「ふぁぁぁ」 「……うーん。眠い」 「ん……」 「分かってるよ。起きるって」 「目玉焼きと、スクランブルエッグどうしようかな」 …… 「目玉焼きにしよ」 「……」 「……」 「やっぱりスクランブルエッグかな」 「いただきます」 「ごちそうさまでした」 「洗濯物たまってるなぁ」 「今日は時間ないけど、明日こそは」 「こら、くー。大人しくしてよ。準備してるんだから」 「くー」 「いってきまーす」 「あぁ、ありすちゃん。おはよー」 「おはようございます」 「おはよう。ありすちゃん」 「どうも、おはようです」 「ありすおはよー」 「おはよう」 「おはよう」 「やっこおはよー」 「一人暮らしかぁ……」 「大変だな」 「慣れたら、気楽なものだよ。ゲームもやり放題だし」 「だよねー。私も一人暮らししたいわ。それで、男の子と同棲するんだぁ」 「君はその前に、男がいないでしょう」 「えへへ。ばれたかな」 「それよりも、今日こそ行ってみよう」 けーこちゃんは、窓の向こう……学園がある丘にそびえる、時計塔を見ながら言った。 「時計塔?」 「なんでも、夜に時計塔のそばで願い事をしたら、幸せになれるんだって」 「あぁ、なんかそんな話があるね。メルヘンだな」 「三人とも放課後が空くことってほとんどないし、行くなら、今夜でしょう」 「危なくない? あの辺、かなり暗くなるよ」 「うちは、ゲートでかなり厳しくチェックしてるから、変な人なんて入らないよ」 「でも、森抜けるじゃない」 「私はどっかのカップルと鉢合わせしそうで嫌だな」 私が住む商店街があるバラ色駅から二駅。 モンシロ駅から歩いて十分ほど……小高い丘に立つ、碧方学園に到着する。 もともと丘の上の森を切り開いて作られた学園で、広大な敷地には、西洋のお城みたいなおしゃれな校舎が建っている。 「やっこ、おはよー」 「おはよう」 なんでもここの理事である時計坂家というのが、すごいお金持ちで……。 教育に熱心な初代当主さんの肝いりで、有名デザイナーから建築家から招かれ、古代アテネの様相がテーマの、様々な意匠が凝らされているとか。 「桜坂〜。ゲーム持って来たか」 「あ、ごめん。明日、返すから」 「いいけどさ」 私にはその辺の事情は分からないけど、進学してきたときは、さすがは中等部とは違うんだなーって、感心したものだ。 でも毎日見てたら、やっぱり慣れるよね。 「南乃さん、おはよう」 「うん」 と……あれ。やっこ達はどこ行ったかな。 やっぱりこの学園は広い。 一年過ごしても、まだ訪れていない場所や教室がたくさんある。 中でも、家からも電車からも、教室からも見えるあの時計塔。 なんで今まで行ったことがなかったかというと……うーんなんとなく。 学園の敷地にはちょっとした森が点在していて、時計塔にはそこを抜けて行かないとたどり着けない。 やっぱり、あれだけ目立つ建物で……どうやら、由来もとても古いということもあって、いろんな逸話、噂がささやかれていたりする。 あの下で告白をして成功したら、その二人は一生幸せになれるとか。 要するに、噂をされるのが嫌で……よっぽどの理由がないかぎり、誰も近づかなくなってしまった。 けど、私の友達である桜坂恵子ちゃんが、二年に進級したんだし、ぜひぜひ行きたいと言い出したのが昨日のことだ。 「二年になったんだから、行ってもいいよね」 二年になったんだからというのは、一年のくせに時計塔に行くのは生意気だ……という風潮がちょっとだけあるからだ。 実際、一年だけで時計塔を訪れたところを、運悪く三年生に見つかって、しめられちゃったっていう話もあったとかなかったとか。 私は実はあまり気がのらない。 そういうもろもろでちょっと、面倒だなというのもあるし。 なんとなく……遠くから見える時計塔は神秘的で、素敵で……近くで見てがっかりすることがあったら、嫌だなと思うからだ。 観光地とか、そういうことがあるよね。 あと、男の子とか。遠くで眺めてる分には良かったのに、っていうの。 …… ごめんなさい。男の子についてはよく分かりません。でもクラスの子が、よくそういう話をしています。 「今日の放課後だからね。絶対行くよ」 「けーこちゃんは、何かお願いしたいことでもあるの?」 「うふふ」 「すてきな恋がしたいなぁ」 「好きな相手いるの?」 「うんにゃ。いないけど」 「やれやれ」 「あぁ、恋に恋するお子様だなぁとか思ったな」 「ずばり」 「いないなら作れば良い」 「そういうものかしら」 「はい、席について。朝礼はじめるよ」 担任の、梢先生だ。 まだ大学を出て、そんなにたっていないきれいな人だ。 でも物怖じしたところもなく、私達の相談にもよくのってくれて、男女ともから(やっぱり男子からだけど)抜群の人気がある。 私もちょっと憧れていて、今年から担当してもらえるということになって、嬉しかったなぁ。 「出席をとるわよー」 …… 「藤田崑崙さん」 …… 少し変わった名前が呼ばれ、教室には返事をする子はいない。 「藤田さんは、来てないの?」 「まったく……新学期になって、一度も顔出してないじゃない」 …… こんろん。 ちょっと聞き慣れないその音の名前は、やっぱりあまり見慣れない漢字を書くのを、覚えている。 新学期が始まり……新しい学年、新しいクラスにもあっという間に慣れて。 気の早い桜は、もう咲ききって、散り始めている。 きっと、春はあっという間に終わってしまう。 時々……何か、やり残したことがあるような、気がしてしまう。 慌ただしい生活の中で、ぽろりと、1つ2つ、何かを取り落としてしまっていたとしても、気づかないんじゃないかって思ったりする。 それが、自分にとっては、大切なものだったとしても。 「……」 私の視線に気づき、けーこちゃんはにやりと笑いながら、窓の向こうの時計塔に目をやった。 放課後の時計塔の冒険のことを、気にしてるな? という顔だ。 時計塔が、けーこちゃんにとっての、やり残したことなんだろうか。 授業は終わり、私達は、めいめい放課後の活動のために動き出す。 学園には、様々なクラブがある。 メジャーなところでは、テニス部、野球部、サッカー部。 それに、同好会の活動も活発で(クラブ棟があるので、活動用の拠点が確保しやすいのが大きいと思う) 認可されているものだけでも、三桁は越えるらしい。 かく言う私も、小さなサークルに一応籍を置いているんだけど……。 「時計塔に行くの?」 「行ってもなんにもないよ」 私が在籍している、写真部……兼、新聞部。 要するに写真をとったり記事を書いたり、簡単な本を作ったり、カメラを手にいろいろしましょうという同好会なんだけど……。 そこの三年生の部長である、柏原美衣先輩は、私にそう言った。 「扉も閉まってるから、中には入れないし」 「確か下に教会があったんだけど、あそこも夕方以降は閉まるし……」 そこまで乗り気だったわけじゃないけど、観光地に行く前に、そこの不評を聞かされたようでさすがにちょっと、気が沈む。 「まぁ、夜に行くなら、少しは雰囲気出るかもね」 「でも、けっこうあの森迷うから気をつけてね」 写真部には、書類上七人の部員がいるはずなんだけど、私は美衣先輩と、一名ぐらいしか見かけたことはない。 うちの学園のようにクラブの所属がルーズに認められていると、幽霊部員も多く出てくるということだ。 「でもわざわざ夜に行くってことは、何かお願いしたいことでもあるんだ」 「私じゃなくて、友達がですよ。私はそんなの信じてないですから」 「でもね、けっこうあの噂もバカにならないかも」 「この学園は十年前に改装されて、教室はそれなりに新しく見えるけど、本当は物凄く歴史のある建物なんだよ」 「あ、知ってます。かなり昔の建物なんですよ」 「うん。それでね、下にある時計塔と教会も、作られた年代がけっこう違うんだって」 「そうなんですか? それは初耳……」 「どうして、最初に時計塔だけがあって……その後、わざわざそこにくっつけるように教会が作られたのか」 「それも、あんな森のど真ん中に」 「それで、あの時計塔は何なのかって……調べて見ても、由来がまったく分からないらしいの」 「不思議だよね。この学園の……あるいは、この町の象徴と言える時計塔が、いつ誰によって作られたのか、誰も知らないなんて」 「そうですね……それだけ古いもの、ってことなのかな」 そしてそういう不可解さが、いろんな噂や逸話を生み出しているのかもしれない。 「何か面白いネタがあれば、時計塔で記事書いてみるのもいいかもね」 「せっかく行くなら、カメラ持っていって、何枚か撮ってきて」 「はい。そうしようと思って、寄ったんです」 「ありがとう。ありすちゃんぐらいだよ、ここの存在を忘れずにいてくれるのは」 「あはは……」 かく言う私も、あまり積極的に参加しているわけではなかった。 あるきっかけで美衣先輩のお手伝いをして、そのまま誘われるままに、たまに顔を出しているぐらいだ。 自分のカメラだって持っていない。 日も落ちかかった頃、それぞれのクラブに顔を出していたけーこちゃん達と、落ち合った。 「よし点呼とるよ」 「ありす」 「あいー」 「ひや」 「やっこ」 「おい」 「ごめんごめん。いるね」 「食料持ったかー」 「持ったよ」 昼の残りのパンだけど。 「持った」 「コンパス持ったかぁ」 「では、時計塔目指して、しゅっぱぁつ!」 中庭から、森へ入って行く。 森には、細い遊歩道こそ通っているものの、もちろん街灯などが立っているわけではない。 頭上に見える時計塔を目指して、ただ曲がりくねった道を進んで行くしかないのだ。 で……。 「時計塔を目印にしてれば迷うわけないと思ってたけど」 「まさか、こんなに森が深いとは思わなかったねぇ」 「違うでしょう」 「あんたが、時計塔目指すならこのまままっすぐ突っ切るのが近そう〜と言って、遊歩道を外れて進んだからでしょう」 「だって、うっすら道があったし」 「あれは、獣道か何かだったんじゃないの?」 「獣ってなに? 何かいるの?」 「……」 「空、まったく見えないよ。どこに時計塔があるのか、さっぱりだし」 「しっかりしてよ、リーダー」 「言い出しっぺ、けーこちゃんだよね!? なにさらっと私をリーダーに仕立てて、責任かぶせようとしてるのっ」 「えへへ」 「どうしたんですか」 「え」 きれいな……女の人が立っていた。 「迷ったんです」 「どちらに?」 「時計塔に行きたいのです」 「あぁ」 「大丈夫ですよ」 「よかったら案内……」 「信じることです。信じれば、道は開かれるでしょう」 「は、はい……。し、信じます」 「ではごきげんよう」 「ちょちょ、ちょっとー」 「はい?」 「このまま置いて行かないでよ」 「ふふ」 「神を信じましたか?」 「信じた信じた」 「では……ほらあそこに光が見えるでしょう。あれが、教会です」 「あなた、知ってましたよね」 「私が知っているのではありません」 「神様が知っていたんですよ」 「……」 シスターさんに続いて歩いて行く。 やがて……森の向こうにぼんやりと、光が見えてきた。 「あーついたついた」 「ふぅ。一時はどうなるかと思った」 「あの、ありがとうございます……」 「ええ……」 「南乃ありすです」 「周防聖です」 「周防さんは、ここの教会の人なんですか?」 「見ての通り、シスターをしています」 「さぁ、どうぞ」 時計塔の一階に併設されている教会に入ると、祭壇と長いすが並んだ小さなホールに出た。 向こうには台所などが備えられた居住スペースが見える。 周防さんは、ここで暮らしているのかな? 学園に教会があるのは知ってたけど、人が住んでたなんて……。 周防さんが、お茶をふるまってくれる。 「おいし〜〜」 「なんか、身体が冷えてたから、あったまるね」 「一体何をしに、こんなところに?」 「時計塔にお願いをしにきたんです」 「ちょ、ちょっとけーこちゃん」 「恥ずかしがることなんてないじゃない」 「時計塔にお願い……はて」 「夜、時計塔のそばでお願い事をしたら、願いが叶う……なんて、不良生徒ほいほいな噂がありまして。それ目当てです」 「ほう?」 「おかしな話ですね」 「何か、祈りたいことがあるなら、こちらで祈っていけばいいのですよ」 「教会、ですか?」 「主は、あなた方を見守っています」 「あなた方が信じ、何より祈るなら道は開かれ……願いの成就に向けて、光は注がれるでしょう。それがどんなに暗く険しい道だとしても」 「……」 「さて、そろそろ帰ってください」 「まだいいじゃないですか。来たばかりですよ」 「これ以上遅くならないうちに、帰った方がいいですよ」 「なんでですか」 「深夜になると……」 「はい」 「この森には、竜が出るんですよ」 「は」 「食べられてしまう」 「はは。子供じゃないんだから。そんな脅し……」 言いつつ、けーこちゃんの顔は引きつっていた。 周防さんの語りが、妙に引き込まれるというのもあったし……確かに学園周辺の森って不気味なんだよね。 あれ……。 何かのうなりが聞こえた……。 「何か聞こえなかった?」 「はは。ありすまで、何を言ってるのよ」 やっぱり聞こえる。 なんだろう気になるうなり声……。 怖いとも違う。 その声が、なぜか悲壮に…切なそうに聞こえて。気になってしょうがない。 「どうしたの、ありす」 「私ちょっと、外……行くね」 「トイレなら、そこにありますよ」 「違います!」 外に出て、辺りを見回す。 ………… …… 「聞こえない」 気のせいだったのかな……。 「……」 時計塔、か。 暗くても、しっかりと時計盤が光っているので、ここからでもよく見えた。 「きれいだな」 「ん?」 ふと、時計盤のあたりで何かが光ったのが見えた。 どこかの部品が月明かりを反射して光ったのかな……。 いや、違う。光はゆらゆら揺れながら、落下しているように見える。 「何か、落ちてきてる」 そう確信するかしないかのうちに、光はどんどんこちらに向かって落ちてくる。 それは……小さな板のようなものだ。 何か、部品がとれて落下してるんだと思って、とっさに身構えた。 けど……。 光は私の頭上あたりまでくると、いきなり速度を落とし、ふわふわと浮かぶようにゆっくりと落ちてくる。 そして私の目の前に停止した。 「なにこれ……」 それは、光に包まれた一冊の本だった。 光は消え、手には古い装丁の本がおさまっている。 厚いカバーには、金属のふちどりがしてあり、細かい意匠が施されている。 骨董品とか興味のない私でも、一目見て、年代もの、値打ちものだって分かる。 そっと中を開く。 外国の本だと思っていたら、1ページ目から丁寧な日本語の文字で、つづられていた。 『今日は……』 「日記?」 誰かの、日常の記録のようだった。 「誰の日記かな。というか、見ていいのかな」 「と、けーこちゃんも出てきてたんだ」 「まぁね。せっかく来たんだから、見てたのよ」 「お願いごととかしてたの?」 「え」 「?」 「そ、そうだったね。忘れてた。それをしに来たんだった」 「身長が伸びますようにっ」 「身長が伸びますようにっ」 「中学生の男子かあんた等は」 日記は、とっさに隠してしまった。 どうしてだろう。 他の人に話すのは、自分の目で、ちゃんと確かめてからにしたいと思った。 なんだか、誰かに話したとたん、この不思議な日記が、泡のように消えてしまうような……そんな気持ちがしていた。 「もう帰ろうか」 「う、うん。いいけど」 「周防さんだっけ。なんか、あの人ずっと、変な話してくるし」 「あそこで何をやってるんだろうね」 「きっと、サイコさんだよぉ。竜がどうのって言うし」 「お前が竜だぁとか言って、惨殺されそう」 「大体、あの教会、シスターなんていたんだ」 「あんなきれいな人がいたら、そっちの方が噂になってそうだけどなぁ」 「この学園には、まだまだ、謎が多いみたいだね。うーん」 私達は急ぎ足で、森を歩き出す。 木々の向こうには、うっすらと校舎の明かりが見える。 頭上にある時計塔を目指すより、こっちの方が安全だ。 でも、何かから逃げるように、私達の脚はどんどん早くなっていく……。 と……。 生い茂った木々の向こうに、何かが光った気がした。 あれは……。なんだろう。 誰かが、懐中電灯でも照らしているのだろうか。 いや違う。もっと濁った光だ。水面が、ぬらりと光をうつすような。 あれは……。 目……? 「何か、見てた。大きい目が、あっちから……じっと」 「ば、馬鹿言わないでよ」 「きゃあああああああああああああああああああああああ」 「もう、いきなり声出さないでよ」 「だ、だって何かいたから」 「…なんだ?」 「竜……?」 「いやいや」 「おおかた、オオカミでもいたんじゃないの?」 「それも、かなり大型のね」 …… 「か、帰ろうか」 「このまま帰るのは、なんか怖いよ。ありすのバイト先行かない?」 「そ、そうだね」 「おう、南乃じゃねーか。今日はシフト入ってないぞ」 「ただの寄り道です」 「不良が」 「なんだお前等、顔が青いぞ。幽霊にでも会ってきたって感じだな」 「似たようなものかもしれません」 「? よく分からんが、サービスだ。ほらよ」 「やったー。店長さんかっこいい」 「また、オリジナルバーガーですか」 「おう」 「今度はなんの肉を使ってるんですか」 「……」 「健康な肉だよ」 「それじゃ、分かりませんよっ」 「メキシコに生息してる、あれの、健康な肉だよ。輸入も問題ない。いいから食え」 「うえー」 「明日はバイトだからな。忘れるなよ」 「はーい」 放課後は、時々このドラゴンバーガーでアルバイトをしています。 お金は、おじーちゃんが残してくれたものから月々ちゃんと振り込んでもらえることになっているけど……出来るだけ、自活してみたいと思った。 最初は強面の店長に怖がったり、いろいろと分からないことばかりで目が回りそうだったけど、やっと慣れてきた。 制服もかわいいしね。 「ところで、何を、時計塔にお願いした?」 「あきれた。あの状況で、そんなこと考えてたの?」 「でもありすだって、途中で外に行ってたし、あれ、何かお願いしに行ったんじゃないの?」 「いやそれは……」 「えっちなお願いだな?」 「そそそそ、そんなのじゃないよ」 「むきにならなくても分かってるよ」 「そういうあんたは、何か願ったの?」 「もちだよ」 「なになに?」 「恋人を作る」 「またそれ」 「だって。進級したんだし、すてきな恋がしたいじゃん」 「恋、かぁ」 「想像できないわね…」 「だねぇ」 「じゃぁね、バイバイ」 「バイバイ」 「……」 「言いそびれちゃった」 「これ、なんだろう」 鞄の中に入った、分厚い本を見る。 持って帰ってきちゃった……。 あのまま放置しておくわけにもいかないもんね。 明日、事務に届けよう……。 「ただいまー」 「くー」 「ただいま〜。まっててね。すぐご飯の準備するから」 「く‐」 「ぼけー……」 「報○ステーションの時間です」 「ふむふむ」 …… 「ゲームしよ」 「くー」 「くー。邪魔しないで。後で遊んであげるからっ」 「ふぅ……」 布団に入った時が、一番ほっとする。 なんて……私って、この歳で、ちょっと疲れてるのかな。 「おやすみなさい」 「眠れない……」 机に置いた、分厚い日記。 窓から差し込む薄い光をあびて、気のせいか……青くぼんやりと、暗闇の中で光を灯しているように見えた。 「気になる」 「ちょっとぐらいいいよね」 そっと、日記に手をのばす。 持ち主の人のことが分かるかもしれないし。 内心でそんな言い訳をつぶやきながら、私はそっとページをめくってみる。 っと……。ひらりと、一枚のメモが落ちた。 最初のページに挟まっていたらしい。 古く日焼けした紙には、手書きと思われる、ちょっとぞんざいな文字で何かが書かれている。 なにこれ……。 文頭には、タイトルらしき一行があった。 〈夕火〉《あぶり》の刻、〈粘滑〉《ねばらか》なるトーヴ 〈遥場〉《はるば》にありて〈回〉《まわり》〈儀〉《ふるま》い〈錐穿〉《きりうが》つ。 総て弱ぼらしきはボロゴーヴ、かくて〈郷遠〉《さととお》しラースのうずめき叫ばん。 『我が息子よ、ジャバウォックに用心あれ!』 変な詩……。 意味があるような無いような。ただの言葉遊びの羅列にも見える。 どこかで読んだことがあったかな。童話か何かで、出てきたよね……ゲームだったかな。 それより、日記の本文はどうなってるんだろう。 導かれるように、そっとページをめくってしまう。 そこには、さきほどの詩とは別の誰かによるものと思われる、今度は比較的きれいな文字が、つづられている。 『そろそろ日も暮れ始め、窓の向こうに見える時計塔は、ぼんやりと夕日にかすんでいた』 『時刻は、そろそろ18時を過ぎようとしている』 「時計塔?」 時計塔ってあの時計塔だよね。 あそこから降ってきたんだし、そりゃそうか。 そうすると、この日記を書いたのは、この町に住んでいる誰かなのかな。 続きを追ってみる。 『俺は、先生の話を聞きながら、時計塔をぼんやりと見ていた』 『聞いてるの? と、先生がいらいらとしている』 「聞いてますよ、梢先生」 「どういうことなの。昨夜、他校の女の子と……ほ、ホテルに入ろうとしてたね」 「進路で悩んでいるらしくて。相談にのっていたんです」 「そんな、芸能人みたいな言い訳……」 「夜通し話すには、都合がいい場所でしょう」 「安くすませたいサラリーマンだって利用することがあるんですよ」 「それじゃぁ、一緒に泊まった同僚同士は、ホモの疑惑をまぬがれないじゃないですか」 「それとこれとは別だよ。若い男女でああいうところ行くって言うのは……」 「なんで男女だとダメなんですか?」 「それはつまり……男女だと、そういうことになりがちでしょう」 「エッチをするのはダメなんですか?」 「まぁ、学生だし」 「でもしてますよ。統計でも、けっこうな割合がしてますよ。それ、皆だめなんですか?」 「いや、そういう話じゃなくて」 「はっきりとさせましょう」 「俺たちはエッチをしていいんですか? しちゃダメなんですか?」 「それは」 「ちゃんとした手順で、そう……なるというなら、いいのかもしれないけど。君の場合は……」 「なるほど」 「で、俺はホテルに入ろうとしているところしか見られてないはずですが……」 「ちゃんとした手順を踏んでいるかどうかを、誰が判断した上で、呼び出されているんでしょうか?」 「君は……」 「私みたいな、新米教師だからそんなひねくれた物言いができるんだろうけど、主任の中村先生とかにやったら、進退問題だよ」 「おっさん相手なら、俺はもっとひねくれてますよ」 「先生だから、まだ素直なんです」 「なんでよ」 「だって、先生ってなんか……」 「なに?」 「キャバクラにいそうだから」 「な、に、そ、れ」 「いや、良い意味ですよ」 「今の評価に、良いも悪いもあるの??」 「こう、なんでも気楽に、話せてしまえそうというか」 「それは良い意味だね……確かに。どうして、キャバクラにいそうって表現になるかは知らないけど」 「おさわりしても笑って許してくれそうな」 「許さないよ! どういうのそれ」 「おっさん転がすのうまそうな」 「いや、確かに……私は昔から……。いや、ちょっと待って、そもそもどうして、学生の口から、キャバクラにいそうなんて発想が出てくるの」 「桜井君、もしかして行ったことがあるわけ???」 「そんなに行きませんよ」 「そんなに!?? 行ってるってことだよね???」 「いやぁ。まぁいいじゃないですか。でも先生、真面目な話」 「うん?」 「俺を呼び出すのはやめてください。指導をしたいなら、主任の中村先生に代わってください」 「なんでよ。先生じゃ無理だっていうの」 「君から見ると、男の人を知らないから?? それは、言ったけど、誤解──」 「それは別にいいです」 「じゃぁなに」 「だって、放課後……人気の消えた、教室にふたりきりなんて」 「……っ」 「せ、先生を襲うつもり????」 「襲わないですよ。そんな、警戒しないでください」 「ただ……」 「口説かずにはいられないかも」 「あ゛」 「桜井君……? 先生相手に、君は何を言ってるの……」 「キャバクラに行ったら、口説かないと、損でしょう」 「キャバクラは関係ないよね。というかやっぱり行ってるんじゃない!」 「まぁまぁ。細かいことは気にしない」 「……」 「もう、疲れました……帰って良いよ」 「どうも」 知ってる名前が出てきて、ぎょっとする。 梢先生? これ、うちの学園での話なの? 見たところ誰かの日記みたいだけど……。 それになんだかこの日記の書き手と思われる男の子の調子も……ちょっと、ひっかかる。 ちゃらいというか、うさんくさいというか。 『口説かずにはいられないかも』 って、本気なのかな。ひえーっって感じだ。 これ本人が書いてるとしたら、いくらか自分をかっこよく脚色してるってこともあり得るよね。 かっこよくないけど……。 私は苦手なタイプだなぁ。 じゃぁ、得意なタイプって誰だろう? 「……」 ま、まぁ……そんなことはいいか。 続きを読んでみよう……。 まったく。せっかくの貴重な放課後を、お小言でつぶされるとは。 あれが梢先生じゃなかったら、爆発してるところだよ……。 さてと……。 校舎には、クラブ活動にいそしむ生徒達が残っているようだ。 どこかの教室から、演奏が鳴り響き、校庭からは威勢の良いかけ声が聞こえてくる。 ただ、夕日はゆっくりと地平の向こうに沈もうとしていた。 一日が終わる。 俺は……。 「町にでも行こう」 自転車で、駅前まで来た頃には、すっかり日も落ちていた。 家路に向かう人達が、早足で歩いて行く。 その流れに逆らって、俺は駅のターミナルへ。 大体、似た人間が集まる場所というのは、直感で分かるものだ。 二人の少女が、花壇に腰を下ろして、ひっきりなしにしゃべっている。 人を待っているというわけでもない。 ナンパ待ちというわけでもないだろう。 なんでこの二人は、家にも、店にも行かず、こんなところで話しているんだろう。 でも、なんとなく理由は分かる。 家よりもファミレスよりも……彼女達にとっては、ここの方が寂しくないのだろう。 「よう」 「……」 自分達に声をかけられているとは思わないのか、少し目配せをして、また会話を再開する。 「よう」 もう一度声をかける。 今度は、もう片方の女の子が手をかかげ、反応した。 「ども」 「でさぁ。ヤンバイレルンのヒット作って言うと、大体、ガンジーは三度死ぬを出してくるけど」 でもすぐに会話に戻る。 「違うでしょって。どう考えたって、彼が役者として才能を発揮したのは、さくらんぼ峠の喪失でしょって」 「それには、あれの監督だった、クロードヒューゴーの手腕が無視できないわけ」 「ヒューゴーって、カリビアン時代の向日葵を、撮った人?」 「……」 こちらを振り返った少女は、俺の顔をまじまじと見て。 「違う」 そのまま会話に戻ろうとするも、思いとどまり、俺の制服をじろじろと眺めつつ。 「碧方?」 「うん」 「ふーん」 「私らこれからカラオケ行くんだけど。一緒する?」 「ちょっと、恋。いいの?」 「暇だしいいでしょう?」 「俺はもちろんいいよ」 三人でカラオケ店へ。 けど二人ともあまり歌わず、食べたり、しゃべったりしているのがほとんどだ。 一人の子が、ひっきりなしに映画の話をする。 映画といっても、俺でも名前を知っているようなメジャーなものではなく……。 中東やらロシアあたりで撮られた、どこで見ればいいのかも分からない、マイナーなタイトルばかりのようで。 友達も同好の士なのかと思ったら、そういうわけでもなく、ただはいはいと調子を合わせているだけのようだ。 カラオケ店を後にしてからも、少女の演説は……続く。 …… 聞き手を俺に任せ、もう一人の女の子は少し距離を置いて、スマホをいじりながら歩いている。 「その監督が撮りたいのは結局さ、恋愛ドラマなんだよ。ただ、ただ恋愛だったの」 「それが、へたに権威のある賞を受賞しちゃったから、妙な社会派のレッテルを貼られちゃってさ」 「その筋のファンからは、やれ、歴史認識が浅いとか批判されてるけど、あれは、そこじゃない」 「バベルとブゼルの、単純な、ボーイミーツガールなんだよね」 「ねぇ、そう思わない?」 いきなりこっちにくる。 「いや、見てないから、それ」 「そうなの? なんで? 見なよ。約束だよ」 「うん」 「それを勘違いしたスポンサーが、三角形のモスドラゴンとか任せちゃうでしょう。そりゃぁ、双方にとっていいことなんてないよね」 彼女の語るうんちくは、まったく何一つ、俺の知るものじゃなかったが、聞いていて悪い気はしなかった。それどころか、愉快だった。 好きなものを語る人の顔というのは、いいものだ。それも、かわいい女の子なれば、なおさら。 少し、わくわくしてきた。 これはもしかして、恋愛日記なんだろうか。 夜の町。少し寂しげな少年が、少女と出会う。 少女は映画好きで……。 始まるのは映画のようなラブストーリー。 いけないいけない。妄想好きなのは、私の悪いくせだ。 そして、最初は少しだけ……と言っていたのに、人様の日記を勝手に読んでしまうなんて。 二人をともなって、ハンバーガーショップにやって来た。 カラオケをおごってもらった手前、何かごちそうしなければと思ったわけだが、情けないことに今の俺の手持ちではここが精一杯だった。 「でね……。彼の手法って結局、ハリウッドの焼き直し、輸入だって批判する人は多いけど、私はどうかなって思うんだ」 「いや。確かに、その手法を取り入れたのは確かだよ」 「ただすごいのは、もともと彼がやろうとしてたインド映画の、そこにハリウッド的……つまるところマク○ナルド的……な手法というか」 「小難しいと敬遠していた人達に、その良さを補完したまま、口あたりを軽くして、提供してあげたわけ」 「というわけなのよ」 「聞いてる?」 「聞いてる聞いてる」 そういえば、もう一人の子は、いつの間にかいなくなっていた。 「それでね……」 ごめんと、俺も席を立つ。 「やぁ」 「こんちは」 トイレの前で、スマホをいじっていた。 「あの子置いてきたの?」 「まぁ……」 「私狙い……じゃない」 「君、恋、狙いだねぇ」 「ばれてる?」 「ばればれ」 「で。私に頼みに来たの?」 「いやぁ。頼みってほどのことじゃないけど」 「どうしようかなー」 「今度、合コンセッティングするよ」 「君のツレなら、いけそうだよね」 「いけてるいけてる」 「私は興味無いけど、これは高く売れるネタだよ」 「交渉成立」 「あれ。加奈子は?」 「用事があって、先に帰るってさ」 「ふーん。まぁ、よくあることだわ」 「それより、映画の話なんだけどね」 「うん」 …… 「やば、そろそろ帰らないと」 「家近いけど、寄ってく?」 「えー。ご両親驚くよ」 「うち、いないし」 「あー。それはもっと危険なんじゃ」 「そんなことないよ」 「よめたぞ。それでここを選んだか」 「何か言った?」 「なんでもなーい」 「家を見てから考える」 「そうして。それでもまだ間に合うよ」 家の様子を見て、少女は意外そうに、目を見開く。 「理容室なんだ」 「営業してるわけじゃないけどね」 ほったらかしにされた道具や、椅子。あちこち痛んだ、内装。 長い時間、そのまま風化してしまったものたちが、ぼんやりとした電灯に照らされて、遠慮がちに俺たちを迎えていた。 「でも。髪切ってもいいよ」 「腕、いいの?」 「まぁまぁ」 「ま、いっか」 気安く、少女は椅子に腰掛ける。 この頓着しないところに、俺は早くも惹かれていた。 「それじゃぁ、お邪魔しまーす」 「うん」 少女の背中に向かって微笑みかけながら、俺はハサミを手にする。 どれもこれも古ぼけて埃をかぶっているのに、そのハサミだけは……手入れが行き届いている。 青白い月明かりをきらめかせた刃先を、俺はそっと、少女の頭に向けた。 「ん……」 「ちゅる、じゅ、ちゅぅ……」 「ちゅ……ん」 「ちゅぅ」 「つ……」 首筋に、じゅっとキスをかぶせる。 「ん……あ、あ、あ……」 「はぁ……」 ほてった少女の身体のあちこちに、唇をはわせ、吸い上げる。 少女は、身体をよじり、短い喘ぎを、あげ続けていた。 「声、かわいいね」 「そ、そう?」 「なんか、声でも出してないと、不安だから」 弁解するように口にする。照れているわけではなさそうだ。 少女の目には、快楽よりも……まだ、確かに強い不安が満ちている。 「え?」 「なんか、怖いから」 「ん……。何が、怖いの?」 豊かな乳房に舌をはわせながら、上目遣いに、訪ねる。 「だって……あ、あ、あ。ねぇ、君は、こういうの、慣れてるの?」 「少し」 「そうなんだ……」 「笑わないでね」 「うん?」 「私、のこのことついて来といてあれだけど……け、経験なくて……はじめてなの」 「わはは」 「……じー」 うらめしげな目をする少女。俺は小さく笑い、少女の頭をくしゃくしゃと撫でた。 「冗談だよ」 「任せて。リラックスしてればいいから」 「うん……」 淡いピンク色の乳首、ぷくりと屹立している。 その先端に俺は唇をあわせ、少し強めに吸い上げた。 「ちゅうぅ……」 「は。ん……」 「痛い?」 「痛くは、ないよ」 「じゃぁ、どう? 言ってみて」 「お、おっぱいが……むずむずして、先端のほうから、なんか、むずがゆくて」 「それで? うん。ちゅ、ん……ちゅる」 「は、あ、あぁ、あああ」 「はぁ、は、ぁ……なんか、気持ち、いいの」 「どうしてほしい?」 「もっと……して」 「なにを?」 意地悪な質問にそれでも少女は、恥じらいと焦燥のこもった濡れた瞳を一心に、俺に向けながら……。 「もっと、おっぱい吸って」 「分かった」 「ちゅぅ。……ちゅる、ちゅ」 「あ、あああ」 「かわいいなぁ……ちゅぅ。ちゅる、じゅ」 「は、あ、ああああ」 「ここ……」 そっと、淡い茂みにおおわれた、秘丘に指をはわせた。 「や、ん」 「いっぱい濡れてるね」 割れ目にそって指をすべらせる。 ふんだんに染み出した愛液が指先にまとわりついて、ぴちゃり、と音をたてた。 「わ、分かってるもん。さっきから、おまたの方が……すっごい、あついの」 「俺のここも、さっきから、すっごい、あついんだ」 ぎちぎちに屹立し、少女のやわらかな肌に擦れながら、今にも破裂しそうなほど熱をはらんだペニスを、少女の手にあてがう。 「あ……」 「……君の、おち○ちんが、入る準備ができてるってことだよね」 「そうだね。これだけ濡れてれば、ばっちりだ」 言って俺は、先端を少女の秘部にあてがう。 ぱんぱんに膨張した亀頭は、もうちょっとの刺激で、破裂してしまいそうな危うさがあった。 ちゅるっと、先端を割れ目にはわせる。 「入れるの?」 不安そうに少女が俺をうかがう。 「入れたくない?」 「……入れないと、これ、終わらないんだもんね」 「俺は終えることはできるよ。今でも」 「ほんと?」 「怖いなら、無理にしないよ」 「……」 「でも、もう少し近づけて……入り口と、ちょっとでも接触したら、もう止まれないと思う」 「そうなんだ。ん……どうしようかな」 不意に現れた選択肢にとまどいを隠せない少女。 そんな逡巡を眺めながら、俺はささやく。 くちゅっと、かすかにペニスの尖端が、水気を含んだ恋の秘部と接触した。 「もう、止まれない」 「も、もう。結局、そういうことじゃないの」 ず、ちゅ。 「ふ、ぁ」 先端が、少女の入り口をこじあけるように、めりこんでいく。 「あ、ああああああ」 「先っちょ、入ったよ」 「ま、まだ先っちょなの?」 得体の知れないものへの驚きに、少女は懇願するように、俺を見つめる。 少女の入り口に飲み込まれた先端は、どくどくと、落ち着きなく脈打っていた。 「うん」 「全部、入れるの?」 「うん……もう、止まれないから」 「……」 「ゆっくりしてね。私、よく分からないよ。どうなるのか。そんなに大きいのが、入るなんて」 「大丈夫。ゆっくりするよ。今、どう?」 少しだけ腰を押し込んで、ペニスをさらに潜り込ませていく。 「はう。ん、先っちょ、入ってるね。ぐりって、私の中にめりこんでるの、分かるよ……」 「じゃぁ、少しずつ、中にいれていくから」 ずちゅ、ずちゅ。 「ふぅ。ぐ、う。はぁ、はぁ……はぁ……。あ……」 「入ったの?」 「まだ半分かな。奥の方がきついみたいだから……ゆっくりほぐすよ」 「うん」 ぐちゅ、ぐちゅ。 奥へとは進めずに、そのまま穴を広げるように腰をゆらす。 「あ……」 「あ、ああああ!!」 ぐちゅ、ぐちゅ。 かきまわすように、少女の中でペニスを揺らすと、ぐちゅぐちゅと、愛液があふれてくる。 「あ、あああ」 「ほらほぐれてきた。全部、入れるから」 「う、うん。いいよ。奥まで、きて」 「このまま、いいよ……」 「あ、ああああああ!!」 苦しげな少女の喘ぎと共に、ペニスは強い抵抗を、突き破り、奥へとめりこんでいく。 「ぅ、あ……」 そしてざらざらとした肉道を突き進む。包み込む快感に、俺の口からも、うめきのようなあえぎが漏れる。 「はぁ、はぁ……はぁ……はぁ……」 「は、ぁ。ああああ。全部、入っちゃったみたい、だね。はぁ、はぁ……」 「君のが、私のなかで、びくんびくんって脈うってるのが分かるよ……」 「恋の中も、ぎゅうぎゅうって、俺のをしめつけてるね」 「うう。そうみたい……さっきから、すっごくお腹のあたり、動いているのが自分でも分かるよ」 「じゃぁ、少しずつ、動くね?」 「私も動いた方が、いい?」 「じゃぁ……おしりで、俺を擦るように、動いてみて」 「え、ええ」 「なにそれ」 「だって、さっきから恋のお尻が当たってるのが、すごく気持ちいいから」 「どうせ私は、お尻でっかいですよ」 「かわいいよ。でっかくて」 「でっかい言うな」 「う……こう、かな」 腰を押し込むように、少女がお尻を突きだしてくる。 すべすべで柔らかな感触が、陰嚢を包み込むように覆いかぶさってきた。 「あ、ちょ……これ、お尻動かしたら、君のが、奥にぐんってきて」 「あ、ああああ」 「痛い?」 「はぁ、はぁ……。痛い、けど……なんか、ちょっと。じんじんって、して……」 すりすり。 「ふ、ぁ……」 すりすりと、恋のお尻が、俺の下腹部を擦るように動く。 「いっぱい、お汁があふれてきたね」 「う、うん……分かる、君のも、私の中で、くちゅくちゅって、動きやすくなってきたみたい」 「うん、恋の中、あつくなって、いっぱい気持ちいいよ」 「そう? だったら、いいな。私も、段々、きもちよくなってきた」 「この辺とか?」 ぐいっと腰を押しこみ、少女の膣道の上を擦りあげた。 「あう!」 びりりっと、恋が弓なりに身体を震わせた。 「あ、はぁ……なに、今の」 「多分、この辺に、気持ちいいところあるんじゃないかって、恋のお尻の動きから、予想したんだ」 「あ、あ、あ。君って、なにもの、なの」 「ただの、学生だよ」 「嘘だ……。きっと、遊び慣れてるんだね。いっぱい、こういうこと、してるんだ」 「ちょっとだよ」 「あ、あ、あぁ……。エッチなんだね……っ。出会ったばかりの私にも、こんなことして」 「それは、君がエッチすぎるから、しょうがないじゃないか」 「何、言ってるの……っ。あ、あ、あ、ああ」 「こんな、おっぱいして」 「やぁ。ん。あぁ」 「こんなお尻して」 「ふぁ、ああああ」 「夜にぶらぶらして」 「はぁ、はぁ……」 「つかまったのが、俺みたいな紳士でよかったよ」 「だ、大丈夫だもん……っ。私、誰にでも、ふらふら、するわけじゃないもん」 「じゃぁ、なんで俺に?」 「わ、分からないけど……君となら、大丈夫、かなって」 「でもこんなことになっちゃったね……」 「う、うん……でも、それも含めて、いいかなって、思ったから」 「私、エッチなのかな?」 「ううん。かわいい」 「え……」 「へ、変なの……。かわいいって言われた瞬間、お腹のあたりが、きゅんとして」 「かわいいよ」 「あ、ふぁ……そんな、ささやくように、言わないで」 「おっぱいもえっちだし。お尻はすべすべで、なにより照れてる顔が、すっごくかわいい」 「やぁ……やめて……そんなこと。ないもん。ああ。あああ」 「ふ、ぐぁ。あ、変なの。君に突かれてると、どんどん、変な気持ちになっていくのぉ」 「あ、あ、あ……っ。あ。ああああ」 「あ、あ、あ」 「なに、これ。なんか、身体が、ふわふわして、気持ち、いいのが、広がってきて」 「そのまま、身をまかせるといい」 「でも、怖いよ。身体が、ばらばらになっちゃいそうで。こわいよぉ」 「大丈夫だからっ。俺も、もう、いくよ」 快感のかたまりが、下腹部でどんどん大きくなっていく。 少女の中へ解き放とうと、いっそう深く腰を突き上げる。 「う、うん。いって。私の中で、気持ちよくなって……っ」 「あ、あ、あ、あっ。やぁ、いやぁ……っ、あ、あ、ああ」 「恋っ。恋っ」 「あ、あ、あ、あ。あああああ。たくみ君! たくみくぅぅん」 「あああああああああああああああ」 「はぁ……はぁ……」 「……はぁ、はぁ」 「どうだった?」 「な……なんか、夢見てるみたいだった」 「でも初めてが君でよかった」 「今夜会ったばかりなのに」 「そうなんだけど……君じゃないと、こんなに優しくしてくれなかったような気がして」 「なんて言うか、してる間も、ずっと私のことを考えてくれているような気がしたんだ」 「考えたよ」 「当たり前じゃないか」 「うん……」 「ねぇ、今夜限りじゃないよね?」 「え」 「えっと……」 「また逢えるかな」 「もちろんだ」 「……」 多分、今……私は顔が真っ赤だ。 恥ずかしさとか、いろんな想いがうずまいていた。 大体、この男の子は何なんだ……。 冒頭の先生との会話を読むに、以前も、女の子と夜遊びをしていたらしい。 それを先生に問いただされたその日に、町でナンパをして自宅に女の子を連れ込んでしまうとは。 「はぁ……」 まじまじと、いかめしい装丁の日記を見る。 「もしかしてこれ……エッチな小説?」 「でも日記だし……」 「日記風のやつなのかな」 けど、梢先生が出てきちゃってるし。 「でも、なんでこんなものが……」 あそこに落ちてたんだろう。 光って落ちてきたんだろう。 「……」 続き、どうなってるんだろう。 「あれ」 めくろうとするが、続きのページはぴたりとくっついて、開きそうにない。 よく見れば、ほとんどのページは糊付けされたように固まっていて、めくることが出来なさそうだ。 「なんだ……」 少しがっかりしたようなほっとしたような気持ちで、本を戻す。 「おやすみ」 ──おやすみ。 どこかで、誰かの声が聞こえた。 私はやっぱり寂しいのかもしれない。 今日はいろんなことがあった。 時計塔に行って……。 けーこちゃんは、恋愛がしたいんだなぁ。 私も、興味がないわけじゃないけど……。 恋とか、私には……とてもとても、遠いものに思える。 どうしてだろう。もう、それは、はるか昔に失った神話のような、何かに思える。 なんて、私はやっぱりまだまだ子供なんだろう。 「……ん」 「くー」 「くー。おはよう」 「うお。洗濯し忘れていた」 「もうパンツ、ないよ」 「……どうしよ」 「もう一日ぐらい……」 「ダメー」 「それはダメだよ、女の子として」 「タンスをあされば、おじーちゃんのパンツがあったりするかな」 「そういうのもダメ!」 「確か買い置きがあったはず……」 「あった」 「ありすちゃんおはよー」 「おはよーございます」 「……」 「おーい」 「え、なになに」 「どうしたありす、ぼーっとして」 「んー……」 「やっこって、おにーさんがいるんだよね」 「あぁ」 「……」 「どした?」 私は顔を寄せて、声をひそめながら。 「あの……さ、エッチな小説とか読んだりする……かな?」 「な。なによいきなり!」 「叫ばなくても」 「そっか。じゃぁ、やっこも読んだことないんだね」 「ないっ」 「私はあるよ」 「え゛」 「いとこのうちに行った時に、暇で家捜ししてたら見つけたの。いとこのなのか、おじさんのなのか知らないけど」 「あんたは何をしているんだ」 「私は読んだことないんだけど……そういうのって、こう、日記風になってたりするのかな」 「なに、日記風って」 「その、主人公が……しちゃう女の子との日々を、日記みたいにつづってる小説」 「いや……どうだろう。あるかもしれないけど、けっこう特殊な部類じゃないのかな」 「というかなに、朝から、ありすってば。エッチな小説がどうとか」 「こ、声が大きいよ」 「ありすが言い出したんでしょう」 「しかり」 「も、もういいよ〜」 …… あれが、誰かの日記だとしたら……。 あの日記を書いた人を知っている人がいるとしたら……。 …… クラスの雰囲気がちょっと変だ。 何かが気になってしょうがない感じ。 大きなニュースがあった朝とかこんな風になるけど、テレビでやっていたっけ? 「藤田さんが来てるよ」 「藤田さん?」 言われて、けーこちゃんの視線の先を見ると……そこに、見覚えのない女子生徒の姿があった。 窓際の席……。 「……」 ふりそそぐ春の陽気を浴びながら、そこだけ、温度が下がったように、冷たく暗い雰囲気をまとっている。 「は〜〜〜」 「すごい美人だね」 「なによ、その庶民的な意見は」 「庶民って言わないでよ」 「はい。朝礼はじめるわよ」 先生が現れ、皆がばたばたと席に着く。 そんな中、藤田さんは……外界をシャットダウンするように、変わらず窓の外に目を投げていた。 「藤田さん、来てる?」 「……」 「来てる、わね……」 「連絡がなかったみたいだけど…」 「……」 「藤田さん?」 「風邪をひいていました。うちには私以外いないもので、ご連絡できませんでした。申し訳ありません」 はじめて藤田さんの声を聞いた。 静かな、だけどよく通る声は、教壇の先生だけでなく教室中を支配するような、不思議な威圧感がこもっていた。 「そ、そう。これから気をつけてね」 「はい」 「……」 なんだか……とても不思議な人だ。 「……」 昼休み。 ただ藤田さんの周囲だけ、別の時間が流れているかのように、朝から空気が変わらない。 「……」 昼休みもずっと、ああしているのかな。 「声かけてみよう」 「ええ。なんで」 「だって、なんか気になるし」 「そういえば、朝から藤田さんのことばかり見てたわね」 「え……」 「私というものがありながら、浮気かー!?」 そろりと私は藤田さんの席へ。 「こんにちは」 「私、南乃ありすって言うの」 「……」 「なに」 「ごはん食べる?」 「……」 ちらりとこちらを見て、すぐにまた、視線を戻した。 「……予定があるの」 短く、素っ気なく。 「そう、なんだ」 「こいつは、やな感じだぜ、おい」 「私がいきなり誘っちゃったから」 「どうせ、一人で小難しい本でも読んでるんだぜ」 「それで、世の中バカばっかりとか思ってるんじゃないの? 私らの年頃にはありがちだね」 「藤田さん!」 と廊下から、妙に威勢の良い声が響く。 なにごとかと教室の皆が振り返る中、当の藤田さんだけはそのままの姿勢で、ちらっと横目を廊下に投げただけだった。 「買ってきました」 「それで、相談にのっていただきたいのですが」 体育会系のノリで、上級生の女子は、窓際の藤田さんに呼びかけている。 静かに立ち上がり、藤田さんは三人の方へ歩いて行く。 女子生徒が渡したレジ袋の中をのぞき込み、微笑んだ。 「分かったわ」 「あちらに行きましょう」 現れた三人組と連れだって、藤田さんは行ってしまった。 私達を含め、教室中が、その様子を唖然と見守っていた。 「あれって上級生だよね」 「なんか、ぱしりみたいに使ってなかった……?」 「藤田さん。なんなんだろうね」 「底知れないよね」 昨日。時計塔で見つけた日記。 事務に届けに行った方がいいのかな……。 でも、エッチな小説だし。私の前で中身を確認されたりしたらどうしよう。 「うーん」 言い訳するように思いながら、自分でも分かっていた。 私はこの日記に惹かれている。日記の男の子に? それとも内容に? 「残っていたのね、南乃さん」 梢先生だ。ちょうどいい。 日記の中だと、先生は……あの男の子と話してたっけ。 「……」 「なに?」 「どうしたの?」 なんて切り出そう。 「先生は、その……生活指導みたいなこともしてるんですよね」 「ううん。まだまだぺーぺーの私が、生活指導なんて、ほとんどしないよ。主任の、中村先生のお仕事かな」 「そうなんですか…」 「ただし、例外はあるわ」 「例外?」 「えーと……あれよ、恋愛関係とか……それに付随する」 「まぁ、性のお話とか。女の子は、年上の男の人には話づらいでしょう?」 「は、はい……なんとなく分かります」 「あの、先生は……最近、男の子にそういう指導とかしましたか」 「男の子?」 「ううん。あんまりだね。男の子はやっぱり、中村先生がやることがほとんどかな」 「そうだね……まったくないことはなかったけど」 「その中に、夜遊びしたあげく、呼び出されても口答えするような生徒っていましたか?」 「それはいなかったかなぁ」 「私が担当すると、男の子はなんだかえへらえへら平謝りするからね。それでいいのかなーって思ったりもするけど」 「なるほど……」 「それで、どうしたの? 夜遊びがどうかしたの?」 「え。いえ、なんでもないのです。あはは。じゃぁ、さようなら」 「南乃さん?」 …… 「変な子ね……」 「うーん……」 「やっぱりあれは、妄想日記なのかな」 「どうしたの?」 「あ、すいません」 そうだ。美衣先輩は何か知らないかな。 「?」 「あの、先輩。三年生に……ですね」 「うん」 なんて言ったものか。難しいぞ……? 「ちゃらくて女ったらしな男子生徒っていますか」 先輩が一気に眉をひそめる。 「ちゃらくて女ったらし……? そりゃ何人かはいるんじゃないかな」 「先生に呼び出されてそうな」 「うーむ。そこまでは私は知らないけど……」 「ええ。いや。そういうわけじゃ」 「ほんと。ありすちゃんも気をつけてね」 「あはは……はい。大丈夫です」 買い物をすませた帰り、ブック佐藤に寄ってみた。 「エッチな小説……この辺かな」 「……」 「日記風のは、ないみたい……」 そもそもあんなに立派なハードカバーのポルノ小説自体、なさそうだよ。 やっぱりあれが特別なのかな。 「ありすちゃん、何か本をお探し?」 「げ」 ここのおばさん、ほとんど店の奥に引っ込んで顔出さないから油断してた。 「あら」 硬直する私の手にあるのは、一冊の本。 「あらー」 「だめよ?」 「分かってます〜〜」 「ただいまー」 「くー」 「ただいま。ちょっと待ってね」 「ふぅ。おやすみなさい」 「……」 結局なんなんだろう。あの日記。 あの内容のせいで、学園の事務にも渡しづらくなっちゃったじゃない。 かと言って、捨てるわけにもいかないし。 かと言って、うちに置いておきたくもない気がする……。 …… 「ん?」 あれ、日記が。 「光ってる」 時計塔で見つけたときみたいに、青白い光をまとっていた。 「なんだろう」 手に取ってみると……。 「これ……昨日まで開けなかったページ……」 「続きが読めるの?」 「……」 読みたいような、読みたくないような。 結局読んでしまう。 「今日呼ばれた理由は分かってる?」 「……いえ」 「先日も、夜……他校の女の子と歩いているのを見かけたと連絡が入りました」 「歩いていただけですよ」 「深夜の一時だよ。それで、一緒に君の家に入って行くのを見たって」 「ホテルならともかく、なんで自分の家に誰と入ったとかまで、見張られないといけないんですか。俺は芸能人ですか」 「一体、誰がそんな連絡を学園に?」 「近所の方という以外は……言えません。そもそもその人は善意で報告してくれてるんだからね」 「どうかな。なんか勝手にゲスな想像膨らませて、勝手に心配してるだけじゃないんですか」 「あのね……」 「そりゃ、若いうちは、女の子への好奇心もつきないでしょう」 「たまには、遊びたくもなるでしょう。けど、桜井君のそれは度が過ぎてるんじゃないかな」 「一人暮らしということで、周りの人も心配してくれるんだから。君がちゃんとしないと」 「……」 「……」 どうやら、男の子の火遊びは、学園に知られることとなり……また先生に呼び出されてしまったらしい。 先生も今日こそお灸をすえてやろうと、気張っているらしい。 男の子もさすがにいらいらしているのが読み取れる。 何かが起こりそうだな……と思った。 「あのね……」 「そりゃ、若いうちは、女の子への好奇心もつきないでしょう」 「たまには、遊びたくもなるでしょう。けど、桜井君のそれは度が過ぎてるんじゃないかな」 「一人暮らしということで、周りの人も心配してくれるんだから。君がちゃんとしないと」 「……」 「俺は遊んでるつもりはありません」 「え」 「夜……どうしようもなく、神妙な気持ちになって、人がいるところに出かけて……そしたらもっとしんみりして、誰かを近くに感じたくて」 「そうして、同じような目的で出歩いている子に声をかけて、一夜をともにするんです」 「それって遊んでるのかな。俺にはちょっと違う気がする」 「……ほ、ほー……」 「まぁ、先生には分からないと思いますが」 「にゃ、なんでよ。分かるわよ。寂しさをいやす。あ、あるわね。ままあるよね」 「でもね、桜井君がしてることはやっぱり安易だよ。寂しさを、手っ取り早く埋めようとしてるだけ」 「ちゃんと、相手を見て……そして、ちゃんと誰かを好きになったら、逆にああいう行為って、簡単にはできないと思うの」 「エッチをしちゃいけないって……言えないよ、でも、今の軽はずみな行為は、きっといつか自分と相手の女の子を悲しませることになると思うな」 「そう、本当に好きな人と一緒になったときに、きっと後悔するから」 「先生は、なったときがあるんですか。本当に好きな人と一緒に」 「そりゃ……あるから、言ってるんだよ」 「じゃぁ、説明してください。そのときの様子を」 「ええ」 「せ、生徒に話すようなことじゃないもん」 「実感が湧かないんです。詳しく聞けたら、俺も、今の生活を正そうって思えるかもしれません」 「なにそれ…。分かったわよ。他の子には内緒だよ? 大人の、話になっちゃうから」 「はい」 「そう、あれは…初夏の、ある夜……車の中で」 「星の見える空の下で……私と……彼は…」 「誰が」 「彼が」 「彼って」 「……」 「か、かずやは」 「かずやさん。どんな男性だったんですか?」 「かずやさんは、まぁ……あれよ。大学の先輩で……」 「筋肉質」 「筋肉質……」 「そうよ」 「顔は」 「顔??」 「それは……」 「筋肉質」 「どういうところが好きだったんですか」 「ああああああ?」 「な、なんですか……」 「どういうところ、ね」 「あれよ」 「ちゃんとしたところ」 「そうですか」 「……」 「……」 「なによ、その目は」 「何か、桜井君は私に対して、疑惑を持っているみたいだけど。大人のことを、簡単に分かったようなつもりになっちゃだめなんだからね」 「分かりますよ」 「先生は男性経験なんてありません」 「あのね……あってもなくても、いいけど。桜井君に、そんなこと言われる筋合いはないんだから」 「おおありですよ」 「先生は俺の遊びについて指導したいみたいですが、男女の関係の深いところをまるで知らない先生に、どうしてどうこう言われないといけないんですか」 「だから知ってるって」 「じゃぁ、試してみますか……」 「え。ちょ、桜井君?」 「本当に知ってるかどうか」 「先生」 俺はそっと顔を近づけて、先生の頬に手をのばす。 ぎくりと、顔をこわばらせるものの……それは、怒りというよりは、動揺でしかない。 「焦り方が、やっぱり、経験のない女の子だなぁ」 「そんなことで、経験豊富な生徒の相談にのれるんですか?」 「経験、あるもん」 「だったら、もう少し毅然と、俺を叱ってください」 「全然、声に力が入ってないじゃないですか」 「そんなダメだよは、もっとお願い……って言ってるのと、同じですって」 「何を、言ってるの。ダメ……ダメなんだから……」 「だったら、俺を力いっぱい、おしのけたらいいじゃないですか」 やっぱり、先生……押しに弱いみたいだ。 冗談のつもりだったけど、これは……止まらなくなってしまう。 せめて拒絶でもしてくれたら。 「え、えええ」 「なにこれ……本気?」 「だ、だって……相手、先生だよ」 「どきどき」 「やぁ……」 泣きそうな顔で、こちらを見上げている。 「あ……」 かわいいだけじゃないか。こんなの。 キスをしたら、もう止まれない……。 分かってるけど、こんな顔で見上げられると。 「ん……」 「ちゅぅ……ん」 どうして突き飛ばさず、耐えるような顔をするんだ。こんなんじゃ……。 「ちゅ……」 「ん、ちゅぅ……ぷ……」 「は、ぁ……あ……やぁ」 「だめ、だめぇ……」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 さっきから俺の胸元にあたっている、先生の豊かな胸に、そっと手をのばす。 「ダメ、なんだから。ほんとに……だめぇ」 「先生の胸、やわらかいね」 「ぁ、や……エッチなの……だめ」 ふかふかした胸をまさぐり、キスの雨をふらせる。 か、かわいい……。 「ぁ、あぁ……」 「ぁ……や、ん……」 「先生……」 ぷちぷちっと、服を脱がせ、ブラをずらす。 「ちょ、何を、するの、いけないこと、してるって……分かってるよね」 「分かってますよ……」 むにゅりと飛び出た2つの乳房を、わしづかみ、ぐいぐいと揉みしだいた。 「あ。あ……あ、あ……あ……」 「やぁ、あ……あ、あああああ」 い、いかん……最初はちょっとからかうつもりだったけど、止まらなくなる。 「先生っ。先生……っ」 「ぁ……あ、あああ」 「ちょっと、待って……待ってよ」 「うん?」 「まさか、エッチ、するつもりなの……?」 「はい……」 「だめ?」 「やぁ……。いいわけ、ないでしょ」 「先生が悪いんですよ。ここまで、して……止められるわけがないじゃないですか」 「だって、でも……それだけは、ダメなんだから」 「……どうしても、ですか」 「うん……」 「分かりました」 「じゃぁ、先生の胸で、なぐさめてください」 「む、胸で……?」 「ど、どうするの」 「これ……」 「きゃぁ」 「先生のせいで、こんなになってしまって、苦しいんです」 「これ、はさんで……なぐさめてください」 「こ、これって……」 「ん、こう、かな」 「うう。すっごい、あつくなってるよ……これ」 「先生に興奮してるんです」 「だから、責任とってもらわないと」 「どうすればいいの……?」 どうすればいいのって……。 感動すると同時に、妙な保護欲が出てくる。 「先生……」 「だめですよ」 「え、これじゃぁ、だめ? 私のおっぱい、だめ?」 「こんなことを、言われるままにほいほいしちゃダメですよ……」 「い、今更……。あなたが、させてるんじゃないの」 「それにしたって、押しに弱すぎます」 「そんなんで、よく今までどの男にもひっかからずにこられましたね」 「おかーさんが、あんたは押しに弱いから、すぐにろくでもない男にひっかかるから、絶対二人きりにならないようにって言われてて」 「でも俺とは、二人きりになりましたね。俺からも忠告したのに」 「だって、あなたは生徒じゃない……」 「生徒だって男です」 「先生だって女です」 「先生のおっぱいで、いっぱい、気持ちよくしてください」 「私の、胸で……」 「ん……」 「ん、しょ……」 「しょ……ん、しょ……」 「はぁ」 「あの、先生。先端の、方……なめて、くれませんか?」 「ん、やってみる」 「ちゅぅ……」 「ぅぁ……っ」 「ちゅ、じゅ……ちゅる……じゅ」 「ふ。ぁ……」 「すごい、気持ち……いいです」 「そうなんだ。ふぁ、ちゅ……じゅ。なんか、変な感じ……」 「じゅ、ちゅる……ん、じゅ、ちゅぅ……」 「あ、ふぁ……あ……」 「胸で、皮を擦るように、もっと強く、してください」 「う、うん。えい、えい……ん……ちゅる、じゅ、ちゅぅ……れろ」 「はぁ。はぁ……」 「じゅ。ちゅる……ん。れろ……ちゅぅ」 これは、もう……。 「先生……っ。で、出そうです」 「え……え……出るって??」 「は、ぁ……! ぐ」 「ひゃあああああ」 「きゃぁ」 「あ……これ、せーえき? あついの……すごい、出た」 「はぁ、はぁ……はぁ……はぁ……」 「あの……」 「……」 「先生……大丈夫?」 「……」 「今日は、もう、帰りなさい」 「でも」 「ぐすん」 「ぁ……」 「先生……あの、謝ると、あれだから……俺は、謝らないけど」 「すごいよかったですっ」 「何を、言ってるの。あんなの……まったく……」 「……」 「帰りなさい」 「はい」 「なっ…な・ん・だ・こ・れ・はっ」 ベッドの上で、足をばたばたとさせながら、私は妙な感情に身もだえした。 相手が知ってる先生ということで、こちらの照れくささも倍増されている。 「ほんとに、これは何なんだろう……」 「うーん」 「ねよねよ」 「……」 「……ん」 「んー……」 「おはよう」 「……」 「なんか胃が重たい」 「予定は……まだ、先だよね」 「……」 「変なもの読んじゃったせいだ」 「ヨーグルトだけにしよ」 「早く行かないと」 「パンツパンツ……」 「あ、洗濯……してなかった」 「えーと……」 「確か、穴があいて捨てようってよけてたのがあったよね」 「うわ……改めて見ると、なかなかひどい。そりゃ、戦力外通告されるよ」 「でも!」 「背に腹は変えられない」 「はいちゃえば、同じだよね」 「えいや」 「……」 「すーすーする」 「……」 「どうしたの、ありす」 「先生って大人だよね」 「そりゃ、子供が先生やってないよ。なに?」 「先生って言っても大人には違いないんだから。そりゃ、その恋をしたり……いろいろ大人なことしてるよね」 「……大人なこと」 「……」 「このむっつりは、朝から何を言い出してるの」 「いやいやいやいや」 「やっぱり私達とは全然違う、付き合いなんだろうなぁって思ったりして……」 「ありすってば……昨日からどうしたの。ポルノ小説がどうしたとか言い出したと思ったら、学校の先生のセイセイカツに興味を持ちだしたよ」 「いやいやいやいや。違うんだよ〜」 「しかし本当にどうしたの?」 「発情期到来?」 「違うんだよ。違うの」 「何が違うの」 「ありすが狂った」 「南乃さん」 「……」 「南乃さん、休みなの?」 「え。は、はい」 「いるじゃない」 「あ、は、はい」 「なに、私の顔じっと見て……」 「なんでもないんですっ」 日記に書かれていた言葉、先生の描写が鮮明にフラッシュバックして、まともに先生の顔を見ることが出来ない。 せ、先生だって、大人なんだから、それくらいしててもおかしくないじゃない。 いや、でも、学園で生徒の男の子と??? 「あの、先生……」 ホームルームの後、教室を出て行った先生を追いかけ、声をかけた。 「南乃さん? どうしたの」 「その……」 「かずやさんって知ってますか」 「かずや……?」 「……」 先生はきょとんと私を眺め、一応思い出すように、眉をひそめる。 「誰かな。うちの学園の子?」 「いいえ」 「あの……先生、かずやさんって人と付き合ったことはありますか?」 「……」 今度はほとんど心配するように私を見る先生が、それでも律儀に。 「ないと思うけど」 「ないですか」 「……どしたの?」 「なんでもないんです!」 「ちょ、ちょっと南乃さん。何なの、これ」 …… 「へ、変な子ね」 「ふぅ」 「聞けるわけないよー」 これは一人で抱えるには、限界だ。 先輩に相談してみることにした。 「昨日よりも悩みが深そうだね」 「先輩、あのですね……」 「うん?」 「実は……」 …… 「知らない人の、ちょっとエッチな日常が記された日記かぁ」 「はい……」 知らない人……というには、なぜかためらわれるものがあった。 いや。知らないんだけど……。 「先生に確認をしたら、やっぱり、書かれている事実はなさそう」 「けど、先生しか知らなそうなことが書かれている……」 「ストーカーしたり、盗み見して得られるような情報でもなさそうと」 「なるほど……」 「1つ、つじつまが合う説があるよ」 「…なんですか?」 「それは、先生が書いたのよ」 「え」 「先生がある生徒に恋をして……。だけど叶わなくて、妄想の思い出をつづったの」 「それをあそこで落としてしまった」 「そんなところじゃないかな」 「なるほど。それなら、先生しか知らないことが書かれていても、おかしくないですね」 …… 「まぁ、ないだろうけどね。梢先生に限って」 「ないですよねぇ」 「じゃあ、その日記はなんなんだろう?」 「よかったら持って来てくれる?」 「はい…ちょっと照れくさいですが、ここまでお話しした以上、見て貰った方が早そうです」 「うん。そうしよう」 あの日記、美衣先輩にも見せていいのかな。他人の日記だけど……。 でも少しだけ、気持ちが軽くなったかな。 やっぱり一人で抱え込まないのは、大切だなぁ。 靴をはきかえようとしたところで、中に手紙が入っているのを見つけた。 「なにこれ」 下駄箱を開けると、ひらりと、一枚の便せんが落ちてきた。 まさか、ラブレター!? 「どきどき」 「あーそれ、理事長の呼び出しだよ」 「けーこちゃん? 理事長の呼び出しってなに?」 「呼び出す時は、白い便せんを、下駄箱に入れるんだって」 「理事長って……確か、あの有名な時計坂さん」 「そう、私達と同じ学年の。学生で理事長とか、わけ分からん」 「なんで呼び出されたんだろう」 「心当たりないの?」 「うーん……」 日記のことがふと思い浮かんだ。いやいや、誰も知るわけがないし。 「これ、今から行かなくちゃダメなの?」 「ダメでしょう」 「放送を聞き逃したとか言い訳できないように、下駄箱に入れてあるらしいし」 「時計坂さん、夜まで理事長室で仕事してるみたいだから、きっといるよ」 「うー……」 ここ、かな……。 ノックをすると……。 「どうぞ」 向こうから、声が返ってきた。 「失礼します…」 重々しい扉をひいて、中へ。 他の教室よりはいくらか明るさをおさえた照明。 不釣り合いな、細くて美しい少女が座っていた。 私はしばし、呆然と立ち尽くす。 「ごめんね、いきなり呼び出して」 「は、はい」 ほんとに、女の子なんだ。 「腰掛けて」 「はい」 しゃちほこばる私に、時計坂理事長は、優しげに微笑んだ。 「……同じ学年ね。私も口調を崩させてもらうから、あなたも気安くして」 「いくら仕事とはいえ、同い歳と敬語じゃ疲れるもんね」 「それで……」 「南乃ありすです」 「あ、ごめん。ありすだよ!」 「……ま、まぁ……」 「南乃さん」 「先日、時計塔に行ったよね……」 「……あ、はい。行ったよ」 なんか難しいな。 「何か、用だったのかな」 「それは……」 「でも、なんで知ってるの? 私達が時計塔に行ったこと」 「質問に質問、よくないわね。でも、こちらが説明不足だったわ」 カノン、と言って、時計坂さんは、横に立っている女の子を見た。 「え、ええ」 いきなりすごい淡々とした口調で説明されて、面食らう。 「そういうこと。夜に、時計塔に行く生徒って、たまにいるから。そうだろうなってかまかけたのよ」 「あの、ごめん」 「立ち入り禁止ってわけじゃないし。でも、夜に行くと迷うでしょう」 「あはは。迷っちゃった」 「ゲートのところでしっかりチェックしてるけど、変質者だっていないとも限らないからね」 「ごめん」 「まぁ、それは良いんだけど」 「……」 時計坂さんが口をつぐみ、考えるように視線をそらした。 何かを言おうとして迷っているようだ。 「それで、時計塔に行って……」 「なにもなかった?」 「うん」 「例えば……本とか、見つけなかった?」 唖然と、私は時計坂さんを見返す。 見る人が見れば、私の心当たりを絶対に見抜いただろう。 けど時計坂さんは、突拍子もない質問に私が戸惑っているとしか思わなかったらしい。 少し申し訳なさそうに、苦笑いをして手を振った。 「ううん。なんでもないの。ごめんね……」 良い人なんだな、と、なんだかひどく時計坂さんに親近感がわいた。 でも私は……。 「あの……いいえ」 なんでだろう。今嘘をついてしまったら、あとあと、きっと面倒なことになる。それくらい、私でも予想はついた。 時計坂さんにも申し訳ないのに。 でも、隠さなきゃいけないって思った……。どうしてかな。 「分かったわ。ごめんなさい。いきなり呼び出して」 「ふぅ」 緊張した。 「やっほー」 「やぁ」 「やっこ、けーこちゃん」 「それで、なんだったの?」 「前、時計塔に行ったことだったよ」 「え。なんでそれで、ありすだけ呼び出されるの?」 「さぁ」 そうだ。なんで私だけなんだろう。 あるいは、本当は私が、あの日記を手にしたことを知っているのかもしれない。 「で、おとがめはなかったの?」 「うん。悪いことしたわけじゃないからね」 「時計坂さんって、怖いよね」 「生徒にして、理事長代理、か。たいしたものね」 「セレブってやつだよね」 「もてるのかなぁ」 「けーこちゃんはそればっかりだね」 「あそこまで恐れ多いと、そうそう男子もお近づきにはなれないでしょう」 「あ、私今日バイトがあったんだ。遅れそう」 「じゃぁね。先行くよ」 「帰り、おごってもらいに行くよ」 「だめー。店長うるさいんだから」 「いらっしゃいませー」 ここはドラゴンバーガー。 バラ色商店街の端っこにある、ファーストフード店だ。 最初は制服がかわいいから……というミーハーな理由で始めたんだけど……。 「おい、バイト。七番のオーダーさっさと取ってこい」 「は、はい! 分かりましたー」 なかなか、働くって、楽じゃないよね。 いつでも人手不足。店長は怖いし……。 新しく入った子も次々にやめていく。 でも、私は頑張るもんね。 制服かわいいし! 「ふぅ。疲れた〜」 「ただいまー」 「くー」 「ただいま、くー」 「お風呂はいろうっと」 「報○ステーションの時間です」 「……」 「あ、メールだ」 「やっこからか」 …… 「ふぅ。おやすみなさい」 「……」 眠れない。 そっと傍らの日記を手に取る。 「……」 時計坂さんが言ってたのは、これのことなのかな……。 一体、何なんだろう。 美衣先輩は、先生が書いたものじゃないかって言ってた。