ふと幼い頃を振り返ると、決まって思い出されるのは。 毎年夏になると訪れた、この家の記憶。 爺ちゃんとの思い出。 爺ちゃんは寡黙な人で、いかにも厳格そうで幼い俺には少し怖かった。 でもよくこの縁側で、俺を膝に乗せて語り聞かせてくれた。 昔話か、お伽噺か、そんな不思議な話を。 家に幸せを呼ぶ、座敷わらしの話。 死んでしまった人の魂を救う、お坊さんの話。 そのお坊さんに仕える、鬼の話。 話してくれたのは、だいたいその三つ。 爺ちゃんの話はちょっと難しかったけど、穏やかなあの声が、俺は好きだった。 婆ちゃんは早くに亡くなったそうで、俺は会ったことがない。 爺ちゃんは料理も家事もまるで駄目だったみたいだけど、身の回りの世話はお手伝いさんたちにしてもらっていた。 確か、三人か四人くらいいたと思う。みんな和服を着て、旅館の仲居さんみたいで。 そんな非日常的なこの家の雰囲気が、俺は大好きだった。 それにかくれんぼをしたり、トランプをしたり、俺とよく遊んでくれた。みんな優しかった。 近所に住んでいる女の子とも、よく一緒に遊んだ。 名前は確か……伊予ちゃん、だ。 元気な子で、少し――いや、かなりかな、意地悪な子で。 色々と悪戯をされた記憶がある。泣かされたこともたくさん。 俺にとっては年上のお姉さんという感じでなにをしても敵わなかったけど、どうにかあの子に勝ちたいとはいつも思っていて。 『まこちゃん』では返事をせず、『まこと』と呼んでもらえるまで返事をしないのが、ささやかな抵抗だった。 懐かしい思い出。 またみんなに会えたらと思うけど、それはもう叶わないんだろう。 伊代ちゃんが今どこでなにをしているのか、俺は知らない。 お手伝いさんたちのことも、知らない。 もうここには、誰もいない。 ……。 …………。 はずだった。 「は〜……今日もあっついのぅ……」 「……」 「八月の頭まではそこそこ過ごしやすかったんじゃが…… 中旬から暑いのなんの。こりゃたまらん」 「…………」 「のぅ、真。アイス買ってきてくれんか、アイス」 「………………」 「おぉう? 無視か? 無視するのか? なぁ、真よ。おい。聞こえておるんじゃろう? おいこら、おい」 「……………………」 「真〜?」 「ああ、は〜い」 母さんに呼ばれて、ゆっくりと立ち上がり居間へ。 「おぉい、真〜。なぜわたしの呼びかけには応えんのじゃ」 いるはずのない“それ”も、ついてくる。 「お母さんそろそろ帰るけど〜」 「うん、わかった」 「なんじゃ、もう帰るのか。慌ただしいの」 「あとは一人で片付けられる?」 「大丈夫。ゆっくりやるよ」 「少しは手伝ってやるぞ? わたしも」 「ご飯は炊飯ボタン押すだけにしておいたし、 おかずとか色々作っておいたからね」 「うん、ありがとう」 「わたしの分もあるのかの? 肉が食べたいのぅ。豚が好きじゃ、豚が」 「…………」 「なに、どうしたの。変な顔して」 「いや、別に」 「あんた本当に大丈夫? だらしないのに一人暮らしなんて」 「問題ないよ。子供じゃないんだし」 「わたしから見ればまだ子供じゃがのう。ひゃっひゃっ」 「………………」 「なぁに? あんたさっきからどうしたの」 「なんでもない」 「そう? 思い出すわぁ……。あんた覚えてる? 子供のころ」 「一人で誰かと話してたり、いもしない人の話をしだしたり。 この子にはなにか見えるんじゃって、 みんな怖がってたのよ?」 「……ああ、まぁ、うん」 「覚えてないの? 特にここにいるときはひどかった。 お爺ちゃんちに来るといっつもそう。 なになにちゃんと遊ぶって言って、一人で遊んでるの」 「それわたしじゃろ。一人じゃなかったぞ? のぅ、真」 「……」 「ただでさえこの家、“出る”って噂でしょう? お母さん心配で心配で。 あんたまた変なこと言い出すんじゃないかって」 「大丈夫だよ。荷解きでちょっと疲れただけ」 「そう? じゃあいいけど……ほんとに大丈夫? あんた料理とかできないでしょ。 そんなに遠くないんだから困ったらお母さん呼びなさいね」 「それじゃあ一人暮らしの意味ないでしょ。 大丈夫だって。ちゃんとやるから」 「そう? じゃあ、お母さんもう帰るからね」 「うん、ありがとう」 「あんた本当にちゃんとできる?」 「だからできるって。何回聞くの」 「うぅん……そう? じゃあお母さんもう帰るから。 晩ご飯作っておいたからね」 「わかったって。気をつけて帰って」 「ちゃんと食べなさいね。しっかりね」 「はいはい」 「あ、お鍋は火にかければ――」 「わかったわかった、わかったって」 延々と話をループさせそうな母さんの背中を押し、玄関へ。 「あんまり邪険にしてやるな。 しつこいのも親の愛じゃ。ひゃっひゃっ」 ……やはり“それ”も、ついてくる。 「じゃあ、帰るからね。これからしっかりね」 「大丈夫。ちゃんとやる」 「そう? なにかあったら電話しなさいよ?」 「わかった。なにかあればね」 「ほんとに大丈夫かしらね……。 ちゃんと食べなさいよ? たくさん作ってあるけど、 余ったら冷凍しなさいね?」 「わかったわかった。 ちゃんとやるし食べるし、とにかくしっかりやるよ」 「もう、心配だわぁ……。 じゃあね、ちゃんとやりなさいよ」 まだなにか言いたげな顔をしながら、母さんが家を出る。 戸が閉まるまで見送って、居間へと戻った。 「帰ってしまったか。 今日から親元を離れての生活じゃ。 一歩大人になったの、真よ」 「…………」 しゃがみこみ、荷解きを再開。 「まだ無視するか……。 そろそろ口をきいてくれんか。のぅ、真」 「……」 「ま〜〜〜こ〜〜〜〜と〜〜〜」 「…………」 しつこい。 ため息をつきつつ、仕方なく振り返った。 「お、ようやくこっちを見たな」 「…………」 しゃがんだ俺と同じくらいの背丈しかない女の子を、じぃっと見つめる。 「な、なんじゃ。照れるのぅ。ふふふ」 ……間違いない。 間違いなく……伊予ちゃんだ。 しかも、十数年前と同じ姿の。 本人……なんてことはあり得ない。 最初は伊予ちゃんの娘さんかと思った。 でも、それは違う。 反応しているのは俺だけで、母さんはまったく気にもとめなかった。 いや、見えていなかった、という表現が正しい。 だったら、この子は―― 「……幻だ」 「な、なにぃ」 目を見開いた伊予ちゃんらしき“なにか”から、視線を外す。 おおかた、この暑さで参っちゃってるんだろう。 それとも、懐かしさや寂しさみたいなものが見せた幻覚か。 色々あって……俺の精神状態も万全とは言いがたい。 こういう不思議なことも、まぁ起こりうるだろう。たぶん。 「久しぶりに会ったというのに幻扱いとは……。 ご挨拶じゃのぅ、真ぉ」 「…………」 「あくまでも無視か……。 も〜〜堪忍袋の緒が切れたぞ! 真のような薄情者には――こうじゃ!!」 「ぃっ……!!」 “なにか”が俺の背中に飛びかかってきて、思いっきり前につんのめった。 「いって……! な、なんだよ……っ」 「これで無視できんじゃろう! いい加減認めんか! わたしは伊予じゃ! 幼きお前と遊んでやった伊予じゃ!」 「そんなわけあるか……っ! じゃあお前何歳なんだよっ! それとも死んでるのかっ。 化けて出てきたのかっ」 「お、やっと話す気になったか。 あほぅ。ちゃんと生きておるわ。 真よりもずっとずっと長生きしておる」 「それなら少なくとも二十歳は超えてるだろ……! 昔のままの姿なんてありえない! しかも、俺にしか見えないなんて……!」 「嘆かわしい。なんという堅物じゃ……。 見たままを受け入れられん頭はこれかっ! これなのかっ!」 「いてっ、いててっ!」 頭をバシバシと叩かれ、たまらず悲鳴を上げる。 痛い! 本当に痛い!この痛みは幻覚じゃなくリアルだ……! 「理解できるまでこうじゃ! こうじゃ!」 「いって! あぁ、もうっ、降りろ、一回降りてくれっ」 「もう無視せんかっ」 「しない、しないからっ」 「よしっ」 ようやく頭上からの攻撃がやみ、背中も軽くなる。 ほんとなんなんだ、いったい……。 「ふぅ、やっと落ち着いて話ができるの」 乱れた襟元を直しながら、ちょこんとその場に正座する。 そしてにこりと、微笑んだ。 その顔が、当時の記憶と重なる。 「久しいの、真」 「……」 「本当に……伊予ちゃんなのか?」 「伊予でよいぞ。成長した真にちゃん付けされるのは 子供扱いされてるようで好かん」 「子供じゃないか……」 「見た目だけじゃ」 不機嫌そうに顔を逸らし、胸を張る。 確かにこういう仕草も……覚えがある。気が強く、意地っ張りな子だった。 とはいえ……。 「なんなの、その喋り方。 俺の記憶の中の伊予ちゃ……伊予は、 もっと普通に喋ってた」 「ああ、これ? わたしもキャラ付けに結構悩んでてね? もう随分生きてるからそろそろ貫禄だしていこうかなって。 ロリババア的な。なかなかいい感じでしょ?」 「ああ……」 この瞬間、ガッチリとイメージが繋がった。 言ってることの意味はわからないけど、この適当な感じ……確かに“伊予ちゃん”だ。 「ふふん、得心がいったようじゃの」 「急に変えるなよ、戸惑うから。 とりあえずわかったけど……なんで母さんには 見えなかったんだ」 「昔からそうじゃっただろう。 真とおじじにしか、わたしのことは見えていなかった」 「昔からって……。その自覚が俺にはない。 別にみんなが言うような変なものとか見たことないし」 「じゃろうな。真にはわたしが普通の人間に見えるじゃろう? だったら、変に思う方がおかしい。 血まみれの幽霊でも見たならまだしもな」 「それと、成長につれて見えなくなったのではないか?」 「あ〜……よくわかんないけど、 人と話が合わなくなることは……なくなった。 母さんも落ち着いてくれてよかったって」 「うむ。そういうものじゃ。 心の成長とともに、見えるものが見えなくなってくる。 そのうち、見えていたことすら忘れてしまう」 「ずっと会ってなかったからのぅ……。 霊視の力が戻らなんだらどうしようかと思ったが安心した。 わたしのこと、ちゃんと見てくれたの。昔のように」 「霊視、っていうのか? この、よくわからんけど」 「うむ。わたしと再会することで、再び花開いたわけじゃな。 わたしと真の絆の力かの。 真の持つ、希有な資質じゃ。誇ってよい」 「……資質、ねぇ」 やっぱり実感も、自覚もない。 でも、心当たりはあるんだ。 爺ちゃんだけは、俺の話をちゃんと聞いてくれた。 みんなみたいに怪訝な顔をせず、俺の正気を疑ったりせず、最後まで、ちゃんと。 見えていたという自覚がないのは、そのせいもあるのかもしれない。 共感してくれる人がいたから。 みんながおかしい。俺と爺ちゃんだけが正しい。 ずっとそう思っていた。 「そうか、みんなが変なんじゃなくて…… 俺と爺ちゃんが……」 「特別だったんじゃ」 独り言のような呟きを、伊予が肯定する。 特別……。俺が? なんの刺激もない大学生活を、ただダラダラと過ごすだけの俺が……他の人にはない、特別な力を持っている。 うぅん……。 「……漫画の世界だ。頭が痛くなってきた」 「叩きすぎたかの」 「そうじゃなくて」 思わずため息。 普通の人には見えない、年をとらない女の子。 霊視とかいう変な力。 ……意味がわからない。 ……。 でも、爺ちゃんが俺と同じだったのなら。 もっと話を聞きたかった。したかった。 けど、もう無理だ。 爺ちゃんは……先月亡くなってしまったから。 「……」 「おじじのことは……気の毒じゃったの。 わたしも寂しい。じゃがあれも、真という後継者が いてくれて思い残すところはなかったじゃろう」 「? 後継者って?」 「この家と土地を受け継いだんじゃろう?」 「ああ、うん。遺言で爺ちゃんが俺に、って。 びっくりしたけど」 「うむ。ならば資格は十分に有しておる」 「資格? なんの」 「まぁそう急くな。 真よ。おじじから繰り返し聞かされた話は覚えておるか? 坊主の話じゃ」 「ああ、死んだ人を救うとかなんとか」 「他には?」 「鬼を従えて、とか。どうして急にお伽話のことを?」 「お伽話。本当にそう思っておるのか?」 「そりゃそうでしょう。鬼とかありえない」 「ほぅ、わたしを前にしてそのようなことを言うか。 まだ半信半疑のようじゃのう」 「そりゃ……ここで百パー信じる方がおかしいでしょ」 「ふむ、よかろう。真に会わせたい者がおる。 これからわたしたちと一緒に暮らす者じゃ」 「暮らすって……えっ? 今わたしたちって言った? どういうこと? 俺、ここで一人暮らしする つもりで――」 「桔梗」 俺の質問はがっつり無視し、伊予が誰かに声をかけた。 少し間を置き、障子がゆっくりと開く。 「失礼いたします」 透き通った声とともに、現れたのは。 和服をまとった、美しい女性。 和服、というよりは……喪服、だろうか。年の頃は、俺よりも少し上に見える。 「え、っと……?」 「初めまして、真様。わたくしの名は、桔梗」 「先代にお仕えしておりました、鬼にございます」 「お、お……おぉぉ……??」 「ふふ」 呆気にとられる俺に、女性が優しく微笑みかける。 お、鬼ぃ……? 「い、いやいやいや……さすがに……ねぇ? どうなのそれは」 「携帯は持っておるか?」 「え?」 「携帯じゃ」 「あ、あぁ、あるけど……」 「カメラを起動して、レンズを桔梗に向けてみよ」 「なんで?」 「ふふ、騙されたと思ってやってみてください」 「ああ……はい」 ちゃぶ台の上に置いた携帯を手に取り、首を傾げながらカメラを起動してレンズを向ける。 「え……?」 「なにが映っていますか?」 「なにがって……え、桔梗さんが……」 「わたくしが?」 「……」 「なんだよ……これ」 言葉を失う。 嘘だろ? なんで画面に……誰もいないんだ。 すぐそこに、間違いなく座っているのに。 「ふふ」 また、微笑む。 どの角度から向けてみても、ズームしてみても。 カメラは桔梗さんを素通りして、廊下を映していた。 壊れた? でも桔梗さん以外はしっかり映ってる。 ど、どうなってる……。 「今度はこれじゃ。わたしも映してみよ」 俺に手鏡を押しつけ、伊予が桔梗さんの隣に座る。 言われるがまま伊予に鏡を向け……反応に困った。 「う、映ってるぞ? 伊予は」 「そのまま見ておれ」 「……んっ? えっ、えっ……!」 すぅ、と景色に溶け込むように。 伊予は鏡の中から、消えた。 一歩も動いちゃいない。目の前、桔梗さんの隣にいる。でも鏡の中には、もういない。 な、なんだよ。とんでもないことが起こってるぞ……! 「信じたか? 我らが人ならざる者だと」 「……」 うまく声が出ず、答えることは出来なかったけど。 さすがにここまでされたら……信じるしかない。 ――鬼。 普通の人には見えない存在を、今俺は……目の当たりにしている。 「ふむ、結構。信じてくれたようでなによりじゃ」 「鬼はわかったけど……ちょ、ちょっと待ってくれ。 理解を超えてる」 「それで……俺はどうしたらいいんだ。 後継者って、爺ちゃんは俺になにをさせようとしてるんだ」 「ある大事な、お役目を」 「や、役目? 聞いてないぞ、なにも」 「真よ、混乱しておるのはわかる。 だが落ち着き、心して聞け。これは勅命である!」 「勅命!? て、天皇陛下!?」 「……すまぬ。言い過ぎた。だが大事な話じゃ。 代々託し託され、今おじじから真へと受け継がれた 大事な大事な加賀見家の役目を伝える。聞いてくれるか?」 「あ……ああ……」 伊予の表情が急に大人びたものに変わり、反射的に姿勢を正した。 正座し、背筋を伸ばし、緊張しながら……続く言葉を待つ。 「加賀見真……いや、加賀見家八代目当主よ」 「おぬしにこの町の守護を命ず。 桔梗ら鬼を率い、その務めを果たせ!」 「は、はいっ」 「……」 「……はい?」 「ふぅ……」 ある程度部屋の片付けを終え、一息つく。 二階にあるこの家唯一の洋室を、自室に使わせてもらうことにした。 元々は父さんが使ってた部屋らしい。 しばらく使ってないみたいで家具もなにもなくすっからかんだったから、実家の俺の部屋をほぼ再現だ。 本当はもう少しゆっくり片付けるつもりだったんだけど……一気に進めたのは、ちょっとした現実逃避。 加賀見家当主だのお役目だのの話は、少し待ってもらった。 あまりにも突然すぎて、すぐには受け止められそうになかったから。 だからとりあえず、引っ越し作業をしながらここまでの話を整理していた。 一つ。俺がお手伝いさんだと思っていた人たちは、爺ちゃんに従う鬼だった。 二つ。鬼は変わった外見をしていることもあるけど、伊予や桔梗さんのように普通の人間と同じ姿をしていることが多い。 三つ。鬼は通常の人には見えない。だから、お手伝いさんの話をする俺を、親戚中気味悪がっていた。 七歳か八歳かそこらへんまでのことだから、本当に記憶にないんだけど……変な子扱いされても仕方がなかったってわけだ。 思えば……ある時期から父さんと母さんが俺をこの家に連れて来ようとしなくなったのは、その奇行のせいなのかもしれない。 数年前、爺ちゃんが体調を崩し入退院を繰り返すようになってからは、見舞いで何度も病院には行ったけど……やっぱりここには来なかった。 だからこの家での記憶は……幼い頃で途切れている。 それが今は、悔やまれる。 ……。 そして、最後。四つ目。伊予と桔梗とは、これから一緒に暮らすことになった。 というか、俺が二人の生活に割り込んだ形だ。 伊予なんかは俺が生まれる遙か前からここにがっつり住んでいるらしい。 一人暮らしじゃなくなったのは残念ではあるけど……逆に二人のこと見えてよかったな。 見えなかったら、うちの家族や親戚と同じように『この家……“出る”んじゃ?』と怯える羽目になっていた。 特に父さんはこの家に相当なトラウマがあるみたいで、中学から家を出て寮生活を始めるくらい……って、それは別にどうでもいいか。 「真様」 部屋の外から桔梗さんの声。 どうぞと答え、扉が開く。 「そろそろご夕食はいかがでしょうか。 それともお風呂がよろしいですか?」 「あ〜、じゃあ食事で」 「かしこまりました。お母様が用意してくださった お食事を温めなおしますね。 真様は居間でお待ちくださいませ」 「うん、ありがとう。……あ〜、そうだ」 「はい?」 「その真様っていうの、やめてよ。 呼び捨てでいいから」 「そういうわけには……。 主に無礼があってはいけませんので」 「主は爺ちゃんでしょ。 俺はいいよ、そういうの」 「よくありません。先代より真様にお仕えするよう 言いつけられております。どんと構えるのも、 お役目のうちでございますよ」 「よくわかんないけど……わかりました」 「はい」 「あ、もう一個。俺が小さかったころ桔梗さんは――」 「桔梗と。家人に敬称をつけるなどなりません」 「ああ……はい」 なかなか難しいな……。 急に偉そうに振る舞えって言われても、どうにも……。 「なんでしょうか」 「あ、うん。桔梗さ……桔梗は俺が小さいときには いなかったと思うんだけど、いつからここに?」 「わたくしはつい最近でございます。先代の鬼では ございますが、真様にお役目をお伝えするためだけに 生まれました。先代の、死の間際に」 「俺のため……?」 「はい。わたくしは真様のためだけに存在する 鬼でございます」 「あ〜……どう言えばいいのか……」 「……」 「そ、そうだ。他のみんなは? ここにはいないの?」 「はい。他の鬼たちは、先代のおそばに逝きましたので」 「そ、っか……」 もう……みんないないのか。 記憶が曖昧だ。顔すらはっきりと思い出せない。 でもみんな、優しかった。好きだった。 ……残念だ。 「では、お食事のご用意をいたします。 しばらくお待ちくださいませ」 「うん、お願いします」 「こういうときは一言。頼む、と」 「あ〜……。た、頼む」 「はい」 満足そうに笑い、桔梗が部屋を出る。 なんだか、時代錯誤だ。タイムスリップでもした気分。 馴染めるかな……突然始まったこの生活。 「さて……」 もうちょっと片付けようかと思ったけど、居間で待ってろって言われたし、行こうか。 部屋を出て階段を下り、一階へ。 そのまま居間に入ろうとして……立ち止まる。 居間からさらに奥、廊下のつきあたりにある部屋。 爺ちゃんに『ここだけは入っちゃ駄目だ』と厳しく言われていた、開かずの間だ。 たぶん爺ちゃんの趣味の部屋だろうって予想していたんだけど……不正解。あそこは伊予の部屋らしい。 一度だけこっそり入ろうとしたことがあるんだけど、鍵がかかっていて駄目だった。 うちの家族も、親戚のみんなも、誰も入ったことがない。 ……。 そういうのって、興味そそられるよな。 「伊予、いる?」 つきあたりまで進み、ノック。 さすがに今になって『入るな』とは言われないだろう。 「なに〜? 入っていいよ〜」 「お、おぅ、お邪魔します」 思いがけないフランクな応対に戸惑いつつ、戸を開ける。 まぁ、普通の部屋だろう。期待しすぎてもがっかりするだけ……と、思ったんだけど。 「なにこれ……」 中に入って、唖然。 こんなに必要かよって突っ込みたくなる数のモニター。 棚には馬鹿でかいPC複数台と、そこから伸びるケーブルの数々。 な、なんてハイテクな部屋だ……。 「なに〜?」 「なにって、この部屋……なに?」 「わたしの部屋だけど〜? あ〜! 回復回復、早く回復して〜!」 伊予はモニターを睨み付けながら、コントローラーをがちゃがちゃと乱暴に操作していた。 「……なにしてんの?」 「ドラゴニックファンタジー。 ああ、もうっ、違う敵殴らないでよね……!」 「いやタイトルは知らんけど……ネトゲ?」 「うん。 ああもうだからっ! タゲ飛んでるっつーの! クソアタッカー!」 「……言葉遣いがすごいことになってるけど」 「ゲーム中はキャラ作ってる余裕ないの!」 「ああ、そう……。 っていうか、ジャージじゃん……。着物どうしたの。 前髪も上げちゃって……」 「久しぶりに会うから気合い入れてただけ。こっちが普段着。 よし行ける行ける行ける! 殺せ殺せ! 死ね! 死ね死ね!」 「……」 ジャージを着た鬼が、クーラーがんがんにきいた部屋で死ねを連呼しながら恐ろしくハイスペックな環境でネトゲ。 いいのか、それで。イメージと全然違うぞ。現代のテクノロジー完全に使いこなしてるじゃないか……。 「で、なに?」 「あ〜……そろそろ、晩ご飯」 「このダンジョン終わったら行く〜」 「わ、わかった」 「あ、あ〜! だからヘイト考えろって〜〜〜!! も〜〜〜!!」 「…………」 邪魔しないように、そっと部屋を出る。 まさかモニターの向こう側の人たちも、一緒に戦ってる仲間が人外だとは思うまいて……。 事実は小説よりなんとやら……だな。ほんとに。 座布団の上に座り、桔梗の動きをなんとなしに追う。 台所と居間を何度か往復して、ちゃぶ台の上に料理を並べてくれる。 カレーに、スープ、サラダ。それとなぜか大根の煮物。 いい匂いだ。うまそう。 「う〜、疲れた、ゲームをすると腹が減るのぅ……。 おっ! カレーか! いいのぅいいのぅ!」 伊予も、お腹をかきながら居間に入ってきた。 ……おっさんかよ。へそ見えてるぞ。 「どうぞ。お茶です」 「ありがとう。よし、これで全部かな」 「はい。では、ごゆっくりと」 「あれ? 桔梗は? 食べないの?」 「これはお母様が真様のためにご用意したお食事で ございますから。わたくしが口にするわけには」 「あ、わたしの分も無いではないか! な〜ぜ〜じゃ〜〜! わたしも食べたい!」 「わたくし共はいつも通り出前を頼もうかと……」 「ピザもそばももう飽きたのじゃ! 真と一緒のがいい!」 「今までそんなの食べてたの?」 「買い物に行くわけにもいかんじゃろう。ネットで注文。 カードで支払い。玄関に置いておけとメモ。誰に会わずとも 食事にありつける。便利な世の中になったもんじゃ」 「へぇ……。カードって、爺ちゃんの?」 「はい。幾ばくかの生活費を遺してくださったので」 「そっかぁ……。そんな生活してたのか……。 うん、じゃあ、今日からは一緒に食べよう」 「お、いいのか?」 「いいよ、たくさん作ってくれてるみたいだし。 三人分なんて余裕であるでしょ。遠慮しなくていいから」 「しかし……伊予様はともかく、わたくしは……。 主と食事をご一緒するなど、いけません」 「頼むよ。やっぱり偉そうにふんぞり返るのは性に合わない」 「……。では、わたくしは別室で……」 「桔梗。真の意を汲んでやれ」 「……」 「わかりました。ご一緒させていただきます」 「うん、一緒に食べよう」 「はい。ではもう少々お待ちくださいませ」 少し困ったように笑いながら、桔梗が台所に戻る。 せっかく一つ屋根の下で暮らすことになったんだ。食事が別々なんて、ちょっとね。 「ん〜、久々の手料理じゃ。うまいのぅ」 「もう食べてるし……。桔梗が来るまで待てよ。 っていうか、それ俺のだろ」 「真のものはわたしのものじゃ。 おぬしはサラダでも食っとれ。ひぃ〜、ちと辛いのう。 わたしは甘口が好きじゃ。だがうまいっ」 「あんまり畏まられても困るけど……伊予は、あれだな? 俺を敬う気ゼロだな?」 「なぜ敬わねばならん。真の家来になったつもりはないぞ」 「なんで。鬼ってそういうもんなんでしょ」 「誰が鬼じゃ誰が」 「え、違うの?」 「なんじゃ。そんな勘違いしておったのか。 違う。わたしは鬼ではない」 「じゃあなんなの」 「おじじが話したのは坊主と鬼と、なんじゃった?」 「なにって……え、まさか」 「そう。なにを隠そうこのわたしは――」 「かの有名な座敷わらしじゃ!」 「……」 「あ?」 「ざ・し・き・わ・ら・し・じゃ」 「……」 「なんじゃその顔は」 「どこにジャージ着たネトゲ廃人の座敷わらしが いるんだよ……」 「ここここ。ここにいる」 人差し指で自分を指す。 うそくせぇ〜……。信用できねぇ〜……。 「ほ〜〜ぅ。疑っておるのか」 「だって、髪の色もなんだよ。染めてるの?」 「地毛じゃ」 「え〜、座敷わらしって言ったら黒髪でしょ〜。 ぜんっぜん和風じゃないじゃん。嘘くさ」 「ほっほ〜〜〜〜ぅ? いいのか? わたしの機嫌を損ねて」 「座敷わらしは悪戯好きと相場が決まっておる。 想像を絶する悪戯を仕掛けるぞ、毎日」 「ちゃちな仕返しだな……。 たとえばどんな?」 「そうじゃのう……。昔よくやったのが、あれじゃな。 わたしが見えないことが条件じゃが、 こう、手に赤い絵の具を塗りたくるじゃろ?」 「それでの? 洗面所で顔を洗っておる者に、 そ〜〜と近づいて……」 「鏡をバーーーン!! じゃ。突然血の手形がついて、 ギャーー! と悲鳴をあげる様が愉快での。真の父親なんぞ 幼少の頃それで腰抜かしおったわ。ひゃっひゃっ」 「……おいちょっと待て」 「おん?」 「うちの父さんにトラウマ植えつけたのお前かっ!!」 「この家で起こった心霊現象のすべては、 わたしの可愛い悪戯じゃな!」 「……なに胸張ってんだよ。 幸せどころか恐怖運んでどうするんだ。 やっぱり座敷わらしじゃないだろお前」 「ほ〜〜、まだ言うか。試しに家を出てみようか? 福を呼ぶわたしがいなくなったらこの家一瞬で没落するぞ? いいのか? んっ?」 「すみませんでしたそれはやめてください」 「わかればよい、わかれば」 ふふんと鼻を鳴らして、スプーンをぱくり。 座敷わらしって、もっと無垢なイメージだったんだけど……いいのか、こんな邪念まみれで。 さっきも死ねとか言ってたぞ……。 「どうぞ。伊予様の分、お持ちいたしました」 「うむ」 「いやうむじゃなくて。 もう食べてるんだからそれ俺のだろ」 「わたしは二人分食べる。だがサラダはくれてやろう」 「なんて食い意地のはったやつだ……」 「真様の分、お持ちいたします」 カレー二人分を確保した伊予に苦笑を浮かべ、桔梗はまた台所へ。 自分の分の食事と俺の分を持ってきてくれて、伊予の隣に腰を下ろす。 「よし。じゃあ改めて。いただきます」 「はい、いただきます」 「あ、おかわり」 「そっちの皿を食えっ」 「冗談の通じんやつじゃのぅ……」 「ふふ」 伊予に遅れて、俺たちも食事開始。 うん、うまい。 しばらく母さんの料理は食べられないからな。しっかり味わおう。 「ひゃて、まひょひょよ」 「あ?」 「むぐ……んっ。こほん。さて、真よ」 「口の周りにカレーついてるぞ」 「細かいの……。話が進まんじゃろ」 「伊予様」 桔梗がティッシュを取り、手を伸ばす。 口を拭いてもらいながら、伊予は続けた。 「さっきの、ん、話の続きじゃ。 そろそろ聞く準備もできておるじゃろ」 「ああ、うん。八代目当主として、町を守護……だっけ?」 「八代目とか当主とか、そこらへんは大げさだけど…… なんとなくわかる。でも町を守護ってなにすればいいの。 鬼と一緒に妖怪と戦えとか?」 「ふはっ、中二か」 「……おい」 「怒るな。桔梗、話してやれ」 「はい。真様のお役目は、町を彷徨う霊魂を 鎮めることにございます」 「鎮める……? って、どういうこと?」 「もちろん戦ったりはせんぞ? 主に対話じゃな。 なにか理由があってこの世に留まっている連中を、 あるべき場所へおくってやる。それが真の役目じゃ」 「成仏させる、ってことか」 「はい。なにも難しく考える必要はありませんし、 お役目を生活の中心に据えていただく必要もございません」 「もし目の届く範囲、手の届く範囲に、 行き先を見失った者たちがいたのなら」 「手をさしのべて欲しい。たったそれだけでございます」 「うぅん……なんとなくわかるような、わからないような」 「どうやって成仏させるかは、その霊が抱える問題による。 ここでは話しようがない」 「明日にでも霊を探しに出かけてみるといいじゃろう。 実際に会ってみんことには、ピンとこんじゃろうしな」 「確かにそうかも。でも、一つ。 いきなりこんなこと聞くのもなんだけど……」 「もし俺が気づいてあげられなくて、ずっと霊が 彷徨い続けることになったら、どうなる?」 「多くの場合は勝手に成仏するか、同じ行動を繰り返すか。 特別なにか起こる、ということは希じゃの」 「じゃあお役目っていうのは、なんのために」 「霊とは本来、常世にあるべき存在です。 現世を彷徨っているのは、強い思い入れや無念がある者、 弔ってもらえなかった者、死にすら気づいていない者……」 「そういった者たちでございます。 確かに、捨て置いても多くは現世に影響がございません。 ですが――」 「手をさしのべねば、永遠に彷徨うことになるかもしれぬ。 死してなお、なぜそのような苦痛を味わわねばならぬのか。 成仏できぬ死者で溢れる町が、なぜ正常と言えるのか」 「真の役目は、精一杯生きた者たちを、 もう休んでいいんだよと、そっと抱きしめてやることじゃ。 立派な仕事だとは思わんか?」 「それが爺ちゃんが背負ってきた役目、か」 「おじじのおじじも、そのまたおじじも。 この町は、加賀見家がずっと見守ってきたわけじゃな。 やりたくないというのならば、止めんがの」 「……」 「なんじゃその沈黙は」 「考えていた。やるよ。 思う。立派な仕事だ」 「うむ、いい返事じゃ。期待しておるぞ」 「わたくしもお手伝いさせていただきます。 なにかあれば、なんなりと」 「うん。また色々聞くと思う。とりあえず、 明日出かけてみよう。伊予の言う通り、 彷徨っている霊っていうのに会ってみたい」 「ほほぅ、積極的じゃのう。 もっと、こう、ごねるかと思ったんじゃが。 ありえない〜、とか」 「伊予が座敷わらしってことに比べたら、 だいたいのことは受け入れられるよ」 「な、なんじゃ! まだ疑っておるのか!!」 「伊予様、またお口元が」 「拭いて〜」 「ふふ、はいはい」 伊予が口を突き出し、桔梗がそっと口元を拭う。 微笑ましく見つめ、俺もカレーをがっついた。 なんだか、子供のころに戻ったみたいだ。 伊予とぶっ倒れるまで遊んで、お手伝いさんたちがいて……。 懐かしい、子供のころの思い出だ。 俺が平然としていられるのは……たぶんその思い出のおかげだろう。 ただ、本音を言えば……まだ混乱してる。わけわかんないって気持ちが半分くらい。 なにこの状況をすんなり受け入れてるんだよって、そんな気持ちも少しだけ。 でも爺ちゃんがずっと、やってきた仕事なら。 俺を見込んで、託してくれたのなら。 精一杯、その期待には応えたいと思う。 死に目には……会えなかったから。 せめてそれを、最後の孝行としたい。 よしっ、明日からがんばろう。 俺の想像を、大きく超えてしまったけど―― 「おかわり!」 「あ、俺も!」 「はい、すぐお持ちいたします」 新しい生活の始まりだ! 爺ちゃんの家に引っ越して、二日目。 そこそこ早めに起きて、残っていた荷物の片付けに取りかかる。 今日は色々とやることがあるからな。 めんどくさいことは、さっさと済ませてしまおう。 「お、なんじゃこれは。難しそうな本じゃのぅ」 「講義で使ってる参考書。 内容はほとんど理解してないけど」 「ほぉう……大学で使っておるのか。 どこにしまえばよいかの」 「そこに置いといて。あとで俺の部屋に持ってく」 「心得た」 伊予も手伝ってくれて、片付けはテキパキと進む。 台所から、ほのかにいい匂い。 気づけば、そろそろお昼時。 ま、ある程度整理できたし、とりあえずはこんなところかな。 「真様、伊予様、お食事の準備ができました」 「ナイスタイミング」 「おぉ、もうそんな時間か。メニューはなにかの」 「シチューじゃない? 昨日母さんがカレーと一緒に作ってた」 「はい。お米も炊いたのですが、必要なかったでしょうか」 「いるいる〜。シチューかける〜」 「俺はとりあえずいいや。あとでもらうかも」 「かしこまりました。すぐにお持ちいたしますね」 一度台所に引っ込み、お盆に皿をのせてすぐに戻ってくる。 数回往復して、配膳終了。 クリームシチューに、昨日の煮物の残り。母さんのおかげで、今日もまともな食事にありつける。 「じゃあ、いただきます」 「いただきま〜す!」 「いただきます」 スプーンを手に取り、ふぅふぅと冷ましてから味わう。 うん、うまい。 俺がしばらく困らないように、たっぷりと作ってくれていた。 三人でももう少しはもつだろう。母さんに感謝。 「あぁ、そうでした。一つご報告が」 「うん?」 「真様のお母様が作ってくださったお食事ですが、 残りが少々怪しくなってまいりました。 お夕飯は……三人分には足りないかもしれません」 「えぇ? 昨日のカレーは? まだ残ってたはずだけど」 「そのはずだったんですが……」 桔梗が、申し訳なさそうに目を伏せる。 ほぼ同時、露骨に伊予が顔を背けたのを俺は見逃さなかった。 「……なんだその顔」 「な、なにがじゃ?」 「……」 「は〜、ざ、残念じゃなぁ……。 もうしばらくは手料理を楽しめるかと思ったんじゃが……」 「お前か」 「う……」 「……」 「な、なんの話かの」 「正直に言いなさい」 「……」 「お、遅くまでゲームしてて……。 夜中にお腹すいたから……その……」 「食べちゃったの?」 「……」 「……うん」 「全部?」 「……ぜ、全部」 「……」 「……」 「昨日何回もおかわりして夜中にまた食べるとか……」 「ま、まこちゃんだっておかわりした!」 「き、急にまこちゃんって呼ぶなよ! 俺がおかわりしたのは一杯だけ。 伊予みたいに四杯も食べてない」 「うぐっ、ぐぬぬ……っ! もっと大事に食べればよかった……!!」 スプーンを握り締め、わなわなと震える。 ……こいつ、反省してないな。 「今日のお夕飯から、どうしましょう? 食材さえご用意していただければ、 わたくしがなんとかいたします」 「あ、料理できるんだ?」 「最低限ではありますが、一応は。 買い物は無理なので、真様にお願いすることに なってしまい恐縮ですが……」 「ああ、いいよ。買ってくる」 「駄目じゃ。許さん」 「はぁ? なんで」 「あまり桔梗に頼りすぎては真のためにならん。 のぉ、桔梗よ」 「あぁ……はい」 「食事くらいは自分で作れってこと?」 「そうではないが、それに近い。 とにかく、桔梗に頼りすぎるな」 「ただでさえ右も左もわからん時期じゃからの。 依存心が芽生えてしまっては、真が駄目になる」 「食事は……そうじゃのう。このあと出かけるんじゃろ? 帰りに弁当でも買って参れ。久しぶりに大木屋の デラックス幕の内が食べたいのぅ」 「大木屋って、商店街の弁当屋? 別にそれでもいいけど……。一つだけ、いいか?」 「なんじゃ」 「お前のせいで食事に困ってるのに、 なんで偉そうなんですかね」 「はい、すみません」 「ふふ、食べましょう。冷めてしまいます」 「うん。ああ、そうだ。さっき伊予も言ってたけど、 食べたら出かけようと思う。 お役目のこと色々教えて欲しい」 「はい。ご同道させていただきます」 「うむ、励めよ」 「だからなんで偉そうなんだ」 「カレーのことはもう忘れましたぁ〜」 「うわ、最低だこいつ」 「ふふふ」 他愛もない会話を交えながら、食事を進める。 このあとようやくお役目を、か……。 なにが起こるやら。 期待半分、不安半分……って感じかな。 昼食を終えしばらくゆっくりしたあと、桔梗と二人で家を出る。 さて、これからお役目について学ぶのはいいんだけど……。 「町を彷徨う霊魂っていうのを、探すんだっけ?」 「はい」 「どう見つければいいんだろう。 地道に探すしかないのかな」 「そう、ですね。わたくしが霊を感知できれば 早いのですが……なかなかそういうわけにも」 「見かけたとしても、霊だと気づけないこともあります。 事故でなくなった方などは、事故当時の傷が残っている 場合があるので見た目で判断できるのですが……」 「自分が死んでいると気づいていない方などは、 本当に普通の人間のように振る舞っておいでですので、 簡単には」 「そっかぁ……周りの人の反応とかで判断するしかない、 ってことか」 「そうなります」 「難しいな。ちゃんと見つけてあげられるかどうか」 「見つけられないのが普通と考えていただいても。 ですが……ここ数年は体調のこともあり先代が お役目を十分に果たせていなかったようですので……」 「遭遇率は高いかも?」 「はい。しばらく忙しくなるかもしれません」 「わかった。とりあえず、ここらへんを回ってみようか」 「はい。かしこまりました」 「人気のないところのほうがいい?」 「いえ、その限りでは」 「そっかぁ、じゃあ本当に地道に探すしかないなぁ」 桔梗と話しながら、気の赴くままに進む。 こうやってこの町を歩くのは、随分と久しぶりだ。 お役目のことはまだピンと来ていないからなんとも言えないし、せっかくだからゆっくり歩いて、思い出を振り返ろう。 なんて、のほほんと構えていたんだけど……。 「あっつ……」 あまりの暑さに、一時間ほどで音を上げた。 日差しを避け商店街のアーケードに逃げ込み、冷たいお茶をごくごくと飲む。 「桔梗も飲む?」 「いえ、わたくしは。 汗はかいておりませぬので」 「そんな暑そうな格好してるのに……。 鬼ってすごいんだな」 「ふふ、いえ。ほとんど人と変わりありませんよ。 ただわたくしが、食事などをあまり必要と していないだけで」 「そういえば、少食だよな。桔梗は」 「はい。ですが、他の鬼はもっと食べると思いますよ。 伊予様くらい」 「うちの家計が心配だ」 「ふふふ」 ペットボトルに口をつけながら、軽くあたりを見渡す。 特に不自然さは感じない。 なんの変哲もない、ただの日常風景。 「霊なんて本当にいるのか、って思えてきたよ」 「そうですね……。元々死が溢れるような町では ございませんから。先代も一月か二月に一人見かけると、 最近はよく霊に出会うと感じるほどだ、と」 「ふぅん……なるほど。でも数ヶ月に一人計算でも、 数年で結構な数の霊が路頭に迷ってそうだけど……。 あそこで寝てるおじさんは?」 「昼間から飲んだくれている、ただの人間」 「動物もあり? さっきからこっちを見てるあの猫」 「お店の看板猫」 「じゃあ、あっちに止めてあるボロい自転車」 「物に魂が宿ることはありますが…… あれはただの放置自転車でしょうね」 「そりゃそうか」 お茶をもう一口。 この一時間、ずっとこんな調子だ。 公園のベンチに横たわっていたのはただのホームレス。 線路近くで微動だにせずカメラを構えていたのは、ただの鉄道マニア。 霊なんてどこにもいない。 「あ〜あ、遭遇率ひっく……。いない方が 好ましいんだろうけど、なおさら実感が わかなくなってきた。担がれてるんじゃないかって」 「真様」 「うん?」 「もう少々、声を抑えた方がよろしいかと」 「へ?」 「わたくしの姿が他の方々に見えていないことを…… お忘れなきよう」 「あ……」 気づくと、目の前を通り過ぎる人たちが、俺のことをちらちらと見ていた。 すぐ近くにいる学生の女の子なんかは、こっちをガン見してる。 背後のショーウィンドウには当然俺しか映っていない。つまり……。 「……完全に不審者だ、俺」 「と、思われかねないですね」 「……」 「……行こうか」 「はい」 「あ、あの」 「えっ?」 立ち上がってすぐ、声をかけられた。 こっちをじっと見ていた、あの女の子だ。 な、なんだ。警察とか呼ばれたりしないだろうな……。 「と、突然ごめんなさい。少しだけ……いいですか?」 「は、はい。なんですか?」 「犬を、探してるんですが……見ませんでしたか?」 「え、犬?」 「はいっ、えっと、柴なんです。豆柴。 これくらいの大きさで……小っちゃくて……」 身振り手振りで、一生懸命に説明を続ける。 そうか、飼い犬を探してるのか……。 「それで、お間抜けな顔もしてて……。 あぁ、こんな説明じゃわかんないですよね……」 「写真とかは?」 「なくて……」 「そっかぁ。うん、わかった。野良犬自体珍しいし、 見かけたらわかると思う。知らせるよ、見つけたら」 「あ、ありがとうございます! よかった……。親切にしてくれたの、 あなた方が初めてです。ありがとうございます!」 「あ、私、滝川琴莉って言います! 商店街を出て、まっすぐ進んだところにある家に 住んでます!」 「ああ、これもわかんないですよね……。 ごめんなさい。私、携帯とか持ってなくて……!」 「滝川さんね。大丈夫。 電話帳とかで調べればわかると思う」 「は、はいっ。では、よろしくお願いします! 失礼します!」 ぺこっと頭を下げて、駆けていく。 夏休みに、制服。部活から帰ってきたら愛犬が……ってところか。気の毒だな。 「お役目は空振りだし、 飼い犬探し、手伝ってあげてもいいよね?」 「はい。ですが……」 「あくまでもお役目優先?」 「いえ、そのようなことは。 あの子……」 「……」 「あなた方、と」 「え?」 「わたくしのこと、見えていました」 「え、じゃあ俺と同じ……」 「はい。霊視の力を持つ少女。 滅多にいるものではございません」 「この出会い、大切にした方がよろしいかと」 「ってことは、犬探しに?」 「賛成です」 「よかった。あの子が行った方向と、逆を探してみよう」 「はい」 ペットボトルをクズカゴにいれ、歩き出す。 俺や爺ちゃんと同じ体質の女の子、か。 年下の女の子。男としてはそれだけでも悪くない、ってね。 がんばって探そうか。 ……。 けど、あの子との出会いが俺の運命を大きく変えることになるとは―― このときは、思ってもみなかったんだ。 「なんてな」 「はい?」 「いや、行こう」 「はい」 あれから、しばらく歩き。 かなり遠くまで足を伸ばしてみたものの、残念ながらまた空振り。 犬も見つからなければ、霊なんて影も形もなく。 気がつけば、空は茜に染まっていた。 「今日はこれくらいにしておきましょう。 随分と歩きました」 「そうだな。そうしようか」 なにも成果はなかったけど、犬と霊の探索は切り上げて、帰路につく。 一度商店街に戻って、夕飯の弁当を買っていくことにした。 「のり弁二つと、デラックス幕の内のお客様〜」 「ああ、はい」 「1500円です」 「えぇと、はい、ちょうど」 「毎度ありがとうございま〜す」 弁当の入った袋を受け取り、少し離れた場所で待っていた桔梗のもとへ。 「お待たせ、伊予のが一番高かったよ……」 「ふふふ。こういうことも、わたくしが 出来ればよかったのですが……」 「いいよ、たいした手間じゃないし。 桔梗に頼りすぎるなって言われてるしね。 行こう」 「はい。お持ちいたします」 「大丈夫」 袋を下げ、歩く。 「……」 が、数歩進み立ち止まった。 「真様?」 「ちょっと遠回りしてもいいかな」 「はい。もちろん」 「ありがとう」 商店街を出て、右に曲がるところを左へ。 できる限り人通りが少なそうな道を選んで進む。 そっちの方が、犬を見つけられるかもしれないと思ったから。 けど、見つからない。 やっぱりそう簡単にはいかないか。 霊はともかく、せめて犬のことは見つけてあげたかったな……。 「……このくらいにしておこうか」 「はい」 「コンビニにも寄っていこうか。 明日の朝メシとかもついでに……」 と、諦めかけた……そのとき。 「あれ?」 あの子が、道ばたでぼぅっと佇んでいた。 よくよく見れば、足下には犬が。 豆柴だ。よかった、見つかったんだな。 このまま通り過ぎるのも寂しいし、声をかけていこう。 「滝川さん」 「……? あっ……!」 俺に気づき、笑顔を浮かべこっちに駆けてきた。 「や。よかったね、犬――」 「コ、コタロウ見つかったんですか!?」 「? え、見つかった、って……」 「あ、す、すみません。コタロウって名前で……。 み、見つかりましたか?」 「いや、犬は――」 「真様……」 桔梗が俺の言葉を遮るように、耳元で囁く。 「見えていないようです」 「……なんだって?」 視線を、滝川さんの足下へ。 尻尾を振り、寄り添うようにお座りしている。 気づけないはずがない。 なのに、滝川さんは犬なんていないように振る舞う。 「まさか……」 「はい。既に……現世の住人ではないのでしょう」 「え、っと……?」 「ああ、いや。 ……実は、犬は見つけられなかったんだ」 「あ……そう、ですか……」 「ごめん、力になれなくて」 「いえ、そんな! こんな時間まで探してくれて、 ありがとうございます!」 「いやぁ、俺も色々用事があって、動き回ってたから。 えぇと……ぼ〜っとしてたみたいだけど、 どうしたの?」 「え、あ、し、してました?」 「大丈夫? 俺んちすぐ近くだから休んでいっても……って いきなり誘っても怪しいだけか」 「いえっ、ふふっ、ありがとうございます! 大丈夫です!」 「ここ、散歩コースなんです。 いつもこのくらいの時間に、この道を通ってました。 だからこのへん歩いてれば会えないかなぁ……って」 「でも、会えませんでした。 どこ行っちゃったんでしょうね、コタロウってば」 「……」 どう、言葉をかければいいのか。 明るく振る舞っていても、ふとした表情に心配と不安が見てとれて。 下手な励ましなんて、言えるはずがなかった。 「あっ、そうだ。お名前……」 「あぁ、加賀見っていうんだ。加賀見真」 「加賀見さんですねっ、今日はありがとうございました。 じゃあ、あの、私、もうちょっとそこらへん 見てくるので!」 「……。うん、気をつけて。 俺も、手伝う。見つかるまで」 「わ、ありがとうございます! ではでは! 失礼します!」 頭を下げて、駆け出す。 犬は追いかけようとしたそぶりを見せたものの、結局その場に留まったまま。 お座りをして、ぱたぱたと尻尾を振って。 飼い主だった女の子の背中を……見送っていた。 「……」 見ていられずしゃがみこみ……犬の頭を、そっと撫でる。 ……霊にも、触れられるのか。 毛のふわふわとした感触。確かな存在を感じる。それなのに……。 「……体温を感じない」 「霊には血が通っておりませんので」 「……」 「なんて伝えればいい。 あんなに必死に探してる犬が……もう死んでるなんて」 「そうですね……。 しかしなぜ……気がつかなかったのでしょうか。 わたくしの姿は見えたのに……」 「……桔梗にわからないなら、俺にもわからない。 それに……」 「この犬もどうして追いかけないんだろう。 せっかく飼い主と会えたのに」 「……」 「もしかしたら」 「うん」 「この場所になにかあるのかもしれません。 伝えたい、なにかが」 「なにか……」 「……」 散歩コースだと言っていた。 ここであの子を待っていたということなら、納得できる。 でもそれなら、もうこの場所に留まる理由はないはずだ。 この場所で、この犬になにがあった。なにがこの犬を、ここに縛りつけているんだ。 ……わからない。 まさか犬と霊を一緒に見つけちゃうなんて……。 なんて皮肉だ。 「一度……家に戻りましょう。 これ以上はお体に障ります」 「……」 「わかった」 「また……来るからな。それまで待っててくれな?」 くしゃくしゃと頭を撫で、立ち上がる。 犬はやっぱり、その場から動かなくて。 何度も振り返る俺を……そのつぶらな瞳でじっと、見つめていた。 「ふむ……犬の霊と不完全な霊視の力を持つ少女か。 興味深いのぅ」 弁当の鮭をほぐしながら、ふんふんと伊予がうなずく。 伊予にとっても、珍しい事例のようだった。 「しかし……どういうわけでしょう。 鬼が見えて霊が見えない道理はないはずですが……」 「ありえんというわけでもない。真と会話をしている 桔梗が見えた。ならば、真が撫でている犬であれば 見えていたかもしれんな」 「? どういうこと?」 「特になんてことない写真でも、ここの模様が顔に見えると 誰かが言えば、そう見えてくるものじゃろ?」 「えぇと、俺が桔梗と話していたから、あの子も 桔梗に意識がいった、ってことで合ってる?」 「そういうことじゃな。おそらくは、意識の外にある存在に 自ら目を向けられるほど、その娘の力は 強くないんじゃろう。あと考えられるのは……」 「……いや、やめておこう。 憶測だけならばいくらでもできる。 今はとにかく、その犬じゃ」 「はい。あのまま縛りつけておくのは、あまりにも不憫。 真様、どうか救ってあげていただけないでしょうか」 「それはもちろん。 ただ、なんていうか……やっとわかった気がするよ」 「うん?」 「重いな……。お役目っていうのは」 「そうじゃろうな。死に関わるということは、 残された者たちにも関わるということじゃ」 「その犬だけでなく、飼い主の娘の魂をも救う。 この町に住む者たちに、心の平穏を。 それが加賀見家の当主たる、真の役目じゃぞ」 「……ああ。当主なんて全然ピンとこなかったけど、 やっと責任が芽生えた」 「しっかりやらないとな……。 あの子のためにも、しくじれない」 「惚れたか?」 「馬鹿言うなよ」 軽くあしらいながら、白身魚のフライにかぶりつく。 しかし、やる気になったのはいいけど……どうしたものか。 「滝川さんに犬の霊に気づいてもらうのが 早いといえば早いけど……」 「見える保証はないぞ。あくまでも憶測じゃ」 「そうだよな……。でもどっちにしろ、 ここにキミの犬がいるんだ、なんて言えないよな。 俺だったら信じないし、信じてくれたとしても残酷すぎる」 「ならば、確実に目で見える物を探してやればよい」 「たとえば?」 「遺体じゃ」 「そのものずばりだな……」 「ある意味、霊体に気づかせるよりも残酷ではあるが……。 それが一番よい」 「遺体を見つけ、飼い主の娘と共に弔ってやれ。 さすれば、犬も成仏できよう」 「そ、か……。遺体、か……」 「おそらく、あの付近に。 自分はここにいると……伝えたいのではないかと」 「手当たり次第探したいところだけど、 思いっきり住宅街だもんな。不審者過ぎる」 「それに、誰かに拾われた末にって可能性もあるし、 どうしたもんか。いっそ、あの犬と話せれば いいんだけど……」 「ああ、それならば可能ですよ」 「えっ?」 まさかの言葉に、口に入れかけたきんぴらをぽろりとこぼした。 ま、まじで? 「鬼って、動物と話せるの?」 「わたくしには無理ですが、 可能な者を生むことはできます」 「んっ? んん??」 「鬼は新たな鬼を生みだすことができる。 そしてその主は、生みだされる鬼にある程度 任意の能力を与えることができる」 「のう、りょく? 俺が? 与えるの?」 「はい。お役目に必要な能力を、真様のご随意に」 「時を止めたりとか?」 「そこまでは無理じゃ。限度がある、限度が。 中二か」 「うるさいな。まぁ……よくわかんないけど、 桔梗にもなにか能力が?」 「そうですね……。わたくしは少々特殊な鬼で ございますので、能力と言えるような能力は」 「ただ強いて言うならば、真様のお世話をするために 必要な知識と、主のおそばを離れても活動できるだけの 力を与えられております」 「主……。爺ちゃんのことだよな」 「はい。本来、鬼の生と死は主と共にありますので。 そういった意味で、わたくしは本来の鬼とは 性質が異なります」 「そっ、か。だからみんな……」 爺ちゃんと一緒に逝ってしまったのか……。 本当に……桔梗は俺のためだけにここに留まっているんだな。 「えぇと、じゃあ……動物と話せる能力の鬼を、 桔梗に生みだしてもらえばいいんだな?」 「そのような限定的な能力でよろしいですか?」 「え?」 「そんな力、次はいつ活用できるかわからんぞ。 霊は動物ばかりではない」 「ああ、そういうことか。……じゃあ、どうしよう。 爺ちゃんは、どんな能力を鬼に?」 「そうじゃのう……おじじが最も頼りにしとったのは、 牡丹という鬼じゃ。残留思念を読み取る能力を持って おった。サイコメトリー、と言えばわかりやすいかの」 「物や土地に留まった思念、人や動物の、声にならぬ声。 そういうものを読み取ることができる」 「そうか。そういう汎用的な力なら……動物と話す能力の 代わりになるってことか。その力であの場所や犬の思念 っていうのを読み取れば」 「なぜ動かないのか。その理由がわかるかもしれません」 「なるほど……。いいな。お役目以外でも活用できそうだし」 「鬼の力を濫用するのは感心せんが……。 ま、おすすめじゃの。最初に生みだしておくとよい。 頼りになるぞ」 「うん。そうしよう。桔梗、お願いします」 「はい。では、鬼を生む準備に入ります。 ですが、わたくし一人では」 「そうか、能力は俺が与えるんだっけ。 なにをすれば?」 「大きく分けて……やり方は二通りあります」 「うん」 「まず、どちらの方法でも共通しているのは、 真様にこれから生まれてくる鬼を、強く思い描いて いただくこと。鬼の外見と力は、その思いに左右されます」 「思い描く……わかった」 「次に……主従の紐付けを行うために、 ある物を分け与えていただきます」 「ある物? なに?」 「真様の魂が色濃く溶けた……血液か――」 「精液を」 「せ……」 「……」 「えっ?」 血液と……なんだって? 「ちょ、ちょっと待った。えぇと、それはどういう――」 「つまり血を抜くか、セックスしろってことじゃ」 「ぶほっ!」 驚きすぎて思いっきりむせた。 せ、せ、せっ、セッ……!? 「な、なな、なに言って……!」 「ほほぅ、その反応……。さては童貞じゃな?」 「う、うるさいな! からかうなよ!」 「からかってなどおらん。あくまでも儀式じゃ。 おおげさに反応するほうがおかしい。 いやらしい想像をするな」 「んぐ……っ! じゃあ、血、血だよ! セ、セックスとか、ぶっ飛びすぎだ。俺の血をやるっ」 「そちらは……あまりおすすめできません」 「ど、どうして」 「血をもって生み出された鬼は……血の味を覚えております。 ですので……飢えれば、欲します。真様の血を、大量に」 「その言い方だと……貧血で済まないってことだよな」 「……二代目は鬼に喰われて死んだ。 まだ鬼を使役する技が未熟だった頃じゃ」 「それ以後、研究を重ねに重ね、精液が血液の代わりに なることがわかった。むしろ、精液のほうが鬼との 繋がりが強くなることもな」 「それはどうして?」 「精液とはつまり、子種にございます。いずれ一人の 人間となりうる小さな命が、無数に。贄としてどちらが ふさわしいか、比べるまでもございません」 「子種って……ちょっと待ってくれ。 生まれてくる鬼って、俺の子供みたいな存在ってことか?」 「違う。贄と言ったじゃろう。言うなれば、子種はエサじゃ。 生命の源を喰らう代わりに、お前に従ってやるぞ、とな」 「……契約ってことか。 えぇと……飲ませれば、いいの?」 「セックスって言ったじゃろうが。 ちゃんとパンパンして流し込め、中に」 「おまっ、なんでそういうことためらいなく 言えるんだよ……」 「これくらいで恥じらう時期はとうに過ぎた。 言っておくが、血でも同じじゃぞ? 真の血を抜き桔梗の膣から体内へ、じゃ」 「ま、まじで?」 「……はい」 桔梗が少し恥ずかしそうに、うなずく。 ど、どっちにしろ、性的なことをしなくちゃいけないってことか……! 「なにを悩む必要がある。セックスするだけで鬼と 契約できるんじゃぞ? しかも血を抜いて痛い思いを するよりも、はるかに強い主従関係が生まれる」 「って、言われてもなぁ……。 生け贄とか言われると……」 「よもや、子種を贄に捧げることに抵抗を感じておるわけでは あるまいな。おぬし今までに何回オナニーした。 既に幾億万もの子種を無為に散らせておるではないか」 「お、おい、だからそういうこと言うなっつぅの」 「いいや、真が答えを出すまでやめんぞ。 血を与えればいつ襲われるかわからん。 だが精液ならばどうじゃ」 「生まれてからは無理にセックスする必要はないぞ? 適当に生フェラごっくんさせれば、未来永劫鬼は真に従う。 不能になっても、鬼は不満に思いこそすれ殺しはせん」 「もう答えは出ておるじゃろう。 セックスじゃ、セックスしろ。 オナニーのついでじゃと思え。セックスじゃセックス!」 「おいおい待て待て! そのあどけない顔で 卑猥な言葉を連呼するな!」 「せーっくす! せーっくす!」 「だからやめろ! こっちが恥ずかしくなってくる! お前ほんとに座敷わらしか!」 「真はオナニーーーー中毒うぅぅうううううう!!」 「お前今それ関係ないだろうがぁぁああ! わかった! わかったよっ! する! するからっ!」 「ほぅ」 ようやく口を閉じ、にやりと笑う。 くそっ、ほんと性格悪いなこいつ……。 「よろしい。桔梗、儀式の準備じゃ」 「はい。真様、よろしくお願いいたします」 「う、うん。よろしく……どうぞ」 「はじめてのようじゃ。優しくしてやれ」 「おいっ!」 「ふふふ、まずは食事を済ませましょう。 儀式は、それからです」 「わ、わかった……」 「……」 「い、いや、いいや。先に風呂入ってくる。 湯、沸いてる?」 「は、はい。沸いておりますが……。 お食事はどうされますか?」 「食欲なくなった」 「え、もったいない。食べていい?」 「どうぞ」 箸を置き、立ち上がる。 ……じっとしてるのは無理だ。 伊予の言うとおり、まぁ、俺は……アレなわけで。 胸中を悟られないように、足早に居間を出た。 「……」 「やはり、抵抗があるのでしょうか……。 わたくしのような鬼と……まぐわうことに」 「さて、どうじゃろうな」 「……」 「ふふん、緊張か。ういやつよのう」 「……」 浴槽の中で、体育座り。 昂ぶっているせいか、早くものぼせそう。 俺が来なかった間に家の一部、主に水回りをリフォームしたそうで、風呂場はかなり綺麗。だからなんだか、別空間に逃げ込んだ気分。 だからといって、平静を保てるわけでもないんだけど。 これから桔梗と……。 ……。 急展開過ぎる。 心の準備がまったくできていない。 お役目のためだ。伊予の言うとおり、いやらしい想像をするべきではないけど……。 「無理だろぉ……」 ぶくぶくと、湯船に沈む。 鬼とは言え相手はあの美人だぞ。ぶっちゃけ、どストライクだっつぅの。 せめて経験済みだったらもうちょっと冷静でいられたのかもしれない。 でも残念ながら、まだ経験なしだ。 大学に入ったばかりのころは、もう少しいい青春をおくれると……そう思っていたんだけどな。 ……。 あいつ、どうしてるのかな。 ……もう随分と会っていない。 「……ん?」 洗面所で、物音。 誰かいる……? って、え、ちょ、待て待て……! 「まこと〜! 久しぶりに一緒にお風呂入ろうぜ〜〜!!」 「おぉい!!」 勢いよく戸を開けて、伊予が入ってきた。 こ、こいつ……! 「な、なにしてんだ……!」 「なにって。お風呂。一緒に入ろうよ」 「入るかっ! っていうか隠せ! せめて前を隠せっ!!」 「なんじゃ? 欲情しておるのか? このロリボディに」 「アホなこと言うなっ! なに考えてんだよお前はっ!」 「ごちゃごちゃ言わず湯船から出ろ。 ほれ、背中を流してやる」 「だから、いいって!」 「ほれほれ、遠慮するな」 「遠慮じゃなくて!」 「ふむ……湯船からどうしても出たくないようじゃの。 さては……桔梗との情事を想像して既におったてて おるなぁ?」 「……」 「……図星か」 「……頼む。放っておいてくれ」 「馬鹿にしたりはせん。ほれほれ、出ろ出ろ」 「ああもうっ、わかった、わかったよ!」 腕を引っ張られ、渋々湯船から出る。 もちろん、股間はタオルで隠した。 「ほれ、ここに座れ」 「はいはい」 言われるがまま、椅子に腰掛ける。 まったく……落ち着く時間もありゃしないな。 「さてと、ただの儀式とはいえ、真の初体験じゃ。 きれいにせんとな」 「だからやめろって、そういうの」 「ふふん、期待のしすぎでイラだっておるのぅ」 「からかいにきたのか?」 「緊張をほぐしにきてやったのじゃ」 「いって」 背中をべしっと叩かれる。 ひりひりとした痛み。 そこを撫でるように、伊予が優しくタオルを添えた。 「不安か?」 「どうだろ。よくわかんない」 「まぁそんなに大げさに考えるな。 贄という言葉は、少々強すぎたの」 「だが、鬼を使役するにはそれなりの代償が必要じゃ。 安いものだと思うがの。子種を喰わせてやるだけで、 忠誠を得られるのだから」 「まぁ……確かにね」 「あとは……初体験が人外でいいのか。 ひっかかってるのはそこらへんじゃろ」 「……」 「……また図星か」 「ちょっとだけだよ、ちょっとだけ」 「こんな展開、予想もしてなかったから。 急に鬼と……なんて、戸惑ってるんだ。仕方ないだろ」 「ふふん、鬼が嫌なら、先にわたしと済ませておくか?」 「はぁ?」 「わたしのほうが鬼よりは人間に近いぞ? どうする? わたしは構わんぞ?」 「アホ。またからかって」 「本気じゃ」 「う……」 俺の首に両腕を絡め、体を密着させる。 胸の膨らみなんて感じない。 でもすべすべとした感触とぬくもりは……なんだか犯罪的だ。 「……よいぞ、真なら」 「……」 じゃあ頼む。離れてくれ。 「じゃあ頼む」 「……」 「はぁっ!?」 腕がほどけ、密着した体がぱっと離れる。 「してくれるんだろ。やってくれよ、最後まで」 「な、ななっ、なに言ってんの!? 馬鹿なの!?」 「初めに言い出したのはそっちでしょうが」 「冗談に決まってるでしょ! わたしのことそんな目で見てると思わないじゃん! キモッ!」 「おまっ、キモとか言うなこのエセ座敷わらし!」 「エセとか言うなこのロリコン野郎!」 「……」 「……」 「……ほ、本気?」 「冗談に決まってる」 「な、なんじゃ。は〜、もう、湯船に浸かってないのに 汗かいたわ。このあほぅが」 「いって!」 さっきよりも強く叩かれ、背中がジンと痺れる。 それから、しばらく無言が続いて。 俺の背中をタオルでこすりながら、思い出したようにぽつりと、伊予が呟く。 「色々と思うところはあるだろうけど……。 犬と飼い主の女の子を救いたい。 その気持ちは嘘じゃないんでしょう?」 「な、なんだよ急に」 「いいから聞いて。どう? 助けたい?」 「……ああ。助けてあげたい。 このまま見て見ぬふりなんてできない」 「うん。だったら、やるべきことと割り切って、 ささっと済ませちゃお。ね?」 「……」 「こんなときだけ、昔みたいに話すなよ。 お姉さんぶって」 「いつでも、わたしはまこちゃんのお姉さんの つもりなんだけど」 「そういうのは、成長してから言ってくれ」 「む、生意気じゃのぅ。 ちょっとこっち向け」 「なんだ――っ」 「……」 振り返った瞬間、唇と唇が触れあった。 一瞬、思考がすべて吹っ飛んで。 はにかむ伊予の顔が、ただぼんやりと映る。 「まこちゃんの初めては桔梗に取られちゃうけど……」 「唇の初めては、わたしがもらっておく」 「……」 「残念だけど、キスは初めてじゃない」 「えぇぇっ!? 誰っ!? 誰としたの!?」 「さぁね」 「なにそれー! わたしは初めてだったのにー!」 「長いこと生きてるのに、そっちも経験なしかよ」 「わたしのことを性的な目で見る変態は 今までまこちゃんだけだったの!」 「へ、変態って言うなばっかやろう!」 「うっさい! 今のはノーカンね! ノーカン!」 「……はいはい」 「もう……今度は頭ね! 洗ってあげる!」 「お願いします」 不機嫌そうな伊予に、これ以上口答えはせず。 なすがまま頭をわしゃわしゃと洗ってもらった。 子供のころから、こいつの行動には驚かされてばかりだけど、まぁ……緊張はほぐれたかもな。 「伊予」 「なんじゃ」 「いつか処女もらうわ」 「あほっ!」 「あっはっはっ!」 「離れてくれ」 「なんじゃ、せんのか」 「さすがに伊予みたいなのに欲情したら、 犯罪じゃ済まないだろ」 「ほぉう、言ってくれるのぅ」 「うがっ」 伊予の両腕に力がこもり、首を絞められる。 が、すぐにふっとほどけて。 耳元で優しく、微笑んだ。 「色々と思うところはあるじゃろうが……。 犬と飼い主の女の子を救いたい。 その気持ちは嘘ではないんじゃろう?」 「だったら、やるべきことと割り切って、 ささっと済ませてしまえ」 「……」 「まぁ……そうだな。そもそもデメリットないしな」 「そ〜じゃ。あんな美女を抱けるんじゃ。 ラッキーじゃ、ラッキー」 「気軽にいけ。これも当主としての務めじゃ」 「おぅ」 「ほれ、次は頭じゃ。全部洗ってやる」 「え、いいよそこまで」 「いいからいいから、ほれ」 「わっぷ」 頭からお湯をぶっかけられる。 それから、なすがまま頭をわしゃわしゃと洗ってもらった。 子供のころから、こいつの行動には驚かされてばかりだけど、まぁ……緊張はほぐれたかもな。 でも言葉に出すのは癪だから、心の中だけで。 ありがとう、伊予。 びびってないで、男の意地を見せようか。 ベッドの上に座り、そのときを待つ。 今は……桔梗が風呂に入ってるはずだ。 上がれば……始まる。なんていうか、その、儀式が。 ……。 ……人って、緊張しすぎると勃たないんだな。 興奮してるのに下半身がまったく反応してなくて、俺ちょっとびっくりしてる。 「……っ」 ノックの音に、敏感に反応する。 い、いよいよか……! 「桔梗です。入ってもよろしいですか?」 「ど、どうぞ」 扉がゆっくりと開き、桔梗が俺の部屋へ。 いつも通りの服装、いつも通りの所作。 でも、直視はできなかった。 「準備はよろしいでしょうか」 「万全とは言えないけど……なんとか。 ここでするのか? なにか他に準備は?」 「場所はどこでも。呪文も魔法陣も必要ありません。 ただ……」 部屋の中央に進み、照明の紐を引く。 「明かりは、消させてくださいませ」 照明が落ち、窓から差し込む月明かりが桔梗の輪郭をか細くうつしだす。 高まる緊張。 対照的に、桔梗は平静そのもので。 笑みを浮かべて、帯に手をかけた。 「失礼いたします」 ためらわず、ほどく。 まるで俺なんていないような、そんなそぶりで。 襟元を緩め、ゆっくりと……着物をはだけていく。 「……ふふ」 挑発的な笑み。 期待を煽るように体をしならせながら俺に近づき……。 頬にそっと、触れる。 「わたくしも初めてなので…… うまくできるかはわかりませんが……」 「そ、そうなの?」 「申しましたでしょう? わたくしは……真様のための鬼」 「先代ですら……わたくしには触れてもおりません」 ふぅと耳元に息を吹きかけ、桔梗の手が……下へ、下へ。 反射的に逃げようと腰が動いたが、座ったままではたいして動くこともできず。 触れる。桔梗の指先が、俺の局部に。 「……」 「ここまでしても……その気にはなって くださらないのですね。自信をなくします」 「い、いや、緊張してるんだよ。 その気には、なってるんだけど……」 「では……緊張など忘れさせてみせましょう」 そっと、俺を押し倒す。 そしてパンツに手をかけ、おろしていく。 恥ずかしすぎてやっぱり抵抗したかったけど……ここで騒ぐのはあまりにも女々しい。 どんと構えて、桔梗のしたいようにしてもらった。 「ふふ、知識としてはありましたが…… 殿方のここをまじまじと見るのは、 初めてでございます」 「あ、えと、もうちょい大きくなるから。 ……もうちょい」 「はい。では……大きくしてくださいませ」 「ん……ちゅっ」 竿に軽く、口づけ。 「れろ……ん、はぁ、んちゅ……ん、はぁ……」 繰り返し、時折舌で亀頭を転がして。 「……っ」 気持ちいいというよりは、体が麻痺していくような感覚。 興奮が限界を振り切って、のぼせてしまったような浮遊感。 「ふふ……。反応されていますね。 ぴくぴくと……」 「んちゅ、んんんっ、れろ……はぁ、れろぉ、 んっ、ふぅ……ちゅぅぅ」 強く吸い付く。 竿を指で撫でる。 舌で優しく、亀頭を包む。 「はぁ……ふぅ……んんっ、んっ、ちゅぅ……はぁ、 ふうぅぅ、れろ……んんんっ、ちゅ、ちゅぱ」 気づけば、解けていく。 俺をガチガチに固めていた、緊張が。 「まぁ……ふふふ」 びくびくと痙攣しながらそそりたった性器を見て、桔梗が目を丸くする。 ここまで来ると……羞恥心も薄れるもんだな。 「やっとその気になってくださいました。 ですが、まだわたくしの準備ができておりませんので……」 「……あむ、んんっ、ん、ちゅっ」 「う、ぉ……」 ぱくりと咥えられ、腰のあたりがぶるりと震えた。 い、いかん、意識が飛ぶ……! これはあくまでも儀式で―― 「う、生まれてくる鬼を……お、思い描くんだっけ?」 「はい、強く」 「わ、わか――」 「んちゅっ、んっ、んっ、んんっ、ちゅぅぅっ」 「たぁ、くぅぅ……っ」 強い刺激に抗えず、悶えた。 こ、これは……! 「ちょっと、無理、かも……!」 「ふふ、本当は……もう大丈夫です。 真様の無意識に、しっかりと刻み込まれたことでしょう」 「あとは……楽しんでくださいませ。 わたくしとの、ひとときを」 「あむ、れろ……ん、ちゅぅぅっ、はぁぁ、ぁ、んんっ、 ちゅぅ、んちゅっ、んっ、んっ」 「う……」 紛れもない、初めて覚える快感。 言われるまでもなくすべての思考が吹っ飛んで、意識は桔梗の口と、舌の温かさに集中する。 「んん、ん、んむぅ……ふぅ、んっ」 舌を裏筋に添えながら、根元までくわえ込んで。 「ちゅぅぅ、ちゅぱっ、ちゅっ、ちゅぅぅ」 口をすぼめて強く吸い付きながら、また根元から亀頭へ。 「ちゅっ、ちゅぅ、れろ、はふぅ、んっ、ちゅぱっ、 ちゅぅ、ちゅっ」 今度はアイスキャンディのようにしゃぶりつき、キスを繰り返す。 上品に、丁寧に。 ゆっくりと俺を高ぶらせていく。 「はぁ……んん……ちゅぅぅ、んっ……ふぅ、はぁぁ…… ちゅぅぅっ、ちゅぱっ……ふぅ、れろ……ちゅぅ、 ちゅぱっ」 「くっ……」 でもそんなゆるい責め方でも、余裕なんてとてもじゃないが俺にはなかった。 刺激が強すぎる。 興奮しすぎている。 気を抜けば、たぶん一瞬でイッてしまう。 「ふふ……まだ出しては……んっ、はぁ…… 駄目ですよ……? んちゅ、ん……」 射精の気配に気づいても、手を緩めることはなく。 性器から口を、離しはしない。 「はぁ……ん、ぁぁ、んちゅ、ふぅ、んんんっ、 ぁ、はぁ……ちゅぅぅ、ん、ふぅぅ、ん、んんっ」 「……?」 ふと……気づいた。桔梗の声が、艶めいていることに。 視線をめぐらせ……捉える。 桔梗が俺の性器をしゃぶりながら、自らを慰めている姿を。 「ふふ……ん、んちゅぅ、んっんっ」 恥じらうどころか、妖艶に微笑む。 その仕草が、どきりと俺の胸を跳ねさせる。 それだけでもたまらないのに―― 「んんんっ、んちゅ、んっ、んっ、はぁ、んちゅぅっ、 ん、んっ、ちゅぱっ、ちゅぅぅっ、ちゅっ、ちゅっ」 行為を加速させ、俺の射精を煽った。 「ちょ、待った……! 出る出る出る……!」 「我慢……っ、はぁ、んっ、んっ、して、ちゅぅぅっ、 ください、ませ……っ。んちゅぅ、ちゅぱっ、ちゅぅぅっ」 「って、言われ、ても……っ!」 「んん、んっ、ちゅぅぅ、ちゅぱっ、はぁ……ん、れろ、 ん、はぁ、ふぅぅ、んん、ん〜〜、ちゅっ」 「はふぅ、っ、っ、れろ、ちゅっ、んんん、あむぅ、 んっ、んっ、んむぅぅ、んっ」 「――っ」 だ、駄目だ……! 「はぁ、んっ、はぁぁ、んっ、んっ、ちゅぅぅぅっ、ちゅっ、 ちゅぅぅぅっ」 「ちゅぱっ、はぁ、ちゅぅぅっ、ちゅぱっ、ちゅっ、 ちゅぅぅっ」 「ん、んっ、んっ……! んんん〜〜〜〜〜!!! 「うぁ……っ!」 反射的に腰を浮かし、果てる。 桔梗の口の中。奥の奥に、吐き出した。 我慢しきれなかった、とても。 「ん、んぐっ、ぅん、んんんっ……んっ」 受け止めきれずわずかにこぼしながらも、桔梗はためらわず精液をこくりと飲み干した。 「ふふ……出しては駄目と言ったのに」 「も、申し訳ない……」 「これは新たに生まれてくる鬼ではなく…… わたくしへの贄として受け取っておきます」 「んっ……ちゅ……」 亀頭にわずかに残った精液を、舐め取る。 ぴくんと跳ねた性器を微笑ましげに眺めながら、桔梗は吐息をついた。 「はぁ……。ふふ、ごちそうさまでした。 ですが……」 また、唇を性器に近づける。 そして軽く……歯を立てた。 「やはりわたくしは……生臭い血の味が、 好みでございます」 「え、それって……」 「ふふふ」 体を起こしかけた俺を、優しく制して。 桔梗が俺の上に、またがった。 こぼれおちそうなほど豊かな胸が、俺の体で潰れる。 あまりの柔らかさに、思わず生唾を飲み込んだ。 ただ桔梗の言葉に、そんな浮かれた気持ちも霧散する。 「お伝えするのを失念しておりましたが…… わたくしへの贄は、先代の血でございました」 「? あ、じゃあ……」 「情事のさなか……興奮のあまり我を忘れてしまったら、 申し訳ございません」 「……おいおい」 笑顔でとんでもないこと言ったな……。 これが最初で最後なんて、ごめんだぞ。 「ふふふ、冗談です。まだ大丈夫。 桔梗は桔梗のままでいられます」 「まだ、ってのが気になるけど……。 どうして爺ちゃんは……って、聞くまでもないな」 「はい。もうお年でしたから。 それに、こうも仰っていましたよ」 「理屈は頭でわかっていても、簡単には割り切れん。 じじいの娘みたいな女を抱きたくはないだろう……と」 「……ごもっとも」 「ですので、殿方の精液の味も……今知りました。 ふふふ」 ぺろりと、唇に舌を這わせる。 俺のため……というだけはある。 どうすれば俺が興奮するか、よくわかってる。 「では……ひとつに」 腰を浮かせる。 はだけた着物の隙間から、桔梗の性器がぼんやりと見える。 また、喉がこくりと動く。 「ふふ……」 暗闇の中でも、そんな俺の様子がはっきりと見えているんだろう。 足を気持ち広げ、見せつけるようにしながら。 俺の性器の根元に手を添え、亀頭を膣の入り口にあてがい、ゆっくり―― 「あ、はぁ……っ」 腰を、沈めた。 これが、女の人の……感触。 素直に、感動。 「動きます。よろしいですか?」 律儀に、俺に了承を求め。 うんとうなずくと、腰を艶めかしくくねらせ始める。 「はぁ……んん、はぁ……んっ……はぁ……ぁ、ぁっ」 吐息を漏らす桔梗が、息が止まりそうなほど色っぽくて。 夢中になっていると悟られたくないちっぽけな自尊心が、軽口を叩かせる。 「鬼も……そうやって、感じるんだな」 「そうでなければ、自らまたがったりなどいたしません。 はぁ、ぁ、ぁぁっ……ぁ、ぁっ」 少しは照れて欲しかった。相変わらずの、余裕の笑み。 けれど桔梗も冷静ではいられなかったんだって、すぐに気づく。 「はぁ、ぁ……っ、ですが、……んっ、見苦しい姿は、 みせないように、と……ぁ、はぁ、思っておりました、 が……」 「気持ちは、ぁっ、ぁぁ……抑えきれない、もので…… ござい、ますね……」 「ぁ、んっ……あぁ……はぁ……はぁぁ……ふぅ…… ん、ぁっ……」 「主に、このような……お願い……。 不躾かと……存知、ますが……ぁ……っ」 「口づけ……しても?」 「……ああ」 「ん、ちゅぅっ、ん、れろ……んんんっ、ぁ、はぁ……っ。 んちゅ、んっ、んっ」 桔梗が顔を近づけ、唇を触れあわせ。 隙間から差し入れられた舌に、舌を絡めて。 むさぼる。 つぅ、と顎に滴を垂らしながら。 「はふ、んんんっ、ん、ちゅっ、はぁ、ぁぁ、あっ、 んんん、はぁ、ぁぁぁっ」 そこで火がついたのか、桔梗の腰の動きがにわかに激しくなる。 しゃぶりつくような口づけを繰り返しながら、ベッドが軋むほどの強さで、腰を上下に動かした。 「あ、はぁ……ぁぁぁっ! 真、様……っ! 愛しゅうござい、ます……っ! わたくしの、真様……っ! はぁ、ぁ、ぁっ!」 「ん、はぁぁ……あ、あんっ、んちゅ、んっ、んんんっ、 あぁ、はぁっ、はぁぁっ、ぁ、ぁっ!」 「……っ」 俺の性器を飲み込み、吐き出し。 精液を吸い上げられているようだ。 さっきとはまた違った刺激的な快感に、俺は歯を食いしばって悶えるしかなかった。 「もう、我慢しなくて……っ、いいですから、ね? いっぱい、だして……ください、ませ……っ。 あ、ぁぁ、あぁんっ、あ、ぁっ!」 「わたくしの、中に……子種、を……っ。 真様の、精液を、くだ、さぃ……っ! あぁ、はぁぁ、ぁぁ、っ」 「ん、ぁぁっ、はぁぁ、んっ、ぁ、ぁっ! 出して、出して、出して……っ、んんんっ、あ、ぁ、 ぁ――っ!」 「はぁっ……あっ、ぁ……んっ……、はぁ……っ!」 「……?」 大きく息を吐き出したのを合図に、腰の動きが止まった。 糸が切れたように、ふっと桔梗の体の力も抜ける。 「はぁ……はぁぁ……はぁ、ふぅ……」 荒い息。密着した肌は汗ばみ、火照っていた。 「桔梗?」 「も、申し訳……ありません。 これからというときに……。 は、初めてなもので……加減がわからず……」 「疲れた?」 「は、はい。このまま少しだけ……休ませてください」 「そ、か……」 「……」 「だったら、代わる」 「あ……」 桔梗の体ごと、上体を起こす。 乱れた髪をほどき、煩わしい衣服を脱ぎ捨て。 そのまま優しく……桔梗を押し倒した。 「…………」 主導権を握られるとは思っていなかったんだろう。 ここでやっと、少し照れた顔。 俄然、俺もその気になってくる。 「俺が動くから」 「はい……」 「真様に……お任せいたします」 微笑みに、無言でうなずいて。 抜けかけていた性器を、奥まで押し込む。 「ぁ……っ、はぁ……っ、ぁぁ……」 それだけで、桔梗は肩をすくめ腰を震わせ、悶えた。 やり方なんてわかりはしない。けれど、考える必要なんてないんだろう。 ただ、思うがままに動けばいい。 「ぁ、ぁっ……ぁっ! い、ぁっ……! はぁ、ぁぁ……、ぁ、ぁっ! あぁぁ……っ」 突くたびに、豊満な胸が震える。 辛抱たまらず、突き上げながら手を伸ばした。 「ぁんっ……、ふふっ、はぁっ、はぁぁ、ぁ、ぁっ!」 揉むというよりは……自然と指が沈んだ。 やわらかい。 夢中になって乳首を摘み、指を埋めさせて。 桔梗の体温を感じながら、貫く。 「ぁぁ、はぁ……っ、きもち、ぃ、ぁっ……! 気持ち、いぃ、です……っ! 真、様ぁ……!」 「はぁっ、んっ、くち、づけを……っ! あ、ぁっ、んんんっ、ん、ちゅっ、はぁ、ぁぁ、ふぁっ」 求められ、唇を重ねて。 こぼれる吐息がまるで媚薬のように、俺の全身に巡っていく。 「あ、ぁっ! はげし……っ、あぁっ! ふぁぁっ! は、はんっ、あぁぁっ、ぃ、ぁぁぁっ! ぁ、ぁ、ぁっ!」 気づけば腰の動きはどんどんと加速し、このまま果てることしか頭になくなっていた。 出したい、出したい。桔梗の中に、俺の精を。 「んくっ、ふぁぁ、ぁ、ぁっ! くだ、さいっ! 真、様のっ、子種、を……っ! わたくしに、くだ、さぃぃ……っ!」 「……っ」 「――っ、あぁぁんんっ!!」 膣内を奥まで抉り、一際大きな嬌声が響き渡る。 最初の緊張は、ためらいはどこにいった。 今あるのは、支配欲。それだけ。 そういうことではないとわかっていても、この美しい女を俺の子種で孕ませたいという原始的な、そして暴力的な欲求に満たされていた。 鬼が主に従うのは、あるいはこの欲求によるものなのかもしれない。 そんな推測がよぎったが、どうでもよかった。 俺はただ、桔梗を犯したいんだ。 「あ、ぁっ、――っ、はぁぁんっ! や、あぁぁっ! はぁ、ぁっ、わ、わたくし、おかしくなって、 しまい、そう……っ、ぁぁぁっ!」 「ふぁ、ぁっ、真、様……っ! もう我慢……っ、 できま、せん……っ! ください、くだ、さいぃっ……!」 「欲しい、欲しいの……っ! わたくしの中の、鬼が…… 欲しがっているんです……! あ、ぁぁっ、精液、 欲しいのぉ……!」 「出して、出して……っ、ください……っ! わたくしの中に、いっぱい、いっぱいぃぃ……!」 「はやく、はやくぅ……っ、欲しい、欲しい……っ! 子種を、真さまぁ……っ! あ、ぁ、ぁぁぁ、っ! あぁ〜〜っ!」 「――っ」 「ふぁ、ぁ、ぁっ! 〜〜〜〜〜〜〜〜っ」 「あぁ、ぁ……はぁ……ぁっ、……はぁ、はぁ……」 一回目とは比べ物にならない脱力感。 力が抜けそうな腕で必死に体を支えながら、桔梗の中に放つ。 俺の精液を。贄を。 枯れてしまうんじゃないかと思うほど、大量に。 「あぁ……感じます。さっきあんなに出したのに…… こんなに、たくさん。……ふふふ」 「た、足りる……よな?」 「はい。十分でございます」 「そ、そうか。よかった……。 三回目は……さすがに無理だ……」 「ん……っ」 ゆっくりと引き抜くと、桔梗がわずかに反応した。 俺の愚息もぴくりと動いたけど、さすがに再び覆い被さる体力は残っていなくて、そのまま桔梗の隣に倒れ込んだ。 「ふふふ、お疲れ様でした。 とても……男らしかったです」 「よくわかんなかった……理性がふっとんだよ。 ……疲れた」 「ふふふ、わたくしも」 俺の額の汗を、指先でぬぐう。 なんだか、恋人同士のような雰囲気。 それに呑まれたのか……ちょっと調子に乗った。 「やん」 胸を軽く揉むと、桔梗が演技がかった仕草で悶える。 やっぱりいいなぁ……この感触。 「ふふふ、触りたいですか?」 「できればずっと」 「いつでもどうぞ。二人きりのときならば」 「お……」 頬に口づけ。 迂闊にも、照れる。 「ふふふ」 恋人ではなく、子供をあやすように笑いながら、俺の頭を撫でて体を起こす。 ピロートークももうおしまいか。 「これから……新しい鬼を?」 「はい。一夜かけて」 脱いだ着物を腕にかけ、答える。 「思ったよりすぐ生まれるんだな」 「お腹を痛めて産むわけではございませんので」 微笑み、袖を通す。 やめておけと思いつつ、着替えの様子をじっと眺めてしまう。 「……」 「……ふぅ。では、真様」 「うん」 「お疲れ様でございました。 忘れがたい逢瀬となりました……。 ありがとうございます」 「こ、こちらこそ。 あぁ、その、いい……経験になった」 「ふふ、はい。では、自室に戻らせていただきます」 「くれぐれも……お覗きにならないよう」 「鶴になってたり?」 「なきにしもあらず。ふふふ、失礼いたします」 着物の裾を整えながら、膝を折って床に座り。 深々と頭を下げてから、桔梗は部屋を出ていった。 これから、新しい鬼を……か。 生みだす大変さは俺にはわからないけど、その鬼が滝川さんとあの犬……コタロウを救う、手助けになってくれればと思う。 ……。 しかし……こんな状態で真面目なこと考えても、かっこつかないな。 「……いつまで勃起してるんだよ、おい」 息子に語りかける。セックスの感覚がなかなか去らず、気持ちも昂ぶっていた。 体はめちゃくちゃ疲れてるんだけど……もう一回したくなってきた。 これが覚えたてってやつか……。 ……。 ……元気だな、俺。 「んぐ……」 窓から差し込む光で、自然と目が覚める。 下半身はしっかりテントを張ってる。 ……ほんと元気なことで。 っていうか、暑いな。少し汗ばんでる。シャワーでも浴びようか。 ベッドから抜け出して、窓越しに空を見上げる。 ……やけに日が高い。 「……もう昼かよ」 時計を見てため息。 疲れていたとはいえ、寝過ぎだ。 ぼりぼりと寝癖頭をかきながら、部屋を出る。 そういえば、新しい鬼はどうなったんだろう。 一夜って言ってたし、もう生まれているんだろうか。 「先に居間……かな」 半分開けた洗面所の扉を閉めて、方向転換。 さてさて、桔梗はいるかな、っと。 「あ、どもー!」 「……」 桔梗じゃないけど……いた。 すっげぇ普通にいた。 なんか……もうちょい、劇的な出会いを期待してたんだけどな……。 「おはようっす、ご主人!」 「……ああ、おはよう。 ご主人ってことは、やっぱり……」 「そうじゃ。正真正銘のお主だけに従う鬼じゃ」 台所から、アイスを食べながら伊予が出てきた。 「まったく……いつまで寝ておる。 それほど激しくいたしたのか?」 「昨夜はお楽しみでしたね。ぐふ」 「……妙な言い回し知ってるなぁ」 ため息まじりに、座布団の上に座る。 そしてまじまじと、正面に座る少女を見つめた。 しっかし、鬼は鬼でも……これまた特殊な外見してるなぁ。 「その耳、本物か?」 「そりゃもちろん。本物の猫耳です。尻尾もありますよん」 「猫耳に尻尾って、猫娘? なんでだ。鬼だろ?」 「ありゃりゃ、それ言っちゃいますか。ご主人が」 「桔梗が言っておったじゃろう。 真の思い描いた姿が、鬼の姿そのものになると」 「言ってたけど……ちょっと待ってくれ。 俺、猫娘なんて――」 「望んだのじゃ。真が。 こういう鬼が可愛いな〜。欲しいな〜。 猫娘萌えぇぇ、萌えぇぇぇっ! とな」 「な、なんだよそれ。俺が変態みたいじゃないか」 「その通りじゃ」 「おいっ!」 「ご主人」 いつの間にか傍らに移動していた猫鬼(?)が、俺の肩をぽんと叩く。 「否定しても目の前にいるこのあたくしがぁ、 その証拠でぇごぜぇます」 「だからどうか、認めてください。ご主人」 「これがあなたの、隠された性癖です」 「……」 「まじか」 「まじです」 「ケモナーか。マニアックなところついてきたの」 「夜のお相手なら、いつでもしますぜっ!」 「……勘弁してくれ」 頭を抱えた。 そ、そうかぁ、これが俺の思い描いた鬼のイメージかぁ……。 いや、猫は好きだけどさぁ。 自分でも知らなかった性癖を暴露されて恥ずかしいどころじゃ済まないぞ……。 「早速します?」 「アホ。そのお調子者の性格も俺の希望通りだって?」 「そりゃそうですよ。あたしのなにからなにまで、 ご主人の下半身を反応させるために――」 「こぉら」 廊下から桔梗が入ってきて、お調子者をいさめる。 「真様に失礼のないように」 「はぁい」 「もうよいのか」 「はい。随分と楽になりました」 「体調が?」 「はい。慣れぬことをしたので……少々。 ですが、もう大丈夫です。すぐにお茶をいれますね」 「ああ、いいよ。あとで自分でやる。 体調悪いなら座ってて」 「しかし……」 「当主命令」 「……」 「はい」 微笑み、俺の隣に座る。 一瞬昨日の記憶がよぎってドキリと胸が跳ねたが、悟られぬよう感情を抑え込んだ。 「ふふん。桔梗を抱いて、ようやく当主としての 自覚が芽生えたかの」 「だからそういう直接的な表現よせって……」 「別によいじゃろう。みんな知っておる」 「生まれたての鬼がいるだろ」 「ああ、あたし桔梗様の記憶ある程度引き継いでるから、 昨日のことぼんやりとだけど知ってるよ?」 「嘘だろ……って、急にため口になったな」 「さっきまで無理してた」 「左様ですか……。まぁいいけどな、それでも。 名前は?」 「ん?」 「いや、名前」 「我が輩は猫である。名前はまだ無い。なんつって」 「え、ないの?」 「つけてあげてくださいませ」 「俺が? いいの?」 「当主の真がつけんで誰がつける。 桔梗の名前もおじじがつけておるぞ」 「そっかぁ。急に言われてもぱっと思いつかないけど……。 桔梗って、花の名前だよな?」 「そうですね。 先代は、鬼に花の名前を好んでつけてらっしゃいました」 「なるほどなぁ。じゃあ俺も花でいこうかな」 「安易じゃのぅ」 「伝統を大事にする方なんだ。 花の名前はどう? いやか?」 「ううん。可愛くしてくれるなら拘らない。 なんでもいい」 「よし、じゃあ花の名前で可愛いのを考えよう」 「ほれ、使え」 「おっと」 伊予がジャージのポケットからなにかを取り出し、ひょいっと投げる。 ……スマホ? 「なんでも持ってるな……お前」 「愛と勇気と電子機器だけが友達じゃ」 「……寂しい奴」 「黙れ獣姦マニア」 「ちっげーよ馬鹿っ!」 「あ、語尾ににゃんとかつけたほうがいい?」 「いらねーからそういうのもっ!」 「ふふふ」 俺たちのやりとりを見て、桔梗が楽しげに笑う。 気恥ずかしさを覚えながらスマホを操作して、花辞典にアクセス。 からかわれた仕返しに可愛いのじゃなくていかついのにしてやろうか、なんてちらりと思ったけど、信頼に関わる。真面目に考えよう。 「えぇと、そうだなぁ……」 活発な子だし、可愛いのはもちろん、ボーイッシュなのが合いそうだけど……。 「ん〜……お、これなんかどうだろう」 いい感じのを見つけて、みんなに画面を見せる。 「葵?」 「ほぅ、なかなかよいのではないか?」 「ふふ、はい。ぴったりだと思います。 あなたはどう?」 「うん、気に入りました!」 「よし。じゃあ今からお前は、葵だ」 「拝命いたしました」 「意味が違います」 「えっ」 「あははっ、色々教えなきゃいけないな、これから」 「花言葉にふさわしい鬼になれるといいのぅ」 「あ、花言葉か。そこまで見てなかった。 えぇと……?」 「気高く威厳に満ちた美、高貴」 「……」 「やばい、すでにぴったり」 「やっぱこれ違うな」 「なぁんで!? 合ってるじゃん! やだやだ! 葵がいい〜〜〜〜〜!!!」 「わかった、わかったって。 威厳な、あるもんな、うん」 「う〜わ、むかつくぅ」 「こら、真様になんて口を」 「だって〜! ご主人が馬鹿にするから〜!」 「葵?」 「なに〜?」 「失礼のないようにと言いましたよね?」 「うぉぅ……」 あまりの迫力に、さすがの葵もたじろぐ。 こわっ、ていうか…… 「角……生えてらっしゃいません?」 「あら、ふふ、なんのことやら」 角を引っ込め、いつも通りの優しい笑みを浮かべる。 なんだよ……しっかり『鬼』じゃないか。 あの姿、たぶん……俺が最後の最後まで鬼の存在を信じなかったときの最終手段だろ。 ……よかった、怒らせる前に受け入れて。 「も〜……ぶ〜、なんか、ぶ〜〜」 「まだ拗ねて……。言葉だけではわかりませんか?」 「だって〜、なんか扱いが軽い。納得いかないっ」 「口を尖らせるのではなく、他に方法があるでしょう。 自らの価値を知っていただきたいのであれば、 無礼な言葉ではなく、力をもって示しなさい」 「あ、そっか!」 「うん、よし、見せてもらおうか。残留思念ってのを 読むんだよな」 「イエス! まぁかせておくんなまし! ご主人、お手を拝借」 「握るのか?」 「うん。あたしを通して、ご主人にお届けいたします。 このちゃぶ台に宿る、誰かの思念を」 「わかった。やってくれ」 「おいっす」 左手でぎゅっと俺の手を握り、右の掌をちゃぶ台に向けた。 すぅと息を吸い込んで、吐く。 「いくよ。あたしも初めてだから…… うまくいかなかったらごめん」 「大丈夫、できるさ」 「うん」 こくんと頷き、また深く息を吸って。 今度は吐き出さず、止める。 そして―― 「? なんだ……」 瞳の変色。 そして、葵の肌が、髪が、まるで粒子を放つようにキラキラと輝きだした。 これが……鬼の能力? なんて幻想的な……。 「……くる」 「え? ……っ!」 頭に鈍い痛みが走り、居間の昼夜が逆転した。 いや、違う。これが残留思念……?葵が見せる映像か……!! 「ぷはっ!」 大きく息を吐き、葵が俺の手を離す。 霊的体験ってやつだよな、こりゃ……驚きだ。 言葉ではうまく説明できない。……すさまじいな。 「よかった、ちゃんと見えた」 「ほぅ。真にも見えたのか?」 「……」 「真?」 「……ああ。ちゃんと見えたよ。 爺ちゃんが……見えた」 「そうか……おじじの思念が……。 真のことを、心配しておるのかもしれんのぅ……」 「……そうかもしれない。それと……伊予。 もう一つ見えたんだ」 「うん?」 「深夜にアイスをむさぼり食う……お前の姿もな」 「……」 「え?」 「……」 「えっ?」 「お前……俺が買ってきたアイス、何本食った」 「……」 「正直に答えなさい」 「い、一本だけ……」 「正直に」 「……」 「こ、これが、最後……かも?」 「……」 「……」 「尻出せ。ペンペンしてやる!」 「い、いやだ! ほら! これあげるから!」 「食いかけなんかいらねーよアホか! あ〜あ、楽しみにしてたのに……」 「ま、まったく、器の小さい奴じゃ! またあとで買ってくればよかろう!」 「それに忘れるな。 アイスよりも大事な役目が真にはあるじゃろうが」 「逆ギレしたうえに話をすり替えやがって……。 大丈夫、忘れてないよ」 葵のこの力があれば、コタロウの遺体のありかを見つけることができる。 今日こそ成仏させてあげよう。滝川さんのためにも。 「昼食とったら早速行こう。 葵、一緒に来てくれるな?」 「もちのろん!」 「わたくしもご同道いたします」 「いや、桔梗は休んでいてくれ。体が心配だし」 「……はい。お気遣いありがとうございます。 では……お帰りをお待ちしております」 「よし、じゃあご飯にしよう。 今日はなにに――」 「お弁当買ってきて〜」 「あたしハンバーグで!」 「……まぁそうなりますよね」 「あの、やはりわたくしも一緒に……」 「大丈夫だって。着替えてくる」 立ち上がり、居間を出る。 みんな人前に出られないから仕方ないっちゃ仕方ないけど……。 これじゃあ、誰が当主だかわかんないな。 パシリから帰宅し昼食を済ませ、葵を伴い改めて家を出る。 コタロウは、たぶんまだあの場所にいてくれるだろう。 葵の力を使いコタロウの遺体を探す。 その先は……つらいけど。滝川さんにコタロウの死を告げて、しっかりと弔う。 それで、コタロウも成仏できるだろう。 ……そうであって欲しい。 「ご主人」 「うん?」 葵の方は向かず、小声で返事を。 変人扱いされるのはもうごめんだからな。 「最初に謝っておくね。欲しい情報が得られなかったら ごめんなさい。情報の取捨選択はあたしにはできないから。 ただ読み取るだけ」 「そのときはそのときだな。 でもコタロウは、たぶん意味があってあそこにいる。 あっちも俺たちになにか伝えたいって思っているさ」 「うん。必要な情報を拾えるまで、がんばってみるよ」 「ああ。頼りにしてる。 でも、生まれたばかりなんだから無理は――」 「まこと……くん?」 「え?」 不意に誰かに呼ばれ、振り返る。 反射的だった。 誰の声か気づけていたら、心の準備もできたのに。 「由美……?」 「……」 少し困った表情の女性。 たぶん俺も似たような顔になってる。 ……よく見知った人だった。 「ひ、久しぶり」 「あ、ああ、久しぶり」 「こんなところで……どうしたの?」 「ああ……ついこの前引っ越したんだ。 あっちに爺ちゃんの家があって」 「あ、そ、そう……なんだ」 「ああ……そう。 ……ゆ、由美は、どうして?」 「えと、マンション……近所だから。 私も去年引っ越して。一人暮らし始めたの。 ここ、近いから。大学」 「そ、か」 「うん……」 「……」 「……」 「……ど、どう。最近」 「え、と……ぼちぼち、かな。 あ、バイト始めたの。喫茶店。商店街の」 「そうか……バイトか。がんばってるな」 「あはは……制服が好きなだけなんだけどね。 ま、真くんは? 調子はどう?」 「俺も……まぁ、ぼちぼち」 「う、うん。そっか…………そっか」 「……」 「……」 「じゃあ……俺」 「う、うん。ごめんね、引き留めちゃって。 えっと……じゃあ……」 「……」 「またね、で……いいのかな」 「……。またな、由美」 「う、うん。またね、真くん」 ぎこちなく微笑み、手を振って。 角を、曲がる。 ……今そっちから来たんだろ。戻ってどうする。 「ご主人ご主人」 「なに?」 「どなた?」 「大学の知り合い」 「それだけ?」 「それだけだよ」 「ふぅん、ご主人がそう言うならそれでいいけど」 思いの外すぐに興味を失い、歩き出した。 ……助かる。説明するのは、少し骨が折れるから。 「ご主人、早く行こうよ」 「ああ」 軽く走り、葵の隣に並ぶ。 いきなり軽く躓いたけど……気を取りなおしていこう。 気合いをいれろよ、真。 昼間でもあまり人通りのない道を会話もなく進み、たどり着く。 コタロウは、やはりそこにいた。 じっとお座りをして、身動きもせず。 「コタロウ」 呼びかけると、俺に気づきコタロウから近づいてきた。 覚えていてくれたんだろうか。しゃがみこみ頭を撫でると、ぱたぱたと尻尾を振った。 ……よし。 「葵、頼む」 「うん。でも、ご主人。一つ不安があります」 「どうした?」 「さっきはもので試したけど、人とか動物相手に やったことないからちょっと怖い。 霊なんて、思念の固まりみたいなものだし……」 「じゃあ俺で試してみろ」 「いいの?」 「ああ」 右手を伸ばし、葵が軽く握る。 始めるよと目で合図して、息を吸い込んだ。 さっきと同じ現象。力の発動。 すぐに感覚が掴めたのか、数秒で接触が断たれる。 「ふぅ……」 「大丈夫か?」 「うん。あの人とはそういう関係なわけね」 「あ、お前……っ」 「にひひっ」 悪戯っぽく笑う。 不安ってのは嘘か……。 「情報の取捨選択はできないんじゃなかったのか?」 「その人にとって印象的な出来事は読みやすい」 「意外と策士だな……。 今は俺が迂闊だったからいいけど、 今後こういう使い方はするなよ」 「は〜い。大丈夫、誰にも言わないから」 「まったく……。始めてくれ」 「うっす。ちょっとごめんね?」 コタロウの前にしゃがみ、頭の上に手をのせる。 「ご主人、お手を拝借」 「ああ」 差し出された手を握る。 必ず探してやるからな、お前の体を。 「いい?」 「いつでも」 「……」 「いっきま〜す!」 「……っ」 能力発動と同時に、頭痛に襲われた。 ちゃぶ台のときとは違う、圧倒的な情報量が頭の中に流れ込んでくる。 これは……滝川さんとの記憶か。 彼女に抱かれたり、頭を撫でられたり、散歩したり。 すべて、コタロウの目線で。 そうか。思考を読むわけじゃなく、あくまでも思念……。記憶に近い物。 強い想いを、葵が掬い上げている。 滝川さんの姿が、浮かんでは消える。 さっき葵は……印象的な出来事は読みやすいと言った。 つまりそれほど、この犬は彼女のことを一番に思っている。 幸せな記憶だ。どれも、どれも。 でも違う、これじゃない。 「く……っ」 あまりの頭痛に、思わずうめいた。 でも、まだだ。まだ必要な情報を得られていない……! 「ご、ご主人。平気?」 「つ、続けてくれ……っ!」 葵の手を、ぎゅっと握る。 時折コタロウの目線とは違う、誰かの思念が混じってる。 滝川さん? 違う。 たぶんもう少し、もう少しで……っ! 「――!」 ノイズ。 同時によぎった、いくつもの映像。 誰かの息づかい。 車のエンジン音。 全身が砕けるほどの強い衝撃。 ブラックアウト。 そして―― 「ぶはっ!」 ゆっくりと、視界が戻る。 気づけば握っていたはずの葵の手も、ほどけていた。 「ご、ごめ、あたしが……限界だった」 肩を上下させ、その場に尻餅をつく。 表情は、曇っていた。 「この子を通して……この土地に残る思念が流れこんできた。 強くて……ドス黒い、誰かの。 ……嫌な感じがした」 怯えたように、自分をかき抱く。 わかるよ。俺も……同じ物を感じたから。 「ごめん。……もうやりたくない」 「……ああ。もう十分だ。ありがとう」 「わかったよ……。ここでなにがあったのか。 遺体が……どこにあるのか」 じっと、コタロウを見つめる。 すべてを知った。 あんな目に遭ったのに……恨みもせず。 コタロウから感じた気持ちは、たった一つだけ。 「……受け取った」 そっと、優しく、頭を撫でる。 こちらの気持ちが、伝わったんだろう。 届いたと、わかったんだろう。 コタロウは、『ワン』と吠え。 景色に溶けるように―― 「……え?」 すぅっと、消えてしまった。 掌に、柔らかな感触だけを残して。 「ど、どうして? まだ弔ってあげてない」 「それは、コタロウの望みじゃなかったんだ」 「ただただ……あの子が心配だった。 大好きな、あの子が」 「だから、待っていたんだよ。 俺たちみたいな……存在を」 「自分の気持ちを……代弁してくれる人を?」 「……」 「……決めたよ、葵」 「俺は、あの子を救う」 立ち上がり、拳を握りしめた。 掌にかすかに残ったコタロウの存在が、全身に溶けていく気がした。 「葵は疲れたろ。帰ってもいいぞ」 「犬は? どうするの? 遺体の場所わかったのに」 「最初に見つけるべきは、俺じゃない」 「飼い主の子に?」 「ああ。残酷だけど……それが筋だと思う。 だから、待つよ。あの子を」 「……」 「帰らない。あたしもいる」 「無理すんな。ゆっくり休め」 「しんどいことは嫌だけど……」 「仲間はずれは、もっと嫌」 「そうか……じゃあ一緒に待とう、ここで」 「来るかな」 「必ず来る」 ポケットに手を突っ込み、民家の塀にもたれる。 どう話せば、コタロウの気持ちを不足なく伝えられるのか。 滝川さんを待ちながら……そればかりを、考えていた。 随分と時間が経った。 日が暮れ風も出てきて、少しばかり過ごしやすくなる。 来ないかもしれないとは思わなかった。 葵は文句一つ言わず、俺の傍らに座り込んでいる。 ふと、視界の端で人影をとらえる。 目を向けなくとも、誰が来たのかなんとなくわかった。 「……桔梗か」 「はい。なかなか戻ってらっしゃらないので」 「体は?」 「もうすっかり」 微笑み、俺の隣へ。 そのまま、なにも聞かず。 ただ黙って、そばにいてくれた。 時折こぼすため息のような吐息、伏せがちな目。 気づけないほど、鈍感なつもりはなかった。 「ほんとはまだつらいんだろ」 「……」 「真様の初めてのお役目です。 最後まで……見届けたく」 「……」 「あ……」 肩をそっと抱き、寄りかからせる。 「こうしてていいから。少しは楽だろ」 「……はい。ありがとうございます」 俺の肩に、頭を預ける。 ……と、片足がずっしりと重くなった。 「……」 俺を見上げながら、葵ががっしりとしがみついていた。 「……なにしてんだ」 「知ってた? 猫もやきもち焼くんだぜ?」 「お前鬼だろ」 「半分猫なの。にゃあん」 おどけて笑う。 釣られて笑いかけたが、すぐに葵が表情を変えた。 「どうした?」 「ご主人」 じっと遠くを見つめている。 その先には……。 来てくれたか、やっと。 「葵。お前は離れてろ」 「え〜〜、なんで〜〜!?」 「あの子は俺を仲介役にして、鬼を見てる。 あからさまに人間じゃない葵がいると、説明が厄介だ」 「のけ者にするわけじゃない。 だけど少しだけ離れていてくれ。 そうすれば、彼女は葵に気づかないはず」 「むぅ……」 「葵」 「わかりましたぁ」 俺の足を離し、電柱の影に隠れる。 桔梗も背筋を伸ばし、毅然と。 俯きながら歩く、滝川さんを待つ。 「あっ」 俺たちに気づき、昨日と同じように表情を緩める。 そして足を速め近づき、俺の前で立ち止まった。 「こんにちは、加賀見さんっ!」 「うん、こんにちは」 「あ、もうこんばんは? どっちでもいいですね。 もしかして、今日もコタロウのこと 探しててくれたんですか?」 「ああ、約束したからね。見つけるまでって」 「わぁ……本当にありがとうございます! そろそろいい報告できればよかったんですけど……」 「……」 「見つけたよ、コタロウのこと」 「えっ!?」 表情が、ぱっと輝く。 この笑顔を……俺は、曇らせる。 「ど、どこに……!」 「ここにいる」 「ここ……?」 「……」 どんなことでも、受け止める覚悟はある? そう聞こうかと思っていた。 けれど、聞いたところでどうなる。 俺はどうあっても、コタロウの想いを伝えなくてはいけない。 たとえ、恨まれることになっても。 「えと、どういう……ことでしょうか?」 「……」 「……コタロウは、ここを歩いていたんだ。 あっちから、こっちに向かって」 「そこに……車が走ってきた。 かなりスピードを出してる」 「え、え……?」 「運が悪かった。ドライバーもよけきれなかった。 なんとかまだ動けたコタロウは、安心できる場所を探した」 「加賀見、さん……?」 戸惑う滝川さんから視線を外し、コタロウがじっと座っていた場所で、しゃがみこむ。 「あそこの溝から、中に潜り込んで。 しばらく休む。そのつもりだった」 「でも……」 側溝の蓋の隙間に指をいれて、精一杯の力を込めて、持ち上げる。 「え……?」 目を大きく見開く。口元を押さえる。 ……コタロウは、そこにいた。 損傷が激しく、綺麗な毛の大部分は、血で汚れていた。 腐敗が始まり、かすかな異臭がした。 コタロウは、ずっと……ここにいた。 「そんな……」 「車にひかれたんだ。 家に帰るまで、もたなかった」 「……、コタロウ……?」 ふらりと、よろめいた。 桔梗が支えようとしたが、その手をふりほどいて……その場にぺたんと、座り込む。 そして、ためらうことなく。 「コタロウ……」 「……」 コタロウの遺体を、抱きしめた。 ぎゅっと、ぎゅっと。 「こんなところにいたんだねぇ……。 わかんないよ……もう」 「こんなに怪我して……痛かったねぇ……。 暗いところで……怖かったねぇ……」 「こんな狭いところで……耐えてたんだねぇ……。 一人で……ずっと、ずっと……」 「……」 「……っ」 「ごめんね……」 「ごめんね……っ! 見つけてあげられなくてごめんねぇ……! こんなところにずっと一人にしてごめんねぇ……!」 「ごめんね、コタロウ……! ごめんなさい、ごめんなさい……っ!! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」 コタロウの遺体を強く抱きしめて、滝川さんは『ごめんなさい』を繰り返した。 制服が汚れるのも構わず、腐敗臭も意に介さず、もう動かないコタロウを……強く、強く。 ひたむきな愛情を感じた。滝川琴莉という女の子の優しさを、痛いほどに。 「……滝川様」 桔梗が震える滝川さんの肩に触れ、優しく語りかける。 「近くに、動物の葬儀をあげてくださるお寺がございます。 ……弔ってあげませんか? みんなで」 「……っ」 「は、い……っ」 涙を拭って、立ち上がる。 足下はおぼつかなく、とても危なっかしい。 「……」 「俺にも……抱かせてもらっていいかな」 「はい……、お、お願い、します」 滝川さんから、コタロウの遺体を受け取る。 死んで初めて……ぬくもりを感じた。 でもこれは、コタロウ自身が発した熱じゃない。 ……本当に、皮肉だ。 「……行こう」 「……はい」 「ご案内いたします」 今にも倒れそうな滝川さんの背中を支え気遣いながら、ゆっくりと桔梗が歩き出す。 振り返り、ついて行っていいものかおどおどする葵に、『一緒に』と合図を送って、二人を追った。 お寺についたころには、すっかりと日が落ちていた。 誰もいないかもしれないし、受付時間も過ぎているだろう。今日は無理かもしれないと思っていた。 けれど、突然尋ねた俺たちを住職さんは嫌な顔一つせず迎えてくれた。 たださすがに無理があって、葬儀は明日に。 コタロウの遺体を預かると言ってくれたけど、これ以上一人にさせたくないと、滝川さんが。 俺も同感だった。 だから明日まで、コタロウはうちにいてもらうことにした。 「……ごめんなさい。 本当は……私のうちに一緒に帰るのが…… いいと思うんですけど……」 帰り道、滝川さんはしきりに俺に謝罪し、頭を下げた。 なんでも、元々コタロウを飼うことを両親は渋っていたらしい。 けれど成績を上げることを条件になんとか了承を得て、飼い始めたそうだ。 もっとも……両親は一切の世話をしなかったそうだけど。 決して口にはしなかったけど……コタロウの遺体を見て両親がどんな反応をするか。 わかっているからこそ、コタロウを自宅に連れて行きたくはなかったんだろう。 「……ごめんなさい。探していただいたうえに……」 「いいよ。俺もコタロウと一緒にいたい。 その方が色々といいと思う」 「……ありがとうございます」 「……」 「質問……してもいいですか?」 「うん?」 「どうして……わかったんですか? コタロウが……あそこにいるって」 「……」 「聞いた、コタロウに」 「……え?」 戸惑った顔。そりゃそうだろう。 でも、嘘はつきたくなかった。 「からかってるわけじゃないんだ。 俺には、普通は見えない物が見える。実は、君にも」 「……え、え?」 「葵、ちょっと来てくれ」 「あぁ……やっと呼ばれた」 「? ……、えっ!? え、ぇ、えぇっ」 たぶん、滝川さんの目には葵が突然現れたように見えたんだろう。 抱きかかえたコタロウを落としそうになるほど驚き、硬直していた。 「え、えと……え?」 「こいつ、ずっとどこにいたと思う?」 「え、どこに、って……」 「正解は、ずっとそばにいた、です」 「え、でも……」 「この耳と尻尾、触ってみて。 本物だよ。本物の猫娘」 「どぞん」 「……」 おそるおそる身を屈めた葵に手を伸ばし、触れる。 「……繋がってる。本当に……本物だ」 言葉はどこか上の空。まだ半信半疑。 構わず、続けた。 「コタロウはあそこにいたんだ。昨日も、君のすぐそばに。 それで……話しかけて、教えてもらった。 さっき伝えたこと、全部」 「俺はそうやって困ってる霊と関わって、なにか手伝いを。 そんな仕事をしてる」 「仕事……?」 「うさんくさいよな。でも本当なんだ。 つい最近始めて、実はこれが、俺の最初の仕事」 「本当は……君にも会わせてあげたかったんだ。 遺体だけじゃなく、コタロウ自身に」 「けど俺に想いを伝えて……逝ってしまった」 「……」 「怒ってるの……かな。 だから私に……会いたくなかった」 「これはあくまでも……俺の想像だけど」 「……はい」 「その気になれば、コタロウはあのまま 君のそばにいることもできた。 でもなんで、そうはしなかったんだろう」 「たぶん、コタロウはとらわれて欲しくなかったんだ。 自分の死に」 「コタロウの記憶を、少しだけ覗いた。 全部君だったよ。笑っている滝川さんばかりだった。 コタロウは、笑っているキミが好きだったんだ」 「だから……恨んでない。怒ってない」 「ただ、自分のために泣いてるキミを…… 見たくなかったのかもしれないね」 「……っ」 また、滝川さんが涙ぐむ。 昨日、すぐにコタロウの存在を知らせていれば……と悔やむ。 「……こんな説明しかできない。 信じられないと思うけど……」 「……いえ」 「……っ」 「いえっ、しんじ、ます……!」 「加賀見さんは、コタロウを救ってくれました。 私も、救われました」 「あのままコタロウを独りぼっちにしていたら…… 私、一生自分を恨んでた……!」 「ありがとうございます……! ありがとうっ、ございます……っ!! コタロウを助けてくれて、ありがとう……!」 「加賀見さんはっ、私の……っ、恩人ですっ!!」 「……」 「うん」 「……っ、っ、〜〜っ」 ついに、ぼろぼろと泣き出してしまった。 桔梗が着物の裾で涙を拭い、葵はどうしたらいいのかわからずうろたえる。 「帰ろう。 滝川さんも今日はうちに泊まっていきな」 「はい、ありがとう……ございますっ」 頭を下げる滝川さんに微笑みかけ、歩き出す。 と、桔梗が俺のシャツを控えめに軽く引っ張った。 「? どうした?」 「厚かましいと存じますが…… 真様に、一つお願いがございます」 「?」 障子の隙間から、中の様子を伺う。 横たわるコタロウを、滝川さんがじっと見つめていた。 今夜、二人にはここで寝泊まりしてもらう。 あとで布団を用意してあげよう。 「様子はどうじゃ?」 背後から、伊予の声。 その場では答えず、居間へと向かう。 伊予もついてくる。 「大丈夫、なんて言えないけど……。 そっとしておくしかないだろうな」 「うむ……。 今日はごくろうじゃったの」 「どうかな……うまくできたのかどうか」 縁側まで歩き、腰を下ろす。 伊予は、俺の膝の上に。 気を使ってくれているんだろう。なにも話さず、月を眺めていた。 「ご主人」 すぐそばで寝転んでいた葵がぴょこんと起きて、俺を見つめる。 「聞きたいことあるんだけど」 「うん?」 「どうして本当のこと言わなかったの?」 「なにが?」 「あそこで休んでたなんて、嘘だ」 「……」 「言えないだろ」 無意識に声を落とし、答える。 確かに俺は、いくつか嘘をついた。 「轢き殺されて、まだ息があったのにトドメを刺されて、 あんな側溝に押し込められた」 「必要ない。そんな事実……あの子には」 「必要なのは、そんな残酷なことをする奴がこの町にいる っていう事実を、俺が忘れないことだ……っ」 「……」 「……独りよがりだって、そう思うか?」 「人の感情なんて、あたしにはよくわかんない。 でもご主人が決めたことを、間違ってるとは 思いたくない」 「……そうか」 「……真よ、これから悩むことも多くあるじゃろう。 じゃが、わたしたちは常に真の味方じゃ。 決して、真の選択を否定せん」 「もちろん、明らかに間違っておれば別じゃがな」 「……うん。ありがとう」 「感情移入しすぎて、復讐心に駆られてはならんぞ。 制裁は必要ない。真の役目は“救う”こと、 ただその一点じゃ」 「わかってる」 ため息。やりきれない想い。 それを癒やすように、ふわりと鼻先をいい香りがくすぐった。 帰り際、桔梗が神妙な顔で口にした頼み事は、なんてことはない。 『夕食を自分に作らせて欲しい』 伊予は頼りすぎるなと言っていたが、ずっと弁当ばかりで心苦しく思っていたらしい。 だからこういう日くらいは、台所に立たせて欲しいと。 もちろん了承。滝川さんのことは桔梗と葵に任せ、俺はスーパーへ買い出し。 頼まれた物から察するに、たぶん和食中心の夕食になるだろう。 できあがるのが楽しみだ。 「それにしても、腹が減ったのぅ。 一人では支度も大変じゃろう。葵、手伝ってやれ」 「はぁい」 葵が立ち上がり、台所へ。 「いまいち、鬼たちと伊予の関係性がわからないな」 「わたしは随分昔から加賀見家と一緒におるからのぅ……。 鬼たちは記憶を多少なりとも引き継いでおる。 目上の者という意識がすり込まれておるのかもしれんの」 「へぇ……。年の功ってやつか」 「失礼な言い方をするな。 身も心も常にピッチピチじゃ」 「その表現がな……。 下ネタ好きだし、中身はおっさんだろ」 「うるっさいバーカ」 「んだとぅ」 「ごっしゅじ〜ん」 手伝いにいったはずの葵が、すぐに戻ってきた。 「追い返されたか?」 「ち〜が〜う。もうできるから居間で待っててって」 「おぉ、ようやく食事にありつけるの。 あの娘も呼んでやるか」 「食べられるかな」 「口にはできんと思うが……」 「……」 呼ぶだけ呼んでみる。伊予に声をかけてもらう。 「呼ぶだけ呼んでみるよ、声かけてくる」 「うむ。そうしてやるといい」 伊予を膝から下ろして、客間へ向かう。 わざと少し大きく足音をたてて近づき、障子を開けた。 「滝川さん」 「……あ、は、はい」 「今から食事なんだけど、一緒にどう?」 「あ……」 「……」 「ご、ごめんなさい……。 食欲……なくて」 「そうか……わかった。無理しないでね」 「……はい。ありがとうございます」 弱々しく微笑む。 無理強いはしたくない。できる限り……二人きりでいさせてあげよう。 「どうじゃ?」 首を振り、居間へ。 「ごめん。伊予から声をかけてもらってもいいかな。 俺も感情が高ぶっちゃって……どう声をかけていいのか」 「心得た」 俺の膝から下りて、伊予が客間に向かう。 お願いしたくせに気になって、俺もついていく。 「入るぞ〜!」 そして遠慮無しにスパーン! と障子を開けて中に入っていった。 滝川さんがびっくりして軽く悲鳴を上げたのは、たぶん空耳ではないだろう……。 ……やっぱり俺が行くべきだったかな。 「駄目じゃな」 すぐに伊予が戻ってきて、首を横に振る。 「食欲がないとさ。まぁ、予想通りの答えじゃの」 「そか……わかった」 うなずき、居間に戻る。 いつもの席につき、伊予もすぐそばに。 葵が居間と台所を往復して、ちゃぶ台に料理が並べられていく。 「桔梗様〜、これで最後〜?」 「ええ。あとはこれだけ」 人数分の椀をお盆にのせて、桔梗も居間へ。 味噌汁か。いいなぁ、こういうの。一人暮らしだったら作らなかっただろうな。 「あまり手の込んだ物はつくれなかったのですが…… お口に合いますかどうか」 「十分豪華だよ。ありがとう。 それじゃあいただき――」 「あ、あの……」 滝川さんの声。 廊下に、遠慮がちに佇んでいた。 「どうされました?」 「あ、あの……」 「……」 「やっぱり、食欲はないんですけど……」 「い、一緒にいても、いいですか?」 「あいてるところにど〜ぞ」 「は、はいっ」 「ほい、座布団」 「わ、ありがとう」 嬉しそうに笑い、葵が敷いた座布団の上に。 うん。これで全員集合だな。 「じゃあ、いただこうか」 「うまいっ」 「だからお前いっつも食うの早いんだよ……」 「ふふ、いただきます」 「いただきま〜す!」 みんなに遅れ俺も手を合わせ、いただきます。 箸を取り、まずは味噌汁から。 「あ〜……いいね。落ち着く」 「うむ。最近ジャンクなフードばっかりだったからのぅ……。 上品な味付けが胃に染みるようじゃ」 「ふふ、ありがとうございます。 おかわりもありますので、ご遠慮なく」 「は〜い! がつがついくぜ〜!」 「……。あ、あのっ、つかぬことをお伺いしますが……」 「うん?」 「あの……みなさん、ご家族……で いらっしゃるんでしょうか?」 「違うけど、似たようなもの?」 「あ、そうなんですね。 こんな大きなお子さんがいたんだ、って びっくりしちゃって」 「ほぅ、お子さんときたか……」 「……」 「おとうさん、いよね〜、あたらしいぱそこんほしいの〜」 「調子のんなよ。下手したらお前百年単位で 生きてるだろ」 「ひゃ、ひゃくねん!? え、えっ!?」 「桔梗や葵のことはもう聞いておるんじゃろう? まぁ、わたしも似たようなものじゃ」 「えぇと、みなさん人間じゃない……って ことなんでしょうか?」 「そうですね。わたくしと葵は、鬼でございます」 「お、おにっ!? すごい……ほんとの鬼って、角生えてないんですねっ」 「あたしが猫なのは、ただのご主人の趣味なんだけどね〜」 「おい、やめろ。ばらすな」 「あっ、ご主人ってことは……加賀見さんは 鬼の大将ってことなんでしょうか? 強い鬼さんですか?」 「ただの人間で、ただの大学生だよ。 俺だってつい最近まで、鬼の存在なんて知らなかったんだ。 うちがそういう家系だってことも」 「へぇ……でも、すごい。 幽霊とお話できるんですよね? お仕事って、霊能探偵とかですか?」 「探偵……っていうのは、かなり違う気もするけど……」 「よいではないか、箔がつく。 これからは霊能探偵・加賀見真と名乗れ」 「うさんくさいなぁ、それ」 「ふふ、口ぶりから判断するに……ですよ? 伊予さん、でしたか? 娘さんじゃなくて、鬼の大本締めなんですねっ」 「あくまでも当主は真じゃ。 わたしも鬼ではないしの。 ただの座敷わらしじゃ」 「座敷わらし!? あ、あの有名な旅館とかにいる……!?」 「そういう者もおるようじゃの」 「は〜……すごい! この家すごいですねっ!」 「ほぅ……あっさり信じたな。 真など最初は幻扱いしおったというのに」 「仕方ないだろ、そういう反応が普通だ。 滝川さんも無理に合わせなくてもいいよ。 特に座敷わらしがあやしい」 「な、なんじゃとう!? まだ言うかっ!」 「あははっ。いえ、信じてますから。 加賀見さんのこと、完全完璧百パーセント」 「恩人なんです。疑ったりしません」 「そっか、うん。おっ、肉じゃがうまい」 ちょっと照れくさくなって、無理矢理話題を変える。 まっすぐな子だ。それだけに……今回のことは、気の毒でならない。 だけど、一歩前へ進めた。 本人が笑ってるんだ。俺が暗い顔をするのはやめよう。 「あ、空気読めてない人間がいますけど、 気にせず食べてくださいね? 私、本当に食欲なくて。 食べにくかったら出て行きますから」 「大丈夫じゃ、食事は賑やかな方がよい。 のぅ、桔梗」 「ええ、しばらくはわたくしと伊予様 二人きりでしたからね。 ……ああ、葵。なんですか、その箸の持ち方は」 「だって、わかんないっ」 「昼に教えてやったろ? 握るんじゃなくて、こうだ、こう」 「食べられればいいじゃん……。 人前に出るわけでもないんだし……」 「今がまさに、お客様の前です」 「あ、私のことは別に気にしなくても……」 「ほら〜、お客様もそう言ってま〜す」 「葵?」 「?」 「真様に恥をかかせるんじゃありません」 「ご、ごめんなさい……」 「…………角あった…………」 「……やっぱり生えたよな」 「気のせいです、ふふふ」 「……桔梗様怖い……」 「あなたが無礼な振る舞いをするからです」 「う〜……」 「あ、本当に私のことは気にしないでください。 なんだか可哀想だし……」 「甘やかす必要はない。人ならざる者であっても、 現世にいる以上、好き勝手に振る舞えるわけでも あるまいて」 「うん。偉そうなこと言いつつさりげなく引き寄せたのは 俺の小鉢だな? お前食い意地はりすぎだぞ!」 「うっさいハゲ」 「誰がハゲだ! ネット回線の契約切るぞ!」 「ほんとすみませんでしたー!」 「わぁ……ふふっ」 「な、なんじゃ、なにを笑っておる」 「だって、コントみたいで……あはっ、ふふふっ、 おかしいっ、あはははっ」 滝川さんが、目に涙を浮かべながら笑う。 その後もわいわいがやがや、笑いが絶えなくて。 桔梗の手料理。優しい味。落ち着く時間。 とても賑やかで、楽しい夕食だった。 「……」 夜もどっぷりと更け、そろそろ就寝時間。 自室に戻る途中、客間の様子を見ていこうかと思ったけど、相手は女の子だしな。気軽に覗くわけにもいかない。 桔梗たちがすぐ隣の部屋にいてくれるし……伊予はどうせもうしばらく起きてるだろう。もしなにかあっても、心配はない。 「おやすみ」 扉越しに声をかけて、二階へ。 自室に入り、明かりもつけずそのままベッドに倒れ込んだ。 今日は……疲れた。 でもまだ終わったわけじゃない。 これからだ。これから……。 ……。 「……?」 ノックの音で、まどろみかけた意識が目覚める。 「真様」 「桔梗か、どうぞ」 「失礼いたします」 扉が開き、桔梗が中へ。 「大事なお話が。よろしいですか?」 「ああ。明かりを――」 「いえ、このままで」 扉を閉め、床の上に正座する。 なんとなく、察して。 ベッドから下り、桔梗の正面に俺も座る。 「本日は、本当にお疲れ様でした。 お役目を、ご立派に果たされましたね。 あの犬の魂を、救ってくださいました」 「ああ。でもまだ始まったばかりだよ」 「そうですね。これから真様はたくさんの霊と出会い、 救っていくのでしょう」 「そうありたいと思ってる」 「できます、真様なら」 「そうだな。できる、みんなとなら」 「はい。真様のおそばには、常に我ら鬼が控えております。 葵だけでなく新たな鬼がこれからも生まれ、 あなた様に尽くすでしょう」 「ですが……」 「わたくしは、ここまででございます」 桔梗が微笑む。 いつも通り気品のある、優しい笑顔。 「逝くのか」 「はい」 「お役目をお伝えするのが我が務め。 真様の鬼を生みだすのが我が務め」 「すべて、終えました。 そろそろお暇をいただきたく」 「薄々とは感じていたけど……急なんだな」 「葵を生むために、力のほとんどを使い果たして しまいました。血を求める悪鬼となる前に、 先代のもとへ逝きとうございます」 「……みんなには?」 「既に。 最後に……真様と二人きりでお話ししたかったので」 「そうか……」 「……」 「ありがとう、桔梗。 おかげでお役目のこと、よくわかった。 とてもやりがいのある、大事な仕事だ」 「はい。真様ならば、ご立派にお役目を 果たされることでしょう」 「……爺ちゃんによろしく。 立派な跡継ぎになってみせるよ」 「はい。必ずお伝えいたします」 「……本当はもっと別のことを言いたいんだけど、 それは……我慢する」 「はい……」 「……」 「永遠の誓いをたてられぬこと……口惜しくはありますが、 この数日間、かけがえのないものでした」 「真様にお仕えできて……この桔梗、幸せ者にございます」 「俺も、桔梗に会えてよかった」 「ああ……。ありがとうございます。 最後にそのようなお言葉…… 大変、大変うれしゅうございます……」 桔梗の瞳がわずかに潤んだのは……気のせいだろうか。 確かに、たった数日だった。 けれど桔梗との思い出は、とても色濃く、俺の中に刻まれている。 そのぬくもりを、全身が覚えている。 このまま別れるには……俺たちは、通じ合いすぎた。 けれど、引き留められない。 桔梗の毅然とした態度が、それを許さなかった。 「それでは……真様」 「……ああ」 「葵をよろしくお願いいたします。 跳ねっ返りではございますが、あれもあれで、 あなた様のことを慕っております」 「わかってる」 「伊予様のことも、よろしくお願いいたします。 放っておくと、自堕落にどんどん磨きが かかってしまいますので」 「俺より年上なのにな、あいつ」 「ふふ、本当に」 桔梗がころころと笑う。 俺も、笑う。 そのまま……笑顔を崩さず。 桔梗が、俺をまっすぐに見つめる。 「最後は頭を下げて。 それが段取りではございましたが……」 「真様の顔を見ながら逝かせていただいても、 よろしいでしょうか」 「そのほうが俺もいい」 「はい。……では、そろそろ時間のようでございますので」 桔梗の体の一部が、すぅっと透ける。 手を伸ばしたかった。 拳を握って、耐えた。 「真様。時間が許せば……もう一度肌を重ねとう ございましたが、とても……残念です」 「儀式は抜きで?」 「はい。ただの男と女として」 「じゃあそれは、俺がそっちに逝ってからかな」 「そうですね……。楽しみではございますが、 真様にはまだ生きていただかなくては」 「それまで、先代とともに…… お待ちしております」 「ああ。十分この世を楽しんだら、そっちに逝くよ」 「はい。では……真様。 これにて……失礼いたします」 「……うん。また会おう」 「はい。次は……八十年後に。それまで――」 「さようなら、真様」 きらきらと、まるで月明かりそのものになったように。 美しく、儚く。 桔梗は、爺ちゃんのもとへ―― 逝ってしまった。 「……」 「百まで生きろ……ってことか」 桔梗がいた場所に、掌を重ねる。 まだ、ぬくもりが残っている。 あのとき感じた、ぬくもりが。 「……」 唐突な別れ。 寂しいという気持ちは、とても隠せず。 ぬくもりが消えてしまうまで……掌を離さなかった。 桔梗という存在がここにいたことを、決して……忘れないように。 決して、決して。 朝早く起き、準備をして。 指定された時間に、コタロウを連れて昨日のお寺へと向かった。 住職さんは優しく俺たちを迎えてくれて、色々と丁寧に説明してくれた。 個別に火葬するか、他の動物たちと一緒に火葬するか。個別に埋葬するか、他の動物たちと一緒に埋葬するか。 少し考えた末、火葬だけは個別でしてもらい、遺骨は他の動物たちと一緒に慰霊塔に埋葬してもらうことにした。 ――やっぱり一人にしたくない。 それが、滝川さんの願いだった。 そして始まった、コタロウを見送る葬儀。 経を読んでもらっているとき。 火葬炉に入るとき。 骨になって帰ってきたとき。 骨上げのとき、埋葬のとき。 滝川さんはずっと下唇を噛んで、涙を見せまいとしていた。 強い子だ。俺のほうが泣いてしまいそうだった。 そうして……コタロウの供養が終わり。 俺たちは、慰霊塔の前に佇んでいた。 動けずにいた。 「……」 「これで……コタロウとお別れなんですね」 「そうだな……。ずっと見守っていてくれるよ。 コタロウは本当に、滝川さんのことが好きだった」 「……だと、いいな」 「……」 「加賀見さん」 「うん?」 「お願いがあるんです」 「なに?」 「加賀見さんのお仕事、お手伝いさせてくれませんか」 「え?」 「供養のお金の話……私に聞かせないようにしてましたよね。 働いて返します。だから、お仕事手伝わせてください」 「そんなこと気にしてたのか。 必要ない。俺が払いたくて払ったんだ」 「でも、手伝いたいんです」 強い語気に、少し驚く。 滝川さんの声からは、さっきまでの悲しみではなく、強固な意志のようなものを感じた。 「もし加賀見さんと出会えなかったらって思うと…… 怖くなります。私はずっと探し回って、 コタロウはずっと一人で」 「加賀見さんのおかげで、コタロウを見つけられました。 加賀見さんのおかげで、こうやって弔ってあげることが できました」 「私一人だったら……なにもできなかった。 見つからなくて、いつか諦めて。 たぶん……ずっと泣いてた」 「でも、笑えたんです。加賀見さんと、みんなのおかげで。 昨日……笑えたんです」 「悲しみを……笑顔に変えるお仕事。 とても素敵です。だから私も……お手伝いしたい」 「コタロウみたいに独りぼっちで苦しんでる子たちを、 残されて途方に暮れてる人たちを、笑顔にしたい」 「そうすることで……ご恩返し、したいです」 「桔梗さんの代わりなんて、うぬぼれたことは言いません。 邪魔になるかもしれないけど、がんばります。 だから、一緒に……!」 必死な声で、俺に訴える。 桔梗の代わり……。 確かに、俺の胸にも……ぽかりと穴はあいていて。 でも彼女を代役にして埋めようとは思わない。 ただ共に歩いていきたいとは……実は、ずっと思っていた。 「そうだなぁ……」 「駄目……ですか?」 「俺も見習いだから、一緒に勉強していくことになるかな」 「あ、じゃあ……!」 「でも注意事項が一つだけ」 「は、はい」 「給料でないぞ」 「はいっ!」 満面の笑顔。力強くうなずいて。 優しい眼差しで、慰霊碑を見つめる。 「……コタロウ。私、がんばるね。 これからは……霊能探偵の助手! うんっ!」 「助手かぁ。ってことは、さん付けじゃあ、 俺のかっこがつかないな」 「私も名字で呼ぶのは、よそよそしいですね」 笑い合う。 加賀見家のお役目。 まだまだ、歩き出したばかりだけど。 桔梗が、爺ちゃんが、コタロウが、見守っていてくれる。 そして……みんながいてくれる。 だからこれからも、やっていけるだろう。 この町の笑顔を、人知れず守っていこう。 ――みんなと、一緒に。 「よし、帰ろう」 「これからよろしくな、琴莉!」 「はい、真さんっ!」 桔梗が去りコタロウを弔ってから数日がたち、この生活にも少しずつ慣れ始めてきた。 朝はだいたい九時ごろまでには起きて、簡単な朝食をとり、外に出て散歩がてら霊を探す。 それが習慣になりつつあった。 ただ、新しい霊にはまだ出会っていない。 日々は平穏に流れていった。 「そうだ、アイスでも買ってくかぁ」 帰り際にコンビニを見かけ、立ち寄ることに。 伊予がすぐに食べてしまうから、人数分プラスαを適当に選んで、レジへ。 「……む」 会計時、財布を取り出して。 そこで俺はようやく、気づいた。 平穏の影に、とある重大な問題が……すぐ背後まで迫っていたことに。 「う〜む……」 「なんじゃ、景気の悪い顔をして」 台所から伊予が。買ってきたばかりのアイスを早速食べていた。 「なにを読んでおる。エロ本か」 「こんなところで堂々と読むかよ。 料理のレシピ本」 「そんなのいいから構ってよご主人」 「あとでな」 「どういった心境の変化じゃ? 料理になど興味も示さんかったくせに」 「覚えておかないとさすがにまずいかもしれないってさ。 買ってきた」 「そんなのいいから構えよご主人」 「あとでな。っていうかなんで命令口調なんだよ」 「ふぅん、あれか。弁当に飽きたか」 「違う。弁当はうまいけど出費がやばいんだ。 毎食二千円くらい使ってる」 「三人もいるんじゃからそんなもんじゃろ」 「そんなもんで済ませないんだよ。 引っ越してまだ一週間なのに、金がどんどん減ってる。 月の仕送りじゃとてももたない」 「料理覚えて少しでも節約して、バイトも探さないと。 今のままじゃ生活できないぞ。大ピンチだ」 「節約するために本を買う……。 それいくらじゃ。本末転倒じゃのぅ……」 「こ、これは必要経費。それにバイト情報誌はタダだよ」 「あ、これおいしそ〜。チンジャオロース? 今日これつくってよご主人」 「そうだなぁ……。これくらいなら……作れるのか? ちょっと考えさせてくれ」 「ふむ、なるほどのぅ。 生活費がきついなら、はよぅ言えばよいものを。 心配する必要などないぞ?」 「へそくりでも?」 「忘れたか? わたしと桔梗がどうやって生活していたか」 「ああっ」 そうか、爺ちゃんが残してくれたお金があったか! 「でも使っちゃっていいのかな」 「わたしが言うことではないが、おじじはそのつもりで 残しておるはずじゃ。使い道は真が決めてしまっても 構わんじゃろう」 「一人暮らしのはずが三人じゃからのぅ。 仕送りだけでは生活できんのは当然じゃ。 おじじに甘えるほかあるまい」 「待っておれ、ネットで残高を確認してくる。 たしか百万くらいあったはずじゃ」 アイスをかじりながら居間を出る。 百万か……。かなりの大金だから使うのは気が引けるけど、おかげで問題なく生活できそうだ。 爺ちゃん、ありがとう。大切に使わせていただきます。 「でも無駄遣いはできないからなぁ。 料理はやっぱり覚えた方がよさそうだ。 葵も覚えるか?」 「食べる以外にきょーみなし!」 「だと思った」 適当にページをぺらぺらとめくる。 鍋とかフライパンとかは一応あるけど、計量スプーンとか計量カップとか、そういうのあったっけ? 調理器具一式揃えたらそれだけで結構かかりそうだな……。 しかしこれも必要経費。毎日弁当買ったりデリバリー頼んだりするよりは結果的に安く済むだろう。 なんて色々と考えているうちに、伊予が戻ってきた。 「大変じゃ真」 「うん? どしたの?」 「三万しかなかった」 「……」 「えっ?」 「三万しかなかった」 「……なにが?」 「残高」 「……」 「もう一回言って?」 「三万しかなかった」 「百万あったのに?」 「今三万」 「……」 「三万」 「……なんに使ったんだ」 「主に……食費?」 「……なわけねぇだろ。なんに使った」 「えぇと……」 「正直に言いなさい」 「……」 「ゲ、ゲームとか……パソコンの……パーツ、とか……。 その他……色々? 手当たり次第買ったから、 把握してない……的な?」 「……クズ過ぎる」 「だって欲しかったんだもん!」 謝るどころか開き直るとは……。 さすがの俺もこのまま黙ってはいられないなぁ……。 「な、な、なに?」 「お尻を出しなさい。お仕置きだ」 「えっ、や、やだっ! 絶対やだっ!」 「いいからちょっとこっち来い! 今回はさすがに目に余る!」 「やぁ〜〜だぁ〜〜〜!」 「!? なに……!?」 消えた……!? あいつ、鏡の中だけじゃなくて完全に姿消すこともできるのかっ! 「ふっふっふっ、わたしを甘く見たのぅ真。 伊達に長生きはしとらんぞ」 「仕置きは受けん。 そして使った金も返さん!! 絶対にだ!!!」 部屋のどこかから、伊予の声。 ……ほんと、クズの極みだな。 「くそ、どこだ……! 今回ばかりは絶対許さんぞ……!」 「ご主人見えてないの?」 「葵は見えるのか?」 「見えるもなにもそこにいるし。 ご主人にお尻ペンペンしてるし」 ……本気で俺のこと舐めくさってるなあいつ。 「……よし行け、葵。伊予を捕まえろ」 「やだめんどくさい」 「俺の分のアイスをやる」 「ヒャッフー!! そこだぁ!」 「ぎゃーー!」 葵がなにもない空間に飛びかかると、ぱっと伊予が姿を現した。 そのままがっしりと拘束し、小柄な体を抱え上げる。 「離せ! 離さんか!!」 「うわ、伊予様見た目よりずっと軽い! むしろ重さ感じない! ジャイアントスイング余裕でできそう!」 「あ、やってやって〜!」 「オラァ〜〜!」 「きゃ〜〜! ひゃ〜〜!! あははははっ!」 足首を掴みぶぉんぶぉんと葵が伊予を振り回す。 お仕置きどころか普通に楽しんでやがる……。 ……もういいや。なんか馬鹿馬鹿しくなってきた。 いやよくはないんだけどな。どうすんだこれから……。 「こ〜んにちわ〜!」 玄関から琴莉の声。 出迎える気力がなく、座ったままこっちに来るのを待った。 「お邪魔しま〜す。あれ、なんか楽しそうっ」 「おぉ〜、琴莉か〜。葵〜、もうよい〜」 「ほりゃー!」 「ちょ、おぉいっ! もう、いぃ、いいってぇ〜〜〜!!」 「あ、はい」 「お、おぉぅ……おぉっ」 下ろしてもらったものの、目が回ったのかふらふらとあらぬ方向へ進みすてんと転ぶ。 ……天誅だな、天誅。 「うぐぅ……っ」 「だ、大丈夫?」 「だ、大事ない」 起き上がり、やっぱりふらふらしながらいつもの自分の席に座る。 すまし顔だが、ちょっと気持ち悪そうだった。 「悪いことしてるからそうなる」 「やましいことはなんもしておらんっ!」 「とんでもないやつだなお前は……」 「なにかあったんですか?」 「いいやなにも。いらっしゃい。 でも今日も仕事なんてないよ」 「あははっ、だと思ってました」 屈託なく笑う。 あれから毎日、琴莉はうちに顔を出していた。 霊を救う仕事がなくともすぐに帰ったりせず、掃除や洗濯を手伝ってくれて、かなり助かっている。 ただ、助手を申し出てくれたとはいえ……これじゃあ家政婦扱いだ。 かなり気が引けるからそろそろ仕事方面もなんとかしたいんだけどねぇ……。 「色々立て込んでるからなぁ……。 まずは霊よりもバイト見つけなきゃいけないし」 「お? 真さんバイト始めるんですか?」 「生活が苦しいんだって」 「ありゃあ……それはそれは……切実ですね」 「そうなんだよね。節約のために料理も覚えなきゃだし」 「別に真が覚える必要はなかろう。 なんのための鬼じゃと思っておる」 「でも葵はやる気ないって」 「は〜い! ありまっせ〜〜ん!」 「であれば、家事能力に特化した鬼を生め」 「あっ、その手があったか。 って……いいのか? そんな理由で生んでも」 「おじじも身の回りの世話をさせる鬼を二人も 生ませておったぞ。一人や二人増えても、 弁当に千円使うよりは安く済むじゃろ」 「毎回千円近く食うのお前だけなんだけどな」 「いよ、むずかしいことわかんなぁい」 「この野郎……」 「おほん。とにかくじゃ、鬼を生め。 家事にかまけて本業がおろそかになっては 本末転倒じゃからな」 「ふふふふふ〜、ついにこのときが来ましたな……。 今すぐ始めますかっ! ご主人!」 「アホ。こんな真っ昼間からするか」 「え〜〜! えぇぇ〜〜〜っ! しよ〜よ〜〜!」 「ガツガツしすぎだろ……。 落ち着け、いいからちょっと座れ」 「ちぇっ、ちぇ〜〜!」 「あの、鬼ってどうやって生まれてくるんですか?」 「いい質問じゃ。それはの。真と鬼がセッ――」 「おいっ」 「ぐむっ」 高速で伊予の口を塞いだ。 ほんと躊躇ないなこいつっ! 「セ?」 「なんでもない。 鬼を生む技は秘中の秘。おいそれとは教えられんのだ」 「な、なるほどっ!」 「まったく……隠すことでもなかろう」 「教育に悪い」 「琴莉っちも恥じらう年齢じゃないでしょ〜。 男性経験のひとつやふたつ〜」 「だからっ、おいっ!」 「だんせいけいけ…………ぁっ」 復唱してぴんときてしまったのか、一気に琴莉の顔が真っ赤に茹で上がる。 「ほほぅ……その反応、まだ未経験じゃな?」 「わ〜ぉ、あたしと同じ? 今晩一緒に済ませちゃう?」 「す、済ませって……あ、あのっ」 「よせよせ、大事にとっておけ。 男は膜に価値を見いだす。 失ってから後悔しても遅いぞ。ん?」 「やめろよおっさんども……」 照れまくる琴莉を挟み、ニヤニヤニヤニヤ。 どうしてこううちの女性陣は恥じらいがないのか……。 ……頭が痛い。 「とにかくだ、家事の問題はそれでクリアできるとして。 あとは生活費だ。バイトを急いで探す。 伊予も無駄遣いするなよ。とにかく節約だ」 「探す必要はない、仕事ならもうある」 「お役目のことを言ってるなら、意味ないだろ。 報酬なんて出ないんだから」 「まぁまぁ、わたしに任せておけ。 霊能探偵にふさわしい仕事をしっかりと用意してやる」 「おぉっ!? ついに始動ですかっ! 加賀見霊能探偵事務所!」 「うさんくせぇ……」 「信用しろ。こう見えても責任は感じておる。 中途半端なことはせん」 「つてがある。急ぎ連絡しておこう。 うまく事が運べば、明日にでも使いの者が来るはずじゃ。 詳しい話はその者とするがよい」 「伊予につてがあるのが意外だなぁ……。 どんな人?」 「正確にはわたしではなくおじじのじゃがな。 楽しみにしておれ。なかなか面白いやつじゃ。 では早速、メールを送っておくかの」 立ち上がり、自分の部屋へ。 爺ちゃんの知り合い、ってことは……その仕事を爺ちゃんもしてたってことか。 たぶんお役目に無関係ではないんだろうけど、とにかく報酬を得られるのはありがたい。精一杯がんばろう。 「ご主人〜、お腹空いた〜」 「ああ、もうそんな時間か。 せっかく本買ったし、今日から自炊いってみるか」 「あ、お手伝いしますっ。 私も料理はそんなにできないんですけど、 キャベツ切るの得意ですよ! 千切り!」 「ぇ〜………………」 「……なんだその反応は」 「今日で最後なんだしおいしいもの食べようよ〜。 料理作れない人が作った料理なんてやだよ〜」 「ちなみにわたしも嫌じゃからなっ!」 「うわ、戻ってきた」 「なにか買うてこい。弁当以外じゃぞ。 デラックス幕の内はもう飽きた」 「……はいはい。わがままな同居人で涙が出るよ」 「あはは……買い物、私も一緒に行きます。暇なので」 「琴莉はお昼は?」 「あ、もう食べたから大丈夫ですっ」 「そっか。そうだなぁ……なにを買うか……。 和・洋・中……」 「真ん中の“よう”!」 「洋食かぁ〜。 テイクアウトできる店、近くにあるかな」 「あ、一軒知ってますよ。 私のお気に入りのお店なんです、おすすめ!」 「おっ、じゃあそこにしようか」 「はいっ、案内しますね! 商店街にあるんです」 「ありがとう、頼むよ。 外で待ってて。財布取ってくる」 「は〜い」 立ち上がって居間を出て、ひとまずは自室へ向かう。 ちゃっちゃと買い出し済ませて、うちの経済状況を改めて見直すかぁ。 「今日は意外と涼しいなぁ」 「風があって過ごしやすいですよね。 このまま涼しくなってくれるといいんだけどな〜」 「でもわかってます。どうせもっと暑くなるんですよ。 毎年言ってますよね、例年以上の猛暑って」 「あ〜……花粉の量とかも毎年倍々になっていくね」 「あれなんなんですかね〜。このままだと暑さと花粉で 人類滅びますよ」 「ありえる」 どうでもいい雑談をしながら、町を歩く。 ただ琴莉はたまに無言になって、きょろきょろとあたりを気にしていた。 「どうした? さっきから」 「ん〜〜〜……真さん」 「うん?」 「霊を見るのになにかコツとかあるんですか?」 「ああ……探してたのか。 意識して見てるわけじゃないからなぁ……。 ごめん、わからないな」 「そっかぁ……。私って、真さんに『あそこにいるよ』って 指さしてもらわないと見えないじゃないですか」 「自分だけで見えるようになったら、 あそこに霊がいましたよ! ってお仕事ばんばん とってこられるのになぁ、って」 「そう頻繁に会えるわけじゃないみたいだからね。 焦らなくていいよ。マイペースマイペース」 「そっかぁ……あ、ストップです! 通り過ぎるところでした。 ここですよ。ここ、ここっ」 立ち止まり、数歩後退。左手側を指さした。 「洋食屋さんっていうか喫茶店なんですけどね。 メニュー豊富でいい感じなんです。 学校帰りにたまに寄ったりして」 「へぇ、喫茶店か」 「……」 「喫茶店?」 記憶の片隅で、なにかが引っかかる。 商店街の喫茶店。つい最近聞いたような……。 「あ」 ガラス越しに店内を覗いて、思い出す。 由美のバイト先じゃないか……。 しかも絶賛勤務中。 タイミングが良いのか悪いのか……。参ったな。 「? 入らないです?」 「ああ、別の店に…………ぁっ」 由美と目が合ってしまった。 ……いまさら逃げられないな。 「買ってくる。ちょっとここで待っててもらっていいかな」 「はいっ。あ、本屋行ってきていいですか? あそこの」 「うん。買ったらそっち行くから」 「は〜い」 琴莉が本屋に入るのを見届けて、俺も喫茶店の中へ。 「い、いらっしゃいませ〜」 ぎこちない笑顔。 どんな顔をしていいのかよくわからず、俺はそっぽを向きながらその場に佇む。 「本当に来てくれると思わなかった……」 「いやぁ……成り行きっていうか。 ここ、テイクアウトできる?」 「う、うんっ、できるよ。 あ、夏場だからできないものもあるけど……」 「そか。えっと……」 「はい。メニュー」 「ありがと」 メニューを受け取り、眺める。 さっさと決めて、さっさと帰ろう……。 「今から作るから、ちょっと時間かかるけど……大丈夫?」 「あ、ああ、いいよ、大丈夫。えぇと…… ナポリタンと、ピラフと、オムライスと…… あと、ホットサンド」 「はい。ナポリタン、ピラフ……オムライス。 えっと……お友達と一緒?」 「うん?」 「おうちに来てるのかなって。 たくさん頼んでるから……」 「ああ、別にそういうわけじゃ」 「えっ、ひ、一人で食べるの? 食べられる?」 「ああいや、同居人がいるんだ。だから三人分」 「あ、一人暮らしじゃ……なかったんだ」 「まぁ、うん」 「あ、えと……」 「……」 「お、女の人……と、一緒、とか?」 聞きにくそうに、おずおずと。 相変わらず知りたがりというかなんというか……。 でも参ったな、どう答えればいいのか。 正直に話す。ごまかす。 「あ〜、うん。女の人っていうか……女の子っていうか」 「お、おぉ、女の子?」 「俺が越してくる前から住んでて。今も一緒に。 爺ちゃんが死んだからって、追い出すわけにもいかないし」 「え、お爺さん……」 「ああ、うん。先月ね」 「あ、そう……なんだ。ごめんね。知らなくて」 「言ってないから仕方ない。 ベーコンサラダも追加で。 あ、生ものまずい?」 「あ〜……どうだろう。おうち、近いよね?」 「うん。歩いてすぐ」 「じゃあ大丈夫……かな? 一応確認してみるね。 そこに座って待ってて」 「ああ」 由美が厨房に戻り、俺は空いているテーブルへ。 ……とりあえずごまかせたか。嘘はついてないよな、嘘は。 「あ〜……まぁ、うん。いいだろ、なんでも」 「あ、そ、そう……だね。ごめんなさい」 「いや謝ることはないけど……。 あ、こ、これも追加で。ベーコンサラダ」 「う、うん。わかった。じゃあ……えっと、仕事戻るね。 そこに座って待ってて」 「ああ」 由美が厨房に戻り、俺は空いているテーブルへ。 ちょっと対応が冷たすぎたか……。昔はどうしてたかなぁ……俺。もう思い出せない。 「美人な方ですね」 「うぉ……」 い、いつの間に……。 「ほ、本は?」 「欲しいのなかったので」 「そ、そか」 「お知り合いですか?」 「あぁ……そう。同じ大学の」 「……。大学の……」 「……」 「ただならぬ関係ですか?」 「んふっ」 ストレートな質問に、思わず妙なリアクションをしてしまった。 ……不覚。 「怪しい……」 「ノーコメント」 「え〜、教えてくださいよ〜〜」 「……」 「わ、無視だっ! ひどい!」 「…………」 「教えてください! お〜し〜え〜て〜!」 「………………」 「なんで黙ってるんですか〜! 無視しないでくださ〜い! 真さ〜ん! ね〜ぇ! 教えてくださいよ〜!」 「……………………」 教えて攻撃に屈せず、沈黙を貫く。 葵といい由美といい、どうして女の子はこういう話が好きなのか……。 ……たまらんぜ、まったく。 特別なにか起こるわけでもなく、だらだらと時は過ぎ。 気づけば、そこそこ夜も深い時間に。 「んぐっ、ん〜〜! 頭狙えない〜!」 「ブレスのときがチャンスじゃぞ。隙だらけじゃ」 「尻尾もなかなかきれない〜! むずかし〜!」 ちゃぶ台を囲み、三人は携帯ゲーム機に熱中。 ちなみにゲーム機は三台とも伊予のだ。……そりゃお金も無くなるよな。 「お〜い、いつまでゲームやってんだ。 順番に風呂入れ。琴莉も泊まってくなら布団用意するよ」 「えっ、もうそんな時間ですかっ? 帰ります帰ります〜!」 「うむ、じゃあ今日はここまでじゃな」 「は〜い」 「今日も遊んで終わってしまった……。 全然助手の仕事できてないですね、私」 「仕事自体がないんだから仕方ない。 でも明日から忙しくなるかもな」 「おお、そうじゃった。昼頃に来客があるはずじゃ。 夕方にメールが来ておったわ」 「お昼頃ですねっ、了解です! じゃあ明日もそのくらいに!」 「うん、わかった」 「はいっ、ではでは〜」 琴莉を見送るために、みんなで玄関へ。 「お邪魔しました!」 「またね」 「また明日〜!」 「はい、また明日!」 「明日はもっと強い敵を倒しにいくぞ」 「あははっ、はい。お邪魔しました〜!」 靴を履きぺこりと頭をさげて、琴莉は帰宅。 さてさて、あとは寝るだけ……なんだけど。 「……むふ」 「……なんだよその顔は」 「……むふふ」 「……なんで腕に絡みつく」 「ついに……来ましたね、この時間が」 「なにが」 「おやおや。お忘れですか? 新しい鬼……今ならお安くなっておりますよ?」 「あ〜……」 そうだった。一番大変な仕事がまだ残ってた。 「さぁご主人! 初夜ですよっ! 初夜! 待ちに待った! しましょ! はやくしましょご主人! あたしちょ〜〜〜楽しみにしてたっ!」 「なんでそんなにがっついてるんだお前は……。 ちょっと引くわ……」 「子を産むわけではないから人の性欲とは少々質が違うが、 鬼にも似たような欲求はある。 純粋に快楽を求める傾向にあるの」 「つまり、セックス自体がある意味ご褒美というわけじゃ。 エロゲにありそうな設定じゃな」 「……お前そんなんもやってるのか」 「貸そうか?」 「勧めるな恥じらえ」 「はやくっ、ご主人はやくっ! この前がんばったのにあたしまだご褒美もらってない! だからはやくっ!」 「わかった、わかったよ。でもご褒美以前に、 新しい鬼を生む大切な儀式なんだからな? ちゃんとやってくれよ?」 「それは任せてください! 大丈夫ですっ!」 「なぁんか不安だな……」 「能力はどうする」 「ん? 家事能力じゃないの?」 「違うな。鬼はある程度記憶を共有しておると言ったじゃろ? 家事に関する記憶を受け継ぐよう促してやれば、自ずと 身につく。それはただの技能であって、鬼の能力ではない」 「じゃあ、他に能力を付与できるってわけか」 「うむ、そういうことじゃ」 「う〜ん、となると……そうだなぁ」 「……」 「普通の人にも見えるようにって、有りか?」 「過去にそのような鬼はいたから無理ではないが…… いいのか? それで」 「あれ、駄目? 便利だと思うけどな。買い物に行けるし。 家事全般任せられる」 「ふむ……確かにそうじゃが……。 長年連れ添うと考えると……どうかの。鬼は年をとらんぞ」 「そこらへんはどうとでもなるでしょ。 大昔なら大事件だろうけど、今はそれほど隣人に 関心はないだろうし」 「葵はどうだ? 新しい鬼の能力はそれでいいか?」 「なんでもいいから早く決めてよ。 早くエッチしようよ」 「……お前もちょっとは恥じらえ」 「でっへへ」 特に反省した様子もなく、葵が笑う。 たぶん、俺が桔梗とのセックスにのめり込みすぎて性に開放的な性格になっちゃったんだろうな。 ……今回は気をつけよう。 「じゃあとりあえず風呂に入らせてくれ。 一息つきたい」 「あっ! あたしから! あたしから入る! れでぃーふぁーすと!」 「……はいはい。お先にどうぞ」 「覗いてもいいよ!」 「覗かねぇよ! 早く入れ!」 「でっへっへっへ〜!」 だらしない笑顔を浮かべながら、葵が洗面所へと走る。 あ〜あ〜……廊下の途中で全裸になるなよ、はしたない……。 「ふむ、ではわたしは部屋に引っ込んでおくか。 ヘッドホンをしておるからの。 大きな声出しても大丈夫じゃぞ? ぐふふ」 「俺は出さね〜よ……」 ため息をつき、その場を離れた。 早くも疲れてきたけど、しっかりとイメージを固めておこう。 人前に出る鬼だから、奔放すぎる子は駄目だ。礼儀作法をしっかりと、だな。 「ふぅ……」 葵の入浴後、俺もささっとひとっ風呂浴びた。 緊張してないわけじゃないけど、二回目ともなれば多少は慣れるもので。 落ち着いたもんだ。勃起がおさまらないなんてこともなく、鼻歌まじりに体を拭き、着替えを済ませ、髪を軽く乾かす。 さて。 「あとは……なんだっけ?」 風呂に入る前、葵からいくつか指示を出されていた。 晩ご飯の味がするキスなんて最悪。ちゃんと歯を磨くこと。 自分から部屋に行くのはムードがないから、お風呂から出たらそっちから部屋に来て欲しい。 雑に扱われてるみたいで嫌だから、ジャージとかで来ないで。 などなど、細かいことを色々と。 性に開放的に見えて、意外と乙女なんだよな……。 さらっとエッチしよとか言ってのけたくせに、よくわからない。 「とりあえず……歯磨くか」 歯ブラシを取り、歯磨き粉をにゅるっと。 適当にやったら文句言われそうだし、しっかり身だしなみを整えていこう。 準備を終え、葵の部屋へ向かう。 髪の毛も軽く整えたし、問題ないだろう。 めんどくせ〜って思ったけど、新しい命を生みだす大切な儀式だ。これくらいの意気込みで臨むのが当然かもな。 うん、この前とはまた違った心境だ。 やましい気持ちはない。すべてお役目のため。礼儀正しく欲に流されない鬼を生むため、だ。 よし。 「葵、入るぞ」 「待ってました!」 ムードの欠片もない受け答え。 こっちには色々注文つけたのにね……。 ため息をつきつつ、部屋の中へ。 「ご主人いらっしゃい! いらっしゃいご主人!」 「あ、ああ、お邪魔します」 「あ、電気! 電気消すね! 消すね電気! 消した方がいいよね!? 桔梗様のとき そうしてたもんねっ! 消すっ? 消すよねっ?」 「いや、どっちでも……」 「じゃあ消す! はい消えた! 消えました〜! ご主人見えるっ? 見えてる!? 見えないっ!?」 「ああいや、見えないってことはないけど……」 「よしオッケー! じゃあしよう! 早速しよう!」 「お願いします!」 「んふっ」 布団の上で四つん這いになり、俺に向かってお尻を突き出す。 ……モロ見えじゃないか。びっくりして軽くむせたぞ。 「ご主人、はやく、はやくっ」 「……待て待て待て。葵さん、ちょっと葵さん」 「なになになに?」 「座れ。一回ここに座れ」 「なんで?」 「いいから座れ」 「も〜、なんだよぅ」 不満げな葵を、無理矢理布団の上に座らせる。 俺も正面に腰をおろした。 「なになに? お話? いいよいらないよ。しようよ」 「まず落ち着け」 「それは無理かな〜」 「いやいや、がっつきすぎだから。色々注文つけておいて、 なんで自分からぶっ壊しにいくんだ」 「だって我慢できなかったから。キスとかどうでもいいよ。 エッチしようよ」 「だからもうちょっと恥じらいをだな……。 パンツ脱いで準備万端の状態ではいどうぞって、 男としてはちょっと引くぞ」 「パンツ?」 「なんでそこで首を傾げる」 「だって脱いでないし」 「は?」 「最初からはいてないし」 「風呂出てから?」 「生まれてこのかた」 「……うそだろ?」 「ほんとだよ?」 「え〜……」 じゃあ、ノーパンでずっとうろついてたってこと? それはあかんだろぉキミぃ……。 「別にいいじゃん。誰かに見られるわけでもないし」 「伊予も琴莉もいるだろ」 「女の子だし」 「俺だって見てる」 「あたしはご主人のものだから隠す必要ない。 それに今から全部見せるし」 「だからってなぁ」 「ご主人、脱がせて?」 「……」 渋る俺に、唐突に上目遣いで甘えた声。 ……ドキッとしてないぞ。してないんだからな。 「ご〜しゅ〜じ〜ん」 「自分で脱げよ」 「や〜だ、脱〜が〜せ〜て〜、ご〜しゅ〜じ〜ん〜」 「その猫撫で声やめろ」 「だって猫だも〜ん。ご主人、は〜や〜くぅ。 お願い。ね?」 「わかった、わかったよ」 「にっひっひっ」 あっさりと根負け。 子供っぽい誘惑だ。ドキドキする要素はあまりない。 それでも、少しその気になってしまっているのは。 もしかしたら鬼は、生来人を誘惑する術かなにかを身につけているのかもしれない。 ……と、自分の流されやすさに言い訳してみる。 「ご〜しゅ〜じ〜ん」 「焦るなって」 急かされ、葵の衣服に手をかける。 ……さぁ脱がすぞとなると、いよいよ平静ではいられなくなってくるな。 「いくぞ?」 「ど〜ぞ」 気持ちを落ち着かせるために、不用なやりとりを挟んで。 葵の衣服を、はだけさせる。 「……」 さすがに少しは恥ずかしかったのか、吐息がこぼれ。 桔梗よりもかなり控えめだが、形のいい乳房が上下する。 無意識の比較。あのときの情事が蘇る。 興奮を抑えきれず、俺も気づけば衣服を脱ぎ去っていた。 「準備おっけ?」 「あ、ああ」 「だよね、もうカッチカチ」 「……そういうこと言うなって」 「にひひ。それじゃ〜あ……」 「エッチしよ?」 俺に背を向け、寝そべり。 そしてさっきそうしたように、お尻をつきだした。 「ねぇ、入れて?」 尻尾を振り、誘う。 やっぱり、桔梗の妖艶さには及ばない。とても子供っぽい誘惑だ。 それでも俺は、もうすっかりやる気になっていた。 ……やっぱり妙な術でも使えるんじゃないのか。急に体が熱くなってきた。 「ご〜しゅ〜じ〜ん〜、は〜や〜くぅ〜、入れてよぉ」 「わ、わかった。でもいきなり入れるわけにもいかないだろ」 「もう大丈夫。準備できてるから」 葵が、自身の秘所を指で広げてみせる。 すると、大粒の滴がしたたり太ももに流れ落ちた。 すごい量の愛液だ……。 葵の言うとおり、既に俺を受け入れる準備はできているみたいだった。 「俺が来るまで、自分でしてたのか?」 「しないよ。待ってただけ」 「興奮しすぎだろ……」 「また引いた?」 「いや、全然アリ」 「……んっ」 広げられた膣口に亀頭をあてがう。 葵がわずかに反応し、愛液がさらに溢れる。 生暖かい感触に包まれ、俺自身も期待と興奮でぶるりと震えた。 「入れるぞ?」 「うん、きて……」 「……」 「あ、ふぁ……」 「ふぁぁぁあ……っ」 ゆっくりゆっくりと、挿入した。 一切の抵抗がないのをいいことに、一番奥まで。 「あ、はっ、はぁぁ……っ」 たったそれだけで達してしまったように、葵は小刻みに全身を痙攣させ、尻尾をぴんと立てる。 「はぁ……すごいぃ……はいってきた……。 ご主人の、はいってきたぁ……っ」 「大丈夫か? 鬼にも初めての痛みとか――」 「そんなこといいから動いてぇっ」 俺の胸を、尻尾でぺちぺちと叩く。 ……器用なことを。心配するんじゃなかった。 「動くぞ?」 「うんっ……! いっぱい動いてぇ……! 気持ちよくして欲しぃ……っ!」 「完全にスイッチ入ってるな……。 どこまで乱れるのかちょっと心配だな、と」 「……ぁっ! はぁ、ひゃうぅんっ!」 中ほどまで引き抜き、また奥へ。テクニックなんてないから、それくらいしかできない。 でも、たったそれだけでも。 「はぁ、ぁ、ぁっ、ぅぅぅ、う〜〜っ、あぁんっ!」 葵はこちらが驚くほどの反応を見せてくれていた。 やっぱりそうだ。うまくできるかなんて考えなくていい。 こちらの興奮が伝われば、鬼はそれだけ応えてくれる。 だったら変に理性的にならず、かっこつけず。 のめり込むべきだ。あのときのように、鬼との性行為に。 「あ、あんっ、ぁ、ぁ〜〜っ、ぁぁ、うぅぅ……っ! 気持ち、ぃっ、すごいぃぃ……っ!」 「ん、ぁっ……ぁぁぁっ、ねぇ、ごしゅ、じん……っ。 い、いんごとか……言った方が、いぃ……?」 「え? なに?」 「ご主人のぉ、かたい、肉棒でぇ……っ、 葵の、肉壺をぉ、犯してくださぃぃ……っ」 「……萎えるからやめろ」 「はひぃっ、あふんっ、もう、らめぇぇ、 いっちゃうぅぅ、いっちゃうよぉ、ふえぇぇぇ」 「……それもわざとらしいからやめろ。どこで覚えた」 「伊予様が、教えてくれたぁ」 「あいつ、ほんとろくなことしないな……」 せっかくやる気になったのに、気持ちが萎えかける。 それを察したのか、膣が男性器をきゅっと締め付けた。 「やめちゃだめぇ。もう変なこと言わないからぁ。 気持ちよくなりたいのぉ……っ」 「そうやってストレートに誘惑してもらった方が、 好みかもな」 「文句言ってたくせにぃ」 「お前と同じで気分屋なんだ」 「ひゃんっ、ふぁっ、ぁっ……! あぁぁ……それ、気持ちいぃ……っ、 もっとしてほしぃ……っ!」 尻尾を振り、おねだり。 けど、なにか特別なことをしているわけじゃない。 ただ一心に突き続けるだけだ。 「あ、あっ、あぁっ、あぁぁっ、あ〜〜っ! 気持ち、ぃっ……、エッチって、気持ちぃぃっ! ずっと、してたいぃぃ……っ!」 「無茶言うな……っ」 「やだぁ、するのぉっ、儀式とか、 どうでもっ、いいからぁっ」 「お、おいっ、そこはさすがに頼むぞ。 ちゃんとしてくれっ」 「するぅ、するからぁっ、もっと突いてぇっ、 やめちゃやだぁっ」 葵の乱れっぷりは尋常じゃなく、ただ快楽だけを求めた。 このまま行為を加速させれば、本当に儀式のことを忘れてしまうかもしれない。 その危機感が、俺を射精へ急がせる。 「ぁっ、すごぃっ、これいいっ……! はぁ、ぁっ、ぁぁぁっ、ぁ〜〜っ、 これくらいが、好きぃっ!」 「やるべきこと忘れないうちに、終わらせるぞ……っ」 「やだぁ……っ! 激しいのはいいけどぉ、早く終わっちゃやだぁっ」 「両立は無理だ……っ」 「はぁっ、はぁっ、は、ぁっ、ぁぁっ、ん〜〜っ! ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ!」 尻尾をピンと硬直させ、布団のシーツをぎゅっと握り、嬌声をあげる。 ぎゅうぎゅうと男性器を膣で締め付けながらも、腰が暴れ気を抜くと抜けそうになってしまう。 小ぶりなお尻をしっかりとつかんで固定し、力強く何度も何度も葵を貫く。 「ふぅっ、ふぅ〜〜っ、ぅあっ、あぁぁっ、ぁ〜〜っ! もっと、もっとぉっ! もっと、欲しいぃぃっ!」 行為の継続を求められるも、確かに近づく絶頂の波。 亀頭が膨張し、破裂してしまいそうな感覚。 敏感に、葵も感じとる。 「あ、ぁっ、せーえき、欲しい、けどぉっ! まだ、だめぇっ! もっと、エッチ、するのぉっ! もっと気持ちよくなりたい、のぉっ!」 「ぁ、ぁっ、だめっ、だめぇっ! まだぁっ! ぁ、きもちぃっ、ぁぁぁっ! ぁ〜〜っ! だ、めぇっ! やめるのも、だめだけどぉっ、あぁぁっ!」 「だめ、だめっ、だしちゃ、だめぇぇっ! ふあぁ、ぁ、ぁぁぁっ、ぁ、ぁ――っ」 「く……っ」 「ふぁぁぁぁっ、ぁぁ〜〜〜――――っ!!」 「ぁ、ぁっ……だし、ちゃった……。ふあぁぁ……」 「でも、どぴゅどぴゅって……きもち、ぃ……はぁ……」 大量に吐き出した精液をすべて体内で受け止め、恍惚の吐息。 葵の体が弛緩し、なにか色々なものを吸い取られるみたいに、俺の体からも力が抜けていく。 後半は葵の乱れっぷりに引きずられそうになったけど……な、なんとか儀式のことを忘れずにいられたな。 とにかく、これで終わりだ。 「よ、よし、葵。あとは……」 「……」 「ん、お?」 男性器を引き抜こうとすると、葵がお尻を俺に押しつける。 もう一度腰を引く。 その分葵がお尻を突き出す。 「……」 「……」 「……なにしてる」 「……もう一回」 「は?」 「ちゃんとできてなかったかもしれないからもう一回」 「……うそつけ」 「はじめてだから〜! 念には念をいれておかないと〜! いいのかな〜! なんか中途半端な鬼ができちゃっても! いいのかな〜! もう一回しないと責任もてないな〜!」 「な、なんてやつだ……。主を脅すとは…」 「だってぇ! あたしこの前がんばったのに まだご褒美もらってないんだもん! ちゃんともらわないと納得できないもんっ!」 「それ、儀式は関係ないってことだよな?」 「あ」 「……」 「お願いです……もっとしてください……。 もう生意気なこと言わないから……お願い……。 ご主人ともっとエッチしたいの……」 「……」 「はぁ……ぁぁ……せつないよぉ……。 もっとして欲しくて、せつないのぉ……! ご主人ともっとしたいよぉ……、ご主人、好きなのぉ……」 「……だからわざとらしいんだよ」 「あは」 「ちょっとぐらっときたけど」 「じゃあする?」 「もう一回だけな」 「やたっ、このまま突いてっ、いっぱい突いてっ」 「このままでいいのか?」 「後ろから激しく突かれるのがお気に入り」 「他の知らないくせに」 「いいから、はやくぅ」 「はいはい」 「あ、わ……え、なに?」 体を密着させ、ころんと葵ごと横に寝転がる。 「めっちゃ胸揉まれてる」 「儀式関係ないなら俺も楽しむことにした。 揉みまくるから覚悟しろ」 「にひひ、好きにしていいよ。 あ、んっ……はぁ、ぁぁ……んっ」 胸を鷲掴みにして、腰を動かす。 はじめはゆっくり。胸の感触を楽しむことにまずは集中。 「ぁ……はぁ、ぁんっ……。 もう、乳首こりこりしすぎ。ふふっ」 くすぐったそうに身をよじる。でもやめない。 「んぁ、はぁ、ん、ぁ、……はぁ……ふぅ……」 張りがあって揉み応えのある、いいおっぱいだ。 考えてみれば、自由にできるおっぱいがすぐそばにあるって、すごいことだぞ。 次に生まれてくる鬼は、葵とは違うタイプがいい。そう念じよう。 ……。 それでいいのか? いいか。おっぱい好きだし。 しかし、これで本当に念じた通りのおっぱいになったら……。 「葵のこの姿も、俺の理想通りってことだよなぁ……」 「な、なに〜? 急に」 「自分の性癖を見つめ直してるところ。 試しに語尾ににゃんをつけてみて」 「わざとらしくて嫌なんじゃないの〜?」 「試しに。ほら、猫っぽく」 「家来に猫プレイ強要するとか……ご主人は変態にゃん……」 「お……いいかも。ちょっとグッときた」 「あぁ、ぁんっ、ご主人が、その気にぃ、は、ぁっ、 なってくれるなら、なんでも、するにゃぁんっ、ふぁぁっ」 「あ、ぁっ、ほんとに、すご……っ、 ふぁぁぁ、あ、ぁ〜〜〜っ」 「にゃん忘れるなって」 「ふぁっ、にゃんにゃん、にゃっ、にゃぁぁ、ぁぁぁ、 あぁんっ! にゃぁんっ!」 葵が膣をひくつかせながら、可愛く喘ぐ。 わかった。認めよう。俺こういうの好きだ。さっきよりも断然興奮してる。葵をもっと乱れさせたいって思ってる。 「ぁぁ、ぁ〜〜っ、気持ちいぃ、にゃぁ……っ! んっ、ぁっ、ご主人、もっと、もっとぉ……っ! 欲しぃ……もっと、欲しいにゃぁ……っ!」 「なにが欲しい?」 「いっぱい、突いて欲しいぃ……! あと、どぴゅどぴゅって、また、中に出して欲しぃ……っ」 「すぐイッちゃっていいのか?」 「いいよぉ、ご主人のせ〜し、欲しぃ……っ! さっきの、気持ちよかったからぁ、 いっぱい出して欲しいのにゃぁ……っ」 「じゃあ、遠慮なしで」 「うん、ぅんっ、ふぁ、ぁっ、あぁぁっ! にゃぁぁっ、あぁぁ、あぁんっ!」 力強く、腰を突き上げる。 「あぁぁ、ぁ、ぁ〜〜〜っ、にゃっ、ふにゃぁんっ、 はぁぁ、ぁ、ぁぁ、ぅ〜〜〜っ、ぁ、ぁっ! にゃぁ、にゃぁぁんっ、あ、ぁぁんっ」 本気の嬌声の中に混じる、少し演技がかった喘ぎ声。 行為に没頭しながらも俺を興奮させようとする葵がいじらしく、なおさら腰の動きは激しくなっていく。 「ぁ、ぁっ、あぁぁ、気持ちいぃぃっ……!! あ、ぁっ、ご主人……っ、ご主人……っ!! もっとして? もっと、して欲しぃ……っ!」 「ふぁ、にゃぁんっ、うぅ、ぅ〜〜っ! おかしく、なっちゃ、ぅぅっ、あぁぁっ……! すごい、ご主人、凄ぃぃ……っ!」 「あ、ぁっ、そのまま、ふぁぁっ、出して、ぁぁっ! いっぱい、出してっ、ご主人のぉっ、せ〜し、 出して、欲しいのぉっ、欲しいにゃぁっ」 「――っ、んにゃっ、にゃっ、あぁぁっ! く、るぅ、 ご主人の、きちゃうぅぅっ! いいよ、出して、 いいからぁっ!」 「はやく、ちょうだぃっ、欲しい、せ〜し、欲しぃぃっ! ぁ、くっ、にゃああ、ふにゃああっ、あああっ! あ〜〜〜っ!」 「あ、ぁ、ぁっ、ふにゃ、んにゃああっ、 にゃぁぁぁん――っ!」 「ふぁぁ……ふぁ、ふぁ〜〜……、は、ぁ、ぁぁっ」 二回目の射精は、思いの外早く。そして、思いの外大量に。 葵の中に思い切りぶちまけ、果てる。 ……やりきった。もうなにも出ない……。 「はぁ……あぁぁ……気持ちよかったにゃあ……。 満足したのにゃ……」 「……疲れた。もういいぞ……語尾」 「にゃふふ……気に入っちゃったかも……。 あと……ご主人」 「うん?」 「やっぱり最初の駄目だったのかも」 「どうして?」 「ご主人のせ〜しほしい〜! って気持ちがなかったから。 たぶんあれが……大事なんじゃないかにゃあ……」 「そっか、そういえば……」 桔梗も我を忘れたみたいに、俺の精液が欲しいって喘いでた気がする。 俺が行為に没頭し、鬼も俺を強く求めなければならない。 儀式のこと、だんだんわかってきたな。 「じゃあ……とりあえずは、もう大丈夫だな」 「うん、だいじょうぶ。もういい。疲れた」 「……俺も疲れたよ」 軽く吐息をつき、ゆっくり性器を引き抜く。 今度は葵は抵抗せず、そのままむくっと起き上がった。 「なんでしょう。このすっきりした気分。 そわそわしてたさっきまでが嘘のようですよ? あ、にゃ〜」 「無理につけるなって。 鬼が興奮するのは、もしかしたら儀式を円滑に 進めるためなのかもしれないな」 「ふぅん、よくわかんないけど。 とりあえずこれから鬼を生む儀式に入りたいと思いますっ」 「ああ、頼んだ」 「ってわけで出てけ」 「いきなり冷たいな……。わかったよ。ちょっと待って」 衣服を拾い集め、袖を通す。 別に恋人同士のやりとりじゃないからいいんだけど……いたしてすぐ『はい、おしまい』って、虚しいな。 「よし。じゃああとは頼んだ」 「うん。あ、ご主人。忘れてた」 「なに?」 「んっ」 「お……」 「おやすみのキス」 「あ、あぁ、おやすみ」 「うんっ、では明日をお楽しみに〜! ご主人好みのエロエロな鬼を生んでみせるからっ!」 「そういうのいいから」 「にゃっはっはっ」 わざとらしく笑う葵に苦笑をこぼし、部屋を出る。 「はぁ〜……」 そしてすぐ、しゃがみこんでしまった。 やっべぇ……なんだこの疲労感……。 桔梗のときも疲れてはいたけど……ここまでじゃなかった。 いや、初めてを済ませたばかりで興奮が上回ってた? ……なんにせよ、早く横になりたい。部屋に戻ろう。 「ぐっふっふっ……お疲れかにゃ?」 「……」 気づくと、伊予がすぐ隣にいた。 ……恐ろしく憎たらしい笑みを浮かべて。 「……ヘッドホンしてるんじゃありませんでしたっけ?」 「トイレにいくときに聞いてしまっただけじゃ。 聞き耳をたてていたわけではない」 「……最悪だ。一番聞かれたくないところを……」 「気に病むな。鬼との逢瀬を楽しんでおる証拠じゃ。 義務感で抱かれるよりも鬼も嬉しいじゃろうて。 恥じることはない」 「じゃあからかうなよ」 「いやで〜〜す! 忘れた頃にまたネタにしま〜す!」 「性格わるぅ……」 「拗ねるな拗ねるな。疲れたじゃろう。今日はゆっくり休め。 明日は来客があるが、好きなだけ眠れ。 待たせておけばよかろう」 「ああ、そっか。仕事ってやつか。昼だっけ?」 「そのはずじゃ」 「それまでには起きるだろ。部屋に戻るよ」 「肩をかしてやろうか?」 「気持ちだけ。この身長差じゃまともに歩けなさそうだ」 「確かにそうじゃの。おやすみなさい、まこちゃん」 「だから急に……。おやすみ、伊予ちゃん」 「こりゃっ、頭を撫でるなっ。子供扱いするな!」 「はっはっ!」 立ち上がり、自室へと向かう。 新しい鬼に、来客に、仕事の話。 明日も忙しくなりそうだ。しっかりと眠っておこう。 ぼんやりと意識が覚醒し、起きているのか寝ているのかまだよくわかっていないような状態で、枕元のスマホに手を伸ばす。 今何時だ……。 十一時…………十一時!? くそ、またこれだ。儀式の翌日は思いっきり寝過ごす。 来客があるんだ。さっさと起きないと。 「お目覚めですか、真様」 「うぉ、えっ」 急に声をかけられ、スマホを落とす。 そして俺を覗き込んでいる女性を目にして、二重に驚いた。 「おはようございます。よくお眠りでしたね」 「き……桔梗?」 「そんなに似ていますか? 葵姉さんにも同じ事を言われました」 「姉さんって…………あ、そうか」 「はい。あなた様にお仕えする、鬼にございます」 にこりと微笑む。 よくよく見てみれば……全然違う、別人だ。 でもその仕草、柔らかな口調、身にまとった雰囲気……。 葵の妹というより、まるで桔梗の妹じゃないか。 不覚にも、動揺。 今度はどんな鬼がって色々と予想していたけど……この姿はまったく考えてなかった。不意打ちだ。 「お着替え、そちらに用意しておきました」 「あ、あぁ……ありがとう。起こしに?」 「いえ。真様に真っ先にわたくしの姿を見ていただきたくて、 待っておりました。お目覚めになるのを」 「待ってって……いつから?」 「そうですね……。五時間ほど前……でしょうか」 「五時間!? 起こしてくれればいいのに」 「そんなことはできません。 気持ちよさそうに眠っていらっしゃったので。ふふふ」 「にしても五時間て……」 「寝顔を眺めていたら、あっという間でした」 楽しそうな笑顔。特に冗談を言っている様子でもなく……。 ……また変な性格の鬼を生みだしてしまった気がするぞ。 「あの、真様? 不躾なお願いとは存じますが……」 「あ、あぁ、なに?」 「名前を……つけていただいてもよろしいでしょうか」 「あぁ、そうだった。わかった。ちょっと待ってて」 「はい」 体を起こしてスマホを再び手に取り、葵のときと同じように花辞典のページへ。 そうだな……。しとやかさを感じる名前がいい。 うぅん、できれば花言葉もそんな感じのイメージで……おっ、まさにこれっていうのがあるじゃないか。 「芙蓉、っていうのはどうかな。 花言葉は繊細な美、しとやか、だってさ」 「うれしい。ありがとうございます。 ではこれからは、芙蓉と名乗らせていただきます」 「あれ、なんかあっさり。本当にいいのか? 気に入らないなら他の名前でも」 「とんでもない。真様に付けていただけたなら、 それだけでかけがえのない宝物。 たとえ『あああ』という名前でも、泣いて喜びます」 「……つけないよそんな名前」 「ふふふ」 口元を隠し、ころころと笑う。 ……やっぱり変な子だ。 「とりあえず……えぇと、伊予にはまだ?」 「はい。お目にかかっておりません」 「じゃあ、居間に行こうか」 「はい」 ベッドから下り部屋を出て、一階へ。 俺の半歩後ろを、芙蓉が歩く。 こういうところも桔梗に似てるなぁ……。 「うぃ〜す、おはよ〜」 「あ、おはようございま〜す!」 「あれ、もう来てたのか」 「はいっ、大事な初仕事の日ですからねっ! 助手としては遅刻できませんっ!」 「俺が寝坊しちゃったな。ごめん」 「いえいえっ」 「琴莉よ、よそ見をするな。一瞬の油断が命取りじゃぞ」 「え、わ、あぶなっ」 「いえ〜い、尻尾切ったったぜいえ〜い!」 しっかり挨拶してくれたのは琴莉だけで、伊予と葵はゲームに夢中。 こいつら三人揃うとゲームばっかだな……。 「ほいほい、みんな、ゲームはあとにして、注目注目。 今日は転校生が来ています」 「あっ! 新しい鬼さんですよねっ? 待ってました!」 「ようやくか。待ちくたびれたぞ。 何回か真の部屋に突撃しかけたわ」 「最初に会うのは真様じゃなきゃやだ〜って、 すぐいなくなっちゃったからね〜。 あ、ちょっとみんな、なにゲーム中断してるの?」 「はいはい、葵も中断中断」 「あああっ!!」 葵の手から携帯ゲーム機を取り上げ、ちゃぶ台に置く。 そして……照れているんだろうか。居間に入ろうとせず廊下に控えている芙蓉へ声をかける。 「ほら、おいで。みんなに挨拶」 「……はい」 おずおずと、居間に入る。 出入り口付近で膝を折って座り、お辞儀する。 「お初にお目にかかります、芙蓉と申します」 「これはどうもご丁寧に…… わぁ……でも、初めて会った感じじゃないというか……」 「はい?」 「なんだか桔梗さんに似てますねっ」 「……うむ。特別な思い入れがあるのはわかるが……。 ここまでか、真よ」 「いやね? あたしも生まれてきたこの子を見てびっくり しましてね? ご主人、桔梗様のこと 引きずりすぎでしょ〜。引くわぁ」 「うっせバーカ。バーカ」 突っ込まれると思っていたけど、寝起きの頭じゃ言い訳もできず。 雑に対処して、いつもの席に腰を下ろした。 「とにかく、これからは芙蓉に家事全般をしてもらう。 よろしくな」 「はい。なんなりとお申し付けください」 「じゃあアイス買ってこいや」 「あたしプリンな」 「パシリじゃね〜から! いい加減にしろよお前ら」 「あははっ、桔梗さんいなくなっちゃって 寂しかったですけど、また賑やかになりそうですねっ」 「だな。もう弁当も買わなくていいし、 経済的にも芙蓉の存在はでかい。 穀潰しな誰かさんとは大違いだな」 「琴莉のことを悪く言うなっ!」 「ご主人サイテー!!」 「テメーらのことだよっ!」 「あはっ、ふふっ、あははっ、おかしいっ、あはははっ」 「……。あの、琴莉……さん、でよろしかったですか?」 「あ、ごめんなさい。自己紹介が遅れまして。滝川琴莉です。 わけあって、真さんにお世話になっております。 えと、よろしくねっ」 「はい、よろしくお願いいたします」 「……」 「あの、失礼ですが」 「うん?」 「真様とはどのようなご関係で?」 「ど、どのような? 雇い主と……助手? で合ってます?」 「まぁ……そんなところ? っていうかなんだその質問」 「大事なことです。助手、ですか。なるほど。 それ以上でも、それ以下でも?」 「? どゆことです?」 「よもや恋心など」 「恋っ!?」 「おい、芙蓉。だからなんなんだそれは」 「大事なことでございます。 わたくしの真様に色目を使うなど、言語道断」 「……さらっととんでもないこと言ったな。 なんだよわたくしのって」 「言葉の綾でございます。どうなのですか、琴莉さん」 「あ、いえっ、えぇと、恋心は、そのっ、な、い?」 「ではなんとも思っていないと」 「な、なんとも思ってないわけじゃないですけどっ」 「えっ、そうなのっ?」 「あ、いえっ、そのっ、それは、そのっ、 色々と助けていただいたわけですし、それは、その、 色々と思うところもあるんですが、なんというか、その」 「あっ、尊敬! 尊敬ですっ! 霊能探偵として尊敬してるんですっ、真さんのことっ!」 「なるほど……尊敬ですか」 「は、はいっ! そうですっ!」 「そうですか……ふふっ、では、仲良くなれそうですね。 わたくしたち」 「あは、あはは、う、うん、よかった……あはは……」 「真への愛情ゆえに、か……。 また性格の濃ゆい鬼を生みだしたのぉ…………」 「……俺のせいなの? これは」 「百二十パーセントな」 「これも俺の性癖だって……?」 独占されたい欲求でもあるのかな……。もう自分がわからなくなってきた。 「まぁいいや……。 とにかく、これで心配事の一つは解決した。 あとは仕事の方だな」 「うむ。十四時頃に来るそうじゃ。 もうしばらく余裕があるの」 「どんな人が来るの?」 「知らん」 「えぇ、伊予ちゃんの知り合いじゃないの?」 「メールの相手はな。姿の見えんわたしの代わりに、 通販を受け取って縁側に置いておいてくれるいいやつじゃ」 「……人様に迷惑かけるなよ」 「うっせ黙れ。今日は新人とやらが来るらしい。 真もこの世界に入って日が浅い。 新人同士気が合うじゃろう」 「? その人も俺と似たようなお役目を?」 「さぁてそれはどうじゃろうな。来てからのお楽しみじゃ。 まずは食事じゃ。芙蓉の手料理が食べたいのぅ」 「ではご用意させていただきます」 「ああでも食材なんにもないな。買い物行かないと」 「それもわたくしが。 ただ、なんとなくは把握しているのですが…… この町の地理にはまだ疎く」 「あ、じゃあ私が案内しましょうか? スーパーまで」 「いや大丈夫。俺が行くよ。ちょっと歩きたい。 お客さんが来るまでに目を覚ましておかなきゃ」 「私も一緒に行きます。ここにいてもやることないし」 「いや、琴莉くんには大事な仕事がありますぞ」 「へ?」 「うむ、クエストの続きじゃ」 「え〜っ」 「あははっ。いいよ、遊んでな。 午後からたっぷり働いてもらうから」 「い、いえっ、行きます行きますっ! ゲームはあとでねっ」 「むぅ、じゃあ二人でやるか、葵よ」 「効率落ちるぅ〜、ぶ〜」 「お前も真面目に働いてくれるといいんだけどな……。 芙蓉、琴莉。ちょっとだけ待ってて。 顔洗って着替えてくる」 「は〜い!」 「承知いたしました」 立ち上がって、廊下へ。 仕事のことは気になるけど、久々に手料理が食べられる。それだけでウキウキだな。 今日もがんばるぞ、っと。 三人でスーパーへ、のはずだったけど、琴莉の提案でまずは商店街へ。 「あんまり利用しないんでわからないですけど、 物によってはここで買う方が安いかも」 「それは助かるね。節約するに越したことはないし。 芙蓉、ここまでの道は覚えた?」 「はい、大丈夫です」 「えっと、確か……八百屋さん? 青果店? が あっちにあったかな?」 琴莉の先導で、商店街を進む。 土地勘のある琴莉のおかげで賢い買い物ができそうだけど……正直あんまり来たくないんだよなぁ、ここ。 特に喫茶店の近くなんかは―― 「あれ?」 「……う」 言ってるそばからばったり遭遇。参ったな……。 「真くんも買い、物……?」 言葉の途中、首を傾げつつ髪を耳にかける。 由美が緊張したり、そわそわしてるときによく見せる仕草だ。 ……いい予感がしないな。 「あ、もしかしてこの前言ってた……」 「ああ、同居人……かな、うん」 「えぇと、は、初めましてっ、滝川と申しますっ。 真さんにはお世話になっております!」 「初めまして、芙蓉と申します。 公私ともに、真様のお世話をさせていただいております」 「土方、です……。お世話って……え、こ、公私?」 あからさまに、由美がうろたえる。 あぁ、やっぱりややこしいことになってきた。 ただ、能力はしっかり発現してるみたいだ。芙蓉のことがちゃんと見えてる。 あとは……どうやりすごすかだな。 「なんていうか……そうだ、お手伝いさんだよ。 爺ちゃんのころからの縁で、来てもらってるんだ」 「あ、そうなんだ。てっきり付き合ってるのかと……ぁっ」 しまった、と目を逸らす。 俺もどういう顔をしていいのか。 こういう話、由美とはあまりしたくなかった。 「ご、ごめん、私、バイトの途中で……。 すぐ戻らなきゃ」 「ああ……制服だもんな」 「う、うん。ちょっと買い出しに来ただけで……。 じゃあね、また」 「ああ、また」 「さようなら」 「ま、またでーす!」 足早に、由美が立ち去る。 毎回こんな感じだな……妙に疲れる。 「は〜、緊張した……。近くで見たの初めてですけど、 やっぱり綺麗な人ですねっ」 「まぁ……昔から人気はあったよ、男から」 「やっぱり! 絶対クラスのマドンナ的ポジションですよねっ」 「真様にとってもマドンナだったんですか?」 「へ?」 「あの方、真様に好意を寄せてらっしゃいます」 「え〜〜! そうなんですかっ?」 「……」 「さっさと買うもん買って帰ろう。メシ食う時間なくなる」 「あ、話逸らした! 前と同じパターンだ! 気になるぅっ」 「気になりますね」 「ほら行くぞ行くぞ」 「も〜。あ、こっちですよこっち」 「間違えた」 「動揺してる。ふふっ」 「話してくださればよろしいのに」 「そのうちね、そのうち」 無理矢理話題を打ち切って、その場を離れる。 別に隠すようなことじゃないんだけど……。 由美との思い出は、少しだけ……苦かった。 「あ〜……食った食った」 うちわで扇ぎながら、縁側にごろんと寝転ぶ。 芙蓉の料理……うまかった。 色々出してくれたけど、特に肉豆腐が絶品だった。 こりゃ毎日食事が楽しみになるな。和・洋・中なんでもいけるみたいだし、飽きがくる心配なんて一切なさそうだ。 「ふふ、すぐ横になっては牛になってしまいますよ」 芙蓉がやってきて、麦茶の入ったグラスを置いてくれた。 「煮出したばかりなので、まだ冷えていませんが」 「大丈夫、ありがとう」 体を起こし、グラスを手に取る。 と、玄関の方から戸が開く音。 たぶん琴莉だろう。 家に食事があるからと、商店街で一度別れていた。 「どもども〜、滝川琴莉、帰還しましたっ」 「うん、おかえり」 「お客さんまだです、よね?」 「まだ。でもそろそろじゃないかな」 居間を覗き込み、時計を見る。 あと……五分くらいか。 いつ来てもおかしくないな。 「ではわたくし、お茶菓子の準備などを」 「お願い。葵〜」 「ん〜?」 居間で相変わらずゲームに熱中している葵が、気のない返事をする。 「ゲームやるなら部屋でやっとけ。 お客さんの前でそんな風にごろごろするなよ?」 「ど〜せ見えないっしょ〜?」 「いいや、たぶん見えるだろうな」 食事をさっさと済ませて部屋に引きこもっていた伊予も戻ってくる。 珍しい。ジャージじゃない。 「お〜……座敷わらしっぽい……」 「ああ、琴莉にこの姿を見せるのは初めてじゃったかの」 「さすがにおめかしするか。安心したよ」 「安心? 少々気が早いのではないか?」 思わせぶりに、にやりと笑う。 ……なにか企んでやがるな、こいつ。警戒しておこう。 「あっ」 インターホンが来客を知らせる。 来たか。ちょっとドキドキしてきたな。 「わたくしが」 台所で準備をしていた芙蓉が、玄関へ。 「私たち、邪魔にならないようにあっちのお部屋にいますね。 葵ちゃん、行こ」 「へ〜い」 葵を連れて、琴莉は客間の方へ。 伊予は気づくといなくなっていた。……なにするつもりだ。 妙な胸騒ぎを覚えつつ、居間で偉そうに待っているのは性に合わなくて、俺もお客さんを出迎えに行く。 「ああ、真様。お客様がお見えになりました」 「お邪魔します」 玄関につくと同時に入ってきたのは、スーツ姿の綺麗な女性だった。 年は俺よりもちょっと上くらいだろうか? てっきり男性が来ると思い込んでたから、軽く不意打ちを食らった気分。 「えぇと、今日はわざわざ来ていただいて ありがとうございます」 「いえ、こちらこそお時間取っていただいて。 あなたが、加賀見真さん?」 「はい。そうです」 「初めまして。刑事十三課の伏見梓と申します」 「刑事……えっ、刑事さんなんですか?」 「はい」 懐から警察手帳。そして名刺もくれた。 うぉぅ……本物初めて見た……。 っていうか、ことごとく予想の上を行きすぎだろ。なんてところにパイプもってるんだ、伊予のやつ。さすが長生きしてるだけあるな……凄すぎる。 「加賀見家のお役目を、あなたが引き継いだとか」 「そう、ですね。つい最近ですけど」 警察と知り、余計に緊張しながら、慎重に答える。 お役目のことを知っている……ってことは、仕事っていうのは警察と一緒に? なにをするんだろう。まったく想像ができない。 「鬼を使役すると聞いています」 「そこまで知ってるんですね……。はい、そうです」 「見せていただいても?」 「ああ、はい。鬼ならここに」 「? どちらに?」 「初めまして、芙蓉と申します。 真様に仕える、鬼にございます」 「……」 「あなたが?」 「はい」 「本当に?」 「はい」 「……」 「やっぱ担がれてるのかなぁ……」 先ほどまでのキリッとした印象が途端に崩れ、曇り顔。 髪の毛をくしゃっとかきあげ、ため息をついた。 「刑事になれたぞって張り切ってたけど、 これだもんなぁ……。結局厄介払いだったわけか……」 「? なにがです?」 「だってうさんくさいと思わない? なによ、十三課って。 オフィスも超狭いし」 「いや、そこらへんは俺にはちょっと わからないですけど……」 「ごめんね、新人いびりに付き合わせちゃったみたいで。 鬼とか霊とか、最初からうさんくさかったもんねぇ……。 キミも困ったんじゃない? 口裏合わせろって言われて」 「ああ……」 そうか、この人信じてないんだ。お役目のことも、鬼のことも、なにもかも。 半信半疑でこの家に来て、人と変わらない芙蓉の姿を見て、上の人に騙されたと判断した。 しまったな、葵も連れてくれば……。 あれ? でも信じてないってことは、そもそも見えない人なんじゃ?伊予の話と違うぞ? 参ったな、テンパってきた。 「落ち着け、予想通りじゃ。新人らしい反応じゃの」 「?」 すぐそばから伊予の声。でも姿は見えず。 「まぁ見ておれ。一発で信じさせてやろう」 わずかに床が軋んだあと、すぐに伊予の存在が感じられなくなる。 姿消してなにするつもりだあいつ……。 「? 今子供の声しなかった?」 「あ〜、しましたね」 ……ん? 声は聞こえてる?じゃあやっぱり……見える人? 「……」 「驚かそうとしてる?」 「……あっ!」 そういうことか、あいつ……っ! 「なに? あ、って」 「いや、えぇと……」 止めようと思ったが、既に遅く。 「? ??」 伏見さんが、わずかに体勢を崩す。 スーツに不自然な皺がより、それが少しずつ上に移動していた。 よじ登ってやがる……。 っていうか……あぁ……なにするつもりか完全にわかった。 「?? なにこれ……変な感じ……」 「あ〜……あの」 「なに?」 「背中が重かったり……しないです?」 「あ〜、うん、なんか……急に、ちょっとだけ。 え、なに? なんでわかったの?」 「まぁ……映ってるっていうか……」 「うつる? なにが?」 「そこの鏡見ていただければ……たぶんわかるかと」 「鏡?」 玄関に置かれた姿見に、視線を向ける。 そしてすぐさま、硬直した。 「……」 「……」 「…………」 「…………」 「えっ?」 「キャァァァァァァアアアアアッ!!」 「ぎゃあああああああああああああああ!!」 伊予の金切り声。伏見さんの絶叫。 鏡に映るは地獄絵図。たぶん……あまり女性が見せちゃいけない系の表情だ。 あ〜……あ〜、どうしようね、これ。 「なになになになになにっ!? なんなのっ!? なんで背中に子供っ!? なんでなんでっ!?」 「キャァァァァァァアアアアアッ!!」 「うわぁぁあああああああああああああああ!!」 金切り声再び。伏見さんのリアクションも色あせず。 霊とか信じてなくても……急に背中(っていうか肩?)に幼女が出現して悲鳴上げたらびびるわな……。 もうちょっとだけ様子を見る。さすがに止めよう。 止めるべきだと思うけど……鬼たちの存在を信じてもらわないことには話もできない。 それはつまり、仕事が貰えないってことだ。 もうちょっとだけ我慢してくれ……伏見さん! 人ならざる者の存在を、しっかりと認識するまでっ! 「も〜、なんなのっ!? なになにっ!? あれ? いないよねっ? 鏡の中だけ? なんでっ? なんか憑いてるっ!? 私になんか憑いてるっ!?」 「おかあさぁぁぁん……助けてぇぇぇ……」 「いやぁぁ! 私あなたのお母さんじゃない〜っ!」 「どうして産んでくれなかったのぉ……? 苦しいよぉ……」 「妊娠した経験もな〜〜いぃぃっ! も〜〜やだぁ〜〜〜! やぁ〜〜だぁ〜〜〜〜っ!!」 「おかぁ……おっ? おぉっ? もう泣きおったか。 いい大人が根性ないのぅ……。 あっひゃっひゃっひゃっ、楽しくなってきた」 「苦しいよぉ……痛いよぉ……どうしてわたしのこと 殺しちゃったのぉ……?」 「殺してなぁいぃ! そんなことしなぁいぃ! お願いもうやめてぇっ!」 「キャァァアアアアアアアアア!!!」 「うわぁあああああ!!! ごめんなさいごめんなさいっ! ごめんなさぁあああいっ! うわぁぁんっ!」 「……」 これ……駄目だな。見てちゃ駄目だな。 静観している自分に腹が立ってきた。 駄目だ、止めよう。目先の欲に負けて怖い目に遭わせてほんとごめんなさい伏見さん。 「おかぁさぁん、おかぁさぁぁん」 「おい、伊予。そろそろ止めろ」 「待て、今からよいとこ――ぎゃはんっ!」 唐突に、伊予が本気の悲鳴をあげる。 ……伊予を引きはがそうとなんとなく手を伸ばしたんだけど、どうも変なところに当たったらしい。 「おぉぉ、おぉおぉぉぉ……っ!」 床に転げ落ちたようで、伊予がのたうち回りながら姿を現す。 「なんでっ、なんで目潰ししたの……っ!?」 「いや、ごめん、事故。今の事故」 「うぅ、な、なに……? この子……なに? な、なんなの……? いつの間に……?」 ……気の毒だ。さすがに止めよう。 「おい伊予、それくらいに……」 「も〜、なんなのっ!? なになにっ!? あれ? いないよねっ? 鏡の中だけ? なんでっ? なんか憑いてるっ!? 私になんか憑いてるっ!?」 「おかあさぁぁぁん……助けてぇぇぇ……」 「いやぁぁ! 私あなたのお母さんじゃない〜っ!」 「どうして産んでくれなかったのぉ……? 苦しいよぉ……」 「妊娠した経験もな〜〜いぃぃっ! も〜〜やだぁ〜〜〜! やぁ〜〜だぁ〜〜〜〜っ!!」 「おかぁ……おっ? おぉっ? もう泣きおったか。 いい大人が根性ないのぅ……。 あっひゃっひゃっひゃっ」 「……馬鹿野郎」 「ぎゃんっ!」 伊予がいるあたりに、拳骨。 頭を軽く小突いただけのつもりだったけど、目測を誤ってあらぬ場所にクリーンヒットしたらしい。 姿を現した伊予は、伏見さんの背中から転げ落ちのたうち回っていた。 「あぅ、あぅぅ……っ、なにをするぅ……っ!」 「やりすぎだ」 「仕方なかろうが! こうでもせんと疑り深い現代人は信じんのじゃ!」 「ふぇっ、えっ、なに? ど、どっから来たのこの子っ」 伏見さんが伊予に反応する。 うん、やっぱり見えてるな。 「くぅ……痛かった。さっきからずぅっとここにおったぞ。 見えておらんかっただけじゃ」 「え、うそうそうそ、絶対うそ」 「嘘ではない。ふふん、どうじゃ? 初めての心霊体験は」 「偉そうにふんぞり返るなよ。ごめんなさい、伏見さん。 大丈夫ですか?」 「……」 放心。 魂が抜けてしまったように、少し赤くなった目で伊予を見つめる。 「本当にすみません、うちの者が失礼を……」 「い、いえ、あの……い、今の……」 「伊予。もう一回」 「脅かすのか?」 「姿を消すだけでいい」 「つまらんのぅ」 「えっ」 「これでよいか?」 「えぇ……? こ、子供の、霊……?」 「霊ではない。座敷わらしじゃ」 「座敷……っ、本物……!?」 「ここまでの体験をしてまだ疑うのであれば、 それもよかろう」 「…………じゃあ、そちらの方も?」 「見た目はただの人なので信じられないかもしれませんが、 紛れもなく、鬼にございます。 わたくしの姉は、もっとわかりやすいですよ」 「わかりやすいって……」 「ああ、ちょうど来ました」 「なに〜? なんか楽しそう〜」 「!? 猫娘っ!?」 「あ、駄目だよ葵ちゃん。勝手に出たら……」 「学生タイプもっ!?」 「えっ、え、なんです?」 「出てくるタイミングが悪かったね。鬼だと思われてる」 「え〜〜っ。まぁおもしろいからいいですけど」 「いいのかよ。まぁ、髪型が耳っぽいし、いいコンビかもな」 「じゃあ私は犬ですね、ワンワン」 「ふぁ〜……ふぁ〜〜」 子供みたいな反応。まだ困惑しているみたいだけど、信じてはくれたみたい。 ……にしても、もっとやり方あったよな。申し訳ない。 「とりあえず立ち話もなんなんで、中にどうぞ」 「は、はい……」 「……」 「食べられたりしない?」 「……ほんと脅かしちゃってすみません」 ぺこぺこしながら、居間へとお通しする。 ……逮捕とかされなくてよかったね、ほんと。 席につき、お茶と和菓子を芙蓉に出してもらう。 軽くみんなを紹介したあとは特にこちらから話を切り出すことはせず、伏見さんが落ち着くのを待った。 「んん……」 湯飲みに口をつけ、軽く咳払い。 乱れた髪を整えてから、キリッとした表情で話し始めた。 「先ほどはみっともない姿を見せてすみませんでした。 改めまして。刑事十三課の伏見です」 「今さら取り繕っても遅いがの」 「だよね〜」 伊予の失礼な指摘に、ふにゃっとした笑顔を返す。 ぱっと見はキャリアウーマンって印象なんだけど、案外親しみやすい人なのかもしれない。 「さて、前置きはもういいかな。今回、八代目の襲名…… であってる? とにかく、新しいご当主に ご挨拶に参りました」 「ああ……わざわざどうもです。 えぇと、その、警察とうちの家との関係が よくわからないんですが……」 「? 当主なのに?」 「ちょっと前まで、なにも知らなかったもので」 「あ〜、そうなんだ。 えぇと、加賀見家の相談役って方から メールがあったそうなんだけど……」 「わたしのことじゃな」 「うわ、そうなんだっ。じゃあ、今日私がここに来たのは、 彼に仕事の説明を?」 「それと、霊の存在を信じない新人への荒療治じゃの」 「通過儀礼だったってわけね……。 ほんとびっくりしたんだから」 「すみません、うちの自称相談役が……」 「自称とはなんじゃ自称とはっ」 「それで、あの、お仕事っていうのは、なんなんですか? 警察の方々が真さんの力を必要としてる、 ってことなんでしょうか」 「そういうこと。ざっと説明するね。 警察には変な通報がよくあるんだけど、 うちの十三課は主にそれを取り扱っているの」 「もっと限定すれば、心霊現象のたぐいね。 霊に狙われてるんですって通報があれば、 鼻で笑ったりせずそれを律儀に調査するわけ」 「正直、署内ではオカルト係って笑われてるし、 私自身もうわぁとんでもないところに飛ばされたって ついさっきまで思ってたんだけど……」 いったん言葉を切り、葵に視線を向ける。 「まさか、実在してたなんてねぇ……。触ってもいい?」 「優しくしてね?」 「もちろん。……うわぁ、作り物じゃない。本物の耳だ」 「ふふっ、私もおんなじこと言いました。 やっぱり気になりますよね、そこ」 「ね〜。鬼って言うから角でも……って、あっ、話が逸れた」 葵の耳から手を離し、姿勢を正す。 「もう気づいてると思うけど、加賀見くんには 捜査の協力をしてもらいたいの」 「なるほど……心霊関係の事件の、ですか」 「そうそう。先代にも手伝ってもらっていたみたいね」 「おじじだけではなく、もっと前からじゃな。 加賀見の家とこの町の警察は、代々協力関係にある」 「へぇ〜……爺ちゃんのことは予想ついてたけど、 そこまで深い関係なんだ。知らなかった」 「うむ。やはり当主一人だけでは限度があるからの。 協力者は必要じゃ。互いにの」 「私も配属されたばかりでよくわかんないんだけど、 警察が不思議な事件の情報を集め、 加賀見家が解決するって図式ができているのかも」 「うちの課にいる人なんて私も含め普通の人だし、 加賀見くんみたいな本物に頼ることで 厄介な事件を処理してきたんだろうね」 「普通の人、というのも少々違うな。 才能があるから十三課に配属されたのじゃ。 現に、わたしや葵のことがしっかりと見えておるじゃろう」 「えっ、誰にでも見えるんじゃないの?」 「いえ、うちの母親は伊予のこと見えなかったですね」 「私も真さんに教えてもらわないと見えないです」 「ほぉ〜……え、じゃあ私も霊媒体質ってこと?」 「じゃろうな」 「わ〜ぉ、二十ン年生きてきて衝撃の事実発覚……。 ってことは? 私、飛ばされたわけじゃないんだ。 選ばれたんだ。わぉっ、急にやる気出てきたっ」 目を輝かせ、ぐっと握り拳。 さっきまでは『嫌われただろうなぁ』って心配してたんだけど、切り替えの早い人で安心した。うまくやっていけそうだ。 「よしっ、テンション上がってきたところでお仕事お仕事。 早速、依頼の話をさせていただきます」 「おぉ、依頼……。探偵事務所らしくなってきましたねっ」 「だな。緊張してきた」 「失礼。ご依頼と仰りましたが、内容によっては お断りさせていただいても? ご当主様を危険な目に遭わせるわけには」 「うん。断られたら仕方ないってスタンスみたい。 一人じゃカバーしきれないこともあるだろうし」 「そうですか、安心いたしました。 真様、差し出がましい真似、大変失礼いたしました」 「いや、いいよ。ありがとう。 じゃあ、まずは依頼内容をお伺いします」 「了解。あ、その前に一番大事な話。報酬は事件解決後に お支払いすることになっているそうです。 その点のみ、ご了承を」 「解決できなきゃ無報酬か……シビアだけど、当然か。 わかりました。がんばります」 「報酬ってなに? お金?」 「もちろん」 「いくらくらい?」 「うぅん、私はそのあたり知らないなぁ……。 相談役さんの方が詳しいんじゃないです?」 「あいにく。生活に困らん程度ではあるのじゃろうが…… 加賀見家の当主は、どいつもこいつも具体的な金額を 明かさんかった」 「……そりゃそうだろ。お前に教えたら使い込まれる」 「ギリギリ生活できない程度に浪費する自信がある」 「これからの暮らしが心配だよ……」 「あははっ、なかなかご苦労されているようで。 じゃあパパッと事件解決しないとね」 伏見さんが、鞄からファイルを取り出す。 そこからさらに写真を数枚抜き取って、ちゃぶ台の上に並べた。 「あれ、ここ知ってます。公園の近くですよね?」 「公園? あ〜……小さい頃行ったことあるような ないような……。そういえば商店街の周りうろついて ばっかりで、そっちの方まだ行ってないな……」 「公園の、ちょっと西のあたりかな。 閑静な住宅街なんだけど……ここの家見てくれる?」 「塀がぶっ壊れてますね。なにがあったんです?」 「車が突っ込んだの。ここ三ヶ月で六回目の事故。 もっとも、みんながみんな塀に突っ込んだわけじゃ ないけどね」 「三ヶ月で六回? 事故なんて起こりそうもない場所だけど……」 「あ〜……聞いたことあるかも。 なぜか事故が多発する魔の道路があるって」 「まさにここがそれ。ただの直線だし、見通しも悪くない。 野良猫が飛び出てハンドルをとられた、なんてことは あるかもしれないけど、それにしても六回は多すぎる」 「人通りが少ないからスピードを出す人は多いんだけど、 カーブで事故るならまだしも、ここでいきなりハンドルを 切って家に突っ込む理由がわからない」 「ドライバーの人も、わけもわからず事故ったって 感じですか?」 「…………」 「なにその渋い顔」 「あのですね、十三課に回ってくるような事件ですので、 まぁ……なんていうか、そこらへんの調査が 不十分なのが通例だそうでして……」 「なんかよくわかんないけどあそこで事故多発するから お前ら原因調べとけやと、そんな感じでして……」 「あいっかわらず他の課から軽い扱いを受けて おるようじゃのう。嘆かわしい」 「ほんと……私も配属されてからストレスが…… って、まぁそれはいいんです。愚痴失礼しました」 「とにかく、ただの運転手の不注意として 処理されているけど、十三課はそれだけではないと 判断しています」 「ここに悪霊でもいて、事故を誘発しているんじゃないか、 ……と」 「なるほど……。俺に事故の原因を探れ、と」 「そゆこと。お願いできる?」 「ええ、任せてください」 力強く頷く。 ここ数日、なにも出来ずに過ごしてきた。 ようやくお役目らしいことができる。しっかりと務め上げないと。 「しかし、いきなり悪霊ときたか……。 真には少々荷が重いように思えるが……」 「やばいのか?」 「滅多に会うものではないから、 可能性は低いじゃろうが……」 「もし本当にいるのであれば、事故を起こしている くらいじゃ。なんらかの恨みを持っているのじゃろう」 「それに悪霊はだいたい話が通じん。 非常に厄介だぞ。一日二日で解決できると思うな。 悪霊と向き合うには、長い時間が必要じゃ」 「そうか……。 生活費が尽きる前に解決できればいいけど」 「じゃあ他の依頼がないか、課長に聞いてみるね。 簡単なのがあればそれを優先してもらった方が いいだろうし」 「はい、ありがとうございます。でもこの依頼は やらせてください。霊がそこにいるなら、 たとえ悪霊であろうと放ってはおけない。な、琴莉」 「はいっ、真さんの言うとおりです! 私も精一杯がんばります」 「うん。ってことで、とりあえず現場に行ってみます。 霊がいるかどうかは、たぶんそれでわかりますから」 「了解。案内するね。今からで大丈夫?」 「はい、お願いします。葵、一緒に来てくれ」 「うぇっ、あたし?」 「お前の力が必要になるかもしれない。 芙蓉はここで待っていてくれるか?」 「はい。ご夕食の支度をして、お帰りをお待ちしております」 「気をつけろよ。場所が場所じゃ。 それほど危険性はないじゃろうが、 やばいと思ったら逃げるんじゃぞ」 「わかった、気をつける」 「ま、あたしがいるから大丈夫っしょ〜。 行っくぜ〜! みなの者〜!」 「……なんでお前が仕切るんだ」 「うん、ごちそうさま。さって、行きますかっ」 和菓子を平らげた伏見さんが写真を片付け立ち上がり、飛び出した葵を追って、玄関へ。 「気をつけてな」 「ああ、わかった」 「行ってきます!」 「はい、いってらっしゃいませ」 二人に見送られ、俺たちも外へ出る。 「……あれ?」 と、門を出てすぐ、伏見さんが立ち止まった。 「葵ちゃんは? そこにいたよね?」 「? 今もいますよ?」 「へいへいへ〜い! ここにいるぜ〜!」 「あ〜……不思議。ちょっと待って」 一歩後退。そしてすぐに一歩前進。 敷地内に入ったり出たり。それを数回繰り返す。 「どうしたんです?」 「やっぱり。私、この家の中じゃないと駄目なのかも。 一歩でも出ると見失う。声も聞こえないっぽい」 「?? 家になにか特別な力でもあるのかな……。 そういえば俺の霊視の力が戻ったのも、引っ越してからだ」 「あ〜、でもわかります。 このおうち、なんだかあったかい感じがするんです。 他とは違うっていうか」 「伊予の……座敷わらしの影響なのかな。 わかんないけど」 「……ん〜、興味深い。けど、今はいっか。 行こ。申し訳ないけど暑い中徒歩です」 「わかりました」 「ご主人手〜繋いで〜」 「……なんでだよ、やだよ。恥ずかしい」 「ぶ〜!」 「ちょっとちょっと、私のわからないところで 会話するのやめて。蚊帳の外で寂しい」 「雰囲気で。雰囲気でついてきてください」 「むずっ。あ、誰か通りがかったときに加賀見くんが 虚空に話しかけてたら他人のふりするので」 「そこは会話に入ってください! 俺を痛いやつにしないでくださいっ!」 「だ、だいじょぶです! 私がフォローしますからっ!」 「あははっ。さ、行こっか。こっちだよ」 伏見さんの案内で、事故現場へと向かう。 悪霊、か。 いるかどうかはわからないけど、もしいたのなら、伊予の忠告通り、無茶だけはしないよう気をつけよう。 歩いて十五分ほどで、事故現場へとたどり着いた。 途中自販機で買ったお茶を飲みながら、軽くあたりを見回してみる。 「う〜ん……?」 「どう、なにかいる?」 「いやぁ……」 見た限りなにもいないけど……。 「葵、なにか感じるか?」 「霊を感知する能力など持っておりませぬので」 「はいわかりました。琴莉は? なにか見えるか?」 「いえ、私もなにも……。 でも……あ、いえ、うぅん、気のせいかな……」 「なんでもいい。言ってみて」 「はい。本当にいるのかな、って……。 悪霊というか、霊なんていない気がして……」 「わかるのか?」 「あ、なんとなくなんですけどね? さっき気がついたんです。 あの、真さんのおうちの話をしているときに」 「霊とか、そういう存在がいる場所って、 とても不思議な雰囲気がするというか……。 普通と違う感覚があって」 「思い出したんですけど、私がよく散歩コースの途中で 立ち止まっていたのも、コタロウがいそうだなって、 なんとなく感じていたからで……」 「そうか……雰囲気。なるほどな」 「あ、本当になんとなくですよ? なんとなく。 思い込みかもしれないし」 「いや、信じるよ。この場所で事故が多発するなら、 なにかあるはずなんだ。でも見る限り霊なんていない。 徘徊する霊なら他の場所でも事故が起こるはずだし……」 「あ、伏見さん。時間は? 決まってたりしますか?」 「それがね〜。まちまち。半分は夜間に起こってるけど、 あと半分は昼間だったり夕方だったり」 「時間限定で現れるわけじゃない……。 やっぱり腑に落ちないな」 「よくわかんないけど、結局霊なんていないってこと?」 「それはまだ。普段はふらふらしてて、 ここにやってきたときに事故を引き起こしてる可能性も あるにはあるし……」 「……うん。霊のことかじったばかりのくせに、 考え込んでも仕方ないな。葵」 「出番ですかな」 「ああ、頼むよ。ここらへんの思念を読み取ろう」 「なになに? 術? 術使うの?」 「そんなところです。事故を起こした人たちがなにを 見たのか。それを掘り起こしてみます。 サイコメトリーってやつですね」 「え、すごい。そんなことできるの?」 「ええ。塀はもう直ってるな……。 一番新しい事故っていつです?」 「確か……一週間くらい前かな。もうちょっと前かも」 「結構たってる。葵、いけるか?」 「やってみないことにはにゃんとも」 「試してみよう」 「お手を拝借」 「ああ」 葵の手を、軽く握る。 「そこの塀を頼む」 「合点承知」 塀に手をかざし、目を閉じる。 二、三度浅く呼吸をして……始まる。 「行くよ」 淡い発光――能力の発動。 押し寄せる、情報の波。 「くっ……相変わらずガツンとくるな……っ」 「……もうちょい深く……だよね?」 「ああ、た、頼む……っ」 「うぐ……っ」 「〜〜っ」 「うぐぐ……っ、ご、ご主人、まだっ?」 「……っ、お、オッケー、こ、これくらいでいい、オッケーだ」 「ぷはっ」 大きく息を吐き、葵が俺の手を離す。 あぁ……クラクラする。この感覚はなかなか慣れないな……。 「わ〜……すごい、初めて見ました……。超能力だ……」 「ちょっとちょっと、大丈夫? 端から見てると完全にエセ霊能力者だったけど」 「でしょうね……でも演技じゃないですよ。 いくつか見えました。ただどれが有用な情報か わからないんで、まだなんとも」 「他の事故現場教えてください。あと五つ、全部」 「了解。最初の事故が……こっちかな」 「はい。葵、もうちょっとがんばってくれ」 「はぁい」 梓さんが指定した場所に、片っ端から葵の能力を使っていく。 残り五カ所、全部にだ。 しかし、これはさすがに……っ。 「あ〜……駄目、もう駄目、死ぬ。あたし死んじゃう」 「こ、ここで最後、っすよね?」 「うん、もう終わり。もっと遡ればまだあるかもだけど」 「無理無理無理! も〜無理! もうやらない! 絶対やらない! ご主人に言われてもやらない!」 「ああ、お疲れ様、ありがとう。俺ももう無理だ……。 ああ、くそ、色々いってぇ……」 「だ、大丈夫ですか?」 琴莉が心配そうにのぞき込み、汗を軽く拭ってくれた。 おぉ、助手。これは助手らしい働きだぞ、助手。ありがとう助手。 「う〜わ……目が真っ赤になってる。大丈夫? 術の後遺症的な?」 「いえ、頭痛はそうですけど……目の方はちょっと違います。 事故にあった人たちの痛みを拾っちゃったみたいで。 こういうこともあるんだな……」 「ん? ドライバーが目の痛みを感じていた、ってこと?」 「たぶん。ハンドルを誤った瞬間がいくつか見えたんですが、 全部目の痛みを伴ってました」 「あとは……そうですね、なんだったかな……」 「……なんか光ってなかった〜?」 「それだ、光。視界の端でなにかがチカチカしてるんです」 「ひ、人魂?」 「そういう感じじゃなかったけど……もっと、こう、 チカチカって。場所的には……方角どっちだ、あっちか。 あのあたり?」 「マンションのところ?」 「あ〜……マンション。うん、そうかも。 三階か、四階か……もっと上? とにかく、あのあたりです」 「ふぅむ……」 「……」 「事故直前に目の痛み……。 そしてちらつく光……。マンション……」 「…………」 「あっ」 なにかに気づいたのか、ぱっと顔をあげた。 だがまたすぐに眉間に皺を寄せて、考え込む。 「……うん、うん。 似たようなケース、聞いたことあるかも……。 それなら説明がつくし……」 「そうか、気づかなかった……。 事故はこっちからあっちに走ってる車しか……。 うん、……うん」 「お、解決の糸口が見つかったっぽい」 「う〜、うんっ、たぶんそうだ。そういうことかもっ」 「お役には立てました?」 「すっごく! ありがとう加賀見くん! それに葵ちゃんも琴莉ちゃんも! 私、署に戻るねっ、調べたいことがあるの!」 「わかりました。またなにかあれば言ってください」 「うんっ! さっすが本物の霊能者! 頼りになるぅ! じゃあねっ! またそのうち!」 ぺしぺしと俺の肩を叩いて、伏見さんは走っていった。 なんかあっさりと終わっちゃったけど……事件解決の手助けができたなら、今日の出来は花丸かな。 「お〜……終わり? いいのかなぁ、これで……」 「役には立てたみたいだし、いいんじゃない? よし、帰ろうか。あとは伏見さんの連絡を待とう」 「はいっ! お疲れ様でしたっ!」 「ご主人〜、手〜繋いで〜」 「またか、やだよ」 「いいじゃないですか、葵ちゃんすっごくがんばったのに。 ね〜?」 「そ〜だよ、がんばったのに〜」 「わかった、わかったよ。ほら」 「いぇ〜い」 「ふふふっ、葵ちゃん私とも繋いで〜」 「にゃはは、おっけー」 「……なんだこれ」 三人手を繋いで歩く。 気恥ずかしいけど……悪くない気分。 警察の手伝い、か。 正直不安はあったけど、うまくやっていける気がする。 みんなとなら、きっと。 報告を待つ……といっても、数時間、数日で進展があるものでもないだろう。 だから帰宅したあとは、気を張ったりせず平常運転だ。日常に戻る。 ゆっくりと休息をとり、台所から漂ういい香りに腹を空かせ、料理が出来上がれば待ってましたと食卓につく。 「うまっ、いいね。最高」 「ふふふ、ありがとうございます」 「うむ、絶品じゃな。煮付けが実にわたし好みの味付けじゃ。 おかわりっ!」 「あたしも〜!」 「はい。お椀をこちらへ」 「葵ちゃんさっきまでへとへとだったけど、よかった。 元気出てきたねっ」 「ご飯食べれば元気百倍〜!」 「力使いまくったから腹も減るよな。今日はご苦労さん。 ただ……部屋に引きこもってゲームばっかりやってるやつが 一番食ってるのがな〜、不思議だな〜」 「馬鹿者。座敷わらしは常に家に幸福エナジーを 分け与えておる。家の中にいるだけでも疲れるんじゃ」 「え、そうなんだ。伊予ちゃんすごい」 「嘘じゃけどな」 「……」 「やめよ? 可哀想な子を見る目やめよ?」 「しょうもない嘘つくからだ」 「うるっさいなぁ。でもわたしの力がこの家に 作用してるのは本当。今の幸せはわたしのおかげ。 わたしに感謝しながらお米の一粒一粒を味わうがよい」 「芙蓉、俺もおかわり」 「はい」 「無視かっ!」 荒ぶる伊予をがっつり受け流す。 伊予の力がこの家に、ね。やっぱり、伏見さんの件は伊予の影響っぽいな。どんな力かよくわからんけど。 「真様、量は普通でよろしいですか?」 「ああ、うん。普通で――」 「夜分にアポなしで失礼伏見でーーす!」 「うぉっ」 噂をすれば……じゃないけれど、勢いよく障子を開け、伏見さんが入ってきた。 び、びびった……。 「あ、ごめん。食事中? 気にしないで食べてて」 「は、はぁ……急にどうしたんすか、伏見さん」 「そんな他人行儀な呼び方するなよ真ぉ。 梓でいいよ。もう私たち相棒でしょ、あ・い・ぼ・う」 「は、はい? なんすか。テンションおかしいですけど」 「ふふふ。事件解決。その報告に」 「え、はやっ!」 「伏見様、こちらに。今お茶をお持ちします」 「ああ、おかまいなく〜」 俺のすぐ後ろ、芙蓉が用意してくれた座布団の上に伏見さん――改め、梓さんが腰を下ろす。 一旦箸は置いて、梓さんの方へ体を向けた。 「事故の原因、わかったんですか?」 「うん。完全決着はまだなんだけどね。 犯人の目星がついて、今令状取ってるところ」 「犯人ということは、やっぱり悪霊は無関係でした?」 「だね〜。犯人は大学生でした。マンションのベランダから、 レーザーポインターで悪戯してたみたい」 「レーザーポインター? そんなんで事故起こるんですか?」 「普通に凶器だからね、あれ。 出てくるんじゃないかな〜。 部屋から出力強めのポインターが」 「へぇ……。あれだけのヒントでよくそんなのに たどり着けましたね。すごいな」 「あはは、運が良かっただけ。 昔ね、似たような事件があったの」 「とある公園で遊んでる子供たちが、決まって目の痛みを 訴える。何事かと調べてみたら、犯人がマンションから 子供たちの目をレーザーで焼いてました、と」 「まぁ、恐ろしい……。どうぞ、お茶です」 「ありがと。それをね、覚えてたんだけどこれがドンピシャ。 近所の人に聞き込みしてみたら、夜になると 悪戯されるんだって。カーテンを光がちょろちょろ」 「もう王手だよね。あとはとんとん拍子。 いやぁ助かったよ真くん! 最初は疑ってごめんね〜、 さすが本物の霊能者! ありがとね!」 「いえいえ、お役に立ててよかったです」 「あたしもがんばったんだけどな〜」 「葵ちゃんもお手柄でしたっ! 琴莉ちゃんもありがとねっ!」 「は、はいっ。 私なんてなにもできませんでしたが……あはは」 「ふむ……しかし、霊ではなく大学生の仕業か。 お役目としては空振りじゃの」 「あぁ、そっか。でも解決できたんだから 結果オーライということで」 「……加賀見が協力するのはあくまでも霊的な事件のみじゃ。 お主らの尻ぬぐいではない。 真を便利な道具と思ってくれるなよ」 「おそらく十三課の課長が真の器をはかろうと 今回の事件を用意したのじゃろうが……このような依頼、 今後はしてくれるな。無礼千万じゃ」 「珍しく怒ってるな……。いいよ伊予。 そこまで言わなくても。 俺は協力できてよかったと思ってる」 「ぬるい。真と鬼の力があれば、だいたいの事件は 解決できるであろう。だが真は便利屋ではない。 力を濫用してはならぬ。決して」 「おちゃらけていい雰囲気でもなさそうね。 失礼しました、ご相談役。 課長も次はないようにすると申しておりました」 「それと、お詫びとして報酬に色を付けると。 それで怒りをおさめていただけないでしょうか」 「ほぅ……確認させてもらおう」 「どうぞ」 梓さんが鞄から封筒を取り出した。 あ、手渡しなのか! しまった! 「ま、待った! 伊予には――!」 「もう遅い」 ひょいっと梓さんの手から封筒をかっさらう。 しくじった、金遣いの荒いこいつに金の管理をさせるわけにはいかん……! 「おい、伊予。封筒はこっちに渡せ。俺が確認するから」 「まぁ待て、見るだけじゃ」 「私は中身確認してないけど結構入ってそう、その厚さだと。 一瞬このまま黙って持って帰ろうか悩んだ」 「け、警察の発言じゃない……」 「ほほう、それほどの額か……。 どれ、中身を確認させてもらおうか」 封筒を開け、ちらっと覗き込む。 そして、ふぅと吐息をつき、封筒をちゃぶ台の上に置いた。 「……」 「梓よ」 「はい」 「どんな仕事でもやらせていただきます! これからもよろしくお願いしま〜す!」 「……あっさり手のひら返しやがった」 「だって! ほら!」 封筒の口をあけ、俺に見せる。 「見て見てほらほら! この額だよ!」 「いやいや、俺だって大学生としての生活は満喫したいし、 いくら報酬もらえるからってそんなポンポンと 仕事もってこられても……」 「……」 「なんでもやります! これからもご贔屓に!」 「うわ……真さんもお金に目がくらんでしまった……」 「でも、確かに……すごいですね。一万円札がたくさん」 「え、そんなに? 焼き肉? 明日焼き肉行く? おごり?」 「行きたいっ! 肉食べたいっ!」 「よし! 明日はみんなで焼き肉食べにいくぞ〜!」 「待て待て! 伊予が外出たらこの家終わるだろっ! やるなら家だなっ、いい肉買ってこよう! めっちゃいい肉!」 「承知いたしました。明日買いに行きますね。 確か……商店街にお肉屋さんがありました」 「あっ、スーパーより絶対いいですよっ、 知り合いのおばちゃんが言ってました!」 「お、そりゃ期待できるね。本来は節約すべきなんだけど、 せっかくの初収入だし、今回だけは贅沢しちゃおう。 梓さんもよければ」 「ああ、さっきのは冗談冗談。邪魔者抜きで みんなで楽しんで。というか、いつか私が奢らせて。 捜査のご協力に感謝を、ってことで」 「お、ありがとうございます。 でも邪魔者ってことはないから、気にしなくても」 「では、ご夕食はいかがですか? 少しではありますが、料理は残っておりますので」 「あ、そう? じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。 実はまだ食べてなくて」 「じゃあこっちにどうぞっ。葵ちゃんつめてつめて」 「へ〜い」 「すぐにご用意いたしますね」 「ありがと、お願いします。おいしそだな〜。 料理うまいね、芙蓉ちゃん」 「ふふ、ありがとうございます」 「うむ。悪霊と聞いたときはどうしたものかと思ったが、 幸先のよい出だしとなったの、真」 「空振りとか言ってたくせに……。 でも確かに。これで生活費の心配はしなくて済みそうだ。 今回の報酬だけでしばらく大丈夫そうだし」 「だからと言って、怠けるなよ。 お金に困ってないししばらくお役目もいいか、では わたしもこの家を出ていくことを考えねばならん」 「大丈夫だよ。気は抜かない。精一杯やるよ、どんなときも」 「うむ、よい返事じゃ」 「伏見様、どうぞ」 「わぉ、あっりがと〜。そうだ、課長が言ってたけど、 次はうちでは手に負えないの依頼するって。 今度こそ悪霊関係かも」 「悪霊……とり殺されたりしませんよね? 襲ってきたりします?」 「場合によりけり。見境なく恨みをぶつけてくる者も いるじゃろうな」 「それでもこちらの武器は対話のみ、か。 ヘマしないように気をつけないとな……」 「ま、鬼よりは弱いっしょ〜。 あたしにまかせんしゃ〜い」 「葵姉さん。真様をお守りするのは当然だけど…… 無責任なこと言わないの。根拠もないのに」 「びびってても仕方ないっしょ〜。 いけるって。いけるいける」 「……うんっ、そうですよねっ。私もがんばりますっ! どんなときでも、真さんのお役に立てるように!」 「ああ、ありがとう。みんなでがんばろう」 「ああ、いいねぇ……仲間って感じ。 青春だわぁ……。お、このお味噌汁おいしいね」 「ありがとうございます。まだおかわりもあり…… あっ、そうでした。真様のおかわり」 「そうだった。お願いします」 芙蓉にご飯をよそってもらう。 こうやって食事をしていると、当主と家来というよりは、家族としての繋がりを強く感じる。 仕事を貰えた。収入を得ることも出来た。 みんなを路頭に迷わせることなんてないよう、大黒柱としてがんばっていかないとな。 「真よ、あまり気負いすぎるでないぞ。 さっきはああ言ったが、真の生活を犠牲にする必要はない。 お役目はことのついででよいのじゃ。もちろん仕事もな」 「まぁ、投げ出してしまえば話は別じゃがの。 たとえうまくいかずとも真が真摯である限り、 我々は真を見捨てん。気楽にいけ」 「ああ、いつもアドバイスありがとう、伊予」 「水くさいことを言うな。なにかあればすぐにわたしを頼れ。 知識だけは豊富にある」 「そうか……うん、ありがとう。 じゃあ、もう一つだけいいかな。お願いがあるんだ」 「うむ、なんでもよい。言ってみよ」 「さりげなく懐にしまった封筒を渡せ。 お前には絶対お金は預けない」 「……チッ」 食事を終え、梓さんも帰り、夜は更けていく。 事件は解決した。いいことだ。 ちょっと前までは、まさか自分が警察に協力して、報酬を貰うなんて思ってもみなかった。 なかなかの充足感。 お疲れ様と二階のベランダで一人、缶ビールをちびちび。 「あ、いた。真さん」 からからと戸が開き、琴莉がやってきた。 「まだ帰ってなかったんだ」 「はい。あの……今日泊まっていってもいいですか?」 「いいよ。芙蓉に布団を出してもらおう」 「やった、ありがとうございます。 あ〜、えと」 「うん?」 「ちょっとだけ、いいですか? ここにいても。 伊予ちゃんたちとゲームするの疲れちゃって。 ……あはは」 「ははっ、ど〜ぞ」 「やた」 嬉しそうに笑い、隣に並ぶ。 ちょうど風が吹き、琴莉が髪を軽く押さえた。 「今夜は過ごしやすいですね。思ったより涼しい」 「いつもこんな感じだといいんだけどね」 「ですね〜。あ、ビールですか?」 「飲む?」 「い、いいですいいです。 お酒の味なんてわからないお子様なので」 「俺もよくわかってないけどね。 ビールをうまいって思うの、正直最初の一口だけだ」 「じゃあなんで飲んでるんですか? 酔いたいから?」 「大学生っぽいから」 「なんですか〜それ」 「かっこつけたい年頃なわけ」 「あははっ、変なの〜っ、ふふっ」 「はっはっ!」 二人でケラケラと笑う。 少し酔いが回ってきたおかげか、とても気分がよかった。 「そうだ。琴莉に給料払わないと」 「あ、いいですいいですっ。 私、全然役に立てませんでしたし」 「それを言ったら俺もだよ。 葵に見せてもらっただけだ」 「じゃあ私じゃなくて、葵ちゃんにお給料だしましょう!」 「琴莉にも出すって。 お金はいらないなら、なにか欲しい物でも」 「う〜ん……やっぱりいいです」 「遠慮はなしで」 「遠慮とかじゃなくて、なんだか抵抗があって。 今日の私、本当についていっただけだったから」 「せっかく助手にさせてもらったのに、頼りないなぁ……私」 「う〜む……」 確かに頼りないかも。そんなことない。 「確かに頼りないかも」 「やっぱりぃ……役立たずですもんねぇ……」 「あははっ、冗談だって。琴莉の感覚は、俺にはないし」 「かんかく?」 「霊がいるかどうか。そういうの俺にはわからない」 「う〜……でも、なんとなくですよ?」 「なんとなくでもわかるのはすごい。 頼りにしてるよ、その力。 霊を探すのに絶対役に立つ。さすが助手」 「すみません、がんばります……」 「なんで謝るの。褒めてるのに」 「がんばってフォローしてくれてる感が……」 「ある?」 「ちょびっと」 「じゃあ頼りにならないってことでいいや」 「投げたっ!?」 「あっはっはっ!」 「……」 「そんなことない。琴莉の力、頼りにしてるよ」 「ちから? なんにもないですよ?」 「あるでしょ。霊的な物を感じる能力」 「あ〜! でもあれ、なんとなくそうかな〜? って程度だし……」 「でも今回のはぴったり当てた。霊なんていないって」 「ただの偶然かも」 「偶然でも、いるかいないかの予想ができるのがすごい。 俺にはわかんないから勘すら働かない。 立派な能力だよ」 「そうです?」 「そうです。琴莉が感じて、俺が見る。 完璧なコンビネーションだ。琴莉がいれば霊を見逃さない。 最高の助手だね」 「おぉ……なんだか自信ついてきた」 「持ってもらわなきゃ困る。俺の仕事が うまくいくかどうかは、琴莉にかかってる。 頼りにしてるぞ、我が助手よ」 「は、はいっ! えへへ……やった、頼られちゃった」 「……」 「あの、ありがとうございます」 「? なにが?」 「えぇと……うまく言えないですけど…… 会ったばっかりで、得体の知れない私を……こうやって 信用してくれて、一緒にお仕事させてくれて」 「ありがとうございます。 みんなといるの、とっても楽しいです。 家族って感じがします」 「真さんがお兄ちゃんで、葵ちゃんたちが妹で……。 お父さんとお母さんはいないけど、理想の家族です。 こういうの……飢えてて。だから、いいな〜って」 「お兄ちゃんって呼んでもいいのよ」 「い、いいですよ、恥ずかしい……!」 「あははっ! 好きなだけいたらいいよ、この家に。 住んでもいいし」 「さすがにそこまで迷惑かけるわけには。 でも、ふふっ、うれしいな」 「……」 「急にこんなこと言われても、困っちゃうかもですけど」 「うん?」 「うち、お父さんとお母さん、あんまり家にいなくて。 仕事で忙しいんです。だからご飯はいつも、 コタロウと二人でした」 「放任主義っていうんですか? 特に構ってもらったこともなくて。 一回心配して欲しくて、家出したんです。二日だけ」 「でも、帰ってみたら両親は私が家出したって 気づいてませんでした。なんにも変わってなくて。 うちは……ずっとそんな感じで」 「コタロウがいなくなっちゃってどうしようって 思ってたけど……みんなのおかげで、 やっと家族を知ることができた気がします」 「真さん……本当に、私を受け入れてくれてありがとう」 「酔ってる?」 「へっ?」 「ムズムズすること言うから」 「もぉう! がんばって話したのになんで茶化すんですか〜! この酔っ払い!」 「あっはっはっ! ごめんごめん! でも、お礼なんて必要ないよ。 俺たちだって琴莉に力を貰ってる」 「葵の相手してくれてるし、伊予だってゲーム仲間見つけて 楽しそうだ。それに俺だって……」 「俺だって?」 「……」 「特にないな」 「え〜〜!!」 「あははっ! 冗談。こうやって話してると楽しいよ。 一人暮らしより、やっぱり賑やかな方がいい。 それに――」 「も、もう意地悪なこと言わないでくださいねっ」 「言わないよ、真面目な話。助手にしてもらったとか、 受け入れてもらったとか、そういうの恩に感じる 必要はないよ。俺がしたいからしたんだ」 「コタロウと約束したからとかそういうのを抜きにしても。 俺は、琴莉の心の隙間を埋めたいと思ってる。 だから一緒にいよう。俺たちはもう家族だ」 「う…………。や、やっぱり真さん酔ってますねっ!」 「まだ酔ってないよ」 「酔ってる! だって台詞がクサいです!」 「酒臭くなると自動的に台詞もクサくなるのさぁ。 むはぁ〜」 「うっ、アルコール臭いっ! いい台詞台無し!」 「あははっ! まぁ酔っ払いの戯言ですよ。 この話題はこの場限りってことで。 もうお礼とか言うなよ」 「は、はいっ」 「なにか話したくなったら、いつでもいいけどね」 「じゃあそのときは……またここに来ます。 真さんもいいですよっ、私に悩みを話してもっ」 「そうだなぁ……。伊予の金遣いの荒さをどうするか」 「お金の管理は芙蓉ちゃんがいいと思いますっ。 しっかりしてるのでっ」 「さすが助手。的確なアドバイス」 「でしょ〜? ふふっ」 「はっはっ!」 「……」 「なぁ、琴莉」 「はい?」 「これからもよろしくな」 「はいっ!」 着替えを済ませ、一階へおりる。 今日は梓さんと会う約束がある。指定された時間までもうすぐだ。 あれから二日。たぶん犯人逮捕の報告だろう。もしかしたら、新しい依頼ももらえるかもしれない。 相変わらず霊が見つからずお役目は停滞気味だから、依頼だとありがたいな。 ……いや、俺が暇なのはいいことか。そこらへん、はき違えないようにしないとな。 とりあえず喉を潤そうと台所へ。芙蓉が昼食の後片づけをしていた。 「麦茶ある?」 「はい、冷えておりますよ。ああ、わたくしが」 「いいよ、自分でやる」 「わ・た・く・し・が」 蛇口の栓をきゅっとしめタオルで軽く手を拭い、冷蔵庫の前に立ち塞がる。 芙蓉はとにかく、俺になにかさせることを嫌う。 「居間でお待ちくださいませ。すぐにご用意いたします」 「……自分でやるよ?」 「わたくしが」 にこっと微笑む。有無を言わせぬプレッシャー。 気圧されて、すごすごと退散。 「ふぐぅ……」 「す〜……くぅ〜……」 居間には琴莉と葵が。 葵は縁側に足を投げ出して熟睡中。琴莉も居眠りか……と思ったけど、どうも様子がおかしいな。 いつもの場所に腰を下ろしながら、声をかける。 「どうした?」 「……大変なことに気づいたんです」 「なに? っていうかキミはいつも制服だな」 「だって校則で出かけるときは制服でって」 「真面目か」 「真面目ですよ。それはどうだっていいんです! 今日は何日ですかっ」 「えぇと、二十八?」 「そうです。もう八月が、夏休みが、 終わってしまうんです……!」 「ああ、大変だな」 「うわ、なんだか余裕そうっ!」 「大学生の夏休みは九月までなのさぁ」 「きゃ〜〜! ずるい〜〜〜!!」 悲鳴をあげ、後ろにぱたんと倒れ込む。 そうかぁ、八月ももう終わりか。 今の琴莉みたいに、焦りとか物寂しさとか、そういうの感じなくなってきたなぁ……。 それがいいのか悪いのか。休みが長すぎると、心もだらけてしまうな。 「どうぞ、真様」 「ああ、ありがとう」 ちゃぶ台の上にグラスが置かれる。 そのまま芙蓉は俺の隣に腰を下ろした。 「そろそろお出かけになる時間でしょうか」 「あと十分くらいかな?」 「あ、そうでしたっ。梓さんと会うんですよね?」 「だね」 「私も行きますっ!」 「却下」 「え〜〜! なんでですかっ?」 「どうしても」 「それじゃあ納得できないですよ〜! 助手ですよっ、私っ、助手!」 「ならぬものはならぬのだ、琴莉よ」 「ぶ〜! 説明を要求しますっ!」 「待ち合わせ場所が喫茶店だから、ですよね。 あの女性が勤めていらっしゃる」 「……」 「うわぁ……わかりやすい顔してるぅ……」 「だってキミたち……すごく食いついてくるじゃないか」 「そりゃ食いつきますよっ! 気になりますもん! あの人誰なのかなって!」 「だから連れて行きません」 「あっ! 嘘でも食いつかないって言えばよかった……!」 「もしかして、伏見様の用事が終わったあと…… あの方と逢い引きでも?」 「するかよそんなこと」 「では、待ち合わせ場所を変えればよろしいのに」 「変えてくれって言う前に梓さんが電話を切っちゃったんだ」 「かけなおせばいいのに〜」 「めんどくさいし、あっちも忙しいでしょ」 「あやしい」 「あやしいですね」 「だからなんでこう食いついてくるかな……」 「諦めてください。女の子はこういう話が――」 「それくらいにしておいたら〜? うるさくて寝らんな〜い」 思いがけないところから助け船が。 葵が寝転がったまま、不服そうな目をこちらに向けていた。 「葵姉さんは気にならないの? 真様に女性の影が」 「気にならな〜い。 ご主人もあの女の人のこと苦手みたいだし〜」 「え、そうなんですか?」 「そうなの」 「もしかして葵姉さん、知ってるの? 二人の関係」 「知らないしど〜でもいい」 「……。働くんですよね……女の勘が」 「あんまりしつこくしてると、ご主人に嫌われるよ〜。 あたしたちはご主人の召使いであって、 恋人でも奥さんでもない」 「う…………姉さんが正論を」 「わぁ……芙蓉ちゃんがぐぬぬってしてるところ初めて見た。 やっぱり葵ちゃん、お姉ちゃんなんだねぇ」 「たっまにっはね〜。にゃっしっしっ」 葵が俺に向かってウィンクし、ごろんと寝返りをうつ。 葵は、由美に会った直後の俺の思念を読んだ。だからすべてではないにしろ……ある程度わかっているはずだ。事実、そのような素振りを見せた。 葵、言わないって約束をちゃんと守ってくれているんだよな。なんだかんだで、俺のことを大事にしてくれている。 とにかく助かった。ありがとう、葵。 「さてと……これ以上質問責めにされないうちに 出かけようかな」 「ほんとに一人で行っちゃうんですか〜? 私助手なのに……」 「たぶん梓さん、お茶代奢るって言ってくれるだろ? この前そんなようなこと言ってたし。 それがわかってて複数で行くのはどうもね」 「あ〜、確かに図々しいですねっ。納得しました!」 「お帰りはいつごろになりそうですか?」 「わかんないけど、夕飯までには帰ってきたいな。 行ってきます」 「行ってらっしゃ〜い!」 「お気をつけて」 麦茶を飲み干して立ち上がり、居間を出る。 「ごっしゅじ〜ん」 玄関で靴を履いていると、葵が追いかけてきた。 「連れて行けないぞ?」 「わかってる。そうじゃなくて」 「ああ、さっきはありがとな。フォローしてくれて」 「それだけ?」 「え?」 「あたしに秘密を握られていると、 ちゃんと理解した方がいい」 「……」 「バラされたくなかったらホットサンドを買ってこい」 ……前言撤回。サイテーだこいつ。 「ちょいちょい俺を脅すよな、お前……」 「欲しい物はどんな手を使っても手に入れろと伊予様が」 「あいつの影響か……。 わかったよ、ホットサンドでいいんだな?」 「うんっ、よっろしく〜! ご主人大好きっ」 「白々しい……」 「うっひゃっひゃっひゃっ」 下品な笑い方をしながら、居間へと戻る。 着々と伊予の影響を受けてきているな……。 主としての尊厳が失われつつある。由々しき事態だ。 「ふぁぁ……ねむ。ついつい熱中してしもうたわ。 お、真。でかけるのか」 「……」 「……なんじゃその目は」 「……行ってきま〜す」 「お、おい、待たんか! なんじゃむかつく! おいっ、お〜い!」 喫茶店が近づくにつれ、自然と足が重くなる。 毎回由美のシフトに被らないだろ、なんて淡い期待を抱いてみたけど―― 「……いるよな、やっぱり」 外から確認。由美は客のオーダーを取っていた。 梓さんも確認。奥の方の席でコーヒー飲みながらスマホをいじってる。 待たせるのも申し訳ない。行きましょうか。 「いらっしゃいませ……ぁ」 俺を見るなりびくっと硬直。 お互い意識しまくりである。 「あ、えっと、空いてるお席に……」 「いや、待ち合わせしてるから」 梓さんのテーブルを見る。 あっちも気づき、手を振った。 「ま、また綺麗な女の人……。あの人も?」 「いや、ただの刑事さん」 「えっ!?」 別に言う必要はなかったんだけど、軽い悪戯心。 驚く由美にはそれ以上なにも言わず、テーブルへと向かった。 「ども」 「時間ぴったり。もうお昼食べた?」 「ああ、はい。がっつり」 「そっか。私もがっつり食べちゃっていい? 実はまだでさ〜」 「それならうちに来てくれればよかったのに。 ご馳走させてくださいよ」 「や〜、それもちらっと考えたんだけどね〜?」 「……」 「……笑わない?」 「? はい」 「伊予ちゃんのことが軽くトラウマでしてね……」 「なんかもうほんと……ごめんなさい」 テーブルにぶつけそうな勢いで頭を下げた。 同時に、タイミング悪く由美が水を持ってきてくれた。 ……完全に悪さして頭下げてる犯人の図じゃないか。 刑事さんだって明かしたのが裏目に出た……。 「ご、ご注文決まりましたらお呼びください」 「今頼んじゃっていいですか?」 「あ、はいっ」 「えっと、オムライス……と、真くんは?」 「……俺はアイスティーで」 「なにも食べなくていい? 奢るよ?」 「大丈夫っす」 「じゃあ以上で」 「はい。オムライスとアイスティーですね。 少々お待ちくださいませ」 軽く頭を下げて、立ち去る。 結構長いことやってそうだなぁ……慣れた感じ。 「よぉし、待ってる間に本題に入ろうか」 「はい。仕事の話ですよね?」 「うん。新たな依頼がございます」 「助かるけど、喜んでいいのかどうか。 この前のはどうなりました?」 「解決したはず。たぶん」 「たぶん?」 「他の課に取られちゃってさぁ……。 聞き込みとか裏付けとか全部私がやったのに、 十三課はオカルト事件だけ担当してろって」 「ああ、うちの課って鼻つまみ者なんだって 再確認しちゃって……へこむぅ……」 「いやいや、伊予が言ってたじゃないですか。 梓さんは選ばれし者なんです。 英雄はえてして理解されないものですよ」 「だよね。知ってた」 「……」 なんだろ、なんか……納得いかない。 「それでね、真くん。今回の依頼だけど――」 「はいはい」 「もしかしたら結構やばいかも」 「ついに……ですか」 「うん、悪霊ってやつが登場する可能性大」 表情を引き締め、梓さんが鞄から一枚の写真を取り出しテーブルに置く。 ……公園? 「ここに霊が?」 「うん、夜に出るみたい」 「ああ、出ることは確認できてるんですね」 「今回はね。といっても……真くんみたいに はっきり見える人はうちの課にはいなくて。 ぼんやりとではあるけど確認した、が正確かな」 「なるほど……。その霊の姿をしっかり確認し、 成仏させる……。それが今回の依頼、ですか」 「うん。でも気をつけて。普段ちゃらんぽらんな 課長なんだけど妙に緊張してた。現地に確認に行った先輩も なにか知ってるみたいなんだけど、話そうとしなくて」 「相当厄介みたい。依頼しておいてなんだけど…… 手に負えなかったら逃げていいから。 自分たちの安全を第一に考えてね」 できるだけやってみます。一緒に来てくれないんですか? 「……はい。でも、できるだけやってみます」 「いいね、かっこいい。 今回も頼りにしてるよ、霊能探偵!」 「はい。……って、あれ? 今回は一緒に来てくれないんですか?」 「えっ、やだやだやだっ、怖いもん! 悪霊NGなので私! そっちでなんとかして!」 「あ、はい。……がんばります」 「うんっ、頼りにしてますよ、霊能探偵!」 「え、れ、霊能探偵……?」 「はぃ……あ」 またタイミング悪く由美が。 最悪の単語を聞かれたぞ……。 「お、早い。オムライスこっちです」 「は、はい。あと……アイスティーです。 ご注文は以上でよろしいですか?」 「は〜い」 「ごゆっくり……どうぞ」 キョドりながら、由美が戻っていく。 ……なんだかとんでもない誤解をされている気がする。 「ん〜……。さっきからこっちを気にしてるな〜とは 思ってたんだけど、もしかして知り合い?」 「そんなところです」 「あっちゃ〜、迂闊だったね。 真くん、これから変な目で見られちゃうね」 「……なにニヤニヤしてんすか。楽しんでるでしょ」 「あははっ、普通本気にしないでしょ。霊能探偵なんて」 「生真面目が売りなんですよ。あの人は」 「わ〜ぉ、そりゃ大変。いただきま〜す」 「うわぁ……どうでもよさそ〜……」 「奢るんだから許してよ。なんでも頼んでいいよ?」 「じゃあ……なんか俺も食べたくなったんで、頼みます」 「どうぞどうぞ、遠慮しないで」 「すみませ〜ん! ナポリタンと持ち帰りでホットサンド!」 「は、は〜い!」 「うわ、二つも頼んだ! 図々しい!」 「えぇっ、遠慮するなって言ったのに〜」 「いや奢りますけれども。んっ、オムライスうまっ。 真くんも食べる?」 「いいっす」 「あそう? じゃああげない。 いいね〜ここ、おいし〜。お気に入りに登録です」 機嫌よさげにパクパクと食を進める。 マイペースだよなぁ……この人も。 こりゃ……今後もここで会うことになりそうだ。 「んじゃね、あとはよろしく〜」 「うぃ〜っす」 話を終え、喫茶店を出たところで梓さんと別れる。 さて……いよいよ悪霊とご対面か。 伊予も悪霊の話をするときはピリピリしてた。 最悪の場合を想定して、慎重に動かないとな……。 「真くんっ、ホットサンドホットサンド!」 「あ」 慌てた由美が喫茶店から出てきた。 やべ、すっかり忘れてた。 「ごめんね、すぐにテーブルに持っていけばよかった」 「いや、こっちこそごめん。ありがとう」 由美からビニール袋を受け取る。 そのまま立ち去ろうかと思ったけど……どうも、そういうわけにもいかないみたいだ。 「なに?」 「え?」 「髪の毛をしきりに触ってるときは、 なにか聞きたいことがあるとき」 「あ〜……」 「……」 「真くん……大丈夫?」 「? なにが?」 「だって、その、警察の人と……。 霊能探偵とか言ってたし……。 だから、その……」 「も、もしかして、へ、変なことに 巻き込まれてないかな……って」 どうも冗談で聞いてるわけではない様子。 うわぁ……やっぱり誤解されてた。それも最悪な方向に。 「なんだか謝ってたみたいだし……もしかして、その…… た、逮捕とか、されちゃった?」 「本気で心配してくれてるのはわかってるんだけど…… 詐欺とかしそうだって思われたのはショックだなぁ……」 「あっ、そ、そうじゃなくて! 真くんに限ってって思ったんだけど……」 「安心してよ。警察の厄介になるようなことはしてない。 むしろ逆」 「逆……?」 「あ〜……」 しまったな、どこまで言っていいのか。 まぁ、口止めされてないし、いいか。 「爺ちゃんの事業……でいいのかな。それを引き継いだんだ」 「れ、霊能探偵?」 「いや、それは……まぁなんていうか、あの人の冗談だけど。 探偵、かな。うん、探偵でいい、探偵」 「探偵さん? 真くんが?」 「そう。警察に協力してるんだ。 ついこの前、事件を一個解決したところ」 「わ〜……すごい……ドラマみたい」 羨望の眼差し。 ……なかなか悪くない気分。 いやいや、調子に乗ってる場合じゃないけれど。 でも嘘はついてないし……ちょっとはいいよな? 「探偵ってことは、依頼を受けたり?」 「まぁ。今は警察からしか受けてないけど」 「そうなんだ……。 ……ぁっ、じゃあ、私から依頼するのは、駄目かな?」 「由美から? なにか困りごと?」 「私じゃないんだけど、友達が困ってて……。 駄目、かな?」 断る。話を聞いてみる。 「あ〜……、う〜ん……」 「あ、ご、ごめん。駄目……だよね?」 「悪いけど……依頼は警察からしか受けてなくて」 「あ、そ、そうなんだ……ごめんね。変なこと言っちゃって」 「ああ、いや……変なことではないけど……」 「う、うん……」 「……」 「……」 「いや、やっぱり聞くだけ聞く。話してみて」 「え、い、いいの?」 「うん。ただ、あんまり期待しないでな。 俺の手には負えないかもしれないから」 「う、うん、わかった。ありがとう」 「それで、友達がどうしたの?」 「うん。えっとね、確か……一時期家庭教師してた子と ずっと連絡とってたんだけど、 最近音信不通になっちゃったみたいで……」 「うぅん……内容によるとしか言えないかな。 なにがあったの?」 「え、あ、い、いいの?」 「うん。力になれるかはわからないけど。 あんまり期待しないでな?」 「あ、ありがとう、すっごく嬉しい」 「それで、どんな依頼?」 「あ、うん。あのね、友達の話なんだけど…… 一時期家庭教師してた子とずっと連絡とってたんだけど、 最近は音信不通になっちゃったみたいで……」 「どうしたのかなって、すごく心配してるの。 捜してあげることできないかな……?」 「? その子の家に行ってみるのは駄目なの? 家庭教師してるなら知ってるでしょ」 「そうなんだけど、成績が上がらなくて ほとんどクビ同然だったから…… 家に行くのは、って……」 「そか、そりゃ行きにくい。でも緊急性は低いのかな」 「かな? やっぱり駄目かな、こんな依頼……」 「駄目ってことはないけど……」 「そうだ、代金はちゃんと払うね。 真くん、プロの探偵さんだもんねっ」 「プ、プロ……いや、まぁ……お金はいいよ。 初回ってことで、サービスしておく」 「あっ、じゃあ……」 「引き受けるよ。いつでもいいから、その子の写真とか もらっておいて。手がかりがないとさすがに無理だ」 「うんっ、ありがとう! 友達に伝えておくね!」 ぱっと、表情を輝かせる。 由美のこんな顔……久しぶりに見たな。 「じゃあ、えっと、メールアドレスって…… 変わっちゃった?」 「いや、変えてない」 「わかった、すぐに連絡するね。 じゃあ、ごめんね、仕事に戻るね」 「ああ。ホットサンドありがとう」 「うん、またねっ」 微笑み手を振って、店内に戻る。 ……。 なんかおかしなことになったぞ。 「人捜し……か」 完全にお役目とは無関係だよな……これ。 一部ごまかした罪悪感で、つい引き受けてしまった。 「……仕方ないか」 引き受けてしまったからには、ちゃんとやろう。 でも今は、梓さんからの依頼に集中しないとな。 相手は悪霊。油断大敵、だ。 帰宅後、みんなに梓さんからの依頼を伝えた。 走る緊張。膨れあがる不安。 それらを押し殺し、準備を整え。 いざ、決戦の時。 「二人とも、準備はいいだろうか」 「うぃ〜っす」 「はいっ!」 「ここをまっすぐ進めば公園。そうだな、琴莉くん」 「はいっ!」 「今日はあくまでも様子見だ。 悪霊の存在を確認し、やばそうなら迷わず撤退する。 無理は禁物だぞ」 「はいっ!」 「ところで琴莉くん。ずっと気になっていたんだが」 「はいっ!」 「その格好はなんだね」 「対悪霊用の装備です! 伊予ちゃんがくれました! なんでもかの安倍晴明が作り出したものだとか!」 「……それ信じてるの?」 「絶対嘘ですねっ! でもこういうのは気合いが大事ですから!」 ぎゅっと鉢巻きを締め直す。 まぁうん、雰囲気は出てる……のか? 「今回は私にとってほぼ初仕事ですからね! やる気すごいですよっ!」 「あたしは眠いよ……。 なんで夜に出かけなきゃいけないのさぁ……」 「夜に出るって話なんだから仕方ないだろ。 っていうかお前、昼間ずっと寝てたじゃないか」 「お昼はお昼! 夜は夜で寝るでしょ!」 「なに怒ってんだ……。 よし、行こう。琴莉、なにか感じるか?」 「う〜ん、今のところは……特になにも」 「わかった。慎重に進んでいこう」 「はい!」 「ふぁ〜い」 「なんて気の抜けた返事だ……」 気負ってないのは結構だけど、緊張感がなさ過ぎるな……。 一抹の不安を覚えながら、歩を進める。 そして、到着。 人気は……一切無し。 生ぬるい風。公園内に照明はあるにはあるけど、ところどころ切れてるな。部分的にかなり暗い。 雰囲気はばっちりだけど……。 「琴莉」 「うぅん……私の勘がただの思い込みであることが 判明しちゃいそうな……」 「なにも感じない?」 「はい、まったく――」 「……っ!?」 言葉の途中、唐突に琴莉が目を見開きぶるっと震えた。 「え、え、な、なにっ?」 「どうしたっ? 感じたのか?」 「き、気をつけてください! すっごく嫌な予感がします! 寒気というか、なんか、こう、アレですっ! アレな感じ!」 「ア、アレか! 全然わからんっ!」 「ご主人〜」 「どうした葵!」 「悪霊ってあれじゃないの?」 「な、いるのか……!!」 素早く振り返り、じっと目をこらす。 「う……」 ……いた。 大人ほどの大きさの黒い塊が、宙に浮かんでいる。 思ったよりあっさりと出くわしたな……。間違いない。あれが悪霊だ。 琴莉みたいな力は俺にはないけれど……それでも感じる。 こいつは、なにかやばいって。 「さ、寒い……。葵ちゃんたちとは全然違う感覚……。 あ、あの、逃げた方がいいでしょうか……っ」 「まだだ。まだなにも確認できてない。 せめて姿だけでも見ておかないと。 可能なら彷徨ってる理由もだ」 「思念でも読んでこようか?」 「待った。なにをしてくるかわからないんだ。 迂闊に近づくのも駄目だ」 「はぁい。でもあたし、一応鬼だから。 滅多なことじゃ霊程度に負けないけどね〜」 「もしものときは頼りにしてる。 でも本当に、もしものときだけだ。 危ない目にはあわせたくない」 「やぁん、ご主人素敵。ときめいちゃうにゃ」 「ふざけすぎだぞ、葵。気を引き締めろ」 「へぇい」 「うっ……ま、真さん。 ち、近づいてきてません? ます……よねっ?」 影が、ぼんやりと実体を帯びていく。 確かに少しずつ少しずつ、こっちに近づいてきている。 つまり、あいつも俺たちの存在に気づいてるってことだ。 どうする、どう出る。 「ああは言ったけど……いつでも逃げられるように 準備しておいて」 「は、はいっ」 琴莉を背中に隠しつつ、身構える。 ゆっくりゆっくり、影が大きくなり。 ついに、距離が詰められる。互いの姿を、はっきりと確認できるほどに。 「みんな気をつけろ。なにをしてくるかわから――」 「ふごぉ……ほぉ……ふぅぅっ」 「ない……」 「ふぅ、ふひゅぅ」 「ぞ……」 「あふっ、おぅ、おぉう」 「……」 「……」 「……ぅっ、うぐ、ふぅ、ふぅっ」 「…………」 「……へ、へ……」 「ふひゅ、ひゅぅ……おぉぅっ!」 「変態だーーーーーーーー!!!!」 あらん限りの声で琴莉が叫んだ。 いや……うん……うんっ!! 「真さん! あれ悪霊じゃないですよ! 変態ですよ! ただの変態ですよっ!」 「ま、待てっ! 見ろ! 浮いてる! あの体勢で浮いてるんだぞ! 霊なのは間違いない! 決してただの変態ではない!」 「じゃあ変態の霊ですよ! ど変態のおじさんの霊ですよ!」 「待ちなさい琴莉くん! 失礼なことを言うんじゃない! あんな無残な姿で殺されてしまい悔しさのあまり 成仏できない気の毒な霊かもしれないじゃないか!」 「ないですよ! 見てくださいよあの顔! 絶対喜んでますよ! 私たちに見られて興奮してますよ!」 「あひゅぅっ」 「あ、やだ! くねくねしないで! 見たくないところ見えちゃう! やっ、やーーー!! きゃーーーー!! なにもぉっ、もぉぉぉおおっ!!」 半切れになりながら、琴莉が顔を手の平で覆う。 わかる、わかるぞ。俺も見たくない。なんて汚い絵面だ……!! 「ひょこ〜、ふごぉ」 「うぉ、うぉぉっ! 近づいてくる! なんだ! 目的はなんだっ!」 「わひゃふぅの、ほふぁんほぉ、おほうせぅ」 「なんか喋ってるけどわかんねぇよ! 全然わかんねぇよ! それ取れよ! なんか、なにっ? なんとかボール!!」 「そもそもなんで浮いてるんですかっ! なんで移動できるんですか! 動力はなんなんですかっ!?」 「霊力?」 「霊力の使い方絶対間違ってるぅ! わ、やだ! こっち来ないで! それ以上来たら見えちゃうから! 見たくないところはっきり見えちゃうからぁ!」 「あ、くそ、なんだこれっ! めっちゃ混乱してる! よ、よし逃げよう! これ駄目だ逃げよう!」 「は、はいっ! 賛成です! 逃げましょう! とんでもなく悪質な悪霊ですよあれ! あんなの手に負えないですよ!」 「悪霊ねぇ……」 「お、おい、葵!」 まったく無防備に、悪霊……悪霊? まぁなんだ。小汚いおっさんに葵が近づいていく。 「危ないですよ! 見せつけられますよ! あの、そのっ、アレをっ!」 「アレって言ったって……」 ため息をつき、その場にしゃがみ込む。 そしてあろうことか、自らおっさんのアレを覗き込んだ。 「ちっさ」 「ば、馬鹿っ! 葵! お前なに挑発して――!」 「ふぐぅ……ほふぅ……っ!」 「ほら怒って――あ、違う! 喜んでる! あの霊、喜んでるぞっ!」 「ドMだーーーー!!」 「これまさか勃起してんの? しょぼ。 ご主人のと比べたらしょぼすぎるよこの人のチンコ」 「おほぅ、ほぉぉう」 「やめろっ! それ以上そいつを喜ばせるなっ! あと俺も恥ずかしいからやめてくれ頼むっ!」 「あ、あの真さん! もう無理です! 私無理ですっ! ごめんなさい逃げます! 私帰りますっ!」 「お、俺も帰る! 葵! 撤退だ撤退! 今日はもういい! 逃げるぞっ!」 「は〜い」 「ふぁっひゅ、ふぉうふぁ、ふぉあっ!」 「ぎゃーーーーー!! 追いかけてくるーーー!!」 「走れ走れ走れ! 走れーーーーー!!」 「あっはっはっ! みんな慌てすぎ、あっはっはっ!」 「ふごっふっ! ふぉ、ふぉぉぉっ!!」 「いやー!! やー! や、やっ!」 「やーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」 なんとか逃げ切り、命からがら我が家に帰ってきた。 とんでもない目に遭った……。 その一部始終を、帰宅してすぐ伊予と芙蓉に伝えた。 二人とも、まさに絶句である。 「あ、ある意味最強の悪霊ではないか……。 よく無事に帰ってきたのぅ……」 「心はズタボロです……」 「伏見様にはもうお伝えしたのですか?」 「帰る途中で電話かけといた。そんな特徴的な霊なら、 すぐ素性を割り出せるんじゃないかって言ってたけど……」 「けど? なにかあったんですか?」 「爆笑してた」 「それはそうじゃろうな……。 わたしも今、笑いを堪えるのに必死じゃ」 「大変だったんですよこっちは〜!」 琴莉が語気を荒げ、しかしすぐに力が抜けて、ゴトンとちゃぶ台の上に頭を乗せた。 「裸の男の人ですよ……? しかもSMっぽいカッコした。 それが迫ってくるんですよ? 恐怖以外のなにものでもないですよ……」 「コトリンも見た? おっちゃんの粗チン」 「お、お下品! 見てない! 見る気もな〜いっ!」 「でもまた会いに行かなくちゃだから、 今度は見えちゃうかもね。にゃっひゃっひゃっ」 「あぅぅ……私……今回は辞退ということで……」 「頼りにしてるぞ、助手!」 「うぐ、打ち合わせには連れてってくれなかったのに……」 「関わりたくない気持ちもわかるが、 放っておくわけにはいかんからの。 どんな霊でも、手を差し伸べてやらねば」 「ああ……そうだな。けどどうしたもんか。 あっちの要求がさっぱりわからない。遺体を見つけて 弔えばいいって感じでもなさそうだし」 「口塞いでるのとか手足結んでるのとか、 全部取ってあげればいいんじゃないの?」 「やめておけ。もし好きでやっているのならば 暴れ出すぞ。最悪、真の身に危険が及ぶかもしれん」 「危険って……たとえば?」 「取り憑かれて真も露出狂になる」 「最悪だ……」 「そうなったら助手をやめさせていただきます……」 「では、霊を刺激することなく意思疎通を図らねばならない、 ということですね」 「そうなるの。コタロウの……あ、いや」 「あ、大丈夫だよ。私のことは気にしないで」 「すまぬ。コタロウのときに近いのかもしれぬ。 言葉を喋れぬ相手の望みを引き出さねばならん」 「う……あのおじさんとコタロウが近い……」 「結局落ち込むのか……。あくまでもたとえじゃ。 そこまで深い意味はない。とにかく、その変態Mおじさんの 望みをしっかり聞いてやれ」 「変態Mおじさんって妙に語呂がいいな……。 うぅん……とりあえず、いつも通り葵の出番か」 「いいけど……気が進まないなぁ……」 「姉さん。お役目ですよ?」 「わかってる。けど、あたしの能力は思念を読むことで あって、思考を読むわけじゃない。 意思疎通には適してないわけですよぅ」 「コタロウのときみたいにするなら、深く深〜く潜って いろんな思念や記憶を読み取らなくちゃいけないわけで」 「なんかすっごいプレイの映像がフラッシュバックしたり するかもね。ご主人、それでもあのおっちゃんの記憶の 奥深くまで潜りたい?」 「……」 「やだ」 「でしょ〜? あたしもやだやだ。絶対やだ」 「そんなんじゃ駄目ですよ、って言いたいけど…… 気持ちは痛いほどわかる……」 「でも、姉さんが能力使わないと……」 「いや、他に手があることはある」 「お? どんなどんな?」 「真、新たな鬼を生め」 「そうくるか……。 あまり安易に生みだしたくはないんだけど」 「仕方あるまい。葵の能力は場所や物に使ってこそ 最大限の効力を発揮する。 あるいは、単純な動物相手じゃな」 「じゃが、今回の相手は人間じゃ。 ならば、もっとふさわしい能力がある」 「どんな?」 「相手の心を読み、自分の想いを伝える。精神感応じゃ」 「? せ、せいしん……?」 「ちと違うかもしれんがテレパシー、と表現するのが わかりやすいかの。葵が過去を知る能力とすれば、 精神感応は現在を知る能力」 「先ほど葵が触れておったが、思考を読むわけじゃな。 言語能力を持った相手であればこちらの方が手っ取り早い。 おじじが頼りにしておった能力その二じゃ」 「なるほどなぁ……テレパシーか。 それなら口が塞がれていようが会話できるな」 「そういうことじゃ。葵の能力と、精神感応の能力。 この二つがあれば、だいたいのことには対応できる」 「生みだすよういずれ話すつもりじゃったが、 ちょうどよい。今後のためにも生んでおけ」 「うぅん……うん、わかった。 今のメンツじゃきつそうだし、そうするしかなさそうだ」 「えぇと、三人目の鬼さんです?」 「ふふ、わたくしもお姉さんですね」 「また桔梗様に似た鬼じゃなければいいけど〜」 「う……」 「ふふふ、そういえば鬼って和服の決まりでもあるんですか? 古来日本の〜みたいな」 「特にない。みな和装なのも、確実に桔梗の影響じゃな。 乳離れできぬ子供のようじゃのう……真よ」 「うるせ。っていうか、桔梗だけじゃないって。 爺ちゃんの鬼だってみんな和服着てたじゃないか。 その影響です」 「屁理屈こねおって」 「なんでそうなるんだよ!」 「は〜……なるほど。真さんが桔梗さんを大好きなせいで ワンパターンになってしまっていると……」 「ワンパ……っ!? と、棘のある言い方を……!」 「今日の私は荒んでいるのです、心が」 「ねぇねぇ賭ける? あたし、また桔梗様そっくりだと思う」 「わたくしのことも思ってくださるということなので…… 似ている方がうれしいですね。ふふっ」 「私も芙蓉ちゃんの双子さんになると思う!」 「これでは賭けにならぬなぁ。桔梗そっくりに決まっておる」 「お前ら……っ、見てろよ! 絶対その予想外してやるからな! 絶対な!」 「ムキになるな。真に一生仕える鬼じゃ。 素直な心に従うのが一番よい。また桔梗がベースだったら 爆笑すると思うが気にするな。な?」 「ほんと性格悪いなお前……見てろよ、畜生」 「ふふっ、じゃあ今日は私、帰りますねっ」 「あれ、泊まっていかないの〜?」 「あ〜、その、鬼を生む儀式って……その、ね? 真さんと…………なんだよね? ちょっと、気まずいというか……」 「あ〜……うん、まぁ、うん。だな」 「というわけで、帰ります。お疲れ様でした! また明日ですっ!」 「お気をつけてお帰りくださいね」 「またね」 「はい、お邪魔しました〜!」 立ち上がり、ぺこっと頭を下げて玄関へ。 見送ろうかと立ち上がったけど、すぐにまた『お邪魔しました〜!』という声が聞こえて、琴莉は帰ってしまった。 さてさて……俺はもう一仕事、だな。 「よぉしご主人! 早速しよう! しちゃおう! ここでしよう!!!」 「……なぜそのやる気をお役目に向けないんだね、キミは」 「だってこっちの方が好きなんだも〜ん。 ね、しよ? はやくはやくっ」 「待ってください。なぜ葵姉さんなんですか?」 「? なぜ? ちょっと質問の意味がわかりませんけど」 「次はわたくしの番だと。そう言ってるんです」 「なんで?」 「姉さんは一度真様に抱かれています。 わたくしはまだです」 「そうだね。さ、ご主人、お部屋行こお部屋」 「姉さんっ!」 芙蓉がドンッとちゃぶ台を叩く。 ……なんか、妙な三角関係が出来上がってるな。 男としてちょっとワクワクしてしまっているのは内緒だ。 「二度も抱かれようとするなんてずるいです!」 「ずるいとか知りませ〜ん! 早い者勝ちで〜す!」 「そうですか。じゃあ姉さんの食事は明日から作りません」 「はぁっ!? なにそれずるい! ずるいずるい!!」 「ずるいとか知りません」 「ぐぬぬ……っ」 「今日の真様のお相手は、わたくしです。 姉さんは引いてください」 「やだ」 「やだじゃありません。そんなの不公平です。 今日は絶対わたくしです」 「じゃ〜んけ〜〜ん!」 「じゃんけんもなにもないです。わたくしです」 「……」 「わたくしです」 「あっちむいて……」 「わ・た・く・し・です」 「…………」 「……ご主人」 救いを求める目で俺を見る。 ……気圧されたな。 「こりゃ、葵の負けだな」 「え〜〜〜〜!?」 「ふふふ、やりました。粘り勝ちです」 「にゃああああああああ!!! ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! エッチしたかったよおおおおおおおおおおおお!!!」 「清々しいほど本能に忠実じゃな……。 眠気に負けて不真面目な態度もとっておったようじゃし、 真よ、もう少々葵の教育考えた方がよいのではないか?」 「……葵に色々吹き込んでる伊予にだけは言われたくないな」 「な、なんじゃとう!」 「真様。お風呂沸いておりますので、お先にどうぞ。 上がられましたらお部屋でお待ちください。 わたくしも身を清めましたら、すぐに」 「わかった。じゃあお先に」 「はい」 居間を出て、廊下に。 芙蓉の口調は落ちついていたけど、その目は葵と同じように期待に輝いているように見えた。 鬼の本能……か。 俺はどうだろう。もう三回目だ、そろそろ慣れてはきてるんだけど……。 やっぱりちょっと、ドキドキしてる。 「真様? 芙蓉でございます」 「あぁ、ど、どうぞ」 「失礼いたします」 俺が風呂から出て、三十分後くらいだろうか。 準備が整ったらしい芙蓉が、俺の部屋へ。 「お待たせいたしました」 「い、いや……」 しっかりと覚悟を固めておいたはずなのに、軽く動揺。 いつもとはまったく違う雰囲気。胸元がはだけ、柔肌が露わになっていた。 「だ、大胆だね」 「胸元が苦しいと、眠れなくて。 はしたないとは思いますが、寝る前はいつもこのように」 微笑み明かりを消して……俺の隣に腰掛けベッドが軋む。 風呂上がり。むせかえるような石けんの香り。 はだけた胸元からは、今にも乳房がこぼれてしまいそうで。 ……落ち着かない。目のやり場に困る。 「うれしいです」 「な、なにが?」 「緊張してくださるのは、 わたくしを意識してくださっている証。 それがうれしいのです」 「そりゃあ、ねぇ」 苦笑い。 思えば……葵との儀式の最中、思い描いた気がする。 胸は大きい方がいい。全体の雰囲気は……どうだろう。覚えてないけど、巨乳=桔梗のイメージになったのならば。 芙蓉の容姿はつまり、俺が思い描くどストライクな女性なわけで。 もっというなら、葵以上に俺の性癖が具現化された存在なわけで。 それが芙蓉に申し訳ないやら、恥ずかしいやら。 ただ、芙蓉自身もわかっているんだろう。 自分が、俺の情欲を駆り立てる存在であると。 「真様……」 そっと、顔を寄せ。 息がかかりそうな距離で、囁く。 「脱がせてくださいますか……?」 「儀式の前は、主人に脱がせてもらう決まりでもあるの?」 雰囲気に呑まれまいと見せた、せめてもの虚勢。 芙蓉は妖しく微笑み、受け流す。 「葵姉さんもわたくしも、わかっているのです」 「その方が、真様がその気になってくださる……って」 「……かっこつけても無駄だな」 また苦笑い。 主導権を握るのは無理だ。観念して、芙蓉を抱き寄せる。 「わたくしも……緊張して参りました」 ほぅと、芙蓉が吐息をついて。 それを合図に、帯をほどき肩からゆっくりと脱がせてゆく。 「……」 生まれたままの姿。ついに、すべてが露わになった。 葵よりも肉付きのいい体。そして、豊満な―― ……。 豊満すぎる。でかい、とにかくでかい。 芙蓉のおっぱいすごい。桔梗に負けず劣らず、すごい……! 「ふふふ、真様の衣服は……わたくしが」 胸に釘づけでまったく動かなくなった俺にしびれを切らしたのか、今度は芙蓉が俺の服を脱がしていく。 そういえば、桔梗にも同じように脱がされたな。 わかってやっているのか、そうじゃないのか。 比べちゃいけないと思いつつも、やっぱり芙蓉は、桔梗に似ている。 だから自然と、体が反応してしまう。 「ふふふ……もうこんなに」 「う……」 しなやかな指が、俺の性器を撫でる。 弄ぶように亀頭をくすぐって、竿に指を絡めた。 「今にもはち切れてしまいそう……。 かくいうわたくしも……もう辛抱たまりませんが……」 性器を軽くしごきながら、うっとりとした瞳で、俺を見つめる。 「一つだけ……お願いしても?」 「なに?」 「接吻を……。恋人のように」 「……、わかった」 「うれしゅうございます。……はぁ、ん、ちゅ……」 口づけ。ねっとりと舌を絡め……そのまま、押し倒す。 「はぁ……あぁ、んんんっ、はぁ、ぁぁ、ぁ……っ」 唇に吸いつきながら、ここぞとばかりに胸を揉みしだく。 とろけてしまいそうなほどの柔らかさ。 だがその奥に確かな弾力があり、俺の指を押し返す。 「んん、ん、ぁ、はぁ、ふぅぅ、ちゅ、んっ、ふぁ、はぁっ」 熱を帯びた吐息がこぼれ、乳首がぷっくりと勃起する。 「ぁっ、はぁ……っ! んんん、はぁ、ぁっ」 人差し指と親指で摘まんでこねると、芙蓉が身をよじらせて喘いだ。 その反応がいちいち俺の興奮を煽って。 「ん、んっ、ぁ……ぁぁ、はぁ、んん、ちゅ、ん、ちゅぅ、 ん、んっ」 雑念は儀式の邪魔になるから。そんな言い訳をぼんやりとしながら。 ただ一心に、唇で、掌で、芙蓉を感じた。 触ってすらいないのに、亀頭からはどろりと先走り液が流れ出していた。 「真様……、んちゅ、んっ、真、様……っ」 唇が離れたそのとき、訴えかけるように芙蓉が俺の名を呼ぶ。 「じらすのは、堪忍してください……。 もう待ちきれません、どうか……」 腰をくねらせ、そそりたった男性器に膣口を押し当てる。 ぬめりとした感触。 葵同様、俺が触れるまでもなく、シーツに染みを作るほど芙蓉のソコは濡れていた。 「お願いします、どうか、どうか……」 「どうか?」 「あぁ……」 切なげに悶える。 俺だってもう限界のくせに、なぜかいじめたくなる。 「いじわるしないでくださいませ……」 「なにして欲しいの? ほら、はやく」 「あ、はぁ……ん……」 「……」 「……ください」 「……入れて、ください」 「どうか、わたくしの中に……入れて、くださいぃ……!」 「なにを?」 「あぁ……どのように言えば……してくださるのです?」 「考えてみて」 「……」 「真、様の……」 「真様の、イチモツを、男根を、おちんちんを、入れて、ください……っ、お願い、入れてぇ……!」 「敬語が崩れたのがそそる」 「あ、はぁぁ、ぁっ、〜〜〜〜っ!」 どろどろに濡れた膣内に、突き入れる。 ぷちゅと水泡が割れるような音を立てながら、芙蓉はすんなりと俺を受け入れた。 「入って、るぅ……わたくしの、一番奥に…… 真様の、イチモツがぁ……っ、入ってますぅ……!」 「はぁ、ぁっ、はぁぁ、お願い、真様ぁ……! じらさないで、動いて、くださいぃ……!」 普段の芙蓉からは考えられないほど乱れ、自ら腰を動かす。 スイッチが入った。 あとは俺が、応えるだけ。 「ぁぁぁっ、〜〜〜〜っ! ぁ、感じ、ます……っ! ふぁぁ、はぁ、ぁぁぁ、気持ち、ぃぃ、ですぅっ。 〜〜〜っ、ぁ、ぁぁ、ぁ〜〜っ!」 突き入れるたびに、甲高く艶めかしい嬌声があがる。 苦しげに眉をひそめ、目をきゅっと閉じて、胸を揺らしながら悶える。 「あ、ぁ〜〜〜っ、もっと、もっとです、 もっと、ください……っ! もっと、感じたい……! ふぁ、ぁぁぁ、……ぁっ! んん、はぁ、ぁっ!」 「あぁ、欲しい、もっと、欲しいのぉ……っ! 真様、お願い……っ、もっと、もっと……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁっ、すごぃ、ふぁ、ぁっ、〜〜っ、 ん、ん〜〜っ! ぁ、はぁっ、はぁぁ、は、はっ! あぁん、ぁっ、〜〜〜っ!」 「……っ」 俺がその気になったとき、葵も桔梗も受け身で、俺のなすがままだった。 でも芙蓉はとても積極的に俺を求めた。 俺の動きに合わせ激しく腰をくねらせ、乱れに乱れた。 それが少し、俺を慌てさせる。 「どう、されました? わたくしの体では、 満足、していただけません、か……? ぁ、はぁっ」 「い、いや……」 その逆だ。刺激が強すぎる。直接的な意味はもちろん、視覚的にも。 俺好みの美人が、普段の淑やかさを忘れ俺の腕の中で悶え、乱れている。 興奮しないはずがない。 鼻血が出そうなほど、俺の頭は茹で上がっていた。 「ふふふ、はぁ、んんっ、そんな目で見られたら…… とろけてしまいます。どうか、ぁっ、もっとわたくしを…… 求めてください、まし」 自らの胸を揉み、乳首をつまみ上げ、俺を誘う。 「あん、ぁ、ん、ちゅぅっ、ふぁ、ちゅ、んんっ」 抵抗する術などなく胸を鷲づかみにして、挑発的に微笑んだ唇を塞ぎ、吸いつく。 そして一心不乱に、腰を叩きつけた。 「ぁ、〜〜っ、ぁ、ぁんっ、んんんっ、ちゅ、ぷぁっ、 ふぁぁ、ぁ〜〜〜っ、ぁ、ぁっ、ぁぁっ」 芙蓉も俺の唇にむしゃぶりつきながら、腰をくねらせ俺を求める。 相変わらず、動きは無茶苦茶だ。 獣のように、互いをむさぼるだけ。 「んぁ、ぁ、ぁぁぁっ! ぁ〜〜〜っ! とけちゃう、とろけ、ちゃぅ……っ! 芙蓉は、もう、駄目です……っ! 駄目ぇ……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁっ! ください、精液、くださぃ……っ! わたくしの意識が、とろけちゃう前に……っ! わたくしの中に、命をぉ……、注いでくださぃ……っ!」 「はやくぅ、お願い、はやくぅ……っ! ふぁ、はぁぁ、ぁぁぁっ!」 「ぅ……っ」 「あぁ、出る、出るんですね? ください、くださいっ! わたくしの中に、出してっ、出してぇ! 熱いの、出してくださぃぃ……っ!」 「くぅ……、で、出る!」 「ぁ、ぁっ、受け止めますからぁ、全部、全部ぅっ! 〜〜っ、ぁ、ぁぁっ!」 「ふぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」 「ぁっ、はぁっ、〜〜〜っ、はぁ、はぁぁ……っ!」 芙蓉の足が俺の腰にがっしりと絡みつき強く密着した瞬間、果てた。 奥の奥、一番深い部分に、すべての精を解き放つ。 相変わらず射精の瞬間は、力が抜ける。 でも体の内に溜め込んだ快感をも解放するようで、嫌いじゃない。 「あぁ……、ふぅ……、頂戴、いたしました……。 熱くて濃い……真様の子種を」 「疲れた……。葵のときは一回失敗したけど、 今の……問題ないよね。手応えがあった」 「はい。新たな鬼への贄……確かに。 ですが……」 「?」 「まだ、終われません」 「へ?」 芙蓉が微笑み、絡めた足できゅっと俺を締めた。 「ま、まだするの?」 「失敗した……と仰りましたね」 「う、うん」 「葵姉さんとは、何回?」 「えぇと……二回?」 「ではわたくしも」 今度は膣で、俺の性器を締め付ける。 ……まじですか。 「いや、結構今ので疲れた感じが……」 「ですが、真様のここはまだわたくしの中で暴れております」 「まぁ、うん、限界ではないけど……」 「では楽しみましょう。 儀式は抜きにして、ただの男と女として」 「けど……」 「真様は真面目すぎます。 もっとわたくしどもを、都合よく使えばよろしいのに」 「? どういうこと?」 「葵姉さんもわたくしも、真様のために生まれた存在。 この体も、真様のためだけに」 「あなた様が望めば、なんでもいたしますのに。 街中で裸になれと言われればなりますし、 股を開けと言われれば喜んで開きます」 「下品な言い方をあえてすれば……鬼はあなたの性奴隷。 鬼もそうなることを望んでおります」 「ならば……遠慮などせず犯せばよろしい。 すべて、お応えいたします。 あなた様のお望み通りに……乱れてみせましょう」 「……」 まさに鬼のような魔性の笑みに、息を呑む。 気づけば、性器も硬度を増していた。 やっぱり、鬼にはなにかある。 人の情欲を刺激する、なにかが。 「その気になってくださったようですね」 「まぁ……窮屈に考えるなっていうのは、わかった」 「まだ理屈で考えていらっしゃる」 「だって、俺にとって芙蓉は家族なんだ。葵も。 だから、いまいちはっちゃけ切れない」 「ふふふ、真様らしい。けどそんなところが……魅力的。 ん、ちゅ……」 引き寄せられ、唇が触れあう。 芙蓉が足を絡めたまま腰をくねらせ、そのまま流されるように行為を再開。 だが決して、嫌々ではなく……。 「お慕いしております……真様」 芙蓉のこの一言で、俺にも火がついた。 鬼だろうが、家族だろうが。美女に愛を囁かれて燃えない男はいないでしょう。 「ふぅ、ぁ……ふふっ、拙い腰使いが、 可愛らしゅうございます」 「し、仕方ないだろ。経験浅いんだから」 「ふふふ、あぁ……まるで恋人みたい。 とても、幸せ……」 本当にうれしそうに、芙蓉が笑う。 俺もなんだか照れくさくなってきて、どんどんと気持ちが盛り上がってきて。 腰の動きも自然と大胆になっていくんだけ、ど。 「はぁ……ふぅ……ん、ぁぁ……」 芙蓉の声は、喘ぎと言うよりもため息のようで。 俺もいまいち、のめり込めていない。 儀式中はやっぱり特別なんだろうか。 うまく動けていないのは同じはずなのに、あの熱が引いてしまった今はそれがもどかしくて仕方ない。 気持ちは先へ先へと膨れあがっていくのに、望む刺激が得られない。 フラストレーションだ。 「ぁ、はぁ……やはり……ご不満ですか?」 「いや、俺がうまく動けないのが」 「ふふふ、わたくしがしがみついてしまっているからですね。 体勢を変えましょう。 それとも、なにかしたいことがあれば」 「後ろから? 膣ではなくお尻に? わたくしを縛ってみますか? お好きなように。なんでもいたしますから」 「なんでも……」 なんて甘美な響きだ。つい繰り返すのも仕方ない。 芙蓉が俺のために、なんでもしてくれる。 だったら……真っ先に思い浮かぶのは、これだ。 「あん……ふふ、どうされました?」 ぷにぷにと、巨乳を寄せてあげる。 俺の欲望の塊でもあるこいつの感触を存分に楽しむしかないでしょう……! 「胸を触るだけで?」 「いや、胸で……うん、ちょっと言うの照れるな」 「ふふふ、真様は胸がお好き。 わかりました。そちらに腰掛けてください」 「う、うん」 結合をとき、ベッドから足を投げ出し腰掛ける。 くすくすと笑いながら、芙蓉は俺の正面に回った。 そして―― 「これで、よろしいですか?」 男性器を、胸で挟み込む。 おぉ……感動だ。夢が一つ叶った……! 「ふふ、鼻がぷっくり膨らみました。 喜んでくださっているんですね。 では……」 「ん……はぁ……んちゅ、ん、れろ……ん、んん…… はぁ、ん……」 「ぅ……」 胸で竿をしごきながら、亀頭を舌でちろちろと舐める。 「んん、ん、あむ、んっ、ちゅっ、ちゅぅぅ、れろ、 ふぅ、ん、んっ、……ちゅっ、れろ、んっ」 時折不意打ちのようにキスをして、強い刺激を与える。 胸の感触は柔らかく、温かくて、穏やかな刺激。 唇と、舌と、胸。快感が緩急をつけながら、じわじわと下腹部に広がっていく。 これは……たまらん。 「ふふふ、桔梗様にも……してもらいました?」 「い、いや、口ではしてもらったけど……」 「では、わたくしが初めてなんですね。うれしい」 「ん、れろ……はぁ、んちゅ、ちゅっ、はむぅ、ん、んっ、 ちゅぅ、ちゅぱっ、ふぅ、んん、はぁ、ん」 「く……っ」 「ふふ、搾り取って……ん、ちゅ、あげますから。 れろ、ちゅ、れろ、んんんっ、ちゅぱ、ちゅっ、 いつでも、ふぅ、出して……いいですよ」 「い、いや、二回目だからすぐには……って、あ、あれ? あ、まず……っ」 「ん、んっ、れろ、ん〜〜っ、ちゅ、ちゅぅぅ、ちゅぱっ、 はぁ、ん、んんっ、ふぅ、れろ、んっ、んっ」 「ぁ……、ひゃんっ」 ……あっさり出た。 うわぁ……なんかかっこわるぅ……。 さっきのもどかしさは、儀式の熱がどうとかじゃなくてやっぱり俺が下手だっただけなのかも……。 芙蓉の胸気持ちよすぎるよ……完敗だよ、瞬殺だよ。 「ふふふ、どうして落ち込んでいらっしゃるんです?」 「自分の不甲斐なさに」 「では次は、もう少し耐えてみてください」 「ああ、わかった」 「……」 「次?」 「ふふ、あ〜む」 悪戯に微笑み、ぱくっと亀頭を咥える。 「いや、ちょっ」 「んちゅ、ちゅっ、ちゅる、ずっ、ちゅぅぅっ、 ちゅぱっ、ちゅっ」 「くぅ〜〜〜っ」 そしてさっきとは比べものにならないくらい強く吸いついた。 い、いやいやいや……っ! 「ま、まだするのっ?」 「葵姉さんとは、何回でしたっけ?」 「に、二回」 「ではわたくしは三回」 「えぇ〜〜っ」 「大丈夫です、さっきよりも気持ちよくしてあげますから。 精も全部、口で受け止めますね」 ぺろりと、口元についた精液を舌で舐め取る。 