ)」 「…よし、決めたわ」 「もっとゆっくりお選びになってよろしいですよ?当店のクリスマスケーキは、どれも自慢の…」 「ええ、だから3つ全部いただくわ」 「お買い上げありがとうござ………え?」 「ご近所みんなで集まってパーティするから、3つ買っても大丈夫。れに安いし」 「あ、あは、あはは…」 「…没」 「うっそぉぉ!?」 背中に『ガビーン』という文字をしょったみたいな、かすりさんのリアクション。 まぁ、それも当然かもしれない。 「よくご覧なさい、ここ。 生地が割れちゃってるじゃない。 こんなのお客様に出せないわよ」 ここまでせっぱ詰まった状態でも、姉さんは、容赦なくリテイクを出してくる。 「確かに…でも…」 見ると、端っこの部分に、確かに亀裂が入っている。 きっと、ロールするときに、力の配分を間違えたんだろう。 「で、でも…気づきませんってこんなのぉ。れに、クリームで埋めちゃえば…」 かすりさんの主張通り、どう見ても、カムフラージュ可能だ。 しかし…そんなことを、“ケーキ職人としての”姉さんに言ったところで仕方がない。 「かすりちゃん…いつの間にそんなセコいこと言うようになったの?お姉さん寂しいわ」 「なんて言ってる時間すら惜しいってのに~!」 「ゴメンなさい! 店頭在庫もうすぐ切れる!早く次の出して~!」 「時間稼げって言ったのに~!?」 「稼いでるよぉ! めいっぱい!でも仕方ないじゃない、売れに売れてるんだから~」 「…っ」 「う…ひくっ…」 なんて…なんて、夢みたいな台詞だろうか。 「姉さん…よかったね、よかったねぇ」 「ああ…仁くん…あなたの言ったことは正しかったわ…」 「だろ? だろ?やっぱり…」 「ケーキ屋さんやってて、本当に良かったぁぁ~!」 「それはいいから早く追加を…」 「こっちの持ってっていいよ。も、これは駄目なんだってさ~」 「今さら作り直してる場合じゃないのに~」 と、嘆きつつも、明日香ちゃんは、シュトーレンと苺ショートケーキを、ショーケースの方へ運んでいこうと…「仁~! エスプレッソにアッサムのロイヤルミルクティ、ブレンド2つ。と、これもらってくね」 「ああっ! 持ってかないでよ~!」 横合いから由飛にケーキを1つ横取りされて、またしても明日香ちゃんが、嘆きの声を上げる。 「でもイートインのお客様のご注文のが先だったし~」 「まずいよぉ…このままじゃ、行列が止まっちゃう」 「とにかく明日香ちゃんはショーケースに戻る!で、笑顔でぺこぺこ頭下げてて!」 「うわ~ん、ヤな役~」 「由飛!」 「はいっ!?」 「ほうら、ブッシュ・ド・ノエルの切れ端をやろう」 「うわあああ~!」 早朝から、ずっと指をくわえて恨めしそうに、次々と焼き上がるケーキを眺めていた由飛には、この誘惑は致命的だろう。 「だから…これ持って、謝ってこい」 「…え?」 「お待たせしました。プチーノ、カフェオレに、ショコラのタルト、サヴァランでございます」 「では、ごゆっくりおくつろぎください」 ………「…あれ?」 ………「はい、こちらサービスとなっております。 お待たせして大変申し訳ありません。 お席のほうでお待ちください」 「あら…本当にいいの? これ」 「はい、その代わり、ご注文の品が焼き上がるまで、少々お待ち下さいませ♪」 ………「ちょっと…」 「あ…」 「あ、あのね…」 「う、うん…」 「………」 「………」 「とか沈黙してる場合じゃないの!一体なにやってるの!?」 「え? あ、ああ…これ、配ってたの。んでくれてるお客様に」 「これ…って…ブッシュ・ド・ノエル?」 「ちょっと焼く方が間に合わなくって…それでお待たせしちゃってるからお詫びに」 「焼くのが…間に合わないって…?」 「列が途絶えないんだよ…朝から」 「………」 「あ、いらっしゃいませ~! 大変申し訳ありません。 ただ今テイクアウトは混み合っております。 こちらの整理券の方をお持ち下さい~」 「せ、整理券…?」 「そういうわけだから…ゴメン玲愛ちゃん。 話は後でね。 あ、これ一切れ余ったからあげる」 「あ…」 「………」 「行列…?整理券…?」 「行ってらっしゃいませ、ご主人さま」 「店長~、ダージリン2つ。と、ショートケーキとレアチーズケーキ」 「はいよ…ああ忙しい忙しい」 「今日忙しくなかったら廃業ですって…」 「クリスマスケーキの方も売れ行きいいみたいですし、これで安心して年を越せますね~」 「儲かったお金で、お餅でも買うの…?」 「みんな! 一大事よ!」 「玲愛?」 「どうしたんですかチーフ。相変えて?」 「作戦会議。ぐに集まって」 「営業中だってば…」 「しかも絶賛繁盛中」 「何言ってんのよ…あんたたち、この異常事態に気づいてないの?」 「異常事態?」 「カトレア君と仁君が逢い引きしてたとか?」 「色んな意味で、できちゃったとか?」 「向かいを見なさいっ!_ついでに高村は関係ないっ!」 「お向かいさん…?わ、すご。んでる、並んでますよ?」 「列がさばけてない…行列慣れしてない。あ、もどかしいなぁ」 「自分たちの店の人気に、ちっとも気づいてなかったって感じ?」 「私だってちっとも気づいてなかった…」 「嘘ばっかり。番これを恐れてたのは玲愛じゃないの」 「ついでに…一番期待してたのも、ね」 「そんなことよりも、ウチも何か手を打たないと!このままじゃ、ファミーユに負ける…」 「負けるかなぁ?」 「勝てる気はしないけど、負ける気もしないなぁ。、ウチはウチで、閉店までに売り切っちゃえばいいよ」 「そんな呑気な…」 「花鳥君」 「…え?」 「よそはよそ、ウチはウチ。かが全力で頑張ってないとでも言うつもりかい?」 「あ…」 「店長が頑張ってませんよね?」 「言ってやるなってば」 「そう、今さら作戦なんか変える必要はない。チには橘さやかプロデュースのケーキと、キュリオというブランドと…なにより花鳥玲愛がいる」 「店長…」 「簡単には、負けやしないさ」 「………」 「わかったら皆、持ち場に戻ろう。して…店を閉めたら、パーティでもやろうじゃない?ま、その時にはきっとお菓子なんか残ってないけどね」 「これはまた…」 「初めて見た…真面目な店長」 「さ、解散解散!あと4時間、死ぬ気で頑張ろう?」 「は、はいっ」 「が、頑張りますっ」 「持ち場に戻ります。の…ありがとうございました、店長」 「花鳥君…待ちたまえ」 「はい?」 「ファミーユのクリスマスケーキは、君が危機感を抱くほど、美味しかったかい?」 「…え?」 「隠さなくてもいい…ショックを受けたと、顔にしっかり書いてある」 「そ、その…一体なんの話でしょうか?」 「口にチョコクリームがべっとりついてるよ?」 「っ!先に言え~!!!」 「大変申し訳ありません。予約でないお客様は、現在30分待ちとなっております」 「まあ、そうなの?」 「整理券のほうをお渡しします。ばらくお待ちいただけますか?もちろん後で取りに来るということでも構いません」 「でも…お買い物済ませちゃったし」 「整理券をお持ちのお客様は、ブレンドをサービスさせていただいています。ちらでご休憩されるというのは?」 「そうなんだ…じゃあ、そうさせてもらうわ。ッシュ・ド・ノエルを一つお願い」 「ありがとうございました~。んちょ、ブレンド一つ入りま~す」 「了解~、ちょっと待っててね」 「ホイップ」 「はい」 「ゴムべら」 「はい」 「汗」 「はいっ」 姉さんとかすりさんの手によって、次から次へとスポンジがデコレーションされていく。 今、キッチンは、異様な緊張に包まれていた。 無駄口一つ叩かず、手はここ数時間休んでいない。 二人とも、とにかくケーキを作る以外の動作をしない。 「イチゴ」 「ドライフルーツ」 「包んで」 「焼いて。イマーは20分」 「はい、はい、はいっ、はいっ!」 だから俺は、二人のサポートと、雑用に専念する。 まるで医者の手術をサポートする看護士のように。 材料や器具を渡し、オーブンに生地を入れて、出来たら箱詰めもして、そしてオーダーにも対応する。 それでも、二人の忙しさに比べれば、この程度…「おやつ」 「はい?」 「冷蔵庫の中にプディングが入ってるから。つものわたしのカップ!」 「あ、その隣におまんじゅうがあるから、そっちも」 「………」 俺は…二人のサポートと、雑用に専念…「これか?」 「あ~ん」 「こっちも~」 「やってられるか~!!!」 「200円のお返しです。ってらっしゃいませ、ご主人さま」 「お疲れさま」 「あ、チーフ、お疲れ様です」 「どう? 調子は」 「順調ですよ。荷した分の、もう8割は売れました」 「思ったより出てるわね」 「お向かいさんの方が行列もできて派手に見えますけど、キュリオだって負けてはいませんわ」 「負けてない…か。当に、並ばれちゃったのね」 「…嬉しそうですね?」 「そんなわけないじゃない。ったく忌々しい…」 「ふふ…」 「…嬉しそうね?」 「そんなわけないですよ。ったく、忌々しいですね?」 「何よ、もう…」 「勝負はこれからですね。長い戦いになりそうです」 「代わるわ。憩してきていいわよ」 「そうですか?それじゃ、お願いします」 「あと2時間…絶対に売り切ってみせるわよ…」 ………………「大変お待たせいたしました。りがとうございました~」 ………「………はぁぁぁぁ~」 「お…終わった、終わりましたぁ」 「あはは…あはははは…膝が…大爆笑してる…」 「由飛さん…ここで倒れちゃダメ~」 「よく立ってるねぇ、明日香ちゃん。たし、もうダメ~」 「ちょっとぉ、そんな無防備な格好で転がってたら、てんちょに襲われちゃうよぉ?」 「それもいっかぁ…クリスマスイブだし~」 「いいの~!?」 「行ってらっしゃいませ…ご主人さま…」 ………「は、はは…」 「完売…した」 ………「あはは…あはははは…あ、あれ?」 「ちょっと…」 ………「膝が大爆笑…してる」 「…いけない、由飛の変な表現が伝染った」 「………」 「………」 「………」 「姉さん、かすりさん、生きてるかぁ?」 「うん…」 「なんとか~」 まぁ、背中に伝わってくる温かさからも、生きてることは十分伝わってくるんだけど。 ついでに…たとえようもない充実感も。 「…終わったな」 「終わったねぇ」 「腕が…腕がつった~」 みんな燃え尽きてる。 そりゃそうだろう。 今日一日で、どれだけの生地を練り、スポンジを焼き、デコレーションしたと思ってるんだ。 もうしばらくはケーキなんか見たくないってくらいに、大量の洋菓子が、目の前を流れていった。 「おなかすいたね…ブッシュ・ド・ノエル、もう一個焼こうか?」 「………」 「………」 「あれ? 食べたくない?疲れたときには、甘いものが一番なのに」 相変わらずの、別腹の化け物め…「わたし…フロアの椅子で寝てきます」 「ちょっと休んだら、明日の仕込だからね~?」 「…一時間だけそのことを忘れさせて」 かすりさんが、フラフラと左右に揺れながら、厨房を出て行く。 後に残ったのは、俺と姉さんだけ。 「…じ~んくん」 「なに?」 「ふふ…」 「あ…」 姉さんが、俺のことを正面から見つめて…そのまま、ゆっくりと抱きしめる。 「すごかったねぇ…今日」 「だってクリスマスイブじゃん…世界で一番ケーキの消費量の多い日だ」 「その中で、ファミーユの商品の占める割合は?」 「その数字を聞いてどうするつもり?シェア20%でも目指す?」 「素敵ねぇ…仁くんとわたしのお店が、五大陸のうちの一つを制覇」 「…南極大陸?」 「あはは…配達は任せた」 「しょうがない、明日から犬を飼おう」 「シベリアンハスキーなんか最高かも~」 その言葉を最後に…俺は、少しだけ気を失った。 …ま~姉ちゃんの、腕の中で。 ………………「ん…?」 「…あれ?」 「あ、起こしちゃった? ごめんね」 「…ま~姉ちゃん?」 チカチカと、天井の照明が照らしてる。 後ろ姿の、しっぽを結んだま~姉ちゃんが、なんだかまぶしく見える。 「明日の仕込み、早いとこやっておきたかったから。、仁くんはもう帰ってもいいよ」 「…姉さん」 ようやく、頭がまともに働きだした。 姉さんは、すでに明日の『イブじゃない、本物のクリスマス』の準備をはじめてる。 「大丈夫? 疲れてない?」 「大丈夫だってば。にしろ“若い”んだから!」 「いや、何も一部をやたらと強調せんでも」 そんなに気にしなくても、今、まだ働けるっていう、そのバイタリティが、異常なまでに若いのに。 「ま、明日は今日の半分より出ればいいかな?一人でも、なんとか日付が変わるまでには終わりそう」 「そう言ってて、結局、今日と同じハメになったりして」 「今日は…失敗だったねぇ。さかリカちゃんの読みが外れるなんて」 「それも斜め上方向に、な」 里伽子の助言通り、去年の3倍を目安にしてたのに、結局、出たのは4倍とちょっと。 ここまでキッチンが戦場になったことは、今までなかった。 「失敗失敗、大失敗。こんなに嬉しい失敗は、はじめて」 「うん…」 たくさんの、本当にたくさんの人たちが、今夜、ウチのケーキを楽しんでくれる。 姉さんにとって、俺にとって、そしてファミーユにとって…今日は、最高の日って、言い切って、いい。 「ね、ね、仁くん?」 「ん?」 「祝杯、上げよ?」 「祝杯?」 「だって明日はクリスマスじゃない。族で過ごす日…でしょ?」 「ああ、明日の夜? いいね、それ」 「明日の夜っていうか…今夜0時?」 「…今夜?」 「だって0時になったらもう25日でしょ?クリスマスよね?」 「いや…普通はイブだろ? それは」 25日は、家族で過ごすクリスマス。 そして24日は…「い~の! 25日なの!ねえねえ、祝杯あげよう?わたし今、どうしても仁くんと飲みたいの」 「明日も早いだろ…姉さん」 「一度寝たら起きられないから徹夜に決まってるでしょ」 難儀なひとだ。 「で、寝てられないから俺も寝させない気?」 「だってクリスマスじゃない」 「それ無茶苦茶…」 「駄目、かな?」 「今夜は…ちょっと。の、今から用事が…」 「………」 「その、明日の夜じゃダメかな?プレゼントもまだ用意してないし」 「…リカちゃん?」 「っ!?」 「そっか…」 「なんで…?」 「だって、言いづらそうだったから」 理由になってるようで、なってないような…けど…「…うん」 「…そっ、かぁ」 それで正解だから、仕方がない。 「リカちゃん、戻ってきてくれたんだ。くんの、ところに」 「あ、いや、その…」 「そっかぁ…そうなんだぁ。たしにあんなこと言っておいて…結局、面倒みちゃうんだ」 「姉さん…?」 「ずっるいなぁ…どっちが甘いんだか」 姉さんの…言ってる意味が、よくわからない。 「人の背中…押したくせに」 いや…わかるんだけど、わかってしまうのがおかしい。 「違うよ…俺が一方的に誘っただけ。伽子には、断られたよ」 「仁くん…?」 「だから、多分来ない。も、万に一つの可能性があるなら…」 里伽子にふられたことを、姉さんに話したのは、結構、最近になってから。 何しろ、それまで姉さんは、家のこととかで、俺のことを気遣う余裕なんかなかったから。 そんなときでも、もし俺が話してしまえば、自分のことをほっといて、俺を構おうとするから。 「万に一つの可能性…そんなに、叶って欲しいの?」 「え…?」 「…なんでもない。るといいね、リカちゃん」 「………」 なんだろ、これ…姉さん、だよな?俺の、ま~姉ちゃん、だよな?「行ってらっしゃい。カちゃんのところに」 「姉さん…俺…」 「わたしは…一人で、祝杯をあげてる」 「え…?」 「ずっと、起きてる。ーティ、してる」 「…ま~姉ちゃん?」 「別に…一人くらいなら、いつ来ても、大丈夫だと思う」 「それって…」 「それだけ」 「………」 万に九千九百九十九の場合の…「行ってらっしゃい」 「姉、ちゃん」 「お疲れさまでした、店長。た明日、頑張りましょう」 ま~姉ちゃん…恵麻姉さんは、それから一度も、俺の方を振り返らなかった。 「なんで駄目なわけがあるのさ…」 「仁くん…」 25日の0時。 つまり、24日の24時。 立派なクリスマスイブだ。 そんな日の夜を、一緒に過ごそうって、このひとは、言ってくれている。 「行くよ、着替えて、プレゼント買って、で、ちょっとだけカッコつけて行くから」 「それは…楽しみだね。ちゃん、喜んで転げ回っちゃうかも」 「はは…」 「ふふ…じゃあ、待ってるからね。馳走用意する時間はないけど、ケーキとワインを用意しておくから」 「…またその組み合わせかよ」 確か、ほんの2日前、そのパターンで潰れるまで飲んだっけ。 「さ、帰った帰った。込みと後かたづけは任せて、仁くんは、バッチリめかし込んできなさい」 「うん…それじゃ」 本当は、店長としては、一緒に残っているべきなんだろうけど。 でも…弟として、そして、今夜のデートの相手としては、今は一緒にいないことの方が、正解なんだろう。 着替えて、プレゼント買って、帰って、風呂入って…そして、もう一度、彼女に、会いに来よう。 「今夜は…ちょっと。の、今から用事が…」 「あら、そうなの?」 「その、明日の夜じゃダメかな?プレゼントもまだ用意してないし」 「もしかして…リカちゃん?」 「っ!?」 「なあんだ、そっかぁ!リカちゃん、戻ってきてくれたんだぁ」 「あ、いや、その…」 「良かったね…良かったねぇ…やっぱり仁くんには、リカちゃんが一番似合ってるよ」 「いや、その…そうなるかどうかは、まだ…」 「…そうなの?」 「今日は、俺が一方的に誘っただけ。伽子には、断られたよ」 「え…?」 「だから、多分来ない。も、万に一つの可能性があるなら…」 「………」 里伽子にふられたことを、姉さんに話したのは、結構、最近になってから。 何しろ、それまで姉さんは、家のこととかで、俺のことを気遣う余裕なんかなかったから。 そんなときでも、もし俺が話してしまえば、自分のことをほっといて、俺を構おうとするから。 「それじゃ俺…」 「来るよ」 「え?」 「絶対に来るから、自信持ってだってリカちゃんは…」 「里伽子は…?」 「…胸を張って行ってらっしゃい。きな女の子のところに」 何故か、肝心なところははぐらかされた。 「姉さん…俺…」 「行ってらっしゃい」 「姉、ちゃん」 「お疲れさまでした、店長。た明日、頑張りましょう」 そう言って…姉さんは、にっこりと、笑った。 「わかってる、わかってるって、母さん」 「ホントだね? 約束だね?ちゃんと春からは復学するんだよ?」 「だ~いじょうぶだいじょぶ。の方も軌道に乗ってきたしさ、スタッフも増員したんだから」 「いい? あんたはね、ちゃんと大学出て、いい会社入って、きちっとした家庭持って、高村を継いでもらわないとダメなんだよ?」 「何度も言ってるじゃんかぁ。さんや母さんが悲しむようなことはしないって」 「ほんとに頼むよぉ?恵麻があんなことになっちゃって、お父さんもお母さんも、仁だけが頼りなんだから」 「…それ言うとま~姉ちゃん怒るぞ?」 「とにかく、今度の盆には帰ってくるんだよ?待ってるから」 「いっつも帰ってんじゃん。ざわざ聞くなよ」 「でもほら、急用とか出来たりしたら…」 「急用が今読めるか!そんなこともわからんの母さん!俺そろそろ飯作らないと」 「あ、それでね仁、恵麻のことなんだけど、実は、お父さんの取引先の社長さんの一人息子で…」 「っ!?」 「もう…いい加減にしろよ」 「じんく~ん…タオルがない~」 「…風呂場の引き出し。か姉さんがしまってるだろいつも」 ………………「…おはようございます。さん、母さん、兄さん」 「う~…」 「ほら、そこ座って。 口開ける。 コーヒー飲む」 「ん~…」 俺の言う通りに口を開き、ぬるめのコーヒーを喉の奥に流し込む姉さん。 「にがぁ…」 「濃いめだからね。れで、30分もすれば目が覚めるだろ」 「ん~…」 いつまで経っても、このひとは、相変わらずだ。 ………………「で、母さんなんだって?」 「二人とも元気でやってるかって。、あと俺の学籍のこと」 「それだけ?」 「それだけ」 「ふうん」 「………」 それだけ、だ。 もう一つ、母さんが最後に言いかけた言葉は、『運悪く』電話が切れてしまったため判別不能。 「でも、母さんじゃないけど、大学、出といた方がいいよ、仁くん」 「残念でした。ァミーユは学歴不問です~」 「…本当にいいの?大学、やめちゃって」 「今は、俺たちの店を成功させることしか考えられない」 「仁くん…」 「早く金貯めて、あの場所に、本店を再建するまでは、立ち止まってるわけにはいかないよ…」 「でも…父さんも母さんも、怒ったでしょ?」 「え~と…なんとか納得してもらえたかな?」 もちろん嘘だ。 こんな話、高村の両親なんかにしたら、少なくとも一人は泡吹いて倒れてしまうだろう。 でも、きっと大丈夫。 あと一月騙し通せれば、退学届は受理されて、もう取り返しがつかない。 「………」 「な、なに?」 「仁くん…何か隠してない?」 「…何も」 「………」 「………」 「…ま、いっか」 「ほっ…」 「騙される方が、嬉しいこともある」 「ん?」 「…何も」 「そう…」 俺と、姉さんは…ブリックモール店の開店以来、ずっと二人三脚でやってきた。 今さら俺が抜けるなんて考えられない。 だって、姉さんには…俺が必要なんだから。 「ね…仁くん」 「ん?」 「大学やめたらさ…ここに来なさいよ」 「ここって…ここ?」 「うん…」 姉さんの、マンション?て、ことは…「仕送りは絶対に止められるし、ファミーユの収入は、本店の再建費用に充てないとだし、少しでもお互いの生活費、抑えないと」 「ここに…ま~姉ちゃん、と?」 「仁くんがいてくれれば、朝起こしてくれるし、朝食も食べさせてくれるし」 「を~い」 ちょっとだけドキドキしたのに…「それに、ここには一人さんも、杉澤のご両親もいるし」 「………」 「ね? そうしなよぉ…だってわたしたち、姉弟なんだから、一緒に住んで何の問題があるの?」 「うん…」 姉さんは、わざと、ぼかしてる。 俺たちが、ちょっとだけ、普通の“きょうだい”じゃないことを。 だけど…「そうだな…今度の更新がちょうど来月だし、そこで引き払うか」 「うんうん、決まり! もう後戻りはナシね!さ、祝杯あげよ祝杯!」 「朝だってば…」 姉さんが、ここまで諸手を挙げて喜んでくれるなら、そんなこと、目をつぶれるに決まってる。 「そうだ、花見行かない花見?ちょうど今週が見頃なんだってさ~」 「うん、そりゃいいな。ゃ、朝飯終わったら弁当作ろうか」 「仁くんのだし巻き~」 「ま~姉ちゃんのスコーン」 「それじゃ、今日も張り切って行こうね!」 「休みだけど、ね」 そうやって、俺たちは…小さな方便を、いくつも積み重ねて…仲の良すぎる“きょうだい”を、続ける。 ………………「………」 「ごめん、ちょっと遅れた」 「…ちょっとだけ、待った」 「うん…」 「………」 「その…なんていうか…えっと…メリークリスマス」 「…うん」 姉さんの目が、俺を真っ直ぐに見つめる。 それが、嬉しくもあり、悲しくもあり…姉さんは、ちゃんと知っている。 俺がここに来たってことは、『万が一』が叶わなかったって意味だって。 「メリー…クリスマス」 だから優しく俺の手を取って…そして、部屋の中へと、引っ張り込む。 まるで、恋人が、恋人に対してするように。 「こっちに…いらっしゃい」 姉さんに手を引かれるまま、リビングのテーブルへと導かれる。 そこは、クリスマスらしい、幻想的な雰囲気に彩られていた。 テーブルの上には、小さなクリスマスツリー。 ちゃんと、電飾も施され、部屋の灯りは、それだけ。 薄闇に、姉さんと俺だけが浮かび上がり、そして、テーブルの両側に座り…いや…「ね…姉さん?」 「ん~?」 二人とも、テーブルの同じ側に座ってしまった。 姉さんは、俺の手をまだ離してない。 そのまま、一緒に、俺の隣に…「あの…これって」 「なによぅ。ちゃんの隣じゃ、いや?」 「…もう酔ってたのか」 普段よりもしっとりした雰囲気だったから騙された…いつもより馴れ馴れしいのは、ただ単に、目の前のワインの瓶のうち、すでに1本が空になっていたせいだった。 「そりゃあね…多分、来ないって思ってたから、先に始めちゃってました~」 「…多分行くって言ったつもりだったんだけどなぁ」 「…極端な見解の相違ねぇ」 「………」 『多分、来ないって思ってた』それって…つまり…あいつが、俺のところに戻ってくるって…「とりあえず、乾杯しましょ乾杯。ラス持ってグラス」 「あ、ああ…」 手渡されたグラスに、紅い液体が、なみなみと注がれる。 「ってか、溢れる!」 「え~? あ、ごめぇん。てなかった」 ちょっと溢れた。 「それじゃ用意できたね?かんぱ~い♪」 「だから溢れる!」 「メリークリスマ~ス!あはははは…」 なみなみとワインが注がれたグラスに、横合いから勢いよくぶつかるグラス。 …結構溢れた。 「この酔っぱらいが…」 「姉ちゃんに対して、その言いぐさはないんじゃないの?子供の頃、おしめまで替えてやったってのに」 「それは嘘」 ちゃんと高村の両親にも確認取ってある。 「何度夜中にトイレに一緒に行ってあげたか…」 「………」 それは沈黙。 「まぁ、いいや。んで食べて、騒ご?」 「あんま飲まないでよ?明日も営業なんだから」 「わかってるわかってる。も、寝ちゃうよりも二日酔いの方がマシでしょ?」 まぁ、まだ比較的頭が働いてるけど、確かに。 このひと、寝起きは本当に何もできないからなぁ。 「ほら、食べ物もたくさん用意したよ。間がなかったから、簡単なものしかできなかったけど」 テーブルの上には、予想した通り、色とりどりのクッキーやチョコレートやケーキ。 七面鳥とかフライドチキンとか、そういった料理系は、ことごとくスルー。 「…糖尿には気をつけような、お互い」 ………………「ふう、酔っちゃった」 「いや、ま~姉ちゃん俺が来たときから酔ってたって」 今さら、ほうっと色っぽいため息をつかれても…なぁ。 「ふふ…酔ってきた酔ってきた」 「だからぁ」 「仁くんが、ね」 「そうかぁ? 俺はまだ…」 「酔ったときか、怒ってる時くらいしか、言ってくれないもん」 「なにを?」 「ま~姉ちゃん」 「………」 「いつからかな…仁くんが、普段はこう呼ばなくなったの」 あんたが高3になった頃…俺が中3で、今度こそあんたに追いつくって、幻想を抱いてた頃、だよ。 わかってるけど、なんとなく言いたくない答え。 「…呼んで欲しいのかよ?なんか子供っぽくないか?」 「子供っぽいけど、特別っぽい」 「そりゃ…“きょうだい”だから」 色々と特殊な事情が絡みあいすぎてるけど、最後に残る絆は、ただ、それだけ。 「仁くんの『ま~姉ちゃん』好きだよ…それに、姉弟になる前から、そう呼んでくれてたじゃない」 「…そうだっけ?」 「そうよぉ。って、仁くんが5歳くらいの頃に、わたしが一生懸命覚えさせたんだもん」 「…諸悪の根元?」 改めて知る衝撃の事実。 「そうやって、子供の頃から自分好みに仕込んだから、仁くんは、わたしの理想がぎゅっと詰まってるのよね~」 「…ま~姉ちゃん、あんたなぁ」 「そうそうそれ~。びれちゃうなぁ」 …悪趣味なひとだ。 機会をうかがっては、俺を自分好みに染め上げていたのか。 “きょうだい”になる前から…「そうやって、『ま~姉ちゃんま~姉ちゃん』って懐いてくるころが、仁くんの黄金期だったのよね~」 ………ほんとに、悪趣味なひとだ。 「それがさぁ、段々大きくなって…詰め襟の制服姿も凛々しくなった頃から、だんだんと、よそよそしくなってきて…」 「………」 それは…俺側の事情をまるで考慮してくれない、傲慢な嘆きだ。 男の子から、男になろうとしてるって人間が、姉貴にいつまでも甘えてていい訳ないじゃないか。 しかも、その、三つ年上の、ちょっとブラコン入った、綺麗で、優しかった姉貴のことを…ああいうふうに想っていた、弟にとっては、さ。 「なんていうか…せっかく今まで大事に育ててきたのに、いきなりグレられちゃった親の心境?」 「グレてないだろ俺は…それに、出てったのはま~姉ちゃんの方だ」 「…うん」 「いきなり結婚するって言い出したのも、ま~姉ちゃんの方だ」 「………うん」 「よりにもよって、俺の兄貴を選んだのも…ま~姉ちゃんの、方だよ」 「………」 「いや、ごめん。後のは忘れて」 何言ってんだ、俺…兄ちゃんは、尊敬してる。 敬愛してる。 絶対に敵わないひとだって、諦めてる。 それは、もういないひとだからというんじゃなくて、もし生きていたとしても、絶対に勝てないって意味。 だから、俺がそんなこと言うのは、負け犬の証にしかならない。 「ごめんね…」 「謝られても困る…」 姉さんが、俺の肩に頭を乗せてくる。 その、心地良い重みと、居心地の悪さに、思わず固まってしまう。 「あのさ、仁くん…」 「なに?」 「姉ちゃんのこと、好きだった?」 「…当たり前だろ」 「どんなふうに、好きだった?」 「もう酒やめろ」 とうとう、身体ごと預けてくる。 俺を、生殺しにしようってのかよ…「今は、姉ちゃんのこと、好き?」 「だからぁ」 「今は…どんなふうに…好き?」 「俺、帰る」 「帰ったら、リカちゃんが待っててくれるの?」 「…怒るぞ?」 「リカちゃんと姉ちゃん…どっちが好き?」 「おい…姉ちゃん」 「一緒にいてくれなかったリカちゃんと、今、ここにいる姉ちゃんと、どっちが好き?」 「…俺が兄ちゃんの代わりにならないように、ま~姉ちゃんは、里伽子の代わりにはならないんだよ!」 「………」 やば…とんでもない売り言葉と、痛すぎる買い言葉。 姉さんも最低だけど、これじゃ、俺だって最低だ。 「いや、あの…悪い」 情けないとは思うけど、ここは謝るしかない。 だって、俺たちは、姉弟であって、男と女じゃない。 だって、俺たちは、明日も職場で顔を合わせる。 だから、胸に色々と抱えたままでも、笑っているべきなんだ。 …それが、『本当のきょうだい』のあるべき姿なのかってのは、この際置いておくとしてもだ。 「…おっかしいなぁ?」 「なにが?」 「仁くんのこと、なぐさめてるつもりだったのに、どうしてこうなっちゃうんだろ?」 「…やっぱ酔ってるって姉さん」 俺のこと、挑発してたようにしか見えんぞ。 それも、怒らせたいのか、悲しませたいのか、それとも………させたいのか、よくわからない挑発。 「ま、その、なんていうかさ…今までの会話は綺麗に忘れて、飲もうよ仁くん~」 「いや、もうやめろって…そろそろ俺」 「なら、お茶にしよ? ね?まだお菓子、こんなにあるし、そうしよ?」 「…姉さん」 「よし決まり!すぐに用意するから、ちょっと待っててね」 「いいよ…」 「ダメ! 仁くんはまだ立っちゃダメ!クリスマスは、始まったばかりじゃない…」 「そうじゃなくて…俺が淹れるから、ま~姉ちゃんは、座ってて」 「…仁くぅん」 俺が、成長して、よそよそしくなった理由…今まで、俺のことを支えてくれていたこのひとを、今度は、支えてあげられるような人間になれれば…そう、思ったってのが…一体何割を占めてただろうか。 ………「…さすが、プロの味」 「一日50は淹れてますから」 「ん~、幸せ♪」 「………」 姉さんの頭が、肩にもたれかかってくる。 結局、酒飲んでるときとなんも変わらん構図。 「ねえ…」 「ん?」 「溜めないで…全部、吐き出しちゃいなさい」 「そんなに悪酔いしてないって」 「リカちゃんのことよ」 「………」 わかってたけど、さ。 はぐらかすのが、義務じゃん。 「話すもよし、愚痴るもよし。ちゃんの胸でおいおい泣くのだって全然OK」 「俺がNG」 「今さらみっともないとか考えない。互い、いいとこも嫌なとこも知り尽くした仲じゃない」 「知ってる人間だからこそ、言いたくないことだってあるじゃん」 たとえば、俺のこと、99%知られてる人に対しての、隠してた1%、とか。 「ダメ! 吐き出すの!仁くんには、辛いこと、悲しいことを、姉ちゃんにぶつける義務があるのよ」 「誰がそんなこと決めたんだよ…」 「…リカちゃんよ」 「………」 「仁くんが、リカちゃんのこと、どれだけ必要としてたか、姉ちゃんはわかってるつもり」 「それは…」 「だって、この2年間、ずっと二人を見てたんだもの」 「態度を見せないリカちゃんに困り果ててる仁くんを。しの弱い仁くんにヤキモキしてるリカちゃんを」 「微笑ましくって、寂しくって…うまく行くことを願って、でもちょっとだけ複雑で…」 「………」 「壊れてしまいそうなら、直してあげたかった。ど、その頃のわたしは、それどころじゃなくって」 「そんなこと…頼めるかよ」 「だから、壊れてしまったのなら…せめて、仁くんが、これ以上傷つかないようにしたい」 「………」 今日の酒は、本当に最悪だ。 …お互いにとって。 姉さんは、意地でも俺を慰めようとしてるし。 俺は…意地でも慰められてなんかやるものかって…その決意が、どんどん、緩んでいってしまっている。 姉さんを守ろうって決意した、あの、中坊の頃の夢に対しての、冒涜。 ま…叶えられなかった夢なんて、今さら、何の価値もないんだけどな。 「ま~姉ちゃん…」 「うん…」 だから、俺は…「帰るよ」 「………」 そんな甘えたこと、言ってられるか。 なんで、“女”に振られたことを、“家族”に慰められなくちゃいけないんだ。 「お…っと」 少し、ふらついたものの、十分に平衡感覚は残ってる。 「もう、電車もバスもないよ?」 「大丈夫…」 これなら、歩いて帰ることだってできる。 …まぁ、こっからだと、1時間はかかるけど。 「家に帰ったって、一人よ?クリスマス、なのよ?」 「大丈夫…」 “家族”として、慰められるくらいなら、一人で、膝を抱えていた方がいい。 「仁くんが帰っちゃったら、姉ちゃん寝ちゃうよ?そしたら明日、起きれなくて遅刻だよ?」 「社会人の責任を全うしてくれ」 「っ…」 一番有効な脅し文句と信じていたんだろうな。 だから俺が、しょうがなく、姉さんの自己満足につきあうと思ったんだろう。 そうだ、自己満足だ。 姉さんが、里伽子の代わりになんて、なれるわけがないじゃないか…だって…逆もまた、真、なんだから。 「おやすみ…」 「っ!」 「な…?」 「社会人の責任よりも…姉の責任の方が、大事」 「ちょっ…」 「泣いてる弟を、一人になんかできるわけない。させないわよ」 「泣いてないだろ…」 「そんなことは、仁くんの心に聞いてみないとわからない」 「いい加減にしろよ…」 俺を縛るのは、姉さんの、かぼそい腕。 小さな、そしてちっぽけな拘束。 「いい加減にするのは、仁くんの方。うして、姉ちゃんを受け入れてくれないの?」 「いい歳して、“きょうだい”に甘えられる訳ないだろ」 「姉ちゃんは、甘えたよ? 半年前…仁くんに、とんでもなく、甘えたよ?」 「…覚えてるの?」 「忘れるわけがない…」 ずっと、話題にしなかったから、もしかして、記憶が抜け落ちてるんじゃないかって、期待していたんだけど。 「半年前、仁くんにしてもらったこと、返してあげる…姉ちゃんに甘えて。ろいろと、ぶつけて」 「俺…ここまでやってない」 「でも、心は、それ以上に救われたから…とても返しきれないくらいに…」 「姉、さん…」 「だから、心と、からだの両方で、返してあげる」 里伽子は、まだ、俺の近くにいる。 友達であることは、継続する。 けど、兄ちゃんは、既にこの世にはなく、その思い出すら、無惨に壊されてしまったら…「離して欲しいなら、振りほどけばいい。くんが本気を出したら、簡単に外せる」 「やめろよ…」 「本当に、来る前に予想できなかった?姉ちゃんがこうするって」 「…してない」 予想なんか、できるわけがない。 俺はそんなに自信家じゃない。 …期待なら、ともかく。 「だとしたらそれは、仁くんの認識不足。ちゃんは、弟のためだったら、なんでもする」 俺が動けないのをいいことに、姉さんが、正面に回る。 俺を見上げ、頬に手を触れて、ゆっくり、ゆっくりと、なで回す。 「あぁ…」 ダメだ…心地、いい。 「仁くん、仁くん…今、抱きしめてあげるね」 「さっきまでだって…してたくせに…っ」 首に手を回して、思い切り、背伸びをして…姉さんが、俺に、抱きついてくる。 鼻腔をくすぐる、甘い匂い。 香水じゃない。 これはお菓子の香り。 「たくましく、なったよねぇ…な~んで姉ちゃんが弟を抱きしめるのに、こんなに一生懸命背伸びしなきゃならないんだろ」 「いつの頃の話してんだよ…」 「生意気なのよ…仁のくせに。んたが背伸びして、姉ちゃんに抱きつくべきでしょ」 「俺…膝立ちになるのかよ?」 「いいわねそれ。うすればちょうど、姉ちゃんの胸に顔を埋められるわよ」 「余計みっともないって…」 「なら、姉ちゃんの腰の辺り、支えてなさいよ。い加減、背伸びも疲れたわよ」 確かに、足がぶるぶる震えてる。 徹夜明けで、一日中立ち仕事の後のつま先立ちだから、致命的なくらいに、限界に来てる。 そうまでして、俺のことを、一生懸命、抱きしめてる。 だから…「姉さん…」 「うん…それ、いいね。になった」 腰の辺りに両手を回して、ぎゅっと、抱きしめる。 俺の体に、姉さんの身体を密着させて、しっかりと支えてあげる。 …って、ダメじゃん。 こんなの、恋人同士の抱擁以外のなにものでもない。 「仁…」 「………」 「なに、してほしい?」 「…っ」 姉さんの胸が、ぎゅっと押しつけられてる。 甘い香りはさっきから漂い、そこに甘いささやきが加わる。 目の前には、華奢な肩と、柔らかそうな髪。 …拷問だ。 「あぁ…仁…仁、なんだね。た、姉ちゃんのところに、戻ってきてくれたのね」 「…ま~姉ちゃん」 戻ってきたのは、どっちだよ…いつも届かなくて、絶望だけが積み重なって、そんで、諦めた頃にこれかよ。 許せない。 でも、抗えない。 「仁…くん…」 密着している姉さんの身体を引きはがす。 けどそれは、優しく、ゆっくりと…次のステップに進んでしまうための…「どうする…?」 「どう…って…俺たち、“きょうだい”だぞ」 「そっか…姉弟だと、しちゃいけないこと、したいのね?」 「あ…っ」 ヤブヘビ、だ。 「じゃあ、仁くん…ほうら、目を閉じて」 姉さんは…なんの抵抗もなく、俺の無意識の提案を、受け入れようとする。 「ちょっと待てって…それって、“家族”も“なぐさめ”も逸脱してる…」 「でも、仁くんの望んだこと」 「お、俺は…」 「違う?」 どんどん、逃げ道を奪ってくる。 「俺はともかく、ま~姉ちゃんは…いいのかよ?」 「何が?」 「その…俺と、なんて」 「相手は初恋の男の子よ?言わなかったっけ?」 …言ってた。 けど、それは10年以上も前の、それこそ大昔の話で。 「兄ちゃん…は?」 今の…杉澤って名字になった、ま~姉ちゃんは…もとからそうだけど、更に俺のものではなく。 「謝らない。人さんには」 「なんで…」 「謝ったところで、いけないことが、いいことになるわけじゃないから」 「わたしは、いけないことをしようとしてるんだから」 「姉さん…」 「それでも、仁くんのために、わたしが、してあげたいこと、だから」 覚悟の…上なのか。 俺だけが、ウジウジと…過去の姉さんや、現在の里伽子を引きずって。 それで、一歩も動けなくなってて…なんて、カッコ悪い。 「俺さ…」 「…ん?」 「初恋の相手が、ま~姉ちゃんだったって言ったら…怒る?」 「…激怒」 目の前のひとが、む~って感じで、口を尖らせる。 『どうしてもっと早く言わなかったの?』目が、そう責めてる。 でもさ…早くって、いつだよ?「だから…本当は、したくてしたくて…仕方ない」 「仁くん…」 ここまでお膳立てしてもらって…それも、俺の姉さんで、俺の義姉さんで、俺の憧れのひとに。 こんな、しがらみだらけの据え膳…「あ…んっ」 お互いの気が変わる前に、一気にかき込むしか、ない。 「ん…くぅっ…」 「あ、ん、ん…」 ………やってしまった。 偶像を、汚した。 俺の、三つ子の魂を、呼び覚ました。 「ふ…ん、ぅっ…んむ…」 背筋が凍るほどの…背徳感。 「ん…ぅっ…は、はぁ、はぁ…」 「あ、あ、あ…」 「んふ…なんて顔、してるのよ?まるで、地獄に堕ちたみたいよ?」 そりゃ、そうだろう…心の中まで、そういった焦燥が渦巻いているんだから。 だって、俺の姉さんを…そして、兄ちゃんの奥さんを、奪ってるんだぞ。 「姉さんは…本当に平気?」 「罰は受ける。の覚悟は、あるの」 「なんで…」 「価値があるから…じゃないかな?」 俺と、こんなことをすることに?一体、何の価値があるって?俺にとっては、恍惚で、苦痛な時間。 でも、やめられない、麻薬のような営み。 「んぅっ…ん…んん…っ」 「あ…ん…」 だから、次はいきなり、姉さんの、唇に、吸いつく。 …甘い。 本気で、甘くて、柔らかくて、歯を当てたくなる。 「ふむぅ…ん、ぷっ…あ、あぁ…はぁ、はぁ…じ、じん、くぅん…んっ、う、あぁ…」 「姉さん…ま~姉ちゃん…う、あ、あ…」 唇をくっつけては離し、離しては重ねて、何度も、何度も、頭が麻痺するまで、背徳のキスを、重ねる。 「はぁ、はぁ、あ…あぁ…仁くん、ちょっと、上手、かも」 「あ、あぁ…姉ちゃん…姉ちゃんの唇…柔らかい、すげ…っ」 「姉ちゃんとのキス、よかった…?」 「あ、ああ…気持ちいい」 「もっと、もっと…気持ちよくなっても、いいかな?」 「あ、ああ…んっ…」 今度は、どっちから誘ったのかわからないくらい、自然と唇を寄せ合った。 「ん…ちゅぷ…ん、ん…ふぅ…う…」 「あ、む、ん…あはぁ…あ、うあぁ」 何かが弾けたように、お互いをむしゃぶりあう。 姉さんは、俺に抱きしめられながら、両手で、ゆっくりと、俺のシャツのボタンを外している。 「ふ、ん…んぷ…ふぅん…ん、んん、あ…」 一つ、二つ、三つ…引きちぎるように、俺の服を剥いでいく。 「っ!? あ、あぁ…ん…っ」 「ふぅ…んむ…ん、ちゅ、ふぅ、あ、ぁぁ…」 ボタンが全て外れると、姉さんは、待ちかまえたかのように、俺の肌に手を滑らせる。 なめらかで、温かい手のひらが、俺の胸を滑っていく。 「あ、あ、あ…っ」 「仁くん…ああ…仁くんの胸…かたい、ねぇ…」 さわさわと、触れては、ちょっとだけ爪を立て、また滑らせる。 俺の皮膚を、微妙な刺激が駆け巡り、身体の力を抜いていく。 「仁くん…ねぇ、もっと…さわらせて」 「あ…あ…」 姉さんが体重をかけてくるのにあわせて、床の上に、仰向けに転がる。 「仁くん…仁くん…ああ…仁くんを、自由にできるなんて…」 「ま~姉ちゃん…俺…」 俺の上にまたがった姉さんが、潤んだ瞳で、俺を見下ろしてくる。 それだけで、また、とんでもない葛藤が、俺の中で弾ける。 「…さわる?」 「…うん」 俺の言葉に、悪戯っぽい微笑みを漏らすと、裾に手をかけて、たくし上げる。 そこには、白いブラに包まれた豊かな胸が、たわわに実っていた。 「ああ…」 「ん…っ」 思わず感嘆の声を上げ、同時に手を伸ばす。 布越しでも、その柔らかさは格別だった。 「外す…ね」 俺の感動がとても追いつかないスピードで、先へ、先へと進んでいってしまう。 なんか、焦ってるみたいな…いや、俺が尻込みしてるだけか?なんて…情けない。 「ほら、仁くん…姉ちゃんの胸、どう?」 「いや、その………綺麗」 「ふふ…嬉しいっ。くんに誉められちゃった♪」 俺が退けば退くほど、姉さんは押してくる。 じゃあ、俺が押したら?「ま~姉ちゃん…」 「あっ…あ、あぁ…うん、さわって…仁くん」 でも、きっとそうなったら、笑って、受け入れてしまうんだろうな。 「あっ…あぁ…やだ、仁くんの手、おっきい。つの間に、こんなにたくましくなっちゃって」 ほら、こんなふうに。 「うちの子になってすぐのときは、細くて、さらさらで…柔らかかったのに、ね」 「そんな…十年も前の話…」 「んっ、あ…そ、それが…ねぇ?こんなに…なんか、感動、する…あ、ん」 まるで、俺のことを自分で育てたみたいに、感慨深げな姉さん。 まぁ、確かに昔から、一番可愛がってくれていた。 けど今は…俺が、このひとのことを、可愛がってあげたい。 「う、あ、あ…っ、うん…いい、仁くんの手…あったかいよ…」 手を伸ばして、姉さんの乳房を、握ったり、左右に揺すったりして弄ぶ。 手に吸いつくような感触。 握り込めば、押し返してくる弾力。 指の隙間から溢れてくる柔らかさ。 どれもこれも、俺が、ずうっと憧れていた、姉貴の乳房に対しての表現。 「ふあぁ…あ、ああ…仁くぅん…ね、姉ちゃん…ああ、いい…やだもう…仁くんが触ってるよぅ」 姉さんの手は、俺の肩からさかのぼり、頬、額、髪、そして顔全体をなで回してくる。 俺は、それに応えるように、手の力を変えて胸を弄んだり、わき腹や、背中に触れたりする。 「あっ、ひゃぁ…くすぐったい…やぁん、もう…仁くんが、イタズラしてる…姉ちゃんに、イタズラ…してる…っ」 「う、あ、ああ…」 「ふぅん…ん、ちゅぷ…んく…あ、んむっ…」 俺の手をそのまま這わせておきながら、顔を近づけて、また、唇を合わせる。 「ん、んっ!?」 姉さんの舌が、俺の中に割り込んでくる。 熱くて、ぬるっとした感触で…そんな凶器が、俺の口の中で暴れ回り、俺の唾液をすすって、姉さんの唾液を流し込む。 「ふむぅ…んぶ…ぅぁっ、あむ…ふむぅ…んん…あ、ちゅぷ…んむぅぅ…はぁんっ」 俺の頬を両手で挟み込み、唇を押しつけて、どん欲に、俺と唾液を交換する。 姉さんのなかでも、何かが弾けてる。 「あ、あぁ…ま~姉ちゃん…」 「仁くんの、美味しい…あ、ちゅ…ん…」 口の周りについた唾液も、丁寧に舐め取ってくれる。 俺のことを、いつくしむように、頬を撫で、抱きかかえ、何でも許す。 「ん…ふ、く…」 「う、あっ…ぅぅんっ、あ、あぁ…や、い、いい…ふあぁ…」 目の前にあった乳房にむしゃぶりつき、その、柔らかい肉の塊に、キスの雨を降らせる。 音を立てて吸うと、口の中に柔らかい感触。 離すと、その部分にキスマークが残る。 「ん…ちゅ…んぅ…あ…」 「ふあぁぁぁっ、あ、あ…仁くん…っ、や、そこ…噛んでる…のぉ…あ、んっ」 先っぽに歯を当てて、軽く合わせた後、左右にこすって、刺激を与えてみる。 さらに舌先で、乳首を包み込むように転がして、音を立てて吸ってみる。 「いあぁぁぁ…あ、あ、あ~…はぁ、はぁ…仁くん…いいよ、姉ちゃん、気持ちいい…」 「あ、あぁ…俺も。ちゃんに、こんなことできるなんて…」 冒涜ってのは、甘い果実があるからこそ。 その果実が、美味であればあるほど、背筋を駆け抜ける快感は、凄くなる。 「う、あぁ、あぁぁ…仁くん、ひぅぅっ、あ、あ、あ…んっ…んく…あぁぁっ!」 俺の顔に胸を押しつけて、甘い声を上げているのが、姉さんだからこそ。 俺の興奮を司る神経が、もうそろそろ、最上級の欲望を求め、蠢く。 「ん…あぁ…姉、ちゃん」 「…する?」 「本当に…いいの?」 「弟から求められたら…応じないわけにはいかないもの」 そういうものじゃ…決してないと思うんだけど。 でも…そんな言葉は、思い切り飲み込む。 だって、だって…ま~姉ちゃんと、できるんだぞ。 夢にまで見たこともある。 もちろん、その朝は、めちゃくちゃ後悔して、姉さんの顔すらまともに見れなかったけど。 けど、これは夢じゃない。 「じゃ、下、脱ぐから…仁くんのは…脱がそうか?」 「い、いや…脱ぐから!大丈夫だから」 何もかも主導権を握ろうとする姉さん。 なんで、こんなに積極的なんだろう。 まるで、この日を待ち望んできたような……気のせい、だよな。 「えっと…それじゃ、仁くんは動かなくていいから。ちゃんが、気持ちよくしてあげるからね?」 俺の上にまたがり、また、慈愛に満ちた目で、俺を見つめる。 そそり立つ、俺の下半身からは、わざと目をそらしてるけど。 「いや、やっぱり俺が上に…」 「いいよ…姉ちゃんに、任せなさいって」 「でも…」 「それとも…仁くんって、こういうこと、たくさん、したことある?」 「…全然」 「全然って…どれくらい?」 「…聞かないの、そういうことは」 「………ふふ」 「笑わないの、そういうことで」 「ううん、嬉しい」 嬉しい? なんで?やっぱり姉にとっては、弟は純情な方がってことなんだろうか?「仁くんのことだから、たくさん、誘われたでしょ?」 「だからそういう話やめようよ」 こっちに来てからは、皆に、里伽子との関係を誤解されてたから、ちっともそういう誘いなんてなかったし。 …里伽子、か。 結局、本当に、ただの誤解だったんだなぁ。 「…仁くん?」 「え? あ、なに?」 「今、なに考えてたの?」 「…なんにも」 そうだ…今は、ずっと昔からの夢が、成就する瞬間なんだ。 姉さんの中に…入れるんだ。 「それじゃ…その、上向いてて」 「なんで?俺、姉さんの顔見てたい」 「…悪趣味ねぇ。んなの見ても、つまらないわよ」 そんなこと、あるわけがないのに。 「じゃあ…入れる、ね?」 俺の先っぽに手を添えて、前屈みになりながら、ゆっくり、ゆっくりと、姉さんが、腰を下ろしていく。 「う…く…っ」 「~~~っ!」 「あ、く、あぁ…ね、ねえ、ちゃん…」 「あ、あ、あぁぁ…っ、く、くぅっ…い、いぁぁ…」 「姉…ちゃん?」 「あっ、く、くぁぁ…っ、ん? なに?」 「大丈夫…?」 『そんなの見てもつまらない』と言っていた表情は、苦痛に歪み、俺を受け入れることに苦しんでるように見える。 「う、うん、大丈夫…っ、ひ、久しぶり、だから、ねっ」 目に涙を溜めながら、それでも姉さんが笑顔で肯く。 でも、どう見ても、壮絶に我慢してるような…「その…苦しいなら、今日は…」 「だめっ!」 「っ?」 「慣れておかないと…次、苦しいだけじゃない」 「けど…少しずつ慣らしていけば」 「ふぅぅん…仁くんは余裕だねぇ。ちゃんと、今すぐしたくないんだぁ?」 「そんなこと言ってない、だろ…」 その証拠に…下半身は、もうビクビクいってる。 今にも、姉さんの中で、爆発しそうになってる。 「けど…姉ちゃんのこと、大切だもん。い思い、させたくない…」 「…そうやって、優しい言葉かけて、また姉ちゃんを惑わせるつもり?」 「惑わされてるのは…俺…っ」 「う、く、ぅぅ…ほら、動けるようになった。う大丈夫…気持ちいいよ」 「う、く、あぁ…っ」 とうとう、姉さんが、俺を飲み込んだ。 「あ、ああ…あああ…じ、仁くんが…なかで…うあぁっ」 「あ、う、くぁ…」 中に…姉さんの、中に、本当に、入ってる…姉さんに、締めつけられてる。 姉さんに、飲み込まれてる。 姉さんに…抱かれてる。 「あぁっ、う、あ、あ…仁くん…んんっ…ね、ねえ、どう? どう、かなぁ?」 ぐい、ぐいと、姉さんが、腰を押しつけてくる。 ただ愚直に、俺を奥へ導こう、導こうって、そういう、単純な動きをしてくる。 「う、うん…あっ、く、ぅぁ…ま~姉ちゃん…ああ、いい、はぁ、はぁぁぁ…」 「いい? いい? 姉ちゃん、いい?仁くん、姉ちゃんが、気持ちいい?う、あぁ…く、う、あぁぁぁ…」 姉さんの顔から、汗がしたたり落ちて、俺の胸や顔を濡らす。 俺の上で、一生懸命に動き、必死に俺を導こうとする姉さん。 気持ちよさと、愛しさがあいまって、つたない行為の中にも、快感が増幅していく。 「ああっ、ああっ、ああっ…は、あ、あぁぁ…っ」 「やぁっ、い、あ、いい…仁くんの、すごい…やぁ、もう、なかで動いてる…っ」 ぎゅうぎゅうに締めつけられる姉さんの胎内。 いつ暴発してもおかしくない快感の渦の中で…「あ…」 俺は、姉さんからこぼれる汗のしずくの中に、違うものが混じっていることに気がついた。 「ひっ、く…う、あぁ…はぁ、はぁっ…き、気持ちいい、から…姉ちゃん、気持ちいいからぁ」 俺の胸に手を置いて、必死でお尻を、円を描くように揺する。 そんな扇情的な行為を、あの姉さんがしていることだけで、気が遠くなりそうなくらいの快感が押し寄せる。 「姉ちゃん…キス…しよ?」 「う、うん…仁くん、仁くぅん…っ、ん、んん…ん~っ…あ、あむ…ちゅ、ぷ…」 俺の誘いに、あっという間に乗ってきて、目を閉じて、積極的に唇を絡ませてくる。 俺は、目を閉じずに、その姉さんの表情を、間近で見つめ…「ん…んむ…んっ」 「う、あ、くぁ…あんっ、ん、くぅっ…仁くん…仁くん…っ、う、あ、ああ…」 やっぱり…泣いてる。 なんで、こんなに無理してまで、俺と、関係を結ぶんだろう。 今までの、“家族”って関係、ぶち壊れちまうかもしれないのに。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…あ、ん…いい、仁くんいい…っ、ああ、ひぅぅっ、ん、ちゅ…ぷっ…あ、はぁ、はぁぁ…っ」 「ん…んちゅ…んぅ…あ、あ、ああ…っ、ね、姉ちゃん…俺、あ、あぁ…」 「出そう? ねえ、出そう、なの?仁くん、イくの? あぁ、あぁぁ…」 でも、ダメだ…もう、頭が、回らない。 血が全部、姉さんと繋がってるところに、集中しちまってる。 「うん、イって、仁くん…姉ちゃんで…イってぇ…あっ、あっ、あぁぁっ…う、くぅぅんっ」 少しずつ慣れてきたのか、俺の上で、控えめにだけど跳ねてみせる姉さん。 「ああ…姉ちゃん…ダメ…もう、もう…っ」 「う、うん…出して…仁くんの、いっぱい…う、あ、あ…ああああ…あああああ…」 「あ、ね、姉ちゃん…だめ…早く、抜かない、と…」 「あっ、あっ、あ~っ、あんっ、ん、んぅっ…はぁ~、はぁぁぁ…あんっ、あ、あ、あ…」 俺の声は、目を閉じて腰を振る姉さんに届かない。 このままじゃ…このままじゃ…「駄目だっ…出る、出るって…っ」 「あ、あ、あ、あ…うん、出しなさい…っ、姉ちゃんの中に…いいからっ」 「っ! う、あ、あ…あああああああっ!?」 「あああああっ!? あ~っ、あああああ~っ…は、あぁ…仁くん…っ、あ、あぁ…」 最後の、姉さんの言葉が致命的。 もの凄い勢いで、俺のほとばしりが、駆け上がり、そして胎内を満たす。 「あぁ…あぁぁ…やぁ、ひぅっ、う、ああ…ああ…ま、まだ…んっ…すご…仁くん…なか、ひっ、く…」 姉さんは、俺の精液を、なかで受けながら、全身の力を抜いて、俺を迎え入れる。 俺のものを、抜こうともせずに。 「う…ぅぁ…あぁ………っ、はぁ、はぁぁ…あ、あは…じん、くん…」 「はぁ、はぁ…ま…ま~、姉ちゃん…」 「仁くんの…あふれて…あついよ…もう、元気だなぁ…仁くんはぁ…」 「お、俺…姉ちゃん、と…?」 いまだに、消化し切れてないのかもしれない。 今、俺の上で、荒い息を吐きながら、俺を受け入れて微笑んでいるのが、俺の、姉ちゃんで、義姉さんだなんて。 「ぬ…抜く、ね?」 「あっ…」 ずるりと、姉さんの肉をめくり上げるように、ゆっくりと、俺が姉さんから解き放たれていく。 「はぁ、はぁ…あ、ごめん、汚しちゃった」 姉さんのなかから垂れてきたものが、俺のお腹のところに落ちてきてる。 「いや…それ、もともと俺の…」 「あ、拭くから…ちょっと、動かないで」 「いや、俺が…」 「いいから!」 「? あ、ああ…」 近くにあったティッシュの箱をひっつかむと、俺のお腹、自分のなかと、俺に見えないように拭う。 「…たくさん、出したわね。だ、溢れてくる」 背中を向けて、自分のなかを拭う姉さんは、生々しくて、なんか、いやらしくて。 そして…やっぱり、綺麗だなって、感じてしまう。 「ふぅ…おしまい」 「姉ちゃん…」 「寝ていいよ、仁くん。たし、起きてるから」 「ごめん…」 「何謝ってるの?誘ったの、わたしじゃない」 「………」 信じられないけど、その通りだ。 今、俺の胸に顔を埋めて、満たされた表情をしている、俺の姉さんが…クリスマスの夜…いや、正確には、イブの深夜に。 さまざまなしがらみを、全て投げ捨てて、俺に、抱かれることを、選んだ。 姉さんの部屋で…………?姉さんの、部屋?「あ…っ!?」 「どうしたの? 仁くん」 「父さん、母さん、兄ちゃん…」 「ん?」 「見られた…俺と、ま~姉ちゃんの…今の…」 「ああ、位牌?」 「なに落ち着いてるんだよ…俺たち、とんでもないことを…」 「見られてないよ…ほら」 「え…?」 姉さんが指差したのは、いつもの、位牌が飾ってあるはずの、部屋の隅。 「あ…」 そこには…いつも置いてあった、三つの、半分焦げた位牌が…「…隣の部屋に、移しておいたの」 なかった。 「どうして?」 「なんとなく」 「………」 なんとなく…?そんなわけ、ない。 ここ半年、動かしたことなんか、なかった。 つまり、それって…「深く考えない。、おやすみ、仁」 「…姉ちゃん」 はじめから…こうなるつもりだった…て、こと?「おミカン食べる?むいたげよっか?」 「いい」 「眠かったら寝てもいいのよ。ゃんと駅に着いたら起こしてあげるから」 「いや、起きてる。からって姉ちゃんは絶対に寝ちゃダメだからな」 「起こしてくれたっていいじゃない…」 「10分以内に起きてくれるんならな」 「…コーヒー来たら買っといて」 「ああ…」 車内販売を心待ちにすることにしよう。 「………」 「あ…」 「ん?」 「いや…なんでも」 「うん…なんでもないよ、このくらい」 「………」 姉さんが、手を握ってきた。 指と指を絡めて、まるで恋人同士のように、しっかりと、手を繋ぐ俺たち。 大晦日。 高村の家へと帰省する電車の中。 普段とまるで変わらない姉さんと、隣の女性を意識しまくって、縮こまっている俺。 傍目には、気弱な年下の彼氏と、陽気な年上の彼女って感じに見えているんだろうか。 「…ま~姉ちゃん」 「なぁに? 仁くん」 「俺、父さんや母さんになんて言ったら…」 「何も言わなくていい」 「けど、俺、姉ちゃんと…」 「たかがセックス…ということにしとこ?」 「っ…」 「…え~と、ごめんね。んなに真面目に受け取らないでいいよ」 と言われても…ふざけてあんなことできるか。 「父さんたちの顔、まともに見れるかなぁ…?」 「もっと堂々としてなさい。たしたちは、とってもいけないことしてるんだから」 「おいおいおい」 「大丈夫、大丈夫、怒られるのはわたしだから」 「んな馬鹿な。ういうのって、悪いのは男のほうに決まってるじゃん」 「なに言ってんのよ。つまでも再婚もせずにブラブラ生きてる厄介者の姉が、大事な大事な跡取り息子である弟をたぶらかしたのよ?」 なんかそう言われると生臭い…「だから仁は何も気にしないで。つも通り過ごせばいいよ」 「そんなの駄目だって」 「駄目と言われてもそうなのよ。間的には」 「なんでだよ…」 「さっきも言ったじゃない。 あなたは前途有望な一流大学生。 わたしはどうしようもない後家さん」 「休学中の怠惰なすねかじりと、新進気鋭の菓子職人って見方もできるぞ?」 「田舎的見地に立ちますとぉ、前者有利は動かずでしてぇ」 「く…」 確かに、高村の家は、お世辞にも“都会”といえる環境じゃない。 場所もさることながら、人も。 それは、その家で、子供の頃を過ごした俺たちが、一番よくわかってる。 「そんなに深く考える必要ないわよ。するに、バレなきゃいいんだから」 「だから、そんな訳にはいかないの」 「融通が利かないなぁ、仁くんは…」 「だって俺、ま~姉ちゃんを傷物にしたんだぞ?」 「いや、それは…ほら、もともと傷物だったし」 それは痛い台詞だけど、今は怯んでる場合じゃない。 「それに、バレたとき、ま~姉ちゃんが一方的に責められるなんて、そんなのおかしいよ」 「仁…くん」 「俺…正直言って、今はまだ心の整理がつかないけど」 「うん」 里伽子に、また、振られたのは、ほんの一週間前。 その痛手を、姉さんに“全身で”癒してもらったのも、同じく一週間前。 「それでも、ま~姉ちゃんが傷つくようなことには、絶対にしたくない」 「………」 もう手遅れかもしれないけど…姉さんは、とっくの昔に、俺を救うために、深く傷ついているのかもしれないけど。 「その、ほら、なんと言うか…ま~姉ちゃんは、俺の“初恋の君”だし」 「仁くん…」 「だから、ま~姉ちゃんには、幸せになって欲しいから…」 結婚相手と、入籍してすぐに死に別れ、その思い出の家も、灰になってしまい…そうやって、何度も、何度も、不幸のどん底に突き落とされてるひとだから…俺の手で、救ってあげることが理想だけど、それは、俺がしてはいけないことかもしれないから。 だからせめて今は、彼女が、笑っていられるように…「ま~姉ちゃ…っ!?」 「んも~、やっぱり仁は可愛いなぁ♪」 「うわわわわっ!?」 「あ~もうっ、駄目だぁっ!好き好きぃ、愛しいよ~」 姉さんが、いきなり、俺の頭を抱え込むように、思いっきり抱きついてきた。 「こ、こらこらこらっ!公共交通機関を何と心得る!?」 「いいじゃない~、誰も見てないわよぉ」 売り子「え、え~、コーヒーに缶ジュース、ビールにおつまみはいかがですか~」 「見て見ぬふりをしてるだけだ~!」 「なによぉ! 姉ちゃんが弟を愛してて悪いか~」 「愛し方が問題なんじゃ~!」 売り子「え~と、え~と…失礼いたしました~」 」 「いいじゃない~最初っから他人じゃないんだから」 「ああっ、コーヒー買い損ねたっ!?」 大晦日の夜…端から見るとバカっぽい姉弟が、西へと向かう列車の中で大騒ぎしていた。 「おあ~よ~…」 いつもの低血圧な声と共に、姉さんが、俺の正面に座る。 「何がおはようなもんかね!もう夕ご飯!」 「その寝起きの悪さはちっとも治っとらんな」 「ふあぁぁ…だって~、しょうがないじゃない。日の出まで起きてたんだもん」 「その後寝ちゃうから…家に帰ってるときくらい寝なくても大丈夫でしょ」 「まぁ、元日のうちに起きられたんでよしとしよう」 「酷い~」 「酷いったってなぁ…」 確かに、寝たのはご来光を拝んでからだから、朝の6時近くだったけど、それだって12時間くらい経ってるぞ。 「う~」 「さあ、とにかくやっと全員揃ったんだ。 食事にしよう。 恵麻、お前も飲むだろ?」 「ワインない?」 「お正月くらいお酒にしなさい。、そっち並べて」 元日…俺たちが家に着いたときには、もう除夜の鐘はごんごん鳴っていて。 10時には寝てしまう両親は、すっかり鍵をいつものとこにしまっておくだけで、家じゅう真っ暗だった。 だから、午後6時になって、ようやく家族全員が一堂に会したって訳だ。 「それにしても、よくもまぁそんなだらしなくて、『一度は』嫁に行けたもんだねぇ」 「まぁ、兄ちゃんはほら、商社マンだったし」 「…それって何か関係あるのか?」 「どうだろ?」 「ううう~…」 「それで早速なんだけどねぇ。 ほら一丁目の黒川さん。 息子さんが不動産屋さんやってらして」 「またそれぇ?」 …よかった。 夜になって…いや、ま~姉ちゃんがこうして雰囲気を和らげてくれたおかげで、ようやく普通に話せた。 何しろ昼飯のときは、本気で親の顔がまともに見れなくて、随分と怪しまれたり、心配されたりしたもんだ。 「大体、わたしは今の仕事が大事なの。から再婚する気も、ここに帰ってくる気もないからね?」 「いや、ここに帰ってこいとは言わんぞ。の家は仁が継ぐんだから」 「え…そうなの?」 「そうなのって…決まってるじゃない。は大学を出たら、こっちで就職するって約束なんだから」 「仁くん、そんな約束したのぉ!?」 「ん…まぁ、八橋受かったときに…」 「え~どうしよう…仁くんが卒業したら、わたしも戻ってこようかなぁ」 「…小姑?」 「なっ!?」 「小姑だな、そりゃ」 「小姑ねぇ」 「ちょっとちょっとちょっとぉ!家族揃ってなんなのよそれは~!?」 「いや、けどま~姉ちゃん。どうすんのよ?」 「もちろんこっちでオープンするわよ。んなも一緒に来てもらって」 「おいおい…」 「仁が帰ってきたら、お前の部屋は片づけるぞ?いつ仁が結婚してもいいようにな」 「け…けっこん?仁くん結婚しちゃうのぉ!?」 「たとえだたとえ!いい加減目を覚ませ!」 良かった…家に帰ってくる前の雰囲気だと、どうなることかと思ったけど…姉さんも、うまく気を使って、俺が普通に過ごせるようにしてくれてる。 この空気なら、明日、帰るまで、俺と姉さんは、『高村の姉弟』のままで…「っ!?」 「大体、お父さんもお母さんも、仁くんを贔屓しすぎじゃないの~?わたしだって同じ子供なのに~」 「そりゃ、仁は長男だし…恵麻は出戻りだし」 「あ…あ…」 「出たけど戻ってない!それにお父さんとお母さんの子供ってのは、変わらないでしょ?」 ね………姉、さん?「でもなぁ…一度片づいてしまったから、今となってはなんとなく…」 「あ~あ、仁くんは我が家期待のホープでよござんしたね~」 と、俺を睨むふりで、イタズラっぽく微笑んでくる姉さん。 「ね………ね~ちゃぁん…」 こたつの中…誰にも見えないところで、姉さんのつま先が、俺の股間をいじっている。 「ん? どしたのかなぁ?両親の期待に押しつぶされそう~?」 親指と人差し指で挟み込むようにして、そのままぐいぐいと押しつけてくる。 「こ、こ、この…」 気を使って、わざと姉弟らしくしてくれてたんじゃないのかよ…「どうしたの仁? 酔った?」 「え? い、いや…なんでもない」 「顔が赤いよ?飲み過ぎなんじゃないのかな~?」 「て…てめぇ」 理由をバラす訳にも、大げさに反応するわけにもいかず、俺としてはどうしようも…………いや…ひとつだけ、方法は、ある。 「ああ…確かにちょっと酔ったかも。休止」 「そうか、じゃ、恵麻はまだ行けるか?」 「あ、それじゃ、いただきま~………っ!?」 「お、おい、いきなりこぼすな」 「ご、ごめんな…さいっ…ぅ、く…」 …同じことすりゃ~え~んや。 姉さんの太股の内側に、遠慮なく足を滑らせて、ショーツ越しのその部分に、親指を押しつける。 そのまま、指を曲げたり伸ばしたりして、中心に責め上がっていく。 「あ、あ…ぁぁ…っ」 「…恵麻?」 姉さんが、悩ましい声を上げる。 「な、なんでも…ないぃ…のぉ」 「う…く…」 「お前ら、昨日の電車の中で何か悪いものでも食ってきたんじゃないのか?」 どうやら俺は、この作戦のデメリットに気がついてしまったようだ。 姉さんを責めたら、その下着越しの感触と、悩ましい声が俺を刺激する。 すると余計に俺のが固くなって、姉さんの攻撃に耐えられなくなってしまうという寸法だ。 いかん、ここは一気にカタをつけないと…「あ、え~とお母さん!黒豆取ってくれる?」 「豆…ね。解」 足の位置を少しだけ上にずらして、ちょうど、“豆”のある部分あたりに刺激を与える。 「んぅっ…あ、く…」 姉さんが、全身をびくんって震わせる。 よし、これでこっちを責めてる余裕なんかないはずだ。 俺はますます、姉さんの“豆”への責めを激しくする。 「お、美味し~…くぅ~」 心なしか、ショーツの滑り心地が変わってきたような。 よし、もう一息だ。 「は、はぁ…ぁぁ…」 しかし…我ながら、ネタも行為も最低だな。 けど謝らないからな。 何しろ先に仕掛けてきたのはそっち…「ぐぅっ!?」 「は~…はぁ…っわ、わたしも、酔ってきちゃったみた~い…」 「こ、こ、こ…」 蹴るな!………………「んぅ…」 「あらお父さん、寝るならお部屋に戻ってからにしないと…」 「はぁぁ…」 「んっ…あぁ…」 「あんたたちも酔ったの?ぐったりしちゃって」 「ま…まぁね」 「いい感じに…出来上がっちゃったみたい」 二時間も、お互いを足で弄りあってたらなぁ…ていうか、姉さんも俺も、バカ?「後かたづけくらいは手伝ってもらおうと思ったのに…ほんとに恵麻は帰ってもゴロゴロしてるばっかりで」 「文句は仁くんに言ってよぉ…この子のせいなんだからぁ」 けど、俺が立てないのはあんたのせいだ。 「仁はちゃんとお台所手伝ってくれたわよ。ら、この伊達巻き作ったり」 「あ~どうりで…レベルが違うわけだ」 卵が絡めば、俺は母さんにだって負ける気がしない。 「それに引き替えあんたは…文句ばっかりで手伝いもしないで…ほらほらそこどいて」 母さんが、完全ダウンしてしまった一人と、グロッキー状態の二人をさしおいて、さっさと片づけを始めてしまった。 「それじゃ洗い物してくるけど、お風呂沸いたら順番に入りなさいよ」 「は~い…」 「りょうか~い」 「…ふぅ」 「はぁぁ…」 と、母さんがいなくなり、俺と姉さんの二人だけが残される。 「ん~…んぐぅぅぅ~」 …いや、いるけど父さん。 でも、この様子だとしばらく起きてきそうにない。 「…えっち」 「姉ちゃんにだけは言われたくないなぁ…」 「何言ってんのよ…こんなに固くしてるくせにぃ」 「俺の靴下がどれだけ湿ってるか見せてやろうか?」 「………」 「………」 というか、何をやっておるんだ俺たちは。 両親と食卓を囲んで一家団欒の最中に、こたつの下では足を激しく絡めての愛撫合戦。 何度かこたつが揺れたけど、既に出来上がってた父さんと、あまり細かいことは気にしない母さんで助かった。 「なんかさ…わたしたちって…ダメだね?」 「今、そう言おうと思ってたところ」 10年以上、姉と弟として仲良く暮らしてきたのに…ちょっと、タガが外れてしまっただけで、ここまで異常な仲良しになってしまうとは。 「どうしてくれるのよ…これ」 「これ…って?」 「仁くんのコレみたいなもの」 と、もう一度、俺の股間に足の裏を這わせる。 「っ…ああ、コレかぁ」 「ひぅっ…」 お返しに、足の親指を当てて、小刻みに震わせる。 「どうするって…どうしよう?」 「う…う、ぅぁ…こ、こら…やめなさい…っ」 なんて猥雑な姉弟だ…「はぁ、はぁ…ねぇ、仁くんは、どうしたい?」 「え? 俺?」 「そうよ…まいぶらざぁ」 「シ…シスター…それは」 ここまで来て、姉さんは、最後は俺に決断させようとする。 罪を共有したいって意識なのか、それとも、男からの誘いを待っているのか。 「なによぉ…煮え切らないわねぇ」 「て言うか、父さんいるんだぞ?」 「起きやしないわよ。ってるくせに」 …うん、知ってる。 潰れたときの父さんは、押しても引いても、ケリを入れても起きない。 それでも、朝にはちゃんと布団で寝ているあたり、どんな不思議な力が働いているのか不明なんだけど。 「ねえ…どうしたいの?今なら特別に、何でも言うこと、聞いてあげる」 「聞いてあげるじゃないだろ…」 どうせ二人とも、同じ結論しか求めてないって知ってて、そういう言い方をしてくる辺りが汚い。 そして、ひねくれものの俺としては、こう思ってしまった以上、決して退くわけにはいかず…「ま~姉ちゃんこそ、何をして欲しいか言ってみろよ。なら…なんでも、してあげるよ?」 「う…」 …心が揺らいだらしい。 このひと、本当に“自分の弟”に弱いな。 こんな、大した取り柄もない、ただ弟なだけの存在のどこがいいんだか。 「なら…度胸比べをしない?」 「はぁ?」 「で、負けた方が正直に言うの。をしたいのか、何をして欲しいのか」 「度胸比べだったら、勝った方が適任なんじゃないの?」 「それじゃ罰ゲームにならないじゃない」 「ああ、なるほどね…いいけど、何やるの?バンジージャンプ?」 二階の雨どいにゴムひもをくくりつけて…?「そんな危険なことしないわよぉ…ちょっとした、チキンレース」 「十分危険だっつ~の。いうか、この近所に埠頭なんかないぞ」 それどころか、ウチの県には海がない。 「車なんか使わないし、今すぐここで出来るわよ?」 「…どうやって?」 「まず…手を出して。手とも」 「ん」 こたつの上に手を置くと、姉さんが、しっかり両手とも指を絡ませる。 「うん、これで、逃げられなくなった。ゃ、次、身体を乗り出して…」 「ん?」 握った手を引っ張られると、俺と姉さんの顔が、30センチの距離まで縮まる。 「ここから…少しでも後ろに退いた方が負けね?」 「…おい」 「わたしは…逃げないわよ?」 「ちょっと待て」 姉さんの顔が、徐々に近づいてくる。 このままだと、こたつの上で、二人の顔が正面衝突…「姉ちゃん…これ、チキンレースじゃねえよぉ…」 「じゃあ、呼び方変えようか?そうねぇ………チキンキッスってのは、どうかな~?」 「騙したなぁぁぁ!?」 「そんな大声出すと、お父さん起きるかも、よ?」 「う、あ…」 「避けたら負けだからね~?」 「ね、ね、ね…姉ちゃぁん…」 両手を掴んだまま、身を乗り出してくる姉さん。 俺は…このまま退いたら、臆病者の烙印を押され…姉さんに、今後もずっと、主導権を奪われ…そんなの、駄目だ。 昔立てた誓いはどうした!?「あれぇ? 避けないの?」 「…あんま弟を馬鹿にすんなよ、姉ちゃん」 「え? あれ?」 一気に姉さんとの距離を詰め、ほんの1センチ先にお互いの唇を配置する。 「仁、くん…?どしたのかなぁ?」 「問答無用」 「んぅっ!?」 ちょっと強めに押し返す。 もちろんゼロ距離で。 「ん…」 「ん…んむ…ぅ?ちょっ、ん…仁、くぅん…」 「はれ? よけるのぉ?」 「ひょ、ひょんなこと…ひないけどぉ…ひょっと…びっくり…ひたぁ」 お互い、唇をくっつけたまま、滑舌の悪い会話を続ける。 「おとぅとを…あまくみるなぁ…」 「ふぅんっ…ん、ん、んむ…っ?」 というのも、間抜けなので、そのまま唇に吸いつく。 「は、ん…」 「はむっ…ん、んぷっ…あ、はぁ…ひ…ひん、くぅん…んぅっ!?」 姉さんが、戸惑った声を上げて、けれど、退くこともできずに、おろおろしてる。 …チキンめ。 自分で仕掛けておいて、相手の思わぬ反撃にあたふたするとは、全然覚悟が足りてないじゃないか。 「ん…ちゅぷ…んく…んぅ…」 「あ、あ、あ…ちょっ…ん、んぅっ!?」 今度は、変な喋りも出来ないように、舌を差し込んで、姉さんの口の中を蹂躙する。 これでもう、俺が完全に主導権を…「ん”~っ!」 「~~~っ!!!」 「~~~っ!!!」 「ん…ん…ぐぉぉ…ぁぁ…」 「………」 「………」 父さんの、思い出しイビキに、二人とも、一瞬で硬直してしまった。 それだけでなく、俺は、姉さんの口中に、舌を差し入れてたわけで。 「ひ…ひてぇ…」 「ほ…ほめんね?」 硬直した姉さんに、思いっきり噛まれたわけで。 「ん…」 「?」 俺は、姉さんの口の中に入れた舌を、そのまま動かさずに放置する。 果たして、この意味に気づいてくれるかどうか。 「………」 「あ…」 「………」 「ん…っ」 と…ようやく、気づいてくれたらしく、姉さんが、俺の舌を、自分の舌で包み込んでくる。 「ん…んむ…れろ…ふむぅ…んん…」 ゆっくりと、俺の舌先から根本までねぶって…「んん? んん?」 ここ? それともここ?こんな感じで、俺の舌先に受けた傷を、自分の舌で探してくれる。 「ん…」 と、姉さんの舌先が、ようやく俺の傷を探り当てたので、合図とばかりに、舌を絡ませる。 「ん~…ん、ちゅ…んぅ…れろ…ちゅ…んぷ…」 その合図をちゃんと理解してくれた姉さんは、その舌先あたりの傷口を、優しく、舐め始める。 「んん…んぷっ…あ、んむ…んぅ」 俺のこと、怪我させたんだから、ちゃんと責任取って、舐めて治してもらう。 昔だって、膝の怪我とか、舐めてくれてたんだ。 舌の怪我だって、舐めてくれて当たり前。 …だよ、な?そうだろ?「ん…ちゅぷ…ふぅ…あ、あむ…んっ…」 俺の舌を、自分の口の中で受け入れて、ざらざらした舌で、チロチロと舐め回してくれる姉さん。 時には小刻みに、時にはダイナミックに。 「はむぅぅ…ん、ちゅ…ちゅぅぅ…んっ」 俺の唾液を吸い込み、自分の唾液を返して。 お互い、口の端から唾液をこぼして。 でも、両手が繋がれてるから、拭くこともできなくて。 「あ、はぁ…んむ…ちゅぷ…んぷぅ…」 とうとう、姉さんに舐められるだけじゃ我慢できなくなって、姉さんの口中を舐める。 「はむっ…ん、んぅ…ふぅむ…ちゅ…ちゅぷ…はむ…んん…はぁぁ…ぁぁ」 姉さんは、俺の舌が蠢くのもきちんと受け入れて、ぐりぐりと、お互いの舌を巻き付けるように絡める。 「ん…ちゅぷ…はむ、んぐ…ちゅ…ぅ」 「は…あ、あむ…ん、ちゅ…ぅぅ…じゅぷ…は、あ、あ…あぁぁぁ…んんっ」 俺たちは、もう、当初の目的も忘れ、両手と唇を繋げて、お互いを貪り合い…「ふぅ、終わった終わった。れ? あんたたちまだ二人ともお風呂入ってないの?」 「え? あ、あ、あ…そうだったわね」 「あら? 仁も寝ちゃったの?まったくもう、親子ねぇ」 「そ、そうね…さっきコテンって倒れて、そのまま大いびき」 「んごぉぉ~…がぁぁ~!」 …仕方がないからリクエストに応える。 「あ、わたし後でいいから、お母さん入っといでよ」 「そう? じゃ、お先に。んたはこんなとこで寝ないで、ちゃんとお部屋に戻りなさいよ?」 「わかってるわかってる」 「………」 「………危なかったね~」 「…まったくだ」 寝たふりを続けながら応える。 それにしても、今の危険度は、ちょっとシャレにならなかったぞ。 俺がとっさの機転を見せて、後ろに倒れ込み、寝たふりをしたから助かったようなものの…「というわけで、仁くんの負けが決定~♪さ、リクエストをどうぞ?」 「………」 姉さんに、『負けるが勝ち』という格言の意味を教えてやりたい…………………「ね…仁くん。ちゃんのおっぱい、見たい…?」 「ま~姉ちゃん…?え? え?」 「見せて…あげよっか?」 「ちょっと…まずいよ。さんや母さんに見つかったら…」 「ここは離れだもん、大丈夫…ほら…」 「~っ!」 「触っても…いいのよ?」 「………」 「仁くんの、自由に、していいよ。って姉ちゃん、仁くんのこと大好きだから」 「本当に…」 「ん?」 「本当に、さわっても、いいの?」 「うん…おいで」 「あ、あのさ…なめても、いい?」 「仁くんの…エッチ」 「ご、ごめん」 「ふふ…」 「………」 「ふ…ふふふ…」 「………っ」 「ぷっ…あはは…」 「笑うなよ…」 「だって…わたしたち、すっごいバカよね?」 「誰が言い出したと思ってんだよ」 「それにしても、お互い入るものね。 昔の制服。 ちょっと胸がきつい以外はサイズぴったり」 「俺は全体的にちょっとキツいよ、やっぱ」 「でも…やっぱり仁くんの学生服姿…凛々しいよ」 「ま~姉ちゃんも綺麗だよ。ちょっとマニアックだけどな」 「あはは…なんか、ちょっと特殊な風俗みたい?」 「自分で言うな…」 その通りだけど。 23にもなってセーラー服姿の姉さん。 それを相手にしているのは、20歳にもなって学ラン姿の俺…………“チキンキッス”で負けた俺は、姉さんに迫られるまま、正直に姉さんを求めた。 で、二人して、離れにある俺の部屋へしけ込み、そのまま抱きあおうとした。 けど、二人にとって懐かしい俺の部屋。 引き出しとかタンスとか物色してるうちに、姉さんが、懐かしいものを見つけた。 高校の時に、俺が着ていた学生服。 姉さんは何故かとても喜んで、俺に着るようにせがんだ。 で、そんな馬鹿みたいな仮装が嫌だった俺が、『ま~姉ちゃんも昔の制服着たら考えてもいい』と、無理難題を言い出して、うやむやにしようとして…それが、何故だかこんなことに…「あのさ…」 「ん?」 「せっかく脱いだのに、放っておかれるのは寂しいし、寒いよ?」 「あ…」 いかん…目の前に胸を出した女の人がいるのに、ついつい世間話をしてしまっていた。 「これじゃ、なんか姉ちゃん一人が勝手に暴走してるみたいで…虚しい」 「け、けど…先に笑い出したのは」 「そうね…じゃ、戻ろうか」 「そうだな…1分前に」 「ううん………5年くらい前が、いいな」 「え…?」 「仁くん………おいで」 両手を広げて、俺を抱きしめようとする姉さん。 その姿に、5年前の姿が重なる。 「…姉、ちゃん」 本当に、重なる。 まぶしくて、せつなくて、大好きで…「あぁ…」 そして…ずっと、こうしたいと思っていた、女の子。 「姉…ちゃん…っ」 「ん…ふっ、あぁ。たためて…仁くん」 姉さんの胸に抱かれて、その、柔らかさを堪能する。 顔に押しつけられる乳房が、ぐにぐにと変形して、気持ちいい。 「ま~姉ちゃん…柔らかい」 「あ…うん。っと、さわっていいよ」 「ん…」 目の前にある丸みを、両手でつかみ、円を描くように揉んでみる。 力を入れたら入れただけ指が埋没し、けれど、その指を押し返す弾力が心地良い。 「んっ…あ、仁くん…が、姉ちゃんのおっぱい、触ってる」 「だって…姉ちゃんがいいって…」 「うん…当たり前じゃない。 仁くんなら、なにをしてもいいよ。 だって…弟、だもん」 「ま~姉ちゃぁん…ん…」 「ひぅっ…ん…あ、あは…仁くんが、吸ってる…姉ちゃんのおっぱい、美味しい…?」 「ん…ちゅぅ…んん…姉ちゃん…こんな、こと…あぁ」 5年前に、こんなことを許されていたら…勉強が手につかないどころの騒ぎじゃなかっただろうな。 「ん…んぅ…っ、あ、や、あつい…っ、仁くんの手が、仁くんの、したがぁ…っ、あ、あぁ…っ」 「んぅ…あ、んむ…はぁ、はぁぁ…」 両の胸を、左右から挟み込むように強く揉み、中央に乳首を寄せて、一度に左右の乳首を舐める。 姉さんの胸は、俺の手の中で、自由自在に形を変えて、どこまでも、俺に弄ばれてくれる。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…あんっ…じ、仁くん…せつない…よ…あ、あ、あ…あぁぁぁっ!?」 右の乳首を口に含んで、そのまま歯を軽く合わせる。 きゅっと押しつぶされた乳首が、目の前で、ぷっくり膨らんでいくのが淫猥に映る。 「姉ちゃん…いやらしい」 「そ、そんなぁ…仁くんがしてるからなのにぃ…姉ちゃん、仁くんとだから、こんなになってるだけなのにぃ」 段々と、俺が胸をいじるのに耐えきれなくなってきたのか、姉さんが、身体をのけぞらせる。 俺が乳房を揉むたびに、ずるずると、後ろに下がり、そのまま、後ろ手をついてしまう。 「う、あぁ…やだ、も…仁くん、触り方も舐め方も、や~らしいっ」 「仕方ないじゃん…ま~姉ちゃんの身体にさわっていいなんて…ずっと、許されないって思ってたんだぞ…?」 「う、ん…っ。 そ…そう、ね。 いけないこと…だもん、ね」 いけないことだから、こんなに気持ちいい。 いけないことだから、やめられない。 深く、強く、しつこく…姉さんの、いやらしい胸を、蹂躙する。 「あ、う、あぁぁぁ…はぁ、はぁぁ…じん、くぅん…や…あぁ…」 姉さんがのけぞるたびに、スカートがめくれ上がり、太股が露わになる。 その白さ、滑らかさ、艶めかしさ…昔、見た夢に出てきた、俺といやらしいことをする姉さん。 あの…俺の下着をべっとりと濡らした夢に出てきた姉さんと、今日の姉さんが、重なる…「…姉ちゃん」 「ん?」 俺は、その、いやらしい姉さんの頬に、頬を寄せ、耳元でささやく。 「姉ちゃんの………見せて」 あのとき、見た夢の通りの台詞を。 「…えっち」 「最初に誘ったのは姉ちゃんの方だよ…」 「だって…仁くんがこんなに…」 「こんなに…なに?」 「………見たい?」 「見せて」 「姉ちゃんの、ここ、見たい、の?」 俺の視線は、姉さんの太股の奥…太股よりも、さらに白い下着の中心に向く。 「ここ、どうなってるか知りたい…教えてよ、ま~姉ちゃん」 そしてまた、夢の通りの台詞を漏らす。 …よく覚えてるなぁ、あの時の夢。 まぁ、確かに強烈な罪悪感だったし。 「わかった…仁くんになら…教えてあげる。ちゃんのなか…覗かせてあげるね」 「ん…」 ごくりと、喉が動く。 今の俺は、本当に5年前に戻ってしまったかのように、初々しい興奮に包まれている。 けど…本当は…今現在の俺だって、この瞬間を、とんでもなく興奮しながら、待ってるんじゃないのか?「ん…」 姉さんの手が、ショーツにかかり、お尻をもぞもぞさせて、そのままずらしていく。 「あ…」 するりと、太股を滑り、膝を抜けて、足首にかかる。 「あ…あ…」 「ほうら…どう、かな?」 だから、目の前には…薄紅色の、姉さんの、真ん中への入り口が。 「これが…ま~姉ちゃんの」 「普通でしょ?」 「そんなことわかんないって…見たことないんだもん」 少なくとも、5年前の俺は…「そう、なんだ。くん、姉ちゃんのが、はじめてなんだぁ」 「もっと、近くで見ていい?」 「うん…近くに来て、いいよ」 言うと、姉さんは、ゆっくりと足を拡げ、俺の顔が近づける場所を空けてくれる。 開いた足の間に、姉さんの、その部分が、ねっとりと存在感を示す。 「すごい…」 その、神々しさといやらしさが同居した場所は、今まで視界に収めた、どの色よりも、どの形よりも、俺の心臓をしめつけてくる。 「なかも…見せてあげようか?」 「なか…って」 「ん…こ、こう、して…」 「っ…」 姉さんが、両手の指をその場所に差し込んで、左右に、割り開いて見せてくれる。 「どう…よく見える?」 「あ、ああ…」 中は、同じく薄紅色で、少し濡れていて、小さな空洞が開いていて。 姉さんの手がたどたどしいせいか、時々、ひく、ひくと動いて。 「こ、ここに…仁くんのが、入るのよ」 「ここに…俺、のが?」 「うん、うん…仁くん、大きくして、固くして、ここに入ってくるの」 「あ…」 姉さんが、入り口の辺りを指でなぞる。 その指が離れると、その指先には、ねばつく液がついている。 「好きに…いじっていいわよ。ちゃん、こうして、拡げててあげるから」 「姉…ちゃん…っ」 「え? あぁっ…!」 我慢の限界に達した俺は、姉さんの許可と同時に、むしゃぶりついた。 「ちょっ、そんな…いきなり…っ」 姉さんの股間に、顔を埋めた。 指で開かれている、穴の中を、唇でつついた。 「あぁぁぁっ!?あ、仁くん…あ、あわてないで…っ」 慌てるなと言われても…ここまで誘われて、気も狂わんばかりに刺激だけ与えられて。 これで、獣にならない方がおかしい。 「ん…ちゅぷ…んく…あむ…」 四肢で立ち、姉さんの股間に顔を埋め、ただ、ぴちゃぴちゃと舐めまくる、理性を失った獣に。 「い、う…くぁぁ…あ、あぁ…したが…あ…仁くん、やだぁ…ざらざらしてる…っ」 舌を差し込んでいくと、穴の奥から、とろりとした液体が流れ込んでくる。 多分、さっき、姉さんの指を濡らしたものと同じだろう。 「ん…ん、ん…」 俺は、姉さんの胎内から流れてくる、その生暖かい液を、口の中で転がす。 ちょっとだけ塩辛い、けれど至福の味が、口の中を満たし、唾液を分泌させる。 「ひぅぅぅっ、ん~、あ、あぁぁぁ…じん、くぅん…これ、や、こんなぁっ」 唾液を穴の中に送り込むと、それが呼び水となって、たくさん溢れ出してくる。 その、こぼれ出る液を、音を立ててすすると、姉さんの腰が、びく、びくって跳ねる。 「ひっ、う、あぁ…は、はぁぁ…あんっ、あ、もう…もう、すごく…」 「指、離すなよ…ま~姉ちゃん。ゃんと拡げててってば」 いつの間にか、秘所を拡げていた指を、自分の口に当てて、噛んでいた。 だから、俺の舌が、深くまで潜れない。 そんな、我が侭で理不尽な抗議をぶつける。 「だ、だって、だって…すごい声、出ちゃいそうで…」 「ここは離れだもん、大丈夫…なんだろ?」 「………もう」 さっき、姉さんが俺を誘うときに言った言葉を、そのまま返す。 すると、渋々と、もう一度指を戻し、思い切り、指で引っ張ってくれる。 「ほら…したいように、しなさい。ちゃん、声、我慢するから」 「我慢しなくていいのに…ん…」 「あふぅっ…あ、ん…んぅ…く、あぁ…も、もう…いきなり動かしすぎぃ」 姉さんの胎内に、もう一度、激しく舌を突き込んで、大きく丸く掻き回してみる。 断続的に、俺の舌をぎゅうっと締めつけてくるけど、ぬるりと滑り、外に弾き出されてくる。 「あ、あ、あ~っ、あんっ、仁くぅん…ね、姉ちゃん、の…あ、あんっ、あ、そこ、そこがぁ」 「ん…んむ…ちゅぷ…ん…ちゅぅぅ…ああ…ま~姉ちゃん、の、あつい、よ」 「だって、だって…仁くんの、したがぁ…っ、なかに…ふかくまで、入ってくるなんてっ」 荒くなってくる息を必死で飲み込みながら、この、至福の時が終わらないよう、必死に、舌で舐め転がす。 けど、そうやって頑張ると…「うあ、あ、あ、あ…だめっ…もうだめっ、やだ、やだ…仁くんやめてぇ…だめだってばぁっ」 「…どしたの?」 「は、はぁ…はぁぁ…どしたの、じゃないわよぉ…わかってるくせにぃ」 「イきそうになった?」 「はぁ、はぁ…あ…う、ふ…っ、ちょっと、休ませて…」 「ん…」 姉さんの要望通り、穴から舌を引き抜くと、その周辺を、ゆっくりと舌で愛撫する。 けど、そうやって舐め上げていくと、いつかは、その部分に辿り着くわけで…「う…ひぅっ…な、こ、こらぁ…っ、そこ、もっとダメぇっ」 ご飯の時から、足でいじめ続けてきた、先っぽの、一番敏感な部分。 潜り込ませるように、舌で優しくつつく。 「あ、ああああああ~っ! あ~っ、あぁぁぁ…だからぁ…ひぃぁ…あ、あ、あ………」 姉さんの胸が、思い切り上下して、全身が、がくんがくん揺れる。 今の姉さんには、あまりにも刺激が強すぎた…かな?「あ~っ、もう、やぁぁぁっ! やんっ、やんっ、あ、あ、あ、あ、あ…だめ…仁くんだめぇっ」 「ダメなことないよ…綺麗だよ、ま~姉ちゃん」 本当に、綺麗だ…俺の愛撫を受け、涙を流し、涎を流し、荒い吐息と、大きな喘ぎ声を漏らし…そして、とってもいやらしい表情の姉さんは、掛け値なしに、世界で一番、綺麗だ。 「や、こんなえっちな顔、誉められたくないよ…っ、あ、だめ…だめだってば…我慢しろわたしぃっ」 そうは、いかない。 「ん、れろ…んぷ…ちゅぷ、んんんんっ」 その部分を舌で剥きあげて、剥き出しになった突起を、歯と舌の両方で刺激する。 これで…イっちゃえ。 「あ、あああああ…ああああああっ!あ~っ、ああああ~っ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「っ!?」 一瞬、姉さんのなかから、勢いよく何かが噴き出し、俺の顔にぴしゃっとかかった。 「あぁぁぁぁ~っ、あんっ、あんっ…あ、あ、あ…や、こら、だめ、みないで…こんなの…」 「あ…あ…」 透明で、さらりとした液が、俺のベッドを濡らしてる。 これ、もしかして…「はずかしい…はずかしいよぉ…こんな…仁くんの前で…はしたない…」 半泣きの姉さんは、それでも、まだ、俺のためにそこを拡げてくれてる。 律儀というか、弱みを見せすぎというか。 「はしたないなんてことない…ま~姉ちゃん、すごかったよ」 「あ~、あぁぁぁぁ…それ、ちっともなぐさめになってないわよぉ」 「そんなことないって…本当に、いやらしかったってばぁ」 「わたしは…仁くんの前でしか、こんなにいやらしくならないのにぃ…」 目の前で拡げられた秘所は、まだ、ひく、ひくと蠢いている。 「………」 盛大に達した今、それでも、俺を、ぐいぐいと誘ってくる。 「もう…こん、なぁ…え…?」 「姉ちゃん…」 「じ…仁、くん?」 「いい、だろ?俺、もう…ま~姉ちゃんのなかに…」 「あ、え? も、もう…?だ、だけどわたし…今さっき…っ」 「あんなの見せられて…我慢できないって…もう」 もう、ズボンはとっくの昔に下ろした。 姉さんが指で拡げてる、穴の中心に、俺の先端をくっつけて、ぐいぐい押しつけてる。 「あ、けど…姉ちゃん、今、敏感に…っ!?」 「俺だって…敏感になってるよ。う、限界」 「じ、仁くん…そんな…あ、あ…あああああああああ~っ、あ~っ!」 くちゅ…姉さんの愛液と、俺の唾液で濡れまくったそこは、姉さんの態度とは裏腹に、俺のものを、スムーズに受け入れていく。 「あっ、ほんとに…入れてきたぁ…仁くん、我慢が足りないわよぉ…っ」 「んなこと言ったって…俺、今日はまだイってね~もん」 「だ、だったらぁ…入れなくたって…好きなやり方で、出させてあげたのにぃ…っ」 「それは…またの機会に、な。日は俺、ま~姉ちゃんのなかでイきたいよ…」 「そ、それは………そう?」 「うん…動いて、いい?」 「…入れておいて動かないのも、生殺しだと思わないの?」 「…そう、だね」 「んっ…」 姉さんの許しをもらって、ゆっくりと動き出す。 ぐいっと腰に力を入れると、更に、ずぶりと、姉さんの胎内に、埋まり込む。 「んぅ、あ、あ…く…ぅぅっ」 「苦しい…?」 「ん? えっと…半分半分」 あとの半分は…なんだろう。 俺の想像してる通りだったらいいな。 「ん…あ、く…」 「ふぅぅっ、ん、あ…ぁぁ…仁くぅん…姉ちゃん、なんかすごい…」 「ま~姉ちゃん…ん…」 「ふ、んちゅ…んぷ…あ、あむ…ん、ちゅく…んぅぅ、あ、ふむぅ…んっ」 姉さんの唇に、舌を這わせると、待っていたかのように、舌を伸ばして応える。 「あ、んむ…ちゅ…んぶ…」 「はむ…んん、ちゅ…んぷ…あ、んむぅ…んんっ、は、ん、んん…ちゅぷ…んぷぅ…あ、あぁ」 姉さんに覆い被さり、口の中いっぱいに唾液をまぶして、舌を絡め合い、吸って、飲んで、ぐちゃぐちゃに溶け合う。 その間も、腰だけはグラインドを続け、奥深くへと、えぐり続ける。 「ん…ちゅ…はぁ、あ、あ、あっ…あんっ、ああっ…じ、仁くん…あ、ちょっ…やぁぁんっ、ん、んぅ」 「あ、はぁ、はぁぁ…姉ちゃんのなか…姉ちゃんの、なかぁ…すげ、うあぁぁ…っ」 「ちょっ、や、強い、強いってばぁ…仁くん、やぁ…そんなにおいたしないでぇ」 「子供扱い…すんなよぉ。っ、く、あぁぁ…」 俺の頭をかき抱いたり、胸に触らせたり、舐めさせたり、自ら開いて、自分をさらけ出したり。 姉さんは、まだ、ナチュラルに俺を子供扱いする。 こんなに激しく犯しているのに…「あっ、や、ん…仁くんが…仁くんの、がぁ…姉ちゃんのなか、おくまで…んっ、ぅ、あ…っ」 「ま~姉ちゃん…どう?」 「どう…って…仁くんの、えっちぃ…あああっ、こ、こらぁっ、そんなに、あばれるなぁ…っ」 姉さんを組み敷いて、壊れる寸前まで押し込んでるのに、まだ、お姉さん風を吹かすというか、主導権を握ろうとする。 その、アンバランスさが…「ま~姉ちゃん…可愛い」 「それは姉ちゃんの台詞なのっ」 「は、はは…ん、く、あぁ…あぁぁ…」 「やっ、ん、く…じん、くぅん…っ、姉ちゃん…こんな、ごめん…すごい」 「気持ちいい…?俺の、気持ち、いいだろ?」 「だめ、だめ、だめぇ…仁くんが先…先にイかないとダメぇ…」 もう、先にイったくせに、妙なところで意地になる…「あっ、あっ、あぁぁ…仁くん…早く…出して…気持ちよく、なりなさいよぉ…っ」 「気持ち…いいって…俺、ま~姉ちゃんとしてて、気持ちいいって」 「だったら…早く、早くぅ…仁くんの、イくとこ、見せて…」 相変わらず、俺を愛でることをやめない姉さん。 自分の弟が獣と化して、自分を貪っているのに、その獣の、美味しそうな表情に満足してる変態だ。 「あっ、あぁぁっ、んっ…んんんっ、はぁ、あ、んっ…仁くん…あ、ぁぁ…」 そうやって、俺を贔屓しまくるダメな姉は、俺に貫かれて、せつない喘ぎ声を上げる。 …興奮する。 「ん、くぅっ、あ、あ、あ…姉ちゃん…すげ…あっ、あぁぁ…」 そして、姉さんを、犯すことをやめない俺。 自分の姉が、自分のために身体を開いてくれたのを、更に引き裂いて、すべてを食い尽くそうとする変態だ。 「あぁっ、あ、あ、あ~っ…や、やん…もう、仁くんってばぁ…」 「…なに?」 「元気、だね」 「おかげさまで…」 「んっ、ん…ん…っ、はぁっ、はぁっ…あ、あ、あ…」 そろそろ、頭の方も、もやがかかってきた。 はじめの弄り合いから数えると、長いこと続いていた、俺たちの睦み合いも、終わりが見えてきた。 「ま~姉ちゃん…俺、イく…」 「あ、やっと…なのね?もう、この頑張りやさんめぇ」 「…ごめん」 「何謝ってるのよぉ…っ、ばかな仁くん」 「いっしょに…イこうね?ま~姉ちゃん」 「ん…んっ、あ、ん…うん、でも本当は…」 「ん?」 「2回くらい…イっちゃってたんだけど、ね」 「………」 気づかなかった…やっぱ未熟だな、俺。 「仁くん…きもちいいよ。気で、力強くて…凄い感じるよ…っ」 「あ、あ、あ…姉ちゃん…くぅっ」 「う、う、うぅ…んっ、あああああ…」 姉さんの太股を抱えて、ラストスパートをかける。 のしかかるように、強く、深く、そして速く突き込み、姉さんの胎内を、ぐちゃぐちゃにかき混ぜる。 「あ、あ、あ、あ、あああ、あああっ…ん、仁くんっ、あ、い、くぅっ、んんんっ」 姉さんの手が、首に回されて、思い切り抱きしめてくる。 太股を締めて、俺を全身で抱え込み、離れないように、からみつく。 「ね、姉ちゃん…あ、あ、くぅぅっ」 だから俺も、姉さんにしがみつき、その、柔らかい胎内で、思い切り弾ける。 「う、あ、あああああああ~っ!ああああああぁぁぁぁぁぁ~~~っ!!!」 「う、あ、くぁぁ…あっ…あっ…」 「あっ…ぁぁ、仁くんの、が…おくに…ふあ、あぁぁ…やだ、すごっ」 「う、っく、あ、あぁぁ…」 「んっ………んっ………やっ、まだ出てる…姉ちゃんのなか、どれだけ出したのよぉ」 「あ、ご、ごめっ………んっ」 「っ…謝りながらも出してるしぃ」 「け、けど…外れない…っ」 姉さんが、俺にしがみついてるせいで。 「あ…そっか…姉ちゃんの、せいかぁ」 「いや…俺のせいだけど…」 「ごめんね仁くん…」 「だからぁ」 俺に中出しされながらも、何故か頭を撫でてくる。 その精神構造に、俺を甘やかす以外のことはないんだろうか?「仁くんの、汗…仁くんの、におい。して、仁くんの…」 ずるりと引き抜くと、そこから、どろりと溢れ出るものをすくって、姉さんが、目の前にかざす。 「これが…姉ちゃんのなか…たくさん、入ってきたのね」 「姉ちゃん…」 そんな、えっちな言葉を零さないでくれよ。 今は、敏感になってるんだからさ。 「仁くんの…精液…ん…ちゅ」 そして姉さんは、白くどろどろに濡れた指先に、自分の舌を這わせた。 「ふう…今日の生ケーキはこれでおしまい。憩していいわよ」 「あ~い…ああ、なんと心地良い脱力感」 「休憩終わったら着替えてフロアに入ってね。日、土曜だし」 「うあ~い…ああ、なんとも据わりの悪い脱力感」 「店長批判?」 「休憩入りま~す♪」 「ふう…」 かすりさんがキッチンからいなくなり、二人きりの、落ち着いた時間が唐突に訪れる。 「お疲れ。揉もうか?」 「うう…仁くんには若いとこ見せたいんだけど、でも、その誘惑には勝てな~い」 「あはは…」 だらりと手を下ろして、頭を俺の方に預け。 肩に置いた手から、安心しきった様子が伝わってくる。 俺は、その、確かに凝っている肩を、ゆっくりと揉みほぐしていく。 「はふぅ…しあわせだ~」 「…やっぱ年寄り臭い」 「どうせおばさんですよ~だ」 「それ、場所によっては嫌味に聞こえるから、気をつけなよ」 「ここで言ってもちっとも嫌味になんないも~ん」 「確かに…」 ブリックモールのフードコートの中でも、もっとも平均年齢が低いと言われるこの区画。 ファミーユとキュリオの2店の女性スタッフの中で、最年長は、実にたった23歳の姉さんだったりする。 「でも、ま、い~じゃん。人の魅力ってことで」 「肩こりがぁ?」 「いや、まぁ…それはそれとして…パティシエール兼美人オーナーとか言うと、何となく大人の魅力っぽくないか?」 「美人? 美人っ!?」 「…そうやってがっつかなければね」 「うぅ…それは…」 外見は年相応の美人。 でも内面は結構大人げない大人。 すぐムキになったり、感情を露わに一喜一憂したり。 弟を猫っかわいがりしたり、弟のために、なんでもしたり。 「…お疲れさま、ま~姉ちゃん」 「あ…仁くぅん」 肩を揉んでいた手を、ゆっくりと、その、愛しい姉の、首にからめて…「てんちょてんちょ、来たよ」 「姉さんカチカチだわこれ~歳だねど~も」 「うわぁぁ~、まだまだ若い姉に対しての罵詈雑言。が許してもわたしが許さない~」 「…仲いいね、相変わらず」 明日香ちゃんが、ため息混じりに俺たちをからかう。 よし、なんとか『いつも通り』の仲の良さと思ってくれた。 ほんの少し、やりそうになった『いちゃっとした』仲の良さは、極力、店ではやらないよう努力してる。 それでも時々、あまりにも無防備な姉さんを見ると、ついああやって、女として触ってしまいたくなる。 「それで、来たって何が? 業者さん?」 「違うよてんちょ…先月一度も来なかったから、もう記憶のかなた?」 「先月って…あ」 今日は、2月1日。 つまり先月とは、1月のことで。 その一月間、ずっと来なかった人。 でも、来店したらこうして明日香ちゃんが俺を呼びに来るような人って…そんなのは、ひとりしか…「………」 ………………「お待たせしました…ダージリンのミルクティーです」 「…うん」 「…どうぞ、ごゆっくり」 「……うん」 「………」 「………」 なんか…言葉が出てこない。 たったの一ヶ月ぶりなのに、まるで何年も音信不通だったような。 「あ、あのさ…」 「あの…」 「………」 「………」 「…なに?」 「座ったら?」 「けど、営業中だし」 「明日香ちゃん、いいって」 ふと振り向くと、明日香ちゃんが手を振ってる。 口は『どうぞごゆっくり~』と動いてるみたいだ。 …こっちの事情も知らないでにこやかになぁ。 まぁ、教えてないのは俺だけど。 「…で?」 諦めて、里伽子の正面に座る。 もちろんお冷やはやってこない。 「…元気だった?」 「そんなわけねえだろ…っ」 「………」 「…って、答えて欲しいのか?」 「…別に」 「ざ~んねん。っても元気いっぱいでした~」 「そう、良かった」 「良かったってなぁ…本気でそう思ってんのか?」 「とりあえず、ある程度は本当」 「ちぇっ…」 相変わらず、つかみ所のない奴。 振った人間のところにこうして現れて、そいつのことを心配したりする。 余計なお世話の塊みたいな…女。 「ごめんね…たくさん待たせて。ぐあきらめると思ってた…」 「生憎とだなぁ、俺は結構ねばり強いの。かげで風邪ひくかと思ったぞ」 「…悪い」 俺の前で、神妙に頭を下げる里伽子。 その、本当に済まなそうな表情を見ていると、胸にわだかまっていたもやもやが、少しずつ、少しずつ、晴れていくのが、わかる。 「もう…いいよ。前の気持ちは、前からわかってたんだし」 「仁…」 「どっちかって~と、聞き分けの悪い俺が悪かったんだよ…」 「…聞き分け、良くなったね?」 「………」 それは…俺だって、里伽子のことだけを想って、この一ヶ月過ごしてきたわけじゃないって、こと。 「あのさ…」 「ん?」 「一つだけ、聞いてもいいかな?」 「…なんだよ?」 俺が促すと、里伽子は、一つ息を吸って…「あ、あの、あの…」 何度も、何度も、口を開き、言葉を発しかけては、途中で止めて、また息をして。 目を、左右に泳がせて、緊張して、動揺して、けれど、唇を噛みしめて…「あ、あの後、仁…」 「お久しぶり、リカちゃん」 「あ…」 「姉、さん」 ごく自然に、姉さんが、ケーキを運んできた。 本当に…誰にも気取られることなく…「先月はちっとも来ないんだもん。んな寂しがってたよ~」 「あ、その…帰省と、テストの準備で」 「テストかぁ、もうそんな時期なんだね。年は仁くんが頑張ってないから、すっかり忘れてたよ~」 「…悪かったな」 休学中の身に、テストという言葉は痛い。 「あ、それで仁くん。 悪いんだけど、フードメニューのオーダー入ってる。 すぐ戻ってくれない?」 「え?」 「あ、これサービスね。実はちょっとだけ、角が潰れちゃったの」 「あ…すいません、いつも」 「いいっていいって。れで、試験はいつ終わるの?」 「とと…」 姉さんは、俺を椅子から弾き出すように、身体を押しつけつつ、俺の隣に座る。 こうなったら、俺がいつまでもここにいることはできない。 「そ、それじゃ俺、戻るけど…あ、後でな、里伽子」 「あ…うん」 俺は、ちょっとだけ後ろ髪引かれる思いだったけど、キッチンの方へと戻っていった。 それでも、久々に里伽子と話したってことで、心の中に、ちょっとだけ、安堵感が湧き出ていたのは確かだ。 それに…俺をふった里伽子のこと…姉さん、怒ってるかとも思ったけど、あの様子なら、気にしなくてもよさそうだし。 ………………「………」 「………」 「あ、あの…」 「ん~?」 「その、仁は…」 「大丈夫よ」 「そ…そう、ですか」 「もう、リカちゃんが心配しなくても、大丈夫よ」 「え…?」 「仁くんは、わたしが立ち直らせるんだから。カちゃんが面倒見切れない分、わたしが、側にいてあげるから」 「恵麻…さん」 「だって…家族だもんね。の子が望む限り、一緒にいるのが当然だものね」 「………」 「…ありがとう、リカちゃん」 「な、なんで…あたしに?」 「あなたがあんなこと言わなければ…わたしは、ここまで踏み外せなかった」 「~っ」 「感謝してるの…本当に」 ………………「ふう…清掃完了」 結局、俺がオーダーの処理をしている間に、里伽子は帰ってしまい、ほとんど話せなかった。 仕方ない、後で電話してみるか。 何度拒絶されても、俺はあいつのこと好きだし、せめて、友達という関係だけは、残したい。 「んじゃ、とにかく帰るか」 静かになったフロアを一瞥し、俺は、更衣室へと…「あ、仁くん」 「あ…っ!」 「わりっ! もう帰ったかと思ってて…」 まさか、まだ姉さんが残ってて、しかも着替え中とは…ずっと前から姿を見かけなかったから、とっくの昔に帰ったものだと思ってた。 「どしたの仁くん? 着替えないの?」 「いや、あの…早く着替えて」 「…入ってきてもいいわよ」 「…もう着替えた?」 「別に着替え中でもいいじゃない。弟なんだし」 「そういう問題かぁ?」 「仁くん…姉ちゃんのハダカなんて見たくないってこと?」 「だからぁ! マナーの問題だろ?」 「そんなことよりも早く帰ろうよ~ほらほら」 「うわぁっ!?」 「ほらほら、仁くんも一緒に着替えよ?昔は一緒にお風呂入った仲でしょう?」 「いや、その…」 「あ、そういえば先週も一緒に入ったじゃない。 やっだなぁ、一体何を恥ずかしがってるのよ~。 あはははは」 「ね、姉ちゃん…っ」 確かに…先週の休み、泊まったけど。 お風呂の中でも、抱きあってたけど。 「ねえ、この後、一緒に食事しない?外でも、ウチでもいいけど」 「あ、え~と…」 「それとも…リカちゃんと約束しちゃった?」 「な、なんで?」 ちょっと、声が裏返ってるのが自分でもわかる。 「だって…リカちゃん、久しぶりに顔出してたから、何か約束してたのかなって…」 「す…するわけないじゃん。いつとは、もう…」 「…それ、誓える?」 「いや、その…」 「これ以上引きずると、仁くん、もっと傷つくよ?それでもまだ、リカちゃんのこと、追いかける?」 「だから…そんなことにはならないって…もう」 「姉ちゃん、何度だって慰めてあげるけど…でも、仁くんにはあまり傷ついて欲しくないな」 「だからぁ、俺はもう大丈…っ!?ちょっ、ちょっと姉ちゃん」 「…なにかな?」 「なにって…」 いつの間にか、ブラを外してる。 着替えるのに、そこまで脱ぐ必要、あったっけ?「どうしたの…?姉ちゃんの身体に、何か、ついてる?」 「こ、こら…」 ついてるじゃなくて…つけてない。 「ふふ…どうしたの?仁くん、かちんこちん」 「ふ、ふざけないでくれよ、姉さん…」 「ふざけてなんかいません~」 「じゃ、じゃあ、ちゃんと着替えろよ…」 「だって…仁くん、かちんこちん」 「こ、こらっ…」 さっきの『かちんこちん』は、全身のこと。 今度の『かちんこちん』は、局部のこと。 「ね、ね、仁くん…興奮してる?着替え中の姉ちゃんに、興奮した?」 「ちょっ…どうして…今…」 「ん…?」 「帰ったら…いくらでも…明日、休みなんだし…」 「…ということは、仁くんは今夜、姉ちゃんのとこに泊まってくれるのね?」 「こ、ここまでしておいて…追い出すなよ?」 もう、おさまりがつかない。 このままじゃ、また今夜も、姉さんの『慰め』なしでは眠れない。 「うん…泊めてあげる。からこれは…約束のしるし、ね?」 「あ、あ、あ…ね、姉ちゃん…っ」 微笑みながら、姉さんが、俺のズボンのジッパーを下ろす。 そして、後は…「ふ…んむ…っ」 「あ、く…っ」 結局、俺はその姉さんの『ゆびきり』に抗えない。 姉さんの口に包まれて、全身が、じわじわと満たされていく。 「ん、ちゅぷ…んぷ…はむ、んぅ…ちゅぅ…ふむぅん…あ、あむ…」 「はぁぁ…ああ…ま~姉ちゃん…あ、あ…」 「どこ、何して欲しいか、言ってごらん。ちゃん、仁くんに言われたこと、何でもするよ…ん、んむ…ちゅぷ…じゅぷ…ん、んん…」 「あ、あ、あ…そ、そこ…もっと…舌で」 「ふん…ん~っ、ん、ちゅ、んちゅ…ぷぅ…あ、れろ…ん、あ、あ…じゅ、んぷぅっ」 本当に、俺のリクエスト通りに、舌を、裏筋のところに積極的に這わせてくる。 弟を慰めるって大義名分のもとに、いつも、やりすぎてしまう姉さん。 甘え過ぎる弟が悪いのか、甘えさせすぎる姉が悪いのか…「ん…ん、あむ…はむぅ…ん、ふぅっ、あ、あ、あ…んぷ…くちゅ…あぁぁ」 「ひぅっ、あ、あ…それ、いい、いいよ…」 今度は、袋を手で揉み上げたかと思うと、その、塊の入ってるところを、口に含んで転がす。 「は、む…んぷ、あむ、ん、んぅ…んっ、んっ…ちゅ、くぷ…はむ、んっ、んぁ、ぁぁぁ…」 「あ、あぁぁ…姉、ちゃぁん…うあ、うあぁぁ…っ」 全身を駆け巡る、ものすごい快感。 姉さんに弄ばれて、俺は、ゾクゾク感じてる。 誰もいなくなったとは言え、店内の、更衣室。 …変態っぽいシチュエーションが、俺をますます高める。 「仁くん、仁くぅん…おいしい…仁くんの、におい…ああ、気持ち、いい」 いつの間にか、姉さんの右手が、自分の、あそこを弄ってる。 「あ、ああ…あむ…あんっ、あぁ…あぁぁ…や、すご、いい、いいよ…仁くん」 ストッキングが、いやらしく蠢いて、姉さんの指使いが、結構激しいことを伺わせる。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…あ、あ…姉ちゃん…っ、姉ちゃんの舌…すげ、いいよ…気持ち、いい」 「ん…んぷ…あ、ん、よかった、仁くん、嬉しい…あ、あ、あっ、あんっ、や、これ…あんっ」 「あ、く…」 「あ、ご、ごめん…今、歯…」 「い、いいから…続けて。ょっとくらいなら、噛んでもいいから…っ」 「あ、あ…んっ…んっ、んっ、んっ、んっ…んんんんっ、あ、あむ、ん~っ、あ、ちゅぷ…んぶぅっ」 姉さんの口が、激しく俺のものを舐めしゃぶり、出したり、入れたりと激しく動く。 その一方で、自分のなかも、指を激しく動かして、どんどん高みにのぼっていってる。 俺を、どん欲に飲み込もうとする姉さん。 快感を、積極的に貪ろうとする姉さん。 綺麗で、可愛くて、いやらしくて…俺の大好きな姉ちゃんは…俺の、理想のイメージから崩れていき、俺の、心だけでなく、身体も満たす存在へと変わっていく。 「あっ、あっ、あぁっ…ん、んむ…ちゅぷ…んぅ…あ、あむ…あ、あ…あ~っ、あくぅっ、あ、んっ」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ…あ、あ…ま~姉ちゃん…すごく…やらしい、よ」 「ん…んぅ…や、やだぁ…姉ちゃんやらしい?仁くん、やらしい姉ちゃん嫌い?」 「ううん、大好き…だから、もっとやらしくなっていいよ…う、あ…」 「ん、ん、ん~っ、あ、あむ…あ、あ、あ…っ、も、もう、仁くん意地悪…そういうこと言ったら…姉ちゃん、ますます歯止めが利かないわよぉ…っ」 口の端からよだれを零しながら、姉さんは、今度は更に深く飲み込む。 まるで、喉の奥に俺のを導くように、深く、深く、限界まで。 「ん~っ、んぅ~っ、ん、ん、んん…ちゅぶっ、は、はむ…んう、んむぅぅ…あ、ん~っ、んんんっ」 「あ、うあっ、く…はぁ、はぁぁ…っ、す、すごっ、あっ」 姉さんの口全体が、俺のモノを包み込む。 その温かさ、その艶めかしさ、その柔らかさ、そしてそのいやらしさが、俺をどんどん追い込む。 あるときはキツく、あるときは優しく、あるときは意地悪く、あるときは柔らかく。 でも、一つだけ共通してるのは、いつも、どんなときも、俺を、姉さんの口の中に、導こうとする動きと、思い。 「ん、ちゅぷ…んんっ、んむぁ、あんっ、あ、む…ちゅぷ、ちゅぅ…れろ…んぷっ…」 「あ、あ、あ…姉ちゃん…姉ちゃん、俺…っ」 「ん、んん…出そう…?仁くん、でそぉ…っ?」 上目遣いで、もの凄い嗜虐的な表情。 姉さんが…俺の、ま~姉ちゃんが…たまらない。 「あ、あ、あ…うんっ、出る…俺、やべ…」 「やばくない、やばくないよっ…出して…ああ、たくさん…っ、ん、ん、ん~っ」 俺に出すよう求めて、姉さんは、また、深くまで俺を潜らせる。 これじゃあ、全部、姉さんの中に注ぎ込まれてしまう。 「は、ん、むっ、ちゅぅ…んぅ、むぅんっ、ん、ん…あ、ちゅ…んんっ、んんっ、んんんっ…」 「あ、あ、あ、あ、あ…ああ…あぁぁ…っ」 でも…それでも、いいかもしれない。 俺の精液が、姉さんの、口の中に…「は、ん、むっ…ちゅ、じゅぷ…んん…あ、む、んっ、んっ、んっ…ん…あんっ、んんんんっ!」 そして、全部飲んでもらって…姉さんに、全部…っ「う、あ、あああああああああっ!」 「ん、んんんんん~っ!」 駄目だ…そんなこと、想像するから…どうしても、その結末を、この目で見てしまいたくなる。 「あっ、あっ、あ~っ…」 「ん…んぅっ、んむ、んんんっ、ん~、んん~っ!」 姉さんの喉の奥に、もの凄い勢いで叩きつけられる、俺の精液の奔流。 そのたびに、俺がびくっ、びくっと震え、姉さんが合わせて苦しそうに目を閉じる。 「んぅっ、ん…んっ、ん………ん~…」 その、苦しそうな表情でさえ、俺には、快感の増幅となり…まだ、何度も、何度も…とどまることなく、姉さんの、口の中に…「あ、あ、あ…あ~っ」 「んっ…んんっ………ん、ぷぅ…あ、んむ…ん~っ、あ、あぁぁぁぁ…」 姉さんの口から、ゆっくりと、俺のものが姿を現す。 今まで、何度も何度も爆発していたのは、全て、姉さんの口の奥。 喉か、口の中かに、俺の、あれだけ出した精液が溜まってるってことだ。 「ん…ちゅぷ…ん、んぅ…はぁ、はぁ、はぁぁ…す、すご…い…仁くんの…姉ちゃんのお口に…すっごく、出したねぇ」 「あ、ああ…その…ごめん…っ」 「ん、ううん…っ。 気持ち、よかったぁ? 姉ちゃんの、お口。 そんなに、良かった、かなぁ?」 「あ、ああ…凄かった…」 「ん…こく…っ、あ、そ、そう…よかった…よかったぁ…あっ、いけない…ん…」 口の端からこぼれそうになった白い筋を、指でぬぐって、また、口の中に収める姉さん。 …めちゃくちゃ、いやらしい。 「仁くんのこれ…こんなに、ねばついて…ふふ…堪能、しちゃった…んっ」 「うあぁ…」 誘ってる…絶対に、誘ってる。 その、舐め上げるような視線。 その、わざとな変態っぽい言い回し。 俺が、全然おさまってないって、口で咥えてて、知ってるから…「どうする…?残りは、帰ってからに、する?」 「こ、この…」 「そういえば、おなかすいてきたでしょ?姉ちゃんは、今、おなかいっぱいになったけどぉ」 なんてあからさまな挑発…俺が、絶対に乗ってくると思ってるだろ?意志の弱い弟だって、笑うんだろ?けど…けど…「ね…姉ちゃん…っ」 「あ、んっ♪」 そんなの…決まってるじゃないか。 ………「あ、や…仁くんの、えっちぃ」 「なにを…今さら」 「ほんとに…すけべなきょうだいだよねぇ」 「うん…ここらへんとか」 「あんっ、あ、や…」 「…さっきから、ずっと自分でいじってたろ?ほら、もうこんなに」 下着が最初から、縦にびっしょり濡れている。 中に指を入れると、手に絡みつく熱さ、ねばりけ。 俺を、激しく誘ってる、女の匂い。 「あ、あっ、あぁ…や、やぁ…」 「我慢できてないの…俺じゃなくて、姉ちゃんだろ?」 「ん、んぅ…あ、あ…それ…ちょっとだけ、訂正なさい…」 「なんて…?」 「我慢できてないのは…お互い様、でしょ?」 「………うん」 さすが姉さん、お見通し。 …っていうか、お互いバレバレか。 「じゃあ、いくよ…」 ストッキングの裂け目から見える下着をずらして、そこに当てて、上下にこする。 そうして、しっくりと止まった場所に、狙いを合わせる。 「うん…来なさいよ。度は、姉ちゃんのお腹のなかに、入れなさい…」 「う、く…っ」 「あ、んっ、あ、あ…あああああっ」 力を込めると…ぐいっとした感触が、俺のモノを包み込み、中へと、導いていく。 「あ、あ、あ…ああああっ」 「あ~っ、あ、あ、あああ~っ、は、はいって…はいってきたぁ…仁くんっ、あ、こんな…やだっ、もうっ…」 一気に奥まで挿入する。 俺の腰と、姉さんのお尻がくっつく。 俺の太股と、姉さんの太股もくっつく。 下半身が、完全に重なり合う。 「うあぁっ、あっ、あっ、あっ…じ、仁くん…っ、あ、おっき…ああっ」 姉さんの腰を跳ね上げるくらいに、ぐいっと持ち上げるように腰を浮かせる。 一瞬、姉さんのかかとが浮いて、身体がびくんと震える。 「や、や、や…そんな、持ち上げないでよ…っ、ね、姉ちゃん…こんなの、はじめてなんだからぁ」 こんなのって…こういう突き方が?それとも、こういう体位が?とりあえず、姉さんが苦しそうなので、最初は浅く、ゆっくり挿入しては出してを繰り返す。 「あ、ん…ああ…そ、そう…最初は、やさしく、ね?」 「う、うん…っ、く、あ…」 俺の視界の真下で、俺のモノが、姉さんのお尻に突き刺さって、抜け出てくるのが見える。 俺が、姉さんのお尻に腰をぶつけるたびに、ぱんって乾いた音と、くちゅって濡れた音が重なる。 間違いなく、俺たちが、エッチして出してる音だ。 「はぁ、はぁ、はぁ…っ、ん、あ、ああ…おなか…仁くんの…出て、はいって…あぁ…っ」 「う、うん…くっ、あ、ああ…すげ…」 姉さんの口の中も絡みついてきたけど、こっちのなかも、ねっとりと絡みついてくる。 入れると、中の肉が寄ってきて、俺のを排除しようとし、出すと、中の肉が引きつって、俺のを逃すまいとする。 「う、あ、く…くぅっ、ま、ま~姉ちゃん…くっ」 姉さんが…俺を、いじめてる。 「ふあぁ…ああ、あんっ、やっ、もうっ、んんっ…あ、あ、あ、あ、あ…あぁぁぁ~、仁くん、仁くぅん」 姉さんの背中に張りついて、胸に両手を伸ばし、キツく掴む。 ぎゅうっていう肉の収縮。 中心で、ぴぃんと張りつめる、勃起した乳首。 「い、たぁっ!? あ、ああ…や、ちょっ…あんっ、い、いきなり…仁くん、もっと、ゆっくりって…あぁっ」 そんなの問答無用で、どんどん姉さんにひっつく。 背中に舌を這わせ、強く吸って、キスマークを残す。 ぐいぐいと前のめりに突き込んで、姉さんの膝ががくがく震えても許さず進んで、壁に押しつけるくらいに責め立てて。 「うあ、うあ、うあああ…っ、じ、仁くん、そんな、乱暴にしない、でっ…ね、姉ちゃん、姉ちゃん…っ」 「嫌? こういうの、嫌?」 「ああ、無理やり、犯されてる…みたいっ…仁くんに、仁くん、がぁっ…あ、あ、あ…っ」 また、姉さんを持ち上げるように、ぐいぐいと突き上げる。 鷲掴みにした胸は、爪を立て、乳首の先を軽く引っ掻き、何かを絞り出すかのように、きつく揉みしだく。 「あっ、はぁっ、はぁぁっ…あ、ああ…仁くん…こんなの、こんな、のぉっ…あ、ああんっ」 背中から肩に、軽く歯を当てて、顎を引き絞る。 乳首を指でつまんで、徐々に力を込めて押しつぶす。 激しく、激しく、何度も何度も突き上げる。 「いあっ、あ、あ~っ!だめっ、だめぇっ…おかしくなるっ…仁くん、姉ちゃんだめになっちゃうっ」 「駄目になって、いいんだよ…俺だけに見せてよ…駄目になったま~姉ちゃん」 なんと懇願されても、やめる気はない。 激しく、激しく、何度でも、何度でも…姉さんを、思い切り犯し、貪る。 「う、くぁぁっ、あ、うあぁぁ…んっ、や、やだぁ…だめぇ…だめだってばぁ…」 だって…いい香りがするから。 姉さんを抱くと、突くと、いじめると…ものすごくエッチな香りが俺を包み込み、そして、誘ってくるから。 『もっと、もっと…いじめてもいいのよ』って…「そ、それだけは…見せられない。くんに、ダメなとこ、なんて、え、あぁっ」 「いいんだよ…ま~姉ちゃんなら…駄目なとこも好きなんだから」 完全につま先立ちになってる姉さんを、更に浮かせるくらいに突き上げる。 もう、身体を支えていられない姉さんは、俺に腰を持ち上げられるまま、ふわふわと揺れている。 それでも俺は、姉さんを突き上げ、乳房を思い切り握りしめ、首筋を激しく吸う。 「や~、やあぁ…やぁぁぁぁっ!あ、あ、あ~っ、あああ…ひぅっ、ん、んん~っ」 壁まで揺れてるんじゃないかってくらいに押しつけて、押し込んで、犯して、犯しまくって。 征服欲と、保護欲が、溢れ出てくるのが止まらない。 このひとを…支配したい。 身も心も、全部、俺のモノにしたい。 そして…このひとを、守りたい。 犯してるくせに、そんな想いが、頭を支配する。 「あ、あああっ、あんっ、くぅっ、ふあぁ…じ、仁、くぅんっ、や、や、姉ちゃん、もう、もうっ…」 「ま~姉ちゃん…俺…姉ちゃんのこと…欲しい」 「う、うん…あげるから…あげるからぁっ…もっと、もっと…やさしく、してよぉ…っ」 「それは…無理。ちゃんのこと、欲しすぎるから」 「う、あ、あぁあ…っ、や、こんな…姉ちゃん、そんなに…っ、ないのにっ、あ、あ、あああっ、あんっ、あんっ…」 いつまでも、いつまでも…めちゃくちゃに、犯して、このひとのこと、壊すくらいに愛して。 いつまでも、いつまでも、俺のものに…誰のものでもない、俺だけの、俺ひとりのための、家族に…………なんて…不埒な考えだろう。 「ひぐぅっ、ん、あ、あ…はんっ、あ、あんっ…仁くん、仁くん…こ、怖い…姉ちゃん、怖いよ…」 「はぁっ、はぁっ、はぁぁっ…だ、大丈夫…俺が、ついてるから」 「仁くんがついてるから…怖いんだよぉっ…と、遠いところ…連れてかれちゃう…仁くんに、めちゃくちゃにされちゃう…っ」 「大丈夫、大丈夫…っ、俺も、ずっと、ついてく。~姉ちゃんと、一緒にいくから」 ぐい、ぐいっと、姉さんの胎内に、強く押し込む。 そのたびに、びくっ、びくって震えが、姉さんのお尻から、俺の腰へと伝わる。 姉さんが…ものすごく、感じてる。 俺に強引にされて、とんでもなく、気持ちよくなってる。 「あ、あ、あぁ…仁くんと…仁くんと、いっしょ…?姉ちゃんと、一緒に…きて、くれる…?」 「ああ、ああ…だから…だから…」 もっと、もっと、姉さんの、お尻にたたきつけて、胎内の奥底に、潜り込む。 姉さんの全身に、俺を巻きつけて、逃げていかないように。 俺のものに、するために。 「あっ、あっ、もう、もうっ…姉ちゃん、もうだめぇ…仁くんに、連れて、いかれちゃう…っ、う、あ、あ…」 いきなり、姉さんの膝がオチて、がくん、がくんって、思い切り力が抜けていく。 「あ、あ、あ、あ…あああああ…あああああっ」 俺は、その腰を、思い切り引き上げて、そして、最後のひと突きを、引き絞る。 「ああっ、あああっ、あああああっ!あああああああああ~っ!!!」 「~~~っ!!!」 俺に、連れて行かれた姉さんが…姉さんの胎内に入ってる、俺のものを、力いっぱい締めつける。 「あああああっ、ああっ、ああっ…は、はいってる…なか、なかにぃっ…あ、あ…」 言ったって止まらない。 姉さんと俺は、一緒に、遠くへと…飛んでいくから。 「ふあぁぁ…あぁ…あああ…あ~…あ~…ひぅ、ひん、くぅん…うぅ、あ、あぁぁぁぁ…」 俺がひとつ射精するたびに、姉さんのお尻が、どくっ、どくって、痙攣してる。 俺の射精を受け入れて、なかに運んでいるんだろうか。 それとも、吐き出してるんだろうか。 「ふ、あ、あぁぁぁ…」 「ひぅっ、う、あ、あ…や…だめっ…仁くん、ちから、ぬいちゃだめ…ぇ…」 がくがくと、二人してバランスを崩す。 もともと姉さんは、俺に支えられてただけで、その俺が力を抜いてしまえば…「う、く、あ…ね、姉ちゃんっ」 「だめっ、だめぇっ…仁くん我慢してぇっ、あ、あ、あ、あ、あ…」 まだ、なかに次々と射精しつつ…「ご、ごめん…ごめんっ」 「う、あ、あ…ちょっ…いやぁっ」 俺たちは、繋がったまま、床に転げ落ちる。 「いたたたた…はぁ、はぁ…っ」 「ご、ごめ…ま~姉ちゃん…っ」 転んだ隙に、俺たちの繋がりが外れる。 「や、やぁ…つめたっ…もう、さいてぇ…」 俺のが抜けた、そこからは、白いものが、とろりと流れ出て、姉さんのショーツと、ストッキングを白く汚していく。 「っ…」 どぷ、どぷっと…まるで、姉さんが射精してるみたいに、こぽこぽ、溢れてくる。 なんて…なんて…とてつもない、いやらしさ。 「酷いよ…仁くん。んな、姉ちゃんのこと、めちゃくちゃにしてぇ」 「ご、ごめっ…け、けど、今日だって言い出しっぺは…」 「姉ちゃんはねぇ…もっと教えたげたかったのにぃ…仁くんったら、どんどんケモノになっちゃうんだもん」 「…悪い」 「これじゃあ、姉ちゃんと弟じゃないよねぇ…」 「いや、その…」 そもそも、姉ちゃんと弟がこんなことしてるのが…「はぁ…どうやって帰ろ、びりびりの、べとべとにされちゃってぇ」 「重ね重ね…」 「仁くん、相変わらず、すっごい出すんだもん。ちゃんはもう、壊されちゃいました~」 「ま~姉ちゃん…」 背中を丸めて、縮こまる姉さんを、後ろから抱きしめる。 俺の姉で、保護者ぶってるけど、抱きしめると、こんなに小さくて…「はふ…仁くぅん…しばらく、そうしてて」 「うん…」 二人とも、事後の脱力感と、満足感に浸りつつ、更衣室の床で、抱きあいながら、ゴロゴロしてた。 曇り空…もうちょっとしたら、雪が降るかもしれない、どんよりした天気。 そんな中で俺は…「ちょっと! うるさいわよ!」 「何にも喋ってないだろ?」 「その、ライターを開けたり閉めたりする音、さっきから気になってしょうがないのよ!」 「あ、ああ、これか…」 俺は、さっきからタバコを口にくわえたまま、ずっと、ジッポーを弄んでただけだった。 けど、それにしても…「この程度の音、聞こえるかぁ?」 「微妙~に聞こえてくるから、余計に気になるのよ」 「部屋で耳を澄ましてないと聞こえない程度だと思うんだが…」 「ほら、可能性があるって認めた」 「………」 部屋で耳を澄ませてたのか、こいつ…「どうしたの? 悩み事?」 「いや、そういうわけでは…」 「最近、よく外泊することに関係あり?」 「………」 「…なるほど」 「ち、違う、違うぞっ!?」 なんて情報を駆使して推測で戦うのが上手い奴だ。 「ま、私には全然関係ないことだけど…」 「その通りだよ…」 「ひいっ!?」 「近所迷惑な騒音まき散らすくらいなら、菓子折持って事情説明に来るのが筋じゃないの?」 「お前の実家、結構下町なのか…?」 それ以前に騒音なんかじゃないし…「で? 何に悩んでるって?」 「いや、だから…」 今まで気づかなかったけど…こいつって、真面目で、融通が利かない上に、お節介?…なんて扱いに困る人間だ。 「タバコ、やめようかなぁって…」 「いいんじゃないの?私はずっと前からそうすべきだと思ってたけど」 「それは…そうなんだけどな」 仕方ないから、ちょっとだけ、相談に乗ってもらう。 まぁ、考えることがない訳でもないし。 「なに? アレ?今の彼女がタバコ嫌いだから、キスもさせてくれないとか?」 「お前、何気にあけすけだな…」 「今さら飾っても仕方ないんだったらね…」 飾った花鳥などどこで見たことが…「別に、嫌いじゃないと、思う」 「え?」 「前の男、ヘビースモーカーだったし」 「それは…また…」 俺が、ここまで話すとは思わなかったんだろう。 からかい半分だった花鳥が、ちょっと静まった。 「酒もギャンブルもやらないし、仕事はできるし、女にモテるくせに、彼女に対しては一途だし…」 「………」 「そんな男の、唯一の欠点、だったかな。日3箱」 彼女が、そう、こぼしてた。 「彼女の前の彼氏のこと、知ってるの?」 「知ってるも何も………これ、やる」 「え…」 ついたての向こうに、手を伸ばす。 その掌の上には、タバコの箱と、ジッポー「うん、決めた…やめる」 「いいの?このライター、高いんじゃない?」 「大した値段じゃないって。れに、そいつがポケットにあると、決心が鈍る」 「………」 「まぁ、そんなもの貰ったところで、花鳥には役には立たんだろうけど…」 「それも、よこしなさいよ」 「それ…って?」 「今、くわえてるやつ」 「…よく気づいたな」 俺でさえ、口にくわえたまま忘れてた、まだ火のついてないタバコ。 「だって喋り方が変じゃない。ら、一緒に捨てといてあげるから」 「あ、ああ、頼む」 最後の1本も、そのまま花鳥の手へと渡る。 これでもう、俺の手元には煙を出すアイテムは一切ない。 禁煙、開始だ。 「最初のうちは大変だろうから、飴でも舐めて誤魔化すのね」 「別に、苦しくなんかない。れで、やっと解放されるんだし」 「え…?」 「それ、実は未だに慣れなくてさ…だから1日1本しか吸えなかった」 「はぁ?」 「最初に吸った時なんかさ、こう、視界が狭まって、景色がぐるぐる回って…吐いた」 めちゃめちゃ咳き込んで、涙が止まらなくて、中学生だってこんな反応しないぞってくらいに、悶えまくった。 「アレルギーでもあるのかもな…」 「ちょっと待ってよ…じゃああんた、何のために今まで…?」 「………」 「それでも、一日一本って…誰も誉めやしないわよ?そんなこと、なんで続けてたのよ?」 「言ったろ?“前の男”がヘビースモーカーだったんだよ」 「な…」 きっかけは、半年前の、あの日。 “あのひと”を、慰めるには、俺では、どうしようもなくて。 だから、借りたんだ。 “前の男”…兄ちゃんの、匂いを。 「これがあれば、身代わりが簡単だったからさ」 「………」 「一日でもやめると、今度必要になった時が苦しいし…だから必ず一本だけ」 半年間…この備えが、役に立たないことを願って。 けど、役に立つことを、期待して…「もう、いいんだ?」 「多分…」 「ふぅん…」 結局、あれから半年間、一度も“あの人”は、“前の男”を求めなかった。 いや、それどころか、今は…「今なら…俺で、勝負できるかな、なんて…」 「ふぅぅん…」 「おい、うるさいぞ」 「この程度の音、聞こえるのぉ?」 「お前な…」 さっき自分が言ったこと、都合良く忘れたフリしやがって…「勝手に頑張れば?」 「え…?」 「勝手に禁煙でもなんでもして、前の男の匂いなんか消しちゃえば?」 「あ…」 「そういう決意、あるんだったら、きっと、上手くいくんじゃない?…私にはよくわかんないけど」 「花鳥…」 イマイチ、機嫌がいい声には聞こえないけど、その内容は、俺を励ますようでもあり。 いつもの、なかなかに素直じゃない人柄を考えると、この発言が、とてつもない好意に彩られてるんじゃないかって、思えるから…「ありがと…」 「っ」 だから俺は、何だかよくわからないうちに、花鳥に、励ましてもらっていた。 ………………「ごほっ、ごほぉっ!」 「…何やってんだ、お前?」 「姉さん、タルトがそろそろやばい」 ショーケースで売り子をやってる由飛からの情報によると、どうやら、タルト系はどれもあと2、3個しか残っていないとか。 「え? そうなの?どうしよう、こっち今手が離せないのに」 姉さんはと言うと、ちょうど今、シューの中にクリームを詰めようとしているところ。 確かに、手が離せる状況じゃない。 ということは…「了解~♪すぐ着替えてくるね」 というわけで、フロアに出ていたかすりさんを呼び戻し、もう一度、キッチンに入ってもらう。 「ごめんね、かすりちゃん…」 「なんのなんの~イートインの方は今お客様少ないから大丈夫」 確かに、今日はやたらとテイクアウトの比率が高い。 「それに、ケーキとなると仁くん役立たずだしねぇ。かき混ぜるしか能がないし~」 「うわ! うわ! うわ!」 「じゃ、3分で早変わりしてきます~それまで頑張ってキッチンを守り抜いてね~」 「や、やかましいわ!」 と、次から次へと頭に浮かぶ罵詈雑言を口に出す前に、更衣室に逃げられてしまった…「ささ、じゃ、あと3分だけ持ちこたえようか、仁くん。麦粉取ってくれる?」 「はいはい、どうせ雑用くらいしかできませんからね~」 「ふふ…何いじけてるのよ。 仁くんは、この上なく役に立ってるじゃないの。 何しろ、店長さんなんだから」 「それは向かいの店を見てると誉め言葉にならないんですが」 「みんな聞いてくれ!さっきボク、ものすごいアイデアを考えついたんだけど」 「あ、店長、すいませんそこどいて」 「おっと」 「芳美は今から休憩に入って。いけど、30分で済ませてくれる?」 「了解です」 「いや、ちょっと…だからみんなぁ…今よりもさらに収益が上がる究極のアイデアが…」 「あ、店長、すいません、今日はお客様が多くて…ですから、隅でじっとしておいて頂けますか?」 「………はい」 「何バカなこと言ってんのよ。くんとあのボンクラ店長を一緒にされてたまりますか!」 「いや、あの…」 一緒にされたくないのはやまやまだが、そこまで言ってやらんでも…「仁くんは、お料理もできるし、みんなの相談にも乗ってあげるし、それに、誰よりも頑張ってる」 「姉さん…」 またはじまった…恵麻姉さんの、『俺びいき』。 「このお店をここまで伸ばしたのは仁くんの力だし、何だかんだ言って、誰もやめずに残ってるのは、仁くんに人望があるからだし」 「いや、それ別に俺だけの力じゃないし…」 この店を伸ばしたのは、姉さんと、里伽子。 それにかすりさんや明日香ちゃんや由飛の力だし。 それに、キュリオだってまだ誰もやめてないし。 根拠もなく俺を誉め倒すのは、姉さんの、結構ある欠点のうちの一つ…「それに…姉ちゃんの、力になってくれてる。けがえのない、力に」 「…姉、さん」 「…誰もいないね?」 「…かすりさんがあと1分くらいで戻ってくる」 「じゃ、1分も二人きりだね?」 「………」 姉さんが、いつの間にか、俺を見上げてる。 気がつけば、カウンターから見えない位置に移動してる。 いつの間に…こんな後ろめたい体勢に?「仁くん…」 姉さんが、ますます体を預けてくる。 胸を合わせ、潤んだ瞳で見上げてくる。 そして、両手は………「その両手、なんとかならんの?」 右手にはホイップ、左手にはシュー。 …明らかにただの仕事中。 「だから、姉ちゃんからじゃこれ以上何もできない」 「…しかもつまみ食いしただろ、姉ちゃん」 鼻の頭にもホイップが。 どういう食い方したらこうなるんだ?「だから次は…メインディッシュ」 俺が何を言っても、やめるつもりはないらしい。 「…ったく、悪い姉だ」 「うん、そうね。い姉ちゃんだね」 「弟はもっと…酷いけどな」 「あ…ん…」 あと…30秒、くらいか…?だったら、10秒くらいなら、安全圏…「あ、む…ん、ちゅぷ…ふ、ぅぅんっ…」 「てんちょてんちょ~!」 「っ!?」 がりっ「~~~っ!?」 「今、フロアに………って、何やってんの?」 と、口を押さえて悶えている俺に、明日香ちゃんが呆然と問いかける。 「い、いや、その………えっと…舌噛んだ」 正確には、噛まれた。 「つまみ食いなんかするから~…あはは~」 正確には、つまんできたのはどっちだよ…「あ、あは、あは、あはは…」 「?」 涙目で睨む俺の視線を思いっきり受け流して、両手だけ合わせて謝っている。 しかし、これ以上追及しても、明日香ちゃんを怪しませるだけだしなぁ。 「あ、そ、それで…フロアに、なに?」 「来てるよ…」 「あ…」 「………」 もう、業者さん? などというボケはかまさない。 里伽子だ…「とりあえず、ダージリンひとつ。んちょ、もってってあげなよ」 「あ、ああ…」 「ダメよ」 「え?」 「恵麻さん?」 「そ、その…こっちだって人手が」 「そのためにわたしがいるんでしょ?い~よ仁くん、行っておいで」 「かすりさん…」 タイミング良く、というか、ちょうど3分というか…かすりさんが、パティシエ服に着替えて、キッチンに戻ってきた。 「お茶ならわたしが淹れたげるから、ささ、すぐにでも行っといで」 「ちょっ、ちょっとみんな…そういう公私混同は…」 さっきまで、その公私混同をしまくってた姉さんが、いけしゃあしゃあと規律を主張する。 「だって里伽子さんだったら、身内みたいなもんじゃないですか」 「だ、だから身内には余計にそういう…あ、ちょっと」 「いい加減弟離れしないと、恵麻さ~ん。、仁くん行っといで」 「………」 正直、里伽子とは話したいことがいっぱいある。 あの、イブの夜に会えなかった時から、なんだか、お互いわだかまりを残したままだ。 あれから色々、お互いの境遇は変わったかもしれないけど、それでも、話さなければいけない気がする。 「仁くん…リカちゃんとは、もう…」 「今ならそんなにお客様いないから、ちょっとの間だったら大丈夫だよ」 「明日香ちゃん!?」 「あからさまに会いに来てるんだから、ちょっとは顔見せるのが礼儀だよ…仁くん」 「か、かすりちゃん…離してってば、ちょっと…」 「姉さん…」 「じ、仁くん…その…」 「ごめん、ちょっとだけ休憩入る。んなもごめん」 「仁くぅん」 「は~い、お疲れさま~」 「恵麻さんのことは任せて~」 「あああああああ~!」 奥から、姉さんの呪詛の声が聞こえてきたけど…でも今は、里伽子と話さなければならないような気がする。 俺は、後ろ髪を引かれる思いで、フロアに…「な、ならわたしも行く~!リカちゃんに注意してくるの~!」 「恵麻さん…二人っきりにしてあげようよぉ」 「そ~そ~、今はちょっと微妙な雰囲気だけどさぁ、元々付き合ってたんだから、あの二人は」 「違うのに~! 今は違うのに~!わたしが~! わたしがぁ~!」 「わたしが、なに?」 「い…言えないけど~! 言えないけどぉ~!でもわたしがぁぁぁ~!」 「明日香ちゃん、そっち押さえて!恵麻さん何かヤバい妄想入ったみたい」 「恵麻さん! しっかりして!大丈夫だから、てんちょは無事だから!」 「う~…ううううう~っ!」 「………」 ………やっぱりキッチンに戻ろう。 だって…後が怖い。 怖すぎる。 ………………「お待たせ、里伽子さん」 「あ、うん、ありがと…」 「それじゃ、ゆっくりしてってね。でかすりさんも顔見せるって」 「あ、あのさ、明日香ちゃん…その」 「ごめん、てんちょ、今ダメだって。んか急な仕事が入ったとかで」 「………別に仁のこと聞いてない」 「そうなの?じゃあ、なに?」 「…モ、モンブラン、追加お願い」 「う~…」 「いやも~この通り! 許して!」 「うぅぅ~」 あの後…終業後、総店長に、自分の部屋に呼び出され…「ほら、私語だって慎んだだろ?何も喋らなかったじゃん」 「姉ちゃんはね…仁くんの行動をとやかく言ってるんじゃないの。の問題についてなの」 「う…」 こうして、たっぷり油を絞られてる。 「もう一度確認するわよ…仁くん、リカちゃんのこと、どう思ってるの?」 「それは…」 「前からずっと好きだったことは知ってる。 それは、言わなくていい。 でも…今の気持ちは、どうなの?」 「今は………なんと言えばいいのか、その…」 「じゃあ、好きか嫌いかのどっちかで言うと?」 「そりゃ…好きだけど」 「約束、すっぽかされたのに!?告白しても、返事もくれなかったのに!?」 「ちょっ、ちょっと…」 「あんなに傷つけられたのに、それでも、まだ好きなの?」 「いや、その二択だったらそうじゃん…嫌いなわけないんだからさぁ」 「う…」 自分でも言い過ぎたことに気づいたらしい姉さんが、気まずそうに口ごもる。 ファミーユの創設メンバーである里伽子。 ずっと、俺や姉さんの、参謀でいてくれた里伽子。 俺だけでなく、姉さんだって、ずっと頼りにしてた。 「あんないい奴を、嫌いになんか、なれるもんか」 「仁くん…」 姉さんは、俺をひいきするあまり、俺の敵を、敵とみなす傾向がある。 だから、俺は里伽子を嫌いにならない。 俺以外の、古くからの友情を、壊したくないから。 もちろん、それがなくたって、里伽子を嫌いになれるわけがないけど。 「じゃ、じゃあ、その…比較論で行こう。カちゃんと…」 「ま~姉ちゃんの方が好きだよ」 「~~~っ!」 質問を先読みされた姉さんが、面白いくらいにうろたえる。 「ま、当たり前だけどね。供の頃から、ずっと好きだし、今は、もっと好きだよ」 「あ、あのあのあの…じ、仁くんっ!」 「ん…」 「姉ちゃん、絶対に仁くんを放っておかない。緒に居てって言われたら、ずっと側にいる!」 「うん…ありがと」 「して欲しいことあったら遠慮なく言いなさい。くんの好きなこと、なんでもしてあげるから」 「そこまで言わなくていいよ。ちゃんは、姉ちゃんのままでいてくれたら…」 「これが、本当の姉ちゃんなんだもん…」 「姉ちゃん…」 姉さんが、ゆっくり顔を寄せてくる。 ちょっと弟に甘えたこと言われただけで、すぐにメロメロになって、何でも許してしまう姉。 “本当の姉ちゃん”ってのは、なんて、甘美で、退廃的なんだろう。 「ふ…ん…ちゅぅ…ん、あ、んむ…」 「ん…んぅ…あ、あむ…」 機嫌を直しさえすれば、姉さんは積極的だ。 自分から舌を絡め、濃厚なキスを仕掛けてくる。 「は、む…んっ…じ、仁くん…仁くぅん…ん、んむ…」 「あ…ふ、んっ…ちゅ…んむ、んぅ…」 「ん、ん、んぅ………あ、ん?」 「どしたの?」 「仁くんの味…なんか、変わった…」 「あ…」 あれから一週間…もう、効果が出始めてきたか。 「なんか…苦くなくなってきた。慣れたのかな?」 「ま~姉ちゃんは相変わらず甘いけどね…ん…」 「ふ…んっ…ん、ぅ…あ、あむ…んふぅ…」 相変わらず、ケーキの味がする唇。 職業上、あまり化粧っけがないのに、艶のある肌は、甘くて、いい匂いがする。 「は、はぁ、はぁ…じ、仁くん…こらぁ」 俺のオイタに、額を指でつっついて叱る姉さん。 もちろん、そんな仕草は、全然叱ってるようには見えない。 「タバコ…やめたんだ」 「あ…」 「そろそろ、一週間になるかな」 「…ごめんね」 「なんで姉ちゃんが謝るの?」 「仁くんがそれ始めたのって…あの時から、でしょ?」 「違うよ…」 「嘘」 「いや、本当に。 大学入ってすぐ始めたんだって。 で、そろそろ健康のこと考えて…」 「嘘ばっかり…一人さんの匂い、背負ってくれてたんでしょ」 「………」 半年前…兄ちゃんの建てた家が灰燼に帰した日。 帰るところのなくなった姉さんを、俺は、自分のマンションへと連れ込んだ。 高村の両親が、後かたづけでこっちに現れた時も、俺が二人と話して、姉さんは、保険会社との交渉にも、姿を現さなかった。 だって…とても他人に会える状態じゃなかったから。 「あの時…姉ちゃん、どうかしてたから、色々と仁くんに変なこと、求めちゃったよね?」 「住むとこ失ったんだから当たり前だって。う、気にするなよ」 「自分が何を言ったか、少しだけ覚えてる。当に、酷い女だった…」 「………」 「仁くんに…一人さんの代わりをさせたのよね?」 三年前…兄ちゃんを失った直後でさえ、そんなことは言わなかった。 でも…a今は…結婚当時の10倍は好き失った後も、想いはどんどん増幅し…だから、思い出を失ったことで、兄ちゃんは、『絶対に勝てない相手』になった。 でも俺は、それでも姉さんの側にいたかったから…兄ちゃんになりすます、一番簡単な道具を使った。 兄貴と同じ顔で、兄貴と同じ匂いのする俺に、ようやく安心した姉さんは…俺の手を握ったまま、やっと眠ってくれた。 三日間、ずっと眠っていなかった、いつもは寝ぼすけの姉さんは、そのまま、丸二日間、眠り続けた。 俺は、その二日間のうち、1分程度しか、彼女の手を離さなかった。 「ごめんね…」 「謝らなくていいってば。は、嬉しかったんだから」 「どうして…?」 「姉ちゃんが、俺を頼ってくれたこと。ちゃんが、兄ちゃんを忘れてなかったこと」 「………」 「だからあの時は、喜んで兄ちゃんの代わりになった」 「仁くん…」 「ま~姉ちゃんだってこの前、俺のこと、慰めてくれた。里伽子の、代わりに」 「違う…あれは」 「違わないって。 俺たち、きょうだいなんだもん。 お互い慰めあったって、いいじゃん」 「あのね? 姉ちゃん、本当は…」 目の前に、姉さんの潤んだ瞳。 「でも今は、半年前の俺とま~姉ちゃんじゃない…よね?」 俺のこと、俺だって知ってて、俺の求めに応じてくれる。 キスをしてくれる、身体を許してくれる。 そして…心だって、きっと。 「仁くん…仁くぅん…」 姉さんの唇が、軽く俺に触れる。 それが、答えだって…言葉よりも、想いの伝わる行為。 「姉ちゃん…もう、考えられない。くんが側にいないこと、考えられないよぉ」 「うん…俺も…っ」 「この気持ち、伝えたい…みんなに、知ってもらいたい」 「ま~姉ちゃん…」 「もう、隠すの嫌だぁ…姉ちゃんは、仁くんが好き。 仁くんも、姉ちゃんが好き。 それの、どこが悪いの?」 「………」 「かすりちゃんも、明日香ちゃんも、由飛ちゃんも…みんなまだ、仁くんはリカちゃんが本命だと思ってる。うのに…そうじゃないのに…」 「それは、その…そうだけど…」 「だったら…」 「まだ…早いよ。たち、ずっと“きょうだい”で通ってるんだからさ」 「でも、みんな知ってるのに…姉ちゃんが仁くんのこと好きなの、知ってるのに」 「それは弟として、だろ。の関係知ったら、店のみんな、やっぱり、驚くと思う」 「………」 仲の良い姉弟。 ダメっぽく甘やかしまくりの姉と、その姉に逆らえず、甘やかされまくりの弟。 みんなが知ってるのは、そこまで。 その先を告げると、みんなとの関係が、ギスギスしたものになるかもしれない。 それは、ファミーユを盛り上げていく上で、あまり、好ましいことじゃない。 「もうちょっと…我慢しようよ、俺たち」 「もうちょっとって…いつまでよぉ。つまで、よそよそしくしてなくちゃいけない?」 「いや、今でも十分よそよそしくないから」 「でもこれからは、今日みたいにキスするの、ナシってことでしょ?」 「だってやばかったじゃん、あれ…」 明日香ちゃんにバレてたって、全然不思議じゃないタイミングだった。 俺も、結構ハマってきつつある。 だからこれは、自戒でもある。 だって俺たちは、姉弟で、しかも総店長と店長なんだ。 自ら、店の風紀を乱しちゃいけない。 「でもそしたら、これから、お仕事中に、仁くんにキスしたくなったら、どうすればいいの?」 「ならないのが理想だろ…お互い」 「無理よぉそんなの。体何年間溜め込んだと思ってるの…」 「え? なに?」 「…解禁日は?」 鮎か、俺たちは。 「もうちょっと、待ってよ。の俺じゃ、まだ、ま~姉ちゃんを背負えない」 「仁くん…」 「ファミーユが軌道に乗って、俺も、ちゃんと社会に出て、まず自分を支えられるようにならないと…」 「………」 「俺さ…ま~姉ちゃんの、力になりたいんだ」 「仁くんは…姉ちゃんの、宝だよ。くさんの力、くれてるよ? ん…」 また、唇に触れてくれる。 何度も、何度も、軽いキスを交わしあう。 「あ、ん…」 「ん、ちゅ…仁くん、仁くぅん…あ、んむ…んちゅ…ぅぅ…あ、あ…」 「ちょ…ま~姉ちゃん、話、聞いて」 「あ…」 頬を挟み込む両手を引きはがす。 姉さんが、せつなそうな表情で見つめる。 でも、ハッキリしておかないといけない。 ただ、流されるだけじゃ、ただの逃避だから。 「そういう意味じゃなくて…もっと、こう、直接的に…姉ちゃんを、支えられるように、なりたい」 「仁くん…いいよ、そんなこと…姉ちゃんは、仁くんが側にいるだけで、ね?」 「俺…頑張るから。つか必ず、ま~姉ちゃんを支えてみせる」 「いつかって…?」 「その、俺、目標を立てた」 夢を。 姉さんと、一緒に、夢を見たいから。 「目標…?」 「本店を、もう一度、建て直す。ちゃんの、思い出を、取り返すよ」 「………」 「もともと俺たちが、ブリックモールに来たのは、それが目的だった…」 去年まで、その場所にあった、一軒の喫茶店。 兄ちゃんが作った店。 姉さんが守った店。 俺たちみんなが、ない知恵を振り絞って、あそこまで育てた店。 「だから、取り返す。ちゃんと兄ちゃんの思い出を、なくさないように」 「っ…」 姉さんが、辛そうな表情を見せる。 「ま~姉ちゃん…?兄ちゃんのこと思い出して、辛いの?」 「違うの…そうじゃない」 「じゃあ…?」 「ただ…それは、仁くんが頑張らなくてもいいこと。ちゃんが…整理をつければ済むことだから」 「いや、俺が頑張らないといけない」 「仁くん…」 「俺の、大好きな人たちのために…兄ちゃんと、ま~姉ちゃんの、ね?」 「………」 兄ちゃんの思い出を、逃げずに、真正面から受け止める。 それこそが、これから、姉さんと一緒に歩むことへの、唯一の道だと、そう思うから。 「で、さ…本店を取り戻したら、そしたら…」 やっと俺は、姉さんを守る資格を得る。 姉さんの隣で、兄ちゃんの代わりじゃなくて。 高村仁なのか、杉澤仁なのか、わからないけど、高村恵麻か、杉澤恵麻と一緒に…「………いつ?」 「え?」 「本店は…いつ、戻ってくるの?」 「それは…そうだね。んとか、3年くらい先には…」 「3年…」 「夢じゃないよ。のウチの売り上げ知ってる?」 最近だと、かなりの右肩上がりを記録してる。 そろそろ人員を増強しないと、追いつかない規模になりつつある。 「俺、頑張るから。つか必ず、戻ろう? あの場所へ」 「………」 「そして、それが叶ったら…」 「仁くん…」 晴れて、姉さんを、俺の…ただ、慰めあうだけの関係じゃなく、俺が、自分の力で、支えていけるような…「姉ちゃん…ま~姉ちゃん…っ」 「あ…あ…っじ、仁、くん…」 ………その日も、姉さんは、俺の腕に抱かれて、何度も、何度も、イってくれた。 ……でも…どこかが…虚ろに見えた。 その正体は、ずっと、掴めないままだった。 「いらっしゃいませ。一人様ですか?」 「あ、いや、待ち合わせで…あ、あそこ」 「あ、はい、かしこまりました~」 店内を見渡すと、すぐにその姿は見つけられた。 すぐに、彼女のいる奥のテーブルを目指す。 「…待たせた」 「別に…呼び出したの、こっちだし」 目的の彼女…里伽子は、俺の顔を見ずに答える。 目の前のコーヒーは、もう湯気を立てていない。 実は結構、待たせてたかもしれない。 ………里伽子から電話があったのは、1時間ほど前。 ちょうど、いつもの休日のように、姉さんのマンションの呼び鈴を押そうとしていたとき。 でも、俺はすぐに駅に引き返して、里伽子がいるっていうこの場所を目指した。 だって…今、会っておかなければ、二度と会えない…そんな、強迫観念に駆られたから。 「こちら、おしぼりの方どうぞ」 「あ、ども…何か食うか?遅刻したからおごるぞ?」 「食べてきたから」 「そっか…あ、俺、えっと…ハンバーグセット。リンクはコーヒーで、最初に持ってきて」 「はい、かしこまりました。ばらくお待ち下さいませ」 俺の注文を受けた店員さんが奥に消え、やっと、二人が見つめあい…「………」 「………」 そして、いきなり言葉に詰まる。 ………何しろ、じっくり話すのは、あの時以来だ。 あの、去年の、大学前のバーでの…それ以降、色々あって、結局まともに話せなかった。 「…久しぶりだね」 「ああ」 「………」 「………」 そして、また言葉に詰まる。 ………二人とも、負い目を持ってるから。 里伽子は、約束の時間に、約束の場所に来なかったこと。 俺は、その後、店まで来てくれた里伽子を、ほとんど追い返すような形で放置してしまったこと。 そして…あの時とは、状況が、激変してしまっていること。 「ごめんなさい」 「え? 何が?」 「約束、すっぽかしたこと。い中、待ちぼうけ食らわせて、ごめんなさい」 「あ、ああ…そのことか」 自分の負い目の方にばかり頭が行ってて、そのことをあまり考えられないでいた。 二月前にふられたばかりの女に謝られてるのに…「いや、気にしてないから」 「気にして………ないの?」 「あ…いや、そうじゃなくて…あの…」 まずった…気にしてないってのも失礼な話だよな。 告白して、ふられたってのに。 「だ、だってあの日、里伽子、帰省してたんだろ?だったら、仕方な…」 「してなかった」 「………」 「こっちに、いた。分の意志で、待ち合わせ場所に行かなかった」 「そりゃ…あんな寒い場所を指定した俺が悪い。る気、なくなるよなぁ」 「近くまで、来てた」 「………」 「駅ビルの喫茶店で、閉店まで時間つぶしてた。が待ってるの、見えてた…」 「なら…なおのこと、それでいいじゃんか」 「………」 「お前は、俺のこと好きでも何でもないから、あの場所に行かなかったってことで…いいじゃんか」 「ごめんなさい」 「さっき言ったよな…気にしてないって」 「………」 「………」 そうして、みたび言葉に詰まる。 ………里伽子の言葉は、俺に、忘れていた痛みを思い出させる。 せっかく、姉さんに塞いでもらった傷が、じくじくと、開きかけてくる。 『なら、何でまた俺の前に現れた?』『二度も振っておいて、まだ友達でいたいってか?』『何年、生殺しを続けさせるつもりなんだ?』「怒ってないよ。 もう気にするな。 今まで通りで、いいだろ?」 「仁…」 言える訳、ないよなぁ。 みっともない。 「ハンバーグセットお待たせしました」 「お、来た来た。じゃ俺、いただくぞ?」 「ん…いいよ」 ちょうどいいタイミングで話が途切れた。 食おう。 無我夢中で、食おう。 そして後は、適当な世間話で流して、今まで通りの関係に、戻ろう。 それでいいんだろ…里伽子?………………「仁…」 「んむ?」 わざと話し掛けられないよう、がっついて食ってたけど、いい加減お腹が落ち着いてきた頃を見計らわれた。 きっと、さっきからずっと、機会をうかがってたんだろうなぁ。 「恵麻さんと、何かあった?」 「…何もないぞ」 「………」 「………」 「急に、箸が止まったね?」 「腹いっぱいなんだよ」 「すごい汗だよ?」 「料理が熱かったんだよ」 「………」 「………」 「はい、ハンカチ」 「…悪い」 素直にハンカチを受け取り、額を拭う。 …なんだ、この汗は?30秒前までは、一滴もかいてなかったのに。 「そういう…ことね」 「その、説明もせずにわかったような口を聞くのはやめてくれ」 「恵麻さんに…慰めてもらった?」 「漠然とし過ぎてて何を聞きたいのやら…」 「…抱いてもらった?」 「…何もないって言ったよな?いい加減、しつこいぞ」 「………」 里伽子は…謝らなかった。 自分が待ち合わせに来なかったことを、何度も、何度も、謝っていた奴が。 話が姉さんのことに及ぶと、まるで感情を凍らせたように、俺を冷ややかな目で見つめる。 「もう一度聞こうか…?」 「どういうつもりだよ…」 「抱いてもらった?」 「里伽子!」 俺の怒鳴り声に、周りのお客様が、何事かとこちらを見る。 睨む俺。 平然とその視線を受け止める里伽子。 凍る、時間。 ………俺には、わからない。 どうして里伽子が、急に牙を剥いたのか。 拒絶した男の、その後のことを、どうして、そこまで追及するのか…それが、酷いことだって自覚してるのか…全然、わからない。 「そんなに、知りたいか?」 「………」 それでも、どうやら流してしまうことは許さないらしい。 ここで決裂してしまうと、俺と里伽子は、もう、友達でさえいられない。 決裂を、望んでる?もう、中途半端な関係なんか、いらないってことか?「………」 「………」 そうかよ…「なら、話してやるよ…」 「う…うん…」 もう、いいんだな、里伽子。 もう、友達でいることも、許してくれないんだな。 「里伽子にふられたあと、姉さんのとこに行った。人で、クリスマスパーティ、やった」 「ふってなんか…」 「俺が落ち込んでたから、姉さんは優しかった。然だろ? 俺たちは家族なんだから」 「家族…だから…じゃない」 「あとは………お前の想像してる通り」 「っ…」 「納得…したか?」 「………」 里伽子は、また、視線を外す。 知りたかった情報が、予想通りの形で手に入ったのに、何が、気に入らないってんだよ。 後は、はいさよならって、さっさと席を立つか、それとも、嫌味にも『おめでとう』とでも言ってくれるか、しないのかよ。 「つまり、さ」 「ん?」 「仁には…最初から、帰るところ、あったのよ」 でも、里伽子の反応は、そのどっちとも違ってて…「…どういう意味だよ?」 「あたしがどうとか、関係ないの。局、最後は恵麻さんに行き着くってこと」 「いや、そりゃ…違う、だろ?」 歴史にIFはないって言うけれど…もし、あのイブの夜、里伽子が、俺のところに来てくれたら…結果は…違ってた、と、思う。 俺が落ち込んでいなければ、姉さんは、禁忌を踏み外すことも、兄貴を裏切ることもできなかったはず。 「半年前から決まってたの」 「半年前…って」 あの、火事の後のこと…?「あのとき、仁は恵麻さんを選んだの」 茫然自失の姉さんを、俺の部屋に置いて、一週間、面倒を見ていたこと…?けど、あれは…「そりゃ…選ぶとかそういう問題じゃないだろ?家族なんだし、助け合うのは当たり前だろ?」 「選んだの…」 「里伽子…違う。の時は仕方なかったんだって」 「ま、いっか。っちにしても、もう、昔のことだし」 「お前…まさか…」 俺を拒絶し続けるのは、あの時のことが引っかかってるから…?「ごめん、ちょっと意地悪した。んか、あんまり落ち込んでない仁が癪でさ」 「里伽子…」 俺が、姉さんの元へ行ったのは、里伽子に、拒絶されたからだけど…じゃあ、里伽子が俺を拒絶したのは、俺が、姉さんを選んだからだとすると…?どっちが、先なんだよ、それって…「祝福、しないとね。体、それだと、あたしが二人を結びつけたってことになるんだから」 「………」 「子供の頃からの夢…かなったね?色々と回り道したけど、たどり着いたね」 「………」 「仁、その…だから…えっと…」 「………」 「要するに…何が言いたいかって言うと…」 「里伽子」 「っ!?」 「ほら、ハンカチ」 「え…?」 それは、さっき里伽子が、俺に貸してくれたもの。 でも、今必要なのは、俺じゃなくて…「目元…拭けよ」 「なんで…?」 「なんでって…」 なんなんだよ…「あれぇ…?」 その、目からぼろぼろと零れてるものは、一体、なんなんだよ。 それって、あからさまに逆だろ。 お前は、その台詞を言う表情を、履き違えてるだろ。 「里伽子…」 「ち、違う…これ違うから…」 ハンカチを受け取ろうとしない…泣いてることを認めようとしない里伽子を見かねて…里伽子の目からこぼれるしずくを、拭き取る。 「あたしは…違うってば。んたと恵麻さんを、祝福してるんだから」 「…ありがと、里伽子」 「祝福、するよ…する、するから…う、うう…っ、ちょっと…待っててよ…」 「………」 『訳、わかんねえよ』『泣きたいのは、俺の方だよ』『どうして、揺り戻そうとするんだよ。 俺を振り回して、お前、楽しいかぁ?』「とりあえず、落ち着け」 「仁…ごめん、ごめんね」 言える訳………ないよなぁ。 ………………「先に…開けちゃうぞ…仁く~ん」 「ふああ…」 「これで84回目よ…ファミーユのえらい人」 「う…す、すみません」 午前中の、ちょっとだけ暇な時間帯なだけに、よけいに眠気が染みる。 「最近、木曜になるといっつもこの調子…一体お休みの日に何やってるのよ?」 「えっと…」 「………」 「見てらんないわね…顔洗ってきたら?」 「ん…ちょっと、そうさせてもらうわ」 頭がぼうっとしたままだと、上手く卵がかき混ぜられないしな。 …どうやら思考も眠ってるみたいだし。 「う~…」 暦の上ではもうすぐ春とはいえ、冷水で直接顔を洗うとクるなぁ…「はい、こっち向いて~」 「んぷっ!?」 顔を上げた途端、いきなり顔に、乾いた布の感触。 そして、そのハンカチを優しく押しつけて、水滴をぬぐい取ってくれるのは…「はい、綺麗綺麗。スッキリした?」 「ね、姉さん」 「ん?」 「この前言ったじゃん…あんま、こういうことは」 「誰もいないってば。ら」 「…俺の後追って抜け出してきただろ?そういうの不自然だって」 「む…」 特に、かすりさんにとってみれば違和感バリバリだろう。 姉さんが、いきなり俺の後を追って、キッチン抜け出したとあっては。 まぁ、今まででも結構そうやって甘やかしてきたことが、カモフラージュになってるのが救いだけど。 「だからほら、戻ってよ。 でも、嬉しかった。 ありがとう」 「うう…最後にフォローを忘れない辺りが、卑怯よね、仁くんはぁ」 「…行った行った」 俺もちょっとあざといかと思ったが、姉さんをあしらうには最適なんだもん…「それじゃ、もう行くけど、最後に一つだけ質問」 「…なに?」 やっぱりそれか。 ちょっとは覚悟してたけど…「昨日、来なかったね?」 「ごめん…」 「あ、ううん、責めてる訳じゃないの。当よ」 最近は、休日ごとに、姉さんの家に行ってた。 夕食と、デザートと、お酒を一緒に楽しんで、それから、夜通し愛し合って、そのまま出勤。 要するに、そういう訳だから、毎週木曜日は、結構寝不足だったってこと。 「せっかくマドレーヌ焼いて待ってたのに…一昨日のときは来るって言ってたのに」 「責めてるだろ」 「あ、ごめん、つい本音が…」 でも、今週の木曜日…すなわち今日は、同じく寝不足ではあるのに、いつもと理由が違ってた。 「改めてごめん。日はちょっと急用が…」 「姉ちゃんのごはんが食べられないくらいの?姉ちゃんの顔見になんか来れないくらいの?」 「ぐ…」 「あ、いえ、違うの。めてる訳じゃないのよ、責めてる訳じゃ…」 ぜって~嘘だ。 「本当にごめんって…今度埋め合わせするから」 「埋め合わせって…今夜?」 「わかった、帰り寄る」 「わ」 俺の、その言い訳一つで、おかしいくらいにぱぁっと明るい表情になる。 「ごはん食べてくよね?お風呂入ってくよね?…泊まってく、よね?」 「…ん。うする」 「わ、わ…」 我が姉ながら、可愛いな…本当なら、そう評する歳じゃ…いやいや!可愛いものは、掛け値なしに可愛いんだから、しょうがないだろう。 「それじゃ、今日、頑張っちゃおうね?すぐに夜になるよう祈っててね?」 「祈って時が早く過ぎるなら、俺は神に背いてもいい。日は48時間あっても足りないぞ~」 「あはは…じゃ、ブレンド淹れとくから。く戻っておいで」 「うん…」 これでいい。 昨夜、行けなかった理由…話さないと。 多分、時間のない仕事中に話すと、今の姉さんじゃ、ややこしいことになる。 時間をかけて、噛んで含めて説明して…ときには、いつもの卑怯な懐柔策も使って。 そうして、わかってもらおう。 今は、姉さんを一番愛していることを。 ………………「仁くん! 仁くん仁くん~!」 「仁くんは一回」 「仁くん!」 「なんだよ?」 「リカちゃん泣かせたって本当?」 「ぶっ!?」 「深夜のファミレスで逢い引きしてたって本当?」 「朝まで一緒だったって本当?」 「お、お、おい…なんで?なんでぇ!?」 ここまでガセっぽい噂なのに、どうしてどれもこれも正しい情報なんだ!?「み…見てたの?」 「かすりさんから聞いた」 「由飛ちゃんから聞いた」 「玲愛ちゃんから聞いた」 「主犯を特定させないやり方かよ!」 「で?」 「真偽のほどは?」 「仁の裏切り者~」 「いやお前と何約束したよ?」 「ああっ!?」 「誤魔化さない」 「ひどいよてんちょ…里伽子さん可哀想」 「いや、だからそれは話せば長く…」 て言うか、俺だって泣きたい…周辺事情を知らずに、あの光景だけ見たら、そりゃ、明らかに俺が悪くて、しかも修羅場だ。 …いや、半分以上は合ってるかもしれんけど、でも、避けて通れない道だったんだ。 「えっと…後で説明するから。にかく今は仕事中!」 「てことは、続きはキッチンでね。ら、明日香ちゃんと由飛ちゃんは散った散った」 「ああ~!」 「土壇場で裏切った~!?」 「いや、誰がそんな…ってより!それ、姉さんには言うなよ?」 「え…?」 「ちょっと事情があって…今だとややこしい話になるからさ」 「………」 「………」 「頼む。情は後で話すから」 「あ、あはは…」 「あはははは…」 「ひ…仁…」 「おい…」 なんて嫌な反応を返すんだ、みんな…?もしかして…?そういえば、さっきから…「姉さん…は?」 「えっと………さっき帰った。に気分が悪くなったって」 「………」 「………」 「………」 「その…つかぬことを聞くけど…帰る前に、何か変わったことは…?」 「えっと…」 「…顔色悪かったかも」 「わたしたちと今の話、してたら、急に真っ青になったかも…」 「………」 まずい…最悪。 ほんの数時間、行き違った。 ………「姉ちゃん…」 ………………「…と、いうわけで。店長は、本日も体調不良で休みます」 「………」 「………」 「………」 「ですから今日も、昨日同様、忙しくなりますが、みんなで力を合わせて頑張りましょう。は、解散」 「待ちなさい」 「さ~皆さん今日も張り切って~」 「てんちょ…」 「ささ、お喋りしてる暇なんかないぞ~というわけでボクは仕込みなぞを~」 「そこ座る」 「はい…」 由飛の指差した場所は、椅子ではなく、床だった…………………「これで三日よ?」 「う、うん…」 「なんでリカちゃん泣かせたら、恵麻さんが仕事に来なくなるのよ?」 「いや、そこに相関関係を見出さないで…」 「そんなこと言ったって、それしか考えられないじゃん」 「色んな意味で興味津々…じゃなかった、五里霧中」 今、ちらっと本音が出たような…「ねえ、仁くん。 正直に話してごらんなさい。 そうすればわたしたち大概のことは怒らないから」 そう言っておいて事実を知ったら烈火のごとく怒るのが、この殺し文句の恐ろしいところだ…「最近の恵麻さん、ちょっと変だったもんね」 「上を見上げてニヤニヤしてたかと思えば、急にどよ~んと落ち込んだり、自分の頭ぽかぽか殴ったり…」 「そんな愉快なことまで…?」 姉さんも、俺との新しい関係で、色々と悩んでたのか…まぁ、そのリアクションが常軌を逸しているというのはさておき。 「で、何があったの?あんたと恵麻さんとリカちゃんとの間に」 「………」 「昨日今日じゃないよね?今年に入ってから、三人ともちょっと変だったもん」 「分厚い雲に覆われてたかと思ったら、その隙間から桃色っぽい雰囲気が立ち込めてたり、なんかこう、ふわふわどきどき?」 「お前の言ってることの方がかなり変だ」 「あ~、由飛ちゃんは黙ってて」 「え~?わかりやすい表現だと思ったのになぁ」 相変わらずの天才っぷりだ。 「で、仁くん…喧嘩の原因は?」 「それは…って喧嘩だなんて言ってない!」 「里伽子さんと何かあったんでしょ?恵麻さん泣かせるくらいなんだから。二人の間に進展があったとか?」 「それってお姉さんの反応としてはダメダメなんじゃ…」 「しょうがないじゃん。麻さんって、パティシエールとしては超一流だけど、姉としては三流もいいとこなんだから」 「あのねぇ…」 俺の姉さんを侮辱するな…と、言ってやりたいけど、どうすれば論破できるのかイメージできない。 「で…?」 かすりさんが、もう一度、俺を見つめてくる。 その、全てを探り出そうとする瞳を、俺は…「ごめん…」 やっぱり受け止め切れなかったりして。 「ヘタレねぇ」 「ヘタれてるね」 「玉虫色っぽい態度…」 なんと言われても、俺だけの判断で言えることじゃない。 ずっと、言いたがってた姉さんにだって口止めした、二人だけ…いや、三人だけの秘密…下手なバラし方をすれば、この店の存続の危機だ。 「なんとか説得するから。 近いうちに復帰してもらう。 絶対」 些細な誤解が積み重なって、ヘソを曲げてるだけだ。 話し合えば。 ちゃんと、正しく気持ちを伝えられれば。 そうすれば、姉さんは、ちゃんと戻ってきてくれる。 「だからここは俺を信じて、任せてくれないか?」 「…どうする?」 「信じて任せてたら今の状況を招いたって、自覚してるのかなぁ?」 「ぐぅっ…」 「明日香ちゃん容赦ない」 女三人集まれば姦しいというが…まさか、毒舌まで増幅されるとは思わなかった。 しかし、ここは折れるわけにはいかない。 なんとしても、元の状態に…姉さんの機嫌を取って取って取りまくって、何とか誤魔化してお店に戻ってきてもらわないと。 ………俺って…弟として三流以下?「わかった…今回だけは、仁くんに任せよ。? みんな」 「かすりさん…ありがとう」 「でもいいのかすりさん?恵麻さんがいない間、一番キツいのかすりさんだよ?」 「大丈夫だいじょぶ。ら、ここがオープンしたての頃は、わたし一人でやってたんだしさぁ」 「あの頃はあまり評判よくなかったから、このお店」 「………」 「………」 「………」 真の天才らしく、場の空気すら読めない奴…「仁くんっ!」 「は、はいっ!?」 「あと3日待ってあげる!その間、あんたはここに来なくてもいい!だから、だから…」 「か、かすりさん…?」 「なんとしても恵麻さんを連れ戻して来~い!それができないようじゃ、この店の敷居は二度とまたがせないと思いなさ~い!」 「あんた…やっぱりあのお父さんの娘だよ…」 ………………「杉澤さん?すいませ~ん、お花の宅配便ですが~」 ………「杉澤さ~ん、杉澤さ~ん!弟さんが交通事故で危篤だそうですよ~!」 ………「…ホントにいないらしいな」 これだけクリティカルな嘘でも反応しないところを見ると、居留守を使ってるわけでもなさそうだ。 …しかし、我ながら極悪なネタだなぁ。 「ねえちょっと! それ本当!?杉澤さんの弟さんが事故ですって!?」 「あ…」 「あれ? 確かあなた…」 「え、えと………いつも姉が世話になっております」 「………」 「えっと…実は弟がもう一人いるって言ったら信じます?」 「………」 世間体悪っ!?………………「え…?」 「そう、弟さんにも何も言わずに…そりゃ心配よねぇ」 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ…それって、一体どういう事ですか?」 「いえねぇ、偶然、ここで鉢合わせしたときに、随分と大きな荷物持ってるものだから…」 姉さんは…三日前から、ずっと帰ってきていない、と、隣の安田さん(36歳主婦)は、教えてくれた。 「『ご旅行ですか?』って聞いたのよ。うしたら…」 姉さんは一言、こう言ったそうだ。 『ええ…ちょっと主人のところへ』「………」 「ご主人、いつも見かけないけど、いつもは単身赴任でもしてらっしゃるの?」 「え? え、ええ、まぁ…」 確かに…単身で逝ってしまった。 「そう、やっぱり。 それじゃあ、そちらへ行ったのね。 しばらくは帰ってこないかもしれないわね」 「………」 そっちに行ったって…どこに行ったんだよ…?「…?」 ………………「兄ちゃん、どういうことだよ…」 と、問いかけようにも、兄貴までここにいない。 それは、亡くなってしまったからとか、そういう意味だけじゃなくて…「どうして…」 位牌が、なくなってる。 父さんと母さんの位牌は、ちゃんといつものところに鎮座してるのに、兄貴のだけが、なくなってる。 「俺の…せいか?」 俺が、はっきりしない態度を取ったから?俺が、姉さんに内緒で、里伽子と会ったから?だから姉さんは、自分の根っこを思い出したのか?本当に、愛してる人を、再確認したのか…?でも…でも…だからって…兄貴のとこって…どこだよ!?………………「さ、どうぞ…」 「………」 「食べなよ…昨日から、何も食べてないじゃん」 「………」 「俺のオムレツだよ?ちゃんとチーズだって入ってる。さんの大好物だよ? しかも出来たて」 「………」 「食えよ!」 「っ…」 「ごめん…でも、本当に、食べてくれ。れで姉さんにまで倒れられたら、兄ちゃんになんて言やいいんだよ…」 「一人…さん」 「大丈夫、大丈夫だって…兄ちゃんがちゃんと火災保険に入ってた。から安心して」 「………」 「ほら、こうして兄ちゃんたちだけは無事なんだし。まぁ、半分は焼けちゃったけど、セーフだろ?」 「一人…さぁん…」 「明日になったら、ファミーユのみんなとも相談して、これからどうしていくか、決めないとね」 「………」 「だから元気出して…とまでは言わないけど、せめて、飯だけでも…食べて」 「…っ」 「姉さん…お願いだから…っ!?」 「~~~っ!」 「うあっ!?」 「う…うぅ…っ、ひっ…あ、あ…」 「ね…姉さん…ま~姉ちゃん…っ!?」 「一人さん…一人さん…っ!」 「だ、だから大丈夫だって…兄ちゃんは、ここに…」 「一人さん…助けて、助けてよぉ…っ、このままじゃ、このままじゃ…もう、だめぇっ」 「ね、姉ちゃん…や、やめ…お、俺だって…仁、だってば…」 「消えちゃう…あなたが消えちゃう…なにもなくなっちゃうっ!」 「へ…?」 「そんなのいや…駄目、絶対に駄目っ!わたしの心を繋ぎ止めてくれるんじゃなかったの!?」 「ま…ま~姉、ちゃん…っ」 「全部背負ってくれるって…わたしを、更正してくれるって…いつになったら叶えてくれるのよぉっ!」 「お、俺は…俺は…仁、だってばぁ…っ」 「一人さん…一人さん一人さんっ!いやあああ…消えちゃ、いやぁぁっ!」 「俺は…俺はぁ…」 「うああああ…うあぁぁぁぁっ!」 「………」 「一人さん…ああ、一人さん…駄目、もう、どこへも行かせない…消えるなんて…二度と許さない」 「っ…」 「うっ…ひぅっ…ぅ、ぅ…ぁぁ…あ…っ、う、ん…」 「………」 「あ…」 「………」 「わ、わたし…今…あ…」 「恵麻…」 「っ!?」 「俺は…どこへも行かないから…」 「…一人、さん?」 ………………「連絡? きとらんよ?」 「そっちで見かけたとか、そういう話聞いてないかな?例えば、お墓参りしてたとか…」 「そんな話も全然…けど、なんでそんなこと聞くの?恵麻、そっちにおらんの?」 「あ、いや、そういうわけじゃなくて…ほら、俺の方がちょっと旅行中でさ…」 「大学にも行かんと、旅行?ちょっと仁、それどういう…」 「あ~それは後で説明するから!で、至急、姉さんに連絡取りたかったんだけど、マンションの電話番号も忘れちゃってさ~」 「で、なんで恵麻がこっちに来なかったかって、そんなこと聞くの?」 「ほら、それはアレだよアレ!わかるだろ?」 「…母さんがそう言うとすぐ馬鹿にするくせに」 「まぁいいや!とにかく、姉さんはそっちに来なかったんだね?わかった、ありがと!」 「あ、ちょっと待ちなさい仁!だからあんたこそ今どこに…」 「ごめん、携帯の電池切れそうだから、じゃ!」 「…って、ホントに切れた。っばいなぁ」 母さんとの会話が終わった途端、色んなところにかけまくってたせいで、電池切れを起こしてしまった。 これじゃ、もう、知り合いのところにかけられない。 姉さんの足取りを追う方法が…けどまぁ、このまま電池が残ってたとしても、きっと母さんからの電話責めが待ってるし、ここらで潮時だったのかも…「悪い、姉さん。話借りるよ」 リビングの固定電話を使おう。 電話代は後で支払えばいい。 今は姉さんの安否が先だ。 まずはファミーユに定時連絡を…向こうに連絡行ってるかもしれないし。 「………」 待てよ…?姉さんの痕跡…もしかしたら、ここに…「………」 「はい、ペンション『ファミーユ』ですが」 「な…?」 見つけ…た。 ここが…兄貴のとこ…だ。 ………………「う…ん…」 「………」 「一人…さん…」 「恵麻…?」 「すぅ…すぅ…」 「………」 「ん…んぅ…すぅぅ…」 「恵麻?………ま~姉ちゃん?」 「………」 「…っ」 ………………「はぁ、はぁ、はぁ…っ」 「く、くそ…鎮まれ…鎮まれよぉ!」 「思い出すな…忘れろぉ…はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…くそっ、くそぉ…っ」 「………」 「く…あ…っ、ああ…姉ちゃん…ま~姉ちゃぁん…あ、あぅっ、う、ぅ…く、あ、あ…っ」 「あ、くっ、だ、だめだ…だめだって…っ、ま、ま~姉ちゃんで…何やってんだよ俺はぁ…っ」 「ん…すぅ…すぅぅ…」 「う、あ、あ…ね、姉ちゃん…そこ…あっ…く、くあぁ…ご、ごめん、俺、もう…」 「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ…あ、あああ………うああああっ!!!」 「~~~っ!あ…あぁ…あ、あ、あ………あぁぁぁぁ…」 「はぁぁ、はぁぁ…はぁっ、はぁっ…あ、あ…」 「く、くそ…くそぉ…ごめん…っ、ま~姉ちゃぁん…ごめんよぉ…」 「う、く、ぅぅ…うああ…あ…はぁ、はぁぁぁぁ…」 「くそぉ…まだ、おさまらねえ…どうなってんだよこれは…」 ………………「っ!?…あ」 目が覚めると、すっかり日は落ちていた。 めまぐるしく変わっているはずの外の景色も、この暗さでは、いまいちよく掴めない。 「…宇都宮、過ぎたか」 俺は、車内の電光掲示板と、時計を見て、ある程度の場所を把握した。 この電車に乗って、とりあえず一時間くらいは経ったらしい。 「ふあぁ…」 それにしても…嫌な夢を見たなぁ。 しかも更に嫌なのは、その夢が、過去の事実に基づく記憶だってこと。 てことは、また眠ってしまうと、嫌が応にも、あの続きを見せられることになりはしないかと…………まだ、目的地である仙台までは、2時間近くもある。 その間、ずっと起きて、あの時の記憶を反芻するか、それとも眠って、辛い夢と出逢う危機に怯えるか。 俺は、どっちも選べずに、ただ、深くシートに頭を埋め、目を閉じた。 ………あと2時間で…仙台。 そこから先は、在来線で1時間。 さらにタクシーで、30分程度。 その先には…たぶん、終焉が、ある。 何が終わるのかだけがわかっていない、終焉が。 ………………「………っ!?」 「ごほっ、ごほぉっ…」 「う、うえ、うえぇぇ…なんだこりゃ?」 