でもそれはあり得ないんだ。 じゃぁ、やっぱり。 あるいはどこかの妄想癖のある男の子か、誰かが、書いたもの。 どちらにせよ、なんで私がそんな本を読むことになってるんだろう。 下駄箱に一通の手紙が入っていた。 『3‐A 桜井たくみ殿。理事長室まで来られたし』 『時計坂零』 「……」 「これは……」 「時計坂零?」 私は呆然としながら、見返す。 また知った名前だ。 それもなんて言うかタイムリーな……。 「あなた、魔女こいにっきを持っているわね」 「え……と、なんだよいきなり」 てっきり先日の礼でも言われるのかと思ったら、室内の空気はいつになく緊張している。 学園の理事長室で、二人の小柄な少女に厳しく見つめられる……。 これはもう、完全に非日常だった。 戸惑う俺におかまいなしに、時計坂零は真相編の探偵役さながら、得意気に振り返り、高らかに言った。 「カノン」 少女が進み出る。 そして、いつになく冷めた……固いまなざしで、俺を静かに、見つめる。 「……」 「あなたが、日記を持ち出した可能性は、50%」 「半々じゃないか」 「そうね」 「今の材料だけでは、半々というところだけど」 「今のやり取り、あなたの反応を、加味して分析すれば、確率は格段にはねあがる。はず……」 「なに」 「カノン。今までの彼の反応から、再度分析を」 「……」 「……っ」 少女が静かな目で俺を見る。 医者よりももっと、無機質な……顕微鏡でものぞき込むように、俺を見る。 「この場での尋問結果を加味し、再度計測した、桜井様が魔女こいにっきを持ち出した確率は……」 「……」 「50%」 「……」 「変わってない!?」 「え。違うの」 戸惑っていた。 「あ、謝った方がいいのかな……」 なんだか可哀相になってきたので、俺の方から切り出す。 「はぁ……」 「持ってるよ、魔女こいにっき」 「……ひょんなことから、手に入れたんだ」 「お前が気にしてる通りだ」 「ほ……ほら」 「ほら。予想通りだわ。私の勘に、間違いはないんだから」 「あははは」 「……」 これが、うちの理事長。 時計坂零と、その双子の妹で、彼女付きの秘書である時計坂カノン。 うちは私立で……昔からこの地の名士であった時計坂という一族がおこした、学園だという。 本当の会長は、超多忙で、外国を飛び回っているとか。 そこで、なんと学園に在籍している、時計坂家の長女が、理事長を務めることになったという。 金持ちの考えることは分からない。 愛孫の教育のために、学園丸々一つ、教材として与えた格好なのかもしれない。 しかし、今のところ滞りなく進んでいるところを見ると、少女が有能だったのか。 どこかにちゃんとしたブレーンがいるのか。 とにかく、生徒としてはつつがなく学園生活を送れているのだから、猫が理事長だろうが問題はないという話だ。 「それをどうしてるの」 「どうもしない」 「読んだの?」 「うん。ちょろっと」 「どうなった?」 「どうにもならなかったよ」 何かを疑っている目だ。どうも、少女は頭から俺という人間に対して、不信感を抱いているらしい。 一目見て、恋に落ちる相手がいれば、一目見て、ぬぐいようのない胡散臭さを感じ取る相手もいる。 なるほど、理事長を任せられるだけのことはある。 少女の勘に、間違いはなかった。 「授業が始まる。続きはまた今度でいいか」 「そうね。今日の放課後よ」 「忘れないように、理事長室に来て」 「あぁ」 「絶対よ」 「あぁ」 「彼が来る確率は、20%」 「ひくっ」 「来るって。ちゃんと」 「……」 最後まで、少女は不信の目で俺を睨んでいた。 時計坂さんのことは置いといて、それより気になる単語が出てきた。 「魔女こいにっき?」 どうやら、少年はどこかで、それを手に入れたらしい。 そして時計坂さんは、そこで魔女こいにっきというものを手にしなかったかと、詰問しているようだ。 にっきと言うからには、本みたいなものなんだろう。 「……」 とても気になる。時計塔……日記を手に入れる。 今の私と符合する点が多すぎる。 でも、時計坂さんは私に、魔女こいにっきを持ってる?なんて聞かなかったよね。 とにかく続きを読んでみよう。 お、あけみちゃんが入ってきた。 そして、その後に続いて……一人の女子生徒が現れた。 「……」 おずおずと、教壇の前に立ち、ゆっくりと頭を下げた。 「どうも」 「周防聖と申します」 「周防さんって……」 あの教会にいた、きれいな人だよね。 また知った人だ。 うーん。混乱してきた。 そもそも、これはいつ頃の日記なんだろう。 日記なのに日付が書かれていないから、その辺が分からない。 春で、桜が咲いているのは確かみたいだけど……。 じゃぁ、去年の春とかかな。 周防さんはいつ転校してきたんだろう。 今度会ったら、聞いてみよう。 いきなりの美少女の登場にクラスがいきりたつ。 見れば、すでに魂を抜かれたようにぽーっとしている男子もいる。 これは……嵐の予感がするな。 休み時間……。 「周防さんってさ、前はどこの学校にいたのー?」 さっそく、転校生は好奇心旺盛な女子連中に取り囲まれていた。 「……」 「……」 その周辺で、関心のない風を装いながら、男子もしっかりと聞き耳をたてている。 まぁ、俺もその一人だけど……。 「ねぇねぇ。どこに住んでるの。バラ色町??」 「こら、皆。いっぺんに聞いたら、周防さんも困っちゃうでしょうっ」 「あのう」 「なになに」 「くさいです」 「……」 「ちょっと、顔離してくれませんか」 …… 「……あ、ごめん。あはは。つば飛んじゃったかな」 「つばじゃないのです。ただ、あなたが臭いので」 「……」 「あなたもあなたも。臭い……です」 「……」 「少し、距離を置いてくれますか?」 …… すごい勢いで、女子の顔から好奇の色が消え、冷たくてえぐい感情に満たされていくのが、ここから見ていても分かる。 思ったより変な奴みたいだ。 「なにか」 「なにかじゃねーよ。おい。転校生、あんた、いったいどういうつもりなんだよ」 「なにがですか」 「だから! 岡田に、口が臭いとか、ひどいこと言っただろう」 「事実ですよ」 「ほ、本当のことだとしても、言っていいことと悪いことがあるだろう」 「本当のことじゃないもん!」 「いや、分かってるけど」 「醜い」 「あ゛」 「憎悪に染められた顔。醜い。あまりに、見苦しい」 「見るに堪えない」 「てめぇが、そうしてるんだよ」 「それは違います。勘違いしてはいけません」 「あなたを醜く作ったのは、他でもない……神です」 「あ゛」 「確かに私は美しい。あなた方が、嫉妬にかられて怒りを抱くのも無理はありません」 「しかし、そんな必要はないのです」 「ねたむことをやめなさい。あなたたちは醜い、醜い臭い。けれどそれらは全て、神が試練としてあたえたもうたものです」 「それを乗り越えた先には、楽園が待っていることでしょう」 「神を疑うことをやめるのです」 「うちかちなさい」 「その、ぶさいくに」 「ぴくぴく」 「分かりましたか。全ては、神の愛なのです」 「どうするよ私。これ。差し違える覚悟ってやつが持てそうな気分なんだけど」 「許さないんだから」 「やめてください。そんなぶさいくな顔で、近づかないで……」 「そんな、毛穴まではっきりと……はぅ」 「だめ。これ以上、こんな汚れを受けたら、私は……あふ」 「めまいが、する」 …… 「え、ええ」 「お、おい、大丈夫?」 岡田と呼ばれた生徒から、距離をとる二人。 「いやああああああああああああああああ」 「うええええええん。私、生ゴミ臭くなんてないよおおおおお」 逃げて行く、女子三人組。 「おい、これ、どうしろってんだよ」 倒れた周防を前にして、俺は途方に暮れた。 「ここは」 「……」 知らない男子と二人きり。 その目に、警戒の色が浮かぶのはしょうがないことだけど……。 「お前が校舎裏で倒れているのを見つけて、ここで見てたんだよ」 俺はなぜか弁解するように、早口で説明した。 「……」 「あぁ」 「どうも」 「……」 「寒気がする」 言って、周防は不安そうに自分の身体を掻き抱いた。 「そうか? むしろ暑いくらいだが」 窓は閉め切られており、少しむっとした空気が漂っている。 周防は、ちらりと俺を見上げ。 「もしかして、私はあなたに抱えられてここまで来たのですか?」 「……そう、だけど。他にどうしようもないだろう」 「……」 うわ。すっげぇ嫌な顔してる。 「寒気がする」 それでかよ! 「いいです。もう、大丈夫ですから」 「……さようなら」 「おい、待てよ。まだ調子悪そうだぞ」 周防を引き留める。 と。 「……っ」 「と、悪い」 周防は俺の顔をまじまじと見る。 「あなた……口が臭い」 俺もかよ!? 実際言われてみると、けっこうショックだな。 女子どもの気持ちが分からないではない。 「さっきパン食べたばかりだからだよ」 「……」 「ま、待ってろ。ほんとの俺を教えてやる」 しゃこしゃこしゃこしゃこしゃこ。 磨くこと、十分。 その間、ひたすらこっちを凝視していた、周防の視線を気にしながら……。 「これでどうだ」 はーっと、周防の前まで行き、息を吹きかける。 「……」 どこか眠そうな目で俺の顔を見ながら……。 「はみがき粉臭い」 「どうしろって言うんだ! どうやったって臭いだろう」 「方法ならあります」 「なんだ教えてくれ。これでは、一生キスができない」 「祈りなさい」 「は?」 「口が臭くなくなるように」 「神はお見捨てにならないでしょう」 「あなたの口臭を清めてくれます」 「……」 「ほんとかよ」 バカな、と思いながら……少女のあまりに真剣な調子につられて、俺はおずおずと胸の前で手を組んでみる。 そしてちらと見ると、少女は優しく微笑み、同じく手を組むと天井を仰ぎながら。 「ああ、慈悲深き我が主よ」 「罪深き口臭に慈悲を与えたまえ。この汚れを、清めたまえ」 「あなたの口臭は許されました」 「ほんとか」 「どうぞ」 「はぁ」 「……」 「……大丈夫ですよ」 「いや、いま一瞬、顔しかめたよな。なにか臭ったよな」 「いいえ。清められました。神はあなたの口臭を許したもうたのです」 「そ、そうか」 「よかったですね」 にっこりと。 「!?」 不意をつかれたというか……俺は、狼狽してしまう。 あんな顔で笑うんだな。案外、まともな奴なのかもしれない。 「にこにこ」 いや、ないよなぁ……。うーん。 「そうだ、えーと」 「桜井たくみ」 「桜井さん」 「あなたに、受難の相が出ています」 「あ?」 「神を信じることを、忘れないでください」 「決して、まやかしに惑わされぬように」 「……」 やっぱり変な奴だ。 受難の相、ね。……そりゃそうだ。 学園を後にして、町を歩く。 さて、今日はどこで時間をつぶすか。 「お?」 ごついバイクが止まった。 ヘルメットを脱ぐと、髪の長い少女が現れた。 時計坂理事長だった。 「そんなの乗っていいのか?」 「いいのよ」 「理事長なんだから」 なんだそりゃ。 「何か用か?」 「放課後!」 「理事長室に来る予定だったでしょう!」 「……」 「あぁ……」 「あぁ、じゃないわよ!?」 はいはいと、俺は軽く手を振る。 「日記の話をすればいいんだろう」 「そうよ」 「じゃぁ、ちょうどいいから、飯を食いに行かないか」 「は」 「……」 不遜にこちらを睨んでいた目がいっそうひそめられ、別の不審に染まっていく。 「あなた……大した、女たらしということみたいだけど」 「私、あなたの趣味に付き合ってる暇はないのよ」 「話が聞きたいんだろう」 「……気が乗らないわ」 「変なことされそうなんだけど」 「なんだそれ」 「するわけがない」 「妹に聞くわ」 「どう?」 「零がこのまま桜井様と食事に行った場合、変なことする確率、80%」 「たか! ほぼ確定じゃないっ」 「フェアじゃない。妹さん、この確率はどうだ。俺が無理矢理変なことをする確率」 「無理矢理する確率、0%」 「聞いた?」 「ななななな、カノン、それはどういうことよ」 「さぁ……」 「つまり」 「受け入れた結果、変なことになっているということじゃないのか。80%の確率で」 「面白いな」 「全然、面白くないわよ」 「私が、あなたの変なことを受け入れるって言うの?」 「あり得ない」 「妹さんの分析ではな。八割の確率で」 「……馬鹿な」 「怖いか?」 「は」 「私は時計坂家の長女よ。何を恐れることがあるって言うの」 「私が男に、身を許すことは決してない」 「ふ……」 (あれはダメなパターンだ。まぁいいか……) 「そ、それで……魔女こいにっきなんだけど……」 「美味しい、何これ」 「……」 「魔女こいにっきのことなんだけど……」 「ちょうど、一番いい席がとれたんだ。キャンセルが入ったとかで」 「ちょっと、話聞いてる?」 「いいから食ってみろよ」 「うー……」 「……」 しぶしぶ料理を口に運ぶ時計坂。 その顔がみるみる、輝いていく。 「何これ、美味しい」 「だろ」 「う、うん……」 「は」 「分かった。美味しいもの食べさせて、私のことを懐柔するつもりでしょう」 「ぷぅ」 「ななっ…、なによ。なんで吹き出すの」 「美味しい物を食べさせて懐柔するとか、かわいい考え方だなぁって」 「──!!!!」 「じゃぁ、なんでこんな……」 「別に」 「飯は二人で食ったほうが美味しいだろう。それだけだ」 「ずいぶんと、人情家なのね」 「かもな」 「時計坂は、妹さんとかといつも一緒なんだろうけど、俺は一人なんだ。誰かと食べたくなってもいいだろう」 「そうだ。町に出てきたついでに、服でも買っていこうと思っているんだ」 「けっこうね」 「それで、選ぶの手伝ってくれないか」 「は、はぁ? なんで」 「頼む」 「……」 (魔女こいにっきのためだわ。しょうがない) 「ありがとう。おかげでいいものが選べた」 「けっこうね」 「それで、これ」 「なに?」 「魔女こいにっき?」 とたん、目を輝かした。 「違うよ……」 「時計坂のも買ったんだ。一緒に」 「ええええ」 「もらう理由がないんだけど」 「もらってくれ」 「人にプレゼントするのって好きなんだ」 「ショッピングは好きだけど。自分のために買うのって、ときどき飽きるし」 「そんな理由でプレゼントを渡される方も、いい迷惑だわ」 「……」 「でもまぁ、ついでということなら、もらっておくけど」 「ありがとう」 「逆じゃない?」 「そう?」 「……」 「ありがとう」 「ねぇ」 「これ」 歩いていると、時計坂が不意に俺の前に回り込み、小さな包みを差し出してきた。 なんだろうと、受け取り、箱をあけてみる。 「時計……」 中にはカジュアルな腕時計が入っていた。 シンプルだが洗練されたデザインは、俺でも、それなりの値打ちものと予想がつく。 「うちに、ごろごろ転がってるのよ。伯父のブランドの会社のものなんだけど」 「なんで」 「さっきカノンに言って持ってこさせたの」 「そうじゃなくて。なんで。俺に」 「……」 「さっきのお返し」 「え」 「もらいっぱなしってわけにもいかないから……」 「律儀なんだなぁ」 「……そんなんじゃないわ」 「私は時計坂家の長女よ。あなたなんかに、借りを作ったままじゃいられないんだから」 「……」 「なに見てるの」 「……」 「や、やめなさいよ。なんで見るの」 「いや、かわいいなぁって」 「うがー」 「だから、やめなさいって」 「やめるのは、君だ」 「な、なにをやめろって」 「かわいいのもいい加減にしろ」 「……」 「きもいよー」 「冗談だ」 「冗談でも、きついわ。思わず胃の中のものが逆流しそうになったよー」 「結局、日記の話できなくてごめん」 「そうね」 「どうしても、野暮な話になりそうでしたくなかったんだ」 「……」 「なんか楽しそうだったから」 「な、私が???」 「ん」 「俺の勘違いだったらごめん」 「少なくとも、俺は楽しかったから」 「まぁ私も……思いの外……」 「楽しかった……けど」 「……」 「もう少し、時間いいかな」 「え」 「知ってる店があるんだ」 「そこでなら、少しは落ち着いて話せるかもしれない」 「日記の話も……」 「……」 「分かったわ。今度こそ、絶対よ」 「零はなんで理事長なんかしてるんだ?」 「……別に、そんな面白い話じゃないわよ」 「両親は海外で仕事することが多くなって」 「カノンは頭はいいけど……人に指図するのは苦手だし」 「時計坂家の子供ならできるでしょ、ってだけで任されて。あとは必死にやってきたわ」 「私、別に昔から……人より秀でた物があったわけじゃなかったわ」 「ただ。名家の長女だった。それだけよ」 「……そうか」 「……」 「どうかしてる。こんなこと……なんで……他人のあなたに」 「他人だからだろう」 「それでいいと思うけど」 「他人だから、話せることがある」 「そうかもしれないね」 「……まわりは全部関係者」 「同じ学園の友人は、同時に理事長として守るべき存在でもある」 「ただの学生に戻る瞬間なんて、ほとんどないだろう」 「だから。話せば良い」 「俺じゃ、力不足だっていうなら。しゃべる壁にでも話してると思ったら良い」 「全部、話せば良い」 「……」 「うん」 「私……」 「今夜は本当に、どうかしてるわ……」 「いやいや」 「この人、何してるの!?」 「え。その前は、先生としてなかった……?」 「だめだよ、それはぁ」 「時計坂さん逃げてー」 「でも読んじゃう私……」 「ちょ、ん……」 「やだ……やめ」 「ダメ?」 「ダメに決まってる……じゃない」 「でも、こんなところまで来ちゃったよ……」 「ゆ、油断しただけ。私、そんなつもりじゃ」 「じゃぁ、どういうつもりだったの?」 「休むって言うから……それで、入ってきただけで」 「嘘ばっかり」 「そこまで子供じゃないだろう。こんなところに入る意味、分からないわけがない」 「わ、分からないわ……そんなこと。ただ私は休みたいから」 「何も起きないわけないじゃないか」 「離して……っ」 「ん……」 「やだぁ。本当に、怒るよ」 言葉とは裏腹に、少女の手には力が入らず、弱々しく俺の腕の中で、もがいているばかりだ。 「いいよ。どうしても嫌なら、俺を突き飛ばすなりしていいよ」 「……」 「俺は俺のしたいようにするから」 「だ、だめ……」 「本当に嫌?」 「嫌よ……なんで、知り合って間もないあなたと、こんなこと……」 「そうだな。知り合って間もないし」 「じゃぁ、おっぱいだけ……見てもいい?」 「え」 「なにそれ、どういう理屈よ」 「おっぱいだけだから」 そっと少女の服の胸元に指をかける。 「だめに……決まってるじゃない」 「だって、目の前に、こんなに魅力的な胸があって……衣装もエッチで……」 「こんな場所で、触るなって言われたら、残酷だよ」 「嘘っ」 「なにが?」 「私の胸……ちっさいし。魅力的とか、嘘だわ」 「大きさとかじゃないよ。俺分かるんだ」 「零の胸は、きれいな形しているんだろうなって……それで、すごく、やわらかそう」 「零と同じで、一見かたくなに見えるけど……ちゃんと触れてみれば、あったかくて、ソフトな感触なんだろうね」 「ななな、何を、言ってるの、私の何が分かるのよ」 「分かりたいから……もっと……」 「おっぱい、見ていいかな」 「だ、だめ」 「気になってしょうがないんだ」 「ダメって……言ってるじゃない」 「ダメ?」 「だめぇ……」 「でも、見ちゃう」 「や、やぁ……」 「……うう」 下着がおろされて、小ぶりな胸があらわになる。 慎ましやかな肉のふくらみに、きれいな薄桃色の、つぼみが添えられている。 肌は真っ白で。まだ誰にも触られたことのない……新雪を思わせた。 「かわいい」 「乳首の色……すごく、きれいだし。胸も、ささやかな肉厚が、でも、とってもやわらかそう」 ふくらみを優しくなぞりながら、そっと乳首の先端を押し込む。 「乳輪の大きさも、ちょうどいいね」 複雑な皺を刻んだ乳輪の輪郭を円を描くようになぞりながら、少女の耳に囁くと、くすぐったそうに身をよじる。 「ば、馬鹿じゃないの──」 「ほら、俺のここも、零のおっぱいに、すごく反応してる……」 「ひゃぁ……っ」 「な、なにするのよ。変なもの、押しつけないでよ」 「喜んでるって分かってほしかったから」 「うう。もう見たでしょう。戻してよ」 「……やわらかいなぁ」 ゆっくりと胸の輪郭をなぞっていた指を、そっと肉のふくらみに押し込んでいく。 びりっと、抵抗するように少女が身体を震わせる。 「ちょ、やだっ。勝手に……触らないで……っ」 「触るだけ。触るだけだから」 「あ、ふぁ……だめ……よ。さっきは見るだけって言ったじゃない」 「だって……こんなにかわいいおっぱいを見て、触るなって言うのは、無理な話だよ」 「あぁ、かわいいなぁ。やわらかいなぁ」 「やぁ……だめぇ……あ、ふぅ。やめてよ」 「見ちゃった以上は触らないと、すまないだろう」 「あなたが勝手に、見たんじゃないの」 「零が抵抗しないから、見ちゃったんじゃないか」 「めちゃくちゃ、言わないでよ……あ、あああ」 「触るだけだよ。それ以上は、絶対ダメなんだから」 「……ん」 「あ……やぁ……」 「ふ、ま……」 「ほら、乳首たってきた」 「あううう」 「感じてるんだ?」 「感じてないわ……そんなわけないじゃない」 「はは。そもそも感じるっていうのが、どういうことか、分からないもんね」 「は、はぁ……? 馬鹿にしてるの?」 「じゃぁ、どういうこと?」 「そ、そりゃ……気持ちよくなることよ。それで今、私は気持ちよくないもん」 「小学生の答えだな。いや、今日び小学生だってそんなこと言わないぞ」 「ば、馬鹿にして……っ」 「零は、オナニーもしたことないだろう」 「!?」 「あるの?」 「そんなこと、しないわよ」 「じゃぁやっぱり、何も分からないんだ」 「きもちよくなるっていうのは……」 「身体の表面はむずがゆくて、身体の芯から……かっと、熱くなってきて」 「表面のむずがゆさと、奥からこみあげてくる、熱っぽさが融合して……快感が、生まれるんだ」 「零はまったく経験がないから……身体の表面にちょっと、違和感を覚えているくらいかな」 「そうだろう?」 「……っ」 図星だったんだろう。俺じゃなくても分かる。 少女の素直な反応は、正直に全てを語っている。 「やっぱり、そんな風に、今感じてるんだ」 「それは、あなたが嫌だから、身体が……拒絶反応をしめして……それで、むずむずしてるだけだわ」 「本当に?」 「嫌な気分?」 「嫌な気分よ」 「強情だな。零は、強情だけど、おっぱいは嫌がってないみたいだけどな」 「え。えなにそれ。や、乳首、つねらないでよ。あ、ふぁ」 「ほら、もっと触ってって、ぴんと、勃起してるよ」 ぴんと背伸びをする乳首を、指ではじき、つまみあげて……何度も愛撫する。 「そんなこと、ないわ。やめてよ。そんなところ、くりくり、しないで」 「かわいいなぁ」 「なめていいかな」 「ダメよ!」 「触るだけって言ったじゃない!」 「ほら、おっぱいも……なめてほしいって言っている。こんなに、ぴんって、勃起して」 「は、はぁぁぁ?」 「俺の唇にくわえられたいって言っているようなものだよ」 「言ってないわよ。馬鹿じゃないの」 「ちょっと黙っててくれないか。俺はおっぱいと会話をしているんだ」 「え、えええ」 「そうかそうか。そんなに、寂しいか。おっぱい」 「いっぱい、俺になめて……しゃぶられて。さきっちょ、ちゅるちゅる、吸われたいか」 「誰がそんなことっ」 「おっぱいだ」 「だめぇ」 ちゅぅ……ちゅる。 そっと唇を胸の上にかぶせ、ついばむように、乳首の先端をすいあげる。 「やめて……なめるのなんて、ダメよ。不潔」 「ちゅぅ……」 「やぁ……ぁ……ふぁ」 「ちゅる、ちゅぅ。じゅ、ちゅぅ」 「ん、やぁ、ぺろぺろ……しないで。あ、あああ」 「ちゅ、ぷ」 「ふぁぁ」 「な、なんてことをしたのよ」 「怒ってる?」 「あ、当たり前でしょ……」 「おっぱいと、先にキスしちゃったから?」 「は、はぁ?」 「嫉妬してる?」 「じゃぁ、零の唇にも、キスをしよう」 そのまま顔をあげて、真っ正面から、少女と向き合う形になった。 「何を……やめなさいっ。キスは、ダメなんだから」 俺がしようとしていることを察して、少女はやや目に力を込めて、拒絶を示す。 「そんなに、気安くすることじゃないんだから……」 けど、その言葉には、抵抗には……やっぱり、どこか力がなくて。 そんな半端な拒絶では、男は調子づくだけだと、何も分かっていないのだ。 「そうかな」 「唇はこんなに濡れて、なまめかしくて……キスを欲しがっているようにしか見えないな」 「そんなわけないじゃない」 「黙っててくれ。俺は唇と話しているんだ」 「は、はぁ……もう、意味が分からないわ」 言いかけた少女の口を、そのまま塞いでしまう。 「はむ……ん、んー……っ」 「キスは、なんだって」 「だめぇ……ひゃむ……んんんん」 唇をねぶりながら、舌を一気に侵入させる。甘酸っぱい香りがふわりと鼻孔をつく。 くちゅくちゅと……むさぼるように、少女の口内を、舌で蹂躙していく。 「ふぁ、ちゅ……ん……舌、からめないで……あ、ふぁ……んん」 少女の舌は、逃げるように口内であがく。けど、どんどん俺の舌ともつれあい、絡み合うばかりだ。 「ちゅ、ん……む、ちゅぅ……もぐ、ん、れろ」 「あ、ふぁ……ちゅ、んんん」 「ぷはぁ……」 「はあ、はぁ……」 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「もう。いいでしょう」 「本当にもういいの?」 言って俺は、手の平を少女の薄い胸に押し当てる。 「胸、どくんどくんって、すっごい高鳴ってるし……」 「それに、ここ」 そっとショーツの上に指をはわせる。 薄いショーツは、しっとりと湿っている。 スリットからは愛液が染み出し、つーっと、少女の太ももを流れ落ちていた。 「やっぱり、びちょびちょだ」 「違う。違う……っ。これは、違うもん」 「こんなにかわいくて、こんなに素直に身体は求めてるのに、何もないなんて、あるわけないよ」 「や……」 「何を、するのよっ」 「今のは俺じゃない」 「俺のここが……もう、我慢できないって」 じーっと、ジッパーをおろし、ぎんぎんに屹立した、いちもつを取り出す。 「きゃ、きゃぁ……!」 ごくりと少女が唾をのみ、目が驚きに見開かれる。 「あ、ああああああ。それを、どうしようっていうの」 「零の中に、入るんだよ」 じたばたと、俺から離れようと、もがく。 「やややや、やだっ。絶対、ダメっ。ダメだからね」 けれど俺はいっそう強く少女を抱きしめて、ショーツの中に指を差し入れると、割れ目を深くなぞった。 あふれ出る愛液は、真っ白な太ももを伝って流れていく。 秘部と太ももの付け根にある3つのほくろを唇で1つ1つなぞりながら、俺はささやく。 「でも、零のここは、完全に、入れてほしそうにしてるよ。ぐちょぐちょで」 少女の拒絶とは裏腹に、秘部はたくさんの蜜を染み出し、雄を迎え入れる準備をしている。 「それは、あなたが、変なことをするから」 「俺のここも、零がほしくてほしくてひくひくしてる。早く入りたいってさ」 「そんなこと、そいつは言ってないわ……」 「ほんとかな?」 「じゃぁ、任せよう。こいつを説得できたら、俺はなにもしないよ」 「え。ええ?」 「説得……」 「それ、名前はなに……」 「ジェームズ」 「じぇ、ジェームズ……あなたはそんなことしたく……ないわよね」 「私のここ、あの……おしっこするとこだし……きたないし。そんなところに、入りたくないよね?」 「……」 「お……おち○ちんは、やめておくって言ってるわ」 「本当かな」 「言ってるわ。嫌がってる子に、無理にはできないって……」 「そんな風には見えないけど」 「そんな風には見えないって……ど、どっちの話?」 「両方」 「零が嫌がってるようにも見えないし、ジェームズも、乗り気に見えるな」 「い、嫌よ。嫌に決まってるじゃない」 「ほんとに? こんなに、いっぱい、蜜を垂らして……欲しがっているのに」 「これは……違うもん」 「それに、何もしてないじゃない。赤ちゃん、できちゃうよ」 「じゃぁ、ゴムしたらいいんだ」 「え、え。そういう問題じゃないわよっ」 「どうする。ゴムありでもお前はいいか……」 「……」 「我慢するってさ」 「え。ええ」 「交渉成立」 「じゃぁ……」 すっと少女に覆いかぶさり、ペニスの先端を、入り口に押し当てる。 「だめぇ……違う、違う。そういう意味で言ったんじゃないんだから」 それでももがく少女に、俺はそっと腰を押し込んだ。 「あ……」 ずぶぶ。 愛液で十分に濡れているものの、窮屈な少女の入り口を押し広げるように、ペニスはその頭を潜り込ませていく。 「あ、ふぅ」 まだ半分も入っていないのに、少女は苦しげに喘ぎ、きゅぅきゅぅと、俺の先端を締め上げている。 「力、抜いて……痛いよ」 「あなたが、それを抜けばいいのよ」 「もう。強情だな。ゆっくりするけど……痛かったら言うんだぞ」 言って俺は、腰を深く押し進める。 「う、あ……っ」 びくりと少女が顔をゆがめ、身体を震わせた。 「ふぁ」 ず、ちゅちゅ。 「あ」 「ああああああああああああああ」 びりっという、突き破る感触とともに、そのままペニスは膣内へと深く飲み込まれていく。 奥まで、入った。 「はぁ、はぁ……」 「どう?」 「気持ち……悪いわ。変なのが、私の中でもぞもぞ動いている」 「本当?」 「あ、あ……あ……」 「本当に、気持ち悪い?」 「あ、ぁ……ぁ……っ」 「なんか、いやらしい声が聞こえてきたよ」 「う。嘘よ……そんなわけ、ないわ……」 「あ、あ……あ……っ。ふぁ、あ、あ、あ」 「正直に言いなよ」 「気持ちいい?」 「気持ち、悪いわ」 「気持ち、いい?」 「そうだろ」 「よくないわ……」 「じゃぁ、動くよ」 「ん、やぁ……」 「このへん、感じる?」 「感じ、ないもん……ん、んんん」 「あ、ああああ」 「はぁ、はぁ……は……あ……」 「や、なに、これ、あ。あ」 「きもち、いい」 「きもちいい、よぉ」 「ダメなのにっ。こんな……っ。ダメ、なのにっ。あ、あ、あ、あ」 「嘘、嘘っ。こんなのウソだよおおお」 「はぁ、はぁ……もう、出そうだ」 「あ、あ、あ……っ」 「ああああああ」 「うう……」 膣口からあふれだす愛液を見下ろしながら、零はべそをかいたような声で、つぶやく。 「ううう。私、なんてことを」 「ふかないと」 愛液と血で、びちょびちょになっている。 「ひゃぁ……や、やめてよ……っ。いいよ、そんなことしないで」 「でも、きたないよ」 「ん……」 ふきふき。 ふきふき。 「はぁ……なんで、こんなことに」 「でも、最高だった」 「え……」 「……ありがとう」 「零はどうだった。ちょっとは、良いって思ってもらえたら良いけど」 「す……」 「少しは……」 「って、何を言わせるのよ!」 「でも、こんなこと、もう絶対しないから」 「俺は何も言ってないよ。もう、次のことを考えているんだ」 「う……っ」 「馬鹿ぁ!」 「はは」 「かわいいなぁ」 「あわわわわ。と、時計坂さん……」 「うううう。今夜も、エッチなものを、読んじゃったよ」 「これ、ただの妄想だよね」 「あの時計坂さんが……」 「ぶんぶん」 「ありえないよ」 今夜は眠れるかなぁ……。 「それより、考えることがたくさんあった……」 「周防さんって、あの教会にいた人なのかな」 妄想癖の男の子の、エッチな日記と思われていたものは、なんでもない日常を織り交ぜるようになり……。 なんだかそれだけにリアルで、本当にあの学園で起こっていることのように思えてくる。 そう。 この日記が、私の日常を侵食しようとしているように、感じる。 「……」 今までとは別の種類の気味の悪さを、感じていた。 「……」 「うー……」 「あまり眠れなかった」 「はぁ〜〜〜〜」 ちょっと夢に見ちゃったかも知れない。 「男の子ってああなのかな」 かわいい子を見つけたら、ああやって……。 「そんなことないよ!」 「?」 あの男の子が特殊なんだ。 そもそもあれは妄想日記なんだ。 「おきなきゃ」 「目玉焼きにしようかな」 「スクランブルエッグにしようかな」 「……」 「……」 「これは、なんだ」 「なんと名付ける」 「名も無き卵焼きだよ、くー」 「くー」 「あるがままの卵で、食べたいと願うから〜」 「ふふふ〜〜〜ん?」 「げ」 「洗濯、してなかった」 「どうしよ。もう、私のパンツはぜろだよ?」 「ありのままの姿で、スカートをはくしかないの?」 「……」 「だめー」 「それはダメ。女の子としてダメ」 「……」 「おじーちゃんなら、私……大丈夫だから」 「……」 「いってきまーす」 「おはようありすちゃん」 「おはよーございます」 「ありすちゃん。おはよう」 「ありすおはよー」 「おはよう」 「おはよー」 「……」 「理事長さんってさ」 「誰?」 「時計坂さん」 「うん」 「大変そうだよね」 「……」 「え」 「ストレスたまってるのかなぁ」 「何の話よ」 「ううん」 「大変なんだろうなって思って」 先生との話で、あれが、嘘の日記だということは分かった。 分かっているんだけど……やっぱり気になってしょうが無い。 確認せずには、いられない。 昼休みになり、やっこ達と食事をとらず……私は、本館へ向かった。 時計坂さんは、たまにしか授業に出ず……理事長室にいることが多いんだよね。 昨日訪れた理事長室まで来て、扉をノックする。 「あの、南乃です」 …… ややあって。 「どうぞ?」 中から意外そうな声が聞こえた。 「あぁ」 「おはよう」 「昨夜はごめんね。なんだか詮索するようなことして」 「い、いえ……あの」 「? どうしたの」 「時計坂さん!」 私は意を決して、聞いてみる。 「な。なによ……」 「……」 「恋人はいますか」 「は?」 「あるいは、いたことはある?」 「……」 「夜景のきれいなレストランは好き?」 「あなた……何を言ってるの」 「う、ううん……なんでもないの」 「あうううう」 「あの、じゃぁ……」 「時計坂さんは……」 「ふとももに、ほくろが3つあるかな!?」 「……っ」 「あ、あなた──」 「ごめんなさいっ」 「なんでそれを……っ」 「え」 「その……友達から聞いて」 「友達? 誰よ」 「その、えと。実は……」 「時計坂さんと、その深い関係にあるという、男子から」 「なななな」 「あり得ないっ」 「私が男になど、身を許すことは決してない」 「……」 「なんで、あなたが私の言おうとしたことが分かるの?」 「いや……それは、その……」 「まぁ、確かに時々口にしてるから……どこかであなたに聞かれていたとしても、おかしくないわね」 「だけどほくろのことは、一体、誰が……」 「それより、もう1つ聞きたいことがあって」 「なにかしら」 「時計塔の近くで本を見つけたかって言ってたけど…何のことだったの?」 「あぁ……。いいの」 「ちょっとした、値打ち物の骨董品よ。先日、時計塔から紛失してね……それでよ」 「そうなんだ」 「魔女こいにっきって言う魔術書よ」 「魔女こいにっき?」 「ねぇ、南乃さん。もしそれらしきものを見つけたとしても……」 「決してさわっちゃだめ」 「あれは、人を竜に変える」 「竜?」 「え」 「……なんてね」 「困ったことがあったら、いつでも言って」 「ふぅ……」 嘘ついて、悪いことしちゃったかな。 でも日記のこと話すわけにもいかないし……。 いや、あれはただの、フィクションだって分かってるんだけど。 それくらい、あの日記には……現実の彼女達を知れば知るほど、不思議とリアリティが感じられるようだった。 「竜に変える、か」 日記のことを思い出す。 たしか、立派な装丁には、竜を思わせるようなレリーフがあしらってあったっけ。 「まさかあれが、魔女こいにっき、って本じゃないよね」 「おい、何ぼーっとしてるんだ。これ、あそこのテーブルに持っていけ」 「はい。あの、店長、ちょっと気になったんですが」 「あ?」 「なんでドラゴンバーガーって言うんでしょう」 「ドラゴンの肉を使ってるからだ」 「え」 「ま、まじで……?」 「て、店長、冗談でも大声でそんなこと言わないでください」 「ふん。無駄口たたきはじめたのはお前だ。仕事しろ」 「はーい」 「ただいまー」 「く‐」 「良い子にしてた? 待って待って、今、ご飯あげるからね」 …… 「ふぅ」 「おやすみなさい……」 「……」 「うう。気になる」 「あれ、これ」 日記が光っている。 「前はめくれなかったページが、開けるようになっている」 「不思議な日記……」 「また、エッチな話になるのかなぁ」 下校途中。 「桜井君」 「?」 いきなり呼び止められた。 振り返れば、カメラを手にした女子が立っていた。 「柏原……?」 「いきなりごめんね」 「もし時間があったら、取材をお願いしたいんだけど」 「え」 「私、写真部なんだ」 「げ」 名前を読み返す。 柏原美衣。 「先輩出てきちゃったよ」 眼鏡に、短髪。描写からしても、間違いないようだ。 「先輩まで、毒牙にかかるのかな」 「それは嫌だー」 「……」 「読むのが怖い……」 「写真部が、取材?」 「グラビア?」 「違うよ」 「写真部兼、新聞部みたいなことしてるんだよ」 「そうなのか」 柏原は、そっとカメラを掲げて微笑んだ。 確かにカメラを手にした格好は、なんだか様になっていた。 「で、俺の何を取材するって?」 「桜井君の日常について」 「なんだそれは」 「ねぇ……まだ、桜井君のこと、いろいろ悪く噂する人もいるでしょう」 「一度、ちゃんと、桜井君からも、いろいろと事実関係を主張しないと」 「このままじゃ、あることないこと、噂で広がっちゃうよ」 「あぁ……」 どうやら、俺に関する噂が、いろいろと流れていることを気にしてくれているようだ。 噂っていうのは無責任なもので、確証がなければないほど、好き勝手にふくらんだり尾ひれがつきながら、あちこちに伝播していく。 柏原は、それをちゃんとした形で記事にして……無責任な噂が広がるのを食い止めようとしてくれているのかもしれない……。 知らないけど、そういうことにしてしまおう。 「……?」 そういうことにした方が萌えるから! 「優しいんだな、柏原って」 「うん?」 「よく分からないけど、私が新聞部をやってるのは、将来のためみたいなものだから。ボランティアでも、義務感でもないんだよ」 「ほら、私って、マスコミ関係に進みたいと思ってるから。そういう活動していたって、就職の時に有利になるでしょう」 「うん。知らないけど」 「知らないか。そうだよね。あはは」 なぜか早口で柏原はまくしたてる。 「そう。でも柏原なら、俺も協力するよ」 「あ、ありがとう」 「絶対に行くっ」 「そんな、力入れなくていいんだけど……」 「あはは。じゃぁ、明日よろしくね」 「なんなら今からでもいいが」 「ごめん。私が用事入ってて。準備もしておきたいし」 「そっか」 「じゃぁ、食事でも」 「ええ。いや、用事があるから」 「用事が終わった後でもいいよ」 「……」 「ぐ、ぐいぐいくるね。夜遅くに、出歩くものじゃないよ。噂が流れてるって言ったよね」 「残念。じゃぁな」 「うん。じゃぁね」 「やぁ」 「……?」 いきなり声をかけられ不審げに見あげる女子に、微笑む。 「これから飯なんだ、一緒しない?」 「ふーん。どうする?」 「いいんじゃない」 「でさぁ……」 「まじけっさく」 「あ、私達もう帰らないと」 「あぁ」 「ごちになっていいん?」 「もちろん」 「ごちそうさま」 「またあそぼーねー」 「おお。早く帰れよ」 「あんたに言われたくないわ」 「はは」 「ただいま……」 どうやら、男の子には家族はいないようだ。 一人で食事をして、帰って寝る。 それが妙に、寂しそうに見えて。 可哀相だとか思ってしまう。そんなの珍しくもないし、私だってそうなのに。 この日記を読んでいると、私まで寂しくなってしまうようだ。 日記はまだ、翌日へと続いているようだ。 なんだかこんな気持ちでやめるのが嫌で、眠気がこみあげるのを我慢して、私は先に進む。 翌日、男の子は、朝早くに起きて学園へ向かう。 どうやら教会に行きたいらしい。 教会? って、あの森にあったところかな。 今日は朝早く、登校した。 柏原との約束があるし。なにより、零達からこれ以上逃げるわけにもいかないしな……。 ふと、時計塔の下にある教会に行ってみたくなった。 時計塔に住んでいた頃は、気になっていたものの……ドアが閉まっていたので、近寄らなかったが。 今なら、周防がいるはずだから……あるいは早朝からでも、入れるかもしれない。 柄にもなく、お祈りでもしたくなった。 朝早くから学園に来ているのは、朝練習があるクラブの連中ぐらいだ。 わざわざ森を抜けて、こんなところに来る奴はそうそういない。 「ん……?」 「……」 不自然だ。 「……」 誰か、死んでるのか。 「ぐー」 「!?」 後ずさった。 中から、うめきのようなものが聞こえた。 ゾンビとかミイラといった単語が頭に浮かぶ。 「いやいや。あほな」 棺桶が置かれている時点で、十分あほなんだけど。 「ぐー」 「……」 まさか中に誰かいるのか。 事件の予感がする。 そっと棺桶のふたに手をやると、思いの外軽く、ふたは横にずれていく。 そして中には……。 「ZZZZZ」 「……」 「す、周防……?」 「ZZZZ」 「は」 うっすらと目を開けた周防が、俺を見た。 いきなり起こされて驚くかもしれないが、顔見知りということで、許して欲しい。 「あなたは……」 「ロビン」 「くー」 「……」 ロビンって誰だ。 「うう」 眠たそうにむずがる周防。 事情は分かったような分からないような。 いっそ寝させておいてやろうかと思うが、このままでは、こっちがいろいろ気になってしょうがないだろう。 主に、パンツとか……。 そりゃ棺桶の中は暑いだろうけど。不用心にも、ほどがあるだろう。 俺が紳士でなかったら、このパンツ……脱がして、かぶっているところだぞ。 「今、何時ですか?」 「七時過ぎだが……」 「いたしかたないですね」 「ロビンの頼みとあれば」 周防はよろよろと身を起こして、やっと棺桶の中から、それこそゾンビのように這い出てきた。 「……」 だからロビンって誰だ。 十分ほど待たされて……奥から、周防が現れた。 「お待たせしました」 「……」 その姿をまじまじと見る。 「?」 「……周防はここに住んでるのか?」 「はい」 「この教会の管理を任されているんです。そのための転校です」 「本当は母が赴任することになっていたのですが、わけがあって来られなくなりました」 「それで私が」 「それでいいのか……」 「悪かったら誰か何か言ってくるでしょう」 「って、あなた誰ですか!?」 「今頃!?」 「……あなた」 「なんだよ」 「ロビンじゃない?」 驚愕とおびえのいりまじった顔で、俺を見ている。 「桜井だよ。同じクラスの……」 「……サフラン?」 「桜井サフラン??? 誰だ?? 桜井たくみだよ」 「あ」 「あぁ……あの口の臭い」 「おい、頼むぞ。口が臭いとか言うなよ。いろんな人に誤解されかねないからな」 「誤解じゃないですし、いいじゃないですか」 「今日もちゃんと歯磨きしてきたんだぞ」 「はー」 「ひえー」 「本気で嫌がるなよ。傷つくだろ」 「それよりこの教会の管理って……誰に言われてやってるんだ?」 「ここは学園の敷地内ですので。理事長さんということになるでしょうか」 「ところであなたはどうしてここに?」 「祈りにきたんだ」 「祈りを?」 「良い心がけですね」 「別に信心とかあるわけじゃない」 「ただ、ここで祈ってると……」 そうだ。俺は、どうしてここに祈りにきたんだろう。 信仰なんてない。 あるいは、俺は……神やら天使なんかとは、もっとも遠いところにいる存在かもしれない。 けど、こうして教会に立っていると、不思議と、気持ちが慰められるような気がした。 率直に……懐かしかった。 俺にはかつて、多くの魔法使いの仲間がいたらしい。 どうしてか……かすかに、もう昔に離れ離れになってしまったのであろう人達の顔を、ここでなら思い出せるような気がした。 「?」 なんて言うか……。 「一人じゃないって感じて……」 「……」 「うぉ」 すっごい、キラキラした笑みを向けられていた。 「その通りですよ」 「主はいつでもあなたのそばにいます」 「あ。あぁ……主?」 痩せたひげの長い男の姿が思い浮かぶ。 「できたら、マリア様とか……そういうタイプに一緒にいてもらえたらいいんだけど」 「どちらでもいいじゃないですか。さぁ祈りましょう」 「まぁ……」 今は、周防がいるからいいけど。 「…………」 「…………」 は、殺気。 振り返ると……。 「うお」 「こここ」 「お、落ち着け」 「なんてことをなんてことを」 半泣き顔で、こちらを睨みつける。 「そこまで睨まなくたっていいだろう」 「あんなことをしておいて、何を言う」 「別に無理矢理したわけじゃないぞ」 「なお悪いっ」 「なんで??」 「あの……どうかしましたか」 「なんでもないのよ」 「け、けど零、なんでもなくない確率100%と出ている」 「つまり、零と桜井様の間には何かがあった」 「あんたは向こうに行ってなさい」 「あう」 「まぁ……」 「……」 「私にも落ち度があったから、今回のことは、しょうがない」 意外といさぎよかった。 どれだけ責め立てられて、あるいは学園から追い出されるんじゃないかと思ったのに。 「しょうがなくないけど……しょうがないと言うしかないよ」 「ぅぅ」 また半泣きだ。いさぎよくなかった。 「でも、いいわね。あのことは……絶対に、他言しないこと」 「一夜の……過ち……野良犬にでもかまれたと思うことにするわ」 「しないよ。俺から言ったことは一度もない」 「でも広まってるじゃないの。遊び回ってるって」 「相手の子が言いふらしたんじゃないか」 「…とにかく」 「あなたは、重要マークだわ」 結局、魔女こいにっきの話とやらはどうなったんだろう。 まぁ、詮索されないなら、その方がいいや。 「でも1つ言っておくけど」 「なによ」 「俺にとっては過ちじゃない」 「へ」 「あれは、遊びじゃない」 「え」 「だから、そういう風にはとらないで欲しい」 「俺はいつだって遊びじゃない」 「それだけは、誓う」 「……」 「……」 「あの……」 「って、また。なんか怪しい波動を送ろうとしたっ」 「二度と、私の前に現れるなー!」 「……」 「はぁ……」 さすがに心が痛むかも。 「……」 「さてと」 放課後は、柏原との約束があったっけ。 写真部の取材か……。 なんか面白そうだし、協力するのは全然おっけーだった。 「あぁ、桜井君」 「来てくれたんだ、ありがとう」 「柏原との約束をやぶるはずがないじゃないか」 「あはは」 「そんな桜井君にごめん」 「?」 「急用ができちゃって。私から頼んでおいて、ごめんだけど、また今度にしてくれる?」 「急用って?」 「私、以前も同じバイトをしたんだけど、スタジオで撮影の手伝い」 「へぇ。すごいな」 「ちっさいところだから、たまに大きな案件が入ったときに、人手が足りないみたいで」 「そうだ。できたら、手伝って欲しいのよ。もちろんバイト代は私と折半で」 「めんどくさいな」 「ちゃんとお給料は出るよ」 「力仕事って言うのがときめかないというか」 「グラビア撮影だよ」 「何をしている、さっさと行くぞ」 「はいはい」 「グラビア」 「モデル!」 「興奮」 「ヤン○ガで副賞とったときから、ずっと見てました」 「ありがとう」 「ちなみにうちも、美容院をやっているんですが。俺なら、あなたの美しさをさらに引き出すことが……」 「さーくーらーい君!」 「仕事してよ」 「仕事してるだろう」 「自分とこの営業じゃないよ。というか、それ営業じゃなくてナンパでしょ」 「分かったよ。じゃぁ、おねーさん、そこ座ってください。俺が、いかした感じにカットしますから」 「誰がスタイリストとして呼んだの。撮影の手伝いだよ〜」 「……」 「……」 「すごいな」 「いいでしょ」 「いいけど」 「仕事した日が、自分へのご褒美って決めてるのよ」 じゃっかん俺の目を気にしながらも、柏原は嬉しそうに……というか、ほっとした表情で、控えめに、パフェを口に運んでいる。 俺の前にも、柏原のおごりで、タルトが並んでいるが、それには手をつけず、俺はぼんやりと柏原を眺めていた。 「なんだかんだで、大人にまじって仕事するのも疲れる?」 「まぁ、ね」 「今日はとくに大変だったよ」 ちょっとうらめしそうに、俺に目をやる。 「ごめん。でも、うぶな男子学生があんなところに行ったら、テンションがあがるのもしょうがないだろう」 「うぶ、ねぇ……それどころか、妙に手慣れてたでしょうっ」 「あはは」 「なんだかんだで、仕事はやってくれて、良かったよ」 「任せろ、やれる人間だ」 「けど、仕事もらってる人間としてあれはダメだから。電話番号は没収ね」 「とほほ」 「……まぁ、テンションあがるのは分かるよ」 「モデルさんってかわいいもんねぇ。私も男だったら、ぜったい我を忘れちゃうと思う」 「……」 「柏原はなんでカメラを」 「え」 「ああいうバイトまでして、何か、理由があるのかなって」 「……昔から」 「きらきらしたものとか好きだったの」 「きらきらしたもの?」 「子供の頃、モー○ング娘。とか流行ったでしょう。なんてすてきなんだろうって、かじりついてた」 「ああいう世界が好きなんだろうね」 「じゃぁアイドルになればいいじゃないか」 「あはは。無理無理。でも、一瞬だけ……考えたこともあったかな」 「テレビを見過ぎて、目悪くしてね。小学生で、ぶあっつい眼鏡をかけるようになって」 「髪も、親に切って貰ってたんだよ。今はさすがに違うけど。なんか、楽なカットが身についちゃって。今もこんなで」 「コンタクトにすればいいし、髪はのばせばいい」 「そうなんだけど。なんとなく違うって分かるんだ」 「そういう風に飾ったって、根っこの部分はどうしようもないから……」 「……」 「今は、撮ってるのが楽しいからっ」 「まぁ、好きな方をすればいいんだろうけど」 「なぁ、柏原。髪を切らせてくれないか」 「え……。なにいきなり。そういや、桜井君のうちって理容室だったね」 「髪切るってどうするの? 私これ以上……」 「短くするわけじゃない。ただ、アレンジするんだよ」 「アレンジ?」 「今日、迷惑かけたし。まぁ、楽しいところにつれてってもらったし、お礼みたいなものだ」 「……雲行きがあやしい」 「先輩、それはワナですよ……」 「でも明らかに。行く流れだよなぁ」 「読むのが怖い……」 …… 「よし終わった」 「お」 「おお……」 鏡を覗いた柏原が、ぽかんと、あっけにとられている。 「……」 「……」 「なんか、変わった?」 「すごい変わったよ」 「そう、みたいだね……」 「今っぽい」 「はっきりかわいくなったって、言ったらいいじゃないか」 「かわいくなった……?」 「おう」 「え、いや、あはは……どうだろうね。はは……髪型は、確かにかわいいかも」 「うん」 「へ、へぇ。すごいね。桜井君。あはは」 「はは……」 「なんだよ、せっかく頑張ったのに、表情が硬いな」 「せっかくきれいに仕上げたんだから、表情もともなってくれないと」 「そう言われても」 「アイドル顔してみなよ」 「アイドル顔って?????」 「うーん……」 「アヒル口とか」 「ええええ」 「まぁ、それくらいが、分かりやすいかな」 「あ、アヒル口……」 …… 「うー」 「わはは」 「騙したな」 「よかったよ」 「カメラかして」 柏原から借りたデジカメを、そのまま柏原に向けて、シャッターをきった。 「おお」 「ほら」 柏原が映った、画面を見せる。 「おお」 「なんか、こうしてみると、私じゃないみたい」 「自分のこと、カメラで撮りたくならないか」 「そんなっ。自分を撮りたいなんて……」 「本当に?」 「……」 考え込んだ柏原は、鏡にうつった自分にはにかみながら……。 「ちょっと……」 「ちょっと撮りたいって思ったかも」 「そうだろう」 「でもほんとにすごいね。桜井君のカット。魔法使いみたい」 「ありがとう」 「でも柏原の写真だってそうだろう」 「え?」 虚をつかれたように、柏原は俺を見返す。 「魔法みたいに、その人の魅力を引き出して、切り取ることができる」 「写真は嘘をつけない」 「俺の理髪だって、別にないものを生み出しているわけじゃない。そういうことだ」 「……」 柏原は、こちらを見ながら、目をぱちくりさせ。 「……ありがとう」 「……」 「なぁ柏原」 「?」 「人を撮るのもいいけど」 「自分が、主役になってみるのもいいんじゃないか」 「主役って?」 「例えば恋をするとか」 「あはは」 「アイドルよりもっと考えられないのが、恋愛ごとだよね。ダメなんだぁ、ああいうのはどうしても」 「ほら私地味だし……」 「今は?」 「へ」 「もったいない」 「こんなに輝いているのに」 「あはは……あ……りがとう……」 「……」 「……」 「う」 「うおおおおおおおおお」 「ちょ、どういう流れだったの、これ」 「どれだけ、顔近かったの。きききき、キスしようとしてたよね!」 「おしいな」 「おしいじゃないよ! どさくさにまぎれて、何してるのよ」 「あはは」 「君は……」 「散髪の腕、せっかくすごいんだから、女の子おとすための手段にしちゃだめだよ」 散髪とか言わないでほしいぞ、柏原。 「別に。じーさんだってばーさんだって、切ってるよ。ばーさんは口説くけど」 「まったく」 「でもありがとう」 「あぁ」 「……」 「はぁぁぁぁ。気をつけないと、桜井君から見ると、私とかちょーちょろい女の子なんだろうな」 「ちょろくないって」 「うわぁぁ」 「びっくりした」 「柏原はちょろくないよ。しっかりと自分を持って、やりたいことを見据えて、生きている」 「俺なんかの誘いに、ふらふらとのっかるような奴じゃないよ」 「それはきっと……寂しくないからだな。うらやましいと思うよ、柏原」 「え」 「……」 「じゃぁ、桜井君は寂しいってこと?」 「……」 「え、えー……」 「危機を回避したと思ったら……また雲行きがどよどよと……」 「先輩、どうかご無事で……」 でも何かを期待しちゃう、ダメな私。 「あれ……めくれない」 「日記、終わってる」 「これは……」 これは、あくまでフィクションだ。どこかの誰かが書いた妄想日記。 だけど……。 リンクしているものが多すぎる。 あの日記の内容が嘘だとしても、あの男の子が、実在しないなんて思えない。 だけど皆、彼のことを知らないという。 日記を読めば読むほど、私は、別の世界にとりこまれていくようで。 なんだか、ここにいる自分に違和感をおぼえて、気持ち悪くなっていく。 「怖い……」 明日、あの人のところに確認しに行こう。 きっとあの人は日記の男の人を知らないというだろう。 でも、それ以外に聞いてみたいことがある。 翌日……。 いつもより、二時間も早く起きた私は、先に行く旨をメールで伝え、まだほとんど、人の姿のない学園にやってきた。 そして、森へ入って行く。 先日さまよった森は、こうして朝訪れると、あのときのおどろおどろしさが嘘のように、清々しい空気で満ちている。 小鳥の声がそこかしこから聞こえ、振り返れば木々の向こうにちゃんと校舎も見える。 日記に書かれていたことが気になっていた。 先生も、先輩も日記の話に、思い当たることはなにもないようだ。 じゃぁ、周防さんはどうだろう? 本当に周防さん、あんなところで寝てるのかな。 「ごめんくださーい」 とりあえず、教会に人の姿はない。 そもそも、こんなところに女の子一人で寝泊まりしているとも思えないけどなぁ。 「ぐわ!」 「これは……」 「本当に、何かあった……まさか」 私はそっと、棺桶のふたに手をやる。 思いの外軽い力で、ふたは横にずれていく。 そして……。 「いた‐!」 棺桶の中にはぴっちりと、周防さんの姿がおさまっていた。 「ZZZZZ」 「もしかして、死んでるんじゃないよね」 「ZZZZ」 「いや、こんな陽気なパジャマ着て、幸せそうによだれたらして死ぬ人なんていないか」 よく見れば、しっかり寝息たててるし。 「おお」 やっと周防さんが目を覚ます。のぞき込んでいる私を見て驚いている。 当たり前だけど、さっきから私の方が驚きっぱなしだよっ。 「罰当たりですよ。勝手に棺桶をあけてはいけません」 「周防さんに言われたくないですよっ」 「大体、危なくないですか。こんなところで寝てるなんて」 「なかなか快適なんですよ」 「教会にある棺桶を、みだりに開ける人もいないでしょうし」 それは確かに……。 「こう見えて、通気性にもすぐれています。まぁ、夏はさすがになかなか寝苦しいですが」 「夏もこれで寝てるんですかっ」 「もちろん」 周防さんは横着にも棺桶に横たわったまま、話を続けるようだ。 あわよくば二度寝をしようと目論んでいるらしい。 「あの、私、周防さんに聞きたいことがあって」 「あい」 「え?」 「はい」 「ここをよく訪れる、男の人っていますか」 「はぁ、男の人……」 「そうだ。よくいらっしゃる方でしたら、一人だけ心当たりが」 「え。誰ですか?」 「主です」 「え」 「ここで祈っていれば、主はそっと現れ、見守ってくれます」 「は、はぁ……」 「あなたは、何か、迷いがあるようですね」 「迷いというか……そうですね」 「とにかく祈っていってください」 「は、はぁ……」 「頑張ってください」 「それではおやすみなさい」 「あ、ちょっと待ってください」 「なんですか……ふにゅう」 「周防さん、いつこの学園に転校してきたんですか」 「……ん」 「忘れました」 「……」 「ZZZZ」 「今朝は、どうしたの?」 「ちょっと、教会に行ってて」 「えー。一人であんなところ?」 「明るいときに行けば、あっという間だったよ。迷うような道じゃなかった」 「かもしれないけど。なんでまた」 「気になったから」 「あのシスターさん?」 「まぁ」 「美人だったしねぇ」 「あの人、学園でたまに見かけるよね。歩いてると男子が騒いでるから、すぐ分かるよ」 「……」 日記の中でも……あの人は、転校してきていた。 でも、日記に出てくる男の人を、周防さんは知らない。誰も知らない。 あの日記がなんなのか。 周防さんに会って何か分かるかもと思ったけど……もっと分からなくなっただけだった。 「はぁ……」 「悩みが深いね。まだあの日記のこと?」 「あ。あの……」 美衣先輩の顔を見ると、どうしても……日記の中での、男の子と先輩のなんだか妙に初々しいデートを思い出してしまう。 「ど、どうしたの、私の顔、じっと見て」 「あの……」 「その日記なんですが、あのときは読めなかったんですけど、どんどん……読めるようになっていって」 「うん……どんどん読めるようになったっていうのが、よく分からないけど、それで?」 「それで、その人の学園生活が引き続き描かれていたんですが」 「その中で……」 「美衣さんが出てきました」 「え」 「それで……」 何とも言えず、私は言葉をきる。 「もしかして、そ、その日記の人と他の子みたいに…………しちゃったの?」 「しなかったですけど、なんかしちゃいそうでした」 「いやいやいやいや」 「あれは、本当にあったことなんでしょうか」 「ないよ。断じてないよ」 「告白するけど、生まれてこの方、しちゃうどころか、しちゃいそうになったことすらないからね」 「想像できないよ。自分が会ってまもない男の子とそんな……」 「それが、けっこう自然に描かれてるんですよ。これに」 言って私は、鞄から日記を取り出した。 「え」 「それ……が、その日記なの?」 「はい。持って来ました」 「読んでいい?」 「ぜひ」 「……」 美衣先輩がページをめくっている。 「……」 段々とその顔が、険しくなっていく。 あの、むずがゆいやり取りのところを読んでいるのかと思うと、いたたまれなくなる。 他人事だからなんとか耐えられるけど、あれが自分だったらと、思うと……。 先輩の顔が青くなったり、赤くなったりしている。 きっと読んでいる時は、私もあんな感じだったんだろう。 「いや……」 「なんて言うか、妙にリアリティがあるんだね」 「ですよね」 「絶対に絶対にあんなことにはならないはずなんだけど……だけど、私の感情とか、それなりにちゃんとトレースされてて、気味が悪いよ」 「写真をはじめたのも、アイドルに憧れてって。その通りなんですか?」 「うん」 「でもそんなこと、私……誰にも話したことなんてないのに」 「そういえば、先輩、時々アヒル口になりますよね」 「!?」 「今も。驚いた時とかに」 「こ……困るなぁ」 「なおってませんよ」 「あう」 「けど、これ……もう、妄想の範囲ですませていいものじゃなくなってるんじゃない?」 「そう、ですよね」 「時計塔で見つけたって言ってたよね」 「はい。友達と探検に行って……その時に」 「翌日、すぐ返すつもりだったんですけど、あんなことが書いてあったから」 「……なるほど」 「時計坂さんに会った方がいいかも」 「理事長さんと?」 「彼女も、日記で……その、日記の人と結ばれてるわけでしょう」 「他人ごとじゃないってことだわ」 「時計塔の鍵は、時計坂さんが管理してるはずだし……」 「でも」 「どうしたの」 「時計坂さん、怖いなぁって」 「がく」 「まぁ、分からなくはないよ。同じ生徒なのに、理事長だもんね。じゃぁ、妹さんの方から話してみるといいかも」 「カノンちゃん?」 「かわってるけど、あの子の方が、話はしやすそう」 「そう、ですね……うん」 「いた」 理事長室に向かっていると、時計坂カノンさんが一人で歩いていた。 いつでも零さんの隣にいる彼女が一人でいるなんて、好都合だ。 「カノンちゃん」 「あ、あの……」 いつも臆病なカノンちゃんは、時計坂さんがいないといっそう、おびえているように見える。 「あのね」 そんなカノンちゃんに、先輩はつとめて優しい声で、説明をはじめた。 …… 「時計塔にのぼりたい?」 「私に相談されても……私にはその権限はありません」 「頼んだら、許可してくれるかな」 「理由によります」 「ちゃんとした理由じゃないんだけど……困ったことがあって」 「……」 「分かりました」 「私がとりつぎます」 「成功確率は、80%」 「た、高いんだね」 「本来、私がとりつぐと成功確率はさがります。ねーさまが、公私の混同を回避しようとする結果なのですが」 「今回については時計塔の件で、南乃さんに対して、ねーさまは若干の不信感を残していますので、私が間に入った方が確率は5%アップします」 「そ、そうなんだ」 「それに……とっつきにくいと思われるかもしれませんが、ねーさまは、頼まれると嫌とは言えないタイプです」 「例えば、あなた……南乃ありす」 「私?」 「あなたが、ねーさまに、肉体関係をせまったとして」 「は?」 「押し切れる確率、20%」 「ちょ、だめよ、南乃さん」 「零ちゃん! 私、たまらん!」 「ひくっ!……て思うけど、20%の確率で押し切れちゃうんだ」 「それはそれで……」 「だから時計塔の件は大丈夫ではないかと」 「ありがとう」 「じゃぁ、行ってみようか」 「はい」 「遅かったじゃないカノン」 「あれ、南乃さんも一緒だったんだ……どうかしたの?」 「あの、時計坂さんにお願いがあって」 「お願い?」 「時計塔に上りたいの。それで、鍵を貸してほしいの」 「時計塔に、上る? どうして」 「……」 「興味本位というわけじゃなさそうだけど……」 「この日記」 「なにそれ」 時計坂さんは、特に見覚えなさそうだ やっぱり、魔女こいにっきじゃないのかな。 「これを読んでほしいの」 「なに?」 「まぁ……いいわ」 めんどくさそうにページをめくっていた時計坂さんが、ふと手をとめる。 「私の名前が出てるわ」 「……」 「……」 うさんくさげにページをめくる、時計坂さん。 やがて、その顔がどんどん、上気し、眉は興奮につり上がっていく。 「なに……これ……」 「……」 ばしんと、机に日記を叩きつけた。 「こんな。妄想、日記……っ。不潔だわ」 「じゃぁ、この日記に書かれていたようなことは……」 「何も無いわよ! あるわけないでしょっ」 「一体、この不埒な本を、どうしたの」 「時計塔のそばで拾ったんだよ」 「ええ。前行ったとき……?」 「乱れた、生活、ね……まぁ、分かったわ」 「妙に、現実と符合することもあって。知るわけのないことも、ここに書かれていて……さすがに、気味が悪くって」 「それで、これを拾った場所に、確かめに行こうって思って」 「あの、拾ったって言いましたけど、実は違うんです」 「え?」 「信じてもらえないと思って、言いませんでした」 「落ちてきたんです」 「時計塔の上から」 「ゆっくりと光りながら……」 「にわかに信じがたいけど……嘘を言ってるわけでもないみたい」 「南乃様が言っていることは……100%、嘘ではないようです」 「……ありがとう。でも。私は最初から、南乃さんのことを信じてるわ」 「え?? あ、ありがとう」 「まぁ、何かの見間違いを、そう思い込んでいるってこともあるけど」 「その日記をもっていけば、また、不思議なことが起こるかもしれないってこと? あなたはそう思っている」 「それは分からないけど」 「……」 「そういうことなら。いいわ」 「許可をもらえるの?」 「早まらないで」 「?」 「生徒を時計塔に入れることはできない」 「あそこは、もうずいぶん古い建物で、長く整備もしてないし。危険がないとも限らないわ」 「だから、私も一緒に行くわ」 「え」 「どちらにせよ、ほっとけないでしょう。勝手に私について、こんなことを書かれて……あなたたちの調査に、かませてもらうわ」 「もしかしたら、学園で危険なことが起こっているのかもしれない」 「カノン? あなたはどう思う。これから、私達は時計塔に向かうけど……あなたの分析は」 「何かが起こる確率、100%」 「何かって何よ」 「それは、分からない」 「うーん。そりゃ、何かは起こるんだろうけど。それを言っちゃぁ……」 「この子は時々、意味のあるのかないのか分からない分析もするから……まぁ、気休め程度で聞いておくものよ」 「カノンは、先に帰って、おばーさまに報告しておいて」 「とにかくこの落とし前をつけないうちは、家に帰ることもできないわ。めらめら」 零ちゃんと、カノンちゃん……美衣先輩と私で、森を抜けて時計塔へ向かう やっこ達と来た時よりも、ずいぶんと心強いんだけど……なんだか、妙な緊張感があった。 何かが起こる。 でも何かってなんだろう? ほどなくして、教会が見えてきた。 明かりはついているようだ。周防さんがいるのかな? 時計坂さんはすたすたと、教会に入って行く。 「教会に用があるの?」 「ここで、邪を祓ってから、時計塔に上るの」 「あれは魔女が建てた物なの。だから、入る前にはここでお清めをしなくちゃいけないのよ」 「それで、教会なんだ」 「ええ」 祭壇の方へ歩いて行きながら、時計坂さんは何かを探すように、きょろきょろとする。 「管理を、頼んであるんだけど……姿が見えないみたい」 「さっきから、誰かの視線を感じるんだけど……」 「そこ……」 「……」 一同、そろって、後ずさった。 棺桶だ。 「なんであんなところに」 「周防さんがいるんですよ」 「なんで、こんなところに??」 ずずず……。 と、棺桶が開いた。 中には……。 あれ、誰も、いない?? 「どうも」 「うわー!」 「い、いたんだ、周防さん」 「ぞろぞろと入ってきたので、いくらかびびりつつ、物陰に隠れていました」 「こっちがびびるよ」 「お祈りですか」 「レレレのれ」 「は。はい?」 「で、こんな時間にどうしたんですか?」 「あの、これを読んで欲しいんです」 なによりも話が早いと思い、周防さんに日記を差し出した。 ちょうど機会があれば、周防さんにも聞いてみたいと思っていたし。 こっちの方が、いろいろと説明するよりも早いだろう。 「これは…………日記?」 「はい。このページの辺りを」 「……」 しばらくページに目をやっていた周防さんは、やがて顔をあげ、きょとんと。 「私が出てきていますね」 「驚かないんですか」 「まぁ、そういうこともあるでしょう」 「気持ち悪くないの。どこかの誰かの妄想で、勝手に……登場させられて」 「……」 周防さんは、時計坂さんと日記を見比べながら。 「……」 「なんでほほを染める!!」 「特に、おさかんでしたね」 「何がよ!」 「いいんじゃないでしょうか。若いのですから」 「妙な納得しないでよっ」 「おおらかですね、周防さん」 「おおらかって言うの、これ」 「それより、あなた、ここで何してるのよ」 「教会の管理です」 時計坂さんは、教会を見回しながら。 「あなた一人?」 「はい」 「あなたのご両親も一緒に管理をやっているはずじゃなかったっけ……」 「……」 「忙しいみたいで」 「そう……それで、今はあなたが一人でやっていると?」 「はい」 「ところで、その日記ですが……」 (あ、話題を変えたがってる) 「え。なに」 (かんたんにのった) 「それは……」 「アカシックレコード」 「!?」 …… 「言ってみただけです」 「不思議なことがままあるものです。あまり、気にされないほうがいいのでは」 「あんた、のんきね。どっかの誰かの日記に、自分が出てきてるのよ」 「私がのんきに構えているのは、あれから、なにも悪意を感じなかったからです。悪いものではない。だったら、放っておくことです」 「あなたにとってはそうかもしれないけど、私はあの本の中で、妄想の玩具にされたんだから」 「まんざらでもなさそうでしたが」 「だから妄想なのよ! というかほほ染めながら言わないでよ」 「今夜は……どうかしてる。か。すてき……」 「柏原先輩!? 何がすてきなんですか??」 「見て」 「これは……」 「日記が、光ってる……」 「どういうこと?」 「時々、光ることがありました。そしたら、新しいページが開けるようになっているんです」 「今ここで、続きが読めるってことね」 …… 「なんか、読み進めるのが、怖いわね」 「もはや、誰が餌食になってるのかとか……そういう、恐怖とセットになってますよね。