『おいしい』と目を細めて、また亀頭を咥え、竿を胸で圧迫する。 「くぅ……、待った待った……!」 「待ちません。んちゅ、ん、〜〜〜っ、ちゅ、ちゅぅぅ、 はぁ、れろ、んっ、んんっ、ちゅ、ちゅぱっ、ちゅっ」 「……っ」 緩急どころじゃない。痛みすら覚えるほどの、強烈な刺激の連続。 こ、これは、違う意味でたまらん……っ! 「ふ、芙蓉! ちょ、ちょっと……!」 「もっと、んっ、強い方が、お好み……ですか? んちゅ、んっ」 「じゃなくて……!」 「ちゅぅぅ、ちゅっ、ちゅぱっ、んんん、れろ、んちゅっ、 ずっ、んんんっ、んっ、ちゅぅぅぅっ」 「おぉぉぉぉっ!」 凄まじいバキュームに、思わず仰け反った。 竿は強く胸で圧迫され、ぎゅうと締め付けられて。 もう気持ちいいとか痛いとか、そういう次元ではなくて。 痺れに似たなにかが全身を駆け巡る。 も、もうどうとでもなれだ……! 「んっ、ふふふ、すぐに、いかせちゃい、はふ、ますから。 ちゅっ、ちゅぱっ、んちゅぅ、ず、ずずっ、れろ、 じゅぽ、ん、ちゅぱっ」 「あ、ぁ……っ」 「ちゅるっ、ちゅるる、じゅ、じゅぽっ、ん、はぁっ、 ん、んんんっ、ちゅぅぅっ、ちゅぱっ、ちゅっ、ちゅっ」 「ぁ……っ」 「んちゅぅ、れろ、はぁ、はふ、んんっ、ちゅる、ちゅっ、 はぁ、んんんっ、れろ、ちゅぱ、ちゅっ、ちゅぅぅっ、 ちゅ、ちゅぅぅ、ちゅぱ、んちゅ、んん、んっ」 「ぁ〜〜〜っ」 「ん、んっ、んんっ、ちゅぱっ、ん、んん〜〜〜〜〜っ!」 「……んっ、ん〜〜、んちゅ、ん、んんっ」 亀頭を咥え精液を口の中に迎え入れ、射精をさらに促すように口をすぼめ吸いつく。 「れろ……んく、んっ、ん〜……、ん、ん〜〜」 射精が終わるまでそれを続け、余すことなく舐めとって。 口を開け亀頭を離し、精液まみれの舌を出した。 「ふふ……すべて受け止められまひた。 ん……こく、……、んっ」 俺に確認させたあと口を閉じ、こくりとゆっくり飲み干す。 動画にでも残しておきたいような、エロい光景だ。 けれど今の俺にはそこに食いつくだけの余力は無く……。 「も、もう無理……」 そのまま仰向けに倒れ込んだ。 し、絞りつくされた……。最後の一滴まで……。 「ふぅ……ごちそうさまでした」 ベッドが軋む。笑みを浮かべた芙蓉が、俺を覗き込む。 「つ、疲れたよ……さすがに……」 「そうでしょうね。 文字通り、精を食われているのですから」 「その様子ですと、三回が限度ですね。 求められても、それ以上は拒んでくださいましね。 お体に障ります」 「食われ……? やけに疲れるとは思ってたけど…… やっぱりただのセックスとは違う?」 「そうですね……。人同士の交わりとは、少し。 子種だけではなく……わかりやすく言えば、 真様の生きる力もわたくしの中に注いでおりますから」 「子種とともに、まさに真様の生気を、命そのものを わたくしどもは糧にしているのです」 「命って……俺死ぬ?」 「まさか。限度を超えても、体が弱る程度でございます。 それは、血を贄としていても同じ」 「ただ……血は流しすぎれば死に至ります。 そのため血の味を覚えた鬼は、度が過ぎて 主を殺してしまうことも」 「ですが精液は、吸い尽くしても死ぬことはありませんから。 だから真様は死にません」 「今回で、真様の限界もわかりましたし」 「ああ……わざと無理に続けてたのか」 「……申し訳ありませんでした。鬼とまぐわうことの意味を、 知っていただかなくては……と」 「先ほどお話ししたとおり、主従を結んではおりますが、 鬼は主を傷つけかねない存在です」 「真様がわたくしどもを大事にしてくださるのは、 とてもうれしい。ですが…… 一線を引くのがよろしいかと」 「わたくしどもはあくまで従者。あなた様の性奴隷。 道具のようにお使いくださるのがちょうどいい」 「鬼はあくまでも鬼に過ぎぬと…… ゆめゆめお忘れ無きよう……」 芙蓉の額に、角が生えた。 桔梗と同じ、鬼の角。 人ならざる者の、その証。 確かに、俺と芙蓉は違う。 けど、だからと言って―― 「それ、脅してるつもりか?」 「は、はい?」 「無理。一線を引くなんて」 「ですが……怖いのです。 いつかわたくしが、真様のお気持ちを 裏切ってしまわないかと」 「やりすぎちゃっても、疲れるだけなんでしょ? 死にはしないんだから問題ない」 「ですが、そのせいでご病気にでもなられたら……」 「そのときはそのときだ。看病してくれればいい」 「道具として使えなんて、悲しいこと言うなよ。 さっきも言ったろ、家族と思ってるって」 「まぁ……こういう関係だし、普通の家族ではないけどさ。 遠慮なしでいこう。迷惑かけたらそのときはそのとき。 俺だって絶対かける。だから、な?」 「あぁ、真様……」 体を起こし軽く頭を撫でると、芙蓉の瞳がうるっと滲んだ。 「ありがとう。俺のことをそこまで大事にしてくれて」 「もったいないお言葉……。あぁ……真様っ」 「お、おぉ?」 ぎゅっと、俺を胸に抱き寄せる。 柔らか。夢心地。 「ありがとうございます……真様。 あなた様に仕えることができて……この芙蓉、 幸せでございます」 「今日はお疲れでしょう。 どうかこのままお眠りくださいませ」 「鬼を生まないといけないんじゃ?」 「真様がお眠りになったら、部屋に戻ります」 「じゃあ……堪能させてもらいます。胸枕」 「やん、もう、ふふふ、手つきがいやらしい。ふふっ」 優しく、芙蓉が俺を抱きしめる。 ちょっと無理な体勢ではあったんだけど、心地良い体温と、柔らかさ、そして途方もない疲労感も手伝って…… 「おやすみなさいませ……真様」 すんなりと、俺の意識は落ちていった。 「Zzz……」 「……」 「ふごっ……」 「……」 「Zzz……」 (…………ター…………) 「……」 (…………スター…………) 「……うぅん」 (……マスター…………) 「Zzz……」 (マスター) 「ふぉっ、へっ?」 「……」 「へっ?」 飛び起き、周りをきょろきょろ。 誰かに起こされた気がするけど……あれっ?なんだ? 夢? 「真様、お休み中失礼いたします。 起きていらっしゃいますか?」 「え? あ〜……あ? はいはい。はい。起きてます」 「伏見様からお電話が。 かけ直していただいた方がよろしいでしょうか?」 「あ〜、ぁ、いやいや、出る出る」 「はい。では一階へお願いいたします」 「わかった〜」 寝ぼけ眼をこすりながら、ベッドから下りる。 電話の音で起きたのか? なんか忘れてるような気もするけど……とにかく、一階に行こう。 階段を下り、小走りで電話のところへ。 え〜と? 「これ、保留のボタン押せばいいの〜?」 「はい〜、それで大丈夫です〜」 「わかった、ありがとう〜」 台所にいる芙蓉に確認をとって、ボタンを押す。 「お待たせしました。真です」 『お疲れ様、伏見です。ごめん、寝てた?』 「ああ、いえ、大丈夫です。それで、どうしました?」 『昨日の悪霊について、調査結果を』 「もうですか? 早いですね」 『事件が事件だからねぇ……。 なかなか壮絶な死に方してる』 「壮絶ってことは、もしかして拷問の可能性も……」 『拷問……う〜ん、確かにされてるね。 ただ――』 「ただ?」 『完全に合意の上だったみたいだけど』 ……んっ? 「……本人の意志で?」 『うん』 「うわぁ……予想を裏切ってはくれなかったかぁ…………」 『続けるね。被害者は嶋雄三、四十二歳。妻子有り。 オレンジコンピューター社、って知ってる?』 「ああ、CMよく見ます。タブレットとかの」 『そうそう、そこに勤めるサラリーマン。 部長クラスで、給料もかなり』 「エリートじゃないですか」 『だね。だからこそ、ストレス溜まってたのかなぁ……。 かな〜り特殊な性癖がございまして。 聞いちゃう?』 「予想できてるというか……答えもうわかってますけど、 聞いちゃいます」 『オッケー。彼にはネットの掲示板で知り合った、 女王様のプレイメイトがおりまして、家族に内緒で借りた マンションで、週に一度彼女と楽しんでおりました』 「うわぁ……闇が深そうだ。 もしかして、そのプレイが行きすぎて死んじゃったとか?」 『そんなところかな〜。 事件があったのは、先月の十六日深夜一時頃。 現場は、ご存じの通りあの公園』 『露出プレイを楽しむつもりだったのか、女王様を連れて 一緒に出かけたわけ。それで楽しんでいる最中に、 飲み会帰りの大学生の青年五人に見つかった』 『大学生たちはそれはもう酔いが覚めるほど驚いて、 警察に電話いたしました。公園に変態がいますと』 「まぁ……うん。自然な行動ですね」 『はい。通報を受けて警察官が二名、現場に向かいました。 ちょっと君達、と声をかけます。女王様は警察に気がついて 逃げ出します。警察官の一人が追いかけました』 『男性も逃げようとしましたが、手足を拘束されていたので 逃げられません。あえなく確保となりました』 「昨日は飛んで追いかけてきましたけど…… さすがに生きてる間は無理でしたか。 でも、確保されたならなんで死んじゃったんです?」 『立場のある人でしょ? 捕まるわけにはいかないって 思ったんじゃないかな。暴れに暴れて、転倒したみたい』 『そのとき頭を強く打って、病院に運ばれたけど 打ち所が悪かったのかそのまま』 「うわぁ……気の毒な……」 『まぁ、事件っていうよりは警察の失態かなぁ……これ。 確保に失敗して死なせてる。 化けて出たのは、警察への恨みかなぁ……』 『あるいは、通報した大学生へのって可能性もあるかな。 携帯で写真とか撮ってたみたいなの。ネットにも 上げちゃってる。顔にモザイクはかけてあったけど』 「世界中の晒し者になっちゃったのか……」 『それは彼の死後のことだから、違うかもしれないけどね。 理由としては、こっちかも。大学生が女性の確保に 協力してるの。思いっきりタックルしたって』 「愛人をひどい目に遭わせたことを恨んでる……? それが彷徨ってる理由なら、どうやって 叶えてあげればいいんだろう……」 「あ、そうだ。お葬式は」 『遺族がしっかりと。 ただ……死に方が死に方だから、胸中複雑みたいね』 「被害者の趣味のことを?」 『少なくとも奥さんには』 「うぅん……ってことは、弔ってもらうことが目的じゃない。 奥さんに知られて、信用も失った。 やっぱり……復讐なのかな」 『その線が濃厚かも。それで公園を彷徨ってる』 「同じ大学生の俺を追いかけてきたのも納得できますね。 ただ……うぅん、どうもしっくりこないな」 『まだなにか調べてみる?』 「いえ、あとはこっちでやってみます。 ありがとうございました」 『お礼なんていいのいいの。頼んでるのこっちなんだから。 それじゃあよろしくね。困ったらすぐに電話して』 「はい、ありがとうございます。 じゃあ……はい、お疲れ様です」 「ふぅ……」 受話器を置き、ため息。 動機は復讐か……。まだはっきりしたわけじゃないけど、仮にそうだとしたら思った以上に重い。 冗談みたいな見た目に騙されず、慎重に進めないと。 (マスター) 「……っと」 居間に向かいかけた足が止まる。 今度は気のせいじゃない。声がした。 耳で聞いたというよりは、頭に直接響いたような。 そうか、この力……。 寝ぼけてるな。なんですぐに気がつかなかったのか。最優先事項じゃないか。 「おはようございます、真様。 お電話、昨日のことでしたか?」 「そう、霊のこと教えてもらった。 あとで話すよ。今はそれより――」 (マスター) 「――っと、まただ。声がする」 「声? もしかして……あの子でしょうか。 テレパシーを?」 「届いている。俺を呼んでるみたいだ」 「よかった。しっかり力を持っていたんですね……。 わたくし、ちゃんとお役目を果たせなかったのかと……」 「? どういうこと?」 「なかなか気難しい子のようで……。 わたくしには口を聞いてくれなかったんです、一言も」 「なるほどねぇ。でもまぁ、俺と話す気はあるみたいだし、 とにかく行ってみる」 「はい。わたくし共の部屋におりますので。 会ってあげてください」 「ああ、ありがとう」 芙蓉に礼を言って、鬼たちの部屋へと向かう。 さてさて、今度はどんな姿なのやら。 俺のイメージ通りなら和服ではないはずだけど……ちょっと自信がないな。 「入るよ」 部屋の中にいるはずの鬼に声をかけてから、襖をゆっくりと開ける。 「…………」 いた。 ぬいぐるみを抱きしめて、ちょこんと部屋の隅に座っていた。 まるで西洋人形みたいだ。葵や芙蓉とはまったく雰囲気が違う。 確かに今度は西洋風でって考えてたけど……本当に俺のイメージが容姿に反映されてるんだな。ここまで変わるとは……。 (初めまして、マスター) 「うぉ」 口をまったく動かさず、声を発した。いや、届けたと表現するのが正確かもしれない。 すごいな、これがこの子の力。 「テレパシー、だよね?」 (はい。マスターに与えていただいた力です) 「今度はマスターか……。なかなか恥ずかしいな。 これ、俺以外にも聞こえてる?」 (いえ、今はマスターだけに) 「テレパシーを送る相手を選べるんだ?」 (はい、選べます) 「すごいな……。あ、俺が思ってることも、 考えるだけで伝わったりするのかな」 (アイリス) 「へ?」 (素敵な名前、ありがとうございます) 「うぉぉ……」 まだ俺は口にしてないのに。 ドンピシャだ、当たってる。 今度は生まれてからじゃなくしっかり考えておいたんだ、事前に。 それが、アイリス。 いつ伝えようかさっきから頭に浮かべていた、彼女の名前だ。 「すごいな……送受信が可能なのか」 (はい) こくりと頷く。 うぉう……優秀。この子優秀! (……ありがとうございます) ぽっと頬を赤らめた。 おっと、心の声が漏れたか。 テレパシーでの意思疎通は、制御がなかなか難しそうだ。 (不用意に読み取らないよう、気をつけます) 「そうだな。そうした方がいいね。 普段はテレパシーじゃなくて、普通に話した方がいいかも」 (普通に?) 「そう。口で、普通に」 「……」 「ぁ……」 なにか話そうとして、口をぱくぱくとさせて。 やっと絞り出したのは、短い喘ぎのような声。 あぁ、もしかして……。 「声、出せない?」 「……」 ふるふると首を横に振る。 話せないわけじゃないのか。ってことは……。 「話すの苦手?」 「……」 気まずそうに目を逸らす。 そしてなぜか、抱いていたぬいぐるみをぐいっと俺の方につき出した。 「うん?」 「……」 「やぁ、僕はウーパくんだよ!」 「うん。……うん?」 突然のことに、目が点になる。 めっちゃ流暢に話したけど……え? なにくん?うーぱくん? 「な、なんて?」 「アイリスちゃんは恥ずかしがり屋だから、 代わりに僕が喋ってあげるんだ!」 「お、おぅ……。は? えっ? 腹話術?」 「腹話術じゃないよ! 僕は生きたぬいぐるみなんだ!」 「いや……思いっきり口動いてるし……」 「……」 さっと、ぬいぐるみで口元を隠す。 な、なんか……また個性的な鬼が生まれたな……。 「いや、まぁ……うん。そこは……うん。 つっこまないようにするけど……」 「これからよろしくね、マスター! アイリスちゃんと一緒に僕もがんばるよ!」 「あ、あぁ、よろしくね、アイリス」 「アイリスちゃんじゃなくて、僕はウーパくんだよ!」 「ご、ごめん。よろしく、ウーパくん」 「うんっ、よろしくねっ!」 アイリスがぬいぐるみの手をとり、左右に小さく振る。 どう反応すればいいんだ……これは。 (よろしくお願いします、マスター) 「お、おぉ、うん。アイリスも、よろしく」 (はい) にこりと微笑んだ。 結局、自分の口で自分の言葉を話す気はないらしい。 口下手なんだろうが……逆にめんどくさくないか? それ。 「ま、まぁいいや……。とりあえず居間に行こう。 みんなと顔合わせだ」 (……恥ずかしいです) 「家族なんだから、照れてちゃ駄目だ。 芙蓉が気にしてたよ。 一言も口をきいてくれなかったって」 (それは……最初はマスターとお話ししたくて……) 「じゃあ、だから話せませんでしたって、 芙蓉に伝えなきゃな」 「……」 (ワンクッション、おいてもいいですか?) 「うん?」 (緊張で話せないかもしれないので…… 自己紹介だけ、ここで済ませます) ゆっくりと、立ち上がった。 ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、息を吸い、吐く。 (力を少しだけ解放します。 頭が痛くなったら言ってください) 「あ、あぁ、わかった」 「……」 浅い呼吸を繰り返す。 「……え?」 息を呑む。 これは……葵が力を使うときに似ているようで、違う。 ふわりと羽のように柔らかく、光が舞い散り。 アイリスを包み、形を成す。 「うぉぉ……っ!」 角が、尻尾が、そして背中から翼が生えた。 いや、生えたと表現していいのかどうか。適切な表現の仕方がわからない。 これは……鬼っていうよりも、まるで悪魔だ。 な、なんか、かっけー! かっけーなおい! 「……」 ぽっと、アイリスが頬を染める。 あ、俺の心の声がまた漏れたな。 力を解放するって言ってた。感度が上がってるんだろう。 でも、それだけじゃないはずだ。 「始めるねっ!」 「う、うん。あ、今のウーパくんの方か」 「……」 すぅ、と短く息を吸って。 吐くと同時に光が舞い、発信。 (初めまして、葵お姉様、芙蓉お姉様、そして伊予様。 アイリスです) (わっびっくりした! あぁ、死んだしぃ〜!) (うぅん……? なに〜? 寝てたのにぃ〜) (あら、あらあら。そう、アイリス……。 素敵な名前を付けていただいたわね) みんなの声が一斉に届く。うぉぉ、頭がグワングワンする。 すごいな、みんなの思考を繋げてるのか。アニメのあれみたいだ。電脳で会話するやつ。すっげ〜。 (なんじゃなんじゃ、新しい鬼の力か。真もおるのか?) (いるよ。ってこれ、ちゃんとテレパシー出来てるのかな) (大丈夫です。マスターの声はしっかりと) (ますたぁ?) (む、そうきたか。こりゃ予想は外れてそうだの) (ふふふ、残念ながらわたくしには似ておりませんでしたね) (ってわけだ。みんな居間に集まってくれ。 アイリスの姿を見てすみませんでしたと俺に謝るがいい) (謝るかハゲ) (謝ったらアイスくれる〜?) (……もういいです。とにかく集まってくれ) (はい。ご朝食の用意もできておりますよ) (ありがとう、すぐ行く。アイリス、もういいよ) (はい) 「…………」 「ご苦労さん、疲れた?」 (この程度であれば大丈夫です) 「燃費はそこそこいいのかな。よし行こう。 みんなに挨拶だ」 「オッケー!」 「今のはウーパくんの方だな。 ちょっと慣れてきたよ」 苦笑を浮かべくしゃくしゃとアイリスの頭を撫でて、部屋を出る。 居間に向かう途中、玄関から人の気配。 カラカラと音をたてて、戸が開く。 「おっじゃまっしま――わぁ! 美少女がいる!!」 「ナイスタイミング。こちら、助手の滝川琴莉くんだ。 アイリス、ご挨拶なさい」 (はい) 「……」 「初めまして! ウーパくんだよ!」 「へっ?」 「いやそっちじゃなくて」 「……」 (アイリスです。よろしくお願いします) 「あ、はい、よろし……? ふぉ、ふぉぉ? こ、声が?」 「そう、テレパシー」 「これがっ! ふぉぉ……! すっごい!! よろしくねっ! アイリスちゃん! 滝川琴莉です! 琴莉でいいよ!」 (は、はい……) 琴莉に手を握られ、顔が真っ赤に。 ほんと、照れ屋なんだな。 「おお、なんじゃ。琴莉も来たのか」 「お邪魔します! 昨日のことが気になって、 早く来すぎちゃいました」 「ふむ、嫌がっておったのに真面目じゃの。 ほれ、なにを突っ立っておる。 居間に集まるんじゃろ?」 「ああ。昨日のこと話すよ。さっき梓さんから 電話があった。琴莉も居間へど〜ぞ」 「おぉ! 早速会議ですね! 早めに来てよかったです!」 「アイリスもおいで。みんなに改めて自己紹介。 それと、お役目についても話さないとな」 (はい。お願いします) 朝食をとりながら、みんなに梓さんから聞いた話を伝える。 殺人事件の被害者と聞き、伊予は表情を厳しく歪め、琴莉と芙蓉は不安げに息を呑み、アイリスは意外と冷静に、そして葵は縁側でうたた寝してた。 ……一人だけ興味なしである。 「なるほどのぅ……。 これは想像以上に危険かもしれんな……」 「もし復讐を考えているのであれば、 真様に危険が及ぶことも……」 「当然あるじゃろうな」 「うむむ……危険ですかぁ……。 でも、うぅん、なんというか、そういう危ない感じ しなかったけどなぁ……。見た目は十分危なかったけど」 「そうなんだよな、見た目がギャグすぎるんだよ。 襲われるとしても、別の方向を想像しちゃうというか……」 「ぅ……辱められるのですね……怖いっ!」 「その心配はないんじゃな〜い?」 「あら、姉さん。起きてたんですね」 「ちゃんと話を聞いてたし。あのおっちゃんだけどさ、 あたし近づいたけど特になにもされなかったよ? 襲う気はないんじゃない?」 「でも追いかけられたしなぁ……。 うぅん……あくまでも俺、なのかな。 大学生くらいの男に敵意を持ってる」 「ならば、我ら鬼や琴莉さんであれば」 「襲われない?」 「全て仮説じゃ。ここで結論を出すべきではない。 なんのためのアイリスじゃ」 「そうだな……。いきなりごめんな? こんなヘビーなお役目で」 (問題ありません。必ずマスターのお役に立ってみせます) 「おぉ、かっこいい……!」 「あのおっちゃんを見て、いつまで冷静でいられるかな〜?」 (大丈夫です) 「うん。頼りにしてるぞ、アイリス」 (はい、がんばります) 「ウーパくんもがんばるよ!」 「……え?」 「あ、ぬいぐるみが……喋ってる感じ?」 「……うむ。 今の下手くそな腹話術につっこむのはNGか?」 「……」 「やめてあげて。泣いちゃうから」 「また変わった鬼を生みだしたのぅ……。 まぁよい。張り切りすぎて引き際を見誤るなよ。 真を危険に晒すことのないようにの」 (承知しております) 「僕もいるから大丈夫さ!」 「うむっ! 絡みにくいっ! ではわたしは部屋に戻る。本番は夜じゃろう。 ゆっくり休んでおけ。力を使いすぎるなよ」 (御意に) 「あたしもね〜る〜。夜までそっとしておいてください。 ふにゃ〜……」 「えぇと、じゃあ私は……勉強でもしてようかな?」 「真様、おかわりは」 「ああ、大丈夫。もうすぐ昼だし、これくらいにしておく。 ごちそうさま」 食器を重ねて立ち上がる。 部屋に戻って、まずは着替えを済ませるか。 「お」 枕元のスマホがチカチカと光っていた。 メールか。誰だろ。 シャツを脱いでベッドに腰掛け、確認する。 あれ、三件もきてる。えぇと? 一件は大学の友人から。 『めっちゃでかいうんこ出た』 「知るか」 つい口に出た言葉をそのまま返信して、次のメールへ。 「母さんか……」 『ちゃんとやれてますか?』 『大丈夫』と返信。素っ気ないけど、いつもこんな感じだから問題なし。 さて、最後のメールは……。 「……おっと」 アドレスを見て、一瞬硬直。 由美からだ。 『今日写真を貰ってきます。 明日真くんのおうちに行ってもいいですか?』 「……」 少しだけ、迷って。 わかったと返信。 なんとなく画面を眺めている間に、また受信。 『ありがとう。写真貰えたらまた連絡します』 「……連絡、します」 呟いて、仰向けに倒れ込む。 昔はもっと砕けたやりとりをしていた気がする。 これがたぶん、今の俺と由美の心の距離なんだろうな。 この機会に詰めるべきか、それとも……。 「……着替えよ」 スマホをベッドの上に放り投げ、立ち上がる。 なるようになった結果が今だ。 だからこれからも、たぶんなるようにしかならない。 よい子が眠る、一歩手前くらいの時間。 仕度を済ませ、玄関に集合する。 いよいよ、二度目の出撃だ。 「今日こそあの変態Mおじさんを成仏させましょう! えいえいおー!」 「結局それ着てくんだな」 「気に入っちゃって。可愛くないです? 和服っぽい。葵ちゃんたちとお揃い」 「え? あ、はい。お揃いお揃い」 「うわぁ、興味なさそ〜……」 「だって眠いんだもん」 「姉さん、しっかりしてください。 真様、十分にお気をつけくださいましね」 「ああ、ありがとう」 「アイリスも。しっかりね」 (はい。がんばります) 「もう耳にタコじゃろうが、無理はするなよ。 危険を感じたらすぐに逃げろ」 「期限などないんじゃ。急ぐ必要は無い。 くれぐれも、慎重にな」 「ああ、わかってる。よし、行こうか」 「はいっ! 行ってきます!」 「お気をつけて。 アイリス、真様をしっかりお守りするのよ?」 (はい。任せてください) 「そうだ。帰りにアイス買ってきて〜」 「あ、お菓子も! ご主人お菓子も買って! 終わったら食べる!」 「……はいはい」 「よぉし! よしっ! よ〜し!」 「コトリン気合い入ってるね〜」 「気合い入れないと帰りたくなっちゃうんですっ! 勢いが大事です勢いが!」 「その格好で歩くの恥ずかしくない?」 「ないです! これで気持ち切り替えてます! 今の私、仕事モードですからっ!」 (琴莉お姉様に負けないよう、がんばります。 行きましょう) 「あ、アイリスこっちだよ。逆逆」 「……」 「今のは後方の安全を確認しただけだよ! アイリスちゃんは注意深いんだっ!」 「あ、う、うん、そうだね! アイリスちゃんグッジョブ!」 (恐縮です) 「……めんどくさい妹だにゃあ」 「こら。そういうこと口に出すな。ほら行くぞ行くぞ。 帰りにアイス買わなくちゃいけないんだから」 「お菓子もっ!」 「わかったわかった。琴莉、霊の気配を感じたら教えてくれ」 「ラジャー!」 「アイリスは霊が出てくるまで、力をあまり使わないように。 霊を相手にするのは初めてだろ? 体力温存だ」 「……」 「ふんふん、わかった! アイリスちゃん、テレパシーは控えますって!」 「ぬいぐるみを挟む必要性を感じな――」 「余計なこと言うな! よぅし! では皆の者、ワシに続け〜ぃ!」 「お〜〜〜!」 「む〜〜〜ん……?」 「どう? 感じる?」 「今のところは……。 というか、毎日出るんですかね、あの人」 「あ、そっか。死んだ日っていうか…… 死んだ曜日限定とか、そういうのもあるのかもな。 もっと梓さんに詳しく聞いておけばよかった」 「出なけりゃ出ないで別にいいけど〜。 早く帰れるし〜」 (でも、できれば出て欲しいです。 マスターのお役に立ちたいです) 「アイリスはいい子だなぁ……。 誰かさんと違って真面目だなぁ……」 「コトリンのこと悪く言うなっ!」 「お前だよっ!」 「あはっ、ふふふっ、もう、こんなところで喧嘩は――」 「――ひぅっ!」 「おっ! このパターンはもしや!」 「は、はいっ! きましたぁ! 背中にゾクゾクっときましたぁ!!」 「みんな気をつけろ! 奴が来るぞ!」 身構え、あたりを見渡す。 ……あそこだ! 前と同じ場所! 宙に黒い塊。それが、ゆっくりと近づいてくる……! 「ふぅ〜〜、ふ〜〜〜っ」 「ふごっ、ふぅ……おふぅっ」 「出た出た出た! 出た〜〜〜〜!! 変態Mおじさんですよ! 相変わらずの変態っぷりですよ!」 「ま〜た勃起してる。ちっちゃ」 「や、やだっ、お下品! 目がいっちゃうからそういうこと言わないでっ!」 「だって、夜目が利くから見えちゃうんだもん。 なんか不公平だしコトリンも見ようよ。 ほらほら、ビンビンだよビンビン」 「やぁ〜〜だぁ〜〜〜! 見〜〜な〜〜〜い!!」 さっと俺の背中に隠れる。 俺もつい目を逸らしてしまった。 ……とても正視できない。 こんなこと言いたくないけど、そりゃあんな姿してれば通報されるって。 「ごしゅじ〜ん、ぼ〜っとしてていいの〜? また追いかけてくるかも」 「そ、そうだな。よしアイリス! 出番だ! 近づく必要はない。力を解放して、ここからコンタクトを とってみてくれ。聞き出すんだ、あのおっちゃんの望みを」 「…………」 「……」 「………………」 「アイリス?」 「……………………」 「ど、どうした? 聞いてるか? お〜い、アイリス〜?」 「…………………………」 「ふぐぅ……っ!」 「えぇ!?」 「ア、アイリスちゃん!?」 「え? まじで? 泣いた? 泣いてる?」 「あぐ、うぅぅ、えぐっ、っ、っ」 「ど、どうした? どっか痛い? 大丈夫? お腹痛い?」 「っ、っ、ちがっ、ち、えぅっ、あぐっ」 「あ、喋った。だ、大丈夫だからね? ゆっくり喋ろう? ね?」 「っ、ひぐっ、っ、っ、う、ん、うん……っ」 「……っ」 「せ、せっかくぅっ」 「う、うん。うん」 「ぅ、えぐっ、せっかくぅ、マスターのぉ、 お役に立てるとぉ、思って、思った、思ってた、のにぃっ」 「初めてのぉ、お役目がぁ、こ、ここっ、こんなぁ、 へんた、変態のぉっ、おじさんとぉ、 あぐ、えぐっ、あぅぅぅぅっ」 「ああ、やっと普通に会話できたのに……っ! めっちゃ泣いてる! 号泣してる! 痛いっ! 胸が痛いっ!」 「そりゃ泣きますよ。納得ですよ。 最低っすよねご主人」 「仕方ないでしょ! お役目なんだから!」 「で、で、でもぉ、おも、思ってた、い、以上にぃ、 へ、へへっ、へんた、変態、だったぁっ、 こんなのぉ、聞いてぇ、なかったぁっ!」 「そ、そうだな、ごめんな? ちゃんと話せばよかったな? ほんと、ごめんな? 説明不足でごめん! 申し訳ない!」 「あぅ、えぅっ、マスターはぁ、悪くぅ、ないけどぉっ、 わ、悪いのはぁ、あ、あい、あ、アイリス、でぇ……っ、 えぐ、ひぐっ、あぅぅ、ぅぅぅぅぅっ」 「あ〜、えと……んと、ア、アイリスちゃん、がんばろ? 気持ちはすっごくわかるけど、がんばろ? ね? お姉ちゃんもがんばるから、ね? ね?」 「ひぅ、あぅ、ぅっ、……うん、うんっ、っ、っ」 「まぁ……わかるっ。なんであんな変態とって思うよな。 でもこれも立派な――」 「あひゅ、ふぉ、おふぉぅふぁん、ふぁぅふぉぅ」 「うっせぇな黙ってろ! こっちは必死なんだからっ! つーかちんこブルンブルンさせんなっ! 馬鹿にしてんのかっ!」 「あひゅぅ……」 「あたしが言うのもなんだけど…… キレちゃだめっすよご主人。相手、一応悪霊っすよ」 「あ、そ、そうだった……!」 「っていうか……真さんに怒られてシュンとしましたよ、 あの人」 「……意外と気が小さい?」 「だから言ったじゃん、平気だって。 襲ってこないよ、あの粗チン」 「こ、こらぁ! お下品!」 「いや、うん、確かに……襲ってくる気配はないな。 よ、よし、アイリス!」 「は、はひ……っ、ぅ、ぅっ」 「怖がる必要はないぞ? 俺がついてるからな。なっ?」 「いや、怖がってるんじゃなくて。 初仕事の内容がひどすぎて――」 「うっさい! アイリス、がんばれるな? アイリスだけが頼りなんだ」 「……っ、は、ぃ……」 ぐしぐしと涙を拭い、こくんとうなずく。 よし、持ち直してくれたか。 (……。失礼しました。がんばります) 「うん。頼むぞ。あのおじさんの話を聞いてあげてくれ。 なんでここを彷徨っているのか。できるな?」 (はい。……やれます) 「うわぁっすごい!」 「お〜、かっちょいい」 アイリスが翼を広げ、力を解放する。 よぉし……! 「アイリス、頼んだ! やってくれ!」 (御意に) 羽ばたき、燐光が舞う。 同時に、変態Mおじさんがぴくっと反応してアイリスを見た。 「ふご?」 「………………」 「ふぃみはふぃっふぁぃ」 「……………………」 「…………………………」 「……………………………………」 「………………………………………………」 「………………………………………………………… ………………………………………………………… …………………………………………………………」 「……」 「……。うん」 「……テレパシー中? です、かね?」 「なの、かな? えぇと……ア、アイリス?」 「今お話ししてるから邪魔しちゃ駄目だよ!」 「あ、はい。……すみません」 「派手に翼広げたのに、やりとりは地味だにゃ〜……」 「そういうこと言わないのっ。 今まさに目に見えない死闘が二人の間で――」 「……」 「お?」 (終わりました) 「おぉ、ご苦労様。どうだった?」 (あの人、悪霊じゃないです。いい人でした) 「い、いい人!? あんな格好してるのにっ!?」 (はい。とても紳士的な対応でした。 驚かせてしまって申し訳ないと、何度も謝ってくれました) 「紳士的ねぇ……。ご主人とコトリンのこと 追いかけ回したのにぃ?」 (それは……マスターと話したかっただけです。 自分の望みを叶えてくれるかもしれないと) 「なるほど……コタロウと同じだったのか。 自分に気づいてくれる人を、ここで待っていた」 「あぁ、なんだか急に優しい気持ちになってきました……。 それで、望みというのは?」 (はい。やはり、無念だったようです。 死んでしまったことが) 「でも悪霊じゃないってことは、復讐は考えてないんだな? 警察や、通報した大学生に」 (もちろんです。無念ではありますが、 この結果を招いたのは自業自得だと) 「なるほど……。誰にも恨みは抱いていない、と」 「ふもっ」 「うぉびっくりした。肯定、ってことか? 今の」 「チンコと一緒にうなずいてたね。ぷるんって」 「……いいから。そのあたりの描写はいいから……」 (なので、死についてはある程度割り切っているそうです。 ただ死に方だけが心残りだと) (パニックを起こして、気づいたらこうなっていた。 とても受け入れられない。こんな死に方は嫌だ。 できるならやり直したいと) 「そう……ですよね。 そこは……理解できます。 せめて人らしい死に方……したいですよね」 (はい。だから蹴って欲しいそうです) 「そうですよね……そう……」 「……」 「けっ、えっ?」 (蹴って欲しいと。思い切り) 「……なんで?」 (ですから、やり直しです。どうせ死ぬなら、 可愛い女の子に痛めつけられて死にたかった。 だから自分を蹴って欲しいと) (できれば股間を) 「股間をっ!?」 「……本当にそう言ったの?」 (はい) 「まじで?」 (はい) 「仕事とか家族の心配じゃなく……心残りがそれ?」 (はい) 「え〜〜〜っと…………」 「ご主人」 「……なに」 「あの人、あったまおかしいんじゃないの?」 「よくわからんけど…… ドMの極みであることは間違いないね……」 「……私の同情返して欲しい……」 (どうされますか? 望みを叶えてあげれば、 彼は成仏できると思いますが) 「叶えるって……うぅん……。 ちなみに……この中で誰に蹴って欲しいの?」 (お待ちください) 再び翼を広げ、Mおじさんと交信。 数秒間のやりとり。こくんとうなずいて、こちらに向き直った。 (聞きました) 「誰だって?」 (琴莉お姉様だそうです) 「ふぇっ、私っ!?」 (はい。反応が初々しくて、とても可愛らしいと。 恥じらいながら思い切り蹴って欲しいそうです。 その痛みで自分は悔いなく昇天できるだろうと) 「昇天って……うわぁ〜……なんて言っていいか…… うわぁ〜…………。初めてだなぁ……。 こんなにうれしくない可愛らしいは……」 「そうか……琴莉かぁ……」 「……」 「そうか……」 「…………」 「そうか」 「あ、あの……真さん? すごく嫌な予感するんですけど……」 「………………」 「ま、真さん?」 「琴莉くん」 「は、はい」 「蹴ってさしあげなさい」 「……」 「はぁっ!?」 「蹴ってさしあげなさい!」 「いぃぃぃやぁぁぁでぇぇぇすぅぅぅよぉおおおお! なぁぁぁんで私がぁ!!」 「だって仕方ないじゃないか! 可愛い女の子に蹴って欲しいって言うから!」 「それならアイリスちゃんとか――」 「嫌です!」 「うわぁ! 肉声で断った! 力の限り断った! じゃ、じゃあ! 葵ちゃん!」 「いけるよ、フルスウィングで。うりゃ! とりゃ!」 「ほら! ほらっ!」 「ふもんっ、ふももんっ!」 (葵お姉様は恥じらいがまったくなくて嫌だと) 「贅沢言うなよぉおおおおおおお!!」 「琴莉くん! 言葉遣いが荒々しくなってるよ琴莉くん!!」 「なりますよ! 荒々しくもなりますよっ! えぇ、え〜〜、え〜〜〜っ? ほんとに? 本当にっ?」 「頼む琴莉くん! 対悪霊装備を身につけているのは君だけだっ!」 「こんなの偽物じゃないっすかぁ!!」 「……脱いだ上に叩きつけた。荒ぶっておられる……」 「だってこんな、もう、えぇ、え〜〜〜っ! え〜〜〜〜〜〜〜っ!」 「わかる、気持ちはわかる。やりたくないだろう。 そんなこと」 「はいっ、やりたくないです!」 「そうだな、そうだよな。本来なら無理強いはできない。 そもそも琴莉は俺のお役目に付き合う義務すらないんだ。 ただ好意で協力してくれているだけだ」 「だから、嫌なことは嫌だって言う権利がある。 俺も、琴莉に嫌な思いはさせたくないって思う。 いや、させちゃいけないんだ」 「でも、こんな言い方は卑怯だけど。 琴莉ががんばってくれれば、あのおじさんは救われるんだ。 成仏できるんだ。だから……頼む、琴莉」 「あのおじさんに……安らぎを与えてやってくれ。 君にしかできないんだ。頼むよ琴莉」 「頼む……!」 「真さん……」 「……」 「半笑いじゃなければ今の最高でした」 「んふっ、ふはっ」 「ついに全笑いじゃないですかぁ! もぉぉっ! もぉぉぉぉっっ!!」 「いや、ごめん、ほんとごめん! だって、ふはっ、なんだよその願いっ。 おかしいわあの人!」 「まぁ笑いますよね。伊予様に報告するのが 今から楽しみです」 「んぐっ、んぐぅぅっ、完全に他人事みたいな顔してぇっ! む〜〜〜〜っ!!」 (手加減とか気にしなくていい、思いっきりやってくれ! だそうです。自分のことは気遣うな、と) 「気遣ってませんけどぉっ? う〜〜、うぅぅ〜〜〜っ!」 「琴莉くん!」 「あ〜もうっ! わかった! わかりました! やります! やりますよぅ! やればいいんでしょやればっ!」 「おぉ琴莉くん! よく決断してくれた!」 「だって蹴らないと終わらないし! やりますっ、蹴りますっ! 蹴っ飛ばします! もうどうにでもなれ!」 「がんばれ〜」 「股間を一撃粉砕だー!」 「うぅ……なんでこんなことに……」 がくりと肩を落としながら、のろのろとMおじさんの方へと進む。 「……」 が、半分ほど距離を詰めたところで立ち止まり、振り返った。 「ほんとにやります?」 「がんばれっ! 琴莉ならできる!」 「潰せ! やれ! やっちまえ!」 「ファイトだよ!」 「うぅぅ……みんな半笑いなのがむかつく……」 「ぅ……」 「あひゅぅ、ふもぅ」 「……っ」 「あ、あのっ、私絶対に見たくないんで! この角度で蹴るんで、そっちで調整してくださいね! 位置!」 「ふもぅ!」 「わ、わかったってことですよね? い、行きますよ? 蹴りますよっ?」 「おふぇふぁぃひぃまふぅっ」 「……っ、うぅぅっ、行く、行くぞ、行くぞぉ……っ」 「……」 「行くぞぉ!」 「コトリン行けてない! 下がってる! 下がってるから!」 「うぐ、う、ぅ〜〜〜〜っ! はい、はいっ! わかりましたっ! はいっ!」 「行きます! 行きますからぁ! 行きまっす!」 「おふぁふぁぃなっふ!」 「せ、せ〜〜のっ!」 「え〜〜〜〜いっ!!」 「あひゅぅ……っ!」 琴莉のキックが、見事に(?)Mおじさんの股間にヒットする。 ……あれだな。霊を蹴っても音するんだな。 かなりいいのが入ったみたいだけど……。痛みか、それとも悦びか……。両方だな。おじさんはプルプルと震えていた。 「も、もういいですか? いいですよねっ」 「ふぉ、ふぉぉ………………」 「え、な、なに?」 「フォーーーーーーーーッ!」 「ふぁぁぁぁあああああっ!」 「な、ななっ、なんだぁ!? ひ、光った! 光ったぞ!!」 「オー、エクスタシィ……」 (満足、できたみたいですね) 「フォーーーーーーーーーーーーーーーッ!」 「ふぇっ、ぇっ、えっ!?」 光り輝き雄叫びをあげながら、おじさんは……消えた。 ほんとに昇天した……。やけにあっさりだけど……いいのか、これで。いいんだよな? ……。 うん、いいよなっ、オッケー! 変態Mおじさんよ、安らかに。 あなたのことは忘れようにも忘れられそうにありません。 「あ、あの、じょう、ぶつ……です?」 (そのようです。テレパシーが届きません) 「やったねコトリン!」 「ナイスファイトだよ!」 「ぜんっぜんうれしくない……。 うぅぅ……もうお嫁にいけない……」 「がんばった、がんばったよ琴莉! さすが俺の助手だよ! 俺たちやり遂げたんだよ!」 「俺たちって、真さん今回なんにもしてない……」 「……」 「さぁ帰ろう! みんなが待ってる!」 「うわ、スルーした!」 (お腹空きました……) 「そうだな、アイリスもがんばった。ご苦労様。 芙蓉に軽く作ってもらおう。よぉし! 帰るぞ〜!」 「うぃっす! ……じゃあな、おっさん。ドMフォーエバー……」 「なんかかっこよく締めようとしてるけど 全然かっこよくないからねっ!」 「も〜、も〜〜〜っ! もう二度と、あんなことしないんだからぁ〜〜!」 ご機嫌斜めな琴莉をなんとかなだめつつ、帰宅。 アイリスがお腹を空かせているのを予想していたのか、芙蓉が食事を用意して待っていてくれた。 料理を見ていたらなんだか俺も食欲が湧いてきて、報告もかねてみんなで食卓を囲む。 「ごめんなさい、作りすぎてしまって。 食べきれなかったら残してくださいね」 「大丈夫、食いしん坊が三人もいるし」 「むぐむぐ」 「うめぇ! 肉うめぇ!」 「何合炊いた? 二合くらいいってもいい? いい?」 「アイリスちゃんはともかく……。 葵ちゃんと伊予ちゃんはなぜがっつり……」 「散歩したからお腹空いた」 「散歩気分!? 私があんな目に遭ったのに!?」 「まぁ落ち着け。 琴莉が変態Mおじさんを成仏させたのは事実。 誇るがよい。その退魔の右足を」 「退魔って……他の霊には絶対通用しないし」 「あのおじさんを倒したことによって 力に目覚めたかもしれない!」 「やぁだぁ! そんなきっかけで目覚めた力やぁだぁ!」 「あははっ、とにかくお疲れ様。 うまくいったのは琴莉のおかげだよ。 あとアイリスも、よくがんばったな」 (余裕でした) 「号泣してたのに〜?」 「……」 「姉さん、いじめないの。 お腹すいたでしょう? おかわりもあるから、たくさん食べてね?」 (ありがとうございます、芙蓉お姉様) 「あ、そうだ。梓さんにはもう連絡しました?」 「あぁ、まだ。もう遅いし明日するよ」 「今度はいくらもらえるかのぅ、うっひゃっひゃっ」 「座敷わらしとは思えない邪悪な笑顔だ……!」 「伊予のいないところで受け取らないとな……。 梓さんとは外で待ち合わせしよう」 「また喫茶店ですか〜?」 「ニヤニヤするなよ。別にどこでもいいけど…… あ、忘れてた。明日お客さんが来る」 「あら、どなたですか?」 「喫茶店というワードで思い出す人」 「お? 土方さんですか?」 「誰?」 「新撰組?」 「真様のご学友です」 「あぁ、わかった。 おっぱいの大きさがご主人好みの由美ちゃんか」 「……やめてくれよそういう言い方」 「よくわからんが、友人を招くのか? このお化け屋敷に? 梓のように力の限りびびらせろと?」 「違うよなんでだよ。だから、友人としてじゃなくて、 お客さんとして招くんだよ。個人的に依頼を受けたんだ。 明日詳細を聞く」 (依頼? またお役に立てますか?) 「いや、ただの人捜しなんだ。 霊関係じゃないから、みんなに面倒はかけないよ」 「別にいいのに。手伝うよ?」 「あれっ、葵ちゃんがやる気だ」 「いえすみませんやる気はないです。 いい子に思われたくてちょっと言ってみただけです」 「主人思いの家来で涙が出るよ……」 「アイリスちゃんはやる気だよ!」 (マスターのためならば) 「わたくしも、できることがあればなんでも」 「ありがとう。でも、伊予に何度か釘刺されてるけど、 お役目以外でみんなの力をあまり使いたくないんだ。 頼るのは本当に困ったときだけにするよ」 「うむ、それがよい。 その気になれば金儲けにも使える力じゃ。 欲に目がくらみ濫用すれば、真の人生を狂わせかねん」 「あ、そっか〜。サイコメトリーにテレパシーに…… テレビとかに出たら真さん、すぐに人気者に なっちゃいそう」 「そうじゃのう……。よくいる偽物とは違う、 本物の霊能者じゃ。あちこちからひっぱりだこ。 もしかしたら警察の報酬以上の額を簡単に稼げ……」 「……」 「まこちゃん、ちょっとテレビ出てみよっか?」 「みんなよく見ておきなさい。 これが欲に目がくらんだ人のゲス顔です」 「は〜い! お金大好きで〜〜〜す!!」 「ったく……邪念にまみれて座敷わらし界から 追放されんなよ? っと、ごちそうさん」 お茶を飲み干し、立ち上がる。 「あら、もうよろしいのですか?」 「うん。ビールある?」 「冷えておりますよ」 「お、いいね。このから揚げいくつかもらっていいかな」 「三つほどでよろしいですか?」 「うん」 「どうぞ。おまけできんぴらも」 「ありがとう」 小皿に取り分けてもらった料理を受け取って、台所へ。 冷蔵庫を開け、缶ビールを拝借。 さてと、お役目後の楽しみ。晩酌タイムと行きますか。 「ふ〜……うまっ」 風に当たりながら、ビールをごくごく。から揚げをひとかじり。 労働後の体に染みるねぇ。至福の時間だ。 ただ、あんまり涼しくないのが不満だな。 「とっとっと、失礼しま〜す」 「あれ」 戸をカラカラと開けて、琴莉もベランダへ。 「どうしたの?」 「特に用事はないんですが、真さんがベランダ行くなら 私もって思って。お邪魔でした?」 「全然。食べる?」 「あ、大丈夫です。お腹ポンポンです」 お腹をさすりながら、俺の隣へ。 柵に腕を乗せ、空を見上げた。 「あのおじさん、今頃お空の上かな」 「どうかなぁ。 閻魔大王様もびっくりだよな。あんな亡者がやってきたら」 「確かにっ! あっちでは普通の格好してるといいけど……」 「だね。本日はお疲れ様でした」 「はい。本当に、お疲れ様でしたっ」 「今度こそちゃんと給料払わないとね。 むしろ、報酬全部あげてもいいくらい」 「いえいえ、お金が欲しくてやってるわけじゃないので、 大丈夫です。やっと真さんの役に立てました。 それだけで十分」 「そういうわけにもなぁ。一応俺、雇い主なわけだし。 それに今回、めちゃくちゃ大変だったし」 「じゃあ、そうだなぁ……。お金以外がいいです」 「ダイヤをプレゼントしよう」 「う、それ重いなぁ……」 「あははっ、なんでもいいよ。欲しい物があれば、なんでも」 「う〜ん……欲しい物かぁ。 そういえば新刊出てたなぁ……。 でもそんなの自分で買えるしなぁ……」 「物じゃなくても、お願いとかでもいいよ。 肩叩いてとか、そういうの。琴莉が働いた分、 俺も労働でお返しします」 「お願いかぁ〜。う〜〜〜ん……」 「……」 「ちょっと違いますけど、質問とかでも?」 「いいよ」 「じゃあ……。ぁ、やっぱりやめておきます。 困らせちゃいそう」 「なに聞きたいのかわかった」 「あはは……はい。だからやめておきます」 「付き合ってたんだ、昔」 「あ、そうなんですか」 「……」 「えっ!? そうなんですかっ!?」 「食いつきいいなぁ」 「だって、えっ!? 土方さんの話ですよねっ!?」 「それが聞きたかったんでしょ?」 「そうですけど、そんなさらっと……! そっか、だから気まずそうにしてたのかぁ……」 「そういうこと」 「そっかぁ……。あぁ、聞いていいのかな、これ。 どうして別れちゃったんですか?」 「別れたっていうより……自然消滅かなぁ」 「大学に入る前までは、そこそこ順調だった。 一緒に合格発表見に行ったのがピークだな。 二人とも受かって、喜んでた」 「でも大学って、同じ学年でも学部が違うと、 接点ほとんどないんだよな。まったく会わない日もある」 「そうなんですか?」 「ああ。俺は昼で終わり、あっちは夜までとか。 俺は講義終わったらまっすぐ帰宅。 あっちはサークル、とかさ」 「真さんはサークル入ってないんですか?」 「入ってないなぁ。どうしようか迷ってるうちに タイミング逃した。気づいたら同じようにマイペースな 連中とつるんでて、毎日ダラダラ」 「由美はサークル入って、精力的にキャンパスライフを 満喫しててさ。一緒のサークル入ろうって誘われたけど、 今さらって思って断った。思えば、それが決定打かな」 「すれ違いの毎日です?」 「まぁね。現状維持で、まったく変わらない俺。 どんどん前に進んでいく由美。眼鏡をコンタクトに変えて、 服の趣味も変わって、見た目も綺麗になっていった」 「すれ違いっていうより、俺が勝手に取り残された気分に なったのかも。電話やメールが少しずつ減って、 会う回数も減って……」 「そして、今に至る。というわけです」 「なるほど〜……。なんというか、大人だなぁ。 元彼女さんかぁ……」 「大人かなぁ……。自分では幼稚だって思ってるんだけど。 琴莉にだって恋愛経験の一つや二つあるでしょ」 「ないですよぅ。女子校ですし、出会いゼロです」 「あ、そうなんだ。女子校かぁ」 「そうなのです。でも、もし共学に行ってても…… 恋愛とかしてないだろうなぁ……」 「どうして?」 「う〜〜〜ん……。 別に重い話にしたいわけじゃないんですが……」 「うん」 「前も話しましたけど、私、なんだろう、家族に コンプレックス? があって。 両親もあんまり仲良くないんですよね」 「だから……もし、もしですよ? 男の子と付き合っても、 いつかあんな風にお互い無関心になっちゃうのかなぁ、 って思うと、あんまり魅力を感じなくて」 「年下なのに、俺より冷めてるなぁ」 「そうなんですかねぇ……。 でも最近、考え方変わりましたよ」 「お、そりゃいい傾向」 「はい。前も言ったかな。みんなといると楽しいな〜って、 家族っていいな〜って、今はそう思ってます」 「口にするのはちょっと恥ずかしいけど、 人と触れあう……温かさ? みたいな? それを教えてもらいました。えへへ」 「だから本当に、お給料とかいらないんです。 別の形で、もう十分もらってますから」 「そうかぁ。だがしかし、やはり雇い主の義務は 果たさなければならぬのじゃ、琴莉よ」 「あははっ。ですが殿。拙者は殿にお仕えするだけで 十分なのでござる」 「そうはいかん。ほれ、望みを申せ」 「へ? 土方さんのこと教えてもらいましたけど……」 「それは酔った俺が勝手に話しただけ。 ほら、なんでもいいから早く」 「でも……」 「早く早く。 早くしないと強制的にハグして頭を撫でまくります」 「わ、そんなことされたら照れちゃう!」 「俺も照れる。だから早く決めて」 「う〜ん……そうだなぁ……」 「う〜〜〜ん…………」 「……」 「ぁ」 「決まった?」 「あぁ、いえ、うぅん……。 決まったと言えば……うぅん……」 「なに?」 「え〜〜と……」 「……」 「か、かなり勇気を出して、言うんですけどっ!」 「うん」 「ま、前、真さんが言ってたことなんですけど、 あのとき、つい、その、恥ずかしくて…… こ、断っちゃったけど……」 「? なんだっけ」 「だから、その……」 「……」 「ぉ……」 「お?」 「…………」 「お、お兄ちゃんって呼んでもいいですかっ」 「へ?」 「あ! やっぱ今のなし! なしでっ!! かんっぜんに忘れてる顔だし!」 「あははっ! 覚えてる覚えてる。いいよ、お兄ちゃんで。 なんなら他の呼び方でも。兄貴〜とか」 「あ、兄貴……? えぇと……真兄さん、まこにぃ……。 う〜ん……」 「お、お兄ちゃんで! お兄ちゃんがいいですっ!」 「オッケー、わかった」 「ほ、本当にいいです?」 「よいぞ、妹よ」 「わ、妹だって。ふふ、やった〜、お兄ちゃんできた〜」 ほんのりと頬を染めながら、嬉しそうに笑う。 俺も少し顔が熱いけど……酒のせいってことにしておこう。 「なんだか、本当に家族になれた気がします。ふふっ」 「だったら、言葉遣いも変えないとね」 「あ〜、そっか。無理に敬語使わなくてもいい!」 「無理してたの?」 「ふふ、ちょっとだけ」 「じゃあ、今から自然体で」 「うんっ」 「……」 「あ〜……」 「なに?」 「えぇと……じゃあ私は、これにて!」 「あれ、行っちゃうの?」 「は、恥ずかしいからもう無理!」 「あははっ」 逃げるように、琴莉がベランダから出て行く。 でもすぐに戻ってきて、戸の隙間から顔だけ覗かせた。 「もう寝ちゃう?」 「まだ。風呂も入ってないし」 「あ、そっか。じゃあ……」 「またあとでね、お兄ちゃん」 「ああ、またあとで」 「えへへ」 はにかみ、戸を閉める。 遠ざかる足音。 ビールを飲みながら、琴莉の気配を耳で追う。 「お兄ちゃん、かぁ」 なんとなしに呟いてみる。 ちょっとムズムズするけど、悪くない。そんな気分。 今夜は、気持ちよく眠れそうだ。 午前十時五十五分。 もうすぐ由美がやってくる。夕方から梓さんと会うから、午前中にしてもらった。 さくっと話を聞いて、さくっと終わらせないとだな。 そうしないと……同居人たちが暴走しそうだから。 「もうすぐ? もうすぐ由美ちゃん来る?」 (その由美ちゃんという方、マスターのなんなんですか?) 「わたしたちのことが見えるかのう……。 試してみてもいい?」 「やめてくれ……」 ため息。 なぜかみんな、俺以上にソワソワしている。 たぶん見えないだろうから安心だとは思うけど……それならそれでなにかやらかしそうなのが怖いね……。 いや、伊予は間違いなくなにかやらかすつもりだ。だってジャージ着てないからねっ! 「姉さん、アイリス、それに伊予様も。 真様の邪魔をしては駄目ですよ?」 「邪魔などせん。ただ客をもてなそうとしているだけじゃ」 「そ〜そ〜! 仲良くなりたいだけ!」 (姿は見えずとも……テレパシーは届かないでしょうか? 心は読めるかも) 「あっ! あたしも思念読んじゃお! ご主人とのイヤンな思い出が見えちゃったりして」 「……ったく、芙蓉、頼む」 「はい。邪魔者はお二階に行きましょうね」 「邪魔者って、あ、ちょっと!」 (お、お姉様、放してください……!) 二人を引きずって、芙蓉が廊下に出る。 腕が三本あれば……最大の問題児も連れていってもらえたんだけど。 「なんじゃその目は。悪戯してオッケーってこと?」 「なんでそうなるんだよ……」 ため息。 琴莉がいてくれれば安心だったんだけど、たぶん気を使ってくれたんだろうな。今日はまだ来ていない。 俺と芙蓉でこの悪戯好きを抑えられるか……不安すぎる。 「なにがとは言わないけど、やめてくれよ? 本当に」 「わかっておる。真に恥はかかせん」 「……」 「やめよ? 嘘つけって目するのやめよ?」 「普段の素行が悪いから……。 来たみたいだ。おとなしくね、おとなしく」 「わかっておるわかっておる」 立ち上がり、玄関へ。 サンダルに足を引っかけて、外に出る。 「あ、こ、こんにちは」 「こんにちは」 「えぇと、今日は……その、わざわざ時間取ってくれて、 ありがとう」 「いいよ。ここまで迷わなかった?」 「ううん、大丈夫。詳しく教えてくれたから」 「そか。中へどうぞ」 「う、うん。お邪魔します」 「キャアアアアアアアアアアア!!」 「うぉっ!!」 由美を中に入れた途端、玄関で待ち構えていた伊予が悲鳴を上げた。 こ、こいつ……!! 「? どうしたの?」 「い、いや……躓いただけ」 「ふむ、見えもせねば聞こえもせんか。つまらんのぅ」 「……」 「ひゃっひゃっひゃっ!」 目で抗議すると、癪に障る笑い声が返ってきた。 ち、挑発してやがる……! 「……大丈夫? 足痛めた?」 「いやいや、大丈夫。本当に。あ〜、えと、芙蓉!」 「は〜い」 ちょうど二階から下りてきた芙蓉に声をかけ、こっちに来てもらう。 「土方様、ようこそいらっしゃいました」 「い、いえ。お邪魔……します」 「居間にお通しして」 「承知いたしました。こちらへどうぞ」 「は、はい。ありがとうございます」 靴を脱ぎ、家に上がる。 由美が居間に消えるのを待って、口を開いた。 「……おとなしくって言ったよな?」 「安心せい。もうなにもせん」 「……」 「やめよ? 一ミリも信用できね〜って顔やめよ?」 「お仕置き」 「ぎにゃ〜〜!」 伊予の髪をくっしゃくしゃにして、俺も居間へ向かう。 「どうぞ、温かいお茶の方がよろしかったですか?」 「あ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」 「真様もどうぞ」 「ありがとう」 「では、失礼いたします」 由美の向かい側、芙蓉がお茶を置いてくれた場所に腰を下ろす。 由美はそわそわと、台所に引っ込む芙蓉の背中に視線を送っていた。 「……お手伝いさん、だっけ」 「そう、仕事も手伝ってもらってる」 「だから公私って言ってたんだ……」 「人捜しの件は?」 「あ、そうだったね。え〜と……」 鞄を開けて、財布を手にとる。 そして財布の中から、小さな写真を取り出した。 あぁ、ゲームセンターとかで撮るやつか。俺はやったことないけど。 「ごめん、写真はこれしかないらしくて……」 「大丈夫。見てもいい?」 「うん」 受け取り、確認。 えぇと……? 二人写ってるな。 「どっち?」 「あ、右が――」 由美の話を遮るように、二階から騒々しい物音が。 姿が見えないから、物理的な手段で自己主張始めたな……。 だが由美は、その音に気がついていないようだった。 「? どうしたの?」 「え? ああ……いや、上で暴れてるみたいで」 「あ、そっか。同居してる人……いるんだっけ?」 「ごめん、騒がしくて」 「ううん。挨拶とか……した方がいい?」 「いや、大丈夫」 伊予が見えない人は、伊予が出す音も聞こえないんだろうか。よくわからない。 「それで、どっちだっけ」 「あ、うん。右は私の友達。左が捜して欲しい女の子。 近くの学園に通ってて、今は……三年生かな?」 「三年生かぁ……」 琴莉は何年生だっけ? 随分と大人びてるなぁ。派手めの服、化粧もしてるな。今風の子だ。 「連絡がとれないんだっけ?」 「うん。あと詳しく話を聞いてみたんだけど…… 家にも帰ってないみたい」 「え? 完全な行方不明ってこと?」 「うぅん……どうなんだろう。元々ね? 一週間とか二週間とか、家に帰らないこと あったみたいなの。友達の家に泊まったりして」 「でも……そういうときでもメールすれば すぐに返事くれたって言ってたんだけど……」 「今はまったく返信がない」 「うん。それとね、お母さんから連絡があったみたいなの。 そっちに行ってませんか〜って。 もう一ヶ月くらいも帰ってないんだって」 「一ヶ月って、夏休みの間ずっと?」 「そう、なるのかな。連絡とれないのも、 こんなに長いのも初めてだったみたいで。 友達もすごく心配してる」 「そっかぁ……なるほどねぇ……」 意味深にうなずいてみたけど、なにか名案があるわけでもなく。 かっこつけてみんなには頼らないって言っちゃったけど、こりゃ思ったより難儀な依頼かも。 どうしたもんかな。 「あぁ、そうだ、名前は?」 「えっと、しまさんかな。しまきららさん」 「……しま?」 「うん。あれ、知り合い……ではないよね?」 「いや、違うけど……」 今風な名前はともかく……嶋だって? 偶然……で片付けていいのか、これは。 「どう、したの……?」 「いやぁ……」 「……」 「ちょっとだけ待ってて」 「う、うん」 席を立ち、台所へ。 「あら、どうされました?」 「電話で少し込み入った話をする。 聞かれると不安にさせちゃうかもしれないから、 少し由美と話してて」 「承知いたしました」 小声のやりとり。 芙蓉が居間に入り由美に話しかけたのを確認して、廊下へ出て電話機に向かう。 「……」 『はい、伏見です』 「ああ、梓さん。真です。今大丈夫ですか?」 『大丈夫〜。待ち合わせって夕方だったよね? 私時間間違えちゃった?』 「いえ、そんなことは。聞きたいことがあって」 『なになに?』 「前回の、嶋さん。子供がいるって言ってましたよね? もしかして娘さんですか?」 『あ〜、うん、確かそうだよ。三年生』 「あぁ、こんなことあるのか……」 『なに?』 「名前は、きらら?」 『そうそう。って、なんで知ってるの? 教えたっけ?』 「いえ……ちょっとトラブルがあって。 友人から依頼を受けたんです、その子を捜して欲しいって」 『捜す? どういうこと?』 「一ヶ月前から家に帰ってないそうで……」 『一ヶ月? ちょうどお父さんが亡くなったころ?』 「はい。もしかして、父親の趣味を知っちゃって 家出したのかも」 『家出かぁ……。そこまでは聞いてないぞぉ……』 「そっか。じゃあ警察も娘さんのことは把握してない」 『まったく。 捜索願いが出てれば耳に入ると思うんだけど……。 でも、待てよ……?』 「心当たりが?」 『ううん、そこまでじゃないんだけど……。 嫌な予感がする。ごめん、待ち合わせ一時間 後ろにずらしてもらっていい?』 「はい、わかりました」 『ありがと。真くんちに直接行くね。 では後ほど。娘さんのことも調べておく』 「ありがとうございます、お願いします」 通話終了、受話器を置く。 また梓さんの勘が働いたみたいだな。なにか手がかり見つけてくれるかも。 ただ……嫌な予感か。なにも出てこない方がいいかもな。 人任せで恥ずかしいけど、知らせを待とう。 「あれ?」 居間に戻ると、由美がいなかった。 芙蓉もいない。どこ行ったんだろ。 「こちら、お願いしてもよろしいですか?」 「あ、はい」 「ん?」 台所から二人の声。 なんで台所? 首を傾げながら、覗いてみる。 「いちょう切りでお願いします」 「はい、わかりました」 芙蓉が大根の皮を剥き、由美がニンジンを切っていた。 ……なんだこれ。 「な、なにしてんの……?」 「あ、お昼ご飯の仕度手伝ってるの」 「……なんで?」 「よろしければお昼をご一緒に、とお誘いしたのですが……」 「今回の依頼もタダで引き受けてもらっちゃったし、 ご馳走になるのも申し訳なくて。 だからせめてお手伝い」 「気にしなくていいのに」 「でも……あんまり甘えるわけにはいかないから。 大きさ、これくらいでいいですか?」 「ええ。真様、お仕事の話はまた後ほどで よろしいでしょうか?」 「ああ、うん」 「ではお食事まで、居間でお待ちください」 「わ、わかった」 と、返事しつつも二人のことが気になって、台所の入り口からなかなか動けない。 なんていうか、意外だったんだ。芙蓉が由美を台所に立たせたことが。 梓さんじゃないけど……なにか嫌な予感がする。 「豚汁ですか?」 「ええ、真様が好きなのでよく作るんです。ね? 真様」 「え、あぁ、うん。好きだけど……」 「そうなんだ、知らなかった……」 「古いお知り合いでは?」 「え?」 「そのように感じたのですが、違っていましたか?」 「えぇと、古い……のかな。 芙蓉さんは長いんですか?」 「いえ、それほどでは。 ですが、真様のことはなんでも知っていますよ」 「な、なんでも?」 「ええ。例えば……普段はおっとりされていますが、 夜はとっても激しいとか」 「夜!?」 「ふ、芙蓉!?」 「ふふふ」 振り返りちらりと俺を見て、妖しく微笑む。 な、なにが起こってる。なんであんなことを言った……! 落ち着いてたから芙蓉は大丈夫だと思ったけど、これ駄目だ!芙蓉もなんかやらかす感じだこれ!! 「え、あの、え? その、えっ?」 「あら、ごめんなさい。本気にしちゃいましたか? 冗談です」 「あっ、冗談……。はい、はい……冗談……」 「ええ、冗談です。ほんの。 本当は優しくしてくださいました」 「優しくっ!?」 「うぉおいっ!!」 「ふふふ、申し訳ありません。わたくしには冗談のセンスが ないようです。真様に何度も抱かれた土方様になら、 こういう話も笑っていただけるかと」 「だ、抱かれてって、そ、そんな……。 わ、私、まだキスしか……っ!」 「由美ぃぃぃ!」 「あ……っ!」 「あらあら……ふふふ」 動転した由美が、ものの見事に口を滑らせた。 なんてこった、そこまでは琴莉にも話さないつもりだったのに……! 「ごめんなさいね? 真様、なかなか話してくださらないものだから。 強引に聞き出しちゃいました」 「え、いえ、その、えっと……! に、ニンジン終わりましたっ!」 「ではこの大根もいちょう切りに」 「は、はいっ!」 「真様は居間でお待ちくださいませ。 もう大丈夫ですから。ふふふ」 「……はい」 脱力しながら……居間に戻る。 その後は特に爆弾発言もなかったようだけど……。 支度中も、食事中も、終始微妙な空気だったのは……言うまでもない。 「真くん、今日はありがとう。ごちそうにもなっちゃって」 「いや、いいよ。芙蓉が色々と失礼なことしちゃってごめん」 「う、ううん。ちょっとびっくりしたけど……」 苦笑い。 芙蓉の発言を本当に冗談と受け取ってくれているかは微妙なところで。 その証拠に、そわそわしながら髪をいじっていた。 たぶん、来るぞ。答えにくい質問が。 「あ〜……えっと」 「……遠慮せずどうぞ」 「う、うん。その……ね? 芙蓉さんのことなんだけど……」 「……」 「やっぱり……そういう、関係?」 冗談と思ってくれてませんでした。 まぁ……そりゃそうだよな。 「あ、ごめん。別に答えなくてもいいんだけど……」 はぐらかす。否定する。 「……」 「嶋さんのことだけど」 「え、あ、うん」 「なにかわかったら連絡するよ」 「わ、わかった。ありがとう」 「ただ……あまり期待しない方がいいかも。 実は専門外なんだ。人捜し」 「あ、そうなんだ……」 「役に立てなかったらごめん」 「ううん、大丈夫。最初に無理言ったの私だから」 「できる限りがんばってみるよ」 「ありがとう。じゃあ、私……」 「ああ、気をつけて」 「うん、お邪魔しました。またね」 ぎこちなく笑って、由美が踵を返し去っていく。 ……。 いっそ肯定しちゃえばいいのに。芙蓉と肉体関係があるのは、事実なんだから。 でもそれができないのは……俺にまだ未練があるってことなんだろうか。 「あくまでも、お手伝いさんだよ。 恋愛関係とか、そういうのじゃない」 「あ、そ、そうなんだ……そっか……よかった……」 「え?」 「あ、えとっ! し、嶋さんのことだけどっ!」 「ああ。なにかわかったら連絡するよ」 「う、うん、お願いします」 「でも今さらだけど……役に立てなかったらごめん。 実は専門外なんだ。人捜しは」 「あ、ううん、大丈夫。最初に無理言ったの私だから。 受けてくれただけですごくうれしい」 「できる限りがんばってみるよ」 「ありがとう。じゃあ私、行くね。今日はありがとう」 「ああ、気をつけて」 「うんっ、お邪魔しました。またね!」 笑顔で手を振り、去っていく。 ……。 よかった……か。 もしかして由美は……。 いやいやっ、期待するな。あんなに綺麗になったんだ。彼氏くらいいるだろ。いるに決まってる。 それに俺だって、もう未練は――。 「……」 ないならどうして、否定したんだ。芙蓉との関係を。 いや、否定しきれていない。どうとでもとれるような、都合のいい言い方をした。 「あ〜あ……」 はっきりしない自分にため息をつきながら、家の中へと戻る。 「へっへっへっ」 「にぁっしっしっ」 玄関で二人が邪悪な笑みを浮かべていた。 ……また嫌な予感。 「……なんだよ」 「私、まだキスしか……っ!」 「!? なんで……!」 「アイリスに中継させておったのじゃ。 迂闊じゃのぉ! 真ぉ!!」 「アイリーーーーーース!!」 (ごめんなさいマスター!!) 居間から飛び出したアイリスが、トイレへ駆け込む。 あ、くそ! 鍵かかった! 籠城か!! 「へいへ〜い、本当にキスだけなのか〜い?」 「猛り狂った真のきかん坊をあの可愛らしい口に ねじ込んだりねじ込んだり、あるいはねじ込んだり しちゃってるんじゃないか〜い?」 「絡むなっ! このおっさんどもっ!!」 「あの、真様……。申し訳ございません。 よくないとは思ったのですが……つい」 「ついってさぁ、結構どぎついこと言ってたよ〜? 芙蓉さ〜ん」 「だ、だって、同じ女として負けられませんから! 牽制の一つもしたくなります!」 「あっ! あれってやっぱそういうのか……! いいから! フォローめんどくさいから そういうのいいからっ!」 「も、申し訳ございません……」 「まぁ……やっちゃったことはもういいけど……。 アイリスも閉じこもってないで出ておいで」 (……怒ってませんか?) 「大丈夫。怒ってないよ」 「うそうそ。めっちゃ切れてる」 「拳握りしめてる」 「ふぐっ、あぅぅっ、ごめんなさぃぃぃ……!!」 「あ、泣いた」 「号泣じゃな」 「お前らほんと余計なことしかしないなっ!」 「あひゃひゃっ! 葵〜! ゲームしようぜ〜!」 「やってやるにゃ〜!」 ドタバタと廊下を駆ける。トイレの中からは泣き声。 まったく……賑やかなご家庭で悩む暇すらないな……。やれやれだ。 そろそろ日が沈むかというころ、梓さんがやってきた。 琴莉も少し前に来ていて、我が探偵事務所のメンバーも全員集合。 早速、居間で仕事の話を進める。 「とりあえず、前回のお仕事お疲れ様でした〜ということで、 まずは報酬のお支払いをさせていただきます」 「今回もそこそこの厚さでございます。 どうぞ、お受け取りくださいませ」 「うむ。確認させてもら――」 「頂戴いたします」 「はぁん! 取られたぁん!」 「……変な声だすなよ。いいか、伊予は絶対にお金に触るな」 「……チッ」 「舌打ちもやめなさい」 「あははっ、中身確認しなくても大丈夫? 少ないようなら課長にかけあってみるけど」 「いえ、報酬の基準というか相場みたいなのはそちらの方が 詳しいと思いますから、全面的にお任せします」 「それに、お金のためにやってるわけじゃないですから。 生活できれば十分です」 「わぁ、お兄ちゃんかっこい〜」 「からかわない」 「あははっ」 「お兄ちゃん? 前からそうだったっけ?」 「ぁ、いえ、その……き、昨日から?」 「な〜んか急に仲良くなっちゃってるんだよね〜。 ご主人となにかあったんですか〜?」 「べべ、別にないですっ!」 (怪しい) 「怪しいね!」 「怪しいですね、ふふふっ」 「だから、その、いつまでも他人行儀なのが、 い、嫌だっただけで……! だから、その、 お兄ちゃんでいいよって、言ってくれたから……!」 「ふぅん。真は妹萌え、と」 「……なんでそういう結論になった」 「あははっ、うんうん。仲良きことは美しきかな、だね。 私のこともお姉ちゃんって呼んでいいのよ?」 「あはは……考えておきます」 「っていうか、そう! 私、初めて会った子いるんだけど! さっきふわっと、変な声聞こえたんだけど!」 「ああ、アイリスですね。ほら、自己紹介」 (初めまして、アイリスです。テレパシーが使えます) 「これテレパシー!? すごっ! 私は伏見梓、よろしくね」 (はい、よろしくお願いいたします。伏見様) 「僕はウーパくんだよ! よろしくね!」 「あ、はい」 「それでね? 仕事の話なんだけど」 「流したっ!?」 「腹話術を流した!」 「ごめん、どういう反応していいかわからなかった」 「もうその一発芸、やめた方がいいんじゃないの?」 「…………」 「もう姉さんっ、いじめないの!」 「芙蓉はアイリスにだけやたら優しい……」 「姉さんが意地悪するからですっ!」 「喧嘩しない。 仕事の話ってことは、もしかして新しい依頼が?」 「うん、早速で申し訳ないんだけどね。 お仕事持ってきました」 「また悪霊……ですか?」 「どうだろう。霊は確認できてるんだけど…… まだ悪霊かどうかは」 「ふぅん。全然関係ないけど、梓っち、 今日はセクシーだね」 「ああ、これ? ちょっと恥ずかしいんだけどね。 男性相手に話を聞くときとか、 こういう方が色々と引き出しやすくて」 「そういうものなんですか?」 「……俺を見ないでよ。そういうものだけど」 「あ、取り調べとかしてたんですか? お色気で自白させる作戦!」 「残念ながらそういうかっこいいのじゃなくて、 ただの聞き込みです。真くんに頼まれたことも 調べてみたよ」 「あ、あれどうなりました?」 「嶋きららさんね。現在家出中なのは間違いなし。 行方はわからず。でもまずは、 こっちの話をさせてもらってもいいかな」 前回と同じように、鞄から一枚の写真を取り出す。 今度は……どこかの工事現場だな。 「ここでね、女の子の霊がたびたび目撃されてるの」 「女の子? 今回ははっきりしてますね」 「うちではまだ確認できてないんだけどね。 現場で働いてる人が、口を揃えて言うの。 女の子を見たって」 「ちょうど葵ちゃんとか、琴莉ちゃんと同じくらいの 年代みたい。学生の女の子だって」 「……学生の女の子?」 「やっぱりひっかかるよね、そこ。結構くっきり見えている みたいでね? 表情はわからないけど、髪は肩くらい。 服は派手な感じでギャルっぽい」 「っていうか、写真をよく見てみて。 実は写ってます」 「えっ!? 心霊写真!? どこどこ!?」 (右端ですね、うっすら写ってます) 「あっ、あたしが見つけようと思ったのに〜!」 「あ、いたっ、ほんとだ〜! こ、怖い……!」 「? どこ。わかんない」 「霊視ができるのになぜわからん……鈍いのぉ」 「うるさいなぁ」 「ここですね。若い女性が」 「んん?」 芙蓉が指してくれた場所を、じ〜っと見てみる。 お、確かに女の子がいるようないないような……。 ……え? ちょ、ちょっと待った……! 「嘘だろ、この子……!」 「? 知ってる子?」 答えず立ち上がり、棚の中にしまっておいた写真を取り出して、ちゃぶ台の上に乗せる。 覗き見た琴莉が『あっ』と声をあげ、梓さんも顔をしかめる。 「やっぱり……こうなっちゃうのかなぁ」 「はい。由美の依頼……今回の梓さんの依頼と 重なってるみたいだ……」 「え、ちょっと待ってください? この子が、昨日お兄ちゃんが言ってた人捜しの? それが、写真の……え、ど、どういう……」 (既に亡くなっている……ということですか) 「そんな、だって……どうして……」 「父と子が似たような時期に……不憫じゃの」 「まさか自殺……ではないですよね? お父様の性的嗜好を知ってしまい……」 「……ありえるかもね」 「くそ……毎回こんなことばっかりだ。 どう伝えたらいいんだよ……」 「仕方ないよ。ご主人は死人を引き寄せる。 それが鬼を使役する者のさだめなのにゃ」 「……聞いてないぞ、そんなの」 「今適当に言ったから」 「お前な……」 「は、励ましたかったの!」 「怒るな真。葵の言ったことは半分当たっておる。 霊視の力がそうさせるのか、鬼がそうさせるのかは しらんが、加賀見家の者はそういう星の下に生まれておる」 「この町に住むあらゆる者の死に関わる可能性が あると知れ。琴莉との出会いがコタロウを救った。 由美という娘との出会いもこの娘を救うためじゃ」 「何事も前向きに考えろ。 そうでなければ精神がやられるぞ」 「……」 「そうだな、わかった」 一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。 伊予の言う通りだ。悲観的になる必要は無い。 由美のおかげで、この子のことがある程度わかった状態で会いに行ける。 これは、大きなアドバンテージなはずだ。 「よし。由美にどう伝えるかはまたあとで考える。 今は、この子をどう救うかだな」 「うんっ、がんばろうねっ」 「ああ。写真は昼みたいですけど、出現時間は昼限定ですか?」 「ごめん、調査不足。そこまでは確認できてない」 「でも昼間は工事やってるし、真くんたちが行くなら 夜がいいと思う。昼間でも人通りそこまで多くないけど、 夜の方がゆっくり調べられるんじゃないかな」 「わかりました。じゃあ夕食とったら出かけてみようか」 「うぃ〜っす」 (御意に) 「お願いね。案内してあげたいんだけど…… ごめん、今日は私はここで。 もう一個気になることがあって、そっちを調べてみたいの」 「わかりました、じゃあなにかあったらまた連絡します」 「うん、お願いします」 「ご夕食どうされますか? よろしければご一緒に」 「ごめん、時間が惜しいから遠慮しておく。 あ、そうだ、詳しい場所教えてなかったね」 「あとでメールで、住所だけ教えてもらえれば」 「りょ〜かい。じゃあね、連絡は深夜でも大丈夫だから、 遠慮しないで」 「はい、わかりました」 「お仕事がんばってくださ〜い」 「ありがと、まったね〜。お見送りは結構よ〜ん」 「ばいば〜い」 鞄を肩にかけ、足早に居間を出る。 結構と言われてもそういうわけにはと立ち上がって、居間から顔を出して見送ってから、席に戻った。 「……」 「? なんか難しい顔してるな」 「伊予ちゃんどうしたの?」 「これ……まだまこちゃんには早いかも」 「またまこちゃんって……なに急に」 「写真に写るほどの霊……。 しかも、普通の人間が存在を感じるほど……」 「間違いなく、強い想いや無念を抱えてる。 もしこの子が悪霊だったら……」 「真様に危険が?」 「命だって失いかねない」 「脅かさないでよ。最初に伊予が言ってたじゃないか。 悪霊なんて滅多にいないって。 実際、Mおじさんも悪霊じゃなかった」 「そうだけど……」 「……」 「葵」 「ほぇ?」 「なにがあっても真を守れ。 いつものやる気のない態度で真を危険に晒してみろ。 ただでは済まさんぞ……!」 「うぉぅ、怖い……。が、がんばります!」 「アイリスもだ。泣き叫ぶようでは話にならん。 わかっておるな?」 (はい。あのような失態は、二度と) 「うむ、よろしい。まぁ、心配しすぎても仕方がない。 真、毎回言うておるが、危険を感じたら すぐに逃げるんじゃぞ」 「わかってるよ、大丈夫。心配しないで」 「信頼はしておるがの。 琴莉も気をつけるんじゃぞ」 「うんっ! 私もがんばるっ!」 「いや気をつけろと言ったんじゃが……まぁいい。 夕食ができたら呼んでくれ。それまでゲームじゃ」 「かしこまりました」 伊予が席を立ち、居間を出る。 仕事の前はちょくちょく真顔になるけど、今回はいつになく真剣だったな……。 「ふふ〜、お兄ちゃん愛されてるね。伊予ちゃんに」 「やめてよ。琴莉だって心配されてたでしょ」 「でもお兄ちゃんの方が大事そうだった!」 「まぁかなり心配はしてくれてたけど……。 うぅん、なんか恥ずかしいな」 「ふふ、ではご夕食の準備をいたしますね。 三十分ほどお待ちください」 「わかった」 「今日のメニューなに〜?」 「メインはスペアリブです。あとお昼の豚汁の残りと、 その他色々」 「豚祭り! 力出る! 今日のあたしは超やる気! 怒られたくないから!」 (しっかりマスターをお守りいたします) 「私も! どんな気配も見逃さないぞ〜!」 「頼りにしてます。実は俺だけ完全な無能だからな〜。 みんなが頼りだ」 (マスターは司令塔ですから) 「僕たちに命令だけしてくれればオッケーさ!」 「そりゃいいポジション。俺もがんばるよ」 アイリスの頭を軽く撫でて、写真にもう一度目を向ける。 由美の友達が捜している子。 あのおじさんの娘。 写真の中の、女の子。 不運にも、すべてが結びついてしまった。死亡してしまったという事実は、もう覆せない。 だからせめて、救ってあげよう。 帰るべき場所に……帰れるように。 夕食後、梓さんに教えてもらった住所へと向かう。 正直住所だけじゃまったくピンとこないから、地元民の琴莉様に先導していただく。 「たぶん、そこの角曲がってすぐだよ。 あんまりこっちの方来ないから自信ないけど……」 「見つからなかったらスマホのナビ頼みかな」 「最初からそれ使えばいいのに」 「なんか負けた気がする」 「……なにに?」 (文明の利器に頼らない姿勢。マスター素敵です) 「でしょ?」 「褒め方が無理矢理すぎるにゃあ……」 「ふふっ。あっ! あったよお兄ちゃん! 工事現場!」 「ここか」 写真を取りだし、見比べてみる。 え〜と……写真はこの角度から撮られてるな。 ってことは、女の子がいるのはあそこらへんのはずだけど……。 「いないね、女の子の霊」 「う〜ん……夜はいないのか、ここでよく見るってだけで 町中をランダムに徘徊してるのか……」 (周辺を探してみますか?) 「どうしようかな……。琴莉、なにか感じる? 琴莉がなにも感じないなら、探しても無意味かもしれない」 「……」 「琴莉?」 「あ、ごめんなさい。……たぶん、いると思う。 おじさんとは全然違う感覚……。 なんだか、すごく不安になるような……」 (不安? やはり悪霊でしょうか) 「どうだろう。でも琴莉レーダーが反応してるなら、 確実に近くにいる。探してみよう」 「うぃ!」 (中に入ってみますか?) 「それはさすがにやめておこう。 写真でも中じゃなくて外側にいるみたいだし」 「どうしてこんなところにいるんだろう……。 コタロウやあのおじさんみたいに、 誰かが気づいてくれるの待ってるのかな……」 「じゃあ、すぐに見つけてあげないとね」 「うんっ」 工事現場に近づき、写真を頼りに捜索を開始。 写真ではここに立っていた。でも今はいない。しかし、近くにいると琴莉は感じている。 前回のパターンからして、目視できる範囲にはいると思うんだけど……。 やっぱり中か? 不法侵入になるよな、こういうの。 警察の依頼だから大目に見てもらえるだろうか。梓さんに確認しておけばよかったな……。 「……お兄ちゃん」 「うん?」 「感覚が強くなってる……。きっと、すぐ近くにいる」 「近くか……」 でも、見える範囲にはいない。 ……中に入るしかないか。一応、梓さんに許可をとっておこう。 「……ん?」 ポケットからスマホを取り出したところで、工事現場の中からふらりと誰かが出てきた。 あれ、まだ働いている人が……あっ、いや、違う! 「ご主人!」 「ああ、あの子だ」 派手めの服装。肩くらいまでの金髪。間違いない。 (声をかけてみますか?) 「俺が行くよ。みんなは彼女の動きに注意しててくれ」 「き、気をつけてね!」 「ああ」 驚かせないように、ゆっくりと近づく。 彼女もこっちに近づいてきてるけど……それはただ順路だからって様子で、俺を意識している様子はない。 俯き、地面を見つめたまま。髪がかかって表情は見えない。 ……言葉にできない迫力がある。 警戒した方がよさそうだ。 「こんばんは。嶋きららさんだよね?」 「……」 ある程度距離は保ちつつ、でも十分に声が届く範囲で立ち止まり、話しかける。 返事はなかったけど、足を止めてくれた。俺に気づいてくれたらしい。 「ごめん、急にびっくりしたよね。 俺は、加賀見――」 「…………の?」 「え?」 「!? お兄ちゃん!?」 「か、はっ……!」 喉が圧迫される。呼吸が止まる。 数メートル先にいたはずの嶋さんが、瞬きする前に眼前に移動していた。 なにが起こったのか、なにをされているのか、理解が追いつかず。 ただただ、肺に酸素を取り込みたくて喘いだ。 「マスター!!」 「お前! ご主人になにを!」 「…………して、………………の?」 「このぉおお!!」 「……っ、ま、て……っ!!」 「は!? なんで!? なんで待つの!?」 「な、に、か……っ、っ……!」 「なに!? わかんないっ!!」 「あ、ぁぃ……り……っ!」 「あ、そ、そか! アイリスちゃん!! テレパシー!!」 「は、はいっ!」 (マスター! 聞こえますかっ!) (なにか伝えようとしてる! 彼女の声を聞いてくれ!) (え、い、今ですかっ?) 「こ、この状況でなに言って……!!」 (葵もだ! 思念を読み取れ!) 「で、でも……っ!」 (俺が音を上げないうちに早くしてくれっ!!) 「う、うぅ……っ」 「アイリスちゃん泣かない! 二人とも早く! お兄ちゃんが死んじゃう!!」 「……っ、わ、わかった! やってみる!」 「は、はい……っ!」 「どう…………、……し………………」 「……っ」 「うぅぅ〜〜〜〜っ!」 「………………こ………、し…………の?」 「が……っ! っ、かっ……ぁっ……!!」 「――っ」 「だ、駄目っ! 集中できないぃぃっ!!」 「ご主人ごめん! あたしも無理! あたしたちにとって一番大事なのは お役目じゃなくて――!」 「――ご主人なんだぁ!!」 「っ」 視界が揺れると同時に、窒息から解放される。 頭がくらっとして、そのまま膝をついた。 呼吸をするのに必死で、立ち上がることができなかった。 「ごほっ、かはっ……!」 「お兄ちゃん! 大丈夫!?」 「ご主人に手を出しやがって……! もう一度死ぬか、女ぁああああ!!!」 「…………の?」 「あ、ぅ……」 「っ、二人とも、もういいっ……! 逃げる、ぞ……っ!」 「もう一発殴ってから!!」 「逃げるって、言ったんだ!」 「んにゃああ! むかつく!! わかったよもう!!」 「お兄ちゃん立てる? 葵ちゃん手伝って! アイリスちゃんも!」 「は、はぃっ」 「大丈夫、立てる。行こう……!」 よろめきながら立ち上がり、その場から急いで離れる。 彼女の動きにまったく反応できなかった。物理法則の外。距離なんて無視して、俺の首を。 警戒していたつもりで、まだ認識が甘かった。相手は霊。なぜ人の常識をあてはめた……! 大失敗だ、くそ……っ! 「失態じゃな。葵、アイリス……!!」 「……」 「……」 伊予に怒鳴られ、二人がしゅんと俯く。 琴莉もすぐ隣で、おろおろとしていた。 「言ったじゃろう、なにがあっても真を守れと!」 「……ごめんなさい」 「……も、申し訳……あ、あり、ません…………」 「わたしに謝っても仕方ないじゃろう! まったく、真に仕える鬼としての自覚が――」 「伊予、もういいよ。怒らないでやってくれ」 「まこちゃんは口出さないで!」 「やめてくれ。当主の俺が怒らないでって言ってるんだ。 二人はよくがんばった」 「う、うんっ、私は慌ててただけだけど、 二人はすぐお兄ちゃんのこと助けようとしたもんね? ねっ?」 「……」 納得いってなさそうに眉間に皺を寄せて、顔を逸らす。 でもすぐに視線を戻し、俺を睨み付けてまくしたてた。 「そもそもまこちゃんもまこちゃんだよ! すぐ逃げろって言ったでしょ!? 自分の命が危ないのに、霊のこと優先して!!」 「あの子に危害を加えたら、二度と本音が聞けない気がした。 だからギリギリまで粘りたかった」 「それで死んだらどうするのっ!?」 「我慢できたから二人に頼んだんだ。 女の子の力だから、たかが知れてたよ。 死ぬほどの苦しさじゃなかった」 「真様、首を見せてください」 芙蓉が遠慮がちに触れ、少し顎を上げさせる。 「手のあとがくっきり……。無茶をなさって……」 「アドレナリンってすごいね。 家に帰ってくるまで全然痛くなかった」 「まったく……」 ため息。心底呆れてる。 ただ、俺を心配してくれているからこそだっていうのは、十分にわかっていて。 さすがに、俺も冷静になる。 「……。無茶をしたのは認めるよ。 興奮して口答えしちゃったけど、 軽率だったのも理解してる。次は気をつける。ごめん」 「だからわたしに謝っても……」 またため息。でもさっきよりは軽めな気がした。 「おじじもそうだった。自分よりも死者優先。 それで何度危ない目に遭ったか……。 待つことしかできないわたしは、いつも冷や冷や」 「……ごめん」 「まぁでも、その自己犠牲の精神がなかったら、 お役目は務まらないんだけど」 「いて」 やっと笑って、ぺちっと俺のおでこを叩いた。 これで勘弁してあげる。そんな風に。 「ご苦労じゃった。今日はゆっくり休め」 「うん、そうする」 「傷の手当てを……といっても、どうしましょう。 湿布でも貼っておきましょうか」 「あ、私、持ってくるねっ!」 「冷蔵庫の中に」 「うんっ」 「……」 「……」 「いつまでしょげておる。二人もご苦労じゃったな」 「ほら、俯いてないで。守ってくれてありがとう。 おかげで助かった」 「…………」 「…………」 「元気出して。そうだ、アイスがまだ残ってるはず。 二人で食べていいよ」 「…………ご主人」 「お菓子の方がいいか?」 「……違う。あの場所、戻ってもいい?」 「え、今から?」 「……うん」 「……。仕返しするつもりか?」 「違う。ご主人の言いつけ守れなかったから…… ちゃんとやりたい」 「か、彼女、と……、は、は、話し、て……」 「無理しなくていいから。テレパシーでいいよ」 「し、しつ、失礼……かと…………」 「大丈夫」 「……」 (彼女と、話してきます。それまでは休めません) 「疲れたでしょ。明日でも明後日でもいいんだぞ?」 「……今日やりたい」 (……はい) 「……でもなぁ、二人が襲われたら……」 「鬼だから負けない」 (やれます) 「うぅん……」 「行かせてやれ。 なんにせよ、このまま無視するわけにもいかんしの」 「それなら……」 「もちろん、真様は駄目ですよ?」 「……だよね」 「まぁ、気持ちはわかる。二人だけでは心配じゃろう」 「で、できるってば!」 (やれますからっ!) 「説得力皆無じゃ。芙蓉、一緒に行ってやれ」 「しかし、真様のおそばを離れるのは……。 霊が追ってこないとも限りません」 「この家にいる限り大丈夫じゃ。 わたしは福を呼ぶが、禍は招かん」 「……」 「承知いたしました。同行させていただきます」 「うん。三人とも無茶だけはしないように」 「真が言うな」 「いった!」 頭を叩かれた。 ……ごもっともで。 「では、真様」 「うん。二人をよろしく」 「承知いたしました」 「葵、なにかあってももう少し穏便にね。 女の子の腹に蹴り入れるのはさすがにやりすぎだ」 「にゃはは……つい……」 「アイリスは落ち着いてね。 慌てなければ、なんでもできる」 (はい。行ってきます) 三人が立ち上がり、居間を出る。 ちょっと心配だけど、大丈夫だろう。 みんな俺よりずっと強いみたいだし。 あんな凶暴な葵、初めて見た。やっぱり鬼なんだなぁ……。 「ごめん、探すのに時間かかっちゃって……。 あれ? みんなは?」 「再調査の旅」 「え〜〜! それなら私も行きたかった……!」 「鬼だけの方がよい。足手まといになるかもしれんぞ?」 「む〜……そっかぁ……。 お兄ちゃん、首見せて」 すぐそばに座って湿布のフィルムをぺりぺりと剥がし、ぺたっと首に貼り付ける。 「冷た〜〜」 「我慢我慢。もう一枚貼らないとだね」 「ゆっくりしてゆっくり」 「はいはい」 「……」 「どうして……」 「うん?」 「どうして、お兄ちゃん襲われたんだろう。 工事現場にいる人は襲われてないんだよね?」 「梓さんの話を聞く限り……そうなのかな」 「じゃあどうして……」 「声をかけたじゃろ」 「ああ、うん。かけたよ。嶋きららさんですかって」 「そのせいじゃ。 自分を認識しているか、していないか。 それで態度を変える霊は多い」 「それで、か……。じゃあ葵やアイリスもやっぱり危ない?」 「うまくやるじゃろ。あやつらも馬鹿ではない」 「……あっ! お兄ちゃんを追いかけてきたりする? ここまで来ちゃったりする?」 「それは大丈夫だって、さっき伊予が」 「うむ、問題ない」 「ほら」 「たぶん」 「おいっ!」 「世の中に絶対はない!!」 「そこは言い切ってくれよ……怖いじゃん……」 「無茶した真が悪い」 「そうだけれども」 「……」 「わかりました!」 「む?」 「みんながいない間は、私がお兄ちゃんを守ります!」 「退魔キック?」 「それはしないけどっ! そばにいるっ! あの子がいつ来てもいいように!」 「私、本当になにもできなかったし、 ついていくこともできなかったから、それくらいしたい!」 「そんなに力まなくていいのに。 たぶん来ないよ。大丈夫」 「でもするのっ!」 「あ、はい」 「まぁ、警戒するにこしたことはないがの。 真、今日はもう出歩くなよ」 「わかってる。家にいるよ」 「うむ。琴莉、真を頼んだぞ」 「まっかせて!」 「さぁて、じゃあゲームしてこよ〜っと」 「えっ、行っちゃうの!?」 「だってここにいてもやることないし。あ、やば。 早くデイリークエスト終わらせなくちゃ」 そそくさと、伊予が退室。 居間には、俺と琴莉の二人だけ。 「む〜……のんきだなぁ……」 「霊のこと一番よく知ってる伊予があの調子なら 大丈夫でしょ〜。は〜、疲れた」 ごろんと寝転がる。 首に違和感。ひどくならなきゃいいけど……。 「……」 「……」 「…………」 「テレビ、つけてもいいよ」 「音に紛れてやってくるかもしれませんので」 「ああ、そう……」 「…………」 「…………」 「………………」 「そんな……じっと見てなくてもいいよ?」 「これが任務ですので」 「そ、そか……」 「………………」 「………………」 「……!?」 「え、な、なに?」 「あ、風かな」 「……」 「……」 お、落ち着かない…………。 「? どこ行くの?」 「トイレ」 「は〜い」 「……」 「……」 「……なんでついてくるの?」 「だって一人になったところ襲われたら!」 「トイレにも一緒に入るつもり?」 「あ、ぅ、それは……外で待ってる!」 「ありがと」 「……」 「…………」 「………………」 「長い……。音もしない……」 「……」 「お兄ちゃん。お兄ちゃん? お兄ちゃ〜ん! 大丈夫!? 平気〜〜!?」 「あ、おっきい方? それならゆっくりしてていいよ〜!」 「……」 「あ、おかえりなさい。ちゃんと手洗った?」 「……洗った洗った」 げんなりしながら、廊下を進む。 ……ほんとはまったく催してなくて、少しの間トイレで一人になりたかっただけなんだけど……それも許してくれないか、琴莉よ。 それから、テレビを見ていても。 台所でお茶をいれても。 縁側で涼んでも。 「……」 琴莉は難しい顔をして、周囲を警戒しまくっていた。 「琴莉」 「はいっ」 「大丈夫だから、肩の力抜きなって」 「無理。お兄ちゃんが落ち着きすぎなの。 殺されかけたんだよ?」 「そうだけどさ。もうみんな、とっくに現場には ついてるだろうし、仮にあの子がいなかったら 『もしかして』って飛んで帰ってくるんじゃないかな」 「今のところなにもなし。だから、大丈夫だよ。 俺はあっちの方が心配。危ない目に遭ってないかなって」 「また人の心配して〜、む〜……」 全然納得してくれていなくて、つい口元が緩んでしまう。 ここまで心配してくれるのは、素直にうれしいんだけどね。 「なに笑ってるの? お兄ちゃんのんきすぎ」 「そういう性格なので。 伊予がここにいれば大丈夫って言ってたし、 問題ない問題ない」 「う〜ん…………伊予ちゃんは結構適当なところ あるからなぁ……」 「っくし! なんじゃ、わたしの噂話か」 タイミングよく、伊予が戻ってきた。 っていうか、噂話でほんとにくしゃみしてる人初めて見たぞ……。人じゃないけど。 「なに? 呼んだ?」 「なんにも。アイスなら全部食べないでよ? 三人の分、ちゃんと残しておいて」 「わかっておる。 別にアイス食べにきたわけではないがな。 言い忘れておった」 「なに?」 「芙蓉が風呂を沸かしておったから、好きなときに入れ。 もう冷めておるかもしれんがの」 「お、了解。ありがとう。冷めてたら追い炊きする」 「ほいほい。ではの」 ぐしぐしと鼻をこすりながら、戻っていく。 バタンと冷蔵庫か冷凍庫の扉が閉まる音がしたから、ちゃっかりアイスは確保してるな。 まぁそれはいいとして。 「湿布貼ったばっかりでもったいないけど、 お風呂入ろうかな」 「え、今から?」 「先に入る?」 「あ、ううん。私は……」 「じゃあお先に。着替えとってくる」 「う、うん」 「……」 「お風呂か…………」 部屋に戻り、タンスからシャツやら下着やらを適当に引っ張り出して、準備完了。 いざお風呂へ。 湿布を剥がし、鏡で首の状態を確認。 手形がうっすら。痛みは少々。 まぁ捻挫とかむち打ちとか大げさなものではないし、すぐに治るだろう。湯船の中でマッサージでもしてみようか。 湿布をくずかごに捨て、ぱぱっと服を脱ぎ、洗濯物カゴに放り込んで。 戸を開けて、浴室へ―― 「……」 ――入ったところで、硬直した。 ……んっ? 困惑。というか混乱。 とりあえず、股間をタオルで隠す。 次の行動は、このまま浴室を出るのが正解だった。 ただ、動揺しまくっていたせいだろう。 自分でもよくわからないけど、あえて一歩踏み出すことにした。 ……先客のいる、湯船へ。 「わ……そ、そのまま入ってくるとは 思わなかった……!」 「いやだって……なんか覚悟決めた顔してたし……」 琴莉が恥ずかしそうに胸を隠す。 隠しきれず見えちゃってるけど。 ……あ、駄目だ、やばい、勃つ。 慌てて目を逸らす。 「……タ、タオル巻いたら?」 「だ、だって、湯船にタオルつけたら駄目って……」 「それ温泉とかのルールだろ……」 「っていうか、いいよ。それはどうでもいいよ。 琴莉さんや……なにしてんの?」 「……お兄ちゃんのそばにいるって言いましたので」 「だからって裸で……大胆すぎるでしょうよ……」 「な、悩んだ結果なの! 仕方ないのっ! ほ、ほら、霊は水場に出やすいって……! お風呂危ない! 一番危険!」 「……桔梗が場所は限らないって言った気がする」 「……」 「……ほんとに?」 「確か言ってた」 「……じゃあ私、なんのために覚悟決めたの……?」 「……暴走したからかな」 「うぅ……恥ずかしくて死にそう……」 両腕で自分をかき抱いて、縮こまる。 でもやっぱり、胸がこぼれてる。 ……この状況は非常にまずい。これ以上冷静でいられる自信がない。 「……俺出るよ」 「だ、駄目! ちゃんと体とか洗わなきゃ!」 「ず、ずれたこと言ってるなぁ……」 「体洗わなきゃまた入らなきゃでしょ? ということは、私がまた恥ずかしい思いしなきゃでしょ?」 「あ、絶対一緒には入るのね……」 「うんっ! もう自棄! どこにでも出るなら、やっぱりずっと一緒にいなきゃ!」 拳を握りしめる。 ……謎の使命感である。 「心配しすぎだって」 「するよ、あんなことあったんだから……」 「って言ってもなぁ……」 自分の心配をした方がいいかも。だから大丈夫だって。 「琴莉は自分の心配をした方がいいかも」 「な、なんで?」 「俺に襲われるとか考えなかった?」 「う、考えたけど……お兄ちゃんなら、まぁ、別に……」 「ちょ、ちょっと待った! こういう状況でそのリアクションはまずい! 俺のいくばくかの理性が飛ぶ!」 「あ、ち、違くて! お兄ちゃんなら安心かなって思ったの! い、妹に手を出す変態さんじゃないかなって!」 「あ、あぁ、あくまでも兄と妹としてね! 兄としての信頼ね!」 「そ、そう! それ! え、えと、それだけでもないんだけど……っ」 「そ、そういう思わせぶりなのやめなさい!」 「そういうことでもなくて! えと、その、色々考えて……。 恥ずかしがってる場合じゃないなって!」 「もし一緒にいない間に、お兄ちゃんになにかあったら……。 私、そんなの絶対やだ……」 「だから――」 「心配するってば! お兄ちゃんわかってない! お兄ちゃんいなくなったら、私も死ぬからっ!」 俺の言葉を遮り、琴莉が声を荒げる。 「だから、大丈夫だって」 「大丈夫じゃない!」 少しヒステリックに、琴莉が叫ぶ。 「お兄ちゃんわかってない! もし一緒にいない間に お兄ちゃんになにかあったらどうするのっ?」 「お兄ちゃんいなくなったら、私も死んじゃうんだからぁっ!」 「琴莉……」 「……」 真剣な目だ。 本気で怒っている。 それがわかったから、とても茶化すことは出来なかった。 「……何回も言ってる。今の私は、全部お兄ちゃんのおかげ。 お兄ちゃんがいなくなったら、私には…… 本当になにもなくなっちゃう……」 「お兄ちゃんが死んだら、葵ちゃんも、芙蓉ちゃんも、 アイリスちゃんもいなくなっちゃうんでしょう……? 嫌だよ……そんなの……」 「もしみんながいなくならなかったとしても…… お兄ちゃんがいなくなるの、絶対いやだよ……」 「コタロウは……もういない。お兄ちゃんも いなくなったら、どうしたらいいの? せっかく 家族みたいになれたのに……また独りぼっちになるの?」 「絶対……嫌だ。そんなの……絶対……」 「……っ」 「ほんとにっ、怖かったんだからぁ……っ! 今日、ほんとに……、ほんとに……っ」 涙が滲む。 手を伸ばしかけ、触れていいものかと無駄な理性が働いて。 躊躇してるうちに琴莉がはっとして、両手で顔を乱暴に洗って。 涙を、隠した。 「ご、ごめんなさい。頭がわーってなっちゃった……」 「……こっちこそごめんな。不安にさせて」 「う、ううん。なんか、えと……怖かったけど、 すごいなって思った。初めて会った人……っていうか、 霊にここまで真剣になれるんだな……って」 「あれは……どうだろうな。追い詰められて、 わけわかんなくなって。自分でもアホだなって思うよ。 伊予の言うとおり、無茶だった」 「でもそういうときに取る行動が、その人の……本質? なんだと思う。コタロウのことも本気で考えて くれてたんだなって、すっごくよくわかった」 「コタロウもお兄ちゃんみたいな人に見送ってもらえて 幸せだったと思う。もちろん、あのおじさんも、 これから見送る人たちも、きっと幸せ」 「お兄ちゃんは、たくさんの人を幸せにできる人。 だから……」 「もう、無茶……しないで欲しい」 「……」 「わかった、約束する」 「……うん」 今度こそ手を伸ばし、指切りの代わりに、琴莉の頭を優しく撫でる。 くすぐったそうに、はにかむ。 その顔を、俺は……。 ……。 不覚にも、色っぽいと思ってしまって。 すみません、もう限界です。 「……出る」 「駄目、まだ洗ってない!」 「いや無理。ほんと無理。 このままじゃ兄としての信頼を裏切る」 「え、裏切るって……」 「これ以上は言えない。じゃ、じゃあ、お先」 若干反応しかけてる股間を隠しながら、湯船から出る。 ……いかんいかん、その一線は越えてはいかん。 よく耐えた俺! グッジョブ! グッジョブ俺! 「…………」 「……別によかったんだけどな…………。 裏切っても……」 「あ〜、もう、私、馬鹿……。 露骨すぎ……」 「絶対引かれた……死にそう……うぅ……」 「ふぅ……」 タオルで体を拭き、着替えを済ませる。 頭をそのままにしておくのはさすがに気持ち悪かったから、洗面所で雑に洗った。 明日朝一でシャワーを浴びよう。 まぁ……琴莉がついてくるって言わなきゃだけど。 「よし。琴莉、俺もう出るから。いつでも出てきていいよ」 「は、は〜い」 琴莉に声をかけ、洗面所を出る。 ふぅ……色々と焦った。 ただ、琴莉の気持ちは……やっぱり嬉しいな。あんなに心配してくれて、ありがたい。 「ただいま戻りました」 「お」 3人が帰ってきた。出迎えるために玄関へ。 「おかえり、大丈夫だった?」 「はい。特に問題は」 「ん? ご主人お風呂入ってたの〜?」 「ああ、うん。今出たところ」 「超くつろぎモードじゃん。 心配してくれてると思ったのに〜」 「してたよちゃんと。アイリス、怖くなかった?」 (はい、泣きませんでした) 「よくがんばったね。ご苦労様。何事もなくてよかった」 「……」 「あ、そうだ。冷凍庫のアイス、食べていいよ」 「わっほぃ、やったぁ〜!」 下駄を脱ぎ散らかして、葵が台所へ向かう。 ため息をついて芙蓉も玄関からあがり、履き物を揃えながら廊下を走る葵に声をかけた。 「待って、葵姉さん。報告が先」 「あ、そだった」 「なにかわかった?」 (はい。彼女と話すことができました) 「え、ほんとに?」 「ええ、このような表現が正しいかはわかりませんが…… 特定の条件下で悪霊化するようでして」 「さっきは俺がそのスイッチを入れちゃったってことか」 (そのようです。多少情緒不安定な面は見られましたが、 正気を失わない限り、ある程度会話は成立します) 「なるほど……。色々掴めたみたいだね」 「あの場所からも色々読み取れたんだけど……。 あのね、ご主人」 「うん?」 「たぶんだけど、この事件……ご主人がずっと探して――」 「ふひ〜、いいお湯でした〜。わ、みんな帰ってきてる!」 報告の途中、洗面所から琴莉が出てきた。 ほっとしたんだろう。ずっと強ばっていた表情が、ふにゃっと崩れる。 「よかったぁ。みんな平気? 怖いことされなかった? アイリスちゃん泣かなかった?」 (はい。もう泣きません) 「そっかぁ、よかった〜! みんなお疲れ様です!」 「そうだ、こんなところで話してないで居間に行こうか。 みんな疲れたでしょ」 「お茶をいれますね」 「ああ、それも俺が――」 「ちょいっと待った」 「うん? なに?」 「ご主人、今お風呂出たところなんだよね?」 「うん。ついさっき」 「じゃあコトリンいつ入ったの?」 「へ?」 「あたし知ってるよ。コトリンお風呂長い。 二十分か三十分入る。ご主人の入浴タイムと 被ってるんですが、これいかに」 「あ」 「……」 琴莉と目が合う。 ……なぁんで葵はこういう勘が鋭いのかね。 「あら……なんだか怪しい反応ですね」 「い、いや、別に、ねぇ?」 「は、はい、別に、その、なにも――」 (一緒に入ってたんですね) 「うぇっ!? な、なな、なんでっ!?」 (心の声が漏れてます) 「……読んだの?」 (はい) 「うわぁ……」 「……まじで?」 「あ〜、いや、別に、やましいことじゃないし……」 「そ、そうっ! お兄ちゃんを一人にすると 襲われちゃうかもしれないからって――」 「……」 「……」 「……」 「――思った、から…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「その…………はい…………」 「………………」 「………………」 「………………」 「…………以上です」 「か〜〜〜! も〜〜〜やってらんね〜〜〜!!」 「琴莉さんが真様に色目を使うとは…… 少々油断しておりました」 「べ、ベべべ、別に色目なんて……っ!」 「だ、だからやましいことは……!」 「でもマスターはしっかり興奮してたんだよね!」 「お、おいぃっ!? アイリスぅ!?」 「……」 「興奮って、え、そ、そそ、そうなんですかっ!?」 「いや、だから、そのっ、え〜〜〜!?」 「あ〜もうばっかばかしぃ〜〜〜〜! 報告とかいいわ〜! アイス食べよアイス!!」 (がんばったのに、二人でエッチなことしてたなんて) 「だ、だからぁ!」 「してないって!」 「お茶、ご自分でいれてくださいね?」 「あ、はい……芙蓉さん角が出ています……」 俺たちを残し、三姉妹が不機嫌丸出しで散っていく。 いや、えぇと……。 「アイスねーーーし!!」 「……」 「……伊予ちゃん…………」 「……アイス買ってくるわ……」 「……私も行きます」 「……うん、ご機嫌とらないとね……」 肩を落としながら、靴を履く。 いろんな意味で……ヘビーな一日だ……。 「アイスうめぇ」 「むぐむぐ」 アイスとお菓子を献上することにより、葵とアイリスはなんとか機嫌を直してくれた。 ただ、やはり芙蓉は食べ物でなびくほど単純ではなく。 なんだか、妙なお願いをされてしまった。 「はい。お布団敷き終わりました。 真様は真ん中ですね。ふふふ」 「みんな一緒に寝よう……ねぇ」 「琴莉さんが真様をお守りするために、 お風呂までご一緒したのは理解いたしました。 ですが、心情的にこのまま黙ってはいられません」 「真様をお守りするのはわたくし共の役目。 ですから、今夜は一緒に眠らせていただきます」 「でも、あの子は条件を満たさない限り 襲ってこないんでしょ?」 「そうですが、万が一と言うことがあります。 今夜一緒の部屋で眠っていただけるだけで、わたくしの気は 済むのです。アイスやお菓子よりは、安上がりですよ?」 「眠るだけ?」 「あら……それ以上をお望みですか? 三人で夜のお相手、務めさせていただきます」 「しないしない。琴莉もいるのにできないよ」 「ふふふ」 妖艶に笑う。 ……変なこと聞くんじゃなかったな。寝てるところ襲われそうだ。 「歯〜磨いてきた〜」 「まぁた葵は俺のTシャツ勝手に着て」 「いいじゃ〜ん。 ご主人の匂いしないと寝つき悪いのにゃ」 「昼間は普段着でぐっすりだろ。 あっ、またパンツはいてないだろ」 「下着は一生つけないと決めています」 「はけって言ってるだろ……。 丈の長さがギリギリだから危なすぎる……」 「見る?」 「見ない。こらっ、めくろうとするな!」 (マスター。戸締まりの確認、終えました) 「ああ、ご苦労さん。琴莉は?」 (隣で着替えてました。すぐに……あ、来ました) 「お待たせしました〜」 寝巻き姿の女性陣が、続々と部屋に入ってくる。 昼間とはまったく印象が変わるというか、油断してる感じになるというか、ちょっと落ち着かない。 「コトリン、もうこの家に住んじゃえばいいのに。 お泊まりセット常備してあるんだから」 「あはは、いつかそうできたらいいな〜。 でもこのパジャマ、桔梗さんからの借り物だし…… そのときは自分の買わないと」 「いいよ、琴莉が使って。それ、元々は俺のだし」 「えっ!? そうなのっ!? 大きいと思ったら……」 「俺普段そういうの着ないんだけど、うちの親が荷物に 紛れ込ませてたんだよな。処分するのはもったいないし、 琴莉に使ってもらおうと思って」 「あ、そうだったんだぁ……。 ありがとう、お兄ちゃん」 「どういたしまして」 「女子に男物のパジャマ……。 マニアじゃのぅ、真よ」 「……そういう狙いはねぇよ」 いつの間にか伊予もいた。 ニヤニヤしやがって……。 「伊予様ももうお休みになりますか?」 「いいや。まだ仕事が残っておるからの」 「仕事って、ゲームじゃなくて?」 「ゲームは遊びじゃないのっ!」 「あ、はい……ごめんなさい。 私の認識が甘かったです……」 「うむ、わかればよい。 夕食の残りを食べてしまってもよいか聞きにきただけじゃ。 芙蓉、構わんな?」 「ええ。残りすべて、伊予様のお夜食にしていただいても」 「うむ、助かる。 よぉし、腹ごしらえして最果ての島に向かうかの。 おやすみ、ゆっくり休め」 「おっやすみ〜〜! あたしご主人の隣〜!」 「ふふ、ではわたくしも隣に」 「ぁ、ぇ……」 「アイリス、いらっしゃい。一緒のお布団で眠りましょう」 (ありがとうございます、お姉様) 「えと、じゃあ、私は葵ちゃんのと〜なり!」 「クーラー消した。よし、電気も消すぞ〜」 「あ〜い!」 みんなが布団に潜ったのを確認して、照明を落とす。 月明かりを頼りに自分の布団を探し当て、俺も横になった。 「ふふふ〜、ご主人と一緒に寝るの、初め…………ぐぅ……」 「……寝付きいいなオイ」 「ふふふ、おやすみなさい。真様」 「ああ、おやすみ。みんなもおやすみ〜」 (マスターお休みなさい) 「おやすみなさ〜い」 目を閉じる。 かすかに聞こえるみんなの吐息。 徐々に規則正しくなって、眠りに落ちてゆく。 俺も体の力を抜いて、睡魔をたぐり寄せる。 首がわずかに痛む。 あの形相が、まぶたの裏に浮かぶ。 …………。 「……」 眠れない。 疲れてはいるんだけど……どうも神経が高ぶってる。 みんなを起こさないように立ち上がり、部屋を出た。 「ふぅ……」 風に当たり、ビールをちびり。 今夜も風が生ぬるい。あまり気持ちよくはないな。 そういえば報告も聞けずじまいだった。もうみんな寝ちゃったし、明日だな。 「こりゃ、なにをしておる」 「おっと」 背中にわずかな重み。 軽すぎる体じゃあ、よろめきもしない。 「どうしたの? ゲームは?」 「足音が聞こえたからの。様子を見にきた。 眠れんのか?」 「お酒で眠気を呼んでるところ。飲む?」 「やめておく。 何十年も前に酒で大失敗しそうになったからの」 「どんな?」 「ノリで家出するところじゃった」 「……こりゃ飲ませられないわ」 俺のため息にクスッと笑みをこぼし、伊予が背中から降りて隣に並ぶ。 「怖かった? 今日」 「なに、どうしたの急に」 「質問してるのはこっち。怖かった?」 恐怖心はなかった。実は少しだけ。 「驚きはしたけど、恐怖心はなかったかなぁ……。 自分でも不思議だけど」 「よかった。もうお役目が嫌になっちゃったかもって 思ってた」 「それはないかな。やりがいは感じてるんだ。本当に」 「そっか。さすが八代目当主」 「いきなり首を絞められたから……そうだね、 実は少しだけ」 「もうお役目のこと、嫌になっちゃった?」 「それはない。怖いとかそういう気持ち以上に、 やっぱりやりがいを感じてるから」 「そっか。よかった」 「じゃ、世間話はもうおしまい。 お酒なんて飲んでないで、早く寝た方がいいよ?」 「わかってる。ほどほどにしておくよ」 「あ、そうだ」 「なに?」 「まこちゃんの元彼女のこと」 「あぁ……なにも話すことはないよ」 「詮索するつもりはないってば。 ただ、もうちょっと大事にしてあげてもいいかもって。 あの子、まこちゃんと相性抜群」 「適当なこと言って……」 「ちゃんと根拠はあるの。 あの子、霊的な耐性がまったくない」 「? どういうこと?」 「まこちゃんとは真逆ってこと。 だから、お互いに惹かれあってる。魂が。磁石みたいに」 「よくわかんないけど……魂ねぇ……」 「……」 「今より地味だったんだけど、人気あったんだよ、由美。 眼鏡とったら可愛いって」 「そんな子がなんで俺みたいなのと付き合ってるんだろうって ちょっと疑問だった」 「う〜わ、卑屈」 「思春期はそういうこと考えちゃうんだよ」 「永遠に思春期手前のわたしにはわからないけど。 まこちゃんとあの子の相性は、わたしが保証する」 「座敷わらしって、恋愛にも……その、なに? ご利益とかあるの?」 「ぜんぜん?」 「説得力ないなぁ……」 「お姉さんを信じなさい。年の功ってやつ。 それに、琴莉のこともあるし」 「なにが」 「気づいてるでしょ? 琴莉の気持ちは……まぁ、わたしが 言うことじゃないけど、まこちゃんへの評価が異常に高い。 それで調子に乗らないか心配」 「やらかしたばっかりだから、さすがに調子には乗れないよ。 っていうか聞いてただろ、風呂での会話」 「いつセックス始めるかなってドキドキじゃったわ」 「お前はほんっと…………」 「冗談じゃ。琴莉をお前に依存させたくないのじゃ。 あの娘のためにならん」 「まぁ、ねぇ……」 「とにかくじゃ、あの由美という娘はおすすめじゃぞ? 見えぬ者が身近にいるのはよいことじゃ。 元気な子も産めそうじゃしの」 「こって、子ども? 急になに言って……」 「なにもおかしくないじゃろう。 加賀見の血を絶やすわけにはいかん。 そういった意味では……梓もよさそうじゃの」 「適当に言ってない?」 「真剣じゃ。性格もよいし、体も丈夫そうじゃ。 この家に馴染んでおった。魂の相性もよいはず」 「もしかしたら体の相性も……うぇっへっへっ」 「……そういうのやめろって。葵が真似するから」 「違う、真似じゃない。まこちゃんがわたしのことを 意識してるから、わたしに似てる鬼が生まれたの」 「なんだよそれ」 「そのまんまの意味。まこちゃんはわたしが好き」 「アホか」 「照れなくていいのに〜、またキスしてあげようか?」 「馬鹿め、キス程度で恥ずかしがると思ったか」 「じゃあしてよ、今度はそっちから」 「はいはい」 「どうせできないくせに。ほらほら、ん〜〜」 「……」 「へ? えっ、ほんとに――ん…………、っ!?」 口元を押さえ、伊予が後ずさり。 思いっきり動揺していた。面白い。 「な、なにして……!」 「キスしろって言ったじゃん」 「じゃなくて! 舌入れた! 聞いてない!」 「アルコール入ってる俺をからかうからそうなるんですぅ」 「ぐぬぬ……このロリコンめっ!」 「いった! 蹴るなよ!」 「うっさい! わたしとのディープキスの記憶で シコりまくるのかっ、この変態めっ!」 「するかバーカ! 帰れ帰れ! 部屋に帰れっ!」 「言わんでも帰るわ! は〜、もう、前代未聞じゃ! 座敷わらしの口に舌をねじ込むなど……!」 ぶつぶついいながら、伊予が家の中へ戻っていく。 ……。 勢いでしちゃったけど、酒の勢い以上に……鬼との生活で俺の貞操観念、ちょっとゆるくなってるかも。 ……反省。 それにしても……。 「照れなくていいのに〜。いつもわたしをおかずにして オナニーしてるんでしょ?」 「するか馬鹿。帰れ帰れ、さっさとゲームに戻れ」 「なんじゃ、邪険に扱いおって。 言われんでも帰るわ」 「あまり夜更かしするなよ。 体に障る」 「ありがと。伊予も早く寝なよ?」 「わたしが床に就くのは日が昇ってからじゃ」 にやりと笑って、家の中に戻る。 あいつの下ネタ、どうにかならんのか。 いや、それより……。 「相性、ねぇ……」 由美とは喧嘩したわけじゃないけど、うまくいかなかった。 梓さんはいい人で、気も合いそうだけど……俺みたいなのはガキに見えるだろう。恋愛対象に入りそうもない。 琴莉は…… 「……」 一瞬、頭の中が肌色で埋まった。 下半身も危うく反応しかけたり。 琴莉は俺に、信頼以上の気持ちを寄せてくれているのかもしれない。 俺がその気持ちに応えられるかどうか……。 「……って、なにを偉そうに……」 独り言の自己つっこみ。 大学生活は、むさい男だらけ。 それが――琴莉に、鬼たちに、由美に梓さんに、急に華やかになって。俺の生活はいろんな意味で一変した。 いまさらな自覚。酒のせいか、妙な方向に妄想が進んで、誰と付き合うかなんて好き勝手に盛り上がって。 「……」 ……駄目だ、眠気が遠のいていく。 今日は眠れないかも……。 眠りが浅かったせいか、いつもよりかなり早い時間に目覚めた。 アイリスが一人で眠っている。芙蓉はもう起きているみたいだ。 他のみんなはまだぐっすり。 起こさないよう、そっと部屋を出る。 「あら、真様。おはようございます。 首の具合はいかがですか?」 「おはよ。痛みはほとんどないかな。 ちょっと違和感があるくらい。 ……あれ、湿布」 「ふふ、寝てる間に剥がれてしまったんですね。 指のあとは……ほとんど消えているようです」 「よかった、ひどくならなくて」 「本当に。 ご朝食になさいますか? まだお米も炊けていないので、 少々お時間いただきますが……」 「いや、みんなと一緒でいいよ。まだお腹も空いてないし。 芙蓉も今起きたところ?」 「いいえ、一時間ほど前に」 「はやっ。いつもそんなに早いの?」 「ええ。真様の身の回りのお世話をするのがわたくしの 仕事ですから、誰よりも早く起きていなくては。 それに、伊予様も起きていらっしゃることが多いので」 「ああ、あいつは徹夜だろうけど……」 「ふふ。それではわたくしはお洗濯を。 あ、そうでした。お部屋のお掃除をさせていただいても?」 「あぁ、お願いします」 「ではそちらを先に。お部屋に戻られる前に 済ませておきますね。それと、真様?」 「うん?」 「目やにがたくさん」 「おっと……」 『ふふ』と笑い二階へ向かう芙蓉を、目をこすりながら見送る。 とりあえず顔を洗おうか。 歯ブラシに歯磨き粉をたっぷりつけて、鏡を見ながら歯を磨く。 いつもテレビを見ながら磨いてたんだけど、くしゃみを我慢できずに廊下で大噴出して以来、しっかりと洗面所で磨くようにと芙蓉に厳命されている。 怒られはしなかったけど、無言で床を拭く芙蓉がちょっと怖かった。 思えば、身の回りの世話をしてもらうために生みだしたとは言え、本当に家事の全てを任せっきりだ。 せめて自分の部屋くらいは自分で片付けるように……。 ……。 「あっ!」 とんでもないことに気づき、慌てて歯磨きを終え顔を洗い、雑に顔を拭いて洗面所を飛び出した。 まずいまずいまずい! 猛ダッシュで階段を駆け上がり、部屋に飛び込むが……時既に遅し。 「…………」 芙蓉が棚の上に放置されている、とある雑誌を見つめていた。 とあるっていうか……まぁ、うん。エロ本である。 昨夜どうにも気持ちが盛り上がってしまい、部屋に戻ってきてこっそり抜いていたのである。 後始末をぬかったぁ……! 「……真様?」 「は、はい……」 ゆっくりと、芙蓉が振り返る。 ……めっちゃ怖い顔をしていた。 「この雑誌は?」 「あぁ、えっと……その……怒ってる?」 「怒っております」 「余計怒らせるのを承知で言うけど…… お気に入りなので捨てるのは勘弁していただけると……」 「所持していることを怒っているのではありません。 殿方ですもの。当然です。むしろ、こういった雑誌が 一冊もない方が心配になります」 「え……? じゃあなんで……怒ってらっしゃるの?」 「真様」 「……はい」 「一人でされましたね?」 「……」 「真様?」 「いや、それは……どうだろう?」 「ゴミ箱」 「へ?」 「一晩もたてば、匂いでわかります。 トイレにでも流すべきでしたね」 「……」 ……後始末ぬかりまくりだな、俺。 「一人でなさるなど……なにをお考えですか!」 「いや、その、俺も男だから…… たまには仕方ないっていうか……」 「でしたら! なぜわたくし共を使って くださらないのです!」 「つかっ……え? 怒ってるのそこ!?」 「他になにを怒るのです! 昨夜わたくしの誘いを断ったにも かかわらずこのような……っ、 鬼としての誇りが傷つきます!」 「誇りって、みんな別に俺の……なに? 夜伽? とか、 そういうのじゃないんだし……」 「まだそのようなことを! 以前申したでは ございませんかっ! わたくし共鬼は 真様の性奴隷であると!」 「へっ? あれ冗談でしょ?」 「本心でございますっ! 真様の精を贄に生まれた わたくし共は、真様に抱かれることこそが至上の喜び!」 「自慰などで我らが糧を無為に散らされるなど、 許せるはずがございませんっ! なぜ抱いてくださらないのですかっ!」 「いやぁ……いやね? 芙蓉さん」 「なんですかっ」 「童貞を捨ててわかった。セックスとオナニーは別だ」 「はい?」 「なんていうの? セックスは共同作業だけど、 オナニーっていうのは、そう、自由なんだ、自由。 誰にも邪魔されない、自由な時間なんだよ」 「つまり、わたくしは邪魔だと?」 「あ、いえ……そういうことは決してないんですけど……。 その、すみません。角しまってください……」 「まったく理解できません。自慰がしたいのであれば、 わたくしですればいいではありませんか。 身動き一ついたしませんから。それならば自由でしょう?」 「そうですけど……いや、そうなのか……?」 「約束してください、真様。もし欲情されることがあれば、 わたくし共を使ってください」 「二度とするなとはもちろん申しません。ですが、一人で お楽しみになるのはせめてアイリスを抱いてあげてからに してあげてください」 「控えめな子です。自分からはとても誘えないでしょう。 もう鬼を生みださないのであれば、このままあの子は……。 不憫で不憫でたまりません」 「いや……でもさ、儀式はお役目のためだけど、 ムラムラしたからやらせろっていうのは、 みんなの人格を無視しているようで……」 「……」 「う〜わ、今まで見たことない反応された」 「いいですか? 真様。もう一度申します。 遠慮などいらぬのです。真様が来いと言えば、 喜んでわたくし共はあなた様の胸に飛び込みます」 「いいですか? もう一度だけ申します。 決して遠慮などは――」 「わかった、わかったよ。次はちゃんと誘うから」 「絶対ですよ? 約束できますか?」 「するする」 「誠意が見られません」 「約束します!」 「はい」 にこりと笑い、額の角も消える。 ……もうほんと、怖いよ芙蓉さん……。 「ではお掃除を始めます。 雑誌はベッドの下でよろしいですか?」 「いやもうばれてるし……そのまま置いといて」 「承知いたしました。ささ、真様はお部屋の外へ」 「はいはい」 芙蓉が窓を開け、棚を布巾で拭き始める。 その様子を横目で見ながら、部屋を出た。 何度も言うけど……怖かった。 「う〜……」 一階へ下りると、琴莉がふらふらと廊下を歩いていた。 芙蓉との言い争いで起こしちゃったかな。 「おはよ、琴莉」 「おはようございますぅ……ふぁ〜……。 今日も元気に……」 「!?」 「うぉっ、な、なに?」 「今日何日っ!?」 「えぇと、三十一?」 「ぁぁぁ………………っ」 「なになに、なに」 「きた……夏休み……最・終・日……!」 「あぁ、そっか。今日までか」 「……」 「おやすみなさい」 「へ?」 「……まだ目覚めたくないです。 今日はまだ三十日、今日はまだ三十日…………」 ぶつぶつ言いながら、琴莉は部屋に戻っていった。 まぁ気持ちはわかる。俺はまだ一ヶ月あるけどねっ! 「さて……」 みんなが起きるまで、テレビでも見て待っていようか。 今日こそ報告を聞かなくちゃ。 朝食を終えしばらくゆっくりしたあと、昨日うやむやになってしまった嶋きららさんの話をしてもらうことに。 あのとき葵がなにを言いかけたのか、気になっていた。 「まずは……そうだな、なにを聞こう。 普通に会話はできたんだよね?」 (はい。話しかけると……別人でした。 急に笑顔になって、生気を取り戻したような……) 「笑顔って……じゃあどうしてお兄ちゃんのときは」 「それが……推測ではございますが、男性に 話しかけられたとき、あるいは、男性を認識したときのみ、 彼女は凶暴になるのではないか……と」 「男に恨みをもっておるのか」 (はい。マスターが首を絞められていたときに…… 彼女が呟いていた言葉。実は、ちゃんと聞こえていました。 聞こえたからこそ、混乱してしまって……) 「彼女はなんて?」 「……」 (どうして、私を殺したの?) 「……」 アイリスの言葉に、息が止まる。 なんてこった。あの子……。 「殺された……?」 (はい。おそらく目的は……復讐かと) 「いよいよ真には荷が重くなってきたのぅ……」 「……こういう場合、どうしたらいいんだ」 「もちろん復讐を完遂させてやるわけにはいかん。 別の方法で満足させてやれればいいが……」 「別の方法……。他になにか悔やんでいることはないか、 聞き出すしかないのか」 「しかし、それができるかどうか」 (彼女、会話ができるにはできるのですが……。 こちらの問いかけに正確に答えてくれることは あまりなくて……言動がめちゃくちゃなんです) 「真様を襲ったことも、忘れてしまっているようでした。 というよりも時系列が前後して、話の辻褄が まったく合わなくて……」 (ですが、彼女の中でぶれないことが二つ。 普段通りの日常生活を送っているという認識と、 自分を殺した者への強烈な憎悪です) 「? 普段通り?」 (はい。朝起きて、登校して、授業を受けて。 そういった生活を続けているつもりのようです) 「ってことは、いつもあの場所にいるわけじゃないのか」 「いえ……おそらくは、ずっとあの場所に」 「?? わからん。どういうこと?」 「普段通りの生活を送ってるけど、実は送ってなくて、 生きてるつもりだけど自分を殺した相手を許さない……。 矛盾だらけだねぇ……」 「その矛盾は霊にとって矛盾ではない。 霊特有の認識じゃな。 自分の見たい物だけを見て、信じたい物だけを信じる」 「霊がカラスは白と言えば、本人にとって白なのじゃ。 記憶と認識は、都合のいいように作り替えられる」 「だから矛盾が生まれる、か……」 「そうじゃな。こういう場合、あまり理屈で 考えん方がいいぞ。混乱を招く。 霊の言葉は参考程度にしておけ」 「そして、霊に無理矢理真実を押しつけるのも厳禁じゃ。 均衡が崩れ、いよいよ話が通じなくなるかもしれん」 「うぅん……どうして私を殺したの。 この言葉だけは、ねじ曲げた記憶や認識じゃなくて、 間違いなく真実だよな」 「あそこで殺されたってことなのかな?」 (おそらくは) 「それはたぶん違うかにゃ〜」 ずっと眠そうにしていた葵が、ようやく口を開いた。 グラスを手に取り、麦茶をこくこくと飲み干す。 「……ふぅ」 「……」 「……」 「いや、ふぅじゃなくて。続けて続けて」 「あ、そうだった」 グラスをちゃぶ台に戻す。 ……相変わらずのマイペースぶりである。 「んとね、殺されたのはあそこじゃなくて、 別の場所だと思う」 「え、どこ?」 「それはわかんないけど、たぶん別の場所」 「なにか見えたのか?」 「いろんな人の思念がノイズになってて 自信ないんだけど……。 あの子っぽい女の子が映ってる映像が見えた」 「ぽい?」 「だからノイズ混じりなんだってば」 「それで?」 「ごちん! って殴ったあと、運んでた……のかにゃ? たぶん、おそらく、きっと」 「え、待って、その言い方……もしかして殺人犯の視点!?」 「かも?」 「葵ちゃんすごい! お手柄!」 「ほんと? いぇ〜い!」 「殺された場所ではなく……意識を失った場所。 いえ、意識が戻らずそのまま亡くなってしまったのなら……」 (あそこを自分が殺された場所、と認識しても おかしくありませんね) 「なるほどなぁ……。 だからあの場所で自分を襲った犯人を捜し続けてる……」 「んっ? いやちょっと待てよ? これは警察が 把握してない事件だ。犯人の存在も当然知らない。 ってことは、犯人がちゃんと裁かれれば……」 「あ! それですっきりしてくれるかも!」 「ああっ! 復讐なんてさせなくてすむ。 決まりだな、早速犯人を捜そう! 葵の力を使えば――」 「馬鹿者」 突破口を見つけ興奮する俺たちに、伊予がぴしゃりと一言。 不機嫌そうに、ため息をついた。 「目的を見失うな。真の役目は事件解決ではなく、 あくまでも霊を救うことじゃ」 「だからそのために犯人を捜そうって」 「その前に捜すものがあるじゃろう」 「ご遺体……ですね」 「そうじゃ。まずは娘自身を捜してやれ。 犯人捜しなど警察に任せておけばよい」 (ですが、彼女は犯人をつきとめた方が喜びそうですが……) 「では、今頃無残な姿で野に晒されておるかもしれん娘を、 事件解決まで放置しておけというのか? この暑さで日に日に醜く腐ってゆくぞ」 「……」 「そうだな……わかった。伊予の言う通りだ。 俺たちは遺体捜しを優先する」 「犯人はどうするの?」 「任せよう。情報は全部梓さんに渡す。遺体を捜していれば、 犯人の手がかりも見つかるかもしれないし」 「っていうか、それって結局同じことじゃないの? 犯人が持ってったんだから、自然と両方探すことになるよ」 「心がけの違いじゃ。事件を追うな、霊を追え。 お役目を勘違いしては困る」 「わかったよ。とにかく梓さんに連絡入れる。 都合が合えば、今日中に報告しておきたい」 立ち上がり、廊下へ。 受話器を取ると、ついてきた葵が横から俺の顔を覗き込む。 「どうした?」 「コトリンの前じゃ言えなかったんだけど……」 「なに?」 「あの映像……同じ感じがしたんだ。あのときと」 「あのときって……」 「コタロウのとき」 「……」 受話器を置く。 いつか葵が見せてくれた映像が……フラッシュバックした。 「たぶん犯人は……ご主人が探してる奴だ」 「…………」 「……伊予はああ言っていたけど」 「うん」 「犯人の手がかりも見逃さないでくれ」 「わかった」 「……捕まえよう、絶対に」 「うんっ」 午後四時過ぎ。由美がバイトしている喫茶店で梓さんと落ち合う。 「ごめんね〜、せっかくすぐに電話してくれたのに、 こんな時間まで待たせちゃって。 大事な話っぽかったから、直接聞きたくて」 「いえいえ、忙しそうですね」 「自分で勝手に仕事作って動き回ってるだけなんだけどね。 あ、好きなの頼んで。奢るから」 「いつもあざっす。じゃあ俺コーラで」 「ほい。すみませ〜ん」 「は〜い、お伺いします」 やっぱりバイトだった由美に飲み物を二つ頼んで、ひとまずは世間話。 注文の品が届いて一息ついたところで、ようやく本題に入る。 最初は真剣な顔で聞いていた梓さんだったが、話し終える頃にはげんなりとしてテーブルに突っ伏していた。 「殺人事件て……。話大きくなりすぎぃ……」 「やっぱり警察は把握してませんでしたか」 「娘さんの失踪も知らなかったんだから、 もちのろんですよ……。事件性がありそうだとは 思ってたけど、まさか誘拐殺人とは……」 「こうなると、もう一人の方も不安に なってきちゃうなぁ……」 「もう一人?」 「嶋きららさんと同じ年頃の女の子が、行方不明に なってるの。そっちは捜索願が出てる。 偶然にしてはって思って調べてたんだけど……」 「まさかその子も……」 「ううん、まだ手がかりなしだからわかんない。 まったくの無関係かもしれないし、 そうじゃないかもしれない」 「なんにせよ、今回の事件はまた十三課から 取り上げられそうだなぁ……。 ちくしょう一課め……でかいツラしやがって……」 「えぇと、じゃあ俺……犯人捜しの手伝い、できませんか?」 「ううん。してもらわないと困る。 だってまだ事件じゃないから」 「え、でも現に彼女は」 「殺されたって証明しなきゃ、警察は動かない」 「あ、そうか。まずは物的証拠か」 「そういうこと。サイコメトリーしました〜、 霊が言ってました〜、じゃなんの証拠にもならない」 「ってわけで、ちゃんと事件として扱われるまでは、 我々十三課の領分です」 「じゃあなにかわかったら、すぐに梓さんに知らせます」 「お願いします。あとは……うぅん……」 「……」 「真くん、怒りそうだけど」 「なんです?」 「解決まで、嶋さんの成仏はなしで」 「えっ?」 「彼女の言葉を証言としては扱えないけど、 根拠にすることはできる。少なくとも十三課は」 「だから事件が解決するまでは、彼女には この世にいて欲しい。いてくれた方が助かる」 「成仏させる手立てがあっても…… 引き延ばせってことですよね?」 「そういうこと」 「……」 わかりました。それはできません。 「わかりました。全面的に警察に協力します」 「よかった。ふざけんなって言われるかと」 「伊予は怒りそうですけどね……。 けど、犯人捜しはお役目に無関係じゃないんです。 個人的にも、犯人を捕まえたい」 「人殺しをするような奴を、野放しにはしておけない」 「……うん、そうだね」 「それはできません。受け売りですが…… 霊のことを第一に考える。それがお役目なんです」 「条件が揃ったなら、俺たちはすぐに彼女を 帰るべき場所に帰します」 「まぁそうなるよねぇ……。でもちょっとだけでいいの。 協力してくれない? 警察としては事件解決が第一だし、 そのための手がかりを一つでも失いたくないの」 「……」 「できるだけ、努力はしてみます。 俺自身……犯人捜しを優先したい気持ちが、 実はありますから」 「ありがと、助かります」 「よっし、それじゃあ早速動いてみようかな。 嶋さんが殺されたって事実を、明るみに出さないと」 「そうだ。捜査にはアイリスと葵を連れて行ってください。 きっと役に立ちます」 「ありがと。でも私、加賀見家から出ると二人の姿 見えないから」 「あ、そっか。声も聞こえないんでしたっけ」 「そ。最近ちょっと勘が良くなったような感じは あるんだけどね」 「そうなんです?」 「そうなのです。でも、二人はそっちで活躍させて。 私じゃ鬼の力? 持てあましそうだし」 「そっかぁ……。でも俺、現場に行けないんだよな。 他の手がかりが見つかるまで、芙蓉か琴莉に 頼むしかないか……」 「? なんで行けないの?」 「悪霊になるの、男に声をかけられたときだけ みたいなんですよね。昨日襲われてるんです、俺」 「えっ、言いなよ。それ早く言いなよ。 なんで隠してたの?」 「隠してたわけじゃ。言いそびれて」 「うわぁ……危険なことさせちゃってたかぁ……。 こんなことしかできないけど、課長に言っとく。 報酬増やせって」 「ありがとうございます、助かります」 「うん。じゃあ私はこの辺で。あの子が色々聞きたそ〜に してるけど、口滑らせちゃ駄目よ〜ん」 梓さんの視線を追い、肩越しに振り返る。 由美と目が合い、ぱっと逸らされた。 「どこまで……って聞くまでもないですよね。 まだなにも話せないか……」 「当たり障りのない範囲でね。じゃあ、私は一回署に戻るね。 お金払っときま〜す。真くんはごゆっくり」 コーヒーを飲み干し梓さんが立ち上がり、伝票を手に取ってレジへ向かう。 由美が対応に向かうのを横目で見つつ、コーラをストローですすった。 さぁてと……由美にはどう話すか。 まだ調査中って言うしかないか。 「真くん」 「……お」 神妙な面持ちの由美が、正面に腰を下ろす。 ……展開が早い。まったく心の準備していなくて、ちょっと焦る。 「仕事は?」 「今、暇だから」 苦笑い。確かに、客は俺しかいなかった。 「真くんも……今お仕事中?」 「とりあえず終わったところ」 「事件の話とかしてたの?」 「それについては守秘義務が」 「そ、そうだよね。言えないよね。 すごいなぁ……本当に警察の人とお仕事してるんだ……」 「やっと信じてくれたか」 「う、ううん。ちゃんと信じてたよ? 改めてすごいなって」 「まぁ……爺ちゃんの仕事引き継いだだけなんだけどね。 俺自身は凄くないよ」 「でも……あぁ、えっと……そ、そうだ。 急かすつもりはないんだけど……私の依頼って……」 「ああ……」 当然聞くよな。どう答えようか……。 「あ、やっぱりまだだよね。 昨日写真渡したばっかりなんだし。 ごめんね、私いつもせっかちで……」 「いや……」 「……」 「まだ、なんとも言えないんだけど」 「う、うん」 「いい知らせは、たぶんできない」 「……え?」 「由美も覚悟しておいて。友達につらいことを伝えなきゃ いけないかもしれない」 「あ……そ、っか……」 「……」 「う、うん、わかった。ありがとう真くん。 もう手がかり掴んだのかな。敏腕だね」 「優秀なのは俺じゃなくて、仲間だよ」 「仲間って……芙蓉さん?」 「芙蓉も含む」 「他にいるんだ?」 「うちの事務所は全部で六人」 「へぇ、そうなんだ……」 「……」 「みんな……女の人?」 「まぁ……そうだね。俺以外は」 「あ、もしかして同居人って」 「……かな。一緒に住んでる。一人は違うけど」 「そ、そっかぁ……」 「…………」 「あ、あの、真くん」 「うん?」 「よかったら……その、もしよかったらなんだけど……」 「? うん」 「その、ね? ……ぁ、き、今日って、暇? まだお仕事あるかな」 「いや、別に……」 「そ、そっか。じゃあ、その……。あのね? 私、もう少しでバイト上がるんだけど……。 えぇと……」 「よ、よかったら、私の部屋、来ない?」 「へ?」 「あ、あのね? 昨日、お昼ご飯ごちそうしてもらったし、 そのお礼というか……」 「ほ、ほら、依頼料もおまけしてくれたし、 お返ししなきゃって、だから、その……」 「おうちで晩ご飯……一緒にどう? って思って……」 「由美が作るの?」 「う、うん。そのつもり」 「作れたっけ?」 「一人暮らし始めてから勉強したの。 結構上手になってきたんだよ?」 「珍しい、いつも謙虚な由美が自信たっぷり」 「ふふ、まだ誰かに食べてもらったことないんだけどね」 「それで……どうかな? あ、急に誘っちゃったから、 無理なら遠慮せず無理って言ってね?」 「うぅん……そうだなぁ」 申し訳ないけど……。お言葉に甘えて。 「申し訳ないけど……今日はもう、芙蓉が夕飯の 仕度始めてると思うから……」 「あぁ……そうだよね。ごめんね、本当に急で。 じゃあ……もし今度、都合がつく日あったら」 「うん、ぜひ」 「うん。じゃあ……私、仕事に戻るね」 「ああ。ほんとごめん」 「ううん、気にしないで。ゆっくりしていってね」 由美が席を立ち、厨房の方へ戻っていく。 ……。 悪いことをした。腰がひけてしまったんだ。女の子が一人で暮らしている部屋に行くなんて。 おまけに……相手は元彼女。行ったら、妙な期待をしてしまう。 だからたぶん、これでよかったんだろう。 「……」 ストローを咥えて息を吹き込み、コーラをボコボコと泡立てる。 本音を言えば……。 もったいないことしたなって思ってます。……はい。 「お言葉に甘えて、ご馳走になろうかな」 「えっ!?」 「え?」 「ご、ごめん、断られるかと思ってて……。 あ、えと、ど、どうしよう」 「断った方がよかった?」 「う、ううんっ、そんなことない。 うれしい、ありがとう」 「じゃあ……えっと、ごめん。さっきもうすぐって 言っちゃったけど……バイトあと一時間くらいあって……」 「コーラ飲みながら待ってるよ」 「うん、ありがとう。……あ、お客さん。 じゃあ仕事に戻るね」 「がんばって」 「うんっ。いらっしゃいませ〜」 席を立ち、由美が出入り口に走る。 由美の部屋で夕飯を……か。 由美が一人暮らししてる部屋で……。 ……。 期待? してない、してないよ? ほんとだよ? 「……」 気分を落ち着けるために、コーラを一気に喉に流し込む。 ……一時間潰さなきゃいけないのに、全部飲んじゃったよ。 「あ、あの、ごめん、ジンジャエール」 「あ、は〜い」 追加を注文して、ため息をつきつつスマホを取り出す。 とりあえず……芙蓉に連絡いれておこうか。夕飯の準備、もうしちゃってるかもしれないし。 ……由美の家に行くことは、伏せておこう。怒られそうだ。 「……あぁ、もしもし、芙蓉? 悪いんだけど、今日は俺の夕飯なしで――」 「じゃ、じゃあ、私、仕事に戻るねっ」 「ああ、なにかわかったらメールするよ」 「うん、ありがとう。じゃあ……ゆっくりしていってね」 由美が席を立ち、厨房の方へ戻っていく。 なにか言いたそうにしてたけど……こっちも歯がゆいな。まさか嶋さんの霊を見たなんて言えない。 とにかく……今は梓さんがなにか証拠を見つけてくれることを祈るしかないな。 俺たちも、できる限りのことをしよう。 長居する理由もなかったから、コーラを飲んだらすぐ喫茶店を出て、帰宅した。 今後のことでも話そうと思ったんだけど、伊予・葵・アイリスの三人がゲームに夢中で『あとにして!』と怒られたので、夕食まで待つことに。 琴莉は午前中で帰ってしまった。宿題をやり忘れていないか確認したいらしい。 やることがないから、テレビを見ながらだらだらと時間を潰す。 台所からいい香り。 食欲を刺激されたのか、いつの間にか三人もゲームをやめていて、みんなで食卓を囲む。 芙蓉が出来上がった料理を運んでくれる。今日もうまそう。 「お待たせしました。お箸、人数分ありますよね?」 「大丈夫。よし、みんな手を合わせてください」 「しいたけうめぇ」 「だから伊予はいっつも早いんだよ……。 いただきます」 「いたーきまーす!」「ふふ、いただきます」(いただきます) 箸を取り、まずはお味噌汁を。 あ〜……うまい。いつも通りの落ち着く味だ……。 「ねぇねぇ、ご主人」 「うん?」 「さっきの話なに?」 「あぁ、嶋さんのことだよ。梓さんが調べてくれるって」 「犯人、見つかるでしょうか」 「その前に、嶋さんが殺された証拠? みたいなのを 見つけないと駄目だってさ。事件として扱えないことには 警察は動かない、って言ってたかな」 「相変わらず面倒なことをしておるのぅ……。 霊の存在を認めてしまえば話は早いというのに」 「見えない人には難しいでしょ。 俺だって見えてなかったら信じてないし」 「事実、わたしを幻扱いしおったしの」 「根に持ってるなぁ……」 (証拠が見つかるまでは待機でしょうか?) 「うぅ〜ん……いや、梓さんを手伝いたい」 「あの子に会いに行く?」 「ああ。辻褄が合わないにしても、会話が成り立つなら 思いがけない情報が出てくるかも。 明日行ってみよう」 「行ってみよう、ではなく、行け、でしょう?」 (はい。マスターは、彼女の天敵に なってしまっているので……) 「そうだった。仕方ないか……。俺は待機してるよ。 三人に任せる」 「二人でいいんじゃない? 芙蓉は普通の人にも見えちゃうし」 (はい。葵お姉様と二人なら、昼間でも問題なく動けます) 「では……わたくしは独自に動いてみます」 「? 独自? 大丈夫?」 「ええ、特に危険は。近所の奥様方に話を聞くだけですので」 「いつの間に仲良く……」 「ふふ、スーパーなどでよく会うので自然と。 彼女たちの情報量、侮れませんよ。 噂好きの方々ですから」 「確か……現場から運んだという話ですが…… 車、でしょうか?」 「ん〜? ん〜……そうかも」 「なんじゃ、はっきりせんな」 「だから〜、ほんとたくさんの人の思念があったから、 自信ないのですよぅ」 「でも、たぶん車でいいと思う。 車乗ってる映像もあったし」 「なるほど……。 では不審な車などを目撃しているかもしれませんね。 それとなく聞いてみます」 「ありがとう、助かるよ。 じゃあ……そうだな。俺は……」 「……」 「やることないなぁ……」 「ここ最近、お役目続きじゃったろう。 ちょうどよい。今のうちに休んでおけ」 「でもみんなががんばってるときに俺だけってのは、 気が引けるよ」 「それがわたくし共の役目ですから」 (アイリスはマスターの手足。 自分の体の一部を使うのに、遠慮などいりません) 「あたしはお菓子買ってくれれば文句ない」 「葵以外は模範的な回答じゃの。 というわけじゃ。いい加減、当主としての自覚を持て。 家来はアゴで使うものじゃ」 「わかった、わかったよ。 どっしり構えてみんなの報告を待ちます」 「お菓子」 「わかったわかった」 「あとご褒美のエッチ」 「……それはちゃんと結果が出せたらな」 「もぉう! あたしがんばったじゃ〜〜〜ん!! かなりがんばったじゃ〜〜〜〜〜ん!! アイリスもご主人とエッチしたいっしょ〜!?」 (え、い、いえ、アイリスは、その……) 「アイリスちゃんはそこまでがっつかないよ!」 「うそつけぇ! したいくせに!」 「……」 「目を逸らすな〜!」 「はいはい。真様を困らせてはいけません。 大丈夫です。ちゃんと抱いてくれますから。ね?」 「……そのうちね」 意味深な芙蓉の視線から逃れるように、焼き魚をつつく。 そうか、定期的に三人の相手をしなくちゃいけないのか……。 最初、伊予はフェラだけで大丈夫みたいなこと言ってたけど……とんでもない。がっつりしなくちゃ駄目な気配だ。 ……もつのか? 俺の体。じいちゃんも苦労してたんだろうか。 ……いや、身内の性生活なんて想像したくないな。やめよやめよ。 「とにかくだ、嶋さんのことは葵とアイリスに任せる。 芙蓉は家事があるし、可能な範囲でいいよ。 みんな無理はしないように」 「承知しました」 (必ずやお役に立ってみせます) 「このお魚、もうちょっとしょっぱい方が 好みだにゃ〜」 「葵」 「がん・ばり・まっす!」 「お願いします。じゃあ冷めないうちに食べましょう」 話を切り上げて、食を進める。 俺にもなにかできるることがあればいいんだけど……。 まぁひとまずは、変にしゃしゃり出て嶋さんを刺激しないように、だな。 食後、いつもの場所で晩酌を楽しむ。 今日はチューハイにしてみた。味は……まぁ別にって感じで。 軽く酔ったときの、あのフワフワした感じが欲しくて飲んでるだけだ。もっといいお酒を飲んだら感想も変わるんだろうか。 嶋さんの件が解決したら、奮発して芙蓉によさそうなお酒を買ってきてもらおう。 そういえば鬼のみんなは飲めるんだろうか。みんなで楽しむのもありだな。 「……ん?」 背後から足音。こっちに近づいてくる。 どうも俺に用事っぽいな。 「真様。おくつろぎ中のところ申し訳ございません」 「芙蓉か、どうしたの? お風呂俺の番?」 「いえ、伏見様がお見えになりました」 「え、梓さん?」 もしかして、もう進展があったのかな。 「お酒飲むんじゃなかったな……。わかった、すぐ行くよ」 「はい。居間でお待ちです」 「了解」 一階へ下りて、居間へ向かう。 まだ少ししか飲んでないし、酒臭くは……ないよな? よし。 「お待たせしました」 「おっとぉ、加賀見選手、お酒片手に登場だぁ」 「あ」 チューハイ、芙蓉に渡しておけばよかった。 ……酒臭さを気にするとか、それ以前の問題だったな。 「すみません、油断してた……」 「あはは、気にしないで。 こんな時間に来た私が悪いんだから」 「すみませんっす……」 苦笑いを浮かべつつ、正面に腰を下ろす。 梓さん、夕方と服が違うな。着替えたのか。 「また聞き込みに?」 「そ、改めて工事現場に行ってみました」 「どうでした?」 「多少はって感じかな。前は、最近変なことない? って 聞き方しちゃってたから、嶋さんに関する情報は ほぼ得られなかったんだけど、今回はちょっとだけ」 「夜中にたまに若い子があの工事現場の中で たむろしてたみたい。って言っても、その中に嶋さんが いたかどうかはまだ未確認なんだけどね」 「もしいたなら、夜中出歩いてるところを 襲われたってことか」 「あ、でもそれおかしいか。たむろってことは、 友達もいたってことですよね」 「そうだね。一人になったところを襲われたか、 それともその友達の中に犯人がいるか。 あるいはまったくの無関係か」 「とりあえず、交友関係について調べてみようかなって 思ったところで今日はおしまいです」 「そんな感じで進展はほぼゼロに近いかな。 近くに来たから、ちょっと寄ってみただけでした」 「いつも遅くまでお疲れ様です」 「本当にね〜……。霊の存在をヒントに物的証拠を探せって、 かなり無茶ですよぉ……。まさか刑事になってこんな 仕事をすることになるなんて……」 はぁ〜、と深いため息をつきながら、ちゃぶ台に突っ伏す。 そしてちらっと、チューハイの缶に目を向けた。 「……私、今日はもう仕事する気ないんですよ」 「飲みます?」 「飲みたいです」 「ちょっと待っててくださいね」 立ち上がり、台所へ。 「あら、どうされました?」 「お酒ってまだある?」 「ビールがあと一本あったと思います」 「一本かぁ……。梓さん、どれくらい飲むかな」 「買ってきましょうか?」 「お願いしてもいいかな。適当に数本」 「承知いたしました。あとでおつまみもご用意いたしますね」 「ありがとう、お願いします」 「では行ってきます」 財布を手に、芙蓉が台所を出る。 冷蔵庫からビールを取り出し、棚から適当にお菓子も取って、俺も居間に戻る。 「お待たせっす、ビールでいいです?」 「チューハイで大丈夫です」 「俺の飲んでるし……」 「あはは、味見味見。こっち貰っていい?」 「ど〜ぞ。あとこれも」 ポテトチップスの封を開けて、ちゃぶ台の真ん中に置く。 缶のプルタブを起こして、腰を落ち着けた。 「お酒強い方です?」 「普通じゃないかなぁ。 強いとか弱いとかあんまり考えたことないや。真くんは?」 「まだそこらへんの基準がないんですよねぇ……。 仲間内で飲んだときは、全員気づいたら 寝ちゃってた感じだし」 「そっか、まだ飲めるようになったばっかりか。 今度お姉さんと、バーでも行ってみる?」 「うわ、大人のお誘い。バーってやっぱり高いです? 安い居酒屋しか行ったことないや」 「そういうところと比べたら当然ね。 仕事落ち着いたら行ってみよっか。真くんのおごりで」 「ひでぇ」 「あははっ」 「あれ? 梓っち来てる……って、 それあたしののりしお!!」 (こんばんは、伏見様) 「はい、こんばんは。お邪魔してま〜す」 風呂上がりらしい二人も居間へ。 アイリスがちょこんと俺の隣に座り、葵はその場に崩れ落ちた。 「取っておいたのに……あたしののりしお……」 「ごめん、知らなかったんだよ。 まだ手つけてないから食べていいよ」 「そりゃ食べますけど〜。てかなに? なにしてんの?」 「プチ飲み会〜。葵ちゃん刺激的な格好してるね。 アイリスちゃんはかっわい〜」 (ありがとうございます) 「二人も飲む? 芙蓉が今買いに行ってくれてる」 「お酒は飲まない」 「なんで? 鬼ってお酒に強そうだけど」 (当然個体差はあります。強いかもしれません、 弱いかもしれません。それは試してみなければ) 「今試してみる?」 (いえ、酩酊していてはマスターを守れませんから。 試す理由がありません) 「へ〜」 「そうなのか〜」 「……葵の反応、おかしくないか?」 「あたしはただ匂いが嫌いなだけだもん。 うぇってなる、うぇって」 「あははっ、葵ちゃんらしいね」 「アイリスは真面目なのにね」 「いやいや、この子嘘ついてますからね? 理由がないとか 言ってますけど、ご主人が飲んでるならって一回 こっそり試して二人でうぇ〜ってなってますからね?」 「そうなの?」 「……」 「あ、目逸らした」 「僕はジュースの方が好きだよ!」 「あははっ、二人も飲み物取っておいで。 一緒に飲もう。他のお菓子も持ってきていいから」 「すごい! こんな時間にお菓子摂取許可が下りた! 今からパーティーだにゃ!」 (アイリス、チョコがいいです!) 騒々しく二人が台所へと駆け込み、葵はお菓子を抱えて、アイリスはジュースのペットボトルとグラスを持って戻ってくる。 「ただいま戻りました。あら、賑やか」 そのすぐあと、芙蓉も帰ってきて。 「なんじゃ、騒々しいと思ったら梓が来ておったのか」 騒ぎを聞きつけて、伊予も参加。 たまには、こういう賑やかな夜もいいもんだな。 みんなで食卓を囲み、お菓子や芙蓉が作ってくれた料理をつまみながら、盛り上がった。 ……開始一時間くらいまでは。 「あぅ、ぅ……女だからって馬鹿にしてぇ……。 一課の馬鹿やろぉぉ……ぅぅぅ……」 ビールの缶を握りしめながら、梓さんが呪詛を吐き出す。 ……なにが普通だよ。弱いよ、この人俺より弱いよ。二杯目あたりで既にベロンベロンだったよ。 しかもギアがローに入るタイプだ。もう三時間くらい半泣きで愚痴りまくりだよこの人。 「あのねぇ、あのねぇ、真く〜ん。 あのね〜?」 「はいはい、はい。なんです?」 甘えた口調に戸惑いながら、なんとか相手をする。 ちょっと絡み酒も入ってるもんなぁ……。 伊予は危険そうな気配を感じたのかさっさと逃げた。 葵とアイリスも眠くなったと部屋に引っ込んだ。 芙蓉だけは途中お風呂に入ったりしつつも、まだ付き合ってくれてるけど……。 「やっぱさ〜、警察って男社会なわけよ〜。 それでね〜? あのね〜?」 「はいはい、大変ですね。参ったな……こんなに弱いなんて」 「どういたしましょう。 おつまみ、もう少しだけお作りしましょうか」 「いや、いいよ。もう遅いし、芙蓉も休んで」 「ですが……」 「芙蓉はいつも早起きしてるんだから、 酔っ払いに付き合う必要はないよ。 当主命令。おやすみなさい」 「……。はい。では、お先に休ませていただきます」 「え〜、芙蓉ちゃん行っちゃうの〜?」 「伏見様? お酒はそれで終わりにした方がよろしいかと。 真様も酔っていらっしゃるようですから、ほどほどに」 「え、俺酔ってる?」 「ふふ、自覚がないのが酔ってる証。 では、おやすみなさいませ」 「おやすみ〜」 空いてる皿や空き缶を片付け、一旦台所へ。 たぶん軽く洗い物も済ませたんだろう。しばらく水が流れる音が続いたあと、気配も遠ざかる。 「それでね〜、真くん」 「はいはい」 「出会いがないわけですよ、刑事さんは」 「そんな話でしたっけ?」 「そう、そんな話」 「そっかぁ」 ピーナッツをボリボリかみ砕き、カクテルをちびちびやりながら受け流す。 ……確かに酔ってるな。我ながら適当すぎる。 「出会いはありそうなイメージですけどね。 ほら、聞き込みとかで」 「聞き込みにきた刑事にときめく〜? 普通警戒するでしょ〜」 「あ〜……確かに」 「それに容疑者でもない限りその場限りだし……。 合コン行っても取り調べされそうとか 身構えられるしさぁ……」 「お、合コンなんてあるんですね」 「一回だけね〜。大学のときの友達に誘われて。 でもさぁ、最初は刑事って職業に食いついて くれたけどさぁ、ネタにされただけでさぁ」 「ど〜せ私なんて……うぅぅ……」 「意外とネガティブですよねぇ、梓さん」 「だってさぁ、女ってだけでなめられるのにさぁ。 十三課は窓際の穀潰し扱いだしさぁ。 普段から大事にされてないわけですよぉ」 「まぁ? 私みたいな女? これくらいの扱いが ちょうどいいかもしれませんけど〜」 「これくらいって」 「だって全然いいことないんだもぉん」 周りに見る目がないだけですよ。魅力的だと思いますけどね。 「周りに見る目がないだけですって」 「……」 「な、なんすか?」 「さっきから適当に話してない?」 「いやいや、真剣っす。超真剣っす」 「うっそだぁ〜〜、ぜんぜん心がこもってなぁ〜い〜〜」 「梓さん美人っす、超イケてるっす」 「うぅ、真くんにまでこんな扱いを……。 私悲しい……うっ、ぅ……うぇぇぇ……」 「はいはい泣かない泣かない。美人美人」 「煽ってるぅぅ……っ、うぇぇぇ〜〜っ!」 「ピーナッツ食べます?」 「あ、食べるぅ〜」 「私さ〜、落花生好きなんだよね。 あとキウイ」 「わかります」 こうして、中身のない話を何度も繰り返しながら。 酔っ払いたちの夜は更けていった……。 「ごしゅじ〜ん」 「お、葵か。なに?」 「コトリン帰ってきた〜」 「琴莉が? わかった、すぐ行くよ」 「あ」 「ん?」 「先にお風呂入っていい?」 「ど〜ぞ」 「やっほ〜!」 「あっこらっ、こんなところで裸になるなよっ。 ったく……」 葵が脱ぎ散らかした衣服を集めながら、一階へと向かう。 「あ、お兄ちゃん。こんばんはっ」 「こんばんは。あ、芙蓉。これ葵の」 「姉さんったらまた……。ありがとうございます」 葵の着物を受け取り廊下へ出た芙蓉を見送って、いつもの席に腰を落ち着ける。 「どしたのこんな時間に。今日も泊まってく?」 「あ、ううん。明日始業式だし。今日は帰る。 あのことどうなったかな〜って、気になっちゃって」 「ああ、とりあえず梓さんにお願いして、調べてもらってる。 まずは物的証拠を見つけて、事件として扱われることかな。 犯人捜しはそれから」 「あと葵とアイリスには、嶋さんに毎日会いに行ってもらう。 芙蓉は近所の奥様方から情報収集かな。 大きな動きは今のところなし」 「そっかぁ……。私も手伝いたいけど……うぅ、 授業さえなければ……!」 「無理しなくていいよ? 毎日来るのも厳しくなるだろうし」 「ううん、来る! 別に部活やってないし、 私にはお役目のお手伝いが一番大事だしっ」 「ありがと。でも学業を疎かにしないように、って…… お気楽大学生やってる俺が言える台詞じゃないな」 「あははっ、かもかも」 「うんっ。じゃあ私、帰るね」 「あれ、もう? って、そこそこ遅い時間か」 「うん、明日の準備しないと」 立ち上がって、玄関へ。 俺もついていって、お見送りを。 「気をつけてね、補導なんてされないように」 「大丈夫。塾の帰りって言うから」 「明るい道通りなよ」 「わかってます。ふふっ」 「なんで笑うの」 「なんでも。じゃまたね、お兄ちゃん」 「ああ、また」 「うんっ。みんな〜、私帰るね〜! お邪魔しました〜!」 家中に響き渡る声で別れを告げて、俺に手を振り家を出る。 本格的に授業始まったら、早くても来るのは夕方からになるのかな。 ちょっとだけ寂しくなっちゃうな。 「なんじゃ、もう帰ってしまったか」 「だね。明日の始業式に備えて」 「始業式か……ふむ。 琴莉のようにしっかりしたのは珍しいのぅ……。 真の影響かの」 「どうだろ。そうだったらいいけど。さぁて」 「まぁたベランダで酒か。 格好つけてるつもりか? ナルシストめ」 「うるさいな、雰囲気に浸りたいときもあるんだよ」 「いった! おでこ叩くなスケベ!」 「なんでだよ、ここが性感帯なのかお前は」 「あ、あ〜〜っ! やめろ〜〜!」 伊予の髪をくしゃくしゃにして、その場から離れる。 今日で八月は終わり。 明日から、気分も新たにがんばらないとな。 ……俺の主な仕事は待つことだけどさ。 まぁとにかく、がんばろう。 由美のバイト時間が終わり、私服に着替えてる間、喫茶店の外で待つ。 なんだかソワソワ。 それを気取られたくなくて、妙にかっこつけてる自分がガラスに映ってる。 由美と二人っきりなんて、いつくらいぶりだろう。 最後にデートしたのは確か……。 「ごめんね、お待たせ〜」 店から由美が出てくる。 たいして待ってないのに、待ち合わせ場所に自分の方が遅くつくとすぐに由美は謝る。 こういうところ、変わってない。 「家はどっち?」 「あっちだよ。ここから十分くらい」 由美が歩き出し、半歩遅れてついて行く。 付き合っていた頃なら隣に並んで、手を繋いでいた。 二人の距離感は、変わってしまった。 「そこの角曲がったらすぐだよ」 十数メートル先の十字路を指さす。 そういえば、久しぶりに会ったのもここだったな。 「結構うちと近いね」 「うん。商店街よりも近いよ。五分くらい?」 「ばったり出くわすわけだ」 「ふふ、ね」 角を曲がり、『あそこだよ』と指さす。 二人でエントランスへ。 由美が暗証番号を入力して、中へ入る。 三階に、由美の部屋があった。 「どうぞ〜」 「お邪魔しま〜す」 女の子の部屋に入るの初めてなんだけど〜!という興奮を隠しつつ、部屋に上がる。 いい部屋だな。結構広い。 「好きなところに座って…………あっ!」 珍しく大きな声を出し、由美がダッシュする。 なんだなんだと目を向けて、すぐに逸らした。 ……下着を部屋干ししていたらしい。……がっつり見てしまった。 「ちょ、ちょっと待ってね……!」 ピンチハンガーごと下着を回収し、そのままダイレクトにクローゼットに放り込んだ。 こんなに焦ってる由美も珍しい。 「ふぅ……ご、ごめんね。好きなところに座っていいよ。 飲み物出すね」 「あ、あぁ、ありがとう」 座椅子に腰を下ろし、由美は台所へ。 グラスを一つ持って、すぐに戻ってくる。 「お茶でいいよね?」 「うん、ありがとう」 受け取って口をつけ、なんとなしに部屋を眺める。 由美らしい、さっぱりした部屋だ。 それに……いい匂いもする。ちょっと落ち着かない。 「あ、あんまり見ないでね。勢いで誘っちゃったから、 ちゃんとお掃除してなくて……」 「あ、あぁ、ごめん」 「ふふ。なにか食べたいものある? なんでもいいよ」 「お、なんでも作れるの?」 「今はネットで調べればレシピがすぐに出てくるのです」 「そっか、ネットかぁ。俺、料理本買っちゃったよ」 「ふふっ、真くん、形から入ろうとするところあるよね」 「……耳が痛い。得意料理は?」 「得意? 得意…………うぅん……。 得意って言えるほどまだ上達してないんだけど……。 オムライスはよく作るかな?」 「じゃあオムライスがいい」 「もっと難しいのでもいいよ? とんかつとか。 この前作ったら衣が分離しちゃったけど」 「駄目じゃん」 「ふふ。オムライスね。 それなら材料買わなくても大丈夫かな?」 また台所に戻り、冷蔵庫を開ける音。 一分もたたずにパタンと閉めて、戻ってくる。 「ごめんね、ちょっと足らなかったから買ってくるね」 「あ、それならいいよ。ありもので作れるので」 「オムライス作れるには作れるんだけど……鶏肉だけなくて。 チキンライスじゃなくなっちゃう」 「大丈夫。それでもいいよ。 わざわざ買いに行くのは手間だし」 「うぅん……ソーセージで代用してみてもいい?」 「おっけ」 「じゃあアレンジしてみるねっ。 うまくできるかな……」 不安げに表情を曇らせる。 たぶん、レシピ通りにしか作らないんだろうな。律儀で几帳面な由美らしい。 「じゃあ今から……あ、もうお腹空いてる?」 「結構空いてる……かな?」 「そっか、じゃあご飯炊くと時間かかるから…… 冷凍のご飯使っちゃった方がいいかな。 あ、でも、せっかく来てもらったのに冷凍は……うぅん」 「いいよいいよ。炊けるまで待てないかも」 「そう? じゃあ冷凍の使うね。 ちょっと待っててね、がんばってパパッと作るね」 「お願いします」 「うん、テレビ見ててもいいよ。ゆっくりしててね」 よぉしと気合いを入れて、また台所に戻る。 冷蔵庫を開けたり閉めたり。 ピッと電子音。たぶんご飯を解凍中。 『もうちょっと時間があれば……』と独り言。冷凍を使うことが、まだ引っかかっている様子。 テレビはつけず、それらに耳を傾けた。 ガサガサと音がして、水が流れる音。 しばらくして、止まる。 その後静かな時間が続いて、トン、トン、と異常にゆっくりな包丁の音が聞こえ始める。 なんだか危なっかしくて、台所を覗いてみる。 ニンジンをきっちり同じ大きさに切り分けていた。目測を誤ると、不満そうに首を傾げる。 理系だよなぁ……ああいうところ。 文系の俺だったら適当にざっくざっくやってる。 いや、文理は別に関係ないか。苦笑しながら、席に戻る。 思い出す、いろんなことを。 外見はすっかり垢抜けて、とても綺麗になったけれど。内面は、あまり変わっていなくて。 安心する。今すぐにでも、昔の関係に戻れてしまいそうなほどに。 ……戻りたいのか? 俺は。 『まこちゃんとあの子の相性は、わたしが保証する』 伊予の言葉がよぎった。 そういえば……由美は霊的なんとかが低いとかも言っていた。 取り憑かれやすい、ってことなんだろうか。 こうやって見渡す限りは……問題はなさそう。この部屋にはなにもいない。 もしいたとしても、俺と一緒にいる限り、守ってあげられるんだろうか。 ……やめよう。変な妄想しちゃいそうだ。 初めて来た部屋で……と少し抵抗はあったけど、構うもんかと横になる。 これ以上余計なことは考えたくなくて、目を閉じた。 うとうともできなかったけど、そのままじっと、料理ができるのを待つことにした。 ……。 …………。 ………………。 「うわぁ!」 「えっ」 悲鳴が聞こえて飛び起きた。 なんだなんだ。 「どうした?」 「えっと……」 気まずそうに、由美が振り向く。 手には塩の小瓶。なぜか中身が空だった。 視線をフライパンへ移す。 炒めた野菜とご飯の上に、山盛りの塩。 「……」 「……」 「……なにが?」 「傾けたら穴あいてるところが取れて…… ざーって……」 「……ほんとにあるんだな、そんなこと」 「は、初めてだよ? こんなの私も初めてだよ? 料理が下手なわけじゃないよ?」 「わ、わかってる、事故だ。うん、事故」 「ど、どうしよう。ここだけごっそりとれば大丈夫かな……」 「まず火を止めた方がいいかも」 「あ、そうだねっ。えっと……」 「手伝う?」 「大丈夫!」 「ほんとに?」 「大丈夫だから! 大丈夫! 真くんはテレビでも見てて!」 台所から押し返され、バタンと扉を閉められた。 料理の音が、かすかにしか聞こえなくなる。 不安だけど、信じよう。 おとなしく、料理が出来上がるのを待つことにした。 「で、できました」 「はい、ありがとうございます」 「……はい」 テーブルに並べられた料理を前にして、由美が表情を引きつらせる。 コンソメスープ。同じ大きさに揃えられた野菜がたくさん。ちょっとプロっぽい、うまそう。 しかしオムライス。オムレツを切ってぱかって広げるやつをやりたかったんだろう。出来てなかった。なんかぐちゃっとしたのが乗っていた。 「慣れないことするんじゃなかった……」 「手作りって感じでおいしそうだけどね」 「でも絶対塩分強いよ?」 「味見した?」 「……怖くてしてない」 「じゃあちょうどいいかもよ。食べていい?」 「ど、どうぞ」 「いただきます」 手を合わせ、スプーンを取る。 さぁてお味のほどは。 「ん」 「ど、どう?」 「うまい」 「ほんとに?」 「うん、うまいよ」 「ほんとは?」 「だからうまいって」 「わかるもん。ほんとのこと言って」 「……ちょっとしょっぱい」 「やっぱりぃ」 「でもうまいよ」 「無理して食べなくてもいいよ? 高血圧になっちゃう」 「食べるよ。初めて作ってもらった料理だから」 「ぁ……」 一瞬の硬直。わずかに、頬が朱に染まる。 自然に出た言葉なんだけど、なんだか恥ずかしくなってしまって、食事をがっついてごまかした。 「スープいいね、ちょうどいい」 「ほんと? しょっぱくない?」 「え、こっちも塩ぶちまけたの?」 「ううん。こっちは大丈夫だけど……。 そうだ、スープはちゃんと味見したっ」 「自分の舌を信じましょう。うまいよ、本当に」 「う、うん」 やっと由美もスプーンを取って、スープを一口。 「……」 ほっと顔を綻ばせる。次にオムライス。 「……」 一気に表情が強ばった。 「しょっぱい……」 「しょっぱいの好きな人ならちょうどいいくらいの しょっぱさだよ」 「うぅ……大失敗。芙蓉さんみたいにはいかないなぁ……」 「芙蓉は家事全般得意だから」 「掃除とかも全部?」 「そうだね、洗濯とかも」 「すごいなぁ……」 「……」 「あ、あの、真くん」 「うん?」 「芙蓉さんが言ってたこと……」 「へ?」 「あ、えと、その……」 少し頬を染めながら、しどろもどろ。 やっぱり……まだ気にしてたか。たぶん、あのことだろう。 「ごめんね、なんていうか、その……」 「まぁあれは……うん」 釣られて、言い淀む。 嘘を重ねる罪悪感もあった。 その俺の反応で、なんとなく察したんだろう。 『そっか』と寂しげに笑った。 ……胸が、ズキッと痛む。 「足りなかったら言ってね。 ご飯まだ余ってるの。次はちゃんと作るねっ」 「塩がもうないのに〜?」 「……そうでした。じゃあ、そうだっ。 真くん、明日は暇?」 「ああ、うん。特に予定はないよ」 「お昼ご飯、どうかな。再チャレンジさせて欲しいっ」 「今度はコショウかな」 「大丈夫、次は失敗しないから!」 「駄目……かな?」 「いや、ごちそうになります」 「ふふ、ありがとう。 よっし、じゃあこれをがんばって食べないと」 「だからうまいって」 「嘘つき」 「じゃあ由美のちょうだいよ。全部食うから」 「だめ、だ〜め、塩分摂りすぎで〜す」 じゃれあって、笑って、食事を進める。 付き合いたてのような高揚感。燻る……罪悪感。 ああ、そうか。 どうも俺はまだ……。 「? なに?」 「いいや」 由美のことが、好きらしい。 「魅力的だと思いますけどね。俺は。梓さんのこと」 「えっ」 がばっと顔を上げる。半笑いだった。 「口説いてる?」 「はい」 「え、やだ、どうしよっ」 「冗談ですけど」 「やぁだぁ、冗談やぁだぁ。ときめいたのにぃ」 「いや、魅力的だってのはほんとですけどね。 最初家に来たとき、うわ、すっごい美人が来たって 思いましたもん」 「も〜、やぁだぁ、も〜」 ふにゃふにゃの笑みを浮かべながら体をくねらせて、ちゃぶ台を回り込んで俺の隣に移動した。 「本気で言ってる〜?」 「本気本気。梓さん綺麗ですよ」 「ちょっと〜、うれしいんだけどっ。 その気になってきちゃった」 なぜか、ジャケットのボタンを外す。 そしてぴったりと、俺に寄り添った。 「ドキドキする?」 「胸元がやばいっすね。青少年には刺激が強すぎますね」 「触りたい〜?」 「そりゃ触りたいですよ。あ、誘惑してます?」 「そのつもりなんだけど。 駄目? やっぱ魅力ない?」 「ありすぎて本気で押し倒そうか迷ってるところですよ」 「今なら許すかも」 「酔ってますよね」 「うん、酔ってる」 「俺も酔ってます」 「……」 「……」 ふ……と、沈黙が落ちる。 梓さんは俺から目を逸らさない。 俺も逸らさない。 あ、これいけるな。 トンと、誰かが背中を押した。 「ん……」 梓さんが目を閉じる。唇が軽く触れる。 最初の接触は、それだけ。 けれどすぐに、離れた唇を追いかけて。 「ぁ……ん、ちゅ……んん、んっ……」 唇を割って、舌を入れた。 梓さんの舌に迎えられ、絡め合い。 唾液ごと、俺の舌を梓さんが吸う。 数分ほど、そうしていた。 「ん……」 「……」 「……」 「チョロいって……思ってる?」 「他の男ともすぐしちゃうなら」 「綺麗って言ってくれた人だけ」 「綺麗で魅力的ですよ、梓さんは」 「嘘だったらぶっ飛ばすけど」 「ほんとですって」 手を取り、股間に導いた。 大胆な行動。 酒が入っている今、なんの抵抗もなかった。 「カチカチじゃん」 「梓さんが誘惑してくるから」 「私のせい〜?」 「間違いなく」 「ふふ、どうして欲しい?」 「どうって……」 「……んっ」 答えず、唇を塞いだ。 今度は梓さんから舌を入れてくる。 なにも言わずとも梓さんの指が股間を撫で始める。 「ふふ、私で興奮するとか…… 真くん、ちょっと変なんじゃないの?」 「なんでそんなに自己評価低いんですか」 「だってもてないんだもん」 「俺にもててますよ」 「エッチなことしたいだけでしょ?」 「美人としたいって思うのは普通でしょ」 抱き寄せて、また唇を塞ぐ。 会話が煩わしかった。 もっとキスがしたかったし、気持ちよくなりたかった。 「んちゅ、ん……はぁ……ぁ……ん……」 キスをしながら、梓さんの手を取る。 ズボンのジッパーを下ろし、中へと誘導して、直接触れさせた。 細い指に軽く握られた拍子に、ズボンから勃起した性器が顔を出す。 既に亀頭から、我慢汁が溢れていた。 「大胆すぎるんだけど」 「中途半端じゃ終われないでしょう」 手を、梓さんの腰から胸に。 下から持ち上げるように、軽く揉んだ。 「結構大きいでしょ?」 「服の上からじゃ、ちょっとわからないですね」 「あん、ちょっと」 強引にシャツをずらして、胸を露出させた。 梓さんは非難めいた目を向けるだけで、直そうとしない。 遠慮無く、ピンク色の乳首と柔らかそうな乳房を眺める。 「ガン見しすぎ」 「大きさ確かめないと」 「もうわかったでしょ〜?」 「まだっすね」 「ぁん……」 胸を鷲掴みにすると、可愛い声がこぼれる。 頬が真っ赤なのも、酒だけのせいじゃないだろう。 誘惑してきたのになんだか反応がウブで、いちいち俺のツボを刺激する。 「……手、動かしてください」 「……うん」 竿に添えた手が、上下に動く。 優しい手つき。少し物足りない。 けれどすぐに終わらせるのももったいない。今はこれでいい。 「はぁ……ん、ふぅ……。……ねぇ」 梓さんが軽く顎を上げ、キスの催促。 応えて、重ねる。 「ん、ちゅっ、ん、んんっ、はぁ、んん、 んちゅ、んん、んっ」 差し入れた舌にむしゃぶりつきながら、梓さんが竿をしごく。 俺も、掌から溢れんばかりの乳房を揉みしだいた。 「んん、はぁ……ふぅ、ん、んっ、んちゅ、ふぅぅ……、 は、はっ、ん、んんっ、ちゅ、ちゅぅ、ん、はぁ」 唇の端から、吐息がこぼれる。 乳首を刺激すると、ぴくっと梓さんの体が反応する。 竿を握る手にも、力がこもる。 けれど、キスはやめない。 「はぁ……ん、はふ、はぁ、はぁぁ……はぁ、ん、はぁ、 んんっ、ちゅっ、……ぁ、はぁ、ん、ん……」 頬を赤らめながら情熱的に俺を求める梓さんに、どうしようもないほどの興奮を覚え。 梓さんの手の中で性器はより一層固くなり、亀頭は破裂しそうなほどに膨れあがり、我慢汁を垂れ流した。 「……っ、んん、ちゅ、んちゅ、んんん、はぁ、はっ」 胸を押しつぶし、ぎゅっと抱きしめる。 もっと強くして欲しい。 その気持ちが伝わったのか、竿をしごく手が激しく上下する。 「……っ」 思わず腰が浮いた。体が仰け反った。 けれど俺が体を反らした分梓さんが前に出て、唇の距離は離れない。 混ざり合った二人の唾液が、顎に滴る。 「んちゅ、ふぅ、ん、んんん、ちゅっ、はぁ、はぁぁ、 ん、んっ、はぁ、はっ、はっ」 「〜〜っ」 あまりに気持ちよくて、俺はもうキスどころじゃなくて。 されるがまま。 一瞬梓さんが不満そうに目を開けたけど、どうすることもできない。 俺のうめき声を飲み込みながら、梓さんは手を上下させ、しごき続ける。 「んんん、ん、んっ、はぁ、ふぅぅ、んっ、んんんっ、 ちゅっ、ちゅぅ、んむ、んん、んっんっ」 「はふ、はぁ、ふぅ、んんんっ、ちゅ、んちゅ、 ……っ、んっ、ふぅ、ふぅぅ、んん、ん〜〜っ」 「ぁ……っ」 限界。 かすかにこぼれた情けない声で察したのか、クスっと梓さんが笑う。 「ふふっ、んん〜〜、ん、んっ、んちゅ、んんっ、 はぁ、ふぅ、……ぁ、んっ、ふぅぅ、ん、んっ」 「ちゅ、ちゅぅ、ん、ちゅっ、はぁ、は、はっ、んんっ、 ぅぅん、んっ、ちゅぱっ、ん、んん、んっ」 「――っ」 決壊。 「ぁん、……ぁ、ぁ、んっ、んんっ、はぁ、ふぅ、 んっ、んちゅっ」 射精。 精液が勢いよく飛び散る。 構わず梓さんはしごき続け、最後の一滴が吐き出されてようやく、唇と共に性器を放した。 「ふふ〜……イカせちゃった」 はにかみ、耳元で囁く。 それがなんだか無性に可愛くて、興奮が冷めなくて。 今度は俺の番。 梓さんの下腹部に手を伸ばし愛撫を――といきたかったんだけど。 「べったべた。拭かなきゃ〜」 ふっと真顔に戻り、梓さんはするりと俺の腕の中から抜け出してしまった。 指についた精液をティッシュで拭き取り、シャツを戻してジャケットのボタンも止めてしまう。 ……あれっ? 「なに〜?」 「あぁ、いえ……」 テンションの落差に、最早なにも言えず。 ……終わりか。まぁ……気持ちよかったからいいけど。 「ゴミ箱どこ〜?」 「ああ、そっちです」 「どっち〜?」 「後ろです後ろ」 「こっちか〜」 振り返り、ゴミ箱に向かって丸めたティッシュを投げる。 外れ。 拾いにいこうとしたけれど、足がふらついてその場にストンと尻餅をついた。 「大丈夫ですか?」 「う〜ん……飲み過ぎたかも。 お水とって〜」 「はいはい」 ペットボトルの蓋を開け、渡す。 「ありがと〜。…………ふぃ。 帰るのめんどくさくなってきた……」 「泊まっていきます?」 「いやらしいこと考えてるでしょ」 「まぁ、はい、考えてますね」 「あはは、正直過ぎ。でも駄目〜。 エッチはしませ〜ん」 「え〜」 「がっかりしないで〜。泊まってってあげるからぁ」 「へいへい。客間に布団敷きましょうか」 「私ベッドで寝たい」 「ベッドは俺の部屋にしかないっす」 「うわ、露骨な誘導」 「だってほんとですもん」 「あはは、じゃあ一緒に寝よっかぁ」 「襲いますよ」 「駄目〜。チョロいって思われたくないもん。 キスと胸触るまでは許したけど〜、 これ以上は絶対駄目〜」 「わかりましたよ、我慢します」 「起こして〜」 「はいはい」 両手を広げた梓さんを抱き起こす。 そのままぎゅっと俺に掴まった。 「連れてって〜」 「梓さん、酔うとほんと可愛いっすね」 「酔ってないと可愛くないってこと〜?」 「シラフのときは美人」 「お世辞言っても駄目で〜す。 ぜ〜〜ったいしないから」 「わかりましたわかりました」 「早く連れてって〜、眠い〜」 「はいはい」 自力で歩こうとしない梓さんを引きずりながら、俺の部屋へと向かった。 そして―― ……。 …………。 「ぁ……ん……」 「はぁ……ぁ……っ、ふぁ……はぁ、ぁ……っ」 「あ、ぁ、ぁ……っ、あぁ、あぁんっ、はぁ、は、はっ」 ベッドの中。俺たちは、裸で抱き合っていた。 梓さんの膣が俺自身をくわえ込み、ひくつく。 俺たちは、繋がっていた。 「ぁぁ、はぁ、ぁ、ぁっ、はぁ、ぁぁ、んっ、ぁ、はっ」 突き入れるたびに、熱い吐息が弾ける。 最初は本当に、我慢するつもりだったんだ。 でも衣服を脱ぎ、下着だけで。そんな無防備な姿を見せられたら、平静でいられるわけがなく。 「はぁ……ふぁっ、ぁ、ぁ、んん……っ、ぁ、んんっ」 横になった梓さんを、後ろからそっと抱きしめた。 嫌がられたら素直に引き下がろうと思った。 抵抗はなかった。 「……ぁっ! 〜〜っ、はぁ、はぁぁ、んく、んっ、ぁっ! あ、ぁんっ、ふぁぁっ」 胸を揉む。乳首を摘まむ。 梓さんは、なにも言わなかった。 「はぁぁ……はぁ、は、はっ、はぁ、んんっ、ふぅ、 ふぁぁっ、はぁ、ぁぁっ、ぁっ」 下着の上から、性器を撫でる。 お尻に、俺の性器を押しあてる。 梓さんは、俺に身を任せた。 それならもう、やめる理由はなかった。 「ぁぁ、はぁ、ぁ、ぁっ、あぁん……っ、はぁ、ぁぁっ」 俺の動きにあわせて、膣内が脈動する。 梓さんが、苦しげに眉をひそめ、喘ぐ。 鬼たちに比べれば、大人しすぎる反応。 でもこれが、生の反応。 初めての女の“人”とのセックスに、俺はすっかり酔いしれていた。 「感じてますか?」 「わ、わかんなぃ……はぁ、ぁ……っ」 「こういうのは?」 「ふぁ、んん〜〜っ」 びくん! と体が強ばった。 こういうのは? なんてことはない。進入角度を少し変えただけ。 かっこつけてみても、それくらいしか俺にはできない。 けれど俺の拙い動きに、梓さんは色っぽい反応をしてくれて。それがたまらない。気持ちが昂ぶる。 「あぅ、はぁ……、ぁ、や……っ」 「痛かったですか?」 「違う、けど……。よく、わかんない……っ、 はぁ、はぁ……っ、でも……」 「途中で、やめないで……」 「やめろって言われても、無理ですよ」 「ぁっ! はぁ……っ、ふぁ、ぁ……っ、 真くぅん……」 瞳を潤ませ、俺を呼ぶ。 年上なのに、まるで少女のようで。 可愛いな、ちくしょう。めちゃくちゃに犯したくなる。 「……っ、ぁ、ぁっ、ぁぁっ! はぁっ、んんんっ、 はぁ、ぁぁ、ぁっ……、っ! んん〜〜〜」 結局いつも通り。がむしゃらに腰を叩きつける。 「んくっ、ぁ〜〜っ、ぁ、ぁっ、ひぅっ、ふぁっ、 はぁっ、ぁ、ぁ……っ!」 振動で、梓さんの声が震える。 ベッドがギシギシと軋み、乳房が揺れる。 「ぁ、はぁっ、は、はっ、はぁぁ、〜〜っ、 んん〜〜っ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ! あぁぁっ! はぁ、んんっ、ぁ、ぁっ、〜〜〜っ」 腰がぶつかり、パンと音をたてる。 それをかき消すように、梓さんが嬌声をあげる。 ピストンのスピードを上げれば、喘ぎ声の間隔も短く。 あぁ、たまらないな。いつもに近い感覚だ。 結局は、俺はこういうのが好きってことだ。 「はぁ、んんっ、ぁ……ぁ、ぁぁっ! はぁっ! ま、待って、ちょっと……待ってぇ……っ!」 「ふぁ、はぁ、もう、だめぇ……っ! 頭、くらくら、してきたぁ……っ! あぁ、ぁ、ぁぁんっ」 「いきそうですか?」 「わ、わかんないってばぁっ、ひぅぅっ、ふぁぁんっ! あぁっ、ま、待って……っ、ちょ、っと、あぁっ! つ、強いぃ……っ!」 「待てないですって、そんな可愛い顔されたら……っ」 「ひゃぅっ! 待って、あぁ、ぁぁぁ〜〜っ!!」 「は、はっ、駄目だって、ばぁ……っ! そんなに、強くしたらぁ……っ! 息が、はぁ、んんっ、ぁ、ぁ……っ!」 「すぐ、終わるんで……っ、我慢してください……っ」 「我慢、できないぃ……っ! ぁ、ぁっ、だめぇ……っ! ほんとに、駄目なのぉ……っ! 真くぅん……っ、私、もぅ、駄目ぇ……っ」 「はやく、はやくぅ、ぁ、ぁっ……! はやく、イッて、よぉ……っ! イッて、はぁ、ぁぁっ、ね、イッて? ねっ?」 「くそ、いちいち、可愛いな……っ」 「そ、そう言ってくれるの、真くんだけぇ……っ、 にへへ……ぁ、はぁっ、ぁ、駄目っ、も、駄目……っ、 や、やっ、ふぁぁ、ぁ……っ! くぅぅんっ」 「もう、イク……っ、いきますから……っ」 「うん、いいよ……っ、ふぁ、は、ぁっ、 きて、ぁ、ぁっ、ぁぁっ」 「いいよぉ、真くぅん、はぁ、ぁぁぁっ、は、はっ、 あぁ、ぁ、ぁっ! ぁぁんっ! ふぁぁっ!!」 「くっ……!」 「――っ! あぁ、あっ、ぁ、ぁ、ぁっ! あぁぁぁぁぁんっ!!」 「ぁ……っ、ふぁぁ……っ、ぁぁ、ぁ、ぁっ、 はぁ……、はっ」 ビクビクと痙攣する体に精液を流し込む。 あれ、違う。いつもと違う。 どっとではなく、すぅっと力が抜けていく感じ。やべ、気持ちいい……。 「はふ、はぁ、はっ……、無理矢理、犯されたぁ……」 「うわ、言いますか。そういうこと」 「だってぇ……強引にこられたら……ときめいちゃう」 「じゃあ梓さんとセックスしたいときは、 強気に迫ります」 「あ、言ったな〜? じゃあ、また犯してね?」 「だからそういう可愛いこと言うから強引に いきたくなっちゃうんですよ」 「あんっ、やっ、今日はもう、ほんとに駄目〜。 明日も仕事だから、眠い〜」 「もう一回だけ」 「駄目だってば〜。お願い」 「へぇい、わかりました」 頬に口づけし、性器を引き抜く。 名残惜しむように吸い付いてきて、それがまた気持ちよかった。 ちくしょう、もう一回したかった。 「はふぅ……疲れた〜……」 「いい汗かいた〜」 「シャワー浴びたいけど……もう無理ぃ……寝る〜」 「おやすみなさい」 「おやすみ〜。ね、ねっ」 「うん?」 「腕枕して、腕枕」 「はいはい、どうぞ」 「わ〜い、にへへ〜、これ夢だったんだよね〜」 「ほんと酔うとキャラ変わるなぁ……」 「これが素ですぅ、甘えてるだけぇ〜」 「また襲いたくなるんでほどほどに」 「はぁい。おやすみ〜」 「はい、おやすみなさい」 目を閉じ、俺の腕の中、眠りに落ちる。 梓さんの鼓動が、体温が、伝わってくる。 年上の女の人を抱いた。その実感がじわじわこみ上げる。 夢見心地。 このまま眠りに落ちれば、いい夢が見られそうだ。 「うぅん…………すぅ…………んん…………」 梓さんの寝息を子守歌にして。 心地いい倦怠感に身を任せ、俺もまどろんでいった。 八月が終わり、今日から九月。 葵とアイリスは、朝から嶋さんのところへ出かけた。 時間帯で行動パターンが変わるかもしれない。大変だと思うけど、しばらくは足繁く通ってもらおうと思う。 芙蓉は買い物と奥様方の井戸端会議に。 ゴシップ的な話が多いからあまり期待しないでください、って言ってたけど、おばちゃんのネットワークは侮れないらしいからな。面白い情報が拾えるかも。 伊予はいつも通りゲーム。琴莉は始業式。 俺は―― 「……」 「……ねむ」 暇をもてあましていた。 こんなゆっくりした時間、久しぶりだなぁ……。なんだかんだでいつも賑やかだったから。 こういう生活を望んでいたはずなんだけど……一人の過ごし方、わからなくなっちゃったな。 いや伊予はいるんだけどさ。ゲーム中に声かけると怒るし。 ……。 友達誘って遊びにでも行くかなぁ。 いや、みんなががんばってるときにそれもどうよ。 「……」 なんとなしに縁側に出てみる。 暑い。 サンダルに足を引っかけて庭に下りる。 周囲を見渡してみる。 なにもない。 当然だ。 っていうか暑い。 居間に戻る。 扇風機の風にあたりながら、テレビを見る。あまり頭には入ってこない。 「……」 「あ、そうだ」 思いつく。というよりも思い出した。前々からやらなくちゃと思っていたことを。 一応、伊予にも話を通しておこう。そんなたいしたことでもないんだけどさ。 「うっし」 テレビを消し立ち上がって、廊下へ。 つきあたりの部屋に向かう。 「伊予、ちょっといいか?」 部屋の外から声をかける。 ……。 反応無し。 「伊予〜?」 「……」 「あれっ?」 ヘッドホンつけてて、呼んでも気づかないことは多いけど……寝てるのかな。 「い〜〜よ〜〜〜?」 もう一度だけ呼んでみる。 やっぱり反応ないな。どうしよう。 まぁいっか。中に入ってみよう。 まぁいっか。睡眠を邪魔するほどの用事じゃないし。 踵を返し、進路変更。自室へ向かう。 寝てたら申し訳ないけど、中に入ってみようか。 爆音で遊んでて気づいていないかもだし。 でもヘッドホンしてるにしても、ゲーム中の伊予って独り言多いから、なにも聞こえないのも……。 試しに扉に耳を近づけて、中の様子を探ってみる。 ……。う〜ん。やっぱり寝てるのかな。なにも―― 「……ぁ………………はぁ………………」 いや、声がするな。なんだよ起きたのか。 あいつ、ゲームに熱中して気がついて……い、いやいやいや?まさか伊予のやつ……! 「………………ん…………はぁ…………ぁっ…………」 「……っ」 この声、やっぱり……! 座敷わらしってそういうこと……! いやいや、いやいやっ、落ち着けっ!今俺がすべきことは――! この目で確かめる。立ち去る。 ……。 まじで? いやでも、なんか違うかもしれないし!誤解かもしれないし! それは申し訳ないし! だから、うん、確かめないとっ! 完全に好奇心に負けた言い訳でしかなかったけど、衝動を抑えることはできず。 ゆっくりと……扉をあけた。 「はぁ……ぁ…………………………はぁ…………」 伊予の艶めかしい声が聞こえる。 モニターには、裸の男女が絡み合う絵が映し出されていた。 音は聞こえない。たぶんヘッドホンをしてる。 エロゲだ……エロゲやってる……! ってことは、やっぱり……! 「ぁく………………はぁ、ん……っ」 椅子から投げ出された足が、ぴくっと痙攣する。 俺の位置からは、それしかわからない。 けれど間違いなく、伊予はオナニーをしていた。 「は、はっ……はぁ、んっ、く……っ、ぁ……っ」 盛り上がってきたのか、吐息の間隔が短くなる。 え、ど、どうしよう。 いやどうしようってすぐに立ち去るべきだろ。 でもできなかった。 伊予がオナニーをしている。昔からよく知ってる、あの“伊予ちゃん”がだ。 素直に言う。俺も興奮していた。 もうロリコンって罵られたら、反論できないけど。 身動きが、とれなかった。最後まで見たいと、そう思ってしまった。 「……んっ、はぁ、んんっ……は、はぁ……ぁっ、ぁっ……」 「はぁ…………はぁ………………。 ……ぁ、っ、………………ぁ、ぁっ…………はぁ……」 「ぁ、ぁ……、ぁ…………っ、はぁ、ふぅ、はぁ……、 ん……ぁ、ぁっ、っ、っ、んん、ぁ、ぁっ、……ぁっ。 …………はぁ、はぁぁ……ぁぁ、ぁ……っ、……んっ」 吐息に混じり、くちゅくちゅと伊予が自分自身を慰める音が聞こえた気がした。 気づけば俺も、股間に触れていて。 しかし幾許かの理性が、しごくことをためらわせて。 もやもやした気持ちに苛まれながら、伊予に全神経を集中させていた。 「……っ、っ、はぁ……んん、はぁ、はぁぁ……っ、 ぁ、ぁ……っ、ぁ……っ、っ、っ、……っ」 「んんん、んっ、あぁ、ぁ、っ、はぁ、っ、っ、っ、 はぁぁ、は、はっ、はぁ、はっ、ぁ、ぁっ、 ……っ、ぁぁ、はぁ、はぁぁ、はぁ、はっ」 呼吸が激しくなる。 椅子が軋む。 投げ出された足が揺れる。 絶頂の予感。 「ぁ、ぁっ、……っ、っ、はぁぁ……はぁ、はぁっ。 んく、んっ、ぁ、……はぁぁっ、は、はっ」 「あ、ぁっ、ぁ……っ、ぁ〜〜っ、ぁ、……っ、 は、はぁ、はぁっ、は、ぁ、ぁっ、 ぁぁ、〜〜っ、ふぁ、はぁ、は、はっ」 「あぁぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、っ、〜〜っ、っ、っ、 はぁ、んんっ、ぁ、ぁ、……っ、ぁっ!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」 「……ぁ、はぁ……っ!」 びくん! と足が硬直したあと、小刻みに痙攣し、弛緩する。 「はぁ……はぁ………………はぁ………………」 気怠い呼吸。 しばらくそのまま息を整えて。 「ふぅ…………」 「……」 「よいしょっと」 椅子から下りてヘッドホンを外し、下着とジャージに足を通す。 そこで……俺は立ち去るべきだった。 「はぁ……タイミング微妙に外した……不覚……」 「……」 「……」 「え?」 硬直。 俺の視線に気づく 「……」 「……」 「えっ?」 目が合う。 俺を認識する。 「……」 「……」 「えぇっ!?」 「……お、おす」 「……」 「……」 「なーーーーーーーーーーん!!」 意味のわからない絶叫。 俺もなぜ挨拶したのか意味不明だった。 「え、なになになになになにっ? なにっ? なんでっ?」 「なんで? え、なにが? え、えっ?」 「なにがって! え? なにが? え、わかんないっ! 見た? 見てたっ? 見てたよねっ!?」 「み、見てないっ!」 「え、まじで? えっ? いつ? いついた? いつから? いつ?」 「え、いや、いつって、まぁ……え? ご、五分くらい? 前? 的な?」 「見てんじゃん!!」 「見てないって!」 「嘘つけボケェ!!」 「だって! 椅子で! 隠れて! 見えなかったから!」 「そんな屁理屈いらんのじゃあああ!! うわぁああああああああああああああああああ!!! もぉぉやぁぁぁぁ!! わたしこの家出るぅぅううう!!」 「待て待て待て待て! 大丈夫!! 大丈夫だから!!」 「なにがっ! てか! てかてか! お前! こらぁ! 勃起してんじゃん! お前勃起してんじゃん!!」 「いや! だって! エロい声出してるからぁ!」 「逆切れか!!」 「伊予がオナニーするからじゃん!」 「うわ言っちゃったよ! それ言っちゃったよ! まこちゃんだってするでしょがぁ!!」 「するけれどもぉ!」 「じゃあ見せろやっ!」 「はぁっ!?」 「わたしの見たんだからそっちも見せろやっ!!」 「だから見てないって! 声だけだって!」 「それもう見たのと一緒じゃん! わたしのオナニーおかずにシコシコしてたんでしょ!? その続きわたしの前でしろやっ!」 「えぇぇぇ……っ!」 「しなきゃわたしこの家出るからな!! 加賀見家没落させるぞっ!」 「そ、それは……っ!!」 「じゃあしろぉおおおおおおおっ!!」 「……っ」 「わ、わかった! やったらぁぁああああ!!」 「う……っ」 伊予の目の前まで進み、勢いよくズボンを下ろした。 ギンギンの愚息が、伊予の鼻先でピクンと揺れる。 もう自棄だ。全力でシコッてやる……! 「み、見てろよ!」 「お、おうっ」 右手で竿を掴み、しごく。 ちょっと自分でも受け入れがたいけど、この状況に興奮を覚えている。 だから、たぶんすぐ出る。 その証拠に、既に大量の先走り液が糸を引きながら滴っていた。 「うわ……なんかいっぱい出てきてる……」 「そこにいると、なんか出てきてるだけじゃすまなくなるぞ」 「が、顔射するつもりだこの人……」 「この状況じゃ自然とそうなるでしょ」 「自然って……。 て、てか、ほんとにわたしで興奮してたの?」 「してた。してる」 「ロリコンじゃん……。 ……おまわりさん、こいつです」 「うるさいなぁ。見た目は子供でも、 初恋の人がオナニーしてたら、興奮するだろ」 「……はっ?」 「俺の初恋は、伊予ちゃんだよ」 「な、な、なにっ、急に……っ!」 「幼女なら誰でもいいってわけじゃないこと説明してるだけ」 「そ、そんな、その、なんか、その……ばっかじゃないの? ばーか」 「いいよ馬鹿で。ってか馬鹿じゃなきゃこの場で オナニーしないっての」 「そ、そうだよ、バーカ」 「……」 「…………床に垂れてんじゃん」 「仕方ないじゃん」 「…………」 「ん……れろ……」 「……っ」 突然伊予が舌を伸ばし、我慢汁を舐め取った。 不意打ちに、思わず腰を引いてしまった。 「お、おい……っ」 「……いいから、続けて」 「あ、あぁ……」 「……」 言われるまま、竿をしごく。 伊予は、無言で見つめる。 また垂れそうになると、舌を伸ばす。 「れろ…………ん…………」 「ぅ……っ」 「……」 「……んちゅ……はぁ……ん……れろ……」 「……はぁ、ぅ……っ」 「……」 「……気持ちいいの?」 「そりゃ…………うん」 「……へんたい。……んちゅ、ん……っ」 「ぅぅ……っ」 ゾクリと背筋に寒気が走る。 舐められたせいか、罵られたせいか。 両方な気もする。 もうこの状況に抵抗はなく。 ただイキたくて、伊予の顔を汚したくて、猿みたいに必死に手を動かした。 「……ん、……れろ…………れろ、んん……」 「ぅぁ……、はぁ……っ」 「……ん、んん、ちゅ……んちゅ、ん、ん……ちゅ」 「はぁ……ぅ、く……っ」 「ふぅ……ん、……、れろ、んん、ちゅ、れろれろ」 「……っ、い、伊予……もう……」 「……、んぁ」 伊予が大きく口を開け、舌を突きだした。 口の中に出せ。 興奮が最高潮に達し、夢中でしごく。 「……あやく」 「な、なに?」 「は〜や〜く」 「あ、あぁ、もう、出るよ」 「あ〜〜〜〜ん」 「ぅ……ぅぅ、く……っ、で、でる……!」 「はぁ……はぁ……ぁ、ぁ……」 「く……っ」 「ぅぁ、……ぁっ」 「……っ、はぁ――っ」 「んく、ん……んんっ」 精液が伊予の舌の上に、口の周りに、飛び散る。 とてつもない達成感と、背徳感。 無垢な女の子を汚した興奮は、計り知れなかった。 おまけに伊予は、精液を吐き出すこともなく。 「んん、ん……っ」 「……」 「んく」 舌をしまい、くちゅくちゅと味わったあと、飲み込んだ。 その仕草がエロすぎて、ごくりと生唾を飲み込む。 「鬼ってこんなので喜んでるの……? おいしくない。 まこちゃんサイテー」 「な、なんだよそれ。飲めとは言ってない」 「まこちゃんが出すからでしょ」 ため息をつき、立ち上がる。 冷めた態度。 俺も少し、萎えてくる。 「……もうこれでいいよな」 「い、いいけど……」 「……」 「ちゅ、中途半端じゃない?」 「は?」 「だ、だから、その……わ、わかるでしょ?」 「わかんないよ」 「だ、だからぁっ。その、うん、ま、まこちゃんが? いいなら、だけど……まぁわたしは? 別に――」 「ただいま戻りました〜」 「「っ!!??」」 芙蓉の声に、二人ともびっく〜〜〜ん!!と身をすくませる。 あ、やべっ、やべやべっ! 「ま、まこちゃんしまって!!」 「あ、あぁ……!」 「真様〜?」 近づいてくる芙蓉の声に焦りつつ、イチモツをしまう。 よ、よし、セーフ! セーフ!! 「あら……お出かけされたのかしら……」 「まこちゃん! 出て! 出て!」 「お、おう……!」 俺を探してる。このまま閉じこもるのは不自然だ。 一度深呼吸をして、なにげなぁく、さりげなぁく廊下に出る。 「ふ、芙蓉、おかえり!」 「あら、伊予様のお部屋にいらしたんですね」 「う、うん。ちょっとね」 「……」 芙蓉が小首を傾げる。 ……あれ? さりげなくなかった? 「ど、どうしたの?」 「いえ……」 「……」 「あの――」 「たっだいま〜〜!」 「帰ったよ〜!」 「あら」 芙蓉がなにか言いかけたところで、二人が帰ってきた。 ナイス! ナイスタイミング! 「お、お帰り。暑かったでしょ」 「アイス食いてぇ」 「お昼ご飯を食べ終わってからにしてくださいね。 二人とも手を洗ってきてください」 (はい、芙蓉お姉様) 「真様、すぐにお食事のご用意をいたしますね。 お昼はおそうめんと天ぷらです」 「お、いいね。うまそう」 「伊予様〜? 十分か十五分ほどいたしましたら、 居間に来てくださいませ」 「は、はぁ〜い」 「……」 「では」 にこりと微笑み、芙蓉は台所へ。 ……その一瞬の間はなんだ。 なんだか……嫌な予感がした。 だ、だよな。 一歩二歩と、後退。 そのまま階段へと足を向ける。 今聞いたことは……忘れよう。っていうか聞き間違いだろう、たぶん。 ゲームしてると変な声出るときあるし。それだそれ。そうに違いない。 っていうか座敷わらしだからな。そういう不純なこととは無縁だろう。 変な勘違いをしてしまった。ごめん伊予。 「……よっし」 気持ちを切り替え、自分の部屋に向かった。 「えぇと…………あった」 棚から鍵束を取り出す。 今から爺ちゃんの部屋に行ってみようと思う。 実は、一度も入ったことがない。 これからも入るつもりはなかった。なんだか、爺ちゃんだけの場所を荒してしまう気がして。 でも、爺ちゃんの遺言を思い出したんだ。 『俺の部屋にある物も好きにしていい。全部真の物だ』 それってつまり、行けってことなんじゃないのか。 お役目に関係するなにかがありそうな気がする。 霊や鬼の理解を深めるためだ。行ってみよう。 「お邪魔します……っと」 鍵を開け部屋の中へ。 う……空気が淀んでるな。 換気のために、戸は開けたままにしておく。 ……。 爺ちゃんの霊が待ってたりして。なんて馬鹿な期待もしてみたけど、まぁそうだよな。誰もいない。 しかし、本の量が凄まじいな。あと、壁に武器類が飾ってある。なんか物々しい。 本棚は……小説ばっかりだな。歴史物?なるほど……だからあの飾りか。 爺ちゃん、こういうのが好きだったんだな。知らなかった。あとで借りて読んでみよう。 ざっと見た感じ、お役目に関する物はありそうにない。もっとも、すぐ目につく場所には置いてないだろうけど。じゃあ机の引き出しの中か? 「……ん?」 開かない。鍵がかかってる。 鍵束の中に小さな鍵がある。どこで使うんだと思ってたんだけど……こいつで開くか? 「……」 やった、開いた。 引き出しを引く。中には分厚いノートが何冊か。筆記帳……と言った方が正しいんだろうか。かなり古い。 鍵までかけてしまっていた物。読んでいいものかためらう。 でも、俺にこの鍵をくれたってことは……やっぱりそういうことなんだろう。 意を決してノートを取り、適当にページを開く。 『結婚を機に新居に移り住む。この家を離れるのは寂しいが、 これからおれの鬼も生まねばならぬし、子供もできる。 実家のままでは手狭だろう』 「これは……」 爺ちゃんの日記だ。 なおさら申し訳ない気分になってきたけど、好奇心に負けてそのまま読み進める。 『伊予もおれについてくるらしい。親父とお袋は難色を 示したが、親父はほぼ隠居中であるから、 事実上の当主であるおれについてゆくときかない』 『お役目はもう何年もおれ一人でこなしているし、 伊予がそばにいてくれた方がなにかと助かるが、 少々おれは楽観的過ぎたようだ』 『伊予がおれ達の住まいにやってきたその二日後、 実家が不審火で全焼したのだ』 『幸い親父達はこちらに来ていたから死人は 出なかったものの、伊予が座敷童子であると 痛感した出来事であった』 「……まじか」 あまりにもあんまりな内容に震える。 ……これからはもうちょっと伊予に優しくしようかな。 そのまま読み進めて、とあることに気づく。 これはただの日記ではなく、お役目に関する記録だ。 どういった霊と出会ったか、どういった方法で成仏させたか。それらが中心となっている。 そうか、爺ちゃんは俺にこれを……。 「最初のノートはこれでいいのか……?」 他のノートも確認する。 ん〜……うん。これが最初の一冊っぽいな。爺ちゃんが当主になる前、一人でお役目をこなし始めた頃から、この日記をつけだしたみたいだ。 最初のページから、既に相当なキャリアを感じる。たぶんずっと、先々代……ひい爺ちゃん、でいいのかな、のお役目を手伝っていたんだろう。 達筆すぎたり言葉が難しすぎて読めない部分もあったけど、なんとか自分なりに解釈していく。 そんな中、いくつか興味深い記述があった。 『霊を成仏させる方法は無数に存在するが、 いずれにせよ現世への執着を取り払うことに帰結する』 『そのためには霊の声に注意深く耳を傾けねばならない。 また出来うる限り霊を激情させてはならない。 心穏やかにさせねばならない』 『必要であれば一年二年と時間をかける。 しかし霊と長く接することで互いに情が湧き、 それが現世への執着となってしまう場合もある』 『そうならぬよう、時には荒療治も必要である。 霊に特別な情を抱いてはならない。 彼ら彼女らの安らぎは現世にはない』 「……」 難しい。 理屈はわかるけど、感情移入せずに霊と接することが……俺にできるだろうか。 現に俺は、琴莉の一件で思い切り感情移入してる。 コタロウから受け取った想い。ドライに処理をすることは、俺には―― 「た〜〜だいま〜〜〜!」 「おっと」 葵たちが帰ってきたみたいだ。 ノートをしまい念のため引き出しに鍵をかけ、部屋を出た。 「あ、ご主人! ただいま〜!」 (ただいまです) 「お帰り。ご苦労様。暑かったろ?」 「別に汗はかかないけど死ぬかと思った。 アイス食べていい〜?」 「もうすぐお昼だから我慢。 そろそろ芙蓉も戻ってくるだろうし」 「すぐに準備いたしますね」 「ありゃ」 台所から芙蓉の声が。もう帰ってきてたのか。 「申し訳ありません、帰宅の報告もせず。 姿が見えなかったので、出かけていらっしゃるのかと」 「いや、二階にいたんだ。おかえり」 「はい。ただいま戻りました。 今日のお昼はおそうめんと天ぷらですよ」 (どちらも初めて食べます) 「大盛りで! お願いしゃっす!」 「ふふ、はいはい」 「みな帰ったか。そろそろ食事かの」 「ああ、伊予も起きたか。おはよ」 「? 別に寝とらんぞ」 「あれ、声かけたのに返事なかったから」 「へ? あ、あぁ、うむ、そういうことも…… あ、あるじゃろな」 「……なにしてた」 「な、なにがじゃ」 「妙に焦ってるから」 「なんでもないっ。それよりもメシじゃメシ!」 「……あ」 「ん? なんじゃ」 「……いや、まぁ……いや、うん」 「……なにを照れて…………ぁっ」 「な、なに?」 「ま、まさか……っ!」 「い、いやなんでもない、なんでもないって!」 「ぐ、ぐぬ……ま、まぁよい! それよりもメシじゃメシ!」 「はい。もうしばらくお待ちくださいませ」 「おな〜かすいた〜」 「二人はまず手洗っておいで」 (はい、マスター) 三人が居間を出て、俺と伊予だけが残される。 伊予はどこか居心地悪そうにソワソワしていた。 「……」 「……」 「な、なんじゃ!」 「……いや、なにも」 「じゃこっち見んなハゲ」 「なっ、ハゲって言うなよこの――」 言い返しかけて、口ごもる。 『実家が不審火で全焼した』 ……。 ……喧嘩はやめておこう。 「なんじゃ、言いたいことがあるならはっきり言わんか!」 「伊予」 「なんじゃい」 「お昼、たくさん食べていいぞ」 「へ? 言われなくても食べるけど……」 「うん、アイスもいいぞ」 「え、うん、え? なに? え、えっ、えっ?」 「……」 「えっ?」 食事をとりながら、みんなの報告を聞く。 とはいえ、あまり進展はなかったみたいだ。 「あそこから思念を読み取るのは無理かも。 人の出入りが激しすぎるよ。 犯人の思念を読めたのが奇跡だにゃ〜」 (嶋様にもさほどかわりはありませんでした。 同じ服……同じ話。彼女の時間は、殺された……正確には 誘拐された時点で止まっています) (同じ一日を繰り返しているようです。 アイリスのことも覚えていませんでした。 たぶん次も、初対面からやり直しです) 「ふむ……記憶のリセットか。 よくある話ではあるが……芙蓉はどうじゃ」 「わたくしの方も……たいした情報は。 大木屋さんの息子さんが医学部を目指して三浪中とか、 藤崎さんの娘さんが部活を引退されたとか……」 「大木屋のせがれはともかく、藤崎って誰じゃ」 「さぁ。よくわかんないけど、母親の集まりだと 子供の話題が中心になるのかな」 「申し訳ありません、お役に立てず……」 「昨日の今日ですぐに成果がでるものでもあるまい。 気長にどっしりと構えねば、身が持たぬぞ」 「そうだな、じっくり行こう」 「とりあえずあたしは夜に行った方がよさそうかにゃ? 昼間は無理っ! 人多すぎ!」 (アイリスは、時間帯を変えて会いに行ってみます。 もしかしたら特定の時間帯だけ、パターンが変わるかも) 「お願いね。あとは……梓さんを待つしかないか」 「コトリンはもう来ないんだっけ?」 「朝からはね。これからは来るとしたら 夕方くらいになるんじゃないかな」 「ふぅん。あ、おかわりください」 「え、おかわりって……姉さんおつゆ飲んじゃったの?」 「おいしかった」 (飲んでは駄目なんですか?) 「いいけど……食べつつゴクゴクいくもんじゃないな」 「もう……おつゆが足らなくなっちゃう。 ほどほどにしてね、姉さん」 「はぁい」 「ごはんある? お米食べたい」 「はい、すぐお持ちいたします」 芙蓉は器を持って台所へ。 お役目の話をとりあえず打ち切って、雑談に花を咲かせつつ食事を進めた。 食後、またこの部屋に戻ってきた。 爺ちゃんの日記を読み進める。 俺には経験がないから、少しでも知識を得なければ。 「ごっしゅじ〜〜ん?」 「ん?」 「あれ? 部屋にいない。どこ〜?」 「こっち〜」 「えっ、どこ? こっち?」 足音が近づいてくる。 遠慮がちに戸が開いて、葵が顔を覗かせる。 「あ、いた。なにこの部屋。初めて入る」 「爺ちゃんの部屋」 「先代の? なにそれ。エロ本?」 「なわけないだろ。爺ちゃんの日記だよ。 お役目について色々と書いてあるんだ」 「ふぅん。なんで今になってそんなの読んでるの?」 「葵たちに任せっきりだろ? 俺にもなにかできることはないかなって思って」 「別にいいのに。ご主人のために働くのが鬼なんだから」 「そういうわけにはな。性に合わないんだよ。 でもありがとな」 「ぐっときた?」 「へ?」 「お願いをする前におべっか使ってみました」 「そういうこと言わなきゃいいのに」 「にゃっしっしっ」 「それで、お願いって?」 「はい、大切なことです。 しかも、ご主人にとってもいいことです」 「なになに」 「ご主人は、自分も働きたいんだよね」 「そうだな」 「それならうってつけのお仕事がありますぜ。 うぇっへっへっへっ」 「?」 「……」 「つまり……だ」 「はい」 葵につれられ、みんなの部屋に。 アイリスと芙蓉もいた。 どうやら、頼み事っていうのは三人で考えたことらしい。 「要約するとですよ?」 「はい」 「ご褒美が欲しい、と」 「はい」 「お菓子あるよ」 「そういうことじゃなくて」 「……」 ため息をつく。 やっぱり、あっち方面かぁ……。 「だってさ〜、暑い中がんばってるのにさぁ、 最近相手にしてくれないんだもん」 「そうだけどさぁ」 「まだあまりお役に立てていませんから、 こちらからねだるのもと思ったのですが…… せめて、アイリスだけでも抱いてあげてくれませんか?」 「この子とてもがんばっているのに、 まだ真様を知りません」 「……」 アイリスが頬を染め、うつむく。 芙蓉が前々から言っていたことだ。確かに、まだアイリスとは機会がなくてしていない。 「…………」 上目遣い、期待の目。 断ったら、失望させてしまうだろう。 「真様が鬼とまぐわうことにまだ抵抗をお持ちなのも 理解はしておりますが……」 「いや、わかったよ。家来を労うのも当主の務め。 これもお役目のうちだ。つまんないこと言ってないで、 ご要望にお応えしましょう」 「ゎ…………」 「ふふ、よかったわね。アイリス」 (あ、ありがとうございます、マスター。 よろしくお願いします) 「そういうことはちゃんと口で言うの」 「……」 「ぁ、ぁ……。……、ありが、とう、 ご、ござ、ござい、ます」 「うん。どうする? 今から? 夜でもいいけど」 「ぁ、ぅ、い、今……、から、が、……」 「アイリスアイリス。大事なこと忘れてるよ、大事なこと。 あれ言わなきゃ、あれ」 「ぁ……」 「…………」 「……が、がん、ばった、のは……ア、アイリス、だけ、 じゃ……ない、から……」 「……」 「お、お姉、……、お姉様たち、にも、ご、ご褒美、を、 お、お願い、できま……せんか?」 「まぁ! アイリスったらなんて優しい子! ご主人! アイリスがこう言ってるからみんなでしよう!」 「……」 「ご主人!!」 「……なに言わせてんだ」 「テヘッ☆」 「ったく……」 「あ、あの、申し訳ありません。 わたくしも、その……久しぶりに抱いていただけたらと…… 姉さんの悪巧みに乗ってしまい……」 「いいよ、わかったわかった。 じゃあ、今日明日明後日で、順番に」 「いやみんなでって言ったじゃん」 「え? みんな? 一緒に?」 「はい、わたくし共、準備はできておりますので……」 「だ、だい、じょうぶ……です」 「いや大丈夫って……。 三人相手って俺にはハードすぎるんじゃないかな……」 「大丈夫! ご主人ならできる!」 「うぅん……」 確か……三回まで、だったよな。 それなら、なんとかなるか。 「わかった。相手になろうじゃないか」 「やっほー! ご主人大好きぃ!」 「よろしくお願いいたします」 「が、がん、が、がんばり、ます……っ」 「真様」 「お?」 食事を終え自室に戻ろうと席を立つと、台所から出てきた芙蓉に呼び止められた。 「こちらへ」 「ん? んん?」 腕を取られ、芙蓉たちの部屋へと連れ込まれる。 「どうしたの?」 「お伺いしたいことが」 「なに?」 「伊予様となにをされていたので?」 「え、なにって……」 「なにを?」 「いや、えぇと……」 「まさか……」 「い、いやいや、最後までは」 「最後までは?」 「ぁ」 自爆しました。 「いや、あの、なんていうか、その、な、流れで……っ」 「ふふ、そんなにあたふたしなくとも。 怒ってなどいませんから」 「え、そうなの? てっきりなんで自分としないんだって また怒られるのかと……」 「そのような気持ちがまったくないわけではございませんが、 怒るなどとんでもない。安心しているんです」 「あ、安心? なんで?」 「伊予様に欲情なさったのであれば、 アイリスも問題ございませんよね?」 「えぇと……抱けるかどうか、ってこと?」 「はい。アイリスを生みだす儀式の直前…… 真様は少々ムキになられていらっしゃいましたから」 「もしかしたら意図的にご自身の好みから 外されたのではないか……と」 「あぁ……」 どうせまた桔梗みたいな姿に、ってからかわれたときか。 確かに似ないようにって意識はしてたけど……。 「アイリスは可愛いよ。好みから外れてるとか、 そういうことは決して」 「よかった。責任を感じておりました。わたくしのせいで アイリスを抱いていただけないのではないかと」 「俺のイメージなんだから、芙蓉が責任を感じる必要なんて」 「感じます。わたくしが生んだ鬼ですから。 それに、大事な大事な妹です」 「真様、約束してくださいまし。アイリスはわたくし共の中で、 最も真様に献身的に尽くしております」 「いつか必ず、抱いてあげてくださいね。 それがあの子にとって、なによりのご褒美になりますから」 「ご褒美かぁ……」 そういえばアイリスって、俺の言葉に対してノーって言ったことないんだよな。 なんでも一生懸命に取り組んでくれてるし……。 よし、そうだな。 「芙蓉、アイリス呼んできて」 「まぁ、もしかして……」 「ああ。今日も暑い中がんばってたんだ。 いつかって言わず、今から――」 「話は聞かせてもらったぁ!!」 「うぉっ!」 障子が勢いよく開き、葵が現れた。 その傍らにはアイリスも。頬を染めてモジモジしている。 あぁなんか……面倒なことになる予感。 「アイリスとエッチするんすかっ!」 「ああ、そのつもりだけど……」 「ずるい! あたしもがんばったのにっ!!」 「姉さん。わがまま言わないの。 今日はアイリスの番です」 「明日はあたしの番!?」 「それは約束できないけど」 「なんでよ〜! してよ〜! あたしもしてよ〜!」 (あの……アイリス、我慢します。 だから今日は葵お姉様に……) 「だって!」 「……姉さん。妹にここまで言わせて恥ずかしくないの?」 「そのような気持ちまったくございません!」 「姉さん……」 「なんか余裕ぶっこいてらっしゃいますけどぉ、 芙蓉だってご主人とエッチしたいでしょ?」 「そ、それは……そうですけど……」 「ほらぁ! ご主人、みんな我慢してます。 どうするんですかっ!」 「どうって言われてもなぁ……。 じゃあ今日から順番でいい?」 「じゃああたし今日」 「姉さん!」 「だって! ずっとしてない! もう限界!」 「もうちょっとだけ我慢してくれよ、葵」 「で〜き〜なぁ〜い〜!」 「参ったな……」 (あの……マスター) 「ああ、なに?」 (みんな一緒に……は、駄目ですか?) 「一緒に?」 (はい) 「四人でするってこと?」 (はい。それなら揉めることもないかと……) 「おい、頭いいな妹よ」 「確かに、まとめて抱いてくだされば……手間も省けますね」 「手間って……俺の体力が持ちそうにないんだけど」 「いけるって! ご主人ならいけるって!」 「いやぁ……。でも、ここは首を縦に振らないと 終わらないよな……」 「そうですね。アイリスもその気になっておりますし、 わたくしも……」 「……」 三人が、期待に満ちた目で俺を見る。 ……完全にスイッチ入ってるな。今日はもう一回出してて正直きついんだけど……仕方ない。 「わかった、お手柔らかにお願いします」 「やったー! 久々のエッチだーー!!」 「ふふふ、よろしくお願いします」 (あ、あの、がんばります……!) (これがマスターの……) アイリスが興味津々と、眼前に突き出されたイチモツを眺める。 (おっきい……) 「そうね、とてもご立派」 「変態おっちゃんより大きいっしょ?」 「……あのおじさんのことは言うな。萎えてもいいのか」 「はい、すみません」 「さっさと済ませちゃおう」 あくまでも冷静に。少し気のない素振り。 ただそんな風に、当主らしく堂々となんてかっこつけてみせても、すっかりその気になっているのは愚息の様子からも明らかで。 みんな裸になって、俺の股間をとろりとした目で見つめ、ため息をこぼしうっとりしている。 なんていうか、男の自信というか、尊厳というか。もっと単純に、オスの本能を刺激する光景だ。 そう、ハーレム。美女三人に相手をしてもらう。ある意味男の夢。友達に自慢したいレベル。 ただ、相手は普通の女の子じゃなく鬼だから、あまりはしゃぎすぎるわけにもいかない。 (口ですれば……いいですか?) 「そう。やり方わかる?」 (鬼ですから。この体に流れる血が覚えています) 「ん……れろ……」 遠慮がちにアイリスが舌を伸ばす。 「あたしも〜!」 「ふふ、ではわたくしも」 「あむ、……ん、んちゅ」 「……はぁ……れろ、ちゅる……」 葵と芙蓉もアイリスに続き、男性器を唾液で濡らす。 おぉ、これは……。 「はふ、はぁ、……、れろ、ん、ちゅ、はふぅ」 「んむ、ん、ん〜〜、ちゅっ、れろれろ、んちゅ、ちゅっ」 「……れろ、ん……あむぅ、んん、ん、ちゅっ、んんん」 葵、芙蓉、アイリス。それぞれ違った舌の感触、体温、刺激。 全体ではなく、一カ所だけでもなく、部分部分をそれぞれのリズムで責められる。 くすぐったいような、それでいて心地いいような、不思議な感覚。 「ちゅ、ぴちゃ、んちゅぅ、んん、ちゅ、ちゅぱっ」 「はふ、んん、れろ、れろれろ、あ〜む、ん、んっ」 「ん、ちゅ、れろ、んむ、ん、んちゅ、はぁ、れろれろ」 「ぅ……」 アイリスはたどたどしくも必死に、葵は気まぐれに、芙蓉は優しく。 三種類の快感に、堪らず声を漏らす。 これはすぐに出ちゃいそう。 そして顔謝。付着した精液をみんなで分けてもらう。一度の射精で三人とも満足。 完璧。 体力消耗を抑える隙の無いプランだ。 一人一人に出してたらたぶん俺死ぬからな。ハッスルしすぎず節約せねば。 「ん、んっ、んんんっ、ちゅっ、はぁ、ん、ちゅぅ、 ん、ん、んんっ」 (マスター。アイリス、ちゃんと出来ていますか?) 「あ、あぁ、大丈夫。気持ちいいよ」 「……」 (もっと上手にできるようがんばります) 「早く出してもらわなきゃいけないからにゃ〜。 あたしもがんばっちゃうぞ〜。あむっ、あむあむ」 「いたっ、がんばるのはいいけど歯は立てるな歯は」 「ふふ。姉さん、真様をちゃんと気持ちよくして 差し上げないと。こういう風に。……ん、ちゅ、 ぁ、ん……ちゅぱ」 「ぉ、ぉ……っ」 芙蓉の舌が裏筋をなぞり、玉袋にキスをする。 そこまでされたのは初めてだ……。気持ちいいけど一番痛みに弱い場所だからお腹のあたりがちょっとヒュンとする。 「む、負けてたまるかっ!」 (アイリスもお姉様たちには負けません) 「あむ、ん〜、んむ、んん、ん、んちゅっ、はむ、はむはむ、 あむぅ、んん、ん〜っ、ちゅっ、ちゅぱっ」 「ちゅっ、れろ、れろれろ、あむぅ、ん、じゅる、ちゅっ、 ちゅぅぅ、はぁ、は、んん、んちゅ、じゅるる、んっ」 「ふふふ、その調子。ん、はぁ、れろ、ん、んちゅ、 あむぅ、んんっ、ふぅ、れろ、ん、れろ、ちゅぱ、ちゅっ」 三人が競いながら、俺の性器にむしゃぶりつく。 ああ、いいね……。まさにハーレムだよハーレム。 ようやく芙蓉の言っていたことがわかった気がする。これは男の支配欲を満たす行為だ。当主として、家臣たちに性器を舐めさせる。 自分がすごい人間になったかのような錯覚。陳腐な言葉だけど、胸が熱くなる。 「んちゅ、ん……ん? んん、ん〜、れろ、んん、 ん、ちゅっ、んん、ちゅ、んっ」 「ぁぅ、んっ、ぁ……っ、ちゅっ、ちゅぅ、あ、ぅ、 あ、葵、お姉様……っ」 不意に二人の舌が絡み合い、葵はそっちの方が気持ちよかったのかキスに夢中に。 芙蓉はあらあらと笑い、手の平で玉を転がしながら、竿にキスを繰り返す。 「ちゅ、んちゅ、あまり遊んでいると、んん、 いつまでもご褒美貰えませんよ? れろ、んっ」 「自分が楽しいのも大事! こういうこともしちゃうよ〜? うりうり」 「ぁ、んっ……はぁ、ぁ、ぁっ、〜〜っ、ちゅ、れろ、 ……ひゃぅっ、んんん、ちゅっ、ちゅぱ、 あ、は、っ、ぁぁっ」 葵に乳首をいじられぴくんぴくんと感じながらも、懸命にアイリスは亀頭をしゃぶる。 その必死さがとにかく可愛く、ツボに入って。 興奮に押され、自ら腰を動かして快感を求める。 「はふっ、はぁ、あむ、ん、んっ、んん、〜〜っ、 んむ、ちゅっ、じゅるるっ、んく、んむぅ、ん、んっ」 「お、がんばるね〜。それじゃあこっちはどうかにゃ?」 「んんんっ……! ん、んっ、ぁ、はぁっ、んんっ、 んちゅっ、はぁ、れろ、じゅる、ちゅっ、ふぁ、ぁ、ぁっ」 (や、やめてくださいお姉様。マスターにご奉仕できません) 「しかしご主人はお主の恥じらう姿に興奮しておるぞ?」 「ひゃぅぅ、は、はぁぁ……っ!」 (だ、駄目……! うまくできないぃぃ……!) 「ほれほれ」 「ぁ、ぁ……っ」 「邪魔ばっかり。姉さんはご褒美お預けですね」 「そうだな。ご褒美はアイリスと芙蓉だけだ」 「うぇ、まじでっ?」 「萌え萌えの猫娘になったら許してやろう」 「ご主人好きだねぇ……そういうの」 「姉さん、違うでしょう?」 「ご主人のためにがんばるにゃん♪」 「オッケー。割とすぐ出ちゃいそうだからがんばって」 「そ〜ろ〜」 「おい」 「せ〜えきごっくんしたいにゃ……。 早く出して欲しいにゃ……」 「ではがんばりませんと。ね、アイリス」 「んちゅ、ん、んっ、れろ、んんん、ちゅぅ、じゅる、 ん、んっ、れろ、ちゅぱっ、じゅるる、んちゅ」 (マスター、いっぱい出してくださいね) 「ぅ……、アイリスの方がナチュラルでエロいな……」 「む〜! 大事なのはテクニックでしょテクニック! れろ、ん、ちゅっ、れろれろ、あむぅ、んん、んっ」 「ぅぉ、く……」 「ふふん、ご主人をしゃせ〜させるなんて、 お茶の子さいさいなのにゃ♪ れろ、ちゅぱっ、れろれろ、ちゅぅぅ、ちゅぱ」 「初めからそうしていればいいのに。真様? いつでも出していいですからね。全て受け止めますから。 ん、はぁ、んんんっ、ちゅっ、ちゅぅぅ、ちゅっ」 「せいし、ん、はぁ、いっぱい、んちゅ、ん、んっ、 らして、くらはい、んん、じゅ、じゅる、んんっ」 「うぉ……アイリス慣れてきたな……。 すっげぇ気持ちいい、うまい……」 「あたしの舌も、んちゅ、気持ちいい、れろ、ん、ちゅっ、 でしょ? はむはむ、んん〜、んっ、んっ」 「真様? ここが、じゅる、ちゅっ、ちゅるる、んっ、 いいんですよね? れろぉ、ん、んちゅ、ちゅるるるっ」 「うぅぅ……、それやば……っ。 もうすぐ、出そ……っ」 「くりゃはい、マスターの、ん、じゅるる、んっ、んぁ、 ふぅぅ、ん、ちゅっ、ちゅぅぅっ、くらしゃひぃ」 「葵も、ご主人のザーメン欲しいにゃ。はやくぅ、出してぇ。 んにゃ、んん、にゃぅん、ぷぁ、ん、んっ、ちゅぅ、ちゅぱっ」 「わ、わざとらしいけど、やっぱりそれはそれで、 可愛いな……。ぅ、く……っ」 「あぁ、ぴくぴくと……ふふふ、真様も可愛らしい。 もっと感じてください。ちゅるる、ん、はぁ……ちゅぱっ、 れろぉ、ん、んっ、ちゅるるるるっ」 「ぁ、っ、っ、駄目だ、もう……っ」 「ん、ん、んっ、ちゅぅぅっ、ちゅっ、じゅるる、じゅっ、 ぷぁ、はぁ、んっ、んっ、じゅるるるるっ、ちゅぅぅっ」 「あむぅ、んん、はむっ、んちゅ、んん、ちゅっ、ちゅぱっ、 ちゅる、ちゅっちゅっ、んんん、ちゅぱっ、んちゅっ」 「れろぉ、れろれろ、ちゅぱっ、ちゅるるる、ふぅ、んっ、 ちゅ、ちゅるるるる、ちゅぅぅ、ちゅっ、んんんっ」 「〜〜〜っ、で、出る……みんな、口開けて……っ」 「は、はひ、はひぃ、お口に、出して……くださいぃ……」 「ふにゃぁ、葵のお口の中にも、出してぇ」 「どうぞ、真様……っ、欲しいです……あぁ、真様の……っ」 「ぅっ、くぅ……っ」 「ふぁ、はぁ、ふぁぁぁ……」 「んにゃ、はにゃぁぁ……」 「あぁ、こんなにたくさん……」 精液が、三人に降り注ぐ。 それぞれ舌で受け止め、口の中に入れ。 くちゅくちゅと、味わった。 「ん、……、ふぅ、ん…………んんっ」 「はふぅ……。まだちんちんについてる……」 「顔にもたくさん……」 「あむぅ、ん、ちゅるるる、んっ、じゅるっ」 「れろ、ん、ちゅぅ、ん、んっ、れろぉ、んん、んっ」 「ぺろ、んん、はふぅ、はぁ、んっ、ちゅぅ、れろれろ」 アイリスが亀頭を咥え残った精液を吸い出し、葵と芙蓉はアイリスの顔に付着した白濁をぺろぺろと舐め取っていく。 そうして一滴残らず、俺の精を飲み干した。 「はふぅ……」 (ごちそうさまでした……とてもおいしかったです) 「あぁ……アイスよりも美味……」 「まじで? そんなに?」 「精を贄に生まれた鬼にとっては、なによりのご馳走ですから」 「ご馳走……。やっぱり定期的に食べるというか…… 飲みたくなるの?」 「定期的っていうか、常に? 下の口から直接入れてくれても構いませんが」 「体内に取り込めば満足できるってこと?」 「そうですね。気持ちがふわふわいたします。 真様に抱いていただいたときもそうでした」 「そう。まるでマタタビを摂取したときのように」 「マタタビなんて口にしたことないだろ」 「はい。ないです」 (マスター、ありがとうございました。 マスターの味……覚えました。うれしいです) 「うん、よかった。じゃあ――」 「次はエッチしよっか!」 「は?」 「え?」 「いや、え? エッチ? するの?」 「するでしょ。今の話の流れならするでしょ」 「いや無理でしょ。三人相手は無理でしょ。 っていうかもう飲んだからいいじゃん」 「お前舐めてんのか」 「……すみません。っておい、お前って言うな」 「こんな量で満足出来るわけないじゃん! もっと貰わなきゃ駄目に決まってるじゃん! っていうか最初からエッチする気満々だったしあたし!」 「え〜〜〜、もっとって……。 今ので俺、そこそこ疲れたし……」 「真様?」 「な、なに?」 「アイリスを抱いてくださる約束です」 「……」 「あぁ……まぁ、うん。それは、うん。 するけど……」 「であれば、ついでにわたくし共も」 「ついでにって、いやついでにって! 一日三回までって言ったのあなたですよ芙蓉さんっ!」 「一回くらい超えても平気ですっ!」 「根拠ないでしょそれっ!」 「ねぇ、お願いご主人。したいの……。 久しぶりにご主人のおちんぽ、ここに入れて欲しいにゃぁ……。 葵のここ、もうトロトロにゃの……」 「ぉ、ぉねがぃ、し、しま、す……。 ま、ま、マスター……に、気持ち、ぃぃ、こと…… して欲しい……です……」 「後生です……この火照った体…… 真様が鎮めてくださいませ……。 一人で慰めるのは寂しすぎます……」 「ぅ……」 膣を指でいじりながら、三人が俺に縋り付く。 くそ……そんな目されたら断れないだろうが……っ。 「……わかった、みんな寝転がって」 「やっふ〜〜!」 「ぁ、ぁりがとう、ござぃ、ます」 「あぁ、また真様に抱いていただける……。 興奮が抑えられません」 並んで仰向けになり、三人が足を広げる。 愛液でドロドロになった秘所が、目の前に三つ。 ……壮観だなオイ。 「まずはアイリスからしてあげてください。 まだ真様が元気なうちに」 「え〜〜〜っ!」 (葵お姉様からでも……) 「駄目です。一番は初めてのアイリスに。 さ、真様。たっぷりと愛してあげてください」 「ああ」 「ぅ……」 膣口に亀頭を押し当てると、アイリスが少しだけ体を強ばらせる。 初めての不安ではなく、期待のせいだろう。 芙蓉の言う通りたっぷりとしてあげたいし、本音は俺もしたいけど……あまり時間はかけられない。 三人も相手にしなくちゃいけないんだ。スピード勝負。疲れを感じないうちに一気にいかないとたぶん死ぬ。ガチで。マジで。 「行くよ」 「は、はぃ……」 (入れて、ください……) 「力抜いて」 「はひ……ふぁ、ふぁ、ぁ……っ」 「っ、ぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 (入ったぁ……! マスターのおちんぽ、入ったぁ……!) 甲高い嬌声が鼓膜を震わせ、歓喜の思念が頭の中で反響する。 アイリスの卑語に多少驚きつつも、あどけない声とのギャップで妙に興奮。 このまま突っ走ろう。 「あ、ふぁっ、ふぁぁぁっ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ、 あぁぁ〜〜〜っ」 (マスターがアイリスの中で暴れてる……! すごい、すごいよぉ……っ!) 「……っ」 体の小さいアイリスの中はかなり狭く、性器にぴったりと吸い付いてくる。 その分動くのに少し苦労したが、刺激だけで言えば三人の中で一番かもしれない。 加えて反応も異常なほどよく、こっちが心配になるほど全身を痙攣させ普段は想像も出来ないほどの声量で嬌声をあげた。 「ぁ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ! はぁ、ぁ、……あっ! 〜〜〜〜っ、ふぁっ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁっ! っ、っ、ひぅっ! あぁぁ〜〜〜〜っ! あ、ぁっ!!」 (狂ってしまいます……! こんなの、狂ってしまいます……っ! あぁ、マスター……! イクイクイク、イク……ッ!) 「ぁ……っ! ふぁ、ぁっ――! 〜〜〜〜っ!」 「え、はやっ。もういいんじゃない? 替わろ? イッたなら替わろ?」 「ま、まだぁ……ますたぁがぁ……」 「ふふふ、そうね。しっかりと中に出していただかないと」 「ほらほら、休んでる暇ないよ。 ご主人をもっと興奮させないとだにゃ」 「ぁ、や、ぁ、ぁっ、や……っ!」 (お姉様……っ、乳首は、駄目ですぅ……っ!) 「愛らしい反応……。やっと真様に抱いていただけて幸せね、 アイリス」 「は、はひ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜〜っ!」 葵がアイリスの乳首を摘まんで潰し、芙蓉は母親のように頭を撫でる。 二人に抱かれながらアイリスはぎゅうっと目を閉じ甲高く喘ぎ、腰を振り乱し背中を仰け反らせる。 「……っ、アイリスの体……めちゃくちゃ暴れる。 二人とも、そのまま押さえておいて。抜けちゃう」 「はい、承知いたしました。アイリス、じっとしててね」 「あれですか、これから本気だす的な」 「そのつもりだけ、どっ」 「あぁっ、ぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!!」 強く突き入れる。 アイリスがはじかれたように体を引きつらせ、目を見開いた。 なんだか無理矢理犯しているみたいだ。 それはそれで、興奮するんだけど。 「一気にいくから」 (はい、はい……っ! アイリスを好きなだけ――) 「――あっ、あ〜〜〜〜〜っ! あぁぁ〜〜〜〜っ!!」 「ふふ、思念を飛ばす余裕もなくなった?」 「またイッちゃえイッちゃえ。ほらほら」 「あ、ぁっ、やっ、だめぇ、ふぁ、ぁ、ぁっ! あ〜〜〜〜っ、ぁ、ぁっ! あぁっ!!」 「ご主人もはやくぅ。 葵ちゃんのここが寂しそうにしてるのにゃ」 「姉さん、真様の気を散らせちゃ駄目。 今はアイリスだけを見ていただかないと。 ほらアイリス、もっと気持ちよくしてもらいましょうね?」 「で、もっ、これ以上、はぁ……っ! あぁ、ぁ〜〜っ!」 「壊れちゃう、壊れちゃう壊れちゃう! マスターっ、壊れちゃいますぅ! あぁぁ、だめぇ! 気持ちよすぎて、壊れちゃうぅぅ……っ!」 「……っ、出すぞ、アイリス……っ」 「はぃ……っ! くださいください、ください……っ! マスターの熱いのぉ、くださいぃぃ……っ!」 「あ、〜〜〜っ、ぁぁ、ふぁぁ、ぁ〜〜〜〜〜っ!! イッちゃうイッちゃうイッちゃう……! またイッちゃうよぉ……っ!」 「っ、出る……っ!」 「イク……っ、イクイクイクイク、イクぅ……っ! イッちゃうぅぅっ、あ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜〜っ!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「あぁ……っ! はぁっ! ふぁ、ぁ、ぁ〜〜〜っ」 「ふぁ……出てるぅ、出てますぅ……っ、 マスターの、せいえきぃ……っ」 「うっしゃ終わったぁ! ご主人次! 次だよ次!」 「もう、姉さん。余韻というものがあるでしょう? アイリス、よかったわね。たくさん出していただいて」 「ひゃぃ、ふぁい……、よかったぁ……、 ますたぁ……ありがとぉ……っ」 「いや……」 ドッと押し寄せた疲労のせいで、それだけしか答えられず。 息をゆっくり吐きながら、性器を引き抜く。 ゴポと音を立てて精液が流れ出て、芙蓉が『あぁもったいない』とアイリスの性器を手で押さえた。 『ひんっ』とアイリスも悶えたが、その様子を鼻の下伸ばして観察している場合じゃない。 「次だ。芙蓉、足開いて」 「はい……よろしくお願いいたします」 「えぇ〜〜〜! おっぱいの大きさ順でいこうよ! それなら次あたし!」 「一番上のお姉さんだろ。我慢しろって。 最後にちゃんとしてやるから」 「最後って、ご主人スカスカになってるんじゃ……」 「あ……あんっ、あぁぁんっ」 「あぁ……入れちゃったぁ……」 葵の抗議は無視して、萎えないうちに芙蓉の中にねじこんだ。 アイリスとは違って、ねっとりと絡みついてくるような感覚。 こうやって連続でやると、違いがよくわかるな。 どっちも具合がいいってことには、変わりないんだけど。 「じっくり楽しむ余裕がなくて悪いけど」 「三人の相手は大変でございましょう。 なおざりで構いません。物のように扱っていただいた方が、 好みでございますから」 「大事には、するけど……ねっ」 「あぁんっ、はぁ、ぁ、ぁ……っ!」 ゆっくりとピストンを始め、徐々にスピードを上げていく。 突くたびに揺れる胸が、大迫力。 これは、芙蓉ならではだな。 「はぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、あぁんっ! ふぁ、ぁ、っ、っ! ぅぅんっ、あぁ、ぁっ! あぁ、こんなにも、はぁっ、 強く求めて、いただいて……っ」 「あぁぁっ、はぁ、ん、ぁぁっ、あぁんっ! とろけてしまいそう……っ、あ、ぁ、あぁ、っ、 はぁぁんっ」 「ちぇ〜、盛り上がっちゃってさぁ。 あたしは最後だって、ひどいよね〜」 「ひぅっ、や、やめ……っ、ふぁ……っ」 暇を持てあました葵が、放心中のアイリスで遊び始める。 逃れるように芙蓉にしがみつき、胸がひしゃげ、それがまた欲情を誘う。 だから、葵には好きにさせた。 エロくなればなんでもいい。今はそんな気分。 「あぁ、こんなに激しく……っ、あぁんっ! 前よりも、はぁ、ぁぁっ、強く、抉られて……っ、 あぁぁ、ぁぁ、っ、はぁんっ!」 「強くしないとイケないんだ。優しくはできない」 「はい、もっと乱暴に……ぁ、ぁっ! 扱って、くださいませ……っ! もっと、激しく、 力強く……っ」 「はぁぁんっ、ぁぁっ、あ、ぁ、〜〜っ、ふぁっ、 あぁ、ぁぁぁ、ぁ、ぁ、ぁぁんっ!」 「さぁ、真様……っ、いっぱい、いっぱい……、 この芙蓉の中に……精を放ってくださいませ……っ、 あぁ、ぁ、ぁ……っ、ぁぁぁっ」 「……っ」 俺のリズムに合わせ、芙蓉が膣をきゅっと締め付ける。 さすが芙蓉と言うべきか。おかげで、三度目の射精が近い。 「お、そろそろかにゃ〜? 早く早く〜。 ご主人早く〜。あたしもご主人のチンコ欲しい〜」 「もうちょっと、待てって。 あと、そういう下品なことも……っ」 「好きなくせに〜。アイリスもいやらしいこと言ってみて。 ご主人興奮するよ?」 「……」 「マ、マスターのおちんぽ…… お、お、おいしかった、です……」 「ぅ……」 「ほら〜」 「もう、真様? よそ見をしていないで、わたくしの中に 出してくださいませ。はぁ、んっ、早く、くださいぃ。 ほら、早くぅ」 「っ、ちょっと……待った、芙蓉……っ」 「待てません、ぁぁ、ぁ、ぁっ、欲しい、欲しいですぅ、 真様の濃い精液、わたくしの中に、流し込んでぇ……っ、 あぁ、ぁ、はぁ、あぁんっ」 「早くぅ、イッて、イッてください。 はぁ、あぁぁ、ぁ、ぁっ、イッてぇ、真様ぁ、早くぅ」 「くぅ……だ、出すぞ……っ」 「あぁ……はい、はい……っ、出して、くださいっ。 早く、欲しい、欲しいのぉ……っ」 「あぁ、ぁっ、ぁ、ぁ、ぁっ、あぁぁ……っ! はぁん、ふぁぁ、あぁぁぁぁんっ!!」 「はぁぁ……はぁ、はぁ……っ」 「あぁ……熱い……。わたくしの中で、ドクンドクンと……。 はぁぁ……とろけちゃいますぅ…………」 「ふ、芙蓉お姉様の……こんな、表情…… は、初めて……です。うれし、そう……」 「そりゃうれしいだろうさ! さぁ、ご主人! ご主人さぁ! 葵ちゃんのここ! 準備できてますよっ!」 「……」 「……明日じゃ駄目かな」 「駄目っ!」 「……だよな」 荒い息を飲み込みながら、性器を引き抜く。 「ぁん……っ、もう少しだけ繋がっていたかったのに……」 「お姉様……精液が……」 さっき芙蓉がそうしたように、アイリスが芙蓉の膣を押さえる。 普段なら完全にご褒美な絵面だ。 でもやっぱり鼻血出してる余裕はない。 「さっさと終わらせるぞ……葵」 「なにそれ、完全に作業じゃないっすか。 してくれればいいけど」 「は〜い、ご主人様? 葵のここに〜……ぶっといのぶち込んでくださいにゃ♪」 葵が指で膣を広げる。 とろりと溢れた蜜をすくいながら感触を確かめ、一気に奥まで貫いた。 「おっほぉぉぉぉ! きたぁぁぁあああああ! ご主人のおちんぽきたぁぁぁああああん!! ぎもぢい゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛〜〜〜っ!!」 「うぉびびった。おいっ、なんだよそれっ! どうしたっ!」 「ん? こういうの好きなんでしょ?」 「誰情報だよそれ……」 「伊予様」 「……エロゲか」 「はぁぁぁぁん! ご主人のトロトロおちんぽ汁 欲しいのぉぉん! や、やぁっ、らめぇぇええええ! しゅきぃ! しぇっくすしゅきぃぃぃぃいい!!」 「やめろって! 笑えるから! 萎えるからっ!」 「あ、はい。すみません」 「あ、葵お姉様……」 「余韻が台無しに……」 「わかったって! もう変なこと言わないから! ちゃんとするからっ!」 「こっちは疲れてんのに……。もう黙ってろ。動くぞ」 「はぁい。ぁ、ぁっ……! あ〜〜、久しぶりぃ……っ! 気持ちぃ、ぁ……っ」 アイリスや芙蓉とはまた違う感触をした膣内。 中に凹凸があるのか少し引っかかる感じというか、出し入れするだけでいろんな部分を刺激される。 けれど今はその刺激を楽しんでいる余裕はまったくなく。 必死に腰を振った。ただ射精するためだけに。 「あぁ、ぁ……ふぅ、はぁ、んっ……ねぇ、ご主人」 「な、なに」 「きついなら、んっ……やめても、いいよ?」 「え? な、なんだよ、どうしたんだよ」 「前も言ったじゃん。お役目よりなにより、 ご主人が大事だって」 「ご主人つらそうな顔してるし……。 あたしのために無理してるなら、我慢するよ?」 「葵……」 意外な言葉に、不覚にもキュンと来る。 ……そうだな。葵もこんな雑に抱かれたら、嬉しくないよな。 「葵」 「うん、やめる?」 「いいや、激しくするぞ」 「ひゃぁぁんっ」 今日一番の力強さで、膣の奥まで一息に突き上げる。 そのままのペースで、一突き一突き気持ちをこめて腰を振った。 「はぁ、ぁっ、やる気出たぁ? ぁ、ぃ、そこ……ぁぁっ! 気持ちいぃぃ〜〜っ! 媚び媚び作戦成功〜〜っ! ご主人単純だにゃぁ、はぁん、ぁっ」 「……お、お姉様、本心……漏れて、ます……」 「姉さんは正直過ぎます……」 「いいよ、今はその作戦に乗ってやる」 「あ、ぁっ、ぃ、ぃぃっ! そこ、いいよぉ……っ! あぁ、好き、ご主人大好きぃ……っ!」 「はいはい」 「ほんとだってばぁ! ぁ、気持ちぃ……っ! あ、ぁぁっ! エッチも好きぃ……っ! 気持ちいぃぃ……っ!!」 「もっと、ねぇ、ご主人もっと! もっとしてっ! もっとズンズンって、パンパンってぇ! あ、はぁ、ぅぅっ、もっとぉっ!!」 「もう限界ギリギリでやってるっての……っ!」 「でもぉ、足りないのぉっ!!」 「アイリス、仕返しするなら今」 「ぁ、は、はぃ」 「胸じゃなくて、そっちの方が効果的」 「ぇ、と……こ、ここ、ですか……?」 「ひゃうんっ、それいぃっ! いいよぉっ! もっとクリクリしてぇ! あはぁ、あ、ぁぁぁっ!」 俺に突かれ、アイリスにクリトリスをいじられ、葵が乱れまくる。 こうやって悦びをむき出しにするのは、葵が一番だな。 それでこそ、がんばりがいがあるってもんだ。 「ぁ、すごっ、いぃ、いいよぉっ! すごぃぃ……っ! 気持ちぃ、あ、はっ、はぁぁっ、ご主人、 気持ちいぃよぉっ」 「にゃぁんっ、飛んじゃう、飛んじゃぅぅっ! はぁぁ、わかんない、ぁ、ぁっ! よくわかんないけど、 飛ぶぅぅっ!」 「よくわかんないってなんだよ、笑わせにきてるのか お前は」 「してないぃ! まじめぇ! あ、ぁっ! それっ、 それ好きぃ! ご主人もっとそれしてぇっ! アイリスもやめちゃだめぇ!」 「は、はぃ……っ」 「はぁぁ、やっぱり、エッチ、気持ち、いぃ……っ! 好きぃ……っ! ずっと、してたいぃぃ……っ! ぁ、ぁ、ぁ、ぁぁぁっ、〜〜っ」 「ずっとは、無理だ……っ、もうイク……!」 「えぇぇ、やぁだぁああっ! もっとぉぉ!」 「真様の精子、欲しくないの?」 「欲しいぃぃぃ! 出してぇぇぇ!!」 「どっちだよ。いや出すけど、さ」 「あ、ぁっ! 奥の方、気持ちぃっ……! 奥に、出してぇっ! ズンズンって、奥にぃっ」 「あっ、ぃっ、いぃっ、あぁぁっ、はぁ、ぁ、ぁっ! あぁぁっ、いいよぉっ! はぁ、ぅぅっ、いいからぁっ、 ご主人、出してぇっ」 「くぅ……っ、一回、言ってみたいこと、あるんだけど」 「はぁ、ぁっ、なに〜?」 「葵、膣内に出すぞ……っ!」 「結局ギャグじゃぁんっ、はぁ、ぁっ、いいよぉ、 ちょうだい? せ〜し、欲しいにゃあっ!」 「あぁぁ、ぁ、ぁっ、そこ、ぃっ、ふぁっ、 はぁ、ぁ、ぁ、あぁんっ、あぁぁ、ぁ〜〜っ、 ふぁぁっ」 「――ッ」 「ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、やぁぁぁんっ!」 「ふぁぁ、は、ぁ、はぁ、あぁ、ぁ、ぁぁ……っ」 「ぅ……っ、はぁ、はぁ……っ、 よっし、終わったぁ……っ!」 「……っ、ぁぁぁあああ! だめへぇ!! ミルクぴゅ〜〜って、びゅ〜ってれれるぅっ! きもひぃぃぃぃぃいいいい!!」 「お、お前……っ! 最後の最後に……!」 「にゃっしっしっ、笑いで疲れも吹っ飛ぶでしょ?」 「いや、それは……どうかな」 性器を引き抜く。 そのまま立ち上がろうとして、くらりと目眩。 「え、ご、ご主人?」 「真様……っ」 「ぁ、ゎ、マスター!」 倒れ込んだ俺を、三人が慌てて支える。 あ、無理。もう無理。まじ無理。 「だ、大丈夫ですか?」 「……き、気持ち悪い…………」 「うわっ! 顔真っ青! あはっ! あははははっ!」 「姉さんっ! 笑い事じゃありませんっ!」 「ぁ、ぁの、き、きも、気持ち、悪いなら……っ あ、アイリスの、手に、は、は、吐いても……っ」 「いやそれどうよ、その献身さはどうなのよ」 「いや、ちょっと、いいから。休ませて……。 ちょっと休ませて……。寝たい……」 「ま、ますたぁっ!」 「死ぬなっ! 死ぬな真ぉぉぉおおおお!!」 「うるせぇっ! いいから寝かせて――」 「あれ、ここかな? 滝川琴莉、始業式を終えて――」 「――ぁ」 「ぇ?」 「……」 「……」 気まずい沈黙が流れた。 琴莉の目は、裸の俺たちとどこか虚空を行ったり来たりしている。 な、なんてタイミングで……! 「あら、琴莉さん」 「こ、こん、にち、はっ」 「コトリンも一発やってく?」 「ぇ、ぁ、ぇ、ぇと……」 「……」 「…………」 「ご、ごめんなさいぃぃいいい!」 「ま、待った、琴莉! 待った……!」 逃げ出した琴莉を追いかけようとするも、腕を伸ばすのが精一杯だった。 別に誤解とかはないし、追いかけたところでどうすんだって話ではあるんだけど、とにかく体に力が入らなくて。 今日一日……俺はまったく、身動きがとれなかった。 あと一時間とちょっとで、由美との約束の時間。 朝食を軽めに済ませてしっかりと腹を空かせてあるんだけど、少々問題が発生した。 「……うぐぐ」 呻きながら、ベッドの上を転がる。 どうも神経が高ぶっているというかなんというか……。変な期待をしてしまっている。 昨日結構いい感じだった。だから今日もいい感じで、もしかしたら……なんて。 都合のよすぎる妄想だ。 けれどどうしても『ありえない』と笑い飛ばすことができなかった。 “もしかしたら”を、俺はたぶん望んでいる。 「……」 むくりと起き上がる。 駄目だ、このままでは。 脳を下半身と直結させたまま由美の部屋に行くわけにはいかない。 がっかりして妙な空気にしてしまうのがオチだ。 凪のように穏やかな心を手に入れなければ。 そのために……。 ……。 できればこういう風にはしたくなかったんだけど、仕方ない。 部屋を出て一階へ。 廊下から居間の様子を窺う。 アイリスがウーパくんを抱きしめながらテレビを見ている。 葵は縁側で熟睡。芙蓉は台所かな。 好都合だ。芙蓉はともかく、葵に気づかれるとちょっとめんどくさい。 心の中で、アイリスを呼ぶ。たぶんこの距離なら届くだろう。 (アイリス) 「…………」 (アイリ〜ス) 「?」 気づいた。立ち上がって、俺に駆け寄る。 (はい、マスター) (テレビ見終わったら俺の部屋来てくれる?) (もうすぐお出かけされるんですよね) (ああ、そうだね。あと一時間くらいで) (ではただちに) (ありがとう。おいで) (はい) アイリスを連れて、部屋に戻る。 「さて、アイリス」 (はい。なんでしょうか) 「まぁ……あれだ」 (はい?) 「ちょっと言いにくいから……読んでくれ。 俺の心」 (いいんですか?) 「頼む」 (はい) 「……」 「…………」 「………………」 「っ」 俺の頼み事を把握したんだろう。ボッと頬が紅潮した。 (あ、あの……) 「……」 (ア、アイリスで、よければ……) 「ありがとう、おいで」 (は、はい) ベッドに腰掛ける。アイリスは俺の膝の上に座ろうとして、躊躇って、結局隣に。 葵や芙蓉とは違う恥じらった反応が可愛くて、つい俺も積極的に。 (ぁ……) アイリスを抱え上げ膝の上に乗せて。 後ろから、抱きしめた。 (恥ずかしいです……) 「今からもっと恥ずかしいことするよ」 (は、はい……) 俺の腕の中で、アイリスは少しだけ震えていた。 もっと恥ずかしいこと。つまり……アレだ。 ムラムラしてるから、ヤらせてくれと。 芙蓉に言われたからってのはあるけど、やっぱり抵抗はある。 アイリスを大事にしていないみたいで。 (いえ、嬉しいです) 心を読み、アイリスが俺を見上げ微笑む。 (マスターのお役に立つことがアイリスの喜びです。 アイリスを選んでくださったことが至上の喜びです) (ですから精一杯、ご奉仕させていただきます。 だからアイリスで……性処理をしてください) (アイリスも、マスターの、その……、 精子が……欲しいです) 「そうか……。ありがとう。じゃあ……遠慮なく」 (はい。もうマスターを受け入れる準備は……出来ています) アイリスが自ら下着を脱ぎ、スカートをたくし上げた。 本人的には、結構勇気のいる行動だったんだろう。 顔が真っ赤。それにやっぱり、緊張で震えてる。 「怖い?」 (いえ、期待が大きすぎて……) 「そっか。少しはほぐれるかな」 「ぁ……っ」 指先で割れ目を軽くなぞる。 ハチミツをすくったみたいに、愛液がたっぷりと絡みつく。 葵や芙蓉と同じだ。確かにもう準備はできている。 鬼が濡れやすいのは、セックスを楽しむことよりも精を体内に取り込むことが重要だからだろうか。 まぁ、なんでもいいか。 「……、……」 (マスター……) 「入れるよ」 (はい……。お願いします……) ファスナーを開け性器を取りだし、少しアイリスの体を浮かせて。 ゆっくりと、中へ。 「はぁ、ぁ、ぁ……」 「……っ」 「ぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「うぉっ」 いつものアイリスからは想像もつかない声量に、ちょっとびびる。 痛かったのかもしれない。アイリスの中は、驚くほど狭い。 (い、いえ、痛くは……っ) 「ふわ、ぁ、ぁ、ふぁ……っ、〜〜〜〜っ!」 びくびくっ! と突然体を痙攣させる。 うぇ? えっ? 「はぁ、はぁぁ…………ぁ〜〜〜…………」 (気持ち、よすぎて……) 「イッちゃいまひたぁ……」 「え、い、入れただけで?」 「はひぃ…………」 (マスターのおちんちん……) 「きもひいぃれすぅ……」 もうテレパシーを送っているのか自分の口で話しているのか判断がつかないんだろう。 アイリスの目はとろんとしていて、すっかり理性を失っているように見えて。 っていうかおちんちんて。アイリスちゃん、おちんちんて。 そんな可愛い顔してなんてこと言うんですか。お兄さん大興奮ですよっ。 「う、動いても、いいですかぁ……?」 「あ、あぁ」 「はぁ、ぁぁ、ぁ〜〜っ、ぁぁ、〜〜〜っ」 (あぁ、マスター、マスター……!) 「ぁぁぁ〜〜〜っ!!」 アイリスの声が二重に響く。 始まってしまえばやっぱり鬼、ということか。自ら腰を振り貪欲に快感を求め始める。 ただ普段大人しい分―― 「っ、っ、っ、ぁぁ、〜〜〜〜〜〜〜っ!」 このギャップが凄まじい。 興奮でペニスがさらに膨張し、ただでさえ狭いアイリスの膣内がより窮屈に感じられる。 アイリスが動くたびに、裂けてしまうんじゃないかと思えるほど膣口が大きく開き、歪に形を変え、愛液を涎のように垂れ流す。 「はぁ、ぁ、ぁっ、ぅぅ、はぁぁ、ぁ〜〜〜っ」 (大丈夫、ですか? うまくできていますか……?) 「ああ、気持ちいいよ。でももうちょっと声抑えられるか? 葵に乱入されそう」 (や、やって、みます) 「ますたぁ、とふたりきり、が、いいからぁ」 (がんばって、お、抑え、ます) 「っ、っ、っ、ぁ、……っ、ぁぁぁ……っ、でも……っ」 (難しぃ……っ) 「がんばって」 「っ、ふぁぁぁ!!」 軽く腰を突き上げただけで、アイリスの口から甲高い嬌声があがり、肩をすくめ全身を強ばらせた。 ……反応よすぎだな。やばい、燃えてきた。 もっと乱れさせたい。 「ま、ますたぁが、動いたらぁ……っ!」 (声、我慢……っ) 「できないれすぅ……っ!」 「駄目だ。我慢して」 (でも……っ) 「あぁぁっ、ぁ〜〜〜っ、ぁぁぁ〜〜〜〜っ!」 (できない、ですぅ……っ!) 「俺の言うこときけない?」 (ききます……っ、がんばりますっ、でも、でもぉ) 「きもひよすぎてぇ……っ、あぁぁんっ! ぁ、ぁ〜〜〜〜っ、っ、っ、っ、……っ」 「あぁぁ……っ、だめぇ……っ! こえ、れちゃうぅ……っ! あぁ、だめ、だめ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜〜〜〜っ!」 (ごめんなさいごめんなさい気持ちいいんですごめんなさい! 気持ちいい気持ちいいよぉ! ごめんなさい、 声出ちゃいますぅ! 気持ちいいんですぅ!) 「守れないか。じゃあお仕置きだな」 (はい、はいっ、いじめてください! アイリスのこと もっといじめてください! 気持ちいい気持ちいい……っ、 気持ちいいよぉ! もっといじめてくださいマスタァ!) 「ふぁぁっ、ぁ〜〜〜〜、あ、ぁっ! あ〜〜っ、ぁぁ〜〜〜〜っ、っ、っ! あぁぁん、ぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」 完全に理性の糸が切れ、アイリスは一心不乱に腰をくねらせる。 俺のリズムに合わせるなんて、そんなことはおかまいなしに、ただめちゃくちゃに。 ベッドはギシギシと軋み、結合部からはクチュクチュと淫靡な音が響く。 そしてそれをかき消すほどの大きさで、アイリスは喘ぎ続けた。 「ぁぁ、ぁっ、ごめんなさいごめんなひゃぃ……っ! 声、ごめんなひゃぃぃ……っ! ぁぁ、ぁ〜〜〜っ!」 「アイリスは、いけない子ですぅ……っ! だからもっと、おしおきして、くらひゃぃぃ……っ! いじめて、欲しぃですぅ……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜〜っ、ふぁぁ〜〜〜〜っ!」 涎がぽたぽたとドレスに垂れ、秘所からは愛液がおもらしでもしたように大量に流れ出ていた。 膣はひくつき、俺自身にぴたりと吸いついて離れない。 「あぁ、マスター、マスタァ……! お仕置き、してください……っ、ますたぁのおちんちんで、 アイリスにぃ、お仕置きぃ……っ」 「ぁ、ぁ〜〜〜っ、ぁぁぁ〜〜〜〜っ! ぁ、イク、イクイク、イク……っ、お仕置きされて、 イッちゃう、イッちゃ、ぅ、イッちゃうぅ……っ!」 「いい、ですか? イッても、いいれすかぁ? 駄目、ですかぁ? イキたい、ですぅ、 イッちゃいますぅ……っ!!」 「もう少しだけ、我慢」 「はい、はいぃ……っ! 我慢、します……っ! ますたぁの命令に、したがぃ、ますぅぅ……っ!」 「あぁ、ぁぁぁ、でも、ぁ〜〜〜っ! イッちゃぅ、イッちゃいます、からぁ……っ!」 「がまんできない、アイリスにぃ、おしおき、 おしおき、くださぃ、おしおき、してぇ……っ!」 「あぁぁ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……! イク、イクイク、イク……っ、ごめんなさいごめんなさい、 イッちゃぅっ、イッちゃいますぅ……っ!」 「イクイク、イクッ、イクゥ……っ! ごめんなさい、 イキます、イクイクイクイク、イク、イクっ!」 「く……っ!」 「イクぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜っ!!」 「ふぁぁ、っ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁ、ぁぁ〜〜〜っ」 アイリスが全身を硬直させると同時に、俺も達した。 小刻みに痙攣し続ける小さな体の中に、大量の精液を吐き出す。 「ふぁぁ……出てます……、いっぱい、ますたぁの、 せいえきぃ……」 「……」 「ぁ……」 (ご、ごめんなさい、イッてしまいました……。 声も我慢できなくて……) 「いいよ、俺もイッてるし」 我に返りしゅんとするアイリスが可愛くて、抱きしめる。 脱力感はあるが……ああ、俺は今とても優しい気持ちになっている。 まさに聖人君子。明鏡止水の境地。 「ありがとう、すっきりしたよ」 (は、はい。ぁ、待って……ください) 性器を引き抜こうとしたが、アイリスが俺の腕を掴む。 そしてきゅうっと膣を締め付けて、『はふぅ』と吐息をこぼした。 (最後の一滴まで……アイリスのものです) 「満足できた?」 (はい、とても……幸せでした。 アイリスはマスターのお役に立てましたか?) 「すごく」 「よかった……」 肉声でこぼし、ふにゃんと崩れる。 ゆっくりと結合をといて、アイリスをそのままベッドに寝かせた。 「疲れたろ、休んでて」 「あぁ……」 「うん?」 (アイリスので汚れてます。ふきふきします) 「……お、ぉ」 アイリスがティッシュに手を伸ばし数枚とって、男性器に付着した愛液を拭う。 そこでまた熱い欲求に目覚めかけたが、なんとか耐えた。危なかったぜ。 (綺麗になりました。これでお出かけ……できますね) 「ありがとう」 頭を撫でる。アイリスは嬉しそうに笑った。 「よし、行くか」 出しっ放しの息子をズボンの中にしまい、準備万端。 大丈夫だ。これで昨日みたいに、由美と自然に話せる。 「行ってくるよ」 (はい。行ってらっしゃいませ、マスター) アイリスの額にキスをして、部屋を出た。 意気揚々と家を出たものの、ちょっとフライングすぎた。 約束の時間までまだ時間があるから、嶋さんの様子を見に来た。もちろん、刺激しないように遠くから。 嶋さんの対応や犯人の思念の追跡は、葵とアイリスへ完全に任せるつもりだ。俺にできることはほとんどないから。 けれど昼間の様子をこの目で確認しておきたかった。本当に声をかけない限り、周囲に干渉しないのかどうか。 嶋さんは、梓さんに見せてもらった写真と同じ位置に佇んでいた。工事現場には作業員が溢れている。嶋さんは彼らに関心を示さず、ただ俯いていた。 それだけだ、身動き一つしない。 学校に行っているはずの時間、家にいるはずの時間。殺された時間まで、もしかしたらああやって意識を飛ばしたようにじっとしているのかもしれない。 なんにせよ、確かにこちらが刺激しない限り嶋さんは人を襲わないようだ。ちょっと安心。 ……俺の視線に気がつかないうちに退散しよう。また襲われたら大変だ。 「……あれ?」 数歩歩いて、すぐ立ち止まる。 近くのドラッグストアから、由美が出てきた。ビニール袋を下げてる。日用品でも買ってたのかな。 小走りで駆け寄り、声をかけた。 「おす」 「えっ」 びくぅ! っと肩をすくめて、振り返る。 ……そんなに驚かんでも。 「あ……ま、真くん……っ?」 「キョドりすぎ。買い物?」 「う、うん、お塩とか……そ、その他、い、色々?」 「塩? 売ってるんだ?」 「うん。食料品もあるから。カップラーメンとか、缶詰とか、 スーパーより安いよ」 「へぇ……知らなかった。今度来てみようかな」 「真くんも買い物じゃなかったの?」 「いや、俺は家を早く出すぎたからブラブラしてただけ。 っていうか」 「うん?」 「眼鏡の由美、久しぶりに見た」 「あ……ちょっと出かけるときとかはコンタクト面倒で……。 ずっと使ってるのだから、レンズにちょっと 傷とか入ってて恥ずかしいんだけど……。変、だよね?」 「いや、昔みたいでほっとする」 「ぁ……あ、ありがとう」 「あぁ、いや……」 微妙な発言をしてしまった。 昔みたいって、なに言ってるんだ、俺は。 「あ、えと……もう、うち来る?」 「いい?」 「うん。今日はちゃんと片付けてあるよ」 「昨日は下着干しっぱなしだったもんな」 「あれ、そういうこと言うタイプじゃなかったのに」 「そういうことって?」 「セ・ク・ハ・ラ」 「いつも油断しすぎな由美が悪い」 「いつもって?」 「授業受けてるときとか、集中すると足が広がって パンツ見えてたときがある」 「え〜っ、それは言ってよ〜!」 「言えない言えない。今の俺と違って思春期の俺は セクハラ発言できないから」 「も〜、も〜〜っ」 「痛い痛いっ」 歩きながら、腕をペチペチと叩かれる。 あれ? 付き合ってたときより自然な会話ができてないか、と思ったりして。 それが昔以上に仲良くなりつつあるのか、それとも、逆に距離がある程度できたからなのかは、よくわからない。 けれど、せっかくアイリスに手伝ってもらったのに。 「今日は材料も買っておいたから、 ちゃんとしたもの作れるよ。ハンバーグとか」 「そりゃ楽しみ」 由美と並んで歩き、笑いあうこの状況に。 胸が高鳴っている、自分がいた。 「お邪魔しま〜す」 「はい、いらっしゃいませ〜」 少しだけ扉の前で待たされて、『やっぱり片付いてなかったんじゃん』『念のためです』なんてやりとりを挟みつつ、部屋の中へ。 昨日と同じように座椅子に座り、部屋の中をきょろきょろ。 部屋に充満する甘い香り。無条件で、落ち着かなくなる。 「あ、勝手にハンバーグとか言っちゃったけど、 大丈夫?」 「好きだよ、ハンバーグ」 「ふふ、だよね。よっしと」 髪を束ねて、気合いを入れる。 「お、今日は本気っぽい」 「昨日みたいな失敗したくないから。 しばらく待っててね。 準備しておくつもりだったんだけど……ごめんね」 「俺が早く来ちゃったから。ゆっくりでいいよ」 「うん、待っててね」 微笑んで、台所へ。 ハンバーグか。結構手間がかかるイメージだけど……。 「なにか手伝うことある?」 「大丈夫〜。テレビとか見ててもいいよ〜」 「へ〜い」 テレビをつける。チャンネルは変えず、そのまま。 特に頭には入ってこない。ただつけているだけ。 意識は、台所にいる由美に。 ……。 駄目だな、やっぱり変なことを考えてしまう。 思春期かっつーの。もうちょっと落ち着きたいね……。 「ん〜……あれ? ん〜〜〜っ」 台所から変な声。 何事かと、テレビを消して様子を見に行く。 「どしたの?」 「袋が切れない……。そっちにハサミないかな〜?」 「ハサミ? どこらへん?」 「テーブルの上とか〜」 「ん〜……ない」 「じゃあ引き出しの中」 「開けてもいいの?」 「うん、テレビの近くの」 「はいはい」 チェストに近づき、一番上の引き出しを開ける。 なし。 二番目を開ける。 こっちも――。 「?」 ハサミはなかったけれど、ふと目についた物。 一瞬なにかわからず、首を傾げて。 何気なく、手に取ってしまったのは。 「あぁ……」 ……コンドームか、これ。 ……。 ……なんだ。俺の女性関係を気にしてたのに、自分だってやることはやってるんじゃないか。 「ハサミあった? ……ぁっ!」 戻ってきた由美の、焦った声。 顔を見ることはできなかった。 というより今の俺の顔を、見られたくなかった。 「あ、えと、それは……っ!」 「帰るよ」 「え、ど、どうして?」 「彼氏に悪い」 「か、彼氏? なんで?」 「なんでって……」 それを言わせるのか、俺に。 「……彼氏と過ごす部屋に、他の男連れこんじゃ駄目だろ」 「え、えぇっ? か、彼氏なんて……っ」 「いるんだろ?」 「え……ぇ? いる、つもり……だけど……」 「つもりって……なんだよそれ」 「だって、相手は私のこと……彼女って、 思ってないかもしれないから……」 「……だから俺を部屋に呼んでもいいって?」 「えぇと、ご、誤解してる。この部屋に男の人、 真くんしか入れたことないっ、お、お父さん以外はっ!」 「なんで嘘つく。だったら、こんな物あるはずないだろ」 「嘘じゃないってば!」 「だからそういうのいいって」 「本当なのっ、ずっとあるわけじゃないのっ! さっき買ったの!」 「さっきって……は? さっき?」 「……」 「ドラッグストアで?」 「そ、そう……です」 「えぇと……こ、このあと、彼氏と?」 「そ、そんなわけない。真くんとしか……会う約束してない」 「あれ……じゃあ、あれ? これ……」 「…………」 「えっ?」 「………………」 由美の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。 俺もちょっとずつ、事態が飲み込めてきて。 どんな顔をしていいのか。どんな態度をとればいいのか。どんなことを言えばいいのか。 ……パニックだ。 「あ、あの……」 「……」 「こ、こんなはずじゃ……なかったんだけど、その……」 「…………」 「き、聞いてください」 「は、はい」 「あ、あの、芙蓉さんとの、関係を……なんていうか、 その、聞いて、やっぱり……えと、 悔しかったっていうか……」 「二人の関係、壊すつもりは……ないんだけど、 でも、それでも、諦めるなら、できること全部しなきゃって 思って……」 「だから、あの、ちょっと、妄想しすぎて、 暴走しちゃったのは、えぇと、認めるけど、 もしもに備えておきたかったというか……」 「もしうまくいったとき、無理って言いたくなくて、 だから、あの、あらゆる可能性を排除せず統計学的に 最も信頼のおける選択肢を合理的に選び――」 「え、ぇ? わかんないわかんない、つ、つまり?」 「だ、だから。も、もう、わかってるでしょ?」 「わ、わかるけど、結論言ってくれないと、 どういう反応していいか……」 「うぅ……だから、あの、だから、わかりやすく 結論を言えば……」 「その、えぇと……ま、真くんは……」 「……」 「き、聞いてる?」 「き、聞いてる。真剣に」 「は、はい……。えと、だから……」 「真くんは私のこと……どう思ってるかわからないけど」 「…………」 「私は……真くんと別れたつもり……ない、です」 「ごめんなさい。まだ……好きです。大好きです」 「だからまた私と……」 「………………」 「つ、付き合って、ください」 「…………………………」 一瞬、頭が真っ白になった。 その後『え?』って言葉で埋め尽くされる。 まだ、好き? 付き合ってください? もう終わったと思ったのに? 由美は美人だから次に進んでいるだろうって。 期待を裏切られたと、身勝手にイライラしていたのに。 それでも、こんな俺を……好き? 「あ、ぅ、だ、だから、それを買ったのは、 そういう覚悟も、あったってことで……」 「だ、だって、芙蓉さんとは、その、大人の関係なんでしょ? だから私も、使う使わないは別にしてそれくらいの気持ちが なきゃって思って――」 「だから、別に、そうっ、は、初めて買って、 すごく恥ずかしくて、レジの前何度も 行ったり来たりして――」 「恥ずかしくても、負けちゃ駄目だって思って、 だからがんばって……」 「だから、だから……」 「……」 「返事を……聞かせてください」 「ずっと……好きでした。 離れてる間も……ずっと」 「あなたのことだけが……好きでした」 「……」 「……」 「や、やっぱり、駄目……だよね。 真くんには芙蓉さんが――」 「……もう無理」 「へ? え? わ、わ、ゎっ、何? きゃっ」 辛抱堪らず由美を抱きしめ、強引に、ただ強引に力任せに、無理矢理その場から移動させて、ベッドに押し倒した。 胸の内でもやもやしていたものが爆発的に膨れあがり、もう抑えることができなかった。 「え、ぇ、ぇっ……」 「由美」 「は、はい」 「好きだっ」 「ふぇっ? ん、んん……っ」 慌てる間も返事をする間も与えず、唇を塞いだ。 思い出す。これが三度目のキス。 一度目も二度目も、ただ唇を触れあわせただけで二人とも真っ赤になってしまった。 でも今は違う。 「ん、はぁ……ん、ちゅ……んん、っ」 閉じた唇を割り舌をねじ込んで。 由美の口内を舐め回し、舌同士を絡め、唾液を流し込む。 ずっとしたかったキス。今、叶える。 「っ、……、はぁ、んん、ん、……はふ、ん、……、はぁ……」 俺の一方的な願望。受け止めてくれたのか、戸惑っていた由美の体から、力が抜ける。 身を任せ、遠慮がちに俺の舌を迎え、切なげに喘ぐ。 互いの唾液を混ぜ合わせ、たっぷりと久しぶりのキスを楽しんで。 「…………はぁ…………」 見つめ合い、唾液の糸を引きながら、絡めた舌をほどく。 「……」 残った感触を確かめるように、由美が人差し指で唇に触れる。 そして身をよじり、真っ赤になった顔を背けた。 「……いいよな?」 「…………」 ちらりと、一瞬だけ俺を見て。 口を少し開け、なにか言いかけ。 結局言葉にならず、ただこくんと、うなずいた。 「……由美」 「んっ……ぁ、ん、ちゅ……んん、ん……」 またキスをする。 唇を優しく吸いながら、胸に触れた。 指が沈む。下着の、少し固い感触。 「ぁ……はぁ、……、んっ、……っ、ちゅ、ん、っ、んっ」 唇は離さず、ノースリーブの裾に手を持っていく。 「ぁ、ん……」 反射的にか、わずかな抵抗。由美の手が俺の手に重なる。 けれどすぐに離れて、代わりに俺の背中に手を添える。 『大丈夫』と意思表示。 あまり怖がらせないよう、ゆっくり。 けれど肌が見えるにつれ、気持ちの高ぶりを抑えられず。 結局は少し乱暴にノースリーブをめくり上げ、下着をはぎ取った。 「…………、あ、あんまり、見ないで……」 「無理だよ」 隠そうとした腕を掴んで。 直に胸に触れる。 「ぁ……、……っ」 押し殺した吐息。頭に血が上った俺には、どこか遠く聞こえて。 「んっ、っ、はぁ……、は、はずか、しぃ……っ」 鷲掴みにする、乳首をつまむ、口に含む。 乳房がひしゃげる、乳首が勃つ、唾液でぬめる。 「はぁ…………はぁ、ぁ、……はぁ……、んっ、 ……、はぁ……」 由美が両の手の平で顔を覆い、息を弾ませる。 夢中で胸を揉み、乳首を吸う。 愚息はズボンの中で、すでにガチガチになっていて。 今すぐ取り出して、この柔らかな胸に挟んで、しごきたかった。 けれど、まだギリギリ理性は残っていて。 最初からそれは飛ばしすぎだろって、引かれちまうぞって。パイズリは、今は我慢。 それに、もっとしたいことがある。 「由美……」 「……、はぁ…………、っ、はぁ……」 名前を呼ぶ、返ってきたのは吐息だけ。 ショートパンツに触れる。 「……っ、っ、はぁ、ぁ、はぁ……、っ……」 さらに息が荒くなる。身をよじる。 けれど、嫌がりはしない。 ボタンを外し、ジッパーを下ろす。下着が見える。 「っ、ぁ、……、はぁ、ぅぅ、ふぅ、はぁ、はぁぁ……」 声が震えている。足を曲げて、太ももをぴったりとくっつける。 恥じらいからの、ささやかな抵抗。 けれど俺がパンツを脱がそうとすると、すぐに諦めて。 足を少し開き、されるがままに。 「ぁぁ……もぅ……死んじゃぅ…………」 声は震えているどころか、もう涙声に近くて。 少し罪悪感。 でも、俺の欲情を鎮めるほどじゃあない。 「……ぅぅ、はぁ……ぅ、はぁ……はぁぁ……、っ、 はぁ……」 肩で息をする。そのたびに、胸も上下する。 下半身は、完全に露わになっていて。 この姿を、由美の裸を、何度妄想したか。 正直に白状すれば、オカズにしたのも一度や二度じゃない。 この肌に触れたかった。胸を揉みたかった。乳首にしゃぶりつきたかった。セックスをしたかった。 ほとんど叶えた。最後の一つも、目の前に。 「触るから」 「はぁ……ん、っ、は、はぃ…………」 由美が頷いたのを確認して、割れ目を指でなぞる。 ……ここで初めて、俺は少し焦る。 濡れている。濡れてはいるが……葵や、芙蓉や、アイリスのように、ドロドロとは決して言えず。 汗ばむように、しっとり。この程度では、たぶん挿入はまだ早いだろう。 ……そうだよな。俺って、イージーモードでみんなに“抱かせてもらっていた”だけなんだ。 由美を感じさせることができるのか、急に不安になる。 「……真、くん?」 急に動きを止めた俺に、由美も不安げな視線。 『いや』と首を振って、情けない胸中を悟られたくなくて、半ばやけくそ。 膣口を広げ、顔を近づけた。 「ゎ、ゎっ、ま、待って……!」 そこで今日一番の、強い抵抗。拒絶。 腰を捻って、俺から逃れようとする。 「……怖い?」 「ぇ、と……怖く、ないわけじゃ、ないけど……」 「じゃあ、やめておくか?」 「う、ううん。ずっと……うん、ずっと……覚悟だけは、 決めていたから……真くんと、その、私も…… したい、けど……」 「け、けど、その、その前に……えと、き、汚いから、 しっ、しゃ、シャワー、あ、浴びて、いい……?」 「あぁ……」 「だ、駄目?」 「駄目」 「えっ、で、でで、でも――ぁ、ひゃん……っ!!」 無理矢理足をこじ開け、指ではなく舌で割れ目をなぞる。 味は思ったほど特徴的なものではなく。匂いだってしなくて。 汚いなんて、俺はまったく思わなかったから。 夢中で、そして無茶苦茶に、キスをして、割れ目に舌を潜り込ませ、由美を味わった。 「ぁ、だ、め……き、汚い、汚いからぁ……っ! ぁぁ、は、ぁ……っ、ぁぁ、ぁ……っ!」 「ふぅ、ま、待って、真くん、おねが、ぃ……っ! ぁぁ、ぁっ、〜っ、はぁ、ぁ、ぁっ」 さっきまでの吐息とは、様子の違う声。 喘いでる。由美が。 なんだ俺、できるじゃん。調子に乗って、益々行為は加速する。 「――ぁっ、だ、め……っ! はずか、し……っ! こ、こんなの、へ、変、だよぉ……っ! ほんと、汚い、からぁ……っ!」 じゅるじゅると音を立てながら、膣に吸いつく。 「ぁ、だめだめだめっ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁぁぁっ! はぁ、ぁぁ、ぁ……っ、ま、って……! おねがぃぃ……っ、ぁぁぁっ!」 指で思い切り広げ、ぷっくりと膨らんだクリトリスを舌先で転がす。 「ぁ、ぁっ、だめっ、ふぁ、こ、怖い……っ、 あぁぁ、待って、こんなの、お、お願い、お願いぃ……っ、 真くん……っ! 真、くん……っ! お願い……っ!!」 膣内に舌をねじ込んで、かき回す。 由美がぐっと俺の頭を押して、腰が逃げる。 「真、くん……っ!」 「……」 我に返る。 今のは、本気の拒絶だった。 「はぁ、は〜〜…………はぁ、ぅ、はぁ……」 「ご、ごめん……」 「う、ううん……私も……ご、ごめん……。 は、恥ずかしすぎて……あと、刺激が……その……」 「強かった?」 「び、びっくり……した」 「や、優しくする」 「う、うん……ありが、とう……初めて……だから……。 ……ごめんね?」 「え、初めて……」 「もう……さっきも、言ったよ? 私は、別れたつもり……ないって」 「真くん以外と……付き合ったこと……ないもん」 「あ……」 「……」 「初めて、貰っていい?」 「……うん。そのつもりで……ずっと、待ってたから」 「……じゃあ、入れるから」 「……うん。あ、えと……」 「わかってる」 箱から、コンドームを一つ取り出す。 袋を破る。俺もズボンと下着を脱ぐ。 我慢汁でドロドロになった亀頭に被せ、少しずつ装着。 「ああ、くそ」 空気が入った。失敗。乱暴に外す。 落ち着いて、もう一回。 また少し空気が入った。でも我慢の限界。 たぶん許容範囲。そう言い聞かせて、由美の大事な場所に、俺自身をあてがう。 「いくよ?」 「う、うん」 「……」 「ぅ…………っ」 まずは亀頭を潜り込ませる。 強い抵抗。まだ濡らすべきだった? けれど今さら、前戯には戻れない。 「ぁ、ぁ、ぁ……っ」 ゆっくりと、腰を前に。 徐々にだけど、進んでいく。 「はぅ、ぁ……っ、ぅぅ…………っ」 さらに強い抵抗。これがそうなのかな、と予想をつけて。 『いくよ』と声をかけて、思い切って、前進。 「ぁっ、い、ったぁ………………っ!」 由美の表情が、苦悶に歪む。 びびってしまったのか、反射的に腰を引く。 結合部が、うっすらとピンク色に。 愛液に混ざった、破瓜の血。 ……ちょっと冷静になる。 「だ、大丈夫か?」 「う、うん……。今の……嘘。 つい言っちゃっただけで……痛く、ない」 「嘘つけ」 「ほんと」 「嘘だ」 「ほ〜〜ん〜〜と!」 ムキになる。 いつも遠慮がちなくせに、妙なところでムキになるんだよな……。 「好きにして……いいから」 「ほんとに好きにするぞ?」 「うん」 「乱暴にしちゃうぞ?」 「いいよ」 「痛かったら言えよ?」 「痛くないから大丈夫」 「知らないぞ」 「ふふ、ぁ、はぁ……ぁ、ぁっ……」 ゆっくりと、ピストンを開始する。 呻き声とも喘ぎ声ともつかない声。 痛みを気取られないよう、由美は微笑んでる。 「ぁ、ん……はぁ、ぁっ……真、くん……好きだよ?」 「あぁ……俺もだ」 「……やった。ぁ、ぁんっ、ぁぁ、はぁ、ぁぁ、 はぁ、はぁっ」 由美が笑う。 ああこんな顔、いつ以来だろう。 嫌いになったわけじゃなかった。疎ましいわけでもなかった。 けれど俺たちはすれ違い、違う道を歩き始めた。 「真、くん……っ! 好き、好き……っ、好きぃ……っ!」 意地を張らず、早く素直になれていれば。 俺たちの“今”は、もっと先に進んでいたんだろうか。 でももう、関係ない。 「ぁぁ、ぁっ、はぁっ、好きだよ、好き、好きですっ、 好きっ、好き、好き……っ!」 繋がっているから。 俺たちはやっと、一つになれたから。 ようやく迎えた。夢見ていた、この瞬間を。 「由美……っ!!」 「……あっ! あぁぁっ、真、くんっ! あぁぁっ!!」 想いが溢れ、優しくするなんて約束はどこかに消えて。 がむしゃらに腰を叩きつける。 これしかできない。気持ちを伝えるには、これしか。 「由美、由美……っ」 「あぅっ、ぃっ、ぁ……っ! あぁぁっ、真、くん……っ! はぁ、ぁ、ぁ、っ、っ、ぅぅぅ、っ、〜っ、っ、っ」 「ぁっ、ぁ、ぁっ、あんっ! あぁぁっ、――っ、 はぁ、はっ! っ、はぁ、っ、はぁぁ、 ぁ、ぁぁぁっ、っ、ぁ、ぁっ!」 「由美、好きだ、好きだ……っ」 「私も好き、好きぃ……っ! ずっと、真くんのこと、 好き……っ! あぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ、 真、くぅん……っ!」 「く……っ」 「はぁ、ぁぁ、いいよ、遠慮、しなくて、いいからぁ……っ! もっと、しても……いいからぁっ! はぁ、ぁぁ、ぁっ」 「気持ち、いいよ、真くん、気持ちいいからぁ、あぁぁ、 真くん、真くん、真くん……っ! ふぁぁ、ぁ、ぁ〜〜っ、 ぁ、ぁっ!」 「……っ、い、く……っ!」 「う、ん、きて、真くん、いいよ、きてぇ……っ、 ふぁぁ、ぁ、ぁっ、っ、っ、〜〜っ、ぁっ、 うぅっ、はぁっ、ぁ、ぁ、ぁっ」 「〜〜〜っ、ぁっ! ぃっ、っ、っ、っ、〜〜っ、 あぁぁっ、ぅぅ、真くん、いいよ、きてぇ……っ!」 「〜〜っ」 「ふぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁ、ぁぁぁぁんっ」 「……っ、あ、はぁっ、ぁ、ぁ……っ」 由美の中で達し、精を放つ。 コンドームに阻まれ、由美に届くことはないけれど。 やり遂げた、そんな感じ。 途方もない満足感があった。 「……真くん?」 俺が射精した実感がなかったからだろうか。不思議そうに、脱力した俺を見つめる。 もう終わったの? そんな様子。 満足させられなかったんだろうか。ちょっと傷つく。 でもずっと痛みに耐えてくれていたから。少し涙目になっているから。 もう一回なんて、とても言えない。 「……大丈夫?」 「……すげぇ気持ちよかった」 「ふふ……私も」 「嘘つけ」 「ほんと」 「痛かったろ?」 「全然?」 「嘘つけ」 「痛くありませんでした〜」 「またムキになって……」 「ふふ」 「ははっ」 笑いあい、繋がったまま抱き合って。 「ん……」 キスをする。 これ以上無理をさせたくなくて、やっぱりもう一回とはならなかったけど。 離れていた時間を、埋めるように。 「ぁ、ん……はぁ……んん、ん……ちゅ……」 肌を重ね、唇をむさぼった。 ずっと、飽きるまで、ずっと。 日が昇り、朝が来る。 今日も一日がんばろう、と爽やかに目覚められればよかったんだけど……。 「……」 「……」 互いの目が泳ぐ。 状況確認。 ベッドの中。二人とも裸。 昨夜の記憶が蘇る。 気まずい沈黙。 「……」 「……」 「……したよね?」 「……しましたね」 「……酔ってたよね、二人とも」 「……そうですね、完全に酔ってましたね」 「……」 「……」 「重大発表があります」 「はい」 「私初めてだったんだけど」 「え?」 「……」 「えっ!?」 「まさか会ったばかりの男の子に捧げちゃうなんて……」 梓さんが俺に背を向け、頭を抱えた。 あ、これマジだ……! 冗談じゃないわ……っ! え、うそ、だって、えぇっ? そうだったのっ!? そ、そうかっ、最後の方で駄目駄目言ってたのは気持ちよすぎたんじゃなくて痛かったってこと? あれっ? 盛り上がってたの俺だけっ?? 「お、俺……とんでもないことしましたね?」 「二人でしたことだし責めるつもりなんてないけど……。 あぁ……私ってこんなにゆるかったんだ……。 やっちゃったぁ……」 「す、すみません。最後までしないって言ってたのに 俺が無理矢理……」 「私もかなりノリノリだった記憶があります」 「まぁ……抵抗はなかったですね」 「……だよね。っていうか自分から服脱いだじゃん? 口では拒否しつつ態度ではOKサインだしてたじゃん? 真くんもそう思ったから私を抱こうと思ったわけじゃん?」 「いえ……まぁ……はい」 「うぅぅ……お酒怖い……。 またしようねとか言った記憶もある……。 痴女か。私は痴女か」 「……それは酔っ払いの約束ってことでノーカンに しておきましょう。……なかったことに」 「え、しないの?」 「えっ?」 「ぶっちゃけこの年で処女って恥ずかしかったし お酒の勢いでも捨てられてラッキーっていうか。 もう一回しちゃってるし二回目に抵抗ないっていうか」 「また強引に迫られたら許しちゃう。うふん」 俺に向き直り茶目っ気たっぷりに笑い、胸をぎゅっと寄せる。 ……さっきまで落ち込んでたのに、相変わらず切り替え早いな。 いや、今のでちょっと下半身は反応しましたけれども。 「あれ、引いてる?」 