「兄ちゃん…あんた…なんつ~マズいもん、嗜んでたんだよ…」 「こんなの…これ以上吸えるか」 「………」 「でも…この匂いつけとかないと…」 「………(すぅぅぅぅ)」 「………」 「げほっ、げほぉっ!?」 ………………「ふぅ…」 「………」 「恵麻…」 「ん…」 「大丈夫だから…大丈夫だから、な?」 「ふ…ぅんん…っ」 「俺が…守るから。~姉ちゃ…恵麻のこと、守るから、な?」 「ん…んぅ…かずと…さん…」 「~~~っ」 ………………あの、一週間…姉さんが、姉さんじゃなくなって…俺が、兄ちゃんになった、一週間。 姉さんの記憶には、もう、残っていないと思ってた。 けれど…a仁くんに…一人さんの代わりをさせたのよね?「ここ…か」 時刻は、もう、日付すら変わろうとする頃。 移動のためだけに、3万円近くつぎ込んで…俺は、ようやく、追いついた。 「………」 「や、姉さん。っどい~ぶに~んぐ」 「………」 「………」 いやぁ…我ながらセンスないな。 「ここがどこだかわかってるの?」 「仙台…から電車で一時間…更にタクシーで30分…のスキー場、だよね?」 「こんなとこまで…何しに来たのよ…?」 「ま~姉ちゃんを、追いかけて。っともなく、ストーキングしてきた」 「仁くんともあろう男がぁ…姉ちゃん相手に、なにみっともないことしてんのよぉ」 「大事だもん。ちゃんのことが、大事だもん」 「っ…」 「だから、ま~姉ちゃん…」 「帰りなさい」 「姉ちゃんってば…」 「店長がお店を放り出して、なにやってるの?」 「総店長だって放り出してる」 「みんな、仁くんのこと待ってるよ」 「ま~姉ちゃんのことだって待ってる」 「姉ちゃんは…ごめん。持ちの整理つくまで、行けない」 「だから、俺の話を聞いて…」 「帰って。ちゃんに、考える時間を、頂戴よぉ」 「………」 ほんの少しの、ボタンの掛け違いなのに…同じ情報でも、俺の口から伝わっていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに…でも、今の姉さんは、小さくて、弱くて、本当に些細なことでも、崩れてしまいそうな…女の子、だ。 だから…「…俺、簡単には帰らないよ?」 ここに、姉さんを残したまま帰ることなんかできない。 「ファミーユを、どうする気よ…」 「…姉ちゃんを連れて帰ってくるまで、戻ってくるなと厳命されてる」 「え…?」 ………………「そういう訳で、俺には三日間の猶予が与えられた」 「………」 俺は、かすりさんたちに『姉さんを連れ戻すまで出入り禁止』の刑を食らったことを、話した。 「その間に、騒ぎの収束と、事態の解決を。というのが、業務命令」 「………」 「だから…姉ちゃんが、俺の話を聞いてくれるまで帰らないよ」 「嫌…」 「姉ちゃんが安心してくれるまで、ここに、居続けるよ」 「今は、無理…」 「姉ちゃんが笑ってくれるまで、ずっと、側にいるからね?」 「やめてよぉ…」 「嫌だよ…」 「嫌なのはこっちだよぉ…」 「俺の話を聞いてよ…」 「誤解…とは言わないけど…でも、俺の気持ちが、今どこにあるのか、わかって欲しいよ」 「………」 「ま~姉ちゃん…」 「近寄らないで…スキンシップで誤魔化さないでよ…」 「わかった…なら、ここから動かないから」 「………」 「………」 姉さんは、俺に甘すぎるから…抱きしめれば、きっと、許してしまうから。 だからこそ、触れ合わずに、わかりあうしかない。 本当の繋がりを得るためには、言葉で繋がるしかない。 俺が、一人の男として、姉さんを守ろうとするなら、避けては通れない道だから。 「仁くんは…」 「ん?」 「姉ちゃんの汚いところ…知らない」 「…ま~姉ちゃん?」 「知ったらきっと嫌悪する。どい女だよ、姉ちゃんは」 「知りたいな」 「知られたくない」 「でも、話そうとしてる」 「………」 そう、話そうとしてる。 俺の言葉を聞くだけじゃなくて、お互い、溜め込んでいたものを、吐き出しあおうとしてる。 俺が、ここまで追ってきたから。 そのことが、姉さんに、ほんの少し、勇気を与えてる。 俺が、とっくに選んでるって…態度で、示してるから。 「とことん、話そうよ…俺たち、抱き合う前に、話すこと、必要だったんじゃないかな?」 お互いの、本当の想いを交換しないまま、『慰め』って免罪符で、繋がってしまって。 どこかの奥にしまってあるはずの、子供の頃からの二人の歴史を、紐解かずに、ここまで来てしまった。 そこに、埋まってるものがあるかもしれないのに…それは、爆弾かもしれないし、宝物かもしれない。 けど、掘り起こさなきゃいけないんじゃないか…?「受け止められる気でいるの…?」 「そっちこそ…」 「………」 「………」 二人の視線が、ぶつかりあう。 けど、あくまでも、直接ぶつからない。 二人の間に、距離を置く。 「なら…話そう」 「…ありがと。、それと…」 「ん?」 「その、俺…なにも考えずに飛び出してきたから、ここに泊まる金も…」 「弟の尻ぬぐいができなくて、何のための姉ちゃんよ?」 「あ…」 少しだけ…元の、甘やかしまくりな姉さんに、戻った。 ………………「さてと…それじゃ、せっかくだから乾杯しよっか?ワインでいいよね?」 「その前に、聞いていい?」 「ん?」 「何で…こんなとこに?」 仙台駅から更に在来線で1時間。 そこからタクシーで、雪の深い山へと分け入った先の、スキー場…のふもとにある一軒のペンション。 「4年ぶりだけどね。、一度だけ来たことがあるの」 「ま~姉ちゃん…?」 「さ、まずは乾杯しない?これ、ここの地ワインなのよ。に来たときに気に入っちゃってね」 グラスに注がれる、紅色の液体。 そして、オーナー謹製のオリジナルケーキ。 もちろん、ホールまるごと。 それは、戦いの前の、腹ごしらえ。 「かんぱ~い」 「…乾杯」 ………………「凄いね、外、思いっきり積もってる」 「よく車が入って来れたよな」 来る途中、周りの景色がどんどん白くなり、ついには道路まで真っ白になってしまった。 運転手さんは、慣れたもので、全然スピードを落とさず、スイスイ走っていたけど、こっちは気が気じゃなかった。 「………」 「………」 二人して、窓の外の雪を眺めて、ワインを飲んで、ケーキを食べて。 そうして、何もしない、何も話さない時間を、数分、重ねて。 「静かだね」 「ま、ね」 他の宿泊客は、もう寝静まった頃だろうか?雪は音を吸い取り、俺たちに静寂を与えてくれる。 「………」 「………」 そうして、また、数分を重ねて…………そして、とうとう…「ここね…」 「うん」 「一人さんに、プロポーズ、された場所」 「………」 俺たちの、本気のぶつかり合いが、はじまった。 「元々はね、一人さんがここの常連だったの。年、スキー仲間と来てる、お気に入りのペンション」 スポーツ万能の兄貴だけど、スキーはことさら得意だった。 …と、姉さんは、いつも自慢してた。 「で、4年前…初心者のわたしを誘ってきたの。かも二人きりで」 それは、つまり…「その時点で、ぴぃんと来たけどね…」 最初から、スキーが目的ではなく。 「姉ちゃんの…思い出の場所。して、懺悔室」 「………」 「どうしていいかわからなくなったから、一人さんに聞きに来た」 「あ…」 姉さんの鞄から出てきたのは…位牌。 半分焼けてしまっているけど、正真正銘の、兄貴。 「ここには、逃げ場はないから。実でしか、いられないから」 「………」 その位牌を、テーブルの上に置く。 「被告人、高村仁…」 「え…?」 「真実を述べ、真実のみを証言することを誓いますか?」 「え? え?」 「裁判長の前で…誓って」 「あ…」 兄貴の、ことか…「はい…誓います」 俺たちの言葉を、全て、兄貴に聞かせる。 それは、本当に、逃げ場のない、本気での言葉しかありえない。 「じゃあ、仁くん…」 「うん…被告人、杉澤恵麻」 「はい…」 「真実を述べ、真実のみを証言することを誓いますか?」 「…誓います」 こうやって誓い合うこと、夢見てた頃がある。 想像してたのとは違うけど。 随分と、昔の話だけど。 …じゃあ、今は?「じゃあ、始めるね。リカちゃんと、喧嘩した」 「え…?」 「仁くんとリカちゃんが、一緒にいたって聞いて…リカちゃんが、仁くんの前で、涙を見せたって聞いて…」 「仁くんが、姉ちゃんの約束、すっぽかして、リカちゃん選んだって知って…逆上した」 姉さんは…いきなり、核心から入ってきた。 「仁くんを取られたって思った。 だから、リカちゃんを呼び出した。 酷いこと、たくさん言った」 「姉ちゃん…」 「でもリカちゃん、最後まで何も言わなかった」 「唇をきゅっと結んで、わたしの顔、まっすぐ見つめて。ど、怒りも、泣きもしなかった」 「………」 「悔しかった…惨めだった…完敗、だったよ」 俺の目の前では…ぽろぽろ、ぽろぽろと…泣きやむまで、二時間もかかったのに。 ほんと、意地っ張りな奴。 「ごめん。カちゃんを、傷つけた」 「うん…」 「姉ちゃんが、悪い」 「そう、だね。ちゃんが、悪い」 正直に。 本音で。 そして本気で。 『それは俺のせいだ』って、姉さんをかばえば、今は、救われるのかもしれない。 けど、俺たちは、罪をさらけ出さないといけない。 「じゃ、次、俺の番」 「うん…」 だから、彼女の罪を被るんじゃなくて、俺の罪を、白日の下へと。 「里伽子と二人きりで会ってたこと、言わなかった。ちゃんに聞かれたときに、言えなかった」 「………」 「姉ちゃんを説得できる自信がなかったから。って、俺自身も、揺れてたから」 ボタンの掛け違いでも、ちょっとした偶然のいたずらでもない。 起こるべくして起こった、心のすれ違い。 「里伽子のこと…まだ未練、あったから。好き、だから」 「………」 「だから、二人きりで会ったこと、ま~姉ちゃんに言えなかった。もう、全然関係ない』ことじゃ、なかったから」 「そう…なんだ」 「俺が、悪い」 「うん…仁くん、酷いコだね」 姉さんも、俺を無理やりかばったりしない。 慰めあうんじゃなく、話し合うんだから。 俺たちは、お互いの罪を告白しあう。 そして、相手を糾弾して、罵りあう。 冷静に、淡々と…お互いの、汚いところを、醜い部分を…開いて、見せつける。 そして…最後まで、立っていたら…勝ちだ。 ………………「姉ちゃんね…一人さんに、酷いことした」 「それは…」 「あ、今の仁くんとのことじゃないよ。 …もっと、ずっと昔。 四年前の、ここでのこと」 「ここって…だってここは」 「そ、一人さんが、わたしにプロポーズしてくれた場所」 二人の、はじまりの場所。 美しくて、せつない思い出に彩られているはずの…『ファミーユ』と名付けられた、ペンション。 その名前には…今でも、特別な意味がある。 俺は、その、本当の意味を、今日、はじめて知った。 「あの人の、プロポーズの言葉…教えてあげる」 「いいよ、別に」 「いいえ、聞いて仁くん。なたには、わたしの醜いとこ、全部見てもらうって、決めたんだから」 「姉ちゃん…?」 「一人さんは、こう言ったの…『仁の代わりでもいいよ』って…」 「え…?」 「あのひと、実は姉ちゃんにベタ惚れでね?…これはちょっと自慢なんだけど」 「でも、わたしはその頃、他に好きな人がいたから…」 「え…え?」 「よくもまぁ、こんな変態と結婚しようなんて考えたよね。分の弟のこと愛してる女、だよ?」 自分の、弟って…?兄貴の弟のこと?姉さんの弟のこと?「あ…っ!?」 いや、その疑問は、意味がない。 だって…該当する人間は、同じだ。 「初恋はね…そう簡単には、諦められないの」 「姉、ちゃん…?」 「友達とかに聞いても、やっぱり姉ちゃん、ちょっと変だって言われたよ。から、ま、距離を置こうかなって」 それじゃ…高校を卒業してすぐに家を出たのは…?「でも、一人さんには、すぐに見抜かれて、だけど、あのひとは、色々と相談に乗ってくれて」 「な…な…」 「もしかしたら、同情だったのかもね。人さんとの結婚は、姉ちゃんが、普通に戻る最後のチャンスだったのにね」 待てよ…ということは、何だ…?「でも、今となっては、もう、答えてくれない」 姉さんが、兄貴を選んだ理由って…「許せる? 仁くん。なたのお兄さんは、こんな酷い女に引っかかってたんだよ?」 「………」 「さすがに、退いた、でしょ?」 「嘘だ…」 「ん?」 「逆だろ…俺が、兄ちゃんの代わり、なんだろ?」 「仁くんは、仁くんだよ…あなたを、そんなふうに思ったことは、ない」 「じゃあ…半年前…なんで俺を、兄貴の代わりにしたんだよ?」 兄貴の名前を呼んで、俺を抱きしめて。 兄貴の顔と、兄貴の匂いを求めて、俺に、しがみついてきたのは…「そうでもしないと、仁くんは側にいてくれなかったから」 「な…?」 「仁くんは、一人さんのことが大好きだから…何があっても、もう、わたしには踏み込んでこなかった」 「そんなことは…そんなことは…」 だって、だって…最初に距離を取ったのは、姉さんじゃないか。 「あの時のこと、覚えてるって言ったでしょう?姉ちゃんは、仁くんだって知ってて、甘えて、抱きついて、そして、一緒に眠ってもらったの」 けど…離れた理由ってのが、さっき言った通りだったとすると…なんて、回りくどくて、なんて、揺れ動きすぎてて、なんて、愚かなことを繰り返してるんだよ…「信じられない? まだ信じられないかなぁ?姉ちゃん、仁くんにここまで溺れちゃってるのに、まだ何か疑う余地があるのかなぁ?」 それじゃあ…それじゃあ…兄貴をダシにして、俺を生殺しにして…そうやって、兄弟をもてあそんでおいて、求めたのが、ただ、弟の温もりだってのかよ…?「そんなの、アリかよ…」 嬉しくて、こそばゆくて…そして、やるせない。 誰もが傷つく、最低に愚かな選択だ。 「一人さんにとっては、アリだった。しすぎるよね…」 「だからって、甘えんなよ。ちゃんのこと、何だと思ってんだよ、姉ちゃん…」 「大好きよ…一度は、仁くんよりも、好きになれたかもしれない」 「………」 その言葉は…悔しくて、歯がゆくて…そして、ほっとする。 「それでも…今、一番愛してるのは、仁くんって言い切れちゃう。ダメな姉ちゃん、でしょ?」 「本当に…な。メな姉ちゃん、だ」 「ごめん…」 ワインで湿らせた唇が、艶めかしい。 ワインで火照らせた顔も、色っぽい。 弟の目の前で、無防備に、全てをさらけ出したこのひとは…「仁くんを抱いちゃって、浮かれて、独占欲丸出しにして、リカちゃんにまで噛みついて…本当に駄目な人間だよ、姉ちゃんは」 「うん…」 でも今は、肩を震わせて、自責の念に、押しつぶされそうで。 「弟に、こんなに溺れて…相手に呆れられるくらいにはまり込んで…出口が、見えないよ…」 償いきれない罪を背負ったようでもあり…「ああ、もう!自分で言ってて、おかしいってわかるよ。んな女に捕まったら仁くんの将来めちゃくちゃだよ!」 けれど、その罪を、少しも後悔していないようでもあり…「姉としては、こんな女に、絶対に仁くんを渡せない…近寄らせない。 二度と会わせない。 許さない」 「…ま~姉ちゃん。う、いいよ」 「良くない!仁くんのためには、姉ちゃんじゃ駄目!けど…けど………仁くんが欲しいよ…っ!」 「っ…」 かなわない…「…ばかぁ。んで、そこまでバラすかなぁ…」 このひとの、へんてこな愛の深さには、到底、かなわない。 「せっかく、仁くんが…やっと、懐いてきてくれたのにぃ」 だから…「一緒に謝ろう?」 「…え?」 「みんなに、謝ろう?…俺たち、変態でごめんって」 「仁、くん…?」 俺は、まっすぐな思慕で、立ち向かうしかない。 「謝りに行こう。 兄ちゃんに。 姉ちゃんは、酷いことしてごめんねって。 俺は、姉ちゃんを奪ってごめんって」 子供の頃から抱き続けていた、『大好きなま~姉ちゃん』への想いを、カミングアウトするしかない。 「謝りに行こう。 里伽子に。 姉ちゃんは、酷いこと言ってごめんねって。 俺は、泣かせてごめんって」 「なん、で…」 「姉ちゃんが、いくら反対したって…俺は、姉ちゃんを、選ぶよ」 「ふぇっ!?」 そしていつか…ねじ曲がった想いと、まっすぐな想いは、同じ方向を、向くことができるはずだ。 「ま~姉ちゃん…大好き、だよ」 「ど………どうして?」 「三つ子の魂、百までも、だから」 「それ…って…」 「初恋は実らないなんて、嘘だ。たちで、証明してやろう?」 最初は、俺の方が、淡い想いを抱いてた。 出逢ったときは、年上の、可愛い従姉って、だけだった。 頑張れば、手が届くかもしれないって思ってた。 でもいつか、彼女は、姉とか、兄嫁とか、色々な関係を、まとわりつかせてしまった。 その関係は、俺たちの“縁”を近づけたけれど…“心”を、遠ざけていった。 枷が多すぎて、何が何だか、わからなくなった。 心も体も重ね合わせることが、許されないことだって、思えてしまった。 「家族になろうよ…姉ちゃん」 「仁くん…仁、くん…っ」 すでに家族であるひとに、新しい家族になることを。 「俺たち二人が家族になることを、みんなに、認めてもらおうよ」 「兄ちゃん、里伽子、父さん、母さん、ファミーユのみんな…」 「俺たちの好きな人たちに、俺たちが、好きあっていることを、わかってもらおうよ」 「いいの…?姉ちゃん、仁くんが好きって、言っちゃって、いいの?」 「うん…解禁。いこと、お待たせしました」 お互い、思い出にできなくて、引きずるような変な奴らだったから…こうして、体が繋がって…想いもまた、つながり始めた。 「仁くぅん…キス、したいよぉ…抱きしめたいよぉ…」 「ここじゃ…駄目。ちゃんが見てる」 「ああああんっ!この冷静馬鹿っ!」 「夜通しで話そうって約束だろ?お互い、どっちが愛してるか、告白勝負でどう?」 「勝負になんないよそんなの」 「俺の想いを侮るなよ?高村の家にいたとき、お風呂、何度か覗いたんだぜ?」 「知ってたもんね」 「うあ…」 「仁くん、姉ちゃんのハダカ見て、おちん○ん、おっきくした?だったら、すごく嬉しいな」 「ほ、本当に、駄目な姉ちゃんだ!」 いきなり敗色濃厚。 俺が、どれだけ情けない姿をさらしても、あっさりとそれを凌駕してしまう駄目っぷり。 「だから言ったじゃない…勝負にならないって」 「でも…それでこそ、俺のま~姉ちゃんだ」 「う、うぐっ…」 でも、駄目だからこそ、つけいる隙もある。 俺たちは、夜通し…そうして、馬鹿な勝負を、続ける。 「………」 「………」 「この通り!」 「………」 「リカちゃん!わたしの、一生のお願い!」 「なに…言ってんですか…」 「もう一度、言えばいい?」 「あたしに…そんなこと言って、どうしようってんですかぁ…」 「ここから始めないと…ダメなの。たし、どうしてもリカちゃんに認めて欲しいの!」 「だって…こんなの…おかしい」 「おかしくたって、何だって構わない…だから、もう一度言う」 「い、言わなくていいっ」 「仁くんを…わたしにくださいっ!」 「~っ!」 「………」 「え…恵麻、さん…」 「お願い。めて、ください」 「………」 「………」 「あたしが認めなかったら…あたしが泣いて嫌がったら…どうする、つもりなんですかぁ…」 「待つ!」 「な…」 「リカちゃんが認めてくれるまで、待ち続ける。ばさんになっても、おばあちゃんになっても…そしたら仁くんに捨てられるかもしれないけど」 「そんな覚悟…嘘です」 「嘘じゃない…仁くんと、誓った。カちゃんが幸せになるまで、待とうって」 「なんで…あたしをそんなに気にするんですか。手にすればいいじゃないですかぁ…」 「だって、わたしはリカちゃんを裏切ったんだもん。なたを背負う義務がある」 「意味が…わかりません」 「知ってるから…リカちゃんの気持ち、今も変わってないこと、知ってるから」 「なんのことか…さっぱりです」 「応援するって、言ってたのに…でも、わたし、仁くんを奪おうとしてる。当なら、許されることじゃない」 「だからぁ、あたしには全然関係ない…どうしてそんなふうに決めつけるの?」 「だって、リカちゃん…わたしとおんなじ目で、仁くんを見るんだもん。でも、全然変わってないんだもん」 「………」 「ものすごい説得力、でしょ?」 「………」 「でもわたし、やっぱりリカちゃんも好き。交、したくない」 「二年前、ファミーユに来てくれて、一緒に盛り立ててくれて、一生懸命、お店のために、尽くしてくれて…本当に、感謝してる」 「………」 「だから、リカちゃんが、笑顔で許してくれるまで待つ。つのは…とっても苦手だけど、待つの」 「恵麻さん…」 「わたしと仁くんは、世間から見ると、許される二人じゃない…と思う」 「それでも、ど真ん中を行こうって、約束した。んなに笑顔で祝福されるまで、戦うって誓った」 「きっと…色々と、大変ですよ?」 「それでも戦うの。 二人で両手を取りあって、狭い世界を作ったりしない。 片手は、みんなと、外と、繋がろうって、思う」 「………」 「これは、その、最初にして最大の一歩…リカちゃん…わたしたち家族に…加わって」 「恵麻、さん…」 「………」 「………」 「………」 「あたしは…あたしはね…」 「うん…」 「あなたに、色々と言いたいことがあったの。声で、とんでもない内容で、何時間だって、噴き出してくる言葉があったの」 「…聞く。んでも、言って」 「はぁ、もういい、馬鹿馬鹿しい。んな変なひとだなんて思わなかった」 「リカちゃん…」 「全然、逃げてもくれないんだもの。っとも、倒れそうにないんだもの」 「…こっちも、色々とあったから」 「恵麻、さん」 「ん…?」 「今は…祝福なんて、できないけど」 「うん…」 「いつか…笑ってみせるよ」 「っ!?」 「ちょっと、二人を待たせるかもしれないけれど…かならず、心の底から…っ」 「リカちゃん…っ」 「だから…よろしくね。倒、かけるかもしれないけど…一緒に、いてね?」 「う、うん…何でも、背負う…だからっ!これからも、よろしくお願いしますっ!」 「最後…ブラウニー…」 「1、2、3………うん、30個」 「か、完成…今何時?」 「えっと…開店15分前?」 「あはは…あはははは」 「はは、は…初日から綱渡りだなぁ」 「なんかバタバタしちゃったね~。んでだろ」 「姉さんが、今朝になって、いきなりメニュー数を増やそうなんて言うからだ」 「仁くんだって反対しなかったもん~」 「既に下ごしらえができてる時点でどうしようもないわ」 相変わらず、思いつきで行動する、我が店のパティシエール。 ---杉澤恵麻。 俺の、従姉にして、姉にして、元兄嫁にして、そして、婚約者。 二人して、高村の両親に呆れられつつも、ようやく、あと少しまで漕ぎ付けた俺たち。 「とにかく並べよ?もうすぐ開店だよ」 「もうすぐ過ぎるわ。、チーフは?」 「着替え中じゃないの?」 「あいつは姉ちゃんとは違うんだから、そんな遅刻ギリギリになるわけないだろ?」 「でもほら、初日だし。日眠れなくて、だから寝坊しちゃったとか…」 そんな“てへっ♪”な…「ごめん、遅くなった…」 「あ…」 「わぁ…」 「ほら、恵麻さんの作った追加のケーキ、メニューに載ってないから、ボード用意した」 「………」 「………」 「ん? おかしいかな?まぁ、久しぶりだから結構着るのに手間取ったけど」 「………」 「似合ってる…似合ってるよ、リカちゃん。るであなたのために、あつらえたみたい」 元々は、本当に里伽子が、自分のためにデザインした制服。 けど、袖を通すのは3年ぶり。 「…ありがと恵麻さん」 「だって、本当に似合ってるんだもの」 「違う、そのことじゃない。また、3人で始めさせてくれて、ありがと」 「あ…」 「里伽子…」 「待っててくれて、ありがと。まで、ありがと、ありがとね…っ」 「人手、足りなかったんだもの。き使ってあげるからね」 ………あれから2年…ファミーユ本店が、ふたたび開店する、記念すべき日。 みんなで頑張って、ブリックモール店を盛り立てて、その利益を惜しげもなく注ぎ込んで…ブリックモール店よりも、かなり小さなお店。 けど、俺たち3人の、原点。 だから姉さんの『また3人で始めたい』という我侭を、俺は、全面的に支持した。 里伽子も、最初は色々と遠慮してたみたいだったけど、こうして、もう一度、制服に袖を通してくれた。 「こき使われてあげるから…これからも、よろしく…お願いします」 里伽子が、ゆっくりと左手を差し出す。 「こちらこそ…」 姉さんが、その手を、しっかりと握ると、里伽子も、握り返してくる。 「っ…」 この日まで…本当に、長かった。 沢山のものや、人と戦った。 たいせつなひとを、守った。 たいせつな場所を、取り戻した。 「やっと…だね」 「うん…長かったな」 姉さんの肩に、手を置くと、あきれるくらいに、震えてる。 もう、開店間近なのに、やばいなぁ。 でも、ま、いいか。 だって、俺と姉さんの戦いは、終わったから。 約束を、果たしたから。 「おめでとう…二人とも」 「リカちゃん…」 「ありがとう、里伽子」 里伽子が、やっと笑ったから。 心の底からの微笑を見せてくれたから。 「仁くん…姉ちゃんね…姉ちゃん、ね?」 「うん…うん…っ」 姉さんが、俺の胸に顔を埋めてくる。 俺も、もう遠慮もせず、力いっぱい抱きしめる。 「しようね? 結婚。いっぱい、幸せになろうね?」 「ま~姉ちゃん…」 全てのしがらみから解き放たれて、ひとつの、家族を作ろうって、あの時の約束を、やっと果たす時が…「あ~…異議あり」 「…は?」 「なに?」 「誰があんたたちの結婚を認めるって?誰が仁のことを諦めるって?」 「はい?」 「里伽子…?」 「せっかく、こうしてまた、同じ場所で働けるようになったんだから…これからもよろしくね、仁」 「あ、ああ、そりゃもう…」 「二年前、あんた告白してくれたよね?その返事、今じゃダメかな?」 「お、お、お前…どういうつもりだ里伽子?」 「やだなぁ、女の口からそれ言わせる気?」 「な…」 「リカちゃんっ!?」 「うわぁっ!?」 「ど、どういう意味なのよそれ!?リカちゃん、あなたわたしたちのこと祝福してくれるんじゃないの!?」 「なんで?」 「だってさっき!『おめでとう二人とも』って!」 「え~、おめでとうございます。店オープン」 「て、手だってしっかりと握ったのにぃ!」 「ええ、左手をね」 「なんなのよそれは?」 「左手の握手は、戦いの握手…」 「どこの民族だお前は…」 「リカちゃん…あなたまさか…」 「今日まで律儀にも待っててくれてありがとう恵麻さん…これでようやく、あたしもスタートラインに立てました」 「な、な、な…」 「と、いうわけで、これからは正々堂々と行きましょ?」 「………」 「………」 「お、おい…ま~姉ちゃん」 「…負けないわよリカちゃん!告白だったらわたしだってされたんだから!それどころか婚約までしたんだからね!」 「なんで同じレベルで戦おうとするんだよ…」 「楽しくなりそうね、仁」 「勘弁してくれ…」 「ちょっとぉ!二人とも人の話を聞きなさいよ~!」 「300円のお返しになります。りがとうございました」 「仁くん! そっちのオーダー入ったよ~!」 「は~い!申し訳ございません。今代わりの者が参りますので」 これで本日、8度目のシフトチェンジ…「はいこれ!」 ナポリタン2つにクラブハウスサンド1つ。 ブレンドとダージリン、ホットチョコレート…「そっちは何抱えてる?」 「色々ありすぎてよくわかんない。0分で代わってよ!」 「10分? ご無体な!」 「遅いのだって嫌われるんだからね、男は」 「何の話!?」 「頑張れ男の子!あと少しの辛抱だ」 「3時…まだ3時…」 「わたしたちは信じて待つしかないの!あ、お待たせしました~、ご注文をどうぞ」 「くっそ~!」 平日…お客様の来店数が減ることよりも、もっと恐ろしい事態が待ち受けていた。 それは…「明日香ちゃ~ん。く来てくれ~」 学生である明日香ちゃんは、今日は朝からは出勤できない。 学園が終わるのがほぼ3時…そこから全力ダッシュしても20分。 つまり、朝から3時半までの時間帯は、由飛くんとかすりさん、俺の3人で凌がねばならない。 由飛くんは休憩する間もなく、フロアを駆け巡り、かすりさんと俺は、キッチンとショーケース、果てはオープンスペースを行ったり来たり…段々と頭がぼうっとしてくる忙しさだ。 更に深刻な問題は…それほどのお客様がいるわけでもないのに、結構な待ちが発生してしまっている。 「うおおおおっ!」 片方のフライパンで鶏肉を炒め、もう片方でパスタを炒める。 ほんの少しの余裕を見つけ、ベーコン、レタス、トマト、たまねぎ、ソーセージを切り刻み、冷蔵庫からケチャップを…と…「焦げた~!?」 などという『急がば回れ』を体感できる展開に陥る。 駄目だ…もう駄目だ…「明日香ちゃん…僕…もう疲れたよ…」 絶望と、疲れと、飢えと、寒さが、僕の体と心を蝕んでいく。 そう、一人称さえ変えてしまうくらいに…「てんちょ?」 おかしいな…マッチはまだすってないぞ。 「てんちょってば」 「待ちかねたよ明日香ちゃん!」 「きゃっ?」 いくらなんでも、キッチンで料理中に気を失うわけがないだろう。 「明日香ちゃ~ん!来てくれると信じてたわ~!」 「もふっ!?」 「あ~、この、こっちの胸をぐいぐい押し返す、おっきな二つの弾力がたまんないわ~」 「うぐぐぐ…か、かすりさ~ん…離して」 …うらやましい。 「ほい、スキンシップ完了!」 「よし交代だかすりさ」 「3分で着替えといで~!」 「無理だよ~!」 「ちっ」 「…セクハラ店長?」 「ごめんなさい、精神が極限状態で」 「ま、わかるよ。 でもこれで、あと3分の辛抱。 先に休憩入らせてもらうからね」 「うわ汚え」 「愚痴こぼしてる暇があったら、さっさとナポリタンとクラブハウスサンド!」 「しくしくしく…」 鶏肉をスライスして、レタス、トマト、タマネギと一緒に、パンに挟み込む。 ケチャップを絡ませたパスタは、香ばしい香りを漂わせ、ついつい、昼飯すら食べていないことを思い出させる。 そして…「完成~!」 ナポリタン2つにクラブハウスサンド1つ。 ブレンドとダージリン、ホットチョコレート…「時間は!?」 「9分30秒…すごいよ仁くん!」 二人の手が、高らかに掲げられ、高らかな音を響かせる。 「俺は課せられた使命は必ず果たす男…高村仁!」 「負けたわ…わたしの休憩の権利をあげる。っくり休んでおいで」 「ありがとうかすりさ…ってちょっと待て!休憩室は明日香ちゃんが着替え中じゃないか!」 いかんいかん。 この人の作戦にまんまとハマるところだった。 「仁くん…あんた真面目ねぇ。たしのせいにして、さっさと開けちゃえばよかったのに」 「俺はセクハラ店長じゃないので~」 そうだ、俺は明日香ちゃんの店長であり、先生なんだ。 大切なスタッフと、大事な教え子の信頼を裏切るわけにはいかない。 「脱いだら凄いのに、あの娘」 「う、うるしゃい」 勉強を教えてるときにも、かがみこんだときの胸元に、何度目を奪われ…たことなんかないやい!「仕方ない…じゃ、わたしが一肌脱ぐことにしよう」 「…脱ぐの?」 「結婚してくれるならね」 「さっ、仕事仕事」 「明日香ちゃ~ん!3分経ったよ~」 「え~! もう?」 「急いで出てきなさ~い!」 「ちょっ、ちょっと待っ…いやだぁもう!」 「か、かすりさん…何もそんなに急かさなくても」 「店長命令よ~!出て来~い!」 「て、てんちょぉぉ~!」 「命令してねぇぇ~!」 「5つ数えるうちに出てきなさい!5・4・3・2・1…」 「は…はいぃぃぃ~!」 「…え?」 「て、てんちょ…ひどいよぉ。たし、まだこんなんなのにぃ」 「………」 「というわけで、休憩、先に入らせてもらうわよ」 「かすりさん…なんてことを」 「心のグリコーゲン、でしょ?」 かすりさんは、なにやら訳のわからないことを言ったかと思うと…そのまま、休憩室の中へと消えていった。 「え?」 「え?」 …明日香ちゃんを残して。 「あ~! ちょっとかすりさん!開けて、開けてってばぁ!」 「はは…」 「あ~! てんちょ、見ちゃやだ!やだってばぁ!」 「ははは…あはははは…」 セクハラてんちょ、誕生。 「ん~…」 「あ、ちょっとごめん」 「は~い」 明日香ちゃんが、床から足を浮かせるのを待って、俺は、テーブルの下をモップがけする。 「ごめんな、もうちょっとで終わるから」 「こっちこそごめんね、せんせ。片付け、手伝えなくて」 「学生は勉強が本分。題優先でやってくれい」 「せんせも学生だけどね~」 「…俺は休学中だからいいんだよ」 「このままいくと、わたしが大学生になったときも、まだ大学生やってそうだね」 「…はいおしまい。駄口はやめて勉強に専念しなさい」 「は~い」 あからさまなごまかしも、ツッ込まないでいてくれる。 …やっぱりいい娘だ。 さすがはファミーユのマスコット。 「今、コーヒー淹れる。、わかんないとこはそのままにしといていいから」 「うん、濃い目でね。を抜くと寝ちゃいそう~」 ………今日は、火曜日。 いつもなら、約束の、家庭教師の日。 けれど、ファミーユの営業を始めてからは、いつもみたいに、家で勉強を見てあげる時間がない。 だから、去年と同じように、“職場教師”を始めた。 「砂糖は~?」 「ふた…いらない!」 「…ひとつにしておこうな~」 「うう…」 見栄か、ダイエットか…?育ち盛りなんだから、もっと育ってくれれば凄くなりそうなのに。 …いかん、自分で言ってる意味がわからん。 ………「はい、お疲れ~。んな感じだ?」 トレイにブレンドとスコーンを載せて、明日香ちゃんの向かいに腰掛ける。 「運動方程式が襲ってくるよぉ~」 「奴は物理法則から逃れられないから、仕留めるのは簡単だぞ?」 「仕留めるためにはその物理法則を知っておく必要があるんだよ~」 「そうだな、『敵を知り己を知らずんば百戦錬磨』だ」 「ことわざが間違ってる上に意味も矛盾してる…」 「さすがに国語は得意だな。生嬉しいよ」 要するに、文系大学生に物理の教えを請うな、と、遠まわしに言ってる訳だが。 「ま、いいや、プリント貸して。、その間に次の問題やっとくように」 「ありがと~せんせ~」 久々にmやgやαと格闘するか…………………「………」 「………」 「明日香ちゃんさぁ」 「ん~?」 お互いの鉛筆の音だけが交錯する時間。 「ごめんな…」 それを破ったのは、俺の謝罪の言葉。 「なにがぁ?」 「正直、働かせすぎだと思ってる」 「でも、てんちょやかすりさんは、もっともっと忙しいんだし。たしなんて夕方からだけだもん」 「でも明日香ちゃんは学園もあるんだし…」 「せんせも学生だけどね~」 「俺は休学中だから…って、ループしてるぞ。ともと明日香ちゃんは週2だけだったのに」 半年前の明日香ちゃんのシフトは、火曜日と、金曜日。 バイトが終わったら、家庭教師の時間だった。 「でも、頑張るから。りがいあるから、大丈夫だよ」 「明日香ちゃん…」 「だって、今のファミーユは、わたしがいないと立ち行かなくなっちゃうもんね~」 「…言葉もない」 俺もかすりさんも、基本的にはキッチン。 フルタイムで働けるフロアスタッフが、経験のない由飛くんのみ。 今でも心苦しいと言いながら、本音を言えば、朝から働いてもらいたいくらい。 「ううん、嬉しいよ。んなに必要とされてることって、今までなかったし」 「………」 「充実、充実。業中に居眠りするくらいに充実してるよ」 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」 「だからその…こういう罰の宿題が出るわけで」 「頑張ります頑張ります頑張ります!」 要するに、この運動方程式は、俺が召喚したということか…ならば、俺が送還するのは当然ということだったのか。 「これが終わったら、古文の宿題もあるんだけど…」 「頑張ろうな?一緒に、頑張ろうな?」 「うんっ」 どうやら、俺がいないと、明日香ちゃんの宿題は立ち行かなくなってしまうらしい。 充実、充実。 何しろ、明日香ちゃんに、こんなに必要とされてることなんて、今までなかったし…だから、俺はまだ、頑張れる。 「あと、英語と数学の小テストが…」 「………」 頑張れるんだってば…「だからぁ、タルト系は400円。 シフォン系300円。 ショートケーキ350円。 シュークリーム系は250円」 「うんうん」 「それじゃ、ダージリンのミルクティーとブレンド、ブルーベリータルトにカスタードシュー。めておいくら?」 「ちょっとぉ…ブルーベリータルトなんて、値段教えてもらってないよ?」 「はぁ…」 「あ、それとそれと~カスタードシューもだ」 「ブルーベリータルトはなに系?」 「柑橘系?」 「………」 「ごめん、ブルーベリーは違った。れはそのまんまべリー系だよねぇ」 「…そもそも根本からして違うよ」 「…てんちょてんちょ」 「うぉぅ!?」 明日香ちゃんに声をかけられたというのはわかった。 けど、なんかいつもと違う低くドスの利いた声に、思わずビビってしまう。 「ちょっと話があるんだけどさ、いい?」 「は、話はいいから、そのふくれた頬と上目遣いの視線はやめて」 「ほっぺふくれてるのは太ってるから。 視線は背が低いから。 どうしようもありません~」 「…何でそんなにご機嫌斜め?」 「言っておくけど、例の日は一週間前に終わってるからね?」 「聞いてね~じゃんそんなの」 女の子の多い職場だからして、セクハラ的発言にはかなり気を使ってるというのに…………「てんちょの連れてきた強力助っ人様のこと…」 「…もうちょっと仲良くしてやってくれない?」 明日香ちゃんが相手を持ち上げる時は、大抵が嫌味だ。 普段はほとんどこういう態度は取らないんだが…よっぽど相性が悪いのかなぁ。 「わたしがいない午前中って、どうやってお店が回ってるんだか想像できないよぉ」 「いや、そりゃ…」 かすりさんが最近やつれてるような気がする…ついでに言えば、俺もかなりフロアに出る機会が多い。 「頑張ってると思うよ? 思うけどさぁ…なんかとっても感覚的というか、目分量な人だよねぇ」 「あ、その言い方うまい」 「………」 「ごめんなさい」 明日香ちゃんは、誉められるのが好きじゃないらしい。 …多分、きっと。 「努力の跡が見えないよね。飛さんって」 「でも、お客様の受けは結構いいんだぞ?」 「そう、あの接客術はちょっと真似できないよ。んていうか、筑波のガマの油売りっぽい」 「…めちゃくちゃな例えだな」 「とにかくですね~、普通に努力して、普通に少しずつ学習してくわたくしとしては、色々と教えるのも大変なわけでして~」 「そう言わないでよ。日香ちゃんだけが頼りなんだからさぁ」 「わたしって、里伽子さんの代わり?二番目に都合のいい女?」 「明日香ちゃ~ん…」 「でもさぁ、真面目な話、何か手を打たないとまずいよ」 「手を打つって…」 「せめてもう一人増やすか…」 「ちょっとなぁ…予算の関係上」 「あとはメニューを簡単にしちゃうか。品350円とか」 「シュークリームやプディングまで、その値段ってのもなぁ…」 「てんちょ、いい?今のファミーユって、絶対的に回ってないんだからね?何とかしないとまずいよ」 「色々と身に染みてます…」 「………」 やっぱり、姉さんと里伽子のどっちもいないってのは、痛すぎだなぁ…「ごめんな、明日香ちゃん。にも苦労かけて」 「てんちょ…」 「スタッフの意見が正しいってわかってて、改められないって、ダメな店長だよな」 「そんなこと…」 「けど、もうちょっとだけ時間くれないかな。は、すぐに解決の糸口が見えないんだ」 「そ、その、てんちょ、元気出してよ。たしも言い過ぎたよ」 「いや、明日香ちゃんの言うことは正しいよ。が至らないってのは実感してる」 「それでも、てんちょは頑張ってる。生懸命頑張ってるよ」 「頑張ってても、結果が出ないと意味がないよ…」 「そんなことない。 意味はあるよぉ。 みんなが一緒に頑張ってるのがその証拠だよ」 「え…?」 「わたしもかすりさんも、それにきっと由飛さんも、てんちょが一生懸命だからついてきてるんだよ」 「明日香ちゃん…」 「ね? だから頑張ろ?わたし、ずっとてんちょについてくから」 「ありがとう…明日香ちゃん」 ぽふぽふ「うあ…」 ついつい、手の届きやすいところにある、明日香ちゃんの頭に手を載せて、叩くように撫でる。 家庭教師のときに時々やる『よくできました』のご褒美。 「もうちょっと頑張るかぁ…お互い」 ぽふぽふ「う、うん、そうだよ。 まだファミーユは、復活したばかりなんだから。 これから盛り立てていかないと、ね?」 「いい子だなぁ…君は。当に、戻ってきてくれてありがと」 ぽふぽふ「て、てんちょ…えっと…そのぉ…」 「あ…ごめん。いいつもの癖で」 「ううん…そっちは全然問題ないよ」 「そ、そう…?」 「頑張ろうね、お互い。たしも、もうちょっと由飛さんと仲良く…」 「あ~店長!ここにいたぁ!」 「うわっ!?」 「っ!?」 「ちょっと来て来て~!あのね、今コーヒー淹れるの挑戦してたんだけど~」 「ちょっ、由飛くん…っ!?い、痛い痛いって」 「ちょっ、ちょっとぉ、由飛さん!」 「それでね~、これが結構いい感じにできたのよ~。ず最初に味見して欲しくって~」 「わ、わかった、わかったから落ち着い…痛い痛い痛い!」 相変わらず壮絶な握力でぐいぐい締めつけてくる。 その力に抗うこともできず、俺は更衣室から引きずり出され…「早くっ、早くっ♪」 「てんちょ嫌がって…あ」 ………「………」 ………「やっぱり…今のファミーユって何とかしないとまずいよ。伽子さぁん」 「皆さん、おはようございます」 「おはようございま~す」 いつものように、打てば響くような朝の挨拶。 ファミーユの朝礼は、いつも和気あいあいと進む。 「えっと、まずは連絡から。日のお客様の来店数と売り上げ個数は、平日としては最高記録を更新しました~」 「おお~」 「あれだけ働いたもんね~」 みんなから、どよめきと拍手が湧き起こる。 その視線と拍手は、『結果を出した』姉さんへと集中している。 けれど姉さんは何処吹く風。 にこにこと、一緒になって拍手してる。 大量の試食ケーキも、200円という価格も、そして、自分の手がけたケーキが売れたという事実も、全部皆の手柄だって感じだ。 「本日は土曜日…昨日以上のお客様のご来店が予想されます」 と、その言葉を聞いた途端、かすりさんと由飛くんが凍る。 そりゃ、まぁ、そうだよなぁ…「きょ、今日は…あの地獄を超えるのかなぁ?」 「いつになったらキッチンに戻れるんだろう…」 「わたし、お昼ご飯抜きだったですよ~」 「わたしも。かも昨日は朝抜いてきたのよ…」 「みんな大変だったんだね…」 「え~と…済まないとは思ってます」 「みんなごめんね~。たし、無理させちゃってるね」 「あ、そんな、恵麻さんは悪くないですよ」 「そうそう、恵麻さんはお客様を呼び込んでくれただけ。分なキャパを用意できない店長の怠慢以外の何物でもない」 「うわぁ…」 「な、なんとかなるよぉ。んなで力を合わせれば」 「そ、そうそう!明日香ちゃんの言う通り」 「そうだよ! 今日は土曜日だから、明日香ちゃんも昼過ぎには来て…」 「…あれ?」 「昼過ぎ…?」 「ん?」 今日は土曜だから、明日香ちゃんの学園も、授業は午前中まで。 だから、昼食どきの終わりの頃から、いつもより早めに合流…………「…えへ」 「………」 「………」 「………」 では、今、朝礼に参加している明日香ちゃんは、一体誰だ?…いや、明日香ちゃんだろ。 「え~と…明日香ちゃん休講?」 「創立記念日?」 「自分たちに都合のいい理由付けはやめろ。明日香ちゃん、どういうこと?」 「え、え~と…学級閉鎖?」 「ならば学園に確認の電話を入れるがそれでいいな?」 「あ~タンマタンマ!担任の先生には知らせないでって校長先生からの伝言で~」 「それはまた頭越しな校長先生だな」 そんなんじゃ部下の信望は得られないぞ。 「そ、そうそう!私立だからワンマンでね?独裁体制?」 「………」 「………」 「………」 「うう…」 俺が、ちょっとだけ怖い顔で睨むと、明日香ちゃんが涙目でうつむく。 「…サボったろ?」 「………うん」 しかし、朝礼に一緒に並んでて、誰も気づかなかったのか、俺たちは。 なんて目の前の事実をフレキシブルに受け止める奴らだ。 「俺、そこまで頼んだっけ?明日香ちゃんに、サボリまでしてバイトしろって、そんなこと一言でも言ったことあったっけ?」 「ふえぇ…」 「じ、仁くん…なにもそこまで言わなくても」 「随分と頭ごなしな店長ね」 「あんなんじゃスタッフの信望は得られないですよね」 「黙れフロア組」 彼女たちの言葉には、あからさまに自分たちの都合が垣間見える。 「俺は明日香ちゃんの将来を心配して言ってるの!今からサボリを覚えたら、ロクな大人になれないぞ?大学生になったら、全然大学行かなくなっちゃうぞ?」 「仁くん、それ、自分のことじゃない…」 「………」 「…なんであんたが青ざめてるわけ?」 「気のせいじゃないですかぁ?わたしはダメな大人じゃないですよ~?」 「そりゃ、たった一日サボっただけかもしれない。かも、俺たちのためっていう、めちゃくちゃありがたい理由だよ」 「てんちょ…」 しゅんとうつむきながらも、明日香ちゃんは俺の話に耳を傾けてくれる。 だから俺も、雇い主らしく、公明正大な態度を取らなければならない。 「でも、今はきちんと学園には行くんだ。 でないと俺は、君の両親や先生方に申し訳が立たない。 …君をやめさせないといけなくなる」 「そ、そんなの…ダメ」 「ダメでもなんでもクビ。 そうなりたい?…俺は絶対に嫌だけど。 明日香ちゃんといっしょに働けないのはさ」 「わたしだって…絶対に嫌だよぉ」 「…決まりだ。緒に、登校しよう?俺、送ってくから」 腰をかがめて、明日香ちゃんと視線を合わせて…そして、にっこりと微笑んでみせる。 実は大学で取得した児童心理学の内容にのっとった対話の方法。 子ども扱いと知れば、明日香ちゃんは怒るかもしれないけど…「てんちょ…ごめん、ごめんね…っ」 今は、効果てきめんだったりする。 「ううっ…仁くん優しいっ!わたし、素晴らしい弟を持って幸せ…」 「ああっ、恵麻さんが弟賛美モードにっ」 「それはそうと、店長までいなくなるって…結局、地獄を見るのはわたしたちなんですね」 ………………「………」 「………」 当然だが、校門前には誰もいなかった。 校庭も、この時間は、体育の授業がないらしく、静まり返ったまま。 だから俺は、明日香ちゃんを連れて、教室が並ぶ廊下までやってきた。 「てんちょ…」 「ん?」 「そろそろ帰ったほうがいいよ?わたし、もうサボったりしないから」 「いや、教室まで送る。丈夫だよ、みんなだって、1時間くらいは持ちこたえるさ」 「そういう意味じゃ…ないんだけどなぁ」 「…どういう意味?」 「気づいてないんなら…いいけどぉ」 「?」 ざわ…ざわ…「ん?」 ざわ…ざわ…なんだ…?この、肌を刺すような緊張感。 背筋を“ぞわり”と駆け上がる不快感。 「あ、明日香ちゃん…ちょっと待ってくれ。の場所…何かおかしくないか?」 「あ、気づいた?」 「…てことは、やっぱり何かがあるんだな?学園が建つ前は廃病院で、その前が墓地とか」 「ううん、山を切り崩したんだって。事中に誰かが死んだとかもないよ」 「じゃあ、俺が感じるこの気配は…一体…」 「それは………てんちょ、周りを見てみたら?」 「周り………ひぃぃっ!?」 ふと目を上げた瞬間…それこそ数十、いや、二桁では収まりきらないほどの、視線の束が、俺に襲いかかっていた。 …いや、よ~するに、廊下の窓際の学生がそろいもそろって、外へと視線を向けている。 というか、俺一人に視線が集中しているわけで。 「そういえば明日香ちゃん…君の通ってるここ…」 「うん、女子校」 「普段は男の人なんて…」 「先生くらいだよ。れもほとんど40過ぎのおじさんばっかり」 「あ、あはは~」 「大遅刻して、しかもてんちょと登校なんて、多分わたし、今日は凄いことになるなぁ」 「…ごめん」 明日香ちゃんのためと思い、送ってきたのだが…これはひょっとして、大裏目?「…そんなことよりも、てんちょが気をつけた方がいいよ。ら、みんなの携帯カメラが一斉にこっち向いてる」 「ひいいっ!?」 「てんちょ、アッサムのミルクティーとダージリン」 「あいよ~」 「あと、ケーキが全体的にぴんち。か一種類くらいでも、今から焼けないかな?」 「早っ!? まだ3時間残ってるぞ?」 「今日はお持ち帰り多かったからね~」 「…なんとか姉さんに相談してみる」 「よろしくね~、てんちょ」 「了解!明日香ちゃんも、頑張ってくれ。えば牛歩戦術とか」 「…嫌がらせにしかなんないよぉ」 …と、まぁ、いつもの夕方が過ぎて。 そして、いつもの閉店時間。 「ほら、また同じケアレスミス」 「うあ…やっちゃった。もさぁ、ここの用法だけ法則無視なんだもん」 「こいつに関しては考えるな、感じろと言っただろう。屈では解決できない問題は人生に沢山ある」 「…経験から来る重み?」 「それほど直面したことはない…こともないけどな」 「ふぅん…」 「さ、次の問題。度は引っかかるなよ?」 「はぁい」 ………今日は、恒例の、明日香ちゃんの家庭教師の日。 とはいえ、今は曜日をきっちりと決めるというよりは、俺の、終業後の仕事が少ない時に突発でやるようにしてる。 明日香ちゃんには、バイトの件も含め、迷惑かけっぱなしだけど、その分、成績だけは維持しないと。 と、いうわけで、お互い疲れているにも関わらず、一切の妥協を許さない厳しい時間が過ぎる。 「…ねえ、せんせ」 「なに?」 「せんせってさ…里伽子さんと、キスしたことある?」 ごんっ「………」 「あ、ご、ごめんっ。んかトラウマ刺激しちゃった?」 「………」 致命的なダメージ。 「い、今の質問は撤回!全部忘れてっ、せんせ」 テーブルに突っ伏した頭を、明日香ちゃんが優しく撫でてくれる。 今は…その優しさが、とてつもなく、憎い。 「明日香ちゃん…あのなぁ」 俺は、ようやく頭を上げて、不意打ち好きな我が教え子に説教をかまそうと…「実名出しちゃったのがマズかったね…それじゃ一般論。んせってさぁ、キスしたことある?」 がんっ「………」 「………」 「………」 「これもNG?」 明日香ちゃんには、バイトの件も含め、迷惑かけっぱなしだけど、その分、成績だけは維持しないとぉ…と、いうわけで、お互い疲れているにも関わらず、一切の妥協を許さない厳しい時間………と、思ってたのは、俺だけだったのか…?「俺のそんな恥ずかしい秘密を聞いてどうしようってんだ明日香ちゃんは…」 「恥ずかしい、かなぁ?」 「してると答えたら後ろめたくて恥ずかしいし、してないと答えたら情けなくて恥ずかしいわ」 「う~ん、話が弾まないなぁ」 「そんな猥談で話を弾ませるスナック通いのおっちゃんみたいに、俺は引出しが広くないわ」 「そうやって次々と話を膨らませて、最終的にはせんせの初体験の話を聞きだすのが、目的だったのに…」 「…明日香ちゃん。とこの学園は女子校だったよな?」 「だからこそだよぉ。んな、口を開ければえっちな話ばっかりだもん」 「孟母三遷の教えって知ってますかお母さん…」 いい娘なんだけどなぁ…この、耳年増っぷりがなければ。 「特に夏休み空けてからが凄くてさぁ…みんな色々あったんだね」 「そ、そうなの?」 「それがさぁ、聞いてよせんせ」 ………………「さ…最近の女子どもは…」 「もう、圧倒されちゃうよね」 しばらく、数学の話で花を咲かせた。 …統計論とかな。 「でさ、彼氏作った娘は学園祭に呼ぶの。れでクラス全員で審査」 「悪趣味なイベントだなぁ…」 「でもきっと、物凄く盛り上がるよ。れこそ掴みあいの喧嘩になるくらい」 「…それを盛り上がるというのか」 ………「結局、最後の方はお喋りだけだったね」 「…申し訳ない。 次回に埋め合わせするから。 1時間延長して、しかも無駄口一切なし」 「…それって嫌がらせだよぉ」 星の浮かぶ、寒空。 てくてくと、家路に急ぐ、明日香ちゃんと、俺。 「それよりも、今週は週3にしてくれると嬉しいな。週頭に小テストがあるんだよ」 「う~ん、努力はしてみるけど…」 「そっかぁ…てんちょの方が忙しいもんね。めんね、無理言って」 「いや、無理なんかじゃないって。度も言ってるように、明日香ちゃんには、これくらいじゃ返せないくらいの恩があるんだから」 「うあ…」 冷えた手で、明日香ちゃんの頭を、ぽん、ぱふ、くしゃっと、叩き撫でる。 いや、ついつい手を置きやすいところに頭があるから、この娘。 「君が最初にファミーユに戻ってきてくれたんだよな。から、今、みんなが揃ったのは、君のおかげだ」 「みんなの中で、一番働いてないけどね」 「それは仕方ない。 学園と両立してるんだから。 それに、働いてる時間以上に、役に立ってるし」 「…ほんと?」 「ああ、明日香ちゃんはウチのマスコットだからな。んとなく、君がいるとなごやかな雰囲気になる」 「え、えへ…そうなんだ」 「これでもうちょっと由飛くんと仲良くやってくれたらなぁ」 「う…」 明日香ちゃんは、まだ、外様である由飛くんには、ちょびっとだけ冷たい。 まぁ、それは、新参だということもさることながら、あのお気楽で、何事も適当に済ませてしまう性格が、どうにも合わないみたいだけど。 「ま、いいけどね。飛くんの方が全然気にしてないし」 「だからあのひと苦手だよぉ…気を使うってこと知らないんだもん~」 と、愚痴をこぼす明日香ちゃんも、なんだかんだ言って、もう諦めムードだ。 あまり心配することじゃないんだろうな。 「ねえ、てんちょ…あ、この場合はせんせかな?」 「どっちでもいいじゃん」 「そうはいかないよ、親しき仲にも礼儀あり、でしょ?」 明日香ちゃんは、俺のことを、厳格に役職で呼ぶ。 …呼び方がちょっと舌足らずでラブリーだけど。 「ねえ…今、わたしを送ってくれてるのは、家庭教師の帰り道? バイトの帰り道?」 「…難しいこと聞くね」 遅くなったのは、家庭教師のせいだけど、だけど今は、バイト先からの帰り道。 教え子を危険な目に遭わせないのは、高村先生の責任。 スタッフを安全に送り届けるのは、高村店長の義務。 「先生でもあり、店長でもある。そうとしか答えられないな」 「せんせてんちょ?」 「訳わからん」 「じゃあ、略してせんちょ?」 「錨を上げろ~! ようそろ~!」 「面白くないし」 「なあ明日香ちゃん…アイアンクローって知ってる?」 「い、痛い痛い…頭掴まないでよせんちょ!」 「その呼び方禁止~!」 相変わらず、掴みやすいところにある頭を、がつっ、ぐいっ、ぎゅううっと、握り潰す。 「じゃ、じゃあ、じゃあ…こういうときはどう呼べばいいの~!?」 「臨機応変に! フレキシブルに!つかどっちでも構わん~!」 「情緒がないよそれじゃ!い、いたいいたいいたいってば~!」 夜の住宅街に、近所迷惑なはしゃぎ声が響く。 俺たちは、店長とスタッフでもなく、家庭教師と教え子でもなく、もちろん、船長と船員でもなく…ただ、仲のいい…友達、のように、帰り道を、急がない。 「お~、偏差値59.7~」 「もうちょっとで60だったのにぃ」 「立派立派。なんか3年になるまでは、50超えたことなんかなかったぞ」 「それで八橋って…その追い込みの方が凄いよぉ」 「そらま~模試1回ごとに3ずつ上がってったからな。さん並の成績が兄貴並になったって、先生も驚いてたなぁ」 「…せんせもその先生も、恵麻さんに対してものすごく失礼だと思う」 「休憩にしよう。 コーヒーを淹れよう。 そうだ、ちょうどシフォンが2つ残ってたんだ~」 「…言わないよ。麻さんには」 「くれぐれもよろしくな…」 怒るならともかく、泣かれる心配があるし、あの人。 ………恒例の、家庭教師の日。 先月の模試の成績が出たっていうんで、今後の勉強の傾向を探るつもりで、ちょっと勉強を中断して見せてもらった。 明日香ちゃんは、突出して成績のいい科目はないけれど、平均的にいい点を取ってくる、典型的な『勉強のできる子』だったりする。 まぁ、こういう子は、教えたことをきちっと成果で示すんで、教える方としてもやりがいがある。 「お待たせ~。フォンとホワイトチョコムース、どっちがいい?」 「後者~」 「…だと思った」 この2つがどっちも200円ってのも、なんか不公平な気もするけどな。 ………「やっぱおいし~、恵麻さんのケーキ。れ残りでも最高~」 「言っとくがな、それ、形が悪いからお客様に出さなかっただけ。っかり完売してたんだからな」 「わかってるよ~もう。近、夕方まで鬼のように忙しいけど、閉店30分前に急に暇になるもん」 そりゃ、ケーキが一つもなくなれば、お客様も寄りつかなくなるわな。 「…もうちょっと作っても、十分売れるよな」 「恵麻さんが倒れなければ増やしてもいいんじゃない?」 「う~む…」 ケーキさえ作らせておけば、寝ることすら忘れる人だけど、それを常に期待するのはマズいからなぁ。 「ごちそうさま~」 「早っ!?」 「…シフォンもおいしそ~だね?」 「勘弁。だって甘いもの大好きなんだ~い」 「あはは…お酒弱いもんね、せんせ」 「周りの人間が強いだけだよ…」 里伽子とか、里伽子とか、里伽子とか…「里伽子さんとか、ね」 「………」 ヤなシンクロしちゃったなぁ。 「せんせ…やっぱ里伽子さんと…」 「それにしてもいい成績だったよな~今回は!どれ、第一志望の東津本女子だったらB判定くらいは…」 「あ…!」 「ん? どした?」 「志望大の判定も…見る?」 「点数だって偏差値だって見たのに、こっちはダメなわけ?」 成績表の2ページ目。 ここの予備校の模試は、確か、第3希望までの志望大について、AからEの5段階評価をしてくれる。 「ダメというかなんというか………」 「いや、どうしてもってんなら遠慮するけど…」 「………勘繰らない?」 「なにを?」 「………」 「………」 「…お好きにど~ぞっ!」 「なに逆ギレしてんだよぉ」 「ふん、だ」 相変わらず、時々訳わからんくなるよなぁ。 普段はとってもいい娘なだけに、そのギャップが…「で…判定は………あれ? D?」 5段階評価のDって…合格率20%~40%程度じゃなかったっけ?「…東津本女子って…偏差値上がった?」 確か俺が現役の頃は、60ギリギリくらいだったはず。 確かに難易度としては高い方に入るけど、59.7取ってるんだったら、最低でもC、普通ならBくらい付きそうなもんだけど…「…第二志望はちゃんとBついてるよ」 「第2志望?あ…あれ?」 上から順に、D、B、B。 確かに、第2志望はB判定。 そして…第二志望が、東津本女子大?「明日香ちゃん…第一志望変えた?」 「聞くなっ」 「え? え?」 「そんなの、見ればわかるくせにぃ」 「あ、そっか」 大体、第一志望の大学名なんて、一番目立つところに書いてあるのが当たり前で…………「…あれ?」 「………」 「八橋大…?経済学部…?」 「………」 どっかで聞いたような大学名だな…いや、そもそも…「明日香ちゃん…」 「な、なによぅ」 「…君って、文学部志望じゃなかったっけ?」 「突っ込みどころはそっちなわけぇ!?」 「うおっ!?」 ………「俺の大学かよ!?」 「今気づくなんて遅すぎ」 「いや、もうちょっと前には気づいてたけど…」 「それ見たらすぐに気づくのが筋」 まぁ、確かに『わざと?』と思われても仕方ないくらいの鈍感っぷりを発揮してしまったわけだが…でもまぁ、これはこれで…「そっかぁ…明日香ちゃん、八橋狙ってるのかぁ。んか嬉しいなぁ」 「ほ、ほんと?ほんとに嬉しい…?」 「うん、俺が言うのもなんだけど、いい大学だと思うぞ。って後悔してない」 「ああ…」 休学はしてるけどな。 「そこそこ厳しいけど、学生の自主性に任せるところ多いし、大学祭とかも面白いよ」 「ふぅん…」 「うん、今はD判定だけど、明日香ちゃんもやれば伸びるからなぁ。いんじゃないかなぁ」 もう少し努力すれば、偏差値60は確実に超えるだろう。 八橋は、もうちょっと上だけど、努力次第でなんとかなるレベルだと思う。 「うん、うん、頑張ろ!ちょっと授業の傾向練り直さないとなぁ」 八橋の入試問題は、どの科目も、長文に偏る傾向がある。 あと、英語による小論文とか、『解く』って感じの問題じゃないものも多い。 「そうだな…来週から問題集替えよう。、今度の休みに選んでくるわ」 「…うん」 「…あ、ごめん。日香ちゃん差し置いて、俺一人で喜んでるな」 「そんなことないけどさぁ…まだ全然手が届かないし、それに…」 「ん?」 「…なんでもなぁい」 どうも、熱意があるのかないのかわからないけど…でも、明日香ちゃんの、新しい目標は、俺にとっても、いいカンフル剤になった。 「頑張ろうな、明日香ちゃん。 再来年の春には、俺の後輩だぞ。 …一緒に通おうな」 「ぁ…」 俺も、今は休学中だから、明日香ちゃんが現役で無事入学すれば、一年は同じキャンパスに通うことができる。 これって…怪我の功名かもなぁ。 「…それを一番先に言うべきでしょうがぁ」 「ん? なんか言った?」 「少しは勘繰れって言ったのよっ!」 「うわぉぅ!?」 「ううむ…」 放課後…活気に溢れまくっている校内。 どの教室も、皆、人が沢山居残り、慣れない大工仕事に手を焼いたり、資材集めに奔走したりしている。 その、全員女の子の人波の中、異様なまでに熱い視線を受けつつ、廊下を進む。 ………早く脱出したい。 「えっと…確か、ここだったよな」 2-Cの教室。 本日の目的地に、ようやく到達。 「す、すいませ~ん」 ざわ…ざわ…「え、えっと…ファミーユのものですけど~、雪乃明日香さんはいらっしゃいますか~?」 我ながら、甲高くて、震えて、情けない声。 だって、俺が扉を開けた瞬間、教室の全員が、俺を凝視するんだもんなぁ…「あ~、明日香なら今お使いに出てますけど」 「そ、そ、そうなんですかぁ!?」 …絶対にいるって言ったじゃないかぁこんなところで独りぼっちにしないでくれよぉ…ざわ…ざわ…「っ!?」 なんだ…?入り口に佇んでいるだけなのに、皆との距離が、縮まっているような…?そうか…これは…距離を、詰められているんだ。 包囲、されているんだ。 女子校の、女の子たち、十数人にっっ。 「あ~、すぐ戻ってきますから、ちょっとここで待っててもらえます~?」 「い、い、いや…今日はこれ…お届けに上がっただけですので~」 「あ~! アレですねそれ!」 『アレですねそれ』って…どれよ?いや、今はそんな接触を図る言葉のやり取りは避けるんだ。 一刻も早く任務を遂行して、脱出しなければ…「そ、それじゃ、これ…明日香ちゃ…雪乃さんによろしくお伝え下さい~、じゃっ!」 「あ~っ! 待った待った!みんな、出口塞いで~!」 「ひいいいっ!?」 “しゅたっ”と逃げだそうと思った瞬間、あっという間に出口を塞がれる。 「色々、お話聞きたいな~って思ってたんですよ~。ら、明日香自慢のてんちょ…じゃなかった、喫茶店の専門家ですし~」 「い、いやぁ、俺なんてただの休学中の大学生だし~」 「まぁまぁそんなこと言わないで~。ら、そこ椅子椅子!あ、お待たせしました~、ここにお掛け下さ~い♪」 「あ、あはは…あはははは…」 これは…脱出不可能…?………………「ちょっとぉ、教えてもらったお店、全然場所違ってたじゃないのぉ!一体どれだけ迷わされたか………?」 「へ~、ケーキもみんなで作るんだ」 「そ~なんですよ~!この娘…晴江がね、こういうの得意で~、それで、わたしたちで土曜の夜に集まって~」 「………」 「そうなんだ~。んなの用意するの?」 「えっと~、ほら、これがリスト。いでしょ? 10種類も作るんですよ?」 「…生ケーキばっかりだね。かもこんなに?」 「そりゃもう、家庭科部も動員して、徹夜で頑張っちゃいますよ~」 「あ、あの~?」 「へぇ、すっごい意気込みだな…でもさ、クッキーとかスコーンとか、簡単な焼菓子もいくつか用意した方がいいんじゃない?」 「だってそういうの作ってても面白くないし」 「そうそう、やっぱり凝ったもの出したいじゃないですか~」 「ちょっとぉ…」 「うん、その気持ちはわかるけどさ…これ、結構難しいのばっかだよ?」 「だからこそやりがいがあるんじゃないですか~。し物は、クラス投票もあるし、優勝狙ってるんですよ」 「そうそう、こうして可愛い制服も借りられたし。うだ店長さん、学園祭の日はきっと来て下さいね~」 「え? あ、でもその日は店が…」 「ちょっとだけでも~!ねぇねぇ、みんなでサービスしますからぁ」 「え? あ、いや、そ、それは………マジ?」 「なに遊んでるのよてんちょ~!」 「ひいっ!?」 ………………「な~、そろそろ機嫌直そうぜ明日香ちゃ~ん」 「………」 「俺、あそこにはほんの5分程度しかいなかったって。当だって」 「………」 「大体、明日香ちゃんに頼まれた制服渡すために、わざわざ来たってのにさぁ…」 「………」 「それで怒られてちゃ報われないと思わない?」 「だったら制服渡したらすぐ帰ればよかったんだよぉ…」 「だからそれは謝ってるじゃないかよぉ…」 何はともあれ、ようやく口を開いてくれたことは、素直に一歩前進。 何しろ、学園から駅までの徒歩5分、電車に乗っての10分、そこから徒歩での15分、ずっと、口を聞いてくれてなかった訳で。 「これだから自分で取りに行くって言ったのにぃ」 「けど明日香ちゃん、水曜以外は学園祭の準備サボって、バイトやってくれてるんだろ?だったらこれくらいは…」 「本当の目的が露見した今になって、そう言い訳しますか~」 「いや、俺、女子学生苦手よ? マジで」 「わたしも女子学生だもん~」 「う…」 どんどん、ドツボにはまっていく俺の言い訳。 ………明日香ちゃんから『ファミーユの制服を使えるだけ貸して』と相談を持ちかけられたのは、昨日のことだった。 今週末の日曜が学園祭で、クラスの出し物が喫茶店と決まり、で、現役ウェイトレスである彼女に、制服調達の任務が降りてきたんだとか。 最初、明日香ちゃんは、学生のお祭りに仕事着を使うのに抵抗があったみたいだけど、結局、貸衣装代を払う予算などあるはずがなく…で、話を聞いた俺たちは、もちろん快諾で、予備の制服をなんとか4着かき集めて、こうして今日、お届けに上がったという訳だったりする。 …そこまでなら、美談で済むところだったんだけど、最後の最後で詰めを誤ったかなぁ。 「…てんちょ」 「は、はいっ!?」 「みんなに渡された入場チケット、没収」 「う…」 「日曜はお仕事だもんね~?行けるわけ、ないよね~?」 「そ、それは…」 清城女子学園…清女の学園祭チケットって、男子大学生にとってはプラチナチケットなんだが…多分、俺がこれを大学に持って行って売ると、平気で万超えの金を出す奴が続出…「没収」 「…はい」 有無を言わせぬ明日香ちゃんの迫力に、俺は仕方なく、内ポケットにしまってあった4枚のチケットを取り出す。 「これで全部だね?」 「あ、ああ…」 「………」 「………」 「ふう、わかったよ。直に返したから、この話はここまでにする」 「明日香ちゃ~ん」 俺は、明日香ちゃんを思い切り抱きしめるように、両手を広げて感激の意を表す。 「で、どうだった?」 しかし明日香ちゃんは、俺との感激の抱擁を拒み、冷静に会話だけを続けてくる。 どうやら理性的には許しても、感情的には全然ということらしい。 「なにが?」 「日曜までに、準備間に合うと思う?」 「ああ、そのことね…」 「わたし、クラス委員なのに、全然手伝えてなくて…ちょっとみんなに申し訳なくて」 「あ~…そりゃ、ごめん」 「てんちょが悪いんじゃないよ」 「けど、これだって結局ウチでバイトしてるから…」 「何度も言うようだけど、やりたくてやってることだもん」 「………」 2年に進級したころ、ちょうどバイト先を解雇されたから、明日香ちゃんは、今まで断り続けていたクラス委員を受け持つことにした。 それから半年…またしてもバイト先の勝手な事情で、職場復帰を半強制された明日香ちゃんは、学園祭準備とバイトで、てんてこ舞いらしい。 「けれど、わたしのせいで、クラスの出し物、失敗したくないもんね」 「うん…」 「それでさ、プロの目から見てどうだった?飾り付けとかは一応、予定通りに進んでるはずだけど」 「うん…装飾関係は問題ないだろ。ーブルクロスも食器も見せてもらったけど、数も十分揃ってたし」 「そ、そう? よかったぁ…なかなか目が届かないから、その辺心配だったんだよ」 「そっちは大丈夫。の分なら、後は前日の追い込みだけでいけるよ」 どちらかと言うと、喫茶店の店長としてより、学生の先輩としての視点でアドバイスする。 「俺たちの学園祭のときなんてさ、大抵は前日の徹夜だけでなんとかしたもんな~」 「それ不真面目だよてんちょ」 「臨機応変と言ってくれ。中に資材が足りないって気づいて、雑貨屋の親父叩き起こしたりしてさぁ」 「ひどいなぁ…」 「それがいい思い出になるんじゃないか~。園祭で思い出すのって、無茶か無理か失敗だけだぜ?」 「ウチのクラスはそんな嫌な思い出なんか残さないもん」 「うん、まぁ、それがいいな。も成功を祈ってる」 「ありがと…うん、絶対に、成功させてみせるもん」 「うん…」 「ファミーユ清城女学園店として、本店やブリックモール店の名前を汚さないように、頑張るからね?」 心から、成功させてあげたい。 責任のある立場にいて、しかもあまり手伝えない状況を作り出してしまったのは、俺だし。 それを抜きにしても、失敗談で盛り上がれるのは、本当は、全体としては成功した時だから。 ………今の2-Cの準備状況は、順調に見える。 見える…んだけど。 「なあ、明日香ちゃん」 「ん?」 「晴江ちゃんだっけ?家庭科部の娘たち…」 「っ!?」 「ひぃっ!?」 「ふうぅぅん…やっぱり、晴江ちゃんたちのことが気になるぅ?」 しまった…踏んだ。 せっかく直りかけていた明日香ちゃんの機嫌が、また一瞬で崩壊した。 「そ、そりゃ、まぁ…あ、だからってそういう意味ではなく」 「………」 「………」 ダメだ…俺が、彼女たちと特に親しげに話していたと、完全に誤解されてる。 「あの娘たち、ちゃんと彼氏いるんだからね?妙なこと考えないでよ?」 「だからぁ、そういう意味じゃないんだって…ただ、準備上手くいってるのかなぁって…」 「あの娘たちは去年もおでん屋さん成功させたし、大丈夫だよ」 「おでんとケーキは違うような…」 「今はそのことよりも、当日の接客の方が心配。昼休みとかに特訓しないとなぁ…」 「そう…」 明日香ちゃんは、家に着くまでずっと、不機嫌とご機嫌のボーダー上にいた。 俺は、彼女のご機嫌を取りつつ、けれども結構からかいつつ…それでも、ほんの少しだけ残った不安材料は、結局のところ、取り除かれることはなかった。 「で、レイアウトこうして…どうかな?」 「ん~…この席の配置、変えて」 「…なんで?」 「この席に腰掛けたお客様って、なにを楽しめばいいのかなぁ?」 「え~と…?」 「窓もない壁際の席で、壁向いてケーキ食べるの?可哀想だよ…」 「あ~…」 「ただでさえ、学園祭の模擬店で、可愛い制服が売りのお店なんだよ?ほら、ウチのテーブル配置ご覧よ」 「確かに…色々考えてるんだねぇ」 「そうやって、細かいことまで気を使わないと、とてもてんちょなんかやってけないよ~」 「…と、昨日俺が教えてやった訳だが」 「きゃっ?」 「あ、お邪魔してま~す」 「いよいよ明後日だねぇ。い、お腹すいたろ? 差し入れ」 二皿の半熟オムライスとブレンド。 今の俺の、とりあえずは一番人気メニューだ。 「て、てんちょ…ダメだよこんなの。手に居座ってるだけなのに、ごはんまで…」 「そんな意味のない社交辞令はやめてよ~作っちゃったもの断ったって、余計迷惑でしょうが」 「そういうとこあるよね、明日香ちゃんって。段は結構ふざけてるくせに、急に場の空気にそぐわない真面目さを見せたりとか」 「てんちょっ!? ひどいよ~!」 「酷いのは、友達に食事も与えずに、3時間も拘束する君の方じゃないのかな?」 「う…」 実はこの娘たち、夕方からなにも食べてない。 明後日に控えた学園祭の打ち合わせとかで、副委員長の美鈴ちゃんをファミーユに召還して、閉店後まで拘束している。 「ま、食べてよ。分で言うのも何だけど、自信あるし」 何しろ卵を3個も使うんだ、負けるわけがない。 「は~い、休憩休憩~。いよね明日香?」 「…仕方ないなぁ。の代わり、15分で片づけちゃうよ」 「ちょっとぉ、そんなに早く食べられないわよぉ」 「大丈夫だよ、すぐ食べちゃうって」 「けど…結構量あるよ?」 「てんちょのオムライス…甘く見ない方がいいよ~?」 イタズラっぽい笑いを浮かべて、明日香ちゃんもスプーンを取る。 そして、俺も二人のテーブルに腰掛け、しばらくの間、一緒に話に加わった。 ………………「それじゃ、食器洗ってくるね」 「いいよ、流しに置いとくだけで。で俺がやっとくからさ」 「ご馳走になって、後かたづけまで任せられないよ。れに…」 と、明日香ちゃんは、またしてもイタズラっぽい笑みを浮かべて、美鈴ちゃんを見やる。 「15分の休憩、あと5分も残ってるしね?」 「…みっともないとこ、お見せしまして」 「あはは…仕方ないって。腹すいてたんだろ?」 「それだけじゃないですよぉ…なにあのオムライス…麻薬でも入れました?」 最後の方は、かき込むようにして、我を忘れてがっついてくれてた。 作り手として、これ以上ない反応に、ついつい明日香ちゃんと一緒に笑いをこらえていた。 「さすが明日香自慢のてんちょ…侮りがたし」 「卵料理だけなら、まぁ自慢じゃないけど~、ちょっと県内じゃ敵が見あたらないって言うか~」 「ま、明日香にとっては、そんなことはどうでもいいんだけどね」 「絶賛するかツッコミ入れるかどっちかの反応してよ」 「ふぅ…ごちそうさま。け値なしに美味しかったです」 「良かった。礼ができたみたいだね」 「…別に礼を言われるようなことしてませんけど?」 「明日香ちゃん、貸し出してくれてさ。当は学園祭の準備、大変なんだろ?」 「あ~…そのこと」 「彼女、委員長なのに、準備サボってばっかりで、雑務も美鈴ちゃんに押しつけっぱなしだって、すごく済まなそうにしてたから」 目の前の彼女…桂木美鈴ちゃんは、明日香ちゃんの親友にして、副委員長。 本来なら、委員長のサポート的役割を担うのだけど、今回の学園祭は、立場が逆になってるらしい。 バイトで忙しい明日香ちゃんに代わって、クラスのまとめを引き受けて、しかもこうして、打ち合わせにまで赴いてくれる。 「でも先月までは、明日香一人で頑張ってたんだし、全然気にすることないんだけどなぁ」 「だからこそ、余計に悪くってさ…明日香ちゃんも、本当はそっち手伝いたいって思ってるんだろうし」 「………」 「それに、その明日香ちゃんの頑張り、見れないし。園祭行きたいけど、その日も仕事だからなぁ…」 「そうですね、良かったですよね」 「なんでだよ…俺は残念だけどなぁ。しかして、模擬店って見られたくない?」 「そういう意味じゃないですよぉ。店を再開したから、行けなくなったんですよね?」 「? そう、だけど?」 「明日香が、どうして学園祭で、『ファミーユをやろう』って言い出したか…知ってます?」 「え…?」 ………「お待たせ~…あれ? てんちょは?」 「顔洗ってくるって」 「ふうん…ま、いっか。れじゃ、今度はスタッフ教育のことだけど」 「明日香」 「なに?」 「…感謝しなさいよ」 「…は?」 「あたしのおかげで、あんた今、株価急上昇中だから」 「…なにそれ?」 「ふぅ…」 冷たい水は、全てを洗い流してくれる。 汚れも、脂も、眠気も…赤い目も、その原因も…「半年前まで一緒に働いてた、ファミーユのみんなに…見てもらうため、だったんですよ」 「え…?」 「女子学生のお遊びだし、本物には到底及ばないし、もしかしたら、逆効果かもしれないけど」 「それでも、みんなが元気になってくれれば。あの頃の楽しかった日のこと、思い出してくれれば」 「…っ」 「…って、言ってました」 「………」 「結局、学園祭よりも前に、ファミーユは復活しちゃって、明日香の気合は空回りだったけど…」 「それでも…あの娘は、自分の努力が無駄になったこと、もの凄く、喜んでましたよ…?」 「~~~っ!」 アホか、俺は…これじゃ、いつまでたっても、明日香ちゃんのとこに戻れないじゃないか。 ………「ただ今、留守にしております。信音の後に、ご用件をどうぞ」 「…う~ん」 「仁くん、朝礼の時間よ~」 「あ、うん…」 ………「嘘…」 「ごめんっ!」 「この通り!」 「ごめんじゃないよぉ!どうするつもりなのぉ!?」 「それは…その…」 「もう1時間もしたら開店なんだよ?お菓子が一個もないんじゃ始まらないんだよ!?」 「あ、あるよぉ…苺ショートはなんとかなった」 「それが完成した時点で夜が明けちゃったけど…」 「あんなに失敗するとは思わなかったよね…」 「できたのはいくつ? どのくらいもちそう?」 「ホール1つ…8個、かな」 「そんなの…あっという間だよ」 「今から近所のケーキ屋さんで調達してこようか?」 「そんなの…予算が全然足んない」 「1個あたり500円くらいで売るとか…」 「学園祭の模擬店のケーキに500円?そしたら逆に誰も注文してくれないよ…」 「あ~、クッキーとかスコーンとか、簡単な焼菓子も揃えておけばよかったね~」 「…明日香んとこの店長さんの助言、真面目に聞いとけばよかった」 「だけどさぁ、生ケーキが売りの店だって、みんなで決めたじゃん…」 「どうしよう…どうしよう…何かいい案ないかなぁ?」 「あ、あのさぁ…あるにはあるんだけど…」 「なに? どんなの!?」 「でもその…多分明日香、ダメって言うと思う」 「なんだかよくわかんないけど…今はそんなこと気にしてる場合じゃないよぉ。でもいいから言ってみて」 「今からファミーユの店長さんに連絡してさぁ」 「ダメ!」 「ほら! だから言ったじゃん!」 「制服借りるだけでも散々迷惑かけてるんだよ?この上、ケーキ回してなんて言えるわけないよ」 「だって明日香が何でも言えって…」 「恵麻さんが焼いても焼いても、次から次へと売れちゃう超人気商品なんだよ?ブリックモールで手一杯なんだからぁ!」 「もし調達できたら、ものすごい目玉なんだけどねぇ」 「制服もケーキもファミーユまんまなんて、贅沢な模擬店だよねぇ…最初からそっちで考えればよかった」 「とにかくその案は却下!もっと現実的な案を考えてよ」 ………「皆さん、おはようございます」 「おはようございま~す」 「本日は日曜日ですので、いつも以上のお客様の来店が予想されます。さんの頑張りに期待します」 「なお、本日は明日香ちゃんが学園祭のためお休みなので、かすりさんは終日フロアでお願いします」 「模擬店で喫茶店やるんだって?あの娘も生涯一ウェイトレスねぇ」 「わ、なんかかっこい」 「大丈夫かしらねぇ…ちゃんとうまくやれてるかしら」 「上手くやってくれなくちゃ困るよねぇ。しろウチの制服着て営業してるんだから、ファミーユ清女店ってことでしょ?」 「………」 「仁…どしたの?」 「そうか…」 「…?」 「ファミーユ清城女学園店…って、言ってたよな。日香ちゃんも」 「仁くん?」 ………「先発隊から連絡あった?」 「ダメ…駅前のお菓子屋さん、どこもまだ開店前。0時にならないと調達できないよ」 「そんなのお店の人叩き起こせばいいじゃない!」 「って、無茶言わないでよ」 「大体、そんな事態になってたのに、どうして昨夜のうちに連絡してくれなかったのよぉ」 「だって明日香、寝てると思ってたしぃ…」 「徹夜に決まってるじゃない…学園祭の前日なんだよ?」 「えっと…ごめん。煮えてて思いつかなかった」 「…いいや。 過ぎたこと言っても仕方ないし。 で、何時なら調達できそう?」 「移動時間や準備も含めると10時半かなぁ…」 「それまでクッキー一つ用意できないの…?」 「用意できるとしても、コンビニで売ってるお菓子とかじゃさすがにねぇ…」 「…あと、20分しかないのに」 「外、どう?」 「…開店前から行列できてる。 20人くらい。 …どうしようか?」 「さすがにファミーユの看板は伊達じゃないね…今となっては完全に逆効果だけど」 「ファミーユのせいじゃないもん…っわたしのせいだもん…」 「………」 「ごめん…ごめん、てんちょぉ…ファミーユの名前に、傷、つけちゃう」 「………」 「………」 「あ、明日香ぁ…ちょっと。話、入ってるよ?」 「今それどころじゃない。って、電源、切っておいたはずだけど?」 「うん…明日香のじゃなくて…あたしの携帯に。日香宛てで」 「…え?」 「とにかく…取ってくれない?」 「…?」 「…もしもし?」 「お困りみたいだねぇ?」 「て…っ!?」 「美鈴ちゃんに聞いたぞ~。ーキ作り、失敗したんだって~?」 「なっ!?ちょっ、ちょっと美鈴…なんでバラすのよぉ」 「え? え?だって…明日香困ってたから…」 「だいたいてんちょ!何でこの娘の電話番号知ってるのよぉ!?」 「いや~…ほら、この前ウチ来た時、名刺もらってたから…ほらゲーセンで作るやつ」 「っ!?」 「ひいっ!?」 「どうして隠し持ってたのそんなもの?怪しげなものは全部没収したのに~」 「あたしの名刺って…怪しげなんだぁ…」 「明日香ちゃんが没収って言ったの、学園祭チケットだけだよ?」 「詭弁だよそんなのぉ…」 「それよりもさ…どうすんの? ケーキ」 「え…? あ」 「もう開店だろ?でもって、全然揃ってないんだろ?せっかくショーケースだって借りたのに」 「だ、大丈夫…なんとかなるよ」 「この期に及んでぇ…」 「明日香ぁ…わたしたちが悪かったからぁ、お願いだから、意地張らないでよ」 「い、今、なんとか焼菓子だけでも調達してる。間通り開店できるよ…」 「本当に?」 「ほ、ほんと…」 「ファミーユに誓って?」 「え…?」 「ファミーユ清城女学園店って言ったよな?ファミーユの看板、背負ってるんだよな?」 「て…てんちょ…」 「開店時間になって、一つのケーキも揃えられないんじゃ、それ、ファミーユって言えると思ってる?」 「そ、それ…は…」 「何よりも、君らの店に来るお客様に、なんて申し開きすればいいの?その辺、ちゃんと考えてる?」 「………」 「てんちょになるってのは、そういう、ことなんだぞ?」 「そこまで…」 「明日香ちゃん…?」 「そこまで…言わなくたって、いいじゃない…」 「あ、明日香…?」 「頑張ったよ…みんな頑張ったんだもん!できなくたって、夜通しなんとかしようって、死に物狂いだったんだよ!」 「そう…よくやったな」 「てんちょ言ったよね?『学園祭で思い出すのって、無茶か無理か失敗だけ』って。から…いいじゃない…」 「そしたら明日香ちゃんはこう言ったんだ。ウチのクラスはそんな嫌な思い出なんか残さない』…だろ?」 「っ…!」 「だから、俺も明日香ちゃんの成功を祈った。で、今は、祈るだけじゃ物足りないって思ってる」 「てんちょぉ…」 「あ…?」 「明日香ちゃんが、ファミーユ清城女学園店って言った。ァミーユである以上、その店は、俺の管轄でもある」 「ひくっ…」 「俺は…困ってる仲間の力になりたいんだ。願いだから、受け入れてくれないかな?」 「え…?」 「ごめん…ごめんなさぁい」 「…手伝わせて、くれる?」 「………お願い。けて…助けててんちょぉ…」 「了解」 「…ぇ?」 ドアを開くと、そこは、なかなかの“店内”。 ちゃんとファミーユらしく、アンティーク『っぽい』『看板』。 学園で授業に使う机や椅子を、テーブルクロスやクッションで工夫して、しっかり、くつろぎの空間を演出してる。 明日香ちゃん…頑張ったんだな。 ブリックモールと学園の、二足のわらじで。 「さ、ショーケースに並べるぞ。んな手伝って」 両腕に抱えたクーラーボックスを開くと、ドライアイスの煙が立ちこめる。 「て…てん、ちょ…」 「ごめん…連絡取る前に出てたんだ。信用してなかったみたいで、ごめんな」 「………」 「うわぁ…本物の、ファミーユのケーキだぁ…」 「こんなにたくさん…」 「ほら、こないだメニュー見せてもらったろ?ちゃんとあの通りに揃えてきたぜ」 「シャレにならないくらい美味しそう…」 「当たり前だ、ウチの総店長お手製だからな」 姉さんに土下座して、今日の商品の半分を強奪してきた。 けど、正直に理由を話したら、みんな笑って、地獄を見てくれるって、胸を叩いた。 姉さんは、不足分のケーキをひたすら焼き続け、由飛は、フロアとオープンカフェを走り回り、かすりさんは、それ以外の全業務を引き受ける。 ただでさえの日曜日。 いつもより、二人も少ないシフト。 それでもみんなは…『明日香ちゃんのお店、成功するといいね』って、笑って、送り出してくれたんだ。 「て…てんちょぉ」 「明日香ちゃんは手伝わなくてよろしい。はフロアチーフなんだから、そろそろ開店準備の方、進めて」 「あ、すいません。ョーケース、こんな感じでいいでしょうか?」 「あ、うん、後はネームプレート。格は全品200円だから」 そしてここでも、俺の指示に従って、みんな、一生懸命に働こうとしてくれる。 だから、この場所は、もう、立派なファミーユだ。 「う…うぅ…うえぇ…」 「…あり?」 と、美談で終わって、ここで笑顔が弾けると思ってたんだけど…「て、てんちょ…せんせ…っ、う、う、うあ…あぁぁ…」 明日香ちゃんの表情は、それはそれはってくらいにくしゃくしゃに崩れ、涙がぽたぽたと、床の上にこぼれ落ちている。 「おい、雪乃チーフ。と10分で開店だぞ?」 「うああ…うあああああああああ~っ!」 「うわああっ!?」 「あ…」 「あ~…」 「うあぅ…あぅぁぁぁ~っ!ひぅぁあああああ~!」 明日香ちゃんは…最後の最後で、大失態を、やらかしてしまった。 緊張の糸を、思い切りぶち切って、感情を、大爆発させて…それよりも何よりも、俺の胸に飛び込んで、号泣ってのは…ちょっと…「うあああああ…せ、せんせ…てんちょぉ…うっ、ひっ、く、くぅっ…」 「だから撮るな~!!!」 ………「お疲れさま」 「………」 「よく頑張ったな、明日香ちゃん」 「…頑張ってない」 「頑張ったよ…大成功じゃん」 「それでもわたしは、頑張ってない…」 「………」 学園祭も終わり、最後のキャンプファイヤー。 女子校にも関わらず、フォークダンスがあり、そして、女子校にも関わらず、男の方が数が多い。 要するに、このフォークダンスのこともあり、清城女子の学園祭入場券は、プラチナチケット化してるわけだが。 「ずっと泣いてるだけだった。後まで、お店、出られなかった…」 「でも、その分みんなが頑張った。れも、明日香ちゃんの頑張りが伝染したんだよ」 「っ…」 開店前に泣き出した明日香ちゃんは、結局、午前中ずっと泣きやまず…午後になっても、その腫れぼったい目は戻らず、閉店まで、フロアチーフに戻ることはできなかった。 本物のファミーユでは、いつも堂々としている彼女が、学園祭の模擬店で、何の役にも立たなかった。 頑張って頑張ってたどり着いた学園祭当日。 最後の最後で極めつけのトラブルに見舞われて、パニックになってしまって…そのパニックが、思いもよらない方向に解決してしまい、もう、感情の制御が利かずに…ファミーユのことがあり、協力できなかった負い目もあり、明日香ちゃんにとっては、深い傷が残ったのかもしれない。 「どうして…助けてくれたの? てんちょ」 「ファミーユの看板に傷をつけるわけにはいかない…」 「…ごめんね」 「ていうのは表向きで…明日香ちゃんを悲しませる訳にはいかないから」 「…てんちょぉ」 「これは、ファミーユ従業員全員の統一見解であり…」 「ついでに、教え子をひいきするワガママな家庭教師の個人的見解でもある」 「…せんせぇ」 フォークダンスの輪から外れ…いつの間にか、フォークダンスというより、チークダンスのように、ゆっくりと、抱き合うように…「安心しろ。れでも、明日香ちゃんへの借りは、まだ、返しきれたとは思ってないから」 「わたしは…貸しなんか作った覚えはないよぉ」 「ファミーユブリックモール店があるのは、明日香ちゃんが第一号スタッフになってくれたからだって、何度も言ってるだろう」 「戻りたくて戻っただけだもん…」 「それでも、俺にとっての救世主だったよ、君は」 「………」 「どうやら、明日香ちゃんは軽く考えてるみたいだけどな。、その辺は見解の相違ってことで」 「てんちょぉ…」 「うっ…」 明日香ちゃんが、俺を抱きしめる腕に力を込める。 そうすると当然、彼女の、顔立ちに似合わない、豊満な、柔らかい胸が押し付けられて…俺の、腰を引かせることになる。 「…ありがとね」 「ん…」 やっと、『ごめん』から『ありがと』になってくれた。 後悔から、感謝へと、変わってくれた。 頑張って、失敗して…でも、最後には成功したんだって事実を、受け入れてくれた。 「思い出になったろ?」 「…うん」 『学園祭で思い出すのって、無茶か無理か失敗だけ』『ウチのクラスはそんな嫌な思い出なんか残さない』どっちも達成できた、最高の学園祭じゃないか。 「よかったな、明日香ちゃん。れって、ずっと宝物になるぞ」 「まだまだ…これからだよぉ」 「…贅沢だなぁ」 「だって…」 「思い出だけで、終わらせたくないもん…はじまりに、したいもん」 「由飛さんごめん、これ外の15番テーブルに。いでに9番さんのオーダー聞いといて」 「委細了解~♪」 「恵麻さんかすりさん、シフォンが全体的にピンチ。とどのくらいかかる?」 「あ、え~と…30分!それまで保たせて~」 「お客様の溢れんばかりの需要は抑え切れませ~ん。 とにかく頑張ってね~。 それ終わったらシュー焼いて~」 「うわぁ、鬼だよあの娘」 「お客様の生の声をお届けしてるだけで~す。、いらっしゃいませ~、お持ち帰りですか?」 「…う~む」 「カフェラテ、ティーオーレ、アイスコーヒー、モンブラン、パンプキンパイに、紅茶シフォン~5分で出さなきゃ料金半額って約束しちゃいました~♪」 「どこのピザ屋よ…」 「紅茶シフォン残ってる?」 「ラ…ラストワン」 「はい、30分の猶予、なくなりました。造現場(キッチン)の皆さんは頑張ってください~」 「火力足りないってば。オーブンの中でたき火します?」 「ダメよそれは…風味が落ちちゃう」 「突っ込みどころはそこですか…」 「はい、1500円で、200円のお返しです。 ありがとうございました。 またお越しください~」 「いらっしゃいませ~、2名様ですね?こちらへどうぞ~」 「…(じぃ~ん)」 「てんちょ、暇だったら外のテーブル片づけてきて。かざる者初心忘るべからず、だよ」 微妙に間違ってるけど、意味はそれほど違わないような…?「…でなくて、みんなの仕事ぶりをチェックするのも店長の仕事」 「いいご身分だね~」 「少なくとも、スタッフにそう言われるほど、虐げられる立場じゃないんだけど…」 「今忙しいんだから、話があるなら手短にね。ないと、板橋店長の親友って触れ回るよ」 「お願いだから、そんな人間の尊厳を踏みにじるような流言はやめて」 「…てんちょって、口悪いね」 「君も何気に性格悪いな」 ………………「明日香ちゃん、そろそろ由飛と交代でフロアに出たら?ずっとショーケースってのも忙しい割に退屈だろ?」 フロアを歩き回るよりも、立ちっぱなしの方が、経験上、かえって疲れる。 接客と比べると、ちょっと、地味な仕事ってのは否めない。 「ううん、いいよ。のシフトが、ファミーユのベストだと思う」 「ファミーユの…ベスト?」 「恵麻さんがひたすらケーキを焼いて、かすりさんがデコレーションして、てんちょが卵かき混ぜて、ときどきサボって」 「…おい」 「でもって、由飛さんが走り回って、笑顔を振りまいて、で、それをわたしがフォローするの」 「それだと、明日香ちゃん裏方っぽくないか?」 「でも、それが正解。飛さん、映えるもん」 「あ…」 「あのね、由飛さんがフロアにいると、お客様の雰囲気が違うんだよ。れ、てんちょなら気づいてるよね?」 「………」 「わたしには、ちょっとあれ、真似できない」 まぁ、気づいてる。 あの天然の明るさ、人懐っこさ…というより馴れ馴れしさ。 最近は、どんな厄介なトラブルでも、笑顔で丸め込んでしまうという、ちょっと問題のありそうなスキルまで常備し始めた。 「それに、平日は夕方からしか顔出せないしね。ァミーユの顔は、由飛さんであるべきだよ」 「明日香ちゃん…」 「わたしだけじゃないよ。 かすりさんも、それ気づいてる。 …それに、由飛さんにお金任すのちょっと心配」 「あ、あはは…」 「ファミーユの胃袋は恵麻さん。 頭はてんちょ。 顔が由飛さんで、わたしとかすりさんは…その他全部」 「………」 「あ、そうそう。はてんちょだけど、脳味噌は実は里伽子さん」 「俺、頭蓋骨のみ?」 「あれぇ? そうなるね…あはは」 「………」 「怒った?やだなぁ、ちょっとだけ冗談だよぉ」 「いや、怒ってない。って、『ちょっとした』じゃないのかよ!?」 「やっぱり怒ってるじゃん~」 「いや怒ってない怒ってない…そうじゃなくて、感激してるだけ」 「感激ぃ?」 「凄いよな、この店って…」 「自画自賛ですか~? このお店のてんちょさん?」 「今の明日香ちゃんの話って、俺が何も言わなくても、みんなが自分の役割をわかってるってことだろ?」 「う~ん、そうかなぁ?由飛さんだけはわかってないような気もするけど」 「あいつはいいんだ。らゆる意味で天才だから」 「ミルクティーにはシナモンを添えてどうぞ~。れがまた焼きたてのスコーンに合うこと合うこと♪ごゆっくりお召し上がりくださいね~」 「………」 「………」 「………ま、ね」 二人して、微妙な表情で肯きあう。 「でも、そういうのを当然のようにサポートしてる、明日香ちゃんやかすりさんがいるってのは、やっぱ、凄いことだよな」 里伽子がいなくなって、明日香ちゃんの言う『脳味噌』を失って。 それでも、ファミーユがこうして機能してるのは、みんなが考えて、みんなが頑張ってる成果ってこと。 「もう、誰が欠けるってのも考えられないな~。こまで役者が揃っちゃうと」 「そうだね…考えたくないね」 「うん…」 フロアの、オープンカフェの、そしてショーケースの人の流れを眺めながら、どちらからともなく、言葉を止めた。 二人とも、今のファミーユでいて欲しいから。 人の流れはうつろう。 今のままのメンバーで、いつまでもってのは、ただの感傷に過ぎない。 その証拠に、半年前までそう思っていたメンバーと、今のメンバーとは、既に微妙に違う。 「あ、いらっしゃいませ。持ち帰りですか~?」 「それじゃ、頑張ってな、明日香ちゃん。もサボリはやめて、仕事に戻るよ」 「頑張ってね~働かざる者このはし渡るべからず、だよ~」 「うん…」 けれど今は…クリスマスを控えて、ひときわ忙しさにかまけてもいい、今だけは。 そんなワガママを、言ってもいいんじゃないかなぁって、思った。 「って、まぁ、とっちめちん!?」 「ね、ここ…わかんない」 「あ、ああ…あのさぁ」 「…ん?」 「暗くてよく見えないんだけど…」 「でも、閉店後にあんまり明るくしちゃまずいよ」 「う~ん…」 今までずっと、結構明るかったと思うんだけど…「それよりもさぁ、これだよこれ。うもここの訳がよくわかんなくてさぁ」 「どれどれ…ちょっと貸して…」 「ダメだよ。したらわたしが見れないじゃない」 「ちょっとくらいいいじゃん。の問題集、字が小さくてさぁ」 「ダメ、一緒に見よ?」 「う、うん…」 にしても…なんて字の小さな問題集だ。 今まではこの本じゃなかったのに、急にどうして?この薄暗さじゃ、かなり近づかないと読めないぞ。 「…(じぃ~)」 で、テキストに顔を近づけて、じっくり見つめると、どうしても、同じ本を一生懸命読んでいる明日香ちゃんと、思いっきり顔が近づく訳で…それどころか、この距離だと、どうしても、明日香ちゃんの柔らかい感触と、温かい体温を感じてしまう訳で…「………」 ちと、色々と困ったことになり、明日香ちゃんから距離を置こうと…「………」 …すると、明日香ちゃんがきっちり同じだけ、距離を詰めてくるわけで。 「………」 「…(すりすり)」 「………」 「…(むっ)」 そして、そのせいで、さっきからお互い、時計回りに回り続ける俺たち。 「ね~、せんせ、わかったぁ?」 「ちょっ、ちょっと考え中…」 「ふぅん…」 「………」 明日香ちゃんは、テーブルの上に顔を乗っけると、そのまま、じいっと俺の顔を見つめる。 その無邪気な表情が、ちょうどテキストの隣にあって、俺の集中力を容赦なく削ぎ落とす。 体は、わざとらしいくらいにくっつきあい、明日香ちゃんの太股の感触まで感じられる。 「………」 「………」 …とうとう、一周して、最初の位置に戻ってきてしまった。 なんなんだ一体…「えっと、だな…なんとなくわかった…これ、積分使って…」 「うん…それでぇ?」 「………」 そうやって、気怠げに見上げるなよ…なんか変な気持ちになるだろうが。 「せんせ…?どしたのぉ?」 「………式はこう立てる!」 ノートを取り出すと、一心不乱に公式を書き出す。 思いっきり横を向いて、明日香ちゃんの視線から逃れて。 「…できた!さ、解いてみ」 「………」 「どうした?ここまでヒントを与えたら、明日香ちゃんなら楽勝だろ?」 「ちぇっ…」 「ん?」 「せんせ、むかつく」 「なにがよ!?」 「ふん、だ」 何故だかわからないが、今の行動は、明日香ちゃんの不興を買ったらしい。 本当に、何故だかわからない…勉強なのに、照明を暗めにしたり、とろんとした表情で見つめてきたり、不自然なくらい、距離を詰めてきたり。 どうして、今日の明日香ちゃんは…こんなに、挑発的なことばかりしてくるんだろう。 …わざと、か?………いや、まさか…ね。 ………………「…よし、今日のところはこれでおしまい。疲れさま~」 「………」 「おい…」 「ありがと~ございました~」 「ど、どういたしましてっ」 なんか怖い…さっきから急にふてくされちゃってて、俺を見る目もかなり冷たいぞ?一体なにがそんなに気にくわないのやら。 「そいや明日香ちゃん、明日終業式だっけ?」 「どうせ~、せんせには~、関係ないし~」 「だから俺が何をした…」 「…何したってのよぉ」 「ふえぇぇぇん」 「ふん」 「い、いや、それはともかく…明日からは、朝から来れるんだよね?」 「今までサボっててすいませんでしたね~働きゃいいんでしょ働きゃ~」 「…出来れば楽しく働いてくれると理想」 「それは雇い主の胸先三寸~」 「どないすりゃええねん…」 「そんなの自分で考えればいいでしょ~」 ここまでふてくされた明日香ちゃんってのも、なかなかに見物だ…などと素直に口に出すと、もう口聞いてくれなくなりそうだ。 「あ、それでさ、家庭教師の方だけど…冬休みの間、どうする?」 「どうする…って…」 「俺、大晦日から2日までは帰省してるけど、他の日なら、明日香ちゃんのリクエストがあれば、受けられるよ?」 「………」 「まぁ、いつもみたいに、お店が終わった後ってことになるけど」 「………」 「けどまぁ、せっかくの冬休みだしなぁ。りあえず、ナシにしとくか?」 明日香ちゃんの場合、受験は1年先だし、そこまで焦る必要もないだろう。 まぁ、来年になれば、こんなバイトなんてやってられないだろうけど。 「んじゃ、それでいいね?次は、年が明けて、新学期になってからってことで…」 「………しあさって」 「ん?」 「次…しあさってが、いい」 「…やるの?冬休みに入っても?」 「………(こくん)」 さっきまでのふてくされてた態度とはまた違う、なんか、今度は妙に緊張したふるまい。 「うん、わかった。じゃ次はしあさって………って、え?」 今日が火曜日…21日。 明々後日ってことは、22、23…えっと…「…24日?」 「………(こくん)」 「その日は…」 ケーキ屋の、一年で一番長い日…じゃないのか?朝から晩まで、休む暇なく働かされるのが、お互い、わかりきってる日のはずなんだが…「お仕事終わった後…用事………あるぅ?」 「いや、今んとこないけど…」 「っ!」 いや、その小さなガッツポーズは可愛いけどさ…「勉強に…なるかなぁ?きっと、へとへとになってるぞ。の日にしない?」 「だ、だめ、だめっ…その日がいいのっ」 「どうせもう冬休みじゃん。しくない日だったらいつでも見てあげるから…」 「え、えっと、えっと…そ、そうだ、追試!追試があるんだから!」 「…なんだって?」 「そうそう、数学赤点だった。 25日追試。 どうしよせんせ?」 と、明日香ちゃんは、あまり悲壮感なく迫る。 けど…数学だって?「そんなはずないだろ…一緒に自己採点したら、80は行ってるって…」 「でも答案帰ってきてびっくり。アレスミスの嵐~」 「何やってんだよ明日香ちゃん…赤点なんて、入学して以来初めてだろ?」 「そうなの大ショック~」 …やっぱり、あまり悲壮感がないなぁ。 俺だって取ったことないのに、赤点なんて。 「………」 「………」 明日香ちゃんが、俺を上目遣いで見つめてくる。 いや、もともと、恩返しのつもりでやってる家庭教師だしなぁ…だったら…考えるまでもない、か。 「それならしあさってと言わず、明日から特訓だ。ゃんと勉強道具持っておいで」 「う、うん…それで、しあさっては…?」 「改善の兆候が見られなければ、続けるに決まってるだろ?」 「う、うん、頑張るからっ!24日お願いしますっ!」 「いや頑張ったら明日限りでOKかも…」 「24日お願いしますっ!」 「………」 「………」 なんで、追試前日にだけこだわるんだろ?蓄積が大事だと思うんだけどなぁ。 ま、いいか。 寂しいことに、今んとこ予定ないし。 「わかったよ。 明日香ちゃんを留年させるわけにいかんからな。 その代わり、今度こそ絶対に合格するんだぞ?」 「ありがとせんせ~!」 明日香ちゃんが、両手を胸の前で合わせて、感激の表情で俺を見つめる。 なんか、山の天気みたいな娘だな…「よ、よ~し、今度こそぉ…っ」 …かなりの気合だな。 やっぱり、いつも通りに見えてても、心の中じゃ、赤点なんてショックだったのか…なぁ?………などと、なんとなく、納得しきれないのは、俺が疲れているからだろうか?「…(うつらうつら)」 「………」 「…(こっくりこっくり)」 「………」 「…(かくん)ひゃん!?」 「…おはよ」 「あ、あれ? あれぇ?」 「大丈夫?」 「な、なにがぁっ!?」 「やっぱ、今日は無理じゃないか?」 これで、もう5度目の船出だ。 勉強始めて30分経つけど、まだ一問も解けてない。 それも、ただの基礎問題なのに。 「…ごめんなさい」 「明日香ちゃんが悪い訳じゃないよ。んなに走り回ってたんだから…」 何しろ今日は、一年で一番忙しかったと、胸を張って言える日だった。 それも、去年までと比べても史上最高。 世の中には、ケーキ好きでお祭り好きな人間が、一体どれだけいるんだってくらい、売れまくった。 俺も明日香ちゃんも、昼食のための休憩すら惜しんで働きまくったんだから、もう倒れてたって当然なんだ。 「で、でも、今日でないと…」 「…まぁ、明日が追試だってんだから、仕方ないけどな」 にしても、無粋な先生だこと。 「追試? 何のこと?」 「は?」 「………」 「………」 今日の、根本の目的を、いきなりうっちゃったような疑問を呈した明日香ちゃんは…「ああああっ! そうだったそうだった!世界史でドジやっちゃって~」 「いや、数学」 「………」 「………」 今日の、根本の目的を…「ね、寝ぼけてる!うんそう、わたし寝ぼけてるよぉ!」 「だから今日のところは早く休んで体調を整えた方が…」 「だめだよぉ…今日でなくちゃ意味がないんだもん」 「う…」 明日香ちゃんの涙目。 …泣きそうなのか、あくびなのか、イマイチ判別がつきにくいが。 「ごめん、せんせ。からは絶対に寝ないから!だから、続けてくださいっ」 「………」 「お願いします…」 それでも、悲壮感だけは十分に伝わってくる。 問題は、何に突き動かされてのものなのか、イマイチわからないことだけど。 そもそも、ケアレスミスの連発で追試ってんなら、ちょっと気をつければ余裕で通りそうだけど…「…とりあえずさぁ、休憩にしよ。ぬほど濃いコーヒー淹れてきてやるから」 「て、てんちょぉ…」 勉強を教える俺は“せんせ”コーヒーを淹れる俺は“てんちょ”相変わらず、その、こそばゆい使い分けは完璧だな。 「5分待ってなよ。の間に寝れるだけ寝ててもいいぞ」 「う、ううん、大丈夫。覚悟決めたら、一気に目が覚めた」 「あはは…」 さて、んじゃ、久々に、カフェイン3倍の、超ストロングブレンドでも作りますか。 ………待て…覚悟って、何の話だ?「お待たせ~」 「あ、う、うん…」 トレイに二つのカップを載せて、フロアに戻ったとき。 果たして、明日香ちゃんは眠気が吹っ飛んだようで、ガチガチに固まっていた。 …何でガチガチ?「はい、ちょっと参考書どかして…ん?」 カップを置こうとテーブルを見ると、俺の目の前に、小さな紙袋。 「これ…?」 「………」 明日香ちゃんは、相変わらず、膝の上でぎゅっと握り拳を作って、ガチガチに固まっている。 「誰かの忘れ物…いやいやごめん!」 ちょっとボケようとしただけで、思いっきり憎しみを込めた目で睨まれてしまった…いや、こういうこそばゆい展開になると、どうにもいたたまれなくなってしまう俺が悪いんだが。 「俺、に?」 「…(こくん)」 「プレゼント…?」 「…(こくこく)」 「…そりゃ、どうも」 「っ!?」 「ち、違っ!嬉しい、すげ~嬉しいってばぁ!」 実は、事態がよく飲み込めてないから、嬉しいも嬉しくないもないのだが…「きょ、去年、あげなかったら、せんせ落ち込んだくせに…」 「違うぞ、くれなかっただけじゃない。いでにからかわれたんだ」 「うあ…」 「ああ嫌なこと思い出してきた…あの時も同じくらいの紙袋だったよなぁ」 喜び勇んで開けたら、中には現国の95点の答案が…「よ、喜んでくれたじゃんせんせ」 「背中で泣いてたんだよぉ…ちょっとばかし期待してたんだぞぉ」 教え子の高得点は確かに嬉しいことではあるが、クリスマスってのはよぉ、そんなもんじゃないだろぉ?「こ、今年は多分…期待、裏切らないと、思う」 「………」 そう言われると…余計に二段オチの可能性を模索…いや。 今日の明日香ちゃん、そんなんじゃない。 俺をからかうときの、いたずらっぽい目をしてない。 「…開けてよぉ」 「あ、ああ…」 だから、明日香ちゃんの消え入りそうな声に促されて、その、紙袋を開き…「あ…」 「………」 「手袋…」 小さな紙袋の中には、毛糸で編まれた防寒具。 それも、結構縫い目が整ってなかったりして、余計な期待をひしひしと抱かせようって造形で…「…編んでみた」 「…明日香ちゃん、が?」 「…(こくこく)」 「~っ!?」 思わず椅子ごと後ずさってしまいそうな、思いも寄らぬ展開。 明日香ちゃんが、俺に、手編みの手袋を…?しかも、からかってるんじゃなく、普通に、クリスマスプレゼントで。 ………これって…どう捉えればいいんだ?「そ、その…サイズ合ってるか心配だから、つけてみてくれない?」 「………」 「せんせ? せんせぇ…」 「え?」 「もう、そろそろ理解してよぉ…わたしからのぉ、手作りのぉ、クリスマスプレゼントだよぉ!」 「あ、明日香ちゃん…」 だって、それって、素直に飲み込んだら、とんでもない解釈になるんだぞ…?「なんで…こんなにうまく行かないかなぁ。生懸命、編んだのにぃ」 「ご、ごめんごめん!今着けてみるな!」 最近の傾向として、明日香ちゃん、逆ギレを頻発するようになってる。 だから、機嫌を損ねないうちに、なんとか、彼女の望む反応を…………けど、明日香ちゃんの望む反応って…どういう、こと、するんだろう。 「うん…ピッタリだ。ったかいよ、明日香ちゃん」 「ほんと? ほんとに?」 「ほら、見てみろって。ゃんと手袋の役目果たしてるぞ?」 「わ、ほんとだ…」 五本の指が全部分かれるようにはなってないけど、ほつれたりしない、しっかりした作りになってる。 頑張ったんだなぁ、明日香ちゃん。 それも…俺のため…に?「ありがと…明日香ちゃん」 「わ、わ」 手袋をはめた左手で、明日香ちゃんの頭を撫でる。 いつものように、はにかんでうつむく明日香ちゃんが、いつも以上に、いとおしく見えてしまうのは…ひいき目だろうか?「よかった…せんせが気に入ってくれて。月入ってからずっと頑張った甲斐があったよぉ」 「そかそか、俺のためにそんな………?」 …待てよ?確かに、やってることはいじらしいけど…今月に入ってからって…?「ね、せんせ…その…わたし…」 「明日香ちゃん…」 「な、なに? なにっ!?」 「…ここ最近、ずっとこれ編んでたの?」 「う、うん…こういうのはじめてだから、結構、時間かかっちゃって…」 「…テスト勉強は?」 「大丈夫、ちゃんとテストだって」 「追試だったんだろ?」 「………」 「………」 期末テストは、今月始めからだったはず。 つまり、明日香ちゃんのプレゼント作りと、時期的にはピッタリ合致する訳で。 「ああっ!?」 「ああっ、じゃないだろ!なにやってんだよ勉強もせずに!だから追試なんて食らうんだぞ!」 「ち、違うの…せんせ、それ、違う…」 「な~に~が~ちがうんだ~!言ってみろよぉ~」 ぐりぐりぐり…手袋をはめてない右手で、明日香ちゃんのこめかみをぐりぐりする。 「だ、だからぁ、追試ってのはぁ…」 「追試ってのは?」 「しまったぁ…つく嘘間違えた…」 「なんだって?」 「………」 「………」 「追試は…追試だね」 「な~にをやってんだよ君はぁ!お歳暮よりもまず進級だろうがぁ!」 「おせ~ぼじゃないもん~、クリスマスプレゼントだもん~」 「同じだ~!」 ぐりぐりぐり「あ~ん!なんでこうなっちゃうんだよぉ~!」 ………………「………」 「………」 「ん、と…」 「貸してみ」 「いい、わかってるもん」 「そか」 「うん…」 「………」 休憩も終わり、説教も終わり。 今度こそ真面目に勉強の時間。 明日香ちゃんも、観念したのか、おとなしく問題集に向かっている。 「できた」 「見せてみ?」 「うん」 ノートには、相変わらず綺麗な字で、きっちりと列の揃えられた公式が並ぶ。 「…完璧。スターしてんじゃん、この辺」 「せんせに叩き込まれたもんね」 「なんでこれで追試になるのやら…理解できん」 「…そりゃ、そんなに鈍かったら理解できないでしょうよ」 「ん?」 「次の問題やるね」 何かブツブツと呟いてた明日香ちゃんだけど、すぐに次の問題に取り掛かる。 よくわからないが、怒りをエネルギーに変えているらしく、ぷんすかしながら、かなりハイペースに問題を解いていく。 これなら、明日の追試は磐石だな。 最初から最後まで居眠りでもしてない限り。 ………………「なあ、明日香ちゃん」 「…なによぉ」 相変わらず、鉛筆を凄い勢いで走らせながら、明日香ちゃんが、怖い声で応える。 「ありがとうな、本当に」 「………」 怒ってるから…距離を取っているから…目を合わせてないから…「怒ったのは照れだから。当は、めちゃくちゃ嬉しいから」 「っ…」 だからこそ、素直に、感謝の気持ちを伝えられる。 「ただ、俺は明日香ちゃんの先生だからさ…成績が落ちたことに関しては責任があるんだよ」 「落ちてないって」 「それに俺は、明日香ちゃんの勉強時間を削って、成績を落とさせた、諸悪の根源たる、バイト先の店長でもある訳だし…な?」 「だから落ちてないって」 「だからまぁ、嬉しいけど、誉められない。の辺、理解してくれたら、もっと嬉しいな」 「………」 「あと、それと…俺ばっかりもらうだけで、君へのプレゼント用意してなかった…ごめんな」 「い~よ。うせまだ、その程度の存在だってわかってるし」 「さっきから君の呟きが良く聞こえないんだけど…」 「ごめんね、声小さくて~」 「いや、その…あ、そうだ。 今日はもう無理だけど、何かお返しするって。 何でもリクエストしてくれよ」 「…何でも?」 「…あまり高いモノはちょっと。ど、ま、可能な限り善処しましょ」 「………」 「…明日香ちゃん?」 「………」 「お~い?」 せっかくお詫びの印に誠意を見せたのに、明日香ちゃんは、ペンを走らせるのをやめない。 最近情緒不安定だよ明日香ちゃん…特に学園祭が終わってから。 あの時は、結構、いや、かなり、心が近づいたっていうか…いい感じになれたのになぁ。 「高いものいらない…今、勉強見てくれてるから、それで十分だよ」 「明日香ちゃん…でも」 「その代わり、今日、47ページまでやっちゃいたいから、終わるまでつきあって」 「それならお安い御用」 「ありがと」 多分、本当は全然納得してないんだろうけど、明日香ちゃんは、いい娘だから。 拗ねても、逆ギレしても、最後には、ちゃんと許してくれるから。 だから、ま、今度プレゼント買ってこよう。 明日香ちゃんが喜びそうなもの、知らないけど、頭をひねって考えよう。 「せんせ…」 「ん?」 「この問題、わからない。えて」 「ああ、どれどれ…?」 だから、その数秒間で、明日香ちゃんが仕掛けた罠には…全然、全く、これっぽっちも、気づかなかった訳で…「………え?」 「これだよ、これ。ら、練習問題16」 「おい…」 そこは47ページ。 今日の約束で、そこまで教えることになってる。 確かに、そのページには、練習問題16が存在していた。 けど…解答編には、練習問題15までしか載ってない…はず。 「教えて、せんせ」 だって、練習問題16は…手書きだ。 「こたえ…教えてよぉ…」 『練習問題16 キスのしかた(実践編)』「あ…明日香、ちゃんっ」 やられた…っ最近、ぷんすか怒ることはあっても、えっち話とかでからかってくることはなかったのに、ここでこんな極めつけを仕掛けてくるとは…「せんせぇ…」 いや、いや、そうじゃない。 これは…からかってなんか、ないんじゃないのか?「ね? ね? ねってばぁ」 「う、わ…」 この前のと同じ猛攻が、また始まる。 いつの間にか、明日香ちゃんは俺のすぐ隣に鎮座して、思い切り、距離を詰めてくる。 体は、わざとらしいくらいにくっつきあい、腕も、胸も、太股までも、すり寄せてくる。 女の子の柔らかい感触と、温かい体温が襲ってくる。 テーブルの上に顔を乗っけて、気怠げに、けれど、潤んだ瞳で、俺を真剣に見つめてくる。 この娘…天才的な、小悪魔だ。 「………」 「そんなに、いや?」 「嫌で…あるわけないだろ。日香ちゃんは、好きだよ」 「里伽子さんに悪い?」 「里伽子は…関係ないし」 「わたしみたいなお子様には魅力を感じない?」 「んなわけあるか。キドキしてるって…」 「…ほんとだねぇ」 「………」 お互いの鼓動が、面白いくらいに伝わりあう距離にいるから…だから、嫌でもわかってしまう。 なんて速くて、なんて激しい心臓の音。 明日香ちゃんだって…めちゃくちゃ緊張してる。 「でも…この前みたいに、逃げないんだね、せんせ」 明日香ちゃんの吐息を、頬に感じる。 「女の子の方からそこまでしてもらって、そういう態度には出れないだろ…」 「じゃあ、すぐ教えて?キス、教えて?」 「ダメだろ、そういうの…」 「なんでぇ?」 「俺、明日香ちゃんの家庭教師だぞ?」 「それが、なに?」 「明日香ちゃんの両親に信頼されてるから、こうして、二人っきりでいられるんだぞ?」 「だから?」 「たとえ家庭教師でも、教師は教師だろ…で、明日香ちゃんは教え子だろ…?」 それって、軽く『好きだ』とか『キスしたい』なんて、言える関係、なんだろうか?「統計的に見てみると~」 「は、はあ?」 「わたしみたいなタイプの女の子の場合、『はじめてのひとは、家庭教師の先生』っていうのが、一番多いんだって、せんせ?」 「誰がまとめた統計だよ…」 「ちなみに二番目は、バイト先の店長だって。ワンツーフィニッシュだね、てんちょ?」 「もうちょっと他所様の子を預かってるって自覚持てよ。の先生もさぁ」 俺…古いかなぁ?抵抗感じる方がおかしいのかなぁ?「そういうわけで…」 「あ…」 俺の呟きなんか何処吹く風。 明日香ちゃんが、求めてる。 「雪乃明日香は、ごく普通に…統計的に見ても、当たり前のように…自然に、あなたを好きになりました」 「明日香…ちゃん」 「なついてるだけじゃ、我慢できなくなってきました」 唇の動きも艶めかしく、ものすごく、女の仕草で、俺に語りかけてくる。 「報われたいです。は、具体的には、キスがしたいです…」 「なんで…今になって、なんだよ」 俺たち、一年間ずっと、週二の割合で、一回につき二時間も、二人っきりだったのに…「なんでだろうねぇ…」 この期に及んでの、俺の、こんな馬鹿げた質問に、彼女は、苦い笑いで応える。 当たり前だ…告白した相手が、即座に『俺も好きだ』って返事してくれないんだぞ。 そんなの、生殺しじゃないか。 なんで、こんな最低なことしてるんだよ、俺は…「せんせといると、今まで、ずっと楽しかったんだよ。強だって、教え方うまいから、辛いって思わなかったし、おしゃべりしてても、楽しいし」 「そんなの、俺だって…明日香ちゃん、頭の回転速いから教えがいあったし、一緒にいると、ほのぼのして、嬉しかったし」 「でもね、最近は…ちょっと、苦しいんだよ」 「………」 「近くに寄れば寄るほど吸い寄せられてくんだ。 抱きつきたくなっちゃうんだ。 …キス、したくなっちゃったんだよ」 「もしかして…学園祭の時から?」 明日香ちゃんのピンチに現れた俺は、ひょっとしたら、彼女の視点から見れば、カッコよく映ったかもしれない。 だから、ただ、心配性で、お節介なだけの男を、崇拝の目で見てしまったのかもしれない。 「あんなのは、ただのきっかけだよぉ…」 「そう、なの…?」 でも明日香ちゃんは、あのときの“事件”を、“あんなの”とか、“ただの”って言い切る。 自分の想いは軽くないって、強烈に自己主張する。 やっぱり、結構、我の強い娘だ。 「これって…花粉症みたいなもんだよ」 「花粉症って…なんだよそれは」 「毎日毎日、会うたびに、ずっと想いは溜まっていくの」 いつもの、からかってるときの、いたずらっぽい瞳はなりを潜め…「でも、ある一定の量を超えるまで、自覚症状は出てこないんだ」 いつもの明日香ちゃんより、1.5倍ほど重くて、声も、微妙に震えてたりして。 「“好き”から“大好き”に変わりかけてること、気づかないんだ」 想いが、突き刺さってくるくらいに、深くて、せつなくて、とても、正面から見据えられない。 だって、今、正面から明日香ちゃんを見つめてしまったら…「一年で、ギリギリ、ギリギリに溜まってて…そこに、ちょっと多めの想いを抱えたから、あふれちゃったの」 俺は、自分の心が明日香ちゃんに奪われるのを、止められないに決まってるから。 「おとなをからかってばっかいたくせに…急に、こんな素直になるなよ…」 「仕方ないよ…発症しちゃったんだもん。度こうなったら、だめだよ」 「なんで、だよ…」 「もう、治らないの。とは、この想いと、ずっとつきあっていくしかないの」 誘惑に見せかけた、純粋な想い。 「そんなことはないって…熱に浮かされたりとか、勘違いとか、思い込みとか、世界には、いくらでも罠はあるぞ?」 「せんせ…わたしを馬鹿にしてるでしょ」 「馬鹿にしてない。ど、大人は色々考えることがあるの」 明日からのお互いの距離感とか、バイトのこととか、家庭教師のこととか、彼女のご両親への責任感とか。 明日香ちゃんの、気持ちとか…「わたし相手じゃ、あふれない?好きって気持ち、あふれたりしないのぉ?」 「溢れそうだよ! 決まってんじゃん!けど、けどさぁっ」 「だったらキスしてよぉ、約束が違うよぉ…っ」 「約束って…」 「47ページまで教えてくれるって言った。わるまでつきあってくれるって言ったぁ」 それは…明日香ちゃんの、イカサマじゃないか。 「女の子にここまで…ここまで言わせといてぇ…えっちな気分にならないひとはダメだよぉ…っ」 「聞いてくれよ、俺は…」 「う…ひくっ、う、あ、あ…あぁぁ…」 「あ…」 とうとう、やってしまった。 男として、先生として、店長として、最低な、こと。 「うあぁ…う、ひっ、ふ、ふぇぇ…い、ああ…うあぁぁぁ…っ」 「明日香ちゃん…泣くなって…」 だってまだ、なにも始まってないし、なにも終わってないんだから。 「ふえぇぇぇ…せんせの…せんせのばかぁ…う、うえぇぇ…っ」 ただ、妙な義務感や、責任感みたいなものに縛られた馬鹿な男が、大好きな娘の前で、おたおたしてるだけなんだから。 「明日香ちゃん…てば」 そうだ…俺は、『大好きな娘』の、目の前で立ち止まってる。 本能に対する、重大な裏切りをかましてる。 「っ………ぅぅ…」 明日香ちゃんは、泣きやまない。 だったら、俺には俺の、今できることを、本当に、やるべきことを…「なあ、明日香ちゃん…」 「っ…」 伏せられた頭に、ゆっくりと手を置く。 明日香ちゃんは、こんな俺の手を拒絶せずに、肩を震わせたまま、受け入れてくれる。 「俺は…俺は、さ」 「………」 「こっち向いて、明日香ちゃん…」 「いや…」 もう、迷ったり、躊躇したりしたら駄目だ。 本能に従って、本当に欲しいものは、取れよ、俺。 「向くんだ」 「あ…」 俺は、両手で明日香ちゃんの頭を抱えると、今度こそ正面から見つめる。 そのまま、流されるままに、明日香ちゃんの、涙に濡れた瞳に、素直に吸い込まれよう。 「俺は…俺はね…」 「あ…あ…」 「…あれ?」 明日香ちゃんの…涙に濡れた…瞳、に?「………」 「………」 なんか、違和感。 明日香ちゃんの、涙に濡れた瞳…「………えへ」 「………あれ?」 どこにあるんだ、そんなもの?「えっとぉ…」 目の前にあるのは、涙に濡れてない、いかにもバツの悪そうな、ちょっとそらした瞳。 それは、まるで、嘘泣きを親に見つかった時の、子供のような………あれ?「明日香ちゃん…まさか…」 「あふれた?」 ぶちんっ「嘘泣きか~!このいたずらっ娘~!」 ぐりぐりぐり「きゃ~!」 あふれたのは、怒りのしきい値。 頭を掴むとかじゃなくて、両手の拳でこめかみをぐりぐり。 「コロっと騙されるとこだったじゃないか~!取り返しのつかないこと、しでかしそうだったぞ~!」 ぐりぐりぐりぐり「や~! いたいいたいいたい~!」 「おとなからかって楽しいか~!え~、どうなんだ~! この策士め~!」 「楽しいに決まってるじゃん~!せんせのこと大好きなんだから~!」 「え~い、今さら媚びても遅いわ~!」 ぐりぐりぐりぐりぐり「え~ん、もう、やっぱりこうなるのか~!」 「それは君に反省の色が見られないからだ~!」 ぐりぐりぐりぐりぐりぐり………ちゅっ「~~~っ!?」 「ん…ん」 「んぅぅぅぅ~!?」 だから、腹いせに…お仕置きをしてやる。 「んぅ…ん、ちゅ…」 「ん~っ、んんんんん~っ!?」 明日香ちゃんの、柔らかい唇が、俺の唇に塞がれて、せわしなく動く。 明日香ちゃんの罠に対しての、俺の回答。 「ん…んむ…」 「………んふぅぅぅ、ん、ん」 多分…これで、正解で、いいよな?明日香ちゃん。 「………」 「………」 唇を離して、お互い見つめあう。 俺の両の拳は、相変わらず明日香ちゃんのこめかみに当てられたまま。 「…おしおき」 「せんせぇ…タイミングが違うよぉ」 「…そうか?」 「そうだよぉ…あきらめかけたときに、突然なんだもん」 「いつが良かった?」 「…できればプレゼントあげたとき、すぐに」 「それは…悪かった。っとも思い至らなくて」 「うう…ファーストキスなのにぃ…ムードが…ムードがぁぁ…」 「…難しいもんだな。だ、キスすればいいってのとも違うのか」 「う、いや…それでも、かなり嬉しいことにかわりないけど」 「んじゃ…次は、もっとムード出そうか?」 「え…?」 「明日香ちゃん…こっち、向いて」 「あ…」 こめかみをぐりぐりしていた手を離し、今度は、明日香ちゃんの頬を挟み込む。 「ごめんな…迷ったりして。も、好きか嫌いかで迷ったんじゃないから」 「せんせ…」 「好きだよ、明日香ちゃんのこと。 でも、君をどう扱っていいのか、迷ってた。 ほんとにごめんな」 「あ…あは…」 「一定値、超えたよ。 発病したよ。 …もう、治らないよ?」 「あはは…ほんとぉ…?」 「証明するから…目、閉じて」 「う…ん…っ」 そんな、シンプルな言葉一つで…明日香ちゃんは、餌を待つ雛鳥のように、ひょいっと、唇を突き出した。 その仕草が、可愛すぎて…「んっ…」 「あ、ちゅ…んっ」 何度も、何度も…唇を、触れては離す。 「ちゅ…んっ、ちゅ…あ、あむ…」 「ん…ん、ん…っ」 教え子の…そして部下の、唇を、奪う。 何度も、何度も、まずは軽く。 「はむ…ん、ん、ん…あ、あぁぁ…やた…やたぁ…」 胸の前で、小さな握り拳を作る明日香ちゃん。 「…キスとガッツポーズは似合わないだろう」 「だって…やっとせんせを攻略だよ?」 「俺はボスキャラかよ…」 「固かったよ~」 しかもシューティングの?「ね、せんせ?もっと、もっとぉ」 明日香ちゃんが、更に唇を突き出して、“餌”を求めてくる。 もちろん俺としては、その、可愛らしくて、あっけらかんとした誘惑に、抗うことなんかできるはずもなく…「次は…ちょっと吸ってみよっか?」 「うんっ…ん…ちゅぅぅ…あ、んむ…っ」 言うが早いか、俺の唇にむしゃぶりついてくる明日香ちゃん。 「ん…ん、ん…ちゅぷ…ん、んぅ…っ」 「は、はむっ、ん、ん…ちゅぅ…あ、んむ…はぁ、はぁっ…ん、ん、ん~っ」 お互い、吸って、舐めて、唇を挟み込んで…「あむぅ…ん、んぅ…ちゅぅ…ふむぅ…あ、あ、あ…んっ…んん~」 「はむ…んく…ん…ん、く…」 「はふ…んふぅ…あ、あぁぁ…ちゅぅ…あむぅ…あ、あ、ああ…はぁぁ…はむぅぅ…」 いつの間にか、先生と教え子にしては、妙に濃厚なキスまで、堪能してしまっていた。 「んちゅ…んぷ…あ、あ、あ…あふぅっ、はぁぁ…はぁぁぁぁ~、あ、あ、あ…っ」 …いや、教え子と先生は、普通、キスしちゃいけないんだったな。 ………………「…あれ?」 「どしたの? せんせ」 「明日香ちゃん…右手の分は?」 「え…」 勉強と………キスが終わっての帰り道。 クリスマスイブの寒空に、明日香ちゃんからのプレゼントを身につけようとして…その、プレゼントの手袋が、片方しかないことに気づいた。 「おっかしいなぁ…紙袋の中に忘れたか?」 「あ、あは、あはは…」 「…ん?」 「実は、片方しかクリスマスに間に合わなかったんだよ~」 「…おい」 「あはは…ごめんねぇ。負時だったから、色々と水増しさせてもらいました」 「俺、騙されてるのかなぁ?」 あのプレゼントも、未完成でありながら、ちゃんと“作戦”に組み込まれてたのね。 「つ、次! 次のデートのとき!もう片方作ってくるから!」 「次のデートって…俺たち、デートなんかしたことないじゃん」 毎日会ってるし、週に二回は二人きりになってるし、けれどお互い、休日が違うし。 二人きりで別の場所で会う必要性も可能性も、ほとんどなかったからなぁ。 「今まではなくても、次はあるよね…?だって、わたしたちって今日から…ねぇ?」 「…それもそうか」 「今日から…なに?」 「自分で言いかけたことを俺に確認するな」 「…ちぇっ」 いちいち細かい罠を仕掛ける娘だなぁ…「恋人…か?」 「…うわぁ」 「………」 引っかかってやると、えらく純情な反応を見せたりして…どうすればいいんだ、俺は。 「ま、いいか…んじゃ、次のデートの時まで、これは封印な」 「あ、いいじゃない。方だけでも使ってよぉ」 「けどなぁ…」 「大丈夫、これで包んであげるから」 「あ…」 明日香ちゃんの左手が…俺の右手に、重ねられる。 「あったかいでしょ?わたしって体温高いもん」 「…それは知ってる。日香ちゃんの身体は、どこもあったかい」 「えへ…」 特に最近、その温かさと、ついでに柔らかさまで、誇示してくることが多かったから。 「でも、うん…これ、いいな。手とも、あったかくて」 「気に入ってくれた?だったら、これからも、いつでも包んであげるからね?」 「うん、よろしくな、明日香ちゃん」 「…っ」 「…明日香ちゃん」 「なんでもない」 「………」 「っ…ぅ…」 手を繋いで、ゆっくりと二人、歩きながら…でも、明日香ちゃんは、俺から目を背ける。 もう、叶ったのに。 からかう必要も、騙す必要もないのに。 「…ひぅっ…ぅ…ぁぁ…」 でも、明日香ちゃんは…俺に、その顔を、見せられないみたいだった。 「ん…んむ…」 「り、里伽子…っ!?ん、あ、あむ…っ」 そうなれば、当然、首に絡みついた腕は、絶対に外れないわけで…「んん…あ、んむ…んふぅ…っ、ん、んん…ふむぅっ…」 「あ、あ、あ…っあ、んむ…ちゅばっ…あ、くぁぁ…」 だから俺たちは、キスをするしかないわけで。 「は、んむ…ん、んぷっ…ちゅぷ…ふぅ…あ、ん、んん…ちゅぱ…んぶぅ…っ」 クリームを舐め合うような、穏やかなキスじゃなく、お互いをしゃぶり尽くそうとする、激しいキスを。 「は、はぁっ、はぁっ、はぁぁ…っ…」 「り、里伽子…ぉ…こ、こら…」 「い、いきが…仁の息が…かかって…っ」 「あ、当たり前だ…この…」 里伽子の腕が、首に巻きついているせいで、唇を離しても、すぐ近くにお互いの顔がある。 里伽子の、どアップ。 キスの後の甘い吐息が、俺の唇や、頬を撫でる。 そして、それは里伽子にとっても、まったく同じ条件で。 「ん~っ、ん、ん、んんん~っ…あ、あむ、んむぅっ、んちゅ…っぷ…」 だから…お互いが、お互いの、いやらしい部分を感じ、どんどん、どんどん、興奮していく。 「あ…んむっ、ん~っ…んんん…あ、ぁぁ…」 「はむっ、ん、んぅう…ん、ちゅ…ぷ…ふぅんっ、あ、あ、あ…は、あぁむぅぅっ、んぷっ…ちゅ…ぅぅ」 里伽子の腕が、ぎゅうぎゅうと、俺の首を締めつける。 力いっぱい、唇を押しつけて、そして、中まですすってくる。 少しでも唇を開こうものなら、柔らかくて、艶めかしいものが、次から次へと押し入ってくる。 「は、んっ…ん、んん…ちゅ、ぷ…んぷ…はむ…はぁ、はぁぁ…あ、あ…仁…っ」 「里伽子…里伽子…ぉ」 これが、さっきまで、俺のことを受け入れようか、拒もうか、揺れていたはずの女…なんだろうか?こんなの…まるで、俺のキスを、俺の愛撫を、待ちかねていたみたいじゃないか?「はぁっ、はぁっ、はぁぁ…っ!ひ、仁…っ、あ、や、や~っ…」 里伽子がバランスを崩し…いや、多分、わざと。 ベッドに倒れ込む。 「うわっ」 里伽子の腕が、俺の首から外れないので、当然、俺が里伽子の上に乗る形で一緒に倒れ込み…首の骨が折れた…GAME(゚∀゚)OVER「でもほら、終わりよければすべてよし…って言うじゃない」 4月1日は…エイプリルフールですから~!!!残念!!!里伽子、それは危ないよ斬り~!!拙者…どのみち死にかけですから…切腹!!「ふぅ…」 改札を抜けると、そこは見慣れた景色。 西に見えるは、ブリックモール。 たった2日間だけご無沙汰だった、俺の職場。 今日は、1月2日。 大晦日に実家に帰省して、たった今、戻ってきたところ。 高村の両親は、夜までゆっくりしていけと引き留めたが、俺は、こっちに用事があるからと、昼前には向こうを出た。 その際、姉さんは引き留められなかったので、一人落ち込んでいたのが印象的だった…「さてと…ちと早かったかな?」 約束の時間は午後3時。 そして今は、まだ30分も前。 ちょっと、空いてる喫茶店でも探して、時間を潰し…「せんせ~!」 「あ…」 と、思ったら…どうやら、気がはやったのは、俺だけじゃなかったらしい。 「おかえりぃぃぃ~!!!」 「うわぁ!?」 ぼふぅっ「寂しかった、寂しかった、寂しかったよぉぉぉ~!」 なんて腰を低く構えたいいタックルだ!あやうく、持って行かれそうだったぞ。 「ちょっ、ちょっと、明日香ちゃんっ」 「ん~…んふふふふ~」 すりすり「う…」 なんて保護欲をそそるいい頬ずりだ!あやうく、逝ってしまいそうになったぞ。 「せんせ…せんせぇ…」 いきなり飛びついてきて、いきなり頬ずりしてきたのは、先週まで、俺の教え子だった…俺の恋人ちゃん。 …いや、家庭教師だってやめてないけどな。 「と、とにかく落ち着いて。りあえず離れて…」 「…淡泊」 「いや、それは…」 「キスした仲なのにぃ」 「したけど…」 「恋人同士になったのにぃ」 「なったけど…」 「せんせって…釣った魚に餌をあげないひと?永遠のハンター?」 「いや…そういうんでなく」 『大体、君が俺の籠の中に入ってきたんだろう』と言おうとしたが、また色々罵られそうなのでやめた。 「わたしみたいなお子様は遊び?やっぱり、里伽子さんみたいな…」 「姉さんと一緒なんだよ」 「………」 「ちょっとコンビニに寄ってるからここにはいないけど、多分、すぐに戻ってくるんだよ」 「………」 「で、もちろん姉さんは、俺たちのこと何も知らないわけで…」 「仁く~ん、お待たせ~」 「うわぁっ!」 「~~~っ!!!」 「チーズケーキ買って来ちゃった~。で一緒に………あれ? 明日香ちゃん?」 「あ、あ、あ…あけましておめでとうございます~!」 「ああ、おめでとう、明日香ちゃん。って、どうしたのこんなところで?」 「まったくの偶然!」 「初詣の帰りに通りかかっただけですっ!」 何とシンクロナイズされた二人の反応…「ああ、偶然会って、話し込んでたってこと?」 「そうそう!」 「恵麻さん鋭い!」 「で…どうしてそんなに仁くんと距離を置いてるの?」 「………」 「………」 「…?」 お互い、突き飛ばしあうように離れたので、必要以上に距離が開いてしまった。 こんな人混みの激しい駅前で、5メートルも離れて世間話する奴はいないよな。 「ま、いっか。年もよろしくお願いね? 明日香ちゃん」 ここまであからさまに怪しいのに、姉さんは、その辺をあまり深く考えようとはしなかった。 多分、頭の中での色々な制約事項が、この状況を自然と正当化してしまうんだろう。 …そういうひとだ。 「は、は、はひっ!よろしくお願いですっ、お姉さんっ」 「………」 「…をい」 せっかくの姉さんの自己正当化に波風を立てるような発言を…「じゃなかった恵麻さんっ!」 「やだなぁ明日香ちゃ~ん。ういう言い間違えは、わたし感心しないな~」 「ご、ごごごごごめんなさいっ」 こりゃ、あかん…明日香ちゃん、完全に萎縮しちゃったなぁ。 「さ、それじゃ帰りましょうか、仁くん。 じゃあね明日香ちゃん。 また明日、ファミーユで」 「…え?」 「あ、ああ…」 更に追い打ちをかけるような、姉さんの、多分、何も意識していない、ナチュラルな人払いに、明日香ちゃんが、凍りつく。 「ほんっとお母さんったら持たせすぎ。んなに食べきれないわよねぇ」 「………」 「あ、あの…姉さん」 「とりあえず仁くんとこ着いたら、お風呂入らせて~」 「っっっ!!!」 明日香ちゃん…それはいくらなんでも考えすぎ。 「もうくたくた~自分の部屋帰ったとき何もしたくないもん~」 「あ、ああ…そゆこと」 この娘は今…姉さんが俺の家に来て何すると思ったんだろうか?「でも…でもぉ…なんなのこれぇ…」 「あ、明日香ちゃん…」 けど…このまま帰らせちゃまずいな…明日の仕事始めが、えらいことになりそうだ。 なんとか釈明の機会を…「そ、そうだ、明日香ちゃんも今からウチに来ない?」 「え?」 「え?」 「実はさ、姉さんがウチに来るのにはワケがあってさぁ」 「…ワケがないと、弟の部屋に行っちゃいけないのぉ?」 「そういう問題でなく!」 とりあえず、どっちも妙な方向にネガティブになりそうなので、無理やり言いくるめよう。 「帰り際に親が食料を大量に持たせてさ、二人にって。れをウチで仕分けしていこうって話になったんだよ」 「え…?」 「それで、とても二人じゃ食べきれない量で、しかも生ものもあったし…よかったら明日香ちゃん、持ってってくれないかな?」 「あ…そうかぁ。ういえばそうよねぇ」 「わかった?わかったよね? 俺の事情!」 「せ、せんせ…?」 姉さんに背を向け、明日香ちゃんの肩を掴み、思い切り目配せする。 今日の、この事態が、俺の望んだものではなく、『何故かそうなっちゃった』ということを、知ってもらいたくて。 「そうよね、それがいいわよね?なんで気づかなかったんだろ?」 「いや、それは…」 「それどころか、わたし、明日香ちゃんになんか、妙に冷たくなかった?ごめんねぇ」 「あ、い、いえ…その…」 「おっかしいなぁ…なにやってるんだろ」 多分、野生の勘だ…なんて危険な姉の本能。 「おいでよ明日香ちゃん。茶くらいご馳走するよ」 「そうね、『ちょっとだけ』寄るといいわ」 「………」 とにかく、釈明の機会を設けないことには、この深く静かな誤解は解けそうにないから。 ………………「本当にごめんっ!」 「どういうことなのよぉ…せんせぇ」 「この通~り!」 「今日はぁ、帰ってきたらぁ、駅で待ち合わせてぇ、初詣行ってぇ、夜までずっと二人っきりって言ったじゃないよぉ…」 「だ、だから、これには単純にして深遠な訳が…」 「お母さんがたくさんお料理持たせてくれたから?それを分けるために?」 「そ、そう…」 「そんなの詰めてもらうときに2つに分けてもらっておけばいいじゃないよぉ」 「いや、姉さんが『めんどくさいからまとめちゃっていい』って…」 「そんなの口実だよぉ。麻さんはただ、せんせと水入らずの時間が過ごしたかっただけだって」 「いや、それは…」 「そうに決まってるよ。たしだって今日は適当な理由つけて、せんせの家に上がり込…」 「ん?」 「とにかくっ!」 「うわっ!?」 「わたしは今、とってもご機嫌斜めなのっ」 「だからごめんて…俺だってこんなことになるとは…」 明日香ちゃんとの初詣…結構楽しみにしてた。 その後、一緒に食べに行くお店だって決めてたのに。 「怒ってるの、それだけじゃないよぉ」 「え?」 「その後のフォローも最悪…」 「その後って…?」 「こうして、恋人と三日ぶりの再会なのにぃ、せんせってどうして…抱きしめてもくれないの?キスも、してくれないの?」 「いや、だって姉さんいただろ?」 「今は…いないよぉ」 「あ…」 「………」 何たるドジ。 部屋に着いてすぐ、姉さんは服を脱ぎ散らかそうとしたので、そのまま浴室へと押し込んだ。 てことは、それから数分間、俺たちはずっと、二人っきりだったじゃないか。 なのに俺は、その後も、お客様だってんで部屋の片づけをして、生ものをとりあえず冷蔵庫へぶち込んで。 それが落ち着いたら、今度は明日香ちゃんへの言い訳に終始して、本来の『ただいま』をしていなかった…「…ごめん」 そりゃ、怒るのも当然だ。 まだ、俺の中で、明日香ちゃんのことを、あんまり『恋人』って認識してない証拠だよな…「謝罪よりも…賠償」 「…ごもっとも。、どうすれば?」 「ん!」 目の前で、明日香ちゃんが目を閉じて、唇を突き出してきた。 「…甘いなぁ、君は」 「惚れた弱みっ!」 「あはは…」 俺にとって、こんな嬉しいことを要求されたら、とても反省なんかできないぞ、明日香ちゃん?「ん~っ」 「明日香ちゃん…」 可愛くおねだりする明日香ちゃんの肩を抱き、ゆっくりと唇を寄せて…「あ~さっぱりした~。先に~」 「うわぁっ!」 「~~~っ!!!」 「ガス代もったいないから、仁くんも今のうちに入ったら?………どしたの?」 「なんでもっ!」 「ありませんっ!」 「………?」 わざとか…わざとなのか…?………………「よしっと、こっちが姉さんの分。日香ちゃんとこハムって食べる?」 「………」 「え~と…」 またしてもご機嫌を損ねてしまった…なんとか…なんとかしないと…「食べなくってもご近所にあげちゃってよ。たしと仁くんじゃ、どのみち食べきれないし」 「って、冷蔵庫からビール出さないの」 「え~、疲れてるのに~」 「疲れてるときに飲んだら寝ちゃうだろ?姉さん、今から帰らなきゃいけないんだぞ」 「ん~、めんどくさいなぁ…そうだ、泊まってっちゃおうかなぁ」 「っ!?」 「勘弁してください…」 これ以上、火種を弾けさせたら、俺は明日から破廉恥店長の烙印を押されます…「わかったわよぉ。くんも疲れてるだろうし、明日も仕事だしね」 「よしっ!」 「ん?」 「野良犬かな?」 「…そんな音だったっけ?」 「うん」 「~~~っ!」 姉さんに見えないように、明日香ちゃんの口を塞ぎながら、しらばっくれる。 「よしっと、それじゃ荷物こんだけね?」 姉さんが、昔ながらの風呂敷包みを抱える。 …我が家では、お重とかは未だにこれで梱包している。 「それじゃ、姉さん、おやすみ…」 「じゃ、明日香ちゃん、行こう。うちまで送ってくわよ」 「う…」 「あ…」 「…明日香ちゃん?」 「…(ちらっ)」 「え、え~と…」 明日香ちゃんが助けを求めるようにこちらを見るが、こればっかりは、明らかに姉さんが正義だ…姉を家から追い出すのに、教え子だけここにいさせることは、明らかに、それ以上に付加された関係が必要なわけで…そして姉さんは、今度こそ親切心から言ってくれてる訳で。 …まぁ、何かしらの本能が働いてる可能性も否定できんが。 「さ、明日香ちゃん」 「…(ちらっ、ちらっ)」 「ん?」 そこまであからさまにこっちを見るな。 また勘繰られるだろうが。 ど、どうする…?………「…明日香ちゃん、俺が送ってこう」 「へ…?」 「仁くん?」 「荷物持つよ。ょっと重いだろうから」 「…わたしも重いよ?」 「姉さんは家族なんだから我慢する。客さん優先だろ?」 「お客…」 そこで真に受けて落ち込むな…「途中まで行って引き返そ?」 「あ…」 明日香ちゃんの耳元に小声でささやく。 これでちゃんと意図が伝われば…「というわけで、とりあえずみんなで出よう。ずは姉さんを駅まで一緒に送るってことで」 「う…うんっ、そうそう! せんせお願い!これ重いもん、おっきなハム!」 「食べないんじゃなかったっけ?」 「大好物ですっ!」 「………さ、行こう。う暗くなる」 これ以上、ツッコまれると、思いっきり馬脚が現れそうだ。 俺は、二人を促すために、先陣を切って靴を履いて、玄関のドアを開け…「あ、はっぴ~にゅ~いや~♪」 「あけましておめでと~♪」 「………」 そして、一瞬で硬直した。 「あれ?」 「な…」 大音響につられ、玄関から顔を出した二人も、呆然と、新たな客人をただ眺める。 「うわ、うわ、すごいよかすりさん!ファミーユ大集合!」 「…声かける前に全員揃っちゃったねぇ」 「なんなの、これ…?」 というより、なんの悪夢?「鍋だよっ、新年会といったら鍋っ!お邪魔しま~す♪」 「ゆ、由飛ちゃん…?」 「こら待て!」 「あ~…あとはわたしが説明するわ」 と言ってる間に、由飛は勝手に上がり込んでしまった。 「あ…あ…」 「か、かすりさん、これは一体…?」 「ちょっと高村!今、由飛の声が………あれ?」 「あ、おめでと~。 今年もよろしくね、キュリオさん。 …そだ、あんたも参加しない?」 「…はい?」 「え?」 「鍋? 鍋って言った? 今?」 「………」 「は、はは…」 その時の明日香ちゃんの顔色は、紙よりも、白かったという…………「しらたき~♪」 「まだ早い! 先に煮えにくいものってのは鉄則でしょ?まったく、どうしていっつもそういい加減なのよ?」 「ひええ…」 「やっぱり奉行だったか、玲愛…」 「いや~、ちょっと材料少ないと思ってたんだけど、仁くんのとこにたくさんあって助かったわ~」 「ちょうど食べきれないと思ってたのよ~。が良かったね、仁くん」 「え? あ、ああ…」 「………」 「あ、あは、あはは…」 年始のお買い物で、偶然遭遇した由飛とかすりさん。 ちょっとお茶してるうちに、新年会をしようってことで盛り上がり、じゃあ、日にちと会場をどうしようかという話になった。 その時の、由飛の短絡的なひらめきで、『今から仁の家に行こうよ!』などという、超てきとーな計画が立案され…それを、ノリだけで行動するかすりさんが、忠実に実行し、材料を買いそろえ、俺のマンションへと押しかけたと…まぁ、要約すると、そういう話の流れらしい。 …なんつ~行き当たりばったりな。 「でも危なかったよね~あと5分到着が遅れてれば、もぬけの空だったわけでしょ? ここ」 「本当に惜しかった…」 「っ…」 明日香ちゃんが、俺の隣で、顔をくしゃくしゃにしている。 …お、俺のせいじゃないからな!「えりんぎ~♪」 「もっと細かく割く!それじゃ煮えるまでに時間かかるでしょ!あ、まだ駄目!」 「…どうしてそこまでアク取りに執念燃やすのよ」 「さすが姉妹ね…いい連携。たしたちみたいね、仁くん」 「…姉が引っかき回してるだけに見えるけど…ん?」 「っ…ぅ、ぅぅ…っ」 「明日香ちゃん?」 「あ…」 とうとう、涙腺の許容値が…?「あれ? ひょっとして猫舌?」 「ポン酢が目に染みただけだよぉっ!」 ………………「っ…ぅ、ぅぅ…ぅぇぇぇ~」 「お~い…」 「っ!?」 「寒いだろ。酒持ってきたぞ」 「…せんせぇ」 「明日香ちゃんの分、まだ残ってるから。 機嫌なおしたら戻っておいで。 お腹すいてるだろ、あれだけじゃ」 「…っ」 こうして、俺の前だと、ボロボロの泣き顔見せてるけど、明日香ちゃんは、さっきまで、立派だった。 ちょっとキれかけた後は、ちゃんと普段通りを“装って”、みんなの雰囲気を悪くするようなことをしなかった。 空気のように振る舞って、けど、鍋にはほとんど手をつけず。 みんなより先に『ごちそうさま』をして、ここに逃げ出してきた。 「さっき、家に電話しといたから。日は門限破っても大丈夫だぞ」 現在、21時。 多分、今いるみんなは、終電間際まで騒ぐだろうから、新年会は、まだ2時間は、続く。 「なんで…」 「ん?」 「どうして、こう上手くいかないかなぁ…」 「明日香ちゃん…」 「わたしが先約なのに…今日のせんせは、わたしのためだけのせんせだったのに…」 「みんなといるの…嫌か?」 「そういう問題じゃないよぉ!」 「俺は…もう、そういう問題だと思う」 ここで、明日香ちゃんだけ先に帰したら、二人っきりになれるチャンス再来かもしれない。 けど…こうやって、ファミーユ全員集合となった今は、そうすることが、正しくないんじゃないかって、思う。 「なし崩しで始まっちゃった新年会だけど。んなが集まったのって、本当に偶然の積み重ねだけど」 「だけど、偶然だからこそ、今日は、こうなるべき日だったんじゃないかなぁ」 「ひくっ…」 「明日香ちゃん…みんなのこと、嫌いか?」 「そんなわけ…ないよぉ」 「みんなと騒ぐの、嫌いか?」 「しつこいよてんちょ…」 ファミーユの話をしてるときは、俺は店長。 相変わらず、メリハリの利いた呼び分けだな。 「わかってる…わかってるよ。ういう機会って、年に一度、あるかないかってことくらい」 休みは、週に一度。 普通の休日は、かき入れ時。 みんなで集まって騒ぐのって、よくて閉店後のティーパーティくらい。 「でも今日は、今日だけは違ったんだよ。違うはずだったんだよ」 「明日香ちゃん…」 「駅前で待ち合わせて、普通に恋人して、初詣して、デートして、ごはん食べて、それから、それから…」 「うん」 「門限までは、その…ちょっとだけ、まだ、時間あって…」 「………」 「もっとおしゃべりしたくって…でも、それよりも、大事なこと、あるんじゃないかなぁって、ちょっと思ったりして」 「なにしたい…?」 「キスより先に………進みたい」 「ん? なに?」 「キスしたいなぁって言ったの!」 「俺も」 「え…んっ!?」 ほんの一瞬の隙をついて…「ん…ん…っ!?」 明日香ちゃんの、やわらかい唇を、奪う。 「…俺もしたかったよ。日香ちゃんと、キス」 「あ、あわ、あわわ…」 「どした?」 「だ、だって、ここ…」 「外ってこと?でも、俺の部屋みたいなもんだよ」 「み、みんなに見られたら…」 「困るな」 「だ、だったら、どうして…」 「明日香ちゃんに泣かれたままなのは、もっと困る」 「あ…」 そのキスは…一秒にも満たなかったかもしれない。 けど、俺たちの唇は、絶対に、今、ここで、触れあった。 これだけは、誰が何と言おうと、譲れない。 「君は、俺の最愛の人なんだからさ…もっとその辺、自覚して欲しいなぁ」 「っ…ぅ、ぁぁ…っ、せ、んせぇ…ひぅっ、ぅ、ぅ…」 「後は…騒ごう?みんなで、バカ騒ぎしよう?…絶対に、楽しいからさ」 「………」 「明日香ちゃん…」 「…あと5分経ったら、もどる」 「ん…」 「5分で、ひっどい顔してるのも、元に戻す。から…先に行ってて」 「わかった…」 明日香ちゃんは、芯の強い娘だ。 その彼女が、戻ると言ったら、絶対に戻る。 俺は、そう、信じられる。 「じゃ、先に戻ってるから。れ、あったかいうちに飲みなよ」 「うん…ありがと」 ………「せんせぇ…」 「やっぱり………キスから先、進みたいよぉ」 「それじゃあさよなら~!」 「ちょっと明日香ぁ~!委員長がホームルームさぼらないでよ~!」 「ごめんっ! バイト急ぐから~!今日だけは許して~!」 「あ、こら~!」 「あらら…超特急だねぇ」 「ま、しょうがないんじゃないの?最近のファミーユ、かなり忙しいらしいし」 「そうそう、先週顔出したんだけどさぁ、とても話ができる余裕なんかないくらいだったよ」 「でもさぁ、付き合い悪くなったよねぇ…最近いっつも『てんちょはわたしがいないとダメだから』だし」 「付き合い悪くなったのはしょうがないよ。当にバイトだったらね」 「ならブツブツ言ってないで、ホームルーム始めたら? 副委員長」 「でもさぁ…今日だけは納得行かないのよねぇ」 「なんで?いっつも似たようなもんじゃん」 「今日って何曜日?」 「水曜だけど、それが一体………あ!?」 「…気づいた?」 「ブリックモールの………定休日?」 「正解」 「でも明日香、さっき出てくとき、確かに『バイト急ぐから』って…」 「………」 「………」 「………」 「あ~っ!しまったぁ…100円足りない~」 「ど、どうしよう…両替しないとぉ…ああん、もう、詰めが甘いなぁ」 「よっ、お待たせ」 「うあ…っ」 「何だそのリアクションは?ちゃんと時間通りだろ?」 「なんであと10分遅れてこないのよぉ」 「…もしかして、『ごめ~ん、ゆうべ眠れなくて、だから寝坊しちゃった。へっ♪』とかやって欲しかったのか? いや、俺はちょっと…」 「それ女の子の方の台詞…」 「そんなことより、今日も可愛いね」 「………」 こんな感じで、俺も少しは明日香ちゃんをからかえるようになった。 これも、カップル成立による二人の関係の進歩だと思ったりもする。 「さ、早く行こう。と10分で始まっちゃうぞ」 「え? 10分!?うそぉ、そんなにギリギリだったっけ?」 「だから映画はやめようって言ったのに、明日香ちゃんが聞かないから…」 「あ~、あ~、あ~…また色々と最初から計画にミスがぁ」 「…どんな悪巧みしてたんだよ、今日は」 「わ、悪巧みなんて失礼な~!ただ、あの、そのう…」 「ん?」 「………」 「………」 「100円貸して」 「はぁ?」 ………水曜日…ブリックモールの定休日。 そして、俺と明日香ちゃんが、店長とバイトでなく、家庭教師と教え子でもなく、彼氏と彼女の時間を共有できる、週に一度だけの日。 何しろ、明日香ちゃんのお休みは日曜日。 俺の休みは水曜日。 お互い、毎日会ってるとはいえ、それは仕事の上のこと。 そして、仕事のときは、彼氏と彼女の会話をしないって、お互い、誓い合ったから。 …明日香ちゃんは結構不満タラタラだったけどな。 けど、そういうのは店の風紀上良くない。 多分、かすりさんにからかわれ、由飛に冷たくされ、姉さんに泣かれることは容易に想像できる。 そして全員から、とある称号を与えられるだろう…その恥辱を受け入れるには、もう少し時間がかかる。 ………ま、まぁ、それはともかく。 今日は、映画を見て、食事をして、お喋りをして、そして…できればキスを何度もしようって、約束した。 「…で、なにそのでかい荷物は?」 「余計なこと聞かなくてよろしいの~」 明日香ちゃんは、俺から100円玉をひったくると、ふてくされたように、コインロッカーを開けて、大きめのバッグを取り出した。 そして、そのバッグと、何故か俺の顔を交互に見比べて、ひととおり、謎の怒りを発散した後、結局、その鞄を抱えたままデートに臨んだ。 「まだチャンスはあるもんね…」 「なんの?」 「はじまるよせんせ」 …どうやら、あの荷物の中身については、詮索しない方が吉のようだな。 ………………「…(ごくっ)」 「………」 明日香ちゃんの選んだ映画は…いかん、またやられた。 『大人向けの恋愛映画』ってしか説明受けてなかったが、R15指定されとるぞ…しかも残虐方面でなく。 「うわぁ…」 「………」 さっきから、とてもソフトとは言えないセックス描写の、あ、あ、あ~らしっ!俺も全然学習せんなぁ。 何度明日香ちゃんにしてやられれば気が済むんだよ…「………っ!」 「…ふぅっ」 「うひゃひゃひゃひゃ!?」 「…あれ?」 「な、な、なにすんだよ! 明日香ちゃ…あ、いや、ごめんなさい…」 「い、痛い痛い痛い~、せんせ~」 …ただ今のプレイについて説明いたします。 映画鑑賞中の高村選手に対し、雪乃選手が突如、吐息を耳に吹きかけ、高村選手、一時錯乱状態となり、大声を上げました。 ですがこれは映画館内では迷惑行為にあたるため、同選手が観客に謝罪。 騒音問題を回避いたしました。 その後、正気を取り戻した同選手が、雪乃選手の頭を右腕で抱え込むという暴力行為に及んだところから、そのまま試合再開といたします。 「なんのつもりだ~めちゃくちゃビビったぞ~」 「お、おっかしいなぁ…せんせ、気持ちよくなかったぁ?」 「くすぐったいだけだ~どういうつもりだよ明日香ちゃ~ん」 「耳に息って気持ちいいって読んだのに…」 「え~と…」 多分、ここで『読んだ』ものについての言及は、しない方がいいんだろうな…「…ひょっとして、これって女の子しか気持ちよくない?」 「俺に聞くな」 「ね、ね、せんせ…ちょっと試してみてくれない?」 と、明日香ちゃんは、髪をかき上げて、俺の方に耳を向けてくる。 「…なんのつもりだ?」 「一回だけ一回だけ。ら、ふぅって」 俺の説教とか体罰とか、全然堪えてやがらねえ。 弱いな一介の家庭教師…「これってなぁ…」 エッチのときのテクニック…だろうが。 ちっとも映画鑑賞中のアクションじゃないぞ。 それとも…?映画館の一番後ろの席をさり気なく選んだのって…?………「はやくはやく~。ぅって、ふぅって~」 「………」 どうやら、そういうことだったらしいな。 あまりにも当然のように階段を上るから、すっかり気づいてなかったぞ。 まったく、この娘は…「せんせ?」 「…じっとしてろ」 「うんっ」 このまま、明日香ちゃんの思い通りに話が進むのも、なんだか癪だ。 ならば、俺のできる範囲での、最大の反撃を…「いくぞ…」 「ん…」 「…れろ」 「うひゃひゃひゃひゃっ!?あ、ごめんなさいすいません~」 またしても、前の方の席の人たちが、少し怒り顔で振り返る。 今度は、明日香ちゃんがぺこぺこ謝る中、俺は何処吹く風で映画に集中してる…ように見せかける。 …まぁ、いきなり耳に舌を入れたら、そりゃ、新鮮な反応返すわなぁ。 「せんせせんせっ、なにするのよぉ。っくりしたじゃないのも~」 「びっくりしただろ?じゃあ俺がびっくりしないってどうして思ったんだ?」 「う…」 「どうせ明日香ちゃんの読んだ本ってのも、『耳に息』の次は、『耳にキス』とかなかったか?」 「…せんせ、同じ本読んでたんだ。然だね」 「ちげ~よ」 この純情可憐な耳年増めぇ…ついつい仕返ししたくなるくらい可愛いじゃねえか……うん、決めた。 仕返ししよ。 「もうちょっと試すから…動くなよ明日香ちゃん」 「え? あ、あれ…?せんせ、そうじゃないって…」 「ん…ちゅ…」 「ひぅっ!?」 全身を硬直させつつも、今度は頑張って声を抑えた明日香ちゃん。 「ん…んぷ…れろ」 「あ、ひゃっ、ぃぅっ…せ、せんせぇ…っ、ちょっ…んっ…あ、あぁ…」 耳たぶを舐め上げて、耳の裏、耳の周り、それに耳の穴まで、さわさわと舌を這わす。 「くすぐったい…?」 「う、う、うん…」 「嫌? ならやめるけど」 「っ…」 「………」 「…(ふるふる)」 「くすぐったいの、我慢できる?」 「(こくこく)」 「じゃ…続けるよ」 「う…ん」 いつの間にか変な流れになってしまったが…主導権を奪って、明日香ちゃん公認でいぢめられるとは、かなり至福の時っぽいな。 …公認って時点でいぢめとは言わないかもしれんけど。 「ん…ちゅ…」 「あひゅ…ぅぅ…」 もう一度、耳たぶを、今度は唇で挟み込む。 そのまま左右に動かして、柔らかだけど、ちょっと冷たい感触を楽しむ。 「あ、ぁぁ…ぁぁ…っ」 本来は、耳って、単独じゃあまり感じないとか聞くけど、明日香ちゃんは、結構敏感かもしれない。 「ん…ぇろ…んぷ…」 「ぅ、ぁ…ぁぁっ、せ、せんせ…っ、な、なんで、なんでぇ…」 「…なにが?」 「くすぐったい…だけじゃ、ないよぉ。にこれぇ」 「それこそ、明日香ちゃんが雑誌で読んだ内容なんじゃないの?」 「だ、だって…せんせがどうなるかなって考えたけど、自分がどうなるかなんて想像もしてなかったよぉ…っ」 「昔の人は言いました…『人を呪わば、穴二つ』…ん、はむ…」 「~~~っ!!!」 舌で舐めるだけじゃなくて、軽く耳たぶを噛んでみる。 「あっ、あっ、あぁぁぁぁ…っ」 本当に軽く、歯を当てただけ。 けど、明日香ちゃんは、かなりの好反応を見せる。 ここまで俺の手でいじくられてくれると、なんとも嬉しい。 「んむ…」 「ふぁぁぁぁっ、あ、あ…せ、せんせ…やだ、やだ、やだぁ…」 明日香ちゃんの声が、ちょっとだけ大きくなる。 …こうなると、スクリーン上で映し出されてるシーンがヤバめなものになってることに感謝してしまう。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…ぁっ、ぅぅっ…あ、ん…っ、せんせ、せんせぇ…」 「明日香ちゃん…ああ…ん…」 「~っ! ぁ、ぃ、ぃぃ、ゃぁ…」 しゃくり上げるような、明日香ちゃんの泣き声。 俺が、泣かせてるんだ…この娘を。 こんなに可愛くて、あったかくて、柔らかい娘を…もう…なんつ~か、制御が、利かなくなってきそうだ。 「ぁ…明日香…ちゃんっ、ん、んぅ…」 「ひぅぅぅぅ~っ!ぅ~、ぅぅぅぅぅ~っ!」 耳の穴に舌先を激しく突っ込み…そして、いつの間にか、俺の手は、明日香ちゃんの制服の上の胸を掴んでいた。 …服の上からなのに、こんなに柔らかくて、あったかい。 ちょっと力を入れると、むにゅって、形を変えてくれる。 「ぁ、ゃっ、せ、せんせ…ちょっ…あぅっ、ん、ん、ん…んぅ~っ」 その、手にはまり込むような感触が…明日香ちゃんの、熱い吐息が…俺を、ますます獣へと仕立て上げて…「ぃ、ゃ、ゃぁぁ…ああ、ひぅっ、ひぃんっ…ぁぁ、ぁぁ、ぁぁぁ…っ、せんせ…だめ、だよぉ」 「ああ…明日香ちゃん…っん、ちゅぅ…れろ…はむ…んっ」 耳全体を舐めしゃぶるように、甘噛みして、舌でねぶって、唇で愛撫して。 服越しに、明日香ちゃんの、身長の割には豊満な胸を、ぎゅうって絞るようにいじめて。 「ぅぁ…ぁぁっ、ぃゃぁ…っ、ぁ…んっ、うぅぅ~、ぅぅぅぅぅ~っ!」 駄目だ、駄目だ…もう、制御が利かない。 俺…この娘が…めちゃくちゃ欲しいよ…ものすごく抱きたいよ。 こんな衆人環視の中、そんな最低なことを考えながら、舐めて、噛んで、挟んで、握って、揉む。 「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ…ゃ、せ、せんせ…だめ、だめぇ」 大丈夫、大丈夫だ…周りは映画に没入してて気づかない。 …もしかしたら、気づいてて、見て見ぬふりしてるのかもしれないけど、それならそれで、好意に甘えてしまえ。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…」 「ぅぁ…ぁっ、ぁっ、ぁぁぁぁぁっ!や、やだ、やだぁっ…あ、あ、あ…~~~~~っ!!!」 「あっ…」 明日香ちゃんが、俺の腕から逃れて、いきなり立ち上がる。 今度こそ、その音に、また前側の座席の人たちが、何事かと振り向くが…「っ」 「ぉ、ぉぃ…」 明日香ちゃんは、俺たち以外、誰もいない最後尾の席から、廊下へと出て行ってしまう。 …涙をぽろぽろこぼしながら。 あの、デカいバッグまでも抱えながら。 「あ…明日香…ちゃんっ…」 しまった…やりすぎた。 なにが家庭教師の責任だ。 なにが店長の責任だ。 今の俺…明らかに、男として、明日香ちゃんをめちゃめちゃにしようとしてた。 …何やってんだよ。 ………………「ほんっと~にごめんっ!」 「………」 テーブルの上に、大袈裟に頭をこすりつける俺に、周りの人たちが、ちょっとだけ視線を向ける。 けど、明日香ちゃんだけは、さっきからそっぽ向いて、窓の外を眺めたまま。 これまた、いつもの逆ギレとは違う、圧倒的な機嫌の損ね方しちゃったなぁ。 「…っても、許される行いじゃないよなぁ」 「………」 先生や店長の責任とか綺麗なこと言っといて、結局、一皮むけばこんなんだって、思い知らされた…「その…両立できると思ってた。ど、全然だな」 「………」 保護者であり、責任者であり、そして、彼らの庇護から、彼女を奪う“男”であり…この矛盾した関係のバランスが、崩れつつある。 「このままじゃ駄目だ…俺、君が可愛くてしょうがないから、色んなこと、してしまいそうで…」 「っ…」 明日香ちゃんを、女の子として好きになればなるほど、守ることなんか、できなくなりそうで…先月まで、彼女に抱き続けていた保護欲という感情を、否定することになってしまいそうなのが怖くて。 「…その、嫌だったろ?」 「っ(ふるふる)」 いつの間にか、俺を正面から見つめていた明日香ちゃんは、上目遣いで見上げた俺の前で、激しく首を横に振る。 「けど、明日香ちゃん…映画も途中で…」 「あ、あれは…その…」 ぼろぼろ泣いてた。 いきなり席を立った。 しばらく戻ってこなかった。 「…とりあえず、落ち着いたみたいだし、行こうか?」 今日のところはこれで帰ろう。 「え? もう…?」 「早いほうがいいだろ?」 「せんせ…」 食事、一緒にしたかったけど…明日香ちゃん、きっと今の俺が怖いに違いないから。 ちょっと、いちゃいちゃするだけのつもりが、いきなり狼に豹変されたんだからなぁ。 しばらくは距離置いた方がいいかも。 明日香ちゃんがどうとかじゃなくて、俺が落ち着かないとな。 「んじゃ、出よ。いけど、タクシー捕まえようか」 俺は、立ち上がると、コーヒー2つ分の料金が記された伝票を持ち…がしっ「へ…?」 そして、即座に、その手首を掴まれた。 「ちょっと待って…」 「明日香ちゃん…?」 「出る前に、その…う、受け取ってほしいものが…あるの」 「あ…」 a次のデートのとき! もう片方作ってくるから!そういえば、約束してた…左手だけの手袋の、パートナー。 きっと、今日の日を目標に定めて、睡眠時間も削って、頑張って、頑張って…間に合わせたんだろうなぁ。 「そ、その…えっと…どこにやったかなぁ?」 例の大きな鞄をごそごそ探して、俺へのプレゼントを探してる。 あんなに嫌なことされたのに、まだ、俺に尽くしてくれようとする。 その気持ちが、とてつもなく嬉しくて…けど、それを踏みにじった俺は許せなくて…「あ、あったっ!」 「明日香ちゃん…嬉しいけど」 「せんせ、申し訳ないけどこれ使ってっ!」 「今の俺には、これは受け取れな………へ?」 「………」 「………」 「………」 「手袋…じゃないの?」 「へ? 手袋?」 「ほら、右手の」 「………ああ!」 明日香ちゃんは、今やっと思い出したように、ぽんっと手を打って…「忘れてた」 「ぬあ…」 えらくあっさりと、約束破りを認めた。 「ごめん。日の準備でそれどころじゃなくって」 「じゃ、じゃあ、これ………あれ?」 俺の目の前に置かれている、明日香ちゃんからのプレゼント。 5センチ四方くらいで、正方形で、薄っぺらくて、フィルム包装されてて…「………」 フィルムの中が、直径3センチほどの円形に盛り上がってて…「………」 フィルムの周囲にはギザギザがついていて、本命は、フィルムではなく、破った後の中の物らしくて…「………」 「手に入れるの、ものすごく苦労したんだからね。動販売機の前、何度も往復したりして…せんせ、持ってるかどうかわかんなかったし」 「ぬがぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 「きゃっ!?ど、どしたのせんせ?」 「どしたのじゃねえぇぇ!なんだこりゃ~!」 「なにって…コンドー…」 「言うなぁぁぁぁぁぁ~!」 またやられた…「なに考えてんだぁこら~!」 また、周囲のお客さんが俺たちに注目するが、もう、どうしようもない。 「いや、あのね…?ちょっと、その、周期ってものがわかんなくて~」 「俺は大丈夫…本当に俺は大丈夫…?実は大丈夫じゃない…?」 「体温も毎日測ってたんだけどぉ…なんかごっちゃになっちゃったから、今日はその…これで我慢してくれないかなぁ?」 「違っ!認識全然違っ!?」 この娘…今から家に帰るつもりなんか全然ない…?「あれ?」 「………」 「せんせ…ホテルに誘ってるんじゃないの…?」 「うわ~、うわ~! うわぁぁぁ~!!!」 「あ、そっかぁ、まだ制服のままだったよぉ。めん、ちょっと待ってて、トイレで着替えてくる」 と、明日香ちゃんは手元の大きな鞄を抱え、立ち上がる。 …着替えだったのか、あれ。 そりゃ、大荷物なわけだ。 「って、待て、待て、待て~!…ちょっと座りなさい」 「…どしたの?早く行かないと、門限がヤバくなっちゃうよ」 「うう…」 恋人同士であるはずの、二人の間にわだかまる、この果てしなき認識の溝…一体どうすれば、よいのでしょ~か?…って、そりゃ、話し合うしかないよなぁ。 「明日香ちゃん、俺はね…君に、とても済まないと思ってるんだ」 「それはその…お互いさまだよぉ」 「さっきの映画館でさ、俺、明日香ちゃんに、ひどいことしたじゃないか」 「てんちょ、しつこかったよねぇ。、べたべたになっちゃってた」 「ごめんごめんごめんなさい」 「だからなんで謝るの?」 「俺、明日香ちゃん可愛さに突っ走っちゃって…やっていいことと悪いことの区別ができてなかった。庭教師はもちろん、恋人としても、失格だ」 「それは…全然違うよぉ」 「違わないの。 俺一人で暴走してるから、頭冷やさないと。 …てなわけで、今日はもう帰ろ?」 「えぇ~!?」 「このままだと、俺は自分が抑えきれない。テルなんかに行ったら、君を押し倒して、とんでもないことしちゃうぞ?それでもいいのか!?」 「ホテルって、そういうことする場所じゃないの?」 「………」 「………」 「ちょっと待て…明日香ちゃん、君は一体どこへ行くつもりなんだ!?」 「せんせの言ってること、よくわかんないよ」 「俺もよくわかんなくなってきたわ!」 よく考えたら、まるっきり変だ。 俺の暴走で泣き出した明日香ちゃんが、ホテルに誘われたと思い込んで、だからって俺にコンドーム渡すって、どゆこと?これって…承諾してる?ああっ!?さっぱりわからん。 「そっか…わたしが逃げちゃったから、せんせ、勘違いしたんだ…ごめんねぇ」 「だから何で明日香ちゃんが謝るのさ…?」 「実は、今日さ…」 「うん」 「最初っから、そのつもりで来たんだ」 「………」 「朝、でかけるとき、私服をバッグに詰めて、駅のコインロッカーに放り込んで、登校した」 「………」 「で、せんせと会う前に、ロッカーから服出して、着替えとくつもりだったの」 待ち合わせ場所で、俺と遭遇したとき、明日香ちゃんは、コインロッカーの前でおたおたしてた。 …辻褄、合う。 「私服だったらさ…せんせ、どこへでも誘えるよね?カラオケとか食事とかじゃなくて、もっと…その…」 「明日香、ちゃん…」 「映画もえっちっぽいの選んで、そこで色々誘いかけて、せんせがその気になったら、そのまま許しちゃおうって」 「安売りしすぎだ明日香ちゃん…君はもっと自分の可愛さを出し惜しみしろって」 「だって…早く買ってもらいたいもん…せんせに」 「~っ!」 「だからぁ、せんせが耳にキスしてくれたとき、きたきたきた~って…」 「け、けど…明日香ちゃん、逃げたじゃん」 いきなり俺を押しのけて、映画館から出て行って、そのままトイレに駆け込んで、しばらく出てこなくて。 「あれはねぇ…自分で仕掛けた罠に、自分でハマっちゃったの」 「え? え? どゆこと?」 「それ…言わせるのぉ?」 「いや…だって、わからん、やっぱ」 「下着、替えてたの。汚しちゃったから」 「………」 「いちお、勝負ぱんつ、用意してあったから…よかったよぉ、朝からこれ履いてこなくて」 「………」 「見てみる? 可愛いんだよ?こっちこっち、隣座って」 「見てみない」 「…せんせって、ストイックだね」 「ていうか、ちょっと待て…待ってくれ…」 俺の葛藤とか、暴走とか、後悔とか…それって、全部意味なし?明日香ちゃんの目論見通り?「明日香ちゃん、さぁ…君は本当に、俺でいいのかよ…?」 「せんせでなくちゃ…絶対いやだよ…」 「そういうことに興味あるのはわかった…俺だって興味アリアリだし」 「利害、一致してるよね?障害、ないと思わない?」 「ちょっと…軽く考えてないか、そういうこと…?」 「そう、そゆこと言うんだぁ…」 「君の態度とか見てるとさ…なんか、計算ずくって言うか、俺をからかって喜んでるみたいに…」 「後悔しないに100万円」 「な…」 「受ける? せんせ…わたしを悲しませたら、100万もらえるよ?」 「あ、明日香…ちゃん…」 「せんせを計算ずくでからかってる?…そうだよ。らかってるよ」 「な…」 「だって、楽しいもん。 せんせが、わたしの言葉で右往左往するのが。 どぎまぎして、本気で悩んでくれるのが」 「な、なにおう?」 「見てるだけで、嬉しくて、嬉しくて…もっと、からかいたくなる…あはは、悪循環だね」 「………」 その笑顔は、本当に、邪気がなくて…明日香ちゃんは、俺の小悪魔であることを、本気で楽しんでいて、喜んでいて…そこまで、俺にこだわってて…「せんせ…」 「ん…」 「だ~いすき♪」 「………」 その瞳の奥深くまで覗き込んでも、全部、見通せてしまうくらいに、裏が見えなくて。 もう、俺が色々としがらみで悩んでいることが、本当に、本当に、馬鹿みたいに感じられてしまって…「…出るよ」 だから、俺は伝票を取り、立ち上がる。 コートを羽織り、帰り支度を始める。 「どう、するの?」 「帰る」 「ここまで…バラしたのに?」 「だって、明日香ちゃんは制服だ。が考えてるところなんか、行けるわけないだろ?」 「だからぁ、今から着替えてぇ…」 「そんな必要ない」 「せんせぇ!」 「俺の部屋に来い」 「っ!?」 「ホテルなんて、金がもったいない」 「せ…せんせ…」 「これから、何度だってこういうこと、あるんだから…倹約癖つけとかないと、デート代がもたない」 「あ…あ…」 「…早く立てよ。 行くぞ。 晩飯も俺が作るから、それでいいだろ?」 「………」 「明日香ちゃん?」 「うんっ!」 要するに…威張ってるけど、俺の完敗。 ………………「そ、それじゃ…」 「うん…」 急いで俺の部屋へと帰り、簡単な食事を作り、二人でかっ込んで…今は、お互いベッドの上で正座。 「目、つぶって」 「んっ」 両手を膝の上に載せたまま、目を閉じると同時に、なぜか唇まで突き出して…こっちが求めること丸わかりなのはともかく、どうしてこう、それに応えようとするかなぁ。 「ん…」 「あ、んむ…」 明日香ちゃんの、柔らかい唇に、唇で触れる。 相変わらず、体温が高くて、気持ちいいあったかさ。 そんな、美味しい果実を、遠慮なく貪る。 「ん、んむ…ちゅ、んっ…あ、んむ…んぅ…」 唇を飲み込むように挟んだり、先っぽを舌で舐め上げたり、引っ張りながら吸ったりして、堪能する。 何度吸っても、明日香ちゃんの唇は、気持ちよすぎる。 いや、身体のどこを触っても、それは同じ。 「はむっ…ん、ん、んぅ…あむぅ…ちゅ、ぷ…んく、ふむぅ…んっ…ちゅ…ぅぅ…」 なめらかで、ぷにぷにしてて、でも跳ね返す弾力があって。 いつまでも触って、揉んで、撫でさすっていたくなる感触。 今は、それを唇同士と、頬を挟み込む手で堪能してる。 けど、すぐにそれだけじゃ我慢できなくなって…「あ、明日香ちゃん…明日香ちゃん…っ、ん、んぅぅ…んんんっ…」 「はむぅぅっ、ん、ん~…んぅぅぅぅ…んぷっ、あ、はぁ、はぁぁ…」 だから、明日香ちゃんは今…俺に、組み敷かれてる。 「せ、せんせ…ほらぁ…可愛い、でしょぉ?」 「あ…」 押し倒したときに、まくれ上がった制服のスカートの下。 フリルつきの、可愛らしいショーツ。 「冬休みの間に買っておいたんだよぉ。も…なかなか使う機会がなくってぇ」 「明日香ちゃん…」 “勝負パンツ”って言い切ってた下着の使う機会って…それは、一つしかないわけで。 要するに、ずっと、その機会をうかがってたってことで。 「せんせにいじめられたの、怪我の功名だったね。ゃんと、はじめてのときに履けた…」 「ったくぅ…ん…」 「は、んむ…ちゅ…んぷっ…あ、あ、あ…はむっ、ん…ん~っ…ん、あ、ふぁぁ」 自分の悪巧みの遍歴を次々とバラす明日香ちゃん。 そんな悪いコの唇は、念入りに塞いでやる。 「ふむ…ん、ちゅ…じゅ、る、んぅ、あむぅ…あ、あ、あ…ちゅ…んちゅ…ぅぅ…」 小さいけど、ボリュームのある身体にのしかかり、その温かさを感じる。 明日香ちゃんの口中に、唾液を流し入れ、そしてもう一度、音を立てて吸い上げる。 「はぁぁぁっ、んっ、じゅぷ…あ、あむ…んんっ、あ、あ、あ、あ、あ…ちゅぷ、ふむぅんっ…」 「ん…ちゅ、んく、んく…あ、あぁ…明日香ちゃん…ん、ぺろ…」 「あ、あ、あ…せ、せんせぇ…あ、あむ…れろ…ん、ぷ…」 お互いの唇から垂れた唾液を、舌を伸ばして舐め合い、そしてまた舌を絡ませる。 そうすると、また唾液がこぼれるから、唇周りを舐め回し、そして舌を絡ませる。 「はむっ、ん、ん、んぅ…んちゅ…ふぅっ。、あは、あはは…きすって…すごぉい」 「もっと…すごいことするんだぞ、これから。えられるか? 明日香ちゃん」 「ん~、どうだろ?」 「言っておくがな…こっから先は、先生じゃなくて、ただの獣だからな。めて欲しいって思っても、もう遅いぞ?」 「けだものみたいなせんせかぁ…いいかも」 「君って奴は…ホントに男の怖さをわかってないなぁ」 「うん…せんせが教えてくれるまで、そんなこと、知りようがないよ?」 「明日香、ちゃん…」 「刻み込んで、せんせ。 おとこのひとの、怖さを。 身体の奥に、思いっきり…ね?」 「あ…明日香ちゃん…っ」 「あっ…」 まるで引き裂かんばかりの勢いで、明日香ちゃんの制服のボタンを外そうとする。 「あ、く…」 「あ、ちょっと…これ、こう、だから…」 その、もどかしい手つきを見かねたか、明日香ちゃんが自分から、ボタンを外してくれる。 「よ、余裕を見せるなよ、俺がリードするんだぞ?」 「せんせ…声、震えてる」 「だからぁ、そういうのが…」 「だってさ…何回も、シミュレーションしたもん。備は万端、だよ」 「なんだよそれは…」 「せんせがね…ここ、さわってくるの。ょっと、ぎこちなく」 「あ…」 明日香ちゃんの手が、俺の手を掴み、自分の…胸へと導く。 俺の手のひらに、ふわりと…いや、むっちりとした感触が伝わる。 「それでね、いろいろといじられて、わたしがね、色っぽい声、出すんだよぉ」 「…痛かったらすぐ言ってな」 「…うん」 明日香ちゃんに導かれたシチュエーション通りというのは、なんだか男の尊厳的には辛い物があるけど…でも、この柔らかさには抗えない。 両手で包み込むように、明日香ちゃんの胸を、ゆっくりと揉み始める。 「はふぅ…あ、ん…」 俺の手が動くたびに、明日香ちゃんの胸が形を変える。 手のひらから、むにゅって肉がはみ出して、先っぽの突起も、色んな方向に向きを変えて……たまらない。 なんていやらしい光景なんだ。 「あ、あ…う、く…はぁぁ…ど、どう? せんせ…わたしの、おっぱい、どぉ?」 「どう…って…柔らかいわ、あったかいわ、すべすべだわで…最高」 「ふ、ぅぅんっ…そ、そうなんだ。んせ、おっぱい、好き…?」 「明日香ちゃんのおっぱいだけ、好き…ん…」 「ひゃっ…あ、あ…そ、そこ、くすぐった…っ、あ、あ、あ…せ、せんせ…かわい…」 乳首にむしゃぶりついた俺の頭に手を置いて、明日香ちゃんが、撫でてくる。 この娘は、本当に、怖いもの知らずだなぁ。 「ん…ちゅっ、はむ、あむ…はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ…っ、あ、明日香、ちゃん」 「あ、んっ…あ、あっつぅい…なんか、先っぽ、じんって…きたぁ」 唇でくわえて、舌先でつついて、つまんだまま引っ張って…真ん中に寄せるように揉んで、掴んで、爪をちょっとだけ食い込ませたりして…縦横無尽に、延びたり、ぷるんって震えたり…ボリュームがあって、柔軟性のある、明日香ちゃんのおっぱい。