わくわく」 「なんで楽しそうなの、あなた」 「あの男、カノンとかに手を出してたら、本気で殺す」 「待ってよ……これまでの流れからすると、私じゃないの。ちょうど、なんか理容室で手籠めにされそうになってるところで終わったけど」 「……」 「読みましょう」 「読んでみましょうか」 「いやあああ」 「柏原はちょろくないよ。しっかりと自分を持って、やりたいことを見据えて、生きている」 「俺なんかの誘いに、ふらふらとのっかるような奴じゃないよ」 「それはきっと……寂しくないからだな。うらやましいと思うよ、柏原」 俺の言葉に、柏原は、ぽかんとした顔でこちらを見上げる。 「桜井君は、寂しいってこと?」 「……」 「まぁ」 「そうなんだ。そうは見えないけど」 「寂しいから、人にちょっかいをかけるんだ」 「そうかもしれないね」 「寂しいけど」 「でも、良いことが1つだけある」 「良いこと?」 「他人の寂しさも分かる」 「それをどうすればいいのかも考えることができる」 「ほとんどは、どうしようもないけど」 「たまに、ちょっとした助けになれたりする。なれた気になれる」 「今日みたいな日は、すごく気が紛れる」 「柏原は……髪をセットして、ちょっとは気が晴れただろう?」 「うん」 「よかった。それならいい」 「……」 「うおっと」 「?」 「そ、その手にはのらないよ」 「はは。なにも……しないよ」 「じゃぁな、柏原」 「う、うん……」 「バイバイ」 「危機を回避しましたよ。先輩」 「あいかわらず、鳥肌が立つやり取りしてるけど」 「私は美衣先輩を信じてましたよ」 「でも、柏原先輩、少し残念そうじゃなかったですか?」 「気のせいか、現実の柏原さんも、少しがっかりしてたような」 「そそ、そんなことないもんっ」 「先輩、アヒル口になってる」 「さぁ、続きを読みましょう。さっきの獲物には逃げられましたからね」 「だから、あなたは何を期待してるの??」 私達は、次のページを開く。 柏原と別れ、店を簡単に掃除をして……。 俺はふらりと外に出た。 町をぶらぶらとした後、俺は……意を決して、電話をかけることにした。 ちゃんと謝っておこうと思った。 柏原と話しながら……正直、柏原に手を出す直前までいっていた。 けど、思いとどまった。 このままじゃいけない。 何もかもが現実感を失い、無責任に……人を喰らい続けてはいけない。 寂しさの意味を知っていると言うのなら、俺は、人の気持ちをもっと、思いやるべきだ。 …… ややあって、いぶかしげな声が聞こえてきた。 「こんばんは」 「……はい?」 「俺だけど」 「……」 静寂。 「殺す! 殺す!」 「改めて謝りたいんだ」 「何を謝るって言うのよ」 「謝って、説明したいんだ」 「あの時は、なんていうか淋しくて」 「何が……っ」 「それに、時計坂が悪いんだぞ」 「なんでよ」 「……」 「かわいかったから」 「ななななななななな」 「どちらにせよ、あんなことして、そのまま何もフォローをしないって言うのは、男として……俺の矜持が許さない」 「……なによ、それ」 「頼む」 「……」 「あの……」 「うん?」 「私達、何してるの?」 「なにかな」 「なんで……」 「なんで、私、おっぱいさわられてるの……」 「不思議だな」 「やわらかいなぁ……」 「嘘、こんなぺっちゃんこで……」 「そうかな。かわいいよ。それに、心なし、前より大きくなってるような……」 「え?」 「前にいっぱい、揉んだせいじゃないかな」 「そんなの、ないよ……あれくらいで」 「どうかな」 「ほ、本当に……大きくなったの?」 「ぷ」 「じょ、冗談だったの?」 「期待した?」 「し、しないわ。そんな迷信」 「経験がある俺から言わせて貰うと、あれは本当だよ」 「私、別にいいもん」 「あなただって、十分、これでかわいいって言ってたじゃない」 「にやり」 「う……そういう意味じゃなくて」 「かわいいよ。だから、いっぱい、食べさせて」 「ちゅぅ……」 「あ、やぁぁぁ。なめちゃ、だめぇ……」 「ちゅる、ちゅぅ……じゅる」 「んん!」 「やぁ、やぁ……乳首、そんなにすわないで、よ」 「じゃぁ、かむ」 はむはむ。 「んあ! やぁ、やぁ……乳首、だめ……ぁ。あああ」 はむはむ。 「ふ、ぁ……やらしいよぉ……んん」 「はぁ、はぁ……はぁ……零、俺、もう……」 「だめ、ダメだよ」 「もう、しないって約束だったじゃない」 「でも、零のこんなにかわいい姿見せられて、途中でやめるなんて出来ないよ」 「こんな状態でお預けくらったら、どうなるか分からないな」 「え」 「理事長さんが、俺を、こんな気持ちにさせたんだから……他で悪さしないように、責任とってくれないと」 「そんな……」 「ど、どうすればいいの。エッチは、だめだからね」 「そうだな……」 「じゃぁ、零が口で、俺をおさめさせてくれるかな」 「馬鹿、言わないで」 「ねぇ、俺……零にいっぱいしてあげたよな」 「あなたが、勝手に、したんでしょう」 「しょうがない。じゃぁ、他で遊ぶしかないな」 「うう……」 「どうすればいいっていうのよ」 「なめたりさわったりして、気持ちよくしてほしいな」 「え、えええ」 「やだやだ、馬鹿言わないでよ。そんな、汚い……」 「じゃぁ、前みたいにする? 零の中で、気持ちよくしてもらおうかな」 「うう……」 「……これ」 「これなめれたら、エッチなしなんだね」 「うん。いっぱい気持ちよくしてくれたら、満足するから」 「本当?」 「本当。ただ、気持ちよくしてくれたらね」 「……」 「分かったわ……」 「ん……くしゃいよ……」 「しょうがないじゃないか」 「ちゅ……ん……」 「ちゅる」 「そんな、くっつけるだけじゃ、なめるとは言わないぞ」 「分かってるわよ……」 「ちゅぅ、じゅ……ちゅる」 「ん。ちゅる……ちゅ、じゅぷ、ちゅる……じゅ、ちゅ」 「はぁ、はぁ……ちゅく……じゅ、ちゅ。ろ、ろう? きもひ、いい?」 「まぁまぁかな」 「もっと、強く吸ってほしいかも」 「じゅ、ちゅぅ。じゅぽ、じゅ……じゅるるる、ちゅぅ」 「は。ぁあ……」 「じゅる……ちゅ、ちゅる……れろ、じゅ、ちゅむ……ん、じゅ」 「よだれで、べとべとだ。よだれをすくうようにしながら、下の舌でも、なめてくれないとな」 「うん。分かった……じゅる、ちゅぅ……ちゅぅ」 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「はぁ。はぁ……はぁ……」 「そのまま、いっぱい、なめたり、すったりして」 「うん」 「じゅる。れろ、ちゅ……じゅる、ちゅるる。じゅぅ……ちゅう」 「じゅぷ、じゅ、じゅ、ぷ。ちゅる……ちゅぅ」 「ん……はぁ……」 「じゅる、ちゅ、じゅ……ちゅ、もぐ……んんん」 「はぁ、はぁ……。出そう。出るっ」 「え、えええ。本当??」 「はぁ、はぁ……っ。出る」 「くちは、らめえ」 びゅるるるるる。 「きゃぁ──」 「あ……」 「うう。なにこれ、くっさいよぉ」 「はぁ、はぁ……」 「気持ち良かったから、出たんだよね?」 「まぁな」 「……これで、いい?」 「うん。すごく気持ちよかったかな」 「じゃぁ、終わりだよ」 「零は、気持ちよかった?」 「私? 私はなにもないわよ」 「でも、途中から顔がとろんとして……すごく積極的だったじゃないか」 「そんなのっ。早く終わらせたかっただけだわ」 「ほんとかな?」 「きゃぁ……」 「なにするの。気持ちよくしてあげたんだから、終わりでしょう」 「終わらせたいなら、終わるけど」 「零は、それでいいのか?」 「え……」 「言ってみなよ」 「う……」 「本当にこれでいいの?」 「い、いいわ」 「いっぱい、濡れてるよ。このまま、家に帰れる?」 「あう……」 「まぁ、零が嫌なら。もちろん、無理強いはしない」 すっと俺は身体を離す。零は驚いたようにこちらを見上げた。 「終わりにしようか」 「……」 「よし、終わりだ」 「だめ」 「え?」 「やだ……」 「何が」 「このまま終わっちゃ、やだぁ」 「やだ、やだ……」 「私も、してほしい」 「なにを」 「……」 「エッチ」 「エッチって?」 「うう……」 「それ、いれて……」 「それって」 「お、おち○ちん……」 「を、どこに?」 「私の中……」 「あなたのおち○ちんで、私のことも、気持ちよくしてほしいよおお」 「うう」 「じゃぁ、しよう」 「あ……」 ずぶぶぶ。 「あ!!」 「あ、ああああああ」 「はぁ、はぁ……」 「あ、あ、あ、あ」 「あ、やぁ……っ。ん、んん! あ、あ、ああああ」 「や、ん! ふ、ぁ! あ、ああ! あああああ」 「おっきいの、いっぱい、動いてるのっ。あ、あ、あああああ」 「やぁ、おかしく、なっちゃうよ。気持ちよすぎて、あ、あ、ああ」 「さっきも、いっちゃったのに……!」 「また、また、いっちゃいそうだよっ」 「やぁ! だめっ。だめだよ! あ! あ! ああああ!」 「あああああああああああああああ」 …… 「はぁ……はぁ……」 「また、いっぱい出ちゃったね……」 「うん。すっごい、気持ちよかった」 「零は?」 「わ、分からないわ……でも、すごくあったかい……」 「不思議な感じ」 「零、これ……」 「え」 「これ……きれいにしてくれるか」 「愛液と精液で、べとべとになってしまったから」 「さっきみたいに……なめれば、いいの?」 「うん」 「……分かった」 「ちゅ、くちゅう……」 「ふぁ」 「はぁ。はぁ……」 「ちゅる、ちゅ、じゅぽ」 「ん……ちゅる。いつまで、これ……こんなに硬いの」 「零がえろすぎるから。零がえろいうちは、ずっと硬いと思うよ」 「そ、そんな……何言ってるのよ」 「あーあ。こんどは、零のよだれまみれだ。また、下の口で、きれいにしてくれるか」 「え。ええ」 「入れるよ」 「は、ぁ──」 「あ、あ、あああああ」 「あ、ふ、あ、あ、あ」 「あああああああ」 …… 「はぁ……はぁ……」 「はぁ、はぁ……」 「はぁ……はぁ……」 …… 「何回しちゃったのかな」 「分からない……」 「気持ちよかった?」 「分からない……」 「またしてくれる?」 「……」 「分からない、わ……」 時計坂さんが、魂の抜けたような顔でふらふらと揺れていた。 「……」 「な、な、なによ、その目は」 「知らないわよ。私は違うわよ。これはどっかの誰かの妄想よ。分かってるでしょう」 「でもなんて言うか……読みながら……ありそうって思っちゃった」 「分かります」 「くー。なにこの男……。許さない。ただじゃおかないわ」 「今から行って、成敗してあげるわっ」 「いや、時計塔にいるとは限らないわけで……」 「いいから行くわよっ」 時計坂さんの気勢で、行く踏ん切りがついたといった感じだ。 時計塔にいるとは限らない。 それどころか、いるはずなんてないんだ。 これは誰かの妄想日記で……本当にこれを書いた人がいるとしたら……。 たくみという人がいるとしたら、それこそ、頭のおかしい人なんだろう。 でもどうしてかな。 やっぱりそれでも私は……。 その人に会いたいと思ってしまう。 時計塔の裏口にあった扉から、時計坂さんが持参した鍵で、中へ入る。 「私も入るのは久しぶりだわ」 「でも、誰かが管理をしているんだよね」 「ええ。業者に頼んで。電気も通っていたはずだから……」 中には、もちろんエレベーターなんて近代的なものはなく、螺旋階段がぐるぐると、上階へと続いている。 「ここは8階層に別れていて……。時計盤があるのが、7階層になるわね」 「たしか、その日記は時計盤から落ちてきたって言ってたわね」 「うん」 「じゃぁ、まずは7階層を目指しましょう」 時計坂さんを先頭に、その後を私……周防さん、美衣先輩という順で、階段を上って行く。 少し上るたびに、広い空間に出る。 ほこりにまみれた荷物や、おそらく業者が使う整備用の器具が並んでいたりで、見た感じは、普通の倉庫のような印象だ。 そうして同じような階層をぐるぐると螺旋階段を上りながら通り抜け……時計盤があるという、7階層目にたどりついた。 ついた瞬間、冷たい風を感じた。 それは吹き抜けになった時計盤のすきまから吹き込んでくる風なんだと、すぐに気づいた。 いつも遠くから眺めている時計盤を、今は間近で、それも裏から見ている格好だ。 もちろんそれは、びっくりするぐらい大きくて……見慣れている時計盤の姿に思わず、気圧されてしまった。 同時に、ここがとても高いところだということを、思い出す。 「このあたりから日記が落ちてきたのよね」 「うん……多分」 高くてよく分からなかったけど、確かに時計塔の、時計盤の辺りから落ちてきた。 時計坂さんは吹き抜けになった、時計盤の裏側に立ち、足下をつま先で擦りながら目を凝らしている。 「何の痕跡も、なさそうね……」 時計盤の隙間は、日記どころか、人ひとり、ゆうに通り抜けできそうで。 すくむ脚で近づいてのぞき込むと、眼下には、町や、その向こうの海まで一望できた。 「この時計塔はいつからあるんだっけ?」 「それが、私も知らないんです」 「ただ、厳重な管理をするようにって……おばーさまからは、言われていて」 「結局、何もなさそうでしたね」 物足りなさそうに、周防さんが辺りを見回しながらつぶやく。 頭上には、大小様々な歯車がひしめきあっている。見る限り、動いているようには見えない。 昔はどうか分からないけど、今はただの飾りで、時計も電気で動かされているのかもしれない。 「この上には何もないの?」 「そうね……あとは、屋根裏部屋があるくらいだわ」 「そうなんだ……」 「じゃぁ戻りましょうか」 時計塔から戻ってきて、教会の椅子に倒れ込むように腰掛けた。 普段あまり階段なんて使わないのと、緊張もあってか、どっと疲れたように感じる。 「何もなかったね」 「当たり前と言えば当たり前なんだけど」 「本当に、なんなんでしょうね。あの日記は……」 祭壇の上に置かれた日記に、皆の注目が集まる。 「また」 「光って……」 「これ、また続きが読めるのかな」 「ええ」 「なんかもう読みたくないような……」 「まだ、これ続きがあるよ」 「もういいよ。もういいっ。こいつが、最低最悪の妄想魔だということは分かったわ。早く見つけて、八つ裂きにするのよ」 「さっきの続きみたいだよ。時計坂さんが出てきてる」 「え゛」 「また時計坂さんのターンみたいですね」 「うわああああ。これ以上、私をどうするって言うの」 「ここまできて、読まないわけにもいかないね」 「柏原先輩?? なんで頬染めながら、ページをめくろうとしてるんですか???」 ホテルを出て歩いていると……後ろから。 「待ちなさい」 厳しい声で呼び止められた。 「……」 さきほど情事をすませて、眠っているはずの時計坂がこちらを睨みながら立っている。 「どういうこと、これ」 単純な怒りではない。 もっと……シリアスな、畏怖と疑惑の入り交じった、警戒の目だ。 「おかしいわ」 「桜井たくみ。なんで私は、あなたに会うたびにこんな……」 「男女の関係なんて、いつでも何かがおかしいものじゃないかな」 「ありえない!」 「私があんなに簡単に、身体を許すわけがない」 「そりゃあれだ」 「……夜は、人を、魔物にするってことだ。くわばらくわばら」 「魔物?」 少女の目が細められる。探るような視線が、見透かすようなものへと変わっていく。 「魔物は誰? 私じゃない」 「……」 「あなたでしょう」 「……なに」 「こんなの、詐欺よ」 「何が、詐欺だ」 「奪われていない」 「そういうことだったのね」 「さっきからなんだ」 「あなたの正体が分かった」 「正体?」 「なんだよ。俺は、枯れススキかなにかだったのか」 「そんなんじゃない。もっとおぞましいものだ」 「あなたは……」 「悪魔、ね」 「……」 「あなたは女の子に近づいては、怪しい夢を見せて……夢の中で、手込めにして、その魔力を得ていたわけ」 「証拠は?」 「証拠ならあるわ」 「……へぇ」 「ちゃんとあったのよ……」 「なにが」 「あったのよ。最初のとき……後で、確認したら」 「だから何が」 「……」 「純潔の証明」 「……」 「……」 「なるほど」 俺は我知らず笑っていた。 くっくと、腹の底から笑いがこみ上げるのを止められなかった。 「それは逃れられない答えだな」 「あなたは、悪魔よ。人を幻にとりこみ、そこで己の欲望を発散している」 「あなたは! 私だけじゃなくて、たくさんの子に、あんなことをしているわけね。許されると思ってるの!?」 「許されるとかされないとか、罪悪感があるとかないとか、俺はそういう理屈で動いているわけじゃない」 「むしろ、相対するところで、動いているんだ」 「なによそれは、どういう意味?」 「何が目的で、この町で、狩りをしているっ」 「……」 「さすがは、この地をおさめる、魔道師の直系……時計坂家の長女、か」 「あはははははは」 「目的もなにもない」 「俺は、ジャバウォック」 「ジャバウォック……?」 「人の物語を食って、生きるものだ」 「悪魔と呼びたければ、それもいいだろう」 「お前達が、日々、ものを食い寝るように、俺も人の物語を食って生きている」 「幻を」 「それだけだ」 「どうかしら」 「あなたのしていることには、何か……不思議な、脈絡があるように思える。何か目的があるんじゃないの」 「……」 さすがにするどい。 「手当たりしだいの女の子でいいというのなら……」 「私に手を出したりしないっ」 「……」 「それは、単純に……」 「君が」 「私が、なによ」 「ちょろいと思ったからだ」 「あ゛」 「ちょちょちょ、ちょろいって何よ。この地をおさめる、時計坂家の長女、時計坂零に対して、どういう物言いよ」 「くーくーくー」 そういうところが、ちょろいと言ってるんだが……。 「なるほど俺は、力をつかって、君を夢幻にとりこみ、そこで手込めにした」 「君にとっては不可抗力だった、と言えるかもしれない」 「しかし本当にそうか」 「?」 「全ては、夢幻の出来事だったのか」 「思い出して見ろ。あの夜のことを」 「ディナーの後、君は自分の悩みを打ち明けて……心も身体も裸となり、俺に全てをゆだねた」 「それは途中から、夢幻にすりかわっていたのかもしれない」 「しかし心のよろめきは確かにあった」 「さもなきゃ、俺の術は通用しないんだ」 「だとしたら」 「純潔は、本当に守られたのかな」 「悪魔によろめいた時点で、すきを作った時点で……君は、もう、姦通をおかしてるんじゃないか。時計坂零」 「あなたっ」 「あはは」 「冗談だ。君の言う通り。俺が夢幻の魔術を使わなければ、無理矢理組み敷いても、舌をかんで死ぬような奴だろう」 「で、どうする。俺の正体を知って」 「決まってるわ」 静かにそう言って、時計坂はゆっくりと右手を差し向ける。 そこには、銀色の銃が握られていた。 「あなたを、倒す」 「……」 日記は……ここまでで終わっていた。 ……ジャバウォック? あの人じゃ、なかった? でもまだ分からない……やっぱり符合するところが多すぎるから。 「……」 一方、皆は……いきなりの展開に、目をぱちくりさせていた。 「あらかっこいい」 「あ……あははははは」 「……」 「なによ、その疑いの目はっ」 「時計坂さんって、ジュブナイル小説とか、好きなの? あのね、私も……」 「好きじゃないわ」 「!?」 「悪魔だとか、ちょっと恥ずかしいキャラでしたね」 「ああああ、あなただって、神様がどうのとか言ってるじゃない」 「それとこれとは別です」 「あなたは悪魔よ(キリッ」 「うううう、うるさいわね。かっこいいんだから、いいでしょう」 「あなたを倒す(ドヤ」 「なによ、南乃さんまで」 「か、かっこいいと思うよ」 「そんなフォローはいらないもん!」 「はぁ、でもこれで、完全な妄想日記だということが、分かったわね。何よ、悪魔とか……」 「時計坂さんも大概ですが、これを書いている男の子も、けっこうあいたたた……ですね」 「だから。私は関係ないでしょうっ」 「まぁ、男の子にはこんな時期があるからね。落とし主が見つかっても、見なかったことにしようね」 「そもそも人様の日記を読むって行為が、本当はダメなことだから」 「うう。それについては、弁解のしようもないです。もとはといえば、私が」 「こんなものを書いてるのが悪いのよ。見つけたら、ただじゃおかないんだから……」 「でも、時計塔には何も無かったし。日記も妄想だと分かった今、これ以上調べようもないかな」 ほっとしているというより、どこか残念な空気が流れていた。 「結局、この日記の落とし主のことは分かってないから、調べないといけない……けどね」 「じゃぁ今日のところは、これでお開きってことかしら」 「……」 誰も何も答えず、なんとなくお互いをうかがう。 こうして集まったものの、何も起きずに解散するのが、物足りない……と。 誰も口にしないけど、皆が思っているのが分かった。 「桜がきれいですね」 「え?」 周防さんが、ステンドグラスの向こうにかすかに見える桜の樹に、目を細めている。 「花見といきませんか?」 「なんでいきなり」 「今年は一度もしてませんし……」 「宴会でも催せば、主も、いたく喜んでくれることでしょう」 「それって、神社とかの習わしじゃないの?」 「似たようなものです。神は皆平等です」 「そ、その言い回しはあなたの宗派的には、大丈夫なの……かなりきわどい……」 「私は一人でもやる……っ」 「そんな覚悟見せられても」 「いいじゃない、お花見。良い写真がとれそう」 「うーん」 「南乃さんは……どうするの?」 ちらりと、時計坂さんが私を見た。 「なんで、南乃さん次第なんですか? 好きなんですか?」 「にゃにゃにゃ、にゃにを言ってるのよ」 「私お花見したいなっ。でも、食べるものとか、どうしよっか」 「花より団子ってわけね」 「だって」 「でもせっかくなら、あった方がいいよね」 「材料なら、一通り揃ってますよ。ちゃちゃっと料理して、持っていけばいいのです」 「料理……?」 なんとなく四人が、互いをうかがいあう。 「これだけ年頃の女の子がいて、料理が出来る人がいないなんてことは、ないでしょうね」 「そういう周防さんは」 「私は神につかえる身ですから」 「関係ないよね……」 「わ、私はできるよ、普通に」 「一人暮らしだし、一通りは自分で出来るようにしてるんだから」 「南乃さんって、一人暮らしなんだ」 「うん」 「でも、近所の人のお世話になりながら、なんとかやっていますっ」 「そうなんだ。大変ね……」 「カノンに連絡して……買い出ししてきてもらうわ」 「お花見かぁ。女の子だけってのも、寂しい気がするけどね」 「びっち発言いただきました」 「いやいや、今のは一般論として、ね。こう、騒ぎ役がいないというか」 「男性なら、いるじゃないですか」 言って、周防さんは祭壇の方へ手を差し向けた。 「主はいつでも、そばで見守ってくれています」 …… 「……男なの?」 「さぁ……」 「あはは。神様は、あまり騒ぎそうじゃないよね」 「そうだ。他に、一人いるじゃない。いかにも、そこにいたらうるさそうなのが」 「どこですか」 「あそこ……」 先輩は、祭壇の上にある、日記に目をやった。 「日記の男の子」 「どうしてかな。近くにいるような気が、しちゃうんだ」 「酒池肉林だー。ぐえへへとか言い出しそうね」 「あるいは、今夜は、いろんな花見ができそうだな。ふふん。みたいな……」 「どういう意味ですか」 「どういう意味?? いろんな、花見?」 「な、なんでもないんだよ……ごめんね」 不思議なことに……。 日記の中でしか存在しない男の子が……。 ここで、一緒に桜を見上げているような……そんな気がした。 『これは素晴らしいハーレムだな、あははは』 とでも言ってそうな気がした。 「こんにちは……」 「早かったわね。買い物してきてくれた?」 「……」 その視線に耐えきれなくなったのか、カノンちゃんは、逃げるように。 「さ……」 「桜が満開な確率、100%」 「……いや、80%くらいかな」 「その格好はどうしたの?」 「カノンは制服以外のときは、いつでもあの格好よ。動きやすいからって」 「……」 「……はい」 「あ、あの、カメラで撮っていいかな?」 「?」 「かわいいから」 「……」 「……」 「……」 「……撮るよ?」 「ごめん。しゃべらないで」 「……」 「もう少し、光が……」 …… 「うごー」 「ど、どうしたの。カノンちゃん」 「ごめんなさい。長い緊張状態に耐えられなかったみたいです」 「こっちこそ、ごめん。角度とか考えているうちに」 「とにかく、花見といきましょうか」 「じゃぁ、写真とるよ。皆、いい?」 「さっきから、先輩とってばかりですよ」 「いいじゃない」 「ポーズポーズ」 「時計坂さんも、ポーズとって。お酒なんて飲んでないで」 「……って。お酒? どうしてこんなものが」 「だ、大丈夫? 写真とるよ」 「あぁん? 何がポーズだって」 「カメラに向かって……」 「私は、時計坂家の長女なりよ!? 大衆にこびたようなことができますかってんだ」 「と、時計坂さん? な、なり……?」 「そんなにグラビアがとりたいなら、あんたこそいいものもってるんだから、さらけ出しなさいよ」 「ちょ、時計坂さん?? なに、する──」 「ぴーす。ぴーす」 「写真って苦手なんだよね……」 「あなたとならば、あぁ歩いて行ける」 「つらくはないわ。この、バラ色砂漠」 「あぁ、あなたとならば」 「くけけけ」 「うわぁぁぁぁぁ」 「起きた」 「あれ……夜……?」 「夜!? なんでこんな時間まで!?」 「時計坂さん、熟睡しちゃって……ここで寝かせてたんだよ」 「そ、そう……ごめんなさい」 「柏原先輩は?」 「帰っちゃったよ、夕方からバイトがあるって」 「そう。南乃さんは……私を待っててくれたの?」 「悪いわね」 「気にしないで、友達じゃない」 「ええ!?」 「な、なんで驚くの」 「照れているのです」 「な、なにに?」 「なんでもないわ。あんたは黙ってなさいっ」 「すいません……」 「はぁ、これから一度理事長室に戻って、作業しないと」 「大変だね」 「まぁ、しょうがないわ。そうだ、周防先輩も一緒に来てくれますか?」 「はい?」 「いくつか書類を提出してほしいんです」 「しょうがないですね」 「それ、雇い主に言う言葉?」 「私の主は……」 「はいはい」 「では南乃さん。すいませんが、少しお留守番をしてもらえますか?」 「うん。いいよ。もう少し、片付けしておきたいし」 「ありがとうございます」 「それじゃ、今日はありがとう」 「うん、バイバイ」 「……」 「ばいばい」 「……コク」 気になっていることがあった。 なんで私だけは、この日記に出てこないんだろう……。 出てきたら、私なんて簡単に、毒牙にかかっちゃうんだろうな。 「……それで……」 「ぶんぶん」 「私ってば、何を考えているんだろう……」 祭壇の上に、金色の鍵がある。 時計坂さんが忘れていったんだ。 返しておかないと。 「え……」 聞こえる。 また……。 とてつもなく大きな獣の咆哮のような、音が……。 時計塔を見上げる。 気のせいか……ちらっと、時計盤のあたりで、何かが動いたような気がした。 そうだ。この日記を拾ったのも、こんな夜だった。 夜に、入ってみるべきだったんだ。 手には、鍵がある。 時計坂さんに連絡した方がいいのかもしれない。 けど、それを待っていたら……今あそこにいるかもしれない誰かが、どこかに消えてしまうような気がした。 今、行かなければならないような……。 時計塔の中は……真っ暗だ。 ほのかな月明かりが差して……なんとか、視界は保てるくらいだ。 当たり前だけど、昼に来たときとは全然、雰囲気が違う。 時計坂さんは、どこか、照明のスイッチを押していたけど……。 分からない。 ここを本当に一人で上るの? ……早くも気後れする。 でも、行かなければならない。ううん……行きたい。 会いたい。 会いたい? 誰に? ただとにかく行かなければならないというこの思いは、一体誰のものなんだろう。 もしかしたら私はすでに……私ではない何かに、操られているのかもしれない。 私は一人暗闇の中、螺旋階段を上って行く。 そして吹き込んでくる冷たい風に、時計盤がある七層にたどりついたのだと分かった。 時計盤の吹き抜けから外の光がさしこみ、上ってきた部屋よりも、いくらか明るかった。 人影が見えたのはこの部屋だ。 …… と、時計盤の真ん前に、ひそかに動く影があった。 あれは……。 人が、いる……? 私の気配を感じたのか、空に身体を向けていた、影がこちらを振り返る。 月明かりに白々と照らされているのは、小さな少女の姿だった。 そしてその顔には、見覚えがあった。 「ん?」 「……」 「崑崙ちゃん……?」 「こんなところで、何をしているの?」 「何も……」 「終わりゆく世界を眺めていただけ」 え。え?? 「あなたこそ、何をしに来たの?」 「いや、まって……」 「あぁ……あなたがそれを持っていたのね」 「何を言ってるの。崑崙ちゃん。分からないよ」 「……」 「南乃さんは……」 「日記の男について、調べてるの?」 「え」 「知ってるの? あなたは、この人について」 「……」 「この日記に書かれている人が誰なのか」 「彼は……」 「悪魔」 「悪魔……」 「俺は、ジャバウォック」 「人の物語を食って、生きるものだ」 「悪魔と呼びたければ、それもいいだろう」 「だから……」 夜空を見る崑崙ちゃんの目は、一瞬……少し、寂しげに見えた。 「だから、この世から消えるしかなかった」 「……」 「でもいいの」 「もう終わったんだから」 「もう、これ以上、日記に関わらない方がいい」 「私を心配してくれてるの?」 「ふふ」 「あなたは、誰なの?」 「……」 「魔女」 「そしてあなたも」 「え」 「でももう全部終わったから、いいのよ」 え……。 崑崙ちゃん……泣いている? ふらりと、崑崙ちゃんは、そのまま……。 吹き抜けになった時計盤の向こうへ、身を投げた。 「崑崙ちゃん!?」 駆け寄り、吹き抜けからそっと顔を突き出して、地上を見る。 ……崑崙ちゃんの姿は、どこにもない。 「きえ、た……」 何が起こっているんだろう。 ぎしぎし……。 「え」 暗闇の向こうで、歯車が、ぎぃぎぃと、音をたてて動いたように聞こえた。 それが、私を圧殺しようとしているように見えた。 予感がしていた。 ここに戻ってくる。 ここにこそ、全てがある。 あの人もいるのだと……。 「え」 今……森で聞いた、うめきごえを聞いた気がした。 「なに」 …… 「気のせい、だよね」 野良犬かな……。 …… 電車の中で、そっと魔女こいにっきを開いてみる。 「俺を倒す?」 「威勢のいい、お嬢さん」 「やってみろ」 「少々、腕がたつようだが、俺はお前が言ったとおり、悪魔だ」 「殴って蹴って、どうにかできると、思うか」 「大丈夫」 「そういうのには、慣れている」 「これで、終わりだわ」 「それは……」 「時計坂家は、代々、時計塔の周辺に起こる怪異を、監視してきた」 「そして怪異に対抗するための武器を、発明したわ」 「これが、その銃よ」 「は……」 「物騒だなぁ。悪魔なんかよりもよっぽど物騒だ」 「本当に撃てるのか?」 「……」 「悪魔だなんだってのは完全な世迷い言……俺がただの人なら、どうする」 「大丈夫、ただの人なら、害はないわ。つまっているのは、術式を書いた紙を丸めて固めたものだから」 「ぺちんと当たって、ちょっと痛いだけだわ」 「ただの人なら、ね」 「あなたは、どうかしら」 「……」 「は……」 「びんご、ってことね」 「ははは。よくためらわずに、撃ったものだ」 「いいだろう。今夜はこれで、退散しよう」 「しかし、俺はそう簡単に、滅びはしない」 「我が名はジャバウォック」 「俺は物語だ」 「読み手がいるかぎり、何度でも、よみがえることができるということだ」 「忘れるな」 「それじゃぁ、また会おう」 「物語の最果てで」 「ただいま」 大分、疲れていたらしい。私は鞄を放り出して、制服のままソファに横たわる。 「くーくー」 「ごめんね。少し、休んでから相手してあげるから」 崑崙ちゃんの言葉……。 「あの人が……」 悪魔……。 「そういう崑崙ちゃんは、なんだったの?」 続きが気になるとかじゃない。 違う、続きとかじゃない。 私はただもっと、あの人が知りたい。 日記の中で……あの男の子と会いたいと……そう思っているんだ。 「ここで日記が終わってる?」 「……」 「誰なのあなたは」 「どうして、私は、こんなにあなたを思い出すの」 「そしてどうして……」 「こんなに苦しいんだろう」 「あなたは誰なの……?」 「わてはバラゴンや」 「バラゴンさん……」 「……」 「は?」 「ども」 「きゃああああああ」 「な、な、なに」 「かなわんわー」 「女の子に、そないに悲鳴あげられると、せつなくなるやろう」 「ばばばばば、ばけもの」 「ばけものとはずいぶんやな! へこむわぁ。これでもドラゴンの中じゃぁ、だいぶ、愛くるしい方なんやで」 「きゅるん」 「な、なに。誰なの?」 「わてか?」 「わては、バラ色ドラゴン」 「バラゴンや」 「バラゴン……さん」 「そや」 「何のご用ですか?」 「めんどうな説明は抜きや」 「ありす」 「世界を救うために、戦って欲しい」 「世界……戦う……?」 …… 「あの、何を言って」 「そいつが、あんさんに力をくれるやろう」 「この日記が? これは何なの?」 「魔女こいにっき」 「かつて、世界の摂理に反逆するために作った魔術書や」 「彼は偉大な魔法使いやった」 「そうして、魔法に食われ、今では一匹の悪魔になってしもうた……」 「誰。知らないよ、そんな人」 「ねぇ、どういうことなの」 「その人は、崑崙ちゃんが言っていた、最悪の悪魔なの?」 「なんなのそれ……」 「ありす。それを知るためにも……」 「戦って欲しい」 「魔女こいにっきがあれば、きっとやれる」 カチコチと、どこかで、時計の針が賑やかに動き出す。 日記はぺらぺらとめくれ、その中から、いくつもの物語が、騒ぎ出す。 私は物語を読む。 ううん。物語が私を読むんだ。 そして、それは語り出す。 南乃ありす……私という存在を、物語風に。 平凡な町に住む平凡な少女じゃなくて……。 それは、そう……魔法使いの女の子で……。 あ……。 これ、は……。 「さぁ行こう」 「ありす」 「この町にいる、竜を探して」 「君が失ってしまった大切なものを探して」 「な、なにこれ」 「ひゃ、ひゃあぁぁぁ」 空を飛んでいた。 一本の細いほうきにまたがった私の眼下には、ジオラマのような町が広がっている。 私は桜色のドレスを身にまとい、ひらひらと、一枚の花びらとなって、空を泳いで行く。 恐怖はなかった。 今の私なら大丈夫なんだ、という不思議な確信があった。 北は海にさえぎられ、時計塔を中心に、私が暮らす町は広がっていた。 「さぁ、この町のどこかにある魔女こいにっきを探しに行こう」 「探しに行くって」 「これが魔女こいにっきじゃないの?」 「そうや。けどな、そいつは不完全なんや」 「不完全?」 「白紙のページがあるやろう」 「そうみたいだね……」 「私が読んでいるのは、とびとびのページだよね……」 「最初の三分の一くらいが読めなくて……そこから、ちょくちょく読めるようになったページがあって」 つまり、今、私が読めるのは全体の中のほんの少しということになる。 「日記が気になるやろう」 「……」 「でも探すといっても、どうするの?」 「じっと目をとじて、日記のありかをさぐるんや」 「本来それは、その日記に書かれているはずの物語や。しかし、離れてふわふわと、浮遊物のようにこの町のどこかを漂っておる」 「じっと耳をすませば、共鳴する音が聞こえてくるはずや」 「じっと耳をすませば……」 ……私はそっと目をとじて、意識を集中させる。 …… 「ちょっと……お腹の音」 「かんにんや。お夜食の時間やで」 「お夜食って」 「もう」 「さぁ、わてのことは気にせず、もう一回や」 「分かったよ」 …… 「今……」 「何か、聞こえた気がした」 誰かが語っている。 それはこの夜のバラ色町ではない、どこかまったく別の世界のお話。 それが、空の向こうから、ひそひそと聞こえるような気がした。 「さぁ、行くんや。声が聞こえる方へ」 「う、うん。でも行くって?」 「ほうきに念じるんや!」 念じる……念じる……。 ぴく。 「ふ、ふあぁぁぁ」 ほうきは、一度ふわりと浮くと、すべるように夜空を駆けていく。 驚くくらい身体は安定して、落ちる気配なんてまったくないけど、それでも怖いものは怖い。 「大丈夫や」 「とにかく、日記の声に耳をすませるんや、あとはほうきがありっさんを運んでくれるで」 「う、うん……」 やがて、空飛ぶほうきは軌道を安定させる。 私は声が聞こえる方へ向かう。 「ジャバウォックを探すんや」 「ジャバうぉく……? 日記の中で出てきた男の子だね」 「誰なの。零ちゃんや崑崙ちゃんは、悪魔だって」 「それは、はるか昔……今は滅びた国の王であり」 「魔女こいにっきの執筆者でもある」 「物語そのものや」 ……ここは。 バラ色商店街だ。 見慣れた光景を不思議な気持ちで歩く。 このへんてこな姿を誰かに見られたらどうしよう。 真夜中ということもあり、さびれた商店街はしんと足音一つしない。 ひそひそと、ささやくような声が聞こえてくる。 え。ここは……。 私の、家……? さっき、ほうきで出て行ったと思ったら、あっという間に戻って来ちゃった。 そして……。 中から、何かが聞こえる。ささやき声のような音。 かすかに聞こえるその1つ1つの声を、私は知っているような気がした。 傍らに抱いた魔女こいにっきが、ぼんやりと輝いている。 反応しているんだ。 この中に、物語があるんだ……。 取り残されてしまった、物語が。 「……」 「ただいま……」 とつい、声を出してしまう。 私の、理容室。 いつもと変わらない……お店の様子だ。 けど、こんな時間に中を覗くのは、はじめてだ。 なんだか私が扉を開いた瞬間、何かがさーって、物陰に隠れていった気がした。 寝ている時にいきなり灯りをつけると、逃げ遅れたゴキブリを発見することがあるけど……。 ま、まぁ……ゴキブリじゃなかったと思うけど。 あ……。 何かが輝いてる……。 「それが日記や。さぁ、読んでみるんや」 とても懐かしい香りがした。それは、花のにおい。お日様の匂い。 そう、春の匂いだ。 だけどなんだか、遠い昔に嗅いだ、もう失われた、懐かしい……匂いだった。 「ありす」 「ありす」 「……おはよう」 「んー……」 「どうしたんだ」 「んー……なんか、頭が重い」 「また本でも読んでいたんだろう」 「ううん。ちゃんと早めに寝たよ」 「じゃぁあれか」 「うん?」 「……生理か」 「あ゛」 「そ、そうか……すまん」 「違う」 「本当に違うのか」 「まったくなにも関係ない!!」 「なんだそうか」 「なんでがっかりしてるのよ」 「バ、バカな。なんで俺が、ありすの生理を楽しみにするという」 「誰がありすの、あの日のときの、気むずかしくて、ちょっとそわそわしてる様子を楽しみにしてるかっ」 「どこに隠してもくーが、ナプキン箱を見つけるのを、面白く眺めているか」 「くー」 「変態が二匹いるよー」 「まぁ、俺はお前のスケジュールはばっちり把握してるから、まだまだ先だと分かってるんだけどな」 「……」 「あのもうしゃべるのやめてくれませんか」 「こんなに良いお天気の朝に、さっきからあなたは何を言ってるんですか」 「何がおかしい」 「春」 「桜」 「ブレックファースト」 「生理」 「すてきな組み合わせだな」 「違う違う違う違う違う。1つだけ、まったくいらないものがあった!」 「春」 「桜」 「ブレックファースト」 「生理」 「幸せだなぁ」 「だから、変なものまぜないでよ!」 「生理の何が変なんだ!」 「…と、そんな冗談を言ってる間にも、時間は進んでいるぞ」 「うわ。ほんとだ、やっこ達待たせちゃってるよ」 「じゃぁなありす。車に気をつけてな」 「はーい」 「……」 「どうしたの、ありす。ぼんやりして」 「ううん。なんでもないの、朝から、なんか眠くって」 「春眠暁を覚えず……か」 「はぁぁぁ退屈だよねぇ。なんか、おもしろい事件が起こらないかなぁ」 「この電車がいきなり、別の世界に迷い込んで、大冒険とか」 「子供か」 「私はいいよ。このままで」 そう。このままでいい。 友達がいて。 くーがいて。 毎日は、いろいろありながらも、穏やかに過ぎていく。 なにより。 「……」 先輩がいて……。 「バラ色だよ」 「さぁ、今夜はこれで終わり」 「明日から、ありっさんは長い長い旅に出なければならん」 「それは砂漠の果ての、古の、物語の……その最果てを求める旅や」 「だから今夜はせめて、優しい夢に抱かれて、眠り」 唸りだ。 どこか……遠くから、唸り声が響いてくるのを聞いた。 それは何か、大きな獣が猛り狂う、おぞましい唸りだ。 だけどどうしてか。恐ろしいよりも、哀れを誘う。 それは深い哀切の声だ。 求めても求めても得られない何かのために魂を引き絞る、慟哭だった。 どうしても欲しいものがあって。 それなくしては、一秒たりとも生きられなくて。 だけど手に入らなくて。 その時、人は人ではなく、何か別の……獣になってしまうのかもしれない。 そうでもならなければ生きていけないのかもしれない。 そんなことを思った。 咆吼がどこから聞こえてくるのか、俺は意識をすまして、探してみる。 そうして、気づいた。 その叫びは、自らの胸の内から響いているのだ。 あぁ、そうか。これは、俺自身の、唸りだ。 空の向こうにある何か。もう失われた何かを求めて、俺は必死に叫んでいた。人ではない何かになって。 俺は、大きな翼を広げて、舞い上がろうとしていた。 けれどゆっくりと咆吼は落ちていく。 ………… …… 「ん……」 ここは、どこだろう。 森……。 俺は、倒れていたのか。 どうして……。 「ん……」 ……頭が痛い。 思考が定まらない。考えようとすると、ずきずきとした頭痛に襲われる。 とにかく、どこか……人がいるところに行こう。 辺りは、深い森が広がっている。何か、目印になるものでもあれば……。 と……。 木々の向こうに建物が見える。 時計塔だ。 とにかく、あそこを目指して歩けば……どこかにたどり着けるかもしれない……。 「行こう……」 時計塔に向かって歩き出して……すぐ、俺は足を止める。 ん……。 向こうに誰か、いる? 茂った木々の向こう……少し開けた場所に、小さなベンチと、そこに座る人影が垣間見えた。 少女が本を読んでいた。 美しい少女だ。 森閑とした森で、一人、本を読む姿はとても絵になっており……こんな状況で、俺はぼんやりとその様子に見惚れてしまった。 しばらくこのままでいたいと思ったが……そういうわけにもいかない、か。 「……やぁ」 がさりと、草を踏む音に気づいて、少女が顔をあげる。 ……唖然としているのか、別段驚いてないのか……少女は、あまり表情を変えないまま俺を見る。 「どうも」 「……」 「……」 俺もたいがい、自分の置かれた状況が分かっていないが……空気ぐらいは読める。 静かな森……。 一人の少女と、あやしげな男。 不審者じゃないと、説明をしないと。 気安く、いかにも、ハイキングでもしていました……という感じで。 「や……」 「やっほー」 「……」 「やっほ……」 答えてくれた。 「あはは……」 「……」 「あの」 「ここは、どこかな、道に迷っちゃって……」 「森です」 「それは見れば分かるけど……」 「ここは、碧方学園の敷地内です」 「学園の敷地内?」 そうだったのか。 そういえば、この子が着ているのは、制服だな。 「ごめんね。どこか、人がいるところまで、連れて行ってくれないかな」 「いいですよ」 「それで……君は……」 「申し遅れました」 少女はうやうやしく頭をさげた。 「時計坂カノンと申します」 「カノンちゃんか」 「ちゃん……」 「な、馴れ馴れしいかな」 「いえ……お好きにどうぞ」 「そっか。お好きに呼んでいいのか」 「え」 「ん……」 「カノンノンとかかわいいよねぇ」 「……」 (変な人が来た……) 「それで……」 「うん?」 「……」 もの問いたげにこちらを見ている。 「あなたのお名前を伺ってもよろしいですか」 「あ……」 そういう流れになるよな。 墓穴を掘ってしまった。 「いやぁ」 「俺は……」 せめて名前だけでも。 でっちあげでもなんでも名乗らないと、怪しすぎる。 頭上に咲きこぼれそうな、桜の花に目がとまった。 そうだ……。 さくらい、たくみ。 「桜井たくみ……」 「かしこまりました」 「俺は、桜井たくみだ」 「はい」 「そう、俺は桜井たくみなんだ」 「は、はい、そうなんですか」 「そうだ。桜井、たくみ……桜井たくみ……」 「……」 「そうだ。桜井っ」 「は、はい。分かりました。ありがとうございます」 「それで……たくみ様は、どうしてあんなところに」 「い、いや……」 ぐいぐいくるな。 なんか、尋問されているような気分だ。 「とりあえず、理事長室にいらしていただきます。地図やパソコンもありますから、あなたの目的地もそこで調べましょう」 「ありがとう。で、でも、いきなり理事長室とか、緊張するな。いきなり行っていいのかな? 理事の人、何か言わない?」 「気にしないでください」 「私も、この学園の理事ですから」 「へぇ……ええ!?」 「理事って……なに」 「学園を運営する人のことです」 「だって、カノンちゃん、制服着てるよね」 「だって、学生ですから」 「……え、え」 理事で……学生……?? 「詳しくは、また追ってお話しするとして」 「……あなたこそ、何をされていたんですか」 またまた墓穴をほってしまった。 「……追って話す、でいい?」 「かしこまりました」 「あれが、校舎?」 桜並木の向こうに、四階建ての校舎が横に伸びているのが見える。 「ええ。碧方学園です」 「へき、ほう学園……」 「さぁ、いらしてください。理事長室に案内いたします」 「うん」 「ここは……」 「なんだか、本がたくさんあるね。図書館みたいだ」 「蔵書室も兼ねていますから」 「この部屋もそうだけど、廊下とかも……なんか、学園というには、不思議な雰囲気だよね」 「そうですね。一般的な、学園の校舎とは、かなり趣が違っているかもしれません」 「聞くところによると……もう200年ほど前に、外国からいらした建築家とともに、設計されたものらしいのですよ」 「200!?」 「もちろん、時代の中で、何度も改修が行われていますが……」 「この国には珍しく、煉瓦などを使い……擬洋風建築で、建てられています」 「そうなのか」 「どうぞ、お茶が入りました」 「ありがとう」 「では、事情をうかがいましょうか」 「は、はい……」 保護されたというか、連行されたという感じだよな。 この歳で、理事、なんだもんなぁ。 「なるほど、自分がどこの誰か覚えていないと」 「あぁ……」 「気がついたら森で倒れていて……。ぼんやり歩いてたら、君に会ったんだ」 「だから、何も説明できないんだ」 「何か、事件に巻き込まれたのかな」 「どうでしょう……」 「森とはいえ、そこまで広大なわけではありません。防犯カメラだって設置されています」 「事件らしきものが起これば、警備部がキャッチするはずです」 「ちなみに……桜井たくみ……という、生徒のデータは……」 カタカタと、ノートパソコンを叩いている。 「……」 ……桜井たくみ、という名前で検索してくれてるのかな。 「……」 一心にディスプレイをのぞき込む顔が、かわいいな。 「なにか?」 「い、いや」 …… 「ありませんね」 「そうだよな」 「少し昔の資料ももってきますので。お待ちください」 「あぁ」 俺を残して、カノンちゃんは出て行った。 …… なんだろう、この部屋も。たくさん、本があるみたいだ。 勝手に読んじゃ悪いかな……いや、でも。 「ふぅ、ただいま」 「あぁ、おかえり、早かったな」 「……え。なに」 きょとんと、俺を見る。 と……勝手に、部屋の本を取り出したのがまずかったかな。 「いやぁ、違うんだ、これは、ちょっと待ってる間、暇だから……俺なりに調べてみようと思って」 「あの……」 「どうしたの、カノンちゃん」 さっきからずっと、怪訝そうに俺を見ている。 「……」 「カノンちゃん?」 「……」 なんか顔が怖い。 「そうだったな、こっちのが方がいいか」 「カノンノン」 「か、カノンノン???」 「はいご一緒に」 「ノンノノ」 「ふぅ……」 「俺達、なんだか気が合うね」 「……そ、そうかしら」 「というか、カノンちゃん……」 「な、なによ。どこ見てるのよ」 「胸が……なんか、おかしくないか」 「おかしいって何??」 「……言いづらいけど」 「さっきより、小さくなってるような」 「さっきと比べてって意味だよ。いや、一般的に言っても、小さいと思うけど」 「あ゛」 「いや。違うんだ。別に、出会った時から、そこに注目していたからとかではなくて」 「さすがに、いや、そこまで様変わりすると、気になってしまうというか……」 「はーん。さては、盛っていたな」 「本当の私を見てほしいと、考えたわけだな」 「小さくたって、カノンちゃんはカノンちゃんじゃないか。俺は気にしないよ」 「ありが……とう……?」 …… 「ただいま戻りました」 「……あれ」 「……あれ」 「カノンちゃん……?」 「が、二人??」 「カノン!! なんなの、こいつっ」 「双子、なんだ」 「桜井様。こちらは碧方学園理事長の、時計坂零です」 「……」 「私の双子の姉となります。説明が遅れて申し訳ありません」 「…というか、こっちが説明してほしいんだけど!! なんなのこいつ。どうしてまぎれこんでるの??」 「まぁまぁ、双子ならしょうがないじゃないか」 「私達、言うほど似てないんだけど……」 「そうだな。確かに……」 一卵性ではない、ということだろうか。 「で、なんなのこの男は……」 「それが……」 「記憶喪失〜〜〜」 「あはは……大変だよねぇ」 「……」 「なんかうさんくさいなぁ」 「俺もそう思うよ」 「でも、覚えてないんだ、なんであの森で倒れていたのかも」 「ふーん」 「さっさと、警察にでも引き渡したら、いいんじゃないの」 「待ってくれ。それは嫌だ」 「なんでよ。何か、後ろめたいことでもあるの?」 「それは、そもそも記憶がないから、あるのかないのかも、分からないけど……」 「じゃぁ、いいじゃない」 「いや……だって……警察とか……」 「なんか怖い……」 「子供なの!?」 「ところで、この本は何なんだろう。誰かの、日記帳で書かれているみたいだけど……」 ざっと目を通した感じだと、学園の記録が、誰かの視点を通して、ひたすら記録されているようだった。 「え……ちょっと待って。あなたその本が読めるの」 「それは読めるよ。記憶喪失って言っても、それぐらい……」 「だって、それって……ルーン文字で書かれてるのよ」 「る、ルーン??」 「ある、魔術語よ。この国でも、私達時計坂家だけが研究を進めているものだわ」 「は、はぁ……」 魔術語って言われたって。 確かに改めて本を見ると、そこに書かれているのは、なにやらミミズがのたくったような、不思議な記述にあふれている。 でもどうしてか。目で追っていくと、その意味が、すらすらと頭の中に入ってくるようだった。 「それが、どうしてあなたに読めるの」 「どうしてって言っても……言ったとおり、記憶喪失だから……」 「頭の回路が変になっちゃった」 「……」 「とかね。あはは……」 「俺からも、ちょっと聞かせてもらっていいかな」 「二人は一体、なんなの。双子で、この学園の理事をしているって……」 「それに、魔術語がどうとか」 「私達は、時計坂家の長女と次女よ」 「時計坂家……」 「代々、この地を治める、領主の家だわ」 「そしてあの時計塔の管理を、担っている」 「ふ、ふーん……」 時計坂家……その一言で、全ての説明がつくと言わんばかりの、口ぶりに戸惑う。 そりゃ俺には記憶がなくて、この町の事情なんて、何も知らないけど。 俺よりも年下と思われる二人の少女が、こんなに大きな学園の理事をしていて……それだけじゃなくて、時計塔の管理だとか、魔術だとか言い出す。 やっぱりなかなか、納得がいかない。 「私達のことは、いいわ。聞きたければ、また今度話してあげる」 考え込む俺に、零が声をかける。 そしてじろりと、こちらをのぞき込んできた。 「それより、あなたよ。一体、何者なの」 「だ、だから……覚えてないって」 「本当かしら」 「ねーさま……思うに、たくみ様の件は、私達向きの案件かもしれません」 「え?」 「時計塔が関係していると?」 「ええ」 「……」 「そうね」 「こうしましょう。あなた、しばらくは私達の監視下におかせてもらうわよ」 「……どういうことだ」 「警察が嫌なら、ここでしばらく暮らしなさいってことよ」 「それは……」 「もしかして……」 「監視という名目のもとに行われる、同居生活というやつか」 「……は?」 「もちろんいいとも。美人双子との、同居生活!」 「楽しみだなぁ」 「どこのお屋敷に連行されちゃうんだろう」 「なんであなたを屋敷とやらに連れて行かないといけないのよ」 「だって、監視するなら、近くにおいておかないと」 「そうよ。だから、あなた、学園に住みなさい」 「……は?」 「言っておくけど、私達だって、ここに寝泊まりしてるから。屋敷なんてないわよ」 「ここに……?」 まぁ、確かに、女の子二人ぐらいなら、問題なく居住できそうだ。 「へぇ!」 「つまり……」 どういうことだ……? 「あの時計塔で寝泊まりしなさい」 「……はい?」 二人に連れられて、俺はまた森に戻っていく。 学園ということだが……ほとんど生徒の姿を見つけない。 どういうことかと聞くと、『日曜だから』という答えだった。 「時計塔……か」 「何か、思い出すことはない」 「……」 「分からない……けど、見たことはある、と思う」 それが目覚めた後、嫌でも目についていたからなのかは分からない。 そんなものは、古い建物を見れば誰もが抱く、不思議な、郷愁に過ぎないのかもしれないが。 しばらく歩くと、少し開けた場所に出た。 時計塔の真下だ。 「こっちよ」 建物の裏側にまわる。 中に入る入り口があり……零は、じゃらじゃらと重々しい鍵を取り出し、さしこむと、がちゃりと解錠をする。 「さぁ、入りましょう」 …… 「ここが、時計塔の中……」 一階層は、高い天井の吹き抜けになっている。 …… 零とカノンちゃんに続いて、階段を上っていく。 そもそも俺はどこに連れて行かれているのだろう。 ここで寝泊まりと言っていたが、とても、そんな場所はないように見える。 「ふぅ」 そうして、六階層ほど上っただろうか……。 風が吹き込み、壁には大きな吹き抜けが作られていた。 「ここは……」 時計盤の裏、ということになるんだろう。 「まさか、ここで暮らすのか?」 そりゃ、広さには困らないだろうけど。 「まだ上があるのよ」 「上??」 ガチャンと、はしごが降りてくる。 零に進められて、上って行く。 「え……」 はしごをのぼり顔を出すと、先程までの階層とは、まったく趣が違う……八畳かそこらほどの、部屋に出た。 ベッドにテーブル……戸棚に、小さなキッチン。 不思議な生活感が漂っていた。ともすれば、ここが塔の中だと、忘れてしまいそうな。 「ここは……」 「今は完全に機械化されているけど……昔はここに、時計塔の管理人が暮らしていたらしいわ」 「へぇ……」 「時々私が掃除をしていましたから、生活をするのに、不便はないと思います」 「不便はないって言っても……」 そっと窓から外を覗いてみる。 「こわっ」 当たり前だけど高かった。 「俺、ここに住むの??? 冗談でしょ」 「そうよ、ちゃんとベッドとかあるし」 「嫌だよ、怖いよ」 「耐震とか考えられてるのか??」 「何百年もたっているんだから、大丈夫でしょう」 「そういう考え方が、被害を広げるだろう」 「大丈夫よ。もしものことがあっても、あなた一人が死ぬだけだから」 「それが嫌なんだ!」 「どうせなら、一緒に死のう。カノンちゃん、ここで一緒に暮らそう?」 「え、ええ」 「絶対に! 変なことしないから!」 「ここが嫌なら、警察でも病院でも、好きなとこを選べばいいわよ」 「うう」 「こいつ、嫌いだ」 「けっこう。私だって、あなたが嫌いだわ」 「ぐぐぐ」 「ぎぎぎ」 「……」 「はぁ」 「とにかく、ずっと放置していた部屋ですし、このまま使うことは出来ません」 「掃除をしましょう」 「そうね」 「で、ここで暮らすのはいいんだけど……俺は何をすればいいんだ」 「どうしましょうか」 「そうね……」 「あなた、やりたいことはあるの」 「やりたいこと……」 「ここ、学園だし」 「授業にでも出ようかな」 「そういう年齢なの?」 「そうね……」 「わくわく」 「あなた、なんか、生徒に変なことをしそうなんだよね」 「断じてしない」 「あやしい……」 「私は、学園に通われるというのは、良いアイデアかと思います」 「なんで」 「なぜ時計塔の下に倒れていたのか、自分が誰なのか……思い出していただく必要があります」 「そのためには、外の世界に触れるべきです」 「ただ……できるなら、私達の目の届くところで……となると、生徒として、この学園に在籍してもらうのが一番良い方法です」 「そう……ね。それは確かに」 「じゃぁ、こちらで手続きをしておくから。明日にでも、転校生として、通ってもらうことになるけど、いい」 「もちろん」 とはいえ、身元不明の男を、いきなり学園に押し込むことが出来るとは……。 本当に、この二人は理事なんだな。 「おーけー。あなたを、碧方学園に迎えましょう」 「あなたの担任には……事情を説明しておくけど、出来るだけ、記憶喪失の件や、時計塔で暮らしていること、私達との関係は、内緒にしておいてね」 「うんうん」 「それと、もう1つ、条件があるわ」 「条件……?」 「とりあえず、髪切ってきたら?」 「髪」 「なんかやたらとのびてるわよ。それが、いっそう、うさんくささをましているんだと思うわ」 「その状態でうちの学園に通ってほしくないわ」 「俺……そんな、うっとうしい髪型してる?」 カノンちゃんの方を見る。 カノンちゃんは、うやうやしく頷いた。 「かなり」 「そこに鏡があるでしょう。見てみなさいよ」 「あぁ……」 考えてみれば、目覚めて一度も、鏡を見てなかった。 自分がどんな姿をしているか、今更気になる。 「……」 鏡には、ざんばらにのびた髪の毛で、半分くらい顔を隠したうさんくさい男の姿が映っていた。 「これは……確かに、美しくないな」 零に怪しまれるのもおかしくない。 というか、カノンちゃんはこんなのと森で出会って、よく変質者扱いせず、学園に連れて行ってくれたものだ。 「ありがとう。カノンちゃん」 「な、なにがですか……」 ということで……。 地図を貰い、やってきた。 うーん。 「ここ?」 美容院、なのか? やたらとでっかい建物だ。 「いらっしゃいませー」 「カットお願いしたいんですが」 「ご予約は」 「はい。桜井で……」 「桜井様ですね」 「承っています。こちらにどうぞ」 如才ない店員に、俺は少々戸惑いながら、案内される。 ここが、美容院……? 高い天井に、ホテルのロビーのような、広い空間。 よく日の差し込む窓際では、何人もの客が鏡と向きあいながら、髪を切っている。 そして何人もの美容師が、忙しそうに……けれど、なんだか優雅な身のこなしで、広いホールを歩き回っている。 綺麗に並べられた、色とりどりの美容品。 奥にはおしゃれなカフェが併設されており、ガラスの壁で仕切られた向こうでは、カットを終えたばかりと思われる客達が、嬉しそうにお茶をしていた。 ここが美容院……。 俺のイメージとは、大分違うな。 「本日はどのようにしましょうか」 「えとですね……」 どのようにしよう。 鏡にはぼさぼさに伸びた髪を目の下までのばした、うさんくさい男が映っている。 「物語的に」 「は、はぁ……物語的……ですか」 「はは。とにかくいい感じにしてください」 「かしこまりました」 「終わりましたよ」 「おう」 「うおおお」 びびった。 物語の中から、王子様が飛び出してきたのかと思った。 「……は」 自分に恋をしてしまいそうだ。 「おにーさん、やるね」 「え。いや、ありがとう」 「ありがとうございましたー」 「いやぁ」 春、イケメン……。 心が浮き立つなぁ。 このままあの辛気くさい塔に帰って、できたてのイケメンを封印するのはしのびないな。 「じー……」 「なんか、こっち見てるよ」 「どうしたんですかー」 「いや、俺、この町に引っ越してきたばかりで」 「迷っちゃって」 「どこ行くんですかー」 「美味しい紅茶を飲める店を探しに」 「出たナンパだ」 「あはは」 「それでさぁ」 「まじで??」 「すっごーい」 「ばいばい」 「ばいばい」 「ふぅ」 楽しかったなぁ。 「……」 「さて……帰るか」 「くらっ」 さっさと帰ってくればよかった……。 夜にこの森を抜けるのは、あまり気分のいいものではないな。 時計塔を上り……。 「我が家……」 というには、やっぱり落ち着かないな。 「学園、か」 一体何が起こるんだろう。 …… 眠りにつきながら……。 ふと、誰かの声を聞いた気がした。 何人かの少女が、ひそひそと、何かを話し合っているような声。 1つ下……。時計盤のある部屋だ。 気のせいだろう。きっと、風でも吹いているんだろう……。 それより、今日はさすがに疲れた……。 明日にそなえて、寝よう……。 「ん……」 「朝か」 「ふああああ」 外さえ見なければ、普通の生活って感じなんだけどな。 窓の外には、鳥が留まっていた。 「よう、おはよう」 ちゅんちゅんと、鳥が、嬉しそうにさえずる。俺に答えてくれたわけじゃないだろうが。 「うーん、何やら物語的でいいじゃないか」 物語的? 俺は何を言っているんだ。 昨夜上った時計塔を、下りていく。 ここで寝泊まりするにしても、今日からここを上り下りすることになるのか。 難儀だな。忘れ物はしないようにしよう……。 森を抜けて、学園へ。 ちらほらと、生徒の姿が見える。 「おはよう!」 「お、おはよう……」 いきなり声をかける俺に、おずおずと挨拶をする生徒達。 「誰かな」 「あんな人いた?」 「でもかっこよかったね」 現れたのさ。今日から。 「おっはよー」 「おはようございます」 「あぁ、おはよう。来たわね」 「……ふふ」 「どうかな」 昨日のうさんくさい状態なら、零が冷たくなるのもしょうがない。 が、今のこの、春の風のごとき爽やかな美男子を前にしたら、彼女の意地っ張りな心も、どぎまぎってところさ。 「……なに」 「どうかな」 「……」 「あぁ、髪切ったんだ」 「まぁね」 「すっきりしたわね」 「……それだけ?」 「それ以外に何があるのよ」 「いや……いいけどさ」 「今日から、学園生活、ということね」 「おう。楽しみだなぁ」 「はい、これ。制服と生徒手帳と……一通り用意しておいたわ」 「なんか、至れり尽くせり……という感じで悪いな」 「あなたは、監視対象だからね。これくらいは、してあげるわ」 「……」 「零は、照れてるのかな」 「少しだけ」 「違うわよっ」 「で……カノン。彼、どこのクラスになるの」 「2ーC。梢先生のクラスに手配しました」 「あの先生か……はぁ、苦労が目に浮かぶわ」 「げ、そんな難儀な教師なのか。俺、かわいくてちょろい女の先生がよかったな」 「先生の苦労が思いやられるって言ったのよ!」 「ええ」 とにかく梢先生とやらの元へ行けと、言われたのだが……。 「えーと」 職員室……はっと。 さすがに緊張するな。 「失礼します」 「あの……」 「梢先生はいらっしゃいますか」 「あぁ、桜井君? こっちこっち」 ひらひらと手を振るのは、とてもかわいらしい、若い女性の教師だった。 これはっ。 「おはよう、君が……」 「桜井たくみです!!」 ついつい身を乗り出してしまう俺に、先生は少しだけ驚きながら……。 「桜井たくみ君ね」 「はい」 くりくりと大きな目で、こちらを見上げる。 「理事長さんから聞いてるよ。親戚とかで……なんでも事故で、記憶に障害が出ているとか」 「いきなりの転入になってすいませんが、お願いしますって」 「でもなんだか、元気そうだね。あんまり気にしてないみたい」 「まぁ、大切なのは、過去よりもこれから、ですしね」 「……うん? な、なんでそんなに目をきらきらさせてるのかな?」 「あなたに会えたから」 「……」 「でも、そっかぁ。記憶喪失。すごいよね。先生、応援しちゃうよ」 スルーされた。でもめげない! 「ありがとうございます!」 「さしあたって。俺、淋しくて……何も覚えて無くて。異国に、一人取り残されたようで」 「そ、そうだろうね……」 「だから、今度、デートしてくれませんか」 「へ……」 「え、いや、ダメだよ」 「いきなり何を言ってるのよ。デートなんて……」 「変な生徒だなぁ……ぶつぶつ」 「……」 なんか押したら、いけそうな雰囲気だな。 「えー。皆に、転校生を紹介します」 「桜井たくみと言います。よろしくお願いいたします」 教室がざわつく。 「ちょっと、よくない?」 「かっこいいかも」 うへへ。 やっぱりそうだよな。 あの双子は、なんか無反応だから、自覚が芽生えなかったけれど……俺って、いけてるよな。 「いいよね。ちょっと、性格悪そうだけど」 「ねぇ。遊びには、ちょうどいいって感じじゃない?」 「結婚相手には絶対向かないタイプっていうか」 「分かる分かる」 なんか、シビアな評価も混ざってるような気がするけど……。 「……すかしてね?」 「なぁ」 一方男子からは、さらに厳しい評価がささやかれている。 フォローしておかなくては。 俺は誰にでも好かれたい。皆のアイドル的なものでありたい。 なんかそういう欲求がある! 「ちなみに趣味は、AV鑑賞です」 …… 「へ……さ、桜井君?」 「どうなんだ、あれ」 「言ってみた感があるよな」 「イケメンなのに下ネタもいける俺、すごいみたいな」 む、難しいな。 AV、ほんとに好きなんだけどなぁ。 「桜井君は、じゃぁそこの席座ってね」 「あ、はい」 ホームルーム後……。 廊下に呼び出される。 「桜井君桜井君」 二人の、生徒が立っていた。 「クラス委員長の、栗原君と柏原さん」 俺は二人の顔を見比べる。 「どうも、柏原美衣です」 「栗原進です」 「……」 「めがねーず、だな」 「誰がメガネーズ??」 「ぶほほ。そんな。おやめなさい」 「なんで栗原君は嬉しそうなの??」 「分からないことがあったら、二人に聞いて。柏原さん、栗原君、よろしくね」 「はい」 「はい」 「よろしくね、桜井君」 「お、おう」 差し出された手を握りかえしながら、そわそわとする。 反射的に、別のところを握りたい欲求にかられるけど、我慢だっ。 別のところというのは、具体的には胸元のことで……。 もっと具体的に言うと、おっぱい。 「まだ新学期が始まったばかりで、クラス自体もそわそわしてるから。ある意味、馴染みやすいかも」 「うんうん、そんな感じがしてきた」 「特に君とは……はやくなじめそうかも」 「え、ええ」 「ぶほほ。そんな、照れるなぁ」 「……」 「眼鏡、かわいいね」 「な、なにいきなり」 「な、なにいきなり」 「うーん。眼鏡をおしゃれに使いこなせるのって、本当の美人だけって感じがする」 「ありがとう」 「ありがとう」 「でも、面倒くさいからかけてるだけなんだよ」 「なんとなく、かけてるだけなんだけどなぁ」 「そういう気取らない、自然な感じが、より魅力的に見せているのかもしれない」 「あはは……ありがとう」 「ぶほほ……ありがとう」 「そういえば、桜井君はどこから引っ越してきたの?」 「ところで桜井君は、好きな食べ物ってなにかな」 「え……」 「外国」 「そうなの?? ど、どこ」 「僕も外国の食べ物って好きだなぁ。ソーセージとか」 「秘密」 「なんで??」 「ぶほほ。秘密のソーセージだね!」 「ふふ。秘密が多いほど、気になるだろう」 「えええ」 「気になるなぁ」 「ふあああああ」 学園に通いたい……と言ってみたものの、黙って机に座って授業を聞いているというのは、思いの外苦行だった。 明日からさぼろうかな。 「桜井君。案内しようか」 幸せだ。やっぱり転校生はこうでなくっちゃ。ぐへへ。 「ありがとう」 「でも、先約があるから」 「そうなんだ。残念だなぁ」 俺はいそいそと、廊下に出て行く。 彼女が、廊下に出て行くのをちらっと見ていた。 ホームルーム後に会ってから、俺の心は彼女のことで、占められていた。 彼女の大きな……む……お……瞳が、忘れられない。 「柏原さん」 「授業どうだった? いきなりついていけた?」 「え、あ、あぁ……気がついたら、終わってた」 「途中から寝てたよね? 桜井君」 「あはは。いやぁ、初日って緊張して、疲れるから」 「しょ、しょうがないなぁ……」 「柏原は帰り?」 「うん。そう」 「俺も、今帰り」 「そ、そうなんだ」 「けど、まだこの町に来たばかりで……どこに行けば何があるのか、分からなくて」 「困ったものだ」 「困ったね」 「ちら……」 「……」 「ちら」 「案内しようか」 「やっほー」 「そんなテンションあがること?」 「お前は呼んでないっ」 「ええ。なんで。向こうを歩いていたら、地理が分からなくて不安だとか聞こえてきたから、僕の出番かと思って来たのに」 「でも栗原君もいてくれた方が助かるね」 「なんで」 「実際のところ、私、電車で隣町から来てるから、この辺についてそんなに知らないんだよね」 「ま、任せてよっ。ぶほほ」 「……」 柏原と急接近のはずが、とんだ邪魔が入ったものだ。 でも、まぁいいか。 「ここは学園の玄関口。この季節は、桜並木がきれいだね」 「イチョウも多いから、秋は銀杏が匂うけどね」 「うち、自転車の乗り入れも大丈夫だから。申請したら、昇降口の辺りまで乗っていいんだよ」 「そっか。まぁ、敷地、広そうだもんね。森も、あるし」 「そうそう。時計塔は……もう知ってる?」 