「いや、今からしてもいいんだろうか、とか考えてます」 「あはは、今からは無理かな。仕事行かなきゃ。 あ、この時間なら一回家に帰れるかな」 「家ってここから近いんです?」 「近くはないけど、なんとか歩いては帰れる範囲かな。 さて、着替えないと」 梓さんが体を起こし、ベッドから下りる。 もう開き直っているのか特に恥じらう様子も見せず、下着を身につけ衣服に袖を通す。 「よぉ〜っし、か〜えろっと。 泊めてくれてありがとね」 「ああ、いえ、 こちらこそありがとうございますというか……。 あ、忘れ物ないですか?」 「鞄もあるし、大丈夫かな。酔ってたからちょっと心配だけど、 まぁ家の鍵と財布があれば大丈夫っしょ〜」 「もしなにか見つけたら電話します」 「うん。……あ、一個だけあった」 「お、なんです? 居間かな」 「ううん、ちょっとじっとしてて」 「?」 「ん、ちゅ…………」 きょとんとする俺に、キスを。 軽く舌を入れ、唇を舐める。 「……。忘れ物回収」 「またねのキス?」 「ファーストキスも酔った勢いだったから、やりなおし」 「……キスもでしたか」 「全部真くんにとられちゃったわけ」 「あ〜……責任取ります、はい」 「あははっ、お互い大人だし、責任は自分でとらなきゃね。 それにまだ出会ったばっかりだし、恋人なんて無理でしょ? で〜も」 「とっても仲のいい友達には、なれそうだよね」 「うぉぅ、大人な関係」 「ふふ、割り切っていこ。じゃあね。 事件のことなにかわかったら連絡する」 「あ、はい。お願いします」 「うん」 手を振り、梓さんが部屋を出る。 俺も見送りにと思ったけど、裸だったことを思い出して出遅れる。 結局まぁいいか、とそのままベッドに横になる。 割り切った関係に、か。 たぶん俺に気を使ってくれたんだろうな。梓さんは大人で、いい人だ。 『またしようよ』 そんな態度も、気を使ってくれただけか?やっちまったと俺を落ち込ませないために。 そうじゃないといいなぁ……と無責任な期待をしてみたり。 「……」 一瞬、昨日の情事が頭をよぎる。 股間がムクムクと膨らんでいったけど、オナニーすると芙蓉が怒るから、目を閉じて暴れ回る性欲をなんとか抑える。 なかなか大変な朝であった。 いつまでもベッドの中にいると桃色の妄想を振り切れないから、着替えて一階へと。 居間に行くと、既にアイリスがいてテレビを見ていた。 でもまだパジャマ姿。起きたばかりみたいだな。 (あ、マスター……) 「おはよう」 (お、おはよう……ございます) 目を合わせたのは一瞬だけで、すぐにふいっと逸らしてテレビに戻してしまう。 珍しく素っ気ないな……。 「あら、おはようございます、真様」 「おはよう」 芙蓉も台所から。 葵はまだ寝てるのかな、姿が見えない。 「そうでした。先ほど伏見様がお帰りになりましたよ」 「うん、知ってる。一緒に……あぁ、いや」 「濁さずとも。存じておりますから。 念のための報告でございます」 「ああ……はい。ありがとう」 「ふふふ」 意味深に笑い、台所へと戻る。 アイリスも頬をわずかに朱に染めながらモジモジ。 あぁ……そういうことか。 まぁあれだけ派手にやってたらバレるよな、そりゃ。 「真様〜? もうご朝食になさいますか?」 「うん、お願いしま〜す」 「承知いたしました。アイリスもそろそろ食べる〜?」 (は、はい) 「おはよ〜。ふぁ〜〜〜………………ねむ。 芙蓉〜、あたしのごはんも〜」 「姉さんもおはよう。真様、すぐ作りますね」 「お願いしま〜す」 「あ、ご主人だ。 おぅおぅ、今朝のご主人はお肌がツヤツヤでやんすねぇ。 ウェヘヘヘヘヘ」 「下品な笑い方しないの」 「は〜い。あ〜、お腹空いたぁ〜。芙蓉はやく〜」 「は〜いはい」 「……」 葵がごろんと寝転がる。アイリスはテレビ鑑賞。台所からは包丁の音。 もっといじられるかと思ったけど、意外なほどあっさりだった。 鬼にとってセックスっていうのはコミュニケーションの一つに過ぎなくて、別に騒ぐようなことじゃないんだろうか。よくわからない。 ただ、なんで私と〜って嫉妬してくれないのか、なんてちょっとがっかりしていたりもして。 俺も贅沢なこと考えるようになったもんだなぁ……。 「……」 「じゃ、いってきま〜っす!」 (いってきます) 「ああ、いってらっしゃい」 「わたくしは誰とも会えなかったら、お買い物だけして 帰ってきますね」 「了解、気をつけてね」 「はい。では行って参ります」 朝食を終え、さらに昼食も終えたあと、情報収集に出かけた三人を見送る。 俺も行きたいけど、涙を呑んでお留守番だ。 それからは、暇な時間を過ごして。 「おっじゃまっしま〜っす!」 午後二時ごろ、琴莉がやってきた。 「あれ? お兄ちゃんだけ?」 「みんなはお出かけ中」 「あ、そっか。捜査だねっ、捜査っ」 「授業は?」 「今日は始業式だってば」 「そだったそだった」 「みんな工事現場だよね?」 「たぶんね。芙蓉はスーパーとか商店街とか、 そっちの方だと思うけど」 「芙蓉ちゃんのお手伝いは出来ないから、 葵ちゃんとアイリスちゃんのお手伝い行ってこよっかな」 「来たばっかりなのに」 「ここには働きにきておりますので。 動けないオーナーの代わりに、 助手のわたくしめが行って参ります!」 「くそぉ……俺にも対霊装備と退魔キックがあれば……!」 「も〜! それ言わないでっ! 思い出しちゃうからっ!」 「はい、すいません」 「ふふっ、じゃあ行ってくるね! お仕事してきま〜す!」 「気をつけて」 「うん〜!」 元気よく、琴莉が家を出る。 また一人。また暇な時間。 「……む? 琴莉の声がしたが」 遅れて伊予が。やっと部屋から出てきたな。今日初めて顔を見る。 「葵たちの手伝いに行ったよ。嶋さんのところ」 「なんじゃ、慌ただしいのう。まぁよい。 それよりも腹が減った。芙蓉はどこじゃ」 「芙蓉もいないよ」 「なにぃ? じゃあ真だけか」 「そうなるね」 「……チッ」 「おい、なんで舌打ちするんだよ」 「料理もできんやつに用などないわ。無価値な豚め」 「おま、ちょ、来い。ビンタしてやる」 「やぁだぁね〜! ベロベロベロ〜!!」 「あ、くそっ、姿消しやがった……!」 「あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!」 不快な高笑いが徐々に遠ざかっていく。 顔を合わせて数秒後に罵倒とはなんてやつだ……! 冷蔵庫に昼の残りがあるけど教えてやんねっ!腹減らして苦しめ! 「ったく……」 寝転んで、テレビのチャンネルを変える。 特に興味があったわけじゃないけど、ドラマの再放送をなんとなしに鑑賞。 そのままみんなが戻ってくるまで、ぼんやりと過ごした。 日が暮れかけた頃、みんなが帰宅。 報告は、ひとまず後回し。 芙蓉はすぐに夕食の準備を始め、葵と琴莉は伊予と一緒にゲーム、アイリスは俺とテレビを見る。 しばらくまったりとした時間を過ごして。 「さ、できましたよ。アイリス、手伝って」 (はい、お姉様) ようやく夕食の時間。 みんなで食卓を囲み、いただきます。 「よし、じゃあ食事をしながら報告を聞こうかな」 「葵ちゃんとアイリスちゃん、とってもがんばってたよ」 「うん、がんばった。収穫はありませんけど」 「ありゃ、不発か」 「人の出入り激しすぎて、まばたきしてる間に思念が 上書きされていっちゃう。よくこの前は犯人の思念 読めたにゃ〜って自分を褒めたいです」 「難しそうか?」 「かなりの執念というか、気持ち悪い悪意を感じたから 無理とは言わないけど……探し出すのに時間かかるかも」 「なんとか頼む」 「らじゃり!」 「アイリスはどうだった?」 (嶋様もあまり変わりはありませんでした。 なので……ごめんなさいマスター。 特に新しい情報は) 「わたくしも……申し訳ありません。特にこれといって。 主にお子さんたちの話で……」 「そして私はいつも通りついて行っただけで なんにもできていませんっ! ごめんなさいっ!」 「あはは、いや、みんなお疲れ様。ありがとう。 すぐに成果が得られるものでもないだろうし、 謝らなくていいよ。じっくりいこう」 「うんっ」 「梓の方はどうじゃ。なにか連絡はあったか?」 「いやぁ、特に。昨日の今日だしね」 「なになに〜? つれないじゃないっすか〜。 まさに昨日の今日じゃないっすか〜」 「冷やかしてこないと思ったら……いまさらかよ」 「え? なになに? なにが?」 「昨日ね、ご主人と梓っちがズッコンバッコンっすよ」 「え、ぇ、ぇっ?」 「おい、葵」 「姉さん。下品にもほどがあります」 「だってしてたじゃ〜ん! 昨日エッチしてたじゃ〜ん!」 「ぇ……ぇっ?」 「葵、やめろ。食事中にする話じゃない」 「はぁい。してたのにね。ね、アイリス」 (し、知りません……) 「姉さんっ」 「はぁ〜〜〜い」 「まぁ恥じることではあるまい。 嫁候補を見つけておくのも大事なお役目じゃしな」 「え、ぇ……お兄ちゃん、梓さんと…… つ、付き合ってる、の?」 「いやぁ、まだそういう関係ではないけど」 「まだ……」 「……」 「そっか」 「そっかぁ……」 「おっかわっりくっださ〜い」 「はいはい。伊予様も大丈夫ですか?」 「いる。特盛り」 「はい」 自然と会話が途切れ、みんなが食事に集中する。 「……」 ただ琴莉はずっと、俯いていた。 食後、縁側で涼む。 いや、涼めてないな。蒸し暑い。 ただ、少し居間にいづらかっただけだ。 「お兄ちゃん」 背後から琴莉の声。 俺のそばには来ないで、居間と縁側、その距離を維持して話を続ける。 「今日は私……帰るね」 「ああ、わかった。夜道気をつけて」 「うん。……ぁ、明日から授業が始まるから、 毎日は来られないかもだけど……」 「無理しなくていい」 「……うん。じゃあ……」 「おやすみ」 「おやすみなさい」 居間を出る琴莉を、縁側から見送る。 玄関の戸が開く音。 振り返り、庭に体を向ける。戸を閉めながら、玄関から琴莉が出てくる。 縁側にいる俺にバイバイと手を振って、帰っていった。 「……」 「胸が痛いか?」 「……まぁね」 「もう少し鈍感になれたらの」 「泣きながら俺のことを心配してくれる子だからね……」 「だがこれでいい。真との出会いはかなり特殊だったからの。 あの年頃ならば、特別な想いを抱くのも無理はない」 「じゃがあの年頃だからこそ、 その想いが熱に浮かされているだけなのかどうか、 それとも本物なのかどうか区別がつかん」 「冷静になれば、琴莉も別の選択肢に気づくかもしれん。 その機会を与えてやったのじゃ。あまり悩むな」 「ありがとう。 ……よし。風呂に入ってさっぱりするかぁ」 「うむ、そうしろ。 しかし風呂上がりのアイスはないものと思え」 「取っておいてくれよ……」 苦笑を浮かべながら立ち上がり、洗面所へ向かう。 服を脱ぎ、着替えを持ってきていないことに気づいて。 「芙蓉〜! 着替え用意しておいてもらってもいい〜?」 「は〜い、かしこまりました」 「ありがとう。お願いしま〜す」 台所にいる芙蓉に声をかけ、浴室へ。 「ふぅ……」 軽く体を流してから、浴槽につかる。 なにげに風呂に入るたび思い出すんだよなぁ……。琴莉の、なんていうか、まぁ、あれだ。インパクトが強すぎた。 ……。 後悔するのは梓さんに対して失礼だからしたくはないけれど、少なくとも時と場所を選ばなかったのは、軽率だったかもしれない。 琴莉が明日から来なくなったらどうしようか……。 自惚れみたいで嫌だけど、それが少し、不安だった。 (マスター) 「ん……?」 考え事に、アイリスの声が割り込む。 曇りガラスの向こう側に人影。 洗面所にいるのか。それなら普通に喋って大丈夫だな。 「どうした〜?」 (お着替えお持ちしました) 「お、ありがとう」 (はい。あと……) 「うん」 (ご一緒しても……いいでしょうか?) 「ん? 一緒に入るの?」 (マスターさえよろしければ……) 「どうしたの、急に」 (……) (マスターに、隠していたことが) 「うん?」 (申し訳ありません、伏見様との情事…… 盗み聞きしておりました……) 「ああ……思念が漏れちゃったのかな」 (いえ、その、情事に気づき、意図的に……) (無闇に力を使っては駄目とのマスターのお言葉を 無視してしまいました。本当にごめんなさい……) 「朝から変だったのはそのせいか……。 いいよ、気にしないで。俺だってその力持っていたら、 絶対使ってる。気になるもんな」 (ですが……) 「あはは、アイリスは三人の中で一番真面目だな。 俺も伊予に言われたことだけど、あまり悩まないようにね。 それくらいで怒ったりしないから」 (……) (せめて、お背中を) 必死なアイリスに、自然と笑みがこぼれる。強情なのは、みんなと同じだな。 「わかった、おいで」 (ありがとうございます) 戸がゆっくりと開き、恥ずかしそうにもじもじと、アイリスが浴室の中へ。 裸だとは思わなかったから、ちょっと俺もうろたえる。 (失礼します) 「あ、ああ」 (では……お背中流します) 「う、うん、頼むよ」 湯船から上がり、椅子に腰かける。 アイリスはシャワーの温度を確認して後ろに回り、『失礼します』と俺の背中を流していく。 十分に濡らしたあと、ボディソープを泡立てたタオルでゴシゴシとこする。 (痛くはないですか?) 「大丈夫」 (はい) 「……」 (痒いところはありますか?) 「それも大丈夫」 (はい) 「……」 (あの……) 「なに?」 (あ、いえ……) 「遠慮しないで。言いたいことあるなら、気兼ねなく」 「……」 (言いたいことではないのですが……) 「うん」 (し、失礼します) 「ん? お?」 背中に温かで柔らかい感触。 アイリスが俺の腰に腕を回し、抱きついていた。 そして俺の股間を撫で始める。 「い、いや、アイリス? そっちはいいぞ?」 (マスターの命に背いてしまいました……。 ですから、どうかご奉仕させてください……) 「ご奉仕って……お、ぉ、ぉぉぉ……っ?」 「……」 幼く愛らしい指が、艶めかしく動く。 たどたどしさなんて一切無く、誰かにしたことあるんじゃないかと疑ってしまうほどの慣れた手つきで局部を刺激され―― 「おぉぉ……!」 あっさりと我が息子は勃起した。 な、なんてテクニシャンだ……!ロリィな見た目でもやはり鬼ということか……!恐ろしい子……!! (お時間はとらせませんので……) 「うぉぉぉ……っ」 アイリスの細い指が竿全体を優しく包み、根元から亀頭に向かって精液を絞り出すようにしごき始める。 緩急をつけ、強弱をつけ。 的確に、無駄なく、俺の快感のツボなんて、全て知ってるって言うように。 手に馴染ませたボディソープを潤滑油に、くちゅくちゅと音をたてながら性器を刺激する。 (痛くありませんか?) 「だ、だいじょう、ぶ」 あまりに気持ちよくて、うまく喋れなかった。 同じ指なのに、自分でする以上の快感。 しごかれるたびに、腰とお腹のあたりがピクンピクンと勝手に痙攣した。 アイリスちゃん照れ屋なのに、めっちゃエロいじゃないですかぁ……! 「……、はぁ…………ん…………」 テレパシーではなく、小さな唇から吐息がこぼれ。 密着した体から、ささやかな胸の膨らみを感じる。 それが妙に情欲を駆り立て、のぼせたみたいに頭がクラクラした。 「はぁ…………ふぅ………………、……、はぁ…………」 (体が冷えないうちに終わらせますので……) 「ぅく……っ」 指の動きがさらに速くなる。 しごくのではなく、竿を圧迫し擦る。 摩擦でボディソープはすっかりと泡立ち、欲情した俺から立ち上るオスの匂いを覆い隠すように、フローラルな花の香りが浴室内に充満していく。 (もう少しだけ、強くします) 「……、……はぁ、……ん、ふぅ…………はぁ、……、はぁ、 ……、……、はぁ、ふぅ………………ん…………」 俺が痛がっていないことを確認し、さらにスピードを上げた。 俺としてみれば『え?』って感じだ。まだ本気じゃなかったの? と。 それすら言葉にする余裕が、俺にはなかったんだけど。 「はぁ…………はぁ、……、はぁ…………ん、ぁ、はぁ……」 「ぁ、ぁ……」 情けない声が漏れた。 腹筋に力が入り、意図せず体が前に倒れていく。 その分アイリスも距離をつめ、ぎゅっと抱きついたままで。 可愛らしく熱い吐息を弾ませながら、しごき続ける。 (……失礼します) アイリスが片手を離す。 死角でなにをしていたのかわからなかったけど、再び性器に触れて、すぐにわかった。 ぬるっとした感触。ボディソープを追加したらしい。 「……ん、はぁ、…………、ふぅ、はぁ……、……」 「ぉ、ぉ、ぉ……っ」 滑りがよくなり、猛烈な速さでアイリスの手が上下する。 こ、これがアイリスの本気の本気か……っ! 駄目だ気持ちよすぎる……! 十秒ともたない……!! 「はぁ、はぁ…………はぁ、ん……はぁ…………」 (マスター、気持ちいいですか?) 「……っ」 (ぁぁ……マスター、ごめんなさい。 もっとがんばります) 「いや、う、うまく、話せないのは……っ」 「……、っ、はぁ、はぁ、……、はぁ、ん、んん、はぁ、 ふぅ、……、っ、はぁ、はっ」 「ま、まじか、まだギア、上がり、ますか……っ」 「っ、はぁ、っ、っ、ふぅ、はぁ、ふぅぅ、はぁ、はぁ」 (マスター、どうですか? まだ気持ちよくありませんか?) 「ま、まだじゃなく最初から気持ち、ぅお、ぉ……っ」 (もっとがんばります。もっとがんばって、シコシコします) 「いやもう十分……ぉ、ぉっ」 「はぁ、はぁ、ふぅ、……、んっ、はぁ、っ、ぁ、はぁ」 「あ、アイリス……っ」 (はい、マスター。もっとですか?) 「で、出る、もう、出る」 (あぁ……よかった。はい、出してください。 アイリスの手の中にいっぱい、いっぱい出してください) 「はぁ、ぁ……はぁ、……っ、 ますたぁ、だして、くださぃ……っ、 はふ、はぁ、ぁ、ん、ふぅ、はぁ、は……っ」 「ぅ……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁ……っ」 ビクッと性器が暴れきゅっとアイリスが握ったと同時に、精液が吐き出される。 ビュルビュルと勢いよく飛び散って、浴室の壁にべったりと付着した。 「はぁ……ふぅ……ぃっぱぃ…………」 (よかった……ちゃんとできました。 気持ちよかったですか? マスター) 「あ、あぁ……すごく」 「……」 控えめな笑い声。 軽くしごいて最後の一滴まで搾り取ったあと、アイリスは俺からゆっくりと離れた。 そしてシャワーのぬるま湯で、俺の下半身と壁についた精液を綺麗に洗い流していく。 ……あれ? 「飲まなくていいのか……って、そうか。 泡まみれじゃ嫌だよな」 (いえ、そういうわけでは……) アイリスが首を振る。 そういえば、疲労感がない。ただ射精した脱力感だけだ。 「俺から生気を抜かなかったのか? それを糧にするんだろう?」 (それをしてしまっては、マスターの命に背いた償いには なりませんから。ただご奉仕させていただければ……と) 「別にいいって、償いなんて。せっかくの機会なんだ。 いつもがんばってくれてるし、必要な物を 俺から持っていってくれればいい」 「……」 一瞬アイリスの視線が俺の股間に移りほぅと熱い吐息を吐いたが、すぐにまた首を横に振った。 (このままでは体が冷えてしまいます。 マスターが風邪を引いてしまいますから) 「本当にいいのか?」 (はい。では失礼します。アイリスのわがままを聞いてくれて ありがとうございました) 「ああ……」 「……」 ぺこっと頭を下げて、アイリスが浴室を出る。 こりゃまた……本当に真面目だなぁ。葵と芙蓉よりも自制心が強いというか……。 平気なら別にいいんだけど、無理をしているようにも見える。 俺に遠慮してるってことだよな。 芙蓉も言っていたし、これは俺から動かないとこれからずっと遠慮させることになりそうだ。それは主として忍びない。 「よっこいしょ、と……」 湯船に戻り、体を沈める。 そろそろ……性的なことへの考え方を変えて、主としての貫禄を示さねば……ってところかな。 夜が更け、そろそろ日付も変わる。 歯は磨いた、トイレにも行った。あとは寝るだけ。 なんだけ、ど。まだ一つだけ、やることがある。 ノックの音。 『どうぞ』と声をかけると、(失礼します)と頭の中で声が響いて、扉が開いた。 (着替えて……きました) おずおずと、アイリスが部屋の中へ。 浴室に入ってきたとき以上に、顔が真っ赤だった。 理由は、俺が『今日は一緒に寝よう』と誘ったから。 寝ようってのはそのままの意味と、まぁ、うん、もう一個の方も含んでいる。 主として、家来に褒美を。俺もがんばってみようと思った。 (では、あの……) 「うん、おいで」 ベッドに腰かけ、隣をぽんぽんと叩く。 はにかみこちらに来ようとしたけど、なにか思い出したような顔をして、きょろきょろと周りを見る。 「どうしたの?」 (ウーパくんをどこかに置いてもいいでしょうか) 「ああ、どこでも。ウーパくんが休めそうなところに」 (ありがとうございます) 少し迷って、部屋の隅へ。 壁を背にして、しっかりと座らせた。 (ウーパくん、おやすみなさい) 「おやすみアイリスちゃん!」 「あはは、アイリスから話しかけるところ初めて見たな。 ウーパくんは、アイリスにとっての友達なのかな」 (使い魔……いえ、奴隷です) 「ああ……そうなんだ」 ……意外とシビアな関係だった。 「うん……まぁいいや。よし、アイリス」 (はい、おやすみなさい。マスター) 「いや、おやすみなさいはもうちょっとあとだ」 「……」 (先ほどの続き……でしょうか) 「うん、そうだね、そうしようと思う」 (遠慮いたします) 「あれぇ!?」 てっきり喜んでくれるものと思っていたのに、ズバッと断られて肩すかし。 こ、この展開は想定してなかったぞ……。 「い、いいの?」 (はい。どうかアイリスに気を使わないでください。 アイリスに性行為は必要ありません。一緒のベッドで 眠れる。それだけで十分すぎるご褒美です) 「本当に?」 (はい。鬼にも個体差があります。 アイリスはそういうタイプのようです。 マスターのおそばにいられるだけで、幸せです) (ですが、ご奉仕することに抵抗があるわけではありません。 むしろ喜んでいたします。だから、もしムラムラきたときは 遠慮なくアイリスを使ってください) 「うぅん……」 じゃあ今、って言えれば手っ取り早いんだけど、その“使う”に抵抗があるんだよなぁ……。 まぁ、本人が一緒に寝るだけで、って言ってるし……。 「じゃあ寝ようか、普通にね」 (はい。うれしいです、とっても) にっこりと微笑む。 無理に作っているような笑顔じゃない。 予定は狂ったけど、喜んでくれてるならいいか。 「さ、こちらへどうぞ」 (し、失礼します) 掛け布団をめくり、アイリスがベッドの上に横たわる。 表情が強ばっていた。緊張しているみたいだ。可愛らしい。 「電気消すよ」 (は、はい) 照明を落とし、俺もベッドへ。 俺に遠慮して、アイリスは必要以上に端っこへ。 いや、照れてるのかな。こういうところも、他の二人とは違う反応で微笑ましい。 「おやすみ」 (はい、おやすみなさい。マスター) 目を閉じる。 個体差か。本当にアイリスが俺の精液に興味がないなら楽っちゃ楽だけど……やっぱり我慢してるんだろうな。 機会を見て、また誘ってみよう。 ここまで俺優先に考えてくれると、俺もがんばってあげたくなっちゃうしね。 どう誘ってみようか。色々と考えながら、眠りに落ちていった。 ……。 …………。 ………………。 「……」 (マスター?) 「…………」 (マスター、もう寝ちゃいましたか?) 「……」 「…………」 「……」 「…………」 「…………ぁ、ん…………」 「……っ」 「はぁ……ふぅ…………ん、はぁ………………」 (ごめんなさい、マスター。 アイリスはいけない子です……。 いい子に思われたくて嘘つきました……) 「ぁ、……、は、ぁ…………、っ、…………はぁ、ぁ、……」 (本当はしたいです、して欲しいです。 ご褒美欲しいです、お仕置きでもいいです。 我慢できないです、自分が抑えられないです……) 「ぁぁ…………っ、はぁ…………、ぁ…………ぁ、 ぁ…………、っ」 (あぁ、ごめんなさい、マスターが隣にいるのに…… オナニーしています。昨日もしちゃいました。 ごめんなさいマスター、いけない子でごめんなさい) 「…………っ、っ…………ぁっ! ……はぁ、……っ、ぁ……ぁ、ぁ」 (マスター大好きです、エッチしたいです。 おちんちん入れて欲しいです、 無茶苦茶に犯して欲しいです) 「はぁ………………、はぁ、……っ、はぁ…………ぁ、 はぁ……っ」 (あぁ、マスター、マスタァ、あぁ、したいです、 したいよぉ。エッチしたい、アイリスのアソコに、 マスターのおちんちん欲しぃ……) 「……んっ、ぁ……ぁっ、はぁ、……はぁ、 ぁぁ、はぁ、はっ……」 (あぁ、指が止まらないです、イッちゃう、マスターの隣で イッちゃう。イクイク、イク、イクの、イッちゃうよぉ、 マスターのこと考えながらイッちゃいます……) 「はぁ、はぁ、ぁ、マスター、マスター、ぁぁ、 はぁ、はぁ……ぁ、ぁ、ぁっ」 (マスターごめんなさいイッちゃいます、イキます、 あぁ、許してください。マスター、こんなはしたない アイリスを許して……ぁ、ぁ、イキます……っ) 「アイリス」 「ふぁぁぁぁぁぁっ!?」 アイリスが絶叫しながら飛び起きる。 俺もゆっくりと、体を起こした。 「え、え、まままままま、ま、ます、まままま、 ま、ま……っ!」 「落ち着いて」 「え、ぇ、ふぇ、ね、ねて、ねてて、ねて……」 「アイリスの心の声がダダ漏れだったから眠れなかった」 「ふぁ……っ!」 「……っ」 「ふぇぇぇぇぇぇ…………っ!!」 泣いた。泣かせてしまった。 ……ちょっと声をかけるタイミングが意地悪すぎたな。 でもさすがに、俺がそばにいてそのまま……っていうのはね。 「オナニーしてただろ」 「ふぇ、ぇっ、ご、ごめ、ご、ごめんな、さ、さぃぃっ」 「駄目だ許さない」 「うぁぁぁんっ! ご、ご、ごめっ、ごめんなさぃぃっ、 が、我慢がぁ、できなくてぇ……っ!」 「だったら俺がすっきりさせてやる」 「ご、ごめんなさ………………ふぇ?」 「むしろアイリスは我慢しすぎなんだ。ほら、服脱いで」 「ふぇ、ぇ、へ?」 「あはは、俺が脱がそうか」 「ぃ、ぃ、ぃ、ぃぇっ、ぬ、ぬぎまひゅ……っ!!」 若干噛みつつ、アイリスがパジャマを脱ぎ始める。 わたわたする様子を見て和みつつ、俺もTシャツを脱ぎ、裸になる。 「……っ、……っ、…………っ」 俺が脱ぎ終わった頃には、アイリスも準備はできていて。 胸を忙しなく上下させて、浅い呼吸を繰り返していた。 「緊張してる?」 (は、はい。どきどきして死にそうです……) 「俺に思念送りながらオナニーする方が どきどきしそうだけどね) (そ、そんなつもりは……っ。 まさかマスターに聞こえているなんて……っ) 「やっぱりそうか。興奮すると力の制御が 出来なくなるのかな」 (か、かも……しれません。 あるいは、マスターのことを考えすぎて……) 「ふむ、では特訓してみようか、アイリス君」 (は、はい?) 「今からテレパシー禁止だ」 (えっ!?) 「禁止」 「ふぁ、ふぁぃ……っ」 こくこくとうなずく。 肩が少しだけ震えていた。 怖がってる? 違う。秘所は、シーツに染みを作るほどに濡れている。 俺を受け入れる準備はすっかりと出来ていた。 「いれるよ」 「……、……っ」 うまく話せなかったのか、震えながらうなずく。 必要以上に緊張させないようにヒダを軽く広げ、男性器の先端をあてがって、もう一度目を見て意思表示。 またこくんとうなずいたのを確認して、貫いた。一息に。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 繋がってすぐ、アイリスが声にならない声をあげ、ガクガクと全身を痙攣させた。 葵、芙蓉と同じく、感度は良好。 いいね、こっちもやりがいがある。 「動くよ」 「ふぁ、ふぁぃ、ぁ、ぁ、〜〜〜〜〜っ!!」 「っ、っ、っ、ぁぁ、ぁ〜〜! ぁ、ぁっ!!」 「……っ」 「ふぁぁぁぁぁぁああ!!」 突く必要なんてないんじゃないかって思えるほど、俺が少しでも動くとアイリスが敏感すぎる反応を見せる。 体が小さいだけに膣の圧迫も凄まじく、まるで噛みつかれているよう。 いつも大人しいアイリスが、本能むき出しだ。俺も興奮が抑えられない。 「はふ、は、は、はっ、ぁぁぁ、ぁ〜〜〜〜っ!!」 「気持ちいいか?」 「は、はふ、は、は、はひ、ふぁ、はぁ、ぁぁっ」 「き、きもひ、いぃ、れすぅぅ……ぁぁぁ〜〜〜〜っ!」 「自分でするより?」 「はひ、はいぃ……っ、おなにぃ、より、 ずっと、ずっとぉ……きもちぃ、いいですぅ……っ!」 「あれ、おかしいなぁ。それならアイリスの心の声が 聞こえるはずなんだけど」 「そ、それはぁ、ますたぁが、がまん、しなさぃ、 ってぇ……っ」 「まだ物足りないのかな。もっと激しくしてみよう」 「え、ま、ますたぁ……! だ、ぁ、ぁ、だめぇ……っ! も、もうげんかいで……ぁぁぁ、〜〜〜〜〜っ!!」 力強く、短い間隔でピストン。 逃げようとするアイリスの体をしっかりと掴み、責め続ける。 「ぁ、ぁ、ぁ、だ、だ、だめぇ……っ、はぁぁぁっ! ますたぁ……む、むりぃ……っ」 「なにが?」 「ち、ちから、つかっちゃ、ぅぅぅ〜〜〜っ!」 「でもまだ聞こえないから、余裕はあるのかな」 「ひぃぃんっ! 〜〜〜〜っ、む、むりでぅ、 っ、っ、も、もぅ、だめれふぅ……っ!」 いやいやとアイリスが首を振る。 懇願は聞き届けない。 俺ってドSなのかも。この状況をしっかりと楽しんでる。 なんだか吹っ切れた気分。 そうだよな。固いこと言ってないで、楽しんだ方がいい。 その方が、自分の行動に責任がもてる。俺が選んで、こうしているんだと。 いつも流されてばかりじゃ、当主として格好がつかない。 「っ、っ、〜〜〜〜っ、はぁっ、ぁっ! ぁぁ、きもち、ぃ、きもちいい、れすぅ……っ! ぁぁぁ、〜〜っ、きもち、よすぎてぇ……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜、ぁ〜〜〜〜っ! ぁ、すご、すごぃぃ、ふぁぁ、〜〜〜〜〜っ! っ、っ、っ、イッちゃ、ぅ……っ、イッちゃ……っ!」 「イ、ク…………イクイクイク……っ! あぁぁ、ぁ〜〜〜っ! イッちゃう、イッちゃ……っ! 〜〜っ! イッちゃうイッちゃうイッちゃう……!!」 「……っ」 「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ごめ、なしゃ……っ、イキま、す、 イク、イクイクイクイク、イク……っ!」 「くぅぅぅぅぅぅ――んっ!!」 「――ぁっ、ぁ、ぁ……っ、ぁ……っ!」 アイリスが達すると同時に、俺も果てた。 ガクガクと激しく痙攣する体を押さえつけ、ひくつく膣内に白濁液を注ぎ込む。 「ふぁぁ………………はぁぁぁ〜〜…………」 恍惚の表情。そして、ああ、来た。この疲労感。 アイリスに精を吸われている。 精液を吐き出すたびに力も抜けて、アイリスが目をとろんとさせ表情を緩ませる。 「はふ、はぁ……ますたぁの、せいし……。 あぁ、うれしぃ…………」 満足げに、ほぅと息を吐く。 俺もやりきったって、そんな感じ。 でも、まだ終わるつもりはなかった。 「ふぇ……? ま、ますた、ぁ……! ぁ、ぁ、ぁ……っ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 なにも告げず、ピストンを再開した。 葵は二回、芙蓉は三回、アイリスはこれで二回目だけど、一回目は無効だろ。 だからせめてもう一回。末っ子だけ損をさせるわけにはいかない。 「ぁぁぁ……っ! ますたぁ……、ま、ま、まって……! イッた、からぁ……っ、イッた、んです……っ! ぁぁぁ、イッた、のぉ……っ!」 「そんなに、されたらぁ……っ! ふぁ、ぁ、ぁっ、だ、だめぇ……っ! もうらめれすぅぅぅ……っ! がまんできなひぃ……っ!」 「ごめんなひゃ……っ、もう、む、り、むりれす……っ! ごめんなひゃいごめんなひゃいごめんなひゃい……!」 (気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい……! マスターのおちんちん気持ちいいよぉ〜〜〜っ!!) アイリスの声が、俺の頭に直接響く。 達成感が疲労感を上回り、さらに行為を加速させていく。 「〜〜〜ッ! っ、っ、っ! あぁぁ〜〜〜〜〜っ!」 (気持ちいい……! ごめんなさい気持ちいいです! マスターのおちんちん、アイリスのあそこに ぴったりぃ……!) 「っ、ぁ、ぁぁぁ、ひゃぅんっ! ふぁぁ! ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ、〜〜〜〜〜っ! ぁぁぁ、〜〜〜〜〜〜っ!」 (だめぇ、こんなの覚えちゃったら、もうオナニーじゃ 満足できなくなっちゃぅぅ……! 毎日マスターの おちんちん欲しくなっちゃうぅ……っ!!) 「ぁぁぁ、ぁ、ぁ、だめ、ぁ、らめっ、ふぁぁっ、 またイッちゃ…………ぁぁ、イッちゃうぅぅぅ……!!」 (イク……、イクイクイクイクイクイク……! マスターのおちんちんでイキますっ、 イッちゃいますぅ……!) 「あぁ、イク、イクイク、イク……っ! イックぅ……っ! イキまひゅ、イクぅ、 イクイクぅ……っ!」 「あぁぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「ぁ――っ、ぁっ、はぁ……っ、ぁ、ぁ、ぁ……っ、 はふ、はぁ……はぁぁ……はぁ……っ」 二度目の絶頂、二度目の射精。 今日で合計三度目だって言うのに、たっぷりと、膣から溢れるほどに精液が注ぎ込まれていく。 「はふぅ……はぁ、ふぅ……た、たくさん…………。 いっぱい、だしてもらひまひたぁ……」 「……、満足は、できた?」 「は、はひぃ……うれひぃです、しあわへ、ですぅ……」 「よかった、もう一回は……、無理そうだった」 「あ、ありがとぉ、ご、ござひ、まひ――」 「……」 「? アイリス?」 「………………」 返事がない。気を失った? っていうか寝た? 「先に鬼をへばらせるなんて……俺も成長したもんだな……。 ふぅ…………」 喜んでいいのかよくわからないけど、性器を引き抜きアイリスの隣に倒れ込む。 あぁ、疲れた……。昨日もセックスして、今日もセックスして。 つい最近まで童貞だったのに……なんとまぁ乱れた生活を。 充実してるといえばしてるけど、いきなり変わりすぎだ。あまり調子に乗らないようにしないと。 複数の女性をとっかえひっかえ。今の俺は、それができる状況にある。 受け入れはしたけど、ある程度は自制しないと完全なクズ人間になってしまいそうだ。 その結果誰かを傷つけるようなことは……したくない。 「ますたぁ…………」 「ん? 気がついた?」 「……」 「寝言か」 寝息をたてるアイリスの頭を優しく撫で、掛け布団をかけて俺も目を閉じる。 難しいことを考えるのはほどほどにしておこう。 俺が俺であれば、全て上手く回ってくれるだろう。 なんて、自己完結したところで今度こそおやすみなさい。 いい夢を。 ……。 見られちゃいけない場面を琴莉に見られてから、二日。 昨日、琴莉は来なかった。今日も来ないかもしれない。 鬼と俺の関係については、理解してくれているはず。あんな場面を見てしまって、たぶん俺と顔を合わせられないんだろう。 その程度に考えていたけど、思い返してみれば、儀式以外で鬼と交わることがあると説明していなかった気がする。 だったら、少なくともあれは琴莉にとってお役目に関係ない性行為で、不潔と思われても仕方がない。 嫌われたかもねぇ……と不安を感じているのは事実だけど、自宅まで釈明に行くわけにもいかなくて。 調査に同行できない時間を、俺は爺ちゃんの日記を読むことに費やしていた。 調査に進展はない。 葵は犯人の思念を追い切れずにいる。アイリスも嶋さんから新しい情報を得られない。奥様方からの情報はゴシップばかりと芙蓉も困っている。 今日も調査に出てくれているけど、進展があるかどうか。梓さんからも連絡はない。 だから俺も、琴莉のことで落ち込んでばかりはいられなかった。なにかをしなければ。少しずつ少しずつ、読み進める。 おかげで、霊のことについてわかってきた。お役目のことも。 『救った霊は、一体どこへゆくのか。 お役目に携わる者であれば、一度は疑問に思う』 『親父はあの世にゆくのだと言い、伊予もそうだと言う。 ではあの世でなにをするのだと問えば、知らぬと言う』 『おれは、霊の行き着く先はあの世の先にあると考えている。 そう思わせたのは妻の存在が大きい』 『あれは不思議な女で、不完全ながら霊視の力を持っており、 霊や鬼の存在を感じることができた』 『ある日新たに生まれた鬼にこう言ったのだ。 あらお久しぶりねお香さんと』 『生まれた鬼には桜と名付けた。 なぜお香などと呼んだのかと問うと、 なぜかしらと首を傾げる』 『鬼は記憶を受け継ぐ。興味本位にお香という鬼がいたのかと 鬼達に問うと、確かにいた。四代目に仕えていたと答える』 『偶然ではないとおれは考えた。あれにはたびたび こういったことがあり、わけのわからないことを口にして、 なぜかしらと首を傾げる』 『思うにお香との記憶は前世、あるいはさらに前の 記憶なのではないか。お香という鬼と触れあったことが あり、おぼろげにその記憶が残っているのではないか』 『人は七度生まれ変わると、近所の寺の坊主が言っていた。 真偽は知らぬが、おれを慕ってくれている者達が かつて先祖が救ってきた霊達であるならば』 『おれの行いが、子に孫に、その先の世代に出会いを もたらすかもしれぬ。そう思えば、なんともやりがいのある 仕事ではないか。お役目とは』 「……」 「……ふぅ」 ノートを閉じ、目頭を軽く揉む。 人は生まれ変わる……か。 そう思うと確かに、なおさら救ってあげたくなる。 特に嶋さんのような、望まぬ死を迎えた人たちを。 来世では、どうか幸せを……と。 ……。 はやく犯人を見つけないとな。 そのためにはまず、やっぱり琴莉だ。琴莉と疎遠になってしまうのは、非常に困る。 琴莉の感知能力が便利ってのもあるんだけど……それは別として。 せっかく俺の助手になってくれたんだ。あんなことで琴莉の信頼を裏切りたくないし、まぁとにかく、琴莉がいないとお役目にならないってことだ。 「よし」 ノートをしまい、立ち上がる。 伊予の部屋に行こう。聞きたいことがある。 だから相も変わらず、ダラダラ過ごしていた。 いやぁ……することないわ。完全にダメダメ当主だわ。 梓さんに他になにか仕事ないか聞いてみようかな……。 いや、どっちにしろみんなの手が塞がってるんだから、今新しい仕事受けても仕方ないな。 いやいや、待て待て。鬼の力が必要になるとは限らない。せめて外に出て霊を探すくらいはした方が……。 ……。 「よし」 立ち上がる。 いつまでもダラけてちゃ駄目だ。俺もなにかしないと。 まずは、琴莉との関係改善を図らなくては。 そのために、伊予様のお知恵をお借りしよう。 「伊予〜、入っていい〜?」 「いいよ〜」 部屋の中から気のない返事。『あ、クソッ』という悪態と音楽が漏れ聞こえた。 ゲーム中みたいだけど、許可は得たから気にせず中に入る。 「今大丈夫?」 「大丈夫か大丈夫じゃないかで言えばだいじょばないけど、 別にいいよ。なに〜?」 「鬼について聞きたいことが」 「ん〜? 最近おじじの日記読んでるんでしょ? どこかに書いてあるんじゃない? すぐに聞かずまずは自分で調べなさいっ!」 「正論ですが……伊予さん、答えるのめんどうなだけでしょ」 「ばれたか。ちょっと待って、セーブする」 「ほいほい。ちょっと待って、セーブする」 「それなにやってんの? 楽しそう」 「超高難易度アクション。一瞬の油断が命取り。 のんきに歩いてると罠にかかって死ぬ」 「……ぬるゲーマーの俺には無理そうだ」 「あとでやらせてあげる。はいオッケー」 セーブが済んだのか、コントローラーを置き椅子をくるりと回転させる。 「で、なんじゃ」 「鬼について質問させてください」 「よかろう。話してみよ」 「鬼って、俺の精液を吸収しないと弱ったり 力使えなくなったりする?」 「なんじゃ。鬼の相手をするのがつらくなってきたか?」 「まぁ……三人相手にしたときは冗談抜きで死にかけたけど」 「琴莉に見られたこと、まだ気にしておるのか」 「それもある。昨日来なかったの、たぶんそのせいだ」 「そろそろ来ると思うがの。 あんなことで距離をとったりはせんじゃろう」 「だと思う。でも二回三回と同じ事があったら、 さすがにうんざりするかも」 「ふぅむ……。そのために精液摂取を最低限にか」 「まずいかな?」 「いいや。今後一切精液をやらんでも弱ったり力が 使えなくなることはない。 せいぜい機嫌が悪くなる程度じゃ」 「え、そんなもんなの?」 「うむ。人間にとってタバコや酒のようなものじゃの。 チョコでもプリンでもいい。嗜好品じゃ。 我慢が難しいだけで、死にはせん」 「なんだ。大げさに考えすぎてたな」 「ただし」 「うん?」 「血を求めるあまり主を殺した鬼の話をしたじゃろう。 かなりの中毒と言ってよい」 「満足できない期間が長ければ長いほど、 主の身に危険が及ぶ」 「常に寝込みを襲われる覚悟はしておけ。 寝ぼけている間に搾り取られるぞ」 「精液を贄にしておいてよかったよ……。 芙蓉も疲れるだけで死にはしないって言ってたし、 まぁその程度なら」 「テクノブレイクという死に方もあるがの」 「……」 「人はオナニーでも死ぬ。 ましてや鬼との人知を超えた営みともなれば……」 「……結局やりすぎたら死ぬんじゃないか、俺」 「ひゃっひゃっ、まぁ案ずるな。 やばいと思ったら突き飛ばせばよい。 首を切られては死を待つほかないが、そうはならん」 「……こっわ。 とにかく、別に無理してセックスする必要はないって ことだよね」 「そうじゃな。あまり甘やかすのもよくない。 ほどほどにしておけ」 「わかった、ありがとう」 「質問はそれだけかの」 「うん。助かりました。そしてお邪魔しました」 「なんのなんの。さ〜ってと、続きやろっかな〜」 クルリと椅子の向きを戻し、ゲームに戻る。 邪魔しないよう静かに部屋を出て、扉を閉めた。 さて、みんなが帰ってきたら早速話をしないとな。 すんなりと受け入れてくれるといいんだけど……。 ま、今回は当主らしく、有無を言わさず進めさせてもらいましょうかね。 「みなさん今日もお疲れ様でした。 ちょっとだけお話をさせてください」 (はい、マスター) 「あとじゃ駄目?」 「姉さん。ちゃんと座って」 帰ってきた三人を居間に集め、食卓を囲みながら会議開始。 まぁそんな大げさなものではないけれど。 葵の聞く姿勢が整ってから、口を開く。 「大事な話をします。ただ……がんばってくれている みなさんのモチベーションを著しく下げるかもしれません」 「じゃあ聞きたくないです」 「聞いてください」 「はい」 「では発表します」 「はい」 「現在関わっている事件が落ち着くまでは、 みなさんとセックスはいたしません」 「はい」 「……」 「えぇぇぇええええええええっ!!?!!??」 葵の絶叫。あまりの声量に、少し仰け反った。 「え、ちょ、まじで? まじで言ってんの?」 「まじで」 「えぇぇぇぇっ! じゃあご褒美は!? これからご褒美貰えないのっ!?」 「しばらくはお菓子で我慢してください」 「お菓子もうれしいけどそんなんで 納得できるわけないじゃん! なんでなんでっ! なんでしないのっ!?」 「頻繁にしてたら、琴莉が居づらくなるだろ。 それは絶対に避けたい」 「コトリンがいないときにすればいいだけの話じゃん!」 「そういうことしてるんだって思うだけで 気を使って居づらくなるだろ。 だからしばらく我慢してくれ」 「え〜〜〜〜! 納得いかな〜〜〜い! 芙蓉もアイリスも黙ってないで! 抗議しないと! 抗議!」 (アイリスはマスターに従うだけです。 不満はありません) 「少々残念ではありますが……はしゃぎすぎて真様に 随分とご負担をかけてしまったので……。 反省しております……」 「えぇぇぇ〜〜〜! 物わかりよすぎぃ〜〜! ありえにゃ〜〜〜い!」 「頼むよ葵。理解してくれ。ずっとってわけじゃない。 あくまでも事件が落ち着くまでだよ。 できる限り琴莉に気を使わせたくないんだ」 「琴莉琴莉って! コトリンとあたし、どっちが大事なのっ!?」 「琴莉」 「わぉ即答!」 「とにかく、俺は琴莉が嫌がることをしたくないんだ。 だからみんなも協力して――」 「……」 「…………」(部屋に入るタイミングを窺っていたが真の思わぬ発言で硬直している) 「………………」(私が大事って……え、えっ!? と混乱している) 「……………………」(まさかお兄ちゃん私のこと……! と慌てる) 「…………………………」(妄想が飛躍して、結婚式は和装にするかドレスにするか悩み始めている) 「………………………………」(脳内会議でドレスに可決。教会で式を挙げるところまで妄想は進む) 「っ!」(我に返る) 「…………」(照れくさくなって余計に部屋に入れなくなる) 「なんじゃ琴莉。来ておったのか」 「ぎゃあああ!!!」 「うわぁ!! な、なんじゃ! なんて声を出すっ!!」 「あ、うぇ、い、伊予ちゃ……、あ、え、えと、ごめんっ」 「あ、琴莉来てたんだ」 「ひぃっ!」 「ひぃっ、て。あぁまぁ……なんていうか、 ごめんな、この前は……」 「う、ううんっ、えっと、あの、その……っ」 「〜〜〜〜っ!」 「ご、ごめんなさぁ〜〜〜い!!」 「あ、あれっ!?」 なぜか謝りながら琴莉はダッシュで玄関に向かい、そのまま帰ってしまった。 え〜〜〜………………。 「……本格的に嫌われた?」 「おそらくそうではない。明日には来るじゃろう」 「根拠は?」 「女の勘じゃ」 「年の功か」 「うっせバーカ!」 「いって!」 蹴られた。ひどい。 「あら……? 琴莉さん、帰ってしまわれたんですか?」 (琴莉お姉様もまだ気にされているのでしょうか……) 「じゃないと逃げ帰ったりはしないだろうけど……」 「ねぇねぇご主人」 「うん?」 「コトリン帰っちゃったなら今のうちにエッチしようよ。 やり納めしておこうよ」 「しねぇよ!」 「も〜! ケチィ!」 「アイス買ってきてやるから機嫌直せ。 なにがいい?」 「クッキー&クリーム!」 「はいはい、アイリスは?」 「アイリスちゃんはイチゴ! イチゴ味が好きだよ!」 「わたしのもっ! バニラ系ならなんでもいい!」 「了解。芙蓉、なにか買ってくるものあるかな」 「いえ、大丈夫です。買い物もわたくしが行きましょうか?」 「いいよ、俺が行く。葵、俺の財布持ってきて」 「はいっ! どうぞ!」 「……はえ〜よ。じゃあコンビニ行ってくる」 「お気をつけて」 靴を履き外に出る。 琴莉は…………いないか。 やっぱりみんなが裸で抱き合ってる絵は強烈すぎたんだろうか。 伊予の言う通り明日また来てくれればいいんだけど……。 ああ……前途多難だ。 二日がたった。 捜査の進展は無し。 嶋さんから新情報を引き出せていないし、犯人の思念も追えていない。目撃情報も得られないようだ。梓さんから連絡もない。 葵も芙蓉もアイリスもがんばってくれている。今日も朝から出かけていった。 俺もがんばらなくちゃ、ってなにか行動を起こすべきだとは思う。 けれど実際には、“なにも役に立てない”を免罪符に、俺は由美の部屋に入り浸っていた。 「あ、ぁ、ぁっ……あんっ、ふぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁっ、 ……っ、ぁ……ッ」 「っ、イク……っ」 「ぅ、ぅん……っ、ぁ、ぁ、ぁっ、はぁ、っ、っ、はぁぁっ、 ぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ、あんっ、ぁ、ぁっ」 「っ、ぁ〜〜っ、ぁぁ、ぁっ、はぁ、っ、ぁっ、っ、っ、 あん、あぁんっ、ぁ、ぁ、……っ、あ――ッ」 「ぅ……はぁ、っ……」 「はぁ…………はぁぁ……ん……はぁ……はぁ……」 「……、ふぅ……気持ちよかった」 「……ぅん、私も…………ぁ、ん…………」 性器を引き抜き、コンドームを外す。 処分しようとして、ふと、なんとなくの思いつき。 コンドームを、由美の体の上に乗せてみる。 「……? なに……? 捨てていい?」 「駄目」 「どうして?」 「なんかエロい」 「わかんない」 由美がクスッと笑い、俺はコンドームの箱に手を伸ばす。 二回戦目の準備。 自分でも驚いているんだけど、最低でも二回は出さないと満足感が得られなかった。いわゆる賢者タイムってやつが来ないんだ。 鬼としたときのあの強烈な疲労感がないから、まだできる、まだまだ余裕だと錯覚しているだけなのかもしれない。 もしくは鬼と交わったことで、実際に体に変化があったのか。それとも由美とセックスできて張り切っているだけなのか。 よくわからないけれど、とにかく今の俺は性欲旺盛で、由美としたくてしたくて堪らなかった。 「まだできるよね?」 「……うん、大丈夫。……いいよ」 「じゃあお邪魔します」 「なにそれ」 「親しき仲にも礼儀あり、でしょっと」 「ぁっ……、はぁ……っ」 一息に奥まで挿入すると、豊満な乳房が揺れた。 肌に張りついたコンドームが真面目な由美にはあまりにも不釣り合いで、情欲を掻きたてられる。 抑えたりせず、欲求をそのまま解き放つ。 「ぁ、……っ、はぁっ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ、あんっ、 はぁ、ぁぁぁ、ぁっ」 力強く腰を叩きつける。 数日前まで処女だったんだ。もっと優しくするべきだし、そもそもたぶん、昨日も今日も、こんなに何回もするべきじゃないんだ。おそらく、まだ痛いと思う。 けれどそればかりじゃないと、俺は知っていた。 「っ、っ、ぁぁ、ぁ〜〜っ、ぁっ、んっ、はぁ、はぁっ。 〜〜っ、ぁ、ぁっ、っ、ぁ、やっ、ぁ、そ、そこ……っ」 「なに?」 「き、気持ち、いぃ……ぁ、んっ!」 「こう?」 「ぁぁぁっ、ぁ、ぁっ、そぅ、そぅ〜〜っ、んんん、 ん〜〜っ!」 「こっちは?」 「気持ち、ぃ、けど……こっちが、いぃ……ぁ、んんっ」 由美が腰をくねらせ、自ら快感を求める。 俺を気遣っての行動じゃない。由美は嘘をつくのが下手だから。 時折痛そうな顔をすることがあるにはあるけれど、由美も俺と同じように―― 「ここね」 「そぅ、そこぉ、ぁ〜〜、ぁ、ぁっ、気持ちぃ、ぁ、ぁんっ、 はぁ、ぁ、ぁぁぁっ、ぁん、ぁ、ぁっ」 セックスの快楽に、のめり込んでいた。 俺がうまくなった? 相性がいい? 前者はないか。でもとにかく、気持ちいいと思ってくれているのなら、俺も遠慮をする必要はない。 「ぁぅ、ぁ、はぁ、はぁ、ぁぁ、ぁ、ぁっ、ぁんっ、ぁ〜っ、 あん、ぁんっ! ぁ、ぁ、ぁっ!」 「隣の人に聞かれるぞ」 「今、いる、かなぁ……ぁ、ぁっ、ぁ〜〜、はぁ、ぁっ!」 体を火照らせ、うっすらと汗を浮かべながら。 息を切らせ、熱い吐息をこぼしながら。 理性を飛ばし、快楽を貪り、共に絶頂へと駆け上っていく。 「っ、っ、はぁっ、っ、ぁぁ、はぁ、はぁっ、ぁ、ぁ、ぁっ、 あんっ、ぁぁ、ぁ〜、ぁ、ぁっ!」 「……っ、はぁっ、やべ、もうイキそ……っ」 「わ、わかったぁ……っ、ぁ、ぁっんっ、ぁぁ、はぁっ、 ぁ、ぁ、ぁっ、そこ、ぁ、ぃっ、気持ちいぃ、ぁ、ぁっ!」 「ぁ、イク、イクから……っ」 「うん、うん……っ、ぁ、はぁ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ、 はぁ、んっ、っ、っ、はぁ、ぁ、ぁ、ぁっ!」 「ふぁぁ、ぁ、ぁ、っ、〜〜〜っ! あぁ、あんっ! ぁ、やっ、ぃ、ぁっ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁぁんっ! あ、ぁっ、ぁ――っ、ぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」 「ぁ、はぁ……はぁぁ……ぁ、はぁ……はぁ…………。 出た……?」 「出た……。あ〜……早い。俺早漏すぎる」 「……そうろう?」 「もうちょっと長くしたかったってこと」 「ん……」 性器を抜いて、コンドームを外して、また同じように。 由美の体をデコレートだ。 「これも捨てちゃ駄目?」 「駄目。なんかビッチっぽくていい」 「なにそれ〜、ひどい」 「なんで。すごいそそるんだけど」 「まぁ……真くん、昔からそういうところあったよね」 「どういうこと?」 「がんばってそっち方面目指してみたんだけど。服とか」 「え? あ、服の趣味変えたのって……」 「真くんがよく目で追う感じの人を真似してみました」 「そうだったの?」 「全然気にしてくれないんだもん」 「いやぁ、だって……彼氏でもできて、そのせいかと……」 「そうですよ〜? 彼氏の趣味に合わせたんですよ〜?」 「……ごめん」 「ふふ、本当はあんまり好きじゃない?」 「いや、綺麗になった。すごく」 「本当に?」 「ああ。眼鏡で三つ編みの由美も可愛かったけどね」 「戻す?」 「今のままがいい」 「うん。……ん、ちゅ……」 口づけ。舌を絡める。唾液を流し込む。 由美が綺麗になった本当の理由を知って、胸がいっぱいになって。 下半身も反応。もう一回と、キスをしながらコンドームの箱の中を指で探る。 ……あれ。 「ああ……もう無いのか」 「え、十個くらい入ってなかった?」 「十二個。三日で消費かぁ……。まさに充実した大学生活」 「堕落じゃなくて?」 「そうとも言うけど」 「ふふ、買いに行く?」 「お、まだやる気?」 「あ、え、えと……ま、真くんが……したいなら?」 「やめとこう。がんばりすぎた」 「あ、ま、待って……」 隣に寝転がろうとした俺の肩に、そっと手を添える。 「なに?」 「えと、ぁ、ぁと……一回、だけ」 「じゃあ買いに行く?」 「……」 「そのままで……いいから」 「生で?」 「……したい」 「我慢できない?」 「……」 「……うん」 「由美さんエロすぎでしょう」 「……真くんのせいだもん」 「じゃあ責任取らないと」 「……お、お願い、します」 むき出しの亀頭を、膣口にあてがう。 まずいかも? そう考えなかったわけじゃない。 けれど、まぁいいかって、外に出せば大丈夫だろなんて、若者らしい無責任さとお気楽さで、そのまま躊躇わず、由美の中へ。 「あぁ…………はぁぁ…………」 由美が表情をトロンとさせる。 俺も生の感触に、ぶるっと身震い。 やっぱり全然違うな、つけてるのとつけてないとじゃ。 「あ、えと……出そうになったら、外に……」 「わかってる」 「う、うん。ぁ、ぁ、はぁ……っ、ぁ、んっ……!」 じっくりと長く楽しみたくて、ゆっくりとピストンを開始する。 由美のおねだりも、生でするのも、どちらも初めてで。 一回目よりも二回目よりも、興奮していた。 けれどそういうときに限って、水を差される。 「あ、で、電話……」 「由美の携帯っぽい」 「んん〜〜……」 ベッドから落ちそうになりながら手を伸ばし、携帯を取って画面を確認。 けれど電話には出ず、そのまま枕元に置いた。 「いいの?」 「い、今は……いい、ぁ、ぁ……っ、ぁ〜〜〜っ、 邪魔、されたくなぃぃ……、ぁ、そこ、ぃ、ぃっ」 「友達?」 「ば、バイト、先……、ぁ、ぁっ、はぁ、ぁ……っ」 「今日バイトだったっけ?」 「う、ううん、今日は……はぁ、ぁ、んっ……はぁ、ぁっ! ぁぁ、はぁ、ぁ、ぁ……っ、ぁ、はぁ……っ」 「はぁ、ふぅ……」 「……」 「もぉう……」 「出た方がいいんじゃない?」 「……うん。ごめんね?」 しつこい呼び出しに、すっかり気持ちが萎えてしまった。 セックスは中断。 俺が性器を抜くのを待って、由美が少し体を捻って携帯を取り、寝そべったまま電話に出る。 「はい、土方です」 「……。はい、はい。 え、今日……えぇと、何時からですか?」 シフトに穴があいたのかな。たぶん『今から入れないか〜』とか、そんな感じだろう。 じゃあ今日はこれで終わり、か。 ……。 物足りない。そんな気持ちから、ちょっとした悪戯を思いつく。 いや、悪戯で済むのかどうか。 けれどいいところでお預けを食らったのもあって、好奇心と性欲が勝った。 もう誰も俺を止められないぜ。 「そ、そうですね……今日は、あの……え? ぁ……んっ」 電話中の由美に、有無を言わさず挿入。 そのまま軽く、由美が耐えられる程度に、膣内を前後に行き来した。 「す、すみません、な、なんでも……ないです」 取り繕いながら、電話を続ける。 一瞬非難の目を俺に向けたけど、ニヤッと笑うとため息をついた。 呆れられている。でもやめる気なし。 「は、はい。えぇと……ゆ、夕方、からですか? そ、その……ちょ、ちょっと待ってもらっていいですか?」 「ま、真くん……!」 「続けて」 「もぅ……」 「すみません、と、友達と一緒にいて……」 ほぅ、友達。 まぁ彼氏なんて言えないのはわかるけど、ちょっと傷ついたかな。 だからその気持ちを行動で伝えてみようと思う。 「はい、えぇと、ちょっと、今日は……ぁ、っ……!」 強めのピストンについ喘ぎ声をあげそうになり、慌てて口元を押さえる。 やっばい、これ楽しい。めっちゃ興奮する……! 「な、なんでも、……、な、ないです。す、すみません。 えぇと、ゆ、夕方……ですよね?」 「た、体調ですか? だ、大丈夫、です。 しょ、食事、してたんですが……、お、思ったより、 か、辛くて……声が……」 「ご、ごめんなさぃ、は、はい。大丈夫……です、 はい……、……、……っ」 必死に声を押し殺す。 もうちょっといけそう。スピードをあげる。 「――ッ、え、と……、っ、すぐには、 む、無理……ですけど、は、はい……。 じゃあ、その……ぇと……、っ、〜〜〜っ!」 「え? ぁ、ほ、ほんとに……だ、大丈夫です。 食事しながら、電話して……す、すみません」 食事は無理がないか。ちょっとやり過ぎかも。 けどやめられない。 羞恥に耐える由美が、可愛すぎて、エロすぎて。 電話している間に、最後までしてしまいたかった。 すっかりその気になっていた。 「そ、そう……ですね。十七時から、なら……っ、は、はい。 ……、っ、はぃ……っ」 「だ、大丈夫……ですか? っ、はい。じゃあ…… 十七時に……」 「……、イキそ……」 「……ぇ、駄目……、ぁ、い、いえ……だ、大丈夫、です。 入れます、は、はぃ……っ」 「……、っ、……っ、はぃ、……ぁ、……っ、は、はい。 はい、じゃあ……ぁ、は、ぃ……、じ、十七時、に……っ」 「っ、っ、……っ、はぁ、ん……、……っ、 いえいぇ、大丈夫、ですから、は、はい、っ、 では……はい、は、ぃ……っ、っ、はい」 「く……っ」 「お、お疲れ様、でしたぁ――ぁ、ぁぁっ、ぁ、 ぁぁ、ぁっ、あぁぁんっ! あぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」 「ぁ、はぁ……っ、ぁ……っ! あぁぁ……っ!」 耐えきれず、由美が甲高い嬌声を上げた。 それとほぼ同時に、俺も達する。 ……あ、やべ。中に出しちゃった。 でも由美が咎めたのは、別のことだった。 「も、もぉう……っ、絶対怪しまれたぁ……っ」 「最後の方、大丈夫だった?」 「切れてたと思うけど……もぉう、全体的に 大丈夫じゃなぁい〜」 「い、いていて、ごめんごめん」 ペシペシと腕を叩かれる。 顔は真っ赤。がんばりすぎて火照ってる……だけじゃないよな。そりゃそうだ。 「もぅ、どんな顔してお店に行けば……」 「無理って言ってすぐ切ればよかったのに」 「そのつもりだったけど真くんのせいで慌てちゃったの」 「……すみません。でも興奮してたでしょ?」 「……ちょっとだけ」 「本当は?」 「……」 「……す、すごかった」 「電話かかってきたらまたしよう」 「し〜な〜い〜」 「いたた、わかったって」 また叩かれる。 拗ねてしまったのか、ベッドからも下りてしまう。 「ふぅ……ごめんね。バイト行く準備しなきゃ」 「五時からだろ?」 「シャワー浴びたいし、三十分前には入ってたいから」 「そっか。じゃあ俺も帰る前にシャワー浴びよ」 「一緒に?」 「うん」 「エッチなことするでしょ」 「うん」 「もぉう」 「はいはい、浴びましょ浴びましょ」 呆れる由美の腰に腕を回して、リビングを出る。 そのまま二人で浴室へ。 シャワーの水が湯に変わる頃には、由美もすっかりその気になっていた。 「ふふ、洗ってあげる。え〜、いいよぉ、私はいいから」 「ぁん、待って、ぁ、ぁ……っ」 「ぁ、ぁ、ぃ、そこ、……ぁ、好き、それ、好きぃ……っ、 ぁんっ、はぁ、ぁ、ぁ……っ、あぁぁっ、ぁっ」 結局、家を出たのは……バイトに間に合うギリギリの時間になった。 俺が戻った頃には、みんなも既に帰宅していて、琴莉も来ていた。 報告は、ひとまず後回し。 芙蓉は夕食の仕度、葵と琴莉は伊予と一緒にゲーム、アイリスは俺とテレビを見る。 そうして、まったりとした時間をしばらく過ごして。 「さ、できましたよ。アイリス、手伝って」 (はい、お姉様) ようやく夕食の時間。 みんなで食卓を囲み、いただきます。 「よし、じゃあ食事をしながら報告を聞こうかな」 「今日も嶋さんのところに?」 「そだね〜。まぁ収穫はゼロなんですけど」 「そか。今日も不発だったか」 「人の出入り激しすぎて、まばたきしてる間に思念が 上書きされていっちゃう。よくこの前は犯人の思念 読めたにゃ〜って自分を褒めたいです」 「これ以上は難しそう?」 「かなりの執念というか、気持ち悪い悪意を感じるから 無理とは言わないけど……探し出すのに時間かかるかも」 「わかった。無理しない程度によろしくな」 「らじゃり!」 「アイリスはどうだった?」 (嶋様もあまり変わりはありませんでした。 なので……ごめんなさいマスター。 特に新しい情報は) 「わたくしも……申し訳ありません。特にこれといって。 主にお子さんたちの話で……」 「そして私はみんなが帰ってくるまでテレビ見てました。 役立たずでごめんなさいっ!」 「いやいや、それなら俺が一番役立たずだから。 琴莉は気にしなくていいよ」 「まぁそうですな。毎日やりまくってるご主人は、 コトリンのこと責められませんわな」 「おい、葵」 「やりまく? なにを?」 「なにって決まってるじゃないっすか〜。 毎日由美ちゃんとズッコンバッコンっすよ」 「ずっこ……え、ぇっ?」 「葵……」 「姉さん。下品にもほどがあります」 「だってそうじゃ〜〜ん! 彼女んちに毎日行ってんじゃ〜ん!」 「かの……あ、あれ? 元じゃ……」 「より戻したんだよね。ね〜?」 「え、そ、そうなの?」 「そうだけど……もういいだろ、その話は」 「いやしかし、鬼としては主の性生活には興味津々でしてね。 ね、アイリス」 (べ、別にアイリスは……) 「ないと? そんなにモジモジしてるのにないと? ん? んっ?」 「姉さんっ」 「にゃはは、はぁ〜〜〜い」 「まぁ避ける話でもあるまい。 嫁候補を見つけておくのも大事なお役目じゃしな」 「よ、よめ……け、結婚……す、するの?」 「いや、さすがにまだそこまでは」 「まだ……」 「……」 「そっか、土方さんと……」 「そっかぁ……」 「おっかわっりくっださ〜い」 「はいはい。伊予様は大丈夫ですか?」 「いる。特盛り」 「はい」 自然と会話が途切れ、みんなが食事に集中する。 「……」 ただ琴莉はずっと、俯いていた。 食後、縁側で涼む。 いや、涼めてないな。蒸し暑い。 ただ、少し居間にいづらかっただけだ。 「お兄ちゃん」 背後から琴莉の声。 俺のそばには来ないで、居間と縁側、その距離を維持して、話を続ける。 「今日は私……帰るね」 「ああ、わかった。夜道気をつけて」 「うん。……じゃあ」 「おやすみ」 「おやすみなさい」 居間を出る琴莉を、縁側から見送る。 玄関の戸が開く音。 振り返り、庭に体を向ける。戸を閉めながら、玄関から琴莉が出てくる。 縁側にいる俺にバイバイと手を振って、帰っていった。 「……」 「胸が痛いか?」 「……まぁね」 「もう少し鈍感になれたらの」 「泣きながら俺のことを心配してくれる子だからね……」 「だがこれでいい。真との出会いはかなり特殊だったからの。 あの年頃ならば、特別な想いを抱くのも無理はない」 「じゃがあの年頃だからこそ、 その想いが熱に浮かされているだけなのかどうか、 それとも本物なのかどうか区別がつかん」 「冷静になれば、琴莉も別の選択肢に気づくかもしれん。 その機会を与えてやったのじゃ」 「機会、ね……」 「そうじゃ。それに、真も自分の幸せを考えねばならん。 ずっとすれ違っていた想い人と、 ようやくわかり合えたんじゃろう?」 「ならば素直に、その幸せを謳歌すればよい。 あまり悩むな」 「……」 「うん、ありがとう」 「なに。……ってこら、頭を撫でるな。 子供扱いするなっ」 「ははっ」 笑って、立ち上がる。 「どこへ行く」 「お風呂」 「風呂上がりのアイスはないものと思えよ」 「それは取っておいてくれよ」 ため息をつき、廊下へ。 ……。 見送った琴莉の背中が、脳裏にちらつく。 琴莉の心の隙間を埋めてあげたいと言いながら、今は俺がその隙間を作っている気がする。 でも伊予の言っていることも、正しいんだろう。 どちらにせよ、同じ事だ。なにも変わらない。 たぶん明日も俺は、由美と肌を重ねるんだから。 まだ明け方だろうか。喉が渇いて、目が覚める。 「…………」 アイリスは俺の隣で熟睡中。 いつものパターンなら俺もまだ夢の中のはずなんだけど、妙な時間に起きてしまった。 アイリスが俺に遠慮して、生気を少ししか吸わなかったんだろうか。 その生気を吸う仕組みが俺にはよくわからないからなんとも、だけど。 「ん……、…………」 起こさないようベッドから下り、部屋を出て一階へ。 「……?」 台所の方で物音。芙蓉かな? 「あら、真様。おはようございます」 「おはよ、相変わらず早いね。 朝食の仕度?」 「ええ。お米だけでも炊いておこうかと。 申し訳ありません、こんな格好で……」 「いいよ、起きたばっかりだろうし」 「あ、ごめんなさい。うるさかったですか? 起こしてしまったでしょうか」 「いやいや、喉が渇いて起きただけ」 「ああ、ふふ、お茶でよろしいですか?」 「自分でやるよ」 「わたくしが。少々お待ちください」 お決まりのやりとりに笑みをこぼしながら、冷蔵庫から麦茶を取りだしグラスに注ぐ。 「どうぞ」 「ありがとう」 受け取って、一気飲み。 ふぅ……潤った。 「そうでした。アイリスの姿が見えませんでしたが、 昨夜は一緒に?」 「ああ、言ってなかったのか。まぁ、うん。 寝たよ、一緒に」 「やっぱり。葵姉さんを止めるのが大変でした。 絶対二人で楽しんでるはずだから私も、って」 「あ〜……」 「されたのでしょう?」 「まぁ……うん」 「よかった、ありがとうございます。 これでアイリスも主に抱かれる悦びを 知ることができました」 「伏見様と関係をもたれたようなので、 実は少々心配していたのですが…… よかったです、本当に」 「心配って?」 「真様は、とても誠実ですから。伏見様と特別な 関係になられて、わたくし共と交わることに、 より一層抵抗を感じるのでは、と」 「特別ねぇ……。そういう関係になれたのかどうか」 「まぁ、ではまだお付き合いは」 「話さなかったっけ。 まだそういうことにはなってないよ」 「あら、では……ふふふ、なおさらよい傾向ですね」 「どういうこと?」 「鬼は性に奔放ですから。まったく同じに……とまでは 申しませんが、価値観が近い方が、気苦労も少ないかと」 「伏見様と、ただの“人”と関係をもたれたことで、 物事の見方が変わったのかもしれませんね。 とてもよいことです」 「あとは……」 不意に距離を詰め、俺の胸にしなだれかかる。 「戯れに、気の赴くままに。 わたくしを抱いてくだされば……言うことはありません」 そして妖しく微笑み、胸元をさりげなく開いた。 ……乳首が見えている。 寝起きで心が無防備だったせいか、たったそれだけのことで下半身が反応してしまう。 当然、芙蓉もそれに気づく。 「今からいたしますか?」 「いやぁ……こんな朝っぱらから」 「あら、まだ割り切れませんか? 遠慮なく抱いてくださいまし。伏見様のためにも」 「なんでここで梓さんが?」 「鬼との性交は、それはそれは体力を使います。 人とのそれとは、比べものにならないくらい」 「今は、休まず三回。無理して四回でしょうか。 ですが慣れてしまえば、五回六回となるかもしれません」 「稽古のようなものです、真様。 わたくし共と交われば交わるほど、真様のこちらは――」 俺を見つめながら左手を俺の下腹部へと伸ばし、下から上へ、性器を包み込むように撫でる。 「強く逞しく。 伏見様も、きっと虜になりましょう」 「虜……」 「ええ。真様の腕の中でよがり、甘い吐息をこぼし、 体を火照らせとろけてしまうことでしょう」 「……」 想像してしまい、息子が言い訳出来ないほどに固くなる。 乗せられている。それはわかっていたけれど、すっかりとその気になってしまっている自覚もあって。 芙蓉の言葉通り、俺は性への考え方を変えようと思った。セックスなんて、身構えるようなことじゃないと、たいしたことじゃないと。 それは間違いなく、梓さんの影響で。余裕を見せたい俺の、精一杯の背伸びのようなもので。 だからこそ、俺を乗せるためだったとしても、梓さんを虜に、というフレーズが、とても魅力的に聞こえた。 「稽古はともかく……相手を満足させるなら、 確かに回数はこなした方がいいよな」 「ええ、もちろんでございます。 いつでもお相手いたします。 わたくしでよければ」 「じゃあ……みんなが起きる前に」 「はい、精一杯務めさせていただきます。……ふふふ」 妖艶な笑みを浮かべ、芙蓉が俺から離れて。 テーブルに、浅く腰かける。 着物がはらりと肩から落ち、艶めかしい姿を晒す。 「本音を申せば、真様が他の女性を抱かれることに 複雑な思いはございますが……」 「加賀見の血を絶やしてはなりませぬ。鬼を使い、 女性を虜にする術を身につけておくべきでしょう。 ご当主様は代々、そうされてきました」 「ただ唯一、ご期待に添えない点があるとすれば……」 着物の裾を軽く払い足を広げ、性器を見せつける。 「前戯の練習台としては、 わたくしはさして役に立たないということ」 「どこを触れられても感じてしまいますし…… そもそも触れるまでもなく、このようになって しまいますから」 指で広げると、とろりと蜜が溢れた。 今にも床にしたたり落ちそうなほどに、芙蓉のそこは濡れていた。 「確かに、みんなとするときはすぐ突っ込んでるね」 「伏見様のときは?」 「それが……お酒のせいかよく覚えてないんだよな。 多少は触ったりした気もするけど……」 「思い出しましょう、わたくしの体を使って」 指でさらに広げる。 今すぐ入れたいっていうのが正直なところではあるんだけど、女性を喜ばせたいのなら、ここは我慢なんだろう。 梓さんのとき……ほんとどうしてたっけ?我慢できてたっけ? すぐ入れてしまったような気もする。ただ、指を入れて湿り具合は確かめたはず。 記憶を辿りながら、芙蓉の局部に……手を伸ばす。 「ぁっ……んっ……」 指先が触れただけで、体をびくんと反応させる。 「ぁ、はぁぁぁ…………ぁぁ、ぁ、ぁっ」 ゆっくりと、人差し指を芙蓉の中に。 特別なことはなにもしてない。ただ第二関節辺りまで沈めただけ。 たったそれだけで、芙蓉は表情をとろけさせ甘美な吐息をこぼす。 こりゃ確かに……。 「前戯の練習にはなりそうにないね」 「ふふ、鬼は主に触れられるだけで、 無条件に悦んでしまうものですから。 ……ぁんっ」 指を引き抜く。 なにをしても感じてしまうなら、テクニックもクソもないもんな。 「もっとも、膣内のどこで感じるかは、女性によって 異なります。わたくしが特に感じる部分があっても、 伏見様は別でしょう」 「それに人の女性のここは、元々感覚が鈍いものと 聞いております。ですが……こちらはいかがでしょう」 ヒダを広げ、膣の上部を指し示す。 クリトリス? 「感じ方こそ違いますが、体のつくりに違いはありません。 ここが敏感な部分であることは、人も鬼も一緒」 「力の加減くらいは、わたくしの体で試せましょう。 伏見様に痛がられてしまっては、大事ですから」 「まったくの無知ってわけではないけど、 強くしすぎるな、ってことなのかな」 「時と場合によりますが、まずは優しく。 突然強くされては、気持ちが冷めてしまうかも」 「難しそうだなぁ……。 熱中してつい力が入っちゃいそうだ」 「ではお口でなさるのはいかがでしょう。 伏見様もその方が喜ばれるかと」 「そういうもの?」 「真様は口と手、どちらでされるのがお好みですか?」 「あ〜……納得」 「ふふ、どうぞ。存分に味わってくださいませ」 テーブルに体重を預け、さらに足を広げる。 少しだけ、緊張。 ごくりと喉を鳴らして、その場に跪き芙蓉の股間に顔を埋める。 「ん…………はぁ……」 息がかかったせいだろうか。まだなにもしていないのに、芙蓉が軽く身をよじらせた。 眼前の性器は、待ちきれないとでも言うように蜜を滲ませている。 その今にも滴り落ちそうな滴を、恐る恐る伸ばした舌で拭う。 「ぁ……」 芙蓉の腰が少し逃げ、膣が脈動し、溢れた愛液も残さず舐めとる。 どんな味がするのか。色々と予想していたけれど、そのどれとも大きく異なっていた。 「甘い……?」 「ふふ、お口に合いませんか?」 「いやそうじゃなくて、びっくりした。 ジュース、とまでは言わないけど、 まさかこんな味がするなんて」 「ご当主様とまぐわうことも、鬼の役目。 外見だけでなくこちらも当然、真様が好む味や香りに」 「俺のイメージがこっちにも反映されているってこと?」 「そうかもしれませんし、 鬼が生来持ち得る特性かもしれません」 「主を情欲へと誘う、鬼の蜜。 ご当主様の中には、お酒に数滴垂らして 楽しんでらっしゃった方もいるとかいないとか」 「……重度の変態じゃないか。 俺にもその血が流れてるのか」 「鬼使いですから、そうでなくては。 真様にもその素養が」 「……複雑だよ」 「ぁ、ん……っ」 これ以上ご先祖様の性癖を知りたくなくて、膣に舌を這わせ芙蓉の口を閉じさせる。 甘い。おいしいと表現しても差し支えない。お酒に垂らしたくなる気持ちもわかる。 いやわかっちゃ駄目だろ。俺はノーマルでいたい。 思考を切り替える。 「口でって言われても、正直どうしたらって 感じではあるんだけど……」 「そうですね……。どんなことでもわたくしは、 気持ちがよくなってしまいますから、 まずは真様の好きにされるのがよろしいかと」 「じゃあ、まぁ、思いつくままに」 「ええ」 いきなり敏感な部分にむしゃぶりつくのは、なんだかがっついている感じがする。それはスマートじゃない。 だからとりあえず膣に口づけをして、蜜を啜るように、吸いつく。 「ぁ、ぁ……あぁ、お上手です真様……ぁぁ、ぁっ、ぁっ」 膣内に舌を差し入れ、舐め回していく。 「はぁ、ぁぁ……っ、真様の舌が……ふぁぁ……、 心地ようございます……ぁ、ぁ、ぁぁぁ……っ」 そしていよいよ。満を持して、クリトリスへ舌を這わせる。 「ぁんっ、ぁっ! ……あぁ、凄いです、真様……っ! とっても、とっても、気持ちいいです、あぁ、あぁんっ!」 暴れる腰を押さえながら、執拗に舐めて、吸って、クリトリスを刺激する。 「……っ、ぁ、ぁっ、あぁ……ぁっ! 真様ぁ……っ、とても気持ちいいですっ……! ふぁ、ぁ、ぁぁんっ! あぁ、ぁ、ぁっ!」 ……と、ここで気まぐれ。クリトリスには触れず、その周囲を舌先でなぞっていく。 「あぁ、そんな……じらさないでくださいまし真様……。 もっと……芙蓉を責めてくださいまし……。 もっと、もっと……」 ご希望通りに。 音を立てて、強く吸い付く。 「あぁ、そう、そうです……っ! あぁぁ……っ! 気持ちいい……! これ、とても……っ。 好きですぅ……っ!」 芙蓉が押しつけるように腰を浮かせる。 反応は上々。 じらして、刺激して、それを何度も繰り返す。 「はぁ、ぁぁ、ぁっ、とても、とてもお上手です……っ! 真様に、このようなことをしていただけるなんて……っ、 あぁ、ぁ、ぁっ、ふぁぁ、とろけてしまいます……っ」 「あ、そこです、そこ、真様、そこぉ……っ! そこが気持ちいいんですぅ……っ、ふぁぁ、ぁっ! あぁぁ、あぁんっ、ぁ、ぁっ!」 「ぁ、ぁっ、……っ、ぁぁっ、あぁ、声が…… 我慢できなくて、姉さんたち、起きてしまいます……っ! あぁ、そこぉ……ッ! あぁん、ぁ、ぁっ、あぁんっ!」 「……」 「あぁ、真様、もっとわたくしを……っ、わたくしを 求めてください……っ、この芙蓉を、もっと、 もっと……っ!」 「ぁ、ぁっ、す、すごい、ふぁぁ、あぁっ! 真様、真様……っ、真様ぁ……っ!」 「や、やめた」 「ぇ……あ、あら?」 膣から離れ、口を拭いながら立ち上がる。 「ど、どうされました?」 「駄目だ、これ以上はできない」 「やはりわたくしでは不足でしょうか……」 「そうじゃなくて、むしろ逆だよ。 自信がつきすぎる。これじゃあ自分が相当な テクニシャンだって勘違いしちゃいそうだ」 「あら、わたくしにとってはそうですよ?」 「趣旨、忘れてないか」 「あ、そうでした。ふふふ」 悪戯に笑う。 やっぱり乗せられてるだけだよなぁ……。まぁいいんだけど。 女性器を間近で見る機会なんてそうそうない。少しは経験値が上がったような気がする。 「では……真様、そろそろ本番と参りましょう。 随分と苦しそうにされていらっしゃいますから」 目線を下に落とし、微笑む。 ズボンの中央が、こんもりと膨れあがっていた。 「さぁ、真様。稽古でございます。 厳しくいかせていただきますよ」 「なんか怖いな……」 下着ごと、ズボンを脱ぐ。 勃起したイチモツの根元を軽く握り、膣口にあてがって。 くちゅくちゅと入り口をかき回し先端に愛液を馴染ませて。 「ぁ……ぁんっ……、はぁ……」 柔らかな膣壁を押し分けて、繋がる。 「では……ふふ、始めましょう」 「また好きに動けば?」 「それもよいですが、伏見様に満足していただくことを 念頭に置かなくては。好みなどは把握されておりますか?」 「あ〜……痛がらせはしちゃったけど、 意外に強引にされるのが好きっぽいような……」 「強引に。では強く激しく」 「手加減なしで?」 「はい。伏見様をよがり狂わせるおつもりで」 「よ、よがり…………やってみる」 「はい。……ぁ、ぁ、ぁっ! ――ぁっ!」 叩きつけるように。 テーブルをギシギシと揺らしながら、膣内を強く強く、突き、抉る。 「あぁ、ぁっ、……っ、んっ、お上手です、ぁ、ぁっ。 力強くて、雄々しくて、壊れてしまいそう、 あぁんっ、ふぁ、ぁぁ、ぁ……っ!」 「そりゃよかった、でも……、っ、問題がある」 「んっ、ぁ、……っ、どう、しました?」 「これ、すぐイッちゃいそうなんだけど……っ」 「はぁ、ぁ、駄目です。我慢を、んっ、してください」 「我慢ったって……これをやり続けるのは……、 き、きつい……っ」 「すぐに、果ててしまっては……ぁ、んっ、伏見様も、 興醒めでございます。せめて、っ、五分は」 「ご、ごふんも……っ」 「できれば、十分」 「じゅっ……!? む、無理じゃないかなぁ……あ、やばい……、 あと一分もたない気が……っ」 「ん、わたくしは、真様専用。……はぁ、んっ、 長時間耐えられぬのも、無理は……、ございませんが……」 「真様? ご自身に気持ちのいい動きだけを……、 されていませんか?」 「ど、どういうこと?」 「互いに快感を、分かち合うことが…… 大事ではございますが、はぁ、んっ……」 「ときには、相手を悦ばせることだけに、 重きを置くのも……必要で、ございましょう」 「でも、自然とこっちも気持ちよくなるし……っ」 「ふふふ、これが自らの手であれば……はぁ、ん、ぁっ、 いつ果てるかなど、自在で……ございましょう?」 「加減を覚えろってことか……、や、やってみる……っ」 「ええ。ぁ、んっ、はぁ、ぁぁっ……んっ、 ふふふ、駄目です。動きを緩めただけでは ございませんか」 「ちょ、ま、待った、芙蓉は動かないで……っ」 「いいえ、聞けません。厳しくと申したでしょう? このまま腑抜けるおつもりならば……」 「わ、わかった。待った、がんばるから……っ」 「ぁんっ、ぁっ、そうです、その調子。 ぁ、ぁ、……っ、お上手です、ふふふ」 芙蓉に煽られながら、必死に腰を前後させる。 角度を変えてみたり、浅く突いてみたり。 色々と工夫し、試してはみるものの……。 「駄目ですよ、また緩めておいでです」 「や、やってるって、必死に……」 「まだまだ出来ます。 ほぉら、がんばってください。こうですよ、真様」 「ぅ、きつ……っ、わかったから、 締めつけるのも無しで……っ」 「いいえ、このまましていただきます。 伏見様がまったくの受け身とは限らないでは ございませんか」 「わ、わかったって、……っ、くっ」 「そうです、その調子。ぁ、……、はぁ、んんっ、 ぁ、ぁっ、気持ちいいですよ、真様、 ぁ、はぁん……っ、ふぁ、ぁ、ぁっ!」 「……っ、ぁっ! そうです、もっと乱暴に……ぁぁっ、 わたくしを、犯してくださいませ。 ぁぁんっ、ふぁ、ぁぁっ、はぁんっ」 「な、なんとなく、コツがわかったような……、 でも、長くもたないぞ……っ」 「もたせて、ください。長すぎても、はぁ、ぁ、ぁっ、 駄目ですが、早すぎても……んんっ、満足が、 できませぬ」 「伏見様が、他の……ぁ、んっ、男性に、なびいて、 しまっても?」 「胸にくる一言を……っ、こ、これでいいだろっ」 「……っ、はぁんっ! あぁ、そうです、あぁぁっ、 すごい、すごぉぃ……っ! 真様、あぁぁっ! その調子で、ございます……っ」 「あぁ、ぁぁっ、こんなに、激しく求められて しまっては……ぁぁ、もう駄目です……っ、 正気が保てません……っ、あぁぁ、あぁぁんっ!」 「……っ、もうちょぃ、せめて、もうちょい……っ」 「ぁんっ、真様、もっと、もっとくださいっ、 もっと、もっとぉっ、気持ちいいんですっ、 あぁんっ! すごぃっ、あ、ぁっ、すごいのぉっ」 「あぁ、駄目です、駄目駄目……っ、あぁぁっ、 狂ってしまいます……っ、狂っちゃうぅ……っ! 真様のイチモツがぁ、こんなに、激しくぅ……っ!!」 「ぁ、ぁぁっ、あぁんっ! とろけちゃうぅぅ……っ!」 「……っ、駄目だ、む、無理っ、出るっ! もういいだろ、芙蓉……っ」 「はい、はぃ……っ! 真様のご立派なイチモツでぇ、 きっと、伏見様も、虜にぃ……っ、ふぁぁ、ぁぁ、ぁっ!」 「わたくしも、あぁぁ、ぁっ、もう、駄目ですぅ……っ! 真様、出してください、出してぇ、 真様の精子ぃ……っ!」 「ぁんっ、欲しいの、欲しいっ、もっと、あ、ぁっ、強く、 もっと……! ぁ、ぁ、ぁっ、駄目、イク、イキますっ、 あぁん、イクイクイク、イッちゃいます……っ!」 「あ、ぁ、ぁっ、イ、くぅぅぅぅぅ――――ッ!!」 「……っ!」 「……っ、はぁっ、ぁ、ぁっ、……っ、っ、 はぁぁ……っ、ぁっ」 「はぁ……、っ、な、何分……?」 「……さぁ、ふふふ。でも、とてもとても、よかったですよ、 真様……」 「雄々しく、逞しく……わたくしも…… 癖になってしまいます」 「……し、しんどい。今までほんと独りよがりな セックスしてたんだなって……よく理解したよ……」 「ふふふ、鬼はそれこそを望んでいますから。 ご立派でしたよ、真様。 伏見様も満足されることでしょう」 「それならいいけど……ってか」 「はい?」 「しっかり生気を抜いていったな……」 「それが鬼の性でございますから。ふふっ」 「つ、疲れた……」 性器をゆっくりと引き抜く。 さっと衣服を整えて、ふらつく俺を芙蓉が支えてくれた。 「あらあら、一回しかしてませんのに」 「昨日今日と連続なんですよ……」 「そうでした、ふふふ。もう少し休まれた方が よさそうですね。お部屋までお送りいたします」 「い、いいよ、歩けないわけじゃないし。 ……寝よ。めっちゃ寝よ。朝食の時間になっても 起こさなくていいから」 「かしこまりました。ごゆっくりと」 「ああ、おやすみ」 「おやすみなさいませ」 おぼつかない足取りで、台所を出る。 しっかり芙蓉の思惑通りにって感じだったけど……このきつさを経験しておけば、普通の女の人とのセックスなんて確かに余裕になりそうだな……。 まだテクニックはいまいちだろうけど、とにかく今は……。 「……寝よ。死ぬ……」 ベッドに戻り、再び目覚めたときには正午を回っていた。軽くびっくりである。 でもおかげで、体力はしっかりと回復できた。 芙蓉が作ってくれたかなり遅めの朝食件昼食を、モリモリと食べる。 俺一人で寂しいから、テレビをつける。番組はなんでもいい。 葵とアイリスは嶋さんのところへ。芙蓉も買い物と情報収集に。 伊予はたぶん部屋でゲームだろう。今日はまだ顔を見ていない。 俺もこのままのんびり……とはさすがにいかないな。 もう何日もなにもしていない。罪悪感だらけだ。 「……よし」 一旦箸を置き、テレビも消す。 畳の上に置いたスマホを取って、画面をタッチ。 電話帳を表示して、梓さんに電話をかける。 なにもじっと待ってる必要はないんだ。することがないなら、仕事をもらえばいい。 葵たちの力を借りなくても、俺だけでこなせる仕事もあるはずだ。そういうのを斡旋してもらう。 これで俺も、晴れてニート卒業だ。 ……。 別に梓さんと会う口実が欲しいわけじゃないよ? いやほんとに。マジで。 『はい、もしもし』 「あ、真です。今大丈夫ですか?」 『うん、大丈夫〜』 声に特に違和感はなく、ぎこちなさも感じない。 おかげで俺も、自然に話せる。 『どうしたの? 事件については、申し訳ないけど まだ報告できる段階じゃないんだけど……』 「ああ、それはこっちも同じです。 みんながんばってくれてるんですが、なかなか」 「今日は、それとは別です。 恥ずかしい話、俺やることがなくて。 なにか仕事はないかなって」 『新しい仕事?』 「はい。みんなは嶋さんの事件にかかりきりだから、 俺一人でもできるような」 『うぅん、そうだなぁ……。 真くんだけでもできるような……』 「ありませんか?」 『課長に聞いてみる。でも、うちが真くんをあてに してるのって、鬼のみんなの力込みで、だからなぁ』 「あぁ……確かに、そうですね」 『まぁ、霊視……でいいんだっけ? 真くんみたいに霊がくっきり見える人うちにはいないし、 そこは頼りにしたいところかな』 『一日ちょうだい。用意しておくから』 「はい、ありがとうございます」 『じゃあね、また連絡する』 「はい、お願いします」 電話は簡潔に、そして事務的に終了。 仕事用意してもらえそうで万々歳ではあるんだけど……もうちょっと、こう、いろんなことを期待していた。 ……期待? 人が殺されてるんだぞ。 「……浮かれすぎてるなぁ」 電話を置き、食事を再開する。 初めて女性と――人間の女の人とセックスをして、舞い上がっているのかもしれない。 いや実際にそうだ。朝も夜もやりまくって、なにしてるんだ俺。 こんなんじゃ、伊予に愛想尽かされて加賀見家が没落しちゃうぞ。 「よっし」 気合いを入れ直し、立ち上がる。 まずはおかわりだ。がっつりと食べて、体力を完全回復させる。 そして今この瞬間から、もっと気を引き締めないと、だ。 今度の仕事、がんばろう。 昼食をとってすぐ、町をふらふらとうろつく。 特に目的地はない。捜し物はあるけれど。 家でダラダラするのはもう終わりだ。別に俺にできることがまったくないわけじゃないんだ。 霊を探す。俺一人でもなんとかなりそうなら、やってみる。無理なら、その霊のことをしっかりと記憶しておく。 たぶん後者の確率の方が高いんだろうけど、なにもしないよりは何十倍もマシだろう。 ただまぁ……梓さんに聞くのが正解なんだけどね。警察はたぶん、霊がいるのかいないのか、どこにいるのかなにをしているのかを把握している。 そこはあれだ、あっちもなにかと忙しいだろうし、ここまできて誰かに頼るのもなんかね。 みんながんばってるんだから、俺も自分の力でなんとかしたい。 「……お?」 路地裏に入り数分歩いたところで、見知った背中を見かけた。 捜し物では無いけれど、ちょうど会いたかったんだ。 足を速め距離を詰め、声を掛ける。 「琴莉」 「……」 「こ〜とり」 「は、へっ?」 二回目の呼びかけでようやく振り向く。 俺を見て一瞬ぽかんとしたあと、ぎょっと目を見開く。 「え、おにちゃ、え、なんで?」 「散歩中。そっちは? 授業はサボり?」 「じゅぎょお?」 「……あ、ぁ〜、今日は、えっと、なんだっけ。 そうだ。創立記念日だから、学校はお休み」 「あぁ、そうなんだ。また律儀に制服着て」 「こ〜そくですのでっ」 「ははっ、そうだった。で、琴莉も散歩?」 「えと……うん。コタロウのこと思い出しながら……」 「……そっか。一緒に歩いても?」 「うん。……あっ! えとっ、ど、どうしよっ」 「駄目か〜」 「あ、だ、だだ、だ、駄目ってことはないんだけど……!!」 「そっか」 「……」 「なぁ、琴莉」 「な、なに?」 「散歩終わったら、家に来ないか?」 「え、と……」 「俺と顔合わせづらいっていうのはわかるんだけど…… 琴莉がいないと、寂しいんだ」 「ぁ……」 「……」 「い、行く、今から、行くっ」 「散歩はいいの?」 「うんっ、私もそろそろお仕事しないとっ! それと、ちゃんとわかってるから」 「前の、お兄ちゃんと、その、みんなのあれは、 ほら、その、あ、あれでしょ、あれっ」 「う、うん。まぁ、そう、あれだ。あれ」 「だ、だよねっ! だから、うんっ、大丈夫大丈夫! わかってるから!」 うんうんと何度もうなずく。 本当にわかってくれているのか無理矢理納得しようとしているのか……。 まぁ、どっちでもいいか。 「行こうか」 「う、うんっ」 踵を返し、来た道を戻る。 琴莉が、チラチラと俺を見る。 まぁ……あんな場面を見ちゃったんだ。すぐには切り替えられないよな。 俺だって、琴莉と彼氏のセックスを目撃したら……。 ……。 想像するだけで『うわぁ』ってなるな。やめよ。 「あの……お兄ちゃん」 「うん?」 「あのね、昨日、葵ちゃんに……」 「葵に?」 「その……あ、えと、ご、ごめんっ! やっぱりやめておく!」 「なんで。言えばいいのに」 「いいのっ、行こ」 「お、おぅ」 走り出した琴莉を追いかける。 今日はじっくり琴莉と話そう。 ぎくしゃくするのは、今日で終わりにしたい。 「ただいま〜」 「お邪魔しま〜す!」 帰宅。 草鞋がある、芙蓉はいるみたいだな。 テレビの音がするから、居間かな。 「ああ、お帰りなさいませ、真様。あら、琴莉さんも」 「ただいま。そこで会ってさ、連れてきた」 「たはは……ごめんね、なんか、その、 心配かけちゃったというか、 気を使わせちゃったというか……」 「気を使わせたのはこっちだろ。謝るのもこっち。 ごめんな?」 「う、ううん、本当にもういいからっ! 大丈夫! だいじょぶっ!」 「暑かったでしょう。麦茶はいかがですか。 オレンジジュースもありますよ」 「じゃあ麦茶で」 「わ、私もっ」 「はい。少々お待ちください」 立ち上がり、芙蓉は居間へ。 俺と琴莉は座布団の上に腰を下ろす。 ちゃぶ台にはボウルとバット。テレビを見ながら夕食の仕度をしていたみたいだ。 「お待たせいたしました、どうぞ」 「ありがと。餃子?」 「はい。今日は中華にしようかと」 「わぁ、いいなぁ。中華好き……食べたい……」 「じゃあ夕飯も一緒に」 「やった! 芙蓉ちゃんって料理すごく上手だよね。 なんでもおいしく作れてすごいなぁって」 「おいしい、ですか? わたくしの料理」 「うん、すっごく! 全部好き!」 「全部……。そう、ですか。ありがとうございます」 「これ、俺もやっていい? 楽しそう」 「あっ、私もやりたい!」 「ええ、手は洗いました?」 「あ、まだだ。琴莉くん、手を洗うぞ、手を」 「了解です先生!」 琴莉と一緒に廊下へ。 と、タイミングよく葵とアイリスも帰ってきた。 「ただ〜ま〜……」 (ただいま戻りました、マスター) 「お帰り、ご苦労さん」 「うぇぇぇ……あっとぅぃ……外あっとぅい……」 「だ、大丈夫?」 「むり〜、しぬ〜……あれ? コトリンじゃん」 (こんにちは、琴莉お姉様) 「う、うん、あはは……こんにちは。 アイリスちゃんは涼しい顔してるけど…… その服装で大丈夫なの?」 (暑いですが、問題ありません) 「気合いでなんとかなるよ!」 「アイリスちゃんすごい! 気合いだね気合い!」 「二人とも、一緒に手を洗いにいこう。 餃子作ろうぜ餃子」 (ぎょうざ、ですか?) 「そ、皮で餡を包む」 「なにそれ〜、よくわかんないけど楽しそ〜! やるやる〜!」 「今夜は餃子パーティーと聞いて」 「わ、ふふ、伊予ちゃんも来た。 みんなで作ろ、みんなでっ」 「よっし、じゃあまずはみんなで洗面所だ」 順番に洗面所にいって、手を洗って。 居間に戻り、さぁ餃子作りの開始だ。 「飽きた」 「はえ〜〜よ、まだ三つしか作ってないじゃん」 「しかもぐちゃぐちゃ〜。 教えてあげたでしょ〜? こうやって、ヒダを作りながら」 「あ、いいです。あたし食べる専門なので」 「もう、姉さんが包んだのは自分で食べてね。 アイリスは上手。とっても丁寧ね」 (こういう細かい作業、好きです) 「見よ、真」 「うん?」 「風車包み」 「え?」 「そしてこっちはリボン型」 「お、お前すごいな……っ!!」 「フッ……伊達に長生きしとらんよ」 「こうやって無駄なことばっかり覚えてるんだなぁ……」 「む、無駄とはなんじゃ無駄とは! 座敷わらしが遊びを突き詰めるのは当然じゃろうが! 餃子の包み方も然りじゃ!」 「ね、伊予ちゃん。そのリボンの教えて?」 「お、いいぞ。まずは真ん中に少量餡を乗せてじゃな」 「ちぇ〜、みんな楽しそうにしてさ〜」 「姉さんもちゃんとやればいいのに……。 やる気なくなったなら、今日の報告でもしたら?」 「報告って言ってもにゃあ……。 いつもと同じですもの」 「進展はなかった?」 「にゃい。やり方変えた方がいいかも。 このままあの子とあの場所調べても、 いつ手がかりが出てくるかわかんないよ?」 「そうだなぁ……。考えておくよ」 (申し訳ありません、マスター。お役に立てず……) 「いや、いいんだ。 すぐ解決できるような問題でもないだろうし。 な、伊予」 「見よ、真」 「ん?」 「ペニス型」 「ぶっ! おまっ! こらぁ!! なんてもん作ってんだ!!」 「待て! これを作ったのは琴莉じゃ!! 琴莉が男性器を象った餃子を作ったのじゃ!!」 「ちっがぁうよぉ! イカ! イカですぅ!! 変なこと言わないでっ!!」 「いやどう見てもこれは……。 あっ、もしかして変態Mおじさんの……!!」 「あ〜、大きさといいまさに……」 「バッ……! やめてよせっかく忘れかけてたのにぃ!! 見てないから! 蹴ったけど見てないのっ!!」 「ひゃっひゃっひゃっ! それはどうかのぅ!!」 「だぁかぁらぁ! 見てないのぉ!!」 「ほんと、伊予は場の雰囲気を一瞬で壊すな……」 「ふふふ、賑やかでいいではありませんか。 まぁアイリス、速い。もうそんなに作ったの?」 (もっと作ります。楽しいです) 一部はぎゃあぎゃあ騒ぎながら、一部は黙々と餃子を作っていく。 正直、さっきまではどうしたもんかと思ってたんだけど……。 「も〜、やだ。ほんと伊予ちゃんやだ。お下品!」 「欲求不満少女めっ!」 「も〜、も〜っ、も〜! ち〜がぁ〜うぅ〜〜!」 楽しそう? とはちょっと違うかもしれないけれど、琴莉のこんな顔を見るのは、随分久しぶりな気がして。 たった数日ではあったけど、やっと戻ってきた。そんな感覚。 「もうやだ、作り直す! こんなの食べられないもん! 伊予ちゃんのせいで! イカなのにっ、イカなのにっ!!」 「ひゃっひゃっひゃっ!」 「も〜〜〜! 笑わないで〜〜〜!!」 うん。 やっぱり、みんな一緒がいい。 今日はなんだか、時間が過ぎるのが早かった。 餃子作りも楽しかった。夕食も楽しかった。 みんなでワイワイするのは、やっぱり楽しい。 なんて、しみじみかっこつけながら、ベランダでビールをちびちび。 たぶん琴莉が来てくれる。そんな期待も抱きながら。 「おっとなっりよろし〜ですか〜?」 「おっ」 期待通り。 隣に並んで、柵に軽くもたれかかる。 「餃子おいしかったね!」 「ん? ああ、そうだね。琴莉のペ…………イカ型のやつも」 「今なに言いかけた!?」 「いえ、なんでもないです」 「も〜ぅ!」 口を尖らせる。 けれどすぐに、表情を緩ませた。 「久しぶりで楽しかったな。 照れて来なかった時間、もったいなかったな〜」 「あ〜……くどいって思うかもしれないけど。 ごめんな、本当に」 「あははっ、だいじょ〜ぶだってば。 ノックもしなかった私が悪いんだから、 気にしないで、お兄ちゃん」 「いや……家族だ家族だって言っておいてさ。 琴莉にはああいうところ、一番見せちゃいけなかったんだ」 「家族ですることじゃあないから、あれは」 「う〜ん……」 「……」 「あのね」 「うん」 「ああいうことの免疫ないから、ショックは……うん、 あったかな。びっくりして」 「でも、それって、家族がそういうことしてる〜って ショックじゃなくて、お兄ちゃんが……」 「……うぅん、違うな。あのね、私……本当は、 お兄ちゃんの妹になりたいわけじゃなくて……」 「……」 「あ〜、駄目っ、今のなし! 忘れてください! 忘れてっ!」 「あはは、わかった」 琴莉が真っ赤になった顔を手で扇ぐ。 その先を……なんとなく察することはできるけれど。 気づかないふりがいいんだろう。そのときが、来るまでは。 「とにかくね? その……芙蓉ちゃんから聞いて、 鬼がお兄ちゃんの、えぇと……、せ、……、――を、 欲しがってるってのは、わかったから」 「私に気を使わないでね? 葵ちゃんが、ストレスで爆発しちゃうもん」 「いいや、気を使う」 「え〜〜」 「決めたんだ。琴莉に遠慮はさせない。 この家は、琴莉が心からくつろげる場所じゃなくちゃ いけないんだ」 「それだけは譲れない」 「……。ふふっ」 吐息のように笑い、トンと俺に肩をぶつける。 「おぉっと、なになに」 「ありがとう、お兄ちゃん」 「え?」 「私のこと大事って言ってくれて…… とってもうれしかったよ」 「私もお兄ちゃんのこと、とっても大事だよ」 「あぁ…………うん」 「えっ、がんばって言ったのに反応それだけっ?」 「クールな男だから、俺」 「あ、よく見たら赤くなってる」 「ビールビール」 「照れてる照れてる」 「なんだよやめろよぉ。酒のせいにしといてくれよ〜」 「じゃあそういうことにしておいてあげる。 あは、ふふっ、あははっ」 寄り添い肩を震わせ、琴莉が笑う。 俺も釣られて、軽く吹き出す。 なにか特別なことをしたわけではないけれど。 心のモヤモヤが、綺麗に晴れていく。 もう思い残すことはなにもない。 ……。 いや、今の違うな。間違えたな。 とにかく、あとはやるべきことをやるだけだ。 明日もがんばっていこう。 「本当にこの格好でするの?」 「いいじゃん。一回してみたかったんだよね〜」 「も〜、好きなんだから〜。 横になって。してあげる」 「うん」 「入れるね?」 「うん」 「あ、はぁ……」 「あぁん、入ったぁ、真くんのぉ……っ」 「あぁ、すげぇ。きゅうきゅう締めつけてくる……」 「もう我慢できないよぉ……動くね……?」 「ああ、俺ももう我慢できないから……」 「うん……ぁ、あぁ、ぁ、ぁ、ぁぁんっ!! あ〜、ぁ、ぁっ、気持ちぃ、気持ちいいよぉ……っ!」 「あぁ、すげぇ、俺もすげぇ、気持ちいいよ」 「ほんとぉ? うれしい。もっとがんばるからぁ、 いっぱい気持ちよくなってぇ」 「ぁんっ、あぁんっ、ぁ、ぁっ、ぁぁ、ぁ〜〜っ! はぁ、ぁ、ぁっ、あぁっ、すごい、真くんの すごいよぉ、あぁ、ぁ、ぁ〜〜っ!」 「はぁ、ぁ、ぁぁっ、ぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁっ! っ、はぁっ、ん、ぁ、ぁぁっ、あぁんっ!」 「なぁ、由美」 「はぁ、ん、はぁ……なぁに?」 「おっぱい見せて」 「え〜」 「見せてよ〜」 「見たいの〜?」 「見たい〜」 「も〜、仕方ないなぁ〜。ん…………」 「……ふふ、おっぱいだよ〜」 「やった〜!」 「見て、真くんのせいでぇ…… すごく敏感になっちゃってるぅ……」 「じゃあもっと気持ちよくしてあげる」 「あんっ、駄目ぇ、そんなに動いたらぁ……っ」 「ぁ、ぁ、駄目、ぁ、駄目ぇ、ぁ、ぁっ、 気持ちいぃ、気持ちいいよぉ、あぁぁ、あぁんっ! ぁ、ぁ、ぁっ!」 「おっぱいすごい揺れてるよ」 「真くんが激しくするからぁ」 「もっと見せて」 「いいよぉ、由美のいやらしいところぉ、いっぱい見てぇ」 「あ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ、すごい、すっごぉぃ……っ! 真くん、激しいよぉっ、あぁ、ぁ、ぁぁぁ、ぁ、ぁっ、 あぁんっ、ぁ、ぁっ!」 「あんっ、駄目、イッちゃう……っ! そんなに激しくされたらぁ、イッちゃぅ……っ!!」 「いいよイッて。俺もイクから」 「じゃあイこ? 一緒にイこ? ね? 一緒に、ね?」 「ああ、一緒に」 「うん……っ、ぁ、ぁ〜〜、イクイク、イッちゃうぅ……っ! イクッ、あ、イクイクイク――、イックゥ……っ!」 「イッちゃうぅぅぅぅ……っ! あぁぁぁぁんっ!!!」 「はぁ、ぁ……はぁ、ぁん……っ、はぁ……。 真くんの濃くてドロドロの精液がぁ……、 由美の中にたくさん、入ってくるぅ……っ!」 「こんなに出されたらぁ……妊娠しちゃうよぉ……。 はぁ、はぁぁ…………はぁ……」 「妊娠したら、俺の子供産んでよ」 「うん。じゃ〜あ〜、もっともっと、いっぱい出してね?」 「あ、おぃ、待って」 「ま〜た〜な〜い、……あんっ、あぁんっ!」 「ま、待った、まだ駄目だって由美……っ」 「あん、あんっ、あぁんっ!」 「あ、ぁっ……」 「ぁ〜〜〜〜!!」 「あぁぁ…………」 「……」 「……あ?」 「…………」 「あぁ………………夢かよ……」 深く深くため息。 なんつぅ夢見てんだ……。ってか、夢の中の俺気持ち悪かったなぁ……。 おっぱい見たいて。やった〜って、アホかぁ。死ねよ馬鹿。 ……あ、んっ?やべっ、なんか股間が変な感じするけど、まさか夢精を―― 「ん、ちゅ、んんっ……ちゅ、ちゅぱっ、ん、んっ」 ……。 いや? 「ちゅるっ、ん、んんっ、ん、んっ、ちゅぅ、ちゅっ、 んちゅ、ちゅ、ちゅっ」 この音、というか声? それに、布団がこんもりと膨れあがり上下している。 朝勃ちの息子も、めちゃくちゃ気持ちよくなってる。 ……なるほど。 またため息をつき、布団をめくった。 「ん、んっ、ん〜〜、ちゅっ、ちゅるる、ちゅ、ちゅぱっ」 「……なにしてんだお前」 「おふぁよふごひゅひん、んちゅ、ちゅっ、ちゅぅ」 「いや、やめろ。まずそれをやめろ」 「ん、ちゅぱ、ぷぁ。……ふぅ、おはよ〜、ご主人」 男性器を吐き出し、葵が楽しそうに笑う。 ……いや、おはよ〜じゃなくてだね。 「……なにしてんの?」 「おはようフェラ」 「そりゃ見りゃわかるけれども。なんで――」 「うりゃうりゃ」 「ぅっ、待て待て、しごくな。待て、葵」 「なんで?」 「なんでは俺の台詞だっての。 なんでこんなことしてんの?」 「目の前に朝勃ちチンコがあったから」 「は?」 「しゃぶるでしょ、そりゃ」 「いやおかしい。それはおかしい。 っていうか、なんで俺の部屋にいるんだ」 「寝込みを襲いにきたからに決まってるじゃないっすか」 「はぁ?」 「まぁまぁまぁ、いいからいいから」 「いや、ちょ、待っ――」 「あぁむ」 「う、ぉ……」 「んちゅっ、ん、んっ、ん〜〜〜っ!」 またぱくっとイチモツを咥え、しゃぶり始める。 くそ、変な夢見たの葵のせいか……っ! 「じゅる、ん〜〜っ、ちゅ、んちゅっ、ちゅるる、 ちゅぅ、ん、んっ、んちゅ、んんん、ん〜、 ちゅ、ちゅぱっ、ちゅぅぅっ」 あ、やべ、超気持ちいい……っ!すぐイッちゃいそう……。 あ、いやいや、そうじゃなくて! 「待て待て! 葵! 待てって!」 「ちゅる、ちゅっ、ちゅぅぅっ、ん、んっ、 ちゅぅぅ、じゅる、ちゅっ、ちゅるるっ」 「葵!」 「ん〜〜……ぷぁ、も〜〜、なに〜? いいとこなのに〜」 「やめろって、朝っぱらから! どうしたんだよ、急に」 「どうもこうも、あたし知ってるんだからね」 「なにを」 「アイリスとヤッたっしょ」 「……まぁ、したけど……」 「じゃああたしともしましょうよ」 「……なんでそうなるの」 「いいじゃ〜〜ん、どうせ由美ッチと 今日もヤリまくるんでしょ〜?」 「い、いやぁ、それは……」 「そういうのいいですから。知ってるんですからあたしは。 無駄にヤリまくって、無駄にイキまくるわけでしょ?」 「だったらいいじゃん! 有り余る精液をあたしに 分けてくれてもいいじゃん!」 「だって、お前……精液だけで済まないだろ。 葵としたら」 「大丈夫大丈夫」 「いや大丈夫じゃないだろ」 「大丈夫だって。お手は煩わせませんので。 フェラだけでいいので。飲むだけなので」 「だから、それだけでも終わったあと俺めっちゃ疲れて――」 「あ〜む、ん、ちゅっ、ちゅる、ちゅぱっ」 「おぉぉ…………っ!」 三度咥え、舌をねっとりと絡めながら頭を上下させる。 悔しいけど、めちゃくちゃ気持ちいい。別にいっかな、って気分にさせるほど。 けど、今日も由美と会うし体力は残しておきたいし、そもそもこういうことはもうあまり……っ! 「あ、葵、やっぱ、今は――」 「ふぁいひょうふひゃはら、すふおふぁるふぁら」 「え、なに? なんて?」 「ん、ちゅる、んん、じゅるるるるるるっ!」 「くぅ――っ!」 強烈なバキュームに、為す術無く悶える。 あ、すぐ終わるからって言ったのか……! 駄目だ、葵は引く気が無い。突き飛ばしたりするのは簡単だろうけど……! 「ん、んっ、んっ、じゅるるるるっ、ちゅっ、じゅるるっ! んちゅ、ん、ん〜〜っ、ちゅるるるる、ちゅ、ちゅぅっ!」 あぁ、駄目だぁ……!超気持ちいぃ、マジ気持ちいぃ……! さ、さすが鬼……! 半端ない、技が半端ない……! 「ん、じゅっ、じゅるる、ちゅ、ちゅぱっ、 んん、ちゅっ、れろ、ちゅるる、ちゅ、んちゅっ、 じゅる、ちゅ、じゅるるるるっ!」 頬をすぼめながら強く吸い付き、同時に舌先で亀頭をちろちろと舐める。 無理、抵抗できない。体にまったく力が入らない。 あぁ、もう、いいやぁ……。どうとでもしてくれぇ……。 「にひひ、ん、ちゅる。んっ、ふぁひらめふぁ?」 「だからなに言ってるかわからないから……。 もう抵抗しない。好きにしてくれ……」 「ふぁ〜い、じゅる、ん、じゅるる、ん、ちゅぱっ、 ちゅ、ちゅっ」 「ぅ、く……」 まるで今まで手加減してましたとでも言うように、葵の動きが加速する。 亀頭から中ほどまでをぱっくりと咥えてしゃぶりつき、根元を激しくしごく。 た、たまらん……! 「ん、んじゅっ、じゅる、ちゅぅぅ、ん、んっ、んんっ、 ちゅぱっ、んむ、ん〜、ん、んっ、じゅるる、 っ、っ、じゅるる、ちゅぅぅ、ちゅる、ちゅっ」 「はふ、んん、もぅ、んむ、いふぃほぅ、れひょ? ん、んっ、ちゅる、ん、んんっ、ちゅぱっ」 「や、やっぱり、なに言ってるかわからんけど……、っ、 も、もうイキそ……っ」 「にゃふふぅ、ひゃあ、らふとふはーと。 ちゅっ、ちゅる、じゅるる、んっ、ちゅっ、ちゅっ、 ちゅるるるっ」 「ぁ、……っ」 「じゅるるる、ん、んむぅ、ん、んっ、ちゅぱっ、ちゅるる、 ん〜〜〜、んっ、ちゅるっ、じゅ、じゅぽっ、んんんっ、 ちゅぅぅぅ、ちゅっ、じゅるるっ、ん、んっ」 「んんん、ん〜〜、んっ、ぷぁ、はぁ、ん、んっ、 んむぅ、ん、ちゅる、じゅるるるる、じゅる、んっ、 じゅるる、っ、っ、ちゅぅぅっ、ちゅっ、じゅるっ」 「あ〜、駄目だ……っ。 イ、イク……っ、葵、出すぞ……っ!」 「ふぁい。ん、んっ、いっふぁい、だひてぇ〜。 あおいにぃ、ごほぅび、くらはいにゃぁ〜、 ん、んっ、じゅるる、ん、んんっ、ちゅるるるっ」 「ん、ちゅる、ん〜〜、ちゅ、ちゅるるっ、 ちゅぅぅぅ、ちゅ、ちゅっ、じゅるるるる、 んんん、んっ、じゅる、ちゅぅぅぅぅっ!」 「く……っ」 「ん、んっ、んっ……! じゅる、んん、んっ、 んん〜〜〜〜〜〜っ!」 「んんん、ん〜、ん〜〜〜……んっ」 「……ちゅ、んちゅっ、れろ……ん、ちゅぱ、ちゅ」 「ん、こく……んん、ん……っ、んく」 「……」 「ぷはぁっ! ごちそ〜さま! おいしかったぁ!」 丁寧に丁寧にしゃぶり、最後の一滴まで絞り尽くして。 葵は満面の笑み。俺は息も絶え絶え。 あぁ……寝起きにこれはきつい……。疲れがどっと来た……。 いや、気持ちよかったんだけどさぁ……。 「葵さぁん……無理矢理するのはどうよぉ……」 「だってぇ、我慢できなかったの!」 「もういいだろ……どいてくれ。疲れた……。 もうちょっと寝たい……」 「待って。お掃除フェラまでがおはようフェラです」 「いやいや、もう十分最後の一滴まで――」 「ちゅっ、れろ、んちゅぅ、ん、んんっ、んっ、ちゅるるっ」 「だから、おぉぉ……っ、葵ぃ……っ!」 「ん、ちゅっ、れろ、ちゅるる、ちゅっ、ん……、 ん〜…………ちゅっ、ちゅぱっ」 「はふ、ふぅ、ん、ちゅ、んちゅ、んん…………。 れるれる……」 「ん〜〜、んっ! はい! 綺麗になった!」 「……」 「あれ、ご主人?」 「……」 「ご主人?」 「…………」 「……怒ってる?」 「……別に」 「あっ、この反応初めて見る! マジで怒ってる! ごめん! もうしないからっ! ちゃんと我慢するからぁ〜っ!」 葵が俺に抱きつく。正確にはのしかかる。 暑苦しかったからどかして寝返りをうった。 「あぁ! 無視しないでご主人〜! あ、揉む? おっぱい揉む? いいからっ、好きなだけ揉んでいいからっ!」 「……ちょっと静かに」 「や〜! 怒んないでっ! ごめんなさい怒んないで〜! ずっともらってないから欲しかったの! ご褒美欲しかったの〜!」 「……」 「こっち見てよ〜! ご主人〜〜! ちゃんと言うこと聞くからぁ! もうしないからぁ! なんでもするからぁ!」 「……頼む、寝かせてくれ」 「や〜だ! や〜! 許してご主人〜! 許して〜!」 「……」 「ご〜しゅ〜〜じ〜〜〜〜ん〜〜〜〜!!」 「ふぅ……」 無意識に、ため息がこぼれる。 葵に襲われたあと二時間くらい寝たけど、体の芯に疲れが残ってる。 これからは朝だけは絶対に避けないとな……。 「……ごめん。うまくできてない?」 「え? ああ、いや。そうじゃないんだ」 由美の頭を、優しく撫でる。 二人とも生まれたままの姿で。 俺はベッドに座り、由美はカーペットの上。 俺の足の間に納まり、その豊満で柔らかな胸で、俺のイチモツを挟んでる。 まぁ疲れてるのは……由美とこんなことばっかりしてるせいもあるんだけど。 「続けるね?」 「お願い」 「うん」 「……ん、ふぅ…………、……はぁ、ん……。 …………ちゅ、れろ…………んん、んっ、ふぅ……」 両手で胸を圧迫し、上下に動かして竿をしごく。 時折思い出したように舌を伸ばして亀頭を舐め、唇を寄せキスをする。 「気持ちいい?」 「めちゃくちゃ」 「ふふ、よかった。…………ふぅ、ん…………んっ、 ……もうちょっと、濡らした方が…………。 ん…………れる、んんっ…………ふぅ……」 唾液をとろりと垂らし、舌で伸ばす。 エロい。そして気持ちいい。まさに至福の時間。 ただ……つい数時間前、鬼ではあるけど、違う女の子にしゃぶられていた愚息を、今は恋人にしゃぶらせている。 ……罪悪感が半端ないな。 「やっぱり駄目?」 「いやいや、気持ちいいよ」 また頭を撫でると、くすぐったそうに目を細める。 そして胸を上下させながら、話を続けた。 「お仕事で疲れてる?」 「ああ、いや、そういうわけじゃ。 ずっと由美の部屋にいるし」 「ふふ、そうでした。ん……しょ」 「ごめんな、進展なくて」 「ううん。元々急にお願いしたことだから。 ……ふぅ、ん…………真くん」 「うん?」 「なにか手伝えることある? できることあれば、なんでもするよ」 「もっと強く圧迫してくれるとうれしい」 「もう、そうじゃなくて。……するけど。 ……ん、……こう?」 「いいね、すごくいい」 「は〜い。他に手伝えることある? エッチなことじゃなくて、お仕事の方で」 「うぅん……ない、かな」 「そ、か。そうだよね」 「みんな専門的な能力……というか、技能? 技術? もっててさ。実を言うと俺も役立たずなんだ。 だから、毎日ここに来てるわけ」 「ふふ、でも事務所の所長さんでしょ?」 「そんなたいそうなもんじゃないけど……」 どう表現していいのか。 うまく伝えられず、なんだか嘘をついているようで、やっぱり罪悪感。 その後ろめたさから逃げたくて、話題の中心を俺から由美に移す。 「由美は喫茶店のバイト、どれくらいやってるの?」 「こっちに引っ越してきてからだから…… 一年くらいかな?」 「そか。あの制服いいよな」 「でしょでしょ? 実はあれで決めたの」 「ちなみにだけど」 「なぁに?」 「制服でするのは?」 「持ち出せないから無理です」 「だよね〜」 「代わりにこっちをがんばるから、我慢してね?」 「んしょ、ん、……はぁ、ん、……れろ……んんっ、 ちゅ…………はぁ、んんん、ん、れろれろ」 拙い動き、舌使い。 葵とは違って、探り探りがんばってくれている様子がいじらしく、可愛らしい。 それにあの真面目な由美が……! って、グッとくるものがある。 この興奮は、鬼たち相手じゃ味わえない。 「ん、しょ……なんだかすごく、変な感じ」 「なにが?」 「最初は裸見られるだけで恥ずかしかったのに…… 今こんなことしてる」 「さすがに慣れたよね。ずっと裸だった日もあったし」 「真くんのせいですごく不健全になっちゃった気分」 「なんだよ俺のせいって」 「そうでしょ〜? 真くんがして欲しいって言わなかったら、 こんなことしてないもん」 「したくないならしなくてもいいですけど〜」 「ふふ、拗ねないの〜。 ちゃんとしてあげるから」 「れろ…………ん、はぁ……んんっ、 乾いてきちゃった、もうちょっと…………。 んちゅ、ん、れろぉ……ん、ちゅ、はぁ……ふぅ」 一生懸命にしごいて、しゃぶって。 由美は俺の要望に、なんでも応えてくれる。 最初は恥ずかしがるけど、始まってみればノリノリになって由美も楽しんでる。 このまま色んなことに慣れてもらえれば、もしかしたら今日の夢みたいにいつかドエロな由美に……。 楽しみにしておこう。うん。 「次はなにしよっかな〜って考えてるでしょ?」 「え?」 「そういう顔してた」 「どんな顔だよ……。当たりだけど」 「ほら〜。今日はこれで終わりって言ったでしょ〜?」 「わかってる。バイトでしょ、バイト」 「うん、ごめんね。最後だから……ん、しょ、っと、 がんばるね。ちゅ、……ん、れろ……、 ふぅ……ん、はぁ、ふぅ……ん……」 「ん…………」 「ふふ、気持ちいい?」 「気持ちいいしエロい」 「じゃあもっとエッチになっちゃう。 ん、れろ、んちゅ……ちゅっ、れろれろ……、 ふぅ、はぁ……んん、んっ、ふぅ……んしょ、ふぅ」 「ふふ、先っぽから……いっぱい出てきてる。 もうイッちゃいそう?」 「もうちょっとかな」 「がんばる。ふぅ……ん、汗かいてきちゃった。 はぁ、ふぅ、…………ん、しょ……はぁ、 ふふ、どんどん出てくる。舐めちゃお」 「れろ、ちゅっ、んちゅ、んんん、ちゅっ、 はふ、はぁ……ん、ん、んっ、んちゅ、ぷぁ、 はぁ、ふぅ、ん、ちゅっ」 「あ〜……それいい、すごくいい」 「ふふ、ん……ちゅ、んん、お口に、出す……?」 「ん〜、そうだなぁ……」 「……」 「相談があるんだけど」 「なぁに?」 「眼鏡にかけてみたい」 「も〜、いっつも変なこと言う〜」 「仕方ないよ! 男の夢なんだよ!」 「真くん、昔はもっとクールだったのになぁ……」 「意識してかっこつけてただけ」 「ふふ。待って。……っと」 テーブルに手を伸ばし眼鏡を取って、装着。 「これでいい?」 「バッチリ」 「眼鏡にかけられたら、洗うの大変そうだな〜」 「……そこまで考えてなかった。俺がやるよ」 「ふふ、嘘嘘。真くんの夢を叶えてあげたいから、 もっとがんばっちゃお」 「ん、しょ、ふぅ……れろ、んちゅ、ん、ちゅぱっ、 はふ、はぁ、ふぅ、んん、ちゅっ、ん、んっ、んんっ、 ん〜〜、はふ、はぁ、んちゅぅ、ちゅ、れろれろ」 「はぁ……んん、もっと、強く……できそう。 ん、んっ、はぁ、んんっ、はぁ、ふぅ、ぁぁ、 はぁ、……っ、ふぅ、はぁ、ぁ、ぁ……んっ」 「ぅ……すご……。 も、もう少しで……イキそ……」 「うん、じゃあもっと、がんばるから、はぁ、ふぅ、 真くんに、喜んでもらえるように……ん、ぁぁ、 はぁ、んっ……ちゅ、んん、ふぅ、はぁ」 「ぁ、ぁ、はぁ、んん、はぁ、ふぅ、んちゅ、 ん、んっ、ふぅぅ、はぁ、んっ、んんっ、 あ、ピクピク、して、はふ、はぁぁ、ん、ふぅ」 「ぅ、く……由美、そろそろ……」 「出る? いいよ。かけて、いっぱいかけて……ん、はぁ、 かけても、いいからぁ……ぁ、んっ、ふぅ、んっ、 かけて、真くん、かけて、ぁぁ、ぁ……っ」 「ぁ、ん、ぁ、ぁ、はぁ、んっ、はぁ、んんっ、 んっ、はぁ……っ、ふぅ……っ」 「ぁ、イク……出る……っ」 「ぁ、ぁ、ぁっ――」 「わ、ぁ、わぁ……」 勢いよく飛び散り、由美の顔に、髪に、そして念願叶って眼鏡にもべったりと付着する。 いいね、いいねぇ……! 真面目な由美だからこそ、こういうのが映えるんですよ。うぇっへっへっ。 「たくさん出たぁ……気持ちよかった? ……って、聞かなくても顔見ればわかるね、ふふっ」 「いや、ほんと、よかった……ありがと」 「うん、ふふ、待って」 「ん?」 「……ん、れろぉ……んむ、んっ、ちゅる、ちゅっ」 「お、ぉ」 今朝葵がしてくれたように、性器に付着した精液をぺろぺろと舐め、お掃除フェラ。 いいねぇ……どんどんエロくなるねぇ、由美さんってば。 「ちゅ、んちゅ……れろ、こういうの、好きでしょ」 「めっちゃ好き」 「ふふふ、ん、ちゅる……ん、んん、れろぉ……んん、 ちゅっ…………ん、んっ…………」 「……、うん、おしまい」 最後にチュッとキスをして、眼鏡を外しながら立ち上がる。 「バイト行く前に……シャワー浴びた方がいいかな」 タオルを取り、体や顔についた精液を拭う。 特に胸などを隠したりはしない。 本当に、裸でいることに慣れきってしまった。それくらい俺たちは、このたった数日間、肌を何度も重ねてる。 ……。 「? なに?」 「いや……」 射精した気だるさのせいだろうか。胸が、またモヤモヤとしてきて。 罪悪感。 俺……無意識に葵と比べてたよな。 お役目のことも話せず、由美以外の子としていることも明かさず。 それはとても、不誠実なことじゃないか。 ずっと目を逸らしていたことが、無視できないほどに重くのしかかる。 これからもずっと恋人でいたいなら……このままじゃ駄目だよな、きっと。 「どうしたの? 疲れちゃった?」 「まぁ……ちょっと」 「ふふ、休んでていいよ。あ、なにか食べる? バイトの前に、ちょっとだけお腹に 入れておこうかなって思って」 「あ〜……そうだね」 「うん、じゃあシャワー浴びたら作るね。 ちょっと待っててね」 「……」 「由美」 「なぁに?」 「バイトまで、少し時間もらっていいかな?」 「うん、いいよ。どうしたの?」 「……」 「?」 「紹介するよ、俺の仕事仲間を」 「俺の仕事のことを……由美に知ってもらおうと思うんだ。 全部」 「ただいま」 「お帰りなさいませ。 土方様も、ようこそいらっしゃいました」 「は、はい。お邪魔します」 「みんなは?」 「居間に」 「わかった。由美、こっちに。紹介するよ」 「う、うん」 由美を連れて、居間に向かう。 人見知りなところがある由美は、少し緊張気味。俺も緊張……というよりは、不安だった。 受け入れてもらえるかどうか。 でも負い目を感じたまま、由美の彼氏ではいられないから。 全てを、話してみようと思う。 「あ、来た」 「まったくなにを考えておるのか……」 「…………」 ちゃぶ台を囲む三人が、居間に入ってきた俺たちを見る。 俺がなにをするつもりかは伝えてある。 葵とアイリスは不安そう。伊予は仏頂面。 けれどその表情は、由美には見えていない。 みんなが待っていると言っていたのに、居間には誰もいなかった。そんな状況だ。 きょとんと、首を傾げている。 「え、と……?」 「そこに座って」 「あ、うん」 「おぉう……っ、ちょ、こっち来た……っ」 「あ、もう一つ手前」 「こっち?」 「そう」 葵の上に座ろうとした由美の手を軽く引き、いつも琴莉が座っている場所に座ってもらう。 俺は、その隣に。 「どうぞ。麦茶でございます」 「あ、ありがとうございます」 ちゃぶ台の上にグラスを置き、芙蓉は伊予の隣に腰を落ち着ける。 ……よし。 「由美」 「う、うん」 「前にさ、梓さ――喫茶店にいた刑事さんが、 霊能探偵って言ってただろ?」 「えぇと……うん。言ってたね」 「あれ、実は本当なんだ」 「…………ぇ?」 「俺、霊が見えるんだよ」 「………………」 こいつは一体なにを言っているんだろう。まさにそんな顔だ。 笑った方がいいのかな?そんな風に迷っている雰囲気もちょっとだけ。 まぁ……そうなるよな。 「わけわかんないよな。聞きたいこともあると思う。 でも、とりあえず最後まで聞いてくれ」 「う、うん」 「加賀見家には、代々受け継がれてきた役目があるんだ。 成仏できない霊たちを、あの世に送ってあげるっていう」 「その役目を、俺は爺ちゃんから引き継いだ。 俺で八代目らしい」 「それで、お役目をこなしていくには、俺だけじゃ 力不足なんだ。だから、仲間に助けてもらってる」 「特殊な力を持つ、鬼たちに」 「お……に?」 「ああ。今ここに三人いる」 「え、さ……えっ?」 「由美の隣にいるのが、葵」 「どもっ!」 「その隣が、アイリス」 「…………」 「そして……」 「わたくし、芙蓉でございます」 「お、に? おにって……あの鬼?」 「そう、赤鬼とか青鬼の鬼」 「芙蓉さんが?」 「はい。八代目ご当主、真様に仕える鬼にございます」 「…………」 「はぁ? って顔してる。はぁ? って。 あたしの声も聞こえてないよね? アイリス、テレパシー送れないの?」 (……無理です。さっきからやっていますが、 気づいてくれません) 「あぁ……だよな。やっぱりこうなるよなぁ……。 いや、いるんだ、本当に。 隣に座ってるんだよ」 「隣って……この隣?」 「うひゃっ」 由美が手を伸ばし、葵の肩に触れた。 そう、触れているんだ。 けれど由美には、その自覚がない。 「今触ってるんだけど……」 「え、今?」 「そ、そう。葵の肩のあたりを……」 「無駄じゃ」 俺の言葉を伊予が憮然と遮り、ため息をつく。 「我らは人の認識の外におる。たとえ触れようが 踏みつけようが、霊視の力を持たぬ者が我らを 知覚することは決してない」 「おまけに――」 伊予がバンッ! と机を叩く。 みんな軽くビクッとしたが、由美だけは動じず。どうしたの? と首を傾げる。 「アイリスのテレパシーが届かぬのも当然じゃ。 前にも話したじゃろう。この娘、相当鈍いときている。 霊感ゼロの零感じゃ」 「もっと手荒な真似でもせねば、違和感すら覚えぬぞ」 「手荒って、怯えさせるようなことは……」 「? ?? なに?」 「ああ、いや、えぇと……とにかく、いるんだ。 ここに、俺たち以外に三人。 その前提で、聞いてくれ」 「…………」 腑に落ちない表情。 俺の正気を疑っているのかもしれない。心配しているようにも見えた。 今さら冗談だなんて言えない。続けるしかない。 「俺の仲間は、今紹介した鬼三人と、 今はいないけど、助手がもう一人」 「それと、芙蓉の隣に座ってる、 座敷わらしの伊予。この五人と一緒に仕事をしてる」 「ざ、座敷わらし? 座敷わらしって、あの……」 「そう。いるんだよ、この家に」 「わぁ、それは……素敵、かも……」 表情が引きつっている。 いよいよ俺の話に付き合いきれなくなってきたのかもしれない。 でもまだ、これからだ。 話しにくく、おそらく由美にとって受け入れがたいことは。 「それで……まぁ、いいんだ。 ここまでは、話半分で。 こっから先が重要」 「う、うん」 「由美、気にしてたよな。 俺と芙蓉の関係」 「あ、えぇと…………」 「もう察してると思うけど、ずっと濁してたから、 はっきり言うよ。肉体関係はある」 「…………」 由美の表情が固まる。 胸の痛みには気づかないふりをして、畳みかけた。 「芙蓉だけじゃない。葵とも、アイリスとも、 そういうことをしている」 「ぇ…………ぇ?」 血の気の引いた顔。 罪悪感なんて表現じゃ生ぬるい。 だけど、全てを話さなければ。 「別に恋愛感情があるわけじゃないんだ。 そう言うと勘違いさせそうだけど、セフレとか そういうことでもない」 「鬼を生みだす儀式がある。簡単に言えば、 鬼とセックスするんだ。主の精液を体内に宿すと、 鬼は新たな鬼を生む」 「そして、鬼は主の精液を好物にしてる。 だからたまに、相手をしなくちゃならない。 そういう理由があって、みんなと関係をもっている」 「理解はできないかもしれないけど…… 決して由美を裏切っているわけじゃない」 「……」 「そういう、言い方をする……ってことは、 つい最近も?」 「あぁ……いや」 「したの?」 「……」 「ああ」 「え、フェラだけだよフェラだけっ! エッチはしてないよっ、そう言えばいいのにっ!」 「……」 当然葵の声は聞こえない。 もっとも、聞こえたとしても眉間の皺が深くなるだけだろうけど。 穏やかな由美が、怒っている。 当たり前だ。こんなことを聞かされたら。 「土方様。信じられぬのも無理はないでしょう。 全てが作り話。真様が妾を何人も抱えているとしか 聞こえないでしょう」 「ですが、一つだけ証明できることが。 真様、わたくしの真の姿を……土方様にお見せしても」 「……」 「ああ。由美には全部知っていてもらいたい」 「承知いたしました。 土方様、よくわたくしを見ていてください」 「は、はい…………ぁ、え……?」 芙蓉の額から、角が生える。 爪が伸び、唇からは牙が覗く。 人から、鬼へ。 普通の人にも見える。芙蓉のその力は、鬼化したときにも効力を失わないようだった。 「これで、信じていただけましたでしょうか。 わたくしが鬼であると」 「…………」 「鬼であるわたくしが、真様の精液を欲するのも 事実でございます。ときには……無理矢理 迫ってしまうことも」 「真様は決してわたくし共との逢瀬を楽しんで いらっしゃるわけではございません。 むしろ、抵抗を感じていらっしゃる」 「真様にとっては、土方様が一番。 やむを得ずわたくし共を抱いているということを、 ご理解いただけないでしょうか」 「…………」 強ばった顔を、俯ける。 しばらく、そうしていて。 ぽつりと、こぼした。 「……つまり、事情があるから…… 私以外の女の人とエッチするの…… 許してくれ、ってこと?」 「あ、いや、そういうことじゃないんだ。 俺はただ、隠し事が嫌で……」 「……」 「急に、鬼とか言われても…… 芙蓉さんにそんなことまでさせて……」 「そんなこと……? あぁ、いや、待ってくれ。 決して口裏合わせてもらってるわけじゃ……!」 「……ごめんね」 由美が立ち上がる。 顔は伏せたまま。 俺とは目を合わせずに。 「ちょっと……考えさせて。 よく、わからなくなってきちゃった」 「……」 「やっぱり私じゃ……駄目だったかな」 「ちがっ、ま、待った、由美……!」 「……さようなら」 「あ……」 立ち去る。 最後まで、俺を見ることなく。 ……さようならなんて言われたら、追いかけられないじゃないか。 「お邪魔しま〜……え、あ、土方さん……?」 「…………」 「あ、あれ?」 「えぇと……ど、どうも〜」 「……」 「ど、どうしたの? なんか、空気すごく重いけど……」 「たった今ふられたところ」 「えっ!? えぇっ!?」 「あほぅが。こうなるのも当然じゃろ。 言わなくていいことまで言いおって」 「言わなくていいことなんて一つもないだろ。 いつか伝えなくちゃいけないことなら、 いつ言ったって同じだ」 「だからといって一度に全てを伝える必要はなかろうが……」 「わたくしのこの姿で鬼のことは信じてくださると 思ったのですが……」 (特殊メイクかなにかのように思ってらっしゃるようでした。 アイリスの声は届きませんでしたが、 あの方の声を聞くことは少しだけできました) 「そうだろうよ。そうだろうとも。 現代っ子なんてそんなものじゃ。 誰も信じんよ、あんな話など」 「え、と、土方さんに……話したの? 鬼のこととか」 「ああ」 「ど、どうして話しちゃったの?」 「……」 「これ以上隠しておくことが耐えられなかった。 隠したまま、由美と一緒にいることが」 「……」 「……あたしのせい?」 「え?」 「あたしが無理矢理しちゃったから?」 「違うよ、そうじゃない」 「……ごめんなさい」 「おい、そんな顔するなよ。違うってば、本当に」 今にも泣き出しそうな葵の頭を撫でる。 「ただ……期待していたんだ。 由美なら意外と、あっさり信じてくれるかなって」 「でも、駄目だったな。 みんなを受け入れてくれる人じゃないと、 一緒にはいられないから」 「残念だけど、みんなのことが見えない由美とは…… 縁がなかったんだろうな」 「……」 「……ごめんね、まこちゃん。 前に……無責任なこと言っちゃった」 「伊予まで謝るなよ。いい経験になったし、 最近腑抜けてたから、これでよかったんだ」 「そうだよな、俺……加賀見家の当主なんだよな。 普通とは、ちょっと違うんだよなぁ……」 「やっとわかったよ。 そんな、当たり前のことが」 「お兄ちゃん……」 「よっし、湿っぽいのは終わりだ。 確かに急ぎすぎたかもな。 でもやらかしちゃったもんは仕方ない」 「芙蓉、今日の夕飯は?」 「ああ、はい。炊き込みご飯と、焼き魚と…… あといくつか」 「炊き込みご飯か、楽しみ。葵好きだろ」 「……」 「まだそんな顔して。 葵のせいじゃないって。な?」 「でも……」 「夕飯まで、みんなでゲームでもするか。 伊予、なんかいいのない?」 「あるぞ。確実に人間関係にヒビが入る系の ボードゲーム」 「さすがのチョイスだなオイ。 琴莉とアイリスもやるだろ?」 「う、うん」 (ご一緒させていただきます) 「では、わたくしは夕食の仕度を」 「うん、お願い。うっし、やるかぁ。 ゲーム機どこ? 伊予の部屋?」 「待っておれ。持ってくる」 「うす。あ、なにげにみんなで遊ぶの始めてじゃね? 楽しみだな〜」 「う、うん、そうだね」 「……」 夕食後、縁側に寝転んでダラダラと過ごす。 ベランダに行こうと思ったんだけど……どうもな。一人になると余計な心配かけそうだから、みんなの目の届くところにいようと思った。 葵はまだ落ち込んでるし、他のみんなも俺に気を使っているみたいだ。 ただ当の本人はと言うと……意外とケロッとしていて。 ただ夢から覚めて、いつも通りに戻った。そんな感じ。 明確に別れを告げられたわけじゃないからかもしれない。思いの外、ショックは受けていなかった。 あるいはショックが振り切って、心が麻痺しているのか。 自分でもよくわからない。 「お兄ちゃん」 「ん〜?」 琴莉の声に、寝転んだまま返事をする。 遠慮がちに俺のそばに座って、チラチラとこっちを見る。 「どうした?」 「その……」 「……」 「ご、ごめんなさい」 「え? なにが?」 「なにがって、その……。 とにかく、ごめんなさい」 「なんで琴莉まで謝るんだ。 俺がやらかしたって、それだけなのに」 「だって、その……ふられたって聞いたとき……」 「……」 「えぇと、はっきりとは言えないけど、 私、嫌なこと考えたから」 「だから、ごめんなさい」 「よくわからないけど、いいよ。気にしてない」 「……」 「俺より周りが暗いんだよなぁ。 本当に気にしなくていいのに」 「それは、お兄ちゃんが普通にしてるから、 無理してるんじゃないかって……」 「してないよ。 最近ほんと……盛りのついた犬みたいだったからなぁ。 みんなはお役目でがんばってるのにさ」 「ちょうど良かったんだ、これで。 お役目に集中しろってことさ」 「……」 「私がいるからね」 「ん?」 「お兄ちゃんには、私がいるから」 「伊予ちゃんたちには負けるかもだけど、 でも人間の中では、私はお兄ちゃんの 最高の理解者だから。そのつもり、ですっ!」 「……ああ、ありがとう」 「これからも一緒にがんばろうね、お兄ちゃん」 「ああ、頼りにしてる」 「うんっ」 笑顔でうなずき、琴莉は俺から離れた。 特にショックを受けたつもりはない。 明日からも普通に、いつも通りに過ごせると思う。 けれど、それでも、琴莉の優しさが……。 胸に、染みた。 夕食を済ませて、しばらくのんびりと過ごして。 午後十時頃。そろそろ、梓さんが来る頃だ。 「ごしゅじ〜ん、ほんとにあたしたち行かなくて いいの〜?」 「ああ。疲れてるだろ。俺が個人的に頼んだことだから、 ゆっくりしてていいよ」 (ですが……なんの成果も得られていません。 せめてお手伝いできれば……) 「あまり真を甘やかすな。最近怠けておったからの。 一人でやらせるくらいがちょうどよい」 「そういうこと、そろそろ俺も働かないとね」 「真様、伏見様がお見えになりました」 「どもども〜」 「お」 梓さんがひょっこりと顔を出す。 「お疲れさまっす。すみません、こんな時間に」 「いえいえ、指定したのは私だから。 あれ、琴莉ちゃんは?」 「ああ、今日は」 「いないの? そっか。 早速行く?」 「お、もう仕事あるんですね。了解です」 「そっか。まだ伝えてなかったね。 歩きながら話すね」 「お願いします」 「うん。じゃ、真くん借りていくね〜」 「行ってくる」 「お気をつけて」 (なにかあれば、呼んでください。 耳を澄ませておきます) 「お土産よろしく〜」 「アイス…………いや、かき氷!」 「へいへい」 「行きましょ行きましょ」 「うっす、行ってきま〜す」 梓さんと一緒に家を出る。 「こっちよ〜ん」 一歩遅れて、ついていく。 向かった先は―― 「はい到着〜」 公園か。 まさか、またここに霊が? 「で、結局歩いている間に話しませんでしたが」 「はい」 「今日はですね。以前依頼いたしました嶋雄三さんが 本当に成仏できているかを確認させていただければと 思っております」 「あぁ……なるほど。そういえば、たぶんオッケーだろうで 片付けちゃったな。報酬貰うの、ちょっと早かったですね」 「いいのいいの、そこは信用してるってことで。 あくまでも万が一を考えての確認だから」 「実はね。最近、真くんちの外でもなんとなく 見えるようになってきたんだ、私」 「まじっすか。すごい」 「ふふ〜ん。でも確実じゃないから、今日は真くんに 来てもらったってわけ」 「あ、申し訳ないんだけど……正式な依頼じゃないので、 報酬は出ません。あしからず」 「大丈夫です。急な話だったし、呼んでもらえただけでも うれしいんで」 「うん、ありがと。じゃあ、いないことを確認する…… っていうのも難しいけど、ここらへんを くまなく探して――」 「ひぃっ!」 近くの茂みがガサガサと鳴り、梓さんが悲鳴を上げ俺にしがみつく。 「え、なにっ? 足下なんか通った! 霊? 悪霊!? 出た? 出たのっ?」 「いや、猫ですよ。猫」 「……え、猫?」 「はい、猫」 「……」 「梓さんって、実はビビリですよね」 「……うるさいなぁ。今の不意をつかれただけですから」 口を尖らせ否定する。 でも、俺にしがみついたまま。 こういうところ、結構可愛いよな。梓さんって。 「ちょっと、ニヤニヤしないの」 「してませんしてません」 「ほら、行くよ。調査調査」 「はいはい」 そのまま、歩き出す。 公園で、腕を組んで。 仕事中ではあるけど……デートみたいで、少しだけ胸が躍る。 「ど、どう、いる? いない?」 「今のところ誰もいませんけど……」 「け、けど、なに?」 「琴莉みたいに、霊を感知できないんですよ。 隅々まで確認しないと、断言は」 「じゃあ……えっと、嶋さんがいたのって、どこらへん?」 「あっちですね」 「ぅぉっ」 「え、なんすか?」 「ぁ……虫だった」 「ビビリすぎでしょう……」 「仕方ないでしょ〜! 元々得意じゃなかったのに、 伊予ちゃんにトラウマ植えつけられたのっ!」 「別に夜道が苦手ってわけじゃないでしょう? さっきまで普通に歩いてたんだから」 「霊が近くにいるかもしれないなら話は別でしょっ! ほら、連れてって!」 「はいはい」 重い梓さんの足取りに合わせつつ、先日琴莉が奮闘したあの場所へ。 うぅん、こうやって見る限りは……。 「いる? いない?」 「いませんね。二回ともここらへんから出てきたし、 ちゃんと成仏してくれたのかな」 「そっか、よかった。よし、撤収!」 「はやっ。いいんすか? そんな適当で」 「適当じゃないですぅ。いないものはいないんだから これ以上探したって――」 「ぁ………………ん……………………ぁぁ…………っ」 「…………ぇ?」 かすかに女性の呻き声が聞こえ、サーッと梓さんが青ざめた。 ……おいおい、まじか。 「嶋さんはいないけど……他の霊がいるっぽいですね」 「ぇぇ…………まじで……? うそぉ……まじでぇ……?」 「確認しましょう」 「ぇ、ぇ、今? 今するの?」 「今しなくていつするんです」 「あ、明るくなってからでも……」 「ぁ…………ぁぁ……っ」 「ひぃっ」 「ビビッてないで行きますよ」 「ぇ、待って待って、真くん待ってぇ」 嫌がる梓さんを引きずり、声がする方へと近づく。 公園の端の方だ。木々で視界が遮られている。 「……ぁっ、…………ぁぁっ」 「うぇぇっ、近い近い、声近い……っ」 「静かに」 伸び放題の雑草を踏みしめ、ゆっくりと前へ。 木の陰でなにかが動いている。 距離を取りつつ回り込む。 視線を塞ぐ障害物がなくなり、この目ではっきりと確認した。 声の主の、その正体を。 「駄目だよ、やっくぅん。こんなところでぇ」 「誰もいねぇって。オラ、ケツこっち向けろよ」 「あんっ、駄目ぇ、あんあんっ、あぁんっ」 「……」 「……」 「……霊じゃなかった」 「……ですね」 大学生くらいのカップル……だろうか。若い男女がイチャついていた。 いやイチャつくっていうか、おっぱじめた。 ……よくもまぁこんなところで。 ってか、足下よく見たら……。 「使用済みのゴムが散乱してる……。 ここ……そういう場所なのか」 「だ、大学生……多いからね。若いからね……みんな。 ってか、いつもはもっと夜中なんだけど……」 「オラオラ、しっかり感じてるじゃねぇか、オラァ」 「あんっ、だってぇ、やっくんの気持ちいいからぁ。 あぁんっ! あんあんっ!」 俺たちに気づかず、二人はヒートアップ。 嶋雄三さんもここでプレイを楽しんでたみたいだし……。夜のこの公園は大人の社交場ってか? ……びっくりだ。近づかないようにしよ。 と、俺は若干引き気味なんだけど……。 「うわ、すご……」 梓さんはがっつり食いついていた。ガン見だった。 強くしがみついているのも、さっきとは別の理由だろう。 「うわぁ……見てよ真くん。 めちゃくちゃ激しいんだけど」 「……ジロジロ見てると気づかれますよ」 「でも、うわぁ……。痛くないのかなあれ。 支えにした木が揺れてるんだけど。うわぁ……」 釘付けになっている。 興味津々。自分もされてみたいとか思ってたりして。 そんなわけないか……と、否定しかけたとき、気づいた。さっきの梓さんの発言に。 『いつもはもっと夜中なんだけど』 そして、今日の服装。 ああ、なるほど。と合点。 口実が欲しかったのは、俺だけじゃなかったみたいだ。 「梓さん」 「な、なに?」 「俺たちはあっちに行きましょう」 「あ、ちょっとちょっと」 無理矢理、その場から引き離す。 けれど広場の方に戻らない。 あの二人から距離を離しつつ、外からも中からも、目立たない位置に。 「え、な、なに?」 「わかってるくせに」 「え、ちょ……」 立ち止まり、腕をほどいて、梓さんに迫る。 後ずさり。トンと背中が木の幹にぶつかる。 「えぇと……もしかして?」 「あれ見て平然としていられるほど、俺も大人じゃないんで」 「あ、ちょっとちょっと」 「後ろ向いて、木に手をついて」 「ま、待ってってば」 有無を言わせず、こちらにお尻を向けさせる。 梓さんは戸惑う素振りを見せつつも、一切抵抗はしなかった。 「ちょっと、強引すぎ」 「そういう約束でしたから」 「えぇ?」 「また犯してって言ったの、梓さんですよ」 「う……そうだけど……」 「それに、こんなこと言うのは野暮だけど……」 後ろから抱きしめ、胸に触れる。 「これ、梓さんの期待通りですよね?」 「……」 答えなかった。 けれど伝わる心音が、隠し事を許さない。 どんどん鼓動が加速し、体温も上がっていく。 「脱がしますよ」 「や、ま、待って、こんなところで……」 「待ちません」 「ぁ……っ」 スカートを捲り、下着を下ろす。 下着に、うっすらと染みができていた。 やっぱり梓さん、興奮してる。 俺もすっかりスイッチが入ってる。お望み通り、ここで犯すとしましょうか。 「ほ、本当に……ここでするの?」 「そういえば梓さん、刑事でしたね。 外でこんなことしてるってバレたら、大問題?」 「や、やめてよ、そういう意地悪なこと言うの……」 「感じちゃう?」 「……馬鹿」 可愛い反応に思わず笑みを浮かべながら、しゃがみ込む。 ……ふふふ、まさかこうも早く練習の成果を披露するときがくるとは……。 「ぅ……」 指で軽く膣の入り口を広げる。 暗いからよくは見えないけど、しっとりと濡れているはずのそこに……ゆっくりと舌を近づけ、舐める。 「ひゃんっ」 びくんと、腰を引きながら梓さんの体が跳ねる。 いいね、手応え有り。 「え、い、今なにしたの?」 「なにって、わかりませんでした?」 「ぇ、ぁ、ひぅ……っ!」 もう一度。今度はクリトリスを舌先でつつく。 それだけで、梓さんが背中を仰け反らせた。 いけるぞ。鬼も人も関係ない。ここはこんなにも敏感なんだ。 「ぁ、ぅ……な、舐めてる?」 「はい。気持ちいいですか?」 「き、気持ちいいっていうか……待って。 そんなところ舐められたくないんだけど……っ」 「素直じゃないんだから」 「そうじゃなくて、ほんとにっ!」 「じっとしてて」 「ぁ、ま、待って、真くん。待って……ぁ、ぁっ、 ま、真くん……っ」 「はぁ……ん、ぁ……っ、ぁ、ぁ……っ、 待って、あぁ……待っ……ぁぁ、ぁっ……っ、 はぁ、はぁ、ぁぁっ、ぁっ、やめ、やっ――」 「やめてって、ばぁっ!」 「どっ!」 胸の辺りに強い衝撃を受け、後ろに転がった。 えっ? 蹴られた? え、えっ? え〜〜〜〜っ? 「もうっ! 無理矢理されるのは好きだけど、 されたくないことは本気でされたくないのっ」 「そういうこと、 せめてシャワー浴びてからにしてよねっ!」 「す、すいません……」 怒られた……。 強引に進めようとしてたら怒られた……。 ……あかん。わからん。乙女心わからん……。 「で、どうするの?」 「え?」 「私の気持ち冷めてきちゃってるけど、 どうするのって聞いてるの」 「そりゃあ……」 「まだしたい?」 「したい、ですね。はい」 「ここで?」 「まぁ……はい。できるなら」 「人が死んでるんだけどね、ここ」 「……不謹慎?」 「普通はそう考えるよね」 「まぁ……はい」 「やめる?」 「いやぁ……」 「じゃあその気にさせてよ」 「……と、言いますと……」 「え〜、それ私が言うの〜?」 「ご、強引にされるの……好きですよね?」 「好きです。でも私が不機嫌にならないラインで 強引にお願いします」 「それ……さじ加減難しくないです?」 「それはさぁ、あえてこういう言い方するけど、 パートナーなんだから、 これから探っていけばいいんじゃない?」 微笑んで、俺の首に腕を絡ませる。 ここでやっと、理解した。 俺がいくら背伸びしようとかっこつけても、梓さんが上で、俺が下だ。 主導権は俺にはなく、あくまでも梓さんに。 どうも、年上のお姉様に従うのが俺の役割っぽい。 「で、どうしてくれるの?」 「リベンジしても?」 「そういうのは、わざわざ質問して欲しくないかな」 「じゃ、探り探りで」 「ぁんっ」 腕をほどき、さっきと同じ体勢に。ここまではよし。 次は……そうだな。無難なところから攻めていくか。 「ん……」 梓さんの体の前に手を回し、ジャケットのボタンを外す。 そして力に任せ、下着ごとシャツをめくりあげる。 「痛……っ、乱暴すぎ……。 でもこういうのは好きかも……」 「MなのかSなのかよくわかんないっすね」 「年下の子に弄ばれて興奮してるから、 Mなんじゃない?」 「蹴り飛ばしたくせに」 「それは真くんが踏み込みすぎたから」 「気をつけますよ、お姉様」 「なにそれ〜、……ぁ、んっ」 柔らかな乳房を寄せて集め、乳首をきゅっと摘まむ。 既に固くなったそこをコリコリと刺激するたび、梓さんが吐息をこぼしながら悶えた。 「はぁ……、んっ、ひ、人……いないよね?」 「さぁ」 「さぁって、ちょっと……」 「梓さんしか見てないもんで」 「す、少しは注意してよ……」 「見られた方が興奮します?」 「そ、それは……」 「否定はしないんですね」 「だって……ぁ、ぁ……っ」 胸を揉みながら、割れ目を人差し指でほぐす。 湿っているけど、まだ足らない気がする。 舐めるのが駄目なら、指でやるしかないわけだけど……俺この前、どうしてたっけ? 覚えてない。なら、好きにやるさ。 「は、ぁ、ぁ……っ!」 人差し指を、ゆっくりと挿入する。 第一関節。第二関節。 思いの外あっさりと飲み込んでいく。 「痛かったら言ってくださいねって言葉は、 梓さん的には減点?」 「気遣ってくれるのは、うれしいけど……。 痛くても我慢しろよ、くらいの方が……いいかも」 「じゃ、遠慮なく」 「ぁ、ぁ、ぁ……っ、ぁ……っ」 指の腹で膣壁をこすりながら、指を引き抜き、差し入れる。 その単純な動作を、徐々にスピードを上げながら繰り返す。 「ふぅ……はぁ……ふぅぅ…………ぁ、っ、はぁ……」 梓さんの声が熱を帯びていくにつれ、膣内の滑りもよくなっていく。 指を引き抜くと同時に、愛液もとろりとこぼれ落ちる。 もう一本くらい入りそうだな。 「ひぅっ、ぅぅ、ぁっ、ぁ……っ!」 今度は声をかけず不意打ち気味に、中指も挿入。 二本の指で、膣内をかき回していく。 「あぁ、はぁ、はぁっ、ぁ、ぁっ、はぁ……っ!」 周囲を気にして、必死に声を押し殺そうとしている。 個人的には、ここが外だってことを忘れるくらいに乱れて欲しい。 だから出来うる限りの全力で、もうめちゃくちゃに思い切り、指を動かし梓さんの中をグチョグチョにかき回す。 「ひぁぁ……っ、っ、っ、あぁ、ぁ〜〜っ! ぁ、ぁっ! ――ッ、はぁ、はぁ、ぁぁ、や、ぁ、すご……っ、 ぁぁぁ、ぁ、ぁっ……!」 指に吸い付く膣壁を乱暴に押し広げていく。 気持ちいいポイントがあるんだろう。そこに当たるたびに梓さんの声が上擦り、腰を暴れさせ膣内をひくつかせ。 指を飲み込みクチュクチュと粘ついた水音を響かせ、愛液を飛び散らせる。 「ぁ、ぁ、ぁっ、〜〜っ、はぁ、んんんっ、ぁ〜〜っ! ぁ、ぁっ! ぁぁ、気持ちぃっ、すご、ぁ、やっ……! あぁ、いぃ、あぁぁ、ぁ〜っ!」 もう梓さんは声を抑えられなくなっていた。 俺ももう無理。指だけじゃ我慢できない。 「ぁ、ふぁ……っ」 指を引き抜くと、少し残念そうにお尻が揺れた。 もっと太いのをやるから待ってな、なんて台詞が浮かんだけど、さすがにそれは言えなかった。 そもそもそんな冗談を飛ばしている余裕もなく、無駄に焦りつつファスナーを下ろし、イチモツを取り出した。 ……と、そこでやっと気づく。 ゴムねぇぞ。 「……? どうしたの?」 「ああ、いや……」 「生でするの気にしてるなら、今さらじゃない? 私、中にたっぷり出されてるんだけど」 「あ……そういえばそうでした」 「安心して。ピルもってるから」 「なんだ、準備万端じゃないっすか。 やっぱり最初からその気だったんだ」 「うるさいなぁ。念のためです、念のため。 そういうのいいから、早く入れてよぉ」 「あ、今の入れてってもう一回言ってください」 「え〜、やだ。恥ずかしい」 「言ってくれなきゃ入れない」 「自分だって我慢できないくせに……もう……」 「……」 「な、生で……入れて……」 「いいっすね、そそる」 「ぁぁんっ、ふぁ、ぁ……っ!」 膣口に亀頭をあてがい、腰を勢いよく突き出す。 十分にほぐしただけあり、なんの抵抗もなく梓さんは俺を受け入れた。 「痛いって言われてもやめませんから、ねっ」 「ぁっ……! やめてよぉ、そういうのぉ……っ! 興奮しちゃう……ぁ、ぁ、ぁっ、あぁん!」 最初から手加減なし。力の限り腰を叩きつける。 「ぁ、ちょっと、ふぁぁ、待って……っ! あ、ぁっ、すごっ、ぁぁっ! 激しいぃ……っ! あ、ぁ、ぁぁ、ぁぁ〜〜っ!」 「……っ! 駄目駄目駄目ぇ……っ! そんな風に、されたらぁ……っ! ふぁ、ぁ、ぁっ! 駄目ぇ……っ!!」 ピストンの衝撃で、梓さんの全身が激しく揺れる。声が震える。 今回の駄目は、決して痛がっているわけではなく。 「ぁ、ぁ、ぁっ、あぁんっ! はぁぁ、ぁっ、あぁぁっ!」 この甘い嬌声が、それを証明してくれている。 クンニは失敗したけど、こっちは練習したかいがあったな。 まだしばらくこのペースを維持する自信があるぞ。 「はぁ、ぁっ、真、くん……っ! 張り切り、すぎぃ……っ!」 「手加減してって、言われても……無理です、よっ」 「い、言わないぃ……っ! もっと、強くしてぇ……っ! 強いの、好きぃ……っ! もっと、もっとぉ……っ!」 「乱暴なのが、いいのぉ……っ! もっとして、いいからぁ……っ! だから、もっと……っ」 「ぁ、ぁっ、あぁ、ぁぁぁっ、ふぁぁ……っ!」 甲高い喘ぎ声が、風に揺れる木々の葉音をかき消していく。 近くに誰かがいたら……いや、下手したら近くの民家にもこの声は届いているかもしれない。 でも声を抑えて、なんて、興醒めだろ。 「もっと、強くして欲しいんですか?」 「うん、もっとがいい、もっと強くても、 大丈夫……だからぁ……っ!」 「知りませんよ、どうなっても……っ」 「ぁんっ! ぁ、すごっ、あぁぁ、っ、っ! いぃ、気持ちいぃ……っ! ふぁぁ、ぁっ、 はぁ、ぁ、ぁ、ぁぁ、ぁっ!」 「……っ、ぁっ、ま、待って……なにか、ぁ、ぁっ! く、ぁ、くるぅ、ふぁぁ、ぁ、ぁ……っ!」 「ぁ、イク……っ、イッちゃ、ぅ……っ! ぁぁ、待って、待ってぇ……っ! イッちゃ……ふぁ、ぁ、ぁ……ぁぁっ!」 「ふぁぁ、〜〜〜っ、あぁぁ〜〜〜っ!!」 梓さんの体が強ばり、ぶるりと震える。 「はぁ……ぁ、はぁぁ……はぁ……ふぅ…………」 乱れた息を吐き出しながら、体も弛緩していく。 けれど痙攣は治まらず、背中を引きつらせ、膣内もひくひくと脈動していた。 「ふぁ、はぁ……す、すごかった……よかった…………」 「よかったって、まだ終わってませんよ」 「ぇ、待っ……ぁ、ぁぁ、ぁんっ!!」 ピストンを再開する。さっきと変わらない強さで。 でも一つだけ違うのは、俺自身もう我慢するつもりはないってこと。 射精するために、梓さんの中に出すために、快感のみを求めて腰を動かす。 「ぁぁぁ、ま、ってぇ……! イッた、ばっかり、だからぁ……っ! あぁ、駄目、駄目駄目っ、はげし、ぃ……ぁぁぁっ!」 「〜〜っ、ぁ、だめ……っ! あぁぁ、激しくてぇ……っ、 また、イッ、ちゃ……っ、うぅ、すぐ、イッちゃ、ぅ、 からぁ……っ!」 「いいん、ですよ。我慢しなくても……っ」 「したくても、できない、から……っ、 あ、ぁっ、いいよ、もっと……ぁぁ、もっと……っ! んぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁっ」 互いに息を弾ませ汗を流しながら、行為に没頭する。 ここがどこであるかは、とっくに意識の外に。 ただ気持ちよくなりたい。それだけだ。 「っ、っ、っ、あぁぁ、だ、駄目ぇ……っ そんなに、したらぁ……あぁぁ、ぁ、ぁ、ぁっ!」 「イッちゃ、ぅ、ほんとに、また、イッちゃうぅぅ……っ! ぁ、ぁっ、駄目ぇ、気持ちいぃ、ぁぁぁっ、 気持ちいぃ、からぁ……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁっ、駄目、や、やっ、ぁぁっ、 駄目ぇ……っ、また、くる、きちゃう……っ! ふぁぁ、きちゃうぅぅ……っ!」 「梓さん、もうちょい……、待って……っ、 俺もイク、から……っ」 「はやく、はやくぅ……っ、もっと強く、しても……っ、 いいからぁ……っ! はやく、イッて、あぁ、 イク、イクぅ……っ!」 「ぁぁぁ、まだぁ? 駄目ぇ、も、駄目ぇ……っ! くる、きちゃう、イク、イク、イクからぁ……っ! あぁぁ、イク、イク……っ」 「……っ、俺も、イク……っ!」 「う、ん、イッて、イッていい、からぁ……っ! 中に出して、いいからぁ……っ、私も、ぁ、ぁっ、 駄目、駄目駄目、駄目ぇ……っ」 「ぁ、ぁ、ぁっ、ふぁ、ぁぁぁ、ぁ、ぁ……っ!」 「ぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「……っ、くっ、はぁ……っ」 「ふぁ、ぁぁ、ぁ、……っ、ぅ、はぁ……っ!」 再び硬直した梓さんの体を強く抱きしめながら、ありったけの精を放つ。 膣が収縮し搾り取られていくごとに、疲労感もジワジワと体に広がっていく。 いやぁ、盛り上がった盛り上がった……。 「はふ、はぁ……、っ、はぁ……。 もう無理ぃ…………」 少しかすれた声。 梓さんも満足してくれたみたいだ。 やるじゃん、俺。 「も、もう……しないよね……?」 「……ふぅ、まだできますよ」 「ごめ、無理……ほんと、無理……」 たぶんこれ、また強引にやったら蹴られるパターンだ。 察して、性器を引き抜く。 とろりと、白く泡だった愛液が流れ落ちた。 ふらつきながらも構わず梓さんは下着を履き、少し慌てながら衣服の乱れを整える。 「うぇ……拭けばよかった……」 「じゃあ俺の拭いてください」 「やだ」 「はい」 素っ気なく断られ、素直にしまう。 あぁ……ベタベタする。 「ふぅ……すっきりしたし、お仕事再開?」 「相変わらず切り替え早いな……了解」 返事をする前に歩き出した梓さんについていき、広場の方へ戻る。 そこで、先ほどのカップルを見かけた。 目が合うと、照れたというか、居心地悪そうというか、びみょ〜〜な笑みを向けられた。 ……あ、これは……あっちも俺たちのこと見てましたね? 「……真くん」 「……はい」 「出よう」 「はい」 足早に、公園から出る。 ずんずんと進みながら、梓さんがため息。 「仕事中だっていうのに……はしゃぎすぎたぁ……」 「なんか……すみません」 「別にいいけど……。私もやる気満々だったし」 「ですよね」 「でも……うぅん、真くん」 立ち止まり、俺を見る。 「あのね、遠回しに言うのもなんだからはっきり言うけど」 「はい」 「セックスは好きだよ。経験したばっかりってのも あるだろうけど、気持ちいいし、真くんとは フィーリングも合うし」 「でも、オンオフの切り替えはしっかりやっていこう。 今日みたいなのは駄目だね。 仕事はしっかりしなきゃ」 「そう……ですね、その通りです、はい」 「うん。節度を守って楽しんでいきましょう」 「了解です」 俺がうなずくのを待って、再び歩き出す。 反論のしようがないな……ごもっともだ。 なにかしなきゃって、仕事を用意してもらったのに、結局性欲に負けてる。 これじゃあ駄目だ。もっとしっかりと、お役目に向き合わないと。 「ま……それはそれで、いいんだけど〜」 「はい?」 またすぐに、梓さんが立ち止まった。 体はこっちに、でも目を逸らして。 軽く頬を染めながら、続けた。 「今日はもう、仕事終わったわけじゃん?」 「まぁ、そうですね」 「オフなわけです」 「はい」 「うち来る?」 「え?」 「来ない?」 「いきますっ!」 「そうこなくっちゃ」 微笑み、俺の腕に絡みつく。 「シャワー浴びたあとなら、なにしてもいいよ」 「まぁじっすか……!」 「行こ」 「うすっ」 腕を引かれ、歩き出す。 ……さっきまでの反省どこいった。 ただ、まぁ……がんばるのは、明日からでいいよな。 うん、明日からがんばろう。……うんっ! 本棚を、隅から隅まで調べる。 爺ちゃんの日記は、全部で五冊。 間隔が短いときは一週間から二週間、長いときは数ヶ月、そんなペースで書かれていて、一冊につき平均して五、六年分くらいの記録が詰まっている。 メモ書き程度で終わっているのもあって、一つ一つの記録はそんなに長くないんだけど、一冊全体で見ると、なかなか密度の濃い内容だ。 ただ、最初は日付とかを無視して内容だけ追っていたんだけど、何度も読み進めていくうち、空白の期間があることに気がついた。 五年分くらいの記録が、ごそっとないんだ。 ここまでマメに記録を残しているんだ。その間、日記を書かなかったっていうのは考えにくい。 あるはずだ。六冊目が。 ……と思って探してるんだけど。 「……見つからないな」 どこにもない。 親戚の誰かが持っていった?いや、それも考えにくいよな。 なにか都合があって書かなかったか……、それとも誤って紛失したのか。 まぁいいか。じっくり探そう。 手元にある五冊で、十分に役に立ってる。 嶋さんについてまだ進展はないけど、ここにヒントになりそうなことが書かれていた。 そろそろ前に進めそうだ。 「ふぅむ……」 床の上に座り、ノートをぺらぺらとめくる。 これは、爺ちゃんの日記。そしてここは、爺ちゃんの部屋。 爺ちゃんの遺言で、それとなくここに来るよう促されていたんだけど、なんとなく……その気になれなかった。 でも意を決して、来てみた。霊に関して書かれた書物とかがあるんじゃないかって。 まぁ……単純になにかしていないと落ち着かないっていうのもある。 一日たって、由美に振られたことがボディブローのようにきいてきた。 なんだかんだで、ショックを受けていたらしい。 とにかくだ、予想は大当たり。この日記は、爺ちゃんのお役目の記録のようだ。 大当たりだ。この日記は、爺ちゃんのお役目の記録。 全部で五冊あって、間隔が短いときは一週間から二週間。長いときは数ヶ月に一度、そんなペースで書かれている。 一冊につき、平均してだいたい五、六年分くらいの記録が詰まっていた。 メモ書き程度で終わっているのもあって、一つ一つの記録はそんなに長くないんだけど、一冊全体で見ると、なかなか密度の濃い内容だ。 ただ、最初は日付とかを無視して内容だけ追っていたんだけど、何度も読み進めていくうち、空白の期間があることに気がついた。 五年分くらいの記録が、ごそっとないんだ。 ここまでマメに記録を残しているんだ。その間、日記を書かなかったっていうのは考えにくい。 六冊目がある……?日記は爺ちゃんの机の引き出しの中から見つけたけど、そこには見当たらなかった。 本棚もざっと調べてみたけど、それらしいものはなし。 紛失したって可能性もあるんだろうか……。 まぁいいか。じっくり探そう。 手元にある五冊で、十分に役に立ってる。 嶋さんについてまだ進展はないけど、ここにヒントになりそうなことが書かれていた。 そろそろ前に進めそうだ。 「こっんにっちは〜!」 「お」 琴莉が来たか。 よし、お仕事開始だ。 「ふ〜〜、暑い暑い。あ、お兄ちゃんこんにちは!」 「うむ、ごきげんよう。揃っているな諸君」 「え、なに? 司令官っぽい」 「みな、座ってくれたまえ。話がある」 「ではお茶をいれましょうか」 「頼む。む、伊予がおらんな。 アイリス、呼んでくれないか」 (イエス、マイロード) 「わ、アイリスちゃんノリいい」 「……」 (ボス戦だから嫌だと) 「伊予〜〜〜! 来てくれ〜〜〜! 伊予〜〜〜!」 「……なに? なんなのこのノリ。なに? わかんない」 「うるっさぃのぉ……。なんじゃ、なにごとじゃ」 「よし、今度こそ揃った。話があるんだ。 座って座って」 「……へいへい」 「麦茶です、どうぞ」 芙蓉も台所から戻ってきて、ちゃぶ台の上にグラスを並べて腰を落ち着ける。 よし、準備は整ったな。 「話って? お仕事の話?」 「そう、嶋さんについて」 「あ〜……そのぉ……。 思念を追えないのは〜、 決してサボっているわけではなくぅ〜……」 「そういう話じゃないよ。 みんなががんばってくれてるのはよくわかってる」 「ただ、そろそろ次の手を考えた方がいいかもしれない、 って思ってさ。葵も言ってたろ? やり方変えた方がいいって」 「…………?」 「……なんできょとんとするんだ。 言ったの。昨日言ったの」 「あ、はい」 「ただ、そろそろ次の手を考えた方がいいかもしれない、 って思ってさ。進展がないのに同じ事を続けるのは、 得策じゃない気がする」 「なにか妙案でも? まぁ、なければそんなこと言いださんじゃろうが」 「ああ、ちゃんと考えてある。 というより、気づくのが遅すぎた。 一つだけやってないことがあるんだよね」 「なになに?」 「凶暴化した嶋さんとの対話だ」 「駄目っ!!」 間髪入れず、琴莉が声を張り上げる。 その表情は、とても険しかった。 「お兄ちゃん忘れたのっ? 殺されかけたんだよっ!?」 「わかってる。だから次は十分に気をつける」 「気をつけるって言っても……!」 「ほ、ほら! みんなもお兄ちゃんを止めなきゃ!」 「なんで?」 「な、なんで? えっ?」 「ご主人がやるって決めたなら、あたしは文句ないです」 (はい。マスターはアイリスが守ります。 もううろたえたりしません) 「お考えあってのことでしょう。 ご当主様が下した結論に、 我々鬼はただ従うのみでございます」 「そんな……いいのっ? 伊予ちゃん!」 「悪霊とはどういった存在なのか。 もう真は十分に承知しておる。 ならば、止める理由はない」 「伊予ちゃんまで……」 「いつまでも鬼任せにしておくつもりか? 今後悪霊と出会っても、 危ないから自分は関わりたくないと」 「それでは救える霊も救えぬ。 いつかは向き合わねばならぬのじゃ。 その時が来ただけのこと」 「……、でも……」 「大丈夫だ、なんて軽々しく言うつもりはないけれど、 前以上に警戒はする。危ないと感じたら、 琴莉との約束どおり無茶はしない。すぐに逃げる」 「それでも、百パーセント安全ってわけじゃない。 みんなの協力があって、初めて安心できる」 「だから琴莉、手伝ってくれないか。 琴莉がいてくれれば、いきなり嶋さんに後ろから 襲われる、なんてこともないから」 「みんながいて、琴莉がいて、やっと百パー安心だ。 どうかな、琴莉。一緒に来てくれないかな」 「……」 「……わかった、一緒に行く」 「うん、ありがとう」 「わかったけどっ、危ないって思ったら お兄ちゃんぶん殴ってでも無理矢理引きずって 逃げるからねっ!」 「ああ、わかった。 よし、それじゃあ夕飯のあとに出発だ。 しっかり食べてから出かけよう」 「では今から仕度を。早めにとられますか? いつも通りでよろしいでしょうか」 「そうだね。どっちにしろ人通りが少なくなるまでは 出かけられないし、いつも通りで」 「承知しました」 「今日のご飯なに〜?」 「カレーにサラダに、あとスープ」 「わっ、カレー! 私も手伝う〜!」 「……ふむ、夕食まであと3時間ほどか。 今のうちにわたしもアレを探しておこうかの」 「アレ? なに?」 「……」 「おいやめろ。無言でニヤッとするのやめろ」 (あの、部屋に戻ってもよろしいでしょうか。 力をかなり使うかもしれないので、休んでおこうかと……) 「あっ、あたしも寝よっかな、ご飯まで」 「ああ、わかった。 最後の夜になるかもしれぬ……。 ゆっくり休んでおくとよい」 「お兄ちゃん! そういう冗談は禁止!」 「ごめんごめん、悪かったよ、不謹慎だった」 「もう……っ」 「にゃっはっはっ、おやすみ〜」 (おやすみなさい、マスター) 「わたしも部屋に戻る。時間になったら呼んでくれ」 「ええ、承知しました。では仕度を始めます」 台所へ、廊下へ、みんなが居間を出ていく。 ……。 凶暴化……悪霊化した嶋さんと、対話を。 爺ちゃんの日記によれば、基本的に霊を怒らせてはいけないけど、二面性を持つ霊は感情をむき出しにしたときにこそ、その霊の本音が聞ける場合があるそうだ。 爺ちゃんも何度か危ない目に遭いながらも、そうして霊を救ってきた。 だから俺も、やってみせる。 一歩踏み出せば、必ずなにかを得られるはずだから。 食事を終え、しばらくゆったりとした時間を過ごし。 満腹感の眠気が去った頃には、ちょうどいい時間に。 すぐ近くのドラッグストアの閉店時間は過ぎた。人通りもかなり少なくなっているだろう。 いよいよ、出発だ。 「みんな準備はいい?」 「オッケーでっす!」 「コトリン、あの服着ないの?」 「あの服着ると悪いことが起こる気がする! 縁起が悪いっ!!」 「確かに立て続けに色々なことあったからなぁ……。 いろんな意味で」 「今夜はわたくしも同行させていただきます。 できることはあまりないでしょうが…… 真様の盾にはなれますから」 (マスターは必ずお守りします) 「ウーパくんもがんばるよ!」 「ああ、ありがとう。 よっし、行くかぁ!」 「ああ、待て待て」 廊下の奥から、伊予がやってくる。 大きなクッションを脇に抱えていた。 「真よ、これを装備していくがよい」 「は? 装備? これを?」 「うむ」 「いやクッションでしょこれ」 「違う。座りながら眠れる枕」 「はい?」 「首につけるやつ」 「……どういうこと?」 「だから、首につけるの。つけて、ほら」 「今?」 「そう、今。ほら、早く。つければわかるから。 ほらほら」 「わかった、わかったよ」 ぐいぐいと押しつけられた枕を受け取り、渋々と首につける。 「……これでいい?」 「あ、逆逆。合ってるけど今回は逆。 U字の開いてる方を後ろに持っていく」 「……こう?」 「そう! はい首がっちりガード! これで無敵〜! まこちゃん無敵〜!」 「…………」 「あ、やめよ? こいつ正気か? って顔やめよ? 正気だよ? マジだよ?」 「ぷっ……ぷぷっ、ご主人似合ってますぜ」 「……ありがと。うれしくないけど」 「ふふっ、でもいいと思うな。 首絞めようとしても、あ、柔らかい! 力入らな〜い! ってなるよ」 「……なるか?」 「なるなる」 「超なる」 「いや、うん、じゃあ……ありがたく」 「うむ! 大いに活用するがよい!」 「よっし! 行こうぜ〜! 嶋っち倒しに行こうぜ〜!」 「うんっ! って倒さない倒さない! 今日は蹴っちゃ駄目!」 「はい」 「よし、行こうか。行ってくるよ、伊予」 「気をつけての。 みなも真をしっかりとサポートするんじゃぞ」 「うんっ!」 「お任せくだせ〜」 「この身に代えてもお守りいたします」 (彼女の心の声を、本当に伝えたいことを、 今日こそ必ず) 「うむ、よしっ! 行ってこい!」 「ああ、行ってきます!」 伊予を残し、家を出る。 さぁ、正念場だ。気合いを入れていこう。 「こんばんは〜」 「お?」 玄関の戸をあけ、ふらりと梓さんがやってきた。 連絡なしで来るのは珍しいな。 「って、あれ? みんな集まってる。 もしかして出かけるところ?」 「あ、はい。ちょうど今から」 「首にそんな変なのつけて?」 「……好きでつけてるわけじゃないですけどね」 「なんじゃその言い方は! せっかく面白いじゃろうと思って持ってきてやったのに!」 「面白いってなんだよオイ」 「……おっと口が滑った。 安全のためです。はい。安全のため」 「安全って……なに? どこ行くの?」 「今から嶋さんのところに行くんです」 「ガルル! ってなったあの子と話したいんだってさ」 「あらま、そりゃまた危険なミッションを。 襲われたって言ってなかったっけ?」 (そうですが……。アイリスたちがいますから。 必ずお守りいたします) 「伏見様は、本日はどのようなご用件で」 「あ、遅くにごめんね。 ただ近くに来たから寄ってみただけ」 「そしてあわよくば夕飯の残りでもいただけないかと」 「ふふふ、召し上がっていかれますか? 少々ですが、残っておりますので」 「待て待て、それはわたしの夜食じゃろう」 「夜食我慢しなさい」 「嫌じゃ! 夜中に腹が減ったらゲームに集中できん!」 「伊予様の分はあとでちゃんと ご用意させていただきますから」 「うむ、それならよい」 「あはは、ありがとう。でも夕食は私が我慢しようかな。 真くん、私もついて行っていい?」 「え、あぁ、はい。構いませんけど、 仕事で疲れてないですか? 大丈夫ですよ、俺たちだけでも」 「役に立てないのはわかってるんだけどね。 でも一度見ておきたくて。みんなの仕事ぶり」 「前のは結局、霊は関係なかったでしょ? だから後学のためにぜひ。駄目?」 「あたしは別にいいけど」 (アイリスも構いません) 「私も! っていうか、既に私が役立たずだからねっ!」 「それであれば、わたくしは役立たずその二、ですね。 霊に有効な力を持っておりませんから」 「待て待て、最強の役立たずはわたしじゃろう。 なにせこの家から動かんからなっ!」 「なにを競っているんですかキミたちは」 「なんでも一番が好き」 「はいはい。じゃあ、一緒に行きましょうか。 ちょっと危ないかもしれませんよ、今日のは」 「刑事になったときから危険は覚悟の上。 せめて邪魔にはならないように気をつける」 「一番の役立たずは俺って説もありますけどね」 「いやわたし」 「あたしだ」 「私!」 「こうなったら役立たずナンバー1決定戦だな。 そろそろ行こう。行ってくるよ、伊予」 「うむ。気をつけての。 みなも真をしっかりと守るんじゃぞ」 「あ、ついでに私もお願いします。 襲われたら泣くから。超泣くから」 「あはは、梓さんは私と一緒にいましょ〜!」 「ま、あたしにかかれば一発っすわ。 なんかあっても一発っすわ」 「姉さん、油断は禁物ですよ?」 (今日は……絶対にうろたえません。 必ずやマスターのご期待にお応えいたします) 「ああ、頼りにしてる」 「よし、行ってこい!」 「行ってきます!」 「お供させていただきます!」 伊予を残し、家を出る。 「……むっ!」 「? どうしました?」 「やっぱり私覚醒したかも。 みんなが見える! そこにアイリスちゃんいるでしょ!」 「いやあたし葵だけど」 「あれ、間違えた」 「ぼんやりと見えてるってことです?」 「そうだね〜、みんなぼんやり人間になってる。 でも声はしっかり聞こえる」 (アイリスのテレパシーも聞こえていますか?) 「ばっちりばっちり」 「真様の影響で霊視の力が強くなったのでしょうか」 「俺のっていうか、家とか伊予の力かもね。 俺もずっと見えてなかったけど、 こっちに来てからまた見えるようになったし」 「ふぅん、そういうことあるんだ。 あ、ごめんね。出鼻挫いちゃって」 「いえ、よし行こう!」 「うんっ!」 進軍再開。 さぁ、正念場だ。気合いを入れていこう。 現場に到着。 さて、嶋さんは……。 「いる……感じる。近くにいる……」 (呼んでみます) 「大丈夫?」 (はい。こちらから呼びかける分には、問題ないです) アイリスが翼を広げる。 ……と、工事現場から嶋さんがゆっくりと出てきた。 きょろきょろと周囲を見渡している。 前見たときと様子が違う。普通の女の子みたいだ。 「ぼんやりしてわかんないけど…… あの写真の子、だよね?」 「ですね……。俺が話しかけないうちは 問題ないんだけど……」 (まずはアイリスが。行ってきます) 「気をつけてな」 「だ〜いじょ〜ぶだって、いつもやってるし」 (では) うなずき、アイリスが嶋さんに近づく。 そばで立ち止まり、アイリスの声は聞こえないけど……なにか話しかけたんだろう。 嶋さんがアイリスを見て、表情を輝かせた。 「え、なになに、きゃは、ナンパ? ってかなに? コスプレ? 超かわいい。 似合ってるねその服」 「え? アタシのこと知ってるの? どっかで会ったっけ? まいっか。 名前なんていうの?」 会話が弾む。俺のときとまったく違うな……。 「あ、よかった。声は聞こえる。 っていうか、普通にいい雰囲気じゃない?」 「ですね……めっちゃ笑顔だ」 「めっちゃ笑顔だ」 「いっつもあんな感じだよ。 毎日毎日初対面からやり直すの。 同じ話ばっかりで飽きちゃう」 「私たちのことを覚えてない……?」 「確か……記憶をリセットしているんでしたね。 やはり霊には常識が通用しません」 「なるほどねぇ……」 しばらく様子を見守る。 友達同士の談笑……だな。気になる点はどこにもない。 数分たって、アイリスがこちらに視線を向ける。 (マスター、いつも通りです。 やはりこの状態では有用な情報は引き出せません) (よし、じゃあ行くぞ) (はい、マスター) 「嶋さんに話しかける。葵、準備はいいな」 「暴走したら思念を読むんだよね。オッケオッケ」 「芙蓉、なにかあったら頼む」 「お任せを」 「念のため梓さんは離れていてください。 琴莉、梓さんを頼むな」 「う、うんっ」 「ご面倒おかけいたします」 「うっし、行ってみるか」 「あ、待ってお兄ちゃん。枕枕」 「……そうだった」 枕を首に装備。 ……なんだこの絵面は。本当に大丈夫なのか、これで。 「うんっ、無敵! お兄ちゃんがんばって!」 「ああ」 首回りのごわごわする感覚に落ち着かなさを覚えながら、背後からそっと近づく。 そして十分距離をおいて、語りかけた。 「嶋、きららさん?」 「……」 「……ぅ」 首がぐるりと回って、嶋さんの顔だけがこちらを向く。 笑顔は消えていた。目をギョロリと見開き、俺を凝視している。 スイッチが入ったか……! (マスター、気をつけてください……!) 「あ、あぁ……っ!」 「……して、……どう、して……」 あの呟き。どうして殺したの? 体の向きを変え、腕を伸ばす。 来るか……! 気をつけろよ、ここから瞬間移動みたいに速いぞ……!もっと距離をとって―― 「……どう、し…………、? ……、?」 「……ん?」 一歩踏み出したところで、フリーズ。 首を傾げているように見えるけど……ん? あれ? どうした? 「こ、こ、ここっ、こわっ! 急にくっきり見えてきた顔こわっ!! 真くん大丈夫!? これ大丈夫!?」 「あ、これ、戸惑ってない? 枕に戸惑ってない? 首絞められないんですけど〜! って感じだよお兄ちゃん! チャンスチャンス!」 「あ! これ戸惑ってる! 枕に戸惑ってるよお兄ちゃん! これ首絞められなくない? って感じだよお兄ちゃん!」 「ま、まじで!? 役に立ったの!? 役に立っちゃったのこの枕っ!」 「姉さん! アイリス! 今のうち!」 「がってんだぃ!」 (はい!) 二人を粒子が包む。 力の解放。嶋さんの思念を、心を、今読み解く。 「……っ」 「……くる、きてる。いつもと違う映像だ……!」 (聞こえます……! 彼女の声が……! 本音の、魂の声が……!) 「わぁ……すっご。前はなにも見えなかったから 完全にエセ霊能力者だったけど……。 これが鬼の力なんだ……」 「ですっ! 二人ともがんばって! なにが見える? なにか聞こえた?」 「よし、いいぞ二人とも! その調子だ!」 「なに? なにが見えるっ? なにが聞こえるっ?」 「……? これって……ごめんご主人っ、 前の映像違うかも……! この子、自分から車に乗ってる……!」 「自分の意志で……? どういうこと?」 (これは……親しい人間への怨嗟……? 友達……? いえ、恋人……?) 「なんだって、じゃあ犯人は――」 「ヤ、め、ロ……」 「……っ? 乱れる……!」 (声が……、遠い……!) 「アタシの、ココロを……ッ」 「ノゾくなァ――!!!!」 「っ、な、な、なに……っ!?」 「……えっ」 「ちょ……っ!」 「こ、これは……!」 「……っ!」 「な、なんだよ……っ!」 嶋さんの叫び。キンと、耳の奥が痺れたような感覚に襲われる。 いや、痺れたような、じゃない……っ! っ、体が……っ、身動きができない……!か、金縛り……!? こんな力が……! 聞いていないぞ、伊予……ッ! 「ヤめろ、やめろ、やメろ……。 のゾか、ないで、しッてルくセニ……シッテルくセに……」 「アタシの、きモち……シッてる、くせに……」 「ドウシテ、いじワる、するの……?」 「どうして、ドうして、ドウシテ、どウシて」 「ドウシテ?」 「……っ」 眼前。 数センチほどの距離で、血走った目をギョロつかせる。 「ドウシテ ワタシヲ コロシタノ?」 手が伸びる。 「ご主人!」 俺の首に。 「真様! なんと、情けない……! 霊如きに自由を奪われるなど……!!」 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。 「マスター! 体……っ、動け、動け、動け……っ!!」 触れる。枕をすり抜けて。ひんやりとした、その手が。 「ちょ、こ、これ……っ! 真くん……っ!」 「あぁ、お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」 「イッショニ、キテクレル?」 や、べ……! 「フフ…………あハは」 「……」 「シネ」 「お兄ちゃん!!」 「……え?」 「……ッ!!」 琴莉、だった。 琴莉の背中が、そこにあった。 鬼たちが、力を解放したときのように。 淡く輝く粒子を纏い、不可思議な力に髪を波打たせ。 琴莉は、そこにいた。 「やらせない、殺させない……っ!!」 「……っ、ど、ケッ!」 「どかないっ! 好きな人に殺されて悔しいよね、悲しいよねっ! でもこの人は違う! あなたの恋人じゃない!」 「殺していい人じゃない! お兄ちゃんは、真さんはっ! あなたを救ってくれる人! 殺しちゃったら、 ずっとそのままだよ!? それでいいのっ!?」 「うルさい……っ、うるサイ、ウルさイ、 ウルサイウルサイ! スキだったノに、 すきダったのに……!! うらギった!」 「それは真さんじゃない! 真さんは裏切らない! 真さんはあなたに手を差し伸べてくれてるの! それに気づいてっ!」 「スキダッタノニ!!」 「違うって言ってるでしょう!!」 「ウラぎッたァァアアア! スキダッタのにィィイイ!」 「……っ!」 「あなたじゃ、ない! あなたなんかじゃ、ない……っ!」 「好きなのは、この人のことを、好きなのは……っ! 真さんを好きなのは……ッ!!」 「私だ! 私なのっ!! 私なんだっ!! 私が好きなんだっ!」 「あなたのじゃない! 私の好きな人だ! 大好きな人なんだ!! だから――」 「テ を ダ す な !!」 「――!」 「ひ、ぁ…………」 「え? ぁ……っ」 嶋さんが、消える。 周囲に溶け込むように、跡形もなく。 すぅっと……消えてしまう。 同時に、俺たちの金縛りも消えた。 「はぁ、ふぅ…………はぁ……っ」 「……ぁっ! う、動ける……!」 「琴莉! 平気かっ!?」 「う、動ける……! 琴莉! 平気かっ?」 「だ、だ、大丈夫……。あ、あの子……は? 成仏……したの?」 「え、と、成仏っていうか……」 (琴莉お姉様を恐れて……逃げたようです) 「逃げ、た……? 私を……怖がって?」 「そのように……見えました」 「そ、っか……。 っていうか……今の……なに……? 疲れたぁ……」 「琴莉!」 ヘナヘナと崩れ落ちた体を、抱き留める。 あの力……。 ……。 もう使わせない方がよさそうだ。 「大丈夫ですか? お気を確かに」 「う、うん、疲れた……だけで……。 ……お兄ちゃん、すごくない? さっきの、私……」 「ああ、凄かった。助かったよ、ありがとう」 「……うん、よかったぁ……。 やっと、役に立てたぁ……」 「真様、ここは戻った方が」 「あ、ああ、そうだな、帰ろう。 葵、アイリス。報告はうちで」 「う、うん」 (承知しました。今は、琴莉お姉様を) 「うん、そうだな。……あっ、梓さんもすみません。 体大丈夫ですか?」 「そんな忘れてた〜みたいに〜」 「い、いえ、そんな。忘れてたわけじゃ……!」 「あははっ、冗談冗談」 「……」 「真くん、ちょっといい? ちょっと、こっちに」 「? はい。みんな、琴莉のことみててあげて」 「かしこまりました」 琴莉をみんなに任せ、歩き出した梓さんについていく。 少し離れたところで、足を止め俺に向き直った。 「あんまり時間とらせないけど、真面目な話ね」 「はい」 「私たち近づき過ぎちゃったけど、 これからは適切な距離で仕事していこ」 「……え?」 まったく予想もしていなかった言葉。 一瞬、頭が理解を拒む。 「真くんのお役目がどういうものなのか、よくわかった。 今になって、やっと。 私が色々勘違いしていたことも」 「仕事を口実に二人きりで出かけてさ、 このあとどうしようか、なんて考えてる場合じゃないよ」 「もっとやるべきことに集中しなくちゃ。 私も、真くんも」 「身を挺しても真くんを……って、 琴莉ちゃんはすごくまっすぐ。ただれた関係をダラダラと 続けたら、その気持ちを裏切っちゃう。そうでしょ?」 「……」 「そう、ですね……」 「うん。今日は私、このまま帰るね。 明日、電話する」 「わかりました」 「琴莉ちゃん、こっち見てるよ。 早く戻ってあげて」 「はい」 「じゃあね、また明日」 手を振り、梓さんが踵を返す。 適切な距離を保って。 これは……振られたってことか。 梓さんの言ったことは正論だし、お互い本気かもわからなかった関係だった。 ただれた……というなら、そうなんだろう。 あっさりしすぎていて、まだ実感が乏しくはある。 それでも……ショックなもんだな。 「おまたせ」 「……なんの話、してたの?」 「女の子に守られてないで、しっかりしろってさ。 よし、帰ろうか」 「え、ちょ、ちょっと、待って……」 背負おうとすると、琴莉がジタバタと暴れ出す。 「お、おんぶ? は、恥ずかしいよ……!」 「意外と元気だな。歩いて帰るか?」 「ぅ、ぁ……、そ、そうする……」 「そっか、わかった」 「あ、ぅ、や、やっぱり……! せ、せっかくなので……!」 「おっけ、掴まって」 「は、はい」 「よっし、みんなご苦労様! 帰ろう!」 「はい」 「はぁ〜、つっかれたぁ、仕事したぁ」 (少し慌てましたが……よかったです。うまくいって……) 「だな。琴莉のおかげだ。ありがとう」 「自分でもよくわかんないけど……ど、どういたしまして」 「……」 「……ごめんね、私のせいで……梓さんに怒られちゃって」 「え? あぁ、琴莉のせいじゃないよ」 「でも……」 「俺が腑抜けてたせい。琴莉が気にすることじゃないよ」 「……うん」 きゅっと、琴莉の腕に、力がこもる。 それからは特になにも話さず、ゆっくりと歩く。 色々あったけど、ひとまずは一件落着だ。 今はとにかく、家に帰ろう。 「よし、琴莉。帰ろう」 「え、ちょ、ちょっと、待って……」 背負おうとすると、琴莉がジタバタと暴れ出す。 「お、おんぶ? は、恥ずかしいよ……!」 「意外と元気だな。歩いて帰るか?」 「ぅ、ぁ……、えと、せっかく、なので……」 「掴まって」 「は、はい」 「よっし、みんなご苦労様! 帰ろう!」 「はい」 「はぁ〜、つっかれたぁ、仕事したぁ」 (少し慌てましたが……よかったです。うまくいって……) 「だな。琴莉のおかげだ。ありがとう」 「自分でもよくわかんないけど……ど、どういたしまして」 照れまくる琴莉を背負って、歩く。 気がかりはまだあるけれど……ひとまずは、一件落着だ。 今はとにかく、家に帰ろう。 「…………」 帰宅し、居間で休息をとる。 琴莉も随分回復し、見た限り問題はなさそう。 葵とアイリスが得た情報の整理は後回しにして、とりあえず今日は解散……にしてもよかったんだけど、琴莉の要望で、伊予から話を聞くことにした。 「あのときの私……なんだったの?」 「ふむ……」 伊予が腕を組み、深刻そうな顔を見せる。 「金縛りを解き、悪霊を退けた。間違いないな?」 「う、うん。だよ……ね?」 「ああ。琴莉が俺を守ってくれた」 「あと光ってたね」 (はい。霊子が舞っていました) 「れ、れいし? っていうの? あれ」 「ええ。あれは、鬼の力の発露に近いものでしょうね」 「お、鬼の力? 私が?」 「ふむふむ……なるほどなぁ……。 まぁ、そうだろうよ。琴莉ならば、そうだろう」 「な、なにか知ってるの?」 「……」 「伊予ちゃん、教えて?」 「そうじゃのぅ……」 ちらりと、伊予がこちらを見る。 俺が反応を見せる前に、伊予は視線を戻しため息をついた。 「ついに……話すときがきたようじゃな」 「え、な、なにを?」 「伊予」 「大丈夫じゃ。任せろ。 琴莉よ、お主と真との出会いは、偶然ではない」 「え……」 「実は滝川家は……加賀見家と縁の深い家での。 加賀見は鬼を使うが、滝川は巫術を使う。 そうやって、お互い支え合ってきた」 「え? え、っと……ふ、ふじゅつ?」 「不思議な力と解釈しておけばよい。 真の窮地に、琴莉の中に眠るその力が開花したのじゃろう」 「開花……。 そ、そうだったんだ……私にそんな力が……」 「うむ。変態Mおじさんを成仏させたのも、琴莉の力じゃ。 退魔キックも、あながち冗談ではなかったわけじゃな」 「そっかぁ……。私に、力が……。 そんな、すごい力が……」 「もっと早く知っていれば……お兄ちゃんを危険な目に あわせることもなかったのに……」 「……」 「ど、どうして、話してくれなかったの?」 「ふむ……それはじゃな……」 「う、うん」 「……」 「実はな」 「うん」 「今考えたからじゃ」 「…………え?」 「……」 「えっ?」 「うっそで〜〜〜っす!」 「もぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」 力の限り叫び、琴莉がばたんと背中から倒れた。 まぁ……うん、そうなるわな。 「なんで〜〜〜!? なんでそんな嘘つくの〜〜〜〜!?」 「いや、なんか、こいつならなんか知ってるぞ、 みたいな空気だったから」 「知らないなら知らないって言えばいいじゃ〜〜〜ん! も〜〜〜! もぉぉぉぉおおおっ!」 「あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」 「なんなのもう……、も〜ぅ……」 「期待したか?」 「期待っていうか……なんていうか……」 「正体がわからない力は怖いか」 「……」 「……うん」 「真を、みなを守った。悪意をもった霊を退けた。 ならばそれは、わたしと同種の力じゃろう」 「……伊予ちゃんと?」 「うむ。守護の力じゃ。恐れる必要はない。 これは、優しい力じゃ」 「真を守ってくれてありがとう、琴莉。 今無事でいられるのも、全て琴莉のおかげじゃ」 「ぁ……」 ふてくされていた顔に、朱がさして。 徐々に緩み、笑顔が戻る。 「そっか。伊予ちゃんと……同じ力かぁ……。 なら……うん、よくわかんないけど……いいのかな。 みんなの役に立てるなら……」 「うむ。これからも真を守ってやってくれ」 「う、うんっ」 体を起こし、力強くうなずく。 そして俺を見て、はにかんだ。 俺も笑顔を返し、もう一度『ありがとう』と伝えた。 「……」 「ねぇねぇねぇ」 葵がくいっと俺のシャツを引く。 「? なに? どうした」 「あのさ〜、なんか綺麗にまとめようとしてるけどさ〜」 「なんじゃ、不満でもあるのか」 「いやね、不満っていうかね。コトリンさ〜」 「? なに?」 「どさくさに紛れてご主人に告ったよね」 「え?」 「……」 「ぁ」 「…………」 「ほぁああああああああああああああああああああ!!!」 絶叫再び。 今度は倒れず、顔を真っ赤にしながら勢いよく立ち上がった。 「だっ、ぇっ、あ? あっ、あ〜〜〜〜! ちがっ、違うっ! 違うのお兄ちゃん!」 「お、ぉぅ」 「いや違くないでしょ」 「ちが〜〜〜うのぉおおおおおおおお!!」 「いや、う、うん、ちょっと落ち着こうか、琴莉」 「姉さん……どうしてそういうことを今……」 「え、だって、大事っしょ?」 (さすが葵お姉様です) 「え、なにが? こいつ空気読めないなって 感じ出すのやめてくれませんか?」 「なんじゃ、琴莉め。ついに真に告白したのか」 「つ、つつ、ついにって……ふぇっ、えっ!?」 「バレとらんつもりだったのか? 初々しいのう。のぅ、真」 「……俺に振るなよ」 「ちょ、ちょっと待って? こ、告っちゃったの? 琴莉が? まこちゃんに? ついに告っちゃった?」 「つ、つつ、ついにって……ふぇっ、えっ!?」 「バレてないつもりだったの? だって、え? ねぇ、まこちゃん! ねぇっ!」 「……なんで伊予がテンパってるんだ。 落ち着いてくれ。……っていうか俺に振るな」 「ぇ、だ、ぅえ、え、ぇっ? わ、わ、わ、わ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」 「あの、その、えっと、あれはっ、その、あのっ、そのっ!」 「〜〜〜〜〜〜っ!」 「お、お邪魔しましたぁ!!!!!!!」 「あ、逃げる! 待て〜〜!」 「……行かせてあげて、姉さん」 (……いたたまれないです、とても) 「ひゃっひゃっひゃっ! 青春青春!」 「……今日の功労者をからかってやるなよ」 「おらぁっ!」 「いって! なんで殴った!」 「なんとなくっ!」 「はぁ? 意味がわからん……」 ため息。 せっかく進展があったのに……一日の終わりはドタバタ。 まったく、やれやれだ……。 お昼前、昨日の報告をするために、梓さんに電話をかける。 ある程度伝えたところで、電話で済ませていい内容じゃないと直接話をすることに。 十二時を少し回った頃、梓さんが我が家に到着。 芙蓉にお茶を出してもらって軽く雑談を交えたあと、昨夜の出来事を全て伝えた。 お昼前、昨日の約束通り梓さんから電話がかかってきた。 そのままざっと説明しようと思ったけど、電話で済ませていい内容じゃないと直接話をすることに。 十二時を少し回った頃、梓さんが我が家に到着。 昨日のことは、俺の中でもう消化できている。そのことについて特に話すことはない。 芙蓉にお茶を出してもらったあと、昨夜の葵とアイリスが得た情報を全て伝えた。 「う〜〜ん、なるほど……。つまり……だ」 「嶋さんは自分の意思で何者かの車に乗り、 その後行方不明になった……と」 「そうみたいです。葵が見た映像によれば」 「その情報だけならただの家出で彼氏の家にいるって 判断もできるけど、霊として存在している以上、 それはありえない」 「そして本人の、『どうして殺したの』という言葉。 嶋さんは確実に誰かに殺されている。そして犯人は車を 運転していた男である可能性が高い……か。なるほど」 「あ、男じゃないかも」 「女性だったの?」 「わかんない」 「わからないって……重要なことよ? 姉さん」 「そんなこと言われても。顔は見えなかったし」 「他に特徴は掴めんかったのか?」 「うぅん……そこだけスポーンと抜けてるんだよにゃあ……」 (アイリスが心を読んだときも、そうでした。 犯人に関する情報を、嶋様が意図的に 隠していたようです) 「隠す? どうして?」 (嶋様は確実に犯人を知っています。 そして犯人を恨んでいます) (ですが……同時に、好意も抱いているようでしたから。 恨みつつも、庇っていました。 アイリスたちに、知られてしまわないように) 「そっか……うん。 犯人は恋人、あるいはそれに近い人物……。 親友って線もあるか」 「でも、男性である可能性は高いはず。 だって、俺が話しかけたときだけ凶暴化するんだから」 「あ、そっか。忘れてた」 「でも、確実じゃないなら、選択肢は狭めたくないかな。 ひとまず、どちらの可能性も十分にあるってことで 動いてみよう」 「まずは……う〜ん、そうだなぁ。彼女の交友関係…… 今のところ不審点はなにもないけど、 もう一回洗ってみる必要があるかな……」 「うんっ。顔はわからなくても、 これは大きな手がかりになる。 やっと捜査が前進しそう」 「よかった。ただ……葵、一つ思い出したんだけど」 「? なに?」 「犯人視点だと、殴ったあと車に乗せたって、 言ってたよな?」 「あ〜……あれ、違ったのかも」 「違った? 事実と違う映像が見えた、ってこと?」 「そうじゃなくて、殴られたのはあの子じゃなくて、 別の子だったのかも」 「別の……? え、待った。 嶋さん以外にまだ犠牲者がいるってことか?」 「かも」 「おいおいおい……あの場所で二人も……」 「ああ、場所も信じないでね。 あの場所に思念が残ってたってだけで、 あの場所で起こったことかどうかはわからない」 「周りの風景は見えなかったの?」 「無理。ノイズが多かった」 「嶋さんを連れ去った人物と、その誰かを殴った人物が 別人である可能性は?」 「いやぁ……同じだと思うけどなぁ……。 そういう感覚がするってだけで、断言はできないけど」 「この小さな町で同時期に何件も殺人事件があってたまるか。 過去に起こったという記憶もない。葵が何年も前の思念を 掘り起こしたとも考えにくい」 「ならば、同一犯による連続殺人と考えるのが妥当じゃろう」 「……結局、予想は外れてくれなかったかぁ」 「予想?」 「待って」 梓さんが体を捻り、鞄の中身を漁る。 そして一枚の写真を取りだし、ちゃぶ台の上に乗せた。 女の子だ。育ちがよさそうだな……上品な顔立ちをしている。 「この子、見たことは?」 「あ〜……記憶にないですけど、誰です? この子」 「前に話だけしたよね、嶋さん以外にも、 行方不明になってる子がいるって」 「あ……、まさか……」 「そのまさかの可能性が高くなってきた。 真くんが見かけていないならまったく関係ない 可能性もあるけど……」 「同じ時期に、同じくらいの年頃の女の子が 行方不明になっている。どうも偶然に思えなくて、 ずっとこの子を追ってたの」 「結果は?」 「なにも報告することがなかった、ってのが答えかな。 手がかりがなんにもなくて」 「捜索願を出したご両親にも話を伺ってみたんだけど、 心当たりなし。第三者から見ても家出する理由は 見当たらない」 「もしこれが同一犯なら……すごく巧妙だね。 計画的な犯行。証拠を残さないよう、注意深く動いてる」 「でも今回で、綻びが生まれた。 ま、霊から証拠が出るなんて予想するのが無理だよね。 みんなお手柄。犯人に一歩近づいた」 「よしっ。真くん、ちょっと付き合ってくれない?」 「はい。どこに?」 「喫茶店。あのバイトの子に話が聞きたい。 今日出てるかな」 「あ〜、どうだろう。連絡とってみます」 「お願いします」 「バイトの子って?」 (土方様では) 「確か、土方様のご友人が……」 「あ、そうか。親しかったってことは……」 「あんまり疑いたくはないけど、容疑者だよね。その子も」 「ふむ……疑惑の目を逸らすために、あえて 自ら被害者を探すよう働きかけたのだとすれば…… なかなかの策士よの」 「そういうこともありえるのかも。 とにかく、話を聞いてみないと」 「了解です。由美に連絡とってみます」 「お願いね」 立ち上がり、スマホを取りに自室へ向かう。 まだ犯人の姿は朧気だけど……。 一歩一歩、その背中に近づいている。 そんな、実感があった。 「あ〜…………」 「ん? なにその微妙そうな顔」 「バイトの子って由美ッチ?」 「名前は知らないけど、黒髪の綺麗な」 「じゃあ由美ッチだ、無理っすよ。 ご主人、一緒には行けないっすよ」 「え、なんで? 喧嘩でもした?」 「喧嘩と言いますかぁ――」 「姉さん」 「あれ、駄目? 言っちゃ駄目?」 (あまり口外するべき話では……) 「つい先日振られたばっかりじゃ」 「えっ、そうなのっ!?」 「伊予……」 うなだれた。 俺が嫌がってるのわかっててさらっと言いやがった……。ちくしょう……。 「は〜……そっかぁ。振られちゃったなら 気まずいよねぇ」 「まぁ……そうですね。 っていうか、なにニヤニヤしてるんすか」 「こういう話大好き」 「そうっすか……」 「あははっ、じゃ、いいや。 連絡先だけ教えてくれる? 由美ちゃんに話聞きたい」 「いいですけど、なんの話を?」 「彼女の友人について」 「あぁ、そうでした。真様にご依頼されたのは……」 (土方様のご友人も容疑者……というわけですね) 「ふむ……あえて依頼をすることで、 疑惑の目を逸らす……か。 なかなかの策士よの」 「そういう可能性もあるのかもね。 とにかく話を聞いてみないと」 「ってわけで、連絡先教えてください」 「了解です。ちょっと待っててください。 スマホ取ってきます」 立ち上がり、居間を出る。 気まずいだのなんだの言っている場合じゃないんだろうけど……なんとも、情けない。 ただ、一歩ずつではあるけれど。 犯人に、近づいている。そんな実感が、あった。 縁側でぼ〜っと空を眺め、時間を潰す。 葵とアイリスは嶋さんの様子を見に行ってくれた。なにか変化があるかもしれない。いい報告を期待しよう。 さっきまで俺も外をうろついていたんだけど、写真の子の姿はなし。 適当なところで切り上げて戻ってはきたものの、梓さんからの連絡もまだない。 うちを出てからかなり時間がたってるけど、込み入った話にでもなっているんだろうか。 あっちもなにか手がかりが見つかればいいけど……。 「お」 噂をすれば、かな。電話のベルが鳴る。 すぐに鳴り止んで、芙蓉が居間を通り縁側にやってきた。 「真様、伏見様からです」 「うん、ありがとう」 立ち上がり、廊下に向かう。 受話器を取って、保留ボタンを押した。 「はい、代わりました。真です」 『お疲れ様〜。ごめんね〜、連絡するのすっかり忘れてた。 由美ちゃんとの面談、つつがなく終了しました』 「どうでした?」 『たぶんお友達はシロかな。犯人は車持ってるんだよね? でもお友達……橋本明子ちゃんかな。 彼女は免許持ってないんだって』 「なるほど……。それなら確かに、 犯人である可能性は限りなく低そうですね」 『あと、由美ちゃんの証言。商店街で何度か嶋さんを 見かけたことがあるんだって』 『私は商店街近辺を調べてみる。 他に目撃者がいるかも』 「了解です、お願いします」 『うん。え〜っと、とりあえずは……これくらいかな。 あ、まだあった。真くん真くん。 急いだ方がいいよ〜?』 「? なにをです?」 『由美ちゃん、イケメンと楽しそうに話してた』 「へ?」 『近くのお弁当屋さんのバイトの男の子なんだってさ。 本人はそういうのじゃないって否定してたけど、 うかうかしてると取られちゃうよ〜?』 「と、取られるもなにも……もう振られてますよ」 『あははっ、どもってる』 「からかわないでください」 『ごめんごめん。じゃ、そういうことで。 またなにかあったら連絡するね』 「は、はい、お願いします」 『またね〜』 電話が切れ、受話器を置く。 同時に、伊予が部屋から出てきて俺のそばで立ち止まった。 「どうじゃった?」 「……」 「真」 「へ? あ、ああ。 由美が……男の人と話してたって」 「アホか。そんな話はどうでもよい。 事件についてじゃ」 「……あ、そうだった」 「しっかりせんか」 「ご、ごめん。大丈夫。 由美の友達は、たぶん無実だ」 「ふむ……。容疑者が消えてしまったの」 「でも、手がかりになりそうな情報はあったよ」 電話機から離れ、台所へ。 「芙蓉」 「はい。お電話、いかがでした?」 「それなりに収穫は。 由美が嶋さんのこと、商店街で見たことあるんだって。 梓さんが目撃者がいないか、聞き込みを始めてる」 「芙蓉も、商店街に絞って情報集めてみてくれないかな。 誰かが決定的な瞬間を見てるかも。 意外な人物と知り合いだった、とかさ」 「あと……確か一週間とか出歩くことあったんだよな。 面倒を見てた人がいるのかもしれない。 そのあたりを探ってみて欲しい」 「承知しました。ちょうどお買い物に行こうと 思っておりましたので、今から商店街へ」 「ありがとう、お願いね」 「はい。一時間ほどで戻りますね」 肩にエコバッグをかけ、ぺこりと頭を下げて芙蓉が台所を出て行く。 有益な情報が得られますように、だな。 「で?」 「うん?」 「元彼女が誰と話してたって?」 「……」 伊予がめっちゃ意地悪そうな笑みを浮かべていた。 ……そこつっこみますかぁ。 「それはどうでもいいんだろ?」 「どうでもいいけど真が嫌がるから聞く」 「性格悪すぎる……」 「誰誰? 誰よ? 話すまでしつこく聞きまくるぞ。 誰誰誰〜? 誰誰〜〜?」 「うっざ……っ。弁当屋のバイトって言ってたから、 たぶん、あれだよ。いつもレジにいる」 「ああ、大木屋のせがれか。確かに見てくれはよい。 このまま寝取られルート突入か〜?」 「うっさいな〜」 「まこちゃん、鬱勃起の快感に目覚める」 「わけわっかんね〜こと言うな。 ほら、帰れ。部屋に帰れっ」 「あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」 不快な高笑いを響かせながら、伊予も去っていった。 くそう……あと数週間はこのネタでいじられそうだ。 頭痛を覚えながら、縁側に戻る。 芙蓉とアイリスは俺にすごく気を使ってくれるけど、伊予ももうちょっと俺に優しくても―― 「……あれ?」 座ろうと下ろしかけた腰を、途中で止める。 庭の玄関側。門のところに、見知った顔。 「……」 琴莉が出たり入ったりを繰り返していた。 ものすごく思い詰めた顔で、一歩踏み出す。 そのまま数秒硬直し、泣きそうな顔でため息をついて一歩後退。 ……昨日のアレのせいで気まずくなってるみたいだな。 俺にはまだ気づいていないみたいだ。このまま見守ろうかと思ったけど……。 サンダルに足を引っかけ、庭に下りる。 「琴莉」 「ひぃっ!」 声をかけると、琴莉の姿が視界から消えた。 ……全速力で逃げたな。 追いかけるのも気の毒だから、戻ってくるまで辛抱強く待つ。 ……。 …………。 ………………。 「…………」 門からそろ〜〜っと顔を出す。 俺の姿を見つけ、『うっ』と呻いた。 そのまましばらく見つめ合う。 「……」 「……」 「…………」 「…………」 「お邪魔しました〜……」 「こらこらこら」 さすがに追いかけて、引き留める。 「なぁにしてんの。早く入りなよ」 「だ、だって……」 「色々新情報が入ったんだ」 「へ? 新情報?」 「お仕事ですよ、琴莉くん」 「え、ぁ……、は、はいっ、先生!」 琴莉を家にあげて、みんなの帰りを待っている間に状況を説明する。 梓さんと二人で、商店街にやってきた。 今日はバイトじゃなかったみたいで、それなら由美にうちに来てもらおうかって話していたんだけど、梓さんのオムライス食べたいの一言で待ち合わせは喫茶店に。 店内のはずだったけど、店先に由美を発見。 バイト仲間だろうか。同い年くらいの男の人と話をしていた。 すぐにこっちに気がつき、男性にぺこりと頭を下げて駆け寄ってくる。 「こ、こんにちは」 「こんにちは。初めまして……では微妙にないけど、 伏見です、よろしくね」 「は、はい。よろしくお願いします。 土方、由美です。えぇと、刑事さん……ですよね?」 「うん。はい、警察手帳」 「わぁ……初めて見ました」 「あはは、ちなみにだけど」 「はい?」 「さっきの人って彼氏?」 「え、ぇ、ち、違いますっ。そこのお店の……」 「ああ、どこかで見たことあると思ったら、弁当屋の」 「そうそう。たまにあそこでお弁当買ってて。 見かけたから、こんにちは〜って」 「なんだ。真くんが嫉妬する流れかと思ったのに」 「……やめてくださいよ。そういうのは」 「あははっ、じゃあお店に入ろっか。 お腹空いちゃった」 「へぇ、なんか商店街って繋がりが強そうだけど―― ぁ、立ち話もなんだし、中入りましょうか」 三人で店に入り、テーブルにつく。 まずは注文をと、梓さんがメニューを広げた。 「ん〜、カレーかな、カレー」 「あれ、オムライスは?」 「気が変わったの。真くんも由美ちゃんも、 好きなの頼んでいいよん。奢るから」 「あざっす。じゃあ俺……どうしよっかな……。 ナポリタンで」 「私は、えぇと……アイスティーだけ」 「いいよ、遠慮しなくて」 「あ、大丈夫です。もうご飯食べちゃって……。 ありがとうございます」 「そっか。すいませ〜ん!」 手を挙げ、店員さんを呼ぶ。 たぶん知り合いだったんだろう、注文を取ったあと、去り際にアイコンタクト。由美も照れ笑いで応じていた。 「なんだか不思議な感じ……。 お客さんとしてくるの久しぶりだから」 「ごめんね〜、急に呼び出しちゃって」 「あ、いえ、大丈夫です。暇だったので。 それで、聞きたいことっていうのは……」 「そうそう。食事しながらゆっくりって思ってたけど、 まぁいっか。お友達のこと、聞かせてもらってもいいかな」 「友達、というと……」 「真くんに嶋さんの捜索依頼を出した」 「ああ、アキちゃんの」 「ごめん、名前もう一回。フルネームで」 「えと、橋本明子ちゃんです」 「はしもと、あきこ……と。どんな字? はしもとは普通でいいのかな」 「あ、はい。渡る橋に、本屋さんの本で……」 「ふんふん」 取り出した手帳に、さらさらと書き込んでいく。 それを見て、由美が怪訝そうに眉をひそめた。 「あの、もしかして、事件……とか」 「ん〜、真くんからどこまで聞いてる?」 「えぇと……」 「特に詳しいことは。 ただ、いい知らせはできないかも……とは」 「あぁ、そっか。うん、そうだね。 申し訳ないけど、まだ具体的な話はできなくて」 「関係あるかないかは別にして、とりあえず手当たり次第 情報を集めてる段階かな。今のところは友達が どうこうってわけじゃないから、安心して」 「今のところ……ですか」 不安げに、ちらりと俺を見る。 由美は少し考えすぎるところがあるから、こっちが思っている以上に悲観的な想像をしているかもしれない。 ただ、それは違うと断言もしづらい状況だ。なんだか歯がゆい。 「由美ちゃん自身は、面識ないんだよね?」 「え?」 「嶋さんと」 「あ、はい。そう、ですね……。 ただ、アキちゃんに写真もらったとき、 思い出したことがあって」 「どんなこと?」 「この商店街で、何度か見かけたことがある気がするんです」 「商店街のどこらへん? このお店?」 「あ、いえ。ここでは一度も。 それに、気がする……というだけで、思い違いかも……。 ごめんなさい」 「ううん。嶋さんの家、ここからあまり遠くないし、 十分にありえるかな」 「で、そうだ。友達のこともうちょっと聞いていい?」 「はい」 「同じ大学?」 「はい、学部は違いますけど。彼女は経済学部です」 「なるほど。どこに住んでるかはわかる?」 「あ〜……電車通学とは聞いたことあるんですけど……。 ごめんなさい、詳しくは」 「そっか。電車ってことは、免許は持ってないのかな」 「あ、そのはずです。 そろそろ免許取りたいなってこの前言ってました」 「うん、そっか。よかった」 「え?」 「ふふっ」 笑って、手帳を閉じる。 これで由美の友達は容疑者から外れたな。 本当によかった。会ったことない人でも、知り合いの知り合いを疑うのは、あまり気分のいいことじゃない。 「さって、カレー来る前にある程度聞けちゃった。 ご協力感謝します。ありがとうございました」 「あ、いえ、他になにかできることがあれば……」 「うん、ありがとう。 真くんからはなにかないの?」 「へ? なにかって?」 「さっきからずっと黙ってるじゃん。 なにか質問ないのかなって」 「いやぁ、俺は別に。 聞きたいこと、梓さんが全部聞いてくれましたし」 「あの男は誰なんだっ! 本当に彼氏じゃないのかっ!」 「だぁから、梓さん」 「あははっ、ごめんごめん」 「…………」 楽しそうなのは梓さんだけで、俺と由美は微妙な表情。 まぁ……俺たちの関係を知らないから仕方ないけど、その冗談にはリアクション取りにくいんすよ……。 「お待たせいたしました〜」 「あ、えと、き、来ましたよ、カレー」 「わ、おいしそ。あ〜、お腹減った〜。 真くんのナポリタンもおいしそうだね」 「よかったらどうぞ」 「ありがと、あとで一口いただきます」 「由美もよかったら。小皿もらう?」 「ううん、私は大丈夫。真くんの分なくなっちゃうし」 「そか、うん、わかった」 「それじゃあいただきます、と」 「いただきます」 「えと、私も……いただきます」 梓さんがスプーンを取り、由美がストローを咥え、俺もナポリタンをフォークで巻き取る。 「ん、おいしっ、カレーもいけるね。おいしおいし」 「……」 「……」 マイペースな一人を除いて、俺たちはなにを話していいのかもわからず。 「お待たせいたしました〜」 「あ、来ましたよ、カレー」 「わ、おいしそ。あ〜、お腹減った〜。 真くんのナポリタンもおいしそうだね」 「よかったらどうぞ」 「ありがと、あとで一口いただきます」 「由美もよかったら。小皿もらう?」 「ううん、私は大丈夫。真くんの分なくなっちゃうし」 「そか、うん、わかった」 「それじゃあいただきます、と」 「いただきます」 「えと、私も……いただきます」 梓さんがスプーンを取り、由美がストローを咥え、俺もナポリタンをフォークで巻き取る。 「ん、おいしっ、カレーもいけるね。おいしおいし」 「……」 「……」 梓さんはマイペースに、俺と由美はどこかソワソワ。 由美は単純に俺がいるからだろうけど……俺にとってはダブル元カノみたいな状況で。 実はずっと……居心地があまりよくなかった。 なんとも……ソワソワとする昼食だった。 「じゃあ私、ちょっと調べたいことがあるからさ。 ここで解散ってことで」 「はい、お疲れ様です」 「お疲れ様。由美ちゃんもありがとね。 なにかあったらまたよろしくお願いします」 「はい。じゃあ、えっと、私も……ここで」 「うん、さようなら」 「はい。真くんも……またね?」 「ああ、また」 梓さんは右手側へ、由美は逆方向へ歩いていく。 さて、俺は……。 「……ぁ」 「……っ」 振り返った瞬間に、さっと身を隠した影ひとつ。 ……なにしてんだあいつ。 昨日のことで顔を合わせづらいのはわかるから、気づかなかったふりをしようか迷って。 でも目が合っちゃったしなぁ……と、ゆっくり距離を詰める。 「琴莉」 「……」 「こ〜と〜り」 「い、いませ〜ん……」 「おい」 「うぅ……」 観念して、店舗の陰から出てくる。 めっちゃ目が泳いでいた。 「えっと、あの、その……っ」 「なにしてたんだ?」 「あ、と……お兄ちゃんを見かけたから、えっと、 なにしてるのかなぁ……って、その……」 「……」 「あ! 私これから学校だから……!!」 「今日は土曜だぞ」 「ぁ、ぅ、……、ぶ、部活! 部活だからっ!」 「何部?」 「ぅ……」 「……」 「わ、わんだー……ふぉーげる、部……?」 「いいから帰るぞ。なにしてたのか教えてあげるから」 「……はい」 琴莉を連れて、帰宅する。 みんなの姿はなかった。調査に行ってくれているみたいだ。 帰りを待っている間に、琴莉に状況説明。 犯人は嶋さんの親しい人間である可能性が高いこと、新たな被害者が存在する可能性があることを、伝える。 「もう一人殺されてるかもなんて……ひどいよ」 「まだ確定じゃないけどね。でももし殺されているなら…… この町のどこかを彷徨っているはず。 俺たちが探してあげないと」 「うんっ」 力強くうなずく。 あとは捜査状況なども伝えて、ある程度話し終えたあたりでみんなが帰宅。 それからは、まったりと過ごして。 夕食をとり、その後お茶を飲みながら、改めて情報を整理する。 「それで、写真の娘の霊は見つかったのかの」 「いやぁ、さっぱり。あまり捜せてはいないんだけど……」 「まぁそうじゃろうな。 霊捜し自体はずっとしておったのじゃ。 すぐに見つかる方がおかしい」 「私も気をつけてみる。気配だけはわかるから」 「実は死んでません、ってこともあるよね?」 「もちろんある。っていうか、そっちの方がいいよね」 (ですが……葵お姉様の見た映像が、 嶋様以外の犠牲者の存在を仄めかしています) 「あの娘ではなかったとしても、別の誰かが死んでいる。 物騒な町になったものじゃ……」 「そうそう。成仏しちゃってる可能性は? それだと見つかりっこないよね?」 「ありうるが……低いと考えた方がいいじゃろう。 殺された事実すら公になっていない。 すっきりと天に召される、というわけにはいかんじゃろう」 「ふぅん、そういうもんか〜」 「真様、わたくしも色々と聞いて回ってみたのですが……」 「ああ、どうだった?」 「はい。嶋さんの知り合いである……という体で 聞いてみたのですが、 彼女……それなりに有名だったみたいです」 「有名って、どんな風に?」 「派手な服装をされていますから、単純に目を引きます。 それと、礼儀正しい子だったそうです。 そのギャップで、色々な方々の記憶に残っていました」 「お父様のこともありましたから…… お総菜屋さんの奥様が、最近見かけないことを 心配されていました」 「よくそこで買い物をされていたそうです。 一人分だけ買っていくと。ファーストフードのお店で 一人で食事している姿もたびたび」 「深夜に工事現場でたむろを……という話もありましたが、 商店街では、主に一人でいる姿が目撃されているようです」 「一人で……。ああ……なんだか、共感しちゃうなぁ……。 私に似てる。お父さんとお母さんと、 あんまり仲良くなかったのかなぁ……」 「家に帰らないこともたびたびあったみたいだし…… そうなのかもなぁ……。胸が痛い」 「まぁ、お父さんがあんな変態だったら、 家に帰りたくもなくなるよね」 「やめろ、葵。 あの人の記憶はシリアスなムードを一気に吹っ飛ばす。 それに故人なんだから、あまりネタにしないように」 「はい」 (新しい人物が出てきましたが……。 その総菜屋の奥様が犯人の可能性も?) 「そうは思いたくないけれど……。 親しい人物、と言えるかもわからないし……」 「そもそも動機はなんなんだろう。 喧嘩? 殺されるってわかってたら、 嶋さんも車に乗らないよね」 「ちょっと待てよ……? じゃあなんであの子はあの場所に 留まってるんだ。気絶したせいで記憶が途切れたから、 ってのじゃ、説明つかないぞ」 「それは今考えても仕方あるまい。 当事者に聞かんことにはどうにもならん」 「今日見に行ったけど、まだあそこにいたよ。 あたしを見た瞬間消えたけど」 「えぇと、それは……私のせい、でしょうか……」 「そりゃそうでしょ」 「あぁ…………」 「あれ、毎回記憶がリセットされてるって話だったけど、 葵のこと覚えてるのか」 「ふむ、霊のズレた認識に、己を刻みつけたか。 やるのぅ、琴莉」 「うぅ……なんかうれしくない……。 嶋さんに申し訳ない……」 (明日も会いに行ってみます。 呼びかけたら応えてくれるかもしれません) 「こっちに怯えてるなら襲ってくることもないだろうけど…… 気をつけてな」 (はい。不用意に心の中を覗かないようにします) 「ってかさ、てかさてかさ、はいはいは〜い」 「なになになに」 「コトリンのアレはどうなったの?」 「え、アレ? ……あっ!」 「姉さんは……もう。なんで蒸し返すの?」 「だって知りたいじゃ〜ん! ね、コトリン! ねぇねぇっ!」 「う、えと、そ、それは……っ、そ、そのぉ……っ! えっとぉ……っ!」 「ねぇねぇねぇっ!」 「う、うぅ……葵ちゃんドS……っ!」 「にゃししししっ!」 「はいはい。それはもういいだろ。 作戦会議ももうおしまい。 ひとまずは梓さんの連絡を待とう」 「はい。あ、そうでした。 おまんじゅう買ってきたんです。 出すの忘れてました」 「た〜べる〜〜〜!」 (アイリスも食べたいです) 「わ、私もっ」 「わたしの分は残しておいてくれ。あとで食べる」 「食いしん坊の伊予が珍しい」 「……ちょっとおかわりしすぎた。気持ち悪い」 「ふふ、一人で二合ほど食べましたものね。 真様はどうされますか?」 「あ〜、俺も腹一杯だし……いっかな。 お風呂入ろ」 「あ、申し訳ありません。お湯をまだ……」 「いいよ、暑いからシャワーだけにする」 「うわ〜、シャワーだけとかありえない。 お湯気持ちいいのに〜」 「色々面倒で、さっと終わらせたいときもあるの」 (あ、あの、洗うのが面倒であれば、 ア、アイリスがお背中を……) 「あ、ちょっ、こらぁ! 抜け駆け禁止! ご主人あたしと一緒に入ろっ!」 「入らないっての、君たちはおまんじゅう食べてなさい」 (……はい) 「ぶ〜……」 「あはは……。ゆっくりあったまってね」 「へ〜い」 「着替えはお持ちいたしますので」 「うん、ありがと」 居間を出て、浴室へ向かう。 あまり成果はなかったけど、少しずつ前に進んでる感触はある。 疲れと汗を流して、今日はゆっくりと休もう。 「ふぅ……」 風呂から出て、ビール片手にベランダで涼む。 みんなでテレビを見ていたからその輪に加わろうかとも思ったんだけど……なんとなく、こっちに来てしまった。 いや、なんとなく……じゃないな。 少し居心地が悪いというか、意識してしまっているというか……微妙なんだ、色々と。 「やはりここにおったか」 「珍しいね、伊予が来るなんて」 特に返事はせず隣に並び、俺の顔をちらりと覗き見る。 「なに?」 「返事はせんのか?」 「返事って?」 「琴莉にじゃ」 「ああ……。まだ聞かれてないから、なにも」 「ずるいやつじゃ」 「……仕方ないだろ」 言い訳みたいで、あまり口にはしたくないけれど。 ビールを流し込み、酩酊感で勢いをつけて、続ける。 「俺じゃあ……応えられない。琴莉の気持ちに」 「ま、そうじゃろうな」 「それに俺自身、振られたばっかりだろ? こういうのって、どうしたらいいのか」 「気持ちはわかるがの。 曖昧な態度はとってやるなよ? 琴莉が傷つく」 「……わかってるよ」 「わたしは恋愛には疎いからのぅ……。 これくらいにしておこうか。 また無責任なことを言ってしまう」 「まだ気にしてるのか」 「霊的耐性が低いからこそ、耐性ありまくりの まこちゃんといい相性だって思ったんだけど……」 「まぁ、そうだよね。見えないものを信じるのは、難しい」 「俺が焦りすぎたんだ。不誠実な気がして」 「またチャンスがあったらさ、ちゃんと協力してあげる。 わたしが全力でいたずらしたら、あっさり信じるっしょ」 「芙蓉の角でも信じなかったからなぁ……。 どうだか」 「でも、考えておくよ。 もしそのときがあったらよろしくな」 「うむ、任せておくがよい」 「伊予」 「なんじゃ」 「ありがとう」 「な、なんじゃ真顔で。気色悪い」 「お前な……」 「ひゃっひゃっ、ではな」 伊予が背を向け、家の中に戻っていく。 ……。 またチャンスがあったら……か。 俺は復縁を望んでいるんだろうか。 たぶんそうだと思うけど……。 今の生活と、由美との生活。 どちらかしか選べないとしたら……俺はどっちを取るだろう。 よく、わからない。 ただ俺を好きだと言ってくれた琴莉の顔が、ふっ、とよぎる。 ……大切にしたいな。 それだけは、はっきりしていた。 「返事はせんのか?」 「返事って?」 「琴莉にじゃ」 「ああ……」 「まぁ……琴莉もわかっておるじゃろうがな。 真には梓がおるし」 「そういうのじゃないよ、梓さんとは」 「真がそういう態度をとるから、 琴莉が期待をしてしまうんじゃ」 「実際振られてるんだから、仕方ない」 「なんじゃ、振られたのか」 「……」 「な、なに? 振られた?」 「お互い仕事に集中しようってさ」 「そ、そうか……。 うむ、それはまぁ……よいことではあるが……」 「……」 「では、どうするんじゃ。琴莉の気持ちに応えてやるか?」 「……」 「いや、俺じゃあ……応えられないよ」 「まぁ……そうじゃろうな。 ならばせめて、曖昧な態度はとってやるな。 琴莉が傷つく」 「……わかってる」 「しかし、わたしは恋愛には疎いからのぅ……。 これくらいにしておこうか。 また無責任なことを言ってしまいそうじゃ」 「無責任って?」 「相性いいとかおすすめとか、好き放題言っちゃったから」 「ああ、それか。大丈夫。真に受けちゃいないよ」 「む……それはそれでムカつくなぁ。 あれだ。じゃあ元カノの方だ。 そっちとひっつけてあげるから、全力で」 「いいよ、ろくなことにならなさそうだ」 「なんで。また家に呼びなよ。 わたしがいい雰囲気にしてあげるから」 「どうやって」 「全力でホラーな演出をしてビビらせる」 「ぜって〜呼ばね〜」 「ひゃっひゃっ、まっ、あんまり悩まんようにな」 楽しげに笑い、伊予は家の中に戻っていく。 由美と……か。 復縁を望んでる? わからない。 じゃあ梓さんとは? それもよくわからない。 ただ俺を好きだと言ってくれた琴莉の顔が、ふっ、とよぎって。 ……失いたくはないな。 それだけは、はっきりわかっていた。 「別に」 「? 機嫌悪い?」 「そう見える?」 「見える」 「……」 「返事してないの?」 「返事って?」 「琴莉に」 「……。聞かれてないから、なにも」 「それずるい」 「仕方ないだろ」 言い訳みたいで、あまり口にはしたくないけれど。 ビールを流し込み、酩酊感で勢いをつけて、続ける。 「俺じゃあ……応えられない。琴莉の気持ちに」 「それはそうだろうけど…… せめてはっきりしてあげたら?」 「琴莉がそれを望んでるなら、そうするよ。 あ〜……いや、それこそずるいな、俺」 「どうしたらいいのかわからないんだ。 経験豊富ってわけじゃないから、俺」 「最近まで童貞だったしね」 「うるさいなぁ……」 「まぁわたしも恋愛の機微とかはわかんないし、 アドバイスなんてできないけど」 「まだ処女だしな」 「うっせバーカ!」 「いって!」 脛を蹴られた。ひどい。 「で、結局琴莉と付き合うつもりはないわけ?」 「だから……言ったろ。 色々考えると……現状維持が、いいんだと思う」 「現状維持ねぇ……」 「なんでさっきから機嫌悪いんだよ。 前に由美とか梓さんと付き合えみたいなこと言ったくせに。 なにが気にくわないんだ」 「そういうのじゃなくて……」 「……」 「ちょっと……安心した」 「えぇ?」 「バーカ!」 「いってぇ!」 また蹴られた。ひどい。 「お風呂入る」 「……へいへい」 「……」 「な、なんだよ」 「別に」 なぜか俺を睨みつけて、家の中に戻る。 とんとんと、階段を下りる足音が遠ざかっていく。 伊予の考えていることは、いまいちよくわからないけど……。 現状維持、か……。 せめて、琴莉を傷つけることだけはしたくないな……。 「……お? 琴莉か」 「へっ? あ、伊予ちゃん……」 「風呂か?」 「あ、ううん。別に……」 「そうか。じゃあ先に入るぞ」 「う、うん。ごゆっくり……」 「……」 「…………」 「私が入りこむ余地なし……かな。たはは……」 「一緒に来なさい。なにしてたのか教えてあげるから」 「……はい」 公園まで強制連行。 ベンチに、どっかりと腰を下ろす。 「あ〜……あっちぃ……。 そろそろ涼しくなってくれないかな」 「暑いなら……おうち帰る? だ、大丈夫、もう逃げないから」 「けど、じっくり話さないうちにまたからかわれるの、 嫌だろ?」 「え、ぁ、えと……はい」 「だよな、俺も嫌だ」 「え……?」 「たとえ勢いだったとしても、琴莉の真剣な気持ちだろ? 茶化したくないんだ」 「…………」 琴莉が、真っ赤な顔を俯ける。 そのまま沈黙。 こっちから話を切り出すのもなんだかおかしい気がして、俺も黙っていた。 琴莉が、話し始めるまで。 「……」 「えっと……あ、あのね?」 「うん」 「その……い、一回ね? 昨日のことは……忘れて欲しい」 「いいの? それで」 「う、うん。い、一回でいいから、一回。 一回忘れて欲しい」 「一回ってのがよくわからないんだけど……」 「と、とりあえず、忘れてっ、忘れてくださいっ」 「……。わかった。聞かなかったことにする」 「そうじゃなくてっ、リセットしたいのっ! 昨日のことをなかったことにしたいのっ!」 「忘れてくれたら……ちゃんと、やりなおすから……」 「あぁ……なるほど」 「ん〜……」 「……」 「よし、忘れた」 「ほ、ほんとに?」 「昨日どこでなにしてたっけ〜」 「あ、すごくわざとらしい……。 で、でも、うんっ、ありがとう。 じゃあ、うんっ」 すっくと、琴莉が立ち上がる。 顔はまだ、真っ赤なまま。 表情も、どこか切羽詰まっていて。 「お、お兄ちゃんも、ちょ、ちょっと、 立って……ください」 「うん」 言われた通り、立ち上がる。 そして、向き合った。 『ぅ』と、琴莉が怯む。 けれどきゅっと表情を引き締めて、なにかを決意して。 でもすぐに『あぁやっぱり駄目だ』って顔をして。 しばらく悩んで、また真剣な顔。 俺の目を、まっすぐ見つめ。 時折逸らして、必死に、言葉を紡ぐ。 「あ、あの……コタロウを助けてくれたときから、 私は、お兄ちゃんのことが……」 「……」 「す、好きです」 「好き……でした」 「……好き、だったのです」 「……」 「お疲れ様でしたっ!」 「ちょちょちょちょっ」 走り去ろうとした琴莉の腕を、慌てて掴む。 続きを待ってたから危うく逃がすところだった……! 「いやいやっ、いいのか、これでいいのか、終わりでっ」 「よ、よくないけど……む、むむ、むりっ、もう無理! 恥ずかしくて死にます! 死にました!」 「待てよ、せめて思ってること全部言ってくれ。 これじゃあ俺、答えようがないだろ」 「こ、答える……?」 「あるんだろ、言いたいこと。言ってよ、全部」 「……」 「本当は、私……お兄ちゃんの妹に…… なりたいわけじゃ……なかった」 「……」 「……真、さん」 「ああ」 「私を……」 「……」 「わ、私を」 「か、か……か…………」 「………………」 「彼女に…………してください」 「ああ、いいよ」 「やっぱり駄…………へ?」 「いいよ」 「も、もう一回」 「いいよ、付き合おう」 「まじでっ!?」 「まじで」 「え、え、え、えっ!?」 琴莉がなぜかあたりをきょろきょろと見渡す。 そして不意にぴたっと俺に視線を向けて、表情を固まらせた。 「じょ、冗談……です?」 「なんでそう思うんだよ」 「だ、だって、かる〜く言うからっ! 冗談かなって!」 「こんな悪質な冗談言うかよ。 軽く言ったのは……まぁ、照れ隠しだと、うん、 そう思ってよ、うん」 「え、じゃあ……え? ほ、本当に?」 「うん」 「な、なんで?」 「なんでって……」 「……」 「琴莉の裸が忘れられなかったから」 「はい?」 「あのときは襲えなかったけど、これで襲える」 「か、体目的……?」 「うん」 「な、なにそれぇ!!」 「冗談だよっ、ごめん、冗談っ。 そういうつもりじゃないって、ごめんっ」 「う、そういうつもりはないとか言われると…… それはそれで複雑ですけど……」 「ああ、いや、風呂場で興奮して 襲いそうになったのは、まぁ、事実で、 続きがしたいとも、思いはしたけど……」 「うぇ、え、え……?」 「……」 「……」 「……なんの話をしてるんだ俺は」 「……な、なんの話でしょう」 「…………」 「…………」 「い、一回座ろう」 「う、うんっ」 ベンチに再び腰を下ろし、呼吸を整える。 さて……えぇと、どうしようか。 「と、とりあえずだ」 「は、はい」 「デートでも、しておくか」 「で、でぃとぅ!?」 「琴莉、まずはこれを見てくれ」 「は、はいっ」 ポケットから取り出した写真を、琴莉に渡す。 「え、誰?」 「二人目の犠牲者。あるいは一人目の犠牲者」 「……え?」 「嶋さんの他に、もう一人殺されている可能性が出てきた。 葵が見た映像が、それを示していたんだ」 「そんな……」 「……」 「私と……同い年くらいかな。嶋さんも、そうだった。 許せない……女の子ばっかり狙って……」 「……ああ、そうだな。喫茶店では、嶋さんのことを 聞いていたんだ。犯人は、嶋さんの身近な人物。 由美の友達がなにか知ってるかもしれないって」 「そっちについては、梓さんに任せよう。 今、色々と調べてくれてる。 俺たちは、この子だ」 「生きていてくれるならそれが一番いいけど…… もしそうじゃないなら、近くにいるかもしれない。 ……霊として」 「一緒にこの子を探そう。 きっと彼女が、この事件の鍵になる」 「う、うん、わかった! 探そう! 一緒に!」 「ああっ!」 「でも……お兄ちゃん」 「うん?」 「これお役目じゃん」 「え?」 「これデートじゃなくてお役目じゃん!」 「うん」 「うん、って! お兄ちゃんうん、って!」 「駄目?」 「え、なんか可愛い! 駄目じゃないけどぉ? でも納得できないっていうかぁ?」 「いやまぁ、不満はもっともだけどさ。 俺も……その、あれだ。どうしていいか、 わかんないんだよ」 「だからとりあえず、普段通りに振る舞わせてくれ。 慣れるまでっ」 「む〜……仕方ありませんねぇ。 では、初心なお兄ちゃんにあわせてあげましょう」 「ど〜も、ありがとうございます」 「ふふっ、ね、ねっ、お兄ちゃん」 「なに?」 「二人きりのときは……真さんに戻してもいい?」 「いいよ、ずっとでも」 「ず、ずっとは、葵ちゃんにいじられそうだからやだっ」 「じゃあ二人きりのときだけ」 「うんっ、へへ〜、行こ、真さん!」 「ああ」 「ふふふ〜、やった〜。 まこ〜とさ〜んと お〜つきあい〜〜♪」 調子外れな歌を歌いながら、琴莉は歩く。 勢い余った告白からの、急展開。 たぶん、うまくやっていけるだろう。 いや、うまくやらなくちゃ。 喜んでくれている、琴莉のためにも。 しばらく琴莉と歩き回ったあと、帰宅。 みんなも動いてくれていたみたいで、夕食後お茶を飲みながら、そのあたりを含めて、改めて情報を整理する。 「それで、写真の娘の霊は見つかったのかの」 「いやぁ、さっぱり」 「特に気配も感じなかったなぁ……」 「まぁそうじゃろうな。 霊捜し自体はずっとしておったのじゃ。 すぐに見つかる方がおかしい」 「実は死んでません、ってこともあるよね?」 「もちろんある。っていうか、そっちの方がいいよね」 (ですが……葵お姉様の見た映像が、 嶋様以外の犠牲者の存在を仄めかしています) 「あの娘ではなかったとしても、別の誰かが死んでいる。 物騒な町になったものじゃ……」 「そうそう。成仏しちゃってる可能性は? それだと見つかりっこないよね?」 「ありうるが……低いと考えた方がいいじゃろう。 殺された事実すら公になっていない。 すっきりと天に召される、というわけにはいかんじゃろう」 「ふぅん、そういうもんか〜」 「真様からお電話をいただいてから、 わたくしも聞いて回ってみたのですが……」 「ああ、どうだった?」 由美が商店街で嶋さんを何度か見かけたことは、琴莉と会ったあとすぐに、みんなに伝えてある。 芙蓉は買い物のついでに、情報を集めてくれたみたいだ。 「はい。嶋さんの知り合いである……という体で 聞いてみたのですが、 彼女……それなりに有名だったみたいです」 「有名って、どんな風に?」 「派手な服装をされていますから、単純に目を引きます。 それと、礼儀正しい子だったそうです。 そのギャップで、色々な方々の記憶に残っていました」 「お父様のこともありましたから…… お総菜屋さんの奥様が、最近見かけないことを 心配されていました」 「よくそこで買い物をされていたそうです。 一人分だけ買っていくと。ファーストフードのお店で 一人で食事している姿もたびたび」 「深夜に工事現場でたむろを……という話もありましたが、 商店街では、主に一人でいる姿が目撃されているようです」 「一人で……。ああ……なんだか、共感しちゃうなぁ……。 私に似てる。お父さんとお母さんと、 あんまり仲良くなかったのかなぁ……」 「家に帰らないこともたびたびあったみたいだし…… そうなのかもなぁ……。胸が痛い」 「まぁ、お父さんがあんな変態だったら、 家に帰りたくもなくなるよね」 「やめろ、葵。 あの人の記憶はシリアスなムードを一気に吹っ飛ばす。 それに故人なんだから、あまりネタにしないように」 「はい」 (新しい人物が出てきましたが……。 その総菜屋の奥様が犯人の可能性も?) 「そうは思いたくないけれど……。 親しい人物、と言えるかもわからないし……」 「そもそも動機はなんなんだろう。 喧嘩? 殺されるってわかってたら、 嶋さんも車に乗らないよね」 「ちょっと待てよ……? じゃあなんであの子はあの場所に 留まってるんだ。気絶したせいで記憶が途切れたから、 ってのじゃ、説明つかないぞ」 「それは今考えても仕方あるまい。 当事者に聞かんことにはどうにもならん」 「今日見に行ったけど、まだあそこにいたよ。 あたしを見た瞬間消えたけど」 「えぇと、それは……私のせい、でしょうか……」 「そりゃそうでしょ」 「あぁ…………」 「あれ、毎回記憶がリセットされてるって話だったけど、 葵のこと覚えてるのか」 「ふむ、霊のズレた認識に、己を刻みつけたか。 やるのぅ、琴莉」 「うぅ……なんかうれしくない……。 嶋さんに申し訳ない……」 (明日も会いに行ってみます。 呼びかけたら応えてくれるかもしれません) 「こっちに怯えてるなら襲ってくることもないだろうけど…… 気をつけてな」 (はい。不用意に心の中を覗かないようにします) 「ってかさ、てかさてかさ、はいはいは〜い」 「なになになに」 「コトリンのアレはどうなったの?」 「え、アレ?」 「姉さんは……もう。なんで蒸し返すの?」 「だって知りたいじゃ〜ん!」 「ああ、アレって……えぇと、もう、アレは……えへへ、 いいから、デヘヘ」 「え、なにニヤニヤして。キモい」 「き、きもっ……! ひどい!!」 「はいはい。それはもういいだろ。 作戦会議ももうおしまい。 ひとまずは梓さんの連絡を待とう」 「はい。あ、そうでした。 おまんじゅう買ってきたんです。 出すの忘れてました」 「た〜べる〜〜〜!」 (アイリスも食べたいです) 「私も〜!」 「わたしの分は残しておいてくれ。あとで食べる」 「食いしん坊の伊予が珍しい」 「……ちょっとおかわりしすぎた。気持ち悪い」 「ふふ、一人で二合ほど食べましたものね。 真様はどうされますか?」 「あ〜、俺も腹一杯だし……いっかな。 お風呂入ろ」 「あ、申し訳ありません。お湯をまだ……」 「いいよ、暑いからシャワーだけにする」 「うわ〜、シャワーだけとかありえない。 お湯気持ちいいのに〜」 「流すだけじゃなくて、ちゃんと体洗わなきゃ駄目だよ〜?」 「はいはい、わかっております」 (あ、あの、洗うのが面倒であれば、 ア、アイリスがお背中を……) 「あ、ちょっ、こらぁ! 抜け駆け禁止! ご主人あたしと一緒に入ろっ!」 「入らないっての、君たちはおまんじゅう食べてなさい」 (……はい) 「ぶ〜……」 「ふふっ、ゆっくりあったまってね」 「へ〜い」 「着替えはお持ちいたしますので」 「うん、ありがと」 居間を出て、浴室へ向かう。 成果はなかったにせよ、今日はたくさん歩いた。 疲れと汗を、綺麗に流してしまおう。 「ふぅ……」 夜も更け、自分の部屋に戻ってきた。 ベッドに寝転がり、くつろぐ。 明日もかなり歩くことになりそうだ。ゆっくり休んでおこう。 ああ、そうだ。まだ写真の子の名前も聞いていなかった。 闇雲に探すよりなにか手がかりがあった方がいいから、梓さんに色々と聞いておこう。 あるいは……明日は完全なお休みにしてみるのも有りだろうか。 デートとか言ってみたけど、今日のはとてもそんな感じじゃなかった。 だから明日はちゃんと出かけてみるのも、いいのかな。 ……正直なところ、どうすればいいのかよくわからない。 由美とはおままごとみたいな恋愛で、デート自体、数えるほどしかしていないから。 俺はまだ、経験不足だ。 「お兄ちゃん?」 部屋の外から、琴莉の声。 ずっと迷っていたけど、結局今日は泊まっていくことにしたみたいだ。 「まだ起きてる?」 「ああ、起きてるよ」 「入っていい?」 「どうぞ」 「じゃあ、お邪魔……します」 「うん」 「……」 「ん?」 なかなか扉は開かず。 それからさらに十秒くらい待って、やっと開いた。 「ど、ども」 「お、おぅ。どうしたの?」 「あぁ、えぇと……」 部屋に入ってきた琴莉は、やけに表情が硬かった。 緊張してる? あぁ、でも……そうか。男の部屋で二人きり。意識もするか。 「座っていいよ」 「う、うん。えぇと……」 どこに座ろうか少し悩んだあと、カーペットの上に腰を落ち着ける。 そしてもじもじ。 緊張をほぐしてあげられればいいんだけど、下手に話しかけると逆に焦らせちゃう気がして。 琴莉が話し始めるまで、急かさずゆっくりと待つ。 「その……ね?」 「うん」 「お兄ちゃ…………じゃなかった、真さん」 「はいはい」 「その、あ〜…………あ〜〜〜〜っ」 「ん、んっ? どうしたどうした?」 「…………」 「琴莉?」 思い詰めた顔をして、立ち上がって。 俺のそばへ。 寄り添うように、ベッドに腰かける。 そこでようやく、琴莉がなぜ緊張しているのかを、なんとなく察する。 「あの…………」 「う、うん」 「え〜っと…………」 「……」 「は、恥ずかしくて言えないので…… き、き、気づいて、もらえると……た、助かります」 ああ、やっぱり。 なんというか、毎回そうだけど……。 「琴莉は思い立ったら即行動だなぁ……」 「ひ、引いてる?」 「いや、びっくりしてるだけ」 「ぅ……だ、だって……真さん、したいって 言ってたし……」 「あ、真に受けたのか」 「えぇ、や、やっぱり嘘だった?」 「いや、嘘ではないけど……」 「け、けど?」 「急ぎすぎじゃないか?」 「ぅ……、で、でも、真さんにとって……、 こ、こういうの、当たり前……なんでしょ?」 「み、みんなと……し、してたし……」 「あぁ、いや……」 「い、いきなりすぎるってのは、わかってるけど、 わ、私だって、その……興味はあるし…… あぁ、ちが、なに言ってるんだろ……」 「そ、そうじゃなくて、えぇと……せっかく、 彼女になれたんだから……みんながしてること、 私がしてないのは、嫌で……」 「それに、子供って、思われたくないし…… 妹扱い……嫌だし……」 「だから、その……えっと……」 必死に、あたふたと慌てながら、自分の気持ちを言葉にしていく。 顔は、耳まで真っ赤に。 緊張を通り越して、今にも泣いてしまいそう。 その横顔を……素直に、可愛いと思った。 「だから……」 「…………」 「うぅ、駄目だぁ……。は、恥ずかしい……。 もう、無理……。ご、ごめんなさい。 ひ、引かせちゃってるし、やっぱり……」 「だから、引いてないって」 「え……」 肩を抱き、引き寄せる。 大きく見開いた目を、数回パチクリさせて。 体を石のように強ばらせる。 「ふぇ、ぇ…………」 「目、閉じて」 「あ、ぅ…………ぅ、ぅん……」 こくんと、うなずく。 けれど、目を閉じるまで待たず―― 「ぁ、ん…………」 触れる。 琴莉の唇は、柔らかく。 そして少し、ひんやりとした。 それは緊張しすぎて、赤面を通り越して青ざめているせいもあるかもしれない。 「……、…………」 震えた吐息がこぼれる。 抱き寄せた体は、相変わらず強ばっていて。 唇も、固くぎゅっと閉じたまま。 しばらくは、ただ触れあわせていたけれど。 「ぁ、……、はぁ……、……っ、……」 じれたのか、悪戯心か。 唇を舌先でぺろりと舐める。 琴莉がびくっと驚いて、目を開く。 それからふっと、体の力が抜けて。 俺に全てを、委ねる。 「……はふ、ん、ちゅ……はぁ、んん、ん……、 はぁ…………ん、ぁ、……ふぅ、んんっ、 ちゅ……、……っ、ちゅ……」 わずかにあいた隙間に、舌をいれる。 また少し驚いたけれど、恐る恐る受け入れて。 遠慮がちに舌を絡め、吸い付く。 「んちゅ、ふぅ……んん、はぁ、ん……っ、 はふ、は、ぁ……んん、ん、ちゅ……、 ん、はふぅ、はぁ……ふぅ……」 息が荒いのは、たぶん興奮だけでなく、まだほぐしきれない緊張のせい。 体の力が抜けてきたといっても、琴莉はほとんど身動きできずにいる。 こうしたら、少しはほぐれる? なんて、理由が欲しかったわけじゃないけれど。 俺も、我慢強い方ではないから。 「ん、ふぇ……っ」 胸に触れる。 仰け反った体を、しっかりと抱き寄せて。 唇と舌で、拘束して。 逃げることを、許さない。 「んんん、はぁ……ん、ちゅ、んんっ、んっ、 はふ、はぁ、ふぅぅ、んん、ちゅっ、ちゅぅっ、 は、ぁ、んん、はぁ、ぁ、ぁ」 息づかいが、さらに激しくなる。 上下する胸を、しっかりと手の平で包み込んで。 その柔らかな膨らみを、歪める。 「ぁ……っ、んっ、……っ、はふ、ん、ちゅ、 んちゅ、はふ、はぁ、んん、ちゅ、ん、んっ」 パジャマの上から乳首を探し当て、指の腹で軽く押す。 嬌声をごまかすためか、俺の舌に強く吸い付いた。 唾液をたっぷりと湛えた琴莉の口内を、舌を絡ませながらかき回す。 「あふ、んっ、ちゅ……んん、ん、ちゅ……はぁ、 んん、ぁ、んっ、ちゅぅ、ん、ちゅ……っ」 「ぁ……ふぁ…………はぁ、ん…………はぁ…………」 随分と長いキス。 ふ、っと気まぐれのように唇を離して。 目を見つめ、問いかける。 「本当にいい?」 「……」 琴莉が小さく口を開き、なにか言おうとして。 結局、言葉が出てこず。 ただこくりと、うなずいた。 「ぁ……ぅ…………はぁ……」 パジャマのボタンを一つ一つ外し、白い肌を露わにさせる。 ああ、あのときは誘惑に抗うのに苦労したけれど。 今は、我慢する必要はない。 「ひ、ぅ……っ、んちゅ、んんっ、んっ、ちゅ、 はふ、はぁ、ぁ、ぁっ、ん、ぁ……っ!」 唾液をねっとりと絡ませた濃厚なキスをしながら、再び胸に触れる。 今度は直接。明らかに、琴莉の反応もよくて。 ぷっくりと膨らんだ乳首を、摘まみ、こねながら。 とろけそうなほどの感触を、楽しむ。 「ぁ、ん……んん、ふぅ……ぁぁ、ん、ちゅ、 はふ、ぁ、ぁ、はぁ、んん、ぁ、ぁぁ…… ん、んっ、んちゅ、っ、ぁっ、ぁっ」 艶めかしい吐息。 そんな声を出されたら、俺も辛抱できなくなってくる。 「ぁ……ん……ふぅ、ん…………はぁ……」 そろそろ、先に進もう。 琴莉の背中に手を添えて、ゆっくりとベッドの上に押し倒して―― 「……」 「ぁ……はぁ…………、……、はぁ……。 ……、真……さん?」 「…………」 「やっぱりやめよう」 「え……?」 琴莉から離れ、パジャマを着させた。 どうして? と固まる琴莉の頭を、そっと、優しく撫でる。 「かなり無理してるだろ」 「そ、そんな、こと……」 「ある。こんなに震えてる」 「ぅ……」 自覚があったんだろう。 泣きそうな顔を見られぬよう、背けた。 「子供っぽいなんて、思わないから。 こういうことは、心の準備ができてからにしよう」 「……、え、っと」 「き、緊張のせい、だと……思うんだけど……」 「……」 「ごめん、なさい。ちょっと……怖い」 「うん。俺もちょっと、緊張しすぎてなにがなんだか」 「きんちょう? 真さんが?」 「人間の女の子とするのは、初めてだから」 「ぁ、そっか……私が、初めて……」 「……」 「ふふっ」 やっと緊張がほぐれたのか、はにかむ。 でも、じゃあ気を取りなおしてって雰囲気では、もうなくなってしまった。 琴莉もそう思ったのか、ベッドから下りて立ち上がる。 「ごめんね、次は……うん、ちゃんと、準備しておくから。 またリベンジさせてくださいっ」 「うん。ゆっくり進んでいこう。ゆっくり」 「ふふ、うん。今日は……背伸びしすぎたね。 でも、キ、キス……できて、うれしかった」 「俺も」 「……うん。じゃあ、真さん」 「おやすみなさい」 「おやすみ。また明日」 「うんっ」 頬を染めたまま、琴莉が部屋を出ていく。 足音が聞こえなくなるまで待って、ごろんとベッドに寝転んだ。 唇に、手の平に……まだ琴莉の感触が残ってる。 「……」 「…………」 「………………」 「………………………………………………」 「……ぅ、ぁ、っと……」 「……」 「ぁ〜ぁ……」 ティッシュに手を伸ばすも、間に合わず。 べっとりと、手の平に精液が付着した。 琴莉をおかずにしてしまった。 最初から爆発しそうな状態だったから、驚くほどすぐに出てしまった。 ……。 琴莉は俺にとって、妹で。俺は兄で。 最初は、そのつもりだった。 女の子として意識しだしたのは、いつだろう。 琴莉の気持ちに薄々気づいたとき? 一緒にお風呂に入ったとき? 好きだと、告白されたとき? それとも……キスをした、胸に触れた、今この瞬間? 最後だったら、最悪すぎる。 けれど考えても、はっきりと“いつ”とはわからなくて。 「はぁ…………」 ベトベトと不快な白濁をティッシュで拭きながら、ため息をついた。 今日は日曜日。 まだ事件は解決していないけど、一応の進展はあった。 今日くらいはいいだろうと、みんなでゆっくりとくつろぐことにした。 「あ〜とぅい〜〜」 「葵、もうちょっと扇風機から離れろ。 風がこんじゃろう」 「だってぇ、今日は〜、特にムシムシするしぃ〜」 「うぅむ……のぅ、真。居間にもクーラーつけんか? おじじが冷房嫌いだったせいで、 この部屋だけ昭和初期じゃ」 「別にいいけど、お金かかりそうだな〜。 っていうかもうすぐ夏終わるし。 この部屋風通しいいし大丈夫大丈夫。涼しい涼しい」 「それはご主人がアイリスに扇いで もらってるからでしょ〜?」 (暑くありませんか? マスター) 「あ〜、快適快適。俺も扇いであげる」 (ありがとうございます。涼しいです) 「も〜……。 あ、伊予様の部屋に行っていい? いっつもクーラーガンガンじゃないっすか」 「駄目じゃ。葵を部屋に入れるとなにか壊されそうじゃ」 「ぶ〜。じゃあご主人の部屋は〜?」 「いいけど、クーラー消してあるから 涼しくなるまで時間かかるぞ」 「あひぃ〜……待てないぃ……」 「っていうか、葵たちの部屋にもクーラーあるじゃん」 「テレビないもんっ!」 「あ〜、そっか。クーラーとテレビ、どっちが安いかなぁ」 「テレビ買うならでっかいのがいい!」 「却下」 「ちっきしょ〜〜〜!」 葵がパタンと倒れ、ようやく扇風機の涼しい風が流れ込んでくる。 台所からは、時折琴莉と芙蓉の声がする。 昼食を終えてから、二人でなにか作っていた。 夕飯の仕度……には早いだろうし、お菓子とかだろうか。 「よっしと」 なんて考えていたら、どうやら作業が終わったらしい。 冷蔵庫の閉まる音がして、琴莉と芙蓉が居間に戻ってきた。 「お兄ちゃん、ちょっと芙蓉ちゃんと出かけてくるね」 「? うん。二人で出かけるなんて珍しいね」 「ふふ、少々お買い物に」 「そっか。暇だし、俺も――」 「駄目駄目駄目っ、お兄ちゃんは駄目っ」 「え、なんで」 「ど〜しても。ふふ〜っ」 「またコトリンがキモスマイルを……」 「もうっ、キモくな〜い!」 「買い物行くならついでにアイス買ってきて〜」 「あっ、あたしの分も〜!」 「はいはい。アイリスは? なにか欲しい物ある?」 (ゼリー食べたいです) 「ゼリーね。では行って参ります」 「あれ、俺には聞いてくれなかった」 「お兄ちゃんはい〜の」 「な、なんでだっ」 「なんでも。いってきま〜す! ふふ〜」 「い、いってらっしゃい」 妙に含みのある笑みを浮かべながら、琴莉が居間をでる。 『では』と芙蓉もすぐにあとを追った。 なんかよくわかんないけど……果たして俺のおやつはあるのだろうか……。 特にやることもなかったから、部屋に戻ってごろごろ……と思ったんだけど。 なにかしてないと落ち着かなくて、爺ちゃんの部屋から日記を持ち出して、ぺらぺらとめくる。 やっぱり、最後の一冊が気になる。 爺ちゃんの日記からヒントをもらうことが多いから、ぜひとも見つけておきたいところだけど……。 「おにいちゃ〜ん?」 「お?」 部屋の外から琴莉の声。もう帰ってたのか。 「開いてるよ」 「失礼しま〜す」 音をたてて、扉が開く。 でも琴莉は入ってこず、隙間から顔を覗かせるだけ。 「ちょっとちょっと」 「ん? なに?」 「ちょっと来て」 「? うん」 手招きに応じて、部屋を出る。 そのまま一階に下り、琴莉は客間の方へと歩いていく。 「こちらへど〜ぞ」 「中?」 「うん」 言われるがまま、客間の中へ。 「ここで座って待ってて」 「? なになに?」 「いいから、待ってて」 「あぁ、うん」 なにしたいのかさっぱりだけど、とりあえず従ってみる。 「じゃあ、ちょっとだけ待っててね」 俺がちゃんと座ったのを確認して、琴莉が部屋を出る。 首を傾げながら、待つこと数分。 「おま〜たせ〜しま〜した〜」 「おっ?」 お盆をもって、琴莉が再登場。 「は〜い、こちら今日のスイーツセットになりま〜す」 「お、お?」 お盆をテーブルの中央に。 お盆の上には、生クリームや果物を添えたプリンと、アイスティーのグラス。 おいしそうだけど……えぇと? どういうこと? 「お兄ちゃん……いえ、真さん」 「はい」 「わたくし、考えたのです」 「はいはい」 「昨日はデートじゃなくてただのお役目でした」 「その件についてはわたくしも大変遺憾に思っており……」 「はい。なのでちゃんとデートしたいです」 「ごもっともでございます。では今から行きましょう」 「行きません」 「え、行かないの?」 「うん。だって、犯人に近づいたっていっても、 新しい犠牲者の可能性も出てきちゃったし、 事件はまだまだ解決には遠いでしょう?」 「まぁ……そうだね」 「だよね。だから、こういうときに浮かれちゃうのは 不謹慎かなって思ったんです」 「うぅん、まぁ……気持ちはわかる。 はしゃげないよな、心から」 「うん。でもデートはしたいのっ」 「え、なに、どっち」 「中間がいいのっ!」 「中間って、なにとなにの」 「不謹慎じゃないのと不謹慎なのの間っ! それがプリン!」 「えぇ?」 「だから、おうちデート! それくらいならいいかなって」 「あぁ……おうちデート、なるほど」 そうか、デート気分を味わいたくて……。 「これ、琴莉が作ったんだよね?」 「うん、芙蓉ちゃんに手伝ってもらって」 「話した? 俺たちのこと」 「うん、芙蓉ちゃんなら笑ったり からかったりしないかなって。駄目だった?」 「いいや、俺も照れくさくて言ってないだけだから。 みんな薄々気づいてるだろうしって」 「気づいてるかな」 「葵とか、結構勘がいいよ」 「そっかぁ……じゃあコソコソしない方が よかったかなぁ……。感じ悪いかな?」 「気にしすぎだよ。でもコソコソして正解。 葵にバレたら、なんでご主人だけ〜! って デートどころじゃなくなる」 「あは、ふふっ、そうだね。でね、でねっ」 「あぁ、とりあえず座ったら。隣? 正面?」 「ぁ、えと、正面がいい!」 ずっと膝をついて話をしていたけれど、正面に回ってようやく琴莉も腰を落ち着ける。 「でね、真さん」 「うん」 「二人でおしゃれなカフェに来ましたって設定です」 「ほぅ、おしゃれなカフェとな」 「はい。これは当店の人気メニューです」 「琴莉の立ち位置はなんなの」 「オーナー件お客さん!」 「複雑だ」 「とにかくっ、二人で来たのっ」 「琴莉のは?」 「へ?」 「琴莉はなにを注文したの?」 「……」 「あっ!」 「……自分の分忘れちゃったかぁ」 「あはは、うそうそ。してみたいことがあって、 一人分で十分っていうか、一人分の方が都合がいいのです」 「? なに?」 「えっとね」 スプーンでプリンを掬う。 そして、俺の口元へ運んだ。 「はい」 「うん?」 「あ〜ん」 「え?」 「あ〜〜ん」 「……」 「あ〜〜〜〜ん」 「あ、あ〜ん」 俺も空気が読める男だ。恥ずかしかったけど、そこはなにも言わず口を開けた。 「はい、あ〜ん」 「……ん」 「どう? おいしい?」 「ん〜……」 「だ、駄目?」 「ん〜、んっ、うん、うまいっ、甘さがちょうどいい」 「よかったぁ、じゃあもう一口」 「はい、あ〜ん」 「え、もう一回?」 「あは、ふふっ、真さんちょっと顔赤くなってる」 「いやだって、琴莉さん、初めての経験ですよこれは……」 「じゃあなおさらしないとっ。はい、あ〜〜〜ん。 今度は生クリームたっぷり」 「は、はい。ぁ〜〜ん」 「むぐ……ん、うん、うん……うん、うまいっ」 「ほんと?」 「うまいよ、琴莉はお菓子作りの才能あるね」 「よかった〜。あのね、よく見たらわかるけど…… ちょっと、表面がぶつぶつになっちゃって」 「失敗した〜って思ったんだけど、生クリームと 果物で豪華に見えるよねっ。買ってきてよかった〜」 「ああ、これ買いに行ってたんだ」 「うん。プリンだけじゃちょっと寂しいかな〜って。 はい、今度は果物と一緒に〜」 「うわぁ、またか〜」 「そんな顔しないでよ〜。恋人っぽいでしょ? こういうの」 「まぁ……ね、っぽいね」 「でしょでしょ、昨日失敗しちゃったから…… 少しでも恋人っぽいこと、したいなって」 「失敗って、琴莉のせいじゃないだろ。 俺がやめちゃっただけで」 「違う。真さんが気を使ってくれたから。 自分でも……暴走しちゃったなって思うし」 「気にしないで。ゆっくりね、ゆっくり」 「うん」 「……」 「あのね、真さん」 「うん」 「もう何回も言ってるんだけど、 改めてちゃんと言いたくて……」 「あのね、私――ぁ、わ、ふふっ」 「え、なに。なんで笑うの」 「口にクリームついてる」 「うわ、恥ずかしっ」 「待って待って、私が……」 琴莉が、手を伸ばす。 でもその指先が、俺の口元に触れることはなく。 「……」 「……」 見つめ合う。 伸ばした手はテーブルの上に落ち、乗り出した体を支える。 そうして、少しずつ、少しずつ、二人の距離を詰め……。 「…………」 「…………」 触れあう……直前で、ぴたりと止まる。 その理由は、たった一つ。 「ゎ、ゎ…………キス…………」 「いけいけ……お、なんじゃ、なぜやめる」 「あら……いい雰囲気でしたのに」 「このあとエッチするかな。ねぇエッチするかな」 複数の視線を感じたから。 っていうか……葵に至っては声丸聞こえだからな。 「む……いかん、気づかれたか」 「……そうだね、気づいてるね」 「な、なんでみんな見てるのぉ……っ!?」 「ぇ、ぁ……っ」 「見てないよ! 大丈夫だよ! 続けていいよ!」 「無理だよ! 続けられないよ! っていうか見てるし! がっつり見てるし!」 「あら……お邪魔しちゃいましたね。 つい気になってしまって……おほほほほほ」 「え〜、なに〜? やめちゃうの? 押し倒せばいいのに。いけいけやっちゃえにゃ☆」 「あ、ちょっと待って! やるならちょっと待って! カメラ持ってくるから!!」 「やらね〜よ! よしんばやったとしても撮らせね〜よ!」 「ほらっ、覗きなんてしてないで戻れ戻れ! テレビでも見てろ!」 「チッ、ノリの悪い……」 「エッチすればいいのに〜」 「ほ〜ら、姉さん、行きましょう。 失礼いたしました、……おほほほほほ」 (お、お邪魔しました……) 追い払い、障子を閉める。 ったく……ほんとこういうの好きだな、みんな。 「あはは……やっぱりみんな、気づいてたね」 「予想通りからかわれたけどね……」 「あはは……」 「あ〜……。それで?」 「へ?」 「なにか言いかけてた」 「ぁ〜、え、っとね。その……」 「ぉ、行くか? 行くのか?」 「カメラの準備はできてるぜっ」 「……」 「……」 「あれ、しないの?」 「アクション! ほら、アクション!」 「アクションじゃね〜よ! だから覗くなって〜の!!」 「ひゃ〜〜!」 「逃げろ逃げろ〜〜い!」 「ったく……」 「あ〜……」 「……」 「……」 「普通に食べようか」 「う、うん……」 「はぁ……」 ため息をつきながら、ベッドに腰かける。 今日はゆっくりするはずだったのに、なんだか妙に疲れた。 ただプリンはおいしかったし、いい日だった。 明日に備えて、ゆっくり休もう。 「ん?」 明かりを消そうとしたところで、ノックが。 琴莉かな。 「真さん、入っていい?」 「いいよ、どうぞ」 「お邪魔しま〜す」 「どうした?」 「昨日のリベンジ!」 「き、気が早いなぁ……」 「あはは、冗談です。おやすみを言いに来たのと、 あと〜、おうちデートのとき言えなかったこと、 言っておきたくて」 「ああ、そういえばまだ聞いてなかった。 座って」 「う、ううん。すぐ終わるから」 「えぇと、改まって言うのは…… とっても恥ずかしいんだけど」 「うん」 「あの……」 「……」 「ありがとう、真さん」 「うん? なにが?」 「私と、出会ってくれたこと」 「私……お父さんとお母さんとは、あまり仲が良くないし。 友達も……あはは、あんまりいないし」 「でも、真さんと知り合えて、この家に来るようになって、 みんなと出会えて……真さんの、恋人になれて」 「今すごく、すっごく……幸せ。 ちょっと大げさだけど、生きててよかったって…… 初めて思えた」 「だから……ありがとう。私と一緒にいてくれて」 「私、精一杯がんばるから」 「これからも、よろしくお願いいたします」 ぺこりと、頭を下げる。 俺がなにか言う前にすぐに上げて、『えへへ』と照れた顔。 「や、やっぱり……勢いで言わないと、恥ずかしいね。 ごめんね、変なこと言って」 「いや……俺こそ、ありがとう。 琴莉にはいつも助けられているから」 「いつもそばにいてくれて、ありがとう」 「えへへ……うんっ」 「えっと、これから……末永く、よろしくお願いします!」 「うん、よろしく」 「ふふ、……ぁ〜、うん。じゃあ……お邪魔しました。 おやすみなさい」 「ぁ、待った」 「へ? ぁ」 軽く、一瞬だけ、唇同士を触れあわせる。 不意打ちだったせいか、元々赤かった琴莉の顔が、さらに赤くなっていく。 「おやすみのキス」 「ぅぁ……こ、恋人っぽい……!」 「あはは、でしょ?」 「うぅ、ずるい……びっくりした……。 お、おやすみ……っ!」 「ああ、おやすみ」 逃げるように、琴莉が部屋を出ていく。 ……。 末永くよろしく、か。 そうだな。そうできたらいい。本当に。 今日は日曜日。 まだ事件は解決していないけど、一応の進展はあった。 今日くらいはいいだろうと、みんなでゆっくりとくつろぐことにした。 「あっつ……。ねぇ〜……夏っていつまで〜? もうあたしゃ嫌だよこの暑さ……」 「昔は上がっても三十度くらいだったんじゃがのぅ……。 最近は暑すぎる……。おい、葵、扇風機の前からどけ。 風がこっちにこんじゃろう」 「やだ〜。あ〜、あ〜、わ〜れ、わ〜れ、は〜」 (? なんですか、それ) 「知らないの? 扇風機に話しかけると宇宙人っぽくなる。 あ〜、あ〜」 「葵お姉ちゃんは箸の持ち方も知らないのに、 変な遊びだけは知ってるね!」 「おぉ……アイリスちゃんが毒を……」 (アイリスじゃないです、ウーパくんが言ったんです) 「アイリスはあれだね。ぬいぐるみに言わせとけば 許されると思ってるところあるよね。 そんな子には〜……?」 (お、お姉様……?) 「お仕置きだ〜!」 「わ、ぁ、わ……っ!」 「こらこら、暴れるな。余計暑くなるから」 「姉さん、アイリス、こっちに。 三時のおやつを持ってきましたよ」 「アイスだ!」 「まじで! あたしチョコ!」 (ア、アイリスはイチゴ……!) 「はいはい。ちゃんと人数分あるから慌てないの」 アイスとフルーツを盛りつけた小皿に、三人が群がる。 俺は最後に残ったのでいいやと見守っていると、琴莉がすっと立ち上がってしまった。 「? どうしたの?」 「ちょっとトイレ」 パタパタと小走りで、居間を出ていく。 朝から少し元気がないように見えるのは……俺のせい、だろうな。 伊予が言ったように、ちゃんとはっきりさせるべきなんだろうけど……。 でも俺から言うのはなんかおかしい気がするんだよなぁ……。 はてさて、どうしたものか……。 「……」 「……ん?」 視線に気づく。 トイレに行ったはずの琴莉が、廊下から顔を半分だけ出してこっちを見ていた。 ちょいちょいと手招き。『俺?』と自分を指さすと、うんうんと琴莉がうなずく。 二人きりで、ってことか。 「は〜……うめぇ……アイスうめぇ……」 「暑いからこその味わいじゃのぅ……。 まぁ冬は冬でうまいんじゃが」 「ん〜〜〜っ」 「ふふ、アイリスったら。こぼしてるわよ」 みんなの様子を確認。アイスに夢中になっているうちに、俺も廊下に出る。 「どうした?」 「ちょ、ちょっと……こっちに」 「? うん」 腕を引っ張られ、客間へ。 「ど、どうぞ。お座りくださいませ」 「は、はい」 促されるまま、腰を下ろす。琴莉も俺の正面に座った。 琴莉が妙に緊張していて、俺もソワソワしてきた。 この雰囲気……たぶん、あれだろう。 「あ、あのね、お兄ちゃん」 「は、はい」 「も、もう……なに話すか、わかってると思うけど……」 「……はい」 「あの……」 「……は、はい」 「この前のことは、忘れてください」 「……え?」 「あはは……」 ばつが悪そうに、琴莉が笑う。 俺は……きょとんと、間抜け顔。 この前の続きだと思っていた。忘れろなんて、予想もしていなくて……。 どう、答えればいいのか。 つい口から出た言葉は、琴莉にとって……少し、残酷だったかもしれない。 「琴莉は……それでいいの?」 「うん。なんていうか……今はそういう場合じゃないし。 殺人事件が起きてるのに、不謹慎かなって」 「それに……お兄ちゃんには、梓さんがいるし……」 「あ〜……」 琴莉のためには、まだ関係が続いていることにした方がよかったのかもしれない。 けれど俺は微妙で曖昧な反応をしてしまって。 琴莉も、気づく。 俺と梓さんの、今の距離感に。 「いる……よね?」 「いや……」 「……」 「いた……だよな」 「あ、あれっ? 別れちゃったの!?」 「別れたというか、最初から始まってなかったというか……」 「えっ、じゃあ……えっ? あれっ? 私にもまだ……」 「あ、駄目っ! なしっ! 今のなしっ! やっぱりなし! い、今のなしだからっ!」 「あ、ああ」 「えぇと……や、やっぱりね? その……不謹慎だし、お兄ちゃんを困らせたくないし……」 「それに、それにね? 私、この距離感がいいの。 みんなで家族みたいに、ワイワイして」 「だから、忘れちゃってください。 私……ずっと、お兄ちゃんの妹でいたいから……」 「……」 「……わかった」 「うん。よっし! すっきり! 最後まで聞いてくれて、ありがとうございました」 「いや……俺こそ、ありがとう」 「それに……あの、今……お兄ちゃん大変なときで……」 「ほ、ほんとはね、チャンスだ〜って思ったの。 思っちゃったの」 「でも、お兄ちゃんが傷ついてるときに そういうのって……すごく卑怯、っていうか…… お兄ちゃんの気持ちを……無視してる気がして」 「お兄ちゃんを困らせたり、傷つけちゃうの…… 嫌なんだ。すっごく」 「だから、忘れちゃってください」 「そ、か……」 「あはは……ごめんね。勝手で」 「いや……そんなことないよ」 「……あ〜、えっと、あのね?」 「うん」 「もし、もうちょっとお兄ちゃんが落ち着いてきて……」 「あ〜……」 「……」 「や、やっぱりやめておく。うん。やめておく。 とにかく、忘れちゃってください」 「……うん、わかった」 「うん、よっし! すっきりした!」 「それではでは、お話は以上でございます。 ありがとうございました」 「いや……俺こそ、ありがとう」 「それに、今の……この家族みたいな距離感が好きなの。 みんなで気兼ねせず、遠慮せず、わ〜って騒いで」 「それなのに……お兄ちゃんを困らせて、 ぎくしゃくしたくないなって」 「だから、忘れちゃってください」 「そ、か……」 「あはは……ごめんね、勝手で」 「いや……」 「……」 「俺こそ、ごめんな」 「や、やめてよ〜。私が悪いの。 うん、すっきりした!」 「それではでは、お話は以上でございます。 ありがとうございました」 「ああ……うん、ありがとう」 「ふふ、うん。よっし、今度こそトイレ行こ〜っと」 琴莉が立ち上がり、客間を出る。 ……。 なかったことに、か。 「真にとって、一番都合のいい選択をしてくれたの」 「うぉ……っ」 いつの間にか伊予が隣にいた。 姿消してやがったな……。 「いつからいた」 「琴莉と入れ違いになっただけじゃ。 まぁ……話は聞いていたがの」 「それ最初からいたのと変わらないだろ……」 ため息をつく。 ただ、なんのため息なのかは、自分でもよくわからない。 「琴莉は……俺のことを考えてくれているよ」 「そうじゃな」 「俺は……琴莉のことをちゃんと 考えてあげられているのかな」 「……」 「確認したいことがある」 「なに?」 「真よ。お主、琴莉に惹かれておるな?」 「……聞くかよ、それ」 「別に答える必要はないがの」 「なら聞かないでくれ」 「……」 「真ももう大人じゃ。 わたしが言うまでもなくわかっておるじゃろうが……」 「せめて、後悔のない選択をな」 「琴莉のことを思うのもよいが…… 自分のことを考えて選択するといい」 ぽんと俺の肩を叩いて、伊予も客間から出て行く。 後悔のない、選択を。それができればいいと思っているけれど……。 「難しいんだ……。それが、一番……難しい」 アイリスと二人で、あの工事現場へとやってきた。 犯人のことは、梓さんが捜査を進めてくれている。たぶん、商店街を中心に聞き込みだろう。 そっちは、芙蓉と葵に手伝うよう指示してある。芙蓉の奥様ネットワークは頼りになるし、商店街になにか思念が残っているかもしれない。 アイリスと俺は、嶋さんに直接あたる。 なんでもいい。少しでも、犯人に関する情報が得られるように。 (呼びかけてみます。目立ってしまいますから、 マスターもアイリスを介して会話をしてください) 「わかった。頼むよ」 (はい。始めます) アイリスが翼を広げる。 この前はすぐに出てきてくれたけど……今回は難航しているみたいだ。 アイリスがわずかに、顔をしかめている。 (呼びかけに応じない?) (いえ……話はしてくれています。 ですが、警戒されています。とても) (まぁ……そうか。 心の中に、ズケズケと踏み込んじゃったわけだし) (しかし、こちらのことをはっきりと覚えてくれています。 それに、会話もしっかりと成立しています) (今までにない反応です。 辛抱強く通って警戒を解けば……あるいは) (そうだな。また来るって伝えて欲しい。 あと、この前はごめんって) (はい、伝えます) 「……」 「ふぅ……」 軽く息を吐き、角と翼をしまう。 結局、最後まで出てきてくれなかったか。 「帰ろうか」 (はい、マスター) 工事現場をあとにする。 すぐに成果を求めちゃうけど、じっくりいかないとな。 霊とはいえ、相手も人間。 この前は、その配慮が俺に欠けていた。 犯人を見つけたいなら、まずは信頼関係を築かないと。 「あ、お兄ちゃん!」 「おっ」 琴莉が正面から歩いてきた。 妙なところで会ったな。 (こんにちは、琴莉お姉様) 「こんにちはっ。もしかして……嶋さんのところに?」 「うん、ちょっと話をって思ったんだけど……」 (振られちゃいました……) 「そっかぁ……。 私も学校帰りに様子を見ていこうかなぁって」 「かなり警戒されてるみたいなんだ。 琴莉はまだ行かない方がいいかも」 「うぅん、やっぱりそうだよねぇ……」 「本当は俺も行かずに、アイリス一人に任せた方が――っと」 言葉の途中で、スマホが震える。 ポケットから取り出して、画面を確認。 家から? なんだろう。 「はい、もしもし」 『真様、芙蓉です。今どちらに?』 「公園の近く。もうすぐ家につくよ」 『そうですか、よかった』 「どうしたの? なにかあった?」 『えぇ、その……真様に、変わったお客様が……』 「変わった客……?」 急ぎ帰宅する。 電話では要領を得なかったけど……あの芙蓉が慌てるくらいだ。よほどのお客さんなんだろう。 一度深呼吸をしてから、玄関の戸を開ける。 「ただいま」 「ああ、真様。お帰りなさいませ」 「お客さんは?」 「客間にお通ししました。伊予様がお話を」 「伊予が? わかった」 「あ、えと、私は……行かない方が、いいかな?」 「あぁ、いえ……琴莉さんもご一緒の方が いいかもしれません」 「琴莉も? 誰が来たの?」 「会っていただければ」 「……、わかった」 「アイリスはわたくしと一緒に待っていましょうね」 (はい、お姉様) 「行こう、琴莉」 「うんっ」 靴を脱ぎ、廊下を進む。 客間の前には、葵がいた。 障子の隙間から、中を窺おうとしている。 「葵」 「ぁぅっ、びっくりした」 「なにしてるんだ」 「いやぁ、ちょっと様子を……」 「失礼なことはしちゃ駄目だ。 芙蓉たちと一緒に待ってて」 「へ、へい」 「伊予ちゃんも中にいるんだよね?」 「いるけど……さっきからなにも話してないみたい」 「なにも……?」 「ごちゃごちゃやっとらんで、さっさと入れ、真」 客間の中から伊予の声。 一呼吸置いて、『失礼します』とゆっくり障子を開けた。 そして―― 「え……?」 お客さんの姿を見て、硬直した。 この子は……! 「……」 呆然とする俺に、ぺこりと頭を下げる。 間違いない、梓さんに見せてもらった写真の子だ……! 「あ、ぇ……?」 琴莉も戸惑っていた。 なぜここに。なぜ俺のことを。 疑問は尽きないけれど、まず真っ先に思ったことは。 伊予が応対に出ている。それはつまり……。 「……」 俺の視線の意味を察し、伊予が神妙にうなずく。 あぁ、そうか……。 この子は、もう……。 「……」 女の子は、じっと俺を見つめている。 ……悲しみに暮れるのはあとだ。腰を下ろし、背筋を伸ばす。 今は、話を。 「加賀見真です。お名前をお伺いしても」 「…………」 名乗ろうとしたのか、口を小さく開く。 何度か、喉を押さえながらパクパクとさせて。 とても悲しそうな顔をして、口を閉じてしまった。 「先ほどからわたしも何度か問いかけておるが…… どうやら声が出せんようじゃ」 「声が……? なるほど。 すみません、少しお待ちください」 「アイリス! 来てくれ!」 廊下に向かって呼びかける。 それほど間を置かず、アイリスがやってくる。 彼女を見て、俺たちと同じように一瞬驚いたものの、すぐに平静を取り戻し、俺を見る。 (お呼びでしょうか、マスター) 「声が出ないみたいなんだ。仲介を頼む」 (承知しました) 今日二度目の力の解放。 翼を広げたアイリスを見て、今度は女の子が驚く。 伊予のことも、鬼のことも、やはりしっかりと見えている。 霊とはたぶん、そういうものなんだろう。 (聞こえますか、アイリスの声が) アイリスが語りかける。 驚きつつも、こくこくと女の子はうなずく。 (どうぞ、頭の中で話してみてください。 あなたの声を、アイリスが届けます) 「…………」 (これで……いいですか?) 「あ、聞こえる。聞こえますっ! 聞こえてますよ!」 (ああ、よかった……。 突然お邪魔して、ごめんなさい。 私、野崎小百合と申します……) また頭を下げる。 しっかりした子だ。会話も成り立つ。 嶋さんのように襲ってきたらどうしようかと、少しだけ身構えていたんだけど、ここでやっと警戒を解く。この子はたぶん、大丈夫だろう。 「野崎さんは……えぇと、なんて言ったらいいのか……。 ここには、なぜ?」 「……」 (あなた方なら、私のお願いを……聞いてくれると思って。 死んだ人間が、見えるようですから……) 「それをどこで知った」 (女の子の霊と話しているところを、見ました) 「女の子って、嶋さんのことですか……?」 (名前はわかりませんが……たぶん、そうだと思います。 昨日の夜に……) (昨日の夜……ですか? 昨夜は外出しておりませんが……) (あれ……? あ……) 「……」 (ごめんなさい、死んでから……時間の感覚が曖昧で。 すぐこちらに伺ったつもりだったんですが…… そうじゃなかったのかもしれません) 「死んでから……。こんなことは……なんていうか、 聞きづらいですけど、まずは亡くなった理由を 聞いてもいいでしょうか?」 「あなたのお願いを聞く前に、まずはあなたのことを 教えていただけると助かります」 (はい。私が死んだ、のは……) 「……」 「……、っ……」 「な……っ」 「ぇ、ぇっ?」 「かは、か……っ」 「わ、わっ、わぁ……っ!」 「……っ」 「こ、これは……っ」 「なるほど……声が出せぬわけじゃ」 野崎さんの首に唐突に深く大きな傷が現れ、咳き込み、口から、首から、大量の血液が流れ出す。 そして白い制服を赤く……染めていく。 「だ、だ、大丈夫ですかっ!? た、タオル……!」 「必要ない。実際に血を流しているわけではないからの」 「ふぇ、ぇっ?」 「拭いてもこの血は消えんよ。 これが死に際の姿なのじゃ。違うか?」 (……はい。思い出すと……こうなってしまって。 驚かせてごめんなさい) 「首の傷が原因で……?」 (……だと、思います。痛くて、苦しくて、息ができなくて。 気がついたら……こうなっていました) 「首を切られ、自らの血で溺れたか……。 なんと壮絶な」 「ひどい……」 (誰がこんなむごいことを……) 誰が。 そんなの、決まっているじゃないか……っ。 「……」 「犯人の顔は、見ましたか?」 (……いえ。後ろから襲われたのは覚えています。 それから記憶が飛んでいて……) 「後ろから……。葵っ!」 「うぇ、は、はいっ!」 廊下で盗み聞きをしていた葵が、慌てて部屋の中に飛び込んでくる。 「な、なんでございましょうかっ!」 「葵が見た犯人視点の映像。 映っていたのはこの子で間違いないか?」 「ぅ……断言はできないけど……。 雰囲気は似てる……かも? しれない? ような? 気がする?」 「す、すごい曖昧! がんばって! 思い出して!」 「そ、そんなこと言われても……」 「必要ない。前も言ったじゃろう。 こんな偶然が重なってたまるか。 葵の映像、先の証言。重なったのであれば、答えは一つ」 「この娘も……真が追っている犯人の、犠牲者じゃ」 「……っ」 ギリと、奥歯を噛みしめた。 好き放題人の命を奪って……! 何様だ、クソ野郎……! 「……お兄ちゃん」 「……」 「ああ」 よほど恐ろしい形相をしていたんだろう。 琴莉に心配そうに覗き込まれ、激情をなんとか抑える。 今は怒り狂ってる場合じゃない。冷静にならなければ。 「何者かに急に後ろから襲われて、殺された。そうですね?」 (私の記憶だと……そうなっています。 襲われて……目が覚めて、首を切られて……。 それ……だけです) 「そう、ですか……。ありがとうございます。 すみません、つらいことを思い出させてしまって……」 (いえ……お話する、つもりでしたから。 私のお願いを……聞いていただく前に) 「俺たちにできることであれば、なんでも。 それが俺たちの、役目ですから。 遠慮なく仰ってください」 「……」 少し、考え込むような素振りを見せて。 ぽつりぽつりと、野崎さんは口にする。 自らの、願いを。 (帰りたいんです、おうちに) (ずっとずっと、探してるんですけど……わからなくて) 「? 自分の家が?」 (いえ……私自身、です) 「あ、霊体じゃなくて、自分の体……?」 (はい。苦しくて、真っ暗になって……そのあと、 私は……道ばたに、立っていました。 誰かに後ろから……襲われたところに) (最初は……よくわかっていませんでした。 そのままうちに帰って……テーブルの上の おせんべいを食べようとして……) 「食えんかったろう」 (はい……。口に入れたんですが……吐き出してしまって) 「伊予ちゃん、なんでわかったの?」 「霊とはそういうものじゃ。 生きていないのだから、食事の必要もない。 体が受けつけん」 「そう、なんだ……」 「……」 「それで、自分の体の異変に気づいた」 (……はい。 帰ってきたお母さんも、お父さんも、 私に気がついてくれないし……) (それで……あぁ、死んじゃったんだって気がついて。 お父さんとお母さん、悲しむだろうなって思って……) (だから……ちゃんと帰らなきゃって……。 ただいまはもう言えないけど……帰らなきゃって) (お願いします。お父さんとお母さんに、会いたいんです。 どうか、どうか……) (私のことを……探してくれませんか?) どこか虚ろで、弱々しい眼差し。 けれどその瞳の奥に、追い詰められた、必死さを感じて。 自惚れでもなんでもなく、助けられるのは、俺たちだけ。 だから……返事は、決まっている。 「はい」 「必ず、見つけだします」 (……ありがとう、ございます) 野崎さんが微笑む。 同時に、すぅ……と、体が透けていく。 まだだ、待ってくれ! まだ聞きたいことが……! 「立っていた場所は、襲われた場所は……!」 (ご案内、いたします……) 「え? あ、案内って……。き、消えちゃったけど!?」 「なんのための能力じゃ。 葵、アイリス、あの娘を追え」 「あ、そ、そうか!」 (声が聞こえる……、大丈夫です、追えます!) 「行こう!」 「う、うんっ」 「急げよ。いつ完全に消えるかもわからん」 「ああっ!」 部屋を飛び出し、廊下を走る。 客間のすぐ外で待機していた芙蓉も、俺たちに並ぶ。 「真様。このようなとき、わたくしは無力で ございますが……せめて、同行させてくださいまし」 「ああ、みんなで行こう!」 急いで靴を履き、外へ。 「お兄ちゃん、あっち!」 琴莉が指し示した方向に、野崎さんがゆらりと浮かび、消える。 (ついてきて欲しいようです!) 「強い思念が道標みたいに……。 大丈夫、これだけ濃ければどこまでだって追える!」 「俺の足に合わせなくてもいい! 全力で追ってくれ!」 「おっけ〜〜ぃ!」(はいっ!!) 葵が俊敏に駆け出し、アイリスが飛翔する。 あ、飛べたんだ!? アイリス飛べたんだ!? 「着物の裾が邪魔で……。あぁ、いつも役立たず。 わたくしは置いていってくださいませ。 すぐに追いつきますから……っ」 「芙蓉は家の中での仕事がメインだから仕方ないって! 琴莉!」 「うんっ! 大丈夫っ! 私でもちょっとは追える!」 「先に行くっ!」 「はいっ!」 心苦しいけど、芙蓉を置いて先へ進む。 「えぇと、こっち!」 「了解!」 琴莉のナビに従って、角を曲がる。 路地裏に入る。 そのまま直進。 公園の近くに出る。 「えぇと……っ」 琴莉があたりを見渡す。 さすがに見失ったか……! (マスター、こちらです!) アイリスの声。 民家の屋根の上に立ち、指し示す。 (芙蓉が後ろに! 案内してあげてくれ!) (はいっ!) アイリスが飛ぶのを確認して、再び走り出す。 公園とは逆方向。角を曲がり、しばらく進んだその先に。 「……」 葵と……彼女がいた。 ぺこりと頭を下げ、そのまま……消えていく。 「…………ここで終わりかにゃ」 彼女が消える様をじっと見つめていた葵が、呟く。 「終わり? じゃあ……」 「うん、ここがそう」 「ここで、野崎さんは……」 周囲を注意深く観察する。 人通りは少ないけど、普通の住宅街だ。 こんなところで、人を襲うのか……っ。 「ちょっと待ってね」 しゃがみこみ、地面に触れる。 「……」 「っ、いったぁ……!!」 「え、な、なにっ?」 「だ、大丈夫っ、思念に影響受けただけ……っ! すごくくっきり見える……!」 「ご主人、間違いないよ。 あの子、ここで襲われてる!」 「首のあたり思いっきり殴られて…… 朦朧として……っ」 「……っ、切れた、思念はここまでか……っ!」 「気を失ったってことか?」 「かも。でも待って。犯人の思念も残ってるかもっ」 「葵ちゃん! がんばって!」 「ま〜かせとけ〜い!」 「はぁ、はぁ……っ、お、遅れました……っ!」 (マスター、彼女は) 「消えたよ。ここがそうみたいだ」 (ここが……) 「あとは、葵姉さんの力で……ふぅ……、 わたくしはなんのために来たのか……。 足手まといですね、申し訳ありません……」 「芙蓉」 「は、はい」 「梓さんに連絡してもらっていい?」 