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…ん…かりっ」 「ひぅっ!? あ、あぁ…やぁ…噛まれるとぉ、こんな感じなんだぁ…っ」 「…それは、想定してなかった?」 「ううん、そうじゃないけどぉ…でも、自分じゃ試せないもん…」 「届かないかな…明日香ちゃんのお口」 「せんせぇ、わたしのおっぱい、なんだと思ってるのよぉ」 「おっき~じゃん…ほら、こんなに…ん、ん、んぅ…」 「はぅっ、あ、あ、あ…い、あ、ああっ…い、いやだぁ…せんせ、べとべとにしてぇ」 乳首を舐め回しているうちに、唾液が明日香ちゃんの胸全体にこぼれていた。 電灯の光に照らされて、てらてらと輝く明日香ちゃんの胸…それが、また、劣情を催すのは当然で。 「れろ…ん、ちゅ…ちゅぅ…ん、ん…」 「あ、あ、あぁぁ…っ、や、もうっ、しつこいよぉ、せんせぇ」 「色々するって言ったじゃん。だ、全然色々してないぞ?」 「だって全然いろいろじゃないよぉ。っきから胸ばっかりいじめてぇ…あ、やんっ、ん、んぅ…っ」 「ひょっとして…気持ちよくなってきた?」 「…っ」 「そか…じゃ、もうちょっと強くしてもいいかな?んぷ…あむ…はむぅ…」 「あ、やっ…あ、あぁ…あぁぁっ、せ、せん、せ…っ、ひぅっ、あ、んっ…」 大きく口を開き、明日香ちゃんのおっぱいを、思い切り口に含み、舐め回し、かじってみる。 乳首だけでなく、乳房でも感じられるように、揉んで、吸って、噛んで、さすって、いじめる。 「う、あ、あああっ、あ、やんっ、やぁっ…も、もう、ちょっとぉ…なっ、ああっ…」 明日香ちゃん…だいぶ、いい感じで鳴くようになってきた。 そのまま、口は乳首に残し、手の方を、内股に差し入れる。 「うあっ…あ、そこ…ちょっと、まって…」 「ん…ちゅ…なんでぇ?」 「えっと…えっとぉ…その…なんだろ、ねぇ…」 「………」 そういえば明日香ちゃん…さっきも、耳にキスして、胸を揉んだだけで…もしかして…「ひゃっ!? あ、あ…だからぁ…だめって…ちょっ、せんせ…や~め~て~よぉ~」 「どうせここ触んじゃん…誤魔化しよう、ないぞ?」 「う…けどぉ…も~ちょっと、後だったら言い訳も聞くでしょぉ?」 「さっきだって…すぐ、だったんだろ?…うあ」 「あ~ん、もうっ」 明日香ちゃんの『勝負パンツ』に指を這わせる。 …熱い。 指先に、ぬめっとした熱さがまとわりつく。 「…こっちも汚しちゃったなぁ」 「いわないでよぉ…えっちぃ」 「えっちなの、明日香ちゃんの方じゃん。、まだここいじってないぞ?」 「ひゃんっ、う、ん、んぅ…せ、せんせが、出させたんだからね…?責任、とってよぉ」 「責任て…じゃ、今度、新しいぱんつ買ってやろか。う、黒くて、スケスケのやつ」 「うあ…似合わないよぉ」 「俺は似合うと思うけどな…」 「ん…ほ、ほんと?あっ、きゃっ…あ、ああ…ふぁぁっ」 その、染み出した部分に、人差し指を当てて、ぐりぐりとねじり込むように、動かす。 明日香ちゃんが濡れてくれるおかげで、どこを触ればいいのかわかりやすい。 「ん…ちゅ…んぷ…」 「は、はむっ…ん、んぅ…あぁ、ひぇんひぇぇ…は、んむ…ちゅぅぅ…は、はむぅっ」 乳首をいじめまくっていた唇を離して、明日香ちゃんの唇をもう一度塞ぐ。 舌を差し込んで、絡め合わせて、音を立てて唾液を飲み込む。 「はむ…ん、んむ、んぅ、んっ、んっ…あぁ、んぷ、ちゅぅぅ…はむ、ぅぅ…っ」 二人がすすり合ういやらしい音が、部屋中に響き渡る。 隣にまで聞こえてない…よな?「はぁ、はぁぁ…あ、あ…せ、せんせ、せんせ…ふぁぁっ、あ、あ、あ~っ、ま、また、そこぉっ」 唇から離れて、今度は、明日香ちゃんの耳たぶ。 軽く歯を合わせて、舌を転がして、キスをして。 さっき、映画館で明日香ちゃんの下着を汚した通りに、色々な手を使っていじめてみる。 「や、だぁ、せんせ…あっ、あっ、あぁっ…だ、だめ…こんなに…ちょっとぉ…やぁっ」 「ん…ちゅ…明日香ちゃん、いい、匂い」 さらりとした匂い、とでも言うのか。 女が、男を誘うのとはちょっと違うけど…けど、俺にはピンポイントで突き刺さる、こんなにも、愛しい匂い。 「はぅっ、ん、んぅ…あ、くぅっ…あ、ひっ、は、やぁぁ…あんっ、うっ…」 耳だけでなく、首筋にもキスをして、そのまま、強く吸おうとして、思いとどまる。 「…跡、残しちゃマズいよね?」 「ふぇ?」 「ほら、キスマーク。日、学園あるんだよな?」 「あ~…そっかぁ…どしよっかなぁ」 「いや、やめとく。育ある?」 「ん~…サボる」 「…それは、ちょっと」 「だってぇ…どうせ何もできないよぉ。足の間が痛くて」 「………」 それを言われると、返す言葉がない。 いつもは、授業を休むなんてもっての他って論調だが、こればっかりは許さないわけにはいかない。 「なら…肩とか、背中なら大丈夫だね?」 「ん…せんせのあと、つけてぇ」 「明日香…ちゃん…」 「ふぅんっ、あ、あぁ…んっ…ひぅっ、あ、あはは…あ、んっ…」 肩口に唇を押しつけて、ちょっと強めにキス。 舌先で愛撫して、歯で刺激して、明日香ちゃんの肉を味わう。 「うあ、うあっ、うあああっ…あ、くぅっ、せ、せんせ…ぇぇ…っ」 指の方は、明日香ちゃんの下着を横にずらしてる。 「うわぁ」 「ひぅっ!? あ、んっ、い、あ、あぁぁ…っ」 はじめて触れた、明日香ちゃんの、女の子の中心。 下着をぐっしょり濡らすくらいの奔流は、そこから湧き出していた。 指先に、熱くてぬめりのある泉水が絡む。 その、湧き出す方の泉は、びく、びくと震えて、とめどなく潤いを吐き出す。 「いああああ…せんせ、見ちゃやぁ…わたし、すごいことになってるから、だめぇ」 「けど…見たいよ明日香ちゃん。日香ちゃんのあそこ…見たいな」 「…笑わないぃ?」 「興奮するだけだって」 「…それって、いいの、かなぁ」 「俺をからかってた明日香ちゃんはどこいった?このくらい見せるなんて訳ないだろ?」 「あっ、く、ふぁぁっ、あ、あ~っ。、せんせ、ゆび、うごかしてるっ」 「ごめん…けど、止まらないんだって…あ、あぁ…熱い、よ」 「あっ、あっ、あぁぁぁぁ~っ!も、もう、こんなぁ、あ、あぁぁっ」 「そ、そしたら、見るのは次でいいから、その…」 「う、えぇ…?」 「明日香ちゃんの、なか………」 「あ…」 「入れても…いいかな?」 とっくに、ズボンの中はパンパンに膨らんでる。 このまま、明日香ちゃんをいじってるのも嬉しいけど、でも…「その…門限まで、あと1時間くらいしかないし」 「え…? あっ…」 ベッドの上にある目覚まし時計をのぞき込み、明日香ちゃんが目を見開く。 そろそろ、9時を指そうとしてる。 家庭教師のときも、10時帰宅が限界。 もちろん、俺が送ること条件で。 「その、今からして、シャワー浴びて、着替えて…ギリギリっぽいんで」 「………ごめんねぇ」 「…なんで明日香ちゃんが謝るのさ?こんなに、俺に捧げてくれてるのに」 「せんせぇ…わたし、今度は泊まりに来るねぇ?」 「…待ってる」 「ぜったいに、ぜったいに泊まるからね?そ、そうだ、来月のテスト休み、水曜だから…ね?」 「うん…その時は、一晩中、えっちなことしような?」 「約束、ねぇ?」 「ああ…けど、俺たち、まだ初めてもしてないぞ?」 「………」 「………」 「そういえば…そうだねぇ…あはは…っ」 明日香ちゃんの全身の力が、いい具合に抜けた。 今なら、できるかもしれない。 「それじゃ…明日香ちゃんにもらったの、着けるから」 ベッドの脇に置いたコンドームを手に取ると、ぎこちなく、包装を剥がす。 「せんせ…つけようか?」 「…やり方知ってんの?」 「雑誌でね…こう、口にくわえて着けるんだって…」 「…俺がやるから」 本当に、ロクでもない雑誌ばっか読んでるな、この娘は。 ………明日香ちゃんに背中を向けて、ベッドの上にあぐらをかいて、ちょっと、情けない構図で…「じゃ、その…」 「うん…」 横たわる明日香ちゃんに、ゆっくりと覆い被さって…「足…もうちょっと、開いて」 「なんか…かっこわるい…カエルみたぁい」 「でも…開かないと、痛いぞ?」 「解剖…されるから?」 「…俺を萎えさせるのが目的か?」 「あんまりおっきいと、痛いかなぁって…」 「…小さいままだと入らない。れに、その程度では小さくならないぞ」 「な、なんで…?」 「目の前に…こんなに可愛い娘が、足、開いてくれてるんだぞ?」 「…せんせ」 「どれだけ無駄口叩いたって、俺の興奮はおさまらないぞ。日香ちゃんに入って、出すまでは」 「ん…」 明日香ちゃんの顔に、笑みがこぼれる。 そのまま、両足を、大きく拡げて、俺を、受け入れやすくしてくれる。 「それじゃ、行くからな。いけど、我慢して」 「うん…せんせ、い~よ。くして、い~よぉ」 その言葉に反応して…って訳じゃないけど…「っ」 「っ…ぁ、ぅぁぁ…っ」 めりめり…って、感じで、明日香ちゃんの中に、俺のが、埋まり始める。 「ぅぁっ、あ、あ~っ、く、ぅぁぁ…っ」 「あ、明日香ちゃん…ごめん、ごめんな…」 謝りながらも、俺の侵入は、ちっとも止まらない。 先っぽが入ったら、今度は茎まで。 茎まで入ったら、とうとう根本まで…ぐい、ぐい、ぐいって、明日香ちゃんのなかに、無理やり、押し込んでいく。 だって、止まらないから。 本当に、止められないから。 「うあぁぁぁっ、あ、あ、あ~っ!い、いあぁぁぁぁぁ…あっ、あっ、あぁぁっ」 物凄く痛そうな叫び声…けど、俺のモノは、それでも固さを失わず、明日香ちゃんの中で、暴れだそうとしてる。 「うあぁぁ、ああ、あ~っ、ひっく…う、うぅ…あ、ああ、ああんっ、う、あぁぁ…っ」 そして、あっという間に、明日香ちゃんの一番奥まで貫いてしまう。 「あ、あぁっ…あぁぁぁぁ…」 …こんな仕返し、いけないのに。 でも、明日香ちゃんの泣き顔…めちゃくちゃ興奮する。 酷いこと、したい。 明日香ちゃんに、とんでもないこと、したい。 「ひぅぅぅっ、う、う~、ううう~っ!あぁぁっ、あんっ、う、うごくの…もう、うごくのぉ?」 まだ、明日香ちゃんが痛みに慣れる前から、動き始める。 ゆっくりだけど、引き抜いて、そして、また押し込む。 ぬぷっと抜けて、ぎゅうっと入り込む。 「い、いあぁぁっ、あっ、んっ、あんっ、あんっ、い、たい、よ、せんせ…せんせぇ…っ」 明日香ちゃんの爪が、容赦なく俺の背中を引っかき回す。 でも、俺は声一つあげないし、表情一つ変えない。 だって、明日香ちゃんの痛みの方が、数十倍大きいって、わかってしまってるから。 「あ、明日香ちゃん…ごめん…お、俺…気持ちいいよ…ごめん、ほんと」 「せんせの…せんせのいじわるぅ…っ、そんなこと言われたら、やめてって言えないよぉ…あ、あ、あ…あ゛~っ!!!」 あれだけ力を抜いた全身が、またたく間に硬直して、明日香ちゃんの苦しみを見せつける。 「ごめんな、ごめん…」 「う、うあ、うあぁ…せ、せんせぇ…うあぁぁぁ…うえぇぇぇ~っ…」 「あ、明日香…ちゃん…ん…」 「んぅっ!?ん、ん、ん………んぅぅぅぅ」 少しでも明日香ちゃんの痛みをそらそうと、もう一度、唇を塞ぐ。 右手を、明日香ちゃんの豊かな胸に置いて、そのまま、乳首を指で挟みながら、ゆっくりと揉む。 明日香ちゃんが気持ちよさそうにしてた愛撫を繰り返して、なんとか、痛みを紛らせてあげたいから。 「ん…んぷ…はむっ」 「ん~、んぅ~っ…あ、あむ…ちゅ、くぷ…あ、はぁ、はむっ…ん、ちゅぅぅぅっ」 明日香ちゃんも、俺の意図がわかったのか、積極的に唇を絡めて、激しいキスを交わす。 柔らかくて、大きめな胸を押しつぶし、先っぽをつまんで、くりくりと刺激を与える。 二人の繋がっているところからは、明日香ちゃんの潤滑油が、流れ出している。 「ん…ちゅ…あ、明日香ちゃん…何度もすれば、痛くなくなるから…だから…何度も、したい、な」 それは、多分事実だろう。 初めてなのに、かなり濡れてることは確かだから、あとは、なじんでさえ来れば…「ひぁぁっ、ほ、ほんとぉ?せんせの、いたくなくなる…?ひぅっ、あ、あ~っ、く、くぅっ」 「あ、ああ…だいじょうぶ…ん、ちゅ…」 「ひぅぅっ、う~っ、あ、んっ…わ、わかったよぉ…何度も、何度も、せんせと頑張るよぉ…っ」 首筋を、キスマークを付けない程度に吸って、耳たぶや、肩に、舌先や歯で愛撫を重ねる。 今日一日で開拓した、明日香ちゃんの弱点。 そこを重点的に責めて、痛みを散らそうと頑張る。 「ふぇぇっ、う、あ、あ、あぁぁぁぁ…あんっ、あ、んっ、んぅ…」 「明日香ちゃん…明日香ちゃん…ああ、あぁぁ…っ」 でも、俺の快感は、ますます増幅されて、どんどん、上り詰めていきそうになる。 いや、この際、その方がいいのかも。 明日香ちゃんのためには、早く果てて、彼女をこの苦しみから解放してあげた方が…「ふあぁっ、あぁっ、あんっ、あ、あ、あ…せ、せんせ…せんせぇ…」 「あ、う…っ」 必死でしがみついてくる明日香ちゃん。 その柔らかさ、温かさ…そして、熱さを、奥深くまで、堪能する。 そうやって、明日香ちゃんに放出することを想像し、このセックスを、終わらせる方向に走る。 それでも、この程度にゆっくりと動いていては、すぐ出るってわけにはいかなそうで…「ふぅっ、あ、あぁ…あぁぁぁぁ…っ、や、ふぅっ、ん、ん、んぅ…あ、あぅぁ」 「明日香ちゃん…ごめん。後にするから…もっと、うごいていい?」 「ふぇ…? う、うごくのぉ…もっとぉ?あ、んっ、んぅ…くっ…」 「終わらせるから…だから、最後だけ、我慢して…っ」 「う、うあ、うあぁぁ…っ、う、うん…わかった…がまん、するよぉ…」 「ありがと…明日香ちゃん…」 「なんの、なんのぉ…っ、あ、愛するせんせの、ためだもん、ねっ…」 「~っ!あ、あ…明日香ちゃんっ」 「ふぁあああっ、あ、あ、あ~っ!い、いたくないもんっ…あ、ん、んぅっ、あ、ああ…せんせ…せんせぇぇ…っ」 「はぁっ、はぁっ、はぁぁっ!」 明日香ちゃんの、愛の言葉に励まされ、余計に、激しく興奮して、思い切り明日香ちゃんを掻き回す。 …逆効果だっての。 「うああっ、あんっ、あんっ、あ~っ、あぁぁぁ~っ!せんせ、あっ、すき…すきぃ…だから…だからぁっ」 「お、俺も…明日香ちゃん…っ」 来た…来た…背中から、じんじん下半身に集まってくる。 激しい射精感が、突き上げてくる。 「ふぁぁっ、あ、あ、あ…あああああ…あ、ああああっ、あぁぁぁ~」 「あ、明日香ちゃん…い、いく、から…う、あ、ああああああっ!」 「あぅぁぁぁああああああっ!」 「うあああっ!」 明日香ちゃんのなかで、俺が思い切り膨れる。 「ふあぁぁぁぁああああ~…あ~っ、あぁぁぁぁ~」 どくん、どくん、どくん…薄いゴムを隔ててだけど、明日香ちゃんの胎内へと、精液が吐き出されていく。 生まれてこの方、体験したことのない、頭の中が真っ白になるくらいの射精感。 「あぁぁ…あぁぁぁぁ…っ、は、はぁ、はぁぁっ…あっ、あっ、あっ…」 俺が、びくん、びくんって震えるたびに、明日香ちゃんの身体も、びくびく、びくびく反応する。 胸がぷるんって揺れて、おなかが激しく上下して、太股から下は、痙攣してる。 「ふあぁぁぁ…あ、せんせ…あ…わたしで…イった、んだぁ…」 「う、うん…明日香ちゃんの、なか…すごく、気持ちよくて…うあ、あ…っ」 「そ、そなん、だぁ…っ、あ…っ、よかった、ねぇ…わたし、いたかったけどぉ…しあわせだよぉ」 「…ご、ごめん、な」 「ごめんは無し…ん…」 「んんっ?」 「ん…ちゅ、んぷっ…あ、あ、あ…せんせ…せんせぇ…うれし、よ…っ」 まどろむ時間も惜しんで、俺たちは、ふたたび唇を吸いあった。 ………………そして…「じ、時間はっ!?」 「9時58分…あと2分だね…」 「く、く、くそぉっ!」 「こっから先、上り坂だもんね~お疲れさま~、せんせ」 「し、死ぬ、死んじゃう~」 「さっきまで、わたしが『死んじゃう~』だったしぃ」 「…頑張ります。ストスパートぉ!」 「頑張れ~タカムラヒトシ。とは最終コーナーの直線だけだ~」 「うおおおおっ!」 雪乃騎手のムチが入り、最後の伸び足にかける。 ………あれから、抱きあって、何度もキスして、ちょっとまどろんで…二人でシャワーを浴びて、また、ちょっとだけ触りあって…そしたら、時間ギリギリで…しかも、重大なことを忘れてて…『わたし…痛くて走れないよぉ』それどころか、歩くことすらままならない明日香ちゃんをおぶって、全力疾走。 普段なら、歩いて20分ほどの道のりだけど、明日香ちゃんをおんぶして全力疾走すると…やっぱり、それでも15分くらいかかるわけで。 しかも体にかかる負荷は…明日、仕事になるんだろうかってレベルで。 「あと1分~頑張れせんせ~」 「く、くそぅ、走りにくい…」 「そんなこと言ったってぇ…」 「明日香ちゃんの胸が背中に当たってさぁ…で、その…ズボンがぁ…」 「…元気だね、せんせ。情する必要なんかないくらいに」 「うが~!」 ………最終レコード…門限に対し、30秒の遅刻。 「んとぉ…」 「わかんないか?」 「ん~、もうちょっと考えてみる」 「そか…」 「うん」 「………」 「…(すりすり)」 「………」 「…(ぺとぉ~)」 「………」 「…(くたぁ~)」 「いたぁっ!?」 「勉強しろ勉強。週からテストなんだろ」 「だから今してるじゃん。言ってるのかなぁせんせはぁ」 「…この体勢でかよ」 「あれ?」 足を絡め、俺の肩に頭を乗せて、目を閉じて、唇を寄せて…これでどうやってテキストを読むんだろう。 「ほら、離れて離れて。は勉強の時間」 「せんせぇ~」 「こんなザマじゃ、今度こそ追試だぞ。年は受験なんだからしっかりしろよ」 「やだなぁ、わたしが追試になんて、なるわけないじゃん」 「………」 「な、なんでぇ!?」 「思い出し怒り。ん時はよくも俺をハメてくれたな?」 クリスマスイブの夜。 家庭教師と…キスをした日のこと。 追試だからと、俺を誘い出して、二人きりになったのは、明日香ちゃんの策略だった。 …まぁ、その真相を聞いたのは、えっちした後だった訳だが。 「だってせんせ、なかなか墜ちないんだもん~」 策士…「何度も言ってるように、俺は明日香ちゃんの教師でもあり、雇い主でもあるの」 「とか何とか言っちゃって~、最近じゃ随分と遠慮がないけどね~」 「うっ…」 「この間さぁ、友達にキスマークばれかけたよ~。育の着替えのときに隠すの忘れちゃって」 「う…うう…」 心当たりがありすぎるところが怖い。 「せんせって、あれだよね~。 上半身と下半身、切り離しても生きてるよねきっと。 なにしろどう考えても、別人なんだもん」 「いだだだだっ!?」 私怨による体罰って…かっこ悪い。 「何と言われようが、今日決めたところまでは絶対進めるからな。まんないと言われようがこれは譲れない」 「つまんな~い」 「わざとだろそれは…」 「やっと周期ってものがわかってきたのに~」 「じゃ、地学の勉強するか?」 「今日は絶対安全日だってば~」 「その周期かよ!」 明日香ちゃんが…明日香ちゃんが…耳以外のところも、次々と年増化していく…「ぱんつも気合入れてきたのに~」 「う…」 「…見る?」 「勉強ったら勉強!そんなに遊びたかったらまずはノルマを終わらせる!」 「ノルマを終わらせたら…ってこと?」 「明日香ちゃんのしたいようにすればいい。だし、時間内に終わらせればだけどな」 今日だって、もちろん10時の門限は健在。 そして今は8時半。 この問題数だと、少なくとも1時間はかかるから、終わったら後はもう帰る時間しか残ってない。 「せんせ…ほんとは、ちょっとだけ見てみたいって思ったでしょ? わたしのぱんつ」 「何のことやらさっぱりわかりません」 実は全然ちょっとだけじゃない。 「ふぅ、強情だなぁ、素直じゃないなぁ、ほんっと可愛いよね、せんせって」 「君は俺をからかうのをライフワークにしてるのか?」 「それじゃ、素直じゃないせんせのために~天使のような明日香ちゃんが一肌脱ぎましょ」 「だから今ここで脱ぐなと…」 「そういう意味じゃないってば…ノルマって、第3章までだよね?」 「そうだけど…?」 「あと6問か…」 「明日香ちゃん?」 「一問10分で一時間…それだと、キスする時間くらいしか残ってないなぁ。半分の時間で終わらせないと」 「半分…30分で?それは…」 この問題量と難度から考えると、普通じゃ絶対に無理…「よしっ!」 「と…」 しかし、明日香ちゃんは、一声気合いを入れると、全力でテキストとにらめっこを始めた。 右手はノートの上を滑り、次から次へと、意味のある文字を書き出していく。 「あ、明日香ちゃ…」 「黙ってて!」 「はい…」 明日香ちゃんは…本気だ。 さすがは新しい勝負ぱんつを履いてきただけのことはある。 ………なんつ~か、家庭教師の意義を、激しく取り違えているような気もしないでもないけど。 「一問目できた!採点しといて!」 「もう!?」 最初の方は基礎問題とは言え、まだ3分も経ってないぞ?しかし明日香ちゃんが破いてよこしたノートの切れ端には、きちんと公式の羅列と、回答らしき数値が書かれていて…「………」 しかも、正解だったりしちゃったりなんかしたりして…「二問目!」 「あ…明日香、ちゃん…」 それから30分…俺の目は、俺の体を離れ…この不思議な時間の中に入っていったとさ。 ………………「は…はぁっ、はぁっ、はぁ…っ」 「………」 「ど、どう、かなぁ?さすがに最後の問題は、ちょっとキツかったよぉ」 「………」 問題集の解答編と、明日香ちゃんのノートの切れ端とを、行き来してる俺の目は、きっと険しくなってることだろう。 「せんせぇ…早く採点してよぉ。間なくなっちゃうよぉ」 「明日香ちゃん…君は…」 「も、もしかして間違ってた? やっば~…すぐやり直すから!」 「いや…その必要はない」 確かに、問題集の解答と全然違ってる。 …解き方が。 解答は同じだから、正解ではあるんだけど、わざわざ高度な解き方をしてる。 「じゃ、じゃあ…合格?」 途中まで、ちょっとだけ疑ってた。 明日香ちゃんが、ズルをしてるんじゃないかって。 実は今日の問題は、答えを丸暗記してて、『全問正解したらご褒美』っておねだりのために、仕込んであったんじゃないかって、思ってたんだ。 「…明日香ちゃんの勝ち」 「ほ、ほんとぉ!?」 けれど…何しろ問題集の解き方と全然違う。 まぎれもなく、明日香ちゃんの即興だ。 「これを30分で解くかぁ?信じらんねぇ…」 思考スピードは、明らかに俺を上回ってる。 さすがは学年一桁…「せんせせんせ。うと決まれば、今は勉強なんかしてる場合じゃないよぉ」 「いや、来週テスト…」 「せんせのいじわるぅ」 ぴと「………」 明日香ちゃんが、思いっきり俺に体を預けて、思いっきり甘えてくる。 ここまで不純な動機で、ここまで凄まじい結果を出すか…もしかして、明日香ちゃんの原動力ってのは…煩悩?「もう、勉強の時間は終わりだよね?せんせはもう、せんせじゃないよね?」 「明日香ちゃん…」 「ね…てんちょ?」 どうやら俺は、めでたく家庭教師を解雇になったらしい。 ………………「えへへ…どうかなぁ?」 「どう…って…なんだよこの面積の狭さは!?」 「お店でも、ちょっとドキドキだったよぉ」 色はピンクで可愛らしいけど、肝心な部分を覆う布地の量は、なんとも申し訳程度で…しかも、明日香ちゃんの腰には、ほっそい紐が引っかかってるだけで、よくぞこんなんで脱げたりしないものだと感心する。 「今日は転んだりしたらしゃれにならなかったし、いつもより、ちょっと大人しめだったでしょ?」 「買ったの? これ」 「ううん…美鈴たちからのプレゼント」 「友達思い…なのかなぁ?」 こんな、切れ込みの深い勝負ぱんつ…………あれ?何かおかしくないか?「ねぇ…えっちな気分になったぁ?」 「明日香ちゃん…」 「うん…」 「…なんで友達が勝負下着をくれるんだ?」 「………」 「普通、こういうのって、そういう相手がいるって知ってないとくれないよなぁ?」 「あ、あはは…」 「………」 「ほ、ほら、きっと色々と気を回してくれたんだよ。ってわたしって奥手だしぃ」 俺もつい二ヶ月前まではそう思ってたけどな。 「明日香ちゃん…バラしたな?」 「う…」 「面が割れてるから恥ずかしいって言ったのに…」 それどころか、散々『日陰の女ごっこ』と称して、色々とおねだりされたりいじめられたりしたのに…「で、でもほら!ちゃんとお店のみんなには話してないよ?だってきっと、恵麻さん泣いちゃうし」 それは想像するだにみっともない。 「あんまり広めるなよ?」 「うん…わたし、堪え忍ぶよ」 「おい」 いずれは皆にも言うべきことなのはわかってる。 けど、今はまだ、その時期じゃないって思うから。 ………それにしても、目の前にある、目に毒な光景は、その、なんというか…「よくこんな凄いの買ってきたよなぁ…」 「あ、でも、こういうののお店って、可愛らしい感じで、結構入りやすいんだよ?」 「でも…ここ、こんなに切れ込みが…」 「ぁ…」 下着の、股の切れ込みの部分に、指を這わせる。 明日香ちゃんのすべすべの肌と、下着の布の薄さが、いっぺんに指に伝わる。 「こんだけ短いと不安じゃなかった?…処理とかした?」 「え、えっと…ゆうべ、一度履いてみたんだけど、はみ出してなかったから…」 「明日香ちゃん、薄いもんなぁ」 「っ…ぅ、ぁ…」 指は、いつの間にか下着の中心に移り、ちょびっと浮き出てる筋のところをなぞる。 「けど、ほんっとにこれ…面積少ない上に、ペラペラだぞ」 「は、あ…あ、ああ…て、てんちょ、ぉ…」 縦になぞる指の速さを段々と上げていく。 結構、おっさんくさい責めだよなぁ、俺も。 「なあ、こういうのって、履いてて違和感とかない?俺も一度だけほら、ピチピチのビキニパンツ?あれ履いたことあるんだけど」 「へ、へぇ…っ…て、てんちょのピチピチ…見たかったなぁ…」 「あれ、なんつ~か、すげぇ押し付けてきてさぁ。れで、ずっと変な感覚で…まぁ、その、なんだ」 膨張したせいで、押し付けられ感が更に増したりとか。 「う、ふぅっ…あ、はぁ、ぁ、ぁぁ…」 「…明日香ちゃん」 「ふ、んっ…ふぁっ、な、なに、ぃ…っ?」 「このままじゃ、これも汚れちゃうけど…いいかな?」 「ふあぁぁぁっ、あ、あ…て、てんちょ、ぉぉ…っ」 薄い布を、指の腹でごしごしこすり、人差し指の爪で引っ掻き気味に刺激を与えて。 ついでに、上のほうにある突起の周りをぐるぐる回すようにこすってたら…「や、やぁ、そこ…そんなふうに…やっ、ん、ふぅ…あ、はぁ、はぁぁ…っ」 いつの間にか、ピンク色の布は、水気を帯びて、ちょっと赤っぽくなってきてた。 「かわいくて、いやらしい明日香ちゃん…大好きだぞ」 初めてのときも、下着を2枚とも濡らしちゃってたし…明日香ちゃんって、本当に、濡れやすい。 「ああああっ! う、やぁ、てんちょぉ…そんなに、いじめちゃやだってばぁ」 「だって…えっちな気分になったから。日香ちゃんがこうしたんだぞ?」 いつも、最初はガンガンにからかってくるけど、俺が本気でいじり出すと、こうなるんだよなぁ。 耳年増で、積極的で、ものすごく敏感で…でも、感じ始めてくると、今度は羞恥心が表に出てきて。 男を、いや、俺をくすぐる行動を、本能的に取ってくる。 「う、あ、あ…も、もう…だめぇ…っ」 「替えの下着…持ってきてる?」 「う…うん。ってわたし、すぐこうなっちゃうもん…っ、ひぅっ…う、んっ…あぁ、ふぅんっ」 「じゃ…もっと汚しちゃっても、大丈夫だな」 「ふ、あ…も、もっと、するのぉ…?そ、それじゃあ…脱ごうか?」 「いいよ、このままで」 「で、でもぉ、このままだと…邪魔じゃない?」 「邪魔になるほど面積がないじゃん。れに、こんなに薄いし…」 下着越しからでも、じゅくじゅくと染み出してくる、明日香ちゃんのしずく。 俺は、そのしずくを、舌を這わせてすくい取ろうと…「うああああっ、や、や、やぁぁ…っ、て、てんちょ…っ、そ、それ、うあ、うああぁぁ…っ」 「ん…はむ…」 直接でなく、濡れた下着に口をつける。 布越しでも、もう、ぐっしょりと濡れてるから、明日香ちゃんの温かさも、匂いも、しっかり伝わってくる。 「ちょっ、ちょっとぉ…てんちょぉ…そ、それ…だめっ…なんかぁ、じれったいよぉ」 布越しに、音を立てて吸ったり、息を吹き込んだり。 舌先で、何度も、何度も、なめ上げると、唾液と、それ以外の液で、べとべとに濡れてくる。 明日香ちゃんのそこに貼りついて、くっきりと、形を浮き出させてしまっている。 「ん…んぅ…ちゅ、れろ…ん、んん…」 「ふあぁぁぁっ、あぅ~、う、うあぁぁ…はぁ、はぁ、はぁぁぁ…も、もう、やぁ…っ」 明日香ちゃんの、瑞々しい匂いが、どんどん濃くなってくる。 その香りを、布越しに胸一杯に吸い込む。 「う、ああ、あぁぁ…やだ、やだぁ…匂い、かいじゃやだよぉ…」 布越しに息を吸い込むと、その微妙な刺激が、明日香ちゃんのそこに伝わるらしく、くねくねと身をよじる。 その動きが、また俺の情欲をそそる。 頭が恍惚となり、全身で明日香ちゃんを味わいたくなる。 「ん…んぶ…あ、明日香ちゃんっ、あ、あむ…んっ…ああ、ふぅ…ん…」 「あっ…あぁぁっ…あぁぁぁぁ~、ちょっと、こ、こんなの…うあぁぁぁ」 下着は、俺が口をつけた部分だけじゃなく、お尻の方にまで、シミが拡がってる。 次から次へと流れ出る、明日香ちゃんの液。 溢れ出して、止まりそうにない。 「やぁぁぁぁ…てんちょ、もう、もうっ…は、はやく、なんとかしてよぉ…っ」 とは言われても…この光景と、温もりと、舌触りと、匂いが、俺の脳に、次から次へと快感を運ぶから…「あぁぁ…あぁぁぁ…あぁぁぁぁ…て、てんちょぉ…も、もう、ゆるしてよぉ。んな、じれったいのはいやだよぉ」 さっきから、全身がびくびく硬直してる。 じわじわと襲い来る、けれど決して激しくはない快感のせいで、中途半端につらくなってるみたいだ。 「…どうして欲しい?」 「そ、そのぉ………」 「抱きしめる?」 「う…うん」 「キスは?」 「…して」 「さわるのは?」 「さわってほしいし、さわりたい…」 「…入れてもいい?」 「今日は…いつもの、いらないから」 「…おいで」 「う、うん…」 ふらふらと揺れながら…明日香ちゃんが、俺にもたれかかってくる。 ………「ふ、んぅ…ちゅぷ…あ、むぅ…はむんっ…んぅ…あ、あ、あ…ちゅぅぅ…んぷっ」 明日香ちゃんを、背中から抱っこして、色んなところで気持ちよくしてあげる。 唾液を流し込みあうような、濃厚なキスをかわし、服をたくし上げて、その豊満な胸を、じわじわといじめ、濡れた下着の中に指を入れて、激しく掻き回す。 「んんんんん~っ、ん、ん、んぅぅぅぅ…て…てんちょ…ああ、すご…んあぁぁっ」 「ん…ちゅぷ…あむ…んれろ…じゅぷ…あ、明日香、ちゃん…っ、ん、ん…」 「ああ、ああ、あぁぁ…やだ、あつぅい…てんちょ…わたし、めちゃめちゃだよぉ…」 明日香ちゃんの胸は、本当に気持ちいい。 大きくて、弾力があって、乳首は敏感で…ちょっと、爪でいじめるだけで、びくびく反応して、じくじくと漏らしてくれる。 それは、下着の中…さらには明日香ちゃんの中に入れた指に、いっぱい伝わってくる。 「うあぁ、ああ、あ、んむぅ…ん、ん…んむぁっ…あ、ああ…ああんっ…」 「ん、あ…あ、明日香、ちゃんっ…お、俺…その…いい、かなぁ?」 さっきまで、俺のことからかってた明日香ちゃんが、今はその面影がないくらい悶えてるのと同じように…さっきまで、誘惑をはね除けようとしてた俺は、今はその面影がまったくないくらい、明日香ちゃんを、めちゃくちゃに求めてる。 家庭教師も、雇い主も失格…だよなぁ。 「あ、う、うん…きて…てんちょ…なか、はいって、きてぇ…」 「う、あ、あ…く、ぅぁぁぁっ…」 「あ~っ! あ、あ、あ…んぅぅっ…う、く、あ、あぁぁぁ…っ」 明日香ちゃんの言葉が終わる前から…さっきまで、明日香ちゃんのお尻にこすりつけてた俺のものを、なかに、埋め込んでいく。 「う、くぅぅぅぅ~っ、ん、あ、あぁぁぁぁ…は、はい…ったぁ…」 「うん…明日香ちゃんのなか…あったかい…よ」 「ほ、ほんとぉ…?」 「あ、ああ…っ、うあぁ…すげ…気持ちいい…」 「そ、そなんだぁ…っ、安全な日、しらべて、よかったぁ…」 「ありがとな…明日香ちゃん…ん、んぷ…れろ」 「ひぅぅぅぅっ!?あ、だからてんちょ…耳、はぁ…っ」 明日香ちゃんが、首をすくめて、耳へのキスを避けようとする。 何しろ、ここもかなり敏感だし。 まぁ、だからこそ責めがいがある。 「ん…んむ…ん、あ、はぁ、はぁぁ…っ」 「あ、んっ、や、く、あぁ…あぁぁ…あ、やぁん…ん、んぅ…あ、はぁ、はぁぁ…っ」 明日香ちゃんのなかに入った俺のものは、ゆっくり、ゆっくりとしか動かさない。 何しろ、この体勢だと、そんなに激しく動けない。 明日香ちゃんを抱きしめて、上下に揺らして、微妙な快感を貪っていく。 「ふぁぁっ、あっ、あっ、あぁぁ…っ、んぅ~、て、てんちょぉ…うあ、うあぁぁ…」 「明日香ちゃん…ああ…くぅ…ん…んむ…ちゅ…」 「ふむぅぅ…ん~、んんぅぅぅ~っ、あ、ちゅぶ…んぶぅっ、あ、あむ…んむぅぅぅ…」 ゆっくり、ゆっくり、突き上げながら、もう一度、明日香ちゃんの唇に吸いつく。 甘くて、柔らかくて、温かくて、しめってて、とろけるような唇に。 「んむ…あ、んむぅ…ちゅぷ…ちゅぅぅ…んぅ…っ、んぅ~あ、んん…ちゅ、ぷぅぅ…はぁ、んむ…ふぅ」 唇を合わせたまま、明日香ちゃんの腰を抱えて、段々、突き上げの速さを上げていく。 「んぅぅぅっ、んっ、んっ、んんんっ、は、んむっ、あ、あんっ、あんっ、あっ…」 途中から唇が離れて、明日香ちゃんの喘ぎと吐息が、俺の耳元で、流れていく。 最初の頃は、声からも、かなり痛がってたってわかったけど…今は、結構…「あぁぁっ、あっ、あっ、あぁっ…て、てんちょ、ぉ…さ、ささって…てんちょのが…おなかに…っ」 「う、ああ…明日香ちゃん…いい…明日香ちゃんのなか…いいっ…」 「う、うん、だってぇ…わたしのここ…てんちょが拡げたんだもん…」 「っ!」 「んっ、く…あぁっ、あ、あ、あ~っ!な…きゅ、急に、はげしくしないでぇ…」 「ん、んなこと言ったって…明日香ちゃんが、そんなこと言うから…っ」 「で、でも、でもっ、事実だもんっ…わたしのなか…てんちょしか入ったことないんだからぁ」 「あ、く、ぅぁっ…」 「ああっ、う、あ、あ…な、なんか…おっきくなったぁ…ひぅっ、ん、んあぁっ、あ~っ」 明日香ちゃんの、言葉の暴力(?)に対抗すべく、背中から、力いっぱい抱きしめて、激しく出し入れする。 両手でその豊満な胸を揉みしだき、まるで絞るみたいに、ぎゅうぎゅういじめてあげる。 「や、やぁっ、ひぅっ、お、おっぱい…いじめないでぇ、そんな、強すぎるよぉ…っ」 「だって明日香ちゃん…いじめられるの好きだろ…っ」 「い、ああ、ああっ、あ~っ! やだやだやだっ、もうっ、色々とすごくてやだぁっ!あぁぁぁぁ~っ、あ、ああ、ああああっ!」 ぐいぐいと胸に手を押しつけて、掴んでは絞り、乳首をコリコリと指で転がして、つまんで、押しつぶす。 また、耳や首筋にキスの雨を降らせて、明日香ちゃんの体の香りを、めいっぱい吸い込む。 「ふぅぅんっ、ん、んぅっ、あ、あ、あ…て、てんちょぉ…ひ、ひぅっ…」 明日香ちゃんの、奥へ、奥へと入り込んで、その、柔らかい肉の中身まで、めいっぱい感じる。 明日香ちゃんのなかに入れるのは、俺の、ごく一部だけなんだから、そこに感覚を集中させて、快楽を貪る。 「う、あ、ああ…あ、で、でもぉ…いたくない…よ、てんちょぉ…いい、感じぃ…う、あ、あぁぁ…」 「よ、良かった…明日香ちゃん…気持ち、いいんだ?」 「う、そ、その…っ、う、うんっ…ちょっと…よくなってきてるよぉ…んっ、あ…んむ…んちゅ…ぷぅ…」 「ん…あむ…はむぅ…ちゅぷ…んん」 言葉を濁すように、またキスに戻る俺たち。 唇と舌で、くちゅ、くちゅって音を奏でてるとき、下半身も、ぐちゅ、ぐちゅって音を漏らしまくってる。 明日香ちゃんのお汁は、俺のズボンにまでぽたぽたこぼれてる。 「ふむぅ…ちゅぅぅ…んぷっ…あ、あむ…はぁ、はぁ、はぁぁ…っ、あ、んっ」 口の周りからも、涎がぽたぽたこぼれて、やっぱり、俺の服や口元を濡らす。 「ん~…ぺろ…ちゅ…」 「ふぁぁっ、あ…ん…て、てんちょ…くすぐった…んぅぅっ、あ、ん…あぁ…でも…じわって、くるよぉ…」 目からも、感極まった涙がぽたぽたこぼれてる。 その涙にまで舌を這わせ、美味しくいただいく。 「明日香ちゃん…明日香ちゃん…っ、そろそろ、俺…」 「んっ、ぅ、あ…?あ、う、うん…そう、なんだ…てんちょ………いきそぉ?」 「あ、ああ…」 いくらもどかしい動きだったとしても、何しろ、明日香ちゃんと繋がってるんだ。 明日香ちゃんの重みを感じて、明日香ちゃんの匂いを嗅いで、明日香ちゃんの唾液を飲んで。 明日香ちゃんのおっぱいをいじりまくって、明日香ちゃんのいやらしい声をいっぱい聞いて、明日香ちゃんのなかに入って、動いて…本当なら、すぐにだって、イけるくらいに、すごく気持ちいいこと、してるんだ。 「ん、あ…あぁぁ…そ、そいじゃ、いいよぉ…」 「明日香ちゃん…はぁ?」 「わたしはぁ…もう、さっきから、だめだもぉん…あ、あは…きもち、いいよぉ、てんちょぉ…」 「…よかった、ぁ」 「だって、だってぇ…せんせが…てんちょがぁ…っ、な、なかで、あばれてっ…う、ぁぁっ」 「だ、だって、明日香ちゃんのなか…っ、う、あ、あ…あぁぁぁ…っ、く、ぅぅ」 「あっ、あっ、ああっ…ま、また、はげしくっ…う、く、あぁぁっ、あんっ、い、ぅぁっ」 ラストとばかりに、明日香ちゃんの腰を持ち上げて、勢いよく打ちつける。 今までの、ぐちゅ、ぐちゅっていう音が、乾いた、けれど大きな跳ねる音へと変化する。 「はぅっ、う、う、くぅっ…あ、明日香ちゃん…いい、すげぇ…っ」 「う、うん、うんっ…おなか…いっぱいに、はいってるぅ…あ、あ、あ…や~っ、あんっ、あぁぁっ」 「お、俺、俺っ…あ、く、く…ぅぁぁっ」 「も、もう、もうっ…だ、だめ、わたしだめっ、すごい、だめになっちゃう…っ」 「あ、明日香ちゃん…いい?なか…本当に、いい…っ?」 「う、うん、だいじょうぶ…っ、てんちょ、わたしの、なかぁっ…ああんっ」 なかに出されるって、今さらながらに意識したんだろうか…明日香ちゃんのなかが、最後の最後に、ぎゅうって収縮した。 「う、あ、あ、だめだぁっ!だ、出す…う、あ、あ、あ、あ…ああああっ!」 頭の中が、真っ白になって…「や、や、や~っ!あああああああああああ~~~っ!」 「あ、あ、あ、あ、あ~~~っ」 「ひぅっ、うううっ、んぅぅっ、あんっ、ひぁぁぁ~…」 幾度も、明日香ちゃんの胎内にぶつかる射精感。 「や、やだ…てんちょの…おっきくなって、ちっさくなって…出してるの…わかるよぉ…っ」 俺たちを遮るものは、なにもないから、明日香ちゃんにも、ダイレクトで伝わる。 「あ、ぅぁ…あああ…っ、あ、明日香ちゃぁん…」 「ま、まだ…すご…っ、あっつぅ…うあ、まだきてる」 「は…はは…はぁぁぁぁ…」 二人の結合部から、二人の混ざり合った液が、ぽたぽた、ぽたぽたとこぼれてる。 それだけ、お互いに、出したってこと。 二人のセックスが、とてつもなく気持ちよくなってるって証拠。 「はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ…て、てんちょぉ…」 「あ、明日香…ちゃん」 だから、俺たちは…「今日も…帰り、おぶってねぇ…わたし、もうダメだよぉ」 気持ちよすぎて、限界をついつい超えてしまう。 「んな馬鹿なぁ…俺も、気絶しそうなくらい疲れたのに」 「ど~しよ~…もう、帰らないといけない時間なのにぃ」 「お、俺…足、しびれたもん。日香ちゃんがずっと乗っかってるしぃ」 「うあぁぁ…てんちょ、責任転嫁だぁ…」 そんなこと言いながら…門限の時間まで、二人とも、繋がったまま、抜こうともせずに、抱きあって、まどろむ。 明日香ちゃんの重みと、匂いと、なかの感触を、ずっと、ずっと、感じていたいから。 「………」 「ね? 頑張ったでしょ?ごほうび…欲しいなぁ」 「………」 「…せんせ?」 「ん?」 「どしたの?はじめての60超えだよ?」 「え? あ、ああ…よくやったな。すが明日香ちゃんだ」 年が明けて、はじめての模試。 明日香ちゃんの成績は、わずかに上がっていた。 偏差値60.2。 …ちょっと、いや、かなりいい数字だ。 「えへへ、そりゃ頑張ったもん。れに、せんせの予想、バッチリ当たったよ」 「そうか…」 でも…「で、さぁ、せんせ…ごほうびの件だけどぉ」 「………」 「…(すりすり)」 「………」 「…(ぴとぉ)」 「………」 「…むっ」 「え? あ、ごめん…なんだっけ?」 「………」 「あ、明日香ちゃん?」 「せんせさぁ」 「な、なに?」 「んっ」 「んんっ!?」 「ん…んむ…ん~っ」 「~~~っ!?」 何気なく呼びかけに応えた俺は、いきなり呼吸器を塞がれて、息を止められ…いや、呼吸器って言っても口だけだけど。 「ん、ん…ん~…んちゅ…ぷぁっ」 「は、はぁ、はぁぁ…っ?」 「差し押さえっ!」 「は、はぁ?」 「せんせに誉めてもらいたくって頑張ったのにぃ、その淡泊な反応はなによぉ!?」 「ほ、誉めただろ?よくやったなって…」 「それだけじゃないのよぉ!そんなんがごほうびって通用してたのは、去年までの話~」 「…わがままになったなぁ、君は」 「色々と苦労させられましたからね~。んせのニブチンさ加減には~」 「はは…ごめん」 「なんでそこで爽やかに笑うかなぁ…この卑怯者めぇ」 「なあ、明日香ちゃん」 「なに~?」 「世界史、ちょっと落ちた?」 「その分数学で取り返してます~」 「ああ、そっちはよくやったよ。英語は?」 「…よかった探しをしようよぉ。合では上がってるって言ってるじゃん」 「………」 「な~んか、さっきから煮え切らないなぁ。うしたのよ、せんせぇ?」 「…問題用紙、あるかな?この模試の」 「…なんで?」 「ん…ちょっと弱点補強に役立つかなって。題の傾向とかも見ておきたいし」 「…真面目な家庭教師だね、せんせ」 「俺は明日香ちゃんを、責任持ってご両親から預かってるからな」 「時々壊しそうになるけどね~」 「…黙れ」 「ん~、まぁ、せんせが欲しいって言うんなら、明日持ってくるよ」 「悪いね」 「ううん、せんせのしてること、わたしのためだもんね」 「ご理解感謝」 確かに、上がってる。 ほんのちょっとだけど。 …けど、科目ごとの成績を細かく見ていくと、色々と、考える必要が出てきたみたいで。 それはもしかしたら…明日香ちゃんと、俺との新しい関係についても……ま、今考えてもしょうがないか。 明日考えよ。 「さ、テキスト開いて。日は英語からやるぞ~」 「うええっ!?」 「…何故そのような絶望的なリアクションを見せる?君は勉強するために残ってたんじゃないのか?」 「で、でも、でもぉ…せんせ、ごほうびはぁ?」 「さっき強制搾取したくせに何言ってる?」 「あ、あんなの全然足りないよぉ。いたい、こういうのってせんせの方から…」 「俺は明日香ちゃんとイチャイチャすることで、ご両親からバイト代貰ってる訳じゃないの~。、勉強勉強」 「せんせのばか~!」 そうだ、勉強だ。 それこそが、明日香ちゃんの、本分だ。 ………まぁ、勉強が終わった後は、家に送ってく途中で、10回はキス、したけどな。 「………正気?」 「なんでもいいって言ったよねぇ?」 「こ、購入すること自体は構わん。 値段もある程度は許容しよう。 し、しかし…」 「駄目だよぉ。んせに選んでもらうことも、お返しの条件の一つなんだもん」 「そ、そんな拷問、約束した覚えはないぞ!?」 「試着室もあるんだよ~。ゃんと着けたとこ、見てから選んでね?」 「勘弁しろ~!」 「突撃~」 「や、やめ、やめてぇぇぇぇ~!!!」 ………………「ありがとね~せんせ~。っごく嬉しいよ~」 「殺して…いっそ殺して…」 周りにいた女の子たちの好奇の視線と、ひそひそ囁きあってる小さな声が、頭から離れません…………バレンタインに、今年はでっかい本命チョコをもらった。 贈り主は、もちろん目の前の、純情で、一途な…小悪魔。 俺は、もちろん、チョコと彼女を美味しく頂き、そして、一ヶ月後の返礼を約束した。 そして今日、3月9日水曜日。 定休日の定例デートのついでに、一緒にプレゼントを選ぼうって話になり…「わ、このぱんつ、改めて見ても、スケスケだねぇ…」 明日香ちゃんに手を引かれて連れて行かれたのは…あろうことか、ランジェリーショップだった。 「ブラは…これ、下半分、ばっさり切っちゃったみたい。うわぁ、これ試着したんだよねぇ、わたし」 平日の夕方。 店内には、学園帰りの女の子たちも多数。 カップルも…いるにはいたが、彼女が学園制服という取り合わせは、俺たちだけで。 明日香ちゃんの命令で、俺がモノを選ぶことになり…なんか、ホラー映画を見ている女の子みたいに、両手で目を覆いながら、指の隙間から眺めて、適当に…そう、適当に選んだんだ。 「さっすがせんせ…えっちなの選ぶね~」 「適当だってば!」 「その割には、わたし5回も試着させられたよ?結構ダメ出しがキツかったじゃない」 「う…」 俺の記憶からも抹消されている事実を、わざわざほじくり出さないでくれ。 「せんせって、こういうのが趣味なんだ…なんか…思った通りって感じ」 …どうやら明日香ちゃんは、俺に、とっても特殊なイメージを持っていたらしい。 そして、今日のことで、そのイメージを定着させたと…「やっぱ殺して…」 「春休みになったら、せんせのとこに泊まりに行くから、その時に着けてくね?」 「だからもうその話は…って、ちょっと待て、誰が泊まるって?」 「…ちっ、聞いてたかぁ」 相変わらず言葉の端々に爆弾を潜ませるのが好きな娘だ。 「大体、そんなのご両親が許すはずないだろ?」 「ま~、そのへんは、仕上げをごろうじろ…ってね?」 「罪悪感ないの?」 「あるよ~。う次から次へと襲い来る葛藤との戦い」 「とてもそうは見えないが?」 「それはね…せんせとのスキンシップ欲の前に、もろくも四散してしまうからなのぉ」 「………」 「言っちゃえば、こうして外で会ってることだって、恋人同士になったことだって、秘密にしてるんだもん何を今さら、だよぉ」 それは…そうだ。 明日香ちゃんの告白を受け入れたこと。 明日香ちゃんとキスしたこと。 明日香ちゃんを…抱いたこと。 家庭教師としては、重大な契約違反。 もちろん、後悔していないけど、雪乃家から見たら、いけないことに決まってる。 「24時間、せんせと一緒にいたい。 ずっと抱きあって、ぼうっとしてたい。 それが、わたしの春休みの宿題…」 「明日香ちゃん…」 「再来週…再来週のお休みの日。緒に、宿題を解いてくれませんか…?」 「………」 うつむいて、こぶしをぎゅっと握って。 ものすごく真剣な表情で…小悪魔から、純情っ娘へと早変わり。 「だめぇ?」 更に、上目遣いの涙目でダメ押し。 これこそが、明日香ちゃんの壊滅的な魅力…「明日香ちゃんさぁ…」 俺は、頬杖をつきながらも、もう、なんていうか…呆れるしかない。 「なんでそんなに俺のことが好きなの?」 「告白のとき、言わなかったっけ?」 「聞いたけどさぁ…そろそろ、幻滅する頃かなって思っても、全然、そういうことないし」 「せんせ、わたしに幻滅した?」 「今は明日香ちゃんの気持ちの話」 「自分が幻滅したから…だから、相手もそうなんじゃないかって思ってるの?」 「………」 「………」 また涙目になるしぃ…どうしてまぁ…こんな不安を抱かせる男にここまで入れあげるかねぇ、この娘は。 って、俺が言うのはかなりアレなんだけど。 「俺は…溺れかけてる」 「ふあ…っ」 「明日香ちゃんが、なついてきたり、明日香ちゃんが、すねたり、明日香ちゃんが、空回りしたりするの…大好き」 「さ、最後のは屈辱だよぉ。のすごく嬉しいけどぉ…」 「つきあい始めたら、色々見えてきて…結構ワガママだし、自分勝手だし、人の都合関係なしに突っ走るし」 「う…」 「でも、その、一つ一つが、俺の琴線に触れる。あ~可愛いなぁこんちくしょう!』って、叫びたくなる」 「せんせ…ぇ」 「つきあえばつきあうほど、近づきたくなる。 明日香ちゃんに、飢えてくる。 …なんか、ダメ人間っぽいな、俺」 「え、えへ…えへへぇ…っ」 相変わらず、涙目のまま…なんつ~幸せそうな笑みを浮かべるんだ、この娘は…あ~っ、琴線に触れるぅっ!「で?」 「えへへぇ…」 「…おい?」 「んふふ…え? あ、なに?」 「明日香ちゃん…俺の最初の質問、覚えてるか?」 「質問?」 「………」 「………」 こ、この娘は…「お、俺がなんでこんな恥ずかしい話をしたのか…」 「あ~っ!忘れてたぁ!」 「き、君はぁ~…」 「ごめんねせんせ…だってぇ、ものすごい感激しちゃったから、頭のなか、吹っ飛んじゃったんだよぉ」 「………」 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!琴線に触れるぅぅぅ~~~!!!今すぐ抱きしめたい。 めちゃめちゃ唇を吸いたい。 舌、入れたい。 …したい。 「わたしはねぇ…せんせより、もっと濃いよ?」 「無理だ」 「なんでそう思うの?」 「俺、自覚あるもん。明日香ちゃんに色々辛い目見させてるって」 「………」 「ファミーユのみんなに、俺たちの関係秘密にしてるし。 だから、毎日顔合わせてるのに、そっけなくしてるし。 恋人同士の会話ができるのって、週に一回だけだし」 「秘密の恋愛って…なんか燃えるよねぇ」 半分以上は、本心じゃないに決まってる。 だって…学園の友達には、我慢できずにバラしちゃってる。 「何をするにも、明日香ちゃんからだし。スだって、その先だって、俺から誘えなかった」 「えっちな娘って、思わないでね?…えっちだけどさぁ」 「………」 またしても、琴線に触れる。 「と、とにかく…俺、考えたら、明日香ちゃんに対して男らしいこと、何一つ見せてないんだよなぁ」 「ん~…そうかもね」 「そうなんだよ…だからこそ、君の気持ちがよくわからん」 「せんせって…結構細かいこと気にするんだねぇ」 「細かいかぁ?」 彼氏としては、かなり情けないって自覚あるんだけどな。 多分、今までの、色んな上下関係が枷になって、先に進むときに、おもりとなって、のしかかってるんだと思う。 「せんせはさぁ…わたしのこと、最後の最後に包んでくれるよ?」 「…つまり途中は何もしないってことだな」 「…ほんっとに細かいこと気にするね?そんなんじゃ、わたしの気持ちは受け止められないよ?」 「だからこうして聞いてるわけ」 「確かにさぁ、せんせって、よく尻込みするよね?わたしが迫らないと、あんまりその気にならないよね?」 「ごめん」 「大事に…してくれようとしてるんだよね?」 「………まぁ」 その気持ちは…絶対に、否定できない。 俺は、明日香ちゃんが大事だ。 恋人同士でなかった頃から、保護者として、大切に思ってきた。 「だからさ…せんせが受け入れてくれると、嬉しい。って、最後に、ぎゅって抱きしめてくれるから」 「明日香ちゃん…」 「途中で、けだものになっちゃうこともあるけど…でも…結局は、わたしを甘えさせてくれるから」 「う…」 ちょっと、ちくっときたぞ?「その、結局優しいところが、わたしの琴線に触れる。あ~大好きだよばかぁっ』って、叫びたくなる」 「真似…すんなよ」 「ごめんね、ボキャブラリー貧困だから」 「わざとだろ…」 「つきあえばつきあうほど、迫っちゃいたくなる。 せんせが足りない…どれだけ抱かれても、足りない。 …お互い、ダメ人間だねぇ」 「…まったくだ。れじゃ、際限がない」 お互いが、触れあえば触れあうほど、想いを増幅させていく。 足を引っ張り合って、一緒に、深みにはまり込んでいく。 「名づけて『好き好きスパイラル』ってやつ?」 「…めっちゃ馬鹿っぽいな。飛が考えそうなネーミングだ」 「うわぁ…せんせってば。分の女と話してるとき、他の女の話題出すぅ?」 「いや、それにしても馬鹿だろそれは…」 「頭が色ボケなんだね、きっと…」 「はは…」 お互いの気持ちを吐き出しあって…俺たちはまた、穏やかな気持ちになって、ゆっくりとした時間を過ごす。 ………「今が幸せ」 「俺も…」 「せんせが恋人で、大切な仲間がいっぱいいて、みんなで、一生懸命頑張って、ファミーユを盛り上げて」 「うん…」 「すごく幸せ」 「ああ…」 「毎日、てんちょの顔を見て、週に二度、せんせと勉強して、週に一度、こうして恋人同士やらせてもらって」 「そう…」 「とっても幸せ」 「しつこい」 「うあ…」 ………明日香ちゃんの思い描く幸せ…俺と、そしてみんなといることの幸せ。 どうすれば、続くのか…どうすれば、本物になるのか。 それは、元保護者である俺に課せられた、春休みの、宿題。 必ず、解決しないと。 「行くよ、明日香ちゃん」 「あ、ちょっと待って~」 「それじゃ仁、お疲れさま~」 「ああ、お疲れ~。をつけてな~」 火曜日…今日もファミーユの営業はつつがなく終了し、ブリックモールは、もうすぐ静寂に包まれる。 俺は、従業員一同を見送った後、簡単に掃除をして、後は適当に帳簿を整理…「ね、仁くん、ごはん食べに行かない?」 「…へ?」 「っ!?」 「明日、お休みだし。近、月例会開いてないしさぁ」 「月例会って?」 「ブラコンとシスコンの狂宴…」 「な、なんか触れてはいけないことっぽい!?」 「何言ってんのよ~。たしと仁くんは、健全なお付き合いなんだからね?」 「いや、お付き合いと言ってる時点で姉としてダメな気がするんですけど…」 「でも面白そ~。 ねえねえ恵麻さん。 わたしも参加していい?ちゃんと健全にしてますから~」 「なんか色々引っかかる物言いだけど…それじゃ、みんなでごはん食べに行かない?ついでに、ちょっと飲もうか?」 「………」 「お、おい…」 「いいですねぇ! この後予定ないし…寂し~」 「喜ぶか落ち込むか、どっちかにしてよかすりさん」 「じゃ、ここは奮発してわたしがおごっちゃおう!…最初の一杯だけ」 「わ~お大尽」 「じゃ、みんなで手伝って、さっさと終わらせちゃおうよ!仁の残業」 「………」 「だ、だから、掃除だけじゃなくて、帳簿付けも…」 「そんなの持って帰って明日やればいいじゃない。んなら、わたしがやっとこうか?」 「え…いいの?」 「っ!?」 「あ、違った!だ、だから俺は…」 「ごめん、わたし行けない…」 「明日香ちゃん?」 「お酒飲めないもん…」 「あ…ごめんね。れじゃ、お酒抜きにしようか?」 「い~よ、みんなは楽しんでくれば。 でもわたしは行かないの。 明日も授業あるし」 「あれ? 先週から春休みって言ってなかったっけ?」 「なんでそんなど~でもいいこと覚えてるかなぁ」 「休みだったらちょっと付き合わない?どうせならみんな揃った方が楽しいし…」 「いや、だから俺が揃うなどとは…」 「そうだ、駅ビルの地下に新しくできた、オムレツ屋さんにしようか?仁くんの後学のためにも」 「オ…オムレツっ!?」 「~~~っ!!!」 「あ…」 「ん~…ちょっと晩ごはんには軽そうだけど、ま、いっか」 「仁の無駄に熱い講釈も聞けそうだしね~」 「明日香ちゃん、やっぱりダメかな?」 「…(わなわな)」 「あ、あ、あ…明日香ちゃ…」 「お疲れさまっ!!!」 ずんっ「~~~っっっ!!!」 「あ、明日香ちゃん…?」 「どうしたんだろ、あのコ…?」 「通知表でも悪かったのかしら…?」 「あ、あはは…」 俺としては、笑うしかなかった。 明日香ちゃんに踏まれた跡の残った靴をさすりながら。 ………………「明日香ちゃん」 「………」 すたすたすた「お~い、明日香ちゃ~ん…」 「………」 すたすたすたすたすたすた「そっか、帰るんだ。ゃ、おやすみ」 「っ!?」 「ほら、晩ごはん買ってきたぞ。緒に食べよ…『俺の部屋で』」 「………てんちょのばかぁ」 「ちゃんと断ってきたじゃん………最終的には」 「オムレツごときで揺れ動いたぁ…_わたしと両天秤にかけたぁ」 「…オムレツを馬鹿にすると許さんぞ?」 「しかも負けたぁぁぁ!?」 「…冗談だ。日香ちゃんの方が美味しいよ」 「っ…ぅぅ…いじわるぅ。日のこと、わたしがどれだけ楽しみにしてたか、わかってんのぉ!?」 「…だから断って来たじゃん。さんに泣かれて、由飛に怒られて、かすりさんに詮索されたのに、さ」 「っ…ぅ、ひっく…」 「だからさぁ、機嫌直せよ。初から断るつもりだったって」 明日香ちゃんの肩に手を回して、強めに抱きしめる。 「あ~明日香ちゃんはあったかいなぁ」 「もうっ、またごまかすしぃ…」 冷たい空気の中でも、やっぱり、明日香ちゃんのほっぺはすべすべで、そして、温かい。 だからついつい、頬を合わせてすりすりしてしまう。 「行こうよ、明日香ちゃん」 「………ん」 手袋をはめていない方の、右手を差し出す。 相変わらず、もう片方はできてないけれど、でも、いつもこうして、代わりにあっためてくれるから、何の問題もない。 「ところで、今日はほんとに泊まっていけるの?」 「大丈夫、ちゃんと美鈴にはしっかり根回ししといたから」 「…てことは、結局学園のみんなには筒抜けかぁ」 「春休み挟んでるから、みんな忘れてるよぉ」 「忘れないと思うけど。が友達だったら絶対に切り札として使う」 「そんなギスギスした友情はいやだなぁ」 拗ねても、怒っても、泣いても、そんなこんなで喧嘩になっても、10分もたてば、手を繋いで二人並んで歩いてる。 明日香ちゃんとの、この関係が心地良い。 ずっと、ずうっと、続けていきたいって、心から思う。 けれど…楽しい時間は、永遠じゃないからこそ、価値があるって、知っている。 ………………「は、んむ…ちゅぷ、ん、ん…」 「あ…明日香ちゃ…っ、く、ぅ」 「ふむぅ…ん、んぶ…ちゅ、れろ…ん、ん…ね、ねえ、せんせ…いい?」 「う、うん…すごく…っ」 「よかったぁ…練習した甲斐があったよぉ」 「れ、練習て…こら…」 「も、もっとしたげるね?ん、んぅ…ちゅぷ…んく…んっ、んっ…」 「うあああっ」 俺の下半身を、鈍く駆け抜ける快感の嵐。 そりゃ、当たり前だ。 だって、明日香ちゃんが俺のを…飲み込んでくれてる。 「んっ、んっ、んぅっ…んく、ちゅ…ぷぅっ、は、んむ…れろ、ん…ひぇ…ひぇんひぇぇ…はむ…」 口で挟んで、舌でべろべろに舐め上げてくる。 …一体、どんな練習したんだよ。 「あ、明日香…ちゃんっ」 「ふぅんっ…?あ、へんへ…はぁっ、あ、んっ…」 目の前で、明日香ちゃんのお尻が、ゆらゆらと揺れてる。 俺のプレゼントした、例の、かなりエッチっぽい下着。 今日のために、やっぱり、履いてきてくれた。 「はぁ、ん…あ、あ…」 「ふぅ、ん、んぅ…じゅぷ、んぷぅ…あ、あむ…は、は、は…あんっ、あ…せんせぇ…そこ、ぉ」 だから俺は、目の前にある、セクシーな下着に包まれた下半身に、両手を伸ばし、いじくる。 両手の親指で、明日香ちゃんの中心をなぞり、割り開くように、左右に押し拡げてみる。 その拡がりのなかに、人差し指を突っ込んでみたり、手前の突起に、指の腹を押し当ててみたりする。 「うあぁ…あ、あ、んっ…ふむぅっ、んむ…あ、んぷ、ちゅぅぅ…は、ん、くぁぁっ」 明日香ちゃんは、音を立てて、俺のモノを、舐め、しゃぶり、すすり上げ、刺激を与えてくる。 だから俺も負けないように、激しく指を動かし、明日香ちゃんの花びらを、下着越しに愛撫する。 明日香ちゃんは、いつもの例にならって、あっという間に、下着から染み出させる。 「ふ、んぅ、あ、ああっ、せ、せんせ…っ、や、ちょっと…また、もうっ…わたしが、きもちよくしたげるのにぃ」 「だって…明日香ちゃんのここが目の前にあるんだぞ…?本当は、誘ってただろ…?」 「そ、そんなことな…やぁぁっ、あ、あ、あ~っ!ゆ、ゆび…なか…にっ…」 下着を横にずらして、人差し指を直接、明日香ちゃんのなかに、潜り込ませる。 じゅくじゅくに濡れていたそこは、俺の指をたやすく受け入れて、奥へと誘う。 「うああ、あ、あ…これ、あ、あむ…ちゅぷ…ふむぅんっ、ん、んむ…ら、らからぁ…らめぇ」 指を、すぐに二本に増やして、激しく往復させる。 指に垂れてくる液の量も相当なもので、ぽたぽた、ぽたぽたとこぼれ、俺の顔にまでかかったりする。 これは…すくい取ってあげないと。 「明日香ちゃん…お尻、落として。う、そう…」 「へ…? あ、や、だめっ、そ、んなぁ…あ、んむ…ひぅっ」 立て膝になってる足を掴んで、ゆっくりと、ずり下げていく。 すると、明日香ちゃんの腰が落ちて、俺の顔に、一番恥ずかしいところが、覆い被さってくる。 「らめ、らめぇ…せんせぇ、そこ…やっ…あああああっ!」 下着をもう一度、横にずらして、舌先を直接、明日香ちゃんの胎内に突っ込む。 「は、んむ…じゅぷ、んく…はむんっ、ふ、あ、あ…明日香ちゃんの…すごく出てくる…」 「や~、や~、やぁぁぁぁっ!な、なかまで入れないでぇっ、や、あ~っ!」 どうせ後で、『なかまで入れる』のに、何故だか最初は抵抗するんだよな。 まぁ、アレでするのと、舌でするのとでは、また羞恥の度合が違うのかもしれないけど。 「ん、ん、ん…は、む…ちゅ…んく…じゅるる」 「いや、いやぁぁ…えっちな音ぉ…もう、せんせってばぁっ」 口をつけて、息を吸い込んで、明日香ちゃんの穴から、音を立ててすする。 次から次へとこぼれ出るしずくは、口の中に留まらず、俺の顔を濡らしていく。 「やぁ、やぁぁ…も、もうっ、ん…ちゅぶぅ…ん、んむっ、じゅる…ふむぅんっ」 俺のえっちな音に対抗して、明日香ちゃんも、激しく音を立てて、俺のものに吸いついて、飲み込む。 二人の発する、吐息と、口唇と、性器と、唾液の奏でる音。 濃密な匂いと、ねばっこい空気が、部屋を包み込む。 「んっ、んぅ、ちゅぷ…はむ…んっ、んっ…んんんっ」 「は、んむ…ちゅぷ…ん、く…は、むぅぅぅぅっ、あ、あ~っ、は、ん、くぅっ…せ、せんせぇ…」 「んん…ちゅぅぅ…んく…れろ…はむ…んちゅ…ぷぅ」 「あ、あ、あ~っ!ちょっ、待ってせんせっ、わたし、ちょっと…あああっ」 やっぱり、明日香ちゃんは、色んなとこが敏感だ。 舌を入れて、激しくかき回しながらも、指で、先っぽの突起に触れて、くりくりとこすってあげると、その部分が小刻みに震えて、快感をアピールする。 それに気をよくして、思い切り拡げ、深くまで突っ込んで、激しく動かして、こすって、つまんで、引っ張った。 「うああああっ!? や、やだ、ちから、はいんないよぉ…も、もう、せんせのへんたい…っ」 明日香ちゃんの、俺を責める声も、誉め言葉と受け取って、いじくるのを続ける。 本当に、全身に力が入らないみたいで、俺の体の上で、くたぁ~って、うつぶせに横たわってる。 荒い吐息が、俺の股間にかかり、ちょっとくすぐったい。 「せ、せんせぇ…もう、勘弁してよぉ…わたしだけ、わたしだけおかしくなっちゃうよぉ。、あ、あ…ふあぁぁぁ…っ」 「なら…明日香ちゃんも頑張って。、んっ…んぅ…ちゅ、ぷ…」 「そ、そんなこと、言うんだったら…そんなに、激しく、しないでよぉ…、や、やぁ、も、もう、だめだってばぁ~」 「口がお留守になってるぞ…ん…ちゅぷ…んぅ…あ、じゅぷ…んん」 「うああぁぁぁっ、だ、だって、だってぇ…せんせが…せんせがぁ…いやぁぁぁっ、あ、あ…」 明日香ちゃんは、もう、顔さえ上げられずに、全身をびくびくと震わせている。 これなら…一度、イかせてあげられるかも。 「明日香ちゃん…お先にどうぞ」 舌先を、先っぽの突起に潜り込ませ、ぐるぐると舐め回す。 穴の中には、指を二本入れて、中で拡げるように動かす。 「や、や、や、だ、だめ、だめっ、せんせ、いやだぁ、だめだってばぁ」 「ん…んむ…いいから…イっていいから…ちゅぷ…れろ…」 「そんなこといったらぁ…いや、しびれるよぉ…っ、あ、だめ、だめ…も、もう、こんなのだめだよぉっ」 明日香ちゃんの痙攣が、さらに激しくなる。 指を入れた穴の中からこぼれるしずくは、もう、次から次へと湧き出て、明日香ちゃんの絶頂が近いことを教えてくれる。 だから…もっと…いじめてあげる。 「ん…ちゅぷ…かぷ」 最後に、舌先で露出させた突起に、軽く歯を当てると…「う、あああああああっ!?あ~っ、あ~っ、あああああ~っ!」 「んんっ」 一瞬、激しいしぶきが、俺の顔にかかり…「ああああああ~っ、ああ、ああ…いあぁぁぁ…せんせ…せんせぇ…ひぅっ、あ、う…」 俺の、差し込んだ指と舌を、潰してしまうんじゃないかってくらいに収縮して…「うあっ、あ、あぁぁぁぁ…あんっ、あんっ、あ、あ、あ…あぁぁぁぁ~」 そのまま、くたって、更に脱力して。 俺の顔に、ぽたぽたしずくをこぼしながら…「ご、ごめんなさぁい…い、いっちゃったぁ…せんせより先に…いっちゃった…よぉ…」 そんな、いやら可愛らしいことを、呟いた。 「全然OK。らしい明日香ちゃん、とてつもなく可愛いし」 「はぁ、はぁ…ほ、ほんとぉ…?」 「ん…大好き、だよ。気で…な」 「っ…ぅ…」 俺の体の上で、また、びく、びくって震える。 俺の顔に股間を押しつけて…って考えると、めちゃくちゃいやらしい格好だけど…いや、実際いやらしいんだけど、でも、愛しくて愛しくて…「ん…ちゅぷ…」 「あ、明日香ちゃん…?」 「が、がんばる、ね…せんせも…いかせてあげるから、ね?ん…ちゅぷ…はむっ、ん…んぷ…」 「無理しなくても…たった今イったばかりだろ…」 「ん…ん…でも、でもっ…わたしが先にしてたんだもんっ…せんせを気持ちよくさせてあげたいんだもんっ」 「明日香ちゃん…ぁぁ…」 「ん…んぷ…ちゅぷぅ…は、はむ…んぅ…ん、く、あ、はぁぁ…ちゅぅぅ…んぅ…」 二人して、お互いのあそこを舐め合ってるにしては、なんだかこそばゆくて、微笑ましい会話になっちゃってる。 それこそが明日香ちゃんの、なんとなく癒されるキャラクターによるものだろうか。 「は、んむ…ちゅぷ…ひぇんひぇぇ…いって…わたしのおくちで…いってよぉ…んぷ…」 「う、あ…っ」 今の言葉は、かなりキた…明日香ちゃんの口の中で、びくんって跳ねるくらいに、感じてしまった。 「あ、んっ…おっきくなった…せんせの…またぁ…あ、あむ…んぶぅ…ちゅぅぅ…はむ…んっ…」 「あ、明日香…ちゃん…」 下半身に受ける刺激と、目の前で、ひくひく半開きで蠢く、明日香ちゃんの花びらのせいで…俺も、すぐ、限界に近づいていく。 「は、んむ…んぷっ、あ、ちゅ、ぅぅ…は、んっ、んっ、んっ、んんんっ…」 「あ、あ、あ…す、すげ…っ、あっ、ちょっ、い、いいよ…これ…っ」 情けないくらいに激しい喘ぎが漏れ出してきた。 けど、それが、明日香ちゃんをも加速していく。 「ん、んんっ…へ、へんへぇ…だひて…は、んんっ、んむ…はむぅんっ、ちゅ…ぷっ…」 「う、くぁぁっ、は、あぁ、あ、あ…」 そして…あっという間に…「んんっ、んんんっ、んくっ、んんっ、ちゅぷぅ…は、あぁ、あぁぁ…んんんんんっ!」 明日香ちゃんが、喉の奥まで飲み込むと同時に…「あ、あ、あ…あああああっ!」 「んんんんん~~~っ!!!」 びゅくぅっ「ああああ~っ!」 「あむっ、ん、んぅぅぅ~っ、あっ、あっ、すご、せんせっ…ちゅぷ…けほっ、けほぉっ…」 「あ、あ、あ…明日香、ちゃぁん…っ」 喉の奥に放ってしまったせいで、明日香ちゃんがむせてしまっている。 済まなさと、そして、とてつもない快感と…「ん…んくっ、あ、こほっ、あ、らめぇ…あ、んむ…ちゅぅぅ…ん~…ん、ん…」 一度口を離したのに、またわざわざ吸いついて、次から次へと出てくる精液をすすってくれる。 「ん~…ちゅぷ…ちゅぅぅ…あ、あむ…で、でたねぇ…せんせぇ…すっご…」 「あ、あ…」 「出してくれたんだねぇ…あ、あむ…うあ…どろどろだよぉ」 「ご、ごめん…」 「やだなぁ…わたしが出させたんだもん…ん…うあ…なんか…えっとぉ…」 「は、吐き出せ」 「あ…う~ん…べつに嫌じゃないよぉ。んせの、だもぉん…ん、あむ…んっ」 俺からじゃ見えないけど…なんか、まだすすってる音がする。 「ん~…んぅ~…ん、んく…ふ、ふぅぅ…」 「ほ、ほんとに大丈夫、か?」 「…なんか、微妙な味だねぇ…あはは」 そんな感じで、明日香ちゃんは、脱力したまま、ちょっとだけ、笑った。 「………」 「はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ~…」 「明日香ちゃん…」 「…んぅ」 「お互い汚れちゃったし…お風呂わかすから、入りなよ」 「うん…いっしょに…はいろ」 「…狭いぞ?」 「だから…いいんじゃないよぉ」 ………………「ん、ふ、あ…」 「う、く…」 「うあ…すごい、せんせ…すぐにおっきくなるね…」 「そ、そりゃ…気持ちよすぎるから」 「ほんと? きもちいい?わたしのおっぱい…気持ちいいかなぁ?」 「そ、そりゃ…柔らかいし、あったかいし、…ぬるぬるだし」 「えへへ…うれしいなっと。しょ、んしょ…っ」 「け、けど………どこでこんなこと覚えたぁっ!?」 「ん、ん…それは、その………『明日香のおっぱいならできる』って、みんなが…」 「友達づきあいを考え直せ…」 お風呂を沸かして入るまでの時間で、せっかく(?)大人しくなった俺のモノが、明日香ちゃんのせいで、むくむくと再起動していく。 明日香ちゃんと体の洗いっこって話になって…お互い、汚れ物を“出した”ところを重点的に洗おうってところから、コンセプトがおかしくなった。 石鹸を手にとって、下半身をいじりあい、結局、二人して興奮して、抱きあって床に転がって…「ん、んっ、んんっ…ね、ねえ、どんな感じかなぁ?」 「どんな感じもなにも…うわぉぅっ」 「あ、ぴくぴくきた…せんせ、ほんっとにきもちいいんだぁ」 柔らかくて、なめらかで、包み込む圧力は、お口やあそこほどじゃないから、もどかしくて…でも、明日香ちゃんのしてることそのものが、俺を極限まで興奮させることも確かなわけで。 「ん、ん…せんせの先っぽ、見えるよ」 明日香ちゃんの胸から、出たり、入ったり。 もう、かなり限界近くまでカチカチになってる。 「なんか、さっきからずっとなめてたら、愛着わいてきちゃった…ちゅ…」 「あうぅ」 しかも、その先端の尿道口に、明日香ちゃんの舌先が届き…「ん、ん…ちゅ…ぷ…あ、あんっ、ふぅっ、あ、む…」 とうとう、また、口と舌まで使って、明日香ちゃんの愛撫攻勢がはじまった。 「あ、明日香ちゃん…あ、く…」 「ふぅ…ん、ちゅく…はむっ…せ、せんせぇ…すりすり、気持ちいい?」 「でなきゃこんな情けない声出してないって…」 「そ、それも…そだねぇ…えへっ、ん、ちゅぷ…ちゅぅぅ…ん、んっ…」 明日香ちゃんの舌先が、すぼめた唇が…俺の、尿道の先にピンポイントで刺激を与えてくる。 そこしか届かないから仕方ないんだろうけど、なんてもどかしい拷問…「ふ、んむ…あっ、あっ、あぁっ…お、おっぱい…こすれて…っ、あ、あんっ」 「ふ、あ、あ…明日香ちゃぁん…」 「ひぅっ、やだ、せんせかわいい…今の、もっと言ってぇ」 「な、なめんなぁ…こらぁ」 「な、なめたら、もっと言う?はむ、んちゅ…ちゅぷぅ…は、んむ、んっ」 「意味違ぁう…っ、あ、ああ…あ…」 「うあ、うあ、うあぁ…かわいい、かわいい…ん、ちゅ…ぷぅっ」 あかん…俺の喘ぎ声が、明日香ちゃんにヒットしてしまったらしい。 今までよりもさらに積極的に、おっきな胸で俺を挟み込み、唇で囲い込んで、舌先で、チロチロと舐め回す。 「へんへ、へんへぇ…あ、んむ…ちゅっ、う、あ、あ、あ、あ…や、ちょっと、動かさないでぇ」 「む、無茶言うな…それ勝手にっ」 俺のが反り返って、挟まれてる胸から、勝手に逃げ出そうとしてる。 それを追いかけて、明日香ちゃんが、もっと胸を押しつけて、唇を寄せて、舌を掻き回す。 「れろ…あ、んむっ、ちゅぷ…あ、あんっ、あ、んむっ、はぅ、んっ、んぅっ…あぁぁ…」 「はぁっ、はぁっ、あ、ああああ…だ、だめだ、もう…」 「あぁぁっ、うん、いいよ、いいよせんせぇ…今度は、わたしのおっぱいで…イってよぉ…」 「こ、こら、こらぁっ」 わざとなのか、自然なのか…明日香ちゃんが、めちゃくちゃいやらしい言葉で、俺を挑発してくる。 可愛らしい、舌足らずな声が、お風呂場の中でエコーを伴って、俺の耳をさわさわと撫でる。 人知れず、腰が浮き、明日香ちゃんに突き出す形になってしまい…「はむ…くぷ…ん、んむ…あ、はは…んっ、んっ、んんっ…あ、あぁぁぁ…」 余計に、快感が増幅されてしまう。 「うあ、うあ、うあああ…っ、あ、明日香ちゃん、お、俺っ」 「う、わ、あっ?」 「う、あああああああああっ!」 「うあああっ!?あ、んっ、んむっ、はぁ、あぁぁぁぁ…っ」 本日、二度目の射精なのに…「あ、んっ、わぁ、あふぅっ…ま、まだ出る、まだ出てるよぉ、せんせ」 「ああっ、あ、あ、あ…」 自分でも、呆れるくらい、沢山出て…明日香ちゃんの、胸と、お口と、顔を、また、めちゃくちゃに汚してしまって。 「ん…ちゅぷ…あ、あは…こんなに…真っ白だぁ」 「そ、それは石鹸…」 「これがぁ?ほら、こぉんなにねばっこいよ?」 「う…」 指ですくって、目の前で広げてみせる明日香ちゃん。 それは…ちょっと反則的な仕草だろう。 …あっと言う間に回復してしまうぞ?「これで、お口と、胸で、せんせをイかせたね?なんか、考えてみるとすごいねぇ」 「うぅぅ…」 それは…ちょっと反則的な言葉だろう。 …やっぱり、あっと言う間に回復してしまうぞ?「ん、ふぅ…せんせ、気持ちよかったよね?わたしも、せんせの声、気持ちよかったよぉ」 「………」 「せんせ…?疲れちゃった?」 「…明日香ちゃん」 「んぅ…?」 「…立って」 「ふぇ?」 「ごめん…その、明日香ちゃんに、入れたい」 「………」 「すぐ入れたい。 今入れたい。 …ほんと変態でごめん」 「うあ…ほんとだ。だかっちんかっちん」 「…申し訳ない」 年下の女の子に、拝み倒して、させてもらうなんて…なんつ~か、もの凄く駄目人間なような気もするけど。 けどまぁ、仕方がない。 何しろ、したくてしょうがない。 …今さっきまで、2発抜いた人間の言うことじゃないかもしれないけど。 「元気だねぇ、せんせ…」 「明日香ちゃんだから…」 「ふぁぁ…」 あ、ちょっと揺れてくれた。 こういう反応、嬉しいな。 「なんか、すればするほど、明日香ちゃんが好きになってく…もう、止まりそうにない」 「…せんせって、明日香殺しだねぇ。の言葉、他のひとに言っちゃヤだよぉ?」 明日香ちゃんが、石鹸で、胸や顔を洗い、ゆっくりと、立ち上がる。 「約束する。がしたいのは、明日香ちゃんだけだし」 「…それだけえっちなのに、わたしとしかできないなんて…大変だねぇ。へ、えへへ…」 明日香ちゃんは、ちょっと頬を染めて笑うと、俺の目の前で、無防備でいてくれる。 「じゃ…いいよ。たしのなか…おいで、せんせ…」 俺の、なすがままに、なってくれる。 ………………「ん…」 「あ…んんっ…」 「うああああっ、あ、あ、あ~っ」 十分に濡れて、何度も舌と指で割り開いたそこは…ぬるりと、俺のモノを迎え入れてくれる。 「うあぁ…あ、ああ…」 「せ、せんせ…あ、ああ…なか、はいって…うああ、あぁ…」 「う、うん…明日香ちゃん…ありがと」 「ありがとって…なんかへんだよぉ。、あんっ、やんっ、せんせってばぁ…っ」 一番奥まで突っ込んで、ゆっくりと引き抜く。 締めつけてくる感覚も、焼けるような熱さも、どれもこれも、俺好みの、明日香ちゃんの胎内。 腰がぶつかるお尻も、ちょうどいい肉付きで、夢見心地になってしまう。 「ふあぁ、ああ…せ、せんせぇ…今日は、ゆっくりするのぉ?」 「…そんなこと、俺にできるわけないだろ」 「あははっ…すぐ我慢きかなくなるもんねぇ。んせの女やってるのも、大変だよぉ」 最初から、やさしくできなかったからなぁ。 明日香ちゃんの身体に溺れて、すぐに激しく動いて、何度も、何度も、してしまうケダモノだから。 「ま、まずは頑張ってゆっくり動くから…」 「ふぁぁっ、あっ…あっ…あぁぁ…せ、せんせ…ん、いい、かんじぃ」 明日香ちゃんの胸を、背後から鷲掴みにする。 今日は、この胸でもイったんだよなぁ。 そんな妙な感慨に耽りながらも、にぎにぎして、先っぽを指ではじく。 「うんっ、く、あぁぁ…せんせ、おっぱい好きだねぇ」 「明日香ちゃんのが…魅力的だから…っ」 「ふあぁっ、あ、あんっ…ん、そ、そう?えへへ…おっきくなった甲斐があったよぉ」 「…もうちょい、背も伸びるといいけどな」 「ひ、ひっどぉい…あ、やんっ、ちょっ、こらぁ、そうやってごまかすぅ、あ、あんっ、や、両方からぁ…っ」 乳首を指でぎゅっとつまんで、こりこりと転がす。 腰も、ゆっくりとだけど、強く、奥に進み、大きなストロークで、明日香ちゃんを貫く。 「ああ…明日香ちゃん…本当に、柔らかいなぁ、君はぁ」 「せんせがしつこくこねるからだよぉ…あっ、あんっ、や、そこ、ああん…もうっ」 ミルクを絞るみたいに、ぎゅっ、ぎゅって、胸をいじめる。 真ん中に寄せて、両方の胸同士をこすり合わせて、潰すように愛撫する。 「やっ、かたち、くずれちゃうよぉ…そんなに、いじめないでぇ」 「そんなことあるか…」 若いせいか、こんなにピチピチで、張りがあって、いつまでも揉んでいたくなるおっぱい。 明日香ちゃんの身体は、どこも大好きだけど、なかでも、いつまでもいじっていたいと思わせてくれる。 「はぁっ、はぁっ、はぁぁぁぁ…せ、せんせ、微妙に、はげし~…あっ、ああっ、あああああっ」 ぐいぐいと胸をいじめながらも、ストロークを段々と早くしていく。 いや、これは単に我慢が効かないだけ。 明日香ちゃんのなかを往復してると、どんどん、その壁をこすりたくなってしまうから。 だって…反応可愛いから。 いつもの高い声、いつまでも聞いていたいから。 「いあ、ああ、ん、あ、あ…はぁっ、はぁぁっ、あ、ぁぁぁ…っ」 激しく胸を揉みしだきながら、腰もそれに合わせ、スピードを上げていく。 全身に力を込めて、明日香ちゃんを襲う。 太股もくっつけて、背中に乗っかって、首筋に、舌を這わせる。 「ふあっ、ふあぁぁっ、あ、あんっ、ちょっ、せんせ、あ、あしが…あ、あ、あ~っ」 明日香ちゃんの太股がぶるぶると震えてる。 快感と、俺の重みとで身体を支えきれなくなってる。 「明日香ちゃん…大丈夫だから…ん、んぅ…ちゅぷ…」 明日香ちゃんを持ち上げるように胸を鷲掴みにして、でも、結局、ぐいぐいと中に侵入して。 楽にしてあげて、苦しめてあげて、外をなで回して、中を引っかき回して…「あ、ああっ、せ、せんせぇ…そうやって、やさしくいじめないでよぉ…あ、あんっ、あんっ、だ、だめ、だめぇ…」 「ん…れろ…ちゅ…今日は、どこ吸ってもいいよね?泊まってくんだもんな?」 「あ、うやぁぁ…あ、あんっ、そ、そうだよ…せんせと、一緒に寝るんだよ…あ、あぁぁ…っ」 背中にキス。 首筋にキス。 うなじにキス。 そして、耳にキス。 どれも、思い切り吸って、ときには歯を立てて…明日香ちゃんに、俺の痕跡を刻む。 「んぅぅっ、あ、あっ、ああっ…せ、せんせぇ…たまんないよぉ…もう…なんでこんなに、気持ちいいんだろぉ…」 「うん…俺も、明日香ちゃん」 両手で胸をいじめて、唇で首筋をいじめて、おなかで背中をいじめて、太股で太股をいじめて。 そして…なかを引っかき回す。 全身全霊で、明日香ちゃんを愛しまくって、全身全霊で、明日香ちゃんが応えまくってくれる。 嬉しくて、楽しくて…めちゃめちゃ、気持ちいい。 「ああ、ああ、あぁぁっ、げ、限界…せんせ、もう、限界ぃ…」 「明日香ちゃん…今日、は?」 「う、うん…大丈夫。 そうでないと、泊まりに来ないよぉ。 せんせ、すぐに中に出したがるもん」 「おのれ…」 「あ~っ、や、ごめんなさい、ごめんなさぁいっ、ホントのこと言ったら怒るよねそりゃ…ああんっ」 最近は、余裕が出てきたのか、感じてる最中にまでからかうことを覚えたな…「おしおき…するからな」 「ふあああっ、あっ、あっ、あああっ!やぁ、すご、すごい、せんせぇ…こんなぁ…」 明日香ちゃんが限界だというなら、最後の最後は、やっぱり激しく。 体力の全てを使い切って、明日香ちゃんを貫きまくる。 お風呂場に、二人の結合部から漏れる音が、エコーがかかり、淫靡に、響き渡る。 「うああっ、あっ、あっ、あああああっ!だめ、だめ、だめぇぇ…もう、おかしくなっちゃう…っ」 「おかしくなってよ明日香ちゃん…俺のせいで」 「う、うん、うんっ、せ、せんせ…もう、いいよ。いっきり、いかせて…ぇ」 「う、く、あぁぁあああっ!く、う、あぁぁぁ…」 最後の、最後の、最後のスパート。 まるで持ち上げるように、明日香ちゃんを突き上げて…「ふあぁぁっ、あ~、あ~、あああああ~っ!やぁぁぁぁ…あっ、ああああ…」 そして…限界を超える。 「うくぁぁぁぁ…ああああああっ!」 「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ!!!」 びゅくんっ、びゅくんっ。 耳鳴りと、射精が、完全にシンクロする。 「あ、あぁぁぁぁ…ああっ、ああっ、あああっ!う、あ、あ…あつぅ…や、あ、あ…ひぅぅっ」 「うく…あ、あぁぁぁ…あ、明日香ちゃん…明日香、ちゃぁん…」 「う、うあ…せんせ…まだ、まだ、なかぁ…ふあ、あんっ………あああっ………あっ」 まだ、遅いストロークで、明日香ちゃんのなかを、往復する。 そのたびに、まだおさまらない射精の波が来て、明日香ちゃんのなかに、精子をまき散らす。 「も、もう…すごすぎだよぉ…せんせ、これで今日三回目なのにぃ、なにこの量はぁ…」 「だから言ってるだろ…明日香ちゃんのなか、だからだって」 「う、あ、あ…やだ、なぁ…まだそうやって、いじめるんだもんっ」 「いじめてなんかないって…明日香ちゃん、大好きだから」 「あ、ああ…もう、だめぇ…骨抜きぃ…」 「あ、ちょっと、こら…」 明日香ちゃんの身体から、ぐたっと力が抜けて、床にへたり込んでしまった。 「…大丈夫?」 「ちょっと…休ませて…はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ…」 へたり込んだ明日香ちゃんのお尻辺りから、太股を伝って、俺の精液が流れ出てくる。 「………」 …まだ立つことができるんだな、俺。 ………………「ふわぁ…」 「五分咲きくらいか…?ちょうどいい時期だったね」 明日香ちゃんが、キャンパスの桜並木に心奪われている。 さっきまで、あんなに暗い顔してたのに、結構、現金な娘だ。 「ね、せんせせんせ。の下でお弁当広げたら楽しそうだねぇ」 「満開の頃は、夜中に花見やってる連中もかなりいるぞ」 「それも楽しそうだねぇ…」 「その前に、入学式だと、この辺は戦場になるんだ。ら、サークル勧誘が山のように湧き出してさ」 「毎日がお祭り?」 「それは、学生一人一人の心がけ次第。んな過ごし方だってできるのが大学生の特権」 毎日勉強してても、毎日バイトしてても、毎日遊び歩いていても、毎日寝てても…半年に一度の審判さえ通れば、何をやってもオッケーなのが、夢の大学生。 「せんせはどんな過ごし方だったの?」 「…バイト8に勉強2。なみに里伽子は、全盛期にはバイト10に勉強10」 「…それって人間の限界超えてない?」 「あいつは人間じゃねえ」 「あは…」 「で、俺の今は…店長10」 だから、実家にワガママ言って、休学させてもらってる。 「戻りたい?」 「ああ、戻りたいね。しいぞ、八橋は」 「そうなんだぁ…」 明日香ちゃんの目が、輝きだした。 俺もそうだったもんなぁ…今まで通ってたところと比べると、何もかも規模が違って、もの凄く新鮮に映ったものだった。 「じゃ、そろそろ学食、行ってみる?」 「うんっ」 「まぁ、そんなに大したもんじゃないけど、安さは折り紙付きだから」 「じゃあ、わたしがおごるよ」 「…アホなこと言うな」 「痛ぁっ!?」 明日香ちゃんの、一泊二日のお泊まり作戦、二日目…一日目は、何度もえっちした後、二人、裸で抱きあって…そして…いろいろなことについて、夜通し話し合った。 その、『いろいろなこと』についての結論を出すために、俺は、かねてより考えてた作戦を実行することにした。 明日香ちゃんの第一志望校にして、俺の母校…八橋大学の、見学ツアーに。 ………「………」 「………」 「…ほんとうに、大したことないね」 「おごってやったのに~!?」 「だって、これならてんちょのオムライスの方が、百億倍美味しいよ~」 「…デザート食うか?」 「…高村?」 「ん?」 「あ…」 卵かけご飯をかき込む俺の頭上から、どっかで聞いたような声がかかる。 「津山…か」 「やっぱ高村じゃん。したの? 休学中じゃなかったっけ?」 声をかけてきたのは、同じ経済学部の3年で、学籍番号が俺の次にあたる、津山だった。 「ちょっとな…ところでお前、進級できたの?」 「ピンチだったんだぞ~後期!お前がいないから、夏海のノート回ってこないんだもん」 「いや、それは悪…くねえぞ俺は!今までの依存体質の方に問題があったと思わんか?」 「ところで、そっちの可愛い娘だれ?」 「都合が悪くなったら話を逸らしやがって」 「いや、お前の都合が悪いから、紹介しないんじゃないのか?」 「う…」 「………」 思い出した…こいつは、底意地の悪い奴だということを。 まぁ、だから付き合いが続いてたとも言うが。 「ウチの後輩?」 「違う」 「学園時代の後輩?」 「否」 「さっきナンパしてきた?」 「俺をナメてんのか?」 「家庭教師先の娘?」 「ビンゴ」 「彼女?」 「っ!?」 「こら待て、一つ前で正解っつったろ!?」 「正解は一つとは限んめ?」 「………」 「………」 「………」 「………」 「あ、あの…せんせ…」 「…正解」 「~っ!?」 「…夏海は?」 「最初からつきあってない」 「…そうなのかぁ?」 「そうなの!…ちったぁ気を使えよ」 「え? あ、ああ…悪かった。っと、その…」 「雪乃明日香ちゃん」 「あ、明日香ちゃん…でいい?俺、津山。いつの一年先輩」 「やかまし」 「あ、はい…よろしくお願いします」 俺の小悪魔って、結構、人見知りするんだよなぁ…「今年入学?」 「あ、いえ…」 「来年入学予定」 「………」 「…なんだよ?」 「お前…結構低め…」 「去ね!」 「うおっ!?」 こ、この野郎…言ってはならんことを。 明日香ちゃんはなぁ…明日香ちゃんはなぁ…顔は幼いけど、身体は凄いんだぞぉ!…いかん、これだと更に最低だ。 「そ、それじゃな、高村。 お前も早く戻ってこいよ。 …その頃には、俺は卒業してると思うけど」 「ほざけバニーちゃん。に卒業するのは俺だ」 「は、はは…んじゃ」 騒音と、余計な気まずさをまき散らして、悪友と呼んで差し支えなさすぎる奴が消えていく。 「…ったく、俺ってロクな学友がおらんな。当に実りのある学生生活送ってたのかぁ?」 「………」 「あ、ごめんな明日香ちゃん。礼な奴で」 「…正解」 「え?」 「正解…なんだぁ」 「………」 『彼女?』あの質問に対する答え、か…「せんせ…」 「なんか文句あるか?訂正がいるなら受け付けるぞ?」 「っ(ふるふるふる)」 「なら、食べよ。 口に合わないかもしれんけど、慣れとかないとな。 …来年になったら、毎日食うかもしれないからな」 「うん…」 言いつつも…明日香ちゃんのほっぺは、ずっと、赤く染まったままだった。 ………琴線に触れる。 ………………「ふわぁ…」 「…さっきも通った道だろう?」 「でも、夜桜だよぉ。麗…」 「ま、な」 明日香ちゃんが、今度は夜のキャンパスの桜並木に、心奪われた。 「ねえ、せんせ」 「ん?」 「ありがとね、今日は…」 「別に。がしたくてしたことだから」 「ありがとね?」 「だから…」 「ありがとね…」 「…どういたしまして」 俺が遠慮してたら、いつまでたっても感謝をやめないつもりらしい。 ほんと、いじらしいって言葉を絵に描いて、3Dモデル化して、魂を吹き込んだみたいな娘だ。 「どうだった?」 「おっきかった」 「簡潔な感想ども」 学食で飯を食った後も、図書館、部室、グラウンド、全部の学部棟と、それらの研究室、俺の前いたゼミ、里伽子の今いるゼミ、全部回った。 今は春休み期間中だから、人は少なかったけど、ひとつひとつのモノに宿る“空気”みたいなものは、十分感じてくれたって感触がある。 「ここに通うって…なんか、凄いことだって、思った」 「凄くない凄くない。だって通ってたんだから」 「うん、だからせんせのこと、やっぱり凄いって思っちゃった」 「惚れ直した?」 「満点を再評価しても、これ以上は上がらないよ」 「………」 「ふふ…ふふふっ」 「か、からかうな…」 「心の底からの、本心なのに?」 「明日香ちゃんっ」 「あはははっ、やっとせんせをからかえた~、今日、はじめてだったよね?」 「あ…そういえば」 「わたし、大学って初めてだから、ものすっごく緊張してて…借りてきた猫みたいだったもんね~」 と、明日香ちゃんが手を丸めて、くい、くいっと、猫の手をする。 「あはは…あはははは…」 明日香ちゃんが、笑う。 吹っ切れたように、やっと、心の底から、笑う。 「楽しかった、かい?」 「うん…すっごく刺激になった」 「狙う…?八橋を?」 「うん…狙ってみたい」 「そうか…」 「来年、この桜並木を、当たり前のように歩きたい」 「2年もたてば、ほんっとに当たり前だぞ」 「色んなサークルの人たちに、勧誘されたい」 「明日香ちゃんだと、多分引っ張りだこ」 「せんせの…後輩になりたい」 「………」 「最低でも、一年は一緒に通えるよね?なら、その可能性に、かけてみたい」 明日香ちゃんの、はっきりとした意志を持った声。 「“せんぱい”って、呼びたいよ…」 相変わらず、俺にこだわることをやめないけれど、でも、それ以外にも、明確な想いを抱えてる。 だから俺は、信じられる。 明日香ちゃんも、俺も、乗り越えられることを。 「本気、だな?」 「うん」 「絶対に、諦めたりしないな?」 「しない」 「なら俺は…君がここに合格するために、力を惜しまない」 「ありがと…せんせ」 「だから明日香ちゃんも…ここに入学するために、全ての力を出してくれ」 「わかった…」 「約束する?」 「約束する」 「そうか…」 いつもの、人の顔色を窺うような、ちょっと上目遣いの視線じゃない。 まっすぐに、俺の顔を見て、自分の意志で、自分の選択を告げて…だから俺は…明日香ちゃんのために…やれることを、やる。 「雪乃明日香さん。月末日付で、ファミーユはあなたを…解雇します」 「あ、おはよ~ございま~す」 「明日香ちゃん…?」 守衛室に鍵がなかったから、俺以外の人間が一番乗りしてるってのはわかってたけど。 そこには、すでに床の拭き掃除をほとんど終えた明日香ちゃんが、モップを片づけ始めている。 「早いね…」 「一番乗り、初めてかも。最初で、最後だね、えへ」 「………」 「あと1日だって思ったら、眠れなくって…夜が明けたら、すぐに来ちゃった」 「寝てないの…?そんなんで大丈夫か?」 「うん大丈夫、全然疲れてないから。れに…」 「それに?」 「今日が終わったら、存分に倒れるから」 「明日香ちゃん…」 「てんちょ…」 「なに?」 「今日も一日…頑張ろう、ね?」 ………………「皆さん、おはようございます」 「おはようございます」 いつもの、朝の挨拶。 でも今日は、朝から、ちょっとだけ湿っぽい。 「まずは連絡から…えっと、今日は月末ですので…」 俺の喋ってる声を、俺自身が認識できない。 ファミーユ全体が、上の空。 …というよりも、きっと、俺の『では最後に』しか待っていない。 由飛も、かすりさんも、姉さんも…微妙に目をそらして、遠くの壁や、床を見つめている。 そんな中…ただ一人、俺を真っ直ぐに見つめる視線が…ある。 「では最後に…明日香ちゃん、こっちへ」 「はい」 俺の呼びかけにも、しっかりした発音で返事して、しっかりした足どりで、俺の隣に立つ。 もう、迷ってなんかいない。 「以前から言っていた通り、雪乃明日香さん…明日香ちゃんが、今月いっぱい…今日で辞めることになりました」 「………」 「………」 「………」 「今まで半年間、学業とアルバイトを両立して、本当によく頑張ってきてくれました。日香ちゃん、本当にありがとう」 俺の、簡潔に、事実だけを告げる言葉に、みんなが、さらに下を向いてしまう。 「それじゃ、一言だけ挨拶を…明日香ちゃん」 「はいっ」 ただ一人…堂々と胸を張る、最年少スタッフを除いて。 「皆さん、おはようございます」 「………」 「ブリックモールが開店してから半年間…ううん…その前のお店も含めたら、1年半かな?長いこと、お世話になりました」 「………」 「ここでのお仕事は…お店も制服も可愛くて、ケーキも紅茶も、とっても美味しくて」 「なにより、みんないい人ばっかりで、本当に楽しかったです」 「………」 「できればずっと続けたかったけど…でも、どうしても続けられなくなりました。4月から、3年生なので…受験に専念します」 「………」 「皆さんにはご迷惑をおかけします。も、明日からは新しい人が入ってくるそうなので、一緒になって、ファミーユを盛り立ててください」 「……っ」 「わたしは、一足先に降りるけど…皆さんのことと、ファミーユのこと、忘れません」 「………」 「だから…皆さんにお願いです…」 「………」 「今日一日…わたしの目の前で、やる気のないとこ、見せないでくださいっ!」 「っ!?」 「わたし…ずっと、思い出として持っていきますから。日のこと…ずっと、覚えていますから!」 「明日香…ちゃん」 「だから、思い出の中のみんなが…そんなふうに、うつむいて黙ってるの…嫌ですっ!」 「あ…」 「ワガママですけど、一生のお願いです。つもと同じに…いえ、いつも以上に、楽しく、忙しく、働かせてくださいっ!」 ………明日香ちゃんがそう言って深々と頭を下げた後…ファミーユは、再び静寂に包まれる。 「はい、明日香ちゃんの言う通り。んな、いつもより明るく、楽しく頑張ろう?」 それを破らなければならないのは、店長の役目。 だって、明日香ちゃんが決めたことだけど…背中を押したのは、他ならぬ、俺なんだから。 「開店10分前!さ、配置について!今日も、きっと大繁盛だぞ」 そうして、いつものファミーユが…でも、いつもとはちょっとだけ違うファミーユが、始まる。 ………「…え?」 「実は、二人ほどバイト志望の娘が来た。日、面接したけど、採用してもいいかなって思ってる」 「てんちょ…?」 「明日香ちゃん…今まで、無理言ってごめんね。も…もう、ファミーユは大丈夫だ」 「なに…なんのこと…?」 「君は、3年になったら、バイトをやめて、受験に専念すべきだってことだよ」 「そんな…い、嫌だよ。うしてそんなこと急に言うの!?」 「急でもなんでもない。 明日香ちゃんだって、ずっと前からわかってたはずだ。 で、わざと考えずにいたんだろ?」 「………」 「今のままじゃ…君は、東津本女子だって危ない。してや八橋なんて、夢のまた夢だ」 「せ、成績上がってるよ!ほら、こないだの模試だって…」 「英語と世界史、下がってたね。ていうか、暗記モノが軒並み落ちてる」 「あ…」 「今、一日何時間くらい勉強に取れてる?家帰るの早くて8時だよね?しかもメチャクチャ疲れてるよね?」 「で、でも…でも…」 「君は飲み込みが早いからなんとか誤魔化せてるけど…絶対的に勉強の時間が足りてないんだよ」 「だ、大丈夫、大丈夫だよ…勉強なら、お昼休みとかでもできるし」 「今までの積み重ねが尽きた時…そうだな、具体的には夏休み頃だ。一気に落ちるぞ?」 「………」 「それから慌てて頑張っても、取り返せないくらいの差がついてる」 「いや…」 「潮時だ…明日香ちゃん。ァミーユは…俺たちに任せてくれ」 「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!」 ………「こちら、シナモンティーと、アップルパイになります。ごゆっくりどうぞ」 「あの…すいません」 「あ、は~い、少々お待ちください~」 「い~よ明日香ちゃん。ョーケースはわたしが行っとく」 「え? でも…」 「外の12番テーブルにお客様が待ってるよ。 早く行ってあげて。 はい、お待たせしました~」 「あ…」 ………「ショコラクラシック、ブルーベリータルト、ブレンド二つお願いします~」 「りょ~か~い」 「はい、300円のお返しになります。りがとうございました~」 「あ、由飛さんごくろうさま。わるよ」 「い~のい~の。日はずっと明日香ちゃんが外」 「え? でも…」 「お客様に…覚えといてもらおうよ。日の、明日香ちゃんの姿を」 「あ…」 「デート申し込んでくるお客様がいたらさ、こう言ってあげればいいよ。一年経ったらまたおいで』ってさ」 「由飛さん…」 「それにずっとフロアって結構疲れるよ?明日香ちゃんは普段夕方からだから、あんまりわかんないだろうけど~」 「…最近は計算ミスは減った?」 「うわ、挑戦的な態度~。たしの超絶的な成長の跡を知らないな~?最近じゃ、フロアはわたし一人にお任せって感じ?」 「そうだっけ?」 「願いまして~は…と、サヴァランに、レアチーズケーキ、洋梨のババロアとパンプキンパイ、モンブラン2つ、しめて1200円でございま~す」 「………」 「ふふふ…花鳥式暗算術の冴えに、言葉もないようね?あ、いらっしゃいませ~さ、仕事仕事♪」 「…全部200円のが、6個あるだけじゃない」 ………「ぅぅ…ひっく…ひぅっ…い、いあ…いやだもん…っ…」 「ファミーユが蘇ったのは、君のおかげだ。日香ちゃんが、第一号スタッフになってくれたからだ」 「だって…だってぇ…ファミーユに、いたかったんだよぉっ。んなことで、なくしたくなかったんだよぉ…」 「ありがとう…」 「感謝なんかされたくないもん。ァミーユは、わたしの居場所なんだもん」 「そうだな」 「だったら…追い出そうとしないでよぉ。んなのひどいよぉ」 「………」 「お店に行っても、お客様になっちゃう。 みんなと、仲間じゃなくなっちゃう。 てんちょが…わたしのてんちょじゃなくなっちゃう」 「俺は…明日香ちゃんのものだよ?」 「最初に会ったときは、『おに~さん』だった…一年前に『せんせ』になった…また、新しい呼び方ができたのに…」 「一年後…君が大学に合格したら、また、戻ってくればいい。長のまま、待ってるからさ」 「一年? 一年も?みんな、わたしのこと忘れちゃったりしない?」 「忘れるわけ…ないじゃん」 「その間、わたしはどうしてるの?好きな人たちにも会えずに、退屈で、勉強ばっかりの毎日を送ってるの?」 「それがどうしたよ…」 「せんせ…?」 「大学受験だぞ?人生の、若いってくくられる時間の中で、一番苦労する一年間なんだぞ?」 「………」 「楽しいばっかりで本当に嬉しいか?笑ってばっかりで本当に満たされるか?」 「嬉しいよ! 満たされるよ!その方がいいに決まってるじゃん!」 「俺と同じ大学に行きたかったんじゃないのか!?苦労してでも、俺と一緒にいたかったんじゃないのか?」 「っ…」 「俺は一緒にいたいよ。日香ちゃんの先輩になりたいよ!」 「せんせぇ…」 「俺が頑張るだけでいいんなら、とっくにそうしてるよ…」 ………「お待たせしました~、ブラウニーに、ミルクティ…って、あれぇ?」 「お疲れさま」 「今日は中入らないんですか?てんちょ、呼んできます?」 「ううん、今日は明日香ちゃんに用があって来た」 「へ…?」 「今まで、ご苦労さま…本当に、よく頑張ってたね」 「あ…」 「今日まで、ファミーユを守ってくれてありがとう…って、あたしが言ってもそれはそれで失礼よね」 「里伽子さん…」 「逃げたもんね、あたしは。日香ちゃんとは、正反対」 「そんなこと、ないですよぉ。 今日だって、わたしを見送りに来てくれたんだもん。 …ありがと、ございます」 「………」 「?」 「可愛いね」 「は、はい?」 「そりゃ…あいつが溺れるのも無理ないか」 「あ、あの…えっと…?」 「仁から頼まれてさ…これからはあいつがダメなときは、あたしが勉強見る」 「え…?」 「明日香ちゃんにとっては、不満だろうけど…あいつも色々と忙しくなるからさ…わかってやって」 「り…里伽子さん?で、でも、その…」 「ダメ、かな?あたしが仁から頼まれたってのが嫌?」 「っ!?(ふるふる)そ、そうじゃなくて…里伽子さんも今年卒業でしょ?ほら、就職活動とか…」 「…あたしは、大丈夫よ。間、取れる」 「そう…なんですか?」 「余裕…かな。る意味」 「さすがだなぁ…里伽子さん」 「………ま、ね」 「じゃ、その…お願いします」 「お願い、されます」 「里伽子さんと、これからも会えるの、嬉しいよ。りがと…ございますっ」 「胸を張りなさいよ…あなたの勝ちなんだから」 「え…?えっと…それって…その…?」 「気にしないで。だの遠吠え」 ………「………」 「………」 「食べないの?」 「………」 「俺のゆで卵は絶品なのに…絶対に今までの常識が変わるって」 「………」 「このアイスクリームだって、明日香ちゃんが泊まりに来るからって、わざわざ一昨日の夜に作ったんだぞ?」 「………」 「そんなに俺と話すの嫌か?」 「っ…(ふるふるふる)」 「じゃあ、どうすればいい?どうすれば食べてくれる?」 「好きって言って。 ううん…好きって以外は言わないで。 あとは…ずっとさわっててくれるだけでいい」 「それじゃ…なんの解決にもならないだろ?」 「………」 「いつかは決めなくちゃならないことだ。が言わなくても、そのうちご両親が気にする」 「だったら…お父さんやお母さんが言い出すまで」 「そうやって、いつまで逃げるつもり?」 「数ヶ月でも、数週間でも、数日でも…みんなと一緒にいられるリミットまで…」 「それで、受験に失敗したら…あと一年、戻ってくるのが遅れるぞ?」 「そしたら…進学やめて、ファミーユに就職しちゃおっかなぁ」 「ファミーユは君の逃げ場じゃない。んな後ろ向きな希望者を採用するほど甘くない」 「………」 「………」 「でも…いやだぁ。 心の準備できてないもん。 できるわけないもん」 「明日香ちゃん…」 「ぅっ…う…ひぅっ…」 「あのさ…デートしないか?今から」 「…ふぇ?」 「本当なら、一年後にするはずのデート…しないか?」 ………「お~い、明日香ちゃ~ん。 ちょっとは休憩入れなさい。 フロア代わるからさ」 「いい、今日は休んでられない。休んでたくない」 「…その気構えはいいけどさぁ。ら、ホットミルク作ったから、これだけでも飲みなさい」 「わ、ありがと~」 「砂糖はすり切り2杯半。 猫舌さんのためにふ~ふ~したげました。 は~い、熱くないでちゅよ~」 「そ、そんなにお子様じゃないもん~」 「あ、それと膜はいただいたから」 「ええ~!あれがホットミルクの一番の楽しみなのに~!」 「…誰がお子様じゃないって?」 「そんなもの横取りするかすりさんだって~!」 「やぁねぇ、膜なんて面倒なだけよ~。だわる人多いけど、いいことないって」 「………なんかいやらしいなぁ」 「さすがは耳年増。想著しいわね」 「…いただきますっ!」 「………」 「…(んく、んく)」 「…どう?」 「(ぷはっ)…おいしい」 「………」 「ど、どしたの?人の顔、ジロジロ見てぇ」 「いなくなっちゃうんだね…わたしの、はじめての後輩が」 「かすりさん…」 「はじめてファミーユに来たときのこと、覚えてる?ちょうど誰もいなくってさ、何食わぬ顔して、わたしが面接したのよね~」 「…そういえば、かすりさんって最初、やけに先輩風吹かせてたよね」 「そりゃそうよぉ。麻さんも、仁くんも、リカちゃんも、み~んなわたしより先輩でさ、な~んか肩身狭かったのよねぇ」 「十分大きな顔してたと思うけどなぁ…」 「あの頃は素直で可愛かったのに、いつの間に、こんな皮肉屋になったのかしらねぇ」 「色々と世間の荒波に揉まれましたから。意地悪な先輩に鍛えられて~」 「また、鍛えてあげるからね。年経ったら、新人になって出直してきなさい」 「…うんっ」 「それじゃ、休憩終わり。と半分、頑張っていこう!」 「あ…かすりさん」 「ん?」 「また、色々教えてね。すりさんの恋愛塾、楽しかったよ」 「…あれから、随分と先行かれちゃったような気もするけど、ね」 ………「わ、せんせせんせ、あれ可愛い!」 「………」 「わぁ、可愛い…可愛い可愛いっ!…けど、なにあの値段~!?」 「………」 「今月のバイト代だけじゃとても無理だよぉ…って、なによぉ、ニヤニヤしちゃって」 「そりゃ、当たり前だろ」 「なにがよぉ」 「好きな人が笑ってると、自分も嬉しくなるってこと」 「あ…」 「ずっと笑ってくれるなら、その指輪、買ってあげようかってくらいに嬉しいぞ」 「ご、ごまかされないもんっ」 「じゃあ、試してみようか。いませ~ん、これください」 「………は?」 ………「それでは、ごゆっくりどうぞ」 「ではご主人さま。ゆっくりおくつろぎ下さい」 「あ…」 「あら」 「ふわぁ…」 「なに? なんかおかしかった?」 「…本当にご主人さまって言うんだ。んか新鮮~」 「そ、それは…ほら、キュリオのルールだし。ールは守るべきなのよ!」 「きっと今まで何度も聞いてたんだろうけど、忙しくて気にも留めてなかったのかなぁ…」 「それはそれで…ちょっと寂しい。チの売りなのに…」 「ちょっと見方を変えて、フードコートを眺めるだけで、なんか色んな発見があるんだもんなぁ…」 「………」 「あ、ごめんなさいお仕事中に。れじゃ」 「あ、待ちなさい。日香さん…だっけ?」 「は、はい…なんでしょう?」 「半年間、お疲れさま。今日限り、なんだって?」 「あ…」 「由飛から聞いたの。 残念ね。 …ファミーユで唯一まともな人材だったのに」 「あ…あはは…」 「大学、行くんだって?頭いいのね」 「違いますよ。悪いから、バイトやめなくちゃならないんです」 「でも、高村と同じ八橋大目指すんでしょ?」 「…それも由飛さんですかぁ?もう、お喋りさんだなぁ」 「仲間自慢なのよ。ごく嬉しそうに話してたわよ」 「え…?」 「あそこってレベル高いじゃない?あんな一流大、目指せるだけでも凄いわよ」 「………」 「なに?また何か新鮮なこと言ったっけ?」 「今の、てんちょに伝えておきますね?」 「今の…って?」 「てんちょの大学のこと、ほめてたこと。一流”って言ってたこと」 「………」 「やっぱり玲愛さんって…てんちょのこと、尊敬してたんですね」 「ど…どこをどう取ったらそんな妄言がっ!?」 「今まで色々とありがとうございました。れじゃ失礼します」 「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!戻るなら私の釈明を聞いてからにしなさい!」 「生憎ながら、ファミーユは千客万来でして~」 「もし待たなかったら、先週、とうとうあいつの部屋に泊まってったことバラすわよ!」 「………」 「今までは夜には帰ってたのに、この間は朝だったわよねぇ?」 「れ…玲愛…さん?」 「そうねぇ…あいつのお姉さんなんかどうかな?あんたたちのこと、祝福してくれるといいわねぇ」 「ひ、卑怯者~!」 ………「………」 「………」 「え、えへ…えへへへ…」 「…よしっ」 「う、うあ…ダメだ。の筋肉が言うこときかないよぉ」 「だから言ったじゃん。対に嬉しくなるって」 「だ、だって、だってぇ…せんせに指輪買ってもらっちゃった…指輪ぁ…」 「…そこまでハマるとは予想以上だったけど」 「ひ、卑怯だよぉ…わたし、今すっごく悲しいのに、笑いが止まらない…こんなの、おかしいよぉ」 「明日香ちゃん…」 「だ、だめ、ダメっ!お店やめるのとこれは関係ないもんっ」 「もちろん関係ない。れはただ、明日香ちゃんのことが好きだから、プレゼントしたかったからしただけだ」 「うあぁ…また来たぁ」 「俺が言ったから決めたってのじゃダメなんだ。日香ちゃんが、きちんと目標を持たないと」 「目標は…持ってるよ」 「あんまり本気じゃないみたいだけどな」 「そんなことない…わたし、せんせの後輩になりたいよ…」 「………」 「でも、でも…もうちょっとだけ…ファミーユに必要な人間でいたいんだよぉ」 「誰が必要じゃなくなるって?」 「そこにいなければ、役に立たない。んなに、いずれ忘れられちゃう」 「俺たちのこと、そんなに薄情だと思ってる?そんなに自立してると思ってる?」 「思ってないけど…でも…」 「馬鹿にするなよ。たちがそんなに頼りになると思うか?」 「え…?」 「店の中シッチャカメッチャカで、『ああ、こんなときに明日香ちゃんがいたらなぁ』って、全然、言わずに済むと思うか?」 「てんちょ…」 「いつまで経っても慣れるわけないよ、みんな。日香ちゃんのいない、ファミーユなんかにはさ」 「………」 「…なあ、そろそろ昼飯にするか?朝食べてないから腹減っただろ?」 「…うん、そうだね」 「じゃ、行こう。いておいで」 「てんちょ…?そっち、駅だよ?」 「とっておきの安い店があるんだよ…」 ………「明日香ちゃん明日香ちゃん、こっちおいで」 「でも、オーダーが…」 「そんなことよりも大事な仕事!大丈夫、そっちは仁くんがやってくれるって」 「へいへい、任されましたよ。大事じゃない方の仕事」 「て、てんちょ、でも…」 「だからぁ、一世一代の重大任務なんだからぁ、早くこっち来る!」 「は、はいっ…?」 「あ~ん」 「へ…むぐっ!?」 「咀嚼っ!」 「むぐ…むぐぅっ!?」 「飲み込むっ!」 「ん、んぐ…っ!」 「どう?」 「いきなりなにするんですかぁっ!?」 「新作の味見」 「へ…?」 「来月からの新メニュー。っ先に、明日香ちゃんの意見が聞きたくって」 「来月…」 「うん、来月。から、また食べに来てね」 「恵麻さん…」 「これね…明日香ちゃんをイメージして作った」 「え…」 「表面の細かいホワイトチョコ…粉雪みたいでしょ?」 「わたし…を?」 「ちっちゃめで、可愛くて、甘くて…食べちゃいたくなるとこなんかそっくりでしょ?」 「な、なんか…それって…」 「一日限定10個。ど、絶対に毎日作る」 「毎日…ですか?」 「うん、明日香ちゃんが戻ってくるまで…ずっと、毎日作る」 「っ…恵麻さん」 「だから早く戻ってきてね…わたし、飽きっぽいから。っと同じケーキ焼き続けるの嫌だから」 「っ…う、うん…絶対に、帰ってくる。ァミーユに、帰ってくるよぉ」 「頑張れ、明日香ちゃん…わたしたちも頑張るから…来年、一緒に春を迎えよう?」 「うん…うんっ」 「それまでは…ずっと焼いてるからね。ヴァージンスノー』を…」 「…ヴァージン…スノー?」 「このケーキの名前…明日香ちゃんのイメージにぴったりでしょ?」 「………」 「だ…ダメかな?」 「う、ううん…嬉しいよ恵麻さん!すっごく可愛い名前~」 「そ、そう? よかったぁ…実はね、結構いいセン行ってるんじゃないかって、自分でも思ってたのよぉ」 「…バージンじゃないけどね、もう」 「え?」 「なんでもない、なんでもない」 ………「雪乃明日香さん。月末日付で、ファミーユはあなたを…解雇します」 「…はい」 「とは言っても、これは一時的な措置です。 あなたが大学生になった暁には再雇用します。 …いえ、戻ってきてください」 「もちろん…一年で、戻ってきます」 「今までありがとう…明日香ちゃん」 「こちらこそ…今まで、お世話になりました…てんちょ」 「うん…ご苦労さま」 「そして…これからもよろしくお願いします。んせ」 「頑張ろうな、お互い。、絶対に明日香ちゃんを合格させてみせる」 「頼りにしてます」 「君が、ただ頑張れるような、最適な環境を作る。のためには、恋人だって自粛する」 「せんせ…そんなの我慢できるの?」 「我慢する。日香ちゃんが俺のせいで集中できないってんなら、俺は君から離れてみせる」 「わたしは、自信ない。んせがいると、キスしたくなるけど、せんせがいないと、泣きたくなる」 「だったら、近くにいるけど、キスはしない。 抱きしめないけど、隣にいる。 ただ、一緒に勉強しよう?」 「できる…かなぁ」 「できるよ。く離れることも、近くで生殺しになることも、俺たちなら、どっちだって大丈夫」 「その…根拠は?」 「だって俺、明日香ちゃんにメロメロだもん」 「わたしだって…とろっとろだよぉ?」 「だから報われる日を夢見ることができる」 「せんせ…」 「好きだから、ずっと好きだってわかってるから、一年後の収穫を、首を長くして、待っていられる」 「………」 「みんなだって、ずっと明日香ちゃんのこと好きでいる。から、笑って送り出してくれるし、おんなじ顔で、また受け入れてくれる」 「頑張る…」 「うん…頑張れ」 「みんなのところへ、帰るために…」 「せんせの教え子でいるために…」 「てんちょの部下に戻るために…」 「あなたの恋人でいるために…」 「そして…あなたをせんぱいと呼ぶために。乃明日香は…死に物狂いになりますっ」 「明日香ちゃん…っ」 ………「ありがとう…ございました。た…お越しくださいっ」 最後のお客様が、出て行った。 時刻は、19時15分。 「………」 そのお客様の姿がとっくに消えても…明日香ちゃんは、まだ顔を上げない。 由飛、かすりさん、姉さん、俺。 みんな、声をかけずに、ちょっと離れて見守る。 「………っ」 明日香ちゃんは、顔を上げない。 でも…その肩が、わずかに震えている。 「…終わった」 ぽつりと漏らしたその一言は、余計に、明日香ちゃんの震えを増幅させた。 「あ、あはは…終わった、終わっちゃった…」 そして、そのまま、ゆっくりと顔を上げた明日香ちゃんは…もう、涙で、ぐしょぐしょを通り越していて…「………終わっちゃったよぉぉぉ~!!!」 「っ!」 「明日香ちゃぁんっ!」 「…っ」 かすりさんが、真っ先に駆け寄り、その小さな体を、思い切り抱きしめる。 「うわああああ~、ふえぇぇぇ~!う、うあ、うあぁぁぁぁぁ~~~っ!!!」 「あ、明日香ちゃんっ…ひ、ひっ…う…」 かすりさんの胸に、涙まみれの顔を押しつけて、心からの泣き声を上げる。 「ひ…う、あ…う、うう…っ、く、ぅぁ…」 由飛も、明日香ちゃんの背中から抱きしめ、いつの間にか、ぼろぼろに涙をこぼしてる。 「っ…っぅ…」 姉さんは…両手を大きく広げて、みんなを抱きしめる。 「ふえぇぇぇ…大好き…みんな、大好きだよぉ。わぁぁぁぁぁぁ…っ」 「っ…」 みんな、泣いてる。 由飛も、かすりさんも、姉さんも、そして俺も。 みんなに愛されていたから。 みんなを愛していたから。 だから、誰もが、この日を悲しんで、涙を流し…そして、一年後の再会を誓い合い、涙を流す。 ………ファミーユを、ブリックモールへと導いた少女は…ずっと、ファミーユの、マスコットであり続けた少女は…明日から、その役目を解かれ、新たな、戦いへと身を投じる。 「よし…と。成~」 「わ~すっご~い」 「いきなりつまみ食いしようとしないの」 「え~、こんなに美味しそうなのに~」 「いや、それ理由になってないから」 「これは閉店後のお楽しみ。体、今は仕事中でしょ?どうして由飛ちゃんがここにいるのよ?」 「あ~大丈夫大丈夫。 最近は京ちゃんも翼ちゃんもしっかりしてるし。 任せっきりにしてても全然問題ないって」 「わたしはこのフロアチーフにこそ問題があると思うんだけど…」 「だ~いじょうぶだいじょぶ。だって、明日からは…」 「………」 「とうとう…一年、経ったねぇ」 「うん…」 「あの娘…どうしてなんだろ」 「それは…その…」 「どうして…入学しなかったのかな?せっかく合格したのに」 ………「は~い、入学おめでと~!そして演劇同好会入会おめでと~!」 「テニス同好会“スカッシュ”の受付はこちらで~す。なら女の子だけ会費無料~」 「あ、君、君、可愛いね。う? ちょっとだけ、僕の詩集読んでいかない?」 「…なべて世はこともなく」 桜の舞う、大学の正門前。 久々に復学した俺にも、ちょっとだけ敷居は高く感じた。 俺でさえこれなんだから、新入生の浮き足立ちっぷりは見てて微笑ましい。 ………4月1日。 八橋大の、入学式。 今日は、新入生だけのための日だけれど、その機会を逃すサークル主宰者はいない。 あちこちで、派手なのぼりを立てて、新入部員勧誘に余念がない。 俺も、その中を、ぶらぶらと歩いているけど、年の功か、それとも滲み出る慣れた雰囲気か、一向に声がかからない。 「五分咲き…か」 桜並木をゆっくりと見上げて、一つ、大きなため息をつく。 その視線を空に移し、この、一年間の出来事を、ゆっくり、ゆっくりと思い返す。 ………頑張った。 二人三脚で、死に物狂いで頑張った。 彼女には、本気の努力を強いた。 そして俺は、本気の我慢を貫いた。 彼女の隣で、いつも励まし続け、キスも、それ以上のことも、我慢して、我慢して…たまに、彼女が爆発したら、ちょっとだけ、許しあって…でも、そんなことがあった日は、いつもより、努力して、努力して、努力して…春が過ぎ、夏は駆け抜け、秋がすり抜けて…そして、最後の勝負の冬…俺たちは…思いもよらない結果に…翻弄された。 周囲の風当たりは、想像以上に激しく、厳しく…俺たちを、幾度も、幾度も、引き裂こうと吹き荒れた。 そんな中で、俺たちは…「せ~んぱいっ」 「あ…」 「やっと追いついた~。う5メートルも歩かないうちに、次の勧誘に捕まるんだもん~」 「相変わらずどんくさいな、明日香ちゃんは」 「ど、ど、ど…」 「どうだった?入学式」 「寂しかった~」 「それだけかよ」 「だってだって~入学したら、後はずっとせんぱいと一緒だって思ってたのに~」 「入学式なんかに出れるか…俺はもう5年だ」 4年で卒業できるはずなのに、な。 「だってさぁ…明日香ちゃん、帝王大蹴ったのよ?信じられる?」 「そりゃ…八橋大が第一志望だったし、帝王大は、ほんの力試しだったし…」 「ちょっと頑張り過ぎちゃったよね~」 「明日香ちゃんの学園からは、初めての合格者だったんだって…」 「もう二度とないだろうねぇ…」 「ある意味伝説になっちゃったね~」 「ほんとに…どういうことなんだろう…」 「どういうもこういうも…恵麻さん、ホントに気づいてないの?」 「なにが?」 「明日香ちゃんが、どうして八橋大しか眼中になかったかってこと~」 「なんで?」 「………」 「………」 「…なんなの?」 「あのさぁ…多分、今日…宣言するよね? あの二人…」 「わたし…欠席しようかなぁ…歓迎会」 「あ、君、ちょっと!俺たち、スノボサークルなんだけどさ~ねね、春合宿でフィジーに行くんだよね」 「きゃっ!?」 「なんでスノボサークルがフィジーなんだ…」 「細かいこと言いっこなし。と定員が二名で締切なんだけど…お得だよ?」 「に…二名だって! せんぱいっ」 「いや俺には声かけてないから…つか君引っかかりすぎ!」 さっきまで俺に追いつけなかったのはこれが原因か…「で、でもでも…やっぱたのしそうだよぉ」 「はぁ…明日香ちゃん、ほら」 「あ…っ」 相変わらず小さな手を、ぎゅっと握る。 このままほっといたら、また5メートルごとに、30秒は立ち止まることになるから。 「ついてこいよ。対に、離れるなよ」 「…うんっ」 一度は、俺を追い越して行ってしまいそうになった、その、あったかい手。 本来、戦わなくてもいい色んな常識と、図らずも戦うハメになり…それもこれも、まるで手抜きのできない俺たちの自業自得なんだけど…「あれ…せんぱい…」 「4月だと、ちと暑い」 「…ぷっ」 右手は、明日香ちゃんの左手であっためられて…左手は、毛糸の手袋であっためられて…「早く右手の方も欲しいぞ」 「あはは…すっかり忘れてた」 本当は、別に急いでない。 だって、俺たちの時間は、もう、いくらでもあるんだから。 「それじゃ、ファミーユに…帰るよ?」 「うん…ただいま、てんちょ」 「お~、星空~」 ちょっとだけ郊外の、5階建てのマンションの5階。 俺の部屋からは、そこそこ星が見えたりする。 「ふぅ~」 夜空に浮かぶ、白い点に、ひとつだけ、赤い点が混じり、そこから白い煙が立ち上る。 一応、二十歳になってから始めた習慣。 けど、本数はわきまえてる。 何しろ、こちとら飲食店で料理作ってる人間だし。 まぁ、軽食だけど。 「はぁぁ~…」 疲れた。 何しろ昨夜は寝てない訳だし、本当なら、帰ったらベッドの上に倒れ込んで、朝まで起きないってのが一般的なんだけど…どうも、一度染みついた生活習慣はなかなか消えてくれず、家に帰ったら晩飯作って、こうして一服して、それから風呂に入ってからでないと寝る気にならない。 「それにしても…」 今日は、色んなことがあった。 いや、正確には昨日から。 オープンを一日前に控えても、スタッフが足りなかった。 そんな絶望的な状況の中…ひとりの、救世主が現れた。 ---風美由飛。 ………救世主、じゃねえな。 かなり脳天気だわ、適当だわ、急にフロアに引きこもるわ、カップは砕くわ、笑って誤魔化すわ。 変わってるよな。 それもかなり。 ………けど…あの歌声と、歌う姿に惚れた俺の負けだ。 でも…確かに、人を惹きつける歌声だった。 これだけは、間違いない。 あの歌…確か…「~~♪」 「…ぷっ」 「…え?」 「ご、ごめんなさいっ、いきなり歌い出したものだから、つい」 「お、お隣さんっ!?」 大恥っ!?「ご、ごめんなさい、本当にすいません。礼でしたよね?」 「いや、笑いますって自分でも。からいきなりヘンな歌が聞こえてきたら」 大体、元のキーが俺に合うわけがないから、ほとんどファルセットの世界だったし。 俺は、上がった心拍数をなんとか落ち着けようと、胸一杯に紫煙を吸い込むと、勢いよく吐き出した。 そして…昨日までとの相違点に気づく。 「…もしかして、今日、入ってこられたんですか?」 「ええ、正確には一昨日の夕方なんですけど…」 道理で…確か、俺の右隣の部屋は、空室のままだったはずだ。 ついでに言えば、更にその右隣も空室だった。 確か、どこかの寮として使うとか管理人さんが言ってた。 「そりゃ、いきなり恥ずかしいとこ見られちゃいましたね。や、“聴かれちゃった”が正解かな?」 「いえ、そんなぁ…びっくりしただけで、いい歌だと思いますよ」 「それはない、ない。体、元の歌うろ覚えで歌ったんだし」 しかも、由飛くんが歌っているのを一度聴いたきりだし。 「そうなんですか?でも、どこかで聴いたような…」 なるほど…実は有名な歌なのかも。 っと、それよりも、嫌な話題は忘れさせよう。 俺の話術で!…そんなに威張れるテクニックなぞないけどな。 「こっちにはお仕事で?」 「ええ、勤め先のお店の支店ができたんです。この駅前に」 「あ…この時期、もしかしてブリックモール?」 「ええ、今日オープンでしたよね?すごく賑わってましたよ」 「知ってる知ってる!大体、俺もブリックモールの店に入ってるんです、今日から!」 「へぇ? 偶然ですね!それじゃ、今日お会いしてるかも」 「いやぁ、それはないと思いますけどね。っと店の中で働きづめでしたから」 「あ~、私も私も!今日はホント忙しかったですよね~」 「初日から暇だったらヤバいでしょう…こちとら高い出店料払ってるんだから」 「あははは~、そうかも」 …なかなか気さくでいい娘みたいだな。 ついたてのせいで顔は見えないけど、こうして話しているだけで、なんとなく相手の表情も見えてくる。 くすくす笑って、夜空を見上げて、ちょっと疲れてるけど、なんとなく楽しくて。 まるで今の、俺みたいに。 「あ、そうそう! 私ったら!まだ引越のご挨拶も済んでない。いません、昨日はお留守だったみたいなので」 そりゃ、昨日は徹夜で研修だったからな…「いいですよそんな改まって。体、挨拶なら今してるじゃないですか~」 「駄目です、こんななし崩しの挨拶なんて。ゃんと玄関から伺います!」 「あはは…」 新しくできた隣人は…すごく気さくで、いい人みたいでよかったな。 …ちょっと、融通が利かないっぽいけど。 「………」 「………」 えっと…「ファミーユ店長…?」 「花鳥…玲愛?」 神よ…俺を騙したな!?「騙したわね!?」 「同じこと考えるな!」 「ちょっとちょっとちょっとぉ!聞いてないわよ!隣に敵のスパイが侵入してるなんて~!」 「俺が先住民だ~!」 侵略者はキュリオの方だ!「いやだぁ! ちょっと待ってよ!どうして昨日正体を現さないのよ!?もう荷物ほとんど片づいてたのに~!」 「勤勉だなおい」 ワンルームとは言え、たった1日で。 しかも今日は遅くまで仕事だったのに。 …しかし、その勤勉さが仇になったみたいだが。 「…明日、店長にかけあってくる。んなとこ住めないわよ」 「是非そうしてくれ。も、家にいる時くらいは平和に過ごしたい」 「っ!」 職場でも、どれだけ衝突するか想像もつかないってのに、仕事のトラブルを家庭に持ち込まれてたまるか。 「で、用事は済んだ?用事と気が済んだら帰って欲しいんだけど…」 さっきまで、少しだけ浮かれていた自分が恥ずかしい。 楽しくて良さそうな隣人だと信じ込んだ自分の感受性に、三行半を突きつけてやりたい。 「…ちょっとでも『ここに越してきて良かった』と思い込んだ自分が恥ずかしい…」 「だから同じこと考えるな俺と」 「何よオンチのくせに!」 「いい歌って言ったじゃねえか!」 「いい歌が歌い手のせいで台無しだったのよ!」 「台無しなのにどうしていい歌だってわかるんだよ!?」 「社交辞令に決まってるでしょ!」 うあ…身も蓋もない。 「帰る!」 「帰れ!」 「これ!」 「なんだよ!?」 「つまらないものに決まってるでしょ!」 「なっ!?」 「じゃあね!」 「………」 嵐が、去った。 そして、台風一過の海岸、ならぬ玄関には、流木、ならぬ…「バウムクーヘン?」 しかもキュリオの…これをつまらないと言っていいのか? 店員が。 「それとっ!」 「うわぁっ!?」 「タバコはほどほどにしときなさい。康のこともそうだけど、味覚がおかしくなって、美味しいもの作れなくなるから!」 「お、おい…ちょっと待て…」 ………またしても、散々言い争っておいて、最後に敵の悪しき嗜好を気にしていきやがった。 ………いや、だから俺は…「一日一本しか吸ってねえんだよ~!!!」 「………」 「………」 「おい」 「しっ、ちょっと黙ってなさい」 「す、すまん」 「………」 「………」 「………?」 「………」 「あ…」 「よ、よう…」 「………」 「………」 「ひ、人のことずっと観察してるなんて悪趣味ね!」 「黙れって言ったのはそっちだろうが!」 もう、何が何だか…「店長だと思ったのよ」 「俺は店長だ」 「ウチの店長よ!」 「お前は自分の店の店長にさえあんな命令口調なのか?」 まぁ、あの人相手ならそうならざるを得ないかもしれんが。 「…何の用よ?」 「その質問笑える」 ずうっとウチの店内を覗き込んでいた奴に、誰何されるというのはいかがなものかと。 「言っておくけどね、私は、あんたの店がどれだけ繁盛したところで、痛くも痒くもないんだからね」 「何の用だ?」 「だからスパイ行為じゃないと何度言えば…」 「一度たりとも言ってない」 「………」 「………」 なんか、芸術的なまでに噛み合わない会話だな。 「スタッフの皆さんは元気?」 「………元気だよ」 こいつはその不条理さに拍車をかけるし。 「…どうやって集めたの?」 「どうやってって…そりゃ、半年前まで本店にいた娘たちに戻ってきてもらって…」 しかし…ここまで意図の見えない質問に、律儀に答えている俺ってのも、かなりの好人物だと思う。 「…ずっと前から働いてたって?いいえ、そんなはずない」 「いや、かすりさんも明日香ちゃんも、1年以上前から働いてくれてるけど…」 「あ~…そうね」 ここは気のない返事…てことは…「…由飛くんのこと?」 「あ~…そうね」 気のないふりして、明らかな反応…これは…「風美由飛くん、知ってるのか?」 「風美…」 「?」 「………」 「………」 二人して見つめる店内では、由飛くんが、またしても何かやらかしていた。 ぺこぺこ謝って、急いで後始末して…それでも、いっときも笑顔を失わずに。 いつしか、お客様も怒りが苦笑に、そして、本当の笑いへと転じてしまう。 俺は、そういう現場に、もう何度も遭遇した。 「ちょっと不思議な娘だけど…なかなか堂に入ってるだろ?」 「ふぅん」 「知り合い?」 「風美由飛なんて人は知らない」 「…じゃあ、なんでそんなことを聞くんだ?」 この敵性生物…今日は妙に謎だ。 「敵を知り己を知れば百戦危うからず、だからよ」 なるほど、要するに…店内を覗き込んでいたのは、敵、すなわちファミーユのことをよく知るため。 …待てよ?「…それってスパイ行為をしてたって意味じゃないのか?」 「細かいことに気がつくのね、店長のくせに」 「店長だからだよ!」 『お前の店の店長と一緒にするな』との台詞は、辛うじて飲み込んだ。 まぁ、言ってしまったからと言って、誰が困るわけでも、誰が怒るわけでもないんだが。 「一通り店内の様子を観察させてもらったけど…」 こいつ、開き直りやがった。 「…スタッフ、少なくない?」 「そのくらい一瞬で気づけ!」 フロアに一人、ショーケース販売に一人、キッチンに一人、明日香ちゃんがいる時は二人…連日、地獄が続いてますともさ。 「これじゃ、いくらお客様が来店したとしても、さばききれる数に限界があるんじゃない?」 「…言われなくてもわかってる」 「私が見たところ、あと一人…フロアとオープンカフェを行き来できるスタッフが必要ね」 「そんな金はないの」 「人に使える金がないと先細りになるわよ」 「く…」 なんでこう、こいつは他人の店の実情にまで…というか、言いがかりじゃなくて、的確なアドバイスを残す辺りが謎だ。 「いい? 最初は赤字覚悟でもいい。れでもスタッフを増強しなさい!人が呼べれば人は増えるから!」 「あ、おい…」 ………まただ…謎の行動の説明もしないまま、最後に敵の役に立つアドバイスを残していきやがった。 でも、何となく、あいつの行動パターンが読めてきた。 要するに、花鳥玲愛は…「そう言われても、ない袖は振れねえんだよ~!!」 自分だけでなく、他人も真面目にやってないと、許せない人間なんだな。 「あ、申し訳ありません。日は閉店いたしておりま…え?」 「…知ってるよ」 「ファミーユの店長…?」 「高村仁だよ。い加減覚えろよ、花鳥玲愛」 「そっちこそ、いい加減フルネームで呼ぶのやめてよ」 「じゃあ何て呼ぶんだ? キュリオのチーフ?」 「っ!」 「冗談だよ…花鳥チーフ、でいいか?」 「…何よ、高村店長」 いつもキュリオの店内を、笑顔を振りまき縦横無尽に歩き回るその格好のまま…花鳥玲愛は、一生懸命、店内をモップがけしていた。 本当は、10分以上前から、ずっと店内を伺ってたんだが、全然気づかず、黙々と、淡々と。 地味な仕事を、暖房を切って、それでも額に汗をかくくらい、丁寧に、丁寧に。 …口調はキツいが、それ以上に自分に対してキツいな、こいつ。 こういうの見てると実感する。 「今日、約束の日だろ?」 「…何の話?今忙しいから、またにしてくれない?」 一瞬、目の中に戸惑いの光が宿ったかと思うと、俺から視線を外し、モップがけを再開する。 「売り上げ勝負の話だよ。ら、負けた方が土下座っていう」 「…そうだっけ?」 「そうだっけってなぁ…」 なんか、きまりが悪そう…?あれだけ大見得を切りあったってのに。 「言っとくけど、こっちの売り上げは教えないわよ。んな機密、ライバル店の店長なんかに言えるわけないじゃない」 「そんなもの…いいよ」 「…結局、最初から勝負にならなかったってことね」 「違う。らかに、ウチの負けだ」 「………」 「そっちの仕入れ数も、売れ行きもチェックしてた。日、ウチの2倍以上の数は入ってたし、毎日、売り切れてただろ?」 「そんなことまでチェックしてるんだ…暇人」 「当たり前だ…意識しない訳にはいかないだろ」 お向かいの、全く同じ、洋菓子が主力の喫茶店。 キュリオの売れ行きが、ファミーユの売れ行きに、重大な影響を及ぼすのは自明の理。 あんな賭けなんかなくたって、気にしない方がおかしい。 「で、だからどうだっての?さっきから言ってるけど、証明できないわよ」 「土下座する。日のところは謝る」 「結構よ」 「そうはいかない」 「証明できないって言ってるでしょ?」 「俺が負けを確信してるんだ。れで十分だろ?」 「どいて欲しいんだけど。こ、まだ終わってないし」 「すまん。ら、こっちに移動すればいいだろ?」 「…いい加減にしてよ」 こっちを意識しないように、ずっとモップがけをしていた彼女が、ようやく、こちらに目を向ける。 「そうやって、簡単に頭を下げる男なんて、信用できない」 「簡単に約束を反故にする人間に育てられてない」 「………」 「………」 俺のことを、怒ったような、困ったような表情で睨みつけてくる花鳥玲愛。 負けじと俺も、負け犬のような表情で睨み返す。 …って、どんな表情だ。 「………」 「………」 「玲愛~、帰ろ………え?」 更衣室から顔を出した女の子が、睨み合う俺たちを見つけ、いきなり固まった。 確かあの娘、見たことあるぞ。 花鳥の部屋の右隣…俺の部屋の二軒隣に住んでる娘だ。 そういえば、もう一人、本店から派遣されてきたって、こいつが言ってたっけ。 「………」 「………」 「あ、あ、あの~…れ、玲愛…?」 「…先に帰ってて」 全員が気まずそうに固まっている中、花鳥が気丈にも口を開く。 「え? で、でも…」 「待ってないで。く帰って…お願い」 「あ、ああ…うん、わかった…」 どうやら事情を理解してくれたらしい。 女の子は、鞄を肩に抱えると、そそくさと出口に向かう。 「そ、それじゃあね、玲愛」 「お疲れさま」 「う、うん…その…」 「なに?」 「………ごゆっくり」 「………」 「………」 だあああっ!全っ然、理解してねぇっ!?彼女、この殺気だった雰囲気を、一体どういうふうに判断したんだ?「…あんたのせいよ」 「え~と…」 「明日から三日間、店内での私語禁止にしないと」 …恐ろしいチーフだ。 「大体、あんたがそんな、だ~れも覚えてない賭けなんか持ち出すのが悪いのよ!」 「いや、半数の人間は覚えてたぞ?」 紛れもなく二分の一だし。 「そんなふうに謝ることにこだわるくらいなら、最初っから、もっと頑張れば良かったのよ」 「その通りだ」 そして、俺は頑張ったと思う。 ただ、俺の能力が足りなくて、結果がついてこなかっただけだ。 「『頑張った』って言えるのは、結果が伴った時だけよ」 「………」 まいったな…こいつ、俺の思考を先読みしてやがる。 「私は、あんたが本気で頑張ってたって思わない」 「そうかよ」 「人数のことも、手際のこともそう。力はしてたみたいだけど、無駄が多い」 「………」 痛い…「本気であのお店を繁盛させるつもりなら、他にいくらでもやりようはあったはず。して、あんたはいくつかの方法を知ってた」 これなら、高笑いでもされてた方が、百億倍はマシだ。 「だから…本気で頑張ってない。だ、なりふり構ってる」 「そんなことまでチェックしてるのかよ」 「意識しない訳にはいかないでしょ」 ………呆れ返るくらいに完敗だ。 ………今日の、ところは。 「やっぱ土下座する。や、させてくれ」 「勝手にしたら?私、着替えてくる」 「ああ勝手にするさ」 ようやくお許しが出たので、俺は、キュリオのフロアに膝をつく。 「でも、覚えてろよ花鳥玲愛!これで終わりじゃないからな!」 「………」 「結果の伴う努力して、努力して、努力して…」 「近いうちに、キュリオと肩を並べて…じゃない!お前の店なんか、あっという間に追い抜いてやるからな~!」 「~~~っ!!!」 痛い…目から熱いものがこぼれそうなくらいに、痛い。 それでも俺は…歯を食いしばって、誰もいないキュリオのフロアで…誰にも望まれていない行為を、続ける。 少なくとも、彼女が、この場所を去り、家路につくまで。 ………………「…鍵、テーブルの上に置いとくから。ゃんと、守衛室に返してってよ」 「………」 ………「悪い」 最後まで、お互い目を合わせないようにしてくれた。 悔しいけど、それがあいつの心遣いってのがわかるだけに、なお悔しい。 だから今は、この悔しさを胸に…「…え?」 カギが置いてあるはずの、テーブルの上。 そこに、確かにカギは存在した。 けれど、それだけじゃなかった。 カップは流しに戻しておくこと。 洗わなくても結構一枚のメモと、一杯の紅茶。 淹れたての、胸のすくような香りが漂う。 「っ…」 メモの最後には、こう結んであった。 『お疲れさま』「っ…く、くそ…っ」 正直…これが一番、涙がこぼれそうなくらいに、悔しかった。 「お帰りなさいませ、ご主人さま」 「玲愛、ちょっと、ちょっと来てよ」 「瑞奈…あんたがこっちに来い」 「それどころじゃ…」 「問答無用」 「…もう」 「スタッフが表の出入り口から、しかも駆け込んでくるなんて…キュリオのメンバーとしての自覚があるの?」 「わ、悪かったわよ。ょっと慌ててただけじゃない」 「いい? 私と瑞奈は本店からの派遣スタッフなのよ?お客様に対してだけでなく、現地採用の子たちの模範にだってならないといけないの。かる?」 「板橋店長だってそうじゃん」 「あの人は優秀な反面教師としての使命を全うしてるわ」 「そこまで言う…」 「私たちの出入り口は裏口から。こには、『従業員出入口』という立派な名前があるんだから」 「もう、ホント融通が効かないなぁ。んなだから、お隣の高村店長さんと喧嘩する羽目になるんだよ?」 「何よそれは!?」 「ありがとうございます。わせて600円になります」 「え? そんなに安いの?」 「はい、本日からケーキ類は全品200円で、提供させて頂いてます」 「なに? 期間限定のフェアか何か?」 「いえ、ブリックモール店だけの特別サービス価格です。 …お待たせしました、400円のお返しです。 あ、それとこちら本日だけのサービスとなっております」 「いいの? こんな、おまけまで」 「その代わり、またご来店くださいね?ありがとうございました~」 「全品…200円?」 「安いだろ?」 「っ!?」 「あ、それとこれ、本日だけのサービス。つどうぞ」 「…マドレーヌ」 「ここにいるからって、別にサボってる訳じゃないぞ。まで、それを駅前で配ってたんだよ」 昨夜、姉さんが徹夜で焼き上げたケーキたち。 その中でも、百を超えて大量に焼き上げたのが、このマドレーヌだった。 「タダなの? これが?」 「明日からはちゃんと金取るよ、50円」 「正気?他のケーキも全品200円って…」 「安いだろ?」 「採算が合わないわよ!」 「今のままの売上じゃ確かに…黒字に転じるには、この2倍くらい売れないと」 「なんでこんな無茶するのよ…」 「本気で頑張れって言ったのはそっちじゃなかったっけ?」 「そうだけど…でも、これは」 「君の言葉は正直痛かった…けど、正しかったから、参考にした」 「………」 「ありがとう…花鳥さん」 「っ!」 「ちょっとだけネタをばらすと、強力な助っ人…いや、秘密兵器が加わったんでね」 「秘密…兵器?」 「総店長にして優秀なケーキ職人さ。れだけ優秀かは、そのマドレーヌで判断してくれ」 「総店長…?なにそれ?」 「ウチの姉さん」 「…は?」 「に…にひゃくえん!?」 「ガトーショコラもモンブランもカスタードシューも!?」 「あ、カスタードシューは100円。いたい、今の値段の半額程度」 「うわぁ…」 「お得ですね!」 「いや、そらま~そ~だけど…」 「ちょっ、ちょっと待ってよ姉さん!それ、いくつ売れば黒字になると思ってるの!?」 「そうねぇ…今の…2倍?」 「材料費が倍になるんだよ?2倍売ってようやくトントンくらいだ」 「じゃあ、3倍?」 「いきなりそんなに売れるようになるわけないだろ!?」 「うん、そうね。からしばらくは、赤字被っちゃおう!」 「な…」 「赤字…」 「………」 「あ~、大丈夫よ。 お店が儲からなくたって、ちゃんとお給料は出すから。 貯金とか火災保険のお金とか、少しは蓄えがあるから」 「いいえ、そんなの駄目! わたしたち、ファミーユと運命をともにする仲間じゃないですか!赤字だったらお給料なんかいただけないです!」 「…由飛さん、ちょっと黙っててください」 「え~!?なんでぇ?」 「実はお嬢様でしょ。んた」 「とにかく!」 「!?」 「具体的な目標を立てるわ。 販売数でキュリオを上回るのに1月。 売上で上回るのに、もう1月」 「ね…姉さん…」 「倒すわよ、キュリオ。んな、気合入れて行きましょう!」 「………」 「返事は!?」 「お、お~…」 「………」 「まぁ、そういうわけで…」 固辞していたはずの総店長という肩書きを、いいように使われた気がしないでもないが…ま、でも…きっとこれも、“あいつ”が影で糸引いてるんだろうしなぁ。 それに、あれが姉さんの演技だとわかっていても、本気で、ファミーユに戻ってきてくれたことが、純粋に嬉しい。 「もうちょっと、頑張ってみることにする。っちには迷惑かけるかもしれないけど、また、胸を貸してくれ」 「…嬉しそうね?」 「うん、嬉しいよそれは。れで君の言ってた最低限の人数は確保できたし」 フロアに一人、ショーケース販売に一人。 キッチンに二人。 それに、明日香ちゃんがいる午後のティータイムには、フロアとオープンカフェを、両方カバーできるヘルプが一人。 大抵の混雑には対応できるようになる。 まぁ、今のとこ、そこまで混んでないんだけど。 「それが理由には見えないけど?」 「…何のことだ?」 「大好きなお姉ちゃんと一緒に働けることが、嬉しくて仕方ないんじゃないの?」 「なぁっ!?」 「お姉さんのことを話してるときのあんたの顔…崩れ過ぎてて見ちゃいられなかったわよ」 「く…マ、マジか!?」 とりあえず頬をつまんでみる。 …いかん、確かに緩んでるかもしれない。 「ちょっとは骨のある男かと思ったけど…一皮剥いたら、ただのシスコンだったのね」 骨のある男…?その前提は今までその口から聞いたことがないぞ?いや、それよりも…「…家族が好きで、悪いかよ?」 「…いい傾向とは言えないわね」 「………」 その受け答えが、ちょっと、引っかかった。 「とにかく…そっちが諦めないんだったら仕方ない。た、叩き潰してあげるから」 「望むところだ…」 正直、彼女の言う通りになる可能性は低くない。 ファミーユは、これから数週間“約束された赤字”の中をのたうち回ることになるんだから。 でも…今の俺には、それほどの悲壮感はない。 「そろそろキッチンの方戻らないといけないから行くわ。っちも休憩、もう終わるだろ?」 「余計なお世話よ」 「じゃ、な」 「ふんっ」 ………「…どうしたの? ニヤニヤして。んか変よ?」 「…やっぱニヤけてる? 俺」 「仁くん?」 「んく…」 ………「何よ…」 ………「美味しいじゃないのよっ」 「ガスの元栓OK、消灯OK…」 「施錠OK…って、もうこんな時間か」 なんてこった…もうすぐ、明日になりそうだ。 軽食メニューの研究をしてたら、すっかり時間を忘れてしまった。 …ついでに割った卵の数も忘れたいが。 明日、姉さんに怒られるかなぁ?「ま、いいや、帰ろ」 卵なら、明日始業前に買ってくれば済む話…と、お向かいさんもこんなに遅くまで大変…「あ…」 「あ…」 「………」 「…お、お疲れ」 「………」 「こら待て! 挨拶くらいしてけ!」 「お疲れ様っ!」 「人と話すときはちゃんと顔を見ろ~!」 迂闊だった…キュリオで一番最後まで残ってるのって、いつも同じやつに決まってるじゃないか。 「ふう…」 「遅かったな、今日は」 「………」 「少しはご近所づきあいというものを考えたことはあるのかお前は?」 出勤先はお向かいだわ帰宅先はお隣だわというのに、この疎遠さはまるで東京砂漠…「倒すべき敵で、情けない男で、しかも救いがたいシスコンと話す口なんかないの」 「ちょっと待て!二番目は訂正しろ!」 「最後のを訂正させないとこなんか最低っ!」 「え~、なんで?」 本当にこいつは理由もなく怒る…「ふんっ」 「あ、おい待てって」 すたすたすたすたすたすた「どうせ帰る方向一緒じゃないか」 「だからこそついてくるな…」 すたすたすたすたすたすたすたすた「お前、今何時だと思ってるんだ?女の一人歩きは危険だろが!」 「別に怖くもなんともないわよ!」 すたすたすたすたすたすたすたすたすたすたすたすたすたすたすたすたちなみにこれは一秒間の歩数だ。 「犯罪者はこっちの気持ちなんか汲んでくれないぞ!」 「平気な顔してれば襲ってこないものよ」 たったったったったったったったったったったったったったったったったったったったったったっ「なっ…ま、待て!」 とうとう走り出しやがった!「あんたの方がよっぽど危険よ!」 たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたったたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたっ「ちょっと待て! 俺の話を聞けって!ここらって結構痴漢とか多いんだぞ!」 「こうやって追いつかれなければいいんでしょ!」 「そりゃそうだけどっ、スポーツ万能で成績優秀な文武両道の痴漢だったらどうする気だ!?」 「そ、そんな男の人だったら、そもそもっ、痴漢なんてやんないでしょうが!」 だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだっだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだっ「ち、ち、痴漢ってのはなぁ!性的欲求の不満だけじゃないんだぞ~!勉強のしすぎでストレス溜まってたらどうするよ!?」 「だ、だ、だったら!スポーツで発散させればいいじゃない!文武両道なんでしょ~!」 「だ、だだ、大学受験でそれどころじゃねえんだよ~!」 「そ、そそ、そんななまった奴だったら、私になんか追いつけないわよ~だ!」 ずだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだっずだだだだだだだだだだだ………とぼ、とぼ…「お、追いつけん…なんて持久力のある奴だ」 確かに、あれだけ体力があるなら、生半可な痴漢(?)では襲えそうもないが…しかし! 奴はまだ、この辺りの地理がわかってない!「行くぞ…」 あいつの走っていった方向から東へ90度。 要するに、右の細い道へと入っていく。 そう、これこそが、俺がいつも帰り道として使っている、近道。 確かに、あいつの走っていった道は、そのまま俺たちのマンションに辿り着くが、実はかなり大回りしているってのは気づきにくい事実だ。 そして、こっちの道を行けば、実は、徒歩にして5分ほどの短縮が可能なのだ!「待ってろよ花鳥玲愛…お前の驚く顔が目に浮かぶようだぜ」 まぁ………細くて寂しい道だから痴漢が心配だけどな。 ………………「はぁ、はぁ…ふ、ふふ…」 全力疾走で、合流点に辿り着いた。 これで後は、あいつが唖然とする表情を拝んで、今日のお仕事は終わり。 今夜の一服は美味いだろうなぁ…「ふ、ふふ、ふふふふふ…」 自然とこぼれ出る含み笑いをかみ殺しながら、俺は、わくわくしながら、花鳥玲愛を待つ。 ………………5分経過。 「遅いな…」 あそこからなら、歩いても10分くらいだから、もう着いていてもおかしくないのに…走りすぎて、疲れのせいで歩くこともままならないか?だとしたら…間抜けだ。 「は、はは、ははははは…」 地団駄を踏みつつ、とぼとぼと歩いてくるあいつの姿を想像して、またしても邪悪な笑みがこぼれる。 ………………10分経過。 「ちょっと待て」 いくら何でも遅すぎないか?普通だったら、もうマンションに着いてる時間だぞ?他の近道…てことはあり得ない。 俺たちのマンションに行くためには、必ず通らなけりゃならない交差点なんだ。 「………」 『犯罪者はこっちの気持ちなんか汲んでくれないぞ!』「っ!?」 自分の、少し前に発した言葉に寒気がした。 まさか…待て…俺…なんであいつを、一人にしたんだ…?「か…花鳥…?」 疲れ切った足に、もう一度鞭を打つ。 そして来た道…ではなく、大通りを、駅前に向かって全力で駆ける。 「お~い! 花鳥玲愛~!」 真夜中、閑静な住宅地、そして大声。 イコール、近所迷惑。 んなこと、構ってられるか。 「返事をしろぉぉぉ~!!!」 ………………「…っ!」 「な…」 「なんで………こっちから来んのよ!?」 「なんで………こんなとこにいるんだよ」 ここは、駅前。 ブリックモールは、目と鼻の先。 俺たちが、走り始めた場所。 「あんたが…いなくなったから」 「え…」 俺から必死で逃げてたくせに、いなくなったら気にするってのは一体…「忘れ物とかだったらいいけど、犯罪者はこっちの気持ちなんか汲んでくれないし…」 「あの…まさか…俺が痴漢に遭ってるとでも?」 「スポーツ万能で成績優秀で、そいでもって、_その……の痴漢がいたらどうするのよ!」 「………」 “……”の部分まで聞こえてしまった…「で? 結局何やってたのよ? あんた」 「…すまん」 頭を下げるしかなかった…こいつの真面目さ…というか、口とは裏腹な、人に対する気づかいの細やかさに対して…俺の行き当たりばったりな言動が、とてつもなく恥ずかしく感じられたから。 だから、正直に、ありのままの、俺の悪巧みを…「悪鬼、鬼畜、畜生、生物兵器、器量悪し!」 「だから、すまないって…」 しりとり縛りのせいで、最後の方が苦しそうだ。 「何が『女の一人歩きは危険だろが』よ!安心させといてハシゴを外すなんて、余計タチ悪いじゃない!」 「お前の言う通りだ…ごめん」 「~~~っ!帰る!」 今までも相当怒りを買っていたが、今度ばかりは修復不能っぽい。 俺は、彼女の背中が視界から消えるまで、呆然と駅前に佇んでいた。 ………………「ちょっと!いつになったら帰るのよ!?」 「…は?」 あれから数分…彼女は、ちっとも視界から消えてなかった。 「いい加減にしなさいよ。う何時だと思ってるの?」 「いや…何で待ってるの?」 「待ってないわよ」 「だったら帰れば………っ!?」 「………」 「な、なななな…?」 なんだなんだ一体?今度は俺、どうやって怒りを大人買いした?「スポーツ万能で成績優秀で」 「…え?」 「そいでもって…ノーマルな痴漢がいたらどうするのよ?」 「あ…」 「さっきのは半分しか事実を言ってないんだから…_そのくらいは察しなさい」 半分って…つまり、俺を気遣って戻ったというのが半分で…じゃ、残りの半分は…?「半径10メートル以上、20メートル以内。そのポジションを死守しなさい」 「花鳥…」 「行くわよ」 なんともまぁ…異常なまでに、素直じゃない奴…「返事は?」 「任しとけ。対に逃げ切れないくらいに、しつこくストーキングしてやる」 「………よし」 そうして俺たちは…それ以降、一言も口を聞かないまま、同じマンションまでの、家路を、ゆっくりと歩いた。 もちろん、大通り沿いに、遠回りして。 「は~い?」 誰だろ?今日は明日香ちゃんの家庭教師も休みだったはずだけど…「あ、どうもこんにちは~」 「あれ? あなたは確か…キュリオの?」 「川端瑞奈です」 「ああそうそう、二軒隣の…川端さん!」 確か、花鳥玲愛と一緒にここに引っ越してきた娘だ。 お店でも何度か見かけて挨拶くらいは交わしてる。 「いつも玲愛がお世話になってます~」 「してない、全くしてない」 「ぷっ…くくく…」 「そこで笑われるいわれもない。っといて頂戴」 「あ、あはは…いえ、今日はからかいに来たんじゃなくて~」 「お引き取りください」 「あっはははははは~!玲愛と全くおんなじ反応~」 「あ~!ごめんなさいごめんなさい!もう一度開けてください~!」 「人には触れられたくない話題ってものがあるんだよ。れは理解して欲しいな」 「はい、気をつけます~それでこれ、おすそわけです」 よく見たら、手に小さな段ボールを抱えている。 受け取ると、結構ずっしりと重い。 「え? これ…」 「実家からリンゴ送ってきたんですよ。ても食べきれないから、どうぞ」 「え? えっ…悪いなぁ」 「いいえ、お引っ越しの時も挨拶は玲愛に任せちゃったし。その時もやり合ったみたいですね?」 「ぐ…」 物を与えておいてから『触れられたくない話題』を持ち出し、こちらが逃げにくい状況を作り出す…さすがキュリオのスタッフ…やる!「ちょっと酸っぱめの品種なんで、焼きリンゴとか、アップルパイとか、工夫した方が美味しいかも」 「へ~…てことは、お菓子の材料として最適ってことだね。い品種じゃない」 一口かじると、確かに、ちょっと強めの酸味が口の中に広がる。 「わ~、喫茶店の店長みたいな発言~」 「一応喫茶店の店長なの~。らにとっては吹けば飛ぶよな店かもしんないけど」 「そんなことないですよ~、ファミーユさん、頑張ってるじゃないですか」 「君んとこのチーフには滅茶苦茶言われてるけどね…」 あ、しまった…ひたすら避けていた、キュリオのチーフの話題を、こっちから出してしまうなんて…不覚!「あれでね~、ウチのミーティングとかだと、すっごく誉めてたりするんですよ?」 「…は?」 「ケーキの値下げや、次々と新製品出したり、色んなサービスを提案したり、ものすごく努力してるって」 「…なんと?」 「このままじゃ、すぐに追い抜かれるって。から盗めるところは盗めって」 「………」 え~と、つまりあれだ…ウチの商品や材料を開店前に盗み出して、売るものをなくしてしまおうという嫌がらせを。 …な訳ないだろ。 「認めてるんですよ、ああ見えても。だあの子、真面目で融通利かないから」 「…利かないねぇ」 「ライバル店の店長と、必要以上に仲良くなっちゃいけないって、それで、ああ言う態度取ってるんですよ」 「だからって、必要以上に仲悪くなることもないと思うんだけど…」 「そこが、極端から極端なんですよ~。ントは高村さんのこと、気に入ってるんですから」 「そんな馬鹿な…」 にわかには、信じようのない話だ…「ホントホント! 玲愛が男の人と、あれだけ必要以上に無駄話することなんて、今までなかったですもん」 「あ…」 「二号店の結城店長のファンって言ってたけど、本命はもう変わっちゃってるんじゃないかなぁ?」 「お、おい…川端さん」 「やだ、そうなると禁断の恋?ジュリエット花鳥…あっはははははは~!」 「君…ヤバいぞ?」 「え~、あ、ごめんなさい~『触れられたくない話題』でしたね~」 「いや…俺はこの際いいんだが…」 「ハムレット川端…あなたに生か死か、選ばせてあげるわ…」 「………なんでいるって教えてくれなかったんですか?」 「だって、脅されてたし」 ものすごい形相で、人差し指を唇に当てられてては、さすがの俺も『川端~、後ろ後ろ~』とか言える訳がなかった…「アイコンタクトで脅迫?やっぱり、通じ合っちゃってるんですね~」 「そう、選んだのね?もう変更は効かないわよ?」 「あ、それ、皮をアップルティーにしても美味しいですよ!それじゃおやすみなさ~い!」 「………」 「………」 「お、おかえりなさい」 「あの娘が何を言ったか知らないけれど…」 「…ずっと盗み聞きしてたくせに」 「ほとんどが面白おかしく創作してるだけだからね!」 「まぁ、尾ひれはついてるだろうなぁ」 「尾ひれどころか、ウツボとマンボウぐらい違うわ」 「どのくらい違うのかようわからん…」 なんてわかりにくい喩えを持ち出す奴だ…「とにかく!」 「あ…」 俺のリンゴ…「わらひがあんらやはみ~ゅをみろめらことらんて、ほれっぽっひもらいんらからねっ!」 「何言ってんだかようわからん…」 「何よこれ! 酸っぱいわね!」 「そういう品種なんだよ…」 「とりあえず、今後はウチのスタッフと、プライベートで話すことは禁止します」 「チーフはいいのか…?」 「私はっ! あんたなんかと、プライベートで話したことなんか、これっぽっちもないのっ!」 俺たちが今している会話は業務だったのか…「そういうこと!じゃあね!」 「あ…」 「開けなさい瑞奈!言い訳だけは聞いてあげるから!」 「………」 「ちょっと出なさいよ!あ、こら、チェーンかけてるでしょ今!」 「…ごめんよ、川端さん」 今度、実家から送られてきた、カップラーメンを届けることにしよう。 「ん…ん~?」 あれ? いつの間にか寝てた?いかんな、床の上だったから体が痛い…明日、休みだからって、気が抜けちまったらしいな。 「ふあぁ~…」 「で、どな…」 「…こんばんは」 「………」 「………」 「…夢か」 しかもかなりあり得ない夢だ。 「あかん…ベッドで寝よ」 「こらぁ~! 高村~!」 「…え?」 ………「…すまん。詫びのコーヒーだ」 「いきなり締め出す? 普通」 「寝てたんだよ…で、まだ寝てると思ったんだよ」 だって、花鳥玲愛がウチに訪ねてくるなんてなぁ…遠くて近いお隣の国と、いきなり国交正常化と言われても、普通、現実とは思わないって。 「…苦いわよ、これ」 「そりゃ、眠気覚ましの濃いめだし」 「夜にこんなの飲んだら、眠れなくなっちゃう」 「なら飲むな」 「やっすい豆使ってるわね。茶店の店長のくせに」 「金がねえんだよ!元々学生なんだから」 「学生…? 大学行ってるの?」 「一応、そこの八橋大の三回生。ぁ、今は休学してるけど」 「………」 「なんだよ?俺が大学生だったらおかしいか?」 「…おかしいわよ。って、八橋って名門じゃない」 「…相変わらず失礼な奴だな」 「なんで休学までして、喫茶店やってるの?それもキュリオのパク…ごめんなさい」 「…いいよ、それが素直な印象なんだろ?」 「でも違う…今は、ほんのちょっと違うって、わかってるから」 「…偉大な進歩だよ」 ちょっとは、柔らかくなったのかな…こいつも。 まぁ、敵意剥き出しのままじゃ、今ここにいる理由がないし…あ…そういえば…「で…何でウチに訪ねてきたんだ?」 「………」 「花鳥?」 「姉さん…風美由飛のこと」 「あ…」 「あの人の雇い主のあんたには、ある程度のこと、話しといた方がいいかなって…」 「………」 そうか…そういえば、こいつのこと、もう花鳥って呼べないかも。 「あの人、嘘ついてたでしょ? 店長のあんたにも。姓名乗って、大学通ってることだって言わずに…」 あの人…こいつと由飛くんの外見の違い、特に髪の色。 それだけでも、純粋に血の繋がった姉妹でないことは、俺にだってわかってる。 そして、由飛くんがずっと隠していたという事実。 こいつが由飛くんのことを“あの人”と呼ぶ事実。 門外漢の俺にだって、複雑な事情があるのが想像できる。 だけど…「始まりは…そうね、5年くらい前かな?うちの母方の祖父って…」 「いいよ」 「は?」 「何か事情があるのかもしんないけどさ…そういうのって、由飛くんの口から聞かないと、反則だと思う」 「そんなこと言っても…最初に嘘ついてたのは、あの人の方なのよ?」 「けど、こっちだってそんなこと聞かなかったし」 「履歴書に嘘書いて採用されてるのよ?本来だったら契約違反」 「それでも!」 「っ!?」 「仲間のこと、こっちの都合だけで詮索したくない…」 「仲間…」 「そ、仲間。ァミーユの」 「ファミーユの…ね」 「ん?」 「………」 なんか一瞬、花鳥の動きが止まったような気がしたけど…気のせいかな?「けど逆に、由飛くんが、俺に全てを話して、相談に乗ってくれって、そう言ってきたら…」 「彼女の力になりたいって思うし、実際、力になってみせるよ」 「………」 「もちろん、俺の力なんてたかが知れてるから、姉さんとか、本当の社会人の力を借りることになるけど」 「そう…」 「悪いな…家族としては、色々と事情はあるんだろうけど」 「別にいいわ…父や母はどうだか知らないけど、私にはそれほど関係のない話だから」 「…花鳥?」 もうちょっと食い下がると思ってたけど…ここの姉妹関係も、なんか微妙だな。 俺と恵麻姉さんみたいに、一枚岩ってわけじゃなさそうだ。 ………一枚岩、だよな? 俺たち。 「そういうことなら、長居は無用ね。え、そもそもこんなところに訪れたことが、盛大な間違いかも」 「貴様今夜は帰さん!」 「あんたのどこに、そんな度胸と甲斐性があるってのよ」 「う…」 ちょっとは丸くなったと思ったのになぁ…相変わらず、こっちの弱いところを、毒針で毎回“つうこんのいちげき”してきやがる。 「コーヒー、ごちそうさま。ぁ、インスタントよりはマシだったわ」 「今度来た時はあっためたソースをご馳走してやる」 「相変わらず口の減らない…」 「どっちがよ」 「………」 「………」 いつもの罵りあいをしつつ、花鳥は帰宅の途に、俺は見送りにと玄関に向かった瞬間…その、チャイムの音は、やってきた。 「ちょっと…」 「な、なんだよ?」 「私…あんたの部屋に来てたなんて、他人に知られるの嫌よ」 「俺が呼んだわけじゃねえだろ!」 「あんたの店の関係者だったら、適当なこと言って追い出すか、外に出て話しなさいよ」 「新聞屋とかかもしれないじゃん。んなに慌てるな」 「だったら…いいんだけど…」 「あ~はいはい、どなたですか?」 「あの…由飛です。長」 「え…」 「え…」 なんという偶然…今まで一度たりとも俺の部屋へと来なかった姉妹が、今日に限って、いきなり鉢合わせとは!「って、おい!?」 妹の方は、自分の靴を掴むと、脱兎のごときスピードで、玄関と反対方向…ベランダへと待避した。 「いいのかよそれで!?もし見つかったら余計にこじれるぞ?」 「えっと…もしかして、どなたかいます?」 「え…?」 「だったら…出直してきますけど」 「…いや、今開ける」 花鳥玲愛のことは気になるけど…それでも、今、由飛くんが俺の家に来たってこと…それはつまり…『俺に全てを話して、相談に乗ってくれって、そう言ってきたら…』そういうことのような、気がしたから。 由飛07.bin「お待たせしました。ップルパイ、ショートケーキ、苺とラズベリーのミルフィーユ、シナモンティー、ブレンド2つです」 「…?」 「以上でよろしかったでしょうか?ではご主人様、ごゆっくりおくつろぎください」 「あ、おい…」 「………」 「花鳥?」 「…ぁ?」 「お前…なんか…」 「…余計なことにエネルギー使わせないで」 「っ!?」 今の言葉…俺の予想を、肯定してる。 ………なに考えてんだよ、キュリオ…「ふうん…気づいたんだぁ。 さすがは仁くん。 カトレア君に対する、偏愛っぷりを窺わせるねぇ」 「あ、ども…って、偏愛ってなんじゃい」 板橋店長は、喫煙スペースで休憩中だったので、“重要な話”がある俺は、仕方なくつき合う。 …これで、1本消費してしまったから、今夜の一服はなしだな。 「だって君たちのじゃれ合い…キュリオじゃ賭けの対象だよ?ボクはくっつく方に乗ってるから、頑張ってね?」 「そんなありえない話はともかくとして、あんたも気づいてたんですか?」 「今日のカトレア君、自分の仕事しか出来てないもん」 「十分じゃないか」 「彼女は2.5人でカウントしてるからねぇ。れが1人分だと、誰かが休むよりも影響大きいのよ」 「個人に頼りすぎだ。外脆いな、キュリオ」 「君んとこだって、今や恵麻さんがいなくなったら、どうなるか考えてみなさいって」 「うぐ…」 「やばいんだよねぇ…ちょうど今日と明日、川端君も本店に戻ってて、人手が全然足りてないのよ」 「あんた…だからあいつをそのまま使ってるのか?今より悪化したらどうすんだよ!?」 「心配?」 「店長だったら当然だろ!」 いや、俺の店の人間じゃないけど。 「でさ、そのヤバい状況で、あの娘に『帰れ』って言ったら、なんて返事されるか想像つく?」 「あ…」 「その時の言葉、教えてあげようか?まぁ、今君が想像したものと、ほとんど変わらないと思うけどね」 「………」 そうだよな…当然、言うはずなんだ。 で、その言葉を受けて、あの責任感と義務感のお化けが、どういう反応を見せるか…多分、ものすごい悪態をつかれたんだろうなぁ、板橋店長。 「こちらとしては、何とかこれ以上悪化しないうちに、今日を乗り切ってくれることを祈るばかりだよ」 「…すんません、事情も知らずに勝手言って」 「本当に済まないと思ってる?」 「思ってますよ…」 「なら、恵麻さんのシフォンで手を打とう」 「デート中の彼女との喧嘩の仲直りみたいな条件提示はやめろ」 「ちぇっ…じゃあ、代替案。して聞いてくれ」 「…板橋、さん?」 ………………「いってらっしゃいませ、ご主人様」 「は~い、今日も一日ご苦労様。でたく閉店だよ~」 「はぁぁぁ…疲れた~」 「………それじゃ、ミーティング」 「………」 「………」 「花鳥君…今日はすぐ帰んなさい」 「…店長がルールを崩さないでください」 「そうは言ってもねぇ…あ、ほら、お迎えが来たよ」 「はぁ?」 「タクシー呼んだから。て、まだ着替えてないの?」 「今さっき営業が終わったところじゃない。んとこだってそうでしょ」 「な…っ!?」 「ファミーユの店長…?」 「花鳥…さん。く着替えて来いって」 「ちょっ、ちょっとぉ…何なのよあんたは…?」 「あ~、もう着替えはいいから。のまま連れてっちゃって」 「そうですか? じゃ」 「なっ! _こ、こらっ…離しなさい!」 右手を容易に掴まれたり、左手での反撃が全然効かなかったり。 …こいつ、本当に体調悪いな。 「じゃあ、後かたづけとか、すいませんけど」 「君が気にすることじゃないだろ。丈夫、この二人に任せて」 「それでも自分がやると言わないんですね、店長…」 「お疲れさま~」 「は、離して、こら、離せ~!」 ………「チーフが…」 「店長さんに連れられて行っちゃった…」 「ウチの店長はボクなんだけどねぇ」 「店長…あの賭けのことですけど…わたし、乗り換えていいですかぁ?」 ………………「は、離せ…離してってばぁ!」 「あんま騒ぐなよ。の状況、人に見られたいか?」 「あ…」 キュリオの中でこそ映えるその制服も、こうして街中で着て歩いていると、一種異様だ。 「少しは大人しくしろ。計なことにエネルギーを使うな」 「………」 タクシーの中でも、散々悪態をつきやがって…おかげで運ちゃんに痴話喧嘩と誤解されたじゃないか。 「ほら着いたぞ5階。う少しだ」 「………」 さっきの『余計なことにエネルギーを使うな』が効いたのか、今はおとなしく、俺に引っ張られるままだ。 とにかく部屋に着いたら、着替えさせて、薬飲ませて、食事…は無理かもしれないけど、とにかく寝させて……そっか、川端さん、明日までいないんだっけ。 悪いことは重なるもんだなぁ。 「おい、鍵、開けてくれ」 ようやく、表札に『花鳥』と書かれたドアの前。 少しほっとして、抱きかかえていた肩を離す。 「…え?」 途端に、廊下に崩れ落ちる花鳥玲愛。 「おい…ちょっと待て」 鍵は? 鍵はどこだ!?………………「ん…?」 「…あれ?」 「あ、目が覚めたか」 「………」 「わり、ちょっと風呂入ってた」 「………」 「薬飲む前に、何か腹に入れておきたいんだけど、雑炊くらいなら食える?」 「………」 「おい、花鳥…?」 「…何連れ込んでんのよあんた」 「は?」 「しかも先にシャワー浴びたりなんかして!言っとくけど私は一緒に入ったりしないわよ!」 「…どんな妄想だそれは」 いや、なんとなく想像はつくけど、ここは花鳥の部屋と同じ構造のはずなんだが…「…あれ?」 きょろきょろと、部屋の中を見回す。 部屋のつくりは覚えがあるだろうし、中身だって、ついこの前目にしたばかりだから、いずれ正解に辿り着くだろう。 「えっと…」 「そういうこと…」 「…何連れ込んでんのよあんた」 「それはもうええ」 ………「…と、いうわけで、当初はお前の部屋に寝かせるつもりだったが、今の状態では、かなり心許ないということが判明した」 「………」 「だから、俺の目の届くここで寝ろ。 パジャマは…嫌だろうが俺のを使え。 心配するな、板橋店長の許可は得ている」 「…パジャマの貸し出しの?」 「看病のだバカモノ!」 「………」 「さすがにその制服で寝るのはマズいだろ。、ちょっと薬買いに出てるから、その間に着替えておけよ」 「………」 「わかったか?」 「…余計なお世話よ」 「あのなぁ…」 「何お節介な真似してんのよ?そんな見え見えの懐柔策に乗ったりなんかしないわよ!」 「ご近所づきあいは大切なんだよ…店でも、家でもな」 「わ、私が病気なんかじゃなかったら、あんたにこんな好き勝手やらせないのに…」 「いや、病気じゃなかったらそもそも看病しないだろ」 「くっ…」 …熱で頭がおかしくなってると解釈しよう。 「んじゃ、近所のコンビニ行ってくるけど、なんか食いたいものとかあるか?ヨーグルトとかアイスクリームでいい?」 「………」 「…適当に買ってくる」 病気のときは、もう少し弱気になるのが、美徳だと思うんだけどなぁ…「んじゃ…着替えは絶対しとけよ」 「………待って」 「何が欲しい?」 実は、ドアをゆっくり開けて、花鳥が話し掛けてくるのを待ちに待っていた。 「薬、だけど…」 「それならちゃんと買ってくるって。配するな」 「そ、そういう意味じゃなくて…」 「苦いのは駄目とか?」 「錠剤そのものが…ダメ」 「………」 「あ、それと顆粒も…ついでに言えば、カプセルなんてもってのほか」 「………」 「…だから、その」 「よ~くわかった。○ン液買ってくる」 ついでに大いなる弱みも握った。 ………………「で、食欲、あるか?」 「………」 「…返事もできないくらいか?」 「………」 「お願いだから目をそらすな」 意識がしっかりしたら、逆に話をしてくれなくなってしまった。 多分、今までのこともあって、ものすごく居心地が悪いんだろうな。 けど、病人相手に、コミュニケーション不全をゆっくり治療してる暇はない。 「話すの嫌なら、首を振って答えろ。K?」 「………」 「OK!?」 「…(こくん)」 「よし!」 偉大なる、第一歩。 「もう一度聞く。欲、あるか?」 「…(ふるふる)」 …やっぱ駄目か。 今は、食事による体力回復よりも、休息による体力回復を目指すべきってことだな。 「なら…卵酒だけでも飲め。丈夫、俺のは美味いぞ」 何しろ、俺が唯一作れる日本酒ベースのカクテルだ。 「…(ふるふる)」 「問答無用」 「っ!?」 あ、ちょっとだけ怖い顔した。 いい兆候だ。 ………日本酒を、湯煎にかけて…まぁ、要するに熱燗だけど。 普段の熱燗より、少し熱めになったところで、念入りにかき混ぜた卵と蜂蜜。 ゆっくりと入れて、ゆっくりとかき混ぜながら、卵がちょうどふわりとするところで…「あ…」 一瞬だけマッチで火をつけて、アルコールを飛ばして…「今だ! さあ飲め!」 「………」 しかし、花鳥は、俺が差し出したカップを手に、何故だか固まってしまっている。 「今なんだよ!卵がふわりとしてるときに飲まないと意味がねえんだよ!」 「っ!?ん、ん~!!!」 栄養価が変わるわけじゃないけど、俺が作った卵酒の一番美味い瞬間を逃されるのだけは、我慢ならない。 とりあえず鼻をつまんで、開いた口に、カップの液体を注ぎ込む。 「飲め! さあ飲め!ぐいっと飲み干せ~!」 「んんん…んんんんん~!!!」 花鳥の喉が、こく、こくと動き、蛋白質を、喉の奥へと導いていく。 白くて、少し黄色がかった、どろりとした液体を、必死に嚥下する花鳥の恍惚とした表情は…俺のとめどない征服欲を、激しく満たすのであった。 「どうだ美味いだろ~」 「何すんのよ~!!!」 ………「…美味かったくせに」 「味なんてわかんなかったわよ!」 「もしかして、喉までやられてた?」 でなければ、俺の卵料理に反応しない人類などいない。 「あんたは卵酒飲ませるために女の子押し倒すのか!?」 「どんな料理にだってさぁ、本当に美味い一瞬ってあるじゃん」 大抵は、作りたての30秒。 そのときに、食べることができるポジションにいて、それでいて食べないのは、作った人間に対する冒涜だ。 卵酒の場合も、時間が過ぎて、卵が固まってしまったら、ただの卵とじになってしまうので注意が必要なのだ。 「油断も隙もない…こんなところで安眠できるか。 私帰る。 自分の部屋に帰る~」 「なら立ってみろ。のまま30秒直立不動でいられるなら帰宅を許す」 「ば、馬鹿にして………あ、あれぇ…」 一瞬で立ち上がった花鳥だけど、そのまま3秒ともたずにベッドに倒れ込む。 病気もあるけど、それは立ちくらみだろう。 「風邪を馬鹿にしてたまるか。だって死ぬ病気だ」 まぁ、本人はショックを受けてるみたいだから、ネタは明かさないが。 「か、風邪じゃなくて………も、もう…なんでよ」 「悪かった」 「え…?」 「その風邪、この前、ウチのベランダにいたときにひいたんだろ?」 由飛が訪ねてきて、部屋にいたこいつは、どういう思考回路の結果か、そのままベランダに逃げて…そのまま、1時間近く、寒空の中に佇んでいた。 「そんなの、もうずいぶん前じゃない。然関係ないわよ」 「風邪は潜伏期間があるんだぞ?」 「………」 「考えが回らなかった。 早めに由飛を外に連れ出せば良かったんだ。 …ごめん」 「それこそ関係ないわよ、全っ然」 「その『全』と『然』の間の『っ』が、本当は関係あることを示唆しているんだが」 「関係ないと言ったらないのよ…あんたたちがずっと手を握り合ってたことも、いつの間にか名前で呼び合っていたことも」 「本当にないんだなっ!?」 「もう、きまりが悪いったら…」 「俺が悪かった。由はわからないかもしれんが謝罪を受けてくれ」 そうだ、こいつは今病気なんだ。 だから看病する側の人間は、どんな理不尽も甘んじて受けねばならない。 だって相手は病気なんだもん。 「仁~、由飛~、だってさ」 「俺、台所で寝ます」 床を涙で濡らしつつ。 「ひとし~………だって、さ」 「おやすみ。かあったら起こせよ」 「………」 ………………「…38.5度。ぁ、ある程度予想できたことだが」 「良かった、平熱だわ」 「うっせ~黙れ」 「言ってなかったかもしれないけど、平熱が高めなのよ、私は」 「問答無用。日は欠勤」 「営業妨害だわ!そこまでしてキュリオを陥れたいの?」 「そのつもりがあるなら、お前を肺炎になるまで働かせる方が確実だ」 「なっ…」 「花鳥が一週間抜けたキュリオを想像してみ?その間、全てを仕切るのは板橋さんだ…」 「そ、そんな汚い手…卑怯よ…」 こいつ…やっぱり面白い奴だなぁ。 「とりあえず朝飯食え。れくらいなら食えるだろ?」 「…プリン?」 「ファミーユどころか、キュリオのやつより美味いぞ。が保証する」 「…どこのメーカー?」 「高村乳業」 「………」 「昨日の卵酒で俺の実力はわかったろ?こと卵料理に関してだったら、俺は恵麻姉さんにだって負けない」 「………」 「ちなみにシロップにはブ○ン液も配合してあるから、それ食うだけで、薬も飲まなくていいぞ」 「なんてことを…」 「薬嫌いの子に薬を飲ませるには、好物に混ぜるってのは定石だろ」 「子供…じゃない」 「さてと…じゃ今度は自分の朝飯作ってくる。ダース作って、残りはまだ冷蔵庫にあるから、好きなだけ食っていいぞ」 「………」 ………「何よ…」 ………「めちゃめちゃ美味しいじゃないのよっ」 ………「気分は?」 「出勤できるくらいにいいわよ」 「…ちゃんと歩けるくらいになったら、部屋に戻ってもいいから。んときは、鍵は新聞受けに入れといて」 「………」 「洗濯物は、洗濯機の中に入れておいてくれればいいから。 俺に洗われるのが嫌だったら持って帰ってもいい。 けど、今日洗濯しようとか考えるなよ」 こいつの場合、ほっといたらすぐ働き出しそうなのが、一番不安だったりする。 「それじゃ、俺は行くから。しかしたらキュリオから誰か見舞いに来させるかも」 「無理よ…私だけじゃなくて、瑞奈もいないんだから。から今日は休むわけには…」 「店の仲間を信用しろって…」 「………」 「んじゃ…」 「やっぱり行く」 「だ~か~ら~!いい加減にしろって」 「けど…心配だし」 「俺はお前の方がよっぽど心配だ!」 「っ…」 「大人しく寝てろよ。いな?」 「………」 「じゃ…」 「やっぱり私がいないと駄目だって」 「お前がいたら駄目じゃ~!」 ああ! なんなんだこいつは!?何度か言い含めれば、一応は納得の表情を見せるのに、俺が出かけようとすると、急に態度を翻しやがって!「ショーケースの方なら…あまり動かないし」 「それでも立ちっぱなしなのは変わらないだろう。い加減に諦めろよ…」 「でも…」 本当に、なんなんだ、こいつは…一体、どうすれば、諦めて、ここで大人しく寝ててくれるんだろう…………待てよ?「お前なぁ…もし今度、俺を引き留めたら…」 「な…何、よ?」 「俺もサボるぞ?」 「なっ!?」 ならば、こいつの意地っ張りなところを、逆に利用できないだろうか?「だってそうだろ?俺が出かけようとすると駄々こねるなんて、俺に側にいて欲しいとしか思えん」 「~~~っ!?