「まぁまぁ」 まさか住んでるとは言えないな。 「目立つからね」 「でも、由来とかは、知らないかな」 「いつからあそこに建っているか、分からないんだって」 「へぇ」 「かなり昔から……って言うけど、この辺、歴史的にもそう栄えたことなんてなかったし」 「どうしてあんなに立派な時計塔が建っているのか、分からないんだって」 「ま、それもロマンだよね」 「柏原も、どうしてそんなに立派になったのか分からないもんな。きっと」 「なにが」 「胸がっ」 「……桜井……君」 「あはは。いや、ちょっとした、小ネタってやつだよ。あはは。大きいのに小ネタ。あはは」 「……まったく」 「……いや、重ねてこなくていいから。というか、いたのか」 「いるよ! 時計塔の時も、必死に説明してたじゃないか」 「バラ色商店街だね」 「ずいぶん歩いてきちゃったねぇ」 「私の家は、ここよりもう少し行ったところにあってね」 「もっと近くにスーパーがあるんだけど、よくここまで足をのばすんだ」 「やっぱりここで買う方が安いしね。顔なじみになるとおまけしてくれるし」 「なにより商店街を歩くのって、楽しいしね」 「分かる分かる。今、俺はとてもはっぴーだ。気分は薔薇色だ」 「そ、そう。なんで私を凝視するの」 「いやぁ」 「ところで桜井君はどこに住んでるの」 「え」 「うん?」 時計塔の上です。なんて、言えるわけがない。 「い、いや。この辺」 「そうなんだ。じゃぁ、商店街も、よく利用することになるね」 「ここは……」 「ドラゴンバーガーだね」 「同じ学園の制服が、ちらほらいるんだなぁ」 「この辺、学生が立ち寄れるお店って、ここくらいしかないからね。よくうちの生徒のたまり場になってるみたい」 「一応、校則ではダメなんだけど」 「いいのか委員長」 「まぁ、禁止は建前みたいなものだよ。買い食いはダメとか……守れないよね」 「そうだな。不純異性交遊はだめとか、誰も守らないよな」 「そ、それはどうかな」 「お待たせしました」 「おお?」 現れたウェイトレスに、若干戸惑う。 「なんというか……幅広い世代に受けそうな、店だな」 「そうね」 「おお。確かにドラゴンの味がする。ほんとにドラゴンの肉が使われてるんだな」 「またまた」 「ぶほほ、初めて、知ったよ。これ、ドラゴンの肉が??」 「何ドラゴンが使われてるのかな」 「……」 「う。嘘だっての」 「ひどいよ。ちょっとわくわくしたのに」 「でも、なんでドラゴンなんだろうな」 「さぁ……どうだろう、単純にかっこよかったり、かわいかったりするからかな」 「あるいは、町の由来に基づいてるんじゃないかな」 「町の由来?」 「ここはね。昔、竜が飛来した町って言われてるの」 「へぇ……それから、発展していったとか、そんなとこかな?」 「そうそう。縁起ものの、逸話なんだろうけどね」 「まぁ、中国とかにありそうなお話だよね。日本で、竜が起源になってるって、あまり聞かないけど」 「ふーん……」 「シンデレラって知ってる?」 「おう」 「ここで昨日、髪を切ったんだ」 「へええ。よく予約とれたね。引っ越してきたばかりで」 「あぁ、それは……とってくれていたから」 「誰が」 「ん……」 あの双子との関係は、秘密にしておくんだよな。 「ママ……」 「なるほど」 「知ってる? ここって、美容に関することなら、なんでも取り扱っていてね」 「中でもマッサージが有名らしいよ」 「マッサージ??」 「なんでも、すっごい、美人な整体師さんが、やってくれるとか」 美人な整体師が、マッサージ……。 「それは、法律的には、セーフなのか」 「ええ。そ、そりゃそうでしょう……」 「へ、へぇ……それは、ちょっと……お邪魔しようかな」 「行ったばかりじゃないの」 「いや、学園初日だったから、すっかり疲れてしまって……」 「そうだろうね」 「じゃぁ、私はこの辺で失礼するね。一人で帰れる?」 「あぁ、ありがとう。楽しかったよ」 「はぁ。初日だけど、君がどんな人かよく分かってきたよ」 「俺は柏原のこと、もっと知りたいな」 「ありがとう。また明日からよろしくね」 「いらっしゃいませー」 出てきたのは、昨日俺の髪を切ってくれた美容師だ。 「あんた。また来たんだ」 「にこにこ」 美人の整体師さんはどこかにゃー。俺はきょろきょろする。 「今日はどうして?」 「いやぁ、マッサージもしているって聞いて」 「マッサージだと?」 何やら、店員の目つきがかわった……。 「ほんとにいいのか」 「い、いいですけど」 「一名様、マッサージ入ります!」 「はーい」 なんか、野太くて、だけど無駄に艶っぽい声が聞こえてきたような。 「任せておいて」 「ひぃ」 なんか出た。 「エステ担当のカルボナーラでーす」 「カルボナーラ??」 「源氏名よ」 「げ、源氏名??」 「それじゃぁ、マッサージするわね」 「お願いします」 「おふぅぅ」 「ふあああ」 こ、これは……。 いかん、楽園に旅立ってしまいそうだ。 「どこに手をやりました???」 「お尻をマッサージしてるだけだけど」 「そ。そうですか」 「もおう……意識しすぎじゃないのかしら」 「う……」 「あら」 「あらぁ」 「あなた……会ったことがあるわ」 「え。ええ……そうですか」 「おかしいわね。何度か、うちの店に来てたわよね」 「ええ。まぁ、マッサージを受けるのは初めてですが」 「ううん、お客としてじゃない……」 「別の用事で、来たことがあったかしら」 「かもしれません」 「この気持ちはなに」 「始まるの?」 「な、なにが」 「マッサージがよ」 「そうですよね。あはは……」 「これは」 「あ……」 「だ、め……」 「ああああああああああああああああ」 「カルボナーラ。できあがり」 「はふぅ」 足下がおぼつかない。 「ありがとうございました」 「か、カルボナーラさん……」 「ばちん」 どうしてだ。すっごいイケメンというか、魅力的に見える。 変な、気持ち……。 「ふふ。お前も虜みたいだな」 「はぁ、はぁ。あれはすごかった」 「あれにやられて、カルボナーラさんから離れられなくなった奴が、いっぱいいるからな」 「ふぁ……」 えらい目にあった。 さてと、一応、学園初日の出来事を、零達に報告しておこう。 放課後、学園を後にして、また学園に戻るというのもおかしな気分だ……。 「ただいま」 「あぁ……戻ったんだ」 当たり前のように零が出てきた。 本当にここで暮らしているんだな……。 そしてこんな時間まで、机に向かって作業をしていたんだな。 頑張り屋さんめ……。 俺はそっと零を抱きしめた。心の中で。 「学園生活初日は、どうだった」 「そうだな……」 「この学園は、スタイル良い子が多いなぁ」 「……はぁ」 「カノンちゃんに、あけみちゃん」 「あけみちゃん?」 「それに柏原…」 「それに……」 「……」 「いや。失礼」 「なにがよ」 「梢先生に、話は聞いてるわよ」 「明るくて、すぐクラスに溶け込むことができるんじゃないかって、言ってたわ」 「俺はあなたの中に溶け込みたいって、言っておいてくれるか」 「嫌よ」 「けど、ちょっと寂しがってる風だったから、気にかけてあげてくださいって」 「先生っ。だったら、先生が気にかけてくださいって言っておいてくれ」 「嫌」 「じゃぁ零が気にかけてくれ」 「やだ」 はぁ、っと、零は1つため息をつき。 「あなたねぇ。学園生活をエンジョイしてて、けっこうだけど、自分の事情も忘れてないわよね」 「忘れてないよ」 「こっちもあなたのことについては、調べているけど……なかなか時間がとれなくて。ごめんね」 「とんでもない」 「俺みたいな怪しげな男を拾ってくれて、学園にまで通わせてくれているんだ」 「感謝しているよ」 「いや。どういたしまして……」 「それはともかく」 「なぁ、あそこテレビとかないのか。暇で暇で」 「この辺の地図を読むとか、授業の復習をするとかいろいろやることはあるでしょう」 「いやぁ。授業以外で、授業のことなんて考えたくないんだよな」 「ここにある本を持っていっていいですよ」 「ここの……?」 「ちらっと読んだ感じ……誰かの日記らしかったけど」 「時計坂家の歴史が書かれているのです」 「代々の時計坂家の当主が残してきた記録です」 「へぇ」 「私達、時計坂家は、ここに学園をかまえ、代々、時計塔を管理してきました」 「これらの日記には、学園の創立にまつわる話……時計塔のまわりで起こってきた、怪異など」 「言ってみれば……町の、学園の、時計塔の…長い歴史が、記されていることになります」 「へぇ……それは……」 「一冊借りていっていいかな」 「かまいませんよ。どうやら、たくみ様にはこれが読めるらしいですし。何かを思い出すきっかけになるかもしれません」 「あぁ、ありがとう」 …… カノンちゃんから借りた本を、ぼんやりと眺める。 「……」 「ねむい」 女の子がわんさか出てくるわけでもなければ、人が死んだりするわけでもない。 だらだらとした話に、神経だけが疲労していく。 少し早めに目が覚めた。 窓から、正門のあたりを見下ろす。 まだ学園にはほとんど、登校していないようだ。 かすかに聞こえる演奏は、吹奏楽部かどこかの朝練だろうか。 「ん?」 あれは……。 「おはようございます」 落ちた桜の花を箒掛けしている、カノンちゃんの姿があった。 「おはよう、カノンちゃん。こんな朝早くから、掃除してるんだ」 「生徒が登校し始めてからだと、少し目立ちますから」 「そうだろうな……」 メイド姿の学生……いや理事が、朝から箒掛けだもんな。 「よし、俺も手伝おう」 「え、ええ。いいですよ」 「いいからいいから。朝から掃除とか、きもちいいよな」 「そうですね……」 …… 「あら、おはよう。二人で掃除してるの」 「おでかけですか、れれれ」 「なに?」 「零は掃除しないのか」 俺の問いに、零は軽く肩をすくめる。 「私は、他の仕事があるからね」 「じゃぁ俺は、クラスに行くぜ」 「ふぁぁ」 学園生活二日目か。 今日も何かいいことあるといいなぁ。 一日目は、上々のすべりだしだったからなぁ。 「ん……?」 下駄箱を開けると、ひらりと一枚の封筒が落ちてきた。 薄いピンクの封筒にはかわいらしいキャラクターのシールで、封がしてある。 ラブレター?? いや……。 俺、まだ転校して二日目なんだが。 まともに話したのなんて……数えるほど……。 「は」 まさか……。 柏原だったらどうしようかな。 どうしよう。 「付き合って」 と言われたら。 どうすればいいんだ。 付き合うのは確定として……。 眼鏡は外してもらうか、付けたままにしてもらうか。 あるいはそのときどきか……。 「おはよう!」 「桜井君おはよー」 「おはよう」 「学園慣れた?」 「慣れた慣れた、というか、100年前から通っているような気がする」 「なにそれ」 「桜井。今度、俺のバイト先の先輩達と、合コン出てくれよ」 「合コン??」 「転校生がイケメンって話したら、めっちゃ食いついてきてさ」 「いくいく。さすが、日向君」 「俺、山本」 「そうそう」 「おはよう」 「おはよう柏原。今日もかわいいな」 「ぶほ。て、照れるよ」 「じゃない!」 「微妙に似てるから、危険だな」 「誰と誰が似てるって」 「柏原! が、二人??」 「だから、違うって」 「おはよう、桜井君」 「おう」 「……」 「……ど、どうしたの、人の顔じっと見て」 「いや、今日もかわいいなぁって」 「はいはい」 うーん。この反応。 柏原じゃ、なさそうだよな……。 じゃぁ誰だろう? まぁ、楽しみにとっておこう。 放課後。 「……ふぅ、緊張する」 校舎裏にやってきた。 手紙には放課後、ここに来るようにとだけ書かれていた。差し出し人は分からない。 誰なんだろう。 まさか栗原じゃないだろうな。若干、怪しい波動を出していたからな……。 「桜井」 現れたのは……。 「待たせたな」 「よ、よく来たじゃない」 三人??? 「どうも」 誰だっけ。 クラスにいたような……気はする。 「それで、なにかな」 あくまで笑顔で。 「……」 「あなた、気に入ったわ」 「……えと」 「なかなか、かっこいいな」 「付き合ってあげても……」 「いいんだけど?」 「……」 「えっと……」 とりあえず、誰と? いや、誰だったとしても……。 「ごめん」 「お断りします」 「なんでだ」 なんでって言われても……なんでだろう。 まったくぴんとこない。 俺はまじまじと、三人を見返す。 「なんか冴えないから……かな」 「俺は、上から来られるのが、ことのほか苦手でね」 「っていうのを今知った。零みたいな臆病さが透けて見える強がりな少女なら、上からこられても、かわいいなぁで済むんだけど」 「君等は、なんか違うんだよな……根本的に、何かが食い違っているというか」 「ビジュアルのせいかな……」 「ビジュアル!?」 「屈辱だわ」 「え。いや、ごめんよ」 いかん。女の子に言う台詞じゃなかったかもしれない。 いきなり呼び出されて付き合ってあげても……とか言われて、俺も少し、かちんときてしまった。 「こんな屈辱を受けたのは、生まれて初めてだわ」 「あなた!」 「女子のネットワークを、甘く見ないでほしいんだからね」 …… なんなんだ。一体。 「今日は何かあった?」 「呼び出されて、告白された」 「へ、へぇ」 「そう。学園生活を楽しんでいて、いいことね」 「……」 「お前等もそういうのないのか、惚れたり、惚れられたり」 「……」 とたんに、零の目が冷たくなる。 「誰が。カノンが?」 「いや、両方が」 「何よ、いきなり」 「だって、二人とも美人だし……ある意味有名人だろう。男子にもてそうだなって」 「何言ってるの。ないわ。そんなこと」 まぁ、零は、明らかにとっつきづらいしな。 「カノンちゃんはどうなの。スタイルもいいし、もてそうじゃないか」 「……」 「お褒めいただきありがとうございます」 「私達がこの学園に通い始めたのは、この春からです」 「入学式には、理事として挨拶もさせていただきましたが、皆さん唖然とされて、どうも私も零も、遠巻きに、敬遠されているのを感じているところです」 「まぁ、そうだろうな」 学生で美少女で理事長と……珍しいを通り越して、わけが分からないし。 どう接したらいいのか、分からないよなぁ。 「俺は遠巻きに見たりしないぜ」 「それはどうも」 「むしろ、近くで見たい。できるだけ近くで」 「やめてください」 「じゃぁ、俺は時計塔に戻るよ」 「うん?」 「なにかあるのか」 「いくつか、点検したいのよ」 「ガスとか、電気とか、使えるみたいだけど、確認しておこうと思って。業者呼んでるから、私も立ち会うわ」 「わ、悪いな……そんな雑務まで」 「そういうの、他にするスタッフはいないのか?」 「そんなところに住まわせてもらっていいのか」 「まぁ、学園で寝泊まりしてるって噂がたつよりいいでしょう」 「それもそうか……」 「……ん?」 「ありすってば、何言ってるの」 「あんたが、人のこと言えるのかって……」 「……」 向こうを歩く、異色の組み合わせの三人組に目がとまる。 「不思議な組み合わせだな」 「……あぁ」 「いろいろと事情があるのよ」 「そりゃそうだろうが……」 一体、どういうことだ。 「興味本位で、声をかけないようにしてね。混乱するかもしれないから」 「こっちが混乱するっての」 「うちはひらかれた学園を目指しているからね。その一環ということよ」 「ふーん……」 でも、意外とかわいかったな。 いや、いろいろ事情もあるんだろうし、声をかけるのは控えておくか。興味はあるけど。 部屋でくつろぐ。 「ふぅ……」 カノンちゃんから借りた本を読む。 「……」 学園のことや、どこかの誰かのことじゃなくて、自分のことが知りたいんだよな。 「おっはよー」 朝、登校してきたのだが……。 「……」 「……」 あれ。なんか昨日のフレンドリーな空気が、消え失せている。 「ひそひそ」 「校舎裏で、堀田さん達を、襲ったらしいわよ」 「遊んでる感じはあったけど、そういうタイプだったんだぁ」 「外道」 「げてもの」 「なぬ……」 どういうことだ。 きょろきょろと、教室を見回していると……。 「にやり」 あ、あいつら……。 女子のネットワークを甘く見ないでとか言っていたが……まさか、妙な噂を流しやがったな。 「これは、いかん……」 もてる男の宿命とはいえ、まだ何もしてないうちから、色情魔のレッテルを貼られては……。 今後、何かする機会が激減してしまうじゃないか! 「おはよう」 おお。救いの女神が。 (柏原〜〜) きゅるんきゅるんと、助けを求める瞳で、柏原を見る。 子犬チックな俺の視線に怯むものの……辺りを見回して、俺に対する不穏な空気を感じ取ったようだ。 …… 授業中……。 「ん?」 3つ左の席に座っている柏原から、丸められたメモが飛んできた。 『昼休みね』 と、書かれていた。 柏原〜〜。 教室の雰囲気から、面と向かって事情を聞くのもよくないと思ったんだろう。なんて、頼りになるおっぱいだ。 『愛している』……と。メモをして、柏原の方へ投げる。 と……。 途中で失速して、届かなかった。 (やべぇ。思いの外、難しかった) 「?」 柏原には届かず、変な奴にあたってしまった。 こちらを見て、不思議そうに首をかしげている。 (お前じゃねぇ。柏原に渡してくれ) 必死に、アイコンタクトを送る。 あぁ、っと頷いた栗原は……。 いそいそとメモを開きだした。 ちげえええええ。 そして……。 「……」 「はは……」 なんだか生々しく、恥ずかしそうに笑った。 見なかったことにしよう。 「告白されて、断った?」 「す、すごいね……転校してきて二日目で……。私、今まで生きてきて、そんなのしたこともされたこともないよ」 「イケメンの宿命だよな……とほほ」 「あはは……」 「でも、それで、悪評流すなんて、ちょっとひどい逆恨みだね」 「まぁ、断っただけじゃなくて……」 「あ……また、胸がどうとか言ったとか?」 「胸は言ってないけど」 「けど?」 「冴えないとか、ルックスがどうとか、そういうことは言ったかな」 「……だ、ダメだよ。女の子にそんなことを言ったら」 「いや、そうだろうけど。あいつらの態度もたいがいだったから、つい、な」 「柏原は、すっごいいけてるんだぞ」 「いや、私を褒められても……困る」 「私の方でフォローしてみるけど。女の子って複雑だから……時間かかるもしれないよ」 「柏原……」 「堀田さんと、山田さんと、岡田さんね。私も今年から同じクラスになっただけだから、よく分からないけど……それとなく言っておくよ」 なんて、良い奴なんだ。 「やはり俺にはお前しか」 「傷心の俺を、なぐさめてくれええええ」 「いやああ」 「身代わり」 「ぶほ??」 「ぶほ……」 「ぎゃあああああああ」 「てか、なんでお前がここにいるんだ!?」 「柏原さんから、たくみ君が困ってるって聞いたから。力になろうと思って」 「そ、そうか……」 翌日……。 「やぁ、何してるの」 「な、なんでもないよ……あはは」 「……ひそひそ」 ちぇ、やっぱり警戒されちゃってるよ。 俺はめげないぞ。 「なになに、何の話? TPP関係?」 「……」 「ねぇねぇ。桜井君って、けっこう遊んでる感じ?」 「んー……遊んでるな」 「そうなんだぁ」 「俺さ、両親が離婚して……結局、今、一人暮らしでさ」 「転校して寂しくて。家にいるといたたまれないっていうか」 「それで町に出て、暇そうな子に声かけたりして」 「なんだか節操のない男になっちゃったみたいで。はは……」 「……まぁ、自業自得だよね」 「ふ……」 斜め40度で、憂いを帯びた表情、と。 「桜井君……」 「そんな事情があったんだ」 「そういや委員長も、桜井君も、かなり気を張ってるみたいって言ってたわね」 ナイス、柏原。愛してるぞ。 「困ったことがあったら、私達にも相談してね」 「遊ぶの付き合うよ」 「ありがとう。ありがとう」 「別の意味での遊びには付き合わないからね」 「えー……」 「えーってなんだ」 「はは」 「あはは」 きゃっきゃうふふ。 「ぐぐぐぐ」 三人組が、くやしそうにこちらを見ていた。俺はちらりと冷たい一瞥をくれる。 「くく」 「によによ」 こいつ、何見てるんだ。 エッチなサイトでも見てるんじゃないだろうな。 動画サイトか。なにやら、コメント打ち込んでるな。 『神降臨』 『名作認定キター』 「言うほどのものか?」 「何が、ぎゃーだ。変な声出すな」 「で、さっきから、何パソコンかちかちやってるんだ」 「見ないでくだされ!」 「エッチなサイトでも見てるのか?」 「ちちち、違うよ。何をおっしゃいます。おやめなさい」 「ニヨニヨサイト? 動画か」 「ぶほ! ぶほほ」 「見て見て。もっと評価されるべき。名作キターだってさ。によによ」 「なんだ、これ……お前が踊ってるのか」 「うん。踊ってみたんだ」 「ぶほほ!」 「てか、お前、さっき自分の動画に、自分でコメントつけてたのか」 「え……み、見てたの?」 「……」 ふらりと外に出てみた。 クラブもしてないし、放課後は特にやることがないんだけど、あの辛気くさい時計塔に戻る気にもなれないんだよなぁ 記憶探し? 興味なし! 町には、なんだか似たように居場所なさげにぶらぶらしている学生の姿を、たくさん見かけた。 「やぁ」 「なになに」 「暇してるなら、飯付き合ってよ。奢るから」 「なんで」 「一人で食べるのって、つまらないし」 「えー、どうしよっかな」 「えー、ちょっとあやしくない」 「でもかっこよくない?」 「だよねぇ」 「ちょっと、お茶するくらいならいいかなぁ」 「でね、俺記憶喪失なんだ」 「ほんと?」 「ほんとほんと」 「なにそれ、ちょーアニメみたいー」 「アニメじゃない。ほんとのことさ」 夜も、0時をまわってから、帰宅。 ここで暮らすようになって思ったが……。 上り下りが、とても面倒くさい……。 あと、とても暇だ。 「ほげー」 ネットとか、テレビとかひけないかな。 柏原とか誘いたいところだが、ダメなんだよなぁ。 スポンサーの意見は大切にしないとなぁ……。 かといって、いつまでもこんなところで暮らすわけにもいかないし……。 「記憶、か」 どうしてか、思い出したいという気がしない。 あるいは、ろくでもない男だったのかもしれない。 ああやって、女の子を泣かせて……人の恨みを買って。 ついには、記憶も失って、遠いところに逃げるしかなくなったとか。 「……」 歌が、聞こえた気がした。 この部屋の床には、上り下りするためのはしごがかかっている。 その床の穴の下から、かすかに、人の声のようなものが聞こえた気がした。 …… 気のせいじゃない。 声……じゃない。歌のような調べが、聞こえる。 これは、あるいは風の音だろうか。 「誰だ」 …… 誰か、いる。 …… 吹き抜けになった時計盤の向こう……突きだした露台の上で、ふらふらと揺れる人影があった。 「誰だ。そんなところで、何をしている」 あまりに不気味な光景に……俺の声はかすかに上擦っていた。 …… 返事はない。 ごくりと、唾を飲み込みながら、俺はそっと近づいていく。 少女だった。 異国の衣装をきて、ゆらゆらと揺れながら踊っている。 静かに目を閉じて……黒い髪をなびかせながら。 少女の姿のせいか。場所のせいか……それはあまりに現実感を欠いた光景で。 俺は、しばしそのまま、少女の姿に見入ってしまった。 「誰だ……」 「……」 ちらりと、こちらを見た。 「あは」 「え……」 俺は、砂漠にいた。 「これは……」 砂漠の向こうを、歩く人達がいた。 キャラバンという奴だろうか。 ラクダに乗った人々が、ゆらゆらと行進していく。 先頭を歩くのは……。 俺? そうだ。それは、俺の横顔だ。 ふきつける砂塵に目を細めながら……ゆっくりと、歩を進めていく。 その表情は苦しげで、力がなく……今にも倒れそうに見えた。 あれが、俺……? 「は……」 ここは、時計塔。 なんだったんだ。さっきの光景は。 砂漠の景色は消えて、冷たい壁に閉ざされた、塔の部屋に俺は立っている。 踊っていた少女は、どこにもいない。 冷たい月明かりが差しこみ、風が流れ込んでくる。 ただかすかに……風の中に、乾いた、砂の香りを嗅いだ気がした。 「あは」 「うふふ」 風にまじって、少女の笑い声が聞こえる。 …… いつまでも、声は、静かに夜にこだまし続けた。 「ふぁぁぁ……」 朝は、差し込む日差しと鳥の声で、自然と目が覚める。 オーブンでパンを焼き、フライパンで目玉焼きとソーセージを焼いて、簡単な食事。 「ふぅ……」 ずいぶん、ここでの暮らしも慣れた。 最初の方は、起きて……窓の外を見て、たか!って驚いたものだ。 記憶がないとか。自分がどこの誰か分からないとか……懸案事項は、いろいろありますが。 なんだか、楽しいから、これでいいやって思えてくるんだよな。 もし、家族とか恋人とか愛人とかいたら、ちょっと申し訳ないけど……。 それなら俺を探して、向こうから会いに来てるはずだしな。 そうして再会できるなら、それもそれで、物語的、だろう。 それより俺は、今を大切にしたい。 具体的には……。 かわいい子との学園生活を大事にしたい。 「ということで」 「ミュージックスタート」 「おはよ‐」 「おはようございます」 「そろそろ、学園生活、慣れた?」 「慣れた慣れた」 「何か悪さしてない?」 「し、してないが……」 「なんでいきなり目をそらすの」 「いや……」 「あなた、悪い噂がたってるわよ」 悪い噂、か。 まぁ、あの三人組にいろいろ言われて、俺の評判は、良いとは言えないからなぁ。 「まぁいいじゃん」 「皆に好かれるたくみ君を目指したが、もう、大事な人に分かってもらえたら、それでいい」 「これという相手に好かれれば、それでいいだろう」 「……」 「な、なに、見てるのよ」 「私は別に、あんたのことなんか、好きでも嫌いでも」 「たとえば、カノンちゃんとか」 「……」 「俺のことどう思う?」 「100%、すけべです」 「あ、いいね。そのフレーズ。100%、すけべ。もう一回言って」 「え。ええ」 「100%……すけべ……です」 「いい!」 「そうさ、100%、すーけべ」 「もう頑張るしーかないさーっと」 「ところで今日は、たくみ様に折り入ってお願いがあります」 「おう、カノンちゃんの頼みとあれば、どんとこいだ」 「ありがとうございます」 「パーティーに出てほしいのです」 「パーティー?」 「はい。以前、たくみ様は、シンデレラというお店で髪を切りましたよね」 「あ、あぁ……あそこね」 「そこに併設されているレストランで、月末には、盛大なパーティーが開かれているのです。なんでも、シンデレラの支配人の主催で」 「へぇ……なんでもやるんだな。ただの美容院と思ったら」 「そのパーティーに出ろっていうのは、カノンちゃんと一緒に行けば良いの?」 「あいにく、今日の夜は、他に所用がありまして」 「ということで、私と一緒にお願いね」 「零と?」 「……な、なによ。私相手だと何か、不足があるっていうの」 「そんなことないよ」 「お供させてもらうよ。お姫様」 「……お、お姫様?」 「あなた、その、気色悪いやり取りをちょくちょくはさんでくるの、どうにかならないの」 「何が気色悪いんだ。ロマンチックだろう」 「で、そのパーティーに出て、どうするんだ。横で笑ってればいいのか」 「えっとね……」 何か言いづらそうに、カノンを見た。 「私達は、ある魔術書を探しているのです」 「魔術書?」 「ええ」 「魔女こいにっき……という魔術書です」 「それはかつては時計塔の中に安置されていた、途方もない魔力をひめた、日記です」 「長く、時計塔もその魔術書も、私達の管理下にありました」 「その魔術書は、しばらく前から紛失しているの」 「私達時計坂家は、ずっとその行方を探っていたわ……」 「それとパーティーがどう関係するんだ」 「どうも、あのビルから、魔女こいにっきの気配があるのよ」 「なに…」 「あそこか、あのビルの関係者の手にあるのは間違いなさそうだけど……こんな時でもないと、なかなか調べることも出来なくて」 「一緒に、調べてほしいのよ」 「私、挨拶まわりや何やらで、忙しいから。他に会場で自由に動き回れるパートナーがほしいのよ」 「そうか」 「しかし、皆、お前のことを知っているんだろう。どういう関係ってことで、一緒に行くんだ?」 「え。や……それは、任せるわ」 「妹ってあたりが妥当かな」 「……」 「それで、いいけど。あなたがそうしたいならっ」 「な、なんで少し怒っているんだ」 「怒ってないっ」 「じゃぁ、少し練習してみるか」 「なにを」 「妹の練習を」 「……」 「勘違いするなよな。いろいろと怪しまれないためなんだからねっ」 「……はぁ」 「妹の練習ってなによ。そもそも」 「おにーちゃん……などと、呼んでみることじゃないでしょうか」 「えー……」 「……どきどき」 「……お」 「おにーちゃん……」 「は」 目覚めそうだ。 「おにーちゃん」 「は」 「なにやってるの、これ……」 「カノンちゃんも」 「おにーちゃん」 「うんうん」 「カノンは関係ないでしょうが」 「あはは。まぁ、ついでだから」 「ついでとは失礼ですね」 「そうだ、招待券が余っていて……知り合いがいたら、誘って良いわよ」 「いいのか」 「ええ。私達は誘うような相手がいないけど……あなたの方が、友達が多そうだし」 ということで……。 二枚手に入れてしまった。 決まってるよな。 「柏原柏原」 「なにかな」 「柏原は、舞踏会とか、興味ある感じか?」 「舞踏会……?」 「これって、チケット? シンデレラの、招待券??」 「うん」 「どうしたの、一体」 「いや……」 「ほら、この前、あそこで髪を切ってもらった時にさ。抽選かなにかで、あたったんだ」 「抽選か何かって。そんなことしてたかなぁ」 「それで、チケットが余ってるんだけど、他にあげるやつもいないし」 「い、いいのかな。本当に。貰っちゃうよ」 「是非是非」 「わぁ……嬉しいなぁ」 「それじゃぁ、放課後、集合ってことで」 「これ、どういうパーティーなのか、私、聞いてないよ」 「着ていく服とか……花束とか持っていかないといけないとかないよね」 「俺も知らないけど、普通でいいんじゃないか。はは」 「普通、か」 「ありのままの柏原でいいってことさ」 「それ、褒めてるの。要するに普通ってことだよね」 「あはは」 あと一枚残っているが……。 「わくわく」 誰にあげてもかどが立ちそうだな。 俺の評判も、完全に回復したわけじゃないからな。 「……わくわく」 「いるか、栗原」 「ぶほほ。そんな。僕なんかが、そんなところにのこのこと顔を出すなんて」 「じゃぁいいや」 「貰います‐!!」 放課後……。 夜までぶらぶらと時間をつぶして、零との待ち合わせ時間を待つ。 舞踏会か。 何やら時代がかった催しがあるものだ。 でかでかとシンデレラと書かれたビルは、夜の町にそびえ、まわりの建物よりもいっそうきらびやかに光を放っているようだ。 と……足音に、振り替える。 「お前……」 現れた栗原を見て、俺は顔をしかめる。 緊張しすぎて、ガチガチになっている……。 「大丈夫か。顔が真っ青だぞ」 「ダイジョウブダゼマカセテオケヨアイボウ」 「全然、大丈夫そうじゃないが」 「ボクヤッパリカエル」 「はや!」 「だって、タレントとか、若き実業家とか。町のいけてる男女が集まることで有名な、シンデレラのパーティーじゃないか」 「そんなところに僕が行くなんて、オオカミの群れに羊が飛び込むようなもの」 「だれもお前を食いたいと思わないだろ」 「だめ絶対!」 「もじもじしちゃう」 「もじもじしちゃうだけなら、来い」 「ひーん」 「もし、リア充が、僕を見て鼻で笑おうとしたら、かばってよね」 「どうやってかばえって言うんだ」 「別に、お前のことなんて気にかけないっての」 「そんな。それはそれで傷つく」 「どうしろってんだ!?」 「自然に、優しく迎え入れてほしい」 「リア充に要求しすぎだろ!」 「それぐらいしてよ、リア充なんだから。心の余裕があるだろうっ」 「うるさい。行け」 うだうだしている栗原をシンデレラの中へ、追い払うように押し込む。 さて。そろそろ、零が現れるはずだが……。 「桜井たくみ」 「ん?」 「待たせたわね」 …… 「お……」 「な、なによ」 「おおお……」 「だから、なによ」 「おおおお」 「かわいい!」 「へ……」 「かわいいじゃないか!」 「ちょ、こんなところで……何、言い出してるの」 「抱きしめたい」 「が、我慢する」 「パーティーが終わるまで」 「はいはい、ありがとうございます。一生我慢してくださいね」 「一応、私は時計坂家の代表として参加するから……下手な格好もできないのよ。だから、こんな格好を……」 ぶつぶつと、言い訳するように零は口にする。 「じゃぁ、行こうか。エスコートしますよ。お姫様」 「どうも」 「いや、お姫様じゃないんだっけ。妹か」 「そんな話だったわね……」 「さしずめ、今夜は、シスタープリンセスだっけ」 「……なにそれ」 「ほら」 「……」 「おにーちゃん……」 「もう一度」 「おにーちゃん……っ」 「うんうん」 「時計坂たくみ、出動!!」 「はぁ……思いやられるわ」 「へぇ、これは……」 「あれ、時計坂家の、お嬢さん」 「はじめまして」 「おかわりないですか」 「はい」 「そうですか。それは何よりです」 なんだか感心しながら眺めていた。 「私、こういう話でずっと捉まってるから」 「あなた、調べてきてくれる?」 「調べるっていっても、なんて……」 「そのまんま」 「魔女こいにっきって知ってるかって……聞いてくれればいいのよ」 「それで、知ってるにしても知らないにしても、反応を見て……怪しい人がいたら、知らせてほしいの」 確かに、セレブらしい。 しかし、時計坂家か。本当に、どういう家なんだ。 さて、誰に話を聞いてみよう。 あれは……。 「あれ、桜井君も来てたんだ」 「先生……」 「何をやっているんですか! 先生」 「は、はい?」 「こんな、肉食系男子の集まりに参加したら、またたくまに先生なんて、お持ち帰りされちゃいますよ」 「な、何を言うの。先生大人なんだから。むしろ、皆がそうならないようにと思って……」 「危ない先生! 先生の処女が狙われている」 「……は」 「逃げてください。僕の童貞でひきつけておきますから」 「ナニヲシテイルノ」 「悪ふざけ」 「それじゃぁ、俺はこれで」 「って、忘れてた。先生」 「なに。また変なこと言うつもり?」 「魔女こいにっきって知ってますか?」 「……」 「魔女こいにっき」 「知らないな」 「なにかな?」 「なんでもありません。いいんです」 「たくみ君……」 「いやぁ、緊張するよね」 「皆、貴族っぽいよねなんか。きっと、地上の虫けらどもを見下ろして、笑っているんだ」 「あああ。僕は、何を考えているんだ。確かに僕は虫けらだけど、地上の人達は皆、頑張っているじゃないか」 「……」 「いや、お前だって、ぶほぶほ言わずに、きりっとしてたら、なかなかのもんじゃないのか?」 「え。え」 「そうかな」 「もっと評価されるべき?」 「あ、あぁ……」 「名作認定きちゃったな」 「ぶほほ。埋もれた名作ってやつかな」 調子のっちゃった。 「ところで、お前、魔女こいにっきって知ってるか?」 「……何。日記?」 「いや、知らなければいいんだ」 「ふーん?」 「そうだ。たくみ君……あとで、一人で、1階に来てくれるかな」 「あ? なんだいきなり……」 「いいかい。くれぐれも、一人で来てよね」 それだけ言うと、栗原は行ってしまった。 一人で来てくれって……。 何か気色悪い用事じゃないだろうな。 「桜井君」 「よう、楽しんでるか」 「ちょっとした食事会か何かかと思ったら、すっごい、本格的でびっくりしたよ。私服で来ちゃったし」 「なんか、私服だと……浮いてる感じだよね」 「いいんじゃない。学生が、ばりばりのフォーマルで来るのも変だし」 「まぁ、柏原が浮いてるのは、事実かもしれないけど」 極所的に。 「え。なにが? やっぱり浮いてる?」 「なんでもない」 「なぁ、柏原って……魔女こいにっきって知ってる?」 「うん? なに」 「魔女こいにっき」 「まじょこいにっき……」 反芻しながら、柏原は考えこむ。 「それは……更級日記みたいな?」 「いや……どうだろう。まぁ、そんなの」 「授業で習ったっけ?」 「知らないならいいよ」 「ごめんね」 「それがどうかしたの」 「や、女の子が噂してるのを聞いてな。都市伝説って言うのかな。ちょっと気になっただけ」 「私、あんまり、今時の話題とかについていけないからなぁ」 「何か趣味あるの」 「趣味……」 「カフェで読書とか」 「読書ってどういうの」 「どういうのかな」 「なんかね。差し障りがないって言うか……淡々とした、お話が好きなんだよ」 「音楽にしても、主張が強いものが苦手なんだ。ただそこにあるものが好きっていうか」 「ふーむ。半分ぐらい分かるかな」 「ご飯は薄味が好きだし」 「好みが、お年寄りっぽいって言われることがあるんだよね。でもそんなんじゃないんだけどなぁ」 「あのね。それで、カフェめぐりが好きなのは……」 「……」 はたと、言葉を止める柏原。 眉をひそめて渋い顔をする。 「桜井君は危険だよね……なんか、ぺらぺらとしゃべっちゃう」 「何も危険なことないじゃん」 「そうだけど。本心をさらけ出すって言うのは、相手に弱みを見せることと、同じじゃない」 「ふーん」 つまり、柏原は、普段、本心はさらけだしてないってことなのか。まぁ、誰だってそうか。 「じゃぁな。変なこと聞いて、ごめん」 「うん。じゃぁね」 「あら」 「こんにちは」 「ど、どうも」 「あの、カルボナーラさんは……」 魔女こいにっきのことを聞くよりも、もっと気になることができた。 「あの、なんでその名前……」 「カルボナーラって、なんか、えろいでしょ?」 「わ、分からないです」 「ふふ。なんなら、分かるようにしてあげようか?」 「一晩一緒にいたら、私のこと、カルボナーラとしか思えなくなるから」 「……え、いや、何を」 「あのですね!」 「なにかしら」 「魔女こいにっきって知ってますか?」 「魔女こいにっき……知らないわね」 「どすこいにっきなら知ってるけど」 「それ、普通にお相撲さんの頑張ってる日記ですよね。きっと」 「ふふ。どうかしら」 「私とどすこい、してみる?」 「!!!!」 「いや、あの……」 「どすこいどすこいどすこいどすこいどすこい」 「し……っ」 「失礼します!!」 「あらぁ」 「ふ……若いわね」 …… あの人苦手だ。 「ん…?」 けげんな顔で、ささやいている出席者。 その視線の先には……。 「こほこほ」 変なのがいた。 こんなところで、ガスマスクをつけている。 「……」 「臭いですねぇ。こほこほ」 「……」 なんか露骨にあやしいな。 けど、逆に何かを知ってそうだ。 「あの、ちょっと聞きたいんだが」 「魔女こいにっき?」 質問を先回りされた。 「聞いたことがあります」 「やめた方がいいですよ」 「え」 「あれは、悪魔の書です」 「竜の書なんて、かっこいいネーミングにすれば、男の子が興味を持つのも無理はないのでしょうけど」 「いや、そういうわけでもないが……」 「あれは、竜なんかじゃない。悪魔の姿です」 「それでも、見るからに恐ろしげにこちらを威嚇してくれる分、まだましでしょうか」 「もっともたちの悪いのは、とてもそうとは思えない。美しく、物分かりのいい顔をして近づく、悪魔です」 「魔女は文字通り魔女なのです」 「人の魂を食い物にする生き物です」 「ゆめゆめ忘れないように」 「悪魔とは異形ということです。それは必ずしも、恐ろしいものとは限らない。美しい異形もある。人はそれを神秘と履き違える」 「それをゆめゆめ忘れないでください」 「魔女は魔女。人を、悪魔にするのが生業です」 「お前、何者だ」 「言いませんでしたっけ」 「天使です」 「さてと……」 栗原が、あとで1階に来てくれとか言っていたな。 どうせパーティーにいづらくなったから、一緒にふけてくれとか、そんな話だったか。 零は……相変わらず、挨拶まわりをしているようだ。 店の中は明かりこそついているものの、営業を終え、静かなものだ。 「栗原。どこだ?」 「ここだよ」 「うおお!?」 「びっくりしたよ」 「なんだよ、何か用なのか。気色悪いことだったら、ダッシュで帰るからな」 「その辺は、順を追って話すとして……そうだな。まずは、たくみ君のことを聞かせてもらおうか」 「俺のこと?」 「うん」 「魔女こいにっきがこの店にあるから、探すのを手伝ってほしいとか、言われたんじゃないの。時計坂さんに」 「え。え。なんで……」 「知ってるよ。魔女こいにっき」 「ずっと僕の手元にあったからね」 「な、に……」 「ただ言っておくけど今は、僕の元にはないよ」 「あるところに保管してあるんだ」 「どこだ」 「でも、どうして、君がそれにこだわるんだい?」 「え」 「探すのを手伝ってほしいと言われただけにしては……なんだか、たくみ君自身も、こだわってるように見えるよ」 「そうだな……なんでだろう」 「俺自身も、気になるんだ。魔女こいにっき……その名前が」 「……それはそうだよ」 「だって、あれは、君が書いた日記だから」 「……は」 「ここはもう、建てられて……60年以上経つ、老舗の美容院でね」 「ここまで大きくなったのは最近だけど、もとはある人の思いつきで始まった美容院だった」 「彼の名前は……桜井たくみ」 「どこかで聞いた名前だな」 「君だよ」 「そ、そうだな……。なんという、偶然」 「偶然じゃないよ。だって、他でもない、君自身のことなんだから」 「君は、このシンデレラの創始者なんだ」 「僕は君に頼まれて、ずっと、ここでシンデレラを仕切っている」 「じゃぁ。お前、元から、俺のことを知っていたってことか」 「まぁ、ね……」 「それであんな白々しい態度をとっていたってことか」 「白々しいってことはないよ。友情に誓って。僕だって申し訳ないから、あんなに緊張していたんだろう?」 「じゃぁ、それでぶほぶほ言ってたわけか」 「そうだよ。本来、あんな変じゃないよ。僕は」 「だったらいいけど……」 「まぁ、緊張するとああなるし、初対面の相手には、たいてい緊張するけどさ。いや、初対面じゃなくても緊張することが多いかな。ぶほほ」 結局、変わらないんじゃないか。 「いや、待て、いろいろと混乱してる」 「ここが出来たのが、60年以上前と言っていたな」 「じゃぁ、俺達は一体なんなんだ」 「……」 「それだけの時間がたって、若いままの姿じゃないか」 「60年じゃないよ」 「もっともっと長い時間を……永遠とも言える時間を、僕らは、生きている」 「な、に」 「王よ……どうか目覚めてください」 「……」 「……は?」 「僕は、あなたの語る物語が好きでした」 「……」 好き? これ、もしかして……やばいパターンか。 若干、腰が引ける。 が……栗原の顔は、いつになく真剣で、どうも、話を聞かないわけにはいかないようだ。 「お前……何か知っているということか」 「あなたに何が起こったか、僕には分からない」 「記憶を失う前、あなたは、ある物語を完成させようとしていたのです」 「それはもう、あと一歩のところまできていました」 「けど、その時、おおきな試練があなたを襲いました」 「それにあなたは勝てませんでした」 「そして……あなたは、全てを失ってしまった」 「僕が知っているのは以上です」 「以上ですって言われても、俺にはさっぱり分からねぇよ」 「なんだ、試練って。俺が、それに負けたって……」 「……」 「藤田崑崙を探してください」 「ふじた、こんろん?」 「学園のどこかにいる、魔術師です」 「真実を知っているとしたら、彼女です」 「……」 「なんだってんだ……試練って……魔術師って……」 勝手に、負け犬扱いされてるし……。 栗原は、戸惑う俺を眺めながら……同情するように、穏やかに続ける。 「僕は考えました」 「あるいは。記憶を失ったのは、あなたの選択だったのかもしれない」 「とにかく、あなたにはあなたの考えがあってのことでしょう」 「僕は事情をいくらかでも知るものとして、あなたにこうして助言を与えるべきか、迷いました」 「学園でのあなたは楽しそうだ。その平穏を、いたずらにかき乱してしまうのではないかと……」 「ただ、何も分からずに彷徨っているあなたを放っておくことは僕にはできない」 「だから、僕が今言ったこと……魔女こいにっきと藤田崑崙…これだけ、忘れないでください」 「そしてどうするかは……あなた次第です」 「ここに向かってください」 「地図……」 「ここに、何があるんだ」 「ある理容室です」 「理容室……?」 「そこに魔女こいにっきがあります」 「どうか、それを誰にも渡さないように。大切に持っていてください」 「ふぅ……」 そのまま、外に出る。 なんだか、頭を冷やしたい気分だった。 「おにーちゃん」 「……」 「おにーちゃん」 「……」 「おにーちゃん!」 「ええ、あぁ、零……」 「どれだけ、無視してくれるのよ」 「あはは。悪い」 「どうだった?」 「え……。あぁ、魔女こいにっき、な」 どうしよう。 どうだったもなにも、在処まで教えられてしまったわけだけど。 栗原との約束、半ば押しつけられたようなものだけど……守らないわけにもいかないか。 「いや……」 「変な顔されるだけだったな」 「そっか」 「収穫なしか。おかしなこと頼んで悪かったわね」 「気にするな。いつも世話になっているんだから。これくらい」 「じゃぁ、もういいから。あなたも普通に楽しんでなさいよ。私はまだ挨拶まわりやらで、いろいろと用事があるから」 「あぁ……そうさせてもらう」 俺はパーティーを途中で抜け、指定された住所に向かう。 零には悪いが、後でいろいろと言い訳をしておこう。 …… 以前、柏原達とぶらついた商店街を奥まで行き……。 「えーと。こっちか」 細い路地を曲がり、ひっそりと、月明かりだけが流れ込む、ひそやかな場所に目的の店はあった。 …… 「ここは……」 古い理容室。 もう、何十年も時が止まり、取り残されてしまったような……。 ここが、なんだというのだろう。 なんだろう、この胸をしめつける苦しさは。 一冊の本が置いてある。 一目見て、年代ものと分かる……木製の分厚い装丁の、本だ。 これが栗原が言っていたものか……。 「これが、魔女こいにっき……?」 「これを、俺が書いた?」 むろん、覚えはない。 覚えはないが……妙に胸騒ぎが、止まらない。 そっと、魔女こいにっきを開く……。 全部読み終わる頃には、夜があけようとしていた。 理容室の椅子に深々と腰掛けながら、長い息を吐く。 それは、一人の少年のお話だった。 彼は、もともと砂漠の国の王で……。 国を追放され、多くの魔法使いと従者を引き連れ、この国にやってきた。 そうして、ある物語をつづるために、長い時間を幻として生きた。 ジャバウォック、という王。 それが、俺だと言うのか。 覚えなんてあるわけがない。 現実感なんて、あるわけがない。 突拍子もない、大昔の物語を読まされて……それがあなただと言われて、はいそうですかと、受け入れられるわけがない。 記憶が戻らない以上、全てに現実感はなく。それをしめす事実もない。 日記によれば、ジャバウォックは幻であり……それが生きた痕跡は、やがて消え失せてしまうのだという。 ならば、それはやはり物語でしかない。俺にとっても。 それでも、今ほど読んだ物語が、胸の一番深いところに、ある懐かしい旋律を伴って、こだましているのが分かる。 「あなたは物語の姿を知ってる?」 「物語の姿?」 「イメージの話よ」 「愛を描こうとすれば、それはきっと、天使の姿をしているだろう」 「不幸を描けば、悪魔の姿をしているだろう」 「じゃぁ、物語はなに。物語って、どんな姿をしているの?」 「それはきっと、ドラゴンの形をしているの」 「ドラゴンっていうのは、実に不思議なイメージよね。時々の印象も千変万化する」 「は虫類でもあり怪鳥でもあり、知性を抱いた賢者であり。かと思えばどう猛な魔王でもある」 「火を噴けば、氷だってふける。風を起こし、地響きを起こす。空を飛べば、大地を闊歩する」 「ドラゴンってやつは、それ自体が一つの物語なのよ。描くものによって、なんにでもなり得る。壮大で、古より人の憧憬を生む」 「誰もがイメージすることはできるが、しっかり描こうとすれば、意外と難しい」 「どこかに存在していそうで、決して、どこにもいない」 「そして、物語とは、つまり竜だったのよ」 その日から……俺は、理容室で寝泊まりするようになった。 記憶、か。 俺が想像する以上に、俺が失ったものは大きいのかもしれない。 そもそもこの理容室はなんだ。 俺がここで暮らしていたとでも言うのだろうか。 いや……そんな記憶は、まったくない。 じゃぁどんな記憶があるのかと言えば……何もないのだけれど。 ただ、どうしてだろう。 理容用のハサミを手にしていると、妙に馴染む感触があった。 こうして、俺は人の髪をカットしていたことも、あったような気がする。 俺は……王様なんかじゃなくて、ただのいけてるカリスマ美容師だったんじゃないか。 だとしたら、シンデレラなんて美容院を作ったことにも、繋がるな。 「はぁ……」 結局、何も分からない……。 「今日はどうするか……」 理容室の掃除をしたり、必要な買い出しをしているうちに、あっという間に数日が過ぎてしまった。 しばらく学園にも顔を出していない。 零達に会いに行こうかとも思ったが、時計塔を出て勝手にこんなところで暮らしている手前、会いづらかった。 なにより、彼女達が探していたらしい、魔女こいにっきとやらが、今、俺の手元にあるわけで。 会うのは、もう少し事態を整理してからの方が、良さそうだ。 「どうするかなぁ」 歩きながら、考える。 このまま家に帰ってもいいけど……。 「やぁ」 「……?」 いきなり声をかけられ不審げに見あげる女子に、微笑む。 「これから飯なんだ、一緒しない?」 「ふーん。どうする?」 「いいんじゃない」 「でさぁ……」 「まじ傑作」 「あ、私達もう帰らないと」 「あぁ」 「ごちになっていいん?」 「もちろん」 「ごちそうさま」 「またあそぼーねー」 「おお。早く帰れよ」 「あんたに言われたくないわ」 「はは」 「ただいま……」 理容室にあったのは、日記だけじゃなかった。 桜井たくみ、という名義で、銀行の通帳がおいてあった。 中には、それこそ現実感のないような数字が書かれていた。 カノンちゃんから、限度額が設定されたカードを預かっていたが、これがあれば生活には困らないどころか、数年間豪遊しても、余るくらいだ。 それにしても、栗原進か。 あいつも何者なんだ。 魔法使いだと言っていた。 そして俺は王様。 王様だからこそ、これほどの蓄えがあるということか。 夜は、一人でいろいろと考えがちになるので、外に出て、ナンパをして……出来るだけ遅くまで誰かと一緒にいるようにする。 ナンパが失敗したときは、お店に行ってみる。 学生なんかが……と追い払われると思ったが、それなりの格好をして、気前よく金さえ払えば、すこぶる対応は良くなった。 そうして……段々と、俺の生活は派手になっていく。 「大丈夫だって」 「ここのホテルのサービス定食、めちゃうまいんだって」 「ほんとにそれが目当てなの?」 「そうそう。一人で入るのは悲しいだろ。だから付き合ってよ」 「じゃぁ、変なことしないっていう約束で」 「約束」 「じゃぁ……行こうか」 今夜も、ひっかけた女の子とゴールイン間近……。 最近調子いいなぁ……。 ……と。 なにやら、視線を感じる。 向こうから、一人の女性がじっとこっちを見ていた。 「げ……」 あけみちゃんだ。 「は、はは……ごめん。考えてみれば、俺、もう飯食ったんだった」 「えー。なにそれ今更。ちょっと女の子に恥をかかせるつもり?」 「また、次の夜にっ」 「ごきげんよう」 やばい。 よりにもよって先生に見られるとは……。 絶対に明日、呼び出されて、いろいろと詮索されるんだろうな。 理容店に寝泊まりしていること。 遊び回っていること……。 なにより零とカノンちゃんの二人に知られるとまずいな……。 「なんとか、先生に口止めをしなければならないが……」 「どうする……」 久しぶりに、零達を訪ねてみよう。 すでに先生から話がいってることはないと思いたいが……いずれにしろ、二人の様子を見て、あわよくばフォローをいれておきたい。 それに、聞きたいことがある。 考えてみれば、この学園にいるらしい藤田崑崙という生徒について、理事である二人が、知っている確率は高い。 あとは……単純に、二人の顔が見たくなったというのもあった。 「あぁ、久しぶりね」 「うん。二人とも元気?」 「見ての通り、すこぶる元気だ」 本当は毎日顔を出すように言われていたが、数日ぶりの顔見せということになる。 そのことについて、どうこう言うこともないようだ。 俺について調べてくれているらしいが、成果はあがっていないらしい。 俺は長くこの町に暮らしていたはずだ。 漁れば、桜井たくみの痕跡はいくらでも出てきそうなものだが。 二人は、それを掴めないのだろうか。 「藤田崑崙という生徒を知っているか」 「有名って?」 「彼女、オカルト研究会を主催しているんだけど、そこで夜な夜な、あやしいミサをとりおこなっているというわ」 「もちろん、学園としては許可をしていないんだけど……」 「ただ噂ばかりが広まっていて……一部じゃ、魔女と呼ばれているわ」 「魔女……」 「気になって、私も探しているんだけど、見つからないのよ」 「クラスはどこなんだ」 「一年、B組よ」 「1つ下?」 「ええ。けど、藤田さんがどうかしたの」 「いや、似たような噂を聞いたから、興味があって」 「魔女とか呼ばれてる藤田崑崙とやらが、俺について、何か知らないかなって」 「まぁ、得体が知れないって点では似たもの同士よね。分かったわ。こっちでも、ちょっと調べてみるわ」 「あぁ……ありがとう」 「それより、たくみ様。時計塔での暮らしはどうですか?」 「え……」 「なに」 「か、快適だな。はは……」 「意外ね。最初はあれほど嫌がってたのに」 「このままじゃさすがに悪いから、あなたの仮住まいを別に作ろうかなって、カノンと話してたのよ」 「そうか」 「いや、大丈夫だ。ありがとう……」 「え゛」 「なによ、まさか、あなた」 「のーのー。あんなところに連れ込めるかよ」 「まぁ、それもそうよね……」 あんなとこじゃないんだけどな。 なんか、悪いな。 二人には二人の思惑があったのかもしれないが、純粋に俺を心配して、囲ってくれていただろうに。 「じー……」 と……廊下に出ると、待ち構えていたように、梢先生が立っていた。 「あ、ど、ども……」 「……」 ぴくぴくと、こめかみを引きつらせながら、先生は俺を見ている。 これは……考えるまでもなく……怒っている。 まぁ、しょうがない。あんな現場を見られてしまったのだから。 「桜井君。今日、放課後、いいかしら」 「はい……」 「……」 時計塔、か……。 学園の教室から、時計塔はほぼ目の前に見えた。 早く授業が終わらないものかと……退屈な時間の最中、誰もがよく時計塔を、ぼんやりと眺めていた。 そして、森の中に忽然と存在する古い塔の姿は、人の心を、どこか非日常に誘ってくるようだった。 今も……。 俺は、先生の話を聞きながら、時計塔をぼんやりと見ていた。 聞いてるの? と、先生がいらいらとしている。 「聞いてますよ、梢先生」 「どういうことなの。昨夜、他校の女の子と……ほ、ホテルに入ろうとしてたね」 「進路で悩んでいるらしくて。相談にのっていたんです」 「そんな、芸能人みたいな言い訳……」 「夜通し話すには、都合がいい場所でしょう」 「安くすませたいサラリーマンだって利用することがあるんですよ」 「それじゃぁ、一緒に泊まった同僚同士は、ホモの疑惑をまぬがれないじゃないですか」 「それとこれとは別だよ。若い男女でああいうところ行くって言うのは……」 「なんで男女だとダメなんですか?」 「それはつまり……男女だと、そういうことになりがちでしょう」 「エッチをするのはダメなんですか?」 「まぁ、学生だし」 「でもしてますよ。統計でも、けっこうな割合がしてますよ。それ、皆だめなんですか?」 「いや、そういう話じゃなくて」 「はっきりとさせましょう」 「俺たちはエッチをしていいんですか? しちゃダメなんですか?」 「それは」 「ちゃんとした手順で、そう……なるというなら、いいのかもしれないけど。君の場合は……」 「なるほど」 「で、俺はホテルに入ろうとしているところしか見られてないはずですが……」 「ちゃんとした手順を踏んでいるかどうかを、誰が判断した上で、呼び出されているんでしょうか?」 「君は……」 「私みたいな、新米教師だからそんなひねくれた物言いができるんだろうけど、主任の中村先生とかにやったら、進退問題だよ」 「おっさん相手なら、俺はもっとひねくれてますよ」 「先生だから、まだ素直なんです」 「なんでよ」 「だって、先生ってなんか……」 「なに?」 「キャバクラにいそうだから」 「な、に、そ、れ」 「いや、良い意味ですよ」 「今の評価に、良いも悪いもあるの??」 「こう、なんでも気楽に、話せてしまえそうというか」 「それは良い意味だね……確かに。どうして、キャバクラにいそうって表現になるかは知らないけど」 「おさわりしても笑って許してくれそうな」 「許さないよ! どういうのそれ」 「おっさん転がすのうまそうな」 「いや、確かに……私は昔から……。いや、ちょっと待って、そもそもどうして、学生の口から、キャバクラにいそうなんて発想が出てくるの」 「桜井君、もしかして行ったことがあるわけ???」 「そんなに行きませんよ」 「そんなに!?? 行ってるってことだよね???」 「いやぁ。まぁいいじゃないですか。でも先生、真面目な話」 「うん?」 「俺を呼び出すのはやめてください。指導をしたいなら、主任の中村先生に代わってください」 「なんでよ。先生じゃ無理だっていうの」 「君から見ると、男の人を知らないから?? それは、言ったけど、誤解──」 「それは別にいいです」 「じゃぁなに」 「だって、放課後……人気の消えた、教室にふたりきりなんて」 「……っ」 「せ、先生を襲うつもり????」 「襲わないですよ。そんな、警戒しないでください」 「ただ……」 「口説かずにはいられないかも」 「あ゛」 「桜井君……? 先生相手に、君は何を言ってるの……」 「キャバクラに行ったら、口説かないと、損でしょう」 「キャバクラは関係ないよね。というかやっぱり行ってるんじゃない!」 「まぁまぁ。細かいことは気にしない」 「……」 「もう、疲れました……帰って良いよ」 「どうも」 まったく。せっかくの貴重な放課後を、お小言でつぶされるとは。 あれが梢先生じゃなかったら、爆発してるところだよ……。 さてと……。 校舎には、クラブ活動にいそしむ生徒達が残っているようだ。 どこかの教室から、演奏が鳴り響き、校庭からは威勢の良いかけ声が聞こえてくる。 ただ、夕日はゆっくりと地平の向こうに沈もうとしていた。 一日が終わる。 俺は……。 「町にでも行こう」 自転車で、駅前まで来た頃には、すっかり日も落ちていた。 家路に向かう人達が、早足で歩いて行く。 その流れに逆らって、俺は駅のターミナルへ。 大体、似た人間が集まる場所というのは、直感で分かるものだ。 二人の少女が、花壇に腰を下ろして、ひっきりなしにしゃべっている。 人を待っているというわけでもない。 ナンパ待ちというわけでもないだろう。 なんでこの二人は、家にも、店にも行かず、こんなところで話しているんだろう。 でも、なんとなく理由は分かる。 家よりもファミレスよりも……彼女達にとっては、ここの方が寂しくないのだろう。 「よう」 「……」 自分達に声をかけられているとは思わないのか、少し目配せをして、また会話を再開する。 「よう」 もう一度声をかける。 今度は、もう片方の女の子が手をかかげ、反応した。 「ども」 「でさぁ。ヤンバイレルンのヒット作って言うと、大体、ガンジーは三度死ぬを出してくるけど」 でもすぐに会話に戻る。 「違うでしょって。どう考えたって、彼が役者として才能を発揮したのは、さくらんぼ峠の喪失でしょって」 「それには、あれの監督だった、クロードヒューゴーの手腕が無視できないわけ」 「ヒューゴーって、カリビアン時代の向日葵を、撮った人?」 「……」 こちらを振り返った少女は、俺の顔をまじまじと見て。 「違う」 そのまま会話に戻ろうとするも、思いとどまり、俺の制服をじろじろと眺めつつ。 「碧方?」 「うん」 「ふーん」 「私らこれからカラオケ行くんだけど。一緒する?」 「ちょっと、恋。いいの?」 「暇だしいいでしょう?」 「俺はもちろんいいよ」 三人でカラオケ店へ。 けど二人ともあまり歌わず、食べたり、しゃべったりしているのがほとんどだ。 一人の子が、ひっきりなしに映画の話をする。 映画といっても、俺でも名前を知っているようなメジャーなものではなく……。 中東やらロシアあたりで撮られた、どこで見ればいいのかも分からない、マイナーなタイトルばかりのようで。 友達も同好の士なのかと思ったら、そういうわけでもなく、ただはいはいと調子を合わせているだけのようだ。 カラオケ店を後にしてからも、少女の演説は……続く。 …… 聞き手を俺に任せ、もう一人の女の子は少し距離を置いて、スマホをいじりながら歩いている。 「その監督が撮りたいのは結局さ、恋愛ドラマなんだよ。ただ、ただ恋愛だったの」 「それが、へたに権威のある賞を受賞しちゃったから、妙な社会派のレッテルを貼られちゃってさ」 「その筋のファンからは、やれ、歴史認識が浅いとか批判されてるけど、あれは、そこじゃない」 「バベルとブゼルの、単純な、ボーイミーツガールなんだよね」 「ねぇ、そう思わない?」 いきなりこっちにくる。 「いや、見てないから、それ」 「そうなの? なんで? 見なよ。約束だよ」 「うん」 「それを勘違いしたスポンサーが、三角形のモスドラゴンとか任せちゃうでしょう。そりゃぁ、双方にとっていいことなんてないよね」 彼女の語るうんちくは、まったく何一つ、俺の知るものじゃなかったが、聞いていて悪い気はしなかった。それどころか、愉快だった。 好きなものを語る人の顔というのは、いいものだ。それも、かわいい女の子なれば、なおさら。 二人をともなって、ハンバーガーショップにやってきた。 カラオケをおごってもらった手前、何かごちそうしなければと思ったわけだが、情けないことに今の俺の手持ちではここが精一杯だった。 「でね……。彼の手法って結局、ハリウッドの焼き直し、輸入だって批判する人は多いけど、私はどうかなって思うんだ」 「いや。確かに、その手法を取り入れたのは確かだよ」 「ただすごいのは、もともと彼がやろうとしてたインド映画の、そこにハリウッド的……つまるところマク○ナルド的……な手法というか」 「小難しいと敬遠していた人達に、その良さを補完したまま、口あたりを軽くして、提供してあげたわけ」 「というわけなのよ」 「聞いてる?」 「聞いてる聞いてる」 そういえば、もう一人の子は、いつの間にかいなくなっていた。 「それでね……」 ごめんと、俺も席を立つ。 「やぁ」 「こんちは」 トイレの前で、スマホをいじっていた。 「あの子置いてきたの?」 「まぁ……」 「私狙い……じゃない」 「君、恋、狙いだねぇ」 「ばれてる?」 「ばればれ」 「で。私に頼みに来たの?」 「いやぁ。頼みってほどのことじゃないけど」 「どうしようかなー」 「今度、合コンセッティングするよ」 「君のツレなら、いけそうだよね」 「いけてるいけてる」 「私は興味無いけど、これは高く売れるネタだよ」 「交渉成立」 「あれ。加奈子は?」 「用事があって、先に帰るってさ」 「ふーん。まぁ、よくあることだわ」 「それより、映画の話なんだけどね」 「うん」 …… 「やば、そろそろ帰らないと」 「家近いけど、寄ってく?」 「えー。ご両親驚くよ」 「うち、いないし」 「あー。それはもっと危険なんじゃ」 「そんなことないよ」 「よめたぞ。それでここを選んだか」 「何か言った?」 「なんでもなーい」 「家を見てから考える」 「そうして。それでもまだ間に合うよ」 家の様子を見て、少女は意外そうに、目を見開く。 「理容室なんだ」 「営業してるわけじゃないけどね」 ほったらかしにされた道具や、椅子。あちこち痛んだ、内装。 長い時間、そのまま風化してしまったものたちが、ぼんやりとした電灯に照らされて、遠慮がちに俺たちを迎えていた。 「でも。髪切ってもいいよ」 「腕、いいの?」 「まぁまぁ」 「ま、いっか」 気安く、少女は椅子に腰掛ける。 この頓着しないところに、俺は早くも惹かれていた。 「それじゃぁ、お邪魔しまーす」 「うん」 少女の背中に向かって微笑みかけながら、俺はハサミを手にする。 どれもこれも古ぼけて埃をかぶっているのに、そのハサミだけは……手入れが行き届いている。 青白い月明かりをきらめかせた刃先を、俺はそっと、少女の頭に向けた。 「ん……」 「ちゅる、じゅ、ちゅぅ……」 「ちゅ……ん」 「ちゅぅ」 「つ……」 首筋に、じゅっとキスをかぶせる。 「ん……あ、あ、あ……」 「はぁ……」 ほてった少女の身体のあちこちに、唇をはわせ、吸い上げる。 少女は、身体をよじり、短い喘ぎを、あげ続けていた。 「声、かわいいね」 「そ、そう?」 「なんか、声でも出してないと、不安だから」 弁解するように口にする。照れているわけではなさそうだ。 少女の目には、快楽よりも……まだ、確かに強い不安が満ちている。 「え?」 「なんか、怖いから」 「ん……。何が、怖いの?」 豊かな乳房に舌をはわせながら、上目遣いに、訪ねる。 「だって……あ、あ、あ。ねぇ、君は、こういうの、慣れてるの?」 「少し」 「そうなんだ……」 「笑わないでね」 「うん?」 「私、のこのことついて来といてあれだけど……け、経験なくて……はじめてなの」 「わはは」 「……じー」 うらめしげな目をする少女。俺は小さく笑い、少女の頭をくしゃくしゃと撫でた。 「冗談だよ」 「任せて。リラックスしてればいいから」 「うん……」 淡いピンク色の乳首、ぷくりと屹立している。 その先端に俺は唇をあわせ、少し強めに吸い上げた。 「ちゅうぅ……」 「は。ん……」 「痛い?」 「痛くは、ないよ」 「じゃぁ、どう? 言ってみて」 「お、おっぱいが……むずむずして、先端のほうから、なんか、むずがゆくて」 「それで? うん。ちゅ、ん……ちゅる」 「は、あ、あぁ、あああ」 「はぁ、は、ぁ……なんか、気持ち、いいの」 「どうしてほしい?」 「もっと……して」 「なにを?」 意地悪な質問にそれでも少女は、恥じらいと焦燥のこもった濡れた瞳を一心に、俺に向けながら……。 「もっと、おっぱい吸って」 「分かった」 「ちゅぅ。……ちゅる、ちゅ」 「あ、あああ」 「かわいいなぁ……ちゅぅ。ちゅる、じゅ」 「は、あ、ああああ」 「ここ……」 そっと、淡い茂みにおおわれた、秘丘に指をはわせた。 「や、ん」 「いっぱい濡れてるね」 割れ目にそって指をすべらせる。 ふんだんに染み出した愛液が指先にまとわりついて、ぴちゃり、と音をたてた。 「わ、分かってるもん。さっきから、おまたの方が……すっごい、あついの」 「俺のここも、さっきから、すっごい、あついんだ」 ぎちぎちに屹立し、少女のやわらかな肌に擦れながら、今にも破裂しそうなほど熱をはらんだペニスを、少女の手にあてがう。 「あ……」 「……君の、おち○ちんが、入る準備ができてるってことだよね」 「そうだね。これだけ濡れてれば、ばっちりだ」 言って俺は、先端を少女の秘部にあてがう。 ぱんぱんに膨張した亀頭は、もうちょっとの刺激で、破裂してしまいそうな危うさがあった。 ちゅるっと、先端を割れ目にはわせる。 「入れるの?」 不安そうに少女が俺をうかがう。 「入れたくない?」 「……入れないと、これ、終わらないんだもんね」 「俺は終えることはできるよ。今でも」 「ほんと?」 「怖いなら、無理にしないよ」 「……」 「でも、もう少し近づけて……入り口と、ちょっとでも接触したら、もう止まれないと思う」 「そうなんだ。ん……どうしようかな」 不意に現れた選択肢にとまどいを隠せない少女。 そんな逡巡を眺めながら、俺はささやく。 くちゅっと、かすかにペニスの尖端が、水気を含んだ恋の秘部と接触した。 「もう、止まれない」 「も、もう。結局、そういうことじゃないの」 ず、ちゅ。 「ふ、ぁ」 先端が、少女の入り口をこじあけるように、めりこんでいく。 「あ、ああああああ」 「先っちょ、入ったよ」 「ま、まだ先っちょなの?」 得体の知れないものへの驚きに、少女は懇願するように、俺を見つめる。 少女の入り口に飲み込まれた先端は、どくどくと、落ち着きなく脈打っていた。 「うん」 「全部、入れるの?」 「うん……もう、止まれないから」 「……」 「ゆっくりしてね。私、よく分からないよ。どうなるのか。そんなに大きいのが、入るなんて」 「大丈夫。ゆっくりするよ。今、どう?」 少しだけ腰を押し込んで、ペニスをさらに潜り込ませていく。 「はう。ん、先っちょ、入ってるね。ぐりって、私の中にめりこんでるの、分かるよ……」 「じゃぁ、少しずつ、中にいれていくから」 ずちゅ、ずちゅ。 「ふぅ。ぐ、う。はぁ、はぁ……はぁ……。あ……」 「入ったの?」 「まだ半分かな。奥の方がきついみたいだから……ゆっくりほぐすよ」 「うん」 ぐちゅ、ぐちゅ。 奥へとは進めずに、そのまま穴を広げるように腰をゆらす。 「あ……」 「あ、ああああ!!」 ぐちゅ、ぐちゅ。 かきまわすように、少女の中でペニスを揺らすと、ぐちゅぐちゅと、愛液があふれてくる。 「あ、あああ」 「ほらほぐれてきた。全部、入れるから」 「う、うん。いいよ。奥まで、きて」 「このまま、いいよ……」 「あ、ああああああ!!」 苦しげな少女のあえぎとともに、ペニスは強い抵抗を、突き破り、奥へとめりこんでいく。 