「あ、はいっ、喜んでっ」 芙蓉にスマホを渡し、改めてあたりを見渡す。 野崎さんの話を聞く限り……犯人は遺体をどこかに運んでる。 人通りが少ないといっても、さすがに徒歩では運べないだろう。 となると、やっぱり車だ。 どこか遠くまで運んだんだ。たぶんそこに野崎さんと、嶋さんと…………。 「……真さん」 不安だったのか、それとも俺の顔が険しかったせいか、琴莉が俺の手をぎゅっと握った。 『ああ』と答えて、握り返す。 「……お兄ちゃん」 不安だったのか、それとも俺の顔が険しかったせいか、琴莉が俺のシャツの裾を、弱々しく握った。 『ああ』とだけ答えて、短く息を吐き出す。 ひとまずは、葵に思念を追ってもらいつつ、梓さんを待とう。 ここが犯人を追い詰める、そして遺体の在処を探し出す、大きなヒントになればいいんだけど……。 「まさか真くんちに直接来るなんてねぇ……」 それから三十分くらいだろうか、日が暮れかけた頃、梓さんと合流した。 今日得た情報を、全て伝える。 「ここが……野崎小百合さんが襲われた場所、ってわけね」 「はい。本人に案内してもらいましたし、 葵が鮮明な映像を見てるんで、間違いないです」 「そっかぁ……ここで第二の被害が……」 「第二じゃなくて、第一じゃないかにゃ〜」 「え? あ、そっか。行方不明になったのは、 野崎さんの方が早いんだ。嶋さんに先に気づいたから、 先入観があった。ありがと、葵ちゃん」 「あ〜……行方不明がいつかとかは知らないけど、 あたしが言いたいのは……うぅん、なんだろ」 「あ〜、行方不明になったのがいつかとかは知らないけど、 あたしが言いたいのは…………あれっ?」 「ん? なに?」 「なんで梓っち、あたしの声聞こえてるの?」 「あら、そういえば……。外に出ると姿も見えないと」 「あ〜、それね。どうやらわたくし、外でも見たり聞いたり できるようになったようでしてね」 「わ、すごい! パワーアップですねっ!」 「ですです。 でも実は、姿はぼんやりとしか見えてないんだけどね。 アイリスちゃんはなんか、黒い塊に見える」 (か、塊……) 「それで、葵。なにか言いかけてなかった?」 「ああ、はいはい。行方不明の時期はわかんないけど、 犯人の思念が断片的に残ってて……それが、えぇと、 なんていうんだろう」 「しょ〜ど〜てき? っていうの? あの子を見て、ついやっちゃいました、みたいな」 「殴ったあと、やっちまった! って感じがあった。 二度目三度目、って感じではなかったなぁ……」 「衝動的……。初めての犯行……。 これで癖になったか」 「それで知人の嶋さんを襲った? 最低だな……」 「だね。とにかく、衝動的ってのはいい情報だね。 証拠を残してる可能性がある」 「もっとも、時間がかなり経過しているだろう、 ってことが懸念事項だけど……」 「姉さん、いつ頃起こったかはわかる?」 「ちょ〜っとそれは無理かにゃ〜?」 (野崎様がいらっしゃればいいのですが、 呼びかけても反応はなし……。 成仏したとは考えにくいですが……) 「疲れちゃったのかなぁ……」 「さぁ〜。でもあたしゃ疲れたよ……。 いっぱい思念読んだ……」 「お疲れ様。みんなありがとう。あとは私の仕事。 帰ってゆっくり休んで」 「……はい。よろしくお願いします」 「うん、任せて」 「帰ろう、みんな」 「う、うん」 「うい〜っす」 「ようやくわたくしの出番ですね。 腕によりをかけて夕食を作らせていただきます」 (楽しみです、お腹空きました……) 「なにかわかったら連絡するから」 「はい、お願いします」 梓さんに見送られ、その場をあとにする。 ここが……始まりの場所。 もうこれ以上、犠牲者が出ませんように。 そう願わずには……いられなかった。 昼は暑かったけど、今夜は比較的過ごしやすい。 涼しい風を浴びながら、ベランダでビールを飲む。 まさか探していた子が自分から来てくれたなんて……。 もっとも、霊として……だから、素直に喜ぶことはできないんだけど。 けど、それでも、野崎さんの協力のおかげで、また犯人に一歩近づくことができた。 この事件が解決する日も、そう遠くないだろう。 ……。 解決したら、そのときは――。 「……」 自然と、ため息がこぼれる。 解決しなくちゃいけない。一日でも早く。 けれど、どこか消極的な自分がいる。 怖がっている? すべてが終わる日を。 自分でも、よくわからない。 『せめて、後悔のない選択をな』 昨日の伊予の言葉が、頭をよぎる。 俺は、正しい選択ができるのか。 急展開で、気持ちが追いついていないんだろうか。妙な胸騒ぎを覚える……夜だった。 「まこ〜とさん」 「うぉっ」 不意に肩をとんと叩かれて、ビールを落としかける。 「あはは、びっくりしてる」 「忍び足でくるから」 「作戦成功〜」 悪戯に笑い、俺の隣に並んだ。 「お風呂、真さんの番だよ」 「もうみんな入った?」 「うん」 「じゃ、ビール飲み終わったら入ろうかな」 「それまで、ここにいていい?」 「ああ、いいよ」 一気に飲んでしまおうかと思ったけど、残り少ないビールを、ちびちびと飲むことにする。 「今日は……びっくりしたね」 「そうだなぁ……。犯人がどんなひどいことをしていたのか、 それが……よくわかったよ」 「血だらけだったもんね……」 「……」 「葵ちゃんが、衝動的、って言ってたけど」 「ああ」 「それって、通り魔みたいなものだったってこと?」 「……かもね。特に理由はなく、殺したいから殺した。 そういうことなのかもしれない」 「ひどすぎるよ、そんなの……」 「……」 「琴莉」 「うん? え、わっ」 肩に触れ、半ば無理矢理引き寄せて、抱きしめた。 「え、え、な、なに、どうしたの?」 「事件、解決しような。俺たちで」 「……うん。がんばろうね」 顔をあげ、俺を見つめる。 頬を、指先で撫でて。 くすぐったそうにはにかんだあと、琴莉が目を閉じる。 「……」 「……」 「琴莉」 「……真さん」 「…………」 「…………」 「ビール無くなったから風呂入るわ」 「えええ〜〜〜!」 目をカッと見開いた。おもしろい。 「なに?」 「なにって、え〜〜! フェイント〜!? 目閉じじょん!」 「じょん?」 「閉じ損! 噛んだっ! 酔っ払い! 馬鹿!」 「あははっ」 琴莉の頭をくしゃくしゃと撫で、家の中に戻り一階へ。 まだ終わっていない。 明日からも、気を引き締めていこう。 お昼過ぎ。梓さんに時間を作ってもらい、喫茶店まで来てもらった。 由美はいないみたいだ。その方が話しやすいから、ちょっと助かる。 一つだけ、梓さんに伝えなければならないことがあった。 「昨日の今日だからまだ進展はないんだけど、 今十三課総出で、現場を調べてるところ」 「なにか出てくれればいいけど……。 私たちだけじゃできることに限界があるのがつらいね。 物証がないと、どこも手を貸してくれないし」 「物証……」 「……」 「実は、あったんですよね……」 「? どういうこと?」 「今日は、その話をしようと思って」 「なになに?」 梓さんが座り直し、テーブルに肘をついて軽く身を乗り出す。 と、注文した飲み物が届いた。 梓さんがコーヒーに口をつけ、俺もアイスティーで喉を潤す。 カップをテーブルに置くのを待ってから、話を切り出した。 お昼過ぎ。梓さんに時間を作ってもらい、近所の公園まで来てもらった。 一つだけ、梓さんに伝えなければならないことがあった。 ベンチに並んで座り、話し始める。 「すみません、暑いのに」 「いいよいいよ。お気になさらず」 「あ、これどうぞ。お茶でいいです?」 「ありがと」 さっき自販機で買った冷たいお茶を手渡す。 キャップを開けて、口をつけた。 「ん、おいし。 っていうかさ、真くんのうちじゃ駄目だったの?」 「あ〜……ちょっと、家では話しにくくて」 「あ、由美ちゃんのこと聞きたかったり?」 「へ? な、なんでそうなるんですか」 「あれ? 違うの? 由美ちゃんも気にしてたよ? 真くんどうですか〜? って。 早く仲直りしたらいいのに」 「いやぁ……そういうわけにも」 「あ、喧嘩じゃなくて振られたんだっけ」 「傷を抉ってくるなぁ……」 「あははっ、ごめんごめん。 じゃ、真面目な話をしよっか」 「昨日の今日だからまだ進展はないんだけど、 今十三課総出で、現場を調べてるよ」 「なにか見つかりました?」 「今のところはなにも。 私たちだけじゃできることに限界があるのがつらいね。 物証がないと、どこも手を貸してくれないし」 「物証……」 「……」 「実は、あったんですよね……」 「? どういうこと?」 「今日は、その話をしようと思って」 「なになに?」 梓さんが足を組み直し、少しこちらに身を乗り出す。 「野崎さんを襲った、一カ所目。 嶋さんを連れ去った、二カ所目。 それと……実は、三カ所目があるんです」 「え、三カ所目って……」 「そこで、コタロウが殺されました」 「こたろう? 男性?」 「ああ、すみません。琴莉の飼い犬です。 同じ犯人に、殺されました」 「……犬? 犬の死体があったの? そこに?」 「はい。側溝のところに……捨てられていました」 「捨てた……?」 「……」 腕を組み、眉間に皺を寄せ目を細める。 「……一回目は衝動的、二回目は知人をターゲットに したわけだからそれなりに計画性はあっただろうけど、 三回目でまたしても雑な犯行……」 「犯人像……考え直さないといけないかも。 それなりに計算高い人物って思ってたけど…… 偶然うまくいってるだけで、実は行き当たりばったり?」 「…………」 「遺体は? 犬の」 「弔いました。近所のお寺に」 「そっかぁ……」 「はい、こういう言い方は冷たすぎるけど…… コタロウの遺体が、唯一の物証でした」 「梓さんと知り合う前だったし、こんなことになるとも 思ってなかった。けどそれを抜きにしても、琴莉の 気持ちを考えれば、弔う以外の選択肢はなくて……」 「せめて、もっと早く話すべきでした。 無意識に……遠ざけてて。昨日の夜、『あっ!』てなって」 「聞いていいのかな。 遠ざけてたのは、どうして?」 「……」 「琴莉には、コタロウは事故で死んだって 伝えてあるんです」 「いつか本当のことを伝えなくちゃいけないけど、 今それを伝えるのは……残酷すぎる気がして」 「だからずっと、機会を窺って……いや、違うな。 俺自身、どうしていいのかわからないんです」 「ただ、琴莉を必要以上に傷つけたくないとは 思っています。だからあの場所を、 遠ざけてしまっていたんじゃないかと……」 「……。そっか、うん」 カップに口をつける。 ペットボトルに、再び口をつける。 こくりと喉を動かし、ほぅと息を吐いて、微笑んだ。 「わかった。そっちの現場も私たちに任せて。 しっかり調べるから」 「真くんがなにをしようとしてるのか、 やっと全部理解できたのかも」 「大変だね、お役目って」 「いえ、大変なのは……助けを求めている人たちですから」 「うん。……そうだね。よっし、じゃあそっちの現場も、 私たちに任せて。しっかり調べるから」 「琴莉ちゃんを傷つけたくないなら、 あまり荒したくないもんね。自分たちの手で」 「すみません、お願いします」 「うん。あとで案内してくれる? そっちも並行して調べるね」 「はい、ありがとうございます」 「いいよ、お礼なんて。持ちつ持たれつだし。 よぉし、そうと決まったら腹ごしらえしようかな。 真くんは? なにか食べる?」 「ああ、いえ。俺はもう食べたんで」 「そっか、じゃあ私だけ〜。 すみませ〜ん!」 手を上げ、店員さんを呼ぶ。 それから少しだけ、食事をとりながら談笑して。 店を出て、梓さんをあの現場へと案内した。 「いいよ、お礼なんて。持ちつ持たれつだし。 よぉし、そうと決まれば腹ごしらえといこうかな。 実はお昼まだなんだよね〜。真くんは?」 「あ、俺はもう」 「そっか。ってかさ〜、公園じゃなくて、 他のお店入ればよかったね。 こんな暑い中で話さずさ」 「……あ、喫茶店を避けることしか頭になかった」 「あははっ、意外と天然? ちょっと付き合ってよ、お昼ご飯」 「はい」 「な〜に食べよっかな〜っと」 立ち上がり、歩き出した梓さんについて行く。 その後少しだけ、適当に入ったお店で談笑して。 食事を済ませたあと、梓さんをあの現場へと案内した。 ……。 俺ができるのは、そこまでだった。 梓さんと別れ、帰宅。 ほぼ同じくらいに、アイリスも帰ってきた。嶋さんはまだ警戒していたが、多少は手応えを感じた、とのこと。 葵は昨日の疲れが取れていなかったから、今日はお休み。居間でゴロゴロ。 ご褒美をせがまれたけど、なんとか我慢してもらう。 日が暮れかけた頃、琴莉がやってくる。 もちろん、今日のことは話さない。 俺のエゴだとは思うけど、もっと相応しい時期があると思うんだ。 だから今は、胸に秘めておく。 今後のことを話したり、テレビを見てくつろいでいるうちに、夜になる。 そろそろ夕食の時間。 みんなで、ちゃぶ台を囲んだ。 「は〜らへった〜、はらへった〜!」 (とてもいい匂いがします) 「お肉かなっ! お肉がいいなっ!」 「当てて見せようか。 この芳しい香り……。ハンバーグじゃなっ!」 「鶏肉と野菜の味噌炒めって言ってたよ」 「ふふ……やはりなっ!」 「いや得意気だけどかすってもないからな?」 「うっせハゲ」 「誰がハゲだこらぁ!」 「あぁ……なんてこと」 「お?」 台所から、芙蓉の少し焦った声が。 立ち上がり、様子を見に行く。 「どうしたの?」 「ああ、その……炊飯器のスイッチを 入れ忘れていたようで……」 「なにぃ!?」 「それは許されざるっ!」 二人が必死の形相で台所に飛び込んできた。 居間にいるアイリスも、この世の終わりだとでもいうような顔をしている。 そこまでか。キミたちそこまでの反応をするか。 「ど〜すんのっ! お米なくてど〜すんのっ!」 「あと四十分ほど待っていただければ……」 「無理じゃあ! 四十分なんて無理じゃあ! 死ぬ! 死んでしまう!」 「でも炊けてないなら仕方ないだろ。 それともおかずだけ食べるか?」 「そんな味気ない夕飯なんて!」 「どうしたの? ご飯ないの?」 「ないのっ! 炊けてないのっ! 炊けるまで待てないのっ!」 「あっ、あれは? レンジでチンするご飯。 コンビニに売ってないかな」 「あれまずいからやじゃ!」 「申し訳ございません。 早炊きなら二十分ほどでしょうか……」 「早炊きもなんかパサッとするからやじゃ!」 「なんて贅沢な……」 「あっ! それなら大木屋さんは? あそこ、ご飯だけ買えるはずだよ」 「それだっ!」 「おぬし天才か……!」 「では、買って参ります。 人数分でよろしいでしょうか。 おかわりならば間に合うでしょうし……」 「ああ、いいよ。俺が行く」 「ですが……」 「おかずの方も、まだできるまで時間かかるだろ? 作ってる間に買ってくるからさ。 待たせたらそれはそれで伊予が文句言いそうだし」 「はい。言います。ネチネチと責めます」 「な? だから俺が行くよ」 「……。はい。では……申し訳ありませんが」 「うん。ひとっ走り行ってくる」 「それならあたしも行こ〜」 「なに、珍しいな。ついてくるなんて」 「今日一日ゴロゴロしてたから運動したい。 っていうかじっとしてらんない。 動いてた方がマシ」 「へいへい。じゃあ一緒に行こうか」 (アイリスもご一緒してもよろしいですか?) 「ああ、いいよ」 「あ〜、私はどうしよう。 芙蓉ちゃんのお手伝いしようかな。 なにかできることある?」 「そうですね……。 では、おひたしを小皿に盛りつけていただいても」 「うん、任せて」 「うむうむ。みんなキリキリと働くがよい」 「お前もなんかしろよ……」 「ことわぁる!!」 「はいはい……」 ため息をつきつつ、廊下へ。 靴を履いて、二人を連れて外へ出る。 「あ……やっぱダルい……」 「数歩だぞ、まだ数歩しか歩いてないぞおい」 (マスター、アイリスを使ってください。 まだ人が普通に歩いている時間なので) (ああ、そっか。そうする) 「ごしゅじ〜ん、おんぶしておんぶ〜」 (ついてくるならちゃんと歩け。 嫌なら家に戻りなさい) 「はぁい。ちぇ〜。ちぇっちぇっちぇ〜」 夜の商店街を歩く。 そういえば……お役目抜きで二人とこうやって歩くこと、あんまりなかった気がする。 なんだか、新鮮。 「お、あった! ついた!」 大木屋を見つけ、葵が駆け出す。 店の手前で立ち止まり、振り返ってニヤリと笑った。 (? なにその顔) 「見て見て。店の中」 (なに?) (あ……) 「……おぉぅ」 店内を覗き、軽く思考停止。 「あれ……真くん?」 あっちも気づいて、目を丸くした。 まさかこんなところで会うとは……。そういえば、たまに買ってるって言ってたっけ。 「ふふ、偶然。こんばんは」 「あ、ああ、こんばんは。弁当?」 「うん。今日は作るのめんどくさくって、買いにきちゃった」 「そ、か」 「うん」 「……」 「……」 「……なにこの空気」 (気まずい感じです……) 二人のつっこみが刺さる。 仕方ないだろ、まだ距離感がわかんないんだ。 「あ、調査の方は……どう?」 「ああ、まぁ……ボチボチ、かな」 「ごめんね? 大変なお願いしちゃったみたいで……」 「いや、いいよ、問題ない。 由美のおかげで、こっちも助かってるし」 「そう?」 「まぁ、うん。色々と」 「そっか、よかった。でも、無料で依頼受けてもらったの、 申し訳なくて」 「いいよ、気にしなくて」 「気にする。今度お店きたら、サービスするね。 私の奢り。せめてそれくらいはさせてね?」 「あ〜……うん、ご馳走になります」 「うん、待ってる」 「焼き肉弁当大盛りのお客様〜」 「あ、は〜い」 「お、結構がっつり」 「う……聞かなかったことにしてください」 顔を赤らめながら、レジへ。 代金を支払い、弁当を受け取って、戻ってくる。 「じゃあ……私、行くね?」 「ああ、また」 「うん、またね」 特に会話を続けることはなく、そのまま由美は店を出た。 ……葵とアイリスもいたから、妙に緊張してしまったな。 「ご注文お決まりですか?」 「へ?」 「へ? じゃなくて。ご主人注文注文」 「あ、はい」 キョドりつつ、レジへ。 ……恥ずかしい反応をしてしまった。 「……まじかぁ」 店内を覗き、硬直。 ……やばい、帰りたい。 「……あ」 あっちも俺に気づき、表情を強ばらせる。 そうか、バイト帰りに買ったりとか……あるか、あるよな。 えぇと、どうしよう。どうしたらいい。普通に挨拶すればいいのか?駄目だ、頭も口も回らない。 「……」 「……」 「うわ、すっごい重い。空気すっごい重い。 アイリス、これが振られた男と振った女の間に流れる 気まずい沈黙ってやつだよ」 (お姉様……なんでそんなに楽しそうなんですか……) 「こういう空気、逆に笑えない?」 (……笑えないです) 二人がなにか話しているけど、まったく頭に入らず。 ただキョドりまくっていた。 由美もソワソワ。帰りたそうにしてる。 これは……俺が一回出直すべき、か? 「え、と……じゃあ……」 「え、ぁ……う、うん」 「焼き肉弁当大盛りのお客様〜」 「……ぁ」 「……大盛り?」 「ぅ……」 由美の顔が、真っ赤に染まる。 結構食うんだなぁ……という意外さで、一瞬気まずさを忘れる。 「由美さ〜ん?」 「あ、は、は、はい」 真っ赤な顔を背け、レジへと向かう。 ……由美さん? あぁ、そういえば……梓さんが言っていた。 名前で呼び合う関係? この胸のもやもやは……嫉妬か。 ……。 もう俺には、どうにもできないのにな。 「いつもありがとな」 「は、はい、また来ます」 弁当の入った袋を受け取り、由美が再びこちらに体を向ける。 少し、迷った素振りを見せて。 すれ違いざまに、呟いた。 「……またね」 「え……?」 「……」 そのままスタスタと歩いて行ってしまう。 ……またね? さようならじゃなくて……? 「お〜ぅ? これはまだご主人にもチャンスが〜? つっまんにゃいの」 (お、お姉様、なんていう暴言を……) 「だって、ショックを受けたご主人をあたしたちで 慰めてあげるって展開、ちょ〜〜魅力的」 (あぁ、ぁ〜〜………………それは………… いえ、しかし……マスターの不幸せを望むなど……) 「素直になっちゃえよぅ、振られた方が都合がいいってよぉ」 (や、やめてください。悪魔です。悪魔の囁きです……!) 二人がまたなにか騒いでる。やっぱり、頭には入ってこない。 なんだよ……期待をもたせるようなこと言うなよ、由美。 い、いや、友達として関係を修復したいから……とか、そういうこともあるのか? わからん。俺には……全然わからん。 「ご注文お決まりですか?」 「へ?」 (マスターの番のようです) 「あ、は、はい」 思いっきりキョドりつつ、レジに向かう。 ……やばい、失恋した男の空気をバリバリ出してしまった。 こ、この男にだけは弱いところを見せたくない。しっかりしなくては。 「えぇと、ご飯だけって大丈夫ですか?」 「はい、大丈夫ですよ」 「よかった。じゃあ……」 「あたしはね〜、カレーがいいな!」 (親子丼……おいしそうです……) 「……」 「カレー!」 (親子丼……) 「ごはんを五……ああいや、六つください」 「あぁぁぁぁ!!」 (親子丼…………) 二人の要求をがっつり無視し、注文を済ませる。 カレーに親子丼て。君たちなんのためにここに来たと思ってるんだい。 「なんでっ? なんでカレー駄目っ?」 (普通に弁当買っていったら、芙蓉が泣くぞ。 せっかく作ってくれてるのに) (あぁ、そうでした……。 わがままを言ってしまいごめんなさい……) 「謝んなくていいよ! 食べるもん! ちゃんと全部食べるもん!」 (はいはい。カレーと親子丼はまた今度な) (はい、お弁当楽しみです) (そっか。アイリスはまだ食べたことなかったか。 芙蓉もないっけ。そうだな、たまにはこういうのも――) 「ライス六つのお客様〜」 「え、あ、はい」 また無意味にどもりつつ、返事をする。 テレパシーとの切り替えが難しいんだ。そういうことにしておいてくれ。 「780円です」 「えぇと……1000円で」 「220円のお返しです。ありがとうございました〜」 おつりとご飯を受け取り、店を出る。 さて……。 「由美ッチを探しても待ってはいませんぜ」 (探してないっての) (お腹空きました……) (ああ、早く帰ろう) 「ご飯あたしが持つ〜」 (おっと) 俺の手から袋をひょいっとかすめ取り、葵が先頭を歩く。 ふと、思ったんだけど。というか、ずっと疑問だったこと。 (これ、葵が持つとどうなるんだろうな。 宙に浮いて見える?) (いえ、アイリスたちは人の認識の外にいますので……) (ああ、見えなくなるのか) 「よくわかんないけど、これが見えるなら、 服とかも見えちゃうんじゃ――」 「……ぇっ?」 急に、葵が立ち止まる。 そして地面を見つめたまま、ぴくりとも動かなくなってしまった。 (お姉様……?) (葵、どうした? なんか落ちてる?) 「……」 「……なんで?」 「?」 呟き、葵がゆっくりと振り返る。 その目は俺を見ているようで、どこか遠くを見ているようで……。 いや、間違いなく“なにか”を見ているんだ。俺には見えない、“なにか”を。 (平気か?) 「……」 (葵、なにがあった) 「……今、無意識に力を使った」 (勝手に発動したのか?) 「今までこんなことなかったのに……」 「なんでこの袋から……あの子の顔が浮かんだの?」 (あの子……? も、もしかして……) 「昨日うちに来た……小百合って子」 「なんだって……!?」 驚きのあまり、テレパシーを忘れる。 袋から? 野崎さんの思念が宿っている?いや、そうじゃない……っ! 「……っ」 振り返る。 店内には……たぶん、二人か三人だ。 レジにいる男と、奥の厨房に誰かいるのがちらりと見えた。 店の前に、車が止まっている。 側面に『大木屋』と書かれていた。たぶん配達で使うやつだ。 そうか、そういうことか……。あの車なら、どこを走っていても怪しまれることはない。不審車の目撃情報が出ないのは当然だ。 間違いない、今店内にいる誰かが……! (葵、来てくれ! アイリスも!) 「う、うんっ」 (はいっ) 二人を連れて、店の前に戻る。 店内をちらりと覗き、車の陰に隠れる。 客はいない。店員のみ。あの中の誰かが……。 (アイリス、店内にいる人たちの心の声は聞ける?) (……。いえ、マスターや伏見様のように力の強い方であれば よかったんですが……。 もっと接近しないと、難しいようです) (よし……その前にあたりをつけるか。 葵、この車の思念を読んでくれ。 予想が正しければ……こいつでビンゴだ) 「わかった、やってみる!」 浅く息を吸い込み、吐き、葵が車に触れる。 きらきらと粒子が舞って、葵が『ぅっ』と呻くと同時に、それらが霧散する。 (お、お姉様、平気ですか?) 「だ、だいじょぶ。 あぁ……見えた、見えたよ……ご主人」 「ほ、本当かっ?」 「……うん。はっきり……見えた。 ご主人、あたし……」 「犯人……わかっちゃった」 『犯人がわかった……!?』 「はい。すみません、昨日何度か電話したんですが……」 『ああ、ごめん。電池切れちゃってて。 家に帰るまで気がつかなかったの』 『ちょ、ちょっと待ってね、メモメモ……』 声が少し遠ざかり、電話の向こうでガサゴソとなにかを漁る音。 その音はすぐにやみ、梓さんの声も戻ってくる。 『オッケー。それで、誰?』 「弁当屋のバイトです。 いや、バイトっていうか、店主の息子……なのかな。 いつもレジにいる男です」 「大木屋の配達車が犯行に使われています。 葵が思念を読んで、確認しました」 「あいにくそれらしい心の声が聞けなかったんですが…… ほぼ間違いないです。犯人は、あいつです」 『えぇと……もしかして、この前待ち合わせしたときに 由美ちゃんと話してた?』 『ぁ……もしかして、私が由美ちゃんに会いに行ったときに 話してたやつか!』 「そうです、そいつです!」 『ニアミスしてたのかぁ……。 名前は? わかる?』 「ああ、いえ、そこまでは。 大木屋って、名字からとってるのかな。 それなら大木なんとか、かもですが……」 『オッケーオッケー、こっちで調べる』 「あと、そうだ。芙蓉の話だと、浪人生だそうです。 医学部目指してるとかなんとか。何浪してたんだっけ……。 二か三か……あ、この情報って必要ですか?」 『今はどんな情報でもありがたいです。 浪人中ねぇ……受験のストレスでやられちまったかぁ……?』 『うん、オッケー。犯人のことはこっちに任せておいて。 とは言っても……いつも通り、物証がないことには 大っぴらに動けないんだけど』 『それと、言う必要はないと思うけど、 くれぐれも早まった真似はしないようにね。 相手が殺人犯だってことを忘れないように』 「はい。俺自身は近づかないつもりです。 葵とアイリスに、情報を集めてもらおうかと」 『あ、そっか。警察が出張るより、姿が見えない二人に 任せた方が……』 『あ〜、そうだ。しかも私、商店街で嶋さんのこと 聞いて回っちゃったからなぁ……。やらかした。 耳に入ってるかもしれない』 『うん、よし。じゃあ名前とか住所とか、机の上で 調べられることはこっちがやる。 踏み込んだことはそっちに任せていい?』 「了解です。やってみます」 『うん、よろしくっ! なにかわかったら連絡してね。 どんな些細なことでもいいから。 こっちもそうする』 「はい、よろしくお願いします」 『オッケー、じゃあねっ。情報ありがとっ!』 通話を終え、受話器を置く。 そして大きく、長く、息を吐いた。 やっと……手が届いた。 でも、犯人を捕まえるための証拠が一切ない。 そいつをかき集めて、王手をかけてやる。 これ以上誰も、殺させやしないぞ……! 「真」 部屋から伊予が出てきた。 少し険しい顔をして、こっちに近づいてくる。 「どうした?」 「大木屋のせがれの名前、調べてやったぞ」 「え、すごいな。どうやって?」 「小学校の頃、書道大会で表彰された記事が ネットに残っておった。何事も調べてみるものじゃな」 「西田巧。両親が商店街で大木屋という弁当屋を経営、 と記事に書かれておった。こやつで間違いないじゃろう」 「西田……? しまった、名字は大木じゃなかったのか。 梓さんに適当なこと言っちゃった」 「梓にはわたしから伝えておいてやろう。 真は鬼に指示を出してやれ。正念場じゃ。 遊ばせておくな」 「ああっ」 電話から離れ、居間へ向かう。 葵、芙蓉、アイリスが、座って俺を待っていた。 俺もいつもの場所に腰を下ろし、芙蓉が用意してくれていた麦茶に口をつける。 「ねぇ、ご主人。これからどうするの?」 「そうだな……。手分けして情報を集めようと思うんだ」 「葵は犯人に張りついてくれ。 隙があったら、犯人に触れて思念を読んでみて欲しい。 できるか?」 「触ってもあたしに気づかないだろうし、 簡単だと思う」 「うん、頼んだ。 芙蓉は知り合いから情報を集めてくれるかな。 思わぬ情報が飛び出すかも」 「承知いたしました。実は……たびたび話題にあがるんです。 整った容姿をされていらっしゃるので、 ファンも多いようで」 「気になっていると言えば、 みなさん色々と話してくださるかと」 「ああ。やり方は任せるよ。 アイリスは俺と一緒に来てくれ」 (嶋様、ですか?) 「うん。彼女から話を聞いてみよう。 じっくりと……とは言っていられなくなったけど、 彼女を傷つけないように、慎重に」 (はい。少しずつこちらに歩み寄る姿勢を 見せてくれていますので、なんとかできると思います) 「うん、よし。じゃあ早速かかろう。 芙蓉は集まりやすい時間とかあるだろうし、任せるよ」 「はい。みなさんがお買い物に出かける頃を見計らって、 外に出てみます」 「頼んだ。よし、行こう、葵、アイリス」 「うぃっす」 (はい) 二人を伴い、家を出る。 商店街の手前で葵と別れ、俺とアイリスは嶋さんのもとへ。 「……」 (いるか?) 「…………」 (……はい。 ですが……まだ警戒心は消えていないようです。 話すことはない……と) (そうか……) 「……」 (西田巧、って名前を、出してみてくれないか) (犯人の名前ですね) (ああ、それと……彼女の恋人の名前だ) (……やってみます) (傷つけないようにって言ったのに……。 ごめんな、損な役回りをさせて) (マスターのお役に立つことが、アイリスの喜びですから) にこりと微笑んだあと、工事現場に目を向ける。 現在作業中。たくさんの人が出入りしている。 誰も嶋さんの存在には、気づかない。 ……。 嶋さんは、なぜこの場所に留まっているんだろう。この場所に、なにがあるんだろう。 それを知る必要がある。 それが彼女を苦しめることになっても。 犯人に罪を償わせることが……彼女の救済に繋がると信じて。 (マスター、反応がありました) (……出てきてくれたか) なにもない場所に、ふぅっと嶋さんが現れた。 写真と同じ位置。いつも立っていたであろう、その場所に。 「……しつこいんだけど」 嫌悪感を隠さず、不満をこぼす。 けれど俺の目を見て、はっきりと話してくれた。 それだけで、手応えを感じた。 (俺のこと、わかるかな) 「アイリスのご主人様。アタシの心を覗こうとした人」 (……無理矢理暴こうとして、悪かった) 「……別に。こっちも殺そうとしたし」 ふいっと顔を背ける。 アイリスの言ったとおり、会話が成立している。 警戒を解かないまでも、確実に歩み寄ってくれている。 その実感を頼りに、話を続ける。 「てか、なに? なんの用? 謝りに来たわけ?」 (そうだね。この前は、本当にごめん。 それと……聞きたいことがあるんだ) 「話すことはなにもないけど?」 (西田巧さん、知ってるよね? 大木屋の) 「……知らない」 (でも君は――) 「知らないってイッてるデしょ!」 俺を睨み付ける目に、暗い炎が灯る。 俺を殺そうとしたあのときに似た、強いプレッシャーを感じた。 (マスター、気をつけてください) (……ああ) 刺激しすぎるのはまずいか……。 (じゃあ、別の質問。いいかな?) 「……なに?」 (どうして、ずっとここに?) 「……」 「待ち合わせしてるから」 「迎えにきてくれるまで……待ってるだけ」 (迎えに? 友達かな) 「……そうやって誘導しようってわけ?」 (ああ、いや……。知りたいだけだよ、俺は。 真実を) 「だったら他の人に聞いてよ。 アタシはなにも知らないから」 (……わかった。 じゃあせめて、手伝わせてくれないか。 嶋さんが家に帰れるように――) 「あの人が来てくれるまで待ってるって言ったでしょ!」 「あ……っ」 (気配が遠ざかる……。行ってしまいましたね) 「……っ、やっちまった」 嶋さんはまた、姿を隠してしまった。 だから急ぎすぎだ。下手くそ……っ。でも朧気に……だけど、わかってきたぞ。 (やはり……庇っていますね。犯人のことを) (というよりも、認めたくないのかもしれない。 恋人に、殺されてしまったことを) (俺に話せば、受け入れなくちゃいけないから。 その事実を) 「……」 (ここで待っているということは……彼女の目的は、 殺された日をやりなおすことでしょうか) (そうかもしれない。 たぶん、普通にデートするはずだったんだろうな。 殺された記憶を、上書きしたいのかもしれない) (……とても、悲しいです) (そうだな……。たぶん……父親が死んだ悲しみも あったはずだ。西田は、それにつけこんだのかも しれない。……なおさら許せない) 「……」 (どう、されますか? 今日はもう、戻られますか?) (……いや、もうちょっと粘ってみよう。 気が変わってまた出てきてくれるかもしれない) (はい) 「……」 本当は、そっとしておくべきなんだろう。もっと時間をかけるべきなんだろう。 けれど俺にも、退けない理由があるから。 そのまましばらく、アイリスと二人、工事現場を、嶋さんが立っていた場所を見つめていた。 時折、アイリスに語りかけてもらった。 けれど、反応はない。 それでも、じっと待つ。 同じ場所にずっと佇んでいる俺に、現場の人たちが不審げな視線を送る。 気にしている場合じゃない。 少しでも情報が欲しい。 嶋さんを連れて行った先に、遺体があるのかもしれない。 そこに、野崎さんもいるのかもしれない。 だから、なんとしても引き出さなくては。 嶋さんから、情報を。 「お兄ちゃん」 「……琴莉?」 「お疲れ様」 いつからそこにいたのか。にこりと微笑み、俺の隣に並ぶ。 「伊予ちゃんにここにいるって教えてもらったから、 来ちゃった。邪魔だった?」 「いいや、そんなことないよ」 「うん、よかった」 「学校は?」 「もう終わったよ」 「そっか……もうそんな時間か」 時計を見る。 三時間もたっていたのか……。 喉が渇くわけだ。 「どう? 嶋さんから犯人の話――」 (琴莉お姉様、あまり口外できない話です。 用心して、会話はアイリスを通した方が) 「あ、そ、そっか」 (えぇと……これでいい?) (はい、大丈夫です) (む、難しいね……。嶋さんからなにか聞けた? 犯人の話) (いや……あまり。嶋さんがずっとここで、 犯人を待ち続けてるってことだけ) (なんで自分を殺したのか聞くために?) (……ああ、そうか。そうだったな。 どうして私を殺したの……か) (やはり復讐……でしょうか。 マスターに襲いかかったように) (それなら直接会いに行けばいい。 ここでずっと待っているってことは…… やっぱり、そういうことは望んでいないんじゃないかな) (両方……なのかも) (え……?) (前にアイリスちゃん、嶋さんが犯人を恨んでるって 言ってたよね。だから……少しは復讐とかも 考えちゃってるんじゃないかな) (でもやっぱり、好きな……好きだった人だから。 警察に捕まって欲しくないって、 そういう気持ちもきっとある) (嶋さんも、自分がどうしたいのか…… よくわからないんじゃないかな) (ただ、今は……好きな人に裏切られて、ショックなんだよ。 ただただ……ショックなんだ) (そ、か……そうだよな……) 「……」 (出直そう) (よろしいのですか?) (やっぱり時間が必要だ。 嶋さんの傷を、これ以上えぐれない) (いつかきっと話してくれるよ。お兄ちゃんは 優しい人だって、自分を救ってくれる人だって、 きっとわかってくれると思う) (だといいな。帰る前に、葵の様子を見ていこう。 差し入れも必要かな。そこの店に寄っていこう。 アイリスはなにが欲しい?) (い、いいんですか?) (いいよ。買ってあげる) (で、では……オレンジジュースを……) (わかった、琴莉は?) (う〜ん。新しい財布……かな。グッチェの) (……次の報酬もらえるまで待ってくれ) (ふふ、は〜い) 最後にちらりと、工事現場を一瞥し。 俺たちはその場を、あとにした。 「……」 「…………」 「………………」 「ぐぅ…………」 (おい) 「んにゃあっ!!」 葵が悲鳴をあげ、飛び跳ねた。 状況を把握できていないのか、キョロキョロとせわしなく左右を見たあと、やっと俺を認識する。 「あ、ご、ご主人か! びっくりしたぁ……! 急に頭の中に声響かせるとかっ! ひどい!」 (犯人が近くにいるんだ。堂々と話せないだろ) 「そっか!」 (ってかお前、寝てただろ) 「え?」 (いや、え? じゃなくて) 「寝てました?」 (寝てた) (寝てました) 「気のせいでは?」 「……」 「はいすみません寝てましたぁ!」 「はぁ……」 ため息。 一人で大変だったのはわかるけど……。 (とりあえず……差し入れ) 「わ〜ぉ! なになに?」 (ジュースです。リンゴと、ブドウ。 オレンジはアイリスの――) 「オレンジうめぇ」 (あぁ……っ!) (……あとでまた買ってあげるから) 「……っ、は、はい……っ」 「ふひ〜、生き返った〜。喉渇いてたんだよね〜」 (それで葵ちゃん。犯人、どうだった?) 「さぁ」 (さ、さぁって……) 「だっていないんだもん」 (え……?) 店の前まで歩いて、店内を見る。 確かに……レジにはあの男じゃなくて、知らないおばちゃんがいた。 「ね? いないっしょ?」 (あぁそっか、一日中いるわけじゃないのか……。 毎日入ってるわけでもないのかな) (浪人生……だっけ? 勉強の合間に?) 「さぁ。ここらへんの思念を読んでみたんだけど…… やっぱり人通りが多い場所は駄目だにゃあ……」 (なるほど……。そればっかりはなぁ……) 「あら……真様。それにみんなも」 「お?」 正面から、買い物袋を下げた芙蓉が。 俺が口元に人差し指を当てると、すぐに察して会話をテレパシーに切り替える。 (嶋さんはいかがでしたか?) (まだまだ時間がかかりそう) (進展がないわけではないのですが……) (そうですか……。姉さんは?) 「ビッグニュースがあります」 (ないです。犯人さんはこちらにいらっしゃいません) 「はい。すごく退屈でした」 (ごめんな、葵。まずはシフトを調べるべきだった) (シフト。いつ店番をしているか、ですか?) (そうそう) (それでしたら、耳寄りな情報が) (おぉっ、なになに?) (多少時間は前後するそうですが、ほぼ毎日夜間の店番を しているそうですよ。わざわざその時間を狙って、 おかずを買いに行く方もいるとかいないとか) (わ、芙蓉ちゃんナ〜イス! 一番欲しかった情報だねっ!) (確か二日だけいない日があるそうなのですが……。 すみません、そこまでは) (いや、十分だよ。ありがとう、バッチリだ) (ふふ、よかった。お役にたてました) (そうか、夜か……。よし、一旦帰ろうか) 「あたしは帰らない。まだここにいる。 時間が前後するんでしょ? もしかしたらもうすぐ来るかも」 (でも、疲れたろ) 「だいじょ〜ぶ。差し入れ貰ったしね〜」 ぴとっとペットボトルを頬に当て、にひひと笑う。 「どうぞお気遣いなく。 猫だから息抜きの仕方も熟知しておりますので」 (そうか……うん、じゃあ、頼んだ) 「任せてがってん!」 (あの、マスター。アイリスもここに残っても) (無理してないか?) (いえ、犯人の心の声を聞いてみます。 なにか情報が得られるかも。やらせてください) 「……」 (わかった、がんばってな) (はいっ!) (ああ……私にもなにか力が欲しい。 事件を一発で解決できちゃうような……) 「キックに謎の波動ときたから、次はビームだねビーム。 コトリンやってみて。ハァ! って。ハァ!」 (や、やだやだ! ビームなんて出ない! 恥ずかしい!) (ふふふ、では戻りましょうか。 二人のために、おいしい夕飯を作らないと) 「わ〜ぉ、たっのしみ〜!」 (がんばります……!) (うん。よし、一旦帰ろう。 俺たちがここにいたら、邪魔なだけだ) (うんっ、二人ともあとでねっ!) (気をつけてね) 「うぃうぃ〜、まっかせて〜」 (必ずや、有益な情報を掴んでみせます) 帰宅し、数時間がたった。 もう夕食の時間は過ぎているけれど、二人が帰ってこないうちに始めるわけにはいかないと、みんな食事をとらずに待っていた。 「うむ、うむうむ。スパイスが絶妙じゃの。 美味美味」 まぁ……この人は我慢しないんだけど。 「なんじゃ。やらんぞ」 「……いらね〜よ」 「葵ちゃんとアイリスちゃん、大丈夫かなぁ……」 「二人の姿は犯人には見えないでしょうし、 危険が及ぶことはないでしょうが……」 「なにも掴めず、意地になっておるんじゃろう。 そろそろ迎えにいってやった方がいいんじゃないかの」 「そうだな……。二人にだけ負担をかけるのも――」 「お?」 立ち上がりかけたと同時に、玄関の戸が開く音がした。 バタバタと、こっちに走ってくる慌ただしい足音も。 「あ、帰ってきた?」 「そうみたいだね」 「ご主人!」 (マスター!) 二人が居間になだれ込んでくる。 様子が変だな……。 「どうしたの? そんなに慌てて……」 「どうしたのって……あっ! から揚げだ!」 「やらんぞ」 「えっ! ちょうだいちょうだい! 食べたい食べたい!」 (葵お姉様、食事はあとです……っ) 「あ、そうだった! 大変大変!!」 「ど、どうしたのっ?」 「わかったの! わかっちゃったのっ!」 「落ち着いて話せ。なにがわかったんじゃ」 「あのねあのねっ、犯人が来たから、思念を読んで――」 (それと、心の声も聞いたんです……っ) 「それで、わかったの! 犯人が次に誰を狙ってるか!」 「なんだって!? 本当かっ!」 (はいっ、犯人の、次の標的は――) 「ふぅ……疲れたぁ……。 今日もお弁当にしちゃった……」 「……大盛りは我慢したけど…… 揚げ物だからカロリー高かった……失敗」 「……」 「真くん……今なにしてるかなぁ……」 「……はぁ、もっと素直になれたらいいのにな……」 「……」 「昨日の態度……よくなかったな、私」 「これから、どうしたらいいのかなぁ……」 「……」 喫茶店の前を、行ったり来たり。 店内に由美がいる。いてくれた。 なんとか注意を促さないと。 殺人犯が狙ってる。だから気をつけてくれ。 いや……いきなりそんなことを言ってもぽかんとされるだけだ。説得力がない。 なら……どうする。 ああ、くそ、ちゃんと整理してから来ればよかった。 「真くん?」 「あ……」 店の中から由美が出てきた。 そりゃこんなにウロウロしていたら、気にもなるか……。 「来てくれたんだ?」 「あ、あぁ、一昨日だっけ、ほら」 「うん。ふふ、入ってくれてよかったのに」 「あ〜、がっつきすぎかなって思っちゃって……はは」 「遠慮しないで。誘ったの私だし。ど〜ぞ」 「う、うん」 由美が扉を開けてくれて、喫茶店の中へと入る。 窓際の席に通されて、腰を下ろした。 「ご注文は? なんでもいいよ、私の奢り」 「あ〜……どうしようかな」 「私のおすすめってメニューもあります」 「じゃあそれにしようかな」 「ふふ、うん。お腹は空いてる?」 「えぇと、そこそこ」 「うぅん、そこそこかぁ。じゃあ軽めがいいよね。 待っててね。すぐにお持ちいたします」 「お願いします」 「うん。あ、飲み物は? なにがいい?」 「水でいいよ」 「わかった、待ってて」 「うん」 由美がテーブルを離れ、厨房へと消える。 数分で出てきて、こっちに戻ってきた。 「はい、アイスティー」 「あれ?」 「サービスですので。 あ、店長に黙って出してるわけじゃないからね? ちゃんと私の奢りだから、遠慮しないでね」 「うん、じゃあ……ありがたく」 「どうぞごゆっくり。それ飲んで待っててね」 微笑み、由美はカウンターの中へ。 俺以外に客は一人だけしかいない。 でもだからといって、俺とお喋りしているわけにもいかないだろう。 バイトが終わるまで待つか?でも、今日は梓さんが家に来るから、あまり長居はできない。 ……。 どう、伝えるか。 やっぱり正直に話すか?殺人犯が狙っていると。 どうやって知ったかは話せないけれど、たぶん信じてくれるだろう。 殺人犯じゃなく……もっと具体的に言ってしまうか?弁当屋の男は殺人鬼だと。 いや……物証がない段階で軽率な行動は控えるようにと梓さんに言われている。犯人の耳に入ってしまうのを危惧しているんだろう。 それに顔見知りの男が殺人犯なんて、由美を不安にさせてしまう。 ……馬鹿か。不安にさせにきたんだ。警戒してもらわなくては。十分に注意してもらわなくては。 もし、俺たちが犯人に繋がる物証を見つけられなければ。 逮捕できず、いつまでもあいつを野放しにしてしまったら。 無警戒のままの由美じゃ―― ……。 殺されて、しまう? 「お待たせしました〜」 「……っ」 びくっと、顔を上げた。 トレイを持った、由美がいた。 「だ、大丈夫?」 「ああ、ごめん。考え事してて……」 「邪魔しちゃった?」 「い、いや、大丈夫」 「えぇと、じゃあ……改めて。 お待たせしました〜、 ドライカレーのオムライスになりま〜す」 「ドライカレー?」 「うん。中がね、チキンライスじゃないの。 私的にこのお店でいっちばんおいしいと思う。 食べてみて食べてみて」 「うん」 うなずき、スプーンを手に取る。 軽めにって言ってたのに、結構がっつりなのきたな……。 この前の弁当といい、由美って意外と食べるのかな。知らなかった。 なんてこと、口には出せないけれど。 「じゃあ、いただきます」 「うん。どうぞごゆっくり〜」 「あ、ま、待った、由美」 「?」 戻りかけた由美を、引き留める。 「どうしたの? あ、もっと食べる?」 「ああ、いや、違う。少し……話せないかな」 「今?」 「あ〜……バイトっていつ終わる?」 「えぇと……入ったばっかりだから、 まだしばらくかかっちゃうけど……」 「そっか……」 終わるのは夜か……。 それなら、梓さんとの話が済んだあとだな。 「じゃあ……終わった頃に電話かけるよ」 「ん〜……。ちょっと待っててね」 トレイを抱きかかえ、厨房へと戻っていく。 その背中を見送りながら、ため息。 そうだよ、電話だよ。 事前に連絡しておけばよかったんだ。それならバイト終わりに待ち合わせて、ゆっくり話せた。 テンパりすぎだぞ……俺。 「お待たせ〜」 すぐに戻ってきて、由美は俺の正面に座った。 「いいの?」 「うん、お客さん少ないからいいよって。 あ、食べて食べて、冷めちゃう」 「あ、あぁ」 促されるままスプーンを手に取り、オムライスを口に運ぶ。 「どう?」 「うん、うまい。これ好き」 「でしょでしょ? 絶対真くんの好きな味だろうな〜って思って。 たくさん食べてね」 「……って、私が作ったんじゃないけどね。ふふ」 「あ、ごめんね。一方的に話しちゃって。 話って……なんだった?」 「あぁ、ふん、ひょっと……」 「ふふ、飲み込んでからでいいよ」 「ん」 口いっぱいに詰め込んでいたのを笑われ、軽く赤面。 いや、うん、のんきに食ってる場合じゃないんだよ。 「……、ん、ごめん。オッケー」 「お仕事関係の話……だよね?」 「いや、うぅん……どう、なんだろ」 「?」 「あの、さ」 「うん」 「弁当屋の……あの人、西田さん、だっけ?」 「うん。西田さんが?」 「あ〜……仲、いいの?」 「そんなに……かな。商店街でたまにすれ違ったり、 お弁当買うときに挨拶するくらいで……」 「あ、でも、この前ね、今度一緒に食事でも〜って、 誘われちゃった。ふふ」 由美が照れ笑いを浮かべる。 だが俺は、血の気が引いていた。 既にあいつは、由美を殺す準備を始めている――! 「い、行くの? 食事に」 「え、機会があれば〜って答えたけど……。 ないんじゃないかな。ただの社交辞令だと思うし」 「本気だったら? あっちが」 「あ〜……そうだったのかなぁ……。 え、どうしよう。悪いことしちゃった。 それなら、はいって言っちゃったし……」 「行かないでくれ」 「え」 つい強い調子で、噛みつくように言ってしまい、由美が目を丸くする。 必死だった。取り繕っている余裕も、ないほどに。 「……真くん?」 「行かないで欲しいんだ」 「なんていうか、その……うまく、言えないけど。 由美があの人と一緒にいるの……嫌なんだ」 「ぁ……えと、それは……」 「とにかく、嫌なんだ」 「……」 「うん、わかった。行かない。 誘われても、ちゃんと断るね」 「そ、そか。よかった」 ほっと胸を撫で下ろし、オムライスにがっつく。 その様子を、由美は微笑みながら眺めていた。 「おいしい?」 「うん、うまい」 パクパクと、胃に収めていく。 ……少し、卑怯なやり方だった気がする。 でも、由美が助かるならそれでいい。 絶対に、由美を犠牲者になんかしない。 霊になった由美と対面するなんて……まっぴらごめんだ。 そもそも俺自身に説得力がない。 由美にとって、俺はただの大嘘つき野郎だ。 そんなやつが『西田は殺人犯だ、気をつけろ』なんて言っても、嫉妬に狂っているようにしか見えないだろう。 なら……どうする。 クソッ、やっぱり由美に明かすべきじゃなかった。 彼氏のままだったら、自然に『あいつと仲良くするな』って言えたのに……っ! 「……真くん?」 「ぅ……」 いつの間にか、由美が店の前に立っていた。 そりゃこんなにウロウロしてたら、声をかけないわけにもいかないか……。 「私に用事?」 「あぁ……いや……」 「そ、か……。じゃあ、またね」 「ま、待った」 店内に戻ろうとした由美を、呼び止める。 気まずくても、余計に怒らせようとも、伝えなくては。 危険が迫っていると。 「ある。用事……ある」 「うん」 ただ頷いて、由美は結局店内に戻ってしまう。 でも、扉は開けたまま。 振り返り、入らないの? と首を傾げる。 軽く深呼吸をして、俺も店内へ。 「好きなところ座っていいよ」 「あ、ああ」 客は……俺以外に一人だけか。 一番奥のテーブル席を選び、腰かける。 「ご注文は?」 「え? ああ……じゃあ、アイスティー」 「かしこまりました」 ぺこっと頭を下げて、踵を返す。 ……事務的で淡泊なやりとりだ。 やっぱり相当怒ってる……んだろうか。 由美と喧嘩なんてしたことないから、それすらもわからない。 「お待たせしました」 すぐに戻ってきて、俺の前にグラスを置く。 そして向かい側の椅子に、由美も腰を下ろした。 「あれ……いいの?」 「うん。お客さん少ないからいいよって、店長が」 「そ、か……」 「用事って?」 「……」 「まず、謝りたい」 「なにについて?」 「由美を混乱させてしまったこと」 「……」 黙り込み、目を伏せる。 怒っている。確かに、怒っているんだけど。 由美自身も、どんな態度を取っていいのか困っている。そんな風に、見えた。 「……」 「他には?」 「あ〜……それと……」 「…………」 「この前の、弁当屋の、あの、男の人」 「西田さん?」 「ああ、そう。えぇと……」 どう切り出すべきか。まだ考えがまとまっていない。 だから勢いに任せて、続けた。 「どういう、仲なのかなって」 「……どうして?」 「え? あ、あぁ……。単純に、気になるんだ」 「……」 「それって、勝手だと思う。 自分は、芙蓉さんや、他の子とも、仲良くしてるのに」 「そう、だけど……」 言葉に詰まった。 そこを突かれると……駄目だ。なにも言えなくなってしまう。 「……」 「この前ね」 「あ、ああ、うん」 「誘われたの。一緒に食事でもどうって」 「……っ」 血の気が引いた。 一緒に? 食事でも? 西田は、既に由美を殺す準備を始めている……っ! 「…………」 「なんて返事したと思う?」 「……、い、行くのか?」 「……」 無言で、由美はこくりと頷いた。 まずい……。 まずい、まずい、まずい、まずい、まずい……っ!! 間違いなく、俺への当てつけだ。 由美は自分から、危険に飛び込もうとしている……っ! もうなりふり構ってられない。 信じてくれるかはわからないけど……っ! 「実は今日のバイト終わったあと、約束してるの」 「……っ、だ、駄目だ。行かないでくれ」 「食事するだけでそんな風に嫉妬してくれるなら…… 真くんだって、私がどんな気持ちか……」 「わかる、わかってるよ、俺に止める資格はない。 けど、駄目だ。あいつだけはっ」 「……どうして?」 「あいつは、あいつは……」 「……っ」 「殺人犯だ……っ」 「え……?」 きょとんと、由美が目を瞬かせる。 ああ、お役目の話をしたときと同じ顔だ。 なにを言っているんだ、そんな反応。 でも、構うか……っ。 「嶋さんの話、いい報告はできない……って言ったろ? もう……亡くなってるんだ。 あの男に、西田に……殺された」 「他にも、殺してる。 次に……由美を狙ってるんだ。 だから、行って欲しくない」 「由美を危険な目に、あわせたくないんだ……っ」 「…………」 必死に訴える俺を、由美はただ黙って見つめていた。 無表情だ。 もう愛想を尽かされたのかもしれない。どれほど嘘を重ねるのかと。 ああ、ちくしょう。もっと考えてから来るべきだった。 焦りすぎたんだ。全部が全部、最初から、最後まで。 もっと落ち着いて、冷静に対処できていれば……! 「真くん」 ゆっくりと、口を開く。 せめて俺が本気であることだけは伝えたくて、目を逸らさず見つめ返した。 「もう一度聞くね?」 「あ、ああ」 「なにか私に手伝えること、ある?」 「……は?」 由美の言っていることが理解できず、今度は俺がきょとんとする番だった。 手伝えること……? え、ま、待ってくれよ……? 「ど、どういう……」 「……、えっとね、真くんの話……すごく、なんていうか、 難しくて、やっぱり……全部は信じられない」 「でもね? よく考えてみて……気づいたの。 あの話……もし嘘だとしても、真くんに…… メリットないなって」 「普通、隠すでしょ? 他の女の子と、その、 してる……って、彼女に。 そんなこと、話さないよ」 「それに、真くん……嘘つくの下手だし。 隠し事してるときは、すぐにわかる」 「でもあのときの真くんは……すごく真剣だった。 今だってそう」 「そもそも真くん、人を傷つけるような嘘はつかない。 私の知ってる真くんは、そういう人」 「だったらもう、信じちゃった方が楽だよね」 「それに……疲れちゃった。怒るの、慣れてなくて」 半ば呆れまじりに、笑う。 歩み寄ってくれた? 由美が、俺に? 嘘だろ、という気持ちが強くて、素直に喜ぶことはできなかった。 「ほ、本当に、信じてくれるのか?」 「うぅん……全部、ではないんだけど……。 信じたいなって思う」 「けど、けどね? 怒ってるよ? 芙蓉さんと関係続けますって、怒るよ、それは」 「だ、だよな、ごめん」 「そこだけはまた今度、ゆっくりと話し合いましょう」 「わ、わかった。ごめん、ありがとう」 「うん。それで、西田さんのこと。 殺人犯って……」 「本当は話すべきじゃないんだけど……嘘は、ついていない」 「うん、わかってる。……ごめんね、私が嘘をついた」 「え?」 「本当は、約束してないの。 誘われたけどまた今度って、曖昧に返したから」 「そ、そか……よかった……」 ほっと胸を撫で下ろす。 とりあえず、当初の目的は達成できたんだろうか。 このまま西田との接触を避けてくれれば、由美に危険はない。 「どういう状況なの? もうすぐ逮捕? あ……話せないかな」 「いや、ここまできたら話すよ。 逮捕は……まだ残念ながら」 「確信はあるんだけど、そもそも証拠がないんだ。 だから本当は、由美にも話しちゃいけないけど…… 次の標的が、由美だってわかって……」 「心配してくれた?」 「当然だろ」 「そっか……」 由美が照れくさそうに、でもうれしそうに笑う。 少しは……関係を改善できただろうか。 でもまだ、喜んでいる場合じゃない。 「とにかく、気をつけてくれ。 あいつは、危ない」 「うん。でも……うぅん、私を狙ってるってわかったのに、 証拠がないの?」 「ああ、なんていうか……証拠にできない方法で 得た情報なんだ。だから警察は、動けない」 「今は、誰もが納得する証拠を探してるところ。 それがなかなか見つからなくて……」 「そうなんだ……」 「……」 「やっぱり私……一緒に食事、行ってみようかな」 「えぇ?」 生まれた安心が、由美の一言で消え去った。 行ってみようかなって……。 「ちょ、ちょっと待った、なに言ってんだ。 どういうつもりだよ」 「どういうって……おとり捜査?」 「い、いやいやっ、そんな危ないこと させられるわけないだろっ」 「でも私も手伝いたい、真くんのお仕事」 「駄目だ、駄目だよ絶対、危なすぎる」 「でも芙蓉さんは、 そんな危ない仕事のお手伝いをしてるんでしょう?」 「いや、芙蓉には……」 「にはってことは、他の人がしてるんだ?」 「……」 みんな、由美とは違うんだ。 そう言いかけて、口をつぐんだ。 その一言は……決定的な溝を作ってしまいそうだったから、言えなかった。 ……臆病風だ。 「お願い、手伝わせて? このままの距離感……嫌だよ」 「私が……真くんの一番近くにいたいの」 「……駄目?」 「……」 「大切だから、危険なことはさせられない」 「……ずるいよ、その言い方」 「……わかってる」 「……」 「……」 「仕事に……戻るね」 「……ごめん」 「……ううん。大切って言ってくれて、うれしい」 微笑み、席を立つ。 そのまま、カウンターの方へと歩いて行った。 ……和解できたような雰囲気は、ある。 けどあれは……納得していない顔だ。 それに髪をしきりに触っていた。今もそうだ。気にしている証拠。 たぶん由美は諦めていない。 ……やっぱり、軽率だったか。 慎重な性格だから、決して無茶はしないだろうけど……。 ……。 はやく、西田を捕まえないとな……。 最悪の事態が、起こる前に。 帰宅して、しばらく。 梓さんと、ちょうど同じころに琴莉もやってきた。 これで、全員集合。 だいたいのことは既に電話で話してあるけど、葵が見たこと、アイリスが聞いたことを、改めて詳細に、梓さんに伝える。 「葵、アイリス。昨日の話を」 「うん」 (はい) 「……ちょうどね、由美ッチが買い物にきたの。 あの弁当屋さんに」 (そのとき……はっきりと聞こえたんです。 犯人の心の声です。 こいつもコレクションに加えたい……と) 「コレクション……。 まさか、死体コレクターとか言わないよね」 「死体が欲しいのかはわかんない。 でも、そのあとね、思念を読んでみたんだけど……」 「……」 珍しく、葵が口ごもる。 昨日もこのことだけは、話したがらなかった。 相当なものを見てしまったようだ。 「……姉さん、なにが見えたの? とても口にはできないこと?」 「別に話すのはいいけど……思い出すと気持ち悪くて」 「葵ちゃん、無理しなくていいからね?」 「いいや、話してもらわなくては困る。 人の命がかかっておるんじゃぞ」 「……」 「……妄想、してた」 「妄想?」 「……由美ッチを切り刻んだり、 髪の毛にチンコこすりつけて……オナニーする妄想」 「ぅ……な、なにそれぇ……」 「そりゃ話したくもないよな……。 胸くそ悪いなんてレベルじゃないぞ……」 「……」 絶句だ。 やっぱり、警告したこと自体は正解だったんだろうか。 あの男は……異常すぎる。 (……心の声にも、少し……漏れていました。 たぶんレジカウンターの向こうで…… 彼は、勃起していました。残虐な妄想をして) 「度し難いほどのクソ野郎じゃな……」 「昨日から元気なかったのも、無理もないわね……。 大変だったわね、二人とも……」 「ありがとう、葵。アイリス。 貴重な情報を手に入れてくれて」 「……うん」 (……はい) 「二人が苦労してくれたおかげで……うん。 遺体が出てこない理由がわかった。 保管してるんだ、犯人自身が」 「ほ、保管? おうちに? 死体を?」 「犯人は両親と同居してる。さすがに自宅で死体を 切り刻んだり、オナニーなんてできないと思う。 だからたぶん、どこか別の場所に」 「……野崎さんも嶋さんも、そこに連れて行かれて 殺された……? 由美のこともそうするつもりなのか」 「かもしれない。でも……わっかんないなぁ……。 なんで由美ちゃんなの?」 「容姿端麗でいらっしゃいますし、 単純に好みの女性だったのでは?」 「にしてもじゃ、共通点がなさすぎる。 梓が言いたいのは、そういうことじゃろう」 「そう、それそれ」 (野崎様も嶋様も、同年代。 そして背丈も似通っていたように記憶しています) 「由美ッチは全然違うね。背高いし、大人っぽい」 「あ〜……本当だ。言われてみれば……変だね。 趣味が変わった?」 「あるいは、女性なら誰でもいいか」 「まるでケダモノですね……」 「うぅん……自分で言っておいてなんだけど、 こじつけられないことはないんだよね」 「あるんですか? 共通点」 「うん。衝動的な犯行だった野崎さんは除外するとして、 嶋さんと由美ちゃんには、一応ある」 「行方不明になっても、すぐには騒がれない人物、 って共通点が」 「……どういうことです?」 「嶋さんは、両親との関係が希薄だった。 無断外泊なんて珍しくなかったみたいだし」 「由美ちゃんは一人暮らし。 二人とも、急にいなくなっても しばらくは誰も不審に思わない可能性がある」 「でも由美はバイトしてますよ。 無断で休んだら、店長とかが心配するんじゃ」 「まぁね。でも大学生がバイトばっくれるなんて 日常茶飯事だし〜、って特に気にしないかも。 まぁ、あくまで可能性の話ね」 「そういった意味では、犯人はある程度の事前調査を していることになるけど、感情を制御できない 人物でもある。短絡的な傾向が見られる」 「しかも、過去三件の犯行がバレていない。 調子に乗っているはず。私が挙げた共通点も まったく関係なくて、気分で選んでいる可能性もある」 「とにかくわかっているのは、 次の標的が由美ちゃんだってこと」 「このまま放っておけば、ほぼ確実に由美ちゃんは 殺されるってこと」 「……そんなの絶対、防がないと」 「うん、絶対。 そのために、早く物証を見つけないと」 「やっぱり決定打になるのは遺体、ですよね」 「だね。それが最重要。遺体を発見することができれば、 事件として扱うことができる」 「十三課だけの案件じゃなくなるし、 なにかでっちあげて西田を引っ張ることもできる」 「あとはまぁ……配達の車から、被害者の髪の毛とか 出てきてくれればそれも証拠になりそうだけど、 遺体に比べれば弱いし、車を調べる手立てがない」 「だからみんなには、遺体を捜し出して欲しい。 真くんの言うとおり、それが決定打になる」 「了解です」 「でもヒントもないんじゃ……難しいですよね」 「ううん、ヒントはある。 葵ちゃんとアイリスちゃんが見つけてくれた」 「あたしたちが?」 「そ。犯人は死体を保管している可能性が高い。 つまり保管を可能にする場所があるってこと」 「自宅以外に、なにか物件を持っていたりするのかも。 現場を漁ってもなにもなさそうだから……その線で 攻めてみる。なにか出てくるかも」 「お願いします。俺はもう一度嶋さんにあたってみます。 あの子、なにか知ってるはずなんだ。絶対に」 「わ、私も行っていいかな? 怯えさせちゃうかな?」 「いや、同年代の琴莉にだから話せることも あるかもしれない。一緒に行こう」 「うんっ」 「大変だと思うけど、葵とアイリスも来てくれるか?」 「大丈夫、行く」 (お供いたします) 「うん、ありがとう」 「野崎さんは……襲われた場所までしか 覚えてないんだっけ?」 「そのようです。そこまでは案内してくれたんですが……」 「あの娘、家に帰ることに執着しておった。 おそらく、普段は自宅におるのじゃろう」 「でも、俺たちが嶋さんと話しているところを見たって。 普通に出歩いたりするんじゃないか?」 「ここまで自分でやってきたのじゃ。 気まぐれで出かけることもあるのじゃろう。 その気まぐれに期待して探し回るか?」 「ああ、なるほど……」 「理解できたようじゃな。なにか知っておったとしても、 あちらから会う気になってくれねば、 こちらからは容易に接触できんぞ」 「う〜ん、自宅に突撃するわけにはいかないもんねぇ……」 (アイリスが外からテレパシーを送れば 反応してくれそうですが……) 「まぁ、また会いにいったとしても新しい情報が あるかどうか。自分から会いに来て、 出し惜しみするとは思えん」 「確かに。とにかく、俺たちは嶋さんに会ってみます。 芙蓉は、引き続き知り合いから情報を集めてくれないか? 熱心なファンがいるみたいだし」 「ええ。妙な場所で見かけたことがないか聞いてみます。 死体の保管場所に繋がるかもしれません」 「頼んだ」 「あ、そうだ。由美ちゃんのことは任せておいて。 十三課の先輩が見守ってくれてるから」 「なんだ、そうだったんですか。 よかった……それなら安心だ」 「うん。由美ちゃんに張り付いておけば、 現行犯逮捕もありえるしね。 ま……そんな場面に出くわさない方がいいけど」 「……」 現行犯逮捕。 由美が襲われている場面を押さえる……ってことだよな。 俺がその可能性を作り出してしまった。 早く遺体を見つけなくては……。 「よし、由美ちゃんを危険な目に遭わせないためにも、 早速行動開始といきましょうか」 「はい」 「ずっと落ち込んでるのはキャラじゃないし、 元気よく行こうかにゃ〜」 「うんっ、がんばろう」 「ファイトだ! おー!」 「わたくしもすぐに出ます。 そろそろ夕食のお買い物で商店街も賑わっていると 思いますから」 「うむ、みな気をつけてな」 「しかしもどかしいのぅ……。 わたしはいつも待っていることしかできん」 「俺たちが少しずつでも前進できているのは、 伊予の幸福を呼ぶ力のおかげだよ。 だから伊予は、家でゲームしてくれていればいい」 「しかしのぅ、たまには手伝いたいのじゃが……」 「……」 「よっし!」 「わたしも出かけてみようか!」 「それだけはやめてくれっ!」 四人で、この場所へ。 嶋さんは、いる。 “あの人”が来るのを、待っている。ずっと、ずっと。 だが、俺たちは招かれざる客だ。 アイリスが声をかけても、出てきてくれない。 それでも、引き下がるわけにはいかないから。 何度も何度も、声をかけ続ける。 そうしているうちに、日が暮れて。 駄目かと……諦めがよぎったとき。 「……」 「……あっ!」 「……ほんとしつこいんだけど、アンタら」 うんざりした顔の嶋さんが、俺たちの前に現れた。 (ありがとう、出てきてくれて) 「お礼とか言われても知らないし。 マジで話すことないんだけど」 (教えていただけませんか、西田巧のことを) 「だからなにも知らないってば。 あ、そっちの猫娘、近づかないで。 心覗いたら殺すから」 「は〜いはい、嫌われてるにゃあ……」 「そっちの子も来ないで。なんか怖いし」 (こ、怖い……。わ、私のこと……だよね?) 「他に誰がいるのよ。アタシが殺されそう」 (こ、殺さないよ……! 私たちは話を聞きたいだけなのっ。 ひどいことは絶対しないから……!) 「だから話すことないって。西田とか知らないし」 「恋人だったんじゃないの?」 「……」 (……お姉様、デリカシーなさすぎです……) 「え、なんで?」 (……。彼、別荘とか持っていなかった? そこに一緒に遊びに行ったりとかは) 「……知らない」 (じゃあ……あの日、君が殺された日。 二人でどこに行く予定だった?) 「……知らないってば」 (お願い、嶋さん。知っていたら教えて欲しいのっ!) 「知らないっつってんじゃん!」 (お願いっ! 突き止めなくちゃいけないの、 どこで殺人を犯しているのかっ) (頼む、嶋さん。 早くしないと、また犠牲者が出てしまう……!) 「……は?」 怪訝に、不機嫌そうに顔をしかめ、俺を睨みつける。 だが、初めてこちらの話に興味を示した。少なくとも、そう見えた。 「またってなに? アタシ以外に……誰か殺そうとしてるの?」 (……ああ。でもそれは、半分正しくない) 「は? どういうこと?」 「……」 (……もう、殺してる) (君はたぶん、二人目なんだ) 「……」 表情が歪む。 驚愕と、悲しみ。 でもそれ以上に―― 「……っけんな」 「ざっけんな……!」 「ザっけんなよあの野郎ぉぉぉおお!!」 嶋さんの背後で、ガシャン!! とけたたましい音が鳴った。 工事現場でなにかがあった。 それは嶋さんの、この煮えたぎるような、肌にひりつくような怒りが原因であることは、想像にかたくなかった。 (……。資材が倒れたようです。 よかった……声を聞く限り、負傷者はいないようです) 「さすがあたしたちを金縛りにしただけあるねぇ……。 これ以上怒らせるとやばいよ、ご主人。 あの子が誰かを殺しちゃう」 「あぁ、もう……っ、くそっ、もうっ……! うるっさいなぁ殺さないっての! なに、なんなのっ、くそ、くそ……っ!」 ガンッ、と電柱を蹴飛ばす。 今度は少し、その衝撃で電線が揺れただけ。まだ嶋さんは、正気を失っていない。 「……っ、ねぇっ、それマジなのっ?」 (……ああ、嘘はついてないよ。だから俺たちも……焦ってる) (犯行手口を突き止めて、証拠を見つけて。 次の犠牲者は絶対に出さないようにしなくちゃ……って) 「はっ……、優しそうな顔して、 凶悪犯だった……ってわけね」 「……」 「アタシを殺したのは……あいつなりの愛情表現かなって、 馬鹿みたいな想像してた。 それなら許せるかもしれないって」 「だから……聞きたかった。なんで殺したの? アタシのこと……好きだった?」 「でも、もう……いいや。 アタシじゃなくてもよかったんだ、誰でも、誰でも……」 「嶋さん……」 たまらず……といった様子で、琴莉がテレパシーを忘れ、彼女の名を呟く。 俺はとても、残酷なことを……してしまったんだろう。 幸せな想像のまま、彼女を送ってあげることもできたはずだ。 でもやつを野放しにしないために。 彼女に協力を求めるしかない。 (教えてくれないか。なにか……知ってることがあるのなら) 「……」 (頼むよ、嶋さん) 「…………」 「別荘は……知らないけど」 「勉強に集中するために、部屋を借りてるって言ってた。 あの日……アタシ、そこに連れていってもらったから。 どこか、知ってる」 (ど、どこっ?) 「…………」 「うまく説明できない。 アタシの心……覗いていいよ」 (い、いいの? 本当に?) 「いいっつってんじゃん。早くしてよ」 (……。葵) 「うっす」 ゆっくりと、葵が近づく。 『触るね』と断り、嶋さんに触れた。 「……」 二人を、霊子が包む。 三十秒ほど、きらきらと淡く輝いて。 『ふぅ』と短く息を吐き、葵が戻ってくる。 「オッケ。案内するよ、ご主人」 (すぐ近くなのか?) 「うん……っていうか、あたしたち、 すぐそばまで行ったことある」 (え、そ、そうなんだ……っ! やっぱり……あそこかな) (行きましょう。そろそろチェックメイトです) (ああ。ありがとう、嶋さん。本当に) 「……別にいいけど」 (じゃあ……行くよ、俺たち。 騒がしくして悪かった) 「……」 「待ってよ。こっちのお願いも聞いてくれない?」 (え?) 「なに? 嫌なわけ? やり逃げとかずるくない?」 (や、やり逃げって……。もちろん、聞くよ) 「意外と優しいじゃん。 あいつ捕まえる前にさ、会わせてくれない? このまま成仏すんの悔しいし」 「……」 「大丈夫だって、ぶっ殺したりはしないし。 アタシが殺さなくても……どうせ死刑だし」 「ただ一言言ってやりたいだけ。いいでしょ?」 (……。わかった。約束する) 「ありがと。アタシ、ずっとここにいるからさ。 いつでも声かけてよ。……じゃあね」 にこりと……初めて俺たちに笑顔を向け。 嶋さんは手を振り……景色に、溶けていった。 「……平気そうにしてたけど、平気なわけないよね。 強いなぁ……嶋さん」 (その強さに……応えなくてはなりませんね) 「……だな。行こう。嶋さんが教えてくれた場所に」 「うん、こっちだよ」 「……うん、よっし、行こうっ! 絶対に犯人を捕まえるんだ……っ!」 「ああっ」 (ここ……ですか?) 「そう」 (やっぱり……) 葵に案内してもらった場所は、ある意味予想通りで。 野崎さんが襲われた場所から、そう遠くない民家だった。 (部屋って言ってたからマンションとかを想像してたけど…… 一軒家か) ……表札がない。身元がばれるのを警戒してる? なんにせよ……ようやく見つけたぞ。 「……。あの、ご主人」 (どうした?) 「言い訳じゃないけど……あのときはあの子の思念が 強く残ってて、この家のこと……見逃した」 「もっと深く潜ってたらもう見つけてたかもしれないのに…… ごめんなさい」 (謝ることじゃないよ。 葵の能力は情報の取捨選択はできない。 その中で、葵は十分すぎるほどよくやってくれた) 「……うん」 (ど、どうする? と、突撃? 忍び込む?) (駄目です。人の気配がします。 おそらく……中にいます) (それなら……あまりここに長居するのもやばいな。 葵) 「う、うんっ、わかってる。 あの家に力を使えばいいんだよね」 (手を) 「ご主人も?」 (ああ。また……ひどい映像が見えるかもしれない。 俺も一緒に見るよ) (じゃ、じゃあ、私もっ!) (いや、俺だけでいいよ) (でも……) (俺だけだ) 「……」 (……わか、った) 「ご主人」 (ああ) 葵と手を繋ぎ、犯人の……今まさに、犯人が中にいる家へと、近づく。 存在を気取られぬよう、足を忍ばせ息を殺し。 玄関前へ。 葵は普通にしていても姿が見えないから、警戒心が薄い。俺はおそらく窓から丸見え。完全に不審者。 さっきかっこつけたくせに、葵に任せるべきだったかとちょっと焦る。 (マスター、大丈夫です。気づいた気配はありません。 今のうちに) (あ、ああ。葵、頼む) 「りょ〜かい。深く潜ってみるから、頭痛くなるかも」 (我慢する) 「うん」 葵が壁に手を触れ、目を閉じる。 数回浅い深呼吸をして。 目を、開く。 「行くよ」 (ああ) 「……」 「……ぅ」 力を使った直後、葵が呻く。 その顔は嫌悪で歪んでいた。 (なにか見えたのか?) 「ま、まだ……。でも……思念に触れただけで すごく気持ち悪い……。 深く潜る必要……ないかも」 (無理するなって言いたいけど……) 「わ、わかってる。大丈夫」 「……」 「今度こそ、いく」 「……」 「…………っ」 「ぅ……っ」 たまらず、俺も呻いた。 葵の言う気持ち悪さを、俺もはっきりと感じたから。 全身をミミズが這い回るような、体の内部をなで回されるような、醜悪でドス黒い感覚。 その不快感にまとわりつかれながら。 俺たちは、見た。 ――決定的な、映像を。 「ぅぁ……っ」 「……っ」 葵の悲鳴と共に、映像はブラックアウトする。 人だ。 人の一部が、あった。 なんだよ、あれは。 なんだよっ、あれは……ッ!! 「ごめ、も、無理……っ」 「……く、っ…………」 吐き気を覚え、葵を連れ急ぎその場を離れた。 映像は一瞬だった。 でもたったそれだけで、心に鋭い爪を突き立てられたような痛みと苦しみを覚えた。 くそ、よくも、よくもっ、あんなむごいことを……っ! 「お、お兄ちゃん、大丈夫っ!」 (マスター!) 「だ、大丈夫だ……っ」 「あ、あたしの心配もしてほしいにゃあ……なんて…… お、おぇ……っ」 「葵ちゃんも大丈夫っ? 横になる? 平気っ?」 (マスターも、顔が真っ青です。 ひとまずおうちに帰った方が……) 「そ、そうだな……、吐いてる場合じゃない……っ。 葵、歩けるか」 「だ、大丈夫。気持ち悪い、だけ」 「な、なにを……見たの?」 「……あとで話すよ。帰ろう。 今は……、梓さんにこのことを、伝えなきゃ……っ」 帰宅しすぐ、梓さんに連絡をとった。 遺体のありかはほぼ確定したといっていい。犯人は確かに、死体を蒐集し保管する異常者だった。あの映像で、それが明らかになった。 いや、死体を蒐集するだけじゃない。あいつは……。 ……。 とにかく今すぐ踏みいれば、すぐにでも事件は解決するだろう。でも、それはできない。捜査令状がなければ駄目なんだそうだ。 なくても調べること自体はできるけど、あくまでも任意。断られたら終わり。確実じゃない。 そして令状をとるためには、それなりの理由が必要。現状では、それがない。 サイコメトリーで見たから。そんなの誰が納得するのか。 犯人はわかった。殺害現場も、遺体の保管場所もわかった。あとは、それを霊的ではなく物的ななにか――遺品や遺体そのもの――で証明するだけ。 もう俺にできることは少ない。梓さんに全てを託して、通話を終えた。 「お待たせしました、夕食ができましたよ。 アイリス、お箸を配って」 (はい、お姉様) 「お、今日はエビフライか。いいのぅいいのぅ」 「コロッケもある。おいしそ〜」 みんなで食卓を囲む。 揚げ物の香ばしい、いい匂い。 けど約二名、浮かない顔。 「はい、これで全部です。さ、いただきましょうか」 「いっただっきま〜っす!!」 「……」 「……」 「……お兄ちゃん?」 「……ああ、ごめん、ボーっとしてた」 「葵姉さんも大丈夫? 元気ないけど……」 「元気はあるけど食欲はあんまない……」 「そこまでか。よほどひどい映像を見たようじゃの」 「ひどいっていうか……、ね、ご主人。 あれは……ね、ないね」 「……そうだな。ないな。 ……受け入れがたい」 「……なにを見たの? 嶋さんや野崎さんを殺した瞬間……とか?」 「いや、うぅん……それだったらまだマシだったけど……。 あまり口にもしたくないというか……。ね、ご主人」 「……食事中に話すことでもないよ」 「……。うん、そっか、そうだね」 (アイリスは声を聞くだけですが……、 実際に“見て”しまう葵お姉様は、それだけ負荷も 大きいと思います。今日は早めに休んだ方が) 「そうね。ご飯も無理して食べなくていいから。 でも体がもたないから、せめて一口か二口でも――」 「あ、思ったよりイケるわ。うまいわ。 エビうめぇ〜!」 「もう……、ふふ」 「俺たちも食べよう、いただきます」 手を合わせ、箸を取る。 いまいち食欲がないけど、ゆっくり噛んで、少しずつ食べ進める。 「梓の方はどうじゃった」 「捜査自体は相変わらずの進展なしだってさ。 なにも出てこない」 「ただ、ここまでしてもらったんだから 必ず掴んでみせるってさ。 少なくとも明日にはなにか」 「明日か、大きく出たの」 「でも本当に、明日にでも解決できるといいね。 土方さんが心配だし……」 「見張り……じゃないか、護衛? を二人に増やしてくれてるってさ。 二十四時間体制で守ってくれてる」 「犯人は野放しか」 「いや、そっちにも一人か二人。 十三課って、動ける人間が五人くらいしかいないみたいで。 捜査自体は梓さんがほぼ単独でやってるのかな」 「なんじゃ……おじじのときとなにも変わっておらんな。 道理で進展がないわけじゃ。 人手不足にもほどがある」 「わたくし共もなにかお手伝いした方が よろしいでしょうか。もっとも、できることは 少ないでしょうが……」 (アイリスが伏見様に同行するのはいかがでしょう。 聞き込み調査などでお役に立てるかと。 アイリスに隠し事はできません) 「アイリスの力で読み取っても、 それを根拠にできないんじゃないかな。 誰もが納得する物証を探さないと、だから」 (そうですか……) 「でも、アイリスの力が必要になったら、 梓さんの方から連絡があると思う。 そのときは、よろしくな」 (はい。がんばります) 「ねぇねぇ、伊予ちゃん」 「ん? なんじゃ」 「私のあの力、なにかに応用できないかな。 みんなみたいにテレパシーとか、サイコメトリーとか」 「応用もなにも、自在に操れるのか? あの力を」 「……無理です」 「じゃろうな」 「色々試してみたんだけど……。 ど、どうしたらいい? どうしたら使える?」 「今のままでは無理じゃ。 次のステップに進まねば」 「次の……ステップ?」 「その通りじゃ。まずは……そうじゃな。 そこのティッシュを取ってくれるか」 「う、うん」 「うむ、ありがとう」 「そのティッシュをどうするの?」 「ズビーーー!」 「んっ?」 「……はぁ、すっきりした」 「え?」 「芙蓉、おかわりくれるかの」 「はい、ただいま」 「あたしのも〜!」 「は〜い。ふふ、姉さん、食欲あるじゃない」 「あ、タルタルソースもちょうだい。なくなっちゃった」 「はい。少々お待ちください。 余分に作ってありますので、全部持って参ります」 「おねが〜い。やっぱエビフライにはタルタルっしょ〜」 「ちょちょちょちょ、ちょっ、タルタルソースはいいから」 「え?」 「え? じゃなくて。な、なんでティッシュ取らせたの?」 「だって鼻が詰まってたから……」 「鼻っ? え、力の使い方は?」 「そんなの知りませんけれども」 「も〜〜〜〜〜! 伊予ちゃんいっつもそ〜〜! も〜〜〜〜〜〜!」 「ひゃっひゃっひゃっ! まぁ焦るな。 琴莉は普段通りにしておればよい。のぅ、真」 「へ? なに?」 「……聞いておらんかったのか。 景気の悪い顔しおって」 「ああ、ごめん。梓さんに任せきりもあれだろ? 芙蓉やアイリスが言ってたみたいに、 他になにかできないかなって考えてて」 「なにかあればあっちから連絡があると言ったのは 真じゃろうが。真面目なのはよいが、 食事中くらい肩の力を抜け」 「っていうか、肩だけじゃなくて 色々抜いてやろうか? わたしが。 ん? んっ?」 「……ばっかじゃね〜の」 「おい! そういう冷めたリアクションやめろっ!」 「アホなこと言うからだろ」 「っていうか抜くならあたしがやりますけれども」 (あ、あの、アイリスも……) 「いやいいからっ、ほんといいからっ」 「いいじゃんしようよぅ! あ、コトリンも一緒にする?」 「えっ!? いえ、あのっ、そ、そういうのっ。 反応に困るんですけれどもぉ……っ!」 「ひゃっひゃっひゃっ! まぁ焦るな。 琴莉は真を支えてやればそれでよい。のぅ、真」 「へ? なに?」 「……聞いておらんかったのか。 景気の悪い顔しおって」 「ああ、ごめん。梓さんに任せきりもあれだろ? 芙蓉やアイリスが言ってたみたいに、 他になにかできないかなって考えてて」 「なにかあればあっちから連絡があると言ったのは 真じゃろうが。真面目なのはよいが、 食事中くらい肩の力を抜け」 「っていうか、肩だけじゃなくて色々抜いてもらえ、琴莉に。 主にあっちの方を」 「……なに言ってんだお前」 「あ、あの、そういう冗談、困るといいますかぁ……!」 「はい、ご飯とタルタルソースのおかわりです。 真様、残しても大丈夫ですからね。 ご無理なさらぬよう」 「ああ、大丈夫。食べるよ、ちゃんと」 「はい。アイリスは? おかわりはいる?」 (ありがとうございます、まだ大丈夫です) 「あれじゃな、タルタルだけでご飯三杯いけるな」 「これおいし〜よね」 「こら、姉さんっ。お皿を直接舐めないのっ」 芙蓉が台所から戻ってきてくれたおかげで、下世話な話はあれ以上広がらず。 みんな会話よりも食事に集中し始め、モグモグと口を動かす。 俺もこれ以上芙蓉を心配させないように、ガツガツと胃に収めていく。 ただ、自分でも情けないと思うし、せっかく作ってくれた芙蓉にも申し訳ないけれど。 料理の味は、よくわからなかった。 夕食後、すぐにベランダへとやってきた。 ビールも持ってきたけど……正直なところ、あまり酔う気にはなれない。 喧嘩すらろくにしたことない俺が、今日初めて……人の本物の悪意に触れた気がした。 それに対して抱いた感情が、怒りなのか、怯えなのか、それともまったく別のものなのか。判然とせず、戸惑っていた。 いや……それ以上に。 今日見た映像は、俺の想定していた中でも最悪の部類で。いや、想定の遙か彼方、まったくの外にあったもので。 認めたくないとか、冗談だろとか、色々な気持ちや言葉がごちゃごちゃに押し寄せてきて、処理が追いついていなかった。 「……ふぅ」 ため息をつきつつ、プルタブを起こした。 プシュッという気の抜ける音とともに、泡が少しだけ溢れる。 酔った方がよさそうだ。感覚を麻痺させよう。悩んだところで、答えのでる問題でもないから。 それに、たぶんそろそろ―― 「おに〜ちゃん」 予想通り、琴莉がやってきた。 俺の顔を覗きつつ、隣に並ぶ。 「お邪魔します」 「うん」 俺の視線を追い、琴莉も空を見上げる。 けれどまたすぐに俺を覗き見て、心配そうに口を開いた。 「大丈夫?」 「うん?」 「へこんでる?」 「ああ……いや、そこまでじゃ」 「そっか」 「……」 「やっぱり……私も一緒に見ればよかったかな。 あのとき……」 「いや……見ない方がよかったよ。 あれは……見ちゃ駄目だ」 「でも、お兄ちゃん話してくれない。 あとで話すって言ってくれたのに」 「私も……共有したいのに。 お兄ちゃんが、悩んでること……」 「あ〜……」 「あ、助手だからだよ? 助手だからっ」 「あぁ、……うん」 「……」 「秘密にしてるわけじゃないんだ。 ただ……なんていうのか。 俺の中で、まだ整理がつかなくて」 「なんて話したらいいか、わからないんだ。 でも必ず話すから。待っててくれないか」 「そのうち……って言い方しか、できないけど」 「……。うん。そう、だよね。 私……お兄ちゃんの気持ち、考えてなかったね」 「大変なもの見ちゃったら……そうだよね。 口にするのも……つらいよね」 「まぁ……うん。そんな感じ、かな。ごめん」 「ううん、私の方こそごめんなさい。 拗ねちゃってたのかな。でも……うん。 そういう自分勝手なのは駄目だね」 「もうわがまま言わない。ごめんね?」 「いや……」 「……」 「ちゃんと話すよ。そのうち……近いうちに、必ず」 「あ、お兄ちゃんじゃなかった。真さんだ」 「切り替えるのややこしいなら、 どっちかに統一してもいいよ」 「どっちがいい?」 「琴莉の好きなように」 「ん〜、じゃあやっぱり……私は真さん、って 名前で呼びたいかな〜」 「じゃあそれで」 「あ〜、なんか適当〜」 「ぶっちゃけると、お兄ちゃんも実は捨てがたいんだよね」 「じゃあ今まで通り。助手のときはお兄ちゃんで、 恋人のときは真さん」 「先生……とかもありかな」 「も〜、適当に言ってない?」 「真面目真面目」 「ふふ、じゃあ考えとく」 微笑んで、空を見上げる。 ほぅ、とため息のような吐息をこぼして。 またちらりと、俺を見る。 「大丈夫?」 「うん?」 「やっぱり……私も一緒に見ればよかったかな。 あのとき……」 「ああ……いや、見ない方がよかった。あれは」 「でも、真さん話してくれない。 あとで話すって言ってくれたのに」 「私も……共有したいのに。 真さんが、悩んでること……」 「あ〜……」 「……」 「秘密にしてるわけじゃないんだ。 ただ……なんていうのか。 俺の中で、まだ整理がつかなくて」 「なんて話したらいいか、わからないんだ。 でも必ず話すから。待っててくれないか」 「そのうち……って言い方しか、できないけど」 「……。うん。そう、だよね。 私……真さんの気持ち、考えてなかったね」 「大変なもの見ちゃったら……そうだよね。 口にするのも……つらいよね」 「まぁ……うん。そんな感じ、かな。ごめん」 「ううん、私の方こそごめんなさい。 拗ねちゃってたのかな。でも……うん。 そういう自分勝手なのは駄目だね」 「真さんが落ち着くまで、待ってる。我慢する」 「ちゃんと話すよ。そのうち……近いうちに、必ず」 「うん。じゃあ……この話はおしまいっ」 「お風呂どうする? そろそろ沸くと思うよ。 一番に入る?」 「いや、俺はあとでいいよ」 「じゃあ私先に入っちゃお。 あ、デザートにゼリーあるからよかったら食べてって、 芙蓉ちゃんが」 「風呂出たら食べよっかな」 「うん。じゃあお風呂入ろ〜っと」 踵を返し、琴莉は家の中へ戻っていく。 姿が見えなくなるまで見送って、体を正面に戻しビールを一口、流し込む。 「そのうちとはいつじゃ」 「……おっと」 さっきまで琴莉がいた場所に、伊予がふっと現れた。 「いたのか」 「声をかけそびれての」 「姿まで消すことないだろ」 「なんとなくじゃ」 投げやりにそう言って、柵に背中を預ける。 「で?」 「なにが」 「葵を通してなにを見たかは想像がつく。 それをいつまでも胸に秘めておくわけにはいかんじゃろう」 「いつか琴莉には伝えねばならぬ。 先延ばしにしても、つらいだけじゃぞ」 「……わかってる」 「琴莉にとっては、知るべき事実じゃ。 傷つくかもしれないと心配するのはもっともじゃが――」 「わかってるって、伊予」 「……」 「なら、よい」 ため息をつき、ゆっくりと夜の闇に溶ける。 「だから姿消すことないだろ」 「なんとなくじゃ〜」 そのまま、気配が遠ざかっていく。 わかってる、わかってるんだ。伊予の言うとおり、伝えなくちゃいけない。全てを、琴莉に。 でも、躊躇ってしまう。 それは琴莉を思ってのことじゃなくて……あるいは、自分のためなのかもしれない。 ……。 心の準備を……しておかないとな。 たぶんその日は、近いと思うから。 明日までにという約束通り、梓さんが情報をひっさげやってきた。 居間にみんな集まり、ちゃぶ台を囲む。 麦茶を一気にあおってから、梓さんは話を切り出した。 「まずは、真くんたちが見つけてくれた西田の潜伏先…… 死体の保管場所について」 「親戚が所有している物件を、西田が使っているみたいね。 寝泊まりもそこでしているみたい」 「親戚……そっか。 表札がなかったのは、元々空き家だったから? 見つからないわけだ」 「……解せんな。西田に仲間が張りついておったのじゃろう。 そこで生活しておるなら、なぜ真より先に発見できんかった」 「え〜……言い訳になりますが、 毎日というわけではなく、実家に帰ることもあり……。 張ってるときはたまたまそのパターンで……」 「張ってるとき?」 「う……お恥ずかしい話、人手不足でして……。 二十四時間張りつくのはなかなか難しく……」 「十分に監視できておらんかったわけか。 人手不足人手不足……。 怠慢じゃのぅ……」 「面目ないです……」 「そんな、謝る必要ないですよ。 由美の護衛をしてくれているおかげで、 俺たちは安心して動けるんですから」 「そっちはご心配なく。完全に二十四時間体制でございます。 西田の方も人を増やして一日中張り付いてる」 「で、話を戻すね。ペーペーの私は連絡係だから、 しっかりこなさないと」 「西田の潜伏先なんだけど、葵ちゃんが見た映像によれば、 あそこに遺体を保管しているのは間違いない。 ってことでいいよね?」 「いつもたぶんとかおそらくとか言っちゃう あたくしでございますが、今回は自信を持って イエスです!」 「うん。でも、特に周囲から苦情は出ていないんだよね」 「くじょう……? なんのです?」 「主に臭い」 「死体の腐敗臭……ですか」 「あ……力を使ったとき臭いは……してなかった……かな? すぐ止めちゃったからそこまでわかんなかったや」 (腐敗する前に処理した……ということでしょうか。 よくわからないのですが、埋めてしまえば臭いも?) 「……いや、埋めたりはしないよ。 あいつが死体コレクターであることは間違いない。 自分の目の届くところに置いてあるんだ」 「……見たの?」 「……」 「ああ」 「しっかりと、飾ってあったよ」 「……ぅ」 想像してしまったのか、琴莉が息を詰まらせ呻く。葵も顔をしかめ、口をへの字に曲げた。 俺もたぶん、似たような顔をしてしまっている。 「虫がわいているって苦情もない。 つまり……西田はなんらかの方法で死体の腐敗を 防いでるってこと」 「その裏づけになるかはわからないけど、 電気代が異常に高い。クーラーを一日中使ってても あんなにいかない。これって不自然だよね」 「電気代……。 うちの電気代もすごいですが……」 「な、なんじゃ! そんな目で見られてもゲームはやめんぞっ!」 「い、いえ……すみません、つい……おほほほ……」 「犯人は、電気代のかかる方法で死体を腐らないように してるってこと……かな? なにしてるんだろう」 (おっきな冷蔵庫に入れて冷やす……とか?) 「あははっ、それはないでしょ〜。 安易すぎるっしょ〜。 想像力が足らんぞ〜アイリス〜」 「……」 「ううん、ありえると思うけど」 「……えぇ?」 「……」 「ちょ、おい、ドヤ顔やめなさい」 「葵お姉ちゃんの想像力が足らなかったね」 「な、なにおぅ!!」 「よせ。話が脱線する」 「ぅ……すみません」 (……ごめんなさい) 「まぁ、私もそういう方面には無知だからなんともだけど…… 死体を冷蔵、あるいは冷凍保存するってケースは 実際にちょいちょいあるんだよね」 「だから、今回でもあり得ると思う。 真くん、どうだった? そんな感じした?」 「……いや、すみません。そこまではっきりしたことは」 「ノイズ混じりの映像だからにゃあ……。 あんまりくっきりとは見えないよ」 「う〜ん、そっか。まぁ、そんな推測はどうでもいいんだ。 とにかく、なんらかの方法で腐敗を防いでいるのは ほぼ間違いないってこと」 「しかし……またもや解せんな。 電気代はどうしておるのじゃ。 非常識な額であれば、親が不審がるじゃろう」 「一応お店手伝ってるし……バイト代貰ってて それで払ってるとか? 自分で」 「そうでもないみたいなんだよねぇ……。 どうも、親戚から金銭的な援助も受けているみたい。 電気代も親戚の口座から引き落としになってる」 「で、予備校にも通ってて、そっちの学費も親戚持ち っぽいんだよねぇ……。ど〜も、かな〜り 金銭的に甘やかされてるみたいね」 「ただ、その予備校にはあまり行ってないみたいだけど」 「勉強には熱心じゃない? だから浪人してるのか」 「でも、日中は図書館にいるんだよね。 医学書を読みあさってるみたい」 「医者になる気はあるのかな。 でも受験には使わないよね? 変なの」 「そこは本人に聞いてみないとわかんないけどね。 わかってるのは、交友関係が非常に狭いってこと」 「女性との接点なんて、お店でしかないんじゃないかな。 図書館でも誰とも話さないみたいだし」 「これは由美ちゃんの友達からの情報なんだけど、 嶋さんの家庭教師してたとき、 勉強終わったあと二人で夕食をとってたんだって」 「でも料理はできないから外食がメインなんだけど、 大木屋でお弁当をよく買っていた、って」 「それがきっかけで犯人と嶋さんが親しくなった……」 「商店街でよく夕食を買っていたそうですから、 顔を合わせる機会は多かったでしょうね」 (土方様もよくお弁当を買っているから……) 「うん、つまり客の中から獲物を選別してるってこと。 ちょっと難しく考えすぎてたなぁ……。 共通点はなんてことない。それだよ」 「ふむ……。こちらが求めている情報がなかなか出てこんな」 「ぅ……。そこがつらいところでして……」 「結局、犯人逮捕に繋がる証拠は見つけられなんだか」 「またしても面目ないです……」 「無理矢理とつにゅ〜しちゃ駄目なの?」 「無理。遺体が私有地にある限り、法に守られてる」 「ほう? よくわかんないけど、 人間はめんどくさいにゃあ……」 「現状でも……西田に任意同行を求めることはできるの。 嶋さん――行方不明の少女を連れ去った疑いが あるんですけど、ってさ」 「でもその疑いすらもか細い。裏づける証拠がない。 全部真くんからの情報だから」 「せめて正確な時間とかがわかれば…… この時間アリバイないね、とかそういう攻め方も できるんだけど……」 「慎重だったのか、運がよかったのか、 目撃証言がないんだよなぁ……。 せめて一緒にいるところを誰か見ていれば……」 「嶋さんのお友達は? よくあそこでたむろしてたって」 「ごめん、たむろの件は無関係だった。 あと、友達も……少なかったみたいね」 「いるにはいるけど……そこまで関係は深くなかったみたい。 彼氏がいたかどうかも知らないってさ」 「そっかぁ……余計にシンパシーを感じると言うか……。 でも、うぅん……じゃあ、どうしたらいいんだろう……」 「一応……課長から最終手段と、 新しい依頼を預かってきてる」 神妙な顔で、バッグを漁り。 取り出したデジカメを、ちゃぶ台の上に置いた。 「葵ちゃん、アイリスちゃん」 「はいはい?」 (はい) 「西田の家に、これもって潜入してもらえないかな」 「ぬ?」 (はい?) 二人が、きょとんと。 そうか……写真を撮ってこいってことか。 (先ほど突入は無理と仰っていましたが……) 「警察はね。でも二人なら、誰にも気づかれず侵入できる。 リスクなしで物証を得られる」 「あっ、そっか! 余裕ですわ!」 「で、でも、ドラマとかで見たことありますけど、 盗聴とか盗撮って、証拠品として使えないって……」 「そうとも限らないけどね。でも今回の場合は、 私有地に勝手に入って勝手に写真を撮るわけだから、 違法性がある。だから、裁判じゃとても使えないね」 「でもたとえ違法性があっても、警察を動かすには十分」 「なるほど……あくまで事件性を示すための 道具として使う、ということですね」 「そう。悔しいけど……十三課は加賀見家に情報を渡し、 生身の人が関わる事件であればそれを調査し、 他の課に情報を渡し、解決してもらう」 「大学生のレーザーポインターの事件がそうだったでしょ? 私たちの仕事はあくまでも橋渡し。 解決するのは真くんや他の課に任せることになる」 「頼りきりで本当に情けなくはあるけれど、 この事件を解決できる人たちに託すための情報を、 もぎ取ってきて欲しい」 「どうかな。頼めないかな」 「断る理由はありませんよ。 できるな、葵、アイリス」 「まっかせて〜!」 (はい、やり遂げてみせます) 「……いや、無理じゃ。二人には荷が重い」 「い、伊予ちゃん、二人もやる気になってくれてるし……」 「いえ……きっとそういうことでは。 なんとなくですが、心当たりが」 「うむ。葵、アイリス。どちらでもよい。 写真を撮ってみせよ」 「え、いいのっ? 撮る撮る! ご主人笑って〜!」 「あ、ああ」 嬉しそうにデジカメを手に取り、レンズをコチラに向ける。 「ん〜? どうすればいいの?」 「これじゃない? ここのボタンを押す」 「わかりました。ご主人、いちたすいちは〜?」 「に〜」 「……」 「二であってる? よん?」 「あってる、二であってるから。早く撮りなさい」 「はいチーズ!」 ようやくシャッターがおり、撮影完了。 強烈なフラッシュで目を焼かれたが、騒いでいい場面でもなかったからなんとか我慢した。 「で、どうするの?」 「ちょっと貸してね」 「はい」 「撮った写真はここで……って、あれ?」 梓さんが首を傾げる。 デジカメのモニターを覗き見た伊予は、『うむ』とうなずいた。 「なに? どうしたの?」 「見てみて」 梓さんがモニターをこちらに向ける。 ……んっ? 「なんだこの写真、こわっ」 「なんか……ぐにゃぐにゃになってる? 光が歪んでるっていうか……」 「真様もおどろおどろしい姿に……」 (葵お姉様がなにか間違えたのでは) 「え〜! 間違えてないよ〜! ちゃんとボタン押したもん!」 「アイリスもやってみよ」 (……はい) アイリスがカメラを構え、『失礼します』と断って俺をパシャリ。 結果は……。 (……同じです。歪んでしまいました……) 「ほら〜! あたしのせいじゃなかった〜! カメラが悪いんだよ〜!」 「え〜、マジで〜?」 梓さんがカメラを適当な方向に向け、シャッターを切る。 モニターを確認すると、扇風機がはっきりと写っていた。 「ちゃんと撮れてるじゃん」 「あれっ?」 (では……アイリスたちに原因が?) 「でしょうね。おそらく、わたくしが撮っても同じように」 「うむ。どうも……鬼はカメラとの相性が悪いようでの」 「鬼自身がカメラには写らんじゃろう? それが関係しておるのか……あるいは、鬼の発する霊子が 写し出す像に影響を与えるのか……」 「とにかく、鬼が写真を撮るとまず間違いなく 心霊写真になる。一昔前は……鬼に写真を撮らせて 投稿系の雑誌に送りつけて賞金を稼いだものじゃ……」 「……なにしてんだお前」 「うっさい。つまりじゃ、侵入は問題なくできるじゃろう。 じゃが、写真を撮ったところで使い物にはならんぞ。 間違いなくな」 「マジですかぁ……唯一の突破口が……!」 脱力し、ちゃぶ台に突っ伏す。 「どうしよう……他の手考えないと……」 「しかし、解せんことだらけじゃ。 十三課の課長は、鬼が写真を撮れんことを 知っておるはずじゃぞ」 「え、でも……鬼に撮ってきてもらえって……」 「本当に『鬼に』と、そう言ったのか?」 「あ〜…………どうだろう、言ってたかな……」 「あの狸め」 伊予が吐き捨てる。俺も、理解した。 課長さんの言葉の、本当の意味を。 「そういうことね」 「え、な、なに? なにが?」 「俺の出番ってこと」 カメラを手に取り、パシャリとちゃぶ台を写す。 当然、問題はなし。しっかりと写っている。 「え、えっ、お兄ちゃんが? 潜入するの?」 「ま、待って、待った。そういうことなら撤回する。 この依頼なしなしっ」 「そんな権限が梓にあるのか?」 「ぅ、ない、けど……」 「なんにせよ、十三課以外を動かすためには、 証拠が必要なんですよね。撮ってきますよ、しっかりと」 「え、あ、危ないよっ。っていうか、犯罪? あっ、警察の依頼だから、犯罪じゃないです?」 「……普通に犯罪です」 「じゃあ駄目だ! 駄目だよお兄ちゃんっ! 危ないし危険だよ! デンジャーだよ!」 「落ち着けって。十三課の課長さんは、爺ちゃんと 一緒に仕事してた人だ。長い経験がある」 「そんな人がこういう決断をしたってことは、 それだけ余裕のない状況ってことだ」 「だったら、引き受けるしかないでしょ。 それに葵たちがいる分、俺は普通の人たちよりも うまくできる可能性が高い」 「でも……」 「わたくしも反対です。真様の負うリスクが高すぎます」 「……。おじじのときも、たまにあった。 法に縛られ警察が動けぬ場合、おじじが動く」 「じゃが……殺人犯の自宅に乗り込むなど、 これが初めてじゃ。無理難題を押しつけてくれる。 実に気に食わん」 「気に食わなくても、やらなきゃいけないこともある。 受けますよ、その依頼。俺自身、この目で確かめたいって 気持ちもあるから」 「ありがとう、と素直に言えない状況だけど……」 「……」 「せめて、私も同行する」 「阿呆。それでは意味がない。真を使うのは、 万が一があった場合、警察の関与を否定できるからじゃ」 「梓もついて行ったらどうなる。証拠があろうがなかろうが、 警察が不法行為を行ったという事実が残るぞ」 「うぐ……。正義を成したくて刑事になったのに……。 一般人に危ないことさせなくちゃいけないなんて……」 「一般人じゃないっすよ。霊能探偵、っすから」 「……」 「やっぱり、私も行く。せめて、近くまでは一緒に行かせて。 中まで一緒にって言えないのがかっこ悪いけど…… 伊予ちゃんの言うことも正論だし……」 「でもやっぱり、安全な場所で報告を待つなんてできない。 真くんにリスクを背負わせるなら、私は責任を負いたい。 だからせめて、そばで見守らせて」 「……」 「わかりました。じゃあ、一緒に」 「ごめんね。いつも強引で。 どうせ前みたいに見てるだけで役には立たないけど……」 「いえ、心強いですよ」 「最近では珍しい熱血刑事じゃのぅ。 軽率じゃとは思うが……」 「あはは……すみません。 それに、気持ちだけでいつも頼りきりだけど……」 「真くん、今回も……お願いします」 「真くん」 「はい」 「お願い、します」 「はいっ」 力強く、うなずく。 みんなに頼りきりで、俺にできることはあまりなかった。 けれど、ようやく役目を得たのなら。 全力を尽くさないと。 さらなる犠牲者を出さないために。 それに……俺自身にも余裕がなかった。 由美が西田と食事の約束をしてしまう前に、実際に出かけてしまう前に。 この事件の……片をつけなくては。 「葵、アイリス。一緒に来てくれるな」 「もちのろん。どこまでもお供しまっせ〜」 (常に力を解放状態にしておきます。 人の接近に、すぐに気づけますから) 「うん、頼んだ。芙蓉には犯人を見張って おいて欲しいけど……あまり目につかない方がいいか」 「いえ……やらせていただきます。 もし予定外の行動を取るようであれば、 話しかけて引き留めましょう」 「うん、それで鉢合わせる危険性はさらに減るね。 頼んだ」 「西田についてはこっちでもしっかり監視しておく。 もちろん、由美ちゃんの護衛も」 「お願いします。よし、あとは西田が留守の間を 見計らって――」 「ま、待って。私は?」 「あぁ……琴莉は……」 「行くから、絶対に、一緒に行くからっ」 「私、助手だもん……! だから絶対、一緒に行く!」 「……」 「わかった、一緒に行こう」 「うんっ」 「……。おじじも真も、言い出したら聞かん。 わたしがなにを言おうが考えを変えないのは わかっておるが……」 「危険なのもわかってる。まぁでもその分、 報酬がよかったりするんじゃない?」 「報酬など……。金で命が買えるわけでもあるまいに」 「伊予様、ちなみに金額でございますが……」 「……む?」 ひそひそと伊予に耳打ち。 その瞬間、気怠げだった伊予の目がカッ! と見開いた。 「まこちゃん! 張り切って行ってらっしゃい!!」 「……ほんと現金だなお前」 「……いくらだったんだろう」 「案ずるな。真が犯人に襲われて死んでしまっても わたし一人であればしばらくは生きていける金額じゃ」 「お前なっ! 縁起でもないこと言うなっ!」 「ひゃっひゃっ! ま、無理せぬようにな。 危険を感じたら、証拠を得られなくとも逃げろ。 チャンスは一度ではない」 「わかってる。慎重に行く」 「今から早速行っちゃう?」 「そう行きたいところではあるけど……」 「今日は無理だね。シフト入ってないはず。 どこかに出かけない限り、家にいる。 明日は夜から店番かな」 「じゃあ……最速で明日か」 「そういえば……どうやって家の中に入るの? 死体を隠してるくらいだから、戸締まりは しっかりしてるだろうし……」 「心配ご無用。ベタベタですが、庭の植木鉢の下に 合鍵が隠してあるのを既に確認済みでございます」 「なるほど、それを使えば簡単に入れますね」 「そういうこと」 「余裕じゃん。正面から堂々と入れるじゃん」 「もしなかったら?」 「もちろん出直します。 窓割ったりとかそういうのは駄目。 これ以上犯罪めいたことさせられない」 「もちろん出直してください。 窓割ったりとかそういうのは駄目。 これ以上犯罪めいたことさせたくない」 「まぁ確かに……強引に入っちゃったら まるっきり空き巣ですよね」 (犯人は一人暮らし……なんですよね?) 「うん。親戚と一緒に暮らしてるってことはないよ」 「ある意味死体と同居しているわけですが…… 彼女たちにとっては望まぬ生活。 早く解き放ってあげねばなりませんね……」 「ああ。野崎さんと嶋さんがいるはずだ。 それに……」 「……」 「いや。よし、明日に備えて今日はゆっくりしよう。 芙蓉、今日の晩ご飯は?」 「イカとにんにくの芽の塩炒め……のつもりだったのですが、 もっと精のつくものにいたしましょう」 「せい!? 肉!?」 「お肉かなっ! ハンバーグかなっ!」 「ハンバーグは材料がないから……そうですね、 豚の冷しゃぶなどはいかがでしょう」 「お、いいね」 「冷しゃぶ! 初めて聞く!」 「きっとおいしい!」 「ゴマダレじゃな、ゴマダレ」 「私ポン酢派〜」 「ふふ、両方ちゃんとありますよ。 まだ時間はありますが……よろしければ伏見様も ご一緒にいかがですか?」 「いや、私は。さすがにのほほんとしてられないしね。 明日までになにか見つければ、真くんが危険なこと しなくて済むし」 「ってわけで、このあたりで失礼。 また連絡するね」 「はい、お願いします」 「うん。じゃ、また明日」 立ち上がり居間を出た梓さんを追って、みんなで玄関まで。 しっかりと見送って、居間に戻り。 テレビをつけ、くつろぐ。 もう明日の話は、しなかった。 「腹減ったな〜。ぺこぺこ」 「あたしも〜。ご飯まであとどれくらい〜?」 「あと一時間くらい。もうしばらく辛抱してね」 「アニメも始まるまで、まだ三十分ほどあるの。 腹が減ると時間が長く感じるのぅ……」 「アニメかぁ……。子供のころはよく見てたなぁ。 なんだっけ、アイドルのやつ」 (たぶんその続編が今もやってます。 毎週楽しみです) 何気ない会話を交わしながら。 ただただ、普通に過ごした。 夜も更け、寝床へと入る。 けど、なかなか寝付けなくて。 明かりをつけ、PCも起動。 特に目的もなく、ネットの世界を徘徊する。 なんてことないと、そう振る舞ってはみたけれど。 「……」 緊張は隠せなかった。 適当に開いた動画も、あまり頭に入ってこない。 犯人の自宅に踏み込むことよりも……俺が会ってきた人たちに、明日、本当の意味で“対面”することに。 葵を通して見た映像を、目の当たりにしなければならないことに。 俺は、恐れを感じている。 情けないことに、手が少し震えていた。 ……武者震いと思いたい。 「……お兄ちゃん?」 動画の音に紛れてしまいそうなほど控えめなノックと、琴莉の声。 ブラウザを落として立ち上がり、扉を開ける。 「わっ、お、起きてた」 「どうしたの?」 「えっと、特に用事はないんだけど……。 音が聞こえたから、もしかしてまだ起きてるのかな〜って」 「ああ、起きてたよ。入る?」 「あ、ううん。心配で様子見に来ただけだから……」 「あ〜……心配かけちゃってたかぁ」 「ふふ、ここがずっとクシャクシャってなってるよ」 俺の真似か、難しい顔をして眉間を指さす。 「そんな顔してる?」 「あはは、ちょっと大げさかも。 でも、緊張してるな〜って」 「まぁ……そうだね。かっこつけてみたけど、さすがに」 「だよねぇ……。犯人の家に侵入なんて、ドラマみたい。 普通緊張するよね。実は私も……ドキドキしてて」 「でも大丈夫だよ、お兄ちゃん。 私、がんばるから」 「なにがあっても、お兄ちゃんを守るから。 あの力で」 「うん、ありがとう」 「でも……自由に使えないのが難点ですが」 「あはは、頼りにしてる」 「うんっ。ふふ、よかった。笑ってくれた」 「じゃあ、おやすみなさい。 明日がんばろうねっ!」 「あぁ、待った。琴莉」 「うん?」 「あ〜……」 「……」 「ごめん、なに言おうとしたか忘れた」 「ふふっ、本当に大丈夫?」 「頭が働いてないみたいだ。寝るよ」 「うん、おやすみなさい。 ゆっくり休んでね」 「ああ、琴莉も。心配してくれてありがとう」 「ふふ、うんっ。おやすみなさい」 琴莉が扉を閉め、気配と足音が遠ざかっていく。 おかげで少しだけ、緊張がほぐれた。 けど、琴莉。 守ってもらうよりも、俺は……。 「……」 「なにがあっても……か」 「……真さん?」 動画の音に紛れてしまいそうなほど控えめなノックと、琴莉の声。 ブラウザを落として立ち上がり、扉を開ける。 「わっ、お、起きてた」 「どうしたの?」 「音聞こえたから……起きてるのかな〜って。 実は起こしちゃった?」 「いや起きてた起きてた。入る?」 「う、うん」 琴莉が部屋の中へ。 デスクトップ画面を映すモニターを覗き見て、振り返る。 「邪魔しちゃった?」 「動画サイトで適当に動画漁ってただけ。犬とか猫の」 「あ、私もよく見る! 見てるとニヤニヤ〜って しちゃうよね」 「するする。癒やされる」 「ちょっとは緊張ほぐれた?」 「あ〜……」 取り繕ったつもりでも、バレバレだよな。 返答に困ってる俺を見て、琴莉が『ふふ』と微笑む。 「ますます怖い顔してたから、大丈夫かなって 様子を見に来たのです」 「ますます?」 「うん。昨日からよくここがしわくちゃになってる」 眉をひそめ、皺が寄った眉間を指さす。 自覚は……まぁ、あるな。 「ストレス凄そうだなって、心配になっちゃって」 「ストレス……う〜ん、どうなんだろうな。 緊張してるのは間違いないんだけど……」 「緊張で眠れない?」 「かっこ悪いけど」 「かっこ悪くないよ。だって、大任? 大役? を 務めなくちゃいけないわけだし。 緊張して当然です」 「その緊張をほぐすために、助手であるこのわたくしが いるのでございますよ」 「お、頼りになる。 ほぐすってことは、マッサージでも?」 「あ〜……あんまり考えてなかったけど、 じゃあ、マッサージしてあげる! 眠くなるように!」 「そりゃありがたい。でもさ」 「? なに?」 「実は琴莉も結構緊張してるだろ」 「……バレましたか」 照れ笑い。 やけにテンションが高いから、そうだと思った。 「琴莉にもマッサージが必要そうだな」 「じゃあ、二人でマッサージ……」 「……」 「? どうした?」 「い、いえ……なんでも……」 「……」 「……」 「変な想像しただろ」 「ぅ……」 「まぁ、俺も考えたけどね」 赤面している琴莉の肩を抱き、ベッドに座らせる。 特に抵抗はされなかったけれど、まだ覚悟が決まっていないんだろう。 触れた肩が、少しだけ震えてる。 「あ、あの……」 「うん」 「全部できれば、って思うんだけど……。 でも、ちょっと抵抗もあって……」 「琴莉が嫌がることはしないよ、絶対に」 「あ、う、ううん。嫌じゃないの。 真さんなら、全然嫌じゃない……んだけど……」 「やっぱり、事件解決するまでは……って気持ちがあって、 不謹慎じゃないかなって思っちゃって……」 「で、でもねっ、したいって気持ちもあるのっ、 ちゃんと、その、恋人らしいことしたいって」 「だから、その……」 「……」 「と、途中まで……なら、いい……かな、って」 「途中って、どこまで?」 「い、一歩手前くらい、まで?」 「マッサージならオッケーってことだろ?」 「あ……そ、そうだね。マ、マッサージ、うん」 「じゃあ、体をほぐしていこうか」 「うわぁ……なんだかエッチな響き……」 「そりゃ、今からエッチなことをするからね」 「……ぁ、ん」 「ん、ちゅ…………はぁ……んん、ん……」 キスをする。 あのときのように、固く唇を結ぶことはなく。 すんなりと俺の舌を受け入れ、絡めあう。 「はふ、ん……ふぅ……んん、ちゅ、ん、んちゅ……、 はぁ……、んんん、ん、んっ、はふ、はぁ……んっ」 琴莉の口の中を舌で舐め回しながら、パジャマのボタンを一つ一つ外していく。 一瞬だけ強ばった体は、すぐに弛緩して。 全てを俺に預け、ただ受け入れる。 「はぁ、はふ……はぁ、ん…………ぁ、はぁ……っ」 緊張がそうさせるのか、新鮮な空気を求めるように琴莉が短く喘ぐ。 緊張をほぐすのが名目だったけど。 たぶんこれからどんどん、琴莉の吐息は荒くなっていく。 「……っ、ぅ、はぁ、んちゅ、んん……はぁ、ん、んっ……」 乳首を摘まみ、コリコリと刺激する。 逃げた唇を追いかけ、ぴくっと反応した体を抱いて。 乳首を引っ張り、乳房を押しつぶす。 「ん、ぁ……はぁ、ぅぅ……ん、はふ……ちゅ、んんっ、 はぁ、ふぅ……、ん、んっ」 恥ずかしさをごまかすように、必死に俺の舌にむしゃぶりつくその拙さが愛らしく、同時に、少しだけ申し訳なく。 無理をしているのが、よくわかったから。 でもまたここで『やっぱりやめよう』なんて言えないだろ。 だからもう一歩、先へ。 「……ぅ、ぁ……はぁ……」 胸に触れた手を、下腹部へと伸ばす。 さすがに驚いたのか、少しだけ体が逃げる。 落ち着かせるように、太ももを優しく撫でた。 琴莉には優しく、というよりは……いやらしく、という感じだったかもしれないけれど。 「……、っ、ん、ちゅ……はふ、んん、んっ、ちゅ、 はふ、はぁ、んん、んっ」 俺の気持ちが伝わったのか、それとも緊張を悟られたくなかったのか。 必死に俺の唇にむしゃぶりつく。なにも意識していませんよと、そうアピールするように。 それなら『脱がすよ』なんてわざわざ了解をとるのも野暮だし、それに、もっと琴莉をテンパらせたかったのかもしれない。 もうしばらくは布越しの太ももの感触を楽しむつもりだったけど、予定変更。 「ふぇ……ふぁ……、ぁ……っ」 琴莉をゆっくりとベッドに寝かせて、パジャマのズボンをちょっと強引に脱がせる。 「あ、ちょ……、ま、ま……っ」 『真さん』か、『待って』か、その先の言葉がかき消える。 下着の上から、性器を撫でられたせいで。 「わ、わ、わわ、わ……っ」 気持ちいいとか痛いとかではなく、琴莉はただ慌てていた。 落ち着くまで待ってあげられる余裕はなかった。俺自身の下半身も、大変なことになっていたから。 「ぁぅ、ぅ……、……っ、え、と、その……っ」 ただこの慌てっぷりを見ているとなんだか気の毒になってしまって。 一気に下着を脱がしてしまおうかって考えていたけど、また予定変更。 ワンクッション置くことにする。 「ひぅ……っ」 指先で上から下へとなぞり、割れ目に沿って下着に縦の皺ができる。 何度も何度も往復して、くっきりと膣の形を浮かび上がらせていく。 「はふ、はぁ……ぅ、ま……ま、ま、真、さん……っ」 「うん?」 「め、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……っ」 「我慢我慢」 「ぁ、ひぅ……っ、ぁぁ、ぁ……っ!」 クリトリスがあるだろう場所を、ぐっと押し込む。 琴莉が仰け反り、ベッドが軋んだ。 「気持ちいい?」 「た、たぶん……ぁぅ、ぅ……っ、 う、うそ……わ、わかんない……、 ドキドキ、しすぎて……っ、ぁぅ、ぅ……っ」 指に力を入れるたび、琴莉の下半身が暴れる。 俺は……余裕ぶって笑みを浮かべちゃったりしてるけど、実は内心慌てていて。 愛撫の経験なんて、ろくにないんだ。鬼たちとのセックスは、すぐに挿入してしまうから。 琴莉の反応を見つつ、探り探り、愛撫を続ける。 「はふ、はぁ……ぅ、はぁ、んん、はぁ……ふぅ……。 はぁぁ……ふぅ……」 ただ、動きが単調すぎたのかもしれない。あるいは、琴莉に余裕が出てきてしまったのか。 反応が鈍くなってきた。新鮮な反応を得るためには、次にどうしたらいい。 テクニックも経験もない俺が思いつくのは、一つだけ。 「ぅぁ、ぁ……っ、真さん……っ」 「力抜いて」 「ぅぅ……は、はい……」 泣きそうな顔になりながら、俺の指示に従う。 力が抜け、ゆっくりと脚が開かれていく。 両手で、下着の端をそれぞれつまんで。 プレゼントの包装を解くように丁寧に、白く可愛らしい下着を下ろしていった。 「はぁ、……ぅ、は、恥ずかしいぃぃ……!」 生まれたままの姿になり、琴莉がまたすぐに脚を閉じようとする。 けれど両膝をしっかりと支えて、それを阻む。 「うぅ……ひ、ひどい……」 「初めてじゃないだろ、俺の前で裸になるの」 「二回目だから恥ずかしくなくなるわけじゃないもん……」 「そりゃそうか」 「それに……私だけ裸っていうのが余計に恥ずかしい……」 「ああ……確かに」 言われてみれば、だ。 琴莉の不満げな視線を受け止めつつ、シャツを脱ぎ、ズボンとパンツも下ろす。 これで、二人とも裸に。 俺の股間を見て、さっと琴莉が目を逸らした。 「お、お風呂で見たときよりおっきい……」 「……しっかり見てたのか」 「ぅ……み、見えちゃっただけっ」 「触ってみる?」 「ぁぅ……」 「……」 「い、今は……いいです」 「俺は触るけどね」 「ひゃぅ……っ、ぁ……っ」 びくっ、と体が跳ねる。 触るというより、入れるが正しかったろうか。 俺の人差し指の中程までを、琴莉の体は抵抗なく受け入れた。 「はふ、ぁ、は、ゆ、指……?」 「うん。まだチンコは入れてないよ」 「ち、ちん、って……。ひんっ!」 ゆっくりと、指を進めていく。 狭くて、少し固い膣内を、押し広げながら。 指の根元まで、ゆっくりと。 「ふぁ、は、指、入ってるぅ……っ」 「痛くない?」 「だ、大丈夫、だ、だけど、変な、か、感じぃ……、 ふぁ、ぁ……っ」 「こういうのは?」 「ぁ、ぁ、ぁっ……!」 指の腹で、膣壁をこする。 反射的にか、ベッドシーツをぎゅっと掴んだ。 「痛い?」 「だいじょぶぅ……っ」 「自分でするときは、どうしてるの?」 「ふぇ、ぇっ?」 「オナニー」 「な、な、な……っ」 「しない?」 「し、し、し、した、ことは……ある、けど……」 「こういう風に?」 「ひゃぅぅっ、〜〜〜っ」 膣壁をこすりながら、指を出し入れ。 シーツを掴み、腹筋のあたりをぴくぴくさせながら琴莉が悶える。 「どう? こんな感じ?」 「はふ、はぁ、ぁぁ、ふぅ……。 指は、入れたこと……ないぃ……っ」 「そうなの?」 「ちょっと、触ってみた……だけ……。 こんな風に、したこと……ない……。 うぅ……なんでこんなこと聞くのぉ……?」 「なんでって、琴莉が恥ずかしがると思って」 「ひどぃ……」 「じゃあここに指入れたの、俺が初めてなんだ?」 「ま、まだ聞くのぉ?」 「ほらほら、答えて」 「ぅぅ……」 「……」 「真さんが、初めて……です」 「いいね〜……そういう台詞」 「うぅぅ……真さんがいじめる……」 「琴莉をいじめるのは、これからが本番だけどね」 「ぁ、やっ、ぁぁ、ぁ、ぁ……っ」 ほぐれてきた膣内で、指を大きく動かし円を描く。 膣口がひしゃげ、なんとも淫靡な表情を見せる。 「ぁ、ぁ、ぅぅ……はぁ……っ。 ま、真、さん……ぁぁ……、ぁ……っ」 「痛い?」 「う、ううん……、き、気持ちいぃ……かも」 「じゃあ、もっと?」 「……」 「もっと……して……ほ、欲しい……」 恥じらいながら口にした言葉。 股間にガツンときた感覚。 今すぐにねじ込みたい衝動を苦労しながらぐっと堪え、指の動きを激しくする。 「ぁ、ぁ、ぁ……っ、すご、ぃ……っ、 私の中で、ま、真、さんの、指がぁ……っ」 「あぁ、ぁ、んっ、ぁぁっ……! エッチなこと、 してるぅ……っ、真さんと、エッチな、ことぉ……っ」 「真さん、好き、好き……っ、大好きぃ……っ! 好き、好きぃ……っ」 「んん、ん、ちゅっ、んんん、んん〜〜っ」 思いが溢れ、唇を塞いだ。 ねっとりと舌を絡め、唾液を琴莉の中に送り込みながら、膣内をぐちゃぐちゃにかき回す。 随分と大胆に動かしたけど、問題なく膣は俺の指をくわえこんでいた。 「ぷぁ、はぁ……っ、あぁ、ぁっ、んっ、はぁ、ぁぁ、 ぁ……っ、はぁ、はぁ……っ」 どろりと唾液を口の端から垂らしながら、琴莉は喘ぐ。 目もとろんとして、体の力も抜けきり、すっかりと快感に浸っていた。 「ぁ、ぁぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ、っ、っ、 や、ぁっ、ま、待って……真さん、ふぁ、ぁ……っ!」 「なにかぁ……っ、ぁ、ぁっ、ジワジワって、 ふぁぁ……あぁぁ、ビリビリ、するぅ……っ!」 「イキそう?」 「わ、わかんない、けどぉ……っ、 ぁ、ぁ、ま、待って……、待ってぇ……っ」 「ぁ、駄目……っ、やっぱり、待っちゃ、駄目ぇ……っ、 き、気持ち、いい、からぁ……、待つの、 駄目ぇ……っ」 「もっと、ぁぁ……っ、ふぁ、ぁ……っ! きもち、いぃの、もっと……して、いいからぁ……! ぁ、ぁ、ぁ……っ、ぁぁ、〜〜〜っ!」 「ふぁ、ぁ……っ! 駄目、やっぱり、駄目……っ! だめだめ……っ、駄目、な、なにか……っ! ふあぁ、ぁ、ぁ……っ」 「ぁぁぁ、ぁ、ぁっ! 〜〜〜〜っ! あぁぁ、ぁ〜〜〜っ、だ、駄目、だめだめだめ……っ」 「だめぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ」 ビクン! と琴莉の全身が強ばった。 シーツを引きちぎりそうなほどに強く握り、背中を弓なりに仰け反らせる。 その状態で、何度かビクビクと痙攣し。 「ふぁ、はっ、ぁ……っ、はぁ……っ、ふぁぁ……っ」 気の抜けた声を出しながら、ぽすんと背中をベッドに落とした。 「はふ、はぁ……ぁぅ、はぁ……ふぁ……はぁぁ……」 「気持ちよかった?」 「ぁ、だ、だめぇ……、ほんとに、もう、だめぇ……」 指を少し動かしたら、腰を捻り逃げられた。 指もぬるりと抜けてしまう。 「……はふ、はぁ……ふぅ……はぁ……」 「はぁぁ……」 「……」 「……意識、飛んじゃうかと思ったぁ……」 「そんなにか」 「そ、そんなにぃ……」 息を整えながら、ぼ〜っと、琴莉が天井を見つめる。 そしてふっと、少し虚ろにも見える目を、俺に向けた。 いや、正確には……俺の股間に。 「次は……私の番だね」 手を伸ばし、触れた。 既に我慢の限界に達しようとしていた男性器を、上下に優しく撫でる。 「無理しなくていいよ?」 「……ううん、無理じゃない。 よいしょ、……と」 起き上がり、俺の股間に……顔を埋める。 「口で?」 「……うん。がんばって……みる」 「ん、れろ……、んん……れろ……ん、ん……」 たどたどしく舌を伸ばし、既に溢れ出ていた先走り液を舐めとる。 そして自信なさげに、俺を見る。 「大丈夫? こんな感じで……いい?」 「気持ちいいよ」 「……」 はにかみ、亀頭付近に視線を戻す。 ただ……やっぱり、直視することに抵抗があるんだろう。 たまに目が泳いでいるのが、ちょっと面白い。 「な、なんで笑うの?」 「初々しくて可愛いなって思って」 「ぅ……、続け、ます……」 「お願いします」 「……ん、れろ…………んん、んっ、れろれろ…… はぁ……ん、んっ……はふ、はぁ……んんん、 ん、ちゅ、れろ……」 「ふぅ…………はぁ……、……、れろ……、んっ、 ……んんん、れろ、ん、ちゅ、れろぉ……、 ん、んっ、はぁ、はぁぁ、ん、れろれろ」 ちろちろと、舌先で亀頭を刺激する。 アイスキャンディを、少しずつ溶かしていくみたいに。 「れろ……ん、れろれろ……はふ、ん……れろ…… ん、んん、……はぁ……ふぅ、んん、ん……」 淡い淡い刺激。 気持ちいいのは違いない。 けれどもどかしく、物足りないのも事実だった。 「……、ん……、ちゅ、れろ……、んん……」 感じ取っているのか、琴莉がちらと俺の様子を窺う。 その視線に、ただ微笑みを返す。 してもらいたいことははっきりとしている。 でも鬼ならともかく、普通の女の子には抵抗があるだろう。俺から言ってしまうと半ば強制的になってしまう気がして、躊躇われた。 それにわざわざ言わずとも、たぶん琴莉もわかっている。この先を。 「……」 「えぇ、と……」 俺を見る。 俺はやっぱり、微笑むだけ。 任せるよ、と。 「……」 「ぁ、む……」 「……お」 ぱくりと、咥えた。 いや、少し口に含んだ程度か。亀頭が隠れるか、隠れないか。 「んちゅ、ん、ちゅっ、んん、んっ……んん、 ちゅぅ、ちゅっ、んんん、ん〜〜、ちゅ、ちゅっ」 大胆にしゃぶるともいかず、そのままちゅうちゅうと吸い付く。 刺激としては、まだ物足りない。 でも勇気を出して、ここまでしてくれた。 だから、満足。 ――なんてことは、性欲で満たされ、頭と下半身が直結してしまった俺には、通らない理屈になっていて。 「んむ……んっ、んんん、……ん、ん……っ? んんん、ん〜〜〜〜〜っ」 琴莉が咥えてくれたことでタガが外れてしまい、無遠慮に腰を突き出す。 「ん、んっ、んっっ、ん〜〜〜、んぶ、んんんっ、 ちゅ、ちゅるる、んちゅ、んん、ちゅる、 んんんっ、じゅる、ん、んっ」 琴莉を無視して、勝手に動いた。 驚いただろう、苦しいだろう。 けれど琴莉は性器を咥えて放さず、懸命にしゃぶってくれた。 「ん、っ、っ、んんんっ、〜〜っ、はぁ、んっ、んっ、 んぐ、ん、んんん、ちゅ、ちゅっ、ふぅ、んんっ、 ふぅぅ、ん、んっ、はふ、はぁ、んんっ」 「じゅる、んんんっ、ちゅ、ちゅぅぅ、ちゅるっ、 んぁ、ぁ、んんっ、はぁ、ちゅる、ちゅ、ちゅぅぅ、 ちゅ、ちゅぱっ、はふ、はぁ、っ、っ、ちゅぅぅっ」 「……っ」 慣れてきたのか、俺の動きに合わせ吸い付く強さを調整し、器用に舌を絡める。 望んだ刺激、快感。 愛撫中、散々興奮していたこともあって、一気に射精感が押し寄せてくる。 「んんん、ん〜〜、んん、ちゅっ、んんんっ、 ちゅる、ちゅっ、んんん、じゅる、じゅるる、 ぷぁ、はぁ、んんん、んぶっ、ん、んっ」 気持ちいい? と俺を見る。 あどけなさが情欲を誘う。 この小さな口の中に射精をしたら、どんな顔をするだろう。 胸が高鳴った。 一心不乱に、腰を動かした。 「ん、んんんんっ、〜〜〜っ、ん、んっ、ちゅる、んんん、 ちゅっ、んん、ぁ、はぁ、んんっ、じゅるっ、 ふぅ、んんん、ちゅっ、はふっ、ぁ、ん、んんっ」 「じゅるる、ん、ちゅる、ちゅ、ちゅっ、んんんっ、 はふ、ん、んっ、っ、ちゅるる、じゅる、ちゅっ、 ん、ん、んっ、んんんっ、んっ」 「はぁ、んん、ぁ、んぶ、んんんんっ、んぁ、ぁっ、 じゅる、ちゅぅぅ、んちゅ、ん、ん、んん、ん、んっ、 ちゅぅぅぅぅ、ちゅっ、ちゅるるる、じゅる、ちゅぅぅっ」 「ぅ、こ、琴莉……出る、から……っ」 「う、ん、わひゃった、はふ、ど、どふ、ぞ……、んんっ、 ちゅる、ちゅっ、んんんっ、ちゅる、じゅるる、んちゅ、 ん、んっ」 「んんん、んん、ちゅる、ちゅぅ、ん、ん、んんっ、 んんんっ、じゅるる、ん、ん、ん、んっ、んんんっ、 じゅるるるるっ、ちゅぅぅ、ちゅっ、じゅるっ」 「……っ、く……っ」 「ん、ん、んっ、んんんん、ん〜〜〜っ、じゅる、 んんん、ん、んっ――」 「んんんん〜〜〜〜〜っ」 「んぐ、ん、んっ、んんんっ、じゅる、ん、んっ」 琴莉の口の中に、吐き出す。 驚いて少し体が仰け反ったが、すぐに自分から前に出て、精液を余さず受け止める。 「んん、んっ、ちゅ、ちゅるる、んちゅ、ん、ん、んん、 んん〜〜っ」 出し切っても、まだ放さず。 最後の一滴まで絞り出すように吸い付き、丁寧にしゃぶって。 「んく、ん、ん、……んっ、ちゅる、ちゅっ……ぷぁっ」 わずかに精液をこぼしながら、離れる。 「んん、ん〜〜〜〜、んん〜〜……」 口を閉じたまま、呻き。 「……、んく、ん…………ぅ……けほっ、けほ、けほっ!」 咳をして、精液を吐き出してしまった。 「はふ、ふぅ……ぅ、けほ……っ」 「だ、大丈夫か? ごめんな、なんか無理矢理……」 「そ、そうじゃなくて……ご、ごめん、けほっ、 飲み込もうと、思ったけど……出しちゃった……」 照れくさそうにはにかむ。 口から垂れた精液がめちゃくちゃエロくて、なんとも言えない充足感。 さっきまでの緊張から解放され、晴れやかな気分。 「気持ちよかった?」 「うん。琴莉は?」 「……よかった」 またはにかむ。 でも疲れてしまったのか、ふぅ……とため息をつき、口を拭きながらぽてんとベッドに倒れ込んだ。 今さらながら照明を落とし、俺もすぐ隣に横たわる。 「眠くなってきた?」 「琴莉のおかげで」 「ふふふ〜、よかった」 「……」 「やっぱり続き……したい、よね?」 「男は一回出すと聖人君子になる」 「? ど、どういうこと?」 「今の俺性欲ゼロ。すっきり」 「ふふ、そっか」 「……」 「事件解決して……全部終わったら、しようね、続き」 「そりゃ楽しみ」 「えへへ……恥ずかしいけど……うん。 私も……楽しみ」 「……がんばらないとな。俺たちの働きが、 犯人逮捕に繋がる」 「うん。私もがんばる。 なにがあっても……真さんを守るから。あの力で」 「自在に使えるんだっけ?」 「……使えません」 「だよな〜、不安だな〜」 「だ、大丈夫だからっ、いざとなったらワーッて なるからっ! あのときみたいにっ!」 「そういえば……琴莉の力って霊以外に効くのかな」 「ぁ…………。それは盲点でした…………。 ど、どうしようっ、私やっぱり役立たずっ!?」 「あはは、ごめんごめん、意地悪しすぎた。 役立たずなんかじゃないよ。 こうやって力になってくれてる」 「琴莉のおかげで、俺はがんばれる。 あの力を……使う必要なんてない」 「……、ふふ、うん。て、照れくさいね……へへ」 「寝ようか。明日に備えて」 「うん、おやすみなさい」 「おやすみ、っと」 「ひゃんっ! な、なんでおっぱい触るの?」 「いいじゃん、抱き枕になってくれ〜」 「うぁぁ、真さん暑い〜! 眠れない〜!」 「大丈夫大丈夫」 「大丈夫って……ぁ、ぁんっ、だめぇ、 変なところ触ってる〜っ、ぁ、ひんっ、 ま、真さぁん……っ」 「琴莉、好きだよ」 「ぅ…………もぉう」 「私も……好き」 「……うん、おやすみ」 「寝かせる気ないくせに〜。ぁ……ん、 はぁ……ふぅ……、んんっ……ぁぁ、はぁ……」 呆れ笑いを浮かべる琴莉を抱きしめ、体をまさぐる。 嫌がられても、続けた。 自然と意識が落ちるまで、そうしていた。 覚えておきたかったんだ。 この感触を、この香りを……琴莉の、全てを。 覚えて、おきたかったんだ。 買い物袋を下げ、商店街を歩く。 喫茶店の前で立ち止まり、窓ガラス越しに店内を見てみる。 由美は……いないか。今日はバイトじゃないみたいだ。 それだけ確認して立ち去ろうとすると、ちょうど進行方向から由美が歩いてきた。 いつもと時間帯が違っていただけみたいだ。 あっちも俺に気づいて、笑顔を浮かべる。 「真くんだ。買い物?」 「ああ、うん。もう終わったけどね。 由美はこれからバイト?」 「うん、今日は夜まで。あ、お店寄ってく?」 「いや、ちょっと通りかかっただけだから」 「そっか。じゃあ……またいつでも来てね」 「うん、また」 「またね」 由美に見送られ、その場をあとにする。 あっちも俺に気づいて、少し固い笑顔を浮かべる。 「お買い物?」 「ああ、うん。もう終わったけど。 そっちはこれからバイト?」 「うん。寄ってく?」 「いや……遠慮しておくよ」 「そっか……」 「……」 「……」 「西田と約束……してないよな?」 「してないよ。真くんに黙ってそういうことは、しない」 「そか……うん、よかった」 「でも、いつでも言ってね? 覚悟は決めてる」 「私も、真くんのお仕事手伝いたい」 「……」 「俺だけじゃどうにもならないと思ったら、 頼むかもしれない」 「ふふ、やっぱり嘘が下手」 「……できる限り、俺たちだけでケリをつけるつもりだ。 由美には、危険なことはさせたくない」 「……うん」 「じゃあ俺……そろそろ行くよ」 「うん、またね」 「また」 由美に見送られ、その場をあとにする。 由美と話している間、二人の男性が店に入っていった。片方は、いつか見た顔だった。 たぶん、あの人たちが由美を守ってくれている十三課の人たちなんだろう。 大木屋の前を通る。 まだ犯人はいない。 動きがあれば、すぐに梓さんから連絡がくるはずだ。 俺たちが動くのは……それから。 「……」 振り返り、まだ俺を見ていた由美に軽く手を振って。 買い物袋を握りしめ、家路についた。 「ただいま〜」 「おかえりなさいませ。外は暑かったでしょう」 「風があって思ったより涼しかったよ。これお願い」 「はい、お預かりいたします」 袋を芙蓉に渡し、洗面所へ。 手洗いうがいをしっかりとして、居間へと向かう。 「アイス買ってきてくれた〜?」 「雑貨屋に行くと言うておったじゃろう。 で、アイスは?」 「そう言われると思ってちゃんと買ってきたよ」 「ふふ、冷凍庫に入れておきましたよ。 真様、麦茶をどうぞ」 「ありがと」 腰を下ろし、グラスに口をつける。 ふぅ……生き返った。 「必要なもの買えた?」 「うん、バッチリ。まず最重要なのが……これだな」 ちゃぶ台の上の袋を引き寄せ、中身を取り出す。 (手袋、ですね) 「そ、軍手。指紋を残さないように」 「あとで……鑑識? の人たちが 入ったときのために、だよね」 「うん。梓さんに絶対証拠を残すなって言われてる。 最悪関与を疑われるからって」 「しかし軍手なら家にあったじゃろう。 引っ越しのときに使ったやつが」 「あるけど、念のためだよ。 なんか怖いじゃん、一度使ったのは」 「ねぇ、これなに?」 「ああ、それね。帽子。髪の毛落とさないようにとも 言われてるから」 「帽子ぃ? でかくない?」 「その大きさが重要なんだよ。貸して」 葵から受け取り、口を大きく広げて、ガバッと被る。 「どうだ!」 「……ん?」 「どうだって……なにそれ」 「目出し帽! これで顔をばっちり隠せる! 完璧だろ!」 「あ〜…………」 (……) 「……なにこの微妙な反応」 「いえ、あの……ご主人?」 「なんですか」 「なんですかって……ねぇ、琴莉さん?」 「あ、私に振りますか……えぇと……そうですね。 その……お兄ちゃん?」 「はい」 「言いにくいんですけど……」 「どうぞ言ってください」 「それ……めちゃくちゃ怪しいです」 「……」 「やっぱ駄目かな?」 「お前アホだろ」 伊予の容赦のないつっこみが刺さる。 ……そこまで言うことないだろ。 「今から銀行強盗にでも行くつもりか? あ? ん?」 「いやだって、万が一を考えたら顔を隠した方がいいだろ。 近所の人に見られるかもしれないし」 「アホゥ! そんなもん被ってたら顔見られる見られない以前に 一発で通報じゃろうがっ!」 「そ、そうかっ! やっぱ駄目かこれっ!」 「そ、そう、ですね……。 外でも被るおつもりなら……少々目立ちすぎるかと……」 「そ、そうか……やっぱり……そうか……。 せっかく買ったのに……」 (で、でもお似合いですよ、マスター!) 「駄目駄目アイリス。こういうときは甘やかしちゃ駄目。 ご主人が調子乗っちゃうから」 「せっかく買ったのにとか言ってるあたり、 なんとか使えないかな、とか考えてるよ。 目出し帽を諦めてないよ」 「やっぱアホだこいつ」 「うるっせーな! だからアホって言うなっつーの!」 目出し帽を脱ぎ捨て、畳の上に叩きつける。 ちくしょう……! 俺だって余裕ないんだ!ちょっと変な行動とっちゃっても仕方ないでしょ……! 「まぁ……あれだけどね。 みんなの緊張をほぐすためにわざと買ったんだけどね」 「……」 「……」 「……」 (……) 「……」 「……」 「芙蓉君、今日の晩ご飯はなにかな」 「え、えぇと……あまり重いものはと思って、 豚肉の梅肉炒めなどを……。 も、もう食事になさいますか?」 「今のうちにとっておこう」 「は、はい。では仕度を急ぎます」 「よろしく頼む。みなもしっかりと食べておくように」 (は、はい) 「……なに急に当主ぶってんだこいつ」 「……なんか不安になってきた」 「あ、明日とかにした方がいいかな?」 「うるさいよ、大丈夫だよ! ちゃんとできるよっ!」 「……」 「……」 「……」 「……」 「できるって!!」 みんなの冷たい視線に耐えつつ……食事ができあがるのを待つ。 なかなかにつらい時間であった……。 夕食を終え、しばらくたった。 さっきまでみんな談笑していたけれど、徐々に口数は少なくなり。 空気が張り詰めていく。 そして、ついに。 電話が、鳴った。 「わたくしが」 芙蓉が立ち上がり、廊下へ出る。 かすかに届く話し声。 すぐに聞こえなくなり、芙蓉が戻ってくる。 「真様、伏見様からです。 犯人が家を出て、大木屋に到着した……と」 「……よし」 立ち上がり、軍手と新しく用意したニット帽をポケットにねじ込む。 それと、梓さんから預かったデジカメ。 財布とか、余計なものは持っていかない方がいいだろう。軽装が望ましい。 「行こう」 「うんっ」 「うすっ!」 (はいっ!) 「さすがに携帯は持っていけ。 不測の事態に対応できんぞ」 「おっと、そうだね」 「伏見様もすぐに現地に向かうそうです」 「わかった。よし、俺たちも行こう」 「うんっ」 「うすっ!」 (はいっ!) 「さすがに携帯は持っていけ。 梓と合流するなら、必要じゃろう」 「おっと、そうだった」 伊予からスマホを受け取り、こいつもポケットにねじ込みながら、玄関へと向かう。 「わたくしもすぐに商店街へ向かいます」 「ああ。犯人に気づかれないようにね」 「はい。近くにファーストフードのお店がありますので、 そこで待機していようかと。窓から大木屋も見えますから」 「わかった」 「くれぐれも慎重にの。前にも話したが……おじじも こういった依頼を何度か受けておった。 危ない目に遭ったことも一度や二度ではない」 「自分の身の安全を第一に考えろ。 お役目など二の次でよい。いいな」 「ああ、わかった。無茶はしない」 「うむ。葵とアイリスもしっかりの。 真をちゃんとサポートするのじゃぞ」 「今日のあたしは真面目です。大丈夫です。マジで」 (力の出し惜しみはしません。 常に全力で、周囲の警戒にあたります) 「うむ。琴莉よ」 「うんっ」 「……」 「え、な、なに?」 「真の言うことを、よく聞くのじゃぞ」 「う、うんっ、それはもちろん!」 「よし、行ってこい。 なぁに、座敷わらしが見守っておる。 拍子抜けするほどうまくいくじゃろう」 「うん、ありがとう。よし、行こう」 「うんっ!」 外に出てすぐ、ニット帽を取り出して髪の毛を全て覆うように目深に被った。 緊張のせいだろう。胸の奥が痺れる感覚があった。 怖じ気づいてはいられない。進もう。 「葵とアイリスは先に行ってくれ。 あまり人目にはつきたくない。 誰もいないタイミングで到着したい」 「ラージャ!」 (了解です、先行します) 「あ、飛ぶのずるい! あたしも乗せてって!」 (む、無理です……! 一人で飛ぶのが精一杯で……!) ギャアギャア騒ぎながら二人が通りを進み、あっという間に見えなくなる。 こういう状況だ。二人の緊張感の無さが、逆にありがたい。 「俺たちも行こう」 「う、うんっ。……がんばろうっ」 二人を追い、ゆっくりと進む。 慎重に、注意深く、小さな綻びも許さないように。 ただ、『失敗できないから』を建て前にしているけれど。 俺は……少しでも先延ばしにしたいだけなのかもしれない。 待ち望んでいたはずの結末に、辿り着くことを。 目的地まで、あともう少し。 頭の中に、なにかが入り込んできた感覚。 アイリスからのテレパシーが届く。 (マスター、今どちらに) (すぐ近くまで来てる) (そっちはどう? 大丈夫?) (付近の民家に明かりはついていますが、 問題ありません。人通りは皆無です) (わかった。すぐに行く) (はい、マスター。なにかあればすぐにお知らせします) アイリスの気配が遠のくと同時に、スマホを取り出す。 念には念を、だ。 『はい、伏見です』 「真です。そっちの様子、どうですか?」 『いつも通り退屈そうに店番してる。さっき芙蓉ちゃんに 会ったよ。一緒にいない方がいいだろうから、 合流はしてないけど』 「了解です。足止めが必要になったら、芙蓉に」 『うん。そっちはどう?』 「もうすぐ潜入するところです」 『了解、気をつけて』 「はい」 状況確認を簡潔に終えて、電話を切る。 ……よし。 「大丈夫?」 「……ああ。行こう」 「うんっ」 犯人の自宅が見えてくる。 玄関先で、葵とアイリスが俺たちを待っていた。 「いらっしゃいまし〜」 (会話は全てアイリスを通してください。 その方が安全だと思いますから) (ああ、ありがとう) (ひとまず……お庭の中に入っちゃった方がいい? 誰か通ったら怪しまれちゃうよね) (だな、こっちへ) 敷地内に侵入。塀の陰へと隠れる。 これで、外からは見えないだろう。 「早速入る?」 (そうだな……) ぐるりと注意深く、周囲を観察する。このあたりに遺品でも落ちていれば話が早いんだけど……。 ……? 室外機が動いてる……。エアコンがついてるのか? (中に誰かいる気配は?) (感じませんが……誰もいないと断言は) (家族か親戚がたまたま来ている……。 あるいは、そうか、共犯者の可能性もあったのか) 「それはないと思うけどね。思念の質……っていうの? いつも同じ人のだったし」 「……」 (ど、どうする? ピンポーンって鳴らしてみる?) (近隣の民家に気づかれる恐れが。 近所付き合いなどないでしょうが…… それが綻びにならないとも限りません) (あ、そ、そっか。誰か来てた……って、 知られたらまずいよね……) 「……」 (琴莉) (うんっ) (琴莉は、ここで待っていてくれないか) (ぇ……) なにを言ってるの? と、きょとんとした顔。 琴莉の気持ちは、痛いほどわかる。 でも、これだけは譲れなかった。 (イレギュラーが起こる可能性がある。 だから確認できるまで、ここで待っていてほしい) (で、でも……っ) (わかってる。嫌だよな、そんなの。 でも、危険な目にあわせたくないんだ) (警察の依頼とはいえ……やっぱりこれは、 非合法な行為だから) (それと……たぶん、中には……なんていうか、 本来なら、見ちゃいけないものがある。 男の俺ですら、怖じ気づくような) (だからせめて……安全だと確信できるまでは。 ここにいて欲しい) (頼むよ。こんな言い方卑怯だけど……、 傷つけたくないんだ、琴莉を) 「……」 (……わか、った) (……ごめんな、ありがとう) 琴莉の頭を撫でようとして……ためらい、広げた掌をそのまま握りしめる。 琴莉は不満そうに、顔を俯けている。 ……ごめんな、琴莉。 琴莉の頭を、撫でる。 不満そうに俯いたまま、琴莉は顔を上げなかった。 でも、仕方ない。 ……見極めなければ。 琴莉に見せていいものかどうかを。 (アイリス) (はい、マスター) (アイリスもここに残って、引き続き周囲を警戒して欲しい) (御意に) (葵は俺と一緒に来てくれ。あまり時間をかけたくない。 思念を読みながら進む。まっすぐに遺体を保管している 部屋まで行くぞ) 「まっかせて!」 (よし……) 深呼吸。 さっきから鼓動がうるさいほどに高鳴っていた。 不安があった。 入りたくないとさえ思っている。 ……けれど、引き返すことはできない。 (……行こう) 「うっす!」 (お気をつけて) (なにかあったら、すぐに呼んでね? 私だって……役に立てるから……っ) (……ああ) (はい、マスター。お待ちしています。 既に伏見様もこちらに) (了解) 「梓さんもう来てるなら、急ごっ。お兄ちゃん」 「ああ」 気持ち足を速め、進む。 犯人の自宅が見えてくる。 そこから少し離れた場所で、葵とアイリス、梓さんが俺たちを待っていた。 「お、ご主人だ」 「お疲れ様……って、大変なのはこれからか。 よろしくね、真くん」 「はい」 (マスター、伏見様。 会話は全てアイリスを通してください。 その方が安全だと思いますから) 「あ、そっか。え〜と……」 (なにげにテレパシーって初めてかも。 ちゃんとできてる?) (はい。問題ありません) (えぇと……ひとまず、お庭の方行った方がいいのかな。 怪しいよね? 私たち) (だね。じゃあせめて、先陣はわたくしが 切らせていただきます) 梓さんが敷地内に踏みいり、俺たちも続く。そして塀の陰へと隠れた。 これで、外からは見えないだろう。 「もう入っちゃう?」 (そうだな……) (待って。室外機が動いてる。 クーラーつけっぱなしみたい。 中にまだ誰かいる……?) (アイリス、気配感じる?) (いえ……しかし、誰もいないと断言は) (家族や親戚と同居はしていないはずだけど……。 そっか……迂闊だった。共犯者の可能性を忘れてた) 「う〜ん……。それはないと思うけどなぁ……。 思念の質……っていうの? いつも同じだったし」 (それなら、誰もいない可能性が高い……か) (あ、ピンポーンって鳴らしてみるのは? 駄目かな?) (あの音、響くからなぁ。近所付き合いはなさそうだけど、 もし『留守の間に誰か来てましたよ〜』って誰かが 西田に伝えたら、めんどくさいことになるかも) (あ、そ、そっか。気づかれちゃったら証拠隠滅とか……) 「あたしだけ中に入ってみる? それなら安全だし」 (そうですね、九割方いないとは思いますが……) 「……」 (いや、時間をかけて西田が帰宅するのが一番怖い。 アイリスの感覚を信じるよ。さっさと終わらせよう) 「うぃっす」 (梓さん) (うん) (琴莉をお願いします) (ぇ……?) きょろきょろしていた琴莉が、きょとんとした目を俺に向ける。 なにを言っているかわからない。そんな顔だった。 (え、ぇ、ぇっ? お願いって……) (琴莉はここで、梓さんと待っていてくれ) (ど、どうして? 私も……っ!) (イレギュラーが起こる可能性がある。 だから確認できるまで、ここで待っていてほしい) (で、でも……っ) (琴莉ちゃん、自分も手伝いたいって気持ちはわかるよ? けど、真くんの気持ちも考えてあげて。 琴莉ちゃんを危険な目にあわせたくないんだよ) (だから私と待っていよう? ね?) 「……」 (ごめんな、琴莉。中には……たぶん、 本来なら、見ちゃいけないものがある。 男の俺ですら、怖じ気づくような) (だからせめて……安全だと確信できるまでは。 ここにいて欲しい) (頼むよ。こんな言い方卑怯だけど……、 傷つけたくないんだ、琴莉を) 「…………」 (……わか、った) (……ごめんな、ありがとう) 琴莉の頭を撫でようとして……ためらい、広げた掌をそのまま握りしめる。 琴莉は不満そうに、顔を俯けている。 ……ごめんな、琴莉。 ……見極めなければ。 琴莉に見せていいものかどうかを。 (アイリス) (はい、マスター) (アイリスもここに残って、引き続き周囲を警戒して欲しい) (御意に) (葵は俺と一緒に来てくれ。あまり時間をかけたくない。 思念を読みながら進む。まっすぐに遺体を保管している 部屋まで行くぞ) 「まっかせて!」 (よし……) 深呼吸。 さっきから鼓動がうるさいほどに高鳴っていた。 不安があった。 入りたくないとさえ思っている。 ……けれど、引き返すことはできない。 (……行こう) 「うっす!」 (お気をつけて) (なにかあったら、すぐに呼んでね? 私だって……役に立てるから……っ) (……ああ) (無理しないでね。不測の事態が起こったらすぐに呼んで。 本当はついていきたいけど……) (立場を大事にしてください。 敷地内に入ってる時点でかなり無理してるんだから) (梓さんがいなくなっちゃったら、 今後のお役目がやりにくくなっちゃいますしね。 あとは、任せてください) 「……」 (ごめんね、お願いします) (了解) うなずき、軍手をはめながら、玄関まで進む。 扉は……当然開かない。 「え〜と……あ、ご主人、鍵みっけ」 (ナイス) 葵が手当たり次第に植木鉢を持ち上げ、無事鍵を発見。 手に取り鍵穴にそっと差し込み、回す。 解錠。扉を、開ける。 「あたしが先に行く」 扉の隙間を縫い、葵が中へ入っていく。 すぐに『大丈夫だよ』と葵の声が聞こえ、琴莉とアイリスに見守られながら、俺も中へ。 ……暗いな。目が慣れていないせいで、ほとんど見えない。 「明かりつける?」 (いや、このままで行く) 「おっけ。あたしは見えてるから大丈夫」 葵が俺の手を握り、引く。 (ああ、ちょっと待ってくれ) 「なに?」 (靴。土足はまずいだろ) 「律儀だなぁ……」 (そうじゃない。足跡残すわけにもいかないから) 「ああ、そっか」 靴を脱ぐ。 ここに靴を置いていくか少し迷って、結局脇に抱え、『オッケー』と葵に合図をする。 「じゃあ行こう」 葵の瞳が、紅く輝く。 思念を読みながら、進む。 「……こっちか」 奥へ、奥へ。 次第に、ヴヴヴ……、という奇妙な音を耳が捉える。 エアコンの駆動音……?にしては、少し音が重い気がする。 ああ……よくわからない。鼓動の音がうるさい。 生ぬるい空気が体にまとわりつくようで不快だ。 じっとりと額に浮かんだ脂汗が、帽子に滲んでいく。 「……ご主人、たぶん……ここ」 扉の前で、葵が歩みを止める。 中からあの音が聞こえてくる。 ……そして、かすかな異臭。 息苦しさと緊張で乱れた呼吸を、整えて。 軽く、ドアノブを回す。 鍵は……かかっていない。 (誰かいる気配は) 「アイリスみたいには感じられないけど……。 やっぱり、ここには一人しか住んでないよ。 複数の思念は感じない」 (……そうか) 「入る?」 「……」 (ああ、行こう) 覚悟を決める。 ドアノブを引き……扉を開けた。 「ぅ……」 ひんやりとした風が、中から流れ出る。 機械音も大きくなり、異臭も強く漂う。 ……生臭い? 形容しがたい、不快な臭いだ。 膨れあがる恐怖心を、長く吐いた息と共に追い出して。 扉を大きく開き……部屋の、中へ。 「……なにこの部屋」 「……」 一歩踏み入れた途端、ゾクリと、背筋に悪寒が走った。 それは、この部屋が真冬のように冷えていたからだけではなく。 コンビニで見るような業務用の冷蔵庫……いや、おそらくは冷凍庫だ。 ……音の正体はこいつだ。年代物なんだろうか、随分と騒々しい。 それらが狭苦しく配置されたこの光景は、異様そのもので。 冷気と共に、体の芯を凍えさせるなにかが、この部屋には充満していた。 「……ひっ」 葵が短い悲鳴をあげた。 冷凍庫の一つ。背の低い細長い型。庫内から鈍く不気味な光を放っている。 その光に誘われてしまった葵を恐怖で硬直させる、“なにか”を納めた箱に。 一歩一歩、近づき。 俺もまた、覗く。 狂人の作り出した、深淵を。 「ぅ……っ」 こみ上げた吐き気を、咄嗟に口を押さえ飲み込んだ。 葵の力で一度見たとは言え、網膜に焼き付く光景は、あまりにも生々しく、現実感に溢れ。 「……はっ、はぁ……っ」 急速に鼓動が荒ぶり呼吸困難に陥って、空気を求め何度も喘いだ。 目を逸らしたかった。 逃げ出したかった。 『犯人を逮捕しなければ』その使命感でなんとか踏みとどまり、震える手でカメラを構える。 シャッターは、切れなかった。 ……野崎さんだ。 冷凍庫の中で、野崎さんが横たわっている。 いや違う、野崎さん“だけ”じゃない。 ノイズ混じりの映像ではわからなかった。 首に、そして四肢を繋ぐ関節部に、雑で乱暴な、縫い目が存在した。 つなぎ合わせていた。彼女を、彼女たちを。 これは、“犠牲者そのもの”。 ……ここで解体したんだ。 この異臭は、そのせいだ……っ。 また吐き気がこみ上げる。 首から上は、野崎さん。 四肢はおそらく……嶋さんのものだろう。 そして……あぁ、この体は…………。 「……ちくしょう、ちくしょう……」 カメラが揺れ、フォーカスが定まらない。 見覚えがある。 目にしたのは一度だけ、けれど鮮明に焼き付いた記憶と、重なる。 あぁ、知っている。俺はこの体を、知っている。 知っている、よく知っている。 見間違えるはずがない。 俺は、この体を、よく知っている。 「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……っ」 空虚な罵倒を繰り返した。 俺自身どんな言葉を口にしているかわかっていなかったし、なんのためにカメラを構えているのかさえも、最早忘れていた。 ただただ、悔しかった。 犯人をぶち殺してやりたいという衝動が、ぐるぐると体中を駆け巡っていた。 言葉にすらならない原始的で暴力的な感情を爆発させないよう抑え込むことに、ただただ必死だった。 どうしてだ、どうして、どうして、どうして……っ。 「ご、ご主人……」 葵に、シャツを引っ張られる。 ハッとして、振り返った。 葵の視線は、奥にある大型の冷凍庫に向けられている。 ガラス扉になっているが、暗闇の中、この位置からでは中身を確認することはできない。 しかし、なにがあるかは知っていた。 この目で確認しなければならない。 そうわかっていても、足がすくんだ。 できることならば、見て見ぬふりをしてしまいたかった。 「……っ」 ニット帽をずらし、額の脂汗を拭う。 今日で何度弱音を吐いた。 逃げることはできない。 進め、前へ、前へ。 「…………」 「…………くそっ」 「……くそ、くそ…………くそっ」 一歩ずつ、近づけば近づくほどに、闇の中でぼやけていた輪郭が、はっきりとしていく。 それは、確かにそこにあって。 吐き出す息が、震えた。 探していたんだ、今目の前にあるものを。 けれどこんな形は、望んでいなかった。 こんなの、どう受け止めればいい。 無理だ、とても、無理だ……っ。 ちくしょう、ちくしょう……っ! (マスター……っ) 「……っ!」 頭の中で声が響き、反射的に振り返った。 アイリスだと理解するまでに、数秒を要した。 (マスター、聞こえていますか……っ?) (ど、どうした?) (も、申し訳ありません、琴莉お姉様が……) (真くんっ) 「……っ!」 頭の中で声が響き、反射的に振り返った。 梓さんだと理解するまでに、数秒を要した。 (真くん、聞こえてるっ?) (ど、どうしました?) (ごめん! 琴莉ちゃんがそっちに……!) (え……?) 「……お兄ちゃん?」 「真さん……?」 「な……っ」 部屋の外から、琴莉の声がした。 テレパシーじゃない、この耳で聞いた。 待っていろと言ったのに……!! 「扉開いてる……。こっち……?」 琴莉が、部屋に入ってくる。入ってきてしまう。 『来るな!』と叫ぼうとしたときには、もう遅かった。 「あ、いたっ。大丈夫?」 「こ、コトリン……」 「ごめんね、やっぱり待ってられなくて……」 「止まれ」 「え?」 「それ以上入ってきちゃ駄目だ」 「でも…………え、わっ!」 俺の言葉を無視し歩を進め、何気なく冷蔵庫内を覗き、悲鳴を上げる。 「え、ぇ、の、野崎、さん……?」 「頼む、来るな、琴莉」 「ぁ、ぇ、えと……」 動揺し、視線が泳ぐ。 ……と、ある一点で止まる。 俺を見ている? 違う。 俺の、背後を……? 見えている? その位置から? 「……なんで…………?」 「待て、琴莉……!」 ゆらりと、琴莉が一歩、こちらに近づく。 あぁ、駄目だ。見えている。 見えてしまっている……っ! 「こっちに来ちゃ駄目だ!」 「…………」 「琴莉!」 「………………」 俺の声なんて、聞こえちゃいなかった。 それならばと、無理矢理にでも部屋から追い出そうとしたが―― 「っ、う、動けない……っ?」 金縛り。 いつかのあのときと同じように、俺の足は、体は、ぴくりとも動かない。動いてくれない……! 「…………」 「……っ!」 あぁ、駄目だ琴莉。 そっち側に行っちゃ駄目だ……っ! 「葵! 琴莉を止めてくれ!」 「む、無理ぃ……! あたしも動けないぃ……!」 (アイリス、アイリス……!) 「アイリス!!」 叫ぶも返答がない。テレパシーが届かない? これも、琴莉の……っ! 「くっそ……! 琴莉! 琴莉!」 「……」 何度も呼びかける。だが答えてくれない。 駄目だ、あぁ、駄目だ。 琴莉、琴莉、琴莉―― 琴莉っ! 動揺し、琴莉の視線が泳ぐ。 この場をどう切り抜けるか。そのことに頭がいっぱいで、もう一つの足音の接近に、俺は気づかなかった。 「こ、琴莉ちゃん……!」 「な……っ、梓さんまで……!」 「文句はあとで聞くからっ! ぅ……なによこの部屋……。 こ、こんなの琴莉ちゃんに見せちゃ駄目でしょっ? 連れ帰るから!」 「は、はいっ、琴莉! 梓さんと一緒に戻れっ!」 「……」 「琴莉ちゃん、一緒に外で待ってよ? ね?」 「…………」 「……琴莉ちゃん?」 「…………」 まるで俺たちの声なんて聞こえていないように、琴莉は、ぴくりとも動かなかった。 身じろぎもせず、なにかを凝視していた。 俺を見ている……? 違う。 俺の、背後を……? 見えている? その位置から? 「……なんで…………?」 「待て、琴莉……!」 ゆらりと、琴莉が一歩、こちらに近づく。 あぁ、駄目だ。見えている。 見えてしまっている……っ! 「こっちに来ちゃ駄目だ!」 「…………」 「こ、琴莉ちゃ――!」 「…………っ」 「きゃ……っ!」 腕を掴もうとした梓さんの腕をはたき落とすように振り払い、琴莉はなおも進む。 「琴莉!」 「…………」 俺の言葉も、聞こえちゃいない。 それならばと、無理矢理にでも部屋から追い出そうとしたが―― 「っ、う、動けない……っ?」 金縛り。 いつかのあのときと同じように、俺の足は、体は、ぴくりとも動かない。動いてくれない……! 「…………」 「……っ!」 あぁ、駄目だ琴莉。 そっち側に行っちゃ駄目だ……っ! 「葵! 琴莉を止めてくれ!」 「む、無理ぃ……! あたしも動けないぃ……!」 「梓さん!」 「ご、ごめ……っ、私も……っ!」 (アイリス、アイリス……!) 「アイリス!!」 叫ぶも返答がない。テレパシーが届かない? これも、琴莉の……っ! 「くっそ……! 琴莉! 琴莉!」 「琴莉ちゃん!」 「……」 何度も呼びかける。だが応えてくれない。 駄目だ、あぁ、駄目だ。 琴莉、琴莉、琴莉―― 琴莉っ! 「…………」 「なに……これ…………」 「……っ」 「なんなの、これ…………っ!」 ふらつきながら、ガラスに手をつき……。 対面する。 首だけになった、自分と。 「どう、して……なんで……」 「琴莉、これは――」 「どう、シて……!」 ピシ、と音をたて、ガラス扉にヒビが生じる。 揺らいでいる。 嶋さんのように、琴莉が、我を失いかけている。 ああ、ちくしょう、こんなはずじゃなかった。 俺は、もっと、違った形で……! 「あぁ…………」 じっと、虚ろな目で、見つめる。 物言わぬ、自分自身を。 「あぁ……」 「あぁ…………」 「あぁ……………………」 「こと、り……!」 「……」 「あぁ……そっか…………」 「そっかぁ…………」 「………………」 「私……」 「――もう、死んでたんだ」 「琴――!」 「――莉………………」 「……っ」 「〜〜〜っ!」 握った拳を、ガラス扉に叩きつける。 今さら動きやがって、この体……!! 「迂闊だった、俺が、俺が……っ!」 「……コトリン…………」 「そんな……琴莉ちゃん……。 ……っ、私、なんのために……っ! 役立たず……!」 (マスター、マスター!) 「…………」 (マスター、聞こえますか? マスター!) 「…………」 (……大丈夫、聞こえてるよ、アイリス) (ああ、よかった。 急にテレパシーが届かなくなってしまって……。 葵お姉様、マスターと琴莉お姉様は? ご無事ですか?) (ご主人は無事、だけど……) (けど……? あぁ、もしかして……。 アイリスも今すぐそちらに……!) (いや……) 「…………」 (アイリス、琴莉は答えないか) (……) (テレパシー……届きません) 「……葵」 「……ごめん、追えない」 「そうか……」 「……」 「……そうか」 (マスター……) 「ご主人……」 「ごめんね、真くん……。 私、本当になにもできなかった……」 「いえ……」 「…………」 「……写真を撮って、帰ろう」 「……いいの?」 「それしか……できることがない」 「……」 「…………」 「〜〜〜〜ッ」 「琴莉…………ッ!」 やるべきことは、やり遂げた。 だが帰宅しても……さぁ打ち上げだ!なんて喜べるわけがない。 みんな沈んでいて、琴莉のことを知った芙蓉も愕然としていて……。 特にショックを受けていたのは……梓さんだった。 「琴莉ちゃんをよろしくって真くんとの約束も守れず……、 テンパって思いっきり土足で家の中に入って……! なにやってんだ私……!」 「過去には戻りようがない。悔やんでも仕方ないじゃろう。 データ、課長のやつに送っておいてやったぞ。 梓のスマホにもな」 「……」 部屋に篭もっていた伊予が居間に戻ってきて、預かっていたデジカメのメモリーをちゃぶ台の上に置く。 それを見つめ、思い出したようにスマホを取り出し、梓さんは『ぅ』と呻いて悔しそうに奥歯を噛みしめた。 「こんな、こんなむごい……」 「……っ」 「わかってた……。わかってたんだ、私……。 琴莉ちゃんに……見せたくなかったんだよね。 こんな、悲惨な姿になった自分を……」 「わかってたのに、止められなかった……!」 「……アイリスも一緒にいたんでしょう? どうして止められなかったの?」 (申し訳……ありません。 言い訳になりますが…… 琴莉お姉様の様子がおかしく……) 「おかしい?」 「……。すごく、必死だった。 行かなきゃ、行かなきゃって。 ……人が変わったみたいに」 「……感じたのかな。すぐ近くに、自分がいるって」 「かもしれんな。 肉体と霊魂は、細い糸で繋がれておるという。 本来は、霊魂が肉体を離れたときに切れてしまうが……」 「なんらかの引力が働いたのかもしれん。 だからこそ、真の言いつけを破って中に 入ってしまったんじゃろう」 「ごめん、真くん……」 (申し訳ありません、マスター……) 「いや……俺が軽率すぎたんだ。 もっと慎重になっていれば……」 「……」 「梓さん、これから……どうなりますか?」 「……こんな決定的な写真がある。 一課も動くと思う。ただ……」 「明日にも西田を逮捕、というわけにはいかない。 どれだけの人員を割いてくれるかも」 「これほどの事件だから、手抜きはないと思う。 総動員してくれれば解決も早いだろうけど……」 「……」 「真くんにここまでしてもらって、 琴莉ちゃんをあんな目に遭わせて…… 私は……一課に任せて終わり?」 「私、なんのために刑事になったんだ……! あいつがやったのは確実なのに、 まだ手が届かないなんて……!」 「梓さん……」 「ま、ま〜ま〜、これで本格的に……そ〜さ? できるんでしょ? じゃあ解決までもうすぐじゃん」 「そしたらさ、コトリンも戻ってくるって。 いや〜、私死んでましたわ〜、なはは〜って」 「姉さん」 「ぅ……すみません、空気読めてませんでした……」 「いや……和ませようとしてくれたんだろ? ありがとう」 「……」 「私、行くね。西田の監視に戻る」 「顔色が優れませんが……今日くらいお休みになっては」 「そういうわけにはいかない。 私がしっかりしていれば、琴莉ちゃんはここにいたんだ。 真くんのお役目を……私が邪魔した」 「邪魔なんて。これは梓さんの責任じゃなくて、 俺の――」 「ううん、依頼を持ってきたのは私。 そもそも警察がふがいないからこうなった」 「……違う。私たちがしっかりしていれば、 琴莉ちゃんは死ななかった。 野崎さんも嶋さんも、誰も死ななかった」 「せめて一日でも早くあいつを捕まえなきゃ…… 合わせる顔がない……っ!」 今まで見たことがないほどの、怒気を孕んだ瞳。 みなが気圧される中、スマホを乱暴に鞄の中に突っ込み梓さんは立ち上がった。 「じゃあね、おやすみなさい。 みんなこそゆっくり休んでね。今日はありがとう」 「犯人は絶対、捕まえるから……!」 鞄を肩に掛け、見送る間もなく梓さんは出て行ってしまう。 「……新人ゆえかの。本当に、呆れるほどまっすぐじゃ。 ちと危ういが、ああいう刑事こそ 信頼できるのかもしれんな」 「ただ……なんだか申し訳ないな。 琴莉のこと、梓さん一人に 背負わせちゃってるみたいで……」 「わたしはむしろよかったと思っておるがの」 「どうして」 「梓がおらんかったら、今頃激情に駆られておったのは 真じゃろう。犯人に報復を、などと言い出さんか 冷や冷やしておった」 「身内に怒ってくれる者がいるからこそ、 自分自身は冷静になれる。違うか?」 「そうかもしれない。でも……冷静か。どうだろう。 やっぱりショックで、歯がゆくて、悔しいよ。 自分の無力さが」 「そうじゃろうな。じゃが、できることはやったのじゃ。 決して無力ではない」 「しばらく時を置いて……琴莉を探してやれ。 自ら姿を消したのじゃ。 今は……一人になりたいじゃろうからな」 「そうだな……」 「今日はもう休め。疲れておるときは思考も よくない方向に流れるものじゃ。 芙蓉、風呂は沸いておるかの」 「あ、いえ、まだです。ただちに」 「いや、今日くらいはわたしがやってやろう。 芙蓉も休むといい。葵とアイリスもな」 「い、伊予様が……家事の手伝い……?」 (天変地異の前触れでしょうか……) 「ば、馬鹿者! 座敷わらしはがんばって働く者の味方じゃ! たまにはこういうこともある! ごくごくたまに気が向けばなっ!」 「ふふふ、では……お言葉に甘えて。 申し訳ありませんが、お風呂掃除からお願いしても よろしいですか? まだできていなくて」 「風呂掃除か。うむっ、任せておけっ」 「…………」 「……おい、ああは言ったもののやっぱめんどくせぇな、 って顔してるぞ」 「うっせハゲ」 「あぁんっ!?」 「おっとこわやこわや。さ〜て掃除を始めるかの〜。 ひゃっひゃっ」 伊予が笑いながら、居間を出ていく。 こっちはため息だ。 ただ……心の中では、感謝していた。伊予の細やかな気遣いに。 「……よし。部屋に戻るよ。 お風呂沸いたら呼んでもらっていい?」 「はい、承知いたしました」 「あ〜……ねぇ、ご主人」 「あ、先に入る? いいよ、俺はあとでも」 「ううん、そうじゃなくて。 あたし、コトリン探しに行きたいんだけど……駄目?」 「……」 「俺もそうしたいけど……伊予が言ったように、 今はそっとしておいてあげるのがいいかもしれない」 「そっか……」 「なにが正解かは……わかんないけどな。 とにかく、今日は休もう。みんな、お疲れ様」 立ち上がり、俺も居間を出る。 ……。 俺だって、探しに行きたい。 それに謝りたい。こんなことになってしまって……ごめんと。 でも琴莉が消えてしまったのが……不甲斐ない俺たちへの拒絶だったらと、そんな後ろ向きな不安ばかりがよぎる。 ……よくない。こんな状態では琴莉を迎えにいけない。 今は、休めなくては。心と、体を。 (マスター) 「ん?」 階段に足をかけたところで呼び止められ、振り返る。 少し、思い詰めた顔をしていた。 (少々……よろしいですか?) 「やっぱり探しに行きたい?」 (……そうですね。ですが、マスターに従います。 今は別件で、お耳に入れておきたいことがあります) 「? なに?」 (伏見様ですが、気になることが……) 「?」 「…………」 真くんの家を出て、十分程度。 夜の商店街は、昼間の賑やかさとはうってかわり薄暗く、どこか陰鬱さすら感じる。 大木屋は閉店準備中のようだ。閉まりかけたシャッターの向こう側に、西田の姿を確認。吐き気を催す。 店を通り過ぎ、細い路地を曲がる。 スーツ姿の男性が、誰かと待ち合わせでもしているように、スマホをいじっていた。 十三課の先輩、中村さんだ。気の弱そうな顔立ちで、とても刑事には見えない。あまりにも堂々とした監視だけど、この風貌のおかげで気づかれてはいないだろう。 「お、伏見か」 「お疲れ様です。一人ですか?」 「お前が加賀見くんの様子を見に行きたいって言ったから、 一人でやってるんだろ」 「そうでした」 「そっちはどうだった」 「真く……加賀見くんが決定的映像を撮ってくれました。 既に課長に。見ます? 私のスマホにも入ってます」 「いいよいいよ、俺そういうの苦手なんだ」 「……。土方さんは」 「もう帰宅してる。今日はもう大丈夫だろうから、 警護も解いたってさ」 「二十四時間警護するって約束です」 「だから俺たちで西田を見張ってるだろ。 あいつらも休ませないと倒れちまうよ」 「……」 「先輩も休んでは。見張り、代わります」 「あ、いいの? じゃあちょっとトイレ行ってくるわ。 でっかい方だから時間かかる」 「そういう報告いりませんから……」 「大事だろ、すぐに戻って来られないんだから。 ここらへんでトイレの綺麗なところ知らないか? あそこのハンバーガー屋、きったねぇんだよな」 「この時間だったらコンビニくらいしか ないかもしれませんね」 「ちくしょう、我慢するか。 じゃあちょっと行ってくるわ。 頼んだ」 「はい」 中村さんが、小走りで路地の奥へと消えていく。 ここにはもう、私だけ。 幸いなことに、人通りはまったくない。 大木屋に目を向ける。気づけば、閉店準備も終わったようだ。 ちょうど西田が店を出てきて、シャッターを下ろし始める。他の従業員の姿はない。好都合だった。 これから私がしようとしていることは……数ある選択の中でも、最も愚かなことだろう。 軽率であると、十分に承知していた。 けれど、みんなの……野崎さんの、嶋さんの、なにより目の前で消えていった琴莉ちゃんの無念を思うと、じっとはしていられなかった。 あの凶悪犯をこれ以上野放しにするのは……我慢ならなかった。 ……一秒たりとも。 「西田巧さんですね?」 「? はい?」 声をかけると、だるそうに西田が振り返る。 手帳を取り出し、身分を明かした。 「わたくし、こういう者です」 「警察……っすか?」 目を丸くする。不思議そうに。 焦り、怯え、そういったストレスは感じなかった。 ただただ、理解できていないようだ。なぜ警察が? と。 その態度で確信した。この男は、自分がやったことに対して……罪悪感がないのだ。たったのひとかけらも。 だからこそ私も躊躇せず、踏み込める。 「お尋ねしたいことがありまして」 「なんですか?」 「これに、なにか心当たりは?」 スマホを取りだし、あの写真を見せた。 これで西田の本性を引き出せると思った。 それはある意味では成功したけれど、むしろ動揺したのは、私の方だった。 「俺の作品だ」 「な……っ」 あっさりと認めた。 悪びれず、罪の意識に苛むこともなく、ヘラヘラと笑いながら。 この男、欠落している。人としての感情が。 「あなた……今自分がなにを言ったかわかってる?」 「わかってますよ。俺の力を警察が認めたってことだ。 そうだろ?」 「力……? 認めたのはあなたの罪だけよ」 「は? 罪とか意味わかんねーし」 「意味が……? 人を殺して、こんな風に弄んで、 あなたは被害者になにも感じてないって言うの!?」 「殺したとかマジ勘弁してよ。 ちゃんと生き返るしソレ」 「……あなた、なにを言って……」 「まだパーツが足らねぇけど、もう少しで終わるから。 他の女も今はしまってあるけど、 ちゃんとあとで治してやるし」 「罪とかありえないっしょ。 綺麗にしてやってんのに、 なんで責められなきゃいけないんだか」 「警察も俺の力が欲しいんだろ? 命を作れるの、世界で俺だけだし」 「あなた……」 罪を逃れるために、苦しい言い訳を並べている。そんな様子にはとても見えなかった。 信じている。くだらない妄想を。 この男……! 「まともじゃない……!」 「そりゃ俺、天才だし」 「もういいっ、もう十分……! あなたを逮捕する!」 「……」 「あんた指、綺麗だな」 「は? ――!?」 「……っ! な、なにを……っ!」 「顔は全然好みじゃねぇし……髪も駄目だな。 もっとサラサラがいい」 「腕も足も駄目だ。いい線いってっけど、 あのボディに合わない」 「けど指はいいなぁ……。綺麗だ。 合うかわかんねぇけど……欲しいなぁ……」 「なにを言って……! あなた、今どういう状況かわかってるの!?」 「怖がる必要ないって。 また目が覚めたときには、もっと綺麗になってるから」 「……っ、ベタベタで言うのが恥ずかしいくらいだけど、 ICレコーダーって知ってる? あんたの言葉、 しっかりと録音してあるから。これ、完璧な自白だよね」 「あっそ」 「私を殺して逃げようと思っても無駄。 録音と同時にバックアップを残してる。 あんたの手が届かない場所にね」 「わかる? もう行き止まりなのよ。 それに、刑事を殺したらどうなるか。 あなたのこと、地の果てまで追いかけるわよ」 「そもそも、私を殺せるかしらね。 大声を出せば、人が――」 「そろそろ黙れよ」 「か、は……っ!」 「最初の女はさぁ、つい殴っちゃったんだよなぁ。 あれは駄目だ。痣になっちまった。 目立たないから妥協したけどさ」 「二人目は……こうやってゆっくり首を絞めてやった。 力加減がムズイんだよ。強くやりすぎちまうと、 やっぱ痣になる」 「……っ、ぁ……っ!」 「三人目も……丁寧にやりたかったんだけどなぁ。 つい殴っちまった。手っ取り早いんだよ、その方が。 我慢できねぇよなぁ、早く欲しいと思っちまって」 「そ、……っ、や、って……こ、とり…………、 ちゃんを……ッ!」 「あ? なに? わかんね」 「か…………っ!」 「あ、そうか。あんたは指欲しいだけだから、 手加減必要ねぇか」 「ゆる、さ…………ない、……っ! お前、を……っ、ぜ、った……っ!」 「だからわかんねって。そろそろ――」 「いっぺん死んどけ」 「……っ!」 頸を強く圧迫され、窒息で景色が歪む。 「ぁ…………、っ…………」 視界が、白く霧がかっていく。 ……ごめんね、真くん。次会うときは……私、霊になっているかも。 でも、自白させた。これで、琴莉ちゃんの仇は――。 「安心しろよ、すぐに生き返らせてやるからさ。 俺の理想の女の、パーツとして。 ひゃはっ、楽しみだなぁ……!」 「ぁ……………………」 「お や す み」 「………………」 「葵、やれ」 「おおおおおおおおりゃあああああああああああ!!」 「ご……っ!!!」 葵の強烈な跳び蹴りで、西田は強制的に梓さんから引き離された。 次の俺の台詞は、『無茶しすぎでしょう、梓さん』だ。力が抜け座り込んでしまった梓さんに、かっこつけてそう言うつもりだった……んだけど。 「シャア! オラァ! やったったぞコラァ! ザマァミロ!!」 「……」 興奮する葵の隣で、俺は口をあんぐりと開けていた。かっこよさとはほど遠い顔だった。 西田は二十メートル、いや下手したらもっと先の店舗の前で倒れ、ぴくりとも動かなくなっていた。 葵の蹴りで重力を無視し一直線に飛んでいき、ゴスッ!と鈍すぎる音を立てて着地しても強すぎる勢いを殺せず、よく跳ねるボールみたいにさらに数メートル転がっていった。 その様を、俺は余さず見ていた。 ……えぇ? 「は〜! スッキリした! やっとあいつぶっ飛ばせた!」 「いや、あ、葵……?」 「ん? なに?」 「やれとは言ったけど……。 なんか……バトル漫画みたいに吹っ飛んだよ?」 「うん。割と強めに蹴ったからね!」 「……」 ……あれが割と強め?……もっと強くできるの? やべぇ。鬼の力やべぇ……。あいつ死んだかも……。 「ごほっ……、かっ……はっ、……っ、ま、まこ、く……っ、 ナ、ナイスタイミングだけど……っ、ごほっ、 ちょ、い、いまの……っ」 「伏見様、ご無事ですか?」 「ふぇっ? あ、う、うん、でも……な、なに? ありえない光景みたんですけどっ!」 「いや……俺も驚いてます。 まさかあそこまで派手に飛んでいくとは……」 「え、だって! めっちゃむかついてたし! 許可出たらそりゃ力入るでしょ!」 (わかります。アイリスでも同じようにしています) 「ねっ? ねっ?」 「だ、だからってなぁ! 逮捕が目的なんだよ! 殺しちゃ駄目なんだよ! ボクシングの試合でも あんな吹っ飛び方しね〜ぞ!」 「し、死んで……ないよね? 私……ここまでは想定してなかったよ……?」 「う、ぁ……っ」 「あらよかった。生きてらっしゃったようですね。 まだ動けるのであれば、いけません。アイリス」 (よろしいので?) 「わたくしの分も」 (承知しました、お姉様) 「え? な、なになになに?」 「ちょ、待って? なにする気? 主無視してなにする気?」 「……っ!」 「が……っ!」 「おぉぉい!!」 アイリスが靴の底で、思いっきり西田の腹を踏みつけた。 なんかすごい音したぞ! 死んだだろ!今度こそ死んだだろっ! (大丈夫です、手加減いたしました。 マスターがお望みなら、トドメを刺しますが) 「トドメって……、たくっ。 堪えろ。それは俺たちの役目じゃない」 (……承知しました。差し出がましい真似を) 「申し訳ございませんでした。 でも……すっきりなさったでしょう?」 「……」 「まぁね。少しだけ」 険しい顔を、緩める。 そうさ。許されるなら、引き裂いてやりたい。 琴莉と同じ目に遭わせてやりたいさ……! けど……それは駄目だ。俺まで人の道を踏み外してはいけない。 最後まで人として、あいつにしかるべき報いを与えなくてはならない。 「なんか、ドタバタしてかっこつかないけど……。 梓さん。俺たちはここまでです」 「最後の締め、よろしくお願いします」 「……」 首をさすりながら、梓さんが立ち上がる。 そして少しふらつきつつも、西田との距離を詰め。 「聞こえちゃいないだろうけど」 吐き捨てながら手錠を取り出し。 「西田巧。あなたを逮捕する」 西田に、手錠をかけた。 ……やっとだ。 やっと、この瞬間に辿り着いた。 「……終わった、やっと」 「……助けてもらったのに、おいしいところ もってっちゃったね」 「いえ、俺にはできないことですから」 「……うん」 「……」 「ヘマして傷つけちゃったけど…… 琴莉ちゃん、私のこと許してくれるかな」 「戻ってきたら、真っ先に伝えましょう。 犯人……逮捕したぞって」 「うん……そうだね」 「……」 「おぉっと」 気が抜けたのか、よろめいた梓さんを葵が支える。 「大丈夫ですか? 伏見様」 「ご、ごめん。急に足にきた……」 (……、マスター、人が来ます) 「……っと、俺たちは撤収した方がいいかな」 「ああ、大丈夫。あの人……うちの先輩だわ」 「な、なんだなんだぁ?」 スーツ姿の男性が、慌てた様子で駆けてくる。 ……見たことあるな。由美の護衛で喫茶店にいた人か。 「スッキリしました? 中村さん」 「いやしたけど……お、お前なにしたっ。 なんで西田が倒れてるんだっ。 あっ、手錠! おい伏見! 説明しろ!」 「なんか襲われたんで、流れで逮捕しました」 「なんかってお前……。お、襲われた?」 「あと、これどうぞ」 懐から携帯……じゃないか、レコーダーだ、を取り出して、男性――中村さんに手渡す。 「なんだこれ」 「西田が自白しました。そこに全部入っています」 「自白ぅ……? お前、首赤くなってる……。 煽って無理矢理吐かせたんじゃないだろうな?」 「……」 「おい」 「えへ」 「ばっかやろう……」 「逮捕できたからいいじゃありませんか、なんて 開き直るつもりはありません。なにをしたかは 理解しています。責任を取る覚悟も」 「新人が取れる責任なんかないだろぉ……」 中村さんがため息をつく。 ちらりと足下の西田に目を向けたあと、顔をあげ俺を見る。 「君が加賀見くんだな?」 「はい。お世話になっています」 「世話になっているのはこっちだ。 それで……彼女たちが君の鬼か?」 「はい。見えるんですか?」 「ぼんやりとだけどな。それだけだ。声も聞こえない。 ただ……そっちの子はやけにくっきり見えるな。 人とは違う気配は感じるが……」 「お察しの通り、わたくしも鬼でございます」 「そうか、よくわからんが……。まぁいい。 伏見が迷惑をかけた。すまなかった」 「いえ、おかげで……個人的に因縁のあるこいつと 決着をつけられましたから」 「やっと一撃入れられた! ちょーーーーーーースッキリした!」 (アイリスも今日はよく眠れそうです) 「お前らな……少し反省しろ」 「ん? ああ、鬼と話していたのか」 「すみません、うちのが力加減できなくて……」 「したよ!」 (し、しました!) 「しっかり生きておりますから、手ぬるいくらいです。 この外道には」 「外道ねぇ……。よく見たら泡吹いてるな。 伏見、お前は手をあげてないだろうな」 「まさか。首絞められて死にかけてただけです」 「ったく、馬鹿野郎が……。 簡単に命賭けやがって」 「……すみません」 「謝るな。お手柄だ。連行するぞ」 「は、はいっ」 「あと帰ったら始末書な」 「……はい」 「えぇと、じゃあ……俺たちは、ここで」 「ああ、待ってくれ。加賀見くん」 「はい?」 「ご協力、感謝いたします!」 中村さんが、頭を下げる。 梓さんも倣って、お辞儀をした。 年上の人にこうして感謝されるのは、なんだか照れるな……。 「ああ、こっちの方がよかったかな」 冗談めかして笑い、こめかみのあたりに手を持っていき、敬礼。 少し迷ったけど、俺も笑って敬礼を返した。 「では」 「あとのことは任せてくれ」 「はい。お願いします」 「また連絡するね」 「その前に、梓さんは首を診てもらった方がいいですよ」 「そうする」 「行こう、みんな」 「うぃっす!」 「はい」 (マスター、本日は本当にお疲れ様でした) 踵を返し歩き出す。 あとのことは、任せよう。もう俺にできることはなにもない。 梓さんの捨て身の行動のおかげで、事件は解決に向けて大きく動き出した。 由美が襲われる心配も、もうない。 でも……琴莉。今どこにいる? 琴莉がいなくちゃ……事件の終わりも、意味がないんだ。 だから……琴莉。 帰ってきてくれ、必ず。 必ず……。 帰宅し、縁側でぼぅっと夜空を眺めていた。 やり遂げた。証拠を写真に撮ったぞ! そんな風に喜べるはずがなかった。 ただただ、空虚だった。 「梓に写真を送っておいたぞ」 伊予がやってきて、俺の隣に座る。 身動き一つとらない俺をちらりと見て、ため息をつく。 「芙蓉にも言伝を頼んでおいた。 そろそろ戻ってくるじゃろう」 「……わかった、ありがとう」 「……」 「まこちゃんはよくがんばったよ」 「……どうかな。最後の最後で、失敗した」 「全部が全部、うまくいくはずがないんだから」 「わかってる。けれど……うまくやりたかった。 やるつもりだったんだ」 「……」 「真様っ」 背後から芙蓉の声。 芙蓉らしくない大きな足音を立てながら、俺のそばで膝をつく。 「真様、琴莉さんは……」 「……」 首を振る。 視界の端の芙蓉が脱力し、そのままへたりこむ。 「そうですか、ついに……知ってしまったんですね」 「……そっちはどうだった?」 「……、犯人に、特に動きは。 真様が撮った写真のおかげで、ようやく事件として 扱える、と仰っていましたが……」 「今日明日中に決着を、 というわけにはいかないでしょうね……」 「そうか」 「……」 「その間……あいつは野放しなんだな」 「真、ならんぞ」 「なにが」 「復讐はならん」 「……」 「真っ!」 「わかってる。嶋さんの望みをどう叶えるかを、 考えてた」 「嶋さんの……ですか?」 「葵、アイリス」 「は、はい」 (……はい) 居間にいた二人も、縁側へ。 芙蓉の隣に腰を下ろす。 「二人の力で、嶋さんにあいつと話をさせてあげることって できるかな」 (……難しいかもしれません。 アイリスを通せばテレパシーはできますが……) 「たぶんあの男、相当鈍いよ。あたしが思念読んでるときも、 アイリスが心の声聞いてるときも、 なにも感じてなかったみたいだし」 (人並み以上に霊感があれば多少の違和感を覚えたはずです。 それがなかったということは……アイリスのテレパシーも 届くかどうか) 「試してみないとわかんないけどね」 「そんな曖昧じゃ駄目だ。 あいつに……嶋さんの言葉を、正確に届けなくちゃ」 「それに……知るべきだ、あいつは」 「自分の殺した人たちが、どれほど苦しんだのかを。 どれほど……無念だったかを」 「真」 「わかってる。あくまでもお役目だ。 お役目なんだ、これは」 「あいつはこれから何年も刑務所で過ごすことに なるんだろう。けれどまるで反省しないまま 出てくるのなら、意味がない」 「霊を救うために。これからのために。 あいつに命の尊さを……教えなくちゃいけない。 徹底的に」 「それが今、俺が、俺たちが、すべきことだ」 「……」 「今じゃないと駄目なの?」 「あいつが逮捕されれば、嶋さんと話す機会が 失われるかもしれない」 「十三課の権限って、聞く限りそんなに強くないだろ。 面会できない可能性がある。 だから……やるなら今だ。あいつが自由なうちに」 「……」 「待っておれ」 伊予が立ち上がり、居間を通り抜け廊下に出る。 縁側からいつもの席に移動し、三人もついてくる。 待つこと数分。 険しい顔の伊予が戻ってくる。 手には、一冊のノートがあった。 「それ……もしかして、爺ちゃんの」 「今一度問おう、真よ」 「個人の感情ではなく、あくまでもお役目であると。 そう言うのじゃな?」 「ごまかさず、言いくるめようとするのではなく、 本心を答えよ」 「……」 「この悔しさや憤りを、犯人にぶつけたい。 そういう気持ちは、もちろんあるよ」 「けれど、怒りにまかせて復讐しても…… 琴莉は喜んでくれないと思うんだ。 結構……真面目だからさ、琴莉って」 「だから、嶋さんの願い。 最後に……あいつに一言。 それを、叶えるだけだ」 「野崎さんの、家に帰りたいという願いを、 叶えるだけだ」 「それ以上のことはしない」 「あいつを裁くのは、俺じゃない」 「俺はただ、あの子たちを救い……この町を守るだけだ」 「それが、お役目なんだろ? 伊予」 「……」 「鬼の枷をとく」 伊予の言葉に、葵たちが緊張感を漲らせる。 枷……? 「わ〜ぉ……やっちゃいますか」 「よ、よろしいのですか?」 (マスターに大きな負担を強いることになりますが……) 「負担で済めばよいがの」 「ま、待った、どういうこと?」 「鬼とは。 お伽話や伝承に残るくらいじゃ、 本来、誰の目にも映るもの」 「ではなぜ、加賀見が従える鬼は人の目には映らん。 それは、鬼の力を御すためじゃ」 「鬼の力は強大じゃ。抑え込み、ただの常人の目には 映らんほどに魂の力を弱めねば、 か弱き人に鬼を従えることなどできん」 「――という建て前で、鬼に枷をはめておる」 「……建て前?」 「鬼に贄を捧げた時点で、主従の契約は成立しておる。 その上で枷をはめる必要などない。 そもそも枷をはめてもなお、鬼の力は強大じゃ」 「鬼に喰われた当主がおる、という話を何度かしたじゃろう。 その気になれば、真くらい一瞬で殺せるぞ。 のぅ、葵」 「うぉう、あたしですか。 まぁ……そりゃワンパンっすね。 その気になればですけど。ならないけど」 「うむ。にもかかわらず枷をはめるのは、 当主を、真を……力に溺れさせないためじゃ」 「……俺を?」 「鬼の力を好き放題使えばどうなる。 誰にも止められん。同じ鬼使いでもなければ、誰にも」 「だから鬼の力を弱めておる。 肉を纏ったただの人には影響がでにくいように、 霊をむき出しにした死者にしか影響が出ぬように」 「力が及ぶ対象を限定するための枷じゃ。 霊相手であればアイリスのテレパシーは容易く届くが、 ただの人には容易に届かん」 (……はい。伏見様のような勘のいい方でなければ、 アイリスが心の声を受け取ることはできても、 こちらから発信した声を届けることはできません) 「だから……西田にはテレパシーが届かない」 (はい。おそらくは) 「じゃが、枷を外すとどうなる」 「その制限がなくなる」 「うむ。問答無用じゃ。 誰彼構わず、鬼の強大な力を行使できる」 「……外法じゃ。人の道を踏み外しかねん、禁忌。 だから……隠しておった」 「おじじが鬼の枷を外したあの日が詳細に書かれた、 この日記を」 爺ちゃんのノートをちゃぶ台の上に置き、俺の方へと押す。 けれど、すぐに手に取ることはできなかった。 「……」 「……どうして、爺ちゃんは?」 「真と似たような理由じゃ。 鈍い相手に力を行使する必要があった。 ……詳しくは自分で読んでみるといい」 「いいのか、読んで」 「そのために持ってきた」 「真にはまだ早いとは思う。お役目を建て前に、 自分の目的を果たそうとしているだけにも見える」 「琴莉を最良の方法で救えなかった鬱憤を、 西田という男で晴らそうとしている、と」 「じゃが……それでもお役目の域を越えないと言う。 裁くのは自分ではないと。 あくまでもお役目なのだと」 「ならば……手を貸さんわけにはいかんじゃろう。 真を支えるのが、相談役たるわたしの役目じゃ」 「……」 「ありがとう」 「うむ。まぁ……鬼との信頼関係も しっかりとできておるしの。もし真が暴走しても、 大丈夫じゃろう。のぅ、芙蓉」 「ええ。万が一ではございますが、その際はぴしゃりと。 そのためのわたくしでございます」 「ないと思いたいけど、どうなるかわからないからな……。 助かるよ」 「でも、枷の外し方は日記に書いてあるとして、 はめるのはどうしたらいいんだ。それも書いてある? そもそも、今の枷をどうしたのか俺にはわかってない」 「加賀見の血の力じゃの。意識しようとしまいと、 鬼が贄を喰ろうたと同時に、枷をはめる」 「それが霊視と共におじじから受け継いだ、真の力じゃ。 加賀見家の当主たるものは、生まれながらにして 鬼を従える力を持つ」 「じゃあ……枷をはめるには、また鬼とセックスを?」 「あ、それです。それ正解です」 「つまらん嘘をつくな葵。 そこまで手間はかからん。枷をとくのも簡単じゃ。 まぁ……身体的負担はセックスの比ではないがの」 「とにかく読め。驚くほど容易く枷はとける。 はめる方法も書いてある。 手順はとてもシンプルじゃ」 「じゃが……肝に銘じておけよ。 これは外法じゃ。道を外した、強大すぎる力じゃ。 適切に扱うのじゃぞ」 「……ああ、わかった」 「うむ。まぁ……鬼の力が強すぎる影響で? ちょ〜っと人殺しのクソ野郎には、精神的に 大きなショックを与えちゃうかもしれないけど」 伊予が、悪戯に笑う。 加賀見家の相談役としてではなく、伊予個人としての本心をさらけ出してくれた。そんな風に思えた。 「ま、わたしも結構むかついてるってことで、 今から話すことは聞き流しておいて」 「おじじも言ってた。 時には……必要なことなんだって。 命の重みを知らない馬鹿野郎を、こらしめてやることも」 「それがお役目に含まれるのかは、 わたしでもよくわからない。 けど、加賀見の人間にしかできないのも事実」 「やっちゃえ。悪党を倒すのが、正義の味方のお仕事だ」 「……ああっ!」 日記を掴み、ページをめくる。 鬼の枷に関する記述は、すぐに見つかった。 膨れあがる感情を抑えつけながら、魂に刻みつけるように、必死に文字を追った。 ほとんどの店舗が営業時間を終了した商店街はいつもより薄暗く、少し不気味な雰囲気がした。 よくダンスサークルの学生たちがショーウィンドウを鏡代わりに練習をしていたりするけど、今日は見かけない。 人の気配のない、おあつらえ向きの夜だった。 大木屋も、間もなく閉店。 あの男が出てくるのを、ただ黙って待つ。 ……と、ポケットの中のスマホが震えた。 画面を確認し、通話ボタンを押す。 「はい」 『真くん、なにやってんのっ?』 梓さんからだ。 そういえば……そうだった。連絡するのを、すっかり忘れてしまっていた。 『写真はもう受け取ったよ。 ありがとね、すごく助かった。 これで事件として扱える』 『歯がゆいとは思うけど、真くんは家で待ってて。 必ず結果を出すから』 「いえ……その前にやることが。 逮捕される前に一言言いたい。 嶋さんの願いを、ここで叶えないと」 『成仏させるためにってこと? そういうことなら早く言ってよ』 「……すみません。そこまで気が回ってなくて。 ちゃんと連絡するべきでした」 『いやぁ謝らなくてもいいけど……。 ポケットから物騒な物はみだしてるし、 なにごとかと思って』 「物騒な……ああ、別にあれでなんかしようって わけじゃないから、大丈夫です」 『信用はしてるけど……大丈夫? 声に元気がないけど……お役目、なんだよね?』 「はい、誓って。ただ……そこに十三課の人たちが 何人いるかは知りませんが、たぶん驚かせることには なると思います」 「決して馬鹿な真似はしないので、なにが起こっても 見守っていてくれませんか」 『怖いなぁ……。真くんがそういうなら、従うけど」 「助かります」 店先に西田が姿を現し、電話を切る。 スマホをしまいながら、シャッターを下ろすその背中に近づき、声をかけた。 「すみません、今、大丈夫ですか?」 「え……?」 振り返る。 まったく無警戒な顔で。 そうだよな。いつか自分の身に返ってくると、そんなこと欠片も思わないから、あんなことができるんだよな。 「すみません、もう閉店で……」 「いえ、お店ではなく、あなたに用事が」 「俺?」 「はい」 「なんすか?」 「野崎小百合さん」 「……?」 「嶋きららさん」 「……」 ようやく、表情が変わる。 そうか……。野崎さんのことは、名前すら知らずに殺したのか。 琴莉の名を口にすることはできなかった。 ……きっと、お役目のことを忘れてしまうから。 「……あの、なんすか?」 さっきよりも、語気が強い。 いまさらの警戒。 遅いんだよ。逃がさない。 「伝言を預かっていまして」 「はぁ?」 「ここで俺が伝えるのもいいんですが…… 彼女たちの口から、直接話してもらった方がいいでしょう。 その方が、きっといい」 「はっ? ちょ……っ」 ズボンの後ポケットから、カッターナイフを取り出した。 同時に、またスマホが震えた。 出なかった。 大丈夫ですよ、こいつと同レベルにまで落ちる気はない。 チキチキと音をたて、刃をせり出して。 「お、おいっ、なにを……っ!」 「あなたには、自分のしたことをきっちりと」 自分の手首にあて―― 「見つめなおしてもらう……!!」 切り裂いた。 深く深く。 血が止めどなく、溢れるほどに。 「ま、まじかよ……っ! 頭おかしいんじゃねぇの……っ!」 「……」 「芙蓉」 「ここに」 すぐそばに控えていた芙蓉が、すぅと歩み出る。 しっかりと照明が当たっているはずなのに、芙蓉の存在はどこか暗く不確かで。 異質な存在感を、漂わせていた。 それは、芙蓉が人ならざる者である証拠。 そして俺は……その異形を従える、加賀見家の当主。 「ご命令を、我が主」 「我が血をもって、汝の枷をとく」 「恐悦至極」 指を伝い滴り落ちた鮮血が、意思を持つかのように地を這い芙蓉へと吸い込まれていく。 「な、なんだよ……」 「ふふふ……」 妖しく微笑む芙蓉の体が、朱に染まっていく。 鬼は纏うのだ。人の血を。 赤鬼。 それは、鬼が人の血を身に纏った姿なのだ。 生臭く、赤黒く濁った血を。 それこそが、鬼の。 真なる姿。 力の、解放。 「顕せ」 「御心のままに」 着物の袖を、優雅な動作で払う。 ふわりと漂う、芳しくも背筋を怖じけさせる危険な香り。 口をぱくぱくとさせるだけで身動き一つとれない西田に、また芙蓉は微笑みかける。 「我が能力は霊子の可視化。普段は己が身一つで精一杯では ございますが……この姿となれば、容易いこと。 あらゆる不可思議を、その目にご覧にいれましょう」 「たとえあなたが……命の眩さもしらぬ、凡愚であっても」 「おいでませ。今こそ……あなた方の無念を晴らすとき」 「……」 「……」 「な、な……な……っ」 暗がりから浮かび上がったのは、二人の少女だった。 自分が殺した、少女たちだった。 ありえぬ光景に腰を抜かし、へたりこむ。 有無を言わさぬ存在感が、西田の心に恐怖を植え付ける。 無様な姿を晒す西田を見下ろし、芙蓉は嘲笑を浮かべた。 「ふふふ、なぜそのような顔をするのです。 笑いなさいな。二人はあなたの想い人。 殺したいほどに、恋い焦がれた少女たち」 「物言わぬ人形に語りかけるのは、 そろそろ飽いた頃でございましょう。 どうぞ、存分に語り合ってくださいまし」 「我が姉妹が、その願いを叶えましょう」 「……葵」 「ここに」 「我が血をもって、汝の枷をとく」 「至福の極み」 「フゥゥゥ……っ!」 「ぁ、ぁ…………ぁぁ…………」 「視よ」 「承知」 毛を逆立て、牙を剥く。 葵の中に眠る、野生の顕現。 「あたしの力は、眠りについた記憶を呼び覚ますこと。 いつもは取捨選択なんてできないけれど…… 今なら違う」 「二人の無念をこの手で掬い上げ、届けることができる。 お前のような、鬼が吐き気を催すほどの外道にも」 「さぁ知れ、その身に刻め、死者の痛みを……っ!」 「ぅ、ぁ、……な、なんだよ……っ!」 視界が歪み、眼球の奥、そのさらに奥に、なにかが潜り込む。 そうして、脳裏に焼き付けられていく。 二人の死に際が。 二人の感情が。 二人の感覚が。 鮮明に、我が物のように、克明に。 「なんだよ、なんだよこれぇ……っ!! や、やめろ……っ、やめてくれ……っ!」 「やめるかどうかはあたしが決めることじゃない。 請え、彼女たちに許しを。 お前をどうするかは、二人が決める」 「アイリス」 (ここに) 「我が血をもって、汝の枷をとく」 (有り難き幸せ) 「………………」 「な、なんだよぉ……もう、やめてくれよぉ……っ!!」 「……」 「聞け」 (御意に) 翼がはためき、霊子の燐光が舞う。 嶋さんと野崎さんを包み、輝いた。 (声にならぬ声に耳を傾ける。それが我が能力。 本来であればあなたのような下賎な者と感覚を 共有することはありませんが……今宵は別) (その耳を手で塞ごうと、血で塗り固めようと、 傾けていただきましょう、二人の声に) 「も、もうやめろ、やめてくれ……っ」 (……聞け、死者の願いを) きらら『……シテ』小百合『……シテ』 「……ひっ」 底冷えするような、二人の声。 重なり、反響する。 鼓膜を通すことなく、頭の中に、直接。 二人の想い、そのものが。 「な、な、な、なんだよ……っ! なんて、なにが……っ」 『ドウシテ……』 『カエシテ……』 「ひ、ぁ……っ!」 『 ド ウ シ テ コ ロ シ タ ノ ? 』 『 オ ウ チ ニ カ エ シ テ 』 「うぁぁぁあああああっ!!!」 絶叫。 逃げようと、地面を必死にかく。 股ぐらには、大きな染みができていた。 漂う硫黄臭に、フンとアイリスが侮蔑の色をまじえ鼻を鳴らす。 「や、やめろ、やめろ、やめてくれ……っ。 なんだよ、なんなんだよお前ら……っ!」 『ドウシテ……アタシヲコロシタノ?』 『オネガイデス、オウチニ……カエリタイ……』 「やめろ、やめろよぉ……! なんなんだ、なんなんだよっ! 俺にどうして欲しいんだよ! なんなんだよっ!」 『……イッショニシンデクレル?』 『オウチニカエリタイノ……カエシテ……』 「ま、ま、待てよ、待ってくれ……! 俺は、俺はただ……っ!」 『シンデ?』 『カエシテ……』 「う、恨んでるのか、俺を……っ、ふ、ふざけんなっ! か、感謝しろよ……っ! 俺は、お前らを綺麗なままで、 保存して……っ! だから、俺は……っ!!! きらら『シネ』小百合『カエシテ』 「ひぁぁあああああ!!」 「ぁ、ぁ、ぁっ、あ〜〜っ……! あぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」 奇声をあげ這いつくばりながら、よたよたと西田は逃げ出した。 追うことは簡単だった。 追いついて、さらに痛めつけることも。 ……でも、もういい。役目は果たした。 「……血化粧を落とせ」 「……うん」 「……はい」 (……はい、マスター) 顔についた血を拭う。 たったそれだけで、すべての血液が抜け落ち、霧散して。 いつもの三人に戻る。 枷は再びはめられた。 願わくば……もう二度と、この力を使うことがないように。 「手当てを」 芙蓉が屈み、傷口に手ぬぐいを押し当てた。あっという間に、白が朱に染まる。 葵とアイリスも、二人がかりで俺の腕に強く手ぬぐいを巻き付ける。 かなり痛かったけど、これくらい圧迫しないと血は止まらないんだろう。 あぁ、いや……止まるんだろうか。随分と血を流した。 ふっと目眩がして、その場にへたり込む。 三人が俺の名を呼んだ気がするけど、うまく答えられなかった。 遠くから、足音もする。 たぶん、梓さんだろう。 「真くんっ、なにっ? 今のなんだったのっ?」 「……、俺より……あっちを追いかけた方がいいですよ」 「もちろん追いかけてる! 救急車は? 呼ぶよねっ?」 「いや、なんか……面倒なことになりそうだし……」 「めんどくさがってる場合じゃないでしょ! 私が付き添って適当に事情でっちあげてあげるからっ」 「あ〜、えっと、どうしよう。 待ってて、手配するから。あとこれ預かる! ここで待っててね!」 俺の手からカッターを取り上げ、走り去る。 見送る気力もなく、ただ『はぁ』とため息をついた。 (あの……大丈夫ですか? 私たちのために……) 「ああ……気にしないで。こっちが勝手にやったことだ」 「それに、約束だしね。これで貸し借りなし」 「……よかったよ、ちゃんと約束を守れて」 (でも……脅かしすぎたでしょうか……) 「あれくらいでちょうどいいの。 ってか、ノリノリだったじゃん。 打ち合わせのときから」 (……恥ずかしいです。 お化けっぽくて面白そうだなって……) 「途中から超ノッてきたよね。あいつの顔見た? つか漏らしてたし。 ほんと、なんであんなクズに惚れたんだろ」 (好きだったんですか?) 「今聞く? そういうこと。 でもま……スッキリしたかな、おかげ様で。 未練はないかも」 「もういいの?」 「うん。仕返しもできたし。ただ……あのクソ親父と 一緒のところに逝かなきゃいけないのは…… 超ユーウツだけど」 「あ〜……まぁ、うん。コメントは控えるけど」 「あれ、知ってんだ? ドM親父のこと」 「あぁ、趣味のこと知っちゃってたのか……。 会ったよ。あの人をあっちに送ったのは……」 「……」 「俺の助手だから」 「そっか。なんか言ってた? アタシのこと」 「心配してたよ、最後まで」 「そっかぁ、心配かぁ……」 「……」 「嘘つきっ」 嶋さんが、ニッと笑う。 俺も微笑み返すと、そのままキラキラと光り……体が透けていき。 そのまますぅ……っと、景色に溶けていった。 (逝ってしまいました……) 「そうだね……逝っちゃった」 (私も……帰れるでしょうか) 「大丈夫。あとは……警察がなんとかしてくれる」 (そうですね……) (……) (今日は……ありがとうございました。 私も……スッキリできた気がします) 「いや、こっちこそ急に呼び出してごめん。 来てくれてよかった」 (声が……聞こえたので。よかったです……本当に。 あなた方に……会えて) (では……失礼いたします。 次は……いい報告ができますように) ぺこりと頭を下げ、野崎さんも……消えていく。 夜の商店街に、俺たちだけが、残された。 「ふぅ……疲れた……」 「血がなかなか止まりません……。 具合はいかがですか?」 「ちょっと気持ち悪くなってきたかな……。 だけどまぁ、みんなの枷をとくためだし、仕方ない。 中途半端な量じゃ駄目だって書いてあったし」 (伏見様が車を手配してくださっているようです。 準備が整うまでここで安静に) 「ああ、でも……ちょっと端っこに行こうか。 ど真ん中じゃ……目立ちすぎる。 そろそろ誰か通るかもだし」 「掴まって」 「ありがとう」 葵の肩を借りて、立ち上がる。 芙蓉とアイリスにも支えられながら、おぼつかない足取りで、歩く。 「……ご主人」 「うん?」 「コトリンとコタロウの記憶も…… あいつに見せた方がよかった?」 「……」 「汚しちゃう気がして……できなかった」 「それでいいよ。それで……いい」 「……うん」 肩から腕を外し、シャッターに背中を預けながら、腰を下ろす。 これで……事件は解決するだろうか。 でもまだ俺は……最初に決めたことを、成し遂げられていない。 ……。 どこに行ってしまったんだ、琴莉……。 「まぁ……あとは……うん。下心もあるよ。 嶋さんと接触することで、なにかボロを出さないかって。 出してくれれば、逮捕も早まる」 「警察がこれから本格的に動くんじゃろう? なにが不満なんじゃ。どうしてそう急ぐ。 なぜ介入したがる。琴莉の仇討ちのつもりか?」 「……それもある。あとは……」 「……」 「由美だよ。由美の心配をしてる」 「護衛も強化されるじゃろ。 人手不足の問題はいずれなくなる」 「そうじゃない、その心配じゃないよ。実は…… まだみんなには話してなかったけど、由美、知ってるんだ。 自分が狙われてることも、西田の正体も」 「話しちゃったの?」 「ああ、ついムキになっちゃって……。 全部、由美には」 (それならば、なおさら安心なのでは? 全て知っているなら、犯人には近づかないかと) 「だったらいいんだけど……」 「なにか気になることが?」 「なんじゃ、はっきり言え。まどろっこしい」 「……俺たちの仕事を、手伝いたがってる。 自分がおとりになるって」 「もしや……あえて犯人と接触すると?」 「ああ。食事に誘われてるんだってさ。 それでオッケーして……自分が証拠を掴むって」 「ありゃまぁ、由美ッチ、大人しそうに見えて 大胆だなぁ……」 (おとりなんて……とても危険ではないでしょうか?) 「ああ、だから断った」 「阿呆。なぜ断った」 「いや、だから、危ないだろ。おとりなんて」 「いつでもどこでも、不審がられることなくそばにいられる、 最強のボディガードがおるのにか?」 「……葵とアイリスに同行させる?」 「うむ」 「ああ、それなら安心だね。 犯人が変なそぶり見せたら、一瞬でコキャッてできるよ。 首コキャッて」 「いや殺しちゃだめだけど……。 てか、そんな簡単にはいかないだろ」 「いいや簡単じゃ。真よ、鬼を舐めすぎじゃぞ。 三人の中で最も小柄なアイリスでさえ、 真を一瞬で殺せるぞ」 「……まじで?」 (そのような仮定、無意味ではありますが……。 できるかできないかであれば……) 「で、できるんだ?」 (おそらくは) 「ま、まじかぁ……」 「まぁ、いまいち信用できんのもわかる。 最近まったくいいところがないしの。 霊に自由を奪われたり、あるいは霊に自由を奪われたり」 「う……だ、だって、それだけ力が強かったの! このままの姿じゃ、霊力の面で 負けちゃうこともあるのっ!」 「このままの姿って?」 「あのですね、鬼には――」 「その話はよい。とにかく、確かに単純な霊力では、 より強い想いや怨念を持った霊に負けることはあるが、 肉体的な力は決してただの人には負けん」 「葵姉さんは猫だけあり、 どちらかと言えば戦闘向きですしね。 わたくしは、戦闘は得意ではございませんが……」 芙蓉が立ち上がり、台所に消える。 そしてなぜか、リンゴと小皿をもって帰ってきた。 「不得意なわたくしでも、この程度のことはできます」 角が生え、牙と爪が伸びる。 そしてすっと、その長い爪で撫でると、りんごがぱっかりと二つに割れた。 「……え? 切れるの?」 「皮や肉を引き裂くのも容易いこと」 す、す、と扇ぐような柔らかさで軽く指を動かしただけで、あっという間に食べやすい大きさにカットしてしまった。 「どうぞ、召し上がってください」 「あ、ありがとう……」 小皿を受け取り、りんごの断面を見つめる。 ……なんつぅ切れ味。 殺せるじゃん。 君たち人殺せるじゃん……! 「よぉくわかったじゃろう。 鬼がそばにいる限り、由美に危険はない。 不可視の護衛を、誰が警戒できようか」 「た、確かに……二人がいてくれれば 最悪なことにはならなそうだけど……」 「迷う気持ちもわかるが、 これは真にとってもいいチャンスだぞ?」 「なにが」 「わたしに妙案がある。 真の溜飲を下げられ、琴莉の無念を晴らし、 霊の要望にも応え、由美の信頼も回復させる」 「全て叶うぞ、わたしの案にのればな」 「……都合がよすぎないか」 「わたしは座敷わらしじゃぞ? 都合のいいことを起こすのが役目じゃ」 「それに……わたしたちの存在のせいで、 一時的に真を不幸にしてしまった」 「それは座敷わらしの沽券に関わるし、 わたし個人としても、責任を感じておる。 だから……」 「信じて、まこちゃん。 誰も傷つけず、ド外道の変態クソ野郎に引導を渡そう」 「警察に任せておいたらいつになるかわからない。 だから、わたしたちで最短ルートを作るの」 「それがまこちゃんの望みでしょう? わたしが、叶えてあげる。 そのための協力は惜しまない」 (アイリスも、マスターのためならば) 「あひゃひもごふひんのふぁめふあったら――」 「……姉さん。りんご食べるのはあとにして。 わたくしも、できることがあるのならば、 なんでもやらせていただきます」 「琴莉さんのことは……もう家族のように思っています。 犯人が捕まるまでじっとしているなんて、 わたくしにはできません」 「……」 「伊予」 「うむ」 「聞かせてくれ、伊予の案ってやつを」 「その気になったか、よかろう。 芙蓉、茶を出してくれるか」 「承知いたしました」 「まぁあひゃひがひれふぁよゆうっひょ」 (お姉様……口からリンゴが飛んでます) 居間に移動し、ちゃぶ台を囲む。 芙蓉が席につくのを待って、伊予は口を開いた。 「さて、わたしの計画じゃが――」 数十分後、俺は由美のマンションのすぐ近くにいた。 三階の由美の部屋に、明かりがついている。 まぁ確認なんてしなくても、今から行くと連絡はしてあるんだけど。 エントランスで、もう覚えてしまった暗証番号を入力して。 由美の部屋へ。 「い、いらっしゃい」 「お邪魔します」 なんだか……久しぶりだ。 妙に緊張してしまう。 「お茶でいい?」 「ああ、いいよ、大丈夫」 座椅子に腰かける。 ガラステーブルにグラスを二つ置いて、由美も隣に座る。 グラスの片方は、俺専用のやつだ。 やっぱり、妙な感じだ。 今の俺は……まだ由美の彼氏で、いいんだろうか。 「それで……話って?」 「ああ、うん。ごめん、遅くに」 「ううん、大丈夫。 大事な話……なんだよね?」 「うん」 うなずき、ポケットからUSBメモリを取り出す。 「PC、借りても?」 「え? うん、いいよ」 立ち上がり、隅の机に向かう。 PCを立ち上げ、USBメモリを差し込んだ。 「なんとなく……察しはついてると思うけど」 「? なぁに?」 「手伝って欲しいんだ、俺の仕事を」 「え、い、いいの?」 「ああ……でも、これを見てから決めて欲しい」 マウスを操作し、フォルダを開く。 中には、数枚の画像データ。 「かなりショッキングというか……グロい写真だ」 「……なんの写真?」 「被害者の遺体」 「ぇ……?」 「見たくないなら、今断ってくれ」 「……」 「み、見る……っ」 「……わかった」 カーソルをデータの上に乗せ、ダブルクリック。 ノートパソコンの小さなモニター一杯に、表示された。 繋ぎ合わされた遺体と、彼女たちの一部が。 「ひ……っ」 由美が悲鳴を上げる。 画面蒼白で、立ちくらみでも起こしたんだろう、よろめき数歩後ずさる。 「こ、こ、こ、この、首……し、嶋、きららさん……?」 「……ああ」 「これが……西田のやったことだ」 「ぅ……」 口元を押さえ、顔を背ける。 刺激が強すぎるんだろう。 ……当然だ。俺だって、もう見たくない。 こんな状態になった……琴莉なんて。 画像を消し、PCの電源も落とした。 「な、な、なんで、こんな写真を、 ま、真、くんが?」 「……ついさっき、撮ってきた。 西田の家に忍び込んで」 「ま、真くんが?」 「ああ、警察の依頼で」 「け、警察、の……」 「俺に協力するってことは、由美もああなる 可能性があるってことだ。だから俺は…… こうとしか言えない」 「やっぱり、危険な目にあわせたくないって」 「……」 「本当は……」 「……っ」 「本当は……全部、全部……どこか…… 半信半疑だったの」 「探偵とか、警察とか………… 私には、なんだか、すごく……遠くて」 「それに、この前の話も……私には、よくわからなくて。 真くん、本当は私のこと嫌いなのかなって……」 「好きでいてくれるなら、お仕事も…… 一緒にさせてくれるはずだ、なんて…… 私、たぶん……それだけで……」 「でも……そっか、これが……真くんの仕事……」 「私を遠ざけようとするのも……。 今やっと、わかった……。 当然、だよね……」 「……」 「ごめん。やっぱり、やめよう。 さっきの写真も忘れるのは難しいだろうけど…… 見なかったことに」 「や、やる」 「え?」 「真くんのお仕事……手伝う」 「……いいのか?」 「うん。だって…… 私が必要だから、来てくれたんでしょう?」 「だから、応えたい」 「だって私……真くんの、彼女だもん」 たとえ、無理をしているとわかっても。 顔はまだ青くて、少し震えていても。 その言葉が……どれほど、うれしかったか。 俺はまだ、由美の彼氏だった。 「ありがとう、由美」 「さっきはああ言ったけど……由美のことは、 俺が……俺たちが、全力で守る」 「危険な目には、絶対にあわせない」 「うん……っ」 「ちょっと……いやかなり、 怖い目にあわせるとは思うけど」 「大丈夫。覚悟してる」 「……うん。ありがとう」 「えっと……それで、なにをすればいい?」 「とりあえず……今日は由美の意思を 確認したかっただけなんだ。 具体的なことは、また後日話すよ」 「わ、わかった」 「いつも通り……は、難しいと思うけど、 できる限り、いつも通りに。 連絡を待って欲しい」 「うんっ」 「じゃあ……うん、俺は帰るよ」 「え、か、帰っちゃうの?」 「警察にも相談しなくちゃ。 さすがに勝手に動くわけにはいかないから」 「そ、そっか……」 「…………」 「あ〜……ごめん。 あんな写真見せて、一人は心細いと思うけど……」 「だ、大丈夫。子供じゃないし」 「うん。もし寝られなかったら、電話でもメールでも、 してくれていいから」 「たぶん俺……起きてるから」 「……」 「……体調、大丈夫?」 「え?」 「顔色、あんまりよくないよ?」 「強がっても仕方ないから、大丈夫とは言えないけど…… ヘコんでる場合でもないから」 「行くよ。今日中に、警察に話しておきたい」 「うん、またね」 「由美、ありがとう。俺を……拒絶しないでくれて」 「……ううん。私こそ、ありがとう。 全部……話してくれて」 「連絡、待ってるね」 「ああ」 由美に見送られ、部屋を出る。 歩きながらスマホを取りだし、電話帳を呼び出す。 伊予の作戦を成功させる、第一の条件。 全てを知らせた上で、由美の協力を取りつけること。 それはクリアした。 あとは……。 「梓さんですか? 真です」 第二の条件。警察との連携。 二重三重に予防策を張り、由美の安全を盤石なものにするためにも、警察の協力は必須だ。 不安はあるけど……おそらく大丈夫だろう。 そのために、あんな写真を撮ったんだ。 そのために、琴莉は……っ。 ……。 必ず、捕まえる。 もうこれ以上、あいつの好き勝手にはさせない……! 約一週間が経過した。 西田はあの後、あっさりと捕まった。 自宅の外に遺体を運び出しているところを取り押さえられ、言い訳のしようもない、現行犯逮捕。 その後の取り調べによって、様々なことがわかった。 度重なる受験の失敗、両親と親戚からの圧力で、西田はすっかりと精神を病んでいたこと。 その結果、いつしか自分は名医であると妄想し始めたこと。紙の上の試験では、自分の実力は測れないのだ、と。 そうして行き着いたのが……あの凶行だ。 西田は『理想の女性』というやつを、自らの手で作り出そうとしたらしい。 なぜその考えに至ったかは論理的な説明ができないと梓さんは言っていた。自分の技術であれば人をも作りだせる。そういった妄想に取り憑かれていると。 とにかく、すっかり狂っていたんだ。あの男は。 まずは、顔がとても好みだった野崎さんを狙い、襲った。 葵の発言や梓さんの推測通り、衝動的な犯行だったそうだ。彼女との偶然の出会いに運命を感じた……と。 おそらく、そこでスイッチが入ってしまったのではないかとも、梓さんは言っていた。 次に、嶋さんを襲った。大木屋の常連で面識があり、彼女が自分に好意を寄せてくれていることも知っていた。それを利用して誘い出し、殺した。 その両腕と、両足を欲して。 琴莉を狙ったのも……また衝動的だった。しかし野崎さんほど無計画ではなかった。 琴莉もまた、大木屋の客であった。嶋さんほどではないにしろ、たまに一人で来て、一人分だけ買っていく。 孤独なのだろうと思った。殺してもすぐにはバレないと思った。だから殺した。散歩中の琴莉を。 ……理想的な体型をしていたから。 コタロウを殺したことは……まったく覚えていないらしい。西田の興味は、あくまでも理想の女性であり、理想の女性たりえる部位であった。 由美を狙った理由は現状でははっきりしないそうだけど、たぶん……同じことだろう。由美の一部が、欲しかった。 西田の理想を作り上げるパーツとなるために彼女たちは選ばれ、殺され……つなぎ合わせられた。 ……。 やりきれない思いで、胸がはち切れそうになる。 「楽しいか? 毎日毎日ぼーっとするのは」 いつの間にか、伊予が隣に座っていた。 足を投げ出して、ぷらぷらと揺らしている。 「楽しくはないね」 「ならば、葵たちと一緒にテレビでも見たらどうじゃ。 真がその調子では、鬼たちも気が休まらん」 「ニュースは?」 「またその話か……。 特になにも。事件の報道はされとらんよ」 「このまま何事もなく……か」 あれほど猟奇的な事件だったにもかかわらず、今のところ、話題になるようなことはなかった。 もしかしたら地方紙の片隅だったり、ネットで話題になっていたりはするのかもしれないけど、俺が知る限り、世間を騒がせている……という印象はなかった。 むごい事件は、報道を控えると聞いたことがある。そのためなのかもしれないし……あるいは、警察側の事情があるのかもしれない。 なにせ、自分たちが気づく前に解決を迎えた事件だから。それも俺たちの存在を知らない人にとっては、偶然に。 おまけに野崎さんの捜索願いが出ていながら……この結果を招いた。警察としては、公にはしたくない事件だろう。 もっとも俺には警察の事情なんてよくわからない。とにかく現時点では、あの事件のことは……主婦の井戸端会議で話題にあがる程度みたいだ。 あるいは……これから火がつき、大騒ぎになるのかもしれないけれど。 「……」 「最初からああすればよかったって、そう思ってる?」 「なにが?」 「鬼の力を使えば」 「……」 ちらりと、手首に視線を落とす。 傷痕は、すっかりと消えていた。治りが異常にはやい。 これは鬼と交わった影響なんだろうか、それとも……この家に宿る、伊予の力だろうか。 ……なんとなく、後者のような、気がしていた。 「まこちゃん?」 「……」 「いいや、思ってないよ」 「本当に?」 「俺たちが犯人の手がかりを得られたのって…… 全部、偶然みたいなものだったろ」 「野崎さんが自分から会いに来てくれて、 葵が買い物袋から思念を読み取って」 「俺たちがそうしようってやったことじゃない。 ただただ、運がよかった」 「その運を引き寄せたのって……伊予の力だろ? 俺たちに不運はなく、幸運だけがあった」 「俺たちは、いつも伊予に見守られていた。 伊予が作ってくれた道筋の上を、歩いていた。 だから……たぶん、必要だったんだろう」 「琴莉が、自分の目で……自分自身を、見つけることが」 「そうしないと俺は、遠回しに……いや、先延ばしに していたと思うんだ。琴莉に、真実を伝えずに」 「だから、必要なことだったんだ。 そう思うよ」 「……」 「みんなおうちに帰れて……よかったね」 「……。ああ、そうだな」 三人の遺体は、とても無事とは言えない状態だったけど……犯人逮捕の数日後に遺族との再会が叶い、葬儀も……行われた。 部外者である俺が参加することは、心情的にも憚られたから……葬儀場の外から、見守っていた。 琴莉は、両親とあまり仲が良くないと、友達がいないと言っていたけれど。 葬儀場にはたくさんの人が訪れ、みんな悲しんでいた。ご両親らしき二人も、涙をにじませていた。 ああ、なんだ。琴莉は、みんなに愛されていたんじゃないか。 それだけで、少し救われた気がしたんだ。 ほんの、少しだけ。 ……。 けれど、琴莉は帰ってこない。 あのまま逝ってしまったんだろうか。 それは琴莉が自分の死を受け入れたということで、喜ぶべきなのかもしれないけれど。 そうであって欲しくないと、強く思っている自分がいた。 「……。来客のようじゃ」 「……え?」 「……あの」 「琴――ッ」 「……ごめんなさい」 「あ……」 弾かれたように立ち上がり、振り返ったその場所には。 申し訳なさそうに佇む、野崎さんがいた。 芙蓉に『どうぞ』と案内され、遠慮がちに腰を下ろす。 葵とアイリスも呼んでと芙蓉に頼んで、俺も居間へ。伊予もついてくる。 「いらっしゃい」 「よく来たの」 「事前に連絡もせず、突然ごめんなさい」 「大丈夫。連絡のしようもないだろうし。 声、出るようになったんだね」 「あ、はい。自分のお葬式を見ていたら なんだかスッキリしてしまって……」 「あ、サユリンだっ」 (お久しぶりです) 「あ、こ、こんにちは」 葵とアイリスの二人も、居間に入ってきた。 『声が出せるようになったんだ』と、俺と同じやりとりをして、いつもの場所に腰を落ち着ける。 芙蓉も遅れてやってきて、ちゃぶ台の上にグラスを置いてアイリスの隣に座った。 「それで、どうじゃ。その後は」 「あっ、おかげさまで、おうちに帰ることができました。 両親にも会えました。ありがとうございました」 「ま、あたしにかかりゃあチョロいもんよ」 「姉さんの力だけじゃないでしょう。 調子に乗らないの」 (野崎様が犯人に、直接ご意志を伝えた結果だと思います。 事件が解決して、本当によかった) 「はい。最後に、みなさんにお礼をと思いまして……」 「じゃあ……そろそろ?」 「はい。未練がないわけじゃないんですが…… 私がずっとここにいたら、両親にますます心配を かけてしまいそうなので……」 「だから、逝くことにしました。 天国にいけるかはわからないけど……」 「いけるさ、絶対」 「天国があったらの話だけどね」 「お前なぁ」 「痛い痛い! 頭ぐわんぐわんすんなっ!」 「ふふ……。あの、もう一方、私と同じくらいの 女の子は……」 「……」 「いや、今は……いないんだ」 「あ、そう……ですか……。 きっと、大丈夫だと思いますよ」 野崎さんが笑う。 感じていたのかもしれない。琴莉は、自分と同じだと。 「では……あの子にご挨拶できないのは残念ですが、 そろそろ、逝こうと思います」 「うん。あ〜……やっぱり、こういうとき どういえばいいのかわからないな」 「達者での。常世で永劫の安寧が待っておるのか、 来世が待っておるのか。それはわからぬが…… きっと、お主の望む世界であろう」 「伊予様の言うことは難しくてよくわかんないけど…… 元気でねっ。あ……ん? 元気…………。 まいっか! 元気でねっ!」 「どうか安らかに。あなた様が静かに眠れるよう、 お祈りしております」 (鬼も人も……行き着く先は同じ。もしあの世というものが あるのなら、またお会いする日もくるでしょう。 それまで……お達者で) 「はい。 みなさん……本当に、本当にありがとうございました」 「それでは……そうですね、またいつか、 会えることを願って」 「さようなら」 にっこりと微笑み、野崎さんはゆっくりと……消えていく。 俺がどこまで力になれたのかは、わからないけれど。 笑って、逝ってくれた。 だから素直に……よかったと思えたんだ。 この出会いを。 「長年生きておるが……何度経験しても、やはり切ないのぅ。 こうやって見送るのが、我らの務めではあるが……」 「……慣れそうにないよ。 こればっかりは」 (そうですね……。悲しいです) 「サユリンとは会ったばっかりだったけど、 それでも…………あ、お腹鳴った。 今日のご飯なに?」 「……姉さんはマイペース過ぎます。 お願いだからもう少し緊張感を持って」 「仕方ない。生きてるんだから。あたしたちは」 「お、いい台詞だ、ソレ」 「にゃふふ」 (渾身のドヤ顔です。葵お姉様素敵です) 「もう……まだ全部終わったわけじゃないのに」 「芙蓉」 「あ、ご、ごめんなさい」 「いや、その通りだよ。まだ終わってない」 麦茶を一口だけ飲み、立ち上がる。 「あ、どちらに……」 「散歩」 短く答え、居間を出た。 「……」 「あ〜あ、せっかくあたしが和やかな雰囲気に 持っていったのに〜」 「ぅ……ご、ごめんなさい……」 (アイリスもついて行くべきでしょうか。 ……迷います) 「一人にさせてやれ。大勢で探したところで、 琴莉がその気にならねば意味がない」 「好きにさせてやろう。 琴莉を探すことで、気が晴れるなら」 「……」 「ま……そろそろ、会えちゃう気もするんだけどね。 案外あっさりと」 町が夕焼けに染まるころ。 気の赴くまま歩いていたら、商店街にいた。 入り口からしばらく進み、足を止める。 大木屋には、シャッターが下りている。あの日からずっと閉店していた。 芙蓉の話によれば、報道は控えめでも、人の口に戸は立てられぬ、という感じみたいで。息子が殺人犯だった……という噂は、広まりつつあるらしい。 営業再開は、難しいだろう。 冷たいかもしれないけど、あまり興味がなかった。この店が、どうなろうとも。 もう少し、奥へと進む。 ……。 ここだ。確か、このあたり。 ちょうど一ヶ月くらい前だろうか。 琴莉と、初めて出会った場所。犬を見かけなかったか……と。 そうか、たった……一ヶ月前なのか。 随分と昔のことのように思えた。 「こんにちは」 「……お」 後ろから肩を叩かれ、びくっとしながら振り返る。 「ごめん、びっくりした?」 「ああ、いや……久しぶり」 「うん。一週間ぶりくらい? ふふ。 お買い物?」 「ただの散歩……かな」 「そっか。あ〜…………そうだ」 少し言いにくそうに目を泳がせながら、由美が事件のことに触れる。 「嶋さんのことなんだけど……」 「ああ……そうだった。ごめん、まだ話してなかったね」 「ううん、大丈夫。友達から聞いたから。 お葬式に行ってきた……って」 「そ、か……」 「殺されたっ……て。 真くん……そこまで、調べてた?」 「……ごめん、言えなくて」 「う、ううん。えぇと……警察との……守秘、義務? とか、 あっただろうし。それで、あの……」 「えぇと……お弁当屋のあの人も、 捕まったって聞いて、もしかして……」 「俺の口から、はっきり言っていいのかわからないけど……」 「予想は、外れてないと思う」 「ぁ……そう、なんだ……。そっか……、あの人が……」 「……」 「あの、あのね、真くん」 「ん?」 「真くんが、西田さんと食事に行くなって言ったのって……」 「……。殺人犯と一緒にいるのは、危ないと思ったんだ」 「……うん。そっか、そうだよね」 すっきりしたような、でもどこか残念そうな、そんな笑顔。 「ありがとう、真くん。依頼受けてくれて」 「ああ……うん、またなにかあったら」 「うんっ。あ、お礼したいから、よかったら、 またお店来てね?」 「もう奢ってもらったよ」 「あれは個人的なお礼。 次が依頼の報酬です」 「そうだっけ?」 「そうなんです、ふふ」 「じゃあ……うん、遠慮なく。近いうちに行くよ。 大学が始まるまでに」 「そっかぁ、そろそろだね〜……。 あ、いけない、遅れちゃう。じゃあね、真くん」 「ああ、また」 手を振り、喫茶店の方へ歩いて行く由美を見送る。 ……俺も行こうか。 踵を返し、その場をあとにした。 そのままフラフラと歩き続けていると、自然とここに足が向いた。 琴莉と二回目に会った場所だ。 そして、コタロウとの散歩コースで、コタロウを……見つけた場所。 よく琴莉は、ここを歩いていた。 俺のうちに来なかったとき、ずっとこの散歩コースをふらついていたのかもしれない。 でも今は……いない。 どこにも、いない。 「……」 空を仰ぎ、肺に溜まった重い空気を吐き出して、歩く。 もう一週間もたってしまったよ、琴莉。 今どこにいる。 一人で苦しんでないか? 寂しくないか? 琴莉を絶対に救おうと、笑顔で逝ってもらおうと、そう決意したのも、ここだった。 けれど今の俺にできることは、なにもない。 ……。 なにもない。 ベッドに寝転がり、ぼぅっと天井を見つめる。 ちらりと時計を確認すると、既に0時を回っていた。 二時間くらいこうしていたらしい。 そろそろ寝るかと思ったものの、電気を消しに起き上がるのもめんどうで。 寝返りすらもうたず、そのまま天井の観察を継続。 この一週間で何時間、何十時間も眺めた天井の染み。さすがにもう飽きた。 せめてと、まぶたを閉じる。 こうしていれば、そのまま意識も落ちていくだろう。 あくびが出る。 眠くはあるけど、睡魔はどこか遠い。 最近ずっとこうだ。 こうして、明かりもつけたまま。 浅い眠りを……繰り返す。 ……。 「明かりくらい消したらどうじゃ」 伊予の声がした。 目を開ける。 伊予の姿は見えない。 ただ、近くにはいるんだろう。 ギシ、とベッドが軋む。 「最近、あまり眠れておらんようじゃな」 「姿消したままで喋らないでよ」 「おっと、そうじゃった」 パッと、ベッドに座る伊予が、唐突に視界に現れる。 「起こしてはいかんと思っての。 忘れておった」 「声かけたら意味ないだろ」 「起きておったから声をかけた」 「目はつむってた」 「起きておらねばあくびはせんだろう」 伊予が意地悪そうに笑い、思わずため息がこぼれる。 「そう邪険にするな。せっかく様子を見に来てやったのに」 「珍しい。和服の方着て」 「ジャージ姿で心配してるんすけど〜なんて言っても、 説得力ないじゃろ?」 「そりゃ確かに」 「琴莉のことが気がかりか?」 「今さら悩んだところで仕方ないってことは わかってるつもりだけど、もっとうまくできたはずだ、 そればっかり考えてるよ」 「体力が有り余っておるから、 そうやって頭ばかり使ってしまうんじゃ」 「鬼どもに抜いてもらってはどうじゃ。 疲れ果てて、自然と眠れるじゃろ」 「みんなとはしばらくしてないから、 眠るどころか気を失いそうだ。 明日に差し支えるよ」 「じゃあ、わたしが抜いてやろうか? ひゃっひゃっ」 「……」 「……すまん、そんな怖い顔をするな。 悪かった」 「口にしたなら、責任は持ってくれよ」 「へ? ぅわっと!」 伊予の腕を強引に引き、抱き寄せる。 まったく心の準備が出来ていなかった伊予はすっかり素に戻り、目をぱちくりとさせていた。 「へ? え、ま、まこちゃん……?」 「忘れてないか? 俺が伊予でも欲情するってこと」 「え……」 「……」 「ほ、ほんき……?」 「……」 「……」 「ごめん、冗談だよ」 伊予の腕を離し、またため息をつく。 なにやってんだか……。 「……」 「冗談なの?」 「へ?」 伊予は離れず、俺の胸に顔を埋めながら、呟く。 伊予の言葉の意味が、すぐには理解できず。 ぽかんとしている俺の顔を、上目遣いで覗く。 「……別にいいんだけど」 「い、いいって……なに言って……」 「フェラまでさせておいて、今さらうろたえるとか」 「あれは、伊予が勝手に舐めたんだろ」 「精子まで飲ませた」 「だから、それも……」 「散々その気にさせておいて、冗談だよって、 ひどくない?」 「……散々?」 「……」 「今じゃなくて、あのとき押し倒して欲しかった」 じっと、俺を見つめる。 頬はほんのりと染まっていて。 からかっているわけじゃなく本気だってことは、すぐにわかった。 けれどわかってしまったがために思考停止に陥って、なにも言えなくなってしまって。 そんな俺を見かねてか、伊予が少し体を起こし、目の位置を俺にあわせ。 前髪をさらうように、俺の頭を撫でたあと。 「ん……、……」 唇を、寄せた。 触れあわせただけの、軽いキス。 「……」 「伊予……?」 「…………」 「わたしじゃ、まこちゃんのこと……元気づけられない?」 「……」 「ぁ……」 また抱きしめ、そのまま寝返りを打って、上下を入れ替える。 「……」 乱暴な動きのせいで、伊予の衣服がはだけ、ピンク色の突起が露わになっていた。 今まで無感動で、喪失感しかなかった俺の胸が、ドクンと脈動する。 一緒に風呂も入った。小さい頃から数えれば、何度も何度も。 意識していなかった。少なくとも、性的な知識がなかった頃は。 でも間違いなく伊予は、“伊予ちゃん”は、俺の初恋で。 大人になりきれない俺は、どうやらまだそいつを引きずっているようで……。 成長しない幼いままの体に、欲情している。 「見るだけ?」 挑発するように笑う。 伊予自身、余裕がないくせに。顔が真っ赤だ。 いつもそうだ。伊予は、俺よりも高みにいようとする。 けど今回ばかりは、そうはいかない。 「知らないからな、どうなっても」 「それはこっちの台詞。 やっぱ俺ってロリコンなんだ〜って自己嫌悪に陥っても 知らないから」 「フェラさせたときにもうしてる」 「んっ……」 乳首を軽く、指先で撫でる。 小さな突起がぷっくりと膨れあがり、ピンと立ち上がったそれを、摘まみ、こねる。 「ぁ、ん……っ」 肩をすくめ、身をよじる。 幼い声が、妖艶な色を帯び。 火照り始めた体はあどけなさ以上に、強く“女”を意識させる。 「はぁ……ん、胸……小さい方が、 感じやすいって……言うけど、……どう、なの?」 「俺に聞いてもわかんないよ」 「鬼の胸、揉みまくってるんでしょ?」 「みんな反応がよすぎるくらいだから、余計にわかんない」 「あの由美って子は?」 「由美とはそこまで……って、なに? 胸はあんまり感じない?」 「感じないってことは、……んっ、ないけど…… 自分で触るのと、違う……ぁ、ゃ……っ」 「痛くはないよな?」 「うん、けど……」 「けど?」 「めっちゃ気持ちいい! ってほどではないから さっさと先に進めよって思ってる」 「……」 「ん?」 「萎えるわぁ……」 「あぁんっ、いやぁんっ! イクイクッ! 乳首でイッちゃうのぉぉんっ!」 「……わざとらしすぎて余計に萎えるわ」 「なんでなんでっ? 男は好きでしょこういうのっ!」 「どこ情報だよ……」 「エロゲ!」 「……だと思った。ってかさ、 そういうの葵に教えるのやめてくれよ。 ウケ狙いとしか思えないから」 「……語尾にニャンつけることを強制してたやつが よく言う……」 「おまっ、こらっ! 聞き耳たてやがって!」 「ぁ、やんっ、あはっ、くすぐっちゃ駄目、あははっ、 ……んっ、はぁ、ぁ、ぁっ」 「ちょっと……ぁ、はぁ……、乳首は、もう、 ……んっ、いい、ってぇ」 「演技じゃなくて、そういう自然な声の方が 興奮するんだけど」 「…………恥ずかしいじゃん」 「……普段下ネタ連発するやつがなに言ってんだか」 「それとこれとは話が別でしょっ! も、もういいから、つ……続けてよ」 「わかった」 「ん……っ」 最後にもう一度乳首をクリクリと刺激してから、指を下腹部へと滑らせる。 さすがに葵と違って、ちゃんと下着は履いてるか。 「くまさんパンツ」 「うっさい」 「子供っぽい下着のせいで余計に背徳感が増すな……」 「じゃあ脱がせばいいじゃん」 「そりゃそうしますけどね」 下着に指をひっかける。 そのとき、ふと……よぎる。 琴莉がいなくなったっていうのに、なにやってんだ。 「……まこちゃん?」 「いや……脱がすよ?」 「う、うん」 下着を、ゆっくりと下ろしていく。 別に忘れたいわけじゃあない。 けれど今は、頭の中を伊予だけにしたかった。 「……」 羞恥からか、顔を真っ赤にして目を背ける。 風呂に突入してきたときは堂々としてたくせに、と少し笑みが浮かぶ。 「……笑うなバーカ」 「可愛いと思ってさ」 「……アホ、バーカ」 照れ隠しの雑な罵倒に、ますます口元がほころぶ。 もっと余裕がなくなったら、罵倒すらもできなくなる? 試してみようか。 「は、ぅ……っ」 毛すら生えていないまっさらな恥丘を撫でる。 抑えた吐息は、俺に笑われないためのやせ我慢だろう。 いつまで続くかな。 ……まぁ、俺も慣れてるわけじゃないから、そんなかっこつけた台詞はとても口にはできないけれど。 「ぁ……っ、はふ、はっ、はっ……!」 割れ目を広げ、クリトリスを潰す。 びくんと腹筋を引きつらせ、声を押さえようと口元まで手を運ぶも間に合わず、苦しげな吐息を断続的に吐き出す。 「ぅ……っ、ぁ、はぁ、んっ、……っ、 ぁ、ぁ……っ、へ、変な感じ……、ぁ、ぅ……っ」 「伊予がいつもしてるみたいには、いかないだろうけど」 「う、うっさいなぁ……っ」 「いつもどうやってんの?」 「み、見たんでしょ?」 「だから、椅子が陰になって本当に見てないんだって」 「……」 「そ、そこ……指で、グニグニ……してる」 「こう?」 「ぁ、ぁ、ぁ……っ! ふぁ……っ!」 「あってる? こんな感じ?」 「んぁ……っ、ぁぁぁっ、ぁ、ぁ、ぁっ、〜〜〜っ!」 「わかんないよ、伊予。どう? あってる? いつもどうやってるの?」 「ぁ、ふぁ……っ、ド、ドSかぁ……っ」 「なんで、やり方教えてほしいだけだよ」 「だ、だから、言った……ぁっ、でしょぉ……っ」 「グニグニじゃわかんないよ。 これがグリグリかもしれないし」 「ニヤニヤ、してぇ……っ、 せ、性格変わってませんかぁ……っ?」 「ほ〜ら、伊予、これであってる? もっと強い方がいいかな」 「あ、ぁ、あってる、あってる、からぁ……っ! つ、強くしちゃ――」 「ひんっ、ぁ、ぁ、ぁっ、〜〜〜〜〜〜っ!」 「あ、ごめん。力入れちゃった」 「ドS野郎ぅぅ〜〜〜っ」 「でも、嫌じゃないだろ?」 「ぅ……、そ、そりゃ……自分でするより、 いいけど……優位に立たれてるのが……むかつく」 「いいよ、そっちのリードで進めてみる?」 「あぅ……っ、ぁ、ぁっ、じゃあ、ぅぅ……っ! そこいじるの……っ、はぁ……、や、やめて、よ……っ、 あぁぁ、ぁっ、〜〜っ、は、はっ……!」 「オナニーのときより、声が激しいね」 「だから、それは、触れるなぁ……っ、ん、ぁっ」 「指は? 入れないの?」 「い、入れることも、あ、ある、けど……っ」 「けど?」 「ゆ、指……入れる、なら……ん、はぁ……っ、 まこちゃんの、いれて……欲しい、ん、だけど……っ」 「俺の?」 「う、うん」 「なにを?」 「チンコ」 「……」 「チンチンいれて?」 「いや……言い方じゃなくて。 もうちょっとためらえよ、そこは」 「卑語くらいで恥ずかしがるかバーカ」 「萎えるわぁ……」 「嘘つけ、ビンビンやんけ。テント張ってるやんけ」 「隙を見つけると一気に攻撃してくるな……。 しおらしくしてれば可愛いのに」 「可愛いって言うな! バーカ! アホー! 早く入れろ!」 「はいはい、ちょっと待って」 ズボンとパンツも下ろし、ついでにシャツも脱ぎ捨てる。 伊予が顔を背けながらも、ちらちらと俺を……正確には、俺の下半身を覗き見る。 もうここまでくれば、羞恥もわずか。 見せつけるようにして、伊予の股ぐらに亀頭をあてがう。 「入れるよ?」 「ま、待って」 「やっぱり怖い?」 「そうじゃなくて……」 「……」 「三十まで童貞だったら……魔法使いになれるとか、 言うでしょ?」 「なに急に」 「いいから聞いて」 「はいはい」 「童貞のまま三十になったら魔法使いって、 そういうのあるじゃん」 「まぁ……聞くね」 「わたしは……魔法使いどころか、 処女こじらせすぎて、大魔道士って感じなわけですよ」 「百年? 二百年?」 「何年かはいいからっ。 とにかく、やっと……わたしを性の対象として 見てくれるクソロリコンがいてくれたわけで」 「クソって……」 「うっさい。やっとなの。 いよいよだ〜って、期待がすごいわけ。 それを、最大限考慮してね」 「わかった、優しくするよ」 「そうじゃなくて、ちゃんと気持ちよくしてってこと」 「努力する」 「よし、挿入を許可しよう」 「とことんまでムードがないなぁ」 「照れ隠しだと思えば萌えるでしょ?」 「自分で言うなよ」 「……ぅっ、……っ、ぁ、ぁ……っ!」 ゆっくりと、少しずつ、腰を前に進める。 十分濡れてるけど、き、きついな……。 どこまで入るか……。 「く、苦し……っ」 「大丈夫か?」 「ひ、ひと思いにやってくれぇ……っ」 「な、なんだよそれ、痛い?」 「い、いいから、その方が、たぶん……、ら、楽だから……、 ……っ、い、一気に……入れ、て」 「わ、わかった」 「はふ、は、は……っ、ぁ……っ」 「ん〜〜〜〜〜〜〜っ」 伊予の要望通りに、一息に突き入れた。 メリメリと、膣を押し広げるというよりは、裂いたような感覚があった。 さすがに、焦る。 「だ、大丈夫? 痛くないか?」 「い、痛くは……な、ない……。 ちょっと、はぁ、く、苦しい……だけ」 「本当か?」 「本当、だってば。でも、ちょっと……動か、ないで……」 「わ、わかった」 「はぁ、ふぅ……はぁぁ……」 「……」 「お、おっけ〜」 「いいのか?」 「違和感が、ある、だけ。 本当に……ふぅ……痛く、ないから」 「早く……気持ちよく、してよ」 「……」 「わかった」 「ぁ、ぁ、ぁ……っ、ぁ、……っ、はぁ、ぁ、ぁっ」 リズミカルに、一定の間隔で腰を動かす。 中が狭すぎるせいで、あまり大胆には動けない。 一番奥を、ツンツンと何度も突く。 「……っ、ぁぁぁ、……ぁっ、っ、はぁ、っ、っ、 ぁぁ、……っ、っ、――ぁっ! ふぁ、はぁ、はぁ、っ、っ」 気持ちいいのか、苦しいのか、喘ぎ声からは判別がつかない。 動くたびに、本当に膣を引き裂いてしまいそうな気がして、俺もおっかなびっくりだ。 でも、少しずつほぐれていくような感触はあった。 焦らず、急がず。 伊予の膣に、俺自身を馴染ませていく。 「はぁ、〜〜〜っ、はぁ、ぁ、ぁ、……っ、んっ! ま、まこちゃん……っ」 「な、なに?」 「ざ、座敷わらし、アソコの具合は、ぁ、ど、どうだい?」 「な、なんだよそのおっさん臭い聞き方は……」 「いいから、はぁ、ぁ……っ、ちゃんと、んっ、 き、気持ち、いい?」 「きつすぎて、やばい」 「そのやばい、は……、ぁ、ぁっ、どっち?」 「癖になりそう、ってこと……っ」 「ひんっ! ぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁ――!」 ズンと、思い切り突き上げる。 ギチギチと、痛みを覚えそうなほどに膣壁が強く収縮し、亀頭を、竿を締め上げる。 自分の手でしごく以上の圧迫感が猛烈な快楽を呼び寄せ、窒息感すら覚える。 「い、いきなり、強くするなぁ……っ」 「痛くはないんだろ?」 「そ、そうだけど……び、びっくりするぅ……」 「じゃあ、少しずつ強くする」 「わ、わかったぁ」 「ぅ……っ、ぁ、ぁ、ぁっ、ぅぅ〜〜、はぁ、ぁぁ、 ぁ、ぁ、ぁっ!」 ほぐれ始めた膣内を、乱暴とも思える強さで、さらに押し広げていく。 動くたびに、伊予の体が俺を受け入れていく。 苦しげだった喘ぎ声にも明確に愉悦が混ざり始め、色っぽさが増していく。 その大人びた嬌声が、こんな幼い体を……という後ろめたさと相まり妙な興奮となって、俺の背中をゾクゾクと粟立たせる。 怖いと思うほどの、強烈な快感だった。 「あぁ、ぁ、ぁ、ぁっ……ぅぅぅ……っ、……ぁっ! 壊れ、ちゃう……っ、まこちゃんの、 お、おっきぃぃ……っ!」 「小さい方が、っ、好み?」 「こ、これで、いぃ……っ、これがいい……っ! まこちゃんのが、いい……っ、あぁ、ぁぁっ、 ふぁぁっ、ぁ……っ! 〜〜〜っ!」 「可愛い声、はぁ……、っ、出しちゃって」 「そっちだって、ハァハァ……して、ぁ、ぁっ、 目も、……ぁぁぁっ、血走らせてる、くせ、にぃ……っ、 へ、変態ぃ……っ」 「仕方、ないだろ、伊予のが、気持ちよすぎる、せいだっ、 ……っ、やば、い、イキそ……っ」 「そ〜ろ〜、すぎ、ぁ、ぁっ」 「だから、仕方ないん、っ、だって」 「外に、出したらぁ……ぁぁ、ぁっ、……っ、 許さない、からぁ……っ!」 「普通、逆、だろ……っ」 「妊娠なんて、しないん、だしっ、はぁ、ぁ、ぁっ、 中出ししか、駄目ぇ……っ、だからぁっ」 「じゃ、遠慮なく……っ」 「ちょぉらい、まこちゃんのぉ、精子ぃ、ちょうらぁいっ」 「だから、わざとらしいの、やめろ、って……っ」 「萎えさせて、はぁ、ぁっ、少しでも、 長引かせようと、思ってぇ……っ」 「こんなに、強くしても……っ、物足りないの、かよ……っ」 「そうじゃ、ないけどぉ……っ、 イクまで、待って……っ! イキたい、もうちょっとで、イケそう、だから……っ」 「……っ、わか、った……っ」 すぐそこまで迫っている射精感を、歯を食いしばり腹に力を入れて追い返す。 だけど、それほど長く耐えられそうになかった。 「ぁ、ぁ、ぁっ、……っ、あっ、〜〜〜っ! そこ、ぁ、ぁっ、突いて、いっぱい、突いて……っ! ぁぁ、ぁ、ぁ、ぁっ!」 「……っ」 「あぁぁ、ぁ〜〜〜っ! い、ぃっ、いぃっ、っ、 もっと突いてぇ……っ、ぁ、ぁっ、気持ち、ぃっ、 あ、――っ、あぁぁぁっ!」 「く……っ、伊予、ま、まだ……っ?」 「……っ、駄目ぇっ、もっと、強く突いてぇ……っ! サボッちゃ、駄目ぇっ」 「って、言われても、そろそろ……っ」 「ぁ、ぁっ、もう、少し、もう少し、で……っ、 ……んっ、ぁ、ぁっ、イケ、そ……っ」 「――ぁっ! い、く、ぁっ、イクッ、イクイクッ、 ぁ、ぁ、ぁっ、ぁ――っ!」 「イキそ、ぁ、イク……っ、イク、からぁ……っ、 まこちゃんも、イッて、ぁ、ぁぁっ、 イッて、いいよぉ……っ!」 「あぁぁ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜っ、イクイク、イク、 いっ、く、イッちゃう、イク、イクイク……っ」 「っ」 「イクゥゥゥゥゥゥ――――ッ!!!」 「……はっ、はぁ……っ!」 「ぁ、ぁっ、イッ、たぁ……イかされたぁ……っ、 はぁ、ふぅ……っ、ぁぁ、ぁっ」 収縮する膣の圧力に反発するように、ドクドクと脈打ちながら精液を吐き出す。 その小さな体で全て受け止めて、伊予は満足そうに『ほぅ』と息を吐いた。 「……、ふぅ……、祝、まこちゃんと初えっち」 にこりと微笑む。 その表情は、まさに少女そのもので。 純粋な存在を汚した。そんな罪悪感が芽生える。 けれど『やっちまった』なんて気持ちにはならない。 むしろ、余計に……。 「ぁ、はぁ……、まだ……ピクピクしてる。 元気よすぎ……ふふっ」 「……、伊予」 「……うん? 疲れた?」 「体勢、変える」 「ふぇ……? あ、ちょっと……、わ、わ……っ」 一旦性器を引き抜き伊予を抱きかかえ、力任せにひっくり返す。 四つん這い。 ひっくり返した拍子に着物がはらりと落ちて、伊予も生まれたままの姿に。 「ま、まこちゃん……」 「もっとしたい」 「ぁ、ちょっと、待って……っ」 「んぁぁ……っ!」 制止の声を無視し、再び伊予の中に性器をねじ込む。 ビクンと華奢な体が震え、背中がグッと反り返る。 「あ、ぁ……、待って、よぉ……っ、 イッた、ばっかりで……っ」 「ごめん、無理」 「〜〜〜〜っ、ぁ、ぁっ、ぁっ、あ〜〜〜〜っ!!」 ピストンを始める。 今度は最初から乱暴に、力強く。 伊予の嬌声も一層高く、激しく。 「あぁぁ……っ! だめ、だめぇ……っ! あ、ぁっ、ぁぁぁ、〜〜〜〜〜っ!!」 「そんなに、大きな声、だしたら……っ、 みんな、起きるぞ……っ」 「だって、だって、まこちゃんがぁ……っ!」 「ぁ〜〜〜っ! ――っ!! ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っっ!! ぁっ! 気持ち、いぃ〜っ、気持ちいいよぉ……っ!」 「駄目ぇ……っ、こんなの、こんな、の……っ! もう、駄目ぇ……っ! こんなの、覚えたら……っ、 もう一人、じゃ……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁっ、エッチ、好きに、なっちゃうぅ……っ! あ、ぁぁ〜〜っ、ぁ〜〜〜っ!!」 「……っ、処女失ったら、座敷わらしの力も失う、とか ないよ、な……っ」 「そんなの、知らなぃ……っ! どうでもいぃ……っ! もっと、しよ、エッチしよ……っ、 いっぱい、いっぱい……っ!」 「突いて、いっぱい、突いて……っ! 気持ち、いい、から……っ! いいの、気持ち、いいの……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁっ、〜〜〜〜っ! もっと、いいよっ、もっと、もっと……っ! ぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁ、〜〜〜〜っ!」 腰を打ちつける衝撃で髪を揺らし、シーツを握りしめながら、伊予が淫らに乱れた吐息を休むことなく吐き出す。 この体勢だと、結合部がよく見える。 俺が動くたびに、伊予の狭すぎる膣口がひしゃげ、肛門もパクパクとひくついた。 精液混じりの白く濁った愛液が溢れ、シーツに落ちていく。 それが『犯している』という意識を一層強くし、興奮を際限なく高めていく。 「〜〜〜っ、ぁ……っ、あぁぁっ、ふぁ、ぁ、ぁっ、 ひぅぅっ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ! はげし……っ、ごりごり、ってぇ、中にぃ……ぁぁっ!」 「ぁ、イク……っ、またイク、イッちゃう……っ! ぁぁ、イク、イクイク……っ、 ふぁぁ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜っ!」 「まこちゃんに、イかされちゃうぅぅ……っ! もう、駄目なのぉ……っ、イクからぁ……っ! もっと、突いてぇ、気持ちよくしてぇ……っ!」 「あぁぁ、ぁ、ぁっ、ふぁぁ〜〜っ、ぁ〜〜〜っ! も、駄目……っ、イク、〜〜〜っ、 イクイクっ、ぁっ、イク……っ、イクぅ……っ!」 「イ、くぅうううう〜〜〜っ!」 「くぅ……っ」 「あぁぁっ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」 伊予がイッた瞬間、ぎゅうと猛烈に膣が締まり、その刺激で俺もまた、弾ける。 「あぁ……はぁぁ……また、出てるぅ……。 これ、好きぃ……、中出し、気持ちいぃ……」 二度目の射精も全て受け止めて、伊予が腰を震わせながら、恍惚とした吐息をこぼす。 きゅうきゅうと膣壁がうごめき、最後の一滴まで絞り出す。 「はぁ、もぅ……、初めてのエッチでイキまくるとか……、 まこちゃんに開発されてしまった……」 俺を非難するような言葉。 けれど声色は優しく、どこか満足そう。 でも、まだなんだ。俺は……まだ。 「ふぅ……はぁ……、疲れたぁ……」 突きだしていた小ぶりなお尻の位置が少しずつ下がっていき、性器がずるりと抜ける。 受け止めた精液をドロリと吐き出しながら、伊予は寝返りをうった。 「はふ……はぁ……ふぅ……。 はぁぁ…………」 肩を軽く上下させ、息を整える。 俺も、疲れてはいる。 でもまだ、胸の内に燻っているなにかを、どうにかしたい。 その気持ちが強かったから。 「ぇ……?」 力の抜けた伊予の足を開き。三度亀頭をあてがった。 もっとしたい。 もっと伊予と繋がっていたい。 もっと伊予を汚したい。 その気持ちだけだった。 それしか考えられなかった。 考えたくなかった。 「……」 「いいよ、いっぱいしよ?」 言葉にする前に、伊予が微笑み、小さくうなずく。 だから遠慮なく、するつもりもなく、また伊予の中に―― 「あぁ……っ! ぁ〜〜〜っ! もぅ、まこちゃんの形……覚えちゃってるぅ……っ、 ぴったり、なのぉ……っ! あぁ、ぁ〜〜っ」 「いいよ、いっぱい、動いて、突いて……っ、 いっぱい、いっぱい、いっぱい……っ」 「……っ」 「ぁ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ! それ、いぃ……っ、好きぃ……っ! ふぁぁ、ぁぁ、大好きぃ……っ!」 「〜〜〜っ、ぁっ、はぁっ、ぁぁぁっ! ぁ、ぁ、ぁっ、ソコっ、ぁっ……! 気持ち、ぃ……っ! ふぁぁっ!」 「あ、ぁ、ぁっ、ぁぁっ、またイッちゃぅ……っ! もぅイッちゃうぅ……っ、気持ちよすぎてぇ、 だめぇ……っ!」 「あ、ぁ〜〜っ、ぁ〜〜〜っ! 頭真っ白になるぅ……っ! イかされるぅ……っ! またイかされちゃうぅ……っ」 「っ、出る……っ!」 「ん、はぁ……っ、いいよぉっ! いっぱい、いっぱい、わたしの、中にぃ……っ!」 「ふぁぁ、ぁぁ、ぁぁっ、ぁ、ぁ〜〜〜〜っ! わたしもイッちゃうイッちゃうイッちゃうぅぅっ! あぁぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁ〜〜〜っ!」 「ふぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 「はぁっ、ぁ、ぁ、ぁぁ……っ、はぁ……っ! また、いっぱい、出てる……っ、 あぁぁ、ぁぁ、ぁ、気持ちいぃ……っ」 「あ、ぁ、ぁっ、すご、出しながら、 動いてる……っ、ぁぁっ! まこちゃん、 元気よすぎるよぉ……っ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜っ」 「いいよ、いっぱい、しようね、いっぱい、いっぱいっ、 わたしの中に、いっぱいいっぱい、出して、 出してぇ……っ」 「ふぁぁっ、〜〜っ、気持ちよすぎて、頭おかしく、 なっちゃうぅ……っ! あぁぁ、ぁぁ、ぁ〜〜っ!」 「あぁぁ、まこちゃんまこちゃん、まこちゃん……っ! あ、ぁ、ぁっ、ぁぁっ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ!」 「…………っ!!」 とにかく、一心不乱に、腰を叩きつけた。 射精しようがおかまいなしに、何度も何度も、打ちつけた。 何度も何度も、何度も。 「あぁぁ、まこちゃん、まこちゃん、まこちゃぁん……っ!」 「伊予、伊予……っ!」 名を呼び合い、互いの敏感な部分を、すり切れるほどにこすりつけ。 気を失うまで、伊予を抱いた。 何度も、何度も。 ……。 …………。 ………………。 「……」 「ふふ……子供みたいな顔で寝ちゃって」 「…………」 「起きたら……どんな顔すればいいのかなぁ……。 普段通りって、わけにも……」 「…………」 「………………」 「琴莉か」 「……」 「随分と不安定な状態じゃな……。 わたしの言葉、理解できておるか?」 「……」 「怨嗟で淀んでおる。 真を寝取ったわたしを、呪い殺しに来たか」 「……」 「……っ」 「……すまん。正気だったか」 「ぅ……っ、……っ」 「……」 「真を起こそう」 「だ、駄目……っ、そのまま、で……いい、から……っ」 「そのまま、お別れ……する……っ」 「な、なに……?」 「全部、全部……わかった。 私がなんなのか、なんでお兄ちゃんが、 私に優しかったのか」 「全部、全部、全部……」 「わかっちゃったから、もうここには……いられないよ」 「……」 「せめて……真に別れを告げてはどうじゃ」 「……ううん」 「なぜ」 「だって……さっきまで、 まだ一緒にいるつもりだったんだもん」 「お兄ちゃんの声聞いたら……きっと、 コタロウに会いにいけなくなっちゃう」 「……」 「あはは……止めては、くれないよね」 「眠りにつこうとする霊を引き留めることは、 わたしにはできん」 「……うん。霊……霊か。 そうだよね、私は……幽霊」 「真ならば……霊でもいいと、そう言うかもしれんな」 「も〜、伊予ちゃんも優しいよね。 でも……いいんだ、大丈夫。もう、諦めがついたから」 「お兄ちゃんのことが、……うん、唯一……は、 大げさかな、でも……一番の未練に なりそうだったけど……」 「でも、よくわかったから。 私は……伊予ちゃんには、敵わない」 「お兄ちゃんにとっての一番は、伊予ちゃんだね」 「……」 「真は、琴莉のことを……」 「駄目。聞かない。聞きたくない」 「……すまん」 「ふふ、伊予ちゃんのそんな顔、初めて見たかも」 「止めることはせん。だが……」 「別れは、つらい」 「……うん、ありがとう」 「……」 「……ねぇ、伊予ちゃん」 「なんじゃ」 「聞いていい?」 「ああ」 「伊予ちゃん、私が近くにいること……気づいてた?」 「……」 「どう解釈してもらっても構わん。 もちろん、わたしを恨んでもらっても……」 「ふふ、ないない。悪霊になんてなりたくないし。 本当に、すっきりしたの」 「あ〜あ……気づいてはいたけど……やっぱり、 二人の間に割って入るのは……無理だったな」 「それが……わかった。 だから納得して……コタロウに会いにいける」 「……」 「これは……真のおじじの持論じゃが」 「うん」 「成仏した霊には、次があるという」 「どういう形かはわからん。 何年後かもわからん。 そのとき、真が生きているかどうかも」 「じゃが……わたしはずっと、ここにおる。 わたしだけは絶対に、ここにおる」 「もし……次があったのなら」 「また会おう、琴莉。 わたしはまた、琴莉と友達になりたい」 「伊予ちゃん……」 「……」 「……っ」 「うん、……うんっ」 「ありがとう、伊予ちゃん。 私も……また伊予ちゃんに会いたい」 「あぁ……素敵だな。次の約束……。うん、素敵。 楽しみだぁ……今度はちゃんと生きたまま…… この家で、暮らしたいな」 「……本当に真を起こさんでいいのか」 「うん。さっき言ったのもあるし……、 ほら、絶賛失恋中でしょ? きまず〜い空気で、お別れするの……嫌だなって」 「それなら、このままでいい」 「そうか……」 「伊予ちゃん、みんなに……よろしくね」 「ああ」 「お兄ちゃんにも、よろしく。 楽しかったよって、とってもとっても楽しかったよって、 伝えてください」 「ああ」 「あっ、あと、ありがとうって、お礼も」 「ああ、必ず伝えよう」 「……うん、お願いします」 「……」 「よっし! スッキリ! 思い残すこと無し!」 「死んでからの毎日は、本当に楽しかった。 恋もできた。うん、充実」 「ありがとう、伊予ちゃん。 私……絶対に忘れない。 みんなと過ごした、毎日を」 「次の人生でも、絶対に覚えてる。 だからまた、会いに来るね」 「ああ……楽しみに待っている」 「うん、じゃあ……それまで――」 「さようなら、伊予ちゃん」 「……さようなら、お兄ちゃん」 「……」 「…………」 「………………」 「……まこちゃん、琴莉……逝っちゃったよ」 「……」 「ああ……」 「……やっぱり起きてた」 「あれだけ長いこと話してたら……そりゃ起きるよ」 「よく……我慢したね、がんばった」 伊予が、俺の頭を優しく撫でる。 我慢? がんばった? そうさ、俺だって本当は、さよならって、ちゃんと言いたかった。 琴莉がこのままでと言うなら、その気持ちも……押し込めるさ。 でも、本当に……。 「……」 「これで……よかったのか?」 「少なくとも、琴莉は望んでいた」 「琴莉の……」 「……」 「琴莉は、本当に……」 「まこちゃん」 俺の名を囁き、そっと俺を胸元に引き寄せ……抱きしめる。 されるがまま……俺も、縋りついた。子供のように。 「後悔……いっぱいあるよね」 「あのときああしていれば、こうしていれば」 「もっと別の形で、送ってあげられたんじゃないか。 もっと幸せにしてあげられたんじゃないか」 「伝えたいことも、いっぱいあったよね。 でも言えなかった。なにも。 琴莉を縛りつけないように」 「もしかしたらこれから……また誰かに心惹かれることも あるかもしれない。つらい別れが待ってるかもしれない」 「それがまこちゃんのお役目で…… 逃げ出すこともできるけど、きっとまこちゃんは そうしない」 「悩みながら苦しみながらがんばって、 後悔を……続けていくんだろうね。 別れのたびに」 「でもね……まこちゃん」 「わたしはずっとそばにいる」 「幾千、幾万の出会いと別れがあっても。 わたしだけは、絶対にまこちゃんのそばにいる」 「この姿のままで、変わらずに。 まこちゃんをずっと支えていくから」 「ね? だから……まこちゃんは、大丈夫。 わたしが、いる」 「あぁ……」 「……」 「……っ」 「泣かないで?」 「泣いてない、っつーの……」 「……うん。そうだね、……うん」 精一杯の、無意味な強がりをする俺を、伊予はただ優しく抱きしめてくれた。 小さく華奢な胸に、顔を埋め。 声を押し殺し、感情を吐き出した。 これでよかったのか。 俺はうまくできたのか。 そんなどうにもならない後悔に折り合いをつけて、次に進むために。 明日を迎えるために。 また誰かを……救うために。 「ずっと……こうしててあげる」 「……うん」 子供の頃に戻ったように、伊予にすがりつく。 ずっと。 その言葉が、どれほど今の俺にとって、代え難いものか。 お役目は……一時の、交わり、すれ違い。 そうわかっていても、琴莉との別れは……つらい、苦しい。 これから何度も繰り返すのか。この胸の痛みを。 ゾッとする。 ……けれど、耐えていけるだろう。 そばにいてくれるから、ずっと、ずっと。 「……伊予」 「うん」 「ありがとう」 「……うん」 そして……。 さようなら、琴莉。 きっと……また会おう。 きっと、きっと。 いつの日か、きっと―― 「……」 「今日もいつも通り……霊の姿はなし、と」 「平和なもんだ、うん」 「わんっ」 「……お?」 「ヘッヘッヘッ」 「犬? どうした〜? どっかの家から逃げ出したか? あ〜……いや、首輪がないな……」 「スンスン、スン」 「お、なんだ〜? いい匂いするか〜? 残念、なにも持ってないよ。 たぶんさっき食べた昼ご飯の匂いだ」 「スンスン」 「ん〜……野良犬、っぽいな。 珍しい、こんな小さいのに……」 「くぅ〜ん……」 「……」 「一緒に来るか?」 「ヘッヘッヘッ!!」 「あはは、尻尾振りすぎ。 そうか。よしっ、じゃあ、行こう」 「今日から俺たちは、家族だ」 「わんっ!」 よく琴莉は、ここを歩いて―― 「あ」 「あ」 「……」 「……」 無言で見つめ合う。 ……。 いた。 いたよ。 なんか普通にいたよ! 「あ、どうもお疲れ様で〜す」 「え、あ、お疲れ様です」 「ではお先に〜」 「あ、はい」 「じゃなくて」 「あぁっ!」 立ち去ろうとした琴莉の腕をむんずと掴む。 「なんで逃げる!」 「だ、だって! 気まずい!」 拘束から逃れようと、いやいやと体をくねらせた。 ああ、なんだか安心した。いつもの……琴莉だ。 「ずっと探してたのに、気まずいなんて言うなよ。 ちょっとショックだ」 「ぅ……それは、その……。 き、昨日は……急にいなくなってすみませんでした……」 「昨日じゃない、もう一週間」 「へ……?」 きょとんと、目を瞬かせる。 「いっしゅうかん?」 「そう、一週間」 「え〜……と?」 「……」 「あぁ、そっか……野崎さんが時間の感覚がわからないって 言ってたけど……そうなんだ、一週間かぁ……」 「心配した」 「……」 「ごめん、なさい」 「でも、また会えてよかった」 「……」 「いつから……気づいてたの? 私が幽霊だって。 ……最初から?」 「……いいや、気づいてなかったよ。 コタロウに教えてもらうまでは」 「……コタロウに?」 「ああ。琴莉のことを教えてもらったんだ。 それで、託された」 「ってのは……まぁ、俺の勝手な解釈だけど」 「俺自身が、助けたいと思ったんだ、琴莉のことを」 「それが俺の、初めてのお役目なんだ」 「そう、だったんだ……」 「……」 「帰ろう、琴莉。俺たちの家に」 「……」 「……うん」 「まぁ……」 「あっ!」 「…………」 「ど、ども〜……」 「コトリンじゃん!」 「あはは……」 「本当にあっさり見つけおったな……。 今までどこにおった、琴莉」 「どこ……、あ〜……。 気がついたらいつもの散歩コース歩いてて……、 そしたらなんか……目の前に真さんがいた」 「な、なんかて。 運命的な再会にはほど遠いな……」 「ふむ……まぁよい。 よく帰ったな、琴莉よ」 「お帰りっ! コトリンお帰り! お帰りコトリン!」 「ふふ、お帰りなさい」 (お帰りなさいませ、琴莉お姉様) 「お帰り、琴莉」 「あ、ぅ、た、ただいまっ!」 「ささ、お夕飯にいたしましょう。 やっと全員揃いましたね。 作りがいがあります」 「え、で、でも、私は……」 「作らせてください」 「あ……」 「……」 「うん、お願いしますっ!」 「いつまでそこに突っ立っておる。 あがれあがれ」 「あ、う、うん。お邪魔します」 「コトリンゲームしよゲーム!」 「え、あ、うんっ」 (あ、アイリスもまぜてください……っ) まだどういう風に接していいのか戸惑い気味な琴莉を、みんなが居間に引っ張っていく。 その様子をどこか懐かしく眺めながら、俺も靴を脱ぎあとを追う。 「梨鉄やろうぜ〜! 梨鉄〜!」 「え〜、やだよ〜。伊予様強すぎるもんっ」 「みんなで協力すればいけるんじゃない?」 「協力しようって言った人がだいたい裏切るよねっ!」 「う、裏切らないよ〜! ちゃんと協力するからっ!」 (がんばりましょう。手を取り合わなければ、 待っているのは死のみです……) 「まぁ最終的には裏切るんですけれども。 トップはあたしだ!」 「ひゃっひゃっひゃっ! かかってくるがよい。 貧乏神を押しつけまくってやるわ!」 テレビの前で、みんながはしゃぐ。 見なれた光景。いつもはなにも感じていなかったけど。 我が家の日常が、戻ってきた。その喜びと寂しさが、胸をふっ……と、よぎっていった。 「さぁ、できましたよ」 いつもより少し早いタイミングで、食卓に料理が並ぶ。 メニューもなんだか豪華だ。 「うわぁ……ごちそうだ。おいしそう……。 ごめんね、食べられなくて……」 「いえ、わたくしのわがままで用意しただけで ございますから」 「いつも通りわたしが食べる。問題ない」 「あ、いつも伊予ちゃんが食べてたんだ」 「……」 「……なんで私、芙蓉ちゃんのご飯…… 食べてたつもりでいたんだろう……」 「どうしてと悩んでも、答えはでんよ。 そういうものじゃ」 「私が……幽霊だから?」 その問いに、みんなが口をつむぐ。 どう答えていいのか、わからなかった。 「……ご、ごめんなさい」 「……」 「食べよう」 「いただきますっ!」 (……いただきます) 箸を取り、食事を始める。 琴莉も箸を取ろうと迷って、握った手を、ちゃぶ台の上に置いた。 「いつも自分がどうしてたのか……忘れちゃった」 「お喋りしてたよね。ねっ?」 (はい。お役目の話が多かったですが……) 「あ、事件のこと知りたい。 あのあとどうなったの? 一週間もたってるなんて思わなくて……」 「犯人は逮捕されましたよ」 「そうなんだ、よかったぁ……。 嶋さんや野崎さんは?」 「無事に常世へと旅立った」 「そっかぁ……。 おうちに帰れたってことだよね」 「……」 「私……も?」 「……。ついこの前、お葬式があったよ」 「お葬式……。私の、だよね」 「うん」 「な、なんだか変な感じだなぁ……。 自分のお葬式なんて……あはは」 力なく、笑う。 すぐにハッとして、いつもの、でもどこかぎこちない笑顔を浮かべる。 「ご、ごめん。どうしても暗くしちゃうなぁ。 笑顔笑顔っ! 犯人逮捕だもんね、 おめでたいもんねっ!」 「あ、報酬も凄かったんじゃない? 真さん、すごく危ないことしたしっ!」 「そうっ! それじゃ!! 貰ったはずじゃろ! なぜわたしに報告せん!!」 「……だってめんどくさいことになりそうじゃん。 伊予に話したら」 「めんどくさいとはなんじゃっ! 新しいPC買ってくれるまで 駄々こねるだけじゃ!」 「めんどくせ〜」 「な、なにおぅっ!」 「ふふ、あはは、私もずっとお給料貰ってないから、 なにか買ってもらおっかな〜」 「あたしも! お菓子とアイス! 一年分! ザーメンでもいい!!」 「ざ……お、お下品!」 「その言葉の意味がわかるとは…… お主もなかなかエロよのぅ……」 「ち、ちが〜う! そういうのじゃな〜い!!」 「え〜ろ! え〜ろ! コトリンはえ〜ろ!」 「琴莉のザーメン中毒〜!」 「ちょっ、こらぁ! やめてっ! ひどいっ! 葵ちゃんはともかく伊予ちゃんがひどい!!」 「伊予の言うことはエグすぎるんだよなぁ……」 「たまに叱りつけたくなるときがありますね……」 (とても口にできないです……) 「ん? やめよ? こいつ可哀想なやつだなって 目でこっち見るのやめよ?」 「一週間下ネタ言わなかったら新しいPC考えるよ」 「あ、無理」 「はえ〜よ!! もうちょっとがんばろうとしろよ! どれだけ下ネタ愛してるんだお前はっ!」 「お金の次くらい?」 「あはっ、ふふふっ、そんなに? あははははっ」 琴莉が声を上げ、笑う。 みんなも笑い、会話も弾み、食事も進む。 いつも通りの団らん風景。 これが俺たちの日常で、当たり前で。 こうやって、毎日を過ごしてきた。 みんなで、こうして。 ……。 けど、みんなわかっているんだ。 この“いつも通り”がずっと続くことは……ないんだって。 もう、わかっているんだ。 食事を終え、風呂にも入り、ベランダで一人、風にあたる。 ビールはなし。ただ、サインを送りたかっただけだから。 琴莉は葵たちに捕まっていて、もうしばらくはゆっくり話せそうになかった。 でも、ここで待っていれば……。 「ま〜こ〜とさん」 こうやって、来てくれる。 「予想よりちょっと早かったかな」 「え〜。あ、これは一緒に来いってことかな? って思って、七並べわざと負けてきたのに〜」 「あはは、ごめんごめん」 「いいですけど〜」 ぶすっと口を尖らせながら、隣に並ぶ。 でも、すぐに一歩二歩と、後ろに下がってしまった。 「琴莉?」 「お部屋で……話してもいい?」 「ああ、いいよ、行こうか」 「うん。先に行ってて。 ちょっと準備がありますので」 「準備?」 「すぐ行きますので」 「はいはい」 苦笑を浮かべつつ、ベランダを出て自室へと向かう。 さて……準備ね、準備。 もうパジャマには着替えてたし、することなんて特になさそうだけど……。 ……。 ここでエロい妄想に走ったのは、俺にも余裕が出てきたってことなんだろうか。 よきかなよきかな。 「真さ〜ん、入るね〜?」 「ほ〜い」 部屋の外から、琴莉の声。 ……いや? なんか変な方向から聞こえなかった? 「琴莉? どこに――」 「はぁっ!」 「うわぁっ!」 扉ではなく壁から、琴莉がニュッと現れた。 な、なんつぅ登場の仕方を……っ! 「ふふ〜、びっくりした? 自分が幽霊なんだって自覚したら、 こういうこともできるようになりました」 「……心臓に悪いよ」 「あははっ、見て見て、宙にも浮けるからっ、 見ててっ!」 「ああ、あのおじさんみたいに……」 「……やめた」 テンションが一気にガクーンと落ちた。 ……なんか申し訳ないことを言ってしまった。 「座ってもい〜い?」 「ど〜ぞ」 「うん」 迷わず、ベッドにぽすんと腰を下ろす。 俺も、すぐ隣に。 琴莉は部屋のあちこちに目を配り、笑った。 「ほんとに一週間?」 「正確には八日かな」 「でも、私の中のおとといとあんまり変わってない」 「一週間で模様替えはしないでしょ」 「あ、そっか」 照れ笑い。 その笑みに、ふ、っと……暗い影がよぎる。 「や〜……びっくりだよね。 実はキミ、もう死んでました〜、なんて」 「……ごめんな?」 「? なにが?」 「最悪の形で、知らせてしまった」 「ううん。今日ずっとね、これまでのこと 思い出してたんだけど……真さん、 色々とサインだしてくれてたよね」 「いっつも制服だな〜、とか。 今日は学校どうしたんだ〜、とか」 「休日はいつも私服だし、 あの日は普通に授業あったし」 「自分の答えに……疑問なんて持たなかったな。 嘘なのに、嘘だと思ってなかった」 「霊は……自分の都合のいいことを、都合のいいように 認識する。あれが……そうだったのかな」 「自分が死んでるって認めないために…… 真さんに、嘘をつき続けた」 「嘘じゃない。 そんなつもりで口にした言葉じゃないだろ」 「でも、本当でもなかったから」 自嘲気味に笑う。 言葉に詰まってしまって、俺はなにも言えなかった。 「でも……みんな優しいよね。 私が幽霊だって、誰も言わなかった。 生きてるつもりの私に、付き合ってくれた」 「自然に……気づくのが一番いいと思った。 だから、機会を待っていたんだ」 「真さんの予定としては、私にお葬式を見せることで、 お役目終了だったのかな」 「それは……最終手段だよ。 できればその前に本当のことを伝えて、 その上で、自分の……」 「……」 「自分の死に、向き合って欲しかった」 「傷ついて欲しくなかったんだ。絶対に」 「……うん。だから……葵ちゃんが見た映像とか、 犯人の家に行くときに……私を遠ざけようとしたんだね」 「……」 「どこまで覚えてる?」 「う〜ん……生きてるうちの最後の記憶は…… コタロウと散歩してるところかな」 「誰かに声をかけられたところまでは覚えてる。 そのあとは……覚えてないかな」 「たぶん襲われたんだと思うけど……その記憶がないから、 死んだ自覚がなかったのかなぁ……」 「……あっ! 私が殺されたってことは…… コタロウも?」 「……ごめん。俺の方こそ、琴莉に嘘をついていた」 「ううん。私のこと考えてくれて、とってもうれしい。 でも、もう大丈夫だから」 「コタロウのこと、教えて欲しい」 「……」 「犯人の目的は……琴莉だよ。 後ろから襲って……車に乗せた」 「コタロウが吠えたんだ。人の目を恐れた犯人は…… 車でコタロウを轢き殺し、遺体を側溝に隠した」 「そうやって……琴莉に繋がる痕跡を、消した」 「……なんだか、めちゃくちゃだね。 言えないよね……そんなこと」 「言うべきだったのかもしれない」 「今聞けたから……大丈夫」 「私がコタロウを見えなかったのは…… やっぱり、自分が幽霊だったからなのかな。 見たいものだけを……見る」 「真さんに手伝ってもらわないと霊が見えないって 自分を納得させて……そうやって、ごまかして、 目を逸らし続けてた……」 「……」 「でも、私もそろそろ……コタロウのところ、 逝かなくちゃ、かな」 「……っ」 ぽつりとこぼした言葉に、心臓が跳ねた。 体が硬直し、うまく息ができない。 「でも、真さんとの約束も……あるもんね」 こてんと、俺の肩に頭を預ける。 それでやっと、窒息から解放された。 覚えている。もちろん覚えているさ。 けれど、琴莉との時間を少しでも、ほんの少しでも引き延ばさなきゃいけないって、そう思って。 わざと、覚えていないふりをした。 「……約束?」 「やっぱり……嫌かな、幽霊の女の子とじゃ」 「そんなことはないよ」 「ほんとに?」 「俺はわかってて、琴莉を抱きたいと思ってたんだ」 「……そうでした」 クスッと微笑む。 すっかりと俺に預けた身体を、抱き寄せる。 「好きだよ、琴莉」 「……うれしい。私も好き」 「……ん」 唇を、重ね……。 「はぁ……ぁ……」 そのままゆっくりと、優しく……押し倒す。 「はぁ……ふぅ…………」 琴莉の胸が、上下する。 口元には笑みが浮かんでいて。 今までとは違い、俺の方が緊張しているくらいだった。 「今日は……やっぱりやめようって、言わないでね?」 「ああ、言わない」 パジャマの上から、琴莉の胸に触れる。 軽く指を埋もれさせると、『ほぅ』と吐息がこぼれた。 「とってもドキドキしてるけど……心臓の音は、しないよね」 「……」 「反応しづらい?」 「すごく」 「大丈夫だよ、もうすっかり受け入れちゃってるから。 壁抜けなんてしちゃうくらいだし。 幽霊ライフ満喫中!」 「それでも、俺にとって琴莉は……」 「ただの女の子だ」 「……」 「ちゃんとできるかな……」 「試してみよう」 「……うん」 こくりと、うなずく。 胸に触れていた手を、横にずらして。 ボタンを一つずつ、外していく。 羞恥に弾む吐息を聞きながら、ゆっくり、ゆっくりと……パジャマと下着を脱がせていった。 「……やっぱり裸は恥ずかしい。 真さんも脱いでよ〜」 「ど〜しよっかな」 「じゃあ私が脱がせるっ」 「あ〜、待った待った、自分で脱ぐ脱ぐ」 こちらに伸びた琴莉の手をかわし、シャツを脱ぎ、ズボンと下着を下ろす。 俺の股間が既に固くなっているのを確認して、琴莉は嬉しそうにはにかんだ。 「おっきくなってる。えっち〜」 「琴莉のここだって、もう勃ってる」 「ぁ、やん……っ」 ぷっくりと膨らんだ乳首を、ピンと弾く。 琴莉が肩をすくめ、身をよじらせた。 「……これはどういう理屈なんでしょう」 「なにが?」 「幽霊なのに、その……ちゃんと反応してると 言いますか……」 「こうやって触れられるんだ。 琴莉がちゃんと、ここにいるってことだよ」 「……ん、はぁ…………んん……、ん……っ」 乳首をコリコリと刺激しながら、唇を重ね合わせる。 琴莉から舌を伸ばし、俺の口内に侵入し、前歯や歯茎を舐め回す。 その舌を甘くはみ、吸いつきながら、指先で身体の曲線をなぞり、下腹部へ。 恥丘を軽く撫でると、きゅっと太ももに力が入る。 「……あんまり自信がない」 「大丈夫だよ」 「……ほんとに?」 「少なくとも指は入る」 「んぁ、ぁ……っ」 前は一本だったけど、今度は二本。 ほぐしてすらいないのに、簡単に根元まで沈んでいく。 「あぁ、ぁ……すごい……入ってるぅ……っ。 