馬鹿かあんたは!」 「そこまで言うのなら…今度は、俺の馬鹿さ加減を証明してみせろ」 「っ…」 「じゃ…行ってくるからな」 「………」 思った通りだ…プライドが邪魔をしてるな、花鳥め。 なら、勝利だ。 「急いで帰るからね~、カトリーヌ♪」 「二度と来るな!」 いや、ここ俺の部屋。 「うわっと!?」 まるで修学旅行の夜のように、枕が飛んできた。 「ふう…」 ようやく、これで出勤できる。 まぁ、あいつのことは心配だけど、あれだけ悪態がつけるなら、今日明日中にはなんとか熱も下がるだろ。 「それじゃ、行ってきま~す」 ………「…やられたぁ。と一回で………だったのに」 「…さび」 段々とここで一服するのも辛くなってきたなぁ。 けど、部屋の壁を黄色くしたら、敷金取られるかもしれないし。 「ふぅ~」 ま、いいか…どうせ1本…たった5分の我慢だ。 我慢するくらいならやめろというのが大方の意見だと思うが。 そいや、つい最近、ここに1時間もいやがった、気の毒な奴がいたな。 そりゃ、風邪ひくのが当たり前だ。 何で…そんなことも気づいてやれなかったんだろうな。 俺は、あいつに対する優しさが足りないんじゃないだろうか。 「…?」 なんか隣の部屋がガタガタ騒がしいな。 あいつ、病み上がりのくせに、掃除とかやってんじゃないだろうな?だとしたら、ちょっと注意してやんないと。 「おい、花鳥…」 「いるんでしょ高村店長?」 「うおっ!?」 「あ、やっぱり。開く音聞こえたし、ちょうど一服の時間だし、ね」 エスパーかと思ったら、探偵だったらしい。 ナイスな洞察力だ。 いや、そんなことより…何非常識なことしてんだこいつは。 「お前、昨日までぶっ倒れてただろ?何でこんな寒いトコにのこのこ出てくるんだよ?」 「あ、大丈夫大丈夫。ら、これ用意してあるし」 と、ベランダの衝立から、何かを握った手が伸びてきた。 「それ…カイロか?」 「そうそう、どこにしまったのか忘れちゃって、さっきまで部屋中ひっくり返してた」 「さっきの騒音はそれか?」 …そうまでしてここに出てくる意味がどこにあるんだ?「うん、あと、さすがにそれだけじゃ不安だったから、今年初めてどてらも出した」 「どてらっ!?」 それって、はんてんのことだよな?金髪ツインテールで、派手な容姿…まぁ、一般的に言えば『美人』の範疇に入るこいつの『どてら姿』…?「み、見てもいい…?」 「絶対に許さない」 「…ちっ」 見たいという欲求は、とんでもなく高いが、奴の拒絶する心情も、相当に理解できる。 にしても…どてら?「あのさぁ…お前の母ちゃんフランス人だろ?」 「それは顔だけよ。っと日本で育ったから、フランス語どころか、英語だって話せないの」 「…そうなの?」 「これも、お母さんの手縫いでね。にかく、外見が他と違うだけで、そこいらにいるおばさんと後はおんなじよ」 「もっとこう、家の中でも靴履いて、ナイフとフォークで飯食うような、そんな家を想像してたぞ俺は」 「私と初めて会った人って、誰もがおんなじ想像するみたい」 「その見た目だからなぁ」 髪の色だけじゃない。 花鳥玲愛という女の子の、全体から醸し出される雰囲気が、そういう、洋風のお嬢様然としたイメージをもたらす。 その点、由飛とは対照的なんだけど…あいつはお嬢様どころか金持ちにすら見えんし。 「でも、話してみたらわかるでしょ?私は、血以外は純日本人なのよ」 確かに…「ついでにA型だろ」 勤勉で、地道で、完璧主義の。 「それもみんなに言われて結構腹が立つけど…正解。なみにあの人はB型」 それもみんな思ってる。 「って、そんな無駄話してたら風邪がぶり返すだろ?早く部屋に戻れよ」 話を膨らませたのが俺だって知ってるからこそ、半病人を付き合わせちゃいけない。 こういう話、俺、好きだから余計にマズいんだ。 「じゃ、本題入るね。りがとう」 「ぶっ!?」 針の穴も通すくらいのど真ん中ストレート…こいつが一度も放ったことのない球を、俺はなすすべもなく見逃した。 「プリン美味しかった。 冷蔵庫にあったの、全部食べちゃった。 ごめんね」 「回復に役立ったんならいいよ…」 実は帰宅して冷蔵庫を開けて少しビビったのは内緒だ。 確か数時間前まで10個は残ってたはずなのに、綺麗さっぱりなくなってたからなぁ。 「元気出た…」 なんだこれは…なんなんだ一体?こんな素直な花鳥を見せられたって…いや、見えてないけどさ。 俺としては、うろたえるしかないじゃん。 「薬と、卵酒と、パジャマもありがとう。ゃんと洗って返すから」 「急ぐなよ」 「大丈夫、体調と相談してからにするから。のとこ、最優先はキュリオでの完全復帰」 「だから無理すんなって…」 「まだキツい仕事はできないけど、それでも体力も段々戻ってきてるから」 「そか」 「そう」 「だったら体調と相談して、早く部屋に戻れって」 そうしてくれないと、俺の戸惑いが頂点にまで達する。 この空気を、心地いいと誤解して、もっと、半病人を引き留めてしまうかもしれない。 「明日からまた敵に戻るんだからさ…今夜くらいは、いいじゃない」 「だ、ダメだダメだ!」 「意地悪」 「そ、そういう意味じゃなくて…花鳥玲愛は、憎たらしいくらいに強くなくちゃいけないんだ」 「何よそれ…」 「そうでないと、アンチの楽しみがないだろ」 歴史を紐解いても、北○湖とか 、V9時代の巨○とか、負けたとき、どれだけ人を喜ばせていたことか。 だから、花鳥は弱みを見せちゃいけない。 特に…『守ってあげたい』などと誤解させるようなオーラを発するなど、あってはいけないことなんだ。 …だから俺は、今日の出来事を忘れよう。 「ふん…」 ちょっとだけ不満げに鼻を鳴らす。 そう、そうでなくちゃ、な。 「次の戦場は…クリスマスね」 「今度こそ抜いてやるからな」 「ぐうの音も出ないほど、叩き潰してあげる」 「ぬかせ」 数週間後の戦いに、心を馳せながら…俺たちは、多分、同じ星空を見て、同じように、こそばゆさを抱えていた、と思う。 「…くしゅん!」 「ごめん俺戻るから!頼むからお前も部屋に戻ってくれ~!」 「よっ」 「あ、ちょうどいいところに」 「…敵なんだから、そう気安く話し掛けないでよ」 「…あんたから声かけてきたんでしょう?」 「いや、こうもあっさりと受け入れられると、何かが違うんじゃないかと懐疑的に…」 「喧嘩なら後でいくらでも受けてあげるから」 「それもどうかと思うが…」 お向かいのチーフさん、くだけたなぁ。 最初の頃と比較すると、涙が出そうになる。 「ファミーユさぁ、クリスマスケーキ、作るわよね?」 「当たり前だ。  何のためのクリスマスだ?カップルでこんな店来てんじゃね~よ。 家で家族揃ってケーキ食え」 「店長…その発言には問題が」 「そうかぁ?」 「自分の店の存在意義を全否定してない?」 「いや、普段はどんどんご来店ください。だ、特別な記念日は、大切な人たちと一緒に、静かなところで過ごしたくないか?」 「あんたって…家族フェチ?」 「深い愛情をすぐにフェティシズムと断定する今の風潮は、俺どうかと思うんだけどどうよ?」 「あ~もう! 話が進みやしない。さ、クリスマスケーキの話に戻すけど、そっち、どのくらい用意する?」 「企業秘密だ」 「本店だと毎年の傾向で大体読めるんだけど、ブリックモールでは初めてのクリスマスだから、どれだけ発注かけるか、正直悩んでるのよ」 「人の話を聞け」 「そこいくと、ファミーユって、今までもこの近くで営業してたんでしょ?去年の実績とか、どうだった?」 「そうは言っても…立地条件が違うしなぁ」 あの頃は『穴場』というのが本当によく似合う場所だった。 「それに今年は、去年までとは価格も違うし」 「まさか…クリスマスケーキでもやるの?」 「おうよ、1000円ポッキリ。ちろん手抜きはなしだぞ」 「もう…ウチは本店と同じ値段で出さなきゃいけないのに」 そういえば、キュリオはケーキに関しては、本店からの輸送頼みだったっけ。 本店の有名パティシエールが作ってるから、美味しさと評判はそのままだけど、色々な柔軟性がネックってことになる。 まぁ、ウチはそれを知ってたから、その弱点に付け込んだ戦法を取ってる訳だけど。 「今からクリスマス当日まで、橘さんを連れて来れないかしら?」 「本店はどうするつもりだ?」 「そんなの知らないわよ。は今、ブリックモール店のスタッフなんだから」 「向こうだってそう思ってるさ」 「ああもう、どうしよう…クリスマスケーキって、売れ残ると悲惨なのよね」 「まぁ、な…」 25日にはすでに半額。 そして時間が経つごとに100円ずつ下げて、それでも売れなければ泣く泣く処分。 去年、ほんの少しだけど、売れ残しちゃって、俺と姉さんは、25日の夜、まるごと1つずつ食いきったんだっけ。 …姉さんは結構喜んで食ってたのが、今となっては悪い夢のように思い出される。 そうだな…お互い、そういう悲惨な目はヤだよな。 「しょうがない、耳貸せ」 「うん…」 素直に右の耳にかかった髪をかき上げて、俺の口元へと寄せてくる。 ほのかなシャンプーの香りに包まれた、さらさらの金髪。 こいつに気がある男なら、あっという間に轟沈させられそうなシチュエーションだな。 だが生憎、俺はそういう不埒なことは考えていない。 …考えてないんだってば。 ………「こんだけだ、去年は」 「いくらで?」 「…もう一度、耳貸せ」 「うん」 ………「……円」 「それなりに需要はあるのね」 「頑張って開拓したんだよ…初めての年なんかは、そりゃ悲惨だったぞ」 そもそも、クリスマスケーキを売り出そうという考えそのものが、無謀だったんじゃないかと思えるほどに。 「そうか…勝負はかけれる。は、どれだけブリックモール全体にお客様を呼び込めるか」 「こら待て。っちの情報だけ聞いてはいさよならって訳は、いくらなんでもないよな?」 「何が知りたい?」 「去年の本店での価格と売り上げ。と…できれば原価を」 「最後のはちょっと…マズいかもしれないけど」 「なら、別にいい」 「………しょうがないなぁ。 耳貸して。 絶対に秘密だからね」 「ああ、サンキュ」 「あのね…」 「ああ…」 「………」 「………」 「ちょっと…もう少し腰を落としなさいよ」 「そっちが背伸びすれば済むことだろ」 「そういうのは、キスするときの作法よ」 「な…妙なこと想像させるなっ!」 「あ、ちょっと、暴れないでよ!」 「うわ! 耳に息吹きかけるな!」 「紛らわしい言い方しないの!………って、え?」 「ん?」 「あ、あはは…」 「てんちょ…」 「な…っ!?」 「え…?」 「そろそろ朝礼の時間だから…呼びに来たんだけど、さ」 「…右に同じ」 「………」 「………」 「と、いうわけで、勝負よ!」 「ああ、望むところだ!また、負けた方は土下座だからな!」 「せいぜい足掻くがいいわ。近頑張ってるようだけど、まだまだキュリオの方が上だって思い知らせてあげる!」 「なんの! 後で吠え面かくなよ!」 「それじゃっ!行くわよ、瑞奈」 「またなっ!さ、明日香ちゃん行こう」 「………」 「………」 「さあ気合入れていくぞ!キュリオなんかに負けるな~」 「てんちょの裏切り者ぉ」 「なにゆえっ!?」 「はいはい集まって、朝礼始めるわよ~」 「………」 「………」 「な…なによぅ、その目は?」 「さっきのらぶらぶ密談…ここの窓から全部見えてたって知ってた?」 「んなぁっ!?」 「あ、申し訳ありません。日は閉店いたしておりま…え?」 「…知ってるよ」 「………」 「どうしたんだよ?」 「ファミーユの店長」 「お前…俺は高村仁だっつ~の!最近はちゃんと呼んでくれてたじゃんかよ花鳥」 「あんたが初めてここに来たときのこと、思い出したのよ」 「あ…?」 「あのとき、あんた私のことを『キュリオのチーフ』って呼んだのよ」 「うあ…」 「ま、最近はちゃんと呼んでくれてるけどね。花鳥』って」 「あの頃は、お互いギスギスしてたねぇ」 「………」 売り上げ勝負とか、土下座とか。 まだ勝負は継続してるけど、今みたいな『ライバル』じゃなくて、純粋な『敵』だった。 「で? 何の用?まだ掃除が残ってるんだけど」 「こっちは終わったもんね」 「まあそれは良かったわね。疲れさま」 「だから手伝いに来た」 「………」 「早く終わらせて帰ろうぜ」 「…一緒に?」 「まぁ、そうなるわな。同士なんだし」 「どしよっかなぁ…」 「グダグダ言ってる間にモップ出せ。前最近ちと不真面目だぞ」 昔はツインテールが刺さりそうなくらいに堅物だったのに。 「ま、いいか。 はいこれ。 あとはこっち、半分だけだから」 「はいこれ…って、これお前が使ってた奴だろ?」 「私の使いかけなんか使えるか…ってこと?」 「そうでなくて、お前は?俺に一人で押しつける気?」 「だってウチ、モップ1つしかないから」 「嘘だ嘘!この前オープンスペースで由飛がカップ落としたとき、そっちからモップが3つ出てきたはずだ!」 「感謝しなさいよね。伝ってあげたんだから」 「だから今回も手伝えよぅ」 て言うか、俺が手伝いの身なんだけど…「私、コーヒー淹れてくるから。わったら休憩しよう?」 「な…」 「なに? それとも紅茶の方がいい?だったらどの葉?」 「ミルクセーキ」 「そんなメニュー、キュリオにはないんだけど」 「………」 「…わかった。は保証しないわよ」 「モップがけなんてすぐ終わらせてやるぜ!」 ………………「どう?」 「イマイチにあと二つほど届かない」 「だったら自分で作りなさい」 「俺が作ったら美味いに決まってんじゃん。言ってんのお前」 「…もう二度とあんたのために何かしてあげない」 「冗談だって。鳥と話してると、たまに喧嘩が恋しくなってね」 「…あんた嫌ぃ」 「女みたいな声出すなよ」 ハっとするほど可愛くなっちまうからよくない。 「大体、コーヒーだったら美味しく淹れられるんだから。ぁ、ほうじ茶の方が得意だけど」 相変わらず、外見と似合わない言動をする奴だ。 「…で?」 「で…って?」 「話、あるんだろ?だから俺の無茶な注文だって聞いた」 「…ふん」 「なに?わざわざ敵の大将に相談事なんてさ」 「あんたなんか大将の腰巾着の軍曹のくせに」 「帰るぞ」 イチイチ真理を突かれると、人間は激怒する。 「そっちの店員さんのこと…」 「…なるほど」 軽く答えながらも、俺は心の中で、思いっきり緊張してた。 花鳥の方から、由飛のことで相談なんて、今まで、あるはずのないことだったから。 「どうすればいいかなぁ」 「それじゃ何が言いたいのかわからん」 「最近、よくキュリオを覗き込んでくるのよ」 「ふうん…」 「この前は、帰ろうとしたら出口で待ってて」 「そうか…」 なんだよ…頑張ってるじゃん、由飛。 いつも適当に感性で生きてるように見えるから、地道な努力してるってのがイメージできなかったけど。 「で、裏口から逃げた」 「おいおいおい!」 「だって…何話せばいいのか、わからない」 「はあぁ…」 せっかく2人のうちの1人が前向きになったってのに、もう1人の方は、このていたらくか…そりゃ、部外者の俺に相談したくもなるわなぁ。 「どうすればいいかなぁ」 「話せよ」 「何を?」 「とりあえず由飛の話を聞け。れから考えたらいいだろ?」 もう…なんちゅうか、手のかかる姉妹だ。 どちらも、出口を探してて、どちらも、それが目の前にあることに気づかない。 「由飛のこと、嫌いか?」 「そんなわけないでしょ」 即答。 できるのに、こういう答え。 それがどうして、こうなってしまうんだろうな。 「だったらいい加減、あいつのこと許してやれよ」 「許すも何も…向こうに落ち度はないもの。られたって困るわよ」 「由飛はそう思ってないみたいだぞ?進学のこととか…」 養女である由飛が大学へ行き、実の娘の玲愛が就職した。 それは、親子間では問題のない選択なのかもしれない。 けど、姉妹間では、微妙な影を落としたはずだ。 「仕方ない…彼女は天才だもん。みたいな凡人とは、出来が違う…って大丈夫?」 「い…いてて…」 今の花鳥の言葉は、俺の全身の力を無に帰すのに十分な威力を持っていた。 「天才って………由飛が?」 「ウチの親が、どうして彼女を引き取ったのか、聞いてるでしょ?」 「ピアノ…だっけ?」 「私も子供の頃から、お爺様の影響で習わされてたけど、相手にならなかった」 「………」 「音大だって、トップ合格だったし…って大丈夫?」 「い…いてて…」 もう何だか『あなたの知らない世界』のオンパレード。 「私がどれだけ頑張っても、才能一つであっさりひっくり返される。んか納得いかなくて、ね」 「俺は今の話そのものが納得いかない」 「あんた、彼女に惹かれてるでしょ?」 「な、なんだぁ突然!?」 「そうなった理由とか、考えたことある?」 「ちょっと待て。の返事も聞かずに話を進めるな」 「それも、彼女の才能。然と人を惹きつけてしまう天才なのよ」 「………」 「ごめん、今からの一言だけはすぐ忘れて。……妬ましい」 「あ…」 忘れなくちゃいけないのに、忘れられそうもない、強烈な感情の発露。 いつも怒っている花鳥玲愛の…それでも、ただ一つだけ持ち合わせていないと、ずっと信じてた種類の感情。 「好きなんだよ彼女のこと…でも、どんどんマイナスが湧き出てきて、いつしかプラスを覆い隠してしまう」 「花鳥…」 「っ…あ、ごめん」 うわ…見ちまった。 こいつの目から流れるもの…畜生、なんてもの見せやがるんだ。 「これもついでにすぐ忘れて…ごめん、本当にごめんなさい。ごく困ったよね、今?」 「そりゃ、困るわ…だってお前、ここって普通、黙って抱きしめる場面じゃん」 「もしかして…そういうことする?」 「できないから困ってんだよ!」 「そ、それもそうか…何言ってんだろ、私…」 な、なんでこんな…どんどん、恋人同士みたいな空気になっていくんだ?「ど、どうしようか…」 「どうしようかって言ってもなぁ…」 間抜けだ…なんて間抜けな会話なんだ。 そりゃ、仕方ないよな。 今までの関係が今までなんだから、いきなりこういう怪しい雰囲気になられたって…だったら、どうすれば…………「花鳥…」 「…ん?」 「仲直り…」 「え?」 「したいときには、兄はなし」 「あ…兄?」 「もちろん、『兄』を『姉』に置き換えたって、意味は通じるから」 「それって…」 「コンプレックス持ちだった弟の体験談だ。して刻め」 「………」 どうするかって…そんなの決まってる。 微妙に年上なのを利用して、先輩風吹かせればいいんだ。 『男と女』ではなく。 『人間と人間』として。 本気で話せばいいんだ。 「あんた…も?」 「詳しいことは仲直りしたら教えてやる」 「逃げてるし」 「今回、俺は関係ないだろうがオラァ!」 「逆ギレしてるし」 「う…」 「しかも、関係ないと思い込んでるし」 「ちょっと待て。のはどういう意味だ?」 「わかった…」 「何が!?」 「頑張ってみる」 「あ…」 「『弟』の言うこと、試してみる」 「そ、そうか?」 つ、通じた…?もしかして俺、花鳥玲愛を説得できたのって、これが初めて?カトレア記念日?「長いこと引き留めて悪かったわね。れじゃ、帰りましょうか」 「お、おう…送ってくから。いよな?」 「当たり前でしょう。に住んでるんだから」 「お…おう…」 その隣人を猛ダッシュで振り切ろうとした人物がいたんで、懐疑的になってるんだよ…「あ、そうだ…」 「ま、まだ何か!?」 花鳥の方は、ちょっと思い出したふうな言い方でも、極度の緊張から解放された俺にとっては、過剰反応してしまうわけで。 「花鳥って…もう区別つかないんだけど」 「え? あ…」 「花鳥由飛と、花鳥玲愛。っちのこと言ってるのかわからない」 「いや、そんなことないだろ?由飛は由飛って呼んで…!?」 「………」 「な…な…?」 何だこの強烈なプレッシャーは?こいつ、まだこんな怒りを隠し持っていたのか!?「区別、つきませんわよね?」 しかも言葉が丁寧に!?「な、何を言ってんだ…かと…ひぃぃっ!?」 「………」 「………」 「………」 「………」 えっと…まさか…?「………」 「…玲愛?」 「行こうか、仁」 「あ…」 結局…それからの帰り道…『玲愛』は、俺のことを、48回『仁』と呼んだ。 こっちは別に『高村』って呼んでも区別はつくのに。 「仁~!」 「うわ!?」 「こっちこっち~!ちょっとそこでストップー!」 遠くから、俺を呼ぶ声がする。 遠くからここまで聞こえるってことは、当然、周りの数十メートルに響き渡ってる訳で。 「はぁ、はぁ…お、おはよ、仁」 「…おはよう」 この、敵である、キュリオのフロアチーフの声が。 「…おはよう、仁」 「だからおはようって…?」 「………」 「あ…」 「お・は・よ…仁」 「おはよ………玲愛」 「うん」 「………」 なんか、悪い遊び覚えさせちゃった?「いよいよ決戦の日ね」 「明日も営業そのものはあるけどな」 と、二人で、すっかりクリスマスっぽく飾られた、駅前の風景を見上げる。 今日は、12月24日。 家族と過ごす本当のクリスマスの前日。 とりあえず、彼女や彼氏と羽目を外しても、神様もお許し下さるフライングデー。 「どう? 勝算の方は?」 「任せとけって。 昨日までの売り上げもめっちゃ順調。 もう負ける要素がない」 「偶然ね。もまったく同じこと言おうと思ってたのよ」 「それはめでたい。互い、記録更新を目指して気合入れてこうぜ」 「それに関しては全く同意だけれど、それでも勝負は勝負よ」 「任せとけ。愛の土下座シーン、これで逃さないからな」 携帯のカメラを玲愛に見せつけて威嚇する。 そうだ、オープン一週間勝負の轍は踏まない。 今回は、我に策ありだ。 「変な言い訳使って逃げるなよ?」 「私は逃げないけど、仁の方が逃げるんじゃない?」 「ぬかせ」 実のところ、二人とも、勝ってしまった方が逃げる公算が高い。 前回、俺が土下座したときも、玲愛の奴、めちゃくちゃ居心地悪そうだったし。 「とにかく、約束は約束だから。度はちゃんと、お店の帳簿を持ち寄って、一緒にチェックするのよ」 「任せとけ。ういうこともあろうかと、今週の帳簿当番は、わざと姉さんに変わって俺が引き受けておいたのだ」 ちなみに二人とも、壮絶な守秘義務違反を犯している。 「私は、負けたらちゃんとあなたに頭を下げる。して…何でも一つだけ言うことを聞く」 「待て待て待て!そんな約束した覚えはないぞ!?」 「問答無用。も負けたら覚悟しておきなさい」 「いや、だから待てと…」 「そして、もし私が勝ったら…」 「人の話をちゃんと聞けよ…」 「あの人…姉さんに、頭を下げる」 「…え?」 「…約束する」 「玲愛…」 「こうして、自分を追い込まないと、前に進めないから」 「うん…」 「そう、誰かさんに怒られたから」 一歩、踏み出したんだ、玲愛は。 もうすぐ、もうすぐだ…由飛の想いが実を結ぶその時は。 そう、今日までの勝負で、俺たちが負ければめでたく…………「待てよ?その時は俺、土下座だよな?」 「仲直りした姉さんと一緒に見させてもらうからね」 「嫌だよおい!」 「ふふ…ふふふ」 「………」 玲愛が、イタズラっぽく笑う。 吸い込まれそうな笑顔と、白い歯を見せて、笑う。 融通の利かない堅物としての花鳥玲愛は…こうしてみると、自分の魅力の1割も発揮してなかったんだなぁ、と思う。 それでもかなり可愛かったのはどういう訳だか。 「どうしたの?」 「なんでもないから、とりあえず下から上目遣いで覗き込むってのは禁止」 「はぁ?」 心拍数が上がりすぎて健康に良くないんだよ。 「なんだかよくわかんないわねぇ、仁も」 俺はお前のその豹変っぷりがよくわかんないわ。 「ま、いいや…そろそろ店に入らないと遅刻だし」 「もうそんな時間か」 確かに時計を見ると、もう結構な時間。 おかしい。 一体この時間の進み具合の速さは、一体どういうタイムパラドックスだ?「仁」 「お、おう…」 「頑張ろうね、今日も」 玲愛が、ごく自然に、手を差し出してくる。 由飛よりも、かなり小さくて、華奢な手。 でも、結構荒れてて、あまりすべすべじゃない手。 その手を、隠すことなく、誇るように堂々と。 「ん…」 だから俺は…自然と、その手を握ることができた。 「メリークリスマス」 「イブ…だ」 「…こだわるわね」 「ふぃ~」 風呂上がりの屋外。 しかも季節は12月下旬。 それでもこの風が気持ちよく感じるのは、大きな仕事をやり遂げた充実感によるものだろう。 「~っ」 とはいえ寒いけどな。 「うめ~」 実際には、うまさがわかるほど吸ってる訳じゃない。 あるきっかけで始めた習慣が、やめられてないだけ。 しかも1日1本だから、多分決心すれば、簡単にやめられるんだろうけど…と…「…来る、な」 なんとなく、わかってしまった。 最近、ここでよく顔…いや、声を合わせることになる玲愛は、どうやら俺が外に出た気配を察知してから、防寒装備を調え、『偶然を装い』ベランダに出る。 だって、ここ一週間は毎日…「偶然ね」 「いるなんてまだ一言も言ってねえだろうが…」 こうして、夜の会話を楽しんでいるから。 「ちゃんとどてら着てっか~?今日はマジで寒いぞ~」 「雪、降らなくてよかったわね」 「ロマンが足りないなおい」 「そんなこと言ったって、雪なんか降ったら、それこそ客足が鈍るじゃない」 「まぁ、そうなんだけど」 俺たち飲食店で働く者にとっては、お客様に来店していただくことこそが重要なのであり。 天候不順の最たるものである降雪なんか、呑気に喜んでいる場合ではないのだが…でも若い女の子なら、少しくらい『綺麗…』とか言って、喜ぶってのもアリだと思うんだが。 「今週、ずっと天気が良かったおかげで、なんとか売り上げ目標も達成できたし」 「それはウチだって」 「めでたしめでたし…ね」 「ああ…」 あれだけの低価格で、とうとう大幅な黒字を達成した。 リピーターも一見さんも、この時期増え続け、みんなのスキル向上もあって、かなりのお客様を呼び込むことができた。 ここまで達成感で一杯なのは、最近じゃないことだった。 「ねぇ」 「ん?」 「乾杯しない?実はお店のシャンペン、1本くすねてきたんだ。ノンアルコールだけど」 「それはシャンペンとは言わん…でも乾杯は賛成だ。チ来るか? こっちはケーキくすねてあるぞ」 「ここで乾杯しようよ」 「…相手の顔も見ずにかよ」 「だって私たち…ここで一緒にいることが、一番多いじゃない?」 「酔狂な…」 「それに、クリスマスイブに仁の部屋に二人きりなんて、瑞奈に見つかったらどう説明するのよ?」 「…それもそうか」 たとえ、ケーキ食って、ジュース飲んではいさよならでも、周りがそう解釈するかどうかはまた別の話だ。 「じゃ、こっちはシャンペンとグラス。 そっちはケーキを皿に盛って。 1分で戻ってくること!」 「待て! せめて3分よこせ!」 ………「ほれ、受け取れ。とすなよ」 「ちょっと待って………って、仁、なんでこんな大きくカットするのよ?」 「ただの四等分じゃないか。さんだったら平気で食うぞ」 「太っちゃうよ…」 別にもう少し太っても罰は当たらんと思うけど、そんなのは俺の主観なので敢えて言わない。 「じゃ、グラス。い受け取って」 お互いの顔も見えないベランダ。 ついたての向こうから手だけを介して、俺たちはパーティの準備を進める。 「そう、そのまま動かさないでよ」 「…いいグラス使ってやがんな」 …本物のシャンペングラスだ。 こんなまがいもの注ぐのもったいないぞ。 「親戚の結婚式の引き出物よ。はいえ、式はフランスだったけど」 「やっぱ金持ちじゃねえかよ…」 「言っておくけど、私は行ってないわよ。しろパスポート持ってないし、飛行機乗ったことないし」 「…相変わらず地味な奴だなぁ」 家族構成と血と容姿はこんなに派手なのに。 「はい、こぼさないでね。しまい」 「次はこっちにビンよこせよ。前の分、注ぐから」 「いいわよ別に。っちでやるから」 「クリスマスパーティで手酌は寂しいだろ」 「…それもそうか。い、よろしく」 差し出されるビンを受け取り、玲愛の、グラスを持った手が差し出されるのを待つ。 「こんなとこか」 「そっち準備できた~?」 「よし、問題ない」 「じゃ、乾杯」 「おう」 「メリークリスマス」 「だからイブだと」 「残念、0時超えました~。は25日」 「え? 嘘!?」 部屋の置き時計に目を転じると…0時10分。 「家族と過ごす日になっちゃったね。私と一緒はNG?」 「…いや、いいだろ。もそも一緒にいないし」 「あは…そうね」 「とりあえず、偽シャンペン飲んでケーキ食って、風邪ひかないうちにお開きにしようぜ?」 「…最後が身も蓋もないんだけど」 「そう思うんならこっち来いよ。んなら俺がそっち行ってもいいけど」 「えっと、ごめん…ちょっと片づけるのに時間かかる。っててくれる?」 「…冗談だ」 ほんの少し前なら、怒鳴られて終わりだった冗談が…なんか、どんどんシャレで済まなくなってる。 ………それからも俺たちは、とめどなく、だらだらと時間を過ごす。 ファミーユのこと、キュリオのこと。 お互いの店の悪口、自分の店の自慢。 そこに集う、仲間たちの自慢。 そして…お互いの家族の話。 ………「…くしゅん!」 「はいお開き」 「あ…しまった」 まるで、どこかの大魔王のようなタイミングで、俺は、宴の終わりを告げる。 「んじゃ、あったかくして寝ろよ。た風邪ひいたらシャレにならん」 「うう…」 玲愛は残念そうだけど、俺はほっとしてた。 だって…このままじゃ居心地が良すぎて、いつまでも話していたいって欲求に、勝てそうになかったから。 「ケーキの皿は明日返してくれればいいから。、洗わなくてもいいぞ」 「………」 「おい、玲愛?」 「………」 「だからぁ!明日も仕事があるんだから、仕方ないだろ!」 何が仕方ないんだろう?面と向かって聞かれると、俺たちには答えられない問い。 けど、今は二人とも、その原因を、はっきりと自覚してる。 「グラスどうする?明日返すでいいか?」 「………」 「玲愛ぁ…」 だから玲愛は拗ねるし、俺は苛つく。 「…返して」 「お、おう」 それでも玲愛は、なんとか機嫌を少しだけ直して、ついたてから手を伸ばしてくる。 俺は、その手にシャンペングラスを渡した。 あとは、この窓を開いて、閉じたときが俺たちの…「あっ」 「玲愛!?」 と、突然、隣のベランダから、ガラスの砕ける音。 「あちゃ…やっちゃった」 「お、おい、大丈夫か?」 明らかに、グラスを落としてしまった音。 玲愛にしては、かなり珍しい失敗。 「あ、大丈夫大丈夫。ゃんと片づけるから」 「夜はやめとけって。日になってから…」 「あ痛っ!」 「って言っただろうが!」 今は暗いから、どんなに注意深くしたって、ガラスの破片を見落とすなんて当たり前。 「玲愛、ちょっと見せてみろ」 「………」 「おい、玲愛ってばよ!」 俺はしびれを切らして、バルコニーに乗り出し、ついたて越しに、玲愛の部屋のバルコニーを覗き込み…「~~~っ!?」 「ん…」 そして、硬直した。 二人の手は、しっかりと手すりを掴んでいる。 だから、くっついている場所も、どちらかが少し離れるだけで、外れてしまう、はず。 「………」 「ん…んん…」 でも、外れない。 手すりにつかまっている玲愛の手には、ガラスで切ったような傷はない。 こいつ、怪我したふりをしてただけだったんだ。 良かった。 「………」 「ん…ふぅっ…」 良くねえっ!?全部、このための伏線…だったのか!?………「ふぅ…」 「あ、ああ…」 結局、二人の接合部分が離れたのは…くっついてから、優に30秒は経ってから、だった。 「生クリームと、シャンペンと…ちょっと、タバコの味」 「あ…あ…」 「タバコ…やめて欲しいな。っぱり」 「何で…」 「おやすみ」 「あ…っ!?」 やられた。 完全に、してやられた。 全く警戒してなかった。 ふいうちにも程がある。 「れ、玲愛…」 風が…熱い。 肌を突き刺すほどの寒さが、まったく意味をなしてない。 俺の体に、口移しで火種を灯して、いきなり消えやがった奴がいるから。 あの………馬鹿っ!こうなること、計算の上でかよ!?「玲愛っ! この馬鹿っ! 開けろっ!」 俺が、いろいろな感情の限界を超えること…冷静に計算して、誘ってきやがったのか?それとも…ただの思いつきなのか?どっちにしろ、確かめないことには、眠れる訳、ないじゃないか。 「お前っ!あんなことしといてシカトかよ!ふざけんなっ」 「…?」 俺の近所迷惑な音と声以外に、玲愛の部屋の中で、音がする。 それは、いつも俺がベランダに出たあと、隣から聞こえる音に似て…………てことは…?「あ…」 あっちも、ものすごく焦ってる…普段なら、すぐ外れるはずのチェーンが、何度もガチャガチャと、もどかしい音を立て…ドアの向こうの慌てっぷりが、手に取るように感じられて。 「…早く開けろよっ!」 「やってるわよっ!」 けど、だからって、こっちが落ち着くなんて道理はないわけで。 その、10時間にも感じられる、実は10秒にも満たないもどかしい時間が過ぎて…「れ…っ!?」 「っ!」 玲愛が、思い切り、跳んだ。 そして今度こそ、俺は、十分な予測にしたがい、迎撃した。 「ん…んっ…」 「あ…ぁぁ…」 “キスのときの作法”にのっとって、思い切り背伸びして、つま先立ちして…「んんんん…あ、あむ…っ」 だから俺も、玲愛の努力を無駄にしない。 かがんだり、首を下げたりせずに、一生懸命伸び上がってくる玲愛を、一番高いところで受け止め…でも、彼女がバランスを崩してしまわないよう、背中をぎゅっと抱きしめる。 いや、違う…抱きしめたのは、ただ、そうしたかっただけ。 「ん、ん…ん~…」 少し、息苦しそうだけど、それでも、俺の唇を吸うのをやめない。 さっき、タバコくさいって貶したくせに、ちっとも離れようとしない。 「あ、あふ…っ…あ、む…んっ」 「ん…んむ…っ」 「ちょっと玲愛どうしたの?なんか凄い音が………」 「………」 「………」 「あ、え、え~と………」 「ん…」 「あ…」 こんなとんでもない状況で…玲愛は、ちょっと、唇を重ねたまま、何か考えてたけど…「んん…あ、はぁ…」 「あ…ああ…」 結局、そのままキスを続けてしまった。 「あの、わたし…何も見てませんから。え、そりゃもう………おやすみなさい」 「ん…んん…んふぅっ…あ、あむ…」 「れ、玲愛…っん、んく」 こいつ…完全に開き直りやがった。 まぁ、確かにあそこで挨拶なんかできる訳ないけど。 「ふぅ、んっ…ん、むぅ…あ、あむ…」 「あ、ん…っ」 「ん~っ!」 「ちょっ、ちょっと…玲愛」 玄関を開けて、玲愛を俺の部屋に連れ込んで、玄関を閉めて、リビングまで連れてくる。 その、一連の動作も、全部、キスしたまま、だった。 「はぁ…あ…」 ぎゅっ俺とのキスを解かれても、玲愛はまだ、夢見心地の表情で、俺を、しっかりと抱きしめてくる。 「お前…なんで…」 「わかんないわよぉ…理由なんてぇ」 「けどさっきの…あれ、わざとだろ?」 ベランダに、シャンペングラスを落として、俺が顔を出すように仕向けて…「そりゃ、わざとだけど…でも、勝手に手が動いたのよ」 「お前が感性で動くなよ…」 姉とは対照的な性格のはずだろうが。 「私もそう思うけど…でも、止まらないのよ」 言いつつも、俺を抱きしめる手を、どんどん強くする。 「俺のこと散々怒ってたくせに」 「仁だって…」 「う…」 「それに…きっかけは私かもしれないけど、続きを求めたのは仁だからね!」 「きっかけがでかすぎんだよ」 「ああ、ダメ…なんか変。持ち、抑えきれない」 「言うなそれを…俺も抑えが利かなくなる」 「まだ…抑えようとしてるんだ」 「外そうとすんなっ!」 「だって…仁だけ冷静なの、悔しいわよ」 「冷静じゃない」 「なら………証明してよ!」 「んっ」 「んんんっ!? あ、あんっ、ん、んむ…」 こいつ…本当に冷静じゃないのか?本当は俺を、計算通りに誘ってないか?そんなふうに考えてしまうくらい、今日の玲愛は、いつもと違って『考えなし』だった。 ただ、一つのことを除いて。 「ん…んく…あ、あ、あぁぁぁぁ…」 「玲愛…お前、着替えてただろ?」 「あ…」 ベランダでの防寒装備が、今ではすっかり普通の服に戻ってる。 「俺が焦ってお前の部屋をノックしてたとき…自分は呑気に着替えてたんだよな?」 「しょ、しょうがないじゃない」 「何がしょうがないんだよ」 「男の胸に飛び込むにも、身だしなみってもんがあるのよっ!」 「………」 「ね? しょうがないでしょ?」 「訳わかんねえよ」 冷静なのか、燃えさかってるのか…それは、俺に関してもよくわからないけど。 「ところでさ…」 「何だよ」 「仁…あんた今の状況わかってる?私を…ベッドに押し倒したのよ?」 「あ…っ!?」 そうだった。 キスしてる最中に、思わず…「あのさ…」 「な、何だよぉ」 「今日…どこまでにする?」 何てことを聞くんだこいつは…「駄目な日、とか?」 「ううん、むしろ大丈夫な日」 「…そうやって俺の選択肢を広げるな」 お前が駄目って言えばここで終わってたんだぞ。 こいつ、わかってんのかなぁ?「私的には、その、最後までが希望なんだけど」 「うがぁ~!」 「でもさ…後で後悔したりしないかな?今はただ、熱に浮かされてるだけとか」 「もう遅い」 「え? あ、え、ちょっと…っ!?」 もう一度、強く抱きしめると、首筋にキスをして、そして、胸に触れる。 「お前、やっぱ誘ってるだろ?俺を罠にはめてるだろ?」 「え? え? え…?そ、そうなっちゃってる…?」 「今更何言ってやがる。 もう泣いてもわめいても許さないからな。 今日、この場で…お前を抱くからな」 「………」 「聞いてんのか?もう、遅いって言って…」 「わかった…泣いたり、わめいたりしないように努力する」 「………」 「どうしたの?」 「キス、しよう」 「…ん」 ふっと力を抜く玲愛。 残っている緊張を、無理やり抑え込んで、俺に抱かれるのを、受け入れてる。 「ん…あ、んむ…ん、ふぅ…んぷ…ちゅ…」 さっきまでのキスとは違う、穏やかで、ゆっくりとしたキス。 けど、違いはそれだけじゃない。 「んっ? んん…あ、んむ…っ、ちょっ、あ、あ…し、した…あむぅっ!?」 ゆっくりと、ゆっくりと、絡めていく。 俺の舌を、玲愛の、引っ込んでいこうとする舌に。 「ん…んぷ…は、あぁ…」 俺だって、それほど…だけど、それにしても、玲愛も、あんまり、慣れてないような。 「ふぅっ、ん、ん、ん~っ!あ、あ、あ…はぁ、はぁ、はぁ…っ」 「うろたえるな、これくらい普通だぞ」 「ほ、本当、に?」 「…多分」 「こういうこと、どのくらいやったことある?」 「こ…こういうのって…?」 「とりあえずは、今してること」 キス…か。 「お前が言うなら俺も言ってやってもいい」 「はじめて」 「言うなっ!」 「…どのくらい、ある?」 「………」 こいつには、本当にいつもいつもハシゴを外される。 「…いっかい」 「………」 「なんだよ?」 どうにも複雑な表情をしやがって。 「怒っていいのか、ほっとしていいのか、微妙な回数だからよ」 なんなんだ、それは。 「で、納得したか?」 「とりあえず、仁の言うことの方が、ちょっとだけ正しそうね…」 「なら、口開けて。、入れるから」 「………」 「なんだよ?」 「初めてのときも、そんなにムードなかったの?」 「やかましい!」 「んっ!?」 放っておくと、最初のとき、俺が何をやったのか、逐一報告しなければならなくなりそうだ。 こういう場合は、そう、口を塞ぐのが得策。 「ふぅんっ、ん、ん、ん~っ…あ、んむ…は、あ、あぁっ、んん、んぷ…っ」 俺の絡める舌に、少しずつ、少しずつ、おかえしをはじめてくる。 最初は用心深くつついて、俺がやり返すと、段々、段々、大胆に、襲いかかってくる。 「は、むっ、ん…んちゅ…くぷ…ん、ふぅ…は、あっ、あ、んむ…ん、ん~っ」 キスのほうが一人歩きしたから、今度は俺は、服の中に手を侵入させる。 瞬間、玲愛の肌が、びくんって揺れたみたいだけど、おかまいなしに侵入していく。 だって俺たちはもう、『セックスをしようと約束した間柄』なんだから。 「は、ん、む…あ、ちゅぷ…ん、ぷ…はぅ…あ、あ、あ…っ、ふあぁ、あ、あ…仁ぃ」 「玲愛…」 ブラ越しだけど、ようやく玲愛の胸に辿り着く。 「由飛…姉さんより、触り心地よくないけど」 「比較なんかできねえよ」 「ホントに? 触ったことない?」 「ちょっとは集中させろよ…」 「わ、私の胸に触ることに集中するの?」 「だって、直に触りたいし、もっと、色んないじり方したいし」 「うわ…えっち」 「決まってるだろ…なあ、ブラ、外していい?」 「あ、待って…外す」 「…悪い」 俺がたくし上げておいた服の隙間から手を入れて、玲愛の手が、背中のホックに伸びる。 胸を締めつけていた布が、一瞬柔らかくなると、そのままブラがずれていき、俺の手にむしり取られる。 「………」 「…どうぞ」 「ど、どうも」 なんとも情けない受け答えをして、待ちに待った、玲愛の胸を眺める。 もちろん眺めるだけじゃなくて、そのふくらみに、ゆっくりと手を這わせる。 「んくっ」 「い、痛い?」 「ううん、くすぐったかった」 「そ、そうか…」 柔らかい…ちょっと小ぶりだから、固いのかとも思ってたけど、とんでもない。 しっかりと、女の子の柔らかさだ。 「あ、は、はぁぁ…あ、や、ん…」 となれば、男が吸いつくのは当然のこと。 右手で、つまんで、引き延ばして、マッサージするように、揉み込んでみる。 「ん、ん、ん~…ひ、仁…やっぱり、いやらしいよ、あんた…」 「だから最初から言ってんじゃん。めるからな、ここ」 言いつつ、先端のピンク色の突起を、つん、つんと、指の先端でつつく。 「あ、あ~っ、や、そこ、そこがくすぐったいのにぃ、もう、そんなことするんだ…いやぁぁ」 その、ピンク色の突起…乳首を、指でつまんで、ころころと転がしてみる。 今は、ほんとうに小さな突起なんだけど、これが大きくなるってのは本当だろうか。 それにしても…本当に、舐めたくなる色と、形をしてる。 「ん、あ~、あ、や…は、はぁ、はぁぁ…あ、こら、顔近づけて何するつもりよ?」 「言ったじゃん、さっき」 「だ、だめっ、私いいって言ってない…っ、あ、こら、んっ、あ、や~っ、いや、ちょっ…」 必死に頭を押さえつけようとする玲愛を無視して、唇で乳首を含んで、ころころと転がす。 「うあっ、や、変なことするの、やめてよっ、な、んっ、いやぁ…しびれる、しびれるからっ」 これだけのことで、また全身を硬直させてしまった。 …本当に、今日中に最後まで行けるんだろうか?「あ、あ、あ~…は、はぁぁ…酷い…仁。んな、びりびりすることしてぇ…」 玲愛のため息混じりの声は逆効果だ。 なぜなら、もっと酷いことをしたいと思わせる力を秘めているから。 「あっ、や、吸うなっ…ちょっ、だめっ、何も出ないってばぁ! あ、あ、や~っ」 玲愛が胸への愛撫に悶えている隙に、左手は、内股をまさぐる。 気づかれないうちに、既成事実を作っておいて、後で色々抵抗されないようにというセコい手だ。 「あ、ああ…? こ、こらっ、今、足さわったでしょ!?」 …意外に鋭いな。 「ああ、やっぱりぃ…ずるい仁ぃ…あ、もうっ、そんな色々さわってぇ…」 「い、色々触るに決まってるだろ?最後まで行くんだぞ、俺たち?」 「それは…そうなんだけど…でも、なんか…さっきから引っかかってて…」 「もう…お前、喋るな」 「んんっ!?」 太股から、だんだん上へとせり上がる指をごまかすように、もう一度、玲愛の唇に、舌を潜り込ませる。 「んっ、んっ、んんん~っ!ん…あ、あむ……んぷ…んちゅ…ぅぅ…」 玲愛の喉がこくこくと動き、俺の唾液を飲み込んでいく。 そして俺は、太股から、ようやく、布に覆われた、玲愛のなかへと繋がる場所に、辿り着く。 「んっ…」 なんか、許されないんじゃないかと思えるくらいに、あたたかくて、そして、柔らかくて。 「う…あ、ん…ふぅ…あむ…んん…」 絶対に、そこを意識しているはずなのに、玲愛は、気づかないふりを貫いてくれる。 だから俺は、布地と地肌の境目や、布に覆われた中心部を、丁寧に、丁寧に、指でなぞっていく。 「は、あ…ぁぁ…はぁ、ひ、仁…」 「玲愛…ああ…」 首筋にキスを浴びせて、乳首をこりこりと摘んで、そして、何とか中に入り込む方法を窺っている。 まずは、ショーツをずらして…「う、あ…仁…そこ…」 「だ、駄目?」 「………仕方ないなぁ、もう」 「玲愛…ありがと」 お許しが出たので、勢い込んで指を侵入させていく。 玲愛のそこ…微妙に、濡れていた。 「い、あ、あ…や、やだけど…でも…許す。、だから」 健気なことを言ってくれるのはいいんだけど…そういう態度を取れば取るほど、俺の情欲が増していくってこと、気づいてるのか?「あ、くっ…い、っ、や、なんか…へんなかんじぃ…あ、あ、あ~っ、ひぅっ、い、たぁ…」 「あ、痛い?」 「痛いけど…これが当たり前、なんでしょ?」 「…多分」 「頼りないなぁ、もう…」 「ごめん…」 「いいよ…これで百戦錬磨だったら、もっと怒りがこみ上げてたから」 難儀な…「そこ、いじってもいいけど…でも、ずっと、私のこと、見てて」 「ん…」 返事と一緒に、まぶたへと軽いキス。 「ん…っ、あ、く…ぅぅ…ひ、く、ぅ…」 玲愛は、痛そうだけど、でも、顔を背けたりはしなかった。 ただ、玲愛の顔を見つめている俺を、ずっと、すがるような表情で、見つめていた。 「あ、あ、あ…う、ぅぅ…はぁ、はぁ、はぁ…」 そうして、いよいよ…「脱がすよ…下着」 「うん…」 玲愛は、腰を浮かせて、俺の手を受け入れてくれる。 するりと、小さな布がまくれて、太股をすべって、足首まで下がっていく。 そして、以前に布に覆われていた部分が、とうとう、俺の目の前に晒される。 「あ、ちょっと待って…」 そこまで辿り着いたところで、俺は、自分が何も脱いでないことに気づいた。 慌ててズボンを下ろす。 何だか、ちょっと、いや、かなり不格好。 でも、準備はできた。 「玲愛…じゃ…」 「ん…」 玲愛が、俺を受け入れやすいように、足を開いてくれる。 俺は、その間に腰を侵入させると、玲愛の、その、中心部へと…「う、あ………うああああっ!」 ほんの少し埋没させただけで、激しく痛みを訴えてくる。 「玲愛…ごめん。も、やめられないから、俺…」 「うん、うん…う、あ…あああああ~っ!」 玲愛の痛みを和らげてあげたいけど、生憎と俺には、どうすればいいのかわからない。 だからそのまま、ただ、玲愛の中心めがけて、進んでいくだけで…「あっ、あっ…あぁぁぁぁ…っ!う、くぅぅ…ひ、仁…ぃっ」 「ごめん、ごめんな…」 「謝らなくて…いいから」 とうとう、最後まで貫いた。 玲愛のなか、深くまで埋まってる俺自身を感じてる。 それだけで、ぞくぞくと駆け上がりそうになるのを抑えて、玲愛の額に、頬に、まぶたに、くちづけの雨を降らせる。 「あ、あは…仁。いって…いいってば」 それだけで、玲愛は、なんとなく満たされた表情をしてくれる。 これから俺が、胎内を蹂躙していくって知ってるのに。 「…動く、ぞ」 「うん…おいでよ」 「っ」 玲愛の、あっさりとして、それでも愛情の感じられる言葉に導かれ。 俺は、少しずつ、少しずつ、玲愛への責めを、激しくしていく。 「はぁっ、は、あぁ…あっ…あっ、あっ…い、う、うあぁ…いぅっ、く、あぁぁ」 「はぁ、はぁ、はぁ…」 「あ、うっ…く、ぅぁぁ…仁ぃ…ねえ…私…いい、かなぁ?」 玲愛の手が、爪が食い込むくらいに激しく、俺の腕を掴む。 目に涙を浮かべて、それでも流さないよう頑張って、一生懸命、気合いを入れて、力を抜こうとしてる。 「いい…玲愛のなか…いい…俺、ダメになるくらい、いい」 「あ、はぁっ、あ、あ、あ…そ、そう、なんだ…すごい仁…えっち、だねぇ」 そんな健気な玲愛を感じるたびに、俺の体と心が両方いっぺんに満たされて、そして、どんどん上り詰めていく。 「う、く、あぁぁっ…あ、はぁ、はぁぁぁっ…仁…うん、私たち…してるね…」 吐息混じりの玲愛の声が、めちゃくちゃ色っぽい。 口からこぼれる言葉も扇情的で、チリチリと俺の頭を焦がす。 「ああ…お前と、やらしいこと、してる。持ちよくて…ああ…」 「仁…仁っ…ん…あ、あ、んぷ…ちゅぅ…んんっ、あ、あ、ああ…あぁぁぁぁ…ひぅ、ぅぅっ」 必死で舌を突き出し、俺の唇を求める玲愛に応える。 こぼれる唾液も熱く、どろりとお互いの口を行き交い、そして、官能的なまでに、甘い。 「ん、んくっ…あ、あむ…んぁぁ…あ、はぁっ、れ…玲愛ぁ…ひっ、うぅ…」 「こんな、こんな…ぁぁ…仁が、入ったり、出たりぃ…すご、すご…ぃぃ…じんじん…なか、しびれてるよぉ」 破瓜の傷みが、興奮に誤魔化されていく。 玲愛が、本当は感じていない快感に身をよじらせる。 嘘の快感でも…玲愛が、そう感じてくれたなら、嬉しくて、嬉しくて…「はぁ…あぁ…れ、玲愛…」 「うん、うん…仁…う、あ、あ…あぁぁぁ…や、や、やぁぁ…ひぅっ」 それでも、初めてなのに、あまり玲愛を傷つけたくない…いや、そもそも…そろそろ俺が、ヤバかったり。 「れ、玲愛…あ、あの、俺…っ」 「…出そう?」 「…うん」 「そう、か…私のからだ…よかったぁ?あ、う、あぁぁ…っ、あ、あ…」 「ああ…凄く、気持ちいい」 「また…したい?」 「何度だって…うあ…」 「うん…なら…出して、いい。 仁…私で、いやらしい気持ちになって。 そして…私で、出してぇ…」 その言葉を合図に、今まで、ほんの少しだけ、まだ玲愛を気遣っていたけど、それすらも、もう、やめてしまった。 激しく、激しく…玲愛の胎内を、えぐるように、突いて、突いて、奥まで、踏み込んで…「ああっ! ああっ! うあああっ!い、や、あ、あ、あ…仁っ…は、はや、くっ」 玲愛の声の中に、また、苦しそうなものが混じる。 「あっ、あっ、あっ…あ、あ、あああ…」 そして俺の声には、多分、快感が混じる。 最初から、ギリギリと締めつけられている玲愛の胎内。 そこに、次から次へと叩き込み、玲愛の喘ぎと、吐息と、汗と、水音と、ぬくもりを感じて。 「あああ…あああああ…ああっ、う、うあぁぁっ、ひ…ひとし…あ、あ、あ…」 「れ…玲愛…ああっ!」 「あ~っ! あ、ああ、あ…ああああああああっ!」 全身が膨れ上がり、破裂するかと思うくらいの快感が襲い来る。 「あっ…あっ…あ、あ、ああ…あぁぁぁぁぁ…あ、ああ~…」 びゅっ、びゅぅぅっ…全身から抜けていく力と共に、俺の先端から、白い液が激しく飛び、玲愛の全身に降りかかる。 「あ…あぁぁっ…あ~~~…」 「あ…あつぅい…仁の…わっ、こっちまで…も、もう…こんなに、出るんだ…ね」 胸、おなか、太股まで。 「ご…ごめ、んっ…」 玲愛の全身を白く染め上げてしまうくらいに…いや、そこまで大げさじゃないけど。 でも…かなり汚してしまった。 俺の腕の中で悶えてくれた、この綺麗な女の子を…「はぁ、はぁぁ…はぁっ…あ、まだ、垂れてる、よ…」 「そこ見なくていいから」 俺の先端から、まだ垂れる雫を見つめて。 自分の体にこぼれている、白くてどろりとした液体を見つめて…「…しちゃったんだ」 玲愛は、呆然と、呟いた。 けれどその表情は、後悔も、不安も、不満もなく。 ただ、悪戯が見つかった子供のように、バツが悪そうな笑顔を、俺に向けるだけだった。 ………「…ねえ」 「ん?」 「吸わないの?」 「いや、さっきくすぐったいって…」 「誰が私の乳首の話をしてるのよ?」 「痛ぇ」 「タバコよ。通、こういうときの後って一服するもんじゃないの?」 「どこで得た知識だ…」 なんかそれって、もの凄く倦怠期っぽい、悪いイメージしかないんだけど。 「もともと1日1本しか吸わないんだよ。、それはさっき吸っちゃったし」 「1本で足りるの?」 「…もともと、おまじないみたいなものだったし」 「おまじないって…?」 「………」 「あ、いいや。めん」 こういうところの引き際がさすがだな、こいつ…人にも自分にも厳しく、実は、誰よりも人に気を使って生きてる。 「それに…その1本さえも、やめなくちゃいけない理由ができたし」 「え? なんで?」 「さっき…やめて欲しいって言った奴がいたから」 「あ…っ」 「ちょっと、そいつの優先度が高くってな…もう無視できなくなってきた」 「仁…っ」 俺の胸に顔を埋めていた玲愛が、また激しく、俺を抱きしめる。 「おい、玲愛…」 「仁…私、私さ…」 声に湿っぽいものを混ぜながら、玲愛は…「………あれ?」 玲愛…は?「ちょっと待って!」 「ぐぼぉっ!?」 玲愛は、いきなり俺を、突き飛ばす。 「あ、あ、あ~! そうだぁ!」 「な、何が…?」 「わかったの!さっきから何か足りないって思ってて…ずっとその正体が思い浮かばなかったんだけど」 「な、なんのことだぁ?」 「仁…あんた…私のこと、どう思ってるのよ!?」 「…は?」 「抱きたいって言葉は聞いたけど、なんで抱きたかったか聞いてない、聞いてないよ!」 「お、お前…え?」 「今すぐ答えて。 仁の、私に対する感情を。 短くても長くてもいいから、正直なところを」 「な、なにを…今更、なにをぅ?」 そういえば…最初は、玲愛の不意打ちで。 次は、俺の激情で。 その次が、玲愛の激情で。 で、押し倒して。 「何てこと…私、自分のこと好きかどうかもわからない男に、初めてをあげちゃったんだぁ!」 「ひ、人聞きの悪い…」 「鬼畜! 変態! やっぱりあんたはパクリ店長よ!」 「待て待て待て!さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手…」 「ちっとも黙ってないじゃない!」 「だいたい、お前も言ってねえなぁ、俺への気持ち!」 「なっ!?」 「人のことどうこう言う前に、自分を省みてみやがれ!」 「あんた私の初めてをなんだと思ってるのよ!?」 「そうは行くか!大体お前、なんでいきなり俺にキスしたんだよ!?」 「………」 「………」 これで形勢は逆転…とまでは行かなくても、効果的な足止めには使える。 「…好きだから」 「………」 本当にコイツは…いつもいつも、こっちの切り札を無効にしやがって…「私が、恥ずかしがって言えないんじゃないかって思ったんでしょ?」 「意地っ張りのはずだろ…お前」 「肉を切らせて、骨を断つのよ」 「………」 「私のこと、どう思ってる…?」 「抱いた後に言っても、説得力ないだろうが…」 「仁の言うことなら、信じるから」 「玲愛…」 「私のこと、どう思ってる…?」 「次、する時に答える」 「って~」 「…馬鹿っ」 「いや、だからさぁ…こんな雰囲気で、そういった台詞なんて言えないって」 「私は言ったじゃないの!」 「いや、だからそこが男と女の虚脱感の違いっつ~か」 「つまり、その気になれば言うのね?」 「ま、まぁ…そういう…」 「…するわよ」 「…は?」 「二回目、するわよ!その時に言うんだったわよね!?」 「んなぁっ!?」 「仁…仁…っ」 「待てお前!痛いくせに無理すんなぁ!?」 「ん、んん…んんん~!」 「んんんんん~!?」 「そういうわけで、2月14日までの三週間、共有スペースのレイアウトを、このように変更したいんだけど」 「…かなりオープンカフェのスペースが減るな」 「仕方ないと思う。 その時期はどうしてもテイクアウト中心だし。 しかもチョコレート中心で」 「大体、2月14日ってのは、バレンタイン司教の命日なんだから、家でおとなしく家族と過ごすってのが…」 「その家族偏愛主義はこの際どうでもいいから、左右にこういう感じでワゴンを配置して」 「それはいいんだけどさ…お前んとこ、そんなに商品搬入するの?」 「当たり前でしょう?洋菓子店としては、冬の二大イベントの一つよ。入れない訳にはいかないわ」 「う~ん…」 「なに? ファミーユは違うの?」 「だってウチはさぁ…かなりケーキに特化してるし」 「けどこの時期くらいは…」 「そりゃ、チョコレート系の商品を増やしたりはするけど、今までも、専用のチョコレートを用意したりとかは…」 「してないの?」 「うん、まぁ…」 「………」 「だからさ、ここまでオープンカフェを削られると、ウチとしてはちょっと…キュリオとのバランスが」 「…語るに落ちたわね」 「…は?」 「要するに、チョコレートの販売では勝てる見込みがない。から、バレンタインのイベントは縮小傾向で、と、こう言いたいのね?」 「何言ってんだよ。てる見込みとかじゃなくて、ただ店の性格上…」 「それは単にそちらの都合でしょう?キュリオはちゃんとチョコレートにも力を入れてます。チのパティシエールは超一流ですので」 「レパートリーが広かったら超一流なのかよ。ういうもんじゃないだろ?」 「ともかく、ファミーユはチョコレートでは勝てない。 だからイベントスペースを縮小してくれ。 …こういうことでいいのね?」 「いくないわ!そんなこと、俺は一言も言ってない!」 「別にいいのよ? 正直に言いさえすれば、私だって鬼じゃないんだし、企画の見直しを…」 「なめんな! ウチだってチョコレートくらい、いくらでも作れる!」 「へえ?」 「天才パティシエール橘なんとかだか知らないけどな、ブリックモールの中では恵麻姉さんの方が上だ!こっちはお客様の顔を見て作ってるんだからな」 「相変わらず重度のシスコンだこと」 「やかましい!そこまで言うなら勝負だ…」 「もちろん、受けて立つわ」 「勝負は2月14日まで…ワゴンでのチョコレート販売の売り上げのみを競う。れでいいな?」 「そちらにはノウハウが足りないようだから、ハンデをあげましょう。うね…あなたのお店の倍…」 「またそれかい!結構だ!」 「負けた方が土下座…ね?あと、何でも一つ言うことを聞くこと」 「…心得てる」 「必死で来なさいよ?叩き潰してあげるから」 「…なあ」 「何よ? もう話し合いは終わったはずよ?」 「昨日のこと、根に持ってるだろ?だから仕掛けてきたんだろ?」 「…はて、なんのことやら」 「だから~、親に呼ばれて、姉さんと一緒に、実家に帰ってたって言っただろ?」 「仁が何を言い訳してるのか、私には意味不明なんですけど~」 「連絡取れなかったのは…帰ってすぐ酒薦められて、あっという間に酔いつぶれちゃったからで…」 「………」 「で、目が覚めたら昼過ぎで、それから何回もかけたって!着信履歴見たろ?」 「…常識があれば、一昨日の夜に連絡取るべきよね~」 「う…」 「昨日は、ずっと一緒に過ごすって、2週間も前からの約束だったわよね~」 「だ、だからそれは…」 「ご馳走、作ったのに…ぜ~んぶ、無駄になっちゃったわね~」 昨夜、部屋に戻った時、『一昨日の夕食の準備』が全部そのままになってて、俺は背筋を凍らせた。 「お鍋も、お刺身も…とっておきの吟醸酒も…」 「…謝ったじゃねえか」 「昨日はさ、ずっと二人っきりでゴロゴロしようって…何本もDVD借りてたのに、全部パーだし」 「それだって俺が払うから」 「久々に安全日だったからさ~付けなくてもよかったのに」 「それは本当に残念だった…」 「売り上げ競争で勝ったらさ…仁には、一週間ファミーユを休んでもらうからね」 「なんでじゃ!?」 「来月、本店で一週間、新人研修の講師やるのよ。れでちょっと離れるから」 「それと俺が休むのとどういう関係が?」 「もちろん一緒についてきてもらうわよ。、泊まるとこなら大丈夫、姉さんの部屋が空いてるから」 「それ実家だろお前の!」 「…まる一日すっぽかしたんだから、一週間くらいは一緒にいる義務があると思わない?」 「やっぱり私怨じゃないか!しかも何気に両親に挨拶に行けと!?」 「必死で来なさいよ?叩き潰してあげるから」 「鬼~!!!」 ………俺たちが、ああいう関係になってから一ヶ月。 まぁ、ご覧いただければわかる通り、今までとあまり変わらない関係が継続してる。 それも仕方ない。 俺たちは敵同士なんだから。 ほんの少し、前に進んだ関係だって、周りにあからさまに悟られるのはよくないからって、みんなには秘密にしている。 ………いや、本当に秘密にしてるって。 「と、いう訳でですね…バレンタインフェアに向けての売り上げ目標を、前月比150%アップということで…」 「仁くん? わたし、チョコレートはやらないって言ったわよね?」 「俺のためだと思って~!」 「ま~たキュリオと揉めたでしょ?しかもプライベートで」 「明日香ちゃんが一部始終見てたそうですよ。イチャイチャ喧嘩してるとこ」 「ひぃっ!?」 「てんちょ…さいて~」 「さてと、採決を取りましょうか。題は、店長の不信任決議ということで…」 「待て! ちょっと待ってくれ~!」 ………「…と、いうわけで。 来週から三週間。 みんな、今まで以上に頑張りましょう!」 「………」 「………」 「………」 「どうしたのよ!?みんな、何が不満なの?」 「玲愛…またやったね?」 「な、何を…?」 「最近のキュリオって、私怨で動いてるとしか思えないんですけど」 「な、なんのことかしら?私はただ、キュリオを今まで以上に繁盛させたいと…」 「あのね…川端君がね、昨夜、隣で大喧嘩してたって情報をね?」 「瑞奈!?」 「それで今日、チーフは何を言い出すかなって…えっと、店長の一人勝ち?」 「は?」 「だから言ったろ~?腹いせにファミーユを潰しにかかるって。、みんな、出した出した」 「反省して仲直りするかと思ったんですけど…はぁ…はい、千円」 「高村さん可哀想…はい、千円」 「潰しにかかるか、徹底無視するかで悩んだんだけどね。っぱり玲愛は寂しがりやだったね~…はい、千円」 「………」 「は~い、というわけで営業開始だよ。あ、ファミーユさんには後でボクから謝っておくから、みんな気にしないでお向かいさんと仲良くしてね」 「は~い」 「お帰りなさいませ、ご主人さま。だ今より、ご帰宅の時間です」 「ほら、玲愛も行くよ。日は外に出なくてもいいから」 「………」 「玲愛?」 「ああ…仁、仁…あなたは何故仁なの~!?」 「言ってないで働け」 「だからさぁ…次は今度の休みの日に…あ、お前、正月は帰省する?だったらその後になっちまうけど」 「………」 「どうも俺がいると話しづらいみたいだからさ…今度はぁ、俺、途中からいなくなるからさぁ」 「そこどいて」 「あ、悪い」 こちらに向かってきた玲愛のモップを避けて、俺は、キュリオのカウンターの中に入る。 にしても、さっきから随分と念入りに掃除してるな。 もうここなんか、3回は拭いてると思うんだけど。 「あ、それでも嫌だったら、俺、最初から来ないって手もあるんだけど」 「………」 「いや、そもそもそれが普通だろ。前ら姉妹だけで会って話せばいいんだよ」 「………」 「おい、玲愛、聞いてる…」 「無理」 「え…?」 「待ち合わせ場所まで行って、由飛の姿を見つけたら…きっと逃げ帰ってくる」 「おいおい…」 「由飛だってきっと似たようなものよ。に来て待ってることはできるけど、だからって、私を捜したりしないはず」 「この前のクリスマスの時のコンビネーションは、一体どうしちまったんだよ花鳥姉妹」 ピアノを弾き続ける由飛と、ファミーユの制服で、店内を駆けずり回る玲愛。 お互いが全力を出し切ったからこそ、あの、素晴らしいステージが実現したってのに。 「…あの時は、お互い素直になれた」 いつの間にか、玲愛は掃除の手を止めている。 まぁ、もともと、明らかに終わってたんだけど。 「でも…これで、いつでも笑って話せるって思ったのが、いけなかったなぁ…」 「もう、駄目なのか?」 「…あの日のうちに仲直りしておけば、こうはならなかったでしょうね」 「なんでそうなるんだよ…あれから一週間しか経ってないじゃないか」 「…その間に何があったと思ってるのよ」 「何があったっけ…うがあああっ!?」 「…やっぱりあんた嫌い」 「お、お、お前っ!?モップは最後の武器だろうが!」 そう言っておいていきなり使うのが粋なんだけどな。 「私にとっては…天地がひっくり返るくらい、衝撃的な出来事だったのに…そちらは随分と余裕がおありですこと」 「ちょっと待て…それとこれとは、話が別だろ?今は、お前と由飛のことで…」 「切り離してなんか…考えられるわけないでしょ…っ」 「え…?」 「あんたが私たちの間に、どこまで深く入り込んでるか、わかっててそれ言ってんの?この蝙蝠野郎!」 「うわぁ…」 久々に…いや、あまり久々でもないけど。 玲愛の、罵詈雑言を聞いたなぁ。 「ちなみに蝙蝠というのはね、鳥と獣の戦があった時に、鳥には鳥の仲間だと言って…」 「いや知ってるからその故事」 要するに、二股野郎ということが言いたい訳だ、この金髪娘は。 「こっちの蝙蝠は、おこぼれを貰うだけじゃなくて、鳥と獣との間に余計な波風まで立てるけどね~」 「こら待て! そこまで言うかこの…」 「何で抱いたのよ」 「お前からキスしてきたんじゃねえか!」 「それでも嫌なら抱くことないじゃない…『あ~この女勘違いしてやがんな~』とか思ったら、ちゃんと口に出して馬鹿にしてくれればいいじゃない!」 「なんだとこの野郎!?そんなデタラメが言えるか!」 「何がデタラメだってのよぉ!ついフラフラと私の誘惑に負けたくせに!」 「負けるに決まってんだろ!好きなんだから!」 「っ…ぅ…ぁ…ぁぁぁ…」 「お前、なぁ…」 玲愛に、逃げる隙を与えつつ、抱きしめる。 こいつは…逃げないどころか、最後は俺の胸に顔を埋めて、しがみついてきた。 「由飛に…勝っちゃった。 勝てるはずないのに、勝っちゃったんだもの。 そりゃ、戸惑うわよぉ」 「何だよそれはぁ…」 今までの、こいつの意味不明の怒りが、徐々に、徐々に、氷解していく。 いや、怒りそのものが解けるんじゃなくて、俺が、その意味を理解していくってことだけど。 けど…マジで?「…由飛に、惹かれてる、でしょ?」 「…好きだよ、そりゃ」 「由飛も、仁に惹かれてる、でしょ?」 「俺にはわからん」 「わかんないフリしてるだけよ…この蝙蝠野郎」 「もうそのネタはえ~っちゅ~に」 引っ張るなこいつ…「本当にわかんないんだよ…いや、不正解だった時が怖い、が正確か」 「…どういう意味よ」 「…昔、壮絶に勘違いしたことがあってな。れ以来、答え合わせが億劫になってる」 「………」 あの時は、自己採点は満点だったのに、出てきた結果は…「だから…その…お前みたいに積極的なのは、物凄く嬉しかったというか、助かったというか…」 「それってさ…」 「ん?」 「私からキスしなければ、全く進展しなかったってこと?」 「………わからん」 「…この、臆病者」 「だからそう言ってんじゃん」 「由飛の方が先にキスしてたら、由飛としちゃったってこと?」 「………」 「…寡黙なる雄弁さで答えてくれたわね。ょっと、ショックかも」 「ごめん…情けないな、俺」 「うん…情けない。頭徹尾、言語道断に情けない」 「うぐ…」 「そして…そんな男に、めちゃめちゃ転んだ私は、もっと情けない」 「玲愛…」 「…痛いよ」 「我慢しろ」 「…うん」 力いっぱい抱きしめたら、なんか、いい匂いが溢れてくる。 玲愛の言葉の一つ一つが、こいつに対する愛しさを増幅させていく。 「少なくとも、さ…今は、玲愛が一番好きだぞ。差の一位が、独走し始めてる」 「ほんとぉ?」 「神に誓う」 「神って…由飛のこと?」 「この野郎…」 「痛いよ…仁」 「お前が余計なこと言うからだ」 「痛いよぉ…せつないよぉ」 たとえ、最初は僅差だったとしても、抱き合って、泣き合って、怒り合って…いや、最後のは前からだけど。 そうした想いを積み重ねていくことで、今じゃ、こいつのことが、とてつもなく独走状態で、好きになってる。 「俺…言うから」 「何を?」 「由飛に、玲愛とつきあってるって…宣言、するから」 「それは…まずいなぁ」 「お前らがいつまで経っても向き合わないんなら、ぬるま湯にいたってダメだろ?」 「こじれるよ…」 「そうなったら、ほどこうって努力するだろ?今よりはマシだよ」 「………」 「それに、俺にだってプライドがある。愛にこれ以上、情けない姿を見せられん」 「…どうせ評価はかわんないよ?」 「…厳しいね、お前」 「違うよ…」 「じゃあ、何だよ?」 「満点は、それ以上、上がらないって意味」 「…可愛いね、お前」 「もっと言って。ういう評価されたこと少ないから」 「お前は、俺にとって満点…に近いよ。5点」 「…残り5点は?何がいけないってのよぉ」 「キスが足んない…」 「んっ…」 泣きそうな顔で拗ねる玲愛に、ゆっくりと唇を重ねていく。 「ふぅ…んっ…」 「ん…んむ…んぷっ…あ、はぁ…あむぅっ…」 口を、開いて、閉じて、舌を、からめて、舐め上げて。 「ん、ん、ん~…あ、はぁ、はぁ…あ、ちゅぷ…んぷ…あ、あ、あぁ…」 こぼれる唾液を舐め取って、自分で飲み込んだり、相手に飲み込ませたり。 「ん、んくぅ…ん、ん…はむっ、ん、ん…あ、ちゅぅ…はむぅ…あ、あ…っ、はぁ…はぁぁ…」 べとべとに濡れた唇が、薄暗がりに、それでも艶々と輝く。 目に浮かんだ真珠のような粒と一緒に、とても神聖なものに、俺の目には映る。 「これで…満点?」 「97点、かな?」 「あと3点…どうすればいいのよ?」 玲愛…なんでそこまで、俺の満点にこだわる?男の趣味、悪いなぁ、お前。 「…えっちが足んない」 「家まで待てないの? 変態」 「待てない…」 「ホント…変態だ…」 言いながら、す、と、俺の前にひざまずく。 「え…」 「せっかくの制服だし…してあげるよ」 呟くと、玲愛は、俺のズボンの前の部分を、手で撫で始める。 「お、おい…」 何で制服が『せっかく』なのか、よくわからなかったけど…「最初から…もうこんなに…」 「いや、それは…キスしてる間に」 玲愛の手が、竿を包み込むように、動く。 片手で掴んで、もう片方の手で、先っぽをこするように、指で弄ぶ。 「う、あ、あ…」 「こんなのを私の中に入れたんだ、仁は…凶悪な奴」 「うあっ」 この野郎…先っぽをつねりやがった…「復讐…してやるんだから」 「あ…っ」 素手の感触が、どんどん近づいてくる。 さっきまでズボン越しだったのが、今はトランクス越し。 そして、冷たい空気に触れたかと思うと…「うわ…なんなのこれぇ」 「ああっ…」 とうとう、玲愛の目の前に、剥き出しで晒されてしまった。 「ちょっとぉ、熱いよこれ?…確かに、あの時も熱かったけど、さ」 「う、うるしゃい…」 「それに、固ぁい…こんなんで、私の中、思いっきりかき回しちゃって」 「玲愛…お前、わざとだろ?」 「…ばれた?」 俺の羞恥心を煽ってるんだか、興奮を煽ってるんだか、イマイチ目的はわからんけど。 「今日だって思いっきりかき回してやるからな。や、今日は初めてじゃないから、もっと遠慮なくしてやる」 「…噛み切っちゃおうかなぁ。ういう狼藉のできないように」 「優しくします、許して…」 「冗談だって…ん、ちゅ…」 「あぅっ!?」 「ん…ちゅ…くぷ…へぇ、先っぽ、つるつるだね」 「お、お、お…お前っ!?今、何を…」 確かに、指とも違う、もっと柔らかくて、湿った感触が、先っぽを一瞬だけ覆ったような。 「噛み切る準備」 「勘弁してくれっ!?」 「嫌なら、おとなしくしてなさい。…んぷ…っ」 「うああっ…」 今度こそ、間違いなくわかった。 玲愛の奴…俺のを、口の中に入れた…「ん…んふ…ちゅ、んぷっ…ん、んん…は…ん、くぅ…」 先っぽだけ、口の中で転がして、舌先で、舐め回してる。 俺は…なんか、そんな現実が信じられなくて、玲愛が咥えてるのだが下を向けない。 「ん…む、あふぅ…ね? これで、本当に気持ちいいわけ?」 「し、知るかよ…っ」 「何よぉ、張り合いないなぁ」 「だってお前…いきなり何しやがる?」 「いきなりじゃないよ…次、何すればいいのか、色々と考えてたから」 さすが、真面目な方の花鳥…一回目の反省とか、二回目への展望とか、きちんと議事録にしてそうだ。 「もっと、飲み込むように深くすればいいかな?ねぇ、仁…どうすれば、気持ちよくなる?」 「…色々、適当に」 「ほんっとに張り合いないなぁ」 「違うよ…お前がそういうことしてくれるってだけで、かなりクるから、大丈夫」 「………次、なめてみるね」 「うあっ…」 こんな一言で機嫌を直す玲愛って…あれだけ自分と他人に厳しい奴だったのに、今の俺には、甘すぎるんじゃないだろうか?「ん…じゅぷ…ん、れろ…んっ…ちゅう…ぅぅ…れ、れぇ…ほんなの、どう?」 唇と舌先で、竿の裏のところを舐め上げてくる。 「う、あ、あ…じれったいけど…気持ちいい」 「ふぅん…じゃあ、こするのは?」 「はぁ、あ、あああ…」 竿を握ると、上下にこすり出す。 そして口は、もっと下にさがって、袋の部分に舌を差し伸べる。 「ん…んぷ…ちゅ、くぅ…あふぁ…んむ…ん、ん、ん~…ちゅぷ、んぷっ…」 「はぁ、はぁ、はぁ…」 決して、超絶テクニックというわけじゃない。 ところどころたどたどしいし、歯が当たったり、強く吸い過ぎたりと、様々だ。 「ん、んく…んぅ…あむっ、ん、ぷ、ふぅっ、あ、あむ…あぁぁ…ちゅく…ちゅば…んん」 けれど、その光景を、視界に入れることすらできない。 だって玲愛の、そんなはしたない姿…きっと、見ただけで、あっという間に果ててしまうから。 「今度は、深く飲み込むね…痛かったりしたら言いなさい…」 「あ…ああ…っ」 「んんんん…んぶぅ…あ、んむ…っ」 「あああああ…っ」 もう、痛いなんて感覚は存在しない。 喩え、噛み切られたとしても、絶頂に達してしまうかもしれないくらい、快感に、全身を侵されている。 「んっ、んんっ、んっ…あ、あむ…ちゅぽ…んぷ、あ、あむぅぅ…」 「あっ…あっ…ああああっ…れ、玲愛…玲愛ぁ…」 「ふんぅぅぅ~…あ、はぁ…らり?ひほひぃ?」 「いや…咥えたまま喋らなくていい。はただ、お前の名前呼んで気持ちよくなってるだけ」 「っ…」 玲愛の口が、びくっと震えて、俺のモノを刺激する。 どうやら今の言葉で狼狽したらしい。 自分が今、何やってるのかわかってなさそうな、純情な反応ぶりだな。 「ふぅぅぅぅ…ん、んむ…あむぅ…ん、ふく…あ、ちゅぷ…んちゅぅ…」 口の中を唾液でべとべとにして、俺の竿にまぶし、それを舐め上げる。 丁寧に、丁寧に。 玲愛らしい、細やかな心配りが感じられる。 …こんなスケベな行為なのに、それでも真面目っこの性格は反映されるもんなんだな。 「んん…んぷ…ふぅっ、あ、あむ、むぅんっ…んっ、んっ、んんんっ…ちゅぷ…ぷぅぅ…」 時々、こぼれ落ちそうになった唾液を飲み込み、また、俺の先っぽを吸い出す。 「ちゅうぅぅ…ん、こく、んく…あ、あむ…はぁ、あ、うぷ…ちゅぅぅ…あむんっ」 「はぁ、はぁ、はぁ…ああっ」 足が、がくがく震える。 その振動は、とっくに玲愛の口にだって伝わってるはず。 「ふ、む、あむぅ…ちゅぷ…んく…くぅぅ…ちゅぷ、んぷぅ…あ、はぁぁ…あむぅっ」 「あっ、あっ、あっ…」 崩れ落ちそうになる膝を、玲愛が抱え込んで、俺を支えてくれている。 情けないな、俺…けど、玲愛が悪いんだ…俺を、こんなに昂ぶらせてしまう、魔性の真面目っこ。 こんなことまで、一生懸命地道に努力しなくていいものを。 「ん、んぷっ、はぁ、あむ…むぅっ、ん、んく…ちゅぷ、んぷっ、んんっ、あ、あんっ、んんんっ」 「れ、玲愛…駄目だ、俺、もう…っ」 「はむ…ん、んく、あ、ああ…んぷっ、んふぅっ、あ、あ、あ…んんんんっ、ふむぅ…んんっ」 「駄目だって言ってんだろっ」 玲愛の頭を掴んで引き離そうとしても、しっかりと膝ごと抑え込んだ玲愛は、俺の股間から離れない。 マズい…このままじゃ、玲愛を…汚すっ「ん、ん、ん………ふぅんっ、んん…んぷ、はむ…んちゅ…くぷ…あ、あむ…むぅぅんっ」 しかもこいつ…わかってて…離れやしねぇっ!?「れ、玲愛…玲愛ぁ…うああああああっ!?」 「んんんっ!?」 びゅくんっ「ふあぁぁっ!?」 一瞬、背筋に焼けた鉄の棒を差し込まれたような…いや、苦痛じゃないんだけど、想像を絶する感覚が…「ん、ん、ん~っ!あっ…あっ…あぁぁっ…」 どくっ、どくっ…「う、ああ…玲愛…あ、やめっ…」 一度、玲愛の口の中で爆発したものは、口から解き放たれても、しばらくは連爆を続け…「あぁぁっ…あ、あつぅい…っ、あ、は、はぁぁ…」 二度、三度、四度と…玲愛の、人形のように整った綺麗な顔を、どろどろに、汚していってしまう。 「あっ、あっ…あぁ~っ…」 「ん…ん…は、あ…はぁ、はぁ、はぁぁ…ひ、ひと、しっ…あ、あは…あぁぁ…すご…」 うわぁ…いやらし。 玲愛の顔じゅうに、俺の精液が浴びせられて、しかも、口からも垂れてる。 こんな光景、ブリックモールにいる人間の、誰が想像できるよ?「はぁ…あ、んぷ…ちゅぷ…仁…これ…」 「ご、ごめん、玲愛ぁ…」 「ん~、いいんだけどさぁ…なんか、妙な味だね」 「そういう…もんなんだよ。か吐き出せ」 「あ…目に入った。みる~」 「…想像させんな」 「ふぅ…あ、ちょっと動かないで。だ、出てる」 「あ、こら…うああっ」 「ちゅぷ…んっ、くちゅ…ちゅぅぅ…」 先っぽからはみ出してきた、最後の一滴まで、玲愛の口の中に吸い込まれてしまう。 一体…今、ここで何が起こってるんだろう…「はぁぁ…気持ちよかった? 仁」 「そ、その顔で話し掛けるな。りあえず拭け」 「かかってるの、あんたのなのに…そんなに嫌がることないじゃん」 「俺のだから嫌なんだよ!お前のだったら全部飲んでやる」 「…私は出ないよ、そんなのぉ」 あかん…思考能力が、剥ぎ取られてる。 ………「これで…満点?」 「………」 「…いじわる」 「え?」 「やっぱり…あげないと、駄目なんだね」 「お、おい…」 玲愛は、今度はスカートの中に手を入れる。 俺、ただ、今は考え事してられないだけだったのに。 なんだか、どんどん話だけが先に行ってしまう。 「…ん、ふぅ。い、これで、いいよ」 「うわ…」 玲愛が、ゆっくりと手を下ろして、次に掲げた時には…その手の中には、小さな布きれが一枚。 玲愛の、大事な部分を覆っていたはずの、最後の砦…「どうぞ…ご主人さま。のはしたない私に、お情けを…」 と言いつつ、ショーツの方は、後ろに放り投げてしまい、長めのスカートをたくし上げてみせる。 「あ…」 「ごめん…はしたないっての、本当なんだ」 持ち上げられたスカートから覗く、玲愛の太股。 そして、その上の…この少しの照明に照らされただけで、てらてらと光ってることがわかる。 「お情け…って言うかさ。直…して欲しいかな、仁に」 「玲愛ぁ…」 「ごめんね…私、すけべかも」 「何で謝る…この馬鹿。前のこと、一番好きだって言ってるだろ?」 「証明してみせなさい…私の、仁」 「う、あ、あ…っ」 「んんっ…あ、あはは…っ」 俺は、玲愛にとびつくと、そのまま壁際に押しつける。 スカートの中に右手を入れて、玲愛の左足を、太股から抱え上げる。 「あ、でも…ごめん。日も、中はちょっと…」 「…わかったよ」 いつかは、玲愛の中に出したいけど…それでも、二人が、真にそう望んだ時のために、楽しみとして、取っておこう。 「このまま、入るぞ?」 「うん…早く、きて…っ」 「う、あ、あ…ああああっ」 「ああああああああああっ!」 あ…入った。 まだ、ちょっとキツいけど、それでも、玲愛の中に、すんなりと、入れた。 「だ…大丈夫、か?」 「あ、あぁ…ん、大丈夫。いうか、待ってたの、私だし」 「玲愛…っ」 「あ…いいの?」 「え…?」 「さっき、仁の、飲んじゃったけど…キス、できる?」 「………」 言わなければ気づかなかったのに…「ちゃんと拭いたし、きちんと飲み込んだけど…でも、嫌じゃない?」 「…する」 「…ありがとね、仁」 『なんでお前が謝る?』という台詞に代えて、玲愛の唇を塞ぐ。 「あ…んっ…ん、んぅ…ふぅん…」 「んむ…んぷ…あ、むっ」 ちょっと、抵抗あるけど…でも、やっぱり、玲愛の口の中、気持ちいい。 「ふむ…ちゅぅ…んぷ…あ、あぁ…あむ、ん、あふぅっ、あ、あんっ」 玲愛は、気を使ってるのか、舌を差し込んできたりとか、唾液を送り込んできたりとかはしない。 ちょっと強めに、こっちの口や舌を吸って、こく、こくと、喉を鳴らして飲み込む。 …こういうところの気配りも、玲愛らしいっちゃあらしい。 「ちゅぅぅ…っ、ん、んん…あ、あむ…むぅ…んっ、んん…ぷぁぁ…あ、ああ…」 「玲愛…ありがとっ。 俺、頑張るからな。 お前のこと、気持ちよく…してやるから」 「あ、あ、あ…そ、そんなに、張り切らなくても…仁が、気持ちよくなれば…いいんだよぉ…っ」 愛しい…気が強くて、自他共に厳しいってだけの女じゃない。 一度心を許すと、こんなにまで情が深くて…綺麗で、可愛くて、ちょっと…いや、かなりかもしれないけど、嫉妬深くて。 「ん、あぁ、あっ、ひ、仁ぃっ、う、くぅっ…ふ、深い、深い、よ…」 一緒にいると、お互いの表情とは裏腹に、楽しくて、妙にこそばゆい気分にさせる奴。 それが今、俺に貫かれて、俺だけのために喘いで、腰を振ってくれている。 「ふ、あ、あ…仁…仁ぃ…ん…く、うあ…っ、ひっ…く、ぅぅ…」 「苦しい? 痛い?」 「それが…どうしたってのよ…っ、あ、ああ…ん、くぅっ」 …やっぱ、まだちょっと痛そうだ。 けど、嘘もつかないし、正直にも言わない。 ここんとこが、玲愛の真骨頂だな。 「もっと…激しく、していい…っ?」 「あ? あ、う、うん…っ、だ、大丈夫…っ、あ、う、くぅ、あぁぁ…はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ…っ」 玲愛の腰の下に、もっと深く潜り込んで、玲愛を持ち上げるように、下から貫き上げる。 身長の低い玲愛が、少し持ち上がる感じで、俺の肩にしがみついてくる。 「うっ…あ、あ…ああああっ!や、あ、うあ、いっ…つ、くぅっ、ん…ふぅぅんっ」 歯を食いしばって、必死で、俺のために耐えてる。 そんな玲愛が、ますます、どうしようもなく好きになって。 そんで、どうしようもなく、壊れるまで、突き込んでみたくなる。 好きな子ほどいじめたくなる…とは違うかもしれないけど。 「玲愛…あぁ…お前のなか…いい…ん…あ、れろ…」 「あっ…ふ、あぁぁ…っ、や、みみ、ちょっ、ん、んあぁぁっ…」 首筋から、耳にかけて、キスをして、舌を這わせて、玲愛を胸一杯に吸い込む。 汗の匂い、女の匂い、玲愛の匂い…激しい息遣い、女の声、玲愛の喘ぎ…どれも、俺の獣を、次から次へと解放していく。 「ん、あ、くぁっ、あ、あ~っ、あ~~っ!!!仁っ、い、ああ、深いよ、あ、あたってるよぉ」 「ん、あ、うああっ…れ、玲愛ぁ…」 いつの間にか、玲愛を持ち上げるようにして、深く、深く、突き上げまくっている。 キュリオの制服姿で、俺にしがみつき、涙と、汗と、そして、結合部からも愛液をしたたらせ、激しい声を上げて、のたうちまわる、愛しい女。 「はぁ、はぁ、はぁ…あっ、く、ああああっ!や、だめ、だめっ…ま、まだぁ…っ」 「…玲愛?」 「うっ、な、なんでもない、のぉ…っ、あ、や、くぅぅっ、ん、ふぅぅっ、あふぅっ…」 もしかして…「感じてる?」 「ひぅっ、ん…あ、そ、その………ちょっ、ちょっとだけだからっ」 「玲愛ぁ…」 「ん、んんんん~っ!あ、んむ…ん、く、くぅっ、ふぅぁっ、あんっ」 その、可愛らしい反応が、また嬉しくて、もう一度、玲愛の唇を求める。 口の端から垂れていた唾液も舐め上げて、したたる汗も吸い込んで、玲愛の体を、隅々まで味わう。 「ふむぅぅっ、ん、ちゅぷ…ぷぁぁ…っ、あ、んむ…ん、んん…んんん~っ!」 一生懸命、俺の唇や舌を吸おうとする玲愛。 けれど、下半身は容赦なくいじめられて、なかなか思う通りにいかない。 けど、俺にとっては、そのもどかしさが、また楽しかったり。 「あっ、ああっ、あぁぁっ!ひ、ひとし、ぃっ、わ、私…っ、い、あ、あ…」 「玲愛…ああ、玲愛ぁ…俺、も、もう…っ」 「う、うん…うんっ…わ、私も、そろそろ…っ、あ、あ~っ、ああ…」 お互いに、ラストを感じて、盛り上がってきた。 左足を持ち上げ、右足は絡ませあい、全身を押しつけて、奥へ、奥へと侵入して。 次から次へと、欲望の噴射がわき上がってきて…「あ、あ、あ~っ!や、あ、こ、こんな…ああ、あぁぁぁっ…」 玲愛を、思い切り抱え込んで…「う、く、くあぁぁぁっ!」 「あ? あ、あああああああっ!?あ、あああ~~~っ! ああああ~~~っ!!!」 激しい奔流が、二人を押し流していく。 激しい鼓動が、二人の体を満たしていく。 「あ…あ、あぁぁ…っ?う、そ、あ…うそ…ちょっ、ま、待って…っ、え…」 「う、あ、あ…あぁぁぁぁ…っ」 どくん、どくん、どくん。 心臓の音か、射精の音か、わからないまま…俺は、玲愛の中に、次から次へと放出していく。 …何か忘れてるような気もするけど。 「え…えええ…?あ、ああ…な、なん…で? ちょっ、ひ、ひとしぃ…っ」 「ああ…玲愛、玲愛、ぁ…」 だらんと全身を弛緩させるように力を抜く玲愛。 俺は、その体を支えるように、入れたまま、力いっぱい、抱きしめる。 「あ、ちょっ…待って、え? え?あ、あの…仁…」 「玲愛…ああ…気持ちいい。前のなか…すげぇよ…」 「そ、そう、なんだ…あ、あは…で、でも…でもさ…」 二人して、息も絶え絶えに…熱く重なり合った余韻に浸りながら…「ん?」 「…ひょっとして、中に出した?」 「あ…」 重要なことを、思い出した。 ………………「こらあああああああ~~~!!!」 「ああっ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい~!」 「なんで中に出すのよ~!今日は外って言ったじゃないの~!!!」 「うわああああんっ!悪い、悪ぃっ! すっかり忘れてた~!」 「忘れてたで済むかぁぁぁぁ~!!!今日大丈夫かどうかわかんないのよ~!?」 「だ、大丈夫、大丈夫………きっと」 「何の根拠があって~~~っ!!!」 「いやほら! 最初に一回出してるし」 「あ、あんたの濃さじゃ関係ないわよ!」 「他と比べたことあんのかよ!?」 「あるわけないでしょ!」 「つ、つまり今、いい加減なこと言ったな?何の根拠があって!?」 「あんたが最初にいい加減なことしたんでしょうが!」 「だ、大丈夫、大丈夫だから!責任取るから!」 「………」 「だからその、許してっ!今後ともよろしくお願いしますっ」 「………」 「あ、あの…玲愛…?」 「………」 「…どした?」 「か…」 「…ん?」 「軽々しく…責任なんて言葉、口に出すなぁ~!!!」 「うわああああああああっ!?」 「…この時期だと、ロクなもんやってねえな」 チャンネルを何度切り替えても、正月番組の出がらしか、毎日やってるせいで、週に一回じゃ筋すら追えない昼メロだけ。 なぜなら今日は1月5日。 中途半端に正月を引きずった時期。 ブリックモールは、正月は3日から営業で、5日はいつもの水曜定休。 だから俺と姉さんも、2日までは実家に帰省してたけど、3日からは、しっかりこちらに戻ってきてる。 …いや、休学のこととかで、色々うるさかったから、本当は2日から営業して欲しいくらいだったけど。 「そこどいて」 「あ、悪い」 こちらに向かってきた玲愛の掃除機を避けて、俺は、ベッドに寝転がる。 ………にしても、掃除好きな奴だなぁ。 俺の部屋だろうが、お構いなしに片付け始めやがった。 まぁ、掃除を始める前に、年末の大掃除をサボったことを指摘された上、ぐちぐち叱られたけど。 「ふう…こんなところかな?ねえ、仁?」 「ああ…サンキュ」 こんなところどころか、ピカピカだ。 加減を知らんのか、規律の乱れが我慢できないのか。 …おそらく、両者だろうけど。 玲愛は、掃除機をしまい、雑巾を水洗いして、ベランダに干すと…「掃除おしまい。ゃ、10秒休憩っ」 「なっ!?」 ベッドの上の俺に飛びかかってきた。 「ん…んむ…」 「あ、あ、む!?」 で、いきなり唇を塞いで、舌を差し入れてくる。 な、なんてメリハリの利いた奴だ!「ふむ…ん、ちゅ…あ、あふ…仁…ぃ」 「れ…れあぁ…あ、あむ…あ、く…っ」 頭がぼうっとしてくるくらいに、気持ちのいいキス。 問題は…玲愛から香ってくる、台所洗剤の匂いくらい。 「ふ…ぅぁ…っ。 よし、休憩おしまい。 次はお昼ご飯の準備ね」 「自分のペースだけで動くな!こっちにだって色々都合があるんだぞ!」 いきなり仕掛けられて、いきなりおあずけを食らう俺は、当然、続きを要求する訳で…「おなかすいたでしょ。」 「…飯食ったらちょっとはゆっくりしろよ?」 「うんっ」 そこでにっこり笑われると…俺としても、これ以上言い募ることはできないわけで。 ………休日の朝から、玲愛が俺の部屋にいるのには、深い深い訳がある。 …いや、年末の、例の“中出し事件”のペナルティで、部屋の鍵を渡さざるを得なくなったってだけだが。 しかし、あれの罰がなんで鍵なのかは謎だが。 それで、三日前、実家からマンションに戻ってきたら、そこにはおせちの重箱と、大量の餅と、日本酒の一升瓶が。 …俺とおんなじもの持って帰ってきやがった。 「って、ちょっと待て、また雑煮かよ!」 部屋に漂うダシの香りから推測するに、あれは、俺が年明け後、連続四日間口にしている料理に違いない。 「しょうがないでしょ。 お餅がこんなに余ってるんだから。 早く食べないとカビが生えちゃう」 …相変わらず、その派手な容姿からは、想像もつかないくらい所帯じみた奴だ。 「もう飽きた…洋食食いたい…オムライスなんか最高かも」 「わかってないわね仁。 お雑煮ってのはね、各家庭ごとに味が違うんだから。 花鳥家のお雑煮は初体験でしょう?」 「地域性が出るくらいに実家が離れてる訳じゃないだろ」 「はいできた。ら、テーブルの上片付けて」 「せめて卵を乗っけさせてくれ」 「やだも~気持ち悪い。杯目くらいは私の味付けを堪能しなさい」 …とても『新婚さんみたいだね』とは言う気が起こらないくらい、初々しくないように思えるのは何故だろう。 ………「…おかわり」 「参ったか」 畜生…美味い。 卵料理以外は、俺を遥かに凌駕してやがる。 ………「カツブシ取って」 「ん」 「サンキュ」 「うん」 「…この旨煮もなかなか」 「それはお母さん」 「お前の母ちゃん本当にフランス人かよ」 「言わなかったっけ?日本語以外話せないし、飛行機にだって乗ったことないって」 「爺ちゃんはヨーロッパで活躍してたんだろ?」 「その辺は、話すと長くなるから話さない」 「ふぅん…あ、こっちの伊達巻き…」 「それは私が作った!」 「俺のが美味いな、これなら」 「…もうそれ二度と食べるな!」 「度量の狭い奴」 「信じらんないくらい失礼な奴!」 なかなか話が弾む食卓だったとさ。 ………「なあ」 「なによぉ!」 「由飛とは…どんくらい話せた?」 「………」 「あいつも帰省してたんだろ? 聞いたよ」 年明けの営業日。 由飛は俺に、元旦はどう過ごしたかを尋ねた。 俺が、姉さんと実家に帰った話をして、その後、同じ質問を返したら、『わたしも実家に帰ってました』と、ただ一言。 それは、百の意味を伝えることのできる、たったひとつの言葉。 「お父さんもお母さんも、ちょっと、びっくりしてたかな?」 「ふうん…」 「大喧嘩したのよ」 「おいおいおい!」 年末に引き続き、またかよ!こいつら、一体いつになったら…「それも夜通し。ジャマに着替えて、由飛の部屋で二人きりで」 「え…」 「お互い、ちょっと譲れないことがあってね。れで、ずっと言い争いしてたら、いつの間にか夜が明けて…」 「………」 「で、次に気づいたときは、一緒に居眠りしてた」 「…そうか」 「うん、そう」 「そう、かぁ…」 由飛が『帰省した』って言ってたときの、ちょっぴり誇らしげな顔。 あの言葉以上に、雄弁に物語ってたんだな。 情けないことに、俺はそこまで読み取れなかったけど。 「仁…」 「なん、だ?」 「そっちに行ってもいいかな…?」 「もう、ごちそうさま?」 「うん…」 「なら、よし」 「ありがと…」 玲愛は、たった1メートルの距離を、大急ぎで移動すると、俺の肩にもたれかかる。 「仁ぃ…」 「ん?」 「嬉しかったよ…」 「良かったな」 「うん…うんっ!」 紆余曲折はあったけど…こいつの言い分によれば、それらは俺のせいらしいけど…それでも、ようやく、トンネルの先に見えた明かりを、今日は、一緒になって喜ぼうと思う。 ………………「ん…?」 チャイムの音に目が覚めてみると、いつの間にか、外は真っ暗だった。 「やべ…寝ちまってたか」 せっかくの休日を…もったいない。 いや、寝る前にちゃんと元は取ったような気もするけど。 「あ、は~い!ちょっと待ってください!」 俺は、床に転がっていたGパンを急いで履くと、これまた転がっていたシャツを羽織りつつ、玄関へと向かう。 「…あれ?」 「明けましておめでとうございます」 「川端さん…あ、今年もよろしく」 「よろしくお願いします~。~高村さん、正月から素肌にワイシャツとは、これまたセクシーですね」 「ご、ごめん、取り込み中だったから…」 しまった…インナーのTシャツ忘れてた。 慌ててワイシャツのボタンをはめる俺を、川端さんは、えらく複雑そうな笑顔で見つめる。 「ああ、そうそう、これ実家から送ってきたので、おすそわけです」 「あ、ああ、悪いね、いつも」 手にとった感触と重さから考えて、明らかに餅だ…「早めに食べてくださいね。、冷凍庫に入れとけば保ちますから」 「そりゃどうも…」 ウチの冷凍庫は既に同じもので一杯です。 「あ、それで…大変申し上げにくいんですが」 「え? なに?」 「ちょっと至急連絡を取らなくちゃならないことがありまして…」 「は?」 「ええ、仕事関係の連絡で…どうやら携帯も切ってるみたいなんで」 「はぁ…?」 「それで、できればその、呼んでいただければな~と…いえ! 野暮なこと言ってるのは重々承知してます!」 「あの…いまいち要領を得ないんだけど…?」 「玲愛、呼んできてもらえません?そちらにいるんでしょ?」 「………」 「………」 「え~と…」 「あの娘の狼狽する顔を想像すると、めっちゃ面白…あ、いえ、忍びないんですけど、どうしても今日中に話しておかないといけないので」 「………」 「一番上のボタンもはめないと…首筋のキスマーク、隠れてませんよ?」 「うわぁっ!?」 「と、言うわけで~、いえ、このことは誰にも言いませんから~」 「10分待ってて~!」 「玲愛っ、起きろ!」 「んあぁ?」 「川端さんが来てる!お前に用だってさ!」 「なに? 廊下で会ったのぉ?」 「いや、ウチに尋ねてきた。かも確信を持って」 「………」 玲愛は、それからたっぷり5秒間、現状を整理して…………「ブラシっ! リボンっ!ああそれよりも先に服っ!」 「落ち着け! 10分待ってって言っといた!それだけあれば十分だろ?」 「馬鹿ぁっ!そんなに待たせたらバレバレじゃないのっ!」 「んじゃそのまま出てくか?お前、今何も着けてないけど」 「下着っ!? ブラは? ショーツはどこ!ちょっとあんた盗んだでしょ!?」 「俺は中身にしか興味ね~!」 「今口説くなぁっ!」 「そらお前の解釈が悪いわあっ!」 「雪解けや~、犬と猿とが、姫始め~」 ………ま、まぁ、それはともかく…玲愛は、結局この日、俺の部屋には、戻ってこなかった。 「はい、ファミーユブリックモール店です」 「仁? 私だけど」 「お~お疲れ。した?」 「今日借りた制服だけど、今から返しに行こうかと」 「あ、そうか。っちも全部畳んであるけど、クリーニングに出してから返そうかと」 「でも、いつも使ってるお店に出す方がいいでしょ?」 「それもそうか…んじゃ、交換な。からそっち行こうか?」 「あ、いい、いい。ぐだし」 「そか? んじゃ待ってるわ。で、一緒に帰ろうぜ」 「そうね…あ、そうだ、今日寄っていい?ちょっと話したいこと、あるんだけど…」 「お前に閉ざすドアなんかないっての」 「…馬鹿」 今日のバレンタインフェアでの制服交換イベントは、大成功のうちに幕を閉じた。 ただのお遊び企画みたいなものだったんだけど、予想外の繁盛っぷりだった。 今後もこういった、合同企画みたいなのも、考えてみてもいいかもしれないな。 まぁ、玲愛が何て言うか、だけど。 「お待たせ~」 「待ってねえ…って?」 「はい制服。ーツとか全部かき集めたと思うけど、後でチェックよろしく」 「………」 「こっちのは…これね?ところでそっち、制服のスペアってちゃんと用意してる?こっちは本店から取り寄せられるから大丈夫だけど」 「お前…なんで?」 「何が?」 「何が…って…一枚足りない~」 玲愛が持ってきた風呂敷…いや、そこからしてツッコミどころなんだけどさ。 その中に納められている制服は、多くても三着。 だって…もう一着は…まだ着てるし!「手討ちにする?」 「脱げよそれ…」 「あ、それよりもさ~」 「ついでに人の話もちゃんと聞け…」 「今日…正確に言えば明日だっけ?何の日か、当然知ってるよね?」 「俺たちは今日まで何のために忙しかったと思う?色ボケ司教様の思いつきに付き合わされてたせいだ」 「で、さ…その、バレンタイン司教様の何回忌か知らないけど…はい、お供え」 「え…?」 視線を、こころもち左斜め下に下げ、頬を染め、両手を添えて、俺に差し出したものは…紛れもなく、バレンタインデーの…………「…チョコエッグかよ!?」 「え~だって仁、卵オタクだし」 「待て! 待て待て待て!俺がこだわるのは卵の形ではなく味の方で、こんな鶏卵でもなんでもない形だけの…いやその前に!」 俺は、目の前に掲げられた、銀紙で包まれた、卵型のかっる~いチョコレートを前に、涙を流しつつ…けど受け取る。 「くっそう…おまけコンプリートしてやるぅ」 「…冗談よ」 「俺は傷ついたんだよ~」 「あんまりストレートに渡すと照れが入るでしょ?お互いに」 「…そこがいいのに~」 「…はい仁。 あなたのために、一生懸命作りました。 どうか受け取ってください」 「………」 「………」 「…すまん、俺が悪かった」 「で、でしょ!?」 お互い、死ぬほど照れが入った。 「…あれ? マジで手作り!?」 「さ、さっきそう言った」 「だってお前…キュリオのチョコだったら、いくらでも手に入るだろうに」 「あれは売り物。 しかも超人気商品。 なるべく多くのお客様にお渡しできるよう、スタッフは誰一人として手を付けておりません」 「ちぇっ…橘さんのチョコレートの腕前、確かめてみたかったのにな」 「花鳥さんで悪うございましたわねぇ…っ」 「あ、美味い…美味いわこれ」 「ど~せ溶かして飾り付けただけですぅ」 「食う?」 「いらない」 「うまいぞ?」 「知ってる…っ!?」 「ん…」 「ん…んんっ…ん~っ!?」 せっかくの美味いチョコレートを、俺一人で独占するのは忍びない。 たとえ、相手がいらないと言っていても、無理やりにでも広めてあげるのが、真の…えっと、なんだっけ?「うまいだろ?」 「変態っ!」 口移しのチョコレートは、どうやらあまりお気に召さなかったらしい。 …いや、多分、ポーズなんだけどさ、こいつの場合。 「この、口の中でとろりととろける感触が」 「チョコレートなんだから当たり前」 「ほどよい甘さとミルクの香りが…」 「そんなのはメーカーの功績」 「一度溶かしたとは思えないこの滑らかさ…」 「味には絡んでないって言ってるでしょ!飾りとかそういうとこ誉めなさいよ」 「そんなの食っちゃえば同じじゃん」 「なんて張り合いのない奴!」 「やっぱ美味いぞ。っと食う?」 「結構!」 「結構。は…」 「あ、んんんっ!?」 「ん…んく…」 玲愛の“合意”のもと、またしても、その柔らかい唇を塞いで、ゆっくり、溶けかけのチョコレートを運ぶ。 「ん…んむぅ…あ、あむ…んん…あ、んちゅ…んむ、あ、はぁ…ぁぁ」 なんだかんだ言いつつ、玲愛も舌を動かし、お互いの口の中で、チョコレートを行ったり来たりさせて、その、滑らかな甘さを味わう。 「ん…んく…あ、ん、ちゅ…ぷぅ…は…はぁ…はぁ…」 「………美味い、だろぉ?」 「………ばかっ」 顔は上気し、激しいキス…いや、試食で、息も絶え絶えになりながら、それでも、やっぱり睨んでくる。 素直じゃない…と、一言では片づけられない、素直さと素直じゃなさを同居させた奴だ。 「今度はさ…玲愛が食べさせてよ」 「少しは相手のことを気遣いなさいよ。んな変態っぽい真似ばっかりさせて」 「いや、別に口移しでなんて言ってないぞ?『はい、あ~ん』でも一向に構わん」 「っ!」 「…だからいちいち睨むなよぉ」 いくら拗ねてるだけってわかってても、こいつの顔立ちで睨まれると、結構、迫力があるんだよな。 「ん…」 しかし、何だかんだ言いつつ玲愛は、自分の作ったチョコレートを、口に挟み込むと…「はひ、は~ん」 「くく…」 口移しと『はい、あ~ん』の複合技で来たか…本当に、素直じゃないけど、滅茶苦茶素直な奴…だから、愛しくて、愛しくて…散々怒られるのわかってても、いじめずにはいられない。 「ん…」 「あ、む…んっ…ん、くちゅ…んん…は、む、ぅぁ…あむぅ…ちゅぷ…んん」 お互いの口の中を、チョコレートが行ったり来たり。 玲愛の口に行って、戻ってくると、ひとまわり小さくなってたりして…「は、む、んっ…ちゅぅ…んぶ、あ、あんっ、ふ…あ、む…あ、あ、あ…」 何度も、何度も…お互いの口の中を往復して…………「ふっ、あ、む…んん…んむぅ…あ、あぅ、んふぅ…は、はぁっ、はぁぁっ…あ、仁…っ」 もう、二人の口の中に、チョコレートのカケラなんて存在しない。 「ん…あ、ふぅ…玲愛…ぁぁ…」 玲愛の後ろに回り、背中越しに唇を激しく重ね、そして、制服の上から、激しく胸を揉む。 「ん、あむっ、ん、あぁ…んぷ…んぅ…ちゅぷ…んちゅ…ぷぁっ…あ、あ…」 「玲愛…あ、あの、さぁ…」 だから、ついつい、情けない声で、玲愛におねだりを始めてしまう。 ここでやめられるほど、俺は人間ができてない。 いや、男として完成してしまっている。 「制服…」 「え…?」 「返さないと」 「け、けど…お前…?」 玲愛の言う『返さないといけない制服』は、今、玲愛が着て…あ…「だから…ここで脱いでかないと…いけない、でしょ?」 「まさか…お前…?」 「………」 計算済み!?制服を返すって口実も、自分だけ、着替えずに来たことも、あの、拗ねた仕草も…?…いや、最後のはただの地だろうけど。 「…変態」 「帰るっ!」 「あ、こらっ!?」 俺の、あまりの失言に、俺の腕の中で暴れ出す玲愛。 「変態はそっちのくせにっ!だから仁が喜ぶと思っただけなのにっ!」 「だから暴れるなって…いてっ!?」 「私はただ、その変態を好きになっただけ!いわば被害者! わかってんの!?」 「ありがと…めっちゃ嬉しい」 「…変態っ」 「大好き、玲愛」 「うう…私だって…私のほうがぁ…」 いきなり大人しくなった…俺が言うのもなんだが…凄いけど、駄目な奴。 なんか、『俺に惚れてるのが唯一の欠点』とか言われそうだ。 「玲愛…」 「何よぉ」 「俺といる時だけは…とことん、ダメな奴でいてくれな?」 「もう手遅れよぉ」 …本当に、愛しすぎる。 ………「あ、あ、ああ…あああっ…や、仁…仁…そこ、ちょっ…」 「玲愛…すべすべだ」 「だからぁっ、もう、いやだなぁ…すけべなこと言う仁は嫌いよぉ」 ファミーユの制服は、キュリオに比べてスカートが短い。 だからこうして、玲愛の太股とお尻が堪能できる。 白くて、すべすべの太股をなで回し、ショーツ越しに、お尻の丸みを味わう。 …おっさんくさいな、俺。 「う、あ、あ…っ、やだもうっ、これ。されてるかわかんないんだもん…」 「逃げちゃダメだぞ、玲愛」 「あ、うぅんっ、ん…はぁ、う、くぅ…あ、あ、あ…ああああっ!」 太股にキスをしながら、両足の付け根の隙間を、指でこすってみる。 最初から、そこだけ触った時の感触が違う。 「玲愛…お前、もう…」 「な、なんの、ことぉ?私、知らないからねっ、あ、や…あぁぁ…」 「お前…このショーツ、今日はもう、履いて帰れないぞ?」 「う、うるさいっ…あ~っ、あ、あんたの、せいだぁっ。、もうっ、さっきから、いやらしいことばっかぁ…」 「しょうがないじゃん…玲愛とえっちできるんだから」 「う、く、ひ、卑怯者ぉ…私がそんな言葉に騙されるとでも…騙されるけどぉ」 「ん…ちゅぷ」 「ふあぁぁぁぁっ!? あ、あ、あああっ…や、やだ、そんな…っ」 太股へのキスを、段々と、せり上げていく。 下着越しに、玲愛の、しめっている部分を探り当てる。 「なに、してんのよぉ…っ、ちょっと…あ、あぁぁ…っ、はぁ~、はぁぁぁぁ~…あ、あぁっ…」 玲愛の体を支える両足が、がくがくと震えはじめた。 だいぶ、感じられる体になってきてる。 俺が玲愛を、ここまで感じるようにした。 そう思うと、また、嬉しさと、欲情が増していく。 で…玲愛をもっといじってしまうわけだけど。 「ん、ん、んんんんん~っ!あ、もう…そんな、めくっちゃやだぁ」 めくられて困るのは、ショーツなのか、それとも、その中の…俺は、どちらの頼みにも従うつもりがないとばかりに、めくり上げたショーツの隙間から、玲愛のなかに、舌を押し進めていく。 「ん…んん…んぷ、ちゅぷ…」 「うああああ…ああっ、やだぁ…はいってくる…仁の、した、がぁ…っ、あ、あ、あ~~~っ」 ショーツをダメにするくらいにこぼれていた液は、俺が舌を差し込むと、こぽ、こぽと音を立てるくらいに、なかからどんどん溢れてくる。 「玲愛…本当に、えっちに、なってくれたな」 「ああ…あ~…ひ、仁の、せい…仁の、おかげ…仁の、ため…だから…」 「玲愛ぁ…んん…」 「ああああっ! や、いい…そんなぁ…ざらざらして…あ、あ…立ってられないよぉ」 俺の舌と、玲愛のなかが、いやらしい音を響かせる。 俺たち以外に、誰もいない店内に。 玲愛には、もっと大胆に、もっとスケベになって欲しい。 ただ、俺だけのために。 「ん~、んん~っ…あ、はぁ、はぁぁ…ね、ねえ…仁ぃ…もう、そこ、いいよぉ」 「うん…いいだろ?もっと、気持ちよくなってな」 「そういう意味じゃなくてぇ…あんた、わざと勘違いしてるでしょ?」 わざとなのは勘違いとは言わない。 指を使って、玲愛の入り口をさらに拡げ、どんどん溢れ出る蜜を、次から次へとすくう。 もう片方の手は、玲愛の、ぷっくりと膨れた、もっともデリケートな場所をこする。 「ん…じゅぷ、んぷぅっ」 わざと音を立ててすする。 もちろん、玲愛の羞恥心を煽るのが目的で。 「やっ、だめっ…音たてないでぇ…こんなの…こんなの違うっ、私じゃないよぉ」 「玲愛…玲愛ぁ」 「私じゃないって言ってるのにぃっ!あ、や、や、やだっ、やだっ、なにこれっ…」 玲愛の足の震えが、ますます大きくなっていく。 これは…もしかして?「玲愛…いくか?」 指と舌で責めながら、言葉でも責める。 「やだっ、ち、違っ…だめ、あ、んっ!こ、こんなの…いじられてるだけ、でっ!?」 玲愛が、俺の手で、絶頂に上り詰めていく。 それは、俺自身をも快感と悦びに満たしてくれる。 「玲愛…いいよ。、玲愛のいくとこ、見たい」 「あ、く…馬鹿にしてぇっ…そう言えば、私がホイホイ従うって、そう、思ってるんでしょうっ!」 「そういう玲愛が大好きなんじゃん…ん…んむ」 次から次へと溢れ出る蜜をすくい、先端のクリトリスを、優しくつまんで…最後の、大きな波を誘う。 「う、あ、あ、ああ…ああああっ!や、これっ、だめ、だめぇっ…ああああ…」 「玲愛…っ」 「うああああっ! あ~っ!ああああああああああ~~~っ!?」 玲愛のからだが、一瞬、固まり…そして、次の瞬間には、思い切り、弛緩した。 「あ~っ、あ~っ、あああああ~っ…や、や、とまんない…やだ、なにこれぇ…」 全身の震えが、激しさこそなくなったものの、まだ、びくっ、びくっと、定期的に訪れる。 そして、玲愛のなかからは、透明な液が、次々と、俺の顔へとかかってくる。 「だ、だ、だめぇ…仁、やだ、私、やだぁぁ…あ、あんたの…あんたの…せいだから、ねぇ…」 「そうだな…玲愛、可愛いぞ」 「そういうところがあんたのせいなんだぁっ!あ、ああ…うあああ…っ、ひっ、くぅっ…」 「ほら…綺麗にしてやるから。…んむ…」 「うあっ…や、だから…ちょっと…イったばかりなのにぃ…いじめないでよぉ」 今まで、ずらしているだけだった玲愛のショーツを脱がし、太股のところまでこぼれている液を、舌で拭う。 ソックスまで辿り着いて汚さないように…というのが、まぁ、表向きの理由として。 「あふぅっ、あ、ん…は、はぁ、はぁぁ…やっ、もう…そんな…ぞくぞく、しちゃうじゃない」 大きな波が去った後でも、小さな波が断続的に押し寄せる。 前、玲愛が初めてイったとき、そんなことを話してくれたっけ。 ………それはともかく…そろそろ、俺も、なんとかなりそうだ。 「玲愛…」 「んっ…もう…?」 「いいって言うまで、待つけど、さ…」 「んっ…あ…とか、言いながらぁ…もうっ」 立ち上がると、玲愛の背中に覆い被さるように、抱きしめる。 制服の紐を緩め、ゆっくりと、中に手を入れていく。 「ん…れろ」 「ひぅっ…ま、待ちなさい、よぉ…」 「待つのは、入れるのだけ」 玲愛の、結ばれた髪を持ち上げて、耳を舌で責めていく。 これも色々試して気がついたんだけど、玲愛の場合、耳は、イった後の方が感じる。 「あ、あぁ…ぁぁぁ…っ、ゃ、はぁん…う、く、あぁ…なんで、もう…」 おさまってくれない波に翻弄されながら、玲愛が、可愛い声を上げる。 ちょっと時間がかかったけど、制服もほどけ、胸と背中が、外気に晒される。 「玲愛…あ…」 「う、んっ、あ、ああ…仁…だめぇ…は、はぁ、はぁぁ…」 背中越しに、両手で乳房を掴み、指で、乳首を挟み込むように揉みしだく。 キスは、耳から首筋、背中へと回る。 「んっ、く…あぁ…はぁぁ…あんっ、ん…ひ、仁、ぃ…」 「玲愛…あ…」 「あ…仁の…こすれてる…」 存分に盛り上がってしまった俺のモノは、今はもう、むき出しのまま、玲愛のお尻に挟まれる形で、玲愛にこすりつけている。 「ああ、ああ…っ、玲愛…ぁ」 「やっ、ん…熱ぅい…仁の…すごく、かたいよ…」 「だって、さ…玲愛のなか、入れられるって考えただけで」 「んっ…あ、興奮、した?私のなか、入れるって想像して、興奮したぁ?」 「う、うん…っ、あ、あ、あ…」 いつの間にか、自然に腰が動いている。 玲愛のお尻の割れ目を滑り、その、柔らかい肉にこすりつけて、それだけで、激しく興奮している。 なんか、ケダモノとしか言いようがない。 「けだもの…だね」 ほら、玲愛にも指摘された…「仁は、私が犯したくて、しょうがないんだぁ…あ、んん…んぅ、ふぅ、は、はぁ、はは…」 「そ、そうだよ…だから…っ」 「ふふ…あはは…どう、しようかなぁ」 「こ、こらぁっ…」 「あ、んっ…や、やだぁ…そんなに、強くしないでよぉ。と、ついちゃうじゃない」 玲愛が注意したのは、背中への激しいキスのことか、それとも、胸を力いっぱい掴んだことか。 それとも…ただ、俺をじらしているだけなのか。 「はぁ、はぁぁ…まだ、こすりつけてる、ねぇ…や、もう、気持ち悪いなぁ…ふふっ」 「お前…ふざけんなよぉ…早く、入れさせてくれよ」 「じゃ、やくそく…」 「そ、外、か?それとも、ゴムつける?」 「ん…今日は、大丈夫。分、大丈夫だから…中で、出していいよ」 「~っ」 その言葉が、下半身に伝わると、もう、制御しきれないくらいの欲望の塊が噴き出てきそうになる。 「そのかわり…約束…私を抱いてるとき…10回は『愛してる』って言うこと」 「く、う、ああああっ」 「んっ!? あ、ちょっ…あああああっ!?あ~、あ~っ!?」 玲愛の、凶悪な契約の言葉が、俺をハンマーでぶん殴り。 そして、一気に、玲愛のなかに、埋没させる行動へと誘ってしまった。 「あ、あ、あ…っ」 玲愛の、小ぶりだけど、形のいい胸を激しく揉み、玲愛の、これも形のいいお尻に、俺のモノを、いきなり奥深くまで突き込む。 「あ、く、ひ、仁…っ、ちょっ、あ、ああ…あ、愛してる、はっ!?」 「れ、玲愛…あ、あ、あ…愛し…うあっ」 散々、じらされて。 しかも、中でいいとか、愛してるって言えとか、滅茶苦茶、搾り取るような言い回しを多用されて…実のところ、もう、あっという間だけど、限界が、近い。 「んっ、く、あぁぁっ、だ、だめっ、だめよっ!言わなきゃ、させて、あげないんだからぁっ、うああっ」 もう、遅い…玲愛のなかの壁を、俺のモノがこするたびに、ぞわぞわ、ぞわぞわと、絶頂感が駆け上がってくる。 「ご、ごめん…玲愛っ…俺、ダメみたい…っ」 「な、な…何、言ってんのよぉ…っ、い、いっつも、もっと…あああっ、く、やぁんっ」 散々お前にじらされたせい、なんだけど…とか言ってもはじまらないので、なんとか我慢しようと…「だ、だめっ、だめぇっ!まだ出しちゃだめぇっ、愛してるって言えぇっ!あ、あ、あ、あ~っ、こ、こらぁぁっ」 「あ、あ…あい、し、て…だ、だめ、やっぱり、もうだめだ…」 「早いよ仁っ! やだっ、我慢しなさいっ」 「あ、ああ、ああああああっ!」 全身が、弾けた。 「あっ!? ああっ、だめ、だめだってばぁっ!」 二度、三度…どく、どく、どく…あっという間に、注ぎ込む。 「う、く…あぁぁぁぁ…あ…っ」 「あ…うそ…はいってきてる…まだ、何も言ってないくせにぃ…っ、あっ、あっ、あぁぁっ…や、もうっ…」 「いてっ!?」 絡ませていた足を上げて、かかとで、思い切り足を踏まれた。 いかん…致命的だ。 去年、禁止されてた中出しして怒られて以来の、超フライング…「も、も、もう…終わっちゃったぁ…やだ、やだよぅ…仁の、ばかぁ…」 「ご、ごめん…ごめんなさい…っ」 死にたい…本気で愛してる女に、セックスのことで怒られるのって、かなり辛いんだぞぉ…「あ、ん…ひくっ、う、う…愛してるって…言ってくれなかったぁ…」 多分、胎内を、俺の精液で満たしながら…玲愛が、細かい文句をたらたらと言い始める。 「ん、んなこと、言ったってぇ…今日は、じらされてたから…俺…」 「楽しんでたじゃないぃ…私のこと、いじめてさぁ」 「だからだよぉ…」 玲愛の反応が可愛くて、最高で…それで、限界が近づいてたこと、計算に入れてなかっただけで。 「…言って欲しかったのに。っちの最中に、愛してるって…言って欲しかったのにぃ」 「なんで、そんな…」 「気持ちいいって…気づいたから」 「え…?」 「入れられてる最中に口説かれるとさ…ものすごいんだよぉ」 「な…?」 こいつ…なんて、意表を突くことを…「すけべな気分で頭がぼうっとして…でも、好きだ、愛してるって言葉は、そんな中でも、がんがん響いてきて…」 「あ…」 「なかが、じんってして…そこに仁のがはいってきて…」 「………」 「また、されてみたかったんだけどなぁ。の、ものすごいえっち」 「…っ」 「ごめん、単なる愚痴。、私のなか、気持ちよかったのよね?だから、いい…よ…?」 「愛してる…」 「っ…え? ひと、し?」 やっと、気づいてくれたらしい。 俺が、玲愛のなかで、全然萎えてないことに。 「誰がもう終わりって言ったよ? ば~か」 「あ、え? あれ?ちょっ、ちょっと…仁…あんた、あれぇ?」 「玲愛の弱点聞いたぞ。う、お前なんかにゃ負けやしない」 「や、ちょっと…あれ? おっきいよ? 仁?ど、どうなってる、の? あ、あぁぁっ!?」 「再開…いくぞ、玲愛…っ」 俺は、玲愛のなかに出したまま、一度も抜くことなく、また動き始める。 「やっ、え? あ、ああああっ!?ちょっ、ちょっとぉ…え? あ、あ、あ…ああっ」 戸惑う玲愛をおいてきぼりにして、まずはもう一度、激しく腰を動かす。 俺の精液で満たされた玲愛のなかは、いいのか悪いのか、滑りがよくなってる。 「あ、あれっ、な、う、あ、あ…仁っ…や、やめ…え、ん、あ…うあああっ」 もう一度、乳首を挟み込むように、激しい愛撫を再開して…肩口や首筋の、服の下に隠れるはずのところに、キスマークを刻んでいく。 「あ、あ、あ…ああっ…や、だめ、だめぇ…もう、終わったと思ってたから…ちょっ、仁」 まだ、一度クールダウンした体が目覚めてないらしい。 けど…大丈夫。 俺は、切り札を知ったから。 「玲愛…」 「ん、く、あぁ…ね、ねえ…だめだよ、仁…」 「玲愛のこと、愛してる…だから、このまま、させて欲しいな」 「っ! …う、あ…」 …今、玲愛のなか、きゅんって、収縮した。 こいつ…マジか。 「大好きだから…もっと、したい。、いいだろ? 玲愛…」 「ん…あ、ぅん…ああっ、あ…だ、だい、すきぃ?」 「ああ…玲愛の全てが、好きだ」 「あああっ!あ…あっ…ん、うん…おっけ…そんな感じ…きた、よ…」 俺としては…まぁ、素面で言うよりも、なんとなく誤魔化せそうで、こっちの方が言いやすい。 …なんて言うと、玲愛にはたかれそうだけど。 「う、うああっ、あ、あんっ…や、すご…仁、は、はげしっ…あああんっ」 結合部から、出たり、入ったりする湿った音と、腰を、思い切りぶつける乾いた音。 玲愛の喘ぎ、吐息。 そして…恥ずかしながら、俺の、口説き文句。 「玲愛…お前の全て、もらうぞ?」 「うあああっ! あ、うん…もらって…仁、奪って…私、を、あ、あ、あ~っ!」 今度は…玲愛が、少しイったみたいだった。 ………「ああんっ、あっ、あっ、ああっ!仁…ま、また…っ、あ、だめ、だめぇっ」 「玲愛…イって。の目の前で、イったときの可愛い顔、見せて」 「あ、あ、あああああああっ!う、あ、あぁぁぁ~…っ、あ、あんっ、んっ、んんん…」 また、イった…もう、玲愛は、俺の腕の中で、何度も、何度も、昇天して…汗と、涙と、涎にまみれて…「…可愛すぎだぞ、お前」 「ひぅっ、う…あ、あぁぁ…」 お世辞でもなんでもなく…めちゃくちゃ可愛い。 玲愛が6回イく間に、俺も合計で3回は出してる。 でも、衰えない。 玲愛の反応を見てるだけで、何度でも復活…いや、萎えないんだから、復活もなにもない。 「玲愛…ん…」 「やあああっ、また、またぁ…あ、あ、あ…っ、らめ、らめぇ…」 顔や首筋、耳にキスの雨を降らせるだけで、また、びくびくと震える。 「ん…んむ…んぅ…」 「あ、れろ…んぷっ、あ、んむ…ちゅ、ぷぅ…あ、はぁ、はぁぁ…ご、ごめんね…仁…ぃ」 「なんだぁ…?」 「私、突っ走っちゃって…ぇと、とまんなくて…っ、う、あぁ…」 「今のお前…今までで、一番好きだぞ」 「~っ! あ、やだ、こら…ぁぁっ!い、いじめないで…や、また、またきちゃうっ」 「一緒に…イこうな、玲愛。、もう一回、お前の中、出す…っ」 「う、ん、あ、あ~っ!出してっ、私のなかっ、いっぱいに…ああ、仁…好き、すきぃ…」 「あっ…」 玲愛の、『すきぃ』って言葉が、俺の頭を揺さぶって…その瞬間、玲愛に締めつけられると…そうか…こういう、感覚だったんだ、玲愛の奴。 そりゃ…やめられなくなる訳だなぁ。 「う、あ、あ、あああっ…やだ、やだ、やだやだやだっ、もう、もう…だめ、だめぇっ」 「い、行くぞ…玲愛…」 「う、うん…最後、さいごに…っ、仁、愛してるって…私を、愛してるって…」 「玲愛を…世界一、愛してる…っ」 「あ、あ、あ、あ、あああああああ~~~っ!!!」 壮絶に…そういって差し支えないくらいの、絶頂。 「う、く、ああああ…ああああああっ!」 そして、ワンテンポ遅れて、俺も、続く。 「う、あ、あ~っ、あっ、あっ、あああああっ!や、んっ、仁、仁っ、あ、愛して…ます…っ」 最後に、もう一度、愛をささやく。 こういうのも、一種のイメージプレイとでも言うんだろうか?でも…俺も玲愛も、なんか、めちゃくちゃ本気っぽいのが気になるけど。 「ん…あ…ああ…ありがと、ありがとな…玲愛」 「う、ああ…っく…あ、あぁ…だ、だめ…なんか、おかしいよぉ、私…」 「いいじゃん…おかしい玲愛、最高だったし」 「あっ…あぁ…やだなぁ…また、仁に弱み、見せちゃったよぉ…」 「お前のその自爆するとこ…めっちゃ愛してる」 「うう…っ、もう…尊厳がぁ…」 「今も…尊敬してるって、お前のこと」 「でも、でもぉ…これじゃあ私、仁がいないと生きてけない女みたいじゃない…う、ひくっ…う、あ、あ…」 「そうなっちまったら…責任取るってば」 「だからぁ…軽々しくぅ…責任取るなんて言葉をぉ…使うなぁ…っ」 お互い、ものすごいセックスのせいで、おかしくなりながら…吐息と、泣き声と、睦言をブレンドして、バレンタインデーとなった夜を、過ごした。 ………………「…立てない」 「俺も…」 「仁は加害者なんだから、そんな言い訳は許さない…私をおぶって帰んなさいよ」 「タクシー…呼んじゃ、駄目?」 「…ダメ。 おぶって帰るの。 ちゃんと責任取りなさい」 「いや、軽々しく責任取るなんて言葉を…いてっ!」 「…おぶって帰んなさい」 「…はい」 そうして、いつもは20分の道のりを50分かけて、けど、玲愛の感触を堪能しつつ、帰路についた。 ………で、玲愛は、俺の部屋に着いたら、すぐベッドに転がり込んで、俺よりも先に、眠ってしまった。 話が…あるんじゃなかったっけか?「そっか~、もうホワイトデーの季節か。いこの前、バレンタインやってたってのにねぇ」 「まぁ、もともと一月しかインターバルないですし」 「冬ってのはお菓子屋さん勝負の季節だよねぇ。くんも君とこのお姉さんも大変だ~」 「んな他人事みたいに…」 俺たちは、お菓子屋さんも兼ねた喫茶店の店長だぞ。 本当に、この人で、よくあのキュリオが回ってるもんだ。 玲愛がいないと、成り立たないんだろうなぁ、あの店。 「そうだ、どう? 君も一本。国直輸入でさ、美味いよ?」 と、板橋店長が差し出したのは、アルミケースに入った、高級そうなタバコ。 「いいもん吸ってますねあんた…じゃ、一本。 あ、火はいいっす。 持って帰るから」 「…そんなせせこましい真似しなくても、箱ごとあげるから一本くらい吸いなよ。うせこれ、君のおかげで買えたんだし」 「いえ、1日1本と決めてますんで…って、何で俺のおかげですか?」 「いやぁ…君でちょっと勝たせてもらってねぇ」 「…はい?」 「だから絶対こいつらくっつくって言ったのに。んな結構見る目がないんだよなぁ」 異様に気になるが、内容を聞くと、きっと叫んでしまいそうに、恐ろしいことだと本能が告げている。 だからここは、話題を軌道修正。 「あ、で、ホワイトデーでのイベントですけど、基本はこの前みたいにワゴン販売を強化する形で、それ以外に、どんな企画を立てようかなと…」 「あ~、んなことはカトレア君や川端君に相談して。クは忙しいから」 「さいですか…」 全部部下に丸投げしといて、何が忙しいんだろう、この人は…「ん…あ、いや、今のナシ。回は、長谷川君と成田君中心で進めて」 「え?」 長谷川さんと成田さん…ってことは、ひかり、芳美って玲愛に呼ばれてる娘たちだよな?彼女たちは、確かブリックモール店から入ったスタッフで、まだ経験も半年程度の、新人と言ってもいい人材のはず。 「そろそろ彼女らにも経験積ませないといけないしね。いうちに、ここを引っ張ってってもらうんだし」 「あの…本当にいいんですか?玲愛…花鳥さんを通さなくて」 喫茶キュリオ ブリックモール店のお約束として、『全ては花鳥チーフを通すこと。 店長? あ、いいからいいから』というのがある。 「…本当にいいの? って聞きたいのは、ボクの方なんだけどねぇ」 「は?」 「別に断ることもできたのに…な~んで受けさせちゃったわけ?」 「あの…?」 「ひょっとして遊びだったの?あの、めっちゃくちゃ融通の利かない娘を相手に?…チャレンジャーだねぇ、仁くん」 「さっきから一体…なんの話を…?」 ………「よし、煮えてきた…しらたき、春菊投入…」 「………」 「あとは蓋をして…と。、ポン酢にもみじおろし入れる?」 「…ああ」 「…どうしたの? なんか元気ない?」 「いや…そんなことは…」 「…?」 「あ、吹いてきたぞ」 「あ、ホントだ。ゃ、ビール開けるよ」 「うん…」 「それじゃ、今日もお疲れさまでした。んぱ~い」 「ああ…」 缶同士の、あまり美しくない乾杯の音。 ビールと言ってるけど実は発泡酒をひとくち。 そして、湯気を上げる鍋に、箸で突撃。 「はい仁。菜多めにしといたから」 …しようとしたら、全て玲愛に仕切られていた。 「もっとえのきを…」 「なんだ、好きなら言ってくれれば、もう一パック買っておいたのに」 言いつつも、玲愛はちゃんと、えのきを念入りに拾ってくれる。 本当に気のつくいい奴というか、鍋にまで規律を持ち込む鬼奉行というか…「はい、しっかり食べてスタミナつけなさい」 「サンキュ…」 「………」 スタミナつけるって言っても…本気で野菜ばっかじゃないか。 「はぁ…」 ひとつ息を吐いて、偽ビールをまた一口。 小皿の野菜を、ふうふうしつつ、口に運ぶ。 …ダシは完璧。 本当に玲愛は、非の打ち所がない…女だなぁ。 「…あのさ」 「ん?」 「ごはんのときに、よそ事考えてると、普段の半分も栄養にならないんだよ?」 「迷信だろそれは…」 「悩みごと、あるわよね?」 「………」 「話して、くれない?私、聞いてもいい人間だと思うんだけど、どう?」 「玲愛…」 まっすぐに、俺の目を覗き込む、その瞳は…いつでも、どこまでも、本気で…だから、こいつの、俺に向ける感情も、とことん本気だって、信じられて。 なのに…「ダメなの?私、まだ、仁の支えにはなれない?」 本当なのか…あの話…?もう、確かめるしか、ないのか?「…玲愛」 「話す気になった?」 「それは…こっちの台詞だ」 「…え?」 「どういうことだよ…」 「な、何が?」 「4月に…本店に戻るって…」 「あ…っ」 「…帰任!? 玲愛が?」 「そっ。 4月に、本店に戻るの。 年の初めに連絡が来てね」 「な…なんでぇ?」 「それ自体はある程度決まってたことさ。店からのヘルプは、現地スタッフが定着するまでの、一時しのぎみたいなもんだし」 「それじゃ、最初から…?」 「ま、ね。、ボクはここに骨を埋める気で来てるから、安心してね~」 「………」 「…聞いちゃいないし」 「本店って…キュリオの本店ですよね?」 「うん、こっからだと2時間くらいかな。車、乗り継ぐからねぇ」 「そんな…」 「聞いてなかったんだぁ、カトレア君から」 「………」 「本店からは、カトレア君って指名だったけど、川端君でもよかったんだよねぇ。どカトレア君、行くって言うからさぁ」 「え…」 「てっきり話はついてるもんだとばかり…本当に知らなかったのぉ?」 「あ~…それ、だったんだぁ…」 「てことは…」 「うん、戻る」 「っ…」 あっさりと…さっきまで、俺の鍋の面倒まで見てくれた玲愛が、あっさりと、俺の前から去るって告げた。 向かいの店のライバルでも、隣の部屋の住人でもなくなるって、告げた。 「本店から、そろそろ戻ってこいって言われたし、ここでやることも、そろそろなくなってきたし」 やること、なくなってきた…?「瑞奈は、自分が戻ってもいいって言ってくれたけど、一応、指名されてるの私だったし」 戻らなくてもいい道もあったのに…自ら、戻ることを選んだ…?「それに、私ってすぐ仕切りたがるし、ブリックモールのキュリオが独り立ちするには、逆に、邪魔になるんじゃないかって思う」 だからって…俺は、邪魔だなんて、思ってないのに。 「…それだけ」 それだけって…遠いんだぞ?こっから、電車で2時間なんだぞ?昔、行ったことあるから知ってるんだぞ?「あ、煮えちゃってる。、早く片づけないと」 飯なんか…食ってる場合か?「………怒った?」 「…たりめ~だろ」 「ごめん。も、理由もなく、職場の指示を断ることはできない」 「ないのかよ…理由?ここに居たくないのか?」 「もちろん居たいよ。のそばが、今の私にとって、一番好きな場所になってる」 「じゃあ、なんで?」 俺への愛情を隠そうともしないのに、でも、俺から離れることに躊躇しない。 俺には、理解できない。 「それは私のプライベートの問題。事とは、別の次元の話だから」 「…割り切れるのかよ?」 「できるかできないかじゃない…割り切るのよ」 「…離れ離れになるんだぞ?」 怖く、ないのかよ?俺は…こんなに悪寒がしてるってのに。 「でも、それが…社会人ってもんでしょ?」 「玲愛…」 「仁はさ、いくら店長だって言ったって、本当は学生だもんね。だ、そういう感覚、わかんないかも」 俺より年下のはずのこいつは、時折、俺よりも、かなり大人な言動をする。 「私はさ…まだ社会人2年生だけど…アルバイトなら、5年以上前から色々してたし、今も、真面目に働いてるって、自信がある」 大人の玲愛は、本気で、融通が利かなくて、いつでも、一生懸命で…そんな自分に、誇りを持ってる。 「業務命令が絶対とまでは言わないけど…『男ができました。から戻りません』じゃ、なんか、仕事を馬鹿にしてると思わない?」 こいつの言うことは、まったくの正論だ。 でもそれは、昔風に言えば『男子一生の仕事』とか、そういう世界での正論であって…玲愛の、容姿にも、年齢にも、性別にも、職種にも、ものすごく似合わない思想なんだけど…「だから私は、本店に戻る。 大丈夫、月に1回くらいは会えるよ。 それに、電話もメールもあるし」 そこが、こいつの、もはや匠の技にまで昇華した融通の効かなさであり…それは、俺の大好きな玲愛の、大切な資質でもある。 「私の、仁に対する想いは、絶対に変わらない、よ」 だったら…俺は、どうすればいい?………「ねえ」 「…ん?」 「今日は…しないの?」 「………」 食事が終わり、無言のままベッドに逃げ込んだ俺を、玲愛は、逃がしてはくれなかった。 俺の目の前で、一糸まとわぬ姿になり、強引に、ベッドに入り込んできた。 「大丈夫な日、なんだけどな…」 「悪い…そんな気分じゃない」 「そう…残念」 「だから今日は…もう、帰れよ」 「いや」 「玲愛ぁ…」 一人で悩まないといけないのに…お前は、それすら許してはくれないのか?「仁に触れていることのできる時間は…ずうっと、仁に触れていたいの」 それなのに…そんな可愛いこと考えてるのに…離れようって、言うんだもんなぁ。 「仁には、わかって欲しい。の生き方も、私の想いも」 「………」 「私は、本気。 仕事のことも、そして仁のことも。 どっちも、ものすごく愛してるからね」 それでも…一緒にいられなくなる。 「私は、絶対に仁のこと、好きなままでいるから。から、安心して、ね?」 「俺が…」 「え?」 「俺が、もし、会えない時間に耐え切れずに、心変わりしたら…?」 「………」 玲愛は、返事の代わりに、今まで以上に、ぎゅっと身体を絡みつけてきた。 小柄な身体も、小ぶりの胸も、あたたかい肌も、全てが感じられるくらいに、想いを込めて、しがみついてきた。 「祈ってる…でも、縛ったりは、しないよ」 「玲愛…」 それは…まるで、無償の愛を思わせる言葉。 「私のこと、嫌いになったら言ってね?そうしたら、仁を、自由に、して、あげる…から…っ」 そんな、まっすぐで、ひたむきで、そして控えめな想いが、正しく報われるなんて…本気で、信じているのか。 玲愛?「お~っいかっとれっあくん」 「マスターハラスメントとして本店に報告します」 「これわかるんだ君…」 「それで、御用は何でしょうか?そもそも店長がこの時間にまだいるなんて、一体何を企んでいるんです?」 「一体君はボクのことを何だと思ってるの?」 「本店で聞いた噂では、『幹部候補生の切れ者』ということでしたが…」 「いや~、照れるね」 「しかしよく考えてみれば、結城店長と大介店長と榊原さんと大村さんで、十分幹部はまかなえるということに気づきまして」 「ちっさなチェーン店だからねぇ」 「…で?掃除を手伝うつもりがないのでしたら、早々に帰宅してくれた方が邪魔にならないんですけど」 「…最近、どんどんやさぐれてきてるねぇ」 「っ!?」 「さっきまでコレ作ってたのよ。 ホワイトデー前日のイベント説明資料。 一応、本部に許可いるからね」 「…なんだ、本当に仕事してたんなら、そう言えばいいのに」 「えっと………それでね?またファミーユさんとの合同企画だから、これ、渡してきて欲しいのよ」 「…ファミーユに?」 「そそ、帰りがけでいいから。うせ仁くん待っててくれてるんでしょ?」 「っ!?」 「…そこ、怒るところかなぁ?やっぱり噂通り…うまく行ってな」 「もう帰れ!」 「また明日~!」 「…ふぅ」 ………「ほれ、ちょっとだけブランデー垂らしたから。この程度じゃ酔わないよな?」 「馬鹿にして~」 ちょびっとだけ膨れながらも、由飛は、俺の淹れた紅茶を、ふぅふぅしつつ味わう。 相変わらず、一つ一つの仕草が、なんつ~か癒し系だな。 「で、話ってなんだ?しかも、わざわざこんな遅くまで待ってなんて」 「あ、ん~…」 「なんか相談事か?連帯保証人はさすがに無理だけど、そうだな…3万くらいなら」 「それは後で借りるとして…」 「本当に借金なのかよ!?」 「玲愛ちゃんのこと」 「え…」 「昨日、実家から電話があってね…来月、帰ってくるって」 「あ…そう」 「…知ってたんだね。愛ちゃんが、ブリックモールからいなくなること」 「………」 そりゃ、深夜の愛の告白とは思う訳はなかったが…そっか…そっちの『触れたくない話題』の方だったか。 「どうして?」 「何が?」 「つきあってるよね?」 「…どっからの情報?」 「本人から」 「…マジ?」 「お正月に、実家で、夜通し…」 大喧嘩って…それか!?「ごめん、とか、やっぱ私が謝るのっておかしい、とか、わたしが先に仲良くなった、とか、私が最初に喧嘩した、とか、わたしのこと、憧れなんだって、_とか…」 「リアルに再現しないで…」 喧嘩をやめて、二人を止めて。 俺のために争うなんて…お前らヘンだぞ。 「でも結局…玲愛ちゃんが、大好きって、どうしても離れられないって…あんな彼女見るの、はじめてで」 「………」 「愛されてるね~、仁。しょせん、姉妹愛なんて、男ができたら、もろくも崩れ去るものなのよ~♪」 「そんなイタい台詞を歌に乗せるな」 「なのに、さ…」 「………」 「なんで…止めないの?」 「それは…」 「仁…玲愛ちゃんのこと、好きじゃないの?やっぱり、わたしの方がいい?」 「そんなことないって…」 「ぐさっ」 「あ、違う! そういう意味じゃなくて…由飛云々はこの際関係なく、玲愛のことをどう思っているかという質問に対する回答であり…」 「そうか…わたしのことは無視か」 「わざと最悪の解釈をしようとしてるだろ!?」 「好きなら何で止めなかったの?」 「止めたよ!」 「じゃあ、どうして玲愛ちゃんは、仁を置いて帰っちゃうの?」 「そんなの俺が聞きたいよ…」 「………」 あ、ヤバい…変なきっかけを、掴んじまった。 このままじゃ、玲愛にだって言えなかった言葉、口から溢れてくる。 だから、最初に断り書きを入れないといけない。 「いいか…今から言うことは、必ず忘れるんだぞ? 約束だぞ?」 「うん…絶対に、忘れる。いてるそばから忘れてっちゃう」 「…それはちょっと寂しい」 「じゃあ…仁が3つ数えたら、綺麗さっぱり忘れるよ。たしは今、仁のお母さん~」 「自分に催眠術かけてどうすんだ…」 しばらく、玲愛にかまけてて忘れてたけど…こいつ、相変わらず、変なヤツ。 「仁ちゃん…可哀想。、ママがついてますからね~」 「あ、おい、こらっ!?」 ママが…いや由飛が!俺の頭を掴むと、無理やり、胸にかき抱く。 「…あれ?」 「どうしたの? 仁ちゃん?」 「いや、今なんか物音が…って、仁ちゃんはやめい」 「あはは…癖になりそ」 「ったく…」 「誰もいないよ。たしと仁だけ」 「そ、そうか…」 「だから、思いっきり甘えちゃいなさいな。飛ママに」 「ばっかでぇ」 「ふふ…」 ふりほどけない。 由飛の、いつもの握力で、動けないってのも、ある。 けれど…それだけじゃなくて、脳が、動くなって、明らかに命令してて…ついでに、喋ってしまえって。 洗いざらい吐いて、楽になってしまえって。 だから…「玲愛にとって…俺って、なんなんだろな?」 そんな言葉が、口をつく。 「…たいせつな、ひとだよ?」 「そうなの、かな?」 「わたしの妹だもん。のくらい、わかるよ」 ついこの間まで音信不通だったくせに…でも俺は、そんな憎まれ口を叩くことすら忘れて。 情けなくて、みっともない、由飛の、被保護者に成り下がった。 押し寄せる不安。 相手のことを想えば想うほど噴き出る、失うことへの恐怖。 離れる距離に比例して、離れるかもしれない、心。 約束されてる、寂しさ、辛さ、渇望。 「ずっと、好きなままでいたとしても…いや、むしろ、好きなままでいるからこそ、ますます苦しくなるんじゃないかって…」 「仁…」 やっぱり俺には、長距離恋愛は無理だ。 あまりにも、失うことに敏感になってしまった俺には…「大丈夫、大丈夫だよ…わたしが、ついてるから…」 「由飛…」 俺のことを抱き締める由飛は…やっぱり、温かくて、柔らかいままだった。 ………………「ただい…ま?」 部屋が、暗い。 最近だと、いつも用意されていた夕食も…退屈そうに、けれどその退屈さを楽しむように、待っている玲愛も…俺の部屋の中に、存在しなかった。 あったのは、テーブルの上に、今度のイベントの資料が一枚だけ。 「お~い、朝よ~起きなさい!」 「う、あぁ…?」 「さあさ、いい天気だよ。好の引きこもり日和!」 「なんだってんだそりゃ…」 そういえば、今日は週に一度の水曜日…ブリックモールの定休日か…それにしても…「玲愛…お前、朝から元気だなぁ」 「だってせっかくの休日じゃない。まった洗濯物片づけて、部屋も綺麗にしないと」 「もうちょっと浮かれたこと考えろよ…ふああ…」 俺たちの時間は、残り少ないのに…それにしても、こいつは変わらないな。 「仁はお疲れだね。夜も遅かったみたいだし」 「あ、ああ…その、ちょっと新メニューの研究を」 「…そう、なんだ? 一人で?」 「ん、まぁな」 「………」 「…玲愛?」 「あ、あれ? 仁もしかして昨日お風呂入ってない?」 「ん? ああ…そういや、ベッドに倒れ込んで、そのままだったなぁ」 「汚いなぁ、今からシャワー浴びておいでよ」 「一日くらいいいじゃん」 「嫌、匂いがつくから。 ちゃんと洗いなさい。 そのうちに朝ごはんの支度しておくから」 「あ、ああ…そうするか」 匂いがつくようなこと…するつもりなんだな。 にしても、一瞬だけ元気がなくなった気がしたけど…俺の気のせいだったか。 「あ、脱いだ服洗濯機の中入れといてね。が入ったら回しとくから」 すっかり自分の家としての地位を確立してるな…まぁ、掃除、洗濯、炊事の手間が飛躍的に減ったから、歓迎っちゃあ歓迎なんだけど。 「パンツとタオル、ここに置いとくからね」 「…ああ」 下着の位置まで把握されてるのか、俺…「はいはいはい………あ」 「さすがに…出るわけにはいかないわよね」 「ただ今、留守にしております。信音の後に、ご用件をどうぞ」 「仁…もう出かけちゃった?」 「っ!?」 「もしかしたら、寝てるだけなんじゃないの?お~い、起きろ~」 「ねえ、仁、仁ってば…いないのかな…大事な話なんだけどな」 「あ…あ…」 「いいや…後で電話してくれない?できれば、今日どっかで会いたいんだけど…」 「ダメ…だってば…出るわけに、いかないんだってばぁ…」 「それじゃ、連絡待ってます…」 「っ…由飛」 「…え?」 「なんか…用?」 「玲愛…ちゃん?」 「仁なら…お風呂入ってる。があるなら…私が伝えるけど?」 「あ…え、その…あ、あの…な、なんでもないっ!」 「由飛…」 「え~と、本当になんでもないの!ちょっと退屈だったから、暇つぶしにかけてみただけ!」 「本当に、いいの?大事な用、あったんじゃないの?」 「ないない、そんなのあるわけないじゃない。だなぁ、玲愛ちゃんこそ、もしかして、昨夜からずっと一緒?」 「…そんなこと、ない。来たところ」 「ごめんね、邪魔しちゃったみたいで。れじゃ、切るから」 「あ…由飛?」 「え…?」 「昨夜、遅かったね…部屋の方、電話したけど、ずっと出なくて…」 「あ…」 「………」 「う、うん、ちょっとね。大学のお友達と会ってたら話が弾んじゃって」 「…そう、なんだ」 「うん、ごめん。んな用だったの?」 「あ………別に。だ、お母さんが心配してたから…」 「あ、それじゃ後で家にもかけとくから。れじゃ、その…ごゆっくり…」 「う、うん…」 「………」 「口裏…合わせてある…」 ………「………」 「………」 「………」 「あのさ…」 「っ、な、なに…?」 「…おかわり、いい?」 「あっ、あ、ええ…うん」 「…?」 俺を起こした時の元気はどこへ…?もしかして、空元気だったか?「はい。 どうぞ。 お味噌汁は?」 「あ…そっちはまだあるからいいや」 「そう…」 「………」 「………」 う~む…なんか朝からこう、しぼんでいくなぁ…いつもなら、憎まれ口とも軽口とも取れる、きっつい言葉の応酬があって…で、その後に、流れを無視してキスしたり、何の前触れもなく抱きついてきたり。 で、そのままベッドに入ろうとすると、今度は煮込んでおいたカレーを思い出したり。 退屈なんて言葉とは無縁な、俺たちの休日、だったのに…「ねえ、仁…」 「ん?」 「やっぱり、私が戻っちゃうの、嫌?」 「………」 「嫌、なのかな?別に、永遠の別れってわけじゃないし、月に2、3回は会えると思うんだけど…」 「…なんで蒸し返すんだよ?」 そんな、余計にしぼむ話題を…「だってさ、ほら…やっぱり、お互い納得してからにしたいよ」 「玲愛…」 「もっとさ、ちゃんと話し合って…だって、私たち大丈夫なんだから…障害でもなんでもないよ、こんなの」 だったら…どうしてそんなに必死になるんだよ。 「心配、するなって…」 「仁…」 「玲愛が決めたことだから…俺は、もう、いいよ。れに元々の約束だったんだろ?」 「『もういい』じゃ嫌…仁、我慢してるように聞こえるよ」 「我慢なんてしてないって。 大丈夫。 笑って送り出してやる」 「…私のことなんてどうでもいいんだ」 「どないすりゃええんじゃ…」 いじけてもダメ、開き直ってもダメ。 でもここで逆ギレなんかしたら、それこそ、玲愛をもっと悲しませてしまう。 「あ、ゴメン、食事どきにする話じゃなかったね。れて」 「あ、ああ…」 「おかわり、いる?」 「まださっきから一口も進んでねえよ…」 ………朝食後…玲愛は、用事を思い出したからと言って、自分の部屋へと戻り…そのまま、俺の部屋の鍵を開けることはなかった。 せっかく、風呂入ったのになぁ…「玲愛?」 「………」 「玲愛ってば!」 「え…?」 「オープンカフェの方、ちょっとトラブってるよ。ゃんとフォローして!」 「あ、ああ…ごめん」 「あ、いいですいいです、私行きますから」 「そう? 悪いわね」 「いいえ、私たちだけでもやれるとこ見せないと、チーフ、安心して本店に戻れませんものね」 「あ…」 「ん、いい心がけね~…できれば残り半月になる前から言って欲しかったけど」 「あは…は。、行って来ま~す」 ………「…まぁ、夏休み最後の日、じゃないけど、なんとかモノにはなってきたかなぁ?」 「うん…そうね」 「あんだけ玲愛が尻叩きまくってたときは、こっちに頼りっきりだったんだけどね…」 「………」 「それが、玲愛がこうなっちゃってからは、各自が責任持って動けるようになってるし、こういうの、怪我の功名って言うのかな?」 「私…居場所、なくなっちゃったかなぁ?」 「…玲愛?」 「みんな、思ったよりもしっかりやれてるし。ううん、今じゃ、私の方が足、引っ張ってる」 「…わかってんなら、最後までしっかりしなよ。つ、いかなるときでも、全力を出し切るのが、いつもの花鳥玲愛でしょうが」 「うん…わかってる。かってるんだけど…」 「こういうの、本末転倒って言うんだよねぇ」 「え…?」 「店長…いつの間に背後に回ったんですか?油断も隙もないったら」 「プライベート捨てて仕事を選んだはいいけど、そのせいで、選んだはずの仕事に身が入らないようじゃ、まるっきり、意味がないんじゃないの?」 「っ!?」 「今のままじゃ、戻られても迷惑なんじゃない?本店としてもさ」 「迷惑…?」 「ちょっとぉ、そんなキッツいこと…」 「ブリックモールで一体何やってたんだって言われるよ?監督責任? そりゃそうだけど、君がそう割り切れる?」 「ちょっと待ってよ店長。たしたち、今までどれだけ玲愛に助けられてきたか…」 「そう、カトレア君は今まで頑張ってきたよ。っと、ウチを引っ張ってきてくれた」 「だったら、もっと言いようってものが…」 「でも、そんなことはここのみんなしか知らないんだ。店で、今まで通りに認められるには、やっぱり、今まで通りに頑張るしかないでしょ?」 「………っ」 「それは…」 「…ちょっと頭冷やしておいで。れで、色々と落ち着いて考えてごらん」 「…はい。憩入ります」 「今日はもう帰ってもいいよ。っくり休んで、明日から頑張るってのもありだろ?」 「いえ…戻ってきます。ゃんと最後まで、ここにいさせてください」 「そう…なら、頑張ってね」 「はい…」 ………「なんか…見てられないです。の玲愛」 「………」 「いくら彼女のためとはいえ、ちょっと…やりすぎなんじゃないかなぁ」 「川端君…」 「なんですか…店長?」 「い…今のボク、ちょっとカッコ良くなかった?ほらほら、こう、肝心なところはビシっと締めて、『実は切れ者?』みたいな~?」 「…それがなけりゃねぇ」 「っ…う、く…っ、ひぅっ…」 「玲愛…」 「っ!? あ…」 「その…出てくるのが見えたから…」 逃げるような足取りが気になったから声をかけてみれば、まさか、こんな…「ゴメン、見ないで」 「そんな訳にも…いかないだろ」 「仁になぐさめられたってしょうがないの…」 「なんでだよ…」 「わかってるくせに…」 「………」 原因が、原因を取り除こうとすんな…てことか。 てことは、玲愛が苦しんでるのに、俺、なんにもできないってことなのか?いや…本当は、なんにもできないどころか…「玲愛、俺、本当は…」 「仁」 「あ…」 「………」 「ごめん、でも、恵麻さん呼んでるよ。用みたい」 「由飛…けど」 「それじゃ」 「あ」 由飛が姿を見せた途端、玲愛の、ちょっとだけ甘えるような仕草はなりを潜め。 特に由飛に、その泣き顔を見せまいと、背中を向けたまま、駆け出していく。 「おい、ちょっと…」 「ダメだよ、仁」 「由飛…でもっ」 「約束したでしょ?仁の、ためなんだよ?」 「………」 約束は、した。 俺のために。 けど、まさか…玲愛が、ここまでダメージ受けるなんて、正直、想像もしてなかった。 どうすれば、みんな幸せになれるのかな?早く、答えが知りたいよ。 「さむ…」 暦の上ではとっくに春は来てるけど、地球は、そう簡単に割り切ってはくれない。 それでも、寝る前の一服のために、こうして、ちと重装備の上、ベランダに出る。 しばらくはやめていた習慣だけど、いろいろと目的があって、三日前から再開してる。 …なんとか、きっかけを掴むために。 「ふぅ~」 俺は、あからさまに、右隣に向かって、煙を吐きかける。 ………そして…やっと、目的は叶えられた。 「…こんばんは」 「なんで最近部屋に来ないんだよ?」 「ちょっと…忙しくて。越しの準備とか、色々な手続きとか」 「そか…」 「うん…」 ここなら…お互い顔を見ずに、お互い顔を見せずに話すなら、こいつは、出てきてくれるんじゃないかと。 本当の気持ちを言ってくれるんじゃないかと、思ったから。 ………「いつ、だ?」 「来週の水曜日」 月末の定休日、か。 その日を過ぎたら、『喫茶キュリオ ブリックモール店の花鳥チーフ』は、いなくなってしまうのか。 「………」 「………」 これ以上、かける言葉がみつからない。 だから、ただひたすらに、待つ。 玲愛が、思いを、こぼしてくれるのを。 「…仁ぃ」 「ああ」 「………」 「なんだよ?」 「大丈夫、だよね?」 「………」 やっぱり…玲愛は、あれから一歩も、前に進めてない。 そして、後退もしてない。 二人の絆の深さだけを根拠に、盲目的に、二人の関係がずっと続くと信じていたあの頃から。 「私、ずっと仁のこと好きだから…仁も、そうだよね? ねっ!」 「ああ…玲愛のこと、ずっと、好きだぞ」 「そう…だよね」 玲愛の望む答えを言っても、今のこいつには、多分、半分も届いてない。 恐怖を、知ったから。 いや、植え付けられたから。 …俺によって。 「ね、ねえ…そうだ、いいこと思いついた!」 明るく、虚ろで、焦ってて、そして上滑りした声。 こいつらしくない、妙に媚びた声。 「お互いの職場の真ん中辺りに新しい部屋借りるの!そこで一緒に住まない?」 「真ん中辺りって…」 「だからほら、たとえば茶の湯坂辺りなんかどう?どっちも1時間くらいで通えるよ?」 「無理だってそんなの…」 「やだなぁ、1時間なんて普通だよぉ」 「俺、こっちに大学もあるんだぞ?」 「て、定期にすれば電車賃もそんなにかからないし」 「終電近くまで働いてることもあるし…」 「だ、だったら! ここの部屋も残しておいてさ。れなくなったらこっちで泊まってって…」 「そんなの無理だ。っ越す金も、二部屋分の家賃払う金もないって」 「部屋代なら私が払うから!だ、だってほら、仁は学生だけど、私は…」 「玲愛っ」 「っ!?」 「俺を…ヒモ扱いする気か?」 「っ…だ、だって…」 「悪いけど…そこまで甘えられない。は、ここに残るよ」 「…仁ぃっ…う、く…」 「お前が決めたんだろ?最初の勢いはどうしたんだよ?」 「だ、だって…だってぇ………」 玲愛が、顔を見られないように、ここの場所を選んだことも、結局のところ、何の意味もなくなってしまった。 その表情が、明らかにわかってしまう声で…泣いてるから。 「怖いよぉ…」 「不安だよぉ…」 いつもの制約を破って、二本目に火をつける。 本当は、二本吸っただけで気分が悪くなるくらい、これが苦手だってのは…秘密だけど。 「仁、どっかに行っちゃう…」 「どっかに行くのはお前の方だ」 「心が、離れてっちゃう」 「俺が、信じられないか?」 「信じたいよぉ!」 「………」 「でも…でもぉ…ううん、なんでもない」 次から次へと湧き出る負の感情を、それでも、最後の一線だけは、力ずくで抑え込む。 俺を責めたって、あるいは、別の人を責めたって、おかしくないのに。 「それでも…行くんだよな?」 それこそが、花鳥玲愛という人間のすごいところで…「…行く」 そして、どうしようもないところ。 「ずっと、そうしてきたから…口うるさくて、融通が効かないけど、約束は必ず守る。い加減なことは、絶対にやらない」 初めて会った頃の玲愛は、まさに、そんな感じだった。 見た目の派手さとは裏腹に、超がつくほどの委員長。 けどそれは、玲愛の一側面でしかなかったって、今の俺には、わかっている。 こんなに魅力的で、こんなに可愛くて…そして、こんなに脆い女、だったから。 けれど、その、地味な一側面こそが、今までずっと、玲愛がすがってきたもので…「だって、そうしないと、絶対に勝てない相手がいたから…」 「それって…」 「いつも楽しそうで、レッスンも時々さぼって、教えられたことだって、ほとんど守らない…」 我が店にひょっこり舞い込んだ、お気楽な歌姫。 「だけど、私なんかとはまるでレベルが違う。日練習してる私よりも、どんどん先に進んでいく」 陽気で、適当で、天才で、そして、妹に、たった一つしか勝るもののない姉。 過去の二人にとって、一番大事なものでしか、勝つことのできなかった姉。 「今度こそ、勝ったと思ってたのに…やっと、笑って話せるって、お互い、許せるって…」 「玲愛…」 「なのに…あのひとに負けないように、ずっと守ってきたことが、あのひとに、負ける理由になるかもしれない…」 「いや、それは…」 玲愛は、俺を信じてる。 信じてるからこそ、疑わざるを得ない。 だって、今の俺の行動は、明らかに、疑わしいから。 「行くのが怖い」 「でも…私じゃなくなるのも怖い。にも後ろにも…どこにも進めないよぉ」 「………」 「っく、ご、ごめん、ごめんね…私、今日はなんか…どうかしてる」 本当に…どうか、してる。 「う、く…ひくっ、ぅ、ぅぅ…」 なだめるでもなく、抱きしめることはかなわず。 俺は、玲愛を、ただ、どうすることもできず。 「仁…どこぉ…どこにいるの?」 「俺は…ここだって」 ベランダ越しに差し伸べられた手を、両手で握り締める。 その手は、悲しいくらいに、冷え切っていた。 「これは…仁の手? 本物?」 「当たり前だろ…他に誰がいるんだよ」 「ここに、仁の心も、ある?これで、逃げていかない?」 「………」 その、かじかんだ手に、必死で力を込めて…玲愛が、俺の手に、爪を食い込ませる。 「あったかいね、あったかいね…あったかい…よぉ…っ、う、く、あぁぁ…」 「玲愛…ぁ」 やっぱり…もう、ダメだ。 玲愛を、このまま、壊れかけたままにしておくなんて…俺が、耐え切れない。 「ごめん、この通り」 「仁…」 開店前のファミーユ。 呼び出した人たちに向かって、俺はまず、深々と頭を下げた。 「俺のためにやってくれたことだってわかってる。 感謝だってしてる。 けど…もう耐えられない」 「…要するに、降りるってこと?」 「…そうだ」 由飛と、里伽子。 今回の作戦の、実行犯と、首謀者。 「あと一歩だってのに?」 「そうだよ」 「あと三日あれば、ほぼ間違いなく、墜ちるってのに?」 「もう、俺が保たない」 「仁…」 あいつの、見てもいない泣き顔が、聞こえていた泣き声と相まって、俺の夢を彩りやがった…飛び起きた俺の視界は揺れていて、その後も揺れたまま、一睡もできずに朝を迎えた。 「ここで我慢しなければ、全部、元の木阿弥かもしれない…」 「俺は我慢比べやってる訳じゃない。 もし、そうだったとしても、負けでいい。 チャラになったって、構わない」 「でも仁…そしたら、玲愛ちゃんは…」 「最初からまっすぐぶつかってれば良かったんだ…」 「………」 「みっともなくても、情けなくても、泣いて、すがりついて、行かないでくれって…そう、足掻いた方が、百億倍マシだよ…」 「下手すると、失うよ?」 「それでも、俺の気持ちを伝えたい。までのことも含めて、全部話す」 「そんなの、百害あって一利なしだと思うけど?」 「玲愛とは、駆け引きなしでぶつかりたい。散々あんなことしといて、今更だけど、さ」 「………」 「………」 由飛の視線は、俺の方を行ったり来たりしている。 里伽子の視線は、ずうっと俺を射抜いたまま。 今になって、当事者が離脱するって言ってるんだ。 そりゃ、呆れられて当然。 けど俺は、やっぱり全然駄目だった。 あんなまっすぐな奴に、まっすぐぶつかっていかなかった。 だから、全てを告白してしまえば、全てが終わってしまうかもしれない。 それでも…「…ごめん。 俺、あいつの真面目で融通が利かないとこ、大好きだ。 だから、俺も真面目に…俺の気持ちを伝える」 「………」 それでも、あいつを本気で好きなら、玉砕でもなんでもするべきだって…今になって、やっと気づいた。 「もし失敗したら…誰も望んでいない結果になるよ?それは、あの娘でさえも…」 「行ってきなさい! 仁」 「え…?」 「由飛…さん?」 「玲愛ちゃん、絶対にものすごく怒るけど、でも仁のこと、絶対に諦めたりしないから」 「由飛…」 おそらく、今回のことで…一番、割に合わない役割をさせられていた由飛が…「だから、先に言っとく。 もう、これ以外のコメントは用意してないからね。 …『おめでとう、大好きな二人』」 「ありがと…由飛」 俺の、背中を、押した。 「はぁ…もう、勝手になさい」 「里伽子も…ありがとな」 俺のために…俺にまで嫌われる役目を買って出て…最後まで、憎まれ口を叩いてくれて。 「俺…行ってくる」 そして…俺を励ましてくれて。 「あの…それで申し訳ないんだけど…」 「…恵麻さんに言っとく。日だけ、軽食メニューに制限かければいい話だから」 「…悪い」 相変わらず、ここまで俺のことわかってくれるんだな。 やっぱいい女だよお前…だから、手が届かなかったんだっけな。 「それじゃ、今日は帰ってこないから!」 「仁!」 「おう!」 「失敗は認めないよ。ゃんと考えてきたんだろうね?…プロポーズの言葉」 「………」 「うん…頑張れっ」 俺は…ただ親指を立てただけで応えた。 「玲愛!」 キュリオの店内には、誰もいない。 けど、俺は知ってる。 この程度の時間だったら、いつだって早出してる奴がいることを。 だから、店の奥…更衣室に向かって、もう一度大声を張り上げる。 「玲愛! いるんだろ!?」 「仁…?」 ほうら、やっぱりいた。 いつだって、誰よりも早く、そして誰よりも遅くまで働いてる奴だから。 「どう…したの? こんな時間に…」 驚きに目を見張る玲愛…なんだけど、そこに激しい反応は見られない。 見るからに、疲れ切ってて、驚くなんて、体力の要ることなんかできないみたいだ。 …ごめんな、玲愛。 でも、今日で終わりにするから。 「悪い、一緒に来てくれ」 「え…?」 いきなり玲愛の手を取って、歩き出そうとする俺に対して、玲愛は、まだ状況がつかめず、ぼうっと突っ立ったまま。 「…どこ、に?」 「ちょっと外まで」 「外って…?」 「そうだな…タクシーで10分くらい」 「え?」 「悪いけど、今日サボリな、お互い」 「なっ…や、は、離してよ仁…そんなの、ダメに決まってるじゃない」 俺の手を振りほどこうとする玲愛。 きっと、本気で引っ張ってるはずなのに、全然力が込められずに、結局、とてとてと、俺に引かれていく始末。 「大事な話なんだよ…お願いだ」 「え…」 弱々しい抵抗をしていた玲愛の反応が、一瞬だけ止まる。 「いいよ、まだ誰も来てないし。邪ひいたってことにしとくから」 その間隙を縫って、カウンターの中から声がした。 「店長…?」 「悪い、板橋さん。愛、借りるね?」 「いいけどさぁ…なんか段取り違くない?」 「段取り…?」 「ああ、あれならチャラにした。から全部バラす」 「そ…頑張ってね。っとボコボコにされるだろうけど」 「仁? 店長?」 「許可が出たぞ。、行こう、玲愛」 「ま、待ってよ! そんな、私がいきなり抜けたら…」 「だ~いじょうぶ。のカトレア君なら、そんなに戦力ダウンにならないから」 「っ、店長!?」 「だから…君は行きなさい。して、彼に元気をもらって来るんだ」 「え…?」 「その結果、どこに飛んでいくのか知らないけど…それでも、一皮むけた花鳥君を期待してる」 「それって…どういう?」 「仁くん」 「はい」 「花鳥君を頼むよ」 カトレア君が、いつの間にか花鳥君になってる。 「こいつが認めてくれれば…約束します」 俺は、深々と、玲愛の、今までの雇い主に、頭を下げた。 「色々と注入してやって…精神とか」 「~~~っ!?」 「妙なところで切るな!」 なんて落としたがる人だ。 ………………住宅街の、真ん中。 そこに、ぽつんと、取り残された空き地。 そこに、俺と、キュリオの制服のままの玲愛。 「ここ、は…?」 「ファミーユ本店」 「え…?」 「一年前まで、な」 「………」 そう…一年前まで、ここには一軒の喫茶店があった。 客席は30程度。 晴れた日にはバルコニーにもテーブルを並べ、お客様は、おいしいお茶とおいしいケーキを楽しみ。 ショーケースには色とりどりの洋菓子が並び、3時頃には売り切れてしまうほどの人気を誇り。 でも、一年前、その店は…「店も、家も、全焼だった…だから、もうここには何もないけど」 「そんな…」 「ここさ…兄貴が建てたんだ」 一階が姉さんの経営する喫茶店。 二階が、兄貴と姉さんの家。 「まぁ、もっとも兄貴は、ここに越してくる前に亡くなっちゃったけど」 「どういう…こと?」 「事故でさ…姉さんと入籍した直後に」 だから…一階が姉さんの経営する喫茶店。 二階が、姉さんの家になった。 「なんで…」 「何が?」 「どうして…教えてくれなかったの?」 「…退くもん、みんな。 この話するとさぁ。 ま、店のメンバーは知ってるけど」 「………」 どうやら俺は、他人から見ると、『不幸の固まり』な人間ってことになるらしい。 子供の頃、両親を失って、大学に入る直前、唯一の肉親を失って、そして去年、バイト先を失って…「なんで…」 「何が?」 「どうして…今になって、話したの?」 「どうしても、話しておきたかったから。前に」 「なんで?」 「何が?」 「どうして…今になって、そう思ったの?」 「その、俺…お前に、大事な話があるんだ」 「え…」 玲愛の瞳が…今度こそ、しっかりと、驚きで見開かれる。 青白かった顔に、朱が混じり、少しずつ、体温を取り戻していく。 「お、俺…実は、お前のこと…」 「…っ」 深呼吸を、一度。 そして、玲愛の瞳を、まっすぐに見つめて…「お前のこと、騙してたんだ!」 「………はい?」 一世一代の、告白をした。 …懺悔のな。 「…と、いうわけで。さんの協力が必要なんです」 「………」 「………」 「………」 「り…里伽子…?」 「各自の役割分担、タイムスケジュールは、それぞれ渡した資料にあるから。れじゃ、お願いします」 「お、恐ろしいひとっ!?」 「これ…やりすぎなんじゃないの?」 「玲愛ちゃん…どうなっちゃうんだろう?」 「天罰だと思っていただければ」 「そ、それは…いくらなんでも」 「彼女はまだ何もわかってないんです。分、男性とつきあった経験もそれほどない」 「玲愛ちゃん…堅かったから。ループで遊びに行ったりとかもあまり…」 「お客様に口説かれることもあったけど、理想的な社交辞令で答えてたしねぇ」 「だから…別れたこともない。ればなれになったこともない」 「そうか…植え付けるんだね?離ればなれになったときのイメージを…」 「距離が離れれば心が離れる…絶対に、という訳じゃないけど、その可能性は、やっぱり、飛躍的に高くなる」 「里伽子…」 「ちょっとした疑いが、疑惑に変わって、疑心暗鬼に陥って、相手が信じられなくなる。れを疑似体験してもらうわ」 「そうすれば…簡単に、本店に戻るなんて言えなくなる?」 「しかし…よくそんな提案をウチに持ちかけるわね?それ、キュリオへの営業妨害じゃないのかな?」 「川端君…」 「店長?」 「君は…キュリオのいい加減さを甘く見ている」 「はあ?」 「やろやろ、それ面白そうだ。に思い悩むカトレア君なんて見物だよ♪」 「て、店長!?」 「…キュリオさんなら、そう言ってくれると思ってました」 「そうだ、本店の結城さんにも話通しておこっと。っと日報にして報告しろとか言ってくるぞ」 「ウチのお店って一体…?」 「な、なあ…里伽子、やっぱり…」 「仁は黙ってなさい」 「…はい」 「それで…何をすれば?」 「由飛さん」 「は、はい…?」 「あなたには…一番嫌な役目をしてもらうけど」 「あ…」 「最初に謝っておく…ごめんなさい」 「あはは…また絶交、かな?」 「由飛…だから、あの…」 「仁は黙ってなさい」 「真似すんなよぅ」 「いいよ…また、絶対に仲直りしてみせるから。 だから、遠慮なく、玲愛ちゃんを罠にかけてみせる。 ふ、ふふ…ふふふふふっ」 「ひいっ!?」 「………」 「えっと…そういうわけで…」 「………」 「周りが、嘘の情報流して…俺と由飛が、紛らわしい行動して…」 「………」 「でもって、俺は…絶対に、自分から頭を下げて、行かないでとか、言っちゃいけないことになってて…」 里伽子に相談したのが運の尽き…相変わらず、勝ち方を良く知ってる奴だ。 ただし、なりふりの構い方は良く知らないらしいけど。 「けど、その…玲愛が辛そうにしてるの、見ていられなくなって。や、最初からずっと見てられなかったけど」 「………」 「だから、結局…その…ごめんっ!」 「あ…」 「え?」 「ほら、あれ」 玲愛が、空の一点を指差す。 そこには、空の上に浮かぶ、ひとひらの雲。 「あれが…?」 「っ!」 「うがああぁぁぁぁ~~~っ!?」 股間に…電光石火の一撃。 そ、その制服で、足を振り上げると…おい。 「~っ!」 「ぐぼっ!?」 頭の下がったところに、今度は右フック。 グ…グーで殴ってるよこいつ!「~~~っ!!!」 「ごぼぉっ!?」 フィニッシュとばかりに、背中に全体重をかけた肘。 たまらず俺は、地面にうつぶせに倒れる。 な…なんて、全身全霊をかけた攻撃…「う、うあ…うああああああっ!」 「わ、悪かった…悪かったからぁ…」 「い、いくら…こっちから好きになったからって…バカにし過ぎよぉっ!」 「バカになんか…してない。だ、お前に行って欲しくなかっただけだ」 「あ、あんたの…あんたのせいでっ!もう、一週間も…ずっと寝てないのにっ!それが、そんなペテンのせいだったなんてぇっ!」 「…寝ろよ」 「いでぇっ!?」 起き上がったところに、左フック。 …いいモノ持ってやがるぜ、こいつ。 「寝られるかぁ…怖くて、怖くて、怖くて怖くて怖くて!それでも一人でいるしかなかったのにっ!」 「お前が勝手に俺の部屋に来なかったんじゃないか…」 「あんたが寄せ付けない態度取ったからでしょ!もう、顔なんかボロボロよぉ…」 「…綺麗だよ」 「うぐぅ…」 今度は膝がボディにめり込んだ…だからお前、今自分の着てるものを考えろ。 「その上、ストレスで、食べれなくて…とうとう円形脱毛症にまでなっちゃったわよ!」 「え? どこどこ?」 「ほらここっ!」 「…何もないけど?」 「ごぼぁぁっ!?」 ア…アッパー…?俺が、玲愛の頭を覗き込んでいる体勢を利用して、思い切り下から突き上げてきやがった。 「~っ…あったりまえでしょうが!そんなことになったら外歩けないわよ!」 けど、そろそろ歪んできたのは、玲愛の表情の方。 「玲愛…いい加減にしないと、お前の方が痛いだろ?」 「両手の拳が壊れたっていい!あんたを撲殺してやるっ!」 なんて…なんて、おっかなくて、なんて、騒々しくて、そして…なんて、愛しいお怒りだろうか。 「玲愛…」 「あっ、こらぁっ…」 玲愛の手、赤くなってる。 右手なんか、拳の皮がむけて、血がにじんでたりもする。 「離しなさい、よっ」 俺に、想いをぶつけるために、こんなに、傷つけて…「ごめんよ…」 「っ…」 その、傷口に、口づける。 玲愛の血の味が、口いっぱいに広がる。 「許せないかもしれないけど…でも、ごめん」 もしかしたら、切れた口の中から流れた、俺の血の味も混ざってるかもしれない。 「そうやって…すぐスキンシップで誤魔化そうとするぅ。から仁は卑怯者なのよぉ」 「悪い」 玲愛は、憎まれ口を叩きつつも、俺の手を、全然振りほどこうとはしない。 「それで」 それどころか…「大事な話って…それだけ?」 「え…?」 「私を騙してた…目的は?本当に言いたいこと…まだ、あるんじゃ、ないの?」 「あ…」 a玲愛ちゃん、絶対にものすごく怒るけど、でも仁のこと、絶対に諦めたりしないから…さすが姉妹。 玲愛が、俺に譲歩してくれるって、わかってたんだ。 「どうして…ここに連れてきたの?仁の、本当の気持ち、聞きたい…聞きたいよぉ」 「大事な話があるんだ…」 「うん…」 玲愛の瞳が…もう、潤んでる。 その色は、先ほどまでの、怒りでも、戸惑いでもなく、奥底から湧き出てくる、期待と、思慕。 頬を紅潮させ、熱い吐息とともに。 「ここに、ファミーユの本店を取り戻したい。愛と、一緒に…」 ………「…行っちゃいましたね、仁」 「そうね」 「里伽子さんって…本当に仁のこと、わかってるんだ。っそろしいなぁ」 「…単純なのよ、あいつは」 「玲愛ちゃんを追い詰めれば、絶対に、仁が助けようとする…」 「………」 「わたしたちは、仁を助けるふりして、実は仁にプレッシャーをかけるのが目的…」 「結局、自分で解決するしかないのよ」 「だったらどうして相談に乗るんですかぁ?」 「…あいつには、うまく行ってもらわないと困るから」 「…どうして?」 「………」 「わたしは…そこまで割り切れなかったなぁ。から、嘘でも、ちょっと楽しくて、嘘だから、ちょっと…せつなかった」 「ごめんね…」 「ううん、一勝一敗だから…だから、いい」 「………」 「だってわたしは…お姉ちゃん、なんだから」 「そろそろ、皆が出勤してくる頃よ。顔、洗っておいで」 「うん…っ」 ………「住宅地の真ん中で、ブリックモールより、間違いなく流行らない」 「………」 「それでも、ここが原点だから。う一度、兄ちゃんの造った“家”を取り戻す」 俺や、ま~姉ちゃんや、仲間たちの思い出の詰まったあの場所を…「私、と?」 「お前と」 俺と、玲愛と、新旧取り混ぜた仲間たちの思い出に詰め替えて…「私がいないと嫌?」 「お前がいなくちゃ無理だ」 兄貴と、兄貴が愛したもののために。 俺と、俺が愛したものたちで、立て直す。 「だから…玲愛。前は、キュリオ本店じゃなくて、ファミーユ本店に来るんだ」 まだ、空き地でしかないその場所に。 「最初のうちは、ほとんど赤字続きだろうけど…そもそも、いつできるのかすら、決まってないけど」 二人の夢を詰め込んで…「仁…」 「でも、一緒に、苦労しようぜ?きっと楽しいからさぁ!」 いつか、形にしてみせる。 兄貴にできたことが、俺にできない訳がない。 「それが…仁の『仲直り』?」 「あ~…」 『仲直り、したいときには、兄はなし』コンプレックス持ちだった弟の…後悔と、憧憬と、色々取り混ぜた、複雑な感情の総決算。 「…うん、そうだ」 「それを、私に手伝えと?」 「お前らの仲直り、手伝ったよな? 俺」 「ん~、どしよっかなぁ?」 「おい、玲愛ぁ…」 「散々酷い目に遭わされたし…ここでホイホイついてくとさぁ、また、軽く見られるかもしれないし~」 「俺はなぁ…お前を軽く見たことなんか…」 「最初は由飛の方が好きだったのよね~?」 「う…」 「私が先に迫ったから仁は私になびいただけで、由飛とは、ほんのタッチの差だったのよね~?」 「しつこいぞお前…」 あの頃、俺がお前のこと、どう思ってたか知らないくせに。 嫌われてると思ってた奴の笑顔がまぶしくて、めちゃくちゃ困ってたことなんか知らないくせに。 「どうしてもぉ、私が欲しい?」 「欲しいの!」 「ふふふ…あははははっ」 「笑うなっ!」 しかも、そんなに、滅茶苦茶嬉しそうに…「だったら…責任取ってもらおうかな?」 「お前…確か前、『軽々しく責任なんて言葉、口に出すな』って…」 「…重いよ? 今回のは」 「え…?」 ………………「おい…マジか?」 「だって…ケジメはつけないと」 「もうちょっと、手順を踏んで…」 「今日しかないの。って…来週には、私はもうここに戻ってくるのよ?」 「なんか…ハメられてる気もするけどなぁ」 「頑張れ仁…私の、店長!」 「ええい! どうにでもなれってんだ!」 「お帰りなさいませご主人さ…あれ? 玲愛?」 「ど、どうも…ご無沙汰してます」 「どしたの? 確かこっち戻るのは来週って…」 「あのっ!」 「は、はいっ!?」 「店長さんは、いらっしゃいますでしょうか?」 「あ、あの…こちらは?」 「あ、彼は、その…えっと…なんて言うか…その…」 「喫茶ファミーユ ブリックモール店の高村と申します」 「何よぉ、役職だけなの?」 「だってビジネスの話だろ?」 「融通が利かないなぁ、もう」 「お前がそれ言うか?」 「え、え~と、どゆこと? これ?」 「おや? どうされましたか?」 「あっ! 店長さんですね?私、高村と申しまして!」 「あ、いえ、私は…」 「早速なんですが、お願いがあります!」 「お願い?」 「は、はぁ、それは一体…?」 勝負だ…トチるなよ、俺。 さっき、10分も練習したじゃないか。 ヘッドハンティングだ…玲愛を、俺の店に、手に入れるためには、ミスは、許されない。 深呼吸を一つ。 花鳥さんを、私どもの店に…花鳥さんを、私どもの店に……よしっ!「玲愛を、俺にくださいっ!」 「あ…っ」 「………」 「………」 しまった…いきなり間違えた。 ………………「あっはっはっはっは~」 「笑うな…これ以上」 「玲愛を、俺にください~」 「ちょっと間違えただけじゃないかよ…」 『花鳥さんを、私どもの店に移籍させてください』ほら、ほんのちょっとだ。 「大体、お前があんな仁義切れって言うのが悪いんだぞ?結局、あの人店長じゃなかったし」 しかも、ウェイトレスのお姉さんにはゲラゲラ笑われるし。 「あれはコック長さん。りゃまぁ、店長よりも頼りになる人だけど」 「本店って…コック長までいるのかよ」 「ナイトタイムはコース料理とワインをお楽しみください~」 下手なレストラン顔負けだな。 「結局、出直しなのかな、俺」 「ううん、もういいよ…あの言葉で、お腹いっぱい」 仁義とかなんとか言っといて、つまるところ、玲愛の自己満足かよ…「みんな…笑って送り出してくれたし」 俺なんか携帯で写真とられまくりだった。 「私、裏切ったみたいなものなのにね」 「お前の周りの世界は…お前が考えるよりも…ちょっとだけ優しいんだよ」 「…痛感したぁ」 「あはは…」 昨夜とは別人のものかと思えるくらいに、あったかい、玲愛の手のひら。 指と指をしっかりと絡めて離さない。 相変わらず、キュリオのメイド服のまま。 道行く人が、時々奇異の視線を向けるけど…今の玲愛に、そんなものは通用しない。 「帰ろうか…」 「うん」 俺たちの家に。 隣同士になったり、喧嘩したり、風邪ひいたり…ベランダで乾杯したり、廊下でキスしたり、ベッドで抱き合ったり…一緒に朝飯食ったり、一緒に昼飯食ったり、一緒に晩飯食ったり…泣いたり、笑ったり、怒ったり。 そんな、俺たちの…「………」 「………」 「…駅はこっちだろ?」 「私のウチはこっちだけど?」 「………」 「………」 「今日は二人きりで…」 「大丈夫、私の部屋、鍵かかるから」 「そういう問題かぁ?」 「だから大丈夫だってば。日、お父さんもお母さんもいるし」 「いるのかよ!?」 「さっき電話したのよ。したら、ご馳走作って待ってるって」 「ま、待て、心の準備が!」 「あ、大丈夫大丈夫。っきみたいに台詞トチっても全然OKだから」 「ちっとも大丈夫じゃねえ~!?」 家に、帰ろう。 「いいか? 軽~くぶつけるんだぞ?傷つけるなよ?」 「どうやって加減するのよ…」 「それもそうか…んじゃ、ぶつけるな。に向かって飛ばせ」 「ん、わかった」 「じゃ、いっせ~ので…」 「せっ!」 乾いた音が二連発。 そして、シャンペンの栓が宙を舞う。 「うわ、こぼれちゃう!」 「飲め!」 「グラスがないわよ~」 「ラッパ飲みに決まってるだろうが!」 噴き出る泡をこぼさないよう、俺たちは、二人して…“お互いの口”に、ビンを突っ込んだ。 「っ…ぷはっ」 「…おい、これ、またノンアルコールかよ」 「今、一月の生活費をいくらに抑えてると思ってるの?」 「けど…せっかくの記念日なのに…」 「そういうことやってたら、こうやって今日の日を迎えるのはいつになったかしらね?」 「…けち」 「ありがとう、とっても嬉しいわ、その誉め言葉」 「ったく…」 「ふふ…」 「あはは…」 ちょっとした小競り合いも、すぐに笑顔に変わってしまう。 だって今日は、俺たちの、夢の第一歩がかなった日。 ファミーユ本店が、完成した日。 みんなで頑張って、ブリックモール店を盛り立てて、その利益を惜しげもなく注ぎ込んで…「長かった?」 「あっという間だった」 「奇遇だな、俺もだ」 こうして形になるのに、ほぼ2年の歳月が経過した。 けど、辛いとか、キツいとか思うことはなかった。 兄貴の夢、姉さんの夢、みんなの夢…そして、俺と、玲愛の新しい夢のためだから。 「ねえねえ、看板はここよね?で、入り口のこの辺りにボード置いて」 「それよりもまず内装だろ。んなコンセプトで行くか…」 「ね、ね?キュリオみたいに、本物のアンティーク家具揃える?」 「お前は今、二つばかし言ってはいけないことを言った」 「え? なんだっけ?」 「キュリオみたいって…ウチはパクリじゃない」 「…まだ根に持ってたんだ」 「もう一つ…本物のアンティーク家具って…一月の生活費をいくらに抑えてると思ってんだよ!?」 「お店にかけるお金は別じゃない?」 「お前は~」 まだ、中は、がらんどうだけど。 ここに、色々詰めていこう。 オーブンに、冷蔵庫に、テーブル、椅子。 時計くらいはアンティークにしてもいいかもしれない。 あとは…そうだ。 夢、希望、仲間、たいせつなひと。 ブリックモールにも負けない素敵な空間に、ここを、もう一度、育てていこう。 「よし、そんじゃ、中、入るぞ…っ」 「震えてるよ…仁」 「う、うるしゃい…」 入りたくて入りたくてしょうがないのに、足が震えて、一歩を踏み出せない。 思い入れが深すぎて、こんなことで、滅茶苦茶緊張してしまう。 「やっぱ、お前、先行って」 「はいはい…じゃ、お先に~」 「あっさり入っていきやがった!?」 俺が一番乗りしたかったのに…なんて言っても始まらないんだけど。 「さ、仁、おいで…」 「あ…」 ドアの向こうから、玲愛が手招きしてくれてる。 いつも、俺の手を引いて、俺と一緒に歩いてくれた、最愛のひとが。 俺たちの、夢の場所で。 俺の帰りを…あたたかく迎えてくれる。 「おかえりなさいませ…旦那さま」 「あ…」 「あ…」 ちょっとコンビニにでも行こうかと、部屋を出ると、なんかまったく同じような目的に見える花鳥と、ばったり出くわした。 「よ、よう」 「………ども」 「出かけるのか?」 