「ぅ、あ……」 そしてざらざらとした肉道を突き進む。包み込む快感に、俺の口からも、うめきのようなあえぎが漏れる。 「はぁ、はぁ……はぁ……はぁ……」 「は、ぁ。ああああ。全部、入っちゃったみたい、だね。はぁ、はぁ……」 「君のが、私のなかで、びくんびくんって脈うってるのが分かるよ……」 「恋の中も、ぎゅうぎゅうって、俺のをしめつけてるね」 「うう。そうみたい……さっきから、すっごくお腹のあたり、動いているのが自分でも分かるよ」 「じゃぁ、少しずつ、動くね?」 「私も動いた方が、いい?」 「じゃぁ……おしりで、俺を擦るように、動いてみて」 「え、ええ」 「なにそれ」 「だって、さっきから恋のお尻が当たってるのが、すごく気持ちいいから」 「どうせ私は、お尻でっかいですよ」 「かわいいよ。でっかくて」 「でっかい言うな」 「う……こう、かな」 腰を押し込むように、少女がお尻を突きだしてくる。 すべすべで柔らかな感触が、陰嚢を包み込むように覆いかぶさってきた。 「あ、ちょ……これ、お尻動かしたら、君のが、奥にぐんってきて」 「あ、ああああ」 「痛い?」 「はぁ、はぁ……。痛い、けど……なんか、ちょっと。じんじんって、して……」 すりすり。 「ふ、ぁ……」 すりすりと、恋のお尻が、俺の下腹部を擦るように動く。 「いっぱい、お汁があふれてきたね」 「う、うん……分かる、君のも、私の中で、くちゅくちゅって、動きやすくなってきたみたい」 「うん、恋の中、あつくなって、いっぱい気持ちいいよ」 「そう? だったら、いいな。私も、段々、きもちよくなってきた」 「この辺とか?」 ぐいっと腰を押しこみ、少女の膣道の上を擦りあげた。 「あう!」 びりりっと、恋が弓なりに身体を震わせた。 「あ、はぁ……なに、今の」 「多分、この辺に、気持ちいいところあるんじゃないかって、恋のお尻の動きから、予想したんだ」 「あ、あ、あ。君って、なにもの、なの」 「ただの、学生だよ」 「嘘だ……。きっと、遊び慣れてるんだね。いっぱい、こういうこと、してるんだ」 「ちょっとだよ」 「あ、あ、あぁ……。エッチなんだね……っ。出会ったばかりの私にも、こんなことして」 「それは、君がエッチすぎるから、しょうがないじゃないか」 「何、言ってるの……っ。あ、あ、あ、ああ」 「こんな、おっぱいして」 「やぁ。ん。あぁ」 「こんなお尻して」 「ふぁ、ああああ」 「夜にぶらぶらして」 「はぁ、はぁ……」 「つかまったのが、俺みたいな紳士でよかったよ」 「だ、大丈夫だもん……っ。私、誰にでも、ふらふら、するわけじゃないもん」 「じゃぁ、なんで俺に?」 「わ、分からないけど……君となら、大丈夫、かなって」 「でもこんなことになっちゃったね……」 「う、うん……でも、それも含めて、いいかなって、思ったから」 「私、エッチなのかな?」 「ううん。かわいい」 「え……」 「へ、変なの……。かわいいって言われた瞬間、お腹のあたりが、きゅんとして」 「かわいいよ」 「あ、ふぁ……そんな、ささやくように、言わないで」 「おっぱいもえっちだし。お尻はすべすべで、なにより照れてる顔が、すっごくかわいい」 「やぁ……やめて……そんなこと。ないもん。ああ。あああ」 「ふ、ぐぁ。あ、変なの。君に突かれてると、どんどん、変な気持ちになっていくのぉ」 「あ、あ、あ……っ。あ。ああああ」 「あ、あ、あ」 「なに、これ。なんか、身体が、ふわふわして、気持ち、いいのが、広がってきて」 「そのまま、身をまかせるといい」 「でも、怖いよ。身体が、ばらばらになっちゃいそうで。こわいよぉ」 「大丈夫だからっ。俺も、もう、いくよ」 快感のかたまりが、下腹部でどんどん大きくなっていく。 少女の中へ解き放とうと、いっそう深く腰を突き上げる。 「う、うん。いって。私の中で、気持ちよくなって……っ」 「あ、あ、あ、あっ。やぁ、いやぁ……っ、あ、あ、ああ」 「恋っ。恋っ」 「あ、あ、あ、あ。あああああ。たくみ君! たくみくぅぅん」 「あああああああああああああああ」 「はぁ……はぁ……」 「……はぁ、はぁ」 「どうだった?」 「な……なんか、夢見てるみたいだった」 「でも初めてが君でよかった」 「今夜会ったばかりなのに」 「そうなんだけど……君じゃないと、こんなに優しくしてくれなかったような気がして」 「なんて言うか、してる間も、ずっと私のことを考えてくれているような気がしたんだ」 「考えたよ」 「当たり前じゃないか」 「うん……」 「ねぇ、今夜限りじゃないよね?」 「え」 「えっと……」 「また逢えるかな」 「もちろんだ」 町で出会った少女と、映画を見た。 ある塔に閉じ込められていた、醜くも心優しい主人公が、塔からおりて恋をする……という物語だ。 結局、その恋は失恋に終わるのだが……。 幸いと言って良いのか……俺は、美しかった。 だから、気に入った女の子とはたいてい仲良くなれる。 一方で、漠然とした予感も抱いていた。 映画の主人公と同じで、俺もまた、失恋に終わるのではないか。 ジャバウォックという、得体の知れない魔法使いにおかされていくのが分かる。 あいつはああ言ったが、これが目的だったんじゃないか。 それは争いだ。 俺は俺でいられなくなるのだろうか。 「今日呼ばれた理由は分かってる?」 「……いえ」 「先日も、夜……他校の女の子と歩いているのを見かけたと連絡が入りました」 「歩いていただけですよ」 「深夜の一時だよ。それで、一緒に君の家に入って行くのを見たって」 「ホテルならともかく、なんで自分の家に誰と入ったとかまで、見張られないといけないんですか。俺は芸能人ですか」 「一体、誰がそんな連絡を学園に?」 「近所の方という以外は……言えません。そもそもその人は善意で報告してくれてるんだからね」 「どうかな。なんか勝手にゲスな想像膨らませて、勝手に心配してるだけじゃないんですか」 「あのね……」 「たまには、遊びたくもなるでしょう。けど、桜井君のそれは度が過ぎてるんじゃないかな」 「一人暮らしということで、周りの人も心配してくれるんだから。君がちゃんとしないと」 「俺は遊んでるつもりはありません」 「え」 「夜……どうしようもなく、神妙な気持ちになって、人がいるところに出かけて……そしたらもっとしんみりして、誰かを近くに感じたくて」 「そうして、同じような目的で出歩いている子に声をかけて、一夜をともにするんです」 「それって遊んでるのかな。俺にはちょっと違う気がする」 「……ほ、ほー……」 「まぁ、先生には分からないと思いますが」 「にゃ、なんでよ。分かるわよ。寂しさをいやす。あ、あるわね。ままあるよね」 「でもね、桜井君がしてることはやっぱり安易だよ。寂しさを、手っ取り早く埋めようとしてるだけ」 「ちゃんと、相手を見て……そして、ちゃんと誰かを好きになったら、逆にああいう行為って、簡単にはできないと思うの」 「エッチをしちゃいけないって……言えないよ、でも、今の軽はずみな行為は、きっといつか自分と相手の女の子を悲しませることになると思うな」 「そう、本当に好きな人と一緒になったときに、きっと後悔するから」 「先生は、なったときがあるんですか。本当に好きな人と一緒に」 「そりゃ……あるから、言ってるんだよ」 「じゃぁ、説明してください。そのときの様子を」 「ええ」 「せ、生徒に話すようなことじゃないもん」 「実感が湧かないんです。詳しく聞けたら、俺も、今の生活を正そうって思えるかもしれません」 「なにそれ…。分かったわよ。他の子には内緒だよ? 大人の、話になっちゃうから」 「はい」 「そう、あれは…初夏の、ある夜……車の中で」 「星の見える空の下で……私と……彼は…」 「誰が」 「彼が」 「彼って」 「……」 「か、かずやは」 「かずやさん。どんな男性だったんですか?」 「かずやさんは、まぁ……あれよ。大学の先輩で……」 「筋肉質」 「筋肉質……」 「そうよ」 「顔は」 「顔??」 「それは……」 「筋肉質」 「どういうところが好きだったんですか」 「ああああああ?」 「な、なんですか……」 「どういうところ、ね」 「あれよ」 「ちゃんとしたところ」 「そうですか」 「……」 「……」 「なによ、その目は」 「何か、桜井君は私に対して、疑惑を持っているみたいだけど。大人のことを、簡単に分かったようなつもりになっちゃだめなんだからね」 「分かりますよ」 「先生は男性経験なんてありません」 「あのね……あってもなくても、いいけど。桜井君に、そんなこと言われる筋合いはないんだから」 「おおありですよ」 「先生は俺の遊びについて指導したいみたいですが、男女の関係の深いところをまるで知らない先生に、どうしてどうこう言われないといけないんですか」 「だから知ってるって」 「じゃぁ、試してみますか……」 「え。ちょ、桜井君?」 「本当に知ってるかどうか」 「先生」 俺はそっと顔を近づけて、先生の頬に手をのばす。 ぎくりと、顔をこわばらせるものの……それは、怒りというよりは、動揺でしかない。 「焦り方が、やっぱり、経験のない女の子だなぁ」 「そんなことで、経験豊富な生徒の相談にのれるんですか?」 「経験、あるもん」 「だったら、もう少し毅然と、俺を叱ってください」 「全然、声に力が入ってないじゃないですか」 「そんなダメだよは、もっとお願い……って言ってるのと、同じですって」 「何を、言ってるの。ダメ……ダメなんだから……」 「だったら、俺を力いっぱい、おしのけたらいいじゃないですか」 やっぱり、先生……押しに弱いみたいだ。 冗談のつもりだったけど、これは……止まらなくなってしまう。 せめて拒絶でもしてくれたら。 「やぁ……」 泣きそうな顔で、こちらを見上げている。 「あ……」 かわいいだけじゃないか。こんなの。 キスをしたら、もう止まれない……。 分かってるけど、こんな顔で見上げられると。 「ん……」 「ちゅぅ……ん」 どうして突き飛ばさず、耐えるような顔をするんだ。こんなんじゃ……。 「ちゅ……」 「ん、ちゅぅ……ぷ……」 「は、ぁ……あ……やぁ」 「だめ、だめぇ……」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 さっきから俺の胸元にあたっている、先生の豊かな胸に、そっと手をのばす。 「ダメ、なんだから。ほんとに……だめぇ」 「先生の胸、やわらかいね」 「ぁ、や……エッチなの……だめ」 ふかふかした胸をまさぐり、キスの雨をふらせる。 か、かわいい……。 「ぁ、あぁ……」 「ぁ……や、ん……」 「先生……」 ぷちぷちっと、服を脱がせ、ブラをずらす。 「ちょ、何を、するの、いけないこと、してるって……分かってるよね」 「分かってますよ……」 むにゅりと飛び出た2つの乳房を、わしづかみ、ぐいぐいと揉みしだいた。 「あ。あ……あ、あ……あ……」 「やぁ、あ……あ、あああああ」 い、いかん……最初はちょっとからかうつもりだったけど、止まらなくなる。 「先生っ。先生……っ」 「ぁ……あ、あああ」 「ちょっと、待って……待ってよ」 「うん?」 「まさか、エッチ、するつもりなの……?」 「はい……」 「だめ?」 「やぁ……。いいわけ、ないでしょ」 「先生が悪いんですよ。ここまで、して……止められるわけがないじゃないですか」 「だって、でも……それだけは、ダメなんだから」 「……どうしても、ですか」 「うん……」 「分かりました」 「じゃぁ、先生の胸で、なぐさめてください」 「む、胸で……?」 「ど、どうするの」 「これ……」 「きゃぁ」 「先生のせいで、こんなになってしまって、苦しいんです」 「これ、はさんで……なぐさめてください」 「こ、これって……」 「ん、こう、かな」 「うう。すっごい、あつくなってるよ……これ」 「先生に興奮してるんです」 「だから、責任とってもらわないと」 「どうすればいいの……?」 どうすればいいのって……。 感動すると同時に、妙な保護欲が出てくる。 「先生……」 「だめですよ」 「え、これじゃぁ、だめ? 私のおっぱい、だめ?」 「こんなことを、言われるままにほいほいしちゃダメですよ……」 「い、今更……。あなたが、させてるんじゃないの」 「それにしたって、押しに弱すぎます」 「そんなんで、よく今までどの男にもひっかからずにこられましたね」 「おかーさんが、あんたは押しに弱いから、すぐにろくでもない男にひっかかるから、絶対二人きりにならないようにって言われてて」 「でも俺とは、二人きりになりましたね。俺からも忠告したのに」 「だって、あなたは生徒じゃない……」 「生徒だって男です」 「先生だって女です」 「先生のおっぱいで、いっぱい、気持ちよくしてください」 「私の、胸で……」 「ん……」 「ん、しょ……」 「しょ……ん、しょ……」 「はぁ」 「あの、先生。先端の、方……なめて、くれませんか?」 「ん、やってみる」 「ちゅぅ……」 「ぅぁ……っ」 「ちゅ、じゅ……ちゅる……じゅ」 「ふ。ぁ……」 「すごい、気持ち……いいです」 「そうなんだ。ふぁ、ちゅ……じゅ。なんか、変な感じ……」 「じゅ、ちゅる……ん、じゅ、ちゅぅ……」 「あ、ふぁ……あ……」 「胸で、皮を擦るように、もっと強く、してださい」 「う、うん。えい、えい……ん……ちゅる、じゅ、ちゅぅ……れろ」 「はぁ。はぁ……」 「じゅ。ちゅる……ん。れろ……ちゅぅ」 これは、もう……。 「先生……っ。で、出そうです」 「え……え……出るって??」 「は、ぁ……! ぐ」 「ひゃあああああ」 「きゃぁ」 「あ……これ、せーえき? あついの……すごい、出た」 「はぁ、はぁ……はぁ……はぁ……」 「あの……」 「……」 「先生……大丈夫?」 「……」 「今日は、もう、帰りなさい」 「でも」 「ぐすん」 「ぁ……」 「先生……あの、謝ると、あれだから……俺は、謝らないけど」 「すごいよかったですっ」 「何を、言ってるの。あんなの……まったく……」 「……」 「帰りなさい」 「はい」 「……」 今日のことを思い出して、俺は、頭を抱えた。 「いかん……」 先生に手を出したのは、さすがにやばかったかも。 ただでさえ、評判の芳しくない俺だ。 それが教師に手を出したなんて学園に知られたら……。 カノンちゃんと零にも、迷惑がかかるだろうな。 迷惑がかかるどころか、零なんか、怒り狂って、即刻俺を追い出すか……。 警察。病院。 「嫌だー」 栗原に頼むか。 ダメだな。なんか気持ち悪いし、頼りがいなさそうだし……。 「うーん……」 いっそ先生が、俺みたいに、記憶喪失になってくれないものか。 あるわけないか、そんな都合よく……。 「はぁ……」 気まぐれに、机の上に置いた日記を、ぺらぺらとめくってみる。 「……ん?」 ふと、違和感があった。 なんだろう。以前読んだときから、ページが増えている気がする。 以前までは読めるのは、最初の方だけだった。 今は……最初と、それに真ん中を飛ばして、最後の方にも、新しく文字が浮かび上がっていた。 勝手にページが増える日記……か。今更、何が起こっても驚かないけどさ。 何が書かれているんだろう。 ……って。 なんだ、これは。 俺の日々が、詳細に記録されている。 ご丁寧に、筆跡まで俺に似ているじゃないか。 そして……。 今日、先生としてしまったことも……ばっちりと、記録されているじゃないか。 「なんだこれは…」 先日パーティーに出て、栗原に会い、この日記を手に入れた時のことも、詳細につづられている。 ご丁寧に、俺の心情まで細かになぞりながら。 まさか、こうして、日記を読んでいることすらも、そのうち、ページに記録されていくのだろうか。 俺がこの日記の所有者だから? なんだそれは。 これじゃぁ、まるで、日記を通して……誰かに、監視されているみたいじゃないか。 ……ふと。 そう思い至ったとき、背中に、冷たい気配を感じた。 誰かに、監視されている。 「……は」 いや、今はそれどころじゃない。 この日記もそりゃ、大概だけど、もっと差し迫った問題があった。 あろうことか、学園の先生とあれこれしてしまったことが、こんなに克明に記録されているとは。 ここだけでもなんとか、消せないものか。 …… 「うりゃ……」 …… 「ダメだ」 消しゴムを使っても、やすりを使っても、文字を消すことは出来ない。 いっそページを破ってしまおうとするが、薄い紙と思われるページは、どれだけ力をこめて引っ張っても、一向に破れそうにない。 「なんだよこれ……」 まぁ、たとえ日記から消せたとしても、当の梢先生が何もかもご存じな以上、逃げようがないんだけどな。 とにかく、先生と相談しておこう。 いっそ学園に内緒で付き合ってしまえば良い。 教師と生徒の禁じられた恋。ベタだけど、物語的でいいじゃないか。 翌日……早朝から俺は、職員室の前でそわそわと梢先生を待っていた。 「先生」 「あぁ……桜井君。どうしたの」 「その……」 「話があるんです」 「お話?」 「で、どうしたのかな」 いつもの笑顔で話す梢先生。 これは……めちゃくちゃ怒っているパターンじゃないのか。 どうしたのかな。今更なにを言い訳しようっていうつもりかな? という笑顔だ! 「あの、ですね……」 「……?」 「なんて言うか」 「どうも……俺、最近、淋しくて」 「な、なにかな、いきなり」 「それで、その、ああいうことに及んでしまいました。昨日」 「昨日……」 「そ、そうだよ。いけないんだからね」 「反省してます」 「ほんとだよ、あんなこと……本当にひどいんだから」 「あ、でも、せいいっぱい、優しくはしましたよ」 「何が、優しかったのよ」 「気持ちよくなってたじゃないですか」 「きもち、よくないよ??」 「え、え。またまた、途中から先生だって、気持ちよさそうに」 「なななな、何を言ってるの、あなたは、さっきから」 「君がさんざん、私のことを、いじめたんじゃないの」 「そんなことしないですよ。ちゃんと、優しく手順をおって、させていただきました」 「は、はぁ……」 「あの、桜井君? さっきから何の話をしてるの。またからかってるの?」 「ここ、職員室だからね。いい加減、ちょっとは慎んでくれないと、先生も怒るよ??」 「いや、あの」 「何の話だっけ」 「だから、君が、いろいろ意地悪言ったことだよ」 「……」 「あ、あー……」 「ごめんなさい」 「それだけですか?」 「それだけだけど?」 「他に、なにもありませんでしたか?」 「何があるっていうの」 「……」 「あれ」 「さっきから、何の話をしてるの。優しくしたとか、気持ちよくとか……」 「あはは」 「実は昨夜、先生とエッチする夢を見て……混ざってました」 「は……」 「ぶ──」 「せせせ、先生相手に、何を、見ているの」 「しょうがないじゃないですか。夢は選べないんですから」 「そういうことを考えてるんだね、君は」 「そりゃ考えてはいますけど」 「えええええええええ」 「先生が、ああいうところに、二人きりで呼ぶのがいけないんでしょう」 「あーはいはい。分かりました。もう。で、話はそれだけなの??」 「それだけです」 「まったく……変な子だよ。もう、行きなさい」 「はい……」 正直ほっとした。 と同時に、混乱していた。 ……何が起こっている。 先生は……きれいさっぱり忘れてしまっている。 あんなことを。忘れるわけがないだろうに……。 「……」 俺は、やっぱり、普通の人間じゃないのかも知れない。 「栗原」 「うん?」 「相談があるんだ」 「ということがあったんだ」 「ということがあったんだって」 「君、何やってるの。先生に手を出すとか……」 「あはは……」 「で、どうなってるんだ? 先生は、何も覚えてないんだ」 「思うに……」 「無意識に、魔女こいにっきを使ってしまったんじゃないかな」 「魔女こいにっきを使った?」 「あれには、人の記憶を消したりする力があるってことか?」 「ちょっと違うかな……あれは、幻を生み出す魔術書なんだ。もっと言えば、物語を生み出す、魔術書だけど」 「そして、君の行いもまた、全て幻なんだ。現の人達にとってはね」 「俺が、幻?」 「この町のどこにも、君が長く生きた痕跡が残っていないのは、そういうことなんだ」 「君の存在は全て幻として、現は、君がいなかった世界を前提として、つじつまを会わせる。現実に、君の痕跡はどこにも残らない」 「ほっておけば人は君のことを忘れるし。場合によっては、魔女こいにっきを使って、すぐにでも忘れさせてしまうことが出来る」 「それは、つまり……都合良く、記憶を消してしまうとか、とは違うけど、結果的に同じことになっているのかもしれないね」 「……へぇ」 「わけが分からん。お前、説明下手なんじゃないか」 「ぶほ!? ひどいよ。一生懸命説明したのに」 「藤田崑崙ってのに話を聞いた方が、いいんじゃないか? 結局、どこにいるんだよ」 「それが僕にも分からなくて。そもそも僕は彼女とほとんど会ったことがないから」 「よく分からんが……そいつは、この前言っていた、魔法使いの同胞みたいな奴じゃないのか」 「だったら、お前の仲間ってことでもあるんだよな」 「そうなんだけどね。一枚岩じゃないというか……特に、藤田さんは、マイペースに動いているからなぁ」 「ふーん……」 「中では、唯一、たくみ君が、彼女とは話ができていたものだよ」 「俺とそいつは、仲が良かったのか」 「良かったとかではないけど……なんだか、特別に見えたね」 とにかく会ってみないと分からないってことだな。 「あれ……」 と、向こうから柏原が歩いてくる。 「話が聞こえると思ったら……。何話しているの。男同士でなんだかあやしいなぁ」 「いや……」 「柏原って、藤田崑崙って言う変わった名前の女子を知ってるか?」 「あぁ、一年生の女の子だよね」 「私は見たことがあるよ」 「なに??」 「きれいな子だなぁって印象しかないけど……」 「でも、一目見たら忘れないような雰囲気だけど、それ以降見たことがないから……」 「やっぱりほとんど学園に来てないのかも知れないわね」 「そうか……」 俺の行いは、幻か。 無理やり襲っちまって……消し去れば、何もなかったことに出来るってことか。 外道だな。 けど、そういう誘惑に、駆られてしまうことは、否定できない。 男の子だし……。 とはいえ、無意識にやったことで……実際は、何をどうすればいいのかは、分からない。 それよりも、俺なりに、真面目に抱いたわけで。 それを忘れられているということの方が、ショックだった。 この寂しさを、誰かにいやしてもらおう。 「ねぇねぇ、ちょっといいですか‐」 「うん?」 ……え。 「あれ」 「桜井たくみ」 「久しぶりじゃない。何をやっているの」 れ、零……? 「げ」 「げ?」 「え、いや……」 「零こそ、何やってるんだ」 「パトロールよ」 「パトロールって……」 「その小さい身体で。何を言ってるんだ」 「小さい身体じゃパトロールしちゃいけないの」 「その小さい胸で……」 「もっと、関係ないでしょ??」 零はその小さな胸と意地を張るような顔で。 「言っておくけど、私、強いから。大丈夫よ」 「強いって言ったって……」 こいつも、なんだか、いろいろと不安だなぁ。 「なぁ、お前等の両親はどこにいるんだ。こんなことさせて、何を考えているんだ」 「今更な心配ね。学生ながら、理事長なんかやらされてる私達よ」 「そうだけど……」 「段々、自分の生活に余裕ができてくると、逆に周りのことが気になり出すんだよ」 「なんていうかな……」 「カノンちゃんや零の、おにーちゃんになったような気がして」 「……は」 「ば……っ。余計なお世話よ。いつの設定引っ張ってるの」 「でも良かった。零が、俺のことを忘れてなくて」 「うん? 忘れないわよ……。確かに、毎日顔出す約束が、ずいぶん破られてるわねぇって思うけど」 「ま、まぁ……それなりに、大丈夫みたいって、梢先生から聞いてたし」 「え?」 「とにかく! ちゃんと、把握してるってことよ。あなたのことなんて」 「そ、そうか……」 「……」 と、零が、少し気まずそうに俺をうかがっている。 珍しく、何か言い出そうとして……迷っているような様子だ。 何だろう。色っぽいことかな。……まぁ、違うか。 「は──」 「? どうした」 「向こうから、悪い気配がするわ」 「へ……悪い、気配?」 「悪事が行われている。行かなきゃ」 「お、おい!」 …… 「き○ろうなのか……あいつは」 「おっさん、金持ってそうだよなぁ」 「俺たち氷河期世代でさ」 「ろくな職にもつけず、ろくな飯も食えず、家庭も持てないんだよ」 「少子高齢化、やばくない?」 「だから、ちょっと援助してよ。これ、社会のため。分かる?」 「待ちなさい」 「あ」 「つまらないことをしてるわね」 「なんだ、このチンチクリン。ふざけた格好してやがるな」 「俺たちの心を、お前が癒してくれるっていうのか」 「氷河期の氷は、そうそう溶けないぜ」 「馬鹿ね……」 「時計坂家の名にかけて」 「く……っ」 「……」 「すごいな」 「うん?」 「惚れた」 「は?」 「かっこいい」 「すごいじゃないか」 「偉そうにしてるだけの貧乳かと思ったけど、ちゃんと実力も伴っていたとは」 「ありが……とう?」 「じゃぁね」 「……なぁ。飯食いに行かない?」 「え……」 「……」 「どうしたんだ。食えよ」 「う、うん……」 「こんなところに、学生で来て大丈夫なのかしら?」 「そんな気にしなくていいだろう」 どちらかというと、零の服装の方が目立ってるし。 「実は、バイトをして、少しは金が入ったんだ」 「え? バイト?」 「零やカノンちゃんにいくらか借りてて……それで生活は出来てるけど」 「段々自活も出来てきているから、こうしてちょっとは恩返しさせてよ」 「バイトって……保証人とか、いろいろあるでしょう。どうしたの」 「あはは。そこは、口八丁で、なんとでも」 「はぁ。あなたはたくましくていいわね……」 「男一匹、自分を食わすぐらいは、どこでも出来ないとなっ」 「ふーん。立派ね」 「……」 「なんか、こうやって改まって、話したことなかったわね」 「そうだな」 「でもさっきはびっくりしたなぁ。映画でも見ている気分だったよ」 「あれは、どこで身につけたんだ」 「いろいろ、習い事をさせられてね。そういう役割だから」 「役割?」 「私達双子は、お互いにないものを補い合いながら、生きてきたわ」 「もともと、カノンが病弱でね……」 「私が、姉としてあの子を守らなければって思ったわ」 「そうして頑張っているうちに、強くなっちゃった」 「……」 ばつが悪そうにグラスに口をつけつつ、零はちらりと、俺のことを上目遣いで見た。 「ねぇ、あなたの、悪い噂が流れてるんだけど……」 「な、なんだ」 「夜の町で、女の子に声をかけては、ナンパな遊びをしているとかしてないとか」 げ……。 「あなたが、悪い人間じゃないっていうのは……なんとなく分かるわ」 「かと言って、良い人間だとも思わないけど」 「ま、皆、そんなもんだろう」 「まぁ……そうね」 なんとなく心が痛む。 栗原進から、双子に気をつけろと言われて、時計塔から距離をとっているのだ。 そうして夜の町をさまよい、女の子に手をだしている。 「俺は自分でも、自分が良い人間か、悪い人間かなんて、分からない」 「だから……零にそう言ってもらえると、嬉しいかな」 「……」 かわいい。 口説き落として……一夜を共にして。 忘れさせて。 想像しながら、ぞっとした。 それはなんだか……あまりに、空しい行いに思えた。 どこにもいけないだろう。 人を好きになればなるほどに。 「俺は、幻なのかもしれない」 「え?」 「時々、自分って存在が、ひどくあやふやなものに思えることがあるんだ」 「記憶もなく、学園にいた痕跡も、なにもない」 「なんか、イレギュラーな、バグな、かりそめの…とにかく、あってはならないものが、一時紛れ込んでしまっただけの存在で」 「ある日、煙のように消えるんじゃないかって…」 「我がことながら、そんなことを思ったりする」 「……」 「カノンがあなたのことを、日記につけてたわよ」 「え」 「あの子、日々の記録をことこまかに記しているから」 「怖くなったら、それを読みに来たら? ちゃんとあなたのことが書かれているわ」 「あほですけべで……記憶喪失のことなんて、気にしない、のんきな男のことが」 「あれを読めば、幻みたいとか……詩的なイメージなんて、全然できないんだから」 「だから……大丈夫じゃない?」 「……零」 「ありがとう」 「……なにが?」 「ありがとう」 「……」 「今夜のことは、カノンには、内緒だからね」 「あぁ……」 下駄箱に一通の手紙が入っていた。 『3‐A 桜井殿。理事長室まで来られたし』 『時計坂零』 「……」 「これは……」 「あなた、魔女こいにっきを持っているわね」 「え……と、なんだよいきなり」 てっきり先日の礼でも言われるのかと思ったら、室内の空気はいつになく緊張している。 学園の理事長室で、二人の小柄な少女に厳しく見つめられる……。 これはもう、完全に非日常だった。 戸惑う俺におかまいなしに、零は真相編の探偵役さながら、得意気に振り返り、高らかに言った。 「カノン」 カノンちゃんが進み出る。 そして、いつになく冷めた……固いまなざしで、俺を静かに、見つめる。 「……」 「あなたが、日記を持ち出した可能性は、50%」 「半々じゃないか」 「そうね」 「今の材料だけでは、半々というところだけど」 「今のやり取り、あなたの反応を、加味して分析すれば、確率は格段にはねあがる。はず……」 「なに」 「カノン。今までの彼の反応から、再度分析を」 「……」 「……っ」 カノンちゃんが静かな目で俺を見る。 医者よりももっと、無機質な……顕微鏡でものぞき込むように、俺を見る。 「この場での尋問結果を加味し、再度計測した、桜井様が魔女こいにっきを持ち出した確率は……」 「……」 「50%」 「……」 「変わってない!?」 「え。違うの」 戸惑っていた。 「あ、謝った方がいいのかな……」 なんだか可哀相になってきたので、俺の方から切り出す。 「はぁ……」 「持ってるよ、魔女こいにっき」 「……ひょんなことから、手に入れたんだ」 「お前が気にしてる通りだ」 「ほ……ほら」 「ほら。予想通りだわ。私の勘に、間違いはないんだから」 「あははは」 「……」 「それをどうしてるの」 「どうもしない」 「読んだの?」 「うん。ちょろっと」 「どうなった?」 「どうにもならなかったよ」 何かを疑っている目だ。どうも、零は頭から俺という人間に対して、不信感を抱いているらしい。 一目見て、恋に落ちる相手がいれば、一目見て、ぬぐいようのない胡散臭さを感じ取る相手もいる。 なるほど、理事長を任せられるだけのことはある。 零の勘に、間違いはなかった。 「授業が始まる。続きはまた今度でいいか」 「そうね。今日の放課後よ」 「忘れないように、理事長室に来て」 「あぁ」 「絶対よ」 「あぁ」 「彼が来る確率は、20%」 「ひくっ」 「来るって。ちゃんと」 「……」 最後まで、零は不信の目で俺を睨んでいた。 「はぁ……」 完全にバレていた。 ちょっと零や、カノンちゃんを甘く見ていたかもしれない。 ちゃんと、俺の行動に気を配りながら、見るものを見ていたんだろう。 先日、町で零が俺に声をかけてきたのも、あるいは、そのことを聞こうとしていたのかもしれないな。 正直なところ、あんな気味の悪いもの、さっさと零達に渡して……一緒に、考えてほしいくらいだ。 が、栗原の忠告は気になるし……。 なんとなく、あの日記に書かれていることが真実だとしたら。 俺は、零達とは……決して相容れないものなんじゃないか。 もう、二人が今までのように接してくれることはないのではないか……。そんな予感がした。 「あぁ、桜井君」 「ん?」 梢先生……。 「もじもじ」 「ど、どうしたの」 「こんな朝早くから、呼び止められると、少し意識しちゃって……」 「な、なにを? なんで朝早いと意識するの」 「あはは。で、なんでしょう」 「うん。2つ、話があって呼んだんだよ」 「それは、良い話ですか悪い話ですか」 「ええ。あえて言うなら、片方良い話で、片方悪い話かな」 「分かりました。じゃぁ、良い方から聞いて、それが終わったら帰ります」 「そんな虫の良い話はないよ」 「とにかく良い話から聞きましょう」 「あのね。今日、転校生がくるのよ」 転校生……。 「うちのクラスにってことですか」 「そうそう」 「先生」 「俺というものがありながら、他の転校生に浮気をするなんて」 「は。はぁ……」 「で、転校生が来ると。それが良い話なんですか?」 別にお友達が増えたから嬉しいって、歳でもないんだけどな。 「女の子だよ」 「ほう?」 少し、興味がひかれる。 「それは胸がときめきますが……別に俺は博愛主義者でも、雑食でもないですから。女の子ならなんでも良いというわけじゃないですから」 「逆に男でも、かわいければそれはそれで……」 「何の話?」 「転校生の話ですね」 「うん。だから、同じように最近転校してきた桜井君には仲良くしてあげてほしいなって」 「それは……」 「おっぱいの大きさによります」 「……」 「先生以上なら、俺は、転校生の犬になります」 「ぶっちゃけ……私より大きかったと思うよ」 「わおーーーーーん!」 「じゃぁ、次の話にいくね」 「はい……悪い方の話ですか」 「ところで先生に聞きたいことがあるんですが」 「え。なになに」 「先生って処女なんですか?」 「は」 「重要な問題なんです。是非答えてほしいです」 「いけないんだよ、先生に、いや先生じゃなくても、そういう、しょしょ、しょしょとか、言うのはいけないんだから」 「先生だから言うんです」 「え。え。どういうことだってばさ」 「今時、先生ほど、処女っぽい女性もなかなかいないですから。クラスの女子にそんな質問をして、うっかり地雷踏んだらまずいでしょ」 「それで先生かー」 「あはは」 「あはは」 「うえーーーーん」 ふぅ。 ちょっと悪いことしちゃったかな。 でもあの先生を見ているといじりたくなるんだよなぁ。 「おはよー」 「おはよう、桜井君」 「聞いた? 転校生が来るんだって」 「あぁ、聞いたよ」 俺の特別感が薄れるというのは、ちょっと、口惜しいな。 しかし、先生以上……というのは、期待に胸がふくらむ。 いや、単に、全体的に大きい子というトラップも、予想されるからな。 「でも大きい上にかわいかったりしたらっ。俺は……っ」 「声に出てるよ。そういうこと言うから、悪い噂がたっちゃうんだからね」 「でも、俺は柏原一筋だからな」 「だ、だから、そういうことを言うから……」 お、あけみちゃんが入ってきた。 そして、その後に続いて……一人の女子生徒が現れた。 「……」 おずおずと、教壇の前に立ち、ゆっくりと頭を下げた。 「どうも」 「周防聖と申します」 悔しいが、俺が入ってきた時よりも、どよめきは大きかった。 おいおいおい。 「なにあれ、きれいー」 「うっとりするわ」 「どうも、よろしくお願いします」 「ひゅー」 美少女なのは間違いないが……それよりも、なによりも……。 ななななな、なんという。 たくましさ!! 確かに先生以上だが……。 「?」 引き分け! 高次元での、引き分け! 「たいしたもんだなぁ」 休み時間……。 「周防さんってさ、前はどこの学校にいたのー?」 さっそく、転校生は好奇心旺盛な女子連中に取り囲まれていた。 「……」 「……」 その周辺で、関心のない風を装いながら、男子もしっかりと聞き耳をたてている。 まぁ、俺もその一人だけど……。 「ねぇねぇ。どこに住んでるの。バラ色町??」 「こら、皆。いっぺんに聞いたら、周防さんも困っちゃうでしょうっ」 「あのう」 「なになに」 「くさいです」 「……」 「ちょっと、顔離してくれませんか」 …… 「……あ、ごめん。あはは。つば飛んじゃったかな」 「つばじゃないのです。ただ、あなたが臭いので」 「……」 「あなたもあなたも。臭い……です」 「……」 「少し、距離を置いてくれますか?」 …… すごい勢いで、女子の顔から好奇の色が消え、冷たくてえぐい感情に満たされていくのが、ここから見ていても分かる。 「……」 「なんかすごいやつだ」 「しかし俺は、恐れない」 つつーっと、俺は周防の席に歩み寄る。 「おい見ろよ」 「げ」 「さっそく、桜井が転校生に粉かけてるぞ」 「やらしいなぁ、桜井君」 「女とみれば、見境ないのね」 くそ。まだ、あの三人組のばらまいた噂が、はばをきかせているようだ。 女子ってめんどくさいな。 というか、見境ないなら、てめぇらに手を出してるわ! 「栗原〜」 「うん、なんだい」 「俺達って友達だよな」 「ええ」 「ぶほ、何を言うんだい。そんな、改まって言われると……僕は、僕は……」 「フレンドパーク!!!」 「……っ」 「おーけーそういうことで、栗原声をかけるんだ」 「誰に?」 「転校生に」 「……」 「やぁ」 「やぁ」 「俺じゃない。あっちの転校生だ」 「周防さん?? なんで」 「だって、お前、クラス委員長だろ」 「でも、周防さん……なんか、物怖じしない感じだし。大丈夫なんじゃないの」 「分かってないな、俺だって物怖じしないように見えて、転校初日は右も左も分からず不安でいっぱいだったんだぞ」 「右も左も分からず、不安、かなぁ……僕よりかなり、落ち着いているように見えるけど」 「あえて、気を張っているんだよ」 「な、なるほど……」 「俺も転校してきたばかりで不安な時、お前に声をかけられて、どれだけ救われたことか」 「たくみ君……っ」 「分かったっ。行ってこよう」 「いってらー」 …… 「緊張するなぁ」 「あの、周防さん?」 「なんですか?」 周防の目はやたら澄んでいて、あの目にまっすぐ見つめられると……何もかも、見透かされてるような、錯覚を覚えそうだ。 栗原も同じなのか、いつも以上に狼狽している。 「……っ」 「ぶほ……」 「その……」 「ぶほ……」 「ぶほ?」 「ぶほ」 「ぶほ」 「ぶほ」 「ぶほー」 「声をかけてきたよ」 「……」 「なんか、気が合いそうだった」 「どこがだ!!」 「変人同士が、妙な波長をあわせていただけだろう」 ある意味気が合うのか? 「す、周防……」 「はい」 「ぶほ?」 「……」 「ぶほ?」 「……」 「なにしてたの?」 「うるさい!」 残るは……。 考えてみれば、全然、適任がいたじゃないか。 「かっしわばらー」 「なに」 「周防のフォローをしてやってくれないか」 「あぁ……」 「まぁ、あれじゃぁ、あっという間に、クラスの女子のターゲットだもんねぇ」 …… 「周防さん」 「はい」 「クラス委員長の柏原です。何か困ったことがあったら、私に言ってね」 「……」 しばしぼんやりと柏原を眺めていた周防は。 「よろしくお願いします」 「あなたはなにやら、良いにおいがしますね」 「え。え。そうかな。ありがとう」 さすが、柏原だ。打ち解けた、かな? 「それに引き替え……」 「なに」 「け」 「えええ。すごい嫌な感じで、唾はかれた???」 放課後……。 機会を見て話しかけようと思っていたら、周防はさっさと、廊下に出てしまった。 どこに行くのだろうと、ストーキングをする。 廊下を歩きながら。 美人ってのは、変な奴が多いのかな。どうしても。 「あ、いたいた。桜井クン!」 「? あぁ、先生。なんですか?」 「朝、話が途中になったでしょう。だから……」 「……」 「面倒なのにつかまったなぁ」 「何か言った? 先生の何が面倒なの」 「処女だから……ぼそ」 「な、なんでそんなこと、いきなり思うの」 「だって」 「あーあー。いいよもおう」 「……」 「そういえば」 「そういえばじゃないよ」 「そういれば」 「まぁまぁ」 「ここは先生の処女に免じて、許して下さい」 「……何か言った?」 「じょじょに免じて」 「オラオラ」 「しょうじょうに免じて」 「表彰状!」 「じょじょに」 「……じり」 「しょしょじ」 「しょじょじの庭は」 「みんなこいこい」 「ぽんぽこぽんのぽんぽん」 「ナニヲヤラサレタノ?」 「あう」 「なにさせるのー!」 「……」 楽しい人だ。 それより、周防はどこに行ったかな。 いた。 例の三人組に囲まれてるじゃないか。 いそいそと出かけて行ったのは、俺と同じで、手紙でも貰ったってところか……。 しょうがない連中だな。 俺を手込めにしようとしたり、周防を……。 周防を手込めに?? それは、いかんぞ。 「はぁ、はぁ……」 でも見てしまう……。 「なにか」 「なにかじゃねーよ。おい。転校生、あんた、いったいどういうつもりなんだよ」 「なにがですか」 「だから! 岡田に、口が臭いとか、ひどいこと言っただろう」 「事実ですよ」 「ほ、本当のことだとしても、言っていいことと悪いことがあるだろう」 「本当のことじゃないもん!」 「いや、分かってるけど」 「醜い」 「あ゛」 「憎悪に染められた顔。醜い。あまりに、見苦しい」 「見るに堪えない」 「てめぇが、そうしてるんだよ」 「それは違います。勘違いしてはいけません」 「あなたを醜く作ったのは、他でもない……神です」 「あ゛」 「確かに私は美しい。あなた方が、嫉妬にかられて怒りを抱くのも無理はありません」 「しかし、そんな必要はないのです」 「ねたむことをやめなさい。あなたたちは醜い、醜い臭い。けれどそれらは全て、神が試練としてあたえたもうたものです」 「それを乗り越えた先には、楽園が待っていることでしょう」 「神を疑うことをやめるのです」 「うちかちなさい」 「その、ぶさいくに」 「ぴくぴく」 「分かりましたか。全ては、神の愛なのです」 「どうするよ私。これ。差し違える覚悟ってやつが持てそうな気分なんだけど」 「許さないんだから」 「やめてください。そんなぶさいくな顔で、近づかないで……」 「そんな、毛穴まではっきりと……はぅ」 「だめ。これ以上、こんな汚れを受けたら、私は……あふ」 「めまいが、する」 …… 「え、ええ」 「お、おい、大丈夫?」 岡田と呼ばれた生徒から、距離をとる二人。 「いやああああああああああああああああ」 「うええええええん。私、生ゴミ臭くなんてないよおおおおお」 逃げて行く、女子三人組。 「おい、これ、どうしろってんだよ」 倒れた周防を前にして、俺は途方に暮れた。 「あれ、どうしたの」 俺に目を留めた柏原が……倒れている周防に気づく。 「何を、してたのかな……」 「違う違う。周防が倒れてしまったんだ」 「どうして」 「臭すぎて……らしい」 「……」 「俺を見るな! 違うっての。とにかく運ぶの手伝ってくれ。俺がおいそれと触れるわけにもいかないし」 「あはは。実は、堀田さんたちと周防さんが連れだってこっち来るの見たから」 「それで様子見に来たんだ。なんとなく想像つくよ」 「そうだったのかよ」 それで俺を疑うとは。 柏原め、意外と意地悪だ。 「とにかく周防さんを運ばないとね……でもここからだと、保健室遠いなぁ」 「あっちに教会があるだろう。そこでいいんじゃないか」 「そう、だね……」 柏原と周防を教会に運び……椅子の上に、周防を横たわらせる。 柏原は先生を呼びに行ってくると、出て行ってしまった。(変なことしちゃだめだよ、と念を押しつつ) 「ここは」 「……」 知らない男子と二人きり。 その目に、警戒の色が浮かぶのはしょうがないことだけど……。 「お前が校舎裏で倒れているのを見つけて、ここで見てたんだよ」 俺はなぜか弁解するように、早口で説明した。 「……」 「あぁ」 「どうも」 「……」 「寒気がする」 言って、周防は不安そうに自分の身体を掻き抱いた。 「そうか? むしろ暑いくらいだが」 窓は閉め切られており、少しむっとした空気が漂っている。 周防は、ちらりと俺を見上げ。 「もしかして、私はあなたに抱えられてここまで来たのですか?」 「……そう、だけど。他にどうしようもないだろう」 「……」 うわ。すっげぇ嫌な顔してる。 「寒気がする」 それでかよ! 「いいです。もう、大丈夫ですから」 「……さようなら」 「おい、待てよ。まだ調子悪そうだぞ」 周防を引き留める。 と。 「……っ」 「と、悪い」 周防は俺の顔をまじまじと見る。 「あなた……口が臭い」 俺もかよ!? 実際言われてみると、けっこうショックだな。 女子どもの気持ちが分からないではない。 「さっきパン食べたばかりだからだよ」 「……」 「ま、待ってろ。ほんとの俺を教えてやる」 しゃこしゃこしゃこしゃこしゃこ。 磨くこと、十分。 その間、ひたすらこっちを凝視していた、周防の視線を気にしながら……。 「これでどうだ」 はーっと、周防の前まで行き、息を吹きかける。 「……」 どこか眠そうな目で俺の顔を見ながら……。 「はみがき粉臭い」 「どうしろって言うんだ! どうやったって臭いだろう」 「方法ならあります」 「なんだ教えてくれ。これでは、一生キスができない」 「祈りなさい」 「は?」 「口が臭くなくなるように」 「神はお見捨てにならないでしょう」 「あなたの口臭を清めてくれます」 「……」 「ほんとかよ」 バカな、と思いながら……周防のあまりに真剣な調子につられて、俺はおずおずと胸の前で手を組んでみる。 そしてちらと見ると、周防は優しく微笑み、同じく手を組むと天井を仰ぎながら。 「ああ、慈悲深き我が主よ」 「罪深き口臭に慈悲を与えたまえ。この汚れを、清めたまえ」 「あなたの口臭は許されました」 「ほんとか」 「どうぞ」 「はぁ」 「……」 「……大丈夫ですよ」 「いや、いま一瞬、顔しかめたよな。なにか臭ったよな」 「いいえ。清められました。神はあなたの口臭を許したもうたのです」 「そ、そうか」 「よかったですね」 にっこりと。 「!?」 不意をつかれたというか……俺は、狼狽してしまう。 あんな顔で笑うんだな。案外、まともな奴なのかもしれない。 「にこにこ」 いや、ないよなぁ……。うーん。 「そうだ、えーと」 「桜井たくみ」 「桜井さん」 「あなたに、受難の相が出ています」 「あ?」 「神を信じることを、忘れないでください」 「決して、まやかしに惑わされぬように」 「……」 やっぱり変な奴だ。 受難の相、ね。……そりゃそうだ。 さて、どうしよう。 周防は大丈夫そうだし、帰ってよさそうだけど……柏原を待たないといけないな。 …… ふと俺は、教会の窓から見える、桜の樹に目をとめる。 森の中であっても、教会周辺には、誰かによって植えられたのか、桜の樹が並ぶ一帯があるようだ。 桜、か。 こう、むずむずとしてくる。騒ぎたくなってくる。 「なぁ、花見をしないか」 「え。花見?? いきなりどうしたの?」 「いや……」 理由は騒ぎたいだけなんだけど。 普通な柏原には、ちゃんと普通な説明が必要そうだ。 「俺、転校してきて……知り合いもいなくてさ。柏原達には優しくしてもらってるけど、それってやっぱり委員長だからだよな」 「そ、そんなこと……。最初はそうだったけど」 「いいんだ。そりゃそうさ。でもさ。だから、俺不安で……」 「それで……柏原達に、迎え入れられたんだって、いう感覚がほしいんだ。今さらだけど、その歓迎会みたいな」 「それで、花見? んー。でもそんないきなり、人集まらないと思うな」 「なんなら俺と柏原と周防と、三人きりでもいいんだぞ」 「なぁ周防」 「はい? 何ですか?」 「花見をしようって話だ」 「ご自由にしてください」 興味なさそうだった。 「女子がいいな」 「そうだ、先生呼んでくるね」 「いいね!」 それはグッドアイデアだ。 「いいねボタンを押してあげよう」 「そこ胸だよ」 「わはは」 「もう……」 「そうだ。俺は、理事長を連れてくるよ」 「理事長さん? あの双子の?」 「そうそう」 「知り合いなの、桜井君」 「いやぁ、転校してくるときに、いろいろと便宜をはかってもらったんだ」 「そうなんだ。じゃぁ、いったん別れて、ここに集合ね」 「おう」 「お花見??」 「んー……私達、あまり特定の生徒とそういうイベントに参加はしないようにしてるのよ」 「そんなこと言ったら、何もできなくなるじゃないか」 「そうね。しょうがないわ。理事という立ち場だし」 「けど、学生でもあるんだから」 「公私は区別しなくちゃいけないの」 「公私を混同しないと言って。全部が公になっちゃってるじゃないか」 「混同しないのは、切り分けるってことじゃないのか」 「……む」 「あなたにしては、なんかもっともなことに聞こえるわ」 「そうね……たまにはいいかな。カノンはどう?」 「私はかまいませんよ」 「やったね」 「ちなみに二人に言っておくけど……花見っていうのは、古来から、女性の美しさを愛でる意味での、花見でもあるんだ」 「だから、花見には……下着姿で参加するのが正しい作法なんだ。そういうことで、よろしくな」 「……」 「100%ウソです」 「ということで」 「では、二人の転校生を歓迎して、お花見会を開きます」 「いえー」 「あけみちゃん、いっぱいお願い」 「お客さん、今日もお疲れ様」 「って、何やらせるの」 「ぶほほ」 「お花見かぁ。なんだか、せ、青春って感じだよね。うふふふ」 「……」 「なんでこいつがいるんだ」 「途中で会ってね。桜井君の歓迎会をするって言ったら、是非出たいって」 「でも、女子じゃない……」 「受け入れられたっていう実感がほしいんでしょ。女子もなにも、関係ありますか?」 「ないです……」 「どうも、呼んでいただき、ありがとうございます。理事長の、時計坂零です」 「いや、零、そう堅苦しくしなくても」 「でも、私も。理事長として」 「公私混同しない!」 「う……」 「カノンちゃんも、さっきから、給仕ばっかりしてないで」 「……でも、これが落ち着くのです、私は」 「そんなことは、俺に任せて。さぁさぁ、座って」 「これは、たくみ様の歓迎会じゃないのですか」 「逆転の発想だ」 「俺が皆に歓迎されるんじゃなくて」 「俺という世界に現れた世界やカノンちゃんたちを歓迎するっ」 「よ、よく分かりませんが……ありがとうございます」 「ということで、皆、歓迎するよ。いえー」 「ど、ども……はじめまして。時計坂零です」 「どうも、はじめまして。柏原美衣です」 「柏原先輩……」 「どうもはじめまして」 「あれ……」 「あなたは、教会の管理をしている、周防さんよね」 「はい」 「あなたのご両親が後から来るはずなんだけど、まだ挨拶に……」 「はいはい堅苦しい話はなしだって。今日は、一人の学生として参加するんだ」 「うう……ごめんなさい。なんか、慣れないわ」 「私にとっては、零ちゃんは、上司だからやっぱり変な感じ」 「とかいいつつ、零ちゃんって呼んでるじゃないか」 「あはは。そうだね」 「梢先生は、いつもそんな感じですね……」 「じー……」 「これはなんですか?」 「携帯のカラオケマシンだ。クラスメートの田中君から借りてきた」 「その田中君本人は呼ばなかったの?」 「俺はなにも、スケベ心から、女の子だけに声をかけてくれって言ったわけじゃないんだぞ」 「この面子で、男子を呼んだり呼ばなかったりしたら、後々、フォローに困るんだよ」 「どういうこと。フォロー??」 柏原は分かってないな……。 「カラオケ……歌っていいのですか」 「あんまり音量あげると、向こうに聞こえるからね」 「聞こえたっていいじゃないか」 「なんか、人が集まってくると、すごい恥ずかしいし」 「まぁそれはあるな」 「堅苦しいこと言ってんじゃないわよ!」 「れ、零……?」 「うー……」 「大丈夫、零ちゃん」 「待て。なんか顔が赤いぞ。誰だ、お酒なんて持ってきたのは」 「あ……ごめん。お店からノンアルコール持ってきたつもりだったのに。お酒、まじってた」 「先生……。お店ってなんですか?」 「……うー」 「な、なに……私の胸元、じっと見て」 「堅苦しい……」 「な、なにが、かな」 「その胸が、堅苦しいって言ってるんだよ!」 「ひえええええ。ちょ、何をするの??」 「ぶほほほほほ」 「ひええええええええ」 学園を後にして、町を歩く。 さて、今日はどこで時間をつぶすか。 「お?」 ごついバイクが止まった。 ヘルメットを脱ぐと、髪の長い少女が現れた。 零とカノンちゃんだった。 「そんなの乗っていいのか?」 「いいのよ」 「理事長なんだから」 なんだそりゃ。 「何か用か?」 「放課後!」 「理事長室に来る予定だったでしょう!」 「……」 「あぁ……」 「あぁ、じゃないわよ!?」 はいはいと、俺は軽く手を振る。 「日記の話をすればいいんだろう」 「そうよ」 「じゃぁ、ちょうどいいから、飯を食いに行かないか」 「は」 「……」 不遜にこちらを睨んでいた目がいっそうひそめられ、別の不審に染まっていく。 「あなた……大した、女たらしということみたいだけど」 「私、あなたの趣味に付き合ってる暇はないのよ」 「話が聞きたいんだろう」 「……気が乗らないわ」 「変なことされそうなんだけど」 「なんだそれ」 「するわけがない」 「妹に聞くわ」 「どう?」 「零がこのまま桜井様と食事に行った場合、変なことする確率、80%」 「たか! ほぼ確定じゃないっ」 「フェアじゃない。妹さん、この確率はどうだ。俺が無理矢理変なことをする確率」 「無理矢理する確率、0%」 「聞いた?」 「ななななな、カノン、それはどういうことよ」 「さぁ……」 「つまり」 「受け入れた結果、変なことになっているということじゃないのか。80%の確率で」 「面白いな」 「全然、面白くないわよ」 「私が、あなたの変なことを受け入れるって言うの?」 「あり得ない」 「妹さんの分析ではな。八割の確率で」 「……馬鹿な」 「怖いか?」 「は」 「私は時計坂家の長女よ。何を恐れることがあるって言うの」 「私が男に、身を許すことは決してない」 「ふ……」 (あれはダメなパターンだ。まぁいいか……) 「そ、それで……魔女こいにっきなんだけど……」 「美味しい、何これ」 「……」 「魔女こいにっきのことなんだけど……」 「ちょうど、一番いい席がとれたんだ。キャンセルが入ったとかで」 「ちょっと、話聞いてる?」 「いいから食ってみろよ」 「うー……」 「……」 しぶしぶ料理を口に運ぶ零。 その顔がみるみる、輝いていく。 「何これ、美味しい」 「だろ」 「う、うん……」 「は」 「分かった。美味しいもの食べさせて、私のことを懐柔するつもりでしょう」 「ぷぅ」 「ななっ…、なによ。なんで吹き出すの」 「美味しい物を食べさせて懐柔するとか、かわいい考え方だなぁって」 「──!!!!」 「じゃぁ、なんでこんな……」 「別に」 「飯は二人で食ったほうが美味しいだろう。それだけだ」 「ずいぶんと、人情家なのね」 「かもな」 「零は、カノンちゃんとかといつも一緒なんだろうけど、俺は一人なんだ。誰かと食べたくなってもいいだろう」 「そうだ。町に出てきたついでに、服でも買っていこうと思っているんだ」 「けっこうね」 「それで、選ぶの手伝ってくれないか」 「は、はぁ? なんで」 「頼む」 「……」 (魔女こいにっきのためだわ。しょうがない) 「ありがとう。おかげでいいものが選べた」 「けっこうね」 「それで、これ」 「なに?」 「魔女こいにっき?」 とたん、目を輝かした。 「違うよ……」 「零のも買ったんだ。一緒に」 「ええええ」 「もらう理由がないんだけど」 「もらってくれ」 「人にプレゼントするのって好きなんだ」 「ショッピングは好きだけど。自分のために買うのって、ときどき飽きるし」 「そんな理由でプレゼントを渡される方も、いい迷惑だわ」 「……」 「でもまぁ、ついでということなら、もらっておくけど」 「ありがとう」 「逆じゃない?」 「そう?」 「……」 「ありがとう」 「ねぇ」 「これ」 歩いていると、零が不意に俺の前に回り込み、小さな包みを差し出してきた。 なんだろうと、受け取り、箱をあけてみる。 「時計……」 中にはカジュアルな腕時計が入っていた。 シンプルだが洗練されたデザインは、俺でも、それなりの値打ちものと予想がつく。 「うちに、ごろごろ転がってるのよ。伯父のブランドの会社のものなんだけど」 「なんで」 「さっきカノンに言って持ってこさせたの」 「そうじゃなくて。なんで。俺に」 「……」 「さっきのお返し」 「え」 「もらいっぱなしってわけにもいかないから……」 「律儀なんだなぁ」 「……そんなんじゃないわ」 「私は時計坂家の長女よ。あなたなんかに、借りを作ったままじゃいられないんだから」 「……」 「なに見てるの」 「……」 「や、やめなさいよ。なんで見るの」 「いや、かわいいなぁって」 「うがー」 「だから、やめなさいって」 「やめるのは、君だ」 「な、なにをやめろって」 「かわいいのもいい加減にしろ」 「……」 「きもいよー」 「冗談だ」 「冗談でも、きついわ。思わず胃の中のものが逆流しそうになったよー」 「結局、本の話できなくてごめん」 「そうね」 「どうしても、野暮な話になりそうでしたくなかったんだ」 「……」 「なんか楽しそうだったから」 「な、私が???」 「ん」 「俺の勘違いだったらごめん」 「少なくとも、俺は楽しかったから」 「まぁ私も……思いの外……」 「楽しかった……けど」 「……」 「もう少し、時間いいかな」 「え」 「知ってる店があるんだ」 「そこでなら、少しは落ち着いて話せるかもしれない」 「日記の話も……」 「……」 「分かったわ。今度こそ、絶対よ」 「零はなんで理事長なんかしてるんだ?」 「……別に、そんな面白い話じゃないわよ」 「両親は海外で仕事することが多くなって」 「カノンは頭はいいけど……人に指図するのは苦手だし」 「時計坂家の子供ならできるでしょ、ってだけで任されて。あとは必死にやってきたわ」 「私、別に昔から……人より秀でた物があったわけじゃなかったわ」 「ただ。名家の長女だった。それだけよ」 「……そうか」 「……」 「どうかしてる。こんなこと……なんで……他人のあなたに」 「他人だからだろう」 「それでいいと思うけど」 「他人だから、話せることがある」 「そうかもしれないね」 「……まわりは全部関係者」 「同じ学園の友人は、同時に理事長として守るべき存在でもある」 「ただの学生に戻る瞬間なんて、ほとんどないだろう」 「だから。話せば良い」 「俺じゃ、力不足だっていうなら。しゃべる壁にでも話してると思ったら良い」 「全部、話せば良い」 「……」 「うん」 「私……」 「今夜は本当に、どうかしてるわ……」 「ちょ、ん……」 「やだ……やめ」 「ダメ?」 「ダメに決まってる……じゃない」 「でも、こんなところまで来ちゃったよ……」 「ゆ、油断しただけ。私、そんなつもりじゃ」 「じゃぁ、どういうつもりだったの?」 「休むって言うから……それで、入ってきただけで」 「嘘ばっかり」 「そこまで子供じゃないだろう。こんなところに入る意味、分からないわけがない」 「わ、分からないわ……そんなこと。ただ私は休みたいから」 「何も起きないわけないじゃないか」 「離して……っ」 「ん……」 「やだぁ。本当に、怒るよ」 言葉とは裏腹に、零の手には力が入らず、弱々しく俺の腕の中で、もがいているばかりだ。 「いいよ。どうしても嫌なら、俺を突き飛ばすなりしていいよ」 「……」 「俺は俺のしたいようにするから」 「だ、だめ……」 「本当に嫌?」 「嫌よ……なんで、知り合って間もないあなたと、こんなこと……」 「そうだな。知り合って間もないし」 「じゃぁ、おっぱいだけ……見てもいい?」 「え?」 「なにそれ、どういう理屈よ」 「おっぱいだけだから」 そっと零の服の胸元に指をかける。 「だめに……決まってるじゃない」 「だって、目の前に、こんなに魅力的な胸があって……衣装もエッチで……」 「こんな場所で、触るなって言われたら、残酷だよ」 「嘘っ」 「なにが?」 「私の胸……ちっさいし。魅力的とか、嘘だわ」 「大きさとかじゃないよ。俺分かるんだ」 「零の胸は、きれいな形しているんだろうなって……それで、すごく、やわらかそう」 「零と同じで、一見かたくなに見えるけど……ちゃんと触れてみれば、あったかくて、ソフトな感触なんだろうね」 「ななな、何を、言ってるの、私の何が分かるのよ」 「分かりたいから……もっと……」 「おっぱい、見ていいかな」 「だ、だめ」 「気になってしょうがないんだ」 「ダメって……言ってるじゃない」 「ダメ?」 「だめぇ……」 「でも、見ちゃう」 「や、やぁ……」 「……うう」 下着がおろされて、小ぶりな胸があらわになる。 慎ましやかな肉のふくらみに、きれいな薄桃色の、つぼみが添えられている。 肌は真っ白で。まだ誰にも触られたことのない……新雪を思わせた。 「かわいい」 「乳首の色……すごく、きれいだし。胸も、ささやかな肉厚が、でも、とってもやわらかそう」 ふくらみを優しくなぞりながら、そっと乳首の先端を押し込む。 「乳輪の大きさも、ちょうどいいね」 複雑な皺を刻んだ乳輪の輪郭を円を描くようになぞりながら、零の耳に囁くと、くすぐったそうに身をよじる。 「ば、馬鹿じゃないの──」 「ほら、俺のここも、零のおっぱいに、すごく反応してる……」 「ひゃぁ……っ」 「な、なにするのよ。変なもの、押しつけないでよ」 「喜んでるって分かってほしかったから」 「うう。もう見たでしょう。戻してよ」 「……やわらかいなぁ」 ゆっくりと胸の輪郭をなぞっていた指を、そっと肉のふくらみに押し込んでいく。 びりっと、抵抗するように零が身体を震わせる。 「ちょ、やだっ。勝手に……触らないで……っ」 「触るだけ。触るだけだから」 「あ、ふぁ……だめ……よ。さっきは見るだけって言ったじゃない」 「だって……こんなにかわいいおっぱいを見て、触るなって言うのは、無理な話だよ」 「あぁ、かわいいなぁ。やわらかいなぁ」 「やぁ……だめぇ……あ、ふぅ。やめてよ」 「見ちゃった以上は触らないと、すまないだろう」 「あなたが勝手に、見たんじゃないの」 「零が抵抗しないから、見ちゃったんじゃないか」 「めちゃくちゃ、言わないでよ……あ、あああ」 「触るだけだよ。それ以上は、絶対ダメなんだから」 「……ん」 「あ……やぁ……」 「ふ、ま……」 「ほら、乳首たってきた」 「あううう」 「感じてるんだ?」 「感じてないわ……そんなわけないじゃない」 「はは。そもそも感じるっていうのが、どういうことか、分からないもんね」 「は、はぁ……? 馬鹿にしてるの?」 「じゃぁ、どういうこと?」 「そ、そりゃ……気持ちよくなることよ。それで今、私は気持ちよくないもん」 「小学生の答えだな。いや、今日び小学生だってそんなこと言わないぞ」 「ば、馬鹿にして……っ」 「零は、オナニーもしたことないだろう」 「!?」 「あるの?」 「そんなこと、しないわよ」 「じゃぁやっぱり、何も分からないんだ」 「きもちよくなるっていうのは……」 「身体の表面はむずがゆくて、身体の芯から……かっと、熱くなってきて」 「表面のむずがゆさと、奥からこみあげてくる、熱っぽさが融合して……快感が、生まれるんだ」 「零はまったく経験がないから……身体の表面にちょっと、違和感を覚えているくらいかな」 「そうだろう?」 「……っ」 図星だったんだろう。俺じゃなくても分かる。 零の素直な反応は、正直に全てを語っている。 「やっぱり、そんな風に、今感じてるんだ」 「それは、あなたが嫌だから、身体が……拒絶反応をしめして……それで、むずむずしてるだけだわ」 「本当に?」 「嫌な気分?」 「嫌な気分よ」 「強情だな。零は、強情だけど、おっぱいは嫌がってないみたいだけどな」 「え。えなにそれ。や、乳首、つねらないでよ。あ、ふぁ」 「ほら、もっと触ってって、ぴんと、勃起してるよ」 ぴんと背伸びをする乳首を、指ではじき、つまみあげて……何度も愛撫する。 「そんなこと、ないわ。やめてよ。そんなところ、くりくり、しないで」 「かわいいなぁ」 「なめていいかな」 「ダメよ!」 「触るだけって言ったじゃない!」 「ほら、おっぱいも……なめてほしいって言っている。こんなに、ぴんって、勃起して」 「は、はぁぁぁ?」 「俺の唇にくわえられたいって言っているようなものだよ」 「言ってないわよ。馬鹿じゃないの」 「ちょっと黙っててくれないか。俺はおっぱいと会話をしているんだ」 「え、えええ」 「そうかそうか。そんなに、寂しいか。おっぱい」 「いっぱい、俺になめて……しゃぶられて。さきっちょ、ちゅるちゅる、吸われたいか」 「誰がそんなことっ」 「おっぱいだ」 「だめぇ」 ちゅぅ……ちゅる。 そっと唇を胸の上にかぶせ、ついばむように、乳首の先端をすいあげる。 「やめて……なめるのなんて、ダメよ。不潔」 「ちゅぅ……」 「やぁ……ぁ……ふぁ」 「ちゅる、ちゅぅ。じゅ、ちゅぅ」 「ん、やぁ、ぺろぺろ……しないで。あ、あああ」 「ちゅ、ぷ」 「ふぁぁ」 「な、なんてことをしたのよ」 「怒ってる?」 「あ、当たり前でしょ……」 「おっぱいと、先にキスしちゃったから?」 「は、はぁ?」 「嫉妬してる?」 「じゃぁ、零の唇にも、キスをしよう」 そのまま顔をあげて、真っ正面から、零と向き合う形になった。 「何を……やめなさいっ。キスは、ダメなんだから」 俺がしようとしていることを察して、零はやや目に力を込めて、拒絶を示す。 「そんなに、気安くすることじゃないんだから……」 けど、その言葉には、抵抗には……やっぱり、どこか力がなくて。 そんな半端な拒絶では、男は調子づくだけだと、何も分かっていないのだ。 「そうかな」 「唇はこんなに濡れて、なまめかしくて……キスを欲しがっているようにしか見えないな」 「そんなわけないじゃない」 「黙っててくれ。俺は唇と話しているんだ」 「は、はぁ……もう、意味が分からないわ」 言いかけた零の口を、そのまま塞いでしまう。 「はむ……ん、んー……っ」 「キスは、なんだって」 「だめぇ……ひゃむ……んんんん」 唇をねぶりながら、舌を一気に侵入させる。甘酸っぱい香りがふわりと鼻孔をつく。 くちゅくちゅと……むさぼるように、零の口内を、舌で蹂躙していく。 「ふぁ、ちゅ……ん……舌、からめないで……あ、ふぁ……んん」 零の舌は、逃げるように口内であがく。けど、どんどん俺の舌ともつれあい、絡み合うばかりだ。 「ちゅ、ん……む、ちゅぅ……もぐ、ん、れろ」 「あ、ふぁ……ちゅ、んんん」 「ぷはぁ……」 「はあ、はぁ……」 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「もう。いいでしょう」 「本当にもういいの?」 言って俺は、手の平を零の薄い胸に押し当てる。 「胸、どくんどくんって、すっごい高鳴ってるし……」 「それに、ここ」 そっとショーツの上に指をはわせる。 薄いショーツは、しっとりと湿っている。 スリットからは愛液が染み出し、つーっと、零の太ももを流れ落ちていた。 「やっぱり、びちょびちょだ」 「違う。違う……っ。これは、違うもん」 「こんなにかわいくて、こんなに素直に身体は求めてるのに、何もないなんて、あるわけないよ」 「や……」 「何を、するのよっ」 「今のは俺じゃない」 「俺のここが……もう、我慢できないって」 じーっと、ジッパーをおろし、ぎんぎんに屹立した、いちもつを取り出す。 「きゃ、きゃぁ……!」 ごくりと零が唾をのみ、目が驚きに見開かれる。 「あ、ああああああ。それを、どうしようっていうの」 「零の中に、入るんだよ」 じたばたと、俺から離れようと、もがく。 「やややや、やだっ。絶対、ダメっ。ダメだからね」 けれど俺はいっそう強く零を抱きしめて、ショーツの中に指を差し入れると、割れ目を深くなぞった。 あふれ出る愛液は、真っ白な太ももを伝って流れていく。 秘部と太ももの付け根にある3つのほくろを唇で1つ1つなぞりながら、俺はささやく。 「でも、零のここは、完全に、入れてほしそうにしてるよ。ぐちょぐちょで」 零の拒絶とは裏腹に、秘部はたくさんの蜜を染み出し、雄を迎え入れる準備をしている。 「それは、あなたが、変なことをするから」 「俺のここも、零がほしくてほしくてひくひくしてる。早く入りたいってさ」 「そんなこと、そいつは言ってないわ……」 「ほんとかな?」 「じゃぁ、任せよう。こいつを説得できたら、俺はなにもしないよ」 「え。ええ?」 「説得……」 「それ、名前はなに……」 「ジェームズ」 「じぇ、ジェームズ……あなたはそんなことしたく……ないわよね」 「私のここ、あの……おしっこするとこだし……きたないし。そんなところに、入りたくないよね?」 「……」 「お……おち○ちんは、やめておくって言ってるわ」 「本当かな」 「言ってるわ。嫌がってる子に、無理にはできないって……」 「そんな風には見えないけど」 「そんな風には見えないって……ど、どっちの話?」 「両方」 「零が嫌がってるようにも見えないし、ジェームズも、乗り気に見えるな」 「い、嫌よ。嫌に決まってるじゃない」 「ほんとに? こんなに、いっぱい、蜜を垂らして……欲しがっているのに」 「これは……違うもん」 「それに、何もしてないじゃない。赤ちゃん、できちゃうよ」 「じゃぁ、ゴムしたらいいんだ」 「え、え。そういう問題じゃないわよっ」 「どうする。ゴムありでもお前はいいか……」 「……」 「我慢するってさ」 「え。ええ」 「交渉成立」 「じゃぁ……」 すっと零に覆いかぶさり、ペニスの先端を、入り口に押し当てる。 「だめぇ……違う、違う。そういう意味で言ったんじゃないんだから」 それでももがく零に、俺はそっと腰を押し込んだ。 「あ……」 ずぶぶ。 愛液で十分に濡れているものの、窮屈な零の入り口を押し広げるように、ペニスはその頭を潜り込ませていく。 「あ、ふぅ」 まだ半分も入っていないのに、零は苦しげに喘ぎ、きゅぅきゅぅと、俺の先端を締め上げている。 「力、抜いて……痛いよ」 「あなたが、それを抜けばいいのよ」 「もう。強情だな。ゆっくりするけど……痛かったら言うんだぞ」 言って俺は、腰を深く押し進める。 