霊は……ん、好きな風に、物事を……ぁ、はぁ…… 認識? するから…………んっ……」 「私の心の、準備が……はぁ……できた、から…… 体も、オッケー……って、んっ、ぁ……っ。 こと、なのかなぁ……」 「かもね」 「ん、ぁ、ぁ、ぁ……っ、……っ!」 膣内を、かき回す。 ぬるぬるとした感触が、指にまとわりつく。濡れているんだ、ちゃんと。 けれど……普通と少し違うのは。 指を引き抜くと、ぬめった感触が……ふぅっと、消えていくこと。 琴莉の体から離れると、愛液が揮発していく。この前も、そうだった。 理屈なんてよくわからないけど、霊体ゆえ……なんだろう。 このことを、琴莉には伝えるつもりはなかった。 二人が一つになるためには、必要のないことだから。 「はふ、はぁ……んっ、はぁ……ふぅぅ……、 ぁ、……はぁ……っ」 「琴莉」 「ふぇ?」 「もう、いいよな」 「ぅぁ……っ」 亀頭を膣口にあてがうと、琴莉の腰が少し逃げた。 がっちりと掴み、もとの位置に調整。 「もっとじっくりと楽しみたいけど……。 散々じらされたから、もう限界」 「じらされたって……真さんがやめようって 言ったくせに……」 「そうでした。……、いいよな?」 「……」 「いいよ」 「……しよ?」 顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で呟いた、その言葉で。 全身がカッと熱くなって、理性が危うく飛びかけて、もう本当に、我慢の限界。 腰を突き出し、亀頭で膣を押し広げ。 ついに、いよいよ。 待ち望んだ、琴莉の中へ。 「あ、ふぁ……ぁ……っ」 「〜〜〜〜っ」 ぶるりと、琴莉の全身が震える。 特に抵抗はなかった。根元まで、スムーズに入っていった。 いや、少しだけ抵抗はあった気がする。それが処女膜を破ったためかどうかは、俺には判断がつかなかったけど。 琴莉は明らかに、痛がっていた。 「ぁぅ、ぅぅぅ……っ」 「だ、大丈夫か?」 「い、いたいぃ……っ、な、なんでぇ……?」 「なんでって、え、もしかして初めてじゃなかったとか?」 「は、初めてですぅ……っ! で、でも、都合のいい、認識……するん、でしょぅ? なのに、なんで、痛いのぉ……っ」 「あ、あぁ……びっくりした。 そりゃ……初めてって痛いものだろうし……」 「うぅ……イ、イメージが、邪魔をしているぅ……っ、 い、痛くない、イメージを……し、しないとぉ……っ」 「い、一回抜くか?」 「や、やだぁ……っ、う、動いてぇ……っ」 「いいのか?」 「動いて、欲しいぃ……っ」 琴莉に、そんなつもりはなかったんだろうけど。 エッチなおねだりで、俺の愚息が硬度を増した。 「じゃあ……動くぞ?」 「う、うん……っ、ぁ、ぁ……ふぁ、……っ、あ……っ!」 あまり痛くしないように、ゆっくりと動かす。 本音を言えば、もっと貪るように、動物みたいに、琴莉を犯したい。 けど、琴莉の準備が整うまでは、このペースで。 「はふ、ぁ、ぁ……っ、はぁ、ぁぁ、ぁ……っ、んっ……! ぃ、ぁ……っ、はぁ……っ!」 痛がりながらも、しっかりと締め付けてくる膣の感触に理性を持っていかれないよう、なんとか踏みとどまりながら、ピストンを続ける。 「ぅぅ、ぁ……っ、はぁ……っ、あぁ……っ! ぁ、ぁ……、っ、ぁっ、はぁ、はぁ……っ! ぅぁ、ぁ、っ、ぃ……っ、あ、ぁ……っ!」 比べるのは、なんだか申し訳ないけれど。 葵よりも、芙蓉よりも、アイリスよりも……桔梗よりも。琴莉の中は、俺のモノに、ぴったりと吸いついてきた。 俺だけの琴莉。俺だけの、俺のためだけの、琴莉の大事なところ。 その感覚に、酔いしれていく。 「ふぁ、はぁ……ぁ、……ぁぁ……っ、 ぁ、ぅっ、はぁぁ、ぁんっ、ぁ、ぁ……っ!!」 気づくと、ペースなんて全然守れていなくて。 腰を必死に叩きつけていた。 琴莉の声も、熱を帯びていく。 「あぁ、なんか……あぁ、ぁっ、真、さん……っ! ふぁ、ぁ……っ! あぁん……あぁっ!」 「い、痛く、ないか?」 「……っ、っ」 目をぎゅっと閉じながら、ぶんぶんと首を横に振る。 「わ、わかって、きたかもぉ……っ、 し、信じる者は、救われるぅ……っ」 「な、なんだそれ」 「い、痛く……ないの……っ」 「気持ち、いぃ……っ、気持ち、いいよぉ……っ、 真さぁん……っ!」 さっきまでとはうってかわり、琴莉の表情はとろんと蕩けていた。 喘ぎ声からも苦痛の色は消え去り、ただただ、快感だけが滲んでいる。 イメージの上書きに、成功したみたいだった。 「ぁ、ふぁ……っ、ぁ、ぁ……っ! あぁぁ、ぁ……っ、気持ち、いぃ……っ!」 「もう、痛く……ないか? 我慢してないか?」 「う、うん……っ、幽霊で、よかったぁ……っ、 初めてなのに、痛くないぃ……っ!」 「……それもコメントしづらいよ」 「へ、平気だからぁ……っ、 真さん、もっと……動いて、いいよぉ……っ! あ、ぁ……っ、ぁ……っ!」 「そんなに気持ちいいの?」 「う、うん……っ、気持ちいぃ……っ!」 「なにが気持ちいいの?」 「ふぇ……? へ……っ?」 「……」 「うわ……っ、見たことないほどえっちな 笑顔してる……っ!」 「言ってみて、ほらほら」 「な、なんでそういう意地悪するのぉっ?」 「いや……言わせたくなるじゃん。エロいこと」 「なるじゃんとか言われても知りませんけどぉ?」 「いいから、言ってよ。ほらほら」 「うぅ……なにを?」 「なにが気持ちいいの?」 「……」 「……え、えっち、が……き、気持ちいいです……」 「なんで?」 「な、なんでぇ?」 「どこが気持ちいいの?」 「うぅ……言えないぃ……っ」 「言ってよ、ほら、ここでしょ?」 「んぁ、ぁ、ぁぁ、ぁ……っ!!」 「ほら、琴莉」 「うぅ、……今ぁ、真さんのが、入ってる、 ところぉ……っ!」 「それってどこ?」 「うぅぅ……っ、恥ずかしいぃ……っ! ぁ、ぁ……っ、わ、私のぉ……っ、 ふぁ、ぁ……っ!」 「私の、おまんこがぁ……、き、気持ちいぃ、 ですぅ……っ!」 「真さんのが、入ってる、からぁ……っ!」 羞恥のせいか、琴莉の膣がぎゅうっと締まる。 途方もない快感、刺激。 けれどまだ、手は緩めない。 まだまだ琴莉の反応を楽しみたかった。 「俺の、なに?」 「うぅ……また言わせようとしてるぅ……っ」 「言わないならやめちゃおっかな」 「やだ、やだぁ……っ、やめないで……っ」 「じゃあ?」 「うぅぅ………………お、おち、……っ」 「おちんちんが、気持ちいい……です」 「誰の?」 「あぅぅ……」 「ま、真さんの……」 「真さんのおちんちん、気持ちいぃ……っ!」 「……っ、や、やばい、今の台詞だけでイケる」 「んぁぁ! あ、ぁ、ぁっ! あぁぁ〜〜っ!! ゴツゴツって、奥に、当たるぅ……っ!」 さすがに俺の余裕もなくなって、腰を勢いよく叩きつける。 亀頭は破裂しそうなほどに膨れあがり、射精を今か今かと待ちわびていた。 でもまだだ。まだ終わらせない。 「ふぁぁ……っ、すご、激しいぃ……っ! 凄いよぉ……っ、気持ち、いぃぃ……っ! ぁ、ぁ、ぁ、ぁ……っ!」 「……あ」 「ふぇ、こ、今度は、なにぃ……?」 「お兄ちゃんバージョンも聞きたいな」 「はぇ…………?」 「今度はお兄ちゃんでもうワンテイク」 「へ、変態ぃ……っ」 「あぁ……傷ついた……やめようかな……」 「やだぁ、やめないでぇ……っ! 言うから、ちゃんと言うからぁ……っ!」 「お兄ちゃんの、お兄ちゃんのおちんちん……、 気持ちいいからぁ……っ、やめないでぇ……っ!」 「初めてとは思えない乱れっぷり」 「だってぇ、痛いの嫌だったし……っ! せっかく、真さんと……えっち、 してるんだからぁ……っ!」 「ふぁぁ……っ! あ、ぁ……っ! は、初めてなのに、ご、ごめん、なさい……っ! 気持ち、いいのぉ……っ!」 「なにも考えられない、くらい……っ、 気持ちいいよぉ……っ!」 「あぁぁっ、ぁ、ぁ、あんっ! あぁ、ぁっ、 〜〜〜っ、ぁ、ぁ、ぁっ!」 「……っ」 琴莉が自ら腰をくねらせ始め、快感が俺の制御を離れ始める。 膣の圧迫もますます強くなり、いよいよ限界が近くなってくる。 できればもっと長く、できれば永遠に。 相反するように、この衝動をぶちまけてしまいたいという欲求も膨れあがる。 「あ、ぁ、ぁっ、真さん……っ! 大好き、大好き、大好き……っ!!」 「あぁ、俺も、好きだ……っ!」 「私も、好きぃ……っ! あぁぁ、んぁっ、ふぁぁっ! あ、ぁ、ぁっ! あぁぁ、ぁ〜〜〜っ!」 「……っ」 「あぁぁ、びくって……真さんのが、私の中で……っ、 びくって、してるぅ……っ、ふぁぁ、ぁ、ぁっ」 「琴莉、ご、ごめん、もう……っ」 「で、出ちゃう……?」 「で、出る……、イク……っ」 「私も、イクぅ……っ、一緒に、イこ? 一緒にぃ……っ!」 「あぁ、一緒に……っ」 「ふぁぁ、あぁぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜〜っ! 〜〜〜っ、あぁぁ、ぁぁぁ〜〜っ」 「く……っ!」 「んぁっ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、すご、ぁ、ぁっ! あぁぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁ、ぁ、ぁ〜〜っ」 「ふぁぁぁぁぁっ! ぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」 「ぁ……っ、はぁ……、あぁぁ、ぁ、ぁ……っ」 「ぅ……、はぁ……っ、……っ」 互いに息を切らせ、体を震わせながら。 果てる。 膣はびくびくと痙攣しペニスをしごき、吐き出された精液で、満たされていく。 「ふぁぁ……頭がふわって、なって…… 真っ白に、なって……、 このまま、消えちゃうかと、思ったぁ……」 「そりゃ……危なかった」 「……うん、でも……気持ち、よかったぁ……」 「うん。俺も……気持ちよかった」 「えへへ……よかった……。 ちゃんと……できたね」 照れくさそうに、でも嬉しそうに、笑う。 頬を撫で、くすぐったそうに細めた瞳を見つめながら、そっと、性器を引き抜く。 「ん、ぁ…………っ、あぁ…………」 抜いた途端、精液がドロリとこぼれた。 ……たぶん、だけど。 精液を吐き出してしまったように……受け付けないんだろう、体が。 一滴残らず、俺の精液が……琴莉の体から流れ出てしまう。 「……」 「……ごめんね。真さんの子供……産めない」 「……。いいんだ。今この瞬間があるだけで」 「……ん」 唇を優しく重ねる。 舌は入れず、慈しむように……唇をはむ。 ……と、琴莉の手が俺の性器に触れる。 包むように握り、軽く上下に動かした。 「……琴莉?」 「……」 「次……ないかも、しれないから」 「もっと……したい」 「真さんと……一つに、なりたい」 「もう……無理?」 「……いいや。無理じゃない」 「ほんとに?」 「ああ、余裕」 「じゃあ……」 「……ん?」 するりと、俺の腕の中から抜け出す。 「今度は私の番ね」 「琴莉が上?」 「うん、がんばってみる」 「やったぜ。揺れる胸をたっぷり鑑賞できるっ」 「……やめようかな」 「やめないでっ、ほら、琴莉! ほらっ!」 ごろんと仰向けに寝転がり、必死にアピール。 「えっちのとき……真さん、ちょっとキャラ変わるね?」 「そっちもエロくなってるけど」 「もうっ!」 「いてっ」 ぺちんと、勃起した愚息をはたかれた。 ぶるんと揺れたそれを、そっと手の平で受け止め軽くしごき、俺の上に……琴莉が跨がる。 「じゃあ……入れちゃいます」 「うん」 「……」 腰を、浮かせて。 少しドギマギしている素振りを見せながら。 『うん』と頷いて、腰を……沈めていく。 「ぁ、……はぁ、ふぁぁ………………」 ゆっくり、ゆっくり、根元まで。 深く深く繋がり、琴莉の表情がまた蕩けていく。 「これだけで気持ちいい……。 好きな人とのえっちって……気持ちいいね」 「うん、気持ちいい」 「葵ちゃんたちよりも?」 「琴莉とするのが一番気持ちいいし、ドキドキする」 「ふふ、やった〜」 「……、動いても……いい?」 「うん。任せるよ、全部」 「意地悪なこと言わない? ……っていうか、言わせない?」 「しないしない。もうしない」 「……怪しい」 「あれ、実はして欲しい?」 「ち〜が〜い〜ま〜すっ」 「ぅ……っ」 膣がきゅっと締まり、思わず呻いた俺に、琴莉がニヤリ。 「今度は私がいじめちゃうんだから」 Sっ気を含んだ笑みを浮かべ、腰をくねらせる。 膣肉はぴったりとペニスに張り付き、どんな角度になろうとくわえ込んで離さない。 「ふふふ〜、今度は真さんが恥ずかしがる番なんだからね。 よぉし……」 「……うん」 「……」 「こ、こうかな?」 さっきの余裕はどこへやら。 俺の表情を窺いながら、腰を浮かせ、落とす。 「くふ……ふふふっ」 「な、なんで笑うのぉっ?」 「俺をいじめるんじゃなかったのかな〜って」 「い、今からっ! 今から本気出すからっ」 「ぉ……おっ」 「……ん、はぁ……っ、んん、はぁ、はぁ……っ」 腰の動きが激しくなり、パンパンと体がぶつかり合う音が響く。 ベッドも軋み、琴莉の胸が揺れ、唇からは熱を帯びた吐息がこぼれる。 いじめる……っていうよりは、ご褒美だな、こりゃ。 「ふふふ〜……ん、はぁ、もう、笑ってる余裕なんて、 ぁ……ない、でしょ〜? って、あれ〜? 笑ってる〜!」 「絶景」 「も〜! それなら、こうだ〜!」 「うぉ……っ」 膣を締め付けながら腰を上下に振り、男性器をしごく。 たまらず反応した俺に、琴莉は満足そうな笑みを向けた。 「ぁ、はぁ……んんっ、ふふ、やっと優位に立てた、 ……ぁ、感じ」 「んぁ、はぁ、はぁ……ぁ、んっ……! こういうのが、いいんでしょ〜? ぁ、ぁぁ、ん……っ」 「ぅ……っ」 「ふふ、気持ちよさそうな、顔……してる。 ぁ、はぁ……んんっ」 「どう? ふふ〜、気持ちいいでしょ? ぁ、ん…………ぁぁ、ん……っ」 見せつけるように、腰をくねらせる。 「……ん、はぁ……んん、ぁ、はぁ……っ、 あぁぁ、ぁ、ぁ……っ」 結合部がいやらしくひしゃげ、息継ぎでもするようにパクパクとひくつく。 めちゃくちゃエロい……が、それは口に出さないでおいた。 たぶん琴莉の顔が真っ赤になって、動きが鈍くなってしまうだろうから。 「もう、ふふ、なにか話してよ。 気持ちよすぎて声でない?」 「そんな感じそんな感じ」 「絶対嘘。まだ余裕ありそう。 ヒーヒー言わせてやるぅ〜」 「……そんな台詞どこで覚えたの」 「いっぱんきょ〜よ〜」 「琴莉って意外と性知識に貪欲――」 「ち〜が〜うの! 漫画とか読んで覚えただけだもんっ」 「エロ?」 「普通のっ。もう真さん話しちゃ駄目っ! ん、ぁ、はぁ……っ、んん、んっ」 俺の口を閉じるために、腰の動きを加速させる。 「……っ、はぁ、ぁぁ、はぁ、はっ、あ、ぁっ」 息が弾み、熱を帯びていく中、『あ』と琴莉がなにか思いついたような顔をする。 「なに?」 「こういうのは? えいっ」 「ぉぅっ」 両の乳首を指で押され、変な声が出た。 「あははっ、びくってなった」 「な、なにをするぅ、やめろ〜」 「え〜、真さんだって私にしてるのに〜。 うりうり」 「ぅぐっ」 「あははっ、おもしろい。気持ちいい?」 「く、くすぐったい、なしなし、これなし」 「駄目で〜す、続けま〜す」 「おふっ、いかんいかん、いかんよ琴莉くんっ」 「任せるって言ったでしょ〜? いいんか? ここがいいんか〜?」 「こ、琴莉がおっさんに……。 こ、このままではいか〜んっ」 「ひゃんっ」 思い切り腰を突き上げ、琴莉が悲鳴を上げながら軽く宙に浮き、落ちる。 「び、びっくりしたぁ……駄目でしょ〜、 動いたら〜……」 「任せるって言ったのもなしで」 「え、ずるい、そんなの……あ、ぁ、ぁ、ぁっ、あんっ!」 リズミカルに突き続ける。 振動で琴莉の胸が揺れ、髪がふわりと広がって。 なかなかそそる光景。 けど琴莉の表情は、不満げ。 「もぅ、私の、番なんだからぁ……っ。 ん、はぁ、んんっ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ、 ふぁ、はぁ、んんっ、んっ」 負けじと腰をくねらせる。 「そんな風に動いたら抜けちゃうよ」 「じゃあ……んっ、こうすれば、いい、でしょ〜? はぁ、ぁ……っ」 きゅぅっと、今日一番の強さで膣が竿全体に吸い付いてくる。 まるで吸盤みたいに。確かにこれなら、簡単には抜けないのかも。 「じゃあ、もっと動いてもいいよな」 「え、駄目駄目、動くのは私が……ぁぁっ、あ、あぁっ、 あぁんっ!!」 言葉は嬌声にかき消される。 不満げながらも、目尻はとろんと落ちている。 「あ、んんっ、あぁ、もう……んぁ、ぁっ! 気持ちよくて、ふぁぁっ、どうでも、いいかもぉ……っ!」 「早いな、諦めるの」 「だってぇ……っ、あ、ぁ、ぁっ、あんっ!」 「ほら、琴莉も動いて」 「う、うんっ、……ふぁっ! あぁ、ぁっ! っ、っ! はぁ、ぁぁ、ぁ、ぁ、ぁっ!」 「はぁ、ぁぁ……っ、イッちゃうぅ……っ! またイッちゃうよぉ……っ、あぁ、はぁ……っ!」 「そんなに、気持ちいい?」 「うん、気持ちいぃ……っ! 真さんとぉ……っ! えっちするの……ぁ、ぁ……っ、気持ちいぃ……っ!」 「おちんちん、気持ち、いいのぉ……っ!」 快感で理性がゆるくなっているのか、恥ずかしがっていた言葉を自分から口にした。 おかげで俺も、タガが外れる。 余力なんて考えずに、力の限り琴莉を貫いた。 「ひゃんっ! あ、あ〜〜っ、ズンって、くるぅ……っ! ふぁぁ、駄目、だめぇ……っ、イッちゃぅ、からぁ……っ」 「いいよ、……っ、イッても」 「やだぁ……っ、一緒に、ぁ、ぁっ、一緒が、 いい、からぁ……っ、んぁぁ、っ、ぁっ、はぁっ、 ぁ、ぁっ、ぁっ、ぁぁ、〜〜〜っ!」 「我慢、できる?」 「で、できない、かもぉ……っ! あぁ、ぁ……っ! 真さんは、まだ、でないぃ……っ?」 「……、う〜ん、まだ……かも」 「う、嘘ついてるぅ……っ! 真さんも我慢してるぅ……っ! 意地悪ぅ……っ!」 「してない、してない、って……、っ」 「だって、我慢してる、っ、顔してるぅ……っ! 出して、出してよぉ……っ! 一緒が、いい、からぁ……っ」 「真さん……っ、出して、出して……っ! これ、気持ちいい、でしょぉ……っ? ふぁ、ぁ……っ、ぁぁぁっ」 「……っ、こ、琴莉、で、出ちゃう……って」 「出て、いいのぉ……っ! いいから、出しても、 いいからぁ……っ」 「中に……、っ、出していいかっ……?」 「いいよ、出して、出して、いいよぉ……っ、 私も……ぁ、イク……イッちゃう、から……っ! あ、ぁ、ぁっ、〜〜っ、ぁぁ、ぁ〜〜〜っ!」 「〜〜っ、ぁ、イク……ぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁっ!」 「ふぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」 「あぁ、ふぁぁ……はぁ、はぁ……っ、あぁ、ぁ……っ!」 また同時に、絶頂に達する。 そして再び、琴莉の中を精液で満たしていく。 硬直した体が弛緩していくと共に、心地よい疲労感に包まれていく。 「はぁ……、ふぅ……、いっぱい出てるぅ……。 一緒に、イけたぁ……」 「くそぅ……我慢できなかった……」 「ふふふ〜、琴莉ちゃんのテクニックに、 真さんもタジタジ〜?」 「参りました……」 「ふふ、よかった……。 ちゃんと……気持ちよくなってもらえて」 微笑み、またきゅぅっと、琴莉の膣が締まる。 「もう一回?」 「ううん、疲れちゃった。 でも……抜いちゃうと、出ちゃうから」 「もうちょっと……真さんと、繋がっていたいな……」 「じゃあ……このままで」 「うん」 琴莉がゆっくりと体を倒し、俺に抱きつく。 腕を回して、長い髪を指でときながら……俺もぎゅっと、柔らかく……体温の低い体を、抱きしめた。 そのまましばらく……そうしていた。 「……ん」 琴莉が身じろぎし、ウトウトとまどろんでいたことに気がつく。 時計を見る。 もう0時を回っていた。 「……そろそろ、寝ないとだね」 「……明かり、消そうか」 「うん」 琴莉が体を起こし俺から離れ、パジャマに着替える。 俺もシャツに袖を通しパンツを履きながらベッドを下りて、明かりを消しにいく。 「消すよ」 「は〜い」 照明が落ちる。 真っ暗闇。目が慣れず、なにも見えない。 記憶を頼りにベッドまで進もうとしたけれど。 「……?」 途中で、身動きが取れなくなった。 「……」 琴莉が俺に、抱きついていた。 「どうした?」 「……真さんに会って、まだ一ヶ月なんだよね」 「ああ……そうだな」 「たった一ヶ月かぁ……」 「あっという間だったな」 「うん。でも私の人生で……一番楽しい一ヶ月だった……」 「あ〜……そういえば一週間記憶飛んでるな〜……。 もったいないことした」 「それに、もう死んじゃってるから……。 人生っていうのは、おかしいのかな」 「……」 「……ごめん。反応しづらいね」 「いや……うまく返せなくて、ごめん」 「ううん」 胸に顔を埋め、首を振る。 俺の背中に回した腕に、力がこもる。 「……」 「色々ね……考えてたんだ。これから先のこと」 「大学進学とか、就職とか、色々あるけど…… 真さんの助手は、ずっと続けていけたらいいなって」 「今の学校卒業したら、この家に住まわせて もらえないかな〜とかも考えてて」 「えへへ……図々しいかな。 でも……葵ちゃんと芙蓉ちゃん、 アイリスちゃんと伊予ちゃんと」 「ここで……この家で、ずっとずっと、 一緒に……みんなで一緒に、過ごせたらいいなって」 「みんなで力をあわせて、これからた〜〜っくさんの 人たちを、救っていけたらいいなって」 「でも……私が救われる側だったんだね」 「……」 「なんで私なんだ」 無感情に、ぽつりと呟いた言葉が。 俺の心を、えぐる。 「今まで全然いいことなくて、これからだって、 やっと、これからなんだって、思ってたのに」 「せっかく、みんなと会えたのに…… 家族っていいなって、思えたのに…… 真さんの彼女になれたのに……っ」 「これから……楽しいことばっかりだって! 楽しいことしかないんだって、そう思ってたのに……!」 「もっと、真さんとしたいことあるのに……! もっともっとたくさん、一緒にいたいのに……っ!」 「幸せだった……っ、幸せ、だった……っ! この一ヶ月、すっごく幸せだったのに……っ、 なんで、なんで……っ!」 「なんで私なんだ……っ! なんで私、死んじゃってるんだ……! なんで、なんで、なんで……っ!」 「う、ぁ……っ、ぁぁぁ、ぁぁぁっ!」 「ぁぁああああっ、うぁぁあああああっ! あああぁぁぁあああああっ!」 「うわぁぁぁぁぁああああああんっ、 ぁぁああああああ、〜〜〜っ。 あぁぁああああ〜〜〜〜っ!!」 「……」 「うぁぁああああああっ! ああああああああああっ!!! ああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 ただ黙って……琴莉を抱きしめた。 ……それしか、できなかった。 なにを言える。 生きている俺が。これからも生きていく俺が。 未来を閉ざされてしまった琴莉に……なにを言えるっていうんだ。 情けないけど、ふがいないけど。 なにも、なにも、なにもっ、言えなくて……! 「うぁぁぁ……っ、あぁぁっ! あぁぁぁぁっ!!」 「……」 ただただ、黙って、抱きしめた。 強く、強く、強く。 抱きしめた。 西田の家に潜入した、その数日後。 思いの外早く、事態が動いた。 「この小さなイヤホン、耳につけてくれる? 左がいいかな」 「は、はい。これで……いいですか?」 「うん、オッケー。これで離れててもこっちの声が 聞こえるからね。そっちの声や音は、 服の下につけたマイクが拾ってくれるから」 「はい。こういうの……映画で見たことあります。 胸にペタってマイクつけて……。 本当に、こういうことするんですね」 「十三課だけじゃ無理だったけどね。 真くんががんばってくれたおかげだね」 「お役に立てたようで」 「役に立ったなんてもんじゃないよ。 ようやく西田の殺人が、警察の知る“事件”になった。 だからこうやって、積極的に行動をおこせる」 「もっとも……ちょっと強引すぎるような気はするけどね」 自嘲気味に、笑う。 由美に事情を話し、梓さんに話を通した翌日。 由美をおとりにすることに、すぐさまゴーサインが出た。 数ヶ月はお茶の間を騒がせるに違いないあまりにも猟奇的な大事件なのに、三人の犠牲者が出るまで警察は気づけなかった。 野崎さんの捜索願いが出ていたにもかかわらず、だ。 マスコミに騒がれる前に解決したい。 解決できるのであれば、どんな手段でも使う。 そういうことなのだろうと、梓さんが言っていた。 様子を見る限り……梓さんも由美を危険な目にあわせたくないみたいだ。しきりに申し訳なさそうに由美を見る。 けど、やっぱりやめよう、なんて言える段階じゃない。 由美は、西田と会う約束をとりつけた。 あと二時間もしないうちに……約束の時間がくる。 由美を守るための、西田を捕まえるための準備を、今急ピッチで進めているところだ。 「あの、このマイクって……大きな音じゃないと 駄目ですか? 話すときは、できる限り 西田さんに近づいた方がいいのかな……」 「大丈夫大丈夫。今の私と由美ちゃんの距離でも、 ちゃんと拾えるから」 「拾った音声はこっちでちゃんと聞いてるから、 やばい! って思ったらなりふり構わず叫んでね。 近くに控えてる刑事さんが飛んでいくから」 「は、はい」 緊張した面持ちで、由美がうなずく。 うちからも護衛をつけるよ……と言いたいんだけど、姿は見えないけど、なんて付け加えたら、また俺の信用度が下がりそうだ。 だから、葵とアイリスにはひっそりついていってもらうことにする。 二人には別の用事を頼んであって、今は外に出ている。 由美が出発する前には戻ってきてくれるはずだ。 「本当は……叫ぶような事態になる前に、 こっちが動ければいいんだけどね」 「確かに音声だけだと、状況は把握しきれませんよね」 「状況説明をそれとなく…………あぁ、いえ、 わ、わざとらしいですよね」 「そうだね。できる限り自然な振る舞いが好ましい。 あとは……こっちで注意するしかないか」 「それも限界があるじゃろう。 カメラをつけろ、それで解決じゃ」 伊予がひょっこりと姿を現す。 お客さんを意識してか、着物を着ていた。 ……が、当然由美には見えるわけがなく。 伊予の声に反応した俺たちを、不思議そうに見つめていた。 「そうなんですけどねぇ……。 残念ながら貸与されたのは音声関連だけでして」 「警察もケチくさいのぅ。 その娘を連れてわたしの部屋に来い。力を貸してやる」 「え、本当に? 神通力的な不思議パワー?」 「ただの科学力じゃ。いいから来い」 「だそうです。行こうか」 「うっす」 「え? えっ? なに? 誰と話して……」 「ついてきて、由美。 うちの相談役がやる気になってくれてる」 「へ? え?」 きょとんとする由美を連れて、伊予の部屋に向かう。 そして部屋に入ってすぐ、二人が軽くびっくり。 「うわなにこれ。パソコンとかゲームだらけ」 「わ……こ、ここだけ……雰囲気違うね」 「勝手に触るなよ。精密機械じゃ。 壊したら弁償してもらうぞ」 「はいはい。で、なにを貸してくれるって?」 「まぁ待て。確かアレはこのあたりに……」 「あら、みなさんこちらにいらしたんですね」 伊予がジャンク置き場――じゃないかもしれないけど、俺にはそう見えた――を、漁りだしたと同時に、芙蓉がやってきた。 お盆の上には、人数分のグラスが。 「お茶をどうぞ。 温かい方がよろしかったですか?」 「い、いえ、大丈夫です。 ありがとうございます」 「私もいただきます。喉カラカラ」 「はい、どうぞ。真様も」 「ありがとう」 グラスを受け取り、喉を潤しながら、伊予の捜し物が見つかるまで待つ。 芙蓉もその場に留まって、様子を見ていた。 「お、あったあった」 なにかを取り出し、満足そうな笑顔。 よく見えなかった。かなり小さいみたいだけど……。 「なんです?」 「これじゃ」 「? アクセサリー?」 「ふふん、そうじゃの。 見てくれはただの首飾りじゃが……」 椅子に座りクルリとPC側に回転させ、マウスを握る。 カチカチと操作し、『うん』と頷いて、またクルリと椅子をこっちに向ける。 「モニターを見てみよ」 「? あれ、この部屋が映ってる」 「うむ。これを向けると?」 「あら、真様が」 「あ、ほんとだ。俺が映ってる。 これもしかして……カメラになってんの?」 「うむっ! アクセサリー型超高性能小型カメラじゃ!」 「へぇ〜、こんなのあるんだ。よくできてるなぁ」 「ふっふ〜、離れた場所からもバッチリと映像を 受信できるぞ。どうじゃ、凄いじゃろう」 「いや、まぁ……凄いけど……。 なんでこんなの持ってるんだよ」 「もちろん買ったからじゃ」 「……ちなみにおいくらで?」 「たしか……五万くらい?」 「……」 「十万くらいしたっけな……」 「……なんで爺ちゃんの遺産が速攻で なくなったのか、わかった気がするよ……」 「は〜い! ここぞとばかりに使いまくりました〜! あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」 下品な笑い声をあげながら、伊予がくるくると椅子を回転させる。 そして体がこっちを向くたびに変顔で俺を挑発してきた。 くそう……由美の目がなかったら、とっちめてやるところだ……! でもこれ以上変人と思われたくないから、我慢してやる。命拾いしたな、伊予……! ただ、その由美はというと……。 「…………」 呆然としていた。 正体不明の誰かと会話する俺たちについていけない、という様子ではなく――。 「ぁ、ぇ……」 「……」 「い、椅子が……勝手にクルクル回ってる……」 怪奇現象に、目を丸くしていた。 まぁ確かに、誰も触れていない椅子がいきなり高速で回り出したら……驚くよな。 「お、なんじゃ。もっと回してやろうか。 いえ〜い! ひゅ〜〜〜!」 「えっ、は、はやくなった……! え、えっ、ど、どういう仕組み? 自動で回る椅子?」 「なにその無駄な機能」 「え、じゃあ……え……えっ?」 「そっか。私、普通に話しちゃってたけど、 由美ちゃんは見えないんだ」 「み、みえ……? な、なにがです?」 「ほらほら、ここここ。座敷わらしが座ってるの。 笑いながら回ってる」 「ひゃっほ〜! ふわっふ〜! ふ〜〜!」 「え、わ、わからない、ですけど……。 座敷わらし、って……」 「いやほんとほんと、冗談じゃないよ? ほんとにいるの、この家には」 「は〜い! 座敷わらしで〜す!」 「……」 「真くんと……おんなじこと言ってる」 呆然としたまま、呟く。 この反応……少しは信じてくれたの、かな? そうか、伊予が出す音は聞こえなくても、こうやって物を動かせば、由美でもわかるのか。 「あ〜、なんか私、ピンと来たかも。 喧嘩の理由って、これ?」 「まぁ……はい、由美には全部、話してありまして……」 「信じてもらえなかったと。 こいつなに言ってんだって思われたと」 「まぁ……そう、っすね。……はい」 「ぷっ……あはははははっ! 当たり前じゃん! 普通の人に話しても信じてもらえるわけないじゃん! あはははははははっ! ばっかだ〜!」 「ば、馬鹿って! そんな笑うことないじゃないっすか! 隠しておくのは無理だって思ったんですよっ! 不誠実な気がして!」 「ほぉれみろ。誰もがそう思うわ。 話さんでいいことまで話しおって。バーカ、真のバーカ。 不誠実とかかっこつけてるから振られるんだバーカ」 「この……っ! お前ほんと人をイラッとさせるの得意だなっ!」 「……」 「……本当、だったんだ」 「ええ。真様は一度たりとも、土方様に 嘘をついたことはありません。ただ、土方様が真様を 信じようとしなかった。それだけのこと」 「ぅ……、で、でも、こ、こういうの 見せてくれたら、私だって……!」 「見せました。わたくしの、真の姿を」 「このように」 「ぁ……鬼、っていうのも……」 「真実でございます。この角を見せても、 土方様は信じてくださいませんでしたが」 「ぅ……だって、鬼とか急に……ああ、いえ……はい。 ご、ごめんなさい……」 「わたくしに謝罪されましても」 「あ、あの……真くん、ご、ごめんね? 私、ひどいこと言っちゃって……」 「いや、ひどいことを言われた記憶はないけど…… とにかく、まぁ、この家にはいるんだよ。 変な住人が」 「変とはなんじゃ、変とは」 「いって! 蹴るなよっ」 「……真くんが一人芝居してるように見える」 「いやほんと、いるよ? いるんだよ?」 「ふふ、うん。もう疑わない」 「そっか……鬼に、座敷わらしに……。 そっかぁ……霊能探偵。 すごいなぁ……漫画みたい」 目を細め、由美が笑う。 ああ、やっと実感が湧いてきた。 ちゃんと……仲直りできたんだな、って。 「はいはい、イチャつくのはあとにしましょ。 これから大変なお仕事が待っていますので」 「そ、そうでした」 「ほれ、この首飾りをつけていけ。 音声のみを頼りにするよりも、安心できるじゃろう」 「ああ、ありがとう、伊予。 由美」 「うん?」 「これ、高性能のカメラだってさ。 身につけておいて」 「あ、わ、わかった。えぇと……」 元々つけていたアクセサリーを外し、代わりに伊予のカメラを首から下げる。 うん。見た目はただのネックレスだ。西田は気がつかないだろう。 「これで……いい、かな?」 「オッケーじゃ、しっかりと映っておる」 「大丈夫だってさ」 「う、うん」 「映像は? この部屋じゃないと見られない?」 「まぁ、そうじゃな。 このPCで映像を受け取り、録画しておる」 「映像を各々のPCに送ることもできるが…… ちょいと設定が面倒じゃの」 「じゃあ私はこの部屋にいた方がいいか……」 「あ、他の刑事さんが常に由美ちゃんのそばにいるから。 一定の距離を置いて、車でついていく予定。 そこで音声も拾ってる。だから安心してね?」 「はい、わかりました」 「真くんはどうする? そばにいてあげたいと思うけど……」 「アイリスの声が届く範囲で待機はしておこうと思います。 ただ、俺がそばにいても……ってところではありますけど」 「う、ううん。安心する」 「そ、そか……」 「なにが、そ、そか……、じゃ。 顔赤くしおって。童貞か」 「う、うっせぇな」 「え……?」 「あ、ゆ、由美に言ったんじゃないよ? うちの座敷わらし、口が悪いんだよ」 「あ、あぁ……そ、そうなんだ……あはは」 「わたしの声が聞こえない者がいると、 会話するだけでも一苦労じゃのう……」 「まぁいい。真、スマホを貸せ。 映像をリアルタイムで受信できるようにしてやる」 「お、ありがとう」 「ただ、多少タイムラグは出るぞ」 「ああ。見られるだけありがたいよ。 お願いします」 ポケットから取り出したスマホを、伊予に手渡す。 その様子を何気なく見ていた由美が、『え?』と目を丸くした。 ああ、そうか。由美にはスマホが宙に浮いているように見えたんだろう。あるいは、消えてしまっているのかも。 ……こういうの見せればもっと簡単に信じてもらえたのかもね。 言葉だけで説明しようとした俺は、確かに馬鹿だ。 「む? 無料通話アプリが入っておるの。 わたしのアカウントを登録しておいてやろう」 「伊予も使ってるのか」 「主にPCでじゃけどな。 ネトゲにボイチャは必須じゃろ」 「あ〜……はいはい」 「ネトゲて……。 この座敷わらし、現代文化に馴染みすぎ」 「座敷わらしは遊びの達人じゃ、当然じゃろ」 「まぁ、映像面の準備はわたしに任せておけ。 そっちはそっちの準備を進めるがよい。 それほど時間もないじゃろう」 「そうでした。緊張してきた。 ……って、大変なのは由美ちゃんだけど」 「い、いえ、がんばります」 「待ち合わせはいつもの喫茶店だっけ?」 「う、うん。あと一時間と……ちょっとかな?」 「その後、お食事に?」 「って話ですけど……どこに行くのかは、ちょっと」 「なるほどなるほど。喫茶店から、他のお店へ。 それだけ人目につくわけだし、少なくとも デート中になにか、って可能性は低いかな」 「でも帰り道、送るよとか言われたら気をつけて」 「普通に考えたら自分が一番に怪しまれるって すぐにわかるけど、過去の犯行から、 おそらく西田は相当短絡的。やりかねないね」 「私たちがついているけど、由美ちゃん自身も 十分に警戒してね」 「は、はいっ」 「じゃあ、えと……もう大丈夫なら、 まだちょっと早いけど、そろそろ……」 「ああ、待った。 警察だけじゃなくて、俺の仲間も由美に――」 「たっだいま〜」 (ただいま戻りました) 「お、ちょうど帰ってきたみたいだ」 「?」 「以前もご紹介いたしました、 姉の葵と妹のアイリスでございます。 姿は見えぬでしょうが……連れて参りましょう」 「いや、もう行くなら、玄関に行こう。 伊予、スマホの設定頼むな」 「任せておけ」 みんなで伊予の部屋を出て、玄関へ向かう。 おかえりの声がないことを不審がり玄関できょろきょろとしていた二人が俺たちに気づき、駆け寄ってきた。 「ただいま! ご主人ただいま! ただいまご主人!」 「ああ、おかえり。首尾はどう?」 (万事滞りなく) 「オッケー。ご苦労様。 ただ悪いけど、休憩してる時間ないんだ」 (土方様の護衛ですね) 「ああ、頼む」 「うぃうぃ〜。由美ッチ、独り言ぶつぶつ言ってる ご主人を、オロオロしながら見ておりますが」 「まぁあれだね。こう客観的に見ると、 やっぱ完全な不審者だね」 「ふふふ、霊視の力を持たぬ方の視点は忘れがちで ございますから、街中では気をつけねばなりませんね。 土方様のように、呆気にとられてしまいます」 「え、あ、だ、大丈夫だよ? もう信じてるし……えぇと、い、いるんだよね? 鬼さんが」 「ああ、ここに二人」 「ども!」 (よろしくお願いいたします) 二人を由美の前に並ばせる。 さっきまではとても言えない雰囲気だったけど、信じてくれた今なら、二人の存在が由美に安心感を与えてくれるだろう。 ……そうか? やっぱ見えてないし、逆に不安にさせちゃいそうな気もするけど……。 事実、めっちゃキョドってるし。『こういうときどうしたらいいの?』って顔してるし。 せめて、姿が見えないまでも、ここにちゃんといるってことだけでも証明できればいいんだけど……。 「微妙な距離感じるし、とりあえず、 お互いに自己紹介でもしておいたら?」 と、梓さんがフォローをいれてくれた。 手帳を取り出し適当にペラペラとめくって、ペンを葵に渡す。 「?」 「筆談なら、できるんじゃない?」 「ああ、そっか。葵、字は書けるか?」 「……ご主人あたしのこと馬鹿にしすぎでしょ。 書けるよ、書けますよ」 「ごめんごめん。じゃあ、よろしくお願いします、だ」 「うぃ〜」 玄関まで戻り靴箱の上に手帳を置いて、ペンを握る。 握り方がおかしいけど……まぁいい。 「あ〜、お〜、い〜、だ〜、よ。 よ〜、ろ〜、し〜〜、く〜〜〜〜、ね」 たどたどしく、一文字ずつ、書き込んでいく。 たぶん由美には独りでに文字が浮かび上がっていくように見えているはずだ。 目をこれでもかと見開いて、口元を押さえていた。 「今日は……びっくりすることばっかり……。 え、えと、よろしくお願いします……」 「もう一人いるよ、アイリス」 (はい) 今度はアイリスの番。 『アイリスです。土方様の護衛につかせていただきます』と、スラスラとペンを動かす。 「わ、すごく綺麗な字……」 「むかつくわ。綺麗すぎてむかつくわ、この、このっ」 (や、やめてくださいっ、つつかないでくださいっ) 「よ、よろしくお願いしますっ」 じゃれ合ってたせいで既に手帳の前にはいなかったけど、由美が二人に向かってぺこりと頭を下げる。 「うん、よっし。これで少しは安心してもらえるかな」 「う、うん。でも、もう……真くん」 「? なに?」 「本当に、もう……。こういうの、早く見せて欲しかった。 すぐに信じたのに」 「俺もしまったなぁ……ってさっき反省したところだけど、 由美だって怒ってすぐ帰っちゃっただろ」 「……そうでした、ごめんなさい」 「いや、俺こそ……急すぎた。ごめんなさい」 「あはは、仲直りできてよかったね。 これで任務に集中できるね」 「はい、がんばりますっ!」 「お時間は大丈夫ですか?」 「まだ大丈夫だけど……そろそろ行こう、かな? あんまりギリギリだと、刑事さんたちも慌ただしく なっちゃいそうだし……」 「そうだね、イレギュラーが起こらないとも限らないし、 余裕をもって行動した方がいいかも」 「葵とアイリスは一緒に行かせるけど、 俺は準備ができたら向かうよ。 そのカメラ越しに、見守ってるからさ」 「うんっ」 うなずいて、軽くネックレスを握った。 不安に、怯え。それらをまったく感じないわけではないけれど、由美の目からはそれ以上に、強い決意を感じた。 「じゃあ、行ってきます」 「そこまで見送る」 「ありがとう。 あ、外の刑事さんにも……ちゃんと挨拶した方が、 いいですよね?」 「あ〜、いいいい。万が一西田に見られたら 怪しまれちゃうし、いないものと思ってくれていいよ」 「友達の家に寄って、これからデートの待ち合わせに向かう。 そんな感じで自然にね、自然に」 「は、はい」 靴を履き、みんなで外へ。 「じゃあ……」 「うん」 (行って参ります) 「気合い入れていくぜ〜!」 「がんばってね〜」 「お気をつけて」 三人を見送る。 と、少し間隔をあけて、スーっと、車がゆっくり走っていった。 たぶんあれに、刑事さんが乗っているんだろう。 ……。 「あの人たちだけですか? 由美を守ってくれるのは」 「見たところ……四人ほど、でしたでしょうか。 少々心許ないですね……」 「大丈夫、もっといるよ。西田に張りついてる 人たちもいるし、もう待ち合わせ場所で 待機してる人たちもいる」 「今回ばっかりはもう本気の本気。 マスコミにかぎつけられて、無能警察って 叩かれる前になんとかしようって」 「まぁ、保身が見え隠れしてるのがちょっと…… って感じだし、私がこうやって愚痴るから、 余計に不安にさせちゃってそうだけど……」 「由美ちゃんを守ることを最優先にしているのは、 間違いない。そこだけは、信頼してね」 「はい」 「……」 「これ、聞いていいのかわからないけど……」 「はい?」 「琴莉ちゃんは?」 「……。いえ、まだ」 「そ、か。帰ってきてないか」 「ずっと琴莉ちゃんのこと、真くんの鬼だって 勘違いしてたんだけど……」 「……」 「絶対捕まえようね、西田を」 「はい……っ!」 由美に遅れること、十五分。 商店街に向かい、喫茶店近くのファーストフード店に入る。 そこからしばらく、スマホで隠しカメラの映像を見ながら様子を窺う。 警察の指示でつけたマイクからの音声はさすがにこっちでは聞けないけど、カメラ単体でも音を拾えるみたいで、イヤホンを耳につけつつ画面を凝視する。 画質は荒いし、音質もあまりよろしくない。けれど今由美がどういう状況かを把握するだけなら十分だ。 それで……一つ、わかったことがある。 店内、由美のテーブルの近くに座っている人。そばを通りすぎて行く人。 かなりの頻度で、カメラに視線が行く。 ……いや、わかってる。正確には、カメラ周辺の……由美の胸に、だ。 『……胸見られすぎじゃろ。 これが巨乳を持つ者のさだめか』 耳元で伊予の声。通話アプリを通じて、いつでも会話できるようにしてある。 ……どうも、俺と同じ感想を抱いたらしい。 もうほんと、凄いんだよ。チラッチラッ、チラッチラッ、みんな見るんだよ、胸を。斜向かいに座ってる人なんか、十秒おきくらいに見てるよ。 由美もその視線に気づいているのか、たまに体の角度を変えたりしてる。 な、なんだこの映像……。まだ本番始まってないのにすごく不快。 やめろお前ら、見るな見るな、俺の彼女だぞ。 『真、梓から伝言じゃ。犯人が商店街に現れたそうじゃ』 気持ちを切り替え、小声で『了解』と答える。 すぐさま、由美のそばに控えているはずのアイリスたちにテレパシーを送る。 (もうすぐ西田がそっちに行く) (了解です) (……、ん? 葵もいるよね? 返事がない) (あ、はい。いますいます) (ちゃんとしてくれよ? 失敗してもごめんで済む話じゃ ないからな?) (だいじょぶだいじょぶ。おっ! これうんまぁっ!) (……ちょっと待て。お前なにしてる) (え? なにもしてませんよ?) (姿が見えないのをいいことに…… お客さんの料理をつまみ食いしています……) (あ、こらっ! アイリスこらっ!!) 「…………」 盛大なため息。 良くも悪くも……葵は緊張感がなさすぎる。 本当はここで待機しているつもりだったけど……心配だ。心配すぎる。 伊予に『移動する』と伝え、席を立つ。 店を出て、少し遠くから喫茶店の様子を窺う。 西田は……まだいない。由美は一人でテーブル席に座っている。 えぇと? 葵とアイリスは……。 ……いた。 葵が他のお客さんのサンドイッチに手を伸ばし、アイリスに止められている。 葵が笑う。絶対『いいじゃんいいじゃん、バレないって』とか言ってる。 アイリスがため息をつき、店の外を指さす。 葵が俺に気がつく。 『あ』と一瞬硬直したあと、さも何事もなかったようにすまし顔で誰も座っていない椅子に腰かける。 ……駄目だあいつ。緊張感がないにもほどがある……。 (葵……) (な、なんにもしてないっす! なにも食べてないっす!!) (頼むよほんと……。 食べ物が消えたって、変な騒ぎになるだろ) (既に……不審がられています。 幸いなことに騒ぎにはなっていませんが……) (そりゃそうです。店長を呼べ! とか言いそうにない 気の弱そうな人選びましたので) (お前なぁ……。盗み食いだぞ、悪いことなんだぞ。 あとで説教な、ってか晩メシ抜きだ) (えぇぇぇ!? それだけはやだっ! 許してください! すっごい情報を教えますからっ!) (どんな?) (犯人がご主人のすぐ近くにいます) (え?) 「ぁ……ども」 「ど、どうも〜」 振り返った瞬間目があってしまい、へらへらと挨拶なんてかわしながらすれ違う。 そのままできる限り自然に振る舞って、その場から離脱した。 やばい、いきなりやらかした……! (ごしゅじ〜ん、しっかりしなきゃ駄目じゃないっすか〜) (うっさい、遅いの、言うのが遅いのっ) (土方様の向かい側に座りました。警戒を強めます) (た、頼む) アイリスの声とほぼ同時に、雑音混じりの音声が流れる。 『こ、こんにちは』 『由美さん早いね』 スマホの画面を見る。 ……西田だ。涼しい顔しやがって。 「伊予、由美が西田と接触した」 『うむ。こちらでも確認しておる。 いよいよじゃな。うまく事が 運んでくれればよいのじゃが……』 「計画通りに進むことを祈ろう」 『そうじゃな』 伊予とのやりとりを終え、歩きながら耳を澄ませる。 まずは軽く世間話……ってところか。 『つか、急にオッケーもらえてびびった』 『あ、ごめん、なさい。予定が空いたので……』 『マジラッキーだわ。ちゃんと話してみたかったんだよね。 つか、髪めっちゃ綺麗。触っていい?』 『え、あ、いえ……』 『ああ、駄目? じゃああとにしとくわ、あとの楽しみに』 ……。 あとで髪を触る。そういう状況に持っていく。普通ならば『お前とセックスするから』と、宣言したように聞こえただろう。 それ自体も馬鹿げているけど、こいつの場合は……。 『なるほど……。狙いは由美の頭髪か』 「……そうみたいだ」 『……クズが』 (……葵、アイリス、気をつけろ。 こいつ、今日やる気だ) (……はい。心の声が漏れています。 頭の中では……既に) (今思念も読んだ。由美ッチの髪でシコッてますわ。 こいつ、今のうちに黙らせた方がいいんじゃない? 殺しちゃっていい?) (それが目的じゃないだろ。堪えろ) (はぁい、わかってます) 本当は……やれ、と言ってしまいたかった。 こいつの馬鹿げた欲求のせいで、野崎さんは、嶋さんは、琴莉は――! 『つか、そうだ。さっきあいつに会った』 『あい、つ?』 『前に由美と話してたやつ』 もう呼び捨てかよ。そんな怒りもあったけど……それ以上に、肝を冷やした。 これ……俺の話か。 『会ったのか?』 「すれ違った」 『馬鹿者』 「……面目ない」 『あれ、由美の彼氏?』 『え、あ、えぇと…………』 『……』 『と、友達、です。大学の』 『マジで? んだよ、そっか〜』 「……」 「友達……ね」 『気を持たせろと警察からの指示じゃ。 いちいちショックを受けるな女々しい』 「……うるさいな。わかってるよ」 『ひゃっひゃっ』 人を小馬鹿にした、伊予の笑い声。 でもおかげで、少し冷静になれた。 由美が必死になってるんだ。 俺がくだらないことで取り乱してちゃ、話にならないだろ。 『じゃ、そろそろ行くか』 『あ、は、はい』 状況が動く。 店を出るみたいだ。これからどこに行くのか……。車で移動されたらきついな。 『あの……なに食べに行くんですか?』 『なに食いたい?』 『えぇと……』 『……』 由美が黙り込む。 ……なんだ? 『手料理が食べたいと言え、だとさ』 「なんだよそれ、自分から誘えって?」 『由美に死体を目撃させたいのじゃろう。 強力な証言じゃ。それだけで大義名分はたつ。 ……と、梓が言っておる』 「うぅん……。それはいいんだけど、 いきなりそれ、由美にはハードル高いよ。 ただでさえ人見知りなのに」 『確かにさっきからぎこちないのぅ。 しかしわたしたちの計画も、由美が西田の家に 行ってくれねば――』 『じゃ、うち来る?』 『え……?』 「は……?」 『ん……?』 思わぬ一言に、足が止まった。 今なんつった……あいつ。 『え、と……?』 『思いつかないなら、うち来いよ。 なんでも作れるから』 『あ、手料理……ですか?』 『弁当屋の息子っすから。料理得意なんすわ』 『あ、えと……』 『……』 『じゃあ……』 『来る?』 『は、はい』 『決まり』 西田が席を立つ。 おいおいおい、まさかあっちから……! 『こいつ正気か……? なんと大胆なやつじゃ』 「こっちとしては手っ取り早くて助かるけど……。 かなりむかついてくるよ。 こいつ、殺すことしか考えてない」 (葵、アイリス。十分に気をつけてくれ) (はいはい〜。ってかさ〜、こいつ間違いなく童貞っすわ。 いきなりウチくる? とかバッカじゃないの。 乙女心わかってませんわ) (これは不幸中の幸い、なのでしょうか。 もしもあの男の話術が巧みだったら…… もっと犠牲者が増えていたかもしれませんね……) (あ、西田巧だけに巧みな話術ってね) (……) (……) (……) (現場からは以上です。スタジオにお返しします) (……緊張感な、緊張感) (……はい) 多少脱力しつつ、方向転換。 先回りだ。 「伊予、俺も西田の家に行くよ」 『梓もそっちに向かうらしい。合流するといい』 「了解」 『目立ちすぎるなよ。話を聞く限り、 身を隠せるような場所はあるまい』 「十分注意するよ」 (マスター、二人がお店を出ました) (わかった。人の目がなくなったら、いきなり由美に 襲いかかる可能性もある。気を抜かないでくれ) (そうなったらあいつのことぶっ飛ばしていいよね?) (殺さない程度にな) (よっしゃ!) 葵たちと話しながら、先を急ぐ。 俺になにか特別なことができるわけじゃない。 けれど“その瞬間”を、目にしたかった。 現時点で……ほぼチェックメイト。 あと、もう一歩だ……! 移動中にすっかりと日が落ち、そのあたりに身を潜めるには都合のいい時間帯となった。 とはいえ、会社帰りだったり学校帰りだろうか。ちらほらと人通りがある。 梓さんと合流し、立ち話をしている雰囲気を作っているから誰かに見られてもそんなに怪しまれないだろうけど……居心地はあまりよくない。 ただ、人の目があるおかげで道中由美が襲われる心配はほぼない。 まぁ……警察の人にしてみれば、襲ってくれた方が手っ取り早く捕まえられるかもしれないけど。 こっちは『西田が帰宅すること』も計画の一部なんだ。 頼むから、まだなにもしないでくれよ……。 「真くん、もうちょっとこっち。 そろそろ来るみたい」 「あ、はい。了解です」 梓さんに腕を引かれ、細い路地に引っ込む。 由美たちは右手側から現れるはずだ。 そして家に入った瞬間、俺たちの計画の最終段階が始動する。 見てろよ。俺たちがお前に、引導を渡してやる。 (マスター、犯人の自宅が見えました。 そばにいらっしゃいますか?) (ああ、入り口が見える位置にいる) (由美ッチと一緒に中に入った方がいいよね?) (もちろん。常に由美のそばにいてくれ。 それと、アイリス) (はい) (繰り返しの確認で悪いけど、準備は整っているな?) (少々お待ちを) (……) (問題ありません。マスターの指示で、いつでも) (了解) 「真くん」 「……はい、来ましたね」 ちらりと顔を出して確認し、すぐに隠れ、スマホの画面に目を落とす。 西田の自宅に、少しずつ近づく。 「由美に指示出してるのって、 よく聞く一課の人たちですか?」 「そうだね。私は聞くだけ」 「そっか、じゃあ……」 監視カメラの映像から、メール画面に切り替える。 由美に『葵とアイリスも一緒に入るからすぐに扉を閉じないでくれ。返事はしなくていい』と、メールを送る。 すぐにカメラの映像に切り替え、由美がスマホを取り出しているのを確認。 念のために、角から顔を出して肉眼でも確認。よし、メッセージは届いた。すぐそばに葵とアイリスもいる。 さすが二人は勘が鋭い。俺に気づき、葵がぶんぶんと手を振り、アイリスがぺこりと頭を下げる。 「私はあの二人がいるから安心してるけど…… 女の子を殺人犯の家に行かせるなんて、 一課の連中、どうかしてるよほんと」 「どっちみち、あてにはしてませんけどね。 この事件は……俺たちで片をつける」 「うん。琴莉ちゃんのためにも、そうしよう。絶対に」 「はい」 『ここ、俺んち。親とかいないから』 『え、と……一人暮らし? ですか?』 『そ。邪魔者いないから』 イヤホンから聞こえる二人の声に、耳を澄ませる。 ……邪魔者はいない、ね。 (ここにいるんですけどね〜) (アイリスたちは当然ですが、 警察の存在にもまったく気づいていませんね) (間抜けで助かるよ。いよいよこれからが正念場だ。 何度も言ってるけど――) (緊張感ね! 緊張感!) (ああ。頼んだぞ、二人とも) (うぃっす!) (はい。中に入るようです) (了解) もう敷地内だ。目視では確認できない。 スマホの画面を凝視する。梓さんも覗き込む。 『ちょ、待って。明かりつけるわ』 『は、はい』 明かりがつき、真っ黒だった画面に玄関と廊下が映し出される。 ……入った。いよいよだ。 『……ぅ、な、なんだ?』 『え? な、なんですか?』 「……?」 「……なんだろ?」 イヤホンから、妙なやりとり。 由美が振り返り、西田が画面内に。 妙な体勢で固まっている。 こいつ、もしかして……。 (葵、アイリス) (ご主人。こいつ正真正銘のクズだ。 うちに入った途端、後ろから由美ッチ襲おうとした) (問題ないか?) (はい、お姉様とアイリスで動きを封じています。 ぴくりとも動くことはできません) (了解) (ご主人、どうする?) (そのまま少し待ってくれ) (はい、マスター) 『あ、あれ、な、なんだよ……っ、い、いって……!』 『え、え、どうしたんですか?』 イヤホンからは引き続き、二人の慌てた声。 一旦画面から目を離し、梓さんを見る。 「なんだったの? 一課の人たちも異変を感じて ピリピリし始めてるっぽいけど」 「西田が由美を襲おうとしたみたいです。 葵とアイリスで拘束しています」 「う〜わ……。いきなり家に誘ったことといい…… 我慢を知らないねぇ……」 「だからこそ……犠牲者が三人も出たんです」 「……そうだね。真くん、やるなら今のうち。 一課が動き出す前に」 「了解です。じゃあ……」 (葵、そのまま西田を捕まえててくれ) (うぃ〜。そろそろやっちゃう?) (ああ) 「……伊予、始めるぞ」 『うむ。盛大に歓迎してやれ。 わたしはここから高みの見物じゃ』 「……震え上がらせてやるさ」 (アイリス、頼む) (はい、マスター) (“彼女たち”を呼び出します) 『……え?』 『ぁ……? な、なんだよ』 ふ……と、照明が落ちる。 外から漏れる薄明かりで、数メートル先まではなんとか見えるが、廊下の奥は真っ暗闇に等しく。 そういえば……と、今さら思い出す。 由美にこれからなにが起こるのか、伝えていなかった。 『ぁ……と……』 着信音と、スマホの明かり。 由美が俺からのメールを確認する。 『見るべきものを見たら、目を閉じて』 『ぇ、ぇ……?』 あまり理解できていない様子。簡潔すぎたか。 追撃しようと思ったけれど、少しばかり遅く。 『ぁ、ぁ……?』 廊下の奥から、物音。 キィと音をたてて、扉が開いた。 そして―― 『な、なんだよ……』 『ぇ……ぇ……っ?』 奇妙な、なにかが這いずる音に、二人の声が上擦る。 開いた扉の奥。 深い闇の中に……なにかが、いた。 『……ひっ』 『うぁ、ぁ……っ』 不気味な音をたてながら、それは近づいてくる。 ゆっくり、ゆっくりと。 少しずつ、少しずつ、距離を詰め……。 由美『きゃああああああああっ!!』巧『うぁ、うぁああああああああっ!!!』 悲鳴。映像が激しくぶれる。 カメラがあらぬ方向を向いて、壁だけが映っていた。 『おい、こらっ! 由美! ちゃんと映せ! せっかくいいところなのに!』 「いや……無茶言うなよ」 そりゃ……死体が這いずって出てきたら、パニック起こすよな……。説明してなかったわけだし……。 ってか、てかね? 「いやっ、いやっ! なに今の! ありえないありえないっ! やだやだやだっ! ちょーこわい! やだっ! むりむりむり!!」 由美以上に、梓さんがテンパッていた。 ……あなた知ってたじゃないすか。こうなるって教えたじゃないっすか。いやまぁ……俺もびびったから人のこと言えないけど。 「ちょ、ちょちょちょちょ、ちょっ! エグくない!? これエグ過ぎないっ!?」 「たぶん……まだ序の口ですよ」 「え〜!? マジで!? もう無理! もう見ない! 私もう画面見ない!」 梓さんがガチでそっぽを向き、壁によりかかりながら、『怖い怖い怖い……』とうわごとのように呟く。 早くもギブアップ者が出たけど……画面内の二人は、そういうわけにもいかない。 心霊現象は、続く。 『あ、あ、あれって……、あ、あ、あれ……っ』 『し、知らねぇ……っ! お、俺はなにも、知らねぇ……っ!』 『し、知らないって、ぇ、ぁ、ま、またなにか……っ!』 『わ、わ、わ、わ――きゃあああああっ!!」 『うあぁああッ、ぁぁぁあああああっ!!』 今度は、生首だ。 奥の部屋から猛スピードで飛んできて、そのまま宙に浮き、西田を睨みつけていた。 『ぁ、ぁ……っ、し、嶋さん……っ? し、嶋さんの……っ!』 『な、なんだよぉ。なんだよなんだよぉ……っ! どうなってんだよぉ……っ!!』 二人とも、半ば涙声になっていた。 俺が同じ目に遭ったら、ちびっていたかも。 ただ……“彼女たち”の存在を知らなければ、だけど。 (きゃははははっ! めっちゃびびってる! う〜ら〜め〜し〜や〜、なんつって〜! きゃははははっ!) (はぁ……ふぅ……お、重い〜……。 私、力ないから……) (あ、ぁ、ぁ……っ! 腕とれちゃった……! ご、ごめんなさいぃぃ……っ!) (ちょ、それアタシの腕だから大事に扱ってよね!) 二人のどこか楽しそうな声が、頭に流れる。 画面越しには確認できないけど、たぶんはしゃぎまくってる。 特に西田に一言言ってやりたいと望んでいた、嶋さんは。 いわゆる、ポルターガイストってやつだ。 力の強い霊は、こういうことができるらしい。というか嶋さんができることはわかっていた。工事現場の一件があったし。 野崎さんの力は未知だったけど、この様子を見ると、彼女にも可能だったみたいだ。 二人の無念を少しでも晴らせれば……という、計画だったんだけど―― (きゃはっ! 超楽しい! びびりすぎっしょ! きゃははははっ!) (なんだか……すごいです。 お化けしてる感じがします……っ!) 嶋さんは爆笑。野崎さんも興奮気味。 楽しんでくれてなによりだけど……うん。まさかここまで過激になるとは……。 俺の想像の遙か上を行く怖さじゃないか。生首飛んでくるのは反則だろ。 由美……マジでごめん。怖い目にあわせて……ほんとごめん。 『あぁぁぁっ! くそ、な、なんだよっ、体、 うごか、動かねぇっ! たすけ、助けてくれぇっ!!!』 (にゃははははっ! 助けるわけないっしょ〜。 怯えろ〜、すくめ〜、にゃはははははっ!) (おら、テメェこら、よく見ろ。 お前が殺した美少女の顔だぞこら。 欲しかったのは腕と足だけか? なに顔捨ててんだこら) 『あぁっ、ぁ〜〜〜ッ! うあぁぁっ!!』 (あのぉ……これまだ運んだ方が……。 きゃ……っ、ま、また取れちゃう……っ!) 『ひぃっ!!! ぁ、ぁ……っ! ぁぁ、ぁ〜〜っ!』 (あの……マスター。土方様がとても気の毒なので…… そろそろ外に出してあげても?) (あ、そ、そうだな。死体を目撃する、 っていう条件は満たした。 出してあげてください) (はい、では……) 『え? あ……! きゃっ……!』 開いた扉から、由美が一目散に駆け出す……という感じではなく、たぶんアイリスが外に押し出したな。動けなくなった由美を。 その後すぐさまバタン! と扉はしまり、内部の様子はわからなくなる……が。 西田の悲鳴が外まで響いてきてる。 お化け屋敷、絶賛営業中です。ざまぁないな。 さて……由美も(一応)無事。やるべきことはほぼやり終えた。 「梓さん。由美を迎えに行ってあげてもいいですか?」 「そ、そうしてあげて……」 「……いつまで引きずってんすか」 「いいから、ほら、行って行って」 「はい」 苦笑しつつ路地から出て、西田の家に向かう。 玄関先で、由美は呆然とへたりこんでいた。 「由美」 「ひっ! え、ぁっ、ま、ままままままま、 まこっ、まこっ……!」 「お、おぅ、落ち着いて落ち着いて」 「真くんっ!」 「う、うん」 「し、死体がっ! う、うご、うごいたっ!」 「あ〜……うん、だろうね」 「だろうねって、えっ? なにがっ!?」 「いや、うん、由美……ちょっとキャラ変わってる」 「だって! えっ? し、知ってたの?」 「一応……まぁ、はい。そういう手はずだったから」 「言ってよ!」 「いや、ごめん、言いそびれたっていうか…… これで由美に霊の存在を信じてもらおうってのが 当初の計画でもあり……」 「信じたっ! 信じてたっ! もう信じてたよっ!?」 「は、はい、そうですね……」 「事前に言ってよ!」 「……ごめんなさい、本当に」 「もうっ、ほんとに……怖かったんだからぁ!」 「おっと……」 涙目の由美が、俺の胸に飛び込んできた。 恥ずかしがり屋の由美が……こりゃ珍しい。 怖がらせたのは申し訳ないけれど……不謹慎ながら得したと思っています。……重ねてすみません。 「えぇと、お嬢さん? わたくしこういう者ですが……。 今気になること仰っていませんでした?」 警察手帳を見せながら、立ち直ったらしい梓さんがわざとらしく登場。 ここで『あの家に死体があった』と聞けば、市民からの通報で西田を捕まえる、という名目がたつわけだ。 まどろっこしいけど、やっと使える証拠ができたわけだな。 ……長かった、ここまで。 「それで、なにを見たと?」 「へ? え、えぇと、し、した……」 「待て十三課」 「え?」 由美と梓さんの間に、見知らぬ男性が割って入る。 ……一課の刑事さんか。梓さんが露骨に顔をしかめた。 「なんです? 今証言とってるんですけど」 「それはこっちの役目だ。オカルト係は引っ込んでろ」 「……」 「なんだ、文句あるのか新人」 「いいえ? なにも? どうぞ存分においしいところを持っていってください」 「……ふん」 「え、あ、あの……」 見下した目で梓さんを一瞥し、有無を言わさず由美を連れて行く。 あ〜……こりゃ仕方ないわ。梓さんも愚痴言いたくなりますわ。 「態度わっる……」 「ね。いっつもあんな感じ」 「ひっどい扱いだなぁ……」 『おい、真。どうなっとる。 もう終わったのか?』 「え? ああ、ごめん。伊予のこと忘れてた」 『真こそひどい扱いしおって……。 その様子じゃと、うまくいったようじゃな』 「ああ。たぶん、すぐにでも西田は――」 「うあああああああああ!!」 「! おい! 逃げたぞ! 捕まえろっ!!」 西田が玄関から飛び出し、全速力で通りを駆けていく。そして数人の刑事が『待てこらぁ!』と口汚く罵りながら西田を追った。 『聞こえたぞ。ひゃっひゃっ! いい叫び声じゃ! よほど怖かったようじゃな』 「因果応報……ってやつかな」 『うむ。これにてクエスト終了。 気をつけて帰ってこい』 「ああ」 通話が切れ、視線を西田の自宅の方へ向ける。 家の中に、何人か刑事が入ろうとしていた。 そして入れ違いに、葵たちが出てくる。 「にゃっはっは〜っ、スッキリした〜! いい脅かしっぷりでしたわ〜!」 (お二人ともさすがです。強力な念動力をお持ちで) 「ねんどう……? よくわかんないけど、ありがと。 たのしかった〜! ざまぁみろって感じ」 (少々はしゃぎすぎたでしょうか……。 やりすぎちゃった気がします) 嶋さんと野崎さんもいる。 なんだか、満足そうだ。 少しは……気も晴れただろうか。 「あっ、ご主人だ! 任務完了で〜す!」 「ああ、お疲れ様。よくがんばった」 (いえ、がんばったのは嶋様と野崎様ですから) 「もの動かすのってだるいね。 楽しかったけど超疲れた」 (そうですね……。今とっても、眠いです) 「二人ともお疲れ様。 ありがとう、協力してくれて」 (いえ……こちらこそ、ありがとうございました) 「そうそう。お礼言うのこっちっしょ。 ありがと、約束守ってくれて」 「すっきりできた?」 「う〜ん、少しは……かな」 「そっか、まだか。他に俺にできることがあれば」 「ううん。もういい。 でも、もうちょっとだけアタシのこと見逃してくれない?」 「え?」 「あいつが逮捕される瞬間見たいの。 っつか、できれば死刑になるまで?」 「満足したら適当に消えるからさ。 それまで、自由にさせてくんない?」 「……」 「わかった。悪いことはしないようにね」 「へ〜きへ〜き、もう誰も殺そうとしたりしないって。 やばっ、逮捕の瞬間見逃すっ!」 「じゃねっ! もう会うことないだろうけど! もし会ったらよろしくっ!」 笑顔で手を振り、西田が駆けていった方向へ、嶋さんは飛んでいく。 あ、そっか。霊って飛べるんだ。なんて間抜けな感想を抱きながら、見送った。 ……もう会うことも、か。 どうか……安らかにね、嶋さん。 (あの、今日は本当に……ありがとうございました) 「いえいえ。野崎さんの望みも、もうすぐ叶うと思う。 理想とは……かけ離れていたかもしれないけれど」 (そうですね、私の体があんな状態になっていたなんて……) (でも、帰れるだけ嬉しいです。 これで、お父さんとお母さんに会えます) (では……またそのうち。 疲れてしまったので、今日は戻ります) (両親に会えたら……ご報告に伺いますね) 「うん、待ってる」 (はい、では……) 深々と頭を下げ、野崎さんが景色に溶けていく。 「は〜、やっと事件解決か〜」 (まだ……ですけどね。ですが、間もなくでしょう) 「そうだな……。もうすぐだ」 「あ、もうあの子たちの話終わった?」 「……霊見て逃げてたでしょ」 「逃げてません! 空気読んで黙ってただけです!」 「梓ッチ的には霊視の力ないほうがよさげだよね」 「もうほんとそれ。せめて加賀見家の外では消えて欲しい」 (おそらく、力の強いマスターに引っ張られて 完全に覚醒してしまったのでしょうね。 ご愁傷様です) 「うぅ……つらい。この体質つらい……。うぅぅ……」 「泣かないでくださいよ、この力のおかげで事件を――」 「真くん」 由美に呼ばれ、振り返る。 もう終わったのか。 「どうだった?」 「あのね、これから詳しい話を聞きたいからって、 警察署? に行かなくちゃいけないみたいで……」 「ああ、そっか。一人で大丈夫?」 「うん、大丈夫。全部話してくる。見たこと全部」 「私が付き添うね。顔見知りいた方が安心できるだろうし」 「あ、はい。ありがとうございます」 「じゃあなんか、早く来いってめっちゃ見られてるし、 行こうか」 「は、はい。あ、真くん」 「うん?」 「ふふ」 微笑み、俺の手を取る。 ぎゅ、っと強く握り……すぐに離した。 「行ってくるね」 「あ、ああ、いってらっしゃい」 「うんっ」 梓さんに付き添われ、由美が警察の車に乗り込む。 ドアが閉まり、走り出す。 これで……終わる。追い続けた事件が。 「なんすか。今のやりとり。イチャついちゃって。 あたしとも手繋いでよ」 「やだ」 「え〜〜〜! なんで〜〜〜〜!!」 (ア、アイリスも、マスターと……) 「アイリスはいいよ、繋ごう」 (あ、ありがとうございます!) 「なにそれ! 差別差別! あたしめっちゃがんばったのに〜!」 「あはは、冗談だよ。ほれ」 「やった〜! ご主人大好き!」 「でもこのあとお説教あること忘れるなよ」 「うぇぇぇ…………」 「盗み食いなんかするからだよ!」 「うっさいな、も〜! ぶ〜!」 「ふてくされるなって。晩ご飯抜きは勘弁してやるから。 ほら、帰ろう」 「は〜い! 今日の晩ご飯なにかにゃ〜」 (お腹空きました……) 手を繋ぎ、歩き出す。 西田の家の前には、続々と警察が集まっていた。 いずれ、西田にも相応の裁きが下されることだろう。 ……。 琴莉……終わったよ。 やっと……終わったんだ。 「…………」 「ん〜〜! 労働のあとのご飯はうまいっ!」 「んぐっ、んっ……けほっ」 「ふふ、慌てないの。 たくさん作ったから、ゆっくり食べなさい」 「ゆっくり食べているとわたしが全部食べるがな! おかわり!」 「ちゃんと残しとけよ? まぁがっつきたくなる気持ちもわかるけど」 帰宅し、みんなで食卓を囲む。 今日の疲れと事件解決の安堵から、みんな箸をすごい勢いで進めている。 俺もかなりがっついてる。葵の言うとおり、メシがうまい! ……んだけど。 「なんか……複雑だ。結構な衝撃映像を見たあとに 普通に食事してる自分にびっくりだな……。 前はげっそりしてたのに」 「そういうもんじゃ。わたしなんてグロ画像見ながら レバ刺し食えるぞ」 「……そこまでには至りたくないな」 「土方様は大丈夫でしょうか? かなり驚かれたでしょうね……」 「あ〜……それね、やっぱり刺激強すぎだよねぇ……」 「真を取り巻く環境を理解させるにはあれくらい……と 思ったが、出発前に理解を示したのは誤算じゃったな」 「しかし、由美に死体を目撃させることが警察の もくろみじゃ。叶えてやらんわけにもいくまい。 怪我もなく無事だっただけで、よしとすべきじゃな」 「あたし超がんばったよ。 完璧にボディガードこなしたよ」 (……盗み食いしてましたが) 「こら! それ言うな! こらっ!」 「……なんです? 盗み食いって」 「ほら〜! も〜! 芙蓉に角生えた〜!」 「あとで二人でお説教だな」 「んにゃ〜〜〜! やぁだぁ〜〜〜!」 葵が悲鳴をあげ、みんなが笑う。 賑やかな食卓。 楽しい食事。 けど……琴莉がいない。 だから、完全に『やりきった』という気持ちは、俺にはなくて。 まだ、やり残したことがある。 それがずっと、ずっと、気がかりだった。 「真様? おかわりは」 「ああ、もらおうかな」 「あたしも〜」 「姉さんは駄目」 「えぇぇ〜〜っ!」 「まぁ今日はがんばったし、 盗み食いの件はお説教だけで……」 「甘やかすな。罰は必要じゃ」 「うぅ……世知辛い」 (? マスター、お電話が) 「へ? あぁ、ありがとう。 気づかなかった」 脇に置いてあったスマホを拾う。 由美からだ。 「もしもし」 『あ、真くん? 今大丈夫?』 「ああ、大丈夫だよ」 「なんじゃ、由美か」 「ラブトークっすわ、ラブトーク」 (そういえば、別れ際に手を握って微笑みあってましたね) 「あら、そんなことを? 妬いてしまいますね」 「ヒューヒュー!!」 「ヒュー!」 「うっさいうっさい、キミたち黙りなさい」 『ふふ、本当に大丈夫だった?』 「大丈夫大丈夫」 立ち上がり、廊下へ。 変に茶化されるのが嫌で、別室に避難。 やっと落ち着いて話せる。 「今どこ? まだ警察署?」 『ううん、家に帰ってきたところ』 「どうだった? すんなり終わった?」 『う〜ん……そうだね。すんなりではあったけど…… ちょっと、疑われちゃった』 「へ? なにを?」 『共犯なんじゃないかって』 「はぁ? なにそれ」 『一応聞いたって感じなのかなぁ。 伏見さんが間に入ってくれたから、 そんなに追求されなかったけどね』 「そか、よかった。大事にならなくて」 『私としては……初めての心霊体験の方が 大事件だったけどね』 「あ〜……本当にごめん。説明不足で」 『ふふ、ほんとに。最初に言ってくれればよかったのに。 あ、あのことは言わなかったよ。 首が空飛んだ〜って言っても信じてもらえないだろうし』 「それ、違う意味で疑われちゃうな」 『ふふふっ、だよね』 「でも、正当化するわけじゃないけどさ、 あれで信憑性増しただろ? 俺の仕事」 『あはは、さすがにね。もう疑えないかな〜。 でも、しばらく夢に出ちゃいそう』 「俺、今から由美の家行こうか?」 『え』 「一人で眠れないかなって思って」 『そんなに子供じゃありません。 疲れてるだろうし、真くんもゆっくり休んで』 「大丈夫?」 『はい、大丈夫です』 「わかった。今日はありがとう。本当にお疲れ様」 『真くんも、お疲れ様です。 じゃあ……うん、声聞きたかっただけだから』 「そか、うん。じゃあ」 『おやすみなさい』 「おやすみ」 「……」 「ふぅ……」 「やっぱり……来て欲しいな、って 言えばよかったかなぁ……」 「……あれ? もしかして……」 「は〜い」 「真く…………あれ、誰もいない……?」 「……いたずら?」 「…………」 「……幽霊?」 「なんて……あはは。 お、お風呂入って寝ちゃおっと!」 「…………」 あれから数日。 毎日は、驚くほど平穏だった。 西田の自宅に大量の警察官が出入りしている光景が奥様方の間で話題になり、大木屋も営業停止。なにかあったのではと噂になっているけれど、その程度だ。 事件の全容は明らかにされておらず、テレビでの報道もない。 女の子が三人も殺されて、バラバラにされて、その上で……繋ぎ合わされた。言葉にするのも躊躇うほど凄惨な事件だ。 梓さん曰く、遺族のことや世間に与える影響を考え報道を控えさせているのではないか……とのことだった。 ただネットを漁ってみるとまったく報道されていないわけでもなく、あくまでもテレビでは大々的に取り上げられていないだけ、という状態のようだ。 西田の悪行が知れ渡ることなく鎮火してしまうことに憤りを覚えもしたけれど、反面、よかったと思っている自分もいて。 琴莉のことを、晒し者にしたくなかった。ただ、被害者のことをそっとしておいて欲しかった。 ……もっとも、いつまでも抑えておけないだろうけど、と梓さんが表情を曇らせていたけれど。 せめてもうしばらくは、このまま静かでいてほしいと思う。 ……。 琴莉は、まだ帰ってこない。 昨日も今日も町中歩き回ってみたけど、見つけることはできなかった。 もう会えないんじゃないか……という不安がよぎる。 「こんにちは〜」 玄関から梓さんの声。 立ち上がり、居間へと移動した。 「やっほ、久しぶり」 「どもっす」 「いらっしゃいませ、伏見様。お茶をどうぞ」 「ありがとう」 鞄の肩紐を外し、腰を下ろす。 俺も正面に座った。 実は梓さんと会うのは、あれ以来だったりする。 「では、ごゆっくり。 真様、わたくしは台所でお夕飯の仕度をしておりますので、 なにかありましたら」 「うん」 「ごめんね、忙しいときに」 「いえ、では」 微笑み、芙蓉が台所へと下がる。 「他のみんなは?」 「葵とアイリスは自分たちの部屋にいますよ。 ここはクーラーないから暑いって。 伊予はゲームでもやってるのかも」 「そかそか。ではでは、早速用事を済ませちゃおう。 遅くなっちゃったけど、今回の報酬でございます」 「金の匂いがする!」 「……はやいよ。かぎ取るのはやいよ」 恐ろしいほど俊敏な動作で伊予が現れて、瞬く間に着席する。 ……座敷わらしってみんなこうなのかな。なんかやだな……それ。 「ちょうだい! はやくおだちんちょうだい!」 「はいはい。えぇとこちらが今回の――」 「待った待った、伊予に渡しちゃ駄目ですって」 「ああっ!」 伊予の手に渡りかけた封筒を、横から掴み受け取る。 ……ちょっと待って? なにこの厚さ。 「見せて! いくらか見せて!」 「待て待て、ちょっと待ちなさい」 若干緊張しながら、封筒の口を広げ中を覗き見る。 ……わぉ。 「な、なんだこの札束……。 め、目眩がする……」 「見せて! わたしにも見せて!」 「いや、駄目だ! 見せない! 伊予には見せない!」 「なんでじゃ! そんな大金ならちょっとくらい使っても 大丈夫じゃろ!」 「伊予の場合ちょっとじゃ済まないだろ!」 「ぐぬぬ……っ」 「あははっ、色々迷惑かけたし、 これからかけるかもしれないから、 今回は多めに、だそうです」 「ああ、いや、迷惑なんて……」 「ん? 待て。これから、とはどういうことじゃ。 今回の報酬に含むということは 次の依頼という意味ではなかろう」 「あ〜……まぁ、その、私がやらかしちゃった件で……」 「え、もしかして大問題になってます?」 「幸いなことに……って言っていいのかわからないけど、 今のところは。西田が“私があの写真を持っていたこと”に 興味を示してないおかげ……なのかな」 「ふむ……読めたぞ。今は違法な捜査について隠せておるが、 今後ほじくりかえされる可能性がある、 ということじゃな?」 「……はい」 「これから裁判も行われるじゃろう。弁護士が写真に気づき、 入手経路を調べたりもするのじゃろう。そうなった場合、 真も裏方では終われない。そういうわけじゃな?」 「…………はい」 「まったく、だから言ったのじゃ。 面倒なことにしてくれおって。 真が罪に問われたらどうしてくれる」 「ご、ごめんなさい……」 「まぁ……真はわたしの力の庇護下におる。 面倒なことにはならないじゃろうが……。 梓は覚悟せねばならんかもしれんな」 「ぅぅ…………はい…………」 「ま、待った待った。梓さんも伊予の力で、こう、 うまいこといったりしないの?」 「私の力が及ぶのはこの家に住む者だけじゃ。 梓は部外者じゃろう。あてにしてもらっても困る」 「よ、容赦ないなぁ……」 「仕方あるまい。そういうものじゃ。 まったく……本当に軽率なことをしおって」 「自覚がたらんかったな。自分が真に、お役目にとって 必要な存在であると。梓を失うことは、 加賀見にとっても大きな損失じゃ。まったく」 「あ、あれ……? 私……結構評価されてます?」 「褒めておるのではなく、 説教をしておるつもりなんじゃがな」 「は、はい…………ごめんなさい…………」 「伊予様〜、それくらいにしといてあげなよ〜」 (今回の功労者なのに、お気の毒です) 居間に葵とアイリスがやってきた。 芙蓉も伊予の分のお茶を持ってきて、みんなでちゃぶ台を囲む。 「しかし、こうしてここにいらっしゃっているのですから、 今日明日にも悪いことがおこる、というわけでは ないのでしょう?」 「まぁ……そうですね。課長にも『段取りを 全部無視してくれたね』ってめっちゃ怖い笑顔 浮かべられたけど……なんとかする、とは……はい」 「ならいいじゃん」 「甘い。しっかりとお説教して反省させねば、 また真に不幸が寄る。 そうなるとわたしの仕事が増える! めんどい!」 「……なんだよお前、その理由は」 「とにかくじゃ、二度目があっては困るんじゃ。 自滅するだけならまだしも、真を巻き込まんでもらいたい」 「……はい、仰るとおりでございます……。 わたくしに考えが足りませんでした……」 (しかし……仕方ない部分もあるかと思います。 琴莉お姉様の影響を受けていたようなので……) 「む? どういうことじゃ」 「梓ッチ、ご主人よりも鋭いよ。 だから、消えちゃう前のコトリンの気持ちに、 なんていうの? えぇと……」 (シンクロしてしまったように感じました) 「そう、そんな感じ!」 (伏見様の霊視の力が強まったのも、 その感受性の高さゆえに、我々霊的な存在に 刺激された結果……かと) 「ふむ、琴莉と同調したために暴走してしまった…… というわけか」 「であれば、なおさら責められませんね。 琴莉さんがしたいことを、代わりにしてくださった」 「だね。っていうか、責めてるのは伊予だけだけど」 「むむ……みんなしてわたしを悪者にしおって。 わかったわかった。この話はこれで終わりじゃ」 「なんかほんと……すみません」 「いいんですよ。西田の家に忍び込むって決めたときに、 色々と覚悟は決めてるし。それに、梓さんが動いて くれなかったらまだ西田は野放しだったかもしれない」 「あんな風に殴れなかったしね」 (踏みつけてアイリスもスッキリしました) 「ふふ、わたくしも平手打ちくらいして おけばよかったかしら」 「こんな感じで、みんな梓さんに感謝してますから。 元気出してください」 「……。ありがとう」 照れくさそうに、でもやはり申し訳なさそうに、梓さんが笑う。 「琴莉ちゃんの影響をって話だけど……確かに、 琴莉ちゃんのためにあいつを逮捕したかった。 けど、暴走したのは琴莉ちゃんのせいじゃない」 「私が、自分自身を制御できなかっただけ。 これからは……これからが、あればだけど、 真くんたちに危険が及ばないよう、気をつけます」 「あとは……仕事で返す。 いつも以上にサポートするから! これからも、よろしくね」 「こちらこそ、お願いいたします」 「これからと言わず、今からサポートしてやってはどうじゃ。 真、まだやるべきことがあったじゃろ」 「あ、そうだった。梓さん、まだ時間ありますか?」 「うん、大丈夫」 「じゃあ一緒に嶋さんのところに行きませんか? 実は逮捕前に西田に会わせるって約束してたんですが…… 結果的に破ることになっちゃって」 「あ……なんかほんと……すみません」 「いえいえ、どちらにしろ……嶋さんのメッセージを 伝える手立てがあったかどうか、って感じですからね」 「でも、留置場? でいいのかな。そこまで連れて行って あげることはできるのかなって。 梓さんの力で」 「あ〜、なるほど。たぶん、大丈夫だと思う。 オッケー、一緒に行く」 「ありがとうございます。アイリスも来てくれるか?」 (はい、喜んで) 「葵はどうする?」 「あ、あたしはいいです。めんどくさいです」 「だと思った。 よし、じゃあお茶飲み終わったら行こうか」 「ん、オッケー。すぐ飲んじゃう」 「わたしは部屋に戻るとするか。 芙蓉、食事ができたら呼んでくれ」 「かしこまりました」 「うむうむ。さってと〜、ゲームの続きしよっと」 「……いや、待て、伊予」 「ん? なんじゃ」 「その封筒は置いていけ」 「チッ……」 三人であの工事現場へ。 アイリスが呼びかけると、嶋さんはすぐに出てきてくれた。 まだ人通りがある。テレパシーで嶋さんと会話をする。 「こんちわ。期待してんだけど、そろそろアタシの出番?」 (あ〜……それなんだけど……) (ごめんね。西田……もう逮捕しちゃった) 「あ、そうなの? なんだ。よかったじゃん。 おめでと」 (逮捕前に会わせるって約束だったのに、 ごめん、守れなかった) 「別にいいけど。ああ、でも、よくないか。 そりゃ言いたいけど……」 (西田はまだ留置場にいるから、 会わせることはできると思う) 「マジ? じゃあ行こっかな。 あいつと話せる? アイリスのテレパシーとかで」 (どう……でしょうか。今までの様子から、かなり感覚の 鈍い人だと感じました。アイリスの声が届くかどうか……) 「へ? じゃあ逮捕前に会えても、結局あいつに アタシの声は聞こえないわけ?」 (試してみなければわかりませんが……) 「なにそれ。じゃあ約束なんてしないでよ」 (ごめん、本当にそうだな……) 「あ〜……でも、そっちは悪くないか。 アタシの声聞こえないあいつが悪い」 「まいいや、会うだけ会ってみよっかな。 りゅうちじょ? どこそれ」 (うちの署にあるよ。捜査が終わって正式に起訴されたら 拘置所に移送されるだろうから、 会うなら急いだ方がいいかも。案内する) 「だいじょぶだいじょぶ。警察署でしょ? 知ってる。じゃね。満足したら勝手に成仏するからさ。 アタシのことは放っておいて」 (え、あ、嶋さん?) 手を振り、嶋さんはふぅ、っと滑るように駆けていく。 放っておいてって……。 (アイリスが追います。もしかしたらあの男に 嶋様の声が届くかもしれませんし) (ああ、ありがとう。頼む) (あ、どうしよ。私も行った方がいいよね?) (いえ……会わせるだけであれば、 伏見様がいらっしゃらなくても問題はないかと。 霊は自由に壁も抜けられますので) (ただ、鬼はそこまでできませんので……。 どこまでついていけるかわかりませんが、 一人にするわけにもいきません) (よろしくな。できる限り、協力してあげて) (はい、行って参ります) ぺこりと頭を下げ、アイリスが嶋さんを追う。 見えなくなるまで、その背中を見送った。 「……」 「不思議……。 あの子、自分のことにあんまり関心がないんだね」 「え……?」 「西田のこと、本当に好きだったんだろうなぁ……。 自分の遺体はどうなるのかとか、 あの子、聞かなかった」 「……」 「検死……とか、してるんですか?」 「そう、だね。西田の家から、遺体は全部運び出した。 今は直接の死因とかを調べているのかも。 十三課にそんな情報は下りてこないけどね」 「たぶん近いうちに、家族のもとに帰れると思う。 お葬式も……できるんじゃないかな」 「そ、か……。それなら……野崎さんの願いは、 もうすぐ……か」 「……。琴莉ちゃんの願いは、どんなことだろう」 「どんなことでも、叶えてあげたいです。 ……どんな犠牲を払っても」 「そうだね……」 「……」 「今から琴莉を探しに行こうと思うんです。 一緒にどうですか?」 「うん、ついてく」 「はい、じゃあ……」 「行こう」 並んで歩き出す。 あてがあるわけじゃない。 ただ……もうすぐ会えるんじゃないか。そのか細い予感だけを信じて、歩き続けた。 歩いて、歩いて、歩いて、いつしか夜になり。 まだ明るい商店街を通り抜ける。 梓さんが襲われた場所。 西田を逮捕した場所。 そして……琴莉と初めて会った場所。 ここには様々な想いが、複雑に同居している。 「……いないね。琴莉ちゃん」 「……はい」 「……ごめんね、私が無理矢理にでも引き留めておけば……」 「いえ……。俺の臆病さが招いた結果です。 琴莉に本当のことを、ずっと黙っていた」 「琴莉の気持ちにも気づいていたのに……。 人と霊だからって、応えてあげられなくて。 曖昧な態度をとって、傷つけて」 「琴莉がいなくなったのは、もしかしたら俺を……」 「それ以上は絶対口にしちゃ駄目」 「……。すみません、どうも、駄目ですね。 せっかく事件解決したのに、後ろ向きで」 「ネガティブは私の専売特許。真くんはいつも 落ち着いてなきゃ。俯いてたら、琴莉ちゃんが 帰ってきたときがっかりしちゃう」 「そうですね……」 「……」 「今日はもう、帰りましょうか」 「いいの?」 「夕飯の時間、すっかり過ぎちゃってます。 芙蓉が心配してそうだから」 「よかったら一緒にどうですか? 夕飯」 「あ〜……うん、ごちそうになっちゃおうかな」 「行きましょう」 「うん」 そのまま進み、帰路につく。 道中も、自然と琴莉の姿を探していた。 もうすぐ会えるんじゃないか。 予感は、予感でしかなかった。 「あ〜……そうだった」 「はい?」 梓さんが、歩調を緩める。 あわせて、俺も歩幅を縮めた。 「そういえば、まだ言ってなかったなって」 「なにをです?」 「お礼」 「?」 「ほら、助けてもらったから」 「ああ。そんなのいいですよ」 「よくない。ありがとう、本当に。 おかげで、自分のことを依頼せずにすんだ」 「本当にそうならなくてよかったですよ。 梓さんまでいなくなったら…… 俺、どうしたらいいか」 「あはは、ありがとう。 そうだね、覚悟決めてたつもりだけど…… 家に帰って一人になったら、急に怖くなった」 「だから、本当に……助けてくれてありがとう。 命の重みを、この年になってやっと、初めて、 理解できた気がする」 「それに……えぇと、なんていうの? 結構、助けに来てくれるタイミング、 よかったっていうか。狙ってたんじゃないのっていうか」 「かっこよすぎでしょ〜、みたいな。 ちょっと惚れ直しちゃった、みたいなところもあって……」 「へ?」 「あ、ちょ、違う。そんなことが言いたかったわけじゃない。 待って待って、あれ? なんだっけ?」 「惚れ直したって……」 「いいのっ、それはいいのっ! だから、えぇと……」 「も、もうなんでもいいやっ、とにかくありがとっ!」 「な、なんでそんなに投げやりなんすか」 「う、うるさいなぁ。ちゃんと感謝してるから。 真くんのおかげで生きてるし、 生きてるからこそ……」 「……」 「ごめん。やっぱり私、帰るね」 「え、ど、どうしたんすか?」 「琴莉ちゃんの居場所奪ったの……言っちゃえば、私でしょ? お酒の勢いとはいえ、真くんと…… 深い仲になっちゃったわけだし」 「それに私、真くんとはずっと付き合っていきたいと 思ってる。もっと深い仲になるのも、嫌じゃない」 「それが……なんだか、琴莉ちゃんに申し訳なくて。 私だけみんなと楽しく過ごすのは……間違ってる。 少なくとも、今していいことじゃない」 「だから、今日はやめておく」 「……」 「はい。じゃあ……」 「お疲れ様」 「お疲れです。……おやすみなさい」 「うん。おやすみなさい」 踵を返し、梓さんは去っていく。 本当のことを言えば……事件解決を、俺はあまり喜んではいなかった。 それほど、琴莉が消えてしまったことは……心に大きな穴をあけていて。 けど、さっきの梓さんの言葉は……その穴のいくばくかを埋めてくれるくらいに、優しくて、嬉しくて。 まだ喜んではいられないけれど、確かなぬくもりを感じながら……梓さんの背中を見送り、俺も家路についた。 「……」 「…………」 「………………」 (……あれって、告白か?) (そんなつもりはなかったけど……あれ? そうとられても……おかしくない?) 「…………」 (うわぁ……なにやってんだ、私。 学生か……。今さら青春って歳でもないってのに……) (やば、恥ずかしくなってきた……) 「え……?」 「……」 「こ、琴莉ちゃん?」 「……」 「あ、ま、待って!!」 「琴莉ちゃん!」 「…………」 「琴莉ちゃん……だよね?」 「………………」 「よかった、会えて。みんな心配してるよ? これから、真くんの家に行こうと思ってるの。 よかったら、一緒に行かない?」 「…………………………」 「……琴莉ちゃん?」 「………………………………………………………… ………………………………………………………… …………………………………………………………」 「モう、いバしょ、なんて……なイ」 「え……?」 「おニいちゃんハ……あずさサん、が、スき……。 じゃあ……わタシ、ハ……?」 「すき、だった、ノに……わタし、ガ、 スキだった、のに……。わたしが、サきに……」 「あなタ、さえ、いなければ……。 いなケれバ……」 「……」 「いな、けれ……バ……。 わタし、ガ……」 「……。そっか、そうだよね……」 「……」 「じゃあ……」 「ァ…………」 「いいよ、好きにして」 「………………」 「私を呪い殺す? それとも、私に取り憑いてみる? 琴莉ちゃんの好きにしていいよ」 「私が琴莉ちゃんを悲しませてしまったから、 私が全部受け止める。だから、いいんだよ。 なにをしても」 「琴莉ちゃんには、その権利がある」 「…………」 「……ぁ…………」 「……っ」 「ない、ですよ……」 「権利なんて、ないですよぉ…………っ!」 「……おかえり、琴莉ちゃん」 「ぅぁ、ぁ……っ、ご、ごめん、なさい……っ! 私、私……っ!」 「いいの。さぁ、帰ろう? みんなのところに」 「……っ、……っ」 「帰れ、ない……です……っ」 「どうして? 真くん、会いたがってるよ?」 「私、駄目だから……っ、 こんな風に、なっちゃったから……っ!」 「わからないんです、自分が……! 暗い気持ちが、抑えられない……っ! 気がついたら、悪いことばかり考えてる……!」 「だから今も、梓さんにひどいことしようと……っ! 自分が、保てないんです……っ! 記憶も曖昧で……っ!」 「真くんに会えば、すぐによくなるよ」 「……っ、ならない、です……っ! 自分のことだから、わかるんです……っ! 私はこのまま、どんどん悪い子になってく……っ!」 「悪霊になる前に、逝かなくちゃ……っ! お兄ちゃんに迷惑かけないうちに、逝かなくちゃ……っ!」 「お兄ちゃんに、見られたくない……っ! 私の悪いところ、見せたくない……っ!」 「お兄ちゃんを傷つけたくない……っ! 一緒に霊になっちゃえばって、 そんなこと思いたくない……っ!」 「逝かなくちゃ、そうなる前に…… 逝かなくちゃ、逝かなくちゃ……っ!」 「無理矢理自分を……納得させようとしていない?」 「ち、ちが、違い、ます……っ、 駄目なんです、本当に、駄目で……っ」 「ああ、でも、私を、こ、こロ……コロしタ……っ! ……っ、あぁ駄目だ、駄目、駄目……っ、 お、思い出すと、へ、変になりそうで……っ」 「……」 「落ち着いて、琴莉ちゃん。大丈夫……解決したよ」 「琴莉ちゃんを殺したやつは、逮捕した」 「そ、そっか、よか……、よかった……。 少し、気が……晴れました……」 「……」 「……ごめんね。逮捕だけとか、生ぬるいよね。 すっきりできないよね。でも私の力じゃ…… ここまでしかしてあげられなかった」 「報いを受けさせたいけど……私が直接裁くことは できないし、琴莉ちゃんにもそれはさせられない。 私なんて……この程度だ」 「ごめん……ごめんね。無力で……。 もっと私に力があったら、琴莉ちゃんは 死なずにすんだのにね……」 「ごめんね、本当に、ごめんね……。 あなたの未来を、閉ざしてしまった……」 「あぁ…………あぁ…………っ」 「……っ」 「ぁ、ありがとう、ございます……。 あぁ……嬉しいな、こんなに優しい言葉…… 今までかけてもらったこと……なかった……」 「真くんがいたでしょう?」 「はい、……はい。 お兄ちゃんは、優しかったです……。 私を、とても大事にしてくれた……」 「だから、これ以上……私のせいで困らせたくない。 梓さんと、幸せになってほしい……。 だから私は……お兄ちゃんのそばにいちゃ駄目なんだ……」 「琴莉ちゃん……」 「あぁ……悔しいなぁ……。 生きているうちに、みんなと会いたかったなぁ……」 「生きているうちに、 こうやって誰かに抱きしめて欲しかったなぁ……」 「でも、死んじゃった……。 私、死んじゃってた……。 もう、みんなと一緒にいられない……」 「これから、どうなるんだろう……。 ちゃんと、コタロウのところ逝けるかな……。 ただ消えちゃうのかな……っ」 「天国ってあるのかな。 生まれ変わったり、できるのかな。 もし、もしできるのなら……」 「また、みんなと……会いたいなぁ……。 私のことわからなくてもいいから……会いたいなぁ……」 「……」 「もし、琴莉ちゃんが生まれ変わるときがきたら、 私と家族になるのは……嫌?」 「え……?」 「琴莉ちゃんがそう望んでくれるなら、 私……真くんと、幸せになるからさ」 「だから……琴莉ちゃん、私たちの子供として 産まれておいでよ」 「家族として、ずっと一緒にいようよ」 「そういうの……嫌かな?」 「ぁ、ぅ……」 「……っ」 「いやじゃ、ないです……っ」 「お兄ちゃんが、お父さんかぁ……。 いいなぁ、素敵だなぁ……。 いっぱいいっぱい、愛してくれそうだなぁ……」 「あぁ、素敵だ……。 ありがとうございます、ありがとう……。 こんな私に、優しくしてくれて……」 「ありがとう、梓さん。 会えてよかった……」 「うん、私も」 「お兄ちゃんに、よろしくお願いします……っ」 「自分で言いなよ。私と行こう。 琴莉ちゃんの願いは、全部全部、叶えてあげる」 「はい、はい……っ」 「あぁ、私は……幸せ者だ……っ」 「幸せだった……っ」 「ありがとう、梓さん……」 「ありがとう……!」 「……」 「…………」 「あら……お吸い物、少し薄かったかしら。 真様、味加減いかがでしょうか」 「いつも通りおいしいよ。これくらいが好き」 「あたしもうちょっと濃い方が好きかにゃ〜」 「葵にあわせたら全部しょっぱくなってかなわん。 マヨネーズでもかけておけ」 「そうします」 「やめて、姉さん。お吸い物にマヨネーズだなんて。 アイリスは大丈夫? 薄くない?」 (はい、おいしいです) みんなで少し遅めの夕食をとる。 俺が帰ったときには、既にアイリスも帰宅していた。 食事をしながら、詳しい話を聞くことにする。 「アイリス、嶋さんはどうだった?」 (そうですね……。無事会えて、運良くアイリスも そばまで行けたのですが……やはり、 あの男に嶋様の声は届きませんでした) 「だろうね〜。あいつ、かなり鈍いよ」 「う〜ん、参ったな。嶋さんの願い、どうするか……。 安請け合いしちゃった。 本当に申し訳ないことをしたな……」 (しかし、嶋様は満足されているようです) 「え、本当?」 (はい。死刑になるまで一緒にいることにした……と。 その方が楽しそうと、笑っていました) 「待て待て待て。犯人に取り憑いた、ということか?」 (あ……。そうなって……しまうのでしょうか) 「……まずくないか?」 「うぅむ……。死刑になるまで、と言っておるなら、 そばにいるだけで取り殺すようなことは せんじゃろうが……」 「……む? 死刑になるのか? なるとしても何年後じゃ」 「どう、だろう……。下手したら何十年もそのままか……」 「であれば……それなりに影響が出るかもしれませんね。 徐々に衰弱していくやも……」 「別にいいんじゃないの? いんがおーほーっしょ。 死ぬまで苦しめばいい、あんなやつ」 「うぅん、けどなぁ……。 また悪霊化してしまったら……」 (断言はできませんが……その心配は必要ないように 感じました。色々仰ってはいましたが…… おそらく、単純にそばにいたいのだと思います) (自分を殺した相手と言えど、想い人ですから。 最後の瞬間まで、一緒にいたいのでは……と。 祟りというよりは、守護霊に近いように感じました) 「そ、か……。想い人、守護霊……か」 (できる限り様子を見に行こうと思います。 なにか異変があれば、すぐに報告を) 「うん、お願い」 「まぁ、大事にはならんじゃろう。 本人がそれで区切りをつけたいというのであれば――」 「ん……? なんじゃなんじゃ」 玄関の戸が勢いよく開く音。 騒々しい足音が近づいてくる。 「お邪魔します!」 「あれ、梓さん?」 「ちーっす!」 「あら、お帰りになったと。忘れ物でも?」 「ううん、ない」 「あ、やっぱ夕飯、一緒に食べます?」 「夕飯とかいいから。ちょっと来て」 「え?」 「いいからっ!」 「ちょちょちょ、食事中……っ」 「はやくっ」 腕を引っ張られ、廊下に連れ出され。 階段を上り、自室へと連行された。 「なんすか、なんなんすか」 「真くん」 「はいはい? あ、とりあえず明かりを――」 「子作りしよう」 「……」 「はい?」 「そういう反応いいから」 「いやいいからって。見てください梓さん。 俺、右手に箸、左手にお茶碗です」 「そこに置けばいいじゃん」 「あ、はい」 「ほら脱いだ脱いだ」 「ちょっとちょっとちょっと!」 茶碗と箸を棚の上に置くやいなや、シャツを引っ張られる。 そのまま、かなり強引に全裸にさせられた。 梓さんも淡々と服を脱いでいく。 「え〜……、なんすか? え〜……」 「なにその引いてる感じ。 こっちも裸になってるのに、やる気なさそ〜」 「だって、そりゃ……いきなりしよって 言われましてもですね。 どうしたんですか、急に」 「しながら説明する。 ほら、横になって」 「は、はい」 勢いに押され言われるがまま、ベッドの上に寝そべる。 とはいえ、こんなムードもへったくれもない状況じゃあ、その気になれるはずもない。 「ふにゃふにゃのままじゃん……。 もう、仕方ないなぁ……」 ため息をつき、梓さんもベッドへ。 そして、俺の顔の上に跨がって、性器を見せつけた。 「舐めていいよ。シャワー浴びてないけど、 今日は我慢する」 「……だ、大胆な」 ここまでされると、さすがにご飯食べたいのに……という不満も薄らいでいって。 下半身が反応し、息子に血が集まっていく。 「やっとやる気になった。 でもまだまだって感じだから……」 「あむ、ん、ちゅ……っ」 「お、ぉ……っ」 跨がったまま体を倒し、竿を軽くしごきながら亀頭にキスを。 シックスナインだ。 まだ経験のない体位に、息子の硬度が増していく。 「ほ、ほんとどうしたんすか……。いつも受け身なのに めちゃくちゃ積極的じゃないっすか……」 「真くんがその気になってくれたら話す。 今話したら逆に萎えそうなんだもん」 「な、なんで?」 「真くんが真面目だから」 「えぇ?」 「いいから、舐めてよ、私のも」 「は、はい」 まだ釈然としない気持ちを抱きながらも、割れ目に舌を伸ばす。 「ぁ、ん……、はぁ……ん、れろ、ん、ちゅる、 んん、ん……っ」 わずかに腰を揺らす。 薄い反応だけ見せて、亀頭を刺激し続ける。 気持ちいい……が、やはり腑に落ちない。 いつもと違って……なんていうか、梓さん自身もノッていないというか、事務的な感覚があるというか。 ただ、理由をあとで話すと言うのなら、今は流れに身を任せよう。 梓さんとの関係は、一度は終わったように思えた。 けど、また抱かせてくれるのなら……甘えてみるのも、いいのかもしれない。 「また蹴飛ばさないでくださいよ」 「大丈夫だってば。噛みちぎったりもしないから」 「……こわ」 「ふふ。……はぁ、ん……れろ……んちゅ、……ん、 ……れろれろ、んんん、ん、ん……っ」 拙い舌の動き。 手でしてもらったことはある。けど梓さんの家に行ったときも、口ではしてくれなかった。 慣れないながらも一生懸命に刺激してくれているのが微笑ましく、俺も負けじと膣口を唾液でぬめらせる。 「ぁ……、んっ……、やっぱり、抵抗あるなぁ……それ」 「俺のも舐めてるじゃないですか」 「人のはまだいいけど……自分のは……なんか緊張する。 だって、一番敏感なところでしょ?」 「でも、ちゃんと濡れてますよ」 「……ぁ、ぁっ」 滲んだ愛液を舐め取ると、ぶるりと梓さんの腰が震える。 声も艶を帯びてきた。 ようやくスイッチが入ってきたのを感じて、膣に強く吸いつく。 「ぁ……っ! はぁ、ん……ぁぁ、ぁ……っ、ぁ……っ!」 「梓さんも、ちゃんと舐めてください」 「じゃ、じゃあ……ちょっと……ぁ、ぁっ、手加減、 してよぉ……っ」 「それは無理な相談ですね」 「……っ、はぁ……っ! あぁ、ぁ、ぁっ、んんっ! はぁ、は……っ、ぁ、ぁ、だめ、ぁ……っ」 もうフェラどころではなくて、竿をしごいていた指から力が抜けていく。 けれど膣の愛撫を緩めることはなく、かといってこのままお預け状態でいられるほど我慢強くもなく。 腰を軽く突きだして、行為の再開を催促する。 「わ、わかったってばぁ……はぁ、ん、ぁ、……んん、 ちゅ、れろ……はふ、はぁ、ぁ、んちゅ、ん、んっ」 艶めかしい吐息をこぼしながら、亀頭を咥える。 口内でぺろぺろと舐め始めたけど、少し刺激が弱い。 「舐めながら、ちょっと……吸ってみてください」 「ん、んんっ、はぁ……こぅ? ん、ちゅっ、 ……っ、ちゅ、ちゅっ」 「……っ」 ビリッ、と痺れる感覚。 素直に、気持ちよかった。 「どう? ん……ちゅ、できて、る……? ちゅる、ん、んんっ」 「大丈夫です、続けて……ください」 「……うん。はふ、はぁ……ん、ちゅっ、んんん、 ん、はぁ、ん、んっ、んっ、……っ、 はぁ、ふぅ、んん、ん……っ」 「ぅ……、こ、コツ掴むの早いっすね……」 「ど〜も。今度はそっちの動きが止まってる」 「休憩してるだけです」 「そっか。舐められたくなかったら、 真くんのをがんばってしゃぶればいいのか」 「俺もがんばりますから無駄ですよ」 「ど〜だか。ん、ん、んんん、ん〜〜っ、 ちゅ、ちゅる、んんん、ちゅっ、ちゅぱっ」 梓さんの動きが、激しさを増す。 根元をしごきながら竿を半分ほど咥えこみ、音をたてながらしゃぶる。 このままされるがままは癪で、膣口を指で広げながら、クリトリスを舌先で弄んだ。 「……っ、ぁっ! ん、っ、ちゅ、んんんっ、 はぁ、ぁ、んんんっ、はぁ、ちゅる、ん、ちゅっ、 ん……っ、はぁ、ん、んっ、ちゅるる、ちゅっ」 「は、は……っ、あぁ……っ、ん……っ、ちゅる、 んんん、ちゅぅ、ちゅっ、ちゅぱっ、 はふ、はぁ、んんん、ちゅっ、ちゅるるっ」 感じ、喘ぎながらも、もう舌の動きは緩めない。 丁寧に丹念にしゃぶり、しごき、射精を促していく。 「れる、んん、れろれろ、んん、ちゅる、ちゅるるっ、 はぁ……ん、んん、ちゅ、ちゅぅぅっ、 ちゅぱっ、ちゅ、ちゅっ、んちゅぅ、ちゅっ」 いつもは俺に責められてばかりなのに、今日の梓さんは本当に積極的で。 気持ちいいし、興奮するし、こういうのもいいかなって、すっかり俺の体は弛緩し始めていた。 「ん、はぁ……真くん、止まってるよ〜?」 「いや……もういいかなって。降参です」 「だめぇ〜、私も気持ちよくなってきたんだから。 お願い、ねぇ……」 「むぐ……っ」 自分から、俺の顔に性器を押しつける。 して欲しいのならば、仕方ない。 キスを繰り返し、あふれ出た愛液をすする。 「ぁ、ぃ……っ、気持ちぃ……っ、 はぁ……んんんっ、ちゅっ、んんんっ、 ぁ、ぁっ、んちゅっ、ちゅっ、ちゅぱっ」 「あ、あぁ、ぁ……っ、はぁ、んっ、んんん、ん〜っ、 ……っ、っ、ん、ちゅるっ、ちゅぅぅ、ん、んっ、 ちゅぱっ、んんんん、ちゅるるっ」 「……っ、あ、梓さん……っ、 俺……そろそろイキそうなんですけど……っ」 「まだ出しちゃ駄目、出すなら、ん……っ、ぁ、 口じゃなくて、中に……っ」 「じゃ、じゃあもうこれはやめにして……」 「もっと気持ちよく、してよぉ……、 私もしてあげるからぁ」 「んん、ちゅぱっ、ちゅ、ちゅっ、ちゅぅぅぅっ、 ん、んっ、んんっ、ちゅぅぅぅっ」 「ちょ、梓さ……っ」 「はぁ、ぁっ、んんん、ちゅるっ、ちゅぱちゅぱっ、 れるぅ、んちゅっ、ちゅぅぅっ、ちゅ、ちゅぱっ」 「ぁ、だ、駄目だ……、イ、イク……っ」 「駄目、イッちゃ……、んちゅ、んんんっ、ちゅるっ、 ちゅっ、ん、ん、んっ、んんんっ」 「む、むりっす……っ、……っ、ぁ……っ、 イク……、イキます……っ」 「んん、ちゅるっ、ちゅっ、ちゅるるっ、 ん、んっ、んっ、ちゅぅぅぅ、んんんっ」 「んん〜〜〜〜っ!!」 「ん、んんんっ、んく、ん、んっ、ちゅ、んんっ」 「くぁ、ぁぁ……っ」 耐えきれず、吐き出した。 口内で暴れるペニスを唇で押さえ込み、梓さんは精液の全てを受け止める。 そして意外にも、そのまま飲み干してしまった。 「んく……はぁ……んん、ん……っ、 あんまりおいしくない……。 出しちゃ駄目って言ったのにぃ……」 「そ、そっちが続けるから」 「つい盛り上がっちゃって……てへ」 表情は見えないけど、たぶんおどけて笑ってる。 盛り上がってくれたのなら、今度は俺の番だよな。 「ぁ……」 互いの顔が見えるように、体勢を変える。 見つめ合いながら、抱きしめた。 「……エッチする?」 「そりゃあ……このままで終われないでしょう」 「うん。来て……。 真くんの子供……欲しいの」 「子供……? あれ、子作りって、 本当に作るんですか?」 「うん、……駄目?」 「いや、だっていつもは……」 「今日は持ってないよ、避妊薬」 「……」 「そろそろ、話してもらっていいですか? もうやめようって言ったの梓さんなのに、 なんでまた、急にしようって言い出したのか」 「……」 「さっき、琴莉ちゃんに会った」 「え……?」 まったく予想もしていない答えで、一瞬思考が止まる。 琴莉に……? 会った……? 「ど、どこで……っ」 「すぐ近く。すごく、不安定な状態だった。 こんな状態で、真くんには会いたくないって。 このまま逝きたいって」 「逝きたい……? え、じゃあ……」 「……」 「……約束したの。 もし生まれ変わるのなら……私の子供になってって。 私が産むからって」 「だから、真くんに抱いて欲しかった。 他の男の子供なんて、琴莉ちゃん、嫌でしょう?」 優しく微笑む。 もし……生まれ変わるなら。 それはとても、魅力的な言葉で。約束で。 もしそれが、叶うのなら……。 「琴莉が……望んだんですか? 俺の、俺たちの子供として……生まれ変わることを」 「うん。私たちで、幸せになって……って」 「そうか……琴莉が……」 「……」 「最初からそう言ってくれれば」 「始めに琴莉ちゃんの名前だしたら、 勃たないかもな〜って思って。 琴莉ちゃんに罪悪感、あるでしょう?」 「……確かに」 「うん、私も。けど……愛し合わなくちゃ、 琴莉ちゃんに申し訳ないから」 「だから……ね? 真くん」 潤んだ目。 俺の体を軽く押し、仰向けにして。 ペニスをさすり、再び跨がった。 性器同士を、触れあわせて。 「たっぷり……愛し合おう?」 「わかりました。今夜は……寝かせませんよ」 「ふふ、期待しとく。ぁ、ん……」 腰を浮かせ、亀頭を膣にあてがい……沈める。 「はぁ……ぁぁ……っ。 すごく……久しぶりな感じ……」 「動きますよ」 「ぁ、待って、私が上なんだから……ぁ、ぁっ」 制止を無視し、腰を突き上げる。 気持ちが抑えられなかったんだ。 愛し合ったその先を、強く欲していたから。 「はぁ、ぁ、ぁ……っ、ちょ……いきなり、 激しい……っ」 「好きなくせに」 「好き、だけどぉ……っ、ぁ、ぁっ、ぁ……っ! 久しぶりで……ぁぁっ、はぁ……っ、 ぁ、気持ち、いぃ……っ、はぁ、ぁ、ぁ……っ!」 髪を振り乱し、胸を揺らしながら、梓さんが喘ぐ。 ようやく俺のペース。主導権を譲らず、ベッドを軋ませ、一心に突き続ける。 「んぁ、はぁっ、はっ……ぁ、ぁっ、 なんか、いつもより……ぁ、ん……っ、激し……っ」 「愛し合うんだから、っ、手加減とか、考えてませんから」 「いつも、はぁ……手加減、してたの? んっ」 「自分がイカないように、ですけどね」 「なにその余裕、ぁ、ぁ……っ、こっちは、 いっぱいいっぱい、なのに……んっ、 気に入らな〜い、ぁ、はぁ……あぁ、ぁっ」 梓さんのSな部分を刺激されたのか、俺の動きに合わせ腰をくねらせ始める。 やはりいつもされるがままな分、不慣れでぎこちない。 それがそそるんだけど。 「ぁ、ぁ……っ、はぁ、んんっ、はぁ、ぁぁ……っ、 ぁ、ぁ、ぁ……っ!」 「そんなに動いたら、俺……余計に早くイッちゃいますよ」 「いいじゃん、あんまり長すぎるのも……ぁ、んっ、 好きじゃない、し……ぁ、ぁっ」 「そういうもんです?」 「こんなに激しいの、続けられたら……っ、ん、ぁ……! もたない、ってぇ……っ、はぁ、ぁ、ぁ、ぁぁ……っ!」 「じゃあ、短い分……濃密にしましょう、かっ」 「っ、はぁんっ!」 力強く腰を突き上げ、梓さんの体がわずかに浮く。 落ちてきたところを、間髪入れずに。 間断なく、何度も何度も、貫く。 「ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、駄目、これ……っ、ぁ……っ! これ、好き……っ、あぁぁっ、ぁっ……! こういうの、好きぃ……っ、あ、ぁ……っ!」 「……っ、あぁっ……! 駄目……っ、こんなこと、 されたらぁ……イッちゃぅ……っ、 私も、イッちゃう、からぁ……っ!」 「女性がイクと、男の子が産まれるそうですよ」 「なにその、迷信〜。はぁ、ぁ……っ! 女の子が、産まれるって……確定してる、からぁ……っ、 イッても、いいのぉ……っ」 「ってか、真くんの精子が、元気なかったら……っ、 はぁ、ぁ、そっちの方が、問題ぃ……っ、 んぁ、ぁ……っ」 「勢いよく飛ばします、から……っ、大丈夫です、よっ」 「あんっ! あっ! ゃっ、ぁ、ぁ、ぁ……っ! ぁ、つよ……っ、ぁ――! 駄目駄目、駄目……っ、 あぁ、ぁ、ぁ、……っ、ぁ――ッ!」 「ぁ、イ、く……っ、イッちゃう……っ! 待って、 真くん……っ! あぁぁ、駄目、イッちゃぅ、……っ! あぁ、ぁっ、くるぅ、きちゃうぅ……っ!」 「いい、ですよ……、俺もそろそろ……っ」 「いいよ、出して……っ、たくさん、私の……っ、 あぁっ、中にぃ……っ、こぼしたら、承知……っ、 しないからぁ……っ!」 「あ、ぁっ、真くんの、子供……っ! がんばって、産むから……ぁっ、だから、ぁ、ぁっ、 出して、いっぱい、出して……っ」 「……っ」 「ぁ、ぁ、〜〜〜っ、駄目、ぁ……っ! 私も、イ、ク……イッちゃぅ……っ、 もう、駄目ぇ……っ!」 「ぁ、ぁっ、ふぁぁ、あぁぁっ! ぁ〜〜っ! ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁ――ッ!」 「ふぁぁぁぁぁぁ――!」 「あぁ、ぁっ……! はぁ……っ! ぁ、ぁ……っ!」 互いの体が硬直し、ぶるりと震える。 開放感と虚脱感と共に、俺の全てを、梓さんの中に放った。 新しい命を、作り出すために。 「ぁぁ……はぁ……っ、やっぱり……中に出されるの…… 好き……、気持ちいい……」 「……ぁ、すごぃ……まだ出てる……。 いつもより、いっぱい出てる……」 「そういうの、わかるもの……ですか?」 「ごめん。なんとなくで言ったぁ……」 「なんですかそれ」 苦笑。梓さんも照れ笑い。 「でも……」 いつもとは違う、母性を感じる表情に、少しドキッとする。 「宿った……って感じがする」 お腹を、優しくさする。 そうか……、宿った……か。 「琴莉を迎える準備……できたかな」 「できてなかったら、明日ももう一回。 これから一日一回、私に中出しがノルマです」 「余裕ですよ、梓さん相手なら」 「あはは、真くんの方が若いから私の方が大変かもね」 「あ〜……そうだ。いまさらだけど……さ」 「はい?」 「私で、よかった?」 「本当にいまさらの質問っすね……」 「だって、勢いで来ちゃったから……。 ってかこういうの治すって言ったばっかりだったね……。 ごめん」 「いいですよ、梓さんがいいって思ったから、 今こうしてるんです。梓さんこそ、俺でいいんですか?」 「いいよ、だって真くんのこと好きだし」 「おっと、初めて好きって言ってもらえたかも」 「え、そ、そうだった?」 「俺も好きですよ」 「あ、ちょ、ちょっと……あ、ん……っ、ちゅ……」 体を起こし、唇を重ねながら……梓さんを抱きしめ、横たわる。 梓さんとなら……築いていけるだろう。 幸せな家庭を。琴莉の望む……理想の家族を。 「な〜に笑ってんの?」 「別に〜」 にやけた顔を見られたくなくて、寝返りをうつ。 そのときフ……っと、視界の端を、なにかがよぎった気がした。 ハッとして、すぐに体を起こす。 部屋には、俺たちしかいない。 でも―― (……ありがとう、お兄ちゃん) 「……琴莉?」 (また、会おうね) 「ぁ…………」 「……」 「真くん?」 「今、琴莉の声が……」 「……なんて言ってた?」 「また会おうねって……」 「そ、か。ちゃんと……伝えられたんだね。 よかった……」 部屋を見渡す。 もう……気配はない。 俺は……琴莉になにをしてあげられただろう。 満たしてあげたかった。けれど最後の最後で、俺はしくじった。 それなのに……また会おうねって、琴莉は言ってくれた。 こんな俺と、また会いたいと……っ。 「……」 「梓さん」 「うん」 「俺と……家族になってくれませんか」 「うん」 「俺の子供を、たくさん産んでくれませんか」 「うん」 「賑やかで、温かくて、笑顔の絶えない家庭を、 俺と一緒に作ってくれませんか」 「うん」 「今度こそ、俺は……」 「琴莉を、幸せにしてあげたい……っ!」 「……うん」 そっと抱き寄せられ、梓さんの胸に水滴が一滴、落ちる。 そこで初めて、自分が泣いていることに気づいた。 感情のままに、鼻水まで垂らしながら、みっともなく、子供のように。 「……私たちで、幸せにしてあげよう」 「はい……っ!」 うなずき、抱き寄せられた胸に顔を埋める。 そのまま、動けずにいた。 ……涙が止まらなかった。 「……」 「ん…………」 「…………」 「……琴莉?」 目が覚める。 隣に誰もいなくて、跳ね起きた。 「琴莉……っ」 部屋を飛び出し階段を駆け下りる。 居間に入る。 伊予がお茶を飲んでいた、葵とアイリスはテレビを見ている。芙蓉はその隣で、アイロンがけを。 みんないる、けれど……一人、足りない。 「なんじゃ……。朝っぱらからドスドスと騒々しい」 「こ、琴莉は……っ!」 「うろたえるな。両親の様子が気がかりだったらしい。 一旦自宅に戻っただけじゃ。すぐに帰ってくる」 「な、なんだ、そか…………」 気が抜けて、その場にへたりこんだ。 そうか……家に……。 そう、だよな。気になるよな……。あぁ、くそ……っ。 「焦ったぁ……」 「なにを焦る」 「え?」 「琴莉が成仏できたのであれば、 それは喜ばしいことであろう。 真、おぬし……本分を忘れてはおるまいな」 「……」 「忘れちゃいないさ……忘れちゃ…………」 くしゃりと、寝癖だらけの髪の毛をかきあげる。 ……忘れちゃいない。 急な別れが……受け入れがたいだけだ。 「……ご主人」 「あ……あぁ、なに?」 「コトリン……昨日、たくさん遊んでくれた」 (琴莉お姉様は……覚悟しているように見えました。 おそらくは……もうそろそろ) 「最後のそのときまで、どうかおそばにいてあげて くださいましね」 「……」 「……ああ、わかってる」 「……」 「とりあえずじゃ、真よ」 「……あぁ」 「おぬしに言わなくてはならぬことがある」 「な、なに?」 「ズボンを履いてくれない? 隙間から見えちゃいそうなんだけど」 「……あ」 ……そうだった、トランクスのままだった。 「ご主人セクシィー! フゥーッ!」 「……部屋に戻るよ」 妙な脱力感を覚えながら、居間をあとにした。 それから数時間後。 芙蓉が昼食の仕度を始めた頃、琴莉は戻ってきた。 歓談の輪には加わらず、台所に入り芙蓉を手伝う。 俺たちは、努めていつも通りに振る舞って、料理が出来上がるのを待った。 「お待たせいたしました。今日のお昼はおそうめんですよ」 「うわぁ……またかぁ……。 夏ももう終わりだというのにお昼のおそうめん比率 高くないですかねぇ、芙蓉殿」 「ご、ごめんなさい。 ご近所さんからたくさんいただいてしまって……」 「そのご近所さんとやらも、お中元で大量に貰って 持てあましておったのじゃろうな。 よくある話じゃ」 (アイリスはおそうめん好きなので、平気です) 「まだまだ暑いし、さっぱりしたのは助かるよ。 食べようか」 「待って待って〜、おそうめんだけじゃないよ〜」 どんぶりをちゃぶ台の上に置く。 おぉ、すげぇいい匂いする。 「特製キーマカレーで〜す! ご飯にのせて召し上がれ!」 「やったぁ! カレーだ!! さっきからカレーの匂いしてたもんね! あると思ってたもんね! やった〜!」 (琴莉お姉様が?) 「うんっ。これね、たまに作ってたの。 挽肉ばーって炒めて、カレー粉がーって! あとソースとか、なんか、適当に!」 「……随分大ざっぱじゃのぅ」 「大丈夫! 味は保証するから! 私の唯一の得意料理ですから! 味見もしてもらったし! ねっ?」 「ええ。とてもおいしかったですよ」 「食べよっ! はやく食べよっ!」 「いただこうか。 お、コロッケもあるじゃん。うまそう。 うっし、みんな手を合わせて――」 「ふむ、ふむっ、確かにうまいの」 「だから早いんだよお前はさぁっ!」 「あは、ふふふっ、さ、どうぞ。召し上がれ〜」 「いただきま〜す!」 俺も『いただきます』と呟き、箸をとる。 早速、琴莉特製のキーマカレーからいただこうか。 「たくさん乗せよ〜」 「葵、次俺」 「待って待って、はい、ご主人」 「お、ありがと」 茶碗を差し出し、葵に挽肉を乗せてもらう。 箸で軽くほぐして、一気にかきこんだ。 「……むっ」 「ど、どう?」 「うまいっ!」 「うましっ!」 「よかった〜。アイリスちゃんも食べてね」 (いただきます) 「そうだっ、卵の黄身のせてもおいしいよ」 「それ採用。二杯目それで食べる」 「ふふ、用意しておきます」 (おいしいです。とっても) 「ほんと? よかったよかった〜! まずいって言われたらどうしようかと思った」 「そうめんと一緒に食べてもいけるんじゃないのこれ」 「天才かおぬし。それ採用」 「新しい器持ってきましょうか」 「いい。お茶碗空にして使う」 「いいねこれ、ご飯が進む」 「これだったら毎日でもいい! おいしい!」 「あはは、ありがと。でも、また作ってあげられるか わからないから、芙蓉ちゃんにレシピを託したので!」 「はい。いつでも作れます。 味は及ばないかもしれませんが」 「あははっ、芙蓉ちゃんの方が料理上手だから、 もっとおいしくなると思うよ。 ほら、私、感覚で作っちゃうから」 「でも、これが私の味。色々考えたんだけど…… なにも思いつかなくて」 「覚えておいてくれると、うれしいな」 目を細め、はにかむ。 琴莉が手料理をふるまったその意図に、やっと気づいて。 胸がいっぱいになり、うまく返事をすることができなくて。 胃袋に料理を収めることで、その気持ちに応えた。 「芙蓉、おかわり」 「はい、ただいま。みんなは?」 「そうめんにいくからまだいい」 「あたしも〜」 「むぐ、むっ、……むむっ」 「あはは、アイリスちゃん、ゆっくりでいいよ。 慌てない慌てない」 「そうじゃ、琴莉」 「なぁに?」 「聞くか迷ったんじゃがの、 やはりみなの前で聞くべきじゃろう。 両親の様子はどうじゃった」 「あ〜…………うん。二人とも……元気はなかったかな。 お父さんは普通に仕事に行ったけど…… お母さんは、ずっと休んでるみたい」 「私のね? えぇと、遺影って言うの? 写真? の前に座ってね、ぼ〜っとしてるの」 「もっと一緒にいてあげられれば……って、 泣いちゃったりして。も〜、今さら遅いよ〜って 思ったんだけど……うん。うれし……かったかな」 「ああ、なんだ。私……ちゃんと愛されてたんだなって。 ……うれしかった」 「本当に今さらだけど……それがわかっただけでもよかった。 私の人生、寂しいことばっかりじゃなかったんだなって 思えた」 「だから……笑って、コタロウに会いに行けると思う」 「そうか……」 「……」 「あ、真さん」 「うん? な、なに?」 「今日って、これから暇?」 「ああ、予定はなにもないよ」 「よかった。じゃあ、私と出かけない?」 「いいよ。どこ行く?」 「えっとね、ずっと行きたいところがあって」 「私の、最後のお願い。 ……聞いてくれるとうれしいな」 「……」 「わかった、琴莉の好きなところに行こう」 「うんっ」 嬉しそうに、本当に嬉しそうに、琴莉が笑う。 ……最後の。 ああ、そうか。琴莉はもう、決めているんだな。 そんなことにも、やっと気づいて。 「ほんとうまいな、これ」 「ふふ、たくさん食べてねっ」 感情が、溢れてしまわないように。 琴莉が作ってくれた料理を、口の中に詰め込んだ。 食事後、身支度を調えて。 琴莉と二人で、家を出る。 駅に向かい、電車に乗って。 目的地は、八駅ほど先。 四十分ほど、景色を眺めながらガタゴト揺られて。 やっと、到着。 チケットを買って、遊園地の中へと入った。 「チケット、二人分買わなくてもよかったのに」 「琴莉、そういうの気にするだろ」 「まぁ……タダで入っちゃったら罪悪感あるけど……。 でも怪訝な顔されてたよ?」 「別に気にしないよ」 笑って肩をすくめ、チケットの半券を財布にしまう。 琴莉の願い。それは、俺とのデートだった。 そうだった。まだ、ちゃんとしたデートをしていなかったんだ。 野崎さんも、嶋さんも、送り出すことができた。 もう、気兼ねする必要は全くない。 「見て見て、ほとんど貸し切り。全然人いない」 「所詮地方の遊園地だからなぁ。 平日なんてこんなもんでしょ〜」 「ふふ〜、これで真さん、独り言ばっかり言ってる 変人さんって思われなくて済むね」 「電車の中で全然喋らなかったの、それを気にしてたのか。 今日はそういうこと考えないことにしたんだ。 だからそばに誰がいようが、普通に話す」 「ふふ、うん。よっし! 最初になに乗ろっかな! 遊園地なんて久しぶり! 五、六年ぶりくらいかもっ」 「俺もそうだなぁ……。いや、五、六年じゃ済まないか。 ここには爺ちゃんと来た記憶があるけど……。 遊園地自体、かなり久しぶりかも」 「土方さんとは?」 「うわぁ、ここで元カノの話しますか〜」 「だって気になる! 今カノとしましてはっ!」 「付き合ってたの、ちょうど受験の時期だったから。 デートっていっても、図書館とかそういうの。 遊園地には来たことないよ」 「そっかぁ、じゃあ真さんもデートで遊園地に来るのは 初めて?」 「そうだね、初めて」 「ふふふ〜、じゃあ今日は思いっきりたのしも〜!」 「お〜ぅ!」 「わ、ふふ、本当に周りの目気にしてないね」 「よっし! じゃ〜あ、決めたっ! まずは遊園地の花形でございます、 ジェットコースターからいってみましょう!」 「おぉ、いきなりか。いきなり乗っちゃうか」 「はい! いきなりです!」 「そうかぁ……いきなりかぁ」 「あれっ?」 「な、なに?」 「もしかして真さん……。 ジェットコースター怖がっちゃうタイプですか?」 「な、なにを言いますかキミ。 怖くないよ。怖かぁないよ」 「あ〜、怖いんだ?」 「ちが、違うって! このあたりがヒュンッてなる 感覚が苦手なだけだって!」 「あとなんか、危ないじゃん! 脱線とかしたら危ないじゃん!」 「ちょ〜怖がってるじゃ〜ん! ビビッてるじゃ〜ん!」 「ビビッてません〜!」 「じゃあ乗ろうよ〜。 ビビってないなら乗ろうよ〜」 「お、おぅ……余裕だよ余裕」 「……」 「最初はあっちのコーヒーカップとか……」 「ほ〜ら! は〜や〜く!」 「……はい」 腕を引かれ、ジェットコースター乗り場へと向かう。 長蛇の列でもあればよかったんだけど……あいにくガラガラ。誰もいやしない。 「待ち時間ゼロだって。すぐ乗れるよっ!」 「乗ってるところ写真撮ってあげるよ」 「一緒に乗るの! てか私写真に写らないし! ほ〜ら! 男らしくないよっ!」 「男らしくないという言葉はある意味で男女差別であり 現代の格差社会の――」 「も〜、なにめんどくさいこと言ってるのっ? ほ〜ら! 乗るの乗るの!」 「あ〜……あ〜…………」 低く唸りながら、フリーパスを提示して乗り場への階段を上る。 なんでそんな嫌そうに乗るの? ……と、さぞ不可解な絵面に見えただろう。係員さんが苦笑いを浮かべていた。 いいさ、笑うがいい。誰にどんな目で見られようと、今日は琴莉と思いっきり楽しむって決めてるんだ。 だからジェットコースターも必要なら……の、乗るんだ! うんっ! 「よ、よし、覚悟を決めたぞ」 「えらい! ふふ、人多かったらどうしようかと思ったけど、 誰もいないから隣に座れるね。先頭でいいよね」 「え、後ろの方が……」 「先頭!」 「はい」 怪訝そうな顔をしている係員さんの案内に従い、ジェットコースターに乗り込む。 そのまま、しばらく待機。 ジェットコースターって電車みたいに、発車の時間決まってるの? よくわかんないけど、さっと出てさっと帰ってきたい……! ああ、畜生、緊張してきた。 「おっ」 アナウンスが鳴り響き、安全バーが降りてくる。 係員さんが問題ないかチェックして、いよいよ……発車、っていうか発射? の準備が整う。 準備っていうか……あ、動いた。動いちゃった……! 「わ〜、ふふ、少しずつ登っていく このドキドキがいいよね〜」 「いやわかんない。その心境ぜんぜんわかんない」 「怖いの〜? 真さんもしかして怖いの〜?」 「怖いよっ!」 「認めたっ!? ついに認めちゃった!?」 「だって落ちたらっ、落ちたらどうするのっ!」 「大丈夫、飛べるから。私は」 「ずるいぞぉ! 琴莉だけずるいぞぉ!!」 「あははっ、おっ、結構登るね〜、高いね〜」 「あ〜、高いね〜、高い、高いわ〜」 「真さん、声、声が……ふ、震えてる……っ!」 「震えてないよ! 震えてたとしても武者震いだよ!」 「あ、そろそろかなっ。 真さんっ、来る、来るよ〜っ!」 「あ、あ、あ〜……あ〜〜〜〜」 「うぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 「ひゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 「うぉっ、うぉぉっ! Gが……っ! Gが……っ! 落ちる! 落ちる落ちる!」 「落ちないってば〜! ひゃ〜〜っ、わ〜〜〜! きゃ〜〜〜〜〜っ!」 「うぁ〜〜〜〜! 振り落とされる振り落とされる!」 「あはっ、あははははっ、あははははははっ!」 「な、なんで笑ってんだ〜〜!!」 「そ、そんな必死な真さん、は、はじめ、初めて……っ、 あははははははっ!」 「こ、この状況でよく……っ、うわ、うわぁぁっ! ぬわぁ〜〜〜っ!」 「あははははっ! いつも落ち着いてるのに……っ! あはっ、あははははっ! 子供みたいっ!」 「苦手なものは仕方ぁぁああああああっ!」 「きゃ〜〜〜〜!! あははははははっ!!」 「うああああああっ!」 「あははははははっ!」 「は〜!」 「あ〜……」 ようやく解放され……ジェットコースター乗り場から離れる。 ……ひどい目にあった。それはもうひどい目にあった。 「楽しかった〜! スリル満点だったね!」 「……」 「おぇ……っ」 「おぇって、真さんおぇって。 消耗しすぎっ、あははっ」 「き、気持ち悪い……」 「あははははっ、ダサいっ、真さんダサいっ!」 「う、うるさいなぁ……っ」 「ちょっと休む?」 「た、助かる」 「来たばっかりなのに」 「無理矢理乗せるからだ。そこで待ってて。 飲み物とかなんか適当に買ってくる」 「うん」 財布を取り出しながら、近くにあった売店に向かう。 えぇと、そうだな、飲み物と……あと、たいして腹は減ってないけど……。 と、悩みつつ買い物を済ませ、ベンチに座って待っている琴莉のところへと戻る。 「ほい」 「え?」 「琴莉の分のソフトクリーム」 「食べられないからよかったのに」 「こういうのは雰囲気が大事だろ?」 「ぁ…………ふふ、うん、そうだねっ、ありがとう!」 琴莉にソフトクリームを手渡して、隣に座る。 「これ、私が持ってるソフトクリームはどうなるの?」 「どうって?」 「宙に浮いてる?」 「あぁ。葵が言ってたよ。触れた瞬間に他人の認識から 外れるから、見えないんじゃないか、って。 あ〜……でもそれは鬼の場合か、どうなんだろ」 「近くを通りがかった人にきゃー! って 悲鳴あげられたらどうしよう」 「それはそれで面白いけどね」 「ふふっ、だね」 ソフトクリームを、ぺろりと舐める。 琴莉はじぃっとソフトクリームを見つめ、ちょっと口を開けてみて、すぐに閉じた。 「……なんでだろう。食べたいなって気持ちは あるんだけど……食べようって気になれない。 食欲が完全に消えちゃってるのかなぁ……」 「やっぱり私……死んでるんだなぁ……」 「……」 「おいしかったよ、挽肉のカレー」 「あ、うんっ、ふふっ。大成功だね。 みんな喜んでくれてよかった〜」 「なにか残したい……っていうのもあったんだけど、 お礼がしたくて。ありがとうって気持ち、 伝えたかった」 「私、友達少ないから。 みんなと大騒ぎできて、楽しかったなぁ……。 毎日、楽しかった」 「お葬式……友達、たくさん来てたよ」 「ほんと?」 「うん。外から見てたんだ。たくさん来てた」 「そっかぁ……クラスの人たちかなぁ……。 なんだろ。先生に言われて来たのかな」 「それだけじゃないだろ、来た理由は」 「うぅん……どうだろ。 あのね、嘘つけって言われそうだけど、 私、学校ではクールで通ってるの」 「嘘つけ」 「ほんとなのっ! 私……ちょっと壁作っちゃうところあるから、 ほら、私のこと真さんも冷めてるな〜って」 「あ〜……言った気がする」 「うん、それでね。スタートダッシュに失敗しちゃって、 どのグループにも入れなくて、いっつもだいたい一人」 「別に嫌われてたわけじゃないし、たまに話す人もいたけど、 あんまり自分からは話さないから、滝川さんって クールだね〜って」 「想像つかないなぁ……」 「ふふ、人見知りこじらせちゃってるのかもね。 信頼してる人のそばじゃないと、素が出せなくて」 「そのおかげで、友達があんまりできなくて。 実はね、おうちに帰ったあと、学校にも行ってみたの」 「どうだった?」 「すごいの、私の机にお花供えてあった。 綺麗なお花」 「その隣で、みんながわはは〜って笑ってた。 あ、私のこと笑ってたわけじゃなくて、 普通に話してたってことね?」 「一週間……もたったんだよね。 その間に、私が死んだこと…… みんな、もう慣れちゃったみたい」 「そう、か……」 「あはは、別にショックでもないんだけどね。 そうだよね〜って、妙に納得しちゃって。 すぐ帰っちゃった」 「振り返ってみると……たった一ヶ月だったけど、 私にとって一番大事な場所は…… 自分のおうちでも、学校でもなくて……」 「真さんとみんながいる……あのおうちだなぁ……」 「楽しかった……。うん、楽しかった」 「……そうだな。楽しかった」 「……うん」 「あ〜……ごめんね、どんよりしちゃった」 「そうするなっていう方が、無理だろ」 「あはは……そうかもね。 でも、今日は楽しくいきたいから」 「はいっ、真さん」 「うん?」 「あ〜んして」 「またそれか〜」 「恥ずかしがらないの〜」 「いやぁ……まだ自分のアイス残ってるし……」 「どうせ二つとも真さんは食べないといけないんだから〜。 捨てるわけにもいかないでしょ〜?」 「そうだけどさぁ、端から見たらエアあ〜んだよ? なにもない場所にあ〜んって。恥ずかしいって」 「今日はそういうの気にしないって言ったのに〜。 ほ〜ら、今なら人もいないから」 「あぁ、わかった、わかったよ」 「あ〜ん」 「あ〜ん。んっ」 「おいしい?」 「うん。琴莉にあ〜んしてもらうと三割増しになる」 「ほんと?」 「ごめん、適当に言った」 「も〜! ふふっ」 笑いあい、じゃれあって。 何度もあ〜んを強要されながら、アイスを少しずつ、食べ進めていく。 大事に、大事に。 「はい、最後の一口」 「あぐ」 「わっ、びっくりした! 指ごといこうとした〜!」 「あははっ、……んっ、うん、ごちそうさま」 「はい、ごちそうさまでした。 気分は良くなった?」 「うん。持ち直した」 「よっし! じゃあ次行こっか!」 琴莉がすっくと立ち上がり、どうしようかなとあたりを見渡す。 「ん〜〜〜……よし、き〜めた! 次はあれ!」 「え?」 「あ、わかんない? あれだよ、あれ」 「……いや、琴莉くん?」 「なに?」 「ジェットコースターを指さしてるのは気のせいかな」 「気のせいじゃないです」 「……んっ?」 「もう一回乗ろう!」 「……なに言っちゃってんの?」 「ほら立って立って! もう一回!」 「やだ! やぁだよ! なんでもう一回!?」 「好きなの! あと一回でいいからっ! ほらほら!」 「せめてなにか挟んでくれよ! 頼むって! 琴莉! 琴――」 「うわあああああああああっ!」 「きゃ〜〜〜〜〜!」 結局一回では済まず……。 その後、五連続でジェットコースターに乗った。 「ぬわあああああああっ!」 「わ〜〜〜! あははははははっ!」 ……死ぬかと思った。 「あぁ…………」 ベンチに座り、ぐったりとうなだれる。 ジェットコースターを堪能しつくしたあと、バイキングだったり、コーヒーカップだったり、遊園地の定番を楽しんだ。 ただね、ジェットコースター一種類じゃないんすわ。他にも二つあったんすわ。それを各三回ですよ。死にますよ。 あとね、琴莉さん、コーヒーカップをグルングルン回すの。ケタケタ笑いながらどんどん速度上げていくの。 ハードっすわ。琴莉さんの遊園地の楽しみ方、ハードっすわ。 「あははっ、だらしないな〜。もうヘトヘト?」 「……いやいや、まだまだ。まだいける……っ!」 「やせ我慢〜」 「ほんとだって。まだいけるっ!」 「ふふ、でも……もうそろそろいい時間だよね。 あっちの方、暗くなってきた」 空を見上げる。 ああ……もうそんな時間なのか。 そうか、もう……。 楽しい時間に限って、あっという間に過ぎてしまう。もっと長く、ゆっくりと過ぎてくれればよかったのに。 「真さん、そろそろ帰らないとね」 「……」 私たちではなく……真さん。琴莉はそう言った。 ああ、そうか……。本当に、もう……。 「……閉園までいよう」 「……うん。でも、あんまり連れ回しちゃうと…… 真さん本当にヘロヘロになっちゃうし」 「そうなる前に……話したいこと、全部話しておきたいな」 「聞くよ、なんでも」 「じゃあ、もう一つだけ乗り物乗っていい?」 「いいよ、なに乗る?」 「ある意味ジェットコースターより難易度高いけど、いい?」 「あぁ……え〜、まぁ、うん。が、がんばるよ。 悲鳴上げないように」 「ふふっ、絶叫系じゃないから大丈夫。 私が乗りたいのは、これで〜っす!」 近くにあった案内図を、指さす。 あぁ……なるほど。これは確かに難易度高い。 「大丈夫?」 「問題なし」 「やった、ありがとっ。行こう!」 「ああ」 「えぇと……どっちかな、あっちかな」 「いや、あっち」 「え、ほんと?」 琴莉の手を引き、歩く。 ……実は、逆方向だ。 なんとなく、予感があって。 だから少しでも、先延ばしにしたかったんだ。 琴莉も気づいていただろうけど。 ただ微笑んで、手をぎゅっと握りながら、俺の隣を歩く。 そうやって、ぐるっと遠回りをして。 目的の場所についたころには、あたりが暗くなり始めていた。 「……、乗ろっか」 「……ああ」 手を繋いだまま、乗り場へと向かい。 馬を模した遊具に、二人で跨がった。 それほど待たず床が回転し、動き始める。 俺たちを、乗せて。 「お〜……すごい、感動。 大人になると乗りにくいよね〜、これ」 「十年ぶりどころじゃないよ。 他に客がいないから余計に恥ずかしいな……」 「あははっ、ね〜。 観覧車と迷ったんだけど、やっぱりこっちかなって」 「今真さん、白馬の王子様だよ。 私はお姫様」 「王子様か。もうちょっといい服着てくればよかったかな」 「私なんて制服だよ〜? 私服で死んでたら、ずっと私服のままだったのかな。 その方がよかったな〜」 「制服、似合ってるよ」 「ほんと? ふふ、ありがとっ」 笑って、ぎゅっと俺にしがみつく。 「これって……何分くらい乗っていられるのかな」 「どうだろ……よくわかんないな」 「話の途中で終わっちゃったら嫌だし、 話したいこと、話しちゃおっかな」 「あとでもいいよ」 「だ〜め、今するの」 腰に回した腕に、少しだけ力を込めて。 俺に寄りかかりながら、琴莉は続けた。 「あのね、真さん」 「うん」 「デートが終わったら、メリーゴーランドが止まったら…… コタロウのところに、逝こうと思うんだ」 「……うん」 「今まで、本当にありがとう。 すごくすごく、楽しかった。ありがとう、本当に」 「…………うん」 もっとなにかあるだろ。心の中で、自分に悪態をついたけど。 他に言葉が出てこなくて……ただ、うなずくことしかできなかった。 「でもね、その前に……聞きたいことがあるんだ」 「なに?」 「正直に答えてね?」 「ああ」 「絶対だよ?」 「うん」 「約束する?」 「ああ、約束する」 「うん。……あのね」 「真さんが私と付き合ってくれたのって…… 私が、幽霊だったから?」 「……」 それだけじゃない。そうかもしれない。 「そういう気持ちがあったことは……否定できない。 否定したら、嘘になる。けど……」 「それだけじゃない」 「決して、それだけじゃないよ。琴莉」 「……うん」 額を、俺の背中に押しつける。 こんな答えで、よかったんだろうか。 もっと伝えたいことはあるんだ。 逝って欲しくない。引き留めたい。 それほどに……俺は、琴莉を……と。 その言葉は、喉元まで出かかっていて。 今にも、吐き出してしまいそうだった。 爺ちゃんの忠告。救う側が、霊の未練となってはならない。 それがなければ……それさえなければ、伝えていた。今すぐにでも。 ぐるぐると回る景色なんて、少しも目に入らず。 ただ必死に、堪えていた。 それしか、できなかった。 「……」 「…………」 「そうかも、しれない」 「少なくとも、あのときは」 「……うん」 琴莉はただ、うなずいた。 もっと言い方があったはずだ。 事実、俺の言葉は……本心から、ズレていた。 琴莉を、死んでしまった琴莉の心を、満たしてあげたい。その気持ちは、確かにあった。 けれど、それが全てでもなかった。 でも、言えなかったんだ。 言ってしまえば……歯止めがきかなくなる。 爺ちゃんのノートにあった、忠告。霊の未練となってはならない。 本当は引き留めたいんだ。逝って欲しくないんだ。 本心を少しでも漏らせば、全て吐き出してしまう気がした。 だから、言えなかった。今旅立とうとしている……琴莉には、言えなかった。 あんな中途半端な言葉しか、言えなかった……! 「……ごめん、うまく……言えないんだ」 「……うん。大丈夫……わかってる」 「真さんが……ちゃんと私を、一番に思ってくれてたって」 額を、俺の背中に押しつける。 ぐるぐると回る景色は、まるで目に入らず。 ただ琴莉の感触だけが、俺の全てだった。 「ほんと言うとね、もうちょっといいんじゃないかな〜って 思ってたんだ」 「ほら、幽霊なんだって自覚したのつい最近だから、 あんまり実感もなかったし……」 「でもね、お父さんとお母さんに会いに行って、 学校にも行って、わかったんだ」 「ああ、もう私……ここにいていい 存在じゃないんだな、って」 「これ以上ここにいたら……みんなに迷惑かけちゃう、 そんな存在なんだな、って」 「……迷惑なんかじゃ、ないよ」 「あはは、駄目だよ。真さんがそんなこと言ったら。 霊を見送るのがお役目なんだから」 本音を漏らしてしまい、琴莉に諫められる。 もう俺は……それしかできないんだろう。琴莉を、見送ることしか。 「一緒にいたいんだけどね〜……。 まだまだ、したいこともあるし」 「昨日もそれで泣いちゃったし。 でもね、全部吐き出して、スッキリした」 「私……一緒に行けない。 私は、真さんと同じ時間を過ごせない。 同じ時間を……共有できない」 「それって、とってもとっても、悲しい。 真さんと一緒でも、悲しくなっちゃうと思うんだ」 「それに、もう少しもう少しって思ってると…… たぶん逝けなくなっちゃうと思うから」 「だから、ここまでって決めました」 「私の人生は……ここまでです」 ふっと……沈黙がおり。 琴莉の腕の力が、緩む。 「そろそろ……終わりかな」 なにげなく呟かれた言葉が、俺の心を押しつぶす。 ああ、待ってくれ。待ってくれよ。 まだ動いてくれよ、止まらないでくれよ。 最後なんだ。この時間が、最後なんだ。 だからもう少しだけ、動いていてくれよ。 届かぬ願いを、反芻し続ける。 「じゃあね、真さん」 「私の人生は、寂しい思い出ばかりだったけど」 「最後の最後で、とってもとっても、楽しくて、 眩しい思い出ができました」 「ありがとう。真さん。 真さんの恋人になれて、嬉しかった。 私の人生の中で、いっちばん素敵な時間だった」 「真さんのおかげで、私は笑って旅立てます」 「もっともっと一緒にいたいけど、 私は……ここまでです」 「真さんは、これからも、ずっとずっと、元気でね。 私の分まで、長生きしてね。いつも、笑顔でいてね」 「……琴莉っ」 「振り向いちゃ駄目。このままでいて」 「……っ」 歯を食いしばり、耐えた。 琴莉がそう言うなら、そうするよ。 このまま、見送るよ。 でも、せめて、せめて……っ。 「もっと、しがみついてくれ。 琴莉を……感じたい。最後の、最後まで」 「……うん」 緩めた腕を、再びぎゅっと、俺の腰に絡める。 わずかな安堵も束の間、メリーゴーランドが減速を始める。 あぁ、待ってくれよ、もう少しでいいんだ。待ってくれよ……っ。 「言いたいことは……だいたい言えたかな。 最後まで、聞いてくれてありがとう」 「じゃあ……真さん」 「待て、待てよ……、自分だけ、ずるいだろ。 俺にも言いたいこと、言わせてくれよ」 「ふふ、うん、そうだね……。うん、そうだ」 「琴莉」 「うん」 「愛してる……っ」 「……っ」 「うん……っ」 「ああ、幸せだ。今すっごく、幸せだ……っ」 「真さんのおかげで、私の最後は、 とってもとっても幸せだった……っ、 世界で一番、幸せだった……っ」 「出会えてよかった、恋人になれて、うれしかった……っ。 その幸せだけで、十分だ。私は、十分だ……っ」 「私を満たしてくれて、ありがとう……っ。 優しくしてくれて、ありがとう……っ」 「ありがとう、ありがとう――」 「……っ」 「さようなら、真さん」 背中の重みが、消えた。 わずかに残ったぬくもりも、消えていく。 消えて……しまう。 琴莉は、ちゃんとコタロウに会えるだろうか。 天国で二人、楽しく過ごせるだろうか。 それとも、次の人生が待っているんだろうか。 どんな形でもいい、願わくば、どうかどうか。 琴莉が、誰よりも幸せになれますように……! 「……さようなら、琴莉……っ」 別れの言葉が、虚空に溶ける。 今日、琴莉が…… 逝ってしまった。 俺の最初のお役目が…………終わった。 「…………だ」 「……ぇ」 「……駄目だ」 「真、さ……」 「逝かないでくれ」 「逝かないでくれ……!」 「まだ、一緒にいてくれよ……!!」 ついに、溢れた。 堪えきれず、抑えきれず。 膨れあがった感情が、言葉になって。 止めどなく、溢れた。 「まだ、いいだろ。 したいことあるなら、まだいいじゃないか……っ」 「で、でも……」 「無理だ、ごめん、無理だ……俺にはっ」 「このまま琴莉を見送るなんて、無理だ……っ!」 「必要なんだ、俺には……っ」 「琴莉が、必要なんだ……っ」 「だから一緒に、いてくれよ……っ!」 「まだ一緒に、いてくれよ……っ!」 「……」 「ずるいよ……」 「そんなこと言われちゃったら…… コタロウに、会いにいけないよ……」 「でも、でも……」 「本当はそうやって……止めて欲しかったのかもしれないね」 「……いたいよ、一緒に」 「私もまだ、真さんと……一緒にいたい……っ!」 「だったら……帰ろう、一緒に」 「俺たちの家に、帰ろう……っ!」 「うん……、うん……っ、うん……っ!」 俺の背中に縋り付き、琴莉が何度もうなずいた。 これでよかったのか。 ……いいはずがない。それでも、俺には無理だった。 琴莉の覚悟、琴莉の決意。俺はそれら全て、無視して。 琴莉のためではなく、自分自身のために。すべきことから目を背けた。 琴莉を失ってしまう。その事実を受け入れることが、できなかった。 俺は、初めてのお役目を……。 果たすことが、できなかった。 何事もなく、当たり前のように、でもどことなくぎこちなさを残して帰ってきた俺たちを。 みんなはいつも通りに、『おかえり』と迎えてくれた。 そしていつも通りに、みんなで食卓を囲む。 誰も欠けていない食事風景が、なんて落ち着くことか。 「あ〜……私、今すっごく恥ずかしい」 「なにがじゃ。芙蓉、お茶をくれ」 「はい、ただいま」 「だって、完全にこれでお別れですな空気出してたし……」 「自分から話題にするとはのぅ。 触れないでおいてやろうと思ったのに」 「うぅ……だって、なんだか、こう、落ち着かなくて……」 「でもよかったよね。 怒られそうで言えなかったけど、 コトリンとお別れなんて嫌だったもん」 「葵ちゃん……」 (アイリスも……琴莉お姉様が『ただいま』って 帰ってきてくれたとき、嬉しかったです) 「いなくなったら寂しいもんね! みんな仲間だもん!」 「そうね、この六人で、加賀見霊能探偵事務所。 本音を言えばわたくしも、引き留めたい気持ちで いっぱいでした」 「霊能探偵か、懐かしいネタが飛び出したの。 琴莉命名だったか」 「あはは……言い出したのは、私かも」 「じゃあなおさらコトリンいないと霊能探偵じゃ なくなっちゃうよね! ご主人グッジョブ! 家来の気持ちがわかってる!」 「みんなのって言うより……完全に俺の都合で 引き留めたけどな。本当に直前の直前まで、 見送るつもりだった。けど……」 「できなかった。 琴莉のいない明日なんて、考えられなかったよ」 「真さん……」 「早速のろけか……」 「なんでそうなるんだよ」 「のろけてやがるぜ」 「ふふ、のろけですね」 (愛されておりますね、琴莉お姉様。 羨ましいです) 「え、えぇ、そんな、えぇと、み、みんなだって、 愛されてるよ、うん。ね、真さん」 「え〜、振るか〜、俺に〜」 「どうなん? ご主人。どうなんどうなん? 愛しちゃってるの? あたしのこと?」 「せめてあたしたちって聞いて、姉さん。 わたくしも気になりますので」 (どうなんですか? マスター) 「……」 「おい、聞こえないふりしておるぞ。 食事の邪魔するなって顔しておるぞ」 「味噌汁うめぇ」 「味噌汁なんてどうでもいいよ! 答えてよ〜!」 「な……っ、どうでもいいとはなんですかっ! がんばって作ったのに! もう姉さんにご飯作りませんからっ!」 「なんでそうなるのっ!?」 (あ、あの、お姉様方……趣旨がずれて……) 「あ〜あ、真のせいで喧嘩が始まった」 「おひたし超うめぇ」 「わ、完全に無視するつもりだ。あはっ、ふふっ、 真さんひどい。あはははっ!」 琴莉が笑う。 聞き慣れた、すっかりと耳に馴染んだ、笑い声。 いつもの団らん。 たとえこれが、無理矢理に引き延ばした『日常』でも。 望まずにはいられなかった。 みんなといる、琴莉がそばにいる、このひとときを。 俺は、失いたくなかったんだ。 決して、決して。 風呂から出て、しばらくみんなとテレビを見たあと、歯を磨いて自室へ引っ込む。 まだ時間は早いけど、遊園地ではしゃいだせいか眠気を感じる。 ただ、実はまだ寝るつもりはなくて。 琴莉が来ないかと、淡い期待。 ベッドに座って、スマホをいじりながら待つ。 「……」 「はっきりと言えばよかったな」 スマホを枕元に放り投げ、ベッドから下りる。 『琴莉』と、呼べばよかったんだ。『おやすみ』なんて言ってしまったから、このまま今日を終えることになる。 「ふぅ……ふぁ……」 あくびに変わったため息を噛み殺し、明かりを消す。 ベッドに戻り、横になり―― 「あれ、もう寝ちゃう?」 「うぉぉっ」 すぐさま跳ね起きた。 ……琴莉の首が、壁から生えていたから。 「あははっ、なに今の〜。ふふ、びっくりしすぎ」 笑いながら、琴莉が壁をすり抜けて部屋に入ってくる。 「ま、またそんな技を……っ! びびるよ! そりゃびびるよ! やめなさいよそんなことはっ!」 「あははっ、ごめんね。でもこれからドンドンやっていくよ! 自分の可能性を探っていかないと! お役目の役に立つかもだし!」 「そりゃそうだろうけど……」 「真さん」 「うん?」 「ここにいるのは、幽霊の滝川琴莉だよ?」 「やっぱり、こんな私じゃ嫌?」 微笑みながら、口にした問い。 でも、眼差しは真剣そのもので。 ……これは、琴莉の最後の質問だ。そう直感した。 答えを誤れば、琴莉を失ってしまう。 けれど、正解なんてわかりきっていた。 「琴莉」 掛け布団をめくり、おいでと、名を呼ぶ。 「証明するよ。言葉じゃなく、行動で」 「……うん」 うなずき、琴莉がベッドに片膝を乗せる。 「ん……」 待ちきれず、抱き寄せて。 すっぽりと、納まる。琴莉の体が、俺の腕の中に。 「……安心する」 「俺も」 「……」 「……」 見つめ合い、どちらからともなく……唇を寄せて。 「ん、ちゅ……はぁ、んん、ん……っ」 抱き合い、舌を絡ませながら、互いの衣服を脱がせていった。 「ぁ……っ、はぁ……、ん、はぁ……っ」 体をまさぐる余裕もなく。 まるでそうしないと世界が終わってしまうとでも言うように、俺たちは息つく間もなく、一つになった。 震えるほどの快感。 もう達してしまってもおかしくなかった。 あれが最後だと、覚悟もしていたから。 それだけに今この瞬間に、琴莉との逢瀬に、喜びを感じずにはいられなかった。 「……、動かないの?」 「動いたらすぐ終わっちゃいそうな気がして」 「すぐ終わっても、二回目があるよ」 「今日は疲れてるんだよなぁ……。 誰かさんに振り回されたおかげで」 「文字通り振り回されてたよね」 「主にジェットコースターとコーヒーカップで」 「ふふ、また行きたいな」 「何度でも行けるさ」 「うん」 「……んちゅ、ん……ぁ……はぁ、んん、ん……、 ちゅ、ん、はぁ…………んん、ぁ、はぁ……」 唇を重ね、舌を絡め合う。 ただそれだけを、繰り返し続けた。 「はぁ……ん、んん、ちゅ、んん……はふ、はぁ…… んん……、んちゅ、ん、ん……っ」 欲しかったのは、心の充足。 琴莉と繋がっている。その事実だけが、重要で。 「……、んっ、ぁ……はぁ、んんっ」 琴莉が、俺の腕の中にいる。 それだけで、今は満足だ。 「……、なんだっけ、こういうの」 「うん?」 「本で読んだ。えぇと……」 「あ、ポリネシアンなんとか!」 「なにそれ」 「こうやって、繋がったまま動かずにキスとかして、 精神的な……満足? を得る方法とかなんとか」 「またエロ本知識か〜」 「違うってばぁ! 普通の雑誌! 年齢制限なし!」 「認めちゃえば楽なのに」 「ち〜が〜う〜の! ただ読書家なだけなのっ! 自然と色んな知識が入ってくるの!」 「エロ娘〜」 「も〜っ」 「あははっ」 「ふふっ」 笑いあい、こつんと額を合わせる。 琴莉の体温は冷たく、重さもあまり感じないけれど、この確かな存在が、俺には必要なんだ。 失いたくなかったんだ。 「私は……なんていうか、精神の塊みたいなものだから、 これだけでも気持ちいいけど……」 「やっぱり真さんは、物足りないよね?」 「そんなことないよ」 「本当に?」 「さっきのポリなんとかっていうのは、 具体的にどうするの?」 「ん〜っと、三十分とか、一時間くらい、 動かずにそのままでいる……とか、 そんな感じのはず」 「あ〜……それは無理だなぁ」 「やっぱり物足りないよね」 「いや、単純に勃起を維持できない。 絶対途中で萎える」 「え〜、ひどい。こんなに魅力的な女の子が 目の前にいるのに。しかも裸で」 「確かに世界一の美少女がいるけど、仕方ないんだ。 ちょっとは刺激がないとさ」 「ん、ぁ……っ」 軽く、腰をくねらせる。 淡い吐息が、耳元をくすぐった。 「急に動くのずるい」 「じっとしてるより、やっぱりこっちの方が好きかも」 「ふふ、私も。一生懸命に動いてる真さん可愛い」 「なにそれ。やめてよ」 「照れてる〜」 「う〜る〜さ〜い」 「あんっ、もう……ふふ」 「琴莉も動いてよ」 「うん」 「……はぁ、……ぁ、ん……ふぅ、はぁ……んん、ぁ……」 俺にしがみつきながら、ゆっくりと腰を前後に。 膣が収縮し、絶妙な加減で俺の性器をしごく。 「気持ちよさそうな顔してる」 「感極まってる感じ」 「それは大げさじゃない?」 「大げさじゃないよ、また琴莉を……抱いてるんだから」 「……うん。でも」 「なに?」 「真さん、動きが止まってる」 「琴莉がしがみついてるからだよ。うまく動けない」 「しがみつけって言ったのは、真さんでしょ〜?」 「もう、離れないから」 「この体温を、ずっと感じていたいの」 「……ああ」 「あ」 「うん?」 「今のなんか、真さんに取り憑いちゃったみたいな台詞だね」 「もう取り憑かれちゃってるのかもな」 「なにそれ〜。人を悪霊みたいに」 「ほら、いいからいいから」 「ひゃ、ぁっ、ど、どこ触って……!」 指先でお尻の穴をくすぐると、琴莉が素っ頓狂な声をあげた。 「こっちでも感じるんだ?」 「その気になれば全身で感じられますけど〜、 そこは駄目〜」 「なんで。いいじゃん」 「ぁっ、んんっ、もう、やだってば〜」 「俺をイかせることができたら、やめてあげる」 「言ったな〜? そんなの、簡単なんだから」 「ん、ぁ……んんっ、はぁ、ぁ、ぁ、ぁぁ……っ」 腰の動きを再開。 さっきよりも速く、膣の圧迫も強く。 琴莉は、俺の全てを熟知している。達してしまうのも、時間の問題だろう。 けれど俺は、素直にこのひとときを終わらせてしまう気はなかった。 「ぁ、ぁ……っ! だめぇ、お尻……っ、 そこ触ったらぁ……っ! はぁ、ぁ……っ!」 「しっかり感じてるじゃん。お尻の穴で」 「だからぁ、今は、なにされても、ぁ、ん……っ、 感じちゃう、からぁ……っ」 「こういうのでも?」 「はぁ……、ぁ、ぁ……っ、あぁ……っ」 背中のラインを指先でなぞる。 ゾクゾクと体を震わせて、熱い吐息がこぼれる。 「ぁぁ……はぁ……もう、駄目ぇ……」 「全身性感帯だ」 「キスだけでも、ふわ〜ってなっちゃう」 「どっちが先にイッちゃうかな」 「一緒が……いいな」 「琴莉次第かも」 「ふふ、がんばる」 頬に軽く口づけをして、きゅっと膣を締める。 そのまま器用に腰を上下させ、時折くすぐったそうに悶えながら、俺を絶頂へと導いていく。 「はぁ、ぁ……んん、ぁぁ……ぁ、ぁ……っ、 もう、今度は……はぁ、お尻、さわりすぎぃ……、 ぁ、んんっ」 「密着してて、胸が揉めないから、さ」 「お尻の穴よりは、ん……、全然、 ぁぁ、はぁ……いいけど、ね」 「おっと……忘れてた」 「ぁ、余計なこと言っちゃった……ぁ、ぁっ、 もぅ……ぁっ、指ぃ、入ってるぅ……っ! 汚いよぉ……っ!」 「霊体なんだから、綺麗綺麗」 「でも、気分的に……、あぁ、入ってくるぅ……っ、 ふぁ、はっ、へ、変な感じ、するぅ……っ」 「ぁ、ぁ、ぁ……っ、そこ、ぁぁ、入れるところじゃ、 ないのにぃ……っ、真さんの、変態ぃ……っ」 「自分だって。気持ちよさそうにしてるくせに」 「だってぇ……っ、ぁ、ぁっ、ぁぁ、んっ、ぁ……っ」 指を少しずつ、琴莉の中へと侵入させていく。 二つの穴を隔てる壁は、思いの外薄くて。 指先で触れた琴莉の向こう側に、自分自身の存在を感じる。 「ぅぁ、ぁぁ、くるし、ぁぁ、ぁ……っ、んっ……!」 「抜いて欲しい?」 「大丈夫ぅ……、気持ちいい、からぁ……っ、 お尻、気持ちいぃ……っ」 「そういうの、抵抗なくなってきたよね」 「だってぇ、言った方が……真さん、 喜ぶんだもん〜……っ、ぁ、はぁ……っ」 「がんばってくれてる分、俺も張り切らないとね」 「ぁぁっ、ぁ、ぁ……っ、ふぁぁ、はぁ、ぁ……っ!」 尻穴をいじくりながら、俺も腰を動かし始める。 できる限り長く。最初はそう思っていたけれど、気分が高揚すればそんな余裕もなくなってしまう。 これが最後じゃないんだ。 だから惜しまず、“今”を楽しまなければ。 「ぁ、ぁ……ぁぁ、はぁっ、ぁ……、っ、ふぁ、ぁっ! ふぁぁ、はぁ、ぁぁ、ぁ、ぁぁ、ぁ〜っ、 はぁ、は、はぁっ」 「ぅ……、っ、……っ」 「あ、ぁ、ぁ、ぁっ、真、さ……っ、ぁっ! き、きちゃ、ふぁぁ、も、もぅ、あぁ、〜〜っ、 だ、駄目、かもぉ……っ!」 「お尻、だめぇ……っ、イッちゃ、ぅ、からぁ……! そんなに、されたらぁ……っ、ぁぁ、だめ、 だめぇ……っ、ふぁぁ、ぁ……っ!」 「ぁ、だめだめ、だめ……っ、 一緒に、イけない……っ、いきたい、あぁ、でも……っ! あぁぁ、ぁ、ぁ〜〜〜っ」 「……っ、琴莉……っ」 「い、く……? 真さん、も、いく……? お願い、ふぁぁ、いっしょ、いっしょに……っ、 いっしょに、いこ? ね? いっしょに……っ」 「あぁ、イ、イク……っ」 「う、ん……っ、ぁ、ぁ……っ、嬉しい……、 いっしょ、いっしょだ、あぁ、真さんと、 いっしょぉ……っ」 「ぁん、ぁんっ、あんっ!! だめ、もう、だめぇ……っ! いっちゃ……ぁ、いく、いくいく、ふぁぁ……っ。 だめぇ……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ……っ、ぁ――!」 「ふぁぁぁぁぁぁああああっ!!」 「ぅ……はぁ……っ」 「はぁ、はぁぁ……出てる……、精子、出てるよぉ……。 やった、いっしょだぁ……はぁ、ふぁぁ……」 お互いをぎゅっと抱きしめ、同時に果てる。 すぅっと力が抜けていき、体の芯に快感の余韻だけが残る。 あぁ……この感覚だ。 また味わえるなんて、思わなかった。 あぁ、あぁ……。 「……ん、はぁ……真さん、苦しいよ……」 「あ、あぁ……ごめん」 強く抱きしめすぎていたことに気がついて、慌てて腕の力を緩めた。 けどそれ以上の力で、琴莉が俺にしがみつく。 「ふふ……嫌じゃなかったんだけどね」 「今度は俺が苦しいよ」 「我慢してください。もうちょっと……こうしていたいの」 「もうちょっとだけでいいの?」 「……もう一回する?」 「したいけど……」 「眠いでしょ?」 「バレたか」 「だって目がとろ〜んとしてる。ふふっ」 「さすがに疲れたよ……。 今日はハードだった」 「うん、私も……今日は疲れちゃったかな」 「じゃあ……そろそろ寝ないとな。 明日に備えて」 「明日……うん、明日」 「ふぁ〜…………ふぅ」 「わ、わ……っ」 あくびをしながら、琴莉を抱きかかえたまま寝転がる。 「ねっむ……」 「ふふ、そのままだと風邪引いちゃうよ」 琴莉が掛け布団をひっぱり、体にかける。 「暑い」 「どうせ寝てる間に蹴っ飛ばしちゃうだろうけど、 寝るときくらいはちゃんとね」 「……」 「……琴莉」 「なぁに?」 「あぁ、いや……いいや、やめておく」 「なになに〜? 言ってよ〜」 「眠い」 「も〜……ふふ、おやすみ、真さん」 「あぁ、おやす――」 「……?」 「? ……なに?」 「あぁ……いや……」 「……」 「……真さん?」 起き上がり、ベッドから下りた。 「どうしたの?」 「ちょっとトイレに。急にしたくなってきた」 「ふふ、うん」 脱ぎ捨てた衣服を身に纏い、部屋を出る。 一階におりると、伊予の部屋の扉がパタンと閉まった。 そのまま進み、ノックもせずに、開ける。 「伊予」 「なに〜? なんか用〜?」 「用があったのは伊予の方だろ。 さっき部屋の前にいた。 俺たちに気を使って戻っただろ?」 「……なんじゃ、気づいておったか」 「話があるんだろ?」 「あると言えば、ある」 くるりと椅子を回転させて、俺を見る。 笑ってはいたけど、どこか、固い表情だった。 「うまくいっているようでなにより」 「……皮肉っぽい言い方だ」 「そう聞こえるのは、真に後ろめたい気持ちがあるからじゃ」 「……」 「なにも言い返せんか」 「……自覚はある」 「わかった上での決断じゃろう。 今さらわたしが言うまでもないじゃろうが…… あえて言わねばならんこともある」 「現世に彷徨う霊を救い、常世へと送ること。 確かに真は、琴莉を救った。 じゃが、もう一歩先に進めなかった」 「食事もとれん、歳もとれん。 そういった苦しみの中に留めることを、真は選んだのじゃ。 選ばせたのじゃ」 「それを十分に理解しておくのじゃな」 「……。ああ、わかった」 「……素直じゃな。姑の小言のようなものじゃ。 わかっていると、もう少しムキになるかと思ったんじゃが」 「わかっているつもりでわかっていないから…… こんな決断をしたんだ」 「今さら後悔か?」 「いいや」 「エゴでもなんでもいい。 琴莉のそばにいたかった。 俺のそばにいて欲しかった」 「開き直りじゃな」 「……」 「出ていくか?」 「うん?」 「俺は、お役目を果たせなかった」 「……」 「いいことを教えてやろう」 「真が通った道は、既におじじも通っておる」 「え……?」 「血は争えんな……。まさか二代続けてとは」 「爺ちゃんも……引き留めた?」 「日記の最後の一冊。どこまで読んだ」 「鬼の枷についてだけ……」 「じゃろうな。あれを隠しておいたのは、 おじじの名誉のためでもある。 孫に示しがつかんじゃろうと思ってな」 「まぁ、正確な記述はなく、たった一文じゃがな。 若い頃、霊に本気で恋をして、 本気で添い遂げるつもりであったと」 「まだ日記も書き始める前のことじゃ。 おじじも霊に恋をして、永遠を望んだ」 「もっとも……長続きはしなかったが」 「それは……どうして?」 「相手が永遠を望まなかった。 そして、もとより永遠などなかった」 「いいことついでに、助言もくれてやろう。 一時でも長く琴莉と過ごしたいのであれば、 性行為は控えることじゃ」 「あれは命を生みだす行為じゃ。 わかるじゃろう? 死を越えた先に存在する霊にとっては、 矛盾を生みだす行いじゃ」 「肌を重ねれば重ねるほど、琴莉は疲弊するぞ。 そしていずれ霊体を保てなくなり、 成仏することなく消え失せる」 「あるかもしれない来世。 琴莉にとっての“次”を奪うことになると、 肝に銘じておけ」 「……わかった」 「……」 「もしかして、爺ちゃんは……」 「いいや、消滅するまで一緒に……などと言い出すほど、 おじじも馬鹿ではない」 「だが……見送ってしばらくは、使い物にならんかったの。 あのときはまだ若かったがゆえに、ショックも大きかった。 お役目も積極的に取り組まんようになった」 「まだ当主を継いではおらんかったが…… ほとんどおじじが取り仕切っておったからの。実質上の 当主じゃな。気の抜けた当主のせいで鬼も困惑しておった」 「おばばと出会うまで、それはもう長い期間 腑抜けておったが……」 「それでもわたしは、おじじを見限らんかったぞ?」 呆れたように、でも優しく、伊予が笑う。 「あんまり見損なわないでよね。 あっさりと見捨てるほど、薄情なつもりはないんだから」 「まこちゃんのこと、こ〜〜んな小さな頃から 知ってるんだよ? 簡単に出ていくはずがないでしょうが」 「伊予……」 「あんまり甘やかすのも、とは思うけどね。 でも今回のことは、それほど致命的なことじゃない」 「遺族が望むから、霊を成仏させない。 そんなケースもないわけじゃない」 「無理矢理に琴莉を現世に縛っているなら、 それはもう一発アウトだけど、そうじゃない」 「琴莉も幸せじゃないかな。 ここまでまこちゃんに想ってもらえて」 「毎日を精一杯、悔いのないように。 それが、琴莉のため」 「これから先、つらいことが一杯待っているけど。 がんばって、まこちゃん」 「わたしは、どこにも行かないから」 「もうお役目とかや〜めた! なんて言わないかぎりね」 「……」 「……ありがとう。伊予」 「うん」 「あ、たまにはエッチしてもいいけど、 声に気をつけてね。全部聞こえてるから」 「気をつける」 苦笑まじりに、答えて。 もう一度、感謝を伝えた。 「……ありがとう」 「なんのなんの」 ひらひらと手を振り、ヘッドホンを装着する。 終わりの合図。 背を向けた伊予に、聞こえないかもしれないけど、もう一度『ありがとう』と告げて、部屋を出る。 ……敵わないな、伊予には。 ありがとう、本当に。 「……」 「最初のお役目からヘビー過ぎたからなぁ……。 ま……これくらい甘くしてもいいよね」 「さ〜ってと、積んでるエロゲでも……」 「伊予ちゃん」 「うひゃぁっ!」 「わ、ご、ごめん。びっくりさせちゃった?」 「な、なんじゃ琴莉か……。 ノックくらいせんか馬鹿者!」 「あはは……ごめん。隣の部屋にいて。 壁抜けしちゃった」 「幽霊が板についてきたようじゃのう……。 ただ、その能力を盗み聞きに使うのは感心せんな」 「ご、ごめん。そんなつもりはなかったんだけど……」 「……」 「気になっておるのは、“これ”か?」 「あ〜……うん」 「捨てるか?」 「……。ううん。持ってて欲しい。 制限時間つきの“今”なら…… いつか、それが必要になると思うから」 「全部聞いておったようじゃな……」 「あはは……聞かなくても、なんとなくわかってたけどね。 自分のことだから、わかるんだ。 いつか……逝くべきところに、逝かなきゃって」 「だから、そのときまで持っていて欲しい。 たぶんその中にこめた想いは、 ずっとずっと変わらないから」 「そうか……」 「……」 「無理はしていないな?」 「うん。真さんが許してくれたから。 もうちょっとだけ、ここにいることを」 「……」 「まだなにかあるか?」 「へ?」 「ないなら、ゲームしたいんじゃがな」 「あ、う、うん。ごめんね」 「真にも言ったが……時間を大事にな。 今すぐに手放さねばならぬわけではないが、 一分一秒を惜しむべきじゃ、そうじゃろ?」 「……うん」 「真のそばにいてやれ。 夜は長い。無駄にするな」 「うんっ、じゃあ……」 「こりゃこりゃ、待て待て。 どこから出ていくつもりじゃ」 「あ〜……あはは、つい。 ありがとう、伊予ちゃん」 「……おやすみ」 「うむ、おやすみ」 「……」 「散々脅したけど……わたしがいる限り、 二人は幸せにしかなれないんですけどね〜」 「さ〜ってと、永遠の独り身は大人しく エロゲでもしてよっと!」 「……」 部屋には戻らず、ベランダに。 夏の終わりを感じさせる風が、頬を優しく撫でる。 心地いい夜だ。でもなんだか、妙に落ち着かない。 「真さん」 琴莉の声。 俺が振り返る前に、隣に並ぶ。 「全然戻ってこないから」 「あ〜……ちょっとね」 「……」 「さっき」 「うん?」 「本当にこれでよかった? とか、 そんなこと聞こうとしたでしょ」 「……。聞くべきじゃないと思ったから、やめたんだ」 「……」 「ど〜ん!」 「おぉっと」 体当たりでもするような勢いで、琴莉が俺の腕に絡みつく。 そのままぎゅっと、俺の手を握った。 「きっかけをくれたのは真さんだけど、 決めたのは、私だよ」 「正直に言うとね、ちょっと……諦めみたいなのも あったんだ」 「私はもう死んでるんだから。 ここにいちゃいけないんだから。 真さんを困らせちゃうから」 「色々な理由を作って、自分を納得させてた」 「でもね、そばにいてくれって言ってくれて…… うれしかったよ」 「あぁ……真さん私でいいんだって。 こんな風になっちゃった私でもいいんだって」 俺の顔を見上げ、笑う。 素直な、屈託のない笑顔だった。 「だから私は……ここにいるの」 「決めたんだ。神様が許してくれる限り、 真さんのそばにいるんだって」 「これは、私の第二の人生」 「もう生きてるつもりじゃなくて、 しっかりと自分を受け入れて」 「幽霊の滝川琴莉として、真さんと、みんなと、 この家で過ごしていくんだ」 「その時間を……真さんが与えてくれた」 「コタロウには、謝らないとね。 もうちょっと待っててねって」 たははと、苦笑い。 ああ、いつもの琴莉の笑顔だ。 ……強い子だ。琴莉はもう、前だけを見ている。 だったら俺も、いつまでもウジウジしていられない。 自分の決断に、責任を持つ。 「梓さんから新しい依頼、貰わないとな」 「うん」 「その前に、コタロウのお墓参りに行こう。 みんなで」 「うん、行こう」 「嶋さんと野崎さんのお墓参りにも行こうか。 琴莉、最後の挨拶できなかったろ」 「うん、行きたい」 「……次は、どんな霊と会うかな」 「男の人だといいな」 「また退魔キックしたいの?」 「も〜、またそれネタにして〜。 ち〜が〜う、真さんがデレデレしないようにっ」 「したことないだろ〜、琴莉以外には」 「あはは、そうだね。うん、そうだった。 真さんは、私に特別優しかった」 「だから私は……救われた」 「お役目を、最後まで果たすことはできなかったけれど」 「ふふふ、まだ途中なの。 真さんの最初のお役目は、まだまだ続きます。 私をもっともっと満たしてくれないと」 「がんばるよ」 「うん。いっぱい一緒の時間を過ごして、 たくさんの人を救って、みんなで笑い合って、 一緒に眠って……」 「あぁ、幸せだ。これからの私の人生は、 幸せなことしか待っていないんだ」 「今日で終わらせなくて、よかった……。 真さんのおかげで……私はもっともっと幸せな気持ちで、 天国にいけるんだ」 「いつか終わりは来るけれど……。 どうせ俺もいつか死ぬんだ。 そう考えると……なにも変わらないよな」 「うん。霊が見える真さんに、神様が許してくれた ロスタイムだねっ」 「今ドヤ顔してるだろ」 「うん。私いいこと言った」 「ちょっと滑ってたかな〜」 「え〜っ」 「あははっ」 「ふふっ」 笑い声が、重なる。 風がそよぎ、なにげなく、星空を見上げる。 いつかあの星のどれか一つに、琴莉はなってしまうのだろう。 俺もそうなるんだろう。 けれどまだ、そのときじゃない。 俺たちは、一緒にいる。 この家で毎日を、日常を、繰り返していく。 「琴莉」 「なぁに?」 「幸せにするよ。世界中の、誰よりも」 「……わ、プロポーズみたい」 「そう受け取ってもらってもいいよ」 「……」 「お、おい、急に黙るなよ」 「……嬉しすぎて昇天しそうだった」 「やめてくれよ。俺号泣だよ」 「あははっ、ね、ねっ」 「なになに」 「もう一回言って欲しいな。 あのときの言葉」 「どのとき?」 「考えて。本当に幸せにしてくれるつもりがあるなら、 わかるはずです」 「あ〜……」 「……」 「琴莉」 「うん」 「愛してる」 「ふふ、うんっ」 「私も真さんのこと、世界で一番――」 「愛してるっ」 「真様、そろそろお時間でございます」 「お、本当だ。う〜っし、気合い入れないとな」 「昼間に出現する霊、か。 また面倒な依頼を持ってきたのぅ、梓のやつめ」 (人目が気になりますね。うまくいけばよいのですが……) 「まぁ、なんとかなるんじゃないの? うちらもう百戦錬磨っしょ。 恐れるものないっしょ」 「油断は禁物。特に今回は情報も少ないしな。 よし、行こう。みんな準備はできてるな」 「うぃっす」 (はい、マスター) 「がんばってこい」 「どうかお気をつけて」 「うん。じゃあ行くぞ……と言いたいところだけど、 一人足りないな」 「……ご主人」 「うん?」 「コトリンは……」 「……え? あぁ……そうか、そうだった……。 琴莉は、もう……」 「……」 「……」 「……」 「……」 「え? なにこの空気」 「コトリン……フォーエバー……」 「いや、いるから。ちゃんといるから。 もう! 葵ちゃんはすぐ私を成仏させる! 真さんもすぐ乗っかる!」 「にゃっしっしっ!」 「あははっ、ごめんごめん。 もう行くよ、琴莉」 「うんっ、ごめんね。この服探してて」 「ああ、ごめんなさい。お洗濯をしたばかりで」 「うむ、琴莉に授けた法衣、大事に着ておるようじゃの。 それはかの天海僧正から賜った――」 「前は天草四郎って言ってたよ……。 もういいよその設定……」 「む、しまった。設定が甘かったかの」 「ってか、結局お気に入りだよね、それ」 「あはは、普段と違うと気持ちも引き締まるし」 (それに……可愛いです、その服) 「ね、ねっ、いいよねっ、巫女さんっぽい」 「アイリスにもやろうか。通販で買える」 「あぁ……ついに通販って言っちゃった……」 「伊予様……無駄遣いはお控えくださいましね。 いつの間にか新しいゲーム買ってるんですから……」 「あ〜あ〜、聞こえな〜い。 お金の話はわからな〜い」 「相変わらずサイッテーだこいつ……」 「うっさい、はよ行け。 霊の出現時間を逃すぞ」 「そうだった。よぉし、みんな行くぞ〜!」 「お〜!」 (がんばります) 「お気をつけて。 夕食の仕度をして、お帰りをお待ちしております」 「張り切って行ってこい。 霊の声に、耳を傾けてやれ」 「ああっ。頼りにしてるぞ、みんな」 「うんっ! よ〜し、加賀見霊能探偵団、出発だ〜!」 「おっしゃ〜!」 「レッツゴ〜!」 「あ、ちょっと待った、俺まだ靴履いて……っ、 お、おい、待って、お〜い!」 「ふふ、あははっ、真さん早く早く〜! 置いてっちゃうよ〜!」 「待ってって!」 「あははっ! ご〜ご〜!」 ぼんやりと景色を眺めながら、ゆっくりと歩く。 琴莉とコタロウの散歩コース。 もしかして今日なら会えるんじゃないかという、根拠のない予感。 残念ながら、外れだ。 報告を兼ねてコタロウのお墓参りにも行ったけど、そこにも琴莉はいなかった。 ……どこにも、琴莉がいない。 まさか本当に、あのまま逝ってしまったんだろうか。 そうだとしたら……寂しい、本当に。 「……帰るか」 立ち止まり、踵を返す。 琴莉……今どこにいる。 せめて……もう一目だけでも、会いたいよ。 「ただいま」 「おかえりなさいませ」 帰宅すると、すぐに芙蓉が出迎えてくれた。 「これ、ついでに買ってきた。 アイスとか色々」 「すぐにお出ししましょうか。暑かったでしょう」 「そうだね、食べようかな」 「では、手洗いうがいをしっかりと」 「へ〜い」 買い物袋を芙蓉に渡し、洗面所へ。 言いつけ通り手洗いうがいをしっかりして、居間へと向かう。 「ご主人おっかえり〜」 (おかえりなさいませ。琴莉お姉様は……) 「いや……」 首を横に振りながら、いつもの場所に腰を下ろす。 そうですか……と、ぬいぐるみを抱きしめながらアイリスは俯いた。 「もう会えないとか……ないよね?」 「……。その覚悟も……必要なのかもしれない」 (あれで最後なんて……そんなの嫌です) 「そうだな……」 「そんなに暗い顔をしないでください。 琴莉さんが帰ってきたら、驚いてしまいますよ? さ、甘い物を食べて元気になりましょう」 「アイスだ!」 「うし、食べようか」 (いただきます) 「ああ、そうでした。 お出かけの間に、伏見様よりお電話がありましたよ」 「お、なんだった?」 (犯人、あのあと無事逮捕されたそうです) 「あ〜……そういえば、そっか。 勝手に逮捕されたものと思ってた。 まだ報告聞いてなかったね」 「あの状態じゃ逃げられないっしょ〜。 ちょ〜錯乱してたよ。ハゲそうなくらい」 「そうですね……。 ただ、錯乱の仕方がズレていたと、伏見様が」 「どういうこと?」 「うわごとのように呟いていたそうです。 まだ動くはずがない。まだ動くはずがない」 「まだ……?」 「犯人は、理想の女性を作っていたんだそうです。 あとは……土方様の髪の毛で完成。 不完全な状態で、動くはずがないと」 「ぉぉん? 完成すれば生き返るってこと?」 「少なくとも、そのつもりだったようですね」 「ってことは、怪奇現象にびびったっていうよりは…… 自分の予定とは違ったから慌てた……ってことか」 (……狂ってます) 「ただ……こうも言ってらっしゃいました。 いつか生き返ると思っていたなら、 死体が動いてあんなに怯えるのはおかしい、と」 「なるほど……。確かにそうだ。 心のどこかでは……理解していたんだろうか。 自分の犯した罪を」 「かもしれません。 色々辻褄が合わない言動が多いようで…… 伏見様も仰っていました。すっかり狂ってしまっていると」 「そうじゃなきゃ……あんなことしないよな。 きっかけは……受験のストレスあたりか……」 「きっかけがあろうがなかろうが、 同情の余地はないがな」 伊予も居間にやってきた。 憮然としながら、俺の隣に腰を下ろす。 「アイスの気配を感じてやって参りましたがわたしの分は?」 「すぐにお持ちいたします」 「うむ。真よ、琴莉は……と、聞くまでもないか」 「……そうだね、会えなかった」 「そうか……。せっかく事件が解決したのじゃ。 その報告だけでもしてやりたいが……」 「伊予様、どうぞ」 「うむ、ありがとう」 「そうでした。もう一つ伏見様から。 検死……でいいのでしょうか。 そちらが済み次第、遺体は遺族に返されると」 「そう遠くないうちに、葬儀も行われるのではないかと 仰っていました」 「葬儀、か……」 「あたしたちも参加できる?」 「姿の見えん二人は潜り込めるじゃろうが……」 「俺は……難しいかもな。完全な部外者だ」 (お友達なのに……) 「お見送りもままならないとは……。 悲しいですね」 「あくまでもお葬式だよ。 俺たちは直接、琴莉と……うん、お別れをしよう」 「……そうじゃな。早く探してやれ。 琴莉も一人は……寂しいじゃろう」 「……だな」 「あら、お客様でしょうか」 インターホンの音が響く。 わたくしがと芙蓉が立ち上がり、廊下に出る。 ほどなくして、玄関の戸が開く音。 「こんにちは〜!」 この声、由美か。 俺もスプーンを置いて立ち上がり、玄関に向かう。 「いらっしゃいませ、土方様」 「こんにちは。あ、真くんっ」 「いらっしゃい。昨日はよく眠れた?」 「うんっ。あがっていい?」 「ああ、どうぞ」 「お邪魔しま〜す!」 「……?」 靴を脱ぎ居間へと向かう由美を見送りつつ、首を捻る。 なんか、今日の由美……。 「このような言い方は失礼ですが……。 いつもより明るい……でしょうか」 「あそこまでテンション高い由美、初めて見るなぁ……。 大学の合格発表でももうちょい落ち着いてたけど」 「事件が解決したので、 気分が高揚されているのかもしれませんね」 「かな。あんな非日常的な体験したわけだし」 「ともかく、お茶をお出ししますね」 「お願い」 芙蓉が台所へ、俺は居間に戻る。 「あ、アイスだ。お皿たくさんあるけど…… 葵ちゃんとアイリスちゃんいる?」 「ついでに伊予も」 「ついでとはなんじゃついでとは」 「うぃ〜す! 由美ッチうぃ〜っす! って、聞こえないか〜。にゃはははっ」 「座ってもいい?」 「ああ、どこでも。由美もアイス食べる?」 「いいの?」 「どうぞどうぞ」 「ではお言葉に甘えまして」 「了解。芙蓉〜、由美にもアイス〜」 「は〜い。ただいま」 「よいしょっと」 由美が葵の隣に座り、俺も腰を落ち着ける。 すぐに芙蓉もやってきて、由美の前にグラスとお皿を置いた。 「どうぞ」 「ありがとう。いただきます」 「今日も警察に?」 「え……? あ、ううん。今日は……ない、かな?」 「今日はってことは、また呼ばれたり?」 「あ〜……えぇと、どうだろう……。 ちょっと……わかんないかな?」 話しながら、スプーンを口に運ぶ……と、パッと表情を輝かせた。 「ん……っ! おいし〜い! アイスおいしいねっ! すごい! 涙でそう!」 「お、大げさだな……」 「おいしいおいしいっ」 ぱくぱくと、アイスを口に運ぶ。 やっぱ……今日の由美変だな。 実はまだ昨日のこと引きずってるのかな……。相当驚かせちゃったし。 それで、気を使わせないように……とか? うぅんでも、ここまで明るいのは……。 「……」 (マスター。そのまま聞いてください) 「?」 アイリスの声が頭に響く。 他のみんなは反応していない。 ……俺だけ? (こちらも見ないでください。 テレパシーなど届いていないように 振る舞っていただけると) (あ、ああ。どうした?) (その……どう言えばいいのか……) (……) (率直に、申します) (この方……土方様じゃありません) 「……ぇ?」 思わず、声が出る。 由美じゃ……ない? 「? どうしたの?」 「あ、あぁ、いや……。 ア、アイスこぼしそうになっただけ」 「あはは、ドジなんだから」 由美が笑う。 ……。 確かに、違和感はあるんだ。うまく言葉にはできないけど、なにかがひっかかる。 (どういうことだ、アイリス) (いつもと気配が違うんです。 とてつもない違和感。土方様であって、土方様じゃない。 馴染みがないようで、しかし、どこか懐かしくもあり……) (懐かしいって……) その一言が、ひっかかる。 まてよ、この感じ……この雰囲気。 そうだ。俺にも……心当たりがある。 それに……アイリスちゃん、葵ちゃん。由美はそう呼んでいたか? 二人をそう呼ぶのは……。 (まさか……) (……はい、おそらく。 それに、本当はアイリスたちのこと見えていますね。 葵お姉様の動きを目で追いました) (え、ちょ、ちょっと待ってくれ。どういうことだ。 じゃあ本物の由美は……) (……いえ。偽物や本物と言うことではなく……) 「真」 伊予が俺を呼び、スプーンを置く。 反応が遅れ、数秒たってから顔を上げた。 「な、なに?」 「恋人が来ているところすまんが、 先にわたしの用事を片づけてもらってもいいか?」 「……へ? 用事?」 「約束したじゃろう。部屋の配線を少々いじる。 手伝ってくれ」 「あぁ……そうだった。今やる?」 「今やらんとゲームができんからの。 部屋に来てくれ」 「わかった。由美、ごめん。 ちょっと伊予の手伝いをしてくる」 「うんっ」 由美に断りをいれ、既に居間を出た伊予を追う。 たぶん伊予も……気づいている。 半開きのままの扉の隙間から、滑り込むように中へ。 「取り憑かれておるな、琴莉に」 「……」 開口一番、伊予が言い放つ。 あえて言葉にはしなかった。したくなかった……ことを。 「どうして……琴莉が、由美に」 「さぁな。 じゃが……人に取り憑いたのであれば、 琴莉が悪霊化している可能性もある」 「そんなこと……」 「ありえない、などと言うなよ。 十二分にありえる」 「恋い焦がれた男は他の女のもの。 加えて、自分は既にこの世の者ではなかった。 これほどの絶望があるか」 「……」 「……そんな顔をするな。真を責めているわけではない。 琴莉の想いに応えなかったことは、正しかったと わたしは思っている」 「応えれば、それが現世への執着となる。 真のために成仏を拒んでは、元も子もない」 「けど……それが今回の原因なら」 「そうかもしれんが、そうではないかもしれん。 ひとまずは様子を見るぞ。 琴莉ではなく、由美として扱え」 「琴莉がなにを望んでおるのか、慎重に読み取るのじゃ」 「しくじれば……最悪、由美が琴莉に取り殺されるぞ」 「……」 「どうあっても……そうはならないと信じたい」 「希望的観測は厳禁じゃ。 つらいじゃろうが……今までの琴莉ではないと思え」 「目の前にいるのは……自らの死にうちひしがれ、 生を求めるがあまり人に取り憑いた…… 一つの霊じゃ」 「……」 「真」 「わかったよ、やれるだけやってみる」 「…………」 「……これが、お役目か」 「……そうじゃな。 何事も……望み通りには進んでくれん」 「……居間に戻るよ」 「気をつけてな」 「ああ」 部屋を出て、扉を閉める。 どうして琴莉が。 どうして由美に。 混乱している。こんなこと、まったく……。 「あ、伊予ちゃんの用事、もう終わったの?」 「へ? あ、ああ、割とあっさり」 「そっか。あの……今日なんだけど、 泊まっていってもいい?」 「あ、ああ、いいよ。もちろん」 「やった、ありがとう。 あ、そうだ。おトイレお借りしま〜す」 機嫌よさげに由美は……琴莉は、歩いていく。 どうすればいい。 まったくわからなくて、情けなくも……途方に暮れることしかできなかった。 「ふぅ〜、ごちそうさまでした!」 「お粗末様でした。もう大丈夫ですか?」 「うん、お腹いっぱい。 こんなにおいしいご飯……久しぶりに食べたなぁ」 満足そうに笑い、箸を置く。 由美を交えての夕食。それはもう、すさまじい食べっぷりであった。伊予も軽く引くほどに。 ただ、それもよくわかるんだ。 野崎さんがそうだったように、霊体は食事をとれない。 今まで琴莉は、食卓についてはいた。 でも、それだけだ。 霊特有の認識のズレで、食事をとっているつもりだったみたいだけど、実際は口にしていなかった。 琴莉の言動から……そのことに気づいた節がある。 だからこれは、久しぶりの食事なんだ。 ただみんなの食事風景を眺めるだけじゃない、自分もちゃんと味を、満腹感を覚える……久しぶりの。 みんなそれがわかっているから、どれだけがっつこうと、茶化すことは決してしなかった。 「デザートはいかがですか?」 「あ、食べたい! ……けど、今はちょっと、無理かな?」 「では先にお風呂などは。もう沸いておりますので」 「あ、じゃあ……入ってもいい?」 「どうぞ。ごゆっくり」 「うん。ごちそうさまでした。 じゃあ一番風呂いただきま〜す」 皿を重ねて立ち上がり、台所へ。 流しに食器を置いて、廊下に出て洗面所へ向かった。 扉が開き、パタンと閉まる音。 そこでやっと、若干緊張していた空気が弛緩する。 「やはり……あれは由美ではなく、琴莉じゃな。 完全に乗っ取られておるようじゃ」 (このようなこと、言葉にしたくもありませんが…… 琴莉お姉様は、土方様になりかわるのが 目的なのでしょうか?) 「でもさ、由美ッチになろうとしてるわりには普通すぎない? まるっきりコトリンだよ? あれ。 あたしたちを騙す気はないっしょ」 「なにかの間違いで……由美さんの体に 入ってしまったのでしょうか? 本人に自覚はないのかもしれません」 「由美の意識と混在しておる……という可能性も あるにはあるか。ところどころ由美を感じる」 「そうだな……由美って呼ばれて反応するし、 俺のことを、真くんって呼ぶんだ」 「だから……琴莉が由美を真似ているのか。 それとも琴莉と由美の意識が混ざり合っているのか。 そのどっちか……なのかな」 「どちらにせよ……危ういのう。なりかわるつもりなら、 このまま由美の魂は消えてしまうだろう」 「混在しているとしても、同じことじゃ。 二人の魂が混ざり合い、琴莉でも由美でもなくなる」 「そうなるまでに猶予はあるじゃろうが……断言できん。 あまり時間はないと思った方がいいじゃろうな」 「……。どうすればいい」 「無理矢理引っ張り出しちゃう?」 「できるのか?」 (はい。マスターに精をわけていただくように、 琴莉お姉様の魂を土方様の体から出すことは、 それほど難しくないと思います) 「そのために……少々、 色っぽいことをせねばなりませんが」 「ああ……なるほど。 儀式みたいなもんか……」 「しかし……琴莉の意思で取り憑いておるのであれば、 簡単にはいかんじゃろう。暴れるかもしれん」 「暴れる……ね」 「イメージできないにゃあ……」 「……だな。今日一日注意深く観察してみたけど、 琴莉はやっぱり琴莉だなって」 「だから、悪霊化してるなんてどうしても思えない」 「このあと、二人きりで話してみようと思う。 それからどうするかを判断したい」 「うむ……まぁ、そうじゃな。 話し合いで解決するのが一番じゃ」 「でも……もし、もしもだよ? コトリンが悪霊になってたら……どうするの?」 (嶋様にそうしたように……ゆっくりと時間をかけて、 琴莉お姉様と話し合うしかないでしょうね……) 「それまで土方様のお体がもつかどうか……」 「……」 「とにかく、話をしてみるよ。 風呂から出たら、俺の部屋に来るよう 伝えてもらってもいいかな」 「はい。お食事はもう?」 「うん、ごちそうさま。おいしかった」 箸を置き食器を重ね、立ち上がる。 「部屋の外に葵とアイリスを待機させておけ。 もしものためじゃ」 「……もしもが起こらないように願うよ」 ため息をつき、自室へと向かった。 「……」 ベッドに寝転がり、由美が部屋に来るのを待つ。 いや……琴莉と呼んだ方がいいのか。 まだ戸惑っている。なにかの間違いであればと思っている。 そういえば……以前、由美の霊に対する耐性が低いと、伊予が言っていた。 だったら、なにかの間違いで琴莉と由美が接触してしまい、一つの体に二つの魂が共存する形になってしまったのではないか。 もしそうなら、受け入れてくれるはずだ。由美の体から、琴莉を引っ張り出すことを。 でもそうじゃないのなら……。琴莉の意思で、由美の中にいるのなら。 俺は、どうすればいい。琴莉は、なにを望んでいる。 考えても考えても、答えは出ない。 「真くん?」 ノックの音と、由美の声。 体を起こし、『あいてるよ』と答える。 「お邪魔しま〜す」 由美が入ってくる。 一度顔だけを覗かせて俺の姿を確認するその所作は、紛れもなく琴莉のものだった。 けれどまだ確信がなく、『琴莉』と呼ぶ勇気がなく。 どうでもいい話でお茶を濁す。 「服着替えなかったの?」 「あ〜……着替え、持ってきてなくて」 「下着もそのまま?」 「え、ぁ……う、うん」 「俺のでよかったら貸すけど」 「ま、真くんの? 下着?」 「そう、男物じゃ落ち着かないかもしれないけど」 「ぁ、ぅ……」 顔を真っ赤にして照れる。目が泳いでいる。 あぁ……間違いない。琴莉だ。 今目の前にいるのは……由美の姿をした、琴莉だ。 「我慢できるなら、いいけれど」 「あの、その……こ、こういうのは…… 恋人なら、当たり前……なのかな」 「どうだろ。逆は嫌だけど」 「逆?」 「俺が由美の下着はいたら、ただの変態」 「あはっ、ふふっ、そうだね。あははっ、変態だ」 肩を揺らし笑い、俺の隣、ベッドの上に腰かける。 あぁ……やっぱりそうだ。 この笑い方は、琴莉だ。声は違っても、わかるんだ。 ……琴莉の笑い声だ。 「じゃあ……借りちゃおうかな」 寄りかかり、俺の肩に頭を預ける。 そこで、やっと、やっとだ。どうして俺は、ここまで鈍いのか。 ようやく琴莉の望みを……理解した。 そうだ、俺は……ちゃんと応えていなかったよな。琴莉の気持ちに。 「……」 ふ、っと、顔を上げる。 俺を見つめる目が、潤む。 琴莉らしく不器用にぎこちなく。 けれど精一杯大人ぶって。 「着替えるから……脱がせて?」 俺を……誘う。 「……」 琴莉がそう望むなら。 肩を抱き、押し倒す。 「ん……」 短い喘ぎ声。 先を期待した、火照った体。 胸にそっと触れ、唇を寄せ……。 「……」 「……」 「……っ」 重ねられず、顔を逸らした。 「……真くん?」 「……」 「……ごめん」 「できないよ……琴莉」 「…………」 「なんだ……もう、バレちゃってたんだね……。 あはは……」 聞き馴染んだ声色。 気まずさをごまかすような、ぎこちない笑み。 琴莉の面影とぴったり重なり、胸が詰まる。 「私……演技下手だった?」 「……バレバレだよ」 「そっかぁ……土方さんとは、 あんまり話したことないからなぁ……」 「……」 「自分の意志で……由美に?」 「……」 「うん」 「お兄ちゃんのそばにいるなら、 これしかないと思った」 「ぜんぜん……躊躇わなかった。 首だけになった私を見て…… 死んでるって理解して……」 「私はどこか……おかしくなっちゃったのかも。 いい霊か、悪い霊かで言うなら……」 「私はもう、悪霊……なのかもしれないね」 「……こんなまともに話せる悪霊、いないよ」 「あはは……そうかな。 私……まだ大丈夫かな。 こんなにひどいことしてるのに……」 「……由美も許してくれるさ」 「出ておいで、由美の体から。 みんな由美の真似をした琴莉じゃなくて、 琴莉自身を待ってる。ずっと探していたんだ」 「……」 「私が私になって……どうなるの?」 「え……?」 「もう私の居場所なんてないのに」 室内の温度が、急に下がったような感覚。 ひんやりとしたなにかが俺の背中を撫で、身震いさせる。 由美の、琴莉の瞳は……冷たかった。 「お兄ちゃんは由美さんと付き合ってて、 私は……ただの幽霊で。 お兄ちゃんに告白する資格すらなかった」 「あとは……成仏するだけ。 もう私には……それしかないよ」 「それなのに……お兄ちゃんは、 私に出てこいって言うの……?」 切羽詰まった、必死な言葉に……俺はどう答えるべきなのか、すぐには判断できず。 半ば呆然と、涙が滲み始めた瞳を見つめ返していた。 「……」 「ごめん、なさい……。 困らせるつもりは……なかったんだけど」 「いや……」 「……。あの……あのね、お兄ちゃん」 「一回で……一回だけで、いいの」 「今日だけ、お兄ちゃんの恋人にして欲しい」 「私だって思わなくていいの。 私じゃなくて、好きなのは由美さんでいいから……」 「今だけは、今だけは……」 「それで……満足するから」 「終わったら……ちゃんと、体返すから。 私、コタロウのところに逝くから……」 「だから……お願い、お兄ちゃん」 「一回だけ……私を、恋人にしてください……」 「お願い……っ」 「……」 わかったと頷くことは、簡単だった。 以前伊予に聞かれたこと。 琴莉に惹かれているんじゃないのか。 それはたぶん事実で、お風呂に入ったとき、琴莉の裸に欲情したのも事実で。 それに今は……由美の体。 琴莉の望みを叶えることは、簡単だった。 けど、それでも。 「……」 「……できないよ」 「どう、して……?」 「こんなやり方……琴莉らしくない。 由美を巻き込んで、こんな……強引に」 「それだけ追い詰められた状況だってことは…… わかってる。わかってるつもりだ。 けど、それなら……、それならなおさら……っ」 「そのままで、会いに来て欲しかった。 由美の姿じゃなくても、琴莉そのままでも、 俺は……っ」 「……」 「駄目だよお兄ちゃん、それ……浮気になっちゃう」 琴莉が笑う。 冗談めかした言葉。 どこか危うい必死さが薄れていくような、そんな気配を感じた。 「……ごめんなさい。 そうだね、こんなの……駄目だよねぇ……」 「やっぱり私……変になっちゃってたね。 このままだと……本当に悪霊になっちゃう気がする」 「大丈夫、琴莉はそんな風にならないよ。 俺が……させない」 「ふふ……うん。でも……いつかなっちゃう。 お兄ちゃんが土方さんと仲良くしてるところ…… 見たくないし」 「残念だけど……すっごく、残念だけど。 私はお兄ちゃんの一番になれなかった」 「でも……私そのままでもって言ってくれたから…… 少しは、救われたのかな」 「……うん。それだけで、幸せだ」 「……琴莉?」 「ごめんね、お兄ちゃん。 これ以上……困らせたくないから」 「霊を天国に送るのが……お役目。 だったら私も……早く逝かなくちゃ」 「お兄ちゃんも、その方がいいよね。 わがまま言って……困らせたくない」 「そんな、わがままなんて……」 「最後の最後に……ごめんなさい、お兄ちゃん」 「最後? 待て、待った! 琴莉! 俺は……!」 「――さようなら」 「……ぇ?」 「……」 「琴莉……?」 「…………」 「琴莉……!」 目を閉じ、動かなくなる。 呼びかけても、体を揺すっても、反応してくれない。 さようなら? そんな、こんな形で……! 「待て、待てよ……っ、琴莉……! 琴莉!!」 「琴莉ッ!!」 「ご、ご主人?」 (マスター、どうされましたっ?) 異変を感じ取ったのか、部屋の外で待機していたであろう二人が飛び込んでくる。 ベッドの上でぴくりともしない由美に気がつき、言葉を詰まらせた。 「え、由美ッチ、あれ……?」 (まさか、そんな……) 「いや……由美は、無事だよ。眠っているだけだ。 けど……」 「……」 「琴莉が……っ」 「……」 「……」 「……」 「……」 居間を、沈黙だけが支配していた。 由美は、俺の部屋に寝かせてある。 もう一時間ほどたつだろうか。まだ目覚めない。 このまま目覚めないのでは……という不安がよぎる。 それ以上に……琴莉のことが、悔しくて堪らなかった。 琴莉を救うことが、俺の最初のお役目だった。 できる限り最高の形で、笑顔で逝ってもらおうと、がんばってきた。がんばってきたつもりだ。 ……そう、つもりになっていただけだ。俺は、最後の最後で……! 「……そのような顔をするな。 真は立派にお役目を果たした」 「……喜べないよ。とても」 「でも、成仏できたなら…… コトリンも納得してくれた……ってことでしょ?」 「そうだとよいのですが……」 (マスターたちの話、聞こえていました。 琴莉お姉様は、お役目をよく知っています。 そのために、マスターに迷惑をかけたくない一心で……) 「そう、そうだよ……。 俺のために、本当にしたいことを我慢して…… 逝ってしまった」 「もっとうまくできたはずだ。 俺は……琴莉の気持ちを裏切った。 最低だ、俺は……っ」 「……今さら後悔しても仕方あるまい。 俯くばかりでは成長はないぞ」 「そんなに早く切り替えられるかよ。 せめて……悔やむくらいの時間はくれよ」 「悔やむなら悔やむでいい。 じゃが、自分を罵るのはやめろ。 成仏すると決断した琴莉が悲しむ」 「もう……琴莉には会えぬのじゃ。 ああしてやりたかった、こうしてやりたかった。 そのように悔やんでも……もう遅い」 「ううん。遅く……ないよ?」 「……む?」 廊下に、由美が立っていた。 開いた障子に寄りかかりながら、つらそうに立っている。 「目が覚めたのか……」 「うん、さっき」 「そうか、なによりじゃ」 「……」 「あ? んっ? お主、わたしの声が……」 「うん。ふふ、座敷わらしって、ジャージ着てるんだね」 「なんと……姿まで」 「え、じゃあ……」 (アイリスたちも?) 「やっと……お礼言えるね。 この前はありがとう。二人とも、こんな顔してたんだ。 とっても可愛いね」 「由美にも霊視の力が……」 「琴莉さんに憑かれていたから……でしょうか」 (いえ、申し訳ありません。 先ほどは動転しており気がつきませんでした……。 もしかして、琴莉お姉様はまだ) 「うん……まだ、私の中にいるよ」 弱々しく笑い、胸に手をあてる。 琴莉が……まだ由美の中に!? 「そ、それって、どういう……っ!」 「お待ちを、真様。土方様、どうぞこちらへ。 立っているのはおつらいでしょう」 「あ、はい。ありがとうございます」 芙蓉に支えられながら、俺の隣に腰を下ろす。 ……顔が真っ青だ。 「大丈夫?」 「うん。ちょっと疲れてる感じがするけど……それだけ。 大丈夫だよ」 「で、で、なになに? コトリンまだいるの?」 「うん。琴莉ちゃんなら、いるよ。 まだ……私の中にいる」 「待て、解せん。もしや……琴莉に取り憑かれていたことを、 自覚しておるのか?」 「うん。なんていうか……ぼんやりと意識があって。 すごく遠いところから、みんなを見てる感じで」 「あと……琴莉ちゃんとね? すごく深い部分で繋がった気がするの」 「琴莉ちゃんが今まで感じたこと、見てきたこと。 それが全部……伝わってきた」 「……なるほど。説明の必要はないというわけか」 「うん。だから、伊予ちゃんのことも…… あ、ごめんなさい。伊予ちゃんでいい?」 「問題ない」 「ありがとう。なんだか初対面って気がしなくて……。 今まで以上に、みんなのこと理解してる」 「……危ういな」 「え?」 「いや、いい。琴莉が中にいるというのは、 そのままの意味でいいのかの」 「あ、うん。まだ成仏はしてないよ。 私の中にいる。私が待ってってお願いしたら、 逝かないでくれた」 「お願い……? 琴莉と会話を?」 「会話ってほどじゃないけど…… なんとなく意思疎通ができる感じ……かな?」 (琴莉お姉様はなんと?) 「えぇと、本当にぼんやりとしかわからないんだけど……」 「……」 「あ、あのね? 真くん」 「ああ」 「琴莉ちゃんね、真くんの恋人になりたいって 気持ちもあるけど、それ以上に…… みんなと家族になりたいの」 「みんなと一緒に起きて、みんなとおいしい食事を食べて、 みんなとくつろいで、みんなと眠って」 「そういう毎日を、望んでいるの」 「でも叶わないってわかってるから、 せめて真くんとだけは……って、 私の中に入ってきた」 「その気持ち、私すごくわかるの。 だから、このまま逝かせちゃうのは…… とっても可哀想で」 「ねぇ、真くん。なんとかできないかな?」 「してあげたいとは思うけれど……」 「霊体として今まで通りに過ごすことはできましょう。 しかし、食事については……」 「霊として無理なら、私の体の中にずっと いてくれれば……交代すればいいし」 「駄目じゃ。自分が由美なのか琴莉なのか、 いつかその区別もつかなくなるぞ」 「じゃあ、ほ、他にいい方法ない? どうにかしてあげたいの」 「このまま、我慢したまま逝かせちゃうのは…… とっても可哀想だよ」 「すごく、すごく深いところまで理解したの、 理解しちゃったの」 「どれくらい真くんが好きで…… 私がどれくらい……琴莉ちゃんを絶望させたかって」 「だから……なにかしてあげたいよ。 最後に……せめて」 「そう、だな……。してあげたい。けど……」 「……」 「伊予、なにか知恵はないか?」 「……」 「あるには……ある。……が」 「…………」 「真よ」 「ああ」 「由美は好きか?」 「へ?」 「いいから答えよ」 「そ、そりゃあ……好き、だよ?」 「ぅ……あ、ありがとう……」 「そうじゃろうな……ならば……。 このまま由美の中に、という状況だけは避けねばならん」 「ならば無理矢理引きずり出すか……。 アイリス、どう見る。魂の匂いに敏感なお主なら、 判断もつくじゃろ」 「……」 (賛同しかねます。事情が変わりました。 今の状況で琴莉お姉様を土方様から引き離すのは、 大きなリスクを伴います) 「やはりそうか……」 「それは……どうして?」 (琴莉お姉様と土方様は――) 「長々とした説明はあとでよい。 問題はどう引き離すか、じゃ」 (……。今伊予様が考えている方法以外、 ないかもしれません) 「勝手に心を読みおって。 しかし……それを口にしていいものかどうか」 「ああ……見当がつきました。 しかしあれは……」 「わかっておる。わかっておるが…… 琴莉の望みを完璧に叶えてやりたいのであれば、 それしかない」 「待ってくれ、話が見えない。一体なにを……」 「わたしもまだ迷っておる。それしかない、 だがその手段をとっていいものかどうか……」 「教えてくれ、伊予。どうすればいい。 どうすれば琴莉の望みを叶えてあげられるんだ」 「わ、私も知りたい。なんでもするから。 どうすればいい?」 「うぅむ……」 「伊予」 「伊予ちゃん」 「…………」 「コトリンを鬼にするんでしょ?」 「え……?」 言い淀む伊予の代わりに、ずっと黙っていた葵が、今日の献立でも決めるみたいな気軽な調子で、口にする。 琴莉を……鬼に? 「葵……お前というやつは……」 「ため息つかないでよ〜。 伊予様には悪いけど、決断するのはご主人だよ。 こっちが悩んでても仕方なくない?」 「む……葵のくせに正論を吐きおって。 確かにそうじゃが……」 「そ、そんなことができるのか? 琴莉を鬼にするって……」 「できなきゃ鬼なんて存在しないよ」 「? どういうこと?」 「鬼が鬼から生まれるのであれば、 最初の鬼はどうやって生まれた」 「あ……」 ……そうか。最初に鬼になった人物がいなければ……鬼は存在しえない。 じゃあ……。 「霊を鬼にする方法が……存在する?」 「ええ。我らも元を辿れば、一人の人間にいきつきます」 (怨恨などの現世への強い執着を持つ霊が、 あるいは道を踏み外した、生きたままの人の魂が 鬼へと転ずるのが常ではあります) (しかし鬼と共に生きてきた加賀見の一族は、 人為的に霊魂を鬼へと転生させる術を編み出しました) 「外法じゃ。この世の理から著しく外れた術じゃ。 使えば不幸を呼ぶぞ。間違いなくな」 「……。それでも、また琴莉に会えるのなら」 「ど、どうすればいい? 私にできることは?」 「……聞けば後悔するぞ」 「……覚悟はしてる」 「わ、わたしも」 「……覚悟などと、気安く口にする」 「頼む、伊予。教えてくれ。 俺は……琴莉の願いを叶えてあげたい」 「琴莉を……幸せにしてあげたい」 「……」 「真と由美、二人の子を捧げよ」 「こ……え?」 「こど、も……?」 気安く。伊予のその言葉を、理解する。 それはあまりにも重すぎる、贄だった。 「外法だと言うたぞ。なんの犠牲もなく、望む結末だけを 得られると思ったか」 「ある意味では、黄泉返りじゃ。 常世へ赴くはずの霊を、鬼として現世に縛りつける」 「人と霊の間の存在とし、新たな生を与えるのじゃ。 ならば、人の命以外に相応しい対価があろうか」 「……」 「……」 「急に勢いがなくなったの。 まぁ……すぐに答えを出せることでもない。 子供もすぐできるものでもないしの」 「じゃが……お主らは運がいい」 「既に宿しておるな。真の子を」 「ぇ……?」 俯いていた由美が、顔を上げる。 俺もぎょっとして、由美を見た。 す、既に……? 「え、に、妊娠……?」 「わ、わかんない、え、し、してる、の……?」 「気づいておらんかったのか。 じゃがおるぞ。由美の腹に」 「ぁ……」 由美がお腹を、そっと撫でる。 ここに……俺たちの子供が? そういえば、一度だけ生でしてしまった。 そのときに……? 本来であれば、喜ぶべき瞬間だ。 けど、こんな状況で……。 俺たちは、琴莉のために……由美のお腹の子を? 捧げる……のか? 「青ざめたの。そうじゃ。 人を鬼にするとはそういうことじゃ。 それだけの対価を払わねばならんのじゃ」 「琴莉にとってもそうじゃ。 二人の子の命と引き替えに、自らの願いを叶えた。 その罪を背負って生きねばならん」 「どうする、真。今ここで決断せよ」 「琴莉が大切ならば、すぐにできるじゃろ?」 「……っ」 「子供を、贄に……」 「…………」 「俺、は……」 「………………っ」 言葉が出てこなかった。 汚い思考がぐるぐると頭を回る。 俺はまだ学生だ。まともに育てる自信がない。 それにまだ会ったことのない子供より、琴莉の方が俺には……。 そんな、なんて冷たいんだって自分を詰りたくなるような思考が……よぎっては消え、よぎっては消え。 でも、でも……あぁ、俺の子供なんだ。 由美のお腹に、俺の子供が。 その子の未来を、閉ざしていいのか? いいわけないだろ。 親の勝手な判断で、これから楽しいことがいっぱいにあるはずの、輝かしい未来を……っ。 ああ、ちくしょう。俺は、俺は……っ。 「……」 「答えは出せんか」 「真くん……」 「……ごめん、由美……。 情けないけど……俺には……」 「いいや、それでいいんじゃ」 「え……?」 「伊予様は意地悪でございます」 「子供を捧げるのって、鬼が他にいない場合でしょ?」 (ここには、鬼が三人もおりますから) 「え、え……?」 みんなが、悪戯めいた笑みを浮かべる。 状況が飲み込めず、俺と由美は、ただ呆けていた。 「悩み抜いた。自らの子と、琴莉。どちらも選べなかった。 それは、人と霊を等価に扱っておる証。 わたしは嬉しいぞ、真」 「子を犠牲にするなどとぬかしたら、 わたしはこの家を出ていかねばならなかった」 「え、え……? でも……そ、そうしないと、琴莉は……」 「葵が言ったじゃろ。 安心しろ。他にもやり方はある。 なんの犠牲もなしに、な」 「そ、そうなの?」 「うむ。赤子の命は必要ない」 「鬼を生む儀式の応用でございます。 新たな鬼は我が身を、霊子の一部を 分け与え生みだしますが……」 「今回はコトリンの魂があるからね。 そこにあたしたちの力を分けてあげる」 (人と鬼の同化です。 そうやって、鬼を生みだすことができます。 もちろん、贄は必要となりますが……) 「えぇと、じゃあ……みんなとすれば?」 「いいや、精子だけでは駄目じゃ。 真と由美の血も必要じゃな」 「私も……?」 「琴莉は由美に宿っておる。 由美を母胎として生みだすが最善じゃろう。 それには、由美も琴莉と契約を結ぶ必要がある」 「契約……」 「そう、契約じゃ。 赤子から、精と血。随分とお手軽になったじゃろう」 「鬼に変えても、愛する者と添い遂げたい。 そう考えた者が……鬼を使ったこの秘術を編み出した」 「先祖に感謝するんじゃな。 つらい決断をしなくて済む」 「……、そうか、そうだよな……。 これは……俺だけの悩みじゃなかった……ってことか」 「八代も続けば、多少の壁を乗り越える術は 残っておるものじゃ」 「じゃが……忘れるなよ。これは外法じゃ。 お手軽になろうとも、外法は外法なのじゃ」 「鬼はその記憶を、力を、妹たちに残していくが…… 人としての輪廻の輪からはおそらく外れてしまうじゃろう」 「琴莉に次はない。あったかもしれない、 希望に充ち満ちた来世はもう訪れない」 「永劫、鬼としての琴莉が、鬼たちに受け継がれていく。 鬼としての業を背負わせる。 ゆめゆめ忘れるなよ」 「……ああ。わかった」 「うむ。まぁ、わたしたちが盛り上がっても、 琴莉次第じゃがな。 琴莉が拒めばどうにもならん」 「由美も覚悟はよいか? 血を抜くだけではない。 相当な負担を強いるぞ」 「だ、大丈夫。がんばります……っ」 「うむ。あぁ……そうじゃ。 一つ言い忘れておった」 「? なに?」 「お腹の子供じゃがな」 「う、うん」 「あれ嘘じゃ」 「……へ?」 「さすがのわたしでも、見ただけではわからんよ。 ひゃっひゃっ」 「な……っ! も、もうっ、伊予ちゃんすぐにそういう嘘つく〜っ!」 「ひゃっひゃっ、すまんな。試したかったのじゃ。 いや、脅したかった……が正しいかものぅ」 「さて。葵、芙蓉、アイリス。由美を部屋へ。 儀式の準備を始めよ」 「おいっす」 「はい」 (承知しました) 「真は一度部屋に戻れ。 そして抜くためのおかずを厳選しておけ」 「おかずて……。 こういうシリアスな場面でそういうこと言うなよ……」 「うっせバーカ。 シリアスは十分が限界なの」 「さぁ、さっさと取りかかれ。 由美の状態を考えると、すぐにでも始めた方がよい」 「そんなに切羽詰まった状態なのか?」 「なの……かな? 私は自覚ないけど……」 「いいからゆけゆけ。 三人とも、頼んだぞ」 「はい。土方様、こちらへ。 わたくし共の部屋に参りましょう」 「は、はい。よろしくお願い……します」 「覚悟してね〜。多少エロいことになりますので。 ウェッヘッヘッ」 「え、えろ……っ?」 (儀式中も頬を赤らめる余裕があればよいですが) 「うぅ……みんなが私を脅す……。 でも……うん、それくらいの覚悟がないと…… 駄目だよね。琴莉ちゃんのためにも」 「じゃあ……真くん、がんばってくる」 「ああ。俺も部屋に戻るよ。準備をしておく」 「うん。じゃあ、あとで。琴莉ちゃんと一緒に」 「ああ、一緒に」 「土方様、こちらへ」 「はい」 芙蓉たちに連れられ、由美が居間を出る。 琴莉を……鬼に。 そんなこと考えもしなかった。 喜んでくれるだろうか、琴莉は。 そうであって欲しいと……心から思う。 「ん〜と……あった。ほれ、真。使え」 「紙コップ? ここに精子を?」 「うむ。じゃが、血を一人で抜くのは 大変じゃろう。頃合いをみて芙蓉をよこす。 まずは精子だけ用意しておけ」 「わかった」 「……」 「これって」 「うん?」 「お役目から……外れるよな?」 「あまり気にしすぎるな。 琴莉が救われるのならば、なにも問題はない」 「琴莉が……」 「……」 「部屋に、戻るよ」 「うむ。思いっきりシコッて存分にドピュドピュするとよい」 「だからさぁ……」 「エロゲ貸そうか?」 「いらね〜よ」 「ひゃっひゃっひゃっ!」 伊予の高笑いにため息をつきつつ、居間を出る。 本当に下品な座敷わらしだ。 でも……伊予のおかげで、悩みすぎずに済む。 思うところはある。けれど、前に進もう。 俺はまだ……琴莉とお別れをしたくない。 「……」 「…………」 「ぅ……っ」 「……」 「ふぅ…………」 紙コップに精子を出し終え、亀頭をティッシュで拭う。 最近してなかったから、どろりと濃い精液がコップの底に溜まっている。 なんていうか……うまく説明できないけど、虚無感よりも罪悪感がすさまじい。 どうしてもエロい気分になれなくて、出すのに苦労したせいかもしれない。 どうも……妙な気分だ。 「真様、入ってもよろしいですか?」 「あ、ちょ、ちょっと待って」 慌ててズボンを履き、紙コップを隠そうと慌てる。 ……これ渡すんだった。 脊髄反射な後ろめたさに羞恥を覚えながら、扉の向こうに『いいよ』と声をかける。 「失礼いたします」 部屋に芙蓉が入ってくる。 なんか変なものを持っていた。……注射器? 「子種の準備はよろしいようですね」 「ああ、うん。出した」 「では、血液を」 座るよう促され、コップをPCの隣に置いてベッドに腰かける。 芙蓉が跪き、ガーゼで俺の腕を軽く拭い注射器を構える。 「こちらで採血させていただきます。 消毒済みなのでご安心を」 「あ、ああ。っていうか……なんでそんなのあるの? 儀式のため?」 「いいえ。伊予様は使い道があるかないかに関わらず、 欲しいと思ったものはすぐに買ってしまわれますので」 「あぁ……小型カメラとかね」 ほんと無駄遣いの帝王だなあいつ。 あの部屋掘り起こしたら色々出てきそうだ。 「ちくっとしますよ」 針を刺し、ゆっくりとピストンを引く。 からっぽだったシリンダーが、血液で満たされていく。 「け、結構必要なんだな」 「ふふ、この程度で貧血を起こすほど、 やわではございませんでしょう?」 微笑み針を引き抜き、新しいガーゼで傷口を押さえ軽くテーピング。 慣れたもんだ。これも鬼の成せる技……ってところかな。 「こちら、頂戴いたします」 紙コップを手に取り、その中に血液を流し込み混ぜ合わせた。 ……中身は見たくないな。なんか、黒魔術って感じだ。 「それ、どう使うの?」 「そうですね……」 「……」 「秘密、としておきます」 「え、なんで?」 「では、知られたら引かれてしまうかもしれない。 ……と、乙女が不安に思うようなこと。とだけ」 「あぁ……なるほど」 「鬼を生む儀式でございますから。 真様であれば、ある程度はご想像ついてしまうでしょうが。 ふふふ」 確か以前伊予が……精液であれ血であれ、膣から体内にいれる必要がある、と言っていた気がする。 実際に産むわけじゃないとも桔梗が言っていた気もするけど、新たな鬼は子宮、あるいはそれにあたる部分で生みだす必要がある……? え、っていうか、鬼はともかく、由美がそんなことしたら変な病気になったりしないか? ……そういうリスクも覚悟しろってことか。 「儀式の内容聞いても……教えてくれないよな」 「そうですね。土方様のおそばにいてあげたいでしょうが、 真様はこちらでお待ちくださいませ」 「……ああ」 「それと……お伝えすべきか迷いましたが、 聞いてくださいまし」 「儀式は必ずしも成功するわけではございません。 全ては、琴莉さん次第。拒まれてしまったら…… どうしようもございません」 「……ああ。覚悟は決めておく」 「……はい。真様はお休みになってくださいませ。 今すぐに、というわけにはいきませんから」 「わかった」 「では」 頭を下げ、芙蓉が部屋を出る。 休め……か。 申し訳ないけど、そんな気分にはなれない。 儀式が終わったあと、俺はいつもヘトヘトになる。 けれど今回は、精液と血を提供してはいおしまい、だ。 たぶん由美が……いつかの芙蓉の言葉を借りるなら、生きる力を琴莉に分け与えることになるんだろう。 あるいは、俺の知る儀式とはまったく違うのかもしれない。 どうか……無事に終わりますように。 そばで見守ることはできないから、せめて……と、祈り続けた。 琴莉が逝ってしまってから、もう四日が過ぎた。 なんで自分たちのところには来てくれなかったんだって葵たちの嘆きも落ち着き、俺の気持ちの整理も……つきかけていた。 それは……つい先日、琴莉のお葬式が行われたことも、大きいのかもしれない。 もっとも、俺は参列できなかったけれど。 それでも、琴莉を見送る儀式が行われたことで……一つの区切りがついたような気がした。 野崎さんと嶋さんも、しっかりと見送られた。 嶋さんは相変わらず西田のそばにいるようだけど、少なくとも野崎さんの願いは叶えられた。 俺の初めてのお役目が……終わろうとしていた。 「お、真くん。こんちわ」 「ああ、ども」 玄関先の門から庭を通り、梓さんが縁側へ。 鞄を置いて、俺の隣に座る。 「今日はかなり涼しいね。 クーラーつけなくてもよさそう」 「うちの座敷わらしはクーラーがんがんにつけて 引きこもってますけどね」 「あはは、ここから上がっちゃっていい?」 「どぞどぞ」 「ありがと」 梓さんが靴を脱ぎ、縁側に上がる。 立ち上がって、居間へと移動する。 「あら、伏見様」 「縁側から失礼します」 「芙蓉、お茶出してもらっていい?」 「はい、ただいま」 「あ、そうだ。商店街においしいたい焼き屋さんがあってね。 近く通ったから買ってきた」 「たい焼きと聞いて!」 「ごちになりますっ!」 (い、いただきます……!) 「キミたちこういうときはほんと素早いね……」 「あはは、全員分あるから大丈夫。 食べよ食べよ」 紙袋をちゃぶ台の上に置く。 早速伊予が中身を漁り始め、芙蓉が人数分のお茶を持って輪に加わる。 「熱いお茶の方がよかったでしょうか?」 「冷たいのでいいよ〜。熱いの飲んだら汗かいちゃうよ」 「ひぃ、ふぅ、みぃ…………全部で六つか。 わたしが二つ食べるから……困ったのぅ。 一つ足りんぞ」 「いや一つだよ。伊予も一つだよ。アホか」 「あ、半分あんこで、半分カスタード。 分けていれてくれたはずだけど、 どっちがどっちか忘れた」 (アイリス、カスタードがいいです。 たぶんこっちでしょうか) 「真様はどちらになさいます?」 「俺はあんこかな〜」 「私は残ったのでいいや」 「あたしカスタード〜!」 「わたしは……あん、いや……カス……いや、 両方食べたい……っ」 「ふふ、ではわたくしと半分こにいたしましょう」 たい焼きが行き渡り、みんなでいただきます。 頭からかぶりつく。 「ん、うまいっすね、これ」 「でしょ? 最近のお気に入り」 「それで、今日は何の用じゃ。 お茶会をしにきたわけでもあるまい」 「とりあえず、軽い報告……かな? 西田について」 「今までわけわかんないことばっかり言ってたんだけど、 急に全面的に罪を認め始めた。 俺はなんてことを……って、人が変わったみたい」 (もしかして、嶋さんの影響……でしょうか) 「かもねぇ……」 「いい影響が出ているのであれば…… このまま様子を見ても?」 「なの、かな。なにをしたのかはよくわからんけど……」 「毎晩枕元で囁いてるんじゃない? よくも殺してくれたな〜、とか」 「……こっわ」 「梓の方はどうじゃ。 問題にはならんかったのか?」 「あ、うん。大丈夫そう。 正直どうなってるのかは私にはわからないんだけど、 今のところ弁護士に呼ばれたり……とかは」 「うむうむ。まぁ、私の力のおかげじゃな。 不幸が訪れることはなかろう」 「え、でも、座敷わらしの力はこの家に 住んでいる人だけって……」 「いずれ住むんじゃろう?」 「あ〜……」 伊予がニヤリと笑い、梓さんは軽く赤面。 俺も少し、視線が泳いだ。 伊予たちには、もう話してあった。 俺たちのこと。琴莉のこと。 いつか産まれてくるだろう……子供のこと。 「つまり、梓も加賀見家の一員というわけじゃ。 ならば、守ってやらんわけにはいかん。 まったく、うまく立ち回ったもんじゃ」 「ちょ、ちょっと、そういうことじゃ……!」 「わかっておる。冗談じゃ。梓の行動は人の作った 法の中では、迂闊だったやもしれん。しかし、わたしは 座敷わらしじゃからな。法などどうでもよい」 「わたしは、一生懸命働く者の味方じゃ。 梓はわたしの加護を受けるに相応しいと思うし、 なによりその強い正義感を、わたしはとても好ましく思う」 「真をよろしくな。これからも、支えてやってくれ」 「は、はい……っ」 「ふふ、いつか奥様とお呼びしなくてはなりませんね」 「な、なんかそれ照れるね……」 「あの、すみません。気になってるんすけど。 あたしたちずっとお預けなんですけど…… お嫁さんできるからこのままご褒美なしということは……」 「あ〜……そうか。もう事件も解決したし……」 「……」 「ま、近いうちにな」 「はいいただきました〜! 近いうちいただきました〜!」 (ち、近いうちとは、ぐ、具体的に何日後に……!) 「いや今日っしょ! 近いうちって今日っしょ! お部屋にお布団敷いておかなくちゃ! アイリス行くよ!」 (え、ま、まだたい焼きを……。 ま、待ってくださいお姉様……っ) 「あらあら、すっかりその気になってしまって」 「……迂闊なこと言うもんじゃないな」 「そっかぁ、鬼の相手もあるのか〜。 大変ですなぁ、ご当主」 「……体力持つかな」 「ふふふ、ではわたくしはお買い物に行ってきます。 真様のために、栄養ドリンクをたくさん用意しないと。 三人も相手にしなくてはいけませんからね」 「三人って……えっ? 芙蓉さんもやる気じゃないっすか……」 「いえいえそんな……おほほほほほ」 「ん、ごちそうさま。わたしも部屋に戻るか」 「なんだよ、慌ただしいな」 「わたしだけ残されてはかなわん。 気にせず二人きりでゆっくり話すといい」 伊予も立ち上がり廊下に出て、居間には俺たちだけに。 みんなパッと集まって、パッと解散してしまった。 妙な寂しさを覚えてしばらく会話もなくぼ〜っとしてしまったけれど、梓さんがちらりと俺を見て、思い出したように鞄からなにかを取り出した。 「二人きりでゆっくり……とのことでお言葉に甘えて」 「なんです? それ」 「総合結婚情報誌なるものを買ってみました。 一緒に読もうと思って」 「あぁ……なんか、一気にリアリティが増したというか……」 「なに〜? やっぱり後悔してる?」 「まさか。ありませんよ」 「よかった」 梓さんがページをめくる。 少し距離を詰めて、俺も覗き込んだ。 「こういうの初めて買うけど……。 本当にやってよかったランキング、だって。 オリジナルのビデオを作った……ふぅん」 「一回だけ親戚の結婚式行ったことあるけど、 確かにそんなのあったなぁ……」 「正直私ね〜、結婚式に憧れあんまりないんだよなぁ〜」 「え、そうなんです? 梓さん意外と乙女なのに」 「意外とってなによ……まぁいいけど。 式開いてみんな集めて、祝って祝って〜っていうよりは、 二人でいっぱい旅行とかした方がいいかな〜って」 「あ〜、なるほどな。俺も男だからかなぁ……。 結婚式自体には特に憧れないんだよな……」 「いきなりこの雑誌を買った意味が消失した」 「まぁまぁ、読んでいきましょうよ。 考え変わるかもだし」 「あ、見積もりとかも載ってる。 生々しいなぁ……ってかたっか。結婚式たっか」 「こっちに紹介されてるプランは安いですけど…… そうか、お金か。現実的な問題として、 俺まだ学生だしなぁ……」 「卒業まであと一年半くらいでしょ? すぐすぐ。 それに稼ぎだって、現時点で問題ないでしょ〜」 「おかげさまで。でもお役目のこと、 両親に言ってもいいもんか……」 「あ〜……そっか〜。 私との出会いもうさんくさいよねぇ……。 お二人は霊関係の仕事を通して知り合い――とか」 「参加者失笑ですわ」 「やっぱないわ、結婚式ないわ」 「うぅん、やっぱり周りの目も考えると……。 俺がちゃんと就職してから、か」 「琴莉ちゃんを待たせる気〜?」 「待たせたくはないですけどね。そりゃあ」 「なんていうかさ、問題なのは世間体でしょ? 学生のうちに結婚だったり、私が一般人には窓際部署に いるように思われたり」 「そういうのは、二人で乗り越えていこうよ」 「現実的に見て、金銭面は問題なし。 なによりここが真くんの持ち家ってのがでかい! 家賃やローンで苦しむ必要なしっ」 「いますぐ一緒になっても、私たち、幸せになれると思うな」 「そっか、そうですよね……幸せに……」 「うん、家族みんなで」 微笑み、お腹をそっと撫でた。 梓さんが、ここ数日でよく見せるようになった仕草。 さすがにまだ大きくはなっていないけれど、感じているんだろう。宿った……かけがえのない命を。 「お腹が大きくなる前に、籍だけ入れちゃいましょうか」 「うん、いいね。賛成」 「ゆっくり……築いていきましょう。幸せな家庭を。 それで……産まれてきた子供を、幸せにしましょう」 「うん。その前に……デートもしてみたいかな。 私たち、恋人らしいことしてなくない?」 「あ〜、そういえば、色々飛ばしすぎですよね」 「ほんとに。付き合う前に婚約だもん」 「じゃあ、踏むべき手順をちゃんと踏んでいきましょうか」 「あはは、うん、いいよ。真くんから言って」 「梓さん」 「はい」 「あなたのことが好きです」 「はい、私もあなたが好きです」 「俺と、付き合ってください」 「はい、喜んで」 「それで、もしよければ……。 俺はまだ学生だけど、それでもいいなら」 「俺と、結婚してください」 「はい」 「ふつつかものですが、よろしくお願いいたします」 「みんなで、幸せになろうね」 「梓〜、梓〜?」 「あ、いた。俺そろそろ――」 「し〜、声大きい」 「ああ……寝てるのか」 「うん。もう時間?」 「だね。仕事に行く前に、顔見ておこうと思って」 「ふふ、見て、笑ってる。どんな夢見てるんだろ」 「幸せな夢だよ、きっと」 「そうだね……うん」 「梓もそろそろ時間だろ?」 「うん、芙蓉ちゃんたちにこの子のことお願いしないとね。 ほんと助かるわ〜、鬼のみんな面倒見よくて」 「伊予は意地悪ばっかしてるけどな」 「あはは、この子は喜んでるけどね」 「あ、ほら、そろそろ行かないと。遅刻しちゃうよ」 「そうだった。じゃあ……」 「いってらっしゃい。ほら、お父さんお出かけだよ〜?」 「あはは、全然起きないな。 それじゃあ……行ってくるね」 「琴莉」 数日が経過した。 俺はただただ、無気力で。 これじゃあ駄目だと思いつつも、毎日をなんとなくやり過ごしていた。 退屈な日々だった。 失ったものは大きかったと……再確認できるほどに。 「ご主人、電話鳴ってるよ?」 「ん……? あぁ」 葵が持ってきてくれたスマホを受け取り、画面を確認する。 ……由美からか。メールを開く。 『もうすぐ大学始まるね。アキちゃんが依頼のお礼を したいそうです。よかったら一緒に食事でもどうですか? 暇なときあったら教えてください』 お礼なんていいよ。 いつでもいい。 いくつか思いついた返事を、結局は文章にせず。 そのままスリープモードにして、スマホを傍らに置いた。 無気力だ、なにに対しても。 「ごめんくださ〜い、十三課で〜す」 「あら、伏見様。いらっしゃいませ」 「急にごめんね、みんないる?」 「ええ。どうぞ、上がってください」 「お邪魔しま〜す」 「む、梓か」 「ど〜も、真くんは? どんな感じ?」 「見ての通り、あのザマじゃ」 「あ〜りゃりゃ、まだ駄目か〜。 まぁ……そうだよね。すぐには切り替えられないか」 (愛する女性との別離、その苦しみたるや……。 アイリスが代わってあげられればいいのですが……) 「ご依頼に関するお話でしょうか?」 「そうだね。近くまで来たからついでに……って 思ったんだけ、ど」 「やっぱり、まだやめておこうか」 「……いえ、聞きますよ」 立ち上がり、居間へ移動する。 梓さんの正面、いつもの場所に腰を下ろした。 「それで、今回の依頼は」 「重い依頼ばっかりだったから、 今回は軽めにって話なんだけど……」 「やっぱり、この依頼はまた今度、かな」 「気を使ってくれてありがとうございます。 でも、大丈夫ですよ」 「気を使ってるのもあるけど、 大半は刑事としてのシビアな判断」 「たとえ危険度が低い依頼でも、 そんな精神状態じゃ任せられない」 「わかる? つまり今の真くんの仕事を、 信頼しきれないってこと」 「……」 「そんな言い方することないのに……。 確かに最近のご主人は暗くてちょっと一緒にいたくない 感じだけど、仕事はちゃんとできるよっ」 「よせ、葵。梓の言うとおりじゃ。 毎日ウジウジしてて見てるとイラッとくる真では、 どんな軽い依頼でもミスしかねん」 「お前らこの野郎……悪口言いたいだけだろ……」 (たとえミスをしようと、アイリスたちがフォローすれば よいのでは? そのための鬼です) 「指揮官のミスを想定にいれていることがもう間違ってる。 とにかく、今はゆっくりと休みなよ。 別に、今後一切依頼しないってわけじゃないんだから」 「十三課のみんなが、真くんを頼りにしてる…… っていうか、正直ビビってるね。 鬼使いこわっ! って」 「こ、怖がらせるようなことしましたっけ……?」 「もしや、我らの枷を外したときの……」 「そう! みんな超怖かった。 あのまま西田のこと食い殺しちゃうんじゃって 思ったもん」 「フシャーー!!」 「わぁびっくりしたぁ!! やめてっ! そういうのやめてっ!! 私いいリアクションしちゃうからっ!!」 「梓っちちょろいわぁ。面白いわぁ」 「よ、弱いのっ! ビビリなのっ! ほっといて!」 「シャーー!!」 「うわぁっ! だからやめてって〜!!」 「にゃはははははっ!」 「姉さん……」 (……ほどほどに。伏見様の心臓が止まってしまいます) 「へいへい」 「……またトラウマになった。もうやだこの家。 隙あらば脅かしてくる」 「おかあさぁ〜〜ん!!」 「やめてってば〜〜〜〜!! もう帰るっ! 私帰る!」 バッグを肩に掛け、梓さんが勢いよく立ち上がる。 おもちゃにされてるなぁ……。 「ひゃっひゃっ! いじりがいがあるのぅ、梓は」 「いい加減にしておけよ。 梓さんが本当に来なくなったら、 困るのはこっちなんだから」 「わかっておるわかっておる。ひゃっひゃっ!」 「くそぅ……鋼鉄の心が欲しい……。 あ、そうだ。真くん」 「はい?」 「ずっと家に引きこもってるのは不健康だよ。 今度飲みに行こうよ、愚痴聞いてあげるから。 あと私の愚痴も聞いて」 「あはは……楽しみにしておきます」 「うん。じゃ、またいずれ」 手を振り、梓さんは廊下へ。 芙蓉も見送りに出て、俺はまた、縁側へ。 そんなに落ち込んでいるように見えるんだろうか。 自分では、そこまであからさまな態度をとっているつもりはないんだけど。 いや……とっているから心配をかけているんだろうな。 ふとした瞬間に琴莉の笑顔がよぎって、胸が苦しくなるんだ。 こればかりは……どうしようもできない。 「真」 伊予もやってきて、隣に座る。 「自分のペースでな」 「なにが」 「おじじも霊に惚れたのは一度や二度ではない。 あやつも結婚するまでは、惚れっぽいやつでの。 そのたびにへこんでおった」 「そのたびに立ち直り、前に進んだ。 真も、そうしていくといい」 「そうか……爺ちゃんも」 「うむ、そういうものじゃ。 いいことか悪いことかはわからんが、 そうやって、慣れていくんじゃろう」 「慣れ……か」 「……」 「慣れる必要は、ないかな」 「毎回そうやって胸を痛めるのか?」 「いや……。 これから出会う人たちには悪いけど」 「琴莉だけだよ。ここまで……苦しいのは。 別れを、つらいと思うのは」 「これが最初で……最後だ」 「……」 「そうか」 じぃっと俺を見て、ふっと視線を外し。 ポケットに手を入れ、封筒のようなものを取り出した。 「ならば、これを渡そう」 「? なに?」 「琴莉からの手紙じゃ」 「なっ……」 手紙? 琴莉からの……っ? 「ど、どうして伊予が……っ」 「預かっておった。しかるべきときがくるまで 保管しておいてくれと。あるいは破棄してくれと」 「破棄……? な、なんで」 「真がすぐに前を見て進んでいくのなら、 渡す必要はないと言っていた。 この手紙が、足枷となると思ったんじゃろう」 「じゃが、自分のために悲しんでくれているのなら、 自分との思い出を大事にしてくれるなら、 渡して欲しいと」 「もう少し様子を見るつもりじゃったが…… 琴莉を唯一と言うのなら、その必要もないじゃろう」 「琴莉の最後の言葉。受け取ってやれ」 「……」 差し出された手紙を、震える手で、受け取った。 琴莉の……最後の、言葉。 ここに、琴莉の……想いが。 「……ありがとう、伊予」 「うむ。わたしは退散しよう」 「え? コトリンからの手紙でしょ? あたしも読みたい!」 「聞き耳をたてておったか……。 真宛じゃ。まずは本人が読むのが筋。 そのあと真の許しを得て、読むがよい」 「え〜……一緒に……」 「姉さん。こういうときにわがままは厳禁」 (マスターお一人にしてあげましょう) 「は〜い」 みんなが居間を出て、足音が遠ざかっていく。 縁側に、一人。 大きく息を吸い込んで、吐いて。 封筒から、丁寧に可愛らしい便せんを取り出して……開いた。 『真さんへ』 「……っ」 その文字を見ただけで、胸が一杯になる。 でもここで感極まるのは、早すぎる。 一言一句見逃さないように。 丸っこくて女の子らしい字を一文字も見逃さないよう、読み進めていった。 『この手紙を読んでいるころには、 もう私は真さんのそばにいないんでしょう。 なんちゃって。ちょっと言ってみたかっただけです。』 『最後のデートで、伝えたいことをちゃんと 伝えられなかったかもしれないので、 念のために手紙を残しておきます。』 『もうその話聞いたよ〜ってなっても、許してね。 どうしても残しておきたかったんです。 私がいなくなったあとも、振り返ってもらえるように。』 『真さんと過ごした一ヶ月は本当に楽しいことばかりで、 嬉しいことがいっぱいな毎日でした。』 『全部全部、真さんのおかげです。 人を好きになることを知りました。 人に愛されることを知りました。』 『それだけで、とっても価値のある毎日でした。 本当に、ありがとう。』 『色んなことがあったね。 初めて私が真さんに話しかけたのは、商店街だった。 あのときは、桔梗さんがいた。』 『それから、コタロウを見つけてくれて。 一緒にお寺にいって供養をして、それから――』 振り返る。 一つ一つ、俺たちの思い出を。 初めての依頼。 奇妙で、インパクト絶大な霊との出会い。 嶋さんのこと、野崎さんのこと。 少しずつ、“今”に近づいていって。 そして、辿り着く。 琴莉との、別れの瞬間に。 『この手紙は、最後の日って決めた朝に書いています。 このあとデートしようって言うつもりです。 うんって言ってくれるかな。ドキドキしてます。』 『断られちゃってたら予定が狂っちゃうので、 最初に最後のデートって書いたけどデートしてないかも。 でも、きっとうんって言ってくれるよね。』 『デートのときに、ありがとうって一杯言うつもりです。 今まで書いたこと、全部伝えるつもりです。 毎日楽しかったよって、充実してたよって。』 『自分が死んだってわかったとき、 自分の死体を見つけちゃったとき、 なんで? って思いました。』 『犯人への憎しみよりも、なんで自分だったんだって、 理不尽だって、運命みたいなものへの怒りがありました。』 『でも、楽しかった思い出を振り返ると、 それがす〜っと消えていきました。』 『ああ、私の人生、最後の最後でいいことあったぞって。 最後を楽しい思い出でしめくくれたぞって。』 『真さんは、私の人生に価値を与えてくれました。 感謝してもしつくせません。』 『ありがとう、本当に。 何度でも書きます。ありがとう、ありがとう、真さん。』 「……っ」 胸にこみあげ、喉元まで届いた感情を、歯を食いしばって耐えた。 まだだ。まだ早いよ。手紙は、まだ終わらない。 『書くか迷ったけれど、ぶっちゃけ話も書いちゃいます。 本当は、もっと一緒にいたいです。 ずっと、ず〜っと一緒にいたいです。』 『でも私は歳をとれません。 私はずっと制服を着たまま。大人になれない。 真さんと一緒に歩けない。』 『結婚もできないし、子供もできない。 私には、未来がないです。 そんな私に、真さんを縛りつけたくなかった。』 『そう考えたら、天国にいくことが嫌じゃなくなりました。 コタロウに会いにいく決心がつきました。』 『だから、真さん。どうか悲しまないでください。 私は笑ってコタロウに会いにいけます。 真さんのおかげで、悔いはありません。』 『もう余白がなくなってきました。余計なこと書きすぎたね。 しつこいけど、最後にこの言葉で 締めくくらせてください。』 『ありがとう。私と出会ってくれて。 ありがとう。私を彼女にしてくれて。 ありがとう。ぬくもりをくれて。』 『私の最後は、幸せでした。』 心のつかえが、とれたような。 そんな、気分だった。 あのときも、琴莉は幸せだったと言ってくれたけど。 不安だったんだ。琴莉は、お役目のことを知っているから。 自分が逝かないと俺を困らせる。そう考えてしまう、優しい子だったから。 けれど、また言ってくれた。 幸せだったと、自分は幸せだったと。 よかった。そう言ってくれるなら、俺も救われる……っ。 琴莉、どうか、これからも幸せに。 コタロウと、幸せに……っ! それに、もしも、もしもっ、神様が許してくれるなら……っ。 「あ……」 手紙がまだ続いていることに気がつき、読み進めて。 自然と、笑みがこぼれた。 なんだ、同じこと考えてる。 だったら、きっと叶うよ。 俺たちの気持ちが一緒なら……きっと! だから、どうか、神様。 願わくば、願わくば―― 『PS 幽霊にこんなこと言われちゃったら怖いかもしれないけど、 一番大事なことを忘れてました。』 『真さんのことが大好きです。 ずっとずっと、天国にいっても大好きです。 真さんだけを、愛し続けます。』 『PSその2 これは伝えたいことっていうか、お願いになっちゃうけど。 叶って欲しいので、書いておこうと思います。』 『何年後かはわからないけど、もし次の人生があって、 真さんも次の人生を歩んでて、神様が私たちを 出会わせてくれたなら、そのときは――』 「あなた〜、準備できてる?」 「ああ、大丈夫。行こうか」 「うん。マローン、散歩の時間だよ〜」 「ワンワン!」 「よ〜し、いい子。お散歩行こうね〜」 「ねぇねぇ、明日なんの日か覚えてる?」 「ん〜……? なんだっけ」 「……もういい」 「嘘だって。結婚記念日だろ?」 「も〜、意地悪」 「サプライズでお祝いしたかったんだ」 「そういうのはいいの。 あなたが一緒にいてくれれば、それでいいんだから」 「俺も」 「明日言おうと思ってたけど、今言っていい?」 「明日も聞かせてくれるなら、いいよ」 「ふふ、うん」 「これからも、ずっとずっと、一緒にいようね」 「ああ、ずっと一緒だ」 「うんっ!」 夜が明けた。 窓から、柔らかな光が差し込んでいる。 部屋からは一歩も出なかった。 時折睡魔に負けそうになり意識を飛ばしかけながら、儀式が終わるのを待っていた。 深夜、何度か階下から慌ただしい物音がしたけれど、すっかりと静かになった。 もう儀式は終わっている? 今までのことを考えれば、十分にありうる。みんな明け方には生まれていたはずだ。 でも、部屋には誰も来ない。 俺が眠っていると思って、気を使ってくれているのかもしれない。 あるいは、みんなも疲れ果て眠っているのか。 どちらにせよ、俺はすっかりと我慢の限界を超えてしまっていて。 胸に渦巻く、抑えきれない焦燥感に負け、部屋を出ようと立ち上がる。 ――と、誰かが二階に上がってくる足音がした。 音が軽い。たぶん、伊予だろう。 「真、起きておるか」 やっぱり伊予だった。 答える時間が惜しく、こちらから扉を開けた。 「……っと、起きておったか」 「もう終わったのか?」 「終わりはしたが……」 言い淀み、目を逸らす。 ……なんだよ、なんなんだよ、その顔は。 「失敗……したのか?」 「……」 「……すまぬ、まさかこんなことになるとは……」 「お、おい、やめろよ、そういうの……。 まさかって……」 「……すまぬ」 「謝るなよ……っ。なんだよ、なにがあった。 なにがあったんだ、伊予……!」 「……」 「伊予っ!」 「…………」 「……っ!」 答えない伊予に痺れを切らし、部屋を飛び出る。 確か、客間……違う! 右往左往しながら廊下を走り、みんなの部屋の前へ。 その場で数秒、固まった。 早く結果を知りたいはずなのに、体が動かず。 奥歯をギリと噛みしめ、力の入らない腕を持ち上げて。 震える手で、障子を開けた。 「……」 部屋には布団が一揃。 掛け布団の中央が、人の大きさに盛り上がっている。 誰かが横たわっている。 「……由美?」 声をかける。 返事はない。 「まだ……寝てる?」 近づく。 顔まで布団を被っていることに気づく。 「もしかして……琴莉か?」 布団のすぐそばで膝をつく。 やはり反応はない。 ……おい、やめてくれよ。こんな……死んでしまったみたいに。 「……」 喘ぐように、息を吐く。 震えを通り越し、もはや痺れ始めた指で。 おそるおそる……意を決して―― 掛け布団を、めくった。 「いやん」 「……」 「もう、ご主人ったら〜。 寝込みを襲うなんて、だ・い・た・ん☆」 「…………」 「いたい!」 「え? なにっ? びっくりした! 叩きました? もしかして叩きました?」 「……そりゃ叩くよ。寝ずに待ってたんだよ、 眠いんだよ。イライラしてんだよ。 不謹慎な冗談はやめろ」 「あ、はい……すみません。 その、和ませようと思いましてぇ……」 ……ため息だ。 一気に緊張感がなくなった。 「由美と琴莉は?」 「居間にいるんでないかにゃ?」 「琴莉もいるんだな?」 「ご自分の目で確かめてくだせぇ」 「わかった」 「……」 「叩いてごめんな、お疲れさん」 「おぅ……にゃはは」 葵の額を撫で、立ち上がる。 一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、部屋を出る。 ゆっくりと、廊下を進む。 気配がする。 耳を澄ませる。 ああ……聞こえる。 声が、聞こえる。 聞き馴染んだ声。 でも、懐かしい声が。 「は〜……すごい……。 お茶おいしい……。 ちゃんと食事できるって素晴らしい……」 「霊のときは……食べられなかったんだよね?」 「うん。でも霊のときの私って、ちょっと変で。 ちゃんと食べてるつもりでいたの。 一回も食べてないのに」 「でも……今こうやって、ちゃんとお茶飲めてる。 すごいなぁ……。 これは……幸せなことだなぁ……」 「……」 「琴莉」 「あ……」 声をかける。 俺に気づく。 笑顔になりかけた顔を、すぐに俯けてしまって。 慌てた様子で髪の毛を手櫛で整え、頬を染め、照れくさそうに俺を見つめる。 「お、おはよう!」 「おはよう。なんか、耳……」 「あ〜……あはは、鬼になったからかな。 どう? 可愛い?」 「尻尾まで……」 「うん。犬型の鬼……でいいのかな? コタロウと一つになれたみたいで、 ちょっと嬉しいかも」 「鬼……そうか、鬼……」 「? お兄ちゃん?」 「……」 「おかえり、琴莉」 「うん、ただいまっ!」 花が咲いたような、眩しい笑顔。 目にした瞬間、崩れ落ち、涙してしまいそうだった。 俺は、お役目をしくじった。 琴莉をちゃんと、幸せにしてあげられなかった。 それなのに……こんな風に笑ってくれる。 ……言葉もない。 「お、お兄ちゃん? 大丈夫? 具合悪い?」 「ふふ、琴莉ちゃんに会えて感動してるだけだと思うよ」 「か、感動? 私としてはひじょ〜に気まずいんですが……。 悪霊になりかけて迷惑かけまくりましたので……」 「いや、俺は……そんなこと気にしてないよ。 むしろ、至らなかった。 ごめんな、琴莉。こんなことになって……」 「こ、こんなことって! 私、うれしいよ? ここまで私のこと大事にしてくれて……。 私、お姉ちゃんにもひどいことしたのに……」 「ううん。私も気にしてないよ」 「あはは……そ、そっか」 「……? お、お姉ちゃん?」 「あ、うんっ。本当はご主人様って呼ばなくちゃいけないと 思うんだけど……なんか、照れくさくって」 「私もご主人様より、お姉ちゃんの方がいいかな〜って」 「だから、由美さんのことはお姉ちゃん。 お兄ちゃんのことも……お兄ちゃんのままでいい?」 「ああ、いいよ。もちろん」 「やった。よかった〜」 「よかったね〜、ふふっ」 顔を見あわせ、微笑む。 一時同じ体を共有したことが、二人の距離を縮めたのかもしれない。なんだか本当に、姉妹みたいだ。 見てると和む……幸せな光景だ。 ……本当に、本当に。 「お、琴莉に会えたようじゃな」 そこにしれっと、伊予が現れた。 俺のこめかみが、ぴくっと引きつる。 「うむうむ、めでたしめでたしじゃな」 「……」 「おい」 「ん?」 「さっきのあれなんだよ」 「いやぁ……まさかのぅ。 真のケモナー趣味が再び炸裂するとは思わんでのぅ……。 今度は犬耳に犬尻尾とか。どんだけ獣娘好きやねんと」 「……」 「いやいや、まさかまさかじゃ。絶句じゃよ。 まさかこのようなことになるとは……」 「伊予ぉおお!!!」 「あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!」 「待てこらぁ! 逃げるな! お尻ペンペンしてやるっ!」 「ばーか! やってみろばーか!」 「こ、この野郎……!」 伊予を追いかけ、居間を走り回る。 「あれ、なに〜? なんか楽しそうなことしてる! 混ぜて混ぜて〜!」 (マスター、あんなに楽しそうに。 よかった……。最近、ずっと悲しそうな顔ばかり されていましたから) 「そうね。ふふ、真様? 寝ていらっしゃらないんでしょう? あまりはしゃぎすぎては駄目ですよ?」 たぶん気を使ってくれていたんだろう。姿が見えなかったみんなも、居間に集まってきた。 「ちょ、待て、こらっ! ああいう冗談は不謹慎だぞ! 許せん! ガチで許せん!」 「不謹慎な冗談ほど面白いんじゃ! 諧謔も弄せん愚図め!」 「な……っ、最初はよくわかんないけど 愚図はわかったぞ! まじネット回線の契約切るぞこの野郎!」 「それだけはやめてぇえええええええ!!!」 「すごい……こんなにテンション高い真くん…… 初めて見たかも……」 「あはっ、ふふっ、おうちだといつもこんな感じだよ?」 「一回! ちょっと一回ビンタさせろ! それで許すから!」 「幼女にビンタとか鬼か! 鬼畜か! 絶対にいやじゃ〜〜〜!」 「あ、危ない。お茶こぼれちゃう〜。 それくらいにしておきなよ〜」 琴莉の注意も無視して、走り回る。 感動の再会のはずなのに、台無しだ。 でもみんな笑っていて、とても賑やかで。 日常が帰ってきた。 そんな幸せに、満ちていた。 伊予との追いかけっこから数時間後。 徹夜の疲れのせいで琴莉とゆっくりと話す間もなく俺はぶっ倒れ、熟睡。 目が覚めると、すっかりと夜になっていた。寝過ぎである。 おかげさまで、朝と昼をすっ飛ばし、夕食が本日最初の食事となった。 「おいしい!!!」 琴莉が頬をおかずで膨らませ、満面の笑み。 昨日、由美の中にいたときのように、がつがつと詰め込んでいく。 思えば……琴莉自身が食事をしている姿は、初めて見る。 本音を言えば……まだ罪悪感があったんだ。 ぴょこぴょこと時折動く耳を見るたび、揺れる尻尾を目にするたびに。 俺はとんでもない決断をしてしまったんじゃないか、って。 でも、この幸せそうな顔を見ると、そういったネガティブな気持ちが全て吹っ飛んでいく。 ……またみんなで食卓を囲めて、よかった。本当に。 「琴莉ちゃん、私の分食べる?」 「ううん、大丈夫! 残りのおかずでご飯三杯いけるっ! すごくおいしい!」 「ふふ、ありがとうございます」 「……あ、また思い出しちゃった。前に芙蓉ちゃんの 料理おいしいねっ! とか恥ずかし発言してた気が しますが……。駄目! 顔真っ赤! 死にたい!」 「ふふ、お昼も同じことを仰ってましたね。 でももう死んでは駄目ですよ。 お二人が悲しみます」 「……そうでした。冗談でも言わないようにします」 「てかてか、てかさ〜、 コトリンはどういう扱いになるわけ?」 「どういう……っていうのは?」 「八代目に仕える鬼といたしましては、 あたしが長女なわけじゃん? 芙蓉が次女で、アイリスが三女」 「ってことは、コトリンは四女?」 「え〜……葵ちゃんはお姉ちゃんって イメージじゃないなぁ……」 「え〜ってキミ。キミえ〜って。 同じ動物系じゃ〜ん。仲良くしようよ〜妹〜」 「や〜だ! 葵ちゃんはあれだよ、幼馴染みポジションだよ。 私のお姉ちゃんは由美さんなの〜」 「ふふ、ありがとう。 でも……どうして犬っぽくなったんだろう? 鬼ってそういうもの?」 「それは真の性癖のせいじゃ」 「……性癖って言うなよ馬鹿」 「? どういうこと?」 (土方様の琴莉お姉様のイメージは、会ったことがないために 朧気だったのでしょう。それゆえに、マスターのイメージが 強く反映されたのでは) 「鬼の姿は、主の心象に強く影響を受けますから」 「つまり、あたしやコトリンのような動物系が ご主人のどストライクなわけだにゃっ!」 「そのようだワンッ」 「へぇ〜〜〜」 「いやへ〜じゃなくて。違う違う。 どストライクとかそういうのじゃない」 「そうですね。桔梗様の生き写しであるわたくしこそが、 真様の好みでしょう。なんといっても桔梗様は、 初めて交わった相手なのですから」 「はじ……っ!?」 「いやいいから、そういう暴露もいいから」 (いえ、お姉様方とは違い、西洋の悪魔をイメージした このアイリスこそが……) 「アイリスもいいからっ、張り合わなくていいからっ、 大丈夫、みんな好み好み!」 「あはは、犬耳の私も〜?」 「あ〜……それは、なんていうか……。 コタロウのイメージがあったのかな……」 「いや、そんなかる〜く言われても、 ふざけんなって感じかもしれないけど」 「ううん、ふふっ、朝に言ったでしょ? コタロウみたいで、すっごく嬉しい」 「それに……実感がある。 ああ、私、鬼になったんだなって。 鬼として……この家にいていいんだなって」 「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん。 自棄になって迷惑かけた私を、引き留めてくれて」 「……ありがとう、本当に」 「いやぁ……」 「私は、なんていうか……必死だっただけで……」 二人して照れる。 ありがとう……か。 そうか、喜んでくれているんだ。琴莉は。 なら……俺も罪悪感を抱く必要はない。 再び手に入れたこの日常を、団らんを、大事にしていかなくては。 「ってか、あれね。由美ッチ、あたしたちのこと 完全に見えるようになったんだね」 「えぇと……うん。見えるには見えるんだけど……」 「けど?」 「うぅんと、完全にってわけじゃなくて……」 「あ、実演してみる?」 「その方が早いかな。いい?」 「うん。食事中にお行儀悪いけど、 ちょっと失礼いたしまして」 琴莉が立ち上がり、台所へ。 由美は少し、落ち着かない様子だった。 「どう? お姉ちゃん」 「あ、うん。見えなくなっちゃった」 「え?」 「そして私が戻ると〜?」 「見えるようになりました」 「ん? どういうこと?」 (あぁ……そういえば、昼間もたまに反応して いただけないことがありましたが……) 「うん。琴莉ちゃんがすぐそばにいないと、 見たり聞いたりできないみたい」 「なんだろ。私がお兄ちゃんの力を借りないと、 霊が見えなかったような状態?」 「それとも違う気がするけど……。 琴莉も見えなくなるの?」 「ううん。琴莉ちゃんだけはどんなときでも見える」 「不思議な状態ですね……。伏見様が真様やこの家の、 伊予様の力に影響を受けていたようですから、 そういうこともあるのでしょうか」 「またそれとも別だと思うがな……。まぁ、もし今後由美が お役目を手伝いたいと言うのであれば、 琴莉とコンビを組む必要があるの」 「おっ、由美ッチも参戦?」 「あ〜……お手伝いできるなら、したいな〜」 「実は私、見てました。 お姉ちゃんが犯人宅に突入するところ」 「え? いたの?」 「はい」 (護衛に集中していて気がつきませんでした……。 失敗です……) 「あはは、見つからなくてよかった。 ほら、そのとき私、もうほぼ悪霊状態で ございましたので」 「やっぱり……あれ見ちゃったの、ショックだった?」 「それもあるんだけど……ん〜……ごめん。 これは……言わないでおく。 お姉ちゃんにはバレちゃってると思うけど……」 「大丈夫。同じ女の子として、気持ちはわかるから」 「あはは……ありがとう。 もうあんなこと、絶対しない。 むしろ私がお姉ちゃんを守りますのでっ!」 「ああ、退魔キックで」 「そのネタはもういいからっ! お姉ちゃん、お役目のときは一緒にがんばろうねっ!」 「うんっ」 「ふふふ、すっかり仲良しですね、お二人とも」 「あはは……ちょっと照れちゃうね」 (あの、アイリスも……由美お姉様と呼んでもいいですか?) 「わ、うれしい。いいよ。呼んで欲しい」 (ありがとうございます。 家族が増えたみたいで……うれしいです) 「いずれ本当の家族になるじゃろ。なぁ、真」 「へ?」 「へ? とはなんじゃ。ここまでお役目を理解した娘など 他におらん。嫁にしておけ」 「よ、嫁……っ」 「むしろここまでしておいて別れたらとんだ茶番だ。 のぅ、琴莉」 「うんうん。二人には幸せになってもらわないと。 じゃないと、また化けて出ちゃうよ〜?」 「そんなことになったらあたしももうブチ切れですわ。 儀式めっちゃがんばったのに〜」 「そうね。でも……真様を取られてしまうのは、 少々寂しい気持ちも」 (マスター、結婚しちゃうんですか……?) 「どうなのどうなの〜?」 「いや、それは……」 「………………」 「お、おかわりっ!!」 「出たよ。ごまかしだよ。 おかわりって言えばこの話題終わると思いましたか〜? 残念でした〜」 「そうね、おかわりは答えていただいてからに いたしましょう」 「ぅ……」 (マスター、結婚しちゃうんですか…………?) 「……」 「ま、まぁ……、色々……巻き込んだから? 責任は……とろう、かと……」 「ヒュー! プロポーズ〜! ヒュ〜! どうなのどうなの〜? 由美ッチ的には今のどうなの〜?」 「え、えぇと、その……あの……」 (真くんのお嫁さんになるのが夢だったから、 嬉しいそうです) 「あ、アイリスちゃん!? 心読んじゃだめ……っ!」 「ふふふ、可愛らしい夢ですこと。 土方様のこと大事にしなければなりませんね。 ね、真様」 「…………」 「…………」 「あははっ、照れてる照れてる〜。 二人とも顔真っ赤〜! かわい〜! あははっ!」 「………………」 「………………」 みんなにからかわれながら、モソモソと食事を進める。 びみょ〜に居心地の悪い雰囲気だ。ご飯の味もわからなくなった。 でも……琴莉の顔を見ていると―― 「ふふ、こんなに楽しいの久しぶり〜。 ご飯もおいしいし!」 これでよかったんだと、心から思える。 俺の思い描く結末には、至らなかったけれど。 それ以上の満たされた毎日が続くんだと。 そんな確信めいた、予感があった。 「…………」 夕食後、自室でゆっくりと過ごす。 本当はこんなことしてないで、琴莉と話をしたいんだけど……残念ながらお出かけ中だ。 今日も由美が泊まることになって、着替えを取りに一旦帰宅している。 琴莉も『夜道は危ないから』とついていった。 俺が寝ている間も、由美にべったりだったみたいだ。 なんだかそれが、少し寂しいような悔しいような……。 ……今さらそんな気持ち抱くなんて勝手だ、とは思うけれど。 ただ、気になるのは……。 「……お?」 着信音。 PC前から移動して、ベッドの上に転がっていたスマホを手に取る。 由美からだ。 「もしもし?」 『あ、ま、真くん? 今大丈夫?』 「ああ、大丈夫だけど……どうしたの? なんか慌ててるけど」 『あ、あのね、琴莉ちゃんの様子が……』 「琴莉が? どうしたの?」 『あのね、ちょっと前からあれ? とは思ってたんだけど、 やっぱり駄目みたいで、その……えっと』 「由美、落ち着いて。なにがあったの?」 『う、うん。えっと、今、琴莉ちゃんが すごくつらそうにしてて……』 『ずっと我慢してたんだと思う。 けど、我慢できなくなって倒れちゃって……。 今、横になってるの』 「落ち着きそう?」 『どう、だろう……。 たぶんだけど……』 『血が……欲しいんだと思う』 「……」 目を逸らしていた事実を、容赦なく突きつけられた気分だった。 そうか、琴莉は……血を贄に契約を交わした鬼なんだ。 『ど、どうしよう、私の血……あげちゃった方がいいよね?』 「そう、だな……。いや、ちょっと待ってくれ。 俺もこんなケースは初めてなんだ。 伊予の意見を聞いてからにしたい」 『わ、わかった』 「俺もすぐそっちに行くよ。 なにかわかったら連絡もする。 それまでは琴莉を頼む」 『う、うん』 電話を切り、部屋を出て一階へ。 そのまま、伊予の部屋へと向かう。 「伊予、入るよ」 「うぉっ、びっくりした。 ノ、ノックくらいせんか!」 「あ、ああ、ごめん、慌ててて……」 「どうした。なにがあった」 「琴莉が倒れた。由美が血が欲しいんじゃないかって」 「む……随分と早い。 やはり純粋な鬼とは違うな」 「由美が血をあげようとして、伊予に聞くまで待ってくれって 言ってあるんだけど、 やっぱりすぐにあげた方がいいよな?」 「いいや、血はできる限り与えるな。 麻薬の禁断症状のようなものじゃな。 与えんでも、琴莉が死ぬわけではない」 「でも、与えなかったら……」 「そうじゃ。人を喰らう悪鬼になるやもしれんな」 「……」 「俺は……そこまで考えていなかったよ。 そうだよな。琴莉を…… そういう存在にしちゃったんだよな」 「安心しろ。血を与えんでも、落ち着かせる方法はある。 もう一つ、贄として与えたものがあるじゃろう」 「俺の精子……か」 「やり方はわかるな?」 「やっぱり……そうなるよな」 「抵抗があるか?」 「戸惑い……かな。 予想はしてたから、抵抗ってほどではないけれど……」 「……そうか。鬼は性的な快感を好む。 飢えて苦しんでいようと、 セックスの間はそのつらさを忘れるじゃろう」 「それに、由美も文句は言うまい。 琴莉を抱くことは、由美を抱くことにもなる」 「? どういうこと?」 「……」 「話しておきたいことがある」 「なに?」 「違和感を覚えなかったか? 由美と琴莉の距離感に」 「……」 「やはり真も感じておったか。 なぜ由美は、会ったこともない琴莉にあそこまで 必死になった。なぜ琴莉は、由美をああも慕っておる」 「それは……魂に触れて、なんていうか、 通じ合った、って判断したけど……」 「残念じゃが、それだけではない」 「……遅かったのか」 「……そうじゃな。 なぜ無理矢理引きはがさんかったと思う。 なぜ外法をああもあっさり使わせたと思う」 「手の施しようがないほど混ざり合ってしまったからじゃ。 由美の一部は琴莉となり、 琴莉の一部は由美となってしまった」 「思い出してみろ。取り憑かれている間の由美は、 琴莉の記憶を自分のことのように語っていた」 「……みんなともう、顔見知りみたいに振る舞っていた」 「うむ。伊予ちゃんはすぐにそういう嘘を、じゃったかの。 由美の口からは絶対に出ん言葉じゃ」 「あの時点で……互いの区別がつかんほどに 混ざり合ってしまっておった」 「あのまま引き離して、琴莉が消えてしまっても、 由美はどこか欠けてしまったじゃろう。 致命的に、人足りえんほどに」 「だから琴莉を鬼とした。強い結びつきを保ったまま、 琴莉と由美をわけなくてはならんかった」 「わかるか? そうせざるをえなかったからこその、 外法なのじゃ」 「心しておけ。由美と琴莉。人間と鬼。 体は二つ。じゃが魂は一つじゃ。 いまだ深く濃く混じり合っておる」 「琴莉の喜びは由美の喜びとなり、 由美の悲しみは琴莉の悲しみとなる」 「今後、二人はあらゆる事象を共有するじゃろう。 逆に言えば……一人では、半端なのじゃ」 「様子を見る限り……物理的な距離も 影響するようじゃの。 琴莉が離れすぎれば……」 「隣の部屋に行っただけで、由美は霊視の力を失った。 ……もっと離れたら?」 「最悪、抜け殻になってしまうかもしれんの。 あくまでも悲観的な予想にすぎんがな」 「……」 「もう本人は気づいておるかもしれんが……琴莉には話すな。 責任を感じてしまうじゃろうからな」 「ああ……わかってる。話してもどうにもならない」 「うむ……。由美には話しておくべきかもしれんが……。 その判断は、任せよう。琴莉なくしては 生きられなくなったと知れば、恨んでしまうやもしれん」 「ないとは思うけどな……そんなことは」 「うむ……」 「……」 「せめて……真よ」 「精一杯、二人の女を愛してやれ。 一生じゃ。命尽きるまで、愛し続けてやれ」 「それが唯一、真にできることじゃ」 「……ああ、そのつもりだよ。由美を巻き込んで、 琴莉を鬼にすると決めた、そのときから」 「そうか……」 「では……早く行ってやれ。 琴莉の飢えを満たしてやるといい。 由美も琴莉の苦しみを、感じてしまっておるはずじゃ」 「……うん、行ってくる」 部屋を出て、扉を閉め。 長く、息を吐く。 決して、いいことばかりではない。 すべては俺の招いたことであると、そんな自覚もある。 けど、責任逃れをするつもりはないけれど。 せめて、前を見よう。 由美と、琴莉と、一生……共に歩いて行くと、決めたんだから。 由美の家へと急ぐ。 道中電話をかけたけど、出なかった。 琴莉の影響を受けて、由美も動けない状態にあるのかもしれない。 あるいは……。 ……。 最悪の、してはならない想像を振り切り、走る。 暗証番号を入力しエントランスを抜け、階段を駆け上がった。 インターホンも鳴らさず、以前もらった合鍵で中へ。 「由美? 琴莉? 来たよ」 声をかける。 「んぐ、ん……っ、んん……っ!」 咀嚼音が聞こえた。 琴莉がなにかを、一心不乱に、急くように食べている。 ああ、まさか……! そんな、由美……っ! ――と、焦るのがパターンなんだけど。 「由美、琴莉、入るよ」 「あ、真くん」 「お兄ちゃんだ」 二人が俺を見る。手には食べかけのフライドチキン。 ……うん、わかってた。この展開読んでました。めっちゃいい匂いしてたからね。 ……今日こういうのばっかだな。 「お兄ちゃんも食べる? お姉ちゃんが買ってきてくれた」 「ああ、いや、俺はいいよ。 ってか、由美。何回も電話したのに」 「へ? あ、ごめん。サイレントになってた……!」 「来たよ〜って言っても返事してくれないし」 「……すみません、二人とも食べるのとお喋りに夢中でした」 しょんぼりしながらも、骨についた肉をかじる。 元気そうに見える……けど。 二人とも微妙に顔色がよくないな。 俺の声に気づかなかったのは、むしろそのせいか。 「倒れたって聞いたけど」 「え? 倒れては……ない?」 「あれ? 横になって休んでるって」 「あ〜……ちょっと、こう、なに? うわ〜ってなっちゃいまして、ちょっとだけね? 休んでたけど……倒れるってほどでは」 「ご、ごめんなさい……。大げさに言いすぎたかも……」 「いや……。調子が悪そうなのは見ててわかるよ。 チキンじゃ落ち着かないだろ」 「うぅん……なにか食べてるとちょっと楽になるんだけど、 そうだねぇ……根本的な……空腹? みたいなのはありまして……」 「やっぱり血が必要?」 「血か〜……」 「いらない?」 「うぅん……」 「……」 「しょ、正直に言うと……ほ、欲しい?」 「じゃあ、えっと……どうしよう」 「あ、ま、待って待って。でも私、元人間なわけでして、 血はちょっと抵抗あると言いますか……」 「そっか、抵抗……か」 ほっと胸を撫で下ろす自分がいた。 そうか、血に魅力を感じても、血を摂取することに嫌悪感があるのなら。 琴莉は、人を食い殺す悪鬼にはならないだろう。 「でも……我慢はよくないよね?」 「えぇと……うん。私だけなら我慢できるんだけど…… でも、私だけの問題でもないから…… 我慢しちゃ駄目かなぁ……とは」 モジモジしながら、由美をちらりと見る。 ……ああ、そうか。やっぱり琴莉も気づいているんだ。 由美と深く、繋がっていると。自分の不調が、由美にも影響を与えると。 「だから……はい、その……。 我慢はしちゃ駄目なのですが……」 「血じゃない方、だよな?」 「血じゃない方? なに?」 「う、うん。そう……だけど、これ以上は、 お姉ちゃんの前で、わたくしの口からは非常に 言いにくいのですが……」 「まぁ俺、それで一回振られてるしね」 「ふられ……」 「……」 「ぁ」 由美もようやく気がつき、顔を赤くしながら慌て始める。 「ふ、振ったつもりはなかったよ?」 「あ、そこか。そこに反応するんだ?」 「だって……もう、理解はしてるつもりだから。 それに……琴莉ちゃん、真くんが来てから ソワソワしはじめたし……」 「ぅ……バレてた……」 「わかるよ、琴莉ちゃんのことだもん」 微笑み、琴莉の手に、自分の掌を重ねる。 ……おそらく、由美も気づいている。 自分たちは、一心同体なのだと。 「じゃあ……私いたら、しにくいよね。 ちょっと……出かけてこようかな」 「……一緒にしないの?」 「えっ?」 「……すごい発言が飛び出したな」 「だ、だって……私、お姉ちゃんとも……」 「ふぇ、ぇ……、ぇっ?」 「戸惑うのはわかるけど、主と鬼の関係って、 そうなんだよ。鬼は、主に抱かれたいもの なんだってさ」 「……そうみたい、です」 「ぁ、ぅ……じゃ、じゃ、じゃあ……え、えと……」 「順番には? 最初は俺、次に由美。 それでいい?」 「……うん。それで……落ち着けると思う」 「で、でも……女の子同士……」 「……駄目?」 「……」 「ふ、ふたりがしてるあいだ、 しゃ、しゃわー、あびてきましゅ」 湯気でも出そうなほど顔を真っ赤にし微妙に語尾を噛みながら、由美が部屋を出て行く。 葵も芙蓉も、アイリスもそうだけど。鬼の視線は、妙にこちらの欲情を誘う。 琴莉にもその力が備わった、ってことなんだろうか。 いや、それ以前に……。 「オッケー……ってことかな?」 「かな」 「やった。 お兄ちゃんには、昨日は断られちゃったけど…… 私のままだったら、いいんだよね?」 「ああ」 「耳と尻尾生えちゃってるけど」 「むしろそそる」 「ふふ、じゃあ……」 「しよ?」 琴莉が、衣服をはだけ、脱ぎ捨て。 躊躇いなく、白い肌をさらした。 誘い方はシンプルで、芙蓉のような妖艶さこそは感じないものの、俺の知っている琴莉が、照れずに言えるような台詞でもなく。 「お兄ちゃん……早く。 ……しよ? ね?」 しなだりかかり、俺を見つめる。 瞳は妖しく、鈍く輝き、人間離れした色気を讃えている。 琴莉は、琴莉だけど。 でもやっぱり……琴莉じゃない部分もあって。 全て受け入れなくては。 これが俺の、選択の結果だ。 「待って、脱ぐから」 「うん。……あ、私もシャワー浴びた方がよかったかな。 ああ……最悪だ。全体的にチキン臭くない……?」 「気にならないよ」 「そう? あ、せめて手は拭かないと……。 油でベタベタ……。ごめん、ムードぶちこわし……。 私鬼になっても駄目だぁ……」 「あはは、俺が拭いてあげる」 俺も服を脱ぎ捨て、テーブルの上にあったウェットティッシュを一枚手にとって。 琴莉の指先を、丁寧に拭っていく。 それだけで、琴莉は艶めかしい声を漏らした。 「はふ、はぁ……んっ、はぁ……。 な、なんでぇ……? これだけで……はぁ、ぁ……、 ゾクゾクするぅ……」 「鬼はそういうものなのかもな」 「た、大変だこれは……。 あぁ、ぁ、だ、駄目だぁ……。 触られただけで、駄目だぁ……」 「お兄ちゃん、駄目、もう……無理……。 ください……お兄ちゃんの、ください……」 「お願い、早く……しよ? ね? しよ……? はやくぅ……」 「待った。もう片方も拭かなきゃ」 「うぅ……はぁい。 はぁ……ふぅ……ん……、お兄ちゃん、はやくぅ……」 辛抱堪らないと、綺麗になった方の手で、俺のペニスをしごき始める。 一緒に風呂に入るだけでおどおどしていた琴莉は、もういない。 大胆だ、あまりにも。 けどその大胆さに興奮を覚えているのも、事実だった。 「はぁ……ん、……ぁぁ、ふぅ…………」 「よし、綺麗になった。じゃあ……」 「うん、はやく――」 「ちょ、ちょ、ちょっと、ごめんね」 いよいよ、となったところで扉が開き、由美が戻ってきた。 水を差され、琴莉が不満げな視線を向ける。 「も〜、お姉ちゃん」 「あ、あ、ご、ごめんね、た、タオル……忘れて……」 「ふふ、もうシャワーなんていいから、一緒にしない?」 「ぅ……」 「ふぁ、わ……っ」 由美に見せつけるように、俺の竿に指を絡め、撫でる。 ……あかん、これはあかん。コトリンキャラ変わりすぎ。俺もこれはちょっとテンパる。 「ね? しよ?」 「え、え、えと、えと……」 「……」 「わ、私には、は、ハードルが、高いので……。 し、失礼しました……」 バスタオルをかなり雑に引っ張り出し、逃げるように由美は出て行った。 俺以上にテンパりまくりである。 ……大丈夫か、風呂場でぶっ倒れたりしないだろうな……。 「お兄ちゃん」 「ああ、うん」 「ふふ、ドキドキするね」 「ああ……そうだな。 じゃあ、ベッドに――」 「あ、で、電気。電気消しておくね? 消さなくていい? 消す?」 「……由美」 「な、なに?」 「……実は混ざりたいだろ」 「え、ぁ……えぇと……、ち、ちが…… で、で、電気……大事かなって……」 「あははっ、ふふっ、どっちでもいいよ」 「じゃあ、消す、消します。 私が恥ずかしいから……消します」 「はい、消しました、はい。 じゃあ、はい。……あ、あとで」 今度こそ、由美がシャワーを浴びにいった。 ……ほんと、気の毒なほどテンパってるな。 まぁ……俺も最初はそうだったし、由美にしてみれば同性同士で初のアブノーマル体験だから、仕方ないのかもな。 「お兄ちゃん……」 「ん? あ、ああ」 「もう我慢できないから……」 俺から離れ、ベッドの上へ。 四つん這いになり、お尻を向けた。 「ね……? はやく……」 揺れるふさふさの尻尾に誘われ、俺もベッドへ。 「動物系の外見だと、この体勢が好きなのかな」 「え?」 「結構大胆だよな」 「ぁ……ひゃんっ」 割れ目を指先でなぞる。 みんなと同じだ。愛撫の必要もないほど、既にたっぷりと濡れている。 俺を受け入れる準備は、できていた。 ただ、俺の心の準備はというと……。 「お兄ちゃぁん……はやくぅ……」 「あ、ああ」 実は、内心冷静とは言えない状況ではあった。 なんていうかこのセックスは、葵や芙蓉やアイリスとは、意味が違うんだ。 兄と妹として、血は繋がっていなくともそういう距離感で接してきたから……胸中、複雑だった。 「じらさないで……お願い……」 お尻を振る。尻尾が俺の肌を撫でる。 ぞわ、と、背筋をなにかが駆け上がる感覚。 いつか、伊予に言われたこと。 『琴莉に惹かれているんじゃないか』 由美に申し訳なくて、答えを出そうとはしなかったけど。 いまさら躊躇するのは、馬鹿げている気がした。 「……」 「いれるよ」 「うん、来て……」 「ぁ、ぁ……ふぁ……ぁ……っ」 「あぁぁぁっ……! ぁぁ〜〜〜〜っ!!」 「はぁ、ぁ……っ、はい、ったぁ……っ! あ、ぁ……っ、すご、ぁ……っ、ふぁ……っ!」 根元まであっさりと飲み込み、琴莉が全身を震わせる。 琴莉の中は柔らかく、ねっとりとしていて。 俺のためだけにあるとでも言うように、ぴったり吸いついていた。 「ぁ、ぁ……っ、入れただけで、きもち、いぃ……っ。 お兄ちゃん、動いて……、お願い、うごいてぇ……っ」 「わかった」 「ぁ、ぁ、ぁっ、だめ、そんなんじゃ、だめぇ……っ! もっと、もっと、ズンズンって、もっと、 私のこと突いて欲しいのぉ……っ!」 「ふぁぁぁ! あ、ぁっ、それ、ぁ、ぃっ、 はぁぁ、ぁ、ぁっ、気持ちいいよぉ……っ! ふぁぁ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ!」 たった数度のピストンで、琴莉は理性を飛ばしてしまった。 甲高い嬌声を上げ、髪を振り乱し、耳と尻尾をぴんと立てて。 「ぁ、そこっ、ふぁぁ、そこ、いい……っ! あぁぁ、いいよぉ、気持ちいぃ……っ! お兄ちゃん、もっと、もっとぉ……っ!」 発情期のメス犬のようだ。 自ら腰を振り、貪欲に快楽を求める。 とてつもない締めつけだ……っ、息が止まる……っ。 「ぁ、ぁ、ぁっ、すご、いぃ……っ、 お兄ちゃんと、えっち……してるぅ……っ!」 「夢が、叶ったぁ……っ、うれし……ぁ、ぁぁっ! あぁんっ、は、ぁ、ぁっ、うれしい、よぉ……っ!」 「……っ、俺とセックス、したかった?」 「う、ん……っ、したかったぁ……っ! こんな風に、して欲しかったぁ……っ!」 「一緒にお風呂、入ったときぃ……っ! して欲しいと、思ってたぁ……っ!」 「琴莉って、結構エロいのな」 「そんなこと、ないぃ……っ! ふぁぁ、ぁ、ぁっ、〜〜〜っ! ぁ、だめ、それ、だめぇ……っ!」 「ぁ、イク、イッちゃう……っ! ぁぁ、ぁ、ぁっ、〜〜〜っ!」 「ひぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 シーツをぎゅっと握り体を強ばらせ、琴莉が達する。 鬼とのセックスは、ただ感情のままに動けばいい。 体の相性は最高に決まっていて、俺がなにをしても琴莉は感じてくれる。 だからこそやっぱり複雑で、奇妙な背徳感に襲われるけれど。 興奮しきった今では、『それこそがいい』と悦に浸る。 俺も理性を、すっかりと飛ばしていた。 「ぁ、ぁぁ……っ、イッちゃった……。 お兄ちゃんまだなのにぃ……、 イッちゃったぁ……っ」 「もう満足?」 「まだ、まだぁ……、足りないのぉ……っ、 お兄ちゃんのおちんぽでぇ、私の中ぐりぐりってしてぇ、 精液どくどくって、たくさん出して欲しいのぉ……っ」 「恥じらいのない子になっちゃって」 「だってぇ、して欲しいんだもん〜……っ! 我慢できないのぉ、欲しい、欲しい……っ、 お兄ちゃんの精子欲しいぃ……っ!」 ぎゅうっと膣でペニスを締めつける。 噛みちぎらんばかりの勢いで圧迫してくる膣壁を押し広げながら、ピストンを再開する。 「ぅぁ、ぁっ、さっきより、激しいぃ……っ! あ、ぁ、ぁんっ! あぁぁぁっ!」 「ゆっくりやってる、余裕……っ、 俺にも、ないから……っ」 「出したい? 射精、したい? いいよ、私の、中にぃ……っ、 いっぱい、いっぱいいっぱい、いっぱい……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁっ、それ、好きぃ……っ! いっぱい突いて、いっぱいいっぱい、突いてぇ……っ!」 「あぁぁ、っ、お兄ちゃん、好き、好きぃっ! ごめんなさい、好き、好きぃっ!」 「好き、だからぁ……っ! もっと、もっと……っ! ふぁぁぁぁ……っ!」 「……っ、まだ、イクなよ……っ!」 「う、んっ、我慢、するぅ……っ! ご主人様の、いうこときくぅ……っ!」 「あ〜、ぁ〜〜〜っ、だめぇ……っ、気持ち、いぃっ、 えっちって、気持ちいぃぃ……っ! おかしく、なっちゃぅぅ……っ!」 「ぁ、ゃっ、ぁ、ぁ、ぁっ、〜〜〜っ! 駄目、ぁ、っ、また、イッ、ちゃ……っ! あぁぁ、ぁ……っ!」 「我慢、だ……っ、もうちょい……っ」 「はい、はい……っ、しますっ、しますからぁ……っ! だから、だから、お兄ちゃぁん……! 出して、出して、精液一杯出して……っ!」 「ぁ、ぁっ、〜〜〜〜っ、だめ、だめ……っ、 まだ、イッちゃ……っ! あぁ、ぁ、ぁ〜〜っ、 〜〜〜〜〜っ!」 「ぁぁぁっ、ごめんなさ、お兄ちゃ……っ、 イッ、ちゃ、イッちゃう……っ、 もう、イッちゃう……っ!」 「っ、いい、ぞ、イッても……っ、俺も……っ」 「イク? イクの? イク? イク? あぁぁ、イクッ、イクイク……っ! ふぁぁぁっ!」 「出して出して、出してぇ……っ! 私の中に、いっぱいだしてぇっ! 欲しいのぉ! 精子ぃ……っ!」 「……っ」 「ふぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、ぁ――! 〜〜〜〜〜っ! ふぁぁぁっ!」 「あぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」 「……っ、ぁ、ぁっ、あぁぁ……っ、ぁ〜〜っ、 出てる、どぴゅどぴゅってぇ……っ、 あぁぁ、ぁ〜〜っ、たくさん〜〜……っ」 「あぁぁ、すごい……すごいよぉ……っ、 お兄ちゃんが、私の中でぇ……っ、 幸せすぎて……ふぁぁ……っ」 膣内を引きつらせ、脈打つ俺の性器から、精子を一滴残らず搾り取る。 大量に吐き出した白濁液を全て受け止めながら、琴莉は恍惚の吐息を漏らし、強ばった体を徐々に弛緩させていった。 