「ちょっとね」 「偶然だな、俺もだ」 「そんな大括りな目的が同じだったからって、偶然と言われたくないわね」 「それもそうだな、悪かった」 「それじゃ、私急ぐから」 「途中まで一緒に行こうぜ。ちょっとだけ話もある」 「お互い目的地も違うのに、一緒に行動なんかできると思ってるの?」 「…少なくとも同じエレベータには乗るだろ?」 「あら残念。近運動不足だから、階段を使おうと思ってたとこよ」 「なら、目的地は同じマンションの下ってことになるよな。中まで一緒に行こうぜ」 「く…っ」 …と言いつつ、二人してエレベータの前にいるのは何故だ?「いや、実はさ、ちょっと昨日の…」 「昨日のことなんか忘れた」 「物覚え悪いな」 「え~その通りでございますわ~。年期かしら?」 「その…体、大丈夫か?風邪とかひいてない?」 「全然問題ないわよ」 「そ、そうか、それは良かっ…」 「風邪には潜伏期間というものがあるの」 「…大丈夫か?」 「全然問題ないわよ、ええ、今は」 「…薬、差し入れようか?」 「いいえぇ、私一人の身体ですので。なたにご心配頂くことなど、何もありませんわ」 エレベータのドアが、俺たち二人を招き入れようと、開く。 「………」 「………」 …んだけど、二人して、なんとなく、やり過ごしてしまう。 花鳥が、一緒に乗るのを拒否したのか、俺が、一緒に乗るのを遠慮したのか…よくわからないまま、エレベータは無人のまま、下へと降りていった。 「…そろそろぶっちゃけるな」 「…やめといた方がいいわよ」 「俺さ、昨日のことはさ、ちょっとはお前と腹を割って話ができたと思うんだよ」 「ふうん」 「でさ…何怒ってるわけ?」 「誰が?」 「いや、花鳥が」 「ふうん、そうなんだ」 「いや、だって…あの落書きは一体…なんだ?」 俺の部屋の鏡に、あんな落書きを残すってのは、何かしらのサインなんじゃないかと思うわけで…ほら、心を閉ざした子供とかがよくやるような、親へのSOSみたいな?「心からの祝福だけど?そう受け取れない?」 「普通取れねえよ」 「相当屈折した少年時代を過ごしてきたのね~。ょっと同情」 「いや待て、お前小学校とかで、あれやられたことないのか?」 「さあ、どうだったかしら?」 「少なくとも俺は、今まで20年間、心からの祝福と受け取れた相合傘を見たことはないぞ」 というよりも…あらゆる揶揄と皮肉に満ちあふれていた記憶がある。 それこそ結婚式の寄せ書きとかでも、同じ空気を感じたわけで。 「だから今回もそれが当てはまると?相変わらずの短絡思考ね」 「お前、ホントは書いてから後悔しただろ?『あ~やっちゃった~』みたいな?」 「善意の塊の祝福メッセージなんだから、一片の悔いもないわね」 「…それにしてはやり方が陰湿じゃないか?」 「…聞き捨てならないわね」 「俺はな…お前の評価、すっげー低いんだけど、それでも一つだけ認めてたことがあるんだ…」 「…聞きたくもないわね」 「それはな、お前には裏がないってことなんだよ。んな悪口でも、いつも真っ正面から、ぶつかってくる」 「………」 「ある意味、爽快に感じることもあったんだよ。ぁ、9割以上はムカつくけどな」 「私はあんたのその余計な一言に、いつもムカつくわ」 「それが何だ、今回の仕打ちは…?言いたいことがあるなら直接言えよ。っげ~花鳥らしくないぞ?」 「言いたいことなんてないから…仕方ない」 「大体、由飛と話をしたのだって、花鳥と由飛のこと、心配だったから…」 「…へ~」 「…感じ悪いな、その『へ~』」 「いえね、語るに落ちたなぁって」 「…何がだよ?」 「花鳥と由飛って…どっちも花鳥由飛のことよね。んた、あの娘のことが二人分心配なんだ~」 「なあっ!?」 「そこまで入れ込まれちゃ、素直に祝福するしかないわね~、おめでと~、おめでと~、おめでとさん」 「ふざけんなこら!花鳥ったらお前のことに決まってるだろ!?」 「どうしてそう言い切れるっての?」 「だって由飛のことは由飛って呼ぶから」 「~っ!!!たった一日で飛躍的な進展が見られておめでとう」 「前から名前で呼んでたよっ!ちょっと呼び方が変わっただけだ!」 「っ!?出逢ったときから親密な関係を築けておめでとう」 「お前は難癖つけるために生まれてきた子かっ!クレーマー・クレーマー?」 「うわ! センスない~。彙が足りてないんじゃないの?」 「お前みたいに毎日人を罵ってないからな~」 「私は、本当に、紛れもなく、芯から腐った人間にしか、そういうことは言わないわよっ!」 「人のこと腐ってるって言う子は、自分がミイラなんだぞ!」 「人を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよっ!」 「うわぁっ!?」 「そっちが最初に突っかかってきたんじゃねえか!大体、今日のお前っていつもより理不尽だぞ!なんでこんなことになるんだよっ!?」 「その理由がわかってたら、こんなにイラつくわけないでしょ!」 「八つ当たりか? 八つ当たりなんだなっ!?」 「だったらどうしたってのよ!」 「俺なにもしてないじゃんかよ~!こんなの絶対に理不尽だ~!」 ………エレベーターの前で対峙しての、二人の対決は、終わりが見えない。 正直…今回の喧嘩は堪えてる…今までだと、俺に非があったり、お互い譲れない部分があったりと、ちゃんと、両方に“義”があった。 けれど今日のは…こっちにまるっきり心当たりがないせいで、言葉だけがぶつかって、心をぶつけられない。 俺は…俺は…こんな虚しい喧嘩なんか、したくないのに。 こいつとは、もっと建設的な喧嘩、したいのに…「偽善者! ええかっこしい! 差別主義者!」 「ちょっと待て! 最後のが意味不明だ!?」 「私にだってさっぱりわかんないわよ!一体これってなんなのよぉ~!」 「俺に聞くな~!」 「ねえ、ここを通して…誰かわたしをこの場から救い出してよぉ…」 「行ってらっしゃいませ、ご主人さま」 ………「ふう」 「カトレア君、ちょっと頼みがあるんだけど」 「呼び方を改めたら、考えなくもないです」 「…花鳥君、頼むよ」 「伺いましょう」 「ちょ~っと、ファミーユさんに行ってきてくんないかなぁ。リックモール本部からこの書類預かっちゃって」 「…だそうよ、瑞奈」 「あんたが頼まれたんでしょうが!なんでそんなに伝聞調なのよ!?」 「そうそう、こういうのはチーフのお仕事だからね。トレア君でないとねぇ?」 「あ、今またカトレアって言いましたね?私気分を害しました、もう行きません」 「あらら…ご機嫌斜め。川端君、これってやっぱり?」 「ええ、もう昨日、凄かったですから。きずってますよ~」 「そんなに?いっつもすぐに次の喧嘩のネタ見つけては、前の喧嘩を綺麗さっぱり忘れるのに?」 「今度のはねぇ、ほら…痴情のもつれっぽいし」 「ああ、今までとは訳が違う、と?今後の対応によっては、絶交にもらぶらぶにも…」 「本人を目の前にして、ありえない噂話をまき散らさないで下さい」 「事実でしょ。ら、ここに目撃者っ」 「っ!」 「いや、わたしは別に玲愛の威嚇怖くないし」 「ここでそんなにゴネてる暇があったら行ってきてくんない?別に仁くん以外の人に渡してもいいからさぁ」 「もう…しょうがないなぁ。んで私がこんな目に…」 「からかい甲斐があるからに決まってんじゃん」 「しっ、静かに」 ………「は~い、ホットミルクお待たせ~」 「お、来た来た。れじゃ、沙織ちゃん」 「うん…」 「あ~、ちょっと待って~熱いかもしれないから、お姉ちゃんがふうふうするからね~」 「お~、いいなぁ。もこのお姉ちゃんドジだから、ミルク吹き飛ばすかもしれないので待避~」 「きゃっ」 「あ~そゆこと言うんだ仁は~!なら期待に応えてあげなきゃね~ふ~、ふぅぅぅぅ~」 「うわ、おい! カップ抱えたまま近寄るな!吹き飛ばすまえにこぼれる~!」 「きゃっ…あは…」 「あはははは~」 「なにやってんのよぉ…あいつらぁ。業時間中に…っ」 「うん、ちょうどいいあったかさ~。、ぐっとぐっと」 「お前はコンパの先輩か」 「んく…んく…」 「うん、いいこいいこ…心配、いらないからね。うちょっと、お姉ちゃんと遊んでこ?」 「んく…んく…」 「…あり?」 「やば!」 「おい、花鳥!」 「っ!」 俺の呼びかけに、びくっと肩を震わせて、その場に立ち止まる花鳥。 「今、ウチに入ってこようとしてたろ?」 「べ、別に何も見てないわよ。んたたち二人が仕事サボって戯れてたとか、そんなの知らないから」 「いや、それは俺も知らないけど」 「よくもまぁそんないけしゃあしゃあと!」 「何も見てないんじゃなかったのか?」 「…そのくらい簡単に予測できるわよ!」 ううむ…相変わらずなんか怒ってるな。 でもまぁ、今は、花鳥の存在がとてもありがたい。 「あのさぁ…話は変わるが、ちょっと頼みたいことがあるんだよ」 「なっ!?」 特に、お向かいの店の様子を見に来ることができるくらいに、時間に余裕のある花鳥は。 「ちょっとさぁ、今から本部の方に行ってきてくれないかな?ちょっとこっち、手が離せなくて」 「な…何よそれぇ?そんなの自分で行けばいいじゃない!」 「で、さぁ…迷子のアナウンスを頼んでくれないか?」 「…え?」 「ほら、あの娘。 宮下沙織ちゃん、4歳。 お母さんとはぐれたんだってさ」 「あ…」 俺が指差した方向には、笑顔で由飛とたわむれる女の子。 「今は笑ってるけど、泣きやむまでに30分かかったんだよなぁ」 「………」 「で、ご覧のとおり、由飛が手、離せないし、だから、ちょっとウチ、修羅場ってるわけで」 「それで…私に?」 「後で手土産でも持って頭下げに行くから。はちょっとだけ、頼まれてくれないか?」 「………」 「頼むよ花鳥。は、お前しか頼れる人がいないんだよ!」 「っ…で、でも、あの娘を本部に連れてけば、それで問題ないんじゃない?」 「大ありだ」 「なんで?お母さんも探してくれるし、ちゃんと預かってくれるわよ?」 「せっかく仲良くなって、笑ってくれるようになったのに、俺らがいなくなって、また泣き出したらどうすんだよ?」 「あ…」 「親がいなくなるってのは、たとえ一時的だったとしても、滅茶苦茶ショックだろ?そういう経験ないか?」 俺には…痛いほど経験がある。 「それに、もし泣かなかったとしてもさぁ、どうなったか心配で、どうせ俺も由飛も仕事にならん」 だから、ちょっと普通よりも、感情移入の度合が高かったりする。 「ついでに…お母さんに、一言文句言いたい。ぁ、これは、あの子に嫌われるかもしれんけど」 「…高村」 「ちょっと勝手な言い分だとは思うけど…できればでいいから」 「………」 花鳥は、俺の顔を、ちょっと呆れ気味に、しばらく見つめて…「あんた、私のこと、まだ怒ってる?」 「は? なんで?怒ってたのはお前だろ?」 「………」 「…花鳥?」 「…わかった。ってくる」 「そうか、そいつは助かる!」 「宮下沙織ちゃん、4歳。 赤のコートとチェックのスカート。 …お母さんとは、フードコートではぐれたのね?」 「あ、ああ」 「見つけたのは30分前…2時過ぎか。れで見つかってないってことは、はぐれたのはこの近くじゃないのかもね」 「…なるほど」 「迷子放送もかかってないし…母親は気づいてないのか、パニックになってるのか…」 「………」 …花鳥に頼んで正解だった。 こいつなら、こっちが1頼んだら、最低でも3の仕事はしてくれる。 きっと、すぐに色々と手配してくれるだろう。 「それじゃ行ってくるから。の子の面倒、きっちり見てなさいよ」 「任せとけ!…悪いな、花鳥。む」 「そっちこそ…任せておきなさい」 ………………「へぇ、それでお母さん見つかったのかい?」 「ええ、放送して5分もたたずに、すっ飛んできました」 「…そりゃ、あんな恫喝じみた呼び出し放送かけられたら、誰だってビビるって」 「あれ…花鳥君の声だったね」 「30分も子供ほったらかしておく母親なんだもの。 あのくらい怒ったってバチは当たらないでしょ。 …今ごろはファミーユで怒鳴られてる頃よ」 「花鳥君に怒られ、仁くんに怒られ…ちょっと可哀想な気もするけどねぇ」 「親がいなくなるってのは、子供には、とてもショックな出来事なんだから。の辺、しっかりしてもらわないと」 「それは…そうねぇ」 「ま、とりあえずは一件落着。、仕事仕事」 「で、ボクが頼んだものは仁くんに渡してくれた?」 「…え?」 「え…って。ら、ファミーユさんに届けてって頼んだじゃない」 「………あ~、ここに」 「うわ、忘れたんだ。 チーフにあるまじきポカ。 罰として、今日一日カトレア君呼ばわりの刑~」 「しまったぁ…ものすごい不覚」 「ま、まぁ、それどころじゃなかったんでしょ。子騒動とかで」 「…ごめんなさい。 その通りです。 もう一度お向かいに行ってきます」 「あ~、いいよいいよ。たしが行ってくるから」 「え…?」 「そうだね、川端君お願い。喧嘩の方も、なんだかウヤムヤになっちゃったし」 「今さらけしかけても面白くないですしねぇ」 「………」 「それじゃ玲愛、その封筒、貸して。、あんたはショーケースの方、お願い」 「…いい」 「玲愛?」 「いい。のミスなんだから、もう一度私が行ってくる」 「そう…?」 「ええ、チーフですから。分の責任は、何があっても自分で取ります」 「ふぅん…?」 「あ、すいません、その前に…お菓子、少し頂いていっていいですか?ちゃんとお金払いますから」 「そりゃまぁ、構わないけど…」 「ありがとうございます。れじゃ、ちょっとだけ…」 ………「…さっきとは打って変わって、随分と楽しそうだね」 「店長にはそう見えます?…偶然ですね、わたしにもあからさまにそう見えます」 「おお…!」 ちょっと外に出てみたら、なんだこの行列は!?やっぱりオープン初日ってのは物凄いことになるな。 フードコート全体に入りきらないくらいのお客様が流入し、さらに店内に入りきらないお客様が溢れている。 溢れたお客様は、フードコート中央のオープンテラスに陣取り、その共有スペースにさえ空いている席が見当たらない。 まぁ、オープン初日が混むのは当然だ。 本当の勝負は、数日が経過した頃だろうけどな。 「…って、数日が経過してたら遅いんだった」 何しろ、一週間の売上勝負を約束してたんだっけ。 さて、というわけで、敵の動向は…?「…うわ」 「お待たせしました。 合計で1200円…はい、丁度になります。 ありがとうございました」 「モンブラン、紅茶シフォン、ガトーショコラ2つですね?少々お待ちください」 …凄ぇ。 フードコート全体を見渡しても、ここまでの行列は他にないぞ。 かといって、行列がさばけてない訳でもない。 彼女たち、かなり手馴れたものだ。 これなら、並んでも20分ってとこか?ケーキ買うのに20分待つってのは微妙だけど…「いやぁ、お客さん来てくれましたね。かったよかった」 「板橋さん…」 戦場を見つめる俺に声をかけてきたのは、宿敵、キュリオの店長、板橋氏。 「…サボりですか?」 「ここで会ってる以上、お互い様じゃないですか」 「俺はさっきまで働きづめで、今やっと5分のトイレ休憩です」 「初っ端から飛ばしてるねぇ」 初対面の印象どおり、飄々としていて、何考えてるのかよくわからん人だ。 「そういえば…ファミーユさんは、菓子類は全部ここで?」 「そうですけど、キュリオは違うんですか?」 「プディングとか生菓子はこっちで作りますけど、ケーキ類は本店から日に2回、出来たてを運んでくるんですよ」 「本店のケーキ…」 「なんか最近は味にうるさいお客様が増えてねぇ…」 「そういえば…本店の職人さんって、確か去年の洋菓子コンクールで優勝したとか…?」 「…よく知ってますねぇ、ウチの事情なんて」 「一応、洋菓子やってるんで、ウチも」 そうか、ここのケーキ…雑誌とかでも紹介されてた新進パティシエール…橘女史が作ってるのか。 「ま、ボクらにあのケーキが作れるわけないし~ウチで作らないほうが何かと楽だし」 「またそれですか…」 しかし、これは由々しき事態だ。 何しろ評判のパティシエールが作ってるってことは、並んで買う価値もあるってことだ。 相手は、キュリオというネームバリューを、出し惜しみなく使ってきてる…「しかし…」 「なんです?」 「ファミーユさんも、なかなかの行列で…」 「え?」 言われて初めて、ファミーユのショーケース前のお客様の行列を見る。 確かに、キュリオほどじゃないけど、その半分程度の行列になってる。 ………「あれ?」 「なんか…進んでませんな」 …動いてない。 行列、全然捌けてないじゃないか!「あの…体の調子でも悪いんですか?」 「い、いえ…そういうわけでは…合計で700円になります~」 「え? なに? いくらだって?」 「で、ですからぁ…」 「…何やってんの由飛くん?」 「あ、て、店長っ」 店外に面したショーケースの内側。 お客様から顔を背けて、右手を広げ、左手でVサインをしている我が店員。 「お客様、申し訳ございません。うやら700円のようです」 「あ、はいはい…もうちょっと大きな声で話してよ」 「も、も、申し訳ございません~」 恐縮する由飛くんを尻目に、俺は千円を受け取り300円をお返しして、お客様を笑顔で送り出した。 「ありがとうございました。らっしゃいませ~…どうしちゃったの?」 お客様と、次のお客様と、由飛くんに一気に話し掛ける。 何しろご覧のとおり戦場だ。 「ごめんなさい~」 「やっぱり徹夜のせいで体調悪い?」 夜、あれだけ元気に歌って踊ってた彼女が、今やまっすぐ正面を見れない。 ぼそぼそとしか喋れない。 「そ、そのようなことは…ないんですけど~ちょっと、今は、その…」 「…まさか人見知りとかいうことはないよね?」 「………」 「そうなの!?」 あの馴れ馴れしさで…ありえねぇ。 「あ、それじゃ、チョコレートムース3つください。ち帰りで」 「900円になります。々お待ちください」 「あの、ちょっと…限定的に」 「はぁ?」 ショーケースからチョコレートムースを一つ、二つ、三つ。 「その~、今からシフト変えていただくわけには?」 「シフトって…調理できるの?」 箱に詰めて、保冷剤入れて、シール貼って。 「いえ…キッチンじゃなくて、フロアの方に」 「人見知りでなんでフロア!?はい、お待たせしました。円頂きまして100円のお返しです」 「聞かないでください…お願いします~」 「ありがとうございました。らっしゃいませ~………はぁ」 とにかく、これじゃ仕事にならん。 カウンター販売の方が手順が少ないし、覚えも早いだろうから、こっちに回したんだけど…「明日香ちゃ~ん!」 「は~い?」 ………「どしたの? てんちょ」 店内で忙しそうに走り回っている明日香ちゃんは、俺の呼びかけから、きっちり三分後にやってきた。 中も忙しそうだ。 「交代。っち回って」 「え~?」 「ご、ごめんね~、明日香ちゃん」 「フロアも忙しいよ、今日?由飛さん入ったばっかりで大丈夫?」 「忙しいのは全然OK~」 わからん…フロアの中だって、直接お客様に接する仕事なのに。 「あの…これと、これを」 「850円になります~わかった、こっちやっときますてんちょ。飛さん、これバックオーダー」 「ありがとう~、明日香ちゃん」 「いたたたっ!手を握らないで~!早く行かないと大変だよ?」 「は~い、行ってきま~す♪」 「…元気そうだな」 「丁度いただきます。 ありがとうございました。 いらっしゃいませ~…何でフロアがOKで、こっちはダメなの?」 「…さっぱりわからん」 その後…「お待たせしました!ダージリンティー…」 「うわああっ!?」 「きゃ~!?カップが…カップがぁぁっ!」 「く、く、く…砕けた?」 「申~し訳ございませんっ!すぐに代わりをお持ちしますのでっ!」 「その前に後始末後始末っ!」 ………フロアがOK…?そんなこと誰が保証したんだ?「お待たせしました。レンジジュースと、レアチーズケーキです~」 「あの、俺、ブレンドとパンプキンケーキ頼んだはずだけど?」 「あら?」 「伝票、確認してもらえないかな?」 「あらぁ?」 「大変申し訳ございませんっ、こちらの手違いでした」 「そうだよねぇ?俺、ちゃんとホットで頼んだはずだもん」 「でもせっかくですから、こちらのメニューも試してみませんか?」 「はい?」 「特にこちらのレアチーズケーキは、本日のお薦めとなっております。かがですか?」 「いや、でも俺はパンプキンケーキが…」 「もちろんそちらも用意させていただきます。 でも本当に美味しいんですよ~、それ。 わたし大好物なんです」 「そ、そうなの?」 「レアチーズケーキのお代は頂きません。も、今日召し上がって、気に入られたら、また今度注文してくださいね?」 「そういうわけには…」 「………(にこにこ)」 「………」 「………(にっこり)」 「わかったよ…いただきます」 「ありがとうございます~きっとお気に召すと信じてます。れでは急いでパンプキンケーキの方も…」 「あ、そっちいいから」 「え? でも…」 「…そんなに食べられないって」 「………」 「………」 「それも…そうですねぇ。ふっ」 「あ、あはは…」 「どうしましょう、困ったな~…絶対にレアチーズケーキ美味しいのに」 「いや、だからもういいから。ゃんとお代も払うから」 「でもっ!パンプキンケーキだって負けず劣らず美味しいんですよ?いいんですかそれで!?」 「あ、あの…」 「あ、でも…パンプキンをお出ししたら、これ、どうなっちゃうんだろう…」 「いや、だからさ…パンプキンは今度ってことで」 「今度、来てくれます?パンプキンの方も、お試しいただけます?」 「ええ、きっと」 「約束ですよっ!絶対、絶対来てくださいね!」 「うん、えっと…風美さん?」 「由飛です。客様は?」 「え? 俺?えっと…深沢だけど」 「深沢様、次のご来店を楽しみにしててくださいね?」 「あ、ああ…楽しみにしてる。りあえず今日は、このチーズケーキ、かな?」 「はいっありがとうございました~」 「………」 「………」 「お願いします。ージリンティー2つと、フルーツロールケーキ、いちごのタルトです~」 「それ違う」 「はい?」 何の疑惑も持たず、にこにこと仕事をこなす由飛くんと、今にも頭から何かが噴き出しそうなかすりさん…そして俺はと言えば…二人の間の緩衝材の役割を担いつつ、オーダーの飲み物を作る。 …今の場合は、正解は『アールグレイ2つ』な訳だが。 「今のお客様は納得してくれたからいいものの、もし2つとも持って来いって言われたら、どうするつもりよ?」 「もちろんお出しします。たしのミスですから、わたしのお給料から引いて…」 「そういうこと認めないの、ウチは」 従業員の失敗をいちいち償わせてたら、信頼関係もなにもあったもんじゃないし…「うわ経営者かっこい~『責任取るのが店長の仕事だ』って感じだね~」 「そ、そう?そんなにスカした感じに見える?」 「店長………わたしのために」 「い、いや、そんな…」 そうやって真剣な表情でうっとりされたら、緊張のあまり注意もできん…そういえば、さっきのお客様も、由飛くんの勢いに飲まれてたような…「とりあえず、注文を取る時のコツ。客様が頼んだメニューを一度唱和すること」 「なるほど…それなら完璧ですね!」 完璧…になってくれるといいけど。 「またひとつスキルが上がりました。すりさん、ありがとうございますっ」 「…お礼はいいから。い、『フルーツタルト』に『いちごのババロア』」 …惜しかったね。 『フルーツ』と『いちご』は合ってたのにね。 「了解しましたっそれでは、行って参ります~」 「………」 「………」 由飛くんは、軽やかな足取りで、フロアへと駆け出していった。 …今日、あの駆け足のせいで、何度お茶をこぼしたか覚えていないらしい。 「…さっ、仕事仕事」 「仁くん…ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」 「勤務中に私語は好ましくないなぁ」 「いえ、業務上の相談」 「…我慢して。 もう少しの間だけ。 俺がなんとかしますから」 「さすが仁くんの秘蔵っ子…と言ったところ?」 「すいませんすいませんすいません…」 由飛くんがフロアで大奮闘しているのは、誰しも認めるところ。 けれど、ここ数日で、オーダーミス12回、食べ物や飲み物を落とすこと8回、その他小さなミスを上げると…3桁?彼女は、何というか、感覚でやってるところがあって、最終的なチェックが甘い。 それもかなり…「で、でもほら!将来、必ず彼女が必要になるから! それに今だって、お客様から“そんなに”苦情来てないし…」 明るく前向きで、くよくよしない性格のおかげで、さっきのように『何となく』ミスを帳消しにしてしまう。 「天才の家系かもね…いい意味でも悪い意味でも」 「何て言うか、相手を和ませるって言うか、そういう雰囲気を持ってるんだ…と思う」 そうとしか説明がつかない。 端から見ると、適当ぶちかましているようにしか見えない由飛くんの接客だけど、お客様にそれほど不評じゃない。 まぁ、皆帰っていく時に、一様に苦笑を浮かべてるのが気になると言えばそうなんだけど…「このまま使い物にならなかったとしても、仁くんが責任取るのよね?」 「責任って………どうやって?」 「リカちゃんとはちゃんと話しなさい。合によっては慰謝料も…」 「責任ってどうやって!?」 「ご注文繰り返させて頂きます!アイスティーとブレンド、それぞれ1つずつですね?」 「いや、俺アップルティーだけど?」 「………」 「い、いやほら!早速効果が!」 「でもせっかくですから、アイスティーも試してみませんか?」 「へ?」 今なら修正は利くんだよ~!「あれ?」 「あ…」 「店長…まだいたんですか?」 「由飛くんこそ…さっき帰ったはずじゃ?」 「ちょっと鞄を忘れちゃって」 「はは…」 そうか…初めて会った時と逆パターンか…「店長も…なわけないですよね?まだ着替えてもいないし」 「俺は…」 今から土下座しにキュリオに…「ちょっと、考え事がしたくてね」 なんて、言えるわけないじゃないか。 「考え事…って?」 「ちょっと、お店のことでね」 お隣のキュリオと…いや、正確には、向こうのチーフの花鳥玲愛との売り上げ勝負。 今日が、約束の月末。 そして結果は、どう見ても完敗。 キュリオは毎日、ファミーユの2倍以上の数は入荷してたし、それでも、毎日、売り切れてた。 せっかくつけてくれた『二倍の差』のハンデもものともせず、キュリオに圧倒的な力の差を見せつけられた。 「そうかぁ…」 「うん」 由飛くんにも、俺の暗い雰囲気が伝わってしまったらしい。 二人して、フロアの椅子に腰掛ける。 そうして、灯りの落とされたこの場所で、しばらく無言で佇み…「明日から、どう頑張っていこうか考えてたんですね?さっすが店長」 「はい?」 「でも、そういった反省会だったら、わたしたちも混ぜてもらいたかったな~」 「い、いや…俺は」 ただ、今月の売り上げをチェックして、負けを認めてただけで…「そうだ、今からでも遅くない。たしだけでも参加させてくれませんか?」 「…何に?」 「反省会でしょ反省会~。メニューとか、来週のイベントとか、どうやってファミーユを良くしていこうかっていう」 「え? そうなの?」 「もう! まだ一人で抱え込もうとしてるな~?」 いや、抱え込むも何も…建設的なこと、何も考えてなかっただけで。 「わたしのこと、喫茶店のことなんか何もわからない、ただ言われた通りに働くだけの素人だと思ってるんでしょ!」 「え~と…」 言われた通りに働いて…るのかなぁ?「でもそんなの寂しい。ょっとした工夫とか、意見とか、みんなが言い合えるお店の方がいいなぁ」 「………」 「だから反省会!いいよね店長?はい、決まり」 「…って、由飛くん、どこへ?」 「せっかくだから、お茶でも飲みながらやろうよ。いえ、やりましょうよ~」 「お、おい…」 カウンターをくぐって、キッチンへと入っていく由飛くん。 コンロに火をつけて、水をわかして…「君…お茶淹れられるの?」 「ほらやっぱり!店長ってば、わたしのこと役立たずって思ってる」 「思ってないけど…」 「ふ~んだっ、まぁ仕上げをごろうじろってね。ゃんと店長のやり方、ずっと見てたんだから」 「…見~て~た~だ~け~?」 「あ…」 「うわああっ!?」 ウチの食器類が、本物のアンティークじゃなくて、本当に良かった…………「は~い、お待たせしました♪」 「う~ん…」 こう、見た目にはちゃんと紅茶に見えるけど…って、紅茶をあからさまに見た目通りに作れなければ、それはそれで壮絶に問題があるか。 「ほうら、召し上がれ。味しくできてるから…多分」 「じゃ…いただきます」 まぁ、淹れ方はともかく、お茶っぱの分量を間違えなければ、それほど酷いことには…「………」 「…ぶっ!?」 「きゃっ!?」 「渋すぎっ!」 「え~そう?おっかしいなぁ」 …お茶っぱの分量、いきなり壮絶に間違えてるし。 いや、この苦みはそれだけじゃなさそうだ。 「…どうやって淹れたの? これ」 「だからぁ、店長が淹れてるやり方と、まったくおんなじですよ~」 「…詳しく説明して」 ………………「と、まぁ、こんな感じで…」 「………」 「ノープロブレムでしょ?何がいけなかったのかなぁ?」 「それはね、きっと…ノープロブレムな工程がノーだからだよ…」 「え~?」 「あのねぇ! 俺がいつヤカンでお茶を煮詰めたの?チャイ作ってんじゃないんだよ!?」 「でもほら、店長が言ってたジャンピング?ちゃんと踊ってましたよ、葉っぱ」 「そら踊るだろ…沸騰してんだから」 駄目だこれは…喫茶店で働いてると胸を張るには語弊がありすぎる。 「でも、あったまるでしょ?今日はそれでよしとしましょうよ~」 「………」 当たり前だ、これだけ煮てあるんだから。 渋くて、苦くて、本気で不味いって、胸を張って言える味だ。 ………けど…「…確かに、あったまるな」 「でしょう? 苦労したんですよそこ~」 「…どこに苦労の跡が?」 ほんとうに、変だ…なんで、こんなに温かくなるんかな?さっきまで、敗北感と、徒労感に、押しつぶされそうになってたはずなのに。 どうして、こんな舌を刺すようにクソ熱いだけの紅茶を飲むだけで、胸がすくように、軽くなっていくんかな?「はは…」 「実は美味しいんでしょ~?」 「マズいよ滅茶苦茶」 「ニヤニヤしながら飲んでるくせに」 それは…反論のしようがない。 だから、無理やりにでも、話題をそらす。 「反省会始めよう反省会。ずは今日までに由飛くんの壊した食器の総額について」 「え、え~!?」 「冗談だ」 「もう、店長って意外と人が悪い?」 「…そうかも、ね。れじゃ、本当に始めるよ」 「あ、その前に…」 「ん?」 「一週間、お疲れさまでした。くさん失敗したけど、楽しかったです」 「…そちらこそ、お疲れさまでした。た来週からも、一緒に頑張ってくれるかな?」 「店長が、クビとか言わなければ、ね?」 「はは…まだそこまでは言わないって」 「…“まだ”?“そこまでは”?」 「要するに、もっともっと頑張りましょうってことだ」 「…頑張ります。 でも、ま、とりあえず頑張るのは明日からってことで~。 あ、クッキー残ってましたよね。 取ってきます」 「あはは…」 そうだな…明日から、頑張ろう。 もっと、この店は、よくなっていくはずなんだ…「テーブルさんテーブルさん。日も一日頑張りました~お塩にお砂糖減ったかな?あらあら大変タバスコ空っぽ」 「綺麗に綺麗にしてあげる。 ぴっかぴっかにしてあげる。 だから明日も頑張って。 みんなを幸せにしてね」 「…なんなの、それ?」 「お掃除の歌ですよ」 「おそ~じの…うた?」 「作詞、作曲、唄を、あのシンガーソングライターの風美由飛が担当してるらしいですよ?」 「あ~、今をときめく…」 俺の目の前で、スキップしながらモップがけという、ある意味離れ業をこなしてるこの御方が。 「あ、店長、風美由飛知ってますか?さすが通ですね~」 「そりゃ、よく知ってるさ」 何しろ、今日の掃除当番だし。 「実は俺、ファン第一号なんだよ」 「え…」 「………」 「…ぷっ」 「はは…」 よ、良かった、由飛くんが流してくれて…我ながら、ちょっと臭すぎるかと思わないでもなかったんだ。 「ねえ、店長~」 「ん~?」 もう掃除に飽きちゃったのか、モップの柄に両手を重ね、その上に顎を乗せて、由飛くんが、いたずらっぽく見つめてくる。 「総店長のこと、良かったですね」 「えっと…それって、どういうふうに取ればいいのかな?」 「どういうふうって…?お姉さんが一緒の職場で働いてくれるなんて、嬉しいですよね?」 いや、確かにその通りだけど、そうあからさまに言われるとなんか…「…シスコンとか思わない?」 「家族のこと、好きって言えるの…大切なことだと思いますよ」 「そ、そう…?」 「ええ、心の底からそう思う…思います」 「そ、そうだよねぇ!」 良かった…この前、『いい傾向とは言えない』って言う奴がいたから、ちょっと疑心暗鬼になってたんだよな。 出会った時から感じてたけど、由飛くんは、何ていうか、俺とフィーリングが近い。 「でも、これから大変なことになりそう」 「というより、大変なことになってもらわないと困る」 ほぼ半額近い値下げ作戦なんだ。 今の倍以上、忙しくならないと勝負にならない。 「大変だぁ。たしも今まで以上に頑張らないと」 間違った方向への頑張りだけは控えて欲しいが…でもまぁ、由飛くんの可能性を信じることにしよう。 「まずはショーケースの方も受け持てるようにして欲しいんだけど…」 「ごめんなさい、それはまだ~中のほう、一生懸命やりますから~」 そう、フロアの接客は、一生懸命やってくれてる。 …結果はともかく。 だから、人見知りってことは絶対にないのに、なんでショーケースが駄目なんだろう?「お金の計算が苦手?」 「えっと…そういうことなら納得してくれます?」 「はぁ?」 「なんでもないです…」 う~ん…相変わらず、これだけは謎だ。 「さてと、そろそろ帰ろうか。通り綺麗になったし」 「あ、そうですね………っ!?」 「あ、夜も遅いし、送っていこうか?」 「あ、あわ、あわわ…」 「…由飛くん?」 「ごめんなさいっ!」 「えっ!?」 いきなり、背中に柔らかい衝撃…そして、その正体に気がついた時には、既に羽交い締めに…いや違う。 背中を、抱きしめられていた。 「………」 「ゆ…由飛…くん?」 「少しだけ、このままで…」 「え…」 とくん、とくん。 聞こえるのは、由飛くんの鼓動か、それとも俺か。 「突然…すいません」 「なんで…?」 「理由、聞かないで」 「………」 とくん、とくん、とくん、とくん…速くなった鼓動は………間違いなく、俺だ。 深夜のファミーユ。 電気の消されたフロア。 そして、二人きりの、男と…女。 だから、俺は…「由飛…く」 「あ…」 「………え?」 「………」 「………」 「………」 背中に感じられる、由飛くんの柔らかさ。 そして、正面に佇む、花鳥玲愛。 ………誰か、どういうことなのか説明してください。 「…お邪魔だったみたいね」 「え? あ、いや、その…こ、これはだな…っ」 …待てよ?言い訳する必要、あるんだっけ?「………」 「………」 「………」 いや…あるような、ないような…けど、何かフォロー入れといた方がいいような、でも引き剥がすのは勿体ないような…どうする?どうしよう…「別に大した用じゃないの。ょっと、ウチの店長を捜してて」 「板橋さん?…こっちには来てないけど?」 「なら本当にただのお邪魔でした。変失礼しました」 「あ、ああ…」 失礼した割には棘がないか?「では…」 「お、お疲れさま…」 「ほどほどに…ね」 「っ!?」 え~と…誤解だって言うのも誤解なような気もするし。 この場合、どうやって説明すれば…いや、そもそも、背中のこのひとは…?「お邪魔しました~」 「…は?」 背中のこのひとは、抱きついてきた時と同じように、また、突然、俺から離れていた。 「どうもお疲れさまです。ろそろ帰りましょうかっ」 「…え?」 「店長、まだ残るんですか?」 「お、俺は…あれ?」 深夜のファミーユ。 電気の消されたフロア。 そして、二人きりの、男と…女。 じゃなかったのか!?「あ、とにかく先に着替えてきますね。れじゃ」 「お、お~い…由飛くん?」 今のは…一体…?「気の毒な仁くん…」 「うわあっ!?」 「お客さま~、お客さま~ブルーベリータルトのお客さま~!」 「あ、はい、こっち…」 「お待たせしました焼きたてタルト。っぺが落ちないうちに~、召し上がれ~♪」 「あ、あはは…どうも」 「あ、あの、すいませ~ん」 「ご注文、お伺い、いたします~正確、確実、迅速に~。も! お客さまは、ごゆっくり~♪」 「………」 「………」 「あ、あは、あはは…」 「ガトーショコラにカプチーノですね!お任せを~」 「何とかしてよ、あれ…」 「オーダーミスは減ったじゃん」 「元気でいいとは思うけど…」 「そうだよね姉さん!?」 「世界観が違うって…」 「ガトーショコラにカプチーノです~超特急低価格激美味で、お願いしま~す~♪」 「やめなさいそれ」 「はい?」 「お客様がおいてきぼり食らってるって」 おいてきぼりはともかく…まぁ、面食らってることだけは確かだったり。 「あの…」 かすりさんの言うことはもっともだけど、これで、今まで気持ちよく仕事してた由飛くんが、萎縮しなければいいんだけど…「“それ”って何のことですか?」 「………」 「………」 まさか…無意識か? あれ。 「由飛ちゃんって、歌のお勉強でもしてるの?とってもよく声が出るんで驚いたわ」 「え~? そんな、お勉強なんておこがましい。ょっと趣味でオペラ研究会に入ってるだけです」 「オペラ…」 「へえ、高尚な趣味ね」 その割に歌ってる歌はかなり即物的な即興だけど…そう、どちらかと言えば、ミュージカルっぽいような。 「店長一家はそこで思考停止しない」 「あ、ひょっとして皆さんも興味あります?もしよろしかったら、CDとか貸しましょうか?」 「あ、いえ、そういうことじゃなくて」 「大至急やめなって、歌うの」 「…?」 「あ、あのね?楽しくて、面白そうだとは思うんだけど、ちょっと前衛的と言うか~」 「ああ!そういえば歌ってましたね、わたし!」 「気づいてなかったんかい」 「遠回しが通用しない娘なんだよ…あ、あのさ、由飛くん」 「そうですね、変ですね、すいませ~ん♪」 「いや、だからね…」 そこできっちり韻を踏むし…「ごめんなさい、わたし、調子に乗ると、こうなっちゃうんですよ。後気をつけますね」 「そ、そんなに気にすることないのよ?誰だって楽しい時は歌い出しちゃうものだし」 そんなことはない。 けど、俺は由飛くん全肯定派だから、あからさまにそういう反論はできない。 「いえっ、職場はチームワークが大事ですから!」 「う、うん…わかってくれれば、ね!」 ブツブツ言ってたかすりさんも、相変わらずの由飛くんの雰囲気に飲まれて、“ま、いっか”な態度になってる。 「はいこっち、カプチーノ。ってらっしゃい由飛くん」 「はい店長♪風美由飛、メイドさんモード発動です。ゃなりしゃなりと行って参りま~す」 「あ、あはは…」 まだなんか違う…「ふふっ…面白い娘ねぇ」 「面白すぎるけど」 「かすりさんに面白いと評される人って、かすりさん以外に見たことがないなぁ…」 「仁くん、あんたとは一度、ベッドの中でとことん話し合う必要があると思うの」 「おい! 話し合いはいいが、場所をわきまえてよ!」 「申し訳ありませ~ん!お怪我、火傷はございませんか~?」 「みなさん落ち着いて~すぐに片づけに参りま~す♪」 「店長、店長、高村店長~モップとチリトリお願いしま~す♪」 「すぐに参ります~しばらくお待ちを~♪」 「………」 「………」 「店長てんちょ~!早く早く~!」 「ま、待て…」 「そんなこと言ってたら、みんな閉まっちゃいますよ」 「そうは言っても…いくら当番でないとはいえ、皆を置いて先に帰るのは…」 「お買い物が終わったら、後で戻って来ればいいんじゃないですか?」 「それはそうかもしれんけど…俺店長だし」 「でも約束しましたよね?お給料入ったらお買い物つきあってくれるって」 「休みの日かと思ってたんだよ…」 「待てませんそんなに!わたし、したいことや欲しいものがあると、もう全然我慢が効かないの」 「そうなの?」 「これで今日大人しく帰ったら、お買い物がしたくてしたくて、眠れなくなっちゃいます」 「難儀な性格だねぇ…」 「だから早く!あと40分しかありません~!」 「し、しかし…」 「え~い! こうなったら!」 「いててててっ!こ、こらっ、手首を思いっきり掴むな~!」 「さあ急ぎますよ~!あと39分40秒!蛍の光まであと…34分30秒です!」 「折れる折れる折れる~!」 ………今日は、待ちに待った給料日。 …いや、経営側からすれば、延ばしに延ばしたかった給料日。 『お給料出たらお買い物につき合ってくださいね』つい先日、由飛くんから出た魅力的な提案に、俺はもちろん、一も二もなく賛成した。 いや、そのことを知った明日香ちゃんの目が冷たかったけど…「へ~…こんな感じなんだぁ。たし、フードコート以外に行くの、実は初めてです!」 「俺も…」 「お互い、ここで働いてるのに、疎いですね」 「しょうがないじゃん。業時間内は俺たちも働いてるんだし」 ………まぁ、そんな約束のせいで、こうして、『ファミーユ閉店直後』のブリックモールを、二人で駆けずり回ることになった。 ファミーユの閉店時間が19時。 ブリックモール全体の閉店時間が20時。 そのタイムラグの一時間分が、今回の俺たちのタイムリミット。 いつもは、閉店後の掃除や仕込みで費やされるこの一時間を、今日は皆の好意で免除してもらった。 …やっぱり明日香ちゃんの視線は冷たかったけど。 「えっと…2階か」 案内図を見ていた由飛くんが、ようやく目当ての店を見つけたらしく、もう一度、エスカレーターへと向かう。 「さ、店長、早く早く!」 「はいはい…」 などとやる気のない言動を見せつつも、俺だって実は、この時間を楽しんでる。 何しろ、女の子と買い物なんて久々だし、以前、こういう買い物につきあってくれてた女の子は、とことん実用的な買い物しかしなかったし。 …まぁ、要するに里伽子だけど。 「さ、着いた」 「え…?」 由飛くんが、まず連れてきた場所は…「さて、選ぶぞ~店長、サイズはいくつ?」 「ま、待て待て待て!」 ヤングカジュアル…はともかく、男性用?「ゆ、由飛くん?君、欲しいものがあって急いでたんじゃないの?」 「ええ、そうだけど?」 「それが何で男物を?」 「だからぁ、店長へのプレゼントが欲しかったんですよ」 「はぁ?」 「ほらほら、初めての給料って、『お世話になったあの人に』使うのが普通じゃないですか~」 「あ、あのなぁ…」 「で、いつもお世話になってる店長さんに、何かプレゼントをと思ったら、いてもたっても…」 もしかして…自分の稼いだお金を使いたかっただけ?「なんか違うだろ、それ…」 「…そうかなぁ?」 「『お世話になったあの人』ってのはさ、今まで育ててくれた両親とか、兄弟とか…そういった『家族』のことなんじゃないの?」 「か…家族?」 「俺なんかじゃなくて、ご両親とかにプレゼントしたら?それなら、選ぶの手伝ってあげるからさ」 「………」 「由飛くん?」 「両親は…マズいです」 「なんで?」 「だって、バイトしてることが知れたら…あ、いえ」 最後の方の台詞は、由飛くんにしては声量が小さく、聞き取ることができなかった。 「だったら、兄弟とか…いないの?」 「妹が一人、いるにはいますが…」 「だったらその子にあげればいいじゃん」 「それは、さらにマズいです…」 「なんで?」 「………」 とうとう、黙り込んでしまった。 一体、由飛くんの家族にはどんな秘密が?「あ、あのさ…由飛くん?」 「どうして…」 「は?」 「どうして、貢がせてくれないんですか店長!?」 「人聞き悪っ!?」 「別にいいじゃないですか!わたしが自分のお金をどんな風に使おうが!」 「け、けど…無駄遣いは…せっかく一生懸命働いて得たお金なのに」 「ああもうっ! お金にうるさい上に真面目なんだから~!」 今は経営者ですから…お金の重みが嫌と言うほどわかってしまうのだよ…「店員さん、採寸!」 「え?」 「はい、こちらの方でよろしかったですか?」 「そう! で、オーダーメイド!予算こんだけ! 全部使って!」 「うわぁっ!?」 手取りで渡した給料袋を、そのまま差し出しやがった!?「かしこまりました。はサイズの方測らせていただきます」 「待て! 待ってくれぇ~!」 「往生際が悪いですよ店長!さっさと体の力を抜いて、楽になりなさい~!」 「そんな無駄遣いするんなら貯金しろ~!」 ………こうして…由飛くんの初めてのバイト料は…全額、俺のシャツ1枚とネクタイに変わってしまった。 何のために働いてるんだ、この娘は…?「あ~、楽しかった。来上がったら着て見せてくださいね~」 「本当にいいのかよ…あれ、俺の持ってる服の中で一番高いぞ?」 何しろ普段はユ○クロだし。 「大丈夫大丈夫!一応、仕送りで生活できてますし」 「仕送り…?由飛くん、学生だっけ?」 「あっ…」 「確か、履歴書の欄には…」 学生なんて記述は…「えっと、その…あ、そうそう!定職にも就かずにブラブラしてるっていうやつですかっ!確か…パラサイト?」 いや、その言い方は痛いって…「だったら余計無駄遣いなんかすんなよ。しでもご両親に返して…」 「だ、大丈夫大丈夫!ウチって両親も二代目のごくつぶしですから!だから全然問題ないです」 「三代目のごくつぶしが偉そうに言うな」 「さっきの服…返品なんて言いませんよね?もう駄目ですよ? 仕立てに入っちゃいましたから」 「………」 「ね? お願い…初めて自分で働いて稼いだお金なんだから、一度だけ、好きに使わせてください」 「…しょうがないなぁ」 その『好きに使う』というのが、俺の服に化けるのは釈然としなかったけど…「よかったぁ…ありがと店長。感謝ですっ」 「いててててっ!?」 それでも、俺の幸運の女神のワガママだ。 聞き入れることに、価値がある。 「さてと、じゃ次はどこ行きましょうか?アクセサリーなんか見たいな」 「もう、時間だよ」 「え…?」 「ほら、蛍の光」 「あ…」 ブリックモールの閉店5分前を知らせるBGMも、他のデパートとかの例に漏れず、蛍の光だったりする。 まぁ、もともとスコットランド民謡なんだから、この、中世ヨーロッパの街並みを模した場所には、相応しい音楽なんだけど。 「帰るよ、由飛くん」 「………」 見ると、どのお店も閉店準備を始めてる。 そろそろ、ここに俺たちお客様の居場所はなくなる。 …なのに。 「由飛くん…?」 「…かわいい」 彼女の足は、いきなり石化した。 目の前の、アンティーク家具のお店の前で。 「店長…ほらっ、可愛いよこれ」 「ピアノ…?」 彼女が見つめていたのは、店先に展示されていた、アンティークピアノ。 ピアノ教室とかでよく見る黒塗りのものじゃなくて、木目まで見える、小さめの…いや、もちろん、『ピアノとしては』という但し書きがつくけど。 そういう、おもちゃのようでいて、ものすごく名器のようにも感じられる、一台のピアノ。 「調律してあるかなぁ…?」 「ただの飾りでしょ」 「う~ん、そうかぁ…弾きたかったのになぁ」 「由飛くん、君ってピアノ…」 「弾けますよ、ちゃんと。うぞお試しください」 「え…?」 見ると、さっきまで片づけをしていたご主人が、いつの間にか、俺たちの後ろに立っていた。 「でなきゃ、そんな値段はつけません」 「…うげ!?」 値札を見て、その7桁目の数字にたまげた。 いや、もしかしたら、8桁目がないだけマシなのかも。 「いいんですか? 弾いて…」 「ええ、どうぞ。いてみなければ価値はわかりませんからね」 「そういうもんなの?」 この店に飾ってある以上、楽器としての価値よりも、骨董としての価値が重要なんじゃないかって思うんだけど…「じゃ、お言葉に甘えて♪」 「お、おい…」 由飛くんは、俺の物怖じなんか何処吹く風。 スカートを翻し、姿勢正しく椅子に座り。 そして…「あ…」 「ほう…」 店内放送と、競演を始めた。 つまり、蛍の光…………あまり、ノスタルジーを感じさせない、なんだか楽しげな蛍の光。 もとがそんな難しい曲じゃないせいだろうか。 由飛くんは、ミスひとつせず、目を閉じて、気持ちよさそうに、適当に、ほんとにいい加減に、弾く。 「彼女…プロ?」 「んな馬鹿な…たかが蛍の光じゃないですかぁ」 「けど…あのピアノ、かなり癖があってね。めてであそこまで普通に弾けるって、あり得ないんだけど」 「…え?」 「ちょっと…並じゃないよ」 「う、う~ん…」 などと言われても、聞こえてくる音は普通なので、俺にはどこがどのように凄いのか、わかるはずもなく。 ただ、閉店まで、主人と一緒に、由飛くんのピアノに、聞き惚れているしかなかった。 ………「ふぅ~ん、ここが店長のお部屋なんだぁ」 「ちょっと散らかってるけど、その辺適当に座ってて。、コーヒーでも…」 あれ?「あ~、いいえ、おかまいなく~」 何か今、頭に閃いたような…?「~!」 「っ!?」 な、なんだ?花鳥玲愛のやつ…?自分からベランダに逃げたくせに、見つかる危険を冒してまで、窓から顔を覗かせてやがる。 しかも、ある一点を必死に指差して…そこには、テーブルがあるだけ…「あ~!?」 「きゃっ!?」 「ごめんごめんごめん!テーブルの上散らかっててさぁ!」 「あ、あの…店長?大丈夫?」 「だ…だいぢゃうう゛…うう…」 体の下敷きになっている二つのカップが、肋骨を折りそうな勢いで食い込んでるけどさ…「ちょ、ちょっと食事中だったから…ゴメン今片づけるからさ、しばらくそっちにいて」 「…はぁ」 俺は、由飛くんに見つからないように、その二つのカップをキッチンへと運び、あらためてコーヒーメーカーをセット…今度は、さっきよりも薄めで。 「わ~こっからベランダに出れるんだ~」 「行っちゃダメ~っ!!!」 ………「…美味しい」 「安めの豆だけどね」 「そんなの関係ない…店長が淹れてくれたんだもん。店とおんなじくらい美味しいです」 「くぅ~っ」 これだよこれ…由飛くんは、いつも俺に元気を与えてくれる。 しかも、自分で意識しないうちに。 これが、天性ってやつなんだろうなぁ。 …間違っても、某妹にはないものだ。 「本当に美味しい…来て、よかったなぁ」 「そんなのでよかったら、いつでも淹れるからおいで」 「言わない方がいいですよ、そゆこと」 「なんでさ?」 「毎週は迷惑でしょ?」 「………」 毎週、来る気、あるってことか、それって?「あったかい…」 「寒かった? 外?」 「うん…ほら、手なんかこんな感じ」 「うわ冷てえ…」 それに、いつもの握力がない。 きっと、かじかんでるせいだ。 「うわ、店長あったか~」 俺の手を掴んで、無邪気に“にぎにぎ”する。 よく考えたら、これって“イチャイチャ”に分類される行為かも…「…で?」 「ん~?」 「ここに来た本題。ろそろ話す気になった?」 「………」 “にぎにぎ”は続けたまま、由飛くんが沈黙する。 けど俺は、その先は促したりしない。 由飛くんの家族とか、生まれとか、歴史とか。 今までは聞かなくても、うまくやっていけたこと。 けれど、少しだけでも、裏側を知ってしまった今…それはもう、今まで通りでいるためにも、踏み込まなければいけない領域なのかもしれない。 「店長…」 「ん?」 「呼び方…変えてもいいかなぁ?」 「…どういう、こと?」 「わたし、これから話すこと…ただの『店長さん』に聞いて欲しくないんだ」 「え…?」 「お店の仲間じゃなくて…仲間に。ァミーユの店長じゃなくて…高村仁ってひとに聞いて欲しい」 「………」 「恵麻さんの『じんくん』、かすりさんの『ひとしくん』、明日香ちゃんの『せんせ』と『てんちょ』」 「みんな、特別な響きを持ってる」 「けど…わたしの『店長』は、ただの店長だから…だって新参者だし、ね」 「…まだ、そんな風に思ってたの?」 「ちょっとだけね、ちょっとだけ、疎外感」 「俺は…君との出会いに、運命的なものを感じてたんだけどなぁ」 「…え?」 あのとき俺は、『たまたま』忘れ物をして、ブリックモールに戻って…そこに由飛くんがいて、だけど俺は、最初は不採用を決め込んで…けれどその場所で、興の乗った由飛くんが、『なんとなく』歌ったから…………「そこまでの偶然が重なり合って、俺たち、今ここにいるんだぞ?」 …さすがに後半の部分は、いくつかはしょらせてもらったが。 それでも、彼女の表情を見ると、俺の言いたいことは伝わったみたいだ。 「………運命的~」 「っ…だろ?」 由飛くんの手が、体温を段々と取り戻し、そして、俺の手を握る力を強くしていく。 でも、今はそれを痛がることで、この空気を壊したりはしたくない。 「そうだね…あなたとわたし、なんか変だよね?」 「変…って」 「あ~、もう、いい言葉が浮かばないだけっ!変って言うか、合いすぎるって言うか~」 「で?」 「え? なに?」 「呼び方、決まった?」 「…選んでいいの?」 「ご随意に」 「じゃあ、『じんくん』」 「ぐ…」 「あはは…冗談冗談。れだけは取れないよ~」 『じんくん』は“きょうだい”の証。 誰もが踏み込んでこない聖域。 …そこを、交渉材料に使われた。 やるなぁ、この天才。 「ん~と、じゃあね………『由飛』」 「は?」 「ほら、復唱。由飛』」 「いや、今は俺の呼び方の話であって…」 「お互い、一皮むけようよ~。命の二人なんだよ?」 「ゆ…由飛、くん?」 「ぶぶ~、減点1」 「く…」 「ふふ…」 「………」 「どうしたのかな~?」 「………由飛」 「な~に? 『ひとし』」 「………」 「いいよね? 『ひとし』?」 「それは…」 当然、こう来るわな。 その為に『じんくん』を交渉材料に使ったんだから。 けど…「………」 「…だめ?」 「…何がだ? 由飛」 「あ…」 いいじゃないか。 もう、何も、問題なんかない。 だって、なぁ。 「ひとし…?」 「だから何がだよ…由飛」 「あはは、あはははは…なんか、つきあい始めちゃったみたいだね?」 「う、うわ…ちょっと」 由飛が、肩を掴んで、ぽんぽんと叩く。 親愛の情と、少しの安心に満ちた表情で。 だから俺も、俺の肩に乗せてある、由飛の手を取って…「由飛………っ!?」 「………」 なるべく窓の外に気を取られないよう、由飛を窓よりに座らせてるせいで…その向かいに座ってる俺にしてみれば、花鳥玲愛の反応が、結構ダイレクトに伝わってくる。 「………(ぷい)」 「ほっ…」 とりあえず威嚇は終わったらしい。 また、ベランダの隅に隠れてくれた。 「それじゃ、儀式も終わったことだし…仁に、わたしの話、聞いてもらうね」 「え? あ、ああ…」 そうだった…むしろ、これからが本番だ。 由飛と、その妹である花鳥と…花鳥家と、風美という姓についての、ちょっと深くて、『他人』に話せない話。 仲間だから、やっとこさ、勇気を振り絞って、相談できる、打ち明け話。 ………「風美の両親は、10年前と5年前に、それぞれ、亡くなった。由は、まぁよくある病気なので割愛」 「ふうん…」 確かに、よくある話だ。 ………俺にとっては。 「それで、独りぼっちになってしまったわたしを、親切にも引き取って育ててくれたのが、花鳥さんというお宅でした。でたしめでたし」 「そうなんだ」 「それだけ」 「………」 「………」 「…んなわけないだろ」 そこまでなら、先週時点でほとんど知ってた話だ。 そして、それだけだったら、由飛がここに来る理由なんかない。 「えっと…花鳥さんのお宅には、わたしと同じ学年で、三ヶ月だけ年下の女の子がいたんだけど…」 「それで、由飛の方がお姉さんなのか…」 「最近、ほとんど話せてない」 「………」 お向かいの店で働いていながら…一人は、ずっと顔を合わせないように隠れ続け、もう一人は、存在を知りつつ、無視し続けた。 喧嘩もできない、仲の悪い姉妹。 「やっぱり…わたしだけ、大学行かせてもらったせいかなぁ…玲愛ちゃんの方が頭良かったのに」 「大学…行ってるの?」 「大和音大の、今、2年生」 「音大か…どうりで。つも歌に囲まれてるんだな」 「ううん、専攻はピアノ」 「そ、そうなの?」 「歌は本当に、ただの趣味。たしなんて、声楽科なんか入れないよ」 俺にしてみれば、十分上手く聞こえるんだけど…どうやらプロの声楽家ってのは、素人には考えも及ばないほどの厳しい世界らしい。 「子供の頃から、ピアノが好きで。のことはなんにもできなくても、たった一つだけ、自慢できるものがあって…」 「花鳥の一家が引き取ってくれたのも、その、たったひとつの自慢のおかげ。たしが、花鳥のお母さんの教え子だったから」 「ピアノの…?」 「うん、花鳥のお母さんのお父さんが、フランスの有名なピアニストで…」 「フランスの…ああ、だから…」 花鳥玲愛の髪の色の秘密は、こんなところにあったのか。 「そう、玲愛ちゃんは、ハーフだから。染めてないよ、あれ」 「わかるわそんくらい」 「ふふ…だから、あの家は、音楽に対してすごく甘いの」 「勉強のできないわたしが大学通わせてもらってるのも、ピアノが弾けるから」 「あのさ…ひょっとして、金持ちの家?」 「う~ん、ま、そうかな? 音大って入学金高いでしょ?それに防音装置の行き届いたマンション用意してくれて、グランドピアノ入れて…」 「………」 なんか…世界が違う?「でも、玲愛ちゃんは…」 「あいつも何か音楽やってたの?」 「わたしが引き取られてきた頃は、一緒にピアノやってたけど…」 「あいつが…ピアノぉ?」 ビジュアル的には十分イメージできるのに、そこにあの性格が加わると、途端にミスマッチだ。 あいつは芸術家というよりは、技術者だよなぁ…「でも、学園に入った頃にはもうやめちゃってて…それで、学園を卒業したら、さっさと就職しちゃって」 「なるほど…」 義理の娘は、両親の期待に応え、純粋培養されて…実の娘は、両親の思惑に反抗し、厳しい社会に出て…「それ以来、実家に帰っても、ぎくしゃくしちゃって…実は大学に入ってから、この前まで一度も口を聞いてなかった」 「思うようにいかないよなぁ…人生って奴ぁ」 「実感してる…」 それで、今日、俺のところに来たってことか。 「…で?由飛は、どうしたい?」 「もう一度…昔に戻りたいんだけど…」 一度なくしたきっかけは、そんなに簡単には、見つかるわけもなく…か。 でも…a家族のこと、好きって言えるの…大切なことだと思いますよ答えは、自分で言ってるのに…「ちょっと空気入れ替えるな…」 俺は、さり気なく窓際へと向かい、ほんの少しだけ、窓を開いて、換気の『ふり』をする。 「好きだって、面と向かって言えばいいじゃん」 「えぇ?」 「好きなんだろ? あいつ。 花鳥玲愛。 …俺は苦手だけど」 「苦手なんて酷いなぁ…本当は、とっても優しい娘なんだよ?」 「でも実は由飛だって苦手だろ?好きかもしんないけど」 「う…」 俺にはわかる…こういう、素質と感覚で生きてるような人間は、玲愛みたいに、経験と知識で生きてる人間からすれば、水と油みたいな関係だってことが。 「あいつ、口うるさいもんな。んだけ色々言われたら、そりゃ、避けたくもなる」 「そんなんじゃないってば…ただ…本当に、自分でもわかんないうちに、話せなくなって、距離もできちゃって…」 「昔は仲良かったって本当か?」 「もう! よく聞きなさい!」 ………それから10分間は、二人が『きょうだい』になる前の話。 5年以上前の、思い出話のダイジェスト。 一緒に旅行に行ったり、一緒に学園に通ったり…玲愛に勉強を丁寧に教えてもらったこと。 玲愛にピアノを教えようと思ったけれど、ちっとも自分の意図が伝わらなかったこと。 しっかりものの玲愛、情けない由飛。 見てもいないのに、その光景が鮮明に思い描けるくらいに、生き生きとした語り口。 由飛は、おしゃべりでも、天性の魅力を発揮してしまう。 「…と、いうわけで」 「由飛…」 「何よ?」 「今言ったこと…そっくりそのまま妹に伝えたらいいんじゃないの?」 「………」 「………」 「…それが出来るなら、こんなとこに来ない」 「そうだな…お前、俺に相談に来て正解だよ」 「…そうかもね。りあえず、聞いてもらってスッキリしたし」 …俺の言ってるのは、そういう意味じゃないけどね。 「そろそろ、帰る」 「少しは役に立てたか?」 「というよりも、収穫あったし」 「収穫?」 「そう、収穫。? 『ひとし』?」 「あ…ああ…そうだな、『由飛』」 「これからも相談に乗ってよね?わたしの『運命のひと』!」 「痛ぇ!」 最後に…由飛は、もう一度、俺の手を、強く握った。 そうか…あの握力は、ピアノレッスンの賜物だったんだな。 ………「…っ!」 ………「くしゅんっ!」 ………………「ただいま…花鳥?」 由飛を駅まで送って戻ってきたら、玄関ドアの鍵が開けられていた。 どうやら、俺が出てるうちに、自分の部屋に戻ったらしい。 テーブルの上を見ても、書き置きらしきものはない。 なんだよあいつ、帰るなら一言…「…あれ?」 帰るなら…一言…「な…なんだこりゃ!?」 その一言は、鏡の中にしたためられていた。 大きな傘の左側に『ひとし』右側に『ゆい』…そして傘の先端には、ご丁寧にハートマークまで…「う~ん…」 「うう~ん」 「何やってるの仁?さっきからお店の中と外、行ったり来たり」 「いや、なんかね? 最近妙なんだよ」 「そうかなぁ?お客様も増えてきたし、順風満帆に見えるけど?」 「いや、確かにそうなんだけど…なんというか、妙なんだよ」 「ん~、言ってる意味、よくわかんないなぁ。たしにもわかるように説明してよ~」 「由飛ちゃんお願い。の25番テーブルのお客様」 「あ、は~い、行ってきま~す。ゃ仁、後でね」 「あ、ああ、行ってこい」 「承知しました店長様~♪」 「あ、あはは…」 ………最近、妙だ。 全体としてのファミーユの売り上げは上昇傾向。 ケーキの値下げ作戦で一時は落ち込んだ利益も、きっちりと黒を出せるくらいに取り戻した。 ケーキの売り上げは、開店週の2倍近く。 けど、持ち帰りのお客様が増えたばかりじゃなく、来店されるお客様も増えていることが帳簿からわかる。 その、来店されるお客様の比率が、最近妙だ。 店内のフロアの方は、賑わってはいるものの、先週や先々週とそれほど来店数が変わっていない。 そう、不思議なのは、共有スペースのオープンカフェ。 「増えたなぁ」 各店共有のオープンカフェが、最近、かなりの賑わいを見せている。 下手をすると、ウチとかキュリオとかの、店内スペースよりも混んでたりすることが多い。 もともと、オープンカフェの方は、二つの用途があった。 一つは、無料休憩所としての使い道。 お客様が、どこで買った食べ物を持ち込んでもOK。 できれば、お近くのお店でお飲み物をご注文ください。 もう一つが、店内に入りきれない場合の、追加席。 持ち帰りと同様、前払いのため、少し不便をおかけして申し訳ございませんが、ご注文の品は、後でお席まで運ばせて頂きます。 最近、その『追加席』としての使われ方が、かなり増えている。 それも、店内席がまだ空いているのに。 オープンカフェは、店外にあり、しかも各店のお客様と店員が入り乱れているため、どうしても店内と比べて、提供できるサービスに限界がある。 なのに、どうして…?「ただいま戻りました~仁、続き続きっ」 「あ、ああ…」 「ごめん由飛ちゃん、今度は中。番のお客様にこれお持ちして」 「謝るなんてとんでもないっ、お客様に感謝です」 と、すかさず由飛は、プレートをひっつかむと、また、踊るような足取りで、フロアに入っていく。 俺は、その様子を、なんとなく微笑ましく観察し、そして、目をまたオープンカフェの方に向けて…「あ…」 ちょっとだけ仕事を離れて、25番テーブルへと向かう。 ………「よ」 「繁盛してるみたいね」 「お前のおかげでもあるさ」 「あたしは部外者だから関係ないけど」 「こんなとこにいなくてさ、中入ってくればいいのに。ーヒーくらいならご馳走するぞ?」 「店内で、そういうあからさまな贔屓はよくない。こだって、こういった会話は望ましくないわね」 「………」 わかっちゃいたが、相変わらずだなぁ。 「で、就活の調子はどうよ?どっか内定取れた?」 「3年の段階から内定まで行こうなんて思ってないわよ。は情報収集の時期」 「そうか、頑張ってくれ。も再来年続くからな」 「…本当に、来年は棒に振るの?」 「見ろよこの繁盛っぷり。てもじゃないが大学に戻ってる暇なんかないぜ?」 「………」 大声で、あまり自慢にならない自慢を披露する。 「ま、ゆっくりしてってくれよ。日、このあと空いてる?」 『できれば、久しぶりに飯でも』と言いかけた俺の口を、ただ首を横に振るだけで止める。 「残念。ゃ、またな」 「…そういえば」 「…なんだよぉ」 無意識で俺を振り回しやがって…「あれも仁の作戦?」 「作戦…?」 「あたしだったら絶対に許さないけど…でも、結構評判になってるみたいね」 「なんのことだ?」 「ほら、彼女…風美さんだっけ?」 「ああ、由飛のこと?」 「………」 「ん?」 「彼女の、とても独特な接客」 「…なんだそれ?」 「…ご存じない?」 「もしかして…由飛のやつ、また何か?」 「…百聞は一見にしかず、ね。ょっと後ろに隠れて」 「え…?」 「もしかしたら彼女、あんたたちには内緒でやってるのかも」 「ど、どういう…?」 「しっ」 里伽子に促されて、彼女の席の後ろにしゃがみ、由飛が近づいてくるのを待つ。 ………そうすると…「苺ショート、ミルクレープ、ガトーショコラ~お客様、お客様、お待たせいたしました~♪」 「は~い!」 「ただ今参ります~」 「な…」 あれは…かすりさんや、恵麻姉さんに止められて、やめていたはずの…「まだ顔出さない。れからが本番なんだから」 「本番って…」 「たっぷり生クリーム、おっきな苺、柔らかスポ~ンジ~イチゴのショートケーキお待たせです~♪」 「それわたし~」 「しっとりクレープ、まろやかクリーム、しっとりクレープ、まろやかクリーム以下省略♪ミルクレープのお客様~」 「あはははは、こっちこっち」 「作ってみればすっごく単純。べてみればこんなに美味しい~シフォンケーキのお客様~」 「そう言われると、なんか本当に美味しそうに感じるね」 「だって本当に美味しいんですもの。っくりたっぷりとご堪能くださ~い」 ………そうか、オープンカフェの奥の方だったら、俺たちの目が届かないと思って…「ある意味、大したものね。れ、全部即興で歌ってるんでしょ?」 「………」 確かに、すごい。 しかも、なんかお客様にも大ウケだ。 まさか…フロアじゃなくて、オープンカフェの方が流行る原因って…?「あっ!?」 「あ…」 「仁…じゃなくて、店長…」 いつの間にか身を乗り出して聞いてたせいで、戻ってきた由飛に見つかってしまった。 お互いに、気まずい空気が流れる。 「………」 俺たち二人を挟んでも、里伽子はマイペースで、コーヒーを口に運んでるけど。 「あの、見てました?」 「まあな」 「えっと、その…ちょっ、ちょっと調子に乗っちゃって!いつもはしないんですよ~」 周りのお客様がくすくすと笑っている…あからさまに『そんな訳ないない』と手を振って、俺に教えてくれてる人もいる。 …ガッチリとお客様をつかんでるなぁ、由飛。 「ねえ、怒る? みんなに言いつける?お給料下げられちゃう? 店長、店長ってば~」 お客様の視線が俺と由飛に集中する。 けれど、そのまなざしの優しいこと。 というか、何だかアトラクションでも見てるような…「総店長には内緒だぞ…」 「店長っ!」 「うおっ!?」 何だこれは?どっかの舞台か?少なくとも、喫茶店の客席とはとても思えんぞ?「ありがとう店長っ!わたし、今まで以上に頑張りますっ」 「いててててっ!」 いつもの、人の手を握ってぶんぶんと振り回す、由飛のスキンシップが始まった。 これが由飛の握力にかかると、強烈なクロー攻撃として対象者を襲う。 …けど、まあ、今日はいいか。 許し合うことが大事だからな。 「ありがと、仁。礼に今度、またお買い物つきあってね♪」 「それお礼じゃないし」 「そんなこと言わないでさぁ。た、何かプレゼントするから」 「………」 「あ…」 俺たちは今、お客様に聞こえないように、ひそひそ話をしていた。 しかし、俺たちに挟まれていた、とある一人のお客様に関してはどうだっただろうか?「それじゃ、里伽子さんもごゆっくり~」 「あ…」 図ったか、それとも天然か…「………」 「あ、あはは…」 「ふふ…」 「あはははははっ、いや、参ったなぁ」 「そうね…ふふふ…」 「はははははは、あっはははははは~」 「何がおかしいのよ?」 「いえ、何も…」 ドスが利いてた。 「仁…」 「由飛…」 「ここまででいいから…」 「いや…向こうまで送るよ」 「いい…決心が、鈍るもん」 「………」 「………」 「由飛…やっぱり俺…」 「ストップ」 「あ…」 「二人で、決めたことだよね?」 「でも…でもさ…こんなの」 「大丈夫…大丈夫だよ、仁。ってわたしたち…どんなことがあっても、ファミーユの“家族”だから」 「っ…」 「仁…わたしのこと、忘れないでね?」 「忘れるかよっ!」 「ふふ…ありがとう。当に、優しいね」 「由飛こそ…辛かったら、いつでも戻ってきてもいいんだからなっ!」 「仁…」 「………」 「…行ってくる!」 「由飛…由飛!頼んだぞ…っ!」 ………………「………由飛」 ………「さてと、朝礼朝礼」 「…せんせ」 「ん~?」 「…どういうこと? あれ」 「今日が祝日で本当に良かったなぁってこと」 「…さっぱり意味がわかんないよ」 「朝から明日香ちゃんがいてくれるおかげで、こういう変則シフトが組めたってことさ」 「変則すぎるって!なんなのあれは!?」 「モンブランとアップルパイ。ージリン2つお待たせしました」 「あれ…?君、確かファミーユの…?」 「本日のみの特別シフトとなっております、ご主人様♪」 「へえ…そうなの?」 「本日はテスト的に実施しておりますが、今後もリクエストが多ければ、柔軟に対応していきたいと考えております」 「うん、面白い試みだね」 「ありがとうございます♪あ、行ってらっしゃいませご主人様~!」 「結構…板についてますね」 「メイドにしては、ちょっと元気がありすぎるけど…」 「はい、ツナサンド…ったく、なんでボクがこんなこと」 「それが店長の本来の職務だったからでは?」 「ところで店長…これって一体、どうしてこうなってるんですか?」 「カトレア君の代打…って仁くんが連れてきた」 「…なんでファミーユの店長がウチのヘルプを斡旋してくれるんです?」 「そりゃ、カトレア君と川端君がいないという、キュリオ未曾有のピンチだからじゃないの?」 「だから、その未曾有のピンチを、なんでウチの店長でなく、ファミーユの店長が救うのかということが…」 「君ら何気に酷いな…大体、この未曾有のピンチを、なんでウチのスタッフでなく、ファミーユのスタッフが救ってるかってのは考えた?」 「………」 「………」 「…言ってて虚しくなってきたね」 「頑張りましょうか、私たちも」 「…そうね。ーフがいないからって、サボったらダメですよ、店長」 「やだなぁ、真面目に働くのって、ボクの性分じゃないのに」 「追加オーダーお願いします~♪冷たくて甘くてとっても美味しいアイスクリーム。ニラに、チョコに、ゆずシャーベット~♪」 「は、はい~!」 「…私たちもアレやった方がいいのかな?」 「お帰りなさいませご主人様~♪」 ………………「あ、すいません、今日はもう閉店…」 「仁…」 「…え」 「ただいま…」 「まさか…まさか…っ」 「帰ってきた…わたし、帰ってきたんだよ…仁!」 「由飛………由飛ぃぃぃ~っ!!!」 「仁…仁仁仁!う、ううう…仁ぃぃぃ~っ!!!」 「お疲れ~」 「緊張した~!」 「ほれ、チャイ淹れたから。ったまるぞ~」 「うっわ~!この一杯のために頑張ったよ~」 「ホント悪かったな…突然、こんなことさせちまって」 「ううん、だって…玲愛ちゃんの代役だから、わたしがしなくちゃいけないこと」 「…うん」 花鳥玲愛は、まだウチのベッドで眠っているだろうか?とにかく、彼女が風邪をこじらせた上に、サブチーフの川端さんまで所用で外れていた今日。 キュリオは、珍しくも、ウチよりもピンチだった。 「玲愛ちゃん…喜んでくれるかな?」 「ひょっとしたら…『余計なことしないで』って、怒られるかもな」 「うう…」 ピンチをピンチのまま放っておくと、際限まで責任をかぶってしまう難儀な奴のため…俺は、『家族』に責任を取ってもらうことにした。 「地道に稼いでくしかないだろ?今まで逃げてきたんだ。単には、取り戻せないよ」 「うん…」 「由飛の『好き』が伝われば、きっと、いや、必ず伝わるさ」 「うん…そうだねっ」 そして、『今ここにいる家族』は…嬉々として、その役目を請け負った。 いつか離れてしまっていた妹のために。 いつかまた、手を繋ぐ日を夢見て。 「けど、伝わっても悪態つくかもしれないけどな。いつ、照れ屋だから」 「む~…」 「ん? どした? 由飛」 「その、玲愛ちゃんのことわかってるっぽい言い方、気になる」 「はぁ? なんだそれ?」 「部屋に泊めたって言ってたよね?」 「だ、だからそれは…あいつが急に倒れて、鍵がどこにあるかわからなくて」 「玲愛ちゃんが寝てる間、何かした?」 「するかっ!」 「………」 「ま、待て待て待て!何だその疑惑120%な眼差しは!?」 「…まぁ、信じましょう。がそんな浮気性だなんて思いたくないし」 「浮気性てなんだそれは?俺の本妻は今どこで怒りに胸を震わせているって!?」 「たまにはこういうのもいい?」 「話をコロコロすり替えるなよ…」 妹との和解を夢見て、店長の不倫を責め立て…そして今は、初めて着た制服を、目の前の男にお披露目している。 「本格的なメイドさんっぽいね、こっちの方が」 「…ウチのはちょっとアレンジしてあるから」 と、由飛は、今までの踊るようなステップを止めて、俺の前にかしずく。 その瞳に、優しい微笑をたたえる。 その仕草に抗える男なんか、少なくとも、俺の身内にはいない。 「お帰りなさいませ、ご主人さま」 「…ただいま、由飛」 「お風呂になさいますか?それともお食事?それとも…その…あの…あ・た・し?」 「そら新婚さんだ馬鹿者!」 …自ら外しさえしなければ、な。 「いったぁ!もう、嬉しくないの? 仁!」 「今はそういった感情論の話をしてる場合じゃない!」 「…つまり、感情論としては嬉しいのね?」 「詮索するな」 「それにしても難しいね…メイドと若妻の相違点って一体…?」 「…まずは根本的な勘違いを正すところから始めよう」 「ほんっと上手いなぁ。すが音大生」 「何言ってるの~。のくらいなら、誰でもちょっと練習すれば弾けるよ」 いつの間にかお馴染みになった、定休日の前日、火曜夜の『デート』。 ファミーユが終わると、速攻で着替えて、閉店まであと1時間のブリックモールを二人で歩く。 今日は、アクセサリーショップで足を止めて、この間のプレゼントのお礼ってことで、由飛にリングを買った。 そういうわけで、今、ピアノを弾く由飛の右手の薬指に、銀色の小さな輪っかが光っている。 「誰でもったってなぁ…んじゃ、俺でも?」 「もちろん!あ、そうだ、先生やってあげるよ。ょっと弾いてみて」 そうやって、ぶらつくところは毎回変わっても、閉店間際に寄る場所は、いつも変わらない。 2階の一番奥。 初老のおじさんが経営する、アンティーク家具店。 そこの店頭に飾ってある、いつまで経っても買い手のいない、アンティークピアノ。 「え? お、俺!?ダメだってそんなの。笛だって満足に吹けなかった男だぞ」 「何事もチャレンジだってば、仁。、座った座った」 「お、おい、ちょっと…」 今まで腰掛けていた椅子から立ち上がり、俺を無理やりその椅子に座らせる由飛。 最近だと、俺たちが店先をのぞくと、なに気を使ってんだか、ご主人が店の奥に引っ込んでしまう。 そうして閉店までのたった数分間、由飛のピアノの音色に耳を傾けるだけの時間を、ゆったりと過ごしていたんだけど…今日は、どうも毛色が違う。 「さ、何が弾いてみたい?なんでも弾けるようにしてあげましょ~♪」 「無茶だっての!」 「そうねぇ、クリスマスフェア期間中につき、こんなのはどう?」 由飛が弾いてみせたのは、俺でも知ってる定番曲。 「はい、同じようにやってみて」 「…指の動きが見えなかった」 「じゃ、もっとゆっくり弾くね。っかり指先を見てて」 由飛は、俺の右肩に手を置いて、右手で、ゆっくりと、鍵盤を叩いてみせる。 えっと…ミ、ソ………シ…と「さ、やってみよ」 「あ、ああ…」 ゆっくり、ゆっくりと…確か最初は…………「うまいうま~い!じゃ、わたし伴奏つけるね。手は任せたわよ」 「え? え?」 「いち、に~の、はい!」 「う、うわっ!?」 「ちょっとぉ、止めちゃダメ。んなに間違えても、まず弾くことが大事なんだから」 「そ、そういうことじゃなくてだな…」 由飛は、伴奏を付けるために、今度は左手を鍵盤の上に走らせる。 つまり、その体勢は…俺の背中にぴったりと体をくっつけて…こう、背中越しに抱きしめるような。 「えっとね、そこちょっと違う。 ここは人差し指じゃなくて、中指で弾いて。 うん、そんな感じで…」 「お、おぅっ!」 俺の背中に、由飛の柔らかい二つのふくらみが、あくまでもソフトに押しつけられ、耳元で囁く声は、吐息ごと俺の耳朶をなぶり…右手は、俺の右手の甲に被せられ、からめあって、指の動きを教えてくれる。 「ほうら、弾けた弾けた。との初共演だね♪」 …これで本人は誘惑とか何も考えてないのが恐れ入る。 「はぁ、はぁ…」 「やだなぁ仁ってば。ょっと一曲弾いただけなのに、もうそんなにヘトヘト?」 「精神的に、な」 丸くてデカくて柔らかいものにくっつかれて、そうそう冷静を保てる奴とはお友達になりたくない。 けれど由飛のほうは何処吹く風。 今は俺を差し置いて、また、楽しそうに弾いている。 そこからも、全然俺を男として意識してないってことが、わかってしまう訳だが。 にしても…音楽は、こいつの天職なんだなぁ。 さっきから、俺が適当にリクエストする曲を、次から次へと弾いてみせている。 「何曲くらい弾けるんだ?」 「ん~?一度聴いたら、大抵は」 「凄いな…」 「だからぁ、ちょっと練習すれば、誰だってできるって」 きっと由飛は、本当に、ちょっと練習しただけで、できるようになってるんだろう。 同じ事が、他人には、なかなかできないということすら知らずに。 「さ、次のリクエストは?」 「蛍の光」 「あ…」 そうして、楽しい楽しい時間に、今日もまた、終わりがやってくる。 「ちぇっ…もっと弾いていたかったな…」 「大学で好きなだけ弾けるだろ?」 「………」 「由飛?」 なんだろ?今、ちょっとだけ、変な表情しなかったか?「聴かせられないじゃない」 「へ?」 「大学で弾いてても、一番に聴いて欲しいひとたちに、聴いてもらえないじゃない」 「ゆ、由飛…?」 「好きな人に…好きな人たちに聴いてもらって、はじめて、楽しい歌だったり、楽しい演奏だったりするんだよ」 「そんなもんかねぇ?」 「ずっと弾いてたいな、ここで…」 「閉店だって」 「そう思えたの…何年ぶりだろ?」 「………」 いつも、駄々っ子みたいな由飛だけど、今日は、更にその傾向が強いな。 まるで、おもちゃを取り上げられるってわかって、泣きそうになって抵抗してる子供。 俺の救世主は、俺を救ってくれたはいいが、その代償に、色々と面倒をかけやがる。 「一日だけ…」 「え?」 「たった一日だけ、その願いをかなえても、罰が当たらない日があるかも」 たった今、思いついた。 “あの日”の、とっておきのイベントを。 「パイプオルガンじゃないのが残念だけど」 「仁…?」 ワガママな救世主のため。 そして、何よりも、お客様に面白がってもらうため。 俺は、閉店間際のアンティークショップに、ある交渉のため、足を踏み入れた。 「てんちょてんちょ!由飛さんどこ行っちゃったの?」 「ん~、さっき上まで買い出しに行ってもらったけど?」 「ええ~?この忙しいのに、そんなこと言いつけちゃったの?」 確かに、今日は金曜日だし、ブリックモール全体で、クリスマス商戦真っ只中だし。 開店してほぼ2月。 今週は、オープンした週に匹敵するくらいの来客数だ。 「いや、忙しいのは重々承知してるけど、ちょっと調味料でなくなりそうなのが色々…」 「そんなのは仁くんが買ってくればいいのに。当に気の効かない店長ねぇ」 「あんなこと言ってますよ総店長!?」 「え~と…わたしが行けば良かったかしら」 「恵麻さんにそんなことさせられないわよ。んな雑用は店長がやればいいの店長が」 …なんか、ファミーユのカーストが変わった?「どうしよう、このままじゃ、フロアがキツいよ?かすりさん、ショーケースとフロア、両方できる?」 「ダメダメ、外の方もお客様で一杯。 あ、そんなこと言ってる場合じゃなかった。 千円札が足りなかったのよ~」 「…俺がフロアに出ようか?」 「駄目」 「駄目」 「なにゆえっ!?」 しかも、何という絶妙なコンビネーションで!?「てんちょがウェイターやったって、誰も喜ばないよ」 「むしろ邪魔。んたは卵をかき混ぜてニヤニヤ笑ってなさい」 「ひ、ひどい…」 オムレツなんか、念入りにかき混ぜればかき混ぜるほどふわっとして美味しくなるのに…「由飛さん、随分慣れたから、仕事早くなったし」 「ミスだって、そりゃあまだあるけど、それを差し引いても、もう仁くんよりも上ね」 「それにお客様の人気が凄いんだよ」 「言いたかないけど、今やファミーユの看板だね、あの娘は」 「………」 いつの間に…「どしたのてんちょ?」 「呼び戻してくる気になった?」 「いや、ちょっと感激…」 「…仁くん?」 由飛は、ここまでファミーユに溶け込んでいたのか。 そして、ここまで頼りにされる存在になっていたのか。 最初は、みんなに足手まとい扱いされてたのに、よく頑張ったなぁ。 「やっぱり、俺が連れてきただけのことはあるだろ?これからも、由飛を必要としてやってな」 「………」 「………」 「………」 「ん?」 なんか、皆の目つきが…?「これだもん…」 「店長が特定のスタッフを、あからさまにひいきするのは、ちょっと問題があるわよね~」 「はぁ?」 「わ、わたしはそんなこと。ちょっとしか思ってないけど」 「姉さんまでっ!?俺が由飛を特別扱いしてると思ってるの?」 「思ってる思ってないじゃなくて、事実でしょ?」 「待て、待ってくれ!そんなのは、とんでもない誤解だ」 「誤解…ねぇ?」 何てことだ…俺は、皆が由飛を特別扱いしてるような気がしてたんだが…実は、そうさせていたのは、俺の態度が原因だったなんて。 「ただ、新人で、失敗も多いから目が離せないだけで…」 「失敗しても甘いよね~、彼女には」 「そうそう、絶対に怒らないの」 「………ひそかに同意」 「だってほら、変に自信家なところがあるから、俺が間に入らないと…あ、それでも妙に憎めないところあるだろ、彼女?」 「語るね~」 「思い入れたっぷりだね」 「…一目惚れっぽいかも」 「そ、それはほら…出会いの印象が強烈だったから…」 「………」 「ちょっと神聖視というか…」 「………」 「俺が勝手に…」 『幸運の女神みたいに思ってるだけで』と言いかけて、慌ててやめた。 …それを言ったら明らかに惚れてるだろ?「決して特別扱いなど…」 「………」 「…してる?」 「お待たせしました~。ジリコタバスコガーリック♪全速力で取り揃えてきましたよ~」 「あ…」 「………」 「………」 「………」 「ん?」 ………「ほらこれ12番テーブル!こっちは23番のお客様のお持ち帰り!モタモタしないの!」 「は、は~い?」 「ちょっと由飛さん、そっちのテーブル早く片付けてよ。客様が案内できないじゃない!」 「ご、ごめんなさ~い…?」 「あ~あ、由飛ちゃんがモタモタしてたから、冷めちゃったじゃないの。う一度作り直しねぇ」 「ひ…仁ぃ…みんな怖いよぉ」 「………」 ごめん、由飛…何だか知らないが、全部俺のせいだ。 「うわぁ…」 「そっち持って…ゆっくり押してくれ」 「はい。れじゃ行きますよ~」 開店前のブリックモール。 今日は、クリスマスフェアのピークの日。 すなわち、12月24日。 来店のお客様も、お持ち帰りのお客様も、大量に来店されることが予想されるし、そうであって欲しい日。 「この辺でいいかな?」 「はいOKです。いません、何から何まで」 「構わんよ。 ウチの商品のいい宣伝になる。 できれば、今日のうちに誰か買ってくれると有り難いんだがなぁ」 「売れちゃうのやだなぁ…」 「売り物なんだからこれは…由飛のおもちゃのままでいて欲しかったら、自分で金出して買うんだな」 「店長、お給料10年分くらい前借りできません?」 「永久就職するつもりかお前は…」 「…プロポーズ?」 「違うっ!」 「はは…それじゃ頼むよ。しい一日にしてくれ」 「それはもう!是非、いらしてくださいねっ」 「ああ、休憩のときにでも、寄らせてもらうよ」 アンティークショップのご主人は、軽く手を挙げると、エスカレーターの方へ、姿を消す。 「おはよ~…って、何このデカいの!?」 「これって…もしかして」 「おはよう諸君。 早速だが仕事だ。 今日一日だけ、テーブルの配置換えするぞ」 「あんた…一体ナニ考えてるのよ?」 「お祭りだよ…イブ限定の」 そう、お祭りだ。 楽しい楽しい、クリスマスイブのリサイタルだ。 ………………「えっと…ブルーベリータルトと、レアチーズケーキ。ージリンとカプチーノ」 「了解」 「…それから、『We wish you a Merry Christmas』!」 「は~い♪」 「うわぁ、次はこれかぁ~。 ね? ね? 仁くん。 わたしもリクエストしていい?」 「お客様のリクエストが優先。飛の手が空いたらね」 「ちぇ~」 「あの子…ここが飲食店だって覚えてるのかしらね?」 「さあ、どうだろ?」 「どうだろって…」 「由飛って、ノってくると、色んなこと忘れるからなぁ」 「オーダーとか、お会計とか、ね」 「でもいいじゃない。んだか、わたしたちまで楽しくなってくるもの」 「あの娘とつきあってると、この真面目なわたしが『ま、いいか』って気になるからねぇ」 「そういうのを火事場泥棒って言うんだぞ」 何が“この真面目な”だ…「そんなことよりも、忙しすぎるよぉ。飛さんが動けないのに、このお客様の数…」 「なんでみんなこんなに寄ってくるのよ…ちょっとぉ、イブなんだからカップルはホテルにでもしけ込みなさいよ」 「まだ昼間だし…」 「そもそもそういう問題じゃないし…」 「ふんふんふ~ん♪」 「踊ってないで働け」 「きゃっ!?」 「いい? クリスマスイブだからって、浮かれていいのはお客様だけ」 「でもさ、わたしたちも楽しんだ方が、お客様も楽しいんじゃないかな?」 「瑞奈…まさかあんたまで、ファミーユのお気楽な空気に毒された?」 「一番毒されてるのは誰なんだか…」 「聞こえてるわよ」 「で、でも! 今回は完全にファミーユにしてやられたね。さかこんなイベントを仕掛けてくるなんて」 「確かに…意表は意表ね。そこの店長、ここがフードコートだってわかってるのかしら?」 「でも、さっき外見てきたけど、ものすごい数の人だよ。回はやばいかも…」 「いえ、またとないチャンスよ」 「え…?」 「あのピアノに惹かれて、ぞくぞくとお客様が来てる。フードコート全体』に、ね」 「あ…そうか」 「ファミーユの店内にいなくても、あの演奏は聴ける。 それこそ、キュリオの店内でも、オープンカフェでも。 なら、私たちのすることは一つじゃない?」 「ファミーユが集めてきたお客様をかすめ取ろうってことね?相変わらず腹黒いなぁ、玲愛は」 「…わかったらいつもの倍働きなさい。奈は外のヘルプで、倒れるまで走れ!」 「ひぃっ…って、でも、そうしたらここは…?」 「そういうこともあろうかと、冬休み限定のバイトを何人か採用してるのよ。ュリオのチーフを甘く見ないことね」 「そうか…そういえば今日、6人体制だったわね。しろ苦しいのはファミーユの方かぁ」 「え?」 「だってさ、あのピアノ弾いてる娘って、ファミーユでいつも働いてるスタッフだよね?」 「あ…」 「てことは、ファミーユは、いつもより少ない人数で回してるんだ。んかアクロバティックかも」 「………」 「あ、また曲が変わった…凄いねあの子。曲レパートリーがあるんだろ?」 「別に…あんなの大したことないわよ」 「たまにはライバルも素直に誉めてあげようよ~。 じゃ、行ってくるから。 こっちは任せた」 「うん…」 「あの人が…由飛が本気を出せば、もっと、とんでもなく凄いんだから」 「ふう…」 「や、お疲れさん。う一服?」 「あ…いや、それは今日の仕事が全て終わってから。れに5分で戻らないといけないし」 「キツいねそりゃ」 「ウチは人手不足ですので」 キュリオは、冬休みに入ってから、また新しいバイトの娘たちが入ってたけど、生憎と、我が店にはそんな余裕はない。 「その割には、なけなしのスタッフを、あんな宣伝に使っちゃって…相変わらず面白いねぇ、君の店は」 「………」 この人に『面白い』と言われるのは、果てしなく微妙だ。 「ホントに大丈夫? 誰か倒れやしないかい?」 「…一日だけですから。日が終わったら存分に倒れます」 とはいえ、一番大変そうなのは、さっきから数時間弾きっぱなしの由飛のような気も…「それに、あの宣伝効果は大したものだけど、あれって…諸刃の剣じゃない?ウチも大繁盛だよ?」 「いいじゃないですか。客万来で」 「どうせまた、カトレア君と勝負とか言ってんだろ?負けたら今度はナニされるか」 「あ~、そんなんもあったなぁ。しくてそれどころじゃないけど」 「………」 「おっと、そろそろ5分かな?すいません、んじゃ戻ります」 「ああ、お疲れさん。張ってね」 ………「…まだ2分しか経ってないじゃない」 ………「カルボナーラ2つ。 半熟オムライス1つ。 あと、ロイヤルミルクティーにブレンドに…」 「ごめんなさい、呼ばれてるの。票だけ置いていくから~」 「仁くん、わたしもフロアに出るわ」 「それも困る…もうケーキの在庫がない。、かすりさん、これ外の19番テーブル」 「美味しそう…じゅる」 「食うなよ」 「だってだって~まだお昼ご飯も食べてないのよ~」 ちなみに現在、午後5時。 今まで、耐えに耐えてきた店内が、とうとう、ほころびを見せ始めていた。 誰もが、ほとんど休憩も入れずに働いてる。 それでも、いつもなら、そろそろお客様が減り始め、余裕が出てくる頃なんだけど…「なんだか、だんだんお客様が増えてない?」 「うん…」 クリスマスイブに、ピアノの生演奏を聴きながら、お茶とケーキが楽しめる。 『ささやかな贅沢を、いつもと同じ料金で』という、俺と由飛の狙いは、見事に的中した。 …いや、的中しすぎた。 「どうする?そろそろ由飛ちゃんに、こっちに戻ってきてもらう?」 「それはダメだ…これからが盛り上がるところじゃないか」 特に、カップルで来店されてるお客様にとっては。 「…独り者は寂しく働くしかないのね」 「お互い様に、ね。、あと2時間で楽になれるよ」 「わたしは頑張れるけど、かすりちゃんと明日香ちゃん、大丈夫かしらね」 「こっちが捌けたらヘルプに回るよ。、頑張ろう!」 正直、こっちもバックオーダー抱えまくりで、ヘルプなんて欲しいくらいだけど。 それでも…きっと何とかなるさ。 …って、いつもの由飛の、受け売りだけど。 「てんちょてんちょ! 大変!」 「もうちょっと我慢してくれ~!」 「違うの! バイト希望者が来たの!」 「な、なんだぁ!?」 「『Joy To The World』…『もろびとこぞりて』でした。いません、少し失礼します」 ………「ごめんなさい!今から入ります」 「由飛、どうした?」 「だって、みんな大変そうだし。ろそろ戻らないと」 「そんなの、朝からずっと大変だったってば。 そんなことよりも、お客様が戸惑ってるよ。 早く戻りなよ」 「あ、そうそう、由飛ちゃん。たし、弾いて欲しい曲が…」 「だからお客様優先」 「けち…」 「はい、これリクエスト曲のリスト。だ10曲近くバックオーダーがあるけど、ちゃんと弾ける?」 「でも…でもぉ」 いつも明るく楽しく適当に構えている由飛が、こうして、おろおろと、泣きそうな表情でいると…「実はな…もういいんだ」 「…え?」 どうしても、いつもの借りを返したくなる。 「だから、由飛さんはもういらないって」 「うわ、明日香ちゃんきっつ~。や、事実なだけに強烈~」 「え…ええ~!?」 「だから由飛ちゃんはおとなしく、わたしのリクエストを~」 「ダメ」 「どういうこと…?」 「えっと…とても言いにくいことなんだが…」 「仁…?」 由飛の目が、不安に揺れながら、俺の目を見つめる。 その由飛に向かって、俺は、重々しく、衝撃の事実を告げる。 「由飛の不始末の責任を取るという、親切な方が現れてなぁ」 「不始末ってそんなぁ!今まで一生懸命働いてきたのに~」 「何さぼってるのよ?客寄せパンダが」 「………え?」 「ちょっと仁。うちょっと小さいのなかったの?」 「悪い、ウチのスタッフは、みんなプロポーションが良くて」 「…殺されたいのか」 「玲愛…ちゃん?」 「は~いみんな注目~。日から2時間、我々の仲間になってくれることになった、花鳥玲愛さんです~」 「ファミーユは色々と未熟な点が多いですけど、私が指揮を執ればこの困難も乗り越えられます。さん、とりあえずよろしくお願いします」 「…それ、新人の言う台詞か?」 「…わたし、花鳥って名字のひと、みんな苦手」 「どうしてこうまで自信満々なんだ、この一族は…」 「………」 「よろしくね、玲愛ちゃん。姉さんの代わり、任せたわよ」 「あ…」 「っ! それは…言わないでって」 「んじゃ、ここでこうしてる時間も惜しいんで、みんな持ち場に戻るぞ!玲愛、お前なら何も教えなくていいよな?」 「ふん。っちが教えてあげるわ…キュリオのノウハウを」 「かすりさぁん…わたし、負けたくないよ~」 「頑張ろう!ファミーユの新人イビリの真骨頂を見せるときよ!」 「あ、あの…穏便に、穏便に、ね?」 「あ…ああ…あぁぁ…」 「由飛…」 「仁…仁…仁ぃ」 やっと、伝わった。 この、修羅場も修羅場も大修羅場で。 言えなかった『好き』の気持ちが、行動を通して伝わって、行動を通して、帰ってきた。 「さ、行ってこい。鳥由飛リサイタルは、まだ終わってないぞ」 「仁ぃぃっ!」 「あ、こら…」 由飛が、その目にいっぱいの涙を、俺の胸にこぼす。 心地良い重みが、俺の胸に伝わる。 「こういうの、俺相手じゃないだろ…今は」 「だって…だって…」 まだ、姉妹抱き合って、って訳にはいかないか。 まぁ、それも仕方ない。 一応、数年のねじれた歴史があるんだ。 でも、二人とも、一度見つかった糸口を、もう離すことはないだろう。 「…今じゃなければ相手は正しいわけ?」 「うわぁっ!?」 「っ!?」 てっきり、皆、持ち場に散ったと思ってたのに…「中に入ってみないと、見えてこないことってあるわね」 「お前、美談の当事者って自覚ある?」 「仁がただの狂言回しってことだけは知ってるけど?」 「酷っ!?」 俺の今までの苦労を、そんな心ない台詞で一刀両断!?「要するにアレね。たちのためとか言ってたのは、両方にいい顔するための方便だった訳だ」 「うわ、うわ、うわ!」 「なんかモチベーション落ちるわ。ぁ、頼まれたからには一生懸命やらせて頂きますけど」 「玲愛! お前、ちょっと待て!」 「…なんで?」 「ごめん由飛、ちょっと行き違いがあったみたいだけど、ちゃんと俺が言っとくから…」 「なんで玲愛ちゃんまで、仁って呼んでるの?なんで仁が玲愛ちゃんのことまで呼び捨てにしてるの?」 「…は?」 「ん?」 「…なんでそんなに楽しそうに喧嘩するの?」 「………」 「………」 えっと…何か、壮絶な勘違いが所々で起こっているような…「ちょっとさ…お店が終わったら、仁と話があるんだけど…」 「いや、ここは、ようやくわだかまりの解けた姉妹が、ゆっくりと話し合うべきじゃないのかな?」 「誰のわだかまりが解けたって?」 「おい…」 こういうの、何て言うんだっけ?えっと、ほら…『ぶちこわし』?…これだと、そのまんまだな。 「ちょっと新入り!何いきなりサボってんのよ?ファミーユをなめんじゃないわよ~」 「由飛さ~ん! リクエストが15曲に増えたよ~早く早く~」 「………」 「………」 「ほ、ほら…お店がお店が大ピンチだし。んな、働こうよ、ねっ?」 ついでに何故か俺も大ピンチだけど。 「お待たせいたしました。 ラズベリーのタルトとミルクティー。 エッグサンドとアイスコーヒーお持ちしました」 「………(ぱくぱく)」 「それでは、ごゆっくりどうぞ。ら、キュリオさんご苦労様」 「チ、チ、チーフ…?い、一体ナニやって…」 「余計な詮索はなし! 後で説明するから。っこり笑ってやり過ごしなさい」 「に…にっこり?」 「そう、こんな感じ」 「あ、あは、あはは…」 「ちょっと新入り~。 そっちのテーブル片付けといてね~。 あ、あとお会計の方もお願~い♪」 「は、は~い!」 「打倒キュリオのために一生懸命働きなさい~♪あ、お客様、お待たせしました~」 「………」 「チ、チーフ…」 「いつも笑顔で…ね?あなたたちも、せいぜい頑張りなさい」 「は、はいぃっ!」 「ありがとうございました。っと…それじゃ次の曲は…」 「…その前に、ほら。れ、飲みなさい」 「あ…」 鍵盤に手をかけた由飛を、玲愛が制して、ドリンクのボトルを渡す。 「朝からずっと何も補給してないでしょ?演奏がどれだけエネルギー使うって、ファミーユの連中、わかってるのかしら?」 あいつ、さっきからずっとフロアを駆けずり回ってたのに、いつの間にあんなもの用意したんだ?「………」 「そもそも、あなたが自分で気を使うべきなのよ。年音楽やってると思ってるのよ」 「玲愛…ちゃん」 「別に唐辛子とか入ってないわよ。モンと蜂蜜たっぷりの紅茶ってだけ」 「…甘い」 「甘いの平気でしょ?」 「うん…おいしい」 「そう。ゃ、私は戻るから」 「あ、玲愛…ちゃん」 「なに?」 「…あとでね」 「…わかった」 「絶対に…話し合おうね、玲愛ちゃん」 「わかったって言ってるでしょ…由飛…_姉さん」 「っ!」 あ…体の栄養だけでなく、心の栄養まで…あと、1時間…この瞬間、俺は、今日の日の成功を確信した。 ………「ええと…申し訳ありません。が、本日最後の曲となります」 「今日のこの特別な日に、ブリックモールにお越しいただいた皆さん。当にありがとうございました」 「皆様は今日のイブ、どんな日でしたか?ここで過ごした時間は、皆さんの大切な日を、少しでも彩るお手伝いになったでしょうか?」 「わたくしごとで恐縮ですけど…わたしは今日、とても幸せなことがありました」 「ですから、この場所にいる全ての人たちに、感謝の気持ちをこめて…」 「よし、ここでいいよ」 「あ、はい…」 「もうちょい右…そう、ストップ。れで元通りだね」 2階の奥にある、アンティークショップの店先。 以前から展示してあったアンティークピアノを、以前から展示してあった通りに、元に戻す。 これで、今日の仕事は本当に終了。 「どうも、本当にありがとうございました。んないいものをタダで貸してくれるなんて」 「いや、おかげでいいものが聴けたしね」 「あ、聴いて頂けてましたか?彼女の演奏」 「上手いもんだね。すが君の彼女だ」 「…その言葉には間違いが複数箇所あるんですが」 一つは、俺の彼女だったらピアノが上手いという、意味不明の法則。 もう一つは………なんだろ?「決めたよ…このピアノ、値上げすることにした」 「値上げ…ですか?」 「うん、100万ほどね。ともとそれくらいの価値はあると思ってたし」 「ひゃくまん…」 値上げ分だけで車が買えそうな…「それだとちょっと買い手がつかないかなと思って、安めに設定してたんだけど」 元の値段だって、とても俺たちには手が出る代物じゃなかったけど…「どうして?売れなくてもいいんですか?」 「そうだね、売れなくてもいいや」 「ちょっとちょっと…」 こんな店経営するくらいだし、最初から趣味人だと思ってたけど、それにしても…「だって、あれが売れてしまうと、彼女の演奏が聴けなくなってしまうじゃない?」 「あ…」 「次のコンサートはいつの予定かな?バレンタインデーくらい?」 「はは…」 それにしても…極めつけの、趣味人だったんだな。 「楽しみにしてるからね。 日程が決まったら、早めに教えてくれよ。 …あまり、臨時休業にはしたくないんでね」 「…ありがとうございます。女に伝えておきます」 ………「………」 「…はぁ」 「なんだ、まだ着替えてなかったのか、由飛」 「ひとしぃ…」 ちょっと間延びしたような、呆然としたような声。 背後から声をかけた俺に、振り向かず、ぼうっと天井を見つめたまま。 「疲れたか?」 「ん~…」 「平気か?」 「んん~…」 「どっちやねん」 「お客さん…いっぱいいたねぇ」 「喜べ。日はここに開店してからの売り上げ記録を更新したぞ」 「ふええ~…」 「戻って来いよいい加減…」 どうやら、頭がまだ、あっちの世界に行ったままになってるらしい。 まぁ、無理もない。 全身全霊をかけたといっても過言じゃない、今日の由飛のステージだった。 「お客さん…いっぱいいたねぇ」 「つい10秒前に同じ事言っただろ」 「拍手、いっぱいしてくれたねぇ」 「当然の報酬だ。け取れ」 むしろ、あれだけの演奏を無料で聴けたお客様の方がラッキーだと、手前味噌ながらもそう思う。 「弾けたねぇ…わたしぃ」 「子供の頃からの努力の成果だろ。ってもいい立派な腕前だった」 「あ~…そゆことじゃないんだけど…」 「は?」 「た~のしかったね~」 「滅茶苦茶忙しかったけどな」 正直、腕がパンパンだったりする。 一体、どれだけの卵を攪拌したことか。 …やっぱり、『卵をかき混ぜてニヤニヤしてる男』なのかな、俺って。 「また、やりたいなぁ」 「喜べ、そう言ってくれる人間を、少なくともあと二人は知っている」 俺も含めて…「ずっと…ここにいたいなぁ」 「いればいいだろ。だって続けられてるんだし、大丈夫だって」 「………」 「…由飛?」 「目立ってたね~、わたし」 「今日に限っては、ブリックモールで一番の有名人だったな」 なんか今日は、いつにも増して話が飛ぶな。 きっと、激しい満足感と虚脱感と疲労感が、ただでさえ思いつきで話す由飛から、更に思考能力を根こそぎ奪ってるんだろう。 …って、失礼な奴だな、俺って。 「ここに…」 「可愛いピアノがあって…」 「由飛…?」 「一曲弾くたびに、お客様が拍手してくれて。曲弾くたびに、だんだん拍手が大きくなって」 虚脱…じゃなくて、それは陶酔。 まだ、あの興奮に浸ってるのか、由飛は。 「すごく、気持ちよかった。度も、泣き出しそうになってた」 「由飛…」 その、気怠げで、だけど満足そうな表情は…「ふふ…ふふふ…」 とっくに気づいていた、俺の気持ちを、わざわざ思い起こさせるくらいに…魅力的で、蠱惑的で、そして…「ひ~と~しっ」 官能的だった。 「あ…」 俺の目をまっすぐに見つめて、まるで、誘うように。 差し出した手を、しっかりと…けれど今日は優しく握り。 俺の胸元に体を寄せて…「え…」 ステップを、踏んだ。 「楽しかったね~、仁。んっと、楽しかったね~」 「う、うわ、うわっ!?」 由飛の左手は、俺の右手をがっちり掴み。 由飛の右手は、俺の腰をしっかりと抱き。 って、これ男女逆だろうが…「最高のクリスマスだったよ~ありがとう、ありがとうね…」 「由飛…おい、ちょっと…」 なんとか主導権を取り返そうと、由飛の右手を振りほどき…今度は俺が、由飛の腰に手を回す。 「あは…」 「俺、踊れないけど」 「わたしだって、適当だよ」 「じゃ、適当なまんま」 「うんっ」 由飛は、俺の胸に頬を埋めて、そして、お互い、足を踏まないように。 同じ方向に、ステップを、踏んだ。 ………………「はぁ、はぁ…あはは…」 「………」 それでも、何度も足を踏みあったり、俺の顎に、由飛の頭がぶつかったり。 由飛の胸が、俺の胸を、ぐいぐい押してきたり…「ねえ、仁。たしさぁ」 「………」 「…仁?」 そんな、窮屈で、痛くて、そして幸せな時間は…「由飛…」 「え…」 俺の、ずっと抱いていた感情を、いたく刺激して。 「………」 「あ…あ?」 そして…行動に、移してしまっていた。 「………」 「………」 「あ…」 「………」 「ご、ごめ…」 自分でも、信じられないくらい、自然で、さり気なく、そして無理やりな行為。 「…なん、で?」 だから、由飛には、伝わるはずがない。 俺の中にある理由なんて。 「なんでって…それは…」 でも、由飛の目の中の色を見て、そこから先の言葉を躊躇してしまう。 そこに見える、戸惑い、疑問、そして…「なんでぇ?」 それ以外の感情が見えないから。 「あの…わからない、かな?」 「なに、が?」 まさか…全然心当たり、ない?「その…俺の気持ち、とか」 「はぁ?」 「っ…」 心臓が、嫌な鼓動を始める。 それは、まさかの大逆転劇。 あったはずの勝算が、もろくも崩れ去った、あの日の。 「仁…それって…まさか…?」 その日と、寸分違わぬ展開に、転がり落ちていく恐怖。 でも俺は、ここで退くわけにはいかない。 「由飛…俺、さ」 だから、勇気を振り絞る。 さっきまで、自然に出るはずだった言葉を、心臓が止まってしまうかもしれない緊張下で、放つ。 ………「そんな…仁、わたし…」 あ…駄目だ。 おんなじだ、あの時と…「ごめん…考えたこともなかった」 ………「はぁ…」 無力感と虚脱感と…そして、絶望感。 なんか、どれも同じに見えて、少しだけ違う、重い気持ち。 「帰ろ」 「っ!?」 こんな、誰とも話したくないときに…「あ…」 一番話したくないひとから…「仁…」 「………」 「その…あのね…」 「………」 「…ごめんね」 「っ!」 何でわざわざ、傷口に塩を塗り込むんだ、こいつは…しかも、自分がつけた傷だって自覚してるのに。 「だ、だって普通思わないよ!仁が、わたしのこと、なんてさぁ」 「………」 何で…思わないんだ?俺、結構あからさまだったと思うんだけど。 ついでに言えば…由飛も、あからさまだと、ずっと思ってた。 「だ、だって、わたしだよ?みんなに迷惑かけてばっかりだし、ちっとも反省しないし、いい加減だし」 「…ああ」 「特に、仁なんて、わたしのせいで苦労しっぱなしじゃない」 「苦労だなんて思ったことはないよ…」 「そこが駄目なんだよ!仁は、優しすぎるんだってば」 「そんなことないって…」 「そんなことあるよぉ…だから、わたしのこと、放っておけなくて、それで、いつの間にか勘違いしちゃったんだ」 勘違い…「そんな間違った好意、受け取れないよ。ちろん、わたしは仁のこと好きだけど、でも、そういうのって違うと思う」 「………」 ワタシハヒトシノコトスキダケドふざけるな…なんてこと言うんだよ、お前は。 「その、だけど…それでもわたし、ここにいたいの」 「…誰がクビにするって言ったよ?」 「あ…うん」 「ずっとファミーユにいていいって…決まってるだろ」 「あ、ありがとう仁。めんね、本当にごめん…」 叫びたい。 たった一つだけでも抵抗しないと、俺は、どうしようもなくなってしまう。 「あの…それでさ、仁」 だから、さえぎる。 由飛が、落としどころを見つけてしまう前に。 「あ、それと由飛…」 「え?」 「お前、さっき俺のこと好きだけどって言ったけど…」 「当たり前じゃない。はわたしの大事な…」 「あ~それ違う。だの勘違い」 「…え?」 「優しいな、由飛は。から、俺のこと気遣って、自然とそんな嘘ついてるんだ」 「仁…?」 由飛の言葉を使った、かなりみっともない、意地。 「俺だって………そんな間違った好意、受け取れない」 「なっ!?」 そして、自分の言葉が逆鱗に触れる由飛。 …どっちも、どっちだなぁ。 「だから、もういい。、忘れるから」 「待って? 仁、待ってよ!」 「明日も早いからな。刻も欠勤もなしだぞ!…お互いにな」 「待ってってば!」 「…おやすみ」 …みっともない。 本気で、情けなくて、滅茶苦茶、カッコ悪い。 涙が出るくらいに、最低。 「…帰る。う、帰る」 けど…けどさ…今日くらいは…日付の変わる、あと数時間くらいは、みっともなくたっていいじゃんかよぉ…ついさっき、ふられたんだぞ、俺は…………「うあぁ…っ!」 背筋をぞわっと這い上がる悪寒。 甲高い音を上げ、小刻みに震えるその機械を、天高く放り投げ、重力で破壊してやりたい。 でも、そんな癇癪すら起こせない、臆病者の俺は、その機械の液晶画面を覗き込む。 そこに表示されている文字は、もちろん…「どういう意味よ…?」 「………」 aごめん…考えたこともなかった同じ言葉なんだけど、同じ態度じゃない。 考えてみれば、あいつの方がまだマシだったな。 …こうして、追い打ちをかけてこないだけ。 「なんでもういいのよ?何を忘れるってのよ?」 最低だ…どうして、俺が責められる立場なんだよ?なんかもう、嫌んなってきた。 「だいたい、よく考えたら卑怯じゃない!あんな時に、急に告白するなんて!」 「なにが卑怯なんだよ…一体」 「だって、だってさ!今日、ものすごく力いっぱい頑張ったんだよ?」 「ああ、頑張ってたな。ッコ良かったぞ」 『だから、惚れ直したんだ』…もう言えない台詞を、胸の中で握り潰す。 「お客様も喜んでくれて、ファミーユのみんなも、わたしのこと、認めてくれて」 「ああ…」 本当は、今日一日で結実したわけじゃない。 由飛の人なつっこい才能と、明るい努力の賜物だ。 「それに…玲愛ちゃんとも…ものすごく久々に、通じ合うことができたんだよ?」 「本当に、良かったな…」 これだけは、まだ、心の底から祝える。 「嬉しくて、嬉しくて…今日は、そういうことしか考えられなくて…だから卑怯じゃない」 「…なんでそうなるんだ?」 「こんな日じゃ、頭がまともに回らないよ…どうして一日置くとかしてくれなかったのよ」 「だって…今日はクリスマスイブだろ?」 日本じゃ、恋人同士の日だ。 一年で一番、告白の似合う日じゃないか…「今日じゃなければ、もっともっと考えたのに…仁のこと、わたしの気持ち、一生懸命考えて、もしかしたら、違う答えに…」 「ならないって」 「どうして…そう言い切るのよ?」 「由飛が頭で考えたって、答えなんか出ないって…」 「な…なによ、それ…」 「お前にとっては、感じたことをそのまま口に出すのが、いつも一番正しい答えなんだよ」 なにしろ“天才”なんだから。 逆に、頭で、ああでもない、こうでもないと考えるのは、苦手なんだってこと、俺はよく知ってるから。 「決めつけないでよ…」 「もう、いいじゃんか」 「良くないよぉ…仁、わたしのこと、何もわかってない!」 「だから振られたんだろ? 俺は。飛のこと、わからなかったから」 「振ってない!わたし、振ってなんかないよぉ!」 「なっ!?」 こいつ…何を今更言ってんだ…?「『考えたことなかった』って言ったけど、ダメだなんて一言も言ってないじゃない!」 「アホかお前は!所詮、考えたこともない男ってことだろうが」 「ち~が~う~よ~!そういう、好きとか、抱かれたいとか、桃色っぽい感情を持ってなかったってことだってば!」 由飛の言動が、だんだん天才的になってきた…こっから先、もう、言葉の意味は通じなくなるかもしれない。 「違わないの~!お前は振ったの! 完膚なきまでに! 俺を!」 「絶対に振ってないの! 保留なの!」 「保留ってのは、脈がないってことなんだよ!」 「そんなの仁の勝手な思い込みじゃない!」 「思いこみ結構!そろそろ落ち込ませてくれよ!んじゃ、切るぞ」 「だから待ちなさい!結論出てないのに勝手に落ち込むな~!」 「…もういい加減にしてくれ」 落ち着いて泣くこともできやしない。 …いや、さすがにみっともなさ過ぎるんで泣かないけどさ。 「うあああっ!」 なんだってんだぁ一体!?なんだって、拒絶されたはずの俺が、こうして、由飛を拒絶しなくちゃなんない訳?「不条理だ…不条理すぎる…」 「うわああああああああああ~っ!!!」 どうやら、一度切ったくらいでは、由飛は諦めてくれないらしい。 天才にあるまじきしつこさだ…普通の天才は、淡泊なのが唯一の弱点のはずなのに。 「…こうなったら」 俺は、携帯の電源ボタンを、じっくりと押し込み、液晶表示を消す。 これで、『電波の届かない場所か、電源が入っていません』状態のできあがり。 「…ふう」 よし…よくわからんが一安心だ。 後は家に帰って、ベッドの中で存分に落ち込もう。 ………「ただ~いま」 激しい体の疲れに加えて、心に対する過負荷のせいで、もう倒れそうだ。 今日はもう、風呂も入らずに、死んだように眠ろう…「…あれ?」 部屋の中から…何かが…?「うわああああっ!?」 「ただ今、留守にしております。信音の後に、ご用件をどうぞ」 「仁の馬鹿仁の馬鹿仁の馬鹿っ!なんで携帯切っちゃうのよ!?」 「しつこっ!?」 「まだ話は終わってないって言ってるじゃないの!どうして聞いてくれないのよ!?」 一体、いつになったら諦めるんだ?いや、そもそも、今の状況が意味不明だ。 「お願いだから…お願いだから避けないでよ…嫌いになっちゃ嫌ぁ…」 「ぎゃ…逆効果じゃないかなぁ?」 そもそも、俺のこと好きじゃないくせに、どうして俺が嫌うだけで泣けるんだこいつは…だいたい、何でここまでグダグダになるんだ?ちょっとキスして、けど振られただけの話じゃないか。 俺が落ち込んでメソメソするならまだしも、加害者に被害者ヅラされるのは納得いかん…いや、いきなりキスされた由飛も被害者か。 「わたし…あなたのこと、どう思ってるかわかんない…」 好きじゃ…ないくせに…「だけど…だけどぉ!仁にキツいこと言われると、涙が溢れてくる。れだけは絶対に譲れない真実だからね…」 言わせたのは…由飛じゃないか。 「ねえ、なんで突然わたしの前に現れたのよ!?」 …いきなり現れたのはそっちだ。 絶望に打ちひしがれる俺の前に、女神みたいに、劇的に登場しやがって…「どうして…優しくしてくれたの?」 下心だって、気づけよ。 「なんで…キスしたのよぉ…」 「好きだからって何度言えばわかんだよ!」 「ひ…ひとしぃぃぃ~」 「あ…」 しまった…結局、携帯の電源切ったのも、無視し続けたのも、全部無駄だ。 「仁…仁ぃ…なぁんで、わたしなんか好きになっちゃったのよぉ~」 「好きになるのに理由なんかいるか。えて言えば、一目惚れだ」 「そんないい加減なぁ…」 「お前に言われたくないなぁ!」 その境遇に反して、今まで世の中を、その才能で適当に突き進んできたくせに。 「だってそんなんじゃ、長続きしないよ?大した理由もなく、好きになっちゃったら、大した理由もなく、好きじゃなくなっちゃうよ?」 「ところが、そうはならないの」 「なんでそんなこと言えるのよぉ…」 「だってその後、由飛ってば、馬脚現しまくりじゃん。の最初のイメージなんか、跡形もなくぶち壊されたよ」 「…ひどいなぁ」 「事実じゃん」 仕事は役に立たんわ、下手すりゃ、かすりさんより適当だわ。 根拠のない自信に満ち溢れてたかと思えば、玲愛とのこととか、急に弱気になったりするし。 それでも…「そんな、百年の恋も冷める大した理由がいくらでもあったのに…それでも俺、お前のこと、好きなままだった」 「っ…仁」 「納得したか?まぁ、確かに、いきなりキスしたのはやり過ぎだった。るよ…本当にごめん」 「………」 「だから、これで終わりにしてくれないかな?これ以上話し合っても、お互い辛いだろ?」 「…やだ」 「由飛ぃ…」 「30分…30分だけ考えさせて。 その後電話する。 絶対に出てよ!」 「あ、おい待て!」 …待てというのに。 ………「さぶ…」 手の中の缶コーヒーも、あっという間に冷めてしまうこの寒さ。 でも、今は、マンションには戻れない。 そりゃ、電話線引っこ抜けば、由飛からの連絡手段は途絶えるけど、どうせ気になって眠れる訳がない。 だから、あいつが諦めるまで、こうして、しばらく時間を潰そうと、外に出た。 それにしても…寒い。 「…なんで俺がこんな目に」 時計を見ると、既に日付が変わって30分。 由飛の『30分だけ考えさせて』から1時間。 諦めたかな?…諦めてねえだろうなぁ。 それにしても、もう訳わからん。 確かに、俺がふられた筈なのに、これじゃまるで、俺が一方的に別れを告げて、逃げ回ってるみたいだ。 「なに考えてんだ、あいつは…」 きっと何も考えてなかったんだろうなぁ。 だからあんなに慌てて、意味不明なことばかり言って…………電源の落ちた携帯。 あいつは、もう諦めてるかな…?「な…?」 たわむれに押した携帯の電源ボタン。 そこに表示された、普通じゃ考えられない文字列…『メールが26件届いています』「ただ今、留守にしております。信音の後に、ご用件をどうぞ」 「仁のバカぁっ!」 「ばかぁ…」 「どこ行っちゃったのよ…仁」 「ひどい…ひどいよ…あんまりだよぉ…」 「っ!?」 「仁っ!?」 「…お前、いい加減にしろよ」 「いい加減にして欲しいのはこっちの方よ!電話するって言ったのに!」 「俺は、これで終わりって言ったよな?」 「ひどいよ仁…わたしの気持ち、踏みにじって」 「いや、だから、お前が振ったんだろうが」 「撤回」 「…は?」 「撤回させて。いよね、それで?」 「お前、俺を馬鹿にしてんのか?」 「違うの!バカだったのは、わたしだったの!」 「…由飛?」 「さっきの電話の後、色々考えたの。たし、本当は仁のこと、どう思ってるのかな、とか」 「う…うん」 「いっつも、少しは考えてから行動しろって、仁に怒られてるから、だから、ものすごく考えた。が出るんじゃないかってくらい、考えた」 「………」 「そしたら変なんだよ…」 「何がだよ?」 「仁が笑ってる顔を思い浮かべたら、嬉しくなるの。が怒ってる顔を思い浮かべたら、悲しくなるの」 「え…」 「そして、仁が泣いてる顔を思い浮かべたら…」 「こら待て!俺はお前の前で泣いたことなんかない!」 「抱き締めたくなるの」 「………」 「わかっちゃった…」 「めちゃめちゃ大切なこと、わかっちゃった」 「花鳥由飛のばかぁ…もっと普段から頭を使え」 「そうか…」 「ちょっと考えればすぐわかることだったのに、本当に、何も考えてなかった…」 「由飛…」 「ねえ、仁」 「ん?」 「もう一度、1時間前に戻って、わたしにキスするところから始めてくれないかな?」 「…なんだって?」 「そして、もう一度…あのときの言葉、言ってくれないかな?」 「ちょっ、ちょっと待てよ。、あんな恥ずかしいこと、簡単に何度もできるか!」 「何度もしなくていいよ。と1回だけ」 「大体、さっきのでトラウマ持っちまったよ!これから先、二度と女の子口説けなくなっちまったらお前のせいだからな!」 「今度は大丈夫だから!二度と間違えないから…だから…え?」 「嘘…うそぉ…」 「どうした? 由飛?」 「電池切れちゃう…」 「え…?」 「やだっ! 待って! ちょっとだけ待ってよ!肝心なこと言ってない!わたし、やっぱり仁のことっ」 「あ…」 「言えなかった…」 「わたしの…桃色っぽい想い…仁に、伝わらなかったよぉ」 「う、うう、ううう…」 「バカバカ、わたしのバカぁ…」 「う、うあ…うああああ…っ」 ………………「っ!?」 「まさ、か…?」 「………」 「………」 「はい…ファミーユ、で、ございます」 「…まさかと思ったけど、まだ帰ってなかったのかよ」 「仁ぃっ!」 「そんな暗いとこにいるから、ますます暗い気持ちになるんだぞ?」 「わたし、わたし仁のことっ!」 「言うな」 「嫌だっ!もう間違えるのも、間に合わないのも嫌だよ!」 「だめだ、絶対駄目」 「なんでよぉ!」 「1時間前に戻るなら、俺が言わなくちゃならないから」 「あ…っ!?」 薄暗い店内に…誰もいないブリックモールに…本当に、まだ、由飛がいた。 「何やってんだよまったく…」 「仁…仁ぃ!戻ってきたんだぁ」 いつもは歌うような、鈴を鳴らすような綺麗な声が、今はかすれて、涙ぐんでて、聴けたものじゃなかった。 「男振ったくらいで、そんなに落ち込むなよ。られた男の方が悪いみたいじゃないか」 「そうよ、あっさり引き下がっちゃうそっちが悪いのよ…どうして、もっと粘らなかったのよぉ」 「それで実らなかったら、余計に落ち込むだろ?」 「おくびょうものぉ…」 …また怒られた。 理不尽にもほどがある。 「…帰ろうかな?」 「ひきょうものぉ…」 好きになった時には、まさか、こんなに面倒な女だとは思わなかった。 本当に、なんて人間くさい女神だ。 「いちいちうるさい口だな、もう」 「あ…っ」 だから、塞いでしまえ。 「ん…」 「………っ」 「ん…あ…」 「ん…んん…んぅぅ…」 さっきは、触れただけの唇。 でも今は、うっすらと開き、俺を受け入れようとしてくれてる。 小さくて、けれど、ふっくらと、柔らかい唇。 「ん、あ、はぁぁ…っ」 「…ごめん」 「はぁ、はぁ…っ、仁…ぃ」 キスの後の、とろんとした表情。 思わず、段取りを忘れて、もう一度吸い付いてしまいたくなる、濡れた唇。 でも…今は、そのまま進んじゃいけない。 だってこれは、やり直し、なんだから。 「なんで、キスしたの?」 「…わからないか?」 だから由飛は、再現する。 イブの夜の出来事を、ちょっとだけアレンジして。 「うん、わからない。から、わたしみたいなバカでもわかるように、やさしく、教えて欲しい…」 「由飛…」 そう、口に出す由飛の表情は…さっきの戸惑や疑問とはかけ離れ、目を潤ませ、期待に満ちて…「どうして、わたしを、求めたの?」 「由飛…俺、さ」 「うん…」 「………」 「………」 aごめん…考えたこともなかった「っ!」 「仁ぃ…」 何やってんだ俺は…ここまで、段取りを整えてもらって、ここまで、由飛に導いてもらって…キスをして、受け入れてもらって、女泣かせて、あと一歩まで来て…止まるかここで…馬鹿か、ヘタレか、最低男かよ…「俺は…俺はぁっ」 「頑張って!」 「っ…」 「わたしがつけた傷、痛かったよね?でも…今は我慢して!」 「由飛…」 「ここさえ乗り切ったら…わたしが、治してあげるから。さしく、舐めて、治してあげるからぁ」 由飛の心が、突き刺さる。 ほんの数時間前とはまるで違う、ひたむきで、まっすぐで、何の迷いもない想い。 だから俺は、ここで退くわけにはいかない。 もう一度、最後の勇気を振り絞る。 「由飛のことが好きだ」 「仁のことが好きっ!」 「んっ!?」 「ん…んむ…」 俺が、その言葉を言った瞬間。 OKの返事は、ほんとうに、あっという間にやってきた。 「んん…あ、んむ…あはぁ…っ、んぷ…ぅ」 そして、言葉に続いて、その言葉を紡いだ唇が、これも、即座に続いてきた。 俺を、苦しみから、少しでも早く解放しようっていう、由飛の心遣いが嬉しくて…「ん…由飛…っ」 「ん~っ、ん、ん…ひ、仁…っぷ…あ、あぁぁ…」 信じられないくらいに激しく、由飛の唇を、貪っていた。 「仁のことが好き…」 「由飛ぃ」 「仁のことが好き…仁のことが大好き…仁のことが、たまらなく好きだよ」 唇が離れると、また、由飛が、何度も何度も、俺の告白に対しての返事を繰り返す。 「ん…ちゅ…ああ、好き、好きだよ…本当に、本当に本当に…」 俺を安心させようと、唇の先、頬、まぶた、次から次へと、キスの雨を降らせる。 「ごめんな…いじけて。前に全部任せちゃって」 「だって、わたしのせいだもの…最初に、自分の気持ちが全然わかってなかった、わたしが悪いんだもん」 やっと、由飛に謝ることができたのに、由飛は、結局、すべてを自分でかぶろうとする。 「わたしって、本当にバカ…」 「そんなことないって」 「こんな、おかしくなってしまいそうなくらい、仁のこと、好きだったのに…何わけのわかんないこと言ってたんだろ」 「いいよ。 もういいから。 好きになってくれただけで、めちゃ幸せだから」 奇跡の大逆転で、女神が俺に微笑んだ。 そんな素敵な出来事だけで、俺はもう、お腹いっぱいだから。 だから…「由飛…」 「んぅ?」 「もう一度だけ、キスしよう?」 「………」 「…駄目、か?」 ほんの少しでも、由飛の表情が曇ると、まだ、過剰反応してしまう。 癒されきってないみたいだ、俺。 「『だけ』って…どうして?」 「え…?」 「やっと、通じ合ったのに…今日はこれまでなんて、そんなのあり?」 けど、由飛の表情が曇ったのは、俺が考えていたのとは、まるで違う理由だった。 「こうして抱きしめあうのも、いやらしめのキスも…」 「『今日はこれでおしまい』なんて、よくもそんな我慢ができるもんだね、仁は」 「ゆ、由飛…?」 「あ、ごめん…なんか、自分の気持ちに気づいたから、抑えが利かなくなってるかも」 と、口では反省しながらも…俺を抱きしめる手は、少しも緩むことなく、潤んだ瞳は、俺を捕らえて離れそうにない。 …誘惑してんのかよ、俺を。 「あのなぁ…由飛。は、お前がめちゃくちゃ好きなんだぞ?」 「うん…嬉しい」 「だから…二回キスしたら、あと五回くらいしたくなるし、そんなにキスしたら、お前のこと、触りたくなるんだよ」 「触れば…いいじゃない」 「そのうち、服の上からじゃ我慢できなくなって、お前の裸が見たくなって、直接いじりたくなるんだぞ?」 「すれば…いいよ」 「そこまで行っちまったら、もう、そこで止まるなんて、あり得ないんだぞ?」 「大丈夫」 「…なんで、だよ?」 「わたし、もう止まれないから。に奪われるまで、やめる気ないから…っ」 「ん…んぅ…んちゅ…ふぅ…あ、あむ…っ」 頭が、真っ白になった。 由飛を、めちゃくちゃに、力強く抱きしめ、強引に、唇の中に舌を割り込ませ、そして、音を立てて吸う。 「じゅぷっ…ん、ん…ちゅる…んんっ」 「あ、あ、あ~っ、んぷっ…あ、んむっ…ちゅぷ…あ…むぅんっ、ん、んんっ」 生暖かくて、由飛の口の中の味がする液体を、喉をこくこく鳴らして飲み込む。 由飛も、俺とおんなじように、俺の舌を舐め上げ、口の中に吸い込んで、飲み込む。 二人して、激しく桃色なキスをかわす。 「ふぅぅっ、ん、んむぅ…あ、ちゅぷ、んぷぁっ、あ、あ、あ…ひ、仁…い、ぃぃ…」 「由飛…もう一回」 「うんっ…ん…んん~っ!」 ちょっとだけ唇を離して、すぐにもう一回。 ただ、何度もキスをしたいから、ちょっとだけ離れて、またすぐくっつくのを繰り返す。 「ふぅ、んん…っ、あ、あむ…ちゅ…ぷ、んっ、あぁ…」 お互い、知っている限りの舌の動きを駆使して、口の中を舐め合い、吸い合い、飲み込み合う。 ちょっと離れては、また絡みつき、長くくっついては、また…「今度は、ちゅっちゅって…して」 「由飛ぃ…」 可愛く唇を突き出す由飛に、ぶつけるように軽くて、想いの溢れたキスを。 何度も、何度も…「ちゅっ…んっ、ふぅんっ、んちゅっ…仁っ、あ、あんっ」 馬鹿みたいに、何度も、何度も…真正面で向き合って、おでこをぶつけて、頬をくっつけあって、舌先をぶつけあって。 軽く、でも、何度も、しつこく、イチャイチャイして…「ん…んん…あ、あぁぁ…仁」 俺は、いつの間にか、由飛をカウンターに押しつけて、思い切り、由飛の体に自分を重ね合わせていた。 由飛の、柔らかな胸が、俺の胸に押しつけられ、豊かな弾力をもって、俺を押し返す。 その、たわわな果実をもぎとりたい衝動にかられ、手のひらを広げ、鷲掴みにする。 「ひぅっ」 「もう、十回はキスしたから…次、進みたい」 「仁…うん、んっ…あ…」 こんなにキスしたから、由飛のこと、触りたい。 次から次へと、由飛を、貪りたい。 まずは、服の上から…「ん…ふぅっ、あ、ん…あふ…っ、ん~、んん~」 吐息を吐く唇がなまめかしくて、また、そっちにも吸いついて、甘い唾液を味わう。 手には、制服越しに、ふわふわと柔らかい肉の感触。 赤ん坊が“にぎにぎ”するみたいに、ただ、手のひらで掴んでは、離す。 「う、あ、あ~…ひ、仁ぃ…はぁ、はぁぁ…ん、ん、は、あっ、や…」 「由飛…なか、手、入れてもいい…?」 もう、服の上からじゃ我慢できなくなってきた。 この状態でも、ぐいぐい、俺の手に食い込んでくる、由飛の胸…直接、掴んだら、一体どうなるんだろう。 好奇心と、興奮と、そして…由飛の言うところの、“桃色の感情”に支配されている。 「ん…脱ぐ? それとも、脱がせる?」 「…どっちも」 「じゃ、競争、ね…っ、あ、ひぅっ…」 制服をたくし上げて、由飛の白いお腹を晒し出す。 無理やり作り上げた隙間から手を差し込んで、柔らかい二つの山へと伸ばしていく。 「あっ…う、ぅぁぁ…あ…はぁ、はぁぁ…ひ、仁…ど、どう?」 「ああ…ああ…」 ブラ越しでも、ふっくらと柔らかく、でも、俺の手を押し返す弾力に満ちている。 けど…もう、直接触りたい。 由飛のおっぱいを、揉んで、吸って、噛みたい。 「っ…ちょっ、待って…外すから」 「あ…ごめん」 まるで駄々っ子のように、ブラを無理やり引き剥がそうとする俺を優しく制して、由飛が、制服の中に手を入れる。 「ん…いいよ、仁…あっ…や、ちょっと…」 由飛の背中からブラが出てきた瞬間、俺はもう一度、服の中に手を伸ばして、今度こそ、直接そのふくらみを握る。 「い、うぅ…仁…がっついてるぅ。、あ、あ…すごぉ…ちょっ、う、あっ」 「だって由飛…お前、柔らかいよ。持ちいいよ…すごいよ」 「ん…あ、むぅん…はぁ、はぁぁ…あは、は…いっ、あ…あはぁ」 手に余るくらいのボリュームと、弾力。 俺の手がめり込んでいき、その手を包み込むように形を変え、けれど離せば、また綺麗なおわん型に戻る。 激しく揉んだ後に手を離すと、ぷるりっと目の前で揺れてみせる。 「は~、はぁぁ…はぁぁぁぁ…あ、やっ、う、ふぅんっ、は、あん、あっ…」 カウンターに押し倒し、制服をたくし上げ、手と、口と、舌を使って由飛を蹂躙する。 こんなに…理性を失うなんて。 女神を犯すという背徳感を自分の中に抱くことで、余計に興奮している変態だ、俺は。 「やぁぁぁぁっ、仁、仁ぃ…もっと、もっと…一緒に、なろうね」 「由飛…うん」 「また…ちゅっちゅって、してぇ」 「ああ…っ」 「っ、ん、ちゅ、ぷ…んっ、ん、んむ…あ、あ…」 唇をついばみ、舌先をつつきあい、軽い、軽いキスを、何度も、何度も。 「はぁ、はぁ、はぁ…ん、んく、あぁ…」 唇から離れたら、今度は首筋、鎖骨、肩口と、キスの雨を落としていき、そして、胸に戻る。 大きめのふくらみの上に、これもぷっくりと膨れた、可愛いピンク色の突起を見つけ、ここにもキス。 「ひゅぅっ、ん、あ、あ、あああ…仁っ、わたし、う、あ、あ…うぅぅっ」 「ん…ちゅぷ…あ、あぁ…んんっ」 乳首を包み込むように吸い、前歯で乳首を挟み込み、ちょっと強めの刺激を与える。 「ひゃうぅんっ、い、やっ、やぁぁっ、ああっ、ああっ、だって、くぅぅっ…」 「ん、んん…痛い、か?」 「違う、違うぅ…ふ、ぅぁぁぁ…ぞくぞくする…なんか、ぞくぞくするよ」 気持ちいいというには微妙な感覚に苛まれてるんだろうな。 俺が胸に吸いつくたびに、ふるふると頭を揺らし、そのたびに、長い髪がゆらゆらと揺れ、俺の顔も撫でる。 でも俺は、そんな微妙な表情をされると、ますます手のひらに力を込めてしまうわけで…「う、あ、あ、ああああっ、あ、はぁ、はぁぁっ…い、ふ、ぁぁ…仁、ちょっと、えっち過ぎかもぉ」 「うん、俺もそう思う…んん」 「やぁぁぁぁ~、もう、もうっ…そんなに引っ張られたら伸びちゃうよぉ…あぁぁ~」 由飛の乳房を、乳搾りのように縦に掴み、その先端を口に含み、更に引っ張り上げる。 二つのたわわな房が重なり合って、俺の興奮を次から次へと煽る。 「あっ、あっ、あぁぁっ…なんだか、す、すごいことになってるよ…」 由飛が刺激に耐えかねて、左右にばたばた体を動かす。 そのせいで、スカートはめくれ上がり、肉付きのいい太股が、俺の脇腹に当たる。 だから、俺は右手を胸から離し、由飛の左足を、そうっと撫でてみる。 「う、あ、あ…仁…そこ…は…」 改めて、自分の格好を思い出したのか、ほの暗い店内でもわかるくらいに頬を染める。 「由飛は…どこも柔らかいな。前に触るの、気持ちいい、よ」 頬、唇、お腹、胸、太股。 本当に、何でこんなに柔らかいところばかりなんだろう。 手のひらだけはたくましいけど…「本当…?ほんとに、わたしにさわると、気持ち、いい?」 「だからこんなにしつこく触ってるんじゃないか。がこんなにスケベになっちまったのも、お前が柔らかすぎるからだぞ」 「仁のすけべは…わたしのせいなんだ…」 「だから…責任取れよ」 「う、うん…満足するまで、いろいろ、していいよ」 由飛が、体の力を抜いて、俺に任せてくる。 調子に乗った俺は、右足を持ち上げ、その膝頭から、太股に向けて、手を滑らせていく。 白い布地から、白い素肌へと感触が変わり、そしてまた、別の白い布地へと辿り着く。 「う、ああ…仁っ、くすぐった…やっ、は、はぁ…はぁぁ…ああ…」 右足だけを持ち上げられ、バランスを崩した由飛が、体をよじらせて、ちょっとだけ抵抗する。 「い、いろいろ、していいけどぉ…でも、恥ずかしいんだからね」 なんだか、よくわからないことを言っている。 俺は、ソックス越しの膝頭にそっと口づけると、そのまま、舌を這わせて、内股をなぞっていく。 由飛の、からだの匂い。 ますます歯止めを利かなくさせていく、魔性の香り。 「あ、やだ…すけべぇ…仁…桃色過ぎるよ…そんなとこまでキス…あっ、う、うそぉ…」 手の甲にするような、軽いキスを、でも、由飛の柔らかい足の付け根に進めていく。 「きょ、今日は、たくさん汗かいたから…だからもう、そこはやめてぇ」 由飛は今日、一日中ピアノと格闘していた。 だから確かに、由飛は汗をかいていた。 けれど、こんなに官能的な香りだったら、ずっと、吸い続けていたい。 「由飛…ここ」 「あ…」 とうとう、指の方が先に、由飛の大事な部分に辿り着き、ノックする。 「触るぞ…いいだろ?」 「仁…」 「とはいえ、もう絶対にやめないんだけどな。スもするけど、いいな?」 「そこへのキスは…やめてほしいな」 「軽く、だから」 「………」 俺から顔を逸らして、けれど、それ以上は拒絶しない。 俺は由飛のショーツに手をかけて、ゆっくりと、太股から抜き去っていき…「あ…」 少しだけ、透明な筋が、ショーツと由飛を繋いでいるのが見えた。 結構、感じていてくれたんだ。 「あんまり見ないでよ…」 「うん」 「だからぁ、見ないでってば」 「…うん」 ちっとも視線を動かさずに生返事をする俺に、段々由飛の声が湿っぽくなっていく。 俺は、指を一本だけ、由飛の筋にあてると、まずは上下にゆっくりとこすってみる。 「う、あ、あ…や、こんな、ひぅぅっ」 やっぱり、指先にとろりとしたものが着く。 由飛の体は、受け入れる準備ができてる。 中指を、少しだけ埋めてみる。 周りを、唇で軽くつつく。 由飛が好きな、ちゅっちゅって、してあげる。 「うあああっ、い、いあぁぁっ…あ、あ、あ~っ、ちょっ…あ…」 由飛の声、由飛の体温、そして、由飛の匂い…渾然一体となって、俺の脳を溶かし、獣の目覚めを促す。 「ん…ちゅぷ…ゆ、由飛…由飛、由飛ぃ」 唇の先についた液を、舌で舐め取ってみる。 こんなことを続けたら、愛しさのあまり、気が狂ってしまうかもしれない。 「う、あ、あ…い、いた…ちょっ、う、あああっ」 俺から逃げようと、ずるずると後退する由飛。 けれど、こんな狭いカウンターの上じゃ限界がある。 俺は、暴れる由飛の足を掴んで、また、軽いキスの雨を降らせる。 「だ、だめぇ…あと、ついちゃうから…あ、明日も、お仕事、あるんだよ?」 「大丈夫…軽くしてるから。…ちゅ…んぷっ」 「あ、や~っ!ちょっと…嘘つきぃっ、あ、あ、だめっ」 「ここは大丈夫だから…」 人から見えない、付け根に近い内股とかは、激しく吸う。 「さ…最初のエッチからこんなことするなんてぇ…仁って…ものすごい変態さんだぁ…」 「だって由飛…お前が柔らかすぎるのがいけないんだって」 早く終わらせないと、全部触りたくなる。 全部、キスしたくなる。 それこそ、由飛が嫌だと言っても。 「だ、だからぁ…もう、来てよぉ。たし…とっくに…いいみたいなんだよ」 …わかっていた。 由飛の体が開いていること。 受け入れるためのものを分泌していること。 今なら、抵抗を最小限に抑えられるかもしれない。 「じゃ…はいって、いい?」 「ん…いい」 息も絶え絶えに、けれど、こくこくと肯く。 俺は、そんな由飛の手を取り、今更、手の甲に口づける。 「仁…」 「行く、ぞ…」 ズボンを下ろして、由飛のそこにあてがおうとする。 俺の方も、もうとっくに準備なんか通り過ぎてる。 「あ…お願い、忘れてた」 「なに?」 「抱き合って、したいの」 両手を大きく広げて、由飛は、俺を抱きしめようとする。 「けど、この場所じゃ…」 「どうしても、抱き合って、したいのぉ」 半身を起こすと、由飛が俺の首に手を回す。 「あ…こらっ」 そのまま、太股も絡めて、まるでコアラみたいな“だっこ”の体勢に持ち込まれる。 「仁…仁ぃ…わたしの仁っ」 「ちょっ、ちょっと…」 この、せっぱ詰まった状況において、いきなりにっちもさっちもいかなくなってしまった…しがみついてくる由飛をそのままにして、由飛の中に入るなんて…そりゃ、慣れればできるかもしれないけど、ほとんど素人の2人で…「そうか…」 一つだけ、方法があった。 それは、今、俺の膝の裏側に当たっている感触。 カウンターに備え付けの椅子の上に、腰掛ける。 「仁…ん、んむ…っ、ちゅっ…んぷ…」 俺にしがみついて、強引に唇を重ねてくる由飛。 俺は、その由飛を抱きかかえたまま、自分を椅子の上に座らせる。 そして、そのまま由飛を、自分の上にまたがらせて…「う、あっ…あ、あ、…あああああっ!」 由飛と俺が、ますます渾然一体となって…そして、由飛のなかに、俺が、ずぶずぶと入っていく。 「あ~っ! あ~っ! う、くぅぅぅぅっ!ひ…仁~! い、た、たあぁぁぁ…」 「だ、だからしがみつくなって…」 「やだ、やだ、やだぁ…仁を抱きしめたいもん…い、いたぁ…いたいよぉ」 この格好だから、俺からは抜くことができない。 由飛も、俺の上にまたがった状態で、腰を浮かせることもままならない。 だから必然的に、由飛の奥深くに、俺のモノが、どんどん埋まっていく。 「い、いたい…仁、助けて、助けてぇ…あ、あ、あ…ああああっ」 「だから…まず俺から離れろ」 「やだ、やだ、やだぁ…仁が好きなんだもん…もう、離れないよ」 それとこれとは別なんだけど…けど、今の由飛に理屈は通用しないらしい。 まぁ、もともと理屈の通用するような相手じゃないけど。 「なら、力を抜け」 「…振りほどいたりしない?」 「しないから。に、俺が抱きしめててやるから、安心しろ」 「…ん」 俺は、なるべく由飛の痛みが和らぐように、角度を調整して、動かないまま、抱きしめる。 由飛の、剥き出しになった胸が、俺の目の前でぶら下がってるけれど、むしゃぶりたいのをじっと我慢する。 「あ、はぁ…ぁぁ…い、く…っ」 「まだ、痛いか?」 「だ、だいぶ…楽になったよ。仁の、ちっちゃくなった?」 「失礼な」 まだ思い切り、由飛の中にずっぽりと埋まってるっての。 まぁ、それでも、かなりの何だかなぁな展開のおかげで、いきなり放出とか、大暴れとか、そういう方面でのオイタはしなさそうだけど。 「はぁ、はぁ、はぁ…こ、これなら…ずっと一緒にいられる、ね」 俺の頭を抱え込むようにしがみつきながら、由飛が、息も絶え絶えに、けれど嬉しそうに呟く。 蒸し返すようだけど、さっきまで、俺のこと好きかどうかもわかってなかった女だぞ。 それが、ちゅっちゅってしてだの、抱き合いながらしたいだの…何が何だか…もう死んでもいい。 「もう、思い残すことないよぉ」 「馬鹿なこと言うな。かがセックスしてるだけじゃないか」 同じ事を言われると冷静に戻る。 「はっはっはぁ~…吸って、吸って、吐いて~、だったっけ?痛くなくなる呼吸法って」 「…それは出産だ」 「…似たようなもんじゃん、あはは…っ」 相変わらず、非常に感覚的で、考えなしの言葉を口にする。 でも、せっぱ詰まった状況にしてるのは、こうして俺が、入れてるせいで…「どう?」 「う、うん…なか、灼けてるみたい」 「…ごめんな」 「のう、ぷろぶれむ、ですっ…う、くぅ…は、はぁぁ…」 もちろん、強がりに決まってる。 俺の方に、ものすごい勢いで食い込む、由飛の指が、そう語ってる。 だから俺も、その程度の痛み、強がりで無視する。 「由飛…お前には申し訳ないけど、俺、気持ちいい、よ」 「仁…うん、よかったぁ…っ。うなって欲しいから、わたし、捧げたんだもん」 「由飛…本当に俺…君が好きだから…ん…んぅっ」 「ひぅっ、あ、ぅぁぁっ、や…く、くすぐった…んぅぅ~っ」 首筋に、また、キスの雨を降らせて、剥き出しの胸の先っぽにも、舌で触れる。 すべすべの背中をなで回し、スカートで覆われた、お尻にも手を回す。 「んっ…あ、あぁぁぁぁ~…は、はぁ、はぁぁ…せ、せつない…よぉ」 由飛がまた、全身に力を込めて、俺を、ぎゅうっと抱きしめる。 俺の顔のところに、由飛の乳房が押しつけられて、また、由飛の柔らかさを堪能できてしまう。 俺だけが、こんなに気持ちいい。 ごめんな、由飛…「んっ、ふ…ぅぅっ…ね、ねぇ、仁…」 「なに?」 「そろそろ…動いても大丈夫、だから」 「…いいよ今日は。こまでで」 俺の偽らざる気持ちだった。 出さなくてもいい。 由飛のなかに入れたという事実だけで。 「だめ…だめ、だめぇ…仁が満足しないと、ダメだよ…っ」 「けど…そうしたら、由飛が」 「そんな中途半端なはじめては嫌だよ…」 「由飛…」 「はじめては『仁に無理やり奪われた』っていう、素敵な思い出が欲しい…」 「待てこら」 「いつもの、優しくて、ちょっと情けなくて、けど…ほんのちょっと強引な、仁のままで…」 由飛が、いつの間にか、微笑んでる。 色んな感覚のせいで、ぼろぼろこぼれる涙と、一緒になってこぼれる笑顔と…だったら俺は…「動く。るべく、痛くないようにするから」 「う、うん…期待してる」 痛くしないように、なのか、それとも、最後まで突き進むことに、なのか。 からみあって、ほとんど身動きが取れない中、ゆっくりと、腰を揺らし始める。 「んっ…う、あ、あぁ…」 腰もほとんどくっついた状態なので、出したり入れたりじゃなくて、中で動かす程度。 それでも、由飛の柔らかさを全身で受け止められるから、この格好は、気持ちいい。 「ふぅっ、ん…うあぁ…仁…あ、あぁぁ…」 「由飛…おいで」 「ん…ちゅっ、んぷ、は、はぁぁっ…んぷ…ふんぅぅ…ん…あ、ちゅぷ…ぁぁ」 唇を突き出してやると、向こうも必死で、同じように突き出してくる。 ちょっと体勢的にはきついけど、唇を重ね合わせ、お互いを楽しむ。 「んっ、んぅ…んぷ…ふぅぅ…」 「はむ…んちゅ…んぷぅ…あ、ちゅ…ぅ…んっ、は、はぁぁっ、あ、あ…」 由飛の太股は、一生懸命俺の腰に巻きつき、由飛の腕は、必死で俺の頭を抱え込む。 ひとつに溶け合うみたいに、ゆっくり、ゆっくり、混ざっていく、俺たち。 だから…そんなに動かなくても、十分、上り詰めていくことができる。 「あっ、あっ、あっ…う、うあ、うあぁぁ…」 「ん、ふぅんっ、あ、んっ…ひ、仁ぃ…な、なか…なんか、また…びくびく…って」 もう、由飛のなかで暴れたくて仕方なくなってる。 エアコンも切れた、冬の夜の店内。 それでも二人は、激しく熱く、汗を滴らせながら、力いっぱい、からみあう。 「はぁ、はぁ、はぁ…っゆ、由飛…」 「ん、あ、あぁぁ…っ、な、なに…仁?」 「そ、そろそろ…離れて」 「やだ、なんでぇ…っ、ん、く、あぁぁっ…せ、せっかく、少し…」 少し…?けど、こっちはもう…「俺、出そう…」 「あ、ああっ、あぁぁっ!だ、だからなんなのよぉ…っ、ん、く、あ、ひぅ…んんっ」 俺の言葉の意味をわかってないのか、由飛は、ますます腰を押しつけてくる。 「だ、ダメだって…このままじゃ、中に…」 「あ、んっ、んくぅっ…あ、い、あ、あ…な…何か、マズいのぉ?」 「あ、当たり前だぁっ…何もつけてないだろうが」 「で、でも…でもぉっ!あっ、んっ、んっ、んっ…んんんっ!」 「ゆ…由飛っ!?こ、こらぁ」 俺を抱きしめる腕と足に、ますます力を込めて…しかも、俺の上で跳ね始めた。 これじゃ、逃げ場がない。 「ああ…仁、仁ぃっ!いい、いいよ…ちょっとだけ、いいよぉ…う、あ、あ、あ…ああああっ」 「ゆ…由飛…お前、責任取れよっう、く、あぁぁ…」 由飛の『感覚で喋る癖』が伝染ってしまったらしい…「うん、うん、大丈夫、だから…いいよ仁…あっ、あっ、あっ、ああっ、あああっ」 けれど由飛も、当然のように受け止める。 俺たちは、間違った方向に心を一つにして…そして…「う、あ、あ…あああああっ!」 「あ~~~っ! ああああああ…っ」 全身が、硬直して…弾ける。 「あ、あああ、あああああ…あ~…あっ、あっ、あっ…」 「うっ、くっ、あっ…あ、あ、ああ…」 どく、どく、どく、どく…上へ…由飛の、なかへ…駆け上がっていく。 「ん…うあ、あぁぁ…っ、ひ、く、ぅ…あ~っ、ひ、ひとし…な、なんか…きたよぉ」 「だ、だからぁ…」 「うわぁ、熱ぅい…あ、んっ…やだ…まだ、だぁ」 思いっきり重なり合ったまま。 由飛の、一番奥で弾けた俺は…まだ、熱いほとばしりを、由飛の中へと注ぎ込んでいた。 「あ…ん、くぅ…あぁぁ…あ、あ…」 これ以上はないってくらいの、激しい、本当の意味でのセックスを、してしまっていた。 ………「うわぁ…まだ溢れてくるよ」 「…ごめん」 抜いた後、そのままこぼれてこないよう、手で押さえたまま、必死でティッシュを探した。 今は、そこからこぼれ出てくるのを拭き取らせながら、この寒い中、汗の引くのを待ちつつ、床に座り込んでいる。 「あ、血も出てたんだ」 「重ね重ね!」 「あ、違うよ、この血はわたしのだよぉ?」 「いやわかってるから…トンチンカンなこと言うな」 「ん?」 こいつ…どこまで知識があって、どこまでを許した気になってるんだろう?「えへへ…仁、すけべだね。んなに出したんだ…わたしの中に」 「あのさ…お前、今日、大丈夫だったの?」 「さあ、どうだったっけ?」 「由飛ぃ…」 「ふふ、嘘。丈夫だよ、多分」 「多分ってのは…いや、いい」 もう、ちゃんとした会話をするのは諦めた。 後は、こっちが出た目に応じて勝負をかければいいんだ。 「仁と…しちゃったんだねぇ」 「うん…ありがと、由飛」 「ごめんね…面倒かけて」 「もういいよ…それが由飛の持ち味かも、だし」 「もう、撤回しないから…わたし、仁が好きだった」 「…ありがと」 「思いっきり抱き合って、すけべな仁も目の当たりにして、それでも大好きなんだから、この気持ちは本物だよ?」 「…ひょっとして、今したことって減点材料?」 「あ~ごめん…えっと、何て言うかなぁ…その、ちょっと考えさせて」 「いいよもう…俺のこと大好きって、その一言だけでいい」 それだけで、何杯でもイけるから。 「で、さ?仁はどう思った?わたしとして、それでも、好きでいてくれてる?」 「当たり前だ…どんな責任だって来いってなくらいに大好きなまま」 「………そうなんだぁ、ふふ」 由飛が、俺の腕を取って、しがみついてくる。 …相変わらず痛い。 「大好き、大好き、お互いに大好きなんだってさ~。ふ…あは、あははははっ」 俺たちは、そうして、フロアにへたり込んだまま、ゆっくりと、『恋人としての時間の流れ』を楽しんだ。 ………………「さ、掃除するぞ」 「え~」 「こんなに酷い汚し方して、明日このままじゃ営業なんかできるわけないだろ?」 「そ、それは…そうかもしんないけどぉ」 「全体をアルコール消毒からやり直し。に一度の大掃除と同じ作業な」 「…なんかそう言われると、せっかくの思い出が汚いことみたいだよぉ」 「衛生的には事実そうなの。 さ、モップ持った。 始めるぞ?ピッカピカに磨こうぜ」 「もうちょっとデリカシーも磨け~!」 「お客さま~、お客さま~アップルパイ、ベークドチーズケーキご注文のお客さま~」 「こっちこっち~、待ちかねたよ~」 「大変申し訳ございません~超特急で焼き上げて参りました~」 「お腹がすいて倒れそう」 「お待たせした分、美味しさ三割アップです~」 「飢え死にしたらどうするの?」 「一口食べたらあら大変。 ほっぺがなくなっちゃいました。 でもでも、しやわせおなか一杯~」 「あはは…負けた負けた~」 「で、ブレンド2つは?」 「…はい?」 「………」 「………」 「あ、あはは~」 「追加オーダー超特急~さあ仁、はりきっていこ~」 「自分のミスを俺に押しつけるな」 「そこはそれ、ほら、店員のミスをカバーするのが店長の役目というか~」 「ほれ持ってけ」 「わ、はやっ」 「お前が騒いでる間に淹れといたの。 ちゃんと謝るんだぞ。 フレーズ付けずに」 「愛してる仁~、じゃあね~」 「はぁ」 …この時代に投げキッスをする奴がいるとは。 ………「愛してるんですってねぇ」 「社交辞令でしょ~!?」 「どこがぁ?」 「ほらその辺は…そう!雰囲気で悟って欲しいな~というか」 「雰囲気で悟ると、もっと深い意味に取れるんだけど、どうかしら?」 「…俺、休憩行ってきます」 「…いつまで逃げが通用するのかしらねぇ」 ………………「どしたの仁? 悩みごと?」 「いんや別に…」 そろそろ隠し通すにも限界にさしかかってるらしい。 …というか、誰か一人くらいは気づいてないかもってくらいなんじゃなかろうか。 「今日、うち来る?」 「う~ん…」 「なによ~。ってば、わたしと一緒にいたくないんだ~」 「いや、めちゃくちゃ一緒にいたいけど…あの部屋はなぁ…落ち着けん」 何しろ、殺風景というか、No Space left on roomというか…「あ~知らないな~?この前仁が来た時から大幅リニューアルしたんだよ~?」 「いや、そもそも部屋の広さが…」 「ところが広くなったんだなぁ」 「いや、物理的に無理だろ?あのピアノがある限り」 「そ~れ~が~ね~、なくなったの~」 「え?」 「今は~、真ん中にテーブルが置いてあって~、あ、ソファーも買ったんだよ。人で寝っ転がりながらテレビ見れるよ~」 「う、ううむ…」 「先着1名様に限り!なんと無料でご招待!今すぐお電話を!」 「………」 ………「は~い、ホテルY・KATORIでございま~す♪」 「…ダブルで、一部屋」 「毎度ありがとうございま~す♪」 「くっそ~…流された~」 今日は、たまった洗濯物を片づけようと思ってたのに。 まぁ、どっちが楽しいかと聞かれたら、そりゃ…比較にならんけど。 「すぐ帰ろ~!今帰ろ~!あ、ピザでも買って帰ろ~!」 「こ、こらっ、引っ張るな」 「久しぶりのお泊まりだね、仁」 「ま…明日休みだし」 「一緒にいようね。4時間くらい」 「微妙にリアリティのある数字を叩き出すな。れだと一度家に戻ることができないだろ」 「ちゃんと洗濯したげるからさぁ」 「俺はそれで既に服を5枚オシャカにしてんの!」 ………そろそろ春の気配。 俺と由飛の関係は、あのときから、地道に前に進んでる。 由飛は、ファミーユの“歌うウェイトレス”として、なかばブリックモールの名物と化していたりして。 最近じゃ、さっきみたいに、ノリのいいお客様なんかも現れて、なんか方向性は違うけど、なくてはならない存在だ。 もちろん、俺にとっては、かけがえのない…威厳もへったくれもないけど、でも、女神様。 崇めて、奉って、触って、キスして、抱きしめて、何度も、いつでも、愛でていたりする。 「………」 「と…」 俺をぐいぐい引っ張ってきた由飛が、ふと、ある店先で足を止める。 そこは、俺たちの、閉店間際のデートでの終着駅。 アンティークショップの店先の…「………」 「弾いてくか?」 「…ううん」 いつもここで、閉店間際に遊んでいた由飛は…二ヶ月ほど前から、その腕を披露することをやめてしまっていた。 「いいのか?」 「いいの。きたいって、別に思わないから」 「由飛…?」 ここで遊びで演奏してるときは、あんなに楽しそうに弾いてたのに…そういえば…なんで部屋からピアノがなくなったんだ?音大の学生だったら、自分の楽器は必需品だろうに。 「仁…わたしね」 「な、なに…?」 「仁の世話が大変でさぁ、ピアノなんてやってる暇が~」 「人のせいにするかこのこのこの」 「きゃ~!」 「許さん、も~許さん。屋に帰ったら覚えてろよ」 「ど、どう許さないんだろ~?も、もしかして、ものすごいすけべ技使う?」 「そういうことを外で大声で言うな~!」 「え~だってもう誰もいないじゃん~」 「だからやたらと声が響いてるだろ~!」 そうして俺は…今日も、俺にとっての、かけがえのない女神を…いぢめる。 ………「続いて19番………曲は、同じくショパン、エチュード、作品25、第1番、変イ長調『エオリアン・ハープ』」 「………」 「っ!?」 「あ…あ…」 「っ!?」 ………「あ…れ…?」 ………「ちょっ、ちょっと待って…髪、跳ねてないかな?」 「跳ねてる訳ないだろ…5分前に確認したばっかだぞ」 「でもほら、形状記憶とか…」 「お前の金髪はその名の通り金属なのかよ!」 「あ…ガスの元栓切ってきたかなぁ?ちょっと今から戻って確認…」 「駄目だ!」 「爆発したらあんたのせいよ!」 「俺のせいでいいから先に進め。ろそろ約束の時間なんだよ」 「うう…」 「二人とも『今日の12時』でOKしたんだからな。れとも玲愛、お前、約束破るような、ちゃらんぽらんな奴か?」 「う…ううう…」 やっぱり玲愛には、こういった『正論』がよく効く。 何しろ、契約社会の申し子のような堅物だからな。 …イマイチ言葉の意味を正しく使っていない俺とは違って。 「ほれ、行くぞ。ゃんと歩けよ」 「仁ぃ…」 俺の差し出す手をじいっと見つめ、そして今度は、俺の顔を、うるうると見つめてくる。 …いかん、結構クるものがある。 「大丈夫かなぁ? 私、ちゃんと話せるかなぁ?」 などと俺の手を握りしめてくるさまは、ちと『守ってあげたい』などと思わせる卑怯な態度だ。 「と、とにかく!待ち合わせ場所に行くぞ!」 「あっ…うん」 結局、俺の手をぎゅっと握ったまま、とぼとぼと、俺の後ろからついてくる。 ………「いた…」 「えっ、嘘」 「いや、いるだろ普通。ち合わせ時間ピッタリだ」 駅前の噴水のところ。 本日の、お目当ての相手が、所在なさげに突っ立っていた。 「け、けど…あの子が時間を守ったことなんて、私、今まで見たことないわよ」 「………」 あいつ…養女のくせに態度でけぇな。 俺なんか、父さんや母さんや姉さん相手に、とてもそんなナメた真似なんかできなかったぞ。 あ、バッグからコンパクトを取り出したぞ。 髪型をチェックしてやがる。 …やっぱ、姉妹だな。 「あっ!?」 「………」 「………」 コンパクトを噴水に落としやがった。 「あ~! あ~!」 「こらやめんか汚い!」 とりあえず、全然気づいてもらえてなかったけど、すぐ側にいたので、由飛の暴挙を止める。 袖口までヘドロまみれにするのはさすがに忍びない。 「あ、仁ぃ!どうしよ、落としちゃったよぉ」 「んなもんまた買えばいいだろ?」 「で、でもっ、勿体ない!ほら、そこに見えるし、袖まくれば取れるよ!」 「え~いせせこましい!後で買ってやるから諦めろ!」 こんなドロドロの噴水池に手を入れようなんて、その容姿とその服装では、ある意味冒涜だぞ。 「ホント? 約束?仁が、わたしに、プレゼントしてくれるの?」 「あ、ああ…約束…する」 「えへへ…ありがと、仁」 「いや、そんなのいつだって…」 「ごほんっ!」 「いてぇっ!?」 「あれ? 玲愛ちゃん」 「…おはよう」 しまった…そういえば、玲愛と一緒だったんだっけ。 ちょっとマズいとこ見せちゃったかなぁ?「…なんで、手つないでるの?」 「うおわぁっ!?」 ちょっとマズいとこ見せちゃったかなぁっ!?「そうね…それは、マンションから、ずっと一緒に来たから、かしら?」 「………」 「………」 「あ、あれ? お~い…」 ………………「いらっしゃいませ」 「あ、3人で」 「おタバコはお吸いになられますか~?」 「あ、いえ…」 「ちょっと待って」 「え?」 「いいの仁?」 「ん?」 「…え?」 「1日に1本だけ吸うのよ、仁って。知らなかった?」 「………え?」 「ああ、いいよ禁煙で。、あそこでしか吸わないって」 「そう? じゃ禁煙でお願いします」 「かしこまりました。ちらへどうぞ~」 普段から、バルコニーでしか吸わないこと、玲愛には言ってたはずなんだけどなぁ。 わざわざ、確認なんかしなくても…「………」 「………」 それにしても…なんか、空気が重いような気が…………「何にする? 仁」 「ん~、俺、朝から何も食ってないから、重めにしようかな」 「だったらこれにする?半熟オムライスのデミソースがけ。、とりあえず卵でしょ?」 「………」 「ん~、けど、こういうとこのって、結局、自分で作った方がマシだからなぁ…」 散々貶したあげく、夜に家で同じメニューを作ってしまうことがしばしば。 「わたしはどうしよっかなぁ…あ、こっちのページ見る?」 「ハンバーグセットか…いいな、これにしよ」 「…やっぱり目玉焼き乗ってるじゃない」 「目玉焼きならそれほど外さないだろ」 「な~んだかんだ言って絶対卵は入れるんだね~。、じゃあわたしは日替わりランチでいいや」 「よし、こっち決まった。愛、そっちはどうする?」 「………」 「玲愛ちゃん?」 「あのさ…素朴な疑問なんだけど」 「ん?」 「この席の配置って…どうなの?」 「席?」 「配置?」 きょとんと顔を見合わせる、俺と由飛。 こちら側の席には、窓側に俺、通路側に由飛。 んで、向かい側に玲愛が一人、ぽつねんと。 ………「ん?」 「なんで私がハブ?」 「あれ?」 そういえば、どうしてこういう配置になったんだ?今日の目的からすれば、由飛と玲愛が向かい同士に座るのは間違ってない。 だから後は、俺の座る位置の問題だけなんだが…「だって玲愛ちゃん、キュリオの人でしょ?わたしたちはファミーユの人間だし…」 「…今日の話って、ブリックモールのことは関係ないわよねぇ?」 そうか…俺が適当に座った後、由飛がものすごく自然に俺の隣に座ったんだ…「だったらさぁ、同じマンションに住んでる、私がその位置にいても、問題ないんじゃないの?」 「え…?」 その後、しばらく玲愛が突っ立ったままで、由飛の『玲愛ちゃん、座ったら?』の一言で、なんかえらく複雑な表情を…「………」 「………」 なんだぁこれは…?「え、え~と!要するに、どっちでも問題ない訳だろ?だったら別に今のままでも~」 「そう………そっちにつくんだ、仁は…」 「はうっ!?」 既に、今日の話し合いの主旨から、壮絶に外れ始めている気がするんだが…………「さ、さてと…え~、本日はお日柄もよく…」 「………」 「………」 「…このあとどこ行こうか?」 いかん、いきなり逃げを打つな、俺。 今日は、3人で遊ぶことが主目的じゃない。 極力自分を殺し、2人に話をさせるための集まりだ。 「おい由飛。前、玲愛に話があるんだよな?」 「え…?」 「ほら言ってたじゃん。愛が風邪ひいて倒れてさ、お前が助っ人でキュリオに行って…あんときだよ」 「あ…その節は、その…ごめんなさい」 「え? あ、あ、あ~!い、いいんだよそんなこと!その…困ってる時はお互い様とゆうか」 「そ、そう…ならいいんだけど」 「う、うん…」 「よくねえっ!もっと恩に着ろ! もっと成果をアピールしろ!」 今の話だけだと、単なる病欠のシフト変更っぽいじゃないか。 「あのなぁ玲愛。 由飛は、お前のために、わざわざライバル店のキュリオに、ヘルプとして入ったんだぞ。 ウチの仕事を休んでまで!」 「そ、それが…どうしたのよ」 「どうしたかじゃないだろ…普通だったら許されることじゃないぞ?クビになったっておかしくない」 「あ、でも仁がわたしを勇気づけてくれたから…」 「え…」 「この際俺のことはどうでもいい。ずは俺に話させてくれ」 「う、うん…」 今日のこの2人…何故だか知らんけど、妙に俺を持ち上げようとするのが気になる。 まぁ、姉妹同士で褒め称えるのも確かに変だし、それでどうしても話題が、この場での第三者である、俺になってしまうんだろうな。 「そこまでして、由飛が玲愛の代打をしたの、なんでだと思う?」 「…さあ」 「わかってんよな本当は?」 「………」 「『友達』じゃ取れない責任も、『家族』なら取る必要がある。飛は、それをやったってことだ」 「仁…」 喩えは悪いけど、連帯保証人とか…「『家族』ってのは、重いんだよ。 で、その重さこそが、心地良いって感じられる。 …いや、これは俺だけかもしんないけど」 「そんなことないよ…」 「………」 由飛は…図らずも、今の俺と境遇が似てる。 だから、こいつの『家族』への渇望は、多分、理解できてると思う。 そして玲愛は…昔の俺と、境遇が、似てる。 だから、こいつの『家族』への、複雑な思いも、なんとなく、理解できてるような気がする。 戸惑いと、コンプレックスが、いつの間にか、興味と、愛情を押し流して…ちょっとしたすれ違いは、軋みを生み、軋みは、ヒビを入れ、ヒビは、崩壊を助長し…そして姉妹は、姉の進学を機に、全く、交流をなくしてしまった。 「お前ら2人が疎遠になっちゃったのだって、どっちが悪いってわけじゃないんだろ?だったら、まずは…話し合ってだなぁ」 「違うよ仁、わたしが悪いんだよ」 「私が悪い」 「何言ってるの…玲愛ちゃんが悪いことなんて、何一つないよ」 「それは…知らないだけよ。の、本当の暗さを」 「いくらそんなこと知ったって、わたしは玲愛ちゃんが好きだよ」 「っ…」 よし!言った。 まずは由飛が、公約を果たした。 まっすぐな視線を、玲愛の目に向けて、まっすぐな言葉を、玲愛の心に向けて。 「玲愛…」 「………」 これで…後は、玲愛が頑張る番だ。 周りから、ずっと、姉より上に見られていた妹。 けれどその中で、ただ一つ、強烈に敵わない才能のために、コンプレックスを抱き続けてきた、ちょっと歪んだ妹。 「玲愛…」 「………しょうが、ないわね」 「玲愛ちゃん…?」 「自分が好きで、相手も好きでいてくれるなら…仲直りしない理由、ないもんね」 「~~~っ!」 「…っ!」 机の下で、拳をぎゅっと握る。 その上から、由飛が手を重ねてきて、俺の拳を力いっぱい握ってくる。 その、あまりの力強さに、危うく叫び声を上げそうになったけど…「れ、玲愛ちゃん…っ」 「…うん」 「お待たせしました。ンバーグセットのお客様はどちらでしたでしょうか?」 「あ、こっち」 由飛が、玲愛の手を取ろうとした瞬間、ちょっとだけ、無粋な割り込みが入ってきた。 「…とりあえず、食おうか」 「…そうね」 「うん」 けれど、今の2人には、これくらいが丁度いい。 ゆっくりと、けれどしっかりと…話して、語り合って、夜通ししゃべくって…そうやって、元通りになっていけばいいんだ。 もう大丈夫。 そのとっかかりは、今、確実に、穿たれたんだから。 ………「あ、そのハンバーグ美味しそう。口だけちょうだい」 「一口だけって…でかすぎっ!?それ四分の一はあるだろ!」 「ん~? ほいひいよ~…んぐ」 「うわ一瞬で飲み込みやがった!俺なんか30回は噛んでるのに~」 「………」 「等価交換だ! そっちのチキンよこせよ」 「え~、これは駄目。 メインディッシュだもん。 あ、こっちのグラッセなんかどうかな?」 「ニンジンじゃねえか!」 「わ~それって差別発言」 「大体、俺はメインディッシュを取られたんだぞ?なんでそっちがメインを拒否する資格がある!?」 「はい、あ~ん…ニンジン美味しいよ~」 「笑顔で誤魔化すな…」 「とか言いつつ食べてるし~♪」 「………」 「俺はね、好き嫌いなんかないの。前みたいな子供の味覚とは違う」 「卵パラノイアのくせに~」 「あ、こら、水こぼすな」 「うわ、ごめぇん」 「あ~もう…ちょっと動くなよ!玲愛、悪いけどおしぼり取って…ぶっ!?」 「きゃっ?」 白くて濡れた布が、いきなり俺の顔を直撃する。 「………」 「れ、玲愛…?」 「玲愛ちゃん…?」 もちろん、ぶつけてきたのは玲愛。 「いや、確かに取ってくれとは頼んだが、そこまで超特急でと言った覚えは…」 「あんた…私を馬鹿にしてんの?」 「え? 何が?」 「っ!!!」 「うわ怖っ!?」 「れ、れ、れ…玲愛ちゃん?」 こう、日本人離れした綺麗な容姿で、思いっきり睨まれると、俺たち日本の小市民は、それだけですくみ上がってしまう。 昔話に出てくる『鬼』が、外国人だったって説があるけど、今ならその説を唱えた学者の気持ちがわかるぞ…「…私にも寄越しなさい」 「え?」 「そのハンバーグ。りを全部」 「って、こら待て!まだ半分以上残ってるじゃねえかよ!これ全部ぅ!?」 「お腹空いてるのよ」 「…なら何で食事を頼まずにコーヒーだけなんだ?」 「急に空いたのよ」 わからん…こいつの言ってることは、さっぱりわからん。 「あの時の約束…まだ生きてるわよね?」 「…約束?」 「深夜のキュリオで、私の前でひざまづいて…何でもするって誓ったわよね?」 「え…?」 「こら待て! 微妙に情報操作してるだろ!?」 確かに、売り上げ勝負のときに、土下座して謝ったことはあったけど…「そのハンバーグで我慢してあげるって言ってるのよ。りがたく思いなさい」 「玲愛…お前、一体…?」 「………」 「…わかったよ」 なんかようわからんが、とりあえず、玲愛の目を見たら、本気だと言うことだけはわかった。 …そんなにハンバーグが食いたければ、頼めばいいのに。 今月、ピンチなんかな?「ほれ、じっくり味わって食え」 俺は、泣く泣く鉄板を、玲愛の前に置く。 「………」 しかし玲愛は、目の前に差し出された、まだ半分は残ったハンバーグを睨んだまま微動だにしない。 「…腹減ってんだろ?」 「うん」 「なら遠慮すんな。ら、ナイフとフォーク…」 「あ~」 「え?」 「…っ」 俺がナイフとフォークを持った瞬間、玲愛が、待ちかまえたように口を開く。 これは…まさか…?「ちょっと待てよ、おい…」 「さっき自分だってやってたくせに」 「く…!?」 俺が由飛のニンジン食ったことか?「前なんか、寝てる私の口をこじ開けて、無理やり食べさせたことだってあったのに」 「え…」 「あれはお前が風邪ひいて…」 栄養取らなきゃいけないのに、ちっとも食べようとしないから…「あ~」 「………(わなわなわな)」 「もう…何が何だか」 なんなんだこの小学生レベルのやり取りは…もう、どうやら玲愛は退きそうにないから仕方ない。 俺は、ナイフでハンバーグをまず2つに切ると、その片方をフォークに刺して、玲愛の目の前に…「はい!」 「はい?」 「………」 と、思った瞬間、ハンバーグ付きのフォークを、いきなり横合いから奪われた。 「店長の不始末は、部下である店員の不始末。たしが責任取ります!」 「はぁ?」 「ほら玲愛ちゃん、あ~ん」 「由飛…あなた…」 「あ~ん、だよ?」 「………」 なんだかよくわからんが、玲愛にハンバーグを食べさせようとする由飛。 数年間、疎遠になっていた姉妹の、心温まる風景に、俺は…いや、そもそも寒いし。 「あ~ん」 「………」 誰か俺を楽にしてください。 「なあ…本当にいいのか?」 「あは…何もない部屋だけどね」 「けど…女の子の一人暮らしの部屋に…」 「もう二人分の夕ご飯買って来ちゃったじゃない」 「そりゃ、そうだけど…」 「それに~!仁とわたしの関係だったら~、泊まってくくらいがスタンダードっぽくない?」 「ご近所に聞こえるだろうが!」 「それとも、どうしても帰るって言うの?…玲愛ちゃんの待ってる部屋に」 「こら待て、玲愛は待ってない」 「だってお隣でしょぉ?ひょっとして、合鍵とか持ってたりして~」 「………」 「持ってるのぉ!?」 「持ってね~よ!」 一度貸したことはあるけど。 「とか言ってるうちに…着いたよ」 「う…」 歴史的な姉妹会談は、“大”失敗に終わった。 その後、玲愛は、次の予定があるからと、さっさと帰宅してしまい…残った俺に、由飛は…「お帰りなさいませ~、ご主人さま」 「他店の真似はやめなさい」 まぁ、こういうことになった。 「さあさ、何にもない部屋だけど、ゆっくりしていってくださいね~」 「…本当に何もないな」 リビングの真ん中にある、でっかいグランドピアノが目を引くが、それ以外は…「え、えっと…ここはレッスンルームみたいなものだし」 「そういえば、この壁…」 「あ、これは防音加工してあるから。ざわざそういうマンションを選んでもらったの」 さすが世界に名だたるピアニストの家系…音楽の勉強に関しては、金を惜しまない主義なんだな。 …なんかそう聞くと、ちょっと玲愛が不憫な気も。 「さ、座って座って。チャイチャしよ? ね、仁っ」 「…その動詞ってどうよ?」 ある意味『えっちしよ』よりも恥ずかしい…「ほらぁ、ここ、ここ!いらっしゃい、仁♪」 由飛が、この部屋の、ほぼ唯一の家具である、カウチソファーに腰掛け、自分の隣の場所を、ぽんぽんと、手で叩く。 そこに座れってか?で、来て早々、由飛と密着状態になれと?馬鹿な…そんなことになったら、俺は飯どころじゃなくてハラペコだ。 「あ…こっちの部屋は?」 「あ! そっちダメっ!」 「…なんで?」 「し…寝室だから」 「…興味あるな」 「え、えっち!」 「えっちだもん」 マナー違反であることはわかっている。 しかし、こう、いきなり部屋に上がり込んで、何もせずベタベタせよと命令されたとしたら、何か抵抗してみたいというのが男の性というか…しかし、これで寝室なんかに入っちゃったら、それこそ、ベタベタを通り越して…ってことにも。 「ちょっとだけ!」 「あ~っ!?」 ええい、ままよ!俺は、反則気味の逃げ手として、由飛の寝室を覗き…………「…え?」 「だからダメって言ったのに~!!!」 「………」 ごっちゃり。 その部屋を、一言で言い表すと、そんな感じだった。 「お前…」 「仁のいやしんぼ~!」 「言ってる場合か!?なんじゃこら!」 一応、ベッドはあった。 だから、本当にここが寝室なんだろう。 しかし、周りに散らかる雑誌、コンビニ袋、ゴミ…さらには、明らかにリビングにあったと思われる、テーブルその他の家具…「…仁を呼ぶつもりだったから、掃除したんだよ」 「どこを!」 「だからぁ…リビングを。ょっと散らかってたから」 要するに…『リビングを掃除した』という、その内容は…「で…全部こっちに押し込んだんだな?」 「時間がなかったんだよ~」 「時間がなかったで済むかよ!何でもっと普段からきちんとしとかないんだよ!」 「だってぇ…めんどくさいんだもん」 「あ~、もうっ!駄目だ、この惨状は我慢できん。除やるぞ」 「イチャイチャは~!?」 「そんなの後だ後!こんなの見ちまったら、気になって集中できるか!」 「仁…まるで玲愛ちゃんみたいだよ~」 …いや、多分、『きちんとしてる度』に関しては、俺は、花鳥姉妹の間に位置する。 何しろ玲愛に『散らかってるわね。 由飛の部屋みたい』と評されたことがあるからだ。 しかし…間といっても、さすがに玲愛寄りだと信じたい。 「ゴミ袋! あと雑誌結ぶ紐!バケツに雑巾に…掃除機!」 「え~と…その中では、ゴミ袋と雑巾が不足しておりまして~」 「ゴミ袋買ってこい!雑巾はそこらのタオルを潰す」 「わ、わたしも手伝うの~?」 「お前の部屋だ~!!!」 「イチャイチャが…イチャイチャが遠のく~」 「問答無用! 掃除が終わるまで飯抜き」 「鬼~、悪魔~、玲愛ちゃん二号~」 だってさ…これじゃあ、ソファーでイチャイチャできても、ベッドでイチャイチャできないじゃないかよ。 ………………「うわぁ…見違えた」 由飛が、隣の寝室を覗き込み、感嘆の声を上げる。 「まぁ、モノが少なかったからなんとかなったけどな。もさぁ、掃除はもっと習慣づけとけよ」 「うん、反省…ひどい恥かいちゃったね、えへ」 最近してる『恥ずかしいこと』よりも、こっちの方が恥ずかしいのかな?「ねえ、もうあっちのお掃除終わったんでしょ?こっちはちゃんと掃除機かけたよ、昨日」 「でもまぁ…乗りかかった船だし。っちもとりあえず、ざっと雑巾がけまで」 「いちゃいちゃぁ~!」 「あと10分待て。したら飯にしよう」 冷蔵庫の中は、辛うじて秩序を保っていたので、せっかくだから、追加で何か作ってやろう。 そんな…結構楽しそうなことを考えながら、俺は、部屋の中の雑巾がけをほぼ終えて、最後に、この部屋の中心に鎮座している…「…?」 あれ?「もう待てない~。店広げちゃっとくよ~」 「………」 なんだ…このピアノ?「仁~、ま~だ~?」 「あ~、ちょっと待ってろって。前の掃除の仕方がいい加減だったから、結構まだ汚れが残ってんだよ」 「うう…本当に、玲愛ちゃんみたいだよぉ」 とりあえず、小さな疑問を振り払い、さっさと雑巾がけを済ませる。 ………「うう…ピザ、冷めちゃったよ~」 「でも、綺麗な部屋で食う飯は美味いだろ?」 「…うん」 「よしよし、いい子だ。ら、こっちのエッグスペシャルも食え」 「あ~ん…」 「………」 「あ゛~ん!」 …ま、いいか。 「はむっ♪」 テーブルは寝室から持ち出したけど、結局、俺たちは、カウチソファーにくっついて座って、ベタベタ、イチャイチャしながら飯を食っている。 まぁ、それが女神様のお達しなのだから仕方ないけど。 「んぐ、んぐ…でもさぁ、これでベッドも使えて、仁も万々歳だね~?」 「お前さ…もし今日、俺が求めてきたら、どうするつもりだったわけ?」 「それはまぁ…ほら、このソファーで」 「狭いよ」 「足りなかったら…あとは床の上になっちゃうかな?」 「痛いよ」 「はじめての時だってベッドなんてありませんでした~」 「うぐ…」 それを言われると言葉もない。 仕方がないから、由飛の肩を抱いて誤魔化す。 「んふ…思い出しちゃった?」 「いや、とりあえずその話はいいから」 俺は、今度こそ本気で誤魔化すために、思いっきり話題を変えた。 「でさ、由飛。前、今、大学はどうしてる?」 「………通ってるよ、ときどき」 「にしては、毎日ウチで働いてるじゃん」 「定休日とか…あと、レッスンはなるべく夜に入れてるから」 「そんな遅い時間まで見てもらえるものなのか?」 「うん、音大って個人レッスンが多いからね。構その辺は融通が利くんだよ」 「へえ、そうなのか…」 周りに音楽系の大学行ってる奴がいないんで、どうにも裏が取れないけど…まぁ、研究室とかで徹夜する奴らもいるんだし、夜にレッスンがあってもおかしくない…か?「それに、出席日数の足りない分は、実技の結果でいい成績取ればなんとかなるし」 「…ここでも練習してるのか?」 「…うん。 ピアノって毎日触ってないと、すぐ腕が落ちるから。 最低でも、1日3時間は日課だよ」 「………」 「…なんで急にそんなこと聞くの?」 「ん? いや、何となく。 一応、由飛は学生なんだからさ。 バイトで学業がおろそかになったら本末転倒だろ?」 「その言葉、そっくりそのまま誰かさんに返していい?」 「俺はいいんだよ…休学中だし、店長だし」 「うわ、店長の地位を利用して、自分のしてるいけない行為を正当化した~」 「こ、この清純派中間管理職店長に向かって何を!?」 「店長の地位を利用してぇ…バイトの娘に手を出したしぃ」 「…由飛くん、君、それ以上は言っちゃいけないよ。チのお店で働けなくなってもいいのかな~?」 「ああっ、店長、それだけは…それだけは堪忍してぇ」 「ふふ、いい娘だ…僕はね、素直な娘は大好きだよ…」 「ああっ、店長さぁんっ、そ、そんなとこ…だめぇっ」 「そんなとこなんてまだ触ってないって」 「店長ぉ…一人だけ、素に戻っちゃ嫌ぁ」 「あ、お、おい…」 「んむ…ん…あ、あぁ…」 「こら待て、まだ飯の…んんんんん~っ!?」 そうやって…ちょっと方向性は違うけど、二人の待ち望んでいた、イチャイチャの時間が始まった。 ………けど、俺には、一つだけ、頭から離れない疑問が、頭の隅に、こびりついていた。 ………由飛の…あのピアノ。 なんで、あんなに埃、かぶってたんだ?「お客さま~、お客さま~、ブルーベリータルトとミルクティーのお客さま~♪」 「あ、はい、こっちです」 「甘酸っぱくてさっくさく~、美味しいタルトおっまたせ~。っくりさっくり召し上がれ~♪」 「あ、ありがとう、その、花鳥さん。つもどうも…」 「あら? そういえば、またいらしてくれたんですね~」 「あ、あの、すいません、実は…お話が」 「…はい?」 「はい、カルボナーラ上がったよ」 「了解。とうとう動いたか」 「…何が?」 「モンブランとプレーンオムレツ。