「う、あ……っ」 びくりと零が顔をゆがめ、身体を震わせた。 「ふぁ」 ず、ちゅちゅ。 「あ」 「ああああああああああああああ」 びりっという、突き破る感触とともに、そのままペニスは膣内へと深く飲み込まれていく。 奥まで、入った。 「はぁ、はぁ……」 「どう?」 「気持ち……悪いわ。変なのが、私の中でもぞもぞ動いている」 「本当?」 「あ、あ……あ……」 「本当に、気持ち悪い?」 「あ、ぁ……ぁ……っ」 「なんか、いやらしい声が聞こえてきたよ」 「う。嘘よ……そんなわけ、ないわ……」 「あ、あ……あ……っ。ふぁ、あ、あ、あ」 「正直に言いなよ」 「気持ちいい?」 「気持ち、悪いわ」 「気持ち、いい?」 「そうだろ」 「よくないわ……」 「じゃぁ、動くよ」 「ん、やぁ……」 「このへん、感じる?」 「感じ、ないもん……ん、んんん」 「あ、ああああ」 「はぁ、はぁ……は……あ……」 「や、なに、これ、あ。あ」 「きもち、いい」 「きもちいい、よぉ」 「ダメなのにっ。こんな……っ。ダメ、なのにっ。あ、あ、あ、あ」 「嘘、嘘っ。こんなの嘘だよおおお」 「はぁ、はぁ……もう、出そうだ」 「あ、あ、あ……っ」 「ああああああ」 「うう……」 膣口からあふれだす愛液を見下ろしながら、零はべそをかいたような声で、つぶやく。 「ううう。私、なんてことを」 「ふかないと」 愛液と血で、びちょびちょになっている。 「ひゃぁ……や、やめてよ……っ。いいよ、そんなことしないで」 「でも、きたないよ」 「ん……」 ふきふき。 ふきふき。 「はぁ……なんで、こんなことに」 「でも、最高だった」 「え……」 「……ありがとう」 「零はどうだった。ちょっとは、良いって思ってもらえたら良いけど」 「す……」 「少しは……」 「って、何を言わせるのよ!」 「でも、こんなこと、もう絶対しないから」 「俺は何も言ってないよ。もう、次のことを考えているんだ」 「う……っ」 「馬鹿ぁ!」 「はは」 「かわいいなぁ」 「は……は……」 何が起こった……。 ふらふらと家に戻って来て……深々と、理髪用の椅子に腰掛けた。 曇った鏡には、どこか乾いた笑みを貼り付けた男が映っていた。 あれほどに俺にかみついていた少女が、うっとりと俺を見つめ……最後には、全てを許す。 あれはなんだ。 恋か。 魔法か……。 そして俺の中にわき上がる、この充足感はなんだろう。 抱いたというだけじゃない。 少女が大切にしているものを、俺が喰らったという、満足。いや、これは……満腹感。 俺は竜。 ジャバウォック。 物語を喰らい、生きるもの。 「は、は……」 そうだ。俺は……。 悪魔だった。 かつて、運命を否定して、自ら物語の語り手になろうとした。 そうして、竜になってしまった。 ジャバウォック王。 「はは……」 「あはははははは」 自らへの嫌悪感。そして、未だ胸を満たす、愉悦と充足感。 そしてこの快楽を求めて、俺はきっと……また明日以降も、行動を起こすのだろう。 「はは」 今はこの胸に兆す嫌悪も、消え去って。 人ではない、もっと、おぞましいものに変貌していく自分が、思い描かれる。 「俺はなんなんだ……」 「俺は……」 「というか、やばい」 これは、梢先生の時の比ではない。 学園をやめさせられるではすまない。 「次に学園で会ったら、殺されそう」 逃げるか? どこに……? そうだ。 あのときみたいに、忘れさせれば……。 「……」 馬鹿な。 そもそも、前回は偶然そうなっただけで、方法なんて俺は知らない。 それに、仮に出来たとしても……そんなことをしてしまっては、俺は、本当に終わりだ。 それじゃぁ、本当に、俺はただの……ゲスになってしまうじゃないか。 少女を手籠めにして、忘れさせて……何食わぬ顔で、夜の町をうろつきまわる。 殺されるというなら殺されよう。 それが俺に残ったせめてもの良心だ。 あるいは……俺はそれを望んでいるのかもしれない。 今のうちに、誰か俺を……殺してくれ、と。 「はぁ……」 俺は何をやっているんだ。 結局、今日は一日学園には行かず……ぶらぶらしていた。 このままってわけにはいかないよな……。 はぁ……明日は殺されに行こうか……。 「桜井君」 「?」 いきなり呼び止められた。 振り返れば、カメラを手にした柏原が立っていた。 「柏原……?」 「いきなりごめんね」 「もし時間があったら、取材をお願いしたいんだけど」 「え」 「私、写真部なんだ」 「写真部が、取材?」 「グラビア?」 「違うよ」 「写真部兼、新聞部みたいなことしてるんだよ」 「そうなのか」 柏原は、そっとカメラを掲げて微笑んだ。 確かにカメラを手にした格好は、なんだか様になっていた。 「で、俺の何を取材するって?」 「桜井君の日常について」 「なんだそれは」 「ねぇ……まだ、桜井君のこと、いろいろ悪く噂する人もいるでしょう」 「一度、ちゃんと、桜井君からも、いろいろと事実関係を主張しないと」 「このままじゃ、あることないこと、噂で広がっちゃうよ」 「あぁ……」 どうやら、俺に関する噂が、いろいろと流れていることを気にしてくれているようだ。 噂っていうのは無責任なもので、確証がなければないほど、好き勝手にふくらんだり尾ひれがつきながら、あちこちに伝播していく。 柏原は、それをちゃんとした形で記事にして……無責任な噂が広がるのを食い止めようとしてくれているのかもしれない……。 知らないけど、そういうことにしてしまおう。 「……?」 そういうことにした方が萌えるから! 「優しいんだな、柏原って」 「うん?」 「よく分からないけど、私が新聞部をやってるのは、将来のためみたいなものだから。ボランティアでも、義務感でもないんだよ」 「ほら、私って、マスコミ関係に進みたいと思ってるから。そういう活動していたって、就職の時に有利になるでしょう」 「うん。知らないけど」 「知らないか。そうだよね。あはは」 なぜか早口で柏原はまくしたてる。 「そう。でも柏原なら、俺も協力するよ」 「あ、ありがとう」 「絶対に行くっ」 「そんな、力入れなくていいんだけど……」 「あはは。じゃぁ、明日よろしくね」 「なんなら今からでもいいが」 「ごめん。私が用事入ってて。準備もしておきたいし」 「そっか」 「じゃぁ、食事でも」 「ええ。いや、用事があるから」 「用事が終わった後でもいいよ」 「……」 「ぐ、ぐいぐいくるね。夜遅くに、出歩くものじゃないよ。噂が流れてるって言ったよね」 「残念。じゃぁな」 「うん。じゃぁね」 今日は朝早く、登校した。 柏原との約束があるし。なにより、零からこれ以上逃げるわけにもいかないしな……。 ふと、時計塔の下にある教会に行ってみたくなった。 時計塔に住んでいた頃は、気になっていたものの……ドアが閉まっていたので、近寄らなかったが。 今なら、周防がいるはずだから……あるいは早朝からでも、入れるかもしれない。 柄にもなく、お祈りでもしたくなった。 朝の森を抜け、目当ての場所へ。 好きだった。朝の森の空気が。 だから時計塔に住んでいた時も、こうしてたまに、出かけることがあった。 朝早くから学園に来ているのは、朝練習があるクラブの連中ぐらいだ。 わざわざ森を抜けて、こんなところに来る奴はそうそういない。 「ん……?」 「……」 不自然だ。 「……」 誰か、死んでるのか。 「ぐー」 「!?」 後ずさった。 中から、うめきのようなものが聞こえた。 ゾンビとかミイラといった単語が頭に浮かぶ。 「いやいや。あほな」 棺桶が置かれている時点で、十分あほなんだけど。 「ぐー」 「……」 まさか中に誰かいるのか。 事件の予感がする。 そっと棺桶のふたに手をやると、思いの外軽く、ふたは横にずれていく。 そして中には……。 「ZZZZZ」 「……」 「す、周防……?」 「ZZZZ」 「は」 うっすらと目を開けた周防が、俺を見た。 いきなり起こされて驚くかもしれないが、顔見知りということで、許して欲しい。 「あなたは……」 「ロビン」 「くー」 「……」 ロビンって誰だ。 「うう」 眠たそうにむずがる周防。 事情は分かったような分からないような。 いっそ寝させておいてやろうかと思うが、このままでは、こっちがいろいろ気になってしょうがないだろう。 主に、パンツとか……。 そりゃ棺桶の中は暑いだろうけど。不用心にも、ほどがあるだろう。 俺が紳士でなかったら、このパンツ……脱がして、かぶっているところだぞ。 「今、何時ですか?」 「七時過ぎだが……」 「いたしかたないですね」 「ロビンの頼みとあれば」 周防はよろよろと身を起こして、やっと棺桶の中から、それこそゾンビのように這い出てきた。 「……」 だからロビンって誰だ。 十分ほど待たされて……奥から、周防が現れた。 「お待たせしました」 「……」 その姿をまじまじと見る。 「?」 「……周防はここに住んでるのか?」 「はい」 「この教会の管理を任されているんです。そのための転校です」 「本当は母が赴任することになっていたのですが、わけがあって来られなくなりました」 「それで私が」 「それでいいのか……」 「悪かったら誰か何か言ってくるでしょう」 「って、あなた誰ですか!?」 「今頃!?」 「……あなた」 「なんだよ」 「ロビンじゃない?」 驚愕とおびえのいりまじった顔で、俺を見ている。 「桜井だよ。同じクラスの……」 「……サフラン?」 「桜井サフラン??? 誰だ?? 桜井たくみだよ」 「あ」 「あぁ……あの口の臭い」 「おい、頼むぞ。口が臭いとか言うなよ。いろんな人に誤解されかねないからな」 「誤解じゃないですし、いいじゃないですか」 「今日もちゃんと歯磨きしてきたんだぞ」 「はー」 「ひえー」 「本気で嫌がるなよ。傷つくだろ」 「それよりこの教会の管理って……誰に言われてやってるんだ?」 「ここは学園の敷地内ですので。理事長さんということになるでしょうか」 「ところであなたはどうしてここに?」 「祈りにきたんだ」 「祈りを?」 「良い心がけですね」 「別に信心とかあるわけじゃない」 「ただ、ここで祈ってると……」 そうだ。俺は、どうしてここに祈りにきたんだろう。 信仰なんてない。 あるいは、俺は……神やら天使なんかとは、もっとも遠いところにいる存在かもしれない。 けど、こうして教会に立っていると、不思議と、気持ちが慰められるような気がした。 率直に……懐かしかった。 俺にはかつて、多くの魔法使いの仲間がいたらしい。 どうしてか……かすかに、もう昔に離れ離れになってしまったのであろう人達の顔を、ここでなら思い出せるような気がした。 「?」 なんて言うか……。 「一人じゃないって感じて……」 「……」 「うぉ」 すっごい、キラキラした笑みを向けられていた。 「その通りですよ」 「主はいつでもあなたのそばにいます」 「あ。あぁ……主?」 痩せたひげの長い男の姿が思い浮かぶ。 「できたら、マリア様とか……そういうタイプに一緒にいてもらえたらいいんだけど」 「どちらでもいいじゃないですか。さぁ祈りましょう」 「まぁ……」 今は、周防がいるからいいけど。 「…………」 「…………」 は、殺気。 振り返ると……。 「うお」 「こここ」 「お、落ち着け」 「なんてことをなんてことを」 半泣き顔で、こちらを睨みつける。 「そこまで睨まなくたっていいだろう」 「あんなことをしておいて、何を言う」 「別に無理矢理したわけじゃないぞ」 「なお悪いっ」 「なんで??」 「あの……どうかしましたか」 「なんでもないのよ」 「け、けど零、なんでもなくない確率100%と出ている」 「つまり、零と桜井様の間には何かがあった」 「あんたは向こうに行ってなさい」 「あう」 「まぁ……」 「……」 「私にも落ち度があったから、今回のことは、しょうがない」 意外といさぎよかった。 どれだけ責め立てられて、あるいは学園から追い出されるんじゃないかと思ったのに。 「しょうがなくないけど……しょうがないと言うしかないよ」 「ぅぅ」 また半泣きだ。いさぎよくなかった。 「でも、いいわね。あのことは……絶対に、他言しないこと」 「一夜の……過ち……野良犬にでもかまれたと思うことにするわ」 「しないよ。俺から言ったことは一度もない」 「でも広まってるじゃないの。遊び回ってるって」 「相手の子が言いふらしたんじゃないか」 「…とにかく」 「あなたは、重要マークだわ」 結局、魔女こいにっきの話とやらはどうなったんだろう。 まぁ、詮索されないなら、その方がいいや。 「でも1つ言っておくけど」 「なによ」 「俺にとっては過ちじゃない」 「へ」 「あれは、遊びじゃない」 「え」 「だから、そういう風にはとらないで欲しい」 「俺はいつだって遊びじゃない」 「それだけは、誓う」 「……」 「……」 「あの……」 「って、また。なんか怪しい波動を送ろうとしたっ」 「二度と、私の前に現れるなー!」 「……」 「はぁ……」 さすがに心が痛むかも。 「……」 「さてと」 放課後は、柏原との約束があったっけ。 写真部の取材か……。 なんか面白そうだし、協力するのは全然おっけーだった。 「あぁ、桜井君」 「来てくれたんだ、ありがとう」 「柏原との約束をやぶるはずがないじゃないか」 「あはは」 「そんな桜井君にごめん」 「?」 「急用ができちゃって。私から頼んでおいて、ごめんだけど、また今度にしてくれる?」 「急用って?」 「私、以前も同じバイトをしたんだけど、スタジオで撮影の手伝い」 「へぇ。すごいな」 「ちっさいところだから、たまに大きな案件が入ったときに、人手が足りないみたいで」 「そうだ。できたら、手伝って欲しいのよ。もちろんバイト代は私と折半で」 「めんどくさいな」 「ちゃんとお給料は出るよ」 「力仕事って言うのがときめかないというか」 「グラビア撮影だよ」 「何をしている、さっさと行くぞ」 「はいはい」 「グラビア」 「モデル!」 「興奮」 「ヤン○ガで副賞とったときから、ずっと見てました」 「ありがとう」 「ちなみにうちも、美容院をやっているんですが。俺なら、あなたの美しさをさらに引き出すことが……」 「さーくーらーい君!」 「仕事してよ」 「仕事してるだろう」 「自分とこの営業じゃないよ。というか、それ営業じゃなくてナンパでしょ」 「分かったよ。じゃぁ、おねーさん、そこ座ってください。俺が、いかした感じにカットしますから」 「誰がスタイリストとして呼んだの。撮影の手伝いだよ〜」 「……」 「……」 「すごいな」 「いいでしょ」 「いいけど」 「仕事した日が、自分へのご褒美って決めてるのよ」 若干、俺の目を気にしながらも、柏原は嬉しそうに……というか、ほっとした表情で、控えめに、パフェを口に運んでいる。 俺の前にも、柏原のおごりで、タルトが並んでいるが、それには手をつけず、俺はぼんやりと柏原を眺めていた。 「なんだかんだで、大人にまじって仕事するのも疲れる?」 「まぁ、ね」 「今日はとくに大変だったよ」 ちょっとうらめしそうに、俺に目をやる。 「ごめん。でも、うぶな男子学生があんなところに行ったら、テンションがあがるのもしょうがないだろう」 「うぶ、ねぇ……それどころか、妙に手慣れてたでしょうっ」 「あはは」 「なんだかんだで、仕事はやってくれて、良かったよ」 「任せろ、やれる人間だ」 「けど、仕事もらってる人間としてあれはダメだから。電話番号は没収ね」 「とほほ」 「……まぁ、テンションあがるのは分かるよ」 「モデルさんってかわいいもんねぇ。私も男だったら、ぜったい我を忘れちゃうと思う」 「……」 「柏原はなんでカメラを」 「え」 「ああいうバイトまでして、何か、理由があるのかなって」 「……昔から」 「きらきらしたものとか好きだったの」 「きらきらしたもの?」 「子供の頃、モー○ング娘。とか流行ったでしょう。なんてすてきなんだろうって、かじりついてた」 「ああいう世界が好きなんだろうね」 「じゃぁアイドルになればいいじゃないか」 「あはは。無理無理。でも、一瞬だけ……考えたこともあったかな」 「テレビを見過ぎて、目悪くしてね。小学生で、ぶあっつい眼鏡をかけるようになって」 「髪も、親に切って貰ってたんだよ。今はさすがに違うけど。なんか、楽なカットが身についちゃって。今もこんなで」 「コンタクトにすればいいし、髪はのばせばいい」 「そうなんだけど。なんとなく違うって分かるんだ」 「そういう風に飾ったって、根っこの部分はどうしようもないから……」 「……」 「今は、撮ってるのが楽しいからっ」 「まぁ、好きな方をすればいいんだろうけど」 「なぁ、柏原。髪を切らせてくれないか」 「え……。なにいきなり。そういや、桜井君のうちって理容室だったね」 「髪切るってどうするの? 私これ以上……」 「短くするわけじゃない。ただ、アレンジするんだよ」 「アレンジ?」 「今日、迷惑かけたし。まぁ、楽しいところにつれてってもらったし、お礼みたいなものだ」 …… 「よし終わった」 「お」 「おお……」 鏡を覗いた柏原が、ぽかんと、あっけにとられている。 「……」 「……」 「なんか、変わった?」 「すごい変わったよ」 「そう、みたいだね……」 「今っぽい」 「はっきりかわいくなったって、言ったらいいじゃないか」 「かわいくなった……?」 「おう」 「え、いや、あはは……どうだろうね。はは……髪型は、確かにかわいいかも」 「うん」 「へ、へぇ。すごいね。桜井君。あはは」 「はは……」 「なんだよ、せっかく頑張ったのに、表情が硬いな」 「せっかくきれいに仕上げたんだから、表情もともなってくれないと」 「そう言われても」 「アイドル顔してみなよ」 「アイドル顔って?????」 「うーん……」 「アヒル口とか」 「ええええ」 「まぁ、それくらいが、分かりやすいかな」 「あ、アヒル口……」 …… 「うー」 「わはは」 「騙したな」 「よかったよ」 「カメラかして」 柏原から借りたデジカメを、そのまま柏原に向けて、シャッターをきった。 「おお」 「ほら」 柏原が映った、画面を見せる。 「おお」 「なんか、こうしてみると、私じゃないみたい」 「自分のこと、カメラで撮りたくならないか」 「そんなっ。自分を撮りたいなんて……」 「本当に?」 「……」 考え込んだ柏原は、鏡にうつった自分にはにかみながら……。 「ちょっと……」 「ちょっと撮りたいって思ったかも」 「そうだろう」 「でもほんとにすごいね。桜井君のカット。魔法使いみたい」 「ありがとう」 「でも柏原の写真だってそうだろう」 「え?」 虚をつかれたように、柏原は俺を見返す。 「魔法みたいに、その人の魅力を引き出して、切り取ることができる」 「写真は嘘をつけない」 「俺の理髪だって、別にないものを生み出しているわけじゃない。そういうことだ」 「……」 柏原は、こちらを見ながら、目をぱちくりさせ。 「……ありがとう」 「……」 「なぁ柏原」 「?」 「人を撮るのもいいけど」 「自分が、主役になってみるのもいいんじゃないか」 「主役って?」 「例えば恋をするとか」 「あはは」 「アイドルよりもっと考えられないのが、恋愛ごとだよね。ダメなんだぁ、ああいうのはどうしても」 「ほら私地味だし……」 「今は?」 「へ」 「もったいない」 「こんなに輝いているのに」 「あはは……あ……りがとう……」 「……」 「……」 「う」 「うおおおおおおおおお」 「ちょ、どういう流れだったの、これ」 「どれだけ、顔近かったの。きききき、キスしようとしてたよね!」 「おしいな」 「おしいじゃないよ! どさくさにまぎれて、何してるのよ」 「あはは」 「君は……」 「散髪の腕、せっかくすごいんだから、女の子おとすための手段にしちゃだめだよ」 散髪とか言わないでほしいぞ、柏原。 「別に。じーさんだってばーさんだって、切ってるよ。ばーさんは口説くけど」 「まったく」 「でもありがとう」 「あぁ」 「……」 「はぁぁぁぁ。気をつけないと、桜井君から見ると、私とかちょーちょろい女の子なんだろうな」 「ちょろくないって」 「うわぁぁ」 「びっくりした」 「柏原はちょろくないよ。しっかりと自分を持って、やりたいことを見据えて、生きている」 「俺なんかの誘いに、ふらふらとのっかるような奴じゃないよ」 「それはきっと……寂しくないからだな。うらやましいと思うよ、柏原」 「え」 「……」 「じゃぁ、桜井君は寂しいってこと?」 「……」 「まぁ」 「そうなんだ。そうは見えないけど」 「寂しいから、人にちょっかいをかけるんだ」 「そうかもしれないね」 「寂しいけど」 「でも、良いことが1つだけある」 「良いこと?」 「他人の寂しさも分かる」 「それをどうすればいいのかも考えることができる」 「ほとんどは、どうしようもないけど」 「たまに、ちょっとした助けになれたりする。なれた気になれる」 「今日みたいな日は、すごく気が紛れる」 「柏原は……髪をセットして、ちょっとは気が晴れただろう?」 「うん」 「よかった。それならいい」 「……」 「うおっと」 「?」 「そ、その手にはのらないよ」 「はは。なにも……しないよ」 「じゃぁな、柏原」 「う、うん……」 「バイバイ」 柏原と別れ、店を簡単に掃除をして……。 俺はふらりと外に出た。 町をぶらぶらとした後、俺は……意を決して、電話をかけることにした。 ちゃんと謝っておこうと思った。 柏原と話しながら……正直、柏原に手を出す直前までいっていた。 けど、思いとどまった。 このままじゃいけない。 何もかもが現実感を失い、無責任に……人を喰らい続けてはいけない。 寂しさの意味を知っていると言うのなら、俺は、人の気持ちをもっと、思いやるべきだ。 …… ややあって、いぶかしげな声が聞こえてきた。 「こんばんは」 「……はい?」 「俺だけど」 「……」 静寂。 「殺す! 殺す!」 「改めて謝りたいんだ」 「何を謝るって言うのよ」 「謝って、説明したいんだ」 「あの時は、なんていうか淋しくて」 「何が……っ」 「それに、零が悪いんだぞ」 「なんでよ」 「……」 「かわいかったから」 「ななななななななな」 「どちらにせよ、あんなことして、そのまま何もフォローをしないって言うのは、男として……俺の矜持が許さない」 「……なによ、それ」 「頼む」 「……」 「あの……」 「うん?」 「私達、何してるの」 「なにかな」 「なんで……」 「なんで、私、おっぱいさわられてるの……」 「不思議だな」 「やわらかいなぁ……」 「嘘、こんなぺっちゃんこで……」 「そうかな。かわいいよ。それに、心なし、前より大きくなってるような……」 「え?」 「前にいっぱい、揉んだせいじゃないかな」 「そんなの、ないよ……あれくらいで」 「どうかな」 「ほ、本当に……大きくなったの?」 「ぷ」 「じょ、冗談だったの?」 「期待した?」 「し、しないわ。そんな迷信」 「経験がある俺から言わせて貰うと、あれは本当だよ」 「私、別にいいもん」 「あなただって、十分、これでかわいいって言ってたじゃない」 「にやり」 「う……そういう意味じゃなくて」 「かわいいよ。だから、いっぱい、食べさせて」 「ちゅぅ……」 「あ、やぁぁぁ。なめちゃ、だめぇ……」 「ちゅる、ちゅぅ……じゅる」 「んん!」 「やぁ、やぁ……乳首、そんなにすわないで、よ」 「じゃぁ、かむ」 はむはむ。 「んあ! やぁ、やぁ……乳首、だめ……ぁ。あああ」 はむはむ。 「ふ、ぁ……やらしいよぉ……んん」 「はぁ、はぁ……はぁ……零、俺、もう……」 「だめ、ダメだよ」 「もう、しないって約束だったじゃない」 「でも、零のこんなにかわいい姿見せられて、途中でやめるなんて出来ないよ」 「こんな状態でお預けくらったら、どうなるか分からないな」 「え」 「理事長さんが、俺を、こんな気持ちにさせたんだから……他で悪さしないように、責任とってくれないと」 「そんな……」 「ど、どうすればいいの。エッチは、だめだからね」 「そうだな……」 「じゃぁ、零が口で、俺をおさめさせてくれるかな」 「馬鹿、言わないで」 「ねぇ、俺……零にいっぱいしてあげたよな」 「あなたが、勝手に、したんでしょう」 「しょうがない。じゃぁ、他で遊ぶしかないな」 「うう……」 「どうすればいいっていうのよ」 「なめたりさわったりして、気持ちよくしてほしいな」 「え、えええ」 「やだやだ、馬鹿言わないでよ。そんな、汚い……」 「じゃぁ、前みたいにする? 零の中で、気持ちよくしてもらおうかな」 「うう……」 「……これ」 「これなめれたら、エッチなしなんだね」 「うん。いっぱい気持ちよくしてくれたら、満足するから」 「本当?」 「本当。ただ、気持ちよくしてくれたらね」 「……」 「分かったわ……」 「ん……くしゃいよ……」 「しょうがないじゃないか」 「ちゅ……ん……」 「ちゅる」 「そんな、くっつけるだけじゃ、なめるとは言わないぞ」 「分かってるわよ……」 「ちゅぅ、じゅ……ちゅる」 「ん。ちゅる……ちゅ、じゅぷ、ちゅる……じゅ、ちゅ」 「はぁ、はぁ……ちゅく……じゅ、ちゅ。ろ、ろう? きもひ、いい?」 「まぁまぁかな」 「もっと、強く吸ってほしいかも」 「じゅ、ちゅぅ。じゅぽ、じゅ……じゅるるる、ちゅぅ」 「は。ぁあ……」 「じゅる……ちゅ、ちゅる……れろ、じゅ、ちゅむ……ん、じゅ」 「よだれで、べとべとだ。よだれをすくうようにしながら、下の舌でも、なめてくれないとな」 「うん。分かった……じゅる、ちゅぅ……ちゅぅ」 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「はぁ。はぁ……はぁ……」 「そのまま、いっぱい、なめたり、すったりして」 「うん」 「じゅる。れろ、ちゅ……じゅる、ちゅるる。じゅぅ……ちゅう」 「じゅぷ、じゅ、じゅ、ぷ。ちゅる……ちゅぅ」 「ん……はぁ……」 「じゅる、ちゅ、じゅ……ちゅ、もぐ……んんん」 「はぁ、はぁ……。出そう。出るっ」 「え、えええ。本当??」 「はぁ、はぁ……っ。出る」 「くちは、らめえ」 びゅるるるるる。 「きゃぁ──」 「あ……」 「うう。なにこれ、くっさいよぉ」 「はぁ、はぁ……」 「気持ち良かったから、出たんだよね?」 「まぁな」 「……これで、いい?」 「うん。すごく気持ちよかったかな」 「じゃぁ、終わりだよ」 「零は、気持ちよかった?」 「私? 私はなにもないわよ」 「でも、途中から顔がとろんとして……すごく積極的だったじゃないか」 「そんなのっ。早く終わらせたかっただけだわ」 「ほんとかな?」 「きゃぁ……」 「なにするの。気持ちよくしてあげたんだから、終わりでしょう」 「終わらせたいなら、終わるけど」 「零は、それでいいのか?」 「え……」 「言ってみなよ」 「う……」 「本当にこれでいいの?」 「い、いいわ」 「いっぱい、濡れてるよ。このまま、家に帰れる?」 「あう……」 「まぁ、零が嫌なら。もちろん、無理強いはしない」 すっと俺は身体を離す。零は驚いたようにこちらを見上げた。 「終わりにしようか」 「……」 「よし、終わりだ」 「だめ」 「え?」 「やだ……」 「何が」 「このまま終わっちゃ、やだぁ」 「やだ、やだ……」 「私も、してほしい」 「なにを」 「……」 「エッチ」 「エッチって?」 「うう……」 「それ、いれて……」 「それって」 「お、おち○ちん……」 「を、どこに?」 「私の中……」 「あなたのおち○ちんで、私のことも、気持ちよくしてほしいよおお」 「うう」 「じゃぁ、しよう」 「あ……」 ずぶぶぶ。 「あ!!」 「あ、ああああああ」 「はぁ、はぁ……」 「あ、あ、あ、あ」 「あ、やぁ……っ。ん、んん! あ、あ、ああああ」 「や、ん! ふ、ぁ! あ、ああ! あああああ」 「おっきいの、いっぱい、動いてるのっ。あ、あ、あああああ」 「やぁ、おかしく、なっちゃうよ。気持ちよすぎて、あ、あ、ああ」 「さっきも、いっちゃったのに……!」 「また、また、いっちゃいそうだよっ」 「やぁ! だめっ。だめだよ! あ! あ! ああああ!」 「あああああああああああああああ」 …… 「はぁ……はぁ……」 「また、いっぱい出ちゃったね……」 「うん。すっごい、気持ちよかった」 「零は?」 「わ、分からないわ……でも、すごくあったかい……」 「不思議な感じ」 「零、これ……」 「え」 「これ……きれいにしてくれるか」 「愛液と精液で、べとべとになってしまったから」 「さっきみたいに……なめれば、いいの?」 「うん」 「……分かった」 「ちゅ、くちゅう……」 「ふぁ」 「はぁ。はぁ……」 「ちゅる、ちゅ、じゅぽ」 「ん……ちゅる。いつまで、これ……こんなに硬いの」 「零がえろすぎるから。零がえろいうちは、ずっと硬いと思うよ」 「そ、そんな……何言ってるのよ」 「あーあ。こんどは、零のよだれまみれだ。また、下の口で、きれいにしてくれるか」 「え。ええ」 「入れるよ」 「は、ぁ──」 「あ、あ、あああああ」 「あ、ふ、あ、あ、あ」 「あああああああ」 …… 「はぁ……はぁ……」 「はぁ、はぁ……」 「はぁ……はぁ……」 …… 「何回しちゃったのかな」 「分からない……」 「気持ちよかった?」 「分からない……」 「またしてくれる?」 「……」 「分からない、わ……」 ホテルを出て歩いていると……後ろから。 「待ちなさい」 厳しい声で呼び止められた。 「……」 さきほど情事をすませて、眠っているはずの零がこちらを睨みながら立っている。 「どういうこと、これ」 単純な怒りではない。 もっと……シリアスな、畏怖と疑惑の入り交じった、警戒の目だ。 「おかしいわ」 「桜井たくみ。なんで私は、あなたに会うたびにこんな……」 「男女の関係なんて、いつでも何かがおかしいものじゃないかな」 「ありえない!」 「私があんなに簡単に、身体を許すわけがない」 「そりゃあれだ」 「……夜は、人を、魔物にするってことだ。くわばらくわばら」 「魔物?」 零の目が細められる。探るような視線が、見透かすようなものへと変わっていく。 「魔物は誰? 私じゃない」 「……」 「あなたでしょう」 「……なに」 「こんなの、詐欺よ」 「何が、詐欺だ」 「奪われていない」 「そういうことだったのね」 「さっきからなんだ」 「あなたの正体が分かった」 「正体?」 「なんだよ。俺は、枯れススキかなにかだったのか」 「そんなんじゃない。もっとおぞましいものだ」 「あなたは……」 「悪魔、ね」 「……」 「あなたは女の子に近づいては、怪しい夢を見せて……夢の中で、手込めにして、その魔力を得ていたわけ」 「証拠は?」 「証拠ならあるわ」 「……へぇ」 「ちゃんとあったのよ……」 「なにが」 「あったのよ。最初のとき……後で、確認したら」 「だから何が」 「……」 「純潔の証明」 「……」 「……」 「なるほど」 俺は我知らず笑っていた。 くっくと、腹の底から笑いがこみ上げるのを止められなかった。 なんでだろう 最初は本当に、彼女に謝罪するつもりだった。 俺は寂しかったのだと。 あるいは……本当に、深い仲になりたいと、伝えられたらとさえ、思っていた。 けど……食事をし、彼女の心がほぐれていくに従って、俺の中に、むくむくとどうしようもない欲望が芽生えていった。 そうして、まるで俺自身も魔法にかかっているかのように……再び少女を、ホテルへ連れ込んだ。 「それは逃れられない答えだな」 「あなたは、悪魔よ。人を幻にとりこみ、そこで己の欲望を発散している」 「あなたは! 私だけじゃなくて、たくさんの子に、あんなことをしているわけね。許されると思ってるの!?」 「許されるとかされないとか、罪悪感があるとかないとか、俺はそういう理屈で動いているわけじゃない」 「むしろ、相対するところで、動いているんだ」 「なによそれは、どういう意味?」 「何が目的で、この町で、狩りをしているっ」 「……」 「さすがは、この地をおさめる、魔道師の直系……時計坂家の長女、か」 「あはははははは」 「目的もなにもない」 そう、目的なんてない。 俺はそういう存在なんだ。 日記で読んだある名前が、頭の中でこだまする。 〈夕火〉《あぶり》の刻、〈粘滑〉《ねばらか》なるトーヴ 〈遥場〉《はるば》にありて〈回〉《まわり》〈儀〉《ふるま》い〈錐穿〉《きりうが》つ。 総て弱ぼらしきはボロゴーヴ、かくて〈郷遠〉《さととお》しラースのうずめき叫ばん。 『我が息子よ、ジャバウォックに用心あれ!』 意味なんてない。それはただの、言葉遊びの羅列で。 そうやって俺は世を生きる、魔物だから。楽しいことをして、愉快に、女を抱く。 そこに意味も責任も続きもない。 「俺は、ジャバウォック」 「ジャバウォック……?」 「人の物語を喰って、生きるものだ」 「悪魔と呼びたければ、それもいいだろう」 「お前達が、日々、物を食い寝るように、俺も人の物語を喰って生きている」 「幻を」 「それだけだ」 「どうかしら」 「あなたのしていることには、何か……不思議な、脈絡があるように思える。何か目的があるんじゃないの」 「……」 さすがにするどい。 「手当たりしだいの女の子でいいというのなら……」 「私に手を出したりしないっ」 「……」 「それは、単純に……」 「君が」 「私が、なによ」 「ちょろいと思ったからだ」 「あ゛」 「ちょちょちょ、ちょろいって何よ。この地をおさめる、時計坂家の長女、時計坂零に対して、どういう物言いよ」 「くーくーくー」 そういうところが、ちょろいと言ってるんだが……。 「なるほど俺は、力を使って、君を夢幻に取り込み、そこで手込めにした」 「君にとっては不可抗力だった、と言えるかもしれない」 「しかし本当にそうか」 「?」 「全ては、夢幻の出来事だったのか」 「思い出して見ろ。あの夜のことを」 「ディナーの後、君は自分の悩みを打ち明けて……心も身体も裸となり、俺に全てをゆだねた」 「それは途中から、夢幻にすりかわっていたのかもしれない」 「しかし心のよろめきは確かにあった」 「さもなきゃ、俺の術は通用しないんだ」 「だとしたら」 「純潔は、本当に守られたのかな」 「悪魔によろめいた時点で、すきを作った時点で……君は、もう、姦通をおかしてるんじゃないか。時計坂零」 「あなたっ」 「あはは」 「冗談だ。君の言う通り。俺が夢幻の魔術を使わなければ、無理矢理組み敷いても、舌をかんで死ぬような奴だろう」 「で、どうする。俺の正体を知って」 「決まってるわ」 静かにそう言って、零はゆっくりと右手を差し向ける。 そこには、銀色の銃が握られていた。 「あなたを、倒す」 「……」 「俺を倒す?」 「威勢のいい、お嬢さん」 「やってみろ」 「少々、腕がたつようだが、俺はお前が言ったとおり、悪魔だ」 「殴って蹴って、どうにかできると、思うか」 「大丈夫」 「そういうのには、慣れている」 「これで、終わりだわ」 「それは……」 「時計坂家は、代々、時計塔の周辺に起こる怪異を、監視してきた」 「そして怪異に対抗するための武器を、発明したわ」 「これが、その銃よ」 「は……」 「物騒だなぁ。悪魔なんかよりもよっぽど物騒だ」 「本当に撃てるのか?」 「……」 「悪魔だなんだってのは完全な世迷い言……俺がただの人なら、どうする」 「大丈夫、ただの人なら、害はないわ。つまっているのは、術式を書いた紙を丸めて固めたものだから」 「ぺちんと当たって、ちょっと痛いだけだわ」 「ただの人なら、ね」 「あなたは、どうかしら」 「……」 「は……」 「びんご、ってことね」 「ははは。よくためらわずに、撃ったものだ」 「いいだろう。今夜はこれで、退散しよう」 「しかし、俺はそう簡単に、滅びはしない」 「我が名はジャバウォック」 「俺は物語だ」 「読み手がいるかぎり、何度でも、よみがえることができるということだ」 「忘れるな」 「それじゃぁ、また会おう」 「物語の最果てで」 「ここは……」 ……。 家、か。 何があったのか。 あぁ、そうだ。 俺は……零と会って……。 本当はちゃんと、謝るつもりだった。けれど……。 …… 「は……」 「俺は……」 俺はやはり、悪魔なのか。 あの時、零に、半ば勢いのまま口にした言葉は、真実だと思った。 栗原は俺のことを、魔法使いだとかなんだとか言っていた。要するに、人ではないということだ。 物語を喰いながら、存在している。 そういう化け物なのだ。 俺はこれからも夜をさまよい、少女の夢を喰らい続けるのだろう。 …… さして見つけたいとも思っていなかった自分の正体は、そんなものだった。 あの森で目覚め。 カノンちゃんと会い……零と会い。 学園に通い、友人ができた。 けれど本当は、そういった人々と、俺は相容れないところにいるのか。 あっという間に、いろんな景色が遠くなってしまったような気がする。 時計坂零。俺は、彼女に惚れていたのかもしれない。 甘えるように、彼女を、なぶり……何かから、救われていたのだろうか。 零……君は……。ちょろくなんてない。 優しかったのだ。 無責任なことも言えず。ただ、すました顔で、俺を応援してくれて。 そんな少女の優しさに俺は、つけ込んでいただけだった。 弱いのは、俺だった。 机の上には一冊の日記が置いてある。 魔女こいにっき……。 梢先生の記憶を……いや、物語を無意識に消してしまったように。 今なら、俺は、自ら、そうすることができる。 「…というか、こっちが説明してほしいんだけど!! なんなのこいつ。どうしてまぎれこんでるの??」 「分かった。美味しいもの食べさせて、私のことを懐柔するつもりでしょう」 「どうかしてる。こんなこと……なんで……他人のあなたに」 全ては物語だ。 本を閉じれば、物語は、そっと閉ざされた暗い世界に返っていく。 それはつかの間の、光景だ。どんなに美しくても、嬉しくても。 悲しくても。残酷でも。 全ては物語になる。 どこかにありそうで、どこにも無かった話になる。 時計塔は、静かにそびえている。 …… いつか、あの少女が、俺を本当に撃ってくれるのだろうか。 物語を終わらせてくれるのだろうか。 俺はそのまま悪魔として、この街で人を喰らいながら、生きていくしかないの……か。 …… 入り口に気配を感じて、振り返る。 零が立っていた。 「どうしたの?」 不審げに、俺を見やる。 「なんでもないよ」 …… 振り返り、少女に微笑んだ。 「そうだ、零」 「え?」 …… 「……」 「ごめんな」 「?」 …… 桜が舞っている。 魔女こいにっき。 俺は遠い異国から来た、魔法使いで……。 ある物語を求めて、この国にやってきた。 そうして長い長い、時を生きた。物語を求めて……。 そのうちに、俺は……人ではない、おぞましい何かに、なってしまったのかもしれない。 記憶は戻らない。 けれど、俺は確かに、長い長い時を生き続けたのだという、確信のような予感があった。 きっとこの春が……今が、俺が何者になるかの、瀬戸際なのだと。 記憶を失い、ゼロから始まった俺が、どこに時を進めるかが、決定される瞬間に、俺はいる。 …… 風を感じた。 細かな砂が、頬を叩いていく。 砂丘の輪郭に切り取られた空には、真っ赤な夕日が沈んでいくところだ。 めまいのしそうな熱気の中に、俺は立ち尽くしていた。 一面の砂漠が広がっていた。 ここだ。 こここそが、俺が本当にいる場所なんだ。 はるか昔……俺はこの場所で朽ちて、魂だけを、遠い国へ運んでいった。 けれど、本当の身体は、心は……今も、この砂漠のどこかにとどまっているのだ。 はるか遠くに……ぼんやりと、幾重にも陽炎をまとった塔が見える。 時計塔。 あれは、幻か。 どこからどこまでが物語だった。 いつまで俺は人だった。 そうして、いつから始まり、いつまで続いていくのだろう。 それはもう、この砂漠のように、始まりも終わりも見えない、乾いた物語になってしまった。 かつて俺が語ろうとしていた、楽園の物語は……こうして、ただ荒涼とした景色が広がるだけのものになってしまった。 そうして、俺一人が取り残されてしまったのだろうか。 いずれにしても、行かなければならない。 そして会わなければならない。 「長い長いおとぎ話を語りなさい」 藤田崑崙……。 行かなければ、ならない。 「神に反逆できるほどの悪魔に……竜におなりなさい」 「……」 物語の最果てへ。 登校をする。 徒歩で。 電車を使えばいいのだが、無駄なことに金を使うと、いろいろと零達にばれそうだからな。 「はぁ……」 また時計塔に戻ろうか。 下に周防がいるから、ちょくちょく会いに行けるし。 あそこはあそこで、上り下りが大変なんだよな……。 「ん……」 手紙だと? 『夜に、校舎裏で待っています』 「よ、夜に校舎裏……だと」 「嫌な予感半分、期待半分というところか」 普通は嫌な予感しかしないんだろうけど、その辺、俺は前向きだ。 誰だろう。 柏原からだったりしないかな。 「今日は眼鏡をかけないよ」 「それだけじゃなくて」 「胸のめがねも外しちゃうから……」 「なんとっ」 「まて、俺が外す」 「胸の眼鏡は俺が外すぞおお!!!」 「……」 「な、なに」 「俺が眼鏡を外す」 「なんで?」 「なんでだろう」 んー。 「?」 柏原じゃないよな、きっと。 ……とすると誰だ。 不安半分。期待半分……。 久しぶりの、我が家……というか何というか。 ここで、誰かが暮らしていたのだろうか。 気のせいか……砂漠の匂いをかいだ気がした。 ひっそりとした校舎裏。 どうも、やっぱり……こんなところに夜に呼び出す奴は、ろくな奴でもなければ、ろくな用件でもなさそうだ……。 やっぱりほいほい、出てくるんじゃなかったかな。 「待ってたわよ。桜井たくみ」 と、現れたのは……。 「げ……」 いつか俺を呼び出して、振られた腹いせに、散々な評判を流しやがった三人組じゃないか。 「お前等、まだこりずに俺に難癖つけようとしているのか」 「はい?」 「分かった。そうまで言うなら。一度きりだぞ。一度きり!」 「抱いてやろう」 「は……」 「馬鹿言うな。今更お前なんかに、興味はない」 「じゃぁなんで呼び出したんだ」 「藤田さんがお呼びなんだから」 「え」 「探しているんでしょう、藤田さんのこと」 「あ、あぁ……」 意外なところから、その名前が出てきた。 「お前等、知ってるのか」 「ええ」 「お前等の友達か?」 「とんでもない」 「藤田さんは……私達の魔法使いなの」 「は……?」 「そう。冴えない私達をプリマドンナにして舞踏会へ連れて行ってくれる、魔法使い」 「プリマドンナ……」 「いいからこっちに来い。藤田氏が、お前を待っているから」 「ここよ」 教室の前まで案内された。 「それじゃぁ、私達、帰るから」 「おい、俺とそいつ、二人きりで会うのか?」 「そうよ」 この中に、藤田崑崙とやらが、いるわけか……。 「……ふぅ」 行こう。 「……」 「……」 「お前が、藤田崑崙か」 「ええ」 「お前は俺を知っているんだな」 「……ええ」 「栗原進は……俺のことを、魔法使いの王だと言った」 「そうなのか」 「昔々のことよ」 「多くの魔法使いを引き連れて、果てしない旅に出た、魔法使いの王様がいたわ」 「王様には夢があった」 「偉大な物語を完成させるという夢が」 「けれど、大きな難題にぶつかり、やぶれさった」 「そうして全てを捨てて、逃げたのよ」 「……」 「彼はいつでも逃げてばかりだったわ……」 「夢を語るのはお上手だったけど、ひとつとしてそれを実現することができなかった」 「ついには、肉体を捨てて、幻になってしまった」 「ここにいるあなたは幻なの」 「自らを物語にすることによって、存在してきたの」 「魔力によって、その存在を、知らしめている……」 「ふとしたはずみに、たやすく消えてしまうもの」 「でも物語にはいつか終わりがくるわ」 「特に今のあなたは、ほとんど力を失って……かろうじて、まわりに認識してもらえる状態だけど」 「もってせいぜい、あと一ヶ月でしょう」 「一ヶ月?」 「ええ。それで、今の学園生活と別れを告げることになるでしょう」 「別れを告げるってなんだ……どうなるんだ。転校するのか」 「終わってしまえば、読み手は読み手の世界に戻るだけ。おとぎ話は、ぱたりと……本の中に閉じ込めて」 「その子との物語を終えたときに、いやがおうにも、あなたは、消えてしまわなければならないのです」 「物語とは、そういうもの」 「それがあなただわ」 「ジャバウォック」 「……ジャバウォック」 日記に書かれていた、俺の本当の名前。 零にもそう名乗り……こうして、名前を呼ばれても……。 「やっぱり、しっくりくるような、こないような」 桜井たくみと、ジャバウォックじゃ、全然違うしな。 「話をまとめさせてくれ」 「俺は遠い昔に……遠い国から、幻となって、この国を訪れた」 「そして、ある物語を完成させるために、長くこの国で暮らしていた。ここまではあっているな」 「ええ」 「そうして、やっとそれを完成させようとした時……何か、俺にとってどうしようもない試練が訪れた」 「俺はそれから逃げ出した」 「記憶も何もかも、投げ出して……」 「それが何なのか、お前は知っているんだよな」 「知っている」 「けど教えてくれないのか?」 「……」 「あなた自身が忘れることを望んだんだもの」 「あなたの意志を尊重して……私は何も、教えはしない」 「なんだよ、それ……」 「じゃぁ、俺が本当に、記憶を取り戻すことを望んだとしたら……そのときは教えてくれると?」 「……」 「そうね」 「あなたが望むとしたら、ね」 「……分からない」 俺は望むのか? 「一度逃げたのなら、もう……戻るわけにもいかないじゃないか」 「俺は今の生活がそこそこ気に入っている」 「逃げた先が今の生活だというなら、このままでも、いいじゃないかと思う」 「そうかもしれないわね」 「うん」 「……」 「ただ……」 冷たく感情というものが排除されたような少女の目に、一瞬、何か、暖かいものが浮かんだ気がした。 哀れみ……。 いや、心から俺のことを心配するような。 そんな、慈しみの目だった。 気のせいだろうか。 「ただ、今のあなたは、とても苦しそう」 「え」 「己のうちの欠落に気づいて、そこから必死に逃げようとしているみたい」 「あるいはその穴を埋めようと、夜な夜な女の子を求めるけど……決して、それが満たされることはない」 「あなた自身、分かっているはずなのに……他にすがるものもなく、ただ、求め続けている」 「一時の恐れから、逃げ出したあなただけど、やはり、どうしても本懐をとげたいのだという気持ちが、消え去っていない」 「あなたは、そういう人だった」 「いつでも途方もない夢を見ていた」 「人を巻き込み、傷つけ……振り回して、実現できなくて」 「でもやっぱり一番つらいのはあなた自身で」 「そのくせ、その目はいつでも、きらきらと夢だけをうつしていました」 「君は誰なんだ」 「……」 「魔女」 「私はやっぱりあなたに、語ることはないわ」 「語るのはいつだって、あなたの仕事だった」 「ただ私はあなたの語る物語を、ずっと聞いていただけ」 「だから……もう一度語って」 「しかし……どうすればいい」 「……」 「恋をしなさい。王よ」 「こ、恋……?」 「ええ」 「記憶を失う前のあなたは、そうやって、物語を完成させようとしていた」 「幻であることの意味を、模索しようとしていた」 「あなたがもう一度、あなたになるために……恋をしなさい」 「繰り返している、一夜のちぎりじゃない」 「永遠に続けたいと思う」 「続けられる、恋にたどりつきなさい」 「恋……」 「ジャバウォック王……」 「あなたは、その名を、思い出す日は来るのだろうか」 「私達は、ある姫に、物語を捧げるために……長い長い時をめぐりつづけた」 「彼女を救う、物語を求めて」 「姫の名は……」 「アリス」 …… この町の桜は、ずいぶんと長く咲いているようだ……。 聞けば、ちょっとした名物で、珍しがって余所から訪れる人もいるとか。 風土のせいなのか、もともとの品種が……他の土地に植えられた物とは、起源を異にしているのかは、分からない。 あるいは、あの花は、この町の名前の通り……桜ではなく、薔薇か何かなのかもしれない。 それでもやがて散るのだろう。永遠に咲くわけにはいかないのだから。 「……」 女の子と、恋をした。 俺なりに、本気で相手を思った、恋だった。 けれど……全ては物語として、もっとも美しい瞬間に、俺の前から去って行った。 俺だけが、そのかけがえのない物語を覚えている。 それはつまり……俺だけが、取り残されてしまったということなのかもしれない。 「……」 そんなもろもろがありつつ……。 「遅いな……京子ちゃん」 先日知り合った他校の子と、待ち合わせだ。 もうひと押し……というところで帰っちゃったからなぁ。 今夜は決めるぜ。 結局、俺のしていることは、あまり変わらなかった。 「あぁ、いたいた」 「あぁ、京子ちゃん……」 「って……」 「誰が、京子ちゃんって?」 「い、いや、零子って言おうとして……」 「私は零」 「そうそれ」 「はぁ……最近、どうなの」 「いや、それなりにやってるぞ」 「報告に来てないみたいだけど?」 「あはは。あまり顔を出せなくて、すまん」 「寂しくさせて……ごめん」 「ほげー……」 「ま、別にいいわよ。特に、問題も進展もなければ。普通に学園生活を楽しめば良いわ」 「節度をもって、だけどね」 「はは。了解了解」 「私達の方でも、あなたについてはちょくちょく調べてるんだけど……結局、手がかりがなくて。ごめんね」 「そ、そうだったのか」 俺がぶらぶらとしている間に、いろいろと調べていてくれたらしい。 「零……」 ぎゅ……。 「ぎゃ」 「なんでいきなり抱きつかれないといけないのよ!?」 「いや、なんか久しぶりで、愛しさがこみ上げてきて」 「久しぶりなのは分かるけど、愛しさがこみあげてくる理由が分からないっ」 「それで、俺を探していたんじゃないのか」 「え。う、うん……まぁね。あんた、この辺をいつもうろうろしてるって聞いたから」 「なに?」 「えとね……」 なんと切り出したものか、迷っているようだ。 頼みごとか、何かかな。 いかにも人に何かを頼むのに、慣れてなさそうだしな。 「かわいいな…」 「は!?」 「失礼。どうも、口にしてしまうんだ」 「変な奴……」 「あのね、ちょっと明日、理事長室に顔出してくれる?」 「いいけど。久しぶりに、こちらも報告しときたいし」 「うん。じゃぁよろしくね」 「おう」 いったいなんだろう……。 「おはよう」 「あぁ、おはようございます。久しぶりですね」 「うん。カノンちゃんも……しばらく見ない間に大きくなって」 「はい?」 「……い、いやらしいことを考えました?」 「のーのー。俺はお尻のことを言ったんだよ。カノンちゃんは、すぐにおっぱいのことにつなげる」 「結局、いやらしいことじゃないですか!!」 「ははは」 「あぁ、来てくれたんだ」 「もちろん」 「で。俺に何の用事?」 「そのことなんだけど……」 なんかめんどくさい話がくるのかな。 また魔女こいにっきがどうとか。 正直その手のことは、俺の方で内緒にしていることもあるし。 あまり、関わりたくないんだよな。 「来週にある文化祭のことなのよ」 「うちの学園って、文化祭がイマイチ盛り上がらないのよね」 「そうなのか?」 「ええ。毎年、あまり人も来てくれないみたいだし」 「敷地は広いけど、生徒数が特別多いわけじゃないから……なんていうか、生徒同士の団結も、希薄でね」 「そっか」 確かに、たまに学園に来ていても、来週末に文化祭がある、という雰囲気ではない。 ぼちぼち準備も進んでるはずなのにな。 「時計塔とかあるし、ここらじゃ目立つ存在だし、人も集まりそうだけどな」 「時計塔目当てに、この丘を登ってくるのなんて、物好きくらいよ」 「近くに他校があるわけじゃないし。交通の便も悪いから……毎年、来場者が少ないのよ」 「どうしても内輪で楽しむみたいになっちゃって……毎年、ぱっとせずに終わるのよね」 「だから、どうにか出来ないかなって」 「でも私もカノンも、こういうこと苦手でね……」 「イベントのコンサルタント会社に頼もうかってカノンとも相談したんだけど」 「学生のイベントに、プロを入れるのも、おかしいと思うのよ」 「それで、俺に相談?」 「ええ」 「あなたなら、こういうこと得意そうだし」 「学園に入ってまだ日が浅いのも、逆に、客観的にいろいろと見ることができるんじゃないかなーって」 「まぁ……。でも、生徒会長とか、実行委員とか、本来中心となって頑張る連中はいるはずだろう。そいつらはどうしたんだ?」 「現生徒会長は、あまりイベントごとの盛り上げに積極的ではないのですが、かといって……それを飛ばして他の委員に相談すると角がたちます」 「はぁ……。生徒会長が文化祭に積極的じゃない。かといってそこを飛ばして実行委員と頑張ろうとすれば、角がたつと」 「いろいろ考えているんだな」 「これでも理事長だからね」 「今年は、学園ができて200の節目なのよ」 「200??? え、この学園、そんなに昔からあるのか」 「そうよ」 「で、けっこう昔の制服を復刻してたりするの」 「へぇ。これ、昔の制服なのか」 「ええ。60年ぐらい前のものかな……人気があってね。一人、昔の卒業生に借りたとかで、着てきた子がいたのよ」 「それが、他の生徒からも大評判で。じゃぁ、カノンと相談して、復刻してみようかって」 「へぇ。いろいろやってるんだな」 「やってるのよ。これでも」 「そっか」 「よし、文化祭の件、俺も僭越ながら協力しよう」 何やら、胸の底からわくわくとした、やる気がわき上がってくる。 お祭りごとは、大好きだ。 「あ、ありがとう」 それに、零とカノンちゃんに……少しでも、恩返しが出来るというなら、何よりだ。 「とにかく、文化祭までほとんど時間がないんだから、まわりに周知させるのが肝心だな」 「二人にも、協力してもらうぞ?」 「うーん……」 「どうしたのよ」 「いまひとつ、インパクトが足りないな」 「何か、しよう」 「宣伝してくればいいってこと?」 「うん。でもただ宣伝するだけじゃつまらないから、何か、それ用の衣装でも用意できたらいいんだけど」 「衣装って?」 「例えば……」 「い、いいっ」 「なんだよ」 「あなたに任せると、変な衣装になりそうだから。こっちで考えるわよ」 「100%、スケベです」 「あう」 信用がなさ過ぎる。 「行きましょう、カノン」 「はい」 あっちの部屋に、ひっこんだ。 ……待つこと、5分。 向こうでひそひそと話し合っているのは聞こえるけど……。 どうなったんだろう。気になる。 開けてしまえ。 「もう済んだか……?」 って……。 「え……たくみ様?」 「って、ごめん!!!」 「何入ってきてるのよ!? まだ着替え中よっ」 「メイド服……?」 「そうよ。ちょうど、カノンの服のスペアもあるから」 「カノンちゃんと零では、でもサイズが……」 「うるさいわねっ。そんなの、つめておけば、どうにでもなるでしょう」 「悲しいことをっ」 「しかし、メイドか……悪くない。悪く無いけど、もう1つ、普通なんだよなぁ」 「すいません。普通です」 「い、いや、ほら、カノンちゃんは、胸とか普通じゃないから」 「柏原先輩にも、100%、同じことを言ってますね?」 「ばれてる!?」 「いや。メイド……悪く無いんだが……」 「こう、今まで注目されてない文化祭を盛り上げようと思ったら、もっとばーんと、意表をついたものが必要かなって思うんだ」 「じゃぁ何にすればいいのよ」 「そうだな……」 「もっとこう、物語的な……」 「あんた、そればかりね」 「そうだ」 「なによ」 「ちょっとまっててくれ、つてをあたって、衣装を借りてくるから」 「ってか、早くしめなさいよ!」 「悪かったよっ。今しめる」 「っと待ってくれ、サイズはどれくらいだったっけ」 目に焼き付けておかなければ。 「早く出て行きなさいってば」 「いや、サイズを」 「馬鹿あああああああ」 ということで……。 …… 「すごい注目だな」 「注目集めてるのは分かるけど……」 「これの何が協力なのですか?」 「まずはなんでもいいから、人の目をひく」 「のちに、伝えたいことを伝える」 「なにはともあれ、注目されることからはじめないと」 「それは分かったけど、なんでこの格好」 「それは──」 「俺の趣味だ!」 「……」 「そ、そう」 「じゃぁ、声を出していこう」 「へきほうさい、はじまりまーす」 「は、はじまります」 「声が小さいよ!もっと大きな声で!」 「へきほうさいはじまります!」 「はじまります!」 「全っ然気持ち伝わってこない!もっと大きな声で!!」 「へきほうさいはじまります!!」 「はじまります!!」 「はい今へきほうさいはじまった! 今はじまったよ!! 」 「いや。まだ始まっていない」 「俺たちの中で始まったんだ」 「な、なるほど……深い」 「ふ……」 受け売りだ! 「はぁ……」 理事長室に戻って来た零が、盛大なため息をはいている。 「どうした。好評だったじゃないか」 「確かに、妙な認知度は高まってきたような気がするけど……」 「かわりに大事なものを失った気がする……」 「はは。このくらい自分を捨てないと、何も成し遂げられないぞ」 「零、たくみ様、文化祭の件ですが……ひとつ、問題がありまして」 「問題?」 「演劇部の、不参加が決定しました」 「ええ。やっぱり……だめだったんだ。じゃぁ、劇ができないじゃない」 「劇? って、文化祭でやるやつか」 「ライブと並んで目玉の一つなのよ。だけど、有志でやってくれるグループが今のところなくて」 「まぁ、即席の演劇なんて、確かにハードル高いだろうけど……」 「で、演劇部も出ないって? どうしてだ。奴らにとっては晴れ舞台だろう」 「ちょうどその日は、県民会館で演目があるんだって」 「……文化祭の日に何をやっているんだ」 「まぁ、彼らの気持ちも分かるのよ。去年、必死に練習したあげく、すっからかんの体育館でやらされたんだから」 「出し物が受けちゃってね。そっちに客とられて……体育館はお寒いことになっていたわ。それで、すっかりへそを曲げちゃったわけ」 「すっからかんだったのに、今年もやらないと、いけないのか」 「バンドと演劇は、ないとしまらないからね」 「ずーっと、やってきたから、伝統行事みたいになってるのよ」 「ふーん……だったら」 「集めれば良いじゃないか」 「集めるって……? メンバーを?」 「そう」 「即席で集めたメンバーで、演劇なんてできるかしら」 「それは俺は知らん」 「ようは、何もやらないのがマシか、即席でも何かやるほうがマシか。そういう選択だろう」 「うーん。じゃぁ、お願いしていい?」 「俺?」 「ごめん。私が頼むと、理事長として無理矢理押しつけるようになっちゃうから……それは避けたいのよ」 それは確かに。 有志の参加を募ってるんだか、理事長命令だか、分からなくなりそうだ。 「まぁいいけど」 「それに、学園にいる時間は短いけど、あなた、ずいぶん溶け込んでいるみたいだし」 「それは、俺ってほら、愛されキャラだからな」 「アイドルタイプっていうか」 「自分で言うことは知らないけど…まぁ、そんな感じよね」 「そうだ、カノンちゃん」 「はい」 「カノンちゃんは頭数に入れておいていいんだよな。演劇の」 「いいですが……」 「私、演劇なんて……」 「き、緊張のあまり台詞をとりる確率、70%と出ていますっ」 「とちる?」 「まぁ、誰だって、そんなものじゃないのかな」 「でしたら、頑張りまぅ」 またとちっとる。 「それじゃぁ、ちょっと探してみるか」 知り合いなんて……いないんだけどな。 思い浮かぶのはいくつかの幻。 結局、俺にはそれしかないのだ。 ならば、つかのま、追いかけてみてもいいのかもしれない。 と、タイミング良く、一番の友人が歩いてくるところだった。 「柏原!」 「ど、どしたの、桜井君。いきなり」 実に頼みやすそうな相手が、現れた。 「……」 「これだ」 「あのな、柏原。今度の演劇で巨乳……」 「な、に、言おうとしたの」 「いや、違うんだ。つい口がすべって。俺が言いたかったのは、今度やる巨乳に参加してくれないかって」 「……」 「真面目な話をしよう」 「当たり前だよ」 …… 「劇?」 「撮ればいいの?」 ちょっとわくわくしている。 「違う違う」 「撮られる側だ。柏原に、アクターとして、参加してほしい」 「えええ」 「無理無理劇なんて、無理にきまってるじゃない!」 「そうかなぁ」 「だって、柏原、ライブやるんだろう。それだけの度胸があれば、大丈夫だろう」 「ななななな、何の話?????」 「三好春菜ちゃん……」 「えええええ」 「ちょ、桜井君……それ、どこで知ったの」 「あはは。俺をなめてもらっちゃ困る。この町の美少女の情報は、ちゃんと把握してるさ」 「確かに、桜井君……妙な、ツテがありそうだもんね」 「お願い。内緒にして……」 「だったら、分かってるな」 「劇を手伝うって話?」 「違う。胸をもませてって話」 「……」 「ごめん。演劇の話です」 その後……柏原と教室に残って、あれこれと、対策を練ることになった。 しかしいくら顔の広い柏原とはいえ、こんなに急に、劇に参加できそうな面子を見繕うのは、難しそうだ。 「足りないな」 「……」 「こう、足りないんだよな」 「柏原は、とてもいいんだが……」 「ちょっと、普通だからな」 「ちょいちょい普通言うのやめてくれないかな。けっこう傷つくんだよ」 「褒めてるんだけどな」 「ただ、この脚本には、神秘的な役柄が、ほしいんだよな」 「みてねぇ」 「神秘的な美女という言葉のどこに、お前とひっかかる部分があるんだ??」 「ほら、僕、よく謎な奴……って、まわりから言われるし」 「神秘的とは全然違う」 「神秘系美女、か」 「それなら周防さんだ」 「あ、あぁ……」 俺は思わず、声を出してしまった。 「あれは神秘というのか、ただの、不思議ちゃんじゃないのか」 「けど周防なら、おっぱい的にも、何の不足もないな」 「いつまでそこにこだわるの……」 一旦、零と合流して……。 俺たちは森はずれの教会にやってきた。 …… 「?」 「……臭う」 「何かが、くる」 「失礼しまーす」 「あなたは……」 「おう」 「同じクラスの……」 「そうだよ」 「周防に頼みがあって来たんだ」 「はぁ……私に」 「ずばり、二週間後の文化祭でやる演劇に、参加してくれないか」 「演劇に、ですか? 私が……」 不信げな表情を濃くするばかりだ。 まったく、気乗りしてなさそうだ。 「ロビンの頼みならいざ知らず、なぜあなたの出し物に私が付き合わないといけないんですか」 「俺がそのロビンだからだ」 「そんな……」 「あほな」 「なかなか演技が出来るじゃないか。決まりだな」 「のせられました。やりませんよ、そんなこと」 「ねぇ、あなた……いつまで一人で管理してるの。まだご両親は、こちらに出てきてないみたいだけど」 「演劇ですか、少々興味がわいてきました。協力するのもやぶさかではありません」 あ、話題変えにいったな。 「え、そう? ありがとう」 簡単に、のっかった。 「でもどうして、私をお誘いになったのですか」 「神秘的美人だから」 「はぁ」 不信を隠さず、けげんそうに俺たちを眺める周防。 「何か臭います。企みの臭いがします」 「どうすればいいんだ」 「台本を要求します」 「台本?」 「それは……」 「困る」 「ベッドシーンがあることがばれてしまうじゃないか」 「そんなんがあるんかい!」 「却下です」 「冗談だ。まだ、書いてないんだよ」 「そうか。しかし周防はすごいな。一人暮らししながら、それも教会の管理なんて」 「そうよ。さっきの話、終わってなかったわ。あなたのご両親は一体……。これじゃぁ、あなたの一人暮らしじゃない」 「劇への参加……やぶさかではありません。神秘的美女とおっしゃっていましたが、どういう役柄で」 「え。ほんとう?」 「神の啓示をうけて、人々を先導し、砂漠を旅する聖女の話だ」 「ほう。聖女とな」 「面白い」 「きっと演劇には、多くの子羊が集うことでしょう。舞台で、私がその導き手になれるのでしたら」 「そういえば、台本はたくみが書くってことでいいの」 「任せてくれ」 「変なのはダメよ」 「変じゃない。もう、考えているよ」 「ある砂漠の国のお話さ」 「砂漠?」 「これなら、書き割りも簡単ですむだろう。砂漠かいときゃいいんだし」 「あとは衣装や演出をエキゾチックにすれば、面白くなるんじゃないかな」 「そんな、中間管理職みたいな配慮しなくても、こっちでなんとかするのに」 「節約できるに越したことはないんだよ、その分、いろんなところにお金が使えるからな」 「その衣装は、どうするの」 「任せておけ。俺につてがある」 「かわいいだろうなぁ。くくく」 「……」 「嫌な臭いがします」 「……」 「……」 「何を書いているの」 「脚本」 「……」 目をぱちくりさせている。 なんでこいつは、ちょくちょくこの店に現れるんだ。 俺のお目付役か何かのつもりか知らないが、当然のようにあがりこんで、茶を飲んでいることがしばしばだ。 今日はとうとう、鍵まで壊して……。 「劇があるんだよ」 「へぇ」 つまらなそうに応答し、そのまま読書に戻る崑崙に、俺は声をかける。 「崑崙も出るか」 「え」 「馬鹿馬鹿しい」 「餌が増えるぞ」 「?」 「演劇というのは、魔法の一種さ。その場にいる人達をある種の催眠状態にして、同じ幻を、見せるんだ」 「数多くの幻を見せることが出来る。そうしたら、餌も増えるという案配だ」 「……」 考えてるな。 「……いいわ」 「……」 「……」 一同が唖然としていた。 教室にもほとんど姿を現さない崑崙が、俺と連れだって現れ……演劇に参加をすると言い出したのだ。 「……はじめまして」 俺は慌てて、零の口をおさえる。 「何するのよっ」 「いろいろと追及するのは、今はやめておいてくれ」 「なんでよ」 「そういうのは、劇が終わった後だ。今は、劇が優先だろう」 「まぁ……そうね」 「私は何をすればいい」 「配役がたりないから、参加してほしい。そんなに台詞はあてがわないから」 「そう」 「俺は語り手だからな。出ないよ」 「ここは防音になってるから、練習にはもってこいって感じよ」 「それは助かる……外にはあまり聞かせられないからな」 「ベッドシーンもあるからな」 「ないし、それはもうどうでもいいでしょう」 …… 「そいつはどうかな。ほい、脚本」 「これは……」 「有名な話ですね」 「意外と真面目だね。途中抜けてるからよく分からないけど」 「確かに、この少女がお話を語るシーンだけ、抜けてない?」 「そこは、後で考えるから……まぁ、そのうちな」 「ねぇ。私の台詞がないみたいだけど……」 「あ、あぁ、そこな」 「お前は台詞が少ないから、ぶっつけで良いと思う」 「なにそれ」 「……」 「なんかよからぬことを考えてないよね」 「考えるか。こんな有名なおとぎ話をもとにして」 「ならいいけど……これ、衣装はどうするの」 「ふん。全部、俺に任せておけ」 用意するのは栗原だけどな。 「へきほうさい、はじまるよ」 「甘くておいしい、へきほうさい」 「あなたの心をキャッチする」 「へきほうさい〜〜」 「あと半月だなぁ」 「なにが」 「文化祭だよ」 「あぁ……」 「いや、まぁ俺もなんだかんだで楽しみだけどさ。お前こそ、ちょっと前までかったるいとか言ってなかったか」 なんだか燃えるよなぁ。 なんだかんだで、理事長が先頭きって頑張ってくれてるからなぁ。 「一年生が理事長? なにそれって思ったけど、ああやって頑張ってるのを見ると、お姫様って感じがするよなぁ。かしずきたい」 「お前がMなだけだろ」 「そういうお前だって、携帯の待ち受け、理事長さんにしてただろう」 「い、いやぁ」 「碧方学園、文化祭。開催します。よろしくお願いします〜」 「あれ、理事長じゃないの」 「かわいい〜」 「うう。屈辱だわ」 「俺だって、恥ずかしいのに。こうやって耐えているんだ」 「はぁ、はぁ……まったく、俺ほどの男が、こんな恥辱……っ。はぁ、はぁ……」 「くやしい……っ。びくんびくん」 「なに楽しんでるのよ! このど変態っ」 「あれって時計坂家の、姉妹じゃない」 「昔はたまに商店街に出てきても、気取った感じで買い物していったんだけど……」 「今はあんなことまでしてるのね」 「まだ学生じゃないか。あれで、学園の理事長をつとめているなんてなぁ」 「頑張れよ」 「あ、ありがとうございます」 「うーん」 「どうしたの?」 「クラスごとの出し物とか、その配置を確認してるんだけど……」 「こことここの、空きが気になるな」 動線としてはそれなりに活発なところなのに、休憩所となっている。 やる気のないクラスの、常套手段だが、あまりにもったいない。 「すでに、商店街の雑貨屋さんやら……フリーマーケットの催しやら、外部からの参加も増えてきてるんだが」 「あとはこの辺に、1つ、毛色が違う出し物がほしいんだよな」 「うーん……」 何か妙案はないものか。頭をかく。 「頼んでおいてなんだけど……あなた、こういうの、好きなのね」 「祭りには、ロマンがあるからな」 「そこには、物語がある」 「要するに、騒ぎたいってこと?」 「でも助かるわ。私もカノンも、こういうのが得意ってわけじゃないから」 「まぁ、二人のおかげで大分宣伝できたけど、今ひとつ、売りにかけるんだよな」 「他の学園じゃまずやっていないような何か……できたら、販促力のあるところと協力できたらいいんだが……」 「……」 カノンちゃんに目がとまる。 「メイド……か」 「メイド喫茶? ずいぶん流行って、あっちでもこっちでもやってたわよ?」 「違う……」 「そうだ」 「メイド、理容室だ」 「へ」 「出張美容院?」 「あぁ、面白いと思うんだ」 「カラーやパーマは難しいけど、カットだけなら、鏡とハサミさえあれば出来るわけだしね」 「ただ……いろいろと、役所とのやり取りが、多くなりそうだなぁ」 「で、メイド美容院というのは、どういうことだい」 「女子生徒が、メイドの姿をして、シャンプーをしてくれるってことさ」 「まぁ、シャンプー程度なら、いいのかな。カットは無理だよ?」 