同時に、俺の体からも力が抜けていく。 あぁ……これだ。久しぶりのこの感覚。精気そのものを持っていかれる、途方もない疲労感。 琴莉が鬼になったという、最後の実感だった。 「はふ、はぁ……やったぞぉ……。 お兄ちゃんとえっちしたぞ〜」 尻尾をふりふりと左右に振る。 ああ、こんなに喜んでくれるほど……俺を想っていてくれたんだな。 俺の心にも、愛しさが溢れる。 由美に悪いとは、もう思わなかった。 だって由美も、琴莉に対して同じ気持ちを抱いているだろうから。 「ふぅ……ん、はぁ……。 お兄ちゃん、もう……疲れちゃった?」 「まぁ……それなりには、かな」 「でもまだカチカチだし…… もう一回くらい、できるよね?」 「がんばるよ」 「ふふ、相手は……お姉ちゃんだけどね」 「え?」 「よいしょ……と」 腰を引き、結合をとく。 そのまま琴莉はベッドから下りてしまった。 そして、台所への扉を開ける。 「おね〜ちゃん」 「ふぁ、わ……っ!」 そこには、裸の由美がいた。 床に座り込み、ひどくうろたえている。 「来て」 「ぁ、わ……」 由美の腕を引き、ベッドまで連れてくる。 髪が濡れていないように見えた。顔は真っ赤だ。 「シャワーは?」 「え、と……」 「ずっと聞いてたんだよね、そこで」 「ぅ……」 「それで、一人でしてた」 「こ、ここ、琴莉ちゃん……っ!」 「ふふ、隠してもだ〜め。 お姉ちゃんのことはなんでもわかっちゃうから」 「うぅ……」 「由美がオナニー……。 ちょっと見たかった」 「や、やだ……、恥ずかしい……っ!」 「どうせ一人でするなら、こっちに来ればよかったのに」 「す、するつもりは、なかったけど……。 でも、こ、声……聞こえるし……」 「それに、なんだか……すごく、ドキドキして……。 体が火照っちゃって……」 「我慢できなかった?」 「……」 「……うん」 「じゃあ……お兄ちゃんに慰めてもらお?」 「やっぱり……三人でしようね?」 「……」 「……うん」 「お姉ちゃん、可愛い」 「ぁ……」 琴莉が由美を、ベッドに押し倒す。 琴莉が頭の位置を入れ替え、由美の上に。 シックスナインの体勢で、由美の女性器をペロリと舐めた。 「ひゃん……っ! こ、琴莉ちゃ……っ!」 「これって体液だから……血と似たようなものだよね。 すごく欲しいって思うの。おいしい」 「だ、駄目だよ、そんなところ……っ、 しゃ、シャワーも浴びなかったし……っ」 「んちゅ、れろ……ん、ちゅ、れろれろ、 んちゅ、ちゅっ、ちゅる」 「はぁぁ、は、ぁぁ……っ!」 唇を寄せ、愛液を吸い上げる。 由美が艶めかしい吐息を吐き、悶えた。 俺のときより反応がいい気がする。……ちょっと悔しい。 その嫉妬を察してか、琴莉が顔を上げ妖しく微笑み、膣を指で広げた。 「お兄ちゃんも。 お姉ちゃんのここ……お兄ちゃんの欲しい欲しい、って」 「うぅぅ……恥ずかしいぃ……っ、 こ、琴莉ちゃん……そういうの、いいからぁ……」 「駄目だよ〜、ほぉら、お姉ちゃんもお兄ちゃんに お願いして」 「う、ぅぅ、ぅ……っ」 「したいんでしょ?」 「し、したい……」 「じゃあ、入れてくださいって」 「うぅ…………」 「……」 「真、くん……」 「入れて、くださぃ……」 消え入りそうな声。 疲れた俺の体を、再び突き動かすには十分で。 「ぁ、ぁ、……あっ!」 広げられたその膣に、ねじこんだ。 ビクッと暴れ閉じかけた両足を、琴莉が押さえ込む。 「お兄ちゃん、動いてあげて」 「あ、ま、待って、ぁ、ぁ……っ!」 「ぁんっ! ふぁ、ぁ、ぁ、ぁ、あぁ……っ!」 軽く突いただけで、もうイッてしまったんじゃないかと勘違いしてしまうほどに、由美が全身を痙攣させる。 あれ? なんか俺のときよりも……。 「い、いつもより反応よくない?」 「ふふ、待ちきれなかったんだよね〜?」 「うぅ……そ、そんなことない……」 「全部わかっちゃうんだから、隠してもだ〜め。 私も気持ちよくしてあげるね」 「んちゅ、ん……れろ、んん、はぁ……ん、ちゅ……」 「ふぁっ、ぁ、ぁ、ぁっ、駄目……っ、ぁ……っ!」 「ん……んく、ん……れろ……ふぁぁ……はぁ……、 お姉ちゃんの、おいしい……ん、れろ、ちゅる、 はふ、はぁ、んん……」 「こ、琴莉は……ほんとエロくなったなぁ……」 「あはは……恥ずかしいは恥ずかしいんだけどね。 気持ちがわ〜ってなって、どうでもよくなっちゃう。 鬼って、そういうものなのかも」 「あ、ごめん。お兄ちゃん、私がこうしてると動きにくい?」 「俺の腹に頭突きしなければ大丈夫」 「ふふ、気をつける。動いてあげて? お姉ちゃんがじらされて拗ねちゃってる」 「す、拗ねてなんて……っ」 「そりゃ申し訳ないです、っと」 「ぁ、ぁんっ! はぁ、は、ぁ、ぁ、ぁ……っ!」 奥の奥まで差し込んで、膣壁をほぐすように円を描く。 シーツを掴み背中を仰け反らせながら、由美は部屋中に響き渡る声で喘いだ。 「ぁ、ぁ、ぁ……っ! あぁ、なんで、こんな……っ! ふぁ、ぁっ! だめっ、ぁ、ぁっ! あ〜、〜〜〜っ、あ、ぁ、〜〜〜っ、あぁっ!」 「ど、どうしよう……ぁ、ぁ……っ、 い、いつもと、違う……っ! ふぁぁ、ぁ、ぁ……っ! ぁ〜〜〜っ! あぁんっ!」 恥ずかしがり屋の由美らしくない乱れよう。 いつか見た夢に……というよりは、鬼の感じ方に似てるのかもしれない。 俺がなにをしても、すごくいい反応が返ってくる。 これも、琴莉と繋がっている影響なんだろうか。 だとしたら、俺たちの体の相性も最高どころじゃないぞ。それはとてもいいことだ。 なんて、不謹慎にも思える想像に興奮を煽られ、一層調子づいて、由美をめちゃくちゃに突き上げた。 何度も何度も。遠慮も配慮もなしに突き続けた。 「ぁ、ぁっ、すごっ、ま、真、くんのもぉ……っ! い、いつもより……っ! ふぁぁ、ぁぁぁぁっ!」 「お姉ちゃん気持ちよさそう……。 ねぇ……お姉ちゃん、私のも……舐めて? ね?」 「ふぇ、ぇっ? な、なめ……? るの? えっ?」 「はやくぅ、お願い、お姉ちゃん……。 一緒に気持ちよくなろ?」 「ん、ぁ……っ、んちゅ、ん、んん、れろ、ん、 んちゅ、ん、んっ」 琴莉が腰を落とし、半ば無理矢理に由美へ性器を舐めさせる。 優等生の由美が、レズプレイ。 付き合いが長いゆえに、カッと胸が熱くなるほどにそそる光景だった。 「ぁ、ぁ……きもちぃ、……ぁ、 もっと、舐めて……ぁ、ぁ……っ」 「はふ、はぁ、ん……ちゅ、んちゅ、れろ…… ん、ぁ……はぁ、んんっ」 「いいよ、お姉ちゃん……すごく、ぁ……っ、 気持ちいい……っ、はぁ、ぁ……っ」 「お兄ちゃんが、見とれちゃって動か、ないからぁ…… 私も、舐めて……あげるぅ。 んちゅ、ん、はふ、はぁ、ちゅ、れろ、んん、んっ」 「あぁ、ぁ、んっ、はぁ、ん、れろ、んんんっ、 ちゅ、はふ、琴莉ちゃ、ぁ、駄目……っ、 はぁ、ぁ、ぁ……っ、んん、ん、ちゅっ、っ、っ」 互いの性器に舌を這わせ愛液を舐め取り、すすり。 ぴちゃぴちゃと水音をたてながら、快楽を享受する。 琴莉の言うとおり、見とれていた。 扇情的で、でも、目の前にあるのは二人だけの世界で、俺だけなんだかのけ者にされてしまったようで。 ここにいるぞと、俺だってできるんだぞと、腰を叩きつけ自己主張を始める。 「ぁ……っ! だめ、急にぃ……っ! あぁぁ、ぁ、ぁっ! 真くん……っ! ふぁぁ、駄目、だよぉ……っ! あぁぁ、ぁ〜〜っ!」 「ふふ、お姉ちゃん、舌の動き止まっちゃったよ〜? 一人で気持ちよくなってないで、 私も気持ちよくして?」 「で、でもぉ、真くんがぁ……っ、 あぁん! あ、ぁっ、だめ、だめだめ……っ! あぁっ、はげし……っ、あ、ぁ、ぁ……っ!」 「あ、ぁぁっ、こ、こんなのぉ……っ! し、知らないぃ……っ! 真、くん、いつもより…… あぁぁっ! 激しいぃ……っ!」 「そ、そっちだって、乱れまくってるよな、……っ」 「そんなことぉ……あぁっ、な、ないぃ……っ! ない、けどぉ……っ、気持ちよく、って……っ! あぁ、あぁんっ!」 「あ……もったいない。垂れちゃう……。 んちゅ、んっ、ちゅる、ずっ、ん、ん、んっ、れろれろ」 「ぁ、駄目……っ、やっ、ぁっ、ぁ、ぁ、ぁっ!」 「もっといっぱい、気持ちよくなって、お姉ちゃん。 私が全部舐めてあげるからぁ。 んちゅ、んんんっ、れろれろ、ちゅっ」 「ぁ……っ! 〜〜〜〜っ! ぁ、ぁっ!」 ピストンの隙を見て、琴莉が舌を伸ばし愛液を掬う。 時折クリトリスを刺激し愛液の分泌を促し、隙間からあふれ出るたびに、その全てを舐め取った。 「ぁ、ぁ〜〜〜っ! 〜〜〜っ! 気持ち、よすぎて……っ! ぁ、ぁっ! だ、だめ……っ! だめに、なるぅ……っ! ふぁぁっ!」 ペニスで乱暴に突かれ指と舌で愛撫され、途方もない快感に由美もすっかりと理性を失っていた。 全員が全員、獣のように貪りあって。 のぼりつめていく。絶頂へと。 「あ、ぁっ、〜〜〜っ、んぁ、ぁ……っ! 琴莉、ちゃんの……っ、垂れて、きてる……っ! ん、れろ、ちゅっ、んん、ぁ、はぁ、ん、んっ」 「ぁんっ、ぁ、ぁ、気持ちぃ……っ、 私も、たくさん舐めてあげるぅ……。 んんん、ちゅる、れろ、ぁ、んんん、ちゅっ」 「はふ、はぁ、ぁ、ぁ……っ、ぁ……っ! ま、真くん、だめぇ……っ、そんなに、強くしたら……っ 琴莉ちゃんの、舐めて……あげられない……っ」 「なんだよ、……っ、俺、邪魔者?」 「じゃ〜あ、お兄ちゃんはまた私とする?」 「駄目、駄目駄目……っ! 私と、するのぉ……っ! やめちゃ駄目ぇ……っ、私の番だからぁ……っ、 最後まで、ちゃんと……っ!」 「ふふ、もうすぐイキそうだもんね?」 「うん、イク……イッちゃう、からぁ……っ、 イクまで、して……ほしぃ……っ!」 「由美のおねだりとか、張り切るしかないでしょう……っ!」 「〜〜〜〜っ! あぁぁっ! すご、ぁっ、ぁっ! 気持ちぃ……っ! あ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ!」 「ふふ、すごい、ここ……ピクピクしてる。 気持ちよさそう。私もお手伝いしてあげるね?」 「ぁぁっ、ぁっ! 駄目、触っちゃ、駄目ぇ……っ! ふぁ、ぁっ、っ、ぁぁぁっ、イッ、ちゃ……っ! あぁ、もう、駄目ぇ……っ、あぁぁっ!」 「ぅ……っ、俺も、そろそろ……っ!」 「イッちゃう? お兄ちゃんもイッちゃう?」 「いいよ、出して、中に……出して……っ! ぁ、ちがっ、 駄目……っ、中、駄目……っ! 琴莉ちゃんに、 あげてぇ……っ、私じゃなくて、琴莉ちゃんに……っ!」 「……っ、わ、わかった」 「お兄ちゃん、ちょうだい? 濃いのちょうだい? 出して? 私に、私のお口に出してぇ……っ!」 「……っ、く……っ」 「ぁ、ぁっ、ぁぁ、……、ィ……っ、く、……っ! あ――っ! ふぁぁ……っ!」 「はやく、ちょうだい? 全部飲むから、 お兄ちゃん、お兄ちゃぁん……!」 「ふぁぁぁぁぁ――ッ!」 「ん、んく……っ! んんん〜〜〜〜っ!」 果てる瞬間、由美からイチモツを引き抜き、琴莉の口にねじ込んだ。 ねっとりと舌が絡まった瞬間一気に波が押し寄せ、射精する。 同時に由美も達し、体を小刻みに痙攣させていた。 「はふ……っ、は……、はっ……、はぁぁ……っ、 ん、ぁ、はぁ……っ、ぁ、ぁ……っ」 「んちゅ、じゅる、ん、んんんっ、じゅるる、 ちゅっ、んちゅ、ん、ん、んっ、んん〜っ」 琴莉は俺の性器を、丹念にしゃぶる。 精液を全て絞りつくして、飲み干してしまう。 「んく……はふ、はぁ……んっ、ちゅる……っ、 はふぅ……ごちそうさまぁ……、 おいしかったぁ……」 「は、はふ……はぁ……ぁ、……、……っ、 き、気持ち、よかったけど、な、なんだか…… いつもより……つ、疲れ、ちゃったぁ……」 「ふふ、私が吸い取っちゃったからね〜。 お姉ちゃんも、ごちそうさまでした」 「吸い取る……そっか、鬼さんとするのって…… あぁ、そっかぁ……」 「理解、してくれた……? 前に俺が言ったこと」 「うん……。定期的に、えっち……しないと…… 駄目なんだねぇ……。はふぅ……」 「そういう、こと。あぁ……俺も疲れた……」 「私は元気だからもう一回……って言いたいけど……」 「無理……」 「無理……」 「だよねぇ……あはは」 「ふ〜……」 「はぁぁ……」 力が抜けた体を、ベッドの上に横たえる。 由美と琴莉は俺の腕枕。 両手に……というか、両腕に花、かな。 「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ごめんね。 おかげですっきりしました」 「いいよ、これも主の務め、ってね」 「ふふ、ありがとう。ご主人様」 「気持ち悪いの治った?」 「うん、もう大丈夫。気持ち悪いって言うか、 うずうずって感じだけどね。血と精液欲しくなると、 ああなるんだね、びっくり」 「麻薬の禁断症状……って伊予が言ってたな。 かなりつらかった?」 「ん〜……そうだね。我慢しよう我慢しようって 思ってたけど……ごめんね? お姉ちゃんも つらかったよね?」 「え? ああ、ふふ、私は大丈夫。 琴莉ちゃんが心配だっただけ」 「えへへ……ありがとう。 でも……これから毎日こうなるのかなぁ……。 そうだったらすごく申し訳ないなぁ……って」 「あはは……そうだね。 絶対お隣さんに聞こえちゃってるなぁ……。 顔合わせられない……」 「そんなの今さらだろ。今日ほどではないにしろ、 今までも結構大きい声出してたよ?」 「もうっ、そういうこと言わないでっ」 「ふふ、じゃあ次からは、お兄ちゃんちで、だね」 「ああ。でも、ちょっと違うな」 「うん?」 「俺のうち、じゃなくて、俺たちのうちで、だよ」 「ぁ……うん、ふふっ」 琴莉が微笑み、俺にぎゅっとしがみつく。 そうだ。もう琴莉は家族で。 帰るべき場所は、みんなが待っているあの家だ。 「よかったね、琴莉ちゃん」 「うん。ねぇ、お姉ちゃんも一緒に住んだりできない?」 「え?」 「駄目? お兄ちゃん」 「問題ないよ。結婚する前に同棲してみるのもいいかもね」 「け、け、けっこ……」 「わ、プロポーズだ!」 「ぷ、ぷろ……!」 「由美がよければ、だけどね」 「ぅ……」 「……」 「お、お世話に……なります」 「すごい! 婚約成立だ!」 「は、恥ずかしい……」 見られたくなかったのか、俺の胸に顔を埋める。 その様子を微笑ましげに見つめながら、琴莉がふ……っと、呟いた。 「……ごめんね」 「え?」 「本当なら……もっと幸せな未来があったのに。 私が、壊しちゃった」 「壊しちゃったって……そんなことないよ?」 「ううん。私が嫉妬して、お姉ちゃんに 乗りうつらなかったら……もっと普通に、 お姉ちゃんとお兄ちゃんは一緒になれたんだ」 「私っていうお邪魔虫抜き……二人っきりで、幸せに」 「琴莉ちゃん!」 由美が声を張り上げる。 珍しく、怒っていた。 「二度とそんなこと言わないで? 私、琴莉ちゃんに会えてよかったって思ってるんだよ?」 「……ほんとに?」 「うん。琴莉ちゃんのおかげで、真くんのこと、 お役目のこと、全部全部、知ることができたから」 「琴莉ちゃんに会えなかったら……たぶん私、 嫌われたくなくて理解のあるふりをして…… でも、ずっとモヤモヤしてたと思う」 「そうだなぁ……たぶん、あのままだったら俺たち、 長続きしなかったよ。認識のズレを、埋められなくて」 「うん。西田さんの一件で……心霊現象? は信じることはできたけど……葵ちゃんや アイリスちゃんのことは、見えないし」 「それに……鬼さんとの、エッチ? やっぱり、どこかしこりが残ってた」 「でも今、やっと理解してもらえた……かな」 「うん。琴莉ちゃんと、その、ね? エッチして…… 鬼にとって、これは大事なことなんだって、 とってもよく理解できた」 「まぁ……それでも浮気って後ろめたさはあるには あるんだけどね」 「ふふ、いいよ。真くんが葵ちゃんや芙蓉さんや、 アイリスちゃんと浮気したら、私も琴莉ちゃんと 浮気しちゃうから」 微笑み、琴莉の頭を優しく撫でる。 くすぐったそうに目を細め、琴莉もはにかんだ。 「だから、そんなこと気にしなくていいの。 琴莉ちゃんのおかげで、私たち……本当の意味で わかりあえたから」 「ああ。琴莉がいるからこそ、俺たちは幸せになれたんだ。 俺たちみんなで、幸せになるんだ」 「俺たち、家族だろ?」 「……」 「……ありがとう、本当に、ありがとう」 「私、自棄になってたのに。 自棄になって消えようとしてたのに…… 引き留めてくれて、ありがとう」 「あぁ、私も……幸せだぁ……。 もうおうちに帰っても……一人じゃないんだ。 一人でご飯食べなくていいんだ……」 「ただいまって、おかえりって言えるんだ。 おやすみって、おはようって言えるんだ……」 「ありがとう、ありがとう。 私に命を与えてくれて……ありがとう……っ」 「ふふ、……よしよし」 琴莉の瞳に涙が滲み、由美が頭を撫で、そっと指の腹で拭う。 兄と妹、姉と妹、主と……鬼。 普通ではない。けれどこれが、俺たちの家族の形。 琴莉がいなければ俺たちはなく、俺たちがなければ琴莉もない。 そうやって互いに必要にし、愛し合いながら、生きていくんだ。ありふれた、毎日。 「ずっと一緒だ、琴莉」 「もう一人に……しないからね?」 「うん、……うんっ、 ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん……っ」 「ぅ……ぐすっ、えへへ、なんか、一人で 盛り上がっちゃった。ごめんね、 二人とも疲れてるのに……」 「いやぁ……実はあくび噛み殺すのに必死だった」 「も〜、真くんは照れ隠しですぐそういうこと言うんだから。 よくないよ? そういうの」 「あはっ、ふふっ、そういうところも好きだけどね〜」 「あ、琴莉ちゃんずるい。私も真くんのこと好きだから、 あえて厳しいこと言ってるんです」 「好き好きレベルは私の方が上ですけどね〜。 化けてでちゃうほどですから〜」 「い〜え、私の方が上です。 真くんのためなら危ないことだって平気でできるもん」 「私です〜」 「私〜」 「おぉ……すごい。間違いない……。 今この瞬間が俺の人生のピークだ……」 「も〜、お兄ちゃんのせいで喧嘩してるんだよ?」 「そうだよ。一人で感動してないで、ちゃんと答えてよ」 「こ、答えるって?」 「真くんは――」 「お兄ちゃんは――」 「「どっちの方が好き?」」 「……」 「さ、寝よっと」 「あ、ずるい!」 「そういうごまかそうとするところはよくないと思うな〜、 私も」 「ね、よくないよね」 「ね〜」 「じゃあ両方」 「じゃあって!」 「適当すぎ〜!」 「適当じゃないことは、これからの行動で示すよ」 「時間は、たっぷりあるんだから」 「……ふふ、そうだね」 「……うん、ずっとずっと、一緒だもんね」 「さ、寝よう。明日に備えて」 「うん、おやすみなさい」 「おやすみ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」 目を閉じ、まどろむ。 三人寄り添いながら、夢の世界へ。 数時間後には、みんなで目覚め、明日を迎えるんだろう。 そうやって毎日、眠り、目覚め、同じ時を歩んでいく。 俺たち三人で、幸せな毎日を積み重ねていくんだ。 ずっと、ずっと。 この命、尽きるまで。 ずっと、ずっと―― 数日後、琴莉の葬儀が行われた。 その様子を俺たちは、葬儀場のすぐそばで、出入りする人たちの姿を、見守っていた。 「自分のお葬式かぁ……。 すっごく変な感じ……」 「……大丈夫? 無理しなくていいからね?」 「ううん、大丈夫。来たいって言ったの私だし…… それに……嬉しいこともあったから」 「お父さんとお母さん、泣いてくれてる。 クラスの人たち……たくさん来てくれてる」 「……うれしいな。こんなにたくさんの人が、 悲しんでくれてる」 「……」 「もう行こっか」 「いいのか?」 「うん。もう十分」 「誰にも必要とされてないんだって 思い込んじゃってたけど……よかった。 知ることができた」 「滝川琴莉の人生にも、意味があったんだ。 それが……すごく嬉しい」 「でも……」 「……」 「人間の滝川琴莉は死んで…… これからは、鬼の滝川琴莉として生きていくんだ」 「今の私には、その幸せが……一番大事」 「ごめんね、お父さんお母さん。 もうお喋りはできないけど……私、そばにいるから」 「お兄ちゃんのお役目を手伝って…… この町を、お父さんとお母さんを、守っていくね」 「……」 「うん、よっし! 帰ろう! お兄ちゃん、お姉ちゃん!」 「ああ、帰ろう。俺たちのうちに」 「うんっ、ど〜ん!」 「わ、ふふ、甘えん坊」 琴莉が俺たちの腕を取り、しがみつく。 確かなぬくもりを、感じる。 かけがえのない、ぬくもりを。 「ふふっ。改めまして、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」 「これからずっとずっと、よろしくねっ!」 「ああっ」 「うんっ。私たち、ずっと一緒だよ、琴莉ちゃん!」 「えへへ、うんっ!」 ふと幼い頃を振り返ると、決まって思い出されるのは。 毎年夏になると訪れた、この家の記憶。 爺ちゃんとの思い出。 爺ちゃんは寡黙な人で、いかにも厳格そうで幼い俺には少し怖かった。 でもよくこの縁側で、俺を膝に乗せて語り聞かせてくれた。 昔話か、お伽噺か、そんな不思議な話を。 家に幸せを呼ぶ、座敷わらしの話。 死んでしまった人の魂を救う、お坊さんの話。 そのお坊さんに仕える、鬼の話。 話してくれたのは、だいたいその三つ。 爺ちゃんの話はちょっと難しかったけど、穏やかなあの声が、俺は好きだった。 婆ちゃんは早くに亡くなったそうで、俺は会ったことがない。 爺ちゃんは料理も家事もまるで駄目だったみたいだけど、身の回りの世話はお手伝いさんたちにしてもらっていた。 確か、三人か四人くらいいたと思う。みんな和服を着て、旅館の仲居さんみたいで。 そんな非日常的なこの家の雰囲気が、俺は大好きだった。 それにかくれんぼをしたり、トランプをしたり、俺とよく遊んでくれた。みんな優しかった。 近所に住んでいる女の子とも、よく一緒に遊んだ。 名前は確か……伊予ちゃん、だ。 元気な子で、少し――いや、かなりかな、意地悪な子で。 色々と悪戯をされた記憶がある。泣かされたこともたくさん。 俺にとっては年上のお姉さんという感じでなにをしても敵わなかったけど、どうにかあの子に勝ちたいとはいつも思っていて。 『まこちゃん』では返事をせず、『まこと』と呼んでもらえるまで返事をしないのが、ささやかな抵抗だった。 懐かしい思い出。 またみんなに会えたらと思うけど、それはもう叶わないんだろう。 伊代ちゃんが今どこでなにをしているのか、俺は知らない。 お手伝いさんたちのことも、知らない。 もうここには、誰もいない。 ……。 …………。 はずだった。 「は〜……今日もあっついのぅ……」 「……」 「八月の頭まではそこそこ過ごしやすかったんじゃが…… 中旬から暑いのなんの。こりゃたまらん」 「…………」 「のぅ、真。アイス買ってきてくれんか、アイス」 「………………」 「おぉう? 無視か? 無視するのか? なぁ、真よ。おい。聞こえておるんじゃろう? おいこら、おい」 「……………………」 「真〜?」 「ああ、は〜い」 母さんに呼ばれて、ゆっくりと立ち上がり居間へ。 「おぉい、真〜。なぜわたしの呼びかけには応えんのじゃ」 いるはずのない“それ”も、ついてくる。 「お母さんそろそろ帰るけど〜」 「うん、わかった」 「なんじゃ、もう帰るのか。慌ただしいの」 「あとは一人で片付けられる?」 「大丈夫。ゆっくりやるよ」 「少しは手伝ってやるぞ? わたしも」 「ご飯は炊飯ボタン押すだけにしておいたし、 おかずとか色々作っておいたからね」 「うん、ありがとう」 「わたしの分もあるのかの? 肉が食べたいのぅ。豚が好きじゃ、豚が」 「…………」 「なに、どうしたの。変な顔して」 「いや、別に」 「あんた本当に大丈夫? だらしないのに一人暮らしなんて」 「問題ないよ。子供じゃないんだし」 「わたしから見ればまだ子供じゃがのう。ひゃっひゃっ」 「………………」 「なぁに? あんたさっきからどうしたの」 「なんでもない」 「そう? 思い出すわぁ……。あんた覚えてる? 子供のころ」 「一人で誰かと話してたり、いもしない人の話をしだしたり。 この子にはなにか見えるんじゃって、 みんな怖がってたのよ?」 「……ああ、まぁ、うん」 「覚えてないの? 特にここにいるときはひどかった。 お爺ちゃんちに来るといっつもそう。 なになにちゃんと遊ぶって言って、一人で遊んでるの」 「それわたしじゃろ。一人じゃなかったぞ? のぅ、真」 「……」 「ただでさえこの家、“出る”って噂でしょう? お母さん心配で心配で。 あんたまた変なこと言い出すんじゃないかって」 「大丈夫だよ。荷解きでちょっと疲れただけ」 「そう? じゃあいいけど……ほんとに大丈夫? あんた料理とかできないでしょ。 そんなに遠くないんだから困ったらお母さん呼びなさいね」 「それじゃあ一人暮らしの意味ないでしょ。 大丈夫だって。ちゃんとやるから」 「そう? じゃあ、お母さんもう帰るからね」 「うん、ありがとう」 「あんた本当にちゃんとできる?」 「だからできるって。何回聞くの」 「うぅん……そう? じゃあお母さんもう帰るから。 晩ご飯作っておいたからね」 「わかったって。気をつけて帰って」 「ちゃんと食べなさいね。しっかりね」 「はいはい」 「あ、お鍋は火にかければ――」 「わかったわかった、わかったって」 延々と話をループさせそうな母さんの背中を押し、玄関へ。 「あんまり邪険にしてやるな。 しつこいのも親の愛じゃ。ひゃっひゃっ」 ……やはり“それ”も、ついてくる。 「じゃあ、帰るからね。これからしっかりね」 「大丈夫。ちゃんとやる」 「そう? なにかあったら電話しなさいよ?」 「わかった。なにかあればね」 「ほんとに大丈夫かしらね……。 ちゃんと食べなさいよ? たくさん作ってあるけど、 余ったら冷凍しなさいね?」 「わかったわかった。 ちゃんとやるし食べるし、とにかくしっかりやるよ」 「もう、心配だわぁ……。 じゃあね、ちゃんとやりなさいよ」 まだなにか言いたげな顔をしながら、母さんが家を出る。 戸が閉まるまで見送って、居間へと戻った。 「帰ってしまったか。 今日から親元を離れての生活じゃ。 一歩大人になったの、真よ」 「…………」 しゃがみこみ、荷解きを再開。 「まだ無視するか……。 そろそろ口をきいてくれんか。のぅ、真」 「……」 「ま〜〜〜こ〜〜〜〜と〜〜〜」 「…………」 しつこい。 ため息をつきつつ、仕方なく振り返った。 「お、ようやくこっちを見たな」 「…………」 しゃがんだ俺と同じくらいの背丈しかない女の子を、じぃっと見つめる。 「な、なんじゃ。照れるのぅ。ふふふ」 ……間違いない。 間違いなく……伊予ちゃんだ。 しかも、十数年前と同じ姿の。 本人……なんてことはあり得ない。 最初は伊予ちゃんの娘さんかと思った。 でも、それは違う。 反応しているのは俺だけで、母さんはまったく気にもとめなかった。 いや、見えていなかった、という表現が正しい。 だったら、この子は―― 「……幻だ」 「な、なにぃ」 目を見開いた伊予ちゃんらしき“なにか”から、視線を外す。 おおかた、この暑さで参っちゃってるんだろう。 それとも、懐かしさや寂しさみたいなものが見せた幻覚か。 色々あって……俺の精神状態も万全とは言いがたい。 こういう不思議なことも、まぁ起こりうるだろう。たぶん。 「久しぶりに会ったというのに幻扱いとは……。 ご挨拶じゃのぅ、真ぉ」 「…………」 「あくまでも無視か……。 も〜〜堪忍袋の緒が切れたぞ! 真のような薄情者には――こうじゃ!!」 「ぃっ……!!」 “なにか”が俺の背中に飛びかかってきて、思いっきり前につんのめった。 「いって……! な、なんだよ……っ」 「これで無視できんじゃろう! いい加減認めんか! わたしは伊予じゃ! 幼きお前と遊んでやった伊予じゃ!」 「そんなわけあるか……っ! じゃあお前何歳なんだよっ! それとも死んでるのかっ。 化けて出てきたのかっ」 「お、やっと話す気になったか。 あほぅ。ちゃんと生きておるわ。 真よりもずっとずっと長生きしておる」 「それなら少なくとも二十歳は超えてるだろ……! 昔のままの姿なんてありえない! しかも、俺にしか見えないなんて……!」 「嘆かわしい。なんという堅物じゃ……。 見たままを受け入れられん頭はこれかっ! これなのかっ!」 「いてっ、いててっ!」 頭をバシバシと叩かれ、たまらず悲鳴を上げる。 痛い! 本当に痛い!この痛みは幻覚じゃなくリアルだ……! 「理解できるまでこうじゃ! こうじゃ!」 「いって! あぁ、もうっ、降りろ、一回降りてくれっ」 「もう無視せんかっ」 「しない、しないからっ」 「よしっ」 ようやく頭上からの攻撃がやみ、背中も軽くなる。 ほんとなんなんだ、いったい……。 「ふぅ、やっと落ち着いて話ができるの」 乱れた襟元を直しながら、ちょこんとその場に正座する。 そしてにこりと、微笑んだ。 その顔が、当時の記憶と重なる。 「久しいの、真」 「……」 「本当に……伊予ちゃんなのか?」 「伊予でよいぞ。成長した真にちゃん付けされるのは 子供扱いされてるようで好かん」 「子供じゃないか……」 「見た目だけじゃ」 不機嫌そうに顔を逸らし、胸を張る。 確かにこういう仕草も……覚えがある。気が強く、意地っ張りな子だった。 とはいえ……。 「なんなの、その喋り方。 俺の記憶の中の伊予ちゃ……伊予は、 もっと普通に喋ってた」 「ああ、これ? わたしもキャラ付けに結構悩んでてね? もう随分生きてるからそろそろ貫禄だしていこうかなって。 ロリババア的な。なかなかいい感じでしょ?」 「ああ……」 この瞬間、ガッチリとイメージが繋がった。 言ってることの意味はわからないけど、この適当な感じ……確かに“伊予ちゃん”だ。 「ふふん、得心がいったようじゃの」 「急に変えるなよ、戸惑うから。 とりあえずわかったけど……なんで母さんには 見えなかったんだ」 「昔からそうじゃっただろう。 真とおじじにしか、わたしのことは見えていなかった」 「昔からって……。その自覚が俺にはない。 別にみんなが言うような変なものとか見たことないし」 「じゃろうな。真にはわたしが普通の人間に見えるじゃろう? だったら、変に思う方がおかしい。 血まみれの幽霊でも見たならまだしもな」 「それと、成長につれて見えなくなったのではないか?」 「あ〜……よくわかんないけど、 人と話が合わなくなることは……なくなった。 母さんも落ち着いてくれてよかったって」 「うむ。そういうものじゃ。 心の成長とともに、見えるものが見えなくなってくる。 そのうち、見えていたことすら忘れてしまう」 「ずっと会ってなかったからのぅ……。 霊視の力が戻らなんだらどうしようかと思ったが安心した。 わたしのこと、ちゃんと見てくれたの。昔のように」 「霊視、っていうのか? この、よくわからんけど」 「うむ。わたしと再会することで、再び花開いたわけじゃな。 わたしと真の絆の力かの。 真の持つ、希有な資質じゃ。誇ってよい」 「……資質、ねぇ」 やっぱり実感も、自覚もない。 でも、心当たりはあるんだ。 爺ちゃんだけは、俺の話をちゃんと聞いてくれた。 みんなみたいに怪訝な顔をせず、俺の正気を疑ったりせず、最後まで、ちゃんと。 見えていたという自覚がないのは、そのせいもあるのかもしれない。 共感してくれる人がいたから。 みんながおかしい。俺と爺ちゃんだけが正しい。 ずっとそう思っていた。 「そうか、みんなが変なんじゃなくて…… 俺と爺ちゃんが……」 「特別だったんじゃ」 独り言のような呟きを、伊予が肯定する。 特別……。俺が? なんの刺激もない大学生活を、ただダラダラと過ごすだけの俺が……他の人にはない、特別な力を持っている。 うぅん……。 「……漫画の世界だ。頭が痛くなってきた」 「叩きすぎたかの」 「そうじゃなくて」 思わずため息。 普通の人には見えない、年をとらない女の子。 霊視とかいう変な力。 ……意味がわからない。 ……。 でも、爺ちゃんが俺と同じだったのなら。 もっと話を聞きたかった。したかった。 けど、もう無理だ。 爺ちゃんは……先月亡くなってしまったから。 「……」 「おじじのことは……気の毒じゃったの。 わたしも寂しい。じゃがあれも、真という後継者が いてくれて思い残すところはなかったじゃろう」 「? 後継者って?」 「この家と土地を受け継いだんじゃろう?」 「ああ、うん。遺言で爺ちゃんが俺に、って。 びっくりしたけど」 「うむ。ならば資格は十分に有しておる」 「資格? なんの」 「まぁそう急くな。 真よ。おじじから繰り返し聞かされた話は覚えておるか? 坊主の話じゃ」 「ああ、死んだ人を救うとかなんとか」 「他には?」 「鬼を従えて、とか。どうして急にお伽話のことを?」 「お伽話。本当にそう思っておるのか?」 「そりゃそうでしょう。鬼とかありえない」 「ほぅ、わたしを前にしてそのようなことを言うか。 まだ半信半疑のようじゃのう」 「そりゃ……ここで百パー信じる方がおかしいでしょ」 「ふむ、よかろう。真に会わせたい者がおる。 これからわたしたちと一緒に暮らす者じゃ」 「暮らすって……えっ? 今わたしたちって言った? どういうこと? 俺、ここで一人暮らしする つもりで――」 「桔梗」 俺の質問はがっつり無視し、伊予が誰かに声をかけた。 少し間を置き、障子がゆっくりと開く。 「失礼いたします」 透き通った声とともに、現れたのは。 和服をまとった、美しい女性。 和服、というよりは……喪服、だろうか。年の頃は、俺よりも少し上に見える。 「え、っと……?」 「初めまして、真様。わたくしの名は、桔梗」 「先代にお仕えしておりました、鬼にございます」 「お、お……おぉぉ……??」 「ふふ」 呆気にとられる俺に、女性が優しく微笑みかける。 お、鬼ぃ……? 「い、いやいやいや……さすがに……ねぇ? どうなのそれは」 「携帯は持っておるか?」 「え?」 「携帯じゃ」 「あ、あぁ、あるけど……」 「カメラを起動して、レンズを桔梗に向けてみよ」 「なんで?」 「ふふ、騙されたと思ってやってみてください」 「ああ……はい」 ちゃぶ台の上に置いた携帯を手に取り、首を傾げながらカメラを起動してレンズを向ける。 「え……?」 「なにが映っていますか?」 「なにがって……え、桔梗さんが……」 「わたくしが?」 「……」 「なんだよ……これ」 言葉を失う。 嘘だろ? なんで画面に……誰もいないんだ。 すぐそこに、間違いなく座っているのに。 「ふふ」 また、微笑む。 どの角度から向けてみても、ズームしてみても。 カメラは桔梗さんを素通りして、廊下を映していた。 壊れた? でも桔梗さん以外はしっかり映ってる。 ど、どうなってる……。 「今度はこれじゃ。わたしも映してみよ」 俺に手鏡を押しつけ、伊予が桔梗さんの隣に座る。 言われるがまま伊予に鏡を向け……反応に困った。 「う、映ってるぞ? 伊予は」 「そのまま見ておれ」 「……んっ? えっ、えっ……!」 すぅ、と景色に溶け込むように。 伊予は鏡の中から、消えた。 一歩も動いちゃいない。目の前、桔梗さんの隣にいる。でも鏡の中には、もういない。 な、なんだよ。とんでもないことが起こってるぞ……! 「信じたか? 我らが人ならざる者だと」 「……」 うまく声が出ず、答えることは出来なかったけど。 さすがにここまでされたら……信じるしかない。 ――鬼。 普通の人には見えない存在を、今俺は……目の当たりにしている。 「ふむ、結構。信じてくれたようでなによりじゃ」 「鬼はわかったけど……ちょ、ちょっと待ってくれ。 理解を超えてる」 「それで……俺はどうしたらいいんだ。 後継者って、爺ちゃんは俺になにをさせようとしてるんだ」 「ある大事な、お役目を」 「や、役目? 聞いてないぞ、なにも」 「真よ、混乱しておるのはわかる。 だが落ち着き、心して聞け。これは勅命である!」 「勅命!? て、天皇陛下!?」 「……すまぬ。言い過ぎた。だが大事な話じゃ。 代々託し託され、今おじじから真へと受け継がれた 大事な大事な加賀見家の役目を伝える。聞いてくれるか?」 「あ……ああ……」 伊予の表情が急に大人びたものに変わり、反射的に姿勢を正した。 正座し、背筋を伸ばし、緊張しながら……続く言葉を待つ。 「加賀見真……いや、加賀見家八代目当主よ」 「おぬしにこの町の守護を命ず。 桔梗ら鬼を率い、その務めを果たせ!」 「は、はいっ」 「……」 「……はい?」 商店街を出て、右に曲がるところを左へ。 できる限り人通りが少なそうな道を選んで進む。 そっちの方が、犬を見つけられるかもしれないと思ったから。 けど、見つからない。 やっぱりそう簡単にはいかないか。 霊はともかく、せめて犬のことは見つけてあげたかったな……。 「……このくらいにしておこうか」 「はい」 「コンビニにも寄っていこうか。 明日の朝メシとかもついでに……」 と、諦めかけた……そのとき。 「あれ?」 あの子が、道ばたでぼぅっと佇んでいた。 よくよく見れば、足下には犬が。 豆柴だ。よかった、見つかったんだな。 このまま通り過ぎるのも寂しいし、声をかけていこう。 「滝川さん」 「……? あっ……!」 俺に気づき、笑顔を浮かべこっちに駆けてきた。 「や。よかったね、犬――」 「コ、コタロウ見つかったんですか!?」 「? え、見つかった、って……」 「あ、す、すみません。コタロウって名前で……。 み、見つかりましたか?」 「いや、犬は――」 「真様……」 桔梗が俺の言葉を遮るように、耳元で囁く。 「見えていないようです」 「……なんだって?」 視線を、滝川さんの足下へ。 尻尾を振り、寄り添うようにお座りしている。 気づけないはずがない。 なのに、滝川さんは犬なんていないように振る舞う。 「まさか……」 「はい。既に……現世の住人ではないのでしょう」 「え、っと……?」 「ああ、いや。 ……実は、犬は見つけられなかったんだ」 「あ……そう、ですか……」 「ごめん、力になれなくて」 「いえ、そんな! こんな時間まで探してくれて、 ありがとうございます!」 「いやぁ、俺も色々用事があって、動き回ってたから。 えぇと……ぼ〜っとしてたみたいだけど、 どうしたの?」 「え、あ、し、してました?」 「大丈夫? 俺んちすぐ近くだから休んでいっても……って いきなり誘っても怪しいだけか」 「いえっ、ふふっ、ありがとうございます! 大丈夫です!」 「ここ、散歩コースなんです。 いつもこのくらいの時間に、この道を通ってました。 だからこのへん歩いてれば会えないかなぁ……って」 「でも、会えませんでした。 どこ行っちゃったんでしょうね、コタロウってば」 「……」 どう、言葉をかければいいのか。 明るく振る舞っていても、ふとした表情に心配と不安が見てとれて。 下手な励ましなんて、言えるはずがなかった。 「あっ、そうだ。お名前……」 「あぁ、加賀見っていうんだ。加賀見真」 「加賀見さんですねっ、今日はありがとうございました。 じゃあ、あの、私、もうちょっとそこらへん 見てくるので!」 「……。うん、気をつけて。 俺も、手伝う。見つかるまで」 「わ、ありがとうございます! ではでは! 失礼します!」 頭を下げて、駆け出す。 犬は追いかけようとしたそぶりを見せたものの、結局その場に留まったまま。 お座りをして、ぱたぱたと尻尾を振って。 飼い主だった女の子の背中を……見送っていた。 「……」 見ていられずしゃがみこみ……犬の頭を、そっと撫でる。 ……霊にも、触れられるのか。 毛のふわふわとした感触。確かな存在を感じる。それなのに……。 「……体温を感じない」 「霊には血が通っておりませんので」 「……」 「なんて伝えればいい。 あんなに必死に探してる犬が……もう死んでるなんて」 「そうですね……。 しかしなぜ……気がつかなかったのでしょうか。 わたくしの姿は見えたのに……」 「……桔梗にわからないなら、俺にもわからない。 それに……」 「この犬もどうして追いかけないんだろう。 せっかく飼い主と会えたのに」 「……」 「もしかしたら」 「うん」 「この場所になにかあるのかもしれません。 伝えたい、なにかが」 「なにか……」 「……」 散歩コースだと言っていた。 ここであの子を待っていたということなら、納得できる。 でもそれなら、もうこの場所に留まる理由はないはずだ。 この場所で、この犬になにがあった。なにがこの犬を、ここに縛りつけているんだ。 ……わからない。 まさか犬と霊を一緒に見つけちゃうなんて……。 なんて皮肉だ。 「一度……家に戻りましょう。 これ以上はお体に障ります」 「……」 「わかった」 「また……来るからな。それまで待っててくれな?」 くしゃくしゃと頭を撫で、立ち上がる。 犬はやっぱり、その場から動かなくて。 何度も振り返る俺を……そのつぶらな瞳でじっと、見つめていた。 ベッドの上に座り、そのときを待つ。 今は……桔梗が風呂に入ってるはずだ。 上がれば……始まる。なんていうか、その、儀式が。 ……。 ……人って、緊張しすぎると勃たないんだな。 興奮してるのに下半身がまったく反応してなくて、俺ちょっとびっくりしてる。 「……っ」 ノックの音に、敏感に反応する。 い、いよいよか……! 「桔梗です。入ってもよろしいですか?」 「ど、どうぞ」 扉がゆっくりと開き、桔梗が俺の部屋へ。 いつも通りの服装、いつも通りの所作。 でも、直視はできなかった。 「準備はよろしいでしょうか」 「万全とは言えないけど……なんとか。 ここでするのか? なにか他に準備は?」 「場所はどこでも。呪文も魔法陣も必要ありません。 ただ……」 部屋の中央に進み、照明の紐を引く。 「明かりは、消させてくださいませ」 照明が落ち、窓から差し込む月明かりが桔梗の輪郭をか細くうつしだす。 高まる緊張。 対照的に、桔梗は平静そのもので。 笑みを浮かべて、帯に手をかけた。 「失礼いたします」 ためらわず、ほどく。 まるで俺なんていないような、そんなそぶりで。 襟元を緩め、ゆっくりと……着物をはだけていく。 「……ふふ」 挑発的な笑み。 期待を煽るように体をしならせながら俺に近づき……。 頬にそっと、触れる。 「わたくしも初めてなので…… うまくできるかはわかりませんが……」 「そ、そうなの?」 「申しましたでしょう? わたくしは……真様のための鬼」 「先代ですら……わたくしには触れてもおりません」 ふぅと耳元に息を吹きかけ、桔梗の手が……下へ、下へ。 反射的に逃げようと腰が動いたが、座ったままではたいして動くこともできず。 触れる。桔梗の指先が、俺の局部に。 「……」 「ここまでしても……その気にはなって くださらないのですね。自信をなくします」 「い、いや、緊張してるんだよ。 その気には、なってるんだけど……」 「では……緊張など忘れさせてみせましょう」 そっと、俺を押し倒す。 そしてパンツに手をかけ、おろしていく。 恥ずかしすぎてやっぱり抵抗したかったけど……ここで騒ぐのはあまりにも女々しい。 どんと構えて、桔梗のしたいようにしてもらった。 「ふふ、知識としてはありましたが…… 殿方のここをまじまじと見るのは、 初めてでございます」 「あ、えと、もうちょい大きくなるから。 ……もうちょい」 「はい。では……大きくしてくださいませ」 「ん……ちゅっ」 竿に軽く、口づけ。 「れろ……ん、はぁ、んちゅ……ん、はぁ……」 繰り返し、時折舌で亀頭を転がして。 「……っ」 気持ちいいというよりは、体が麻痺していくような感覚。 興奮が限界を振り切って、のぼせてしまったような浮遊感。 「ふふ……。反応されていますね。 ぴくぴくと……」 「んちゅ、んんんっ、れろ……はぁ、れろぉ、 んっ、ふぅ……ちゅぅぅ」 強く吸い付く。 竿を指で撫でる。 舌で優しく、亀頭を包む。 「はぁ……ふぅ……んんっ、んっ、ちゅぅ……はぁ、 ふうぅぅ、れろ……んんんっ、ちゅ、ちゅぱ」 気づけば、解けていく。 俺をガチガチに固めていた、緊張が。 「まぁ……ふふふ」 びくびくと痙攣しながらそそりたった性器を見て、桔梗が目を丸くする。 ここまで来ると……羞恥心も薄れるもんだな。 「やっとその気になってくださいました。 ですが、まだわたくしの準備ができておりませんので……」 「……あむ、んんっ、ん、ちゅっ」 「う、ぉ……」 ぱくりと咥えられ、腰のあたりがぶるりと震えた。 い、いかん、意識が飛ぶ……! これはあくまでも儀式で―― 「う、生まれてくる鬼を……お、思い描くんだっけ?」 「はい、強く」 「わ、わか――」 「んちゅっ、んっ、んっ、んんっ、ちゅぅぅっ」 「たぁ、くぅぅ……っ」 強い刺激に抗えず、悶えた。 こ、これは……! 「ちょっと、無理、かも……!」 「ふふ、本当は……もう大丈夫です。 真様の無意識に、しっかりと刻み込まれたことでしょう」 「あとは……楽しんでくださいませ。 わたくしとの、ひとときを」 「あむ、れろ……ん、ちゅぅぅっ、はぁぁ、ぁ、んんっ、 ちゅぅ、んちゅっ、んっ、んっ」 「う……」 紛れもない、初めて覚える快感。 言われるまでもなくすべての思考が吹っ飛んで、意識は桔梗の口と、舌の温かさに集中する。 「んん、ん、んむぅ……ふぅ、んっ」 舌を裏筋に添えながら、根元までくわえ込んで。 「ちゅぅぅ、ちゅぱっ、ちゅっ、ちゅぅぅ」 口をすぼめて強く吸い付きながら、また根元から亀頭へ。 「ちゅっ、ちゅぅ、れろ、はふぅ、んっ、ちゅぱっ、 ちゅぅ、ちゅっ」 今度はアイスキャンディのようにしゃぶりつき、キスを繰り返す。 上品に、丁寧に。 ゆっくりと俺を高ぶらせていく。 「はぁ……んん……ちゅぅぅ、んっ……ふぅ、はぁぁ…… ちゅぅぅっ、ちゅぱっ……ふぅ、れろ……ちゅぅ、 ちゅぱっ」 「くっ……」 でもそんなゆるい責め方でも、余裕なんてとてもじゃないが俺にはなかった。 刺激が強すぎる。 興奮しすぎている。 気を抜けば、たぶん一瞬でイッてしまう。 「ふふ……まだ出しては……んっ、はぁ…… 駄目ですよ……? んちゅ、ん……」 射精の気配に気づいても、手を緩めることはなく。 性器から口を、離しはしない。 「はぁ……ん、ぁぁ、んちゅ、ふぅ、んんんっ、 ぁ、はぁ……ちゅぅぅ、ん、ふぅぅ、ん、んんっ」 「……?」 ふと……気づいた。桔梗の声が、艶めいていることに。 視線をめぐらせ……捉える。 桔梗が俺の性器をしゃぶりながら、自らを慰めている姿を。 「ふふ……ん、んちゅぅ、んっんっ」 恥じらうどころか、妖艶に微笑む。 その仕草が、どきりと俺の胸を跳ねさせる。 それだけでもたまらないのに―― 「んんんっ、んちゅ、んっ、んっ、はぁ、んちゅぅっ、 ん、んっ、ちゅぱっ、ちゅぅぅっ、ちゅっ、ちゅっ」 行為を加速させ、俺の射精を煽った。 「ちょ、待った……! 出る出る出る……!」 「我慢……っ、はぁ、んっ、んっ、して、ちゅぅぅっ、 ください、ませ……っ。んちゅぅ、ちゅぱっ、ちゅぅぅっ」 「って、言われ、ても……っ!」 「んん、んっ、ちゅぅぅ、ちゅぱっ、はぁ……ん、れろ、 ん、はぁ、ふぅぅ、んん、ん〜〜、ちゅっ」 「はふぅ、っ、っ、れろ、ちゅっ、んんん、あむぅ、 んっ、んっ、んむぅぅ、んっ」 「――っ」 だ、駄目だ……! 「はぁ、んっ、はぁぁ、んっ、んっ、ちゅぅぅぅっ、ちゅっ、 ちゅぅぅぅっ」 「ちゅぱっ、はぁ、ちゅぅぅっ、ちゅぱっ、ちゅっ、 ちゅぅぅっ」 「ん、んっ、んっ……! んんん〜〜〜〜〜!!! 「うぁ……っ!」 反射的に腰を浮かし、果てる。 桔梗の口の中。奥の奥に、吐き出した。 我慢しきれなかった、とても。 「ん、んぐっ、ぅん、んんんっ……んっ」 受け止めきれずわずかにこぼしながらも、桔梗はためらわず精液をこくりと飲み干した。 「ふふ……出しては駄目と言ったのに」 「も、申し訳ない……」 「これは新たに生まれてくる鬼ではなく…… わたくしへの贄として受け取っておきます」 「んっ……ちゅ……」 亀頭にわずかに残った精液を、舐め取る。 ぴくんと跳ねた性器を微笑ましげに眺めながら、桔梗は吐息をついた。 「はぁ……。ふふ、ごちそうさまでした。 ですが……」 また、唇を性器に近づける。 そして軽く……歯を立てた。 「やはりわたくしは……生臭い血の味が、 好みでございます」 「え、それって……」 「ふふふ」 体を起こしかけた俺を、優しく制して。 桔梗が俺の上に、またがった。 こぼれおちそうなほど豊かな胸が、俺の体で潰れる。 あまりの柔らかさに、思わず生唾を飲み込んだ。 ただ桔梗の言葉に、そんな浮かれた気持ちも霧散する。 「お伝えするのを失念しておりましたが…… わたくしへの贄は、先代の血でございました」 「? あ、じゃあ……」 「情事のさなか……興奮のあまり我を忘れてしまったら、 申し訳ございません」 「……おいおい」 笑顔でとんでもないこと言ったな……。 これが最初で最後なんて、ごめんだぞ。 「ふふふ、冗談です。まだ大丈夫。 桔梗は桔梗のままでいられます」 「まだ、ってのが気になるけど……。 どうして爺ちゃんは……って、聞くまでもないな」 「はい。もうお年でしたから。 それに、こうも仰っていましたよ」 「理屈は頭でわかっていても、簡単には割り切れん。 じじいの娘みたいな女を抱きたくはないだろう……と」 「……ごもっとも」 「ですので、殿方の精液の味も……今知りました。 ふふふ」 ぺろりと、唇に舌を這わせる。 俺のため……というだけはある。 どうすれば俺が興奮するか、よくわかってる。 「では……ひとつに」 腰を浮かせる。 はだけた着物の隙間から、桔梗の性器がぼんやりと見える。 また、喉がこくりと動く。 「ふふ……」 暗闇の中でも、そんな俺の様子がはっきりと見えているんだろう。 足を気持ち広げ、見せつけるようにしながら。 俺の性器の根元に手を添え、亀頭を膣の入り口にあてがい、ゆっくり―― 「あ、はぁ……っ」 腰を、沈めた。 これが、女の人の……感触。 素直に、感動。 「動きます。よろしいですか?」 律儀に、俺に了承を求め。 うんとうなずくと、腰を艶めかしくくねらせ始める。 「はぁ……んん、はぁ……んっ……はぁ……ぁ、ぁっ」 吐息を漏らす桔梗が、息が止まりそうなほど色っぽくて。 夢中になっていると悟られたくないちっぽけな自尊心が、軽口を叩かせる。 「鬼も……そうやって、感じるんだな」 「そうでなければ、自らまたがったりなどいたしません。 はぁ、ぁ、ぁぁっ……ぁ、ぁっ」 少しは照れて欲しかった。相変わらずの、余裕の笑み。 けれど桔梗も冷静ではいられなかったんだって、すぐに気づく。 「はぁ、ぁ……っ、ですが、……んっ、見苦しい姿は、 みせないように、と……ぁ、はぁ、思っておりました、 が……」 「気持ちは、ぁっ、ぁぁ……抑えきれない、もので…… ござい、ますね……」 「ぁ、んっ……あぁ……はぁ……はぁぁ……ふぅ…… ん、ぁっ……」 「主に、このような……お願い……。 不躾かと……存知、ますが……ぁ……っ」 「口づけ……しても?」 「……ああ」 「ん、ちゅぅっ、ん、れろ……んんんっ、ぁ、はぁ……っ。 んちゅ、んっ、んっ」 桔梗が顔を近づけ、唇を触れあわせ。 隙間から差し入れられた舌に、舌を絡めて。 むさぼる。 つぅ、と顎に滴を垂らしながら。 「はふ、んんんっ、ん、ちゅっ、はぁ、ぁぁ、あっ、 んんん、はぁ、ぁぁぁっ」 そこで火がついたのか、桔梗の腰の動きがにわかに激しくなる。 しゃぶりつくような口づけを繰り返しながら、ベッドが軋むほどの強さで、腰を上下に動かした。 「あ、はぁ……ぁぁぁっ! 真、様……っ! 愛しゅうござい、ます……っ! わたくしの、真様……っ! はぁ、ぁ、ぁっ!」 「ん、はぁぁ……あ、あんっ、んちゅ、んっ、んんんっ、 あぁ、はぁっ、はぁぁっ、ぁ、ぁっ!」 「……っ」 俺の性器を飲み込み、吐き出し。 精液を吸い上げられているようだ。 さっきとはまた違った刺激的な快感に、俺は歯を食いしばって悶えるしかなかった。 「もう、我慢しなくて……っ、いいですから、ね? いっぱい、だして……ください、ませ……っ。 あ、ぁぁ、あぁんっ、あ、ぁっ!」 「わたくしの、中に……子種、を……っ。 真様の、精液を、くだ、さぃ……っ! あぁ、はぁぁ、ぁぁ、っ」 「ん、ぁぁっ、はぁぁ、んっ、ぁ、ぁっ! 出して、出して、出して……っ、んんんっ、あ、ぁ、 ぁ――っ!」 「はぁっ……あっ、ぁ……んっ……、はぁ……っ!」 「……?」 大きく息を吐き出したのを合図に、腰の動きが止まった。 糸が切れたように、ふっと桔梗の体の力も抜ける。 「はぁ……はぁぁ……はぁ、ふぅ……」 荒い息。密着した肌は汗ばみ、火照っていた。 「桔梗?」 「も、申し訳……ありません。 これからというときに……。 は、初めてなもので……加減がわからず……」 「疲れた?」 「は、はい。このまま少しだけ……休ませてください」 「そ、か……」 「……」 「だったら、代わる」 「あ……」 桔梗の体ごと、上体を起こす。 乱れた髪をほどき、煩わしい衣服を脱ぎ捨て。 そのまま優しく……桔梗を押し倒した。 「…………」 主導権を握られるとは思っていなかったんだろう。 ここでやっと、少し照れた顔。 俄然、俺もその気になってくる。 「俺が動くから」 「はい……」 「真様に……お任せいたします」 微笑みに、無言でうなずいて。 抜けかけていた性器を、奥まで押し込む。 「ぁ……っ、はぁ……っ、ぁぁ……」 それだけで、桔梗は肩をすくめ腰を震わせ、悶えた。 やり方なんてわかりはしない。けれど、考える必要なんてないんだろう。 ただ、思うがままに動けばいい。 「ぁ、ぁっ……ぁっ! い、ぁっ……! はぁ、ぁぁ……、ぁ、ぁっ! あぁぁ……っ」 突くたびに、豊満な胸が震える。 辛抱たまらず、突き上げながら手を伸ばした。 「ぁんっ……、ふふっ、はぁっ、はぁぁ、ぁ、ぁっ!」 揉むというよりは……自然と指が沈んだ。 やわらかい。 夢中になって乳首を摘み、指を埋めさせて。 桔梗の体温を感じながら、貫く。 「ぁぁ、はぁ……っ、きもち、ぃ、ぁっ……! 気持ち、いぃ、です……っ! 真、様ぁ……!」 「はぁっ、んっ、くち、づけを……っ! あ、ぁっ、んんんっ、ん、ちゅっ、はぁ、ぁぁ、ふぁっ」 求められ、唇を重ねて。 こぼれる吐息がまるで媚薬のように、俺の全身に巡っていく。 「あ、ぁっ! はげし……っ、あぁっ! ふぁぁっ! は、はんっ、あぁぁっ、ぃ、ぁぁぁっ! ぁ、ぁ、ぁっ!」 気づけば腰の動きはどんどんと加速し、このまま果てることしか頭になくなっていた。 出したい、出したい。桔梗の中に、俺の精を。 「んくっ、ふぁぁ、ぁ、ぁっ! くだ、さいっ! 真、様のっ、子種、を……っ! わたくしに、くだ、さぃぃ……っ!」 「……っ」 「――っ、あぁぁんんっ!!」 膣内を奥まで抉り、一際大きな嬌声が響き渡る。 最初の緊張は、ためらいはどこにいった。 今あるのは、支配欲。それだけ。 そういうことではないとわかっていても、この美しい女を俺の子種で孕ませたいという原始的な、そして暴力的な欲求に満たされていた。 鬼が主に従うのは、あるいはこの欲求によるものなのかもしれない。 そんな推測がよぎったが、どうでもよかった。 俺はただ、桔梗を犯したいんだ。 「あ、ぁっ、――っ、はぁぁんっ! や、あぁぁっ! はぁ、ぁっ、わ、わたくし、おかしくなって、 しまい、そう……っ、ぁぁぁっ!」 「ふぁ、ぁっ、真、様……っ! もう我慢……っ、 できま、せん……っ! ください、くだ、さいぃっ……!」 「欲しい、欲しいの……っ! わたくしの中の、鬼が…… 欲しがっているんです……! あ、ぁぁっ、精液、 欲しいのぉ……!」 「出して、出して……っ、ください……っ! わたくしの中に、いっぱい、いっぱいぃぃ……!」 「はやく、はやくぅ……っ、欲しい、欲しい……っ! 子種を、真さまぁ……っ! あ、ぁ、ぁぁぁ、っ! あぁ〜〜っ!」 「――っ」 「ふぁ、ぁ、ぁっ! 〜〜〜〜〜〜〜〜っ」 「あぁ、ぁ……はぁ……ぁっ、……はぁ、はぁ……」 一回目とは比べ物にならない脱力感。 力が抜けそうな腕で必死に体を支えながら、桔梗の中に放つ。 俺の精液を。贄を。 枯れてしまうんじゃないかと思うほど、大量に。 「あぁ……感じます。さっきあんなに出したのに…… こんなに、たくさん。……ふふふ」 「た、足りる……よな?」 「はい。十分でございます」 「そ、そうか。よかった……。 三回目は……さすがに無理だ……」 「ん……っ」 ゆっくりと引き抜くと、桔梗がわずかに反応した。 俺の愚息もぴくりと動いたけど、さすがに再び覆い被さる体力は残っていなくて、そのまま桔梗の隣に倒れ込んだ。 「ふふふ、お疲れ様でした。 とても……男らしかったです」 「よくわかんなかった……理性がふっとんだよ。 ……疲れた」 「ふふふ、わたくしも」 俺の額の汗を、指先でぬぐう。 なんだか、恋人同士のような雰囲気。 それに呑まれたのか……ちょっと調子に乗った。 「やん」 胸を軽く揉むと、桔梗が演技がかった仕草で悶える。 やっぱりいいなぁ……この感触。 「ふふふ、触りたいですか?」 「できればずっと」 「いつでもどうぞ。二人きりのときならば」 「お……」 頬に口づけ。 迂闊にも、照れる。 「ふふふ」 恋人ではなく、子供をあやすように笑いながら、俺の頭を撫でて体を起こす。 ピロートークももうおしまいか。 「これから……新しい鬼を?」 「はい。一夜かけて」 脱いだ着物を腕にかけ、答える。 「思ったよりすぐ生まれるんだな」 「お腹を痛めて産むわけではございませんので」 微笑み、袖を通す。 やめておけと思いつつ、着替えの様子をじっと眺めてしまう。 「……」 「……ふぅ。では、真様」 「うん」 「お疲れ様でございました。 忘れがたい逢瀬となりました……。 ありがとうございます」 「こ、こちらこそ。 あぁ、その、いい……経験になった」 「ふふ、はい。では、自室に戻らせていただきます」 「くれぐれも……お覗きにならないよう」 「鶴になってたり?」 「なきにしもあらず。ふふふ、失礼いたします」 着物の裾を整えながら、膝を折って床に座り。 深々と頭を下げてから、桔梗は部屋を出ていった。 これから、新しい鬼を……か。 生みだす大変さは俺にはわからないけど、その鬼が滝川さんとあの犬……コタロウを救う、手助けになってくれればと思う。 ……。 しかし……こんな状態で真面目なこと考えても、かっこつかないな。 「……いつまで勃起してるんだよ、おい」 息子に語りかける。セックスの感覚がなかなか去らず、気持ちも昂ぶっていた。 体はめちゃくちゃ疲れてるんだけど……もう一回したくなってきた。 これが覚えたてってやつか……。 ……。 ……元気だな、俺。 「んぐ……」 窓から差し込む光で、自然と目が覚める。 下半身はしっかりテントを張ってる。 ……ほんと元気なことで。 っていうか、暑いな。少し汗ばんでる。シャワーでも浴びようか。 ベッドから抜け出して、窓越しに空を見上げる。 ……やけに日が高い。 「……もう昼かよ」 時計を見てため息。 疲れていたとはいえ、寝過ぎだ。 ぼりぼりと寝癖頭をかきながら、部屋を出る。 そういえば、新しい鬼はどうなったんだろう。 一夜って言ってたし、もう生まれているんだろうか。 「先に居間……かな」 半分開けた洗面所の扉を閉めて、方向転換。 さてさて、桔梗はいるかな、っと。 「あ、どもー!」 「……」 桔梗じゃないけど……いた。 すっげぇ普通にいた。 なんか……もうちょい、劇的な出会いを期待してたんだけどな……。 「おはようっす、ご主人!」 「……ああ、おはよう。 ご主人ってことは、やっぱり……」 「そうじゃ。正真正銘のお主だけに従う鬼じゃ」 台所から、アイスを食べながら伊予が出てきた。 「まったく……いつまで寝ておる。 それほど激しくいたしたのか?」 「昨夜はお楽しみでしたね。ぐふ」 「……妙な言い回し知ってるなぁ」 ため息まじりに、座布団の上に座る。 そしてまじまじと、正面に座る少女を見つめた。 しっかし、鬼は鬼でも……これまた特殊な外見してるなぁ。 「その耳、本物か?」 「そりゃもちろん。本物の猫耳です。尻尾もありますよん」 「猫耳に尻尾って、猫娘? なんでだ。鬼だろ?」 「ありゃりゃ、それ言っちゃいますか。ご主人が」 「桔梗が言っておったじゃろう。 真の思い描いた姿が、鬼の姿そのものになると」 「言ってたけど……ちょっと待ってくれ。 俺、猫娘なんて――」 「望んだのじゃ。真が。 こういう鬼が可愛いな〜。欲しいな〜。 猫娘萌えぇぇ、萌えぇぇぇっ! とな」 「な、なんだよそれ。俺が変態みたいじゃないか」 「その通りじゃ」 「おいっ!」 「ご主人」 いつの間にか傍らに移動していた猫鬼(?)が、俺の肩をぽんと叩く。 「否定しても目の前にいるこのあたくしがぁ、 その証拠でぇごぜぇます」 「だからどうか、認めてください。ご主人」 「これがあなたの、隠された性癖です」 「……」 「まじか」 「まじです」 「ケモナーか。マニアックなところついてきたの」 「夜のお相手なら、いつでもしますぜっ!」 「……勘弁してくれ」 頭を抱えた。 そ、そうかぁ、これが俺の思い描いた鬼のイメージかぁ……。 いや、猫は好きだけどさぁ。 自分でも知らなかった性癖を暴露されて恥ずかしいどころじゃ済まないぞ……。 「早速します?」 「アホ。そのお調子者の性格も俺の希望通りだって?」 「そりゃそうですよ。あたしのなにからなにまで、 ご主人の下半身を反応させるために――」 「こぉら」 廊下から桔梗が入ってきて、お調子者をいさめる。 「真様に失礼のないように」 「はぁい」 「もうよいのか」 「はい。随分と楽になりました」 「体調が?」 「はい。慣れぬことをしたので……少々。 ですが、もう大丈夫です。すぐにお茶をいれますね」 「ああ、いいよ。あとで自分でやる。 体調悪いなら座ってて」 「しかし……」 「当主命令」 「……」 「はい」 微笑み、俺の隣に座る。 一瞬昨日の記憶がよぎってドキリと胸が跳ねたが、悟られぬよう感情を抑え込んだ。 「ふふん。桔梗を抱いて、ようやく当主としての 自覚が芽生えたかの」 「だからそういう直接的な表現よせって……」 「別によいじゃろう。みんな知っておる」 「生まれたての鬼がいるだろ」 「ああ、あたし桔梗様の記憶ある程度引き継いでるから、 昨日のことぼんやりとだけど知ってるよ?」 「嘘だろ……って、急にため口になったな」 「さっきまで無理してた」 「左様ですか……。まぁいいけどな、それでも。 名前は?」 「ん?」 「いや、名前」 「我が輩は猫である。名前はまだ無い。なんつって」 「え、ないの?」 「つけてあげてくださいませ」 「俺が? いいの?」 「当主の真がつけんで誰がつける。 桔梗の名前もおじじがつけておるぞ」 「そっかぁ。急に言われてもぱっと思いつかないけど……。 桔梗って、花の名前だよな?」 「そうですね。 先代は、鬼に花の名前を好んでつけてらっしゃいました」 「なるほどなぁ。じゃあ俺も花でいこうかな」 「安易じゃのぅ」 「伝統を大事にする方なんだ。 花の名前はどう? いやか?」 「ううん。可愛くしてくれるなら拘らない。 なんでもいい」 「よし、じゃあ花の名前で可愛いのを考えよう」 「ほれ、使え」 「おっと」 伊予がジャージのポケットからなにかを取り出し、ひょいっと投げる。 ……スマホ? 「なんでも持ってるな……お前」 「愛と勇気と電子機器だけが友達じゃ」 「……寂しい奴」 「黙れ獣姦マニア」 「ちっげーよ馬鹿っ!」 「あ、語尾ににゃんとかつけたほうがいい?」 「いらねーからそういうのもっ!」 「ふふふ」 俺たちのやりとりを見て、桔梗が楽しげに笑う。 気恥ずかしさを覚えながらスマホを操作して、花辞典にアクセス。 からかわれた仕返しに可愛いのじゃなくていかついのにしてやろうか、なんてちらりと思ったけど、信頼に関わる。真面目に考えよう。 「えぇと、そうだなぁ……」 活発な子だし、可愛いのはもちろん、ボーイッシュなのが合いそうだけど……。 「ん〜……お、これなんかどうだろう」 いい感じのを見つけて、みんなに画面を見せる。 「葵?」 「ほぅ、なかなかよいのではないか?」 「ふふ、はい。ぴったりだと思います。 あなたはどう?」 「うん、気に入りました!」 「よし。じゃあ今からお前は、葵だ」 「拝命いたしました」 「意味が違います」 「えっ」 「あははっ、色々教えなきゃいけないな、これから」 「花言葉にふさわしい鬼になれるといいのぅ」 「あ、花言葉か。そこまで見てなかった。 えぇと……?」 「気高く威厳に満ちた美、高貴」 「……」 「やばい、すでにぴったり」 「やっぱこれ違うな」 「なぁんで!? 合ってるじゃん! やだやだ! 葵がいい〜〜〜〜〜!!!」 「わかった、わかったって。 威厳な、あるもんな、うん」 「う〜わ、むかつくぅ」 「こら、真様になんて口を」 「だって〜! ご主人が馬鹿にするから〜!」 「葵?」 「なに〜?」 「失礼のないようにと言いましたよね?」 「うぉぅ……」 あまりの迫力に、さすがの葵もたじろぐ。 こわっ、ていうか…… 「角……生えてらっしゃいません?」 「あら、ふふ、なんのことやら」 角を引っ込め、いつも通りの優しい笑みを浮かべる。 なんだよ……しっかり『鬼』じゃないか。 あの姿、たぶん……俺が最後の最後まで鬼の存在を信じなかったときの最終手段だろ。 ……よかった、怒らせる前に受け入れて。 「も〜……ぶ〜、なんか、ぶ〜〜」 「まだ拗ねて……。言葉だけではわかりませんか?」 「だって〜、なんか扱いが軽い。納得いかないっ」 「口を尖らせるのではなく、他に方法があるでしょう。 自らの価値を知っていただきたいのであれば、 無礼な言葉ではなく、力をもって示しなさい」 「あ、そっか!」 「うん、よし、見せてもらおうか。残留思念ってのを 読むんだよな」 「イエス! まぁかせておくんなまし! ご主人、お手を拝借」 「握るのか?」 「うん。あたしを通して、ご主人にお届けいたします。 このちゃぶ台に宿る、誰かの思念を」 「わかった。やってくれ」 「おいっす」 左手でぎゅっと俺の手を握り、右の掌をちゃぶ台に向けた。 すぅと息を吸い込んで、吐く。 「いくよ。あたしも初めてだから…… うまくいかなかったらごめん」 「大丈夫、できるさ」 「うん」 こくんと頷き、また深く息を吸って。 今度は吐き出さず、止める。 そして―― 「? なんだ……」 瞳の変色。 そして、葵の肌が、髪が、まるで粒子を放つようにキラキラと輝きだした。 これが……鬼の能力? なんて幻想的な……。 「……くる」 「え? ……っ!」 頭に鈍い痛みが走り、居間の昼夜が逆転した。 いや、違う。これが残留思念……?葵が見せる映像か……!! 「ぷはっ!」 大きく息を吐き、葵が俺の手を離す。 霊的体験ってやつだよな、こりゃ……驚きだ。 言葉ではうまく説明できない。……すさまじいな。 「よかった、ちゃんと見えた」 「ほぅ。真にも見えたのか?」 「……」 「真?」 「……ああ。ちゃんと見えたよ。 爺ちゃんが……見えた」 「そうか……おじじの思念が……。 真のことを、心配しておるのかもしれんのぅ……」 「……そうかもしれない。それと……伊予。 もう一つ見えたんだ」 「うん?」 「深夜にアイスをむさぼり食う……お前の姿もな」 「……」 「え?」 「……」 「えっ?」 「お前……俺が買ってきたアイス、何本食った」 「……」 「正直に答えなさい」 「い、一本だけ……」 「正直に」 「……」 「こ、これが、最後……かも?」 「……」 「……」 「尻出せ。ペンペンしてやる!」 「い、いやだ! ほら! これあげるから!」 「食いかけなんかいらねーよアホか! あ〜あ、楽しみにしてたのに……」 「ま、まったく、器の小さい奴じゃ! またあとで買ってくればよかろう!」 「それに忘れるな。 アイスよりも大事な役目が真にはあるじゃろうが」 「逆ギレしたうえに話をすり替えやがって……。 大丈夫、忘れてないよ」 葵のこの力があれば、コタロウの遺体のありかを見つけることができる。 今日こそ成仏させてあげよう。滝川さんのためにも。 「昼食とったら早速行こう。 葵、一緒に来てくれるな?」 「もちのろん!」 「わたくしもご同道いたします」 「いや、桔梗は休んでいてくれ。体が心配だし」 「……はい。お気遣いありがとうございます。 では……お帰りをお待ちしております」 「よし、じゃあご飯にしよう。 今日はなにに――」 「お弁当買ってきて〜」 「あたしハンバーグで!」 「……まぁそうなりますよね」 「あの、やはりわたくしも一緒に……」 「大丈夫だって。着替えてくる」 立ち上がり、居間を出る。 みんな人前に出られないから仕方ないっちゃ仕方ないけど……。 これじゃあ、誰が当主だかわかんないな。 パシリから帰宅し昼食を済ませ、葵を伴い改めて家を出る。 コタロウは、たぶんまだあの場所にいてくれるだろう。 葵の力を使いコタロウの遺体を探す。 その先は……つらいけど。滝川さんにコタロウの死を告げて、しっかりと弔う。 それで、コタロウも成仏できるだろう。 ……そうであって欲しい。 「ご主人」 「うん?」 葵の方は向かず、小声で返事を。 変人扱いされるのはもうごめんだからな。 「最初に謝っておくね。欲しい情報が得られなかったら ごめんなさい。情報の取捨選択はあたしにはできないから。 ただ読み取るだけ」 「そのときはそのときだな。 でもコタロウは、たぶん意味があってあそこにいる。 あっちも俺たちになにか伝えたいって思っているさ」 「うん。必要な情報を拾えるまで、がんばってみるよ」 「ああ。頼りにしてる。 でも、生まれたばかりなんだから無理は――」 「まこと……くん?」 「え?」 不意に誰かに呼ばれ、振り返る。 反射的だった。 誰の声か気づけていたら、心の準備もできたのに。 「由美……?」 「……」 少し困った表情の女性。 たぶん俺も似たような顔になってる。 ……よく見知った人だった。 「ひ、久しぶり」 「あ、ああ、久しぶり」 「こんなところで……どうしたの?」 「ああ……ついこの前引っ越したんだ。 あっちに爺ちゃんの家があって」 「あ、そ、そう……なんだ」 「ああ……そう。 ……ゆ、由美は、どうして?」 「えと、マンション……近所だから。 私も去年引っ越して。一人暮らし始めたの。 ここ、近いから。大学」 「そ、か」 「うん……」 「……」 「……」 「……ど、どう。最近」 「え、と……ぼちぼち、かな。 あ、バイト始めたの。喫茶店。商店街の」 「そうか……バイトか。がんばってるな」 「あはは……制服が好きなだけなんだけどね。 ま、真くんは? 調子はどう?」 「俺も……まぁ、ぼちぼち」 「う、うん。そっか…………そっか」 「……」 「……」 「じゃあ……俺」 「う、うん。ごめんね、引き留めちゃって。 えっと……じゃあ……」 「……」 「またね、で……いいのかな」 「……。またな、由美」 「う、うん。またね、真くん」 ぎこちなく微笑み、手を振って。 角を、曲がる。 ……今そっちから来たんだろ。戻ってどうする。 「ご主人ご主人」 「なに?」 「どなた?」 「大学の知り合い」 「それだけ?」 「それだけだよ」 「ふぅん、ご主人がそう言うならそれでいいけど」 思いの外すぐに興味を失い、歩き出した。 ……助かる。説明するのは、少し骨が折れるから。 「ご主人、早く行こうよ」 「ああ」 軽く走り、葵の隣に並ぶ。 いきなり軽く躓いたけど……気を取りなおしていこう。 気合いをいれろよ、真。 昼間でもあまり人通りのない道を会話もなく進み、たどり着く。 コタロウは、やはりそこにいた。 じっとお座りをして、身動きもせず。 「コタロウ」 呼びかけると、俺に気づきコタロウから近づいてきた。 覚えていてくれたんだろうか。しゃがみこみ頭を撫でると、ぱたぱたと尻尾を振った。 ……よし。 「葵、頼む」 「うん。でも、ご主人。一つ不安があります」 「どうした?」 「さっきはもので試したけど、人とか動物相手に やったことないからちょっと怖い。 霊なんて、思念の固まりみたいなものだし……」 「じゃあ俺で試してみろ」 「いいの?」 「ああ」 右手を伸ばし、葵が軽く握る。 始めるよと目で合図して、息を吸い込んだ。 さっきと同じ現象。力の発動。 すぐに感覚が掴めたのか、数秒で接触が断たれる。 「ふぅ……」 「大丈夫か?」 「うん。あの人とはそういう関係なわけね」 「あ、お前……っ」 「にひひっ」 悪戯っぽく笑う。 不安ってのは嘘か……。 「情報の取捨選択はできないんじゃなかったのか?」 「その人にとって印象的な出来事は読みやすい」 「意外と策士だな……。 今は俺が迂闊だったからいいけど、 今後こういう使い方はするなよ」 「は〜い。大丈夫、誰にも言わないから」 「まったく……。始めてくれ」 「うっす。ちょっとごめんね?」 コタロウの前にしゃがみ、頭の上に手をのせる。 「ご主人、お手を拝借」 「ああ」 差し出された手を握る。 必ず探してやるからな、お前の体を。 「いい?」 「いつでも」 「……」 「いっきま〜す!」 「……っ」 能力発動と同時に、頭痛に襲われた。 ちゃぶ台のときとは違う、圧倒的な情報量が頭の中に流れ込んでくる。 これは……滝川さんとの記憶か。 彼女に抱かれたり、頭を撫でられたり、散歩したり。 すべて、コタロウの目線で。 そうか。思考を読むわけじゃなく、あくまでも思念……。記憶に近い物。 強い想いを、葵が掬い上げている。 滝川さんの姿が、浮かんでは消える。 さっき葵は……印象的な出来事は読みやすいと言った。 つまりそれほど、この犬は彼女のことを一番に思っている。 幸せな記憶だ。どれも、どれも。 でも違う、これじゃない。 「く……っ」 あまりの頭痛に、思わずうめいた。 でも、まだだ。まだ必要な情報を得られていない……! 「ご、ご主人。平気?」 「つ、続けてくれ……っ!」 葵の手を、ぎゅっと握る。 時折コタロウの目線とは違う、誰かの思念が混じってる。 滝川さん? 違う。 たぶんもう少し、もう少しで……っ! 「――!」 ノイズ。 同時によぎった、いくつもの映像。 誰かの息づかい。 車のエンジン音。 全身が砕けるほどの強い衝撃。 ブラックアウト。 そして―― 「ぶはっ!」 ゆっくりと、視界が戻る。 気づけば握っていたはずの葵の手も、ほどけていた。 「ご、ごめ、あたしが……限界だった」 肩を上下させ、その場に尻餅をつく。 表情は、曇っていた。 「この子を通して……この土地に残る思念が流れこんできた。 強くて……ドス黒い、誰かの。 ……嫌な感じがした」 怯えたように、自分をかき抱く。 わかるよ。俺も……同じ物を感じたから。 「ごめん。……もうやりたくない」 「……ああ。もう十分だ。ありがとう」 「わかったよ……。ここでなにがあったのか。 遺体が……どこにあるのか」 じっと、コタロウを見つめる。 すべてを知った。 あんな目に遭ったのに……恨みもせず。 コタロウから感じた気持ちは、たった一つだけ。 「……受け取った」 そっと、優しく、頭を撫でる。 こちらの気持ちが、伝わったんだろう。 届いたと、わかったんだろう。 コタロウは、『ワン』と吠え。 景色に溶けるように―― 「……え?」 すぅっと、消えてしまった。 掌に、柔らかな感触だけを残して。 「ど、どうして? まだ弔ってあげてない」 「それは、コタロウの望みじゃなかったんだ」 「ただただ……あの子が心配だった。 大好きな、あの子が」 「だから、待っていたんだよ。 俺たちみたいな……存在を」 「自分の気持ちを……代弁してくれる人を?」 「……」 「……決めたよ、葵」 「俺は、あの子を救う」 立ち上がり、拳を握りしめた。 掌にかすかに残ったコタロウの存在が、全身に溶けていく気がした。 「葵は疲れたろ。帰ってもいいぞ」 「犬は? どうするの? 遺体の場所わかったのに」 「最初に見つけるべきは、俺じゃない」 「飼い主の子に?」 「ああ。残酷だけど……それが筋だと思う。 だから、待つよ。あの子を」 「……」 「帰らない。あたしもいる」 「無理すんな。ゆっくり休め」 「しんどいことは嫌だけど……」 「仲間はずれは、もっと嫌」 「そうか……じゃあ一緒に待とう、ここで」 「来るかな」 「必ず来る」 ポケットに手を突っ込み、民家の塀にもたれる。 どう話せば、コタロウの気持ちを不足なく伝えられるのか。 滝川さんを待ちながら……そればかりを、考えていた。 随分と時間が経った。 日が暮れ風も出てきて、少しばかり過ごしやすくなる。 来ないかもしれないとは思わなかった。 葵は文句一つ言わず、俺の傍らに座り込んでいる。 ふと、視界の端で人影をとらえる。 目を向けなくとも、誰が来たのかなんとなくわかった。 「……桔梗か」 「はい。なかなか戻ってらっしゃらないので」 「体は?」 「もうすっかり」 微笑み、俺の隣へ。 そのまま、なにも聞かず。 ただ黙って、そばにいてくれた。 時折こぼすため息のような吐息、伏せがちな目。 気づけないほど、鈍感なつもりはなかった。 「ほんとはまだつらいんだろ」 「……」 「真様の初めてのお役目です。 最後まで……見届けたく」 「……」 「あ……」 肩をそっと抱き、寄りかからせる。 「こうしてていいから。少しは楽だろ」 「……はい。ありがとうございます」 俺の肩に、頭を預ける。 ……と、片足がずっしりと重くなった。 「……」 俺を見上げながら、葵ががっしりとしがみついていた。 「……なにしてんだ」 「知ってた? 猫もやきもち焼くんだぜ?」 「お前鬼だろ」 「半分猫なの。にゃあん」 おどけて笑う。 釣られて笑いかけたが、すぐに葵が表情を変えた。 「どうした?」 「ご主人」 じっと遠くを見つめている。 その先には……。 来てくれたか、やっと。 「葵。お前は離れてろ」 「え〜〜、なんで〜〜!?」 「あの子は俺を仲介役にして、鬼を見てる。 あからさまに人間じゃない葵がいると、説明が厄介だ」 「のけ者にするわけじゃない。 だけど少しだけ離れていてくれ。 そうすれば、彼女は葵に気づかないはず」 「むぅ……」 「葵」 「わかりましたぁ」 俺の足を離し、電柱の影に隠れる。 桔梗も背筋を伸ばし、毅然と。 俯きながら歩く、滝川さんを待つ。 「あっ」 俺たちに気づき、昨日と同じように表情を緩める。 そして足を速め近づき、俺の前で立ち止まった。 「こんにちは、加賀見さんっ!」 「うん、こんにちは」 「あ、もうこんばんは? どっちでもいいですね。 もしかして、今日もコタロウのこと 探しててくれたんですか?」 「ああ、約束したからね。見つけるまでって」 「わぁ……本当にありがとうございます! そろそろいい報告できればよかったんですけど……」 「……」 「見つけたよ、コタロウのこと」 「えっ!?」 表情が、ぱっと輝く。 この笑顔を……俺は、曇らせる。 「ど、どこに……!」 「ここにいる」 「ここ……?」 「……」 どんなことでも、受け止める覚悟はある? そう聞こうかと思っていた。 けれど、聞いたところでどうなる。 俺はどうあっても、コタロウの想いを伝えなくてはいけない。 たとえ、恨まれることになっても。 「えと、どういう……ことでしょうか?」 「……」 「……コタロウは、ここを歩いていたんだ。 あっちから、こっちに向かって」 「そこに……車が走ってきた。 かなりスピードを出してる」 「え、え……?」 「運が悪かった。ドライバーもよけきれなかった。 なんとかまだ動けたコタロウは、安心できる場所を探した」 「加賀見、さん……?」 戸惑う滝川さんから視線を外し、コタロウがじっと座っていた場所で、しゃがみこむ。 「あそこの溝から、中に潜り込んで。 しばらく休む。そのつもりだった」 「でも……」 側溝の蓋の隙間に指をいれて、精一杯の力を込めて、持ち上げる。 「え……?」 目を大きく見開く。口元を押さえる。 ……コタロウは、そこにいた。 損傷が激しく、綺麗な毛の大部分は、血で汚れていた。 腐敗が始まり、かすかな異臭がした。 コタロウは、ずっと……ここにいた。 「そんな……」 「車にひかれたんだ。 家に帰るまで、もたなかった」 「……、コタロウ……?」 ふらりと、よろめいた。 桔梗が支えようとしたが、その手をふりほどいて……その場にぺたんと、座り込む。 そして、ためらうことなく。 「コタロウ……」 「……」 コタロウの遺体を、抱きしめた。 ぎゅっと、ぎゅっと。 「こんなところにいたんだねぇ……。 わかんないよ……もう」 「こんなに怪我して……痛かったねぇ……。 暗いところで……怖かったねぇ……」 「こんな狭いところで……耐えてたんだねぇ……。 一人で……ずっと、ずっと……」 「……」 「……っ」 「ごめんね……」 「ごめんね……っ! 見つけてあげられなくてごめんねぇ……! こんなところにずっと一人にしてごめんねぇ……!」 「ごめんね、コタロウ……! ごめんなさい、ごめんなさい……っ!! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」 コタロウの遺体を強く抱きしめて、滝川さんは『ごめんなさい』を繰り返した。 制服が汚れるのも構わず、腐敗臭も意に介さず、もう動かないコタロウを……強く、強く。 ひたむきな愛情を感じた。滝川琴莉という女の子の優しさを、痛いほどに。 「……滝川様」 桔梗が震える滝川さんの肩に触れ、優しく語りかける。 「近くに、動物の葬儀をあげてくださるお寺がございます。 ……弔ってあげませんか? みんなで」 「……っ」 「は、い……っ」 涙を拭って、立ち上がる。 足下はおぼつかなく、とても危なっかしい。 「……」 「俺にも……抱かせてもらっていいかな」 「はい……、お、お願い、します」 滝川さんから、コタロウの遺体を受け取る。 死んで初めて……ぬくもりを感じた。 でもこれは、コタロウ自身が発した熱じゃない。 ……本当に、皮肉だ。 「……行こう」 「……はい」 「ご案内いたします」 今にも倒れそうな滝川さんの背中を支え気遣いながら、ゆっくりと桔梗が歩き出す。 振り返り、ついて行っていいものかおどおどする葵に、『一緒に』と合図を送って、二人を追った。 お寺についたころには、すっかりと日が落ちていた。 誰もいないかもしれないし、受付時間も過ぎているだろう。今日は無理かもしれないと思っていた。 けれど、突然尋ねた俺たちを住職さんは嫌な顔一つせず迎えてくれた。 たださすがに無理があって、葬儀は明日に。 コタロウの遺体を預かると言ってくれたけど、これ以上一人にさせたくないと、滝川さんが。 俺も同感だった。 だから明日まで、コタロウはうちにいてもらうことにした。 「……ごめんなさい。 本当は……私のうちに一緒に帰るのが…… いいと思うんですけど……」 帰り道、滝川さんはしきりに俺に謝罪し、頭を下げた。 なんでも、元々コタロウを飼うことを両親は渋っていたらしい。 けれど成績を上げることを条件になんとか了承を得て、飼い始めたそうだ。 もっとも……両親は一切の世話をしなかったそうだけど。 決して口にはしなかったけど……コタロウの遺体を見て両親がどんな反応をするか。 わかっているからこそ、コタロウを自宅に連れて行きたくはなかったんだろう。 「……ごめんなさい。探していただいたうえに……」 「いいよ。俺もコタロウと一緒にいたい。 その方が色々といいと思う」 「……ありがとうございます」 「……」 「質問……してもいいですか?」 「うん?」 「どうして……わかったんですか? コタロウが……あそこにいるって」 「……」 「聞いた、コタロウに」 「……え?」 戸惑った顔。そりゃそうだろう。 でも、嘘はつきたくなかった。 「からかってるわけじゃないんだ。 俺には、普通は見えない物が見える。実は、君にも」 「……え、え?」 「葵、ちょっと来てくれ」 「あぁ……やっと呼ばれた」 「? ……、えっ!? え、ぇ、えぇっ」 たぶん、滝川さんの目には葵が突然現れたように見えたんだろう。 抱きかかえたコタロウを落としそうになるほど驚き、硬直していた。 「え、えと……え?」 「こいつ、ずっとどこにいたと思う?」 「え、どこに、って……」 「正解は、ずっとそばにいた、です」 「え、でも……」 「この耳と尻尾、触ってみて。 本物だよ。本物の猫娘」 「どぞん」 「……」 おそるおそる身を屈めた葵に手を伸ばし、触れる。 「……繋がってる。本当に……本物だ」 言葉はどこか上の空。まだ半信半疑。 構わず、続けた。 「コタロウはあそこにいたんだ。昨日も、君のすぐそばに。 それで……話しかけて、教えてもらった。 さっき伝えたこと、全部」 「俺はそうやって困ってる霊と関わって、なにか手伝いを。 そんな仕事をしてる」 「仕事……?」 「うさんくさいよな。でも本当なんだ。 つい最近始めて、実はこれが、俺の最初の仕事」 「本当は……君にも会わせてあげたかったんだ。 遺体だけじゃなく、コタロウ自身に」 「けど俺に想いを伝えて……逝ってしまった」 「……」 「怒ってるの……かな。 だから私に……会いたくなかった」 「これはあくまでも……俺の想像だけど」 「……はい」 「その気になれば、コタロウはあのまま 君のそばにいることもできた。 でもなんで、そうはしなかったんだろう」 「たぶん、コタロウはとらわれて欲しくなかったんだ。 自分の死に」 「コタロウの記憶を、少しだけ覗いた。 全部君だったよ。笑っている滝川さんばかりだった。 コタロウは、笑っているキミが好きだったんだ」 「だから……恨んでない。怒ってない」 「ただ、自分のために泣いてるキミを…… 見たくなかったのかもしれないね」 「……っ」 また、滝川さんが涙ぐむ。 昨日、すぐにコタロウの存在を知らせていれば……と悔やむ。 「……こんな説明しかできない。 信じられないと思うけど……」 「……いえ」 「……っ」 「いえっ、しんじ、ます……!」 「加賀見さんは、コタロウを救ってくれました。 私も、救われました」 「あのままコタロウを独りぼっちにしていたら…… 私、一生自分を恨んでた……!」 「ありがとうございます……! ありがとうっ、ございます……っ!! コタロウを助けてくれて、ありがとう……!」 「加賀見さんはっ、私の……っ、恩人ですっ!!」 「……」 「うん」 「……っ、っ、〜〜っ」 ついに、ぼろぼろと泣き出してしまった。 桔梗が着物の裾で涙を拭い、葵はどうしたらいいのかわからずうろたえる。 「帰ろう。 滝川さんも今日はうちに泊まっていきな」 「はい、ありがとう……ございますっ」 頭を下げる滝川さんに微笑みかけ、歩き出す。 と、桔梗が俺のシャツを控えめに軽く引っ張った。 「? どうした?」 「厚かましいと存じますが…… 真様に、一つお願いがございます」 「?」 いつもの席につき、伊予もすぐそばに。 葵が居間と台所を往復して、ちゃぶ台に料理が並べられていく。 「桔梗様〜、これで最後〜?」 「ええ。あとはこれだけ」 人数分の椀をお盆にのせて、桔梗も居間へ。 味噌汁か。いいなぁ、こういうの。一人暮らしだったら作らなかっただろうな。 「あまり手の込んだ物はつくれなかったのですが…… お口に合いますかどうか」 「十分豪華だよ。ありがとう。 それじゃあいただき――」 「あ、あの……」 滝川さんの声。 廊下に、遠慮がちに佇んでいた。 「どうされました?」 「あ、あの……」 「……」 「やっぱり、食欲はないんですけど……」 「い、一緒にいても、いいですか?」 「あいてるところにど〜ぞ」 「は、はいっ」 「ほい、座布団」 「わ、ありがとう」 嬉しそうに笑い、葵が敷いた座布団の上に。 うん。これで全員集合だな。 「じゃあ、いただこうか」 「うまいっ」 「だからお前いっつも食うの早いんだよ……」 「ふふ、いただきます」 「いただきま〜す!」 みんなに遅れ俺も手を合わせ、いただきます。 箸を取り、まずは味噌汁から。 「あ〜……いいね。落ち着く」 「うむ。最近ジャンクなフードばっかりだったからのぅ……。 上品な味付けが胃に染みるようじゃ」 「ふふ、ありがとうございます。 おかわりもありますので、ご遠慮なく」 「は〜い! がつがついくぜ〜!」 「……。あ、あのっ、つかぬことをお伺いしますが……」 「うん?」 「あの……みなさん、ご家族……で いらっしゃるんでしょうか?」 「違うけど、似たようなもの?」 「あ、そうなんですね。 こんな大きなお子さんがいたんだ、って びっくりしちゃって」 「ほぅ、お子さんときたか……」 「……」 「おとうさん、いよね〜、あたらしいぱそこんほしいの〜」 「調子のんなよ。下手したらお前百年単位で 生きてるだろ」 「ひゃ、ひゃくねん!? え、えっ!?」 「桔梗や葵のことはもう聞いておるんじゃろう? まぁ、わたしも似たようなものじゃ」 「えぇと、みなさん人間じゃない……って ことなんでしょうか?」 「そうですね。わたくしと葵は、鬼でございます」 「お、おにっ!? すごい……ほんとの鬼って、角生えてないんですねっ」 「あたしが猫なのは、ただのご主人の趣味なんだけどね〜」 「おい、やめろ。ばらすな」 「あっ、ご主人ってことは……加賀見さんは 鬼の大将ってことなんでしょうか? 強い鬼さんですか?」 「ただの人間で、ただの大学生だよ。 俺だってつい最近まで、鬼の存在なんて知らなかったんだ。 うちがそういう家系だってことも」 「へぇ……でも、すごい。 幽霊とお話できるんですよね? お仕事って、霊能探偵とかですか?」 「探偵……っていうのは、かなり違う気もするけど……」 「よいではないか、箔がつく。 これからは霊能探偵・加賀見真と名乗れ」 「うさんくさいなぁ、それ」 「ふふ、口ぶりから判断するに……ですよ? 伊予さん、でしたか? 娘さんじゃなくて、鬼の大本締めなんですねっ」 「あくまでも当主は真じゃ。 わたしも鬼ではないしの。 ただの座敷わらしじゃ」 「座敷わらし!? あ、あの有名な旅館とかにいる……!?」 「そういう者もおるようじゃの」 「は〜……すごい! この家すごいですねっ!」 「ほぅ……あっさり信じたな。 真など最初は幻扱いしおったというのに」 「仕方ないだろ、そういう反応が普通だ。 滝川さんも無理に合わせなくてもいいよ。 特に座敷わらしがあやしい」 「な、なんじゃとう!? まだ言うかっ!」 「あははっ。いえ、信じてますから。 加賀見さんのこと、完全完璧百パーセント」 「恩人なんです。疑ったりしません」 「そっか、うん。おっ、肉じゃがうまい」 ちょっと照れくさくなって、無理矢理話題を変える。 まっすぐな子だ。それだけに……今回のことは、気の毒でならない。 だけど、一歩前へ進めた。 本人が笑ってるんだ。俺が暗い顔をするのはやめよう。 「あ、空気読めてない人間がいますけど、 気にせず食べてくださいね? 私、本当に食欲なくて。 食べにくかったら出て行きますから」 「大丈夫じゃ、食事は賑やかな方がよい。 のぅ、桔梗」 「ええ、しばらくはわたくしと伊予様 二人きりでしたからね。 ……ああ、葵。なんですか、その箸の持ち方は」 「だって、わかんないっ」 「昼に教えてやったろ? 握るんじゃなくて、こうだ、こう」 「食べられればいいじゃん……。 人前に出るわけでもないんだし……」 「今がまさに、お客様の前です」 「あ、私のことは別に気にしなくても……」 「ほら〜、お客様もそう言ってま〜す」 「葵?」 「?」 「真様に恥をかかせるんじゃありません」 「ご、ごめんなさい……」 「…………角あった…………」 「……やっぱり生えたよな」 「気のせいです、ふふふ」 「……桔梗様怖い……」 「あなたが無礼な振る舞いをするからです」 「う〜……」 「あ、本当に私のことは気にしないでください。 なんだか可哀想だし……」 「甘やかす必要はない。人ならざる者であっても、 現世にいる以上、好き勝手に振る舞えるわけでも あるまいて」 「うん。偉そうなこと言いつつさりげなく引き寄せたのは 俺の小鉢だな? お前食い意地はりすぎだぞ!」 「うっさいハゲ」 「誰がハゲだ! ネット回線の契約切るぞ!」 「ほんとすみませんでしたー!」 「わぁ……ふふっ」 「な、なんじゃ、なにを笑っておる」 「だって、コントみたいで……あはっ、ふふふっ、 おかしいっ、あはははっ」 滝川さんが、目に涙を浮かべながら笑う。 その後もわいわいがやがや、笑いが絶えなくて。 桔梗の手料理。優しい味。落ち着く時間。 とても賑やかで、楽しい夕食だった。 「……」 夜もどっぷりと更け、そろそろ就寝時間。 自室に戻る途中、客間の様子を見ていこうかと思ったけど、相手は女の子だしな。気軽に覗くわけにもいかない。 桔梗たちがすぐ隣の部屋にいてくれるし……伊予はどうせもうしばらく起きてるだろう。もしなにかあっても、心配はない。 「おやすみ」 扉越しに声をかけて、二階へ。 自室に入り、明かりもつけずそのままベッドに倒れ込んだ。 今日は……疲れた。 でもまだ終わったわけじゃない。 これからだ。これから……。 ……。 「……?」 ノックの音で、まどろみかけた意識が目覚める。 「真様」 「桔梗か、どうぞ」 「失礼いたします」 扉が開き、桔梗が中へ。 「大事なお話が。よろしいですか?」 「ああ。明かりを――」 「いえ、このままで」 扉を閉め、床の上に正座する。 なんとなく、察して。 ベッドから下り、桔梗の正面に俺も座る。 「本日は、本当にお疲れ様でした。 お役目を、ご立派に果たされましたね。 あの犬の魂を、救ってくださいました」 「ああ。でもまだ始まったばかりだよ」 「そうですね。これから真様はたくさんの霊と出会い、 救っていくのでしょう」 「そうありたいと思ってる」 「できます、真様なら」 「そうだな。できる、みんなとなら」 「はい。真様のおそばには、常に我ら鬼が控えております。 葵だけでなく新たな鬼がこれからも生まれ、 あなた様に尽くすでしょう」 「ですが……」 「わたくしは、ここまででございます」 桔梗が微笑む。 いつも通り気品のある、優しい笑顔。 「逝くのか」 「はい」 「お役目をお伝えするのが我が務め。 真様の鬼を生みだすのが我が務め」 「すべて、終えました。 そろそろお暇をいただきたく」 「薄々とは感じていたけど……急なんだな」 「葵を生むために、力のほとんどを使い果たして しまいました。血を求める悪鬼となる前に、 先代のもとへ逝きとうございます」 「……みんなには?」 「既に。 最後に……真様と二人きりでお話ししたかったので」 「そうか……」 「……」 「ありがとう、桔梗。 おかげでお役目のこと、よくわかった。 とてもやりがいのある、大事な仕事だ」 「はい。真様ならば、ご立派にお役目を 果たされることでしょう」 「……爺ちゃんによろしく。 立派な跡継ぎになってみせるよ」 「はい。必ずお伝えいたします」 「……本当はもっと別のことを言いたいんだけど、 それは……我慢する」 「はい……」 「……」 「永遠の誓いをたてられぬこと……口惜しくはありますが、 この数日間、かけがえのないものでした」 「真様にお仕えできて……この桔梗、幸せ者にございます」 「俺も、桔梗に会えてよかった」 「ああ……。ありがとうございます。 最後にそのようなお言葉…… 大変、大変うれしゅうございます……」 桔梗の瞳がわずかに潤んだのは……気のせいだろうか。 確かに、たった数日だった。 けれど桔梗との思い出は、とても色濃く、俺の中に刻まれている。 そのぬくもりを、全身が覚えている。 このまま別れるには……俺たちは、通じ合いすぎた。 けれど、引き留められない。 桔梗の毅然とした態度が、それを許さなかった。 「それでは……真様」 「……ああ」 「葵をよろしくお願いいたします。 跳ねっ返りではございますが、あれもあれで、 あなた様のことを慕っております」 「わかってる」 「伊予様のことも、よろしくお願いいたします。 放っておくと、自堕落にどんどん磨きが かかってしまいますので」 「俺より年上なのにな、あいつ」 「ふふ、本当に」 桔梗がころころと笑う。 俺も、笑う。 そのまま……笑顔を崩さず。 桔梗が、俺をまっすぐに見つめる。 「最後は頭を下げて。 それが段取りではございましたが……」 「真様の顔を見ながら逝かせていただいても、 よろしいでしょうか」 「そのほうが俺もいい」 「はい。……では、そろそろ時間のようでございますので」 桔梗の体の一部が、すぅっと透ける。 手を伸ばしたかった。 拳を握って、耐えた。 「真様。時間が許せば……もう一度肌を重ねとう ございましたが、とても……残念です」 「儀式は抜きで?」 「はい。ただの男と女として」 「じゃあそれは、俺がそっちに逝ってからかな」 「そうですね……。楽しみではございますが、 真様にはまだ生きていただかなくては」 「それまで、先代とともに…… お待ちしております」 「ああ。十分この世を楽しんだら、そっちに逝くよ」 「はい。では……真様。 これにて……失礼いたします」 「……うん。また会おう」 「はい。次は……八十年後に。それまで――」 「さようなら、真様」 きらきらと、まるで月明かりそのものになったように。 美しく、儚く。 桔梗は、爺ちゃんのもとへ―― 逝ってしまった。 「……」 「百まで生きろ……ってことか」 桔梗がいた場所に、掌を重ねる。 まだ、ぬくもりが残っている。 あのとき感じた、ぬくもりが。 「……」 唐突な別れ。 寂しいという気持ちは、とても隠せず。 ぬくもりが消えてしまうまで……掌を離さなかった。 桔梗という存在がここにいたことを、決して……忘れないように。 決して、決して。 朝早く起き、準備をして。 指定された時間に、コタロウを連れて昨日のお寺へと向かった。 住職さんは優しく俺たちを迎えてくれて、色々と丁寧に説明してくれた。 個別に火葬するか、他の動物たちと一緒に火葬するか。個別に埋葬するか、他の動物たちと一緒に埋葬するか。 少し考えた末、火葬だけは個別でしてもらい、遺骨は他の動物たちと一緒に慰霊塔に埋葬してもらうことにした。 ――やっぱり一人にしたくない。 それが、滝川さんの願いだった。 そして始まった、コタロウを見送る葬儀。 経を読んでもらっているとき。 火葬炉に入るとき。 骨になって帰ってきたとき。 骨上げのとき、埋葬のとき。 滝川さんはずっと下唇を噛んで、涙を見せまいとしていた。 強い子だ。俺のほうが泣いてしまいそうだった。 そうして……コタロウの供養が終わり。 俺たちは、慰霊塔の前に佇んでいた。 動けずにいた。 「……」 「これで……コタロウとお別れなんですね」 「そうだな……。ずっと見守っていてくれるよ。 コタロウは本当に、滝川さんのことが好きだった」 「……だと、いいな」 「……」 「加賀見さん」 「うん?」 「お願いがあるんです」 「なに?」 「加賀見さんのお仕事、お手伝いさせてくれませんか」 「え?」 「供養のお金の話……私に聞かせないようにしてましたよね。 働いて返します。だから、お仕事手伝わせてください」 「そんなこと気にしてたのか。 必要ない。俺が払いたくて払ったんだ」 「でも、手伝いたいんです」 強い語気に、少し驚く。 滝川さんの声からは、さっきまでの悲しみではなく、強固な意志のようなものを感じた。 「もし加賀見さんと出会えなかったらって思うと…… 怖くなります。私はずっと探し回って、 コタロウはずっと一人で」 「加賀見さんのおかげで、コタロウを見つけられました。 加賀見さんのおかげで、こうやって弔ってあげることが できました」 「私一人だったら……なにもできなかった。 見つからなくて、いつか諦めて。 たぶん……ずっと泣いてた」 「でも、笑えたんです。加賀見さんと、みんなのおかげで。 昨日……笑えたんです」 「悲しみを……笑顔に変えるお仕事。 とても素敵です。だから私も……お手伝いしたい」 「コタロウみたいに独りぼっちで苦しんでる子たちを、 残されて途方に暮れてる人たちを、笑顔にしたい」 「そうすることで……ご恩返し、したいです」 「桔梗さんの代わりなんて、うぬぼれたことは言いません。 邪魔になるかもしれないけど、がんばります。 だから、一緒に……!」 必死な声で、俺に訴える。 桔梗の代わり……。 確かに、俺の胸にも……ぽかりと穴はあいていて。 でも彼女を代役にして埋めようとは思わない。 ただ共に歩いていきたいとは……実は、ずっと思っていた。 「そうだなぁ……」 「駄目……ですか?」 「俺も見習いだから、一緒に勉強していくことになるかな」 「あ、じゃあ……!」 「でも注意事項が一つだけ」 「は、はい」 「給料でないぞ」 「はいっ!」 満面の笑顔。力強くうなずいて。 優しい眼差しで、慰霊碑を見つめる。 「……コタロウ。私、がんばるね。 これからは……霊能探偵の助手! うんっ!」 「助手かぁ。ってことは、さん付けじゃあ、 俺のかっこがつかないな」 「私も名字で呼ぶのは、よそよそしいですね」 笑い合う。 加賀見家のお役目。 まだまだ、歩き出したばかりだけど。 桔梗が、爺ちゃんが、コタロウが、見守っていてくれる。 そして……みんながいてくれる。 だからこれからも、やっていけるだろう。 この町の笑顔を、人知れず守っていこう。 ――みんなと、一緒に。 「よし、帰ろう」 「これからよろしくな、琴莉!」 「はい、真さんっ!」 「今日は意外と涼しいなぁ」 「風があって過ごしやすいですよね。 このまま涼しくなってくれるといいんだけどな〜」 「でもわかってます。どうせもっと暑くなるんですよ。 毎年言ってますよね、例年以上の猛暑って」 「あ〜……花粉の量とかも毎年倍々になっていくね」 「あれなんなんですかね〜。このままだと暑さと花粉で 人類滅びますよ」 「ありえる」 どうでもいい雑談をしながら、町を歩く。 ただ琴莉はたまに無言になって、きょろきょろとあたりを気にしていた。 「どうした? さっきから」 「ん〜〜〜……真さん」 「うん?」 「霊を見るのになにかコツとかあるんですか?」 「ああ……探してたのか。 意識して見てるわけじゃないからなぁ……。 ごめん、わからないな」 「そっかぁ……。私って、真さんに『あそこにいるよ』って 指さしてもらわないと見えないじゃないですか」 「自分だけで見えるようになったら、 あそこに霊がいましたよ! ってお仕事ばんばん とってこられるのになぁ、って」 「そう頻繁に会えるわけじゃないみたいだからね。 焦らなくていいよ。マイペースマイペース」 「そっかぁ……あ、ストップです! 通り過ぎるところでした。 ここですよ。ここ、ここっ」 立ち止まり、数歩後退。左手側を指さした。 「洋食屋さんっていうか喫茶店なんですけどね。 メニュー豊富でいい感じなんです。 学校帰りにたまに寄ったりして」 「へぇ、喫茶店か」 「……」 「喫茶店?」 記憶の片隅で、なにかが引っかかる。 商店街の喫茶店。つい最近聞いたような……。 「あ」 ガラス越しに店内を覗いて、思い出す。 由美のバイト先じゃないか……。 しかも絶賛勤務中。 タイミングが良いのか悪いのか……。参ったな。 「? 入らないです?」 「ああ、別の店に…………ぁっ」 由美と目が合ってしまった。 ……いまさら逃げられないな。 「買ってくる。ちょっとここで待っててもらっていいかな」 「はいっ。あ、本屋行ってきていいですか? あそこの」 「うん。買ったらそっち行くから」 「は〜い」 琴莉が本屋に入るのを見届けて、俺も喫茶店の中へ。 「い、いらっしゃいませ〜」 ぎこちない笑顔。 どんな顔をしていいのかよくわからず、俺はそっぽを向きながらその場に佇む。 「本当に来てくれると思わなかった……」 「いやぁ……成り行きっていうか。 ここ、テイクアウトできる?」 「う、うんっ、できるよ。 あ、夏場だからできないものもあるけど……」 「そか。えっと……」 「はい。メニュー」 「ありがと」 メニューを受け取り、眺める。 さっさと決めて、さっさと帰ろう……。 「今から作るから、ちょっと時間かかるけど……大丈夫?」 「あ、ああ、いいよ、大丈夫。えぇと…… ナポリタンと、ピラフと、オムライスと…… あと、ホットサンド」 「はい。ナポリタン、ピラフ……オムライス。 えっと……お友達と一緒?」 「うん?」 「おうちに来てるのかなって。 たくさん頼んでるから……」 「ああ、別にそういうわけじゃ」 「えっ、ひ、一人で食べるの? 食べられる?」 「ああいや、同居人がいるんだ。だから三人分」 「あ、一人暮らしじゃ……なかったんだ」 「まぁ、うん」 「あ、えと……」 「……」 「お、女の人……と、一緒、とか?」 聞きにくそうに、おずおずと。 相変わらず知りたがりというかなんというか……。 でも参ったな、どう答えればいいのか。 正直に話す。ごまかす。 「あ〜、うん。女の人っていうか……女の子っていうか」 「お、おぉ、女の子?」 「俺が越してくる前から住んでて。今も一緒に。 爺ちゃんが死んだからって、追い出すわけにもいかないし」 「え、お爺さん……」 「ああ、うん。先月ね」 「あ、そう……なんだ。ごめんね。知らなくて」 「言ってないから仕方ない。 ベーコンサラダも追加で。 あ、生ものまずい?」 「あ〜……どうだろう。おうち、近いよね?」 「うん。歩いてすぐ」 「じゃあ大丈夫……かな? 一応確認してみるね。 そこに座って待ってて」 「ああ」 由美が厨房に戻り、俺は空いているテーブルへ。 ……とりあえずごまかせたか。嘘はついてないよな、嘘は。 「あ〜……まぁ、うん。いいだろ、なんでも」 「あ、そ、そう……だね。ごめんなさい」 「いや謝ることはないけど……。 あ、こ、これも追加で。ベーコンサラダ」 「う、うん。わかった。じゃあ……えっと、仕事戻るね。 そこに座って待ってて」 「ああ」 由美が厨房に戻り、俺は空いているテーブルへ。 ちょっと対応が冷たすぎたか……。昔はどうしてたかなぁ……俺。もう思い出せない。 「美人な方ですね」 「うぉ……」 い、いつの間に……。 「ほ、本は?」 「欲しいのなかったので」 「そ、そか」 「お知り合いですか?」 「あぁ……そう。同じ大学の」 「……。大学の……」 「……」 「ただならぬ関係ですか?」 「んふっ」 ストレートな質問に、思わず妙なリアクションをしてしまった。 ……不覚。 「怪しい……」 「ノーコメント」 「え〜、教えてくださいよ〜〜」 「……」 「わ、無視だっ! ひどい!」 「…………」 「教えてください! お〜し〜え〜て〜!」 「………………」 「なんで黙ってるんですか〜! 無視しないでくださ〜い! 真さ〜ん! ね〜ぇ! 教えてくださいよ〜!」 「……………………」 教えて攻撃に屈せず、沈黙を貫く。 葵といい由美といい、どうして女の子はこういう話が好きなのか……。 ……たまらんぜ、まったく。 準備を終え、葵の部屋へ向かう。 髪の毛も軽く整えたし、問題ないだろう。 めんどくせ〜って思ったけど、新しい命を生みだす大切な儀式だ。これくらいの意気込みで臨むのが当然かもな。 うん、この前とはまた違った心境だ。 やましい気持ちはない。すべてお役目のため。礼儀正しく欲に流されない鬼を生むため、だ。 よし。 「葵、入るぞ」 「待ってました!」 ムードの欠片もない受け答え。 こっちには色々注文つけたのにね……。 ため息をつきつつ、部屋の中へ。 「ご主人いらっしゃい! いらっしゃいご主人!」 「あ、ああ、お邪魔します」 「あ、電気! 電気消すね! 消すね電気! 消した方がいいよね!? 桔梗様のとき そうしてたもんねっ! 消すっ? 消すよねっ?」 「いや、どっちでも……」 「じゃあ消す! はい消えた! 消えました〜! ご主人見えるっ? 見えてる!? 見えないっ!?」 「ああいや、見えないってことはないけど……」 「よしオッケー! じゃあしよう! 早速しよう!」 「お願いします!」 「んふっ」 布団の上で四つん這いになり、俺に向かってお尻を突き出す。 ……モロ見えじゃないか。びっくりして軽くむせたぞ。 「ご主人、はやく、はやくっ」 「……待て待て待て。葵さん、ちょっと葵さん」 「なになになに?」 「座れ。一回ここに座れ」 「なんで?」 「いいから座れ」 「も〜、なんだよぅ」 不満げな葵を、無理矢理布団の上に座らせる。 俺も正面に腰をおろした。 「なになに? お話? いいよいらないよ。しようよ」 「まず落ち着け」 「それは無理かな〜」 「いやいや、がっつきすぎだから。色々注文つけておいて、 なんで自分からぶっ壊しにいくんだ」 「だって我慢できなかったから。キスとかどうでもいいよ。 エッチしようよ」 「だからもうちょっと恥じらいをだな……。 パンツ脱いで準備万端の状態ではいどうぞって、 男としてはちょっと引くぞ」 「パンツ?」 「なんでそこで首を傾げる」 「だって脱いでないし」 「は?」 「最初からはいてないし」 「風呂出てから?」 「生まれてこのかた」 「……うそだろ?」 「ほんとだよ?」 「え〜……」 じゃあ、ノーパンでずっとうろついてたってこと? それはあかんだろぉキミぃ……。 「別にいいじゃん。誰かに見られるわけでもないし」 「伊予も琴莉もいるだろ」 「女の子だし」 「俺だって見てる」 「あたしはご主人のものだから隠す必要ない。 それに今から全部見せるし」 「だからってなぁ」 「ご主人、脱がせて?」 「……」 渋る俺に、唐突に上目遣いで甘えた声。 ……ドキッとしてないぞ。してないんだからな。 「ご〜しゅ〜じ〜ん」 「自分で脱げよ」 「や〜だ、脱〜が〜せ〜て〜、ご〜しゅ〜じ〜ん〜」 「その猫撫で声やめろ」 「だって猫だも〜ん。ご主人、は〜や〜くぅ。 お願い。ね?」 「わかった、わかったよ」 「にっひっひっ」 あっさりと根負け。 子供っぽい誘惑だ。ドキドキする要素はあまりない。 それでも、少しその気になってしまっているのは。 もしかしたら鬼は、生来人を誘惑する術かなにかを身につけているのかもしれない。 ……と、自分の流されやすさに言い訳してみる。 「ご〜しゅ〜じ〜ん」 「焦るなって」 急かされ、葵の衣服に手をかける。 ……さぁ脱がすぞとなると、いよいよ平静ではいられなくなってくるな。 「いくぞ?」 「ど〜ぞ」 気持ちを落ち着かせるために、不用なやりとりを挟んで。 葵の衣服を、はだけさせる。 「……」 さすがに少しは恥ずかしかったのか、吐息がこぼれ。 桔梗よりもかなり控えめだが、形のいい乳房が上下する。 無意識の比較。あのときの情事が蘇る。 興奮を抑えきれず、俺も気づけば衣服を脱ぎ去っていた。 「準備おっけ?」 「あ、ああ」 「だよね、もうカッチカチ」 「……そういうこと言うなって」 「にひひ。それじゃ〜あ……」 「エッチしよ?」 俺に背を向け、寝そべり。 そしてさっきそうしたように、お尻をつきだした。 「ねぇ、入れて?」 尻尾を振り、誘う。 やっぱり、桔梗の妖艶さには及ばない。とても子供っぽい誘惑だ。 それでも俺は、もうすっかりやる気になっていた。 ……やっぱり妙な術でも使えるんじゃないのか。急に体が熱くなってきた。 「ご〜しゅ〜じ〜ん〜、は〜や〜くぅ〜、入れてよぉ」 「わ、わかった。でもいきなり入れるわけにもいかないだろ」 「もう大丈夫。準備できてるから」 葵が、自身の秘所を指で広げてみせる。 すると、大粒の滴がしたたり太ももに流れ落ちた。 すごい量の愛液だ……。 葵の言うとおり、既に俺を受け入れる準備はできているみたいだった。 「俺が来るまで、自分でしてたのか?」 「しないよ。待ってただけ」 「興奮しすぎだろ……」 「また引いた?」 「いや、全然アリ」 「……んっ」 広げられた膣口に亀頭をあてがう。 葵がわずかに反応し、愛液がさらに溢れる。 生暖かい感触に包まれ、俺自身も期待と興奮でぶるりと震えた。 「入れるぞ?」 「うん、きて……」 「……」 「あ、ふぁ……」 「ふぁぁぁあ……っ」 ゆっくりゆっくりと、挿入した。 一切の抵抗がないのをいいことに、一番奥まで。 「あ、はっ、はぁぁ……っ」 たったそれだけで達してしまったように、葵は小刻みに全身を痙攣させ、尻尾をぴんと立てる。 「はぁ……すごいぃ……はいってきた……。 ご主人の、はいってきたぁ……っ」 「大丈夫か? 鬼にも初めての痛みとか――」 「そんなこといいから動いてぇっ」 俺の胸を、尻尾でぺちぺちと叩く。 ……器用なことを。心配するんじゃなかった。 「動くぞ?」 「うんっ……! いっぱい動いてぇ……! 気持ちよくして欲しぃ……っ!」 「完全にスイッチ入ってるな……。 どこまで乱れるのかちょっと心配だな、と」 「……ぁっ! はぁ、ひゃうぅんっ!」 中ほどまで引き抜き、また奥へ。テクニックなんてないから、それくらいしかできない。 でも、たったそれだけでも。 「はぁ、ぁ、ぁっ、ぅぅぅ、う〜〜っ、あぁんっ!」 葵はこちらが驚くほどの反応を見せてくれていた。 やっぱりそうだ。うまくできるかなんて考えなくていい。 こちらの興奮が伝われば、鬼はそれだけ応えてくれる。 だったら変に理性的にならず、かっこつけず。 のめり込むべきだ。あのときのように、鬼との性行為に。 「あ、あんっ、ぁ、ぁ〜〜っ、ぁぁ、うぅぅ……っ! 気持ち、ぃっ、すごいぃぃ……っ!」 「ん、ぁっ……ぁぁぁっ、ねぇ、ごしゅ、じん……っ。 い、いんごとか……言った方が、いぃ……?」 「え? なに?」 「ご主人のぉ、かたい、肉棒でぇ……っ、 葵の、肉壺をぉ、犯してくださぃぃ……っ」 「……萎えるからやめろ」 「はひぃっ、あふんっ、もう、らめぇぇ、 いっちゃうぅぅ、いっちゃうよぉ、ふえぇぇぇ」 「……それもわざとらしいからやめろ。どこで覚えた」 「伊予様が、教えてくれたぁ」 「あいつ、ほんとろくなことしないな……」 せっかくやる気になったのに、気持ちが萎えかける。 それを察したのか、膣が男性器をきゅっと締め付けた。 「やめちゃだめぇ。もう変なこと言わないからぁ。 気持ちよくなりたいのぉ……っ」 「そうやってストレートに誘惑してもらった方が、 好みかもな」 「文句言ってたくせにぃ」 「お前と同じで気分屋なんだ」 「ひゃんっ、ふぁっ、ぁっ……! あぁぁ……それ、気持ちいぃ……っ、 もっとしてほしぃ……っ!」 尻尾を振り、おねだり。 けど、なにか特別なことをしているわけじゃない。 ただ一心に突き続けるだけだ。 「あ、あっ、あぁっ、あぁぁっ、あ〜〜っ! 気持ち、ぃっ……、エッチって、気持ちぃぃっ! ずっと、してたいぃぃ……っ!」 「無茶言うな……っ」 「やだぁ、するのぉっ、儀式とか、 どうでもっ、いいからぁっ」 「お、おいっ、そこはさすがに頼むぞ。 ちゃんとしてくれっ」 「するぅ、するからぁっ、もっと突いてぇっ、 やめちゃやだぁっ」 葵の乱れっぷりは尋常じゃなく、ただ快楽だけを求めた。 このまま行為を加速させれば、本当に儀式のことを忘れてしまうかもしれない。 その危機感が、俺を射精へ急がせる。 「ぁっ、すごぃっ、これいいっ……! はぁ、ぁっ、ぁぁぁっ、ぁ〜〜っ、 これくらいが、好きぃっ!」 「やるべきこと忘れないうちに、終わらせるぞ……っ」 「やだぁ……っ! 激しいのはいいけどぉ、早く終わっちゃやだぁっ」 「両立は無理だ……っ」 「はぁっ、はぁっ、は、ぁっ、ぁぁっ、ん〜〜っ! ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ!」 尻尾をピンと硬直させ、布団のシーツをぎゅっと握り、嬌声をあげる。 ぎゅうぎゅうと男性器を膣で締め付けながらも、腰が暴れ気を抜くと抜けそうになってしまう。 小ぶりなお尻をしっかりとつかんで固定し、力強く何度も何度も葵を貫く。 「ふぅっ、ふぅ〜〜っ、ぅあっ、あぁぁっ、ぁ〜〜っ! もっと、もっとぉっ! もっと、欲しいぃぃっ!」 行為の継続を求められるも、確かに近づく絶頂の波。 亀頭が膨張し、破裂してしまいそうな感覚。 敏感に、葵も感じとる。 「あ、ぁっ、せーえき、欲しい、けどぉっ! まだ、だめぇっ! もっと、エッチ、するのぉっ! もっと気持ちよくなりたい、のぉっ!」 「ぁ、ぁっ、だめっ、だめぇっ! まだぁっ! ぁ、きもちぃっ、ぁぁぁっ! ぁ〜〜っ! だ、めぇっ! やめるのも、だめだけどぉっ、あぁぁっ!」 「だめ、だめっ、だしちゃ、だめぇぇっ! ふあぁ、ぁ、ぁぁぁっ、ぁ、ぁ――っ」 「く……っ」 「ふぁぁぁぁっ、ぁぁ〜〜〜――――っ!!」 「ぁ、ぁっ……だし、ちゃった……。ふあぁぁ……」 「でも、どぴゅどぴゅって……きもち、ぃ……はぁ……」 大量に吐き出した精液をすべて体内で受け止め、恍惚の吐息。 葵の体が弛緩し、なにか色々なものを吸い取られるみたいに、俺の体からも力が抜けていく。 後半は葵の乱れっぷりに引きずられそうになったけど……な、なんとか儀式のことを忘れずにいられたな。 とにかく、これで終わりだ。 「よ、よし、葵。あとは……」 「……」 「ん、お?」 男性器を引き抜こうとすると、葵がお尻を俺に押しつける。 もう一度腰を引く。 その分葵がお尻を突き出す。 「……」 「……」 「……なにしてる」 「……もう一回」 「は?」 「ちゃんとできてなかったかもしれないからもう一回」 「……うそつけ」 「はじめてだから〜! 念には念をいれておかないと〜! いいのかな〜! なんか中途半端な鬼ができちゃっても! いいのかな〜! もう一回しないと責任もてないな〜!」 「な、なんてやつだ……。主を脅すとは…」 「だってぇ! あたしこの前がんばったのに まだご褒美もらってないんだもん! ちゃんともらわないと納得できないもんっ!」 「それ、儀式は関係ないってことだよな?」 「あ」 「……」 「お願いです……もっとしてください……。 もう生意気なこと言わないから……お願い……。 ご主人ともっとエッチしたいの……」 「……」 「はぁ……ぁぁ……せつないよぉ……。 もっとして欲しくて、せつないのぉ……! ご主人ともっとしたいよぉ……、ご主人、好きなのぉ……」 「……だからわざとらしいんだよ」 「あは」 「ちょっとぐらっときたけど」 「じゃあする?」 「もう一回だけな」 「やたっ、このまま突いてっ、いっぱい突いてっ」 「このままでいいのか?」 「後ろから激しく突かれるのがお気に入り」 「他の知らないくせに」 「いいから、はやくぅ」 「はいはい」 「あ、わ……え、なに?」 体を密着させ、ころんと葵ごと横に寝転がる。 「めっちゃ胸揉まれてる」 「儀式関係ないなら俺も楽しむことにした。 揉みまくるから覚悟しろ」 「にひひ、好きにしていいよ。 あ、んっ……はぁ、ぁぁ……んっ」 胸を鷲掴みにして、腰を動かす。 はじめはゆっくり。胸の感触を楽しむことにまずは集中。 「ぁ……はぁ、ぁんっ……。 もう、乳首こりこりしすぎ。ふふっ」 くすぐったそうに身をよじる。でもやめない。 「んぁ、はぁ、ん、ぁ、……はぁ……ふぅ……」 張りがあって揉み応えのある、いいおっぱいだ。 考えてみれば、自由にできるおっぱいがすぐそばにあるって、すごいことだぞ。 次に生まれてくる鬼は、葵とは違うタイプがいい。そう念じよう。 ……。 それでいいのか? いいか。おっぱい好きだし。 しかし、これで本当に念じた通りのおっぱいになったら……。 「葵のこの姿も、俺の理想通りってことだよなぁ……」 「な、なに〜? 急に」 「自分の性癖を見つめ直してるところ。 試しに語尾ににゃんをつけてみて」 「わざとらしくて嫌なんじゃないの〜?」 「試しに。ほら、猫っぽく」 「家来に猫プレイ強要するとか……ご主人は変態にゃん……」 「お……いいかも。ちょっとグッときた」 「あぁ、ぁんっ、ご主人が、その気にぃ、は、ぁっ、 なってくれるなら、なんでも、するにゃぁんっ、ふぁぁっ」 「あ、ぁっ、ほんとに、すご……っ、 ふぁぁぁ、あ、ぁ〜〜〜っ」 「にゃん忘れるなって」 「ふぁっ、にゃんにゃん、にゃっ、にゃぁぁ、ぁぁぁ、 あぁんっ! にゃぁんっ!」 葵が膣をひくつかせながら、可愛く喘ぐ。 わかった。認めよう。俺こういうの好きだ。さっきよりも断然興奮してる。葵をもっと乱れさせたいって思ってる。 「ぁぁ、ぁ〜〜っ、気持ちいぃ、にゃぁ……っ! んっ、ぁっ、ご主人、もっと、もっとぉ……っ! 欲しぃ……もっと、欲しいにゃぁ……っ!」 「なにが欲しい?」 「いっぱい、突いて欲しいぃ……! あと、どぴゅどぴゅって、また、中に出して欲しぃ……っ」 「すぐイッちゃっていいのか?」 「いいよぉ、ご主人のせ〜し、欲しぃ……っ! さっきの、気持ちよかったからぁ、 いっぱい出して欲しいのにゃぁ……っ」 「じゃあ、遠慮なしで」 「うん、ぅんっ、ふぁ、ぁっ、あぁぁっ! にゃぁぁっ、あぁぁ、あぁんっ!」 力強く、腰を突き上げる。 「あぁぁ、ぁ、ぁ〜〜〜っ、にゃっ、ふにゃぁんっ、 はぁぁ、ぁ、ぁぁ、ぅ〜〜〜っ、ぁ、ぁっ! にゃぁ、にゃぁぁんっ、あ、ぁぁんっ」 本気の嬌声の中に混じる、少し演技がかった喘ぎ声。 行為に没頭しながらも俺を興奮させようとする葵がいじらしく、なおさら腰の動きは激しくなっていく。 「ぁ、ぁっ、あぁぁ、気持ちいぃぃっ……!! あ、ぁっ、ご主人……っ、ご主人……っ!! もっとして? もっと、して欲しぃ……っ!」 「ふぁ、にゃぁんっ、うぅ、ぅ〜〜っ! おかしく、なっちゃ、ぅぅっ、あぁぁっ……! すごい、ご主人、凄ぃぃ……っ!」 「あ、ぁっ、そのまま、ふぁぁっ、出して、ぁぁっ! いっぱい、出してっ、ご主人のぉっ、せ〜し、 出して、欲しいのぉっ、欲しいにゃぁっ」 「――っ、んにゃっ、にゃっ、あぁぁっ! く、るぅ、 ご主人の、きちゃうぅぅっ! いいよ、出して、 いいからぁっ!」 「はやく、ちょうだぃっ、欲しい、せ〜し、欲しぃぃっ! ぁ、くっ、にゃああ、ふにゃああっ、あああっ! あ〜〜〜っ!」 「あ、ぁ、ぁっ、ふにゃ、んにゃああっ、 にゃぁぁぁん――っ!」 「ふぁぁ……ふぁ、ふぁ〜〜……、は、ぁ、ぁぁっ」 二回目の射精は、思いの外早く。そして、思いの外大量に。 葵の中に思い切りぶちまけ、果てる。 ……やりきった。もうなにも出ない……。 「はぁ……あぁぁ……気持ちよかったにゃあ……。 満足したのにゃ……」 「……疲れた。もういいぞ……語尾」 「にゃふふ……気に入っちゃったかも……。 あと……ご主人」 「うん?」 「やっぱり最初の駄目だったのかも」 「どうして?」 「ご主人のせ〜しほしい〜! って気持ちがなかったから。 たぶんあれが……大事なんじゃないかにゃあ……」 「そっか、そういえば……」 桔梗も我を忘れたみたいに、俺の精液が欲しいって喘いでた気がする。 俺が行為に没頭し、鬼も俺を強く求めなければならない。 儀式のこと、だんだんわかってきたな。 「じゃあ……とりあえずは、もう大丈夫だな」 「うん、だいじょうぶ。もういい。疲れた」 「……俺も疲れたよ」 軽く吐息をつき、ゆっくり性器を引き抜く。 今度は葵は抵抗せず、そのままむくっと起き上がった。 「なんでしょう。このすっきりした気分。 そわそわしてたさっきまでが嘘のようですよ? あ、にゃ〜」 「無理につけるなって。 鬼が興奮するのは、もしかしたら儀式を円滑に 進めるためなのかもしれないな」 「ふぅん、よくわかんないけど。 とりあえずこれから鬼を生む儀式に入りたいと思いますっ」 「ああ、頼んだ」 「ってわけで出てけ」 「いきなり冷たいな……。わかったよ。ちょっと待って」 衣服を拾い集め、袖を通す。 別に恋人同士のやりとりじゃないからいいんだけど……いたしてすぐ『はい、おしまい』って、虚しいな。 「よし。じゃああとは頼んだ」 「うん。あ、ご主人。忘れてた」 「なに?」 「んっ」 「お……」 「おやすみのキス」 「あ、あぁ、おやすみ」 「うんっ、では明日をお楽しみに〜! ご主人好みのエロエロな鬼を生んでみせるからっ!」 「そういうのいいから」 「にゃっはっはっ」 わざとらしく笑う葵に苦笑をこぼし、部屋を出る。 「はぁ〜……」 そしてすぐ、しゃがみこんでしまった。 やっべぇ……なんだこの疲労感……。 桔梗のときも疲れてはいたけど……ここまでじゃなかった。 いや、初めてを済ませたばかりで興奮が上回ってた? ……なんにせよ、早く横になりたい。部屋に戻ろう。 「ぐっふっふっ……お疲れかにゃ?」 「……」 気づくと、伊予がすぐ隣にいた。 ……恐ろしく憎たらしい笑みを浮かべて。 「……ヘッドホンしてるんじゃありませんでしたっけ?」 「トイレにいくときに聞いてしまっただけじゃ。 聞き耳をたてていたわけではない」 「……最悪だ。一番聞かれたくないところを……」 「気に病むな。鬼との逢瀬を楽しんでおる証拠じゃ。 義務感で抱かれるよりも鬼も嬉しいじゃろうて。 恥じることはない」 「じゃあからかうなよ」 「いやで〜〜す! 忘れた頃にまたネタにしま〜す!」 「性格わるぅ……」 「拗ねるな拗ねるな。疲れたじゃろう。今日はゆっくり休め。 明日は来客があるが、好きなだけ眠れ。 待たせておけばよかろう」 「ああ、そっか。仕事ってやつか。昼だっけ?」 「そのはずじゃ」 「それまでには起きるだろ。部屋に戻るよ」 「肩をかしてやろうか?」 「気持ちだけ。この身長差じゃまともに歩けなさそうだ」 「確かにそうじゃの。おやすみなさい、まこちゃん」 「だから急に……。おやすみ、伊予ちゃん」 「こりゃっ、頭を撫でるなっ。子供扱いするな!」 「はっはっ!」 立ち上がり、自室へと向かう。 新しい鬼に、来客に、仕事の話。 明日も忙しくなりそうだ。しっかりと眠っておこう。 ぼんやりと意識が覚醒し、起きているのか寝ているのかまだよくわかっていないような状態で、枕元のスマホに手を伸ばす。 今何時だ……。 十一時…………十一時!? くそ、またこれだ。儀式の翌日は思いっきり寝過ごす。 来客があるんだ。さっさと起きないと。 「お目覚めですか、真様」 「うぉ、えっ」 急に声をかけられ、スマホを落とす。 そして俺を覗き込んでいる女性を目にして、二重に驚いた。 「おはようございます。よくお眠りでしたね」 「き……桔梗?」 「そんなに似ていますか? 葵姉さんにも同じ事を言われました」 「姉さんって…………あ、そうか」 「はい。あなた様にお仕えする、鬼にございます」 にこりと微笑む。 よくよく見てみれば……全然違う、別人だ。 でもその仕草、柔らかな口調、身にまとった雰囲気……。 葵の妹というより、まるで桔梗の妹じゃないか。 不覚にも、動揺。 今度はどんな鬼がって色々と予想していたけど……この姿はまったく考えてなかった。不意打ちだ。 「お着替え、そちらに用意しておきました」 「あ、あぁ……ありがとう。起こしに?」 「いえ。真様に真っ先にわたくしの姿を見ていただきたくて、 待っておりました。お目覚めになるのを」 「待ってって……いつから?」 「そうですね……。五時間ほど前……でしょうか」 「五時間!? 起こしてくれればいいのに」 「そんなことはできません。 気持ちよさそうに眠っていらっしゃったので。ふふふ」 「にしても五時間て……」 「寝顔を眺めていたら、あっという間でした」 楽しそうな笑顔。特に冗談を言っている様子でもなく……。 ……また変な性格の鬼を生みだしてしまった気がするぞ。 「あの、真様? 不躾なお願いとは存じますが……」 「あ、あぁ、なに?」 「名前を……つけていただいてもよろしいでしょうか」 「あぁ、そうだった。わかった。ちょっと待ってて」 「はい」 体を起こしてスマホを再び手に取り、葵のときと同じように花辞典のページへ。 そうだな……。しとやかさを感じる名前がいい。 うぅん、できれば花言葉もそんな感じのイメージで……おっ、まさにこれっていうのがあるじゃないか。 「芙蓉、っていうのはどうかな。 花言葉は繊細な美、しとやか、だってさ」 「うれしい。ありがとうございます。 ではこれからは、芙蓉と名乗らせていただきます」 「あれ、なんかあっさり。本当にいいのか? 気に入らないなら他の名前でも」 「とんでもない。真様に付けていただけたなら、 それだけでかけがえのない宝物。 たとえ『あああ』という名前でも、泣いて喜びます」 「……つけないよそんな名前」 「ふふふ」 口元を隠し、ころころと笑う。 ……やっぱり変な子だ。 「とりあえず……えぇと、伊予にはまだ?」 「はい。お目にかかっておりません」 「じゃあ、居間に行こうか」 「はい」 ベッドから下り部屋を出て、一階へ。 俺の半歩後ろを、芙蓉が歩く。 こういうところも桔梗に似てるなぁ……。 「うぃ〜す、おはよ〜」 「あ、おはようございま〜す!」 「あれ、もう来てたのか」 「はいっ、大事な初仕事の日ですからねっ! 助手としては遅刻できませんっ!」 「俺が寝坊しちゃったな。ごめん」 「いえいえっ」 「琴莉よ、よそ見をするな。一瞬の油断が命取りじゃぞ」 「え、わ、あぶなっ」 「いえ〜い、尻尾切ったったぜいえ〜い!」 しっかり挨拶してくれたのは琴莉だけで、伊予と葵はゲームに夢中。 こいつら三人揃うとゲームばっかだな……。 「ほいほい、みんな、ゲームはあとにして、注目注目。 今日は転校生が来ています」 「あっ! 新しい鬼さんですよねっ? 待ってました!」 「ようやくか。待ちくたびれたぞ。 何回か真の部屋に突撃しかけたわ」 「最初に会うのは真様じゃなきゃやだ〜って、 すぐいなくなっちゃったからね〜。 あ、ちょっとみんな、なにゲーム中断してるの?」 「はいはい、葵も中断中断」 「あああっ!!」 葵の手から携帯ゲーム機を取り上げ、ちゃぶ台に置く。 そして……照れているんだろうか。居間に入ろうとせず廊下に控えている芙蓉へ声をかける。 「ほら、おいで。みんなに挨拶」 「……はい」 おずおずと、居間に入る。 出入り口付近で膝を折って座り、お辞儀する。 「お初にお目にかかります、芙蓉と申します」 「これはどうもご丁寧に…… わぁ……でも、初めて会った感じじゃないというか……」 「はい?」 「なんだか桔梗さんに似てますねっ」 「……うむ。特別な思い入れがあるのはわかるが……。 ここまでか、真よ」 「いやね? あたしも生まれてきたこの子を見てびっくり しましてね? ご主人、桔梗様のこと 引きずりすぎでしょ〜。引くわぁ」 「うっせバーカ。バーカ」 突っ込まれると思っていたけど、寝起きの頭じゃ言い訳もできず。 雑に対処して、いつもの席に腰を下ろした。 「とにかく、これからは芙蓉に家事全般をしてもらう。 よろしくな」 「はい。なんなりとお申し付けください」 「じゃあアイス買ってこいや」 「あたしプリンな」 「パシリじゃね〜から! いい加減にしろよお前ら」 「あははっ、桔梗さんいなくなっちゃって 寂しかったですけど、また賑やかになりそうですねっ」 「だな。もう弁当も買わなくていいし、 経済的にも芙蓉の存在はでかい。 穀潰しな誰かさんとは大違いだな」 「琴莉のことを悪く言うなっ!」 「ご主人サイテー!!」 「テメーらのことだよっ!」 「あはっ、ふふっ、あははっ、おかしいっ、あはははっ」 「……。あの、琴莉……さん、でよろしかったですか?」 「あ、ごめんなさい。自己紹介が遅れまして。滝川琴莉です。 わけあって、真さんにお世話になっております。 えと、よろしくねっ」 「はい、よろしくお願いいたします」 「……」 「あの、失礼ですが」 「うん?」 「真様とはどのようなご関係で?」 「ど、どのような? 雇い主と……助手? で合ってます?」 「まぁ……そんなところ? っていうかなんだその質問」 「大事なことです。助手、ですか。なるほど。 それ以上でも、それ以下でも?」 「? どゆことです?」 「よもや恋心など」 「恋っ!?」 「おい、芙蓉。だからなんなんだそれは」 「大事なことでございます。 わたくしの真様に色目を使うなど、言語道断」 「……さらっととんでもないこと言ったな。 なんだよわたくしのって」 「言葉の綾でございます。どうなのですか、琴莉さん」 「あ、いえっ、えぇと、恋心は、そのっ、な、い?」 「ではなんとも思っていないと」 「な、なんとも思ってないわけじゃないですけどっ」 「えっ、そうなのっ?」 「あ、いえっ、そのっ、それは、そのっ、 色々と助けていただいたわけですし、それは、その、 色々と思うところもあるんですが、なんというか、その」 「あっ、尊敬! 尊敬ですっ! 霊能探偵として尊敬してるんですっ、真さんのことっ!」 「なるほど……尊敬ですか」 「は、はいっ! そうですっ!」 「そうですか……ふふっ、では、仲良くなれそうですね。 わたくしたち」 「あは、あはは、う、うん、よかった……あはは……」 「真への愛情ゆえに、か……。 また性格の濃ゆい鬼を生みだしたのぉ…………」 「……俺のせいなの? これは」 「百二十パーセントな」 「これも俺の性癖だって……?」 独占されたい欲求でもあるのかな……。もう自分がわからなくなってきた。 「まぁいいや……。 とにかく、これで心配事の一つは解決した。 あとは仕事の方だな」 「うむ。十四時頃に来るそうじゃ。 もうしばらく余裕があるの」 「どんな人が来るの?」 「知らん」 「えぇ、伊予ちゃんの知り合いじゃないの?」 「メールの相手はな。姿の見えんわたしの代わりに、 通販を受け取って縁側に置いておいてくれるいいやつじゃ」 「……人様に迷惑かけるなよ」 「うっせ黙れ。今日は新人とやらが来るらしい。 真もこの世界に入って日が浅い。 新人同士気が合うじゃろう」 「? その人も俺と似たようなお役目を?」 「さぁてそれはどうじゃろうな。来てからのお楽しみじゃ。 まずは食事じゃ。芙蓉の手料理が食べたいのぅ」 「ではご用意させていただきます」 「ああでも食材なんにもないな。買い物行かないと」 「それもわたくしが。 ただ、なんとなくは把握しているのですが…… この町の地理にはまだ疎く」 「あ、じゃあ私が案内しましょうか? スーパーまで」 「いや大丈夫。俺が行くよ。ちょっと歩きたい。 お客さんが来るまでに目を覚ましておかなきゃ」 「私も一緒に行きます。ここにいてもやることないし」 「いや、琴莉くんには大事な仕事がありますぞ」 「へ?」 「うむ、クエストの続きじゃ」 「え〜っ」 「あははっ。いいよ、遊んでな。 午後からたっぷり働いてもらうから」 「い、いえっ、行きます行きますっ! ゲームはあとでねっ」 「むぅ、じゃあ二人でやるか、葵よ」 「効率落ちるぅ〜、ぶ〜」 「お前も真面目に働いてくれるといいんだけどな……。 芙蓉、琴莉。ちょっとだけ待ってて。 顔洗って着替えてくる」 「は〜い!」 「承知いたしました」 立ち上がって、廊下へ。 仕事のことは気になるけど、久々に手料理が食べられる。それだけでウキウキだな。 今日もがんばるぞ、っと。 「あ〜……食った食った」 うちわで扇ぎながら、縁側にごろんと寝転ぶ。 芙蓉の料理……うまかった。 色々出してくれたけど、特に肉豆腐が絶品だった。 こりゃ毎日食事が楽しみになるな。和・洋・中なんでもいけるみたいだし、飽きがくる心配なんて一切なさそうだ。 「ふふ、すぐ横になっては牛になってしまいますよ」 芙蓉がやってきて、麦茶の入ったグラスを置いてくれた。 「煮出したばかりなので、まだ冷えていませんが」 「大丈夫、ありがとう」 体を起こし、グラスを手に取る。 と、玄関の方から戸が開く音。 たぶん琴莉だろう。 家に食事があるからと、商店街で一度別れていた。 「どもども〜、滝川琴莉、帰還しましたっ」 「うん、おかえり」 「お客さんまだです、よね?」 「まだ。でもそろそろじゃないかな」 居間を覗き込み、時計を見る。 あと……五分くらいか。 いつ来てもおかしくないな。 「ではわたくし、お茶菓子の準備などを」 「お願い。葵〜」 「ん〜?」 居間で相変わらずゲームに熱中している葵が、気のない返事をする。 「ゲームやるなら部屋でやっとけ。 お客さんの前でそんな風にごろごろするなよ?」 「ど〜せ見えないっしょ〜?」 「いいや、たぶん見えるだろうな」 食事をさっさと済ませて部屋に引きこもっていた伊予も戻ってくる。 珍しい。ジャージじゃない。 「お〜……座敷わらしっぽい……」 「ああ、琴莉にこの姿を見せるのは初めてじゃったかの」 「さすがにおめかしするか。安心したよ」 「安心? 少々気が早いのではないか?」 思わせぶりに、にやりと笑う。 ……なにか企んでやがるな、こいつ。警戒しておこう。 「あっ」 インターホンが来客を知らせる。 来たか。ちょっとドキドキしてきたな。 「わたくしが」 台所で準備をしていた芙蓉が、玄関へ。 「私たち、邪魔にならないようにあっちのお部屋にいますね。 葵ちゃん、行こ」 「へ〜い」 葵を連れて、琴莉は客間の方へ。 伊予は気づくといなくなっていた。……なにするつもりだ。 妙な胸騒ぎを覚えつつ、居間で偉そうに待っているのは性に合わなくて、俺もお客さんを出迎えに行く。 「ああ、真様。お客様がお見えになりました」 「お邪魔します」 玄関につくと同時に入ってきたのは、スーツ姿の綺麗な女性だった。 年は俺よりもちょっと上くらいだろうか? てっきり男性が来ると思い込んでたから、軽く不意打ちを食らった気分。 「えぇと、今日はわざわざ来ていただいて ありがとうございます」 「いえ、こちらこそお時間取っていただいて。 あなたが、加賀見真さん?」 「はい。そうです」 「初めまして。刑事十三課の伏見梓と申します」 「刑事……えっ、刑事さんなんですか?」 「はい」 懐から警察手帳。そして名刺もくれた。 うぉぅ……本物初めて見た……。 っていうか、ことごとく予想の上を行きすぎだろ。なんてところにパイプもってるんだ、伊予のやつ。さすが長生きしてるだけあるな……凄すぎる。 「加賀見家のお役目を、あなたが引き継いだとか」 「そう、ですね。つい最近ですけど」 警察と知り、余計に緊張しながら、慎重に答える。 お役目のことを知っている……ってことは、仕事っていうのは警察と一緒に? なにをするんだろう。まったく想像ができない。 「鬼を使役すると聞いています」 「そこまで知ってるんですね……。はい、そうです」 「見せていただいても?」 「ああ、はい。鬼ならここに」 「? どちらに?」 「初めまして、芙蓉と申します。 真様に仕える、鬼にございます」 「……」 「あなたが?」 「はい」 「本当に?」 「はい」 「……」 「やっぱ担がれてるのかなぁ……」 先ほどまでのキリッとした印象が途端に崩れ、曇り顔。 髪の毛をくしゃっとかきあげ、ため息をついた。 「刑事になれたぞって張り切ってたけど、 これだもんなぁ……。結局厄介払いだったわけか……」 「? なにがです?」 「だってうさんくさいと思わない? なによ、十三課って。 オフィスも超狭いし」 「いや、そこらへんは俺にはちょっと わからないですけど……」 「ごめんね、新人いびりに付き合わせちゃったみたいで。 鬼とか霊とか、最初からうさんくさかったもんねぇ……。 キミも困ったんじゃない? 口裏合わせろって言われて」 「ああ……」 そうか、この人信じてないんだ。お役目のことも、鬼のことも、なにもかも。 半信半疑でこの家に来て、人と変わらない芙蓉の姿を見て、上の人に騙されたと判断した。 しまったな、葵も連れてくれば……。 あれ? でも信じてないってことは、そもそも見えない人なんじゃ?伊予の話と違うぞ? 参ったな、テンパってきた。 「落ち着け、予想通りじゃ。新人らしい反応じゃの」 「?」 すぐそばから伊予の声。でも姿は見えず。 「まぁ見ておれ。一発で信じさせてやろう」 わずかに床が軋んだあと、すぐに伊予の存在が感じられなくなる。 姿消してなにするつもりだあいつ……。 「? 今子供の声しなかった?」 「あ〜、しましたね」 ……ん? 声は聞こえてる?じゃあやっぱり……見える人? 「……」 「驚かそうとしてる?」 「……あっ!」 そういうことか、あいつ……っ! 「なに? あ、って」 「いや、えぇと……」 止めようと思ったが、既に遅く。 「? ??」 伏見さんが、わずかに体勢を崩す。 スーツに不自然な皺がより、それが少しずつ上に移動していた。 よじ登ってやがる……。 っていうか……あぁ……なにするつもりか完全にわかった。 「?? なにこれ……変な感じ……」 「あ〜……あの」 「なに?」 「背中が重かったり……しないです?」 「あ〜、うん、なんか……急に、ちょっとだけ。 え、なに? なんでわかったの?」 「まぁ……映ってるっていうか……」 「うつる? なにが?」 「そこの鏡見ていただければ……たぶんわかるかと」 「鏡?」 玄関に置かれた姿見に、視線を向ける。 そしてすぐさま、硬直した。 「……」 「……」 「…………」 「…………」 「えっ?」 「キャァァァァァァアアアアアッ!!」 「ぎゃあああああああああああああああ!!」 伊予の金切り声。伏見さんの絶叫。 鏡に映るは地獄絵図。たぶん……あまり女性が見せちゃいけない系の表情だ。 あ〜……あ〜、どうしようね、これ。 「なになになになになにっ!? なんなのっ!? なんで背中に子供っ!? なんでなんでっ!?」 「キャァァァァァァアアアアアッ!!」 「うわぁぁあああああああああああああああ!!」 金切り声再び。伏見さんのリアクションも色あせず。 霊とか信じてなくても……急に背中(っていうか肩?)に幼女が出現して悲鳴上げたらびびるわな……。 もうちょっとだけ様子を見る。さすがに止めよう。 止めるべきだと思うけど……鬼たちの存在を信じてもらわないことには話もできない。 それはつまり、仕事が貰えないってことだ。 もうちょっとだけ我慢してくれ……伏見さん! 人ならざる者の存在を、しっかりと認識するまでっ! 「も〜、なんなのっ!? なになにっ!? あれ? いないよねっ? 鏡の中だけ? なんでっ? なんか憑いてるっ!? 私になんか憑いてるっ!?」 「おかあさぁぁぁん……助けてぇぇぇ……」 「いやぁぁ! 私あなたのお母さんじゃない〜っ!」 「どうして産んでくれなかったのぉ……? 苦しいよぉ……」 「妊娠した経験もな〜〜いぃぃっ! も〜〜やだぁ〜〜〜! やぁ〜〜だぁ〜〜〜〜っ!!」 「おかぁ……おっ? おぉっ? もう泣きおったか。 いい大人が根性ないのぅ……。 あっひゃっひゃっひゃっ、楽しくなってきた」 「苦しいよぉ……痛いよぉ……どうしてわたしのこと 殺しちゃったのぉ……?」 「殺してなぁいぃ! そんなことしなぁいぃ! お願いもうやめてぇっ!」 「キャァァアアアアアアアアア!!!」 「うわぁあああああ!!! ごめんなさいごめんなさいっ! ごめんなさぁあああいっ! うわぁぁんっ!」 「……」 これ……駄目だな。見てちゃ駄目だな。 静観している自分に腹が立ってきた。 駄目だ、止めよう。目先の欲に負けて怖い目に遭わせてほんとごめんなさい伏見さん。 「おかぁさぁん、おかぁさぁぁん」 「おい、伊予。そろそろ止めろ」 「待て、今からよいとこ――ぎゃはんっ!」 唐突に、伊予が本気の悲鳴をあげる。 ……伊予を引きはがそうとなんとなく手を伸ばしたんだけど、どうも変なところに当たったらしい。 「おぉぉ、おぉおぉぉぉ……っ!」 床に転げ落ちたようで、伊予がのたうち回りながら姿を現す。 「なんでっ、なんで目潰ししたの……っ!?」 「いや、ごめん、事故。今の事故」 「うぅ、な、なに……? この子……なに? な、なんなの……? いつの間に……?」 ……気の毒だ。さすがに止めよう。 「おい伊予、それくらいに……」 「も〜、なんなのっ!? なになにっ!? あれ? いないよねっ? 鏡の中だけ? なんでっ? なんか憑いてるっ!? 私になんか憑いてるっ!?」 「おかあさぁぁぁん……助けてぇぇぇ……」 「いやぁぁ! 私あなたのお母さんじゃない〜っ!」 「どうして産んでくれなかったのぉ……? 苦しいよぉ……」 「妊娠した経験もな〜〜いぃぃっ! も〜〜やだぁ〜〜〜! やぁ〜〜だぁ〜〜〜〜っ!!」 「おかぁ……おっ? おぉっ? もう泣きおったか。 いい大人が根性ないのぅ……。 あっひゃっひゃっひゃっ」 「……馬鹿野郎」 「ぎゃんっ!」 伊予がいるあたりに、拳骨。 頭を軽く小突いただけのつもりだったけど、目測を誤ってあらぬ場所にクリーンヒットしたらしい。 姿を現した伊予は、伏見さんの背中から転げ落ちのたうち回っていた。 「あぅ、あぅぅ……っ、なにをするぅ……っ!」 「やりすぎだ」 「仕方なかろうが! こうでもせんと疑り深い現代人は信じんのじゃ!」 「ふぇっ、えっ、なに? ど、どっから来たのこの子っ」 伏見さんが伊予に反応する。 うん、やっぱり見えてるな。 「くぅ……痛かった。さっきからずぅっとここにおったぞ。 見えておらんかっただけじゃ」 「え、うそうそうそ、絶対うそ」 「嘘ではない。ふふん、どうじゃ? 初めての心霊体験は」 「偉そうにふんぞり返るなよ。ごめんなさい、伏見さん。 大丈夫ですか?」 「……」 放心。 魂が抜けてしまったように、少し赤くなった目で伊予を見つめる。 「本当にすみません、うちの者が失礼を……」 「い、いえ、あの……い、今の……」 「伊予。もう一回」 「脅かすのか?」 「姿を消すだけでいい」 「つまらんのぅ」 「えっ」 「これでよいか?」 「えぇ……? こ、子供の、霊……?」 「霊ではない。座敷わらしじゃ」 「座敷……っ、本物……!?」 「ここまでの体験をしてまだ疑うのであれば、 それもよかろう」 「…………じゃあ、そちらの方も?」 「見た目はただの人なので信じられないかもしれませんが、 紛れもなく、鬼にございます。 わたくしの姉は、もっとわかりやすいですよ」 「わかりやすいって……」 「ああ、ちょうど来ました」 「なに〜? なんか楽しそう〜」 「!? 猫娘っ!?」 「あ、駄目だよ葵ちゃん。勝手に出たら……」 「学生タイプもっ!?」 「えっ、え、なんです?」 「出てくるタイミングが悪かったね。鬼だと思われてる」 「え〜〜っ。まぁおもしろいからいいですけど」 「いいのかよ。まぁ、髪型が耳っぽいし、いいコンビかもな」 「じゃあ私は犬ですね、ワンワン」 「ふぁ〜……ふぁ〜〜」 子供みたいな反応。まだ困惑しているみたいだけど、信じてはくれたみたい。 ……にしても、もっとやり方あったよな。申し訳ない。 「とりあえず立ち話もなんなんで、中にどうぞ」 「は、はい……」 「……」 「食べられたりしない?」 「……ほんと脅かしちゃってすみません」 ぺこぺこしながら、居間へとお通しする。 ……逮捕とかされなくてよかったね、ほんと。 報告を待つ……といっても、数時間、数日で進展があるものでもないだろう。 だから帰宅したあとは、気を張ったりせず平常運転だ。日常に戻る。 ゆっくりと休息をとり、台所から漂ういい香りに腹を空かせ、料理が出来上がれば待ってましたと食卓につく。 「うまっ、いいね。最高」 「ふふふ、ありがとうございます」 「うむ、絶品じゃな。煮付けが実にわたし好みの味付けじゃ。 おかわりっ!」 「あたしも〜!」 「はい。お椀をこちらへ」 「葵ちゃんさっきまでへとへとだったけど、よかった。 元気出てきたねっ」 「ご飯食べれば元気百倍〜!」 「力使いまくったから腹も減るよな。今日はご苦労さん。 ただ……部屋に引きこもってゲームばっかりやってるやつが 一番食ってるのがな〜、不思議だな〜」 「馬鹿者。座敷わらしは常に家に幸福エナジーを 分け与えておる。家の中にいるだけでも疲れるんじゃ」 「え、そうなんだ。伊予ちゃんすごい」 「嘘じゃけどな」 「……」 「やめよ? 可哀想な子を見る目やめよ?」 「しょうもない嘘つくからだ」 「うるっさいなぁ。でもわたしの力がこの家に 作用してるのは本当。今の幸せはわたしのおかげ。 わたしに感謝しながらお米の一粒一粒を味わうがよい」 「芙蓉、俺もおかわり」 「はい」 「無視かっ!」 荒ぶる伊予をがっつり受け流す。 伊予の力がこの家に、ね。やっぱり、伏見さんの件は伊予の影響っぽいな。どんな力かよくわからんけど。 「真様、量は普通でよろしいですか?」 「ああ、うん。普通で――」 「夜分にアポなしで失礼伏見でーーす!」 「うぉっ」 噂をすれば……じゃないけれど、勢いよく障子を開け、伏見さんが入ってきた。 び、びびった……。 「あ、ごめん。食事中? 気にしないで食べてて」 「は、はぁ……急にどうしたんすか、伏見さん」 「そんな他人行儀な呼び方するなよ真ぉ。 梓でいいよ。もう私たち相棒でしょ、あ・い・ぼ・う」 「は、はい? なんすか。テンションおかしいですけど」 「ふふふ。事件解決。その報告に」 「え、はやっ!」 「伏見様、こちらに。今お茶をお持ちします」 「ああ、おかまいなく〜」 俺のすぐ後ろ、芙蓉が用意してくれた座布団の上に伏見さん――改め、梓さんが腰を下ろす。 一旦箸は置いて、梓さんの方へ体を向けた。 「事故の原因、わかったんですか?」 「うん。完全決着はまだなんだけどね。 犯人の目星がついて、今令状取ってるところ」 「犯人ということは、やっぱり悪霊は無関係でした?」 「だね〜。犯人は大学生でした。マンションのベランダから、 レーザーポインターで悪戯してたみたい」 「レーザーポインター? そんなんで事故起こるんですか?」 「普通に凶器だからね、あれ。 出てくるんじゃないかな〜。 部屋から出力強めのポインターが」 「へぇ……。あれだけのヒントでよくそんなのに たどり着けましたね。すごいな」 「あはは、運が良かっただけ。 昔ね、似たような事件があったの」 「とある公園で遊んでる子供たちが、決まって目の痛みを 訴える。何事かと調べてみたら、犯人がマンションから 子供たちの目をレーザーで焼いてました、と」 「まぁ、恐ろしい……。どうぞ、お茶です」 「ありがと。それをね、覚えてたんだけどこれがドンピシャ。 近所の人に聞き込みしてみたら、夜になると 悪戯されるんだって。カーテンを光がちょろちょろ」 「もう王手だよね。あとはとんとん拍子。 いやぁ助かったよ真くん! 最初は疑ってごめんね〜、 さすが本物の霊能者! ありがとね!」 「いえいえ、お役に立ててよかったです」 「あたしもがんばったんだけどな〜」 「葵ちゃんもお手柄でしたっ! 琴莉ちゃんもありがとねっ!」 「は、はいっ。 私なんてなにもできませんでしたが……あはは」 「ふむ……しかし、霊ではなく大学生の仕業か。 お役目としては空振りじゃの」 「あぁ、そっか。でも解決できたんだから 結果オーライということで」 「……加賀見が協力するのはあくまでも霊的な事件のみじゃ。 お主らの尻ぬぐいではない。 真を便利な道具と思ってくれるなよ」 「おそらく十三課の課長が真の器をはかろうと 今回の事件を用意したのじゃろうが……このような依頼、 今後はしてくれるな。無礼千万じゃ」 「珍しく怒ってるな……。いいよ伊予。 そこまで言わなくても。 俺は協力できてよかったと思ってる」 「ぬるい。真と鬼の力があれば、だいたいの事件は 解決できるであろう。だが真は便利屋ではない。 力を濫用してはならぬ。決して」 「おちゃらけていい雰囲気でもなさそうね。 失礼しました、ご相談役。 課長も次はないようにすると申しておりました」 「それと、お詫びとして報酬に色を付けると。 それで怒りをおさめていただけないでしょうか」 「ほぅ……確認させてもらおう」 「どうぞ」 梓さんが鞄から封筒を取り出した。 あ、手渡しなのか! しまった! 「ま、待った! 伊予には――!」 「もう遅い」 ひょいっと梓さんの手から封筒をかっさらう。 しくじった、金遣いの荒いこいつに金の管理をさせるわけにはいかん……! 「おい、伊予。封筒はこっちに渡せ。俺が確認するから」 「まぁ待て、見るだけじゃ」 「私は中身確認してないけど結構入ってそう、その厚さだと。 一瞬このまま黙って持って帰ろうか悩んだ」 「け、警察の発言じゃない……」 「ほほう、それほどの額か……。 どれ、中身を確認させてもらおうか」 封筒を開け、ちらっと覗き込む。 そして、ふぅと吐息をつき、封筒をちゃぶ台の上に置いた。 「……」 「梓よ」 「はい」 「どんな仕事でもやらせていただきます! これからもよろしくお願いしま〜す!」 「……あっさり手のひら返しやがった」 「だって! ほら!」 封筒の口をあけ、俺に見せる。 「見て見てほらほら! この額だよ!」 「いやいや、俺だって大学生としての生活は満喫したいし、 いくら報酬もらえるからってそんなポンポンと 仕事もってこられても……」 「……」 「なんでもやります! これからもご贔屓に!」 「うわ……真さんもお金に目がくらんでしまった……」 「でも、確かに……すごいですね。一万円札がたくさん」 「え、そんなに? 焼き肉? 明日焼き肉行く? おごり?」 「行きたいっ! 肉食べたいっ!」 「よし! 明日はみんなで焼き肉食べにいくぞ〜!」 「待て待て! 伊予が外出たらこの家終わるだろっ! やるなら家だなっ、いい肉買ってこよう! めっちゃいい肉!」 「承知いたしました。明日買いに行きますね。 確か……商店街にお肉屋さんがありました」 「あっ、スーパーより絶対いいですよっ、 知り合いのおばちゃんが言ってました!」 「お、そりゃ期待できるね。本来は節約すべきなんだけど、 せっかくの初収入だし、今回だけは贅沢しちゃおう。 梓さんもよければ」 「ああ、さっきのは冗談冗談。邪魔者抜きで みんなで楽しんで。というか、いつか私が奢らせて。 捜査のご協力に感謝を、ってことで」 「お、ありがとうございます。 でも邪魔者ってことはないから、気にしなくても」 「では、ご夕食はいかがですか? 少しではありますが、料理は残っておりますので」 「あ、そう? じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。 実はまだ食べてなくて」 「じゃあこっちにどうぞっ。葵ちゃんつめてつめて」 「へ〜い」 「すぐにご用意いたしますね」 「ありがと、お願いします。おいしそだな〜。 料理うまいね、芙蓉ちゃん」 「ふふ、ありがとうございます」 「うむ。悪霊と聞いたときはどうしたものかと思ったが、 幸先のよい出だしとなったの、真」 「空振りとか言ってたくせに……。 でも確かに。これで生活費の心配はしなくて済みそうだ。 今回の報酬だけでしばらく大丈夫そうだし」 「だからと言って、怠けるなよ。 お金に困ってないししばらくお役目もいいか、では わたしもこの家を出ていくことを考えねばならん」 「大丈夫だよ。気は抜かない。精一杯やるよ、どんなときも」 「うむ、よい返事じゃ」 「伏見様、どうぞ」 「わぉ、あっりがと〜。そうだ、課長が言ってたけど、 次はうちでは手に負えないの依頼するって。 今度こそ悪霊関係かも」 「悪霊……とり殺されたりしませんよね? 襲ってきたりします?」 「場合によりけり。見境なく恨みをぶつけてくる者も いるじゃろうな」 「それでもこちらの武器は対話のみ、か。 ヘマしないように気をつけないとな……」 「ま、鬼よりは弱いっしょ〜。 あたしにまかせんしゃ〜い」 「葵姉さん。真様をお守りするのは当然だけど…… 無責任なこと言わないの。根拠もないのに」 「びびってても仕方ないっしょ〜。 いけるって。いけるいける」 「……うんっ、そうですよねっ。私もがんばりますっ! どんなときでも、真さんのお役に立てるように!」 「ああ、ありがとう。みんなでがんばろう」 「ああ、いいねぇ……仲間って感じ。 青春だわぁ……。お、このお味噌汁おいしいね」 「ありがとうございます。まだおかわりもあり…… あっ、そうでした。真様のおかわり」 「そうだった。お願いします」 芙蓉にご飯をよそってもらう。 こうやって食事をしていると、当主と家来というよりは、家族としての繋がりを強く感じる。 仕事を貰えた。収入を得ることも出来た。 みんなを路頭に迷わせることなんてないよう、大黒柱としてがんばっていかないとな。 「真よ、あまり気負いすぎるでないぞ。 さっきはああ言ったが、真の生活を犠牲にする必要はない。 お役目はことのついででよいのじゃ。もちろん仕事もな」 「まぁ、投げ出してしまえば話は別じゃがの。 たとえうまくいかずとも真が真摯である限り、 我々は真を見捨てん。気楽にいけ」 「ああ、いつもアドバイスありがとう、伊予」 「水くさいことを言うな。なにかあればすぐにわたしを頼れ。 知識だけは豊富にある」 「そうか……うん、ありがとう。 じゃあ、もう一つだけいいかな。お願いがあるんだ」 「うむ、なんでもよい。言ってみよ」 「さりげなく懐にしまった封筒を渡せ。 お前には絶対お金は預けない」 「……チッ」 帰宅後、みんなに梓さんからの依頼を伝えた。 走る緊張。膨れあがる不安。 それらを押し殺し、準備を整え。 いざ、決戦の時。 「二人とも、準備はいいだろうか」 「うぃ〜っす」 「はいっ!」 「ここをまっすぐ進めば公園。そうだな、琴莉くん」 「はいっ!」 「今日はあくまでも様子見だ。 悪霊の存在を確認し、やばそうなら迷わず撤退する。 無理は禁物だぞ」 「はいっ!」 「ところで琴莉くん。ずっと気になっていたんだが」 「はいっ!」 「その格好はなんだね」 「対悪霊用の装備です! 伊予ちゃんがくれました! なんでもかの安倍晴明が作り出したものだとか!」 「……それ信じてるの?」 「絶対嘘ですねっ! でもこういうのは気合いが大事ですから!」 ぎゅっと鉢巻きを締め直す。 まぁうん、雰囲気は出てる……のか? 「今回は私にとってほぼ初仕事ですからね! やる気すごいですよっ!」 「あたしは眠いよ……。 なんで夜に出かけなきゃいけないのさぁ……」 「夜に出るって話なんだから仕方ないだろ。 っていうかお前、昼間ずっと寝てたじゃないか」 「お昼はお昼! 夜は夜で寝るでしょ!」 「なに怒ってんだ……。 よし、行こう。琴莉、なにか感じるか?」 「う〜ん、今のところは……特になにも」 「わかった。慎重に進んでいこう」 「はい!」 「ふぁ〜い」 「なんて気の抜けた返事だ……」 気負ってないのは結構だけど、緊張感がなさ過ぎるな……。 一抹の不安を覚えながら、歩を進める。 そして、到着。 人気は……一切無し。 生ぬるい風。公園内に照明はあるにはあるけど、ところどころ切れてるな。部分的にかなり暗い。 雰囲気はばっちりだけど……。 「琴莉」 「うぅん……私の勘がただの思い込みであることが 判明しちゃいそうな……」 「なにも感じない?」 「はい、まったく――」 「……っ!?」 言葉の途中、唐突に琴莉が目を見開きぶるっと震えた。 「え、え、な、なにっ?」 「どうしたっ? 感じたのか?」 「き、気をつけてください! すっごく嫌な予感がします! 寒気というか、なんか、こう、アレですっ! アレな感じ!」 「ア、アレか! 全然わからんっ!」 「ご主人〜」 「どうした葵!」 「悪霊ってあれじゃないの?」 「な、いるのか……!!」 素早く振り返り、じっと目をこらす。 「う……」 ……いた。 大人ほどの大きさの黒い塊が、宙に浮かんでいる。 思ったよりあっさりと出くわしたな……。間違いない。あれが悪霊だ。 琴莉みたいな力は俺にはないけれど……それでも感じる。 こいつは、なにかやばいって。 「さ、寒い……。葵ちゃんたちとは全然違う感覚……。 あ、あの、逃げた方がいいでしょうか……っ」 「まだだ。まだなにも確認できてない。 せめて姿だけでも見ておかないと。 可能なら彷徨ってる理由もだ」 「思念でも読んでこようか?」 「待った。なにをしてくるかわからないんだ。 迂闊に近づくのも駄目だ」 「はぁい。でもあたし、一応鬼だから。 滅多なことじゃ霊程度に負けないけどね〜」 「もしものときは頼りにしてる。 でも本当に、もしものときだけだ。 危ない目にはあわせたくない」 「やぁん、ご主人素敵。ときめいちゃうにゃ」 「ふざけすぎだぞ、葵。気を引き締めろ」 「へぇい」 「うっ……ま、真さん。 ち、近づいてきてません? ます……よねっ?」 影が、ぼんやりと実体を帯びていく。 確かに少しずつ少しずつ、こっちに近づいてきている。 つまり、あいつも俺たちの存在に気づいてるってことだ。 どうする、どう出る。 「ああは言ったけど……いつでも逃げられるように 準備しておいて」 「は、はいっ」 琴莉を背中に隠しつつ、身構える。 ゆっくりゆっくり、影が大きくなり。 ついに、距離が詰められる。互いの姿を、はっきりと確認できるほどに。 「みんな気をつけろ。なにをしてくるかわから――」 「ふごぉ……ほぉ……ふぅぅっ」 「ない……」 「ふぅ、ふひゅぅ」 「ぞ……」 「あふっ、おぅ、おぉう」 「……」 「……」 「……ぅっ、うぐ、ふぅ、ふぅっ」 「…………」 「……へ、へ……」 「ふひゅ、ひゅぅ……おぉぅっ!」 「変態だーーーーーーーー!!!!」 あらん限りの声で琴莉が叫んだ。 いや……うん……うんっ!! 「真さん! あれ悪霊じゃないですよ! 変態ですよ! ただの変態ですよっ!」 「ま、待てっ! 見ろ! 浮いてる! あの体勢で浮いてるんだぞ! 霊なのは間違いない! 決してただの変態ではない!」 「じゃあ変態の霊ですよ! ど変態のおじさんの霊ですよ!」 「待ちなさい琴莉くん! 失礼なことを言うんじゃない! あんな無残な姿で殺されてしまい悔しさのあまり 成仏できない気の毒な霊かもしれないじゃないか!」 「ないですよ! 見てくださいよあの顔! 絶対喜んでますよ! 私たちに見られて興奮してますよ!」 「あひゅぅっ」 「あ、やだ! くねくねしないで! 見たくないところ見えちゃう! やっ、やーーー!! きゃーーーー!! なにもぉっ、もぉぉぉおおっ!!」 半切れになりながら、琴莉が顔を手の平で覆う。 わかる、わかるぞ。俺も見たくない。なんて汚い絵面だ……!! 「ひょこ〜、ふごぉ」 「うぉ、うぉぉっ! 近づいてくる! なんだ! 目的はなんだっ!」 「わひゃふぅの、ほふぁんほぉ、おほうせぅ」 「なんか喋ってるけどわかんねぇよ! 全然わかんねぇよ! それ取れよ! なんか、なにっ? なんとかボール!!」 「そもそもなんで浮いてるんですかっ! なんで移動できるんですか! 動力はなんなんですかっ!?」 「霊力?」 「霊力の使い方絶対間違ってるぅ! わ、やだ! こっち来ないで! それ以上来たら見えちゃうから! 見たくないところはっきり見えちゃうからぁ!」 「あ、くそ、なんだこれっ! めっちゃ混乱してる! よ、よし逃げよう! これ駄目だ逃げよう!」 「は、はいっ! 賛成です! 逃げましょう! とんでもなく悪質な悪霊ですよあれ! あんなの手に負えないですよ!」 「悪霊ねぇ……」 「お、おい、葵!」 まったく無防備に、悪霊……悪霊? まぁなんだ。小汚いおっさんに葵が近づいていく。 「危ないですよ! 見せつけられますよ! あの、そのっ、アレをっ!」 「アレって言ったって……」 ため息をつき、その場にしゃがみ込む。 そしてあろうことか、自らおっさんのアレを覗き込んだ。 「ちっさ」 「ば、馬鹿っ! 葵! お前なに挑発して――!」 「ふぐぅ……ほふぅ……っ!」 「ほら怒って――あ、違う! 喜んでる! あの霊、喜んでるぞっ!」 「ドMだーーーー!!」 「これまさか勃起してんの? しょぼ。 ご主人のと比べたらしょぼすぎるよこの人のチンコ」 「おほぅ、ほぉぉう」 「やめろっ! それ以上そいつを喜ばせるなっ! あと俺も恥ずかしいからやめてくれ頼むっ!」 「あ、あの真さん! もう無理です! 私無理ですっ! ごめんなさい逃げます! 私帰りますっ!」 「お、俺も帰る! 葵! 撤退だ撤退! 今日はもういい! 逃げるぞっ!」 「は〜い」 「ふぁっひゅ、ふぉうふぁ、ふぉあっ!」 「ぎゃーーーーー!! 追いかけてくるーーー!!」 「走れ走れ走れ! 走れーーーーー!!」 「あっはっはっ! みんな慌てすぎ、あっはっはっ!」 「ふごっふっ! ふぉ、ふぉぉぉっ!!」 「いやー!! やー! や、やっ!」 「やーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」 居間を出て、廊下に。 芙蓉の口調は落ちついていたけど、その目は葵と同じように期待に輝いているように見えた。 鬼の本能……か。 俺はどうだろう。もう三回目だ、そろそろ慣れてはきてるんだけど……。 やっぱりちょっと、ドキドキしてる。 「真様? 芙蓉でございます」 「あぁ、ど、どうぞ」 「失礼いたします」 俺が風呂から出て、三十分後くらいだろうか。 準備が整ったらしい芙蓉が、俺の部屋へ。 「お待たせいたしました」 「い、いや……」 しっかりと覚悟を固めておいたはずなのに、軽く動揺。 いつもとはまったく違う雰囲気。胸元がはだけ、柔肌が露わになっていた。 「だ、大胆だね」 「胸元が苦しいと、眠れなくて。 はしたないとは思いますが、寝る前はいつもこのように」 微笑み明かりを消して……俺の隣に腰掛けベッドが軋む。 風呂上がり。むせかえるような石けんの香り。 はだけた胸元からは、今にも乳房がこぼれてしまいそうで。 ……落ち着かない。目のやり場に困る。 「うれしいです」 「な、なにが?」 「緊張してくださるのは、 わたくしを意識してくださっている証。 それがうれしいのです」 「そりゃあ、ねぇ」 苦笑い。 思えば……葵との儀式の最中、思い描いた気がする。 胸は大きい方がいい。全体の雰囲気は……どうだろう。覚えてないけど、巨乳=桔梗のイメージになったのならば。 芙蓉の容姿はつまり、俺が思い描くどストライクな女性なわけで。 もっというなら、葵以上に俺の性癖が具現化された存在なわけで。 それが芙蓉に申し訳ないやら、恥ずかしいやら。 ただ、芙蓉自身もわかっているんだろう。 自分が、俺の情欲を駆り立てる存在であると。 「真様……」 そっと、顔を寄せ。 息がかかりそうな距離で、囁く。 「脱がせてくださいますか……?」 「儀式の前は、主人に脱がせてもらう決まりでもあるの?」 雰囲気に呑まれまいと見せた、せめてもの虚勢。 芙蓉は妖しく微笑み、受け流す。 「葵姉さんもわたくしも、わかっているのです」 「その方が、真様がその気になってくださる……って」 「……かっこつけても無駄だな」 また苦笑い。 主導権を握るのは無理だ。観念して、芙蓉を抱き寄せる。 「わたくしも……緊張して参りました」 ほぅと、芙蓉が吐息をついて。 それを合図に、帯をほどき肩からゆっくりと脱がせてゆく。 「……」 生まれたままの姿。ついに、すべてが露わになった。 葵よりも肉付きのいい体。そして、豊満な―― ……。 豊満すぎる。でかい、とにかくでかい。 芙蓉のおっぱいすごい。桔梗に負けず劣らず、すごい……! 「ふふふ、真様の衣服は……わたくしが」 胸に釘づけでまったく動かなくなった俺にしびれを切らしたのか、今度は芙蓉が俺の服を脱がしていく。 そういえば、桔梗にも同じように脱がされたな。 わかってやっているのか、そうじゃないのか。 比べちゃいけないと思いつつも、やっぱり芙蓉は、桔梗に似ている。 だから自然と、体が反応してしまう。 「ふふふ……もうこんなに」 「う……」 しなやかな指が、俺の性器を撫でる。 弄ぶように亀頭をくすぐって、竿に指を絡めた。 「今にもはち切れてしまいそう……。 かくいうわたくしも……もう辛抱たまりませんが……」 性器を軽くしごきながら、うっとりとした瞳で、俺を見つめる。 「一つだけ……お願いしても?」 「なに?」 「接吻を……。恋人のように」 「……、わかった」 「うれしゅうございます。……はぁ、ん、ちゅ……」 口づけ。ねっとりと舌を絡め……そのまま、押し倒す。 「はぁ……あぁ、んんんっ、はぁ、ぁぁ、ぁ……っ」 唇に吸いつきながら、ここぞとばかりに胸を揉みしだく。 とろけてしまいそうなほどの柔らかさ。 だがその奥に確かな弾力があり、俺の指を押し返す。 「んん、ん、ぁ、はぁ、ふぅぅ、ちゅ、んっ、ふぁ、はぁっ」 熱を帯びた吐息がこぼれ、乳首がぷっくりと勃起する。 「ぁっ、はぁ……っ! んんん、はぁ、ぁっ」 人差し指と親指で摘まんでこねると、芙蓉が身をよじらせて喘いだ。 その反応がいちいち俺の興奮を煽って。 「ん、んっ、ぁ……ぁぁ、はぁ、んん、ちゅ、ん、ちゅぅ、 ん、んっ」 雑念は儀式の邪魔になるから。そんな言い訳をぼんやりとしながら。 ただ一心に、唇で、掌で、芙蓉を感じた。 触ってすらいないのに、亀頭からはどろりと先走り液が流れ出していた。 「真様……、んちゅ、んっ、真、様……っ」 唇が離れたそのとき、訴えかけるように芙蓉が俺の名を呼ぶ。 「じらすのは、堪忍してください……。 もう待ちきれません、どうか……」 腰をくねらせ、そそりたった男性器に膣口を押し当てる。 ぬめりとした感触。 葵同様、俺が触れるまでもなく、シーツに染みを作るほど芙蓉のソコは濡れていた。 「お願いします、どうか、どうか……」 「どうか?」 「あぁ……」 切なげに悶える。 俺だってもう限界のくせに、なぜかいじめたくなる。 「いじわるしないでくださいませ……」 「なにして欲しいの? ほら、はやく」 「あ、はぁ……ん……」 「……」 「……ください」 「……入れて、ください」 「どうか、わたくしの中に……入れて、くださいぃ……!」 「なにを?」 「あぁ……どのように言えば……してくださるのです?」 「考えてみて」 「……」 「真、様の……」 「真様の、イチモツを、男根を、おちんちんを、入れて、ください……っ、お願い、入れてぇ……!」 「敬語が崩れたのがそそる」 「あ、はぁぁ、ぁっ、〜〜〜〜っ!」 どろどろに濡れた膣内に、突き入れる。 ぷちゅと水泡が割れるような音を立てながら、芙蓉はすんなりと俺を受け入れた。 「入って、るぅ……わたくしの、一番奥に…… 真様の、イチモツがぁ……っ、入ってますぅ……!」 「はぁ、ぁっ、はぁぁ、お願い、真様ぁ……! じらさないで、動いて、くださいぃ……!」 普段の芙蓉からは考えられないほど乱れ、自ら腰を動かす。 スイッチが入った。 あとは俺が、応えるだけ。 「ぁぁぁっ、〜〜〜〜っ! ぁ、感じ、ます……っ! ふぁぁ、はぁ、ぁぁぁ、気持ち、ぃぃ、ですぅっ。 〜〜〜っ、ぁ、ぁぁ、ぁ〜〜っ!」 突き入れるたびに、甲高く艶めかしい嬌声があがる。 苦しげに眉をひそめ、目をきゅっと閉じて、胸を揺らしながら悶える。 「あ、ぁ〜〜〜っ、もっと、もっとです、 もっと、ください……っ! もっと、感じたい……! ふぁ、ぁぁぁ、……ぁっ! んん、はぁ、ぁっ!」 「あぁ、欲しい、もっと、欲しいのぉ……っ! 真様、お願い……っ、もっと、もっと……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁっ、すごぃ、ふぁ、ぁっ、〜〜っ、 ん、ん〜〜っ! ぁ、はぁっ、はぁぁ、は、はっ! あぁん、ぁっ、〜〜〜っ!」 「……っ」 俺がその気になったとき、葵も桔梗も受け身で、俺のなすがままだった。 でも芙蓉はとても積極的に俺を求めた。 俺の動きに合わせ激しく腰をくねらせ、乱れに乱れた。 それが少し、俺を慌てさせる。 「どう、されました? わたくしの体では、 満足、していただけません、か……? ぁ、はぁっ」 「い、いや……」 その逆だ。刺激が強すぎる。直接的な意味はもちろん、視覚的にも。 俺好みの美人が、普段の淑やかさを忘れ俺の腕の中で悶え、乱れている。 興奮しないはずがない。 鼻血が出そうなほど、俺の頭は茹で上がっていた。 「ふふふ、はぁ、んんっ、そんな目で見られたら…… とろけてしまいます。どうか、ぁっ、もっとわたくしを…… 求めてください、まし」 自らの胸を揉み、乳首をつまみ上げ、俺を誘う。 「あん、ぁ、ん、ちゅぅっ、ふぁ、ちゅ、んんっ」 抵抗する術などなく胸を鷲づかみにして、挑発的に微笑んだ唇を塞ぎ、吸いつく。 そして一心不乱に、腰を叩きつけた。 「ぁ、〜〜っ、ぁ、ぁんっ、んんんっ、ちゅ、ぷぁっ、 ふぁぁ、ぁ〜〜〜っ、ぁ、ぁっ、ぁぁっ」 芙蓉も俺の唇にむしゃぶりつきながら、腰をくねらせ俺を求める。 相変わらず、動きは無茶苦茶だ。 獣のように、互いをむさぼるだけ。 「んぁ、ぁ、ぁぁぁっ! ぁ〜〜〜っ! とけちゃう、とろけ、ちゃぅ……っ! 芙蓉は、もう、駄目です……っ! 駄目ぇ……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁっ! ください、精液、くださぃ……っ! わたくしの意識が、とろけちゃう前に……っ! わたくしの中に、命をぉ……、注いでくださぃ……っ!」 「はやくぅ、お願い、はやくぅ……っ! ふぁ、はぁぁ、ぁぁぁっ!」 「ぅ……っ」 「あぁ、出る、出るんですね? ください、くださいっ! わたくしの中に、出してっ、出してぇ! 熱いの、出してくださぃぃ……っ!」 「くぅ……、で、出る!」 「ぁ、ぁっ、受け止めますからぁ、全部、全部ぅっ! 〜〜っ、ぁ、ぁぁっ!」 「ふぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」 「ぁっ、はぁっ、〜〜〜っ、はぁ、はぁぁ……っ!」 芙蓉の足が俺の腰にがっしりと絡みつき強く密着した瞬間、果てた。 奥の奥、一番深い部分に、すべての精を解き放つ。 相変わらず射精の瞬間は、力が抜ける。 でも体の内に溜め込んだ快感をも解放するようで、嫌いじゃない。 「あぁ……、ふぅ……、頂戴、いたしました……。 熱くて濃い……真様の子種を」 「疲れた……。葵のときは一回失敗したけど、 今の……問題ないよね。手応えがあった」 「はい。新たな鬼への贄……確かに。 ですが……」 「?」 「まだ、終われません」 「へ?」 芙蓉が微笑み、絡めた足できゅっと俺を締めた。 「ま、まだするの?」 「失敗した……と仰りましたね」 「う、うん」 「葵姉さんとは、何回?」 「えぇと……二回?」 「ではわたくしも」 今度は膣で、俺の性器を締め付ける。 ……まじですか。 「いや、結構今ので疲れた感じが……」 「ですが、真様のここはまだわたくしの中で暴れております」 「まぁ、うん、限界ではないけど……」 「では楽しみましょう。 儀式は抜きにして、ただの男と女として」 「けど……」 「真様は真面目すぎます。 もっとわたくしどもを、都合よく使えばよろしいのに」 「? どういうこと?」 「葵姉さんもわたくしも、真様のために生まれた存在。 この体も、真様のためだけに」 「あなた様が望めば、なんでもいたしますのに。 街中で裸になれと言われればなりますし、 股を開けと言われれば喜んで開きます」 「下品な言い方をあえてすれば……鬼はあなたの性奴隷。 鬼もそうなることを望んでおります」 「ならば……遠慮などせず犯せばよろしい。 すべて、お応えいたします。 あなた様のお望み通りに……乱れてみせましょう」 「……」 まさに鬼のような魔性の笑みに、息を呑む。 気づけば、性器も硬度を増していた。 やっぱり、鬼にはなにかある。 人の情欲を刺激する、なにかが。 「その気になってくださったようですね」 「まぁ……窮屈に考えるなっていうのは、わかった」 「まだ理屈で考えていらっしゃる」 「だって、俺にとって芙蓉は家族なんだ。葵も。 だから、いまいちはっちゃけ切れない」 「ふふふ、真様らしい。けどそんなところが……魅力的。 ん、ちゅ……」 引き寄せられ、唇が触れあう。 芙蓉が足を絡めたまま腰をくねらせ、そのまま流されるように行為を再開。 だが決して、嫌々ではなく……。 「お慕いしております……真様」 芙蓉のこの一言で、俺にも火がついた。 鬼だろうが、家族だろうが。美女に愛を囁かれて燃えない男はいないでしょう。 「ふぅ、ぁ……ふふっ、拙い腰使いが、 可愛らしゅうございます」 「し、仕方ないだろ。経験浅いんだから」 「ふふふ、あぁ……まるで恋人みたい。 とても、幸せ……」 本当にうれしそうに、芙蓉が笑う。 俺もなんだか照れくさくなってきて、どんどんと気持ちが盛り上がってきて。 腰の動きも自然と大胆になっていくんだけ、ど。 「はぁ……ふぅ……ん、ぁぁ……」 芙蓉の声は、喘ぎと言うよりもため息のようで。 俺もいまいち、のめり込めていない。 儀式中はやっぱり特別なんだろうか。 うまく動けていないのは同じはずなのに、あの熱が引いてしまった今はそれがもどかしくて仕方ない。 気持ちは先へ先へと膨れあがっていくのに、望む刺激が得られない。 フラストレーションだ。 「ぁ、はぁ……やはり……ご不満ですか?」 「いや、俺がうまく動けないのが」 「ふふふ、わたくしがしがみついてしまっているからですね。 体勢を変えましょう。 それとも、なにかしたいことがあれば」 「後ろから? 膣ではなくお尻に? わたくしを縛ってみますか? お好きなように。なんでもいたしますから」 「なんでも……」 なんて甘美な響きだ。つい繰り返すのも仕方ない。 芙蓉が俺のために、なんでもしてくれる。 だったら……真っ先に思い浮かぶのは、これだ。 「あん……ふふ、どうされました?」 ぷにぷにと、巨乳を寄せてあげる。 俺の欲望の塊でもあるこいつの感触を存分に楽しむしかないでしょう……! 「胸を触るだけで?」 「いや、胸で……うん、ちょっと言うの照れるな」 「ふふふ、真様は胸がお好き。 わかりました。そちらに腰掛けてください」 「う、うん」 結合をとき、ベッドから足を投げ出し腰掛ける。 くすくすと笑いながら、芙蓉は俺の正面に回った。 そして―― 「これで、よろしいですか?」 男性器を、胸で挟み込む。 おぉ……感動だ。夢が一つ叶った……! 「ふふ、鼻がぷっくり膨らみました。 喜んでくださっているんですね。 では……」 「ん……はぁ……んちゅ、ん、れろ……ん、んん…… はぁ、ん……」 「ぅ……」 胸で竿をしごきながら、亀頭を舌でちろちろと舐める。 「んん、ん、あむ、んっ、ちゅっ、ちゅぅぅ、れろ、 ふぅ、ん、んっ、……ちゅっ、れろ、んっ」 時折不意打ちのようにキスをして、強い刺激を与える。 胸の感触は柔らかく、温かくて、穏やかな刺激。 唇と、舌と、胸。快感が緩急をつけながら、じわじわと下腹部に広がっていく。 これは……たまらん。 「ふふふ、桔梗様にも……してもらいました?」 「い、いや、口ではしてもらったけど……」 「では、わたくしが初めてなんですね。うれしい」 「ん、れろ……はぁ、んちゅ、ちゅっ、はむぅ、ん、んっ、 ちゅぅ、ちゅぱっ、ふぅ、んん、はぁ、ん」 「く……っ」 「ふふ、搾り取って……ん、ちゅ、あげますから。 れろ、ちゅ、れろ、んんんっ、ちゅぱ、ちゅっ、 いつでも、ふぅ、出して……いいですよ」 「い、いや、二回目だからすぐには……って、あ、あれ? あ、まず……っ」 「ん、んっ、れろ、ん〜〜っ、ちゅ、ちゅぅぅ、ちゅぱっ、 はぁ、ん、んんっ、ふぅ、れろ、んっ、んっ」 「ぁ……、ひゃんっ」 ……あっさり出た。 うわぁ……なんかかっこわるぅ……。 さっきのもどかしさは、儀式の熱がどうとかじゃなくてやっぱり俺が下手だっただけなのかも……。 芙蓉の胸気持ちよすぎるよ……完敗だよ、瞬殺だよ。 「ふふふ、どうして落ち込んでいらっしゃるんです?」 「自分の不甲斐なさに」 「では次は、もう少し耐えてみてください」 「ああ、わかった」 「……」 「次?」 「ふふ、あ〜む」 悪戯に微笑み、ぱくっと亀頭を咥える。 「いや、ちょっ」 「んちゅ、ちゅっ、ちゅる、ずっ、ちゅぅぅっ、 ちゅぱっ、ちゅっ」 「くぅ〜〜〜っ」 そしてさっきとは比べものにならないくらい強く吸いついた。 い、いやいやいや……っ! 「ま、まだするのっ?」 「葵姉さんとは、何回でしたっけ?」 「に、二回」 「ではわたくしは三回」 「えぇ〜〜っ」 「大丈夫です、さっきよりも気持ちよくしてあげますから。 精も全部、口で受け止めますね」 ぺろりと、口元についた精液を舌で舐め取る。 『おいしい』と目を細めて、また亀頭を咥え、竿を胸で圧迫する。 「くぅ……、待った待った……!」 「待ちません。んちゅ、ん、〜〜〜っ、ちゅ、ちゅぅぅ、 はぁ、れろ、んっ、んんっ、ちゅ、ちゅぱっ、ちゅっ」 「……っ」 緩急どころじゃない。痛みすら覚えるほどの、強烈な刺激の連続。 こ、これは、違う意味でたまらん……っ! 「ふ、芙蓉! ちょ、ちょっと……!」 「もっと、んっ、強い方が、お好み……ですか? んちゅ、んっ」 「じゃなくて……!」 「ちゅぅぅ、ちゅっ、ちゅぱっ、んんん、れろ、んちゅっ、 ずっ、んんんっ、んっ、ちゅぅぅぅっ」 「おぉぉぉぉっ!」 凄まじいバキュームに、思わず仰け反った。 竿は強く胸で圧迫され、ぎゅうと締め付けられて。 もう気持ちいいとか痛いとか、そういう次元ではなくて。 痺れに似たなにかが全身を駆け巡る。 も、もうどうとでもなれだ……! 「んっ、ふふふ、すぐに、いかせちゃい、はふ、ますから。 ちゅっ、ちゅぱっ、んちゅぅ、ず、ずずっ、れろ、 じゅぽ、ん、ちゅぱっ」 「あ、ぁ……っ」 「ちゅるっ、ちゅるる、じゅ、じゅぽっ、ん、はぁっ、 ん、んんんっ、ちゅぅぅっ、ちゅぱっ、ちゅっ、ちゅっ」 「ぁ……っ」 「んちゅぅ、れろ、はぁ、はふ、んんっ、ちゅる、ちゅっ、 はぁ、んんんっ、れろ、ちゅぱ、ちゅっ、ちゅぅぅっ、 ちゅ、ちゅぅぅ、ちゅぱ、んちゅ、んん、んっ」 「ぁ〜〜〜っ」 「ん、んっ、んんっ、ちゅぱっ、ん、んん〜〜〜〜〜っ!」 「……んっ、ん〜〜、んちゅ、ん、んんっ」 亀頭を咥え精液を口の中に迎え入れ、射精をさらに促すように口をすぼめ吸いつく。 「れろ……んく、んっ、ん〜……、ん、ん〜〜」 射精が終わるまでそれを続け、余すことなく舐めとって。 口を開け亀頭を離し、精液まみれの舌を出した。 「ふふ……すべて受け止められまひた。 ん……こく、……、んっ」 俺に確認させたあと口を閉じ、こくりとゆっくり飲み干す。 動画にでも残しておきたいような、エロい光景だ。 けれど今の俺にはそこに食いつくだけの余力は無く……。 「も、もう無理……」 そのまま仰向けに倒れ込んだ。 し、絞りつくされた……。最後の一滴まで……。 「ふぅ……ごちそうさまでした」 ベッドが軋む。笑みを浮かべた芙蓉が、俺を覗き込む。 「つ、疲れたよ……さすがに……」 「そうでしょうね。 文字通り、精を食われているのですから」 「その様子ですと、三回が限度ですね。 求められても、それ以上は拒んでくださいましね。 お体に障ります」 「食われ……? やけに疲れるとは思ってたけど…… やっぱりただのセックスとは違う?」 「そうですね……。人同士の交わりとは、少し。 子種だけではなく……わかりやすく言えば、 真様の生きる力もわたくしの中に注いでおりますから」 「子種とともに、まさに真様の生気を、命そのものを わたくしどもは糧にしているのです」 「命って……俺死ぬ?」 「まさか。限度を超えても、体が弱る程度でございます。 それは、血を贄としていても同じ」 「ただ……血は流しすぎれば死に至ります。 そのため血の味を覚えた鬼は、度が過ぎて 主を殺してしまうことも」 「ですが精液は、吸い尽くしても死ぬことはありませんから。 だから真様は死にません」 「今回で、真様の限界もわかりましたし」 「ああ……わざと無理に続けてたのか」 「……申し訳ありませんでした。鬼とまぐわうことの意味を、 知っていただかなくては……と」 「先ほどお話ししたとおり、主従を結んではおりますが、 鬼は主を傷つけかねない存在です」 「真様がわたくしどもを大事にしてくださるのは、 とてもうれしい。ですが…… 一線を引くのがよろしいかと」 「わたくしどもはあくまで従者。あなた様の性奴隷。 道具のようにお使いくださるのがちょうどいい」 「鬼はあくまでも鬼に過ぎぬと…… ゆめゆめお忘れ無きよう……」 芙蓉の額に、角が生えた。 桔梗と同じ、鬼の角。 人ならざる者の、その証。 確かに、俺と芙蓉は違う。 けど、だからと言って―― 「それ、脅してるつもりか?」 「は、はい?」 「無理。一線を引くなんて」 「ですが……怖いのです。 いつかわたくしが、真様のお気持ちを 裏切ってしまわないかと」 「やりすぎちゃっても、疲れるだけなんでしょ? 死にはしないんだから問題ない」 「ですが、そのせいでご病気にでもなられたら……」 「そのときはそのときだ。看病してくれればいい」 「道具として使えなんて、悲しいこと言うなよ。 さっきも言ったろ、家族と思ってるって」 「まぁ……こういう関係だし、普通の家族ではないけどさ。 遠慮なしでいこう。迷惑かけたらそのときはそのとき。 俺だって絶対かける。だから、な?」 「あぁ、真様……」 体を起こし軽く頭を撫でると、芙蓉の瞳がうるっと滲んだ。 「ありがとう。俺のことをそこまで大事にしてくれて」 「もったいないお言葉……。あぁ……真様っ」 「お、おぉ?」 ぎゅっと、俺を胸に抱き寄せる。 柔らか。夢心地。 「ありがとうございます……真様。 あなた様に仕えることができて……この芙蓉、 幸せでございます」 「今日はお疲れでしょう。 どうかこのままお眠りくださいませ」 「鬼を生まないといけないんじゃ?」 「真様がお眠りになったら、部屋に戻ります」 「じゃあ……堪能させてもらいます。胸枕」 「やん、もう、ふふふ、手つきがいやらしい。ふふっ」 優しく、芙蓉が俺を抱きしめる。 ちょっと無理な体勢ではあったんだけど、心地良い体温と、柔らかさ、そして途方もない疲労感も手伝って…… 「おやすみなさいませ……真様」 すんなりと、俺の意識は落ちていった。 「Zzz……」 「……」 「ふごっ……」 「……」 「Zzz……」 (…………ター…………) 「……」 (…………スター…………) 「……うぅん」 (……マスター…………) 「Zzz……」 (マスター) 「ふぉっ、へっ?」 「……」 「へっ?」 飛び起き、周りをきょろきょろ。 誰かに起こされた気がするけど……あれっ?なんだ? 夢? 「真様、お休み中失礼いたします。 起きていらっしゃいますか?」 「え? あ〜……あ? はいはい。はい。起きてます」 「伏見様からお電話が。 かけ直していただいた方がよろしいでしょうか?」 「あ〜、ぁ、いやいや、出る出る」 「はい。では一階へお願いいたします」 「わかった〜」 寝ぼけ眼をこすりながら、ベッドから下りる。 電話の音で起きたのか? なんか忘れてるような気もするけど……とにかく、一階に行こう。 階段を下り、小走りで電話のところへ。 え〜と? 「これ、保留のボタン押せばいいの〜?」 「はい〜、それで大丈夫です〜」 「わかった、ありがとう〜」 台所にいる芙蓉に確認をとって、ボタンを押す。 「お待たせしました。真です」 『お疲れ様、伏見です。ごめん、寝てた?』 「ああ、いえ、大丈夫です。それで、どうしました?」 『昨日の悪霊について、調査結果を』 「もうですか? 早いですね」 『事件が事件だからねぇ……。 なかなか壮絶な死に方してる』 「壮絶ってことは、もしかして拷問の可能性も……」 『拷問……う〜ん、確かにされてるね。 ただ――』 「ただ?」 『完全に合意の上だったみたいだけど』 ……んっ? 「……本人の意志で?」 『うん』 「うわぁ……予想を裏切ってはくれなかったかぁ…………」 『続けるね。被害者は嶋雄三、四十二歳。妻子有り。 オレンジコンピューター社、って知ってる?』 「ああ、CMよく見ます。タブレットとかの」 『そうそう、そこに勤めるサラリーマン。 部長クラスで、給料もかなり』 「エリートじゃないですか」 『だね。だからこそ、ストレス溜まってたのかなぁ……。 かな〜り特殊な性癖がございまして。 聞いちゃう?』 「予想できてるというか……答えもうわかってますけど、 聞いちゃいます」 『オッケー。彼にはネットの掲示板で知り合った、 女王様のプレイメイトがおりまして、家族に内緒で借りた マンションで、週に一度彼女と楽しんでおりました』 「うわぁ……闇が深そうだ。 もしかして、そのプレイが行きすぎて死んじゃったとか?」 『そんなところかな〜。 事件があったのは、先月の十六日深夜一時頃。 現場は、ご存じの通りあの公園』 『露出プレイを楽しむつもりだったのか、女王様を連れて 一緒に出かけたわけ。それで楽しんでいる最中に、 飲み会帰りの大学生の青年五人に見つかった』 『大学生たちはそれはもう酔いが覚めるほど驚いて、 警察に電話いたしました。公園に変態がいますと』 「まぁ……うん。自然な行動ですね」 『はい。通報を受けて警察官が二名、現場に向かいました。 ちょっと君達、と声をかけます。女王様は警察に気がついて 逃げ出します。警察官の一人が追いかけました』 『男性も逃げようとしましたが、手足を拘束されていたので 逃げられません。あえなく確保となりました』 「昨日は飛んで追いかけてきましたけど…… さすがに生きてる間は無理でしたか。 でも、確保されたならなんで死んじゃったんです?」 『立場のある人でしょ? 捕まるわけにはいかないって 思ったんじゃないかな。暴れに暴れて、転倒したみたい』 『そのとき頭を強く打って、病院に運ばれたけど 打ち所が悪かったのかそのまま』 「うわぁ……気の毒な……」 『まぁ、事件っていうよりは警察の失態かなぁ……これ。 確保に失敗して死なせてる。 化けて出たのは、警察への恨みかなぁ……』 『あるいは、通報した大学生へのって可能性もあるかな。 携帯で写真とか撮ってたみたいなの。ネットにも 上げちゃってる。顔にモザイクはかけてあったけど』 「世界中の晒し者になっちゃったのか……」 『それは彼の死後のことだから、違うかもしれないけどね。 理由としては、こっちかも。大学生が女性の確保に 協力してるの。思いっきりタックルしたって』 「愛人をひどい目に遭わせたことを恨んでる……? それが彷徨ってる理由なら、どうやって 叶えてあげればいいんだろう……」 「あ、そうだ。お葬式は」 『遺族がしっかりと。 ただ……死に方が死に方だから、胸中複雑みたいね』 「被害者の趣味のことを?」 『少なくとも奥さんには』 「うぅん……ってことは、弔ってもらうことが目的じゃない。 奥さんに知られて、信用も失った。 やっぱり……復讐なのかな」 『その線が濃厚かも。それで公園を彷徨ってる』 「同じ大学生の俺を追いかけてきたのも納得できますね。 ただ……うぅん、どうもしっくりこないな」 『まだなにか調べてみる?』 「いえ、あとはこっちでやってみます。 ありがとうございました」 『お礼なんていいのいいの。頼んでるのこっちなんだから。 それじゃあよろしくね。困ったらすぐに電話して』 「はい、ありがとうございます。 じゃあ……はい、お疲れ様です」 「ふぅ……」 受話器を置き、ため息。 動機は復讐か……。まだはっきりしたわけじゃないけど、仮にそうだとしたら思った以上に重い。 冗談みたいな見た目に騙されず、慎重に進めないと。 (マスター) 「……っと」 居間に向かいかけた足が止まる。 今度は気のせいじゃない。声がした。 耳で聞いたというよりは、頭に直接響いたような。 そうか、この力……。 寝ぼけてるな。なんですぐに気がつかなかったのか。最優先事項じゃないか。 「おはようございます、真様。 お電話、昨日のことでしたか?」 「そう、霊のこと教えてもらった。 あとで話すよ。今はそれより――」 (マスター) 「――っと、まただ。声がする」 「声? もしかして……あの子でしょうか。 テレパシーを?」 「届いている。俺を呼んでるみたいだ」 「よかった。しっかり力を持っていたんですね……。 わたくし、ちゃんとお役目を果たせなかったのかと……」 「? どういうこと?」 「なかなか気難しい子のようで……。 わたくしには口を聞いてくれなかったんです、一言も」 「なるほどねぇ。でもまぁ、俺と話す気はあるみたいだし、 とにかく行ってみる」 「はい。わたくし共の部屋におりますので。 会ってあげてください」 「ああ、ありがとう」 芙蓉に礼を言って、鬼たちの部屋へと向かう。 さてさて、今度はどんな姿なのやら。 俺のイメージ通りなら和服ではないはずだけど……ちょっと自信がないな。 「入るよ」 部屋の中にいるはずの鬼に声をかけてから、襖をゆっくりと開ける。 「…………」 いた。 ぬいぐるみを抱きしめて、ちょこんと部屋の隅に座っていた。 まるで西洋人形みたいだ。葵や芙蓉とはまったく雰囲気が違う。 確かに今度は西洋風でって考えてたけど……本当に俺のイメージが容姿に反映されてるんだな。ここまで変わるとは……。 (初めまして、マスター) 「うぉ」 口をまったく動かさず、声を発した。いや、届けたと表現するのが正確かもしれない。 すごいな、これがこの子の力。 「テレパシー、だよね?」 (はい。マスターに与えていただいた力です) 「今度はマスターか……。なかなか恥ずかしいな。 これ、俺以外にも聞こえてる?」 (いえ、今はマスターだけに) 「テレパシーを送る相手を選べるんだ?」 (はい、選べます) 「すごいな……。あ、俺が思ってることも、 考えるだけで伝わったりするのかな」 (アイリス) 「へ?」 (素敵な名前、ありがとうございます) 「うぉぉ……」 まだ俺は口にしてないのに。 ドンピシャだ、当たってる。 今度は生まれてからじゃなくしっかり考えておいたんだ、事前に。 それが、アイリス。 いつ伝えようかさっきから頭に浮かべていた、彼女の名前だ。 「すごいな……送受信が可能なのか」 (はい) こくりと頷く。 うぉう……優秀。この子優秀! (……ありがとうございます) ぽっと頬を赤らめた。 おっと、心の声が漏れたか。 テレパシーでの意思疎通は、制御がなかなか難しそうだ。 (不用意に読み取らないよう、気をつけます) 「そうだな。そうした方がいいね。 普段はテレパシーじゃなくて、普通に話した方がいいかも」 (普通に?) 「そう。口で、普通に」 「……」 「ぁ……」 なにか話そうとして、口をぱくぱくとさせて。 やっと絞り出したのは、短い喘ぎのような声。 あぁ、もしかして……。 「声、出せない?」 「……」 ふるふると首を横に振る。 話せないわけじゃないのか。ってことは……。 「話すの苦手?」 「……」 気まずそうに目を逸らす。 そしてなぜか、抱いていたぬいぐるみをぐいっと俺の方につき出した。 「うん?」 「……」 「やぁ、僕はウーパくんだよ!」 「うん。……うん?」 突然のことに、目が点になる。 めっちゃ流暢に話したけど……え? なにくん?うーぱくん? 「な、なんて?」 「アイリスちゃんは恥ずかしがり屋だから、 代わりに僕が喋ってあげるんだ!」 「お、おぅ……。は? えっ? 腹話術?」 「腹話術じゃないよ! 僕は生きたぬいぐるみなんだ!」 「いや……思いっきり口動いてるし……」 「……」 さっと、ぬいぐるみで口元を隠す。 な、なんか……また個性的な鬼が生まれたな……。 「いや、まぁ……うん。そこは……うん。 つっこまないようにするけど……」 「これからよろしくね、マスター! アイリスちゃんと一緒に僕もがんばるよ!」 「あ、あぁ、よろしくね、アイリス」 「アイリスちゃんじゃなくて、僕はウーパくんだよ!」 「ご、ごめん。よろしく、ウーパくん」 「うんっ、よろしくねっ!」 アイリスがぬいぐるみの手をとり、左右に小さく振る。 どう反応すればいいんだ……これは。 (よろしくお願いします、マスター) 「お、おぉ、うん。アイリスも、よろしく」 (はい) にこりと微笑んだ。 結局、自分の口で自分の言葉を話す気はないらしい。 口下手なんだろうが……逆にめんどくさくないか? それ。 「ま、まぁいいや……。とりあえず居間に行こう。 みんなと顔合わせだ」 (……恥ずかしいです) 「家族なんだから、照れてちゃ駄目だ。 芙蓉が気にしてたよ。 一言も口をきいてくれなかったって」 (それは……最初はマスターとお話ししたくて……) 「じゃあ、だから話せませんでしたって、 芙蓉に伝えなきゃな」 「……」 (ワンクッション、おいてもいいですか?) 「うん?」 (緊張で話せないかもしれないので…… 自己紹介だけ、ここで済ませます) ゆっくりと、立ち上がった。 ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、息を吸い、吐く。 (力を少しだけ解放します。 頭が痛くなったら言ってください) 「あ、あぁ、わかった」 「……」 浅い呼吸を繰り返す。 「……え?」 息を呑む。 これは……葵が力を使うときに似ているようで、違う。 ふわりと羽のように柔らかく、光が舞い散り。 アイリスを包み、形を成す。 「うぉぉ……っ!」 角が、尻尾が、そして背中から翼が生えた。 いや、生えたと表現していいのかどうか。適切な表現の仕方がわからない。 これは……鬼っていうよりも、まるで悪魔だ。 な、なんか、かっけー! かっけーなおい! 「……」 ぽっと、アイリスが頬を染める。 あ、俺の心の声がまた漏れたな。 力を解放するって言ってた。感度が上がってるんだろう。 でも、それだけじゃないはずだ。 「始めるねっ!」 「う、うん。あ、今のウーパくんの方か」 「……」 すぅ、と短く息を吸って。 吐くと同時に光が舞い、発信。 (初めまして、葵お姉様、芙蓉お姉様、そして伊予様。 アイリスです) (わっびっくりした! あぁ、死んだしぃ〜!) (うぅん……? なに〜? 寝てたのにぃ〜) (あら、あらあら。そう、アイリス……。 素敵な名前を付けていただいたわね) みんなの声が一斉に届く。うぉぉ、頭がグワングワンする。 すごいな、みんなの思考を繋げてるのか。アニメのあれみたいだ。電脳で会話するやつ。すっげ〜。 (なんじゃなんじゃ、新しい鬼の力か。真もおるのか?) (いるよ。ってこれ、ちゃんとテレパシー出来てるのかな) (大丈夫です。マスターの声はしっかりと) (ますたぁ?) (む、そうきたか。こりゃ予想は外れてそうだの) (ふふふ、残念ながらわたくしには似ておりませんでしたね) (ってわけだ。みんな居間に集まってくれ。 アイリスの姿を見てすみませんでしたと俺に謝るがいい) (謝るかハゲ) (謝ったらアイスくれる〜?) (……もういいです。とにかく集まってくれ) (はい。ご朝食の用意もできておりますよ) (ありがとう、すぐ行く。アイリス、もういいよ) (はい) 「…………」 「ご苦労さん、疲れた?」 (この程度であれば大丈夫です) 「燃費はそこそこいいのかな。よし行こう。 みんなに挨拶だ」 「オッケー!」 「今のはウーパくんの方だな。 ちょっと慣れてきたよ」 苦笑を浮かべくしゃくしゃとアイリスの頭を撫でて、部屋を出る。 居間に向かう途中、玄関から人の気配。 カラカラと音をたてて、戸が開く。 「おっじゃまっしま――わぁ! 美少女がいる!!」 「ナイスタイミング。こちら、助手の滝川琴莉くんだ。 アイリス、ご挨拶なさい」 (はい) 「……」 「初めまして! ウーパくんだよ!」 「へっ?」 「いやそっちじゃなくて」 「……」 (アイリスです。よろしくお願いします) 「あ、はい、よろし……? ふぉ、ふぉぉ? こ、声が?」 「そう、テレパシー」 「これがっ! ふぉぉ……! すっごい!! よろしくねっ! アイリスちゃん! 滝川琴莉です! 琴莉でいいよ!」 (は、はい……) 琴莉に手を握られ、顔が真っ赤に。 ほんと、照れ屋なんだな。 「おお、なんじゃ。琴莉も来たのか」 「お邪魔します! 昨日のことが気になって、 早く来すぎちゃいました」 「ふむ、嫌がっておったのに真面目じゃの。 ほれ、なにを突っ立っておる。 居間に集まるんじゃろ?」 「ああ。昨日のこと話すよ。さっき梓さんから 電話があった。琴莉も居間へど〜ぞ」 「おぉ! 早速会議ですね! 早めに来てよかったです!」 「アイリスもおいで。みんなに改めて自己紹介。 それと、お役目についても話さないとな」 (はい。お願いします) 朝食をとりながら、みんなに梓さんから聞いた話を伝える。 殺人事件の被害者と聞き、伊予は表情を厳しく歪め、琴莉と芙蓉は不安げに息を呑み、アイリスは意外と冷静に、そして葵は縁側でうたた寝してた。 ……一人だけ興味なしである。 「なるほどのぅ……。 これは想像以上に危険かもしれんな……」 「もし復讐を考えているのであれば、 真様に危険が及ぶことも……」 「当然あるじゃろうな」 「うむむ……危険ですかぁ……。 でも、うぅん、なんというか、そういう危ない感じ しなかったけどなぁ……。見た目は十分危なかったけど」 「そうなんだよな、見た目がギャグすぎるんだよ。 襲われるとしても、別の方向を想像しちゃうというか……」 「ぅ……辱められるのですね……怖いっ!」 「その心配はないんじゃな〜い?」 「あら、姉さん。起きてたんですね」 「ちゃんと話を聞いてたし。あのおっちゃんだけどさ、 あたし近づいたけど特になにもされなかったよ? 襲う気はないんじゃない?」 「でも追いかけられたしなぁ……。 うぅん……あくまでも俺、なのかな。 大学生くらいの男に敵意を持ってる」 「ならば、我ら鬼や琴莉さんであれば」 「襲われない?」 「全て仮説じゃ。ここで結論を出すべきではない。 なんのためのアイリスじゃ」 「そうだな……。いきなりごめんな? こんなヘビーなお役目で」 (問題ありません。必ずマスターのお役に立ってみせます) 「おぉ、かっこいい……!」 「あのおっちゃんを見て、いつまで冷静でいられるかな〜?」 (大丈夫です) 「うん。頼りにしてるぞ、アイリス」 (はい、がんばります) 「ウーパくんもがんばるよ!」 「……え?」 「あ、ぬいぐるみが……喋ってる感じ?」 「……うむ。 今の下手くそな腹話術につっこむのはNGか?」 「……」 「やめてあげて。泣いちゃうから」 「また変わった鬼を生みだしたのぅ……。 まぁよい。張り切りすぎて引き際を見誤るなよ。 真を危険に晒すことのないようにの」 (承知しております) 「僕もいるから大丈夫さ!」 「うむっ! 絡みにくいっ! ではわたしは部屋に戻る。本番は夜じゃろう。 ゆっくり休んでおけ。力を使いすぎるなよ」 (御意に) 「あたしもね〜る〜。夜までそっとしておいてください。 ふにゃ〜……」 「えぇと、じゃあ私は……勉強でもしてようかな?」 「真様、おかわりは」 「ああ、大丈夫。もうすぐ昼だし、これくらいにしておく。 ごちそうさま」 食器を重ねて立ち上がる。 部屋に戻って、まずは着替えを済ませるか。 「よぉし! よしっ! よ〜し!」 「コトリン気合い入ってるね〜」 「気合い入れないと帰りたくなっちゃうんですっ! 勢いが大事です勢いが!」 「その格好で歩くの恥ずかしくない?」 「ないです! これで気持ち切り替えてます! 今の私、仕事モードですからっ!」 (琴莉お姉様に負けないよう、がんばります。 行きましょう) 「あ、アイリスこっちだよ。逆逆」 「……」 「今のは後方の安全を確認しただけだよ! アイリスちゃんは注意深いんだっ!」 「あ、う、うん、そうだね! アイリスちゃんグッジョブ!」 (恐縮です) 「……めんどくさい妹だにゃあ」 「こら。そういうこと口に出すな。ほら行くぞ行くぞ。 帰りにアイス買わなくちゃいけないんだから」 「お菓子もっ!」 「わかったわかった。琴莉、霊の気配を感じたら教えてくれ」 「ラジャー!」 「アイリスは霊が出てくるまで、力をあまり使わないように。 霊を相手にするのは初めてだろ? 体力温存だ」 「……」 「ふんふん、わかった! アイリスちゃん、テレパシーは控えますって!」 「ぬいぐるみを挟む必要性を感じな――」 「余計なこと言うな! よぅし! では皆の者、ワシに続け〜ぃ!」 「お〜〜〜!」 「む〜〜〜ん……?」 「どう? 感じる?」 「今のところは……。 というか、毎日出るんですかね、あの人」 「あ、そっか。死んだ日っていうか…… 死んだ曜日限定とか、そういうのもあるのかもな。 もっと梓さんに詳しく聞いておけばよかった」 「出なけりゃ出ないで別にいいけど〜。 早く帰れるし〜」 (でも、できれば出て欲しいです。 マスターのお役に立ちたいです) 「アイリスはいい子だなぁ……。 誰かさんと違って真面目だなぁ……」 「コトリンのこと悪く言うなっ!」 「お前だよっ!」 「あはっ、ふふふっ、もう、こんなところで喧嘩は――」 「――ひぅっ!」 「おっ! このパターンはもしや!」 「は、はいっ! きましたぁ! 背中にゾクゾクっときましたぁ!!」 「みんな気をつけろ! 奴が来るぞ!」 身構え、あたりを見渡す。 ……あそこだ! 前と同じ場所! 宙に黒い塊。それが、ゆっくりと近づいてくる……! 「ふぅ〜〜、ふ〜〜〜っ」 「ふごっ、ふぅ……おふぅっ」 「出た出た出た! 出た〜〜〜〜!! 変態Mおじさんですよ! 相変わらずの変態っぷりですよ!」 「ま〜た勃起してる。ちっちゃ」 「や、やだっ、お下品! 目がいっちゃうからそういうこと言わないでっ!」 「だって、夜目が利くから見えちゃうんだもん。 なんか不公平だしコトリンも見ようよ。 ほらほら、ビンビンだよビンビン」 「やぁ〜〜だぁ〜〜〜! 見〜〜な〜〜〜い!!」 さっと俺の背中に隠れる。 俺もつい目を逸らしてしまった。 ……とても正視できない。 こんなこと言いたくないけど、そりゃあんな姿してれば通報されるって。 「ごしゅじ〜ん、ぼ〜っとしてていいの〜? また追いかけてくるかも」 「そ、そうだな。よしアイリス! 出番だ! 近づく必要はない。力を解放して、ここからコンタクトを とってみてくれ。聞き出すんだ、あのおっちゃんの望みを」 「…………」 「……」 「………………」 「アイリス?」 「……………………」 「ど、どうした? 聞いてるか? お〜い、アイリス〜?」 「…………………………」 「ふぐぅ……っ!」 「えぇ!?」 「ア、アイリスちゃん!?」 「え? まじで? 泣いた? 泣いてる?」 「あぐ、うぅぅ、えぐっ、っ、っ」 「ど、どうした? どっか痛い? 大丈夫? お腹痛い?」 「っ、っ、ちがっ、ち、えぅっ、あぐっ」 「あ、喋った。だ、大丈夫だからね? ゆっくり喋ろう? ね?」 「っ、ひぐっ、っ、っ、う、ん、うん……っ」 「……っ」 「せ、せっかくぅっ」 「う、うん。うん」 「ぅ、えぐっ、せっかくぅ、マスターのぉ、 お役に立てるとぉ、思って、思った、思ってた、のにぃっ」 「初めてのぉ、お役目がぁ、こ、ここっ、こんなぁ、 へんた、変態のぉっ、おじさんとぉ、 あぐ、えぐっ、あぅぅぅぅっ」 「ああ、やっと普通に会話できたのに……っ! めっちゃ泣いてる! 号泣してる! 痛いっ! 胸が痛いっ!」 「そりゃ泣きますよ。納得ですよ。 最低っすよねご主人」 「仕方ないでしょ! お役目なんだから!」 「で、で、でもぉ、おも、思ってた、い、以上にぃ、 へ、へへっ、へんた、変態、だったぁっ、 こんなのぉ、聞いてぇ、なかったぁっ!」 「そ、そうだな、ごめんな? ちゃんと話せばよかったな? ほんと、ごめんな? 説明不足でごめん! 申し訳ない!」 「あぅ、えぅっ、マスターはぁ、悪くぅ、ないけどぉっ、 わ、悪いのはぁ、あ、あい、あ、アイリス、でぇ……っ、 えぐ、ひぐっ、あぅぅ、ぅぅぅぅぅっ」 「あ〜、えと……んと、ア、アイリスちゃん、がんばろ? 気持ちはすっごくわかるけど、がんばろ? ね? お姉ちゃんもがんばるから、ね? ね?」 「ひぅ、あぅ、ぅっ、……うん、うんっ、っ、っ」 「まぁ……わかるっ。なんであんな変態とって思うよな。 でもこれも立派な――」 「あひゅ、ふぉ、おふぉぅふぁん、ふぁぅふぉぅ」 「うっせぇな黙ってろ! こっちは必死なんだからっ! つーかちんこブルンブルンさせんなっ! 馬鹿にしてんのかっ!」 「あひゅぅ……」 「あたしが言うのもなんだけど…… キレちゃだめっすよご主人。相手、一応悪霊っすよ」 「あ、そ、そうだった……!」 「っていうか……真さんに怒られてシュンとしましたよ、 あの人」 「……意外と気が小さい?」 「だから言ったじゃん、平気だって。 襲ってこないよ、あの粗チン」 「こ、こらぁ! お下品!」 「いや、うん、確かに……襲ってくる気配はないな。 よ、よし、アイリス!」 「は、はひ……っ、ぅ、ぅっ」 「怖がる必要はないぞ? 俺がついてるからな。なっ?」 「いや、怖がってるんじゃなくて。 初仕事の内容がひどすぎて――」 「うっさい! アイリス、がんばれるな? アイリスだけが頼りなんだ」 「……っ、は、ぃ……」 ぐしぐしと涙を拭い、こくんとうなずく。 よし、持ち直してくれたか。 (……。失礼しました。がんばります) 「うん。頼むぞ。あのおじさんの話を聞いてあげてくれ。 なんでここを彷徨っているのか。できるな?」 (はい。……やれます) 「うわぁっすごい!」 「お〜、かっちょいい」 アイリスが翼を広げ、力を解放する。 よぉし……! 「アイリス、頼んだ! やってくれ!」 (御意に) 羽ばたき、燐光が舞う。 同時に、変態Mおじさんがぴくっと反応してアイリスを見た。 「ふご?」 「………………」 「ふぃみはふぃっふぁぃ」 「……………………」 「…………………………」 「……………………………………」 「………………………………………………」 「………………………………………………………… ………………………………………………………… …………………………………………………………」 「……」 「……。うん」 「……テレパシー中? です、かね?」 「なの、かな? えぇと……ア、アイリス?」 「今お話ししてるから邪魔しちゃ駄目だよ!」 「あ、はい。……すみません」 「派手に翼広げたのに、やりとりは地味だにゃ〜……」 「そういうこと言わないのっ。 今まさに目に見えない死闘が二人の間で――」 「……」 「お?」 (終わりました) 「おぉ、ご苦労様。どうだった?」 (あの人、悪霊じゃないです。いい人でした) 「い、いい人!? あんな格好してるのにっ!?」 (はい。とても紳士的な対応でした。 驚かせてしまって申し訳ないと、何度も謝ってくれました) 「紳士的ねぇ……。ご主人とコトリンのこと 追いかけ回したのにぃ?」 (それは……マスターと話したかっただけです。 自分の望みを叶えてくれるかもしれないと) 「なるほど……コタロウと同じだったのか。 自分に気づいてくれる人を、ここで待っていた」 「あぁ、なんだか急に優しい気持ちになってきました……。 それで、望みというのは?」 (はい。やはり、無念だったようです。 死んでしまったことが) 「でも悪霊じゃないってことは、復讐は考えてないんだな? 警察や、通報した大学生に」 (もちろんです。無念ではありますが、 この結果を招いたのは自業自得だと) 「なるほど……。誰にも恨みは抱いていない、と」 「ふもっ」 「うぉびっくりした。肯定、ってことか? 今の」 「チンコと一緒にうなずいてたね。ぷるんって」 「……いいから。そのあたりの描写はいいから……」 (なので、死についてはある程度割り切っているそうです。 ただ死に方だけが心残りだと) (パニックを起こして、気づいたらこうなっていた。 とても受け入れられない。こんな死に方は嫌だ。 できるならやり直したいと) 「そう……ですよね。 そこは……理解できます。 せめて人らしい死に方……したいですよね」 (はい。だから蹴って欲しいそうです) 「そうですよね……そう……」 「……」 「けっ、えっ?」 (蹴って欲しいと。思い切り) 「……なんで?」 (ですから、やり直しです。どうせ死ぬなら、 可愛い女の子に痛めつけられて死にたかった。 だから自分を蹴って欲しいと) (できれば股間を) 「股間をっ!?」 「……本当にそう言ったの?」 (はい) 「まじで?」 (はい) 「仕事とか家族の心配じゃなく……心残りがそれ?」 (はい) 「え〜〜〜っと…………」 「ご主人」 「……なに」 「あの人、あったまおかしいんじゃないの?」 「よくわからんけど…… ドMの極みであることは間違いないね……」 「……私の同情返して欲しい……」 (どうされますか? 望みを叶えてあげれば、 彼は成仏できると思いますが) 「叶えるって……うぅん……。 ちなみに……この中で誰に蹴って欲しいの?」 (お待ちください) 再び翼を広げ、Mおじさんと交信。 数秒間のやりとり。こくんとうなずいて、こちらに向き直った。 (聞きました) 「誰だって?」 (琴莉お姉様だそうです) 「ふぇっ、私っ!?」 (はい。反応が初々しくて、とても可愛らしいと。 恥じらいながら思い切り蹴って欲しいそうです。 その痛みで自分は悔いなく昇天できるだろうと) 「昇天って……うわぁ〜……なんて言っていいか…… うわぁ〜…………。初めてだなぁ……。 こんなにうれしくない可愛らしいは……」 「そうか……琴莉かぁ……」 「……」 「そうか……」 「…………」 「そうか」 「あ、あの……真さん? すごく嫌な予感するんですけど……」 「………………」 「ま、真さん?」 「琴莉くん」 「は、はい」 「蹴ってさしあげなさい」 「……」 「はぁっ!?」 「蹴ってさしあげなさい!」 「いぃぃぃやぁぁぁでぇぇぇすぅぅぅよぉおおおお! なぁぁぁんで私がぁ!!」 「だって仕方ないじゃないか! 可愛い女の子に蹴って欲しいって言うから!」 「それならアイリスちゃんとか――」 「嫌です!」 「うわぁ! 肉声で断った! 力の限り断った! じゃ、じゃあ! 葵ちゃん!」 「いけるよ、フルスウィングで。うりゃ! とりゃ!」 「ほら! ほらっ!」 「ふもんっ、ふももんっ!」 (葵お姉様は恥じらいがまったくなくて嫌だと) 「贅沢言うなよぉおおおおおおお!!」 「琴莉くん! 言葉遣いが荒々しくなってるよ琴莉くん!!」 「なりますよ! 荒々しくもなりますよっ! えぇ、え〜〜、え〜〜〜っ? ほんとに? 本当にっ?」 「頼む琴莉くん! 対悪霊装備を身につけているのは君だけだっ!」 「こんなの偽物じゃないっすかぁ!!」 「……脱いだ上に叩きつけた。荒ぶっておられる……」 「だってこんな、もう、えぇ、え〜〜〜っ! え〜〜〜〜〜〜〜っ!」 「わかる、気持ちはわかる。やりたくないだろう。 そんなこと」 「はいっ、やりたくないです!」 「そうだな、そうだよな。本来なら無理強いはできない。 そもそも琴莉は俺のお役目に付き合う義務すらないんだ。 ただ好意で協力してくれているだけだ」 「だから、嫌なことは嫌だって言う権利がある。 俺も、琴莉に嫌な思いはさせたくないって思う。 いや、させちゃいけないんだ」 「でも、こんな言い方は卑怯だけど。 琴莉ががんばってくれれば、あのおじさんは救われるんだ。 成仏できるんだ。だから……頼む、琴莉」 「あのおじさんに……安らぎを与えてやってくれ。 君にしかできないんだ。頼むよ琴莉」 「頼む……!」 「真さん……」 「……」 「半笑いじゃなければ今の最高でした」 「んふっ、ふはっ」 「ついに全笑いじゃないですかぁ! もぉぉっ! もぉぉぉぉっっ!!」 「いや、ごめん、ほんとごめん! だって、ふはっ、なんだよその願いっ。 おかしいわあの人!」 「まぁ笑いますよね。伊予様に報告するのが 今から楽しみです」 「んぐっ、んぐぅぅっ、完全に他人事みたいな顔してぇっ! む〜〜〜〜っ!!」 (手加減とか気にしなくていい、思いっきりやってくれ! だそうです。自分のことは気遣うな、と) 「気遣ってませんけどぉっ? う〜〜、うぅぅ〜〜〜っ!」 「琴莉くん!」 「あ〜もうっ! わかった! わかりました! やります! やりますよぅ! やればいいんでしょやればっ!」 「おぉ琴莉くん! よく決断してくれた!」 「だって蹴らないと終わらないし! やりますっ、蹴りますっ! 蹴っ飛ばします! もうどうにでもなれ!」 「がんばれ〜」 「股間を一撃粉砕だー!」 「うぅ……なんでこんなことに……」 がくりと肩を落としながら、のろのろとMおじさんの方へと進む。 「……」 が、半分ほど距離を詰めたところで立ち止まり、振り返った。 「ほんとにやります?」 「がんばれっ! 琴莉ならできる!」 「潰せ! やれ! やっちまえ!」 「ファイトだよ!」 「うぅぅ……みんな半笑いなのがむかつく……」 「ぅ……」 「あひゅぅ、ふもぅ」 「……っ」 「あ、あのっ、私絶対に見たくないんで! この角度で蹴るんで、そっちで調整してくださいね! 位置!」 「ふもぅ!」 「わ、わかったってことですよね? い、行きますよ? 蹴りますよっ?」 「おふぇふぁぃひぃまふぅっ」 「……っ、うぅぅっ、行く、行くぞ、行くぞぉ……っ」 「……」 「行くぞぉ!」 「コトリン行けてない! 下がってる! 下がってるから!」 「うぐ、う、ぅ〜〜〜〜っ! はい、はいっ! わかりましたっ! はいっ!」 「行きます! 行きますからぁ! 行きまっす!」 「おふぁふぁぃなっふ!」 「せ、せ〜〜のっ!」 「え〜〜〜〜いっ!!」 「あひゅぅ……っ!」 琴莉のキックが、見事に(?)Mおじさんの股間にヒットする。 ……あれだな。霊を蹴っても音するんだな。 かなりいいのが入ったみたいだけど……。痛みか、それとも悦びか……。両方だな。おじさんはプルプルと震えていた。 「も、もういいですか? いいですよねっ」 「ふぉ、ふぉぉ………………」 「え、な、なに?」 「フォーーーーーーーーッ!」 「ふぁぁぁぁあああああっ!」 「な、ななっ、なんだぁ!? ひ、光った! 光ったぞ!!」 「オー、エクスタシィ……」 (満足、できたみたいですね) 「フォーーーーーーーーーーーーーーーッ!」 「ふぇっ、ぇっ、えっ!?」 光り輝き雄叫びをあげながら、おじさんは……消えた。 ほんとに昇天した……。やけにあっさりだけど……いいのか、これで。いいんだよな? ……。 うん、いいよなっ、オッケー! 変態Mおじさんよ、安らかに。 あなたのことは忘れようにも忘れられそうにありません。 「あ、あの、じょう、ぶつ……です?」 (そのようです。テレパシーが届きません) 「やったねコトリン!」 「ナイスファイトだよ!」 「ぜんっぜんうれしくない……。 うぅぅ……もうお嫁にいけない……」 「がんばった、がんばったよ琴莉! さすが俺の助手だよ! 俺たちやり遂げたんだよ!」 「俺たちって、真さん今回なんにもしてない……」 「……」 「さぁ帰ろう! みんなが待ってる!」 「うわ、スルーした!」 (お腹空きました……) 「そうだな、アイリスもがんばった。ご苦労様。 芙蓉に軽く作ってもらおう。よぉし! 帰るぞ〜!」 「うぃっす! ……じゃあな、おっさん。ドMフォーエバー……」 「なんかかっこよく締めようとしてるけど 全然かっこよくないからねっ!」 「も〜、も〜〜〜っ! もう二度と、あんなことしないんだからぁ〜〜!」 ご機嫌斜めな琴莉をなんとかなだめつつ、帰宅。 アイリスがお腹を空かせているのを予想していたのか、芙蓉が食事を用意して待っていてくれた。 料理を見ていたらなんだか俺も食欲が湧いてきて、報告もかねてみんなで食卓を囲む。 「ごめんなさい、作りすぎてしまって。 食べきれなかったら残してくださいね」 「大丈夫、食いしん坊が三人もいるし」 「むぐむぐ」 「うめぇ! 肉うめぇ!」 「何合炊いた? 二合くらいいってもいい? いい?」 「アイリスちゃんはともかく……。 葵ちゃんと伊予ちゃんはなぜがっつり……」 「散歩したからお腹空いた」 「散歩気分!? 私があんな目に遭ったのに!?」 「まぁ落ち着け。 琴莉が変態Mおじさんを成仏させたのは事実。 誇るがよい。その退魔の右足を」 「退魔って……他の霊には絶対通用しないし」 「あのおじさんを倒したことによって 力に目覚めたかもしれない!」 「やぁだぁ! そんなきっかけで目覚めた力やぁだぁ!」 「あははっ、とにかくお疲れ様。 うまくいったのは琴莉のおかげだよ。 あとアイリスも、よくがんばったな」 (余裕でした) 「号泣してたのに〜?」 「……」 「姉さん、いじめないの。 お腹すいたでしょう? おかわりもあるから、たくさん食べてね?」 (ありがとうございます、芙蓉お姉様) 「あ、そうだ。梓さんにはもう連絡しました?」 「あぁ、まだ。もう遅いし明日するよ」 「今度はいくらもらえるかのぅ、うっひゃっひゃっ」 「座敷わらしとは思えない邪悪な笑顔だ……!」 「伊予のいないところで受け取らないとな……。 梓さんとは外で待ち合わせしよう」 「また喫茶店ですか〜?」 「ニヤニヤするなよ。別にどこでもいいけど…… あ、忘れてた。明日お客さんが来る」 「あら、どなたですか?」 「喫茶店というワードで思い出す人」 「お? 土方さんですか?」 「誰?」 「新撰組?」 「真様のご学友です」 「あぁ、わかった。 おっぱいの大きさがご主人好みの由美ちゃんか」 「……やめてくれよそういう言い方」 「よくわからんが、友人を招くのか? このお化け屋敷に? 梓のように力の限りびびらせろと?」 「違うよなんでだよ。だから、友人としてじゃなくて、 お客さんとして招くんだよ。個人的に依頼を受けたんだ。 明日詳細を聞く」 (依頼? またお役に立てますか?) 「いや、ただの人捜しなんだ。 霊関係じゃないから、みんなに面倒はかけないよ」 「別にいいのに。手伝うよ?」 「あれっ、葵ちゃんがやる気だ」 「いえすみませんやる気はないです。 いい子に思われたくてちょっと言ってみただけです」 「主人思いの家来で涙が出るよ……」 「アイリスちゃんはやる気だよ!」 (マスターのためならば) 「わたくしも、できることがあればなんでも」 「ありがとう。でも、伊予に何度か釘刺されてるけど、 お役目以外でみんなの力をあまり使いたくないんだ。 頼るのは本当に困ったときだけにするよ」 「うむ、それがよい。 その気になれば金儲けにも使える力じゃ。 欲に目がくらみ濫用すれば、真の人生を狂わせかねん」 「あ、そっか〜。サイコメトリーにテレパシーに…… テレビとかに出たら真さん、すぐに人気者に なっちゃいそう」 「そうじゃのう……。よくいる偽物とは違う、 本物の霊能者じゃ。あちこちからひっぱりだこ。 もしかしたら警察の報酬以上の額を簡単に稼げ……」 「……」 「まこちゃん、ちょっとテレビ出てみよっか?」 「みんなよく見ておきなさい。 これが欲に目がくらんだ人のゲス顔です」 「は〜い! お金大好きで〜〜〜す!!」 「ったく……邪念にまみれて座敷わらし界から 追放されんなよ? っと、ごちそうさん」 お茶を飲み干し、立ち上がる。 「あら、もうよろしいのですか?」 「うん。ビールある?」 「冷えておりますよ」 「お、いいね。このから揚げいくつかもらっていいかな」 「三つほどでよろしいですか?」 「うん」 「どうぞ。おまけできんぴらも」 「ありがとう」 小皿に取り分けてもらった料理を受け取って、台所へ。 冷蔵庫を開け、缶ビールを拝借。 さてと、お役目後の楽しみ。晩酌タイムと行きますか。 午前十時五十五分。 もうすぐ由美がやってくる。夕方から梓さんと会うから、午前中にしてもらった。 さくっと話を聞いて、さくっと終わらせないとだな。 そうしないと……同居人たちが暴走しそうだから。 「もうすぐ? もうすぐ由美ちゃん来る?」 (その由美ちゃんという方、マスターのなんなんですか?) 「わたしたちのことが見えるかのう……。 試してみてもいい?」 「やめてくれ……」 ため息。 なぜかみんな、俺以上にソワソワしている。 たぶん見えないだろうから安心だとは思うけど……それならそれでなにかやらかしそうなのが怖いね……。 いや、伊予は間違いなくなにかやらかすつもりだ。だってジャージ着てないからねっ! 「姉さん、アイリス、それに伊予様も。 真様の邪魔をしては駄目ですよ?」 「邪魔などせん。ただ客をもてなそうとしているだけじゃ」 「そ〜そ〜! 仲良くなりたいだけ!」 (姿は見えずとも……テレパシーは届かないでしょうか? 心は読めるかも) 「あっ! あたしも思念読んじゃお! ご主人とのイヤンな思い出が見えちゃったりして」 「……ったく、芙蓉、頼む」 「はい。邪魔者はお二階に行きましょうね」 「邪魔者って、あ、ちょっと!」 (お、お姉様、放してください……!) 二人を引きずって、芙蓉が廊下に出る。 腕が三本あれば……最大の問題児も連れていってもらえたんだけど。 「なんじゃその目は。悪戯してオッケーってこと?」 「なんでそうなるんだよ……」 ため息。 琴莉がいてくれれば安心だったんだけど、たぶん気を使ってくれたんだろうな。今日はまだ来ていない。 俺と芙蓉でこの悪戯好きを抑えられるか……不安すぎる。 「なにがとは言わないけど、やめてくれよ? 本当に」 「わかっておる。真に恥はかかせん」 「……」 「やめよ? 嘘つけって目するのやめよ?」 「普段の素行が悪いから……。 来たみたいだ。おとなしくね、おとなしく」 「わかっておるわかっておる」 立ち上がり、玄関へ。 サンダルに足を引っかけて、外に出る。 「あ、こ、こんにちは」 「こんにちは」 「えぇと、今日は……その、わざわざ時間取ってくれて、 ありがとう」 「いいよ。ここまで迷わなかった?」 「ううん、大丈夫。詳しく教えてくれたから」 「そか。中へどうぞ」 「う、うん。お邪魔します」 「キャアアアアアアアアアアア!!」 「うぉっ!!」 由美を中に入れた途端、玄関で待ち構えていた伊予が悲鳴を上げた。 こ、こいつ……!! 「? どうしたの?」 「い、いや……躓いただけ」 「ふむ、見えもせねば聞こえもせんか。つまらんのぅ」 「……」 「ひゃっひゃっひゃっ!」 目で抗議すると、癪に障る笑い声が返ってきた。 ち、挑発してやがる……! 「……大丈夫? 足痛めた?」 「いやいや、大丈夫。本当に。あ〜、えと、芙蓉!」 「は〜い」 ちょうど二階から下りてきた芙蓉に声をかけ、こっちに来てもらう。 「土方様、ようこそいらっしゃいました」 「い、いえ。お邪魔……します」 「居間にお通しして」 「承知いたしました。こちらへどうぞ」 「は、はい。ありがとうございます」 靴を脱ぎ、家に上がる。 由美が居間に消えるのを待って、口を開いた。 「……おとなしくって言ったよな?」 「安心せい。もうなにもせん」 「……」 「やめよ? 一ミリも信用できね〜って顔やめよ?」 「お仕置き」 「ぎにゃ〜〜!」 伊予の髪をくっしゃくしゃにして、俺も居間へ向かう。 「どうぞ、温かいお茶の方がよろしかったですか?」 「あ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」 「真様もどうぞ」 「ありがとう」 「では、失礼いたします」 由美の向かい側、芙蓉がお茶を置いてくれた場所に腰を下ろす。 由美はそわそわと、台所に引っ込む芙蓉の背中に視線を送っていた。 「……お手伝いさん、だっけ」 「そう、仕事も手伝ってもらってる」 「だから公私って言ってたんだ……」 「人捜しの件は?」 「あ、そうだったね。え〜と……」 鞄を開けて、財布を手にとる。 そして財布の中から、小さな写真を取り出した。 あぁ、ゲームセンターとかで撮るやつか。俺はやったことないけど。 「ごめん、写真はこれしかないらしくて……」 「大丈夫。見てもいい?」 「うん」 受け取り、確認。 えぇと……? 二人写ってるな。 「どっち?」 「あ、右が――」 由美の話を遮るように、二階から騒々しい物音が。 姿が見えないから、物理的な手段で自己主張始めたな……。 だが由美は、その音に気がついていないようだった。 「? どうしたの?」 「え? ああ……いや、上で暴れてるみたいで」 「あ、そっか。同居してる人……いるんだっけ?」 「ごめん、騒がしくて」 「ううん。挨拶とか……した方がいい?」 「いや、大丈夫」 伊予が見えない人は、伊予が出す音も聞こえないんだろうか。よくわからない。 「それで、どっちだっけ」 「あ、うん。右は私の友達。左が捜して欲しい女の子。 近くの学園に通ってて、今は……三年生かな?」 「三年生かぁ……」 琴莉は何年生だっけ? 随分と大人びてるなぁ。派手めの服、化粧もしてるな。今風の子だ。 「連絡がとれないんだっけ?」 「うん。あと詳しく話を聞いてみたんだけど…… 家にも帰ってないみたい」 「え? 完全な行方不明ってこと?」 「うぅん……どうなんだろう。元々ね? 一週間とか二週間とか、家に帰らないこと あったみたいなの。友達の家に泊まったりして」 「でも……そういうときでもメールすれば すぐに返事くれたって言ってたんだけど……」 「今はまったく返信がない」 「うん。それとね、お母さんから連絡があったみたいなの。 そっちに行ってませんか〜って。 もう一ヶ月くらいも帰ってないんだって」 「一ヶ月って、夏休みの間ずっと?」 「そう、なるのかな。連絡とれないのも、 こんなに長いのも初めてだったみたいで。 友達もすごく心配してる」 「そっかぁ……なるほどねぇ……」 意味深にうなずいてみたけど、なにか名案があるわけでもなく。 かっこつけてみんなには頼らないって言っちゃったけど、こりゃ思ったより難儀な依頼かも。 どうしたもんかな。 「あぁ、そうだ、名前は?」 「えっと、しまさんかな。しまきららさん」 「……しま?」 「うん。あれ、知り合い……ではないよね?」 「いや、違うけど……」 今風な名前はともかく……嶋だって? 偶然……で片付けていいのか、これは。 「どう、したの……?」 「いやぁ……」 「……」 「ちょっとだけ待ってて」 「う、うん」 席を立ち、台所へ。 「あら、どうされました?」 「電話で少し込み入った話をする。 聞かれると不安にさせちゃうかもしれないから、 少し由美と話してて」 「承知いたしました」 小声のやりとり。 芙蓉が居間に入り由美に話しかけたのを確認して、廊下へ出て電話機に向かう。 「……」 『はい、伏見です』 「ああ、梓さん。真です。今大丈夫ですか?」 『大丈夫〜。待ち合わせって夕方だったよね? 私時間間違えちゃった?』 「いえ、そんなことは。聞きたいことがあって」 『なになに?』 「前回の、嶋さん。子供がいるって言ってましたよね? もしかして娘さんですか?」 『あ〜、うん、確かそうだよ。三年生』 「あぁ、こんなことあるのか……」 『なに?』 「名前は、きらら?」 『そうそう。って、なんで知ってるの? 教えたっけ?』 「いえ……ちょっとトラブルがあって。 友人から依頼を受けたんです、その子を捜して欲しいって」 『捜す? どういうこと?』 「一ヶ月前から家に帰ってないそうで……」 『一ヶ月? ちょうどお父さんが亡くなったころ?』 「はい。もしかして、父親の趣味を知っちゃって 家出したのかも」 『家出かぁ……。そこまでは聞いてないぞぉ……』 「そっか。じゃあ警察も娘さんのことは把握してない」 『まったく。 捜索願いが出てれば耳に入ると思うんだけど……。 でも、待てよ……?』 「心当たりが?」 『ううん、そこまでじゃないんだけど……。 嫌な予感がする。ごめん、待ち合わせ一時間 後ろにずらしてもらっていい?』 「ああ、はい。わかりました」 『ありがと。真くんちに直接行くね。 では後ほど。娘さんのことも調べておく』 「ありがとうございます、お願いします」 通話終了、受話器を置く。 また梓さんの勘が働いたみたいだな。なにか手がかり見つけてくれるかも。 ただ……嫌な予感か。なにも出てこない方がいいかもな。 人任せで恥ずかしいけど、知らせを待とう。 「あれ?」 居間に戻ると、由美がいなかった。 芙蓉もいない。どこ行ったんだろ。 「こちら、お願いしてもよろしいですか?」 「あ、はい」 「ん?」 台所から二人の声。 なんで台所? 首を傾げながら、覗いてみる。 「いちょう切りでお願いします」 「はい、わかりました」 芙蓉が大根の皮を剥き、由美がニンジンを切っていた。 ……なんだこれ。 「な、なにしてんの……?」 「あ、お昼ご飯の仕度手伝ってるの」 「……なんで?」 「よろしければお昼をご一緒に、とお誘いしたのですが……」 「今回の依頼もタダで引き受けてもらっちゃったし、 ご馳走になるのも申し訳なくて。 だからせめてお手伝い」 「気にしなくていいのに」 「でも……あんまり甘えるわけにはいかないから。 大きさ、これくらいでいいですか?」 「ええ。真様、お仕事の話はまた後ほどで よろしいでしょうか?」 「ああ、うん」 「ではお食事まで、居間でお待ちください」 「わ、わかった」 と、返事しつつも二人のことが気になって、台所の入り口からなかなか動けない。 なんていうか、意外だったんだ。芙蓉が由美を台所に立たせたことが。 梓さんじゃないけど……なにか嫌な予感がする。 「豚汁ですか?」 「ええ、真様が好きなのでよく作るんです。ね? 真様」 「え、あぁ、うん。好きだけど……」 「そうなんだ、知らなかった……」 「古いお知り合いでは?」 「え?」 「そのように感じたのですが、違っていましたか?」 「えぇと、古い……のかな。 芙蓉さんは長いんですか?」 「いえ、それほどでは。 ですが、真様のことはなんでも知っていますよ」 「な、なんでも?」 「ええ。例えば……普段はおっとりされていますが、 夜はとっても激しいとか」 「夜!?」 「ふ、芙蓉!?」 「ふふふ」 振り返りちらりと俺を見て、妖しく微笑む。 な、なにが起こってる。なんであんなことを言った……! 落ち着いてたから芙蓉は大丈夫だと思ったけど、これ駄目だ!芙蓉もなんかやらかす感じだこれ!! 「え、あの、え? その、えっ?」 「あら、ごめんなさい。本気にしちゃいましたか? 冗談です」 「あっ、冗談……。はい、はい……冗談……」 「ええ、冗談です。ほんの。 本当は優しくしてくださいました」 「優しくっ!?」 「うぉおいっ!!」 「ふふふ、申し訳ありません。わたくしには冗談のセンスが ないようです。真様に何度も抱かれた土方様になら、 こういう話も笑っていただけるかと」 「だ、抱かれって、そ、そんな……。 わ、私、まだキスしか……っ!」 「由美ぃぃぃ!」 「あ……っ!」 「あらあら……ふふふ」 動転した由美が、ものの見事に口を滑らせた。 なんてこった、そこまでは琴莉にも話さないつもりだったのに……! 「ごめんなさいね? 真様、なかなか話してくださらないものだから。 強引に聞き出しちゃいました」 「え、いえ、その、えっと……! に、ニンジン終わりましたっ!」 「ではこの大根もいちょう切りに」 「は、はいっ!」 「真様は居間でお待ちくださいませ。 もう大丈夫ですから。ふふふ」 「……はい」 脱力しながら……居間に戻る。 その後は特に爆弾発言もなかったようだけど……。 支度中も、食事中も、終始微妙な空気だったのは……言うまでもない。 夕食後、梓さんに教えてもらった住所へと向かう。 正直住所だけじゃまったくピンとこないから、地元民の琴莉様に先導していただく。 「たぶん、そこの角曲がってすぐだよ。 あんまりこっちの方来ないから自信ないけど……」 「見つからなかったらスマホのナビ頼みかな」 「最初からそれ使えばいいのに」 「なんか負けた気がする」 「……なにに?」 (文明の利器に頼らない姿勢。マスター素敵です) 「でしょ?」 「褒め方が無理矢理すぎるにゃあ……」 「ふふっ。あっ! あったよお兄ちゃん! 工事現場!」 「ここか」 写真を取りだし、見比べてみる。 え〜と……写真はこの角度から撮られてるな。 ってことは、女の子がいるのはあそこらへんのはずだけど……。 「いないね、女の子の霊」 「う〜ん……夜はいないのか、ここでよく見るってだけで 町中をランダムに徘徊してるのか……」 (周辺を探してみますか?) 「どうしようかな……。琴莉、なにか感じる? 琴莉がなにも感じないなら、探しても無意味かもしれない」 「……」 「琴莉?」 「あ、ごめんなさい。……たぶん、いると思う。 おじさんとは全然違う感覚……。 なんだか、すごく不安になるような……」 (不安? やはり悪霊でしょうか) 「どうだろう。でも琴莉レーダーが反応してるなら、 確実に近くにいる。探してみよう」 「うぃ!」 (中に入ってみますか?) 「それはさすがにやめておこう。 写真でも中じゃなくて外側にいるみたいだし」 「どうしてこんなところにいるんだろう……。 コタロウやあのおじさんみたいに、 誰かが気づいてくれるの待ってるのかな……」 「じゃあ、すぐに見つけてあげないとね」 「うんっ」 工事現場に近づき、写真を頼りに捜索を開始。 写真ではここに立っていた。でも今はいない。しかし、近くにいると琴莉は感じている。 前回のパターンからして、目視できる範囲にはいると思うんだけど……。 やっぱり中か? 不法侵入になるよな、こういうの。 警察の依頼だから大目に見てもらえるだろうか。梓さんに確認しておけばよかったな……。 「……お兄ちゃん」 「うん?」 「感覚が強くなってる……。きっと、すぐ近くにいる」 「近くか……」 でも、見える範囲にはいない。 ……中に入るしかないか。一応、梓さんに許可をとっておこう。 「……ん?」 ポケットからスマホを取り出したところで、工事現場の中からふらりと誰かが出てきた。 あれ、まだ働いている人が……あっ、いや、違う! 「ご主人!」 「ああ、あの子だ」 派手めの服装。肩くらいまでの金髪。間違いない。 (声をかけてみますか?) 「俺が行くよ。みんなに頼りきりだから、 そろそろ働かないと」 「き、気をつけてね!」 「大丈夫」 驚かせないように、ゆっくりと近づく。 彼女もこっちに近づいてきてるけど……それはただ順路だからって様子で、俺を意識している様子はない。 俯き、地面を見つめたまま。髪がかかって表情は見えない。 ……言葉にできない迫力がある。 警戒はした方がよさそうだ。 「こんばんは。嶋きららさんだよね?」 「……」 ある程度距離は保ちつつ、でも十分に声が届く範囲で立ち止まり、話しかける。 返事はなかったけど、足を止めてくれた。俺に気づいてくれたらしい。 「ごめん、急にびっくりしたよね。 俺は、加賀見――」 「…………の?」 「え?」 「!? お兄ちゃん!?」 「か、はっ……!」 喉が圧迫される。呼吸が止まる。 数メートル先にいたはずの嶋さんが、瞬きする前に眼前に移動していた。 なにが起こったのか、なにをされているのか、理解が追いつかず。 ただただ、肺に酸素を取り込みたくて喘いだ。 「マスター!!」 「お前! ご主人になにを!」 「…………して、………………の?」 「このぉおお!!」 「……っ、ま、て……っ!!」 「は!? なんで!? なんで待つの!?」 「な、に、か……っ、っ……!」 「なに!? わかんないっ!!」 「あ、ぁぃ……り……っ!」 「あ、そ、そか! アイリスちゃん!! テレパシー!!」 「は、はいっ!」 (マスター! 聞こえますかっ!) (なにか伝えようとしてる! 彼女の声を聞いてくれ!) (え、い、今ですかっ?) 「こ、この状況でなに言って……!!」 (葵もだ! 思念を読み取れ!) 「で、でも……っ!」 (俺が音を上げないうちに早くしてくれっ!!) 「う、うぅ……っ」 「アイリスちゃん泣かない! 二人とも早く! お兄ちゃんが死んじゃう!!」 「……っ、わ、わかった! やってみる!」 「は、はい……っ!」 「どう…………、……し………………」 「……っ」 「うぅぅ〜〜〜〜っ!」 「………………ころ、し…………の?」 「が……っ! っ、かっ……ぁっ……!!」 「――っ」 「だ、駄目っ! 集中できないぃぃっ!!」 「ご主人ごめん! あたしも無理! あたしたちにとって一番大事なのは お役目じゃなくて――!」 「――ご主人なんだぁ!!」 「っ」 視界が揺れると同時に、窒息から解放される。 頭がくらっとして、そのまま膝をついた。 呼吸をするのに必死で、立ち上がることができなかった。 「ごほっ、かはっ……!」 「お兄ちゃん! 大丈夫!?」 「ご主人に手を出しやがって……! もう一度死ぬか、女ぁああああ!!!」 「…………の?」 「あ、ぅ……」 「っ、二人とも、もういいっ……! 逃げる、ぞ……っ!」 「もう一発殴ってから!!」 「逃げるって、言ったんだ!」 「んにゃああ! むかつく!! わかったよもう!!」 「お兄ちゃん立てる? 葵ちゃん手伝って! アイリスちゃんも!」 「は、はぃっ」 「大丈夫、立てる。行こう……!」 よろめきながら立ち上がり、その場から急いで離れる。 彼女の動きにまったく反応できなかった。まさか襲われるなんて。そんな油断があった。 警戒していたつもりで、どこか甘く見ていたんだ。伊予に警告されていたのに……っ! 大失敗だ、くそ……っ! 部屋に戻り、タンスからシャツやら下着やらを適当に引っ張り出して、準備完了。 いざお風呂へ。 湿布を剥がし、鏡で首の状態を確認。 手形がうっすら。痛みは少々。 まぁ捻挫とかむち打ちとか大げさなものではないし、すぐに治るだろう。湯船の中でマッサージでもしてみようか。 湿布をくずかごに捨て、ぱぱっと服を脱ぎ、洗濯物カゴに放り込んで。 戸を開けて、浴室へ―― 「……」 ――入ったところで、硬直した。 ……んっ? 困惑。というか混乱。 とりあえず、股間をタオルで隠す。 次の行動は、このまま浴室を出るのが正解だった。 ただ、動揺しまくっていたせいだろう。 自分でもよくわからないけど、あえて一歩踏み出すことにした。 ……先客のいる、湯船へ。 「わ……そ、そのまま入ってくるとは 思わなかった……!」 「いやだって……なんか覚悟決めた顔してたし……」 琴莉が恥ずかしそうに胸を隠す。 隠しきれず見えちゃってるけど。 ……あ、駄目だ、やばい、勃つ。 慌てて目を逸らす。 「……タ、タオル巻いたら?」 「だ、だって、湯船にタオルつけたら駄目って……」 「それ温泉とかのルールだろ……」 「っていうか、いいよ。それはどうでもいいよ。 琴莉さんや……なにしてんの?」 「……お兄ちゃんのそばにいるって言いましたので」 「だからって裸で……大胆すぎるでしょうよ……」 「な、悩んだ結果なの! 仕方ないのっ! ほ、ほら、霊は水場に出やすいって……! お風呂危ない! 一番危険!」 「……桔梗が場所は限らないって言った気がする」 「……」 「……ほんとに?」 「確か言ってた」 「……じゃあ私、なんのために覚悟決めたの……?」 「……暴走したからかな」 「うぅ……恥ずかしくて死にそう……」 両腕で自分をかき抱いて、縮こまる。 でもやっぱり、胸がこぼれてる。 ……この状況は非常にまずい。これ以上冷静でいられる自信がない。 「……俺出るよ」 「だ、駄目! ちゃんと体とか洗わなきゃ!」 「ず、ずれたこと言ってるなぁ……」 「体洗わなきゃまた入らなきゃでしょ? ということは、私がまた恥ずかしい思いしなきゃでしょ?」 「あ、絶対一緒には入るのね……」 「うんっ! もう自棄! どこにでも出るなら、やっぱりずっと一緒にいなきゃ!」 拳を握りしめる。 ……謎の使命感である。 「心配しすぎだって」 「するよ、あんなことあったんだから……」 「って言ってもなぁ……」 自分の心配をした方がいいかも。だから大丈夫だって。 「琴莉は自分の心配をした方がいいかも」 「な、なんで?」 「俺に襲われるとか考えなかった?」 「う、考えたけど……お兄ちゃんなら、まぁ、別に……」 「ちょ、ちょっと待った! こういう状況でそのリアクションはまずい! 俺のいくばくかの理性が飛ぶ!」 「あ、ち、違くて! お兄ちゃんなら安心かなって思ったの! い、妹に手を出す変態さんじゃないかなって!」 「あ、あぁ、あくまでも兄と妹としてね! 兄としての信頼ね!」 「そ、そう! それ! え、えと、それだけでもないんだけど……っ」 「そ、そういう思わせぶりなのやめなさい!」 「そういうことでもなくて! えと、その、色々考えて……。 恥ずかしがってる場合じゃないなって!」 「もし一緒にいない間に、お兄ちゃんになにかあったら……。 私、そんなの絶対やだ……」 「だから――」 「心配するってば! お兄ちゃんわかってない! お兄ちゃんいなくなったら、私も死ぬからっ!」 俺の言葉を遮り、琴莉が声を荒げる。 「だから、大丈夫だって」 「大丈夫じゃない!」 少しヒステリックに、琴莉が叫ぶ。 「お兄ちゃんわかってない! もし一緒にいない間に お兄ちゃんになにかあったらどうするのっ?」 「お兄ちゃんいなくなったら、私も死んじゃうんだからぁっ!」 「琴莉……」 「……」 真剣な目だ。 本気で怒っている。 それがわかったから、とても茶化すことは出来なかった。 「……何回も言ってる。今の私は、全部お兄ちゃんのおかげ。 お兄ちゃんがいなくなったら、私には…… 本当になにもなくなっちゃう……」 「お兄ちゃんが死んだら、葵ちゃんも、芙蓉ちゃんも、 アイリスちゃんもいなくなっちゃうんでしょう……? 嫌だよ……そんなの……」 「もしみんながいなくならなかったとしても…… お兄ちゃんがいなくなるの、絶対いやだよ……」 「コタロウは……もういない。お兄ちゃんも いなくなったら、どうしたらいいの? せっかく 家族みたいになれたのに……また独りぼっちになるの?」 「絶対……嫌だ。そんなの……絶対……」 「……っ」 「ほんとにっ、怖かったんだからぁ……っ! 今日、ほんとに……、ほんとに……っ」 涙が滲む。 手を伸ばしかけ、触れていいものかと無駄な理性が働いて。 躊躇してるうちに琴莉がはっとして、両手で顔を乱暴に洗って。 涙を、隠した。 「ご、ごめんなさい。頭がわーってなっちゃった……」 「……こっちこそごめんな。不安にさせて」 「う、ううん。なんか、えと……怖かったけど、 すごいなって思った。初めて会った人……っていうか、 霊にここまで真剣になれるんだな……って」 「あれは……どうだろうな。追い詰められて、 わけわかんなくなって。自分でもアホだなって思うよ」 「でもそういうときに取る行動が、その人の……本質? なんだと思う。コタロウのことも本気で考えて くれてたんだなって、すっごくよくわかった」 「コタロウもお兄ちゃんみたいな人に見送ってもらえて 幸せだったと思う。もちろん、あのおじさんも、 これから見送る人たちも、きっと幸せ」 「お兄ちゃんは、たくさんの人を幸せにできる人。 だから……」 「もう、無茶……しないで欲しい」 「……」 「わかった、約束する」 「……うん」 今度こそ手を伸ばし、指切りの代わりに、琴莉の頭を優しく撫でる。 くすぐったそうに、はにかむ。 その顔を、俺は……。 ……。 不覚にも、色っぽいと思ってしまって。 すみません、もう限界です。 「……出る」 「駄目、まだ洗ってない!」 「いや無理。ほんと無理。 このままじゃ兄としての信頼を裏切る」 「え、裏切るって……」 「これ以上は言えない。じゃ、じゃあ、お先」 若干反応しかけてる股間を隠しながら、湯船から出る。 ……いかんいかん、その一線は越えてはいかん。 よく耐えた俺! グッジョブ! グッジョブ俺! 「…………」 「……別によかったんだけどな…………。 裏切っても……」 「あ〜、もう、私、馬鹿……。 露骨すぎ……」 「絶対引かれた……死にそう……うぅ……」 「ふぅ……」 タオルで体を拭き、着替えを済ませる。 頭をそのままにしておくのはさすがに気持ち悪かったから、洗面所で雑に洗った。 明日朝一でシャワーを浴びよう。 まぁ……琴莉がついてくるって言わなきゃだけど。 「よし。琴莉、俺もう出るから。いつでも出てきていいよ」 「は、は〜い」 琴莉に声をかけ、洗面所を出る。 ふぅ……色々と焦った。 ただ、琴莉の気持ちは……やっぱり嬉しいな。あんなに心配してくれて、ありがたい。 「ただいま戻りました」 「お」 3人が帰ってきた。出迎えるために玄関へ。 「おかえり、大丈夫だった?」 「はい。特に問題は」 「ん? ご主人お風呂入ってたの〜?」 「ああ、うん。今出たところ」 「超くつろぎモードじゃん。 心配してくれてると思ったのに〜」 「してたよちゃんと。アイリス、怖くなかった?」 (はい、泣きませんでした) 「よくがんばったね。ご苦労様」 「……」 「あ、そうだ。冷凍庫のアイス、食べていいよ」 「わっほぃ、やったぁ〜!」 下駄を脱ぎ散らかして、葵が台所へ向かう。 ため息をついて芙蓉も玄関からあがり、履き物を揃えながら廊下を走る葵に声をかけた。 「待って、葵姉さん。報告が先」 「あ、そだった」 「なにかわかった?」 (はい。彼女と話すことができました) 「え、ほんとに?」 「ええ、このような表現が正しいかはわかりませんが…… 特定の条件下で悪霊化するようでして」 「さっきは俺がそのスイッチを入れちゃったってことか」 (そのようです。多少情緒不安定な面は見られましたが、 正気を失わない限り、ある程度会話は成立します) 「なるほど……。色々掴めたみたいだね」 「あの場所からも色々読み取れたんだけど……。 あのね、ご主人」 「うん?」 「たぶんだけど、この事件……ご主人がずっと探して――」 「ふひ〜、いいお湯でした〜。わ、みんな帰ってきてる!」 報告の途中、洗面所から琴莉が出てきた。 ほっとしたんだろう。ずっと強ばっていた表情が、ふにゃっと崩れる。 「よかったぁ。みんな平気? 怖いことされなかった? アイリスちゃん泣かなかった?」 (はい。もう泣きません) 「そっかぁ、よかった〜! みんなお疲れ様です!」 「そうだ、こんなところで話してないで居間に行こうか。 みんな疲れたでしょ」 「お茶をいれますね」 「ああ、それも俺が――」 「ちょいっと待った」 「うん? なに?」 「ご主人、今お風呂出たところなんだよね?」 「うん。ついさっき」 「じゃあコトリンいつ入ったの?」 「へ?」 「あたし知ってるよ。コトリンお風呂長い。 二十分か三十分入る。ご主人の入浴タイムと 被ってるんですが、これいかに」 「あ」 「……」 琴莉と目が合う。 ……なぁんで葵はこういう勘が鋭いのかね。 「あら……なんだか怪しい反応ですね」 「い、いや、別に、ねぇ?」 「は、はい、別に、その、なにも――」 (一緒に入ってたんですね) 「うぇっ!? な、なな、なんでっ!?」 (心の声が漏れてます) 「……読んだの?」 (はい) 「うわぁ……」 「……まじで?」 「あ〜、いや、別に、やましいことじゃないし……」 「そ、そうっ! お兄ちゃんを一人にすると 襲われちゃうかもしれないからって――」 「……」 「……」 「……」 「――思った、から…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「その…………はい…………」 「………………」 「………………」 「………………」 「…………以上です」 「か〜〜〜! も〜〜〜やってらんね〜〜〜!!」 「琴莉さんが真様に色目を使うとは…… 少々油断しておりました」 「べ、ベべべ、別に色目なんて……っ!」 「だ、だからやましいことは……!」 「でもマスターはしっかり興奮してたんだよね!」 「お、おいぃっ!? アイリスぅ!?」 「……」 「興奮って、え、そ、そそ、そうなんですかっ!?」 「いや、だから、そのっ、え〜〜〜!?」 「あ〜もうばっかばかしぃ〜〜〜〜! 報告とかいいわ〜! アイス食べよアイス!!」 (がんばったのに、二人でエッチなことしてたなんて) 「だ、だからぁ!」 「してないって!」 「お茶、ご自分でいれてくださいね?」 「あ、はい……芙蓉さん角が出ています……」 俺たちを残し、三姉妹が不機嫌丸出しで散っていく。 いや、えぇと……。 「アイスねーーーし!!」 「……」 「……伊予ちゃん…………」 「……アイス買ってくるわ……」 「……私も行きます」 「……うん、ご機嫌とらないとね……」 肩を落としながら、靴を履く。 いろんな意味で……ヘビーな一日だ……。 やることがないから、テレビを見ながらだらだらと時間を潰す。 台所からいい香り。 食欲を刺激されたのか、いつの間にか三人もゲームをやめていて、みんなで食卓を囲む。 芙蓉が出来上がった料理を運んでくれる。今日もうまそう。 「お待たせしました。お箸、人数分ありますよね?」 「大丈夫。よし、みんな手を合わせてください」 「しいたけうめぇ」 「だから伊予はいっつも早いんだよ……。 いただきます」 「いたーきまーす!」「ふふ、いただきます」(いただきます) 箸を取り、まずはお味噌汁を。 あ〜……うまい。いつも通りの落ち着く味だ……。 「ねぇねぇ、ご主人」 「うん?」 「さっきの話なに?」 「あぁ、嶋さんのことだよ。梓さんが調べてくれるって」 「犯人、見つかるでしょうか」 「その前に、嶋さんが殺された証拠? みたいなのを 見つけないと駄目だってさ。事件として扱えないことには 警察は動かない、って言ってたかな」 「相変わらず面倒なことをしておるのぅ……。 霊の存在を認めてしまえば話は早いというのに」 「見えない人には難しいでしょ。 俺だって見えてなかったら信じてないし」 「事実、わたしを幻扱いしおったしの」 「根に持ってるなぁ……」 (証拠が見つかるまでは待機でしょうか?) 「うぅ〜ん……いや、梓さんを手伝いたい」 「あの子に会いに行く?」 「ああ。辻褄が合わないにしても、会話が成り立つなら 思いがけない情報が出てくるかも。 明日行ってみよう」 「行ってみよう、ではなく、行け、でしょう?」 (はい。マスターは、彼女の天敵に なってしまっているので……) 「そうだった。仕方ないか……。俺は待機してるよ。 三人に任せる」 「二人でいいんじゃない? 芙蓉は普通の人にも見えちゃうし」 (はい。葵お姉様と二人なら、昼間でも問題なく動けます) 「では……わたくしは独自に動いてみます」 「? 独自? 大丈夫?」 「ええ、特に危険は。近所の奥様方に話を聞くだけですので」 「いつの間に仲良く……」 「ふふ、スーパーなどでよく会うので自然と。 彼女たちの情報量、侮れませんよ。 噂好きの方々ですから」 「確か……現場から運んだという話ですが…… 車、でしょうか?」 「ん〜? ん〜……そうかも」 「なんじゃ、はっきりせんな」 「だから〜、ほんとたくさんの人の思念があったから、 自信ないのですよぅ」 「でも、たぶん車でいいと思う。 車乗ってる映像もあったし」 「なるほど……。 では不審な車などを目撃しているかもしれませんね。 それとなく聞いてみます」 「ありがとう、助かるよ。 じゃあ……そうだな。俺は……」 「……」 「やることないなぁ……」 「ここ最近、お役目続きじゃったろう。 ちょうどよい。今のうちに休んでおけ」 「でもみんなががんばってるときに俺だけってのは、 気が引けるよ」 「それがわたくし共の役目ですから」 (アイリスはマスターの手足。 自分の体の一部を使うのに、遠慮などいりません) 「あたしはお菓子買ってくれれば文句ない」 「葵以外は模範的な回答じゃの。 というわけじゃ。いい加減、当主としての自覚を持て。 家来はアゴで使うものじゃ」 「わかった、わかったよ。 どっしり構えてみんなの報告を待ちます」 「お菓子」 「わかったわかった」 「あとご褒美のエッチ」 「……それはちゃんと結果が出せたらな」 「もぉう! あたしがんばったじゃ〜〜〜ん!! かなりがんばったじゃ〜〜〜〜〜ん!! アイリスもご主人とエッチしたいっしょ〜!?」 (え、い、いえ、アイリスは、その……) 「アイリスちゃんはそこまでがっつかないよ!」 「うそつけぇ! したいくせに!」 「……」 「目を逸らすな〜!」 「はいはい。真様を困らせてはいけません。 大丈夫です。ちゃんと抱いてくれますから。ね?」 「……そのうちね」 意味深な芙蓉の視線から逃れるように、焼き魚をつつく。 そうか、定期的に三人の相手をしなくちゃいけないのか……。 最初、伊予はフェラだけで大丈夫みたいなこと言ってたけど……とんでもない。がっつりしなくちゃ駄目な気配だ。 ……もつのか? 俺の体。じいちゃんも苦労してたんだろうか。 ……いや、身内の性生活なんて想像したくないな。やめよやめよ。 「とにかくだ、嶋さんのことは葵とアイリスに任せる。 芙蓉は家事があるし、可能な範囲でいいよ。 みんな無理はしないように」 「承知しました」 (必ずやお役に立ってみせます) 「このお魚、もうちょっとしょっぱい方が 好みだにゃ〜」 「葵」 「がん・ばり・まっす!」 「お願いします。じゃあ冷めないうちに食べましょう」 話を切り上げて、食を進める。 俺にもなにかできるることがあればいいんだけど……。 まぁひとまずは、変にしゃしゃり出て嶋さんを刺激しないように、だな。 食後、いつもの場所で晩酌を楽しむ。 今日はチューハイにしてみた。味は……まぁ別にって感じで。 軽く酔ったときの、あのフワフワした感じが欲しくて飲んでるだけだ。もっといいお酒を飲んだら感想も変わるんだろうか。 嶋さんの件が解決したら、奮発して芙蓉によさそうなお酒を買ってきてもらおう。 そういえば鬼のみんなは飲めるんだろうか。みんなで楽しむのもありだな。 「……ん?」 背後から足音。こっちに近づいてくる。 どうも俺に用事っぽいな。 「真様。おくつろぎ中のところ申し訳ございません」 「芙蓉か、どうしたの? お風呂俺の番?」 「いえ、伏見様がお見えになりました」 「え、梓さん?」 もしかして、もう進展があったのかな。 「お酒飲むんじゃなかったな……。わかった、すぐ行くよ」 「はい。居間でお待ちです」 「了解」 一階へ下りて、居間へ向かう。 まだ少ししか飲んでないし、酒臭くは……ないよな? よし。 「お待たせしました」 「おっとぉ、加賀見選手、お酒片手に登場だぁ」 「あ」 チューハイ、芙蓉に渡しておけばよかった。 ……酒臭さを気にするとか、それ以前の問題だったな。 「すみません、油断してた……」 「あはは、気にしないで。 こんな時間に来た私が悪いんだから」 「すみませんっす……」 苦笑いを浮かべつつ、正面に腰を下ろす。 梓さん、夕方と服が違うな。着替えたのか。 「また聞き込みに?」 「そ、改めて工事現場に行ってみました」 「どうでした?」 「多少はって感じかな。前は、最近変なことない? って 聞き方しちゃってたから、嶋さんに関する情報は ほぼ得られなかったんだけど、今回はちょっとだけ」 「夜中にたまに若い子があの工事現場の中で たむろしてたみたい。って言っても、その中に嶋さんが いたかどうかはまだ未確認なんだけどね」 「もしいたなら、夜中出歩いてるところを 襲われたってことか」 「あ、でもそれおかしいか。たむろってことは、 友達もいたってことですよね」 「そうだね。一人になったところを襲われたか、 それともその友達の中に犯人がいるか。 あるいはまったくの無関係か」 「とりあえず、交友関係について調べてみようかなって 思ったところで今日はおしまいです」 「そんな感じで進展はほぼゼロに近いかな。 近くに来たから、ちょっと寄ってみただけでした」 「いつも遅くまでお疲れ様です」 「本当にね〜……。霊の存在をヒントに物的証拠を探せって、 かなり無茶ですよぉ……。まさか刑事になってこんな 仕事をすることになるなんて……」 はぁ〜、と深いため息をつきながら、ちゃぶ台に突っ伏す。 そしてちらっと、チューハイの缶に目を向けた。 「……私、今日はもう仕事する気ないんですよ」 「飲みます?」 「飲みたいです」 「ちょっと待っててくださいね」 立ち上がり、台所へ。 「あら、どうされました?」 「お酒ってまだある?」 「ビールがあと一本あったと思います」 「一本かぁ……。梓さん、どれくらい飲むかな」 「買ってきましょうか?」 「お願いしてもいいかな。適当に数本」 「承知いたしました。あとでおつまみもご用意いたしますね」 「ありがとう、お願いします」 「では行ってきます」 財布を手に、芙蓉が台所を出る。 冷蔵庫からビールを取り出し、棚から適当にお菓子も取って、俺も居間に戻る。 「お待たせっす、ビールでいいです?」 「チューハイで大丈夫です」 「俺の飲んでるし……」 「あはは、味見味見。こっち貰っていい?」 「ど〜ぞ。あとこれも」 ポテトチップスの封を開けて、ちゃぶ台の真ん中に置く。 缶のプルタブを起こして、腰を落ち着けた。 「お酒強い方です?」 「普通じゃないかなぁ。 強いとか弱いとかあんまり考えたことないや。真くんは?」 「まだそこらへんの基準がないんですよねぇ……。 仲間内で飲んだときは、全員気づいたら 寝ちゃってた感じだし」 「そっか、まだ飲めるようになったばっかりか。 今度お姉さんと、バーでも行ってみる?」 「うわ、大人のお誘い。バーってやっぱり高いです? 安い居酒屋しか行ったことないや」 「そういうところと比べたら当然ね。 仕事落ち着いたら行ってみよっか。真くんのおごりで」 「ひでぇ」 「あははっ」 「あれ? 梓っち来てる……って、 それあたしののりしお!!」 (こんばんは、伏見様) 「はい、こんばんは。お邪魔してま〜す」 風呂上がりらしい二人も居間へ。 アイリスがちょこんと俺の隣に座り、葵はその場に崩れ落ちた。 「取っておいたのに……あたしののりしお……」 「ごめん、知らなかったんだよ。 まだ手つけてないから食べていいよ」 「そりゃ食べますけど〜。てかなに? なにしてんの?」 「プチ飲み会〜。葵ちゃん刺激的な格好してるね。 アイリスちゃんはかっわい〜」 (ありがとうございます) 「二人も飲む? 芙蓉が今買いに行ってくれてる」 「お酒は飲まない」 「なんで? 鬼ってお酒に強そうだけど」 (当然個体差はあります。強いかもしれません、 弱いかもしれません。それは試してみなければ) 「今試してみる?」 (いえ、酩酊していてはマスターを守れませんから。 試す理由がありません) 「へ〜」 「そうなのか〜」 「……葵の反応、おかしくないか?」 「あたしはただ匂いが嫌いなだけだもん。 うぇってなる、うぇって」 「あははっ、葵ちゃんらしいね」 「アイリスは真面目なのにね」 「いやいや、この子嘘ついてますからね? 理由がないとか 言ってますけど、ご主人が飲んでるならって一回 こっそり試して二人でうぇ〜ってなってますからね?」 「そうなの?」 「……」 「あ、目逸らした」 「僕はジュースの方が好きだよ!」 「あははっ、二人も飲み物取っておいで。 一緒に飲もう。他のお菓子も持ってきていいから」 「すごい! こんな時間にお菓子摂取許可が下りた! 今からパーティーだにゃ!」 (アイリス、チョコがいいです!) 騒々しく二人が台所へと駆け込み、葵はお菓子を抱えて、アイリスはジュースのペットボトルとグラスを持って戻ってくる。 「ただいま戻りました。あら、賑やか」 そのすぐあと、芙蓉も帰ってきて。 「なんじゃ、騒々しいと思ったら梓が来ておったのか」 騒ぎを聞きつけて、伊予も参加。 たまには、こういう賑やかな夜もいいもんだな。 みんなで食卓を囲み、お菓子や芙蓉が作ってくれた料理をつまみながら、盛り上がった。 ……開始一時間くらいまでは。 「あぅ、ぅ……女だからって馬鹿にしてぇ……。 一課の馬鹿やろぉぉ……ぅぅぅ……」 ビールの缶を握りしめながら、梓さんが呪詛を吐き出す。 ……なにが普通だよ。弱いよ、この人俺より弱いよ。二杯目あたりで既にベロンベロンだったよ。 しかもギアがローに入るタイプだ。もう三時間くらい半泣きで愚痴りまくりだよこの人。 「あのねぇ、あのねぇ、真く〜ん。 あのね〜?」 「はいはい、はい。なんです?」 甘えた口調に戸惑いながら、なんとか相手をする。 ちょっと絡み酒も入ってるもんなぁ……。 伊予は危険そうな気配を感じたのかさっさと逃げた。 葵とアイリスも眠くなったと部屋に引っ込んだ。 芙蓉だけは途中お風呂に入ったりしつつも、まだ付き合ってくれてるけど……。 「やっぱさ〜、警察って男社会なわけよ〜。 それでね〜? あのね〜?」 「はいはい、大変ですね。参ったな……こんなに弱いなんて」 「どういたしましょう。 おつまみ、もう少しだけお作りしましょうか」 「いや、いいよ。もう遅いし、芙蓉も休んで」 「ですが……」 「芙蓉はいつも早起きしてるんだから、 酔っ払いに付き合う必要はないよ。 当主命令。おやすみなさい」 「……。はい。では、お先に休ませていただきます」 「え〜、芙蓉ちゃん行っちゃうの〜?」 「伏見様? お酒はそれで終わりにした方がよろしいかと。 真様も酔っていらっしゃるようですから、ほどほどに」 「え、俺酔ってる?」 「ふふ、自覚がないのが酔ってる証。 では、おやすみなさいませ」 「おやすみ〜」 空いてる皿や空き缶を片付け、一旦台所へ。 たぶん軽く洗い物も済ませたんだろう。しばらく水が流れる音が続いたあと、気配も遠ざかる。 「それでね〜、真くん」 「はいはい」 「出会いがないわけですよ、刑事さんは」 「そんな話でしたっけ?」 「そう、そんな話」 「そっかぁ」 ピーナッツをボリボリかみ砕き、カクテルをちびちびやりながら受け流す。 ……確かに酔ってるな。我ながら適当すぎる。 「出会いはありそうなイメージですけどね。 ほら、聞き込みとかで」 「聞き込みにきた刑事にときめく〜? 普通警戒するでしょ〜」 「あ〜……確かに」 「それに容疑者でもない限りその場限りだし……。 合コン行っても取り調べされそうとか 身構えられるしさぁ……」 「お、合コンなんてあるんですね」 「一回だけね〜。大学のときの友達に誘われて。 でもさぁ、最初は刑事って職業に食いついて くれたけどさぁ、ネタにされただけでさぁ」 「ど〜せ私なんて……うぅぅ……」 「意外とネガティブですよねぇ、梓さん」 「だってさぁ、女ってだけでなめられるのにさぁ。 十三課は窓際の穀潰し扱いだしさぁ。 普段から大事にされてないわけですよぉ」 「まぁ? 私みたいな女? これくらいの扱いが ちょうどいいかもしれませんけど〜」 「これくらいって」 「だって全然いいことないんだもぉん」 魅力的だと思いますけどね。 「魅力的だと思いますけどね。俺は。梓さんのこと」 「えっ」 がばっと顔を上げる。半笑いだった。 「口説いてる?」 「はい」 「え、やだ、どうしよっ」 「冗談ですけど」 「やぁだぁ、冗談やぁだぁ。ときめいたのにぃ」 「いや、魅力的だってのはほんとですけどね。 最初家に来たとき、うわ、すっごい美人が来たって 思いましたもん」 「も〜、やぁだぁ、も〜」 ふにゃふにゃの笑みを浮かべながら体をくねらせて、ちゃぶ台を回り込んで俺の隣に移動した。 「本気で言ってる〜?」 「本気本気。梓さん綺麗ですよ」 「ちょっと〜、うれしいんだけどっ。 その気になってきちゃった」 なぜか、ジャケットのボタンを外す。 そしてぴったりと、俺に寄り添った。 「ドキドキする?」 「胸元がやばいっすね。青少年には刺激が強すぎますね」 「触りたい〜?」 「そりゃ触りたいですよ。あ、誘惑してます?」 「そのつもりなんだけど。 駄目? やっぱ魅力ない?」 「ありすぎて本気で押し倒そうか迷ってるところですよ」 「今なら許すかも」 「酔ってますよね」 「うん、酔ってる」 「俺も酔ってます」 「……」 「……」 ふ……と、沈黙が落ちる。 梓さんは俺から目を逸らさない。 俺も逸らさない。 あ、これいけるな。 トンと、誰かが背中を押した。 「ん……」 梓さんが目を閉じる。唇が軽く触れる。 最初の接触は、それだけ。 けれどすぐに、離れた唇を追いかけて。 「ぁ……ん、ちゅ……んん、んっ……」 唇を割って、舌を入れた。 梓さんの舌に迎えられ、絡め合い。 唾液ごと、俺の舌を梓さんが吸う。 数分ほど、そうしていた。 「ん……」 「……」 「……」 「チョロいって……思ってる?」 「他の男ともすぐしちゃうなら」 「綺麗って言ってくれた人だけ」 「綺麗で魅力的ですよ、梓さんは」 「嘘だったらぶっ飛ばすけど」 「ほんとですって」 手を取り、股間に導いた。 大胆な行動。 酒が入っている今、なんの抵抗もなかった。 「カチカチじゃん」 「梓さんが誘惑してくるから」 「私のせい〜?」 「間違いなく」 「ふふ、どうして欲しい?」 「どうって……」 「……んっ」 答えず、唇を塞いだ。 今度は梓さんから舌を入れてくる。 なにも言わずとも梓さんの指が股間を撫で始める。 「ふふ、私で興奮するとか…… 真くん、ちょっと変なんじゃないの?」 「なんでそんなに自己評価低いんですか」 「だってもてないんだもん」 「俺にもててますよ」 「エッチなことしたいだけでしょ?」 「美人としたいって思うのは普通でしょ」 抱き寄せて、また唇を塞ぐ。 会話が煩わしかった。 もっとキスがしたかったし、気持ちよくなりたかった。 「んちゅ、ん……はぁ……ぁ……ん……」 キスをしながら、梓さんの手を取る。 ズボンのジッパーを下ろし、中へと誘導して、直接触れさせた。 細い指に軽く握られた拍子に、ズボンから勃起した性器が顔を出す。 既に亀頭から、我慢汁が溢れていた。 「大胆すぎるんだけど」 「中途半端じゃ終われないでしょう」 手を、梓さんの腰から胸に。 下から持ち上げるように、軽く揉んだ。 「結構大きいでしょ?」 「服の上からじゃ、ちょっとわからないですね」 「あん、ちょっと」 強引にシャツをずらして、胸を露出させた。 梓さんは非難めいた目を向けるだけで、直そうとしない。 遠慮無く、ピンク色の乳首と柔らかそうな乳房を眺める。 「ガン見しすぎ」 「大きさ確かめないと」 「もうわかったでしょ〜?」 「まだっすね」 「ぁん……」 胸を鷲掴みにすると、可愛い声がこぼれる。 頬が真っ赤なのも、酒だけのせいじゃないだろう。 誘惑してきたのになんだか反応がウブで、いちいち俺のツボを刺激する。 「……手、動かしてください」 「……うん」 竿に添えた手が、上下に動く。 優しい手つき。少し物足りない。 けれどすぐに終わらせるのももったいない。今はこれでいい。 「はぁ……ん、ふぅ……。……ねぇ」 梓さんが軽く顎を上げ、キスの催促。 応えて、重ねる。 「ん、ちゅっ、ん、んんっ、はぁ、んん、 んちゅ、んん、んっ」 差し入れた舌にむしゃぶりつきながら、梓さんが竿をしごく。 俺も、掌から溢れんばかりの乳房を揉みしだいた。 「んん、はぁ……ふぅ、ん、んっ、んちゅ、ふぅぅ……、 は、はっ、ん、んんっ、ちゅ、ちゅぅ、ん、はぁ」 唇の端から、吐息がこぼれる。 乳首を刺激すると、ぴくっと梓さんの体が反応する。 竿を握る手にも、力がこもる。 けれど、キスはやめない。 「はぁ……ん、はふ、はぁ、はぁぁ……はぁ、ん、はぁ、 んんっ、ちゅっ、……ぁ、はぁ、ん、ん……」 頬を赤らめながら情熱的に俺を求める梓さんに、どうしようもないほどの興奮を覚え。 梓さんの手の中で性器はより一層固くなり、亀頭は破裂しそうなほどに膨れあがり、我慢汁を垂れ流した。 「……っ、んん、ちゅ、んちゅ、んんん、はぁ、はっ」 胸を押しつぶし、ぎゅっと抱きしめる。 もっと強くして欲しい。 その気持ちが伝わったのか、竿をしごく手が激しく上下する。 「……っ」 思わず腰が浮いた。体が仰け反った。 けれど俺が体を反らした分梓さんが前に出て、唇の距離は離れない。 混ざり合った二人の唾液が、顎に滴る。 「んちゅ、ふぅ、ん、んんん、ちゅっ、はぁ、はぁぁ、 ん、んっ、はぁ、はっ、はっ」 「〜〜っ」 あまりに気持ちよくて、俺はもうキスどころじゃなくて。 されるがまま。 一瞬梓さんが不満そうに目を開けたけど、どうすることもできない。 俺のうめき声を飲み込みながら、梓さんは手を上下させ、しごき続ける。 「んんん、ん、んっ、はぁ、ふぅぅ、んっ、んんんっ、 ちゅっ、ちゅぅ、んむ、んん、んっんっ」 「はふ、はぁ、ふぅ、んんんっ、ちゅ、んちゅ、 ……っ、んっ、ふぅ、ふぅぅ、んん、ん〜〜っ」 「ぁ……っ」 限界。 かすかにこぼれた情けない声で察したのか、クスっと梓さんが笑う。 「ふふっ、んん〜〜、ん、んっ、んちゅ、んんっ、 はぁ、ふぅ、……ぁ、んっ、ふぅぅ、ん、んっ」 「ちゅ、ちゅぅ、ん、ちゅっ、はぁ、は、はっ、んんっ、 ぅぅん、んっ、ちゅぱっ、ん、んん、んっ」 「――っ」 決壊。 「ぁん、……ぁ、ぁ、んっ、んんっ、はぁ、ふぅ、 んっ、んちゅっ」 射精。 精液が勢いよく飛び散る。 構わず梓さんはしごき続け、最後の一滴が吐き出されてようやく、唇と共に性器を放した。 「ふふ〜……イカせちゃった」 はにかみ、耳元で囁く。 それがなんだか無性に可愛くて、興奮が冷めなくて。 今度は俺の番。 梓さんの下腹部に手を伸ばし愛撫を――といきたかったんだけど。 「べったべた。拭かなきゃ〜」 ふっと真顔に戻り、梓さんはするりと俺の腕の中から抜け出してしまった。 指についた精液をティッシュで拭き取り、シャツを戻してジャケットのボタンも止めてしまう。 ……あれっ? 「なに〜?」 「あぁ、いえ……」 テンションの落差に、最早なにも言えず。 ……終わりか。まぁ……気持ちよかったからいいけど。 「ゴミ箱どこ〜?」 「ああ、そっちです」 「どっち〜?」 「後ろです後ろ」 「こっちか〜」 振り返り、ゴミ箱に向かって丸めたティッシュを投げる。 外れ。 拾いにいこうとしたけれど、足がふらついてその場にストンと尻餅をついた。 「大丈夫ですか?」 「う〜ん……飲み過ぎたかも。 お水とって〜」 「はいはい」 ペットボトルの蓋を開け、渡す。 「ありがと〜。…………ふぃ。 帰るのめんどくさくなってきた……」 「泊まっていきます?」 「いやらしいこと考えてるでしょ」 「まぁ、はい、考えてますね」 「あはは、正直過ぎ。でも駄目〜。 エッチはしませ〜ん」 「え〜」 「がっかりしないで〜。泊まってってあげるからぁ」 「へいへい。客間に布団敷きましょうか」 「私ベッドで寝たい」 「ベッドは俺の部屋にしかないっす」 「うわ、露骨な誘導」 「だってほんとですもん」 「あはは、じゃあ一緒に寝よっかぁ」 「襲いますよ」 「駄目〜。チョロいって思われたくないもん。 キスと胸触るまでは許したけど〜、 これ以上は絶対駄目〜」 「わかりましたよ、我慢します」 「起こして〜」 「はいはい」 両手を広げた梓さんを抱き起こす。 そのままぎゅっと俺に掴まった。 「連れてって〜」 「梓さん、酔うとほんと可愛いっすね」 「酔ってないと可愛くないってこと〜?」 「シラフのときは美人」 「お世辞言っても駄目で〜す。 ぜ〜〜ったいしないから」 「わかりましたわかりました」 「早く連れてって〜、眠い〜」 「はいはい」 自力で歩こうとしない梓さんを引きずりながら、俺の部屋へと向かった。 そして―― ……。 …………。 「ぁ……ん……」 「はぁ……ぁ……っ、ふぁ……はぁ、ぁ……っ」 「あ、ぁ、ぁ……っ、あぁ、あぁんっ、はぁ、は、はっ」 ベッドの中。俺たちは、裸で抱き合っていた。 梓さんの膣が俺自身をくわえ込み、ひくつく。 俺たちは、繋がっていた。 「ぁぁ、はぁ、ぁ、ぁっ、はぁ、ぁぁ、んっ、ぁ、はっ」 突き入れるたびに、熱い吐息が弾ける。 最初は本当に、我慢するつもりだったんだ。 でも衣服を脱ぎ、下着だけで。そんな無防備な姿を見せられたら、平静でいられるわけがなく。 「はぁ……ふぁっ、ぁ、ぁ、んん……っ、ぁ、んんっ」 横になった梓さんを、後ろからそっと抱きしめた。 嫌がられたら素直に引き下がろうと思った。 抵抗はなかった。 「……ぁっ! 〜〜っ、はぁ、はぁぁ、んく、んっ、ぁっ! あ、ぁんっ、ふぁぁっ」 胸を揉む。乳首を摘まむ。 梓さんは、なにも言わなかった。 「はぁぁ……はぁ、は、はっ、はぁ、んんっ、ふぅ、 ふぁぁっ、はぁ、ぁぁっ、ぁっ」 下着の上から、性器を撫でる。 お尻に、俺の性器を押しあてる。 梓さんは、俺に身を任せた。 それならもう、やめる理由はなかった。 「ぁぁ、はぁ、ぁ、ぁっ、あぁん……っ、はぁ、ぁぁっ」 俺の動きにあわせて、膣内が脈動する。 梓さんが、苦しげに眉をひそめ、喘ぐ。 鬼たちに比べれば、大人しすぎる反応。 でもこれが、生の反応。 初めての女の“人”とのセックスに、俺はすっかり酔いしれていた。 「感じてますか?」 「わ、わかんなぃ……はぁ、ぁ……っ」 「こういうのは?」 「ふぁ、んん〜〜っ」 びくん! と体が強ばった。 こういうのは? なんてことはない。進入角度を少し変えただけ。 かっこつけてみても、それくらいしか俺にはできない。 けれど俺の拙い動きに、梓さんは色っぽい反応をしてくれて。それがたまらない。気持ちが昂ぶる。 「あぅ、はぁ……、ぁ、や……っ」 「痛かったですか?」 「違う、けど……。よく、わかんない……っ、 はぁ、はぁ……っ、でも……」 「途中で、やめないで……」 「やめろって言われても、無理ですよ」 「ぁっ! はぁ……っ、ふぁ、ぁ……っ、 真くぅん……」 瞳を潤ませ、俺を呼ぶ。 年上なのに、まるで少女のようで。 可愛いな、ちくしょう。めちゃくちゃに犯したくなる。 「……っ、ぁ、ぁっ、ぁぁっ! はぁっ、んんんっ、 はぁ、ぁぁ、ぁっ……、っ! んん〜〜〜」 結局いつも通り。がむしゃらに腰を叩きつける。 「んくっ、ぁ〜〜っ、ぁ、ぁっ、ひぅっ、ふぁっ、 はぁっ、ぁ、ぁ……っ!」 振動で、梓さんの声が震える。 ベッドがギシギシと軋み、乳房が揺れる。 「ぁ、はぁっ、は、はっ、はぁぁ、〜〜っ、 んん〜〜っ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ! あぁぁっ! はぁ、んんっ、ぁ、ぁっ、〜〜〜っ」 腰がぶつかり、パンと音をたてる。 それをかき消すように、梓さんが嬌声をあげる。 ピストンのスピードを上げれば、喘ぎ声の間隔も短く。 あぁ、たまらないな。いつもに近い感覚だ。 結局は、俺はこういうのが好きってことだ。 「はぁ、んんっ、ぁ……ぁ、ぁぁっ! はぁっ! ま、待って、ちょっと……待ってぇ……っ!」 「ふぁ、はぁ、もう、だめぇ……っ! 頭、くらくら、してきたぁ……っ! あぁ、ぁ、ぁぁんっ」 「いきそうですか?」 「わ、わかんないってばぁっ、ひぅぅっ、ふぁぁんっ! あぁっ、ま、待って……っ、ちょ、っと、あぁっ! つ、強いぃ……っ!」 「待てないですって、そんな可愛い顔されたら……っ」 「ひゃぅっ! 待って、あぁ、ぁぁぁ〜〜っ!!」 「は、はっ、駄目だって、ばぁ……っ! そんなに、強くしたらぁ……っ! 息が、はぁ、んんっ、ぁ、ぁ……っ!」 「すぐ、終わるんで……っ、我慢してください……っ」 「我慢、できないぃ……っ! ぁ、ぁっ、だめぇ……っ! ほんとに、駄目なのぉ……っ! 真くぅん……っ、私、もぅ、駄目ぇ……っ」 「はやく、はやくぅ、ぁ、ぁっ……! はやく、イッて、よぉ……っ! イッて、はぁ、ぁぁっ、ね、イッて? ねっ?」 「くそ、いちいち、可愛いな……っ」 「そ、そう言ってくれるの、真くんだけぇ……っ、 にへへ……ぁ、はぁっ、ぁ、駄目っ、も、駄目……っ、 や、やっ、ふぁぁ、ぁ……っ! くぅぅんっ」 「もう、イク……っ、いきますから……っ」 「うん、いいよ……っ、ふぁ、は、ぁっ、 きて、ぁ、ぁっ、ぁぁっ」 「いいよぉ、真くぅん、はぁ、ぁぁぁっ、は、はっ、 あぁ、ぁ、ぁっ! ぁぁんっ! ふぁぁっ!!」 「くっ……!」 「――っ! あぁ、あっ、ぁ、ぁ、ぁっ! あぁぁぁぁぁんっ!!」 「ぁ……っ、ふぁぁ……っ、ぁぁ、ぁ、ぁっ、 はぁ……、はっ」 ビクビクと痙攣する体に精液を流し込む。 あれ、違う。いつもと違う。 どっとではなく、すぅっと力が抜けていく感じ。やべ、気持ちいい……。 「はふ、はぁ、はっ……、無理矢理、犯されたぁ……」 「うわ、言いますか。そういうこと」 「だってぇ……強引にこられたら……ときめいちゃう」 「じゃあ梓さんとセックスしたいときは、 強気に迫ります」 「あ、言ったな〜? じゃあ、また犯してね?」 「だからそういう可愛いこと言うから強引に いきたくなっちゃうんですよ」 「あんっ、やっ、今日はもう、ほんとに駄目〜。 明日も仕事だから、眠い〜」 「もう一回だけ」 「駄目だってば〜。お願い」 「へぇい、わかりました」 頬に口づけし、性器を引き抜く。 名残惜しむように吸い付いてきて、それがまた気持ちよかった。 ちくしょう、もう一回したかった。 「はふぅ……疲れた〜……」 「いい汗かいた〜」 「シャワー浴びたいけど……もう無理ぃ……寝る〜」 「おやすみなさい」 「おやすみ〜。ね、ねっ」 「うん?」 「腕枕して、腕枕」 「はいはい、どうぞ」 「わ〜い、にへへ〜、これ夢だったんだよね〜」 「ほんと酔うとキャラ変わるなぁ……」 「これが素ですぅ、甘えてるだけぇ〜」 「また襲いたくなるんでほどほどに」 「はぁい。おやすみ〜」 「はい、おやすみなさい」 目を閉じ、俺の腕の中、眠りに落ちる。 梓さんの鼓動が、体温が、伝わってくる。 年上の女の人を抱いた。その実感がじわじわこみ上げる。 夢見心地。 このまま眠りに落ちれば、いい夢が見られそうだ。 