とブレンド2つ」 「はいよ。、何が?」 かすりさんの視線が、お客様と談笑する由飛に向けられている。 「いやほらあそこの20代後半営業マン。お年齢職業は推定」 「お客さまのプライベートを詮索しないの。、それがどうしたの?」 「…心を入れ替えて詮索しないから話さない」 「店長命令だ、話せ」 「…仁くん、だいぶスレてきたね」 「様々な内部抗争のおかげでね~」 たとえば目の前にいる人との、とか。 「ここ一月ほど、週に2~3回は来てんのよ。かも由飛ちゃんのシフトがフロアの時ばっかり」 「…ネタ好き?」 実際、由飛のいる時を狙って来店くださるお客様は、例の歌目当てってことが多い。 たまに合いの手を入れてくるお客様もいるし…「…あんた、肝心なことから目を背けようとしてるでしょ。っちゃ気にしてるくせに~」 「気にしてない! ああ気にしてませんともあのお客様がまさか由飛のこと口説いてるんじゃないかとかそういう馬鹿げた話は全然全くこれっぽっちも!」 「仁くんの肺活量に敬意を表して教えてあげるけど、それ正解」 「………」 「カスタードシュークリームとパンプキンお願いしま~す。 …なんかチケット受け取ってたよ。 嬉しそうに」 「………」 「…仕事しなよてんちょ」 「ダメダメ、今ダメージ後の硬直中。っちの当たり判定もないから、これ以上の攻撃も意味がないけど」 「…仕事しなよ、かすりさん」 ………「仁」 「………」 「仁…仁ってば!」 「はっ!?」 いかん、気を失っていたのは何秒間だ?「こっちこっち~」 「由飛?」 しかも、その短い間に、状況は劇的に変化している!?「…で? 何の用だ?早く戻ってオーダー上げないと」 「なんかずっと上見てぼうっとしてたから、てっきり暇なのかと…」 「えっと…何秒間くらいその体勢だった?」 「少なくとも2分は」 「………」 急ごう。 あと数分で、キッチンは阿鼻叫喚だ。 姉さんに殺される。 けれど、ここは由飛にビシっと注意しなければならないことも…「そういえば…あのさぁ由飛…アレはまずいぞ」 「ん? なにが?」 「だからぁ…お客様と必要以上に親しくしたりとか。かも営業時間中に」 「それよりもさ~、仁、今度の休みはヒマ?」 「今のところ予定ないけど、そうじゃなくて話を聞けよ」 「じゃ、さ、これ行こうよ!ちょうど今、そのお客さまにもらったんだ~」 「…はい?」 目の前に掲げられたのは、いかにもな恋愛映画のチケットが一枚。 「一枚しかないけど、仁の分はわたしがおごるよ。え、せっかくだからさ~」 「………」 『なんかチケット受け取ってたよ。 嬉しそうに』確かに嬉しそうだ。 けど…それはいくらなんでも、あのお客様に失礼ではないか。 「こういう映画…ダメかな?」 「それ以前に、お前、それ指定券だ」 「あれ本当だ。沢品~」 違う…そういう意味じゃない。 「ん~、いいよ、これ自由席だって座れるよね?だ~いじょうぶだいじょぶ。こ行こ♪」 だから…そういう意図じゃない。 「もし、そういう真似をしたらだな…その空いた席の隣で涙を流す人がいるということにいい加減気づけ」 「ん?」 「………」 「ん~…?」 由飛は、俺の言動に、何か引っかかることがあったのか、その指定席のチケットを、まじまじと眺め…「…えっと」 今度は、えらく気まずそうに、俺を上目遣いで見つめる。 「ちゃんと返しとけよ」 「仁ぃ」 「俺は知らん。分でまいた種は自分で刈り取れ」 「やだよ~!一度受け取ったもの、何て言って返せばいいのよ~?」 「自分で考えろ。し、このまま着服というのはナシだぞ?」 「な、なんでぇ?」 「お前はお客様の心にトラウマを植え付ける気か!?」 「そういう意味だって知らなかったんだよ~!」 「だったらちゃんとフォローしろ。 お客様を傷つけないよう、丁重にお断りするんだ。 そして、あの人の思い出の中にだけいる女となれ」 今、万感の思いを込めてドアベルが鳴る。 「うう…店長、勇気をください~。のお客様に『ごめんなさい』と言えるだけの勇気を~」 「あ、ヤバい、そろそろ戻らないと」 なんか気が抜けた…呆れと、バカバカしさと、そして…安心で。 「だったら…一人で行くしかないかなぁ」 「お前はっ!?」 前言撤回。 「だってさぁ…悪いじゃない。らなかったとは言え、一度受けちゃったんだし~」 「悪いって…悪いって…それじゃ俺は…っ!?」 「店長ぉ」 し…しまった…ブラフ!?「だったら…勇気が、欲しいなぁ~」 由飛が、どんどん距離を詰めてくる。 「大事な大事なお客様を…敢えて傷つけてしまうかもしれないんですよ~?」 「そ、それは…」 「そんなデリケートな役目を担う店員の、メンタルヘルスをケアするのも、店長の重要な役目じゃないんですか~?」 それは一体、どこの大企業のコンプライアンスだ?「じ…自己責任の範疇で…」 いかん…壁際に追い込まれた。 もう、後がない…「では、10秒待ちましょう」 なんで向こうに主導権が?「そうですねぇ…言葉では無理なようですから、態度で示してもらいましょうか~」 そっちの方が無理くさいだろ!「仁…店長…わたしに…勇気をくれる?それとも…?」 「ゆ…由飛…」 「行っちゃうよぉ? デートぉ」 「こ、この…」 「あ、もう5秒経っちゃってる。…3…2…1…」 「くそうっ!」 「ん…あむ…んむぅ…ちゅ、ぷ…」 「ん…んん…む…」 「ん…くぷ…ふぅっ…あ、はぁ…あはは…」 いかん。 尺が長すぎて隠しきれなかった。 「あ…あ…」 自分でしでかしたことながら、なんつ~。 …仕事中、だぞぉ。 「えへ、えへへ…『お前は俺だけのものだ』のキス。かに受領しました~」 「ゆ…由飛…っ」 いかん、性欲が…「それでは店長。 花鳥由飛、頑張ってお断りしてきます。 …草葉の陰から見守っててくださいね~♪」 「う、あぁ…」 なんか…シーツにくるまって、シクシク泣きたい心境。 ………「…ごめん」 「何してたの仁くん?」 「あ~…ちょっと気分が…」 「あ~、口の右端のとこ、口紅がついたままよ?」 …古典的な引っかけを。 「あいつは口紅なんかつけてないって」 「あいつって誰?」 「………」 馬鹿か俺は。 「それでさ、やっと姉さんも乗り気になって…」 「チョコレートは、あまり作ったことないけど、仁くんの言う通り、この時期には需要あるし」 「で、これが試作品。憚ない意見を述べてくれ」 「これだけ作るのに一晩かかっちゃった…本格的にやるには、もうちょっと効率を上げないとね」 「どうだ美味いだろ?とても得意じゃないなんて言わせないだろ?」 「やだ仁くん、それって身内びいきよ」 「…で、そこまで結論が出てるのに、あたしに何をしろと?」 と、姉さんの試作品を口に入れながら、里伽子がつまらなさそうに答える。 「…ホントに美味しい?」 「全然、問題ないわね…美味しいわよ」 「やったね♪」 「………」 「だから言ったじゃん。さんの菓子なら絶対うまく行くって」 「それでもたくさん失敗したのよ~もう当分チョコレートは見たくないってくらいに」 …また失敗作を全部胃に収めたのか、この人は。 「恵麻さんらしい、洗練されてない味わいがいい感じ」 「え~と…誉めてるのよね?」 「もちろん。うでなければファミーユじゃないわ」 そいや、姉さんの作るお菓子のあまりの素朴さのせいで、店名に『カンパーニュ(田舎)』ってのを提案したのは…俺だったっけ。 「ほら、これで売り物の方はなんとかなった。 後は、売り場の方だ。 というわけで…」 「なるほど…そっちのアイデアを出せと?」 俺の意図する本題を、すぐに察知してくれる里伽子。 こいつの頼りになるところは、この勘の良さと、絶対に負け戦をしない計算高さと、どんな手を使っても勝利を手繰り寄せる腹黒さだ。 「店内やショーケースで売ろうとすると、どうしても売れる数に限界があるし…」 「それにこっちは女性客ばっかりだから、男性のお客様に迷惑がかかったりするだろ?」 「…問題点は掴んでるんじゃない。ったらあたしに頼らなくても」 「そんなこと言わずにさぁ!」 「そうよ、昔のよしみじゃない」 「そう…あたしは、“昔の”仲間なの。から、協力すべきじゃない」 「里伽子…」 「どうしたらこのお店をよくできるか…どうしたらお客に喜んでもらえるか…」 「そういうのは、毎日、お客さんと接してる人たちが、必死に、頭を振り絞って考えることにこそ価値がある」 「リカちゃん…」 相変わらず、完璧な理論武装。 ほんの一年くらい前…店長である姉さんや、キッチンを仕切っていた俺が、フロアを仕切っていた一人のウェイトレスに、全然頭が上がらなかった頃。 いっつも、俺たち二人は、しゅ~んとうつむいて、彼女のありがたいお言葉を拝聴していたっけ。 「…とは言え、一つだけなら面白い手、あるよ」 「…そう来なくっちゃ!」 散々、俺たちをやり込めておいて、最後に助け舟を出してくれるのが、いつもの里伽子流だ。 「それでも、アイデアそのものは、皆で考えるのよ?あたしが提案するのは、最初のきっかけだけ」 そういうと里伽子は、意味ありげに、窓の外を見上げた。 その視線の先には、オープンカフェを挟んで、お向かいさんの店が、ほのかな灯かりの中に浮かび上がっていた。 ………「悪かったな、わざわざ。ろそろ期末試験なのに」 「…本当に仁は受けないの?」 「ま、な。んな時間ないって」 「………」 もともと、ブリックモールにファミーユを立ち上げるって決めたときに、覚悟してたことだ。 「なんとか、今後の学費は自分で稼ぐ目処も立ったし、何年経っても卒業してみせるって」 「もう…一緒には卒業できないんだ」 「お前が留年すれば…いや、何でもない」 こいつは多分、もう、卒論以外の必要単位数は満たしてるんだろうなぁ。 …ま、いいか。 たとえ学年が違っても『友人』であることに変わりはないんだから、な。 「にしても…面白い、けど、思い切った手だな」 「もうキュリオは、敵にはならない。ァミーユは、ブリックモールの中に、自分の居場所を見つけたから」 「そうは言っても…なぁ」 「敵でないのなら、この際味方にする」 里伽子のアイデアというのは、『ファミーユとキュリオとの合同企画』あの、クリスマスイブでの、由飛と玲愛のコラボを、お互いの店全体に広げるという冒険。 「けど、どうやって話をつけるか…まぁ、板橋店長なら、こういう話は面白がってくれるだろうけど」 ただ、あの人の場合、向こうでの人望が…やっぱり、玲愛にかけあうのが一番か。 「…もっと適任がいると思わない?」 「適任…て?」 「姉の頼みなら、妹が断る道理はない…でしょう?」 「あ…」 花鳥姉妹…か!「かすりさんから話は聞いてる。が、あの二人のために一生懸命だって」 「まさか里伽子…?」 俺が、あの二人の仲直りに苦戦してるって知って、きっかけを作ってくれるのか?「ねえ仁…」 「な、なんだ?」 「で…どっちを選んだの?」 「な…ななななな!」 「だから、仲違いしてるんでしょ? 彼女たち。んたが、ハッキリしたような、しないような、微妙な態度を取るから」 「ち、違う違う違う!詳しくは言えないがそりゃ~5年前からの血みどろの因縁と恩讐と猟奇殺人事件が!」 ないけど。 「この際、彼女たちに任せたほうがいいと思う…あんたが深入りすればするほどこじれるよ」 「う…」 つい最近、当事者である誰かさんの口から、まったく同じような言葉を聞いたような…「だから今度のこと、仁は手出し禁止」 「俺、店長なのに…」 「火種が仲裁に入っても面白いだけだって」 その場合、面白いのは当事者以外と相場は決まっている。 「…わかったよ」 相変わらず、里伽子に口答えなんかできない。 こいつの言う通りにしておけば間違いない。 そう、信じていられた頃が…懐かしい、かもな。 「で、さ」 「ん?」 「あんたが…どちらかをきっちり選んだら、ちゃんと報告してね」 「なんでそんなこと…」 「あんたとその娘がうまく行くように、微力を尽くさせていただく所存でございます」 「うわきっつ~」 皮肉もここまでくると芸術の域だ。 「言っておくけど本気だよ。たし、あんたにはうまく行って欲しいから」 「別にそこまでのアフターサポートなんか望んでないぞ」 まだ、友達でいてくれるってだけでも、ありがたくて、嬉しくて、申し訳なくて…そして…残酷だってのに。 「それじゃ、電車だから」 「うん…」 里伽子が背を向ける。 人通りの少なくなった駅の改札に向かい、いつものように、躍動感のない歩みで進む。 ポケットから直接プリペイドカードを出して、改札をくぐって…俺は、そんな背中が見えなくなるまで、ずっと…「仁!」 「あ…」 「今度こそ、絶対に幸せになりなよ!…あたしが言うのもなんだけどさ」 …本当に、なんだなぁ。 「っはよ~、仁くん」 「あ、ども…」 珍しいな、この人がこんなに早く来てるなんて。 いつもは玲愛に任せっきりで、開店30分くらい前にぶらりと現れる程度なのに。 「いやぁ、いよいよ今日だねぇ。しみ楽しみ」 「…それで早出したんですか?」 「いや、だってさ、なんか新鮮味があるだろ?ウチのもいいデザインだけど、たまには刺激が欲しいのよ」 「あんた自分とこのスタッフをどういう目で見てるんだ?」 「いやぁ、お向かいの店のスタッフにまでちょっかいをかけるバイタリティ溢れる店長には、敵いませんよ~♪」 「ちょっと待てそれは一体どういう意味だ説明しろ返答によっては容赦しないぞコンチクショウ」 「いやぁ、よく息が続くねぇ」 …油断ならん、このオヤジ。 キュリオの店長ってのは、喫茶店のマスターのスキルより重要視される“何か”があるんじゃないだろうか?「ま、それはともかくさ…あ、サンキュ」 「ふぅ~、今日の作戦考えたのって、花鳥姉妹だって?」 「ええ、ま…」 「由飛くんはともかく、あのカトレアくんが、こんなはっちゃけたイベントをねぇ…どんな調教したの仁くん?」 「今回の件に俺はノータッチだ」 「あるいはお互いの嫉妬心を煽って…?」 「関係ないと言っとろ~が!」 「君の誕生日がどの辺りの季節なのか当ててみせよう… そうだな…9月23日から10月23日の間だろう?」 「その心は?」 「両天秤座」 「あんた倒す!今日のイベントでは、完膚無きまでに叩き潰してやるからな!」 「いいもん、負けたらそれは制服のせいってことで」 「…勝ったら?」 「そりゃもちろん、スタッフの実力」 「………」 このおっさんが店長の座に居続ける理由がわかったような気がする。 「さてと、それじゃ設営に行きますかぁ」 「どのくらいの人が気づきますかねぇ?あっさりスルーされそうで怖いんですけど」 「君はボクと君の店の人気を過小評価してるねぇ」 「…そうなの?」 「ま、見ててごらんよ。日の客足を」 と、板橋店長は、不敵に笑った。 ………2月13日(日)バレンタインフェアの、実質最終日。 明日がバレンタイン本番で、しかも今日は日曜日。 バレンタインフェアを開催中の、我がフードコートは、相当の混雑が予想される。 当然、ウチもキュリオも、チョコレート販売用のワゴンを用意して臨戦態勢を敷いている。 昨日までの販売量はほぼ互角。 勝負は最終日までもつれ込んだ。 …のは、いいんだけど、その最終日に、この二つの店は、ちょっとしたイタズラを仕掛けた。 「お帰りなさいませ~♪トリュフにナッツにウイスキーボンボン。理も本命も、まとめてファミーユが面倒見ちゃいます♪」 「ファミーユのバレンタイン限定特製チョコレート。日限りで~す、是非お求めください」 「はい、800円ちょうどいただきます。りがとうございました~」 「ファミーユ…よね?」 「お帰りなさいませお嬢様。ちろん、こちらがファミーユでございますよ?」 「け、けど…え?」 「いらっしゃいませ~、こちらキュリオのバレンタインセットとなっております」 「あ、はい、こちらとこちらの詰め合わせですね?ただ今ラッピングいたします」 「はい、“こちらが”キュリオとなっております。理はありませんが、お間違えのないように~」 「あ、あれ? こっちがキュリオなの…?」 「はい、いらっしゃいませ~。たくしどもが、正真正銘のキュリオでございます」 「え? で、でも…」 「こちらの詰め合わせなどいかがですか?本日、大変お得になっておりますよ?」 「…大成功、だろ?」 「…繁盛してるわね、予想以上に」 「…お客様の流れが変だってのもあるけど」 なんか、交互に行ったり来たりしてる人が結構…それでも、いつもの日曜日の5割増くらいの人だ。 「それにしても…遊んでるわね。くん?」 「仲の良い店員同士のアイデアです~」 「店長が認めなければ、こんなおかしなイベント、実現しないんだから」 「あはは…いいじゃん、たまにはさ」 バレンタインフェア、最後の仕掛け。 それがこの、『制服交換デー』。 ファミーユのスタッフは、キュリオの制服を。 キュリオのスタッフは、ファミーユの制服を。 それぞれとっかえて、何食わぬ顔をして、いつも通りにお仕事。 知らぬはお客様ばかりなり…「…いいところね。 ブリックモール。 来て良かった」 「そうだろ?俺は最初から成功を確信してたもんね」 「…最初はかなり無謀だったわよ。、こうして繁盛してるのが奇跡のようなもの」 「それでも、こうしてうまくやってるじゃん」 「そうね…いつの間にか、キュリオとも仲良くなって」 「なにか不満でも?」 「最初は仁くんがキュリオと喧嘩してたから、姉ちゃんが助けてあげようって頑張ってたのに、いつの間にか、弟だけ仲直りしちゃっててさ」 「ぐ…」 「ハシゴを外されちゃったかな~仁くんのいじわる」 「…ごめん」 「もう一つ、許せないことがあるんだけどな」 「え? まだあるの?」 「どうしてわたしの分の制服が用意されてないの?」 「………」 「お帰りなさいませ~♪ ファミーユはこちらですよ~キュリオにお越しのお客様も、ファミーユにお越しのお客様も、どちらも遠慮せずいらしてください」 「いらっしゃいませ~、こちらが本物のキュリオです。 本物の品質、本物の美味しさ、本物のサービス。 類似品にご注意ください~」 「類似品なんて失礼な~!」 「ウチのお客様をかすめ取ろうなんて、セコいこと考えるからよ!」 「ファミーユ、ファミーユで~す!キュリオより安くて美味しいチョコはいかがですか~」 「本物を知っている目の肥えたお客様~ファミーユを全ての面で凌駕する、キュリオへようこそお越し下さい~」 「………」 大成功…なんだよなぁ?「ふぃ~」 床掃除も、テーブル拭きも、全て終了した途端、床にへたり込みそうになり、慌てて椅子に腰掛ける。 今日のバレンタインフェアでの制服交換イベントは、大成功のうちに幕を閉じた。 ただのお遊び企画みたいなものだったんだけど、予想外の繁盛っぷりだった。 ただ、そのおかげで、いつも以上に疲れて、こうして掃除をする体力も残ってないくらいだ。 「お~い、まだか?」 「もうちょ~い!」 だから…今日のお茶出し当番の交代は、背に腹は代えられない事態ということになる。 「まさか煮立てたりしてないよな?」 キッチンから、こぽこぽ、こぽこぽといった音が、フロアにまで溢れ出してくる。 もう、他に誰もいない店内だからこそ、その程度の沸騰音でも、気になってしょうがない。 「はい、できたよ~」 ティーポットとカップとお皿をトレイに載せて、由飛が、いつもの軽い足取りで、フロアになだれ込む。 「気をつけろよ」 ちなみに、まだキュリオの制服のままだったりする。 「だ~い丈夫だいじょぶ!」 最近では、落としたり割ったりぶちまけたりすることも減ったけど、最初の頃のイメージは、そう容易く払拭されるものではない。 「はい、お待たせしました~ロシアンティーでございま~す♪」 カップの中には、胸のすく香りのするジャム。 どうやら、今日はママレードらしい。 それと、鼻腔をくすぐる、ブランデー。 ポットからカップに由飛がお茶を注ぐ。 その途端、甘い香りにお茶のすがすがしさが混ざり、更に期待をさせる出来映えだ。 「………」 「ちゃあんと、特訓してあるんですからね~」 由飛が得意げに、俺の隣に座り、肩を寄せてくる。 「…飲んでみるまでは何とも言えないな」 わざと意地悪な物言いで、俺はゆっくりとカップを手に取る。 …確かに、香りは合格点。 なら、味は?「………」 「ん…?」 口の中に、じんわりと広がる渋みと甘さ。 「あぁ…」 薄目を開き、口を半開きにして、首を斜めに傾げ、中空を見上げる。 「どう? どう?」 「しやわせ~、な感じ~」 「やったぁ! 仁を倒したぁ!」 「………はっ!?」 つい、オレンジ畑を、裸でヴェールを掲げて駆け回るイメージが、浮かんできたので、激しく頭を左右に振る。 やっぱ、疲れてるんだ、俺。 でも…確かにこれは、由飛が淹れたとは思えないテイスト。 「…ありがと」 「うんっ」 だから、今日は素直に感謝。 何しろ、日本で二番目に聖なる日でもあるし。 で…それはともかく。 「こっちは…?」 「そりゃぁ…バレンタインだもん」 由飛が、会心の照れの表情を見せる。 …いや、日本語ちょっとおかしいけど、そんな感じ。 本人的には、ここで俺の感激のコメントと、ホワイトデーでの誠意ある行動の約束を取り付けたいところだろう。 けど…「なんて書いてあんだ? これ…」 「やだなぁ、そんなこと言わせる気?仁って結構意地悪なんだ」 「いや、そ~でなく」 「口で言えないからメッセージにしたためたのに~。う、空気読んでよ~」 「…読めねえよ、いや、字が」 もたれかかってくる由飛の頭を押さえて、俺は…そのハート形のチョコレートの表面を指差す。 「…え?」 由飛は、チョコレートの表面にのたくっている、紐みたいなホワイトチョコレートの幾何学模様をしばらく見つめて…「…なんて書いてあるんだろうね? これ」 「俺が聞いてるんだよ!」 結構、知りたいことが書いてあるような気がするのに。 「あ、あはは~。ういえばわたし、ちょっとお習字とかも苦手で~」 「ピアノが弾けるんだから手先は器用なはずだろ?」 「それは偏見だよ~、仁。 わたし、音楽以外の成績なんて、酷いもんなんだから。 美術だって赤点スレスレだったんだよ~?」 「…威張るなよ」 つか、音楽だけで生きてるような奴が、同じ芸術である美術まで苦手ってのはどうよ?と、そんなことより…「で、何て書いてあったんだ?」 「え…?」 「いや、だからさ。の上のホワイトチョコって、メッセージだったんだろ?どういうこと書かれてたんだ?」 「あ~…」 「まさか、自分でも何書いたか忘れたってか?」 「いや~、忘れちゃいないけど…ほら、ねぇ?」 「ねえじゃわからん」 「う~…」 どうせ、大したことじゃない。 ちょっとした愛の言葉と、可愛らしいマークくらいなもののはず。 「うう~…」 それでも、一度照れが入ってしまうと、もうダメだ。 いや、俺も経験上わかるから。 でも…だからといって、許すわけじゃないんだなぁ。 「言ってみろよ。 お前が、俺に伝えるつもりだったメッセージ。 俺、聞きたいよ」 「ううう~…っ」 いや、聞かされたところで、今度は俺が照れることになるのはわかってるが。 でも、それでも聞きたい男心。 「ゆ~いっ!」 「あ、そだそだ!ねえ、この制服どうかな?玲愛ちゃんの借りたんだよ~」 「あからさま過ぎんぞおい」 急に立ち上がり、スカートを翻して一回転。 「ご主人さまっ、ご主人さまぁっ、似合ってますか~?」 今度は、スカートの裾をつまんで、ぴょこんと、軽快にお辞儀を一つ。 …なんて強引過ぎる話題転換だ。 「ほらほらほらぁっ。帰りなさいませ~、ご主人さまぁ」 ころころ表情を変えて、くるくる俺の周りを回って。 「そんなダンサブルなメイドはおらん」 「そぉ~んなことないよぉ~。主人さまのいじわるぅ~」 「そんなことよりも言えよぉ!」 「なら、捕まえてごらんなさい~♪あは、あはは、あははははっ」 今度は、店内を縦横無尽に駆け抜けて、軽やかなステップで踊り出す。 いかん…こうなったときの由飛は、もう、当初の目的を忘れてしまっている。 「てめぇっ!そこまで言うなら、そこ動くなぁっ!」 なら…俺も、当初の目的なんか、知ったことか。 「や~だよ~!動かなかったら、捕まっちゃうじゃない~」 と、俺を翻弄するかのように、くるくるとフロアを回って、逃げ回る。 けど俺は、駆け出したりせずに、ゆっくりと、大股で歩きながら、由飛を追いかける。 ………そして…「あ、あれ? あれぇ…?」 「甘いな」 歩いたまま、コーナーに追い詰めた。 そう、相手の動きを読んで、次にどっちへ動くか予測できれば、先回りすることで、歩いてでも追い詰めることが可能だ。 「ちょっ、ちょっと…やっ…」 「どこを突破する?右か? 左か? それとも正面か?…けど、もう道はないぞ?」 「う、うそ…ちょっと…仁」 別に、追い詰めたからっていって、そんな絶望的な表情されても困るんだが。 だって、これだと…まるで俺が、これからいけないことをするような…………「あ、そか」 「な、なに…?」 「由飛…」 「え? え? あ…っ!?」 いけないこと…しちゃえばいいんじゃないかぁ。 「んっ!? ん…あ、んむっ!?」 「ん…由飛…っ」 「あ、ちょっと…仁っ…ん、あふぁっ…」 軽く唇を塞いで、ほんの少し舌を入れ、そして、軽く唇を離す。 子供の遊びの、終わりの合図。 「仁…」 「もっかい…今度は強く」 そして…今度のキスが、大人の遊びの、始まりの合図。 「んっ!ん、ん…ふぅぅん~っ!」 壁際に手をついて、追い詰めた獲物を激しく貪る。 「ん…んちゅ…くふ…は、ぁんっ、ん、ん、ん…ちゅぷ…ふぁっ」 すると…あろうことか、獲物の方まで、俺を貪ってくるじゃないか。 だったら…負けてたまるか。 「ん、く…あ、あむ…んむぅ…っ、んく」 「は、ぁぁ…仁…ぁぁ…っ、ん、ひと、ひぃ…っあ、あむ…ん、ちゅぶ…ん、ぷっ、ふぅぅっ」 ………「あ、あ、あ…ちゅ、ぷぅ…ん、んむ…んぅ…はぁ、はぁ…あっ」 追い詰めた獲物を、背中から抱きしめて、俺の膝の上に座らせる。 そのまま、無理やり横を向かせ、飽きるまで、柔らかい唇をむさぼり尽くす。 「あ、ん、む…はむぅっ…ん、んぅ…ひ、ひほひぃ…っ、んんっ…んちゅ…ぅぅ…」 声を出そうにも、完全に口を塞いで、吐息までも吸い尽くそうと、舌で口中を掻き取る。 甘い唾液が、とくとくと、こぼれ、お互いの唇の周りを垂れていく。 「ん…じゅぷ…あ、む…」 それすら勿体ないので、舌を伸ばして、一滴も零さないように、舐め取る。 「は、あ、あっ!ん、んん…ん~っ! あ、んむ、あんっ、あ、や…」 その間にも、制服越しに、胸をずっと愛撫し続けている。 全身が柔らかい由飛の、さらに、もっとも柔らかい部分。 玲愛のサイズに合わせた服のせいで、ちょっとばかり、はちきれそうになってるのはご愛敬。 「ん~…ん、あ、あむぅ…あ、はぁ、はぁぁ…あ、ちゅ…ぷ…ん、く、ふぅ…あ、仁…仁ぃ…」 制服の、胸の部分に手をかけると、その複雑な構造に閉口しつつも、なんとか、まくり上げていく。 「あ…や…っ」 敏感な部分が空気に触れたのに気づいて、由飛が、戸惑いの声を上げる。 けど俺は、そんな可愛い反応を更に楽しみたくて、ゆっくり、なで回すように、由飛の乳房を揉み始める。 「あ、あ、あ~…や、仁…っ、ど、どうやって、脱がした、のぉ?」 「さあ…俺にもよくわからんけど、なんかめくれた」 「ちょっ、や…胸だけ出ちゃってるぅ…な、なんか、えっちくない…?」 「だって…えっちなこと、してるじゃん、俺たち」 「た、たちって…仁が勝手に…ぃっ!?あ、あ…ふぁぁっ、や、くぅぅっ?」 両胸を持ち上げるように愛撫して、人差し指で、乳首をこりこりと、引っ掻いてみる。 本当は、もっと感じ始めてからの方がいいんだろうけど、由飛、胸いじられると、折れやすくなるから…「ちょっとぉ、仁ってばぁ、もう…これ、玲愛ちゃんに返さないといけないのにぃ」 「…うるさい、もう止まらん。げ惑う由飛が悪いんだ」 「あ、やっ…あぁ…あ、あれはぁ………?なんで、逃げてたんだっけ?」 「…さあ?」 「あっ…あ、あ…あ、あつい…仁ぃ…先っぽ、しびれるよぉ」 「感じるようになってきたよな…乳首」 指でつまんで引っ張って、ついでに先を指や爪でこすって…「きゃっ…ちょっ、強いよぉ…やさしく、やさしくってばぁ…あ、あ~っ、あ…ぁぁ」 ちょっと強めにやると、潰れて、由飛が、ちょっとだけ悲鳴を上げるけど。 指を離すと、すぐに、ぷっくりとふくれて、なんだか前より大きくなってたりする。 「ふぅ~っ、ん、ふあぁ…え、えっち…ぃぃ…あ~あぁ~…」 「由飛だって、えっちな声出してる…」 「や、やだぁ…出したくない…仁ぃ、塞いでぇ」 「…どうやって?」 「だからぁ…ちゅっ、ちゅっ、て…」 「ん…わかった。れ、お口を大きく開けて~」 「あ~………んむぅっ!?ん、ん~っ、んん~っ!」 由飛が、ぱっくりと開いた口に向けて、深く、深く、舌を差し込む。 ぐちゅぐちゅに唾液を混ぜ合わせて、そして、由飛の喘ぎ声を塞ぐ。 「ん~、ん~…♪ん、ん、あ、あむ…あんっ、あっ、ちゅる…」 由飛の『ちゅっちゅって、して』は、別に、声を出さないためのものじゃない。 ただ、純粋に…そうしてるときが、えっちの中でも一番気持ちいいらしい。 …頑張らないとな、俺も。 もっと、色んなことで、由飛を感じさせてあげたい。 「あ、む、ちゅ、ばぁっ、あ、あ…あぁぁ…ひ、ひとしぃ…だいすき………あ」 「ん…? どした?」 「答え…言っちゃった」 「………」 あの、ミミズがのたくったようなホワイトチョコが描いていた軌跡が…“だいすき”って、たったの4文字だったっての?「ああ、恥ずかしいなぁ…だいすきだってさ…仁のこと、だいすきなんだってさぁ…あはは」 「っ…由飛」 「ん…ん~っ!あ、ん、らいふひぃ…ん、んむぅ…らいすき~っ」 単純な、けど強烈なボディーブローを積み重ねられて、唇を離していることが、我慢できなくなった。 だから、何度も、何度も、何度も、キスをしよう。 だって…こいつの口を塞がないと、俺がおかしくなる。 「ん~、ん~、ん~っ…あ、む…だいすきっ、あむっ…らい、ふふぃ~…あ、だい…ちゅ…ぷ…すきぃ…」 クリンチしてるのにお構いなしかよ!こ、こうなったら…キスよりも、乳首いじりよりも、更に強い刺激を…………「ふぅぅぅぅんっ!?あ、あむっ、あ~っ、あ、あ…ひ、ひろひぃ…あうっ、ん…あぁぁ」 いきなり下着をずらして、指を、その熱い泉の中に埋没させる。 …いや、喩えじゃなく、本当に熱い。 これも、俺たち二人で、少しずつ鍛えた結果だ。 「あぁぁ…ゆび、ゆびがぁ…や、あ、んむ…ひぅっ!?」 「由飛…あっつい…」 「だ、だってぇ…仁が、えっちなことばっかぁ…うああっ…あ、あ、あ~…はぁ、はぁぁ…」 中指を、くりくりと押し込みながら、人差し指は、先端の弱点をいじる。 俺もだいぶやり方を覚えたからな…由飛の身体を使って。 「はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ…あ、いたっ」 「あっ、ご、ごめん…」 覚えた、はずなのに…「う、ううん…ちょっと、刺激が強かっただけ…仁があやまること…ないよぉ」 俺の肩に頭を乗せて、由飛が、俺の首筋に、熱い吐息を吹きかけながら、俺を、安心させようと、言葉を紡ぐ。 …好きな女を痛がらせて、気まで使われて。 精進、しないとな。 もっと、すごいこと、いっぱいしたいし。 「指…入れていいか?」 「い…入れてるくせにぃ」 「いや…もっと奥に」 「どうせ、嫌だって言ってもするくせにぃ」 「いや、今日は嫌だと言われたらやめようかと…」 「でも…えっちは…するんでしょ?」 「そりゃ…まぁ…」 「だったら…いきなりよりも、準備してくれた方が…よくない?」 「………」 それは…一理ありすぎ。 馬鹿か俺は。 「じゃ、入れるぞ。ょっと痛いかもしんないけど、我慢な」 「う、うん…っ、く、う、あぁ…は、はぁぁ…ん、はぁ、はぁ…仁…ん~…」 また、“ちゅっちゅ”を求める仕草。 「ん…むぅ…」 「ん…ん~っ、あ、ふぅ、あぁ…んんっ!んぐっ、ん、くふぅっ、あ、んむ…ちゅぷ…」 キスで誤魔化しながら、左手の指を、由飛のショーツの中から、更に、由飛の中心部に向かって挿し入れる。 右手は、柔らかい胸を揉みしだき、ときどき、乳首を引っ張って刺激を与える。 でも、爪を立てる時はデリケートに。 あまりやりすぎると痛がるし。 けど、時々、気持ちよさそうな表情してくれるから、やめられないんだけど。 「ん、ん、ちゅぅぅ…んぷ、ふむぅぅ…あ、あっ、はぁぁ…あんっ、あっ、はぁぁ…っ」 キスを繰り返し、胸をいじくり回し、秘所に指を埋没させ、ぐりぐりと動かす。 由飛の身体を、隅から隅までさわらせてもらえる幸福。 由飛の身体の、柔らかいとこ、熱いとこ、しめってるとこ、開いたり、導いたりして、いじらせてもらえる至福。 「うああっ、あ…や、やだよぉ…なんか、もう…すごいことになってる…」 思う存分、由飛の身体に溺れて、由飛も、俺に溺れてくれる。 俺にとっての女神を。 その、肉感的な身体を。 思う存分楽しむという、背徳感。 「仁…ひとしぃ…怖いよぉ…わたし、仁に溺れちゃう…これ以上好きになったらどうすればいいのよぉ」 「んなこと言ったって…俺の方が好きだし」 「や~っ、そ、そんなこと、ない…っ、う、あ、あ~…はぁ、はぁぁ…あ、あぅっ、もう、とっくにわたしのが上だよぉ…っ」 「んなわけ…ないだろう、が…」 「あるもんっ…ん、んむ…ぷはっ…わ、わたし…最初っから、あ、あ…」 「嘘…つけぇ」 一度断られた恨み、まだ忘れちゃいないぞぉ。 「あっ、あ、あ~っ!?い、あ、は、はいって…くる…?や、んっ、も、ちょっと…ひぅっ!?」 もうちょっと優しく…って言いたいんだろう。 でも、ちょっとだけ、以前の恨みを晴らしてしまった。 結構優しくない奴…それもこれも、由飛が、こんなに俺を狂わせるから。 ここまで、我慢できなくさせてしまうから。 「由飛…も、もう…っ」 「あ、あ………あぁぁ…」 口を半開きにして、涙を流しながら、俺を見上げる由飛の…なんて、色っぽいことか。 「仁、わたしと、えっち、したいのぉ?」 その、かすれた声が、どれだけ俺の全身を刺激することか。 お前…わかってんの、か?「由飛が…許してくれなくても、する」 「あ、あはは…仁、それ強姦だよぉ…」 そういうことを笑いながら言ってくれるな…だいたい、ここまでさせてくれておいて、最後の一線だけ越えさせてくれなかったら、それはそれで悪質な犯罪だぁ。 「で、でも、でも…っ、も、もちろん、いいよ…仁、きて、いいよぉ…?」 「さんきゅ…由飛」 感謝のしるしに、耳たぶにキス。 「ひゃっ…ん、もうっ…くすぐったいなぁっ」 文句を垂れつつも、くすっと笑ってくれる。 目を真っ赤にしての笑顔って…ああ、やっぱ由飛って…愛しいよぉ。 「行く、入る…由飛のなか、入れる」 「う、うん…はじめは、ゆっくり、ね?」 その言葉を、俺は…ほんとに、はじめだけ、実践してみせた。 ………「あ…あ、あ…っ、ああ、ああ、ああぁぁぁ…っ!」 ずぶり、ずぶりと、音を立てていくように、一度、二度、三度と、奥に入っていく。 「あ…あぁぁぁぁ…」 ものすごい達成感。 とてつもない快感。 「はぁ、はぁ、はぁ…は、入った…仁の、はいった、ね…っ」 ぐいっと、奥まで挿入すると、俺の腰と、由飛のお尻がくっつく。 もう俺は、由飛の一番奥まで入れられる。 これぞ、何度も愛し合った賜物。 全てを由飛に包まれると、由飛のあったかさと、締めつけのきつさが、全身に染み渡っていく。 「ん、ん…あぁ、はぁぁぁぁ…っ、はぁ、はぁ、はぁ…よ、よし、大丈夫だ、よっ」 それは、俺と由飛との約束ごと。 俺が入れた後、由飛が落ち着くまでは動かさないって。 確か、二度目か三度目のときに、これを無視して由飛を泣かせたことがある。 「う、うごいて…うごいていいよぉ。、ねぇ、仁ぃ…」 「…ん?」 「わたしを、愛してあげて、ください…」 「由飛…っ」 今の言葉…ちょっと…射精しそうになった。 「ん、あ、あぁぁっ…あ、ああ…はぁぁ…んっ…く、ぅぁ…あぁぁぁぁ…」 一度、半分以上抜き出して、そして、もう一度、ゆっくり奥まで挿入。 由飛の全身を抱きしめて。 思いの丈をぶつけたいけど、でもそうすると、すぐ出てしまいそうで、だから、ちょっともどかしくて。 「う、うぁぁっ、あ、ん…っ。…あ、ん…ねえ…いい?仁的には、気持ち、いいかなぁ?」 「っ…しゅ、集中させろ…俺の心を乱すな…っ」 なんとも理不尽な文句。 けど、そんな蠱惑的な言葉、さわられたり、なめられたり、しゃぶられたりするより、感じちまうじゃんかよ…「あ、んっ、で、でもっ、あ、あぁっ…仁のことば…聞きたい、もん…なんでもいいから、喋って、よぉっ」 「む…昔々、あるところに…っ」 「ばかっ!」 「う、く…だ、だからぁっ…あんまえっちなこと言ったら、出るっ」 「う、あ、あぁ…だ、だからぁ…えっちなことじゃなくてもいいよぉ…そ、その…安心させてくれることば、とかぁ」 …言って欲しいことば、わかった。 由飛が、チョコレートの上に書いた奴だ。 「ん、んなこと…っ、あっ、あっ、あっ…」 「んぅぅっ!? あ、あんっ、だ、だめぇ…言ってってばぁ…あっ、ん、い、やぁっ」 言えるか…そんなん。 なんか、それって、変に熱くて、恥ずかしいぞ。 「あ、あ~、あ~…仁の…ばかぁ…っ、ひっ、ん、も、もう…させてあげないっ」 「嫌だ…ん…」 言葉の代わりに、首筋に舌を這わせ、優しく、唇で吸う。 由飛の、ミルクのような甘い香りを、鼻腔と、粘膜で、同時に味わう。 「あっ、ん…だ、だめ、それもだめぇっ…あ、あと…あと、ついちゃう…っ」 「大丈夫…つかないように、するから」 …本当は、歯も当てたいけど。 でも、確かに明日も出勤だから、あんまり、強く吸うことはできない。 「ほ、ほんとぉ…?んっ、ほんとうに、大丈夫ぅ?んっ、あ、あんっ、やっ…強いぃ」 俺は、首筋から、背中へと、キスを下げていく。 けど背中は、制服が邪魔になって、あまり舌が届かない。 だから、見えるか見えないかギリギリのところで、ゆっくり、やさしめに、キスを繰り返す。 「う、うん…由飛、いい匂い…」 「あ…うん…ありがと…っ」 由飛は髪、長いから…大丈夫、大丈夫だ…多分。 「あ、んっ、あぁ…仁…いい、感じ。たし、わたし…だいぶ、いい、よ…っ」 「あ、うん…うんっ」 そうしている間にも、俺の腰はちっとも休まず、由飛のなかに、何度も、何度も、打ちつけている。 まるで、タガが外れたみたいに、ギチギチに密着して、突っ込んで、堪能してる。 「あ、あんっ…ん、くぅっ…あ、はぁ…はぁぁ…ひ…ひと、しっ…ん、んく…ちゅ、むぅっ」 そしてまた、ちゅっちゅの時間。 思い切り吸い合って、唇をぶつけ合って、時々、額なんかがぶつかると、笑い合ったりして。 汗と、涙で濡れた由飛の顔は、やっぱり、最初に出会った時の、女神のイメージと、きっちりとダブり。 「んっ、んっ…ちゅっ、んぷっ…あ、んっ…あ、あは…っ、あ、ん、んん…あぁぁっ」 やっぱり…口に、出したくなってしまう。 「由飛…」 「あ、んっ…ひ、ひとし、ぃっ…あ、んっ…だ、大丈夫、だいじょぶ…わ、わたし、ぃっ!い、いい、からぁ…」 「うん…ありがとうな…俺のこと、大好きって、言ってくれて」 「んっ…や、やだ、なぁ…こんなときに…照れる、よぉ」 「俺も…大好きだから、な?」 「っ………ばかぁ」 うあ…可愛い。 「ゆ…由飛…ぃ」 「ん…あああっ、す、すご…やぁぁっ、い、い、い…は、激しっ、仁っ」 これで、思い残すことはない。 ラストスパートに向かって、一気に、駆け出していく。 「うあ、あっ、ああっ…」 「仁…仁っ、あ、ああ、あああっ!ひっ、ひぅっ、んっ、あぁぁっ、や、やっ」 俺の腕の中で悶える由飛。 その髪も、肌も、その上を伝う汗も、全身から発する匂いも、柔らかさも、温かさも、気持ちよさも…いつまでも、俺の腕の中にしまっておきたい。 「んっ、あ、あ、あ…ああああっ、く、くる…仁が、おっきくなってるっ」 「あ、く…っ」 由飛の言う通り、俺のが、由飛のなかで、一気に膨張した。 これは…もう、果てる…「あ、あ、あ、あ、あ…あ…あああ…っ!」 あ…でも、今日は…中は、マズいかも!?「ゆ、由飛…そ、外にっ…」 「え? あ、あ…でもっ…あああああっ!?」 「う、ああああっ!」 「ああああああああああああ~~~っ!?」 寸前で、由飛のなかから引き抜いて…どくんっ一気に、破裂する。 「あっ、ここ、ここにっ!」 と、由飛の手が、俺のものを包み込む。 「うあっ!?」 その刺激が全身に伝わり、次から、次へと、放出していく。 「あ、あ、あ………あ~っ」 「う、く、あぁぁ…あ? ゆ、由飛…?」 俺が出したものは、飛び散らずに…全部、由飛の、手のひらの中に溜まっていく。 「は、はぁ…はっ、あ…これ、本当に、熱ぅい…」 「あ、お、おい…っ…く…」 こいつ…手で、受けやがった。 俺の精液。 それはつまり、由飛の手の中に、思いっきり放出したということで…「は、はぁ、はぁ、はぁぁ…っひ、ひと、しぃ~…あ、あっ、あっ…」 まだ、俺の腕の中におさまったままの由飛が、二度、三度と、びくっ、びくって、震える。 それは、俺の、あれの、断末魔の放出に近い感じで。 「ゆ、由飛…なんで…大丈夫、か?」 「え? な、なに、がぁ?」 「いや、だって…それ…」 と、俺は由飛の手の中を覗き込む。 そこには、俺の出したモノが、大量に溜まってるって…ことだよなぁ。 「あ、あ~…ごめんね。って、その…これ、玲愛ちゃんに借りた制服だし」 「あ…」 すっかり忘れてた…「汚したら、悪いかなって。どっちみち、シワになっちゃったけどねぇ」 「…返す前に、クリーニングに出すって」 「あ…そなんだぁ。、あは…」 けど、確かに、だからって、俺のあんなので汚したって知れたら…玲愛に、十回以上生き返っても死ねるくらいに殺されるんだろうなぁ。 「うあ…これが仁の…」 「見ないで」 手のひらを広げて、まじまじとそれを見つめる由飛。 恥ずかしくて、穴があったら入りたい。 いや、今出てきたばかりだけど。 「…ねばねば」 「広げるな…」 右の手のひらに溜めたものを、左の指でもてあそんでいる…「ん…ん~…」 「や、やめろっ!」 指にくっついた精液を、恐る恐る口の中に持って行こうとする由飛を、必死の思いで止める。 「やっ、ちょっと…止めないでぇ…その、ひとくちだけ…ん~」 「や、やめて、やめてぇ…」 泣きそうになる俺をよそに、由飛は、手のひらの上のねばねばの味が、気になって仕方がないらしい。 しかし男としては、その最中だったらまだしも、こうして、一度スッキリして、素面に戻った後だと…「あ、やっ…ふいちゃやだぁ…」 強引に、由飛を押さえつけ、電光石火の勢いで取り出したポケットティッシュで、その右手をぬぐうしかなかった。 ………「ん…んむ…んく」 「あ…ああっ…」 それでも、左手の指に絡めた方は、とうとう、拭き取ることかなわず…由飛は、濡れた左手の指を、口の中で転がした。 「………う~ん」 「お願いだからその微妙な表情はやめて」 由飛に、変な興味を抱かせてしまったことに…俺は、マントル層よりも深く反省した。 好事魔多し。 と、いうわけで、そのトラブルは、突然やって来たという。 いや…突然というには、心当たりはありすぎたけど。 「いらっしゃいま…あれ?」 「由飛っ!」 「…おかえりなさいませ?」 「ちょっと来なさい!」 「え? あ、あれ? どうしたの玲愛ちゃ…」 「どうしたもこうしたもないっ!」 「きゃっ!?」 「ちょっ、ちょっと、一体どうしたんですか?」 「あ~…更衣室借りるわね!」 「え? あ、はい…って、ちょっと?」 「い、痛い、玲愛ちゃん離して~!?」 「あ…」 「ちょっとちょっと、どうしたのよ?なんか大きな怒鳴り声が聞こえたけど?」 「まさか…これって…」 「誰か来てたの?」 「…ど修羅場?」 「(ぴく)何ですって?詳しく聞こうじゃないの」 「そんなことより前に、てんちょ呼んできてっ!」 ………………「どう? てんちょ」 「…玲愛が何か怒鳴ってるけど、内容までは」 「もう、誰よ!更衣室の防音をこんなに利かせたのは!」 「それって業者さんは誉められるべきだと思うんだけど…」 「ちょっと静かにしてくれよ。計聞き取れない」 明日香ちゃんの話によれば、突然、怒髪天を衝くといった趣の玲愛が押しかけてきて、由飛を連れて更衣室に篭もったということだが。 一体、あの二人の間に何が?「つまり…アレ?」 「やっぱり…あれなの?」 「アレでしょうね。うとう、来たるべき日が来たってことか…」 「アレって何…なんなの?」 「…どう思う?」 「現実逃避?」 「仁くん…大丈夫、大丈夫だから。さんがついてるからね?」 「頼むから憶測を交えて俺をそんな目で見ないでくれぇ」 「ならあんた踏み込みなさいよ。刻も早く」 「やだよ怖い!」 「てんちょ…そういうの、『語るに落ちる』って言うんだよ?」 「う…」 「あんたがハッキリした態度取らないから、あんなに仲の良かった姉妹が骨肉の争いに…」 『もともと揉めてたじゃんかよ』…と言おうとしたが、それだと今まで色々頑張ってきた俺が可哀想過ぎる。 「明日香ちゃん…玲愛さん、手ぶらだった?」 「なんでそう嫌な質問しますか?」 「一応ウチのキッチンをチェックしたけど、それらしいものは持ち出してなかったみたいよ?」 「で、なんであんたがここにいて答えますか?」 「でも、だからって安心できないわね。リックモールの入り口には金属探知機なんかない」 「あってたまりますか」 「てんちょ、ここで細かくツッコんでる場合じゃないよぉ」 「男には、刺されるとわかっていても、踏み込まなければならない時があると思わない?」 「え~と、今日の両天秤座の運勢は、と…」 「俺は二股なんかかけてないっ!」 「…で、どっちを選んだの?」 「………」 神様…俺、そんなに罪深いことしましたかぁ?「だから祈ってないでぇ…二人を止めてよぉ」 「う、うん…」 俺は、意を決して…更衣室のドアに、手をかける。 ………どうか…まだ取り返しのつかないことになっていませんように。 「お、お邪魔します…」 「あ…」 「仁…」 よ…良かった。 まだ、二人とも生きてる。 いや、待てよ?そもそも、そこまで心配する必要ってどこにあったんだ?「おい玲愛、一体なにがどうなって…」 「ひ、ひとしぃぃぃ~!」 「うわあっ!?」 「っ!」 放心状態のように見えた由飛は、しかし、俺の姿を確認すると、一気にとびかかってきた。 「仁…仁…仁ぃぃぃっ!わたし…わたし、どうしようっ!」 「え? お、おい、由飛?」 「勝敗…ついてたんだ」 「む~…なんか納得いかない」 「仁くん…お姉ちゃん寂しい」 「カトレア君…よくぞ我慢したね、えらいぞ」 「何をですかっ!?」 「ま、待て! みんな落ち着け!特に由飛!」 なんか知らないが、衆人環視の中、由飛が俺にひっしと抱きついている。 これって…実はとんでもないことでは!?「このままじゃ…このままじゃあ!わたし、フランスに連れていかれちゃうよ~!」 「え…?」 フランス…いきなり飛び出した、その遠い国の名前とともに、俺の頭の中で、ぐるぐると疑問が回る。 ………今、店の方には誰がいるんだろう?………「え?」 そして、由飛と玲愛と俺の三人きりになった後。 玲愛から、まったく予想もしていなかった単語を聞かされた。 「…留年?」 「そう」 「それって、俺のこと?」 確かに俺は、来年、もう一度三年生をやる気満々だけど。 「違うの。 由飛が、去年。 だから今はまだ一年生」 「…はい?」 「それどころか、今年の前期も全然単位取ってないの。のままじゃ、二年連続の留年で…退学なのよ!」 「………」 「………」 なんか…今、俺は…とっても駄目な単語を色々と聞いたような気がするんだが。 留年?ほとんど授業に出てない?このままじゃ退学?それって、俺の常識に照らし合わせると、単なる一般的なダメ学生なんだけど。 「嘘…だよな?」 「仁ぃ」 涙目で俺を見上げる由飛。 か…可愛いけど、でもこれは…否定してる目じゃない。 てことは、えっと…「お爺様が学生課に問い合わせたっていうから本当よ。うカンカンに怒ってて、今週にでも帰国してくるって」 そういえば、由飛と玲愛のおじいさんはフランス人で、欧州を中心に活動してた有名なピアニストだったんだっけ。 「とりあえず、お父さんとお母さんが説得して、今はなんとか思い留まらせてるけど…これで退学なんてことになったら」 「フランスに連れていかれる…?」 「もともと、進学のときから、お爺様は向こうの大学に入学させる気だったのよ」 「そうなの?」 「由飛は、ちゃんと監視してないとすぐサボろうとするからって」 「うう…やだよぉ。たし、フランス語どころか英語だって喋れないもん」 由飛を、養女に迎えた、玲愛のおじいさん…世界的に有名なピアニストに、そこまで世話を焼かせる由飛ってのは…「なあ、玲愛…俺、今まで半信半疑だったんだけど、もしかして、由飛のピアノの腕って…?」 今の大学には、主席合格だったってことだけは、玲愛に聞いて知ってるけど…いや、それだけでもかなり物凄いとは思うけど。 「三年前の全国コンクールで、プロのピアニストたちに混じって3位だったくらいね。聞にも載ったけど」 「ぐえ…」 「…う、あ」 「…?」 それって、スポーツに喩えると、オリンピック級じゃないのか?それが今…ファミーユのウェイトレスとして、毎日楽しく歌って過ごしてて。 勉強も、練習もせず留年して、とうとう今度は退学の危機?なんて天才なキリギリス…「………」 「それで…どうすんだ?」 「え? ああ…どうするもこうするも…私にはどうにもできないわよ。族会議行きね」 「もし…退学になったら?」 「ほぼ間違いなくフランス行き。だかんだ言って、音楽関係だと、やっぱりお爺様が一番発言力あるし」 「ま、そりゃそうだろうなぁ」 「嫌…」 「由飛?」 「嫌だよ、仁…」 いつの間にか、由飛が、俺の袖を掴んでいる。 こいつの握力で、力いっぱい握っているから、絶対に取れそうにない。 「だったらどうしてちゃんと努力しておかなかったのよ?ただ音大に入って進級するだけなら、私にだってできたわよ!」 「ご、ごめっ…ごめんね玲愛ちゃん、ごめんなさい。も、でも…わたし、仁ぃ…っ」 「っ!」 俺の方に顔を埋めてしがみつく由飛を、玲愛は、めちゃくちゃ複雑な表情で睨む。 「やだ、やだ、やだぁ…わたし、仁と離れたくない…いっしょにいたいよぉ」 「由飛…」 駄目な、本当に駄目な、俺の女神。 「心配すんなって…なんとかなるって…な? 由飛」 だったら…俺一人でも、崇めてやらないとなぁ。 「あ、ありがと…ありがと仁…ずっと、ずっと…側に、いてよぉ」 こんなことを言うのは不謹慎だけど…由飛の泣き声が、耳に心地良い。 こうして結局、俺はまた、由飛に、ハマっていくんだろうなぁ…「なんで、そんな甘えたこと…簡単に、言えるのよ」 「これがカリキュラム」 「ん~…」 「そんなに力いっぱい覗き込まなくても…ほら、コピー取ってあるから」 「ん」 「咥えるな」 里伽子にしてはお茶目な仕草で、俺の手から紙を受け取る。 「必修には赤で丸が打ってあるから。いつの科目について調査してくれ」 「まずはピアノ科の一年生を捕まえるのが早道かな…」 「俺は掲示板とか、校舎内を調べるから、里伽子は食堂とか生協とか頼むな」 「ん、了解。いでに講義見つけたら顔出しとく」 「大丈夫か? バレたりしない?」 「全然。く色んな大学の講義にモグるけど、一度だってバレたことないよ」 「悪いな、お前はもう、試験期間中だってのに」 「ちょうど今日は試験なかったからいいよ。う、卒業に必要な単位は揃えてるし」 自分の大学の単位もほとんど制覇して、他の大学の講義まで…この勉強熱心さの、ほんの1%でも由飛にあれば…あるいは、玲愛の爪の垢でも煎じて飲めてれば…いや、やめよう。 由飛だけでなく、俺まで惨めになってくる。 「それじゃ、ひとまず散るぞ。礼は今度飯でもおごるから」 「それなら本にして。書券でも構わない」 味気ないなぁ、相変わらず…………………「で、こいつがテストの時間割。 こっちが試験範囲。 で、これがノートのコピー」 「ふわぁ~…」 次から次へと出てくる紙束に、由飛が感嘆の声を上げる。 「計画表作ってきた。 とりあえず、必修科目を最優先に。 選択科目は必要単位数だけ。 それでも、1日に2科目が一週間続くけどな」 「…死んじゃうよぉ」 「これに実技試験が重なると確かに死ぬかもな…だから、実技は、本試験は捨てて、三月に実施される追試にかける」 「…追試だと、基準点が下がっちゃう」 「知ってる。 ピアノ科の子たちに聞いた。 でも、そこで得られる半月の猶予はでかい」 「そ、そう、なの?」 「だってお前…ピアノ弾かなくなって、何ヶ月経つ?」 「え…?」 「去年、留年してから、ほとんど弾いてないだろ?腕、完全に腐ってるんじゃないか?」 初めてここに来たときに気づいた違和感が、玲愛の話を聞いてようやく腑に落ちた。 このピアノ、埃かぶってた。 つまり、全然使ってなかったってことだ。 「そ、そんなことないよ…ほら、ブリックモールのアンティークピアノ、何度も弾いてたじゃない」 「あんなのは遊びだろ。ッスン、去年は何回受けた?」 「………」 「何回受けた?」 「わかったよ…本試験は捨てる」 つまり、そういうことか。 「とにかく、試験終了までの一ヶ月、死ぬ気で頑張れ。 それと、試験が終わるまではファミーユには来るな。 勉強に集中するんだ」 「ええ~!?」 「あのなぁ…お前はもう後がないんだぞ?今はバイトをやってる場合じゃないだろ」 バイト先の店長の台詞ではないな…「う、うん…そう、だね…」 俺の、当たり前の提案にも、しゅ~んとうなだれる由飛。 「でも…仁にも…会えないのぉ?それだけは、やだなぁ」 …ちくしょう、俺の弱みに付け込んで、保護欲をかき立てやがって。 どうしても、甘いこと言ってやらないと気がすまなくなるじゃないか。 「…試験の間は、俺が面倒見てやる」 「え…?」 「実技は手の出しようがないけど、学科のほうなら何とか…」 現役の大学三年生だし、一応、由飛よりは勉強してたし。 音大の一般教養科目なら、教科書を読みながらなら、多分、大丈夫なはず。 「仁ぃ…」 「あと、晩飯とか、夜食とかも…」 「ほ…ほんとに?毎日、仁のごはん、食べれるの?」 「…お前が毎日来て欲しいって言うんなら、毎日来るけど」 「毎日…毎日毎日、ずぅ~っと毎日、来て、欲しいな」 即答かつ四度も言うな。 「だから、お前はしばらく勉強に専念しろ。るべく早めに仕事終わらせて、ここに来るから」 「仁…仁、仁、仁…ひとしぃぃぃ~!」 「うわっ!」 感激のあまり、由飛が俺を押し倒す。 その、強烈な握力で俺を押さえつけると、柔らかくて、あったかい身体を覆いかぶせてくる。 「仁…大好き、わたし、仁に出会えてよかったよぉっ!仁、仁ぃ…」 「ま、待て…盛るな。前、しばらく体力使うの禁止!試験に備えろ~!」 「やだ…仁に抱かれたいよぉ。え、仁を愛してあげたいよぉ~」 「駄目だ! 駄目だ駄目だ駄目だ!とりあえず学科試験が終わるまで駄目~!」 実技試験が終わるまでと言わないところが、俺の弱さなんだろうなぁ。 「1846年…ドイツで…えっと…」 ………「……代表作は……ピアノ協奏曲が…」 ………「…く~」 「いたっ!?」 「寝ちゃダメ」 「い、今のなに~?」 「消しゴム爆弾」 「うわ懐かし~。たしもよくやったよ~」 「だからって今作ろうとしない。い勉強勉強」 「ううう~」 「泣いてもダメ。眠りさせないようにって、しっかり言われてるんだから」 「仁は? ねえ仁は~?」 「てんちょは店長だから、まだ帰れないよ」 「お店のことなら、恵麻さんに任せてくればいいのに~」 「てんちょは責任感が強いの。かさんとは違ってね」 「おなかすいたよ~」 「今日は40ページまでだからね。れが終わらないと、てんちょが来たってご飯にはならないよ」 「そ、そんなぁ」 「大体、せんせに勉強見てもらって、しかも晩ご飯まで作ってもらうなんて、ちょっとワガママが過ぎないかな? 由飛さん」 「そりゃ、わたしと仁は、愛し合って…いたたたたっ!?」 「無駄口叩かないの! ひたすら勉強!」 「いつの間にそんなに爆弾作ったのよ~!?」 ………その翌日「で、こっちがクリームブリュレの試作品。うかな?あ、チーズスフレはちょっと多めに持ってきたから、冷蔵庫に入れとくわね?」 「うわぁ…美味しいですよぉ、これ」 「と思うんだけどねぇ…仁くんに言わせると、まだ重たいんですって」 「あ~…言いそう。が絡んでるから」 「確かに仁くんが作ると、芸術的なまでにふわっとするのよね~」 「うんうん、卵の王子さま~♪」 「………」 「あ…で、でもこれだって美味しいですよ!恵麻さんのお菓子って存在感があって好きです」 「でしょ? でしょう?あ、お茶おかわりいる?」 「あ、すいません~。っぱり、恵麻さんの味がファミーユの味だと思うし」 「そうそう! 仁くんの作るのって、どっちかって言うとキュリオの味に近いわよね」 「あ~、それは言えるかも」 「…さてと、食べ終わったら再開よ。度は45ページからだったかしら?」 「う…」 「由飛ちゃん…今は辛いかもしれないけど、頑張るのよ」 「恵麻さん…」 「あなたは、ファミーユにとって、もう、なくてはならない“仲間”なんだから…」 「は、はい…っ」 「それに…あなたがいなくなったら…仁くん…とっても、悲しむから」 「仁…が」 「仁くんの気持ち…大切にしてあげてね。姉からの、お願い」 「仁…大切に、します。物です」 「うん…だから、みんなのため、仁くんのため、そして…あなたのために、頑張るのよ」 「あ、あのっ…恵麻さん」 「…なあに?」 「お姉さんって…呼んでもいいですか?」 「ふふ…ふふふっ………いいわけないでしょ」 ………さらに翌日「えっと…それは、仁の方から…」 「へ~、あの仁くんがねぇ…そういうクサいこと言うんだ」 「えへへへへ…」 「しっかし一体何をとち狂ってこんな能天気娘を」 「かすりさん“だけには”言われたくないです」 「だってさぁ、仁くんってリカちゃんと付き合ってると思ってたからさぁ。イプ的には正反対じゃん?」 「………え?」 「どっちかって言うとさぁ…玲愛ちゃん?妹さんの方とくっつくのかな~って」 「ちょっ、ちょっと待ってください。 い、今の話。 仁って、昔、里伽子さん、と?」 「ん~、それがさぁ、いまいちハッキリしなかったのよね~。時からさぁ」 「と…当時って?」 「ファミーユの本店ができたのって3年前なんだけどさ、そのときからいたメンバーって、恵麻さんと仁くんとリカちゃんとわたしの4人でさ」 「ふ、古くからの関係、なんですね…?」 「しかもリカちゃんは、仁くんが大学からいきなり連れてきてさ、結構、当時から頼りっきりって感じで」 「そ…そうなんですか?」 「あれはただの同級生って感じじゃなかったのよね~。んて言うか、信じきってるっていうか、爛れきってるっていうか、既に倦怠期っていうか」 「え、ええっ!?」 「ほら、仁くんってどシスコンでしょ?やっと恵麻さん以外に甘えられるコが見つかったんだろうね」 「そ、そう、なんですか?」 「そ~そ~! だからもう当時なんか見てられないくらいにデレデレと…」 「見ていられないなら帰っていただこうか」 「あ…」 「あ、あら…気配もさせずに背後に回り込むなんて…なんてアサシンな」 「あんたらが話に夢中でちっとも気配に気づかなかっただけだ」 「え、え~と…1分前まで勉強してたわよ?そりゃもう、針の落ちる音が聞こえる~って感じ?」 「そ、そう!ほらほら教科書の80ページまで進んだの!」 「ほう? どの教科だ?」 「え…?」 「今日、俺がやっておけと言ったのは、このプリントであって、教科書ではないはずだが?」 「あ、あは…あはは…」 「さてと、私の役目は終わったわね。くん後はごゆっくり」 「ああっ!?」 ちょっと目を離した隙に、既に靴まで履いている。 「それじゃね? また明日~!」 「ふう…」 悪いひとじゃないんだが、お目付け役として機能するかどうかは別の話だな。 …明日からのシフト、見直さないと。 「ひ…仁…おかえり~」 「腹減ったろ? 今作るからちょっと待ってな」 「あ? う、うん…あの、その…ご、ごめんね?」 「いいって…それより由飛」 「なに?」 「今日、泊まってっていいか?」 「ひ…仁?」 「そしてこの問題を一緒に解こう。までかかってもやり抜くぞ」 「きゃあああっ!?」 「当たり前だ! 一日一日が勝負って言っただろ!?お前は退学になりたいのか!」 「で、でも、でもっ!仁、里伽子さんとは…?」 「せめて文脈を繋げろ…」 毎日の猛勉強のせいで、そろそろ脳がイカれてきたか?明日の見張り番は里伽子の予定だったんだけどなぁ…「今まで…言ってくれなかったよね? そんな過去の話」 「過去とか以前に、何もなかったのに何を言えと?」 「証拠がないじゃない…」 「お前は今第一に何をすべきか、それを考えろ。念に惑わされるな」 「う…」 「ま、まずは飯にしよう。?」 由飛の泣きそうな顔を見て、またしても、どんどん語尾の弱くなる俺。 明らかにこいつは、俺と付き合いだして、かなり言動がダメっぽくなってるんだけど…でも、その仕草一つ一つが、どうしてここまで俺の琴線に触れてしまうのだろう?これがいわゆる『バカップル化』というものだろうか?いや、自分で言うのは相当末期なような気もするが。 「ご…ごめんね、仁…全部、わたしのために、してくれてることなのに」 「あ~、いいっていいって。、それとな」 「ぅん?」 「今の俺は、お前のものだから。れだけは、保証しといてやる」 「………」 「さ…飯作るぞ?そうだな、今日は手伝ってくれるか?」 「…うんっ!」 こうして、この笑顔に癒されてしまう、ダメダメな俺がいる。 ………………「…ん? あ…」 「………」 「…え?」 「あ、仁、起きたんだ…おはよ~」 「あれ? ここ…」 由飛の…部屋…だよなぁ?俺、あれ? なんで…「あ、これはちょっとしたお遊びだから!ちゃんと言われた勉強は終わったよ?」 机の上には、確かに回答欄を埋めたプリント。 「なるほど…」 「だから今はちょっと休憩。遊びの時間」 「…いつから弾いてた?」 「お勉強が終わったのが2時くらいで、その後から」 今が6時…ってことは、4時間…か。 ただのお遊びで、時間を忘れて…「あ、出勤までにはまだ時間あるから、もうちょっと寝てたら?」 「いや…もう起きる。 それよりもっと続けてくれ。 聴いててもいいだろ?」 「面白くないよ?」 「弾いてる由飛を見てるだけで楽しいよ。つもよりも凛々しいから」 「………」 「ん?」 「嬉しいな…わたしが仁に威張れるのって、これだけだから」 「なんか朝っぽい曲がいいな」 「うん…任せといて」 いつも通り、けれど、いつもよりも自信ありげな笑顔を浮かべて、由飛が鍵盤を優しく叩き始める。 と…途端に流れ出す、小川のせせらぎ。 鳥の鳴き声。 気持ちいい肌寒さ。 そして、薄く差し込む朝日。 ………もちろん、それは、ひとつの楽器が奏でる、たった数種類の音の組み合わせに過ぎない。 それなのに…ずぶの素人の俺に、こう感じさせるなんて。 やっぱ、こいつって…凄い。 「………」 「…どした? なんで止める?まだ続けてくれよ」 「…いるよね?仁、ここにいるよね?」 「由飛…?」 「あのさぁ、仁」 「ん?」 「ここに来てくれない?」 と、由飛は、椅子の左端に座りなおすと、空いている右端を叩いて、俺を誘う。 「…邪魔だろ?」 「それでも…一緒にいて」 「由飛…?」 「仁がここにいるってわかってないと…弾けないんだ」 「え?」 「さっきもさ…本当は、ずっと仁の顔見ながら弾いてたんだよ」 まるで、もっと遊んでいたいのに、母がそばにいるかが不安になって、何度も、何度も振り返る子供のように…由飛が、俺の顔色を窺う。 あれだけの演奏ができるのに、一体、何が不安なんだろう。 「…しょうがないな。と狭いけど、我慢しろよ」 俺は、なるべく由飛の邪魔にならないよう、椅子の端っこに、軽く腰掛ける。 「抱きしめてて」 「あのなぁ」 「肩でも、お腹でも、おっぱいでもいいよ。まってて」 「タンデムかよ…」 「うん、二人弾き」 言いつつ、由飛に手首を掴まれると、強引に、腰を抱く形に持っていかれる。 「お、おい…」 「うん…いい感じ。れじゃ、行くよ」 結構、いや、かなり無理な体勢で…それでも由飛は、やっぱり、淀みなく、弾く。 ゆっくり、優しく鍵盤に触れていても、しっかりとした音が、ピアノからこぼれてくる。 こいつの、手の大きさ、握力の強さ。 天から与えられた、類稀なる才能。 普段は『なんでこんな女、好きになったんだろう』って、思うこともあるけれど…こうして時々『この女性を、俺が掴まえてしまっていいんだろうか』って思いに苛まれることになる。 「凄いな…」 「うん、ありがと」 由飛は、謙遜しない。 結構、自信満々なことを言う奴だけど、こうして、実力を伴われると、もうどうしようもない。 玲愛が、コンプレックスを抱くのもわかる。 「なんで…これで留年するんだ?お前、試験サボったのか?」 こんなに弾けるのに、実技試験で不合格になるくらい、音大ってのは、レベルの高いところなんだろうか?「弾けなかったの」 「は?」 「ちょうど、去年の今ごろから…なにも弾けなくなったの」 「え…?」 弾けないって…?ピアノってのは、毎日練習しないと、すぐに上手く弾けなくなってしまう楽器だって、玲愛が言ってた。 けどそれは、上手く弾けなくなるだけで、なにも弾けなくなるなんてことは…「実技試験のとき…ピアノに触ることもできなくて」 「…何で?」 「よく、わかんない。験のための練習のときから、なんか調子がおかしくなって」 今は、軽快に。 淀みなく、鍵盤を操りながら…「ショックで…他の試験も、全部受けられなくて、一年間、頑張ってきたこと、全部なくなっちゃって」 こうして、言葉を操りながらも、手の動きが、一度も間違うこともなく…「それ以来…ずっと、弾いてなかったの」 「………」 「…驚いた?」 「ああ…由飛が悩むとこ、想像できなくて…ってぇ!?」 淀みなくピアノを弾きながら…俺の腹部に肘鉄を極めやがった。 「わたしだって悩むことあるよ!そんなんじゃ恋人失格~!」 「いや、ごめん…」 てっきり、遊び呆けてて試験日を忘れたとか、そういう“由飛らしい”理由だと思ってたのに。 「仁に嫌われた時だって、ものすごく苦しんで、悩んだんだからね?」 「あれは自業自得だろう…」 「とにかくっ!それで、ずっと弾くのが怖かったの」 「俺と…会った時も?」 「うん…大学にも、ほとんど行けなくて…でも、ここにいても、寂しくて、寂しくて」 「それで…バイトしようって思ったのか?」 「花鳥のおうちからは禁止されてたけどね。 そんなことよりも練習しろって。 仕送りは、十分送ってくれてるし」 …やっぱ金持ちの家みたいだな。 その環境で、あそこまでしっかり自立する玲愛も、ある意味凄い奴だ。 「でも、何かしてないと、おかしくなりそうだった。れで、とにかく忙しそうなお店を探したら…」 「ウチだったわけ…?」 「新規オープンのショッピングモールにある、人気の喫茶店って聞いてたからね」 由飛がファミーユに来たのって…逃避、だったんだ。 俺が、由飛という女神に遭遇したとき、由飛は、俺というオアシスを見つけたのか。 「でも、人気の喫茶店って…それ、キュリオのことじゃないのか?」 だってウチ、元がマイナーな店で、しかも半年前に焼けちゃってたんだし。 そんな前評判なんか、立ちようがない。 「あはは…今考えたらそうかもね。も、間違えてよかった」 「そりゃ、キュリオに行ったら、玲愛に追い出されておしまいだからなぁ」 「仁に…逢えたから」 「………」 由飛は…俺の、おちゃらけを、許さなかった。 「忙しくて、にぎやかで、楽しくて…店長は、ちょっと意地悪だったけど」 「俺にそんな記憶はない」 「で、その、意地悪なひとと一緒にいたら、いつの間にか、弾けないはずのピアノが弾けてた」 「あの時の…?」 俺たちの、曲がりなりにも、初めてのデート。 バイト先から、徒歩1分の場所。 ブリックモールの二階の奥の、アンティーク家具のお店。 そこに飾られていた、小さな、アンティークピアノ。 由飛が弾いた、ちっとも物悲しそうじゃない、蛍の光。 「家に帰って、ベッドに入って、一時間くらい寝て…で、自分のしたことに気がついてびっくりした。年以上、見るのも嫌だったのに」 「あれ…半年ぶりに弾いたってのか?」 「相変わらず、家や大学じゃ弾けなかったけど…」 「でも変なんだよ。曜日の夜、あの、アンティークショップの店先にあるピアノだけは、弾くことができるんだ」 「ああ…あれ、確かにピアノっぽくないもんな」 「そんな理由じゃないよ。ったら、わたしが今弾いてるピアノはなに?」 「あ、そうか…じゃ、なんでだ?」 「カッコいいとこ、見せたいひとがいたから。じゃないかな?」 「………」 確かに…ピアノ弾いてるときのこいつは、凛々しくて、神々しくて、カッコいい、けど…?「バカだね、わたしって。んなに仁のこと、意識してたのに、好きだってこと、全然気づいてなかったんだ」 「言い訳がましいなぁ…」 「ふ~んだ、いいもんね。うそのネタはずっと引きずられること覚悟してるし」 「ああ、ずうっと、引きずってやるとも。月も、来年も、再来年も…」 「…うん」 由飛を抱きしめる力を、ちょっとだけ強める。 それでも、まだ、音色は美しいまま。 「ずっと…聴いててね、仁。なたが聴いてくれてる間は、わたしは、カッコいいから、ね?」 「…ああ」 由飛を抱きしめる力を、また、ちょっとだけ強める。 「そして、試験が無事に終わったらさ…また、楽しいこと、嬉しいこと、いっぱい、しようね?」 「えっちなことも?」 「もちろん! ものすごいえっち、しようね。が聞いたら、びっくりするようなやつ!」 「聞いたぞ? 絶対だぞ?」 「大丈夫だよ。たし…ちっとも嫌じゃないから」 「由飛っ…」 「きゃっ?」 由飛を抱きしめる力を、また、ちょっとだけ…いや、かなり、強める。 「悪い、ちょっとだけ、手付け」 「ん…あっ…んんっ♪」 疲れることはしないという約束にのっとって、今朝は…ほんのちょっとだけ。 「仁~!」 「お~!」 「仁ぃぃぃ~!」 「お、おお…って、止まれ!」 「ど~ん!」 「擬音通りにぶつかるな~!」 大学のキャンパスのど真ん中…衆人環視の中、由飛の奴、思いっきり抱きついてきやがった。 「う~ん、この胸板のために生きている~すりすりすり~」 ヤな生き甲斐だなおい…「離れろ由飛。こをどこだと思ってる?俺はともかく、お前これからも通うだろうが」 「大丈夫だよ~もうみんな、わたしのことなんて忘れてるって」 微妙に痛いことを言いつつ、それでも由飛は、俺の胸から、やっと離れた。 「で?」 「で、とは?」 「面白くね~んだよ」 「いたぁっ!?」 「試験は?あるはずのない昼休み使ってここ来てんだから、その辺ハッキリさせとけ!」 ブリックモールから大和音大まで、電車を使って25分。 だから、ここにいられる時間は、多く見積もっても10分が限界。 …そうまでして、由飛の試験結果を聞きに来るなんて、なんて弱みを見せまくりなんだろう、俺って。 「だ~いじょうぶだいじょぶ!今回はバッチリ回答欄が埋まったよ~」 「埋めるだけなら鉛筆のメカニズムを知ってるだけでいいんだよ」 「本気で大丈夫だってば~。が作ってくれた練習問題とおんなじのが出たよ」 「そうか…なら大丈夫かな」 真理子ちゃん…だっけ?A定食の見返りに教わった試験傾向は正確だったらしい。 「ん~…終わった~!」 「学科は…な。れからが本番だ」 「む~…」 全身が開放感に満ちあふれていた由飛が、一瞬にしてしぼんだ。 「まぁ、でも、今日くらいは羽を伸ばしてもいいぞ」 「話せる~♪」 一気に回復した。 「俺は付き合えんけど」 「わかってない~!」 浮き沈みの激しい奴だな…「んなこと言ったって、俺は今日も仕事なの!」 「じゃ、じゃあ…わたしも今日はシフト入るよ」 「働くくらいだったら寝ろ。こ一週間は寝ずに頑張ったんだから」 「それは仁も一緒じゃない…わたしより、仁の体が心配だよ」 「俺は大丈夫、まだ若いんだから」 「わたしの方が一つ若いよ?だから、仁こそ休んで。、わたしが代わりに働くよ」 「じゃあ、2月分の帳簿付け頼めるか?」 「え…?」 「ついでに言うと、各種振り込み手続きと、材料の発注量決めと、実際の発注手続き。、あと備品の買い出しもあったんだ」 「………」 「あ、忘れてた。 週末にはブリックモールの役員が視察に来るから、そっちの応対もあるんだよな。 あ、大丈夫大丈夫、半分は姉さんがやってくれるから」 「………」 「さて、それらの仕事を、軽食を担当しつつ、適当にこなして欲しい訳だが…」 「仁っ…!わたし、わたしっ…あなたの役に立ちたいの!これは嘘偽りのない本当の気持ちだよ!」 声が甲高い。 「…で?」 「…でもね、人間にはわきまえるべき分ってものもあるの。れも嘘偽りのない事実なのよね?」 「だから軽はずみに俺の代わりとか言うんじゃないの。飛は由飛らしく、食って寝て歌って弾いてろ」 などと言うと、ただのぐうたら学生に聞こえるが。 「…ごめんね」 「わかればよろしい。 で、さ。 そういうわけで、定休日までちょっと顔出せないかも」 何しろここ一週間…いつも部屋に持って帰ってこなしてた仕事、全然やってなかったからなぁ。 そろそろ片づけないと、マジでファミーユの危機だ。 「…仕方ないよ。は、ボランティアでわたしの面倒見てくれてたんだし」 「まぁ、確かに、特別養護老人ホームで働いてるみたいだったけどな。の一週間は」 「そうゆう微妙な喩えはやめてよ~」 「とにかく!俺がいないからって、ピアノさぼるなよ!ここで頑張らないと、今までの努力も水の泡だからな!」 いくら学科が成績良くても、実技がダメなら容赦なく落ちるのが、音楽大学ってところだ。 「うん、わかってる。度こそ、大丈夫だよ」 でも、由飛は、もうピアノが弾ける。 去年のスランプを脱した今となっては、主席入学だった才能を、すぐに取り戻すはずだ。 だから…心配はいらない。 「あ…くそ、もう戻らないといけない時間だ。れじゃ由飛、悪いけど…」 「悪いのはわたしの方だよ。てくれて、本当にありがとう…」 「夜、電話する。ゃあな!」 「うん、またね~!」 大きく手を振る由飛を構内に残して、俺は、駅まで…やべっ、全力疾走でないと間に合わん。 ………「大丈夫………だいじょぶ………っ」 ………「続いて19番………曲は、同じくショパン、エチュード、作品25、第1番、変イ長調『エオリアン・ハープ』」 「………」 「っ!?」 「あ…あ…」 「…あれ」 ………「あ……あ、れぇ…?」 ………「きゃっ!?」 「うわっ!?」 玄関から飛び出そうとした俺の目の前で、金色のしっぽが揺れた。 「び、びっくりしたぁ」 「気をつけろよそそっかしいなぁ。の用心深さに感謝しろよ」 「いきなり全力でドアを開ける奴に言われたくないわよ!」 「事故じゃないか不幸な事故」 「ダンプカーと歩行者がぶつかったら、どっちが不注意でも運転手が悪いのよ!」 まぁ、確かに…こっちは、傷一つ負わないだろうし。 それに…「そろそろ離れないか?」 「…そっちが離れなさいよ」 まぁ、役得もそれなりにあったし。 「で、何の用だ?俺、今から出かけないと…」 「明日の休み、由飛に会いに行くわよね?」 「いや、今から…っ!?」 「………」 現在、火曜日の25時…要するに水曜日の午前1時。 丑三つ時まであと半時。 「と、泊まらないよ?ちょっと渡すもの渡したら帰って、寝て、で、また明日様子見に行くだけだって」 「別にそんなこと聞いてないわよ」 「う、嘘じゃないぞ?ほらほら、由飛の試験課題のCD見つけたんだ。れ届けに行くんだよ!」 ちょうど手に持っていたCD屋の袋を玲愛に手渡す。 これでカモフラージュは万全…いやいやお届け物が目的だってば!「別にそんなこと気にしてないったら!」 ならどうしてそんなに刺々しくなる?「ちょっと由飛に渡すものがあったから、ことづけてもらおうかと思って」 「そ、そんなことのために、こんな深夜に?」 「でも、正解だったでしょ?あんた、今日はもう帰らないだろうし」 「泊まらないって言ってんだろ!?」 「実家からお野菜送ってきたのよ。分は由飛に届けてやれって」 「…お前の家は本当に欧風音楽一家なのか?」 よく見たら、廊下に宅配の段ボール箱が置いてある。 中から泥つきの大根が覗いている光景は、何と言うか…「ちょっと重いけど大丈夫よね?今から由飛のマンション行くってことは、タクシーなんだろうし」 「あ…そいやもう下に来てるんだった」 タクシー会社から電話が来たから急いでたんだった。 やばいなぁ、運ちゃん待たせたままだぞ。 「あ、なら下まで運ぼうか?」 「その裏方までをナチュラルにやる癖はなんとかしろ。仕事くらい男に任せろよ」 指導者として優秀なのに後進が育ちにくい。 キュリオの弱点は、チーフが何から何まで全部やってしまうことにある。 玲愛の話によれば、本店からの伝統らしいが…「そう? なら、よろしくね。験が終わったら結果報告に実家に戻れって、そう、伝えておいて」 「ああ、わかった」 俺は、ちょっと重めの段ボールを抱えると、マンションのエレベータに乗り込む。 「避妊くらいはしなさいよ?」 「え~、できればつけたくないなぁ」 「………」 「すまん、リアクション間違えた」 ………「あ…ちょっとCD!あ~あ…行っちゃった」 「これ、大事なものじゃなかったの?もう、世話焼かせるなぁ」 ………「………。エオリアン・ハープ』なんだ」 ………………「…寝てるかな?」 今日、なるべく早く行くって電話したのに。 …まぁ、『朝早く』来るのかと思ってるのかもな。 「入るぞ」 キーホルダーに、二週間前から、鍵が一つ増えてる。 なんか昇格した気分。 とりあえず、寝込みを襲…ったりはしないが。 「なんだよ…起きてんじゃん」 それどころか、まだ練習してるみたいだ。 けど、本当に廊下からじゃ聞こえないくらいに、完璧な防音してるんだな。 まぁ、そうでなけりゃ、こんな夜中にピアノなんて、近所迷惑以外の何者でもないけど。 「お~い、由飛」 「あ、仁、来てたんだ~」 「チャイム鳴らしたんだけど」 「ごめん、聞こえなかった」 まぁ、練習に夢中になってたってのは、喜ぶべきことだ。 「蒸しケーキ持ってきたぞ。ょっとお茶にしようぜ」 「ん~、ひと段落ついたらね」 「あんま根詰めるなよ」 「わかってるって…これが弾けるまで」 死ぬ気で頑張れと尻を叩いておきながら、ちょっと相手してもらえないと休め休めと。 俺って、かなり大人げないかもしれない。 「あ、そうだ、こっち来る前に玲愛に会ってさ。家から野菜送ってきたって、ほらこれ」 「あ~、うん、ありがと。蔵庫にでも入れといて」 …とは言え、産地直送っぽい、泥つきの野菜なんだけどな。 まぁ、いいや。 とりあえず水洗いしとこう。 ………………大根、じゃがいも、長ねぎ、にんじん。 段ボールの中から出てくるわ出てくるわ…「あ、そうそう、それでさ由飛」 「………」 これって、由飛が料理するわけないよなぁ。 玲愛の奴、どうして持ってけなんて言うんだ?「…由飛?」 「………」 やっぱり…俺に料理しろってことなのか?少なく見積もっても、一週間分くらいはあるぞ。 てことは結局、今週も俺、由飛の食事当番?「由飛ってばよ~!」 「えっ? あ、な、なに~?」 「試験が終わったら一度実家に戻れってさ」 「嫌」 「そうは言ってもさぁ、結果ぐらい報告に…」 「試験が終われば、仁とゆっくり過ごせるんだもん。ってる場合じゃないよ」 「こ、この…」 臆面もなく、『仁とゆっくり過ごせる』などと…大手を振って異を唱えられんではないか。 「離ればなれは嫌だもん…」 「ほんの2、3日だろ」 「絶対に…嫌だもん」 「由飛…」 また、俺のツボを突きやがって。 試験が終われば、3月はずっと休みなんだから、いつだって会えるってのに。 ………「なあ、由飛」 「………」 「試験、終わったらさ、旅行でも行かないか?俺もなんとか1日だけでも休み取るから」 「………」 「スキー…とかは駄目そうだよな、お前。泉とか行って、一緒にぐうたらしないか?」 「………」 「…由飛?」 なんか…変だな。 「………」 さっきから、不協和音。 「………」 単調な、リズム。 「おい、由飛?」 出だしだけ集中して練習してる…のか?それで…しつこいまでに、繰り返してるのか?「由飛!?」 由飛は、ピアノの前で、微動だにしない。 いや、指だけは、きっちり動いてる。 さっきから、休まず弾き続けている。 こんな、たった10秒程度のフレーズを…?「あれぇ…おっかしいなぁ…」 「得意…なんだけどなぁ、これ…」 「由飛…? お、おい…っ!?」 実は、今日、はじめて由飛の顔を見た。 さっきからずっと、背中を向けたまま会話してたから。 もし、目を見て会話していれば、こんな異常事態、すぐに気づいたはずなのに。 「また…間違えちゃった。だなぁ、何やってんだろ、わたし」 「あれ…あれぇ…?」 滝のような汗が、顔どころか体じゅうを伝って、革張りの椅子まで、ぐっしょりと濡らしている。 顔色は、こっちが青ざめてしまうくらいに青く、しかも、全身には大粒の鳥肌が立っている。 「な…」 恐る恐る、頬に触れてみると…そこは、考えられないくらいに、冷たい。 「ちょっと待ってよ…こんなはず、ないんだってばぁ…」 「由飛! おい、由飛ってば!?」 「あ、ごめん仁。 ちょっとだけ待ってて。 …すぐ、おわるから」 「お前…いつから弾いてる?」 「え~、なんで~?」 「いいから答えろ」 「えっと…朝、起きて…で、朝ご飯前に一通り流そうかって…」 「朝…?」 それって………20時間くらい前…?「とりあえず一回通しとかないと…大丈夫、この曲は得意なんだよ」 「やめろ…」 明らかに、異質だ…いや、異常だ。 「…すぐだってば」 「ピアノから…離れろ」 「でも、きちんとマスターしておかないと。れが、課題曲、なんだから…」 「今はいいから…お願いだ、休め」 由飛を立たせようと、背中から抱きしめる。 途端に、冷たい汗が、俺の服に貼り付き、びっしょりと濡らす。 こいつ…体温も、汗も…何も調節できてない。 「駄目だよ…時間ないよ。れに、もう後がないんだよ」 「まだ一週間ある…」 まるで赤子のように、鍵盤に腕を伸ばす。 けど、俺の手を跳ね除ける力もない。 「これ落としたら、退学だよ?留学、させられちゃうよ?」 「大丈夫、大丈夫だから。対に受かるから…」 由飛を抱き上げる…軽い。 この前抱いたときよりも、明らかに、軽い。 「離ればなれは嫌だもん…」 「わかってる…わかってるから」 がたがた震えてる…こんな由飛、絶対におかしい。 「絶対に…嫌だ…もんっ…」 「由飛ぃ…っ」 そして、とうとう…由飛は、気を失った。 「よし…そうっと、そうっと…」 「…仁くん?」 「あ、姉さんおはよ。めん、ちょっと手が離せなくて」 「どうしたの? 彼女」 「ん~?」 「さっきフロアで見かけたけど…なんか、別人みたい」 「ちょっとね…後で説明する」 「………」 「よし…できた、と」 ………「ほれ、朝粥。 こっちは溶き卵のスープ。 だし巻きもついて栄養満点のモーニングサービス!…もちろんコーヒーだってついてるぞ?」 名○屋のモーニング戦争にだって負けやしないぜ。 「…食べられないよぉ」 「一口だけでもいい…頼むから食え。力戻さないと」 「ひとくち、だけ…」 「あ~ん、してやろっか?」 「………」 「…ん?」 「ひとくちだけ…なら…」 と、力無くではあるけど、由飛が口を開ける。 「よし、んじゃ…」 「あ、あ~ん…っ」 俺は、レンゲに中華粥をすくい、ふうふう冷ますと、由飛の口へと運ぶ。 「ん………んっ…」 「飲み込めるか?ダメなら吐き出してもいいぞ?」 「ん…っ、んぅんぅ」 由飛が、キツそうに目を閉じて涙を浮かべながらも、激しく左右に首を振る。 「そうか、ありがと、由飛」 「~~~っ!」 涙が、さらに溢れてくる。 でも、由飛の喉が、徐々に動いて、お粥を嚥下しているのがわかる。 ………良かったぁ。 二日ぶりに、飯を食ってくれた。 「仁ぃ…仁仁仁ぃぃ~…ご、ごめん、ごめんね…う、うええ…」 「それは言わない約束でしょ。さて、も一口食えない?このスープなんか絶品なんだけどな~」 溶き卵のとろけ具合とか、白身と黄身の絶妙な混ざり加減とか…まぁ、スープそのものの味は何の変哲もないこと請け合いだけど。 「食べる…食べる…っ」 「よっし、見どころあるよお前。れ、あ~ん」 「ん…ん…」 目を閉じて、ただ、俺からの飯の供給を受け入れるだけの由飛。 こういう介護な関係も、俺的には、そんなに悪くない。 「………おいしい、よ」 「よっし、食欲戻ってきたかぁ!?こうなりゃだし巻きも一口食ってもらいたいなぁ」 「…がんばる、よ」 ………木曜日。 由飛の異状に俺が気づいてから、約30時間。 これが、水以外で、由飛が初めて口にした食物。 「んじゃ、半分に切って…こっちは俺がいただき~」 「あは…はんぶんこ、だね」 昨日、まる一日…由飛は、地獄の中にいた。 何度、ピアノから引き剥がしても、俺が目を離すとすぐに弾こうとする。 しかし、弾いてみたところで、10秒と続かず、同じところでミスをする。 毎回、毎回、毎回…判で押したように、そこで演奏ストップ。 そして放っておくと、また最初から弾き直して、同じところでストップ。 全身から、冷たい汗が噴き出し、鳥肌が立ち、身体がガタガタと震える。 この寒い部屋の中…それでも汗をかきすぎて脱水症状で倒れ、水を補給したら、またピアノに向かい、震え出す。 食事なんか喉を通るはずもなく、それどころか、激しい吐き気に見舞われて…全身の体温は、異常に下がり、見る見るうちに憔悴し。 それでも、何度でも、何度でも…ピアノの前に座っては、ミスをして、何度も、何度もミスをして、最後には気を失う。 それでも…やめようとしないのが、一番の問題だ。 「…美味いだろ?実はちょっとだけ生クリーム混ぜてある」 「そなんだ…うん、おいしい…仁の…味がするよぉ」 「俺の…なんの味だそれは?」 いい加減、限界を感じた俺は、由飛を、部屋から追い出し、鍵を奪い、ピアノのない場所に連れ込んだ。 つまり、俺の部屋へと。 「う…」 「もう、やめとくか?」 「ご、ごめん…美味しいの…美味しいんだけど…胃が」 「我慢するな。 それが一番良くないんだ。 じゃ、ごちそうさま、な?」 「う、うん…ごちそうさま…」 冷え切った由飛を、湯船に放り込み、そのまま、ベッドに連れ込み、抱きしめてあっためて…それでも、由飛の体温の冷たさは、俺を、慄然とさせるくらいのもので。 やわらかくて気持ちいい由飛の裸体を抱きしめて、けれど、何もしないという、悪夢のような時間。 当然、一睡もできるはずはなく…由飛は、浅い眠りに落ちながらも、何かにうなされては目を覚まし、そして、何かを思い出したかのように、俺の胸で泣いた。 ………俺が、そんな由飛を、放っておけるはずもなく。 「…と、いうわけで。めん、連れて来ちゃいました」 「………」 「………」 「………」 朝礼の挨拶を、由飛の状況説明だけで費やしてしまった。 なんという公私混同。 「それで…何だか疲れてたのね。飛ちゃんも、仁くんも」 奥の席で居眠りをしている由飛を、みんなで見つめている。 「それで、実技試験はどうするの?」 「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。はあの娘の体調の方が大事なんだから」 珍しくかすりさんが一般論を唱える。 「けれど…受からなかったら退学だよ?由飛さん、ここからいなくなっちゃうんだよ?」 「そりゃ、そうだけどさぁ…」 「やだよそんなの…絶対にヤだもん」 「明日香ちゃん…」 由飛のこと、結構いぢめてたけど、なんか、楽しそうだったもんなぁ。 「それで、みんなが力になれることは?」 「いつも通りでいいよ」 「仁くん…」 いつも通りに話して、いつも通りに叱って、いつも通りに笑いあって。 いつも通りにからかって、いつも通りにいぢめて、いつも通りに…優しくする。 「ちょっとの間だけ…ピアノのこと、忘れさせてやって。んなの、力でさぁ」 「てんちょ…」 「………」 「…うん、わかった。家族”のためだもんね」 「…ありがと」 「い…今のって…そういう意味!?」 「ちょっと恵麻さん、まだ早いよ!二人は若すぎるってば」 「…なんの話よ?」 そうして、ひとりの常連客を加えて…今日の、ファミーユの営業が、始まる。 ………………「あれ? 君、確か…ここの人だよね?」 「え…ええ。は、ちょっとお休み中でして…」 「ああ、そうそう、最近見かけなかったよね。うしてたの?」 「その…ちょっと、試験期間中だったから…」 「へえ、そうなんだ。学生なの?」 「明日香ちゃん…君にちょっとだけ難しい任務を与える」 「…撃退?」 「俺はそこまで狭量じゃないの」 一人のお客様が、由飛のテーブルに移って、いつの間にか談笑してる。 「由飛の気分転換になるからさ、あいつが嫌そうじゃなかったら、そのままにしといて」 「…いいんだね?」 「もともと仕事中でも私語の多い奴だったじゃん」 あいつの無駄口には、お客様と、自分自身を楽しくさせる魅力があった。 「あの、能天気な振る舞いって、本当は、辛い気持ちの裏返しだったのかな…」 「いや、それはないだろ。いつ、この店の仕事、本気で楽しんでたよ」 「だったら…良かったんだけど」 「明日香ちゃんも楽しかっただろ?色々と引っ掻き回されて」 「ま…まあ、ね」 「自分が楽しければ、相手に伝わるよ。 だから、あいつは本当に楽しんでた。 俺が保証する」 「てんちょ…」 「で、だ。 この卵雑炊を持って行ってやって。 あいつの昼ご飯」 「…こんなメニューにないもの、フロアに持ってっちゃっていいの?」 「本日の特別メニュー。客様からリクエストがあったらちゃんと作るよ?」 但し、土鍋の代わりにスープ皿になるけど。 「あと、あいつが疲れてるみたいだったら、適当に割り込んで話を打ち切らせてやって」 「それが、ちょっとだけ難しい任務?」 「君ならできると俺は信じてるぞ」 「てんちょ、由飛さんと付き合いだしてから、なんか言うことが都合良くなってきたよ」 「うぐ…」 「じゃ、行ってきま~す。メニュー、大々的に宣伝してくるからね」 「それはせ~でええ…」 ………「…どういうこと?」 「何から聞きたい?」 「ゆうべ、あんたの部屋から、由飛のすすり泣く声がしてたけど、それって一体どんな趣味なのよ?」 「せめて痴話喧嘩と勘違いしてくれ」 「………何があった?」 本当は、最初から非常事態を感じ取っていたんだろう。 それは、店内の電話にいきなりかけてきて、こうして俺を便所の裏へ呼び出したことからもわかる。 「覚悟しろよ…」 だから、俺は全てを話した。 一昨日の夜から、今に至るまでの、全て…徐々に壊れていく由飛の、戦いと、嘆き。 その進行を遅らせることしかできない俺の、戦いと、絶望。 「………」 全てを話し終わったときには、玲愛も、俺と同じ顔色をしていた。 玲愛の、その表情を見て、ちょっとだけ溜飲を下げたり。 いや、そのくらいの楽しみは許してくれ。 「なんで…?」 「俺が聞きたいよ…」 「仁…」 「なあ、由飛の奴、本当にピアノが好きなのか?お前の爺さんに無理やりやらされてるんじゃないのか?」 でないと、あの拒絶反応の説明がつかない。 「…由飛の男とは思えない発言ね。っぽど弱気になってる?」 「あんなん見たら、弱気にもなるって…」 「………」 一生懸命弾こうとしてるのに、体がついていかない。 そこでやめれば、去年の試験のように、ただ、逃げることによって平常を保つことのできる、今までの由飛になる。 けど、あいつは、今度こそ逃げなかった。 頑張るから、一生懸命にもがくから…余計に、痛々しくて…「あの娘は…本当に好きなことしかやんない。当は、わかってるくせに」 『自分が楽しければ、相手に伝わる』俺がさっき、明日香ちゃんに諭した言葉が、そのまま、俺の疑問への答えになっている。 だって、あいつの弾くピアノは…あんなに、人を、楽しくさせていたじゃないか。 「辛いことからは、結構逃げてたよ…それでも、ピアノだけはずっとやめなかったの」 「こんなことになるんなら…やめてもいい。んなに苦しむ必要がどこにあるんだよ」 「今のあの娘には、あるのよ…一年前にはなかったはずの理由が、できたのよ。あんたのせいで」 「………」 巡り巡って…結局、由飛を苦しめてるのは、俺って結論なのかよ…「そうだ、これ返すわ。んた、一昨日、忘れてったでしょ?」 玲愛が手渡してきたのは、CDショップの小さな袋。 そこには、俺が、少しでも由飛の助けになればと、ちょっとだけ、照れながら買ってきたCD。 『ショパン エチュード 作品25』「これが…課題曲?」 「ああ…それの最初の『エオリアン・ハープ』ってやつ」 「…因縁ね」 「え…?」 由飛と、この曲には、何か深い関係でもあるのか?それなら、いきなり弾けなくなった原因は、もしかしたら…?「由飛は…この曲、苦手なのか?」 「どうしてそう思うの?」 「どうしても弾けない曲って…これだ」 「え…?」 けれど、玲愛の反応は、ちょっと違っていた。 「何言ってるの…?由飛はこの曲、得意中の得意よ?」 「…は?」 「前に話したでしょ?3年前、全国コンクールで3位入賞したって」 「ああ、それが………って、まさか…?」 「これよ。りゃもう、すごい拍手だった」 「なんだ…ってぇ?」 a大丈夫、この曲は得意なんだよ嘘でも強がりでも…なんでもなかった。 音大に入学する前に、すでに全国的に認められていたのは、この曲を弾いたときの由飛…?「そのときも、たった一ヶ月練習しただけだったけどね………なんか………」 「嘘だろ…?」 「家に賞状があるわよ。度持ってきましょうか?」 「でも、今のあいつは…ほとんど弾けないんだぞ?」 「…この曲、を?」 「この曲を…だよ」 「そんな馬鹿な…」 「なあ、本当にあいつはこれを弾けてたのか?全国で3位になるくらい、弾けてたってのか?」 「保証するわよ…だって私は見てたんだもの。目の前で」 「だっておかしいだろ?絶対に同じところで間違うんだぞ?普通じゃねえよ!」 「…?」 「それなのに、何度も何度も最初からやりなおして…そこが弾けないんなら飛ばせばいいのに」 引っかかるってわかってて、何度も、最初から弾き直しては、深みにはまっていく。 「…どこ?」 「え…?」 「由飛が必ず間違えるとこ!」 「それは、その…えっと…そうだな、この辺で…」 俺は、何百回と聞かされた、短いフレーズを口に乗せる。 そして、俺の口ずさむ旋律が終わった途端。 今度は…玲愛の表情が、由飛と、同じになった。 「あ、あの………馬鹿…っ」 「玲愛…?」 「ねえ…仁、起きてる?」 「ああ、なんだ?喉渇いたか?」 「ううん…違う」 「んじゃ…話でもするか?」 「…ごめん、ね」 「何を謝ってんだお前は?訳わかんない奴だな」 本当は、訳なんかわかってるけど…「そうだな…今日は何を話そうか…また、俺のガキの頃のネタでいいか?」 「………うん、聞きたい」 「むかしむか~し…そりゃもう大昔の10年前」 ………由飛を、俺の部屋に連れてきてから三日。 すなわち、試験まで、あと四日。 まだ、何も進展はない。 由飛は弾きたがってる。 けど、俺がこいつの態度や仕草を見て、『まだ駄目』と判断して、ピアノに近づけてない。 だって…まだ、あれ以来、夜に眠れてないから。 今の由飛は、近くに俺がいないと駄目だ。 いや、喩えでもなんでもなく、本当に、体調を崩してしまうから。 しかも、常に相手になってやらないと、これも駄目。 一昨日に一度だけ、俺がうっかり眠ってしまったことがあった。 由飛は、俺に声をかけ、俺の眠りを確認して…そして、俺が起きないことに気づいて、けれど、我慢して、孤独を受け入れた。 でも…今の由飛に、我慢は禁物だった。 ふと俺が目覚めた時…由飛は、また、全身から冷たい汗を噴き出し、声にならない慟哭とともに、身体を丸めて震えていた。 「でさ、当時の担任ってのが、兄貴のときも担任やってた奴でさ…ま、色々と比較された訳だ」 「うん…」 「由飛なら気持ちわかるだろ?どうせピアノ以外は玲愛と比べられて、色々説教食らったんだろうし」 「あは…そうだね。愛ちゃんを、少しは見習いなさいって」 「…優しいなその先生。の時なんか強烈でさ…」 だから今日も、こうして朝までお喋り。 眠そうな仕草を見せてもいけない。 うとうとするなんてとんでもない。 もし俺が疲れているなんて知ったら、由飛は遠慮して、我慢して…そして、もっと、壊れてしまうから。 だから、由飛が、ほんの少し、まどろむまで、俺は、由飛の話し相手をやめない。 それは、俺が望んだことだから…………『二人分の地獄を背負う』って…約束だから。 ………「…仁くん」 「あ、おはようございます。長」 「本気?」 「すいません、色々とご面倒おかけして」 「面倒なのは君でしょ?大丈夫なの? 体もつ?」 「若いっすから。橋さんと違って」 「ボク、今までタブーだから黙ってたけど、18歳未満なんだよ」 「そうかよ、そいつは面倒かけるな後輩」 「…まだ平気みたいだね」 「とりあえず、こっちの準備はそろそろ終わりますんで。は、まぁ、足りない部分あるかもしれないですけど…何とかキュリオさんの負担にならないようにしますんで」 「本当にいいんだよ?ウチの男どもだっているんだしさぁ」 「…あんたの他に男性従業員いたのか?」 「ウチは男は裏方ってことで徹底させてるの。っかの向かいの店みたいに、店長がやたらと目立つのは、こういう店としちゃ反則でしょ?」 「…裏方に徹してるよぅ」 というわけで…今日も、忙しい一日が、始まる。 ………「ねえねえ由飛ちゃん。のパンプキンパイ味見してみてくれないかな?暇だったから新メニューの試作してみたの~」 「忙しい一日じゃなかったのかよ…」 「大雪だからね~」 とんだ計算違いだ…まぁ、どっちかって言うと、今はラッキーめの計算違いだけど。 これなら、今日は『例のシフト』を発動せずにすみそうだ。 「あ…ちゃんとカボチャの歯応えがする」 「でしょでしょ? ざく切りのカボチャをそのまま入れたの」 「なんかお菓子ってより料理だよこれ…」 しかも相変わらずサイズデカいし。 これ1つで昼飯代わりになりそうだ。 「仁くんの作るのはお上品過ぎるのよ。味しいかも知れないけど、満足感なら負けないわ」 「そりゃ勝てないって。って俺はちゃんと原価を計算するからね」 「そんなみみっちい作り方して楽しい?」 「…相変わらず、お好み焼き屋のおばちゃん的発想だね」 「おなかいっぱいになって何が悪いのよ?」 「ぷっ…」 「ほら、由飛だっておかしいと思ってるってよ?」 「あ、違うよ…なんか、昨夜聞いた仁の思い出話、思い出しちゃって」 「え…?」 「恵麻さんの初めてのケーキ作りの話」 「あ! 由飛それは!」 「仁と二人で粉まみれで奮闘したのに、ベーキングパウダー入れすぎて…あれ?」 「………」 「ね、姉さん…」 「………言っちゃ、いけなかった?」 「仁くん…あとで話があるの。ん、とっても大事なお話♪」 「ま、待ってよ姉さんっ」 「あ、あれ? えっと…」 ゆ…由飛のやつっ。 そのネタは恵麻姉さんの逆鱗だから、絶対に漏らすなって言ったのにっ!「だ、だから俺はっ!その後、焦げた髪を切りすぎて、一ヶ月笑い者になったってことまでは…はっ!?」 「………」 「そ、そうなん…だ…?あ、違う、聞いてないわたし聞いてないよ恵麻さん!」 「ね、ね、姉さん…?ほ、ほら、由飛も、こう言ってることだし…ここは、誰の耳にも入らなかったって方向で…」 「………」 「春の嵐だねぇ」 「今日は雪だってば」 ………「あの…」 「あ、お疲れさま。寒いし滑るから気をつけてね?」 「いえ、あの…やっぱりわたしやりますよ」 「頼むから俺の任務を取らないでくれる?」 「高村さん…」 「あいつだって、多分、苦しんでるんだからさ。のくらい俺がやっておかないとね」 「………」 「大丈夫、今日はほら、楽だったじゃん。っちゃなんだけどさ」 「そういうふうに、どんどんやっちゃうから、ウチの店長がまた増長するんですよ?」 「それがいつものキュリオのパターンじゃん。す訳にはいかないな~」 「…別にそこまで再現しなくても」 「大丈夫、今日は収穫あったよ。ュリオに板橋さん以外の男性店員がいるなんて、初めて知った」 「…それ、結構気づかれてないんですよ、本当に」 ………「悪い、待たせた」 「仁に悪いって言われると、仁に悪くて死んじゃいそうだよ」 「…言いたいことはわからんでもないが、もうちょっと日本語なんとかならんか?」 「そういえば、玲愛ちゃんは?話があったからキュリオに行ったんじゃないの?」 「ん? あ、ああ…先に帰ったってさ」 「…だったら今まで何してたの?」 「板橋さんに捕まって、今度のホワイトデーのイベントの打ち合わせ」 「…あの店長さんが?そんな仕事熱心な真似を?」 「…ちゃんと天気が異常事態を予告してただろ?」 あのおっさんをダシにするのは、今後はやめた方が良さそうだ。 きっと、どう取り繕っても胡散臭いだろうから。 「さて、帰ろ帰ろ。日は何が食いたい?」 「ん~とね………ポーチドエッグ」 「良かろう。じゃ、コンソメスープに入れるってことで」 やっと、自分から食べられるものを言ってくれた。 少しずつ、少しずつ…残り時間を消費して、けれど、由飛は、回復に向かっている。 「うわ、本当に雪だったんだ~」 「寒いか?」 「うん、ちょっと…」 「なら…俺のコートの中に入れ」 「うん…」 頑張れ…頑張れ頑張れ。 頑張って頑張って、頑張れる人間が、限界まで頑張って。 「あったか~い♪」 いつか…いや、もう来週だけど。 報われることを、信じよう。 ………試験まで、あと、4日。 ………「仁…」 「なんだ? 退屈か?」 「…また、起きてるつもりなの?」 「興奮して寝られんだけだ。飛と抱き合ってるからな」 「………」 ちょっとだけ、鼓動が上がったな、こいつ。 今日は、比較的、体もあったかい。 本当に、いい傾向なんじゃないだろうか。 「俺のことなんか気にしてないで、話したければ言え。 腹が減ったらもっと言え。 …眠たくなったら、遠慮せずにガーガー寝ろ」 もしかしたら、ピアノも弾けるように…いや、駄目だ。 もし試して、また再発したら…「あ、あのさ…その…」 「それじゃ今日は…そうだな、姉さんにあの後食らったお仕置きの内容を…」 「しない?」 「………」 「今日は、体調いいから…大丈夫、だよ?」 こいつは…「ダメだ。慢しろ」 俺は、必死で腰だけ由飛から引き剥がす。 でないと、反応したことがバレてしまうから。 「だって…わたし、仁に対して、酷いよ。んでもなく、酷い女だよぉ」 「ダメったらダメ!お前、俺の究極の楽しみを奪うつもりか?」 「なに、それ…?」 「『ものすごいえっち』に決まってるだろ?お前、まさか忘れたとは言わさんぞ?」 「あ…」 a試験が無事に終わったらさ…楽しいこと、嬉しいこと、いっぱい、しようね?aものすごいえっち、しようね。 人が聞いたら、びっくりするようなやつ「もし忘れてたとしたら、それこそ酷い女の烙印押してやるけど…どうなんだ?」 「覚えてる、よ。れるわけ、ない」 「なら、その日に備えてオナニーすら我慢してる俺に、そんな残酷な誘惑をかますなこのボケ」 「いたっ…」 由飛の頭を小突いて、髪に顔を埋めて、由飛の香りを、胸一杯に吸い込む。 それだけで、射精してしまいそうなくらいに気持ちいい。 けど、今日は…ここでおしまい。 「他のリクエストなら聞いてやる。ど、いくらお前がエロくても、今はしてやんない」 「う…う、ぅ…仁ぃ…っ」 「泣かなくてもい~じゃん。んっと我慢の効かない奴だなぁ」 我慢を、させちゃいけない。 けど、今日のリクエストは、本当に、由飛の望んだものとは違うから。 「し、しようね? 本当にしようね?わたし、仁のすること、何でも受け入れるから。がしてほしいこと、何でもしてみせるから…っ」 「前を膨らませて待つとしよう」 「う、うう…っく…あ、ぅぁぁ…ひ…仁、仁ぃ………大好き、大好きだからぁ…ごめん、ごめんねぇ…」 「俺を愛してるなら…頼むから泣かないでってば」 俺の心が、削られていってしまうから。 試験まで、あと、3日。 ………………「おい、昼飯だぞ。 今日はスタンダードに半熟オムライスな。 …そろそろ固いもの食えるだろ?」 「ねえ、仁…」 「ん?」 「さっきから、明日香ちゃんを見かけないんだけど」 「………学園だろ」 「今朝はいたのに…」 「ああ忘れてた!さっきからキッチン手伝ってもらってるんだよ!大量のテイクアウトの注文が来ちゃってさ~!」 「………」 「デミグラスソース、大丈夫だよな?くどかったらよけて食えよ」 「昨日から…ううん、ちょっと前から、玲愛ちゃんも見かけないんだけど」 「大量のテイクアウトの注文が来たらしいぞ?」 「意味が通じてるようで微妙に外れているような…」 「何にしろ、お向かいさんの事情だからなぁ。にはよくわからんわ」 「最近、朝と晩にキュリオで何してるの?」 「だから板橋さんと打ち合わせって言ってるだろ?」 「そこで玲愛ちゃんのこと聞かないの?」 「………興味ないから」 今日は、なんか追及が厳しいな…バレてはいないはずなんだけど。 「………」 「ほ、本当だってば。の、俺には由飛だけだから」 「いや、あのさ…ここは営業中の喫茶店で、君は勤務中の店長な訳なんだけど…」 「………」 「………」 今日も、恵麻姉さんに、とっても怒られました。 マル。 ………試験まで、あと、2日。 「…っと?」 「よく続くね」 「あ? ああ、お疲れさまです」 「顔色…悪いよ。んか緑がかってる」 「最近、菜食主義に目覚めまして」 「赤野菜も摂った方がいいよ?」 「…善処します」 「…で?」 「はい?」 「いつまで続ける訳?…二人して、こそこそと」 「泣いても笑っても…あと2日ですから。こまで」 「…尽くすタイプだったんだねぇ、君」 「そんなんじゃ…あるかもしれないけど、ないっすよ」 「………」 「頑張れる人間が頑張ればいいんですよ。張れない人間は少し休んでろってね」 「…少し、残酷なんでない? “彼女”にさ」 「…家族に責任取らせるのは当たり前でしょう?」 「…前言撤回。、勝手な男だねぇ」 「…そうっすね。当に」 板橋さんの言葉は、辛辣だったけど…でも、その口調の優しさが、なんだか中途半端な印象を与えた。 ………明日は、水曜日。 ようやく、乗り切った。 正直、我ながらよく立ってるなって思う。 それでも、解決の糸口は、俺の頑張りじゃ、たぐり寄せることはできないんだけど。 あいつは…どうしてるだろうか?「…あれ」 いつもだったら、退屈そうに、けれど、ちょっとだけ嬉しそうに待っている由飛が…確かに10分前には、キュリオの店内から見かけたはずなのに。 「お~い、由飛~!帰るぞ~!」 ちと大きめの声で呼びかけても、帰ってくるのは木霊だけ。 一体、どこに行ったんだ?やっと、少しずつ回復の兆しが……?回復の…「まさか…」 「あ…」 この、旋律は…なんて、こった。 完全に、俺の見落としだ。 「あ、高村君!よかった、探してたんだよ」 「あ…」 そう…ブリックモールには、あったんだ…ピアノが。 「っ…はぁ、はぁ…っ」 「由飛!やめろ!」 「だ、だいじょぶ、だいじょぶ。いぶ、良くなったんだからぁ…」 「やめろって言ってんだろ!お前、今何回トチったか理解してんのかよ!?」 「高村君…これは…?」 「ごめんなさい、迷惑かけました。う連れて帰りますんで」 「そんなことはいいけど…」 「…へたくそ」 「由飛…」 「へたくそぉ…誰だぁ…こんなヘボな演奏するのはぁ…っ」 たった数分。 それだけで、由飛の体は、ぞっとするほど冷え込んでいた。 「何で、なんで、なんでぇ…っ!こんなのわたしじゃない…っ、花鳥由飛じゃ…ありえないよぉっ!」 「由飛…っ!」 頑張れ…頑張れ、頑張れ俺っ!由飛に、決して頑張らせるんじゃない。 頑張れる人間だけで…頑張って、頑張って、頑張って…………そろそろ…報われてくれてもいいじゃないかぁ…っ!………………「大丈夫だったか?気持ち悪くないか?どこも痛くないか?」 「っ…う、くぅ…っ…」 切れるな…由飛。 切れるな…俺。 約束したじゃないか。 決して、諦めないって…「平気、平気だからな…俺がついてるから。から、由飛は平気なんだからな?」 「………っ」 俺の胸に顔を埋めながら、何度も、何度も、しゃくり上げては、肯く。 そうだ、俺がいる限り、由飛は、絶対に大丈夫なんだ。 ………じゃあ…試験に落ちたら?由飛が、俺の前からいなくなったら?………「切れるな…っ」 「仁…ぃ?」 「なんでも…ないから…っ」 「痛いぃ…」 「ごめん…ごめんなぁ…」 由飛を抱きしめる腕を、緩められない。 俺の体を、俺が操れない。 心を落ち着けようとしても、体が、ついていってくれてない。 …寒い。 全身から、汗が噴き出す。 鳥肌が…立ってくる。 でも…頑張らなきゃ。 頑張れる人間が、頑張らなきゃ…………………「ねぇ…仁ぃ」 「…んぅ?」 遠くから、由飛の声が聞こえる。 抱きしめて、お互いに温めあって…あれから、どれくらいの時間が経過したんだろう?「もし…わたしが退学になっても」 「…ありえねぇ」 「聞いてよぉ…それでもわたし、仁のところ、帰ってくるよ…」 「そんな仮定は無意味だ…お前は、進級するんだから」 「こんな…使い物にならないわたしなんか、すぐに、いらない子になっちゃうから…」 「………」 「花鳥の家…追い出されたら、拾ってくれないかなぁ、仁?」 「だから、ありえないって…」 「わたし、なんにもできないけど…_本当に、なんにもできないけど…それでも、ずっと一緒にいたいよぉ…っ」 「絶対に、ありえねぇ…花鳥の家が、お前を捨てるなんて、ありえねぇ」 「仁…っ」 玲愛を見ればわかる。 そして、由飛を見ればわかる。 似てない二人の、ただ一つの共通点。 どっちも、まっすぐ、育ってるじゃないか。 ちょっとばかり、ベクトルを違えてるけど、それでも、お互いを愛してるじゃないか。 「お前…愛されてるって、家族に。から、そんなこと、言うなぁ…」 「でも…でもぉ…」 寝るな…この大事な時に、眠くなるなよ、俺…今、由飛を手放したら…………「…っ」 「…仁?」 「は…ぁっ…はぁ……はぁ…はぁ…」 「あれ…?」 寒い…「熱いよ…仁…?」 んな馬鹿な…こんなに、寒いってのに。 この前降った雪の影響かな?エアコン、切れてるのかな?「仁? 仁っ!だ、大丈夫? ねえ大丈夫!?」 だ~いじょうぶ、だいじょぶ。 ほら…平気だって。 ちょっと眠れば、こんなの。 ………あ~、駄目だ。 眠っちゃ、いけないんだった。 「仁っ!? う、ああ…あああっ!?」 ………………「………」 「…っ!?」 あれ…?声が、出ない?それに…これ…?なんつ~へったくそな氷枕…あ~あ、水差しの使い方間違ってるし。 「…すぅ、すぅ」 「………」 しかも、あんだけ不眠症だったくせに…寝てるし。 なんか、由飛が俺の看病してる構図になってるし。 しかも電話は鳴りっぱなしだし。 どうすりゃいいんだ、俺。 ………決めた。 とりあえずは………寝よう。 ………「っ!」 ああっ! 鬱陶しい!今日は定休日だぞう!「ちょっとぉ、何やってたのよ?」 「………」 「携帯も切れたまんまだし。0分も前から鳴らしてたんだからね!」 「………」 この声…玲愛?「あれ? 仁?ちょっと、返事しなさいよ」 「っ!」 そうか…なんで俺、さっきから自分が『もしもし』って言わないのかって疑問だったけど…声が出ないんじゃ、当たり前だよな。 いや、こりゃ盲点だった。 「~~~っ!!!」 んなこと感心してる場合じゃねえ!「ひゃんっ!?」 「~っ!」 起きろ!「仁?気づいたんだぁ…良かったぁ」 「~~っ!!」 感激するのは嬉しいが、まずはこの電話を取れ!「い、いきなり気を失うし、しかもすごい熱だし、わたし、人の看病なんてしたことないし…」 「~~~っ!!!」 人の話を聞け!声なき叫びを心の耳で聞け!「いたぁっ!?…って、あれ?」 「~~~~っ!!!!」 出ろ、出ろ!出ろ出ろ出ろ出ろ電話に出ろ!「え~と…電話?」 「っ!」 応!「も…もしもし…あの…高村…由飛ですけどぉ」 微妙な名乗りを上げるな。 「微妙な氏名を名乗らないの」 「…玲愛、ちゃん?」 「仁は? そこにいないの?」 「なんで玲愛ちゃんが仁に電話を…」 「…ムカつくわね相変わらず」 「ご、ごめんなさいっ…あ、あの…仁?」 「~っ」 俺は、喉を指差して、由飛に喋れない旨を伝える。 「えっと…話したくないみたい」 「いたっ!?」 いかん…興奮のあまり、由飛を普段通りに扱ってしまっている。 「はぁ、まあいいわ。こにいるのね? 仁」 「わたしと、ずっと一緒だったよぅ」 「それはいいから。にかく、あんたの部屋に二人で来なさい」 「え?」 「仁に伝えて。 こっちの準備は完了。 とりあえず、あんたたちが来る前に、もうちょっと詰めておくから」 「れ、玲愛ちゃん…?それって、一体…?」 「問答無用!一時間以内に来ること!もう、一日しかないんだから!」 「え? あ、ちょっとぉ!?」 「………」 玲愛は…何て言ったんだ?「…こっちの準備は完了って…どういう意味?」 「っ!」 「きゃっ? あ…仁?」 俺は、力の出ない体を振り絞って、由飛を、今の全力で、抱きしめる。 「どうしたの…ねぇ…玲愛ちゃん…何を、してるの?」 天命が…やってきた。 残り24時間にして、間に合わせてきやがった。 これが最後の賭け…神様仏様…花鳥玲愛様…お前に、託したぞ。 ………「続いて19番、花鳥玲愛。は、同じくショパン、エチュード、作品25、第1番、変イ長調『エオリアン・ハープ』」 「………」 「っ!?」 「あ…あ…」 「玲愛ちゃんっ!?」 「あ…」 「玲愛ちゃん…どこ、行くのよ…」 「………」 「弾かないと…戻って、最後まで、弾かないと」 「…無理」 「え…?」 「もう…弾けない。には…弾けないの」 「そんな…」 「じゃあ、帰るから…お爺様には、私が謝ってたって伝えて」 「玲愛ちゃんっ!?」 「…お前、が?」 「そう…“私”が、弾けなかった曲。ョパンのエチュード『エオリアン・ハープ』」 「…どういう、ことだぁ?」 「二人ともエントリーしてたのよ。じ曲、続きの順番で」 「全国の…コンクールに? 玲愛、も?」 「お爺様の推薦だったから、すんなりとエントリーされたわ」 「………」 「もともと全国レベルだった由飛だけならともかく、そこらの同い年の子たちの中に埋もれるレベルだった私も、ね」 「それで…失敗した…のか?由飛じゃなくて、玲愛、が?」 「半年前から練習してたけど、難しいわよ、あの曲。れなのに、私の一つ前の順番で、完璧に弾いてみせた同い年の子がいてさぁ」 「そっちが…由飛?」 「もう、完全にガチガチ。々へたくそだったのに、その実力すらも見せられなくて…でも」 「でも…?」 「なにもさぁ…人の傷を、勝手に背負い込むこと、ないんじゃない?こっちはほとんど忘れてたことだったのに…」 「もしかして…由飛が必ず間違える箇所って…」 「嫌味…よね。うせ私はそんな序盤で間違えましたよ~だ」 「っ!?」 ………………「………っ」 「………」 タクシーで駆けつけた由飛の部屋の中で、出迎えたのは…それは、圧倒的な、連続する音の洪水。 これが…本物の『エオリアン・ハープ』かぁ。 ………「玲愛ちゃん…」 辿り着いた、由飛の心の奥。 そこにあったのは、微妙に仲直りしきれていない姉妹。 そして、由飛が、決裂の原因だと信じていた“事件”。 けれど、玲愛にとっては、それは、姉に、ただ一つだけ敵わないことを認める、諦めの儀式。 二人の認識の違いは、とうとうお互いに理解されることはなく…だから妹は、このときの傷を忘れることができて、そして姉の方は、このときの傷を、忠実に受け継いだ。 「………」 由飛の、ぶらりと垂れ下がった指先が、自然と動き始める。 その指先の動きは、鍵盤の上を滑る、玲愛の指先の動きにそっくりで。 由飛の体が、まだ、この曲を覚えていることを、伝えていた。 ………俺の頼みごとに、最初、玲愛はかなり戸惑った。 そりゃ、当たり前だ。 やめたはずのピアノを、たった一週間でモノにしろって。 しかも、やめた原因である姉のためだけに。 やめた原因の曲を弾いてくれって。 それでも…こうしてきっちり仕上げてくるところが、花鳥玲愛の、本当に、本当に凄いところだ。 頑張れる人間が頑張ればいい。 頑張れない人間は少し休んでればいい。 人事を尽くした。 俺も、玲愛も。 だから後は…天命(由飛)を待つだけだ。 「………ふぅ」 …ノーミス、だった。 技術そのものがどうだかは、俺にはわからない。 けど、気持ちと、努力は、めちゃめちゃ突き刺さった。 「コンクールで賞は取れないけど…進級試験くらいなら、余裕で通るわよ?」 「あ…」 決壊、した。 この一週間、泣いてばかりいた由飛の、最後の最後に来て、今までと違う理由での、涙。 「約束よ、仁…これ弾けたら、一日なんでも言うことを聞くって」 「う、ああ…っ」 「………」 声の出ない俺は…ただ、満面の笑顔と、立てた親指を。 「それじゃ由飛…泣いても叫んでも、逃がさないからね。けるまで、私のレッスンを受けるのよ?」 「あああああ…ああああああ~っ!」 「っ…と!?」 由飛の猛タックルが玲愛を捕らえる。 「玲愛ちゃん…玲愛ちゃん…玲愛ちゃぁぁぁんっ!」 「ちょ、ちょっと…?」 あいつの握力で捕捉された玲愛が、その腕から逃れられるはずもなく。 「仁ぃ…仁もぉっ!」 「っ!?」 「え? あれ? きゃあああっ!?」 玲愛をさらった勢いで、今度は俺にぶつかってくる由飛。 けれど…玲愛を抱きしめたままだったので。 「きゃあああっ!?」 「~~~っ!?」 「うああああ…うああああああっ!大好き、大好き…二人とも大好きぃっ!!!」 二人して、由飛に押し倒されてしまった。 「や、や~っ!?_ちょっ、ちょっとぉ! 離れなさいよぉ」 「っ!?」 俺が下敷きになって、その上に玲愛。 そして、その上から由飛が覆い被さってきた。 だから、玲愛が猛烈に抵抗するのはわかる。 だって…俺と、ものすごい勢いで密着してる。 「ゆ、由飛…離して、離してよぉ…こんなの、こんなの嫌よぉ…」 そこまで嫌がらなくてもって感じで、玲愛が、必死で俺から離れようとする。 けれど…「…すぅ、すぅ」 「………」 「………」 二人の腕を、物凄い握力で掴んだまま。 由飛が、安らかな寝息を立てている。 「すぅ…すぅぅ…」 「どうすんのよ、これ?」 「………」 俺は、大きく、首を横に振るしかなかった。 ………あと、1日。 ………………………「あれ? 開いてるよ~?」 「てことは、ここに戻ってたか。~い、起きなさ~い、試験だよ~」 「ちょっ、ちょっと…由飛ちゃんの部屋とはいえ、不法侵入じゃ…?」 「そんなこと言っても、試験に遅刻したら、弾ける弾けない以前の問題よ」 「そ、それは…そうだけど」 「………」 「でさ、明日香ちゃん、いたぁ?」 「………」 「…明日香ちゃん?」 ………「………」 「………」 「………」 「すぅ…すぅぅ…♪」 「ん…んぅ…」 「………ぐぅ」 「えっと…」 「いや、その…ねぇ?」 「春一番~、仲むつまじく~、姉妹丼~?」 「ん…んん…んふっ…」 「あ、んむ…」 「ちゅ、んっ…んぷ…あ、はぁ…」 ベッドの上。 膝立ちのまま、由飛は俺の腕と、唇を離さない。 俺は、なすがまま、由飛の唇と、舌を受け入れて、そして、口の中で、ねぶり返して、唾液を貪る。 「んっ…んぷ、あ、ちゅ…ぅぅ、んむ…あ、っは、あ、あ…仁ぃ…」 一度くっつけては、一度離し。 一度絡めては、一度吸い上げる。 何度も、何度も、何度も…しつこくて、激しいキスを、繰り返す。 ………「次は…進級おめでとう、のちゅっちゅ。から、して」 「うん…」 「あ、ん、む…っ…んぅ、ん、くふぅっ…あ、む、ん…っ、ちゅぅ…ん、んぅ」 最初は、快気祝いのキス。 次が、看病のお礼のキス。 そしてその次が、えっち解禁のキス。 次から次へと理由をでっち上げては、由飛が、俺の唇を求め、俺の返答のキスを求める。 「あ、ああ、あぁぁ…ちゅぅぅ…んぷっ、あ、む、んっ…はむ…んむぅ…くぷ…」 「う、あ…んぁぁ…」 ………来週から…由飛は、大学二年生。 大学生の、一年から二年になることが、こんなに辛く、苦しいことだなんて、自分の時には、ついぞ気がつかなかった。 結局あの後、玲愛の演奏を一度聴いただけで、由飛は、完璧に弾いてみせた。 もとから弾ける曲だったから、ただ、きっかけさえあればよかったんだ。 まぁ、そのきっかけというのが、とてつもなく難しい代物だったのがネックだったんだけど。 『だから天才ってムカつくのよね…』玲愛は、清々しく、顔をほころばせながら、そんな悪口雑言を口にした。 「次は…えっと、次は…とぉ」 「…俺の全快祝いでどう?」 「うん! それいいね!じゃ、今度はわたしからしてあげる」 「はいはい…」 「んっ…ん、んぅ…ちゅ…ふぅんっ♪」 由飛の実技試験は、かなりの物議を醸し出したという。 何しろ去年、レッスンをほとんど受けていなかったので、先生方が由飛の実力を全く追い切れてなかったから。 ほぼ不合格、退学のコンボを想定していたらしく、いきなり現れた、日本で三番目(当時)の演奏に、何度も進級について討議がなされたとか。 まぁ、こうして進級できた今となっては、その辺りの裏事情なんかどうでもいいけど。 「ん…あ、はぁっ…ああ…好き、愛しい…本当に、本当に、本当に…仁が、欲しいよぉ」 「俺の台詞を取るな…」 「ねえ? もっとキスしていい?理由なんかないけど、ちゅっちゅって、してもいぃ?」 「いちいち言い訳なんか考えなくても、キスしたいからでいいじゃ…んんっ!?」 「はっ…ん、んむぅ…ちゅっちゅ、してぇ…っ、仁と、もっと、もっと…何度も…っ、ん、ん、ん…あ、あぅぅっ、んちゅ…ぷ…」 由飛の進級が決まってから、二週間。 その間、俺はとうとう、過労で倒れてしまっていた訳で。 で、ついでにと言ってはなんだが、玲愛も。 由飛の、献身的だけど、役に立たない看病と、玲愛の、自分も病人なのに、妙にポイントを押さえた的確な看病に癒されて、仕事に復帰したのが一週間前。 でも、それからも、完全に体力が戻るまで、我慢し続けて…もう、頭の中、それしか考えられないくらいまで盛り上げて…そして今日は、念願の…『ものすごいえっち』の約束の日。 「はぁ、はぁ…あ、仁…そろそろ、仁のしたいこと、言っていいよ」 キスだけでも、こうしてもう30分近く、お互いを吸い合っていた。 さっきから、自分の唾液よりも、由飛の唾液のほうをたくさん飲んでるって自覚ある。 「わたしのどこに入れてもいいよ。のなにを入れてもいいよ」 「ほ…ほんと、に?」 「からだじゅう、磨いてきたから。に、なにされても、受け入れられるように」 「う…あ…っ」 そんな言葉と共に、無邪気な笑顔を見せる、滅茶苦茶アンバランスな由飛。 「あ、でも…しかたとか、よくわからないから…色々と、教えてね?」 「俺だって…わかんないって」 「じゃ…一緒に、試行錯誤しよ?わたしの身体使って、色々と試そ?」 「………」 その言葉だけで、一気に顔が熱くなる。 鼓動が、ヤバいくらいに上昇する。 「なにをしようか…どうすれば、みんながびっくりする『ものすごいえっち』になるかなぁ?」 「…他人の評価気にしても仕方ないだろ」 だから大体、内容を詳細に話すつもりなのかと。 「で…何をして欲しい? 仁。日を逃すと、今度からは断られるかもしれないよ?ヘンなこと試すなら、今日しかないかもよ?」 「………」 くそう…見透かされてる。 俺の頭の中に渦巻くマニアックな欲望、完全に、その存在を認識されている。 まぁ、健康な男なら誰しも…なぁ?「その…胸」 「…おっぱい?」 「これ…挟んでみてもらいたいなぁって…」 俺は、立ち上がると、由飛の目の前に、そりゃもう凄いことになってるものを見せつけた。 「うわ、うわぁ…」 何しろ、一ヶ月分の我慢の結晶だ。 …本当に、結晶かというくらいに固まってやがる。 「は、挟むって…どんな感じ、かなぁ?」 けれど由飛は、怖じ気づいたりはせず、自分の胸と、それを見比べて、興味津々の体で聞いてくる。 「えっと…だから、自分の胸を、外側からつかんで、で、これを挟み込んで…」 「こ、こんな感じ…あ、もちょっと近づいて」 「う、うん…」 本当に、いいのかよ…?「あ、熱っ…仁ぃ、これいつもよりもすごく熱いよ…?」 「あ、うっ…」 由飛の、柔らかい胸で挟み込まれて、ただ、それだけで、情けない声を上げてしまう。 こりゃ…三こすり半ってやつでイってしまいそうな。 「で…挟んだよ?これで、次はどうしようか?」 「えっと…じゃあ…その、上下に動かして」 「ん…わかった。しょ…っと」 「うあっ…」 俺のモノを包み込んだまま、由飛が、全身を揺らせて、上下に跳ねる。 ちょっと不器用で、なんだか不格好だけど、それでも、与えられる刺激は、この世のモノとも思えず…「んしょ…ん、ふぅっ…あ、あぁ…や、なんか…こすれてるよぉ」 「あ、ああ、あああ…」 「んっ、んっ…うあ…仁…ど、どう?」 上目遣いの、男を狂わせる、けど無邪気な視線で、由飛が、俺を射抜いてくる。 「あ、んっ…く、ぅぁ…っ、い、いい…由飛…いいっ」 「よかった…こんなのでも、気持ちいいんだ…ふ、んっ、あ、あ…もっと、もっと…頑張るね」 力いっぱい、胸を押しつけて、ぎゅうぎゅうに挟み込んでくる。 上下に、激しくこすり上げて、ベッドが軋むくらいに、跳ね回って刺激する。 …あの、由飛が、だ。 こんなの…たまらない。 「う、く、あ…あ、あ、あ…っ」 やば…もう、キた。 一ヶ月の欲望の塊が、あっという間に、全身をかけめぐり、そして、一ヶ所に集中する。 「んっ、ん、ん…あ、あれ…?仁…ちょっと、動いちゃ駄目だよ」 「ち、違う、それ…っ」 別に、腰を引いて逃げようとした訳じゃない。 ただ、あまりにも固くなり過ぎて、反り返ってしまっただけ。 「あ、や…逃げないで…っ、う、ん…こらっ、ちょ、ちょっ、あ、あ…?」 「う…うああああっ!?」 「っ!?」 一気に…それこそ一気に、大爆発、噴火、そして…濁流。 「あ…あぁぁっ…」 「う、く、あぁっ」 びゅっ、びゅっ…由飛の胸に、身体に、そして顔に…俺の、溶岩流が、降りかかる。 何度も、何度も…火山口から、思いっきり、噴き出して…「あっ…あ、あぁ…うあ…うわ、うわぁ…っ、仁、すご、すごいねぇ…っ」 「あっ…ああっ…」 「んっ…んぅ…あ、まだ、かかってる…仁の、熱いの…あっまだ…ん…あぁ…」 凄い…いきなり由飛を、こんなに汚してしまった…白く、ねばつく液体を、身体じゅうで受け止めて、由飛が、ものすごく、いやらしいオーラを放つ。 「っ…く」 「仁の…いつもより、いっぱい、出た、ね。つもと…ちょっと、匂いとか、ちがう、かなぁ?」 顔にかかったもの、胸で受け止めたもの、全身に降りかかったしずく。 いちいち手ですくっては、匂いをかいだり、舐めてみたり。 相変わらず、由飛のやることは、無邪気で、そして残酷なまでに、俺を、誘ってくる。 「由飛…ぃ」 「次は…どうする?まだ、おっぱいで、続ける?」 由飛が、そう言ってまじまじと見つめる先には…全然、全く、これっぽっちも萎えてない、俺の…「あ、そうだ…綺麗にしてあげる、これ」 由飛は、そう言うと、俺のモノを手で掴み、口を寄せてくる。 「いや、綺麗にするなら、お前の顔や身体のが先だろ」 「あ、あはは…そういえば、仁ので、べとべとだねぇ」 自分で汚しておいて、なんて傲慢な…「ごめん…ちょっと拭くね。っと…ティッシュは…」 「………」 由飛が、四つんばいで、ベッドの外のティッシュ箱に手を伸ばす。 多分、その気はないんだろうけど…由飛の、結構ボリュームのあるお尻が、俺の目の前に…「う、あ…ごめんね、ティッシュ、たくさん使っちゃう」 「………」 丁寧に、全身や顔についた精液をぬぐう由飛。 俺に、無防備な下半身を晒したまま。 「よ、よし…こんなところで…きゃっ!?」 当然、まだ全然おさまってない俺は、由飛の、その、ふっくらとした下半身に、襲いかかってしまう。 「悪い、由飛…俺、その、我慢が…」 「あ…っ、そこ、は…っ」 目の前に、由飛の下半身を持ってきて、そこを指でなぞる。 すると…「あ…」 「…バレちゃったぁ」 ものすごい勢いで、洪水を、起こしていた。 「由飛…ぃ」 「あはは…溜め込んでたんだねぇ…お互い」 一ヶ月のご無沙汰は…覚えたての俺たちに、とんでもない反動をつけてくれていた。 「ここ…なめていいか?」 「それじゃ…お互いに、なめてみよっか?」 「あ、ああ…」 「どこが気持ちいいか、詳しく教えてね?その通りにしてみせるから…」 「お前も…言えよ?」 「うん…言うよ。に、気持ちよくしてもらえるんなら、どんなえっちなことだって、言うよ」 お互い、とんでもないくらいに盛っている俺たちは。 「は、んぐっ…ん、ん…むぅっ」 「ん…くぷ…ちゅ…」 お互いを、激しく密着させて、お互いの秘所を、口で愛撫しあう。 最初から、遠慮なんかしない。 もう、由飛のそこは、蜜でべとべとだ。 俺のは、一度爆発しちまってる。 「ん…んむ…あむぅ…あ、んっ?ひ…ひほひぃ…や、そこ、ちょっと刺激強…」 「あ…ごめん…じゃ、このくらい、か?」 いきなり舌先で、クリトリスを責めるのは、急ぎすぎたかな?「あ、ん…っ、うん、べ、別にいやじゃないの…ただ…あぁぁっ…もうちょっと、ゆっくり…ぃ」 「うん…わかった…ん、く…」 舌先を、そこに直接ぶつけずに、周りからゆっくり舐め回していく。 「あ…それ…うん…ん…んぷ…ちゅ、ぅぅ…ん、れろ…あ、ね、ねえ…こっち、はぁ?」 「いい感じ…もっと、強く吸っても構わない、ぞ」 「うん…それじゃ…もうちょっと強くしてみる。でも、して欲しいこと、言ってね?」 「あ、それじゃ…あと、こっちの方、いじってくれると…「あ…うん」 由飛の手を、袋のほうに導く。 由飛は、素直にそこに触れると、柔らかく、揉み始める。 「けど、力いっぱいすんなよ?お前の力だと潰されかねん」 「いやだなぁ…そんなことしないよぉ。の赤ちゃん、作れなくなっちゃう…ん、くぷ…ちゅ、んっ」 そこがどういう役目を担うのかって知識はあるのか。 いや、その前に今、さらっと凄いこと言ったような…?…ま、いいか。 今は、えっちなことに集中しよう。 「ん、ん、んぐ…んむぅ…あ、ちゅぷ、んぷぅ…あ、あ、あ…じゅ、ぷぅっ…はぁ、んっ」 「ん…ちゅ…ぷ、んん…ぅ…っ、あ、由飛…ここ…凄い…」 「う、うん…じぶんでも、わかるよ…仁を誘ってる…いやらしい」 舌と、指を、由飛の中に入れて、かき回す。 すればするほど、なかから溢れて溢れて、俺の口の中におさまりきらずに、ベッドの上にまで、ぽたぽたとこぼれる。 「あ…あぁ…っ、はぁ、はぁ、はぁぁ…っ。ぃ…気持ち、いいよぉ…すごっ、や、あぁ」 嬉しい…由飛が、俺の指と、口で、こんなに、いやらしい声を上げて、悶えてる。 嬉しくて、嬉しくて…はちきれそうだ。 「は~、は~、は~…あ、んう…くちゅ…んぷ…あ、んむぅっ、ん、ん…」 由飛も負けじと、俺の先っぽを舐め上げて、奥まで飲み込んだかと思うと、今度は顔を上下させる。 手の方は、袋を優しく揉んでいたかと思うと、今度は竿の辺りをゆっくりとなぞってくる。 「ん~、ん、んぅ…あ、あのさぁ…ピアニストの指って、男のひと、喜ばせるのに有利なのかなぁ…?」 どこからの知識だ…「そ、それは…きっと、指先が器用だから、色んなことできるって意味じゃないのか?」 「そ、そっかぁ…わたし、指、実は太いから。ら、白魚みたいな指?男のひとは、ああいうのが好きだって意味かなって」 「そ…そんなこと、どうでもいいじゃん」 「けどさぁ…ピアノやってると、鍛えられちゃうんだよぉ。んな、ほっそりした指だったら弾けないなぁ、わたし」 「だからさぁ…由飛」 「ん? なに?」 「今は…えっちに集中しろよぉ…んむ…ちゅぷ…」 「あ、あ、あ~っ…わ、わかった、わかったからぁ…や、そこ、ちょっ、激しい…あ、だからいたいって…あ、あれ…っ」 「ん…くぷ…もう、痛くないだろ?慣れて、きただろ?」 「あ、うあ…や、なにこれ…さっきより…気持ちよくなってる…っ」 さっき、由飛に痛いって言われた、クリトリスを、もう一度、直接舌でつっついてみる。 だいぶ、色々なところで感じた今の由飛なら、結構、簡単に受け入れられると思ったから。 「は、はぁ、はぁぁ…っ…あ、んっ…こ、これ…ぇっ、う、あ、あぁぁ…」 すすり泣く声。 ひくひくと震える下半身。 次から次へと溢れ出す、蜜。 一晩の、夢だから。 いや、一晩で終わり、なんて言いたくはないけど。 けれど、今日は、何でも許される、特別な日。 「由飛…こっちも、いじっていい?」 「んっ!? あ、あぁ…お、お尻…?」 「だって、その…今日は…それに、目の前にあるし…」 なんとも締まらない言い訳をしつつ、由飛の、お尻の割れ目の部分に指を入れる。 「…本当に、触りたいの?」 「いや、できればその…もっと色々したい」 「………」 さ、さすがにこれは…ちょっとマニアックだったかな?でも…aわたしのどこに入れてもいいよ。 仁のなにを入れてもいいよ。 あの言葉を、聞いて、ちょっと、その…「…実はね。こも、ちゃんと綺麗に洗ってきた」 「え…」 「仁…えっちだから…その、何を求められても、大丈夫なように…」 うああ…こいつ、駄目な女だぁ!「由飛ぃ…っ」 「あ、ちょっ…そ、その…お風呂場から、ベビーローション…持ってくる…」 「っ…」 もはや制御不能…「あむ…んむぅ…ん、んく…んぷっ…あ、あ、あ…や、つ、爪、がぁ…っ」 「あ…ごめん。うちっと、その、冷たいけど、我慢な?」 ベビーローションを手に垂らし、指先に含ませて、また、由飛のお尻の中に侵入する。 第一関節から、第二関節くらいまで、その辺りで、ゆっくり、出し入れしてみる。 「あ、う、あぁぁっ…な、なかで…そんなに動かさないでよぉ…あ、やっ…」 「けど…今日は、なにをしてもいいって…」 「………うん、そうだった。かったよぉ、痛くなければ我慢するから」 「ありがと、由飛…ん、んぷ…っ」 「う、あ、あああっ!?そ、そっちも…そっち、もぉ…?」 指は、後ろの穴をいじりながらも、舌は、前の穴に差し込んでいく。 由飛の、いやらしいとこ全部、俺まみれにしたいから。 「あ、あ、あ…ああああっ、く、あぁ…はぁ、はぁ、はぁぁ…っ、だ、やっ…」 由飛は、息も絶え絶えになりながらも、自分の役目を思い出したのか…「あ、む…んぷ…ん、んぅ…っ、あ、あ、あ…ちゅぷ、くふぅっ…あ、んむ…」 また、唾液でべとべとな俺のモノに、舌を這わせると、一気に奥まで飲み込んでくる。 「は、あ、んむ…あっ…あ、く、くぅぅっ…」 「ん…ん、ちゅ…ぷっ…あああっ! あ、あ~っ…や、ん…ちゅぷ…あ、あんっ、ん、んぅ~っ」 竿や亀頭は唇と、口内と、舌で。 袋の部分は、指先と、手のひら全体で。 俺に負けじと、一生懸命、すすって、舐めて、揉んで、さすってくる。 「あ、く、ぅぅっ…ん、んむ…」 だから、俺もそんな、えっちな由飛に応えようと、舌を激しく動かし、指も、深くまで差し込み、入り口の辺りをマッサージしたりする。 「あ、うあ、うああっ…ひ、ひほ、ひぃ…わ、わたしぃ…あ、なんだか…なんだかぁ…」 「い…いき、そう…っ? う、あ、あ…っ」 「ひ…ひとし、もぉ…っ?」 「な、なら…一緒に…っ」 「う、うん…うあ、あっ…ん、んむぅっ、ん、あ…ちゅ、ちゅぅぅ…じゅぷ…んむぅぅっ…」 お互いの、絶頂の合意が取れた。 由飛は今日はじめて、そして俺は二度目の。 だから、後は集中。 二人して、二人がバラした弱点を、容赦なく責め立てる。 「う、う、う、う、う…っ、んむっ、あむぅんっ!?あ、や~っ、あ、ああ…あああっ…んん~っ」 「あ、く、あぁ…あ、くぅっ…んむ…れろ…あ、くぅ」 必死に相手を責めて、時々、耐えきれずに声を上げて、けれどもすぐ戦線に復帰して、相手を愛撫しなおす。 もどかしくも、確実に…二人して、昇りつめていく。 「う、あ、あ…あむっ、ん、んぅぅっ…んっ、んっ、んっ、んっ…んんんんっ!」 「あ、ん…く、あ、あ、あああああっ!」 「んんんんんっ!ん~っ、んんん~っ!!!」 「あ、うあ、うああ…っ」 俺が、びくんって、射精した瞬間…由飛も、びくんって、絶頂を迎えた。 お互いの顔と、口の中に、相手の液を浴びて…「ん…んく…んっ…んぅ…あ、んぐ…」 そして、その液を、喉の奥に、流し込み…「んは…あっ…う、あ、あぁぁぁぁ…あ、あ、あ~っ…、や、とまんない…っきもちいいの…とまんない、よぉ…っ」 「う、く、あぁ…ゆ、由飛…ぃっ…」 壮絶に、そして、いやらしく…果てた。 まだ、本当に、してないのに…もう、伝説級の『ものすごいえっち』だ。 「あ、あ…あぁぁぁぁ…ひ、仁…や、気持ち…よかった、よぉ…」 「お…俺、もぉっ…すげ…由飛、すげぇ…」 お互い、身体をびくびく震わせて、一生懸命、お互いの秘所をなめあって…イきながら、後始末しつつ、そして、どんどん、欲望がチャージされていく。 「あ、あ~…っ、あ、ちゅぷ…ん…はぁ、はぁ、はぁ…あ、んっ…」 「あ…ゆ、由飛…っ…あっ…あっ…ん、んむ」 まだ、垂れてくるしずくを、お互い、音を立ててすすりあい。 「あ…仁…これ、また…たってきた…」 「お前だって…まだ、出てくるし…」 「あ、あは…っ、ひぅっ…お、終わりそうに、ないねぇ…あはは…」 「誰が…もう終わるかよ。だ、由飛のなかに入ってないってのに」 「あ…そう、だったね。のに…いっちゃったんだ、わたし…」 「心配するな…俺なんか2回もイった」 「ふ、ふふ…えっちだね、わたしたちぃ」 そうやって、えっちに笑うから…余計に、エッチになってしまう訳だろうが。 そのくらい、気づけ。 「ね、ねえ、仁ぃ…」 「次は…由飛のなか、入る」 「…来て♪」 お互いの言いたいこと、すぐに伝わりあう。 まぁ、今は、えっちなこと限定だから、言いたいことだって限られてる訳だが。 のろのろと、お互いの身体を支えに、手をついて起き上がる。 「由飛ぃ…」 「あ…」 由飛が、四つんばいになってるところに、背中からのしかかる。 と、せっかく起き上がろうとした由飛は、くたっと、うつぶせに倒れ込んでしまう。 「あは…ちから、はいんないよ…」 「じゃ…このままで、いい?」 「うん…して。から、はいってきて…」 まだ、おさまらないままの俺のモノを、さっきまで、俺の舌が潜っていた場所にあてがう。 そのまま、ゆっくり、ゆっくりと…由飛のなか、侵入してく。 「う、あ、あ…あぁぁぁぁ~…あ、あ~」 指で拡げて、舌で拡げたそこは、ゆっくりと、しかしすんなりと、俺を、飲み込んでいく。 「あ、ああ…あぁぁ…」 一ヶ月ぶりの、由飛のなか。 熱くて、ぬめってて、柔らかくて、けれどキツくて…たまらない。 「ん…あぁぁ…仁が、はいってきたぁ…あ、ああ…あぁぁ…っ」 「…由飛?」 「ありがと…ありがと…今、こうして、仁とえっちできるの…ぜんぶ、仁のおかげだよ…っ」 「俺…だけじゃないって。愛とか、ファミーユのみんなとか、キュリオのみんなとか…」 たくさんの人の手を経て…俺たちは、今、こうして、ここにいられるんだ。 …それで変態的なえっちしてるってのは、その人たちにとっては冒涜かもしれないけど。 特に玲愛なんか…内容話したら、烈火のごとく怒るだろうなぁ。 まぁ、それ以前にとんでもないセクハラだけど。 「あぁ…あったかい…仁の、あったかぁ…おなか、きもちいい…よ」 「由飛…あ、ああ…俺、も」 入れただけで、感極まった由飛。 こんな最中に、ここ一ヶ月の、俺たちの苦難の日々を思い出している。 苦しくて、死に物狂いで足掻いて、色々なものにすがりついて。 そうして、やっと、ふたたび抱き合えた俺たち。 「う、うごいて…いい?」 「うん…思い切り、入ってきて、いいよ」 「う、く…由飛…っ」 「あ、う…あぁぁぁぁっ!あ、あ~っ、あんっ、あ、んっ…んぅぅ…っ」 由飛のお尻を持ち上げるくらいに、腰を押し込んで、跳ね上げる。 入れて、出すだけじゃなく、上下左右に、とにかく、由飛のなかをえぐるように動く。 「あっ、あぁっ、あ~っ!あ、んっ、ひ、仁…こ、これ…ひぐっ、く、あぁぁっ」 俺に蹂躙されて、くねくねと腰をくゆらせる由飛。 でも、逃がしはしない。 両手で腰を掴むと、がっちりと固定して、更に大きく突き込む。 「あ、あ~っ! あああああっ!?や、ちょっ…あんっ、こ、これ…いああっ…あ、あ…う、あぁ…ふ、深い、深いよぉ…っ」 「当たり前だ…深くまで入れてるんだから…っ」 「う、あ、あ…ひっ、い、あぁ…こ、こんな…あ、う、はげしい…よ…ひぅっ、う、ああぁ」 由飛の、やわらかい身体と、やわらかい、なかに、激しく、突き込んで、深く、深く、潜り込む。 結合部は、さらに蜜であふれ、ぐちゅぐちゅと、二人のいやらしさを奏でる。 愛しくて、愛しくて…それで、こんなに激しくて、いやらしいことができて…こんないい女が、俺のものになってるなんて、もう…幸せ過ぎて…「あ、あはぁっ、ああ、あああっ…仁…っ、いあ、あぁぁ…わたし…いい、すごい、よ…」 「あ、あ、あ…あああっ…」 目の前で踊る、白くてまるいお尻に…さっきまでの、下準備を、再開する。 「あ…? あ、あ~っ! ああ…ああああっ!ちょっ、仁…ま、またぁっ、あ、あんっ…ひぅっ」 お尻の割れ目を両手で押し拡げて、開いた穴に、ゆっくりと指を差し込む。 さっき、少し拡げておいたのが幸いして、つぷりと、埋まり込んでいく。 「う、あ、やぁ、もうっ…こ、こんな…やっ、やっ、や~っ!」 びく、びくと、また、由飛のなかが、俺を締めつける。 良くも悪くも、強い刺激を受けているってこと。 「あ、あ、あぁ…由飛…う、く、ぁ…」 激しく腰を打ちつけるだけで、どうしても、中に入れた指まで、潜り込もうとする。 「う、く、い、たぁ…っ、あ、でも…あ、あんっ、な…なんでも…して、いい…よっ」 最初の約束を、もう一度口に出す由飛。 きっと、自分の中で、決心をつけるため。 俺の、全てを受け入れて、そして、艶めかしく輝く。 「すごい…由飛のなか、凄い…っ」 「う、あ、あぁぁ…っ、ひ、仁…っ、う、うああ…き、きて、いいよ…ひぅっ」 言われなくても、激しく由飛に押し込んでいく。 前には、俺のモノ、後ろには、俺の指。 突き入れて、押し拡げて、かき回して…二人は、ぐちゃぐちゃに、溶け込んでいく。 セックスの海に、溺れていく。 「ああ、ああ、あああっ…や、き、きもちいい…なに、これぇ…っ」 「あ、あ…俺も…俺も…」 これで三度目だったのに、まだ、全然我慢がきかない。 一ヶ月、ずっと溜め込んでたから。 一週間、由飛と、何もせずに、一緒に寝たから。 そして…由飛と、しているから。 「あ、あ、あ…仁…わ、わたし、わたしぃ…っ」 「由飛…俺、また…っ」 「う、うん…い、いいよ…いいよぉっ…どこでも…なんど、でもぉ…っ」 由飛のなかが、俺を締めつける。 後ろの中にある、指さえも。 「あ、く、くぅっ…あ、うあっ、ああああっ」 そして…ひときわ大きく背中をのけぞらせて…「あ、ああ、ああああああああ~っ!!!」 「~っ!」 俺が、一気に、膨張して…そして、弾ける。 一度、二度、三度…由飛のなかへ、次から次へと、白濁を流し込んでいく。 「ああああ~っ! あっ、あっ…あぁぁぁ~っ…はぁぁぁぁ…ああっ………あんっ………あんっ…」 俺が弾けるたびに、由飛が、びくっ、びくって、なかを収縮させる。 俺の精を受け入れて、なかで受け止めて、注がれることで、感じている。 …ってのは、穿ちすぎ、かな。 「あ、う、あ…あぁぁ…はぁぁぁ…は、はぁ、はぁぁ…はっ………はっ………はぅっ…あ、はぁぁぁぁ…」 息も絶え絶えに、喘ぎながら、ベッドの上に、うつ伏せに、倒れ込む。 前と後ろから、同時に、ぬぽっと、抜ける。 俺のモノと、指先は、べっとりと濡れ、それらが入っていた由飛のほうも、なかから溢れんばかりに、びしょびしょになってる。 これだけ放出して、やっと俺は…「あ…あぁぁ…やぁ…はぁ…はぁ…っ、ひ、ひくっ…う、あ、あぁぁぁぁ~」 「………」 全然、駄目じゃん。 なんで、ちっとも小さくならないんだよ。 「あ…あぁ…仁ぃ…よかった、ぁ?わたし…きもち、いい?」 目の前で、ひくひくと蠢く、由飛のお尻。 誘ってる…絶対、俺の勘違いだけど、けど、誘ってる…「由飛…ごめん…その…」 「…ぇ?」 由飛の身体を、仰向けに寝かせる。 そのまま、太股を抱え上げ、下半身を、思い切り持ち上げる。 「え? あ、やっ…ま、まだするのぉ…?」 「う、うん…ダメか?」 「だめじゃ…ないよ。って、今日の約束だから…」 「本当は、ちょっと後悔してるだろ?何でもさせてくれるって約束したこと…」 「し…してないもんっ」 「けど…俺、その…今からするのって…」 「あ………もしか、して…?」 「その…せっかく準備したし、その…」 抱え上げた腰の、いつもより、ちょっと下めに、俺のモノをこすりつける。 さっきまで、指で拡げていた、その場所に。 「おしり…入れる、の?」 「いや、その…さすがに、嫌ならやめる…」 「………」 腰を大きく持ち上げられたままの格好で、俺の瞳を覗き込む由飛。 「確かに…つきあって3ヶ月で及ぶコトかといえば、それはその…」 相当に、自信がない。 いや、そもそも、何年経ったって、こういうことしない恋人同士の方が多いかも。 けど、今日は…「ものすごいえっち…しないとねっ」 「由飛…」 「うん、いいよ仁…どこに入れても、どこに出しても…わたしは、仁の、ものだから」 「その…やさしくするから…」 「あはは…信用、してないよ」 「く…」 そりゃ、今日の今までのことを鑑みるに、そういう結論になるのは当たり前か。 「それじゃ、おいで…仁」 由飛が、下半身の力を抜く。 「う、うん…悪い」 だから俺は…その、未知の領域へと、自分を誘い…「~~~っ!!!」 「あ…うあぁ…」 万力の中へ、自ら突っ込んでいくような、重圧。 由飛の、もうひとつの、なかへと、埋め込んでいく。 「ひぅっ、う、く、あぁぁ…っい、い、いっ…ひぅ、う、あ、あ…っ」 「由飛…その…ごめん、な」 「う、うん、うん…っ、おなか、ちょっと、苦し…あ、けど…いいよ…」 一生懸命、力を抜いて、俺を受け入れようと、頑張ってくれてる。 「仁の…趣味だもんね。きあう、よ…」 「いや、その…」 ちょっとした興味だったんだけど…趣味って言われると、なんか俺、めっちゃ変態みたいな…「うあ、ああ…熱い…っ、ん、くぅっ、あ、あぁぁ…っ」 「あ、あ、あぁぁ…っ」 ベビーローションのお陰か、はたまた、事前に拡げていたのが幸いしたか。 なんとか…由飛のお尻に、埋まっていった。 「はぁぁぁぁ…はぁ、はぁぁっ…」 「はぁぁ…ああ…」 二人して、お互い深呼吸で、息を整える。 「は………はいる、もんだねぇ…」 「あ…ああ…」 大きく持ち上げて、拡げた由飛の両足の間から、俺たちが繋がっている部分が丸見えになってる。 本当に、由飛のお尻の中に、俺のが、ずっぷりと、入り込んでる。 「あ…あとでトイレ行くのが、ちょっと怖い…」 「………」 なかなか身も蓋もないことを言う奴だ。 「ひ、仁ぃ…どんな、感じ…?こんなの、気持ちいいの…?」 違和感に全身を苛まれながら、興味津々と言った風情で、由飛が聞いてくる。 …この調子なら、そんなに罪悪感抱かなくてもいいかな?「えっと…その、なんつ~か、ギリギリ締めつけてくる」 「それって…いいこと、なの?普通にするのより、いいの?」 「その…どっちも、気持ちいい、かな…」 「そ…そうなんだぁ…気持ちいいんだ………なら、おっけ」 「由飛…」 「ゆっくりがいいけど…動いて、いいよ。っと、痛いの、落ち着いてきた」 「…ごめん」 「大丈夫、だいじょぶ…もう、仁は、わたしなしで生きていけないよね?」 「え…」 「こんなに凄いことさせてくれるコ…もういないよ?ね? ずっとわたしにしときなよ…?」 「………」 ここまで、激しくしても、全然退いてない。 それどころか、こんなことされても、まだ、俺を口説いてくれるのか。 「さ…動いていいよ。こに、出してもいいよ…」 「由飛…っ」 「あ、う、く…ぅぁぁぁぁ…っ、あ、ああ…あぁぁぁぁ…っ」 苦しそうに、けれど、少しだけ、感極まって。 由飛が、俺を受け入れる。 「ふぅぅ…あぁぁぁぁ…あ、ああ、あああ…っ、はぁ、はぁ、はぁぁ…う、く…だ、大丈夫…っ」 「由飛…由飛ぃ」 ゆっくりと、けれど強く力をかけ、しっかりと引き抜いては、また埋め込む。 いつもとは違った、排除しようとする抵抗を、無理やり抑え込む感覚。 受け入れてくれてるのに、犯しているような…「は、う、く、あぁぁ…ああ、あ、あ…っ、い、や、あ…んっ……んんっ、んんんっ…」 それでも、段々と、抵抗が減ってくる。 なかを動く俺のモノも、スムーズに出入りするようになる。 こうなると、結局、俺の我慢が効かなくて、いつしか、由飛のなかを、ぐいぐいと掻き回してしまう。 「ああっ、うああっ、ああ、あ…あぁぁぁっ…ひぅっ、う、うん…うんっ、あ、はぁぁぁぁ…」 駄目だ…ゆっくり、ゆっくり…だ…「あ、あ、ああっ、あんっ、あんっ、うああっ!?あ、ああ、あ…ひ、仁…こ、これ、ちょっ、待っ…!」 なにが…ゆっくりだよ…「わ、悪い…そんなつもりじゃ…っ」 ないんだけど…止まるはずもなく。 「あ、うん…やめなくていい…あ、くぅっ、う…は、うあ、うあぁぁ…っ、だ、だいじょうぶ…っ」 「あ、あ、あ、あ、あ…あ、あの、俺…もう、イくわ…」 「え…いい、の?う、うぅっ、ん…あ、あ…ひぅぅっ、う、んっ…」 こんな、はじめてのプレイで、由飛がイけるわけないからな。 だから俺だけ先に…「ちょっと…また中に出すから…その、気持ち悪いかもだけど…我慢してな」 「う…うん…いいよ…なか…おしりの、なか…出して…いいよ…」 「お腹壊すって噂もあるけど…」 「………い………いいよぉ?」 …ちょっと迷いやがったな。 けど…そろそろ、本当に…「あ、う、くぁぁっ…あ、あ、あ…」 「ん、ん…んんん~っ!は、はぁ、はぁぁぁっ…あ、んっ…あ、あつい…だんだん…その、あ…」 ここにきて、ようやく由飛の反応が、ちょっと、期待の持てるものになってきた。 けど、俺の方が、もう…「い、いく…由飛…あ…ああ…」 「あっ、ちょっ…ん、あ、あ、あ、あ…き、来て…いい、いいよ…仁ぃ…ああ…うぅんっ」 「う、あ、あ…あああああっ!」 「~~~っ!あ、あぁぁぁ…っ、やっ、あ、ああ…あああっ」 これで…今日、四度目。 由飛に向けて、射精した。 「あ、あ…あぁぁぁ…ああああ…」 由飛の、お尻の中へ、どろりとしたものを流し込む。 「や…は、はいってる…仁…まだ、たくさん出てるよぉ…」 胸と、口と、なかと、お尻で受けてくれた由飛。 本当に…お前みたいな魅力的なコ、他にいやしない。 「あ…あ~…あぁぁぁぁ~…は、はぁ、はぁぁ…は、は、は~っ…あ、あぁ…ど、どう、だった…?」 「え…?」 「これからも…したいような気持ちよさだった?」 「えっと…」 「…仕方ないなぁ。も、たまにだよ?」 まだ何も言ってないけど…まぁ、表情が雄弁に物語ってたのかもしれないが。 「そういうお前は…どうだった?」 「…よく、わかんない。に、最後のほう」 やっぱり…ちょっとくらいは…?「気持ち、よかった?」 「だからぁ…よくわかんないって…」 「そんなに嫌じゃ…なかった?」 「しつこいなぁ、仁!」 …そんなに嫌じゃなかったらしい。 「あ…」 「うわぁ…すごい…こんなの、信じられないね」 由飛のお尻から抜くと、そこからも、こぽ、こぽと流れ出てくる。 前からも、後ろからも俺の精液を垂らして…自分の女神をここまで汚しまくる俺って、本当に、どうしようもない不信心者かも。 けど…今までの例から外れることなく…「由飛…その…今度こそ、最後で…」 あと、1回くらい出せば、なんとか、おさまるんじゃないかってくらいには…「ねえ…歴史に残ったかな?今日のえっち」 「…再現しろと言われても難しい」 まず、一ヶ月溜め込むことが、きっと我慢できないだろうなぁ、俺。 ここまで由飛の身体を知ってしまったから。 もう、我慢なんかできる訳ないじゃないか。 「最後は…抱きあって、普通に、したいな」 「偶然だな…俺もそうしたいって思ってた」 「ふふ…ん…」 そして…俺たちは、深く抱きあい、キスをして…二度と離れないってくらいに、繋がった。 ………「ああっ、ああっ、ああああっ!ひ、仁…仁ぃっ! ん、んん…んんん~っ!」 「ん…んく…ちゅ…」 「ん…んむ…ちゅぷ…あむ…んん…っ、あ、あぁ…ふぅ、んっ、んぷ…あ、んむぅぅっ」 深く、奥深く。 由飛の、全てを包み込み、そして包まれて。 息も絶え絶えになるくらいに抱きしめて、窒息してしまうくらいに抱きしめられて。 入れて、締めつけられて、吸って、飲んで、息を吹きかけて、揉んで、つまんで、噛んで…ありとあらゆる愛撫を、お互いに施して。 「ん、ん~っ、んん~っ!あ、あぁ…きもちいい…仁…すごく、気持ちいい…っ」 「う、うん…俺も、俺も…由飛のなか…もう、出られない」 「溺れて…溺れてぇ…わたしなしじゃ、生きられなくなってぇ…だってわたし…わたしぃっ」 「大丈夫、だいじょぶ…絶対に、離したりしないって…誓う」 「う、あ、ああああんっ…あ、ああ…や、やくそく…ずっと、約束…っ、ひぅぅんっ、あ、あ、あ~っ」 由飛の、豊かな胸に、爪を立てる。 俺の刻印を押したくて、首筋を強く吸い、耳に歯を当てる。 由飛も、それに応えるように、肩口に、契約のしるしを残す。 俺たちは、お互いにつけられたしるしを、これからも、ずっと、心からは消さない。 「い、い、いい…いいよ、凄い、凄い…っ、もう、もう、だめかも…わたし、こんなぁっ」 「俺…もっ、こ、今度こそ…あ、あ、あ…」 何時間、絡み合ってるんだろう。 由飛の温かさと柔らかさにずっと包まれて、その心地よさを激しく堪能して、酷いことして。 入れては出し、舐めて、飲んで…由飛の細胞が、どれだけ俺の中に吸収されたか、そして、その逆も…「う、あ、あ、あ、あ~っ!だめ、だめっ、だめぇぇぇっ!い、いっちゃう…凄いの来ちゃうってば!」 由飛の身体が、今までにないくらい、痙攣を始める。 最後の、そして最大の波が、俺たちに、押し寄せようとしてる。 「ゆ…由飛…っ、も、もう…いくぞ…っ」 「来て、来て、仁ぃっ!奥に、すごいの…一番奥に…大好きな仁…っ!」 「う、く、あぁぁぁぁ…」 最後に、由飛の両足が、俺の腰にからみつき、背中に回した手から、突き刺さるような痛みが割り込む。 由飛が、思い切り、爪を食い込ませてきたから。 「あ、あ、あ、あ、あ…ああああっ!」 「ああああああああああああああ~~~っ!!!」 どくんっ最後の、最後に…まだこんなに弾けられるんだってくらいに…由飛の胎内に…とめどなく、精液を送り込む。 「あ、あ~っ! あ、あぁぁぁぁ…仁のが…また、いっぱい…にぃっ…」 由飛の足が、更に強く絡みついてくる。 もう、外に逃がすことなんかできない。 「あっ…まだ来る、あ、あ…入って、る…仁の…奥まで…届いて…っ…あ、あぁ…」 「ん…由飛…由飛ぃ…」 「ん…んむ…ちゅ、ぷぅ…んっ、んんん~っ! ん、くふぅっ、あ、あむ…」 息も絶え絶えになりながらも、それでも、苦しさよりも、キスの嬉しさを選ぶ。 「ん…んぷ…あ、あぁぁ…っ」 「ちゅぅぅ…ん、ぷぅっ…あ、あむ、むぅんっ…ん、んん…ちゅぷ…んぷぅっ…あ、あむ…っ」 俺たちは、もう一度、唇で、深く、深く、繋がって、この夜の余韻を、何度でも反芻する。 そう、何度も、何度も…「ね、ねえ…どうだった?」 「…気になるんなら自分で様子見に行けよ。前、家族なんだから通してくれるだろ?」 「や、やよそんなの…かえって緊張するもん」 「お前が演奏する訳じゃあるまいし…だいいち、こんなのいつものコンクールに比べれば…」 「そうは言ってもさぁ…やっぱり晴れ舞台じゃない?」 「由飛のな」 そう、今日は、由飛の晴れ舞台。 予定より、一年遅れの、卒業式。 …まぁ、同じく一年遅れた俺が言うのもなんだけど。 「やほ~仁くん。うやら間に合ったみたいね~」 「あ…来てくれたんだ、みんな」 「ねえねえ仁くん、由飛ちゃんの様子どうだった?緊張とかしてなかった? 大丈夫かなぁ、心配だなぁ」 「…本人が一番リラックスしてたよ」 そう、何しろ俺よりも…「みんな心配しすぎだってば。の強心臓な由飛さんが失敗なんかするわけないじゃん」 「でもあの娘、ときどき肝心なとこでやらかすからねぇ」 「それなんだよなぁ…」 「それなのよねぇ…」 「そうだ、まだ楽屋とか行けるかな?このお花、渡してきたいんだけど」 「ああ、それなら玲愛と行ってきたらいいよ。ょうど由飛に会いに行くとこだったんだってさ」 「え? ええっ!?」 「あら、そうだったの?ちょうど良かったわ。愛ちゃん、それじゃ案内お願いできるかしら?」 「え、あ…あの…はい」 「頼んだわよ~♪」 「…後で覚えてなさいよ」 「いや、お前からも、あいつに、くれぐれも遊ばないよう釘刺しとけ」 「…ヤバいの?」 「…なんか不気味に笑ってた」 「…行ってくる」 あれからも、色々とあった。 ギリギリで二年に進級した由飛は、それでもファミーユのバイトをやめようとせず。 とうとう、お爺さんまで日本に乗り込んできて、由飛を、海外へ留学させようと、様々な手を使ってきた。 けれど由飛は、そのことごとくを跳ね返してしまった。 それも、自らの実力で。 ある時は、世界的に有名なフランスのピアニストに弟子入りさせようと、その本人を来日させて、由飛に引き合わせたこともあった。 しかし…マーガレット・ルッツとかいう名前の、その先生は、結局、今は由飛の専任講師として、大和音大に籍を置いてしまっている。 …なんか新聞ネタになるくらい凄い話らしいけど、普段の由飛を知ってる俺たちからしてみれば、『フランス人までワガママで困らせやがって』てな感じだ。 「でも、なんかさぁ…こういうところで、ドレス着て、ピアノ弾くんだよね?普段は気づかないけど、別世界の人なんだなぁ」 「そんなの…意識する必要ないと思うけど」 「そ~そ~、そんなこと気にしてたら、仁くんなんか今頃1095回は捨てられてるんだから」 「その計算式の根拠を教えてくれないかマイ従業員」 「そっかぁ…かなわぬ恋だよねぇ…」 「おいおいおいおい!」 その後の由飛の活躍は…まぁ、大学生レベルは超越してた。 今では、日本各地のコンクールを総ナメにして、賞金で俺にラーメンおごってくれたりしてる。 いや、1回優勝すると、100万レベルの大会もあるらしいんだけどな。 後は、『将来のため』に貯金してるんだそうだ。 あの由飛が、『将来のこと』を見据えるなんて、成長したものだと感激したんだが、そしたら玲愛に『あんたの稼ぎが悪いからよ』と謎なことを言われた。 「あ、始まるみたい」 「おっと、それじゃ、玲愛や姉さんの席も取っとかないと」 「結構混んでるね。ろの方しか空いてないよ」 信じられないかもしれないが、これの大半は、由飛目当てだったりする。 新聞にまで、写真付きで紹介される、新進気鋭のピアニスト、花鳥由飛の演奏が、無料の招待券で聴ける機会だから。 ………俺も寝ないように努力しないと。 ………………「ぐぅ」 「痛ぇっ!?」 「言ってるそばから寝るんじゃないわよ」 「言ってねぇっ!?」 「次だよ、てんちょ」 「あ…」 「続いて24番、花鳥由飛。は、ショパン、エチュード、作品25、第1番、変イ長調『エオリアン・ハープ』」 「あ…胃が…」 「…なんでよりによってこの曲を」 俺も玲愛も、もう二度と聴きたくない曲だ。 そして、舞台の袖から、由飛が現れた。 「…相変わらず、自信はありそうに見えるのよね」 まぁ、ほとんどの場合、その自信通りの結果になるし、ある程度、増長しても仕方ないくらいの才能だからなぁ。 と…「うわっ!?」 「…今、こっちに向かって手を振らなかった?」 「…公私混同もいいとこね」 「まぁ、リラックスはしてるみたいだけど」 「………」 「どうした玲愛?」 「あのさぁ…あんた、楽屋行った時、由飛に何か言われた?」 「はぁ?」 「実はさっき…ちょっと喧嘩になって」 「まだやってんのかお前らは…」 「3年くらい前からずっとね」 「いい加減仲直りしろよ…もう原因はなくなったはずだろ?」 「今は、別の理由が…って、そんなことはどうでも良くて、そのとき、由飛が言ったのよ」 「何を?」 「今日の演奏で、見せつけてやるって」 「ふぅん」 「で、由飛に何か言われた?」 「だから何でそれを俺に聞くの?」 「…まだ諦めてないからよ」 「は?」 「もういい! 演奏始まるわよ」 「何怒ってんだよ…」 玲愛の態度が気になったけど、けれど今からは、由飛の晴れ舞台の始まりだ。 俺の、由飛の…「…あれ?」 「なんかこれって…どこかで聞いたような?」 「や…やらかしたぁ…」 「あ、あの…馬鹿っ!」 それは、俺と由飛を、巡り遭わせた曲。 作詞・作曲:花鳥由飛どこがショパンやねん!?どこが『エオリアン・ハープ』やねん!?どこが変イ長調…いや、それの真偽は俺にはわからん。 「見せつけるって…これのことぉ?」 「あいつ…こういうことかぁ!」 「やっぱり何か言われたんじゃない!で、なんなの?」 「そ、その…俺のために…歌うって…」 「………」 「今日は…演奏だから、“歌う”ってのがちょっと引っかかってたんだよなぁ」 「やられた…完璧に。初から、やらかすつもりだったんだ…」 「由飛…」 由飛が、こっち、見てる。 それは、気のせいでもなんでもない。 あの、ニヤニヤ笑った表情から一目瞭然だ。 「ど、どうしよう…大学のえらい人怒らせたら、卒業取り消されるんじゃない?」 「この程度で退学になるくらいなら、あの娘はとっくにウチをクビになってるって…」 「結局…へらへら笑って誤魔化されるんでしょうね…学長さんも気の毒に」 はじめて、こんな舞台に、由飛を見に来た俺への、歓迎と、からかいと、眠気覚ましを込めて。 そして…「今日の、この特別な日に、来てくれて、本当に、本当に、ありがとう」 「ねえ、仁」 「あなたにとって、わたしは、どんな人だった?」 「わたしと過ごした時間は、あなたの大切な日を、少しでも彩るお手伝いをできたかな?」 「…そりゃ、たまには足を引っ張ったかもしれないけど」 「あのね…わたくしごとで恐縮だけど…わたしは、あなたと過ごせて、とっても幸せだったよ?」 「もちろん今も幸せ」 「そして、この幸せを、ずっと、誰にも、渡すつもりはないからね」 「だから、今、わたしの目の前にいるあなたに…感謝と、憧憬と、全身全霊の愛を込めて…」 俺だけの女神の、俺のためだけの、歌。 「あれ?なんで開いてんの?」 ………「…おっはよ~ございま~す?」 ………「ん~?」 「ふあああ~」 「ひぃっ!?」 「あぁぁぁ…あ、あれ?かすりさん…」 「ひ、仁くん?」 「ん~…今、何時?」 「え? あ~、え~と、6時…10分前」 「…早いですねかすりさん」 「そりゃ、仕込みあるし…って、君こそ」 「いや…俺帰ってないから」 「はぁ?」 ようやくもやが晴れてきたらしい頭をぶんぶん振って、新鮮な空気を脳いっぱいに吸い込む。 「ふああああ~」 …には、あくびが最適だ。 「コーヒー淹れる?」 「あ、自分で淹れますから。すりさんは仕込みお願いします~」 「初日から徹夜?体壊すよそんなんじゃ」 「いや…新人研修やってたんで、さっきまで」 「ちょっとぉ、新人にいきなり深夜勤務?労働基準法違反じゃないのそれ?仁くんは経営者だから1日72時間働いてもいいけど」 「それよりも先に驚くとこがあるでしょ」 「新人!? 入ったの?」 「そう、それ」 この人との会話は、こっちが手綱を締めないと大変だ。 「どこどこ? どこにいるの?紹介してよねえねえねえ」 「あと2時間もしたら戻ってきますよ」 「どこ行ってるの?」 「駅前の女性専用サウナ。4時間営業の」 一度家に帰ってお風呂に入っている時間はない。 開店は10時だけど、初日だから8時集合だ。 「過酷な労働条件ねぇ」 「全部俺のせいですよ」 それでも嫌な顔一つせずに付き合ってくれた彼女には、土下座して感謝してもしたりないくらいだ。 「けれど、初日から縁起がいいね。れでわたしもお菓子のほうに専念できるわ」 「仲良くしてあげてくださいよ」 「もっちろん。くんが雇ったんだから、いいコに決まってるしね」 もとから細かいことを気にしないかすりさんは、あっさりと仲間ができたことを喜んでくれた。 「さってっと、じゃ張り切っていきましょ~か!」 「あ、俺手伝いますよ」 「大丈夫大丈夫!ある程度の仕込みは昨日のうちにやってあるから」 「でも、メレンゲ作りくらいは…」 「仁くんはその前にやることあるでしょ。食担当」 「こっちはメニュー少ないし」 ファミーユの以前からの業務分担により、スパゲティやサンドウィッチ等の軽食は、俺が調理を担当することになってる。 まぁ、自慢するほどの腕じゃないけど、な。 「じゃ、暫定店長としては?」 「…何すんだろ? 店長って」 「そんなことは恵麻さんにでも…聞けないか。日なんだから挨拶回りとか」 「挨拶回りか…」 「周りのお店と比べたら、ウチなんてマイナーもいいとこなんだから、床に這いつくばるように、頭を下げて回るのが礼儀なんじゃない?」 「その非常にやる気をなくさせる提案はやめて」 せめて『腰は45度、決して上目遣いにならない』くらいにして欲しい。 「ま、その前に顔洗っておいで。の顔でお客様の前に出るつもりじゃないでしょ?」 「あ~、そうだった」 髪はボサボサ、髭は伸び放題。 目の充血…は仕方ないとしても、目やにくらいは落としておかないと。 「それじゃ悪いけど、しばらくの間お任せします」 「ごゆっくり~」 かすりさんの、温かいというか、おざなりな声に送られて、店の外に出る。 黄色い太陽はないけど、既に点灯している照明がまぶしい。 さて、まずはコンビニでトラベルセットと剃刀買って…「…れ?」 「………」 と、ファミーユの店内をじっと覗き込む人の姿。 お客様…であるはずがない。 何しろ今は朝の6時。 開店まで4時間。 いや、オープン初日だから、外に行列はあるかもしれないけど。 「………」 やっぱり…ずっと見てるな、ファミーユを…「あの…すいません。チの店になにか…?」 「………」 「あ…」 くるりと振り向いた瞬間、巻きつくように揺れる髪。 黒いリボンで結ばれた、その金色の髪は、目の前の女の子の目鼻立ちをも際立たせ…いや、要するに…ハッキリと、可愛い娘だ。 「ファミーユの人?」 「え、ええ。定…いえ、店長の高村ですけど」 「そう…それじゃ、あなたがこのお店のデザインを?」 「いや、正確にはみんなで一緒に…て、それが一体?」 「………」 「あの…どちらさまで?」 そもそも、自分から名乗らず、不躾な質問を繰り返すとは、いくら可愛いとは言え、性格キツそうな顔してるなそう言えば…………いかん、主語と述語が対応取れてないぞ。 「どうしてこのお店でブリックモールに出店してきたのよ?」 「なっ!?」 「それとも、何も知らなかったの?」 「何を?」 「知らなかったのなら、あまりにも迂闊すぎ!」 「は、はぁっ!?」 「知ってたのなら、今度はタチ悪すぎ!恥を知りなさい恥を!」 「ちょっ、ちょっと待ってください!いきなり何を…だいたい君は?」 不躾どころか、今度は罵詈雑言!?ま~姉ちゃん大変だ!ブリックモールは悪意と退廃に満ち満ちている!…可能性もなきにしもあらずだと自信ないけど。 「花鳥玲愛」 「カトレア?」 「っ!?」 「な…?」 い、今…確かに白いイナズマが…?「その洗礼は小学生時代に受けたから痛くも痒くもない!か・と・り・れ・あ!」 痛くも痒くもないなら、なぜ怒鳴る?「ファミーユさんの向かいのお店で働かせていただきます。・う・ぞ・よ・ろ・し・く!」 あれ? 逆鱗?「向かいって………あ、もしかしてキュリオの人?」 「お帰りなさいませ、ご主人さま」 「わ~本物だ」 「そうよ本物よ。こかのお向かいさんと違って、ね」 「すいません、こっちから挨拶に伺おうと思ってたのに。長の高村仁と申します」 「…聞き流したわね?」 「あなたのおっしゃっていることが、ただの言いがかりだから忘れてあげるということですが?」 「な…」 言いたいことはわかった。 どうやら目の前のこのきっつい娘は、ファミーユに対して明確な敵意を持っているということだ。 「あ、それと、今の発言はキュリオの総意と取らないであげます。ちらの店長さんも困るでしょうし」 ならばこちらにも、相応の接し方というものがある。 こっちは曲がりなりにも店長だ。 なめられてたまるか。 ここは大人の余裕で慇懃無礼にスルーしてやろうっと。 「な…なによ真似しんぼのくせに!」 いきなり精神年齢が下がったな。 「大体なに! このレイアウト、装飾、店構え!何から何までキュリオそっくりじゃない!」 「私たちが一生懸命に作った店です。ういう言い方はして欲しくないですね」 …的確に突かれた核心はこの際無視。 「こんなバランスの悪い配置ってないわよ…ブリックモールの担当もなに考えてるのよ」 「そうかな? 共存共栄ってこともあるだろ?」 電気街とか、朝市とか、同じコンセプトの店を集めて繁盛を狙うってのは、よくある手だ。 「それはお互いの店が切磋琢磨できるくらいの競争関係にある場合に限られるの」 「まだ開店もしてないうちから見下さないで欲しいな」 「開店してからじゃ遅いのよ?」 「開店まで4時間切った今じゃどうせ遅い」 「あなたのお店のためでもあるのよ?」 「………」 うっせ~なぁ…「普通に街なかで営業するのとは訳が違うのよ?どうしても競争しなきゃいけないのよ?」 「…わかってるよ」 里伽子と同じこと、言いやがって…「私は…いえ、ウチは手加減なんかできないわよ?みんな、一生懸命しかできないのよ?」 「…望むところだ」 言われなくても、わかってんだよ。 「見通しが甘すぎるわよ!下手したら、三ヶ月も保たないかも」 「うるさいっ!」 「っ!?」 すぐにキれる奴は…馬鹿だ。 けど今は、馬鹿でいいよね?このア…女の子をぶちの…注意していいよね?「なんだよ見下しやがって!そんなにキュリオが偉いのかよ!?」 「ウチはいつも上を目指してる!どこにも真似できないお店を作ろうとしてる!」 「ウチだってそうだ!」 「違うでしょ!キュリオありきでしょこの店!私の目はごまかせないわよ!」 「一つでもキュリオを超えたらただの真似じゃなくなる!」 「ほら認めた!キュリオを真似してるって認めたわね?」 「真似して悪いか!特許と著作権のどっちを侵害してるってんだよ!?」 「コピーはオリジナルに勝てない!」 「そんなことわかるもんか!」 「わからせてあげる…この10月だけで!」 「面白い! 乗った!それじゃ、売り上げで勝負だ!」 「普通に戦ったんじゃ勝負にならない。 ハンデをつけるわ。 そうね…あなたのお店の倍、売り上げてみせる」 「なめんな! ハンデなんか結構!」 「それで、もし負けた場合は…?」 「土下座でもなんでもしてやらあ!」 「わかった。けた方が土下座ね」 「いや、俺だけでいい。くらなんでも女の子に土下座させるなんて…」 「信賞必罰の意味知ってる?負けたら土下座するわ」 「………」 「………」 「後悔するなよ」 「必死で来なさいよ?叩き潰してあげるから」 「なめるな!」 「ふんっ!」 ………と、いうわけで…好むと好まざるとに関わらず、キュリオとの勝負が、なし崩し的に始まった。 「あ、それと…」 「まだ何かあるのかよ!?」 「髪はボサボサ、髭は伸び放題、しかも目なんか真っ赤じゃない」 「は?」 「私たちはお客様を相手にするのよ?そんなみっともない店長がどこにいるのよ!せめて顔洗って、櫛入れて髭剃りなさい!」 「な、なにぃっ!?」 「それだけ!じゃあね!」 「お、おい…ちょっと待て…」 ………ここまで言い争っておいて、最後に敵の身だしなみを気にするかぁ?完全に意表を突かれた俺は、花鳥玲愛がさっさと立ち去るその背中に、何の声もかけることはできずに…そして…「今やろうと思ったのに言うんだもん、な~!!!」 「………っ!」 お、落ち着け…落ち着け俺。 大丈夫、大丈夫だ。 今のは向こうが悪い。 俺は間違っちゃいない。 「あ、あの金髪娘~!」 だから落ち着けっての!「て、店長さん…?」 「はい! なんですか!?」 「きゃっ?」 「あ! ご、ごめんなさい!もう戻ってたんだ」 「え、ええ。っかぴかに磨いてきました~」 ピ…ピカピカ?いかん、磨いてる図を想像するな。 「だ、大丈夫? 眠くない?」 「ええ、平気です!店長さんもさっぱりしましたね」 「…ちょっとカミソリ負けしたけどね」 あまりの悔しさに、思いっきり刃を当ててしまった。 ヒリヒリする。 「あ、あの…それで、さっきの女の子は…」 「…見てたの?」 「は、はい…ちょっとだけ」 あっちゃ~『優しそうな店長さんかも~♪』のイメージ台無し。 「ごめん、みっともないとこ見せちゃって」 「い、いいえ、それはいいんですけど…それで、あの子は?」 「うん、向かいのお店のスタッフだってさ」 花鳥玲愛…「そ…そうなんですか?」 「…そうなんだって」 二度と忘れん。 「………」 「…ん?」 「あ、あの…ごめんなさい」 「…何が?」 「あ、いえ、その…落ち込んでるみたいですから、とりあえず謝っておこうかと」 「…は?」 そんなことするのアジアの中でも日本人だけだぞ?…あ、いいのか。 「げ、元気出してくださいっ!もうすぐお仕事、始まりますよ?笑顔、笑顔っ♪」 「うん…そうだな」 「ね? 店長さんっ」 「あ…」 俺の手を取って、両手で包み込んでくれる。 お風呂上りの、すべすべで、やわらかくて、あったかい手。 「いろいろあるかもしれないけど…いつかいいことありますよ~」 「う、うん…」 なんだか、癒されていきながらも、胸が高鳴るという、不可思議な体験…………「ぐぅっ…?」 「? どうしました?」 「い、いや…」 俺の手を取って、両手で包み込んでくれる。 お風呂上りの、すべすべで、やわらかくて、あったかい手。 ………痛ぇ。 な、なんて握力だ。 それに、思ったよりもデカい…?俺の手を、まるごと包み込んでいるぞ?「う…く…」 に………握り潰されてしまいそうだ。 「店長さん?顔色悪いですよ?」 「な、な、な…なんでも…な…っ」 は…外せない!?「おはようございま~…した」 「あれ?」 「ああっ!?明日香ちゃん帰らないで~!」 ………「皆さん、おはようございます」 「おはようございま~す」 「おはようございます~」 「………」 「明日香ちゃ~ん…」 「ちょいとちょいと、何やったの?」 「なにもしてねぇ…」 「てんちょのえっち…里伽子さんに言いつけてやる~」 「それこそ意味不明!?」 いかん…開店初日からいきなり内部崩壊?「…とりあえず話を進めたら?大体、まだその娘の紹介もしてもらってないよ?」 「あ、あ、ああ…そうだったそうだった!まず重大発表!今日からファミーユに、新しい仲間が加わります」 「わ~い」 「………」 「…そ、それでは紹介を。~と、その…君」 「はい!」 「………名前、何て言うの?」 「はい?」 「………」 「………」 しっかりしろよ店長!「えっと、皆さんはじめまして!か………風美由飛って言います」 かざみ・ゆい…昨夜ずっと一緒にいた女の子の名前をたった今聞いたのか俺は…「こういうお店で働くのは初めてですけど、こんな可愛い制服、一度着てみたかったんです。から頑張ります♪」 「何が“だから”なんだか…」 「あ、それで風美さん」 「………」 「風美さん?」 「あ? あ、はい?」 「どうしたの?」 「あ、あの、店長さん…皆さんも。たしのことは、名前で呼んでください」 「は、はぁ…?」 「それじゃ、由飛ちゃんでいい?」 「はい! それでお願いします。っと…」 「涼波かすり。たしもかすりでい~よ」 「かすりさん…いい名前♪よろしくお願いします」 「…なれなれしいなぁ、もう」 「えっと…由、由飛……」 「はい?」 …ほとんど初対面で呼び捨てはないよな。 だからと言って、“由飛ちゃん”というほど、年上なわけじゃなし。 由飛さん…名前で呼べってことは、他人行儀を嫌ってるってことだもんなぁ…う~ん。 ………あ、なら。 「由飛くん…で、いいかな?」 「はいっ、店長さん」 どうやら、お許しがでたらしい。 …けど、店長さんってのも他人行儀だな。 ま、いいか。 「で、そちらが雪乃明日香ちゃん。女も前の店の時から働いてくれてたんだ」 「明日香さん…よろしくお願いしますね」 「わたしのはいい名前じゃないんだ…かすりさんと違って~」 「え? え…」 う~む…まだむくれてるなぁ、明日香ちゃん。 どうしたら誤解を解いて、仲良くなってくれるものか…………待てよ?