「それはそうだろう」 「確かに、やれたら面白いよね……店の宣伝にもなるし」 「もう十分、知名度はあるだろう」 「そうだけど、この店……どうしても、若い人が主流で……イマイチ、地域に溶け込んでいるって感じがしないんだよね」 「もう長くやってるけど……年配の人ほど、ちょっと気味悪がってるというか」 「美の殿堂とか言い出したあたりから、店は大きくなったけど……なんか近寄りがたいと考える人も増えたみたいでね」 「だから学園の文化祭に参加して、地域の人とより広くふれあうのは、いいことだと思う」 「悪いな、なんだかいつも急な頼みをして」 「……なんだい、いきなり」 「僕は、君のあれやこれやの発想を聞いて、それに振り回されるのが、好きなんだ。昔から」 「……」 「変態?」 「ぶほほ。そうかもね」 まぁ、栗原を使えば、問題ないんだろうけど。 ここは、零の顔を立てた方がいいだろう。 「いらっしゃいませ……」 「こっずえ先生、どうも」 「え」 「えええええええ」 「ささ、桜井君?? なんであなたがここにいるの???」 「そりゃぁ、先生に会いに来たにきまってるじゃないですか」 「ななな」 「いやぁ驚きだなぁ。学園の先生が、こんなところで働いてるなんて」 「さ、桜井君? これにはいろいろわけがあるのよ。はは……」 「分かってますよ。人にはいろいろ事情があります」 「もちろん、このことは黙っておこうと思いますが……」 「思いますが……って」 「あ、エッチなことを要求するつもりじゃないでしょうね」 「それはもうしませんよ」 「もう??」 「い、いや……なんでもないです」 「そういうのじゃなくて、折り入って、頼みがあるんです」 「な、なによ。どうも桜井君は、信用できないな」 「とんでもない。学園のための、頼み事ですよ」 「ふーん?」 …… 「うーん」 どうも、形にならなかったな。 「まぁ、即席の集まりで劇をやろうっていうのが、もともと無謀だったんだけど」 「とはいえ、無謀なほど、物語も盛り上がるってことだ」 「まぁ、なんとか形になりそうだし。ゼロからここまでやれただけでも、十分じゃないの」 「いかーん」 「やるとなった以上は、中途半端はみとめんぞ」 「そうだ」 天啓のごとくひらめく、アイデアがあった。 「合宿をしよう」 「え?」 「幸い、この部屋は零達が寝泊まりしているだけあって、設備は揃っているしな」 「そうは言っても、この人数は、ちょっと……ここで寝泊まりするというのは、無理があるんじゃないかしら」 「俺は気にしないぜ」 「あんたは、塔に戻りなさい」 「はは……」 もうほとんどあそこには戻ってないけどな。 「合宿ですか……学園で。はぁ……」 「ところで、私は教会に戻ってもいいですか」 「ダメだ。近いからってそれはゆるさん」 「寝食苦労をともにしてこその、合宿だ」 「合宿って……ほんとにやるの??」 「ほんとにやるんだ」 「そうなんだ。じゃぁ、許可とらないと」 「いいよな、零」 「あ、話が早かった」 「まぁ……文化祭についてはあんたに任せてるし……しょうがないかな」 「ええー」 「予備のマスクを持ってこなくては……」 「俺も、予備のゴムもってこないとなぁ」 「…………」 すごい、どん引きだ。突っ込みさえなかった。 いかん、テンションがあがりすぎて、さじ加減が分からなくなっている。 普通に追放されてはたまらない。バランスを調整しなくては。 「なんて、はは。俺、ゴムがないと眠れないから。そっちのゴムだぜ」 「……」 どうしようもない。 フォローになるわけがない。 「……」 「ゴムってなんですか? 私も必要ですか?」 「ピキ」 「周防さんは気にしなくていいことだよ」 「零、ゴムとはなんですか?」 「あなたも黙ってなさいっ」 「ご、ごめんなさい」 今日は文化祭、当日。 準備期間は短かかったけど、合宿に毎日の居残りを重ねて、なんとか……形になったと思う。 零達の身体をはった宣伝のおかげで、生徒達のモチベーションも日に日に高まっていき……とうとう、今日という日を迎えることが出来た。 敷地が広いだけあり、いつもどこか閑散としたイメージがある学園。 それが今日は、町の人達や、市外から他校の生徒も訪れて、ずっと賑やかな感じになっている。 「おお。これは……なかなか」 例年の文化祭がどんな感じなのかは知らないが、それなりに、心が浮き立つ様子で、良い感じじゃないか。 「桜井たくみ」 「見回りに行くのよ。付き合ってくれる?」 「あぁ」 屋台に、喫茶店。お化け屋敷に、ボーリングと。 様々な出し物が、軒を連ねている。 「うんうん」 こういうのは、見ていて楽しくなるよなぁ。 「理事長さん、こっちこっち。食べていって下さい」 「ありがとう」 「理事長さん! こっちのも食べてってください〜」 タピオカジュースが、差し出された。 「あ、ありがとう。もぐ」 「これどうぞ!」 「ありまほう」 「理事長さん、こっちのもー」 「うが、んん」 「大人気だな」 「……そうね」 …… 「……」 「ありがとう」 「うん?」 「なんでもないわ」 「……」 「ううん。なんでもない……けど」 「あなたのおかげだわ」 「え。なにが」 「……」 「なんでもない」 「そうか」 「ただ」 「え」 「その」 「なんでもないわ……」 「そ、そうか」 「……」 「良かったな。文化祭、成功っぽくて」 「あ……」 「うん」 「あなたのおかげだわ」 「そうなんだぁ」 「大変なんだねぇ」 「まぁ、飲んでください。サイダー」 「あ、ありがとうございます」 「あけみ先生、すごいね。どんどん注文とっていくし……」 「あそこまで本格的にやってくれなくていいんだけどな」 「出張キャバクラ?」 「いいのか、そんなん、学園の文化祭でやって」 「でも、教師までやってるらしいぞ」 「へぇ」 「梢先生がすごいらしい」 「あー。はまり役だよね」 「いつもは教える立ち場の教師が、おもてなしをしてくれるなんて。夢だなぁ」 「ていうか梢先生は、あれが天職じゃないのか」 「だな。教師なんてやってる場合じゃねぇ」 「遊びにきましたー。あけみちゃん、指名させてもらっていいですか?」 「いらっしゃい」 「あの、あけみちゃん……」 「あけみは今、接客中だから。私がお相手するわ」 「ええー」 「何か言った?」 「い、いえ。嬉しいです」 …… 「最近どうよ?」 「あの、ぼちぼちです」 「そう。頑張りなさい」 「は、はい……」 「私、どんぺりが飲みたいわ」 「いや、あの……」 「飲みたいわ」 「どんぺりはいりまーす」 「どんぺりはいりまーす」 …… 「うんうん」 盛況じゃないか。出張キャバクラ。 生徒会はじめ教師を説得するのに骨がおれたけど、梢先生の協力もあって、なんとか実現にこぎつけられた。 てかカルボナーラさん、あちこちに顔出してるな。 「どういうことよ、桜井たくみ」 「うん?」 「そうだぞ。他校の男子と知り合えるって聞いたから、手伝っているのに」 「興味本位の、男子達ばかりじゃないの」 「なんか梢先生ばっかり人気あるしっ」 「そりゃぁ、あけみちゃんは聞き上手だからな」 「お前等も。人の話を聞いてあげるってことを覚えたら、少しは、もてるんじゃないのか?」 「なにそれ」 「自分のことばかり言ってないで、人の話をうんうん聞いてあげることが出来る女の子は、もてるって言ってるんだ」 「……」 「一理あるわね」 「あの。どうも。よろしく」 「僕、来年ここを受験しようと思ってて」 「へぇ」 「それで?」 「はい。それで、勉強を頑張っている最中で……大丈夫かなって」 「続けて」 「あの。僕頑張れるかなぁ。皆さんはどうでした」 「私達のことはいいの。あなたのこと聞かせて」 「は、はい……あの、でも」 「聞いてあげるから」 「いや……」 「続けなさい」 …… 「桜井たくみ〜〜〜。全然、ダメじゃないのっ」 「お前等クビ」 「なんでよ!?」 「メイド理容室にようこそ」 「ようこそ〜〜」 「なに?? 理容室??」 「シンデレラが、出張理容室を開いてるんだってさ」 「シンデレラって、なかなか予約もとれないところじゃない」 「すでにかなり行列作ってるじゃん。出遅れたぁ」 「シャンプーだけなら、すぐにやってもらえるらしいぞ」 「いや、こんなところでシャンプーしても。というか、理科室をそんなことに使っていいのか?」 「それよりなにより、ただのシャンプーじゃないんだよ。ここは」 「タダのシャンプーじゃない?」 「メイドシャンプーらしい!!」 「いっぱい、頭皮をマッサージされたい」 「あぁ……あれは、たまらん」 「シャンプー入ります」 「痛いところありませんか?」 「あぁ、周防さん……」 「痛いところはありませんか?」 「胸が……痛いです」 「大丈夫ですか?」 「大丈夫じゃないようです」 「はぁ、ありがとう周防さん」 「いえいえ」 「ぎゃー」 「なんか、途中から臭くなって……」 「シャンプー追加で」 「ひどいっ」 「おい、中庭のライブ、そろそろ始まるぞ」 「今年は、三好春菜が来てるらしいぜ」 「えええ。まじで??」 「もしかして、うちの学園の生徒なのかな?」 「なんか見たことないか?」 「あんな、かわいい子いたら、すぐに分かるだろう」 「それもそうだなぁ」 「はい、皆。注目!」 「それじゃぁ、歌うよ」 「ドラゴンバーガー」 「いーつーでーもー、どーこーでーもー、そーこーにー、あーるーーっ♪」 「あーなーたーをー、さーさーえーるー、おーてーつーだーいーっ♪」 「こーこーろーもー、かーらーだーもー、リーフーレーシューっ♪」 「たーんーすーいー、かーぶーつーのー、ニークーいーヤーツーっ♪」 「美ー味ーしーくーてー、笑ー顔ーにぃーなぁーれぇーるぅー♪」 「さぁーあー行ぃーこーうー、みぃーんーなぁー待ぁーってぇーるぅーーっ♪」 「ドーラゴンバーガぁーーっ♪(トゥールットゥルットットゥ〜♪)」 「ドーラゴンバーガぁーーっ♪(トゥールットゥルットットゥ〜♪)」 「ドーラゴンバーガぁーーっ♪(トゥールットゥルットットゥ〜♪)」 「ドーラゴンバーガぁーーっ♪ あなたと一緒にぃ〜〜っ♪」 「おい、向こうで、演劇始まるらしいぞ」 「劇か。なんかしょっぺ。演劇部の自己満足だろう」 「それが、今回は、なんかすごいらしいぞ」 「すごいって何が」 「衣装が!」 「ある砂漠の王国のお話」 「そこには王様がいました」 「愛した妻に不貞を働かれ、逃げられたのがはじまり」 「王は夜な夜な、国の美女を呼んでは、一夜の慰みをくりかえしていました」 「純潔を尊ぶその国では、王に一夜の慰み者とされた少女達は、日陰ものとして生きていくしかありません」 「さりとて誰も抗議をすることもできず。我が娘が呼ばれることがないようにと、外に出さないようにする始末」 「そんなある日のこと、カノンという美しい少女が、召し出されます」 「王の寝室に召し出されたカノンでしたが、毅然と言い放ちます」 「もしも王に抱かれたなら、私は舌をかんで死ぬでしょう」 「けれど王様けろりとした顔で、勝手にしろ……と言い放ち、少女をてごめにしようとします」 「どうしてこのようなことをするのですか?」 「女は皆、醜いからだ」 「醜い女を抱くのですか?」 「抱くのではない。女が持っている幻想を塗りつぶしているだけだ」 「純潔? 笑わせる。お前等は、欲望の奴隷なのだ」 「それを思い出させるために、俺は女を抱くのだ」 「悲しいことですね」 「悲しいのはお前だ」 「さぁ来るがいい」 「王様は無理矢理、カノンをベッドに押し倒します」 「カノンは抵抗せず……じっと、王様の顔を見上げて言いました」 「ところで王様聞いてください」 「な、なんだ?」 「ある男が泉で沐浴をしていました」 「はぁ? なんだいきなり」 「すると、一人の少女が泉から出てきます」 「裸か?」 「もちろん」 「突然のことに、男は、あられもない少女の姿に釘付けになってしまいました」 「水に濡れた白い肌……」 「少女はきっと、男をにらみつけ言いました」 「責任をとってください」 「責任とはなんだ……と、驚く男に少女は言いました」 「お嫁にもらってください」 「馬鹿を言うな、すまなかった…と男はそそくさと立ち去りますが……」 「責任をとってください」 「少女はついてきます」 「覚悟はできています。もう見られたんだから……あなたに見られたんだから」 「最後までする、覚悟はできています」 「顔を真っ赤にして、少女は男の後をついて、家に入りました」 「がちゃりと、少女は自ら後ろ手で鍵をかけ……もう一度言います」 「覚悟は……できています」 「男は、理性のたがが外れ、そのまま少女を抱き寄せて……」 「そのまま、どうなったんだ……」 「続きを聞きたければ、ワッフルワッフルと言ってください」 「さぁ皆さんご一緒に」 「ワッフルワッフル」 「さぁ続きを聞かせてくれ」 「では、明日の夜、お話ししましょう」 「本当か?」 「ええ」 「そして次の夜」 「おい、聞かせて貰うぞ、昨夜の続き。さもなければ……」 「ところで王様聞いてください」 「ある男の話です」 「そんなことは聞いていない。俺は昨夜の続きを……」 「男には美しい妹がいました」 「ほう?」 「妹は胸が小さいことに悩んでいました」 「小さいのもいいことだぞ。本当に」 「ある日のことです、洗面所で着替え中の妹とばったりはちあわせてしまいました」 「いけないと思いつつ、少女のささやかな胸のふくらみに目がいってしまいます」 「見たな」 「妹は男を睨みつけます」 「もうお嫁にいけない……おにーちゃんが、責任とってよね」 「馬鹿を言うなと、男はさっさと出ていきますが、妹がついてきます」 「こんな子、おにーちゃん以外、誰ももらってくれないよ」 「覚悟はできてるから……」 「知ってる? おとーさんとおかーさんは、今夜、帰ってこないんだよ」 「男の部屋までついてきた妹は、後ろ手でがちゃりと鍵をかけ、もう一度言いました」 「おとーさんとおかーさんは、今夜、帰ってこないんだよ」 「男は理性のたがが外れて……そのまま……」 「そのまま、どうなったんだ……」 「続きを聞きたければ、ワッフルワッフルと言ってください」 「さぁ皆さんご一緒に」 「ワッフルワッフル」 「で、続きは???」 「続きは、明日の夜、お話ししましょう」 「本当か? ほんとだな?」 「ええ」 「そうして何事もなく、夜はあけていきます」 「そして次の日の夜」 「おい、カノン。聞かせて貰うぞ、昨夜の続き。さもなければ……」 「ところで王様聞いてください」 「あるところに男がいました」 「そんなことは聞いていない。俺は昨夜の続きを……」 「男には幼馴染がいました」 「幼馴染はいいものだ」 「少女はある年上の男性に片思いをしていました」 「なるほど?」 「少女は幼馴染である男に、意中の男性へのアプローチについて、相談をもちかけます」 「ふむふむ」 「ひそかに少女を思う男ですが、少女のことを思って、なにくれとアドバイスをしました」 「が……結局、少女の思いは届きませんでした」 「男はぼんやりと、少女の胸を見ていました」 「今更ですが、少女の胸はとても大きいのです」 「本当に今更だな。そしてなんで男はこんなときに胸を見ている」 「そういうものです」 「泣きながら少女は、男に言いました」 「責任、とってよね」 「いや、それはどうなんだ」 「馬鹿を言うなと、男はその場を後にします」 「けれど少女はついてきます。とうとう男の部屋まで入ってきて……そして言いました」 「めちゃくちゃになりたい気分なの」 「そう言って少女は、ワイシャツのボタンを1つ1つ、外していきます。そしてもう一度言いました」 「めちゃくちゃになりたいの」 「そして男は理性のたがが外れ……」 「ごくり」 「それでどうなった」 「続きを聞きたければ、ワッフルワッフルと言ってください」 「さぁ皆さんご一緒に」 「ワッフルワッフル」 「で、続きは?」 「明日の夜にお話ししましょう」 「おい待て」 「お前、そうやっていろんな話をしながら、本当は続きなんて知らないんじゃないか」 「とんでもありません」 「では、最初の夜にお話ししました、オアシスの少女の続きをお話ししましょうか」 「あ、あぁ……」 …… 「ぶーー……。は、鼻血出る……」 「なんと官能的な……」 「それでいて美しい物語だった」 「他の話も聞きたい。どうなるんだ?」 「それは明日の夜です」 「こうして少女と王様は、いくつもの夜を過ごします」 「少女は話を最後まで語ったり、語らなかったり……」 「そのどれもが王様には魅力的で……続きが聞きたいがために、少女に手を出すこともなく。いくつもの夜を過ごしました」 「なぁ、カノン」 「はい」 「お前の語る物語は、どうしてそんなに美しい」 「私は……私の家族は、長く放浪の民でした」 「故郷をもたず、砂漠の国を……行商しながら、旅を続けていました」 「子供の私が見るのは、いつでも、ただ無限に広がるばかりの乾いた砂漠の光景です」 「そして私はいつでも夢見ていました。砂漠のどこかにある、オアシスを」 「どこかにある、美しい物語を夢見ていました」 「そしてこの国にたどりつきました」 「この国はとても大きくて、豊かに見えます」 「それはきっと、この国に物語があったからです」 「美しい物語が」 「……」 「王様、お願いがあります」 「なんだ?」 「たまには、王様のお話を聞かせてくれませんか?」 「俺の話……」 「なんでもいいんです。王様のことを、話してください」 「……」 「語れないのですか?」 「語れるさ」 「語れるが、あまり、美しい話ではないな」 「お前の話を聴いて……語れるような、ものではない」 「でしたら」 「どうか美しいお話をつむいでください」 「私は王に一生懸命話しました。美しく、楽しい話を」 「こうして、なにごともなく今日を生きています」 「あなたが、それを皆にしてください」 「民に、つらい話ではなく、美しい物語を語ってください」 「そうだな」 「王は、語らなければならない。美しい話を」 「忘れていた」 「ところで、叶うことなら……俺はずっとお前の話をきいていたい」 「え……」 「俺の后になってくれるか」 「な、なんですと」 「一夜限りじゃない。ずっと、そばにいてくれ」 「あ……」 「だめ……王様」 「ずっとお前を愛す。次の夜も、次の夜も……だから……」 「ん、あ……」 「やぁ……」 「ということで二人は幸せに暮らし、国は平和になりましたとさ」 「めでたしめでたし」 「おいおいふざけるな!」 「ここからがいいところだろう!」 「金返せ」 「この続きが見たければ、ワッフルワッフルと叫んでください」 「ワッフルワッフル」 「ではまた来年の文化祭で、機会がありましたら、この続きを披露しましょう」 「ワッフルワッフル!!」 やれやれ。なかなか盛況のうちに終わって、よかったよ。 「……」 「なんだよ」 「あれは、なんだったの?」 「あはは」 「私の役は……なんなのよ、あれ」 「だから、読まない方がいいって言っただろう」 「はぁ……私は帰ってるわ」 「おつかれ」 …… 「崑崙」 「うん?」 「楽しかったか?」 「……」 「ちょっと」 「お疲れ様」 「おう」 「なかなか好評だったみたい。即席で、よくやれたものね」 「まぁ、何事もやってみることだ」 「……」 「桜井たくみ……あなたに、聞きたいことがあったのよ」 「……うん?」 「あなたは……」 「あの……」 がらにもなく、胸が高鳴る。 緊張気味に俺を見上げる零の、言葉を待つ。 「時計塔で暮らしてないわよね」 「……」 「この前、様子を見に行ってみようと思って訪ねたら、留守にしてたわよ」 「なななな、何をおっしゃいます」 「うち、正門でカードチェックしてるんだけど……記録とか残ってないみたいよ」 「柵を飛び越えて、帰ってたんだよ」 「はぁぁぁ。言えばいいのに」 「私とカノンだってしばらくあなたと話して、そうそう危険な男じゃないって分かってるんだから」 「あそこで暮らすのが嫌なら、他に、場所だって提供するわよ」 「危険な男じゃない、か……」 「そいつはどうかな」 「はい?」 ちゅ。 「ひゃあああああああああああああああああ」 「危険じゃないとか、言われるのは、俺のポリシーに反するからな」 「……」 「……うえ」 「え」 なんか、泣きそう。 「そんな、嫌だったか?」 「嫌だったけど……そうじゃなくて」 「びっくりしたから」 「そ、そうか」 「ってか、なにするのよ!? 死ねえええええ」 「ひえええ」 「ふぅ。えらい目にあった」 「お祭りの日なんだから、あれくらい、大目に見てくれたらいいものを」 歩いていると、カノンちゃんがいた。 「あぁ、たくみ様」 「誰からともなく、キャンプファイアーを始めたようです」 「あぁ……」 文化祭で使った大道具やら、ゴミやら、燃やすものには困らないだろう。 「日記の中で……学園に人を集めるために、お祭りを催したと聞きました」 「こんな様子だったのかなぁって思います」 「なんだか、たくみ様はすごいですね」 やぶからに、カノンちゃんが言い出した。 「なにが?」 「こうして人の心を束ねて……幸せを与えることができる」 「私は掃除をするだけ……零は、ビシビシと言いますが、取り締まることしかできません」 「でも、たくみ様が現れて……いろんなことが、楽しくなったような気がします」 「カノンちゃんも?」 「え……」 「楽しくなった?」 「……」 「ちょっとは」 「何%くらい?」 「……」 「……80%」 「え」 「なんでもないです。その辺は、秘密です」 「その何%って言い方は、いつからはじめたの」 「教育のタマモノです。統計学から」 「人の心とか?」 「人の心とて、統計にもとづき、いかようにも分析できるはずなのです」 「でも、そんなことばかり勉強してきた私が、皆さんの心を楽しくすることが出来ませんでした」 「やっぱり数字でははかれないのかもしれませんね」 「物語とは不思議なものだよ」 「世界には確かに、誰もの感性に訴えかける……物語の、雛形のようなものがあって、統べての学問は、根底でそこに通じているのかもしれない」 「それは世界の真理であるとか。集合無意識とか呼ばれるものであったり。あるいは、神様の正体であるとか……そういうものかもしれない」 「それを解き明かすために、ある人は数字で挑むのかもしれない。ある人は哲学で挑むのかもしれない」 「結局、誰も到達できていないのだから、どちらが正しいかなんて分からない。俺のやりかたも、カノンちゃんのやり方も」 「実はゴールなんてないのかもしれない」 「だとしたら、皆、無様な旅人ということさ」 「あなたは……無様になることを恐れていないのですね」 「ん?」 「空回りになることを……恐れていないのですね」 「……そうだな」 「いや、恐れてないわけじゃない。あるいは、人一倍、怖がってるよ」 「物語を愛しているからこそ」 「自分の語るそれが、価値のない、いびつな……あるいは空っぽな、何かになるんじゃないかって」 「たくみ様」 「私は、1つお伝えしなければならない」 「あなたにお伝えしていないことが、まだ1つあります」 「なに?」 「私があなたに出会ったあの日……。あの森にいたのは、偶然ではないのです」 「あの朝、私は早朝から、学園の掃除をしていました」 「そうしたら、外れの森の上空に、何かが降ってくるのを見たのです」 「大きな布のようなものが、ひらひらと舞い落ちてくるように見えました」 「でも、違いました」 「それは、竜でした」 「長い胴体をぐったりと、のばして……ふらふらと、淡い光に包まれて、竜は落ちていきました」 「私は森に入り、竜が落ちた辺りを……探しました」 「ふと、学園の創成の物語に似ているなと思いました……ちょうど、その前の日の夜に読んでたんですよ」 「だから、朝から……そんな、白昼夢でも見たのかもしれないと思いました」 「なんだかごっちゃになっているらしいと……ベンチに座っていました」 「そしたら……」 「あなたが現れました」 「私が見たものが、幻なのかなんなのか……分かりません」 「でも、たくみ様にお伝えしておくべきことと、思いました」 「竜、か……」 「そして、物語とは、つまり竜だったのよ」 誰かの声が、聞こえた気がした。 「日記の中の竜の少年は、カノンと別れ、学園を離れました」 「たくみ様も、どこかに行かれるのでしょうね」 「物語のようなものだとしたら……」 「やがて、それは終わり、誰も手の届かないところに行ってしまうのでしょう」 「うん……」 「そうかもしれない」 「始まりの場所だった」 「そこを一生忘れることはないだろう」 「俺がここに倒れていたのも、偶然じゃないかもしれない」 「戻って来たかったのかもしれない」 魔女こいにっきに載っているのも……あそこにあるのは、皆、同じような少年の記録だった。 あれら全てが、俺のものなんだろうか。 そして俺は全てを、忘れ去ってしまったのか。 気になるページがある。 黒く、何か、怨念のように塗りつぶされている。 それは、日記の終わりの方……。 とはいえ、それなりに長い時間の記録であろう、数十のページが黒く塗りつぶされている。 二人に、話すべきなんだろうか。 二人とも、同じ名前というのは、おかしな感じだな。 もしかして、同一人物なのか? あるいは、俺と同じで……歳をとらない、魔法使いで。 だとしたら、あの日記に出てくる歌音と、俺が会っているカノンちゃんは同一人物ということになる。 いや、待て。 零は……カノンちゃんと双子で、一緒に暮らしてきたはずだから、それはないか。 「ふぅ……」 おそらく、まだまだ……この町には、俺の知らないこと。 あるいは、以前の俺は知っていたのに、今の俺は知らないことが、たくさんあるんだろう。 ふぅ……。 そもそもこの理容室もなんなんだ。俺がここで暮らしていたとでも言うのか。 「おかえり」 「……おお?」 「た、ただいま……」 「ずいぶん遅かったのね。鍵がかかってたけど、待ちくたびれて、勝手に壊して入ったわ」 「え。ええ。またかよっ」 「お前、入りたいなら俺に前もって言えばいいだろ。なぜ鍵を壊す」 「……」 こいつは……謎だ。 「お前……いつもは、どこにいるんだ」 「時計塔よ」 「あそこ? 俺、しばらく住んでいたが、お前を見たことないぞ」 いや、一度くらいあったか? どうだろう……。 「私には、私達には……実体がない」 「普段の私は幻として、どこでもないどこかにいることができる」 「???」 「まぁ、今のあなたには分からなくていいわ」 「そうか」 「で、お前、何しに来たんだ」 「避難」 「あ? 俺に何か文句でもいいに来たと?」 「時計塔に危険を感じた」 「危険?」 「何者かが、時計塔に侵入しようとしている」 「なんだ、それ。ウイルスか」 「似たようなものだわ」 「想像できるのは、時計坂の者達じゃないかしら」 「零達か? 二人はそんな感じじゃなかったけどな……」 「彼女達は、末端よ……その背後には、時計坂家という、大きな一族が存在している」 「彼らは、あなたの目覚めと、魔女こいにっきの発動を感知しているかもしれない」 「それで、時計塔にさぐりを入れようと……魔力による干渉を行っている」 「で、お前はさっさとここに避難して来たと」 「……だって」 「怖いじゃない」 「ふぁぁ……」 眠い。 「おはよう」 「げ……っ」 「なによ」 「いや……おはよう」 そうだ。昨夜からこいつがいたんだった。 変な同居人ができてしまったものだ。 「今日は俺も学園に行くから……ついでに、時計塔の様子も見てくるぞ」 「ええ。それに、時計坂さんたちの様子もね」 「あの二人は大丈夫だと思うけどな」 「おっはよー」 「あぁ、桜井たくみ。待ってたわ」 「うん?」 …… 「打ち上げで、プール?」 「ってのは、演劇を行ったメンバーで?」 「はい。シンデレラ様より、参加させていただいたお礼にということで、招待状が届いています」 「そう。出店させていただいたお礼にって……メイドとして手伝ってくれた、劇のメンバーを招待してくれたのよ」 「そうだったのか」 そうだったのか……と言いつつ、シンデレラに出店させたのも俺なら、プールに招待させたのも俺だったりする。 くく……作戦通り、食いついてきているようだ。 「文化祭が、ずいぶんと宣伝にもなったからって……こっちの慰労を込めて、招待してくれたのよ」 「いろいろと宣伝してくれて、成功に貢献してくれたのは確かだし。お世話になったから、行こうと思うのよ」 演劇のメンバーを集めて、招待のことを話す。 「プールですか」 「私は水着など、持っていないのですが」 「水着の貸し出しもしてくれるはずだから、大丈夫だぞ」 「なんであなたがそんなに必死なのですか」 「私は普通に嬉しいかな。あそこ予約でいっぱいで、なかなか泳げないんだよ」 「普通に、か」 「別に……反応しなくていいでしょう」 「まだシーズンには早いけど、けっこう暖かくなってきたし、泳げるのは嬉しいよねぇ」 「まぁ、沐浴により日々の汚れをとるのも、いいかもしれませんね」 「それはちょっと違うと思うぞ……」 反応は上々というところらしい。 これは……夢が広がってきたなぁ。 「よう、栗原。文化祭では悪かったな」 「あぁ、いいよ。実際、お店のためになったしね。楽しんできなよ」 「お前も来い」 「え、なんで」 「実際のところ、女子たくさんに男一人ってのは、いろいろと居心地が悪そうだからな」 「あぁ……」 「いや、僕は遠慮しておくよ」 「なに」 「ごめんね」 「お前……やっぱり、ちょっとあやしいな」 「え。ええ」 「あれほどの面子が水着で勢揃いだぞ。男なら、興味がないわけないと思うんだがな……」 「お店が忙しいだけだよ。楽しんで来なよっ」 「あやしいやつ」 「あとな。藤田の奴が、うちに転がり込んできたんだ」 「え」 「そうなんだ……ふーん……」 「俺にはイマイチ、あいつが何を考えているのか分からないが、お前から見て、どうなんだ」 「僕はなんとも言えないな」 「彼女だって女の子なんだから、あまり、デリカシーのないことはしないようにね」 「ただいま」 「おかえり」 「……」 「なに」 「いや」 女の子、ねぇ。 そんな感じは、全然しないんだが。 「ということで、プールに行くことになった」 「あなた、何をしているの……誰が遊べって言ったの」 「いいじゃないか」 「演劇の打ち上げだから、お前も参加したらどうだ」 「……興味無いわ」 「直接、零達の様子も見てきたらどうだ。こういう流れなら、不自然ないだろう」 「……そうね」 考えているようだ。 「そもそも」 「うん?」 「プールってなに」 真顔で口にする崑崙の顔を、俺はまじまじと見返した。 「お前、そんなことも知らないのか」 「ほとんど、下界の人間と接したこともなかったから」 「プールってのはなんだ……」 「でっかい、くぼみに……こう、いっぱい水がたまっていて、そこで皆が、泳いだりして楽しんでるんだよ」 「水がたまってる……」 「枯れた大地に泉水がわき、草花が茂り、水を求めた鳥たちが集う」 「いや……多分間違ってるぞ」 「オアシス……」 「行くわ」 「来ればいいが……」 「水着あるのか」 「ないわ」 「どうする」 「……」 「買うわ」 「おはよう!」 「おはよう」 「いや、楽しみだなぁ」 「なぁ」 「……」 「本当に、オアシスがあるのよね」 「そうだ。美女に水着に……まさに楽園だ」 「美女はどうでもいいわ。オアシスが見たいわ」 「そ、そうだな。楽しみにしておけ」 「……」 「楽しみだわ」 なんか思いの外俺の説明に、期待を膨らませているらしい。 「周防さんは制服なの?」 「シスター服の方がよかったでしょうか」 「い、いや……」 柏原は普通のことが気になってしょうがないようだ。大変だな。 「藤田さんは……」 「これが一番、落ち着くから」 「そうですよ。私もこれが、一番落ち着くのです」 「周防?? それはさすがにいらんだろう」 「思い出しましたが、なんだか、そこのビルは苦手なのです」 「それに、どうも、さっきから、嫌な臭いが……」 「なんで俺を見る」 いや、見てるか分からないけど。怖いよ。 「ところでカノンちゃんも、水着を持ってきたんだよね」 「え、ええ」 「良かった。メイド服で、プールサイドで給仕でもするつもりじゃないかって、不安だったんだ」 「給仕はしますよ。皆様の」 「ええ。泳ごうよ」 「私も、ですか……?」 「そのためのプールじゃないか」 「でも……どうも泳ぎは苦手で。授業のほとんどを見学していた私ですから」 「大丈夫、自信をもって良いと思うぞ」 「そうですか…?」 「それだけ大きければ、よく水にも浮くさっ」 「?」 「な。なんですか……」 「零は……泳ぎ苦手そうだよな」 「なんでよ!?」 「…………」 「というか、さっきから、藤田さん、ちょくちょく私のこと凝視してるんだけど、どうしたのかな」 「なんでもないわ」 「……」 「おい」 「?」 俺は、崑崙を向こうへ引っ張って行く。 「なに……」 「何をやっているんだ」 「あなたが、様子を見てみろって言ったんでしょう」 「あそこまで露骨にやったら、不自然きわまりないわ」 「どうしろと?」 「自然に気にしてみろって言ってるんだ」 シンデレラの最上階には、屋内プールが併設されているのだという……。 もはや、美容施設というより、アミューズメントパークという感じだな。 美しくなって……水着を着て、身体も心も解放されて。 なんだか企画した人間の下心を感じないでもないな……。 あるいは、企画したの、俺かもしれないけど。 待つこと、10分ほど……。 「ひそひそ」 「見ろよ、あのグループ」 「クオリティーたけーな」 「なんか、一人優男もまじってるけど……あれも女か?」 「そうだろう。かわいいな」 「え゛」 「……」 「思ったのと、ちょっと違う」 「まぁ、気持ちよさそうだけど」 「……あぁ……」 「ここは楽園か」 「……びく」 「どうしたのですか、柏原さん」 「どうも、さっきから怪しげな視線を感じて、しょうがないんだけど」 「いやぁ、嬉しいなぁ。頑張った甲斐があったというものだ」 「禁忌を犯したくなるものだ……」 「一瞬だけなら、神様もお許しくださるだろう」 「ぽろりなくて、何が水泳か!」 ということで。 子供の時間は終わりだ。ここからは、スペシャルターイム。 誰からいってみよう? 「そろ」 「なにしようとしてるの、桜井君」 「い、いや……水着にゴミがついていたから」 「そんなのプールに入ったらとれるでしょう」 「プールを汚すくらいなら、俺がこの手を汚すっ」 「なにそれ」 「は……殺気」 「どうしましたか? なぜ私に向かって手をのばしているのですか?」 「いや、周防のその水着……なんていうか」 「かわいいな」 「はぁ」 「神秘的だ」 「ありがとうございます。神秘的……良い言葉です」 「で、なぜ手をのばしているのですか?」 「なんでもない」 「……っ」 「ちょい」 「な、なんだ」 「なにしようとしてるのっ」 「邪魔しないでよ、今泳いでるんだから」 なんか満喫しているな。 とても手を出せない……。うん。 がっくり。ことごとく失敗した。 俺の信用のなさが、心にすきを作らせない。 「負けるか──」 俺はそれでも、ぽろりを追い求めるんだ! そのためなら、悪魔にだってなる……っ。 ならざるをえないんだ。 「──っ」 そのとき、前に躍り出た影があった。 「あら、たくみ君じゃない」 「え」 俺の手はしっかりの、その男……? 女? の海パンをつかみ、ずりおろしていた。 「いやああああんん」 残酷な悲鳴が、あたりに響いた。 「何かしたな? この、いたずらっこめ」 「あうあうあう」 「きゃー」 「……」 「よう」 「泳がないのか」 「いいのよ。ここで、こうしてくつろいでいれば」 「ふぅ……」 「……」 ふーむ。 「何、見てるの」 「零じゃない。その向こうのカノンちゃんを見ているんだ」 「はっ」 「やめてください」 この反応! 「か、かわいい……」 「…………」 「ちら」 「何をやっているんだ、私は」 「ところで」 「?」 「じゃーんオイルを持って来た」 「……」 「ここ屋内だけど」 「サンオイルじゃない。エステ用のオイルだよ」 「なにそれ」 「おいおい。ここは、総合美容施設、シンデレラのプールだぞ。実はここ、照明から○○線が出ていてな」 「プールに入りながらにして、エステが出来るということさ。こいつはすごい」 口から出任せだけど。 「へぇ」 信じてた。 「じゃぁ!」 俺はオイルを手にぬりたくり、うきうきと進み出る。 「カノン」 「はい」 「……」 …… 「いい、ですか?」 「どうぞ」 カノンちゃんにオイルを渡す。 カノンちゃんは手にオイルを付けると、そっと零の足の方から撫で始めた。 俺はぼーっと見ているだけだ。 「泳いで来たら」 「見てるぜ」 「まぁ……好きにしたらいいわ」 「ん……」 「ちょっと、カノン。そこはくすぐったいわよ」 「ごめんなさい」 ぬりぬり。 「ん…………」 …… よほど気持ちいいのか。うっとりと零は目を閉じて、まどろみはじめた。 「ん…………」 「あ……」 「ん……」 「……」 零の白い肌に手をはわせるカノンちゃん。 夢見心地で、意識しているのかいないのか、甘い声を漏らす零。 この光景を見ているだけでも、けっこう浮き立つものがあるのだが……。 しかしっ。 男たるもの、傍観者に甘んじてはいけないのだ。 俺はつつつ、と、カノンちゃんの横に進み出て、そっと耳打ちをする。 「選手交代だ」 「あの、でも……」 「責任は俺がとる!」 「そうは言っても」 「どら焼きおごるから」 「…………では」 つつつっと後ろへ下がるカノンちゃん。 ……カノンちゃんも分かりやすいな。 と、いうことで。 オイルをぬって、そっと手をはわせる。 これだけぬめっていれば、カノンちゃんの手が、むくつけき男の手にすり替わってるのも分からない……はず。 「そこ、その辺……くすぐったいからやめて」 「え、ええ」 「……どうしたの、カノン。なんか声が……」 「風邪をひいてしまったみたいで」 「そう…………気をつけなさいよ」 「ねーさまも……おつかれですね。こんなに胸もしおれてしまって……」 「何を言ってるの」 「というか、カノン……なんか手がごつくなったような」 「炊事洗濯であかぎれて、こんなにごつごつとした手になったのです」 「そうなの……。ごめんね。苦労かけて」 「いえ」 「ねーさま。このオイルには、豊胸効果もあるそうです」 「え……」 「どうしましょう」 「ま、まぁ……ものはためし、かな。別にそんなの、どうでもいいんだけどさ」 「では」 「え…………」 「や、だめ……よ、カノン……」 「んん」 「ちょ、水着はずしてない? こんなところで何をって──」 目を開ける零。 「……は」 「……」 「って、カノン!!!??」 「私カノン」 「なわけあるかあああああ」 「こんなところでっ。水着を外して、ここここ、こんなっ」 「いや、まわりには誰もいないから。俺しか見てないぞ」 「そういう問題かっ」 「ゆーるーさーんー」 「ぎゃあああああああ」 「で、どうだった?」 「……」 「確かに、あの二人は何も知らなさそうね」 「ただ、あの……」 「うん?」 「大人しいほうの時計坂さん」 「カノンちゃんな」 「時々、妙な違和感を覚えることがあった」 「違和感、だって?」 「それは……」 「カノンちゃんの胸が、つめものとか、そういう」 「そんな話はしてない」 「いや、俺も実際に触ってはいないから……確信はもてなかったんだ。そもそも姉妹であんなに違うというのも気になる」 「かくなる上は、俺が確認!!」 「話を戻すわ」 「はい」 「けどさ、カノンちゃんこそ、隠し事ができるようなタイプには見えないけどなぁ」 「でもなんていうか……」 「なんだ?」 「ごめんなさい。言葉にしづらいわ」 「悪いけど、もし、彼女について調べられそうなら、お願いしたいわ」 「あぁ……」 「それと、私、時計坂カノンって知ってるわ」 「ん? そりゃ知ってるだろう」 「彼女じゃなくて」 「あぁ……ずっと昔の、学園を創立した、カノンのことか?」 こいつや栗原はずっと、生きているんだから……知ってても、不思議じゃないな。 「ええ。それもあるけど……」 「私はカノンを何人も知っている」 「何人もって……? どういうことだ」 「代々、時計坂カノンという名前は受け継がれているの」 「だから、彼女の母の名前も、その母の名前も……すべて、カノンだった」 「私はずっとこの町で……時計塔を起点に暮らしていたから、代々のカノンのことも知っているのよ」 「なに」 「じゃぁ、未来の当主も、カノンちゃんの方なのか。零じゃなくて」 役割を見てたら、反対っぽいけど。 なんだかんだで、カノンちゃんの方がしっかりしてはいるしな。 「かもしれないわね。まぁ、珍しいことじゃないわ」 カノン、ちゃんか……。 いつでも零の一歩後ろにいて、じっと……俺や、皆を見つめている。 それは品定めをしているとかじゃなくて……おそらく、人見知りな性格のせいだと思うけど。 時々、その大きな瞳に見つめられて……100%とか言われると、何もかも、見透かされているような気がしてしまう。 心まで、裸にされているような。 …… 「あぁ……」 なんかぞくぞくする。 「……」 カノンちゃん、か……。 短い間とはいえ、一緒にいた仲だ。 あの子が俺達を騙して、様子をさぐるような、器用なことが出来る子にはとても見えない。 じゃぁ、崑崙の感じている違和感とはなんだろう。 文化祭を終えて……。 「それでさぁ。古文の上原が」 「まじで……馬鹿じゃん、それ」 何事もなかったように、学園の日常は続いている。 双子の理事長は、やっぱりちょっと、学生達から距離を置いて。 何気ない日々を送っていくための、物語になっている。 普段は影も形も見えないけれど、この、代わり映えのしない風景の根底には、そういうものが流れているのだと知れることは、意味があるのだと思う。 「桜井たくみ」 「ん。あぁ、よう」 零だ……。 「……」 「どうかしたか?」 「ちょっと、ちょっと、いい?」 辺りをうかがいながら、こちらに身を寄せてくる。 「?」 「あなたに話があるのよ」 「うん、なんだ」 「その……」 「……」 これは……。 まぁ、文化祭ではけっこう力になったしな。 かっこいいとこ、見せちゃったしな? 「……」 いつもは気を張っている強気な少女が、自分よりも頼りがいのある男を見つけ……安らぎを知る。物語的だ。 「俺は、いいぜ」 「……なにが」 「気持ちにこたえよう」 「ななな、なんで脱ぎだしてるの」 「冗談だよ」 「どういう冗談よ」 「で、何の用なんだ」 「あのね。あなたは……」 「カノンと、付き合ってるの」 「……なんで」 「いや、見てると、そんな感じだから」 「よく理事長室で、二人で、なんかこそこそと遊んでたし」 遊んでたって。 「一緒に日記を読んでただけだよ」 おそらく、学園の創立にまつわる物語を、カノンちゃんと読んでいたことを言っているんだろう。 零は、それを仲むつまじくしてるとでも思って、こそこそと見てたわけか。 「そうなの? ふーん……」 「ということで、安心してくれ。俺はフリーだ」 「零の告白だって、受けられる」 「はぁ……」 「その、世の女性は多かれ少なかれ、自分に興味を持っている……という、自信はどこから出てくるの」 「ルックス」 「零も、自信をもっていいルックスだぞ」 「というか、あなた、いつの間にか私のことを零、零って呼ぶようになったわよね」 「いや、かなり最初の方からだぞ」 「ふと思ったんだけど、零って、時計坂家の長女なんだよな」 「そうよ」 「で、カノンちゃんが次女で……」 「そうなるわね」 「もしかして、他にも姉妹がいるとか」 「いるわよ、いっぱい」 「いっぱい?」 「私達を含めて、十二人」 「じゅ、じゅうに!?」 それは、また……すごいな。 「私は長女だから、零」 「なるほど……。で、それぞれの数字に合わせて、他にもたくさんいるってことか」 「ええ」 「でも、カノンちゃんは……数字を表してないよね」 「独奏とかそういう意味での、いちってことかしら。詳しくは、私も知らないけど」 「その辺のことは、私よりカノンの方が詳しいのよね、聞いて見たら」 「あぁ……」 時計坂家か。 俺と反目しあう間柄だったってことだよな……。 当然のごとく覚えていないけど。 とはいえあの二人は、何も知らず…ただ、学園を町をよくしたいと思って、子供ながら頑張っているだけって感じだし。 それより俺は、自分のことを考えよう。 竜が落ちてくるのを見たと、カノンちゃんは言っていた。 長い時を生きてきたと言っていた。 ではやはり、あの日記に出てくるのは、俺ということになるのだろうか。 この学園が出来た頃……いや、それより昔から、俺は生きてきた。 大いなる物語をつむぐために。 「たくみ様」 ん? 「あぁ……」 カノンちゃんが座っていた。 「どうしたんですか」 「いや、ぶらぶらと……ほら、この辺歩いていたら、少しは記憶も戻るかなって」 「なにか、戻りましたか?」 「いや……」 それは事実だ。 栗原や崑崙からいろいろと吹き込まれているけど、どれ1つ、実感として思い出すことはなかった。 あるいは、栗原達にかつがれているのでは、と思うこともあった。 「この辺で、出会ったんだよね」 「そうですね」 …… 沈黙が流れる。 カノンちゃんの視線を感じる。 何か言い出そうとして、言いあぐねているようだ。 「あの、たくみ様」 意を決して……という感じで、カノンちゃんが口を開く。 「大事な、話?」 「……」 少し気まずそうに、カノンちゃんは目を伏せる。 「たくみ様は……私達について、調べているのですね」 「え」 「……」 「……」 「あぁ……ごめん」 「あなたは……自分が何者か、知ろうとしている」 「うん」 どうやら、カノンちゃんにはしっかり、見透かされていたらしい。 「相談するべきかと思った。けど、俺自身、なんとも言えない……途方もない話で」 「いいんです」 「私達も、隠していましたから」 「桜井様の素性には、見当をつけていました」 「おそらくあなたが知らされたものと、同じだと思います」 「魔法使いの王、ジャバウォック」 「そして、私は、あなたの行動を報告してきました」 「報告って……時計坂家の本家、みたいなところに?」 「そうです。イギリスにいる、当主に」 「そう、か。俺、自由にされてるようで……一応、いろいろと報告はいってたんだな」 「ごめんなさい……」 「いや、いいんだ。俺が、相談しなかったことだから」 「時計坂家の当主である、おばーさまより、私に通達がありました」 「……」 「桜井たくみを、殺しなさいと」 「え……」 「たくみ様は危険だと」 「今は大丈夫でも、やがて魔法使いの王として、力を取り戻す」 「彼が魔女こいにっきを使えば、町には、幻想があふれ出し……人々の魂は、魔界へ連れ去られるだろうと」 「お、俺、そんなことしないよ……」 「とは言えないのが悩みどころなのです。なにせ、たくみ様は記憶がないのですから」 「それを言われるときついね……」 「こういう時、実力行使に出るのは、零の役目なのです」 「ただ……零には、難しいと私は伝えました」 「零は優しい子です。そして、本人は否定するでしょうけど、あなたのことを……気に入っています」 「……」 「だから、無理だと伝えました」 「それに、おばーさまも、同意いたしました」 カノンちゃんは、どうなんだろう。 その命令について、どう思っているんだろう。 俺を目の前に、淡々と語るカノンちゃんに、違和感を覚えた。 「だから……」 「プロフェッショナルを送ったということです」 「なに」 「あなたを抹殺するために、時計坂家の、暗殺のプロを送ったということです」 「暗殺の、プロ?」 「私達の妹が、こちらにむかっているということです」 「それが数日前のこと」 「もう、こちらについている頃かもしれません」 「なんだ、妹って。全部で十二人いるとか、零も言っていたけど……」 「はい。その中でも、もっとも戦闘に秀でたチームを、あなたの討伐のために、送り込んだということです」 「な、なに……戦闘に秀でたチームって」 「不破、珊瑚。ツインサイズ……真夜中の処刑人」 「……真夜中の処刑人……ナニソレ」 「いわゆる二つ名ですね」 「二つ名……」 若干、ついていけないけど。 真夜中の処刑人……。まぁ、いいんじゃないか。 「もしかして、零とカノンにもついてるとか?」 「いえ」 「二つ名は、それぞれ私がつけたものですが……恥ずかしいので、自分達にはつけてないのです」 「……」 「全部で、十二人いるんだっけ」 「そう」 「さきほども言った、真夜中の処刑人」 「夜明け前の合唱隊」 「早朝のメッセンジャー」 「おやつタイムの、訪問者」 「ひとりぼっちの帰り道」 「時計坂、12針と言います」 「彼女達は、皆、私とねーさまと同じように双子であり、互いをサポートしあいながら、二人一組で行動しています」 「ただし、夜明け前の合唱隊。これだけは、3つ子として、三人で行動しています」 「この中でもっとも危険なのは、ひとりぼっちの帰り道でしょうか。3つ子としてチームを組んだために、一人での行動を余儀なくされてしまっています」 「それだけに、彼女は行動に歯止めがきかない……」 「い、いや」 「どちらかというと、カノンちゃんの説明に歯止めがきかなくなっているような……」 「おやつタイムの訪問者は、まぁ、楽しい子ですよ」 「日盛りの道化師は、おばーさまの言いつけを聞かず、マイペースに行動をしていることが多いです。私も、彼女が何を考えているかは分かりません」 「さらに私が知る限りの、彼女達の能力ですが……」 「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんか馴染みのない単語が一気に出てきてついてけん。この上、能力がどうとか言われても、混乱するよ」 「そうですか……?」 少し残念そうに、カノンちゃんは説明を打ち切る。 「とにかく私達の妹で、姉妹の中でももっとも危険な二人が、あなたを狙っています」 「私達を介さずに、あなたの前に現れるかもしれない。そのときは、注意してください」 「いや、注意をしてどうにかなる問題ではないかもしれませんが……」 「もし、まともにやりあったら」 「え」 「あなたの敗北は、100%」 「……」 時計坂家。 魔女こいにっきを目の敵にしながら、それを、研究し、自らの力にしてきたという。 そして魔女こいにっきの所有者であり、そのものである俺を、亡き者にしようと動き始めたという。 真夜中の処刑人。 カノンちゃんの言うところの、プロフェッショナルが動いているというが。 俺、戦闘能力とかあるのか? 魔法使いの王様って言うからには、それなりに強そうなんだけど。 なんでだろう。王様と言われても、強いというイメージがわいてこない。 「王様、か……」 「どうしたの、桜井君。さっきから、悩み顔だね」 あけみちゃんが復帰したと聞いて、さっそく常連になっている俺だった。 もう手は出さないけどね。 一度忘れられた女には手を出さない。俺の主義だ。 「いや……」 「そうだ。先生、王様ゲームやりません」 「な、なに、いきなり」 「はい、ひいてください。赤い色がついた割り箸引いたら王様ですよ」 「さぁひいてください」 「いや、今普通に割り箸二本握っただけだよね。どっちにも、赤い印なんて入ってないよね」 「そんなことないです。さぁ、さぁ」 あー楽しかった。 もやもやするときは、あけみちゃんに相手をしてもらうのが一番だなぁ。 「……ん」 ふと、足を止める。 誰か、いる。 あれは……。 その姿を見た瞬間……俺は、戦慄した。 「…………」 人気の消えた裏路地。 おぼろにネオンのともった看板の上に、二人の少女の影がたたずんでいた。 カノンちゃんの話。バカなと思っていた。 「……」 が、実際にこうして対峙すれば、カノンの言っていた意味が分かる。 これはダメだ。 こいつらは、やばい。 夜の中でなお、重々しくかかげられた大きな鎌は、この平和な町にはあまりに現実感がないだけに、逆にリアルにその異様さだけが際立つようだった。 そう。ローブに身を包んだ小柄な二人の少女の手には、自分の身長の倍もあろうかという、長く大きなデスサイズが握られている。 これほどまでまがまがしくも場違いなものを持ち出さなければならない理由は、それだけ場違いな者が、そこにいるからだった。 「桜井たくみ」 右の少女が、口を開く。 静かな口調だが、人の消えたような、深夜の路地裏では、ぞっとするほどよく俺の耳に届いた。 「お前を狩りに来た」 「……っ」 そうだ。俺は、今から狩られるのだろう。 獲物は、弱者の本能で、もはや退路がないということを察する。 引いても進んでも、その瞬間、彼女達は同時に頭上から俺を狙い撃ち、一瞬にしてこの首を刈り取ってしまうのだろう。 ひょこひょこと、二羽の大鷲の射程範囲のど真ん中に出てきてしまったことに気づいた兎の心境とは、こんなところだろうか。 そしてこのまま動かなくても、次の瞬間……鷲は、翼を広げて、飛びかかるだろう。 俺は……。 「降参だ」 大きく腕をあげて、ひらひらと振って見せた。 少女達が俺に飛びかかろうとした、瞬間だった。 「なに……」 気勢を削がれた少女が、意外そうに俺を睨む。 「一瞬で分かったよ。どうしようもない」 「それで降参か。まぁ、私達には同じことだ。抵抗しようが降参しようが」 「俺を殺すか」 「お前等の主人は、なんと命じたんだ。何が何でも、俺を殺せと言ったのか。あるいは……」 そう。別に彼女達は、俺を捕食したいわけじゃない。 できれば、生け捕りにしたいと思っているはずだ。 はっきりとそうは言わなかったにしろ。 「……」 顔色が変わる。 そうだろう。 せいぜい抵抗するなら、殺せ。 「自分で言うのもなんだが、俺は、面白いサンプルだと思うぞ」 「ジャバウォック。お前等が調べている時計塔について、お前等がつかみきれていない情報を持っているかもしれない」 少しぺらぺらとしゃべりすぎたか。 少女の顔が、不審げに歪むのが分かった。 「どうも、怪しい」 「桜井たくみ。お前は、隙を見て、何かをしようとしているのではないか……」 「冗談」 「俺に何ができる」 「あんたらは、その隙をゆるさない」 「一人なら、あるいは一瞬をつけるかもしれないが。お前等のチームワークは抜群だ」 「それを、俺は一瞬のうちに知ったよ。勝てない喧嘩はしない。俺の信条だ」 「……いいだろう。時間をやる。時計塔についての情報とやらを話してみろ」 「立ち話もなんだな」 「なに」 「人目があるぞ」 向こうから、ふらふらと酔客が歩いてくる。 頭上には、看板の上に立ち、大きな鎌をぶら下げた二人の少女。 二人とて、騒ぎになるのは本望じゃないはずだ。 「そこの建物で、話そうじゃないか」 横の建物を、あごでしゃくる。 雑居ビルの合間には、小さなモーテルがひっそりと建っていた。 と……気づけば、背後に双子の片割れが回り込み、俺の首筋に、鎌をかまえていた。 「……怪しいな。何か、企んでいるんじゃないだろうな」 「おい。ここで会ったのは偶然なんだぞ。何かを仕掛ける機会なんてあったと思うか」 「……」 首筋にあてられた鎌が、すっと触れる。 かすかに血が流れたのが分かった。 「……」 看板にたたずんだままの少女が、ゆっくりと頷いた。 そっと、鎌が首筋から離された。 「一瞬でも怪しい動きをしたら」 「分かってるよ」 「殺す」 「分かってるって」 「カウンターに誰もいないわよ」 「いないよ。そこにディスプレイされてる空き室から、勝手に選ぶんだ」 「なるほど。って、二時間で五千円?? 高いわね……あんた、持ってる?」 「私が払うの?」 「この前、ケーキおごったでしょう」 「この部屋とか、かなり安いぞ」 「ほんとだわ……でもせまいわね」 「監視しやすくていいわ」 ここがモーテル……。 「せまいわね」 「アンアン」 「……」 「…………おまけに安普請」 「まぁいいわ、話を」 「アンアン」 「だめぇ」 「……」 「話を」 「なに、このムーディーな音楽は。お前、何をした??」 「いや、隣がうるさいからここのスイッチを」 「……」 「まぁいいわ。いくつか聞きたいことがある」 「それで、あなたを生かしておばーさまの元へ連れて行くだけの価値があるか、試させてもらうわ」 「聞くだけ聞いて、俺は殺されるんじゃないだろうな」 「有用な情報を提供できたら、生かしてくれる、というぐらいのご褒美がないと」 「黙れ」 「本来なら、数分前に死んでいるはずだぞ。それが、こうしてぺらぺらしゃべることが出来るんだ。幸せだろう」 「……」 「……分かった」 「じゃぁせめて、その前に、俺から1つだけ質問させてくれないか」 「なに」 「俺を殺してどうする」 「どうするって……」 「こんなことを、続けて、お前等に何か良いことがあるのか」 「言っている意味が分からないな」 「遠い異国から、俺みたいなよく分からん男をつかまえるために、こんなとこまでやってきて」 「お前等と同じ年齢の女の子は、今こそ、おしゃべりに、ショッピングに、食事にと楽しいざかりじゃないか」 「あるいは、恋をして……」 「……」 「くだらん感傷に訴えるつもりか」 「立ち場をわきまえろ。桜井たくみ。この状況で、よくもそんな世迷い言を口に出来るな」 「わきまえている。が、言わずにはいられないこともある」 「とくに、君らのようなかわいい子が、こんなキテレツなことをさせられているのを見たなら」 「言わずにはいられないだろう──」 …… 「……」 すっごい冷めた顔をしていた。 零だと、けっこう顔赤らめながら、馬鹿言わないで……ってなるんだけどな。ちょろいんだけどな。 「報告通りだな」 「つまらん色仕掛けを仕掛けてくる、優男」 「虫唾が走る」 「零はこんなのを殺すこともできないのか」 「だから、やつは甘いんだ」 「わが長女のことながら、恥ずかしい」 「……おい」 「え。またなんか音楽が変わった。どうなってるんだ、ここは」 「零をバカにするな」 「あいつは、まっすぐで……少しおっちょこちょいだけど……頑張り屋なんだ」 「お前等にあいつの何が分かる」 「…………は」 「何、ぽーっとしてるんだ。お前、まさか……っ」 「いきなりテンションが変わったから、戸惑っているだけよ」 「く……っ」 「本性を現したな、ジャバウォック。このツインサイズが、成敗してくれる」 「てやあああああああ」 俺に向かって、大きなカマをふりかざす。 「てか、せまっ」 「せまっ。邪魔っ。その鎌引っ込めろ、こっちに当たってるわ」 「あんたが邪魔よ」 「はぁぁ、ずっと思ってたけど、あんたってかなりどんくさいよねっ」 「はぁぁぁ。姉者に言われたくないわよ。この前だって、イタリアで荷物盗まれたじゃない」 「にこっ」 「……げ」 「とにかく、横になろう」 「……へ」 「何をするっ。無礼だぞ」 「まったく困ったものだ。君らくらいの年頃の女の子は、おしゃれをして、美味しいものを食べて、男の子を知って」 「こんなところにのこのこと、入ったりしないだろうに」 「それが君らときたら」 「知らなすぎる」 「だから、教えてあげよう」 「こ、こら……っ。何をする」 「何をするって」 「こんなところに入ってきて、することはきまってるじゃないか」 「あれをするんだ」 「アンアンをか!」 「アンアンってなに……」 「ふ」 「俺のことを、調べたいんだろう」 「口できくより、実際、身をもって体験したほうが早いと思うけどな」 「な、どこを、触るつもりだ」 「だ、だめぇ……」 「はぅんっ」 「双子って、この辺も似ているのかな」 「は……」 「少し、濡れてきてるじゃないか」 ぐいぐいと、薄い布の上から、くぼみにそって指をはわせる。 「あぁっ」 「人を殺そうってときに、なんで、ここが濡れているんだ」 「変態か」 「う、知らない……っ」 「これは、だって……変な音楽かかってるし……変な声が聞こえるし」 「雰囲気にのまれた?」 「あなたが、きっと私達に変なことを、したんでしょう」 「違うな。これからするんだよ」 こしこし。 「は。ぁぁ、ぁ、ぁ、あああ」 「あ、あああああ」 「ふああああああ」 嬌声のハーモニーが、こちらの気分を高まらせていく。 これは、もう……なんだか……たまらない。 ショーツを脱がすと、薄いしげみからしみ出したつゆが、つーっと、下着にくっついて、糸をひいていく。 「うお……すでにたっぷり濡れてるじゃないか」 蜜をしたたらせた割れ目に、くちゅりと、指の先をめりこませる。 くちゅ、くちゅ。 「う。ああああ」 ぐりぐりと、軽くかきまわす。 「あ、ふ……ぁ……あ、ああああ」 「もう、すぐにでも入れて、大丈夫そうだね」 「え……入れるって、何を??」 屹立したいちもつを見て、二人は目を丸くする。 「う、あれは……」 くちゅっと。 「はぁぁっ」 「ん。ぁ……」 「姉者? どうして、そんな声、出すの……?」 「だ、だって、変な感じたから」 「なんか情けない声だった……」 「あんただって、やられたら、分かるよ」 「確かめてみる?」 くちゅ。 「んん!」 「やぁ……なんか、変な、感じ……っ」 「あんただって、みっともない声を出して……」 「あれには、何か不思議な力があるらしい」 「確かめないわけには、いかないだろう?」 「そろそろ、いれていいかな?」 「あなた……私に、い、いれなさい」 「いや、姉者、ここは私が先に……。もしものときのために、私が毒味する」 「いや、姉である私が先だ」 「……」 「えい」 「お、おい……」 ずぶぶぶ。 「あああ!!」 「う、つぅ……っ。あ、あ。いた、い……っ」 「大丈夫? そんないっきに入れたら、痛いだろう」 「あ。あぁ……」 思ったよりも中は、おびただしい愛液で満たされており、めりめりと膣口を広げながら、ペニスは侵入していく。 「う、あああああ」 「なに、これ……っ。すごいの、入ってきてる……っ。んん!」 「う、あ……っ。やぁ、私の中を、めりめりって、つらぬいてるよっ」 ぐちゅ……ぐちゅ。 「ふあああ」 「あ、ふ、あっ。あ、あ、あ」 「あ、あ、ああ」 「あ、ふぁ……ぁ、ああ。奥を突かれてるっ。なにこれ、気持ち……いい」 「うう」 「も、もういいでしょ」 「あなた、私に、しなさい」 「ん……」 「分かったよ」 ずぷっと、ペニスを引き抜く。 「あ……」 「じゃぁ、いくよ」 「う、うん……」 「い、一気にきていいんだから。妹みたいに」 「分かった」 ずぷぷぷ。 「ああああああ! い、痛いっ。たんま、たんま……っ。やっぱり優しくしてっ。う、ああああ」 「うああああああ」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「うう。なに、これ……予想以上に、きつかった」 「身体に力が入っているからだよ。もっと、リラックスして……」 「う、うん……」 ずちゅ、ずちゅ。 「あ、ん……っ。んん!」 ず、ちゅ……ず、ちゅ。 「ん! あ、あぁ! ふ、ぁ……っ」 「ほら、段々、ほぐれてきた。もう少しで一番奥までいくよ」 「ん、うんっ。あ、あ……あ、あ……」 「あ、あ、あ……っ。ああああ……っ。ん、お腹まで、あたってるっ。おち○ちん、あたってるよ……っ」 「うー……」 「そっちはいいから、早く……続き、して」 「姉に対して、そっちとは何よ。今は、こっちで忙しいんだから……」 「は……ん!」 「う。あ……出そうだ……」 「あ、あ、あ、あ、あ。で、出る、ってなに?」 「魔力の源」 「魔力!?」 「あ、ふぁ、いく……っ。いきそう」 「や、何、なにがくるの……? んんん!」 「はぁ、はぁ……。中に、出すよ!?」 「うあ」 「んんんん!!」 「はぁ、はぁ……はぁ……はぁ……なに、これ、あついの、いっぱい、私の中に、出た」 「あなたのこと、ちょっとは、分かった気がしたわ……」 「報告、しなくちゃ」 「ふぅ……」 「ううううう。姉者ばかり」 「私の中にも、出してよね……」 「でも今出したばかりだしな。もう、これで終わりにしてもいいかなー」 「やだ、やだ、珊瑚の中にも、あついの、くれなきゃ、嫌なんだから……」 「あんた、みっともないわね」 「姉者は出してもらったじゃない」 「分かったよ」 ず、ちゅ……ずちゅ。 「はぁぁぁっ。あ、あふ、う。ふぁ……っ」 「はぁ、はぁ……はぁ……おっきいの、いっぱい、すごいよ……」 「姉者にしたみたいに、私の中も、いっぱい、ずんずんって、して……?」 「じゃぁ、おねだり、してみな」 「あなたの……」 「あなた?」 「た、たくみ様の……」 「たくみ様の、あっついせーえき、私の中に、くだ、さい」 「良い子だ」 ぐちゅ。ぐちゅ。 「ふ、あ……あついっ」 「あ、ふ……あっ。あっっ、あああああ」 「うう。なんか見てると、またむずむずしてくるよ……」 「君も、ほら。協力して」 「きょ、協力って?」 「君のお尻で、俺のペニスの根っこをしごいてくれたら、いいかな……」 「こ、こうかな。ん……ふぁ……」 「うん。お尻、気持ちいいよ。もっと強く押しつけながら、して……」 「うん。ふき、ふき……ふきふき。お尻で、ふきふき……」 「うう。お尻のところ、むずむずするなぁ……。また、ほしくなっちゃうじゃない……」 「だめ。今はこっち」 「もっと、いっぱい、動いてよ。珊瑚の中、もっと……ぐちゅぐちゅってして……」 「分かったよ」 「あ、あ、あ。ふ、ぁ……」 「らりこれ、らりこれ……。もう、もう、変な気持ちが、おさまらなくなっちゃうよぉ。あ、あ、あ」 「い、いいなぁ」 「ん、は……ぁ……また、出そうだ」 「あ、あっ。珊瑚も、珊瑚も……なんか、変な感触、あがっている。ぶわーってくるよ」 「あ、あ、あ! ああああああ──」 「はぁ、はぁ……はぁ」 「出るっ。出るよ……っ」 「いっちゃう、いっちゃう、いっちゃう。身体が、ばらばらに、なっちゃうっ。あ、あ。ああああ」 「う……っ」 「あああああああああああああああああ」 「はぁ……はぁ……」 「たっぷり、出ました……」 「どうだった? 俺のこと、分かった?」 「……あなたはやっぱり危険だわ」 「危険……」 「是が非でも連れて帰って、たくさん、調べてみないといけないみたい……」 「おいおい」 「ふぁ……」 「どうした、あくびして」 「なんか、すごくつかれちゃった……」 「私も……眠い、です……」 疲れ切ったのか、気持ちよさそうに眠っている。 「すーすー……」 「この子達は……」 「……」 外はもう、うっすらと明るくなっている。 夜明けを迎えようとしていた。 「零……」 「カノンから聞いたわ」 「現れたのね、時計坂家の刺客が」 「あぁ……」 「厳しい戦いだった。奴らも確かに、プロフェッショナルだ。俺はぎりぎりのところで戦いなんとか、撃退に成功……」 「で、なんでここから出てくるの」 うろんな目で、ラブホテルを見上げている。 「あはは」 「俺なりのやり方で、撃退したよ」 「それにしても、あの子達……。どういうことかしら。しめあげてくるわ。まだ、中にいるんでしょう」 「……」 「それより聞きたいんだ」 「なに」 「あいつらと零達は、どういう、関係なんだ」 「別に血がつながってるわけじゃないわ」 「私達は、おばーさまが世界各地から、かき集めてきた、孤児なの。それを時計坂当主が、教育をして……自分達の眷属にしたてあげるわ」 「それが、時計坂姉妹……12針」 「それが、お前等……十二人の姉妹ということなんだな」 「ええ」 「……」 「なぁ、零。俺の推測をきいてもらえるか」 「なに」 「時計坂家は、魔女こいにっきの研究を進めていたという」 「そうして、代々の時計坂家の当主は、魔女こいにっきに近い力を得ることに成功したという」 「そして、魔女こいにっきの力は、つまるところ……幻を見せる力だ」 「そうして……それを研究して、時計坂家は……」 「何が言いたいの、さっきから」 「零」 「あれは……あの二人は、幻だ」 「まぼ、ろし?」 「あぁ、誰かが作りだした、物語ということだ」 「誰かもなにも、きまっているな。時計坂家の当主だ」 「そんな……」 「なぁ、零。当主とは、どういう人間なんだ」 「……」 「零」 「知らない…知らないわ」 「お前は、そいつから、教育を受けたわけじゃないのか」 「時計坂家の当主ってのは、どんな顔をしている。最後に会った時、いくつぐらいの奴だったんだ。今、イギリスにいるというのは本当なのか」 「幻を生み出すには、よりその近くにいなければならない」 「だとしたら、当主は、今、この国に……いや、この町にいるはずなんだ」 「知らない……なんでかな。私、何も知らない」 俺はある予感を抱いた。 まさか……。 「知らないの」 「私は会ったことがない」 「カノンが、連絡を受けるだけだったから」 「カノンちゃんが……?」 …… 「カノンちゃん?」 いた。 「おかえりなさい」 「時計坂家の当主のことについて、聞きたいんだ」 「当主について、ですか?」 「カノン。私からも聞きたいの」 「ねーさま……」 「私達、考えてみれば、当主……おばーさまに、会ったことがないわ」 「それで、どうして……今まで、何の疑問も待たなかったの?」 「……」 「カノン?」 「私の方からも、ご報告があります」 「え」 「悪い知らせがあります」 「おばーさまが、この町を訪れています」 「なんですって」 「やっぱり、来ているのか」 「カノン……ねぇ、私、もう1つ気になってるんだけど」 「はい」 「おばーさまからの連絡って……それは、どこからくるの。電話? 手紙?」 「あなたがそんな電話をしているところなんて、見たことないわ。もし手紙なら、それを見せて」 「そもそも、なんで私には知らされていないの」 「……」 「カノン、ちゃんと教えて」 「私は、嘘を言いません」 「おばーさまは、もう、すぐ近くまで来ています」 「近くって……」 「カノン……あなたは……」 「……」 ちくたくちくたくちくたくちくたく。 何か耳障りな音が響いてくる。 これは、時計の音だ。 部屋のどこからか……無数の時計がちくたくと音を立てて動いているようだ。 「おばーさまがきます……」 ちくたくちくたくちくたくちくたく。 それは、時計ではない。そう、本だ。 部屋の中に収められた無数の蔵書の1つ1つから、その音は聞こえてくる。 