「うぅん…………すぅ…………んん…………」 梓さんの寝息を子守歌にして。 心地いい倦怠感に身を任せ、俺もまどろんでいった。 八月が終わり、今日から九月。 葵とアイリスは、朝から嶋さんのところへ出かけた。 時間帯で行動パターンが変わるかもしれない。大変だと思うけど、しばらくは足繁く通ってもらおうと思う。 芙蓉は買い物と奥様方の井戸端会議に。 ゴシップ的な話が多いからあまり期待しないでください、って言ってたけど、おばちゃんのネットワークは侮れないらしいからな。面白い情報が拾えるかも。 伊予はいつも通りゲーム。琴莉は始業式。 俺は―― 「……」 「……ねむ」 暇をもてあましていた。 こんなゆっくりした時間、久しぶりだなぁ……。なんだかんだでいつも賑やかだったから。 こういう生活を望んでいたはずなんだけど……一人の過ごし方、わからなくなっちゃったな。 いや伊予はいるんだけどさ。ゲーム中に声かけると怒るし。 ……。 友達誘って遊びにでも行くかなぁ。 いや、みんなががんばってるときにそれもどうよ。 「……」 なんとなしに縁側に出てみる。 暑い。 サンダルに足を引っかけて庭に下りる。 周囲を見渡してみる。 なにもない。 当然だ。 っていうか暑い。 居間に戻る。 扇風機の風にあたりながら、テレビを見る。あまり頭には入ってこない。 「……」 「あ、そうだ」 思いつく。というよりも思い出した。前々からやらなくちゃと思っていたことを。 一応、伊予にも話を通しておこう。そんなたいしたことでもないんだけどさ。 「うっし」 テレビを消し立ち上がって、廊下へ。 つきあたりの部屋に向かう。 「伊予、ちょっといいか?」 部屋の外から声をかける。 ……。 反応無し。 「伊予〜?」 「……」 「あれっ?」 ヘッドホンつけてて、呼んでも気づかないことは多いけど……寝てるのかな。 「い〜〜よ〜〜〜?」 もう一度だけ呼んでみる。 やっぱり反応ないな。どうしよう。 中に入ってみよう。 寝てたら申し訳ないけど、中に入ってみようか。 爆音で遊んでて気づいていないかもだし。 でもヘッドホンしてるにしても、ゲーム中の伊予って独り言多いから、なにも聞こえないのも……。 試しに扉に耳を近づけて、中の様子を探ってみる。 ……。う〜ん。やっぱり寝てるのかな。なにも―― 「……ぁ………………はぁ………………」 いや、声がするな。なんだよ起きたのか。 あいつ、ゲームに熱中して気がついて……い、いやいやいや?まさか伊予のやつ……! 「………………ん…………はぁ…………ぁっ…………」 「……っ」 この声、やっぱり……! 座敷わらしってそういうこと……! いやいや、いやいやっ、落ち着けっ!今俺がすべきことは――! この目で確かめる。 ……。 まじで? いやでも、なんか違うかもしれないし!誤解かもしれないし! それは申し訳ないし! だから、うん、確かめないとっ! 完全に好奇心に負けた言い訳でしかなかったけど、衝動を抑えることはできず。 ゆっくりと……扉をあけた。 「はぁ……ぁ…………………………はぁ…………」 伊予の艶めかしい声が聞こえる。 モニターには、裸の男女が絡み合う絵が映し出されていた。 音は聞こえない。たぶんヘッドホンをしてる。 エロゲだ……エロゲやってる……! ってことは、やっぱり……! 「ぁく………………はぁ、ん……っ」 椅子から投げ出された足が、ぴくっと痙攣する。 俺の位置からは、それしかわからない。 けれど間違いなく、伊予はオナニーをしていた。 「は、はっ……はぁ、んっ、く……っ、ぁ……っ」 盛り上がってきたのか、吐息の間隔が短くなる。 え、ど、どうしよう。 いやどうしようってすぐに立ち去るべきだろ。 でもできなかった。 伊予がオナニーをしている。昔からよく知ってる、あの“伊予ちゃん”がだ。 素直に言う。俺も興奮していた。 もうロリコンって罵られたら、反論できないけど。 身動きが、とれなかった。最後まで見たいと、そう思ってしまった。 「……んっ、はぁ、んんっ……は、はぁ……ぁっ、ぁっ……」 「はぁ…………はぁ………………。 ……ぁ、っ、………………ぁ、ぁっ…………はぁ……」 「ぁ、ぁ……、ぁ…………っ、はぁ、ふぅ、はぁ……、 ん……ぁ、ぁっ、っ、っ、んん、ぁ、ぁっ、……ぁっ。 …………はぁ、はぁぁ……ぁぁ、ぁ……っ、……んっ」 吐息に混じり、くちゅくちゅと伊予が自分自身を慰める音が聞こえた気がした。 気づけば俺も、股間に触れていて。 しかし幾許かの理性が、しごくことをためらわせて。 もやもやした気持ちに苛まれながら、伊予に全神経を集中させていた。 「……っ、っ、はぁ……んん、はぁ、はぁぁ……っ、 ぁ、ぁ……っ、ぁ……っ、っ、っ、……っ」 「んんん、んっ、あぁ、ぁ、っ、はぁ、っ、っ、っ、 はぁぁ、は、はっ、はぁ、はっ、ぁ、ぁっ、 ……っ、ぁぁ、はぁ、はぁぁ、はぁ、はっ」 呼吸が激しくなる。 椅子が軋む。 投げ出された足が揺れる。 絶頂の予感。 「ぁ、ぁっ、……っ、っ、はぁぁ……はぁ、はぁっ。 んく、んっ、ぁ、……はぁぁっ、は、はっ」 「あ、ぁっ、ぁ……っ、ぁ〜〜っ、ぁ、……っ、 は、はぁ、はぁっ、は、ぁ、ぁっ、 ぁぁ、〜〜っ、ふぁ、はぁ、は、はっ」 「あぁぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、っ、〜〜っ、っ、っ、 はぁ、んんっ、ぁ、ぁ、……っ、ぁっ!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」 「……ぁ、はぁ……っ!」 びくん! と足が硬直したあと、小刻みに痙攣し、弛緩する。 「はぁ……はぁ………………はぁ………………」 気怠い呼吸。 しばらくそのまま息を整えて。 「ふぅ…………」 「……」 「よいしょっと」 椅子から下りてヘッドホンを外し、下着とジャージに足を通す。 そこで……俺は立ち去るべきだった。 「はぁ……タイミング微妙に外した……不覚……」 「……」 「……」 「え?」 硬直。 俺の視線に気づく 「……」 「……」 「えっ?」 目が合う。 俺を認識する。 「……」 「……」 「えぇっ!?」 「……お、おす」 「……」 「……」 「なーーーーーーーーーーん!!」 意味のわからない絶叫。 俺もなぜ挨拶したのか意味不明だった。 「え、なになになになになにっ? なにっ? なんでっ?」 「なんで? え、なにが? え、えっ?」 「なにがって! え? なにが? え、わかんないっ! 見た? 見てたっ? 見てたよねっ!?」 「み、見てないっ!」 「え、まじで? えっ? いつ? いついた? いつから? いつ?」 「え、いや、いつって、まぁ……え? ご、五分くらい? 前? 的な?」 「見てんじゃん!!」 「見てないって!」 「嘘つけボケェ!!」 「だって! 椅子で! 隠れて! 見えなかったから!」 「そんな屁理屈いらんのじゃあああ!! うわぁああああああああああああああああああ!!! もぉぉやぁぁぁぁ!! わたしこの家出るぅぅううう!!」 「待て待て待て待て! 大丈夫!! 大丈夫だから!!」 「なにがっ! てか! てかてか! お前! こらぁ! 勃起してんじゃん! お前勃起してんじゃん!!」 「いや! だって! エロい声出してるからぁ!」 「逆切れか!!」 「伊予がオナニーするからじゃん!」 「うわ言っちゃったよ! それ言っちゃったよ! まこちゃんだってするでしょがぁ!!」 「するけれどもぉ!」 「じゃあ見せろやっ!」 「はぁっ!?」 「わたしの見たんだからそっちも見せろやっ!!」 「だから見てないって! 声だけだって!」 「それもう見たのと一緒じゃん! わたしのオナニーおかずにシコシコしてたんでしょ!? その続きわたしの前でしろやっ!」 「えぇぇぇ……っ!」 「しなきゃわたしこの家出るからな!! 加賀見家没落させるぞっ!」 「そ、それは……っ!!」 「じゃあしろぉおおおおおおおっ!!」 「……っ」 「わ、わかった! やったらぁぁああああ!!」 「う……っ」 伊予の目の前まで進み、勢いよくズボンを下ろした。 ギンギンの愚息が、伊予の鼻先でピクンと揺れる。 もう自棄だ。全力でシコッてやる……! 「み、見てろよ!」 「お、おうっ」 右手で竿を掴み、しごく。 ちょっと自分でも受け入れがたいけど、この状況に興奮を覚えている。 だから、たぶんすぐ出る。 その証拠に、既に大量の先走り液が糸を引きながら滴っていた。 「うわ……なんかいっぱい出てきてる……」 「そこにいると、なんか出てきてるだけじゃすまなくなるぞ」 「が、顔射するつもりだこの人……」 「この状況じゃ自然とそうなるでしょ」 「自然って……。 て、てか、ほんとにわたしで興奮してたの?」 「してた。してる」 「ロリコンじゃん……。 ……おまわりさん、こいつです」 「うるさいなぁ。見た目は子供でも、 初恋の人がオナニーしてたら、興奮するだろ」 「……はっ?」 「俺の初恋は、伊予ちゃんだよ」 「な、な、なにっ、急に……っ!」 「幼女なら誰でもいいってわけじゃないこと説明してるだけ」 「そ、そんな、その、なんか、その……ばっかじゃないの? ばーか」 「いいよ馬鹿で。ってか馬鹿じゃなきゃこの場で オナニーしないっての」 「そ、そうだよ、バーカ」 「……」 「…………床に垂れてんじゃん」 「仕方ないじゃん」 「…………」 「ん……れろ……」 「……っ」 突然伊予が舌を伸ばし、我慢汁を舐め取った。 不意打ちに、思わず腰を引いてしまった。 「お、おい……っ」 「……いいから、続けて」 「あ、あぁ……」 「……」 言われるまま、竿をしごく。 伊予は、無言で見つめる。 また垂れそうになると、舌を伸ばす。 「れろ…………ん…………」 「ぅ……っ」 「……」 「……んちゅ……はぁ……ん……れろ……」 「……はぁ、ぅ……っ」 「……」 「……気持ちいいの?」 「そりゃ…………うん」 「……へんたい。……んちゅ、ん……っ」 「ぅぅ……っ」 ゾクリと背筋に寒気が走る。 舐められたせいか、罵られたせいか。 両方な気もする。 もうこの状況に抵抗はなく。 ただイキたくて、伊予の顔を汚したくて、猿みたいに必死に手を動かした。 「……ん、……れろ…………れろ、んん……」 「ぅぁ……、はぁ……っ」 「……ん、んん、ちゅ……んちゅ、ん、ん……ちゅ」 「はぁ……ぅ、く……っ」 「ふぅ……ん、……、れろ、んん、ちゅ、れろれろ」 「……っ、い、伊予……もう……」 「……、んぁ」 伊予が大きく口を開け、舌を突きだした。 口の中に出せ。 興奮が最高潮に達し、夢中でしごく。 「……あやく」 「な、なに?」 「は〜や〜く」 「あ、あぁ、もう、出るよ」 「あ〜〜〜〜ん」 「ぅ……ぅぅ、く……っ、で、でる……!」 「はぁ……はぁ……ぁ、ぁ……」 「く……っ」 「ぅぁ、……ぁっ」 「……っ、はぁ――っ」 「んく、ん……んんっ」 精液が伊予の舌の上に、口の周りに、飛び散る。 とてつもない達成感と、背徳感。 無垢な女の子を汚した興奮は、計り知れなかった。 おまけに伊予は、精液を吐き出すこともなく。 「んん、ん……っ」 「……」 「んく」 舌をしまい、くちゅくちゅと味わったあと、飲み込んだ。 その仕草がエロすぎて、ごくりと生唾を飲み込む。 「鬼ってこんなので喜んでるの……? おいしくない。 まこちゃんサイテー」 「な、なんだよそれ。飲めとは言ってない」 「まこちゃんが出すからでしょ」 ため息をつき、立ち上がる。 冷めた態度。 俺も少し、萎えてくる。 「……もうこれでいいよな」 「い、いいけど……」 「……」 「ちゅ、中途半端じゃない?」 「は?」 「だ、だから、その……わ、わかるでしょ?」 「わかんないよ」 「だ、だからぁっ。その、うん、ま、まこちゃんが? いいなら、だけど……まぁわたしは? 別に――」 「ただいま戻りました〜」 「「っ!!??」」 芙蓉の声に、二人ともびっく〜〜〜ん!!と身をすくませる。 あ、やべっ、やべやべっ! 「ま、まこちゃんしまって!!」 「あ、あぁ……!」 「真様〜?」 近づいてくる芙蓉の声に焦りつつ、イチモツをしまう。 よ、よし、セーフ! セーフ!! 「あら……お出かけされたのかしら……」 「まこちゃん! 出て! 出て!」 「お、おう……!」 俺を探してる。このまま閉じこもるのは不自然だ。 一度深呼吸をして、なにげなぁく、さりげなぁく廊下に出る。 「ふ、芙蓉、おかえり!」 「あら、伊予様のお部屋にいらしたんですね」 「う、うん。ちょっとね」 「……」 芙蓉が小首を傾げる。 ……あれ? さりげなくなかった? 「ど、どうしたの?」 「いえ……」 「……」 「あの――」 「たっだいま〜〜!」 「帰ったよ〜!」 「あら」 芙蓉がなにか言いかけたところで、二人が帰ってきた。 ナイス! ナイスタイミング! 「お、お帰り。暑かったでしょ」 「アイス食いてぇ」 「お昼ご飯を食べ終わってからにしてくださいね。 二人とも手を洗ってきてください」 (はい、芙蓉お姉様) 「真様、すぐにお食事のご用意をいたしますね。 お昼はおそうめんと天ぷらです」 「お、いいね。うまそう」 「伊予様〜? 十分か十五分ほどいたしましたら、 居間に来てくださいませ」 「は、はぁ〜い」 「……」 「では」 にこりと微笑み、芙蓉は台所へ。 ……その一瞬の間はなんだ。 なんだか……嫌な予感がした。 (これがマスターの……) アイリスが興味津々と、眼前に突き出されたイチモツを眺める。 (おっきい……) 「そうね、とてもご立派」 「変態おっちゃんより大きいっしょ?」 「……あのおじさんのことは言うな。萎えてもいいのか」 「はい、すみません」 「さっさと済ませちゃおう」 あくまでも冷静に。少し気のない素振り。 ただそんな風に、当主らしく堂々となんてかっこつけてみせても、すっかりその気になっているのは愚息の様子からも明らかで。 みんな裸になって、俺の股間をとろりとした目で見つめ、ため息をこぼしうっとりしている。 なんていうか、男の自信というか、尊厳というか。もっと単純に、オスの本能を刺激する光景だ。 そう、ハーレム。美女三人に相手をしてもらう。ある意味男の夢。友達に自慢したいレベル。 ただ、相手は普通の女の子じゃなく鬼だから、あまりはしゃぎすぎるわけにもいかない。 (口ですれば……いいですか?) 「そう。やり方わかる?」 (鬼ですから。この体に流れる血が覚えています) 「ん……れろ……」 遠慮がちにアイリスが舌を伸ばす。 「あたしも〜!」 「ふふ、ではわたくしも」 「あむ、……ん、んちゅ」 「……はぁ……れろ、ちゅる……」 葵と芙蓉もアイリスに続き、男性器を唾液で濡らす。 おぉ、これは……。 「はふ、はぁ、……、れろ、ん、ちゅ、はふぅ」 「んむ、ん、ん〜〜、ちゅっ、れろれろ、んちゅ、ちゅっ」 「……れろ、ん……あむぅ、んん、ん、ちゅっ、んんん」 葵、芙蓉、アイリス。それぞれ違った舌の感触、体温、刺激。 全体ではなく、一カ所だけでもなく、部分部分をそれぞれのリズムで責められる。 くすぐったいような、それでいて心地いいような、不思議な感覚。 「ちゅ、ぴちゃ、んちゅぅ、んん、ちゅ、ちゅぱっ」 「はふ、んん、れろ、れろれろ、あ〜む、ん、んっ」 「ん、ちゅ、れろ、んむ、ん、んちゅ、はぁ、れろれろ」 「ぅ……」 アイリスはたどたどしくも必死に、葵は気まぐれに、芙蓉は優しく。 三種類の快感に、堪らず声を漏らす。 これはすぐに出ちゃいそう。 そして顔謝。付着した精液をみんなで分けてもらう。一度の射精で三人とも満足。 完璧。 体力消耗を抑える隙の無いプランだ。 一人一人に出してたらたぶん俺死ぬからな。ハッスルしすぎず節約せねば。 「ん、んっ、んんんっ、ちゅっ、はぁ、ん、ちゅぅ、 ん、ん、んんっ」 (マスター。アイリス、ちゃんと出来ていますか?) 「あ、あぁ、大丈夫。気持ちいいよ」 「……」 (もっと上手にできるようがんばります) 「早く出してもらわなきゃいけないからにゃ〜。 あたしもがんばっちゃうぞ〜。あむっ、あむあむ」 「いたっ、がんばるのはいいけど歯は立てるな歯は」 「ふふ。姉さん、真様をちゃんと気持ちよくして 差し上げないと。こういう風に。……ん、ちゅ、 ぁ、ん……ちゅぱ」 「ぉ、ぉ……っ」 芙蓉の舌が裏筋をなぞり、玉袋にキスをする。 そこまでされたのは初めてだ……。気持ちいいけど一番痛みに弱い場所だからお腹のあたりがちょっとヒュンとする。 「む、負けてたまるかっ!」 (アイリスもお姉様たちには負けません) 「あむ、ん〜、んむ、んん、ん、んちゅっ、はむ、はむはむ、 あむぅ、んん、ん〜っ、ちゅっ、ちゅぱっ」 「ちゅっ、れろ、れろれろ、あむぅ、ん、じゅる、ちゅっ、 ちゅぅぅ、はぁ、は、んん、んちゅ、じゅるる、んっ」 「ふふふ、その調子。ん、はぁ、れろ、ん、んちゅ、 あむぅ、んんっ、ふぅ、れろ、ん、れろ、ちゅぱ、ちゅっ」 三人が競いながら、俺の性器にむしゃぶりつく。 ああ、いいね……。まさにハーレムだよハーレム。 ようやく芙蓉の言っていたことがわかった気がする。これは男の支配欲を満たす行為だ。当主として、家臣たちに性器を舐めさせる。 自分がすごい人間になったかのような錯覚。陳腐な言葉だけど、胸が熱くなる。 「んちゅ、ん……ん? んん、ん〜、れろ、んん、 ん、ちゅっ、んん、ちゅ、んっ」 「ぁぅ、んっ、ぁ……っ、ちゅっ、ちゅぅ、あ、ぅ、 あ、葵、お姉様……っ」 不意に二人の舌が絡み合い、葵はそっちの方が気持ちよかったのかキスに夢中に。 芙蓉はあらあらと笑い、手の平で玉を転がしながら、竿にキスを繰り返す。 「ちゅ、んちゅ、あまり遊んでいると、んん、 いつまでもご褒美貰えませんよ? れろ、んっ」 「自分が楽しいのも大事! こういうこともしちゃうよ〜? うりうり」 「ぁ、んっ……はぁ、ぁ、ぁっ、〜〜っ、ちゅ、れろ、 ……ひゃぅっ、んんん、ちゅっ、ちゅぱ、 あ、は、っ、ぁぁっ」 葵に乳首をいじられぴくんぴくんと感じながらも、懸命にアイリスは亀頭をしゃぶる。 その必死さがとにかく可愛く、ツボに入って。 興奮に押され、自ら腰を動かして快感を求める。 「はふっ、はぁ、あむ、ん、んっ、んん、〜〜っ、 んむ、ちゅっ、じゅるるっ、んく、んむぅ、ん、んっ」 「お、がんばるね〜。それじゃあこっちはどうかにゃ?」 「んんんっ……! ん、んっ、ぁ、はぁっ、んんっ、 んちゅっ、はぁ、れろ、じゅる、ちゅっ、ふぁ、ぁ、ぁっ」 (や、やめてくださいお姉様。マスターにご奉仕できません) 「しかしご主人はお主の恥じらう姿に興奮しておるぞ?」 「ひゃぅぅ、は、はぁぁ……っ!」 (だ、駄目……! うまくできないぃぃ……!) 「ほれほれ」 「ぁ、ぁ……っ」 「邪魔ばっかり。姉さんはご褒美お預けですね」 「そうだな。ご褒美はアイリスと芙蓉だけだ」 「うぇ、まじでっ?」 「萌え萌えの猫娘になったら許してやろう」 「ご主人好きだねぇ……そういうの」 「姉さん、違うでしょう?」 「ご主人のためにがんばるにゃん♪」 「オッケー。割とすぐ出ちゃいそうだからがんばって」 「そ〜ろ〜」 「おい」 「せ〜えきごっくんしたいにゃ……。 早く出して欲しいにゃ……」 「ではがんばりませんと。ね、アイリス」 「んちゅ、ん、んっ、れろ、んんん、ちゅぅ、じゅる、 ん、んっ、れろ、ちゅぱっ、じゅるる、んちゅ」 (マスター、いっぱい出してくださいね) 「ぅ……、アイリスの方がナチュラルでエロいな……」 「む〜! 大事なのはテクニックでしょテクニック! れろ、ん、ちゅっ、れろれろ、あむぅ、んん、んっ」 「ぅぉ、く……」 「ふふん、ご主人をしゃせ〜させるなんて、 お茶の子さいさいなのにゃ♪ れろ、ちゅぱっ、れろれろ、ちゅぅぅ、ちゅぱ」 「初めからそうしていればいいのに。真様? いつでも出していいですからね。全て受け止めますから。 ん、はぁ、んんんっ、ちゅっ、ちゅぅぅ、ちゅっ」 「せいし、ん、はぁ、いっぱい、んちゅ、ん、んっ、 らして、くらはい、んん、じゅ、じゅる、んんっ」 「うぉ……アイリス慣れてきたな……。 すっげぇ気持ちいい、うまい……」 「あたしの舌も、んちゅ、気持ちいい、れろ、ん、ちゅっ、 でしょ? はむはむ、んん〜、んっ、んっ」 「真様? ここが、じゅる、ちゅっ、ちゅるる、んっ、 いいんですよね? れろぉ、ん、んちゅ、ちゅるるるっ」 「うぅぅ……、それやば……っ。 もうすぐ、出そ……っ」 「くりゃはい、マスターの、ん、じゅるる、んっ、んぁ、 ふぅぅ、ん、ちゅっ、ちゅぅぅっ、くらしゃひぃ」 「葵も、ご主人のザーメン欲しいにゃ。はやくぅ、出してぇ。 んにゃ、んん、にゃぅん、ぷぁ、ん、んっ、ちゅぅ、ちゅぱっ」 「わ、わざとらしいけど、やっぱりそれはそれで、 可愛いな……。ぅ、く……っ」 「あぁ、ぴくぴくと……ふふふ、真様も可愛らしい。 もっと感じてください。ちゅるる、ん、はぁ……ちゅぱっ、 れろぉ、ん、んっ、ちゅるるるるっ」 「ぁ、っ、っ、駄目だ、もう……っ」 「ん、ん、んっ、ちゅぅぅっ、ちゅっ、じゅるる、じゅっ、 ぷぁ、はぁ、んっ、んっ、じゅるるるるっ、ちゅぅぅっ」 「あむぅ、んん、はむっ、んちゅ、んん、ちゅっ、ちゅぱっ、 ちゅる、ちゅっちゅっ、んんん、ちゅぱっ、んちゅっ」 「れろぉ、れろれろ、ちゅぱっ、ちゅるるる、ふぅ、んっ、 ちゅ、ちゅるるるる、ちゅぅぅ、ちゅっ、んんんっ」 「〜〜〜っ、で、出る……みんな、口開けて……っ」 「は、はひ、はひぃ、お口に、出して……くださいぃ……」 「ふにゃぁ、葵のお口の中にも、出してぇ」 「どうぞ、真様……っ、欲しいです……あぁ、真様の……っ」 「ぅっ、くぅ……っ」 「ふぁ、はぁ、ふぁぁぁ……」 「んにゃ、はにゃぁぁ……」 「あぁ、こんなにたくさん……」 精液が、三人に降り注ぐ。 それぞれ舌で受け止め、口の中に入れ。 くちゅくちゅと、味わった。 「ん、……、ふぅ、ん…………んんっ」 「はふぅ……。まだちんちんについてる……」 「顔にもたくさん……」 「あむぅ、ん、ちゅるるる、んっ、じゅるっ」 「れろ、ん、ちゅぅ、ん、んっ、れろぉ、んん、んっ」 「ぺろ、んん、はふぅ、はぁ、んっ、ちゅぅ、れろれろ」 アイリスが亀頭を咥え残った精液を吸い出し、葵と芙蓉はアイリスの顔に付着した白濁をぺろぺろと舐め取っていく。 そうして一滴残らず、俺の精を飲み干した。 「はふぅ……」 (ごちそうさまでした……とてもおいしかったです) 「あぁ……アイスよりも美味……」 「まじで? そんなに?」 「精を贄に生まれた鬼にとっては、なによりのご馳走ですから」 「ご馳走……。やっぱり定期的に食べるというか…… 飲みたくなるの?」 「定期的っていうか、常に? 下の口から直接入れてくれても構いませんが」 「体内に取り込めば満足できるってこと?」 「そうですね。気持ちがふわふわいたします。 真様に抱いていただいたときもそうでした」 「そう。まるでマタタビを摂取したときのように」 「マタタビなんて口にしたことないだろ」 「はい。ないです」 (マスター、ありがとうございました。 マスターの味……覚えました。うれしいです) 「うん、よかった。じゃあ――」 「次はエッチしよっか!」 「は?」 「え?」 「いや、え? エッチ? するの?」 「するでしょ。今の話の流れならするでしょ」 「いや無理でしょ。三人相手は無理でしょ。 っていうかもう飲んだからいいじゃん」 「お前舐めてんのか」 「……すみません。っておい、お前って言うな」 「こんな量で満足出来るわけないじゃん! もっと貰わなきゃ駄目に決まってるじゃん! っていうか最初からエッチする気満々だったしあたし!」 「え〜〜〜、もっとって……。 今ので俺、そこそこ疲れたし……」 「真様?」 「な、なに?」 「アイリスを抱いてくださる約束です」 「……」 「あぁ……まぁ、うん。それは、うん。 するけど……」 「であれば、ついでにわたくし共も」 「ついでにって、いやついでにって! 一日三回までって言ったのあなたですよ芙蓉さんっ!」 「一回くらい超えても平気ですっ!」 「根拠ないでしょそれっ!」 「ねぇ、お願いご主人。したいの……。 久しぶりにご主人のおちんぽ、ここに入れて欲しいにゃぁ……。 葵のここ、もうトロトロにゃの……」 「ぉ、ぉねがぃ、し、しま、す……。 ま、ま、マスター……に、気持ち、ぃぃ、こと…… して欲しい……です……」 「後生です……この火照った体…… 真様が鎮めてくださいませ……。 一人で慰めるのは寂しすぎます……」 「ぅ……」 膣を指でいじりながら、三人が俺に縋り付く。 くそ……そんな目されたら断れないだろうが……っ。 「……わかった、みんな寝転がって」 「やっふ〜〜!」 「ぁ、ぁりがとう、ござぃ、ます」 「あぁ、また真様に抱いていただける……。 興奮が抑えられません」 並んで仰向けになり、三人が足を広げる。 愛液でドロドロになった秘所が、目の前に三つ。 ……壮観だなオイ。 「まずはアイリスからしてあげてください。 まだ真様が元気なうちに」 「え〜〜〜っ!」 (葵お姉様からでも……) 「駄目です。一番は初めてのアイリスに。 さ、真様。たっぷりと愛してあげてください」 「ああ」 「ぅ……」 膣口に亀頭を押し当てると、アイリスが少しだけ体を強ばらせる。 初めての不安ではなく、期待のせいだろう。 芙蓉の言う通りたっぷりとしてあげたいし、本音は俺もしたいけど……あまり時間はかけられない。 三人も相手にしなくちゃいけないんだ。スピード勝負。疲れを感じないうちに一気にいかないとたぶん死ぬ。ガチで。マジで。 「行くよ」 「は、はぃ……」 (入れて、ください……) 「力抜いて」 「はひ……ふぁ、ふぁ、ぁ……っ」 「っ、ぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 (入ったぁ……! マスターのおちんぽ、入ったぁ……!) 甲高い嬌声が鼓膜を震わせ、歓喜の思念が頭の中で反響する。 アイリスの卑語に多少驚きつつも、あどけない声とのギャップで妙に興奮。 このまま突っ走ろう。 「あ、ふぁっ、ふぁぁぁっ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ、 あぁぁ〜〜〜っ」 (マスターがアイリスの中で暴れてる……! すごい、すごいよぉ……っ!) 「……っ」 体の小さいアイリスの中はかなり狭く、性器にぴったりと吸い付いてくる。 その分動くのに少し苦労したが、刺激だけで言えば三人の中で一番かもしれない。 加えて反応も異常なほどよく、こっちが心配になるほど全身を痙攣させ普段は想像も出来ないほどの声量で嬌声をあげた。 「ぁ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ! はぁ、ぁ、……あっ! 〜〜〜〜っ、ふぁっ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁっ! っ、っ、ひぅっ! あぁぁ〜〜〜〜っ! あ、ぁっ!!」 (狂ってしまいます……! こんなの、狂ってしまいます……っ! あぁ、マスター……! イクイクイク、イク……ッ!) 「ぁ……っ! ふぁ、ぁっ――! 〜〜〜〜っ!」 「え、はやっ。もういいんじゃない? 替わろ? イッたなら替わろ?」 「ま、まだぁ……ますたぁがぁ……」 「ふふふ、そうね。しっかりと中に出していただかないと」 「ほらほら、休んでる暇ないよ。 ご主人をもっと興奮させないとだにゃ」 「ぁ、や、ぁ、ぁっ、や……っ!」 (お姉様……っ、乳首は、駄目ですぅ……っ!) 「愛らしい反応……。やっと真様に抱いていただけて幸せね、 アイリス」 「は、はひ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜〜っ!」 葵がアイリスの乳首を摘まんで潰し、芙蓉は母親のように頭を撫でる。 二人に抱かれながらアイリスはぎゅうっと目を閉じ甲高く喘ぎ、腰を振り乱し背中を仰け反らせる。 「……っ、アイリスの体……めちゃくちゃ暴れる。 二人とも、そのまま押さえておいて。抜けちゃう」 「はい、承知いたしました。アイリス、じっとしててね」 「あれですか、これから本気だす的な」 「そのつもりだけ、どっ」 「あぁっ、ぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!!」 強く突き入れる。 アイリスがはじかれたように体を引きつらせ、目を見開いた。 なんだか無理矢理犯しているみたいだ。 それはそれで、興奮するんだけど。 「一気にいくから」 (はい、はい……っ! アイリスを好きなだけ――) 「――あっ、あ〜〜〜〜〜っ! あぁぁ〜〜〜〜っ!!」 「ふふ、思念を飛ばす余裕もなくなった?」 「またイッちゃえイッちゃえ。ほらほら」 「あ、ぁっ、やっ、だめぇ、ふぁ、ぁ、ぁっ! あ〜〜〜〜っ、ぁ、ぁっ! あぁっ!!」 「ご主人もはやくぅ。 葵ちゃんのここが寂しそうにしてるのにゃ」 「姉さん、真様の気を散らせちゃ駄目。 今はアイリスだけを見ていただかないと。 ほらアイリス、もっと気持ちよくしてもらいましょうね?」 「で、もっ、これ以上、はぁ……っ! あぁ、ぁ〜〜っ!」 「壊れちゃう、壊れちゃう壊れちゃう! マスターっ、壊れちゃいますぅ! あぁぁ、だめぇ! 気持ちよすぎて、壊れちゃうぅぅ……っ!」 「……っ、出すぞ、アイリス……っ」 「はぃ……っ! くださいください、ください……っ! マスターの熱いのぉ、くださいぃぃ……っ!」 「あ、〜〜〜っ、ぁぁ、ふぁぁ、ぁ〜〜〜〜〜っ!! イッちゃうイッちゃうイッちゃう……! またイッちゃうよぉ……っ!」 「っ、出る……っ!」 「イク……っ、イクイクイクイク、イクぅ……っ! イッちゃうぅぅっ、あ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜〜っ!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「あぁ……っ! はぁっ! ふぁ、ぁ、ぁ〜〜〜っ」 「ふぁ……出てるぅ、出てますぅ……っ、 マスターの、せいえきぃ……っ」 「うっしゃ終わったぁ! ご主人次! 次だよ次!」 「もう、姉さん。余韻というものがあるでしょう? アイリス、よかったわね。たくさん出していただいて」 「ひゃぃ、ふぁい……、よかったぁ……、 ますたぁ……ありがとぉ……っ」 「いや……」 ドッと押し寄せた疲労のせいで、それだけしか答えられず。 息をゆっくり吐きながら、性器を引き抜く。 ゴポと音を立てて精液が流れ出て、芙蓉が『あぁもったいない』とアイリスの性器を手で押さえた。 『ひんっ』とアイリスも悶えたが、その様子を鼻の下伸ばして観察している場合じゃない。 「次だ。芙蓉、足開いて」 「はい……よろしくお願いいたします」 「えぇ〜〜〜! おっぱいの大きさ順でいこうよ! それなら次あたし!」 「一番上のお姉さんだろ。我慢しろって。 最後にちゃんとしてやるから」 「最後って、ご主人スカスカになってるんじゃ……」 「あ……あんっ、あぁぁんっ」 「あぁ……入れちゃったぁ……」 葵の抗議は無視して、萎えないうちに芙蓉の中にねじこんだ。 アイリスとは違って、ねっとりと絡みついてくるような感覚。 こうやって連続でやると、違いがよくわかるな。 どっちも具合がいいってことには、変わりないんだけど。 「じっくり楽しむ余裕がなくて悪いけど」 「三人の相手は大変でございましょう。 なおざりで構いません。物のように扱っていただいた方が、 好みでございますから」 「大事には、するけど……ねっ」 「あぁんっ、はぁ、ぁ、ぁ……っ!」 ゆっくりとピストンを始め、徐々にスピードを上げていく。 突くたびに揺れる胸が、大迫力。 これは、芙蓉ならではだな。 「はぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、あぁんっ! ふぁ、ぁ、っ、っ! ぅぅんっ、あぁ、ぁっ! あぁ、こんなにも、はぁっ、 強く求めて、いただいて……っ」 「あぁぁっ、はぁ、ん、ぁぁっ、あぁんっ! とろけてしまいそう……っ、あ、ぁ、あぁ、っ、 はぁぁんっ」 「ちぇ〜、盛り上がっちゃってさぁ。 あたしは最後だって、ひどいよね〜」 「ひぅっ、や、やめ……っ、ふぁ……っ」 暇を持てあました葵が、放心中のアイリスで遊び始める。 逃れるように芙蓉にしがみつき、胸がひしゃげ、それがまた欲情を誘う。 だから、葵には好きにさせた。 エロくなればなんでもいい。今はそんな気分。 「あぁ、こんなに激しく……っ、あぁんっ! 前よりも、はぁ、ぁぁっ、強く、抉られて……っ、 あぁぁ、ぁぁ、っ、はぁんっ!」 「強くしないとイケないんだ。優しくはできない」 「はい、もっと乱暴に……ぁ、ぁっ! 扱って、くださいませ……っ! もっと、激しく、 力強く……っ」 「はぁぁんっ、ぁぁっ、あ、ぁ、〜〜っ、ふぁっ、 あぁ、ぁぁぁ、ぁ、ぁ、ぁぁんっ!」 「さぁ、真様……っ、いっぱい、いっぱい……、 この芙蓉の中に……精を放ってくださいませ……っ、 あぁ、ぁ、ぁ……っ、ぁぁぁっ」 「……っ」 俺のリズムに合わせ、芙蓉が膣をきゅっと締め付ける。 さすが芙蓉と言うべきか。おかげで、三度目の射精が近い。 「お、そろそろかにゃ〜? 早く早く〜。 ご主人早く〜。あたしもご主人のチンコ欲しい〜」 「もうちょっと、待てって。 あと、そういう下品なことも……っ」 「好きなくせに〜。アイリスもいやらしいこと言ってみて。 ご主人興奮するよ?」 「……」 「マ、マスターのおちんぽ…… お、お、おいしかった、です……」 「ぅ……」 「ほら〜」 「もう、真様? よそ見をしていないで、わたくしの中に 出してくださいませ。はぁ、んっ、早く、くださいぃ。 ほら、早くぅ」 「っ、ちょっと……待った、芙蓉……っ」 「待てません、ぁぁ、ぁ、ぁっ、欲しい、欲しいですぅ、 真様の濃い精液、わたくしの中に、流し込んでぇ……っ、 あぁ、ぁ、はぁ、あぁんっ」 「早くぅ、イッて、イッてください。 はぁ、あぁぁ、ぁ、ぁっ、イッてぇ、真様ぁ、早くぅ」 「くぅ……だ、出すぞ……っ」 「あぁ……はい、はい……っ、出して、くださいっ。 早く、欲しい、欲しいのぉ……っ」 「あぁ、ぁっ、ぁ、ぁ、ぁっ、あぁぁ……っ! はぁん、ふぁぁ、あぁぁぁぁんっ!!」 「はぁぁ……はぁ、はぁ……っ」 「あぁ……熱い……。わたくしの中で、ドクンドクンと……。 はぁぁ……とろけちゃいますぅ…………」 「ふ、芙蓉お姉様の……こんな、表情…… は、初めて……です。うれし、そう……」 「そりゃうれしいだろうさ! さぁ、ご主人! ご主人さぁ! 葵ちゃんのここ! 準備できてますよっ!」 「……」 「……明日じゃ駄目かな」 「駄目っ!」 「……だよな」 荒い息を飲み込みながら、性器を引き抜く。 「ぁん……っ、もう少しだけ繋がっていたかったのに……」 「お姉様……精液が……」 さっき芙蓉がそうしたように、アイリスが芙蓉の膣を押さえる。 普段なら完全にご褒美な絵面だ。 でもやっぱり鼻血出してる余裕はない。 「さっさと終わらせるぞ……葵」 「なにそれ、完全に作業じゃないっすか。 してくれればいいけど」 「は〜い、ご主人様? 葵のここに〜……ぶっといのぶち込んでくださいにゃ♪」 葵が指で膣を広げる。 とろりと溢れた蜜をすくいながら感触を確かめ、一気に奥まで貫いた。 「おっほぉぉぉぉ! きたぁぁぁあああああ! ご主人のおちんぽきたぁぁぁああああん!! ぎもぢい゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛〜〜〜っ!!」 「うぉびびった。おいっ、なんだよそれっ! どうしたっ!」 「ん? こういうの好きなんでしょ?」 「誰情報だよそれ……」 「伊予様」 「……エロゲか」 「はぁぁぁぁん! ご主人のトロトロおちんぽ汁 欲しいのぉぉん! や、やぁっ、らめぇぇええええ! しゅきぃ! しぇっくすしゅきぃぃぃぃいい!!」 「やめろって! 笑えるから! 萎えるからっ!」 「あ、はい。すみません」 「あ、葵お姉様……」 「余韻が台無しに……」 「わかったって! もう変なこと言わないから! ちゃんとするからっ!」 「こっちは疲れてんのに……。もう黙ってろ。動くぞ」 「はぁい。ぁ、ぁっ……! あ〜〜、久しぶりぃ……っ! 気持ちぃ、ぁ……っ」 アイリスや芙蓉とはまた違う感触をした膣内。 中に凹凸があるのか少し引っかかる感じというか、出し入れするだけでいろんな部分を刺激される。 けれど今はその刺激を楽しんでいる余裕はまったくなく。 必死に腰を振った。ただ射精するためだけに。 「あぁ、ぁ……ふぅ、はぁ、んっ……ねぇ、ご主人」 「な、なに」 「きついなら、んっ……やめても、いいよ?」 「え? な、なんだよ、どうしたんだよ」 「前も言ったじゃん。お役目よりなにより、 ご主人が大事だって」 「ご主人つらそうな顔してるし……。 あたしのために無理してるなら、我慢するよ?」 「葵……」 意外な言葉に、不覚にもキュンと来る。 ……そうだな。葵もこんな雑に抱かれたら、嬉しくないよな。 「葵」 「うん、やめる?」 「いいや、激しくするぞ」 「ひゃぁぁんっ」 今日一番の力強さで、膣の奥まで一息に突き上げる。 そのままのペースで、一突き一突き気持ちをこめて腰を振った。 「はぁ、ぁっ、やる気出たぁ? ぁ、ぃ、そこ……ぁぁっ! 気持ちいぃぃ〜〜っ! 媚び媚び作戦成功〜〜っ! ご主人単純だにゃぁ、はぁん、ぁっ」 「……お、お姉様、本心……漏れて、ます……」 「姉さんは正直過ぎます……」 「いいよ、今はその作戦に乗ってやる」 「あ、ぁっ、ぃ、ぃぃっ! そこ、いいよぉ……っ! あぁ、好き、ご主人大好きぃ……っ!」 「はいはい」 「ほんとだってばぁ! ぁ、気持ちぃ……っ! あ、ぁぁっ! エッチも好きぃ……っ! 気持ちいぃぃ……っ!!」 「もっと、ねぇ、ご主人もっと! もっとしてっ! もっとズンズンって、パンパンってぇ! あ、はぁ、ぅぅっ、もっとぉっ!!」 「もう限界ギリギリでやってるっての……っ!」 「でもぉ、足りないのぉっ!!」 「アイリス、仕返しするなら今」 「ぁ、は、はぃ」 「胸じゃなくて、そっちの方が効果的」 「ぇ、と……こ、ここ、ですか……?」 「ひゃうんっ、それいぃっ! いいよぉっ! もっとクリクリしてぇ! あはぁ、あ、ぁぁぁっ!」 俺に突かれ、アイリスにクリトリスをいじられ、葵が乱れまくる。 こうやって悦びをむき出しにするのは、葵が一番だな。 それでこそ、がんばりがいがあるってもんだ。 「ぁ、すごっ、いぃ、いいよぉっ! すごぃぃ……っ! 気持ちぃ、あ、はっ、はぁぁっ、ご主人、 気持ちいぃよぉっ」 「にゃぁんっ、飛んじゃう、飛んじゃぅぅっ! はぁぁ、わかんない、ぁ、ぁっ! よくわかんないけど、 飛ぶぅぅっ!」 「よくわかんないってなんだよ、笑わせにきてるのか お前は」 「してないぃ! まじめぇ! あ、ぁっ! それっ、 それ好きぃ! ご主人もっとそれしてぇっ! アイリスもやめちゃだめぇ!」 「は、はぃ……っ」 「はぁぁ、やっぱり、エッチ、気持ち、いぃ……っ! 好きぃ……っ! ずっと、してたいぃぃ……っ! ぁ、ぁ、ぁ、ぁぁぁっ、〜〜っ」 「ずっとは、無理だ……っ、もうイク……!」 「えぇぇ、やぁだぁああっ! もっとぉぉ!」 「真様の精子、欲しくないの?」 「欲しいぃぃぃ! 出してぇぇぇ!!」 「どっちだよ。いや出すけど、さ」 「あ、ぁっ! 奥の方、気持ちぃっ……! 奥に、出してぇっ! ズンズンって、奥にぃっ」 「あっ、ぃっ、いぃっ、あぁぁっ、はぁ、ぁ、ぁっ! あぁぁっ、いいよぉっ! はぁ、ぅぅっ、いいからぁっ、 ご主人、出してぇっ」 「くぅ……っ、一回、言ってみたいこと、あるんだけど」 「はぁ、ぁっ、なに〜?」 「葵、膣内に出すぞ……っ!」 「結局ギャグじゃぁんっ、はぁ、ぁっ、いいよぉ、 ちょうだい? せ〜し、欲しいにゃあっ!」 「あぁぁ、ぁ、ぁっ、そこ、ぃっ、ふぁっ、 はぁ、ぁ、ぁ、あぁんっ、あぁぁ、ぁ〜〜っ、 ふぁぁっ」 「――ッ」 「ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、やぁぁぁんっ!」 「ふぁぁ、は、ぁ、はぁ、あぁ、ぁ、ぁぁ……っ」 「ぅ……っ、はぁ、はぁ……っ、 よっし、終わったぁ……っ!」 「……っ、ぁぁぁあああ! だめへぇ!! ミルクぴゅ〜〜って、びゅ〜ってれれるぅっ! きもひぃぃぃぃぃいいいい!!」 「お、お前……っ! 最後の最後に……!」 「にゃっしっしっ、笑いで疲れも吹っ飛ぶでしょ?」 「いや、それは……どうかな」 性器を引き抜く。 そのまま立ち上がろうとして、くらりと目眩。 「え、ご、ご主人?」 「真様……っ」 「ぁ、ゎ、マスター!」 倒れ込んだ俺を、三人が慌てて支える。 あ、無理。もう無理。まじ無理。 「だ、大丈夫ですか?」 「……き、気持ち悪い…………」 「うわっ! 顔真っ青! あはっ! あははははっ!」 「姉さんっ! 笑い事じゃありませんっ!」 「ぁ、ぁの、き、きも、気持ち、悪いなら……っ あ、アイリスの、手に、は、は、吐いても……っ」 「いやそれどうよ、その献身さはどうなのよ」 「いや、ちょっと、いいから。休ませて……。 ちょっと休ませて……。寝たい……」 「ま、ますたぁっ!」 「死ぬなっ! 死ぬな真ぉぉぉおおおお!!」 「うるせぇっ! いいから寝かせて――」 「あれ、ここかな? 滝川琴莉、始業式を終えて――」 「――ぁ」 「ぇ?」 「……」 「……」 気まずい沈黙が流れた。 琴莉の目は、裸の俺たちとどこか虚空を行ったり来たりしている。 な、なんてタイミングで……! 「あら、琴莉さん」 「こ、こん、にち、はっ」 「コトリンも一発やってく?」 「ぇ、ぁ、ぇ、ぇと……」 「……」 「…………」 「ご、ごめんなさいぃぃいいい!」 「ま、待った、琴莉! 待った……!」 逃げ出した琴莉を追いかけようとするも、腕を伸ばすのが精一杯だった。 別に誤解とかはないし、追いかけたところでどうすんだって話ではあるんだけど、とにかく体に力が入らなくて。 今日一日……俺はまったく、身動きがとれなかった。 あと一時間とちょっとで、由美との約束の時間。 朝食を軽めに済ませてしっかりと腹を空かせてあるんだけど、少々問題が発生した。 「……うぐぐ」 呻きながら、ベッドの上を転がる。 どうも神経が高ぶっているというかなんというか……。変な期待をしてしまっている。 昨日結構いい感じだった。だから今日もいい感じで、もしかしたら……なんて。 都合のよすぎる妄想だ。 けれどどうしても『ありえない』と笑い飛ばすことができなかった。 “もしかしたら”を、俺はたぶん望んでいる。 「……」 むくりと起き上がる。 駄目だ、このままでは。 脳を下半身と直結させたまま由美の部屋に行くわけにはいかない。 がっかりして妙な空気にしてしまうのがオチだ。 凪のように穏やかな心を手に入れなければ。 そのために……。 ……。 できればこういう風にはしたくなかったんだけど、仕方ない。 部屋を出て一階へ。 廊下から居間の様子を窺う。 アイリスがウーパくんを抱きしめながらテレビを見ている。 葵は縁側で熟睡。芙蓉は台所かな。 好都合だ。芙蓉はともかく、葵に気づかれるとちょっとめんどくさい。 心の中で、アイリスを呼ぶ。たぶんこの距離なら届くだろう。 (アイリス) 「…………」 (アイリ〜ス) 「?」 気づいた。立ち上がって、俺に駆け寄る。 (はい、マスター) (テレビ見終わったら俺の部屋来てくれる?) (もうすぐお出かけされるんですよね) (ああ、そうだね。あと一時間くらいで) (ではただちに) (ありがとう。おいで) (はい) アイリスを連れて、部屋に戻る。 「さて、アイリス」 (はい。なんでしょうか) 「まぁ……あれだ」 (はい?) 「ちょっと言いにくいから……読んでくれ。 俺の心」 (いいんですか?) 「頼む」 (はい) 「……」 「…………」 「………………」 「っ」 俺の頼み事を把握したんだろう。ボッと頬が紅潮した。 (あ、あの……) 「……」 (ア、アイリスで、よければ……) 「ありがとう、おいで」 (は、はい) ベッドに腰掛ける。アイリスは俺の膝の上に座ろうとして、躊躇って、結局隣に。 葵や芙蓉とは違う恥じらった反応が可愛くて、つい俺も積極的に。 (ぁ……) アイリスを抱え上げ膝の上に乗せて。 後ろから、抱きしめた。 (恥ずかしいです……) 「今からもっと恥ずかしいことするよ」 (は、はい……) 俺の腕の中で、アイリスは少しだけ震えていた。 もっと恥ずかしいこと。つまり……アレだ。 ムラムラしてるから、ヤらせてくれと。 芙蓉に言われたからってのはあるけど、やっぱり抵抗はある。 アイリスを大事にしていないみたいで。 (いえ、嬉しいです) 心を読み、アイリスが俺を見上げ微笑む。 (マスターのお役に立つことがアイリスの喜びです。 アイリスを選んでくださったことが至上の喜びです) (ですから精一杯、ご奉仕させていただきます。 だからアイリスで……性処理をしてください) (アイリスも、マスターの、その……、 精子が……欲しいです) 「そうか……。ありがとう。じゃあ……遠慮なく」 (はい。もうマスターを受け入れる準備は……出来ています) アイリスが自ら下着を脱ぎ、スカートをたくし上げた。 本人的には、結構勇気のいる行動だったんだろう。 顔が真っ赤。それにやっぱり、緊張で震えてる。 「怖い?」 (いえ、期待が大きすぎて……) 「そっか。少しはほぐれるかな」 「ぁ……っ」 指先で割れ目を軽くなぞる。 ハチミツをすくったみたいに、愛液がたっぷりと絡みつく。 葵や芙蓉と同じだ。確かにもう準備はできている。 鬼が濡れやすいのは、セックスを楽しむことよりも精を体内に取り込むことが重要だからだろうか。 まぁ、なんでもいいか。 「……、……」 (マスター……) 「入れるよ」 (はい……。お願いします……) ファスナーを開け性器を取りだし、少しアイリスの体を浮かせて。 ゆっくりと、中へ。 「はぁ、ぁ、ぁ……」 「……っ」 「ぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「うぉっ」 いつものアイリスからは想像もつかない声量に、ちょっとびびる。 痛かったのかもしれない。アイリスの中は、驚くほど狭い。 (い、いえ、痛くは……っ) 「ふわ、ぁ、ぁ、ふぁ……っ、〜〜〜〜っ!」 びくびくっ! と突然体を痙攣させる。 うぇ? えっ? 「はぁ、はぁぁ…………ぁ〜〜〜…………」 (気持ち、よすぎて……) 「イッちゃいまひたぁ……」 「え、い、入れただけで?」 「はひぃ…………」 (マスターのおちんちん……) 「きもひいぃれすぅ……」 もうテレパシーを送っているのか自分の口で話しているのか判断がつかないんだろう。 アイリスの目はとろんとしていて、すっかり理性を失っているように見えて。 っていうかおちんちんて。アイリスちゃん、おちんちんて。 そんな可愛い顔してなんてこと言うんですか。お兄さん大興奮ですよっ。 「う、動いても、いいですかぁ……?」 「あ、あぁ」 「はぁ、ぁぁ、ぁ〜〜っ、ぁぁ、〜〜〜っ」 (あぁ、マスター、マスター……!) 「ぁぁぁ〜〜〜っ!!」 アイリスの声が二重に響く。 始まってしまえばやっぱり鬼、ということか。自ら腰を振り貪欲に快感を求め始める。 ただ普段大人しい分―― 「っ、っ、っ、ぁぁ、〜〜〜〜〜〜〜っ!」 このギャップが凄まじい。 興奮でペニスがさらに膨張し、ただでさえ狭いアイリスの膣内がより窮屈に感じられる。 アイリスが動くたびに、裂けてしまうんじゃないかと思えるほど膣口が大きく開き、歪に形を変え、愛液を涎のように垂れ流す。 「はぁ、ぁ、ぁっ、ぅぅ、はぁぁ、ぁ〜〜〜っ」 (大丈夫、ですか? うまくできていますか……?) 「ああ、気持ちいいよ。でももうちょっと声抑えられるか? 葵に乱入されそう」 (や、やって、みます) 「ますたぁ、とふたりきり、が、いいからぁ」 (がんばって、お、抑え、ます) 「っ、っ、っ、ぁ、……っ、ぁぁぁ……っ、でも……っ」 (難しぃ……っ) 「がんばって」 「っ、ふぁぁぁ!!」 軽く腰を突き上げただけで、アイリスの口から甲高い嬌声があがり、肩をすくめ全身を強ばらせた。 ……反応よすぎだな。やばい、燃えてきた。 もっと乱れさせたい。 「ま、ますたぁが、動いたらぁ……っ!」 (声、我慢……っ) 「できないれすぅ……っ!」 「駄目だ。我慢して」 (でも……っ) 「あぁぁっ、ぁ〜〜〜っ、ぁぁぁ〜〜〜〜っ!」 (できない、ですぅ……っ!) 「俺の言うこときけない?」 (ききます……っ、がんばりますっ、でも、でもぉ) 「きもひよすぎてぇ……っ、あぁぁんっ! ぁ、ぁ〜〜〜〜っ、っ、っ、っ、……っ」 「あぁぁ……っ、だめぇ……っ! こえ、れちゃうぅ……っ! あぁ、だめ、だめ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜〜〜〜っ!」 (ごめんなさいごめんなさい気持ちいいんですごめんなさい! 気持ちいい気持ちいいよぉ! ごめんなさい、 声出ちゃいますぅ! 気持ちいいんですぅ!) 「守れないか。じゃあお仕置きだな」 (はい、はいっ、いじめてください! アイリスのこと もっといじめてください! 気持ちいい気持ちいい……っ、 気持ちいいよぉ! もっといじめてくださいマスタァ!) 「ふぁぁっ、ぁ〜〜〜〜、あ、ぁっ! あ〜〜っ、ぁぁ〜〜〜〜っ、っ、っ! あぁぁん、ぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」 完全に理性の糸が切れ、アイリスは一心不乱に腰をくねらせる。 俺のリズムに合わせるなんて、そんなことはおかまいなしに、ただめちゃくちゃに。 ベッドはギシギシと軋み、結合部からはクチュクチュと淫靡な音が響く。 そしてそれをかき消すほどの大きさで、アイリスは喘ぎ続けた。 「ぁぁ、ぁっ、ごめんなさいごめんなひゃぃ……っ! 声、ごめんなひゃぃぃ……っ! ぁぁ、ぁ〜〜〜っ!」 「アイリスは、いけない子ですぅ……っ! だからもっと、おしおきして、くらひゃぃぃ……っ! いじめて、欲しぃですぅ……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜〜っ、ふぁぁ〜〜〜〜っ!」 涎がぽたぽたとドレスに垂れ、秘所からは愛液がおもらしでもしたように大量に流れ出ていた。 膣はひくつき、俺自身にぴたりと吸いついて離れない。 「あぁ、マスター、マスタァ……! お仕置き、してください……っ、ますたぁのおちんちんで、 アイリスにぃ、お仕置きぃ……っ」 「ぁ、ぁ〜〜〜っ、ぁぁぁ〜〜〜〜っ! ぁ、イク、イクイク、イク……っ、お仕置きされて、 イッちゃう、イッちゃ、ぅ、イッちゃうぅ……っ!」 「いい、ですか? イッても、いいれすかぁ? 駄目、ですかぁ? イキたい、ですぅ、 イッちゃいますぅ……っ!!」 「もう少しだけ、我慢」 「はい、はいぃ……っ! 我慢、します……っ! ますたぁの命令に、したがぃ、ますぅぅ……っ!」 「あぁ、ぁぁぁ、でも、ぁ〜〜〜っ! イッちゃぅ、イッちゃいます、からぁ……っ!」 「がまんできない、アイリスにぃ、おしおき、 おしおき、くださぃ、おしおき、してぇ……っ!」 「あぁぁ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……! イク、イクイク、イク……っ、ごめんなさいごめんなさい、 イッちゃぅっ、イッちゃいますぅ……っ!」 「イクイク、イクッ、イクゥ……っ! ごめんなさい、 イキます、イクイクイクイク、イク、イクっ!」 「く……っ!」 「イクぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜っ!!」 「ふぁぁ、っ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁ、ぁぁ〜〜〜っ」 アイリスが全身を硬直させると同時に、俺も達した。 小刻みに痙攣し続ける小さな体の中に、大量の精液を吐き出す。 「ふぁぁ……出てます……、いっぱい、ますたぁの、 せいえきぃ……」 「……」 「ぁ……」 (ご、ごめんなさい、イッてしまいました……。 声も我慢できなくて……) 「いいよ、俺もイッてるし」 我に返りしゅんとするアイリスが可愛くて、抱きしめる。 脱力感はあるが……ああ、俺は今とても優しい気持ちになっている。 まさに聖人君子。明鏡止水の境地。 「ありがとう、すっきりしたよ」 (は、はい。ぁ、待って……ください) 性器を引き抜こうとしたが、アイリスが俺の腕を掴む。 そしてきゅうっと膣を締め付けて、『はふぅ』と吐息をこぼした。 (最後の一滴まで……アイリスのものです) 「満足できた?」 (はい、とても……幸せでした。 アイリスはマスターのお役に立てましたか?) 「すごく」 「よかった……」 肉声でこぼし、ふにゃんと崩れる。 ゆっくりと結合をといて、アイリスをそのままベッドに寝かせた。 「疲れたろ、休んでて」 「あぁ……」 「うん?」 (アイリスので汚れてます。ふきふきします) 「……お、ぉ」 アイリスがティッシュに手を伸ばし数枚とって、男性器に付着した愛液を拭う。 そこでまた熱い欲求に目覚めかけたが、なんとか耐えた。危なかったぜ。 (綺麗になりました。これでお出かけ……できますね) 「ありがとう」 頭を撫でる。アイリスは嬉しそうに笑った。 「よし、行くか」 出しっ放しの息子をズボンの中にしまい、準備万端。 大丈夫だ。これで昨日みたいに、由美と自然に話せる。 「行ってくるよ」 (はい。行ってらっしゃいませ、マスター) アイリスの額にキスをして、部屋を出た。 「お邪魔しま〜す」 「はい、いらっしゃいませ〜」 少しだけ扉の前で待たされて、『やっぱり片付いてなかったんじゃん』『念のためです』なんてやりとりを挟みつつ、部屋の中へ。 昨日と同じように座椅子に座り、部屋の中をきょろきょろ。 部屋に充満する甘い香り。無条件で、落ち着かなくなる。 「あ、勝手にハンバーグとか言っちゃったけど、 大丈夫?」 「好きだよ、ハンバーグ」 「ふふ、だよね。よっしと」 髪を束ねて、気合いを入れる。 「お、今日は本気っぽい」 「昨日みたいな失敗したくないから。 しばらく待っててね。 準備しておくつもりだったんだけど……ごめんね」 「俺が早く来ちゃったから。ゆっくりでいいよ」 「うん、待っててね」 微笑んで、台所へ。 ハンバーグか。結構手間がかかるイメージだけど……。 「なにか手伝うことある?」 「大丈夫〜。テレビとか見ててもいいよ〜」 「へ〜い」 テレビをつける。チャンネルは変えず、そのまま。 特に頭には入ってこない。ただつけているだけ。 意識は、台所にいる由美に。 ……。 駄目だな、やっぱり変なことを考えてしまう。 思春期かっつーの。もうちょっと落ち着きたいね……。 「ん〜……あれ? ん〜〜〜っ」 台所から変な声。 何事かと、テレビを消して様子を見に行く。 「どしたの?」 「袋が切れない……。そっちにハサミないかな〜?」 「ハサミ? どこらへん?」 「テーブルの上とか〜」 「ん〜……ない」 「じゃあ引き出しの中」 「開けてもいいの?」 「うん、テレビの近くの」 「はいはい」 チェストに近づき、一番上の引き出しを開ける。 なし。 二番目を開ける。 こっちも――。 「?」 ハサミはなかったけれど、ふと目についた物。 一瞬なにかわからず、首を傾げて。 何気なく、手に取ってしまったのは。 「あぁ……」 ……コンドームか、これ。 ……。 ……なんだ。俺の女性関係を気にしてたのに、自分だってやることはやってるんじゃないか。 「ハサミあった? ……ぁっ!」 戻ってきた由美の、焦った声。 顔を見ることはできなかった。 というより今の俺の顔を、見られたくなかった。 「あ、えと、それは……っ!」 「帰るよ」 「え、ど、どうして?」 「彼氏に悪い」 「か、彼氏? なんで?」 「なんでって……」 それを言わせるのか、俺に。 「……彼氏と過ごす部屋に、他の男連れこんじゃ駄目だろ」 「え、えぇっ? か、彼氏なんて……っ」 「いるんだろ?」 「え……ぇ? いる、つもり……だけど……」 「つもりって……なんだよそれ」 「だって、相手は私のこと……彼女って、 思ってないかもしれないから……」 「……だから俺を部屋に呼んでもいいって?」 「えぇと、ご、誤解してる。この部屋に男の人、 真くんしか入れたことないっ、お、お父さん以外はっ!」 「なんで嘘つく。だったら、こんな物あるはずないだろ」 「嘘じゃないってば!」 「だからそういうのいいって」 「本当なのっ、ずっとあるわけじゃないのっ! さっき買ったの!」 「さっきって……は? さっき?」 「……」 「ドラッグストアで?」 「そ、そう……です」 「えぇと……こ、このあと、彼氏と?」 「そ、そんなわけない。真くんとしか……会う約束してない」 「あれ……じゃあ、あれ? これ……」 「…………」 「えっ?」 「………………」 由美の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。 俺もちょっとずつ、事態が飲み込めてきて。 どんな顔をしていいのか。どんな態度をとればいいのか。どんなことを言えばいいのか。 ……パニックだ。 「あ、あの……」 「……」 「こ、こんなはずじゃ……なかったんだけど、その……」 「…………」 「き、聞いてください」 「は、はい」 「あ、あの、芙蓉さんとの、関係を……なんていうか、 その、聞いて、やっぱり……えと、 悔しかったっていうか……」 「二人の関係、壊すつもりは……ないんだけど、 でも、それでも、諦めるなら、できること全部しなきゃって 思って……」 「だから、あの、ちょっと、妄想しすぎて、 暴走しちゃったのは、えぇと、認めるけど、 もしもに備えておきたかったというか……」 「もしうまくいったとき、無理って言いたくなくて、 だから、あの、あらゆる可能性を排除せず統計学的に 最も信頼のおける選択肢を合理的に選び――」 「え、ぇ? わかんないわかんない、つ、つまり?」 「だ、だから。も、もう、わかってるでしょ?」 「わ、わかるけど、結論言ってくれないと、 どういう反応していいか……」 「うぅ……だから、あの、だから、わかりやすく 結論を言えば……」 「その、えぇと……ま、真くんは……」 「……」 「き、聞いてる?」 「き、聞いてる。真剣に」 「は、はい……。えと、だから……」 「真くんは私のこと……どう思ってるかわからないけど」 「…………」 「私は……真くんと別れたつもり……ない、です」 「ごめんなさい。まだ……好きです。大好きです」 「だからまた私と……」 「………………」 「つ、付き合って、ください」 「…………………………」 一瞬、頭が真っ白になった。 その後『え?』って言葉で埋め尽くされる。 まだ、好き? 付き合ってください? もう終わったと思ったのに? 由美は美人だから次に進んでいるだろうって。 期待を裏切られたと、身勝手にイライラしていたのに。 それでも、こんな俺を……好き? 「あ、ぅ、だ、だから、それを買ったのは、 そういう覚悟も、あったってことで……」 「だ、だって、芙蓉さんとは、その、大人の関係なんでしょ? だから私も、使う使わないは別にしてそれくらいの気持ちが なきゃって思って――」 「だから、別に、そうっ、は、初めて買って、 すごく恥ずかしくて、レジの前何度も 行ったり来たりして――」 「恥ずかしくても、負けちゃ駄目だって思って、 だからがんばって……」 「だから、だから……」 「……」 「返事を……聞かせてください」 「ずっと……好きでした。 離れてる間も……ずっと」 「あなたのことだけが……好きでした」 「……」 「……」 「や、やっぱり、駄目……だよね。 真くんには芙蓉さんが――」 「……もう無理」 「へ? え? わ、わ、ゎっ、何? きゃっ」 辛抱堪らず由美を抱きしめ、強引に、ただ強引に力任せに、無理矢理その場から移動させて、ベッドに押し倒した。 胸の内でもやもやしていたものが爆発的に膨れあがり、もう抑えることができなかった。 「え、ぇ、ぇっ……」 「由美」 「は、はい」 「好きだっ」 「ふぇっ? ん、んん……っ」 慌てる間も返事をする間も与えず、唇を塞いだ。 思い出す。これが三度目のキス。 一度目も二度目も、ただ唇を触れあわせただけで二人とも真っ赤になってしまった。 でも今は違う。 「ん、はぁ……ん、ちゅ……んん、っ」 閉じた唇を割り舌をねじ込んで。 由美の口内を舐め回し、舌同士を絡め、唾液を流し込む。 ずっとしたかったキス。今、叶える。 「っ、……、はぁ、んん、ん、……はふ、ん、……、はぁ……」 俺の一方的な願望。受け止めてくれたのか、戸惑っていた由美の体から、力が抜ける。 身を任せ、遠慮がちに俺の舌を迎え、切なげに喘ぐ。 互いの唾液を混ぜ合わせ、たっぷりと久しぶりのキスを楽しんで。 「…………はぁ…………」 見つめ合い、唾液の糸を引きながら、絡めた舌をほどく。 「……」 残った感触を確かめるように、由美が人差し指で唇に触れる。 そして身をよじり、真っ赤になった顔を背けた。 「……いいよな?」 「…………」 ちらりと、一瞬だけ俺を見て。 口を少し開け、なにか言いかけ。 結局言葉にならず、ただこくんと、うなずいた。 「……由美」 「んっ……ぁ、ん、ちゅ……んん、ん……」 またキスをする。 唇を優しく吸いながら、胸に触れた。 指が沈む。下着の、少し固い感触。 「ぁ……はぁ、……、んっ、……っ、ちゅ、ん、っ、んっ」 唇は離さず、ノースリーブの裾に手を持っていく。 「ぁ、ん……」 反射的にか、わずかな抵抗。由美の手が俺の手に重なる。 けれどすぐに離れて、代わりに俺の背中に手を添える。 『大丈夫』と意思表示。 あまり怖がらせないよう、ゆっくり。 けれど肌が見えるにつれ、気持ちの高ぶりを抑えられず。 結局は少し乱暴にノースリーブをめくり上げ、下着をはぎ取った。 「…………、あ、あんまり、見ないで……」 「無理だよ」 隠そうとした腕を掴んで。 直に胸に触れる。 「ぁ……、……っ」 押し殺した吐息。頭に血が上った俺には、どこか遠く聞こえて。 「んっ、っ、はぁ……、は、はずか、しぃ……っ」 鷲掴みにする、乳首をつまむ、口に含む。 乳房がひしゃげる、乳首が勃つ、唾液でぬめる。 「はぁ…………はぁ、ぁ、……はぁ……、んっ、 ……、はぁ……」 由美が両の手の平で顔を覆い、息を弾ませる。 夢中で胸を揉み、乳首を吸う。 愚息はズボンの中で、すでにガチガチになっていて。 今すぐ取り出して、この柔らかな胸に挟んで、しごきたかった。 けれど、まだギリギリ理性は残っていて。 最初からそれは飛ばしすぎだろって、引かれちまうぞって。パイズリは、今は我慢。 それに、もっとしたいことがある。 「由美……」 「……、はぁ…………、っ、はぁ……」 名前を呼ぶ、返ってきたのは吐息だけ。 ショートパンツに触れる。 「……っ、っ、はぁ、ぁ、はぁ……、っ……」 さらに息が荒くなる。身をよじる。 けれど、嫌がりはしない。 ボタンを外し、ジッパーを下ろす。下着が見える。 「っ、ぁ、……、はぁ、ぅぅ、ふぅ、はぁ、はぁぁ……」 声が震えている。足を曲げて、太ももをぴったりとくっつける。 恥じらいからの、ささやかな抵抗。 けれど俺がパンツを脱がそうとすると、すぐに諦めて。 足を少し開き、されるがままに。 「ぁぁ……もぅ……死んじゃぅ…………」 声は震えているどころか、もう涙声に近くて。 少し罪悪感。 でも、俺の欲情を鎮めるほどじゃあない。 「……ぅぅ、はぁ……ぅ、はぁ……はぁぁ……、っ、 はぁ……」 肩で息をする。そのたびに、胸も上下する。 下半身は、完全に露わになっていて。 この姿を、由美の裸を、何度妄想したか。 正直に白状すれば、オカズにしたのも一度や二度じゃない。 この肌に触れたかった。胸を揉みたかった。乳首にしゃぶりつきたかった。セックスをしたかった。 ほとんど叶えた。最後の一つも、目の前に。 「触るから」 「はぁ……ん、っ、は、はぃ…………」 由美が頷いたのを確認して、割れ目を指でなぞる。 ……ここで初めて、俺は少し焦る。 濡れている。濡れてはいるが……葵や、芙蓉や、アイリスのように、ドロドロとは決して言えず。 汗ばむように、しっとり。この程度では、たぶん挿入はまだ早いだろう。 ……そうだよな。俺って、イージーモードでみんなに“抱かせてもらっていた”だけなんだ。 由美を感じさせることができるのか、急に不安になる。 「……真、くん?」 急に動きを止めた俺に、由美も不安げな視線。 『いや』と首を振って、情けない胸中を悟られたくなくて、半ばやけくそ。 膣口を広げ、顔を近づけた。 「ゎ、ゎっ、ま、待って……!」 そこで今日一番の、強い抵抗。拒絶。 腰を捻って、俺から逃れようとする。 「……怖い?」 「ぇ、と……怖く、ないわけじゃ、ないけど……」 「じゃあ、やめておくか?」 「う、ううん。ずっと……うん、ずっと……覚悟だけは、 決めていたから……真くんと、その、私も…… したい、けど……」 「け、けど、その、その前に……えと、き、汚いから、 しっ、しゃ、シャワー、あ、浴びて、いい……?」 「あぁ……」 「だ、駄目?」 「駄目」 「えっ、で、でで、でも――ぁ、ひゃん……っ!!」 無理矢理足をこじ開け、指ではなく舌で割れ目をなぞる。 味は思ったほど特徴的なものではなく。匂いだってしなくて。 汚いなんて、俺はまったく思わなかったから。 夢中で、そして無茶苦茶に、キスをして、割れ目に舌を潜り込ませ、由美を味わった。 「ぁ、だ、め……き、汚い、汚いからぁ……っ! ぁぁ、は、ぁ……っ、ぁぁ、ぁ……っ!」 「ふぅ、ま、待って、真くん、おねが、ぃ……っ! ぁぁ、ぁっ、〜っ、はぁ、ぁ、ぁっ」 さっきまでの吐息とは、様子の違う声。 喘いでる。由美が。 なんだ俺、できるじゃん。調子に乗って、益々行為は加速する。 「――ぁっ、だ、め……っ! はずか、し……っ! こ、こんなの、へ、変、だよぉ……っ! ほんと、汚い、からぁ……っ!」 じゅるじゅると音を立てながら、膣に吸いつく。 「ぁ、だめだめだめっ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁぁぁっ! はぁ、ぁぁ、ぁ……っ、ま、って……! おねがぃぃ……っ、ぁぁぁっ!」 指で思い切り広げ、ぷっくりと膨らんだクリトリスを舌先で転がす。 「ぁ、ぁっ、だめっ、ふぁ、こ、怖い……っ、 あぁぁ、待って、こんなの、お、お願い、お願いぃ……っ、 真くん……っ! 真、くん……っ! お願い……っ!!」 膣内に舌をねじ込んで、かき回す。 由美がぐっと俺の頭を押して、腰が逃げる。 「真、くん……っ!」 「……」 我に返る。 今のは、本気の拒絶だった。 「はぁ、は〜〜…………はぁ、ぅ、はぁ……」 「ご、ごめん……」 「う、ううん……私も……ご、ごめん……。 は、恥ずかしすぎて……あと、刺激が……その……」 「強かった?」 「び、びっくり……した」 「や、優しくする」 「う、うん……ありが、とう……初めて……だから……。 ……ごめんね?」 「え、初めて……」 「もう……さっきも、言ったよ? 私は、別れたつもり……ないって」 「真くん以外と……付き合ったこと……ないもん」 「あ……」 「……」 「初めて、貰っていい?」 「……うん。そのつもりで……ずっと、待ってたから」 「……じゃあ、入れるから」 「……うん。あ、えと……」 「わかってる」 箱から、コンドームを一つ取り出す。 袋を破る。俺もズボンと下着を脱ぐ。 我慢汁でドロドロになった亀頭に被せ、少しずつ装着。 「ああ、くそ」 空気が入った。失敗。乱暴に外す。 落ち着いて、もう一回。 また少し空気が入った。でも我慢の限界。 たぶん許容範囲。そう言い聞かせて、由美の大事な場所に、俺自身をあてがう。 「いくよ?」 「う、うん」 「……」 「ぅ…………っ」 まずは亀頭を潜り込ませる。 強い抵抗。まだ濡らすべきだった? けれど今さら、前戯には戻れない。 「ぁ、ぁ、ぁ……っ」 ゆっくりと、腰を前に。 徐々にだけど、進んでいく。 「はぅ、ぁ……っ、ぅぅ…………っ」 さらに強い抵抗。これがそうなのかな、と予想をつけて。 『いくよ』と声をかけて、思い切って、前進。 「ぁっ、い、ったぁ………………っ!」 由美の表情が、苦悶に歪む。 びびってしまったのか、反射的に腰を引く。 結合部が、うっすらとピンク色に。 愛液に混ざった、破瓜の血。 ……ちょっと冷静になる。 「だ、大丈夫か?」 「う、うん……。今の……嘘。 つい言っちゃっただけで……痛く、ない」 「嘘つけ」 「ほんと」 「嘘だ」 「ほ〜〜ん〜〜と!」 ムキになる。 いつも遠慮がちなくせに、妙なところでムキになるんだよな……。 「好きにして……いいから」 「ほんとに好きにするぞ?」 「うん」 「乱暴にしちゃうぞ?」 「いいよ」 「痛かったら言えよ?」 「痛くないから大丈夫」 「知らないぞ」 「ふふ、ぁ、はぁ……ぁ、ぁっ……」 ゆっくりと、ピストンを開始する。 呻き声とも喘ぎ声ともつかない声。 痛みを気取られないよう、由美は微笑んでる。 「ぁ、ん……はぁ、ぁっ……真、くん……好きだよ?」 「あぁ……俺もだ」 「……やった。ぁ、ぁんっ、ぁぁ、はぁ、ぁぁ、 はぁ、はぁっ」 由美が笑う。 ああこんな顔、いつ以来だろう。 嫌いになったわけじゃなかった。疎ましいわけでもなかった。 けれど俺たちはすれ違い、違う道を歩き始めた。 「真、くん……っ! 好き、好き……っ、好きぃ……っ!」 意地を張らず、早く素直になれていれば。 俺たちの“今”は、もっと先に進んでいたんだろうか。 でももう、関係ない。 「ぁぁ、ぁっ、はぁっ、好きだよ、好き、好きですっ、 好きっ、好き、好き……っ!」 繋がっているから。 俺たちはやっと、一つになれたから。 ようやく迎えた。夢見ていた、この瞬間を。 「由美……っ!!」 「……あっ! あぁぁっ、真、くんっ! あぁぁっ!!」 想いが溢れ、優しくするなんて約束はどこかに消えて。 がむしゃらに腰を叩きつける。 これしかできない。気持ちを伝えるには、これしか。 「由美、由美……っ」 「あぅっ、ぃっ、ぁ……っ! あぁぁっ、真、くん……っ! はぁ、ぁ、ぁ、っ、っ、ぅぅぅ、っ、〜っ、っ、っ」 「ぁっ、ぁ、ぁっ、あんっ! あぁぁっ、――っ、 はぁ、はっ! っ、はぁ、っ、はぁぁ、 ぁ、ぁぁぁっ、っ、ぁ、ぁっ!」 「由美、好きだ、好きだ……っ」 「私も好き、好きぃ……っ! ずっと、真くんのこと、 好き……っ! あぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ、 真、くぅん……っ!」 「く……っ」 「はぁ、ぁぁ、いいよ、遠慮、しなくて、いいからぁ……っ! もっと、しても……いいからぁっ! はぁ、ぁぁ、ぁっ」 「気持ち、いいよ、真くん、気持ちいいからぁ、あぁぁ、 真くん、真くん、真くん……っ! ふぁぁ、ぁ、ぁ〜〜っ、 ぁ、ぁっ!」 「……っ、い、く……っ!」 「う、ん、きて、真くん、いいよ、きてぇ……っ、 ふぁぁ、ぁ、ぁっ、っ、っ、〜〜っ、ぁっ、 うぅっ、はぁっ、ぁ、ぁ、ぁっ」 「〜〜〜っ、ぁっ! ぃっ、っ、っ、っ、〜〜っ、 あぁぁっ、ぅぅ、真くん、いいよ、きてぇ……っ!」 「〜〜っ」 「ふぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁ、ぁぁぁぁんっ」 「……っ、あ、はぁっ、ぁ、ぁ……っ」 由美の中で達し、精を放つ。 コンドームに阻まれ、由美に届くことはないけれど。 やり遂げた、そんな感じ。 途方もない満足感があった。 「……真くん?」 俺が射精した実感がなかったからだろうか。不思議そうに、脱力した俺を見つめる。 もう終わったの? そんな様子。 満足させられなかったんだろうか。ちょっと傷つく。 でもずっと痛みに耐えてくれていたから。少し涙目になっているから。 もう一回なんて、とても言えない。 「……大丈夫?」 「……すげぇ気持ちよかった」 「ふふ……私も」 「嘘つけ」 「ほんと」 「痛かったろ?」 「全然?」 「嘘つけ」 「痛くありませんでした〜」 「またムキになって……」 「ふふ」 「ははっ」 笑いあい、繋がったまま抱き合って。 「ん……」 キスをする。 これ以上無理をさせたくなくて、やっぱりもう一回とはならなかったけど。 離れていた時間を、埋めるように。 「ぁ、ん……はぁ……んん、ん……ちゅ……」 肌を重ね、唇をむさぼった。 ずっと、飽きるまで、ずっと。 日が暮れかけた頃、みんなが帰宅。 報告は、ひとまず後回し。 芙蓉はすぐに夕食の準備を始め、葵と琴莉は伊予と一緒にゲーム、アイリスは俺とテレビを見る。 しばらくまったりとした時間を過ごして。 「さ、できましたよ。アイリス、手伝って」 (はい、お姉様) ようやく夕食の時間。 みんなで食卓を囲み、いただきます。 「よし、じゃあ食事をしながら報告を聞こうかな」 「葵ちゃんとアイリスちゃん、とってもがんばってたよ」 「うん、がんばった。収穫はありませんけど」 「ありゃ、不発か」 「人の出入り激しすぎて、まばたきしてる間に思念が 上書きされていっちゃう。よくこの前は犯人の思念 読めたにゃ〜って自分を褒めたいです」 「難しそうか?」 「かなりの執念というか、気持ち悪い悪意を感じたから 無理とは言わないけど……探し出すのに時間かかるかも」 「なんとか頼む」 「らじゃり!」 「アイリスはどうだった?」 (嶋様もあまり変わりはありませんでした。 なので……ごめんなさいマスター。 特に新しい情報は) 「わたくしも……申し訳ありません。特にこれといって。 主にお子さんたちの話で……」 「そして私はいつも通りついて行っただけで なんにもできていませんっ! ごめんなさいっ!」 「あはは、いや、みんなお疲れ様。ありがとう。 すぐに成果が得られるものでもないだろうし、 謝らなくていいよ。じっくりいこう」 「うんっ」 「梓の方はどうじゃ。なにか連絡はあったか?」 「いやぁ、特に。昨日の今日だしね」 「なになに〜? つれないじゃないっすか〜。 まさに昨日の今日じゃないっすか〜」 「冷やかしてこないと思ったら……いまさらかよ」 「え? なになに? なにが?」 「昨日ね、ご主人と梓っちがズッコンバッコンっすよ」 「え、ぇ、ぇっ?」 「おい、葵」 「姉さん。下品にもほどがあります」 「だってしてたじゃ〜ん! 昨日エッチしてたじゃ〜ん!」 「ぇ……ぇっ?」 「葵、やめろ。食事中にする話じゃない」 「はぁい。してたのにね。ね、アイリス」 (し、知りません……) 「姉さんっ」 「はぁ〜〜〜い」 「まぁ恥じることではあるまい。 嫁候補を見つけておくのも大事なお役目じゃしな」 「え、ぇ……お兄ちゃん、梓さんと…… つ、付き合ってる、の?」 「いやぁ、まだそういう関係ではないけど」 「まだ……」 「……」 「そっか」 「そっかぁ……」 「おっかわっりくっださ〜い」 「はいはい。伊予様も大丈夫ですか?」 「いる。特盛り」 「はい」 自然と会話が途切れ、みんなが食事に集中する。 「……」 ただ琴莉はずっと、俯いていた。 「ふぅ……」 軽く体を流してから、浴槽につかる。 なにげに風呂に入るたび思い出すんだよなぁ……。琴莉の、なんていうか、まぁ、あれだ。インパクトが強すぎた。 ……。 後悔するのは梓さんに対して失礼だからしたくはないけれど、少なくとも時と場所を選ばなかったのは、軽率だったかもしれない。 琴莉が明日から来なくなったらどうしようか……。 自惚れみたいで嫌だけど、それが少し、不安だった。 (マスター) 「ん……?」 考え事に、アイリスの声が割り込む。 曇りガラスの向こう側に人影。 洗面所にいるのか。それなら普通に喋って大丈夫だな。 「どうした〜?」 (お着替えお持ちしました) 「お、ありがとう」 (はい。あと……) 「うん」 (ご一緒しても……いいでしょうか?) 「ん? 一緒に入るの?」 (マスターさえよろしければ……) 「どうしたの、急に」 (……) (マスターに、隠していたことが) 「うん?」 (申し訳ありません、伏見様との情事…… 盗み聞きしておりました……) 「ああ……思念が漏れちゃったのかな」 (いえ、その、情事に気づき、意図的に……) (無闇に力を使っては駄目とのマスターのお言葉を 無視してしまいました。本当にごめんなさい……) 「朝から変だったのはそのせいか……。 いいよ、気にしないで。俺だってその力持っていたら、 絶対使ってる。気になるもんな」 (ですが……) 「あはは、アイリスは三人の中で一番真面目だな。 俺も伊予に言われたことだけど、あまり悩まないようにね。 それくらいで怒ったりしないから」 (……) (せめて、お背中を) 必死なアイリスに、自然と笑みがこぼれる。強情なのは、みんなと同じだな。 「わかった、おいで」 (ありがとうございます) 戸がゆっくりと開き、恥ずかしそうにもじもじと、アイリスが浴室の中へ。 裸だとは思わなかったから、ちょっと俺もうろたえる。 (失礼します) 「あ、ああ」 (では……お背中流します) 「う、うん、頼むよ」 湯船から上がり、椅子に腰かける。 アイリスはシャワーの温度を確認して後ろに回り、『失礼します』と俺の背中を流していく。 十分に濡らしたあと、ボディソープを泡立てたタオルでゴシゴシとこする。 (痛くはないですか?) 「大丈夫」 (はい) 「……」 (痒いところはありますか?) 「それも大丈夫」 (はい) 「……」 (あの……) 「なに?」 (あ、いえ……) 「遠慮しないで。言いたいことあるなら、気兼ねなく」 「……」 (言いたいことではないのですが……) 「うん」 (し、失礼します) 「ん? お?」 背中に温かで柔らかい感触。 アイリスが俺の腰に腕を回し、抱きついていた。 そして俺の股間を撫で始める。 「い、いや、アイリス? そっちはいいぞ?」 (マスターの命に背いてしまいました……。 ですから、どうかご奉仕させてください……) 「ご奉仕って……お、ぉ、ぉぉぉ……っ?」 「……」 幼く愛らしい指が、艶めかしく動く。 たどたどしさなんて一切無く、誰かにしたことあるんじゃないかと疑ってしまうほどの慣れた手つきで局部を刺激され―― 「おぉぉ……!」 あっさりと我が息子は勃起した。 な、なんてテクニシャンだ……!ロリィな見た目でもやはり鬼ということか……!恐ろしい子……!! (お時間はとらせませんので……) 「うぉぉぉ……っ」 アイリスの細い指が竿全体を優しく包み、根元から亀頭に向かって精液を絞り出すようにしごき始める。 緩急をつけ、強弱をつけ。 的確に、無駄なく、俺の快感のツボなんて、全て知ってるって言うように。 手に馴染ませたボディソープを潤滑油に、くちゅくちゅと音をたてながら性器を刺激する。 (痛くありませんか?) 「だ、だいじょう、ぶ」 あまりに気持ちよくて、うまく喋れなかった。 同じ指なのに、自分でする以上の快感。 しごかれるたびに、腰とお腹のあたりがピクンピクンと勝手に痙攣した。 アイリスちゃん照れ屋なのに、めっちゃエロいじゃないですかぁ……! 「……、はぁ…………ん…………」 テレパシーではなく、小さな唇から吐息がこぼれ。 密着した体から、ささやかな胸の膨らみを感じる。 それが妙に情欲を駆り立て、のぼせたみたいに頭がクラクラした。 「はぁ…………ふぅ………………、……、はぁ…………」 (体が冷えないうちに終わらせますので……) 「ぅく……っ」 指の動きがさらに速くなる。 しごくのではなく、竿を圧迫し擦る。 摩擦でボディソープはすっかりと泡立ち、欲情した俺から立ち上るオスの匂いを覆い隠すように、フローラルな花の香りが浴室内に充満していく。 (もう少しだけ、強くします) 「……、……はぁ、……ん、ふぅ…………はぁ、……、はぁ、 ……、……、はぁ、ふぅ………………ん…………」 俺が痛がっていないことを確認し、さらにスピードを上げた。 俺としてみれば『え?』って感じだ。まだ本気じゃなかったの? と。 それすら言葉にする余裕が、俺にはなかったんだけど。 「はぁ…………はぁ、……、はぁ…………ん、ぁ、はぁ……」 「ぁ、ぁ……」 情けない声が漏れた。 腹筋に力が入り、意図せず体が前に倒れていく。 その分アイリスも距離をつめ、ぎゅっと抱きついたままで。 可愛らしく熱い吐息を弾ませながら、しごき続ける。 (……失礼します) アイリスが片手を離す。 死角でなにをしていたのかわからなかったけど、再び性器に触れて、すぐにわかった。 ぬるっとした感触。ボディソープを追加したらしい。 「……ん、はぁ、…………、ふぅ、はぁ……、……」 「ぉ、ぉ、ぉ……っ」 滑りがよくなり、猛烈な速さでアイリスの手が上下する。 こ、これがアイリスの本気の本気か……っ! 駄目だ気持ちよすぎる……! 十秒ともたない……!! 「はぁ、はぁ…………はぁ、ん……はぁ…………」 (マスター、気持ちいいですか?) 「……っ」 (ぁぁ……マスター、ごめんなさい。 もっとがんばります) 「いや、う、うまく、話せないのは……っ」 「……、っ、はぁ、はぁ、……、はぁ、ん、んん、はぁ、 ふぅ、……、っ、はぁ、はっ」 「ま、まじか、まだギア、上がり、ますか……っ」 「っ、はぁ、っ、っ、ふぅ、はぁ、ふぅぅ、はぁ、はぁ」 (マスター、どうですか? まだ気持ちよくありませんか?) 「ま、まだじゃなく最初から気持ち、ぅお、ぉ……っ」 (もっとがんばります。もっとがんばって、シコシコします) 「いやもう十分……ぉ、ぉっ」 「はぁ、はぁ、ふぅ、……、んっ、はぁ、っ、ぁ、はぁ」 「あ、アイリス……っ」 (はい、マスター。もっとですか?) 「で、出る、もう、出る」 (あぁ……よかった。はい、出してください。 アイリスの手の中にいっぱい、いっぱい出してください) 「はぁ、ぁ……はぁ、……っ、 ますたぁ、だして、くださぃ……っ、 はふ、はぁ、ぁ、ん、ふぅ、はぁ、は……っ」 「ぅ……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁ……っ」 ビクッと性器が暴れきゅっとアイリスが握ったと同時に、精液が吐き出される。 ビュルビュルと勢いよく飛び散って、浴室の壁にべったりと付着した。 「はぁ……ふぅ……ぃっぱぃ…………」 (よかった……ちゃんとできました。 気持ちよかったですか? マスター) 「あ、あぁ……すごく」 「……」 控えめな笑い声。 軽くしごいて最後の一滴まで搾り取ったあと、アイリスは俺からゆっくりと離れた。 そしてシャワーのぬるま湯で、俺の下半身と壁についた精液を綺麗に洗い流していく。 ……あれ? 「飲まなくていいのか……って、そうか。 泡まみれじゃ嫌だよな」 (いえ、そういうわけでは……) アイリスが首を振る。 そういえば、疲労感がない。ただ射精した脱力感だけだ。 「俺から生気を抜かなかったのか? それを糧にするんだろう?」 (それをしてしまっては、マスターの命に背いた償いには なりませんから。ただご奉仕させていただければ……と) 「別にいいって、償いなんて。せっかくの機会なんだ。 いつもがんばってくれてるし、必要な物を 俺から持っていってくれればいい」 「……」 一瞬アイリスの視線が俺の股間に移りほぅと熱い吐息を吐いたが、すぐにまた首を横に振った。 (このままでは体が冷えてしまいます。 マスターが風邪を引いてしまいますから) 「本当にいいのか?」 (はい。では失礼します。アイリスのわがままを聞いてくれて ありがとうございました) 「ああ……」 「……」 ぺこっと頭を下げて、アイリスが浴室を出る。 こりゃまた……本当に真面目だなぁ。葵と芙蓉よりも自制心が強いというか……。 平気なら別にいいんだけど、無理をしているようにも見える。 俺に遠慮してるってことだよな。 芙蓉も言っていたし、これは俺から動かないとこれからずっと遠慮させることになりそうだ。それは主として忍びない。 「よっこいしょ、と……」 湯船に戻り、体を沈める。 そろそろ……性的なことへの考え方を変えて、主としての貫禄を示さねば……ってところかな。 夜が更け、そろそろ日付も変わる。 歯は磨いた、トイレにも行った。あとは寝るだけ。 なんだけ、ど。まだ一つだけ、やることがある。 ノックの音。 『どうぞ』と声をかけると、(失礼します)と頭の中で声が響いて、扉が開いた。 (着替えて……きました) おずおずと、アイリスが部屋の中へ。 浴室に入ってきたとき以上に、顔が真っ赤だった。 理由は、俺が『今日は一緒に寝よう』と誘ったから。 寝ようってのはそのままの意味と、まぁ、うん、もう一個の方も含んでいる。 主として、家来に褒美を。俺もがんばってみようと思った。 (では、あの……) 「うん、おいで」 ベッドに腰かけ、隣をぽんぽんと叩く。 はにかみこちらに来ようとしたけど、なにか思い出したような顔をして、きょろきょろと周りを見る。 「どうしたの?」 (ウーパくんをどこかに置いてもいいでしょうか) 「ああ、どこでも。ウーパくんが休めそうなところに」 (ありがとうございます) 少し迷って、部屋の隅へ。 壁を背にして、しっかりと座らせた。 (ウーパくん、おやすみなさい) 「おやすみアイリスちゃん!」 「あはは、アイリスから話しかけるところ初めて見たな。 ウーパくんは、アイリスにとっての友達なのかな」 (使い魔……いえ、奴隷です) 「ああ……そうなんだ」 ……意外とシビアな関係だった。 「うん……まぁいいや。よし、アイリス」 (はい、おやすみなさい。マスター) 「いや、おやすみなさいはもうちょっとあとだ」 「……」 (先ほどの続き……でしょうか) 「うん、そうだね、そうしようと思う」 (遠慮いたします) 「あれぇ!?」 てっきり喜んでくれるものと思っていたのに、ズバッと断られて肩すかし。 こ、この展開は想定してなかったぞ……。 「い、いいの?」 (はい。どうかアイリスに気を使わないでください。 アイリスに性行為は必要ありません。一緒のベッドで 眠れる。それだけで十分すぎるご褒美です) 「本当に?」 (はい。鬼にも個体差があります。 アイリスはそういうタイプのようです。 マスターのおそばにいられるだけで、幸せです) (ですが、ご奉仕することに抵抗があるわけではありません。 むしろ喜んでいたします。だから、もしムラムラきたときは 遠慮なくアイリスを使ってください) 「うぅん……」 じゃあ今、って言えれば手っ取り早いんだけど、その“使う”に抵抗があるんだよなぁ……。 まぁ、本人が一緒に寝るだけで、って言ってるし……。 「じゃあ寝ようか、普通にね」 (はい。うれしいです、とっても) にっこりと微笑む。 無理に作っているような笑顔じゃない。 予定は狂ったけど、喜んでくれてるならいいか。 「さ、こちらへどうぞ」 (し、失礼します) 掛け布団をめくり、アイリスがベッドの上に横たわる。 表情が強ばっていた。緊張しているみたいだ。可愛らしい。 「電気消すよ」 (は、はい) 照明を落とし、俺もベッドへ。 俺に遠慮して、アイリスは必要以上に端っこへ。 いや、照れてるのかな。こういうところも、他の二人とは違う反応で微笑ましい。 「おやすみ」 (はい、おやすみなさい。マスター) 目を閉じる。 個体差か。本当にアイリスが俺の精液に興味がないなら楽っちゃ楽だけど……やっぱり我慢してるんだろうな。 機会を見て、また誘ってみよう。 ここまで俺優先に考えてくれると、俺もがんばってあげたくなっちゃうしね。 どう誘ってみようか。色々と考えながら、眠りに落ちていった。 ……。 …………。 ………………。 「……」 (マスター?) 「…………」 (マスター、もう寝ちゃいましたか?) 「……」 「…………」 「……」 「…………」 「…………ぁ、ん…………」 「……っ」 「はぁ……ふぅ…………ん、はぁ………………」 (ごめんなさい、マスター。 アイリスはいけない子です……。 いい子に思われたくて嘘つきました……) 「ぁ、……、は、ぁ…………、っ、…………はぁ、ぁ、……」 (本当はしたいです、して欲しいです。 ご褒美欲しいです、お仕置きでもいいです。 我慢できないです、自分が抑えられないです……) 「ぁぁ…………っ、はぁ…………、ぁ…………ぁ、 ぁ…………、っ」 (あぁ、ごめんなさい、マスターが隣にいるのに…… オナニーしています。昨日もしちゃいました。 ごめんなさいマスター、いけない子でごめんなさい) 「…………っ、っ…………ぁっ! ……はぁ、……っ、ぁ……ぁ、ぁ」 (マスター大好きです、エッチしたいです。 おちんちん入れて欲しいです、 無茶苦茶に犯して欲しいです) 「はぁ………………、はぁ、……っ、はぁ…………ぁ、 はぁ……っ」 (あぁ、マスター、マスタァ、あぁ、したいです、 したいよぉ。エッチしたい、アイリスのアソコに、 マスターのおちんちん欲しぃ……) 「……んっ、ぁ……ぁっ、はぁ、……はぁ、 ぁぁ、はぁ、はっ……」 (あぁ、指が止まらないです、イッちゃう、マスターの隣で イッちゃう。イクイク、イク、イクの、イッちゃうよぉ、 マスターのこと考えながらイッちゃいます……) 「はぁ、はぁ、ぁ、マスター、マスター、ぁぁ、 はぁ、はぁ……ぁ、ぁ、ぁっ」 (マスターごめんなさいイッちゃいます、イキます、 あぁ、許してください。マスター、こんなはしたない アイリスを許して……ぁ、ぁ、イキます……っ) 「アイリス」 「ふぁぁぁぁぁぁっ!?」 アイリスが絶叫しながら飛び起きる。 俺もゆっくりと、体を起こした。 「え、え、まままままま、ま、ます、まままま、 ま、ま……っ!」 「落ち着いて」 「え、ぇ、ふぇ、ね、ねて、ねてて、ねて……」 「アイリスの心の声がダダ漏れだったから眠れなかった」 「ふぁ……っ!」 「……っ」 「ふぇぇぇぇぇぇ…………っ!!」 泣いた。泣かせてしまった。 ……ちょっと声をかけるタイミングが意地悪すぎたな。 でもさすがに、俺がそばにいてそのまま……っていうのはね。 「オナニーしてただろ」 「ふぇ、ぇっ、ご、ごめ、ご、ごめんな、さ、さぃぃっ」 「駄目だ許さない」 「うぁぁぁんっ! ご、ご、ごめっ、ごめんなさぃぃっ、 が、我慢がぁ、できなくてぇ……っ!」 「だったら俺がすっきりさせてやる」 「ご、ごめんなさ………………ふぇ?」 「むしろアイリスは我慢しすぎなんだ。ほら、服脱いで」 「ふぇ、ぇ、へ?」 「あはは、俺が脱がそうか」 「ぃ、ぃ、ぃ、ぃぇっ、ぬ、ぬぎまひゅ……っ!!」 若干噛みつつ、アイリスがパジャマを脱ぎ始める。 わたわたする様子を見て和みつつ、俺もTシャツを脱ぎ、裸になる。 「……っ、……っ、…………っ」 俺が脱ぎ終わった頃には、アイリスも準備はできていて。 胸を忙しなく上下させて、浅い呼吸を繰り返していた。 「緊張してる?」 (は、はい。どきどきして死にそうです……) 「俺に思念送りながらオナニーする方が どきどきしそうだけどね) (そ、そんなつもりは……っ。 まさかマスターに聞こえているなんて……っ) 「やっぱりそうか。興奮すると力の制御が 出来なくなるのかな」 (か、かも……しれません。 あるいは、マスターのことを考えすぎて……) 「ふむ、では特訓してみようか、アイリス君」 (は、はい?) 「今からテレパシー禁止だ」 (えっ!?) 「禁止」 「ふぁ、ふぁぃ……っ」 こくこくとうなずく。 肩が少しだけ震えていた。 怖がってる? 違う。秘所は、シーツに染みを作るほどに濡れている。 俺を受け入れる準備はすっかりと出来ていた。 「いれるよ」 「……、……っ」 うまく話せなかったのか、震えながらうなずく。 必要以上に緊張させないようにヒダを軽く広げ、男性器の先端をあてがって、もう一度目を見て意思表示。 またこくんとうなずいたのを確認して、貫いた。一息に。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 繋がってすぐ、アイリスが声にならない声をあげ、ガクガクと全身を痙攣させた。 葵、芙蓉と同じく、感度は良好。 いいね、こっちもやりがいがある。 「動くよ」 「ふぁ、ふぁぃ、ぁ、ぁ、〜〜〜〜〜っ!!」 「っ、っ、っ、ぁぁ、ぁ〜〜! ぁ、ぁっ!!」 「……っ」 「ふぁぁぁぁぁぁああ!!」 突く必要なんてないんじゃないかって思えるほど、俺が少しでも動くとアイリスが敏感すぎる反応を見せる。 体が小さいだけに膣の圧迫も凄まじく、まるで噛みつかれているよう。 いつも大人しいアイリスが、本能むき出しだ。俺も興奮が抑えられない。 「はふ、は、は、はっ、ぁぁぁ、ぁ〜〜〜〜っ!!」 「気持ちいいか?」 「は、はふ、は、は、はひ、ふぁ、はぁ、ぁぁっ」 「き、きもひ、いぃ、れすぅぅ……ぁぁぁ〜〜〜〜っ!」 「自分でするより?」 「はひ、はいぃ……っ、おなにぃ、より、 ずっと、ずっとぉ……きもちぃ、いいですぅ……っ!」 「あれ、おかしいなぁ。それならアイリスの心の声が 聞こえるはずなんだけど」 「そ、それはぁ、ますたぁが、がまん、しなさぃ、 ってぇ……っ」 「まだ物足りないのかな。もっと激しくしてみよう」 「え、ま、ますたぁ……! だ、ぁ、ぁ、だめぇ……っ! も、もうげんかいで……ぁぁぁ、〜〜〜〜〜っ!!」 力強く、短い間隔でピストン。 逃げようとするアイリスの体をしっかりと掴み、責め続ける。 「ぁ、ぁ、ぁ、だ、だ、だめぇ……っ、はぁぁぁっ! ますたぁ……む、むりぃ……っ」 「なにが?」 「ち、ちから、つかっちゃ、ぅぅぅ〜〜〜っ!」 「でもまだ聞こえないから、余裕はあるのかな」 「ひぃぃんっ! 〜〜〜〜っ、む、むりでぅ、 っ、っ、も、もぅ、だめれふぅ……っ!」 いやいやとアイリスが首を振る。 懇願は聞き届けない。 俺ってドSなのかも。この状況をしっかりと楽しんでる。 なんだか吹っ切れた気分。 そうだよな。固いこと言ってないで、楽しんだ方がいい。 その方が、自分の行動に責任がもてる。俺が選んで、こうしているんだと。 いつも流されてばかりじゃ、当主として格好がつかない。 「っ、っ、〜〜〜〜っ、はぁっ、ぁっ! ぁぁ、きもち、ぃ、きもちいい、れすぅ……っ! ぁぁぁ、〜〜っ、きもち、よすぎてぇ……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜、ぁ〜〜〜〜っ! ぁ、すご、すごぃぃ、ふぁぁ、〜〜〜〜〜っ! っ、っ、っ、イッちゃ、ぅ……っ、イッちゃ……っ!」 「イ、ク…………イクイクイク……っ! あぁぁ、ぁ〜〜〜っ! イッちゃう、イッちゃ……っ! 〜〜っ! イッちゃうイッちゃうイッちゃう……!!」 「……っ」 「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ごめ、なしゃ……っ、イキま、す、 イク、イクイクイクイク、イク……っ!」 「くぅぅぅぅぅぅ――んっ!!」 「――ぁっ、ぁ、ぁ……っ、ぁ……っ!」 アイリスが達すると同時に、俺も果てた。 ガクガクと激しく痙攣する体を押さえつけ、ひくつく膣内に白濁液を注ぎ込む。 「ふぁぁ………………はぁぁぁ〜〜…………」 恍惚の表情。そして、ああ、来た。この疲労感。 アイリスに精を吸われている。 精液を吐き出すたびに力も抜けて、アイリスが目をとろんとさせ表情を緩ませる。 「はふ、はぁ……ますたぁの、せいし……。 あぁ、うれしぃ…………」 満足げに、ほぅと息を吐く。 俺もやりきったって、そんな感じ。 でも、まだ終わるつもりはなかった。 「ふぇ……? ま、ますた、ぁ……! ぁ、ぁ、ぁ……っ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 なにも告げず、ピストンを再開した。 葵は二回、芙蓉は三回、アイリスはこれで二回目だけど、一回目は無効だろ。 だからせめてもう一回。末っ子だけ損をさせるわけにはいかない。 「ぁぁぁ……っ! ますたぁ……、ま、ま、まって……! イッた、からぁ……っ、イッた、んです……っ! ぁぁぁ、イッた、のぉ……っ!」 「そんなに、されたらぁ……っ! ふぁ、ぁ、ぁっ、だ、だめぇ……っ! もうらめれすぅぅぅ……っ! がまんできなひぃ……っ!」 「ごめんなひゃ……っ、もう、む、り、むりれす……っ! ごめんなひゃいごめんなひゃいごめんなひゃい……!」 (気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい……! マスターのおちんちん気持ちいいよぉ〜〜〜っ!!) アイリスの声が、俺の頭に直接響く。 達成感が疲労感を上回り、さらに行為を加速させていく。 「〜〜〜ッ! っ、っ、っ! あぁぁ〜〜〜〜〜っ!」 (気持ちいい……! ごめんなさい気持ちいいです! マスターのおちんちん、アイリスのあそこに ぴったりぃ……!) 「っ、ぁ、ぁぁぁ、ひゃぅんっ! ふぁぁ! ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ、〜〜〜〜〜っ! ぁぁぁ、〜〜〜〜〜〜っ!」 (だめぇ、こんなの覚えちゃったら、もうオナニーじゃ 満足できなくなっちゃぅぅ……! 毎日マスターの おちんちん欲しくなっちゃうぅ……っ!!) 「ぁぁぁ、ぁ、ぁ、だめ、ぁ、らめっ、ふぁぁっ、 またイッちゃ…………ぁぁ、イッちゃうぅぅぅ……!!」 (イク……、イクイクイクイクイクイク……! マスターのおちんちんでイキますっ、 イッちゃいますぅ……!) 「あぁ、イク、イクイク、イク……っ! イックぅ……っ! イキまひゅ、イクぅ、 イクイクぅ……っ!」 「あぁぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「ぁ――っ、ぁっ、はぁ……っ、ぁ、ぁ、ぁ……っ、 はふ、はぁ……はぁぁ……はぁ……っ」 二度目の絶頂、二度目の射精。 今日で合計三度目だって言うのに、たっぷりと、膣から溢れるほどに精液が注ぎ込まれていく。 「はふぅ……はぁ、ふぅ……た、たくさん…………。 いっぱい、だしてもらひまひたぁ……」 「……、満足は、できた?」 「は、はひぃ……うれひぃです、しあわへ、ですぅ……」 「よかった、もう一回は……、無理そうだった」 「あ、ありがとぉ、ご、ござひ、まひ――」 「……」 「? アイリス?」 「………………」 返事がない。気を失った? っていうか寝た? 「先に鬼をへばらせるなんて……俺も成長したもんだな……。 ふぅ…………」 喜んでいいのかよくわからないけど、性器を引き抜きアイリスの隣に倒れ込む。 あぁ、疲れた……。昨日もセックスして、今日もセックスして。 つい最近まで童貞だったのに……なんとまぁ乱れた生活を。 充実してるといえばしてるけど、いきなり変わりすぎだ。あまり調子に乗らないようにしないと。 複数の女性をとっかえひっかえ。今の俺は、それができる状況にある。 受け入れはしたけど、ある程度は自制しないと完全なクズ人間になってしまいそうだ。 その結果誰かを傷つけるようなことは……したくない。 「ますたぁ…………」 「ん? 気がついた?」 「……」 「寝言か」 寝息をたてるアイリスの頭を優しく撫で、掛け布団をかけて俺も目を閉じる。 難しいことを考えるのはほどほどにしておこう。 俺が俺であれば、全て上手く回ってくれるだろう。 なんて、自己完結したところで今度こそおやすみなさい。 いい夢を。 ……。 まだ明け方だろうか。喉が渇いて、目が覚める。 「…………」 アイリスは俺の隣で熟睡中。 いつものパターンなら俺もまだ夢の中のはずなんだけど、妙な時間に起きてしまった。 アイリスが俺に遠慮して、生気を少ししか吸わなかったんだろうか。 その生気を吸う仕組みが俺にはよくわからないからなんとも、だけど。 「ん……、…………」 起こさないようベッドから下り、部屋を出て一階へ。 「……?」 台所の方で物音。芙蓉かな? 「あら、真様。おはようございます」 「おはよ、相変わらず早いね。 朝食の仕度?」 「ええ。お米だけでも炊いておこうかと。 申し訳ありません、こんな格好で……」 「いいよ、起きたばっかりだろうし」 「あ、ごめんなさい。うるさかったですか? 起こしてしまったでしょうか」 「いやいや、喉が渇いて起きただけ」 「ああ、ふふ、お茶でよろしいですか?」 「自分でやるよ」 「わたくしが。少々お待ちください」 お決まりのやりとりに笑みをこぼしながら、冷蔵庫から麦茶を取りだしグラスに注ぐ。 「どうぞ」 「ありがとう」 受け取って、一気飲み。 ふぅ……潤った。 「そうでした。アイリスの姿が見えませんでしたが、 昨夜は一緒に?」 「ああ、言ってなかったのか。まぁ、うん。 寝たよ、一緒に」 「やっぱり。葵姉さんを止めるのが大変でした。 絶対二人で楽しんでるはずだから私も、って」 「あ〜……」 「されたのでしょう?」 「まぁ……うん」 「よかった、ありがとうございます。 これでアイリスも主に抱かれる悦びを 知ることができました」 「伏見様と関係をもたれたようなので、 実は少々心配していたのですが…… よかったです、本当に」 「心配って?」 「真様は、とても誠実ですから。伏見様と特別な 関係になられて、わたくし共と交わることに、 より一層抵抗を感じるのでは、と」 「特別ねぇ……。そういう関係になれたのかどうか」 「まぁ、ではまだお付き合いは」 「話さなかったっけ。 まだそういうことにはなってないよ」 「あら、では……ふふふ、なおさらよい傾向ですね」 「どういうこと?」 「鬼は性に奔放ですから。まったく同じに……とまでは 申しませんが、価値観が近い方が、気苦労も少ないかと」 「伏見様と、ただの“人”と関係をもたれたことで、 物事の見方が変わったのかもしれませんね。 とてもよいことです」 「あとは……」 不意に距離を詰め、俺の胸にしなだれかかる。 「戯れに、気の赴くままに。 わたくしを抱いてくだされば……言うことはありません」 そして妖しく微笑み、胸元をさりげなく開いた。 ……乳首が見えている。 寝起きで心が無防備だったせいか、たったそれだけのことで下半身が反応してしまう。 当然、芙蓉もそれに気づく。 「今からいたしますか?」 「いやぁ……こんな朝っぱらから」 「あら、まだ割り切れませんか? 遠慮なく抱いてくださいまし。伏見様のためにも」 「なんでここで梓さんが?」 「鬼との性交は、それはそれは体力を使います。 人とのそれとは、比べものにならないくらい」 「今は、休まず三回。無理して四回でしょうか。 ですが慣れてしまえば、五回六回となるかもしれません」 「稽古のようなものです、真様。 わたくし共と交われば交わるほど、真様のこちらは――」 俺を見つめながら左手を俺の下腹部へと伸ばし、下から上へ、性器を包み込むように撫でる。 「強く逞しく。 伏見様も、きっと虜になりましょう」 「虜……」 「ええ。真様の腕の中でよがり、甘い吐息をこぼし、 体を火照らせとろけてしまうことでしょう」 「……」 想像してしまい、息子が言い訳出来ないほどに固くなる。 乗せられている。それはわかっていたけれど、すっかりとその気になってしまっている自覚もあって。 芙蓉の言葉通り、俺は性への考え方を変えようと思った。セックスなんて、身構えるようなことじゃないと、たいしたことじゃないと。 それは間違いなく、梓さんの影響で。余裕を見せたい俺の、精一杯の背伸びのようなもので。 だからこそ、俺を乗せるためだったとしても、梓さんを虜に、というフレーズが、とても魅力的に聞こえた。 「稽古はともかく……相手を満足させるなら、 確かに回数はこなした方がいいよな」 「ええ、もちろんでございます。 いつでもお相手いたします。 わたくしでよければ」 「じゃあ……みんなが起きる前に」 「はい、精一杯務めさせていただきます。……ふふふ」 妖艶な笑みを浮かべ、芙蓉が俺から離れて。 テーブルに、浅く腰かける。 着物がはらりと肩から落ち、艶めかしい姿を晒す。 「本音を申せば、真様が他の女性を抱かれることに 複雑な思いはございますが……」 「加賀見の血を絶やしてはなりませぬ。鬼を使い、 女性を虜にする術を身につけておくべきでしょう。 ご当主様は代々、そうされてきました」 「ただ唯一、ご期待に添えない点があるとすれば……」 着物の裾を軽く払い足を広げ、性器を見せつける。 「前戯の練習台としては、 わたくしはさして役に立たないということ」 「どこを触れられても感じてしまいますし…… そもそも触れるまでもなく、このようになって しまいますから」 指で広げると、とろりと蜜が溢れた。 今にも床にしたたり落ちそうなほどに、芙蓉のそこは濡れていた。 「確かに、みんなとするときはすぐ突っ込んでるね」 「伏見様のときは?」 「それが……お酒のせいかよく覚えてないんだよな。 多少は触ったりした気もするけど……」 「思い出しましょう、わたくしの体を使って」 指でさらに広げる。 今すぐ入れたいっていうのが正直なところではあるんだけど、女性を喜ばせたいのなら、ここは我慢なんだろう。 梓さんのとき……ほんとどうしてたっけ?我慢できてたっけ? すぐ入れてしまったような気もする。ただ、指を入れて湿り具合は確かめたはず。 記憶を辿りながら、芙蓉の局部に……手を伸ばす。 「ぁっ……んっ……」 指先が触れただけで、体をびくんと反応させる。 「ぁ、はぁぁぁ…………ぁぁ、ぁ、ぁっ」 ゆっくりと、人差し指を芙蓉の中に。 特別なことはなにもしてない。ただ第二関節辺りまで沈めただけ。 たったそれだけで、芙蓉は表情をとろけさせ甘美な吐息をこぼす。 こりゃ確かに……。 「前戯の練習にはなりそうにないね」 「ふふ、鬼は主に触れられるだけで、 無条件に悦んでしまうものですから。 ……ぁんっ」 指を引き抜く。 なにをしても感じてしまうなら、テクニックもクソもないもんな。 「もっとも、膣内のどこで感じるかは、女性によって 異なります。わたくしが特に感じる部分があっても、 伏見様は別でしょう」 「それに人の女性のここは、元々感覚が鈍いものと 聞いております。ですが……こちらはいかがでしょう」 ヒダを広げ、膣の上部を指し示す。 クリトリス? 「感じ方こそ違いますが、体のつくりに違いはありません。 ここが敏感な部分であることは、人も鬼も一緒」 「力の加減くらいは、わたくしの体で試せましょう。 伏見様に痛がられてしまっては、大事ですから」 「まったくの無知ってわけではないけど、 強くしすぎるな、ってことなのかな」 「時と場合によりますが、まずは優しく。 突然強くされては、気持ちが冷めてしまうかも」 「難しそうだなぁ……。 熱中してつい力が入っちゃいそうだ」 「ではお口でなさるのはいかがでしょう。 伏見様もその方が喜ばれるかと」 「そういうもの?」 「真様は口と手、どちらでされるのがお好みですか?」 「あ〜……納得」 「ふふ、どうぞ。存分に味わってくださいませ」 テーブルに体重を預け、さらに足を広げる。 少しだけ、緊張。 ごくりと喉を鳴らして、その場に跪き芙蓉の股間に顔を埋める。 「ん…………はぁ……」 息がかかったせいだろうか。まだなにもしていないのに、芙蓉が軽く身をよじらせた。 眼前の性器は、待ちきれないとでも言うように蜜を滲ませている。 その今にも滴り落ちそうな滴を、恐る恐る伸ばした舌で拭う。 「ぁ……」 芙蓉の腰が少し逃げ、膣が脈動し、溢れた愛液も残さず舐めとる。 どんな味がするのか。色々と予想していたけれど、そのどれとも大きく異なっていた。 「甘い……?」 「ふふ、お口に合いませんか?」 「いやそうじゃなくて、びっくりした。 ジュース、とまでは言わないけど、 まさかこんな味がするなんて」 「ご当主様とまぐわうことも、鬼の役目。 外見だけでなくこちらも当然、真様が好む味や香りに」 「俺のイメージがこっちにも反映されているってこと?」 「そうかもしれませんし、 鬼が生来持ち得る特性かもしれません」 「主を情欲へと誘う、鬼の蜜。 ご当主様の中には、お酒に数滴垂らして 楽しんでらっしゃった方もいるとかいないとか」 「……重度の変態じゃないか。 俺にもその血が流れてるのか」 「鬼使いですから、そうでなくては。 真様にもその素養が」 「……複雑だよ」 「ぁ、ん……っ」 これ以上ご先祖様の性癖を知りたくなくて、膣に舌を這わせ芙蓉の口を閉じさせる。 甘い。おいしいと表現しても差し支えない。お酒に垂らしたくなる気持ちもわかる。 いやわかっちゃ駄目だろ。俺はノーマルでいたい。 思考を切り替える。 「口でって言われても、正直どうしたらって 感じではあるんだけど……」 「そうですね……。どんなことでもわたくしは、 気持ちがよくなってしまいますから、 まずは真様の好きにされるのがよろしいかと」 「じゃあ、まぁ、思いつくままに」 「ええ」 いきなり敏感な部分にむしゃぶりつくのは、なんだかがっついている感じがする。それはスマートじゃない。 だからとりあえず膣に口づけをして、蜜を啜るように、吸いつく。 「ぁ、ぁ……あぁ、お上手です真様……ぁぁ、ぁっ、ぁっ」 膣内に舌を差し入れ、舐め回していく。 「はぁ、ぁぁ……っ、真様の舌が……ふぁぁ……、 心地ようございます……ぁ、ぁ、ぁぁぁ……っ」 そしていよいよ。満を持して、クリトリスへ舌を這わせる。 「ぁんっ、ぁっ! ……あぁ、凄いです、真様……っ! とっても、とっても、気持ちいいです、あぁ、あぁんっ!」 暴れる腰を押さえながら、執拗に舐めて、吸って、クリトリスを刺激する。 「……っ、ぁ、ぁっ、あぁ……ぁっ! 真様ぁ……っ、とても気持ちいいですっ……! ふぁ、ぁ、ぁぁんっ! あぁ、ぁ、ぁっ!」 ……と、ここで気まぐれ。クリトリスには触れず、その周囲を舌先でなぞっていく。 「あぁ、そんな……じらさないでくださいまし真様……。 もっと……芙蓉を責めてくださいまし……。 もっと、もっと……」 ご希望通りに。 音を立てて、強く吸い付く。 「あぁ、そう、そうです……っ! あぁぁ……っ! 気持ちいい……! これ、とても……っ。 好きですぅ……っ!」 芙蓉が押しつけるように腰を浮かせる。 反応は上々。 じらして、刺激して、それを何度も繰り返す。 「はぁ、ぁぁ、ぁっ、とても、とてもお上手です……っ! 真様に、このようなことをしていただけるなんて……っ、 あぁ、ぁ、ぁっ、ふぁぁ、とろけてしまいます……っ」 「あ、そこです、そこ、真様、そこぉ……っ! そこが気持ちいいんですぅ……っ、ふぁぁ、ぁっ! あぁぁ、あぁんっ、ぁ、ぁっ!」 「ぁ、ぁっ、……っ、ぁぁっ、あぁ、声が…… 我慢できなくて、姉さんたち、起きてしまいます……っ! あぁ、そこぉ……ッ! あぁん、ぁ、ぁっ、あぁんっ!」 「……」 「あぁ、真様、もっとわたくしを……っ、わたくしを 求めてください……っ、この芙蓉を、もっと、 もっと……っ!」 「ぁ、ぁっ、す、すごい、ふぁぁ、あぁっ! 真様、真様……っ、真様ぁ……っ!」 「や、やめた」 「ぇ……あ、あら?」 膣から離れ、口を拭いながら立ち上がる。 「ど、どうされました?」 「駄目だ、これ以上はできない」 「やはりわたくしでは不足でしょうか……」 「そうじゃなくて、むしろ逆だよ。 自信がつきすぎる。これじゃあ自分が相当な テクニシャンだって勘違いしちゃいそうだ」 「あら、わたくしにとってはそうですよ?」 「趣旨、忘れてないか」 「あ、そうでした。ふふふ」 悪戯に笑う。 やっぱり乗せられてるだけだよなぁ……。まぁいいんだけど。 女性器を間近で見る機会なんてそうそうない。少しは経験値が上がったような気がする。 「では……真様、そろそろ本番と参りましょう。 随分と苦しそうにされていらっしゃいますから」 目線を下に落とし、微笑む。 ズボンの中央が、こんもりと膨れあがっていた。 「さぁ、真様。稽古でございます。 厳しくいかせていただきますよ」 「なんか怖いな……」 下着ごと、ズボンを脱ぐ。 勃起したイチモツの根元を軽く握り、膣口にあてがって。 くちゅくちゅと入り口をかき回し先端に愛液を馴染ませて。 「ぁ……ぁんっ……、はぁ……」 柔らかな膣壁を押し分けて、繋がる。 「では……ふふ、始めましょう」 「また好きに動けば?」 「それもよいですが、伏見様に満足していただくことを 念頭に置かなくては。好みなどは把握されておりますか?」 「あ〜……痛がらせはしちゃったけど、 意外に強引にされるのが好きっぽいような……」 「強引に。では強く激しく」 「手加減なしで?」 「はい。伏見様をよがり狂わせるおつもりで」 「よ、よがり…………やってみる」 「はい。……ぁ、ぁ、ぁっ! ――ぁっ!」 叩きつけるように。 テーブルをギシギシと揺らしながら、膣内を強く強く、突き、抉る。 「あぁ、ぁっ、……っ、んっ、お上手です、ぁ、ぁっ。 力強くて、雄々しくて、壊れてしまいそう、 あぁんっ、ふぁ、ぁぁ、ぁ……っ!」 「そりゃよかった、でも……、っ、問題がある」 「んっ、ぁ、……っ、どう、しました?」 「これ、すぐイッちゃいそうなんだけど……っ」 「はぁ、ぁ、駄目です。我慢を、んっ、してください」 「我慢ったって……これをやり続けるのは……、 き、きつい……っ」 「すぐに、果ててしまっては……ぁ、んっ、伏見様も、 興醒めでございます。せめて、っ、五分は」 「ご、ごふんも……っ」 「できれば、十分」 「じゅっ……!? む、無理じゃないかなぁ……あ、やばい……、 あと一分もたない気が……っ」 「ん、わたくしは、真様専用。……はぁ、んっ、 長時間耐えられぬのも、無理は……、ございませんが……」 「真様? ご自身に気持ちのいい動きだけを……、 されていませんか?」 「ど、どういうこと?」 「互いに快感を、分かち合うことが…… 大事ではございますが、はぁ、んっ……」 「ときには、相手を悦ばせることだけに、 重きを置くのも……必要で、ございましょう」 「でも、自然とこっちも気持ちよくなるし……っ」 「ふふふ、これが自らの手であれば……はぁ、ん、ぁっ、 いつ果てるかなど、自在で……ございましょう?」 「加減を覚えろってことか……、や、やってみる……っ」 「ええ。ぁ、んっ、はぁ、ぁぁっ……んっ、 ふふふ、駄目です。動きを緩めただけでは ございませんか」 「ちょ、ま、待った、芙蓉は動かないで……っ」 「いいえ、聞けません。厳しくと申したでしょう? このまま腑抜けるおつもりならば……」 「わ、わかった。待った、がんばるから……っ」 「ぁんっ、ぁっ、そうです、その調子。 ぁ、ぁ、……っ、お上手です、ふふふ」 芙蓉に煽られながら、必死に腰を前後させる。 角度を変えてみたり、浅く突いてみたり。 色々と工夫し、試してはみるものの……。 「駄目ですよ、また緩めておいでです」 「や、やってるって、必死に……」 「まだまだ出来ます。 ほぉら、がんばってください。こうですよ、真様」 「ぅ、きつ……っ、わかったから、 締めつけるのも無しで……っ」 「いいえ、このまましていただきます。 伏見様がまったくの受け身とは限らないでは ございませんか」 「わ、わかったって、……っ、くっ」 「そうです、その調子。ぁ、……、はぁ、んんっ、 ぁ、ぁっ、気持ちいいですよ、真様、 ぁ、はぁん……っ、ふぁ、ぁ、ぁっ!」 「……っ、ぁっ! そうです、もっと乱暴に……ぁぁっ、 わたくしを、犯してくださいませ。 ぁぁんっ、ふぁ、ぁぁっ、はぁんっ」 「な、なんとなく、コツがわかったような……、 でも、長くもたないぞ……っ」 「もたせて、ください。長すぎても、はぁ、ぁ、ぁっ、 駄目ですが、早すぎても……んんっ、満足が、 できませぬ」 「伏見様が、他の……ぁ、んっ、男性に、なびいて、 しまっても?」 「胸にくる一言を……っ、こ、これでいいだろっ」 「……っ、はぁんっ! あぁ、そうです、あぁぁっ、 すごい、すごぉぃ……っ! 真様、あぁぁっ! その調子で、ございます……っ」 「あぁ、ぁぁっ、こんなに、激しく求められて しまっては……ぁぁ、もう駄目です……っ、 正気が保てません……っ、あぁぁ、あぁぁんっ!」 「……っ、もうちょぃ、せめて、もうちょい……っ」 「ぁんっ、真様、もっと、もっとくださいっ、 もっと、もっとぉっ、気持ちいいんですっ、 あぁんっ! すごぃっ、あ、ぁっ、すごいのぉっ」 「あぁ、駄目です、駄目駄目……っ、あぁぁっ、 狂ってしまいます……っ、狂っちゃうぅ……っ! 真様のイチモツがぁ、こんなに、激しくぅ……っ!!」 「ぁ、ぁぁっ、あぁんっ! とろけちゃうぅぅ……っ!」 「……っ、駄目だ、む、無理っ、出るっ! もういいだろ、芙蓉……っ」 「はい、はぃ……っ! 真様のご立派なイチモツでぇ、 きっと、伏見様も、虜にぃ……っ、ふぁぁ、ぁぁ、ぁっ!」 「わたくしも、あぁぁ、ぁっ、もう、駄目ですぅ……っ! 真様、出してください、出してぇ、 真様の精子ぃ……っ!」 「ぁんっ、欲しいの、欲しいっ、もっと、あ、ぁっ、強く、 もっと……! ぁ、ぁ、ぁっ、駄目、イク、イキますっ、 あぁん、イクイクイク、イッちゃいます……っ!」 「あ、ぁ、ぁっ、イ、くぅぅぅぅぅ――――ッ!!」 「……っ!」 「……っ、はぁっ、ぁ、ぁっ、……っ、っ、 はぁぁ……っ、ぁっ」 「はぁ……、っ、な、何分……?」 「……さぁ、ふふふ。でも、とてもとても、よかったですよ、 真様……」 「雄々しく、逞しく……わたくしも…… 癖になってしまいます」 「……し、しんどい。今までほんと独りよがりな セックスしてたんだなって……よく理解したよ……」 「ふふふ、鬼はそれこそを望んでいますから。 ご立派でしたよ、真様。 伏見様も満足されることでしょう」 「それならいいけど……ってか」 「はい?」 「しっかり生気を抜いていったな……」 「それが鬼の性でございますから。ふふっ」 「つ、疲れた……」 性器をゆっくりと引き抜く。 さっと衣服を整えて、ふらつく俺を芙蓉が支えてくれた。 「あらあら、一回しかしてませんのに」 「昨日今日と連続なんですよ……」 「そうでした、ふふふ。もう少し休まれた方が よさそうですね。お部屋までお送りいたします」 「い、いいよ、歩けないわけじゃないし。 ……寝よ。めっちゃ寝よ。朝食の時間になっても 起こさなくていいから」 「かしこまりました。ごゆっくりと」 「ああ、おやすみ」 「おやすみなさいませ」 おぼつかない足取りで、台所を出る。 しっかり芙蓉の思惑通りにって感じだったけど……このきつさを経験しておけば、普通の女の人とのセックスなんて確かに余裕になりそうだな……。 まだテクニックはいまいちだろうけど、とにかく今は……。 「……寝よ。死ぬ……」 二日がたった。 捜査の進展は無し。 嶋さんから新情報を引き出せていないし、犯人の思念も追えていない。目撃情報も得られないようだ。梓さんから連絡もない。 葵も芙蓉もアイリスもがんばってくれている。今日も朝から出かけていった。 俺もがんばらなくちゃ、ってなにか行動を起こすべきだとは思う。 けれど実際には、“なにも役に立てない”を免罪符に、俺は由美の部屋に入り浸っていた。 「あ、ぁ、ぁっ……あんっ、ふぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁっ、 ……っ、ぁ……ッ」 「っ、イク……っ」 「ぅ、ぅん……っ、ぁ、ぁ、ぁっ、はぁ、っ、っ、はぁぁっ、 ぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ、あんっ、ぁ、ぁっ」 「っ、ぁ〜〜っ、ぁぁ、ぁっ、はぁ、っ、ぁっ、っ、っ、 あん、あぁんっ、ぁ、ぁ、……っ、あ――ッ」 「ぅ……はぁ、っ……」 「はぁ…………はぁぁ……ん……はぁ……はぁ……」 「……、ふぅ……気持ちよかった」 「……ぅん、私も…………ぁ、ん…………」 性器を引き抜き、コンドームを外す。 処分しようとして、ふと、なんとなくの思いつき。 コンドームを、由美の体の上に乗せてみる。 「……? なに……? 捨てていい?」 「駄目」 「どうして?」 「なんかエロい」 「わかんない」 由美がクスッと笑い、俺はコンドームの箱に手を伸ばす。 二回戦目の準備。 自分でも驚いているんだけど、最低でも二回は出さないと満足感が得られなかった。いわゆる賢者タイムってやつが来ないんだ。 鬼としたときのあの強烈な疲労感がないから、まだできる、まだまだ余裕だと錯覚しているだけなのかもしれない。 もしくは鬼と交わったことで、実際に体に変化があったのか。それとも由美とセックスできて張り切っているだけなのか。 よくわからないけれど、とにかく今の俺は性欲旺盛で、由美としたくてしたくて堪らなかった。 「まだできるよね?」 「……うん、大丈夫。……いいよ」 「じゃあお邪魔します」 「なにそれ」 「親しき仲にも礼儀あり、でしょっと」 「ぁっ……、はぁ……っ」 一息に奥まで挿入すると、豊満な乳房が揺れた。 肌に張りついたコンドームが真面目な由美にはあまりにも不釣り合いで、情欲を掻きたてられる。 抑えたりせず、欲求をそのまま解き放つ。 「ぁ、……っ、はぁっ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ、あんっ、 はぁ、ぁぁぁ、ぁっ」 力強く腰を叩きつける。 数日前まで処女だったんだ。もっと優しくするべきだし、そもそもたぶん、昨日も今日も、こんなに何回もするべきじゃないんだ。おそらく、まだ痛いと思う。 けれどそればかりじゃないと、俺は知っていた。 「っ、っ、ぁぁ、ぁ〜〜っ、ぁっ、んっ、はぁ、はぁっ。 〜〜っ、ぁ、ぁっ、っ、ぁ、やっ、ぁ、そ、そこ……っ」 「なに?」 「き、気持ち、いぃ……ぁ、んっ!」 「こう?」 「ぁぁぁっ、ぁ、ぁっ、そぅ、そぅ〜〜っ、んんん、 ん〜〜っ!」 「こっちは?」 「気持ち、ぃ、けど……こっちが、いぃ……ぁ、んんっ」 由美が腰をくねらせ、自ら快感を求める。 俺を気遣っての行動じゃない。由美は嘘をつくのが下手だから。 時折痛そうな顔をすることがあるにはあるけれど、由美も俺と同じように―― 「ここね」 「そぅ、そこぉ、ぁ〜〜、ぁ、ぁっ、気持ちぃ、ぁ、ぁんっ、 はぁ、ぁ、ぁぁぁっ、ぁん、ぁ、ぁっ」 セックスの快楽に、のめり込んでいた。 俺がうまくなった? 相性がいい? 前者はないか。でもとにかく、気持ちいいと思ってくれているのなら、俺も遠慮をする必要はない。 「ぁぅ、ぁ、はぁ、はぁ、ぁぁ、ぁ、ぁっ、ぁんっ、ぁ〜っ、 あん、ぁんっ! ぁ、ぁ、ぁっ!」 「隣の人に聞かれるぞ」 「今、いる、かなぁ……ぁ、ぁっ、ぁ〜〜、はぁ、ぁっ!」 体を火照らせ、うっすらと汗を浮かべながら。 息を切らせ、熱い吐息をこぼしながら。 理性を飛ばし、快楽を貪り、共に絶頂へと駆け上っていく。 「っ、っ、はぁっ、っ、ぁぁ、はぁ、はぁっ、ぁ、ぁ、ぁっ、 あんっ、ぁぁ、ぁ〜、ぁ、ぁっ!」 「……っ、はぁっ、やべ、もうイキそ……っ」 「わ、わかったぁ……っ、ぁ、ぁっんっ、ぁぁ、はぁっ、 ぁ、ぁ、ぁっ、そこ、ぁ、ぃっ、気持ちいぃ、ぁ、ぁっ!」 「ぁ、イク、イクから……っ」 「うん、うん……っ、ぁ、はぁ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ、 はぁ、んっ、っ、っ、はぁ、ぁ、ぁ、ぁっ!」 「ふぁぁ、ぁ、ぁ、っ、〜〜〜っ! あぁ、あんっ! ぁ、やっ、ぃ、ぁっ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁぁんっ! あ、ぁっ、ぁ――っ、ぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」 「ぁ、はぁ……はぁぁ……ぁ、はぁ……はぁ…………。 出た……?」 「出た……。あ〜……早い。俺早漏すぎる」 「……そうろう?」 「もうちょっと長くしたかったってこと」 「ん……」 性器を抜いて、コンドームを外して、また同じように。 由美の体をデコレートだ。 「これも捨てちゃ駄目?」 「駄目。なんかビッチっぽくていい」 「なにそれ〜、ひどい」 「なんで。すごいそそるんだけど」 「まぁ……真くん、昔からそういうところあったよね」 「どういうこと?」 「がんばってそっち方面目指してみたんだけど。服とか」 「え? あ、服の趣味変えたのって……」 「真くんがよく目で追う感じの人を真似してみました」 「そうだったの?」 「全然気にしてくれないんだもん」 「いやぁ、だって……彼氏でもできて、そのせいかと……」 「そうですよ〜? 彼氏の趣味に合わせたんですよ〜?」 「……ごめん」 「ふふ、本当はあんまり好きじゃない?」 「いや、綺麗になった。すごく」 「本当に?」 「ああ。眼鏡で三つ編みの由美も可愛かったけどね」 「戻す?」 「今のままがいい」 「うん。……ん、ちゅ……」 口づけ。舌を絡める。唾液を流し込む。 由美が綺麗になった本当の理由を知って、胸がいっぱいになって。 下半身も反応。もう一回と、キスをしながらコンドームの箱の中を指で探る。 ……あれ。 「ああ……もう無いのか」 「え、十個くらい入ってなかった?」 「十二個。三日で消費かぁ……。まさに充実した大学生活」 「堕落じゃなくて?」 「そうとも言うけど」 「ふふ、買いに行く?」 「お、まだやる気?」 「あ、え、えと……ま、真くんが……したいなら?」 「やめとこう。がんばりすぎた」 「あ、ま、待って……」 隣に寝転がろうとした俺の肩に、そっと手を添える。 「なに?」 「えと、ぁ、ぁと……一回、だけ」 「じゃあ買いに行く?」 「……」 「そのままで……いいから」 「生で?」 「……したい」 「我慢できない?」 「……」 「……うん」 「由美さんエロすぎでしょう」 「……真くんのせいだもん」 「じゃあ責任取らないと」 「……お、お願い、します」 むき出しの亀頭を、膣口にあてがう。 まずいかも? そう考えなかったわけじゃない。 けれど、まぁいいかって、外に出せば大丈夫だろなんて、若者らしい無責任さとお気楽さで、そのまま躊躇わず、由美の中へ。 「あぁ…………はぁぁ…………」 由美が表情をトロンとさせる。 俺も生の感触に、ぶるっと身震い。 やっぱり全然違うな、つけてるのとつけてないとじゃ。 「あ、えと……出そうになったら、外に……」 「わかってる」 「う、うん。ぁ、ぁ、はぁ……っ、ぁ、んっ……!」 じっくりと長く楽しみたくて、ゆっくりとピストンを開始する。 由美のおねだりも、生でするのも、どちらも初めてで。 一回目よりも二回目よりも、興奮していた。 けれどそういうときに限って、水を差される。 「あ、で、電話……」 「由美の携帯っぽい」 「んん〜〜……」 ベッドから落ちそうになりながら手を伸ばし、携帯を取って画面を確認。 けれど電話には出ず、そのまま枕元に置いた。 「いいの?」 「い、今は……いい、ぁ、ぁ……っ、ぁ〜〜〜っ、 邪魔、されたくなぃぃ……、ぁ、そこ、ぃ、ぃっ」 「友達?」 「ば、バイト、先……、ぁ、ぁっ、はぁ、ぁ……っ」 「今日バイトだったっけ?」 「う、ううん、今日は……はぁ、ぁ、んっ……はぁ、ぁっ! ぁぁ、はぁ、ぁ、ぁ……っ、ぁ、はぁ……っ」 「はぁ、ふぅ……」 「……」 「もぉう……」 「出た方がいいんじゃない?」 「……うん。ごめんね?」 しつこい呼び出しに、すっかり気持ちが萎えてしまった。 セックスは中断。 俺が性器を抜くのを待って、由美が少し体を捻って携帯を取り、寝そべったまま電話に出る。 「はい、土方です」 「……。はい、はい。 え、今日……えぇと、何時からですか?」 シフトに穴があいたのかな。たぶん『今から入れないか〜』とか、そんな感じだろう。 じゃあ今日はこれで終わり、か。 ……。 物足りない。そんな気持ちから、ちょっとした悪戯を思いつく。 いや、悪戯で済むのかどうか。 けれどいいところでお預けを食らったのもあって、好奇心と性欲が勝った。 もう誰も俺を止められないぜ。 「そ、そうですね……今日は、あの……え? ぁ……んっ」 電話中の由美に、有無を言わさず挿入。 そのまま軽く、由美が耐えられる程度に、膣内を前後に行き来した。 「す、すみません、な、なんでも……ないです」 取り繕いながら、電話を続ける。 一瞬非難の目を俺に向けたけど、ニヤッと笑うとため息をついた。 呆れられている。でもやめる気なし。 「は、はい。えぇと……ゆ、夕方、からですか? そ、その……ちょ、ちょっと待ってもらっていいですか?」 「ま、真くん……!」 「続けて」 「もぅ……」 「すみません、と、友達と一緒にいて……」 ほぅ、友達。 まぁ彼氏なんて言えないのはわかるけど、ちょっと傷ついたかな。 だからその気持ちを行動で伝えてみようと思う。 「はい、えぇと、ちょっと、今日は……ぁ、っ……!」 強めのピストンについ喘ぎ声をあげそうになり、慌てて口元を押さえる。 やっばい、これ楽しい。めっちゃ興奮する……! 「な、なんでも、……、な、ないです。す、すみません。 えぇと、ゆ、夕方……ですよね?」 「た、体調ですか? だ、大丈夫、です。 しょ、食事、してたんですが……、お、思ったより、 か、辛くて……声が……」 「ご、ごめんなさぃ、は、はい。大丈夫……です、 はい……、……、……っ」 必死に声を押し殺す。 もうちょっといけそう。スピードをあげる。 「――ッ、え、と……、っ、すぐには、 む、無理……ですけど、は、はい……。 じゃあ、その……ぇと……、っ、〜〜〜っ!」 「え? ぁ、ほ、ほんとに……だ、大丈夫です。 食事しながら、電話して……す、すみません」 食事は無理がないか。ちょっとやり過ぎかも。 けどやめられない。 羞恥に耐える由美が、可愛すぎて、エロすぎて。 電話している間に、最後までしてしまいたかった。 すっかりその気になっていた。 「そ、そう……ですね。十七時から、なら……っ、は、はい。 ……、っ、はぃ……っ」 「だ、大丈夫……ですか? っ、はい。じゃあ…… 十七時に……」 「……、イキそ……」 「……ぇ、駄目……、ぁ、い、いえ……だ、大丈夫、です。 入れます、は、はぃ……っ」 「……、っ、……っ、はぃ、……ぁ、……っ、は、はい。 はい、じゃあ……ぁ、は、ぃ……、じ、十七時、に……っ」 「っ、っ、……っ、はぁ、ん……、……っ、 いえいぇ、大丈夫、ですから、は、はい、っ、 では……はい、は、ぃ……っ、っ、はい」 「く……っ」 「お、お疲れ様、でしたぁ――ぁ、ぁぁっ、ぁ、 ぁぁ、ぁっ、あぁぁんっ! あぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」 「ぁ、はぁ……っ、ぁ……っ! あぁぁ……っ!」 耐えきれず、由美が甲高い嬌声を上げた。 それとほぼ同時に、俺も達する。 ……あ、やべ。中に出しちゃった。 でも由美が咎めたのは、別のことだった。 「も、もぉう……っ、絶対怪しまれたぁ……っ」 「最後の方、大丈夫だった?」 「切れてたと思うけど……もぉう、全体的に 大丈夫じゃなぁい〜」 「い、いていて、ごめんごめん」 ペシペシと腕を叩かれる。 顔は真っ赤。がんばりすぎて火照ってる……だけじゃないよな。そりゃそうだ。 「もぅ、どんな顔してお店に行けば……」 「無理って言ってすぐ切ればよかったのに」 「そのつもりだったけど真くんのせいで慌てちゃったの」 「……すみません。でも興奮してたでしょ?」 「……ちょっとだけ」 「本当は?」 「……」 「……す、すごかった」 「電話かかってきたらまたしよう」 「し〜な〜い〜」 「いたた、わかったって」 また叩かれる。 拗ねてしまったのか、ベッドからも下りてしまう。 「ふぅ……ごめんね。バイト行く準備しなきゃ」 「五時からだろ?」 「シャワー浴びたいし、三十分前には入ってたいから」 「そっか。じゃあ俺も帰る前にシャワー浴びよ」 「一緒に?」 「うん」 「エッチなことするでしょ」 「うん」 「もぉう」 「はいはい、浴びましょ浴びましょ」 呆れる由美の腰に腕を回して、リビングを出る。 そのまま二人で浴室へ。 シャワーの水が湯に変わる頃には、由美もすっかりその気になっていた。 「ふふ、洗ってあげる。え〜、いいよぉ、私はいいから」 「ぁん、待って、ぁ、ぁ……っ」 「ぁ、ぁ、ぃ、そこ、……ぁ、好き、それ、好きぃ……っ、 ぁんっ、はぁ、ぁ、ぁ……っ、あぁぁっ、ぁっ」 結局、家を出たのは……バイトに間に合うギリギリの時間になった。 俺が戻った頃には、みんなも既に帰宅していて、琴莉も来ていた。 報告は、ひとまず後回し。 芙蓉は夕食の仕度、葵と琴莉は伊予と一緒にゲーム、アイリスは俺とテレビを見る。 そうして、まったりとした時間をしばらく過ごして。 「さ、できましたよ。アイリス、手伝って」 (はい、お姉様) ようやく夕食の時間。 みんなで食卓を囲み、いただきます。 「よし、じゃあ食事をしながら報告を聞こうかな」 「今日も嶋さんのところに?」 「そだね〜。まぁ収穫はゼロなんですけど」 「そか。今日も不発だったか」 「人の出入り激しすぎて、まばたきしてる間に思念が 上書きされていっちゃう。よくこの前は犯人の思念 読めたにゃ〜って自分を褒めたいです」 「これ以上は難しそう?」 「かなりの執念というか、気持ち悪い悪意を感じるから 無理とは言わないけど……探し出すのに時間かかるかも」 「わかった。無理しない程度によろしくな」 「らじゃり!」 「アイリスはどうだった?」 (嶋様もあまり変わりはありませんでした。 なので……ごめんなさいマスター。 特に新しい情報は) 「わたくしも……申し訳ありません。特にこれといって。 主にお子さんたちの話で……」 「そして私はみんなが帰ってくるまでテレビ見てました。 役立たずでごめんなさいっ!」 「いやいや、それなら俺が一番役立たずだから。 琴莉は気にしなくていいよ」 「まぁそうですな。毎日やりまくってるご主人は、 コトリンのこと責められませんわな」 「おい、葵」 「やりまく? なにを?」 「なにって決まってるじゃないっすか〜。 毎日由美ちゃんとズッコンバッコンっすよ」 「ずっこ……え、ぇっ?」 「葵……」 「姉さん。下品にもほどがあります」 「だってそうじゃ〜〜ん! 彼女んちに毎日行ってんじゃ〜ん!」 「かの……あ、あれ? 元じゃ……」 「より戻したんだよね。ね〜?」 「え、そ、そうなの?」 「そうだけど……もういいだろ、その話は」 「いやしかし、鬼としては主の性生活には興味津々でしてね。 ね、アイリス」 (べ、別にアイリスは……) 「ないと? そんなにモジモジしてるのにないと? ん? んっ?」 「姉さんっ」 「にゃはは、はぁ〜〜〜い」 「まぁ避ける話でもあるまい。 嫁候補を見つけておくのも大事なお役目じゃしな」 「よ、よめ……け、結婚……す、するの?」 「いや、さすがにまだそこまでは」 「まだ……」 「……」 「そっか、土方さんと……」 「そっかぁ……」 「おっかわっりくっださ〜い」 「はいはい。伊予様は大丈夫ですか?」 「いる。特盛り」 「はい」 自然と会話が途切れ、みんなが食事に集中する。 「……」 ただ琴莉はずっと、俯いていた。 「こっちよ〜ん」 一歩遅れて、ついていく。 向かった先は―― 「はい到着〜」 公園か。 まさか、またここに霊が? 「で、結局歩いている間に話しませんでしたが」 「はい」 「今日はですね。以前依頼いたしました嶋雄三さんが 本当に成仏できているかを確認させていただければと 思っております」 「あぁ……なるほど。そういえば、たぶんオッケーだろうで 片付けちゃったな。報酬貰うの、ちょっと早かったですね」 「いいのいいの、そこは信用してるってことで。 あくまでも万が一を考えての確認だから」 「実はね。最近、真くんちの外でもなんとなく 見えるようになってきたんだ、私」 「まじっすか。すごい」 「ふふ〜ん。でも確実じゃないから、今日は真くんに 来てもらったってわけ」 「あ、申し訳ないんだけど……正式な依頼じゃないので、 報酬は出ません。あしからず」 「大丈夫です。急な話だったし、呼んでもらえただけでも うれしいんで」 「うん、ありがと。じゃあ、いないことを確認する…… っていうのも難しいけど、ここらへんを くまなく探して――」 「ひぃっ!」 近くの茂みがガサガサと鳴り、梓さんが悲鳴を上げ俺にしがみつく。 「え、なにっ? 足下なんか通った! 霊? 悪霊!? 出た? 出たのっ?」 「いや、猫ですよ。猫」 「……え、猫?」 「はい、猫」 「……」 「梓さんって、実はビビリですよね」 「……うるさいなぁ。今の不意をつかれただけですから」 口を尖らせ否定する。 でも、俺にしがみついたまま。 こういうところ、結構可愛いよな。梓さんって。 「ちょっと、ニヤニヤしないの」 「してませんしてません」 「ほら、行くよ。調査調査」 「はいはい」 そのまま、歩き出す。 公園で、腕を組んで。 仕事中ではあるけど……デートみたいで、少しだけ胸が躍る。 「ど、どう、いる? いない?」 「今のところ誰もいませんけど……」 「け、けど、なに?」 「琴莉みたいに、霊を感知できないんですよ。 隅々まで確認しないと、断言は」 「じゃあ……えっと、嶋さんがいたのって、どこらへん?」 「あっちですね」 「ぅぉっ」 「え、なんすか?」 「ぁ……虫だった」 「ビビリすぎでしょう……」 「仕方ないでしょ〜! 元々得意じゃなかったのに、 伊予ちゃんにトラウマ植えつけられたのっ!」 「別に夜道が苦手ってわけじゃないでしょう? さっきまで普通に歩いてたんだから」 「霊が近くにいるかもしれないなら話は別でしょっ! ほら、連れてって!」 「はいはい」 重い梓さんの足取りに合わせつつ、先日琴莉が奮闘したあの場所へ。 うぅん、こうやって見る限りは……。 「いる? いない?」 「いませんね。二回ともここらへんから出てきたし、 ちゃんと成仏してくれたのかな」 「そっか、よかった。よし、撤収!」 「はやっ。いいんすか? そんな適当で」 「適当じゃないですぅ。いないものはいないんだから これ以上探したって――」 「ぁ………………ん……………………ぁぁ…………っ」 「…………ぇ?」 かすかに女性の呻き声が聞こえ、サーッと梓さんが青ざめた。 ……おいおい、まじか。 「嶋さんはいないけど……他の霊がいるっぽいですね」 「ぇぇ…………まじで……? うそぉ……まじでぇ……?」 「確認しましょう」 「ぇ、ぇ、今? 今するの?」 「今しなくていつするんです」 「あ、明るくなってからでも……」 「ぁ…………ぁぁ……っ」 「ひぃっ」 「ビビッてないで行きますよ」 「ぇ、待って待って、真くん待ってぇ」 嫌がる梓さんを引きずり、声がする方へと近づく。 公園の端の方だ。木々で視界が遮られている。 「……ぁっ、…………ぁぁっ」 「うぇぇっ、近い近い、声近い……っ」 「静かに」 伸び放題の雑草を踏みしめ、ゆっくりと前へ。 木の陰でなにかが動いている。 距離を取りつつ回り込む。 視線を塞ぐ障害物がなくなり、この目ではっきりと確認した。 声の主の、その正体を。 「駄目だよ、やっくぅん。こんなところでぇ」 「誰もいねぇって。オラ、ケツこっち向けろよ」 「あんっ、駄目ぇ、あんあんっ、あぁんっ」 「……」 「……」 「……霊じゃなかった」 「……ですね」 大学生くらいのカップル……だろうか。若い男女がイチャついていた。 いやイチャつくっていうか、おっぱじめた。 ……よくもまぁこんなところで。 ってか、足下よく見たら……。 「使用済みのゴムが散乱してる……。 ここ……そういう場所なのか」 「だ、大学生……多いからね。若いからね……みんな。 ってか、いつもはもっと夜中なんだけど……」 「オラオラ、しっかり感じてるじゃねぇか、オラァ」 「あんっ、だってぇ、やっくんの気持ちいいからぁ。 あぁんっ! あんあんっ!」 俺たちに気づかず、二人はヒートアップ。 嶋雄三さんもここでプレイを楽しんでたみたいだし……。夜のこの公園は大人の社交場ってか? ……びっくりだ。近づかないようにしよ。 と、俺は若干引き気味なんだけど……。 「うわ、すご……」 梓さんはがっつり食いついていた。ガン見だった。 強くしがみついているのも、さっきとは別の理由だろう。 「うわぁ……見てよ真くん。 めちゃくちゃ激しいんだけど」 「……ジロジロ見てると気づかれますよ」 「でも、うわぁ……。痛くないのかなあれ。 支えにした木が揺れてるんだけど。うわぁ……」 釘付けになっている。 興味津々。自分もされてみたいとか思ってたりして。 そんなわけないか……と、否定しかけたとき、気づいた。さっきの梓さんの発言に。 『いつもはもっと夜中なんだけど』 そして、今日の服装。 ああ、なるほど。と合点。 口実が欲しかったのは、俺だけじゃなかったみたいだ。 「梓さん」 「な、なに?」 「俺たちはあっちに行きましょう」 「あ、ちょっとちょっと」 無理矢理、その場から引き離す。 けれど広場の方に戻らない。 あの二人から距離を離しつつ、外からも中からも、目立たない位置に。 「え、な、なに?」 「わかってるくせに」 「え、ちょ……」 立ち止まり、腕をほどいて、梓さんに迫る。 後ずさり。トンと背中が木の幹にぶつかる。 「えぇと……もしかして?」 「あれ見て平然としていられるほど、俺も大人じゃないんで」 「あ、ちょっとちょっと」 「後ろ向いて、木に手をついて」 「ま、待ってってば」 有無を言わせず、こちらにお尻を向けさせる。 梓さんは戸惑う素振りを見せつつも、一切抵抗はしなかった。 「ちょっと、強引すぎ」 「そういう約束でしたから」 「えぇ?」 「また犯してって言ったの、梓さんですよ」 「う……そうだけど……」 「それに、こんなこと言うのは野暮だけど……」 後ろから抱きしめ、胸に触れる。 「これ、梓さんの期待通りですよね?」 「……」 答えなかった。 けれど伝わる心音が、隠し事を許さない。 どんどん鼓動が加速し、体温も上がっていく。 「脱がしますよ」 「や、ま、待って、こんなところで……」 「待ちません」 「ぁ……っ」 スカートを捲り、下着を下ろす。 下着に、うっすらと染みができていた。 やっぱり梓さん、興奮してる。 俺もすっかりスイッチが入ってる。お望み通り、ここで犯すとしましょうか。 「ほ、本当に……ここでするの?」 「そういえば梓さん、刑事でしたね。 外でこんなことしてるってバレたら、大問題?」 「や、やめてよ、そういう意地悪なこと言うの……」 「感じちゃう?」 「……馬鹿」 可愛い反応に思わず笑みを浮かべながら、しゃがみ込む。 ……ふふふ、まさかこうも早く練習の成果を披露するときがくるとは……。 「ぅ……」 指で軽く膣の入り口を広げる。 暗いからよくは見えないけど、しっとりと濡れているはずのそこに……ゆっくりと舌を近づけ、舐める。 「ひゃんっ」 びくんと、腰を引きながら梓さんの体が跳ねる。 いいね、手応え有り。 「え、い、今なにしたの?」 「なにって、わかりませんでした?」 「ぇ、ぁ、ひぅ……っ!」 もう一度。今度はクリトリスを舌先でつつく。 それだけで、梓さんが背中を仰け反らせた。 いけるぞ。鬼も人も関係ない。ここはこんなにも敏感なんだ。 「ぁ、ぅ……な、舐めてる?」 「はい。気持ちいいですか?」 「き、気持ちいいっていうか……待って。 そんなところ舐められたくないんだけど……っ」 「素直じゃないんだから」 「そうじゃなくて、ほんとにっ!」 「じっとしてて」 「ぁ、ま、待って、真くん。待って……ぁ、ぁっ、 ま、真くん……っ」 「はぁ……ん、ぁ……っ、ぁ、ぁ……っ、 待って、あぁ……待っ……ぁぁ、ぁっ……っ、 はぁ、はぁ、ぁぁっ、ぁっ、やめ、やっ――」 「やめてって、ばぁっ!」 「どっ!」 胸の辺りに強い衝撃を受け、後ろに転がった。 えっ? 蹴られた? え、えっ? え〜〜〜〜っ? 「もうっ! 無理矢理されるのは好きだけど、 されたくないことは本気でされたくないのっ」 「そういうこと、 せめてシャワー浴びてからにしてよねっ!」 「す、すいません……」 怒られた……。 強引に進めようとしてたら怒られた……。 ……あかん。わからん。乙女心わからん……。 「で、どうするの?」 「え?」 「私の気持ち冷めてきちゃってるけど、 どうするのって聞いてるの」 「そりゃあ……」 「まだしたい?」 「したい、ですね。はい」 「ここで?」 「まぁ……はい。できるなら」 「人が死んでるんだけどね、ここ」 「……不謹慎?」 「普通はそう考えるよね」 「まぁ……はい」 「やめる?」 「いやぁ……」 「じゃあその気にさせてよ」 「……と、言いますと……」 「え〜、それ私が言うの〜?」 「ご、強引にされるの……好きですよね?」 「好きです。でも私が不機嫌にならないラインで 強引にお願いします」 「それ……さじ加減難しくないです?」 「それはさぁ、あえてこういう言い方するけど、 パートナーなんだから、 これから探っていけばいいんじゃない?」 微笑んで、俺の首に腕を絡ませる。 ここでやっと、理解した。 俺がいくら背伸びしようとかっこつけても、梓さんが上で、俺が下だ。 主導権は俺にはなく、あくまでも梓さんに。 どうも、年上のお姉様に従うのが俺の役割っぽい。 「で、どうしてくれるの?」 「リベンジしても?」 「そういうのは、わざわざ質問して欲しくないかな」 「じゃ、探り探りで」 「ぁんっ」 腕をほどき、さっきと同じ体勢に。ここまではよし。 次は……そうだな。無難なところから攻めていくか。 「ん……」 梓さんの体の前に手を回し、ジャケットのボタンを外す。 そして力に任せ、下着ごとシャツをめくりあげる。 「痛……っ、乱暴すぎ……。 でもこういうのは好きかも……」 「MなのかSなのかよくわかんないっすね」 「年下の子に弄ばれて興奮してるから、 Mなんじゃない?」 「蹴り飛ばしたくせに」 「それは真くんが踏み込みすぎたから」 「気をつけますよ、お姉様」 「なにそれ〜、……ぁ、んっ」 柔らかな乳房を寄せて集め、乳首をきゅっと摘まむ。 既に固くなったそこをコリコリと刺激するたび、梓さんが吐息をこぼしながら悶えた。 「はぁ……、んっ、ひ、人……いないよね?」 「さぁ」 「さぁって、ちょっと……」 「梓さんしか見てないもんで」 「す、少しは注意してよ……」 「見られた方が興奮します?」 「そ、それは……」 「否定はしないんですね」 「だって……ぁ、ぁ……っ」 胸を揉みながら、割れ目を人差し指でほぐす。 湿っているけど、まだ足らない気がする。 舐めるのが駄目なら、指でやるしかないわけだけど……俺この前、どうしてたっけ? 覚えてない。なら、好きにやるさ。 「は、ぁ、ぁ……っ!」 人差し指を、ゆっくりと挿入する。 第一関節。第二関節。 思いの外あっさりと飲み込んでいく。 「痛かったら言ってくださいねって言葉は、 梓さん的には減点?」 「気遣ってくれるのは、うれしいけど……。 痛くても我慢しろよ、くらいの方が……いいかも」 「じゃ、遠慮なく」 「ぁ、ぁ、ぁ……っ、ぁ……っ」 指の腹で膣壁をこすりながら、指を引き抜き、差し入れる。 その単純な動作を、徐々にスピードを上げながら繰り返す。 「ふぅ……はぁ……ふぅぅ…………ぁ、っ、はぁ……」 梓さんの声が熱を帯びていくにつれ、膣内の滑りもよくなっていく。 指を引き抜くと同時に、愛液もとろりとこぼれ落ちる。 もう一本くらい入りそうだな。 「ひぅっ、ぅぅ、ぁっ、ぁ……っ!」 今度は声をかけず不意打ち気味に、中指も挿入。 二本の指で、膣内をかき回していく。 「あぁ、はぁ、はぁっ、ぁ、ぁっ、はぁ……っ!」 周囲を気にして、必死に声を押し殺そうとしている。 個人的には、ここが外だってことを忘れるくらいに乱れて欲しい。 だから出来うる限りの全力で、もうめちゃくちゃに思い切り、指を動かし梓さんの中をグチョグチョにかき回す。 「ひぁぁ……っ、っ、っ、あぁ、ぁ〜〜っ! ぁ、ぁっ! ――ッ、はぁ、はぁ、ぁぁ、や、ぁ、すご……っ、 ぁぁぁ、ぁ、ぁっ……!」 指に吸い付く膣壁を乱暴に押し広げていく。 気持ちいいポイントがあるんだろう。そこに当たるたびに梓さんの声が上擦り、腰を暴れさせ膣内をひくつかせ。 指を飲み込みクチュクチュと粘ついた水音を響かせ、愛液を飛び散らせる。 「ぁ、ぁ、ぁっ、〜〜っ、はぁ、んんんっ、ぁ〜〜っ! ぁ、ぁっ! ぁぁ、気持ちぃっ、すご、ぁ、やっ……! あぁ、いぃ、あぁぁ、ぁ〜っ!」 もう梓さんは声を抑えられなくなっていた。 俺ももう無理。指だけじゃ我慢できない。 「ぁ、ふぁ……っ」 指を引き抜くと、少し残念そうにお尻が揺れた。 もっと太いのをやるから待ってな、なんて台詞が浮かんだけど、さすがにそれは言えなかった。 そもそもそんな冗談を飛ばしている余裕もなく、無駄に焦りつつファスナーを下ろし、イチモツを取り出した。 ……と、そこでやっと気づく。 ゴムねぇぞ。 「……? どうしたの?」 「ああ、いや……」 「生でするの気にしてるなら、今さらじゃない? 私、中にたっぷり出されてるんだけど」 「あ……そういえばそうでした」 「安心して。ピルもってるから」 「なんだ、準備万端じゃないっすか。 やっぱり最初からその気だったんだ」 「うるさいなぁ。念のためです、念のため。 そういうのいいから、早く入れてよぉ」 「あ、今の入れてってもう一回言ってください」 「え〜、やだ。恥ずかしい」 「言ってくれなきゃ入れない」 「自分だって我慢できないくせに……もう……」 「……」 「な、生で……入れて……」 「いいっすね、そそる」 「ぁぁんっ、ふぁ、ぁ……っ!」 膣口に亀頭をあてがい、腰を勢いよく突き出す。 十分にほぐしただけあり、なんの抵抗もなく梓さんは俺を受け入れた。 「痛いって言われてもやめませんから、ねっ」 「ぁっ……! やめてよぉ、そういうのぉ……っ! 興奮しちゃう……ぁ、ぁ、ぁっ、あぁん!」 最初から手加減なし。力の限り腰を叩きつける。 「ぁ、ちょっと、ふぁぁ、待って……っ! あ、ぁっ、すごっ、ぁぁっ! 激しいぃ……っ! あ、ぁ、ぁぁ、ぁぁ〜〜っ!」 「……っ! 駄目駄目駄目ぇ……っ! そんな風に、されたらぁ……っ! ふぁ、ぁ、ぁっ! 駄目ぇ……っ!!」 ピストンの衝撃で、梓さんの全身が激しく揺れる。声が震える。 今回の駄目は、決して痛がっているわけではなく。 「ぁ、ぁ、ぁっ、あぁんっ! はぁぁ、ぁっ、あぁぁっ!」 この甘い嬌声が、それを証明してくれている。 クンニは失敗したけど、こっちは練習したかいがあったな。 まだしばらくこのペースを維持する自信があるぞ。 「はぁ、ぁっ、真、くん……っ! 張り切り、すぎぃ……っ!」 「手加減してって、言われても……無理です、よっ」 「い、言わないぃ……っ! もっと、強くしてぇ……っ! 強いの、好きぃ……っ! もっと、もっとぉ……っ!」 「乱暴なのが、いいのぉ……っ! もっとして、いいからぁ……っ! だから、もっと……っ」 「ぁ、ぁっ、あぁ、ぁぁぁっ、ふぁぁ……っ!」 甲高い喘ぎ声が、風に揺れる木々の葉音をかき消していく。 近くに誰かがいたら……いや、下手したら近くの民家にもこの声は届いているかもしれない。 でも声を抑えて、なんて、興醒めだろ。 「もっと、強くして欲しいんですか?」 「うん、もっとがいい、もっと強くても、 大丈夫……だからぁ……っ!」 「知りませんよ、どうなっても……っ」 「ぁんっ! ぁ、すごっ、あぁぁ、っ、っ! いぃ、気持ちいぃ……っ! ふぁぁ、ぁっ、 はぁ、ぁ、ぁ、ぁぁ、ぁっ!」 「……っ、ぁっ、ま、待って……なにか、ぁ、ぁっ! く、ぁ、くるぅ、ふぁぁ、ぁ、ぁ……っ!」 「ぁ、イク……っ、イッちゃ、ぅ……っ! ぁぁ、待って、待ってぇ……っ! イッちゃ……ふぁ、ぁ、ぁ……ぁぁっ!」 「ふぁぁ、〜〜〜っ、あぁぁ〜〜〜っ!!」 梓さんの体が強ばり、ぶるりと震える。 「はぁ……ぁ、はぁぁ……はぁ……ふぅ…………」 乱れた息を吐き出しながら、体も弛緩していく。 けれど痙攣は治まらず、背中を引きつらせ、膣内もひくひくと脈動していた。 「ふぁ、はぁ……す、すごかった……よかった…………」 「よかったって、まだ終わってませんよ」 「ぇ、待っ……ぁ、ぁぁ、ぁんっ!!」 ピストンを再開する。さっきと変わらない強さで。 でも一つだけ違うのは、俺自身もう我慢するつもりはないってこと。 射精するために、梓さんの中に出すために、快感のみを求めて腰を動かす。 「ぁぁぁ、ま、ってぇ……! イッた、ばっかり、だからぁ……っ! あぁ、駄目、駄目駄目っ、はげし、ぃ……ぁぁぁっ!」 「〜〜っ、ぁ、だめ……っ! あぁぁ、激しくてぇ……っ、 また、イッ、ちゃ……っ、うぅ、すぐ、イッちゃ、ぅ、 からぁ……っ!」 「いいん、ですよ。我慢しなくても……っ」 「したくても、できない、から……っ、 あ、ぁっ、いいよ、もっと……ぁぁ、もっと……っ! んぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁっ」 互いに息を弾ませ汗を流しながら、行為に没頭する。 ここがどこであるかは、とっくに意識の外に。 ただ気持ちよくなりたい。それだけだ。 「っ、っ、っ、あぁぁ、だ、駄目ぇ……っ そんなに、したらぁ……あぁぁ、ぁ、ぁ、ぁっ!」 「イッちゃ、ぅ、ほんとに、また、イッちゃうぅぅ……っ! ぁ、ぁっ、駄目ぇ、気持ちいぃ、ぁぁぁっ、 気持ちいぃ、からぁ……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁっ、駄目、や、やっ、ぁぁっ、 駄目ぇ……っ、また、くる、きちゃう……っ! ふぁぁ、きちゃうぅぅ……っ!」 「梓さん、もうちょい……、待って……っ、 俺もイク、から……っ」 「はやく、はやくぅ……っ、もっと強く、しても……っ、 いいからぁ……っ! はやく、イッて、あぁ、 イク、イクぅ……っ!」 「ぁぁぁ、まだぁ? 駄目ぇ、も、駄目ぇ……っ! くる、きちゃう、イク、イク、イクからぁ……っ! あぁぁ、イク、イク……っ」 「……っ、俺も、イク……っ!」 「う、ん、イッて、イッていい、からぁ……っ! 中に出して、いいからぁ……っ、私も、ぁ、ぁっ、 駄目、駄目駄目、駄目ぇ……っ」 「ぁ、ぁ、ぁっ、ふぁ、ぁぁぁ、ぁ、ぁ……っ!」 「ぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「……っ、くっ、はぁ……っ」 「ふぁ、ぁぁ、ぁ、……っ、ぅ、はぁ……っ!」 再び硬直した梓さんの体を強く抱きしめながら、ありったけの精を放つ。 膣が収縮し搾り取られていくごとに、疲労感もジワジワと体に広がっていく。 いやぁ、盛り上がった盛り上がった……。 「はふ、はぁ……、っ、はぁ……。 もう無理ぃ…………」 少しかすれた声。 梓さんも満足してくれたみたいだ。 やるじゃん、俺。 「も、もう……しないよね……?」 「……ふぅ、まだできますよ」 「ごめ、無理……ほんと、無理……」 たぶんこれ、また強引にやったら蹴られるパターンだ。 察して、性器を引き抜く。 とろりと、白く泡だった愛液が流れ落ちた。 ふらつきながらも構わず梓さんは下着を履き、少し慌てながら衣服の乱れを整える。 「うぇ……拭けばよかった……」 「じゃあ俺の拭いてください」 「やだ」 「はい」 素っ気なく断られ、素直にしまう。 あぁ……ベタベタする。 「ふぅ……すっきりしたし、お仕事再開?」 「相変わらず切り替え早いな……了解」 返事をする前に歩き出した梓さんについていき、広場の方へ戻る。 そこで、先ほどのカップルを見かけた。 目が合うと、照れたというか、居心地悪そうというか、びみょ〜〜な笑みを向けられた。 ……あ、これは……あっちも俺たちのこと見てましたね? 「……真くん」 「……はい」 「出よう」 「はい」 足早に、公園から出る。 ずんずんと進みながら、梓さんがため息。 「仕事中だっていうのに……はしゃぎすぎたぁ……」 「なんか……すみません」 「別にいいけど……。私もやる気満々だったし」 「ですよね」 「でも……うぅん、真くん」 立ち止まり、俺を見る。 「あのね、遠回しに言うのもなんだからはっきり言うけど」 「はい」 「セックスは好きだよ。経験したばっかりってのも あるだろうけど、気持ちいいし、真くんとは フィーリングも合うし」 「でも、オンオフの切り替えはしっかりやっていこう。 今日みたいなのは駄目だね。 仕事はしっかりしなきゃ」 「そう……ですね、その通りです、はい」 「うん。節度を守って楽しんでいきましょう」 「了解です」 俺がうなずくのを待って、再び歩き出す。 反論のしようがないな……ごもっともだ。 なにかしなきゃって、仕事を用意してもらったのに、結局性欲に負けてる。 これじゃあ駄目だ。もっとしっかりと、お役目に向き合わないと。 「ま……それはそれで、いいんだけど〜」 「はい?」 またすぐに、梓さんが立ち止まった。 体はこっちに、でも目を逸らして。 軽く頬を染めながら、続けた。 「今日はもう、仕事終わったわけじゃん?」 「まぁ、そうですね」 「オフなわけです」 「はい」 「うち来る?」 「え?」 「来ない?」 「いきますっ!」 「そうこなくっちゃ」 微笑み、俺の腕に絡みつく。 「シャワー浴びたあとなら、なにしてもいいよ」 「まぁじっすか……!」 「行こ」 「うすっ」 腕を引かれ、歩き出す。 ……さっきまでの反省どこいった。 ただ、まぁ……がんばるのは、明日からでいいよな。 うん、明日からがんばろう。……うんっ! 「本当にこの格好でするの?」 「いいじゃん。一回してみたかったんだよね〜」 「も〜、好きなんだから〜。 横になって。してあげる」 「うん」 「入れるね?」 「うん」 「あ、はぁ……」 「あぁん、入ったぁ、真くんのぉ……っ」 「あぁ、すげぇ。きゅうきゅう締めつけてくる……」 「もう我慢できないよぉ……動くね……?」 「ああ、俺ももう我慢できないから……」 「うん……ぁ、あぁ、ぁ、ぁ、ぁぁんっ!! あ〜、ぁ、ぁっ、気持ちぃ、気持ちいいよぉ……っ!」 「あぁ、すげぇ、俺もすげぇ、気持ちいいよ」 「ほんとぉ? うれしい。もっとがんばるからぁ、 いっぱい気持ちよくなってぇ」 「ぁんっ、あぁんっ、ぁ、ぁっ、ぁぁ、ぁ〜〜っ! はぁ、ぁ、ぁっ、あぁっ、すごい、真くんの すごいよぉ、あぁ、ぁ、ぁ〜〜っ!」 「はぁ、ぁ、ぁぁっ、ぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁっ! っ、はぁっ、ん、ぁ、ぁぁっ、あぁんっ!」 「なぁ、由美」 「はぁ、ん、はぁ……なぁに?」 「おっぱい見せて」 「え〜」 「見せてよ〜」 「見たいの〜?」 「見たい〜」 「も〜、仕方ないなぁ〜。ん…………」 「……ふふ、おっぱいだよ〜」 「やった〜!」 「見て、真くんのせいでぇ…… すごく敏感になっちゃってるぅ……」 「じゃあもっと気持ちよくしてあげる」 「あんっ、駄目ぇ、そんなに動いたらぁ……っ」 「ぁ、ぁ、駄目、ぁ、駄目ぇ、ぁ、ぁっ、 気持ちいぃ、気持ちいいよぉ、あぁぁ、あぁんっ! ぁ、ぁ、ぁっ!」 「おっぱいすごい揺れてるよ」 「真くんが激しくするからぁ」 「もっと見せて」 「いいよぉ、由美のいやらしいところぉ、いっぱい見てぇ」 「あ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ、すごい、すっごぉぃ……っ! 真くん、激しいよぉっ、あぁ、ぁ、ぁぁぁ、ぁ、ぁっ、 あぁんっ、ぁ、ぁっ!」 「あんっ、駄目、イッちゃう……っ! そんなに激しくされたらぁ、イッちゃぅ……っ!!」 「いいよイッて。俺もイクから」 「じゃあイこ? 一緒にイこ? ね? 一緒に、ね?」 「ああ、一緒に」 「うん……っ、ぁ、ぁ〜〜、イクイク、イッちゃうぅ……っ! イクッ、あ、イクイクイク――、イックゥ……っ!」 「イッちゃうぅぅぅぅ……っ! あぁぁぁぁんっ!!!」 「はぁ、ぁ……はぁ、ぁん……っ、はぁ……。 真くんの濃くてドロドロの精液がぁ……、 由美の中にたくさん、入ってくるぅ……っ!」 「こんなに出されたらぁ……妊娠しちゃうよぉ……。 はぁ、はぁぁ…………はぁ……」 「妊娠したら、俺の子供産んでよ」 「うん。じゃ〜あ〜、もっともっと、いっぱい出してね?」 「あ、おぃ、待って」 「ま〜た〜な〜い、……あんっ、あぁんっ!」 「ま、待った、まだ駄目だって由美……っ」 「あん、あんっ、あぁんっ!」 「あ、ぁっ……」 「ぁ〜〜〜〜!!」 「あぁぁ…………」 「……」 「……あ?」 「…………」 「あぁ………………夢かよ……」 深く深くため息。 なんつぅ夢見てんだ……。ってか、夢の中の俺気持ち悪かったなぁ……。 おっぱい見たいて。やった〜って、アホかぁ。死ねよ馬鹿。 ……あ、んっ?やべっ、なんか股間が変な感じするけど、まさか夢精を―― 「ん、ちゅ、んんっ……ちゅ、ちゅぱっ、ん、んっ」 ……。 いや? 「ちゅるっ、ん、んんっ、ん、んっ、ちゅぅ、ちゅっ、 んちゅ、ちゅ、ちゅっ」 この音、というか声? それに、布団がこんもりと膨れあがり上下している。 朝勃ちの息子も、めちゃくちゃ気持ちよくなってる。 ……なるほど。 またため息をつき、布団をめくった。 「ん、んっ、ん〜〜、ちゅっ、ちゅるる、ちゅ、ちゅぱっ」 「……なにしてんだお前」 「おふぁよふごひゅひん、んちゅ、ちゅっ、ちゅぅ」 「いや、やめろ。まずそれをやめろ」 「ん、ちゅぱ、ぷぁ。……ふぅ、おはよ〜、ご主人」 男性器を吐き出し、葵が楽しそうに笑う。 ……いや、おはよ〜じゃなくてだね。 「……なにしてんの?」 「おはようフェラ」 「そりゃ見りゃわかるけれども。なんで――」 「うりゃうりゃ」 「ぅっ、待て待て、しごくな。待て、葵」 「なんで?」 「なんでは俺の台詞だっての。 なんでこんなことしてんの?」 「目の前に朝勃ちチンコがあったから」 「は?」 「しゃぶるでしょ、そりゃ」 「いやおかしい。それはおかしい。 っていうか、なんで俺の部屋にいるんだ」 「寝込みを襲いにきたからに決まってるじゃないっすか」 「はぁ?」 「まぁまぁまぁ、いいからいいから」 「いや、ちょ、待っ――」 「あぁむ」 「う、ぉ……」 「んちゅっ、ん、んっ、ん〜〜〜っ!」 またぱくっとイチモツを咥え、しゃぶり始める。 くそ、変な夢見たの葵のせいか……っ! 「じゅる、ん〜〜っ、ちゅ、んちゅっ、ちゅるる、 ちゅぅ、ん、んっ、んちゅ、んんん、ん〜、 ちゅ、ちゅぱっ、ちゅぅぅっ」 あ、やべ、超気持ちいい……っ!すぐイッちゃいそう……。 あ、いやいや、そうじゃなくて! 「待て待て! 葵! 待てって!」 「ちゅる、ちゅっ、ちゅぅぅっ、ん、んっ、 ちゅぅぅ、じゅる、ちゅっ、ちゅるるっ」 「葵!」 「ん〜〜……ぷぁ、も〜〜、なに〜? いいとこなのに〜」 「やめろって、朝っぱらから! どうしたんだよ、急に」 「どうもこうも、あたし知ってるんだからね」 「なにを」 「アイリスとヤッたっしょ」 「……まぁ、したけど……」 「じゃああたしともしましょうよ」 「……なんでそうなるの」 「いいじゃ〜〜ん、どうせ由美ッチと 今日もヤリまくるんでしょ〜?」 「い、いやぁ、それは……」 「そういうのいいですから。知ってるんですからあたしは。 無駄にヤリまくって、無駄にイキまくるわけでしょ?」 「だったらいいじゃん! 有り余る精液をあたしに 分けてくれてもいいじゃん!」 「だって、お前……精液だけで済まないだろ。 葵としたら」 「大丈夫大丈夫」 「いや大丈夫じゃないだろ」 「大丈夫だって。お手は煩わせませんので。 フェラだけでいいので。飲むだけなので」 「だから、それだけでも終わったあと俺めっちゃ疲れて――」 「あ〜む、ん、ちゅっ、ちゅる、ちゅぱっ」 「おぉぉ…………っ!」 三度咥え、舌をねっとりと絡めながら頭を上下させる。 悔しいけど、めちゃくちゃ気持ちいい。別にいっかな、って気分にさせるほど。 けど、今日も由美と会うし体力は残しておきたいし、そもそもこういうことはもうあまり……っ! 「あ、葵、やっぱ、今は――」 「ふぁいひょうふひゃはら、すふおふぁるふぁら」 「え、なに? なんて?」 「ん、ちゅる、んん、じゅるるるるるるっ!」 「くぅ――っ!」 強烈なバキュームに、為す術無く悶える。 あ、すぐ終わるからって言ったのか……! 駄目だ、葵は引く気が無い。突き飛ばしたりするのは簡単だろうけど……! 「ん、んっ、んっ、じゅるるるるっ、ちゅっ、じゅるるっ! んちゅ、ん、ん〜〜っ、ちゅるるるる、ちゅ、ちゅぅっ!」 あぁ、駄目だぁ……!超気持ちいぃ、マジ気持ちいぃ……! さ、さすが鬼……! 半端ない、技が半端ない……! 「ん、じゅっ、じゅるる、ちゅ、ちゅぱっ、 んん、ちゅっ、れろ、ちゅるる、ちゅ、んちゅっ、 じゅる、ちゅ、じゅるるるるっ!」 頬をすぼめながら強く吸い付き、同時に舌先で亀頭をちろちろと舐める。 無理、抵抗できない。体にまったく力が入らない。 あぁ、もう、いいやぁ……。どうとでもしてくれぇ……。 「にひひ、ん、ちゅる。んっ、ふぁひらめふぁ?」 「だからなに言ってるかわからないから……。 もう抵抗しない。好きにしてくれ……」 「ふぁ〜い、じゅる、ん、じゅるる、ん、ちゅぱっ、 ちゅ、ちゅっ」 「ぅ、く……」 まるで今まで手加減してましたとでも言うように、葵の動きが加速する。 亀頭から中ほどまでをぱっくりと咥えてしゃぶりつき、根元を激しくしごく。 た、たまらん……! 「ん、んじゅっ、じゅる、ちゅぅぅ、ん、んっ、んんっ、 ちゅぱっ、んむ、ん〜、ん、んっ、じゅるる、 っ、っ、じゅるる、ちゅぅぅ、ちゅる、ちゅっ」 「はふ、んん、もぅ、んむ、いふぃほぅ、れひょ? ん、んっ、ちゅる、ん、んんっ、ちゅぱっ」 「や、やっぱり、なに言ってるかわからんけど……、っ、 も、もうイキそ……っ」 「にゃふふぅ、ひゃあ、らふとふはーと。 ちゅっ、ちゅる、じゅるる、んっ、ちゅっ、ちゅっ、 ちゅるるるっ」 「ぁ、……っ」 「じゅるるる、ん、んむぅ、ん、んっ、ちゅぱっ、ちゅるる、 ん〜〜〜、んっ、ちゅるっ、じゅ、じゅぽっ、んんんっ、 ちゅぅぅぅ、ちゅっ、じゅるるっ、ん、んっ」 「んんん、ん〜〜、んっ、ぷぁ、はぁ、ん、んっ、 んむぅ、ん、ちゅる、じゅるるるる、じゅる、んっ、 じゅるる、っ、っ、ちゅぅぅっ、ちゅっ、じゅるっ」 「あ〜、駄目だ……っ。 イ、イク……っ、葵、出すぞ……っ!」 「ふぁい。ん、んっ、いっふぁい、だひてぇ〜。 あおいにぃ、ごほぅび、くらはいにゃぁ〜、 ん、んっ、じゅるる、ん、んんっ、ちゅるるるっ」 「ん、ちゅる、ん〜〜、ちゅ、ちゅるるっ、 ちゅぅぅぅ、ちゅ、ちゅっ、じゅるるるる、 んんん、んっ、じゅる、ちゅぅぅぅぅっ!」 「く……っ」 「ん、んっ、んっ……! じゅる、んん、んっ、 んん〜〜〜〜〜〜っ!」 「んんん、ん〜、ん〜〜〜……んっ」 「……ちゅ、んちゅっ、れろ……ん、ちゅぱ、ちゅ」 「ん、こく……んん、ん……っ、んく」 「……」 「ぷはぁっ! ごちそ〜さま! おいしかったぁ!」 丁寧に丁寧にしゃぶり、最後の一滴まで絞り尽くして。 葵は満面の笑み。俺は息も絶え絶え。 あぁ……寝起きにこれはきつい……。疲れがどっと来た……。 いや、気持ちよかったんだけどさぁ……。 「葵さぁん……無理矢理するのはどうよぉ……」 「だってぇ、我慢できなかったの!」 「もういいだろ……どいてくれ。疲れた……。 もうちょっと寝たい……」 「待って。お掃除フェラまでがおはようフェラです」 「いやいや、もう十分最後の一滴まで――」 「ちゅっ、れろ、んちゅぅ、ん、んんっ、んっ、ちゅるるっ」 「だから、おぉぉ……っ、葵ぃ……っ!」 「ん、ちゅっ、れろ、ちゅるる、ちゅっ、ん……、 ん〜…………ちゅっ、ちゅぱっ」 「はふ、ふぅ、ん、ちゅ、んちゅ、んん…………。 れるれる……」 「ん〜〜、んっ! はい! 綺麗になった!」 「……」 「あれ、ご主人?」 「……」 「ご主人?」 「…………」 「……怒ってる?」 「……別に」 「あっ、この反応初めて見る! マジで怒ってる! ごめん! もうしないからっ! ちゃんと我慢するからぁ〜っ!」 葵が俺に抱きつく。正確にはのしかかる。 暑苦しかったからどかして寝返りをうった。 「あぁ! 無視しないでご主人〜! あ、揉む? おっぱい揉む? いいからっ、好きなだけ揉んでいいからっ!」 「……ちょっと静かに」 「や〜! 怒んないでっ! ごめんなさい怒んないで〜! ずっともらってないから欲しかったの! ご褒美欲しかったの〜!」 「……」 「こっち見てよ〜! ご主人〜〜! ちゃんと言うこと聞くからぁ! もうしないからぁ! なんでもするからぁ!」 「……頼む、寝かせてくれ」 「や〜だ! や〜! 許してご主人〜! 許して〜!」 「……」 「ご〜しゅ〜〜じ〜〜〜〜ん〜〜〜〜!!」 「ふぅ……」 無意識に、ため息がこぼれる。 葵に襲われたあと二時間くらい寝たけど、体の芯に疲れが残ってる。 これからは朝だけは絶対に避けないとな……。 「……ごめん。うまくできてない?」 「え? ああ、いや。そうじゃないんだ」 由美の頭を、優しく撫でる。 二人とも生まれたままの姿で。 俺はベッドに座り、由美はカーペットの上。 俺の足の間に納まり、その豊満で柔らかな胸で、俺のイチモツを挟んでる。 まぁ疲れてるのは……由美とこんなことばっかりしてるせいもあるんだけど。 「続けるね?」 「お願い」 「うん」 「……ん、ふぅ…………、……はぁ、ん……。 …………ちゅ、れろ…………んん、んっ、ふぅ……」 両手で胸を圧迫し、上下に動かして竿をしごく。 時折思い出したように舌を伸ばして亀頭を舐め、唇を寄せキスをする。 「気持ちいい?」 「めちゃくちゃ」 「ふふ、よかった。…………ふぅ、ん…………んっ、 ……もうちょっと、濡らした方が…………。 ん…………れる、んんっ…………ふぅ……」 唾液をとろりと垂らし、舌で伸ばす。 エロい。そして気持ちいい。まさに至福の時間。 ただ……つい数時間前、鬼ではあるけど、違う女の子にしゃぶられていた愚息を、今は恋人にしゃぶらせている。 ……罪悪感が半端ないな。 「やっぱり駄目?」 「いやいや、気持ちいいよ」 また頭を撫でると、くすぐったそうに目を細める。 そして胸を上下させながら、話を続けた。 「お仕事で疲れてる?」 「ああ、いや、そういうわけじゃ。 ずっと由美の部屋にいるし」 「ふふ、そうでした。ん……しょ」 「ごめんな、進展なくて」 「ううん。元々急にお願いしたことだから。 ……ふぅ、ん…………真くん」 「うん?」 「なにか手伝えることある? できることあれば、なんでもするよ」 「もっと強く圧迫してくれるとうれしい」 「もう、そうじゃなくて。……するけど。 ……ん、……こう?」 「いいね、すごくいい」 「は〜い。他に手伝えることある? エッチなことじゃなくて、お仕事の方で」 「うぅん……ない、かな」 「そ、か。そうだよね」 「みんな専門的な能力……というか、技能? 技術? もっててさ。実を言うと俺も役立たずなんだ。 だから、毎日ここに来てるわけ」 「ふふ、でも事務所の所長さんでしょ?」 「そんなたいそうなもんじゃないけど……」 どう表現していいのか。 うまく伝えられず、なんだか嘘をついているようで、やっぱり罪悪感。 その後ろめたさから逃げたくて、話題の中心を俺から由美に移す。 「由美は喫茶店のバイト、どれくらいやってるの?」 「こっちに引っ越してきてからだから…… 一年くらいかな?」 「そか。あの制服いいよな」 「でしょでしょ? 実はあれで決めたの」 「ちなみにだけど」 「なぁに?」 「制服でするのは?」 「持ち出せないから無理です」 「だよね〜」 「代わりにこっちをがんばるから、我慢してね?」 「んしょ、ん、……はぁ、ん、……れろ……んんっ、 ちゅ…………はぁ、んんん、ん、れろれろ」 拙い動き、舌使い。 葵とは違って、探り探りがんばってくれている様子がいじらしく、可愛らしい。 それにあの真面目な由美が……! って、グッとくるものがある。 この興奮は、鬼たち相手じゃ味わえない。 「ん、しょ……なんだかすごく、変な感じ」 「なにが?」 「最初は裸見られるだけで恥ずかしかったのに…… 今こんなことしてる」 「さすがに慣れたよね。ずっと裸だった日もあったし」 「真くんのせいですごく不健全になっちゃった気分」 「なんだよ俺のせいって」 「そうでしょ〜? 真くんがして欲しいって言わなかったら、 こんなことしてないもん」 「したくないならしなくてもいいですけど〜」 「ふふ、拗ねないの〜。 ちゃんとしてあげるから」 「れろ…………ん、はぁ……んんっ、 乾いてきちゃった、もうちょっと…………。 んちゅ、ん、れろぉ……ん、ちゅ、はぁ……ふぅ」 一生懸命にしごいて、しゃぶって。 由美は俺の要望に、なんでも応えてくれる。 最初は恥ずかしがるけど、始まってみればノリノリになって由美も楽しんでる。 このまま色んなことに慣れてもらえれば、もしかしたら今日の夢みたいにいつかドエロな由美に……。 楽しみにしておこう。うん。 「次はなにしよっかな〜って考えてるでしょ?」 「え?」 「そういう顔してた」 「どんな顔だよ……。当たりだけど」 「ほら〜。今日はこれで終わりって言ったでしょ〜?」 「わかってる。バイトでしょ、バイト」 「うん、ごめんね。最後だから……ん、しょ、っと、 がんばるね。ちゅ、……ん、れろ……、 ふぅ……ん、はぁ、ふぅ……ん……」 「ん…………」 「ふふ、気持ちいい?」 「気持ちいいしエロい」 「じゃあもっとエッチになっちゃう。 ん、れろ、んちゅ……ちゅっ、れろれろ……、 ふぅ、はぁ……んん、んっ、ふぅ……んしょ、ふぅ」 「ふふ、先っぽから……いっぱい出てきてる。 もうイッちゃいそう?」 「もうちょっとかな」 「がんばる。ふぅ……ん、汗かいてきちゃった。 はぁ、ふぅ、…………ん、しょ……はぁ、 ふふ、どんどん出てくる。舐めちゃお」 「れろ、ちゅっ、んちゅ、んんん、ちゅっ、 はふ、はぁ……ん、ん、んっ、んちゅ、ぷぁ、 はぁ、ふぅ、ん、ちゅっ」 「あ〜……それいい、すごくいい」 「ふふ、ん……ちゅ、んん、お口に、出す……?」 「ん〜、そうだなぁ……」 「……」 「相談があるんだけど」 「なぁに?」 「眼鏡にかけてみたい」 「も〜、いっつも変なこと言う〜」 「仕方ないよ! 男の夢なんだよ!」 「真くん、昔はもっとクールだったのになぁ……」 「意識してかっこつけてただけ」 「ふふ。待って。……っと」 テーブルに手を伸ばし眼鏡を取って、装着。 「これでいい?」 「バッチリ」 「眼鏡にかけられたら、洗うの大変そうだな〜」 「……そこまで考えてなかった。俺がやるよ」 「ふふ、嘘嘘。真くんの夢を叶えてあげたいから、 もっとがんばっちゃお」 「ん、しょ、ふぅ……れろ、んちゅ、ん、ちゅぱっ、 はふ、はぁ、ふぅ、んん、ちゅっ、ん、んっ、んんっ、 ん〜〜、はふ、はぁ、んちゅぅ、ちゅ、れろれろ」 「はぁ……んん、もっと、強く……できそう。 ん、んっ、はぁ、んんっ、はぁ、ふぅ、ぁぁ、 はぁ、……っ、ふぅ、はぁ、ぁ、ぁ……んっ」 「ぅ……すご……。 も、もう少しで……イキそ……」 「うん、じゃあもっと、がんばるから、はぁ、ふぅ、 真くんに、喜んでもらえるように……ん、ぁぁ、 はぁ、んっ……ちゅ、んん、ふぅ、はぁ」 「ぁ、ぁ、はぁ、んん、はぁ、ふぅ、んちゅ、 ん、んっ、ふぅぅ、はぁ、んっ、んんっ、 あ、ピクピク、して、はふ、はぁぁ、ん、ふぅ」 「ぅ、く……由美、そろそろ……」 「出る? いいよ。かけて、いっぱいかけて……ん、はぁ、 かけても、いいからぁ……ぁ、んっ、ふぅ、んっ、 かけて、真くん、かけて、ぁぁ、ぁ……っ」 「ぁ、ん、ぁ、ぁ、はぁ、んっ、はぁ、んんっ、 んっ、はぁ……っ、ふぅ……っ」 「ぁ、イク……出る……っ」 「ぁ、ぁ、ぁっ――」 「わ、ぁ、わぁ……」 勢いよく飛び散り、由美の顔に、髪に、そして念願叶って眼鏡にもべったりと付着する。 いいね、いいねぇ……! 真面目な由美だからこそ、こういうのが映えるんですよ。うぇっへっへっ。 「たくさん出たぁ……気持ちよかった? ……って、聞かなくても顔見ればわかるね、ふふっ」 「いや、ほんと、よかった……ありがと」 「うん、ふふ、待って」 「ん?」 「……ん、れろぉ……んむ、んっ、ちゅる、ちゅっ」 「お、ぉ」 今朝葵がしてくれたように、性器に付着した精液をぺろぺろと舐め、お掃除フェラ。 いいねぇ……どんどんエロくなるねぇ、由美さんってば。 「ちゅ、んちゅ……れろ、こういうの、好きでしょ」 「めっちゃ好き」 「ふふふ、ん、ちゅる……ん、んん、れろぉ……んん、 ちゅっ…………ん、んっ…………」 「……、うん、おしまい」 最後にチュッとキスをして、眼鏡を外しながら立ち上がる。 「バイト行く前に……シャワー浴びた方がいいかな」 タオルを取り、体や顔についた精液を拭う。 特に胸などを隠したりはしない。 本当に、裸でいることに慣れきってしまった。それくらい俺たちは、このたった数日間、肌を何度も重ねてる。 ……。 「? なに?」 「いや……」 射精した気だるさのせいだろうか。胸が、またモヤモヤとしてきて。 罪悪感。 俺……無意識に葵と比べてたよな。 お役目のことも話せず、由美以外の子としていることも明かさず。 それはとても、不誠実なことじゃないか。 ずっと目を逸らしていたことが、無視できないほどに重くのしかかる。 これからもずっと恋人でいたいなら……このままじゃ駄目だよな、きっと。 「どうしたの? 疲れちゃった?」 「まぁ……ちょっと」 「ふふ、休んでていいよ。あ、なにか食べる? バイトの前に、ちょっとだけお腹に 入れておこうかなって思って」 「あ〜……そうだね」 「うん、じゃあシャワー浴びたら作るね。 ちょっと待っててね」 「……」 「由美」 「なぁに?」 「バイトまで、少し時間もらっていいかな?」 「うん、いいよ。どうしたの?」 「……」 「?」 「紹介するよ、俺の仕事仲間を」 「俺の仕事のことを……由美に知ってもらおうと思うんだ。 全部」 梓ルートそれ以外 現場に到着。 さて、嶋さんは……。 「いる……感じる。近くにいる……」 (呼んでみます) 「大丈夫?」 (はい。こちらから呼びかける分には、問題ないです) アイリスが翼を広げる。 ……と、工事現場から嶋さんがゆっくりと出てきた。 きょろきょろと周囲を見渡している。 前見たときと様子が違う。普通の女の子みたいだ。 「ぼんやりしてわかんないけど…… あの写真の子、だよね?」 「ですね……。俺が話しかけないうちは 問題ないんだけど……」 (まずはアイリスが。行ってきます) 「気をつけてな」 「だ〜いじょ〜ぶだって、いつもやってるし」 (では) うなずき、アイリスが嶋さんに近づく。 そばで立ち止まり、アイリスの声は聞こえないけど……なにか話しかけたんだろう。 嶋さんがアイリスを見て、表情を輝かせた。 「え、なになに、きゃは、ナンパ? ってかなに? コスプレ? 超かわいい。 似合ってるねその服」 「え? アタシのこと知ってるの? どっかで会ったっけ? まいっか。 名前なんていうの?」 会話が弾む。俺のときとまったく違うな……。 「あ、よかった。声は聞こえる。 っていうか、普通にいい雰囲気じゃない?」 「ですね……めっちゃ笑顔だ」 「めっちゃ笑顔だ」 「いっつもあんな感じだよ。 毎日毎日初対面からやり直すの。 同じ話ばっかりで飽きちゃう」 「私たちのことを覚えてない……?」 「確か……記憶をリセットしているんでしたね。 やはり霊には常識が通用しません」 「なるほどねぇ……」 しばらく様子を見守る。 友達同士の談笑……だな。気になる点はどこにもない。 数分たって、アイリスがこちらに視線を向ける。 (マスター、いつも通りです。 やはりこの状態では有用な情報は引き出せません) (よし、じゃあ行くぞ) (はい、マスター) 「嶋さんに話しかける。葵、準備はいいな」 「暴走したら思念を読むんだよね。オッケオッケ」 「芙蓉、なにかあったら頼む」 「お任せを」 「念のため梓さんは離れていてください。 琴莉、梓さんを頼むな」 「う、うんっ」 「ご面倒おかけいたします」 「うっし、行ってみるか」 「あ、待ってお兄ちゃん。枕枕」 「……そうだった」 枕を首に装備。 ……なんだこの絵面は。本当に大丈夫なのか、これで。 「うんっ、無敵! お兄ちゃんがんばって!」 「ああ」 首回りのごわごわする感覚に落ち着かなさを覚えながら、背後からそっと近づく。 そして十分距離をおいて、語りかけた。 「嶋、きららさん?」 「……」 「……ぅ」 首がぐるりと回って、嶋さんの顔だけがこちらを向く。 笑顔は消えていた。目をギョロリと見開き、俺を凝視している。 スイッチが入ったか……! (マスター、気をつけてください……!) 「あ、あぁ……っ!」 「……して、……どう、して……」 あの呟き。どうして殺したの? 体の向きを変え、腕を伸ばす。 来るか……! 気をつけろよ、ここから瞬間移動みたいに速いぞ……!もっと距離をとって―― 「……どう、し…………、? ……、?」 「……ん?」 一歩踏み出したところで、フリーズ。 首を傾げているように見えるけど……ん? あれ? どうした? 「こ、こ、ここっ、こわっ! 急にくっきり見えてきた顔こわっ!! 真くん大丈夫!? これ大丈夫!?」 「あ、これ、戸惑ってない? 枕に戸惑ってない? 首絞められないんですけど〜! って感じだよお兄ちゃん! チャンスチャンス!」 「あ! これ戸惑ってる! 枕に戸惑ってるよお兄ちゃん! これ首絞められなくない? って感じだよお兄ちゃん!」 「ま、まじで!? 役に立ったの!? 役に立っちゃったのこの枕っ!」 「姉さん! アイリス! 今のうち!」 「がってんだぃ!」 (はい!) 二人を粒子が包む。 力の解放。嶋さんの思念を、心を、今読み解く。 「……っ」 「……くる、きてる。いつもと違う映像だ……!」 (聞こえます……! 彼女の声が……! 本音の、魂の声が……!) 「わぁ……すっご。前はなにも見えなかったから 完全にエセ霊能力者だったけど……。 これが鬼の力なんだ……」 「ですっ! 二人ともがんばって! なにが見える? なにか聞こえた?」 「よし、いいぞ二人とも! その調子だ!」 「なに? なにが見えるっ? なにが聞こえるっ?」 「……? これって……ごめんご主人っ、 前の映像違うかも……! この子、自分から車に乗ってる……!」 「自分の意志で……? どういうこと?」 (これは……親しい人間への怨嗟……? 友達……? いえ、恋人……?) 「なんだって、じゃあ犯人は――」 「ヤ、め、ロ……」 「……っ? 乱れる……!」 (声が……、遠い……!) 「アタシの、ココロを……ッ」 「ノゾくなァ――!!!!」 「っ、な、な、なに……っ!?」 「……えっ」 「ちょ……っ!」 「こ、これは……!」 「……っ!」 「な、なんだよ……っ!」 嶋さんの叫び。キンと、耳の奥が痺れたような感覚に襲われる。 いや、痺れたような、じゃない……っ! っ、体が……っ、身動きができない……!か、金縛り……!? こんな力が……! 聞いていないぞ、伊予……ッ! 「ヤめろ、やめろ、やメろ……。 のゾか、ないで、しッてルくセニ……シッテルくセに……」 「アタシの、きモち……シッてる、くせに……」 「ドウシテ、いじワる、するの……?」 「どうして、ドうして、ドウシテ、どウシて」 「ドウシテ?」 「……っ」 眼前。 数センチほどの距離で、血走った目をギョロつかせる。 「ドウシテ ワタシヲ コロシタノ?」 手が伸びる。 「ご主人!」 俺の首に。 「真様! なんと、情けない……! 霊如きに自由を奪われるなど……!!」 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。 「マスター! 体……っ、動け、動け、動け……っ!!」 触れる。枕をすり抜けて。ひんやりとした、その手が。 「ちょ、こ、これ……っ! 真くん……っ!」 「あぁ、お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」 「イッショニ、キテクレル?」 や、べ……! 「フフ…………あハは」 「……」 「シネ」 「お兄ちゃん!!」 「……え?」 「……ッ!!」 琴莉、だった。 琴莉の背中が、そこにあった。 鬼たちが、力を解放したときのように。 淡く輝く粒子を纏い、不可思議な力に髪を波打たせ。 琴莉は、そこにいた。 「やらせない、殺させない……っ!!」 「……っ、ど、ケッ!」 「どかないっ! 好きな人に殺されて悔しいよね、悲しいよねっ! でもこの人は違う! あなたの恋人じゃない!」 「殺していい人じゃない! お兄ちゃんは、真さんはっ! あなたを救ってくれる人! 殺しちゃったら、 ずっとそのままだよ!? それでいいのっ!?」 「うルさい……っ、うるサイ、ウルさイ、 ウルサイウルサイ! スキだったノに、 すきダったのに……!! うらギった!」 「それは真さんじゃない! 真さんは裏切らない! 真さんはあなたに手を差し伸べてくれてるの! それに気づいてっ!」 「スキダッタノニ!!」 「違うって言ってるでしょう!!」 「ウラぎッたァァアアア! スキダッタのにィィイイ!」 「……っ!」 「あなたじゃ、ない! あなたなんかじゃ、ない……っ!」 「好きなのは、この人のことを、好きなのは……っ! 真さんを好きなのは……ッ!!」 「私だ! 私なのっ!! 私なんだっ!! 私が好きなんだっ!」 「あなたのじゃない! 私の好きな人だ! 大好きな人なんだ!! だから――」 「テ を ダ す な !!」 「――!」 「ひ、ぁ…………」 「え? ぁ……っ」 嶋さんが、消える。 周囲に溶け込むように、跡形もなく。 すぅっと……消えてしまう。 同時に、俺たちの金縛りも消えた。 「はぁ、ふぅ…………はぁ……っ」 「……ぁっ! う、動ける……!」 「琴莉! 平気かっ!?」 「う、動ける……! 琴莉! 平気かっ?」 「だ、だ、大丈夫……。あ、あの子……は? 成仏……したの?」 「え、と、成仏っていうか……」 (琴莉お姉様を恐れて……逃げたようです) 「逃げ、た……? 私を……怖がって?」 「そのように……見えました」 「そ、っか……。 っていうか……今の……なに……? 疲れたぁ……」 「琴莉!」 ヘナヘナと崩れ落ちた体を、抱き留める。 あの力……。 ……。 もう使わせない方がよさそうだ。 「大丈夫ですか? お気を確かに」 「う、うん、疲れた……だけで……。 ……お兄ちゃん、すごくない? さっきの、私……」 「ああ、凄かった。助かったよ、ありがとう」 「……うん、よかったぁ……。 やっと、役に立てたぁ……」 「真様、ここは戻った方が」 「あ、ああ、そうだな、帰ろう。 葵、アイリス。報告はうちで」 「う、うん」 (承知しました。今は、琴莉お姉様を) 「うん、そうだな。……あっ、梓さんもすみません。 体大丈夫ですか?」 「そんな忘れてた〜みたいに〜」 「い、いえ、そんな。忘れてたわけじゃ……!」 「あははっ、冗談冗談」 「……」 「真くん、ちょっといい? ちょっと、こっちに」 「? はい。みんな、琴莉のことみててあげて」 「かしこまりました」 琴莉をみんなに任せ、歩き出した梓さんについていく。 少し離れたところで、足を止め俺に向き直った。 「あんまり時間とらせないけど、真面目な話ね」 「はい」 「私たち近づき過ぎちゃったけど、 これからは適切な距離で仕事していこ」 「……え?」 まったく予想もしていなかった言葉。 一瞬、頭が理解を拒む。 「真くんのお役目がどういうものなのか、よくわかった。 今になって、やっと。 私が色々勘違いしていたことも」 「仕事を口実に二人きりで出かけてさ、 このあとどうしようか、なんて考えてる場合じゃないよ」 「もっとやるべきことに集中しなくちゃ。 私も、真くんも」 「身を挺しても真くんを……って、 琴莉ちゃんはすごくまっすぐ。ただれた関係をダラダラと 続けたら、その気持ちを裏切っちゃう。そうでしょ?」 「……」 「そう、ですね……」 「うん。今日は私、このまま帰るね。 明日、電話する」 「わかりました」 「琴莉ちゃん、こっち見てるよ。 早く戻ってあげて」 「はい」 「じゃあね、また明日」 手を振り、梓さんが踵を返す。 適切な距離を保って。 これは……振られたってことか。 梓さんの言ったことは正論だし、お互い本気かもわからなかった関係だった。 ただれた……というなら、そうなんだろう。 あっさりしすぎていて、まだ実感が乏しくはある。 それでも……ショックなもんだな。 「おまたせ」 「……なんの話、してたの?」 「女の子に守られてないで、しっかりしろってさ。 よし、帰ろうか」 「え、ちょ、ちょっと、待って……」 背負おうとすると、琴莉がジタバタと暴れ出す。 「お、おんぶ? は、恥ずかしいよ……!」 「意外と元気だな。歩いて帰るか?」 「ぅ、ぁ……、そ、そうする……」 「そっか、わかった」 「あ、ぅ、や、やっぱり……! せ、せっかくなので……!」 「おっけ、掴まって」 「は、はい」 「よっし、みんなご苦労様! 帰ろう!」 「はい」 「はぁ〜、つっかれたぁ、仕事したぁ」 (少し慌てましたが……よかったです。うまくいって……) 「だな。琴莉のおかげだ。ありがとう」 「自分でもよくわかんないけど……ど、どういたしまして」 「……」 「……ごめんね、私のせいで……梓さんに怒られちゃって」 「え? あぁ、琴莉のせいじゃないよ」 「でも……」 「俺が腑抜けてたせい。琴莉が気にすることじゃないよ」 「……うん」 きゅっと、琴莉の腕に、力がこもる。 それからは特になにも話さず、ゆっくりと歩く。 色々あったけど、ひとまずは一件落着だ。 今はとにかく、家に帰ろう。 「よし、琴莉。帰ろう」 「え、ちょ、ちょっと、待って……」 背負おうとすると、琴莉がジタバタと暴れ出す。 「お、おんぶ? は、恥ずかしいよ……!」 「意外と元気だな。歩いて帰るか?」 「ぅ、ぁ……、えと、せっかく、なので……」 「掴まって」 「は、はい」 「よっし、みんなご苦労様! 帰ろう!」 「はい」 「はぁ〜、つっかれたぁ、仕事したぁ」 (少し慌てましたが……よかったです。うまくいって……) 「だな。琴莉のおかげだ。ありがとう」 「自分でもよくわかんないけど……ど、どういたしまして」 照れまくる琴莉を背負って、歩く。 気がかりはまだあるけれど……ひとまずは、一件落着だ。 今はとにかく、家に帰ろう。 「…………」 「ふぅ……」 夜も更け、自分の部屋に戻ってきた。 ベッドに寝転がり、くつろぐ。 明日もかなり歩くことになりそうだ。ゆっくり休んでおこう。 ああ、そうだ。まだ写真の子の名前も聞いていなかった。 闇雲に探すよりなにか手がかりがあった方がいいから、梓さんに色々と聞いておこう。 あるいは……明日は完全なお休みにしてみるのも有りだろうか。 デートとか言ってみたけど、今日のはとてもそんな感じじゃなかった。 だから明日はちゃんと出かけてみるのも、いいのかな。 ……正直なところ、どうすればいいのかよくわからない。 由美とはおままごとみたいな恋愛で、デート自体、数えるほどしかしていないから。 俺はまだ、経験不足だ。 「お兄ちゃん?」 部屋の外から、琴莉の声。 ずっと迷っていたけど、結局今日は泊まっていくことにしたみたいだ。 「まだ起きてる?」 「ああ、起きてるよ」 「入っていい?」 「どうぞ」 「じゃあ、お邪魔……します」 「うん」 「……」 「ん?」 なかなか扉は開かず。 それからさらに十秒くらい待って、やっと開いた。 「ど、ども」 「お、おぅ。どうしたの?」 「あぁ、えぇと……」 部屋に入ってきた琴莉は、やけに表情が硬かった。 緊張してる? あぁ、でも……そうか。男の部屋で二人きり。意識もするか。 「座っていいよ」 「う、うん。えぇと……」 どこに座ろうか少し悩んだあと、カーペットの上に腰を落ち着ける。 そしてもじもじ。 緊張をほぐしてあげられればいいんだけど、下手に話しかけると逆に焦らせちゃう気がして。 琴莉が話し始めるまで、急かさずゆっくりと待つ。 「その……ね?」 「うん」 「お兄ちゃ…………じゃなかった、真さん」 「はいはい」 「その、あ〜…………あ〜〜〜〜っ」 「ん、んっ? どうしたどうした?」 「…………」 「琴莉?」 思い詰めた顔をして、立ち上がって。 俺のそばへ。 寄り添うように、ベッドに腰かける。 そこでようやく、琴莉がなぜ緊張しているのかを、なんとなく察する。 「あの…………」 「う、うん」 「え〜っと…………」 「……」 「は、恥ずかしくて言えないので…… き、き、気づいて、もらえると……た、助かります」 ああ、やっぱり。 なんというか、毎回そうだけど……。 「琴莉は思い立ったら即行動だなぁ……」 「ひ、引いてる?」 「いや、びっくりしてるだけ」 「ぅ……だ、だって……真さん、したいって 言ってたし……」 「あ、真に受けたのか」 「えぇ、や、やっぱり嘘だった?」 「いや、嘘ではないけど……」 「け、けど?」 「急ぎすぎじゃないか?」 「ぅ……、で、でも、真さんにとって……、 こ、こういうの、当たり前……なんでしょ?」 「み、みんなと……し、してたし……」 「あぁ、いや……」 「い、いきなりすぎるってのは、わかってるけど、 わ、私だって、その……興味はあるし…… あぁ、ちが、なに言ってるんだろ……」 「そ、そうじゃなくて、えぇと……せっかく、 彼女になれたんだから……みんながしてること、 私がしてないのは、嫌で……」 「それに、子供って、思われたくないし…… 妹扱い……嫌だし……」 「だから、その……えっと……」 必死に、あたふたと慌てながら、自分の気持ちを言葉にしていく。 顔は、耳まで真っ赤に。 緊張を通り越して、今にも泣いてしまいそう。 その横顔を……素直に、可愛いと思った。 「だから……」 「…………」 「うぅ、駄目だぁ……。は、恥ずかしい……。 もう、無理……。ご、ごめんなさい。 ひ、引かせちゃってるし、やっぱり……」 「だから、引いてないって」 「え……」 肩を抱き、引き寄せる。 大きく見開いた目を、数回パチクリさせて。 体を石のように強ばらせる。 「ふぇ、ぇ…………」 「目、閉じて」 「あ、ぅ…………ぅ、ぅん……」 こくんと、うなずく。 けれど、目を閉じるまで待たず―― 「ぁ、ん…………」 触れる。 琴莉の唇は、柔らかく。 そして少し、ひんやりとした。 それは緊張しすぎて、赤面を通り越して青ざめているせいもあるかもしれない。 「……、…………」 震えた吐息がこぼれる。 抱き寄せた体は、相変わらず強ばっていて。 唇も、固くぎゅっと閉じたまま。 しばらくは、ただ触れあわせていたけれど。 「ぁ、……、はぁ……、……っ、……」 じれたのか、悪戯心か。 唇を舌先でぺろりと舐める。 琴莉がびくっと驚いて、目を開く。 それからふっと、体の力が抜けて。 俺に全てを、委ねる。 「……はふ、ん、ちゅ……はぁ、んん、ん……、 はぁ…………ん、ぁ、……ふぅ、んんっ、 ちゅ……、……っ、ちゅ……」 わずかにあいた隙間に、舌をいれる。 また少し驚いたけれど、恐る恐る受け入れて。 遠慮がちに舌を絡め、吸い付く。 「んちゅ、ふぅ……んん、はぁ、ん……っ、 はふ、は、ぁ……んん、ん、ちゅ……、 ん、はふぅ、はぁ……ふぅ……」 息が荒いのは、たぶん興奮だけでなく、まだほぐしきれない緊張のせい。 体の力が抜けてきたといっても、琴莉はほとんど身動きできずにいる。 こうしたら、少しはほぐれる? なんて、理由が欲しかったわけじゃないけれど。 俺も、我慢強い方ではないから。 「ん、ふぇ……っ」 胸に触れる。 仰け反った体を、しっかりと抱き寄せて。 唇と舌で、拘束して。 逃げることを、許さない。 「んんん、はぁ……ん、ちゅ、んんっ、んっ、 はふ、はぁ、ふぅぅ、んん、ちゅっ、ちゅぅっ、 は、ぁ、んん、はぁ、ぁ、ぁ」 息づかいが、さらに激しくなる。 上下する胸を、しっかりと手の平で包み込んで。 その柔らかな膨らみを、歪める。 「ぁ……っ、んっ、……っ、はふ、ん、ちゅ、 んちゅ、はふ、はぁ、んん、ちゅ、ん、んっ」 パジャマの上から乳首を探し当て、指の腹で軽く押す。 嬌声をごまかすためか、俺の舌に強く吸い付いた。 唾液をたっぷりと湛えた琴莉の口内を、舌を絡ませながらかき回す。 「あふ、んっ、ちゅ……んん、ん、ちゅ……はぁ、 んん、ぁ、んっ、ちゅぅ、ん、ちゅ……っ」 「ぁ……ふぁ…………はぁ、ん…………はぁ…………」 随分と長いキス。 ふ、っと気まぐれのように唇を離して。 目を見つめ、問いかける。 「本当にいい?」 「……」 琴莉が小さく口を開き、なにか言おうとして。 結局、言葉が出てこず。 ただこくりと、うなずいた。 「ぁ……ぅ…………はぁ……」 パジャマのボタンを一つ一つ外し、白い肌を露わにさせる。 ああ、あのときは誘惑に抗うのに苦労したけれど。 今は、我慢する必要はない。 「ひ、ぅ……っ、んちゅ、んんっ、んっ、ちゅ、 はふ、はぁ、ぁ、ぁっ、ん、ぁ……っ!」 唾液をねっとりと絡ませた濃厚なキスをしながら、再び胸に触れる。 今度は直接。明らかに、琴莉の反応もよくて。 ぷっくりと膨らんだ乳首を、摘まみ、こねながら。 とろけそうなほどの感触を、楽しむ。 「ぁ、ん……んん、ふぅ……ぁぁ、ん、ちゅ、 はふ、ぁ、ぁ、はぁ、んん、ぁ、ぁぁ…… ん、んっ、んちゅ、っ、ぁっ、ぁっ」 艶めかしい吐息。 そんな声を出されたら、俺も辛抱できなくなってくる。 「ぁ……ん……ふぅ、ん…………はぁ……」 そろそろ、先に進もう。 琴莉の背中に手を添えて、ゆっくりとベッドの上に押し倒して―― 「……」 「ぁ……はぁ…………、……、はぁ……。 ……、真……さん?」 「…………」 「やっぱりやめよう」 「え……?」 琴莉から離れ、パジャマを着させた。 どうして? と固まる琴莉の頭を、そっと、優しく撫でる。 「かなり無理してるだろ」 「そ、そんな、こと……」 「ある。こんなに震えてる」 「ぅ……」 自覚があったんだろう。 泣きそうな顔を見られぬよう、背けた。 「子供っぽいなんて、思わないから。 こういうことは、心の準備ができてからにしよう」 「……、え、っと」 「き、緊張のせい、だと……思うんだけど……」 「……」 「ごめん、なさい。ちょっと……怖い」 「うん。俺もちょっと、緊張しすぎてなにがなんだか」 「きんちょう? 真さんが?」 「人間の女の子とするのは、初めてだから」 「ぁ、そっか……私が、初めて……」 「……」 「ふふっ」 やっと緊張がほぐれたのか、はにかむ。 でも、じゃあ気を取りなおしてって雰囲気では、もうなくなってしまった。 琴莉もそう思ったのか、ベッドから下りて立ち上がる。 「ごめんね、次は……うん、ちゃんと、準備しておくから。 またリベンジさせてくださいっ」 「うん。ゆっくり進んでいこう。ゆっくり」 「ふふ、うん。今日は……背伸びしすぎたね。 でも、キ、キス……できて、うれしかった」 「俺も」 「……うん。じゃあ、真さん」 「おやすみなさい」 「おやすみ。また明日」 「うんっ」 頬を染めたまま、琴莉が部屋を出ていく。 足音が聞こえなくなるまで待って、ごろんとベッドに寝転んだ。 唇に、手の平に……まだ琴莉の感触が残ってる。 「……」 「…………」 「………………」 「………………………………………………」 「……ぅ、ぁ、っと……」 「……」 「ぁ〜ぁ……」 ティッシュに手を伸ばすも、間に合わず。 べっとりと、手の平に精液が付着した。 琴莉をおかずにしてしまった。 最初から爆発しそうな状態だったから、驚くほどすぐに出てしまった。 ……。 琴莉は俺にとって、妹で。俺は兄で。 最初は、そのつもりだった。 女の子として意識しだしたのは、いつだろう。 琴莉の気持ちに薄々気づいたとき? 一緒にお風呂に入ったとき? 好きだと、告白されたとき? それとも……キスをした、胸に触れた、今この瞬間? 最後だったら、最悪すぎる。 けれど考えても、はっきりと“いつ”とはわからなくて。 「はぁ…………」 ベトベトと不快な白濁をティッシュで拭きながら、ため息をついた。 今日は日曜日。 まだ事件は解決していないけど、一応の進展はあった。 今日くらいはいいだろうと、みんなでゆっくりとくつろぐことにした。 「あ〜とぅい〜〜」 「葵、もうちょっと扇風機から離れろ。 風がこんじゃろう」 「だってぇ、今日は〜、特にムシムシするしぃ〜」 「うぅむ……のぅ、真。居間にもクーラーつけんか? おじじが冷房嫌いだったせいで、 この部屋だけ昭和初期じゃ」 「別にいいけど、お金かかりそうだな〜。 っていうかもうすぐ夏終わるし。 この部屋風通しいいし大丈夫大丈夫。涼しい涼しい」 「それはご主人がアイリスに扇いで もらってるからでしょ〜?」 (暑くありませんか? マスター) 「あ〜、快適快適。俺も扇いであげる」 (ありがとうございます。涼しいです) 「も〜……。 あ、伊予様の部屋に行っていい? いっつもクーラーガンガンじゃないっすか」 「駄目じゃ。葵を部屋に入れるとなにか壊されそうじゃ」 「ぶ〜。じゃあご主人の部屋は〜?」 「いいけど、クーラー消してあるから 涼しくなるまで時間かかるぞ」 「あひぃ〜……待てないぃ……」 「っていうか、葵たちの部屋にもクーラーあるじゃん」 「テレビないもんっ!」 「あ〜、そっか。クーラーとテレビ、どっちが安いかなぁ」 「テレビ買うならでっかいのがいい!」 「却下」 「ちっきしょ〜〜〜!」 葵がパタンと倒れ、ようやく扇風機の涼しい風が流れ込んでくる。 台所からは、時折琴莉と芙蓉の声がする。 昼食を終えてから、二人でなにか作っていた。 夕飯の仕度……には早いだろうし、お菓子とかだろうか。 「よっしと」 なんて考えていたら、どうやら作業が終わったらしい。 冷蔵庫の閉まる音がして、琴莉と芙蓉が居間に戻ってきた。 「お兄ちゃん、ちょっと芙蓉ちゃんと出かけてくるね」 「? うん。二人で出かけるなんて珍しいね」 「ふふ、少々お買い物に」 「そっか。暇だし、俺も――」 「駄目駄目駄目っ、お兄ちゃんは駄目っ」 「え、なんで」 「ど〜しても。ふふ〜っ」 「またコトリンがキモスマイルを……」 「もうっ、キモくな〜い!」 「買い物行くならついでにアイス買ってきて〜」 「あっ、あたしの分も〜!」 「はいはい。アイリスは? なにか欲しい物ある?」 (ゼリー食べたいです) 「ゼリーね。では行って参ります」 「あれ、俺には聞いてくれなかった」 「お兄ちゃんはい〜の」 「な、なんでだっ」 「なんでも。いってきま〜す! ふふ〜」 「い、いってらっしゃい」 妙に含みのある笑みを浮かべながら、琴莉が居間をでる。 『では』と芙蓉もすぐにあとを追った。 なんかよくわかんないけど……果たして俺のおやつはあるのだろうか……。 特にやることもなかったから、部屋に戻ってごろごろ……と思ったんだけど。 なにかしてないと落ち着かなくて、爺ちゃんの部屋から日記を持ち出して、ぺらぺらとめくる。 やっぱり、最後の一冊が気になる。 爺ちゃんの日記からヒントをもらうことが多いから、ぜひとも見つけておきたいところだけど……。 「おにいちゃ〜ん?」 「お?」 部屋の外から琴莉の声。もう帰ってたのか。 「開いてるよ」 「失礼しま〜す」 音をたてて、扉が開く。 でも琴莉は入ってこず、隙間から顔を覗かせるだけ。 「ちょっとちょっと」 「ん? なに?」 「ちょっと来て」 「? うん」 手招きに応じて、部屋を出る。 そのまま一階に下り、琴莉は客間の方へと歩いていく。 「こちらへど〜ぞ」 「中?」 「うん」 言われるがまま、客間の中へ。 「ここで座って待ってて」 「? なになに?」 「いいから、待ってて」 「あぁ、うん」 なにしたいのかさっぱりだけど、とりあえず従ってみる。 「じゃあ、ちょっとだけ待っててね」 俺がちゃんと座ったのを確認して、琴莉が部屋を出る。 首を傾げながら、待つこと数分。 「おま〜たせ〜しま〜した〜」 「おっ?」 お盆をもって、琴莉が再登場。 「は〜い、こちら今日のスイーツセットになりま〜す」 「お、お?」 お盆をテーブルの中央に。 お盆の上には、生クリームや果物を添えたプリンと、アイスティーのグラス。 おいしそうだけど……えぇと? どういうこと? 「お兄ちゃん……いえ、真さん」 「はい」 「わたくし、考えたのです」 「はいはい」 「昨日はデートじゃなくてただのお役目でした」 「その件についてはわたくしも大変遺憾に思っており……」 「はい。なのでちゃんとデートしたいです」 「ごもっともでございます。では今から行きましょう」 「行きません」 「え、行かないの?」 「うん。だって、犯人に近づいたっていっても、 新しい犠牲者の可能性も出てきちゃったし、 事件はまだまだ解決には遠いでしょう?」 「まぁ……そうだね」 「だよね。だから、こういうときに浮かれちゃうのは 不謹慎かなって思ったんです」 「うぅん、まぁ……気持ちはわかる。 はしゃげないよな、心から」 「うん。でもデートはしたいのっ」 「え、なに、どっち」 「中間がいいのっ!」 「中間って、なにとなにの」 「不謹慎じゃないのと不謹慎なのの間っ! それがプリン!」 「えぇ?」 「だから、おうちデート! それくらいならいいかなって」 「あぁ……おうちデート、なるほど」 そうか、デート気分を味わいたくて……。 「これ、琴莉が作ったんだよね?」 「うん、芙蓉ちゃんに手伝ってもらって」 「話した? 俺たちのこと」 「うん、芙蓉ちゃんなら笑ったり からかったりしないかなって。駄目だった?」 「いいや、俺も照れくさくて言ってないだけだから。 みんな薄々気づいてるだろうしって」 「気づいてるかな」 「葵とか、結構勘がいいよ」 「そっかぁ……じゃあコソコソしない方が よかったかなぁ……。感じ悪いかな?」 「気にしすぎだよ。でもコソコソして正解。 葵にバレたら、なんでご主人だけ〜! って デートどころじゃなくなる」 「あは、ふふっ、そうだね。でね、でねっ」 「あぁ、とりあえず座ったら。隣? 正面?」 「ぁ、えと、正面がいい!」 ずっと膝をついて話をしていたけれど、正面に回ってようやく琴莉も腰を落ち着ける。 「でね、真さん」 「うん」 「二人でおしゃれなカフェに来ましたって設定です」 「ほぅ、おしゃれなカフェとな」 「はい。これは当店の人気メニューです」 「琴莉の立ち位置はなんなの」 「オーナー件お客さん!」 「複雑だ」 「とにかくっ、二人で来たのっ」 「琴莉のは?」 「へ?」 「琴莉はなにを注文したの?」 「……」 「あっ!」 「……自分の分忘れちゃったかぁ」 「あはは、うそうそ。してみたいことがあって、 一人分で十分っていうか、一人分の方が都合がいいのです」 「? なに?」 「えっとね」 スプーンでプリンを掬う。 そして、俺の口元へ運んだ。 「はい」 「うん?」 「あ〜ん」 「え?」 「あ〜〜ん」 「……」 「あ〜〜〜〜ん」 「あ、あ〜ん」 俺も空気が読める男だ。恥ずかしかったけど、そこはなにも言わず口を開けた。 「はい、あ〜ん」 「……ん」 「どう? おいしい?」 「ん〜……」 「だ、駄目?」 「ん〜、んっ、うん、うまいっ、甘さがちょうどいい」 「よかったぁ、じゃあもう一口」 「はい、あ〜ん」 「え、もう一回?」 「あは、ふふっ、真さんちょっと顔赤くなってる」 「いやだって、琴莉さん、初めての経験ですよこれは……」 「じゃあなおさらしないとっ。はい、あ〜〜〜ん。 今度は生クリームたっぷり」 「は、はい。ぁ〜〜ん」 「むぐ……ん、うん、うん……うん、うまいっ」 「ほんと?」 「うまいよ、琴莉はお菓子作りの才能あるね」 「よかった〜。あのね、よく見たらわかるけど…… ちょっと、表面がぶつぶつになっちゃって」 「失敗した〜って思ったんだけど、生クリームと 果物で豪華に見えるよねっ。買ってきてよかった〜」 「ああ、これ買いに行ってたんだ」 「うん。プリンだけじゃちょっと寂しいかな〜って。 はい、今度は果物と一緒に〜」 「うわぁ、またか〜」 「そんな顔しないでよ〜。恋人っぽいでしょ? こういうの」 「まぁ……ね、っぽいね」 「でしょでしょ、昨日失敗しちゃったから…… 少しでも恋人っぽいこと、したいなって」 「失敗って、琴莉のせいじゃないだろ。 俺がやめちゃっただけで」 「違う。真さんが気を使ってくれたから。 自分でも……暴走しちゃったなって思うし」 「気にしないで。ゆっくりね、ゆっくり」 「うん」 「……」 「あのね、真さん」 「うん」 「もう何回も言ってるんだけど、 改めてちゃんと言いたくて……」 「あのね、私――ぁ、わ、ふふっ」 「え、なに。なんで笑うの」 「口にクリームついてる」 「うわ、恥ずかしっ」 「待って待って、私が……」 琴莉が、手を伸ばす。 でもその指先が、俺の口元に触れることはなく。 「……」 「……」 見つめ合う。 伸ばした手はテーブルの上に落ち、乗り出した体を支える。 そうして、少しずつ、少しずつ、二人の距離を詰め……。 「…………」 「…………」 触れあう……直前で、ぴたりと止まる。 その理由は、たった一つ。 「ゎ、ゎ…………キス…………」 「いけいけ……お、なんじゃ、なぜやめる」 「あら……いい雰囲気でしたのに」 「このあとエッチするかな。ねぇエッチするかな」 複数の視線を感じたから。 っていうか……葵に至っては声丸聞こえだからな。 「む……いかん、気づかれたか」 「……そうだね、気づいてるね」 「な、なんでみんな見てるのぉ……っ!?」 「ぇ、ぁ……っ」 「見てないよ! 大丈夫だよ! 続けていいよ!」 「無理だよ! 続けられないよ! っていうか見てるし! がっつり見てるし!」 「あら……お邪魔しちゃいましたね。 つい気になってしまって……おほほほほほ」 「え〜、なに〜? やめちゃうの? 押し倒せばいいのに。いけいけやっちゃえにゃ☆」 「あ、ちょっと待って! やるならちょっと待って! カメラ持ってくるから!!」 「やらね〜よ! よしんばやったとしても撮らせね〜よ!」 「ほらっ、覗きなんてしてないで戻れ戻れ! テレビでも見てろ!」 「チッ、ノリの悪い……」 「エッチすればいいのに〜」 「ほ〜ら、姉さん、行きましょう。 失礼いたしました、……おほほほほほ」 (お、お邪魔しました……) 追い払い、障子を閉める。 ったく……ほんとこういうの好きだな、みんな。 「あはは……やっぱりみんな、気づいてたね」 「予想通りからかわれたけどね……」 「あはは……」 「あ〜……。それで?」 「へ?」 「なにか言いかけてた」 「ぁ〜、え、っとね。その……」 「ぉ、行くか? 行くのか?」 「カメラの準備はできてるぜっ」 「……」 「……」 「あれ、しないの?」 「アクション! ほら、アクション!」 「アクションじゃね〜よ! だから覗くなって〜の!!」 「ひゃ〜〜!」 「逃げろ逃げろ〜〜い!」 「ったく……」 「あ〜……」 「……」 「……」 「普通に食べようか」 「う、うん……」 「ただいま」 「ああ、真様。お帰りなさいませ」 「お客さんは?」 「客間にお通ししました。伊予様がお話を」 「伊予が? わかった」 「あ、えと、私は……行かない方が、いいかな?」 「あぁ、いえ……琴莉さんもご一緒の方が いいかもしれません」 「琴莉も? 誰が来たの?」 「会っていただければ」 「……、わかった」 「アイリスはわたくしと一緒に待っていましょうね」 (はい、お姉様) 「行こう、琴莉」 「うんっ」 靴を脱ぎ、廊下を進む。 客間の前には、葵がいた。 障子の隙間から、中を窺おうとしている。 「葵」 「ぁぅっ、びっくりした」 「なにしてるんだ」 「いやぁ、ちょっと様子を……」 「失礼なことはしちゃ駄目だ。 芙蓉たちと一緒に待ってて」 「へ、へい」 「伊予ちゃんも中にいるんだよね?」 「いるけど……さっきからなにも話してないみたい」 「なにも……?」 「ごちゃごちゃやっとらんで、さっさと入れ、真」 客間の中から伊予の声。 一呼吸置いて、『失礼します』とゆっくり障子を開けた。 そして―― 「え……?」 お客さんの姿を見て、硬直した。 この子は……! 「……」 呆然とする俺に、ぺこりと頭を下げる。 間違いない、梓さんに見せてもらった写真の子だ……! 「あ、ぇ……?」 琴莉も戸惑っていた。 なぜここに。なぜ俺のことを。 疑問は尽きないけれど、まず真っ先に思ったことは。 伊予が応対に出ている。それはつまり……。 「……」 俺の視線の意味を察し、伊予が神妙にうなずく。 あぁ、そうか……。 この子は、もう……。 「……」 女の子は、じっと俺を見つめている。 ……悲しみに暮れるのはあとだ。腰を下ろし、背筋を伸ばす。 今は、話を。 「加賀見真です。お名前をお伺いしても」 「…………」 名乗ろうとしたのか、口を小さく開く。 何度か、喉を押さえながらパクパクとさせて。 とても悲しそうな顔をして、口を閉じてしまった。 「先ほどからわたしも何度か問いかけておるが…… どうやら声が出せんようじゃ」 「声が……? なるほど。 すみません、少しお待ちください」 「アイリス! 来てくれ!」 廊下に向かって呼びかける。 それほど間を置かず、アイリスがやってくる。 彼女を見て、俺たちと同じように一瞬驚いたものの、すぐに平静を取り戻し、俺を見る。 (お呼びでしょうか、マスター) 「声が出ないみたいなんだ。仲介を頼む」 (承知しました) 今日二度目の力の解放。 翼を広げたアイリスを見て、今度は女の子が驚く。 伊予のことも、鬼のことも、やはりしっかりと見えている。 霊とはたぶん、そういうものなんだろう。 (聞こえますか、アイリスの声が) アイリスが語りかける。 驚きつつも、こくこくと女の子はうなずく。 (どうぞ、頭の中で話してみてください。 あなたの声を、アイリスが届けます) 「…………」 (これで……いいですか?) 「あ、聞こえる。聞こえますっ! 聞こえてますよ!」 (ああ、よかった……。 突然お邪魔して、ごめんなさい。 私、野崎小百合と申します……) また頭を下げる。 しっかりした子だ。会話も成り立つ。 嶋さんのように襲ってきたらどうしようかと、少しだけ身構えていたんだけど、ここでやっと警戒を解く。この子はたぶん、大丈夫だろう。 「野崎さんは……えぇと、なんて言ったらいいのか……。 ここには、なぜ?」 「……」 (あなた方なら、私のお願いを……聞いてくれると思って。 死んだ人間が、見えるようですから……) 「それをどこで知った」 (女の子の霊と話しているところを、見ました) 「女の子って、嶋さんのことですか……?」 (名前はわかりませんが……たぶん、そうだと思います。 昨日の夜に……) (昨日の夜……ですか? 昨夜は外出しておりませんが……) (あれ……? あ……) 「……」 (ごめんなさい、死んでから……時間の感覚が曖昧で。 すぐこちらに伺ったつもりだったんですが…… そうじゃなかったのかもしれません) 「死んでから……。こんなことは……なんていうか、 聞きづらいですけど、まずは亡くなった理由を 聞いてもいいでしょうか?」 「あなたのお願いを聞く前に、まずはあなたのことを 教えていただけると助かります」 (はい。私が死んだ、のは……) 「……」 「……、っ……」 「な……っ」 「ぇ、ぇっ?」 「かは、か……っ」 「わ、わっ、わぁ……っ!」 「……っ」 「こ、これは……っ」 「なるほど……声が出せぬわけじゃ」 野崎さんの首に唐突に深く大きな傷が現れ、咳き込み、口から、首から、大量の血液が流れ出す。 そして白い制服を赤く……染めていく。 「だ、だ、大丈夫ですかっ!? た、タオル……!」 「必要ない。実際に血を流しているわけではないからの」 「ふぇ、ぇっ?」 「拭いてもこの血は消えんよ。 これが死に際の姿なのじゃ。違うか?」 (……はい。思い出すと……こうなってしまって。 驚かせてごめんなさい) 「首の傷が原因で……?」 (……だと、思います。痛くて、苦しくて、息ができなくて。 気がついたら……こうなっていました) 「首を切られ、自らの血で溺れたか……。 なんと壮絶な」 「ひどい……」 (誰がこんなむごいことを……) 誰が。 そんなの、決まっているじゃないか……っ。 「……」 「犯人の顔は、見ましたか?」 (……いえ。後ろから襲われたのは覚えています。 それから記憶が飛んでいて……) 「後ろから……。葵っ!」 「うぇ、は、はいっ!」 廊下で盗み聞きをしていた葵が、慌てて部屋の中に飛び込んでくる。 「な、なんでございましょうかっ!」 「葵が見た犯人視点の映像。 映っていたのはこの子で間違いないか?」 「ぅ……断言はできないけど……。 雰囲気は似てる……かも? しれない? ような? 気がする?」 「す、すごい曖昧! がんばって! 思い出して!」 「そ、そんなこと言われても……」 「必要ない。前も言ったじゃろう。 こんな偶然が重なってたまるか。 葵の映像、先の証言。重なったのであれば、答えは一つ」 「この娘も……真が追っている犯人の、犠牲者じゃ」 「……っ」 ギリと、奥歯を噛みしめた。 好き放題人の命を奪って……! 何様だ、クソ野郎……! 「……お兄ちゃん」 「……」 「ああ」 よほど恐ろしい形相をしていたんだろう。 琴莉に心配そうに覗き込まれ、激情をなんとか抑える。 今は怒り狂ってる場合じゃない。冷静にならなければ。 「何者かに急に後ろから襲われて、殺された。そうですね?」 (私の記憶だと……そうなっています。 襲われて……目が覚めて、首を切られて……。 それ……だけです) 「そう、ですか……。ありがとうございます。 すみません、つらいことを思い出させてしまって……」 (いえ……お話する、つもりでしたから。 私のお願いを……聞いていただく前に) 「俺たちにできることであれば、なんでも。 それが俺たちの、役目ですから。 遠慮なく仰ってください」 「……」 少し、考え込むような素振りを見せて。 ぽつりぽつりと、野崎さんは口にする。 自らの、願いを。 (帰りたいんです、おうちに) (ずっとずっと、探してるんですけど……わからなくて) 「? 自分の家が?」 (いえ……私自身、です) 「あ、霊体じゃなくて、自分の体……?」 (はい。苦しくて、真っ暗になって……そのあと、 私は……道ばたに、立っていました。 誰かに後ろから……襲われたところに) (最初は……よくわかっていませんでした。 そのままうちに帰って……テーブルの上の おせんべいを食べようとして……) 「食えんかったろう」 (はい……。口に入れたんですが……吐き出してしまって) 「伊予ちゃん、なんでわかったの?」 「霊とはそういうものじゃ。 生きていないのだから、食事の必要もない。 体が受けつけん」 「そう、なんだ……」 「……」 「それで、自分の体の異変に気づいた」 (……はい。 帰ってきたお母さんも、お父さんも、 私に気がついてくれないし……) (それで……あぁ、死んじゃったんだって気がついて。 お父さんとお母さん、悲しむだろうなって思って……) (だから……ちゃんと帰らなきゃって……。 ただいまはもう言えないけど……帰らなきゃって) (お願いします。お父さんとお母さんに、会いたいんです。 どうか、どうか……) (私のことを……探してくれませんか?) どこか虚ろで、弱々しい眼差し。 けれどその瞳の奥に、追い詰められた、必死さを感じて。 自惚れでもなんでもなく、助けられるのは、俺たちだけ。 だから……返事は、決まっている。 「はい」 「必ず、見つけだします」 (……ありがとう、ございます) 野崎さんが微笑む。 同時に、すぅ……と、体が透けていく。 まだだ、待ってくれ! まだ聞きたいことが……! 「立っていた場所は、襲われた場所は……!」 (ご案内、いたします……) 「え? あ、案内って……。き、消えちゃったけど!?」 「なんのための能力じゃ。 葵、アイリス、あの娘を追え」 「あ、そ、そうか!」 (声が聞こえる……、大丈夫です、追えます!) 「行こう!」 「う、うんっ」 「急げよ。いつ完全に消えるかもわからん」 「ああっ!」 部屋を飛び出し、廊下を走る。 客間のすぐ外で待機していた芙蓉も、俺たちに並ぶ。 「真様。このようなとき、わたくしは無力で ございますが……せめて、同行させてくださいまし」 「ああ、みんなで行こう!」 急いで靴を履き、外へ。 「お兄ちゃん、あっち!」 琴莉が指し示した方向に、野崎さんがゆらりと浮かび、消える。 (ついてきて欲しいようです!) 「強い思念が道標みたいに……。 大丈夫、これだけ濃ければどこまでだって追える!」 「俺の足に合わせなくてもいい! 全力で追ってくれ!」 「おっけ〜〜ぃ!」(はいっ!!) 葵が俊敏に駆け出し、アイリスが飛翔する。 あ、飛べたんだ!? アイリス飛べたんだ!? 「着物の裾が邪魔で……。あぁ、いつも役立たず。 わたくしは置いていってくださいませ。 すぐに追いつきますから……っ」 「芙蓉は家の中での仕事がメインだから仕方ないって! 琴莉!」 「うんっ! 大丈夫っ! 私でもちょっとは追える!」 「先に行くっ!」 「はいっ!」 心苦しいけど、芙蓉を置いて先へ進む。 「えぇと、こっち!」 「了解!」 琴莉のナビに従って、角を曲がる。 路地裏に入る。 そのまま直進。 公園の近くに出る。 「えぇと……っ」 琴莉があたりを見渡す。 さすがに見失ったか……! (マスター、こちらです!) アイリスの声。 民家の屋根の上に立ち、指し示す。 (芙蓉が後ろに! 案内してあげてくれ!) (はいっ!) アイリスが飛ぶのを確認して、再び走り出す。 公園とは逆方向。角を曲がり、しばらく進んだその先に。 「……」 葵と……彼女がいた。 ぺこりと頭を下げ、そのまま……消えていく。 「…………ここで終わりかにゃ」 彼女が消える様をじっと見つめていた葵が、呟く。 「終わり? じゃあ……」 「うん、ここがそう」 「ここで、野崎さんは……」 周囲を注意深く観察する。 人通りは少ないけど、普通の住宅街だ。 こんなところで、人を襲うのか……っ。 「ちょっと待ってね」 しゃがみこみ、地面に触れる。 「……」 「っ、いったぁ……!!」 「え、な、なにっ?」 「だ、大丈夫っ、思念に影響受けただけ……っ! すごくくっきり見える……!」 「ご主人、間違いないよ。 あの子、ここで襲われてる!」 「首のあたり思いっきり殴られて…… 朦朧として……っ」 「……っ、切れた、思念はここまでか……っ!」 「気を失ったってことか?」 「かも。でも待って。犯人の思念も残ってるかもっ」 「葵ちゃん! がんばって!」 「ま〜かせとけ〜い!」 「はぁ、はぁ……っ、お、遅れました……っ!」 (マスター、彼女は) 「消えたよ。ここがそうみたいだ」 (ここが……) 「あとは、葵姉さんの力で……ふぅ……、 わたくしはなんのために来たのか……。 足手まといですね、申し訳ありません……」 「芙蓉」 「は、はい」 「梓さんに連絡してもらっていい?」 「あ、はいっ、喜んでっ」 芙蓉にスマホを渡し、改めてあたりを見渡す。 野崎さんの話を聞く限り……犯人は遺体をどこかに運んでる。 人通りが少ないといっても、さすがに徒歩では運べないだろう。 となると、やっぱり車だ。 どこか遠くまで運んだんだ。たぶんそこに野崎さんと、嶋さんと…………。 商店街の手前で葵と別れ、俺とアイリスは嶋さんのもとへ。 「……」 (いるか?) 「…………」 (……はい。 ですが……まだ警戒心は消えていないようです。 話すことはない……と) (そうか……) 「……」 (西田巧、って名前を、出してみてくれないか) (犯人の名前ですね) (ああ、それと……彼女の恋人の名前だ) (……やってみます) (傷つけないようにって言ったのに……。 ごめんな、損な役回りをさせて) (マスターのお役に立つことが、アイリスの喜びですから) にこりと微笑んだあと、工事現場に目を向ける。 現在作業中。たくさんの人が出入りしている。 誰も嶋さんの存在には、気づかない。 ……。 嶋さんは、なぜこの場所に留まっているんだろう。この場所に、なにがあるんだろう。 それを知る必要がある。 それが彼女を苦しめることになっても。 犯人に罪を償わせることが……彼女の救済に繋がると信じて。 (マスター、反応がありました) (……出てきてくれたか) なにもない場所に、ふぅっと嶋さんが現れた。 写真と同じ位置。いつも立っていたであろう、その場所に。 「……しつこいんだけど」 嫌悪感を隠さず、不満をこぼす。 けれど俺の目を見て、はっきりと話してくれた。 それだけで、手応えを感じた。 (俺のこと、わかるかな) 「アイリスのご主人様。アタシの心を覗こうとした人」 (……無理矢理暴こうとして、悪かった) 「……別に。こっちも殺そうとしたし」 ふいっと顔を背ける。 アイリスの言ったとおり、会話が成立している。 警戒を解かないまでも、確実に歩み寄ってくれている。 その実感を頼りに、話を続ける。 「てか、なに? なんの用? 謝りに来たわけ?」 (そうだね。この前は、本当にごめん。 それと……聞きたいことがあるんだ) 「話すことはなにもないけど?」 (西田巧さん、知ってるよね? 大木屋の) 「……知らない」 (でも君は――) 「知らないってイッてるデしょ!」 俺を睨み付ける目に、暗い炎が灯る。 俺を殺そうとしたあのときに似た、強いプレッシャーを感じた。 (マスター、気をつけてください) (……ああ) 刺激しすぎるのはまずいか……。 (じゃあ、別の質問。いいかな?) 「……なに?」 (どうして、ずっとここに?) 「……」 「待ち合わせしてるから」 「迎えにきてくれるまで……待ってるだけ」 (迎えに? 友達かな) 「……そうやって誘導しようってわけ?」 (ああ、いや……。知りたいだけだよ、俺は。 真実を) 「だったら他の人に聞いてよ。 アタシはなにも知らないから」 (……わかった。 じゃあせめて、手伝わせてくれないか。 嶋さんが家に帰れるように――) 「あの人が来てくれるまで待ってるって言ったでしょ!」 「あ……っ」 (気配が遠ざかる……。行ってしまいましたね) 「……っ、やっちまった」 嶋さんはまた、姿を隠してしまった。 だから急ぎすぎだ。下手くそ……っ。でも朧気に……だけど、わかってきたぞ。 (やはり……庇っていますね。犯人のことを) (というよりも、認めたくないのかもしれない。 恋人に、殺されてしまったことを) (俺に話せば、受け入れなくちゃいけないから。 その事実を) 「……」 (ここで待っているということは……彼女の目的は、 殺された日をやりなおすことでしょうか) (そうかもしれない。 たぶん、普通にデートするはずだったんだろうな。 殺された記憶を、上書きしたいのかもしれない) (……とても、悲しいです) (そうだな……。たぶん……父親が死んだ悲しみも あったはずだ。西田は、それにつけこんだのかも しれない。……なおさら許せない) 「……」 (どう、されますか? 今日はもう、戻られますか?) (……いや、もうちょっと粘ってみよう。 気が変わってまた出てきてくれるかもしれない) (はい) 「……」 本当は、そっとしておくべきなんだろう。もっと時間をかけるべきなんだろう。 けれど俺にも、退けない理由があるから。 そのまましばらく、アイリスと二人、工事現場を、嶋さんが立っていた場所を見つめていた。 時折、アイリスに語りかけてもらった。 けれど、反応はない。 それでも、じっと待つ。 同じ場所にずっと佇んでいる俺に、現場の人たちが不審げな視線を送る。 気にしている場合じゃない。 少しでも情報が欲しい。 嶋さんを連れて行った先に、遺体があるのかもしれない。 そこに、野崎さんもいるのかもしれない。 だから、なんとしても引き出さなくては。 嶋さんから、情報を。 「お兄ちゃん」 「……琴莉?」 「お疲れ様」 いつからそこにいたのか。にこりと微笑み、俺の隣に並ぶ。 「伊予ちゃんにここにいるって教えてもらったから、 来ちゃった。邪魔だった?」 「いいや、そんなことないよ」 「うん、よかった」 「学校は?」 「もう終わったよ」 「そっか……もうそんな時間か」 時計を見る。 三時間もたっていたのか……。 喉が渇くわけだ。 「どう? 嶋さんから犯人の話――」 (琴莉お姉様、あまり口外できない話です。 用心して、会話はアイリスを通した方が) 「あ、そ、そっか」 (えぇと……これでいい?) (はい、大丈夫です) (む、難しいね……。嶋さんからなにか聞けた? 犯人の話) (いや……あまり。嶋さんがずっとここで、 犯人を待ち続けてるってことだけ) (なんで自分を殺したのか聞くために?) (……ああ、そうか。そうだったな。 どうして私を殺したの……か) (やはり復讐……でしょうか。 マスターに襲いかかったように) (それなら直接会いに行けばいい。 ここでずっと待っているってことは…… やっぱり、そういうことは望んでいないんじゃないかな) (両方……なのかも) (え……?) (前にアイリスちゃん、嶋さんが犯人を恨んでるって 言ってたよね。だから……少しは復讐とかも 考えちゃってるんじゃないかな) (でもやっぱり、好きな……好きだった人だから。 警察に捕まって欲しくないって、 そういう気持ちもきっとある) (嶋さんも、自分がどうしたいのか…… よくわからないんじゃないかな) (ただ、今は……好きな人に裏切られて、ショックなんだよ。 ただただ……ショックなんだ) (そ、か……そうだよな……) 「……」 (出直そう) (よろしいのですか?) (やっぱり時間が必要だ。 嶋さんの傷を、これ以上えぐれない) (いつかきっと話してくれるよ。お兄ちゃんは 優しい人だって、自分を救ってくれる人だって、 きっとわかってくれると思う) (だといいな。帰る前に、葵の様子を見ていこう。 差し入れも必要かな。そこの店に寄っていこう。 アイリスはなにが欲しい?) (い、いいんですか?) (いいよ。買ってあげる) (で、では……オレンジジュースを……) (わかった、琴莉は?) (う〜ん。新しい財布……かな。グッチェの) (……次の報酬もらえるまで待ってくれ) (ふふ、は〜い) 最後にちらりと、工事現場を一瞥し。 俺たちはその場を、あとにした。 四人で、この場所へ。 嶋さんは、いる。 “あの人”が来るのを、待っている。ずっと、ずっと。 だが、俺たちは招かれざる客だ。 アイリスが声をかけても、出てきてくれない。 それでも、引き下がるわけにはいかないから。 何度も何度も、声をかけ続ける。 そうしているうちに、日が暮れて。 駄目かと……諦めがよぎったとき。 「……」 「……あっ!」 「……ほんとしつこいんだけど、アンタら」 うんざりした顔の嶋さんが、俺たちの前に現れた。 (ありがとう、出てきてくれて) 「お礼とか言われても知らないし。 マジで話すことないんだけど」 (教えていただけませんか、西田巧のことを) 「だからなにも知らないってば。 あ、そっちの猫娘、近づかないで。 心覗いたら殺すから」 「は〜いはい、嫌われてるにゃあ……」 「そっちの子も来ないで。なんか怖いし」 (こ、怖い……。わ、私のこと……だよね?) 「他に誰がいるのよ。アタシが殺されそう」 (こ、殺さないよ……! 私たちは話を聞きたいだけなのっ。 ひどいことは絶対しないから……!) 「だから話すことないって。西田とか知らないし」 「恋人だったんじゃないの?」 「……」 (……お姉様、デリカシーなさすぎです……) 「え、なんで?」 (……。彼、別荘とか持っていなかった? そこに一緒に遊びに行ったりとかは) 「……知らない」 (じゃあ……あの日、君が殺された日。 二人でどこに行く予定だった?) 「……知らないってば」 (お願い、嶋さん。知っていたら教えて欲しいのっ!) 「知らないっつってんじゃん!」 (お願いっ! 突き止めなくちゃいけないの、 どこで殺人を犯しているのかっ) (頼む、嶋さん。 早くしないと、また犠牲者が出てしまう……!) 「……は?」 怪訝に、不機嫌そうに顔をしかめ、俺を睨みつける。 だが、初めてこちらの話に興味を示した。少なくとも、そう見えた。 「またってなに? アタシ以外に……誰か殺そうとしてるの?」 (……ああ。でもそれは、半分正しくない) 「は? どういうこと?」 「……」 (……もう、殺してる) (君はたぶん、二人目なんだ) 「……」 表情が歪む。 驚愕と、悲しみ。 でもそれ以上に―― 「……っけんな」 「ざっけんな……!」 「ザっけんなよあの野郎ぉぉぉおお!!」 嶋さんの背後で、ガシャン!! とけたたましい音が鳴った。 工事現場でなにかがあった。 それは嶋さんの、この煮えたぎるような、肌にひりつくような怒りが原因であることは、想像にかたくなかった。 (……。資材が倒れたようです。 よかった……声を聞く限り、負傷者はいないようです) 「さすがあたしたちを金縛りにしただけあるねぇ……。 これ以上怒らせるとやばいよ、ご主人。 あの子が誰かを殺しちゃう」 「あぁ、もう……っ、くそっ、もうっ……! うるっさいなぁ殺さないっての! なに、なんなのっ、くそ、くそ……っ!」 ガンッ、と電柱を蹴飛ばす。 今度は少し、その衝撃で電線が揺れただけ。まだ嶋さんは、正気を失っていない。 「……っ、ねぇっ、それマジなのっ?」 (……ああ、嘘はついてないよ。だから俺たちも……焦ってる) (犯行手口を突き止めて、証拠を見つけて。 次の犠牲者は絶対に出さないようにしなくちゃ……って) 「はっ……、優しそうな顔して、 凶悪犯だった……ってわけね」 「……」 「アタシを殺したのは……あいつなりの愛情表現かなって、 馬鹿みたいな想像してた。 それなら許せるかもしれないって」 「だから……聞きたかった。なんで殺したの? アタシのこと……好きだった?」 「でも、もう……いいや。 アタシじゃなくてもよかったんだ、誰でも、誰でも……」 「嶋さん……」 たまらず……といった様子で、琴莉がテレパシーを忘れ、彼女の名を呟く。 俺はとても、残酷なことを……してしまったんだろう。 幸せな想像のまま、彼女を送ってあげることもできたはずだ。 でもやつを野放しにしないために。 彼女に協力を求めるしかない。 (教えてくれないか。なにか……知ってることがあるのなら) 「……」 (頼むよ、嶋さん) 「…………」 「別荘は……知らないけど」 「勉強に集中するために、部屋を借りてるって言ってた。 あの日……アタシ、そこに連れていってもらったから。 どこか、知ってる」 (ど、どこっ?) 「…………」 「うまく説明できない。 アタシの心……覗いていいよ」 (い、いいの? 本当に?) 「いいっつってんじゃん。早くしてよ」 (……。葵) 「うっす」 ゆっくりと、葵が近づく。 『触るね』と断り、嶋さんに触れた。 「……」 二人を、霊子が包む。 三十秒ほど、きらきらと淡く輝いて。 『ふぅ』と短く息を吐き、葵が戻ってくる。 「オッケ。案内するよ、ご主人」 (すぐ近くなのか?) 「うん……っていうか、あたしたち、 すぐそばまで行ったことある」 (え、そ、そうなんだ……っ! やっぱり……あそこかな) (行きましょう。そろそろチェックメイトです) (ああ。ありがとう、嶋さん。本当に) 「……別にいいけど」 (じゃあ……行くよ、俺たち。 騒がしくして悪かった) 「……」 「待ってよ。こっちのお願いも聞いてくれない?」 (え?) 「なに? 嫌なわけ? やり逃げとかずるくない?」 (や、やり逃げって……。もちろん、聞くよ) 「意外と優しいじゃん。 あいつ捕まえる前にさ、会わせてくれない? このまま成仏すんの悔しいし」 「……」 「大丈夫だって、ぶっ殺したりはしないし。 アタシが殺さなくても……どうせ死刑だし」 「ただ一言言ってやりたいだけ。いいでしょ?」 (……。わかった。約束する) 「ありがと。アタシ、ずっとここにいるからさ。 いつでも声かけてよ。……じゃあね」 にこりと……初めて俺たちに笑顔を向け。 嶋さんは手を振り……景色に、溶けていった。 「……平気そうにしてたけど、平気なわけないよね。 強いなぁ……嶋さん」 (その強さに……応えなくてはなりませんね) 「……だな。行こう。嶋さんが教えてくれた場所に」 「うん、こっちだよ」 「……うん、よっし、行こうっ! 絶対に犯人を捕まえるんだ……っ!」 「ああっ」 (ここ……ですか?) 「そう」 (やっぱり……) 葵に案内してもらった場所は、ある意味予想通りで。 野崎さんが襲われた場所から、そう遠くない民家だった。 (部屋って言ってたからマンションとかを想像してたけど…… 一軒家か) ……表札がない。身元がばれるのを警戒してる? なんにせよ……ようやく見つけたぞ。 「……。あの、ご主人」 (どうした?) 「言い訳じゃないけど……あのときはあの子の思念が 強く残ってて、この家のこと……見逃した」 「もっと深く潜ってたらもう見つけてたかもしれないのに…… ごめんなさい」 (謝ることじゃないよ。 葵の能力は情報の取捨選択はできない。 その中で、葵は十分すぎるほどよくやってくれた) 「……うん」 (ど、どうする? と、突撃? 忍び込む?) (駄目です。人の気配がします。 おそらく……中にいます) (それなら……あまりここに長居するのもやばいな。 葵) 「う、うんっ、わかってる。 あの家に力を使えばいいんだよね」 (手を) 「ご主人も?」 (ああ。また……ひどい映像が見えるかもしれない。 俺も一緒に見るよ) (じゃ、じゃあ、私もっ!) (いや、俺だけでいいよ) (でも……) (俺だけだ) 「……」 (……わか、った) 「ご主人」 (ああ) 葵と手を繋ぎ、犯人の……今まさに、犯人が中にいる家へと、近づく。 存在を気取られぬよう、足を忍ばせ息を殺し。 玄関前へ。 葵は普通にしていても姿が見えないから、警戒心が薄い。俺はおそらく窓から丸見え。完全に不審者。 さっきかっこつけたくせに、葵に任せるべきだったかとちょっと焦る。 (マスター、大丈夫です。気づいた気配はありません。 今のうちに) (あ、ああ。葵、頼む) 「りょ〜かい。深く潜ってみるから、頭痛くなるかも」 (我慢する) 「うん」 葵が壁に手を触れ、目を閉じる。 数回浅い深呼吸をして。 目を、開く。 「行くよ」 (ああ) 「……」 「……ぅ」 力を使った直後、葵が呻く。 その顔は嫌悪で歪んでいた。 (なにか見えたのか?) 「ま、まだ……。でも……思念に触れただけで すごく気持ち悪い……。 深く潜る必要……ないかも」 (無理するなって言いたいけど……) 「わ、わかってる。大丈夫」 「……」 「今度こそ、いく」 「……」 「…………っ」 「ぅ……っ」 たまらず、俺も呻いた。 葵の言う気持ち悪さを、俺もはっきりと感じたから。 全身をミミズが這い回るような、体の内部をなで回されるような、醜悪でドス黒い感覚。 その不快感にまとわりつかれながら。 俺たちは、見た。 ――決定的な、映像を。 「ぅぁ……っ」 「……っ」 葵の悲鳴と共に、映像はブラックアウトする。 人だ。 人の一部が、あった。 なんだよ、あれは。 なんだよっ、あれは……ッ!! 「ごめ、も、無理……っ」 「……く、っ…………」 吐き気を覚え、葵を連れ急ぎその場を離れた。 映像は一瞬だった。 でもたったそれだけで、心に鋭い爪を突き立てられたような痛みと苦しみを覚えた。 くそ、よくも、よくもっ、あんなむごいことを……っ! 「お、お兄ちゃん、大丈夫っ!」 (マスター!) 「だ、大丈夫だ……っ」 「あ、あたしの心配もしてほしいにゃあ……なんて…… お、おぇ……っ」 「葵ちゃんも大丈夫っ? 横になる? 平気っ?」 (マスターも、顔が真っ青です。 ひとまずおうちに帰った方が……) 「そ、そうだな……、吐いてる場合じゃない……っ。 葵、歩けるか」 「だ、大丈夫。気持ち悪い、だけ」 「な、なにを……見たの?」 「……あとで話すよ。帰ろう。 今は……、梓さんにこのことを、伝えなきゃ……っ」 夜も更け、寝床へと入る。 けど、なかなか寝付けなくて。 明かりをつけ、PCも起動。 特に目的もなく、ネットの世界を徘徊する。 なんてことないと、そう振る舞ってはみたけれど。 「……」 緊張は隠せなかった。 適当に開いた動画も、あまり頭に入ってこない。 犯人の自宅に踏み込むことよりも……俺が会ってきた人たちに、明日、本当の意味で“対面”することに。 葵を通して見た映像を、目の当たりにしなければならないことに。 俺は、恐れを感じている。 情けないことに、手が少し震えていた。 ……武者震いと思いたい。 「……真さん?」 動画の音に紛れてしまいそうなほど控えめなノックと、琴莉の声。 ブラウザを落として立ち上がり、扉を開ける。 「わっ、お、起きてた」 「どうしたの?」 「音聞こえたから……起きてるのかな〜って。 実は起こしちゃった?」 「いや起きてた起きてた。入る?」 「う、うん」 琴莉が部屋の中へ。 デスクトップ画面を映すモニターを覗き見て、振り返る。 「邪魔しちゃった?」 「動画サイトで適当に動画漁ってただけ。犬とか猫の」 「あ、私もよく見る! 見てるとニヤニヤ〜って しちゃうよね」 「するする。癒やされる」 「ちょっとは緊張ほぐれた?」 「あ〜……」 取り繕ったつもりでも、バレバレだよな。 返答に困ってる俺を見て、琴莉が『ふふ』と微笑む。 「ますます怖い顔してたから、大丈夫かなって 様子を見に来たのです」 「ますます?」 「うん。昨日からよくここがしわくちゃになってる」 眉をひそめ、皺が寄った眉間を指さす。 自覚は……まぁ、あるな。 「ストレス凄そうだなって、心配になっちゃって」 「ストレス……う〜ん、どうなんだろうな。 緊張してるのは間違いないんだけど……」 「緊張で眠れない?」 「かっこ悪いけど」 「かっこ悪くないよ。だって、大任? 大役? を 務めなくちゃいけないわけだし。 緊張して当然です」 「その緊張をほぐすために、助手であるこのわたくしが いるのでございますよ」 「お、頼りになる。 ほぐすってことは、マッサージでも?」 「あ〜……あんまり考えてなかったけど、 じゃあ、マッサージしてあげる! 眠くなるように!」 「そりゃありがたい。でもさ」 「? なに?」 「実は琴莉も結構緊張してるだろ」 「……バレましたか」 照れ笑い。 やけにテンションが高いから、そうだと思った。 「琴莉にもマッサージが必要そうだな」 「じゃあ、二人でマッサージ……」 「……」 「? どうした?」 「い、いえ……なんでも……」 「……」 「……」 「変な想像しただろ」 「ぅ……」 「まぁ、俺も考えたけどね」 赤面している琴莉の肩を抱き、ベッドに座らせる。 特に抵抗はされなかったけれど、まだ覚悟が決まっていないんだろう。 触れた肩が、少しだけ震えてる。 「あ、あの……」 「うん」 「全部できれば、って思うんだけど……。 でも、ちょっと抵抗もあって……」 「琴莉が嫌がることはしないよ、絶対に」 「あ、う、ううん。嫌じゃないの。 真さんなら、全然嫌じゃない……んだけど……」 「やっぱり、事件解決するまでは……って気持ちがあって、 不謹慎じゃないかなって思っちゃって……」 「で、でもねっ、したいって気持ちもあるのっ、 ちゃんと、その、恋人らしいことしたいって」 「だから、その……」 「……」 「と、途中まで……なら、いい……かな、って」 「途中って、どこまで?」 「い、一歩手前くらい、まで?」 「マッサージならオッケーってことだろ?」 「あ……そ、そうだね。マ、マッサージ、うん」 「じゃあ、体をほぐしていこうか」 「うわぁ……なんだかエッチな響き……」 「そりゃ、今からエッチなことをするからね」 「……ぁ、ん」 「ん、ちゅ…………はぁ……んん、ん……」 キスをする。 あのときのように、固く唇を結ぶことはなく。 すんなりと俺の舌を受け入れ、絡めあう。 「はふ、ん……ふぅ……んん、ちゅ、ん、んちゅ……、 はぁ……、んんん、ん、んっ、はふ、はぁ……んっ」 琴莉の口の中を舌で舐め回しながら、パジャマのボタンを一つ一つ外していく。 一瞬だけ強ばった体は、すぐに弛緩して。 全てを俺に預け、ただ受け入れる。 「はぁ、はふ……はぁ、ん…………ぁ、はぁ……っ」 緊張がそうさせるのか、新鮮な空気を求めるように琴莉が短く喘ぐ。 緊張をほぐすのが名目だったけど。 たぶんこれからどんどん、琴莉の吐息は荒くなっていく。 「……っ、ぅ、はぁ、んちゅ、んん……はぁ、ん、んっ……」 乳首を摘まみ、コリコリと刺激する。 逃げた唇を追いかけ、ぴくっと反応した体を抱いて。 乳首を引っ張り、乳房を押しつぶす。 「ん、ぁ……はぁ、ぅぅ……ん、はふ……ちゅ、んんっ、 はぁ、ふぅ……、ん、んっ」 恥ずかしさをごまかすように、必死に俺の舌にむしゃぶりつくその拙さが愛らしく、同時に、少しだけ申し訳なく。 無理をしているのが、よくわかったから。 でもまたここで『やっぱりやめよう』なんて言えないだろ。 だからもう一歩、先へ。 「……ぅ、ぁ……はぁ……」 胸に触れた手を、下腹部へと伸ばす。 さすがに驚いたのか、少しだけ体が逃げる。 落ち着かせるように、太ももを優しく撫でた。 琴莉には優しく、というよりは……いやらしく、という感じだったかもしれないけれど。 「……、っ、ん、ちゅ……はふ、んん、んっ、ちゅ、 はふ、はぁ、んん、んっ」 俺の気持ちが伝わったのか、それとも緊張を悟られたくなかったのか。 必死に俺の唇にむしゃぶりつく。なにも意識していませんよと、そうアピールするように。 それなら『脱がすよ』なんてわざわざ了解をとるのも野暮だし、それに、もっと琴莉をテンパらせたかったのかもしれない。 もうしばらくは布越しの太ももの感触を楽しむつもりだったけど、予定変更。 「ふぇ……ふぁ……、ぁ……っ」 琴莉をゆっくりとベッドに寝かせて、パジャマのズボンをちょっと強引に脱がせる。 「あ、ちょ……、ま、ま……っ」 『真さん』か、『待って』か、その先の言葉がかき消える。 下着の上から、性器を撫でられたせいで。 「わ、わ、わわ、わ……っ」 気持ちいいとか痛いとかではなく、琴莉はただ慌てていた。 落ち着くまで待ってあげられる余裕はなかった。俺自身の下半身も、大変なことになっていたから。 「ぁぅ、ぅ……、……っ、え、と、その……っ」 ただこの慌てっぷりを見ているとなんだか気の毒になってしまって。 一気に下着を脱がしてしまおうかって考えていたけど、また予定変更。 ワンクッション置くことにする。 「ひぅ……っ」 指先で上から下へとなぞり、割れ目に沿って下着に縦の皺ができる。 何度も何度も往復して、くっきりと膣の形を浮かび上がらせていく。 「はふ、はぁ……ぅ、ま……ま、ま、真、さん……っ」 「うん?」 「め、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……っ」 「我慢我慢」 「ぁ、ひぅ……っ、ぁぁ、ぁ……っ!」 クリトリスがあるだろう場所を、ぐっと押し込む。 琴莉が仰け反り、ベッドが軋んだ。 「気持ちいい?」 「た、たぶん……ぁぅ、ぅ……っ、 う、うそ……わ、わかんない……、 ドキドキ、しすぎて……っ、ぁぅ、ぅ……っ」 指に力を入れるたび、琴莉の下半身が暴れる。 俺は……余裕ぶって笑みを浮かべちゃったりしてるけど、実は内心慌てていて。 愛撫の経験なんて、ろくにないんだ。鬼たちとのセックスは、すぐに挿入してしまうから。 琴莉の反応を見つつ、探り探り、愛撫を続ける。 「はふ、はぁ……ぅ、はぁ、んん、はぁ……ふぅ……。 はぁぁ……ふぅ……」 ただ、動きが単調すぎたのかもしれない。あるいは、琴莉に余裕が出てきてしまったのか。 反応が鈍くなってきた。新鮮な反応を得るためには、次にどうしたらいい。 テクニックも経験もない俺が思いつくのは、一つだけ。 「ぅぁ、ぁ……っ、真さん……っ」 「力抜いて」 「ぅぅ……は、はい……」 泣きそうな顔になりながら、俺の指示に従う。 力が抜け、ゆっくりと脚が開かれていく。 両手で、下着の端をそれぞれつまんで。 プレゼントの包装を解くように丁寧に、白く可愛らしい下着を下ろしていった。 「はぁ、……ぅ、は、恥ずかしいぃぃ……!」 生まれたままの姿になり、琴莉がまたすぐに脚を閉じようとする。 けれど両膝をしっかりと支えて、それを阻む。 「うぅ……ひ、ひどい……」 「初めてじゃないだろ、俺の前で裸になるの」 「二回目だから恥ずかしくなくなるわけじゃないもん……」 「そりゃそうか」 「それに……私だけ裸っていうのが余計に恥ずかしい……」 「ああ……確かに」 言われてみれば、だ。 琴莉の不満げな視線を受け止めつつ、シャツを脱ぎ、ズボンとパンツも下ろす。 これで、二人とも裸に。 俺の股間を見て、さっと琴莉が目を逸らした。 「お、お風呂で見たときよりおっきい……」 「……しっかり見てたのか」 「ぅ……み、見えちゃっただけっ」 「触ってみる?」 「ぁぅ……」 「……」 「い、今は……いいです」 「俺は触るけどね」 「ひゃぅ……っ、ぁ……っ」 びくっ、と体が跳ねる。 触るというより、入れるが正しかったろうか。 俺の人差し指の中程までを、琴莉の体は抵抗なく受け入れた。 「はふ、ぁ、は、ゆ、指……?」 「うん。まだチンコは入れてないよ」 「ち、ちん、って……。ひんっ!」 ゆっくりと、指を進めていく。 狭くて、少し固い膣内を、押し広げながら。 指の根元まで、ゆっくりと。 「ふぁ、は、指、入ってるぅ……っ」 「痛くない?」 「だ、大丈夫、だ、だけど、変な、か、感じぃ……、 ふぁ、ぁ……っ」 「こういうのは?」 「ぁ、ぁ、ぁっ……!」 指の腹で、膣壁をこする。 反射的にか、ベッドシーツをぎゅっと掴んだ。 「痛い?」 「だいじょぶぅ……っ」 「自分でするときは、どうしてるの?」 「ふぇ、ぇっ?」 「オナニー」 「な、な、な……っ」 「しない?」 「し、し、し、した、ことは……ある、けど……」 「こういう風に?」 「ひゃぅぅっ、〜〜〜っ」 膣壁をこすりながら、指を出し入れ。 シーツを掴み、腹筋のあたりをぴくぴくさせながら琴莉が悶える。 「どう? こんな感じ?」 「はふ、はぁ、ぁぁ、ふぅ……。 指は、入れたこと……ないぃ……っ」 「そうなの?」 「ちょっと、触ってみた……だけ……。 こんな風に、したこと……ない……。 うぅ……なんでこんなこと聞くのぉ……?」 「なんでって、琴莉が恥ずかしがると思って」 「ひどぃ……」 「じゃあここに指入れたの、俺が初めてなんだ?」 「ま、まだ聞くのぉ?」 「ほらほら、答えて」 「ぅぅ……」 「……」 「真さんが、初めて……です」 「いいね〜……そういう台詞」 「うぅぅ……真さんがいじめる……」 「琴莉をいじめるのは、これからが本番だけどね」 「ぁ、やっ、ぁぁ、ぁ、ぁ……っ」 ほぐれてきた膣内で、指を大きく動かし円を描く。 膣口がひしゃげ、なんとも淫靡な表情を見せる。 「ぁ、ぁ、ぅぅ……はぁ……っ。 ま、真、さん……ぁぁ……、ぁ……っ」 「痛い?」 「う、ううん……、き、気持ちいぃ……かも」 「じゃあ、もっと?」 「……」 「もっと……して……ほ、欲しい……」 恥じらいながら口にした言葉。 股間にガツンときた感覚。 今すぐにねじ込みたい衝動を苦労しながらぐっと堪え、指の動きを激しくする。 「ぁ、ぁ、ぁ……っ、すご、ぃ……っ、 私の中で、ま、真、さんの、指がぁ……っ」 「あぁ、ぁ、んっ、ぁぁっ……! エッチなこと、 してるぅ……っ、真さんと、エッチな、ことぉ……っ」 「真さん、好き、好き……っ、大好きぃ……っ! 好き、好きぃ……っ」 「んん、ん、ちゅっ、んんん、んん〜〜っ」 思いが溢れ、唇を塞いだ。 ねっとりと舌を絡め、唾液を琴莉の中に送り込みながら、膣内をぐちゃぐちゃにかき回す。 随分と大胆に動かしたけど、問題なく膣は俺の指をくわえこんでいた。 「ぷぁ、はぁ……っ、あぁ、ぁっ、んっ、はぁ、ぁぁ、 ぁ……っ、はぁ、はぁ……っ」 どろりと唾液を口の端から垂らしながら、琴莉は喘ぐ。 目もとろんとして、体の力も抜けきり、すっかりと快感に浸っていた。 「ぁ、ぁぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ、っ、っ、 や、ぁっ、ま、待って……真さん、ふぁ、ぁ……っ!」 「なにかぁ……っ、ぁ、ぁっ、ジワジワって、 ふぁぁ……あぁぁ、ビリビリ、するぅ……っ!」 「イキそう?」 「わ、わかんない、けどぉ……っ、 ぁ、ぁ、ま、待って……、待ってぇ……っ」 「ぁ、駄目……っ、やっぱり、待っちゃ、駄目ぇ……っ、 き、気持ち、いい、からぁ……、待つの、 駄目ぇ……っ」 「もっと、ぁぁ……っ、ふぁ、ぁ……っ! きもち、いぃの、もっと……して、いいからぁ……! ぁ、ぁ、ぁ……っ、ぁぁ、〜〜〜っ!」 「ふぁ、ぁ……っ! 駄目、やっぱり、駄目……っ! だめだめ……っ、駄目、な、なにか……っ! ふあぁ、ぁ、ぁ……っ」 「ぁぁぁ、ぁ、ぁっ! 〜〜〜〜っ! あぁぁ、ぁ〜〜〜っ、だ、駄目、だめだめだめ……っ」 「だめぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ」 ビクン! と琴莉の全身が強ばった。 シーツを引きちぎりそうなほどに強く握り、背中を弓なりに仰け反らせる。 その状態で、何度かビクビクと痙攣し。 「ふぁ、はっ、ぁ……っ、はぁ……っ、ふぁぁ……っ」 気の抜けた声を出しながら、ぽすんと背中をベッドに落とした。 「はふ、はぁ……ぁぅ、はぁ……ふぁ……はぁぁ……」 「気持ちよかった?」 「ぁ、だ、だめぇ……、ほんとに、もう、だめぇ……」 指を少し動かしたら、腰を捻り逃げられた。 指もぬるりと抜けてしまう。 「……はふ、はぁ……ふぅ……はぁ……」 「はぁぁ……」 「……」 「……意識、飛んじゃうかと思ったぁ……」 「そんなにか」 「そ、そんなにぃ……」 息を整えながら、ぼ〜っと、琴莉が天井を見つめる。 そしてふっと、少し虚ろにも見える目を、俺に向けた。 いや、正確には……俺の股間に。 「次は……私の番だね」 手を伸ばし、触れた。 既に我慢の限界に達しようとしていた男性器を、上下に優しく撫でる。 「無理しなくていいよ?」 「……ううん、無理じゃない。 よいしょ、……と」 起き上がり、俺の股間に……顔を埋める。 「口で?」 「……うん。がんばって……みる」 「ん、れろ……、んん……れろ……ん、ん……」 たどたどしく舌を伸ばし、既に溢れ出ていた先走り液を舐めとる。 そして自信なさげに、俺を見る。 「大丈夫? こんな感じで……いい?」 「気持ちいいよ」 「……」 はにかみ、亀頭付近に視線を戻す。 ただ……やっぱり、直視することに抵抗があるんだろう。 たまに目が泳いでいるのが、ちょっと面白い。 「な、なんで笑うの?」 「初々しくて可愛いなって思って」 「ぅ……、続け、ます……」 「お願いします」 「……ん、れろ…………んん、んっ、れろれろ…… はぁ……ん、んっ……はふ、はぁ……んんん、 ん、ちゅ、れろ……」 「ふぅ…………はぁ……、……、れろ……、んっ、 ……んんん、れろ、ん、ちゅ、れろぉ……、 ん、んっ、はぁ、はぁぁ、ん、れろれろ」 ちろちろと、舌先で亀頭を刺激する。 アイスキャンディを、少しずつ溶かしていくみたいに。 「れろ……ん、れろれろ……はふ、ん……れろ…… ん、んん、……はぁ……ふぅ、んん、ん……」 淡い淡い刺激。 気持ちいいのは違いない。 けれどもどかしく、物足りないのも事実だった。 「……、ん……、ちゅ、れろ……、んん……」 感じ取っているのか、琴莉がちらと俺の様子を窺う。 その視線に、ただ微笑みを返す。 してもらいたいことははっきりとしている。 でも鬼ならともかく、普通の女の子には抵抗があるだろう。俺から言ってしまうと半ば強制的になってしまう気がして、躊躇われた。 それにわざわざ言わずとも、たぶん琴莉もわかっている。この先を。 「……」 「えぇ、と……」 俺を見る。 俺はやっぱり、微笑むだけ。 任せるよ、と。 「……」 「ぁ、む……」 「……お」 ぱくりと、咥えた。 いや、少し口に含んだ程度か。亀頭が隠れるか、隠れないか。 「んちゅ、ん、ちゅっ、んん、んっ……んん、 ちゅぅ、ちゅっ、んんん、ん〜〜、ちゅ、ちゅっ」 大胆にしゃぶるともいかず、そのままちゅうちゅうと吸い付く。 刺激としては、まだ物足りない。 でも勇気を出して、ここまでしてくれた。 だから、満足。 ――なんてことは、性欲で満たされ、頭と下半身が直結してしまった俺には、通らない理屈になっていて。 「んむ……んっ、んんん、……ん、ん……っ? んんん、ん〜〜〜〜〜っ」 琴莉が咥えてくれたことでタガが外れてしまい、無遠慮に腰を突き出す。 「ん、んっ、んっっ、ん〜〜〜、んぶ、んんんっ、 ちゅ、ちゅるる、んちゅ、んん、ちゅる、 んんんっ、じゅる、ん、んっ」 琴莉を無視して、勝手に動いた。 驚いただろう、苦しいだろう。 けれど琴莉は性器を咥えて放さず、懸命にしゃぶってくれた。 「ん、っ、っ、んんんっ、〜〜っ、はぁ、んっ、んっ、 んぐ、ん、んんん、ちゅ、ちゅっ、ふぅ、んんっ、 ふぅぅ、ん、んっ、はふ、はぁ、んんっ」 「じゅる、んんんっ、ちゅ、ちゅぅぅ、ちゅるっ、 んぁ、ぁ、んんっ、はぁ、ちゅる、ちゅ、ちゅぅぅ、 ちゅ、ちゅぱっ、はふ、はぁ、っ、っ、ちゅぅぅっ」 「……っ」 慣れてきたのか、俺の動きに合わせ吸い付く強さを調整し、器用に舌を絡める。 望んだ刺激、快感。 愛撫中、散々興奮していたこともあって、一気に射精感が押し寄せてくる。 「んんん、ん〜〜、んん、ちゅっ、んんんっ、 ちゅる、ちゅっ、んんん、じゅる、じゅるる、 ぷぁ、はぁ、んんん、んぶっ、ん、んっ」 気持ちいい? と俺を見る。 あどけなさが情欲を誘う。 この小さな口の中に射精をしたら、どんな顔をするだろう。 胸が高鳴った。 一心不乱に、腰を動かした。 「ん、んんんんっ、〜〜〜っ、ん、んっ、ちゅる、んんん、 ちゅっ、んん、ぁ、はぁ、んんっ、じゅるっ、 ふぅ、んんん、ちゅっ、はふっ、ぁ、ん、んんっ」 「じゅるる、ん、ちゅる、ちゅ、ちゅっ、んんんっ、 はふ、ん、んっ、っ、ちゅるる、じゅる、ちゅっ、 ん、ん、んっ、んんんっ、んっ」 「はぁ、んん、ぁ、んぶ、んんんんっ、んぁ、ぁっ、 じゅる、ちゅぅぅ、んちゅ、ん、ん、んん、ん、んっ、 ちゅぅぅぅぅ、ちゅっ、ちゅるるる、じゅる、ちゅぅぅっ」 「ぅ、こ、琴莉……出る、から……っ」 「う、ん、わひゃった、はふ、ど、どふ、ぞ……、んんっ、 ちゅる、ちゅっ、んんんっ、ちゅる、じゅるる、んちゅ、 ん、んっ」 「んんん、んん、ちゅる、ちゅぅ、ん、ん、んんっ、 んんんっ、じゅるる、ん、ん、ん、んっ、んんんっ、 じゅるるるるっ、ちゅぅぅ、ちゅっ、じゅるっ」 「……っ、く……っ」 「ん、ん、んっ、んんんん、ん〜〜〜っ、じゅる、 んんん、ん、んっ――」 「んんんん〜〜〜〜〜っ」 「んぐ、ん、んっ、んんんっ、じゅる、ん、んっ」 琴莉の口の中に、吐き出す。 驚いて少し体が仰け反ったが、すぐに自分から前に出て、精液を余さず受け止める。 「んん、んっ、ちゅ、ちゅるる、んちゅ、ん、ん、んん、 んん〜〜っ」 出し切っても、まだ放さず。 最後の一滴まで絞り出すように吸い付き、丁寧にしゃぶって。 「んく、ん、ん、……んっ、ちゅる、ちゅっ……ぷぁっ」 わずかに精液をこぼしながら、離れる。 「んん、ん〜〜〜〜、んん〜〜……」 口を閉じたまま、呻き。 「……、んく、ん…………ぅ……けほっ、けほ、けほっ!」 咳をして、精液を吐き出してしまった。 「はふ、ふぅ……ぅ、けほ……っ」 「だ、大丈夫か? ごめんな、なんか無理矢理……」 「そ、そうじゃなくて……ご、ごめん、けほっ、 飲み込もうと、思ったけど……出しちゃった……」 照れくさそうにはにかむ。 口から垂れた精液がめちゃくちゃエロくて、なんとも言えない充足感。 さっきまでの緊張から解放され、晴れやかな気分。 「気持ちよかった?」 「うん。琴莉は?」 「……よかった」 またはにかむ。 でも疲れてしまったのか、ふぅ……とため息をつき、口を拭きながらぽてんとベッドに倒れ込んだ。 今さらながら照明を落とし、俺もすぐ隣に横たわる。 「眠くなってきた?」 「琴莉のおかげで」 「ふふふ〜、よかった」 「……」 「やっぱり続き……したい、よね?」 「男は一回出すと聖人君子になる」 「? ど、どういうこと?」 「今の俺性欲ゼロ。すっきり」 「ふふ、そっか」 「……」 「事件解決して……全部終わったら、しようね、続き」 「そりゃ楽しみ」 「えへへ……恥ずかしいけど……うん。 私も……楽しみ」 「……がんばらないとな。俺たちの働きが、 犯人逮捕に繋がる」 「うん。私もがんばる。 なにがあっても……真さんを守るから。あの力で」 「自在に使えるんだっけ?」 「……使えません」 「だよな〜、不安だな〜」 「だ、大丈夫だからっ、いざとなったらワーッて なるからっ! あのときみたいにっ!」 「そういえば……琴莉の力って霊以外に効くのかな」 「ぁ…………。それは盲点でした…………。 ど、どうしようっ、私やっぱり役立たずっ!?」 「あはは、ごめんごめん、意地悪しすぎた。 役立たずなんかじゃないよ。 こうやって力になってくれてる」 「琴莉のおかげで、俺はがんばれる。 あの力を……使う必要なんてない」 「……、ふふ、うん。て、照れくさいね……へへ」 「寝ようか。明日に備えて」 「うん、おやすみなさい」 「おやすみ、っと」 「ひゃんっ! な、なんでおっぱい触るの?」 「いいじゃん、抱き枕になってくれ〜」 「うぁぁ、真さん暑い〜! 眠れない〜!」 「大丈夫大丈夫」 「大丈夫って……ぁ、ぁんっ、だめぇ、 変なところ触ってる〜っ、ぁ、ひんっ、 ま、真さぁん……っ」 「琴莉、好きだよ」 「ぅ…………もぉう」 「私も……好き」 「……うん、おやすみ」 「寝かせる気ないくせに〜。ぁ……ん、 はぁ……ふぅ……、んんっ……ぁぁ、はぁ……」 呆れ笑いを浮かべる琴莉を抱きしめ、体をまさぐる。 嫌がられても、続けた。 自然と意識が落ちるまで、そうしていた。 覚えておきたかったんだ。 この感触を、この香りを……琴莉の、全てを。 覚えて、おきたかったんだ。 梓ルート琴莉ルート由美・伊予ルート 犯人の自宅が見えてくる。 玄関先で、葵とアイリスが俺たちを待っていた。 「いらっしゃいまし〜」 (会話は全てアイリスを通してください。 その方が安全だと思いますから) (ああ、ありがとう) (ひとまず……お庭の中に入っちゃった方がいい? 誰か通ったら怪しまれちゃうよね) (だな、こっちへ) 敷地内に侵入。塀の陰へと隠れる。 これで、外からは見えないだろう。 「早速入る?」 (そうだな……) ぐるりと注意深く、周囲を観察する。このあたりに遺品でも落ちていれば話が早いんだけど……。 ……? 室外機が動いてる……。エアコンがついてるのか? (中に誰かいる気配は?) (感じませんが……誰もいないと断言は) (家族か親戚がたまたま来ている……。 あるいは、そうか、共犯者の可能性もあったのか) 「それはないと思うけどね。思念の質……っていうの? いつも同じ人のだったし」 「……」 (ど、どうする? ピンポーンって鳴らしてみる?) (近隣の民家に気づかれる恐れが。 近所付き合いなどないでしょうが…… それが綻びにならないとも限りません) (あ、そ、そっか。誰か来てた……って、 知られたらまずいよね……) 「……」 (琴莉) (うんっ) (琴莉は、ここで待っていてくれないか) (ぇ……) なにを言ってるの? と、きょとんとした顔。 琴莉の気持ちは、痛いほどわかる。 でも、これだけは譲れなかった。 (イレギュラーが起こる可能性がある。 だから確認できるまで、ここで待っていてほしい) (で、でも……っ) (わかってる。嫌だよな、そんなの。 でも、危険な目にあわせたくないんだ) (警察の依頼とはいえ……やっぱりこれは、 非合法な行為だから) (それと……たぶん、中には……なんていうか、 本来なら、見ちゃいけないものがある。 男の俺ですら、怖じ気づくような) (だからせめて……安全だと確信できるまでは。 ここにいて欲しい) (頼むよ。こんな言い方卑怯だけど……、 傷つけたくないんだ、琴莉を) 「……」 (……わか、った) (……ごめんな、ありがとう) 琴莉の頭を撫でようとして……ためらい、広げた掌をそのまま握りしめる。 琴莉は不満そうに、顔を俯けている。 ……ごめんな、琴莉。 琴莉の頭を、撫でる。 不満そうに俯いたまま、琴莉は顔を上げなかった。 でも、仕方ない。 ……見極めなければ。 琴莉に見せていいものかどうかを。 (アイリス) (はい、マスター) (アイリスもここに残って、引き続き周囲を警戒して欲しい) (御意に) (葵は俺と一緒に来てくれ。あまり時間をかけたくない。 思念を読みながら進む。まっすぐに遺体を保管している 部屋まで行くぞ) 「まっかせて!」 (よし……) 深呼吸。 さっきから鼓動がうるさいほどに高鳴っていた。 不安があった。 入りたくないとさえ思っている。 ……けれど、引き返すことはできない。 (……行こう) 「うっす!」 (お気をつけて) (なにかあったら、すぐに呼んでね? 私だって……役に立てるから……っ) (……ああ) 犯人の自宅が見えてくる。 そこから少し離れた場所で、葵とアイリス、梓さんが俺たちを待っていた。 「お、ご主人だ」 「お疲れ様……って、大変なのはこれからか。 よろしくね、真くん」 「はい」 (マスター、伏見様。 会話は全てアイリスを通してください。 その方が安全だと思いますから) 「あ、そっか。え〜と……」 (なにげにテレパシーって初めてかも。 ちゃんとできてる?) (はい。問題ありません) (えぇと……ひとまず、お庭の方行った方がいいのかな。 怪しいよね? 私たち) (だね。じゃあせめて、先陣はわたくしが 切らせていただきます) 梓さんが敷地内に踏みいり、俺たちも続く。そして塀の陰へと隠れた。 これで、外からは見えないだろう。 「もう入っちゃう?」 (そうだな……) (待って。室外機が動いてる。 クーラーつけっぱなしみたい。 中にまだ誰かいる……?) (アイリス、気配感じる?) (いえ……しかし、誰もいないと断言は) (家族や親戚と同居はしていないはずだけど……。 そっか……迂闊だった。共犯者の可能性を忘れてた) 「う〜ん……。それはないと思うけどなぁ……。 思念の質……っていうの? いつも同じだったし」 (それなら、誰もいない可能性が高い……か) (あ、ピンポーンって鳴らしてみるのは? 駄目かな?) (あの音、響くからなぁ。近所付き合いはなさそうだけど、 もし『留守の間に誰か来てましたよ〜』って誰かが 西田に伝えたら、めんどくさいことになるかも) (あ、そ、そっか。気づかれちゃったら証拠隠滅とか……) 「あたしだけ中に入ってみる? それなら安全だし」 (そうですね、九割方いないとは思いますが……) 「……」 (いや、時間をかけて西田が帰宅するのが一番怖い。 アイリスの感覚を信じるよ。さっさと終わらせよう) 「うぃっす」 (梓さん) (うん) (琴莉をお願いします) (ぇ……?) きょろきょろしていた琴莉が、きょとんとした目を俺に向ける。 なにを言っているかわからない。そんな顔だった。 (え、ぇ、ぇっ? お願いって……) (琴莉はここで、梓さんと待っていてくれ) (ど、どうして? 私も……っ!) (イレギュラーが起こる可能性がある。 だから確認できるまで、ここで待っていてほしい) (で、でも……っ) (琴莉ちゃん、自分も手伝いたいって気持ちはわかるよ? けど、真くんの気持ちも考えてあげて。 琴莉ちゃんを危険な目にあわせたくないんだよ) (だから私と待っていよう? ね?) 「……」 (ごめんな、琴莉。中には……たぶん、 本来なら、見ちゃいけないものがある。 男の俺ですら、怖じ気づくような) (だからせめて……安全だと確信できるまでは。 ここにいて欲しい) (頼むよ。こんな言い方卑怯だけど……、 傷つけたくないんだ、琴莉を) 「…………」 (……わか、った) (……ごめんな、ありがとう) 琴莉の頭を撫でようとして……ためらい、広げた掌をそのまま握りしめる。 琴莉は不満そうに、顔を俯けている。 ……ごめんな、琴莉。 ……見極めなければ。 琴莉に見せていいものかどうかを。 (アイリス) (はい、マスター) (アイリスもここに残って、引き続き周囲を警戒して欲しい) (御意に) (葵は俺と一緒に来てくれ。あまり時間をかけたくない。 思念を読みながら進む。まっすぐに遺体を保管している 部屋まで行くぞ) 「まっかせて!」 (よし……) 深呼吸。 さっきから鼓動がうるさいほどに高鳴っていた。 不安があった。 入りたくないとさえ思っている。 ……けれど、引き返すことはできない。 (……行こう) 「うっす!」 (お気をつけて) (なにかあったら、すぐに呼んでね? 私だって……役に立てるから……っ) (……ああ) (無理しないでね。不測の事態が起こったらすぐに呼んで。 本当はついていきたいけど……) (立場を大事にしてください。 敷地内に入ってる時点でかなり無理してるんだから) (梓さんがいなくなっちゃったら、 今後のお役目がやりにくくなっちゃいますしね。 あとは、任せてください) 「……」 (ごめんね、お願いします) (了解) うなずき、軍手をはめながら、玄関まで進む。 扉は……当然開かない。 「え〜と……あ、ご主人、鍵みっけ」 (ナイス) 葵が手当たり次第に植木鉢を持ち上げ、無事鍵を発見。 手に取り鍵穴にそっと差し込み、回す。 解錠。扉を、開ける。 「あたしが先に行く」 扉の隙間を縫い、葵が中へ入っていく。 すぐに『大丈夫だよ』と葵の声が聞こえ、琴莉とアイリスに見守られながら、俺も中へ。 ……暗いな。目が慣れていないせいで、ほとんど見えない。 「明かりつける?」 (いや、このままで行く) 「おっけ。あたしは見えてるから大丈夫」 葵が俺の手を握り、引く。 (ああ、ちょっと待ってくれ) 「なに?」 (靴。土足はまずいだろ) 「律儀だなぁ……」 (そうじゃない。足跡残すわけにもいかないから) 「ああ、そっか」 靴を脱ぐ。 ここに靴を置いていくか少し迷って、結局脇に抱え、『オッケー』と葵に合図をする。 「じゃあ行こう」 葵の瞳が、紅く輝く。 思念を読みながら、進む。 「……こっちか」 奥へ、奥へ。 次第に、ヴヴヴ……、という奇妙な音を耳が捉える。 エアコンの駆動音……?にしては、少し音が重い気がする。 ああ……よくわからない。鼓動の音がうるさい。 生ぬるい空気が体にまとわりつくようで不快だ。 じっとりと額に浮かんだ脂汗が、帽子に滲んでいく。 「……ご主人、たぶん……ここ」 扉の前で、葵が歩みを止める。 中からあの音が聞こえてくる。 ……そして、かすかな異臭。 息苦しさと緊張で乱れた呼吸を、整えて。 軽く、ドアノブを回す。 鍵は……かかっていない。 (誰かいる気配は) 「アイリスみたいには感じられないけど……。 やっぱり、ここには一人しか住んでないよ。 複数の思念は感じない」 (……そうか) 「入る?」 「……」 (ああ、行こう) 覚悟を決める。 ドアノブを引き……扉を開けた。 「ぅ……」 ひんやりとした風が、中から流れ出る。 機械音も大きくなり、異臭も強く漂う。 ……生臭い? 形容しがたい、不快な臭いだ。 膨れあがる恐怖心を、長く吐いた息と共に追い出して。 扉を大きく開き……部屋の、中へ。 「……なにこの部屋」 「……」 一歩踏み入れた途端、ゾクリと、背筋に悪寒が走った。 それは、この部屋が真冬のように冷えていたからだけではなく。 コンビニで見るような業務用の冷蔵庫……いや、おそらくは冷凍庫だ。 ……音の正体はこいつだ。年代物なんだろうか、随分と騒々しい。 それらが狭苦しく配置されたこの光景は、異様そのもので。 冷気と共に、体の芯を凍えさせるなにかが、この部屋には充満していた。 「……ひっ」 葵が短い悲鳴をあげた。 冷凍庫の一つ。背の低い細長い型。庫内から鈍く不気味な光を放っている。 その光に誘われてしまった葵を恐怖で硬直させる、“なにか”を納めた箱に。 一歩一歩、近づき。 俺もまた、覗く。 狂人の作り出した、深淵を。 「ぅ……っ」 こみ上げた吐き気を、咄嗟に口を押さえ飲み込んだ。 葵の力で一度見たとは言え、網膜に焼き付く光景は、あまりにも生々しく、現実感に溢れ。 「……はっ、はぁ……っ」 急速に鼓動が荒ぶり呼吸困難に陥って、空気を求め何度も喘いだ。 目を逸らしたかった。 逃げ出したかった。 『犯人を逮捕しなければ』その使命感でなんとか踏みとどまり、震える手でカメラを構える。 シャッターは、切れなかった。 ……野崎さんだ。 冷凍庫の中で、野崎さんが横たわっている。 いや違う、野崎さん“だけ”じゃない。 ノイズ混じりの映像ではわからなかった。 首に、そして四肢を繋ぐ関節部に、雑で乱暴な、縫い目が存在した。 つなぎ合わせていた。彼女を、彼女たちを。 これは、“犠牲者そのもの”。 ……ここで解体したんだ。 この異臭は、そのせいだ……っ。 また吐き気がこみ上げる。 首から上は、野崎さん。 四肢はおそらく……嶋さんのものだろう。 そして……あぁ、この体は…………。 「……ちくしょう、ちくしょう……」 カメラが揺れ、フォーカスが定まらない。 見覚えがある。 目にしたのは一度だけ、けれど鮮明に焼き付いた記憶と、重なる。 あぁ、知っている。俺はこの体を、知っている。 知っている、よく知っている。 見間違えるはずがない。 俺は、この体を、よく知っている。 「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……っ」 空虚な罵倒を繰り返した。 俺自身どんな言葉を口にしているかわかっていなかったし、なんのためにカメラを構えているのかさえも、最早忘れていた。 ただただ、悔しかった。 犯人をぶち殺してやりたいという衝動が、ぐるぐると体中を駆け巡っていた。 言葉にすらならない原始的で暴力的な感情を爆発させないよう抑え込むことに、ただただ必死だった。 どうしてだ、どうして、どうして、どうして……っ。 「ご、ご主人……」 葵に、シャツを引っ張られる。 ハッとして、振り返った。 葵の視線は、奥にある大型の冷凍庫に向けられている。 ガラス扉になっているが、暗闇の中、この位置からでは中身を確認することはできない。 しかし、なにがあるかは知っていた。 この目で確認しなければならない。 そうわかっていても、足がすくんだ。 できることならば、見て見ぬふりをしてしまいたかった。 「……っ」 ニット帽をずらし、額の脂汗を拭う。 今日で何度弱音を吐いた。 逃げることはできない。 進め、前へ、前へ。 「…………」 「…………くそっ」 「……くそ、くそ…………くそっ」 一歩ずつ、近づけば近づくほどに、闇の中でぼやけていた輪郭が、はっきりとしていく。 それは、確かにそこにあって。 吐き出す息が、震えた。 探していたんだ、今目の前にあるものを。 けれどこんな形は、望んでいなかった。 こんなの、どう受け止めればいい。 無理だ、とても、無理だ……っ。 ちくしょう、ちくしょう……っ! (マスター……っ) 「……っ!」 頭の中で声が響き、反射的に振り返った。 アイリスだと理解するまでに、数秒を要した。 (マスター、聞こえていますか……っ?) (ど、どうした?) (も、申し訳ありません、琴莉お姉様が……) (真くんっ) 「……っ!」 頭の中で声が響き、反射的に振り返った。 梓さんだと理解するまでに、数秒を要した。 (真くん、聞こえてるっ?) (ど、どうしました?) (ごめん! 琴莉ちゃんがそっちに……!) (え……?) 「……お兄ちゃん?」 「真さん……?」 「な……っ」 部屋の外から、琴莉の声がした。 テレパシーじゃない、この耳で聞いた。 待っていろと言ったのに……!! 「扉開いてる……。こっち……?」 琴莉が、部屋に入ってくる。入ってきてしまう。 『来るな!』と叫ぼうとしたときには、もう遅かった。 「あ、いたっ。大丈夫?」 「こ、コトリン……」 「ごめんね、やっぱり待ってられなくて……」 「止まれ」 「え?」 「それ以上入ってきちゃ駄目だ」 「でも…………え、わっ!」 俺の言葉を無視し歩を進め、何気なく冷蔵庫内を覗き、悲鳴を上げる。 「え、ぇ、の、野崎、さん……?」 「頼む、来るな、琴莉」 「ぁ、ぇ、えと……」 動揺し、視線が泳ぐ。 ……と、ある一点で止まる。 俺を見ている? 違う。 俺の、背後を……? 見えている? その位置から? 「……なんで…………?」 「待て、琴莉……!」 ゆらりと、琴莉が一歩、こちらに近づく。 あぁ、駄目だ。見えている。 見えてしまっている……っ! 「こっちに来ちゃ駄目だ!」 「…………」 「琴莉!」 「………………」 俺の声なんて、聞こえちゃいなかった。 それならばと、無理矢理にでも部屋から追い出そうとしたが―― 「っ、う、動けない……っ?」 金縛り。 いつかのあのときと同じように、俺の足は、体は、ぴくりとも動かない。動いてくれない……! 「…………」 「……っ!」 あぁ、駄目だ琴莉。 そっち側に行っちゃ駄目だ……っ! 「葵! 琴莉を止めてくれ!」 「む、無理ぃ……! あたしも動けないぃ……!」 (アイリス、アイリス……!) 「アイリス!!」 叫ぶも返答がない。テレパシーが届かない? これも、琴莉の……っ! 「くっそ……! 琴莉! 琴莉!」 「……」 何度も呼びかける。だが答えてくれない。 駄目だ、あぁ、駄目だ。 琴莉、琴莉、琴莉―― 琴莉っ! 動揺し、琴莉の視線が泳ぐ。 この場をどう切り抜けるか。そのことに頭がいっぱいで、もう一つの足音の接近に、俺は気づかなかった。 「こ、琴莉ちゃん……!」 「な……っ、梓さんまで……!」 「文句はあとで聞くからっ! ぅ……なによこの部屋……。 こ、こんなの琴莉ちゃんに見せちゃ駄目でしょっ? 連れ帰るから!」 「は、はいっ、琴莉! 梓さんと一緒に戻れっ!」 「……」 「琴莉ちゃん、一緒に外で待ってよ? ね?」 「…………」 「……琴莉ちゃん?」 「…………」 まるで俺たちの声なんて聞こえていないように、琴莉は、ぴくりとも動かなかった。 身じろぎもせず、なにかを凝視していた。 俺を見ている……? 違う。 俺の、背後を……? 見えている? その位置から? 「……なんで…………?」 「待て、琴莉……!」 ゆらりと、琴莉が一歩、こちらに近づく。 あぁ、駄目だ。見えている。 見えてしまっている……っ! 「こっちに来ちゃ駄目だ!」 「…………」 「こ、琴莉ちゃ――!」 「…………っ」 「きゃ……っ!」 腕を掴もうとした梓さんの腕をはたき落とすように振り払い、琴莉はなおも進む。 「琴莉!」 「…………」 俺の言葉も、聞こえちゃいない。 それならばと、無理矢理にでも部屋から追い出そうとしたが―― 「っ、う、動けない……っ?」 金縛り。 いつかのあのときと同じように、俺の足は、体は、ぴくりとも動かない。動いてくれない……! 「…………」 「……っ!」 あぁ、駄目だ琴莉。 そっち側に行っちゃ駄目だ……っ! 「葵! 琴莉を止めてくれ!」 「む、無理ぃ……! あたしも動けないぃ……!」 「梓さん!」 「ご、ごめ……っ、私も……っ!」 (アイリス、アイリス……!) 「アイリス!!」 叫ぶも返答がない。テレパシーが届かない? これも、琴莉の……っ! 「くっそ……! 琴莉! 琴莉!」 「琴莉ちゃん!」 「……」 何度も呼びかける。だが応えてくれない。 駄目だ、あぁ、駄目だ。 琴莉、琴莉、琴莉―― 琴莉っ! 「…………」 「なに……これ…………」 「……っ」 「なんなの、これ…………っ!」 ふらつきながら、ガラスに手をつき……。 