「由飛くん。 明日香ちゃんとも仲良くしてあげてね。 『さっき、俺にしたみたいに』」 「え?」 「ああ! なるほどっ。キンシップですね♪」 「わ、わたしはい~もんっ」 「遠慮しないで。、ほら!」 「明日香ちゃ~ん♪」 「ちょっ、ちょっとぉ、やめ………え?」 「きゃああああああああああああっ!!!」 これで誤解は解けただろう。 ………「ふええええ~」 「さてと、それじゃ今度は俺からの挨拶ね」 涙目で右手をさすっている明日香ちゃんの存在を、一時的に黙殺。 「ファミーユブリックモール店を立ち上げるにあたり、何の因果か店長になってしまいました高村です。うぞよろしく」 「至らぬところも多いと思います。まで以上に皆さんのサポートが絶対不可欠となりますので、よろしくお願いいたします!」 「店長さん頑張って~♪」 「あんたもね~」 「うう…拍手できないよぉ」 鳴り止まぬ拍手を片手で遮る。 さて、ここからが本番だ。 「さて、本題に入る前にもう一つ…実は、店長を拝命するにあたり、新たなこの店のスローガンを作ってきました」 「店長さん頑張って~♪」 「さっきとレスポンス同じじゃない」 「スローガン?」 「そう、スローガン。 皆で一丸となって突き進む目標。 それが………これです!」 俺は、カウンターに置いてあった色紙を取り出し、皆に掲げる。 さっきコンビニで買ってきたマジックで書いた文字。 それは…「打倒…キュリオ?」 「…正気?」 「『本気?』と聞いて欲しかったな。して、もちろん本気だよ」 「そもそも何で倒さないといけないの?」 「それはね…倒さないと、倒されるからだよ」 「あ、あは…」 「あはははは~、仁くんおっかし~。こうはキュリオだよ?ファミーユなんか最初っから相手にしてないって」 「そんなこと言ってると、奴に身ぐるみ剥がされてしまうんだぞ!」 「奴って?」 「あは、あはは…」 「問答無用!みんな、気合入れて行こうぜ!」 「はんた~い」 いきなり内部崩壊その2!?「そうだよてんちょ。良くやろうよ」 「そうだそうだ~、店長横暴~」 「引っ込め~」 何てことだ…俺の背筋に走った危機感は、皆の心には届いていない!このままじゃ、あの花鳥玲愛の言う通り、ファミーユがキュリオの餌食に…………あれ?「そんな最初から気張らなくてもさぁ、の~んびり行こうよ~」 「…?」 「………」 「………」 「ん? どしたの皆?ボクの顔に何かついてるかなぁ?」 「…どなた?」 まるで座敷童のように、罵詈雑言が一人分増えてたと思ったら…「あ、紹介がまだでしたね。 板橋孝明です。 皆さんどうぞよろしく」 「板橋さんですか~。 わたし、風美由飛です。 こちらこそお願いしますね、先輩」 「先輩なのこの人?」 年のころは30代か。 すらりとした長身に、人の悪そうな笑顔。 …何だ? このおっさんは。 「てんちょ、知ってるこの人?」 「そりゃもちろん知ってますとも。橋孝明、花も恥じらうさんじゅう…」 「あんたに聞いてない」 「あれぇ? でも明日香ちゃん。、店長って呼びかけましたよね?」 「え? で、でもてんちょはせんせで…」 いや、その前に…いつの間に明日香ちゃんの名前を覚えた!?「ボクもてんちょなのに~センセじゃないけど」 「あれ? だって店長は…」 「まさか…」 店長…?「ご挨拶が遅れて申し訳ない。 喫茶キュリオ、ブリックモール店を任されてます、板橋です。 よろしくファミーユさん」 「………」 「………」 「………」 「?」 「アレですね、ほら。 お互い精一杯やって、親睦を深めましょうよ~。 そんな打倒とか言わないでさぁ」 キュリオの店長…?こ、この、何ともマイペースなオーラを漂わせる人物が、あの花鳥玲愛の上司!?「あ、あの…?なんでここに?」 「いやぁ、だってキュリオにいても暇ですから。に開店前は」 「やることあるでしょ!仕込みとか、朝礼とか、みんなに指示出すこと一杯でしょ!?」 「ああ、いいのいいの。チは全部チーフがやってくれるから」 「な…」 「なんて無責任な…」 「これが“あの”キュリオのてんちょ…?」 「さっき挨拶してたでしょ? カトレア君。やぁ優秀な部下を持つと楽ですよね~」 「か…花鳥玲愛!?」 「………」 あ、あいつがチーフ…?しかも、ほとんど店長に代わって実権を握ってる!?「あ、そうそう。 あの娘、カトレアって呼ばれると凄く怒るんだ。 ボクがそう呼んでたって、バラさないでね?」 「はは…」 つまりだ…俺に関してはもう、手遅れってことだな。 「…と、いうわけで。れが、そのスローガンよ!」 「………」 「………」 「………」 「さ、今日から皆でこの目標に向かい一丸となって…」 「ちょっとちょっと玲愛…」 「ん?」 「何よこれ…」 「打倒………ファミーユ?」 「お向かいさん倒して何か意味があるんですか?」 「それはね…実力の差を見せつけるためよ」 「実力の差て…」 「そんな、いきなりいがみ合わなくても」 「ファミーユさんと一緒に頑張ればいいじゃないですか~」 「甘い! 甘いわ!あなたたち、ファミーユを見て何も感じないの!?」 「何って…見た目、キュリオにちょっと似てるかな、くらいかなぁ?」 「ちょっとなんてレベルじゃないわ!あれは完全なパクリよ!嘘じゃない、店長本人が認めたんだから」 「…要するに、早速やり合ったんですね?」 「ああもう、出店早々…もうちょっと丸くなりましょうよぉ、チーフぅ」 「問答無用!みんな、初日から全開で行くわよ!目標は3時までにお菓子類完売!」 「………」 「………」 「………」 「返事は!?」 「は、はいぃぃぃ~!!!」 「さ、もうすぐ開店だ。んな、所定の位置に散って」 「は~い」 「了解、ボクはフロアの方に」 「あんたはキュリオに帰れ」 「あっちは、ボクなんかいなくても大丈夫だってば~」 「そういう問題じゃないの」 「ちぇ~」 「じゃ、ぼちぼち焼き入りますか~」 「頑張ろうね、てんちょ」 「頼むぞみんな!ファミーユの底力、見せてやろうぜ!」 時刻は9時50分。 あと10分で、俺たちの待ち望んだ戦争が、始まる。 「ああ…」 ディスプレイ上に浮かび上がった数字を見て、情けないため息が漏らす。 半年振りに引っ張り出した家計簿ソフト。 そこに踊る数字は、先月のファミーユの収支。 「…ギリギリ黒」 とは言っても、それは売上から、今月の材料費、人件費、光熱費、諸経費だけを削った数字に過ぎない。 ここから、ローンの月額を…いや、せめて更に週割りした額を…えっと…10月の中旬からだから…「うわ、うわ、うわ!」 転落…最初の月から赤…これは…マジでヤバい。 経済学部の学生にあるまじき経営手腕…というか、『大学で学んだことは実社会では役立たない』というのは真実だということが身に染みた…どうする?どうしよう?まずはこのマンションの部屋代が邪魔だ。 四畳半一間、風呂、トイレなしで、敷金、礼金もないアパートを探して、そこに移り住む。 それで、月3万くらいは浮くだろう…仕送りだけど。 仕方ない…明日、早速アパート情報誌買ってこよう。 「…ついでに電話も止めるか」 連絡は全て携帯電話にして、固定電話を解約して加入権を売り払えば、一時的だけど足しになる…うん、これはいける。 …なんだか、泣けるくらいせせこましいけど。 ………「…ダメだ」 そんな俺の倹約で、この危機が乗り越えられる訳がない。 このままの状態が続けば、ジリ貧だってのはわかりきってる。 今は、抜本的な改革が必要なんだ。 人を増やし、品質を上げ、そしてお客様を惹きつける手を打つ。 そうして、今の下降カーブを上昇に転じないと、いずれ…三ヶ月もしないうちに破綻してしまう。 ………その対策案は、本当は知ってる。 半年前にやっていたことを、またやれればいいんだ。 …ただ、王と飛車が足りないから、できないだけ。 それはつまり、不可能って意味だけど。 「はい高村!」 誰だよ、こんな時間に。 もう、日付変わってるぞ。 「ああ、えっと…ブリックモールの守衛室ですが」 「え? あ、お世話になっております」 「ファミーユの責任者は、高村さんでよろしいんですよねぇ?」 「そうですけど…あの、何かウチの店にあったんですか?」 電気のつけっぱなし?施錠のし忘れ?元栓の閉め忘れ?まさか…それがもとでガス漏れ、爆発、火災!?…冗談で済まされない経験があるから、その想像は怖い。 「いや実はね、お宅の関係者と言い張る方がいまして…あ、ちょっと!」 「仁く~ん! あ~け~な~さ~い!」 「………は?」 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」 「本当はね、事前申請が出てなかったら、深夜作業はできないことになっているんですよ」 「重ね重ねご容赦を~!」 「だからって不法侵入みたいなことされてはもっと困るんですけど…危うく、警報装置が作動するところでしたよ」 「本当に申し訳ありません…弟が迷惑をおかけしまして」 「…おい」 「深夜にどうしても作業が必要だから、手続きを取っておくように言ったんですが、どうやらすっかり忘れていたようで」 「俺はそんなこと全然聞いてな」 「本当にご迷惑おかけしました。れに、ご無理をお聞きくださって、ありがとうございます」 「あ、いや…そういうことでしたら…」 …策士め。 やりやがったな。 「それでは、失礼いたします」 「じゃ、作業が終わりましたら、鍵はお返しください。ードコート以外はセキュリティが作動中ですので、くれぐれも他の場所へは行かないように」 「………」 「………」 散々お小言を垂れつつも、結局、恵麻姉さんに丸め込まれ、戻っていく守衛さん。 「ホントにもう、この子はしょうがないわねぇ」 「自分でついた嘘に騙されるな!」 「それにしても、警戒の厳重な建物ねぇ。 最新鋭のセキュリティじゃない。 見た目はこんなに古そうなのに」 「古そうって…」 まだ完成して一月も経ってないってのに?「だってほら、この壁なんてレンガ造りよ?」 「………」 もしかして…この中世ヨーロッパ風の装飾のことか?古そうってのは、100年単位での話か!?一体、どこから説明すればいいんだ?「いや、それよりも、ここに何の用?」 「弟の仕事場を見に来た…ってのはダメ?」 「前に来てたじゃん」 「ほら、あの時は色メガネで見てたから」 単にサングラスかけてただけだったような。 「それに、営業時間中だったから、あまり長居もできなかったし」 てことは、今日は長居するつもりなのか?「こっちだっけ?暗くてよくわかんないな~」 「…こっち」 一体、何を考えてるのやら…「はい到着…って、姉さん?」 店内に入った途端、恵麻姉さんは、いきなり店の奥に入っていく。 「ちょっと、そっちは更衣室だよ。体何の用があるのさ?」 「恵麻姉さ…って、うわぁっ!?」 「更衣室に用事って言ったら、着替えしかないでしょ?」 「ちょっ、ちょっ…うわうわうわ!」 姉さんの後を追って更衣室に踏み込んだ俺は、いきなりその足を、メドゥーサに睨まれた。 俺の目の前で、いきなり上着が脱ぎ捨てられたかと思うと、今度はスカートに手がかかり、あっさりと床に落ちる。 てことは当然、恵麻姉さんの、下着に包まれただけの肢体が、惜しげもなく晒されているわけで…「な、な…何考えてんだよ姉ちゃん!?」 「ちょっと、かすりちゃんの借りるね」 「は? かすりさん…?」 見ると、かすりさんのロッカーが開け放たれている。 そして、姉さんが手に取ったのは…そこにかけてあった、かすりさんの制服。 それも、フロア用のものではなく、キッチン用の…「懐かしいな…これ」 「姉さん…?」 姉の着替えを覗く…というよりも、堂々と観賞しているとんでもない弟は…新たに姉を包み込む、その服が、どういう意味を持つものなのか、わかってるのに…「仁くん」 「え…?」 「後ろ、とめて」 「う、うん…」 何も言うことができずに、ただ、姉に導かれるまま、その手伝いをする。 「よし…仕上げ」 「あ…」 最後に、髪を束ねると、後ろに上げて、一本に結わえていく。 それが、彼女の“そのとき”のスタイル。 とうとう、完成した。 「どうかな? 仁くん?」 「………」 「…仁くん?」 「何を…」 「ん?」 「何を…するつもり、なの?」 それは、半年前までの、彼女のスタイル。 彼女がこの服に身を包むと、今までの、のんびりした雰囲気はなりを潜める。 素早く、厳しく、豪快に…キッチンを駆け回り、粉と水とを火にかけて、美味しい美味しい塊に変えていく…「店長」 「え?」 「杉澤恵麻、ファミーユでのアルバイト希望です。菓子作りなら、自信あります」 「あ…っ」 帰って…きた。 ファミーユの、本当の主が、帰ってきた。 「今から試験を受けさせてはいただけないでしょうか?そして、わたしの作るお菓子が、このお店にふさわしければ、どうか採用してください」 「ま~姉ちゃん…っ」 「どうしたのかな? 店長?」 「保険会社の仕事は…?最近、やっと軌道に乗ってきたって…」 「あ~、やめてきた。なり怒られちゃったけどね」 「この、ばかっ…っ…」 ずっと、求めていたもの。 それは、目の前の女性の差し伸べる手。 それが、本当に与えられたのに、こうして憎まれ口しか叩くことができないのは…やっぱり、俺たちが、家族だから、なんだろうか。 「さあ…試験に立ち会って。 店長。 今日は寝かせないわよ」 「試験…」 「当然、実技試験でしょう?合格するためには、大量に作らないと」 「………」 「ついでに手伝って頂戴、仁くん。いつものように、ね?」 「………了解っ!」 「小麦粉、お砂糖、卵、バター、ベーキングパウダー…フルーツの在庫は!?」 「今すぐかき集める!」 「ああ、愛しの愛しのオーブンちゃん…半年間、あなたと遊べなくて寂しかったわ~」 ………「………」 「イチゴにパインに桃にチェリーにキウイに…その他こんだけ!」 「十分!」 ………「やっと始まったね…仁」 「あれぇ? 開いてる…」 ………「…おはよ~ございま~す?」 ………「あれ?」 「ん…」 「ん、ふふ…」 「………」 「ん~…」 「あんっ♪」 「い…」 「ん?」 「いやあああああああああ~~~っ!!!」 「由飛さん?」 「ネズミでも出た?」 「~~~っ」 「………」 み…耳がキンキンする。 朝っぱらから、もの凄く通る声を聞いてしまった。 「て、ててて…店長、同衾~!?」 「ど、どうきん…?」 「………」 「は、離れてくださいっ!不潔ですっ」 「どーしたんですか~?」 「おっはよ~」 「あ…また寝ちゃったのか」 「それどころじゃないです!正気に戻ってください店長!大体、この女の人は誰ですかっ!?」 「…恵麻さん?」 「え…?」 「あれ…そういえばどこかで…?」 由飛くんの、張りのある声に混じって、明日香ちゃんとかすりさんの声まで…そうか、もうみんなが出勤してくる時間か…なら、俺も起き…「…あれ?」 なんか動けない。 柔らかい感触と、息苦しさと…そして、頭に巻き付けられたこの腕は一体…?「ん~…仁く~ん」 「はい?」 …ヘッドロック?じゃなくて、これは…この、俺の顔にぐいぐい押しつけられる感触と、耳に吹きかけられる規則正しい寝息は…「恵麻姉さん?」 「え…恵麻さん…恵麻さんだぁぁぁ~っ!」 「戻って…きたんだぁ!」 …どうやら間違いないらしい。 視界を完全に胸で塞がれてるせいで、確かめようがないのは確かなんだが。 「ちょっと姉さん、みんな来ちゃったよ。きて、起きてってばさ!」 「ん………くぅぅぅ…」 だ…駄目だ…低血圧の姉さんを一度眠らせてしまったのが敗因だ…これじゃあ、いくら暴れても起きるまで30分はかかるぞ。 ………てことは俺、30分間姉さんの胸に抱かれたまま!?「恵麻さ~ん!」 「ぐぼっ!?」 見えない角度(360度全て)から、今度はタックルをかまされた。 「お帰りなさ~い!」 「むぎゅっ!?」 更に柔らかい塊がぐいぐい押しつけられる。 「また一緒に働けるんだぁ~!嬉しいよ~!」 「お帰りなさい、お帰りなさい~!」 「そ、そんな…店長?」 「ぐ、ぐぐ…」 俺の存在が埋もれてゆく。 しかも、どうやら3つの女体によって…三種三様の、男をモヤモヤとさせる香りに包まれ、意識が朦朧とし始める。 それは、何と形容したらいいのか…そう、『限りなく天国に近い地獄』?「店長…わ…わたしっ…」 「ゆ、由飛くん…た、助け…」 俺は、唯一、状況についていっていない由飛くんに、救いを求め…「仲間はずれは嫌~~~っ!!!」 そして、あっさりと裏切られた。 「群集心理に飲まれるな~!!!」 「だってだって~!みんな楽しそうなんだも~ん!」 「俺は苦しいんだ~!」 「ん~…むふふふふ…」 …姉さんの方はそれでも起きないし。 ………「皆さん、おはようございます」 「おはようございま~す」 「おはようございます~」 「おはよございます」 「………(こっくり、こっくり)」 「姉さん…」 「んぁ? あ、お、おはようございます」 …大丈夫か?いや、これからは、規則正しい生活に戻るから…いや、でも、店が軌道に乗るまでは、寝てる暇なんかないかも…って、そんなことになったら姉さんは寝てしまう。 「店長?」 「あ、あ~…ごめん由飛くん。 それじゃ、連絡事項行く前に重大発表。 今日からファミーユに、また、新しい仲間が加わります」 「わ~い」 「恵麻さ~ん」 「ようこそ~」 「それでは紹介を…恵麻姉さ…ん?」 「うん…」 俺が振り返った時…姉さんは、もう、普段通りの姉さんだった。 「杉澤恵麻です。 新生ファミーユでは、一番の新人になります。 皆さん、色々とご指導お願いします」 半年前と同じ、優しくて、ちょっと厳しい、ファミーユの店長だった頃の姉さんだった。 「こちらこそよろしくお願いします、恵麻さん。慮なく、なんでも聞いてくださいね!」 「あ、あはは…」 「あのねぇ…」 “後輩”ができた由飛くんは嬉しそうだ。 どうせ数秒後に真相を知ってがっかりするんだろうけど。 「由飛さん、ちょっと聞いて。麻さんはぁ…」 ………「…というわけなの!」 「え~!店長のお姉さんなだけでなく、店長だったの~!?」 「…ややこしいな何か」 「そいやさ、これからはどっちが店長?」 「そりゃ、恵麻姉さんが戻ってきてくれたんだから…」 「仁くんよ」 「そうそう俺、俺俺…って何で!?」 せっかく戻ってきてくれたのに…前みたいに先頭切って、皆を引っ張ってってくれないんだろうか?「このお店は、仁くんが決めて、仁くんが人を集めて、仁くんが開いた、仁くんのお店だから」 「でも、もともとファミーユは…」 「あなたが続けようとしなかったら、ファミーユは終わっていたの…」 「姉さん…」 「あなたのせいよ…そして、あなたのおかげ。から…これからもよろしくね、店長さん」 「てんちょ…わたしも、せんせのこと、てんちょって呼ぶの好き」 「明日香ちゃん…」 「わたしと駆け落ちした責任も取ってもらわないとねぇ」 「そうだったんですかぁ!?」 「かすりさんは黙ってて!」 たった数週間で身に染みた責任。 自分では、背負いきれないと自覚してしまった責任。 でも、みんながまだ、背負えると期待してくれている、責任。 「総店長…」 「はい?」 「姉さんは、総店長ってことでひとつ」 「え?」 なら、責任はそのままに。 権限を、抱えてもらおう。 「なにそれ?」 「ほら、サッカーとかにも総監督ってあるじゃん。場指示はしないけど、監督より目立ってる奴」 「でも恵麻さん、バリバリの現場じゃ…」 「黙らっしゃい! 店長が総店長といったら総店長なの!店長よりも偉いの! これ店長命令!」 「ちょっと、いきなり何言うのよ仁くん」 「それって責任逃れじゃないの~?」 「そうだそうだ~、店長無責任~」 「…その言葉、そっくりそのままアンタにお返しします」 なんでこの人はいつもいつも、自分の店の朝礼に参加しないんだ…「杉澤恵麻さんですか…いい名前だ」 「仁くん、あの…この人は?」 「いや、気にしなくていいから」 「ご紹介が遅れました…板橋孝明と申します。さんとは、兄弟の杯を交わした仲でして…」 「交わしてへん交わしてへん」 「あらまあ、いつも仁くんがお世話になってます」 「そうなんですよ。 ボクは、仁くんのお兄さんのようなもので。 必然的に、あなたとはいいパートナーになれそうな…」 「こらこらこら、その手を離さんか」 しかもなんか、姉さんに色目使ってるし!?「あの…板橋さんもブリックモールにお勤めで?」 「その辺りも、二人きりで、ゆっくりと話したい話題ですね。かがですか? オープンカフェの方でお話でも…」 「え? あ、あれ?」 「あれぇ? どこ行くんですキュリオの店長さん?」 「いや、だからボクは…君たちの総店長と大事なお話があるから~」 「…キュリオ?」 「…なんでうちらはあの店長の店に負けてるのかねぇ」 「言わないで、死にたくなるから」 「ささ、そんな瑣末なことは置いといて~あ、エスプレッソ2つ、テーブルに届けてね~」 「まだ準備中だ!」 「固いこといいっこなし」 「自分の店に頼めばいいのに…」 「やだなぁ、そんないい加減な真似、カトレア君が許してくれる訳ないだろ?」 「自分の店で許してくれないサービスを、他人の店に求めるな!」 「ちぇ、けち~」 「…離しなさい」 「…え?」 「…この、汚らわしい手を、離しなさいと言ったのよ!」 「………」 「………」 「………」 「………」 一瞬で、騒がしかった店内が凍りついた。 そりゃ、そうだよなぁ…「…あなたね?」 「え? な、何が?」 「ウチの仁くんをいじめて、色々と苦労を背負わせてる、キュリオの代表が、あなたなのね?」 「ね…姉さん?」 「いや、ボクと仁くんは兄弟の杯を…」 「嘘おっしゃい! ちゃんと話は聞いてるんだから!色々と汚い手を使って仁くんに嫌がらせしてるんでしょ!」 「してないしてない!」 その件に関しては、板橋店長に同意…つか、誰だ、そんなガセネタを流しているのは?「よく聞きなさい? キュリオさん。のわたしが総店長に就任したからには、仁くんには、二度と手出しさせませんからね!」 「ちょっ…姉さん」 「久々に見たねぇ…弟溺愛モード」 「これがないとファミーユって感じがしないもんね」 「新鮮な驚きでいっぱい…」 「キュリオに帰りなさい、板橋店長。 そしてみんなに伝えなさい。 『今日からのファミーユは、今までとは違う』と…」 「ひ、仁くん、何とか言ってあげてよ~」 「板橋さん…今日のところは帰ったほうがいい」 「仁く~ん…」 こうなったときの姉さんは、俺でさえ止められん。 「はいはい、おひとり様お帰り~」 「またのお越しをお待ちしてません~」 「あ、ちょっ、ちょっとぉ!」 それに、自分では止めたくない。 ちと、いや、かなりこそばゆいけど…それでも、10年も前から、この、俺よりも小さな背中に守られてきたんだから。 「仁くん…」 「え? な、なに?」 「あれ…いい標語ね」 「あ…?」 姉さんが指差したのは、キッチンの壁に掲げられている色紙。 サインペンで書かれた文字は『打倒キュリオ』。 「あれ、店長が書いたんですよ」 由飛くんが自慢げに真相を披露する。 君には何の得もないだろうに…「仁くん…総店長のポスト、受けさせてもらうわ」 「え…?」 「弟の喧嘩に姉がしゃしゃり出るのはちょっと大人げないかなと思って断ったんだけど…」 いや、もう十分大人げないです。 「実は、作戦があるの。ァミーユを立て直しつつ、キュリオに仕掛ける、一石二鳥の作戦がね」 姉さんは、声を潜めると、皆に手招きをする。 「みんな…聞いて頂戴」 「仁くん、もう帰ろうよ?」 「いや、いいって。さんは最近一番忙しいんだし、先に帰ってゆっくり休みなって」 「別に疲れてなんかいないけどなぁ…」 「今はテンション高いからね。 これがちょっとでも気を抜いたらぶっ倒れるから。 何せもう若くな…んでもありません」 体感温度的にエアコンが切れたような寒さ。 室内に寒風が吹きすさぶ中、俺は姉さんの若々しい美しさが、不老不死の雪女のそれに重なり…これ以上はやめとこう。 「あ…」 けど、姉さんをこれ以上働かせるのは、俺の矜持から言っても許されないこと。 何しろ先週から今週にかけては、本当に、目が回るくらいに忙しかった。 ケーキメニューの刷新、ほぼ半額への値下げ。 それらの改革は、芽を出したと言っていい結果を残した。 はじめの週に、三日後に客足が鈍ったのと対照的に、三日後から、評判が評判を呼び始めた。 1個200円のケーキは飛ぶように売れ、そして…予想通り、赤字へと転落した。 けど、初週の頃と比べて、皆に悲壮感はない。 明らかに、展望が見えてきてるから。 「ごめん、気が利かなかった。ういうことだったんだ~」 「そうそう、せっかく気を利かせたんだから、早く帰って早く寝て早く起きて早く目を覚ましてくれ」 「それじゃあリカちゃん、ごゆっくり~」 「そうそう、里伽子はゆっくりしてって…って何ぃっ!?」 「………」 姉さんが出てったドアの前に、いつもと同じように、つまらなそうな表情の…「…いらっしゃい」 「まぁね」 意味不明の受け答えをして、近くのテーブルに腰掛ける里伽子。 俺は…火にかけていたフライパンを置くと、手を洗い、湯を沸かし、とりあえず、お冷やを一杯。 「ブレンドでいいか?」 「そうね…飲み物はそれで」 飲み物『は』?「いい匂いがするじゃない。の夜食?」 「あ~、ま、結果的には」 キッチンから漂うパスタの香ばしい香り。 里伽子に鼻聡く嗅ぎつけられてしまった。 「じゃ、それ、あたしにも分けてもらえない?」 「飯、食ってないのか?」 「ま、ね」 晩飯をたかりに来たのかこいつは…?「わかったよ…ミートソースでいいな?」 「あとは…カルボナーラとペペロンチーノ」 「…なに?」 「それに、エビピラフとカレーライス、クラブハウスサンドに…」 「おいおいおい!」 「なに?」 「お前はウチの軽食メニューを全部食うつもりか!?」 「正解。心して、ちゃんとお金は払うから」 「いや、ちょっと待て…そもそも今日はもう閉店してる」 てっきり話でもあるのかと思ったら、体型を変えるほどの腹ごしらえでもするつもりかよ。 「どうせ、いくつかは作るつもりだったんでしょ?」 「え…?」 「別に時間は気にしないし、毒見要員は沢山いた方がいいんじゃない?」 「なんで…」 俺が、研究始める気だって、気づいた?「そろそろ頃合かなと思って」 「なんの…?」 「仁が、落ち込み始めるのの、ね」 「っ!?」 「自分が役に立ってない…そう思い始めてるでしょ」 「お前…エスパー?」 「どちらかというと、記憶力がいいだけよ。去の仁の思考パターンを紐解いたら、そろそろ反動が来る頃かなと思って」 「………」 その、通りだ。 今の俺は、ファミーユに貢献してない。 姉さんが来て、繁盛すればするほど、その思いは色濃く、俺の中に宿っていく。 「恵麻さんのお菓子が評判になるのを、一番喜ぶのが仁なら…一番嫉妬するのも仁だからねぇ」 「いや、それは…」 その、通りだ。 姉さんは洋菓子、俺は軽食。 ファミーユが立ち上がったときからの分担。 そして、ファミーユはいつしか、『ケーキのおいしい喫茶店』という評判を広めていった。 素直に嬉しいし、姉さんを誇りに思う。 けど…「恵麻さんが来てから、ケーキばかり売れるようになった…」 たまには、食事目当てのお客様だって、いてもいいじゃんかなぁ…「でもそれは当然よ。しろ、あのケーキが200円なんだから」 「…お前が考えたんだろ?あの無茶な価格設定」 「さあ…どうだったかな?」 姉さんと里伽子の間には、ときどき、俺の入り込めない“秘密”が存在する。 今回だって、裏で助言してたのは、絶対にこいつの筈なのに、姉さんは絶対にそのことを口に出さない。 「先週から、かなり忙しくなった。前には感謝してるよ」 「………」 「でも、俺のしたことと言えば、姉さんの下ごしらえの手伝いと、仕入れと、あと、ショーケースでケーキ売ってばっかりで…」 「そんなに料理したい?」 「いや全然」 「………」 「別に俺、料理が趣味な訳でも、得意な訳でもないしなぁ…」 「そのくせ負けず嫌いなんだから…」 「ケーキが採算取れない以上、軽食で稼ぐしかないと思わんか?」 「で、本音は?」 「何でみんな俺の作ったものを食わないんだよ!」 全体の売り上げは上がってる。 それはもう、劇的なくらいに。 けど、部門別の売り上げを見ると…「このままだと、軽食やめてケーキだけの方が儲かるわ。んか悔しいなぁ…」 「で、もっと腕に磨きをかけようと考えた、と」 「ま、まぁ…」 「なら、ミートソースとカルボナーラとペペロンチーノと、エビピラフとカレーライスとクラブハウスサンド、エトセトラ、エトセトラ」 「…日付変わっても知らんぞ?」 「大丈夫、夜食はたっぷりある。眠気覚ましのコーヒーも飲み放題でしょ?」 「…勝手に注いでけよ」 …長い夜になりそうだ。 ………「ほれ、まずはスパゲティのトリプル」 「ん、ありがと」 一人分のパスタを3つの皿に分けて出す。 けど、手間は三人分。 「ピラフとサンドはもうすぐできる。のはちょっと待て」 「うん」 「………」 「………」 「…食べないのか?」 「…作らないの?」 「冷めるぞ?」 「遅くなるわよ?」 「お前が食ったら残りも作る」 「仁が作り始めたら食べる」 「………」 「………」 「………」 「………」 「…待ってろ、すぐ戻る」 …別に根負けした訳じゃないからな。 ただ、こんなつまらない意地の張り合いで、帰宅時間が更に遅くなるのはお互い不幸であると、冷静に冷厳に冷徹に判断しただけだ。 …くそぅ。 ………「ほれエビピラ…うわぁっ!?」 「ごちそうさま」 あれから5分しか経ってないのに、三皿のスパゲティを完食してやがる!?「お、お前…いつの間に?」 「だから早く作れって言ったのよ」 「…そんなに腹減ってるのか?」 「解釈はご随意に」 「………」 「………」 「…待ってろ、次はサンドな」 いや…いくらなんでも、なぁ。 もしかしてあいつは、先週、ガムテープが羽に絡まって動けないでいたところを、可哀想にと助けてやったあのカラスの化身では?『あたしが食べるところを、決して覗かないでください』「………」 ………よし、カモフラージュ完了。 まさか里伽子も、今炒められているのが、金ダワシなどとは思うまい。 さて、俺を追い払った後に、一体なにを…?「………」 …それだけ?ねえ、それだけ?あいつが超のつく近眼だってのは、初めて会ったときから知ってる。 ただ、その頃からずっとコンタクトだったから、確かにあいつの眼鏡なんか見たことないけど。 …一度しか、な。 そんなに気にするものなんかなぁ…………それでも…あいつが近眼だって知ってて、電気もつけてやってなかった俺のほうが悪い、かな?………「あ…」 「ほれ、クラブハウスサンド。ォーターサイズだけど」 「ご…ごちそう、さま…」 ちゃんと眼鏡外してるし、ちゃんと料理も平らげてる。 「大丈夫か?」 「な、何の…うぷ…こと…?」 なんだか、なぁ。 呆れるやら、にやけるやら。 こいつは…まだ、俺に対して、飾ろうって思ってくれてるって…「俺、今から時間かけて作るから」 「え…?」 「だから里伽子も、ゆっくり味わって食ってくれ」 「………」 だったら…変な見栄を張るなら、とことんまで誤魔化されてやるから。 できれば、ずうっと、どんな形であれ、続いていてくれれば、俺も嬉しい。 ………………「で、どうだった?」 結局里伽子は、俺の作った料理10品を、ことごとく完食した。 ついでに俺の差し出した胃薬も貪るように飲んだ。 それから10分近く、喋ることもできずに、ずっと天井を見上げていたのはご愛嬌。 「…まず、スパゲティ」 「うん」 「カルボナーラが90点」 「おお!」 これは幸先が…「ミートソースとペペロンチーノが30点」 「をを…」 これは行く末が…「オムライスは85点」 「よしっ!」 これで盛り返し…「エビピラフ20点。ラブハウスサンド45点、カレーライスが35点、それから…」 「………」 そこまで、言う?さっきまで、里伽子の可愛らしい見栄に、癒されていた俺ってピエロ?「………で、平均40点」 「………」 「ちなみに大学生らしく、合格点は60点」 不可…「何か言うことは?」 「…腹いっぱいのときに美味いなんて思えねえよ」 あれだけ食ったら、審査だって辛くなるに決まって…「最初に食べたミートソースが30点。 二番目に食べたペペロンチーノも30点。 三番目に食べたカルボナーラは90点」 「………」 「仁…あんたバランス悪すぎ。からわかってたことだけど」 「里伽子ぉ…どうしよう」 その欠点は、今までも散々指摘されてきたことだったりする。 要するに俺は…「久しぶりに、仁の黄金チャーハン食べたいな」 「…は?」 「食材、あるわよね?」 「そりゃ、あるけど…」 卵とご飯。 「それじゃ、最後の注文。っとと作ってきて」 「いや、それウチのメニューにないし」 「………」 「………」 「………」 「………」 「…待ってろ、すぐ戻る」 …別に根負けした訳じゃないからな。 ただ、せっかく俺の料理がもっと食いたいと、懇願する里伽子に対しての誠意というか…………まだ、誠意を示す必要があるかはともかく、な。 ………「お待たせ」 「うん…」 「食えるのか本当に?」 さっき、胃薬飲んだばっかりで、しかも、チャーハンみたいに脂っこいもの。 「いただきます」 けど、そんな俺の心配をよそに、里伽子は、右手のスプーンで、チャーハンをすくっては、口に運ぶ。 ………二口、三口…………「…よう食うなぁ」 「初めて食べたとき、結構ショックだったのよね」 そういえば…こいつに初めてご馳走したのって…2年と、3ヶ月くらい前。 テスト前の日に、里伽子にノート借りて、コピー取ってたら夜中になって。 お礼に飯おごるってことになったんだけど、財布の中には390円。 『コンビニでおにぎり2個』を提案したら、里伽子にあっさり却下されて…仕方ないから、閉店後のファミーユに忍び込んで、けれど、冷蔵庫をあけたら、卵しか入ってなくて。 『卵かけご飯』を提案したら、またしてもあっさり却下されて、それで…「…ごちそうさま」 「また薬、飲むか?」 「いいわ。れは別腹だから」 本当に、苦しそうじゃない。 なんなんだかなぁ。 「点数は?」 「99点」 「何が1点足りない?」 「空腹というスパイス」 「俺のせいじゃねえ」 「そうね、惜しかったわね」 「………」 「………」 お互いに、苦笑を交えて、視線が絡み合う。 懐かしくて、そして、愛しいって、まだ思える時間。 「提案」 「伺いましょう」 「軽食のメニューの種類を、今の10から3へ」 「…そんなの飽きるだろ?」 「30点の食べ物を出すよりはマシ」 「ぐ…」 「で、その3つのメニューだけど…まずは、カルボナーラ」 「まぁ、あれは当然」 一応、売れない中でも人気メニューだし。 「サンドウィッチ。ど、クラブハウスサンドじゃなくて、エッグサンドで」 「…そんなシンプルなメニューでいいのか?」 材料費も手間も、段違いに安上がりなんだが。 まぁ、身内用の朝食だと、確かによく作るし、誰にも飽きたなどと言わせない自信はあるけど。 「最後に…」 そうか、もう一つは、今の…「オムライス。けど、こっちはちょっと手を加えて半熟オムライスに」 「………」 「不満?メニューの数を減らしたんだから、そのくらいの手間は惜しまないの」 「いや、そうじゃなくて…黄金チャーハンは?」 「…そんな中華料理を喫茶店のメニューに入れられるわけないでしょ」 「じゃお前、何のために頼んだの?」 「久しぶりに食べたかったからって、言ったはずだけど?」 「………」 伏線かと思ったのに…「メニューは絞る、けど質を上げる。この3品なら、仁は絶対に外さない」 「まぁ、な…」 要するに俺は…卵以外の食材は、ちょぉ適当に料理してしまう人間だということらしい。 いや、そんな自覚はないんだけど。 「ファミーユは、もともとケーキがメインのお店なの。んたは、主役になろうとしない」 「そりゃ、そうだけど…でも」 「その代わり…一週間もしてごらん?きっと、何かが変わるから」 「何かって…?」 「さあ、ね?」 「ちぇっ」 相変わらず、肝心なところをはぐらかす奴だ。 だから俺は、その、言葉にならない感情の機微を、ああでもない、こうでもないと想像し…そして、大外ししたりする訳なんだけど。 「帰るわ」 「送ってくぞ」 「大丈夫。だ、終電に間に合う」 「そうか…」 だから教訓…里伽子と接する場合、こいつの指定したボーダーラインの中には踏み込まない。 「後片付け、手伝えなくて悪いけど…」 「また…ご来店ください」 「………」 「………」 それでも…踏み込めるギリギリのライン上には、いたいから。 深々と頭を下げて、そして、ちらっとその表情を窺う。 里伽子は…また、ちょっとだけ、苦笑してた。 「…来る」 「ありがとうございましたぁ!」 「それじゃ、準備はできたかな?じゃ、今日もお疲れさまでした。んぱ~い!」 「紅茶でそういう気勢をあげないでください」 「まぁまぁチーフ。っかくの店長の『たまの』ご厚意なんだから」 「そうですよぉ。業後のお茶会なんて、今まで一月ここで働いてたけど、初めてじゃないですか~」 「…ひょっとして、新人教育失敗した? ボク」 「店長がいつどこで何を教育してたんですか…玲愛とわたしに任せっきりだったくせに」 「きょ、今日のお茶会のお菓子を、提供したのはどこの誰なのか、よく考えてから発言するべきだと思うんだよ、ボクは~!」 「早く帰って洗濯しなきゃ…」 「…冷めるから早く飲んでね」 「店長~、お~な~か~すいたよ~」 「ちょっとは大人しく待てんのか君は」 カウンター越しに、皿をスプーンで激しく叩く音が響く。 こっちが半熟具合に集中している最中に…「だってだって~…めちゃくちゃいい匂いじゃないですか~!」 と、そういってる間にも、デミグラスソースがいい具合だ。 ケチャップをブレンドして、甘みを強めにする。 チキンライスには、ケチャップが必須だからな。 「あと3分待つこと~」 「ああん、もう!卵はいいから、その、チキンライスだけでも~」 「貴様ぁっ!言ってはならんことを~!」 卵を…卵をないがしろにしたぁっ!?「あ~もう我慢できないっ!店長のぉ、早く…早く食べさせてぇ」 「…主語を省略するな」 「あれ? そういえば石田君は?」 「ああ、石田さんならさっき電話がかかってきて、慌てて帰っていきましたよ?」 「例の望ちゃん?」 「いいえぇ、電話口では『麻美ちゃん』って…」 「わたし、『くるみ』って人からの電話受けたことありますけど」 「彼って、玲愛狙いだったんじゃなかったの?」 「一度、仕事終わった後にデートに誘われたけど、一時間説教したら、二度と誘わなくなったわよ?」 「………」 「………」 「要するにアレだ…カトレア君にこっぴどくふられて、そのトラウマを克服するために、手当たり次第に店と関係ない女の子に手を出し始めた、と」 「男の人生操ってるね~、玲愛。かも悪い方向に」 「そんな根性なしに用なんかないわ。 大体、仕事中は仕事のことだけ考えなさいっての。 …あとカトレア言わないでください店長」 「そういうキツイことばっか言ってるから、君の周りの男って、仁くんだけになっちゃうんだよ?」 「げほっ! ごほっ!?」 「うわきったな」 「はいお待たせ。くかき混ぜて味わうんだぞ」 「うわあああ…夢にまで見たよ~」 「大げさな…ただのオムライスだよ」 「だってだって~、いつも運ぶときいい匂いしてたし、『え~、てんちょの半熟オムライス、食べたことないの?』って、明日香ちゃんに馬鹿にされたし~」 まぁ、そんなこんなで…今日の終業後になって、由飛くんが急に、『店長の半熟オムライス食べたい~』と、駄々をこねた。 まぁ、俺としても、せっかくのリクエストだし、かなり悪い気がしなかったんで、二つ返事で居残りをした。 「このメニューが始まってから、残してる人見たことないんですよ」 「…ありがたいね、そりゃ」 確かに、下げられてくる皿は、大抵が綺麗に何も残ってない。 普通のオムライスに比べて成功率が低いからって、今までメニューに加えてなかった半熟オムライス。 けど、肝心のメニュー数を減らしたことで、なんとかお客様に提供できるだけの目処が立った。 で、蓋を開けてみれば、これがなかなかの反響。 「あああああ…世の中に、こんな柔らかくて、美味しいオムライスがあっていいんでしょうか~!?」 ほら、こんな具合に。 里伽子には、感謝だな。 あいつはいつも、本質を突いてきやがる。 「卵がとろっとろで、ソースもぴったりで~、…チキンライスは普通だけど」 「…よく見破ったな」 だってチキンライス炒めるのめんどくさいんだもん。 それなら半熟卵のとろけ具合に力を注いだ方が楽しい。 「店長って…店長って…卵の王子様だね~」 「なんだそりゃ」 「美味しいよぉ…また作ってくださいね?さしあたっては来週? 別に明日でも構わないけど」 「…よく味わって食えよ。後にコーヒーも淹れるから」 由飛くんは、気持ちいいくらいにがっついてくれる。 こういうワガママは…なんとなく、許せてしまう俺が可愛い。 「ああ…しやわせ~」 「ごほっ、ごほぉっ…な、なんて…ことを…?」 「そういえば…一月経った今でも飽きずに言い争いしてますね」 「高村さんって罵られるのが好きなのかなぁ?」 「いや、それは…ちょっと言い過ぎなんじゃ?」 「面と向かって言っちゃってナンだけど、ボクは、君と仁くんは、あやしいと思ってるんだよ」 「よくもまぁそんな…私はですねぇ、ああいった礼儀知らずで、自分勝手で、独善的な男は大っ嫌いなんです!」 「そうでしょうか…?礼儀正しいし、優しそうな感じがしますけど」 「同じマンションに住んでるけど、廊下で会ってもきちんと挨拶するし、正直いい人だよ」 「そういう、誰にでもいい顔するところが気に入らない」 「…礼儀知らずで自分勝手なところが気に入らなかったんじゃないんですか?」 「っ!」 「ひぃっ!?」 「…真理を突かれたからって凄まないの。美、泣きそうになってるじゃない」 「ふ、ふんっ」 「あ、そうだ、せっかくだから、仁くんもお茶会に呼ぼうよ?」 「ぐふっ、げほっ、ごほぉっ!?」 「…さっきからきったないなぁ、もう」 「この時間なら多分帰ってないからさ。ぼう呼ぼう、生贄をもう一人…じゃなくて、お向かいさんとも、親睦を深めなきゃね~」 「…楽しそうですわね、店長」 「…ごちそうさまでした~」 「おそまつさまでした」 両手をきっちりと合わせて、深々とお辞儀をする由飛くんに、俺は、思わず頭を撫でそうになる。 いやほら、他意はないぞ?自分の飯を美味いと言ってくれたら、そりゃ、誰だって嬉しいだろ? なっ?「店長って…やっぱりすごいなぁ」 「オムライス一つでそこまで言われても…」 「オムライスだけじゃないですよ。だ若いのに、こうしてお店切り盛りして…苦労人なのに、そんなのおくびにも出さないし」 …何か、由飛くんのイメージの中では、俺のことが変に美化されているような?「別に苦労なんか…もともと姉さんのやってた店だし、今だって、責任は取ってもらってるし」 「そうやって、苦労を苦労とも思ってないところも、尊敬に値すると思ってますよ?」 「いや、本当に苦労なんかしてないし」 ひょっとして、何か欲しいものでもあるんだろうか?などと、親の勘ぐりをしてしまうくらいに、由飛くんが、俺を持ち上げる。 「わたしは、嫌なことがあったらすぐに逃げちゃうから…正面から向き合うこと、しないから…」 「…由飛、くん?」 「だから、成長もしないし、いつまでたっても、仲直りできない」 かと思ったら、今度は自分を省みて…何故だか、ちょっと、落ち込みの表情を見せる。 ていうか、仲直りって…?「ねえ、店長…」 「なに?」 「恵麻さんと、きょうだい、やっていくのって、ずっと、楽しいことばかりでしたか?」 「それは…どういう意味?」 「本当のお姉さんじゃない、お姉さんができたとき…」 「え…」 「嬉しかったですか? 戸惑ったりしなかったですか?どうやって笑ったらいいか、ちゃんと知ってました?」 「………」 「というわけだからさぁ、花鳥君、頼むよ。くん連れてきてよ~」 「なんで一番嫌がってる私にそんな役目を押しつけるんですか!他の人に行かせればいいでしょ!」 「嫌がってる割には、反対しないんですね…」 「この辺が、玲愛のよくわかんないとこなのよねぇ」 「だってさぁ、ウチの中では、明らかに君が一番仲いいんだもん」 「店長の『明らか』には、重大な誤用があります!」 「あ、でも、いいのかなぁ…今呼びに行っちゃって。邪魔なんじゃ?」 「いいんじゃないの?もう後かたづけとかも終わった頃でしょ」 「いえ、そういう意味じゃなくて…実はさっき、お茶会のちょっと前に、ファミーユさんの前を通りかかったら…」 「…通りかかったら?」 「…いつの間に聞き耳立ててたのよ?」 「あ、その…二人っきりで楽しそうに話してたから…」 a「誰と!?」 「誰と!?」 「この二人、本質的には同じ…?」 「えっと、ほら…風美さん、だっけ?ほら、時々、仕事中に歌ってる娘」 「………」 「ちょっと…苦しかった、かな?」 「あ…」 由飛くんが、驚きの表情に、ほっとした表情を混ぜ込んでくる。 けど…それは違うんだよなぁ。 俺の感覚は、たぶん、彼女の想像しているものと違う。 「ほれ、なんつ~か初恋…だったからなぁ。~姉ちゃんが」 「え…あ…」 “初恋”つ~のは、男がこうしてマジで口にすると、物凄い滑稽だというのが今わかったことだけでも収穫。 「弟として可愛がられることは、嬉しかったけど、戸惑ったし、やっぱり…どう笑えばいいのか、わかんなかったなぁ」 「………」 つか、恥ずかしい。 けど、質問の答えとしては、最適だし、う~ん。 「答えに…なってないだろ?こんな特殊ケース」 「そ…っか…」 三つ年上の、いとこのお姉さん。 親戚中で、ただ一人、兄ちゃんよりも、俺の方を可愛がってくれたひと。 そして…数年後、兄ちゃんのお嫁さんになったひと。 「えっと…みんなには結構バレてるけど、一応、秘密ってことになってるから、他言無用な」 「うん…」 いかん…由飛くんの、いつもとは違う神妙な態度にほだされて、ついつい余計なことをバラしてしまった。 「ままならないね…」 「え…?」 「大好きで、ずっと話したかったひとが、今までよりも、ずっと近くになったからって…」 「それが…幸せってことになるとは限らないんだから」 「由飛、くん…」 「わたしたち、ちょっとだけ似たもの同士ですね♪」 「そ、そう、かなぁ?」 俺の境遇しか話してないから、由飛くんの事情を知らないと、なんとも判断できない。 「あのね店長…」 「うん?」 「今夜、もうちょっとだけ時間取れますか?…聞いて欲しい話があるんです」 「いいけど…別に今夜、話さないでもいいんじゃないか?」 時計を見ると、結構な時間だ。 長くなりそうだから、今日のところはここまでにしといて、今度の休みの日とかで、ゆっくり話を聞いた方がいいかも。 「いえ、今、聞いて欲しいんです。はわたし…」 「大好き………、今までよりも、ずっと………」 「え…?」 「…………幸せ………」 「ちょっ…ちょっとぉ?」 「今夜、もうちょっと………………欲しい………」 「いいけど………今夜、離さない………」 「~~~っ!?」 「お店の中で何やってんのよ~由飛!」 「妹がキュリオにいるんです…」 「え?」 妹?「あれ?」 「って、玲愛ちゃん!?」 玲愛ちゃん?「あの…どしたの花鳥?」 てか、こいつ何でいきなり乱入してきたの?「え? いや、それは、ほらあの…ねえ?」 「どうして、わたしがここにいるって…?」 「はい?」 「いや、そっちは…ずっと前から気づいてたけど。っとも隠れてなかったし…姉さん」 「はいぃ?」 姉、さん…?「お~い、まだかい? 花鳥君。て、あれ? 修羅場?」 「………」 「………」 「お前ら…ええ?」 11月も半ばに差し掛かったブリックモール。 クリスマス商戦を一月後に控え、それとは全然関係ない衝撃の事実。 冬の夜の~、寒さも凍らす、姉妹かな~?「えっと…それじゃ『まさゆき』で良かったですか?」 「ああ、よろしく」 「それでは…頑張ります~」 「…?」 「よ、里伽子。てくれてたんだ」 「ちょっと仁…あれ、なんなの?」 「あれって?」 「ほら、由飛さん」 「由飛が…あ」 「………」 「由飛………くん、が、どうかしたって?」 「…由飛でいいわ」 「…すまん」 俺が、とても言いにくそうにしているのを見て、呆れ顔で、里伽子が『呼び捨て許可』を出す。 「なんか、さっきからお客さんと雑談してるみたいだけど?」 里伽子が目を向けた先では、由飛が、とある物を持ったまま、お客様と歓談中。 「ああ、あれかぁ」 「あれって?」 「よし、んじゃ里伽子には特別に俺がサービスしてやろう。ょっとだけここ座って待ってな」 「あ、仁…?」 釈然としない様子の里伽子を置いて、俺は、キッチンへと戻る。 「あれぇ?」 「…なにこれ?」 「…なんでしょうねぇ? あはは」 「…なんなの?」 「オーダー入りま~す」 いつもより気合いを入れて、作らないとな。 何しろ、うるさ型のお客様だ。 ………………「お待たせしました~」 「…半熟オムライス?」 「安心しろ。ちろん俺のおごりだ」 「これが、どうしたの?」 「里伽子のおかげだよ」 「あたしの…?」 「今な、店の注文ナンバー1がこれなんだよ」 「…そうなの?」 「ああ、そりゃ全体だと、ケーキが中心で出てるけど、向こうは種類が多いからな。の点、食事メニューは3種類しかないし」 それは、里伽子が俺に授けた、『軽食メニュー再生策』のひとつ。 俺の得意メニューに絞って、『飽きる』リスクより『定番化』となる可能性を選んだ。 そして…その賭けは、多分、成功を収めた。 「一日に多いときは50近く出るんだぜ?おかげで卵の仕入れが養鶏業者並」 「…そこは卵を卸すとこだと思うけど?」 「大量に扱ってるって言いたかっただけじゃん!」 「まぁ、それはそれでおめでとう」 「…お前、本当に人を萎えさせる名人」 「で、その、卵の仕入れと由飛さんのさっきの行動にどんな関係があるのよ」 「よくぞ聞いてくれた!実はな、卵が切れたら、由飛がああやってお客様の前で産んでみせ…すまん、俺が悪かった待てよ許せよ!」 本当に、この手のセクハラジョークの通じん奴だ。 これ、由飛にはメチャクチャ受けたんだけどなぁ。 …まぁ、それはそれで少し問題があるが。 「つまりな…こういうことだよ」 「…ケチャップ?」 俺は、後ろ手に隠していた、ケチャップのチューブを目の前に掲げてみせる。 「さてお客様。 当店では似顔絵サービスなどを行っております。 おひとついかがですか~?」 「…え?」 「ちょっとぉ! 何よこれ!?」 「うわぁ…特徴掴んでる~」 「かなりチーフのことを知ってる人が描いてますね」 「店長! これは一体!?」 「いやね、ファミーユの評判メニューでさぁ、この半熟オムライス。、どんなもんかなって思って、敵情視察もかねて出前を…」 「あなたファミーユから出前取ったんですか!?」 「へぇ~、これが例の、半熟オムライスなんだ~」 「最近、評判になってますよね。んでも、夕方にはもう材料がなくなってしまうくらい、出ているそうですけど」 「…そうなの?」 「それがね、味もそうなんですけど、もう一つの特徴が、この似顔絵なんだそうですよ」 「似顔絵…」 「仁くんに注文頼んだらさ、誰の顔描けばいいかって聞いてきたから、せっかくだからカトレア君をね?」 「…本当によく描けてるわね。デルに対しての歪んだ愛情が感じられるわ」 「…高村ぁぁ。近、甘い顔してあげてたら調子に乗って~!」 「…ん?」 「どうしたの?」 「いや、今…なんでもない」 地獄の底からの恨み節のような叫びが聞こえてきたような…?…ま、いいか。 きっと俺の熱狂的なファンの雄叫びだろう。 「で、どんな感じがいい?実写的? デフォルメした奴?」 「ケチャップで似顔絵って…一つ一つの注文に、そんな対応してるの?」 「いや、一応最初に聞くんだけどさ、結構ウケてて、今じゃ半分以上のお客様が頼むんだぜ?」 「…誰が考えたのよ、こんなの」 「ん? 由飛」 「あの娘が…?」 「いや、どっか他の店でやってたみたいだけどな。れでも本格的に特訓までしたんだぞ?」 「ケチャップ似顔絵の…?」 「ほらそこ! はみ出してる!」 「うえっ!?」 「あ、こっちケチャップ切れちゃった」 「配分甘いよ! 何やってんの!?」 「ちょっとちょっと…あんたいつもとキャラ違うよ?」 「かすりさん…誰ですかこれ?」 「え~と、恵麻さんなんだけどぉ」 「はい恵麻さん。 これが恵麻さんの似顔絵だそうです。 これを出されて嬉しいですか?」 「………ええと」 「作り直し」 「鬼ぃぃぃ~!?」 「…辛い日々だった」 「………」 「由飛の、地獄の特訓に耐え…そして会得したんだ…」 「ケチャップ似顔絵を?」 「今では誰もが、その場でお客様の顔を見て、30秒で特徴を掴んだ似顔絵を描いてみせるぜ」 「当の本人は、さっき思いっきり失敗して、笑って誤魔化してたみたいだけど…」 「さてと、里伽子の顔なんか、3年間見てたからな。をつぶってでも描けるぜ~」 「ちょっ、ちょっと…本当に、描くの?」 「大丈夫だいじょぶ。加料金なんて取らないからさぁ」 「そういうんじゃなくて…」 「任せておけって…」 俺は、戸惑う里伽子を気にも留めずに、鼻歌交じりでケチャップを走らせる。 ………「…面白いアイデアね」 「だろ~?由飛って、こういう無駄なこと考えさせたら天才なんだよ」 「…直接の売り上げに影響するとは思えないけど」 「でも、お客様は楽しんでるし、俺たちだって楽しんでやってるよ」 「………」 「こういうのって、お客様との距離が近くなるんだよな。ぁ、規律とか、ちゃんと落としどころは気をつけないと単なる馴れ合いになっちゃうけど」 「あたしじゃ…考えつかない」 「言ったろ?由飛だってオリジナルじゃないんだよ。だ、面白そうだからやってみようって、それだけ」 「…もう、居場所、ないのかもしれない」 「そんなことないぞ。こは、姉さんと俺と、お前が作った店なんだからさ」 「っ…聞こえてた?」 「…さあ?よし、できたぞ!」 「あ…」 「あとは名前…『りかこ』と…」 「………」 「どうだ? 上手いもんだろ?」 「う………ぅん」 「あと…眼鏡追加する?」 「っ!?」 「ではごゆっくりおくつろぎを~!」 ヘコんだり、赤字だったり、暇だったり、忙しかったりするけど…今日も、俺たちは、この店で生きていく。 仲間たちと、笑いあい、ふざけあい…でも、最後はきっちり締めながら。 「きゃ~!?」 「………」 肝心なとこくらい締めろよ…「…何よ。……美味しいじゃないのよっ!」 「そんな親のかたきみたいな言い方しなくても…」 「素直に誉められない体質なんでしょうね…」 「それよりもチーフ…なんで似顔絵部分をよけて食べてるんですか?」 「だからさぁ、実は結構気に入ってるから、もったいなくて食べられな…」 「うるさいっ!」 「どうしよう…」 ………「もったいなくて、食べられない…」 「は~い!ごめん、ちょっと仁くん出て~」 「はいはい」 姉さんは、ケーキの飾り付けが佳境に入ってるので、相変わらず卵をかき混ぜ中の俺が、ボウルを持ったまま、玄関へと向かう。 「あ、仁~、こんにちは~」 「…ども」 「…珍しい組み合わせだな」 最初に訪れたのは、由飛と里伽子。 一番、面識が浅くて、一番、合わなそうな二人。 「それがねぇ…地図、よくわかんなくって。ってたら、里伽子さんに拾ってもらったの~」 とはいえ、由飛の方は、そんなこと気にしないか。 基本的に馴れ馴れしい奴だからな。 …こと妹以外に関しては。 「そうか、悪かったな、里伽子」 「…仁が謝る筋合いは全然ない」 「本っ当にありがとね? 里伽子さん♪」 「お邪魔します」 相変わらずの由飛を、里伽子は華麗にスルーして、さっさと右手一本でブーツを脱いで上がり込む。 「あ、あは…」 「…由飛も上がれよ」 「あ、由飛ちゃん、いらっしゃ~い」 「うわぁ…す~っごいご馳走」 「そりゃもう、今朝は5時起きですから~」 「美味しそう~」 「そこは驚くところなんだけどな…」 姉さんの低血圧を知っている者にとっては、今の台詞がどれほど衝撃的なものか…けど、由飛はその辺の事情を知らないし、知ってるはずの里伽子は、既にソファーでくつろいでいる。 「ねえねえ恵麻さん、わたしもお手伝いします。んなりと用事を言いつけてくださいよ~」 「そうねぇ、それじゃ由飛ちゃんにも…ちょっと難しいことだけど、いいかな?」 「だ~いじょぶだいじょぶ任せてください!」 「それじゃあ…流しのお皿、洗ってくれる?ちょっと今あるだけじゃ足りなさそうなの」 「…え?」 「諦めろ。さんはそういう人間だ」 何だかんだ、人をアテにするようなこと言っといて、蓋を開けてみれば、肝心なところは全部一人でやる。 俺みたいに、卵のかき混ぜとか、ホイップクリーム作りとか任されることだって、かなりの信頼を得ないと難しいんだから。 「お、これで揃ったかな?」 「あ、仁くんお願いね。 それに由飛ちゃんも。 ちゃちゃっとやっちゃって頂戴」 「は…はぁい…」 「遅くなりました~」 「ほい仁くん、これ持って。と、これと、これと」 「あ、せんせこれも。と、ほらワイン」 「待て、待て、待て!二人分の荷物を次から次へと持たせるな!」 この2人には、買い出しも頼んでおいたので、両手に持たされる荷物は半端じゃない。 「後はみんな来てる?リカちゃんも?」 「ああ、揃ってる」 「それじゃ、おじゃましま~す」 「あ、仁くん、お線香…」 「うん…」 ………「………」 「………」 「あ、かすりさん、明日香ちゃん。 いらっしゃ~い。 ねえねえ、何やってんですか?」 「…予想してたけど、あっという間に馴染んでるね」 「物怖じしなさ過ぎ」 「これって…位牌、ですか?」 「うん、俺の両親と、兄さんの」 「仁のお兄さんって…それじゃ、恵麻さんの?」 「ああ、旦那」 洋風のフローリングの部屋だから、床の間なんてものはない。 部屋の角っこに、小さなテーブルを置いて、線香立てと鐘、そして…「なんで、焦げてるんですか?」 半分焼け焦げた位牌。 「焼けかけたからね…火事で」 「え…?」 「本店のこと、前に話したでしょ?ほら、そのときに…」 「あ…」 半年前の火事を、“体験”として知っていないのは、この中では、由飛だけ。 「前は仏壇もあったんだけど…あ、でも、これだけでも残っただけラッキーだったよ」 「………」 「他の家財道具、ほとんど焼けちゃったけど、これだけ、偶然庭に転がっててさ」 「そう、だったんですか…」 「………」 「………」 「………」 「あ、暗くなんないで。員、怪我一つなかったんだし、それだけでも幸運だったって思ってるから」 「………」 今では、本当に『幸運だった』と思えるようになった。 そりゃ、当時は、色々と、思い出したくもないことが、次から次へと連鎖して、相当、どうしようもない状態だった。 けど今は、全部、元に戻った。 いや、建物や財産は元に戻らないことはわかってる。 それでも、人の身体と、心だけは、以前のままに…笑って、怒って、そして…“普通に”泣いたりできてる。 「あのさ、仁…わたしも、お線香、あげていいかな?」 「もちろん。りがと由飛」 「あ、それじゃ里伽子さんも…まだ上げてませんよね?」 「………」 「あ、里伽子はいいから。いつ、そういうことしないんで」 「そうなんですか…なんで…D2あ、_ごめんなさい」 …由飛にしては、よく踏みとどまったな。 「それじゃ、これな。燭から火をつけて、こう…」 里伽子の場合は、主義だから、言ったってしょうがない。 『ここにいないひとよりも、目の前にいるひとの方が大事』姉さんが、自分に言い聞かせるように呟く言葉。 そして、里伽子が、さらっと言ってのける言葉。 それに…こうして、他人の位牌に手を合わせてくれる人が、手を合わせない人より大多数なことの方が本当は、珍しいんだから。 「仁のお父さん、お母さん、お兄さん、はじめまして~」 「問いかけ明るすぎ」 「は~い、準備できたわよ~。っち片づけて~」 「はいよ~、みんな手伝って」 「待ってました。日はこれが楽しみだったんだよ~」 「言っとくけど、あんたはお酒ナシだからね?」 そうして、ファミーユのメンバー…プラスアルファが集まって、まずは第一部のホームパーティが始まった。 ………「そうだね…ラスト一週間は、恵麻さんにはクリスマスケーキの方に、集中してもらうから…」 「頼むよかすりさん。に午前中」 「ま、まかしといて…恵麻さんは午後出勤ってことでいいのね?」 「そんな気を使わなくても…しばらく睡眠時間を削ればいいんだから」 「寝て、お願いだからしっかり寝て。麻さぁん」 『寝不足の姉さん』などという危険物を置いておくくらいなら、自分たちで頑張った方がいい。 「それで、クリスマスケーキの価格の方だけど…」 「1000円」 「…またかよ」 「どれだけ高くても、26日まで余ったら捨て値で処分する商品なのよ?なら、最初から売り切れる価格にする」 「それにしても安すぎない…?数が読めないのに、その価格は冒険じゃないかなぁ?」 「そのために、予約を充実させるの。価格の限定販売っぽく宣伝して、あと、簡単に予約できる仕組みを考える」 「インターネットのホームページとか?」 「当然それも視野に入れる。 あとは、全テーブルに予約用紙と筆記用具。 これ、アンケート用紙と差し替えで」 「なるほど~」 「しかも、誰か店員に渡せとかじゃなくて、レジ横の回収箱に入れるだけでOK。然、オープンカフェの方にも設置」 「予約と当日売りの比率は?」 「なんとか半々までが目安。、目標売り上げ数が…」 ………里伽子の口にした数字は、昨年実績の…3倍だった。 「強気ぃ~…」 「そこまでしないと儲けが出ないのよ」 「やっぱ無理があるんじゃねえの? この作戦」 誰もが忙しくて死ねそうな計画を、あっさりと口にする里伽子。 けど、明らかに、みんなに無理を強いてる。 こんな無茶、素直に首を縦には…「…それで行こうよ」 「あ、明日香ちゃん?」 あ、振っちゃった。 絶対に無理を強いられる立場で、しかも最年少の明日香ちゃんが。 「ちょうど一週間くらい前から、冬休みに入るから、わたしも朝から入れるし、なんとかなるよ」 「お、頼もしいこと言うねぇ。番おっぱいがデカい割には」 「なにそれっ!?」 「くっ…」 「………」 「こら…俺がリアクション取れないボケはやめろ」 「確かめたことないの?」 「ありがとうよツッコませてくれて!」 ………………15分休憩。 「ふぅ…」 「どした? 今日はおとなしいな」 「あ…ありがと」 酔い覚ましのウーロン茶を渡すと、由飛は、早速、こくこくと喉に流し込む。 「ふぅ…なんか、圧倒されちゃった」 「まぁ、最初はそうだろうなぁ。リックモールに来てからは、初めての会議だし」 これが、今日の第一部。 ファミーユの経営方針会議。 今回の議題は『クリスマス商戦対策』。 里伽子がチーフをやっていた時代は、こうして、たまにスタッフが集まって、ホームパーティ&会議を開いてた。 今回、お菓子屋としてのメインイベントである、クリスマス商戦を前にして、久々にみんなで集まったって訳だ。 ファミーユを良くしていこうっていう認識を、スタッフ全員で共有するため。 そして、ただでさえ深い親睦を、更にギチギチに深めるため。 「みんな結構発言するんだね…明日香ちゃんまで、利益がどうとか言い出すし」 「ただ与えられた仕事をこなしてるだけじゃ、ウチではやっていけないぞ~」 「う~…」 「怖じ気づいたか?」 「ちょっとね…でも面白い。ルバイトにこんな好き勝手言わせるお店って、珍しいんじゃないかな?」 「与えられた責任に見合う報酬を出せないのが、ファミーユの特色でもある」 「あはははは~、確かに~」 「お前はウチの給料に不満があるのかっ!?」 「痛ぁっ!? 正直に言っただけじゃな~い」 「お前、やっぱムカつく!くそっ、くそっ、くそぉっ!」 「きゃはっ、きゃっ、きゃははははぁ~♪」 なんちゃらな弱みがなければ、もっといぢめてるはずなのに…どうしてこう、同等以上の立場になっちゃったんだろう…「大体、もっと給料上げて欲しけりゃアイデアを出せ!クリスマスイブのイベントとかさ~!頭使わない人間は偉くなれないんだぞ~!」 由飛の場合、いつも感性で生きてるし。 「や~、や~! 仁のいぢわる~!もっとスタッフをいたわれ~!」 「組合のない従業員なぞ経営側の思うがままじゃぁ!おらおらおら~」 「そこ通れないんだけど」 「っ!?」 「っ!?」 休憩終わり。 ………「さてと…それじゃ、今月の方針は、大体こんなところで」 クリスマスケーキの製造数。 全スタッフのシフト。 各イベントの詳細。 材料の調達、予算、売り上げ目標。 普通なら、経営陣しか知らないし、気にしないことまで、全て公開。 だから、みんなの力でこの戦いを乗り切るし、誰か一人欠けても、敗北は決まってしまう。 全員が全員、腹をくくるしかないんだ。 「それじゃ…明日から頑張りましょう!」 そして、決意表明。 「頑張って、みんなで大忙しになろうね!…今年は今のとこ、イブ忙しくても大丈夫そうだし」 「クリスマスケーキ、全部売り切ってみせようね!…でも、みんなに1個ずつくらいは売れ残ってくれると嬉しいかな~なんて」 「久々にケーキが作れるんで気合入れるからね~!…これでまた売れなかったら、荷物まとめて田舎に帰ろっかな~」 「あたしが力を貸せるのはここまで。 みんな頑張ってね。 …草葉の陰から見守っているから」 「お前らどうして必ずオチをつける!?俺の目標は、今度こそ打倒キュリオ!花鳥をギャフンと言わせてやる~!」 「ぎゃふん!?」 「いやお前じゃないから妹の方だから」 「ブリックモールのために、ファミーユのために、ここにいるみんなのために」 「そして…大切な家族のために」 「…ま~姉ちゃん」 「………」 「勝負は12月24日!その日が終わるまで、最後の最後まで、頑張りましょ~!」 「お~!」 最後は、ケーキが売りの喫茶店らしくない、体育会系のシュプレヒコール。 ちょっとだけ、お洒落な店からピントのずれた、俺たちらしい決意を胸に秘め…そして、今冬最大の決戦が、今、始まる。 「あ、ちなみに25日もちゃんと出勤だからね」 「え~!?」 「準備はできたかな?それじゃ、乾杯の音頭を…板橋店長?」 「パス」 「何だよそれ!余計なことは黙れって言っても喋るくせに」 「うん、だから喋り疲れた。杯くらいファミーユさんがやってよ~」 「ったく…いっつも肝心なときに働きゃしねぇ」 「でも、ウチの圧倒的勝利を考えると、確かに仁くんの方が適任だよねぇ」 「私がやるわ!」 「妙なところで意固地にならない…」 「じゃ、姉さん」 「そんな役目、店長に決まってるじゃない」 「こんな時だけ一歩退きますか総店長…」 「だって、ウチは仁くんのお店だもん、ね?」 「ったく…え~と、んじゃ、僭越ながら…」 「仁~、頑張れ~♪」 「てんちょ~、カッコいいよ~」 「…やっぱボクがやろうかなぁ」 「…この辺が人望の差?」 「いや、普段の行いからでしょ」 「本日は、クリスマスフェアのピークを乗り越え、両店とも完売という快挙を祝しまして、ささやかな宴席を設けました」 「まだ明日、クリスマス当日を残しておりますが、これまでの労をねぎらい、明日の成功を祈念いたしまして、…乾杯!」 「かんぱ~い!」 …と、音頭だけは威勢がいいけど、グラスのぶつかる景気のいい音は聞こえてこない。 なぜなら…キュリオのカップは、本物のアンティークだから、そんな危険な真似はさせられない。 「はい、スコーン焼いたの。んなで食べてね」 「…よくぞまぁ、あの後でお菓子が焼けるな」 今日が一体どれほどの修羅場だったことか、姉さんは綺麗さっぱり忘れてるんだろうか。 「うわぁ美味しそう!これが噂に名高い、ファミーユのスコーンかぁ」 「1個50円だから売れてるだけよ」 「…お前にはやらん」 「ちょっと何よそれ! 横暴にも程があるわ!」 「玲愛ちゃん…やっぱり仁と仲が良い?」 「かなりいい線行ってるオーラ出まくってるもんねぇ」 「が~ん! 姉ショック~」 「…由飛さんほど馴れ馴れしくはないけどね」 「あぁ…焼きたてスコーン美味しい。っぱりウチもお菓子作りましょうよ」 「そうですよぉ、このまま本店に頼ってちゃ、いつまで経っても独り立ちなんかできませんよぉ」 ブリックモールのキュリオは、ケーキ類に関しては、本店の製品を輸送している。 だから、焼きたて作りたてという点においては、ウチに軍配が上がる。 「いや、一応、結城さんにも相談してるんだよ?けどねぇ、キュリオのケーキっていうと、どうしても橘くんレベルを期待されるから…」 「人気店の宿命ってヤツかしらねぇ」 「そこいくと、ウチは無名だから有利ですよね♪」 「貴様ぁぁぁ! 言ってはならんことを~!」 「きゃ~? きゃぁぁぁ!?」 「…また始まった」 「無名…そりゃそうだけどさぁ…もうちょっと言い方ってものがなくない?」 「え、恵麻さん…そんなに落ち込まないで。やウチも、ブリックモールでは、キュリオより有名な洋菓子店なんですから~」 「そうそう、クリスマスケーキだって、あんなに売れたじゃないですか~」 「…1個1000円なら、売れるに決まってるわ」 「売れるに決まってる価格で商品を提供できる、その企業努力は認めるところじゃないの?」 「まぁ…そりゃそう…?」 「え~い反省しろ反省~!うりうりうり~」 「や~もう! 痛い痛いよ仁~」 「いつまでやってるのよ、見苦しい!」 「そんなに物欲しそうな顔しないの」 「っ!?」 まぁ、そんなこんなで…イブに、二人きりで過ごせない人々が集まっての、ノンアルコールでのどんちゃん騒ぎは、なかなかの盛り上がりを見せた。 ………「どう仁くん、飲んでる?」 「ええ…シナモンティを」 乾杯の音頭を断ったくせに、宴会部長みたいな責務はきっちりこなすんだな、この人。 「けど、ま、クリスマスも無事終わって何よりだ」 「まだ明日が残ってますけどね」 「ああ…この後仕込みやらないと。日中には帰れそうにないわね」 「あ…お茶がマズくなった」 今日の半分程度とはいえ、もし出るとしたら、それでも一年で2番目の忙しさだ。 「正直、ファミーユさんがここまでやるとは思ってなかった。カトレア君じゃないけどね」 「ウチの店長をなめてもらっては困りますねぇキュリオさん?」 「ウチのパティシエールもね?」 「ふふ…」 「お、おい…やめろって」 「………」 姉さんが人目もはばからずに、俺の頭を撫でて、頬をすり寄せてくる。 「ったく、いい歳して」 「なんか最近、余計歯止めが利かなくなってるような…」 「禁断の一歩手前でギリギリ踏みとどまってるような…」 「あ、あはは…それにしても、本当にここまで売れるとは…ウチの社長の見識には、恐れ入るねぇ」 「…は?」 何か、気になるキーワードがあったような…「キュリオの社長…って?」 「ん? いや、本店の結城店長。ら、君らをここに誘致した…」 「え…?」 誘致? キュリオの社長?なんだそりゃ?「ちょっと待てよ…俺は、ブリックモールの推進委員の人から…」 「うん、そうだよ。ードコート部門の社外委員として、ウチの社長が参加してるんだ」 「はい?」 開店して2ヶ月弱。 初めて聞く、衝撃かもしれない事実。 「だから、キュリオの出店は決まってたんだけど、他の店の出店計画も、結城さんが計画してね、そこに、ファミーユの名前があったわけ」 「キュリオが先に決まってたの…?」 てっきり、ウチの後に、キュリオが割り込んできたと思ってたのに。 「委員会じゃ反対意見が多数だったのよ。りゃ、限られたスペースに、同じコンセプトの店を2つ並べちゃう訳だからねぇ、ちょっと乱暴でしょ?」 「………」 「………」 「ちょっと…聞いてた?」 「…全然」 「けど、ウチの社長がゴリ押ししちゃってね。競争なきところに繁栄なし』とか言っちゃって」 「過当競争だよぉ」 「ボクも、相手が一月もたないんじゃないかって言ったんだけど、なんか結城さん、えらく自信満々で、『ウチと勝負ができるとしたらここだけだ』ってね」 「じゃあ、俺たちがブリックモールに選ばれたのは…」 「最初から、キュリオのライバルとして…?」 キュリオの掌の上で、もがいて、悩んで、泣いて、笑って…?キュリオを成長させるための礎として…?「いや、社長がどう考えてたのかは知らないけど、こうしてめでたく両店とも繁栄したし、めでたい…」 「潰す」 「…え?」 「よくもウチをバカにしてくれたな…キュリオの敵となるために、破格の条件で、わざわざ席を用意してくれたってか?」 「ちょっと…聞き捨てならないわよね」 「いや、そんな大げさな話じゃなくて、ほら、電気街みたいに、洋菓子店のメッカとして…」 「ウチが潰れても構わなかったんだろ?ただ、キュリオに危機感を持たせるためだけに、俺たちはここに呼ばれたんだろ!?」 「いや、そういう…」 「だからどうだってのよ…」 「え?」 「花鳥…お前もこのことを知ってたのか?」 「もう一度言ってあげるわ…『だからどうだってのよ』」 「なんだと…?」 「いや、今知ったんだってば」 「あんたたちが怒る道理がどこにあるってのよ?」 「怒るに決まってるだろ?最初から不利な勝負ってわかってて、騙して連れてこられたんだぞ」 「資金もない、有名でもない、本店すらない、ないない尽くしのあんたのお店が、ブリックモールに出店できるだけでも、ありがたいと思わないの?」 「れ、れ…玲愛ちゃん…?」 「そっちの思惑じゃねえかそんなの!」 「他の店が譲ってくれなくちゃ、流行らせる自信もないんだ?」 「…なに?」 「そうね…やっぱりパクリのお店だし、そんな経営努力とは、無縁だったかしら?」 「ちょっと…聞き捨てならないわねそれ…」 「キュリオさん…酷いよ」 「い、いや? ボクは全然そんなこと!?」 「…チーフ、活き活きしてますね」 「見つけちゃったから、ほら、喧嘩の種」 「そんなにファミーユにかまって欲しいのね…」 「ウチが努力をしてきたかしてこなかったか…今日の売り上げを見ればわかるんじゃなくて?」 「あんなのは低価格ゆえの一時的な人気です」 「か…可愛くないわねぇ」 「ご…ごめんなさいごめんなさいっ!」 「そうね…3ヶ月もすればハッキリするわ。当に実力のあるとことはどこなのか」 「面白い…その勝負乗った!」 「3月末の決算で勝負よ!負けた方が従業員全員で土下座!」 「更に一ヶ月間の掃除も担当するってのでどうだ!」 「わかった…それで異存はないわ」 「あるってば!」 「また勝手に話進めてるし~!」 「みんな…俺についてきてくれ。までに、キュリオをブリックモールから追い出してやる!」 「もちろんよ! ねえみんな?」 「ど、どうする…?」 「仁くんだけならともかく…恵麻さんに頼まれちゃうとねぇ」 「仁~…玲愛ちゃ~ん…仲良くしようよ~」 「…同感」 「火種が何かおっしゃってますが?」 「さ~解散解散。 敵とお茶なんか飲んでる場合じゃないわよ。 緊急ミーティング!」 「まずは明日の勝負が大事だぞ~!仕込み量を変更しよう。んな集まって」 まぁ、そんなこんなで…イブに、二人きりで過ごせない人々が集まっての、ノンアルコールでのどんちゃん騒ぎは…2ヶ月前の戦争を、再発させてしまった。 次回の決着は春。 もう、勝負は始まっている。 「キュリオを倒すぞ~!」 「お~!」 「なんでこうなるのよ~!」 クリスマス前の最後の定休日…ブリックモールに店を構えてはじめてのクリスマス。 冬休み&祝日の明日と、クリスマスイブである明後日の二日間は戦場になるんだろうな。 それはファミーユだけでなく、ブリックモール内の店舗すべてがそうだろう。 …今日はその前のちょっとした骨休め。 たまにはなんの用事も無く、駅前をぶらぶらするのも気分転換になっていいだろう……とは思ったものの…なんとなくいつもの道に足が向き、気付けばブリックモールの前にいた。 大抵この時期は年末商戦ということで休みの無いところが多いが、ブリックモールは今日はお休み。 いつもはかなりのスペースが埋まっている駐車場もがらがらだ。 「なんかあっという間だったな…」 ここに来てはや3ヶ月近くになる。 結構いろんなことがあったな。 始めはどうなることかと思ったが、今じゃ、あのキュリオとも対等に張り合えるまでになった、…と思う。 「…頑張ったよな、実際」 ………………って、何を感傷に浸っているんだ。 俺は。 まだ終わった訳じゃないどころか、これからだ。 新しいのに古めかしさを感じさせる中世ヨーロッパ風の外観と、この寒空の所為で、一瞬人生の到達点な気分に浸ってしまった。 思わず惹き込まれてしまう、まさにブリックモールのコンセプトに沿った見事な世界観の構築。 ブリックモールおそるべし……なのか?寒…か、帰るか。 今風邪で倒れたらしゃれにならん。 客観的にブリックモールを見てある意味、気分転換の目的を果たしたことにして、そそくさと家路についた…「仁く~ん、ちょっとお願~い」 「なに、姉さん?」 「バターが切れそうなのよ。の食料品売り場で買ってきて欲しいんだけど」 「え~、もう在庫無いの?仕入れの数、足りなかったかぁ」 「ここしばらくお客さん、すごく多いからね。ぐ入れてもらえるようにはするとして、とりあえず今日の分だけでも用意しないと」 「しょうがないな…ちょっと高くついちゃうけど行ってくるか」 「お願いね~」 ………………「…とりあえずこんなもんで足りるだろう」 手早く地下の食料品売り場で買い物を済ませてきたが、上がってきたところでふと足を止めてしまった。 普段あまり営業中は外に出ないので、こうやってモール内をゆっくり見ることもなかったな。 モール内はいつの間にかクリスマス装飾に彩られ、それに引かれるように大勢の人が集まってきている。 「これは、ウチも忙しくなるはずだよな」 いつもなら平日にはお昼時を過ぎるとしばらくはわりと暇な時間が出来るのだが、ここのところは人が絶える時間がほとんどない。 それでもまだ幸い今日は俺がちょっと抜けられるくらいの余裕はあったわけだが。 そんなに大急ぎで戻らなければいけない状態ではなさそうだったし、朝から休憩も取ってなかったし、ついでに少しだけ休んでいくか…俺は手近にあった自動販売機で缶コーヒーを買うと、空いていたベンチに腰掛けた。 店で淹れればいいんだろうけど、たまにはこういう安っぽい味も飲みたくなることがある。 と、缶を空けようとした途端、背後で聞き覚えのある声がした。 「ん~、すっかりクリスマス一色だねぇ」 「うわ、板橋さん。してんですか、こんなところで」 「いや~、こういう忙しい時にこそしっかり休憩を取らないとね~」 「…常に休憩を取っている人のセリフは説得力がありますね」 「仁くんこそこんなところでサボりかい?ファミーユ店長ともあろうものが」 「買い出しですよ、買い出し。 …のついでのちょっとした休憩。 サボりはあんたでしょうが、キュリオ店長」 「まあまあ、たまにはライバル店の店長同士、語らいながら酌み交わすのもいいじゃないの」 そう言いながらポケットから缶コーヒーを取り出すと、俺の隣に腰掛けてきた。 「酌み交わす…って、酒じゃあるまいし」 「ん~? ボクはお酒でもいいんだけど。ってこようか?」 「頼むからやめてくれ…」 …おそらく頷いたらホントに買いに行くに違いない。 この人は…「んじゃま、お疲れ様ということで」 「ん…」 「…しかし、仮にも喫茶店の店長が二人して並んで缶コーヒー飲んでるってのは、世間的にどうなんですかね?」 「大丈夫、大丈夫。ってればわかりゃしないよ」 「明らかに買い物客じゃない格好だけど、二人とも…」 「それにしても、こう人が多いと店も忙しいよね~。 平日でも、いつもより三割増しくらいの人が来てるらしいよ。 これじゃあボクら休んでる暇なんかないよね~」 今している事はなんなんだ…?「この調子だと、イブもすごい人が来るんだろうね~」 「あ、ほらほら、なんかカップルも多いよ~?あっちも、こっちも…」 「指差して数えるのは止めい!」 「いや~若いってのはいいね~、人前でいちゃいちゃ出来て」 「…ところで、仁くんのイブのお相手は?」 ぶっ!?「…君は幸せそうなカップルに向かってコーヒーを吹きかけるのが趣味なのかい?」 「…ぐ…ごほっ、あ、あんたな…」 「でも仁くんの周りには女の子がいっぱいいるからねぇ。まなくても、選り取りみどりでしょ」 「ボクも、もっと若かったら君みたいにあっちこっちの女の子に、手を出してみたりするんだけどね~」 「ひ、人聞きの悪い…誰があっちこっちに手を出してると!?」 「ふ~ん…じゃあお相手は、一人に決まってるんだ?」 「そ、それは…」 「………」 「………」 「…いないの?」 「………」 「そうか~、可哀想にねぇ…このことは皆にはないしょにしておいてあげるから…いや…待てよ? 言いふらした方がいいのか」 「な、な…なにを…」 「仁くんは今フリーですよ~、捕まえるなら今のうちですよ~、って今日にでも触れ回れば…」 「待て~!!」 「あれ? ダメ?絶対誰か食いついてくると思ったんだけど…?」 「うるさい! とっととキュリオに帰れ!!」 こ、この中年親父は…勘弁してくれ…………………「お待たせ~…」 「仁くん!」 「な、何!どうしたの!?」 「クリスマスに一緒に過ごす相手がいないからって、板橋さんと逢引してたってホントなの~!?」 「な!?」 「なんで姉ちゃんに一言相談してくれなかったのよ~!」 ………勘弁してくれ…「里伽子、飯行かねえ?」 「っ!?」 「あ、おい!」 俺が声をかけた瞬間…里伽子の姿は、視界からいきなり消え去った。 「あれ? 仁、どしたの?」 「あれじゃないだろ…」 一度、あからさまに逃げただろ今。 ひょっとして俺、避けられてる?「…休学中じゃなかったの?」 「本当の休学は4月からだよ…後期の授業料はもう払ってあるから、俺はまだ学食で飯食う資格はあるの」 いや、別に飯食いに来た訳じゃないけど。 「…木崎に貸してた金回収に来ただけなんだけどな」 「そこまで資金繰りが…」 「開店一週間で火の車を想像するな」 当たらずとも遠からずという現実が、ますます俺を陰鬱にさせるじゃないか。 「てなわけで、ちょっとだけ出てきたんだよ。しぶりに学食で食おうぜ」 「…わかった」 「…食わないの?」 「前にも言ったでしょ」 ああ、こいつダイエット中だっけ。 里伽子は食券も買わず、紙コップのコーヒーだけを持って、俺の前の席に座る。 「食わないダイエットは体に良くないんだけどな…」 「朝はちゃんと食べてるから大丈夫。れより、仁も栄養の偏りには注意しなさい」 「俺? 俺はちゃんと何でも食うから大丈夫だぞ」 「…ならその食事は何?」 「主食、主菜、副菜。ランスいいだろ?」 「天津飯とオムレツと生卵が?」 「この生卵は天津飯にかけるんだよ」 「…本気?」 「あんと混ざり合って、これが絶妙の舌触りなんだって。度試してみろよ」 「…いい」 「ホント美味いんだって。ら、一口食ってみろって」 「………」 「ちっ」 人の親切を無視しやがって…本当にこういうところはドライなんだから。 「んじゃ、父さん、母さん、兄さん。ただきま~す」 「………」 まずは生卵を溶いて、醤油と各種調味料で味付け。 その後、天津飯のかに玉部分に穴を開け、生卵を流し込み、箸で丁寧にかき混ぜる。 「…うぷ」 「人が飯食ってる時に、食欲なくすような呻き声を上げるな」 「こっちが食欲なくなったのよ…」 「ふん」 このぐちゃぐちゃにかき混ざった食感がいいのに。 ………ほうら、どうだ…ふわりと焼き上がったかに玉に、とろりとしたあん、それらが、生卵でコーティングされたご飯と合わさることにより、新たな食感が……ううむ、やっぱり美味い。 学食のメニューは、全体的に微妙な味付けだから、こうして様々な工夫をすることによって、食生活を楽しまないとな。 「にしても…まだ続けてるんだ」 「何を?」 「お父さん、お母さん、お兄さん…」 「天に召します我らが神と同義だからな」 「………」 「なんかおかしいか?」 「おかしいね…かなり希少だと思う」 「お前んとこの家族はみんな健在だろ?だからそう思うんだよ」 別に、自分の境遇が悲劇だとか思ってる訳じゃない。 俺には、ちゃんと育ての親もいる。 今でもいる人と、いない人を合わせれば、俺の家族は6人もいることになるから。 それでも、そのうちの半分を失うと、やっぱり何というか、見えてくるものもあるわけで。 「今、いない人のこと、盆にしか思い出さないのって、なんか寂しくないか?」 「かと言って、毎日24時間思い出してるってのもねぇ」 「里伽子…」 「結局さ…今いない人や、遠くにいる人より、すぐ近くにいる人の方が大事なんじゃないかな」 「どっちも大事なんだよ。変わらずなんつ~か、乾いたこと言うなぁ」 「情に流されると、ロクなことにならない…」 「そんな言い方…そろそろよそうぜ、またいつもみたいになるから」 「…そうだね」 俺と里伽子の言い争いのうち、8割以上を占めるのが、この言い合いだったりする。 そして、永遠に平行線なままの意見。 「………」 それからしばらくは、二人とも喋らず、周りの喧騒だけが響く中、俺が、箸だけを進める。 ………里伽子がもう一度口を開いたのは、俺が、全部を平らげて、お茶を口にした時だった。 「ファミーユの方、どんな調子?」 「大繁盛だよ」 「そう…よかった」 「とてもじゃないが人手が追いつかないくらいだ。伽子の予想、外れたな」 「祈りの方が届いたのかな?」 「うまい逃げ道を用意してたな」 「…そうね」 確かに、見た目は繁盛してる。 目の前の無愛想な女に無理やり制服を着せて、ノーギャラで働かせたいくらいにお客様は入ってる。 けど…利益は上がってない。 初日が一番売り上げた。 二日目は二番目。 三日目は…その次。 この数日だけを見ると、ジリ貧とも言える。 構造的な問題なのか、単に慣れてないだけか。 慢性的に続く問題なのか、一過性で済む問題なのか。 「なあ、里伽子」 「…なに?」 本当は、相談しに来たんだ。 里伽子に、ファミーユの現状を話し、一緒に頭を抱えてもらって、俺を馬鹿にしてもらって…そしていつものように、起死回生の作戦を授けて貰うために、わざわざ休学中のここにまで出てきたんだ。 でも…「…そのうち店にも来いよ。茶くらいなら奢ってやるから」 「…けち」 最初の、話の持って行き方がマズかったな…「いいじゃん3日くらい。ょっとした息抜きだって」 「息抜きはともかく、なんで堀部君たちと?」 「そりゃ、夏海と一緒に行きたいからに決まってるだろ?」 「そっちの理由はそれとして、で、こっちが承諾する理由はどこにあるの?」 「そういうこと言わないでさぁ。じゼミのよしみじゃん」 「共同研究してる訳じゃなし。由としては弱いわね」 「そこを何とかさぁ。対楽しいって」 「そこよ」 「な、何が?」 「あたしが君たちと旅行に行ったところで、何かが得られるとは到底思わないんだけど」 「う…」 「で、結局、旅行先でもそういう態度でいるから、お互い、気まずくなるのが見えてるんだけど…それでも、あたしと行きたいわけ?」 「そ、そんなの、行ってみなけりゃわからないって」 「つまり、さっき『絶対楽しい』と言ったことは撤回?」 「う…」 「となると、リスクが高いわね。 そういうわけで、遠慮させてもらうわ。 ごめんなさい」 「ま、待てよ!なあ、今フリーなんだろ?だったらさぁ…」 「そんなこと、誰が言ったのよ?」 「いや、だって…高村、大学やめちまったし」 「………」 「俺、前からさ、夏海のこと…」 「誤解しないでくれる?」 「え?」 「仁は大学やめてない。学するだけよ」 「け、けど…」 「それにあたしたち、別に切れちゃいないし」 「そう、なの?」 「今日も仁の部屋から直接大学来たの。わかり?」 「そ、そんな…嘘だろ?」 「里伽子、その…」 「あ…」 「げ…」 「その…久しぶりだな、堀部。んな元気か?」 「え? あ、ああ…なんとかな」 お互い、かなり気まずい空気が漂う。 昔からこいつは、何故だか俺を避けてるように見えたんだけど…そういう訳だったのね。 「ちょうど良かった。 今日はもう講義ないから一緒に帰ろうよ。 晩ごはん作ってあげる」 「いや、お前は…」 「行くよ仁。ゃ、そういうことで、堀部君」 「あ、お、おい…」 『俺の部屋になんて、もう半年も来てないだろ』などというツッコミは許さないタイミングで、里伽子はすたすたとこの場を離れていく。 「感謝しないわよ。が大学やめなきゃ、こんな面倒ごと、起こらなかったんだから」 「う~ん…」 「どういう訳かわかんないけど、最近、あの手の誘いが多くって」 「てことは、俺ってよっぽど恨まれてたんだろうなぁ」 「ほんっと、恨むわよ、仁」 「お前にそれを言われる筋合いだけはねぇなぁ!」 俺が在学中のとき、里伽子と俺は、一応、公認ってことになっていた。 実態は…全然そうじゃなかったんだけど。 ところがこいつは、その噂を否定するどころか、むしろ積極的に広め、虫除けとして有効利用していた。 「俺だって、あいつらと同じ扱いなのに」 「そんなことないよ。 仁は特別。 一番仲のいい友達だってば」 「そりゃ、どうも」 まぁ、確かに里伽子の友達なんて、数えるほどもいない訳だが。 もともとが、地に足の着いたというか、地味というか、勤勉で無趣味な大学生のビジネスモデルを体現していたというか。 ホント、なんで友達になれたんだろうな、俺。 「で?」 「で、とは?」 「今日、営業中だよね? サボり?」 「休憩中」 「いいの? 店長がお店抜け出して、こんなとこまで来て」 「お前のおかげで、その程度の余裕はできた」 「………」 「姉さんに、色々と助言してくれたろ?サンキューな」 「…はて?」 「覚えがないって言うつもりか?」 「ま、ね」 「そうか…」 また、しらばっくれるつもりか。 俺の窮状を、どこからか調べてきて、ついでに対応策まで考えて、それから、姉さんをそそのかした。 絶対に、裏で糸を引いてる。 で、それがあからさまなのに、絶対に自分が関わってることをバラさない。 ウェイトレスにして参謀。 真の支配者にして、時給950円のアルバイト。 それが、夏海里伽子という、俺のもと同級生の、半年前までの姿だった。 「ま、覚えがなくてもいいや。にかく俺は…すごく感謝してる」 「それを言いに、わざわざここに?」 「まぁ、そういうことになる」 「そっか…それで、会いに来て、くれたんだ。うん…ふぅぅん…」 「………」 あまり嬉しそうにされても困る。 だって、また俺が誤解したら…「でも無駄足だったわね。方、そのような美談には、一切心当たりがございません」 「そりゃ、ごめん」 なんて、似合わない茶化し方するくらいに、嬉しそうにされたら…困るんだってば。 「………」 「………」 それから里伽子とは、別に何を喋るでもなく。 休憩中に抜け出してきた俺を、駅まで見送って、そのまま、いつもの調子で改札口から踵を返した。 だって、あいつは電車通学じゃなくて、大学の正門前から出てるバス通学だから。 俺の無駄足を笑った里伽子の、往復30分の無駄足。 それが、今日のあいつの機嫌を示していた。 「よ」 「…暇?」 「いや、結構繁盛してるぞ。もまぁ、午前中なら少しは抜けられる」 俺のその言葉を聞き流しつつ、里伽子は不機嫌そうに、書きかけのノートを閉じた。 「じゃあ、なんで、休学中の身でここに来るの?」 「最低でも週に一度くらいは里伽子に会いたいじゃん?」 「………」 「…きゅ、休学は正式には来年の春からだからさぁ。 出席だけで取れる講義は取っておこうかと。 大丈夫、出席簿さえつけたらすぐ戻るから」 いかん、更に不機嫌にさせてしまった。 「それも大学生としてどうかと思うけど…」 ちょくちょくと店を抜け出してくる俺を、里伽子は、あまり快く思ってないらしい。 とはいえ、前から学生との両立だったんで、途中抜けなんてことは、お互いよくやってたんだけど。 「それに、電話くれれば代返なんてやっておくわよ」 「お、丸くなったなぁ…」 以前は、代返も、レポート丸写しも、絶対に許してくれなかったのに。 メシ作ることを条件に、ノートのコピーを取らせてくれる以外は。 「今、忙しいのはわかるからね。、だから出席簿は書いておいてあげるし、もう、戻ったら?」 「…なんでそんなにしっしって感じなんだよ」 「あんたがいると、気が散ってノートも取れないからよ」 「取ればいいじゃん…ただ黒板写すだけだろ」 「………」 いかん、拗ねてしまった。 教授のチョークの音は間断なく進むけど、里伽子は、ノートを閉じたまま、頬杖をついて、俺から目をそらして、正面を向く。 そういえば…大学の講義室で、こいつの隣に座るなんて、半年ぶりくらいだな。 ま、あんなことがあった後だし、しばらくは、俺の方から避けてたから。 けど、その前は、ずっと隣に座って講義受けてたのにな。 で、俺がいくら無駄話しても、平気で聞き流して、きちんとノートを取ってたのに…「んじゃ、そろそろ帰るけど…」 「じゃね」 「ああごめんなさいよ、その前に一つだけ」 「…トレンチコートの刑事さんかあんたは」 「明日、午後からって空いてたよな?」 ウチにはカミさんがいないから、何事もなかったかのように話を続ける。 「大学はね。も…」 「偶然だが、俺は明日休みなんだ」 「ブリックモールは毎週水曜定休なんだから、当然でしょ」 「うまいもの食うのがいい?それとも服とかアクセサリとか…」 「なんであたしがあんたにそんなもの貢ぐのよ?」 「…いや、さすがにそこまで厚かましくない。の前の礼、させてくれよ」 「………」 「まぁ、そんなに高いものはアレだけど、誠意を見せるくらいには…」 これが怖い人に対しての“誠意”だったら、いくらになるか想像もつかないけどな。 「お礼って、そんなことしてもらう心当たりがない」 「じゃ、待ち合わせとかは、今夜電話するから」 「ちょっと、人の話を聞きなさいよ」 「聞いてるよ。応込みでな」 「っ…」 最初に誘ったときに、一瞬言葉を詰まらせたのが、里伽子の致命的なミス。 あの沈黙は、『心当たりがある』って雄弁に物語ってる。 「どうしても駄目か?ほんの1~2時間でもいいんだけどな」 「明日の午後は…授業はないけど、色々と忙しいのよ」 「何か用があるのか?」 「………ある」 「別に夜でもいいけど」 「夜は夜で…やっぱり忙しいから」 「ふぅん…そうなんだ」 「そうなの」 「で、どうしても駄目か?」 「しつこい…っ」 だって…今にも墜ちそうなんだもん。 心が揺れ動いてるときは、目をそらすからな、こいつ。 表情が読み取れない分、こういう、ほんのちょっとした仕草で判断するしかないから、逆に、鍛えられてしまった訳で。 「どうしても、抜けられない約束?」 「さっきからそう言ってる…」 『どうしても抜けられない』とは言ってない。 だから後は、心理戦だ。 里伽子が折れるまで、10分くらい…かな?何だかんだ言いつつ、付き合い悪くないからな、こいつ。 …少なくとも、半年前までは。 ………3分経過。 「………」 「………」 ……6分経過。 「………」 「………」 …9分経過。 「…仁、あのさ」 「あ…悪い」 講義に集中していた周りの学生から、ちょっとした非難の視線が注がれる。 仕方ないので、急いで廊下へと脱出する。 「…もう」 発信元は、ファミーユにいるはずの、姉さんからだった。 ………「ごめん、戻らないと。ルーツが切れかかってるって」 「…そう」 俺がいなくても、何とか店内は回ってるみたいだけど、材料の方が心許ないというヘルプコールだった。 あと…「それと…もう一つごめん。日の話、なかったことに…」 「………」 「その…明日、月例会だったの忘れてた。ら、今までは日曜にやってたんだけど、二人とも、水曜休みになったから…」 月例会ってのは、姉さんと俺の食事会のこと。 姉弟の親睦を図るというコンセプトで、毎月、兄貴の命日に近い休日に開催してる。 ま、これに関しては、里伽子もずっと昔から、事情は知ってるので、仕方ないって理解してくれる。 「もとから断ってたんだから、あたしには関係ない。々用事があるって、何度言ったらわかるのよ」 何より、今回はこんな態度だし。 「悪いな、ホント。度埋め合わせするから」 「だからぁ、別にあんたは穴なんか開けてない」 「うん…ま、そうだな。 けど、悪かったよ。 授業の邪魔もしたし」 「………」 「それじゃ、そろそろ行くわ。の、出席簿、まだ来てないけど…」 「…ちゃんと仁の名前も入れとくから」 「恩に着る! じゃあな!」 「………」 やっぱり、持つべきものは、お互いの機微をわかりあえる友人というやつだ。 里伽子を誘えなかったのは残念だったけど、それはまた、次の機会になんとかしよう。 ………「っ!?な、なにかね?」 「…すいません。しゴムを落としたので、机を蹴飛ばしました」 「………? そ、そう?」 「そうです。れが何か?」 「い、いえ、なんでもありません。、あ~、じゃあ、続けます」 ………「誰があんたの名前なんか書くか…っ」 「…あれ?」 目の前から歩いてくるのって…里伽子だ。 今日は水曜日。 ブリックモールが定休日の俺は、ちゃんとした休みだけど、大学はあるはずだぞ。 サボりか?何にしろ、ちょっとからかってやるか。 俺は、正面からこちらに向かって歩いてくる里伽子に、軽く手を振って…「………」 「………」 スルーされた。 「…を~い」 あの野郎…シカトかよ!まさか、大学サボったのがバレたんで、気まずくて逃げてるのか?「里伽子! 里伽子ってばよ!」 「っ!?」 俺は、既に20メートルくらい後ろに行ってしまった里伽子を追いかけつつ、大声で呼び止める。 「お前、シカトはね~だろ~がよ~」 「ひ、仁…?」 俺の泣きそうな声に、ようやく反応した里伽子が、きょろきょろと、辺りを見回し始める。 …泣きそうな声ってところが弱いな、俺も。 「あれ? どこ?ほんとに仁?」 「…里伽子?」 けど、俺が目の前に行っても、まだ、きょろきょろと辺りを見回している。 まるで俺のこと、全然捕捉できてないみたいに…?あ、そうか…ひょっとして…「ここだ里伽子。のお前から右45度くらい」 「うわ、びっくりした」 俺の指示通りに右45度に振り向いた里伽子は、その、目の前に立ちはだかる人影に、びくっと後ずさる。 「…コンタクトは?」 「えっと…今日はつけてない」 「お前それ自殺行為だろ…」 「………」 里伽子の視力は、小数点一桁では表現できない。 要するに、超ド近眼だったりする訳だ。 「ん~」 「その目怖いからやめてって…」 眉間に皺を寄せて、めちゃくちゃ目つきの悪い里伽子が、俺の目の前にどアップで迫る。 この表情じゃ、さすがに照れることは不可能だ。 いや、恐怖でドキドキするけどな。 「最近さぁ、どうもコンタクト入れると目が痛くて」 「眼鏡は?」 「似合わないもん、あたし…」 「そりゃそうだけど、背に腹は代えられんだろ?事故ったらどうすんだよ?」 「『そりゃそうだけど』…ねえ」 「あ~訂正。 全然問題ない。 似合う似合う」 「去年、眼鏡屋さんに付き合ってもらったときのこと、今でも鮮烈に覚えてるわ」 「…俺は忘れたからもう忘れろ!」 壮絶に大爆笑して、一ヶ月間、口を聞いてもらえなかったんだった。 あんときは、姉さん含め、誰も味方がいなくて、店内で俺一人、孤立してたっけなぁ…「で、今日は大学はどうしたんだ?一日間休学?」 しょうがないから、いつものように話題転換。 「午前中、休講になっちゃったのよ。から全休」 「あ~、そいや水曜は午後空いてたなぁ」 「なんにもすることなくなっちゃって…仕方ないから買い物でもと」 「お前も女子大生なら『仕方なく買い物』とか言うなよ」 「そうは言っても…最近、どうもそっち方面への執着が…」 「ファッションも地味になったんじゃないか?髪型も随分シンプルになって…つか、寝癖?」 「うそっ!? まだ残ってる?」 「…本物かよ」 ちょっとしたアクセントとも取れたから、からかい半分のつもりだったんだけど。 本当にそういうとこ気にしない奴だなぁ。 そのくせ眼鏡はあそこまで嫌がるし、訳わからん。 「じゃ、そゆことで」 「去るな」 「帰らせて~」 肩を掴んで引き留める俺に、泣き声で応える里伽子。 やっぱ、こいつでも寝癖はショックだったのか…「昼飯くらい付き合えよ。方から月例会なんだけどさ、それまで空いてるんだ」 「そっか…今日なんだ」 月例会ってのは、姉さんと俺の食事会のこと。 姉弟の親睦を図るというコンセプトで、毎月、兄貴の命日に近い休日に開催してる。 前の店で働いてたときからやってたので、里伽子を含め、ファミーユのメンバーなら、みんな知ってる行事だったりする。 「な? だからさ。だ結構時間あるし」 「………」 「あ、奢る奢る!この前の礼、させてくれよ」 「お礼って、そんなことしてもらう心当たりがない」 こう言うとこ、相変わらず頑なだな、こいつって。 「だったら割り勘でも…」 こう言っといて、最後に強引に払えばいい。 とにかく、せっかくの偶然を、このまま無駄にしたくない。 だって、友達同士が飯を食うのは、当然じゃないか。 「ん~…やっぱりやめとく」 「里伽子…」 「あ、別に仁とごはん食べるのが嫌だってんじゃないよ?気を悪くしたらごめんね」 「いや、別に怒っちゃいないけど…残念なだけで」 「だってさぁ…あんた、今から女のひととデートなんだよ?その直前に他の女と食事なんて駄目でしょ」 「はぁ…?」 女のひとって…姉さんのことかぁ?「その服は、恵麻さんのため。 あたしと一緒にいるためじゃない。 …うん、カッコいいよ、仁」 「姉さんは…姉さんだぞ?デートじゃない。事会だ」 「そうだね…それじゃ、またね」 「え…おい、里伽子?」 里伽子は、もう、俺の方を振り返らず、人混みの中へ、歩いていく。 ただ、5分前の行動を、忠実に再現してる。 「里伽子…」 また、ふられた…別に、ただ、飯食おうって言ってるだけなんだけどなぁ…あれ以来、やっぱり、一線引かれてる。 友達にも、種類があるってことなのかな。 ちょっと、寂しいけど…受け入れるしかないのかなぁ。 「いたっ!? ちょっと、どこ見て歩いてるのよ!」 「あ…すいません、全然見えてませんでした」 「………」 目的もなく出歩いて、時たま、必要なものを思い出し、買い物して。 充実したような、無駄に過ごしたような休日が終わる。 さて、帰って、晩飯食って、寝るか。 「あ! やっと帰ってきた」 「ん…?」 部屋に入ろうとした瞬間、その音を聞きつけたのか、隣の部屋のドアが勢いよく開く。 「どこ行ってたのよ!どうせ彼女もいないくせになに遅くまで出歩いてんの!?」 「お前それはないだろ」 その失礼極まる決め付けは、俺の繊細なる心をグリグリと抉る訳で…「ちょっと上がるわよ」 「俺より先にさっさと靴を脱ぐな!」 「あ、鏡が綺麗になってる」 「冷静に論評するな落書き犯。の軽犯罪者め」 俺は、無駄に消費された10枚のティッシュを悼み、花鳥に食ってかかる。 「あ、座ってて。日、大体の配置は把握したから、お茶は私が淹れる」 「…なんでよ?」 「なんでって…あんた外から帰ってきて疲れてるでしょ?」 「………」 まるで意識していない無遠慮な介入。 まるで意識していない純粋な親切心。 こいつの場合、不可分だからタチが悪い。 ………「粗茶ですが…」 日本人離れした顔でこういうこと言われてもなぁ…「で、何の用だ?由飛がらみか?」 「違うわね…どちらかと言えば、あんたがらみ」 「俺?」 「さっきまで…夏海さんって人がウチに来てたのよ」 「ぶっ!?」 「…なるほど、やっぱり重要なポジションか」 俺の噴き出したお茶が顔にかかったのに、冷静にティッシュで拭き取りながら話を続ける花鳥。 要するに、今は怒ってる場合じゃないということか。 「待て…話が全く見えない。んで里伽子がお前んちに!?」 青天の霹靂すぎ!どこがどうしてこいつとあいつが知り合いに!?この、アッパー系真面目人間と、あの、ダウナー系真面目人間が遭遇…?それって、どんな化学反応が起こるか想像すらできんぞ。 「それがさ…あんたの部屋の前でずっと待ってたから、ウチに上がって待ちませんかって誘ったら…」 「…だからなんでお前はそんな風に初対面の人間に対して親切なんだよ」 「だって寒そうだったんだもの」 ナチュラルな超善人め。 「それで…里伽子は何で俺んとこに?」 「あんたの忘れ物を届けに来たんだって」 「忘れもの…?なんだっけ?」 最近、あいつとはあまり会ってないし、前回、あいつの部屋に行ったことなんて、それこそいつのことになるやら…「で、私が預かるって言っても、自分で渡すからって…結局、そのまま帰っちゃった」 「一体、どういうつもりなんだ?」 「直接渡したいんじゃないの?それとも、本当は、会いに来ただけなのかも」 「里伽子が? 俺に?…いや、それは」 ありえないだろう…だって…「で、さ。互い共通の話題なんて一つしかないじゃない?」 「まさか…?」 「うん、あんたの悪口で盛り上がってた」 「て、てめえら…」 「も~お互いネタが尽きない尽きない。がついたら一時間近く喋ってた」 俺に優しくない人間の一位と二位が巡り会った…その罵詈雑言の盛り上がりようは、容易に想像できて…「わざわざそんなこと報告に来たのか?どうもありがとよ。茶飲んだら早よ去ね」 ちなみに『去ね』は言い間違いじゃないからな。 「いや、それがね…最初は盛り上がってたんだけど、途中から、ちょっと様子が変わってきて」 「はぁ?」 「あんた…彼女とどういう関係だったの?」 「ど、どういう…って?」 「だってさ…」 「あなたにそこまで言う資格があるとは思えない」 「あ、あれ…?」 「お隣さん? お向かいさん?でも、たった一ヶ月よね?」 「な…夏海さん?」 「仁の何がわかった? 随分な洞察力。 あたしなんて、三年一緒にいてもわからないことだらけ。 恵麻さんには、到底追いつかない…」 「なんで…」 「なに?」 「なんで急に、あいつを庇うんです?」 「別に庇ってない…ただ、あなたが少し言い過ぎなだけ」 「い、言い過ぎって…私、別にそうは思いません」 「言い過ぎ」 「違います」 「違わない」 「だってあいつ、人によって態度全然違うし。定の人間だけひいきするし、性格悪い」 「子供の頃から、お兄さんと比較されてきたのよ。 だから、その反動。 本当は、限りなく優しい奴」 「すぐに人に頼るし…末っ子の悪い見本」 「あいつが頼るんじゃなくて、周りが構うの。んとかしてやりたいって思わせる何かがあるのよ」 「できもしないような大口叩くし。ュリオに勝つとか…要するに見栄っ張りなんですよ」 「できもしないことでも、やせ我慢して頑張るのが仁なの。れに…キュリオには、あたしが勝たせてみせる」 「………」 「………」 「…もう一つだけ、いいですか?」 「…何よ?」 「今、私が言ったことって、全部、あなたが言ったことの受け売りだって気づいてます?」 「………」 「もう一度聞きますよ?本当に、あいつとは、何もないんですか?」 「……………………ない」 「………」 「…お茶、おかわりいる?」 「…嘘だろ?」 「録音しとけばよかった?」 「里伽子がそんなに喋るなんて異常だ」 「そこが気になるところなの…?」 玲愛が、お茶を入れながら呟く。 「やり込められたとは思ってないけど、ちょっと、ムッときた」 「なんで?」 「理由がよくわかんないから、もっと苛ついた」 「わけわかんね」 「夏海さんの方がよくわかんない!本当に、本当につきあってないの?」 「本当に本当に本当に事実だ」 「う~…モヤモヤする」 「だから何でお前が?」 「彼女の気持ちがなんとなくわかったような気になっちゃって…でも違うかもしんないし」 「…シンパシィ?」 確かに、真面目で、融通が利かなくて、辛辣で、容赦なくて、他人にも厳しいけど、自分にはもっと厳しいところなんか……そっくり?「めちゃめちゃ気になる…なんでだろ…」 なんつ~か、あれだ。 こいつって、あらゆる意味で、他人に介入してくることを厭わないタイプなんだな。 喩えて言えば、井戸端のおばちゃんのような…「…なんか失礼なこと想像してない?」 「ぶぶづけでもど~だす?」 やな洞察力だけはやたらと発達している花鳥に、京都弁で『はよ帰れ』という意味の言葉を贈った。 きっと、この嫌味も察してくれるに違いない。 「いただくわ…ちょうどおなかすいてたから」 「食うのかよ!」 結局、何故かその後、花鳥と茶漬けを一緒にすすった。 飯の間も、花鳥は、ずっと里伽子のことを聞きまくり、俺は、その質問攻めをかわすことで精一杯だった。 だって…言える訳ないじゃん。 昔、里伽子に告白して振られたなんていう、カッコ悪い事実なんかさぁ。 「いらっしゃいませ~♪お一人様ですか?」 「あ、うん…そうだけど…」 「どうかなさいました?あ、ひょっとして待ち合わせですか?」 「そういうわけじゃないんだけど…かすりさんか、明日香ちゃんは?」 「あの二人のお友達?」 「あ、いや、だから…」 「かすりさんはどっかにいますよ?ちょっと探してきますね」 「あ、ちょっと…」 「遠慮は無用です。ぐに戻りますから!」 「遠慮じゃなくて…」 「…って、もういないし」 ………「仁~」 「あ…」 カウンター越しに、聞き慣れた声。 里伽子が、軽く右手を振っている。 「来てくれたんだ…」 「ん、午前中、休講になったから。つぶしに」 「初来店、だな」 「てことは、お金取るんだ、今日は」 「当然ですお客様」 「ふふ…」 「それにしても…?あれ? フロア誰もいなかった?」 「いたんだけど…出てった」 「はぁ?」 ………「ほれ、黄金チャーハン」 「…こんなの頼んでないし、そもそもメニューにないでしょ?」 「いいよ、初来店記念。ーニングサービスだと思ってくれ」 現在、11時30分。 モーニングなんてとっくに終わってる。 それどころか、ランチの時間。 「…ダイエット中、なんだけどなぁ」 言いつつも、里伽子は微妙に機嫌がいい。 右手でスプーンを操ると、早速、口の中へ料理を運んでいく。 「けど悪いな、みんな出払っちゃってて。こ行ったんだ…ったく」 「あ、いいのよ」 「けど、お客様置いて探しに行くなんてなぁ…」 今日のフロア担当は、由飛のはず。 やっぱりあいつ、ちょっと不注意だなぁ。 「あたしが、かすりさんの居場所を聞いたのが悪いの。女のせいじゃない」 「かすりさんなら、ちょっと買い出しに行ってもらってるけど…多分、そろそろ戻ってくる頃だろ」 「そうなんだ…」 「姉さんはキッチンにいるぞ。ぼうか?」 「いいよ…みんなは仕事中。たしは、お客」 「そうか…」 そういえば、昔から公私の区別の厳しいウェイトレスだった。 まぁ、だからこそ、里伽子がフロアにいると、一本筋が通ってたような記憶がある。 しいて言えば、花鳥のような…「あ、引き留めちゃったね。も仕事に戻って」 「そうか? じゃ、悪かったな」 「あたしはいいから、さっきの娘、あまり叱ったりは…」 「すいませ~ん!かすりさん見つからなくって~!」 「あ…」 噂をすれば…ずっとフロアをほったらかしにしていた由飛が、息を切らして戻ってきた。 「あれ? 仁?仁もそのお客様と知り合いなのぉ?」 「…仁?」 「んなことよりも由飛。前、お客様をほったらかして何やってんだよ?」 「…お前? 由飛?」 「え~、だって~そのお客様が、かすりさんと知り合いだって言うから~」 「かすりさんは今買い出し中!ここにはいないの!」 「え~、そんなの先に言っといてよ~」 「そういう問題じゃなくてだなぁ、いくらお客様の頼みだからって、フロアに誰もいないのは問題あるだろ…」 「う~…ごめんなさい」 「………」 「悪かったな里伽子。りあえず、ビシっと言っといたから、今後は気をつけるってことで」 「あ、ところでこの人、仁とも知り合いなの?ねえねえ、誰~?」 「あ、ああ…そういえば、由飛は初対面だったっけ?」 ………………「へぇ~、前のお店のチーフさんなんだ~!」 「………」 お互いの紹介が終わった後も、由飛は、興味津々といった趣で、里伽子を眺める。 「そっかぁ…恵麻さんやかすりさんの言ってた『リカちゃん』って、あなたのことですね?」 「あ、まぁ、そうだけど…」 「へぇ~、噂通り綺麗な人ぉ」 「え? あ、いや、それほどでも…」 「なんで仁が謙遜するのよ?やだぁ、恋人じゃあるまいし~」 「うぐっ…た、確かにそうだけど、そこまで言うことないじゃんよぉ!」 「あはははは~、ねえ、里伽子さん、仁って前からこんな調子でした~?」 「お前に汚染されてんだよ俺は!」 「………」 「あ、すいませ~ん」 「あ、は~い!ショーケースの方、お客様みたいだから、失礼しますね?」 「こっちはいいから早く行ってろ!」 「申し訳ありません、お待たせしました~」 「ふう、せわしないなぁ」 踊るようなステップで、フロアから出て行く由飛を、ついつい苦笑混じりで見送る。 「………」 「あ、悪いな。 なんかバタバタしてて。 とりあえず、ゆっくりしてってくれよ」 「………本当に、悪い」 「ん?」 「しばらく見ないうちに、接客の質が落ちたんじゃない? 仁」 「り…里伽子…?」 さっきまでの、機嫌の良さはどこへやら…いつの間にか、苦虫を噛み潰したような表情で、俺のことを睨んでいる。 「え? そりゃ、由飛が席を外したのは悪かったけど、ほら、ちゃんと注意しただろ…?」 「あれが注意なんて言えるのかしら?仁、あんた、以前にも増して、公私混同が激しくなってない?」 「え? え~?昔からこんなもんじゃなかったかなぁ?」 「新人のコのこと呼び捨てにしたり、呼び捨てにされたり…あり得ない」 「…あり得ない、かぁ?」 「少なくともあたしが仕切ってたときは、そんな浮わついた空気はなかったはず」 「けど俺、お前のこと呼び捨ててたし、お前だって俺のこと…」 「………」 「………」 「あたしはいいのよ、チーフだから」 「そ、そんなもんかぁ!?」 「店長にだってタメ口でないと、威厳が示せないでしょ?」 「いや、店長より偉そうなのもどうかと思うけどなぁ」 あの頃は、俺は店長なんて肩書きはなかったけど、それでも、思いっきり頭が上がらなかったっけ。 「だいぶ困ったことになってる…とにかく、ここに座りなさい、仁」 「いや、俺、さっきから持ち場を離れっぱなしで…それに、お客様とずっとこうして話してるのは、公私混同のような…」 「問答無用で座りなさい」 「…はい」 それから、里伽子の説教は、お昼時になって、お客様が増え出すまで続いた。 ………最後には、『呼び捨て禁止令』などという、意味不明の規律を持ち込まれてしまったとか。 「お~入ってる入ってる~、感謝~!」 「それでOK?」 「もう完璧!おお! しかも黒に転じてる~!?」 「良かったわね。れじゃあたし、帰るから」 「…せめて茶でも飲んでけよ~」 さっさこさと帰っていきそうな里伽子の袖を掴む。 「電車の時間が…」 「まだ3本は余裕。れとも里伽子…お前、俺とは茶も飲めないってか?」 「…もう、しょうがないなぁ」 どうしてこいつは人と喜びを分かち合おうという、協調性ある行動ができないんだろう。 「コーヒーと紅茶とミルクセーキと卵酒のどれがいい?」 「最後のは一体なんなの?」 「いや、この前久々に作ったらハマっちゃってね」 と言いつつ、スタンダードに安い豆をセットする。 「じゃ、コーヒー」 どうせこう言うに決まってるから。 ………仕事が終わってから、里伽子と駅で待ち合わせて、こうして自宅に連れ込んだ。 部屋に入れるとき、一応隣をチェックしたのはご愛敬。 部屋に入ったら、まずは取るものとりあえず…パソコンを起動して、里伽子から受け取ったデータを開く。 そこに踊る数字は、今週のファミーユの収支。 「本当に悪かったな。日までにまとめるって姉さんに大見得切っちゃってさ」 でも、とても明日までにできる作業量じゃなかったので、久しぶりに里伽子に泣きついてしまった。 「部外者に帳簿と伝票全部渡すなんて、正気の沙汰とは思えないけど」 「誰も里伽子を部外者だなんて思ってないから」 「………」 「でも大変だったろ。近のウチ、売上高はともかく、売り上げ数はハンパじゃないからな」 まぁ、これも里伽子提唱のダンピング作戦の影響なのだが。 「別にこの程度の数字なら…1時間もあれば…」 「まぁ、お前ならそうだろうな。だったら3時間はかかりそうだ」 「…メカオンチ」 「にゃにおう!?」 「このPC、設置から配線から電話工事の手配から当日の立会いから全部したのは誰だったかしらね」 「そういえばさ、最近起ち上がるのが遅いんだよ。ょっと調べてくんない?」 「お断わり。たくもないブックマーク名を目にするの嫌だし」 「………」 全部見られてたのか、俺の性癖。 「けどまぁ、良かったじゃない。う利益出始めてるなんて」 「そうやってお前に他人事っぽく言われると、ちょっと怖いんだけどな」 「年内はずっと赤字だと予想してたのよ」 「おいおいおいおい!お前、俺に年を越させないつもりだったのか!?」 可愛いふりしてこの娘、割とやるもんだね。 「結果としてはいい方向に動いてるんだし、気にしないの」 「勘弁してくれよな…もしそんなことになってたら、姉さんに顔向けできなかったじゃん」 「………」 「ま、まぁ、いいか。 けど、この収支、報告するの楽しみだ。 姉さん、なんて言うかな?」 「………」 「やっぱ姉さんが戻ってきてくれたのは大きいな。伽子もそう思うだろ?」 『もう一人戻ってきてくれれば完璧なのに』言外に、にじませた、ちょっとした嫌味。 「…相変わらずの価値観ね」 「何が?」 「姉さん、姉さん、ま~姉ちゃん」 「んなっ!?」 里伽子は、予想もつかない方向から反撃してきた。 しかも、痛烈に。 「姉さんの店をなんとか成功させたいんだけど。さんにプレゼントあげるんだけど何にしたらいいやら」 「………」 「ひとし君はいつもいつもしょうがないなぁ…って、あたしは未来から来た猫耳ロボットですか?」 いや、耳は…「何言ってんだよ…訳もわかんないひみつ道具なんかよりも、里伽子の方が頼りになるに決まってるだろ」 「…開き直ったわね」 …そうでもしないと叫び出さずにはいられないくらい、弱いところを突かれたからに決まってるだろう。 ………「…と、いうわけで、こっちが杉澤一人。の兄貴にして、姉さんの旦那さん」 「………」 「やあ、君が仁の友達の夏海さんか。 仁から話は聞いてるよ。 この店のこと、よろしく頼む」 「…不謹慎だよ、高村」 「なんでだよ? 俺が電話で兄貴の真似したら、誰にも気づかれないんだぞ?それこそ恵麻姉さんにだって」 「いや、そういう問題でなくてさ…喫茶店に位牌を持ち込む? 普通」 「だから兄貴の遺志を知ってもらおうと…」 「なんであたしがここで働くことが、あんたの兄さんの遺志を継ぐことになるのよ?」 「よく聞いてくれた!なぜなら、この店こそは、兄貴が、姉さんのために…」 「その解説はもう23回は聞いたから」 「その話を聞いたら、三日以内に5人に同じ話をしないと、ここの店員になってしまうという呪いの…」 「………」 「兄貴~ヤバいよ!夏海の奴、退いちゃってるよ?」 「仁のやつが失礼してすまない。が、俺の愛しい恵麻のため、どうか力を貸してやってくれないだろうか?」 「ヤバいよあんた…」 「親戚一同にはウけたんだよ、この一人芝居…」 「元ネタ知らないあたしにそんなもの披露してどうすんのよ」 「この通り!兄貴の分も含めてお願い!姉さんの力になってやってくんないかな?」 「………」 「頼むよ夏海…俺、お前くらいしか頼れる人間いないんだよ」 「…なんであたしなのよ」 「知り合いだから。 頭いいから。 美人だから」 「っ…そ、そんなこと言ったって、開店もしてないお店で働けって言われても」 「そっちは俺がなんとかする。さんに、もう一度笑ってもらうには…ここから始めるしかないんだよ」 「………」 「…夏海ぃ」 「もう、しょうがないなぁ、高村はぁ」 「…本当に、しょうがないなぁ」 「やめてぇっ!堪忍してぇっ!」 思わずシーツにくるまって、しくしく泣いてしまいそうな陵辱。 そんな、二年以上前のことを持ち出してグチグチと…鬼だ、里伽子は。 しかもねちっこい鬼。 「さてと、仁の泣き叫ぶ姿も堪能したし…そろそろ帰りますか」 「帰ってよ…あなたなんかもう知らないっ」 「なんなら、『姉さんにプレゼント』の方のエピソードも思い出させてあげようか?」 「もういや! 二度と来ないでっ!」 酔った勢いで押しかけられて、散々弄ばれて、しかも帰りがけに金まで持っていかれた愛人のような屈辱に身を震わせる。 …いや、そんな経験ないからよくわからんが。 「じゃ、ね」 「あ~二度と来ないでってのは嘘だからな~!また来いよ~、待ってるからな~」 「…おやすみ」 「…おやすみ」 今日は、サンキューな、里伽子。 今後とも、頼らせてくれよな。 ………「そうか…これと、これの、どっちか…か」 「値段的にも、デザイン的にも、こんなとこじゃない?恵麻さんだったら、こういったシックな方が」 「で、どっちがいいと思う?」 「この2つに絞っただけで十分でしょ。とは仁が決めなさい」 「いや俺わかんねえよ…アクセサリーの良し悪しなんて」 「だったら何でブレスレットがいいなんて言ったのよ。麻さんなんだから、誕生日プレゼントなんてケーキあげとけば喜ぶでしょ」 「…何気に酷いね、お前」 「だって…これって、恋人への贈り物だよ」 「え? 何だって?」 「何でもないけどね」 「いや、お前がこういうの好きだって言ってたから、だったらいいの紹介してくれそうだなって」 「はぁ…あんたには主体性ってものがないの?主体性ってものが」 「だったら5時間もお前を連れ回したりしないだろ?」 「…ごもっとも」 「う~ん…そうだ。ら、この2つのうち、里伽子ならどっちが欲しい?」 「あたしの趣味と恵麻さんの趣味とは違うってば」 「それでもいいから…ただの参考だから…」 「あ~もう、本当に苛つくわね仁はぁ!」 「言葉もございません…」 「あたし帰る」 「帰る前に…右? 左?」 「………」 「どっちかな~?」 「………左!」 「…サンキューな、里伽子」 「じゃ…本当にもう帰る」 「あ、すいません。れ、両方ください」 「はぁ!?」 「こっちは包んで。、こっちはいいです」 「ちょっ、ちょっと…?」 「お前の、左だったよな。れ、つけてやるから、腕」 「え…?」 「…その疑惑の視線はやめてくんない?別に、内側に毒針とか仕込んでないって」 「なんで…?」 「だって俺、お前の誕生日教えてもらってないもん」 「そ、それは…そうだけど、でも、これとは…」 「こうでもしないと、お前の喜ぶものなんか選べる訳ないし」 「………」 「それに、姉さんのプレゼントだって、やっぱり毎年ケーキじゃ寂しいし。ょっとはバージョンアップしないと」 「仁…」 「ほれ、どうだ?俺は似合うかどうか知らんけど、お前の趣味なんだから文句言うなよ?」 「…っ」 「里伽子…誕生日、おめでとう」 「…7月20日、よ」 「海の日かよ。んまだな」 「うるさいっ…」 「もう、しょうがないなぁ、仁は」 「A blueberry tart, tea-flavoured chiffon cake,and a cup of tea with milk, please.」 「………」 「I'd also like three pieces of apple pie,strawberry mille-feuille and custard pudding togo.」 「は…はは…」 「Oh, how long does the pudding keep?My friend's home is a little far.」 「あ、あは、あはははは…じゃすたも~めんとぉ!」 「Excuse me..?」 「由飛さんっ!」 「明日香ちゃん? どしたの?外国の人に道を尋ねられたようなせっぱ詰まったような顔して」 「その洞察力に敬意を表して、バトンタッチ!」 「はい?」 「ここはわたしに任せて、あなたはフロアへと行って~!」 ………「As I said earlier,A blueberry tart, tea-flavoured chiffon cake,and a cup of tea with milk, please.」 「………」 「Later I'll order cakes to go.Please bring me my first order right away.」 「うぇいとぷり~ず!」 「Hey, hey! Wait!」 「かすりさん、かすりさぁ~ん!」 「だからその芝居がかった口調なんとかしなさい」 「その年上の落ち着きに期待してバトンタッチ!」 「はぁ?」 「外はわたしが守ってみせます。すりさんは、店内を…っ」 ………「How many times have I told you?A blueberry tart, tea-flavoured chiffon cake,and a cup of tea with milk!」 「………」 「Can you hear me?A blueberry tart and tea-flavoured chiffon cake.Do you understand?」 「ぶ、ぶるーべりー…しふぉん?」 「Something seems strange...」 「あ、あはは、あはははは…まね~じゃ~! まね~じゃ~かも~ん!」 「...Again?」 「だからって三人揃ってキッチンに押しかけるな~!」 「そんなこと言ったって~!」 「仁、大学生じゃない~!なんとかしてよ~」 「待て! そもそもお前も大学生だろ!?」 「わたしは音大のピアノ科だもん! 喋れなくて当然~!」 「そこ行くと仁くんなんかは、英文科が全国的に有名な八橋大だもんね~」 「俺は経済学部だ~!」 「文系なんだから、英語できないなんて言わせないわよ?ここで喋れなかったら、お父さんたちが仕送り止めるかも」 「ま~姉ちゃん…あんた…」 「あ~、わたしに期待するだけ無駄よ?調理師学校の英語なんて、お料理とお菓子の名前しか教えないんだから」 「嘘くさ~い」 一人のフォーリナーなお客様のご来店で、我が店は今、学歴逆自慢がブームとなってしまった。 「で、それはそれとして、どうしよう?かなりお客様待たせちゃってるよ」 「どうしようって…どうしようか?」 「こんなことになるってわかってたら、上の階にある英会話教室に通っておけば…」 「なんて思ってないだろ?」 「だってほら、和菓子屋の娘だし」 「やっぱりこの中では仁くんが一番適任じゃないかな?」 「う…」 「てんちょだし」 「文系学生だし」 「男の子だもんね」 「ごめん、仁くん…今回だけは、かばえない」 「ひ~ん」 俺の唯一の苦手科目である語学…いや、最近じゃそれって致命的だけどさ。 ああ、こんなときに、英語がペラペラな店員がいたら…そいや昔は…いたんだよなぁ。 そんなスーパーエグゼクティブウェイトレスが。 けど、今となっては…「ちょっと、どうして店に誰もいないの?」 …いたぁ!「里伽子!」 「リカちゃん!」 「里伽子さん!」 「リカちゃ~ん!」 「里伽子さ~ん♪」 「な、なに? なんなの?」 …一人、理由もわからず、ただ相乗りしてるだけの奴がいる。 まぁ、それはともかく…………「I'm very sorry.I will serve the cakes and drink right away.」 「As soon as possible, please.」 「ブルーベリータルトに紅茶シフォン。ージリンのミルクティー、超特急!」 「は、はいぃ~!」 「The pudding will keep for half a day,in a ice pack.How far do you have to go?」 「Oh, no problem.Just 2 hours away by train.」 「アップルパイと、いちごのミルフィーユ、カスタードプディング3つずつお持ち帰り。には保冷剤入れておいて」 「か、かしこまりました~」 「Sorry to keep you waiting.Here is a complimentary treat from us.」 「ど、どうも~、サービスのマドレーヌです」 「Oh? Thank you.」 「Thank you very much.」 …完璧。 ………………「ごちそうさま。当にお代はいいの?」 「恩人からお金なんて取れないよ」 「やっぱり早く戻ってきてよ~ボンクラ店長がどれだけ頼りにならないか、今日で身に染みたわよ~」 「ひどいや…」 ここ一ヶ月で築き上げた信頼が…たった10分で塵と消え…ただ、みんなと一緒にオタオタしてただけで、この仕打ち…「でも、本当に凄いですね。すが八橋大生」 「ヒアリングの授業にちゃんと出てれば、あのくらい簡単なはずなんだけど…」 「ひどいや…」 俺は知ってる…あいつは、それだけじゃなくて、英文科の授業も、モグリで聴講していることを。 自分勝手に人一倍努力しやがって、それを当たり前のように言われたら、こっちの立つ瀬が…………そうさ、俺が悪いよ! 悪かったなぁ!「それじゃ、お疲れさま。と少し、頑張ってね」 「なあ、里伽子」 「ん?」 「就職が決まってからでいいからさ…卒業までの間でもいいからさ…やっぱ、戻ってこないか?」 「………」 「そうだよ、戻っておいでよ。た、いつてんちょが恥をかくかわかんないよ?」 「一人くらい、真面目なのがいないとね。ュリオだってそうだし」 「カッコ良かったですよ」 「いつでもいいから…待ってるからね?」 「みんな…」 里伽子は…「ごめん、ね」 寂しそうにうつむき、泣きそうな瞳と、そして、口の端をちょっとだけ上げた笑顔を見せた。 「でさ、結局、クリスマスケーキは2種類。ょうがないからイブ当日は通常メニューを減らすわ」 「…いいの?」 「その代わり、テイクアウトだけじゃなくて、カットしてイートインでも売る。ピース150円」 「安…」 「それでもホールごとテイクアウトの方が安い。談みたいな価格設定だよな」 と、俺はホール1000円という値段を設定した元凶を見つめる。 と、元凶のほうも、俺の視線に気づいたのか、こちらを見上げ…「さて、と…もういいよ」 「…ここで別れたら、わざわざ電車に乗ってまで送った意味がない」 まだ、里伽子のマンションまでは、歩いて10分以上もある。 「けど、帰りの電車の時間…」 「まだ9時前だぞ。然余裕」 「…そういえば、まだ9時前なのに、送る必要なんてあるの?」 「………」 こいつはまた痛いところを…もともと、終電間際まで飲んでたって、ほとんど送ったことなかったし。 「じゃ、そゆことで…」 「マンションの前まで!大丈夫、上がらせろとか言ったり、急に襲ったりしないから!」 「いや、仁にそんな勇気があるとは最初から思ってないからいいんだけどさ」 「………」 こいつは…また…痛いところを…「けど、時間の無駄だよ?明日も仕事あるんだから、帰って休んだら?」 「無駄なんかじゃないの。しの時間」 「あ、このハーブの香水の香り?たまにしかつけないんだけど」 「誰がアロマテラピーの話をしている…」 「違うの?」 「絶対にわかっててはぐらかしてるだろ、お前」 「ん~」 「あのな、よく聞けよ?ファミーユがブリックモールに進出してからというもの、俺は心身ともに疲れきっていたわけよ、わかる?」 「自業自得だし」 「男は一歩敷居をまたぐと平日平均132名、休日平均188名のお客様がいるんだ」 「…流行ってるね」 「お客様が入れば忙しくて体が休まらず、かといって、お客様が入らなければ心配で心が休まらず」 「だから自業自得だし」 「で、さ…たまに仕事を忘れてガス抜きをする時間が必要なわけよ。れこそ、ただこうして駄弁るだけでもいいんだ」 「ふぅん…」 「お前はそういう、俺のオアシスになれる素養を持ちながら、それをむざむざドブに捨ててしまうのか?もったいないこととは思わんか?」 「………」 「………」 俺の熱意のこもった説得に、里伽子は感激のあまり、言葉を失い…「…ま、いっか」 「お前ならそう言ってくれると信じてたよ!」 「はぐらかそうとしたのはお互い様だし」 「………」 けれど、はぐらかされてはいなかったみたいだ。 「わかった、もうちょっと先までね」 「マンションの下までな」 まぁ、許してくれたからいいか。 ………「そういえばさ、就職活動の方はどうよ?」 すたすたすたすた「順調」 すたすたすたすた「けど、本当にこの時期から動く必要なんてあるのか?」 すたすたすた「あるに決まってるじゃない。、厳しいんだから」 すたすたすたすた「里伽子なんて引く手あまたじゃないのか?」 すたすたすた「能力があろうがなかろうが、女性の採用は減る一方」 すたすたすた「ふぅん…まぁ頑張ってくれや。葉の陰から応援してるぞ」 すたすた「他人事みたいに…あんただって、休学しなければ…」 すたすたすた「里伽子どこ狙ってる?」 すたすた「なんでそんなこと聞くのよ?」 すたすた「再来年、お前の後輩にだけはなりたくないからなぁ」 すた「…仁」 ぴたり「ん?」 「どんどん歩くの遅くなってない?」 「………」 「………」 「…何をわけのわからんことを」 すたすたすたすたすたすた「だからって急にピッチ上げなくても」 すたすたすたすたいちいち勘の鋭い奴だ…………「…あれ?」 「………」 「ちょっと仁、こっちは…」 さり気なく道なりに進む俺に、里伽子がまたしても戸惑いの声を上げる。 「そんなに変わんないだろ? 時間的には」 「変わるよ…」 左に折れると、里伽子のマンションの裏手。 このまま進むと、一度ぐるりと大回り。 「こっちの方が人通りも多いから…ちょっとくらいのまわり道、いいじゃん」 「ちょっと…って」 本当は…5分は違う。 けど…通りたくないんだよ。 なぜならそこには、嬉しかった思い出があるから。 嬉しかった出来事ってだけなら良かったけど、ついでに、思い出になってしまった出来事があるから。 「え~と…ほんの少しでも長く、里伽子と一緒にいたいから…というので手を打たないか?」 「…それは女冥利に尽きること」 「わ~すっごい嬉しそう」 半分は本気なのに…「だって嬉しいもん」 「感激のあまり泣きそうか?」 「うん」 「そりゃ男冥利に尽きること」 「泣いて喜びなさい」 本当に、ちょっと泣きそうになった。 ………それからは…俺の、ゆっくりすぎる歩調に、里伽子も合わせてくれて。 たった5分の道のりを、実際には10分もかけて。 けれど、俺にとっては、1分にも感じられなくて。 「………」 「………」 「…着いたよ」 「ああ…」 そして、とうとう着いてしまった。 紛うことなき、里伽子のマンション前。 最初に訪れたときは、どうやって来たのか覚えてなくて、駅までの帰り道で何度も迷ったっけ。 「じゃ」 「部屋まで送ろうか?」 「いいけど…『お茶でもどう?』って言わないよ?」 「………」 地面に足を、五寸釘で打ちつけるような牽制。 “あの時”以来、里伽子が引いたボーダーは、明快だった。 部屋の前まで送るのはOK。 部屋に上がるのはNG。 一緒に飯を食うのはOK。 一緒に酒を飲むのはNG。 友達として、大好きなのはOK。 女として、少しだけでも好きなのは…NG。 「おやすみ」 「………」 どれも、試したことあるから、よくわかってる。 わかってるんだけど…「また、明日な」 「…行けたらね」 「また、明日な」 「だからぁ…」 「………」 それでも…「…もう、しょうがないなぁ、仁は」 「うん」 “約束”を、とりつけた。 「じゃ」 里伽子が、マンションに入っていく。 もう、俺の存在を忘れたかのように。 けど俺は、その、ちょっと投げやりな後ろ姿が見えなくなるまで、彼女の姿を、追い求める。 ………そして、視界から消えても、一分ほど、その場を動かない。 「………ふぅ」 自分の体の中に、さっきまで尽きていたものが、少しだけ、満たされつつあるのがわかる。 活力、やる気、元気。 元をただせば、どれもほとんど同じ意味の、目に見えない、大事なもの。 里伽子にとって、無駄な時間。 そして、俺にとって、大切な時間。 素っ気なく扱われ、どれだけ近づいても距離を置かれ、けど、ときどき優しい言葉をかけられて。 ただ、それだけで、こうして明日への活力を得られるってのは、俺の中に脈々と眠るMの血の為せる業だろうか?…だったら、やだなぁ。 「よしっ!」 すたすたすたすたすたすた帰り道は、来たときの3倍の速さで。 俺の中にまだ眠ってる気持ちを再確認したから。 俺は、半年前から、何も変わっちゃいないって。 「また明日な。伽子」 ………「やっと、帰ったか」 ………「ね、お茶でもどう?もし、戻ってきたなら、上がっていきなさいよ」 「飲んで、さあ飲んで。ずは駆けつけ三杯」 「バーボンをそんな勢いで飲めますか」 「そうかなぁ?あ、マスター、おかわり」 「…大学生活で悪い方に鍛えられたわね、仁は」 「やだなぁ、酒癖の悪さはちっとも直ってないって。っはっは~」 「だから『悪い方に』って言ってるのよ」 「まぁ、今日くらいはいいじゃん。でたい日だし」 「えらい人のお誕生日は明後日。 キリスト教徒のお祭りは三日後。 そしてあんたはえらくもなければ浄土真宗」 「里伽子がやっと俺に奢られてくれた」 「あ…」 南~無~「先月来の悲願達成なんだから、一緒に祝ってほっし~なっと」 何しろ、店に来たときに誘ってダメで、電話で誘ってもダメで、直接大学に赴いて、ようやく呆れられたんだ。 何故だか、相当ヘソを曲げてたみたいだ。 先月は、10分待てばOKを引き出せそうなくらい、揺れてくれてたんだけどなぁ。 「けど、久しぶりだなこの店も」 「そう、ね」 大学前の雑居ビルの一階。 俺と里伽子が、以前からよく利用していた店。 『ピュア・プラチナ』「3年になってからは初めてじゃないか?」 「…2回目」 「あ…」 1回目は…そうか。 「またここに誘うなんて、嫌味か、自虐のどっちかだと思ったけど、ただ忘れてただけか…」 「いや…事実は忘れてないけど、ここと繋がらなかっただけだ」 「そう…」 「それに、ここ安いし。れるまで飲んでもいいぞ今日は」 「あんたは絶対に潰れたらダメだからね?送ってくのは二度と御免だから」 「いや、だからね…それは新歓コンパんときだけだっつ~の」 もう2年半も昔…新入生歓迎コンパのとき、一次会、二次会、三次会と流れ流れて…ふと気がついたときに、この店で、里伽子と二人っきりになってたんだっけ。 で、学部の新入生一番の美人と名高かった里伽子と二人っきりという状況に浮かれて、色々話しかけては、向こうが無反応で、寒い状況に陥ったんだった。 けどまぁ、その割には、里伽子は帰る気配もなく、ずっと俺のグダグダな話を隣で聞き流していて…しかも、潰れた俺をタクシーに乗せて…もちろん俺は、自分の家の場所を教えられるはずもなく。 気がついたら、こいつのマンションで目を覚ましたんだった。 …どこかで聞いた話だって?いや、よくあることだからな。 「あのときは参ったわ…まぁ、おかげで余計な誘いはぱったりなくなったけど」 何故だか、俺を泊めたことを、里伽子は大学で堂々とバラし。 それ以降、里伽子への、男たちの視線は、俺の方向へと、多少感情を捻じ曲げた形で、注がれることになった。 要するに、俺は利用された訳だ、虫除けとして。 「なんつ~か、懐かしいな。きれば、戻りたいっつ~か」 「………そうね」 …また、微妙な“間”だな。 本心なのか、逆なのか、はたまた社交辞令か…俺にはもう、こいつの心は読めない。 だって…正解じゃなかったら、辛いから。 「あれ? 空いてる。いません、もう一杯」 「ピッチ早いよ? 仁」 「お前が2時間で帰るって言うからだろ。は閉店まで付き合ってくれたのにさぁ」 ちなみに、この店の閉店は、午前5時。 「あんたが明日休みだからって言っても、あたしはちゃんと授業があるの」 「昔は、大学の休みも、店の休みも、みんなまとめて日曜日だったのになぁ」 だから、土曜の夜だけは、遠慮なくハメを外せた。 「ブリックモールの定休日に合わせるのは当然でしょ。体、日曜休みの喫茶店って方が珍しいのよ」 住宅地の真ん中で、大学から近く。 以前のファミーユの客層は、今とは違い、平日の昼間は暇な主婦とか、年中暇な大学生だった。 今は、来客数も、客層も、がらりと変わり、日曜はかき入れ時だからなぁ。 「なんか食う?俺、ちょっと腹減ってるんだけど」 「あたしは…いい。んたに連れ込まれる前に食べてきたから」 里伽子は、さっきから、おつまみのナッツにすら手を出さない。 「そうか…じゃ、なんか肉食お」 夜は…まだちょっとだけ、長い。 ………「それでさ、言ってやった訳よ。負けた方が土下座するってのでどうだ』って」 「で、負けた訳ね。膚なきまでに」 「…いや、善戦したって」 ………「面白い娘だよなぁ…あれで、彼女目当ての客って多いんだぜ。つの間にか、名物みたいになってる」 「…あたしは、認めないけどね」 「お前…由飛と合わなそうだもんなぁ」 「誰かさんの扱いが違うからじゃない?」 ………「明日香ちゃんも八橋狙いなんだってさ。から受験勉強なんて、頑張ってるよなぁ」 「あんただって努力してたでしょ?…昔から、お兄さんと比較されて、さ」 「…1位取っても、兄貴のときより総合点が低いとか、担任に言われるんだぜ?たまったもんじゃねえよなぁ」 ………「そういえば、かすりさんが、あんたのこと婚約者だって…あれ、どういうこと?」 「…思い出したくもねえ」 ………「やっと、姉さんも、前みたいに笑ってくれるようになった」 「………」 「お前も、時々励ましてくれてたんだろ?本当に、ありがとな?」 「………」 ………話は尽きない。 もう、いつの間にか、約束の二時間は、とっくに超えている。 けど、もちろん、俺のほうから時間のことなんて、言う訳がない。 「あ、すいません、おかわり」 「あたしも」 バーテンが、黙って肯くと、俺たちのグラスが、また琥珀色で満たされる。 喋ることがなくなったら、二人して、適当にグラスを傾ける。 喋ることを思いついたら、主に俺が話し掛けて、里伽子は、どんなに面白そうでも、つまんなそうに反応する。 「………」 「………」 ダメだ…心地良すぎる。 この空気が愛しすぎて、半年前の傷なんて、忘れてしまいそうだ。 やっぱり俺…「………」 「っ…」 「あ…」 右手を伸ばして、テーブルの上に、無造作に置かれた里伽子の手に触れようとした。 けど、俺の目的は、あっさりと看過され…里伽子の左手は、カウンターの下に、隠されてしまった。 「…なに、してんのよ?」 「悪い、魔が差した」 「友達はそういうことしないの」 「別に…それ以上になったって…俺はいいんだけど」 「………」 いかん…俺、思ったより酔ってる。 求めちゃいけないものを、求めてる。 「半年前までは…しても良かったじゃん。んくらいは」 なに、蒸し返してるんだ、みっともない。 「だから、謝ったじゃない。解させるようなこと許して、悪かったって」 そっちを謝って欲しいわけじゃない。 ただ、許したまま、ずっと許してくれてれば…けどそれは、もう、無理な相談な訳で。 何せ、あれだけハッキリ言われちまったんだしなぁ。 「だったら…なんで中途半端に、側にいるんだよ?」 ああ…なに言ってんだ、俺?頭で考えてることと、口から出る言葉が乖離してる。 せっかく頭の中で、建前を組み立ててるってのに。 「だって友達だから。事な、本当に大事な、一番の友達だから」 「痛ぇ…」 「納得してくれてるって思ってた。から、今日だって、来たのに…」 「ごめん、本気でごめん。 俺、酔ってる。 だから言いたいこと言ってる」 「それが言いたいことってのが、余計タチが悪いよ…」 「悪い…」 やっぱり…好きなんだな、俺。 頼りになる友達ってだけじゃ、とてもじゃないが、我慢できっこなかったんだな。 「…やっぱり、無理があったかな?つきあえないけど、今まで通りでいてってのは」 こいつと飲むべきじゃなかった。 しらふなら、なんとかなってたのに。 俺の酒癖じゃ、こうなるって予想できたのに。 「もう、会わない方がいいよね?」 「待てよ…なんだそりゃ?」 「『中途半端に側にいる』のがいけないんでしょ?さっき仁、そう言ったよね?」 「なんでそう繋がるんだよ…」 「もう、お店にも行かない。して仁も、もう大学には来ない」 里伽子が、俺から視線を外す。 頬杖をついて、むこうを向いてしまう。 こんなに近いのに、全然、想いが届かない。 「そして、あんたが大学に戻った頃…あたしはもう、卒業してる」 「そんなの…寂しいじゃんか」 「仕方がない…情に流されると、ロクなことにならない。た今日、思い知ったから」 「里伽子…」 そして、想いだけじゃなく、本当に、手の届かないところに、行ってしまいそうになってる。 「…帰るね」 もう、二度と、こちらを振り向かずに…里伽子が、別れを宣言する。 「ごめん、その…色々、酷いこと言ったから、支払いは、あたしが…」 「なんで今、そんなこと気にするんだよ。が払うって言っただろ」 「…ごめん、余計、気を悪くさせちゃったね」 こういう、どうでもいいところに気を使うなよ…肝心なところで、容赦ないくせに。 他に男もいない。 俺のこと、全然嫌ってない。 俺が側にいることは、里伽子にとって、何の支障にもならない。 それなのに…何度ぶつかっても、跳ね返すのは、なんでだよ。 「じゃ、ね」 里伽子が、立ち上がる。 そのまま、しっかりした足取りで、出口へと、歩いていく。 そして…何の躊躇もなく、出て行ってしまった。 ………後には、みじめな…本当にみじめな、負け犬がひとり。 俺は、彼女の背中を追うこともできず、ぽっかりと空いた、その席の…………「…なに?」 「里伽子!」 「………」 俺の言葉に、なにも返さなかったけれど、それでも、前に進むことだけは、やめてくれた。 だから、最後のひと勝負。 「お前、三日後空いてる? 24日」 「…何のつもりよ?」 「一緒にいたい…その日、里伽子と」 「~~~っ!」 背中を向けたまま、里伽子が、びくっと体を震わせる。 その表情は、俺の、想像している通りだろうか?「昼間はファミーユの一番大事な日だから…だから夜! 店が終わってから、会えないか?」 「なに聞いてたのよ…あんたはぁ…」 「24日の予定なんかは聞いてないぞ」 「…帰郷するわよ。う冬休みなんだから」 「少しくらい延ばせるだろ? な? そうしろよ」 「この、酔っ払い…あたしが言ったこと、なんにも理解してないの!?」 「ああ」 「っ…仁」 「だからさ…しらふで決着をつけよ…24日に」 12月24日。 それは、家族と過ごす本当のクリスマスの前日。 他の国ではどうだか知らないけれど、日本では、『好きな人』と一緒に過ごす、ちょっと、軽薄な日。 「来なければ、今度こそ、今度こそあきらめる。対に、お前に迷惑かけない、ただの友達になる」 「あんたはぁ…」 二度ふられても、やっぱり、近くにいたい。 里伽子の顔を見たくないなんて、そんな反転した想いは、持てそうにない。 「その代わり…もし来てくれたら…ただじゃ帰さないからな。悟して来いよ」 「馬鹿か…仁はぁ…行くわけないじゃない」 そりゃ、今日の、すべての会話を総合したら、どうしても、来るわけがない。 けど、俺は、ただ一つの可能性にかける。 「10時…いや、9時!駅前で待ってる」 「待ってたって無駄だってばぁ」 「3時間待ってる。付が変わったら、帰る」 「あたしは…知らないからね」 「それじゃ、またな、里伽子」 「うるさいっ」 ………結局、里伽子は一度も振り返ることなく、俺の前から去っていった。 けれど…絶望までは、していない。 「勝負は…三日後だ」 里伽子のいた、カウンターのテーブル。 そこにこぼれていた、四粒の水滴。 それが、里伽子の瞳から落ちたものだと信じて、最後の、悪あがきに走る。 「はぁ、はぁ、はぁ………ま、間に合ったぁっ!」 自分の時計も、駅の大時計も、同じく、9時ちょうどを指した瞬間。 俺は、その、大時計の真下に駆けつけた。 寒風吹きすさぶ、駅前。 けど、全力疾走してきた全身は、ちょっとばかり、汗に濡れていて…これが冷えると、容赦なく寒いんだよなぁ。 「…まだか」 とりあえず、息を整えながら、駅前の人たちを、ぐるりと見渡す。 ………さすがはあと3時間で降誕祭の駅前。 …カップルだらけでやんの。 これじゃ、ちょっとでも距離が離れていたら、お互いを見つけることもできないかもしれない。 「…とりあえず、待つか」 動き回って、行き違いになっても困るし、いざとなったら携帯にかけてくる…かもしれないし。 …まぁ、俺が電話するのは、マナー違反だから、かけたくてもかけられないけど。 目の前でいちゃつくカップルたち。 ちょっとうざい。 俺みたいに、一人で佇んでる奴らも、少ししたら、すぐ彼女が来たりして、そのままいちゃつきだす。 …かなりうざい。 ………「探してみよ」 たった5分でいたたまれなくなった俺は、駅前を、ぐるりと一回り。 絶対に来る。 …はずだよなぁ。 ………「ふぅ」 空振り。 いや、なんつ~か、人が多すぎて、見つけようがなかったっつ~か?やっぱり、余計なことせずに、じっと待ってた方がよさそうだ。 駅から出てくる人の流れを見つめつつ、俺は…里伽子のことを、思う。 俺が、家族以外で、初めて好きになった、女の子のことを。 ………「こんな感じ」 「………」 「メイド服より、もうちょっとカフェの制服に近くしてみたけど…」 「あ、ああ…」 「ちょっとウエストがきついかな…ここ、調整できるようにしないと」 「そ、その…えっと…」 「このリボンがポイント」 「り、里伽子…」 「思ったよりスカート短いな…このくらい上げると見えちゃう?」 「見せるな!」 「………っ」 いかん、いいことを思い出してしまった。 里伽子が、自分でデザインから型取りまでして、一着だけ、手縫いで作ったプロトタイプ制服。 勉強だけでなく、裁縫も、運動も…本気で、なんだってできる奴だった。 欠点なんて……皆には『高村とつきあってることが唯一の欠点』と。 野郎の僻みだけならともかく、女の子たちにまでそう言われたのは、少なからずショックだったりしたわけだが。 けどまぁ、あいつはそんなことに耳を貸さずに、ずっと、俺の側に居続けた。 ………そしてある時、その理由を突きつけられた。 里伽子は、俺のことを、本気で好きだったから。 …本気で『ただの友達』として、好きでいてくれたから、だって。 「ふぅ…」 いつも、ベランダでしか吸わない、一日一服。 心の中に広がる苦いものを駆逐するために、口の中を、苦くしてみよう。 時計の針は、10時を指していた。 帰る待つ「ダメ…か」 経過する時間に比して、なんて変化のない、結末。 結局、里伽子は、俺に応えてはくれないみたいだった。 「寒いな…」 ポケットに入れた手さえも、凍える冷たさ。 何か、温まるものが欲しいな。 熱いコーヒーとか、それとももっと、体の内側からあっためてくれるような。 「酒…」 a別に…一人くらいなら、いつ来ても、大丈夫だと思うそういえば、この時間でも、飲ませてくれるところ、あったな。 けど…甘えて、いいのか?「さむ…」 とにかく…ここから離れよう。 全てが、凍てついてしまう前に…ここから、いなくなろう。 時計の針は、10時を指していた。 ………………「ありがとうございました」 「…あのさ里伽子」 「…ん?」 「ちょっと話あるんだけど、いいか?」 「いいよ…ちょうどお客様いなくなったし」 「よくないけどな、それ、ちっとも」 「で?」 「いや…俺がこういうこと言うのは、その、非常に申し訳ないんだけど…」 「は?」 「けど、やっぱりその…なんというか、規則というか、規律というか…俺が人に自慢できるのは協調性だけというか…」 「何が言いたいのかわかんないよ、仁」 「…ブレスレット、外せよ」 「………」 「………」 「………」 「い、いや! だからな?渡した俺がこういうこと言うのは嫌なんだよ!気に入ってくれてるのは正直嬉しいし…」 「じゃ、なんで?」 「なんでって…わかるだろ?」 「全然」 「…嘘つき」 「………」 「ウチ、飲食店だし、お前はウェイトレスだし…」 「………」 「何度か、食器にぶつかったりしてたろ?危険だし、お客様にだって印象悪い」 「………」 「何もずっと外してろって言ってんじゃないって。だ、仕事中だけは…」 「や」 「里伽子ぉ~…」 「や」 「チーフのお前がそんなんじゃ、みんなに示しつかないだろが…」 「やなものは、や」 「ああん、もうっ」 「はは…」 勘違い、させてくれるよなぁ…てっきり、俺からのプレゼントが嬉しくて、駄々をこねてるって、そう、いい方に解釈してた。 けどあれは、ただ、気に入ったアクセサリだったから。 俺が買って、プレゼントしたものだから、ではなく、自分が選んで、手に入れたものだから、だった。 ………そうなのか?だから…今日も、来ないのか?里伽子。 「さむ…っ」 いつの間にか、周りでいちゃついていたカップルたちは、夜の街へと、そのほとんどが消え。 ただ一人、ずっと待ち続ける哀れっぽい男を、その静けさは、余計に目立たせてしまっていた。 時計の針は、11時。 タイムリミットまで…あと、1時間。 帰る待つ「ダメ…か」 経過する時間に比して、なんて変化のない、結末。 結局、里伽子は、俺に応えてはくれないみたいだった。 「寒いな…」 ポケットに入れた手さえも、凍える冷たさ。 何か、温まるものが欲しいな。 熱いコーヒーとか、それとももっと、体の内側からあっためてくれるような。 「酒…」 a別に…一人くらいなら、いつ来ても、大丈夫だと思うそういえば、この時間でも、飲ませてくれるところ、あったな。 けど…甘えて、いいのか?「さむ…」 とにかく…ここから離れよう。 全てが、凍てついてしまう前に…ここから、いなくなろう。 タイムリミットまで…あと、1時間。 ………………「どういう風の吹き回し?」 「何が?」 「あたしを送るなんて…この2年間で初めてじゃない?」 「…何回か送られたことはあったけどな」 「でも、最近はだいぶお酒にも強くなったよね、仁。ょっと張り合いないかも」 「まぁ、その罪滅ぼしというか…それに今日は、もう日付変わってるし」 「そうか…ボーダーは0時だったわけか」 「それを認識したからどうだってんだ?」 「さあ?」 「ちぇっ」 ………「さて、と…もういいよ」 「部屋まで送るって」 「今から駅に戻らないと、終電ギリギリだけど?」 「いや、まだ余裕だって…走れば」 「だってさぁ、部屋まで送ってくれたら、どうしても『お茶でもどう?』って話になるでしょ?」 「俺が断ればいいんだろ?いや、そもそもお前が言い出さなきゃいい」 「あたしが言わない訳ないじゃない。、仁が断り切れるとも思えない」 「う…」 「それで終電逃したらどうするの?泊めてって言われたら、あたし断れないよ?」 「………わかった、帰る」 「それが賢明」 「じゃ、な」 「うん」 「………」 「………」 「………」 「…行かないの?」 「いや、その…」 「ん?」 「里伽子…あ、あの…ちょっと…」 「あ…」 「………」 「………」 「あ…」 「ん?」 「その…ごめん」 「何が?」 「何がって…その…」 「ん…?」 「…それじゃ、おやすみ」 「…おやすみ。た明日ね」 「もう、今日だけどな」 「そうだね」 「あ…」 二本の時計の針が、真上を向いて、重なっている。 25日に…なっちまった。 帰る待つ「ダメ…か」 経過する時間に比して、なんて変化のない、結末。 結局、里伽子は、俺に応えてはくれないみたいだった。 「寒いな…」 ポケットに入れた手さえも、凍える冷たさ。 何か、温まるものが欲しいな。 熱いコーヒーとか、それとももっと、体の内側からあっためてくれるような。 「酒…」 a別に…一人くらいなら、いつ来ても、大丈夫だと思うそういえば、この時間でも、飲ませてくれるところ、あったな。 けど…甘えて、いいのか?「さむ…」 とにかく…ここから離れよう。 全てが、凍てついてしまう前に…ここから、いなくなろう。 25日に…なっちまった。 「…メリークリスマス」 冷たい空は、けれど、星が見えるくらいに晴れていて、ホワイトクリスマスなんかにはなりようがない。 また…ダメだったのか。 半年前…唇まで許してくれた里伽子は、けれど、心までは、許してくれなかったらしい。 「ごめん…考えたこともなかった」 「な…?」 「あたし…仁の恋人、って、ガラじゃない」 「り…里伽子?」 「友達としてとか、被保護者としては好きだけど…うん、そういう意味では、大好きだよ」 「え? あれ? お前、だって…」 「けど…恋人としては…やだ」 「っ!?」 「あ~、うん、色々と紛らわしいこと、した。 ごめん、反省してる。 ああいうこと、するべきじゃなかった」 「………」 「けど…抵抗なかったから、受け入れちゃった。い、忘れて」 「………」 「ごめんね? 本当にごめん。さなくてもいい」 「そんなこと…できるわけないだろ」 「で、その…できれば今まで通り、『一番の友達』ってやつでいたいんだけど…その…やっぱ、だめよね?」 「そんな頼み…断れる訳、ないだろ…」 「…恩に、着る」 「うあぁぁ…」 や~なことまで思い出しちまったなぁ…外は、ますます寒さを増していく。 とうとう、終電も行ってしまった。 もう、ホームから、里伽子が降りてくることは、ない。 散々待たされたせいで、里伽子との出会いから、“あの日”まで、走馬灯のように思い出してしまった。 ………にしても、こうして思い返してみると、里伽子の前での俺って、なんて情けない…そりゃ、愛想をつかされても当然だよな。 正直、ここまで頼りにならん奴とは思ってなかった。 「さみっ」 道行く人たちも、そろそろ急ぎ足で行き交う時間帯。 クリスマス特有のライトアップだけがきらめいて、賑やかなことが、余計寂しさを引き立たせている。 右手に持つ箱と、ポケットの紙袋。 どっちも発動することなく、浮かれた日は終わりを告げた。 ………だから…帰るか?諦めて、帰ろうか?もう一度、ライトアップされた駅前を見上げる。 そうだな…もう、遅い。 いさぎよく、あきらめて…「これが消えたら…帰るか」 「ここのライトって、夜が明けるまで消えないよ?」 「………」 いきなり背後から、突っ込みが入る。 聞き違えようもない、冷静で、ちょっと無感情な声。 「…いつから、いた?」 「仁が来る、30分くらい前」 「…馬鹿?」 「あんたが帰ったら、あたしも帰ろうと思って、ずっと隠れて見てた」 「風邪ひくぞ」 「お大事に」 「っ…」 言葉に、詰まる。 今まで、信じていたはずのことが叶えられただけなのに…何故だか、信じられないっていう感動的な場面。 里伽子が…来てくれた。 俺のもとに…帰って、きてくれた。 「ここまで情けない奴だとは思わなかった。んたにはプライドってもんがないの?」 「なんだよぉ、それ…」 「いい? あたしは前に、仁を振ったんだよ?それも、考えられる限りの酷いやり方で」 手を握ることも、キスも…そして、きっと求めたら、その先だって。 何もかも、許しておきながら、けれど、特別な関係になることを拒んだ。 「別に…里伽子は悪くない。違いしてた俺が悪かっただけだ」 それは、里伽子にとっては、ただの親愛の情。 一番近くにいる、ちょっとダメっぽい友達にしてあげられる、励ましや、叱咤や、同情。 「半年前は、あたしが悪かった。も今日は、仁が悪い」 「いや、半年前も、今日も、俺が悪いよ」 「なんで…あきらめてくれないの?」 里伽子の声は、もう、冷静さをうまく装えていない。 とはいえ、もう、ここに来てしまった時点で、揺らいでしまっているのがバレバレなんだけど。 「あたしって、そんなふうに見えるのかなぁ?」 「そんなふうって…?」 「あんたのこと、ベタ惚れだって。じゃつきあえないとか言ってて、本当は大好きなんだって」 「…そうなのか?」 「そ…そうじゃない…けど…」 自分でも、うまく言葉をまとめられないんだろう。 冷静な里伽子にとっては珍しい、激しい困惑。 けどそれは、今日の勝負にかけた俺にとっては、歓迎すべき反応で。 「自信が、あったから」 「どんなよ…?」 「お前は絶対に、俺を見捨てられないって。んだかんだ言いつつ、しょうがないから、ここに、来てくれるって」 「…そこまで卑屈な自信も珍しい」 とはいえ、本心だった。 半年前、俺を突き放しておきながらも、結局、離れなかったのは。 なんだかんだで、俺のこと、放っておけないっていう、こいつの弱さ、だったんじゃないかって。 だから今度は…よりを戻すか、永久に離れるかの選択を迫れば…最終的には、折れてくれるんじゃないだろうかって。 「仁は、あたしのこと、本当は好きじゃないのよ」 「この期に及んで何を言うかお前は…」 「あたしが役に立ってるから好きだと勘違いしてるだけ」 「あたしがあんたを構えなくなったら…役立たずになったら、きっといらなくなる」 「馬鹿に…すんなよ…」 「何さ、このシスコン。当は、面倒見てくれる女なら、誰でもいいんでしょ?」 「…そんな話よりも、ここ座れよ。緒に祝おうぜ?」 ベンチの端っこにずれて、隣に座るよう促す。 ずれた先は、冷たくて、お尻がじわじわと冷えていく。 「やだよ…」 「いいじゃん」 「もう二度と、あんな痛い思いはしたくない…」 「ほうら、ケーキも用意してきたんだぞ?美味そうだろ?」 ファミーユの、お持ち帰り用ケーキの箱。 中には、飾りは同じだけど、一つだけ、店の商品とは違うケーキ。 「さっき…焼いてきたんだ」 オーブンが空いてるときを見計らって、自分で焼いたケーキ。 ちょっとした、職務規程違反。 「たくさんあるからな。 俺一人じゃ食いきれない。 だから、座れよ」 「…しょうが、ないなぁ」 里伽子の声は、相変わらず微妙なビブラートがかかって、嬉しいんだか、悲しいんだか、泣いてるんだか、怒ってるんだか、判別がつかない。 けれど、今は、そんなことはどうでもいい。 里伽子が、俺の隣にいる。 半年以上前なら、さり気なく日常的だった、こんな光景に、ふたたび巡り逢えている。 里伽子の意志で…帰ってきてくれたから。 「とりあえず、半分こ、するか?」 「大きすぎ」 小さめとはいえ、ホール丸ごと。 「じゃ四分の一…ほれ」 「………」 プラスチックの使い捨てナイフで、ケーキを切ると、箱ごと、里伽子に差し出す。 けど里伽子は受け取らず、ケーキの箱と、俺の表情を交互に見つめて…「なんだよ、食べさせて欲しいのか?」 「………」 「…え?」 だけど、俺のからかいの言葉が、的を射ているなんて…そんなこと、想像できるわけもなくて。 「里伽子…?」 「…言ったことは、ちゃんと実行しなさいよ」 「………」 相変わらず、冷静で、でも、微妙に豊かな表情で、落ち着いた声で、でも、微妙に情感が籠もってて。 そして…俺に、おねだりしてる。 「…一体、いつまで待たせるのよ?」 「あ…ああ…ほら…」 「ん…」 「あ…」 俺の差し出したフォークを、里伽子がくわえ込む。 正確には、その先に刺さっていたケーキを。 「んく…」 口の周りにクリームをつけて、里伽子が、ケーキをぱくついている。 俺の目の前で、俺に食べさせてもらって。 「ん」 「あ? あ、ああ…」 しかも…二口目も、当然のように要求する。 「はむ…」 またもや、俺が差し出すフォークを、待ちかまえて、食らいつく。 「あは…あはは…」 「んむ…おかしい、かな?」 口をもごもごさせながら、里伽子が問いかけてくる。 おかしい。 微笑ましい。 そして、里伽子には、似つかわしくないと思っていた表現が、どうしても頭に浮かんでくる。 …かわいい。 「んまいか?」 「…仁の味がする」 里伽子の言う、『仁の味』…確か、卵の風味だけが突出してて、後は凡庸。 俺にとって、最高の誉め言葉。 「もっと食うか?」 「ん…」 「ほれ、あ~ん」 「あむ…」 俺の、恥ずかしいかけ声にも臆することなく、口を大きく開けて、俺のフォークに食いつく。 …もう、用意した四分の一を、食べてしまった。 でも、そんなことをおくびにも出さず、俺は、次のひとくちを、フォークに突き刺す。 「はい、あ~ん」 「はむっ…ん…」 小さな子供のように、無邪気に、ケーキを頬張る里伽子。 じわじわと、じわじわと、昔の感覚と、感情が蘇り…「ん…んむ…仁は、食べないの?」 「お前が、食べさせてくれたらな」 俺の、口と心の制御を、失わせていく。 「…馬鹿。人で食べろ」 「マジかよ…俺は食わせてやったじゃん」 「あたしが食べてあげたのよ」 「こ、この…」 まぁ、事実だからしょうがない。 きっと、嬉しさは、俺の方が遙かに上なんだし。 「ま、食べられないってほどじゃないから、安心しなさい」 皮肉を垂れる里伽子の口の周りには、まだ、クリームがべっとりついたまま。 その、言葉の黒さと、口の周りの白さが、なんともアンバランスで…だから俺は…自分のケーキを、食べる。 「ん…」 「あ…っ!?」 「ちゅ…んむ…」 「あ、あ…あぁ…」 いきなり覆い被さりつつも、直前でスピードを緩めた。 もし、里伽子が少しでも顔を背けたら、俺は、あきらめるつもりだったんだ。 「れろ…ん」 「ん、ん…っ」 けど里伽子は…視線だけは、戸惑ったように泳がせたけど、顔は、まっすぐに俺を、受け入れようとしていた。 だから…再戦。 「里伽子の…味がする」 「ば…ばっ………かぁ」 クリームの甘さと、里伽子の、唇の、甘さ。 渾然一体となって、俺の口の中に流れ込み、恍惚とさせる味を作り出す。 「んまいな」 「………」 里伽子は、相変わらず俺から視線を外したまま。 後悔と、戸惑いと…そして、それ以外の感情もみてとれる表情で。 「…嫌だった?」 「…あまり嫌じゃないのが嫌だった」 「なら…もっかい食ってもいい?」 「もう、クリームはついてないよ」 「だからこそ…純粋に、里伽子だけが味わえる」 「あっ…んっ…」 口の中に、里伽子の甘い味が、ふわりと広がる。 さっきは、口の周りへのキスだったけど、今度は露骨に、里伽子の唇に押しつけている。 「は…む…ん………ぅぅ」 里伽子の、閉じた唇に、舌先を這わせ、何度もノックする。 今にも開いてしまいそうで、けれど、最後の一線を守り通す。 そんな、もどかしい時間が過ぎる。 「あ…っ、は、はぁ、はぁぁ…」 はじめてのキスのときは、戸惑いも、驚きもなかった。 里伽子は、俺にもよくわからないくらいに、当然のように受け止めて、いつもの態度を崩さなかった。 けど、今は…「っ…」 「…嫌だった?」 「しつこいな仁は…何度も同じこと聞かないの」 けど…涙が。 いつの間にか、里伽子の頬を、濡らしてるから。 それはきっと、一昨日の、別れのときと同じ表情で。 「里伽子…やっぱり俺…」 「ああ、いい。の先は別にいいから」 なんとしても、その言葉を言わせようとしない里伽子。 「里伽子のことが、好きだ」 「いいって言ってんじゃない!」 けど、俺は…そんな空気、読むつもりはない。 「俺がこう言わなかったら、お前、なかったことにするつもりだろ?」 「………」 何度も蒸し返されて、拒絶しても、拒絶しても、まとわりついてきて。 里伽子にとって、俺の告白は、もう、聞き飽きたことなのかもしれない。 「里伽子が、一番好きだ。好きだ」 けど、そうとわかってて、里伽子はここに来た。 うんざりするくらいの、俺の愛の言葉を、受け入れる覚悟が…あったんだ。 「あたしはね…あたしはぁ、好きだとか、愛してるだとかいう言葉は、もう、信用しないことにしてるの」 「愛してる、里伽子…」 「人の話を聞いてよぉ…」 「ずっと好きだ」 「…嘘つき」 「嘘じゃない。なくとも一年以上は」 「嘘だっ!仁は嘘つきだっ!」 「っ?」 「あ、いや………ごめん。手に決めつけるようなこと言って」 俺を拒絶するのも、俺を受け入れるのも、なにもかもが中途半端な里伽子。 揺れてる。 まだ、何かと戦ってる。 だったら俺は…引きずり込むだけだ。 「その…物でつるようでアレだけど…」 「え…」 ポケットから取り出した、小さな包み。 「里伽子…誕生日おめでとう」 「は、はぁ!?」 俺の差し出すプレゼントを目の前にして、呆然と、俺とその包みとを見比べる。 「これ、今年のプレゼント。年の、もうつけてないみたいだし」 「ちょっ、ちょっと待ってよ…だって、あたしの誕生日は…」 「7月20日だろ? “夏海”里伽子」 名前じゃなくて、名字だから、その季節感は偶然。 そして、俺よりも、8ヶ月も年上を意味する月。 「今日は何日?」 「12月25日」 もう、恋人同士のイチャイチャの日から、家族のお祈りの日へと、移行している。 「5ヶ月も前のことじゃない!」 「だってその頃…祝わせてくれなかったじゃんか」 「………」 本当は、俺の方が里伽子を避けていた時期。 友達でいると約束したけれど、まだ気持ちの整理がつかなくて、プレゼントを何にしようなんて、考えられなかった時期。 「ちゃんとケーキだって用意したのに…気づいてなかったのか?」 「お祝いって…クリスマスじゃ…」 「誰がクリスマスケーキだなんて言ったよ?ハッピーバースディ・トゥ・ユー」 「蝋燭は!? 21本!」 「あるけど…刺す?」 「………」 そっちは別に、左の胸ポケットに常備。 この程度のツッコミは予想の範疇内。 「さ、俺からの貢ぎ物、受け取れよ里伽子…ここに来た以上、もう逃がさないからな」 「あ…っ」 俺が、ポケットから取り出したプレゼントを見て、息を呑む里伽子。 「今度は俺の趣味だから、気に入ってもらえるかは自信ないけど」 「………」 「腕、出して」 「仁ぃ…っ」 ブレスレット。 去年の誕生日に里伽子にプレゼントした…いや、正確には、姉さんの誕生日に、里伽子と姉さんにプレゼントしたアクセサリ。 俺が何度注意しても、ちっとも外さなかったアクセサリ。 そして、俺を振ってから、気を使ってか、ずっとつけていなかったアクセサリ。 「もう一度、俺のあげたもの、身につけてくれよ。ザインが気に入らなかったら、別のあげるから、さ」 「馬鹿…馬鹿ぁ…」 里伽子の顔が、くしゃくしゃに歪む。 いろんな表情が、現れては消え、消えては現れ、その感情を、読みにくくしている。 「駄目、か?」 「………」 里伽子は、しばらく、膝に置かれた両手を見つめ…何回も、何回も、逡巡したあげく…「ほんっとに、空気読めない奴」 「あ…」 右手を、差し出してくれた。 「ありがとう」 「物をもらってるのはあたしの方」 「ありがとう…里伽子」 「だからぁ…」 「これが…答えだって、そう、思って、いいんだよな?」 「………」 「これって…恋人への贈り物だぞ?お前、それを受け取ったんだぞ?」 「…聞こえてたんだ」 はじめて里伽子にプレゼントを贈った日。 姉さんに贈ろうとしたブレスレットに、里伽子は、ケチをつけた。 『だって…これって、恋人への贈り物だよ』「もう、返そうったって駄目だからな。てたら、また別のプレゼントするからな?」 「仁…」 「だから…だから…っ」 お互いに、微妙な表情と、微妙な態度を繰り返し…「言い方めっちゃベタだけど…今度こそ、俺の、恋人になって…里伽子」 そして、正面から向き合い…俺は、もう一度、里伽子を抱きしめる。 里伽子は、ゆっくりと目を閉じて、俺の腕の中で、ため息をつき、力を抜いた。 「もう、しょうがないなぁ…仁はぁ」 ………………「あ、適当に座って。りのケーキ食う?」 「………」 「コーヒーと紅茶、どっちが…うわっ!?」 「なに、落ち着いたふりしてるのよ?」 キッチンに行こうとした俺を、照明を切って、せき止める里伽子。 「すぐ、したいくせに」 「な、な…なななななっ」 人の心を容赦なく見透かしてくる。 しかも、まるっきり外してない。 「もう、こんな時間なのよ?明日、仕事あるんでしょ?」 「そんなに、のんびりしてたら、抱く時間なんてないよ?すぐに出勤時間になるよ?」 「けど里伽子…お前、体、冷たくなってないか?」 「だから…温めあうんでしょう?」 暗い部屋の中、里伽子が、まっすぐ俺を見つめてくる。 俺の心を見透かしてくる、こいつは、もしかしたら…「お前も…したいって、思ってる?」 「………ノーコメント。ぐに責任転嫁しようとしないの」 「責任転嫁じゃない…お前が何て言おうと、今から俺はお前を抱く。ゃんと、誘う前からそう言ってる」 「知ってる。ってて誘いに乗ったのは、どこの誰?」 「………」 つまり、答えは、イエス。 里伽子に対して、限りなく臆病な俺を、さり気なく後押ししてくれる、エール。 「抱くぞ…今さら嫌って言っても、もう、止めないからな」 「なら…逃がさないように、して」 「里伽子…?」 ポケットからスカーフを取り出すと、俺に手渡す。 そして、コートをはらりと落とすと、両手を、俺の前で交差させる。 「そうすれば、抵抗も、逃げることもできない」 「おい…これって…つまり」 「お互い、覚悟を決めようよ、仁」 縛れってことなのか?このスカーフで、里伽子の両手を?「最初っから、こんなことすんのか?」 「誰がはじめてって言ったのよ?」 「そ、そういう意味じゃなくて…って、そうなの?」 「まぁ、はじめてだけど」 「紛らわしいなお前は…」 「………」 会話を続けても、里伽子が両手を下ろす気配はない。 覚悟を、俺に見せつけるため、なんだろうか。 だったら俺も、里伽子に見せつけないといけない。 本当に、何があろうとも、今日は、里伽子を犯すんだって。 「…痛かったら言えよ」 「ほどけるような結び方は許さないから」 お互いの焦りが噛み合わない。 どうやら、どっちも、先に進むことで一致してる。 けど、その進み方が…「っ…」 「…大丈夫か?」 「…うん、動かせない、大丈夫」 痛くないかって意味で聞いたんだけど…「…ほどけそうにない、大丈夫」 「…ゆるめるか?」 「大丈夫…っ!」 「っ!?」 結ばれた両手を高く掲げて…そして、俺の首にレイをかけるように、その腕を下ろしてきた。 「ん…んむ…」 「り、里伽子…っ!?ん、あ、あむ…っ」 そうなれば、当然、首に絡みついた腕は、絶対に外れないわけで…「んん…あ、んむ…んふぅ…っ、ん、んん…ふむぅっ…」 「あ、あ、あ…っあ、んむ…ちゅばっ…あ、くぁぁ…」 だから俺たちは、キスをするしかないわけで。 「は、んむ…ん、んぷっ…ちゅぷ…ふぅ…あ、ん、んん…ちゅぱ…んぶぅ…っ」 クリームを舐め合うような、穏やかなキスじゃなく、お互いをしゃぶり尽くそうとする、激しいキスを。 「は、はぁっ、はぁっ、はぁぁ…っ…」 「り、里伽子…ぉ…こ、こら…」 「い、いきが…仁の息が…かかって…っ」 「あ、当たり前だ…この…」 里伽子の腕が、首に巻きついているせいで、唇を離しても、すぐ近くにお互いの顔がある。 里伽子の、どアップ。 キスの後の甘い吐息が、俺の唇や、頬を撫でる。 そして、それは里伽子にとっても、まったく同じ条件で。 「ん~っ、ん、ん、んんん~っ…あ、あむ、んむぅっ、んちゅ…っぷ…」 だから…お互いが、お互いの、いやらしい部分を感じ、どんどん、どんどん、興奮していく。 「あ…んむっ、ん~っ…んんん…あ、ぁぁ…」 「はむっ、ん、んぅう…ん、ちゅ…ぷ…ふぅんっ、あ、あ、あ…は、あぁむぅぅっ、んぷっ…ちゅ…ぅぅ」 里伽子の腕が、ぎゅうぎゅうと、俺の首を締めつける。 力いっぱい、唇を押しつけて、そして、中まですすってくる。 少しでも唇を開こうものなら、柔らかくて、艶めかしいものが、次から次へと押し入ってくる。 「は、んっ…ん、んん…ちゅ、ぷ…んぷ…はむ…はぁ、はぁぁ…あ、あ…仁…っ」 「里伽子…里伽子…ぉ」 これが、さっきまで、俺のことを受け入れようか、拒もうか、揺れていたはずの女…なんだろうか?こんなの…まるで、俺のキスを、俺の愛撫を、待ちかねていたみたいじゃないか?「はぁっ、はぁっ、はぁぁ…っ!ひ、仁…っ、あ、や、や~っ…」 里伽子がバランスを崩し…いや、多分、わざと。 ベッドに倒れ込む。 「うわっ」 里伽子の腕が、俺の首から外れないので、当然、俺が里伽子の上に乗る形で一緒に倒れ込み…「ふ、んっ…あ、む…むぅんっ…ん…ちゅ…じゅぷ…あ、ん…んく…ぅぅ…」 「あ、あ、あぁ…あ、んん…っ」 里伽子を押しつぶさないように、必死で体を腕で支えても、里伽子の方は何処吹く風。 俺の首に回した腕を、また引き絞って、俺の唇に食らいついてくる。 俺が戯れに舌を入れると、もの凄い勢いで、舌を絡め、唇をすぼませ、唾液を、交換し始める。 予想もしていなかった、里伽子の積極的過ぎるキス。 ずっとしたかった俺に、抗う術はない。 「ん~、んん~…んんん~っ!あ、仁…あ、ああ…あぁぁぁ~っ!」 息苦しさか、興奮か、それとも、それ以外の感情か。 唇の周りだけでなく、目元まで、ぐしょぐしょに濡れている。 「里伽子…お前…」 なんで、こんなに俺を求める?これじゃ、俺が奪おうとしたもの、お前に奪われてしまうじゃないか。 