対面する。 首だけになった、自分と。 「どう、して……なんで……」 「琴莉、これは――」 「どう、シて……!」 ピシ、と音をたて、ガラス扉にヒビが生じる。 揺らいでいる。 嶋さんのように、琴莉が、我を失いかけている。 ああ、ちくしょう、こんなはずじゃなかった。 俺は、もっと、違った形で……! 「あぁ…………」 じっと、虚ろな目で、見つめる。 物言わぬ、自分自身を。 「あぁ……」 「あぁ…………」 「あぁ……………………」 「こと、り……!」 「……」 「あぁ……そっか…………」 「そっかぁ…………」 「………………」 「私……」 「――もう、死んでたんだ」 「琴――!」 「――莉………………」 「……っ」 「〜〜〜っ!」 握った拳を、ガラス扉に叩きつける。 今さら動きやがって、この体……!! 「迂闊だった、俺が、俺が……っ!」 「……コトリン…………」 「そんな……琴莉ちゃん……。 ……っ、私、なんのために……っ! 役立たず……!」 (マスター、マスター!) 「…………」 (マスター、聞こえますか? マスター!) 「…………」 (……大丈夫、聞こえてるよ、アイリス) (ああ、よかった。 急にテレパシーが届かなくなってしまって……。 葵お姉様、マスターと琴莉お姉様は? ご無事ですか?) (ご主人は無事、だけど……) (けど……? あぁ、もしかして……。 アイリスも今すぐそちらに……!) (いや……) 「…………」 (アイリス、琴莉は答えないか) (……) (テレパシー……届きません) 「……葵」 「……ごめん、追えない」 「そうか……」 「……」 「……そうか」 (マスター……) 「ご主人……」 「ごめんね、真くん……。 私、本当になにもできなかった……」 「いえ……」 「…………」 「……写真を撮って、帰ろう」 「……いいの?」 「それしか……できることがない」 「……」 「…………」 「〜〜〜〜ッ」 「琴莉…………ッ!」 ほとんどの店舗が営業時間を終了した商店街はいつもより薄暗く、少し不気味な雰囲気がした。 よくダンスサークルの学生たちがショーウィンドウを鏡代わりに練習をしていたりするけど、今日は見かけない。 人の気配のない、おあつらえ向きの夜だった。 大木屋も、間もなく閉店。 あの男が出てくるのを、ただ黙って待つ。 ……と、ポケットの中のスマホが震えた。 画面を確認し、通話ボタンを押す。 「はい」 『真くん、なにやってんのっ?』 梓さんからだ。 そういえば……そうだった。連絡するのを、すっかり忘れてしまっていた。 『写真はもう受け取ったよ。 ありがとね、すごく助かった。 これで事件として扱える』 『歯がゆいとは思うけど、真くんは家で待ってて。 必ず結果を出すから』 「いえ……その前にやることが。 逮捕される前に一言言いたい。 嶋さんの願いを、ここで叶えないと」 『成仏させるためにってこと? そういうことなら早く言ってよ』 「……すみません。そこまで気が回ってなくて。 ちゃんと連絡するべきでした」 『いやぁ謝らなくてもいいけど……。 ポケットから物騒な物はみだしてるし、 なにごとかと思って』 「物騒な……ああ、別にあれでなんかしようって わけじゃないから、大丈夫です」 『信用はしてるけど……大丈夫? 声に元気がないけど……お役目、なんだよね?』 「はい、誓って。ただ……そこに十三課の人たちが 何人いるかは知りませんが、たぶん驚かせることには なると思います」 「決して馬鹿な真似はしないので、なにが起こっても 見守っていてくれませんか」 『怖いなぁ……。真くんがそういうなら、従うけど」 「助かります」 店先に西田が姿を現し、電話を切る。 スマホをしまいながら、シャッターを下ろすその背中に近づき、声をかけた。 「すみません、今、大丈夫ですか?」 「え……?」 振り返る。 まったく無警戒な顔で。 そうだよな。いつか自分の身に返ってくると、そんなこと欠片も思わないから、あんなことができるんだよな。 「すみません、もう閉店で……」 「いえ、お店ではなく、あなたに用事が」 「俺?」 「はい」 「なんすか?」 「野崎小百合さん」 「……?」 「嶋きららさん」 「……」 ようやく、表情が変わる。 そうか……。野崎さんのことは、名前すら知らずに殺したのか。 琴莉の名を口にすることはできなかった。 ……きっと、お役目のことを忘れてしまうから。 「……あの、なんすか?」 さっきよりも、語気が強い。 いまさらの警戒。 遅いんだよ。逃がさない。 「伝言を預かっていまして」 「はぁ?」 「ここで俺が伝えるのもいいんですが…… 彼女たちの口から、直接話してもらった方がいいでしょう。 その方が、きっといい」 「はっ? ちょ……っ」 ズボンの後ポケットから、カッターナイフを取り出した。 同時に、またスマホが震えた。 出なかった。 大丈夫ですよ、こいつと同レベルにまで落ちる気はない。 チキチキと音をたて、刃をせり出して。 「お、おいっ、なにを……っ!」 「あなたには、自分のしたことをきっちりと」 自分の手首にあて―― 「見つめなおしてもらう……!!」 切り裂いた。 深く深く。 血が止めどなく、溢れるほどに。 「ま、まじかよ……っ! 頭おかしいんじゃねぇの……っ!」 「……」 「芙蓉」 「ここに」 すぐそばに控えていた芙蓉が、すぅと歩み出る。 しっかりと照明が当たっているはずなのに、芙蓉の存在はどこか暗く不確かで。 異質な存在感を、漂わせていた。 それは、芙蓉が人ならざる者である証拠。 そして俺は……その異形を従える、加賀見家の当主。 「ご命令を、我が主」 「我が血をもって、汝の枷をとく」 「恐悦至極」 指を伝い滴り落ちた鮮血が、意思を持つかのように地を這い芙蓉へと吸い込まれていく。 「な、なんだよ……」 「ふふふ……」 妖しく微笑む芙蓉の体が、朱に染まっていく。 鬼は纏うのだ。人の血を。 赤鬼。 それは、鬼が人の血を身に纏った姿なのだ。 生臭く、赤黒く濁った血を。 それこそが、鬼の。 真なる姿。 力の、解放。 「顕せ」 「御心のままに」 着物の袖を、優雅な動作で払う。 ふわりと漂う、芳しくも背筋を怖じけさせる危険な香り。 口をぱくぱくとさせるだけで身動き一つとれない西田に、また芙蓉は微笑みかける。 「我が能力は霊子の可視化。普段は己が身一つで精一杯では ございますが……この姿となれば、容易いこと。 あらゆる不可思議を、その目にご覧にいれましょう」 「たとえあなたが……命の眩さもしらぬ、凡愚であっても」 「おいでませ。今こそ……あなた方の無念を晴らすとき」 「……」 「……」 「な、な……な……っ」 暗がりから浮かび上がったのは、二人の少女だった。 自分が殺した、少女たちだった。 ありえぬ光景に腰を抜かし、へたりこむ。 有無を言わさぬ存在感が、西田の心に恐怖を植え付ける。 無様な姿を晒す西田を見下ろし、芙蓉は嘲笑を浮かべた。 「ふふふ、なぜそのような顔をするのです。 笑いなさいな。二人はあなたの想い人。 殺したいほどに、恋い焦がれた少女たち」 「物言わぬ人形に語りかけるのは、 そろそろ飽いた頃でございましょう。 どうぞ、存分に語り合ってくださいまし」 「我が姉妹が、その願いを叶えましょう」 「……葵」 「ここに」 「我が血をもって、汝の枷をとく」 「至福の極み」 「フゥゥゥ……っ!」 「ぁ、ぁ…………ぁぁ…………」 「視よ」 「承知」 毛を逆立て、牙を剥く。 葵の中に眠る、野生の顕現。 「あたしの力は、眠りについた記憶を呼び覚ますこと。 いつもは取捨選択なんてできないけれど…… 今なら違う」 「二人の無念をこの手で掬い上げ、届けることができる。 お前のような、鬼が吐き気を催すほどの外道にも」 「さぁ知れ、その身に刻め、死者の痛みを……っ!」 「ぅ、ぁ、……な、なんだよ……っ!」 視界が歪み、眼球の奥、そのさらに奥に、なにかが潜り込む。 そうして、脳裏に焼き付けられていく。 二人の死に際が。 二人の感情が。 二人の感覚が。 鮮明に、我が物のように、克明に。 「なんだよ、なんだよこれぇ……っ!! や、やめろ……っ、やめてくれ……っ!」 「やめるかどうかはあたしが決めることじゃない。 請え、彼女たちに許しを。 お前をどうするかは、二人が決める」 「アイリス」 (ここに) 「我が血をもって、汝の枷をとく」 (有り難き幸せ) 「………………」 「な、なんだよぉ……もう、やめてくれよぉ……っ!!」 「……」 「聞け」 (御意に) 翼がはためき、霊子の燐光が舞う。 嶋さんと野崎さんを包み、輝いた。 (声にならぬ声に耳を傾ける。それが我が能力。 本来であればあなたのような下賎な者と感覚を 共有することはありませんが……今宵は別) (その耳を手で塞ごうと、血で塗り固めようと、 傾けていただきましょう、二人の声に) 「も、もうやめろ、やめてくれ……っ」 (……聞け、死者の願いを) きらら『……シテ』小百合『……シテ』 「……ひっ」 底冷えするような、二人の声。 重なり、反響する。 鼓膜を通すことなく、頭の中に、直接。 二人の想い、そのものが。 「な、な、な、なんだよ……っ! なんて、なにが……っ」 『ドウシテ……』 『カエシテ……』 「ひ、ぁ……っ!」 『 ド ウ シ テ コ ロ シ タ ノ ? 』 『 オ ウ チ ニ カ エ シ テ 』 「うぁぁぁあああああっ!!!」 絶叫。 逃げようと、地面を必死にかく。 股ぐらには、大きな染みができていた。 漂う硫黄臭に、フンとアイリスが侮蔑の色をまじえ鼻を鳴らす。 「や、やめろ、やめろ、やめてくれ……っ。 なんだよ、なんなんだよお前ら……っ!」 『ドウシテ……アタシヲコロシタノ?』 『オネガイデス、オウチニ……カエリタイ……』 「やめろ、やめろよぉ……! なんなんだ、なんなんだよっ! 俺にどうして欲しいんだよ! なんなんだよっ!」 『……イッショニシンデクレル?』 『オウチニカエリタイノ……カエシテ……』 「ま、ま、待てよ、待ってくれ……! 俺は、俺はただ……っ!」 『シンデ?』 『カエシテ……』 「う、恨んでるのか、俺を……っ、ふ、ふざけんなっ! か、感謝しろよ……っ! 俺は、お前らを綺麗なままで、 保存して……っ! だから、俺は……っ!!! きらら『シネ』小百合『カエシテ』 「ひぁぁあああああ!!」 「ぁ、ぁ、ぁっ、あ〜〜っ……! あぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」 奇声をあげ這いつくばりながら、よたよたと西田は逃げ出した。 追うことは簡単だった。 追いついて、さらに痛めつけることも。 ……でも、もういい。役目は果たした。 「……血化粧を落とせ」 「……うん」 「……はい」 (……はい、マスター) 顔についた血を拭う。 たったそれだけで、すべての血液が抜け落ち、霧散して。 いつもの三人に戻る。 枷は再びはめられた。 願わくば……もう二度と、この力を使うことがないように。 「手当てを」 芙蓉が屈み、傷口に手ぬぐいを押し当てた。あっという間に、白が朱に染まる。 葵とアイリスも、二人がかりで俺の腕に強く手ぬぐいを巻き付ける。 かなり痛かったけど、これくらい圧迫しないと血は止まらないんだろう。 あぁ、いや……止まるんだろうか。随分と血を流した。 ふっと目眩がして、その場にへたり込む。 三人が俺の名を呼んだ気がするけど、うまく答えられなかった。 遠くから、足音もする。 たぶん、梓さんだろう。 「真くんっ、なにっ? 今のなんだったのっ?」 「……、俺より……あっちを追いかけた方がいいですよ」 「もちろん追いかけてる! 救急車は? 呼ぶよねっ?」 「いや、なんか……面倒なことになりそうだし……」 「めんどくさがってる場合じゃないでしょ! 私が付き添って適当に事情でっちあげてあげるからっ」 「あ〜、えっと、どうしよう。 待ってて、手配するから。あとこれ預かる! ここで待っててね!」 俺の手からカッターを取り上げ、走り去る。 見送る気力もなく、ただ『はぁ』とため息をついた。 (あの……大丈夫ですか? 私たちのために……) 「ああ……気にしないで。こっちが勝手にやったことだ」 「それに、約束だしね。これで貸し借りなし」 「……よかったよ、ちゃんと約束を守れて」 (でも……脅かしすぎたでしょうか……) 「あれくらいでちょうどいいの。 ってか、ノリノリだったじゃん。 打ち合わせのときから」 (……恥ずかしいです。 お化けっぽくて面白そうだなって……) 「途中から超ノッてきたよね。あいつの顔見た? つか漏らしてたし。 ほんと、なんであんなクズに惚れたんだろ」 (好きだったんですか?) 「今聞く? そういうこと。 でもま……スッキリしたかな、おかげ様で。 未練はないかも」 「もういいの?」 「うん。仕返しもできたし。ただ……あのクソ親父と 一緒のところに逝かなきゃいけないのは…… 超ユーウツだけど」 「あ〜……まぁ、うん。コメントは控えるけど」 「あれ、知ってんだ? ドM親父のこと」 「あぁ、趣味のこと知っちゃってたのか……。 会ったよ。あの人をあっちに送ったのは……」 「……」 「俺の助手だから」 「そっか。なんか言ってた? アタシのこと」 「心配してたよ、最後まで」 「そっかぁ、心配かぁ……」 「……」 「嘘つきっ」 嶋さんが、ニッと笑う。 俺も微笑み返すと、そのままキラキラと光り……体が透けていき。 そのまますぅ……っと、景色に溶けていった。 (逝ってしまいました……) 「そうだね……逝っちゃった」 (私も……帰れるでしょうか) 「大丈夫。あとは……警察がなんとかしてくれる」 (そうですね……) (……) (今日は……ありがとうございました。 私も……スッキリできた気がします) 「いや、こっちこそ急に呼び出してごめん。 来てくれてよかった」 (声が……聞こえたので。よかったです……本当に。 あなた方に……会えて) (では……失礼いたします。 次は……いい報告ができますように) ぺこりと頭を下げ、野崎さんも……消えていく。 夜の商店街に、俺たちだけが、残された。 「ふぅ……疲れた……」 「血がなかなか止まりません……。 具合はいかがですか?」 「ちょっと気持ち悪くなってきたかな……。 だけどまぁ、みんなの枷をとくためだし、仕方ない。 中途半端な量じゃ駄目だって書いてあったし」 (伏見様が車を手配してくださっているようです。 準備が整うまでここで安静に) 「ああ、でも……ちょっと端っこに行こうか。 ど真ん中じゃ……目立ちすぎる。 そろそろ誰か通るかもだし」 「掴まって」 「ありがとう」 葵の肩を借りて、立ち上がる。 芙蓉とアイリスにも支えられながら、おぼつかない足取りで、歩く。 「……ご主人」 「うん?」 「コトリンとコタロウの記憶も…… あいつに見せた方がよかった?」 「……」 「汚しちゃう気がして……できなかった」 「それでいいよ。それで……いい」 「……うん」 肩から腕を外し、シャッターに背中を預けながら、腰を下ろす。 これで……事件は解決するだろうか。 でもまだ俺は……最初に決めたことを、成し遂げられていない。 ……。 どこに行ってしまったんだ、琴莉……。 約一週間が経過した。 西田はあの後、あっさりと捕まった。 自宅の外に遺体を運び出しているところを取り押さえられ、言い訳のしようもない、現行犯逮捕。 その後の取り調べによって、様々なことがわかった。 度重なる受験の失敗、両親と親戚からの圧力で、西田はすっかりと精神を病んでいたこと。 その結果、いつしか自分は名医であると妄想し始めたこと。紙の上の試験では、自分の実力は測れないのだ、と。 そうして行き着いたのが……あの凶行だ。 西田は『理想の女性』というやつを、自らの手で作り出そうとしたらしい。 なぜその考えに至ったかは論理的な説明ができないと梓さんは言っていた。自分の技術であれば人をも作りだせる。そういった妄想に取り憑かれていると。 とにかく、すっかり狂っていたんだ。あの男は。 まずは、顔がとても好みだった野崎さんを狙い、襲った。 葵の発言や梓さんの推測通り、衝動的な犯行だったそうだ。彼女との偶然の出会いに運命を感じた……と。 おそらく、そこでスイッチが入ってしまったのではないかとも、梓さんは言っていた。 次に、嶋さんを襲った。大木屋の常連で面識があり、彼女が自分に好意を寄せてくれていることも知っていた。それを利用して誘い出し、殺した。 その両腕と、両足を欲して。 琴莉を狙ったのも……また衝動的だった。しかし野崎さんほど無計画ではなかった。 琴莉もまた、大木屋の客であった。嶋さんほどではないにしろ、たまに一人で来て、一人分だけ買っていく。 孤独なのだろうと思った。殺してもすぐにはバレないと思った。だから殺した。散歩中の琴莉を。 ……理想的な体型をしていたから。 コタロウを殺したことは……まったく覚えていないらしい。西田の興味は、あくまでも理想の女性であり、理想の女性たりえる部位であった。 由美を狙った理由は現状でははっきりしないそうだけど、たぶん……同じことだろう。由美の一部が、欲しかった。 西田の理想を作り上げるパーツとなるために彼女たちは選ばれ、殺され……つなぎ合わせられた。 ……。 やりきれない思いで、胸がはち切れそうになる。 「楽しいか? 毎日毎日ぼーっとするのは」 いつの間にか、伊予が隣に座っていた。 足を投げ出して、ぷらぷらと揺らしている。 「楽しくはないね」 「ならば、葵たちと一緒にテレビでも見たらどうじゃ。 真がその調子では、鬼たちも気が休まらん」 「ニュースは?」 「またその話か……。 特になにも。事件の報道はされとらんよ」 「このまま何事もなく……か」 あれほど猟奇的な事件だったにもかかわらず、今のところ、話題になるようなことはなかった。 もしかしたら地方紙の片隅だったり、ネットで話題になっていたりはするのかもしれないけど、俺が知る限り、世間を騒がせている……という印象はなかった。 むごい事件は、報道を控えると聞いたことがある。そのためなのかもしれないし……あるいは、警察側の事情があるのかもしれない。 なにせ、自分たちが気づく前に解決を迎えた事件だから。それも俺たちの存在を知らない人にとっては、偶然に。 おまけに野崎さんの捜索願いが出ていながら……この結果を招いた。警察としては、公にはしたくない事件だろう。 もっとも俺には警察の事情なんてよくわからない。とにかく現時点では、あの事件のことは……主婦の井戸端会議で話題にあがる程度みたいだ。 あるいは……これから火がつき、大騒ぎになるのかもしれないけれど。 「……」 「最初からああすればよかったって、そう思ってる?」 「なにが?」 「鬼の力を使えば」 「……」 ちらりと、手首に視線を落とす。 傷痕は、すっかりと消えていた。治りが異常にはやい。 これは鬼と交わった影響なんだろうか、それとも……この家に宿る、伊予の力だろうか。 ……なんとなく、後者のような、気がしていた。 「まこちゃん?」 「……」 「いいや、思ってないよ」 「本当に?」 「俺たちが犯人の手がかりを得られたのって…… 全部、偶然みたいなものだったろ」 「野崎さんが自分から会いに来てくれて、 葵が買い物袋から思念を読み取って」 「俺たちがそうしようってやったことじゃない。 ただただ、運がよかった」 「その運を引き寄せたのって……伊予の力だろ? 俺たちに不運はなく、幸運だけがあった」 「俺たちは、いつも伊予に見守られていた。 伊予が作ってくれた道筋の上を、歩いていた。 だから……たぶん、必要だったんだろう」 「琴莉が、自分の目で……自分自身を、見つけることが」 「そうしないと俺は、遠回しに……いや、先延ばしに していたと思うんだ。琴莉に、真実を伝えずに」 「だから、必要なことだったんだ。 そう思うよ」 「……」 「みんなおうちに帰れて……よかったね」 「……。ああ、そうだな」 三人の遺体は、とても無事とは言えない状態だったけど……犯人逮捕の数日後に遺族との再会が叶い、葬儀も……行われた。 部外者である俺が参加することは、心情的にも憚られたから……葬儀場の外から、見守っていた。 琴莉は、両親とあまり仲が良くないと、友達がいないと言っていたけれど。 葬儀場にはたくさんの人が訪れ、みんな悲しんでいた。ご両親らしき二人も、涙をにじませていた。 ああ、なんだ。琴莉は、みんなに愛されていたんじゃないか。 それだけで、少し救われた気がしたんだ。 ほんの、少しだけ。 ……。 けれど、琴莉は帰ってこない。 あのまま逝ってしまったんだろうか。 それは琴莉が自分の死を受け入れたということで、喜ぶべきなのかもしれないけれど。 そうであって欲しくないと、強く思っている自分がいた。 「……。来客のようじゃ」 「……え?」 「……あの」 「琴――ッ」 「……ごめんなさい」 「あ……」 弾かれたように立ち上がり、振り返ったその場所には。 申し訳なさそうに佇む、野崎さんがいた。 芙蓉に『どうぞ』と案内され、遠慮がちに腰を下ろす。 葵とアイリスも呼んでと芙蓉に頼んで、俺も居間へ。伊予もついてくる。 「いらっしゃい」 「よく来たの」 「事前に連絡もせず、突然ごめんなさい」 「大丈夫。連絡のしようもないだろうし。 声、出るようになったんだね」 「あ、はい。自分のお葬式を見ていたら なんだかスッキリしてしまって……」 「あ、サユリンだっ」 (お久しぶりです) 「あ、こ、こんにちは」 葵とアイリスの二人も、居間に入ってきた。 『声が出せるようになったんだ』と、俺と同じやりとりをして、いつもの場所に腰を落ち着ける。 芙蓉も遅れてやってきて、ちゃぶ台の上にグラスを置いてアイリスの隣に座った。 「それで、どうじゃ。その後は」 「あっ、おかげさまで、おうちに帰ることができました。 両親にも会えました。ありがとうございました」 「ま、あたしにかかりゃあチョロいもんよ」 「姉さんの力だけじゃないでしょう。 調子に乗らないの」 (野崎様が犯人に、直接ご意志を伝えた結果だと思います。 事件が解決して、本当によかった) 「はい。最後に、みなさんにお礼をと思いまして……」 「じゃあ……そろそろ?」 「はい。未練がないわけじゃないんですが…… 私がずっとここにいたら、両親にますます心配を かけてしまいそうなので……」 「だから、逝くことにしました。 天国にいけるかはわからないけど……」 「いけるさ、絶対」 「天国があったらの話だけどね」 「お前なぁ」 「痛い痛い! 頭ぐわんぐわんすんなっ!」 「ふふ……。あの、もう一方、私と同じくらいの 女の子は……」 「……」 「いや、今は……いないんだ」 「あ、そう……ですか……。 きっと、大丈夫だと思いますよ」 野崎さんが笑う。 感じていたのかもしれない。琴莉は、自分と同じだと。 「では……あの子にご挨拶できないのは残念ですが、 そろそろ、逝こうと思います」 「うん。あ〜……やっぱり、こういうとき どういえばいいのかわからないな」 「達者での。常世で永劫の安寧が待っておるのか、 来世が待っておるのか。それはわからぬが…… きっと、お主の望む世界であろう」 「伊予様の言うことは難しくてよくわかんないけど…… 元気でねっ。あ……ん? 元気…………。 まいっか! 元気でねっ!」 「どうか安らかに。あなた様が静かに眠れるよう、 お祈りしております」 (鬼も人も……行き着く先は同じ。もしあの世というものが あるのなら、またお会いする日もくるでしょう。 それまで……お達者で) 「はい。 みなさん……本当に、本当にありがとうございました」 「それでは……そうですね、またいつか、 会えることを願って」 「さようなら」 にっこりと微笑み、野崎さんはゆっくりと……消えていく。 俺がどこまで力になれたのかは、わからないけれど。 笑って、逝ってくれた。 だから素直に……よかったと思えたんだ。 この出会いを。 「長年生きておるが……何度経験しても、やはり切ないのぅ。 こうやって見送るのが、我らの務めではあるが……」 「……慣れそうにないよ。 こればっかりは」 (そうですね……。悲しいです) 「サユリンとは会ったばっかりだったけど、 それでも…………あ、お腹鳴った。 今日のご飯なに?」 「……姉さんはマイペース過ぎます。 お願いだからもう少し緊張感を持って」 「仕方ない。生きてるんだから。あたしたちは」 「お、いい台詞だ、ソレ」 「にゃふふ」 (渾身のドヤ顔です。葵お姉様素敵です) 「もう……まだ全部終わったわけじゃないのに」 「芙蓉」 「あ、ご、ごめんなさい」 「いや、その通りだよ。まだ終わってない」 麦茶を一口だけ飲み、立ち上がる。 「あ、どちらに……」 「散歩」 短く答え、居間を出た。 「……」 「あ〜あ、せっかくあたしが和やかな雰囲気に 持っていったのに〜」 「ぅ……ご、ごめんなさい……」 (アイリスもついて行くべきでしょうか。 ……迷います) 「一人にさせてやれ。大勢で探したところで、 琴莉がその気にならねば意味がない」 「好きにさせてやろう。 琴莉を探すことで、気が晴れるなら」 ベッドに寝転がり、ぼぅっと天井を見つめる。 ちらりと時計を確認すると、既に0時を回っていた。 二時間くらいこうしていたらしい。 そろそろ寝るかと思ったものの、電気を消しに起き上がるのもめんどうで。 寝返りすらもうたず、そのまま天井の観察を継続。 この一週間で何時間、何十時間も眺めた天井の染み。さすがにもう飽きた。 せめてと、まぶたを閉じる。 こうしていれば、そのまま意識も落ちていくだろう。 あくびが出る。 眠くはあるけど、睡魔はどこか遠い。 最近ずっとこうだ。 こうして、明かりもつけたまま。 浅い眠りを……繰り返す。 ……。 「明かりくらい消したらどうじゃ」 伊予の声がした。 目を開ける。 伊予の姿は見えない。 ただ、近くにはいるんだろう。 ギシ、とベッドが軋む。 「最近、あまり眠れておらんようじゃな」 「姿消したままで喋らないでよ」 「おっと、そうじゃった」 パッと、ベッドに座る伊予が、唐突に視界に現れる。 「起こしてはいかんと思っての。 忘れておった」 「声かけたら意味ないだろ」 「起きておったから声をかけた」 「目はつむってた」 「起きておらねばあくびはせんだろう」 伊予が意地悪そうに笑い、思わずため息がこぼれる。 「そう邪険にするな。せっかく様子を見に来てやったのに」 「珍しい。和服の方着て」 「ジャージ姿で心配してるんすけど〜なんて言っても、 説得力ないじゃろ?」 「そりゃ確かに」 「琴莉のことが気がかりか?」 「今さら悩んだところで仕方ないってことは わかってるつもりだけど、もっとうまくできたはずだ、 そればっかり考えてるよ」 「体力が有り余っておるから、 そうやって頭ばかり使ってしまうんじゃ」 「鬼どもに抜いてもらってはどうじゃ。 疲れ果てて、自然と眠れるじゃろ」 「みんなとはしばらくしてないから、 眠るどころか気を失いそうだ。 明日に差し支えるよ」 「じゃあ、わたしが抜いてやろうか? ひゃっひゃっ」 「……」 「……すまん、そんな怖い顔をするな。 悪かった」 「口にしたなら、責任は持ってくれよ」 「へ? ぅわっと!」 伊予の腕を強引に引き、抱き寄せる。 まったく心の準備が出来ていなかった伊予はすっかり素に戻り、目をぱちくりとさせていた。 「へ? え、ま、まこちゃん……?」 「忘れてないか? 俺が伊予でも欲情するってこと」 「え……」 「……」 「ほ、ほんき……?」 「……」 「……」 「ごめん、冗談だよ」 伊予の腕を離し、またため息をつく。 なにやってんだか……。 「……」 「冗談なの?」 「へ?」 伊予は離れず、俺の胸に顔を埋めながら、呟く。 伊予の言葉の意味が、すぐには理解できず。 ぽかんとしている俺の顔を、上目遣いで覗く。 「……別にいいんだけど」 「い、いいって……なに言って……」 「フェラまでさせておいて、今さらうろたえるとか」 「あれは、伊予が勝手に舐めたんだろ」 「精子まで飲ませた」 「だから、それも……」 「散々その気にさせておいて、冗談だよって、 ひどくない?」 「……散々?」 「……」 「今じゃなくて、あのとき押し倒して欲しかった」 じっと、俺を見つめる。 頬はほんのりと染まっていて。 からかっているわけじゃなく本気だってことは、すぐにわかった。 けれどわかってしまったがために思考停止に陥って、なにも言えなくなってしまって。 そんな俺を見かねてか、伊予が少し体を起こし、目の位置を俺にあわせ。 前髪をさらうように、俺の頭を撫でたあと。 「ん……、……」 唇を、寄せた。 触れあわせただけの、軽いキス。 「……」 「伊予……?」 「…………」 「わたしじゃ、まこちゃんのこと……元気づけられない?」 「……」 「ぁ……」 また抱きしめ、そのまま寝返りを打って、上下を入れ替える。 「……」 乱暴な動きのせいで、伊予の衣服がはだけ、ピンク色の突起が露わになっていた。 今まで無感動で、喪失感しかなかった俺の胸が、ドクンと脈動する。 一緒に風呂も入った。小さい頃から数えれば、何度も何度も。 意識していなかった。少なくとも、性的な知識がなかった頃は。 でも間違いなく伊予は、“伊予ちゃん”は、俺の初恋で。 大人になりきれない俺は、どうやらまだそいつを引きずっているようで……。 成長しない幼いままの体に、欲情している。 「見るだけ?」 挑発するように笑う。 伊予自身、余裕がないくせに。顔が真っ赤だ。 いつもそうだ。伊予は、俺よりも高みにいようとする。 けど今回ばかりは、そうはいかない。 「知らないからな、どうなっても」 「それはこっちの台詞。 やっぱ俺ってロリコンなんだ〜って自己嫌悪に陥っても 知らないから」 「フェラさせたときにもうしてる」 「んっ……」 乳首を軽く、指先で撫でる。 小さな突起がぷっくりと膨れあがり、ピンと立ち上がったそれを、摘まみ、こねる。 「ぁ、ん……っ」 肩をすくめ、身をよじる。 幼い声が、妖艶な色を帯び。 火照り始めた体はあどけなさ以上に、強く“女”を意識させる。 「はぁ……ん、胸……小さい方が、 感じやすいって……言うけど、……どう、なの?」 「俺に聞いてもわかんないよ」 「鬼の胸、揉みまくってるんでしょ?」 「みんな反応がよすぎるくらいだから、余計にわかんない」 「あの由美って子は?」 「由美とはそこまで……って、なに? 胸はあんまり感じない?」 「感じないってことは、……んっ、ないけど…… 自分で触るのと、違う……ぁ、ゃ……っ」 「痛くはないよな?」 「うん、けど……」 「けど?」 「めっちゃ気持ちいい! ってほどではないから さっさと先に進めよって思ってる」 「……」 「ん?」 「萎えるわぁ……」 「あぁんっ、いやぁんっ! イクイクッ! 乳首でイッちゃうのぉぉんっ!」 「……わざとらしすぎて余計に萎えるわ」 「なんでなんでっ? 男は好きでしょこういうのっ!」 「どこ情報だよ……」 「エロゲ!」 「……だと思った。ってかさ、 そういうの葵に教えるのやめてくれよ。 ウケ狙いとしか思えないから」 「……語尾にニャンつけることを強制してたやつが よく言う……」 「おまっ、こらっ! 聞き耳たてやがって!」 「ぁ、やんっ、あはっ、くすぐっちゃ駄目、あははっ、 ……んっ、はぁ、ぁ、ぁっ」 「ちょっと……ぁ、はぁ……、乳首は、もう、 ……んっ、いい、ってぇ」 「演技じゃなくて、そういう自然な声の方が 興奮するんだけど」 「…………恥ずかしいじゃん」 「……普段下ネタ連発するやつがなに言ってんだか」 「それとこれとは話が別でしょっ! も、もういいから、つ……続けてよ」 「わかった」 「ん……っ」 最後にもう一度乳首をクリクリと刺激してから、指を下腹部へと滑らせる。 さすがに葵と違って、ちゃんと下着は履いてるか。 「くまさんパンツ」 「うっさい」 「子供っぽい下着のせいで余計に背徳感が増すな……」 「じゃあ脱がせばいいじゃん」 「そりゃそうしますけどね」 下着に指をひっかける。 そのとき、ふと……よぎる。 琴莉がいなくなったっていうのに、なにやってんだ。 「……まこちゃん?」 「いや……脱がすよ?」 「う、うん」 下着を、ゆっくりと下ろしていく。 別に忘れたいわけじゃあない。 けれど今は、頭の中を伊予だけにしたかった。 「……」 羞恥からか、顔を真っ赤にして目を背ける。 風呂に突入してきたときは堂々としてたくせに、と少し笑みが浮かぶ。 「……笑うなバーカ」 「可愛いと思ってさ」 「……アホ、バーカ」 照れ隠しの雑な罵倒に、ますます口元がほころぶ。 もっと余裕がなくなったら、罵倒すらもできなくなる? 試してみようか。 「は、ぅ……っ」 毛すら生えていないまっさらな恥丘を撫でる。 抑えた吐息は、俺に笑われないためのやせ我慢だろう。 いつまで続くかな。 ……まぁ、俺も慣れてるわけじゃないから、そんなかっこつけた台詞はとても口にはできないけれど。 「ぁ……っ、はふ、はっ、はっ……!」 割れ目を広げ、クリトリスを潰す。 びくんと腹筋を引きつらせ、声を押さえようと口元まで手を運ぶも間に合わず、苦しげな吐息を断続的に吐き出す。 「ぅ……っ、ぁ、はぁ、んっ、……っ、 ぁ、ぁ……っ、へ、変な感じ……、ぁ、ぅ……っ」 「伊予がいつもしてるみたいには、いかないだろうけど」 「う、うっさいなぁ……っ」 「いつもどうやってんの?」 「み、見たんでしょ?」 「だから、椅子が陰になって本当に見てないんだって」 「……」 「そ、そこ……指で、グニグニ……してる」 「こう?」 「ぁ、ぁ、ぁ……っ! ふぁ……っ!」 「あってる? こんな感じ?」 「んぁ……っ、ぁぁぁっ、ぁ、ぁ、ぁっ、〜〜〜っ!」 「わかんないよ、伊予。どう? あってる? いつもどうやってるの?」 「ぁ、ふぁ……っ、ド、ドSかぁ……っ」 「なんで、やり方教えてほしいだけだよ」 「だ、だから、言った……ぁっ、でしょぉ……っ」 「グニグニじゃわかんないよ。 これがグリグリかもしれないし」 「ニヤニヤ、してぇ……っ、 せ、性格変わってませんかぁ……っ?」 「ほ〜ら、伊予、これであってる? もっと強い方がいいかな」 「あ、ぁ、あってる、あってる、からぁ……っ! つ、強くしちゃ――」 「ひんっ、ぁ、ぁ、ぁっ、〜〜〜〜〜〜っ!」 「あ、ごめん。力入れちゃった」 「ドS野郎ぅぅ〜〜〜っ」 「でも、嫌じゃないだろ?」 「ぅ……、そ、そりゃ……自分でするより、 いいけど……優位に立たれてるのが……むかつく」 「いいよ、そっちのリードで進めてみる?」 「あぅ……っ、ぁ、ぁっ、じゃあ、ぅぅ……っ! そこいじるの……っ、はぁ……、や、やめて、よ……っ、 あぁぁ、ぁっ、〜〜っ、は、はっ……!」 「オナニーのときより、声が激しいね」 「だから、それは、触れるなぁ……っ、ん、ぁっ」 「指は? 入れないの?」 「い、入れることも、あ、ある、けど……っ」 「けど?」 「ゆ、指……入れる、なら……ん、はぁ……っ、 まこちゃんの、いれて……欲しい、ん、だけど……っ」 「俺の?」 「う、うん」 「なにを?」 「チンコ」 「……」 「チンチンいれて?」 「いや……言い方じゃなくて。 もうちょっとためらえよ、そこは」 「卑語くらいで恥ずかしがるかバーカ」 「萎えるわぁ……」 「嘘つけ、ビンビンやんけ。テント張ってるやんけ」 「隙を見つけると一気に攻撃してくるな……。 しおらしくしてれば可愛いのに」 「可愛いって言うな! バーカ! アホー! 早く入れろ!」 「はいはい、ちょっと待って」 ズボンとパンツも下ろし、ついでにシャツも脱ぎ捨てる。 伊予が顔を背けながらも、ちらちらと俺を……正確には、俺の下半身を覗き見る。 もうここまでくれば、羞恥もわずか。 見せつけるようにして、伊予の股ぐらに亀頭をあてがう。 「入れるよ?」 「ま、待って」 「やっぱり怖い?」 「そうじゃなくて……」 「……」 「三十まで童貞だったら……魔法使いになれるとか、 言うでしょ?」 「なに急に」 「いいから聞いて」 「はいはい」 「童貞のまま三十になったら魔法使いって、 そういうのあるじゃん」 「まぁ……聞くね」 「わたしは……魔法使いどころか、 処女こじらせすぎて、大魔道士って感じなわけですよ」 「百年? 二百年?」 「何年かはいいからっ。 とにかく、やっと……わたしを性の対象として 見てくれるクソロリコンがいてくれたわけで」 「クソって……」 「うっさい。やっとなの。 いよいよだ〜って、期待がすごいわけ。 それを、最大限考慮してね」 「わかった、優しくするよ」 「そうじゃなくて、ちゃんと気持ちよくしてってこと」 「努力する」 「よし、挿入を許可しよう」 「とことんまでムードがないなぁ」 「照れ隠しだと思えば萌えるでしょ?」 「自分で言うなよ」 「……ぅっ、……っ、ぁ、ぁ……っ!」 ゆっくりと、少しずつ、腰を前に進める。 十分濡れてるけど、き、きついな……。 どこまで入るか……。 「く、苦し……っ」 「大丈夫か?」 「ひ、ひと思いにやってくれぇ……っ」 「な、なんだよそれ、痛い?」 「い、いいから、その方が、たぶん……、ら、楽だから……、 ……っ、い、一気に……入れ、て」 「わ、わかった」 「はふ、は、は……っ、ぁ……っ」 「ん〜〜〜〜〜〜〜っ」 伊予の要望通りに、一息に突き入れた。 メリメリと、膣を押し広げるというよりは、裂いたような感覚があった。 さすがに、焦る。 「だ、大丈夫? 痛くないか?」 「い、痛くは……な、ない……。 ちょっと、はぁ、く、苦しい……だけ」 「本当か?」 「本当、だってば。でも、ちょっと……動か、ないで……」 「わ、わかった」 「はぁ、ふぅ……はぁぁ……」 「……」 「お、おっけ〜」 「いいのか?」 「違和感が、ある、だけ。 本当に……ふぅ……痛く、ないから」 「早く……気持ちよく、してよ」 「……」 「わかった」 「ぁ、ぁ、ぁ……っ、ぁ、……っ、はぁ、ぁ、ぁっ」 リズミカルに、一定の間隔で腰を動かす。 中が狭すぎるせいで、あまり大胆には動けない。 一番奥を、ツンツンと何度も突く。 「……っ、ぁぁぁ、……ぁっ、っ、はぁ、っ、っ、 ぁぁ、……っ、っ、――ぁっ! ふぁ、はぁ、はぁ、っ、っ」 気持ちいいのか、苦しいのか、喘ぎ声からは判別がつかない。 動くたびに、本当に膣を引き裂いてしまいそうな気がして、俺もおっかなびっくりだ。 でも、少しずつほぐれていくような感触はあった。 焦らず、急がず。 伊予の膣に、俺自身を馴染ませていく。 「はぁ、〜〜〜っ、はぁ、ぁ、ぁ、……っ、んっ! ま、まこちゃん……っ」 「な、なに?」 「ざ、座敷わらし、アソコの具合は、ぁ、ど、どうだい?」 「な、なんだよそのおっさん臭い聞き方は……」 「いいから、はぁ、ぁ……っ、ちゃんと、んっ、 き、気持ち、いい?」 「きつすぎて、やばい」 「そのやばい、は……、ぁ、ぁっ、どっち?」 「癖になりそう、ってこと……っ」 「ひんっ! ぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁ――!」 ズンと、思い切り突き上げる。 ギチギチと、痛みを覚えそうなほどに膣壁が強く収縮し、亀頭を、竿を締め上げる。 自分の手でしごく以上の圧迫感が猛烈な快楽を呼び寄せ、窒息感すら覚える。 「い、いきなり、強くするなぁ……っ」 「痛くはないんだろ?」 「そ、そうだけど……び、びっくりするぅ……」 「じゃあ、少しずつ強くする」 「わ、わかったぁ」 「ぅ……っ、ぁ、ぁ、ぁっ、ぅぅ〜〜、はぁ、ぁぁ、 ぁ、ぁ、ぁっ!」 ほぐれ始めた膣内を、乱暴とも思える強さで、さらに押し広げていく。 動くたびに、伊予の体が俺を受け入れていく。 苦しげだった喘ぎ声にも明確に愉悦が混ざり始め、色っぽさが増していく。 その大人びた嬌声が、こんな幼い体を……という後ろめたさと相まり妙な興奮となって、俺の背中をゾクゾクと粟立たせる。 怖いと思うほどの、強烈な快感だった。 「あぁ、ぁ、ぁ、ぁっ……ぅぅぅ……っ、……ぁっ! 壊れ、ちゃう……っ、まこちゃんの、 お、おっきぃぃ……っ!」 「小さい方が、っ、好み?」 「こ、これで、いぃ……っ、これがいい……っ! まこちゃんのが、いい……っ、あぁ、ぁぁっ、 ふぁぁっ、ぁ……っ! 〜〜〜っ!」 「可愛い声、はぁ……、っ、出しちゃって」 「そっちだって、ハァハァ……して、ぁ、ぁっ、 目も、……ぁぁぁっ、血走らせてる、くせ、にぃ……っ、 へ、変態ぃ……っ」 「仕方、ないだろ、伊予のが、気持ちよすぎる、せいだっ、 ……っ、やば、い、イキそ……っ」 「そ〜ろ〜、すぎ、ぁ、ぁっ」 「だから、仕方ないん、っ、だって」 「外に、出したらぁ……ぁぁ、ぁっ、……っ、 許さない、からぁ……っ!」 「普通、逆、だろ……っ」 「妊娠なんて、しないん、だしっ、はぁ、ぁ、ぁっ、 中出ししか、駄目ぇ……っ、だからぁっ」 「じゃ、遠慮なく……っ」 「ちょぉらい、まこちゃんのぉ、精子ぃ、ちょうらぁいっ」 「だから、わざとらしいの、やめろ、って……っ」 「萎えさせて、はぁ、ぁっ、少しでも、 長引かせようと、思ってぇ……っ」 「こんなに、強くしても……っ、物足りないの、かよ……っ」 「そうじゃ、ないけどぉ……っ、 イクまで、待って……っ! イキたい、もうちょっとで、イケそう、だから……っ」 「……っ、わか、った……っ」 すぐそこまで迫っている射精感を、歯を食いしばり腹に力を入れて追い返す。 だけど、それほど長く耐えられそうになかった。 「ぁ、ぁ、ぁっ、……っ、あっ、〜〜〜っ! そこ、ぁ、ぁっ、突いて、いっぱい、突いて……っ! ぁぁ、ぁ、ぁ、ぁっ!」 「……っ」 「あぁぁ、ぁ〜〜〜っ! い、ぃっ、いぃっ、っ、 もっと突いてぇ……っ、ぁ、ぁっ、気持ち、ぃっ、 あ、――っ、あぁぁぁっ!」 「く……っ、伊予、ま、まだ……っ?」 「……っ、駄目ぇっ、もっと、強く突いてぇ……っ! サボッちゃ、駄目ぇっ」 「って、言われても、そろそろ……っ」 「ぁ、ぁっ、もう、少し、もう少し、で……っ、 ……んっ、ぁ、ぁっ、イケ、そ……っ」 「――ぁっ! い、く、ぁっ、イクッ、イクイクッ、 ぁ、ぁ、ぁっ、ぁ――っ!」 「イキそ、ぁ、イク……っ、イク、からぁ……っ、 まこちゃんも、イッて、ぁ、ぁぁっ、 イッて、いいよぉ……っ!」 「あぁぁ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜っ、イクイク、イク、 いっ、く、イッちゃう、イク、イクイク……っ」 「っ」 「イクゥゥゥゥゥゥ――――ッ!!!」 「……はっ、はぁ……っ!」 「ぁ、ぁっ、イッ、たぁ……イかされたぁ……っ、 はぁ、ふぅ……っ、ぁぁ、ぁっ」 収縮する膣の圧力に反発するように、ドクドクと脈打ちながら精液を吐き出す。 その小さな体で全て受け止めて、伊予は満足そうに『ほぅ』と息を吐いた。 「……、ふぅ……、祝、まこちゃんと初えっち」 にこりと微笑む。 その表情は、まさに少女そのもので。 純粋な存在を汚した。そんな罪悪感が芽生える。 けれど『やっちまった』なんて気持ちにはならない。 むしろ、余計に……。 「ぁ、はぁ……、まだ……ピクピクしてる。 元気よすぎ……ふふっ」 「……、伊予」 「……うん? 疲れた?」 「体勢、変える」 「ふぇ……? あ、ちょっと……、わ、わ……っ」 一旦性器を引き抜き伊予を抱きかかえ、力任せにひっくり返す。 四つん這い。 ひっくり返した拍子に着物がはらりと落ちて、伊予も生まれたままの姿に。 「ま、まこちゃん……」 「もっとしたい」 「ぁ、ちょっと、待って……っ」 「んぁぁ……っ!」 制止の声を無視し、再び伊予の中に性器をねじ込む。 ビクンと華奢な体が震え、背中がグッと反り返る。 「あ、ぁ……、待って、よぉ……っ、 イッた、ばっかりで……っ」 「ごめん、無理」 「〜〜〜〜っ、ぁ、ぁっ、ぁっ、あ〜〜〜〜っ!!」 ピストンを始める。 今度は最初から乱暴に、力強く。 伊予の嬌声も一層高く、激しく。 「あぁぁ……っ! だめ、だめぇ……っ! あ、ぁっ、ぁぁぁ、〜〜〜〜〜っ!!」 「そんなに、大きな声、だしたら……っ、 みんな、起きるぞ……っ」 「だって、だって、まこちゃんがぁ……っ!」 「ぁ〜〜〜っ! ――っ!! ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っっ!! ぁっ! 気持ち、いぃ〜っ、気持ちいいよぉ……っ!」 「駄目ぇ……っ、こんなの、こんな、の……っ! もう、駄目ぇ……っ! こんなの、覚えたら……っ、 もう一人、じゃ……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁっ、エッチ、好きに、なっちゃうぅ……っ! あ、ぁぁ〜〜っ、ぁ〜〜〜っ!!」 「……っ、処女失ったら、座敷わらしの力も失う、とか ないよ、な……っ」 「そんなの、知らなぃ……っ! どうでもいぃ……っ! もっと、しよ、エッチしよ……っ、 いっぱい、いっぱい……っ!」 「突いて、いっぱい、突いて……っ! 気持ち、いい、から……っ! いいの、気持ち、いいの……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁっ、〜〜〜〜っ! もっと、いいよっ、もっと、もっと……っ! ぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁ、〜〜〜〜っ!」 腰を打ちつける衝撃で髪を揺らし、シーツを握りしめながら、伊予が淫らに乱れた吐息を休むことなく吐き出す。 この体勢だと、結合部がよく見える。 俺が動くたびに、伊予の狭すぎる膣口がひしゃげ、肛門もパクパクとひくついた。 精液混じりの白く濁った愛液が溢れ、シーツに落ちていく。 それが『犯している』という意識を一層強くし、興奮を際限なく高めていく。 「〜〜〜っ、ぁ……っ、あぁぁっ、ふぁ、ぁ、ぁっ、 ひぅぅっ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ! はげし……っ、ごりごり、ってぇ、中にぃ……ぁぁっ!」 「ぁ、イク……っ、またイク、イッちゃう……っ! ぁぁ、イク、イクイク……っ、 ふぁぁ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜っ!」 「まこちゃんに、イかされちゃうぅぅ……っ! もう、駄目なのぉ……っ、イクからぁ……っ! もっと、突いてぇ、気持ちよくしてぇ……っ!」 「あぁぁ、ぁ、ぁっ、ふぁぁ〜〜っ、ぁ〜〜〜っ! も、駄目……っ、イク、〜〜〜っ、 イクイクっ、ぁっ、イク……っ、イクぅ……っ!」 「イ、くぅうううう〜〜〜っ!」 「くぅ……っ」 「あぁぁっ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」 伊予がイッた瞬間、ぎゅうと猛烈に膣が締まり、その刺激で俺もまた、弾ける。 「あぁ……はぁぁ……また、出てるぅ……。 これ、好きぃ……、中出し、気持ちいぃ……」 二度目の射精も全て受け止めて、伊予が腰を震わせながら、恍惚とした吐息をこぼす。 きゅうきゅうと膣壁がうごめき、最後の一滴まで絞り出す。 「はぁ、もぅ……、初めてのエッチでイキまくるとか……、 まこちゃんに開発されてしまった……」 俺を非難するような言葉。 けれど声色は優しく、どこか満足そう。 でも、まだなんだ。俺は……まだ。 「ふぅ……はぁ……、疲れたぁ……」 突きだしていた小ぶりなお尻の位置が少しずつ下がっていき、性器がずるりと抜ける。 受け止めた精液をドロリと吐き出しながら、伊予は寝返りをうった。 「はふ……はぁ……ふぅ……。 はぁぁ…………」 肩を軽く上下させ、息を整える。 俺も、疲れてはいる。 でもまだ、胸の内に燻っているなにかを、どうにかしたい。 その気持ちが強かったから。 「ぇ……?」 力の抜けた伊予の足を開き。三度亀頭をあてがった。 もっとしたい。 もっと伊予と繋がっていたい。 もっと伊予を汚したい。 その気持ちだけだった。 それしか考えられなかった。 考えたくなかった。 「……」 「いいよ、いっぱいしよ?」 言葉にする前に、伊予が微笑み、小さくうなずく。 だから遠慮なく、するつもりもなく、また伊予の中に―― 「あぁ……っ! ぁ〜〜〜っ! もぅ、まこちゃんの形……覚えちゃってるぅ……っ、 ぴったり、なのぉ……っ! あぁ、ぁ〜〜っ」 「いいよ、いっぱい、動いて、突いて……っ、 いっぱい、いっぱい、いっぱい……っ」 「……っ」 「ぁ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ! それ、いぃ……っ、好きぃ……っ! ふぁぁ、ぁぁ、大好きぃ……っ!」 「〜〜〜っ、ぁっ、はぁっ、ぁぁぁっ! ぁ、ぁ、ぁっ、ソコっ、ぁっ……! 気持ち、ぃ……っ! ふぁぁっ!」 「あ、ぁ、ぁっ、ぁぁっ、またイッちゃぅ……っ! もぅイッちゃうぅ……っ、気持ちよすぎてぇ、 だめぇ……っ!」 「あ、ぁ〜〜っ、ぁ〜〜〜っ! 頭真っ白になるぅ……っ! イかされるぅ……っ! またイかされちゃうぅ……っ」 「っ、出る……っ!」 「ん、はぁ……っ、いいよぉっ! いっぱい、いっぱい、わたしの、中にぃ……っ!」 「ふぁぁ、ぁぁ、ぁぁっ、ぁ、ぁ〜〜〜〜っ! わたしもイッちゃうイッちゃうイッちゃうぅぅっ! あぁぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁ〜〜〜っ!」 「ふぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 「はぁっ、ぁ、ぁ、ぁぁ……っ、はぁ……っ! また、いっぱい、出てる……っ、 あぁぁ、ぁぁ、ぁ、気持ちいぃ……っ」 「あ、ぁ、ぁっ、すご、出しながら、 動いてる……っ、ぁぁっ! まこちゃん、 元気よすぎるよぉ……っ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜っ」 「いいよ、いっぱい、しようね、いっぱい、いっぱいっ、 わたしの中に、いっぱいいっぱい、出して、 出してぇ……っ」 「ふぁぁっ、〜〜っ、気持ちよすぎて、頭おかしく、 なっちゃうぅ……っ! あぁぁ、ぁぁ、ぁ〜〜っ!」 「あぁぁ、まこちゃんまこちゃん、まこちゃん……っ! あ、ぁ、ぁっ、ぁぁっ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ!」 「…………っ!!」 とにかく、一心不乱に、腰を叩きつけた。 射精しようがおかまいなしに、何度も何度も、打ちつけた。 何度も何度も、何度も。 「あぁぁ、まこちゃん、まこちゃん、まこちゃぁん……っ!」 「伊予、伊予……っ!」 名を呼び合い、互いの敏感な部分を、すり切れるほどにこすりつけ。 気を失うまで、伊予を抱いた。 何度も、何度も。 「……」 「ふふ……子供みたいな顔で寝ちゃって」 「…………」 「起きたら……どんな顔すればいいのかなぁ……。 普段通りって、わけにも……」 「…………」 「………………」 「琴莉か」 「……」 「随分と不安定な状態じゃな……。 わたしの言葉、理解できておるか?」 「……」 「怨嗟で淀んでおる。 真を寝取ったわたしを、呪い殺しに来たか」 「……」 「……っ」 「……すまん。正気だったか」 「ぅ……っ、……っ」 「……」 「真を起こそう」 「だ、駄目……っ、そのまま、で……いい、から……っ」 「そのまま、お別れ……する……っ」 「な、なに……?」 「全部、全部……わかった。 私がなんなのか、なんでお兄ちゃんが、 私に優しかったのか」 「全部、全部、全部……」 「わかっちゃったから、もうここには……いられないよ」 「……」 「せめて……真に別れを告げてはどうじゃ」 「……ううん」 「なぜ」 「だって……さっきまで、 まだ一緒にいるつもりだったんだもん」 「お兄ちゃんの声聞いたら……きっと、 コタロウに会いにいけなくなっちゃう」 「……」 「あはは……止めては、くれないよね」 「眠りにつこうとする霊を引き留めることは、 わたしにはできん」 「……うん。霊……霊か。 そうだよね、私は……幽霊」 「真ならば……霊でもいいと、そう言うかもしれんな」 「も〜、伊予ちゃんも優しいよね。 でも……いいんだ、大丈夫。もう、諦めがついたから」 「お兄ちゃんのことが、……うん、唯一……は、 大げさかな、でも……一番の未練に なりそうだったけど……」 「でも、よくわかったから。 私は……伊予ちゃんには、敵わない」 「お兄ちゃんにとっての一番は、伊予ちゃんだね」 「……」 「真は、琴莉のことを……」 「駄目。聞かない。聞きたくない」 「……すまん」 「ふふ、伊予ちゃんのそんな顔、初めて見たかも」 「止めることはせん。だが……」 「別れは、つらい」 「……うん、ありがとう」 「……」 「……ねぇ、伊予ちゃん」 「なんじゃ」 「聞いていい?」 「ああ」 「伊予ちゃん、私が近くにいること……気づいてた?」 「……」 「どう解釈してもらっても構わん。 もちろん、わたしを恨んでもらっても……」 「ふふ、ないない。悪霊になんてなりたくないし。 本当に、すっきりしたの」 「あ〜あ……気づいてはいたけど……やっぱり、 二人の間に割って入るのは……無理だったな」 「それが……わかった。 だから納得して……コタロウに会いにいける」 「……」 「これは……真のおじじの持論じゃが」 「うん」 「成仏した霊には、次があるという」 「どういう形かはわからん。 何年後かもわからん。 そのとき、真が生きているかどうかも」 「じゃが……わたしはずっと、ここにおる。 わたしだけは絶対に、ここにおる」 「もし……次があったのなら」 「また会おう、琴莉。 わたしはまた、琴莉と友達になりたい」 「伊予ちゃん……」 「……」 「……っ」 「うん、……うんっ」 「ありがとう、伊予ちゃん。 私も……また伊予ちゃんに会いたい」 「あぁ……素敵だな。次の約束……。うん、素敵。 楽しみだぁ……今度はちゃんと生きたまま…… この家で、暮らしたいな」 「……本当に真を起こさんでいいのか」 「うん。さっき言ったのもあるし……、 ほら、絶賛失恋中でしょ? きまず〜い空気で、お別れするの……嫌だなって」 「それなら、このままでいい」 「そうか……」 「伊予ちゃん、みんなに……よろしくね」 「ああ」 「お兄ちゃんにも、よろしく。 楽しかったよって、とってもとっても楽しかったよって、 伝えてください」 「ああ」 「あっ、あと、ありがとうって、お礼も」 「ああ、必ず伝えよう」 「……うん、お願いします」 「……」 「よっし! スッキリ! 思い残すこと無し!」 「死んでからの毎日は、本当に楽しかった。 恋もできた。うん、充実」 「ありがとう、伊予ちゃん。 私……絶対に忘れない。 みんなと過ごした、毎日を」 「次の人生でも、絶対に覚えてる。 だからまた、会いに来るね」 「ああ……楽しみに待っている」 「うん、じゃあ……それまで――」 「さようなら、伊予ちゃん」 「……さようなら、お兄ちゃん」 「……」 「…………」 「………………」 「……まこちゃん、琴莉……逝っちゃったよ」 「……」 「ああ……」 「……やっぱり起きてた」 「あれだけ長いこと話してたら……そりゃ起きるよ」 「よく……我慢したね、がんばった」 伊予が、俺の頭を優しく撫でる。 我慢? がんばった? そうさ、俺だって本当は、さよならって、ちゃんと言いたかった。 琴莉がこのままでと言うなら、その気持ちも……押し込めるさ。 でも、本当に……。 「……」 「これで……よかったのか?」 「少なくとも、琴莉は望んでいた」 「琴莉の……」 「……」 「琴莉は、本当に……」 「まこちゃん」 俺の名を囁き、そっと俺を胸元に引き寄せ……抱きしめる。 されるがまま……俺も、縋りついた。子供のように。 「後悔……いっぱいあるよね」 「あのときああしていれば、こうしていれば」 「もっと別の形で、送ってあげられたんじゃないか。 もっと幸せにしてあげられたんじゃないか」 「伝えたいことも、いっぱいあったよね。 でも言えなかった。なにも。 琴莉を縛りつけないように」 「もしかしたらこれから……また誰かに心惹かれることも あるかもしれない。つらい別れが待ってるかもしれない」 「それがまこちゃんのお役目で…… 逃げ出すこともできるけど、きっとまこちゃんは そうしない」 「悩みながら苦しみながらがんばって、 後悔を……続けていくんだろうね。 別れのたびに」 「でもね……まこちゃん」 「わたしはずっとそばにいる」 「幾千、幾万の出会いと別れがあっても。 わたしだけは、絶対にまこちゃんのそばにいる」 「この姿のままで、変わらずに。 まこちゃんをずっと支えていくから」 「ね? だから……まこちゃんは、大丈夫。 わたしが、いる」 「あぁ……」 「……」 「……っ」 「泣かないで?」 「泣いてない、っつーの……」 「……うん。そうだね、……うん」 精一杯の、無意味な強がりをする俺を、伊予はただ優しく抱きしめてくれた。 小さく華奢な胸に、顔を埋め。 声を押し殺し、感情を吐き出した。 これでよかったのか。 俺はうまくできたのか。 そんなどうにもならない後悔に折り合いをつけて、次に進むために。 明日を迎えるために。 また誰かを……救うために。 「ずっと……こうしててあげる」 「……うん」 子供の頃に戻ったように、伊予にすがりつく。 ずっと。 その言葉が、どれほど今の俺にとって、代え難いものか。 お役目は……一時の、交わり、すれ違い。 そうわかっていても、琴莉との別れは……つらい、苦しい。 これから何度も繰り返すのか。この胸の痛みを。 ゾッとする。 ……けれど、耐えていけるだろう。 そばにいてくれるから、ずっと、ずっと。 「……伊予」 「うん」 「ありがとう」 「……うん」 そして……。 さようなら、琴莉。 きっと……また会おう。 きっと、きっと。 いつの日か、きっと―― 「……」 「今日もいつも通り……霊の姿はなし、と」 「平和なもんだ、うん」 「わんっ」 「……お?」 「ヘッヘッヘッ」 「犬? どうした〜? どっかの家から逃げ出したか? あ〜……いや、首輪がないな……」 「スンスン、スン」 「お、なんだ〜? いい匂いするか〜? 残念、なにも持ってないよ。 たぶんさっき食べた昼ご飯の匂いだ」 「スンスン」 「ん〜……野良犬、っぽいな。 珍しい、こんな小さいのに……」 「くぅ〜ん……」 「……」 「一緒に来るか?」 「ヘッヘッヘッ!!」 「あはは、尻尾振りすぎ。 そうか。よしっ、じゃあ、行こう」 「今日から俺たちは、家族だ」 「わんっ!」 「さぁ、できましたよ」 いつもより少し早いタイミングで、食卓に料理が並ぶ。 メニューもなんだか豪華だ。 「うわぁ……ごちそうだ。おいしそう……。 ごめんね、食べられなくて……」 「いえ、わたくしのわがままで用意しただけで ございますから」 「いつも通りわたしが食べる。問題ない」 「あ、いつも伊予ちゃんが食べてたんだ」 「……」 「……なんで私、芙蓉ちゃんのご飯…… 食べてたつもりでいたんだろう……」 「どうしてと悩んでも、答えはでんよ。 そういうものじゃ」 「私が……幽霊だから?」 その問いに、みんなが口をつむぐ。 どう答えていいのか、わからなかった。 「……ご、ごめんなさい」 「……」 「食べよう」 「いただきますっ!」 (……いただきます) 箸を取り、食事を始める。 琴莉も箸を取ろうと迷って、握った手を、ちゃぶ台の上に置いた。 「いつも自分がどうしてたのか……忘れちゃった」 「お喋りしてたよね。ねっ?」 (はい。お役目の話が多かったですが……) 「あ、事件のこと知りたい。 あのあとどうなったの? 一週間もたってるなんて思わなくて……」 「犯人は逮捕されましたよ」 「そうなんだ、よかったぁ……。 嶋さんや野崎さんは?」 「無事に常世へと旅立った」 「そっかぁ……。 おうちに帰れたってことだよね」 「……」 「私……も?」 「……。ついこの前、お葬式があったよ」 「お葬式……。私の、だよね」 「うん」 「な、なんだか変な感じだなぁ……。 自分のお葬式なんて……あはは」 力なく、笑う。 すぐにハッとして、いつもの、でもどこかぎこちない笑顔を浮かべる。 「ご、ごめん。どうしても暗くしちゃうなぁ。 笑顔笑顔っ! 犯人逮捕だもんね、 おめでたいもんねっ!」 「あ、報酬も凄かったんじゃない? 真さん、すごく危ないことしたしっ!」 「そうっ! それじゃ!! 貰ったはずじゃろ! なぜわたしに報告せん!!」 「……だってめんどくさいことになりそうじゃん。 伊予に話したら」 「めんどくさいとはなんじゃっ! 新しいPC買ってくれるまで 駄々こねるだけじゃ!」 「めんどくせ〜」 「な、なにおぅっ!」 「ふふ、あはは、私もずっとお給料貰ってないから、 なにか買ってもらおっかな〜」 「あたしも! お菓子とアイス! 一年分! ザーメンでもいい!!」 「ざ……お、お下品!」 「その言葉の意味がわかるとは…… お主もなかなかエロよのぅ……」 「ち、ちが〜う! そういうのじゃな〜い!!」 「え〜ろ! え〜ろ! コトリンはえ〜ろ!」 「琴莉のザーメン中毒〜!」 「ちょっ、こらぁ! やめてっ! ひどいっ! 葵ちゃんはともかく伊予ちゃんがひどい!!」 「伊予の言うことはエグすぎるんだよなぁ……」 「たまに叱りつけたくなるときがありますね……」 (とても口にできないです……) 「ん? やめよ? こいつ可哀想なやつだなって 目でこっち見るのやめよ?」 「一週間下ネタ言わなかったら新しいPC考えるよ」 「あ、無理」 「はえ〜よ!! もうちょっとがんばろうとしろよ! どれだけ下ネタ愛してるんだお前はっ!」 「お金の次くらい?」 「あはっ、ふふふっ、そんなに? あははははっ」 琴莉が声を上げ、笑う。 みんなも笑い、会話も弾み、食事も進む。 いつも通りの団らん風景。 これが俺たちの日常で、当たり前で。 こうやって、毎日を過ごしてきた。 みんなで、こうして。 ……。 けど、みんなわかっているんだ。 この“いつも通り”がずっと続くことは……ないんだって。 もう、わかっているんだ。 さて……準備ね、準備。 もうパジャマには着替えてたし、することなんて特になさそうだけど……。 ……。 ここでエロい妄想に走ったのは、俺にも余裕が出てきたってことなんだろうか。 よきかなよきかな。 「真さ〜ん、入るね〜?」 「ほ〜い」 部屋の外から、琴莉の声。 ……いや? なんか変な方向から聞こえなかった? 「琴莉? どこに――」 「はぁっ!」 「うわぁっ!」 扉ではなく壁から、琴莉がニュッと現れた。 な、なんつぅ登場の仕方を……っ! 「ふふ〜、びっくりした? 自分が幽霊なんだって自覚したら、 こういうこともできるようになりました」 「……心臓に悪いよ」 「あははっ、見て見て、宙にも浮けるからっ、 見ててっ!」 「ああ、あのおじさんみたいに……」 「……やめた」 テンションが一気にガクーンと落ちた。 ……なんか申し訳ないことを言ってしまった。 「座ってもい〜い?」 「ど〜ぞ」 「うん」 迷わず、ベッドにぽすんと腰を下ろす。 俺も、すぐ隣に。 琴莉は部屋のあちこちに目を配り、笑った。 「ほんとに一週間?」 「正確には八日かな」 「でも、私の中のおとといとあんまり変わってない」 「一週間で模様替えはしないでしょ」 「あ、そっか」 照れ笑い。 その笑みに、ふ、っと……暗い影がよぎる。 「や〜……びっくりだよね。 実はキミ、もう死んでました〜、なんて」 「……ごめんな?」 「? なにが?」 「最悪の形で、知らせてしまった」 「ううん。今日ずっとね、これまでのこと 思い出してたんだけど……真さん、 色々とサインだしてくれてたよね」 「いっつも制服だな〜、とか。 今日は学校どうしたんだ〜、とか」 「休日はいつも私服だし、 あの日は普通に授業あったし」 「自分の答えに……疑問なんて持たなかったな。 嘘なのに、嘘だと思ってなかった」 「霊は……自分の都合のいいことを、都合のいいように 認識する。あれが……そうだったのかな」 「自分が死んでるって認めないために…… 真さんに、嘘をつき続けた」 「嘘じゃない。 そんなつもりで口にした言葉じゃないだろ」 「でも、本当でもなかったから」 自嘲気味に笑う。 言葉に詰まってしまって、俺はなにも言えなかった。 「でも……みんな優しいよね。 私が幽霊だって、誰も言わなかった。 生きてるつもりの私に、付き合ってくれた」 「自然に……気づくのが一番いいと思った。 だから、機会を待っていたんだ」 「真さんの予定としては、私にお葬式を見せることで、 お役目終了だったのかな」 「それは……最終手段だよ。 できればその前に本当のことを伝えて、 その上で、自分の……」 「……」 「自分の死に、向き合って欲しかった」 「傷ついて欲しくなかったんだ。絶対に」 「……うん。だから……葵ちゃんが見た映像とか、 犯人の家に行くときに……私を遠ざけようとしたんだね」 「……」 「どこまで覚えてる?」 「う〜ん……生きてるうちの最後の記憶は…… コタロウと散歩してるところかな」 「誰かに声をかけられたところまでは覚えてる。 そのあとは……覚えてないかな」 「たぶん襲われたんだと思うけど……その記憶がないから、 死んだ自覚がなかったのかなぁ……」 「……あっ! 私が殺されたってことは…… コタロウも?」 「……ごめん。俺の方こそ、琴莉に嘘をついていた」 「ううん。私のこと考えてくれて、とってもうれしい。 でも、もう大丈夫だから」 「コタロウのこと、教えて欲しい」 「……」 「犯人の目的は……琴莉だよ。 後ろから襲って……車に乗せた」 「コタロウが吠えたんだ。人の目を恐れた犯人は…… 車でコタロウを轢き殺し、遺体を側溝に隠した」 「そうやって……琴莉に繋がる痕跡を、消した」 「……なんだか、めちゃくちゃだね。 言えないよね……そんなこと」 「言うべきだったのかもしれない」 「今聞けたから……大丈夫」 「私がコタロウを見えなかったのは…… やっぱり、自分が幽霊だったからなのかな。 見たいものだけを……見る」 「真さんに手伝ってもらわないと霊が見えないって 自分を納得させて……そうやって、ごまかして、 目を逸らし続けてた……」 「……」 「でも、私もそろそろ……コタロウのところ、 逝かなくちゃ、かな」 「……っ」 ぽつりとこぼした言葉に、心臓が跳ねた。 体が硬直し、うまく息ができない。 「でも、真さんとの約束も……あるもんね」 こてんと、俺の肩に頭を預ける。 それでやっと、窒息から解放された。 覚えている。もちろん覚えているさ。 けれど、琴莉との時間を少しでも、ほんの少しでも引き延ばさなきゃいけないって、そう思って。 わざと、覚えていないふりをした。 「……約束?」 「やっぱり……嫌かな、幽霊の女の子とじゃ」 「そんなことはないよ」 「ほんとに?」 「俺はわかってて、琴莉を抱きたいと思ってたんだ」 「……そうでした」 クスッと微笑む。 すっかりと俺に預けた身体を、抱き寄せる。 「好きだよ、琴莉」 「……うれしい。私も好き」 「……ん」 唇を、重ね……。 「はぁ……ぁ……」 そのままゆっくりと、優しく……押し倒す。 「はぁ……ふぅ…………」 琴莉の胸が、上下する。 口元には笑みが浮かんでいて。 今までとは違い、俺の方が緊張しているくらいだった。 「今日は……やっぱりやめようって、言わないでね?」 「ああ、言わない」 パジャマの上から、琴莉の胸に触れる。 軽く指を埋もれさせると、『ほぅ』と吐息がこぼれた。 「とってもドキドキしてるけど……心臓の音は、しないよね」 「……」 「反応しづらい?」 「すごく」 「大丈夫だよ、もうすっかり受け入れちゃってるから。 壁抜けなんてしちゃうくらいだし。 幽霊ライフ満喫中!」 「それでも、俺にとって琴莉は……」 「ただの女の子だ」 「……」 「ちゃんとできるかな……」 「試してみよう」 「……うん」 こくりと、うなずく。 胸に触れていた手を、横にずらして。 ボタンを一つずつ、外していく。 羞恥に弾む吐息を聞きながら、ゆっくり、ゆっくりと……パジャマと下着を脱がせていった。 「……やっぱり裸は恥ずかしい。 真さんも脱いでよ〜」 「ど〜しよっかな」 「じゃあ私が脱がせるっ」 「あ〜、待った待った、自分で脱ぐ脱ぐ」 こちらに伸びた琴莉の手をかわし、シャツを脱ぎ、ズボンと下着を下ろす。 俺の股間が既に固くなっているのを確認して、琴莉は嬉しそうにはにかんだ。 「おっきくなってる。えっち〜」 「琴莉のここだって、もう勃ってる」 「ぁ、やん……っ」 ぷっくりと膨らんだ乳首を、ピンと弾く。 琴莉が肩をすくめ、身をよじらせた。 「……これはどういう理屈なんでしょう」 「なにが?」 「幽霊なのに、その……ちゃんと反応してると 言いますか……」 「こうやって触れられるんだ。 琴莉がちゃんと、ここにいるってことだよ」 「……ん、はぁ…………んん……、ん……っ」 乳首をコリコリと刺激しながら、唇を重ね合わせる。 琴莉から舌を伸ばし、俺の口内に侵入し、前歯や歯茎を舐め回す。 その舌を甘くはみ、吸いつきながら、指先で身体の曲線をなぞり、下腹部へ。 恥丘を軽く撫でると、きゅっと太ももに力が入る。 「……あんまり自信がない」 「大丈夫だよ」 「……ほんとに?」 「少なくとも指は入る」 「んぁ、ぁ……っ」 前は一本だったけど、今度は二本。 ほぐしてすらいないのに、簡単に根元まで沈んでいく。 「あぁ、ぁ……すごい……入ってるぅ……っ。 霊は……ん、好きな風に、物事を……ぁ、はぁ…… 認識? するから…………んっ……」 「私の心の、準備が……はぁ……できた、から…… 体も、オッケー……って、んっ、ぁ……っ。 こと、なのかなぁ……」 「かもね」 「ん、ぁ、ぁ、ぁ……っ、……っ!」 膣内を、かき回す。 ぬるぬるとした感触が、指にまとわりつく。濡れているんだ、ちゃんと。 けれど……普通と少し違うのは。 指を引き抜くと、ぬめった感触が……ふぅっと、消えていくこと。 琴莉の体から離れると、愛液が揮発していく。この前も、そうだった。 理屈なんてよくわからないけど、霊体ゆえ……なんだろう。 このことを、琴莉には伝えるつもりはなかった。 二人が一つになるためには、必要のないことだから。 「はふ、はぁ……んっ、はぁ……ふぅぅ……、 ぁ、……はぁ……っ」 「琴莉」 「ふぇ?」 「もう、いいよな」 「ぅぁ……っ」 亀頭を膣口にあてがうと、琴莉の腰が少し逃げた。 がっちりと掴み、もとの位置に調整。 「もっとじっくりと楽しみたいけど……。 散々じらされたから、もう限界」 「じらされたって……真さんがやめようって 言ったくせに……」 「そうでした。……、いいよな?」 「……」 「いいよ」 「……しよ?」 顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で呟いた、その言葉で。 全身がカッと熱くなって、理性が危うく飛びかけて、もう本当に、我慢の限界。 腰を突き出し、亀頭で膣を押し広げ。 ついに、いよいよ。 待ち望んだ、琴莉の中へ。 「あ、ふぁ……ぁ……っ」 「〜〜〜〜っ」 ぶるりと、琴莉の全身が震える。 特に抵抗はなかった。根元まで、スムーズに入っていった。 いや、少しだけ抵抗はあった気がする。それが処女膜を破ったためかどうかは、俺には判断がつかなかったけど。 琴莉は明らかに、痛がっていた。 「ぁぅ、ぅぅぅ……っ」 「だ、大丈夫か?」 「い、いたいぃ……っ、な、なんでぇ……?」 「なんでって、え、もしかして初めてじゃなかったとか?」 「は、初めてですぅ……っ! で、でも、都合のいい、認識……するん、でしょぅ? なのに、なんで、痛いのぉ……っ」 「あ、あぁ……びっくりした。 そりゃ……初めてって痛いものだろうし……」 「うぅ……イ、イメージが、邪魔をしているぅ……っ、 い、痛くない、イメージを……し、しないとぉ……っ」 「い、一回抜くか?」 「や、やだぁ……っ、う、動いてぇ……っ」 「いいのか?」 「動いて、欲しいぃ……っ」 琴莉に、そんなつもりはなかったんだろうけど。 エッチなおねだりで、俺の愚息が硬度を増した。 「じゃあ……動くぞ?」 「う、うん……っ、ぁ、ぁ……ふぁ、……っ、あ……っ!」 あまり痛くしないように、ゆっくりと動かす。 本音を言えば、もっと貪るように、動物みたいに、琴莉を犯したい。 けど、琴莉の準備が整うまでは、このペースで。 「はふ、ぁ、ぁ……っ、はぁ、ぁぁ、ぁ……っ、んっ……! ぃ、ぁ……っ、はぁ……っ!」 痛がりながらも、しっかりと締め付けてくる膣の感触に理性を持っていかれないよう、なんとか踏みとどまりながら、ピストンを続ける。 「ぅぅ、ぁ……っ、はぁ……っ、あぁ……っ! ぁ、ぁ……、っ、ぁっ、はぁ、はぁ……っ! ぅぁ、ぁ、っ、ぃ……っ、あ、ぁ……っ!」 比べるのは、なんだか申し訳ないけれど。 葵よりも、芙蓉よりも、アイリスよりも……桔梗よりも。琴莉の中は、俺のモノに、ぴったりと吸いついてきた。 俺だけの琴莉。俺だけの、俺のためだけの、琴莉の大事なところ。 その感覚に、酔いしれていく。 「ふぁ、はぁ……ぁ、……ぁぁ……っ、 ぁ、ぅっ、はぁぁ、ぁんっ、ぁ、ぁ……っ!!」 気づくと、ペースなんて全然守れていなくて。 腰を必死に叩きつけていた。 琴莉の声も、熱を帯びていく。 「あぁ、なんか……あぁ、ぁっ、真、さん……っ! ふぁ、ぁ……っ! あぁん……あぁっ!」 「い、痛く、ないか?」 「……っ、っ」 目をぎゅっと閉じながら、ぶんぶんと首を横に振る。 「わ、わかって、きたかもぉ……っ、 し、信じる者は、救われるぅ……っ」 「な、なんだそれ」 「い、痛く……ないの……っ」 「気持ち、いぃ……っ、気持ち、いいよぉ……っ、 真さぁん……っ!」 さっきまでとはうってかわり、琴莉の表情はとろんと蕩けていた。 喘ぎ声からも苦痛の色は消え去り、ただただ、快感だけが滲んでいる。 イメージの上書きに、成功したみたいだった。 「ぁ、ふぁ……っ、ぁ、ぁ……っ! あぁぁ、ぁ……っ、気持ち、いぃ……っ!」 「もう、痛く……ないか? 我慢してないか?」 「う、うん……っ、幽霊で、よかったぁ……っ、 初めてなのに、痛くないぃ……っ!」 「……それもコメントしづらいよ」 「へ、平気だからぁ……っ、 真さん、もっと……動いて、いいよぉ……っ! あ、ぁ……っ、ぁ……っ!」 「そんなに気持ちいいの?」 「う、うん……っ、気持ちいぃ……っ!」 「なにが気持ちいいの?」 「ふぇ……? へ……っ?」 「……」 「うわ……っ、見たことないほどえっちな 笑顔してる……っ!」 「言ってみて、ほらほら」 「な、なんでそういう意地悪するのぉっ?」 「いや……言わせたくなるじゃん。エロいこと」 「なるじゃんとか言われても知りませんけどぉ?」 「いいから、言ってよ。ほらほら」 「うぅ……なにを?」 「なにが気持ちいいの?」 「……」 「……え、えっち、が……き、気持ちいいです……」 「なんで?」 「な、なんでぇ?」 「どこが気持ちいいの?」 「うぅ……言えないぃ……っ」 「言ってよ、ほら、ここでしょ?」 「んぁ、ぁ、ぁぁ、ぁ……っ!!」 「ほら、琴莉」 「うぅ、……今ぁ、真さんのが、入ってる、 ところぉ……っ!」 「それってどこ?」 「うぅぅ……っ、恥ずかしいぃ……っ! ぁ、ぁ……っ、わ、私のぉ……っ、 ふぁ、ぁ……っ!」 「私の、おまんこがぁ……、き、気持ちいぃ、 ですぅ……っ!」 「真さんのが、入ってる、からぁ……っ!」 羞恥のせいか、琴莉の膣がぎゅうっと締まる。 途方もない快感、刺激。 けれどまだ、手は緩めない。 まだまだ琴莉の反応を楽しみたかった。 「俺の、なに?」 「うぅ……また言わせようとしてるぅ……っ」 「言わないならやめちゃおっかな」 「やだ、やだぁ……っ、やめないで……っ」 「じゃあ?」 「うぅぅ………………お、おち、……っ」 「おちんちんが、気持ちいい……です」 「誰の?」 「あぅぅ……」 「ま、真さんの……」 「真さんのおちんちん、気持ちいぃ……っ!」 「……っ、や、やばい、今の台詞だけでイケる」 「んぁぁ! あ、ぁ、ぁっ! あぁぁ〜〜っ!! ゴツゴツって、奥に、当たるぅ……っ!」 さすがに俺の余裕もなくなって、腰を勢いよく叩きつける。 亀頭は破裂しそうなほどに膨れあがり、射精を今か今かと待ちわびていた。 でもまだだ。まだ終わらせない。 「ふぁぁ……っ、すご、激しいぃ……っ! 凄いよぉ……っ、気持ち、いぃぃ……っ! ぁ、ぁ、ぁ、ぁ……っ!」 「……あ」 「ふぇ、こ、今度は、なにぃ……?」 「お兄ちゃんバージョンも聞きたいな」 「はぇ…………?」 「今度はお兄ちゃんでもうワンテイク」 「へ、変態ぃ……っ」 「あぁ……傷ついた……やめようかな……」 「やだぁ、やめないでぇ……っ! 言うから、ちゃんと言うからぁ……っ!」 「お兄ちゃんの、お兄ちゃんのおちんちん……、 気持ちいいからぁ……っ、やめないでぇ……っ!」 「初めてとは思えない乱れっぷり」 「だってぇ、痛いの嫌だったし……っ! せっかく、真さんと……えっち、 してるんだからぁ……っ!」 「ふぁぁ……っ! あ、ぁ……っ! は、初めてなのに、ご、ごめん、なさい……っ! 気持ち、いいのぉ……っ!」 「なにも考えられない、くらい……っ、 気持ちいいよぉ……っ!」 「あぁぁっ、ぁ、ぁ、あんっ! あぁ、ぁっ、 〜〜〜っ、ぁ、ぁ、ぁっ!」 「……っ」 琴莉が自ら腰をくねらせ始め、快感が俺の制御を離れ始める。 膣の圧迫もますます強くなり、いよいよ限界が近くなってくる。 できればもっと長く、できれば永遠に。 相反するように、この衝動をぶちまけてしまいたいという欲求も膨れあがる。 「あ、ぁ、ぁっ、真さん……っ! 大好き、大好き、大好き……っ!!」 「あぁ、俺も、好きだ……っ!」 「私も、好きぃ……っ! あぁぁ、んぁっ、ふぁぁっ! あ、ぁ、ぁっ! あぁぁ、ぁ〜〜〜っ!」 「……っ」 「あぁぁ、びくって……真さんのが、私の中で……っ、 びくって、してるぅ……っ、ふぁぁ、ぁ、ぁっ」 「琴莉、ご、ごめん、もう……っ」 「で、出ちゃう……?」 「で、出る……、イク……っ」 「私も、イクぅ……っ、一緒に、イこ? 一緒にぃ……っ!」 「あぁ、一緒に……っ」 「ふぁぁ、あぁぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ〜〜〜っ! 〜〜〜っ、あぁぁ、ぁぁぁ〜〜っ」 「く……っ!」 「んぁっ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、すご、ぁ、ぁっ! あぁぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁ、ぁ、ぁ〜〜っ」 「ふぁぁぁぁぁっ! ぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」 「ぁ……っ、はぁ……、あぁぁ、ぁ、ぁ……っ」 「ぅ……、はぁ……っ、……っ」 互いに息を切らせ、体を震わせながら。 果てる。 膣はびくびくと痙攣しペニスをしごき、吐き出された精液で、満たされていく。 「ふぁぁ……頭がふわって、なって…… 真っ白に、なって……、 このまま、消えちゃうかと、思ったぁ……」 「そりゃ……危なかった」 「……うん、でも……気持ち、よかったぁ……」 「うん。俺も……気持ちよかった」 「えへへ……よかった……。 ちゃんと……できたね」 照れくさそうに、でも嬉しそうに、笑う。 頬を撫で、くすぐったそうに細めた瞳を見つめながら、そっと、性器を引き抜く。 「ん、ぁ…………っ、あぁ…………」 抜いた途端、精液がドロリとこぼれた。 ……たぶん、だけど。 精液を吐き出してしまったように……受け付けないんだろう、体が。 一滴残らず、俺の精液が……琴莉の体から流れ出てしまう。 「……」 「……ごめんね。真さんの子供……産めない」 「……。いいんだ。今この瞬間があるだけで」 「……ん」 唇を優しく重ねる。 舌は入れず、慈しむように……唇をはむ。 ……と、琴莉の手が俺の性器に触れる。 包むように握り、軽く上下に動かした。 「……琴莉?」 「……」 「次……ないかも、しれないから」 「もっと……したい」 「真さんと……一つに、なりたい」 「もう……無理?」 「……いいや。無理じゃない」 「ほんとに?」 「ああ、余裕」 「じゃあ……」 「……ん?」 するりと、俺の腕の中から抜け出す。 「今度は私の番ね」 「琴莉が上?」 「うん、がんばってみる」 「やったぜ。揺れる胸をたっぷり鑑賞できるっ」 「……やめようかな」 「やめないでっ、ほら、琴莉! ほらっ!」 ごろんと仰向けに寝転がり、必死にアピール。 「えっちのとき……真さん、ちょっとキャラ変わるね?」 「そっちもエロくなってるけど」 「もうっ!」 「いてっ」 ぺちんと、勃起した愚息をはたかれた。 ぶるんと揺れたそれを、そっと手の平で受け止め軽くしごき、俺の上に……琴莉が跨がる。 「じゃあ……入れちゃいます」 「うん」 「……」 腰を、浮かせて。 少しドギマギしている素振りを見せながら。 『うん』と頷いて、腰を……沈めていく。 「ぁ、……はぁ、ふぁぁ………………」 ゆっくり、ゆっくり、根元まで。 深く深く繋がり、琴莉の表情がまた蕩けていく。 「これだけで気持ちいい……。 好きな人とのえっちって……気持ちいいね」 「うん、気持ちいい」 「葵ちゃんたちよりも?」 「琴莉とするのが一番気持ちいいし、ドキドキする」 「ふふ、やった〜」 「……、動いても……いい?」 「うん。任せるよ、全部」 「意地悪なこと言わない? ……っていうか、言わせない?」 「しないしない。もうしない」 「……怪しい」 「あれ、実はして欲しい?」 「ち〜が〜い〜ま〜すっ」 「ぅ……っ」 膣がきゅっと締まり、思わず呻いた俺に、琴莉がニヤリ。 「今度は私がいじめちゃうんだから」 Sっ気を含んだ笑みを浮かべ、腰をくねらせる。 膣肉はぴったりとペニスに張り付き、どんな角度になろうとくわえ込んで離さない。 「ふふふ〜、今度は真さんが恥ずかしがる番なんだからね。 よぉし……」 「……うん」 「……」 「こ、こうかな?」 さっきの余裕はどこへやら。 俺の表情を窺いながら、腰を浮かせ、落とす。 「くふ……ふふふっ」 「な、なんで笑うのぉっ?」 「俺をいじめるんじゃなかったのかな〜って」 「い、今からっ! 今から本気出すからっ」 「ぉ……おっ」 「……ん、はぁ……っ、んん、はぁ、はぁ……っ」 腰の動きが激しくなり、パンパンと体がぶつかり合う音が響く。 ベッドも軋み、琴莉の胸が揺れ、唇からは熱を帯びた吐息がこぼれる。 いじめる……っていうよりは、ご褒美だな、こりゃ。 「ふふふ〜……ん、はぁ、もう、笑ってる余裕なんて、 ぁ……ない、でしょ〜? って、あれ〜? 笑ってる〜!」 「絶景」 「も〜! それなら、こうだ〜!」 「うぉ……っ」 膣を締め付けながら腰を上下に振り、男性器をしごく。 たまらず反応した俺に、琴莉は満足そうな笑みを向けた。 「ぁ、はぁ……んんっ、ふふ、やっと優位に立てた、 ……ぁ、感じ」 「んぁ、はぁ、はぁ……ぁ、んっ……! こういうのが、いいんでしょ〜? ぁ、ぁぁ、ん……っ」 「ぅ……っ」 「ふふ、気持ちよさそうな、顔……してる。 ぁ、はぁ……んんっ」 「どう? ふふ〜、気持ちいいでしょ? ぁ、ん…………ぁぁ、ん……っ」 見せつけるように、腰をくねらせる。 「……ん、はぁ……んん、ぁ、はぁ……っ、 あぁぁ、ぁ、ぁ……っ」 結合部がいやらしくひしゃげ、息継ぎでもするようにパクパクとひくつく。 めちゃくちゃエロい……が、それは口に出さないでおいた。 たぶん琴莉の顔が真っ赤になって、動きが鈍くなってしまうだろうから。 「もう、ふふ、なにか話してよ。 気持ちよすぎて声でない?」 「そんな感じそんな感じ」 「絶対嘘。まだ余裕ありそう。 ヒーヒー言わせてやるぅ〜」 「……そんな台詞どこで覚えたの」 「いっぱんきょ〜よ〜」 「琴莉って意外と性知識に貪欲――」 「ち〜が〜うの! 漫画とか読んで覚えただけだもんっ」 「エロ?」 「普通のっ。もう真さん話しちゃ駄目っ! ん、ぁ、はぁ……っ、んん、んっ」 俺の口を閉じるために、腰の動きを加速させる。 「……っ、はぁ、ぁぁ、はぁ、はっ、あ、ぁっ」 息が弾み、熱を帯びていく中、『あ』と琴莉がなにか思いついたような顔をする。 「なに?」 「こういうのは? えいっ」 「ぉぅっ」 両の乳首を指で押され、変な声が出た。 「あははっ、びくってなった」 「な、なにをするぅ、やめろ〜」 「え〜、真さんだって私にしてるのに〜。 うりうり」 「ぅぐっ」 「あははっ、おもしろい。気持ちいい?」 「く、くすぐったい、なしなし、これなし」 「駄目で〜す、続けま〜す」 「おふっ、いかんいかん、いかんよ琴莉くんっ」 「任せるって言ったでしょ〜? いいんか? ここがいいんか〜?」 「こ、琴莉がおっさんに……。 こ、このままではいか〜んっ」 「ひゃんっ」 思い切り腰を突き上げ、琴莉が悲鳴を上げながら軽く宙に浮き、落ちる。 「び、びっくりしたぁ……駄目でしょ〜、 動いたら〜……」 「任せるって言ったのもなしで」 「え、ずるい、そんなの……あ、ぁ、ぁ、ぁっ、あんっ!」 リズミカルに突き続ける。 振動で琴莉の胸が揺れ、髪がふわりと広がって。 なかなかそそる光景。 けど琴莉の表情は、不満げ。 「もぅ、私の、番なんだからぁ……っ。 ん、はぁ、んんっ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ、 ふぁ、はぁ、んんっ、んっ」 負けじと腰をくねらせる。 「そんな風に動いたら抜けちゃうよ」 「じゃあ……んっ、こうすれば、いい、でしょ〜? はぁ、ぁ……っ」 きゅぅっと、今日一番の強さで膣が竿全体に吸い付いてくる。 まるで吸盤みたいに。確かにこれなら、簡単には抜けないのかも。 「じゃあ、もっと動いてもいいよな」 「え、駄目駄目、動くのは私が……ぁぁっ、あ、あぁっ、 あぁんっ!!」 言葉は嬌声にかき消される。 不満げながらも、目尻はとろんと落ちている。 「あ、んんっ、あぁ、もう……んぁ、ぁっ! 気持ちよくて、ふぁぁっ、どうでも、いいかもぉ……っ!」 「早いな、諦めるの」 「だってぇ……っ、あ、ぁ、ぁっ、あんっ!」 「ほら、琴莉も動いて」 「う、うんっ、……ふぁっ! あぁ、ぁっ! っ、っ! はぁ、ぁぁ、ぁ、ぁ、ぁっ!」 「はぁ、ぁぁ……っ、イッちゃうぅ……っ! またイッちゃうよぉ……っ、あぁ、はぁ……っ!」 「そんなに、気持ちいい?」 「うん、気持ちいぃ……っ! 真さんとぉ……っ! えっちするの……ぁ、ぁ……っ、気持ちいぃ……っ!」 「おちんちん、気持ち、いいのぉ……っ!」 快感で理性がゆるくなっているのか、恥ずかしがっていた言葉を自分から口にした。 おかげで俺も、タガが外れる。 余力なんて考えずに、力の限り琴莉を貫いた。 「ひゃんっ! あ、あ〜〜っ、ズンって、くるぅ……っ! ふぁぁ、駄目、だめぇ……っ、イッちゃぅ、からぁ……っ」 「いいよ、……っ、イッても」 「やだぁ……っ、一緒に、ぁ、ぁっ、一緒が、 いい、からぁ……っ、んぁぁ、っ、ぁっ、はぁっ、 ぁ、ぁっ、ぁっ、ぁぁ、〜〜〜っ!」 「我慢、できる?」 「で、できない、かもぉ……っ! あぁ、ぁ……っ! 真さんは、まだ、でないぃ……っ?」 「……、う〜ん、まだ……かも」 「う、嘘ついてるぅ……っ! 真さんも我慢してるぅ……っ! 意地悪ぅ……っ!」 「してない、してない、って……、っ」 「だって、我慢してる、っ、顔してるぅ……っ! 出して、出してよぉ……っ! 一緒が、いい、からぁ……っ」 「真さん……っ、出して、出して……っ! これ、気持ちいい、でしょぉ……っ? ふぁ、ぁ……っ、ぁぁぁっ」 「……っ、こ、琴莉、で、出ちゃう……って」 「出て、いいのぉ……っ! いいから、出しても、 いいからぁ……っ」 「中に……、っ、出していいかっ……?」 「いいよ、出して、出して、いいよぉ……っ、 私も……ぁ、イク……イッちゃう、から……っ! あ、ぁ、ぁっ、〜〜っ、ぁぁ、ぁ〜〜〜っ!」 「〜〜っ、ぁ、イク……ぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁっ!」 「ふぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」 「あぁ、ふぁぁ……はぁ、はぁ……っ、あぁ、ぁ……っ!」 また同時に、絶頂に達する。 そして再び、琴莉の中を精液で満たしていく。 硬直した体が弛緩していくと共に、心地よい疲労感に包まれていく。 「はぁ……、ふぅ……、いっぱい出てるぅ……。 一緒に、イけたぁ……」 「くそぅ……我慢できなかった……」 「ふふふ〜、琴莉ちゃんのテクニックに、 真さんもタジタジ〜?」 「参りました……」 「ふふ、よかった……。 ちゃんと……気持ちよくなってもらえて」 微笑み、またきゅぅっと、琴莉の膣が締まる。 「もう一回?」 「ううん、疲れちゃった。 でも……抜いちゃうと、出ちゃうから」 「もうちょっと……真さんと、繋がっていたいな……」 「じゃあ……このままで」 「うん」 琴莉がゆっくりと体を倒し、俺に抱きつく。 腕を回して、長い髪を指でときながら……俺もぎゅっと、柔らかく……体温の低い体を、抱きしめた。 そのまましばらく……そうしていた。 「……ん」 琴莉が身じろぎし、ウトウトとまどろんでいたことに気がつく。 時計を見る。 もう0時を回っていた。 「……そろそろ、寝ないとだね」 「……明かり、消そうか」 「うん」 琴莉が体を起こし俺から離れ、パジャマに着替える。 俺もシャツに袖を通しパンツを履きながらベッドを下りて、明かりを消しにいく。 「消すよ」 「は〜い」 照明が落ちる。 真っ暗闇。目が慣れず、なにも見えない。 記憶を頼りにベッドまで進もうとしたけれど。 「……?」 途中で、身動きが取れなくなった。 「……」 琴莉が俺に、抱きついていた。 「どうした?」 「……真さんに会って、まだ一ヶ月なんだよね」 「ああ……そうだな」 「たった一ヶ月かぁ……」 「あっという間だったな」 「うん。でも私の人生で……一番楽しい一ヶ月だった……」 「あ〜……そういえば一週間記憶飛んでるな〜……。 もったいないことした」 「それに、もう死んじゃってるから……。 人生っていうのは、おかしいのかな」 「……」 「……ごめん。反応しづらいね」 「いや……うまく返せなくて、ごめん」 「ううん」 胸に顔を埋め、首を振る。 俺の背中に回した腕に、力がこもる。 「……」 「色々ね……考えてたんだ。これから先のこと」 「大学進学とか、就職とか、色々あるけど…… 真さんの助手は、ずっと続けていけたらいいなって」 「今の学校卒業したら、この家に住まわせて もらえないかな〜とかも考えてて」 「えへへ……図々しいかな。 でも……葵ちゃんと芙蓉ちゃん、 アイリスちゃんと伊予ちゃんと」 「ここで……この家で、ずっとずっと、 一緒に……みんなで一緒に、過ごせたらいいなって」 「みんなで力をあわせて、これからた〜〜っくさんの 人たちを、救っていけたらいいなって」 「でも……私が救われる側だったんだね」 「……」 「なんで私なんだ」 無感情に、ぽつりと呟いた言葉が。 俺の心を、えぐる。 「今まで全然いいことなくて、これからだって、 やっと、これからなんだって、思ってたのに」 「せっかく、みんなと会えたのに…… 家族っていいなって、思えたのに…… 真さんの彼女になれたのに……っ」 「これから……楽しいことばっかりだって! 楽しいことしかないんだって、そう思ってたのに……!」 「もっと、真さんとしたいことあるのに……! もっともっとたくさん、一緒にいたいのに……っ!」 「幸せだった……っ、幸せ、だった……っ! この一ヶ月、すっごく幸せだったのに……っ、 なんで、なんで……っ!」 「なんで私なんだ……っ! なんで私、死んじゃってるんだ……! なんで、なんで、なんで……っ!」 「う、ぁ……っ、ぁぁぁ、ぁぁぁっ!」 「ぁぁああああっ、うぁぁあああああっ! あああぁぁぁあああああっ!」 「うわぁぁぁぁぁああああああんっ、 ぁぁああああああ、〜〜〜っ。 あぁぁああああ〜〜〜〜っ!!」 「……」 「うぁぁああああああっ! ああああああああああっ!!! ああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 ただ黙って……琴莉を抱きしめた。 ……それしか、できなかった。 なにを言える。 生きている俺が。これからも生きていく俺が。 未来を閉ざされてしまった琴莉に……なにを言えるっていうんだ。 情けないけど、ふがいないけど。 なにも、なにも、なにもっ、言えなくて……! 「うぁぁぁ……っ、あぁぁっ! あぁぁぁぁっ!!」 「……」 ただただ、黙って、抱きしめた。 強く、強く、強く。 抱きしめた。 「……」 「ん…………」 「…………」 「……琴莉?」 目が覚める。 隣に誰もいなくて、跳ね起きた。 「琴莉……っ」 部屋を飛び出し階段を駆け下りる。 居間に入る。 伊予がお茶を飲んでいた、葵とアイリスはテレビを見ている。芙蓉はその隣で、アイロンがけを。 みんないる、けれど……一人、足りない。 「なんじゃ……。朝っぱらからドスドスと騒々しい」 「こ、琴莉は……っ!」 「うろたえるな。両親の様子が気がかりだったらしい。 一旦自宅に戻っただけじゃ。すぐに帰ってくる」 「な、なんだ、そか…………」 気が抜けて、その場にへたりこんだ。 そうか……家に……。 そう、だよな。気になるよな……。あぁ、くそ……っ。 「焦ったぁ……」 「なにを焦る」 「え?」 「琴莉が成仏できたのであれば、 それは喜ばしいことであろう。 真、おぬし……本分を忘れてはおるまいな」 「……」 「忘れちゃいないさ……忘れちゃ…………」 くしゃりと、寝癖だらけの髪の毛をかきあげる。 ……忘れちゃいない。 急な別れが……受け入れがたいだけだ。 「……ご主人」 「あ……あぁ、なに?」 「コトリン……昨日、たくさん遊んでくれた」 (琴莉お姉様は……覚悟しているように見えました。 おそらくは……もうそろそろ) 「最後のそのときまで、どうかおそばにいてあげて くださいましね」 「……」 「……ああ、わかってる」 「……」 「とりあえずじゃ、真よ」 「……あぁ」 「おぬしに言わなくてはならぬことがある」 「な、なに?」 「ズボンを履いてくれない? 隙間から見えちゃいそうなんだけど」 「……あ」 ……そうだった、トランクスのままだった。 「ご主人セクシィー! フゥーッ!」 「……部屋に戻るよ」 妙な脱力感を覚えながら、居間をあとにした。 それから数時間後。 芙蓉が昼食の仕度を始めた頃、琴莉は戻ってきた。 歓談の輪には加わらず、台所に入り芙蓉を手伝う。 俺たちは、努めていつも通りに振る舞って、料理が出来上がるのを待った。 「お待たせいたしました。今日のお昼はおそうめんですよ」 「うわぁ……またかぁ……。 夏ももう終わりだというのにお昼のおそうめん比率 高くないですかねぇ、芙蓉殿」 「ご、ごめんなさい。 ご近所さんからたくさんいただいてしまって……」 「そのご近所さんとやらも、お中元で大量に貰って 持てあましておったのじゃろうな。 よくある話じゃ」 (アイリスはおそうめん好きなので、平気です) 「まだまだ暑いし、さっぱりしたのは助かるよ。 食べようか」 「待って待って〜、おそうめんだけじゃないよ〜」 どんぶりをちゃぶ台の上に置く。 おぉ、すげぇいい匂いする。 「特製キーマカレーで〜す! ご飯にのせて召し上がれ!」 「やったぁ! カレーだ!! さっきからカレーの匂いしてたもんね! あると思ってたもんね! やった〜!」 (琴莉お姉様が?) 「うんっ。これね、たまに作ってたの。 挽肉ばーって炒めて、カレー粉がーって! あとソースとか、なんか、適当に!」 「……随分大ざっぱじゃのぅ」 「大丈夫! 味は保証するから! 私の唯一の得意料理ですから! 味見もしてもらったし! ねっ?」 「ええ。とてもおいしかったですよ」 「食べよっ! はやく食べよっ!」 「いただこうか。 お、コロッケもあるじゃん。うまそう。 うっし、みんな手を合わせて――」 「ふむ、ふむっ、確かにうまいの」 「だから早いんだよお前はさぁっ!」 「あは、ふふふっ、さ、どうぞ。召し上がれ〜」 「いただきま〜す!」 俺も『いただきます』と呟き、箸をとる。 早速、琴莉特製のキーマカレーからいただこうか。 「たくさん乗せよ〜」 「葵、次俺」 「待って待って、はい、ご主人」 「お、ありがと」 茶碗を差し出し、葵に挽肉を乗せてもらう。 箸で軽くほぐして、一気にかきこんだ。 「……むっ」 「ど、どう?」 「うまいっ!」 「うましっ!」 「よかった〜。アイリスちゃんも食べてね」 (いただきます) 「そうだっ、卵の黄身のせてもおいしいよ」 「それ採用。二杯目それで食べる」 「ふふ、用意しておきます」 (おいしいです。とっても) 「ほんと? よかったよかった〜! まずいって言われたらどうしようかと思った」 「そうめんと一緒に食べてもいけるんじゃないのこれ」 「天才かおぬし。それ採用」 「新しい器持ってきましょうか」 「いい。お茶碗空にして使う」 「いいねこれ、ご飯が進む」 「これだったら毎日でもいい! おいしい!」 「あはは、ありがと。でも、また作ってあげられるか わからないから、芙蓉ちゃんにレシピを託したので!」 「はい。いつでも作れます。 味は及ばないかもしれませんが」 「あははっ、芙蓉ちゃんの方が料理上手だから、 もっとおいしくなると思うよ。 ほら、私、感覚で作っちゃうから」 「でも、これが私の味。色々考えたんだけど…… なにも思いつかなくて」 「覚えておいてくれると、うれしいな」 目を細め、はにかむ。 琴莉が手料理をふるまったその意図に、やっと気づいて。 胸がいっぱいになり、うまく返事をすることができなくて。 胃袋に料理を収めることで、その気持ちに応えた。 「芙蓉、おかわり」 「はい、ただいま。みんなは?」 「そうめんにいくからまだいい」 「あたしも〜」 「むぐ、むっ、……むむっ」 「あはは、アイリスちゃん、ゆっくりでいいよ。 慌てない慌てない」 「そうじゃ、琴莉」 「なぁに?」 「聞くか迷ったんじゃがの、 やはりみなの前で聞くべきじゃろう。 両親の様子はどうじゃった」 「あ〜…………うん。二人とも……元気はなかったかな。 お父さんは普通に仕事に行ったけど…… お母さんは、ずっと休んでるみたい」 「私のね? えぇと、遺影って言うの? 写真? の前に座ってね、ぼ〜っとしてるの」 「もっと一緒にいてあげられれば……って、 泣いちゃったりして。も〜、今さら遅いよ〜って 思ったんだけど……うん。うれし……かったかな」 「ああ、なんだ。私……ちゃんと愛されてたんだなって。 ……うれしかった」 「本当に今さらだけど……それがわかっただけでもよかった。 私の人生、寂しいことばっかりじゃなかったんだなって 思えた」 「だから……笑って、コタロウに会いに行けると思う」 「そうか……」 「……」 「あ、真さん」 「うん? な、なに?」 「今日って、これから暇?」 「ああ、予定はなにもないよ」 「よかった。じゃあ、私と出かけない?」 「いいよ。どこ行く?」 「えっとね、ずっと行きたいところがあって」 「私の、最後のお願い。 ……聞いてくれるとうれしいな」 「……」 「わかった、琴莉の好きなところに行こう」 「うんっ」 嬉しそうに、本当に嬉しそうに、琴莉が笑う。 ……最後の。 ああ、そうか。琴莉はもう、決めているんだな。 そんなことにも、やっと気づいて。 「ほんとうまいな、これ」 「ふふ、たくさん食べてねっ」 感情が、溢れてしまわないように。 琴莉が作ってくれた料理を、口の中に詰め込んだ。 食事後、身支度を調えて。 琴莉と二人で、家を出る。 駅に向かい、電車に乗って。 目的地は、八駅ほど先。 四十分ほど、景色を眺めながらガタゴト揺られて。 やっと、到着。 チケットを買って、遊園地の中へと入った。 「チケット、二人分買わなくてもよかったのに」 「琴莉、そういうの気にするだろ」 「まぁ……タダで入っちゃったら罪悪感あるけど……。 でも怪訝な顔されてたよ?」 「別に気にしないよ」 笑って肩をすくめ、チケットの半券を財布にしまう。 琴莉の願い。それは、俺とのデートだった。 そうだった。まだ、ちゃんとしたデートをしていなかったんだ。 野崎さんも、嶋さんも、送り出すことができた。 もう、気兼ねする必要は全くない。 「見て見て、ほとんど貸し切り。全然人いない」 「所詮地方の遊園地だからなぁ。 平日なんてこんなもんでしょ〜」 「ふふ〜、これで真さん、独り言ばっかり言ってる 変人さんって思われなくて済むね」 「電車の中で全然喋らなかったの、それを気にしてたのか。 今日はそういうこと考えないことにしたんだ。 だからそばに誰がいようが、普通に話す」 「ふふ、うん。よっし! 最初になに乗ろっかな! 遊園地なんて久しぶり! 五、六年ぶりくらいかもっ」 「俺もそうだなぁ……。いや、五、六年じゃ済まないか。 ここには爺ちゃんと来た記憶があるけど……。 遊園地自体、かなり久しぶりかも」 「土方さんとは?」 「うわぁ、ここで元カノの話しますか〜」 「だって気になる! 今カノとしましてはっ!」 「付き合ってたの、ちょうど受験の時期だったから。 デートっていっても、図書館とかそういうの。 遊園地には来たことないよ」 「そっかぁ、じゃあ真さんもデートで遊園地に来るのは 初めて?」 「そうだね、初めて」 「ふふふ〜、じゃあ今日は思いっきりたのしも〜!」 「お〜ぅ!」 「わ、ふふ、本当に周りの目気にしてないね」 「よっし! じゃ〜あ、決めたっ! まずは遊園地の花形でございます、 ジェットコースターからいってみましょう!」 「おぉ、いきなりか。いきなり乗っちゃうか」 「はい! いきなりです!」 「そうかぁ……いきなりかぁ」 「あれっ?」 「な、なに?」 「もしかして真さん……。 ジェットコースター怖がっちゃうタイプですか?」 「な、なにを言いますかキミ。 怖くないよ。怖かぁないよ」 「あ〜、怖いんだ?」 「ちが、違うって! このあたりがヒュンッてなる 感覚が苦手なだけだって!」 「あとなんか、危ないじゃん! 脱線とかしたら危ないじゃん!」 「ちょ〜怖がってるじゃ〜ん! ビビッてるじゃ〜ん!」 「ビビッてません〜!」 「じゃあ乗ろうよ〜。 ビビってないなら乗ろうよ〜」 「お、おぅ……余裕だよ余裕」 「……」 「最初はあっちのコーヒーカップとか……」 「ほ〜ら! は〜や〜く!」 「……はい」 腕を引かれ、ジェットコースター乗り場へと向かう。 長蛇の列でもあればよかったんだけど……あいにくガラガラ。誰もいやしない。 「待ち時間ゼロだって。すぐ乗れるよっ!」 「乗ってるところ写真撮ってあげるよ」 「一緒に乗るの! てか私写真に写らないし! ほ〜ら! 男らしくないよっ!」 「男らしくないという言葉はある意味で男女差別であり 現代の格差社会の――」 「も〜、なにめんどくさいこと言ってるのっ? ほ〜ら! 乗るの乗るの!」 「あ〜……あ〜…………」 低く唸りながら、フリーパスを提示して乗り場への階段を上る。 なんでそんな嫌そうに乗るの? ……と、さぞ不可解な絵面に見えただろう。係員さんが苦笑いを浮かべていた。 いいさ、笑うがいい。誰にどんな目で見られようと、今日は琴莉と思いっきり楽しむって決めてるんだ。 だからジェットコースターも必要なら……の、乗るんだ! うんっ! 「よ、よし、覚悟を決めたぞ」 「えらい! ふふ、人多かったらどうしようかと思ったけど、 誰もいないから隣に座れるね。先頭でいいよね」 「え、後ろの方が……」 「先頭!」 「はい」 怪訝そうな顔をしている係員さんの案内に従い、ジェットコースターに乗り込む。 そのまま、しばらく待機。 ジェットコースターって電車みたいに、発車の時間決まってるの? よくわかんないけど、さっと出てさっと帰ってきたい……! ああ、畜生、緊張してきた。 「おっ」 アナウンスが鳴り響き、安全バーが降りてくる。 係員さんが問題ないかチェックして、いよいよ……発車、っていうか発射? の準備が整う。 準備っていうか……あ、動いた。動いちゃった……! 「わ〜、ふふ、少しずつ登っていく このドキドキがいいよね〜」 「いやわかんない。その心境ぜんぜんわかんない」 「怖いの〜? 真さんもしかして怖いの〜?」 「怖いよっ!」 「認めたっ!? ついに認めちゃった!?」 「だって落ちたらっ、落ちたらどうするのっ!」 「大丈夫、飛べるから。私は」 「ずるいぞぉ! 琴莉だけずるいぞぉ!!」 「あははっ、おっ、結構登るね〜、高いね〜」 「あ〜、高いね〜、高い、高いわ〜」 「真さん、声、声が……ふ、震えてる……っ!」 「震えてないよ! 震えてたとしても武者震いだよ!」 「あ、そろそろかなっ。 真さんっ、来る、来るよ〜っ!」 「あ、あ、あ〜……あ〜〜〜〜」 「うぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 「ひゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 「うぉっ、うぉぉっ! Gが……っ! Gが……っ! 落ちる! 落ちる落ちる!」 「落ちないってば〜! ひゃ〜〜っ、わ〜〜〜! きゃ〜〜〜〜〜っ!」 「うぁ〜〜〜〜! 振り落とされる振り落とされる!」 「あはっ、あははははっ、あははははははっ!」 「な、なんで笑ってんだ〜〜!!」 「そ、そんな必死な真さん、は、はじめ、初めて……っ、 あははははははっ!」 「こ、この状況でよく……っ、うわ、うわぁぁっ! ぬわぁ〜〜〜っ!」 「あははははっ! いつも落ち着いてるのに……っ! あはっ、あははははっ! 子供みたいっ!」 「苦手なものは仕方ぁぁああああああっ!」 「きゃ〜〜〜〜!! あははははははっ!!」 「うああああああっ!」 「あははははははっ!」 「は〜!」 「あ〜……」 ようやく解放され……ジェットコースター乗り場から離れる。 ……ひどい目にあった。それはもうひどい目にあった。 「楽しかった〜! スリル満点だったね!」 「……」 「おぇ……っ」 「おぇって、真さんおぇって。 消耗しすぎっ、あははっ」 「き、気持ち悪い……」 「あははははっ、ダサいっ、真さんダサいっ!」 「う、うるさいなぁ……っ」 「ちょっと休む?」 「た、助かる」 「来たばっかりなのに」 「無理矢理乗せるからだ。そこで待ってて。 飲み物とかなんか適当に買ってくる」 「うん」 財布を取り出しながら、近くにあった売店に向かう。 えぇと、そうだな、飲み物と……あと、たいして腹は減ってないけど……。 と、悩みつつ買い物を済ませ、ベンチに座って待っている琴莉のところへと戻る。 「ほい」 「え?」 「琴莉の分のソフトクリーム」 「食べられないからよかったのに」 「こういうのは雰囲気が大事だろ?」 「ぁ…………ふふ、うん、そうだねっ、ありがとう!」 琴莉にソフトクリームを手渡して、隣に座る。 「これ、私が持ってるソフトクリームはどうなるの?」 「どうって?」 「宙に浮いてる?」 「あぁ。葵が言ってたよ。触れた瞬間に他人の認識から 外れるから、見えないんじゃないか、って。 あ〜……でもそれは鬼の場合か、どうなんだろ」 「近くを通りがかった人にきゃー! って 悲鳴あげられたらどうしよう」 「それはそれで面白いけどね」 「ふふっ、だね」 ソフトクリームを、ぺろりと舐める。 琴莉はじぃっとソフトクリームを見つめ、ちょっと口を開けてみて、すぐに閉じた。 「……なんでだろう。食べたいなって気持ちは あるんだけど……食べようって気になれない。 食欲が完全に消えちゃってるのかなぁ……」 「やっぱり私……死んでるんだなぁ……」 「……」 「おいしかったよ、挽肉のカレー」 「あ、うんっ、ふふっ。大成功だね。 みんな喜んでくれてよかった〜」 「なにか残したい……っていうのもあったんだけど、 お礼がしたくて。ありがとうって気持ち、 伝えたかった」 「私、友達少ないから。 みんなと大騒ぎできて、楽しかったなぁ……。 毎日、楽しかった」 「お葬式……友達、たくさん来てたよ」 「ほんと?」 「うん。外から見てたんだ。たくさん来てた」 「そっかぁ……クラスの人たちかなぁ……。 なんだろ。先生に言われて来たのかな」 「それだけじゃないだろ、来た理由は」 「うぅん……どうだろ。 あのね、嘘つけって言われそうだけど、 私、学校ではクールで通ってるの」 「嘘つけ」 「ほんとなのっ! 私……ちょっと壁作っちゃうところあるから、 ほら、私のこと真さんも冷めてるな〜って」 「あ〜……言った気がする」 「うん、それでね。スタートダッシュに失敗しちゃって、 どのグループにも入れなくて、いっつもだいたい一人」 「別に嫌われてたわけじゃないし、たまに話す人もいたけど、 あんまり自分からは話さないから、滝川さんって クールだね〜って」 「想像つかないなぁ……」 「ふふ、人見知りこじらせちゃってるのかもね。 信頼してる人のそばじゃないと、素が出せなくて」 「そのおかげで、友達があんまりできなくて。 実はね、おうちに帰ったあと、学校にも行ってみたの」 「どうだった?」 「すごいの、私の机にお花供えてあった。 綺麗なお花」 「その隣で、みんながわはは〜って笑ってた。 あ、私のこと笑ってたわけじゃなくて、 普通に話してたってことね?」 「一週間……もたったんだよね。 その間に、私が死んだこと…… みんな、もう慣れちゃったみたい」 「そう、か……」 「あはは、別にショックでもないんだけどね。 そうだよね〜って、妙に納得しちゃって。 すぐ帰っちゃった」 「振り返ってみると……たった一ヶ月だったけど、 私にとって一番大事な場所は…… 自分のおうちでも、学校でもなくて……」 「真さんとみんながいる……あのおうちだなぁ……」 「楽しかった……。うん、楽しかった」 「……そうだな。楽しかった」 「……うん」 「あ〜……ごめんね、どんよりしちゃった」 「そうするなっていう方が、無理だろ」 「あはは……そうかもね。 でも、今日は楽しくいきたいから」 「はいっ、真さん」 「うん?」 「あ〜んして」 「またそれか〜」 「恥ずかしがらないの〜」 「いやぁ……まだ自分のアイス残ってるし……」 「どうせ二つとも真さんは食べないといけないんだから〜。 捨てるわけにもいかないでしょ〜?」 「そうだけどさぁ、端から見たらエアあ〜んだよ? なにもない場所にあ〜んって。恥ずかしいって」 「今日はそういうの気にしないって言ったのに〜。 ほ〜ら、今なら人もいないから」 「あぁ、わかった、わかったよ」 「あ〜ん」 「あ〜ん。んっ」 「おいしい?」 「うん。琴莉にあ〜んしてもらうと三割増しになる」 「ほんと?」 「ごめん、適当に言った」 「も〜! ふふっ」 笑いあい、じゃれあって。 何度もあ〜んを強要されながら、アイスを少しずつ、食べ進めていく。 大事に、大事に。 「はい、最後の一口」 「あぐ」 「わっ、びっくりした! 指ごといこうとした〜!」 「あははっ、……んっ、うん、ごちそうさま」 「はい、ごちそうさまでした。 気分は良くなった?」 「うん。持ち直した」 「よっし! じゃあ次行こっか!」 琴莉がすっくと立ち上がり、どうしようかなとあたりを見渡す。 「ん〜〜〜……よし、き〜めた! 次はあれ!」 「え?」 「あ、わかんない? あれだよ、あれ」 「……いや、琴莉くん?」 「なに?」 「ジェットコースターを指さしてるのは気のせいかな」 「気のせいじゃないです」 「……んっ?」 「もう一回乗ろう!」 「……なに言っちゃってんの?」 「ほら立って立って! もう一回!」 「やだ! やぁだよ! なんでもう一回!?」 「好きなの! あと一回でいいからっ! ほらほら!」 「せめてなにか挟んでくれよ! 頼むって! 琴莉! 琴――」 「うわあああああああああっ!」 「きゃ〜〜〜〜〜!」 結局一回では済まず……。 その後、五連続でジェットコースターに乗った。 「ぬわあああああああっ!」 「わ〜〜〜! あははははははっ!」 ……死ぬかと思った。 「あぁ…………」 ベンチに座り、ぐったりとうなだれる。 ジェットコースターを堪能しつくしたあと、バイキングだったり、コーヒーカップだったり、遊園地の定番を楽しんだ。 ただね、ジェットコースター一種類じゃないんすわ。他にも二つあったんすわ。それを各三回ですよ。死にますよ。 あとね、琴莉さん、コーヒーカップをグルングルン回すの。ケタケタ笑いながらどんどん速度上げていくの。 ハードっすわ。琴莉さんの遊園地の楽しみ方、ハードっすわ。 「あははっ、だらしないな〜。もうヘトヘト?」 「……いやいや、まだまだ。まだいける……っ!」 「やせ我慢〜」 「ほんとだって。まだいけるっ!」 「ふふ、でも……もうそろそろいい時間だよね。 あっちの方、暗くなってきた」 空を見上げる。 ああ……もうそんな時間なのか。 そうか、もう……。 楽しい時間に限って、あっという間に過ぎてしまう。もっと長く、ゆっくりと過ぎてくれればよかったのに。 「真さん、そろそろ帰らないとね」 「……」 私たちではなく……真さん。琴莉はそう言った。 ああ、そうか……。本当に、もう……。 「……閉園までいよう」 「……うん。でも、あんまり連れ回しちゃうと…… 真さん本当にヘロヘロになっちゃうし」 「そうなる前に……話したいこと、全部話しておきたいな」 「聞くよ、なんでも」 「じゃあ、もう一つだけ乗り物乗っていい?」 「いいよ、なに乗る?」 「ある意味ジェットコースターより難易度高いけど、いい?」 「あぁ……え〜、まぁ、うん。が、がんばるよ。 悲鳴上げないように」 「ふふっ、絶叫系じゃないから大丈夫。 私が乗りたいのは、これで〜っす!」 近くにあった案内図を、指さす。 あぁ……なるほど。これは確かに難易度高い。 「大丈夫?」 「問題なし」 「やった、ありがとっ。行こう!」 「ああ」 「えぇと……どっちかな、あっちかな」 「いや、あっち」 「え、ほんと?」 琴莉の手を引き、歩く。 ……実は、逆方向だ。 なんとなく、予感があって。 だから少しでも、先延ばしにしたかったんだ。 琴莉も気づいていただろうけど。 ただ微笑んで、手をぎゅっと握りながら、俺の隣を歩く。 そうやって、ぐるっと遠回りをして。 目的の場所についたころには、あたりが暗くなり始めていた。 「……、乗ろっか」 「……ああ」 手を繋いだまま、乗り場へと向かい。 馬を模した遊具に、二人で跨がった。 それほど待たず床が回転し、動き始める。 俺たちを、乗せて。 「お〜……すごい、感動。 大人になると乗りにくいよね〜、これ」 「十年ぶりどころじゃないよ。 他に客がいないから余計に恥ずかしいな……」 「あははっ、ね〜。 観覧車と迷ったんだけど、やっぱりこっちかなって」 「今真さん、白馬の王子様だよ。 私はお姫様」 「王子様か。もうちょっといい服着てくればよかったかな」 「私なんて制服だよ〜? 私服で死んでたら、ずっと私服のままだったのかな。 その方がよかったな〜」 「制服、似合ってるよ」 「ほんと? ふふ、ありがとっ」 笑って、ぎゅっと俺にしがみつく。 「これって……何分くらい乗っていられるのかな」 「どうだろ……よくわかんないな」 「話の途中で終わっちゃったら嫌だし、 話したいこと、話しちゃおっかな」 「あとでもいいよ」 「だ〜め、今するの」 腰に回した腕に、少しだけ力を込めて。 俺に寄りかかりながら、琴莉は続けた。 「あのね、真さん」 「うん」 「デートが終わったら、メリーゴーランドが止まったら…… コタロウのところに、逝こうと思うんだ」 「……うん」 「今まで、本当にありがとう。 すごくすごく、楽しかった。ありがとう、本当に」 「…………うん」 もっとなにかあるだろ。心の中で、自分に悪態をついたけど。 他に言葉が出てこなくて……ただ、うなずくことしかできなかった。 「でもね、その前に……聞きたいことがあるんだ」 「なに?」 「正直に答えてね?」 「ああ」 「絶対だよ?」 「うん」 「約束する?」 「ああ、約束する」 「うん。……あのね」 「真さんが私と付き合ってくれたのって…… 私が、幽霊だったから?」 「……」 それだけじゃない。そうかもしれない。 「そういう気持ちがあったことは……否定できない。 否定したら、嘘になる。けど……」 「それだけじゃない」 「決して、それだけじゃないよ。琴莉」 「……うん」 額を、俺の背中に押しつける。 こんな答えで、よかったんだろうか。 もっと伝えたいことはあるんだ。 逝って欲しくない。引き留めたい。 それほどに……俺は、琴莉を……と。 その言葉は、喉元まで出かかっていて。 今にも、吐き出してしまいそうだった。 爺ちゃんの忠告。救う側が、霊の未練となってはならない。 それがなければ……それさえなければ、伝えていた。今すぐにでも。 ぐるぐると回る景色なんて、少しも目に入らず。 ただ必死に、堪えていた。 それしか、できなかった。 「……」 「…………」 「そうかも、しれない」 「少なくとも、あのときは」 「……うん」 琴莉はただ、うなずいた。 もっと言い方があったはずだ。 事実、俺の言葉は……本心から、ズレていた。 琴莉を、死んでしまった琴莉の心を、満たしてあげたい。その気持ちは、確かにあった。 けれど、それが全てでもなかった。 でも、言えなかったんだ。 言ってしまえば……歯止めがきかなくなる。 爺ちゃんのノートにあった、忠告。霊の未練となってはならない。 本当は引き留めたいんだ。逝って欲しくないんだ。 本心を少しでも漏らせば、全て吐き出してしまう気がした。 だから、言えなかった。今旅立とうとしている……琴莉には、言えなかった。 あんな中途半端な言葉しか、言えなかった……! 「……ごめん、うまく……言えないんだ」 「……うん。大丈夫……わかってる」 「真さんが……ちゃんと私を、一番に思ってくれてたって」 額を、俺の背中に押しつける。 ぐるぐると回る景色は、まるで目に入らず。 ただ琴莉の感触だけが、俺の全てだった。 「ほんと言うとね、もうちょっといいんじゃないかな〜って 思ってたんだ」 「ほら、幽霊なんだって自覚したのつい最近だから、 あんまり実感もなかったし……」 「でもね、お父さんとお母さんに会いに行って、 学校にも行って、わかったんだ」 「ああ、もう私……ここにいていい 存在じゃないんだな、って」 「これ以上ここにいたら……みんなに迷惑かけちゃう、 そんな存在なんだな、って」 「……迷惑なんかじゃ、ないよ」 「あはは、駄目だよ。真さんがそんなこと言ったら。 霊を見送るのがお役目なんだから」 本音を漏らしてしまい、琴莉に諫められる。 もう俺は……それしかできないんだろう。琴莉を、見送ることしか。 「一緒にいたいんだけどね〜……。 まだまだ、したいこともあるし」 「昨日もそれで泣いちゃったし。 でもね、全部吐き出して、スッキリした」 「私……一緒に行けない。 私は、真さんと同じ時間を過ごせない。 同じ時間を……共有できない」 「それって、とってもとっても、悲しい。 真さんと一緒でも、悲しくなっちゃうと思うんだ」 「それに、もう少しもう少しって思ってると…… たぶん逝けなくなっちゃうと思うから」 「だから、ここまでって決めました」 「私の人生は……ここまでです」 ふっと……沈黙がおり。 琴莉の腕の力が、緩む。 「そろそろ……終わりかな」 なにげなく呟かれた言葉が、俺の心を押しつぶす。 ああ、待ってくれ。待ってくれよ。 まだ動いてくれよ、止まらないでくれよ。 最後なんだ。この時間が、最後なんだ。 だからもう少しだけ、動いていてくれよ。 届かぬ願いを、反芻し続ける。 「じゃあね、真さん」 「私の人生は、寂しい思い出ばかりだったけど」 「最後の最後で、とってもとっても、楽しくて、 眩しい思い出ができました」 「ありがとう。真さん。 真さんの恋人になれて、嬉しかった。 私の人生の中で、いっちばん素敵な時間だった」 「真さんのおかげで、私は笑って旅立てます」 「もっともっと一緒にいたいけど、 私は……ここまでです」 「真さんは、これからも、ずっとずっと、元気でね。 私の分まで、長生きしてね。いつも、笑顔でいてね」 「……琴莉っ」 「振り向いちゃ駄目。このままでいて」 「……っ」 歯を食いしばり、耐えた。 琴莉がそう言うなら、そうするよ。 このまま、見送るよ。 でも、せめて、せめて……っ。 「もっと、しがみついてくれ。 琴莉を……感じたい。最後の、最後まで」 「……うん」 緩めた腕を、再びぎゅっと、俺の腰に絡める。 わずかな安堵も束の間、メリーゴーランドが減速を始める。 あぁ、待ってくれよ、もう少しでいいんだ。待ってくれよ……っ。 「言いたいことは……だいたい言えたかな。 最後まで、聞いてくれてありがとう」 「じゃあ……真さん」 「待て、待てよ……、自分だけ、ずるいだろ。 俺にも言いたいこと、言わせてくれよ」 「ふふ、うん、そうだね……。うん、そうだ」 「琴莉」 「うん」 「愛してる……っ」 「……っ」 「うん……っ」 「ああ、幸せだ。今すっごく、幸せだ……っ」 「真さんのおかげで、私の最後は、 とってもとっても幸せだった……っ、 世界で一番、幸せだった……っ」 「出会えてよかった、恋人になれて、うれしかった……っ。 その幸せだけで、十分だ。私は、十分だ……っ」 「私を満たしてくれて、ありがとう……っ。 優しくしてくれて、ありがとう……っ」 「ありがとう、ありがとう――」 「……っ」 「さようなら、真さん」 背中の重みが、消えた。 わずかに残ったぬくもりも、消えていく。 消えて……しまう。 琴莉は、ちゃんとコタロウに会えるだろうか。 天国で二人、楽しく過ごせるだろうか。 それとも、次の人生が待っているんだろうか。 どんな形でもいい、願わくば、どうかどうか。 琴莉が、誰よりも幸せになれますように……! 「……さようなら、琴莉……っ」 別れの言葉が、虚空に溶ける。 今日、琴莉が…… 逝ってしまった。 俺の最初のお役目が…………終わった。 数日が経過した。 俺はただただ、無気力で。 これじゃあ駄目だと思いつつも、毎日をなんとなくやり過ごしていた。 退屈な日々だった。 失ったものは大きかったと……再確認できるほどに。 「ご主人、電話鳴ってるよ?」 「ん……? あぁ」 葵が持ってきてくれたスマホを受け取り、画面を確認する。 ……由美からか。メールを開く。 『もうすぐ大学始まるね。アキちゃんが依頼のお礼を したいそうです。よかったら一緒に食事でもどうですか? 暇なときあったら教えてください』 お礼なんていいよ。 いつでもいい。 いくつか思いついた返事を、結局は文章にせず。 そのままスリープモードにして、スマホを傍らに置いた。 無気力だ、なにに対しても。 「ごめんくださ〜い、十三課で〜す」 「あら、伏見様。いらっしゃいませ」 「急にごめんね、みんないる?」 「ええ。どうぞ、上がってください」 「お邪魔しま〜す」 「む、梓か」 「ど〜も、真くんは? どんな感じ?」 「見ての通り、あのザマじゃ」 「あ〜りゃりゃ、まだ駄目か〜。 まぁ……そうだよね。すぐには切り替えられないか」 (愛する女性との別離、その苦しみたるや……。 アイリスが代わってあげられればいいのですが……) 「ご依頼に関するお話でしょうか?」 「そうだね。近くまで来たからついでに……って 思ったんだけ、ど」 「やっぱり、まだやめておこうか」 「……いえ、聞きますよ」 立ち上がり、居間へ移動する。 梓さんの正面、いつもの場所に腰を下ろした。 「それで、今回の依頼は」 「重い依頼ばっかりだったから、 今回は軽めにって話なんだけど……」 「やっぱり、この依頼はまた今度、かな」 「気を使ってくれてありがとうございます。 でも、大丈夫ですよ」 「気を使ってるのもあるけど、 大半は刑事としてのシビアな判断」 「たとえ危険度が低い依頼でも、 そんな精神状態じゃ任せられない」 「わかる? つまり今の真くんの仕事を、 信頼しきれないってこと」 「……」 「そんな言い方することないのに……。 確かに最近のご主人は暗くてちょっと一緒にいたくない 感じだけど、仕事はちゃんとできるよっ」 「よせ、葵。梓の言うとおりじゃ。 毎日ウジウジしてて見てるとイラッとくる真では、 どんな軽い依頼でもミスしかねん」 「お前らこの野郎……悪口言いたいだけだろ……」 (たとえミスをしようと、アイリスたちがフォローすれば よいのでは? そのための鬼です) 「指揮官のミスを想定にいれていることがもう間違ってる。 とにかく、今はゆっくりと休みなよ。 別に、今後一切依頼しないってわけじゃないんだから」 「十三課のみんなが、真くんを頼りにしてる…… っていうか、正直ビビってるね。 鬼使いこわっ! って」 「こ、怖がらせるようなことしましたっけ……?」 「もしや、我らの枷を外したときの……」 「そう! みんな超怖かった。 あのまま西田のこと食い殺しちゃうんじゃって 思ったもん」 「フシャーー!!」 「わぁびっくりしたぁ!! やめてっ! そういうのやめてっ!! 私いいリアクションしちゃうからっ!!」 「梓っちちょろいわぁ。面白いわぁ」 「よ、弱いのっ! ビビリなのっ! ほっといて!」 「シャーー!!」 「うわぁっ! だからやめてって〜!!」 「にゃはははははっ!」 「姉さん……」 (……ほどほどに。伏見様の心臓が止まってしまいます) 「へいへい」 「……またトラウマになった。もうやだこの家。 隙あらば脅かしてくる」 「おかあさぁ〜〜ん!!」 「やめてってば〜〜〜〜!! もう帰るっ! 私帰る!」 バッグを肩に掛け、梓さんが勢いよく立ち上がる。 おもちゃにされてるなぁ……。 「ひゃっひゃっ! いじりがいがあるのぅ、梓は」 「いい加減にしておけよ。 梓さんが本当に来なくなったら、 困るのはこっちなんだから」 「わかっておるわかっておる。ひゃっひゃっ!」 「くそぅ……鋼鉄の心が欲しい……。 あ、そうだ。真くん」 「はい?」 「ずっと家に引きこもってるのは不健康だよ。 今度飲みに行こうよ、愚痴聞いてあげるから。 あと私の愚痴も聞いて」 「あはは……楽しみにしておきます」 「うん。じゃ、またいずれ」 手を振り、梓さんは廊下へ。 芙蓉も見送りに出て、俺はまた、縁側へ。 そんなに落ち込んでいるように見えるんだろうか。 自分では、そこまであからさまな態度をとっているつもりはないんだけど。 いや……とっているから心配をかけているんだろうな。 ふとした瞬間に琴莉の笑顔がよぎって、胸が苦しくなるんだ。 こればかりは……どうしようもできない。 「真」 伊予もやってきて、隣に座る。 「自分のペースでな」 「なにが」 「おじじも霊に惚れたのは一度や二度ではない。 あやつも結婚するまでは、惚れっぽいやつでの。 そのたびにへこんでおった」 「そのたびに立ち直り、前に進んだ。 真も、そうしていくといい」 「そうか……爺ちゃんも」 「うむ、そういうものじゃ。 いいことか悪いことかはわからんが、 そうやって、慣れていくんじゃろう」 「慣れ……か」 「……」 「慣れる必要は、ないかな」 「毎回そうやって胸を痛めるのか?」 「いや……。 これから出会う人たちには悪いけど」 「琴莉だけだよ。ここまで……苦しいのは。 別れを、つらいと思うのは」 「これが最初で……最後だ」 「……」 「そうか」 じぃっと俺を見て、ふっと視線を外し。 ポケットに手を入れ、封筒のようなものを取り出した。 「ならば、これを渡そう」 「? なに?」 「琴莉からの手紙じゃ」 「なっ……」 手紙? 琴莉からの……っ? 「ど、どうして伊予が……っ」 「預かっておった。しかるべきときがくるまで 保管しておいてくれと。あるいは破棄してくれと」 「破棄……? な、なんで」 「真がすぐに前を見て進んでいくのなら、 渡す必要はないと言っていた。 この手紙が、足枷となると思ったんじゃろう」 「じゃが、自分のために悲しんでくれているのなら、 自分との思い出を大事にしてくれるなら、 渡して欲しいと」 「もう少し様子を見るつもりじゃったが…… 琴莉を唯一と言うのなら、その必要もないじゃろう」 「琴莉の最後の言葉。受け取ってやれ」 「……」 差し出された手紙を、震える手で、受け取った。 琴莉の……最後の、言葉。 ここに、琴莉の……想いが。 「……ありがとう、伊予」 「うむ。わたしは退散しよう」 「え? コトリンからの手紙でしょ? あたしも読みたい!」 「聞き耳をたてておったか……。 真宛じゃ。まずは本人が読むのが筋。 そのあと真の許しを得て、読むがよい」 「え〜……一緒に……」 「姉さん。こういうときにわがままは厳禁」 (マスターお一人にしてあげましょう) 「は〜い」 みんなが居間を出て、足音が遠ざかっていく。 縁側に、一人。 大きく息を吸い込んで、吐いて。 封筒から、丁寧に可愛らしい便せんを取り出して……開いた。 『真さんへ』 「……っ」 その文字を見ただけで、胸が一杯になる。 でもここで感極まるのは、早すぎる。 一言一句見逃さないように。 丸っこくて女の子らしい字を一文字も見逃さないよう、読み進めていった。 『この手紙を読んでいるころには、 もう私は真さんのそばにいないんでしょう。 なんちゃって。ちょっと言ってみたかっただけです。』 『最後のデートで、伝えたいことをちゃんと 伝えられなかったかもしれないので、 念のために手紙を残しておきます。』 『もうその話聞いたよ〜ってなっても、許してね。 どうしても残しておきたかったんです。 私がいなくなったあとも、振り返ってもらえるように。』 『真さんと過ごした一ヶ月は本当に楽しいことばかりで、 嬉しいことがいっぱいな毎日でした。』 『全部全部、真さんのおかげです。 人を好きになることを知りました。 人に愛されることを知りました。』 『それだけで、とっても価値のある毎日でした。 本当に、ありがとう。』 『色んなことがあったね。 初めて私が真さんに話しかけたのは、商店街だった。 あのときは、桔梗さんがいた。』 『それから、コタロウを見つけてくれて。 一緒にお寺にいって供養をして、それから――』 振り返る。 一つ一つ、俺たちの思い出を。 初めての依頼。 奇妙で、インパクト絶大な霊との出会い。 嶋さんのこと、野崎さんのこと。 少しずつ、“今”に近づいていって。 そして、辿り着く。 琴莉との、別れの瞬間に。 『この手紙は、最後の日って決めた朝に書いています。 このあとデートしようって言うつもりです。 うんって言ってくれるかな。ドキドキしてます。』 『断られちゃってたら予定が狂っちゃうので、 最初に最後のデートって書いたけどデートしてないかも。 でも、きっとうんって言ってくれるよね。』 『デートのときに、ありがとうって一杯言うつもりです。 今まで書いたこと、全部伝えるつもりです。 毎日楽しかったよって、充実してたよって。』 『自分が死んだってわかったとき、 自分の死体を見つけちゃったとき、 なんで? って思いました。』 『犯人への憎しみよりも、なんで自分だったんだって、 理不尽だって、運命みたいなものへの怒りがありました。』 『でも、楽しかった思い出を振り返ると、 それがす〜っと消えていきました。』 『ああ、私の人生、最後の最後でいいことあったぞって。 最後を楽しい思い出でしめくくれたぞって。』 『真さんは、私の人生に価値を与えてくれました。 感謝してもしつくせません。』 『ありがとう、本当に。 何度でも書きます。ありがとう、ありがとう、真さん。』 「……っ」 胸にこみあげ、喉元まで届いた感情を、歯を食いしばって耐えた。 まだだ。まだ早いよ。手紙は、まだ終わらない。 『書くか迷ったけれど、ぶっちゃけ話も書いちゃいます。 本当は、もっと一緒にいたいです。 ずっと、ず〜っと一緒にいたいです。』 『でも私は歳をとれません。 私はずっと制服を着たまま。大人になれない。 真さんと一緒に歩けない。』 『結婚もできないし、子供もできない。 私には、未来がないです。 そんな私に、真さんを縛りつけたくなかった。』 『そう考えたら、天国にいくことが嫌じゃなくなりました。 コタロウに会いにいく決心がつきました。』 『だから、真さん。どうか悲しまないでください。 私は笑ってコタロウに会いにいけます。 真さんのおかげで、悔いはありません。』 『もう余白がなくなってきました。余計なこと書きすぎたね。 しつこいけど、最後にこの言葉で 締めくくらせてください。』 『ありがとう。私と出会ってくれて。 ありがとう。私を彼女にしてくれて。 ありがとう。ぬくもりをくれて。』 『私の最後は、幸せでした。』 心のつかえが、とれたような。 そんな、気分だった。 あのときも、琴莉は幸せだったと言ってくれたけど。 不安だったんだ。琴莉は、お役目のことを知っているから。 自分が逝かないと俺を困らせる。そう考えてしまう、優しい子だったから。 けれど、また言ってくれた。 幸せだったと、自分は幸せだったと。 よかった。そう言ってくれるなら、俺も救われる……っ。 琴莉、どうか、これからも幸せに。 コタロウと、幸せに……っ! それに、もしも、もしもっ、神様が許してくれるなら……っ。 「あ……」 手紙がまだ続いていることに気がつき、読み進めて。 自然と、笑みがこぼれた。 なんだ、同じこと考えてる。 だったら、きっと叶うよ。 俺たちの気持ちが一緒なら……きっと! だから、どうか、神様。 願わくば、願わくば―― 『PS 幽霊にこんなこと言われちゃったら怖いかもしれないけど、 一番大事なことを忘れてました。』 『真さんのことが大好きです。 ずっとずっと、天国にいっても大好きです。 真さんだけを、愛し続けます。』 『PSその2 これは伝えたいことっていうか、お願いになっちゃうけど。 叶って欲しいので、書いておこうと思います。』 『何年後かはわからないけど、もし次の人生があって、 真さんも次の人生を歩んでて、神様が私たちを 出会わせてくれたなら、そのときは――』 「あなた〜、準備できてる?」 「ああ、大丈夫。行こうか」 「うん。マローン、散歩の時間だよ〜」 「ワンワン!」 「よ〜し、いい子。お散歩行こうね〜」 「ねぇねぇ、明日なんの日か覚えてる?」 「ん〜……? なんだっけ」 「……もういい」 「嘘だって。結婚記念日だろ?」 「も〜、意地悪」 「サプライズでお祝いしたかったんだ」 「そういうのはいいの。 あなたが一緒にいてくれれば、それでいいんだから」 「俺も」 「明日言おうと思ってたけど、今言っていい?」 「明日も聞かせてくれるなら、いいよ」 「ふふ、うん」 「これからも、ずっとずっと、一緒にいようね」 「ああ、ずっと一緒だ」 「うんっ!」 「あぁ…………」 ベンチに座り、ぐったりとうなだれる。 ジェットコースターを堪能しつくしたあと、バイキングだったり、コーヒーカップだったり、遊園地の定番を楽しんだ。 ただね、ジェットコースター一種類じゃないんすわ。他にも二つあったんすわ。それを各三回ですよ。死にますよ。 あとね、琴莉さん、コーヒーカップをグルングルン回すの。ケタケタ笑いながらどんどん速度上げていくの。 ハードっすわ。琴莉さんの遊園地の楽しみ方、ハードっすわ。 「あははっ、だらしないな〜。もうヘトヘト?」 「……いやいや、まだまだ。まだいける……っ!」 「やせ我慢〜」 「ほんとだって。まだいけるっ!」 「ふふ、でも……もうそろそろいい時間だよね。 あっちの方、暗くなってきた」 空を見上げる。 ああ……もうそんな時間なのか。 そうか、もう……。 楽しい時間に限って、あっという間に過ぎてしまう。もっと長く、ゆっくりと過ぎてくれればよかったのに。 「真さん、そろそろ帰らないとね」 「……」 私たちではなく……真さん。琴莉はそう言った。 ああ、そうか……。本当に、もう……。 「……閉園までいよう」 「……うん。でも、あんまり連れ回しちゃうと…… 真さん本当にヘロヘロになっちゃうし」 「そうなる前に……話したいこと、全部話しておきたいな」 「聞くよ、なんでも」 「じゃあ、もう一つだけ乗り物乗っていい?」 「いいよ、なに乗る?」 「ある意味ジェットコースターより難易度高いけど、いい?」 「あぁ……え〜、まぁ、うん。が、がんばるよ。 悲鳴上げないように」 「ふふっ、絶叫系じゃないから大丈夫。 私が乗りたいのは、これで〜っす!」 近くにあった案内図を、指さす。 あぁ……なるほど。これは確かに難易度高い。 「大丈夫?」 「問題なし」 「やった、ありがとっ。行こう!」 「ああ」 「えぇと……どっちかな、あっちかな」 「いや、あっち」 「え、ほんと?」 琴莉の手を引き、歩く。 ……実は、逆方向だ。 なんとなく、予感があって。 だから少しでも、先延ばしにしたかったんだ。 琴莉も気づいていただろうけど。 ただ微笑んで、手をぎゅっと握りながら、俺の隣を歩く。 そうやって、ぐるっと遠回りをして。 目的の場所についたころには、あたりが暗くなり始めていた。 「……、乗ろっか」 「……ああ」 手を繋いだまま、乗り場へと向かい。 馬を模した遊具に、二人で跨がった。 それほど待たず床が回転し、動き始める。 俺たちを、乗せて。 「お〜……すごい、感動。 大人になると乗りにくいよね〜、これ」 「十年ぶりどころじゃないよ。 他に客がいないから余計に恥ずかしいな……」 「あははっ、ね〜。 観覧車と迷ったんだけど、やっぱりこっちかなって」 「今真さん、白馬の王子様だよ。 私はお姫様」 「王子様か。もうちょっといい服着てくればよかったかな」 「私なんて制服だよ〜? 私服で死んでたら、ずっと私服のままだったのかな。 その方がよかったな〜」 「制服、似合ってるよ」 「ほんと? ふふ、ありがとっ」 笑って、ぎゅっと俺にしがみつく。 「これって……何分くらい乗っていられるのかな」 「どうだろ……よくわかんないな」 「話の途中で終わっちゃったら嫌だし、 話したいこと、話しちゃおっかな」 「あとでもいいよ」 「だ〜め、今するの」 腰に回した腕に、少しだけ力を込めて。 俺に寄りかかりながら、琴莉は続けた。 「あのね、真さん」 「うん」 「デートが終わったら、メリーゴーランドが止まったら…… コタロウのところに、逝こうと思うんだ」 「……うん」 「今まで、本当にありがとう。 すごくすごく、楽しかった。ありがとう、本当に」 「…………うん」 もっとなにかあるだろ。心の中で、自分に悪態をついたけど。 他に言葉が出てこなくて……ただ、うなずくことしかできなかった。 「でもね、その前に……聞きたいことがあるんだ」 「なに?」 「正直に答えてね?」 「ああ」 「絶対だよ?」 「うん」 「約束する?」 「ああ、約束する」 「うん。……あのね」 「真さんが私と付き合ってくれたのって…… 私が、幽霊だったから?」 「……」 それだけじゃない。 「そういう気持ちがあったことは……否定できない。 否定したら、嘘になる。けど……」 「それだけじゃない」 「決して、それだけじゃないよ。琴莉」 「……うん」 額を、俺の背中に押しつける。 こんな答えで、よかったんだろうか。 もっと伝えたいことはあるんだ。 逝って欲しくない。引き留めたい。 それほどに……俺は、琴莉を……と。 その言葉は、喉元まで出かかっていて。 今にも、吐き出してしまいそうだった。 爺ちゃんの忠告。救う側が、霊の未練となってはならない。 それがなければ……それさえなければ、伝えていた。今すぐにでも。 ぐるぐると回る景色なんて、少しも目に入らず。 ただ必死に、堪えていた。 それしか、できなかった。 「……」 「ほんと言うとね、もうちょっといいんじゃないかな〜って 思ってたんだ」 「ほら、幽霊なんだって自覚したのつい最近だから、 あんまり実感もなかったし……」 「でもね、お父さんとお母さんに会いに行って、 学校にも行って、わかったんだ」 「ああ、もう私……ここにいていい 存在じゃないんだな、って」 「これ以上ここにいたら……みんなに迷惑かけちゃう、 そんな存在なんだな、って」 「……迷惑なんかじゃ、ないよ」 「あはは、駄目だよ。真さんがそんなこと言ったら。 霊を見送るのがお役目なんだから」 本音を漏らしてしまい、琴莉に諫められる。 もう俺は……それしかできないんだろう。琴莉を、見送ることしか。 「一緒にいたいんだけどね〜……。 まだまだ、したいこともあるし」 「昨日もそれで泣いちゃったし。 でもね、全部吐き出して、スッキリした」 「私……一緒に行けない。 私は、真さんと同じ時間を過ごせない。 同じ時間を……共有できない」 「それって、とってもとっても、悲しい。 真さんと一緒でも、悲しくなっちゃうと思うんだ」 「それに、もう少しもう少しって思ってると…… たぶん逝けなくなっちゃうと思うから」 「だから、ここまでって決めました」 「私の人生は……ここまでです」 ふっと……沈黙がおり。 琴莉の腕の力が、緩む。 「そろそろ……終わりかな」 なにげなく呟かれた言葉が、俺の心を押しつぶす。 ああ、待ってくれ。待ってくれよ。 まだ動いてくれよ、止まらないでくれよ。 最後なんだ。この時間が、最後なんだ。 だからもう少しだけ、動いていてくれよ。 届かぬ願いを、反芻し続ける。 「じゃあね、真さん」 「私の人生は、寂しい思い出ばかりだったけど」 「最後の最後で、とってもとっても、楽しくて、 眩しい思い出ができました」 「ありがとう。真さん。 真さんの恋人になれて、嬉しかった。 私の人生の中で、いっちばん素敵な時間だった」 「真さんのおかげで、私は笑って旅立てます」 「もっともっと一緒にいたいけど、 私は……ここまでです」 「真さんは、これからも、ずっとずっと、元気でね。 私の分まで、長生きしてね。いつも、笑顔でいてね」 「……琴莉っ」 「振り向いちゃ駄目。このままでいて」 「……っ」 歯を食いしばり、耐えた。 琴莉がそう言うなら、そうするよ。 このまま、見送るよ。 でも、せめて、せめて……っ。 「もっと、しがみついてくれ。 琴莉を……感じたい。最後の、最後まで」 「……うん」 緩めた腕を、再びぎゅっと、俺の腰に絡める。 わずかな安堵も束の間、メリーゴーランドが減速を始める。 あぁ、待ってくれよ、もう少しでいいんだ。待ってくれよ……っ。 「言いたいことは……だいたい言えたかな。 最後まで、聞いてくれてありがとう」 「じゃあ……真さん」 「待て、待てよ……、自分だけ、ずるいだろ。 俺にも言いたいこと、言わせてくれよ」 「ふふ、うん、そうだね……。うん、そうだ」 「琴莉」 「うん」 「愛してる……っ」 「……っ」 「うん……っ」 「ああ、幸せだ。今すっごく、幸せだ……っ」 「真さんのおかげで、私の最後は、 とってもとっても幸せだった……っ、 世界で一番、幸せだった……っ」 「出会えてよかった、恋人になれて、うれしかった……っ。 その幸せだけで、十分だ。私は、十分だ……っ」 「私を満たしてくれて、ありがとう……っ。 優しくしてくれて、ありがとう……っ」 「ありがとう、ありがとう――」 「……っ」 「さようなら、真さん」 「…………だ」 「……ぇ」 「……駄目だ」 「真、さ……」 「逝かないでくれ」 「逝かないでくれ……!」 「まだ、一緒にいてくれよ……!!」 ついに、溢れた。 堪えきれず、抑えきれず。 膨れあがった感情が、言葉になって。 止めどなく、溢れた。 「まだ、いいだろ。 したいことあるなら、まだいいじゃないか……っ」 「で、でも……」 「無理だ、ごめん、無理だ……俺にはっ」 「このまま琴莉を見送るなんて、無理だ……っ!」 「必要なんだ、俺には……っ」 「琴莉が、必要なんだ……っ」 「だから一緒に、いてくれよ……っ!」 「まだ一緒に、いてくれよ……っ!」 「……」 「ずるいよ……」 「そんなこと言われちゃったら…… コタロウに、会いにいけないよ……」 「でも、でも……」 「本当はそうやって……止めて欲しかったのかもしれないね」 「……いたいよ、一緒に」 「私もまだ、真さんと……一緒にいたい……っ!」 「だったら……帰ろう、一緒に」 「俺たちの家に、帰ろう……っ!」 「うん……、うん……っ、うん……っ!」 俺の背中に縋り付き、琴莉が何度もうなずいた。 これでよかったのか。 ……いいはずがない。それでも、俺には無理だった。 琴莉の覚悟、琴莉の決意。俺はそれら全て、無視して。 琴莉のためではなく、自分自身のために。すべきことから目を背けた。 琴莉を失ってしまう。その事実を受け入れることが、できなかった。 俺は、初めてのお役目を……。 果たすことが、できなかった。 何事もなく、当たり前のように、でもどことなくぎこちなさを残して帰ってきた俺たちを。 みんなはいつも通りに、『おかえり』と迎えてくれた。 そしていつも通りに、みんなで食卓を囲む。 誰も欠けていない食事風景が、なんて落ち着くことか。 「あ〜……私、今すっごく恥ずかしい」 「なにがじゃ。芙蓉、お茶をくれ」 「はい、ただいま」 「だって、完全にこれでお別れですな空気出してたし……」 「自分から話題にするとはのぅ。 触れないでおいてやろうと思ったのに」 「うぅ……だって、なんだか、こう、落ち着かなくて……」 「でもよかったよね。 怒られそうで言えなかったけど、 コトリンとお別れなんて嫌だったもん」 「葵ちゃん……」 (アイリスも……琴莉お姉様が『ただいま』って 帰ってきてくれたとき、嬉しかったです) 「いなくなったら寂しいもんね! みんな仲間だもん!」 「そうね、この六人で、加賀見霊能探偵事務所。 本音を言えばわたくしも、引き留めたい気持ちで いっぱいでした」 「霊能探偵か、懐かしいネタが飛び出したの。 琴莉命名だったか」 「あはは……言い出したのは、私かも」 「じゃあなおさらコトリンいないと霊能探偵じゃ なくなっちゃうよね! ご主人グッジョブ! 家来の気持ちがわかってる!」 「みんなのって言うより……完全に俺の都合で 引き留めたけどな。本当に直前の直前まで、 見送るつもりだった。けど……」 「できなかった。 琴莉のいない明日なんて、考えられなかったよ」 「真さん……」 「早速のろけか……」 「なんでそうなるんだよ」 「のろけてやがるぜ」 「ふふ、のろけですね」 (愛されておりますね、琴莉お姉様。 羨ましいです) 「え、えぇ、そんな、えぇと、み、みんなだって、 愛されてるよ、うん。ね、真さん」 「え〜、振るか〜、俺に〜」 「どうなん? ご主人。どうなんどうなん? 愛しちゃってるの? あたしのこと?」 「せめてあたしたちって聞いて、姉さん。 わたくしも気になりますので」 (どうなんですか? マスター) 「……」 「おい、聞こえないふりしておるぞ。 食事の邪魔するなって顔しておるぞ」 「味噌汁うめぇ」 「味噌汁なんてどうでもいいよ! 答えてよ〜!」 「な……っ、どうでもいいとはなんですかっ! がんばって作ったのに! もう姉さんにご飯作りませんからっ!」 「なんでそうなるのっ!?」 (あ、あの、お姉様方……趣旨がずれて……) 「あ〜あ、真のせいで喧嘩が始まった」 「おひたし超うめぇ」 「わ、完全に無視するつもりだ。あはっ、ふふっ、 真さんひどい。あはははっ!」 琴莉が笑う。 聞き慣れた、すっかりと耳に馴染んだ、笑い声。 いつもの団らん。 たとえこれが、無理矢理に引き延ばした『日常』でも。 望まずにはいられなかった。 みんなといる、琴莉がそばにいる、このひとときを。 俺は、失いたくなかったんだ。 決して、決して。 風呂から出て、しばらくみんなとテレビを見たあと、歯を磨いて自室へ引っ込む。 まだ時間は早いけど、遊園地ではしゃいだせいか眠気を感じる。 ただ、実はまだ寝るつもりはなくて。 琴莉が来ないかと、淡い期待。 ベッドに座って、スマホをいじりながら待つ。 「……」 「はっきりと言えばよかったな」 スマホを枕元に放り投げ、ベッドから下りる。 『琴莉』と、呼べばよかったんだ。『おやすみ』なんて言ってしまったから、このまま今日を終えることになる。 「ふぅ……ふぁ……」 あくびに変わったため息を噛み殺し、明かりを消す。 ベッドに戻り、横になり―― 「あれ、もう寝ちゃう?」 「うぉぉっ」 すぐさま跳ね起きた。 ……琴莉の首が、壁から生えていたから。 「あははっ、なに今の〜。ふふ、びっくりしすぎ」 笑いながら、琴莉が壁をすり抜けて部屋に入ってくる。 「ま、またそんな技を……っ! びびるよ! そりゃびびるよ! やめなさいよそんなことはっ!」 「あははっ、ごめんね。でもこれからドンドンやっていくよ! 自分の可能性を探っていかないと! お役目の役に立つかもだし!」 「そりゃそうだろうけど……」 「真さん」 「うん?」 「ここにいるのは、幽霊の滝川琴莉だよ?」 「やっぱり、こんな私じゃ嫌?」 微笑みながら、口にした問い。 でも、眼差しは真剣そのもので。 ……これは、琴莉の最後の質問だ。そう直感した。 答えを誤れば、琴莉を失ってしまう。 けれど、正解なんてわかりきっていた。 「琴莉」 掛け布団をめくり、おいでと、名を呼ぶ。 「証明するよ。言葉じゃなく、行動で」 「……うん」 うなずき、琴莉がベッドに片膝を乗せる。 「ん……」 待ちきれず、抱き寄せて。 すっぽりと、納まる。琴莉の体が、俺の腕の中に。 「……安心する」 「俺も」 「……」 「……」 見つめ合い、どちらからともなく……唇を寄せて。 「ん、ちゅ……はぁ、んん、ん……っ」 抱き合い、舌を絡ませながら、互いの衣服を脱がせていった。 「ぁ……っ、はぁ……、ん、はぁ……っ」 体をまさぐる余裕もなく。 まるでそうしないと世界が終わってしまうとでも言うように、俺たちは息つく間もなく、一つになった。 震えるほどの快感。 もう達してしまってもおかしくなかった。 あれが最後だと、覚悟もしていたから。 それだけに今この瞬間に、琴莉との逢瀬に、喜びを感じずにはいられなかった。 「……、動かないの?」 「動いたらすぐ終わっちゃいそうな気がして」 「すぐ終わっても、二回目があるよ」 「今日は疲れてるんだよなぁ……。 誰かさんに振り回されたおかげで」 「文字通り振り回されてたよね」 「主にジェットコースターとコーヒーカップで」 「ふふ、また行きたいな」 「何度でも行けるさ」 「うん」 「……んちゅ、ん……ぁ……はぁ、んん、ん……、 ちゅ、ん、はぁ…………んん、ぁ、はぁ……」 唇を重ね、舌を絡め合う。 ただそれだけを、繰り返し続けた。 「はぁ……ん、んん、ちゅ、んん……はふ、はぁ…… んん……、んちゅ、ん、ん……っ」 欲しかったのは、心の充足。 琴莉と繋がっている。その事実だけが、重要で。 「……、んっ、ぁ……はぁ、んんっ」 琴莉が、俺の腕の中にいる。 それだけで、今は満足だ。 「……、なんだっけ、こういうの」 「うん?」 「本で読んだ。えぇと……」 「あ、ポリネシアンなんとか!」 「なにそれ」 「こうやって、繋がったまま動かずにキスとかして、 精神的な……満足? を得る方法とかなんとか」 「またエロ本知識か〜」 「違うってばぁ! 普通の雑誌! 年齢制限なし!」 「認めちゃえば楽なのに」 「ち〜が〜う〜の! ただ読書家なだけなのっ! 自然と色んな知識が入ってくるの!」 「エロ娘〜」 「も〜っ」 「あははっ」 「ふふっ」 笑いあい、こつんと額を合わせる。 琴莉の体温は冷たく、重さもあまり感じないけれど、この確かな存在が、俺には必要なんだ。 失いたくなかったんだ。 「私は……なんていうか、精神の塊みたいなものだから、 これだけでも気持ちいいけど……」 「やっぱり真さんは、物足りないよね?」 「そんなことないよ」 「本当に?」 「さっきのポリなんとかっていうのは、 具体的にどうするの?」 「ん〜っと、三十分とか、一時間くらい、 動かずにそのままでいる……とか、 そんな感じのはず」 「あ〜……それは無理だなぁ」 「やっぱり物足りないよね」 「いや、単純に勃起を維持できない。 絶対途中で萎える」 「え〜、ひどい。こんなに魅力的な女の子が 目の前にいるのに。しかも裸で」 「確かに世界一の美少女がいるけど、仕方ないんだ。 ちょっとは刺激がないとさ」 「ん、ぁ……っ」 軽く、腰をくねらせる。 淡い吐息が、耳元をくすぐった。 「急に動くのずるい」 「じっとしてるより、やっぱりこっちの方が好きかも」 「ふふ、私も。一生懸命に動いてる真さん可愛い」 「なにそれ。やめてよ」 「照れてる〜」 「う〜る〜さ〜い」 「あんっ、もう……ふふ」 「琴莉も動いてよ」 「うん」 「……はぁ、……ぁ、ん……ふぅ、はぁ……んん、ぁ……」 俺にしがみつきながら、ゆっくりと腰を前後に。 膣が収縮し、絶妙な加減で俺の性器をしごく。 「気持ちよさそうな顔してる」 「感極まってる感じ」 「それは大げさじゃない?」 「大げさじゃないよ、また琴莉を……抱いてるんだから」 「……うん。でも」 「なに?」 「真さん、動きが止まってる」 「琴莉がしがみついてるからだよ。うまく動けない」 「しがみつけって言ったのは、真さんでしょ〜?」 「もう、離れないから」 「この体温を、ずっと感じていたいの」 「……ああ」 「あ」 「うん?」 「今のなんか、真さんに取り憑いちゃったみたいな台詞だね」 「もう取り憑かれちゃってるのかもな」 「なにそれ〜。人を悪霊みたいに」 「ほら、いいからいいから」 「ひゃ、ぁっ、ど、どこ触って……!」 指先でお尻の穴をくすぐると、琴莉が素っ頓狂な声をあげた。 「こっちでも感じるんだ?」 「その気になれば全身で感じられますけど〜、 そこは駄目〜」 「なんで。いいじゃん」 「ぁっ、んんっ、もう、やだってば〜」 「俺をイかせることができたら、やめてあげる」 「言ったな〜? そんなの、簡単なんだから」 「ん、ぁ……んんっ、はぁ、ぁ、ぁ、ぁぁ……っ」 腰の動きを再開。 さっきよりも速く、膣の圧迫も強く。 琴莉は、俺の全てを熟知している。達してしまうのも、時間の問題だろう。 けれど俺は、素直にこのひとときを終わらせてしまう気はなかった。 「ぁ、ぁ……っ! だめぇ、お尻……っ、 そこ触ったらぁ……っ! はぁ、ぁ……っ!」 「しっかり感じてるじゃん。お尻の穴で」 「だからぁ、今は、なにされても、ぁ、ん……っ、 感じちゃう、からぁ……っ」 「こういうのでも?」 「はぁ……、ぁ、ぁ……っ、あぁ……っ」 背中のラインを指先でなぞる。 ゾクゾクと体を震わせて、熱い吐息がこぼれる。 「ぁぁ……はぁ……もう、駄目ぇ……」 「全身性感帯だ」 「キスだけでも、ふわ〜ってなっちゃう」 「どっちが先にイッちゃうかな」 「一緒が……いいな」 「琴莉次第かも」 「ふふ、がんばる」 頬に軽く口づけをして、きゅっと膣を締める。 そのまま器用に腰を上下させ、時折くすぐったそうに悶えながら、俺を絶頂へと導いていく。 「はぁ、ぁ……んん、ぁぁ……ぁ、ぁ……っ、 もう、今度は……はぁ、お尻、さわりすぎぃ……、 ぁ、んんっ」 「密着してて、胸が揉めないから、さ」 「お尻の穴よりは、ん……、全然、 ぁぁ、はぁ……いいけど、ね」 「おっと……忘れてた」 「ぁ、余計なこと言っちゃった……ぁ、ぁっ、 もぅ……ぁっ、指ぃ、入ってるぅ……っ! 汚いよぉ……っ!」 「霊体なんだから、綺麗綺麗」 「でも、気分的に……、あぁ、入ってくるぅ……っ、 ふぁ、はっ、へ、変な感じ、するぅ……っ」 「ぁ、ぁ、ぁ……っ、そこ、ぁぁ、入れるところじゃ、 ないのにぃ……っ、真さんの、変態ぃ……っ」 「自分だって。気持ちよさそうにしてるくせに」 「だってぇ……っ、ぁ、ぁっ、ぁぁ、んっ、ぁ……っ」 指を少しずつ、琴莉の中へと侵入させていく。 二つの穴を隔てる壁は、思いの外薄くて。 指先で触れた琴莉の向こう側に、自分自身の存在を感じる。 「ぅぁ、ぁぁ、くるし、ぁぁ、ぁ……っ、んっ……!」 「抜いて欲しい?」 「大丈夫ぅ……、気持ちいい、からぁ……っ、 お尻、気持ちいぃ……っ」 「そういうの、抵抗なくなってきたよね」 「だってぇ、言った方が……真さん、 喜ぶんだもん〜……っ、ぁ、はぁ……っ」 「がんばってくれてる分、俺も張り切らないとね」 「ぁぁっ、ぁ、ぁ……っ、ふぁぁ、はぁ、ぁ……っ!」 尻穴をいじくりながら、俺も腰を動かし始める。 できる限り長く。最初はそう思っていたけれど、気分が高揚すればそんな余裕もなくなってしまう。 これが最後じゃないんだ。 だから惜しまず、“今”を楽しまなければ。 「ぁ、ぁ……ぁぁ、はぁっ、ぁ……、っ、ふぁ、ぁっ! ふぁぁ、はぁ、ぁぁ、ぁ、ぁぁ、ぁ〜っ、 はぁ、は、はぁっ」 「ぅ……、っ、……っ」 「あ、ぁ、ぁ、ぁっ、真、さ……っ、ぁっ! き、きちゃ、ふぁぁ、も、もぅ、あぁ、〜〜っ、 だ、駄目、かもぉ……っ!」 「お尻、だめぇ……っ、イッちゃ、ぅ、からぁ……! そんなに、されたらぁ……っ、ぁぁ、だめ、 だめぇ……っ、ふぁぁ、ぁ……っ!」 「ぁ、だめだめ、だめ……っ、 一緒に、イけない……っ、いきたい、あぁ、でも……っ! あぁぁ、ぁ、ぁ〜〜〜っ」 「……っ、琴莉……っ」 「い、く……? 真さん、も、いく……? お願い、ふぁぁ、いっしょ、いっしょに……っ、 いっしょに、いこ? ね? いっしょに……っ」 「あぁ、イ、イク……っ」 「う、ん……っ、ぁ、ぁ……っ、嬉しい……、 いっしょ、いっしょだ、あぁ、真さんと、 いっしょぉ……っ」 「ぁん、ぁんっ、あんっ!! だめ、もう、だめぇ……っ! いっちゃ……ぁ、いく、いくいく、ふぁぁ……っ。 だめぇ……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ……っ、ぁ――!」 「ふぁぁぁぁぁぁああああっ!!」 「ぅ……はぁ……っ」 「はぁ、はぁぁ……出てる……、精子、出てるよぉ……。 やった、いっしょだぁ……はぁ、ふぁぁ……」 お互いをぎゅっと抱きしめ、同時に果てる。 すぅっと力が抜けていき、体の芯に快感の余韻だけが残る。 あぁ……この感覚だ。 また味わえるなんて、思わなかった。 あぁ、あぁ……。 「……ん、はぁ……真さん、苦しいよ……」 「あ、あぁ……ごめん」 強く抱きしめすぎていたことに気がついて、慌てて腕の力を緩めた。 けどそれ以上の力で、琴莉が俺にしがみつく。 「ふふ……嫌じゃなかったんだけどね」 「今度は俺が苦しいよ」 「我慢してください。もうちょっと……こうしていたいの」 「もうちょっとだけでいいの?」 「……もう一回する?」 「したいけど……」 「眠いでしょ?」 「バレたか」 「だって目がとろ〜んとしてる。ふふっ」 「さすがに疲れたよ……。 今日はハードだった」 「うん、私も……今日は疲れちゃったかな」 「じゃあ……そろそろ寝ないとな。 明日に備えて」 「明日……うん、明日」 「ふぁ〜…………ふぅ」 「わ、わ……っ」 あくびをしながら、琴莉を抱きかかえたまま寝転がる。 「ねっむ……」 「ふふ、そのままだと風邪引いちゃうよ」 琴莉が掛け布団をひっぱり、体にかける。 「暑い」 「どうせ寝てる間に蹴っ飛ばしちゃうだろうけど、 寝るときくらいはちゃんとね」 「……」 「……琴莉」 「なぁに?」 「あぁ、いや……いいや、やめておく」 「なになに〜? 言ってよ〜」 「眠い」 「も〜……ふふ、おやすみ、真さん」 「あぁ、おやす――」 「……?」 「? ……なに?」 「あぁ……いや……」 「……」 「……真さん?」 起き上がり、ベッドから下りた。 「どうしたの?」 「ちょっとトイレに。急にしたくなってきた」 「ふふ、うん」 脱ぎ捨てた衣服を身に纏い、部屋を出る。 「……」 部屋には戻らず、ベランダに。 夏の終わりを感じさせる風が、頬を優しく撫でる。 心地いい夜だ。でもなんだか、妙に落ち着かない。 「真さん」 琴莉の声。 俺が振り返る前に、隣に並ぶ。 「全然戻ってこないから」 「あ〜……ちょっとね」 「……」 「さっき」 「うん?」 「本当にこれでよかった? とか、 そんなこと聞こうとしたでしょ」 「……。聞くべきじゃないと思ったから、やめたんだ」 「……」 「ど〜ん!」 「おぉっと」 体当たりでもするような勢いで、琴莉が俺の腕に絡みつく。 そのままぎゅっと、俺の手を握った。 「きっかけをくれたのは真さんだけど、 決めたのは、私だよ」 「正直に言うとね、ちょっと……諦めみたいなのも あったんだ」 「私はもう死んでるんだから。 ここにいちゃいけないんだから。 真さんを困らせちゃうから」 「色々な理由を作って、自分を納得させてた」 「でもね、そばにいてくれって言ってくれて…… うれしかったよ」 「あぁ……真さん私でいいんだって。 こんな風になっちゃった私でもいいんだって」 俺の顔を見上げ、笑う。 素直な、屈託のない笑顔だった。 「だから私は……ここにいるの」 「決めたんだ。神様が許してくれる限り、 真さんのそばにいるんだって」 「これは、私の第二の人生」 「もう生きてるつもりじゃなくて、 しっかりと自分を受け入れて」 「幽霊の滝川琴莉として、真さんと、みんなと、 この家で過ごしていくんだ」 「その時間を……真さんが与えてくれた」 「コタロウには、謝らないとね。 もうちょっと待っててねって」 たははと、苦笑い。 ああ、いつもの琴莉の笑顔だ。 ……強い子だ。琴莉はもう、前だけを見ている。 だったら俺も、いつまでもウジウジしていられない。 自分の決断に、責任を持つ。 「梓さんから新しい依頼、貰わないとな」 「うん」 「その前に、コタロウのお墓参りに行こう。 みんなで」 「うん、行こう」 「嶋さんと野崎さんのお墓参りにも行こうか。 琴莉、最後の挨拶できなかったろ」 「うん、行きたい」 「……次は、どんな霊と会うかな」 「男の人だといいな」 「また退魔キックしたいの?」 「も〜、またそれネタにして〜。 ち〜が〜う、真さんがデレデレしないようにっ」 「したことないだろ〜、琴莉以外には」 「あはは、そうだね。うん、そうだった。 真さんは、私に特別優しかった」 「だから私は……救われた」 「お役目を、最後まで果たすことはできなかったけれど」 「ふふふ、まだ途中なの。 真さんの最初のお役目は、まだまだ続きます。 私をもっともっと満たしてくれないと」 「がんばるよ」 「うん。いっぱい一緒の時間を過ごして、 たくさんの人を救って、みんなで笑い合って、 一緒に眠って……」 「あぁ、幸せだ。これからの私の人生は、 幸せなことしか待っていないんだ」 「今日で終わらせなくて、よかった……。 真さんのおかげで……私はもっともっと幸せな気持ちで、 天国にいけるんだ」 「いつか終わりは来るけれど……。 どうせ俺もいつか死ぬんだ。 そう考えると……なにも変わらないよな」 「うん。霊が見える真さんに、神様が許してくれた ロスタイムだねっ」 「今ドヤ顔してるだろ」 「うん。私いいこと言った」 「ちょっと滑ってたかな〜」 「え〜っ」 「あははっ」 「ふふっ」 笑い声が、重なる。 風がそよぎ、なにげなく、星空を見上げる。 いつかあの星のどれか一つに、琴莉はなってしまうのだろう。 俺もそうなるんだろう。 けれどまだ、そのときじゃない。 俺たちは、一緒にいる。 この家で毎日を、日常を、繰り返していく。 「琴莉」 「なぁに?」 「幸せにするよ。世界中の、誰よりも」 「……わ、プロポーズみたい」 「そう受け取ってもらってもいいよ」 「……」 「お、おい、急に黙るなよ」 「……嬉しすぎて昇天しそうだった」 「やめてくれよ。俺号泣だよ」 「あははっ、ね、ねっ」 「なになに」 「もう一回言って欲しいな。 あのときの言葉」 「どのとき?」 「考えて。本当に幸せにしてくれるつもりがあるなら、 わかるはずです」 「あ〜……」 「……」 「琴莉」 「うん」 「愛してる」 「ふふ、うんっ」 「私も真さんのこと、世界で一番――」 「愛してるっ」 「真様、そろそろお時間でございます」 「お、本当だ。う〜っし、気合い入れないとな」 「昼間に出現する霊、か。 また面倒な依頼を持ってきたのぅ、梓のやつめ」 (人目が気になりますね。うまくいけばよいのですが……) 「まぁ、なんとかなるんじゃないの? うちらもう百戦錬磨っしょ。 恐れるものないっしょ」 「油断は禁物。特に今回は情報も少ないしな。 よし、行こう。みんな準備はできてるな」 「うぃっす」 (はい、マスター) 「がんばってこい」 「どうかお気をつけて」 「うん。じゃあ行くぞ……と言いたいところだけど、 一人足りないな」 「……ご主人」 「うん?」 「コトリンは……」 「……え? あぁ……そうか、そうだった……。 琴莉は、もう……」 「……」 「……」 「……」 「……」 「え? なにこの空気」 「コトリン……フォーエバー……」 「いや、いるから。ちゃんといるから。 もう! 葵ちゃんはすぐ私を成仏させる! 真さんもすぐ乗っかる!」 「にゃっしっしっ!」 「あははっ、ごめんごめん。 もう行くよ、琴莉」 「うんっ、ごめんね。この服探してて」 「ああ、ごめんなさい。お洗濯をしたばかりで」 「うむ、琴莉に授けた法衣、大事に着ておるようじゃの。 それはかの天海僧正から賜った――」 「前は天草四郎って言ってたよ……。 もういいよその設定……」 「む、しまった。設定が甘かったかの」 「ってか、結局お気に入りだよね、それ」 「あはは、普段と違うと気持ちも引き締まるし」 (それに……可愛いです、その服) 「ね、ねっ、いいよねっ、巫女さんっぽい」 「アイリスにもやろうか。通販で買える」 「あぁ……ついに通販って言っちゃった……」 「伊予様……無駄遣いはお控えくださいましね。 いつの間にか新しいゲーム買ってるんですから……」 「あ〜あ〜、聞こえな〜い。 お金の話はわからな〜い」 「相変わらずサイッテーだこいつ……」 「うっさい、はよ行け。 霊の出現時間を逃すぞ」 「そうだった。よぉし、みんな行くぞ〜!」 「お〜!」 (がんばります) 「お気をつけて。 夕食の仕度をして、お帰りをお待ちしております」 「張り切って行ってこい。 霊の声に、耳を傾けてやれ」 「ああっ。頼りにしてるぞ、みんな」 「うんっ! よ〜し、加賀見霊能探偵団、出発だ〜!」 「おっしゃ〜!」 「レッツゴ〜!」 「あ、ちょっと待った、俺まだ靴履いて……っ、 お、おい、待って、お〜い!」 「ふふ、あははっ、真さん早く早く〜! 置いてっちゃうよ〜!」 「待ってって!」 「あははっ! ご〜ご〜!」 移動中にすっかりと日が落ち、そのあたりに身を潜めるには都合のいい時間帯となった。 とはいえ、会社帰りだったり学校帰りだろうか。ちらほらと人通りがある。 梓さんと合流し、立ち話をしている雰囲気を作っているから誰かに見られてもそんなに怪しまれないだろうけど……居心地はあまりよくない。 ただ、人の目があるおかげで道中由美が襲われる心配はほぼない。 まぁ……警察の人にしてみれば、襲ってくれた方が手っ取り早く捕まえられるかもしれないけど。 こっちは『西田が帰宅すること』も計画の一部なんだ。 頼むから、まだなにもしないでくれよ……。 「真くん、もうちょっとこっち。 そろそろ来るみたい」 「あ、はい。了解です」 梓さんに腕を引かれ、細い路地に引っ込む。 由美たちは右手側から現れるはずだ。 そして家に入った瞬間、俺たちの計画の最終段階が始動する。 見てろよ。俺たちがお前に、引導を渡してやる。 (マスター、犯人の自宅が見えました。 そばにいらっしゃいますか?) (ああ、入り口が見える位置にいる) (由美ッチと一緒に中に入った方がいいよね?) (もちろん。常に由美のそばにいてくれ。 それと、アイリス) (はい) (繰り返しの確認で悪いけど、準備は整っているな?) (少々お待ちを) (……) (問題ありません。マスターの指示で、いつでも) (了解) 「真くん」 「……はい、来ましたね」 ちらりと顔を出して確認し、すぐに隠れ、スマホの画面に目を落とす。 西田の自宅に、少しずつ近づく。 「由美に指示出してるのって、 よく聞く一課の人たちですか?」 「そうだね。私は聞くだけ」 「そっか、じゃあ……」 監視カメラの映像から、メール画面に切り替える。 由美に『葵とアイリスも一緒に入るからすぐに扉を閉じないでくれ。返事はしなくていい』と、メールを送る。 すぐにカメラの映像に切り替え、由美がスマホを取り出しているのを確認。 念のために、角から顔を出して肉眼でも確認。よし、メッセージは届いた。すぐそばに葵とアイリスもいる。 さすが二人は勘が鋭い。俺に気づき、葵がぶんぶんと手を振り、アイリスがぺこりと頭を下げる。 「私はあの二人がいるから安心してるけど…… 女の子を殺人犯の家に行かせるなんて、 一課の連中、どうかしてるよほんと」 「どっちみち、あてにはしてませんけどね。 この事件は……俺たちで片をつける」 「うん。琴莉ちゃんのためにも、そうしよう。絶対に」 「はい」 『ここ、俺んち。親とかいないから』 『え、と……一人暮らし? ですか?』 『そ。邪魔者いないから』 イヤホンから聞こえる二人の声に、耳を澄ませる。 ……邪魔者はいない、ね。 (ここにいるんですけどね〜) (アイリスたちは当然ですが、 警察の存在にもまったく気づいていませんね) (間抜けで助かるよ。いよいよこれからが正念場だ。 何度も言ってるけど――) (緊張感ね! 緊張感!) (ああ。頼んだぞ、二人とも) (うぃっす!) (はい。中に入るようです) (了解) もう敷地内だ。目視では確認できない。 スマホの画面を凝視する。梓さんも覗き込む。 『ちょ、待って。明かりつけるわ』 『は、はい』 明かりがつき、真っ黒だった画面に玄関と廊下が映し出される。 ……入った。いよいよだ。 『……ぅ、な、なんだ?』 『え? な、なんですか?』 「……?」 「……なんだろ?」 イヤホンから、妙なやりとり。 由美が振り返り、西田が画面内に。 妙な体勢で固まっている。 こいつ、もしかして……。 (葵、アイリス) (ご主人。こいつ正真正銘のクズだ。 うちに入った途端、後ろから由美ッチ襲おうとした) (問題ないか?) (はい、お姉様とアイリスで動きを封じています。 ぴくりとも動くことはできません) (了解) (ご主人、どうする?) (そのまま少し待ってくれ) (はい、マスター) 『あ、あれ、な、なんだよ……っ、い、いって……!』 『え、え、どうしたんですか?』 イヤホンからは引き続き、二人の慌てた声。 一旦画面から目を離し、梓さんを見る。 「なんだったの? 一課の人たちも異変を感じて ピリピリし始めてるっぽいけど」 「西田が由美を襲おうとしたみたいです。 葵とアイリスで拘束しています」 「う〜わ……。いきなり家に誘ったことといい…… 我慢を知らないねぇ……」 「だからこそ……犠牲者が三人も出たんです」 「……そうだね。真くん、やるなら今のうち。 一課が動き出す前に」 「了解です。じゃあ……」 (葵、そのまま西田を捕まえててくれ) (うぃ〜。そろそろやっちゃう?) (ああ) 「……伊予、始めるぞ」 『うむ。盛大に歓迎してやれ。 わたしはここから高みの見物じゃ』 「……震え上がらせてやるさ」 (アイリス、頼む) (はい、マスター) (“彼女たち”を呼び出します) 『……え?』 『ぁ……? な、なんだよ』 ふ……と、照明が落ちる。 外から漏れる薄明かりで、数メートル先まではなんとか見えるが、廊下の奥は真っ暗闇に等しく。 そういえば……と、今さら思い出す。 由美にこれからなにが起こるのか、伝えていなかった。 『ぁ……と……』 着信音と、スマホの明かり。 由美が俺からのメールを確認する。 『見るべきものを見たら、目を閉じて』 『ぇ、ぇ……?』 あまり理解できていない様子。簡潔すぎたか。 追撃しようと思ったけれど、少しばかり遅く。 『ぁ、ぁ……?』 廊下の奥から、物音。 キィと音をたてて、扉が開いた。 そして―― 『な、なんだよ……』 『ぇ……ぇ……っ?』 奇妙な、なにかが這いずる音に、二人の声が上擦る。 開いた扉の奥。 深い闇の中に……なにかが、いた。 『……ひっ』 『うぁ、ぁ……っ』 不気味な音をたてながら、それは近づいてくる。 ゆっくり、ゆっくりと。 少しずつ、少しずつ、距離を詰め……。 由美『きゃああああああああっ!!』巧『うぁ、うぁああああああああっ!!!』 悲鳴。映像が激しくぶれる。 カメラがあらぬ方向を向いて、壁だけが映っていた。 『おい、こらっ! 由美! ちゃんと映せ! せっかくいいところなのに!』 「いや……無茶言うなよ」 そりゃ……死体が這いずって出てきたら、パニック起こすよな……。説明してなかったわけだし……。 ってか、てかね? 「いやっ、いやっ! なに今の! ありえないありえないっ! やだやだやだっ! ちょーこわい! やだっ! むりむりむり!!」 由美以上に、梓さんがテンパッていた。 ……あなた知ってたじゃないすか。こうなるって教えたじゃないっすか。いやまぁ……俺もびびったから人のこと言えないけど。 「ちょ、ちょちょちょちょ、ちょっ! エグくない!? これエグ過ぎないっ!?」 「たぶん……まだ序の口ですよ」 「え〜!? マジで!? もう無理! もう見ない! 私もう画面見ない!」 梓さんがガチでそっぽを向き、壁によりかかりながら、『怖い怖い怖い……』とうわごとのように呟く。 早くもギブアップ者が出たけど……画面内の二人は、そういうわけにもいかない。 心霊現象は、続く。 『あ、あ、あれって……、あ、あ、あれ……っ』 『し、知らねぇ……っ! お、俺はなにも、知らねぇ……っ!』 『し、知らないって、ぇ、ぁ、ま、またなにか……っ!』 『わ、わ、わ、わ――きゃあああああっ!!」 『うあぁああッ、ぁぁぁあああああっ!!』 今度は、生首だ。 奥の部屋から猛スピードで飛んできて、そのまま宙に浮き、西田を睨みつけていた。 『ぁ、ぁ……っ、し、嶋さん……っ? し、嶋さんの……っ!』 『な、なんだよぉ。なんだよなんだよぉ……っ! どうなってんだよぉ……っ!!』 二人とも、半ば涙声になっていた。 俺が同じ目に遭ったら、ちびっていたかも。 ただ……“彼女たち”の存在を知らなければ、だけど。 (きゃははははっ! めっちゃびびってる! う〜ら〜め〜し〜や〜、なんつって〜! きゃははははっ!) (はぁ……ふぅ……お、重い〜……。 私、力ないから……) (あ、ぁ、ぁ……っ! 腕とれちゃった……! ご、ごめんなさいぃぃ……っ!) (ちょ、それアタシの腕だから大事に扱ってよね!) 二人のどこか楽しそうな声が、頭に流れる。 画面越しには確認できないけど、たぶんはしゃぎまくってる。 特に西田に一言言ってやりたいと望んでいた、嶋さんは。 いわゆる、ポルターガイストってやつだ。 力の強い霊は、こういうことができるらしい。というか嶋さんができることはわかっていた。工事現場の一件があったし。 野崎さんの力は未知だったけど、この様子を見ると、彼女にも可能だったみたいだ。 二人の無念を少しでも晴らせれば……という、計画だったんだけど―― (きゃはっ! 超楽しい! びびりすぎっしょ! きゃははははっ!) (なんだか……すごいです。 お化けしてる感じがします……っ!) 嶋さんは爆笑。野崎さんも興奮気味。 楽しんでくれてなによりだけど……うん。まさかここまで過激になるとは……。 俺の想像の遙か上を行く怖さじゃないか。生首飛んでくるのは反則だろ。 由美……マジでごめん。怖い目にあわせて……ほんとごめん。 『あぁぁぁっ! くそ、な、なんだよっ、体、 うごか、動かねぇっ! たすけ、助けてくれぇっ!!!』 (にゃははははっ! 助けるわけないっしょ〜。 怯えろ〜、すくめ〜、にゃはははははっ!) (おら、テメェこら、よく見ろ。 お前が殺した美少女の顔だぞこら。 欲しかったのは腕と足だけか? なに顔捨ててんだこら) 『あぁっ、ぁ〜〜〜ッ! うあぁぁっ!!』 (あのぉ……これまだ運んだ方が……。 きゃ……っ、ま、また取れちゃう……っ!) 『ひぃっ!!! ぁ、ぁ……っ! ぁぁ、ぁ〜〜っ!』 (あの……マスター。土方様がとても気の毒なので…… そろそろ外に出してあげても?) (あ、そ、そうだな。死体を目撃する、 っていう条件は満たした。 出してあげてください) (はい、では……) 『え? あ……! きゃっ……!』 開いた扉から、由美が一目散に駆け出す……という感じではなく、たぶんアイリスが外に押し出したな。動けなくなった由美を。 その後すぐさまバタン! と扉はしまり、内部の様子はわからなくなる……が。 西田の悲鳴が外まで響いてきてる。 お化け屋敷、絶賛営業中です。ざまぁないな。 さて……由美も(一応)無事。やるべきことはほぼやり終えた。 「梓さん。由美を迎えに行ってあげてもいいですか?」 「そ、そうしてあげて……」 「……いつまで引きずってんすか」 「いいから、ほら、行って行って」 「はい」 苦笑しつつ路地から出て、西田の家に向かう。 玄関先で、由美は呆然とへたりこんでいた。 「由美」 「ひっ! え、ぁっ、ま、ままままままま、 まこっ、まこっ……!」 「お、おぅ、落ち着いて落ち着いて」 「真くんっ!」 「う、うん」 「し、死体がっ! う、うご、うごいたっ!」 「あ〜……うん、だろうね」 「だろうねって、えっ? なにがっ!?」 「いや、うん、由美……ちょっとキャラ変わってる」 「だって! えっ? し、知ってたの?」 「一応……まぁ、はい。そういう手はずだったから」 「言ってよ!」 「いや、ごめん、言いそびれたっていうか…… これで由美に霊の存在を信じてもらおうってのが 当初の計画でもあり……」 「信じたっ! 信じてたっ! もう信じてたよっ!?」 「は、はい、そうですね……」 「事前に言ってよ!」 「……ごめんなさい、本当に」 「もうっ、ほんとに……怖かったんだからぁ!」 「おっと……」 涙目の由美が、俺の胸に飛び込んできた。 恥ずかしがり屋の由美が……こりゃ珍しい。 怖がらせたのは申し訳ないけれど……不謹慎ながら得したと思っています。……重ねてすみません。 「えぇと、お嬢さん? わたくしこういう者ですが……。 今気になること仰っていませんでした?」 警察手帳を見せながら、立ち直ったらしい梓さんがわざとらしく登場。 ここで『あの家に死体があった』と聞けば、市民からの通報で西田を捕まえる、という名目がたつわけだ。 まどろっこしいけど、やっと使える証拠ができたわけだな。 ……長かった、ここまで。 「それで、なにを見たと?」 「へ? え、えぇと、し、した……」 「待て十三課」 「え?」 由美と梓さんの間に、見知らぬ男性が割って入る。 ……一課の刑事さんか。梓さんが露骨に顔をしかめた。 「なんです? 今証言とってるんですけど」 「それはこっちの役目だ。オカルト係は引っ込んでろ」 「……」 「なんだ、文句あるのか新人」 「いいえ? なにも? どうぞ存分においしいところを持っていってください」 「……ふん」 「え、あ、あの……」 見下した目で梓さんを一瞥し、有無を言わさず由美を連れて行く。 あ〜……こりゃ仕方ないわ。梓さんも愚痴言いたくなりますわ。 「態度わっる……」 「ね。いっつもあんな感じ」 「ひっどい扱いだなぁ……」 『おい、真。どうなっとる。 もう終わったのか?』 「え? ああ、ごめん。伊予のこと忘れてた」 『真こそひどい扱いしおって……。 その様子じゃと、うまくいったようじゃな』 「ああ。たぶん、すぐにでも西田は――」 「うあああああああああ!!」 「! おい! 逃げたぞ! 捕まえろっ!!」 西田が玄関から飛び出し、全速力で通りを駆けていく。そして数人の刑事が『待てこらぁ!』と口汚く罵りながら西田を追った。 『聞こえたぞ。ひゃっひゃっ! いい叫び声じゃ! よほど怖かったようじゃな』 「因果応報……ってやつかな」 『うむ。これにてクエスト終了。 気をつけて帰ってこい』 「ああ」 通話が切れ、視線を西田の自宅の方へ向ける。 家の中に、何人か刑事が入ろうとしていた。 そして入れ違いに、葵たちが出てくる。 「にゃっはっは〜っ、スッキリした〜! いい脅かしっぷりでしたわ〜!」 (お二人ともさすがです。強力な念動力をお持ちで) 「ねんどう……? よくわかんないけど、ありがと。 たのしかった〜! ざまぁみろって感じ」 (少々はしゃぎすぎたでしょうか……。 やりすぎちゃった気がします) 嶋さんと野崎さんもいる。 なんだか、満足そうだ。 少しは……気も晴れただろうか。 「あっ、ご主人だ! 任務完了で〜す!」 「ああ、お疲れ様。よくがんばった」 (いえ、がんばったのは嶋様と野崎様ですから) 「もの動かすのってだるいね。 楽しかったけど超疲れた」 (そうですね……。今とっても、眠いです) 「二人ともお疲れ様。 ありがとう、協力してくれて」 (いえ……こちらこそ、ありがとうございました) 「そうそう。お礼言うのこっちっしょ。 ありがと、約束守ってくれて」 「すっきりできた?」 「う〜ん、少しは……かな」 「そっか、まだか。他に俺にできることがあれば」 「ううん。もういい。 でも、もうちょっとだけアタシのこと見逃してくれない?」 「え?」 「あいつが逮捕される瞬間見たいの。 っつか、できれば死刑になるまで?」 「満足したら適当に消えるからさ。 それまで、自由にさせてくんない?」 「……」 「わかった。悪いことはしないようにね」 「へ〜きへ〜き、もう誰も殺そうとしたりしないって。 やばっ、逮捕の瞬間見逃すっ!」 「じゃねっ! もう会うことないだろうけど! もし会ったらよろしくっ!」 笑顔で手を振り、西田が駆けていった方向へ、嶋さんは飛んでいく。 あ、そっか。霊って飛べるんだ。なんて間抜けな感想を抱きながら、見送った。 ……もう会うことも、か。 どうか……安らかにね、嶋さん。 (あの、今日は本当に……ありがとうございました) 「いえいえ。野崎さんの望みも、もうすぐ叶うと思う。 理想とは……かけ離れていたかもしれないけれど」 (そうですね、私の体があんな状態になっていたなんて……) (でも、帰れるだけ嬉しいです。 これで、お父さんとお母さんに会えます) (では……またそのうち。 疲れてしまったので、今日は戻ります) (両親に会えたら……ご報告に伺いますね) 「うん、待ってる」 (はい、では……) 深々と頭を下げ、野崎さんが景色に溶けていく。 「は〜、やっと事件解決か〜」 (まだ……ですけどね。ですが、間もなくでしょう) 「そうだな……。もうすぐだ」 「あ、もうあの子たちの話終わった?」 「……霊見て逃げてたでしょ」 「逃げてません! 空気読んで黙ってただけです!」 「梓ッチ的には霊視の力ないほうがよさげだよね」 「もうほんとそれ。せめて加賀見家の外では消えて欲しい」 (おそらく、力の強いマスターに引っ張られて 完全に覚醒してしまったのでしょうね。 ご愁傷様です) 「うぅ……つらい。この体質つらい……。うぅぅ……」 「泣かないでくださいよ、この力のおかげで事件を――」 「真くん」 由美に呼ばれ、振り返る。 もう終わったのか。 「どうだった?」 「あのね、これから詳しい話を聞きたいからって、 警察署? に行かなくちゃいけないみたいで……」 「ああ、そっか。一人で大丈夫?」 「うん、大丈夫。全部話してくる。見たこと全部」 「私が付き添うね。顔見知りいた方が安心できるだろうし」 「あ、はい。ありがとうございます」 「じゃあなんか、早く来いってめっちゃ見られてるし、 行こうか」 「は、はい。あ、真くん」 「うん?」 「ふふ」 微笑み、俺の手を取る。 ぎゅ、っと強く握り……すぐに離した。 「行ってくるね」 「あ、ああ、いってらっしゃい」 「うんっ」 梓さんに付き添われ、由美が警察の車に乗り込む。 ドアが閉まり、走り出す。 これで……終わる。追い続けた事件が。 「なんすか。今のやりとり。イチャついちゃって。 あたしとも手繋いでよ」 「やだ」 「え〜〜〜! なんで〜〜〜〜!!」 (ア、アイリスも、マスターと……) 「アイリスはいいよ、繋ごう」 (あ、ありがとうございます!) 「なにそれ! 差別差別! あたしめっちゃがんばったのに〜!」 「あはは、冗談だよ。ほれ」 「やった〜! ご主人大好き!」 「でもこのあとお説教あること忘れるなよ」 「うぇぇぇ…………」 「盗み食いなんかするからだよ!」 「うっさいな、も〜! ぶ〜!」 「ふてくされるなって。晩ご飯抜きは勘弁してやるから。 ほら、帰ろう」 「は〜い! 今日の晩ご飯なにかにゃ〜」 (お腹空きました……) 手を繋ぎ、歩き出す。 西田の家の前には、続々と警察が集まっていた。 いずれ、西田にも相応の裁きが下されることだろう。 ……。 琴莉……終わったよ。 やっと……終わったんだ。 「ん〜〜! 労働のあとのご飯はうまいっ!」 「んぐっ、んっ……けほっ」 「ふふ、慌てないの。 たくさん作ったから、ゆっくり食べなさい」 「ゆっくり食べているとわたしが全部食べるがな! おかわり!」 「ちゃんと残しとけよ? まぁがっつきたくなる気持ちもわかるけど」 帰宅し、みんなで食卓を囲む。 今日の疲れと事件解決の安堵から、みんな箸をすごい勢いで進めている。 俺もかなりがっついてる。葵の言うとおり、メシがうまい! ……んだけど。 「なんか……複雑だ。結構な衝撃映像を見たあとに 普通に食事してる自分にびっくりだな……。 前はげっそりしてたのに」 「そういうもんじゃ。わたしなんてグロ画像見ながら レバ刺し食えるぞ」 「……そこまでには至りたくないな」 「土方様は大丈夫でしょうか? かなり驚かれたでしょうね……」 「あ〜……それね、やっぱり刺激強すぎだよねぇ……」 「真を取り巻く環境を理解させるにはあれくらい……と 思ったが、出発前に理解を示したのは誤算じゃったな」 「しかし、由美に死体を目撃させることが警察の もくろみじゃ。叶えてやらんわけにもいくまい。 怪我もなく無事だっただけで、よしとすべきじゃな」 「あたし超がんばったよ。 完璧にボディガードこなしたよ」 (……盗み食いしてましたが) 「こら! それ言うな! こらっ!」 「……なんです? 盗み食いって」 「ほら〜! も〜! 芙蓉に角生えた〜!」 「あとで二人でお説教だな」 「んにゃ〜〜〜! やぁだぁ〜〜〜!」 葵が悲鳴をあげ、みんなが笑う。 賑やかな食卓。 楽しい食事。 けど……琴莉がいない。 だから、完全に『やりきった』という気持ちは、俺にはなくて。 まだ、やり残したことがある。 それがずっと、ずっと、気がかりだった。 「真様? おかわりは」 「ああ、もらおうかな」 「あたしも〜」 「姉さんは駄目」 「えぇぇ〜〜っ!」 「まぁ今日はがんばったし、 盗み食いの件はお説教だけで……」 「甘やかすな。罰は必要じゃ」 「うぅ……世知辛い」 (? マスター、お電話が) 「へ? あぁ、ありがとう。 気づかなかった」 脇に置いてあったスマホを拾う。 由美からだ。 「もしもし」 『あ、真くん? 今大丈夫?』 「ああ、大丈夫だよ」 「なんじゃ、由美か」 「ラブトークっすわ、ラブトーク」 (そういえば、別れ際に手を握って微笑みあってましたね) 「あら、そんなことを? 妬いてしまいますね」 「ヒューヒュー!!」 「ヒュー!」 「うっさいうっさい、キミたち黙りなさい」 『ふふ、本当に大丈夫だった?』 「大丈夫大丈夫」 立ち上がり、廊下へ。 変に茶化されるのが嫌で、別室に避難。 やっと落ち着いて話せる。 「今どこ? まだ警察署?」 『ううん、家に帰ってきたところ』 「どうだった? すんなり終わった?」 『う〜ん……そうだね。すんなりではあったけど…… ちょっと、疑われちゃった』 「へ? なにを?」 『共犯なんじゃないかって』 「はぁ? なにそれ」 『一応聞いたって感じなのかなぁ。 伏見さんが間に入ってくれたから、 そんなに追求されなかったけどね』 「そか、よかった。大事にならなくて」 『私としては……初めての心霊体験の方が 大事件だったけどね』 「あ〜……本当にごめん。説明不足で」 『ふふ、ほんとに。最初に言ってくれればよかったのに。 あ、あのことは言わなかったよ。 首が空飛んだ〜って言っても信じてもらえないだろうし』 「それ、違う意味で疑われちゃうな」 『ふふふっ、だよね』 「でも、正当化するわけじゃないけどさ、 あれで信憑性増しただろ? 俺の仕事」 『あはは、さすがにね。もう疑えないかな〜。 でも、しばらく夢に出ちゃいそう』 「俺、今から由美の家行こうか?」 『え』 「一人で眠れないかなって思って」 『そんなに子供じゃありません。 疲れてるだろうし、真くんもゆっくり休んで』 「大丈夫?」 『はい、大丈夫です』 「わかった。今日はありがとう。本当にお疲れ様」 『真くんも、お疲れ様です。 じゃあ……うん、声聞きたかっただけだから』 「そか、うん。じゃあ」 『おやすみなさい』 「おやすみ」 「……」 「ふぅ……」 「やっぱり……来て欲しいな、って 言えばよかったかなぁ……」 「……あれ? もしかして……」 「は〜い」 「真く…………あれ、誰もいない……?」 「……いたずら?」 「…………」 「……幽霊?」 「なんて……あはは。 お、お風呂入って寝ちゃおっと!」 「…………」 由美の家へと急ぐ。 道中電話をかけたけど、出なかった。 琴莉の影響を受けて、由美も動けない状態にあるのかもしれない。 あるいは……。 ……。 最悪の、してはならない想像を振り切り、走る。 暗証番号を入力しエントランスを抜け、階段を駆け上がった。 インターホンも鳴らさず、以前もらった合鍵で中へ。 「由美? 琴莉? 来たよ」 声をかける。 「んぐ、ん……っ、んん……っ!」 咀嚼音が聞こえた。 琴莉がなにかを、一心不乱に、急くように食べている。 ああ、まさか……! そんな、由美……っ! ――と、焦るのがパターンなんだけど。 「由美、琴莉、入るよ」 「あ、真くん」 「お兄ちゃんだ」 二人が俺を見る。手には食べかけのフライドチキン。 ……うん、わかってた。この展開読んでました。めっちゃいい匂いしてたからね。 ……今日こういうのばっかだな。 「お兄ちゃんも食べる? お姉ちゃんが買ってきてくれた」 「ああ、いや、俺はいいよ。 ってか、由美。何回も電話したのに」 「へ? あ、ごめん。サイレントになってた……!」 「来たよ〜って言っても返事してくれないし」 「……すみません、二人とも食べるのとお喋りに夢中でした」 しょんぼりしながらも、骨についた肉をかじる。 元気そうに見える……けど。 二人とも微妙に顔色がよくないな。 俺の声に気づかなかったのは、むしろそのせいか。 「倒れたって聞いたけど」 「え? 倒れては……ない?」 「あれ? 横になって休んでるって」 「あ〜……ちょっと、こう、なに? うわ〜ってなっちゃいまして、ちょっとだけね? 休んでたけど……倒れるってほどでは」 「ご、ごめんなさい……。大げさに言いすぎたかも……」 「いや……。調子が悪そうなのは見ててわかるよ。 チキンじゃ落ち着かないだろ」 「うぅん……なにか食べてるとちょっと楽になるんだけど、 そうだねぇ……根本的な……空腹? みたいなのはありまして……」 「やっぱり血が必要?」 「血か〜……」 「いらない?」 「うぅん……」 「……」 「しょ、正直に言うと……ほ、欲しい?」 「じゃあ、えっと……どうしよう」 「あ、ま、待って待って。でも私、元人間なわけでして、 血はちょっと抵抗あると言いますか……」 「そっか、抵抗……か」 ほっと胸を撫で下ろす自分がいた。 そうか、血に魅力を感じても、血を摂取することに嫌悪感があるのなら。 琴莉は、人を食い殺す悪鬼にはならないだろう。 「でも……我慢はよくないよね?」 「えぇと……うん。私だけなら我慢できるんだけど…… でも、私だけの問題でもないから…… 我慢しちゃ駄目かなぁ……とは」 モジモジしながら、由美をちらりと見る。 ……ああ、そうか。やっぱり琴莉も気づいているんだ。 由美と深く、繋がっていると。自分の不調が、由美にも影響を与えると。 「だから……はい、その……。 我慢はしちゃ駄目なのですが……」 「血じゃない方、だよな?」 「血じゃない方? なに?」 「う、うん。そう……だけど、これ以上は、 お姉ちゃんの前で、わたくしの口からは非常に 言いにくいのですが……」 「まぁ俺、それで一回振られてるしね」 「ふられ……」 「……」 「ぁ」 由美もようやく気がつき、顔を赤くしながら慌て始める。 「ふ、振ったつもりはなかったよ?」 「あ、そこか。そこに反応するんだ?」 「だって……もう、理解はしてるつもりだから。 それに……琴莉ちゃん、真くんが来てから ソワソワしはじめたし……」 「ぅ……バレてた……」 「わかるよ、琴莉ちゃんのことだもん」 微笑み、琴莉の手に、自分の掌を重ねる。 ……おそらく、由美も気づいている。 自分たちは、一心同体なのだと。 「じゃあ……私いたら、しにくいよね。 ちょっと……出かけてこようかな」 「……一緒にしないの?」 「えっ?」 「……すごい発言が飛び出したな」 「だ、だって……私、お姉ちゃんとも……」 「ふぇ、ぇ……、ぇっ?」 「戸惑うのはわかるけど、主と鬼の関係って、 そうなんだよ。鬼は、主に抱かれたいもの なんだってさ」 「……そうみたい、です」 「ぁ、ぅ……じゃ、じゃ、じゃあ……え、えと……」 「順番には? 最初は俺、次に由美。 それでいい?」 「……うん。それで……落ち着けると思う」 「で、でも……女の子同士……」 「……駄目?」 「……」 「ふ、ふたりがしてるあいだ、 しゃ、しゃわー、あびてきましゅ」 湯気でも出そうなほど顔を真っ赤にし微妙に語尾を噛みながら、由美が部屋を出て行く。 葵も芙蓉も、アイリスもそうだけど。鬼の視線は、妙にこちらの欲情を誘う。 琴莉にもその力が備わった、ってことなんだろうか。 いや、それ以前に……。 「オッケー……ってことかな?」 「かな」 「やった。 お兄ちゃんには、昨日は断られちゃったけど…… 私のままだったら、いいんだよね?」 「ああ」 「耳と尻尾生えちゃってるけど」 「むしろそそる」 「ふふ、じゃあ……」 「しよ?」 琴莉が、衣服をはだけ、脱ぎ捨て。 躊躇いなく、白い肌をさらした。 誘い方はシンプルで、芙蓉のような妖艶さこそは感じないものの、俺の知っている琴莉が、照れずに言えるような台詞でもなく。 「お兄ちゃん……早く。 ……しよ? ね?」 しなだりかかり、俺を見つめる。 瞳は妖しく、鈍く輝き、人間離れした色気を讃えている。 琴莉は、琴莉だけど。 でもやっぱり……琴莉じゃない部分もあって。 全て受け入れなくては。 これが俺の、選択の結果だ。 「待って、脱ぐから」 「うん。……あ、私もシャワー浴びた方がよかったかな。 ああ……最悪だ。全体的にチキン臭くない……?」 「気にならないよ」 「そう? あ、せめて手は拭かないと……。 油でベタベタ……。ごめん、ムードぶちこわし……。 私鬼になっても駄目だぁ……」 「あはは、俺が拭いてあげる」 俺も服を脱ぎ捨て、テーブルの上にあったウェットティッシュを一枚手にとって。 琴莉の指先を、丁寧に拭っていく。 それだけで、琴莉は艶めかしい声を漏らした。 「はふ、はぁ……んっ、はぁ……。 な、なんでぇ……? これだけで……はぁ、ぁ……、 ゾクゾクするぅ……」 「鬼はそういうものなのかもな」 「た、大変だこれは……。 あぁ、ぁ、だ、駄目だぁ……。 触られただけで、駄目だぁ……」 「お兄ちゃん、駄目、もう……無理……。 ください……お兄ちゃんの、ください……」 「お願い、早く……しよ? ね? しよ……? はやくぅ……」 「待った。もう片方も拭かなきゃ」 「うぅ……はぁい。 はぁ……ふぅ……ん……、お兄ちゃん、はやくぅ……」 辛抱堪らないと、綺麗になった方の手で、俺のペニスをしごき始める。 一緒に風呂に入るだけでおどおどしていた琴莉は、もういない。 大胆だ、あまりにも。 けどその大胆さに興奮を覚えているのも、事実だった。 「はぁ……ん、……ぁぁ、ふぅ…………」 「よし、綺麗になった。じゃあ……」 「うん、はやく――」 「ちょ、ちょ、ちょっと、ごめんね」 いよいよ、となったところで扉が開き、由美が戻ってきた。 水を差され、琴莉が不満げな視線を向ける。 「も〜、お姉ちゃん」 「あ、あ、ご、ごめんね、た、タオル……忘れて……」 「ふふ、もうシャワーなんていいから、一緒にしない?」 「ぅ……」 「ふぁ、わ……っ」 由美に見せつけるように、俺の竿に指を絡め、撫でる。 ……あかん、これはあかん。コトリンキャラ変わりすぎ。俺もこれはちょっとテンパる。 「ね? しよ?」 「え、え、えと、えと……」 「……」 「わ、私には、は、ハードルが、高いので……。 し、失礼しました……」 バスタオルをかなり雑に引っ張り出し、逃げるように由美は出て行った。 俺以上にテンパりまくりである。 ……大丈夫か、風呂場でぶっ倒れたりしないだろうな……。 「お兄ちゃん」 「ああ、うん」 「ふふ、ドキドキするね」 「ああ……そうだな。 じゃあ、ベッドに――」 「あ、で、電気。電気消しておくね? 消さなくていい? 消す?」 「……由美」 「な、なに?」 「……実は混ざりたいだろ」 「え、ぁ……えぇと……、ち、ちが…… で、で、電気……大事かなって……」 「あははっ、ふふっ、どっちでもいいよ」 「じゃあ、消す、消します。 私が恥ずかしいから……消します」 「はい、消しました、はい。 じゃあ、はい。……あ、あとで」 今度こそ、由美がシャワーを浴びにいった。 ……ほんと、気の毒なほどテンパってるな。 まぁ……俺も最初はそうだったし、由美にしてみれば同性同士で初のアブノーマル体験だから、仕方ないのかもな。 「お兄ちゃん……」 「ん? あ、ああ」 「もう我慢できないから……」 俺から離れ、ベッドの上へ。 四つん這いになり、お尻を向けた。 「ね……? はやく……」 揺れるふさふさの尻尾に誘われ、俺もベッドへ。 「動物系の外見だと、この体勢が好きなのかな」 「え?」 「結構大胆だよな」 「ぁ……ひゃんっ」 割れ目を指先でなぞる。 みんなと同じだ。愛撫の必要もないほど、既にたっぷりと濡れている。 俺を受け入れる準備は、できていた。 ただ、俺の心の準備はというと……。 「お兄ちゃぁん……はやくぅ……」 「あ、ああ」 実は、内心冷静とは言えない状況ではあった。 なんていうかこのセックスは、葵や芙蓉やアイリスとは、意味が違うんだ。 兄と妹として、血は繋がっていなくともそういう距離感で接してきたから……胸中、複雑だった。 「じらさないで……お願い……」 お尻を振る。尻尾が俺の肌を撫でる。 ぞわ、と、背筋をなにかが駆け上がる感覚。 いつか、伊予に言われたこと。 『琴莉に惹かれているんじゃないか』 由美に申し訳なくて、答えを出そうとはしなかったけど。 いまさら躊躇するのは、馬鹿げている気がした。 「……」 「いれるよ」 「うん、来て……」 「ぁ、ぁ……ふぁ……ぁ……っ」 「あぁぁぁっ……! ぁぁ〜〜〜〜っ!!」 「はぁ、ぁ……っ、はい、ったぁ……っ! あ、ぁ……っ、すご、ぁ……っ、ふぁ……っ!」 根元まであっさりと飲み込み、琴莉が全身を震わせる。 琴莉の中は柔らかく、ねっとりとしていて。 俺のためだけにあるとでも言うように、ぴったり吸いついていた。 「ぁ、ぁ……っ、入れただけで、きもち、いぃ……っ。 お兄ちゃん、動いて……、お願い、うごいてぇ……っ」 「わかった」 「ぁ、ぁ、ぁっ、だめ、そんなんじゃ、だめぇ……っ! もっと、もっと、ズンズンって、もっと、 私のこと突いて欲しいのぉ……っ!」 「ふぁぁぁ! あ、ぁっ、それ、ぁ、ぃっ、 はぁぁ、ぁ、ぁっ、気持ちいいよぉ……っ! ふぁぁ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜〜っ!」 たった数度のピストンで、琴莉は理性を飛ばしてしまった。 甲高い嬌声を上げ、髪を振り乱し、耳と尻尾をぴんと立てて。 「ぁ、そこっ、ふぁぁ、そこ、いい……っ! あぁぁ、いいよぉ、気持ちいぃ……っ! お兄ちゃん、もっと、もっとぉ……っ!」 発情期のメス犬のようだ。 自ら腰を振り、貪欲に快楽を求める。 とてつもない締めつけだ……っ、息が止まる……っ。 「ぁ、ぁ、ぁっ、すご、いぃ……っ、 お兄ちゃんと、えっち……してるぅ……っ!」 「夢が、叶ったぁ……っ、うれし……ぁ、ぁぁっ! あぁんっ、は、ぁ、ぁっ、うれしい、よぉ……っ!」 「……っ、俺とセックス、したかった?」 「う、ん……っ、したかったぁ……っ! こんな風に、して欲しかったぁ……っ!」 「一緒にお風呂、入ったときぃ……っ! して欲しいと、思ってたぁ……っ!」 「琴莉って、結構エロいのな」 「そんなこと、ないぃ……っ! ふぁぁ、ぁ、ぁっ、〜〜〜っ! ぁ、だめ、それ、だめぇ……っ!」 「ぁ、イク、イッちゃう……っ! ぁぁ、ぁ、ぁっ、〜〜〜っ!」 「ひぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 シーツをぎゅっと握り体を強ばらせ、琴莉が達する。 鬼とのセックスは、ただ感情のままに動けばいい。 体の相性は最高に決まっていて、俺がなにをしても琴莉は感じてくれる。 だからこそやっぱり複雑で、奇妙な背徳感に襲われるけれど。 興奮しきった今では、『それこそがいい』と悦に浸る。 俺も理性を、すっかりと飛ばしていた。 「ぁ、ぁぁ……っ、イッちゃった……。 お兄ちゃんまだなのにぃ……、 イッちゃったぁ……っ」 「もう満足?」 「まだ、まだぁ……、足りないのぉ……っ、 お兄ちゃんのおちんぽでぇ、私の中ぐりぐりってしてぇ、 精液どくどくって、たくさん出して欲しいのぉ……っ」 「恥じらいのない子になっちゃって」 「だってぇ、して欲しいんだもん〜……っ! 我慢できないのぉ、欲しい、欲しい……っ、 お兄ちゃんの精子欲しいぃ……っ!」 ぎゅうっと膣でペニスを締めつける。 噛みちぎらんばかりの勢いで圧迫してくる膣壁を押し広げながら、ピストンを再開する。 「ぅぁ、ぁっ、さっきより、激しいぃ……っ! あ、ぁ、ぁんっ! あぁぁぁっ!」 「ゆっくりやってる、余裕……っ、 俺にも、ないから……っ」 「出したい? 射精、したい? いいよ、私の、中にぃ……っ、 いっぱい、いっぱいいっぱい、いっぱい……っ!」 「ぁ、ぁ、ぁっ、それ、好きぃ……っ! いっぱい突いて、いっぱいいっぱい、突いてぇ……っ!」 「あぁぁ、っ、お兄ちゃん、好き、好きぃっ! ごめんなさい、好き、好きぃっ!」 「好き、だからぁ……っ! もっと、もっと……っ! ふぁぁぁぁ……っ!」 「……っ、まだ、イクなよ……っ!」 「う、んっ、我慢、するぅ……っ! ご主人様の、いうこときくぅ……っ!」 「あ〜、ぁ〜〜〜っ、だめぇ……っ、気持ち、いぃっ、 えっちって、気持ちいぃぃ……っ! おかしく、なっちゃぅぅ……っ!」 「ぁ、ゃっ、ぁ、ぁ、ぁっ、〜〜〜っ! 駄目、ぁ、っ、また、イッ、ちゃ……っ! あぁぁ、ぁ……っ!」 「我慢、だ……っ、もうちょい……っ」 「はい、はい……っ、しますっ、しますからぁ……っ! だから、だから、お兄ちゃぁん……! 出して、出して、精液一杯出して……っ!」 「ぁ、ぁっ、〜〜〜〜っ、だめ、だめ……っ、 まだ、イッちゃ……っ! あぁ、ぁ、ぁ〜〜っ、 〜〜〜〜〜っ!」 「ぁぁぁっ、ごめんなさ、お兄ちゃ……っ、 イッ、ちゃ、イッちゃう……っ、 もう、イッちゃう……っ!」 「っ、いい、ぞ、イッても……っ、俺も……っ」 「イク? イクの? イク? イク? あぁぁ、イクッ、イクイク……っ! ふぁぁぁっ!」 「出して出して、出してぇ……っ! 私の中に、いっぱいだしてぇっ! 欲しいのぉ! 精子ぃ……っ!」 「……っ」 「ふぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、ぁ――! 〜〜〜〜〜っ! ふぁぁぁっ!」 「あぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」 「……っ、ぁ、ぁっ、あぁぁ……っ、ぁ〜〜っ、 出てる、どぴゅどぴゅってぇ……っ、 あぁぁ、ぁ〜〜っ、たくさん〜〜……っ」 「あぁぁ、すごい……すごいよぉ……っ、 お兄ちゃんが、私の中でぇ……っ、 幸せすぎて……ふぁぁ……っ」 膣内を引きつらせ、脈打つ俺の性器から、精子を一滴残らず搾り取る。 大量に吐き出した白濁液を全て受け止めながら、琴莉は恍惚の吐息を漏らし、強ばった体を徐々に弛緩させていった。 同時に、俺の体からも力が抜けていく。 あぁ……これだ。久しぶりのこの感覚。精気そのものを持っていかれる、途方もない疲労感。 琴莉が鬼になったという、最後の実感だった。 「はふ、はぁ……やったぞぉ……。 お兄ちゃんとえっちしたぞ〜」 尻尾をふりふりと左右に振る。 ああ、こんなに喜んでくれるほど……俺を想っていてくれたんだな。 俺の心にも、愛しさが溢れる。 由美に悪いとは、もう思わなかった。 だって由美も、琴莉に対して同じ気持ちを抱いているだろうから。 「ふぅ……ん、はぁ……。 お兄ちゃん、もう……疲れちゃった?」 「まぁ……それなりには、かな」 「でもまだカチカチだし…… もう一回くらい、できるよね?」 「がんばるよ」 「ふふ、相手は……お姉ちゃんだけどね」 「え?」 「よいしょ……と」 腰を引き、結合をとく。 そのまま琴莉はベッドから下りてしまった。 そして、台所への扉を開ける。 「おね〜ちゃん」 「ふぁ、わ……っ!」 そこには、裸の由美がいた。 床に座り込み、ひどくうろたえている。 「来て」 「ぁ、わ……」 由美の腕を引き、ベッドまで連れてくる。 髪が濡れていないように見えた。顔は真っ赤だ。 「シャワーは?」 「え、と……」 「ずっと聞いてたんだよね、そこで」 「ぅ……」 「それで、一人でしてた」 「こ、ここ、琴莉ちゃん……っ!」 「ふふ、隠してもだ〜め。 お姉ちゃんのことはなんでもわかっちゃうから」 「うぅ……」 「由美がオナニー……。 ちょっと見たかった」 「や、やだ……、恥ずかしい……っ!」 「どうせ一人でするなら、こっちに来ればよかったのに」 「す、するつもりは、なかったけど……。 でも、こ、声……聞こえるし……」 「それに、なんだか……すごく、ドキドキして……。 体が火照っちゃって……」 「我慢できなかった?」 「……」 「……うん」 「じゃあ……お兄ちゃんに慰めてもらお?」 「やっぱり……三人でしようね?」 「……」 「……うん」 「お姉ちゃん、可愛い」 「ぁ……」 琴莉が由美を、ベッドに押し倒す。 琴莉が頭の位置を入れ替え、由美の上に。 シックスナインの体勢で、由美の女性器をペロリと舐めた。 「ひゃん……っ! こ、琴莉ちゃ……っ!」 「これって体液だから……血と似たようなものだよね。 すごく欲しいって思うの。おいしい」 「だ、駄目だよ、そんなところ……っ、 しゃ、シャワーも浴びなかったし……っ」 「んちゅ、れろ……ん、ちゅ、れろれろ、 んちゅ、ちゅっ、ちゅる」 「はぁぁ、は、ぁぁ……っ!」 唇を寄せ、愛液を吸い上げる。 由美が艶めかしい吐息を吐き、悶えた。 俺のときより反応がいい気がする。……ちょっと悔しい。 その嫉妬を察してか、琴莉が顔を上げ妖しく微笑み、膣を指で広げた。 「お兄ちゃんも。 お姉ちゃんのここ……お兄ちゃんの欲しい欲しい、って」 「うぅぅ……恥ずかしいぃ……っ、 こ、琴莉ちゃん……そういうの、いいからぁ……」 「駄目だよ〜、ほぉら、お姉ちゃんもお兄ちゃんに お願いして」 「う、ぅぅ、ぅ……っ」 「したいんでしょ?」 「し、したい……」 「じゃあ、入れてくださいって」 「うぅ…………」 「……」 「真、くん……」 「入れて、くださぃ……」 消え入りそうな声。 疲れた俺の体を、再び突き動かすには十分で。 「ぁ、ぁ、……あっ!」 広げられたその膣に、ねじこんだ。 ビクッと暴れ閉じかけた両足を、琴莉が押さえ込む。 「お兄ちゃん、動いてあげて」 「あ、ま、待って、ぁ、ぁ……っ!」 「ぁんっ! ふぁ、ぁ、ぁ、ぁ、あぁ……っ!」 軽く突いただけで、もうイッてしまったんじゃないかと勘違いしてしまうほどに、由美が全身を痙攣させる。 あれ? なんか俺のときよりも……。 「い、いつもより反応よくない?」 「ふふ、待ちきれなかったんだよね〜?」 「うぅ……そ、そんなことない……」 「全部わかっちゃうんだから、隠してもだ〜め。 私も気持ちよくしてあげるね」 「んちゅ、ん……れろ、んん、はぁ……ん、ちゅ……」 「ふぁっ、ぁ、ぁ、ぁっ、駄目……っ、ぁ……っ!」 「ん……んく、ん……れろ……ふぁぁ……はぁ……、 お姉ちゃんの、おいしい……ん、れろ、ちゅる、 はふ、はぁ、んん……」 「こ、琴莉は……ほんとエロくなったなぁ……」 「あはは……恥ずかしいは恥ずかしいんだけどね。 気持ちがわ〜ってなって、どうでもよくなっちゃう。 鬼って、そういうものなのかも」 「あ、ごめん。お兄ちゃん、私がこうしてると動きにくい?」 「俺の腹に頭突きしなければ大丈夫」 「ふふ、気をつける。動いてあげて? お姉ちゃんがじらされて拗ねちゃってる」 「す、拗ねてなんて……っ」 「そりゃ申し訳ないです、っと」 「ぁ、ぁんっ! はぁ、は、ぁ、ぁ、ぁ……っ!」 奥の奥まで差し込んで、膣壁をほぐすように円を描く。 シーツを掴み背中を仰け反らせながら、由美は部屋中に響き渡る声で喘いだ。 「ぁ、ぁ、ぁ……っ! あぁ、なんで、こんな……っ! ふぁ、ぁっ! だめっ、ぁ、ぁっ! あ〜、〜〜〜っ、あ、ぁ、〜〜〜っ、あぁっ!」 「ど、どうしよう……ぁ、ぁ……っ、 い、いつもと、違う……っ! ふぁぁ、ぁ、ぁ……っ! ぁ〜〜〜っ! あぁんっ!」 恥ずかしがり屋の由美らしくない乱れよう。 いつか見た夢に……というよりは、鬼の感じ方に似てるのかもしれない。 俺がなにをしても、すごくいい反応が返ってくる。 これも、琴莉と繋がっている影響なんだろうか。 だとしたら、俺たちの体の相性も最高どころじゃないぞ。それはとてもいいことだ。 なんて、不謹慎にも思える想像に興奮を煽られ、一層調子づいて、由美をめちゃくちゃに突き上げた。 何度も何度も。遠慮も配慮もなしに突き続けた。 「ぁ、ぁっ、すごっ、ま、真、くんのもぉ……っ! い、いつもより……っ! ふぁぁ、ぁぁぁぁっ!」 「お姉ちゃん気持ちよさそう……。 ねぇ……お姉ちゃん、私のも……舐めて? ね?」 「ふぇ、ぇっ? な、なめ……? るの? えっ?」 「はやくぅ、お願い、お姉ちゃん……。 一緒に気持ちよくなろ?」 「ん、ぁ……っ、んちゅ、ん、んん、れろ、ん、 んちゅ、ん、んっ」 琴莉が腰を落とし、半ば無理矢理に由美へ性器を舐めさせる。 優等生の由美が、レズプレイ。 付き合いが長いゆえに、カッと胸が熱くなるほどにそそる光景だった。 「ぁ、ぁ……きもちぃ、……ぁ、 もっと、舐めて……ぁ、ぁ……っ」 「はふ、はぁ、ん……ちゅ、んちゅ、れろ…… ん、ぁ……はぁ、んんっ」 「いいよ、お姉ちゃん……すごく、ぁ……っ、 気持ちいい……っ、はぁ、ぁ……っ」 「お兄ちゃんが、見とれちゃって動か、ないからぁ…… 私も、舐めて……あげるぅ。 んちゅ、ん、はふ、はぁ、ちゅ、れろ、んん、んっ」 「あぁ、ぁ、んっ、はぁ、ん、れろ、んんんっ、 ちゅ、はふ、琴莉ちゃ、ぁ、駄目……っ、 はぁ、ぁ、ぁ……っ、んん、ん、ちゅっ、っ、っ」 互いの性器に舌を這わせ愛液を舐め取り、すすり。 ぴちゃぴちゃと水音をたてながら、快楽を享受する。 琴莉の言うとおり、見とれていた。 扇情的で、でも、目の前にあるのは二人だけの世界で、俺だけなんだかのけ者にされてしまったようで。 ここにいるぞと、俺だってできるんだぞと、腰を叩きつけ自己主張を始める。 「ぁ……っ! だめ、急にぃ……っ! あぁぁ、ぁ、ぁっ! 真くん……っ! ふぁぁ、駄目、だよぉ……っ! あぁぁ、ぁ〜〜っ!」 「ふふ、お姉ちゃん、舌の動き止まっちゃったよ〜? 一人で気持ちよくなってないで、 私も気持ちよくして?」 「で、でもぉ、真くんがぁ……っ、 あぁん! あ、ぁっ、だめ、だめだめ……っ! あぁっ、はげし……っ、あ、ぁ、ぁ……っ!」 「あ、ぁぁっ、こ、こんなのぉ……っ! し、知らないぃ……っ! 真、くん、いつもより…… あぁぁっ! 激しいぃ……っ!」 「そ、そっちだって、乱れまくってるよな、……っ」 「そんなことぉ……あぁっ、な、ないぃ……っ! ない、けどぉ……っ、気持ちよく、って……っ! あぁ、あぁんっ!」 「あ……もったいない。垂れちゃう……。 んちゅ、んっ、ちゅる、ずっ、ん、ん、んっ、れろれろ」 「ぁ、駄目……っ、やっ、ぁっ、ぁ、ぁ、ぁっ!」 「もっといっぱい、気持ちよくなって、お姉ちゃん。 私が全部舐めてあげるからぁ。 んちゅ、んんんっ、れろれろ、ちゅっ」 「ぁ……っ! 〜〜〜〜っ! ぁ、ぁっ!」 ピストンの隙を見て、琴莉が舌を伸ばし愛液を掬う。 時折クリトリスを刺激し愛液の分泌を促し、隙間からあふれ出るたびに、その全てを舐め取った。 「ぁ、ぁ〜〜〜っ! 〜〜〜っ! 気持ち、よすぎて……っ! ぁ、ぁっ! だ、だめ……っ! だめに、なるぅ……っ! ふぁぁっ!」 ペニスで乱暴に突かれ指と舌で愛撫され、途方もない快感に由美もすっかりと理性を失っていた。 全員が全員、獣のように貪りあって。 のぼりつめていく。絶頂へと。 「あ、ぁっ、〜〜〜っ、んぁ、ぁ……っ! 琴莉、ちゃんの……っ、垂れて、きてる……っ! ん、れろ、ちゅっ、んん、ぁ、はぁ、ん、んっ」 「ぁんっ、ぁ、ぁ、気持ちぃ……っ、 私も、たくさん舐めてあげるぅ……。 んんん、ちゅる、れろ、ぁ、んんん、ちゅっ」 「はふ、はぁ、ぁ、ぁ……っ、ぁ……っ! ま、真くん、だめぇ……っ、そんなに、強くしたら……っ 琴莉ちゃんの、舐めて……あげられない……っ」 「なんだよ、……っ、俺、邪魔者?」 「じゃ〜あ、お兄ちゃんはまた私とする?」 「駄目、駄目駄目……っ! 私と、するのぉ……っ! やめちゃ駄目ぇ……っ、私の番だからぁ……っ、 最後まで、ちゃんと……っ!」 「ふふ、もうすぐイキそうだもんね?」 「うん、イク……イッちゃう、からぁ……っ、 イクまで、して……ほしぃ……っ!」 「由美のおねだりとか、張り切るしかないでしょう……っ!」 「〜〜〜〜っ! あぁぁっ! すご、ぁっ、ぁっ! 気持ちぃ……っ! あ、ぁ、ぁっ、ぁ〜〜っ!」 「ふふ、すごい、ここ……ピクピクしてる。 気持ちよさそう。私もお手伝いしてあげるね?」 「ぁぁっ、ぁっ! 駄目、触っちゃ、駄目ぇ……っ! ふぁ、ぁっ、っ、ぁぁぁっ、イッ、ちゃ……っ! あぁ、もう、駄目ぇ……っ、あぁぁっ!」 「ぅ……っ、俺も、そろそろ……っ!」 「イッちゃう? お兄ちゃんもイッちゃう?」 「いいよ、出して、中に……出して……っ! ぁ、ちがっ、 駄目……っ、中、駄目……っ! 琴莉ちゃんに、 あげてぇ……っ、私じゃなくて、琴莉ちゃんに……っ!」 「……っ、わ、わかった」 「お兄ちゃん、ちょうだい? 濃いのちょうだい? 出して? 私に、私のお口に出してぇ……っ!」 「……っ、く……っ」 「ぁ、ぁっ、ぁぁ、……、ィ……っ、く、……っ! あ――っ! ふぁぁ……っ!」 「はやく、ちょうだい? 全部飲むから、 お兄ちゃん、お兄ちゃぁん……!」 「ふぁぁぁぁぁ――ッ!」 「ん、んく……っ! んんん〜〜〜〜っ!」 果てる瞬間、由美からイチモツを引き抜き、琴莉の口にねじ込んだ。 ねっとりと舌が絡まった瞬間一気に波が押し寄せ、射精する。 同時に由美も達し、体を小刻みに痙攣させていた。 「はふ……っ、は……、はっ……、はぁぁ……っ、 ん、ぁ、はぁ……っ、ぁ、ぁ……っ」 「んちゅ、じゅる、ん、んんんっ、じゅるる、 ちゅっ、んちゅ、ん、ん、んっ、んん〜っ」 琴莉は俺の性器を、丹念にしゃぶる。 精液を全て絞りつくして、飲み干してしまう。 「んく……はふ、はぁ……んっ、ちゅる……っ、 はふぅ……ごちそうさまぁ……、 おいしかったぁ……」 「は、はふ……はぁ……ぁ、……、……っ、 き、気持ち、よかったけど、な、なんだか…… いつもより……つ、疲れ、ちゃったぁ……」 「ふふ、私が吸い取っちゃったからね〜。 お姉ちゃんも、ごちそうさまでした」 「吸い取る……そっか、鬼さんとするのって…… あぁ、そっかぁ……」 「理解、してくれた……? 前に俺が言ったこと」 「うん……。定期的に、えっち……しないと…… 駄目なんだねぇ……。はふぅ……」 「そういう、こと。あぁ……俺も疲れた……」 「私は元気だからもう一回……って言いたいけど……」 「無理……」 「無理……」 「だよねぇ……あはは」 「ふ〜……」 「はぁぁ……」 力が抜けた体を、ベッドの上に横たえる。 由美と琴莉は俺の腕枕。 両手に……というか、両腕に花、かな。 「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ごめんね。 おかげですっきりしました」 「いいよ、これも主の務め、ってね」 「ふふ、ありがとう。ご主人様」 「気持ち悪いの治った?」 「うん、もう大丈夫。気持ち悪いって言うか、 うずうずって感じだけどね。血と精液欲しくなると、 ああなるんだね、びっくり」 「麻薬の禁断症状……って伊予が言ってたな。 かなりつらかった?」 「ん〜……そうだね。我慢しよう我慢しようって 思ってたけど……ごめんね? お姉ちゃんも つらかったよね?」 「え? ああ、ふふ、私は大丈夫。 琴莉ちゃんが心配だっただけ」 「えへへ……ありがとう。 でも……これから毎日こうなるのかなぁ……。 そうだったらすごく申し訳ないなぁ……って」 「あはは……そうだね。 絶対お隣さんに聞こえちゃってるなぁ……。 顔合わせられない……」 「そんなの今さらだろ。今日ほどではないにしろ、 今までも結構大きい声出してたよ?」 「もうっ、そういうこと言わないでっ」 「ふふ、じゃあ次からは、お兄ちゃんちで、だね」 「ああ。でも、ちょっと違うな」 「うん?」 「俺のうち、じゃなくて、俺たちのうちで、だよ」 「ぁ……うん、ふふっ」 琴莉が微笑み、俺にぎゅっとしがみつく。 そうだ。もう琴莉は家族で。 帰るべき場所は、みんなが待っているあの家だ。 「よかったね、琴莉ちゃん」 「うん。ねぇ、お姉ちゃんも一緒に住んだりできない?」 「え?」 「駄目? お兄ちゃん」 「問題ないよ。結婚する前に同棲してみるのもいいかもね」 「け、け、けっこ……」 「わ、プロポーズだ!」 「ぷ、ぷろ……!」 「由美がよければ、だけどね」 「ぅ……」 「……」 「お、お世話に……なります」 「すごい! 婚約成立だ!」 「は、恥ずかしい……」 見られたくなかったのか、俺の胸に顔を埋める。 その様子を微笑ましげに見つめながら、琴莉がふ……っと、呟いた。 「……ごめんね」 「え?」 「本当なら……もっと幸せな未来があったのに。 私が、壊しちゃった」 「壊しちゃったって……そんなことないよ?」 「ううん。私が嫉妬して、お姉ちゃんに 乗りうつらなかったら……もっと普通に、 お姉ちゃんとお兄ちゃんは一緒になれたんだ」 「私っていうお邪魔虫抜き……二人っきりで、幸せに」 「琴莉ちゃん!」 由美が声を張り上げる。 珍しく、怒っていた。 「二度とそんなこと言わないで? 私、琴莉ちゃんに会えてよかったって思ってるんだよ?」 「……ほんとに?」 「うん。琴莉ちゃんのおかげで、真くんのこと、 お役目のこと、全部全部、知ることができたから」 「琴莉ちゃんに会えなかったら……たぶん私、 嫌われたくなくて理解のあるふりをして…… でも、ずっとモヤモヤしてたと思う」 「そうだなぁ……たぶん、あのままだったら俺たち、 長続きしなかったよ。認識のズレを、埋められなくて」 「うん。西田さんの一件で……心霊現象? は信じることはできたけど……葵ちゃんや アイリスちゃんのことは、見えないし」 「それに……鬼さんとの、エッチ? やっぱり、どこかしこりが残ってた」 「でも今、やっと理解してもらえた……かな」 「うん。琴莉ちゃんと、その、ね? エッチして…… 鬼にとって、これは大事なことなんだって、 とってもよく理解できた」 「まぁ……それでも浮気って後ろめたさはあるには あるんだけどね」 「ふふ、いいよ。真くんが葵ちゃんや芙蓉さんや、 アイリスちゃんと浮気したら、私も琴莉ちゃんと 浮気しちゃうから」 微笑み、琴莉の頭を優しく撫でる。 くすぐったそうに目を細め、琴莉もはにかんだ。 「だから、そんなこと気にしなくていいの。 琴莉ちゃんのおかげで、私たち……本当の意味で わかりあえたから」 「ああ。琴莉がいるからこそ、俺たちは幸せになれたんだ。 俺たちみんなで、幸せになるんだ」 「俺たち、家族だろ?」 「……」 「……ありがとう、本当に、ありがとう」 「私、自棄になってたのに。 自棄になって消えようとしてたのに…… 引き留めてくれて、ありがとう」 「あぁ、私も……幸せだぁ……。 もうおうちに帰っても……一人じゃないんだ。 一人でご飯食べなくていいんだ……」 「ただいまって、おかえりって言えるんだ。 おやすみって、おはようって言えるんだ……」 「ありがとう、ありがとう。 私に命を与えてくれて……ありがとう……っ」 「ふふ、……よしよし」 琴莉の瞳に涙が滲み、由美が頭を撫で、そっと指の腹で拭う。 兄と妹、姉と妹、主と……鬼。 普通ではない。けれどこれが、俺たちの家族の形。 琴莉がいなければ俺たちはなく、俺たちがなければ琴莉もない。 そうやって互いに必要にし、愛し合いながら、生きていくんだ。ありふれた、毎日。 「ずっと一緒だ、琴莉」 「もう一人に……しないからね?」 「うん、……うんっ、 ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん……っ」 「ぅ……ぐすっ、えへへ、なんか、一人で 盛り上がっちゃった。ごめんね、 二人とも疲れてるのに……」 「いやぁ……実はあくび噛み殺すのに必死だった」 「も〜、真くんは照れ隠しですぐそういうこと言うんだから。 よくないよ? そういうの」 「あはっ、ふふっ、そういうところも好きだけどね〜」 「あ、琴莉ちゃんずるい。私も真くんのこと好きだから、 あえて厳しいこと言ってるんです」 「好き好きレベルは私の方が上ですけどね〜。 化けてでちゃうほどですから〜」 「い〜え、私の方が上です。 真くんのためなら危ないことだって平気でできるもん」 「私です〜」 「私〜」 「おぉ……すごい。間違いない……。 今この瞬間が俺の人生のピークだ……」 「も〜、お兄ちゃんのせいで喧嘩してるんだよ?」 「そうだよ。一人で感動してないで、ちゃんと答えてよ」 「こ、答えるって?」 「真くんは――」 「お兄ちゃんは――」 「「どっちの方が好き?」」 「……」 「さ、寝よっと」 「あ、ずるい!」 「そういうごまかそうとするところはよくないと思うな〜、 私も」 「ね、よくないよね」 「ね〜」 「じゃあ両方」 「じゃあって!」 「適当すぎ〜!」 「適当じゃないことは、これからの行動で示すよ」 「時間は、たっぷりあるんだから」 「……ふふ、そうだね」 「……うん、ずっとずっと、一緒だもんね」 「さ、寝よう。明日に備えて」 「うん、おやすみなさい」 「おやすみ、お兄ちゃん、お姉ちゃん」 目を閉じ、まどろむ。 三人寄り添いながら、夢の世界へ。 数時間後には、みんなで目覚め、明日を迎えるんだろう。 そうやって毎日、眠り、目覚め、同じ時を歩んでいく。 俺たち三人で、幸せな毎日を積み重ねていくんだ。 ずっと、ずっと。 この命、尽きるまで。 ずっと、ずっと―― 数日後、琴莉の葬儀が行われた。 その様子を俺たちは、葬儀場のすぐそばで、出入りする人たちの姿を、見守っていた。 「自分のお葬式かぁ……。 すっごく変な感じ……」 「……大丈夫? 無理しなくていいからね?」 「ううん、大丈夫。来たいって言ったの私だし…… それに……嬉しいこともあったから」 「お父さんとお母さん、泣いてくれてる。 クラスの人たち……たくさん来てくれてる」 「……うれしいな。こんなにたくさんの人が、 悲しんでくれてる」 「……」 「もう行こっか」 「いいのか?」 「うん。もう十分」 「誰にも必要とされてないんだって 思い込んじゃってたけど……よかった。 知ることができた」 「滝川琴莉の人生にも、意味があったんだ。 それが……すごく嬉しい」 「でも……」 「……」 「人間の滝川琴莉は死んで…… これからは、鬼の滝川琴莉として生きていくんだ」 「今の私には、その幸せが……一番大事」 「ごめんね、お父さんお母さん。 もうお喋りはできないけど……私、そばにいるから」 「お兄ちゃんのお役目を手伝って…… この町を、お父さんとお母さんを、守っていくね」 「……」 「うん、よっし! 帰ろう! お兄ちゃん、お姉ちゃん!」 「ああ、帰ろう。俺たちのうちに」 「うんっ、ど〜ん!」 「わ、ふふ、甘えん坊」 琴莉が俺たちの腕を取り、しがみつく。 確かなぬくもりを、感じる。 かけがえのない、ぬくもりを。 「ふふっ。改めまして、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」 「これからずっとずっと、よろしくねっ!」 「ああっ」 「うんっ。私たち、ずっと一緒だよ、琴莉ちゃん!」 「えへへ、うんっ!」 「…………」 真くんの家を出て、十分程度。 夜の商店街は、昼間の賑やかさとはうってかわり薄暗く、どこか陰鬱さすら感じる。 大木屋は閉店準備中のようだ。閉まりかけたシャッターの向こう側に、西田の姿を確認。吐き気を催す。 店を通り過ぎ、細い路地を曲がる。 スーツ姿の男性が、誰かと待ち合わせでもしているように、スマホをいじっていた。 十三課の先輩、中村さんだ。気の弱そうな顔立ちで、とても刑事には見えない。あまりにも堂々とした監視だけど、この風貌のおかげで気づかれてはいないだろう。 「お、伏見か」 「お疲れ様です。一人ですか?」 「お前が加賀見くんの様子を見に行きたいって言ったから、 一人でやってるんだろ」 「そうでした」 「そっちはどうだった」 「真く……加賀見くんが決定的映像を撮ってくれました。 既に課長に。見ます? 私のスマホにも入ってます」 「いいよいいよ、俺そういうの苦手なんだ」 「……。土方さんは」 「もう帰宅してる。今日はもう大丈夫だろうから、 警護も解いたってさ」 「二十四時間警護するって約束です」 「だから俺たちで西田を見張ってるだろ。 あいつらも休ませないと倒れちまうよ」 「……」 「先輩も休んでは。見張り、代わります」 「あ、いいの? じゃあちょっとトイレ行ってくるわ。 でっかい方だから時間かかる」 「そういう報告いりませんから……」 「大事だろ、すぐに戻って来られないんだから。 ここらへんでトイレの綺麗なところ知らないか? あそこのハンバーガー屋、きったねぇんだよな」 「この時間だったらコンビニくらいしか ないかもしれませんね」 「ちくしょう、我慢するか。 じゃあちょっと行ってくるわ。 頼んだ」 「はい」 中村さんが、小走りで路地の奥へと消えていく。 ここにはもう、私だけ。 幸いなことに、人通りはまったくない。 大木屋に目を向ける。気づけば、閉店準備も終わったようだ。 ちょうど西田が店を出てきて、シャッターを下ろし始める。他の従業員の姿はない。好都合だった。 これから私がしようとしていることは……数ある選択の中でも、最も愚かなことだろう。 軽率であると、十分に承知していた。 けれど、みんなの……野崎さんの、嶋さんの、なにより目の前で消えていった琴莉ちゃんの無念を思うと、じっとはしていられなかった。 あの凶悪犯をこれ以上野放しにするのは……我慢ならなかった。 ……一秒たりとも。 「西田巧さんですね?」 「? はい?」 声をかけると、だるそうに西田が振り返る。 手帳を取り出し、身分を明かした。 「わたくし、こういう者です」 「警察……っすか?」 目を丸くする。不思議そうに。 焦り、怯え、そういったストレスは感じなかった。 ただただ、理解できていないようだ。なぜ警察が? と。 その態度で確信した。この男は、自分がやったことに対して……罪悪感がないのだ。たったのひとかけらも。 だからこそ私も躊躇せず、踏み込める。 「お尋ねしたいことがありまして」 「なんですか?」 「これに、なにか心当たりは?」 スマホを取りだし、あの写真を見せた。 これで西田の本性を引き出せると思った。 それはある意味では成功したけれど、むしろ動揺したのは、私の方だった。 「俺の作品だ」 「な……っ」 あっさりと認めた。 悪びれず、罪の意識に苛むこともなく、ヘラヘラと笑いながら。 この男、欠落している。人としての感情が。 「あなた……今自分がなにを言ったかわかってる?」 「わかってますよ。俺の力を警察が認めたってことだ。 そうだろ?」 「力……? 認めたのはあなたの罪だけよ」 「は? 罪とか意味わかんねーし」 「意味が……? 人を殺して、こんな風に弄んで、 あなたは被害者になにも感じてないって言うの!?」 「殺したとかマジ勘弁してよ。 ちゃんと生き返るしソレ」 「……あなた、なにを言って……」 「まだパーツが足らねぇけど、もう少しで終わるから。 他の女も今はしまってあるけど、 ちゃんとあとで治してやるし」 「罪とかありえないっしょ。 綺麗にしてやってんのに、 なんで責められなきゃいけないんだか」 「警察も俺の力が欲しいんだろ? 命を作れるの、世界で俺だけだし」 「あなた……」 罪を逃れるために、苦しい言い訳を並べている。そんな様子にはとても見えなかった。 信じている。くだらない妄想を。 この男……! 「まともじゃない……!」 「そりゃ俺、天才だし」 「もういいっ、もう十分……! あなたを逮捕する!」 「……」 「あんた指、綺麗だな」 「は? ――!?」 「……っ! な、なにを……っ!」 「顔は全然好みじゃねぇし……髪も駄目だな。 もっとサラサラがいい」 「腕も足も駄目だ。いい線いってっけど、 あのボディに合わない」 「けど指はいいなぁ……。綺麗だ。 合うかわかんねぇけど……欲しいなぁ……」 「なにを言って……! あなた、今どういう状況かわかってるの!?」 「怖がる必要ないって。 また目が覚めたときには、もっと綺麗になってるから」 「……っ、ベタベタで言うのが恥ずかしいくらいだけど、 ICレコーダーって知ってる? あんたの言葉、 しっかりと録音してあるから。これ、完璧な自白だよね」 「あっそ」 「私を殺して逃げようと思っても無駄。 録音と同時にバックアップを残してる。 あんたの手が届かない場所にね」 「わかる? もう行き止まりなのよ。 それに、刑事を殺したらどうなるか。 あなたのこと、地の果てまで追いかけるわよ」 「そもそも、私を殺せるかしらね。 大声を出せば、人が――」 「そろそろ黙れよ」 「か、は……っ!」 「最初の女はさぁ、つい殴っちゃったんだよなぁ。 あれは駄目だ。痣になっちまった。 目立たないから妥協したけどさ」 「二人目は……こうやってゆっくり首を絞めてやった。 力加減がムズイんだよ。強くやりすぎちまうと、 やっぱ痣になる」 「……っ、ぁ……っ!」 「三人目も……丁寧にやりたかったんだけどなぁ。 つい殴っちまった。手っ取り早いんだよ、その方が。 我慢できねぇよなぁ、早く欲しいと思っちまって」 「そ、……っ、や、って……こ、とり…………、 ちゃんを……ッ!」 「あ? なに? わかんね」 「か…………っ!」 「あ、そうか。あんたは指欲しいだけだから、 手加減必要ねぇか」 「ゆる、さ…………ない、……っ! お前、を……っ、ぜ、った……っ!」 「だからわかんねって。そろそろ――」 「いっぺん死んどけ」 「……っ!」 頸を強く圧迫され、窒息で景色が歪む。 「ぁ…………、っ…………」 視界が、白く霧がかっていく。 ……ごめんね、真くん。次会うときは……私、霊になっているかも。 でも、自白させた。これで、琴莉ちゃんの仇は――。 「安心しろよ、すぐに生き返らせてやるからさ。 俺の理想の女の、パーツとして。 ひゃはっ、楽しみだなぁ……!」 「ぁ……………………」 「お や す み」 「………………」 「葵、やれ」 「おおおおおおおおりゃあああああああああああ!!」 「ご……っ!!!」 葵の強烈な跳び蹴りで、西田は強制的に梓さんから引き離された。 次の俺の台詞は、『無茶しすぎでしょう、梓さん』だ。力が抜け座り込んでしまった梓さんに、かっこつけてそう言うつもりだった……んだけど。 「シャア! オラァ! やったったぞコラァ! ザマァミロ!!」 「……」 興奮する葵の隣で、俺は口をあんぐりと開けていた。かっこよさとはほど遠い顔だった。 西田は二十メートル、いや下手したらもっと先の店舗の前で倒れ、ぴくりとも動かなくなっていた。 葵の蹴りで重力を無視し一直線に飛んでいき、ゴスッ!と鈍すぎる音を立てて着地しても強すぎる勢いを殺せず、よく跳ねるボールみたいにさらに数メートル転がっていった。 その様を、俺は余さず見ていた。 ……えぇ? 「は〜! スッキリした! やっとあいつぶっ飛ばせた!」 「いや、あ、葵……?」 「ん? なに?」 「やれとは言ったけど……。 なんか……バトル漫画みたいに吹っ飛んだよ?」 「うん。割と強めに蹴ったからね!」 「……」 ……あれが割と強め?……もっと強くできるの? やべぇ。鬼の力やべぇ……。あいつ死んだかも……。 「ごほっ……、かっ……はっ、……っ、ま、まこ、く……っ、 ナ、ナイスタイミングだけど……っ、ごほっ、 ちょ、い、いまの……っ」 「伏見様、ご無事ですか?」 「ふぇっ? あ、う、うん、でも……な、なに? ありえない光景みたんですけどっ!」 「いや……俺も驚いてます。 まさかあそこまで派手に飛んでいくとは……」 「え、だって! めっちゃむかついてたし! 許可出たらそりゃ力入るでしょ!」 (わかります。アイリスでも同じようにしています) 「ねっ? ねっ?」 「だ、だからってなぁ! 逮捕が目的なんだよ! 殺しちゃ駄目なんだよ! ボクシングの試合でも あんな吹っ飛び方しね〜ぞ!」 「し、死んで……ないよね? 私……ここまでは想定してなかったよ……?」 「う、ぁ……っ」 「あらよかった。生きてらっしゃったようですね。 まだ動けるのであれば、いけません。アイリス」 (よろしいので?) 「わたくしの分も」 (承知しました、お姉様) 「え? な、なになになに?」 「ちょ、待って? なにする気? 主無視してなにする気?」 「……っ!」 「が……っ!」 「おぉぉい!!」 アイリスが靴の底で、思いっきり西田の腹を踏みつけた。 なんかすごい音したぞ! 死んだだろ!今度こそ死んだだろっ! (大丈夫です、手加減いたしました。 マスターがお望みなら、トドメを刺しますが) 「トドメって……、たくっ。 堪えろ。それは俺たちの役目じゃない」 (……承知しました。差し出がましい真似を) 「申し訳ございませんでした。 でも……すっきりなさったでしょう?」 「……」 「まぁね。少しだけ」 険しい顔を、緩める。 そうさ。許されるなら、引き裂いてやりたい。 琴莉と同じ目に遭わせてやりたいさ……! けど……それは駄目だ。俺まで人の道を踏み外してはいけない。 最後まで人として、あいつにしかるべき報いを与えなくてはならない。 「なんか、ドタバタしてかっこつかないけど……。 梓さん。俺たちはここまでです」 「最後の締め、よろしくお願いします」 「……」 首をさすりながら、梓さんが立ち上がる。 そして少しふらつきつつも、西田との距離を詰め。 「聞こえちゃいないだろうけど」 吐き捨てながら手錠を取り出し。 「西田巧。あなたを逮捕する」 西田に、手錠をかけた。 ……やっとだ。 やっと、この瞬間に辿り着いた。 「……終わった、やっと」 「……助けてもらったのに、おいしいところ もってっちゃったね」 「いえ、俺にはできないことですから」 「……うん」 「……」 「ヘマして傷つけちゃったけど…… 琴莉ちゃん、私のこと許してくれるかな」 「戻ってきたら、真っ先に伝えましょう。 犯人……逮捕したぞって」 「うん……そうだね」 「……」 「おぉっと」 気が抜けたのか、よろめいた梓さんを葵が支える。 「大丈夫ですか? 伏見様」 「ご、ごめん。急に足にきた……」 (……、マスター、人が来ます) 「……っと、俺たちは撤収した方がいいかな」 「ああ、大丈夫。あの人……うちの先輩だわ」 「な、なんだなんだぁ?」 スーツ姿の男性が、慌てた様子で駆けてくる。 ……見たことあるな。由美の護衛で喫茶店にいた人か。 「スッキリしました? 中村さん」 「いやしたけど……お、お前なにしたっ。 なんで西田が倒れてるんだっ。 あっ、手錠! おい伏見! 説明しろ!」 「なんか襲われたんで、流れで逮捕しました」 「なんかってお前……。お、襲われた?」 「あと、これどうぞ」 懐から携帯……じゃないか、レコーダーだ、を取り出して、男性――中村さんに手渡す。 「なんだこれ」 「西田が自白しました。そこに全部入っています」 「自白ぅ……? お前、首赤くなってる……。 煽って無理矢理吐かせたんじゃないだろうな?」 「……」 「おい」 「えへ」 「ばっかやろう……」 「逮捕できたからいいじゃありませんか、なんて 開き直るつもりはありません。なにをしたかは 理解しています。責任を取る覚悟も」 「新人が取れる責任なんかないだろぉ……」 中村さんがため息をつく。 ちらりと足下の西田に目を向けたあと、顔をあげ俺を見る。 「君が加賀見くんだな?」 「はい。お世話になっています」 「世話になっているのはこっちだ。 それで……彼女たちが君の鬼か?」 「はい。見えるんですか?」 「ぼんやりとだけどな。それだけだ。声も聞こえない。 ただ……そっちの子はやけにくっきり見えるな。 人とは違う気配は感じるが……」 「お察しの通り、わたくしも鬼でございます」 「そうか、よくわからんが……。まぁいい。 伏見が迷惑をかけた。すまなかった」 「いえ、おかげで……個人的に因縁のあるこいつと 決着をつけられましたから」 「やっと一撃入れられた! ちょーーーーーーースッキリした!」 (アイリスも今日はよく眠れそうです) 「お前らな……少し反省しろ」 「ん? ああ、鬼と話していたのか」 「すみません、うちのが力加減できなくて……」 「したよ!」 (し、しました!) 「しっかり生きておりますから、手ぬるいくらいです。 この外道には」 「外道ねぇ……。よく見たら泡吹いてるな。 伏見、お前は手をあげてないだろうな」 「まさか。首絞められて死にかけてただけです」 「ったく、馬鹿野郎が……。 簡単に命賭けやがって」 「……すみません」 「謝るな。お手柄だ。連行するぞ」 「は、はいっ」 「あと帰ったら始末書な」 「……はい」 「えぇと、じゃあ……俺たちは、ここで」 「ああ、待ってくれ。加賀見くん」 「はい?」 「ご協力、感謝いたします!」 中村さんが、頭を下げる。 梓さんも倣って、お辞儀をした。 年上の人にこうして感謝されるのは、なんだか照れるな……。 「ああ、こっちの方がよかったかな」 冗談めかして笑い、こめかみのあたりに手を持っていき、敬礼。 少し迷ったけど、俺も笑って敬礼を返した。 「では」 「あとのことは任せてくれ」 「はい。お願いします」 「また連絡するね」 「その前に、梓さんは首を診てもらった方がいいですよ」 「そうする」 「行こう、みんな」 「うぃっす!」 「はい」 (マスター、本日は本当にお疲れ様でした) 踵を返し歩き出す。 あとのことは、任せよう。もう俺にできることはなにもない。 梓さんの捨て身の行動のおかげで、事件は解決に向けて大きく動き出した。 由美が襲われる心配も、もうない。 でも……琴莉。今どこにいる? 琴莉がいなくちゃ……事件の終わりも、意味がないんだ。 だから……琴莉。 帰ってきてくれ、必ず。 必ず……。 三人であの工事現場へ。 アイリスが呼びかけると、嶋さんはすぐに出てきてくれた。 まだ人通りがある。テレパシーで嶋さんと会話をする。 「こんちわ。期待してんだけど、そろそろアタシの出番?」 (あ〜……それなんだけど……) (ごめんね。西田……もう逮捕しちゃった) 「あ、そうなの? なんだ。よかったじゃん。 おめでと」 (逮捕前に会わせるって約束だったのに、 ごめん、守れなかった) 「別にいいけど。ああ、でも、よくないか。 そりゃ言いたいけど……」 (西田はまだ留置場にいるから、 会わせることはできると思う) 「マジ? じゃあ行こっかな。 あいつと話せる? アイリスのテレパシーとかで」 (どう……でしょうか。今までの様子から、かなり感覚の 鈍い人だと感じました。アイリスの声が届くかどうか……) 「へ? じゃあ逮捕前に会えても、結局あいつに アタシの声は聞こえないわけ?」 (試してみなければわかりませんが……) 「なにそれ。じゃあ約束なんてしないでよ」 (ごめん、本当にそうだな……) 「あ〜……でも、そっちは悪くないか。 アタシの声聞こえないあいつが悪い」 「まいいや、会うだけ会ってみよっかな。 りゅうちじょ? どこそれ」 (うちの署にあるよ。捜査が終わって正式に起訴されたら 拘置所に移送されるだろうから、 会うなら急いだ方がいいかも。案内する) 「だいじょぶだいじょぶ。警察署でしょ? 知ってる。じゃね。満足したら勝手に成仏するからさ。 アタシのことは放っておいて」 (え、あ、嶋さん?) 手を振り、嶋さんはふぅ、っと滑るように駆けていく。 放っておいてって……。 (アイリスが追います。もしかしたらあの男に 嶋様の声が届くかもしれませんし) (ああ、ありがとう。頼む) (あ、どうしよ。私も行った方がいいよね?) (いえ……会わせるだけであれば、 伏見様がいらっしゃらなくても問題はないかと。 霊は自由に壁も抜けられますので) (ただ、鬼はそこまでできませんので……。 どこまでついていけるかわかりませんが、 一人にするわけにもいきません) (よろしくな。できる限り、協力してあげて) (はい、行って参ります) ぺこりと頭を下げ、アイリスが嶋さんを追う。 見えなくなるまで、その背中を見送った。 「……」 「不思議……。 あの子、自分のことにあんまり関心がないんだね」 「え……?」 「西田のこと、本当に好きだったんだろうなぁ……。 自分の遺体はどうなるのかとか、 あの子、聞かなかった」 「……」 「検死……とか、してるんですか?」 「そう、だね。西田の家から、遺体は全部運び出した。 今は直接の死因とかを調べているのかも。 十三課にそんな情報は下りてこないけどね」 「たぶん近いうちに、家族のもとに帰れると思う。 お葬式も……できるんじゃないかな」 「そ、か……。それなら……野崎さんの願いは、 もうすぐ……か」 「……。琴莉ちゃんの願いは、どんなことだろう」 「どんなことでも、叶えてあげたいです。 ……どんな犠牲を払っても」 「そうだね……」 「……」 「今から琴莉を探しに行こうと思うんです。 一緒にどうですか?」 「うん、ついてく」 「はい、じゃあ……」 「行こう」 並んで歩き出す。 あてがあるわけじゃない。 ただ……もうすぐ会えるんじゃないか。そのか細い予感だけを信じて、歩き続けた。 「……」 「…………」 「………………」 (……あれって、告白か?) (そんなつもりはなかったけど……あれ? そうとられても……おかしくない?) 「…………」 (うわぁ……なにやってんだ、私。 学生か……。今さら青春って歳でもないってのに……) (やば、恥ずかしくなってきた……) 「え……?」 「……」 「こ、琴莉ちゃん?」 「……」 「あ、ま、待って!!」 「琴莉ちゃん!」 「…………」 「琴莉ちゃん……だよね?」 「………………」 「よかった、会えて。みんな心配してるよ? これから、真くんの家に行こうと思ってるの。 よかったら、一緒に行かない?」 「…………………………」 「……琴莉ちゃん?」 「………………………………………………………… ………………………………………………………… …………………………………………………………」 「モう、いバしょ、なんて……なイ」 「え……?」 「おニいちゃんハ……あずさサん、が、スき……。 じゃあ……わタシ、ハ……?」 「すき、だった、ノに……わタし、ガ、 スキだった、のに……。わたしが、サきに……」 「あなタ、さえ、いなければ……。 いなケれバ……」 「……」 「いな、けれ……バ……。 わタし、ガ……」 「……。そっか、そうだよね……」 「……」 「じゃあ……」 「ァ…………」 「いいよ、好きにして」 「………………」 「私を呪い殺す? それとも、私に取り憑いてみる? 琴莉ちゃんの好きにしていいよ」 「私が琴莉ちゃんを悲しませてしまったから、 私が全部受け止める。だから、いいんだよ。 なにをしても」 「琴莉ちゃんには、その権利がある」 「…………」 「……ぁ…………」 「……っ」 「ない、ですよ……」 「権利なんて、ないですよぉ…………っ!」 「……おかえり、琴莉ちゃん」 「ぅぁ、ぁ……っ、ご、ごめん、なさい……っ! 私、私……っ!」 「いいの。さぁ、帰ろう? みんなのところに」 「……っ、……っ」 「帰れ、ない……です……っ」 「どうして? 真くん、会いたがってるよ?」 「私、駄目だから……っ、 こんな風に、なっちゃったから……っ!」 「わからないんです、自分が……! 暗い気持ちが、抑えられない……っ! 気がついたら、悪いことばかり考えてる……!」 「だから今も、梓さんにひどいことしようと……っ! 自分が、保てないんです……っ! 記憶も曖昧で……っ!」 「真くんに会えば、すぐによくなるよ」 「……っ、ならない、です……っ! 自分のことだから、わかるんです……っ! 私はこのまま、どんどん悪い子になってく……っ!」 「悪霊になる前に、逝かなくちゃ……っ! お兄ちゃんに迷惑かけないうちに、逝かなくちゃ……っ!」 「お兄ちゃんに、見られたくない……っ! 私の悪いところ、見せたくない……っ!」 「お兄ちゃんを傷つけたくない……っ! 一緒に霊になっちゃえばって、 そんなこと思いたくない……っ!」 「逝かなくちゃ、そうなる前に…… 逝かなくちゃ、逝かなくちゃ……っ!」 「無理矢理自分を……納得させようとしていない?」 「ち、ちが、違い、ます……っ、 駄目なんです、本当に、駄目で……っ」 「ああ、でも、私を、こ、こロ……コロしタ……っ! ……っ、あぁ駄目だ、駄目、駄目……っ、 お、思い出すと、へ、変になりそうで……っ」 「……」 「落ち着いて、琴莉ちゃん。大丈夫……解決したよ」 「琴莉ちゃんを殺したやつは、逮捕した」 「そ、そっか、よか……、よかった……。 少し、気が……晴れました……」 「……」 「……ごめんね。逮捕だけとか、生ぬるいよね。 すっきりできないよね。でも私の力じゃ…… ここまでしかしてあげられなかった」 「報いを受けさせたいけど……私が直接裁くことは できないし、琴莉ちゃんにもそれはさせられない。 私なんて……この程度だ」 「ごめん……ごめんね。無力で……。 もっと私に力があったら、琴莉ちゃんは 死なずにすんだのにね……」 「ごめんね、本当に、ごめんね……。 あなたの未来を、閉ざしてしまった……」 「あぁ…………あぁ…………っ」 「……っ」 「ぁ、ありがとう、ございます……。 あぁ……嬉しいな、こんなに優しい言葉…… 今までかけてもらったこと……なかった……」 「真くんがいたでしょう?」 「はい、……はい。 お兄ちゃんは、優しかったです……。 私を、とても大事にしてくれた……」 「だから、これ以上……私のせいで困らせたくない。 梓さんと、幸せになってほしい……。 だから私は……お兄ちゃんのそばにいちゃ駄目なんだ……」 「琴莉ちゃん……」 「あぁ……悔しいなぁ……。 生きているうちに、みんなと会いたかったなぁ……」 「生きているうちに、 こうやって誰かに抱きしめて欲しかったなぁ……」 「でも、死んじゃった……。 私、死んじゃってた……。 もう、みんなと一緒にいられない……」 「これから、どうなるんだろう……。 ちゃんと、コタロウのところ逝けるかな……。 ただ消えちゃうのかな……っ」 「天国ってあるのかな。 生まれ変わったり、できるのかな。 もし、もしできるのなら……」 「また、みんなと……会いたいなぁ……。 私のことわからなくてもいいから……会いたいなぁ……」 「……」 「もし、琴莉ちゃんが生まれ変わるときがきたら、 私と家族になるのは……嫌?」 「え……?」 「琴莉ちゃんがそう望んでくれるなら、 私……真くんと、幸せになるからさ」 「だから……琴莉ちゃん、私たちの子供として 産まれておいでよ」 「家族として、ずっと一緒にいようよ」 「そういうの……嫌かな?」 「ぁ、ぅ……」 「……っ」 「いやじゃ、ないです……っ」 「お兄ちゃんが、お父さんかぁ……。 いいなぁ、素敵だなぁ……。 いっぱいいっぱい、愛してくれそうだなぁ……」 「あぁ、素敵だ……。 ありがとうございます、ありがとう……。 こんな私に、優しくしてくれて……」 「ありがとう、梓さん。 会えてよかった……」 「うん、私も」 「お兄ちゃんに、よろしくお願いします……っ」 「自分で言いなよ。私と行こう。 琴莉ちゃんの願いは、全部全部、叶えてあげる」 「はい、はい……っ」 「あぁ、私は……幸せ者だ……っ」 「幸せだった……っ」 「ありがとう、梓さん……」 「ありがとう……!」 「……」 「…………」 「あら……お吸い物、少し薄かったかしら。 真様、味加減いかがでしょうか」 「いつも通りおいしいよ。これくらいが好き」 「あたしもうちょっと濃い方が好きかにゃ〜」 「葵にあわせたら全部しょっぱくなってかなわん。 マヨネーズでもかけておけ」 「そうします」 「やめて、姉さん。お吸い物にマヨネーズだなんて。 アイリスは大丈夫? 薄くない?」 (はい、おいしいです) みんなで少し遅めの夕食をとる。 俺が帰ったときには、既にアイリスも帰宅していた。 食事をしながら、詳しい話を聞くことにする。 「アイリス、嶋さんはどうだった?」 (そうですね……。無事会えて、運良くアイリスも そばまで行けたのですが……やはり、 あの男に嶋様の声は届きませんでした) 「だろうね〜。あいつ、かなり鈍いよ」 「う〜ん、参ったな。嶋さんの願い、どうするか……。 安請け合いしちゃった。 本当に申し訳ないことをしたな……」 (しかし、嶋様は満足されているようです) 「え、本当?」 (はい。死刑になるまで一緒にいることにした……と。 その方が楽しそうと、笑っていました) 「待て待て待て。犯人に取り憑いた、ということか?」 (あ……。そうなって……しまうのでしょうか) 「……まずくないか?」 「うぅむ……。死刑になるまで、と言っておるなら、 そばにいるだけで取り殺すようなことは せんじゃろうが……」 「……む? 死刑になるのか? なるとしても何年後じゃ」 「どう、だろう……。下手したら何十年もそのままか……」 「であれば……それなりに影響が出るかもしれませんね。 徐々に衰弱していくやも……」 「別にいいんじゃないの? いんがおーほーっしょ。 死ぬまで苦しめばいい、あんなやつ」 「うぅん、けどなぁ……。 また悪霊化してしまったら……」 (断言はできませんが……その心配は必要ないように 感じました。色々仰ってはいましたが…… おそらく、単純にそばにいたいのだと思います) (自分を殺した相手と言えど、想い人ですから。 最後の瞬間まで、一緒にいたいのでは……と。 祟りというよりは、守護霊に近いように感じました) 「そ、か……。想い人、守護霊……か」 (できる限り様子を見に行こうと思います。 なにか異変があれば、すぐに報告を) 「うん、お願い」 「まぁ、大事にはならんじゃろう。 本人がそれで区切りをつけたいというのであれば――」 「ん……? なんじゃなんじゃ」 玄関の戸が勢いよく開く音。 騒々しい足音が近づいてくる。 「お邪魔します!」 「あれ、梓さん?」 「ちーっす!」 「あら、お帰りになったと。忘れ物でも?」 「ううん、ない」 「あ、やっぱ夕飯、一緒に食べます?」 「夕飯とかいいから。ちょっと来て」 「え?」 「いいからっ!」 「ちょちょちょ、食事中……っ」 「はやくっ」 腕を引っ張られ、廊下に連れ出され。 階段を上り、自室へと連行された。 「なんすか、なんなんすか」 「真くん」 「はいはい? あ、とりあえず明かりを――」 「子作りしよう」 「……」 「はい?」 「そういう反応いいから」 「いやいいからって。見てください梓さん。 俺、右手に箸、左手にお茶碗です」 「そこに置けばいいじゃん」 「あ、はい」 「ほら脱いだ脱いだ」 「ちょっとちょっとちょっと!」 茶碗と箸を棚の上に置くやいなや、シャツを引っ張られる。 そのまま、かなり強引に全裸にさせられた。 梓さんも淡々と服を脱いでいく。 「え〜……、なんすか? え〜……」 「なにその引いてる感じ。 こっちも裸になってるのに、やる気なさそ〜」 「だって、そりゃ……いきなりしよって 言われましてもですね。 どうしたんですか、急に」 「しながら説明する。 ほら、横になって」 「は、はい」 勢いに押され言われるがまま、ベッドの上に寝そべる。 とはいえ、こんなムードもへったくれもない状況じゃあ、その気になれるはずもない。 「ふにゃふにゃのままじゃん……。 もう、仕方ないなぁ……」 ため息をつき、梓さんもベッドへ。 そして、俺の顔の上に跨がって、性器を見せつけた。 「舐めていいよ。シャワー浴びてないけど、 今日は我慢する」 「……だ、大胆な」 ここまでされると、さすがにご飯食べたいのに……という不満も薄らいでいって。 下半身が反応し、息子に血が集まっていく。 「やっとやる気になった。 でもまだまだって感じだから……」 「あむ、ん、ちゅ……っ」 「お、ぉ……っ」 跨がったまま体を倒し、竿を軽くしごきながら亀頭にキスを。 シックスナインだ。 まだ経験のない体位に、息子の硬度が増していく。 「ほ、ほんとどうしたんすか……。いつも受け身なのに めちゃくちゃ積極的じゃないっすか……」 「真くんがその気になってくれたら話す。 今話したら逆に萎えそうなんだもん」 「な、なんで?」 「真くんが真面目だから」 「えぇ?」 「いいから、舐めてよ、私のも」 「は、はい」 まだ釈然としない気持ちを抱きながらも、割れ目に舌を伸ばす。 「ぁ、ん……、はぁ……ん、れろ、ん、ちゅる、 んん、ん……っ」 わずかに腰を揺らす。 薄い反応だけ見せて、亀頭を刺激し続ける。 気持ちいい……が、やはり腑に落ちない。 いつもと違って……なんていうか、梓さん自身もノッていないというか、事務的な感覚があるというか。 ただ、理由をあとで話すと言うのなら、今は流れに身を任せよう。 梓さんとの関係は、一度は終わったように思えた。 けど、また抱かせてくれるのなら……甘えてみるのも、いいのかもしれない。 「また蹴飛ばさないでくださいよ」 「大丈夫だってば。噛みちぎったりもしないから」 「……こわ」 「ふふ。……はぁ、ん……れろ……んちゅ、……ん、 ……れろれろ、んんん、ん、ん……っ」 拙い舌の動き。 手でしてもらったことはある。けど梓さんの家に行ったときも、口ではしてくれなかった。 慣れないながらも一生懸命に刺激してくれているのが微笑ましく、俺も負けじと膣口を唾液でぬめらせる。 「ぁ……、んっ……、やっぱり、抵抗あるなぁ……それ」 「俺のも舐めてるじゃないですか」 「人のはまだいいけど……自分のは……なんか緊張する。 だって、一番敏感なところでしょ?」 「でも、ちゃんと濡れてますよ」 「……ぁ、ぁっ」 滲んだ愛液を舐め取ると、ぶるりと梓さんの腰が震える。 声も艶を帯びてきた。 ようやくスイッチが入ってきたのを感じて、膣に強く吸いつく。 「ぁ……っ! はぁ、ん……ぁぁ、ぁ……っ、ぁ……っ!」 「梓さんも、ちゃんと舐めてください」 「じゃ、じゃあ……ちょっと……ぁ、ぁっ、手加減、 してよぉ……っ」 「それは無理な相談ですね」 「……っ、はぁ……っ! あぁ、ぁ、ぁっ、んんっ! はぁ、は……っ、ぁ、ぁ、だめ、ぁ……っ」 もうフェラどころではなくて、竿をしごいていた指から力が抜けていく。 けれど膣の愛撫を緩めることはなく、かといってこのままお預け状態でいられるほど我慢強くもなく。 腰を軽く突きだして、行為の再開を催促する。 「わ、わかったってばぁ……はぁ、ん、ぁ、……んん、 ちゅ、れろ……はふ、はぁ、ぁ、んちゅ、ん、んっ」 艶めかしい吐息をこぼしながら、亀頭を咥える。 口内でぺろぺろと舐め始めたけど、少し刺激が弱い。 「舐めながら、ちょっと……吸ってみてください」 「ん、んんっ、はぁ……こぅ? ん、ちゅっ、 ……っ、ちゅ、ちゅっ」 「……っ」 ビリッ、と痺れる感覚。 素直に、気持ちよかった。 「どう? ん……ちゅ、できて、る……? ちゅる、ん、んんっ」 「大丈夫です、続けて……ください」 「……うん。はふ、はぁ……ん、ちゅっ、んんん、 ん、はぁ、ん、んっ、んっ、……っ、 はぁ、ふぅ、んん、ん……っ」 「ぅ……、こ、コツ掴むの早いっすね……」 「ど〜も。今度はそっちの動きが止まってる」 「休憩してるだけです」 「そっか。舐められたくなかったら、 真くんのをがんばってしゃぶればいいのか」 「俺もがんばりますから無駄ですよ」 「ど〜だか。ん、ん、んんん、ん〜〜っ、 ちゅ、ちゅる、んんん、ちゅっ、ちゅぱっ」 梓さんの動きが、激しさを増す。 根元をしごきながら竿を半分ほど咥えこみ、音をたてながらしゃぶる。 このままされるがままは癪で、膣口を指で広げながら、クリトリスを舌先で弄んだ。 「……っ、ぁっ! ん、っ、ちゅ、んんんっ、 はぁ、ぁ、んんんっ、はぁ、ちゅる、ん、ちゅっ、 ん……っ、はぁ、ん、んっ、ちゅるる、ちゅっ」 「は、は……っ、あぁ……っ、ん……っ、ちゅる、 んんん、ちゅぅ、ちゅっ、ちゅぱっ、 はふ、はぁ、んんん、ちゅっ、ちゅるるっ」 感じ、喘ぎながらも、もう舌の動きは緩めない。 丁寧に丹念にしゃぶり、しごき、射精を促していく。 「れる、んん、れろれろ、んん、ちゅる、ちゅるるっ、 はぁ……ん、んん、ちゅ、ちゅぅぅっ、 ちゅぱっ、ちゅ、ちゅっ、んちゅぅ、ちゅっ」 いつもは俺に責められてばかりなのに、今日の梓さんは本当に積極的で。 気持ちいいし、興奮するし、こういうのもいいかなって、すっかり俺の体は弛緩し始めていた。 「ん、はぁ……真くん、止まってるよ〜?」 「いや……もういいかなって。降参です」 「だめぇ〜、私も気持ちよくなってきたんだから。 お願い、ねぇ……」 「むぐ……っ」 自分から、俺の顔に性器を押しつける。 して欲しいのならば、仕方ない。 キスを繰り返し、あふれ出た愛液をすする。 「ぁ、ぃ……っ、気持ちぃ……っ、 はぁ……んんんっ、ちゅっ、んんんっ、 ぁ、ぁっ、んちゅっ、ちゅっ、ちゅぱっ」 「あ、あぁ、ぁ……っ、はぁ、んっ、んんん、ん〜っ、 ……っ、っ、ん、ちゅるっ、ちゅぅぅ、ん、んっ、 ちゅぱっ、んんんん、ちゅるるっ」 「……っ、あ、梓さん……っ、 俺……そろそろイキそうなんですけど……っ」 「まだ出しちゃ駄目、出すなら、ん……っ、ぁ、 口じゃなくて、中に……っ」 「じゃ、じゃあもうこれはやめにして……」 「もっと気持ちよく、してよぉ……、 私もしてあげるからぁ」 「んん、ちゅぱっ、ちゅ、ちゅっ、ちゅぅぅぅっ、 ん、んっ、んんっ、ちゅぅぅぅっ」 「ちょ、梓さ……っ」 「はぁ、ぁっ、んんん、ちゅるっ、ちゅぱちゅぱっ、 れるぅ、んちゅっ、ちゅぅぅっ、ちゅ、ちゅぱっ」 「ぁ、だ、駄目だ……、イ、イク……っ」 「駄目、イッちゃ……、んちゅ、んんんっ、ちゅるっ、 ちゅっ、ん、ん、んっ、んんんっ」 「む、むりっす……っ、……っ、ぁ……っ、 イク……、イキます……っ」 「んん、ちゅるっ、ちゅっ、ちゅるるっ、 ん、んっ、んっ、ちゅぅぅぅ、んんんっ」 「んん〜〜〜〜っ!!」 「ん、んんんっ、んく、ん、んっ、ちゅ、んんっ」 「くぁ、ぁぁ……っ」 耐えきれず、吐き出した。 口内で暴れるペニスを唇で押さえ込み、梓さんは精液の全てを受け止める。 そして意外にも、そのまま飲み干してしまった。 「んく……はぁ……んん、ん……っ、 あんまりおいしくない……。 出しちゃ駄目って言ったのにぃ……」 「そ、そっちが続けるから」 「つい盛り上がっちゃって……てへ」 表情は見えないけど、たぶんおどけて笑ってる。 盛り上がってくれたのなら、今度は俺の番だよな。 「ぁ……」 互いの顔が見えるように、体勢を変える。 見つめ合いながら、抱きしめた。 「……エッチする?」 「そりゃあ……このままで終われないでしょう」 「うん。来て……。 真くんの子供……欲しいの」 「子供……? あれ、子作りって、 本当に作るんですか?」 「うん、……駄目?」 「いや、だっていつもは……」 「今日は持ってないよ、避妊薬」 「……」 「そろそろ、話してもらっていいですか? もうやめようって言ったの梓さんなのに、 なんでまた、急にしようって言い出したのか」 「……」 「さっき、琴莉ちゃんに会った」 「え……?」 まったく予想もしていない答えで、一瞬思考が止まる。 琴莉に……? 会った……? 「ど、どこで……っ」 「すぐ近く。すごく、不安定な状態だった。 こんな状態で、真くんには会いたくないって。 このまま逝きたいって」 「逝きたい……? え、じゃあ……」 「……」 「……約束したの。 もし生まれ変わるのなら……私の子供になってって。 私が産むからって」 「だから、真くんに抱いて欲しかった。 他の男の子供なんて、琴莉ちゃん、嫌でしょう?」 優しく微笑む。 もし……生まれ変わるなら。 それはとても、魅力的な言葉で。約束で。 もしそれが、叶うのなら……。 「琴莉が……望んだんですか? 俺の、俺たちの子供として……生まれ変わることを」 「うん。私たちで、幸せになって……って」 「そうか……琴莉が……」 「……」 「最初からそう言ってくれれば」 「始めに琴莉ちゃんの名前だしたら、 勃たないかもな〜って思って。 琴莉ちゃんに罪悪感、あるでしょう?」 「……確かに」 「うん、私も。けど……愛し合わなくちゃ、 琴莉ちゃんに申し訳ないから」 「だから……ね? 真くん」 潤んだ目。 俺の体を軽く押し、仰向けにして。 ペニスをさすり、再び跨がった。 性器同士を、触れあわせて。 「たっぷり……愛し合おう?」 「わかりました。今夜は……寝かせませんよ」 「ふふ、期待しとく。ぁ、ん……」 腰を浮かせ、亀頭を膣にあてがい……沈める。 「はぁ……ぁぁ……っ。 すごく……久しぶりな感じ……」 「動きますよ」 「ぁ、待って、私が上なんだから……ぁ、ぁっ」 制止を無視し、腰を突き上げる。 気持ちが抑えられなかったんだ。 愛し合ったその先を、強く欲していたから。 「はぁ、ぁ、ぁ……っ、ちょ……いきなり、 激しい……っ」 「好きなくせに」 「好き、だけどぉ……っ、ぁ、ぁっ、ぁ……っ! 久しぶりで……ぁぁっ、はぁ……っ、 ぁ、気持ち、いぃ……っ、はぁ、ぁ、ぁ……っ!」 髪を振り乱し、胸を揺らしながら、梓さんが喘ぐ。 ようやく俺のペース。主導権を譲らず、ベッドを軋ませ、一心に突き続ける。 「んぁ、はぁっ、はっ……ぁ、ぁっ、 なんか、いつもより……ぁ、ん……っ、激し……っ」 「愛し合うんだから、っ、手加減とか、考えてませんから」 「いつも、はぁ……手加減、してたの? んっ」 「自分がイカないように、ですけどね」 「なにその余裕、ぁ、ぁ……っ、こっちは、 いっぱいいっぱい、なのに……んっ、 気に入らな〜い、ぁ、はぁ……あぁ、ぁっ」 梓さんのSな部分を刺激されたのか、俺の動きに合わせ腰をくねらせ始める。 やはりいつもされるがままな分、不慣れでぎこちない。 それがそそるんだけど。 「ぁ、ぁ……っ、はぁ、んんっ、はぁ、ぁぁ……っ、 ぁ、ぁ、ぁ……っ!」 「そんなに動いたら、俺……余計に早くイッちゃいますよ」 「いいじゃん、あんまり長すぎるのも……ぁ、んっ、 好きじゃない、し……ぁ、ぁっ」 「そういうもんです?」 「こんなに激しいの、続けられたら……っ、ん、ぁ……! もたない、ってぇ……っ、はぁ、ぁ、ぁ、ぁぁ……っ!」 「じゃあ、短い分……濃密にしましょう、かっ」 「っ、はぁんっ!」 力強く腰を突き上げ、梓さんの体がわずかに浮く。 落ちてきたところを、間髪入れずに。 間断なく、何度も何度も、貫く。 「ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、駄目、これ……っ、ぁ……っ! これ、好き……っ、あぁぁっ、ぁっ……! こういうの、好きぃ……っ、あ、ぁ……っ!」 「……っ、あぁっ……! 駄目……っ、こんなこと、 されたらぁ……イッちゃぅ……っ、 私も、イッちゃう、からぁ……っ!」 「女性がイクと、男の子が産まれるそうですよ」 「なにその、迷信〜。はぁ、ぁ……っ! 女の子が、産まれるって……確定してる、からぁ……っ、 イッても、いいのぉ……っ」 「ってか、真くんの精子が、元気なかったら……っ、 はぁ、ぁ、そっちの方が、問題ぃ……っ、 んぁ、ぁ……っ」 「勢いよく飛ばします、から……っ、大丈夫です、よっ」 「あんっ! あっ! ゃっ、ぁ、ぁ、ぁ……っ! ぁ、つよ……っ、ぁ――! 駄目駄目、駄目……っ、 あぁ、ぁ、ぁ、……っ、ぁ――ッ!」 「ぁ、イ、く……っ、イッちゃう……っ! 待って、 真くん……っ! あぁぁ、駄目、イッちゃぅ、……っ! あぁ、ぁっ、くるぅ、きちゃうぅ……っ!」 「いい、ですよ……、俺もそろそろ……っ」 「いいよ、出して……っ、たくさん、私の……っ、 あぁっ、中にぃ……っ、こぼしたら、承知……っ、 しないからぁ……っ!」 「あ、ぁっ、真くんの、子供……っ! がんばって、産むから……ぁっ、だから、ぁ、ぁっ、 出して、いっぱい、出して……っ」 「……っ」 「ぁ、ぁ、〜〜〜っ、駄目、ぁ……っ! 私も、イ、ク……イッちゃぅ……っ、 もう、駄目ぇ……っ!」 「ぁ、ぁっ、ふぁぁ、あぁぁっ! ぁ〜〜っ! ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ、ぁぁぁ――ッ!」 「ふぁぁぁぁぁぁ――!」 「あぁ、ぁっ……! はぁ……っ! ぁ、ぁ……っ!」 互いの体が硬直し、ぶるりと震える。 開放感と虚脱感と共に、俺の全てを、梓さんの中に放った。 新しい命を、作り出すために。 「ぁぁ……はぁ……っ、やっぱり……中に出されるの…… 好き……、気持ちいい……」 「……ぁ、すごぃ……まだ出てる……。 いつもより、いっぱい出てる……」 「そういうの、わかるもの……ですか?」 「ごめん。なんとなくで言ったぁ……」 「なんですかそれ」 苦笑。梓さんも照れ笑い。 「でも……」 いつもとは違う、母性を感じる表情に、少しドキッとする。 「宿った……って感じがする」 お腹を、優しくさする。 そうか……、宿った……か。 「琴莉を迎える準備……できたかな」 「できてなかったら、明日ももう一回。 これから一日一回、私に中出しがノルマです」 「余裕ですよ、梓さん相手なら」 「あはは、真くんの方が若いから私の方が大変かもね」 「あ〜……そうだ。いまさらだけど……さ」 「はい?」 「私で、よかった?」 「本当にいまさらの質問っすね……」 「だって、勢いで来ちゃったから……。 ってかこういうの治すって言ったばっかりだったね……。 ごめん」 「いいですよ、梓さんがいいって思ったから、 今こうしてるんです。梓さんこそ、俺でいいんですか?」 「いいよ、だって真くんのこと好きだし」 「おっと、初めて好きって言ってもらえたかも」 「え、そ、そうだった?」 「俺も好きですよ」 「あ、ちょ、ちょっと……あ、ん……っ、ちゅ……」 体を起こし、唇を重ねながら……梓さんを抱きしめ、横たわる。 梓さんとなら……築いていけるだろう。 幸せな家庭を。琴莉の望む……理想の家族を。 「な〜に笑ってんの?」 「別に〜」 にやけた顔を見られたくなくて、寝返りをうつ。 そのときフ……っと、視界の端を、なにかがよぎった気がした。 ハッとして、すぐに体を起こす。 部屋には、俺たちしかいない。 でも―― (……ありがとう、お兄ちゃん) 「……琴莉?」 (また、会おうね) 「ぁ…………」 「……」 「真くん?」 「今、琴莉の声が……」 「……なんて言ってた?」 「また会おうねって……」 「そ、か。ちゃんと……伝えられたんだね。 よかった……」 部屋を見渡す。 もう……気配はない。 俺は……琴莉になにをしてあげられただろう。 満たしてあげたかった。けれど最後の最後で、俺はしくじった。 それなのに……また会おうねって、琴莉は言ってくれた。 こんな俺と、また会いたいと……っ。 「……」 「梓さん」 「うん」 「俺と……家族になってくれませんか」 「うん」 「俺の子供を、たくさん産んでくれませんか」 「うん」 「賑やかで、温かくて、笑顔の絶えない家庭を、 俺と一緒に作ってくれませんか」 「うん」 「今度こそ、俺は……」 「琴莉を、幸せにしてあげたい……っ!」 「……うん」 そっと抱き寄せられ、梓さんの胸に水滴が一滴、落ちる。 そこで初めて、自分が泣いていることに気づいた。 感情のままに、鼻水まで垂らしながら、みっともなく、子供のように。 「……私たちで、幸せにしてあげよう」 「はい……っ!」 うなずき、抱き寄せられた胸に顔を埋める。 そのまま、動けずにいた。 ……涙が止まらなかった。 琴莉が逝ってしまってから、もう四日が過ぎた。 なんで自分たちのところには来てくれなかったんだって葵たちの嘆きも落ち着き、俺の気持ちの整理も……つきかけていた。 それは……つい先日、琴莉のお葬式が行われたことも、大きいのかもしれない。 もっとも、俺は参列できなかったけれど。 それでも、琴莉を見送る儀式が行われたことで……一つの区切りがついたような気がした。 野崎さんと嶋さんも、しっかりと見送られた。 嶋さんは相変わらず西田のそばにいるようだけど、少なくとも野崎さんの願いは叶えられた。 俺の初めてのお役目が……終わろうとしていた。 「お、真くん。こんちわ」 「ああ、ども」 玄関先の門から庭を通り、梓さんが縁側へ。 鞄を置いて、俺の隣に座る。 「今日はかなり涼しいね。 クーラーつけなくてもよさそう」 「うちの座敷わらしはクーラーがんがんにつけて 引きこもってますけどね」 「あはは、ここから上がっちゃっていい?」 「どぞどぞ」 「ありがと」 梓さんが靴を脱ぎ、縁側に上がる。 立ち上がって、居間へと移動する。 「あら、伏見様」 「縁側から失礼します」 「芙蓉、お茶出してもらっていい?」 「はい、ただいま」 「あ、そうだ。商店街においしいたい焼き屋さんがあってね。 近く通ったから買ってきた」 「たい焼きと聞いて!」 「ごちになりますっ!」 (い、いただきます……!) 「キミたちこういうときはほんと素早いね……」 「あはは、全員分あるから大丈夫。 食べよ食べよ」 紙袋をちゃぶ台の上に置く。 早速伊予が中身を漁り始め、芙蓉が人数分のお茶を持って輪に加わる。 「熱いお茶の方がよかったでしょうか?」 「冷たいのでいいよ〜。熱いの飲んだら汗かいちゃうよ」 「ひぃ、ふぅ、みぃ…………全部で六つか。 わたしが二つ食べるから……困ったのぅ。 一つ足りんぞ」 「いや一つだよ。伊予も一つだよ。アホか」 「あ、半分あんこで、半分カスタード。 分けていれてくれたはずだけど、 どっちがどっちか忘れた」 (アイリス、カスタードがいいです。 たぶんこっちでしょうか) 「真様はどちらになさいます?」 「俺はあんこかな〜」 「私は残ったのでいいや」 「あたしカスタード〜!」 「わたしは……あん、いや……カス……いや、 両方食べたい……っ」 「ふふ、ではわたくしと半分こにいたしましょう」 たい焼きが行き渡り、みんなでいただきます。 頭からかぶりつく。 「ん、うまいっすね、これ」 「でしょ? 最近のお気に入り」 「それで、今日は何の用じゃ。 お茶会をしにきたわけでもあるまい」 「とりあえず、軽い報告……かな? 西田について」 「今までわけわかんないことばっかり言ってたんだけど、 急に全面的に罪を認め始めた。 俺はなんてことを……って、人が変わったみたい」 (もしかして、嶋さんの影響……でしょうか) 「かもねぇ……」 「いい影響が出ているのであれば…… このまま様子を見ても?」 「なの、かな。なにをしたのかはよくわからんけど……」 「毎晩枕元で囁いてるんじゃない? よくも殺してくれたな〜、とか」 「……こっわ」 「梓の方はどうじゃ。 問題にはならんかったのか?」 「あ、うん。大丈夫そう。 正直どうなってるのかは私にはわからないんだけど、 今のところ弁護士に呼ばれたり……とかは」 「うむうむ。まぁ、私の力のおかげじゃな。 不幸が訪れることはなかろう」 「え、でも、座敷わらしの力はこの家に 住んでいる人だけって……」 「いずれ住むんじゃろう?」 「あ〜……」 伊予がニヤリと笑い、梓さんは軽く赤面。 俺も少し、視線が泳いだ。 伊予たちには、もう話してあった。 俺たちのこと。琴莉のこと。 いつか産まれてくるだろう……子供のこと。 「つまり、梓も加賀見家の一員というわけじゃ。 ならば、守ってやらんわけにはいかん。 まったく、うまく立ち回ったもんじゃ」 「ちょ、ちょっと、そういうことじゃ……!」 「わかっておる。冗談じゃ。梓の行動は人の作った 法の中では、迂闊だったやもしれん。しかし、わたしは 座敷わらしじゃからな。法などどうでもよい」 「わたしは、一生懸命働く者の味方じゃ。 梓はわたしの加護を受けるに相応しいと思うし、 なによりその強い正義感を、わたしはとても好ましく思う」 「真をよろしくな。これからも、支えてやってくれ」 「は、はい……っ」 「ふふ、いつか奥様とお呼びしなくてはなりませんね」 「な、なんかそれ照れるね……」 「あの、すみません。気になってるんすけど。 あたしたちずっとお預けなんですけど…… お嫁さんできるからこのままご褒美なしということは……」 「あ〜……そうか。もう事件も解決したし……」 「……」 「ま、近いうちにな」 「はいいただきました〜! 近いうちいただきました〜!」 (ち、近いうちとは、ぐ、具体的に何日後に……!) 「いや今日っしょ! 近いうちって今日っしょ! お部屋にお布団敷いておかなくちゃ! アイリス行くよ!」 (え、ま、まだたい焼きを……。 ま、待ってくださいお姉様……っ) 「あらあら、すっかりその気になってしまって」 「……迂闊なこと言うもんじゃないな」 「そっかぁ、鬼の相手もあるのか〜。 大変ですなぁ、ご当主」 「……体力持つかな」 「ふふふ、ではわたくしはお買い物に行ってきます。 真様のために、栄養ドリンクをたくさん用意しないと。 三人も相手にしなくてはいけませんからね」 「三人って……えっ? 芙蓉さんもやる気じゃないっすか……」 「いえいえそんな……おほほほほほ」 「ん、ごちそうさま。わたしも部屋に戻るか」 「なんだよ、慌ただしいな」 「わたしだけ残されてはかなわん。 気にせず二人きりでゆっくり話すといい」 伊予も立ち上がり廊下に出て、居間には俺たちだけに。 みんなパッと集まって、パッと解散してしまった。 妙な寂しさを覚えてしばらく会話もなくぼ〜っとしてしまったけれど、梓さんがちらりと俺を見て、思い出したように鞄からなにかを取り出した。 「二人きりでゆっくり……とのことでお言葉に甘えて」 「なんです? それ」 「総合結婚情報誌なるものを買ってみました。 一緒に読もうと思って」 「あぁ……なんか、一気にリアリティが増したというか……」 「なに〜? やっぱり後悔してる?」 「まさか。ありませんよ」 「よかった」 梓さんがページをめくる。 少し距離を詰めて、俺も覗き込んだ。 「こういうの初めて買うけど……。 本当にやってよかったランキング、だって。 オリジナルのビデオを作った……ふぅん」 「一回だけ親戚の結婚式行ったことあるけど、 確かにそんなのあったなぁ……」 「正直私ね〜、結婚式に憧れあんまりないんだよなぁ〜」 「え、そうなんです? 梓さん意外と乙女なのに」 「意外とってなによ……まぁいいけど。 式開いてみんな集めて、祝って祝って〜っていうよりは、 二人でいっぱい旅行とかした方がいいかな〜って」 「あ〜、なるほどな。俺も男だからかなぁ……。 結婚式自体には特に憧れないんだよな……」 「いきなりこの雑誌を買った意味が消失した」 「まぁまぁ、読んでいきましょうよ。 考え変わるかもだし」 「あ、見積もりとかも載ってる。 生々しいなぁ……ってかたっか。結婚式たっか」 「こっちに紹介されてるプランは安いですけど…… そうか、お金か。現実的な問題として、 俺まだ学生だしなぁ……」 「卒業まであと一年半くらいでしょ? すぐすぐ。 それに稼ぎだって、現時点で問題ないでしょ〜」 「おかげさまで。でもお役目のこと、 両親に言ってもいいもんか……」 「あ〜……そっか〜。 私との出会いもうさんくさいよねぇ……。 お二人は霊関係の仕事を通して知り合い――とか」 「参加者失笑ですわ」 「やっぱないわ、結婚式ないわ」 「うぅん、やっぱり周りの目も考えると……。 俺がちゃんと就職してから、か」 「琴莉ちゃんを待たせる気〜?」 「待たせたくはないですけどね。そりゃあ」 「なんていうかさ、問題なのは世間体でしょ? 学生のうちに結婚だったり、私が一般人には窓際部署に いるように思われたり」 「そういうのは、二人で乗り越えていこうよ」 「現実的に見て、金銭面は問題なし。 なによりここが真くんの持ち家ってのがでかい! 家賃やローンで苦しむ必要なしっ」 「いますぐ一緒になっても、私たち、幸せになれると思うな」 「そっか、そうですよね……幸せに……」 「うん、家族みんなで」 微笑み、お腹をそっと撫でた。 梓さんが、ここ数日でよく見せるようになった仕草。 さすがにまだ大きくはなっていないけれど、感じているんだろう。宿った……かけがえのない命を。 「お腹が大きくなる前に、籍だけ入れちゃいましょうか」 「うん、いいね。賛成」 「ゆっくり……築いていきましょう。幸せな家庭を。 それで……産まれてきた子供を、幸せにしましょう」 「うん。その前に……デートもしてみたいかな。 私たち、恋人らしいことしてなくない?」 「あ〜、そういえば、色々飛ばしすぎですよね」 「ほんとに。付き合う前に婚約だもん」 「じゃあ、踏むべき手順をちゃんと踏んでいきましょうか」 「あはは、うん、いいよ。真くんから言って」 「梓さん」 「はい」 「あなたのことが好きです」 「はい、私もあなたが好きです」 「俺と、付き合ってください」 「はい、喜んで」 「それで、もしよければ……。 俺はまだ学生だけど、それでもいいなら」 「俺と、結婚してください」 「はい」 「ふつつかものですが、よろしくお願いいたします」 「みんなで、幸せになろうね」 「梓〜、梓〜?」 「あ、いた。俺そろそろ――」 「し〜、声大きい」 「ああ……寝てるのか」 「うん。もう時間?」 「だね。仕事に行く前に、顔見ておこうと思って」 「ふふ、見て、笑ってる。どんな夢見てるんだろ」 「幸せな夢だよ、きっと」 「そうだね……うん」 「梓もそろそろ時間だろ?」 「うん、芙蓉ちゃんたちにこの子のことお願いしないとね。 ほんと助かるわ〜、鬼のみんな面倒見よくて」 「伊予は意地悪ばっかしてるけどな」 「あはは、この子は喜んでるけどね」 「あ、ほら、そろそろ行かないと。遅刻しちゃうよ」 「そうだった。じゃあ……」 「いってらっしゃい。ほら、お父さんお出かけだよ〜?」 「あはは、全然起きないな。 それじゃあ……行ってくるね」 「琴莉」