「仁…仁…ひとしぃ…っやだ、離れちゃやだぁ…っあたし、あたしぃっ」 「里伽子ぉ…」 「あ、あ、あ~っ!ん、んん…はんっ、ん、む…ぅぁぁ…あ、あ、あ、あ…あぁぁぁぁ~っ」 舌を入れ、舌を吸い、唇を舐め、唇を吸い、唾液を飲み、唾液を流し込み、息を吹きかけ、そして、息を浴びて、悶える。 キスだけでイってしまいそうな、俺と里伽子の、つたないはずの、営み。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…っ…や、もう、もう…こんな、すごいこと…してる…仁と…しちゃってる…」 「なに、言ってんだよ…っ、これから、だろ…もっと、すごくなるのは」 「あ…あぁ…もっと…?仁…もっと、すごいこと、するの?」 「当たり前だ…覚悟しとけ」 「う、うん…うんっ」 里伽子の腕が、首に巻きついたまま、キスをかわし、息を吹きかけながら…ままならない体勢で、里伽子の上着を、たくし上げる。 「あ…」 そのまま、乱暴に、ブラのホックを外す。 前で止めるタイプだったから、俺でもなんとかなった。 「あ…あぁぁ…」 これが…里伽子の、裸の胸、か。 里伽子の腕から首を抜いて、その、白くて柔らかそうなふくらみに、熱い視線を向けてしまう。 「…さわったら?」 「い、言われなくてもっ」 まだ、里伽子に挑発されてる気がするけど、里伽子の、その、ツンと上を向いた乳首と、その土台となっている乳房に手を伸ばす。 「あぁ…はぁ…仁の手、つめたいね…」 「あ…ごめん」 お互い、冬の空の下に何時間もいたんだ。 手なんか、さっきから冷え切っていて、ほとんど感覚さえなかったってのに、その手で、いきなり胸に触れたら…「ううん、きもちいい…ねえ、仁。ばらく、あたしの胸、さわってていいよ」 「な、なに?」 「胸、さわって、手、あっためれば、いいよ」 「…つめたく、ないか?」 「平気…からだが、どんどん、あっつくなってるから…」 「あ、あぁ…里伽子…っ」 「んっ…あ、あぁ…そ、そう…手、うごかして…もっと、はげしくしても、全然平気、だから…」 指の間から、里伽子の乳房の肉と、乳首がはみ出ては、いやらしく蠢く。 俺がしていることなのに、いや、俺がしていることだからこそ、そのいやらしさに目眩がする。 「ふぅっ、ん、んぅ…はぁ、はぁぁ…仁…気持ち、いい?やらしいこと、してる?」 「あ、あぁ…あぁぁ…里伽子ぉ…お前…柔らかい、やわらかいなぁっ」 「そう…よかった…もっと、満足するまで、強くしてもいいからね…はぅっ、ん、んぅ…あぁぁ…あっ、あぁぁ…」 かじかんでいた手が、里伽子の胸からの温かさを受けて、だんだん、普通に動かせるようになってくる。 そうして、里伽子のバストをまさぐる手は、次第に、力強さと、滑らかな動きを取り戻していく。 「あっ、あっ、あぁぁ…っひ、仁…ん、んぅ、うあぁ…やだ、いい…なんか、余計熱くなってきた…よぉ」 ぐにゅ、ぐにゅって、里伽子の胸が、ひしゃげて、ふくらんで、つぶれて、張ってくる。 俺は、その、指の隙間からこぼれ出る、里伽子のバストの先端に、舌を這わせる。 「あ、んんっ…く…くすぐったっ…いぃぃっ…や、や、や…はぁ、はぁぁ、はぁぁ…く、ぅぅっ」 冷たい手に弄くられながらも、身体がうっすら汗ばんで、里伽子の匂いが、俺の鼻腔をくすぐってくる。 舌先に感じる、ほんのりとしたしょっぱさ。 里伽子の身体が、俺の五感全てを刺激して、次から次へと、快感を増幅させる。 だから俺は、乳首だけでなく、里伽子の全身を、撫でて、舐め回そうと、次から次へと、里伽子の身体を這い回る。 「あっ…あっ、あぁぁっ…や、やんっ…あ、仁が…仁がぁ…あたしの、あたしのぉ…仁がぁっ…」 里伽子の、縛られた両腕を、左手一本で押さえ込み、次から次へと、その、いい形の、いい匂いの、いい味の、いい柔らかさの上半身を陵辱する。 耳に転がり込む、いい喘ぎ声を堪能しながら。 「い、あぁっ、あ…そんな、とこ、までぇ…あ、ん…いい、いいよ…どこでも…うん、うん…っ」 俺の舌が、里伽子の脇の下をくすぐったとき、一度、びくって反応したけど…それでも里伽子は、そこへの責めすら容認した。 女の子として、かなり恥ずかしい箇所だと思うけど、里伽子は、全部、受け入れる。 「あ、あ、あ~っ…あんっ、く、くすぐったい…でも、でも…あ、あつぅい…や、ちょっ…うぅんっ」 縛られた両手が、頭上に置かれているせいで、そこを舌で責められても、抵抗一つできない。 「ん…んく…ちゅ…ぅぅっ、ん、ちゅ、ぷ…」 「ふ…うあぁっ、あ、あ~っ…や、んっ、あ、はぁ、はぁぁ…な、なんでぇ…くすぐったい、だけじゃない…ぃ」 里伽子が、せつなそうに身体をよじる。 その、なまめかしい動きに、ますます興奮して、里伽子の匂いを嗅ぎ、味わい、そして全身の触感を楽しむ。 「あっ、あぁっ…はぁ、はぁ、はぁぁ…ひ、ひとし…あ、んっ、くぅっ…」 顔は、まだそこを責めながら、右手は、とうとう、スカートの裾を掴む。 そのまま、上半身の方までめくり上げると、里伽子の、こちらも柔らかそうな下半身が、露わになる。 「あ…あぁ…はぁぁ…っ、ん、くぅっ…ゆ、ゆびが…仁の…ゆびぃ…んんっ」 下着の、ぷっくりと盛り上がった部分に、中指を這わせる。 そこも、胸と同じくらい、柔らかくて、布越しなのに、同じくらい、温かかった。 「ふ、くぁ…あ、ん…んぅ…はぁ、はぁ、はぁぁ…さ、さわってる…仁が…あたしの…っ」 「…ずっと、色々と、想像してた。伽子の身体って、どうなってるのかなって」 「…どう、だった?」 「思ったより…やらしそうで安心した」 「んっ…う、あぁ…はぁぁ…う、うん…だから、好きにしちゃって、いいからね」 「里伽子…」 「なんでもして、いいからね。、あたし、今は、抵抗できないから、ね?」 里伽子は、最初から全然、抵抗の意志なんか見せない。 これだったら、拘束なんかしなくても、ずっと、俺のなすがままだったんじゃないだろうか。 「あ…」 下着が、少し、ねっとりとしてきた。 ただ、こすってるだけで、もう、何かが疼き始めている。 「あ、あぁ…あぁぁ…っ、あ…仁…な、なか…あっ…あんっ、…~っ!」 「あ、ごめん、痛かった、か?」 ショーツの中に、指だけ入れて、入り口に入れてみた。 どうやら、まだちょっと刺激が強かったみたいだ。 「だ、だいじょうぶ…だって…こんなの、比較にならないものが入るんだから…」 「里伽子…ぉ」 受け入れる気…そんなに、あるのか。 そういえば…ちゃんと身体も…俺の指先には、里伽子の潤滑液が…「もっと、いじって…仁。たしの身体、準備、させて」 「開けよ…里伽子。っと、開いてくれ」 「ん…」 力を抜いて、足を拡げて、俺の指を、受け入れる。 だから、まずはゆっくりと、第一関節くらいまで。 「ん…んん…はぁ、はぁ…まだ、大丈夫…もっと、いけるよ」 「じゃあ…もうちょい、奥まで…」 「ん…くぅ…う、うん…はぁ、はぁぁ…っ、や、あ、いっ…う、ぅぁ…ぅぁぁ…」 里伽子は、頑張って、全身の力を抜く。 矛盾してるようで、矛盾していない努力。 だから、俺の指は、里伽子のなかを、ゆっくりと、けど確実に、進んでいく。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…う、うん、うんっ…だ、だんだん…いい、感じに、なってきた…ぁ」 「うん…お前のなか、ちょっと拡がってきた。らかく、なってきたぞ」 「あ、そ、そう…?ん…仁、上手いね」 「んなわけ…ないだろ」 「…ごめん、そうだったね」 お互い、ちょっとだけ俯いて…いや、それは気のせいだ。 俺は、指を二本にして、なかで、少しずつ拡げていく。 「う、くぁ…あぁぁっ…あ、あ、あ…は、はぁ、はぁぁ…っ、い、いい、いい…ゆ、ゆっくり…違う、なんでも、いい」 「り…里伽子…ぉ」 一度は、こういう関係になることを拒絶したはずなのに、里伽子は、どうして、こうまで積極的に、受け入れようって頑張るんだろう…罪悪感?それとも、他の何か?「ふ、く、あぁ…ひ、仁…あ、あたし…だいぶ…もう、いい、よ…」 「覚悟…できたか?」 「覚悟を決めるのは…仁の、方だよ」 「俺は…ずっとこの日を夢見てた」 「あんたが…あたしに勝てるわけがない」 「…どういう、意味だよ?」 「…ごめん、違った。丈夫、受け入れて、みせるよ」 「う、うん…」 最後の一線を越える段になっても、里伽子の態度は、俺の想像と、ちょっと違った。 この行為を待ち望んでいたのは、誰だ?一番夢見ていたのは、一体、誰なんだ?………「行く、ぞ…」 そんなの、俺に決まってるじゃないか。 ずっと待ち望んで、拒絶されて、それでも諦めなくて、やっと、やっと、破ることを許された禁忌。 「絶対に…やめないこと。束、して」 「やめられるかぁ…」 だから…俺は、里伽子を突き破る。 「は、あ、あああああっ!」 「~~~っ!」 熱い、キツい、そして…愛しい!「う、あああああ…仁…きた、きたよ…仁が…入ってきたよぉ…っ」 里伽子の声は、また、理由もわからず、泣き声に変わっていた。 けど、感無量なのは、俺の方…「あ、あ、あ…里伽子ぉ…里伽子の、なか、だ…」 「う…うん、うんっ…うああ…うああああ…あ~っ、あ~~っ! あぁぁぁぁ~っ!!!」 「痛いか? ごめんな、ごめんな里伽子。も…絶対にやめねえぞ」 「い、痛いとか、痛くないとか…そんなの、どうでもいいよぉ…あ、あぁ…あぁぁ…仁、だぁ…っ」 「り…里伽子…?う、く、あ…」 「あ~っ、はぁぁぁ…っ、ん、くぅっ…ね、ねえ、仁ぃ…ねぇ、キス、してよぉ…抱きしめられないから、抱きしめてよぉ」 「ああ…あ、あぁ…ん…んん…」 「ちゅぷ…んぷっ…ん、ん、ん~っ!あ、あむ、んむぅぅっ、ん~、はぁぁっ」 拘束した両手をもどかしそうに動かし、里伽子が、俺を激しく求めてくる。 本当に、何のための拘束なんだよ…「ふぅぅぅ~ん、んん…んむぅぅっ…ん~、ん、あ、んぷ…くふぅっ」 「り、里伽子…俺、もっと、奥に…」 「ん、はぁ、はぁぁ…う、うん…どこまでも、入ってきて、いいよ…うあっ、あ、あ、あ~っ、ん」 身体は俺を弾き出そうとしているのに、言葉が、俺を、深く、深くへ誘おうとする。 わからない…里伽子の、想いの深さが。 この、俺でさえ圧倒されるような思いの丈が、どうしてこんなに、ダイレクトに突き刺さるんだろう?俺は…こんなに里伽子を好きなのに…どうして、心が追いついていない気にさせられるんだろう。 「う、あ、あああ…ああああ…仁…仁ぃ…うあああ…あっ…ひぅっ、うっ、あああぁ…」 「う、く…あ、あぁぁ…」 奥まで、突き刺さった。 里伽子の、子宮まで、突き刺した。 「あ…あ、うん…仁…あたしたち…身体の、一番奥で…繋がってるよぉ?」 「うん…里伽子のなか…気持ちいい」 「ふ、ふふ…もっと、早く来ればよかったのに…」 それを拒んだのは里伽子なのに…待ち望んでいたのは、俺だけのはずなのに。 「あ、はぁ、はぁぁ…っあっ、あんっ、あんっ…あ、ああ…ひ…仁が…ああ…っ」 俺が、里伽子のなかで、動き出す。 里伽子が絡みつくのを、力いっぱい引き剥がして、出しては入れ、入れては快感を貪る。 「ん、く、あぁ…あっ、あっ、あぁぁ…っ、い、あ、あ…あはは…はぁ、はぁぁ…っ」 「ん、く、くぁぁ…あ、あ…」 気持ち、いい。 好きな女のなかって、なんでこんなに…っもう…出てしまいそうなくらいに。 「あ、ん、ん~っ!はぁ、はぁぁ…あんっ、あ、ん、んぅっ…」 「あぁぁ…里伽子…俺、本当に…お前のこと、好きだ…」 「う、うるさい…あんたなんか…あんたなんかぁ…っ………キスしてよ、もいっかい」 「ん…んぅ…」 「ふぅぅんっ、ん、んむぅ…ん~っ…ちゅぷ…んぷ…は、はぁ、はぁぁ…っ」 じゅるじゅると音を立てて、お互い、唾液を飲みあう。 今の里伽子の味は、甘いだけじゃなくて、俺を酔わせる何かが分泌されてる。 「ん~、ん~…っ、あ、あむ…んむ…は、あぁ…仁、あ、やだ…仁…ん、くぅ…」 里伽子は…本当に、痛そうじゃない。 キツい感触に、腿のところからこぼれる赤い液体。 それでも、俺の蹂躙を、全身で受け止めてる。 「うあぁぁぁ…ああ、ああ…馬鹿、馬鹿ぁ…っ、仁のばか、ばか、ばかぁぁぁ~っ」 「馬鹿馬鹿言うな…」 「だって、だって、だってぇ…う、あ、あ…あぁぁ…あああああ…っ」 どうして、俺を責めるんだよ。 せっかく、乗り越えたのに。 俺たち、やっと、向かい合えたのに。 「行かないで…行っちゃやだぁ…仁、仁ぃ…あ、あ、あ~っ、も、もう…もうっ」 「俺は…どこへも行かないって」 「う、うん、うんっ…わかってる…っ、あ、ん、くぅ…わかってるんだけどぉ…あ、あ~、ひぅ…ん、くぅっ」 もう、かなり強く腰を動かしている。 でも里伽子は、そんな俺のやんちゃを、いつもみたいに、全て、受け入れてくれる。 だから俺は、安心して、里伽子を、めちゃくちゃにしてしまう。 「う、くぁぁ…あ、あんっ、あんっ…ん、ん…んくぅっ、い、あ、ああ…あああっ」 「里伽子…里伽子ぉ…」 「仁…仁ぃ…あ、ああ…う、くぅ…あんたなんか…あんた、なんかぁっ…ああ、ああ、あ~っ」 里伽子に、中途半端に罵倒されながら…限界に、近づいていく。 「里伽子…お、俺…そろそろ…」 「ん、んぅ…うん、うん…き、きなさいよ…あ、あ、ん~っ、はぁ、はぁ、はぁぁぁ…」 「う、うん…あ、あ、あ…あっ、あっ、あっ、あっ、あっ…」 「んっ、んっ、んっ、んっ、んっ…あぁ、あぁぁ…来て、来て…い、ああ…あああっ」 里伽子の太股が、俺の腰を締めつける。 無意識なのか、意識してなのか、そのまま、足を、きつく絡めてくる。 縛られた両腕で、俺の首に巻きついたみたいに、両足で、俺の体に、巻きついてくる。 「里伽子…っ、あ、あ、あ…」 このままじゃ…なかに…っ「仁、仁、ああ、あぁぁ…いいよ、いいからぁ…仁の…受け止めさせてよ…あたし、に…っ」 「い、いいの、か…っ?」 「うん、うんっ…あたためて…仁の、で…あたしを…あ、あ、あ…あああああっ」 俺たちは、最後の、最後で…今までで一番深く、つながった。 「う、あ、あ…ああああっ!」 「あああああああああああああ~っ!あ、あ、あっ、あっ、ああああぁぁぁぁ~っ!」 そして、里伽子のなかを、押し破らんと、俺のものが、激しく膨張して、弾けた。 「あっ、あっ、あっ…あつっ…仁…あぁっ…あぁぁぁぁ…すご…仁の、がぁ…は、はぁ、ぁぁ…」 びくんっ、びくんっ、びくんっ…俺のが弾けるたびに、密着している里伽子も、びくん、びくんって震える。 「う、く、あぁぁ…あああああ…ひ、ぃぃ…なか…ああ、ながれて…っ…」 注ぎ込んでる。 里伽子のなか…ものすごい勢いで、流し込んでいる。 何度も、何度も…「あ、ああ…届いた…仁の、出したの、が…あたしの…頭のなかにまで…届いたよ」 「う、ああ…里伽子…ぉ」 その、でたらめな言葉に反応して、また、里伽子のなかで、跳ねて、そして出してしまう。 「あっ…? あぁ…ぁぁぁ…まだ…出すんだ…仁はぁ…」 「お、お前こそ…そろそろ離れろよ…」 「あ…あんた、が…離れなさい、よぉ」 「お前…自分がどんな格好してるか…知ってるか?」 「女に…恥をかかせるんじゃ、ないわよぉ…」 そういう問題じゃ…ないんだけど。 でも…「じゃ…しばらく、このままで、いようぜ」 「…はじめから、そう言いなさいよ。の、鈍感」 「里伽子…」 「ん…んぷ…あ、あむ…ん…」 鈍感な俺は…里伽子が何を求めているか、知らないから。 だから、自分のしたいように、里伽子の唇を、舐めて、吸って、舌でつつく。 「ふぅ…んぷ…んむぅ…ん、んぅ…あ、ちゅ、く…んぅ、ふぅんっ、ん、ん…」 何度も、何分も…二人が、眠りに落ちるまで。 「もうちょっと…こんな感じじゃね?」 「あ~駄目それじゃ。く泣く」 「うあっ!?ま、待て…ファーストショットくらい笑ってたいだろ夏海?」 「だったら余計な手出しはしないの、仁は」 「俺の娘だぞぉ!?」 「あたしがお腹を痛めた」 「俺が気持ちよかった!」 「…最低」 「…さ、笑って笑って」 「どう?」 「こんな感じ」 「うん…やっぱり夏海は可愛いね」 「あたりめ~だろ」 「旧姓夏海も、可愛いね」 「夏海にゃ負けるけどな」 「…やっぱ、この名前ってややこしいね」 「でも…いい名前だろ?」 「…まあね」 ---高村夏海。 今は笑ってるけど、めっちゃ気まぐれで、すぐに泣いたりするこの女、………俺の娘。 ちなみに母親は、高村里伽子…数年前まで夏海里伽子。 要するに、母親の旧姓を、そのまま名前に持ってきた。 これ、結構、夏海家の人々には不評だったんだけど、『娘を旧姓に戻さないという不退転の決意の表れ』ということで、強引に押し込んだ。 何しろ、俺と里伽子が別れて、夏海家が夏海を引き取ったりする事態になったら、この娘の氏名は『夏海夏海』という、非常に脱力系なものになってしまう。 だから、絶対に別れるわけにはいかないのだ。 …里伽子には『当たり前だバカ』と怒られたけど。 「よし、それじゃ夏海が泣き出す前に、もう2、3枚撮っておかないとな」 産まれたのは、一週間前の…7月20日。 いや、結構狙ったけど、的中するとは思ってなかった。 今まで、散々保育器で泣く夏海を、ガラスにへばりついて眺めていたけど、今日は、めでたい解禁日。 だから、取るものとりあえず、現状の最高画素数のデジカメを買ってきた。 「夏海…笑ってろよ? 笑ってろよ?よし、今だ」 「………」 「くぅ~っ! いい表情!なぁ、こいつモデルの素質あると思わねえ?」 「…バカ親」 「バカ親上等。前だって子供を持てばわかるようになる」 「夏海はあたしの娘よ」 「俺の娘だぞぉ!?」 「どっちも正しいってば」 「うるちゃいママはほっといて~シャッターチャーンス!」 「もう、仁ってば…」 「許せ里伽子…夢がかなったんだ。うちょっとばかし、バカのままでいさせてくれよ」 「………」 「けど、この娘本当に泣かないなぁ。んていい娘なんだ」 「………」 「角度を変えて…こっちからも」 「………っ」 「今度は反対側…お~い里伽子、お前もちょっとこっち向いて…?」 「っ…ぅ……ぅぅ…ぅぁぁ…」 「…何やってんだ、お前?」 「う…うあ…ご、ごめん…ごめんね…」 娘が泣き出す前に、母親が泣き出してしまった…「お腹すいたか? それともオシメ?」 「ばかぁ…っ、う、くっ…ぅぅ…」 「じゃ…どした?内容次第では、抱きしめてやるぞ?」 「だって…だってぇ…っ自分の子を抱けるなんて…思えなかったんだもん…っ」 「………」 「夜、眠るのが怖いの。の日目覚めたら、タチの悪い冗談だったって…そんな夢オチになるのが嫌で…」 「ならねえよ」 「そうなんだけど…そうなんだけどぉ…」 「この、臆病者め」 「う、あ…うあああああ…っ、仁…仁ぃ…ううっ…」 せっかく娘はおとなしくしてるのに、母親がぐずるから、撮影中止。 …今夜、夏海の家に電話して、笑い物にしてやろ。 「あたしは…母親に、なれたんだよね?ふたつめの夢も、叶ったんだよね?」 「お前の死に物狂いの努力でな。張れ、笑えっ」 「仁ぃ…」 「でも、今日は思いっきり泣いていい…」 俺が…抱きしめててやるから。 「ふえぇぇぇぇぇ…うああああああ~っ!」 「あ、あはは…共鳴しちまいやがんの」 「あ、あんただって、あんただって…」 「うるさい、こっち向くな…っ」 「仁ぃ…ありがとう…今まで、ずっと、ずっとぉ…ありがとうね?」 「本当に…しょうがねえなぁ…里伽子はぁ…っ」 とうとう、親子三人、みんな同じ状態。 周りから見れば、実に滑稽な光景。 けれど、俺たちにとっては、やっと、辿り着いた聖地。 今は、はばかることなく…辛く、長く、厳しかった戦いの日々を、過去に押しやることができた幸せを、噛みしめよう。 「ほい、缶コーヒー」 「…誰がこんなもの頼んだのよ」 「いや、寒そうだからさ。ったまるかなと思って」 「いらない」 「そんなにひねくれるなよぉ」 「缶コーヒーなんて飲まない。ァミーユのブレンドしか飲まない」 「嬉しい発言だけどな、俺の淹れたブレンドなんぞ、そんな価値はないぞ。ぁ、それはカイロ代わりに持っとけ」 「…それなら」 と、里伽子はようやく俺の差し出した缶コーヒーを受け取ると、そのままコートのポケットにしまい込む。 「とりあえず、次の電車まで30分あるらしいから、どっか入るか?」 「ここでいい」 と、ちょうど一週間前、俺たちがケーキを食べたベンチに、二人で腰掛ける。 俺も、ボストンバッグを脇に置いて、里伽子の隣に座り、さり気なく肩を抱く。 里伽子は…もう抵抗とかしない。 俺のスキンシップを、少しくすぐったそうな表情で、大人しく受け入れる。 「なあ…どうしたんだよ?」 「………」 スキンシップは受け入れているものの、里伽子はさっきから、ずっとヘソを曲げている。 「2日には帰ってくるって言ってるだろ?たったの二泊三日じゃん?」 「………」 今日の大晦日。 里伽子と、恋人同士になって、初めてやらかした。 原因は、俺の帰省。 高村の両親から『正月くらいは、家でおせち食って雑煮食っておとそを飲め』とのお達しが来ている。 まぁ、毎年恒例のことなんで、深く考えずに、今月の中旬には、指定券を取ってしまっていた。 …そう、里伽子とこういう関係になる前。 で、昨日になってその話をしたら、里伽子の奴が『そんな話は聞いてない』って拗ねだして、こうして出発間際まで、なだめる羽目になってる。 「大体、お前こそ帰省はどうしたんだよ?冬休みと同時に帰るって、最初は言ってたじゃん」 「あれは…キャンセルした」 「なんで?」 「年末年始、仁と過ごせるって思ったから」 「う…」 そんな、良心の呵責がグサグサ来るような、愛しい言葉を…「一緒におそば食べて、一緒に除夜の鐘聞いて、そのまま、一緒に初日の出をテレビで見て…」 …まぁ、実際に見に行くのは寒いからなぁ。 「でも仁は…そういうこと、恵麻さんとするんだ」 「…なんで姉さんが出てくる?」 「一緒に帰省するんでしょう?」 「その予定だったんだけど、違う電車になった」 里伽子がごね出したものだから、姉さんと続きの席で押さえた指定席は、結局、俺の分だけ無駄になった。 姉さんには連絡して、一人で先に行ってもらってる。 俺は、里伽子を説得次第、自由席で行くことにした。 「それでも、実家でずっと一緒なんでしょ?一緒におそば食べて、一緒に除夜の鐘聞いて、一緒に初日の出を見るんでしょ?」 「父さんも母さんも一緒だって…」 「どうだか」 「どうしたんだお前?ホントに、里伽子らしくないぞ?」 「そう見えるんなら、きっとそれは、酷い仕打ちをする男のせいかと」 「………」 「つきあい始めて一週間で、手の届かないところに行ってしまう男のせいかと」 「明後日帰ってくるって言ってんじゃねえかよ!」 「これが一週間前、泣きながら告白してきた男の、現在の姿」 「んなっ!?」 「こっちが受け入れた途端、手のひら返したように余裕かまして、女捨てて家族の元に走る男の姿」 「ヤな表現だな~!」 なんか家族ってのが、女房子供みたいな言い草だ。 「こんなにも、その気にさせといて…あんたって、やっぱり最低。体許すんじゃなかった…」 「だ~か~ら~!」 あかん、既にぐちゃぐちゃの感情論だ。 こいつが、こんな風になるなんて。 「たった一回、寝ただけで…いい気になってんじゃ、ないわよぉ」 「里伽子…」 それは、どっちかって言うと、しつこく干渉してくる男に対しての台詞だぞ…「怖い…」 「俺、そんなに酷いこと、してるか?」 「仁は、意識してないのね」 「意識もなにも…正月に実家に帰るのは、普通のことだと思うんだがなぁ」 俺の胸に顔を埋める里伽子の髪をなでながら、とにかく、諭すように話し掛ける。 「お前だって、俺がこういう行事を外さないの知ってるだろ?結構長いつきあいなんだからさぁ」 ほとんどが、友達としての期間だけど。 でも里伽子には、俺のこと、包み隠さず知ってもらってたはずだ。 「仁にとって、大切なのは、本当に家族?」 「それ以外の何があるってんだよ?」 「………」 駄目だ…こいつが、何に対して怯えてるのか、俺には理解できない。 理解できない以上…納得するしか、ないか。 俺には、里伽子しかいないんだから。 「…わかったよ」 「何がわかったってのよ。に、あたしの今の気持ちが…」 「ああ、そっちは永遠にわかんないかもしれない。から、無条件にお前の要求を飲む」 「…え?」 「帰んない。っちに残る」 「…仁?」 「里伽子とソバ食って、里伽子と除夜の鐘聞いて、里伽子と、初日の出をテレビで見る」 「………」 俺、弱すぎ。 けど、今までだって弱かったんだ。 この程度の譲歩がなんだ。 …高村の家には、めっちゃ怒られるだろうけどな。 それこそ休学がバレた時くらいに。 「…いいの?」 「里伽子のワガママなんて、どうせ年に一度くらいだろ?その頻度だったら、何でも聞くよ」 「本当に、行かない?恵麻さんと、帰らない?」 「帰らない帰らない。っとお前と一緒にいる」 「ひとしぃ…」 「それに…お前に駄々こねられるのって、結構、いや、かなり嬉しい」 「そう…?」 「だって、それって俺のこと…」 「そんなの…今さら…」 「今さらじゃないだろ。週間前から始まったんだから」 「それは…」 里伽子は、相変わらず俺にしがみついたまま、それでも、少し安心したかのように、その力を抜いた。 これでいい。 俺の好きなひとが、不安を抱えてるなら、取り除いてあげるのが、俺の…幸福だ。 「その代わり、ソバ作るの手伝えよ。 あと、おせちとか雑煮とかないからな。 正月の朝からスクランブルエッグだぞ」 「あ…」 「んじゃ、今からコンビニ寄ってこうぜ。しろ食料は全部片づけてきたからなぁ」 「………」 「よし…決まった決まった。ゃ、とりあえず帰ったら紅白か?それとも格闘技…?」 「あ、あの…」 「ん?」 「あたし…泊まってくのかなぁ?」 「はぁ?」 「あ、いや、そうじゃなくて…その…えっと…」 「ソバ食って、除夜の鐘聞いて、初日の出見るんだろ? 俺の部屋で」 「あ…そう、か…」 「ていうか、休みの間、ずっと俺の部屋にいるだろ?帰省しないんだし」 「…当然、そうなる、よねぇ?」 「いや、お前の要求を満たすには、こうするのがベストだと思うけど?それともお前の部屋にするか?」 「あ、あたしの部屋は…その…えっと」 ?どうしたんだ?俺の部屋に泊まるって話になったら、里伽子の奴、急に尻込みしだしたぞ?「…もしかして、俺の部屋に泊まるの、嫌か?」 「い、嫌じゃない!嫌じゃないんだけど…」 「今さらどっかに泊まるってわけにもいかないし、それにそんな金ないしさ…」 「そ、そうだよね…でもそれって、三日間、ずっと、仁と…?」 「そりゃ、まぁ…一緒ってことになるわなぁ」 「………」 照れてる…のか?昔、ほとんど初対面の俺を、自分の部屋に泊めた奴が?まぁ、恋人同士になったゆえの照れというのがあるのかもしれないけど。 「…ごめん」 「あの…それって…」 「やっぱり帰省していい。々こねたりして、本当にごめん」 「………」 こ、こいつ…一体、何を考えておるんだ。 「俺とずっと一緒なの、嫌なのか?」 たった3日離れるのをあんなに嫌がったのに?「そうじゃない、そうじゃなくて…ほ、ほら、準備とか、何もできてないし」 「一度部屋に帰って、着替えとか持って来ればいいだろ?まだ電車は十分あるし」 「それに…やっぱりこんなの傲慢だよ。たし、仁を困らせたくない」 「…そこそこ嬉しかったぞ? 里伽子のワガママ」 「それでも、こんなのめちゃくちゃだよ。い返したら、顔から火が出るくらい恥ずかしい…」 「…可愛かったけど?」 「やめてよもう、本当にごめんってば。った一週間前にこんな風になっただけで、ここまで言うのっておかしいって気づいただけ」 「里伽子…?」 「うん、あたし、どうかしてた。、ほらほら仁、もう電車の時間マズいよ?」 「で、でも…」 「その代わり!夜中はずっと電話するから!朝まであたしの相手をすること」 「…その方が家族に迷惑なような」 「小声で話すから…だから…ね?」 「………」 「ごめん…訳わかんなくて。 でも…行っといで、仁。 正月に実家に帰るのは、普通のことだよ」 「里伽子…」 最後まで、意味不明だったけど…結局、里伽子は、訳もわからず納得して、俺を、笑顔で送り出した。 けれど…「電話…するからね。対、すぐに出てよ?」 最後に送り出したときの笑顔が、また、あっという間に、半泣きに変わっていた。 そして、実家での三日間は、つつがなく終わり…「ただいま」 「おかえりなさいませ、ご主人さま」 「こら」 何のアクシデントもなく、三日間は過ぎ、こうして、里伽子と再会を果たした。 それこそ、出発間際のあのドタバタが嘘のように、実に拍子抜けな展開だ。 「元気にしてた?寂しくなかった?あたしのこと、欲しいと思ってた?」 「ほんの45時間会ってなかっただけだろが」 「答えになってない」 「…元気は元気だった。 けど、寂しかった。 お前のこと、今すぐ抱きたい」 「…よし」 と、里伽子が胸にこつんと頭をぶつける。 「さてと、んじゃ帰るか。今夜は泊まってくんだろ?」 「うん、約束したしね」 別れ際、里伽子は『毎晩、朝まで電話する』などと、ベタ惚れ女っぽくのたまっていたが…実践しやがった。 「ふああ…」 「眠そうね?」 「誰のせいだと思ってる…」 「さあ? あたしは眠くないから、心当たりないわね」 「…の野郎」 夜中の12時頃から、朝の4時頃まで。 二晩とも。 内容は、とりとめもなく、俺の、実家での話を中心に、ダラダラと。 おかげで向こうにいる間、飯食ったら、すぐに眠気が襲ってきて、結局、昼間はほとんど眠っていた。 「…あれ?」 と、俺は、荷物を持っていない方の手で、里伽子の手を握ろうとして、その違和感に気づいた。 「里伽子…その手…?」 「え? あ、ああ…これね」 バツが悪そうに里伽子が差し出したのは、包帯の巻かれた左手。 確か、大晦日に会ったときには、そんなもの、してなかったような。 「一昨日、あの後ドジっちゃって…ご飯作ってるときにやっちゃった」 「怪我か!?大丈夫かよ?」 「怪我っていうか、ただの火傷。も、皮がむけちゃって、ちょっとお見せできません状態」 「うわぁ…」 手のひらを覆うような包帯を見るからに、火傷が広範囲だったことを思わせる。 あれだけの面積やっちゃうと、かなり痛いんじゃないだろうか?「一昨日も昨日もなかなか寝付けなかったから…仁にも迷惑かけちゃったね」 「…そういうことは早く言えよ」 「言ったら、すっとんで帰ってきた?」 「ああ!」 「…だから、言わなかった。りがと」 「あのな…俺は怒ってるんだぞ?この2日、痛かったんだろ?それに不便してたろ?」 「別に、そんなに不便じゃないよ。 右手は大丈夫だし。 それに、今日はもう、全然痛くないから」 「本当に大丈夫なんだな?」 「えっちの最中に、痛みで泣き出すことがないくらいには大丈夫」 「………」 「ま、別のところの方が痛くなるだろうけど。りあえず、今日は泣かないようにするから」 どうやら大丈夫のようだ。 こういう下ネタに逃げられるようなら。 「とりあえず、晩飯は俺が食わせるとして…そうだ、ウチからおせちとか持ってきたから、それ持って帰れ」 「…帰れ?」 「いや、明日以降の話だよ。も仕事始まっちゃうし」 「帰れ…」 「おい、里伽子…」 つい三日前、頑なに、俺の部屋に泊まれないって言ってた奴とは思えない反応だな。 「…好きなだけいやがれ」 「…そうする」 「っ…」 やっぱこいつ…今、精神状態のバランスがうまくいってなくないか?里伽子とは思えない、俺への依存体質。 まるで今までの、里伽子に対する俺のような…………こうして考えると、情けないな、俺。 「じゃ、帰るか。ったらすぐにキスから始めような」 「…発情しちゃって」 ………………「ふ…んん…あっ…ほ、ホントに…すぐ、なんだね?」 「有言実行は最近の流行りだからな」 「んん…ちゅぷ…んふ…あ、ふぁぁ…あっ」 「ん…んく…」 部屋についたら、靴を脱ぐのももどかしく、里伽子を背中から抱きしめ、強引に顔を横に向かせ、思い切り唇を吸った。 公約通り、今すぐ抱きに入る。 「あ、う、んむ…んっ、ぅ、あ、んん…ちゅぷ…んぷ…はぁ、あ…ね、ねぇ…お風呂、入ってからにしない?」 「やだ…溜まってるもん俺」 「本当に、溜めてきた?」 「我慢できない」 「よし…しょうがないな、仁は…あむぅっ、ん、んぅ…んぷ…はむ…んっ」 唇を離しては、甘い会話。 会話が終わったら、すぐにキス。 里伽子と一緒だと、いつも部屋に入ると、すぐに抱きあってしまう。 この前は、里伽子から求め、今度は、俺から求め。 「ふ…んぷ…あ、んぁぁ…ちゅ…んっ、はぁ、はぁぁ…あ…仁、や、そこ…っ」 両手を、里伽子の胸の上にあてて、服の上から激しく揉みしだく。 里伽子は、片手しか自由にならないから、もう、俺のしたい放題になってしまう。 まぁ、元々、里伽子は抵抗なんかしないけど。 「あ、ああ…はぁ、はぁぁ…んぷっ…んぅ…ひ、ひとし…ふぅっ、は、あ…んちゅ…ぷぅ…」 「あぁ…里伽子…やらかいな、お前…」 「ふ、ん、あ…たのしい?あたしのからだ…きもちいい?」 「ん…」 「はぁっ、あ…ん…ちゅぅ…じゅ…ぅぅ…う、んむ…ふぅぅ…んっ」 音を立てて唇を吸いあい、舌を突っ込んで舐めあい、そのまま、首筋あたりを吸って、里伽子の味と匂いを堪能する。 「里伽子ぉ…」 「あっ…ちょっ」 背後から抱きかかえたまま、里伽子を押し倒す。 ベッドの上に、肘をつかせる格好で、俺はそのまま、上から覆いかぶさる。 「あ、んっ…仁、んぅ、あ、ふぁぁ…」 服を脱がせるのももどかしく、乱暴にたくし上げ、マシュマロのような胸に、両手で乱暴を働く。 鷲掴みにして、乳首をつまんで、絞り出すように、とにかく強く、里伽子の肉をいじめる。 「あぁぁ…や、ん…仁…らんぼうものぉ…あぁぁ…あっ、んっ…んんっ…」 「里伽子が…いい匂いで誘うからだ…このフェロモン女」 「あんんっ、ん、くぁ…そ、そう…?それなら、仕方ないか…あは…んっ」 俺の滅茶苦茶な理屈にも、何故か納得して、そのまま許してしまう里伽子。 俺が言うのもなんだが、許しすぎ、こいつ。 まぁ、元々、好きでも何でもないのに、キスを許してくれた奴だから…なぁ。 「う、ん…はぁ、あっ…ひ、仁…っ、そ、そっち…あんっ、ん、んぅ…」 右手を胸から外し、スカートをまくり上げて、下着越しに指を這わせる。 「里伽子…どう?」 「は、はぁ、はぁぁ…や、じれったい…むずむず、する」 温かくて柔らかい里伽子のお尻と、手触りのいいショーツと。 そして…その手触りを、ちょっとだけ変える、しめった部分と。 「もう、出てる…里伽子の」 「あれだけキスして、胸いじめてた奴が、何言ってんのよぉ…ふぁっ…あ、あ、あ…」 爪の先で、引っ掻くように刺激を与える。 直接だと痛いかもしれないけど、下着越しなら。 「いあぁ…あ、あ…あんた、上手くなってない?」 「そうかなぁ…そう思ってくれるんなら、嬉しいけど」 「練習…したりしてないでしょうねぇ…?」 「どこでよ…」 「それは…その…んっ、あ、あぁ…や、そこ、直接さわられると、刺激が強…ああっ」 早くも、下着越しの愛撫を放棄して、ショーツの中に手を入れ、直接いじる。 だって、そうしたいから。 里伽子のあそこを、早くいじりたかったから。 「里伽子こそ、だいぶ感じるようになって…練習、してたりしないか?」 「んっ、あ、やぁぁ…し、してな………どう、かなぁ」 「っ…こ、この…」 「ふぁぁっ、あ、あ、あぁぁ~っ、や、じんじんする…仁のゆび、こんなとこで感じてるぅ…う、うぅ…ぁ」 入り口の辺りを、指でなで回し、そのまま、ゆっくりと親指を一本差し込む。 先端の部分も、他の指を動員して、表面をこすり、じくじくと愛撫していく。 「い、うぅぅっ、あ、あぁ…仁っ…い、いい…ゆび、えっち、あ、すごっ…あっ、ああっ…や、も、もう…っ」 「はぁ、はぁ…はぁぁ…っ」 里伽子が、気持ちよさそう。 その事実だけで、俺は、上り詰めてしまいそう。 「うううっ、あ、んっ…仁…そこ、そこぉ…あ、あぁ…いじって…なんでも好きにしてぇ…」 左手で、里伽子の豊満なバストを鷲掴みにし、右手で、里伽子の中心に責め上がり。 白い背中に、キスの雨を降らせる。 俺のもの、俺のもの…もう、二度と離さない、俺だけの、里伽子。 「ん、くぅ…あんっ、い、あぁ…あ、あ、あ…な、なんか…身体だけでも、気持ちいい、かも…」 心は、もう、満たされてたのかな?こんな俺の、つたない求愛で。 でも…それを証明するかのように、俺の下手な愛撫で、もう、そこはドロドロに溶けていて…「な、なぁ…いいか?俺、里伽子のなか…いいかぁ?」 「あ…うん、いい。、はいってきても、いい」 「里伽子…っ」 「暴れて…仁。たしのなかだけで、凄くなって…」 俺の目の前に突き出された里伽子のお尻が、誘うように揺れている。 俺は、もう、ズボンを脱ぐのももどかしく、そこに辿り着こうと、もがく。 「はぁ、あ、あ…里伽子…いくぞ。伽子のなか、入るから…」 「うん…入ってき…あ、あ、ああああああっ…あ~っ、は、はいった…あぁぁ…っ」 里伽子の返事を聞く前に、本能が、俺の腰を打ちつける。 いきなり、思い切り深くに、潜り込んだ。 「うああああ…おく…にっ…仁…あんた…ちょっ…あああああっ」 「わ、悪い…っ、でも、止まらないって…」 「ん、く、あぁぁ…い、た…っ、はぁ、はぁ、はぁ…と、止まって…おなかが…いっぱいに、なってる…」 「悪い…無理…っ」 「うああぁぁぁっ、あ、あ、あ~っ、や、ちょっと…深いよ、仁、深いよ…っ」 はじめてのときのように、また、里伽子を引き裂いてしまっている。 悪いと思ってるし、申し訳ないと感じてる。 でも…だからって、腰が止まるわけじゃない。 「お前も…共犯なんだからな。を、こんなに誘うから…」 「あっ、あっ、あぁぁ…う、く…っ、ご、ごめん…でも…うあぁぁぁ…っ」 なんで里伽子が謝るのか、よくわからない。 でも…それでも納得してしまうくらい、里伽子のなかは、熱くて、そして狭くて…「あっ、あっ、ああっ…」 「やっ、く、あぁっ、あんっ、あんっ…や、あ、は、はやい…っ、仁…ちょっと…っ」 里伽子のリズムに合わせられずに、どんどん速く、しかも強くなってしまう俺のリズム。 これじゃ、お互いに上りあってない。 ただ俺が、里伽子の肉を貪っているだけ。 でも…それが、止まらない。 「ふあぁ…あっ、あ~っ!ひ、ひとしぃ…あたし…あうっ、う、く…あぁ、ごめんね…」 「な…なんで…?」 里伽子は、謝る?俺の一方通行を、全部、その身体で受け止めて、どうして、まだ罪悪感があるんだろう。 「仁に、あわせられなくて、ごめんね」 「そんなの…俺の、せい、だ…」 「ん、く、あぁぁ…っ、き、気持ち、いいんだよ…でも…まだ、かかるかも…ぉ…」 俺が、もうすぐ出てしまいそうなことを、里伽子は感じ取っている。 けれど、自分がそこに間に合いそうにないのを、申し訳なく思ってるって訳だ。 「お前…馬鹿か。んなのは、男の責任だ」 「んっ、あ、あっ…はぁ、はぁぁ…ごめん、なさい…っ、い、あ、あ…んっ、んっ、んっ…んぅぅ…」 責任があるとしたら、里伽子が気持ちよすぎるって、ただそれだけなのに…「う、く、あ…あぁ…ぁぁ…あああ…っ」 「んっ…あ、あああ…あぁぁぁぁ…仁ぃ…いいよ。まってたの、全部出して、いいよ」 「なんで…そういうこと、言うかなぁ…」 「ごめん…はしたなくて。も、でも…っ、あ、うあ…ぅぁぁ…っ、仁のは…全部あたしが受けてあげたいから…」 「っ…だ、だから…っ」 えっちで、扇情的で、男を狂わせるような…そういう言葉を、ナチュラルに言わないで欲しい。 「あ、うあ、あああっ…ま、また…すごっ…あ、あ、あ、あ、あ…あああっ、あぁぁぁぁ…」 我慢、できなくなってしまうから。 「お、俺、俺…ごめん、もう…」 「う、うん…いい、よ。け止めるから、いいよぉ…あ~っ、あ~っ…ん、ん、んん…きて…ひとし…」 「きょ…今日…は?」 「いつでも出していい…仁なら…っ、あぁっ、あああ…あ~っ!」 「~っ!」 その言葉を最後に…一瞬、俺の視界が闇に閉ざされる。 「あぁぁぁぁ…あ~っ、あ~っ、あぁぁぁぁ~…あっ…あっ…あっ…」 里伽子の胎内で、俺が、リズミカルに膨張して、その都度、大量の液を流し込む。 「あっ…あっ…あぁぁ…っ」 「ん、く、ぁぁ…っ、ま、まだ、入って、くる…仁のが…あつっ…はぁ、はぁ、はぁぁ…」 「り…りかこ、ぉ…」 里伽子の背中に倒れ込み、押しつぶしてしまいそうなくらいに脱力する。 「あぁ…仁…ねえ、きもち、よかった…?あたし…よかったぁ?」 それでも、俺の快感を気遣うあたり、天性の世話焼き女…なんだろうか。 「ごめん…気持ち、よすぎて…先走った」 「よかった…仁、感じてくれたんだ…そ、そうよね…だって、こんなに、出てる…」 「…言うなって」 「あ…まだ出てる…ぅ…ん…んぅ…はぁ…はぁぁ…っ」 その、『感じさせる言葉』を言うたびに、里伽子のなかも、びく、びくって、収縮する。 これじゃ、落ち着くどころの騒ぎじゃないから、俺は、里伽子から、ゆっくりと引き抜く。 「く…ぅ」 「あっ…」 最後に離れる瞬間も、里伽子のなかは、俺を惜しむように、びくって…なった。 「はぁ、はぁ…あぁぁ…」 放心する里伽子の隣…ベッドに腰掛け、そのまま倒れ込む。 久しぶり…とは言っても一週間ぶりだけど、里伽子と、することができて、なんかもう、色々と放心状態になった。 「ねえ、仁…」 「あ…ああ?」 「あんた…まだ立ってるよ?」 「そういうのはすぐには引っ込まないの…」 寝転がった俺の、その部分をめざとく見つけ、嫌な指摘をしてくる里伽子。 そんなこと言われたら、おさまるものもおさまらないだろうが。 「これが…今まであたしのなかで、暴れてたんだね…」 「そういうことを言うのもやめろ」 わざとか、こいつ…?「あ…本当に、熱い。かでも熱かったけど…」 「さわんな」 「なんで?」 「そんなことされたら、いつまで経っても立ったまま」 「…寒」 「あ~いい感じでクールダウン」 自分でも里伽子の指摘通りだと思ったので、とりあえずプラス思考で誤魔化す。 あとは、里伽子につままれていることを、なんとか忘れさえすれば…「この…」 「握んな!」 俺のを包み込む里伽子の右手に、力が込められる。 と、俺の袋辺りに、冷たい感触が…「お前…こういう時くらい、ブレスレット外せよ」 「あ…」 俺が、一週間前にプレゼントしたブレスレット。 前にあげたやつは、仕事中でも外さないくらい、気に入ってくれてたみたいだけど…今度は、セックスの最中でも外さないくらい、気に入ってくれてる…ということなのか?「それは、ほら…部屋に入ったら、仁がいきなり獣になったから…」 「う…」 否定できん。 確かに、有無を言わせず、後ろから襲って、そのままバックで貫いてしまったわけだし。 「悪かった、許せ。も、今からシャワー浴びるだろ? 外せよ」 「………」 「なんなら俺が…っ!?」 「ん…」 「り…里伽子…っ!?」 さっきまで、温かい指で握られていた感触が、今度は、温かく、ぬめっとした感触に置き換わる。 「ん…ちゅぷ…んぅ…」 里伽子が…俺のを咥えてる。 「な…な、なぁ?」 ブレスレットを着けていた右手の方は、後ろに回して、俺の手の届かないところ。 要するに…外すのを拒絶したってことか?「ん…んぅ…んぅぅ…んぷ…ふむぅ…んっ、あ、ん…んぷ…ちゅぱ…んく…むぐ」 「な、なん…里伽子、おい…ちょっ…」 「綺麗に…してあげる…んっ…」 「そ、そんなの、シャワー浴びるから…うああっ」 「ちゅぷ…ちゅぅぅ…んぷっ、あ、あむぅ…ふ、んぅぅっ、ん、んん…あ、はむ…」 人の話を聞かずに、喉の奥まで飲み込もうとする。 「いてっ!?」 「んっ…けほっ…ご、ごめん…噛んじゃった」 「い、いきなりやり過ぎなんだよ…」 「けど…はじめてだし…こんなこと」 「誰もやれなんて言ってないだろ…」 「やりたいんだからしょうがないじゃない」 「なんでぇ?」 「理由は…聞くな。、あむ…」 「く…」 今度は、いきなり深く飲み込むのはやめて、先っぽだけを口に含んで、舌でねぶってくる。 「んん…ちゅぷ…れろ、んっ…あ、むぁ…はむ…ん、ちゅ…じゅぷ…ん、く」 「あ…あぁ…」 悔しいが…やっぱり、こういうことされると、想像を絶する気持ちよさがあるわけで。 それも、身体に感じる刺激よりも、里伽子がこういうことしてるって、心の刺激のせいで。 「ふむ…んん…んっ…あ、むぅ…ちゅ、くぷ…ちゅぅぅ…んっ」 「あ、あ、あ…あぁぁ…」 「ん…ねぇ…ほれっれ…ろんな…かんじ?」 「…咥えるか喋るか、どっちかにしろ」 「どんな感じなの?こうして舐めるだけで、気持ちいいの?」 「してる人間が聞くな」 また微妙な質問を…「だって…ん…固くなってる」 「なら…それが答え」 「…気持ちいいんだ。、あたしがなめると、気持ちいいんだ?」 「う、ああ…っ」 「あっ…また、おっきくなった。…んむ…ちゅぶ…んぶぅ…はむ…んん」 「く、くそぉ…そうだよぉ…里伽子がするから、めちゃくちゃいいんだよ…」 「んん…わはっは…もっと…ん、んむ…んく…は、んむっ、ん、んぅ…う…っ」 「あ、あ、あ…こ、こらぁ…」 さっきの反省を込めて、歯を立てないよう、けれども深くまで、里伽子が、俺を飲み込んでくる。 「んく…んぅ…じゅぷ…ふぅん…あ、あむ…あ、あ、あ…仁の…口のなかでも、暴れてる、よ…」 「う、あ、あ…あぁっ…」 里伽子のつたない動きよりも、里伽子の言葉の方で、感じていく。 いつの間にか、腰が勝手に動いて、里伽子の喉を突いていたりする。 「はっ、あむっ、むぅぅ…ちゅぶっ、んむぅっ…あ、は、んくっ、ちゅぅぅ…んぷ…あ、はぁぁ」 「く、くそ…里伽子、もういい」 さっき出したばかりなのに…いや、出したばかりだからこそ、第二弾が素早く充填されてしまう。 「ん? んぅ…なに? 出す?」 「出さない…出そうだから、もう、やめろ…」 「なんで…出そうなのに、出さないの?ん…れろ…ちゅぅぅ…んむ…」 今度は、先っぽを舌先でしつこくねぶりながら、里伽子が、残酷な問いかけをしてくる。 「だって…せっかく綺麗にしてもらったのに…」 「何度だって…綺麗にしてあげるよ?ん…ちゅぷ…はむ…ん、んぐ…っ」 「あ、あ、あ~っ!こ、こら、こらぁ…っ」 「ん…んぷっ、ん、んっ、んっ、んっ…くぷ…ちゅぷ…は、はむっ、ん、ん…んぅ…」 とどめとばかりに、また、次から次へと、舌と、口と、喉を使って、俺を飲み込む。 出せって、ことなのか?お前の…口の中に?「ふ、んっ…ん、ん…んんぅぅ…んぷっ、んむぅっ、ん、ん…んんんんっ…」 「あ、り、里伽子、りかこぉ…っ、く、あ、出しても…いいか? いいかぁ?」 「ん、ふぅんっ、ん…ちゅぷ、んぷっ…ふ、ふぅん…いいよ…らひていいから…あ、ん、むぅっ、んんん…んく…ぅぅ」 言葉でも、OKをもらってしまい、俺はもう…我慢することを、やめてしまった。 「あ、あ、あ…ああああああああっ!」 「んむぅぅぅっ? ん~っ、んぅぅ…んむぅっ…」 里伽子の口の中、喉の奥。 そして、里伽子の顔が離れた瞬間に、その端正な顔にも。 「あっ…あぁ…すご…あっ…あ、ん…ちゅ…んぅ…」 「うあ、あ、あ~っ…あぁぁぁぁ…」 口と、喉と、顔に放たれたくせに、まだ、俺から出てくるものを、口に収めようとする。 「は、ん…ちゅぅぅ…あ、あむ…んあぁ…」 「あっ………うあっ………あぁぁ…」 「ん………ちゅ、ぷ………んく…」 また、激しく脱力していくなか、里伽子が、俺のをすすっている音だけが、部屋の中に響く。 なんつ~エロい空気なんだ、ここは…「ん…んむ…ふぅ…んっ…んく…く…」 「おい…我慢してまで飲み込もうとするな。き出せよ」 「んぅ…ちょっと、喉にからむ、これ…」 「…たまには人の言うことを聞いてくれ」 「別に…嫌じゃないし」 「だからって…お前、俺を受け入れすぎ」 「…退く?」 「いや、嬉しいけど…」 「なら…これからも、歯止めはかけない。が気持ちいいこと、探してくから」 「里伽子…」 一体、何がこいつをそうさせてるのか。 こんな、ただ、里伽子に依存してるだけの、情けない男に。 「ねえ、仁…」 「ん?」 「ごはん食べたら、また、しよっか?」 「………ん」 なんて思いながらも、こいつの策に、まんまとハマってしまう俺がいる。 「ふぅ…」 今日もなかなかに疲れ…「………」 「ひぃっ!?」 「…おかえり」 「お、おう…?」 と、廊下で会ったのは、うるさ型の隣人、花鳥玲愛。 最近、都会の近所づきあいに関して、希薄だとかなんとか言われてるらしいが、ここのご近所三軒に関しては違う。 毎日、なかなかに濃密な挨拶を交わしている間柄だ。 まぁ、その中身が心温まる内容かどうかは、議論の分かれるところだが。 「………」 「?」 しかし今日は…なんだか、様子が変だ。 「どした? 暗いな」 「っ! 暗くなんかないわ!調子に乗ったこと言うな」 「? いや、意味がようわからん」 なんで花鳥が暗いと、俺が調子に乗ってるんだ?「余裕かまして…これだから破廉恥店長は」 「待て、前後の文脈が意味不明なのはこの際許そう。かし根拠のない罵詈雑言は看過するわけにはいかん」 「夏海さん…って言ったっけ?」 「や~今日もお互い頑張ったね~それじゃおやすみ~」 感づかれたっ!?「…呼び鈴押せば開けてくれるわよ?」 しかも致命的っ!?………「あ、おかえり」 「…今日、誰か訪ねてきた?」 「ん? お隣の花鳥さんがお野菜持ってきたけど」 偵察…いや挨拶も済ませてあったか…「っていうか、何やってんのお前」 「ん? 何って?」 と、右手で中華鍋を回しながら、ときどき菜箸に持ち替えて、さっさとかき混ぜては、すぐに中華鍋の取っ手に戻りつつ、里伽子が尋ねる。 「…器用だな」 「…ああ、これ」 何しろ、左手はまだ包帯のまま。 要するに、こいつ、片手で料理してやがる。 「別に大したことじゃない。単なものに限れば、十分作れるって」 「いや、既に肉ジャガが出来てるんですけど…」 こっちの鍋の中で、うまそうな匂いを漂わせている。 どうやって野菜の皮剥いたんだ?「まぁ、ある程度時間かかるけど。もまぁ、大変ってわけでもないよ」 「つか、怪我人は大人しくしてろ!俺が作るから」 「怪我人を容赦なく抱く人間に言われても説得力が…」 「合意の元だっ!!!」 「まぁ、そうだけど…でも、本当に大丈夫だから、あたしがやるって」 と、俺の後ろから、まだちょっかいをかけてきやがる。 相変わらず、怪我しても、俺への世話焼きをやめない奴だ。 しかし…「ところで里伽子…」 「ん?」 「お前、俺の前で眼鏡かけるの、平気になったんだな」 「………」 「ん?」 「うわあああっ!?」 「うわぁ…」 初めて見た…大慌ての里伽子…ちょっとラブリー?「…見た?」 「そこまで隠さなくてもいいじゃん」 「こうやって、慣れてくのが怖いのよ…」 「初々しさがなくなるってか?」 「だって仁、去年、眼鏡屋さんで…」 「あ~わかったわかった、俺が悪かった」 「あの時のあんたの笑い声…一生忘れない」 ちょっとした照れ隠しも兼ねてたんだけどなぁ。 まぁ、失敗してしまったことは否めない。 「あの時の詫びも兼ねて、後は俺がやるから。前はテーブル片づけてろ」 「………わかったわよ」 それに、これはかえって怪我の功名だ。 里伽子が眼鏡をかけないとなると、これ以上、料理に手出しはできなくなる。 後は、なるべく里伽子に世話を焼かせないよう、俺が気をつけないとな。 ………「ん…」 つるん「………」 「あ…」 箸からこぼれ落ちたジャガイモが、テーブルの上を虚しく転がる。 「く…」 つるん「………」 「………」 部屋の中を、気まずい沈黙が支配する。 「ちょっ…」 ぽとり「………」 「~~~っ」 さっきから里伽子は、ご飯と味噌汁しか口にできていない。 それすらも、相当に怪しい手つきで。 なにしろ、片手で、しかもド近眼…「せめて眼鏡かけろよ」 「大丈夫…」 「いや、大丈夫じゃないから言ってるんだけど」 床に落ちたジャガイモを拾って口に入れながら、里伽子に声をかける。 …すまん、落ちたもの拾って食うのも、『食べ物を粗末にするな』という躾の賜物なんだ。 「だって、眼鏡かけたら仁が笑う…」 完全にトラウマ化してやがる。 いや、俺が100%悪いんだけどな。 「…じゃあ、どうやったら食えるんだ?フォークでも出すか?」 「それは…みっともない」 そして、変なところで見栄を張る。 なら最初から、箸を使う和食なぞ作るなと言いたい。 「要するに…こういうことか?」 俺は、ジャガイモを箸でぶっ刺すと、里伽子の目の前に掲げる。 「………」 「ケーキのときとおんなじだ。う思えば、恥ずかしくあるまい?」 「けど今は…あのときと状況違うし」 「そう、状況違うな。こういうことしても、平気な間柄になった」 「………」 「………」 「食べる」 里伽子が、何を決意したのか知らんが、えらく気合いを入れて、口を開き、しかも目を閉じて、俺の箸を飲み込もうとする。 「ん…」 そして、ようやく念願のジャガイモを手に入れた。 「どうだ?」 「…安定してる」 「そりゃ、お前の作るものだからなぁ」 大当たりするかは微妙だが、絶対に外さない。 きっちりと性格を体現した料理人だ。 「次は野菜炒め食うか?」 「ん…」 「ほれ、あ~ん」 「んむ…」 まるで介護老人の…いや違う!赤子のように、俺の施しを盲目的に受け入れる里伽子。 「次、人参がいいな」 「おう!」 …たまらん。 可愛い。 可愛すぎる。 今まで頼ることしかしてなかったせいで、里伽子のイメージといえば、世話焼きで、頼りがいのある、ちょっと無感動だけど凛々しい“女性”って感じだった。 それが今…俺がいないとどうしようもないくらい、頼られがいのある“女の子”になってる。 「なあ、里伽子…」 「ん?」 「俺、こういうのもかなり好きだ」 「こういうのって…?」 「お前に頼られるの。んか嬉しい」 「っ!」 にこにこ笑いながら、里伽子の前に、また箸を突き出す。 里伽子はといえば…固まってしまって、箸に近づいてくれなくなってしまった。 「う~ん…」 しまったなぁ、意識させすぎたか。 せっかく可愛い里伽子が拝み放題のシチュエーションだったのに。 「も、いい。たし、ごちそうさま」 「全然食べてないじゃん」 「食欲、ない」 んなわけないだろう…ちゃんと二人分のおかず、しっかり作ってあるのに。 「…なら」 「え?」 無理やりにでも、食わせるだけだ。 ………………「はい、あ~ん」 「ちょっ、ちょっと…仁ぃ」 「仁なんて奴はいないぞ。れはお前の両手だ」 「宴会芸やってんじゃないんだから…」 「はい、あ~ん」 「…うぅ」 目の前の箸に、一度は恥ずかしさのあまりに顔を背けた里伽子だけど。 「………」 「ん?」 「ん…」 空腹か、それ以外の要因か…結局、俺の手助けを受け入れてくれた。 「お~よしよし、上出来だ里伽子。んどん食って、大きくなれよ」 「うるさぁい…」 怒りの声も、えらく弱々しい。 この状況に対して、戸惑ってるのか、あるいは、ちょっとだけ満足なのか…「はい、もひとつあ~ん」 「うぅ…はむっ」 ちなみに俺はと言えば…幸せ絶好調。 後ろから、里伽子の表情を窺うと、頬をもごもごさせながら、恥ずかしそうに咀嚼する姿がもう……かなり変態入った発言で申し訳ない。 「次はご飯な~」 「ん…」 「………」 「んく………ひぅっ!?ひ、ひ、ひとしぃっ!」 「慌てるな、よく噛んで食え」 「よくもそんなこと…はうっ」 ついつい、頬に口づけをしてしまったり。 「や、やめ、やめ………ふぅんっ!」 首筋を、ちょっと強めに吸ってしまったり。 「や、や、もう…この、変態っ…ひゃんっ」 耳たぶに舌を這わせてしまったり。 「あ、あ、あたってる…仁の、お尻をぐいぐい押してきた…っ」 「里伽子…早く飯食え…俺、我慢できなくなりそう」 「あんたがイタズラしなきゃ今頃食べ終わってるわよぉ」 けど、イタズラをしなければ、急に、こんなムラムラした気持ちになることはなかったわけで…「う~ん…ままならないもんだな~」 「冷静にそういうこと言うなら、下半身も冷静になりなさいよぉ」 「あ、それは無理。伽子がこんな目の前にいたら、やっちゃうのがデフォだから」 「もうっ…しょうがないなぁ…仁、はぁ…」 やっぱり…受け入れてしまう里伽子。 こいつって…相当ダメな奴なんじゃなかろうか。 それも、俺レベルの。 そして俺たちは、食後の運動に移り…………あ…花鳥のこと、どうしよう…あいつ、隣がこういうことになりそうって、知ってるんだよなぁ。 声、漏れなきゃいいけど…………「…で、なんであんたがウチでごはん食べてるの?」 「…何言ってるのよ。いでに泊まってくからに決まってるじゃない」 「会話つながってない…」 「よし…と。とはかすりちゃん、任せた」 「任されましょ。も、プレッシャーかかるなぁ…」 「気にしないで、自分の思う通りにやってくれていいのよ」 「そう言っておいて後でダメ出しするのが恵麻さんなんだもんなぁ」 「え~、そんなことしたぁ?」 「………」 アフタヌーンティーの時間も過ぎ、だいぶ雰囲気が和らいできた店内。 キッチンも、フロアも、だいぶ余裕が出てきた頃合いだ。 キッチンではこうして、姉さんの始動のもと、かすりさんの修行兼営業という、実地研修が行われている。 フロアでも、由飛と明日香ちゃんが、いつもの憎まれ口っぽい雑談を楽しげにしてた。 フードメニューの注文も途絶えた俺は、こうして、かすりさんの修行風景を、側で眺め…そして、あることに…「てんちょてんちょ、来たよ」 「ああ、悪い、オーダーか?」 「ううん、そうじゃなくて」 「黄金チャーハン一丁~♪」 「え?」 「あ…お疲れさま」 「あ…」 「………」 「お~リカちゃん。日も来てくれたんだ~」 「う、うん…」 最近だと、ほぼ毎日ファミーユに顔を出す里伽子。 もとから顔見知りがほとんどで、最近、またよく顔を出すようになったから、こうしてほぼ顔パスでキッチンに連れてこられる。 にしても…「まだ取れないのか? 包帯」 「あれ?」 「え? あ、ああ…もうちょっと、かな?」 「そんな酷かったのか?病院行ったか?」 火傷したって言ってきてから、もう二週間が経つ。 それでも包帯が取れないって…もしかして、とんでもない大やけどだったとか?「あ、そう言うわけじゃないんだけど…ほら、なかなか腫れがひかなくて」 「…?」 「そんなことよりも~リカちゃん試食試食~」 「え? あ、うん…」 「そんなことって…」 跡が消えなかったらどうするつもりだ?「今日はフレジェに挑戦してみたの~苺ショートばっかりってのもねぇ」 「わ~かすりさん、イケてそうじゃない」 「ま、見た目はわたしよりかすりちゃんのが上だし。とは味ね」 その辺は、大ざっぱな姉さんに比べて、もともとが和菓子育ちのかすりさんに分がある。 けど、味や食感に関しては、レシピ通りなのは認めるけど、積み上げがイマイチ。 果たして今日は、その評価を覆せるのか…「それじゃ、試食と行きましょうか。、由飛ちゃんはフロアに戻ってて」 「ええ~!?」 「当たり前だろ。ロアに誰もいないままだぞ、今」 「だったら仁が行けばいいじゃない~」 「…お前、店長に向かっていい態度だなぁ」 「うう…だってぇ…」 新製品の試食の前には、雇用関係なんか意味がないってか?「ごめんごめん、その代わり2個用意しておくから」 「絶対ですよ~約束ですよ~」 恨み節とも断末魔とも取れる呪詛の声を残して、由飛がフロアへとふらふら戻っていく。 「それじゃ、いただきま~す♪わ~美味しそう~」 「明日香ちゃんのバカ~!」 と、一部の罵詈雑言を背に浴びつつ、皆、一斉に新作ケーキにパクつく。 「………」 「ん…」 「ふむ…」 「美味しい~!」 「明日香ちゃんのバカバカバカ~!」 「うん、苺とカスタードの配分いい感じ」 「…お店の平均点はオーバーしてるかな」 「生地の卵の使いっぷりは合格」 「うわ、絶賛?ねえ、絶賛の嵐!?」 「うん、成長したわね、かすりちゃん。う引き抜きに注意しなきゃ」 「恵麻さん~!」 「っ…」 「………」 やっぱり…「これなら、恵麻さんのシフトも余裕できるかも。に2度くらいなら、かすりさんをチーフにして…」 「恵麻さんにはフロアに立ってもらおうか~この制服でさぁ」 「え? わ、わたしフロアなんてできないわよ~」 「恵麻さんのミニスカ…じゅるる…」 「………」 「………」 「…と、ま、まぁ、そんな夢物語は置いといて~」 「…夢物語じゃない。すりさん、早速明日からチーフをお願いするよ」 「え…?」 「仁…?」 いきなりの突飛な人事に、ここにいた皆が、奇異の視線を向ける。 「あ、明日ぁ!?ちょっとぉ、いくらなんでもそれは…」 「姉さん」 「え? あ、ちょっと…きゃっ!?」 俺は、姉さんに歩み寄ると、その右手首を強引に掴んだ。 「い、いたっ!」 「え?」 「やっぱり…」 「やっぱり…って?」 「いつやったの姉さん…この手」 「あ…うそ、バレた?」 「手…って?」 「痛めてる…多分、突いたか、ひねったか」 「………」 「ええ~? 嘘ぉ!?今日だって、今までずっと…」 確かに、今までずっと、下ごしらえをして、ケーキを焼いて、飾り付けをしていた。 「ずっと我慢してたんだろ?」 だから、午後から、修行と称して、かすりさんに任せていたんだ。 姉さんが、ケーキを作ることを、そんなに簡単に、他人に任すなんておかしい。 「…昨日、お風呂入ろうとしたとき、洗い場で転んじゃって…」 「手、ついたんだね?」 「うう…」 「ドジだなぁ…右手はかばえよ。ティシエールだろうが?」 「ごめん…ごめんね。も、ちゃんとやれてるって思ったのよ」 「ちゃんとやれてたよ…」 「気づく方がおかしいって…」 「この程度、誰でも気づくだろ?ちょっと皆、注意力足りないって」 「………」 「行くよ姉さん。院まで送る」 「え…?」 「かすりさん、悪いけど店長代行頼む。と2時間くらいだから何とかなるよね?」 「あ…うん、それは問題ないけど…いいの?」 「いいのも何も、姉さんの一大事だ。ぐに病院行かないと」 「あの、多分かすりさんの言ってるのは、そういう意味じゃなくて…」 「………」 「仁くん、やっぱりわたし…」 「ほらほら、足はなんともないんだから歩けるだろ?行くよ姉さん」 「あ…う、うん…それじゃあ皆」 「あ、はい~、任せといてください」 「お大事に」 「明日休ませるかも。ん時はかすりさんに電話するね」 「う、うん…」 「あ、それと、悪い里伽子。夜、電話する」 ………「………」 「てんちょってばぁ…」 「ごめんねリカちゃん…わかってると思うけど、仁くん、恵麻さんのこととなると見境ないから」 「な…なんであたしに謝るの? かすりさんが」 「だって…ねぇ?」 「曲がりなりにもウチのてんちょの不始末だし…」 「せっかく来てくれた恋人ほっぽっといて、お姉さんと一緒に帰っちゃうんだもんねぇ」 「それは…別に。麻さん、怪我したんだし」 「里伽子さんだって、ずっと火傷したままじゃん」 「そ、それは…ちゃんと心配してくれた」 「あんな風に見境なく?」 「………」 「それに、今日、部屋行くつもりだったんでしょ?」 「な…なんでそう思うの?」 「わかるよぉ、色々と気合い入ってるもんハーブ系の香水だね、今日」 「っ…」 「まぁ、仁くんと付き合うんだったら、アレは我慢しないとやってけないからねぇ。痴ならいくらでも聞くから、捨ててやるなよ?」 「家族行事、絶対に外さないもんねぇ」 「別に…そんなこと、気にしてないから」 「それならいいけど、溜め込まないようにね。ゃんと話せば、なんでもないことなんだから」 「だからぁ」 「あはは、それじゃ一緒にフロア、戻りましょ。飛さんが寂しがってるだろうし」 「またねぇ、リカちゃん」 「うん…」 ………「なんで…恵麻さんの時は気づくのよぉ…」 「え?」 「あ、えっと、なんでもないから」 「湿布よし、包帯よし…痛くない?」 「だからぁ、大丈夫だって」 「風呂よし、食事…ふわふわ卵の中華スープと、茶碗蒸し、どっちがいい?」 「…やっぱり、卵料理から攻めるのね」 「何か問題でも?」 「茶碗蒸し…仁くんの熱々茶碗蒸し~」 「はいはい…銀杏ある?」 「野菜室~」 「りょ~かい。、で、メインだけど…ニラ玉でいい?」 「…デザートはカスタードプディング?」 「よくわかったね。スパー?」 「………」 ………………「仁くん、仁く~ん、次、ニラ玉~」 「はいよ~」 「あ~ん…」 「ほら…」 「ん…んぐ…うん、やっぱり卵だけ美味しい」 「ニラだって美味いよ…」 「…ちょっと炒め切れてないような」 「…うるしゃい」 口の中がモゴモゴするかも。 でもいいんだ、卵の半熟加減の方が大事なんだから。 「先にニラをもうちょっと炒めておけば…」 「だって、ニラなんざ興味ない」 「んもう…あ、お味噌汁~」 「はい…」 姉さんのリクエストに従い、味噌汁のお椀を口元に持って行く。 「ずず………」 姉さんは、左手の箸を使い、具と汁をすする。 「どう?」 「具がゆで卵…」 「美味いだろ?醤油で下味つけてあるんだよ」 「…ま、まぁ、仁くんの作る料理だし」 「う~ん、そうだな。の料理だから、大ざっぱでごめん」 「そういう意味じゃ…ないんだけどな~」 まぁしかし、手が使えなくても、こうして俺と姉さんだと、問題なく食事が進む。 里伽子のときは、パニックだったからなぁ。 「…ねえ、仁くん」 「ん?」 「リカちゃんにも、してあげた? こういうこと」 「………」 なんてタイムリーな。 「そっか…そうなんだ」 「い、いや、その…えっと、そんな馬鹿なっ!?」 「喜んだでしょ、リカちゃん?」 「いや、メチャクチャ恥ずかしがって、話にならなかった」 「………」 「あ…」 墓穴…掘った。 「ふぅぅぅん…ど~いうふうにしたのかなぁ?」 「いや、その…」 「こうやって、差し向かいであ~んって?それだけで、そんなに恥ずかしがっちゃった?」 「うん…」 「ふぅん」 「で、全然食べようとしないから…」 「…から?」 「あ…」 「………」 今度は掘った墓穴に自ら足を踏み入れた。 「い、いや、あの…それは…」 「では、再現フィルムでどうぞ…」 「な? 再現…?」 「や~ん仁、里伽子恥ずかしくって食べられない~♪」 「なめんなオラァっ!」 ちょっと逆鱗。 「冗談よ冗談。うね、こんな感じかな?『ちょっ、ちょっと…仁ぃ』」 「~~~っ!!!」 「…キたでしょ?」 「う、うう…」 似てる…琴線震わすほどに。 「食べさせたくなっちゃったでしょ?」 「く、くぅっ」 「じゃ、仁くん…あ~ん…」 「………」 し…仕方ない。 ………「ちょっと、ちょっと…仁くぅん」 「うわ! 素で恥ずかしがらないで~」 「本当にリカちゃんにこんなことしたのぉ!?こ、こんなの…やりすぎよぉ」 「そ、そうかなぁ…」 「なんて…うらやましい…」 「は?」 「あ、なんでもない。ん、なんでもないの~」 「そ、それじゃ…やめるよ」 「ええ~!?」 「どっちやねん」 「リカちゃんにはしてあげたのに~姉ちゃんには出来ないって言うんだ~」 「今恥ずかしがっただろ今!」 「でもリカちゃんには、無理やりしたんでしょ?」 「それは………」 「だったらここも、無理やりするのが礼儀ってもんじゃないのかなぁ?」 「なんてセクハラな礼儀だ…」 「と、いうわけで~」 「うう…」 ………そして…姉さんは、けらけら笑いながら、大喜びでゆっくりと完食した。 ………………「ふぅ…い~気持ち」 「湯加減はどう?」 「完璧~。くんも入って来ればいいのに」 「ぐ…」 落ち着け、そこにいるのは姉だ…ま~姉ちゃんだ、俺の三つ上の、子供の頃から憧れの…………アホか俺は。 自らを追い込んでどうする。 「にしても…さすがに今日は疲れたわ。後からなんて、もう痛くて吐きそうだった」 「誰にも言わずに無理するからだ。 今度から、俺にはちゃんと相談してくれよ。 そしたら、どんなときでも駆けつけるから」 「それは…」 姉さんが、湯船の中で、おとなしくなった。 さすがに今回のことは、ちょっと堪えてるんだろう。 何しろ、お菓子職人にとって、右手は命だ。 医者の話だと、全治一週間ってことだから、少なくともその間は、大好きなケーキ作りができない。 これ、姉さんにとっては、致命的だからなぁ。 「ねえ、仁くん…」 「ん?」 「よかったね」 「ちっともよかない。手したら骨折してたかもしれないんだぞ?」 「リカちゃんのことよ…」 「あ…」 そういえば…いつの間にか、皆に気づかれてた。 俺と里伽子が、ヨリを戻した…っていうか、つきあい始めたこと。 「やっぱり、仁くんには、リカちゃんがお似合いだよ。も…入り込めないくらいに」 「いや、その………そう?」 「…ぷっ」 「な、なんだよ…」 「ずっと好きでいて、よかったね。っと、報われたね」 「………ん」 俺と里伽子のこと、ずっと見てきた姉さんの言葉だから、素直に受け止めることができる。 ファミーユを、一から始めた三人のうちのひとりの言葉で、俺の、最愛の家族の言葉、だから。 「もう、絶対に手放しちゃダメよ」 「…わかってるって、そんなの」 「わかってない、仁くんわかってないなぁ」 「なんで決めつけるんだよ?」 「だって今日の態度、なにあれぇ?」 「なに…って?」 「せっかく会いに来てくれた恋人ほっぽっといて、姉ちゃんの病院に付き添うなんて、一体どうやったらそんな行動になっちゃうのよぉ?」 「おかしいかな?」 「…はぁ、仁くんの場合、まず、その思考回路から何とかすべきよね」 けど、姉さんだって、俺が付き添うって言ったときには、何も言わずに黙ってたような…「リカちゃんだって怪我してるのよ?それなのに…」 「あいつのは火傷で、もう治りかけだし」 「そういう問題じゃないのよ…」 「里伽子なら、わかってくれるって。んだけの付き合いだと思ってるんだよ」 「…大した時間じゃないわよ」 「俺が、何よりも家族を優先するって…そういうこと、わかってて付き合ってくれてるから、だから、あいつといると安心なんだよ」 「違うと思う…それ」 「違わないって。根拠のないこと言ってるんだよま~姉ちゃん」 何でもわかってくれてるから…態度とは裏腹に、とてもいい奴だから…どんなときでも、頼られてくれるから…だから俺は、里伽子が一番好きだ。 「根拠…あるわよ」 「はぁ?」 「半年前…」 「半年前って………もしかして」 俺が、振られた時のこと?それとも、火事の時のこと?「多分、仁くんの想像してる、両方」 「…それが?」 「リカちゃんが仁くんをふったのって…多分、姉ちゃんのせいよ」 「…は?」 それは、全くもって唐突な仮定。 想像どころか、創作すらできそうにない状況。 「姉ちゃん、二人の大事なときに、仁くんを一週間もひとりじめした」 「え? え?」 「仁くん、姉ちゃんのために、ずっとつきっきりでいてくれて…携帯の電源だって切って」 「あれは…あの時は、仕方ないだろ」 そうでもしなければ、姉さんは…「でも、大事な約束、すっぽかしたのよね?あのとき…」 「どうしてそこまで知ってるの…」 俺の告白が、一週間延期になったこと…「仁くんは、あの一週間、リカちゃんの連絡を拒否した」 「ちゃんと事前に説明したって…ある程度は」 言いにくいこともあったけど、最低限の事情は説明して、納得してもらった。 里伽子だって、『ああ、それならしょうがないね、お大事に』って…心配してくれたんだ。 「繰り返しちゃ、ダメよ。 もう、姉ちゃんのことは放っておきなさい。 リカちゃんのことだけ考えるの」 「やだね」 「仁くん…っ」 「大体俺は、姉ちゃんの言ってること理解できない。 里伽子はそんな心の狭い奴なんかじゃないんだ。 あいつのことは、俺が一番良く知ってるんだ」 「それは…心が狭いとか、そういう問題じゃない…」 「何と言われようと、俺は今の考えを改めるつもりはない。た姉ちゃんがピンチになったら、何をおいても駆けつける」 「仁、くん…」 「やだって言っても、絶対来るからな。れだけは、譲れない」 父さんも、母さんも、兄ちゃんも…高村の父さんも、母さんも、そしてま~姉ちゃんも…今、ここにいる家族も、今はここにはいない家族も。 俺にとっては、誰よりも、大事なひとたちだから。 「ごめん…リカちゃん」 「わたし…もう、何も言えないよ…ううん…否定したくない…ごめんね」 「………」 姉さんは、それから30分も、湯船から出てこなかった。 …というより、のぼせたところを、俺が引き上げて身体をふいて、着替えさせたんだけど。 「あ、おかえり」 「おい雪だぞ雪…ってか、お前、また…」 「あ…」 「お、おかえり…」 「いや、そっちじゃないから」 「?」 「包帯、まだ取れないのに、ま~た料理なんてしやがって」 「あ~、これ?だから大丈夫だって、もう慣れたし」 「片手で旨煮かよ…」 里芋、レンコン、人参に椎茸に鶏肉。 両手だって、作れない奴には作れない代物だぞ。 「コツを覚えれば簡単だよ。ぁ、目の方はなんともならないけど…」 「だから眼鏡を…いや、いい」 また一瞬、鬼のような形相をされた。 「大丈夫、あとは煮込むだけだから。、サラダの方も…」 「だからぁ、後は俺がやっとくから、お前は大人しくつまみ食いでもしてろって」 「でも…あたしがやりたくてやってるんだし」 「お前の気持ちはマジで嬉しいよ。 けど自重してくれ。 手のことじゃないぞ?…目のことだ」 「う…」 この言葉がとどめとなったのか、里伽子は、しぶしぶとテーブルへと向かう。 それでも、テーブルの上に飽きたらず、その周辺の片づけを始めてしまう辺りが、なんとも世話焼き魔人らしいが。 こいつはとにかく『しょうがないなぁ』を言うネタを見つけたくてしょうがないらしいからなぁ。 ある意味、姑ちっくな…「あ、こんなとこに煙草の箱、転がして…しょうがないなぁ、仁は」 「くっ…」 好意だと、わかっているんだ。 わかっては、いるんだが…「あ~あぁ、靴下片っ方だけ転がってるよ、もう、ほんとに…」 「………」 まぁ、いい…今日は、実は、絶好のからかいネタを仕入れてあるんだ。 見事、真相を暴いた瞬間の、里伽子の照れまくった顔が見物だぜ。 ………「んじゃ、次はレンコンな」 「ん…」 俺が箸に刺したレンコンを、もう、結構抵抗なく、ぱくついてくれる。 「んまいか?」 「作ってる時に何度も味見した」 「ま、そりゃそうか」 「それよりも、仁が食べるの。うら、里芋の煮え方が一番納得行ってるんだから」 「ん? そか、じゃ…」 口の中に収めた瞬間、とろりとした感触で、噛んでみると、抵抗なく噛み切れて、後は、ほこほことほどけていく。 これは…「里伽子にしては当たりだ…」 「なんか微妙なほめ方…」 と呟く里伽子だけど、表情は、とても満更じゃなさそう。 「お前、いっつも平均点より10点上ばっかだけど、これは25点ばかし上だ」 「ふぅん…」 里伽子が、無造作に重みをかけてくる。 これって、ちょっとだけ、甘えが入ってる証拠。 ここ数日で、里伽子の感情の機微、かなりわかるようになってきた。 そうやって考えると、俺って今まで、付き合いの長さの割に、里伽子のこと、よくわかってなかったのかも。 「次、飯な~」 「ん…あむ」 こうして、俺の箸を、無邪気に頼りにする里伽子は、ちょっとだけ、今までよりも素直で…だから、とてつもなく可愛い。 そして、この、こそばゆい時間は…実は、里伽子が望んだこと、だったんだよなぁ。 ………「あ、風呂沸いたぞ。入れよ、里伽子」 「あ…うん」 今日は火曜日。 最近、毎週火曜は、里伽子は必ず泊まっていく。 いい加減、隣の花鳥に遠慮するのも面倒になったので、先週、菓子折を持って『毎週騒がしくしてすいません』と挨拶に行ったら、菓子折を投げ返された。 これで心おきなく里伽子と一緒にいられるってもんだ。 「あ、そうそう、包帯、俺が外してやるよ。、出せ」 「え…?」 「え? じゃないだろ。前、それつけたまま風呂入る気か?」 「で、でも、いつもは、ほら、自分で…」 「片手だと面倒だろ。に任せとけって」 「だ、だめ…だめだって…仁に、そんな迷惑、かけられないよ」 「迷惑でなんかあるもんか。か、そんなことでモタモタしてるくらいなら、早く風呂入ってきて、早く俺に抱かれてくれ」 「………」 困った表情で、俺と、自分の左手とを見比べる里伽子。 そりゃ、困るだろうなぁ…もう、火傷なんかとっくに治ってるんだし。 ………「…マジ?」 「ほんとほんと~。っき、洗面所で巻き直してるの偶然見たもん」 「火傷の跡…なかった?」 「だって火傷でしょ?一月もあれば、普通治らない?」 「里伽子は、酷い火傷だって…」 「だったら通院しないとおかしいよ…別に薬とかつけてなかったし」 「う~ん」 「あのさぁ仁…」 「なんだよ?ちょっと考え事してるんだけど…」 「手が使えないからって、里伽子さん、甘やかしたりしなかった?」 「………」 「『はい、あ~ん。うら、美味いか里伽子~』とか」 「貴様ぁっ!花鳥玲愛からの情報だなっ!?」 「…してるんだね?」 「あ…」 「それよ…」 「どれよ」 「味、しめちゃったんだよ、里伽子さん。 仁に甘やかされるのに~。 だから包帯取れないんだ」 「里伽子が…仮病?」 「間違いないよ!わたしなら絶対やるもんっ」 「ちゃらんぽらんでいい加減な由飛と、“あの”里伽子を同列に論じるな」 「ああっ!?」 ………「それとも何か?見られると何か困ることでもあるのか?」 「そ、それは…ほら、火傷の跡、醜いから…見られたくないし」 心の中で吹き出しつつも、俺は冷静に、そして情熱的っぽく語る。 「そんなの…代わってやりたいと思ったとしても、嫌な感情を抱くはずがないだろ?」 「………」 「なあ里伽子…もうちょっと俺に頼ってくれてもいいだろ?俺、頼られたいよ、お前に」 「けど…仁に頼るあたしなんて…仁の中では、価値のない存在だよ」 「まだ言うかそれを…いい加減、俺を見くびるのやめろよ」 「だって…」 なんか最近、こいつって結構ネガティブシンキング。 一体、なんでこんなに自信のない奴に成り下がった?昔はもっと、無表情のまま強気だった気がするんだけど。 「ほら、手、出せよ。があったって、笑ったり、嫌がったりしないよ」 「…取るだけだよ?」 「ああ」 「それ以上は…触れちゃダメだよ?その、痛いから」 「任せとけって」 「じゃ、じゃあ…」 「よし」 とうとう観念したか、里伽子が手を差し出す。 …って「右手だそれ」 「え? あれ? おかしいな」 「お茶碗を持つ方!」 「あ、はい」 「右手だそれ」 「だって、お茶碗を持つ方」 「………」 そういえば…こいつ、左利きだった。 「箸持つ方!」 「右手?」 「急に一般論を持ち出すな!左手出せ左手!」 「あっ…」 いい加減、埒が開かなくなったので、強引に左手を取る。 「ったく、あんま面倒かけさせんな」 「やっぱり…仁に世話かけるあたしって…」 「うわ違う! 好きだってそういう里伽子も!」 なんか、やりにくくてしょうがない。 けどまぁ、今や里伽子の左手は、俺の手の中にある。 里伽子も観念したのか、大人しくしてくれてるし、包帯外すなら今だ。 「外すからな…じっとしてろ」 「う…ん」 「…?」 里伽子の額…なんで、そんなに汗をかくんだ?いくらエアコン効いてるったって、冬だぞ?しかも外は雪。 あれは…脂汗?なんで?そんなに、真相がバレるのが恥ずかしいか?「これを…こうして…と」 けれど、今さら引き返すわけにも行かない。 俺は、ゆっくりと里伽子の包帯を外す。 ………そして…「…で?」 「………」 「火傷って…どこが?」 「…消えてるね」 それはもう、綺麗さっぱり消えていた。 最初からそんなもの、なかったんじゃないかってくらいに。 「…で?」 「で、とは?」 「どゆこと?」 「嘘ついてました。 以上。 さ、離して、もうお風呂行かないと」 「綺麗な手だよなぁ…火傷したなんてとても信じられん」 「は…離してっ」 「そんなに焦るなよ。うバレバレなんだからさ」 「な…!?」 「とっくに治ってたんだろ? 火傷。ど、しばらく仮病使ってたってわけだ」 「あ…」 「何でだろうな…なぁ、里伽子」 「それ…うん、そう。 仁が優しくしてくれるから、だからこのままにしてた。 以上」 と、里伽子がまた、手を引き抜こうとする。 けど俺は、その手をガッチリと握って離さない。 滑らかで、小さくて、ちょっと冷たい手。 「離して…離してよ…」 最近、手を握らせてくれなかったから、ついついこうして、ずっと握っていたくなる。 「懐かしいな…」 「仁ぃ…」 里伽子の手を、両手で重ねるように握り、ゆっくりと、さする。 昔は、結構さり気なく握ってたんだよな…里伽子も全然拒絶しなかったし。 「もう、いいでしょ?あたしの負けだからぁ…お願い、許して」 「そんなに嫌がることないじゃんかよぉ」 「だって…だって…」 ちょっとショック。 キスだって、もっと凄いことだってしてるのに、手を握ることだけ、こんなに嫌がられるなんて。 「わかったよ…ほれ」 諦め気味に、両手を離して、里伽子を解放してあげる。 「あ…ありがと…ごめん」 だって、これから、抱くって約束なのに、これ以上、里伽子を怒らせたら…俺は、カモフラージュの包帯を、くしゃくしゃに丸めて…「ほれ里伽子、返す」 「え…?」 里伽子の、左手の上に載せた。 ぽとり「ん?」 「あ…」 「落とすなよ。れ、洗面所のゴミ箱に捨ててきて」 もう一度、ゴミと化した包帯を、里伽子の左手の上に…ぽとり「…?」 載らない。 いや、何の抵抗もなく落ちる。 「…何やってんだお前は?」 「あ…あぁ…っ」 またしても、包帯を拾い上げ、里伽子の左手の上に…今度は、手の中に直接握らせて、わざわざ両手で握り込み、握り拳の形に丸めて…ぽとり。 「………」 「っ…ぁ…ぁぁ…」 里伽子の、息が荒くなっていく。 顔面は、蒼白を通り越して、真っ青。 表情に見えるのは、ただ一つ、絶望。 「里伽子…?」 里伽子の左手を、もう一度握る。 柔らかくて、小さくて、ちょっと冷たい手。 両手で、指をつまんで動かすと、何の抵抗もなく、好きなように曲がる。 「ぅ…ぅぁ…ぁぁぁ…っ」 そこに、里伽子の意志は介在しない。 俺が左手をどう弄ろうが、里伽子は、抵抗をしない。 いや、これは…?「おい…」 つねってみた。 ちょっと強めに。 「ぅ…ぅぅ…っぁぁ…っ」 里伽子の息は荒い。 表情は、相変わらず絶望を貼り付けたまま。 けど…痛がらない。 「待てよ…」 つねってみた。 かなり強めに。 「仁…やめて…もう、やめて…」 「痛い…か?」 「やめて…やめてぇ…お願いだからぁ…」 「里伽…子…」 表に現れてるのは恐怖だけ。 痛みの表情なんて、何もない。 里伽子は…左手の痛みを、感じてない。 「なんだよこれ…」 「離して…離して、離して」 左は、里伽子の利き手…そうだ…利き手、だろ?待てよ…こいつ、いつから右手で飯食ってた?「離して、離して仁…お願い、お願い、お願い…っ」 そうだ、あの時は、もう、右手だった。 それより前は…?「…食わないの?」 a「前にも言ったでしょ」 「食わないダイエットは体に良くないんだけどな…」 a「朝はちゃんと食べてるから大丈夫。れより、仁も栄養の偏りには注意しなさい」 「やめてよ…勘弁して…」 …食ってない。 こいつ、最近までずっと、俺の目の前で、飯食うの、避けてた…?なんで…なんで?それって、やっぱり…「お前…左手…動かない、のか…?」 「あ、あ、あ…ああああああ…っ!」 馬鹿な…馬鹿な馬鹿な…っ俺はこいつが左利きだって知ってる。 左手は、普通に動いてたんだ。 …いつまで?「いつから…?」 「な…何が? 何がっ!?」 「聞いてるのはこっちだ…どうしたんだ、これ…」 「っ!」 「うあっ!?」 里伽子が、俺を想いきり突き飛ばす。 もちろん、右手で。 「あ、ああ…あああっ」 「ま、待て里伽子、おいっ」 「里伽子ぉっ!?」 里伽子が、コートを持って俺の部屋から逃げ出す。 …一瞬、ブーツを履こうか迷ったあげく、そのまま、ブーツを置いたまま。 ………片手だと、ブーツを履くのにも時間がかかるから。 だから…なのか?「なんなんだ…なんなんだよ、これ…?」 駆けていく足音が聞こえない。 だって、裸足だから。 外は雪。 どんどん、降り積もっていく。 里伽子は、この雪の中…ブーツも履かずに、飛び出していった。 「里伽子…里伽子ぉ」 追わなきゃ。 本当は、出て行く前に、止めなくちゃいけなかった。 なのに、身体が、動いてくれなかった。 ………頭が、ついていかなかったから。 ………………「里伽子!」 「………」 里伽子は、すぐに見つかった。 駅へと続く道。 白く染まり始めた道を、早足で、でも、駆け出すこともできず、歩き続けてる。 「里伽子! 待てってば!お前、これ…」 里伽子のブーツ。 とにかく、これだけを抱えて、追いかけてきた。 「いらない…あげる…」 「ふざけるなっ、足までおかしくなっちまうぞ!」 「~っ!!!」 「あ…」 “まで”は、タブーだった。 里伽子は、それから俺が何を言おうと、もう、足を止めることはせず…俺も、里伽子の手や身体を捕まえて、無理やり足止めさせることもできず…………「………」 「………」 そして、ようやく里伽子が足を止めてくれたのは、駅前の、ベンチでのこと。 止めたくて止めた訳じゃない。 「履けよ」 折からの積雪で…電車が、止まっていたから。 「………」 里伽子は、ふてくされたように、俺と目を合わせない。 俺は、ハンカチを取り出して、里伽子の、ブーツを履いていない足を拭く。 「っ…」 ストッキングは、足の裏のところがぼろぼろに破れ、ところどころ、血が滲んでいる。 「無茶…すんなよぉ」 「別に…」 痛々しい両足を、でも、それ以上どうすることもできず…ただ、これ以上、冷たくならないよう、両手で包み込む。 「なに…すんのよぉ」 「フェチっぽいが許せ」 「変態ぃ」 でも、このままだと、怪我した上に、確実に凍傷にかかる。 俺は、ゆっくりと、里伽子の両足をさすって、少し体温が戻ったところで、ブーツを履かせる。 ………「これで…大丈夫じゃないけど、まぁ、マシだ」 「………」 「戻ろう、俺の部屋に」 「…帰る」 「電車、止まってるだろ」 「すぐに復旧する」 「どこにそんな根拠がある?雪だって全然止んでないぞ」 「………」 「なあ、帰ろう? 俺の部屋に…あそこはもう、“俺たちの部屋”だろ?」 「違う…」 「里伽子…どうして…」 聞きたいことは、山ほどある。 たった一つのキーワードが増えただけで、山のような疑問が、俺を押しつぶそうとする。 聞きたい…聞かなくちゃ、いけない。 けど…俺の中の何かが警告する。 『聞いてしまったら、終わりだ』って…「………」 「………」 ベンチに腰掛けて、うつむく里伽子。 その目の前に立ったまま、何も言えず、何も行動を起こせないままの俺。 ………雪のせいで、いつも聞こえるはずの街の音が、かき消されている。 まるで、街全体で、俺たちの気まずさを増長しているかのような錯覚を覚える。 それでも俺は…「いつから…?」 聞かなくちゃ、ならない。 里伽子の恋人を自称するなら、当然の質問だ。 「つい最近…じゃないよな?」 「もういいよ」 「去年、ファミーユが開店した時…あの時は、もう…」 「いいってば。たしの不注意なんだ」 「だったら何ですぐに相談しない…?」 「相談したって、どうなるものでもない」 「ふざけるなよ…俺って、お前にとって、その程度なのか?」 「あの頃は、ね…それに、ほとんど顔合わせてなかったじゃない」 里伽子に、別れを告げられて、お互い気まずくて、なかなか声をかけられなくて…………里伽子に…別れを、告げられて…?「あの頃………なのか?」 「…ぇ?」 「それ…あの頃に負った怪我か?」 「あ、あの頃って…いつのこと、かな」 「お前が…俺のこと、振った頃」 『お前が言い出した表現だ』と言いたいのは山々だけど、今は、そんな些細なことよりも大事なことが山ほどある。 「それか…?」 「な、何、が?」 「俺とつきあえないって言った原因…?」 足手まといになるとか…そういう、めちゃくちゃ里伽子らしい理由、なのか?「違うよ…仁、自惚れすぎ」 「じゃあ詳しく話してくれよ!俺のこと、どうでもよかったって、その左手の怪我とは全然無関係だって!」 「っ…」 「どうして言ってくれなかったんだよ…確かに俺は、あの時、お前に受け入れられなかった。ど…親友であることは間違いなかったろ!?」 「仁…」 「だったら余計に言ってくれたっていいじゃん。達だったら、迷惑かけあうのがデフォだよな?なんの遠慮もいらないよな?」 「仁ぃ…」 「今だって…俺のこと、受け入れてくれたのに、ずっと隠してた…」 「………」 「俺って、そんなに薄情に見えるのかぁ?里伽子が俺の世話を焼けなくなったら、捨てちまうって思われてんのかぁ?」 「そうは思ってないけど…でも、言えないんだよ」 「なんで!?」 「………言えないんだよぉ」 「言えない理由は…?」 「全部終わっちゃうから!あたしと仁の関係、なくなっちゃうからだよ!」 「なっ…?」 やっと、里伽子が噛みついた。 「言っちゃったら、きっと仁、立ち直れない。しいもん、傷つきやすいもん、打たれ弱いもん!あんたにこんなこと、背負わせたくないよ!」 感情を露わに、逃げずに、ぶつかってきてくれた。 「言っちゃったら、きっとあたし、もう止まらない。めてたこと、全部噴き出して来ちゃう、仁に、酷いこと言っちゃう!」 それは、歓迎すべきこと。 なのに…「そんな黒いあたし…見せたくないよぉ…」 なんで、こんなに悪寒が走る…?予感でも、あるのか?俺の頭の中で、今まで見逃してきた、些細な一つ一つが、組み上がって、一つの形を為していくような気がする…その形は…パンドラの箱を開く鍵。 そんな、イメージできるはずのない、物体。 けど…けど…「それでも…」 「仁…」 「聞かなくちゃ…先にも、後にも…行けないだろぉ?」 足が、がくがく震えてる。 声だって、笑ってしまうくらい上ずっている。 予感があるから。 俺の罪が、赤裸々に、次から次へと暴かれていく…「教えてよ里伽子…俺は、何を、したんだ?」 そして俺は…鍵を、差し込んで、ためらいがちに回した。 ………………「さて、と…もういいよ」 「部屋まで送るって」 「今から駅に戻らないと、終電ギリギリだけど?」 「いや、まだ余裕だって…走れば」 「だってさぁ、部屋まで送ってくれたら、どうしても『お茶でもどう?』って話になるでしょ?」 「俺が断ればいいんだろ?いや、そもそもお前が言い出さなきゃいい」 「あたしが言わない訳ないじゃない。、仁が断り切れるとも思えない」 「う…」 「それで終電逃したらどうするの?泊めてって言われたら、あたし…断れないよ?」 「………わかった、帰る」 「それが賢明」 「じゃ、な」 「うん」 「………」 「………」 「………」 「…行かないの?」 「いや、その…」 「ん?」 「里伽子…あ、あの…ちょっと…」 「あ…」 「………」 「………」 「あ…」 「ん?」 「その…ごめん」 「何が?」 「何がって…その…」 「ん…?」 「…それじゃ、おやすみ」 「…おやすみ。た明日ね」 「もう、今日だけどな」 「そうだね」 ………「ここまで来るのに2年かぁ。遅すぎ、ば~かぁ」 ………「断らないって言ってんのに、どうして泊まってかないの?この…弱虫ぃ」 「ば~か、弱虫、意気地なし」 「な…」 「待つ身の辛さを知ってるかぁ?人の気持ちに全然気づかない、このウジウジ虫め」 「いつから…」 「少なくとも、あんたより前」 「んな馬鹿な…俺は、2年になった頃には、もう…」 「だからぁ、あんたより前って言ってるじゃん」 1年の頃…って?こんな俺、を?「なんでぇ?」 「わけが必要?」 「だってお前…理由のない行動は取らないだろ?」 「情けなくて、危なっかしくて、ほっとけなかったから。上」 「お前にメリットないじゃん…」 「あんたが笑うと、すごく満たされた。 あんたに頼られると、何でもできる気がした。 あんたに触れられると…とても、気持ちよかった」 「………」 「こんなの…理屈で説明できるわけ、ない」 「それが…なんで…?」 お前の今の左手と、結びつくんだよ…?「やっと想いがかなって、浮かれてた。子に乗ってた」 「もっともっと、仁の役に立ちたいって思ってた…」 「あ…あった…っ!」 「消えろ…消えてっ!燃えちゃ駄目っ」 「えっと、一つ、二つ…三つ…お父さん、お母さん、お兄さん…全部!」 「よかった…間に合ったよ…仁」 「え…?」 ………「ね?情に流されると、ロクなことにならない…でしょ?」 「………」 目の前の里伽子が…何を、言ってるんだか、理解できない。 「忘れ物したのに気づいたのが、夜でさ。 でもあたし、お店の鍵、任されてたし。 で、行ってみたら、さ」 本当は、わかってる。 それは、半年前の、あの日のこと。 「仁が、『月例会』で家を空けてたのは知ってたから、さ」 俺と里伽子の、初めての…から、ちょうど一週間後。 俺と姉さんの運命が、がらりと変わってしまった、あの火事の日のこと。 「とりあえず、仁ならどうするかって、考えたら、さ」 お店の皆も、散り散りになってしまったりと、少なからず、運命が変わってしまった日。 『少なからず』ってのは…『多大な』って意味じゃ…なかったはずなのに…「けど、ま…あたしって、見た目ほど運動神経、ないんだよね」 「~~~っ!!!」 里伽子の手のひらには、火傷の後なんか、なかった。 けど…けど…「本当に怪我したのは、手じゃなくて、腕…」 「腕…?」 「そ、二の腕辺り。じゃ、跡はほとんど消えてるけど、ね」 そうだ…そんなところに、傷なんか、残ってない。 何度も抱いて、そこにだってキスをした。 そんな大きな傷跡、なかった。 「あと、火傷とか、ちょこちょこあったけど、そんなのはすぐに治った。って、無茶なんかしてなかったから」 無茶だ…誰もいない、燃えさかってる家の中に、わざわざ踏み込んで…「けど、ここだけちょっと…釘が深くまで刺さっちゃって…」 「里伽子ぉ…っ」 やっと発した声は…何を言ってるんだかわからない発音で。 「最初は軽く考えてたんだけど…医者に行ったら、神経が損傷してるって…」 「すぐに手術して、繋いだんだけど…感覚、戻らなくって」 淡々と、淡々と…「今でも、時々検査受けてるけど、なかなか元通りには戻らなくて…あはは」 笑い声、まで、気味悪いくらいに、淡々と。 「ごめんね…仁のせいじゃないのに、なんかやっぱ、それっぽい言い方になっちゃうなぁ」 「俺のせいだろっ!?」 「こっちは…仁のせいじゃないよ。たしがドジだっただけだから」 「だって…だって…お前が、持ち出してくれたのって…」 父さんと、母さんと、兄ちゃん…焼け跡の中で、燃え残っていた、位牌。 他は全てなくなってしまったのに、これだけ、不自然に、庭に転がってた理由が…「あ~違う違う、本命はこっち。っちはついでだから、本当に」 と、里伽子がポケットから取り出したもの…「~~~っ!?」 「ごめんね、焦がしちゃった…」 ブレスレット…俺が、はじめて里伽子にあげた、数ヶ月遅れの、バースディプレゼント。 仕事中だって、外すことはなかった。 俺が、客商売ではマズいって言ってたのに、だ。 だけど、何度も、何度も、俺が懇願したから…俺が頼んだから…里伽子は、ブレスレットを外し…だから、店に、忘れていった、のか?「やっぱり俺のせいだ…」 「しつこいよ、仁」 そういえば…あの火事の後、初めて里伽子に会った時。 つまり、俺が玉砕した日。 こいつ…これ、つけてなかったじゃんよ。 なんで…なんで気づかなかった?「なんで、こんなもん取りに戻った…?」 「欲しかったから」 「なんで…父さんたちまで、救おうって思った…?」 「知らなかった?あたし、すっごいバカなんだよ?」 「本気で…バカだ」 「うん、だからさ…あんな包帯一つで、いつまでも誤魔化せるって、信じ込んでたんだ」 苦い笑いで、左手をさする。 「馬鹿野郎…」 里伽子は、もう、答えを言ってる。 aとりあえず、仁ならどうするかって、考えたら、さ馬鹿は俺だ…それも本気で救いようがない馬鹿だ。 姉さんだって言ってたじゃないか…『ここにいないひとよりも、今、目の前にいるひとの方が大事』って。 俺だって、納得してるつもりだった。 けれど、里伽子に浸透してしまうくらい、全然、間違った優先度を抱え続けたまんまだったんだ。 家族であるひとは大事。 家族であったひとも、もちろん大事。 でも、今、目の前にいる大事なひとと比べたら…「あ~あ…言っちゃった…」 ふぅ、と、自嘲気味のため息。 果てしなく苦く、とてつもなく重く…けど、里伽子はそんな表情、もう忘れたかのように、普通の顔を取り戻して…「と、いうわけで…やっぱり、無理だったわ。と恋人同士を続けるの」 「っ…」 「こんなこと知って、いつも通りでいられるわけないもんね?仁ってばさ」 「里伽子…里伽子ぉ…」 「じゃ、ね?もう、お店には行かない。練たらたらで、悪かったね」 「待てよぉ…そりゃ、ないだろ?」 「やだよぉ…あんたに同情されるのだけは、死んでも嫌」 「なん、で…」 「せめて対等、できればあたしが優位に立ってないと我慢できない」 「なんで俺に、頼ってくれないんだ?俺に、責任を負わせようとしない?」 二人の言葉が、噛み合わない。 もう、お互いの感情を読み取ってないから。 「これ、返すね…」 里伽子が、右手を差し出す。 いや、その手首に嵌められた、ブレスレットを。 それは、俺たちの、恋人としての、証で…「ごめん…自分じゃ、外せないんだ。から…仁が外して」 aほんっとに、空気読めない奴右手の手首に嵌っているブレスレット…左手でしか、外すことの出来ないアクセサリ。 里伽子には、永遠に、外せない、鎖。 空気読めてないって…そういう、意味だったんだ。 「こっちの…古いのはさ、友達としてもらったものだから…その、返さなくても、いいよね?」 「どっちも…返すなよ」 「もう、やめようよ…ここでお別れにしようよ」 「嫌だ…」 「でないと…この先は、最低の別れ方が待ってるよ?」 「別れないんだから、最低も何もない」 「別れるよ…このことが知られたら、そうなるって最初から決まってたんだから」 「そんなの嘘だ…」 「絶対にいつかバレるって決まってたのに…それなのに、一緒にいるのが嬉しくて…つい、嘘を重ねて、引っ込みがつかなくなって…」 里伽子の言葉を、全部、頭から否定しようとする。 本当は、怪我のことだって、否定したいけど、それは純然たる事実として受け止めるとしても…でも、里伽子とこれ以上一緒にいられないなんて、そんなの、納得できるわけがない。 「なんで…なんですぐに相談してくれなかった?」 「だからぁ、これはあたしひとりの問題だから、仁には関係のないことだから…」 「だったらなおさらだ!俺たちは、あの時、友達だったよなぁ!?」 「ん…」 里伽子が、曖昧に肯く。 ちょっと、苛立ちが垣間見える。 でも、俺の苛立ちに比べたら…「そんなに頼りないのか俺は!?一緒に背負うことすらできないって、そう、思ったのかよ?」 「やめようよ、やめようよ仁…昔のことは謝るからさぁ、もう、言わないでよ」 里伽子が、右手を振って、俺をなだめる。 けど、一度火がついてしまった罪悪感と、苛立ちと、そして情けなさは、もう止まらない。 「頼って欲しかった…里伽子のこと、好きなのに、こんなに好きなのに…そこまでアテにしてくれないなんて、あんまりだ!」 「………ょ」 俺の激情に、里伽子が、小さな声を漏らす。 「………思ったよ」 それは、ほんの小さな綻びだったかもしれない。 「頼ろうと…思ったよ」 けれどその綻びは…「けど………」 「頼らせてもくれなかったのは、仁の方だぁっ!!」 「っ!?」 大きなダムの、ものだった。 「手が動かないって、手術だって、入院だって…いきなり言われて、全然気持ちの整理、つかなくって」 「涙、止まらなくって、でも手、本当に動かなくって、どうしよう、どうしよう、どうしようって、がたがた震えて…足も、体も、全部が震えて…」 「それでもっ!左手だけは、ちっとも震えてくれなくって!」 「泣きながら、電話かけてっ!でも最初はファミーユにかけちゃって!焼けちゃってるのに、繋がるわけなくて!」 「仁の携帯番号が思い出せなくて!携帯焼けちゃってて!思い出すのに30分もかかっちゃって!」 「右手、震えてたけど必死でボタン押して…だって左手動かないんだもんっ!」 「そしたら…そしたらさぁっ!」 「…え?」 「ごめん…ちょっと今…姉さんが、その…調子悪くて。っぱ、ショックだったみたいでさ」 「そう………なん、だ」 「しばらく…連絡取れないと思う。うだな、一週間くらい」 「一週…間…?」 「本当に悪い!でも、里伽子ならわかってくれるだろ?」 「~~~っ!?」 「…里伽子?」 「…あ、え?」 「どした? 具合でも悪いのか?」 「え? あ、う、ううん…」 「そうか…ならいいんだけど」 「そ、そう、だね…ああ、それならしょうがないね、お大事に…っ」 「ごめんな、来週、連絡する。事な話もあるし」 「………うん」 「それじゃ、またな」 「………」 「あはは…」 「あはは…あはははは…あたしって、凄いねぇ…」 「あたしなら…わかって、くれるんだぁ…あははは…あはははははははっ!!!」 「あ…あ………あああ…っ」 繋がる…時期的に、完璧に、繋がってしまう。 『里伽子はそんな心の狭い奴なんかじゃないんだ』何の根拠があって…?「二年間、一緒にいて…はじめて、支えて欲しかった日だったのに」 「あああ…ああああ…」 「それから何度会っても、全然気づいてくれなかった!…恵麻さんの怪我はすぐ気づいたのに!」 必死で隠してたんだ…気づかれないたびに、ほっとして、落胆して…そして、絶望してたんだ。 「あ、ああ…はぁ、はぁ…っ」 コンタクト使えないのも…時々、寝癖がついてたのも…いつの間にか、右利きになってたのも…サインなんて、いくらでもあったのに…「好きだから、好きだから、大好きだからっ!仁が、憎いよぉっ!」 「里伽子ぉっ…」 「っ!」 俺が無意識に差し出した手を、里伽子は、払いのけた。 ………左手、で。 「う、あ…」 痛くも、なんともない。 触った程度にしか感じない。 それでも、とてつもなく重い、拒絶。 心臓に、錐で揉み込まれるような、苦痛。 「…ごめん。っちゃった」 全身が、雪で覆われる。 もう、ぴくりとも動かない。 「さよなら」 その、重いはずの雪を踏みしめて…里伽子が、俺の前から去っていく。 ………足が、雪によって、地面に縫いつけられている。 口は、凍りついている。 ただ、そこに存在するだけの、オブジェと化している。 ………里伽子は…あんなにとてつもない寂しさと、やるせなさと…そして、俺に対する憎しみを、抱えたまま。 それでも、俺を捨てきれずに、恋人のまねごとまで、付き合ってくれて…悲しいくらいに…いい奴過ぎて…俺は…………そんな、聖母を、失ったんだ、な…「ふぅ…」 朝の日差しも弱く、突き刺す寒さは相変わらず厳しい。 それでも、駅前を行く人たちは、皆、それが当たり前のように行き過ぎる。 だから俺だって、不満を漏らしてるだけじゃ駄目だ。 今日もまた、一歩を踏み出して、お仕事お仕事。 「と…」 と、気合を入れ直したところに…「…あれ?」 着信ディスプレイには、この時間にかかってくるはずのない…「おはよ、ま~姉ちゃん」 「…寝てないわよ」 「あ~、道理で」 そういえば今日は…「メリー・クリスマス。~姉ちゃん」 「イブ、よ」 「あはは…どう?今年の売れ行きは?」 「去年の2倍は予約入ってる。う忙しくて死にそう」 「よかったじゃん、順調で」 「店長がいないことを除けば、ね」 「あ…」 ちくりと、来た。 「…ま、そんなこと言いたくてかけたんじゃないの。くん、今年の正月はちゃんとウチにいるわよね?」 「…俺はいつも、正月は家にいるだろ?」 「お盆は山登りに行ってた。人さんの命日はスキーに行ってた」 「………」 「…どうして、姉ちゃん避けるの?」 「偶然だよ…」 「どうして………大学、やめちゃったの?」 「それは…」 「どうして、お店もやめちゃったの?どうして、いきなり実家に帰っちゃったの?」 「何度も言ってんじゃん。きたくなったからって」 「どうして…リカちゃんと、別れちゃったの?」 「………」 もう、10ヶ月も前の話なのに、なぁ。 ………俺は、あの後、すぐに実家に帰った。 休学中の大学を退学して、地元で就職したいって、両親に相談したら、すごく複雑な反応だった。 親としては、俺が地元で働くのは願ってもないことだけど、大卒の資格を捨ててとなると、二の足を踏んでたみたいだ。 けど俺が、どうしてもと頭を下げて頼んだら、結局は子供に甘い父さんが、就職先を世話してくれた。 今は、小さな事務機器メーカーの新入社員として、忙しくも、それなりに充実した日々を送っている。 そう…それなりに、な。 ………「で、来年は3日までいるから、今度こそ、ゆっくりと話させてね」 「へいへい…わかりましたよ」 さて…年末年始は昔からの友達の家でも渡り歩くかな。 正直…まだ、あの話を笑ってすることなんかできない。 それに、全部正直に話したら、俺だけでなく、姉さんも傷つく。 そんなの、絶対に、駄目だ。 俺の姉さんを傷つける奴は、許さない。 たとえ…世界一好きだったひとでも、だ。 「あ、と…最初に言っとくべきだったけど…元気でやってる?」 「うん…まぁね」 「そう…それなら…いいけど」 「あは………は?」 「まぁ、食事の方はお母さんいるから心配してないけど…仁くん?」 「あ…あ…っ!」 「仁くん? ちょっと、どうしたの?」 今の…今の、後ろ姿…それは、笑ってしまうくらいに、低い確率。 だってここは、俺や、あいつのいた、八橋大の周辺でもなければ、ブリックモールの近所でもない。 ただの、俺の実家の、最寄り駅の駅前。 なのに…………「はは…」 違った。 顔は、確認してない。 それでも、確実に、違った。 だって…ブレスレット、してない…「ちょっとぉ! 仁くん! 返事して!何があったのよぉ!?」 「あ…」 ブレスレット、してないから、里伽子じゃない。 こんな簡単で、当たり前の識別法。 「大丈夫? 具合でも悪いの?」 「いや…ごめん。ょっと考え事してただけ」 「…本当に?」 だって、あいつは、俺のプレゼントした、あのブレスレットを、これから一生、はめ続けるんだから。 俺のかけた鎖に、永遠に繋がれ続けるんだから。 「ホントホント…あ、もうすぐ会社なんで切るよ?」 「うん…じゃ、元気でね。週、そっち行くからね」 「うん…あ、姉さん…メリー・クリスマス」 「イブ、だってば」 「はは…」 あいつは、俺の鎖から逃れられないんだから。 だって…右手にかけた手錠は…あいつの左手では、外せないんだから…「さ…今日も、頑張るか」 空は相変わらず薄曇り。 雪でも降ってきそうな天気。 それもいい…そうなれば、ホワイトクリスマスだ。 「イブ、か…」 コートの襟を立て、青信号とともに、歩き出す。 里伽子は、ここにはいない。 だって、本当にいる場所を知っているから。 それでも俺は、こんな、あり得ない場所で、偶然の再会を信じて、待っている。 なぜなら…会いに行く勇気がないから。 償いきれない罪を背負っているって、知っているから。 だから…こうして…絆だけを信じて、いつまでも、動けないままでいる。 「おはようございます」 「おはようございま~す」 「え~、今週から、いよいよバレンタインのワゴン販売を始めます。まで以上に忙しくなるでしょうが、皆さんせいぜい頑張ってね~」 「うわぁ、他人事っぽい」 「そりゃまぁ、軽食メニュー担当は気楽なもんよ。菓子担当は死ぬんだけどね~」 「ちゃんとサポートするって。 あ、でも販売員はやんないよ。 俺が出たってお客様のウケ悪いし」 「…買うのは女の子だから、仁が出てもいいような」 「てんちょ~、そろそろ人増やそうよ~。う由飛さんとわたしだけじゃやってけないよ~」 「あ~、でも明日香ちゃん。のとこのウチの状態だと…」 「あ~、そのことなんだけどね」 姉さんの弱気の発言を遮り、言葉を続ける。 「バレンタインの売り上げによっては、来月以降、増員を計画してます。今週の成果次第だよ?」 「え…?」 「ほ、ほんと…?」 「その代わり、明確な売り上げ目標あるけどね。 でも、それをクリアしたら約束しましょ。 …ついでに特別ボーナスも」 「て…てんちょ…話せ過ぎ」 「悪いものでも食べた?医者に余命幾ばくもないとか言われた?…恋人(リカちゃん)に振られた?」 「………」 「あ、あれ? あれぇ…?」 「じ…仁くん…?」 「あ、ごめん、違う。 1月の会計から黒に転じてるんだよ。 正直、思ったよりも流行ってる、ウチ」 「それ…信じていいんだね? てんちょ」 「うん…姉さんが証人」 「そ、そりゃ…確かに。ど、そこまでの余裕があるかどうかは…」 「正直、今までみんな働き過ぎくらいによくやってくれた。 これからは、もう少し職場環境も見直しを図りたいと思う。 …俺だっていつかは大学に戻らないといけないし」 「…そいや仁くんって大学生だったね。んなのすっかり忘れてたけど」 「………増員の件、異議はないな?まぁ、リストラと抱き合わせかもしれんがな」 「脅迫っ!?職場内イジメっ!?内部告発っ!?」 「…解散。闘を祈る」 「経営側の横暴っ!?」 「さて、と…んじゃ、今日も頑張っていきましょうか」 「仁くん、いいの?」 「ん? 何が?」 「増員って…本当に大丈夫?そんな余裕あったかしら?」 「俺は逆に、今の方がよっぽど余裕ないと思うんだよ」 「え?」 今のシフトは、まず平日の午前中に無理がある。 由飛とかすりさんがフロアを駆け回り、姉さんと俺が厨房でフル回転。 明日香ちゃんが来る夕方辺りからでないと、余裕が生まれない。 それも、かすりさんがフロアに行けば厨房は、厨房に行けばフロアはそのままフル回転。 「正直、ギリギリだよ。人がダウンしただけでアウト」 「ま、まぁ…」 「キュリオを見てみろよ。段だってフロアは4人体制だし、クリスマスとかの繁忙期になると、更にヘルプ入れてる」 「でも、キュリオさんは有名店だし…」 「わかってないなぁ総店長」 「な、何を?」 「今やファミーユだって、ブリックモールに限って言えば、キュリオと肩を並べる有名店でございますよ?」 「え? え?」 これは事実だ。 今や、実際の売上高は譲るとしても、一日に出るケーキの数は、ウチが上回ってる。 …まぁ、1個200円なんていう、ダンピングスレスレの価格だからってのもあるんだろうけどな。 「人増やして、もうちょっとシフト見直して、繁忙期と閑散期で上手く調整できればいいと思ってるんだ。ら、期間限定のバイトでもいいし」 「仁くん…」 「ん?」 「なんか…目の色、変わってる」 「ん…まぁね」 「本気で、ファミーユを立て直す気になった?」 「そっちは最初から本気だよ」 「じゃあ…?」 「それよりも、ファミーユだけでなく、全てのことに本気になる必要が出てきただけ。学とか、色々」 「仁くん…」 「とにかく今は…負けてられないって、そういうこと」 「…何に?」 「運命に」 「それって…」 そうだ…俺は、絶対に負けない。 前に、進むしかないんだ。 あしたのために、その1。 ………「高村…」 「よ、久しぶり、堀部」 「…何しに来たんだ?夏海なら来てないぞ」 「うん、だから来た」 「はぁ?」 「ちょっと頼みがあるんだけどさ…元ゼミ仲間として」 「え? な、なんで俺が…」 「そういうなよ…抜け駆けしようとしたの、黙認してやっただろ?」 「な、な…」 数ヶ月前、里伽子にちょっかい出そうとしてた件をちらつかせて、ちと目つきを悪くしてみる。 「普通さぁ…同棲中の自分の女に粉かけられといて、こうして穏やかに話し掛ける奴って、奇特だと思わん?」 「ひっ!?」 俺が、肩に肘を乗っけて親しげに話し掛けると、堀部君は何を勘違いしたか、びくっと硬直する。 う~ん…俺って大学やめてグレたとでも思われてるんだろうか?「もう一度言うけどさぁ…頼みがあるんだよねぇ」 「な、な、何かな~? 高村く~ん」 ならば…そのアドバンテージを、どこまでも利用させてもらおう。 「中村教授と話がしたいんだけど…繋いでくんないかな?俺、今ここの学生じゃないし」 あしたのために、その2。 ………「あれ~?」 「あ…奇遇だね」 「どうしたんですか高村さん?そんな両手に一杯の荷物…」 「ん? あ、これね。そういえば、花鳥は?」 「玲愛なら…」 「お待たせ瑞奈…って何でぇっ!?」 「…ここに」 「よくわかった」 「ちょっとちょっとぉ!これって一体どういう…」 「花鳥…こっちの紙袋任せた」 「んなっ!?」 両手に抱えている荷物のうち、二番目に重いものを花鳥に渡す。 …一番重いのを渡さないところが紳士的だなぁ、俺。 「これ…本ですか?」 「うん、図書館からの帰り」 「よくこんなに借りられましたね。通、5冊とか、制限あるんじゃないです?」 「ああ、一つの図書館だとそんなもんだね」 「ちょっとちょっと!なんなのよこの重さは!?」 「ということは…一体何軒ハシゴしたんですか?」 「ん~、市内の図書館は制覇したかな?あと、ウチの大学とか」 「今日一日で?」 「だってさぁ、ウチもキュリオさんも、休みって水曜だけだろ?」 「それはそうですけど…一体どんな本です?」 「なんで私をハブにするのよ~!?」 「あ、そうだ、どうせならウチで夕飯食っていかない?荷物持ちのお礼にご馳走するよ」 「え~、いいんですかぁ?」 「全然構わないよ。料も沢山あるし」 「わぁ、それじゃお言葉に甘えてご馳走になっちゃおうかな~」 「うんうん、ご馳走になって」 「荷物持ってるのは私なのに~!」 「いじけないでよ玲愛」 「そうそう、お前の分だってちゃんと用意するからさ」 「う…ひっく…う、うぅ…殺してやるぅ…」 あしたのために、その3。 ………最後が締まらないな。 「あ、明日香ちゃん明日香ちゃん。、ヒマだよね?」 「それは色々と問題のある発言だよてんちょ…」 「ま~ま~それはそれとしてこっちおいでこっち」 「?」 頭に『?』の文字を浮かべつつ、怪しい手招きをする俺のところに、それでも、明日香ちゃんは、とことこ寄ってくる。 「で、なんなの?」 「お手」 「はい…あっ!?」 条件反射で差し出した手を、がっちりと両手でロック。 手のひらを上に向けて、親指をぐいっと押しつける。 「て、て、てんちょ…?や、これ、なんなの?」 「だ~いじょうぶだいじょぶ。くしないからね~」 「や、や、やぁ…ちょっとぉ」 「やっぱ明日香ちゃんって、手、やわっこくてあったかいなぁ」 「え…」 ふにふにと、俺の手の中で形を変える、明日香ちゃんの手のひら。 これが由飛だと、でかくて力強いからなぁ。 「どう? どんな感じ?」 親指で、手のひらのあらゆる場所を、ぐい、ぐいと押しつつ、じっと明日香ちゃんの表情を見る。 「ど、どんな感じって…ひゃん」 「あ、今のとこ痛かった?」 「そ、そうじゃないの…痛いんじゃなくて」 「ここ、かな?」 「っ」 「あ、やっぱここか…ね? どんな感じがする?」 親指の付け根のから、生命線側に2センチくらいのところ。 明日香ちゃんが敏感な反応を返すところに、ゆっくりと親指を這わせる。 「ど、どんなって…こう、ちょっと肘がしびれるっていうか」 「肘、か…ということは、ここも繋がってるのかな」 「だ、だ、だからてんちょ…これって一体?」 「怖がらないで…俺に任せてくれればいいから」 「…怖いのはてんちょの態度だよぅ」 「指、力抜いて」 「人の話を聞いてってばぁ」 ちょっと裏声がかった明日香ちゃんの“いじめられ声”。 けれど俺は臆さずに、今度はその手を、握りこぶしを作るように丸め込む。 「あっ…」 「どう? 痛い?」 明日香ちゃんの握りこぶしを両手で包み込み、一定周期でぐいっ、ぐいっと押し込む。 「う、ううん…いたくないよ」 「よかった…ちょっとでも痛くなったら言ってね。ぐやめるから」 「てんちょ…」 俺は、明日香ちゃんの華奢な手を、包み込むように握りしめ、想いを伝えるように、やさしくマッサージを続ける。 「あんっ」 「ちょっとちょっとちょっとぉ…あんなの許していいわけ?」 「あ、あれは、その…仁くんには考えがあってのことなのよ~」 「明日香ちゃん口説くのがぁ?あんなのリカちゃんに見られたらどうなるか…」 「一生懸命で、周りが見えてないだけなの」 「どう見てもフィリピンバーでホステス口説いてるしゃっちょさんなんだけど…」 ………「………」 ……「ん…う~ん…」 …「あ…?」 「あ…しまった…」 寝ちまってた。 時計を見ると、0時過ぎ。 そんなに遅くない時間だけど、最近は色々とハードだからなぁ。 「ふぁぁい、高村です」 「姉ちゃんだけど」 「ああ…ごめん、寝てた」 多分、そのことは、今のこの声で十分伝わっただろうな。 「うたた寝? ちゃんとお風呂入りなさいよ」 「ん…わかってるって。 起こしてくれてサンキュ。 じゃ」 「誰がモーニングコールだなんて言ったのよ。ゃんと用事あるわよ」 「…ゴメン、寝ぼけてた。さんが他人を起こすなんて、タチの悪い冗談だよな」 「…おやすみ」 「冗談冗談目が覚めたごめんなさい!」 最後の一声は、なかなかに背筋に心地良かった。 「で、なんでございましょうかお姉様?」 「…お父さんと電話で話した」 「え…?」 「怒ってた」 「ちょっ、ちょっと待ってよ…一体…?」 「今回は大目に見てやるって。明けに、お金振り込んどくって」 「あ…」 今度の休みあたりに、頭下げに帰郷しようって、考えてたのに…「その代わり…わかってるわね?もう後はないと思いなさい」 それくらいに、ワガママで、自分勝手で、養子の俺ができることじゃないはずなのに。 「なんで…わかったの?俺が何を考えてるのかって」 まだ、誰にも話してないはずだったのに。 「10年もきょうだいやってるとねぇ、気づきたくもないことまで気づくもんなのよ」 「………」 「…言っておくけど、店長、やめさせないわよ」 「当たり前だろ…」 「今の倍は大変よ?」 「いや…多分3倍」 「後悔しないわね?」 「果てしなく後悔したから、やるんだよ」 「………」 愚か過ぎた俺の、精一杯の反逆。 もう、何があっても、絶対に諦めないって、誓う。 「そんなに大事?」 「俺の命程度には」 「………なら、よし」 俺の、歯の浮く言葉も、姉さんは、素で受け止めてくれる。 「ありがと、ま~姉ちゃん。愛してる」 「そういうこと、軽く言われちゃうと…傷つくなぁ」 「…なんで?」 「もう、家族としてしか見てないってわかるもん」 「だって、大事な家族だから」 「…そうだね」 「俺は、何があっても家族優先だよ」 「まだそういうこと言うの?」 『手ひどいしっぺ返しを食らったのに?』事情を知らないはずの姉さんの言葉が、そんな裏の意味をにじませてる。 「何と言われようと、俺は今の考えを改めるつもりはない」 「…馬鹿」 「知らなかった?俺は、すっごいバカなんだよ?」 誰かさんの、真似。 だって俺は、その、誰かさんよりも、馬鹿だから。 「おやすみ」 「うん…おやすみ」 ありがとう…ま~姉ちゃん。 「よし…もうひと頑張り!」 電話のおかげで眠気も覚めたので、俺は、もう一度、目の前の本を開く。 「うわ…涎でベトベト」 ………「あ~あ…明日から、当分フリカケご飯だなぁ…」 「こんなとこに呼び出すくらいなら、お店に来ればいいのに」 「…ごめん」 「で、何か用?仁くんなら、午前中は用事あるとかでいないよ?」 「うん…だから、来たの」 「はぁ?」 「あのさ、かすりさん…これ、返しておいて」 「これって………?あはっ、懐かしい。れ、リカちゃんのよね~」 「もう…いらないから」 「そっか~、もうサイズ合わないんだ~。た感じだとわかんないけど、太ったんだね~」 「ち、違…」 「わかった、預かっとく」 「だ、だから別に体型は…」 「用はそんだけ?それじゃ、忙しいからまたね」 「え? あ、ちょっと…待って」 「なぁにぃ?さっきも言ったけど、今仁くんいないから、修羅場なんだけど~」 「その…仁は…どうしてる?」 「元気いっぱいだよ」 「………え?」 「なんか仕事が楽しくてしょうがないって感じ。が一番燃えてるんじゃないかなぁ?」 「な、なんで…?」 「なんでって………公私ともに充実してるとか、そんな感じがするけど」 「そんな…え…嘘?」 「ん~?何が『嘘』なワケ?」 「え…?」 「仁くんが楽しそうに日々生きてたら嫌なの?リカちゃん、何か困ることでもあるの?」 「そ、それは…その…そういうわけじゃ…」 「わたし、本当に忙しいからもう行くけどさ、なんかそういう態度、好きじゃないな」 「違う…違うの、かすりさん…」 「あ、それじゃあね。た時間がある時にお店の方にも来なよ~」 「え? あ、その、あたし…もうここには…」 「じゃ~ね~♪」 「あ…」 ………「………どうし、て?仁は…平気、なの?」 ………「リカリンめ…動揺しろ動揺しろ。、千々(ちぢ)に乱れるが良いわ~ふっふっふっふっふ~」 「…かすりさんは仕事しろ仕事しろ」 ………「…退学届ですか?」 「ええ…お願いします」 「そうですか…ご家庭の事情とか?」 「まぁ…そんなところ、です」 「では、拝見します」 「どうぞ」 「え~と…」 ………「…さよなら」 「学籍番号246392…夏海里伽子?」 「はい…経済学部の3年です」 「ちょっ、ちょっと、お待ち下さいね?」 「は…はい」 「?」 「あ、あの…中村研究室ですか?あ、事務室ですけど、中村教授を」 「…え?」 「あ、先生?来ました来ました夏海さん。うします? 捕まえとけばいいんですか?」 「…は?」 「ええ、とにかく退学届は没収しました。い、はい…じゃあ、待ってもらいますね」 「…はい?」 「あ、あの、しばらく中でお待ち下さい。、担当教授が参りますので」 「何で?」 ………「なに? なんなの…これ…」 「あ…」 「もしもし…」 「あ、里伽子?」 「母さん…?」 「お母さん? じゃないわよ。うべの話の続き!」 「あ、ああ、そのこと…」 「いきなり『大学やめてそっち帰る』ガチャン、じゃ、何が何だかわからないでしょう?」 「あ、ああ…ごめんなさい。ょっと、その…」 「あんたの一生の問題でしょう?そんな一人で簡単に決めていいと思ってるの?」 「そのことなら…帰ったら話すから。は、そっとしといてよ…」 「帰っちゃったら、もう大学に戻れないじゃない」 「とにかく…今は、そっとしといてよぉ…」 「………」 「お願い…母さん」 「…ふふふ」 「…母さん?」 「残念ながら、もうバレてるのよ」 「は、はあ?」 「そうやって、こっちを心配させといて、で、いきなり男連れて帰ってきて、びっくりさせようって魂胆だったのね?」 「………え?」 「隠さなくてもいいのよぉ。るくて誠実そうでいい感じの子じゃない」 「…何の話?」 「今朝、訪ねてきたわよ。ざわざ」 「………誰が!?」 「それじゃ、わたしは先帰るけど…」 「うん、お疲れ」 「…やっぱり手伝ってこうか?」 「いや、いい。、今日はほとんど仕事してないし」 何しろ戻ったのは3時だ。 店長が私用で店を空ける時間としては、ちと長すぎた。 だから仕込み以外の後片付けは、今日は全部俺の仕事。 「で、どうだった?」 「…うなぎ、美味かったよ」 「あ~、いいなぁ、いいなぁ。ちゃんも行きたかったなぁ」 「んなことしたら、二人してかすりさんに殺される」 それに、向こうの反応だってかなり微妙になるだろう。 保護者同伴。 しかもそれが親じゃなくて姉。 で、申し出の内容が………なんてな。 「あはは…じゃ、お先に」 「お疲れ様」 姉さんが出て行ったとほぼ同時に、フロアの清掃がほぼ終わった。 後は皿洗い、厨房の掃除。 そして帰ったら、勉強と調べ物。 今日は、まだまだ終わる気配がない。 「よっし…まだまだ頑張りますか!」 俺は、一度大きく伸びをすると、厨房へと戻っていく。 ………「…おしまい」 時計を見ると、ブリックモール全館の閉店時間も過ぎてる。 仕事はあまりしてなかったけど、今日は日帰り旅行みたいなものだったから、ちょっと疲れたな。 「あ…」 着替えようとして開けた、俺のロッカーの中の、『あるもの』が目に入る。 今朝、あいつが、置いていったもの。 きっとこれが、最後の言葉。 もう一つの“鎖”を返せない代わりの、あいつなりのケジメ…のつもりなんだろう。 「させるか…」 いつか、必ず…突き返してやる。 俺は、その荷物を手に抱えて、更衣室を出る。 「電気、ガス…異常なし。れじゃお疲れ…」 「仁…」 「あ…」 異常、ある。 薄暗いフロアの一番奥の席。 そこに、今、いるはずのないひとがいる。 「里伽、子…」 俺が、自分から会う資格を剥奪されたひとが。 「………」 たぶん、一月ぶりくらいに見る里伽子は…「…ちょっと太った?」 「っ!」 「冗談だ。 かすりさんに聞いたんだよ。 今朝、顔出したんだって?」 で、そこで…『リカちゃん、なんかやつれてたから、逆に『太った?』って聞くと喜ぶわよ』と、吹き込まれたんだ。 多分、罠だとは思ってたけど、やっぱり罠だった。 かすりさんは本当に表のないひとだ。 「ブレンドでいいか?」 「…どういう、つもり?」 「じゃ、ハーブティー?」 「仁!」 何故だか、里伽子はえらくご立腹のようだ。 「なんだよ、俺が普段通りなのが気に食わないか?この世の終わりみたいな顔してないとまずいか?」 「ふざけないでよ、どういうつもり?」 「…何の話だ?」 「今日、大学に行ってきた」 「もう春休みだろ。苦労だな」 「やめるつもりだった…」 「………」 「4年には、ギリギリ進級できてたんだけど…卒業まで、できるかわからないし」 利き手が使えなくて、ノートもまともに取れなくて。 テストだって、とてつもないハンディキャップを背負って。 けれど大真面目で、融通利かなくて。 他人からノート借りたり、レポート写したりとか、そういう考えすら持たない里伽子は、要領よく単位を取ってくことができなくて。 ある人に聞いた話だと、3年になってからは、ほとんど単位取れてなくて、今までの蓄積で逃げ切ったってことだ。 …一月前までは、全然知らなかった事実。 「それに…卒業する意味、見失っちゃったし」 就職活動なんて、もちろんそれどころじゃなくて。 きっと、悩んで、苦しんで…のた打ち回った上での結論なんだろう。 全て、俺のせいで。 「だから今日、退学届、出してきた」 「そうか…」 「『そうか』って、それだけ?」 「俺には…何も言う資格がない」 「………」 うつむく俺に、里伽子の視線が…痛い。 「それがさ…おかしいのよね」 それは、疑惑の視線。 確信に近い、怒りの刃。 「何が?」 だから俺は………すっとぼける。 「あたしが退学届を出したら、学生課の事務員さんが担当の教授を呼び出した」 「ふうん」 「教授は何故だかあたしの事情を知ってた」 「地獄耳だな」 「『やめる必要はない』って引き留めてきた。れからは、色々と配慮してくれるって…」 「いい先生だな」 実に学生思いの理想的な教育者だ。 研究しか能のない他の教授も見習って欲しいものだ。 「…言うことは、それだけ?」 「休学中の俺に、他に何が言えるってんだよ?」 「…4月から復学するって本当?」 「よろしくな、先輩」 「………」 「………」 里伽子の視線が、ますます厳しくなる。 けど俺は、最初からあからさまに視線をそらしている。 「じゃ、こっちはどう?今日、実家から電話がかかってきた」 「仙台だっけ?」 「浜松よ! 知ってるでしょ?」 「うんうんそうだった、浜松、浜松。なぎが美味いんだよな」 実に美味しゅうございました。 「母さんが、何故だか嬉しそうだった」 「それはいいことだ」 人が喜んでいたり、笑っていたりするのは、たとえ自分とは無関係でも、なんだか気持ちのいい…「挨拶に行ったんだって…? あんた」 「あちゃ~」 ただの『娘さんを気づかう一市民』だから名前は覚えなくてもいいって言ったのになぁ…「なに考えてんのよ一体!」 「落ち着け里伽子…うな○パイ食うか?」 俺は、皆に配った浜名湖土産の残りを差し出した。 「いらないわよ地元なんだから!」 美味しいのになぁ。 「大学にも実家にも先回りして、いつの間にか訳わかんない話つけちゃって!どういうつもりなのよぉ!」 「里伽子、それ少し違う」 「何が違うってのよ!あんた以外、誰がこんなふざけた真似するのよ!?」 「そういう意味じゃなくてだなぁ…お前の通ってた病院にも話つけてきた」 「………」 「最近行ってないらしいじゃんか。ハビリちゃんとやってるかって、担当の先生が心配してたぞ」 「………」 「…お前、ちゃんと病院にも挨拶に行けよ。話になったんだろ?」 せっかく三箇所に先回りしておいたのに、そのうちの二箇所までしか気づいてくれなかったのはちと寂しい。 「…なんで」 「………」 俺のちゃらんぽらんな反応にも、里伽子は、誠実な反応を返す。 すなわち、純粋な苛立ち、怒り。 呆れ果てて、いつもの『もう、しょうがないなぁ、仁は』で、許してくれる気配は、ない。 「どうして、諦めてくれないの?あたしは、もう、あんたのものじゃない…」 「そんなのわかってる。伽子は、最初から、里伽子のものだ」 「だったら…ほっといてよ」 「やだね」 「仁!」 「里伽子は、里伽子のものだからこそ…里伽子を大切にしない里伽子なんて許さない」 「わけ、わかんないよ…」 「大学出ろよ…せっかく頑張って入ったんだろ?」 「無理だよもう…だって…」 「大丈夫だ夏海先輩…4月から、お前には、便利な後輩ができる」 そう、利き手になってくれる、後輩が…「あんた…まさか、復学する理由って…」 「中村教授、いい人だな。が研究室に立ち入るの、認めてくれたぞ」 「な…なんで? そんな、馬鹿なこと…」 「馬鹿か?いいアイデアだと思うんだけど」 「ファミーユは…どうするのよ?」 「どうするって…どうもしないぞ?今まで通り、打倒キュリオだ」 「無茶よそんなの…お店と大学とを両立させて、その上、あたしの手になるつもりなの…?」 「お前は、ずっとそれをやってきた」 「え…?」 「店と大学と…俺の面倒。年間も、ずっと、見てくれてたじゃんかよ」 「っ…」 『しょうがない』俺のために。 ノート写させてくれて、金貸してくれて、とにかく『しょうがない』ことは、全部引き受けた。 嫌な顔、一つせずに。 いや、むしろ、何故だか、薄く笑いながら。 「だから、きっと俺にもできる。伽子のためじゃなくて、俺のためだから」 「なんでそれが仁のためなのよ…?」 「だって里伽子とイチャイチャできる。つでもどこでも、一緒にいることができる」 「な…っ!?」 「モロに俺のためだろ?人間、楽しいことや嬉しいことやってる分には、ちっとも苦労だなんて思わないんだよ」 ひょっとしたら…里伽子が、俺の面倒を見続けてたのも…なんて、都合のいい妄想だけど。 「無駄だって…言ってるでしょ?」 「当分は…一緒にいられるだけでいい。前の顔が、近くで見られるだけでいいよ」 「ち…ち、違う…そういう意味じゃなくて…」 里伽子は、まっすぐ見つめる俺の視線を受けきれず、うつむいてしまう。 「さっきも言ったでしょ?もう…卒業する意味、ないのよ」 「左手の…せいか?」 「………」 寂しそうに、その指先を見つめる。 それは…いくら脳で命令しても、まるで従ってくれない、身体の一部。 ものを掴むことも、俺を引っぱたくことも…右手のブレスレットを、外すこともできない。 けれど…「そんなこと、理由にならない」 「え…?」 「だって…治しゃ、いいんじゃないか」 「な…仁…?」 それでも俺は、微塵も希望を捨てない。 「神経、繋がってるんだろ?また動くようになる可能性、あるんだよな?」 「なんで…そんなことまで」 「言っただろ。 俺は、お前の病院にも行ったんだよ。 …もう出入り禁止食らってるかもしれないけどな」 それほどまでに…とことん食い下がった。 カルテとか、レントゲンとか、医者の見解とか。 話聞いて、メモ取って、図書館で関連書籍調べて、質問事項まとめて、また病院行って、質問しまくって。 5回くらい繰り返したところで、看護婦さん全員に顔を覚えてもらってた。 まぁ、毎回ケーキを差し入れてたから、呼び方は『ケーキ屋のお兄さん』だったけど。 「医者は言ってたぞ。た動くようになる可能性は…0%じゃないって」 「だからって、100%じゃない。 それどころか50%でもない。 あまつさえ…10%ですらない」 「もう一回手術すれば、可能性上がるかもって。ハビリ真面目にやれば、もっと上がるかもって」 「嫌だ、もう…」 「一度、裏切られたからか?…俺に」 「………」 最初の手術のとき…里伽子は、湧き上がる不安と恐怖を、俺にすがることによって癒そうとした。 動かない左手を、俺に向かって、差し出してきたんだ。 けれど、そのときの俺は…里伽子の、藁にすらなろうとしなかった。 だから…里伽子の左手は、その時以来、動かなくなった。 「もう一度…もう一度だけ、俺のこと、試してみる気はないか?」 「嫌だよ、もうっ」 「将来有望な八橋大生だぞ?」 「大学行かずに、バイトばっかり」 「バイト先では店長にまで上り詰めたぞ?」 「姉の七光」 「お前のこと、世界で一番愛してるぞ?」 「っ! ………嘘っ!」 ちょっとだけ、タイムラグ。 その0.5秒が、俺に勇気をくれる。 「嘘じゃない。前が一番好きだよ」 「信じない…仁は、あたしのこと、一番なんかじゃない!」 顔を、くしゃくしゃに歪めて、里伽子は、苦しそうに言葉を紡ぐ。 「仁の一番は、すぐ近くにいる家族!」 姉さんの、こと。 何があっても、何をおいても駆けつける、大事な、大事な、大事な、守るべきひとの、こと。 「二番は、遠くにいる家族!同じく二番に、今はいない家族!」 高村の両親…そして、俺の父さん、母さん、兄ちゃん…今は近くにいなかったり、いなかったりするけど、それでも、大事な、大事な、家族。 「四番が…すぐ近くにいる、他人」 里伽子、ファミーユのみんな、いろいろ。 俺の側で、笑ったり、怒ったり、泣いたり。 だからこそ、大事な、ひとたち。 「どんなに頑張っても、あたしは四番以降!」 「………」 「間違ってる?あたしの言ってること、間違ってるかなぁ?」 「いや…」 「ほうらね? 仁は何も変わらない。だって、仁のしてることは、正しいから」 「里伽子…」 「仁は正しいんだよ…あんたは、家族思いのいい子だよ…ただ、あたしが逆恨みしてるだけなんだよ」 俺が、家族を大事にしてたから。 里伽子は、俺のその姿をずっと見ていたから。 だから、里伽子は、『俺の』『今はいない家族』を守ろうとして、体を傷つけて、心にもっと深い傷を負った。 間違ったことなんかしていない。 ただ、結果が最悪だっただけ。 「ごめんね仁…でも、許さない。好きだけど…顔も見たくないの」 謝って、糾弾して、告白して、拒絶して。 激しく揺れて、でも最後は押し留めて。 「わかったら…もう、近づかないで。たしに…関わってこないで」 そんな、痛すぎる、虚飾の叫び。 「お願い…」 「…やだ」 「仁っ!」 「お前が何て言っても…俺は諦めない」 「あんたはぁぁっ!」 「諦めてたまるか!俺には、思い描いてる未来がある。こにはハッキリとお前が映ってる!」 「そんなの信じない! だって、あたしには見えない!」 「あと一度だけ、俺を信じてくれよ」 「信じられるわけない!世界一好きでも、世界一大事じゃないなんて、そんなのは嫌ぁっ!」 「約束する!お前を、世界一、大事にする」 「仁には無理!」 「無理じゃない!」 「あんたは何があっても家族を優先する。対に変わらない!」 「ああ、その通りだよ!」 「ならどうしようもないじゃない!」 「だから俺の家族になれよ!」 「なんなのよそれは!支離滅裂!」 「俺は、何があっても、家族が一番大事だ!絶対に変えられない!」 「さっきからそう言ってるじゃない!」 「けど、俺たちの関係の方は、変えること、できるじゃん!」 「できるわけない!あたしが家族でない限り、仁は…仁はぁ…っ」 「だから家族になれる方法、あんじゃん…」 「なんのことよぉ…さっぱりわかんないよぉ…」 「俺が大学卒業したら…結婚しようぜ?」 「………」 一瞬で、里伽子が凍った。 もう一度、怒鳴ろうと、大きく開けた口もそのままに、でも、視線が、思いっきり揺れていて…「え、え? な、な、なっ…?」 しばらくその状態が続いて…やっと、ほんの少しだけ正気を取り戻して…「なにを…言ったの、今…?」 「休学しちゃったから…あと2年、待たせることになるけど」 「あんた、自分が何言ったかわかってんの…?」 「だからぁ…結婚しようぜ?」 「馬鹿っ! 言うなぁっ!」 あまりにも無茶な論理の飛躍に、錯乱しまくる里伽子。 「仁、あ、あんた、頭おかしいよ。に考えてんのよ…」 振ったはずの男に、今さらプロポーズされたことで、そこまで慌てて…「そんなの無理に決まってるでしょ?だって、あたしはもう、あんたの役には立たないんだよ…?」 俺を拒絶する理由に、そんな健気なこと言い出して…「やだ、やだ、こんな冗談、残酷すぎる…酷いよ、仁…あんまりだよ…」 これって、かなり、脈ありだと、思うんだけど…「結婚、しよ?」 「馬鹿ぁっ!」 里伽子が、“右手”で俺をぶった。 それは、俺に対しての、怒りのしるし。 そして…まだ、俺にチャンスを残してくれてるってしるし。 「そんなに俺のこと嫌いか?」 「…そこでぶつのは否定を意味するぞ?」 「うるさい…」 頬が、じわじわと、熱い。 里伽子は、本気で殴ってる。 俺の言葉と、本気で取っ組み合ってる。 「好きだろ?俺のこと、好きだよなぁ?」 「あたしを丸ごと背負うつもり…?」 「そんなカッコいいこと考えてない。はただ、お前の苦境に付け込んでるんだよ」 「なによそれ…」 「今ならお前はおれの手を取ってくれるって…苦し紛れに、もう一度、すがりついてくれるって…そんなふうに、期待してる」 「卑怯よ…そんなの」 「もちろん卑怯だよ」 正攻法で落ちないから、絡め手を使った。 「里伽子が、好きだから…試験や卒論の手伝いも、リハビリの手伝いも…料理だって、洗濯だって…体だって洗ってあげる」 周りを固めて、勝手に既成事実を積み上げた。 「里伽子の側に、いつまでもいたいから…不意打ちだって、策略だって、プロポーズだってする」 卑怯で、図々しくて…けど、そこまでやることに、一片の躊躇もなくて。 「だから…俺のこと、少しでも、哀れだとか惨めだとか可哀想だとか思ったら、遠慮なく、この手を取ってくれ」 「仁の…馬鹿」 「馬鹿を救ってみろ!」 再び顔を上げた里伽子は、その瞳を、真っ赤に泣き腫らしていた。 「自信、ない…」 けど、その表情は、ずっと変わらず、悲しみをたたえたまま、凝り固まっていて…「大学も、リハビリも、仁の気持ちだって…そんなに楽観的なイメージ、持てる訳がないよ」 里伽子とは思えない、弱気な言葉が、あとから、あとから、あふれ出す。 「第一、そんな無理ばかりしてたら、いつか疲れちゃうよ、仁…」 「そうなったら最後。まで溜まってた不満や不安が一気に噴き出してくる」 「けれど、一度頼ることを覚えたあたしは…仁に疎まれたら、心が、折れちゃう。れちゃったら、二度と立ち直れない」 「折れないよ。や、折らせない」 「あたしはもう、そんなに強くなくなった…」 「仁のためなら何でもできるとか、いつか報われる時が来るとか、そういうこと、信じられなくなった」 「一本の矢なら折れるかもしれないけど、二本束ねれば…」 俺と、里伽子。 今、ここにいる二人が、支え合えばいい。 「二本でも、まだ安心はできないかもしれないけど、三本、四本…いや五本束ねれば、いくらなんでも大丈夫だろ?」 「五本って…」 「最低でも三人は欲しいな、子供」 「………」 俺と、里伽子と、あと…今、ここにいる二人と、まだここにいない三人が、支え合えれば、なんて素敵なことだろう。 「俺にははっきりとイメージできる。前がその手で、俺とお前の子を抱き上げる姿が」 両手で、宝物を抱いて…俺のからかいの言葉に、怒ることもできずに、ただ、ただ、大声で、わんわん泣く里伽子…俺は、自分の想像の世界にいる里伽子に向かって、あいつとおんなじ顔をして、悪態をつくんだ。 『本当にしょうがねえなぁ、里伽子は』…って。 「そんなの…ただの、夢だよ。遠に、叶うはずのない、夢」 「叶うかもしれない夢だ。や、お前が応えてくれたら、叶ったも同然の夢だ」 「頑張って、頑張って、ずっとこのままだったら?期待すればするほど、辛くなるんだよ?」 「いつまでだって諦めない」 「いつまでって…いつまで頑張るつもりよ!?」 「そうだな…」 「いまわの際に、お前が、俺の手を、この手でそうっと握り返してくれれば…」 「笑って…逝けるよ」 「………」 沈黙の訪れる、ファミーユ。 「………」 「………」 里伽子に貼りついた絶望が…無色の感情へと、変わっていく。 俺の、だらしない、にへらっとした顔を見上げて、呆れてるのか、脱力したのか、怒りを忘れたのか。 どれでもいいけれど…里伽子は、今、俺を、拒んではいない。 「だから家族になろう? 里伽子」 「仁…」 「お前が卒業してから、一年後…三千百五十三万六千秒後に、一緒になろう?」 その頃には俺は、改めて社会へと飛び出す不安で、きっと、里伽子にすがりついていることだろう。 だから里伽子は言うんだ。 そんな情けない俺の頭に、優しく手を置いて…「本当に…本当に…しょうがないなぁ………仁はぁっ!」 「はは…」 ほら、言った。 優しく、俺を包み込むように抱きしめて。 慈愛だか、依存だかよくわからないニュアンスで、俺の、待ち望んでいた言葉を、つぶやいてくれた。 「なんでこんな、壊れちゃったあたしにこだわるのよ…これじゃ、今までの強いあたしが、馬鹿みたいじゃない」 「強い里伽子に甘えるのも、弱い里伽子に甘えられるのも、比べることができないくらい、同じくらい大好き、だ」 「なんでそれを先に言わない…」 「こんなこと、強い里伽子に言えるかよ…カッコ悪くて」 「あんたの、その、取るに足らないプライドのおかげで、あたしがどれだけ哀しい思いをしたか…わかってんの?」 「だから償う。なら、甘え放題だぞ、里伽子…」 「仁…っ」 背中に回した手が、ぎゅっと俺を包み込んでくる。 右手で左の手首を掴んで引き寄せる、無理やりな抱擁。 無理をして、一生懸命に、俺を抱きしめてくる里伽子。 「里伽子…っ」 相変わらず、許可を得ないと何もできない臆病な俺は、やっと、里伽子の頬に手を当てて、その唇に指を這わせる。 里伽子は、這い回る俺の指を受け入れて、薄く唇を開いてくれる。 だから俺は、里伽子の顔に、自分の顔を寄せて…「待って…」 「え…?」 けれど、直前で、里伽子に拒絶されて。 俺の、感情と、唇の行く先が、なくなった。 「証明…しなさい」 「証明…って?」 「仁が、あたしを甘やかすことができるって…」 「本当に、あたしの世話を焼いてくれるって…証明して、みせなさい、よ」 「する。てみせる」 そんな簡単なお題には、即答しかあり得ない。 「お前が、『俺なしでは生きていけない駄目人間』になるまで、とことん甘やかしてやるからな」 「………」 こいつが、俺を、『里伽子なしではいられない駄目人間』にしたのと、同じ事を、そっくりそのまま返してやる。 「なら…してみせて」 俺から一歩後ろに下がり、何かを求めるような、上目遣いの視線を浴びせてくる。 そんな、物欲しそうな目…強い里伽子のときには、あり得ない態度。 新しい里伽子が増えるたび、俺の中から、熱い想いが噴き出してくるのがわかる。 「あたしが今、仁にして欲しいこと…して」 「絶対にしてやる。から、何でも言え」 その次に、里伽子の口からこぼれた言葉は、そんな俺の覚悟を、あざ笑うかのような内容だった。 「それ………着せて」 「え…?」 テーブルの上に置いた“それ”。 里伽子が、今朝、返しに来て、俺が、今、突き返そうとした“それ”。 ………………「………」 「…どうして顔を背けるのよ?」 「だ、だって…見えてるぞ?」 「今までだって、ずっと見えてたじゃない」 「い、いや、その…下着だけってのと、スカートの中から覗くのとは、ちょっと、なんつ~か、仕方なさが違って…」 「訳わかんない」 「お、お前…恥ずかしくない?」 「あんたが、もし、あたしの面倒を見るって言うなら、毎日、こんなふうにしないといけないのよ?」 「くぅ~っ」 椅子に腰掛けて、無造作に足を上げる里伽子。 俺は、その足を取って、ストッキングを脱がせ、今は、ニーソックスを履かせている。 里伽子の爪先に、白いソックスを通して、そのまま太股まで引き上げていく。 そうすると、当然、里伽子の白い太股や、その先の、下着までが露わになるわけで…いや、そもそも、服を脱がせたのも、制服を着せたのも、全部俺なんだけど。 「リボン、結んで」 「あ、ああ…」 アクセントのリボンを、左足の、ソックスの一番上辺りに結ぶ。 「上…もっと上」 「す、すまん…」 「もっと近づきなさいよ。カート、めくらないと無理だってば」 「う、ううう…」 普通に脱がすよりも、スカートだけをめくる方が、何かいやらしいことをしてるような気になるのは何故だろう。 「二年前に作った服だけど…ちゃんと、着れるね。たし、太ってなんか、なかったね」 「胸は…ちょっと、きついだろ?」 「そうでもない…なんかショックかも」 「あ、あは…」 ………里伽子の『して欲しいこと』。 今朝、持ってきたものを、着せること。 ファミーユの、制服。 ………「次、右足」 「う、うん…じゃ、今度は右足、上げて」 「ん…」 「~~~っ」 「なんでいちいち新鮮な反応するのよ。度だって脱がせて、何度だっていじってるくせに」 「て、手元が狂うから、そういうこと言うな」 ………『もう、これを着て、みんなと働くことはできないけど』里伽子が、ファミーユに戻ってきてくれなかった理由。 それでさえ、全て、止むに止まれぬ事情。 しかも、真の原因は、俺。 『最後に、もう一度だけ、仁に、見てもらいたい』もう、里伽子には、この制服を着る理由も意味も、ない。 だから、全てを忘れるために、突き返そうとしたけど、俺に、拒まれた。 行き場のない、誰も、もう着ることのない、プロトタイプ制服。 里伽子が手縫いで作った…里伽子が着てるの、俺しか見たことがない、制服。 ………「靴…」 「あ、ああ…」 白いソックスで覆われた爪先に、黒い靴を、かぶせる。 やっぱり…脱がせるよりも、着せる方が、なんか、いやらしく感じてしまう。 「着替え、これからも手伝ってくれるんでしょ?だから、慣れておかないと」 「あ、あ、ああ…」 里伽子の言ってることは正しい。 最近は、あまり複雑な服を避けていたから、里伽子もなんとか一人で着替えられていた。 けど、これだけ複雑な服は、片手で着れる訳がない。 「仁が手伝ってくれるなら…あたし、もっとお洒落したい…似合わないくらい、可愛い服も、着てみたい…」 「着せてやる。姫さまみたいなドレスだって、紐みたいなセクシーな下着だって…」 「うん…だから、予行演習。ゃんと、綺麗に着せて、ね?」 「里伽子…」 俺の、照れ隠しのセクハラ発言だって、全部、額面通りに受け取って、しかも受け入れてしまう里伽子。 想像もしないくらいに、可愛くて…その里伽子に、こんな風に触れて、俺は、そろそろ、危なくなってきてる。 着替えのたびに毎回これじゃ、身がもたないかも。 「エプロン」 「ん…」 今度は、エプロンの紐を結べと指示が来る。 ………「あれ? えっと…」 「………」 俺が、ぶきっちょな手を動かして、何度も、何度も結び直していても、里伽子は、手はもちろんのこと、口も出さない。 「………ごめん、やり直す」 「ん…」 『もういいよ』とか『これで十分』とかも言わない。 あくまでも、俺が…しかも、ちゃんと綺麗に結べるまで、根気よく、待つ。 ………「よし…これなら、完璧、だろ?」 「次、袖」 「………」 そして、俺がやっと結ぶことができたら、さっさと次の使命を申しつける。 これは…想像以上の、ワガママ、か?………「どう、だ?」 「首」 「ぐ…」 今度は、首のリボンを指差す。 ………「ど、どうだ?」 「頭」 「………」 でも、里伽子の可愛いワガママも、これで最後。 ………「できた…」 最後に、カチューシャをつけると、これで、ファミーユのフロアチーフの完成。 「ん…」 「できた…っ」 「できたね…」 全ての服とパーツを着け終えると、里伽子が、ゆっくりと、立ち上がる。 そして、自分を覆う、ファミーユの制服を、なんとも微妙な表情で、眺める。 憧憬、満足、悲哀、苦笑、皮肉…そして、感動?「こんな…感じ…っ」 「ああ…」 「メイド服より、もうちょっとカフェの制服に近くしてみました…っ」 「ああ…っ」 「ちょっと、ウエストきついまま…でも、まだ、着れた…着れたよ」 「ああ、ああ…そう、だなぁ」 「リボンも、全部つけた…仁が、つけてくれたよ」 「うん…うんっ」 「スカート、短いでしょ?こうすると、見えちゃうでしょ…っ?」 「み…見せる、なよぉ」 二人とも、変な顔、してる。 ただ、着替えただけなのに。 ただ、着替えさせただけなのに。 なんで、こんなに一生懸命、見つめあって、涙を、ぽろぽろと零さないといけないんだよ…「ごめんね、戻って来れなくて…お店、手伝えなくって、ごめんね」 「里伽子…里伽子ぉ」 「チーフ、だったのに。任、果たせなくなっちゃって、ごめんねぇ」 「大丈夫、大丈夫、だから…お前が育てた、みんなは、ちゃんと、受け継いだ、から」 「それも…寂しいよ。 本当は、ずっと戻りたかったんだよ。 みんなのとこ、帰りたかったんだよ…っ」 「おかえり…ようこそ、ファミーユへ」 「仁…仁ぃ…」 ぼろぼろ、ぼろぼろ泣きながら…お互い、半歩ずつ、歩み寄る。 もう、手を伸ばさなくても、身体が触れあう距離に。 そして…「抱い、て」 「っ!」 二人とも、理性を、失った。 ………「っう、う、く…あ、あぁ…ひぅっ、うあ、うあぁ…」 「ん…里伽子…っ」 「うあ、ああ…ひっく…う、うああ…仁、仁ぃ…っ」 「里伽子…ああ、里伽子、里伽子…」 里伽子の爪先に…何度も、何度も、キスの雨を降らせる。 「あ、ああんっ、あ、あ…仁、がぁ…あ、あたし、あたしぃっ…」 里伽子は、そんな、俺のよこしまな愛撫に…ただ、号泣して、応える。 「あ…ん…んぅ…ちゅ…あ、はぁ、はぁ…」 「ふあ、ふあぁぁ…ああっ、あ、あ、あ~っ!ふええ…ふえぇぇぇ…ひぅ…あぁぁん…っ」 しゃくり上げては、身体をびくびく震わせ、全身で、俺の、全てを受け止めている。 俺は、爪先から、足の甲へと唇を這わせる。 里伽子の、どの部分も、貪りたい。 全部、啜りたい。 「ひぅぅぅぅっ、う、あぁっ、あんっ…や、も、もう…せつない…よ、仁っ…」 全身を身悶えして、泣き叫びながら…どこまでも、どこまでも、俺を受け入れようとしてやまない里伽子。 そんな、せつない欲望が突き刺さり、俺も、次から次へと、欲望を全開にしていく。 「里伽子…ああ、いい。 お前、いい匂いがする。 我慢、できない…」 足の甲から、ふくらはぎ、そして膝の裏…「あ、あ~っ! あっ、あっ、あぁぁぁっ…ひ、ひとし…やっ…あ、すき…すき…いやぁ」 胸を大きく上下させ、何度もしゃくり上げ、俺のすることに抵抗せず、全てを投げ出して。 里伽子は、でも…もの凄く、感じている。 「ん…ちゅ…れろ…あむ…んっ」 それは、大きく足を開いている里伽子の、その、中心部にある布の濡れ具合からも、わかる。 「ひぅっ、あんっ、あっ、あぁぁっ…仁、がぁ…こんな、ああ…だめ…すごい…や、や、やぁぁ」 膝頭、そして、太股。 ニーソックスが途切れ、ようやくまた、白い肌に辿り着く。 今までも、温かかったけれど、里伽子の、生の肌は、もう、熱い…「うえぇぇ…あ、あああ…あぁぁぁ…あ、あがって、きた…仁…、もう、もう…っ」 左足の、ソックスの付け根…リボンの上を、指と、唇で責め立てる。 俺の、変態的な責めにも、『嫌』とか『やめて』とか、一言も言わず、ただ、涙と激しい喘ぎで受け入れる。 たったこれだけの愛撫で、里伽子は、何度か、軽く達してるみたいだ。 「う、ああ…はぁ、はぁぁ…きた、きたぁ…はぁ、はぁ、はぁぁ…っ、はぁぁっ…!」 開いていた足を、無意識のうちに閉じて、俺の頭を挟み込むように蠢く。 どんどん深みに、どんどん異常に。 ハマっていく、俺たち。 「ん~…んちゅ…くちゅ…んぷっ…あ、あぁ…里伽、子ぉ…あ、あ…」 里伽子の、両足の太股で、がっちりと挟み込まれ、むわっと、里伽子の女の匂いが漂い、俺を満たす。 「あ~っ、あっ、あっ、あぁぁぁぁっ!や、んっ、こ、これ、あぁぁっ、仁、そこ、そこぉ…」 ぐいぐいと、下着越しに、濡れた場所を押しつけてくる。 まるで俺に、もっといやらしいことを強要するように。 「ん…くぷ…はむ…んちゅ…くぷ…」 「うああああっ、ああっ…仁、そこ、あっ、そ、そう…気持ちいい…もっと…あ、あ、あ…」 もちろん俺は、その誘いに応えて、下着越しに、里伽子のそこに、激しくキスをする。 甘酸っぱい匂いに加え、甘酸っぱい味が広がる。 里伽子が、俺を誘ってる。 匂いで、味で、音で、温かさで、そして柔らかさで。 もともと、里伽子に溺れていた俺は、もう、なすすべなんかなくて。 「ふぅぅん…ん、すぅぅ~んぷ…ちゅぅ…ん、く、あむ…んちゅ…」 「はぁぁぁぁっ、あ、あ、あぁぁ…ぁぁ…す、すご…仁…なっ…あっ、あぁぁ…」 里伽子のショーツ、べとべとに濡れてる。 俺も、遠慮なく舌を這わせて、もっともっと濡らす。 そうして、獣よりも獰猛に、里伽子を食い尽くす。 「べろ…ん…ちゅく…んく、んく…っ」 里伽子の太股に挟まれたまま、その中心部に手をあてがい、下着を、少しだけずらす。 「ん、くぅっ、あっ、あああっ…んあぁぁぁっ!や、やぁぁぁぁっ! くぅぁぁぁっ、あ~っ」 隙間から舌を差し込み、やっと、泉源に辿り着く。 そこは、地上へと噴き出すくらいに泉を溢れさせ、まだ、とどまるところを知らないみたいだった。 「うああ…うあぁぁぁ…きた、きた…仁が…はいって…あっ…」 舌先がしびれるような快感。 今までだって、したことあるのに、なんでだろう…興奮の度合いが、違いすぎる。 大好きな女と、本気で通い合ったって信じられて、本気で貪りあえてることから来る、安心、満足、充実。 俺も里伽子も、一瞬で達してしまいそうなくらいに、ヤバいことになってる。 このまま、何度でも、何度でも、何度でも…お互いをすすって、かじって、飲み込みあいたい。 「ん…ちゅぷぅぅ…あ、んむ…っ、あ、あ~っ、あぅぅっ、ん、くぷ…」 「ひぐぅっ、う、うあぁぁぁ…ん、あ、あ…う、あ…あああ…っ」 里伽子の、俺を抱え込んでいる太股が、また、一段と強く、締め上げてくる。 「ん、あっ…り、里伽子…っ、あ、あ、あ…んんっ」 「駄目っ、ダメ、だめぇ…っ、仁、恥ずかし、恥ずかしけど…もうだめっ、ああ、ああ、あああ…っ」 俺を、里伽子の中心に押しつけて、蜜を与えまくってるのは、里伽子自身。 俺が、甘い蜜に溺れれば溺れるほど、蜜は巣から溢れ、どろどろと流れ出る。 吸っても、吸っても、とまらない。 それどころか、今からもっと、激しく、噴き出そうとしている。 「う~、あ~、あああああっ!あっ、あっ、だっ、だめぇぇっ!ああああああああああああああ~~~っ!!!」 「んんっ!?」 びくっ、びくっ…里伽子の全身が、まるで、陸に打ち上げられた魚のように、びくびく、びくびくって跳ねる。 「ふぅぁぁあああああっ! あ~~っ!仁ぃぃぃ~っ、ふあぁぁぁぁぁ~っ!」 女の中心から、激しくほとばしらせ、全身を反らせて絶頂に辿り着いた里伽子。 それは、まるで射精しているかのように、俺の顔に、蜜をぶつけてくる。 「あ、んむ…んく…っ」 ほとばしる里伽子の液体を、出口から吸い取り、舐め回し、綺麗にしてあげる。 「あっ…あっ…あぁぁぁ…や、もう…だめ…あたし、あたし…からだぁ…ヘンに、なっちゃったぁ…」 「ヘンじゃないよ…ちゅ…」 「いあああっ…あっ…あっ…や、やっぱり、ヘン…とまらない…きもちいい…仁に、されるの…死ぬほど、イっちゃうんだよ…う、ああ…」 「嬉しい…里伽子。 もっと、俺に、いじられてよ。 凄く、イっちゃってくれよ…ああ…」 まだ、断続的に、びくっ、びくって振動する、里伽子。 手足をだらんと垂らして、壮絶な快感に苛まれて…でも…まだ、底に辿り着いてる訳じゃない。 「里伽子…今度は、俺が…死ぬほど、イきたいんだ」 「ん…んぅ…仁、が、あ…あたし…仁、イかせたい…よ…めちゃくちゃ、出させて、あげたいよぉ…」 「うん…出したい。伽子のなか…出させて」 二人して、とても信じられない、いやらしい言葉の応酬。 里伽子が、こんな凄い台詞を言うなんて…ほんの数日前なら、想像すらできなかった。 けど今は…里伽子の、こころに、やっと触れることのできた俺は。 里伽子の欲望が、俺と同じレベルにあることを知った俺は。 「どれだけ、しても、いいよ…あたし…ほんとは、仁の、ものだもん」 「里伽子…ぉっ」 お互いの凄いところを受け取り、与えるのに、何の躊躇もしない。 「う、あ………あぁ…仁、あ、あつい…」 「うん…里伽子が、えっちだから、感じた」 「あぁ、あぁぁ…う、く…っ、は、はいって…ああ…あぁぁ…」 徐々に、下半身に力を込めていく。 「う、うう、あぁ…ひ、仁…ね、ねえ…あたしを、離さないでよ?…あっ」 「うん…絶対に、離さない」 俺が握っても、握り返してこない、里伽子の左手。 今まで、何度抱いても、ここだけは抱かせてくれなかった場所。 哀しい嘘を積み重ねて、俺の束縛から逃れていた、身体の一部。 ぎゅっと、握りしめて、離さないように、しっかりと繋ぐ。 「じゃあ…はいるぞ?」 「貫いて…引き裂いてぇっ!あたしを、仁でいっぱいに満たして…あんたには、その、義務があるよぉ」 「っ…」 「う、あ、あああああっ!あ~っ、あぁぁぁぁ~っ…う、う、あ、うあぁぁぁ…ひぅぅ…あ、あぁ」 相変わらず、次から次へと濡れていく里伽子の中心に、ぐい、ぐいと入り込んでいく。 「あ~っ、あ、あ、あ…仁、はいって…あぁぁっ、もっと、もっと、もっと…あぁぁぁぁ~」 瞳も、どんどん、濡れては、涙をぼろぼろこぼし、溢れて、しゃくり上げて、めちゃくちゃに壊れていく。 なんて、愛しすぎる反応。 なんて、せつなすぎる、涙。 俺の胸を、押しつぶすくらいに染みいる感情。 でもそれは、俺の下半身すらも刺激して、熱く、固く、そそり立っていく。 里伽子の、なかで、どんどん大きくなる。 「んっ、んぅ、あ…仁、おっき…ふあぁ…犯して、犯して…あたしのこと、何度でも、何度でも」 「う、あ、あぁぁ…っ」 俺のを、奥深くまで受け入れて、里伽子が、激しく泣き喘ぐ。 動けば、動くほど、感じて、涙をこぼして、大きく開いて、また奥まで誘う。 「仁、仁ぃ…あ、あ、あ…やだ、嬉しい、嬉しい…っあ、あ、あ…あ~っ」 また…ちょっとだけ、びくってした。 里伽子はさっきから、何度も、何度も、小刻みに絶頂を繰り返す。 隙あらば、俺を搾り取ろうとする、里伽子のなか。 締めつけて、巻きついて、引っ張り込んで、感情を剥き出しにして、蠢く。 「う、や、やぁぁ…あああ…ああっ?あ、んむ…んむぅ…ちゅぅぅ…んぷ…は、あぁ」 俺が、唇を差し出すと、凄い勢いでむしゃぶりついてくる。 激しい感情が、里伽子の身体を、思うがままに動かし、考えられないくらいに、情熱的な女を作り上げる。 「あ、む…んっ…ん、ちゅく…はむっ、ん…」 「はぁぁぁぁ…んぷ…んむぅ…あ、あむ、んく、んく…あ、ちゅぅぅ…んふぅ、あ、あ…れろ、あむぅ…んっ」 俺の口の中に、舌を思い切り差し込んで、べろべろと舐め回し、唾液を流しては飲み込む。 俺も、そんな里伽子の舌を唇で挟み込み、舌でつつき、喉の奥に誘い、唾液だけでも吸い取る。 お互いが、お互いの口中で暴れ回り、口の周りから、とろとろ唾液を零して、むしゃぶりあう。 「ん…んく…ちゅる…は、あむ…ん、ん~っ」 「あ、あ、あ…あぁぁぁっ、あ、あむ…あ~っ、はむ…ん、ぷ…ちゅぅぅ…んぷ…あむ、あぁ…あっ」 あまりにもキスが深すぎて、お互いの歯が、カチ、カチとぶつかる。 けれど、そんなことを気にする余裕なんてない。 だって俺は、里伽子の全てを飲み干したいから。 里伽子だって、おんなじくらい、俺を求めているから。 「んっ、んっ、んんっ…ん、んく…んくぅ…あ、はぁぁ~、あ、あ、あ…仁っ、うあ、うあぁ…」 お互いが口を離すと、みっともないくらい、ぽたぽたと唾液がこぼれ、里伽子の顔に降り注ぐ。 「ちゅ…ん、あ、あぁ…」 けれど、それさえも、俺が舌を激しく這わせて、舐め回して味わう。 「あ、んっ…あぁ、あぁぁ…やっ、仁…ぃ」 その間も、里伽子のなかに入れた俺のモノは、どんどん、どんどん膨らんで、暴れまくる。 里伽子の子宮に届けとばかりに、入れては、引き抜き、さっきより強く入れてを繰り返し。 里伽子の膣壁に揉まれながら、動いて、動いて、蹂躙する。 「ひぅぅ、あ、ああ…はぁぁぁぁっ!仁…う、あ、あああっ…」 次から次へと押し寄せる快感の波に、俺は抗い、里伽子は流される。 「っ…く、あ…お、お前…今、また、イっただろ?」 「ああ…や、もう、だめ、だめぇ…さっきから、何度も、何度も、止まらないんだよぉ」 最初に壮絶にイったときからずっと、里伽子は、快感の頂から、降りてきてない。 その感覚はいかほどのものか知らないけど、流れ落ちる涙と、激しく痙攣を繰り返す全身から、ちょっとだけ、うかがい知ることができる。 「うあぁぁ…ごめん、ごめんね仁…でも、でも、あたし…あんたに、めちゃくちゃに…されたい…ああ、あ~っ、あっ、あっ、ああっ…」 「う、くぅっ、あ、ああ…」 激しく絡みつく里伽子の全身と、感情。 振りほどくつもりなんて微塵もなく、里伽子の、中へ、なかへと、突っ込んでいく。 …一度目のほとばしりが、近い。 「里伽子…出す。も、まだやめない」 「う、うん、うんっ…出して。、気持ちよく、なってぇ…あたしに、溺れてよぉ…」 溺れている里伽子が、俺にすがる。 それは、引き上げてくれることを求めてじゃない。 一緒に、快楽の底へ墜ちようとする、悪魔のささやき。 「う、うん…里伽子、イく…う、うう…」 俺は…もちろん、里伽子の、その誘いに、抗うことなんか、するつもりすらなくて。 「ああ…なか、なかに…注いで…い、く、あ、あ、あ…ああああっ」 扇情的な言葉と共に、意図したのかしないのか、里伽子が、また、ぎゅうって、締めつけてきた。 「あ、あ、ああ…くぅぅぅっ!」 それが、合図。 「うあ、あ、あ、あ…あああああああっ!」 ずくんって、身体の芯に響くくらいの重い快感とともに…里伽子のなかに、思いっきり、放出する。 「あっ、あっ、あ~っ!ふあぁぁぁ、ああ、ああ、あ~っ、あああああ~っ!」 ぎゅっと、ぎゅっと…里伽子のなかが、また、俺を離さないよう蠢いて…次から次へと、俺の精液を、なかで受け止めていく。 「うあ、ああ、あああ…仁、仁ぃ…あ、あつい…仁の…あっ、まだ…まだ、入ってくるよ…」 「う、う、うん…里伽子、気持ち、いい…」 「あたしも…あたしもぉ…仁に、注いでもらって…ああ…またっ…」 「っ…」 何度も、何度も…なかに。 里伽子の、奥深くに注ぎ込み。 とてつもない快感を、与えられる。 俺も、里伽子と同じように、身体を、びく、びくと震わせ、感覚を共有する。 「あ、ああ…はぁぁ…すご…仁…いっぱい…まだ…出てる…受け止めきれないくらい…だよ」 「その…ごめん。慢が、きかなくて…」 「我慢する必要なんて…ない。って…あたし、全然我慢してない」 「…そう、だな」 俺を、貪って、受け止めて、喘いで、何度も軽く絶頂を迎えて…今だって、一緒に、また凄い絶頂に辿り着いた。 「あ、ああ…仁…?もしかして…まだ…?」 「…よく、わかったな」 「だ、だって…あたしのなか…まだ、きついまま、だから」 それは、俺が抜こうともしないし、小さくすらなっていないから。 「俺…まだ、出したい。け止めて…里伽子ぉ」 「ん…いいよ。たしと、同じくらい、イって、仁」 「ああ…あぁ…」 「何度も、何度も…おかしくなって。 頭、真っ白にして。 あたしと同じくらい…好きになって」 「俺は…お前よりもお前のこと好きだ」 「あたしは…あんたよりも、仁のことが好き。対に、負けない…」 「なら…勝負な…」 「ん…う、あ、ああ…」 ゆっくり、ゆっくり、また、動き始める。 イった方が勝ち…負けた方が勝ちの、勝負を再開する。 「あ、あ、あ…あああっ!」 「う、く…あ…」 里伽子の、奥深くをえぐる。 もう、身体のこと、気づかってない。 ただ、俺の愛しいひとを、全身全霊で、犯してる。 「い、いい…ダメになっちゃう…なんて…気持ちいいの…う、ああ…ひっく…」 全身を絡みつけ、里伽子のお尻に腰を叩きつける。 肉と肉が跳ねて、液が混ざり合い、辺りにぶつかりまくりながら、俺たちは、溶け合っていく。 「あ、ああ…あぁぁ…里伽子…ぉ」 「ああ、ダメ、だめぇ…あたし、どうしよう…ホントに、仁がいないと、ダメになりそうだよぉ…」 「いるよ…俺、いるよ、いいじゃん…っ」 「ふあぁぁぁ…あ、あ、あ~っ…絶対に、絶対に、絶対に…離すなぁ…っ、もう、ひとりで抱え込むの、いやぁ…」 「全部、分け合うから…だから里伽子…お前の全部、もらう…」 「う、うん、うんっ…あ、あ、あ…っ、仁、すご…いっ、あ、や、やぁぁぁっ」 何度も、何度も、突き上げて、震えて、放出して、溢れさせて、激しく息をついて、そして、また動き出して…“約束”を交わした俺たちは、もう、二度と離れないってくらいに、絡まりあう。 「んっ…あ、あ、あ…また、またっ…ひぅぅ、ん、くぁ…す、ごい…よっ」 「ああ、ああ…」 里伽子の胸を、鷲掴みにして、爪を立てるくらい激しく揉み、乳首をこする。 手のひらのなかで、快感を貪り、里伽子に、快感を返していく。 「ふぁぁ、ああ、あっ…もう、もう…っ、仁、すごい…あたし、あたしぃ…っ」 俺の腕の中で、まだ、ぴちぴちと跳ねてみせる里伽子。 何度えぐられて、注ぎ込まれても、新鮮な反応のまま。 何て、エッチで、何て、可愛くて、何て、愛しいんだろ。 「里伽子…里伽子…俺の、里伽子…ぉ」 ぐいぐいと、胸を愛撫し続け、耳たぶや、首筋にも舌を這わせ、身体中に、俺のしるしを刻んでいく。 もう、俺の手の触れてないところはない。 俺の舌の触れてないところはない。 里伽子の、身体という身体、穴という穴、触れて、指を入れて、舌でつついて、開いて、舐め回して、掻き回した。 「ふぅ、あ、あ…あんっ、仁…あたしの…あたしの…う、うあぁぁぁっ」 そのたびに里伽子は、激しく反応し、大きな声を出し、絶頂を迎え、そして、俺に同じ行為を返してきた。 お互いが、お互いの身体のあちこちに、マーキングを施す。 身体中、キスマークと、爪痕と、歯形が刻まれ、唾液や愛液や精液にまみれて、蠢きあう。 「んっ、んっ、んっ…ふあぁ…あ、あ、あ…っ」 「はぁ、はぁ、はぁぁ…っあ、ああ、ああ…っ」 「ん…あ、あぁ…仁。つない…きもちいい…よぉ」 「うん…うん…っ」 お互い、すごい行為を繰り返し、でも、髪を撫でると、それが凄く幸せで。 「あぁ…はぁぁ…ん…」 うっとりと目を閉じて、浸って、それでも、じくじくと快感が湧き上がってきて。 もう、どうしようもないくらい、お互いを、高めて、高めて。 「…最後に、一緒に、イこうか?」 「うん…」 今日、何度目か、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの、絶頂に、向かっていく。 「ん、く…っ」 「あ、ああっ…ん、くぅっ、あ、あ…や、まだ…こんなに…すごい…っ」 里伽子のなかで、もう一度、跳ねてみせる。 里伽子のなかだから、何度でも出せるし、何度でも、暴れることができる。 俺の、世界一大事なひと、だから。 世界一、大切に扱い、そして世界一、激しく扱う。 「んっ、あ、あ…ああああっ!ひ、仁っ、あ、あんっ…や、すご…っ」 里伽子のなかも、まだ、俺を、ぐいぐいと締めつけてくる。 続けざま、びくびく震えて、お尻から、刺激を与えてくる。 だから俺は、いつまで経っても萎えない。 里伽子の身体を貪り続け、潜り続ける。 「ふあぁぁっ、あ、あ、あ~っ!だ、だめ、だめ…きてる、きてる…よ…」 「俺も、俺も…」 お互い、最後のあがき。 貪りあい、与えあって、タイミングを合わせて、一緒に…「あ、あと…ちょっと…っ」 「ん、うんっ…う、くぅっ…あ、あ、あ…あと、ちょっとぉ…っ」 頭が、じんじん痺れてくる。 何度も、何度も感じた絶頂感。 今までよりも、遙かに大きな波が、近づく。 「あ、あ、あ…里伽子、いく、俺、いく…っ」 「あ、あたしも、あたしもぉっ…一緒に、一緒に…ふあぁぁぁっ、あ、あ、あ~っ」 里伽子のなかが、今までにないくらいに、びくぅって、激しく収縮した。 それが、俺の全てを絞り出す合図…「う、あ、あああああっ!」 「ふぁぁぁああああああっ!?あぁぁぁぁっ、あっ、あああああ~っ!!!」 最後の、最後の、最後のほとばしり。 里伽子の、奥に、果てしなく放つ。 「あぁぁぁぁ、あ、あ~っ、はぁぁっ、あ、あ、あ…あ、あぁ、あぁぁ…」 もう、とっくに俺の精液で満たされた、里伽子の胎内に…また、何度も、何度も。 「ん…あぁ…あっ………あっ………仁、の、まだ、まだ、はいって…ぇ…」 「う、ん…っは、はぁ、はぁ、はぁぁ…」 一体、今日だけで、どれだけの精を、里伽子のなかに満たしたんだろう。 それでも、まだ里伽子への欲情は消えることなく、身体の奥に、潜んでいるのがわかる。 「ん、ぅぁ…仁、あたし、もう…」 「…いっぱいいっぱい?」 「ううん…まだ、欲しいけど…約束だもん、ね」 「俺も…」 このままだと、いつまでたっても終わらないから。 だから、これで、『今日のところは』おしまい。 「続きは…明日、ね?」 「うん…もちろん」 そして俺たちは…心地良い疲労感に包まれて、まどろむ。 ………………「仁…」 「ん?」 「あたしが今、どんくらい幸せか…あんたにわかる?」 「…そんなにリーズナブルなこと言うなよ」 今まで、俺のせいで、何度も、何度も、突き落とされて。 こうして、ちょっと返しただけで、そんなに満たされると、やりきれない。 「俺の借金は、まだ、利息さえ返し切れてないんだぞ。っと、強引に取り立ててもいいんだ」 「いいんだよ、それは…」 「駄目だって、だいたいお前はなぁ、欲がなさ過ぎ」 「だって…一生かかって、払い続けてもらうんだもん」 「………」 「あたしは…あんたの失言に、付け込むよ。がさないよ、もう…」 「それは、俺の台詞だ。今のをもって、OKの返事と認識した」 「ふふ…馬鹿だね、お互い。っちの余韻に浸ってるせいで、とんでもない約束、してるね」 「後で、ナシとか言うなよ?」 「じゃあ、指切り、しよっか?」 「…おい」 里伽子の差し出したのは、左手。 とてつもなく、重い契約を結ぶ覚悟を見せつけてる。 「この指が、動くようになったら、約束しようね?ずっと、愛し合おうって…約束、しようね?」 「その頃には、約束なんて、する必要、なくなってるさ」 「それって…」 「お互い、愛し合いすぎて、他の感情を持つことができなくなってる…ってこと」 「そうだと…いいね」 「なってるに決まってる。前を支えられるのは、俺しかいないんだから」 「………」 「自信過剰…かな?」 「ううん…」 里伽子が、微笑む。 今まで、想像することすら難しかった、満たされまくった表情で…「自信必要十分」 「もうちょっと…こんな感じじゃね?」 「あ~駄目それじゃ。く泣く」 「うあっ!?ま、待て…ファーストショットくらい笑ってたいだろ夏海?」 「だったら余計な手出しはしないの、仁は」 「俺の娘だぞぉ!?」 「あたしがお腹を痛めた」 「俺が気持ちよかった!」 「…最低」 「…さ、笑って笑って」 「どう?」 「こんな感じ」 「うん…やっぱり夏海は可愛いね」 「あたりめ~だろ」 「旧姓夏海も、可愛いね」 「夏海にゃ負けるけどな」 「…やっぱ、この名前ってややこしいね」 「でも…いい名前だろ?」 「…まあね」 ---高村夏海。 今は笑ってるけど、めっちゃ気まぐれで、すぐに泣いたりするこの女、………俺の娘。 ちなみに母親は、高村里伽子…数年前まで夏海里伽子。 要するに、母親の旧姓を、そのまま名前に持ってきた。 これ、結構、夏海家の人々には不評だったんだけど、『娘を旧姓に戻さないという不退転の決意の表れ』ということで、強引に押し込んだ。 何しろ、俺と里伽子が別れて、夏海家が夏海を引き取ったりする事態になったら、この娘の氏名は『夏海夏海』という、非常に脱力系なものになってしまう。 だから、絶対に別れるわけにはいかないのだ。 …里伽子には『当たり前だバカ』と怒られたけど。 「よし、それじゃ夏海が泣き出す前に、もう2、3枚撮っておかないとな」 産まれたのは、一週間前の…7月20日。 いや、結構狙ったけど、的中するとは思ってなかった。 今まで、散々保育器で泣く夏海を、ガラスにへばりついて眺めていたけど、今日は、めでたい解禁日。 だから、取るものとりあえず、現状の最高画素数のデジカメを買ってきた。 「夏海…笑ってろよ? 笑ってろよ?よし、今だ」 「………」 「くぅ~っ! いい表情!なぁ、こいつモデルの素質あると思わねえ?」 「…バカ親」 「バカ親上等。前だって子供を持てばわかるようになる」 「夏海はあたしの娘よ」 「俺の娘だぞぉ!?」 「どっちも正しいってば」 「うるちゃいママはほっといて~シャッターチャーンス!」 「もう、仁ってば…」 「許せ里伽子…夢がかなったんだ。うちょっとばかし、バカのままでいさせてくれよ」 「………」 「けど、この娘本当に泣かないなぁ。んていい娘なんだ」 「………」 「角度を変えて…こっちからも」 「………っ」 「今度は反対側…お~い里伽子、お前もちょっとこっち向いて…?」 「っ…ぅ……ぅぅ…ぅぁぁ…」 「…何やってんだ、お前?」 「う…うあ…ご、ごめん…ごめんね…」 娘が泣き出す前に、母親が泣き出してしまった…「お腹すいたか? それともオシメ?」 「ばかぁ…っ、う、くっ…ぅぅ…」 「じゃ…どした?内容次第では、抱きしめてやるぞ?」 「だって…だってぇ…っ自分の子を抱けるなんて…思えなかったんだもん…っ」 「俺は…ずっと、信じてた」 「う、うああ、うああああ…っ」 五度の手術…五年のリハビリ…何度も何度も、希望と、絶望を繰り返し。 指先が、ぴくりと動いたって大喜びし、その反動による、痛みのぶり返しで泣きじゃくり。 そのたびに、抱きしめて、抱きしめて、抱きしめて…一緒に笑って、里伽子が泣いてる時に笑って、里伽子が怒ってる時に笑って…「夜、眠るのが怖いの。の日目覚めたら、タチの悪い冗談だったって…そんな夢オチになるのが嫌で…」 「ならねえよ」 「そうなんだけど…そうなんだけどぉ…」 「この、臆病者め」 「う、あ…うあああああ…っ、仁…仁ぃ…」 「俺たちは、夢なんかじゃ追い切れないくらい、たくさんのこと、体験してきたじゃないか」 「う、うん………うんっ」 俺の手と、里伽子の頭で、大学を卒業し。 …俺の卒業のときも、ちょっぴり、里伽子の頭、借りたけど。 俺の卒業式の二次会は、教会で。 目の前にいる、大切な人たちと祝い。 それからも、ずっと一緒に、頑張って、頑張って、頑張って…いつか、報われる日が来ると信じて。 そしてそれは、正しい努力の結果として、報われて…「あたしは…母親に、なれたんだよね?ふたつめの夢も、叶ったんだよね?」 左手の指が、全部動き始めてから、俺たちは、ようやく、子供を、作った。 里伽子が…我が子を抱けるようになったから。 「お前の死に物狂いの努力でな。張れ、笑えっ」 「仁ぃ…」 妊娠してからの数ヶ月…本当に、里伽子は死に物狂いで頑張った。 俺の手をさわってただけだったのが、いつか、掴めるようになり、そして…握れるようになり。 「でも、今日は思いっきり泣いていい…」 「ふえぇぇぇぇぇ…うああああああ~っ!」 多分、復活した神経は、痛覚まで目覚めさせ、錆びていた左手を、ギシギシと苛んだはずだ。 それでも里伽子は、にこにこと、全身に脂汗を噴き出しながら、自分で動かしては、悦に入っていた。 動く手の軋みは、動かない苛立ちに比べて、百億倍も、嬉しい痛みだから。 里伽子は、笑って、嬉し泣きして、俺に、何度も、何度も、にぎにぎして見せた。 そう、今の、夏海の手のように。 「あ、あはは…共鳴しちまいやがんの」 「あ、あんただって、あんただって…」 「うるさい、こっち向くな…っ」 里伽子が、泣きわめく夏海を、しっかりと抱きしめて、ゆらゆらと揺らす。 最初は、叶わないかもと思ってた夢。 こじ開けて、力尽くで引っ張り出して、運なんか何にもなくて、努力だけで引き出した、結果。 「仁ぃ…ありがとう…今まで、ずっと、ずっとぉ…ありがとうね?」 「本当に…しょうがねえなぁ…里伽子はぁ…っ」 とうとう、親子三人、みんな同じ状態。 周りから見れば、実に滑稽な光景。 けれど、俺たちにとっては、やっと、辿り着いた聖地。 今は、はばかることなく…辛く、長く、厳しかった戦いの日々を、過去に押しやることができた幸せを、噛みしめよう。