チクタクチクタクと。 「どこに、いるのよ。そもそも、カノン。あなたも」 「すぐそこに」 ちくたくちくたくちくたくちくたく。 「もうすぐ来ます」 ちくたくちくたくちくたくちくたく。 「もう来ています」 「まさか、カノン……あなた……」 「もう、終わりです。お二人とも……そして私も」 ちくたくちくたくちくたくちくたく。 カノンちゃんの身体が、まばゆい光に包まれていく。 これは見たことがある。 そうだ、魔女こいにっきから時折あふれ出す、白い光と似ていた。 彼女は語ろうとしているのだと分かる。自らを、物語風に。 「はじめまして」 「時計坂家当主、時計坂カノンです」 「カノン……?」 「何を、言ってるの」 「私は……」 「私はずっと、この子の中にいました」 「それは、一体」 「私の身体は、はるか昔に朽ち果てました」 「けれど私の物語は、魂は……受け継がれてきたのです。あるものを、媒介として」 「この部屋にある日記か」 「そうです」 「ここにある書物は、代々の時計坂家の、当主の日記。いわば、私そのものなのです」 「私が、代々の当主の身体をかりながら魂の転生を行ってきた、その記録なのです」 「代々の、カノンは……一定の年齢になれば、学園の理事を引き継ぎ……この部屋の日記……代々の、時計坂家のカノンの日記を読みます」 「先代のカノンは、うまく私の魂との融合が果たされず……心を壊して、姿を消しました」 「ただ幸い……彼女は子供を残していた。そして私は、予想よりも早く、今のカノンの身体を奪うことになった」 「そうやって、お前は、ずっと……代々、当主となった少女の身体をのっとり、生き続け、こうしてここにいるということか」 「ええ」 「そんなもの……っ」 「魔物じゃないか」 「あなたにそれを言われたくありません。ジャバウォック王」 「なに」 「あなたこそ、この町にとりつき、余計な幻想を振りまき続ける、亡霊ではないですか」 「時計坂家は、あなたという亡霊……時計塔という亡霊をはらうために、研究を続けました」 「この町に、確かな摂理を……永遠でないとしても、長い未来を壊れることなく正しく進み続けるための仕組みを模索し続けてきました」 「そして私は作り上げた」 「そう、この町そのものが、1つの大きな時計塔なのです」 「そして、私は、その中心となる歯車の1つです」 「魂と、命を捧げて……国を動かし続ける歯車となる」 「しかし人の命には、魂には限界がある。時計塔は、永遠にはならない」 「私は思いついたのです。自らを永遠の歯車として……町という時計塔をも、永遠に繁栄させていく方法を」 「お前が歯車とやらになるのは勝手だが、お前の子孫を……カノンちゃんを巻き込んでるんじゃない」 「……」 「あなたには分かりませんよ、ジャバウォック」 「夢ばかりを残し、実際は、何一つなしとげられない幻想の王よ」 「時計を進め続けるということは、犠牲なくしては、成り立たない」 「あなたには出来なかったことを、私は果たした……それだけです」 「待て、どこに行くつもりだ」 「時計塔で待っています」 「時計塔?」 「魔女こいにっきを持って来なさい」 「なんだと」 「そこに日記がある限り、人々は惑わされ続けるでしょう」 「魔女こいにっきを持ってこなければ、私は、完全にこの子になりかわりましょう」 「それでは」 「待て!!」 カノンちゃん……いいや、時計坂家当主、時計坂カノンは去って行った。 「……」 零は……ほとんど放心状態で、彼女が去って行った空を見上げている。 「零、大丈夫か」 「え、ええ……」 「ごめんなさい」 「あれが、時計坂家の当主……時計坂カノン」 「ここには、代々の時計坂家の当主が記録してきた日記がある」 「そうして代々の当主は、初代カノンによって肉体をのっとられながら、生き続けてきた」 「なによそれ……っ」 「それが本当だとしたら……」 「あなたが言う通り、あれは、魔物だわ」 「許さないっ」 「よくも、カノンを……私を、騙してくれたわ」 「時計坂家は、代々、時計塔を……魔女こいにっきの力を研究してきた」 「それは、それらの怪異から、町を守るためのものだった」 「それが……ミイラ取りがミイラになった。幻想にとりこまれ魔物と化したというのなら」 「私があいつを撃つ」 「これを、持って行くわ」 取り出したのは……。 「銃?!」 「普通の銃じゃないわ」 「時計坂家に伝わる、武器よ」 「昔から、時計塔の周辺で、不思議な出来事が相次いでいた」 「私達は、それの解決にあたっていた」 「その中で生み出された、時計塔の怪異に対抗するための武器だわ」 「この銃には、幻を払う、力があるの」 「そんな怖い顔しなくても大丈夫よ。弾としてこめているのは、術式を書いた紙をぬらして固く丸めて、乾燥させたものだわ」 「まぁ、当たったら、ちょっとは痛いけど、怪我をするほどでもないわ」 「これが効力を発揮するのは……怪異だけ」 「言っておくが、俺に向けるなよ」 「……なんで」 「どうも、俺も似たような存在らしいから」 「……」 「そうよ」 はっと思い出したように零は眉をひそめ、俺をにらみつけた。 「あなたのことも! どういうことよ」 「あはは。いろいろ隠してて、悪かったな」 「思い出したわけじゃないんだ。ただ、俺は俺なりに調べて……」 「魔女こいにっきを見つけていたんだ」 「ええええ」 「けど、渡すわけにはいかなかった。ごめん」 「んー……」 「まぁ……今となっては、私達だって人のことを言えないからね……しょうがないわ」 「でも、カノンは、いろいろ知ってたのよね。どうして私に教えてくれなかったのかしら」 「……」 「なぁ、零は……」 「昔のことを覚えているか」 「昔って?」 「ずっと昔……子供の頃のことだ」 「ん……」 「カノンとずっと一緒だったわ」 「この学園で育てられて……。ここで勉強をして」 「変な話でしょう。ここは学園だけど、私達二人は閉じ込められるようにして、家庭教師から教育を受けていたの」 「そうして、生徒達が来ないような森のすみっこで、いつも二人で遊んでいたわ」 「私は実務を。カノンは、そのサポートをしていた」 「両親のことは、どうだ。どれだけ覚えてる?」 「ママやパパのこと?」 「そうね……」 「まったく、記憶にないわね。ほとんど会ったこともないのよ。私が4才ぐらいのときに、姿を消しているはずだし」 「あぁ、でも、カノンはあるって言っていたわ……。パパとママの記憶」 「私達、ほとんどパパとママにも会わせてもらえなくて……そもそも二人はどこか遠くで離れて暮らしていたわ」 「でもある夜にトイレに起きたカノンが、声を聞いて……そっと扉から覗いたら、おばーさまと激しく言い合いをしているのを聞いたって」 「そして、それ以来、パパとママが私達を訪ねてくることはなかったわ」 「すごく小さな頃のことで、私も覚えてないわ」 「それが私の中にある、一番古い……カノンとの記憶だわ」 「そう、か」 「1つ言っておきたいんだ、零」 「俺は幻として、生きてきた」 「この身体は、思いは、本来ここにあるべきものではない」 「それでも、世界に干渉しながら……」 「何の言い訳……。そんなこと言わなくたって、いきなりあなたを撃ったりしないわよ」 「あはは。頼むぞ」 「?」 「困ったことになったわね」 「お前……なんだ、いきなり。いつからいた」 戸惑う俺と零に構わず、崑崙は考えこむようにしながら……。 「時計坂家……」 「お前が言っていた、時計塔に現れた……謎の気配は、あれだったのか」 「みたいね……時計坂家の当主」 「彼女は長く、自らの子孫をのっとりながら、その日々を記録として残してきた」 「あなたに、日記を持ち帰らせていたでしょう」 「あぁ……」 「ああやって、時計塔にじわじわと、入り込んでいたんじゃないかと思うわ」 「もっとも、時計坂カノン……今のカノンもまた、無意識にそう仕向けられていたのでしょうけど」 「それで、お前は、さっさと追い出されたと」 「……」 「私は別にあそこを守っていたわけじゃないし」 「あなた含めて、皆、出払ってしまったから、私ぐらいいないと、もぬけになると思って、とどまってただけだわ」 「それが、いつからか、私は、あそこの守衛にされていたということかしら」 「いや、ごめん。せめるような目で見てごめんなさい。そんなつもりじゃっ」 「まぁいいわ。お手伝いしましょう」 「王の頼みとあらば」 「おう」 「……」 「そんな顔するなよっ。別に、そういうつもりで言ったんじゃないっての」 「いいけど」 「あいつは魔女こいにっきをもってこいと言っていた。どうするつもりなんだ」 「さぁ……私には分からないけど」 「あるいは、燃やしてしまいたいのかもね」 「燃やす?」 「すでに魔女こいにっきにかわる力を彼女は手に入れている」 「彼女は、彼女こそが……この町をすべる物語でありたいと思っている」 「そうなれば、この町の創成より続く、あなたの物語が邪魔になるということだわ」 「ふーん……。なんだか、しっくりこない理由だな」 「藤田、崑崙さんだよね……オカルト研究会の」 「……どうも」 「あなたは、魔法使いなのね。あの時計塔にまつわる」 「魔法使いじゃない。魔女だわ」 「どっちだっていいわ。あなたのことを、あれこれと詮索するつもりもない」 「今は、カノンを助けたいの」 「協力してくれる?」 「……」 「私は私の用事をすませるだけだわ」 「ありがとう」 「……」 「良かったな。友達ができて」 「は、はぁ。こんなときに、何を言ってるの」 「まぁ、確かに、人手は……多い方がいい」 「おそらく時計塔で待っているのは、時計坂カノン、一人じゃない」 「時計坂姉妹の、12針か」 「ええ。彼女達はカノンが生み出した幻だけど……私やあなたと同じように、現実世界に干渉するほどの力を持つに至っている」 「こちらは同じように対抗できる、魔法使いをそろえなければならない」 「魔法使いか」 「他に思い当たるのは、一人ぐらいしかいないが……まぁ、いないよりはいいかな?」 「よう」 「おおおお。出た」 「なんだ、人のことを化け物みたいに」 「だって、いきなり現れるから……」 「いちいちお前に連絡入れて、会いにこねーよ」 「待ってる時は来ないのに……」 「リアルに気持ち悪いつぶやきやめてくれないか。せめて、ギャグの範囲内におさめてくれよ」 「それより、お前に頼みがあって来たんだ」 「なんだい」 「手伝ってくれ」 「え、え。なに。なにを手伝うの」 「ちょっと、人助けをな」 「人助け……僕なんかでできるかな? でも困ってる人がいるなら……手伝いたいっ」 「ああでも僕なんかが役にたてることなんてあるだろうか。むしろ邪魔になるんじゃ」 「でも僕なんかが、何の役に立つって言うんだったら……僕は…僕は……」 「いいから来い」 「ぶほー! いきます!!」 「一匹ゲットしてきたぞ」 「うえ?」 店の裏で待っていた零と崑崙を見て、栗原が妙なうめきをもらした。 「この人も、魔法使いなの」 「そうだ」 「こ、これはこれは、理事長さん。どうしたのかな、こんな時に」 「何を隠そう、魔女こいにっきをずっと持っていたのも、こいつだ」 「あなた……栗原進だっけ。とぼけた顔してやり手ってことね」 「ちょちょ、たくみ君。話が違うよっ。あのことは、黙ってるって約束だよね??」 「そんな場合じゃなくなったんだ」 「え」 「……」 「ふ、藤田さん……」 「どうも」 「あの、藤田さん……聞きたいことがあるんだけど」 「なに」 「なんで、僕の前には絶対現れないの」 「……」 「嫌いだから」 「……」 「じゃぁ、いきましょうか。あまりゆっくりしている時間はないわ」 「き、嫌い……」 「あぁ。でも、すでに一人、戦闘不能に陥ってるぞ」 さてと……。 森を四人で歩いて行く。 適当に声をかけたら、妙なのがひっかかったな。 人見知り同士、会話がないし。 まぁ、いきなりぺらぺら仲良くされても気持ち悪いが。 「……」 「ぶほほ」 これ、役に立つのか。 まぁ、一人よりはマシだと思おう。 いや、むしろ、大丈夫だったのか。 崑崙は自分のことは自分でどうにかできそうだし。 「ぶほ…」 こいつは……妙な悪運は持ってそうだし、まぁ、大丈夫だろう。 というか、そもそも俺は大丈夫なのか。 この前は、口八丁でなんとか切り抜けたが……別に、魔法が使えるわけでもないし。 「ところで僕らはどこに何をしに向かっているんだろう?」 「ついてくれば分かる」 「そりゃそうだろうけど」 「……」 「あの、こんなところで、人助けってなにかな」 「あぁ、教会…。そうか、あそこでボランティアがあるんだね」 「行くか」 「そっち教会じゃないよ」 時計塔で待っていると言ったが……。 「いるとしたら、時計塔の、時計盤のあたりか」 「崑崙。お前、そもそも実体がないとか言ってなかったか……ぴょーんとあそこまで飛んで行くことは出来ないのか」 「……」 崑崙は黙って首を振る。 ちぇ。完全に結界が張られてるな。 ぴょんと飛んで、あそこまで行けたらと思っていたが……。 「勝手に結界を張って……」 「うちを勝手に荒らして……」 けっこう怒っていた。 …… 時計塔の中へ踏み込む。 一歩入ったとたん、崑崙の言っていたことが、分かった気がした。 俺はしばらくここで暮らしていたし、夜に帰ってくることもあった。 暗く不気味な塔の中も、俺にとっては勝手知ったる……という感じだった。 が……今、ここに流れている空気は、俺が知っているものとはまったく違う。 まったく別種の気配に満ちていた。 それも、ねっとりとまとわりつき、頭をくらくらとさせるような、不気味な気配に。 「やぁ」 「な、に……」 両脇の柱の陰から現れたのは、キテレツな格好をした二人の少女……? だった。 目深にフードをかぶっているので顔は、はっきりとうかがえないが、かすかに覗いている口は三日月のように、にたりと笑っている。 「おやつはほしいかい?」 「おいらに勝てたら、食べられるよ」 「おいらに負けたら、君たちが、おやつだ!」 並んだ二人の少女が、同じ声で、代わる代わるしゃべる。 「けらけらけら」 「……」 栗原が眼鏡をいじりながら、唖然と、見ている。 「あれは何? 何か大きなハサミを持ってて……とても危ない人っぽいけど」 「僕らは、あの可哀相な人の介護に来たってことかな」 「栗原」 「な、なに?」 「おやつ好きだろう」 「好き!!」 「じゃぁ、よろしく」 「え、ええ」 「いやあああああああああああああああ」 栗原を置いて、上の階層へ。 さらに上に続く階段に立ちふさがるように、ゆらりと現れた影があった。 「次はなんだってんだ」 「私は……」 「ひとりぼっちの帰り道」 「寂しいね」 「帰り道には、魔物が住んでいる」 「ひとりぼっちで帰る子を狙って、食べちゃうんだ」 「でも、今日は魔物はいないみたい」 「……」 「あぁそうか。私がその魔物か」 「だから私はいつもひとりぼっちなんだ」 「ねぇ、一緒に帰ってよ」 「ぐええええ」 「きもいのが出てきやがった」 「……」 「家を荒らして……」 ぶつぶつ言っていた。 「お気に入りのカップに手を出したら許さない……」 「行って。あの汚いのは、さっさと私が掃除するわ」 「いいのか」 「存在が許せない」 「俺、お前が強いとか弱いとか、よく分からないんだが」 「心配してくれるの?」 「そもそも、魔女こいにっきを作ったのは私だわ」 「あなたがそれを引き継いで、書き続けてくれた」 「勝手に盗作して、オリジナルを燃やしてしまおうとしているのよ」 「許される行為じゃないわ」 「王よ」 「お、おう」 「……」 本を差し出す。 「これは……魔女こいにっきか」 「これ、理容室から持って来たわ」 「え……」 「いいのか。俺は素直に持ってくるつもりはなかったが……奴に奪われ、俺達の物語は終わるかも知れないぞ」 「信じてるわ」 「あんな、つまらない物語に負けるようなあなたじゃない」 「今日はずいぶんと、しょってくれるじゃないか」 「……」 「だって私、あなたの物語のファンだから」 「なんだか……信用されてるのね。あなた」 「あの二人は、長く俺について来てくれた、家臣らしいんだ」 「だけど、俺はやつらのことを知らないんだ」 「やっぱり、思い出したい?」 「さぁ……どうだろう」 「森で倒れているところを拾われて……零とカノンちゃんと会って……」 「俺はイケメンで、女の子はかわいくて……」 「何言ってるの」 「はは。とにかく楽しかった」 「楽しかったけど……きっと、このままじゃいけないんだ」 「なんとなく分かるんだ」 「俺にとって一番大事な物語は、失った記憶の向こうにある」 「俺はやっぱりそこに帰らないといけない」 「物語がつまらないからって、なかったことにして、新しい物語を続けることなんてできないよな」 「きっと、俺の物語を信じてついて来てくれた、多くの人達がいるんだ」 「バッドエンドでも、ハッピーエンドでも」 「終わらせなければならない……」 「あなたにしては真面目ね……」 「知らなかったか。俺はいつだって真面目だ」 「……」 「いる」 「え」 「出てこい」 その女は、時計盤の裏に、ゆらりと浮かんでいる。 その頭上では、いくつもの歯車が、ぎちぎちと、苦しげに回っているように見えた。 「来たか、ジャバウォック王」 「……あぁ」 「カノン!!」 「ばばぁが、カノンちゃんのぷりんぷりんな身体をのっとりやがって──」 「心はばばぁで身体は少女とか、気色悪いことこの上ないな」 「あなたは人のことが言えないでしょう」 「……はい」 「魔女こいにっきは……持ってきましたか?」 「あぁ、持って来たぞ」 「カノンちゃんを返して貰おうか」 「……ふ」 「返すもなにも……カノンは私」 「約束を守るつもりはないってことか」 「何も私は、この子の身体を完全にのっとろうとは思わない」 「ただ同居して……ゆるやかに、干渉しながら、運命をともにしようとしているだけ」 「言ってみれば、この子の中でひとつの幻として……物語として、私は生き続ける」 「あなたが、していることと、そう変わらないですよね」 「……」 「1つ聞きたい」 「お前は、どのカノンなんだ」 「どのカノン?」 「この学園を創立した、カノンなのか」 だとしたら……こいつは……俺の知っている…。 「違うわ」 「……もっとはるか昔から、私は、ありつづけている」 「そう、か」 あるいは、あの日記に出てきたカノンも、やがて、こいつに乗っ取られる運命にあったということなんだろうか。 俺がジャバウォック王だとしたら、一時は、彼女と恋仲にもなった。 それを、こいつは、のっとったということか。 「やはりお前に、これ以上、いびつな物語を語らせるわけにはいかないな」 「俺が、お前を止める」 「やってみるがいい、虚像の王」 なにやら、ぞろぞろとわいてきた。 「う、うるせぇ……」 「私が引き受けるわ」 「零……」 「栗原さんがあなたを信じた。崑崙さんがあなたを信じた」 「私も……あなたを信じるわ」 「分かった」 「さぁ、カノンちゃんを返して貰おうか」 「は」 「無力な王」 「口だけの王」 「お前がどれだけの人を惑わしてきたか」 「そんな物語から、この町は……お前等だって、始まっているんだぞ」 「最初に夢が必要なんだ」 「理想に惑わされることがなければ、灰色の日常から、何かをはじめようとする者とていない」 「そうして理想を追わせて……愛を教え、消え去るのか」 「自らを信じてくれた者達を、砂漠の真ん中に残して」 「……」 「私とお前は違う」 「お前が虚像の王なら、私は、実の王」 「物語に虚も実もあるかよ。皆、形のない、幻だ」 「俺は自分が物語だとわきまえている」 「物語を喰って生きる竜だ」 「しかしお前は、物語でありながら本当に肉をくらい、現実を侵そうとする」 「本当の、魔物だ」 「昔々……」 「俺は時計塔を建てようとした」 「あらゆる方法を試したが、ことはならず」 「やがて魔法に頼り……それでも見つからず」 「こうして彷徨っているのだろう」 「お前は、町全体に歯車をめぐらして……正確な無比な時計塔に、この町そのものを作り替えようとした」 「そのためには、自らが、その中心たる歯車にならなければならなかった」 「お前はお前なりのやり方で、時計塔を作り上げようとしたわけだ」 「けど……俺はそんなものを、物語とは認めない」 「少女を、あるいは自らを、部品の一部としながら、時を刻み続ける」 「そうやって続いて、たどりつく場所を、俺は認めねぇ」 「消えろ、機械仕掛けの物語」 「俺が、本当の物語を語ってやる」 「黙れ」 歯車がぎりりと、音をたてる。 「力とはなんですか。王よ」 「力とは、この歯車のようなものです」 「システムであり、規律……」 「無数の人間の心が正しくかみあい、大きなものを動かす」 「私は時計坂カノン。この町に、正しく時を刻み続けてきた、力そのもの」 「さぁ……」 「勝利の物語を、聞かせてあげましょう」 「その歯車の中で、圧殺されなさい」 「ぐあああああああああああああああああ」 「たくみ!!」 「うるせぇ」 「なに……」 「そうやって、なんでもかんでも、効率よく、正しく、順調にってやってるから……」 「誰も、夢を見なくなったんじゃないのか」 「おとぎ話を話せなくなったんじゃないのか」 「むきだしの、歯車なんて、七面倒なのはどうでもいいんだよ」 「ただ、時計塔があるんだ」 「天をつく時計塔がある。それを誰もが見上げる」 「そのときだけ、人々は同じ景色を見るんだ」 「同じ理想を見る……」 「そして、それは永遠に止まらない」 「いや。永遠に止まらない時計塔なんてあるわけがない。けど、そう思わせるような堂々としたたたずまいで……」 「それが美しいんだ」 「それでいいんだよ」 「つらいとか、複雑とか……そんな事情、押しつけずに、美しいものを語るんだ」 「それが、王だ」 「それで失敗したおまえが、何を言う」 「そうだな。俺は逃げ出した……何度も何度も。夢だけを語り、実現できないとなったら、逃げ出して……すべてを幻にしてきた」 「だから……」 「もう退かない」 「零──」 「そこまでよ」 「……」 「私を撃つのですか」 「ええ」 「そしてカノンを取り戻す」 「はは」 「姉妹達を撃ち、母である私にまで刃向かうとは。愚かな」 「待て!! 何を言おうとしている」 「私達は、幻を打ち消し、町に真実をもたらす……時計坂家の一族」 「言っている意味が分からないわ。あなたもあのへんてこな姉妹も、全てただの幻よ」 「そうかもしれません。そして……」 「あなたもそうでしょう」 「な、に。どういうこと?」 「いつまで馬鹿なことを言っているのですか」 「零」 「カノンの補佐として、都合良く、双子という設定をうえつけたが、まさか、生みの親である私に刃向かうとは」 「物語というのは、時に、制御が難しいものだ」 「自らの意図した形とはまったく違う行動を取り出すものも、ままある」 「けれどまさか、語り手を殺そうと考えるとは」 「なに、よ。どういう意味よ」 「皆、確かに私が産みだした物語だ。そして……」 「あなたもそれだと言っている」 「は」 「カノンという存在をとりまく、時計盤の、12針の一人……始原の、零」 「ばかな──」 「ざれごとに耳はかさない」 「私は私だ」 「嘘だ」 「嘘だよ」 「哀れだな」 「ならば幻として消え失せろ」 …… 「嘘」 「嘘でしょう」 「全部嘘だったってこと?」 「たくみ……」 「私、消えちゃうの」 「誰かが読んだ、物語でしかなかったの」 「それじゃぁ……私の過去は?」 「私の想いは?」 「あなたと出会って……」 「……それで」 「好きになったことも」 「……零」 「全部、誰かが語った、物語でしかなかったの……」 「そうだ」 「代々、当主のカノンには……護衛として、一人の物語が授けられた」 「そのかたわらには、いつも、もう一人の時計坂当主がいた」 「お前は、自らこそが時計坂家の主役とでも思っていたのかも知れない」 「カノンは自分の影であり、サポート役だと」 「だが、お前こそ、カノンの影であり……そして、幻でしかなかった」 「あ……」 「そしてお前は、今、その役目を自ら否定しようとしている」 「ならば、お前に語られる資格はない。早々に、物語から消え去れば良い」 「大丈夫だ、零」 「お前は消えやしないよ」 「物語は生き続ける」 「でも、もう、消えちゃう」 「俺が語ってやる」 「俺こそが、ジャバウォック」 「魔法使いの……物語の王だ」 王だ。 「魔女こいにっき」 「取り戻しただと……ジャバウォックとしての力を」 「さぁ、やるんだ、零」 「うん」 「私は誰でもいい──」 「カノンの姉であり」 「たくみ」 「あなたの物語だ」 「滅びろ」 「おひらきよ」 「いいのですか、零」 「かろうじて、ジャバウォックの力によって、今この瞬間は、実体を保てても……」 「私を殺せば、語り手を失ったお前もまた、いずれは消え去るだけ」 「それでも、私は……」 「あなたを、撃つ」 「……」 「私は私でありたい」 「他の誰にも私を語らせない」 「私は時計坂家の長女だ」 「カノンの姉だ!!」 「消えなさい」 乾いた音が響く。 「うあああああああああああああああああああああ」 ちくたくちくたくという音は、叫びとともに、夜の中に消え失せた。 「お開きよ」 「うあああああああああああああああああああああああああああああ」 書き続けた。理念、信仰……。あらゆるものを。 それはやがて呪いを宿していた。 彼女という物語が、そこには編まれ、魂は乗り移り、代々の時計塔の領主を乗っ取りながら、彼女は永遠に生きていく。 歴代の時計坂の当主には彼女の名前……カノンが襲名され、名実ともに、彼女は、カノンという肉体を乗り継ぎながら、生き続ける。 最愛の人がいなくなった、物語の中で……。 時計坂カノン。 一人の少女の人格は、そのための機能として、幼いころより徹底的に矯正される。 町という時計が、秒単位の狂いもなく、規則正しく動き続けるための優秀な機械となるように、手練れの職人によって何年も何年も、調整され続けるのだ。 それは統べて、この町のため、そこに暮らす人々のためだった。 彼女という歯車を中心として、この町が、堅固な時計塔としてチクタクチクタクと、正しく永遠に動き続けるため。 人が増えれば、思いも増える。 要求が増え、野心が増え、憎しみが増える。 それらすべてを平らに統率していくためには、狂うことなくただ一心に、チクタクと時を刻んでいく、性格無比な時計のような為政が必要だった。 そのために時計坂の当主は調律されなければならない。 すべては秩序のために。 安寧のために。 そこには、大いなる大義名分がそびえたつ。 しかし、町を動かすその正体を知ったとき、果たして人々は思わないのだろうか。 俺たちが生きる町の物語は、そんなものでいいのか……。 ふと見上げた時に目に入る、あの時計塔にまつわる物語が、そんな機械的な……効率的な、乾いた物語でいいのか。 「それでも……」 「私は、そうすることでしか……」 歯車が止まる。 ぐったりと、顔をうつむかせていたカノンが、ゆらりとこちらを見る。 「……」 さきほどまでの冷たい目とは違う……物寂しそうな、感情を宿した瞳だ。 カノンちゃんが戻った? 「……」 いや違う。 この目は、見たことがある。 こうして俺を見つめる目を、俺は覚えている。いや、思い出そうと……。 「カノン……」 「思い出されたのですか」 「ジャバウォック様」 「……お前は」 そうだ。 泉のようにわいてくる、記憶の1つ1つの中に、カノンちゃんと読んだ日記の物語が……今、俺自身の物語として復活しようとしていた。 「お前は、歌音」 「そして、俺の名前は……ジャバウォック」 異国より竜となり、この地にたどりつき……そこで、物語をつづろうとした。 目覚めたのは、森の中。従者達にここで待つように言いつけ、森を歩き出し……そこで少女と出会った。 「ジャバウォック様……」 「そうだ」 「覚えてるぞ。お前の、その目」 「お前は、カノンだ」 「この学園を作った……」 「はい」 「ごめんなさい。はるか昔のカノンだと言ったのは、嘘だったのです」 「私こそ、初代の、歌音」 「あなたと会った頃は、時計坂という名も名乗っていませんでした」 「佐納歌音という名前でした」 「そうだったな」 「どうしても、私が歌音だと……あなたに打ち明けることはできなかった」 「私は、どうかあなた自身に、気づいてほしかった」 「永遠に止まらない、時計塔の話」 「すてきな話だと思いました」 「あなたは造れなかったとおっしゃいました」 「その夢、私が引き継ぎます」 「歌音……」 「ともに、学園を興したな」 「ええ」 「お会いしたかった……」 「もう一度あなたに逢うために、私は、時計塔を守り……学園を作り、町を……統べてきました」 「褒めて、いただきたくて」 「あなたがいなくなり……私は、この地で、主として、統治をいたしました」 「人は難しい」 「いろんな思いがあり、夢があり……欲望がありました」 「善意で望んでも、悪意で望んでも……公平ではありません。世は乱れていきます」 「やがて私は、オートマティックな……堅固な、規則的な仕組みを完成させることこそが、町のためだと考えるようになりました」 「基準はただ1つ……その規則に適合しているか否か、だけ」 「罪人も善人も、統べては、規則によってふるい分けられます」 「チクタクチクタクと、動き続けました……永遠を、求めて」 「いつしか自分が何をしたかったのか。なぜこうまで、ひたすらにチクタクチクタクと動き続けているのかも、分からなくなりました」 「けれど、一瞬。休むことのない時計の針が……何かの具合に、かすかな一瞬に動きを止めるとき……あなたの夢を見ることがありました……」 「長い長い旅をしてきました。チクタクチクタクと……終わることのない永遠の旅を」 「いつしか、始まりすら忘れ、ただ、動き続けることが、私の望みとなっていました」 「でも、こうして、お会いすることができて……私もまた、思い出しました」 「ただ、あなたに会いたかっただけなのかもしれない……」 「そうだな。こうして、逢えた」 「……はい」 「いつか戻って来てくれるかもしれないと、思っていました」 「学園は大きくなり、多くの生徒で賑わうようになりました」 「その中で、私は……我が子の身体を、さらにその子の身体をと乗り移りながら、生きてきました」 「それが、学園や町の人々のためだと言い聞かせながら」 「この町がいつまでも平穏に時を刻み続ける、変わらぬ部品であるためだと言い聞かせながら」 「でも、本当は違ったのかも知れません」 「時々、どうしようもなく……」 「あなたに会いたくなりました」 「永遠のような時間の中で、何度も何度も……あなたに、会いたくなりました」 「お会いできたら、それでよかった。褒めてもらえたら」 「結局、自分では分からない……」 「私は頑張れたのでしょうか」 「美しい物語を、人々に、もたらすことができたのでしょうか」 「あぁ、よく、頑張ったな……」 「……」 「よかった……こうして……」 「あなたの幻に包まれて、滅びたかった」 「これでやっと」 「さらばだ、歌音……」 どさりと、カノンちゃんの身体が脱力し……糸が切れたように、俺の腕に中に落ちてくる。 それを俺は、決して落とさないように、受け止めた。 歌音……。 こいつは、長い長い物語を終えたのだ。 「……」 俺はいつ終えるのだろう。 いくつもの、記憶がよみがえろうとしていた。 止まっていた時間が急速に回り出す。 あっという間に、追いつこうとしている。 ただ……一ヶ所だけ、ノイズがかかったように、ぼやけて捉えきれない映像があった。 それはおそらく、一番新しい記憶。 そこだけが、どうしても思い出すことが出来なかった。 それこそが、俺が最後に出会った試練なのだろうか。 やがて、ん……っと、身じろぎをしたカノンちゃんが、ゆっくりと目を開いた。 「……たくみ、様……?」 うっすらと開かれたその瞳には、もとの優しい色が、戻っていた。 「カノン!!」 「ねーさま……」 「よかった……」 「おかしいな。ねーさまの姿が、かすんで見える」 「ええ。もう、お別れだから」 「え……」 「ごめんねカノン」 「私もまた物語だったから」 「今夜で、終わりなの」 「何を言ってるのですか……ねーさま」 「そうだ、零」 「零。お前はまだ消えないさ」 「え……」 「語り手であった、おばーさまがいなくなったわ。私は、消えるしかないじゃない」 「俺が君を語ろう」 「君が、この春が終わっても…また次の春までいられるように」 「俺が、力を使おう」 「俺が君を語るさ」 「待って、ジャバウォック」 と……階下からあがってきた崑崙が、厳しい顔でこちらを見ている。 「あなたは今、自分一人の存在を維持するので、せいいっぱいだわ。もし、人一人、継続して出現するような魔法を使えば、あなたが危ない」 「かまわん」 「零、お前は、確かに物語だった」 「けど、まだ終わらせはしない」 「目覚めたカノンちゃんに……そして、学園に、必要な物語だ」 「俺よりずっと」 「……っ」 「俺は、記憶を失い……森で倒れていた。まったく何もない状態で」 「そこからまた、物語が語れるようになったのは、二人がそばにいてくれたからだ」 「カノンちゃんと零に、感謝してもしきれない」 そうだ。二人だけじゃない。 柏原に。周防に。 「俺のようなうさんくさい男をひきとって、面倒を見てくれたんだ」 「あやふやな男に付き合ってくれた」 「だから、俺が今持ちうるすべての、力を使って、君を語ろう」 「気高く美しく、この町を彩る、物語として今しばらく生き続けるんだ」 「時計坂、零──」 「永遠なれ」 これは……。 「身体が、すけていく」 「王よ……」 「病み上がりで、無茶をしすぎたわね」 「俺は消え失せるのか」 「しばらくはね」 「少し、お休みが必要ということだわ」 「ゆっくりと夢でも見ながら、思い出すといい」 「次に起きたときには、全てを取り戻して……あなたは……」 「試練に、向かうことになるのか?」 「……」 「かもしれないわね」 「たくみ!!」 「零」 「しばらくは、大丈夫だろう」 「カノンちゃんを守ってあげるんだ」 「……うん」 「あなたのことも、待つわ」 「……え」 「だから私が消えてしまうまでに、戻って来なさいよね……」 「……あぁ」 「それで……」 「へ、返事、きかせなさいよね!!」 「……え」 「さっきの……一応、告白なんだから……」 「……」 「そうだな。でも」 「たとえ俺が戻ってきても、お前は、忘れていると思うぞ」 「俺は物語だ。やがて、人の記憶から、実在としての記憶は失われていく」 「そ、そのときは……」 「手込めにしてでも、思い出させてくれていいから……」 「……へ」 「約束」 「……」 「あぁ、分かった」 「たくみ様……?」 「たくみ様は、遠くに行かれるのですね」 「すいません」 「カノンちゃんが謝ることはない」 「誰のためでもない。俺はずっとこうして旅をしつづけてきたんだ」 「自分のために」 「それじゃぁな、二人とも」 「カーテンコールだ」 「カノン、これやっといて」 「分かりました」 …… 「零……不思議です」 「うん?」 「時々……この部屋に、誰か、いたような気がするのです」 「私と、零と……もう一人。誰かが」 「誰か分かりませんが。その人はなんだか、とても明るくて」 「私は、疲れているのでしょうか」 「……」 「私も……なんでかな」 「変なの。この理事長室って、もう少しだけ賑やかだったような……そんな気がすることがあるの」 「春の終わりって、そんな時期なのかもしれないわね」 「あるいは、文化祭の余韻をひきずってるのかな。祭りのあとの静けさ……みたいな」 「そうですね。楽しい文化祭でした」 「ええ……」 …… 「そうだ。この前、やっと日記の整理が終わったんです」 「そう。ご苦労ね」 「そしたら、最後に、一枚のメモが残されていたんです」 「それが誰のものか分かりません」 「でも、確かに私は、そこに書かれている詩を知っているのです」 「見せて?」 …… 「カーテンコールだ」 「桜は散り」 「天使はおらず」 「アイドルは歌わず」 「夜の魔法は失われ」 「幕は下りて」 「バラ色の町からおとぎ話が消え」 「日常はただ眠たげに、横たわる」 「何も語ることなく、誰もが渇望した永遠、そのものとして」 「けれど古い時計塔だけは、森の中にそびえながら」 「静かに、遠いおとぎ話を語り続けるだろう」 「ん……」 「あぁ、朝か」 「変な夢見たなぁ」 「くー」 「おはよう……くー」 「歯磨きは大事だよー」 「ほんまやで。芸能人は、歯が命や」 「……」 「……」 「どどど、どないした」 「ばば、化け物」 「わて?」 「ショックやわぁ。いきなり朝から、化け物呼ばわりとか、かなわんわ」 「これでもドラゴンの中じゃ、かなり愛くるしいほうなんやで。きゅるん」 「え……」 ゆっくりと昨夜の記憶がよみがえってくる。 そうだ。昨夜……私は家に帰ってきて、そこで……変な生き物と……。 「きゅるん」 「バラゴン……なの」 「昨夜、ちゃんと自己紹介したやろう?」 私はぽかんと、目の前のおかしな生き物を見つめ続ける。 「夢じゃなかったんだ」 「ほうきに乗って、日記を探しに行ったのも」 「今、この瞬間も」 「夢じゃない」 「ええ〜〜」 「うぅ、どうなっちゃうんだろう、私の生活」 「悩んでいるところ悪いけど、そろそろ、時間やで」 ちょんちょんと、小さな手(指?)で、時計を指すバラゴン。 「え……本当だ。けーこちゃんたち、来ちゃうっ」 「急いでしたくしなくちゃー」 「はんかち、ちりがみは持ったかの?」 「ちりがみって言うかな、今時。持ったよー」 「教科書、でっぱなしやけど、持ってかんでええんか」 「あ、忘れてた」 「まったく」 「……」 「うえーん。なんで変な生き物に、朝の準備を指摘されないといけないの??。君は私のおかーさんですか」 「細かいこと気にせんときや」 「じゃぁ、レッツゴーや」 「……」 すっごい嫌な顔で私はバラゴンを見る。 「もしかして、ついてくるの……?」 「もちろんや。わてとありっさんは、パートナーになったんやからな。いつでも一緒やで」 「ダメだよー」 「なんでや」 「だって。ダメにきまってるじゃない」 「君みたいな変な生き物が外を飛び回ってたら、あっという間に捕獲されて、どっかの病院に連れて行かれて。解体されて、調べられちゃうんだから」 「大丈夫大丈夫」 「なにが大丈夫なのよ。しゃべるドラゴンなんて、大騒ぎだよ」 「変な生き物を飼っていた、少女Aとして私もテレビとかに出ちゃうんだからぁ。いっぱい取材受けて……私……み○さんと会って……」 「なんでちょっと目ぇ、輝かせてるんや」 「そんなことないよ!?」 「おはよう」 「おおおおおおはよう!」 やっことけーこちゃんが立っていた。 きょとんと、不思議そうにこちらを見つめている。 もうとっくに遅いけど、私はわたわたとバラゴンを抱え込んで隠しながら、弁解する。 「これはね、違うんだよ」 「これは、ほら、くーなんだよ。私が飼ってる犬。朝起きたら、羽根がはえていてね」 「……」 「……」 「……」 二人はただ眉をひそめて、私を見ていた。 そう……私を見ているのだ。バラゴンではなく。 「ありす?」 「どうしたの?」 「え。これ」 イマイチ事態がつかめない私。 ちょんちょんと、傍らから、バラゴンが私の腕をつつく。 「ありっさん。わては、ありっさん以外の人には見えてないんや」 「そうなの?? どうして」 「わてってほら、恥ずかしがりやだから……慣れた人の前にしか、姿を現したくないって言うか……照れちゃうっていうか」 「平安時代の女性が、みだりに人前に姿を現さなかったのと同じというか」 ぐだぐだとつぶやいているバラゴンをさえぎって、私は声をあげる。 「それならそうと、はじめから言ってよー!」 「ありす。だ、大丈夫?」 げ。虚空に向けて怒鳴り声をあげた私を、二人がとっても心配そうに見ていた。 「もう、黙ってて。私がおかしな目で見られちゃうじゃないっ。バラゴンは誰にも見えてないんだから」 「そのことなんやけどな、ありっさん」 「いいから黙ってて」 「はいはい」 「ありす……本当に大丈夫?」 「違うの。うん。良い天気だね。ほら、学校行こう?」 「ふぁぁ、眠い」 「ちょっと、ありす、あくびでかすぎ」 「あ、ごめんごめん」 「あんたを見てると、こっちまで眠くなってくるよ」 「どうせゲームでもしてたんじゃないの」 「それは、してたけど」 「今度また、マ○カーしに行って良い?」 「いいよ。あのね、やっと、カ○ン使えるようになったんだよ。かわいいんだから。かろかろって、骨鳴らして」 「まじで?? なにそれ。ちょー使いたい」 「……」 「小学生だ……」 「あ、別に昨夜は、ゲームしてて夜更かししたわけじゃないんだよ」 「じゃぁ、なにしてたの?」 「んー……」 まさか、変な生き物と一緒にほうきに乗って、街を飛び回っていたなんて……言えるわけがないよね。 バラゴンを見ると、なんだか楽しそうに電車の中を飛び回っていた。 本当に、他の人にはまったく見えていないようだ。 「やっことけーこちゃんは、日記って書いてる?」 「日記……? 書いてないなぁ。昔は一時期、書いていたこともあったけど、続かないからなぁ」 「だろうね。私は書いてるよ」 「弥生の日記は、見たことあるけど……事務報告みたいなものだったじゃない。本日異常なし。みたいな」 「あれはあれで、見返すと重要な資料になるのよ」 「資料って……」 「で、ありすは、日記を書いていて遅れたと?」 「う、うん。そんなところかな」 「日記で夜更かしねぇ……」 「さては、恋でもしているな?」 「え゛」 「…………」 私は硬直する。 いや、全然そういうのじゃないんだけど。なんでかな、妙に、決まり悪いのは。 「ないかー。ありすに限ってねぇ」 「まだまだ花より団子という感じだね」 「あんたが言うなという感じだけど、同感かな」 「うー。それはそれでむかつく」 「南乃さんおはよー」 「あ、足立さん、おはよー」 「おはよう」 「先生おはようございます」 「いやぁ、気持ちの良い朝、気持ちの良い挨拶。こうでなくちゃ、いけませんなぁ」 「……」 うーん。バラゴンの姿は誰にも見えない。 分かってても、ドキドキするよぅ。こんな珍獣、実際に見えちゃったら、大騒ぎだもんね。 でも慣れないと。私が変な目で見られちゃうもんね。 「ひゅー。ここがありっさんの学舎でっか。なんというか、普通やの」 「……」 バラゴンは誰にも見えない、誰にも見えない。 誰にも見えない。 「……」 崑崙ちゃんに、けっこうすごい目で見られていた。 バラゴンが見えてるわけじゃないよね。だって、私にしか見えないんだから。 「……」 それにしても、崑崙ちゃんの私を見つめる目つきは、どんどん険しくなっていくようで、気になる。 ……と。 崑崙ちゃんが立ち上がって、私の方へ向かってくる。 「それは何なの」 「な、何のことかな。この髪型……?」 「とぼけないで」 「その頭にのっかってる、ドラゴンのことよ」 「……」 「あの、崑崙ちゃん、こっち、いいかな」 「……」 崑崙ちゃんを引っ張って、校舎裏にやってきた。 拒否するかと思いきや、仏頂面で、崑崙ちゃんは引っ張られてきた。 で……。 「どういうことなのよ! 私以外には見えなかったんじゃないの!?」 「ふむ……」 「言い忘れておったけどの、ありっさん」 「ありっさん以外にも、ある力を持つ人間には、見ることができるんや」 「なによそれ。なんで、そういうことを先に言わないのっ」 「ありっさんが、黙ってろって言ったんやろう」 「必要なことはちゃんと言ってよっ」 「……」 「いいかしら」 「……」 「南乃さん、あなた……一体、なにに首を突っ込んでいるの」 「なんでしょう。私が聞きたいくらいで……」 ……ん、ちょっと待ってよ。聞きたい……? そうだよ。 「そんなことより、私の方だって、崑崙ちゃんに聞きたいことがあるよ」 少し真剣な顔で、私は崑崙ちゃんを見た。 「昨夜のこと……」 「……」 「一体、あの時計塔で何をしていたの?」 「この日記をあそこから落としたのは、あなたなの?」 「……」 「言ったでしょう。全ては終わったのよ」 「その痕跡を見つけたところで、たどりつけるのは、ただ、今という時間だけだよ」 「???」 「未来を生きることね」 「じゃぁね」 去りかけた崑崙ちゃんが、ちらっと再びバラゴンを見た。 「そのドラゴン……困ったら、私が殺してあげるから、連れてきて」 崑崙ちゃんらしいというか……淡々と言うだけ言って、静かに去って行った。 「殺生なこと言う、御仁やで」 ぷんすか怒っているバラゴンを見ながら、私はため息をついた。 「成敗してもらった方がいいのでは……」 「でも崑崙ちゃん、なんか私のこと、心配してくれてたみたい」 ちょっと嬉しい。 「いや、心配とかいうレベルか。わてのこと、殺す、言うとったで」 「まぁね……」 「崑崙ちゃんといい、バラゴンといい、よく分からない人ばかりだよ」 「ありっさんありっさん。わては人じゃなくて。ド・ラ・ゴ・ン」 「うるさい」 「〜〜〜〜」 お昼休み。 やっことけーこちゃんと、校庭脇のバスケットコートのベンチに腰掛けて、お昼ご飯を食べる。 「……」 「私達ってさー」 不意につぶやいた私に、ご飯を食べていた二人が、顔をあげる。 「なんで仲良くなったんだっけ?」 「……」 「なんだっけ、一緒にバスケするようになって……」 「なんで?」 「なんで?」 「なんでだっけ? 意地悪?」 「違うわよ……」 「だって、しめしがつかないでしょう。私達バスケ部の一年は、ボールにもさわらせてもらえないのに」 「それで、同好会に絡んできたってわけね」 「にしし。結局、負けちゃって約束通り、うちに入って貰ったわけだけど」 「……あれで、私がどれだけ恥をかいたか」 「あの頃は、ここでよく練習したものだわ」 「で、もう青空バスケット部は活動しないわけ?」 「んー……しないの?」 「私は付き合わされてただけだし。けーこちゃんがやらないなら、やらないよ」 「うん。まぁ、楽しかったけど……」 「今は、他に熱中するもの、見つけたし」 「なに?」 「恋……なんて」 「え゛」 「ううん、なんでもないの! あはは……」 「みゃぁ」 と、そばの茂みから小さな影が飛び出してきた。 「あ、みゃぁだ」 みゃぁは、去年から三人で飼っている野良猫だ。 体育倉庫に捨てられていた子で、最初にけーこちゃんが見つけたのが縁で、私達には特になついている。 他の生徒にも馴染みがあり、用務員さんに許可をもらって倉庫の裏で、ほとんど皆の飼い猫になっているのだ。 「みゃんめろ」 「みゃんめろこ」 「あはは。くすぐったいよ」 中でも自分を見つけてくれたけーこちゃんに、とってもなついている。 私はくーの匂いがするせいか、ちょっと、さけられてるみたい。 まぁしょうがない。浮気はしないよ、くー。 「ふぅ。昼下がりの中庭で、ランチは、たまらんのう」 「……」 これは浮気じゃないよね。 「起立。礼」 「さようなら」 「は〜〜〜〜」 なんだかどっと疲れた。それもこれも……。 「お疲れさんやで。これからどないするんや?? なぁありっさん」 こいつがいたからだぁ。 「ねぇねぇ、ありす。今日、買い物に付き合ってくれない?」 「あ、ごめんね。私、バイトがあるんだ」 「あぁ……そうだったね。皆、元気?」 「うん。相変わらずって感じだよ」 「そういえば、けーこちゃん。バイト、復帰しないの?」 「そうなんだ」 ドラゴンバーガーにやってきた。 店内に入り、そのメニューを見たバラゴンは、硬直して青ざめていた。 「ひ、ひえええええ」 「ありっさん、我が同胞が、ミンチにされてパンにはさまれとるで」 「ふふん」 「ここの店長は、有名なドラゴンスレイヤーでね。狩ってきた、竜をハンバーガーにして売り出してるんだよ」 「バラゴンもあんまりうろちょろしてたら、つかまって、狩られちゃうかもね!」 「ひええええ。かんにんや」 …… 「って、なんや。ただのビーフやないか」 「ええええ」 「ちょっと……なんで、減ってるの」 「いやぁ、国産牛は違うの。TPPもなんのその」 「ただいまー」 「はぁ、疲れた」 「くー」 「ただいま、くー。ご飯にしようか。待っててね」 「よし、一位はもらったよ」 「ゴール直前に赤い甲羅は殺生やで」 「わはは。まいったか」 「ふー。遊んだ遊んだ」 「ありっさん。今日の数学、難しいところやったやろう。復習しといた方がいいで」 「んー。そうだね。やっとかないと、後々つらくなるもんねぇ」 「よし頑張ろう」 「その意気や」 「……」 ふと動きを止め、私は頭を抱え込む。 いけない。すっかり馴染んでいる。 「?」 変な生き物と普通にマ○オカートしてる私……。 今日の復習を催促される私。 「うう。私の日常が壊れていく」 「まぁまぁ、ありっさん……そう落ち込まんことや。天気予報では、明日も晴れらしいで?」 「……」 「なんのこれしきささにしき!」 「!? な、なんて……?」 「めげそうな時は、これを言って、元気をつけるんだよ」 「さぁ、予習頑張ろう」 「……」 「けったいな子や」 「よーし、予習終わり」 …… 「ふぁぁ……ねむし」 「おやすみなさい」 「まった」 「ほえ」 「まだ大事なおつとめが残っとるで、ありっさん」 「おつとめ……?」 「日記を探しに行くんや」 「……」 「昨夜みたいに?」 「そうや」 「結局、なんなの。世界を救うとか」 「なんでそれが、私があんな姿で日記を探すこととつながりがあるの?」 「それは、外で説明しよう」 「外って……」 「空で」 「さぁ、魔女こいにっきを開くんや」 「……」 「ん…………」 「おは……よう」 「くー」 「おはよう。く‐」 「おはようさんやで、ありっさん」 「……」 「な、なんや……人のこと、そないな目で見るもんじゃないで」 「やっぱりいた」 「そりゃいるで??」 「いるよねー」 「なんや、なんで、朝から挨拶しただけでそないにがっかりされるんや」 「そういうわけじゃないんだけど」 「なんかね、昨夜も、魔女こいにっきをいっぱい読んで……たくさんの時間を過ごしたでしょう」 「不思議な気持ちなんだ」 「物語から醒めて、今の私は、ここにいる」 「あれ違う。私は今、物語を読んでいるんだ。だから、こんな不思議な生き物に朝、起こされたりしているんだ……」 「ぅぅ。なんだか訳分からなくなるよ」 「しっかりしときぃ。寝起きは皆、そういうもんや」 「どっちが本当なんだろう」 「私は、蝶が見ている夢なのか。夢の中で蝶になっているのか」 「……」 「なんて哲学的なこと言っちゃった。えへへ」 「わては、ドラゴンやで」 「はいはい分かってるよー」 「いってきまーす」 「くー」 「いってくるでっ」 「今日もついてくるの?」 「気になることがあるからの」 「なに」 「あの嬢ちゃんや」 「崑崙ちゃん?」 「驚きやで。わてのことが見えるなんて……」 「私だって見えるんだから、たまにいるんじゃないの」 「崑崙ちゃんは、なんだかんだで了解してくれたみたいだけど、大騒ぎになることだってあるんだから、気をつけてよね」 「わてがどうこうされるだけならええけどな。なんや、物騒な予感がするんや」 「うん……まぁ、確かに、崑崙ちゃんは不思議な子だよね」 「ありっさんは、のんびりしてて、危なっかしいで」 「えへへ。良く言われます」 「そのうち、行きずりの男と子供をこしらえて、シングルマザーとして苦労しそうやわ」 「どどどど、どういう心配よっ」 「それと、誰やったっけ……友達1、2のどっちか」 「どういう呼び方よ……けーこちゃんと、やっこのことでしょ」 「そうそう。そのうるさいほう」 「け、けーこちゃんのことかな」 「なんや、落ち込んでいるようやったで。話を聞いてあげてもええかもしれんの」 「え」 思わぬ言葉に、私はバラゴンを見る。 けーこちゃんが落ち込んでる? いつも通り、明るかったけどなぁ。 「おはよう」 「おはよう」 と、ちょうど二人が現れたようだ。 けーこちゃんが、落ち込んでる?? 「……じー」 「な、なに。ありす……」 (特に変わったところ、なさそうだけどなぁ) 「そない露骨に、見たら、むしろありっさんが変に思われるだけやで」 「さては、私に惚れたな」 「動揺しないでよ……。なんかまじっぽくなるでしょう」 「あはは」 やっぱりけーこちゃんは、いつものけーこちゃんだった。 崑崙ちゃんのことが気になっていた。 私は、全然、崑崙ちゃんのこと知らないな。 確かに不思議な人で……近づきづらいけど、悪い人には見えないんだよなぁ。 「崑崙ちゃんってどこから来てるのかなぁ」 「うん? なによいきなり」 「学外で見たことないし。こうして電車に乗ってる様子とかも想像できないし」 「自転車に乗ってるのもね」 「噂では、学園の時計塔に住んでるらしいよ」 「ええ」 「藤田さんって、朝はいても、昼にはいなくなってることが多いわよね。何してるのかな」 「オカルト同好会ってあるでしょう」 「あるの?」 「あるのよ。東館に、一応、部室みたいなものがあってね。話じゃ、空き教室を勝手に占領してるって話だけど」 「ふーん」 「そこで、あやしげなミサを開いてるんだって」 「ミサって何してるんだろう」 「さぁ、実際に、呼び出されてミサに参加した子もけっこういるみたいなんだけど」 「そろって、そこであったことを黙ってるから、本当に何が行われているかは分からないの」 「でもね、ある女子生徒が……遅くなった帰りに東館のそばを通って」 「窓からちらっと、オカルト同好会のミサの様子が見えたんだって。そしたら……」 「そしたら?」 「女の子が、蛙を持って口づけをしていたの」 「えー」 「げろげろ。蛙と?」 「でもそれだけじゃないらしいよ」 「なに、なにしたの」 やっこの声が、本気でひきつっている。 「……」 けーこちゃんは少し言いづらそうに、顔をしかめながら。 「そのまま蛙を、食べてしまったんだって」 「……」 「おえー」 「それを、藤田さんは、微笑みながら黙って見ていたらしいよ」 「えぐいね」 「えぐいよねー。途中から尾ひれがついていることを、願おう」 「でも、誇張されているとしても、まともな会合じゃないのは確かだよ」 「でね、今日の授業なんだけど」 「ほんと?」 「ねぇ、けーこちゃんはどう?」 …… 「あれ?」 「……」 何かをじっと見つめている……。 つい、私はけーこちゃんの手元をのぞき込んでしまう。 黒い便せん。赤い竜の紋章で、封がされていた。 黒い手紙? 「どしたの?」 「ご、ごめん。どうしたの」 「なんでもないの!」 「なんでもないって感じじゃないわよ」 「とにかく、なんでもないから……あはは」 背中に手紙を隠しながら後ずさったけーこちゃんは、そのまま走り出して行ってしまった。 「行っちゃった。どうしたんだろう」 藤田さんは……。 いた。 「……」 入ってきた私を見て、ちらりとこちら……おそらく、バラゴンの方に視線を投げたように見えた。 でもすぐに怜悧な目を、閉じているのかいないのか分からないぐらい、薄く開いて……虚空を見つめている。 お昼ご飯。 「あれ、けーこちゃんは」 「知らない。授業が終わったら、そそくさと出て行ったみたいね」 「ふーん」 「朝、なんか手紙持ってたよね」 「みたいね」 「……」 「ラブレターかな」 箸を止めたやっこが妙なものでも見るように、私を見た。 「ラブレターが、黒い封筒に入ってるかなぁ」 「ほら、ビジュアル系な感じなんじゃないかな」 「うーん」 「ありっさんありっさん」 「うあ。なに。学校であんまり話かけないでよ」 「あの手紙」 「よう分からんが、不吉な臭いがしたわ」 「ラブレターじゃないの?」 「いや、もっと怪しい臭いがするの」 「バラゴンに怪しいとか言われたくないでしょう」 「それは言わん約束やで」 「みゃぉ」 「意地汚いのが現れたわ」 「もう一度言う。バラゴンに言われたくないでしょう」 「この畜生めに奪われないうちに、ちくわはわてがいただくでっ」 「あ、こらー。だから、意地汚いのはあんたでしょー」 「ありす?」 「え。や、なんでもないんだよ」 つい、大きな声を出してしまった。 「〜〜〜♪」 バラゴンはしてやったりという顔で、ふわふわと宙に浮いていた。 くそ、後で覚えてろ。 「みゃぁ、みゃぁ」 「みゃぁ、元気にしてる?」 「みゃぁ」 「なんかあれって顔をしてるな」 確かに、みゃぁは私とやっこの顔を見比べて、少し不思議そうに辺りを見回している。 「けーこちゃんがいないのが分かっているのかもしれないね」 「みゃぁ」 「こいつにとっては、けーこが母親みたいなものなんでしょう」 「みゃぁ」 といきなり、みゃぁがジャンプをする。 私の肩に乗っかっていたバラゴンに向かって飛びかかった。 「みゃぁぁぁ」 もしかして、バラゴンが見えている? 「なんだ?? どうした、みゃぁ」 やっこが宙に向かって飛びかかるみゃぁを不思議そうに見ている。 「幽霊でもいるのかな。ほら動物って人には見えないものを見てるって言うじゃない」 「変なことを言うな……」 やっこが本気で嫌がっていた。 「まだ昼じゃない?」 「昼とか関係ない」 「起立、礼」 「さようなら」 「ふぅ。ありすは、今日は何か用事があるの?」 「私、バイト」 「そうか。練習に付き合ってもらおうと思っていたんだけどな」 やっこはそう言って、小さく、パスをする仕草をした。 「あ、ごめんね。今度」 「いいよ。ありすは、頑張るね。一人暮らしも立派にこなして」 「えへへ」 最近、妙なのが一匹増えたけどね……。 「じゃぁ」 「ばいばい」 「南乃ー。これ、運んでおいてくれ」 「はーい」 「お待たせし……」 「ありっさん、事件やで」 「ぎゃー」 「ななな、なに食べてるの」 「うん? むしゃむしゃ。それより事件や」 「ほんとに事件だよ。何してるのよ、お客さんのやつに」 「そんなこと言うてる場合じゃないんや。事件や」 「見れば分かるよ。意地汚いのが現れたよ」 「わてのことじゃないっちゅーのに」 「なによ、事件って」 「うん……」 …… 「なんやったっけ……」 「……」 「南乃ー。何やってるんだ。お前、なんで……お客様に運ぶハンバーガー食べてるんだ」 「ええ。ちが……っ」 「……何が違うんだ」 「は。や、あの。お腹すいちゃって」 「……で」 「それで……」 「ドラゴンバーガー最高!」 「……」 「いたいっ」 「ただいまー」 「くー」 「よし、くー。ご飯にしようか」 「今日も疲れたなぁ」 「ほんまやで」 「誰のせいよ」 「わて??」 「バラゴンといると、ストレスが、三割増しなの」 「けど、ありっさん。わてのきゅーとさに癒やされてると思ったら、差し引きゼロみたいな」 「……」 「私にはくーがいるからいいの。ねぇ、くー」 「くー」 「癒やされてるなど……その獣の本性を知らないから、言えることやで、ありっさん」 「なにそれ。くーが何考えてるか分かるの?」 「げへへ。たまらんわ。このちち、しり、ふともも」 「やめてよねっ」 「くーがそんなこと考えるわけないもんねぇ」 「はぁ〜〜」 「明日もついてくるの?」 「当然や」 「ありっさんのためを思って言っとるんやで」 「何が」 「いくらかでも事情を知っているわてがいないと、不安やろう」 「それより、ありっさんから見て、学園で変わったことはなかったかの」 「けーこちゃん? やっぱり、別に落ち込んでるなんてことなかったみたいだけど」 「……そか」 「バラゴン?」 「いや、だったらええんや。わての思い過ごしやったら、それで」 「よし、このままぶっちぎりやで」 「勝ったー。えへへ」 「うー……」 「眠たいな」 「ありっさん」 「分かってるよ。今夜も行くんだね」 「ちゃんと教えてよ。世界を救うってどういうことか」 「おう」 「じゃぁ、空に行こうかの」 「ん……」 ……朝、か。 昨夜読んだ日記を思い出す。 あれは、なんだろう。私の日記? 舞台は理容室で、名前は南乃ありす。 親友のけーこちゃんと、やっこと、学園に通う。 でも、私は知らない。おねーさまやおかーさまなんて、いない。 私は……一緒に暮らしていたおじーちゃんがいなくなって、一人暮らしをするようになって……。 ま、今更この日記について、あれこれ考えてもきりがないよね。 もとから、現実と食い違っていることばかりだったんだから。 寝よ寝よ。 「っと、やば。二度寝しちゃったよ」 日記のこと考えてるうちに、なんでか、また眠っちゃったよ。 「バラゴン、ごめんだけど、鞄持ってきてくれない?」 …… 「ねぇ、バラゴン」 …… 「バラゴン?」 …… 「えーーーーー!!!」 「どないしはったん」 「なんか、バラゴンちがくない?? 雑というか、とけてない」 「そやろか?」 「そうだよ。昨日までは、へんてことは言えまだ、竜と言われたらギリギリ納得できるくらいの獣感だしてたのに……」 「今日はなんていうか、もう、落書きみたいになってるよ」 「落書き?? ずいぶんやな」 「それはあれやで」 「わては、幻想の生き物や。言うてみれば、魔力によって存在しておる」 「その力が弱まれば、その姿もまた、おぼろげになるということや」 「最近毎晩、ありっさんと出張やから。さすがに、ちょっと疲れてきとるんや」 「おぼろげというか……ただただ、雑というか」 「失礼やで、ありっさん。わて、いつも気を張ってるわけにはいかんから、普段はこのくらいリラックスさせてほしいんや」 「リラックスし過ぎって感じだけど……まぁ、好きにして」 「そうさせてもらうわ」 「肉うまし」 そのうち慣れるか。 慣れる、かなぁ……。 「とかやってる場合じゃない! 早くいかないと」 …… 朝、いつもの時間に店の前で待つけど、けーこちゃんとやっこの姿が現れない。 「変だな」 特にやっこなんて、いつもきっかり五分前に来てるのに。 今日は二人とも来ないのかな。 「けーこはどうしたんや」 「けーこって……馴れ馴れしいよ」 「ええやないか。そもそも、あの二人の本名をわては知らんのやから」 「友達1と友達2とでも、よんでおこうか」 「失礼だよっ」 「けーこちゃんは、ずぼらだから。連絡なしで来ないことってけっこうあるんだよ」 「二人とも今日は来ないのかな」 十分待っても来なければ、連絡がなくても先に行くという、取り決めをしていた。 「じゃぁいこっか」 久しぶりに、一人で登校だ。 けーこちゃんは……待ち合わせの時間を過ぎても現れなかった。 昨日、調子悪そうだったし、風邪でもひいたのかな。 「やっこもけーこちゃんもお休み、か」 崑崙ちゃんもいないみたいだ。 「気になるのう、崑崙ちゃんがいないとは……」 「どうも、あの嬢は、よからぬことを企んでいるように見えるんや」 「そうかな。バラゴンのことが見えてるみたいだけど、あれ以降、何も言ってこないし。良い人だよ」 「はぁ……。ありっさんは、将来、ろくでもない男に捕まって……暴力を受けながらも、あの人はいい人だから……ってけなげに笑ってるんやろうな」 「何の話よっ」 やばい。虚空に向かって声を張り上げている私を、皆が、不思議そうに眺めていた。 「どしたの、南乃さん。大丈夫? 誰と話してたの」 「え、あ……あはは。ごめん。ほら、今日、やっこもけーこちゃんもお休みだから」 「だから?」 「……」 「エア、友達」 「ぶわ」 「こっち、こっちおいで。こっちでお話ししよう」 「え。ええ」 お昼休みになった。 一緒に食べようという田辺さんを振り切って、バスケットコートにやってきた。 お誘いはありがたいけど、バラゴンが横にいると、またおかしなことをしそうだからね。 みゃぁと食べることにしよう。 …… 「みゃぁ?」 あれ。いつもは弁当の匂いをかぎつけて、すぐに出てくるのに。 「みゃぁ、どこ行ったの?」 「みゃぁ?」 …… いないみたいだ。 しょうがなく、ぼそぼそと一人で食べることにする。 「……」 「なんか一人ぼっちになっちゃったみたい」 「わてがいるで」 「ありがとう」 「れんこん食べる?」 「わて、そっちのちくわがいい」 「ダメ」 ………… …… バスケットコートは校庭の外れにあり、こっちまで食事に来る生徒はあんまりいない。 ぽつんと、ベンチに座りながら、もそもそとお弁当を食べる。 頭上には、静かに桜の花が、舞っていた。 「春だねぇ」 ……うん? ふと見れば、向こうのベンチに、男の子と女の子が二人で腰掛けて、仲むつまじく食事をしている。 「恋だねぇ……」 「って私、何言ってるんだ」 「……」 「うわ、遅刻しちゃう」 「……と」 近道をしようと、校舎裏を通っている途中……知った横顔が向こうを横切ったのが、一瞬見えた。 今の、崑崙ちゃん??? 学園に来てるんだ。 まぁ、崑崙ちゃんなら、おかしくないか。 でも、もう一つ気になったことがある。 誰かと話してたけど……気のせいか、けーこちゃんに似てたような……。 「と、急がなくちゃ」 …… 結局その日は、けーこちゃんも崑崙ちゃんも、教室には現れなかった。 はぁ……。結局、午後の授業に遅刻してしまった。 それも、運の悪いことに厳しいことで有名な古文の、塚越先生だった。 罰として、居残りで、プリントということになった。 「はぁ……」 でも、プリントにもまったく身が入らない。 「知ってる? C組の澤田さん、広崎君と付き合い出したんだって」 「へぇ。澤田さん、お熱だったもんね。でも、広崎君、ライバル多そうだったけど、よくゲットしたね」 向こうの机では、居残りの女の子がお話しをしている。 「それがね、聞いた話だけど、澤田さん……藤田さんに相談したんだって」 ぴくっと、私の耳が反応する。 いや、実際はその前から大分聞き耳たてていたんだけど……。 「なんかねぇ。評判になってるらしいよ。藤田さんのおまじない」 「本当に恋が叶うんだって」 「藤田さん、本当に魔法とか使えちゃいそうだもんね」 「私の友達、藤田さんから手紙もらったことがあるんだって」 「え。なにそれ。手紙?」 「黒い手紙」 黒い手紙を、差し出すんだって。 それで、オカルト研究室に招待するんだって。 実際にそこを訪れた子はね、何があったのか話さないの。 「私の友達もね、行こうか迷った末に……行こうとしたんだけど、ちょうどおかーさんが倒れたとかで家が大変になって」 「結局行かずじまいだったみたいなんだけど」 「その黒の手紙に書かれていたことが、ちょっと気味が悪くて……未だに気になってるらしいよ」 「何が書かれてたの?」 「えとね……」 あなたが望むなら。 物語を、続けましょう。 「だってさ」 「物語を続けましょう……ね。なんだかかっこいいやら、オタクくさいやら」 「あとね、その下に、いついつにオカルト研究室を訪れるようにっていうメモと……そこにトイプードルを連れてくるようにって、書かれていたらしいよ」 「ふえ。トイプー?」 「その子、小さなプードルを飼っていてね、どうしてか、藤田さんはそれを知ってたみたいで」 「連れてきて、何をさせようとしたのかな」 「そりゃぁ……」 …… かわいがりたかったんじゃないの。 「きゃんきゃん」 「えへへ。くすぐったいよ」 …… 「違うな」 「違うね。萌えるけど」 「なんかあやしげな、儀式を開いてるみたいだし。それ用なんじゃないの」 「なによ、それ用って」 …… 「……生け贄……?」 …… 「こ、怖いこと言わないでよ」 「そうだよ」 「そ、そうだよ。勝手なこと言っちゃ、ダメだよ」 「……」 「あ。ごめん。いきなり」 いくら崑崙ちゃんがつかみどころが無いからって、そんな勝手な噂しちゃ、ダメだよとかそんなことを言おうとしたけど、おせっかいだよなぁ。 ちょっとした噂話で楽しんでるだけだしとか、いろいろ思って何も言えない。 「南乃さん、たまに藤田さんと話してるもんね」 「う、うん。少しだけど」 「ねね。ありすさんも、黒い手紙とか貰ったの」 「えええ。もらってないよ」 待てよ。 黒い、手紙……。 昨日、けーこちゃんが手にしていた手紙を思い出す。 偶然だよね。 なんだか、嫌な胸騒ぎがする……。 「ふぅ。やっと終わった」 帰ろう。 今日は、バイトもないし、まっすぐ帰って少し休もうかな。 毎晩おかしなことしてるから、ちゃんと眠れてるのか、眠れてないのか。自分でも分からなくなってきたよ。 少しみゃぁのことが気になっていた。 「みゃぁ?」 「みゃぁ、どこ」 「みゃぁ?」 …… やっぱりいない。 かわいいから、誰かに連れて行かれちゃったのかな。 でも、私達以外には懐かない子だったのに。 「ねぇ、みゃぁの匂いしない? その匂いの後をたどっていくとか出来ない?」 「わてのことを、犬か何かとおもっとるんか。そういうのは家にいる穀潰しにでもさせればええやろう」 「わてだってかわいいで。きゅるん!」 「……」 「たどれるんじゃないの!」 「ねー」 …… 「ねーったら」 「まだ見つからないの」 「うーむ。この辺で、匂いがとぎれとるで……」 ふんふんと地面の匂いをかぎながら先を行くバラゴンの後に続きながら、深くため息をつく。 学園を探索するうちに、とっぷりと日も暮れてしまった。 結局、みゃぁも見つからなかったし。 バラゴンの話では、確かにこの学園にいるみたいだけど……どうも、匂いが途切れ途切れになっているらしい。 …… 「見つからないねぇ」 「まさか森に入って、別の動物に……」 ぶんぶん。 この森に、そんな動物が出るなんて聞いたことないけど……。 「…………」 「なんでわてを見る」 「ねぇ、バラゴンと似たようなのが他にもいたりしないよね」 「いたとしてなんやと?? わてか、わての仲間が、あんな獣くさいのに手を出すとでも??」 「まぁ、そうだよね」 別に首輪でつないでるわけじゃないし。 みゃぁだって、どこかを探検して、一日くらい顔を出さないこともあるよね。 「……」 でも……なんだろう。何か、胸騒ぎがする。 「……あれ」 校舎裏から昇降口の前に出てきたところで、思わぬ人を見つけた。 「けーこちゃん!?」 「ありす……」 …… な、なんでこんな時間に、こんなところでけーこちゃんが?? けーこちゃんは心底驚いたように、私を見ていた。まるで、お化けにでも出くわしたみたいに。 私も驚いていた。それに、なんだろう……。嫌な予感が、どんどん胸のうちで大きくなるのを感じた。 それを振り払うように、私は急いで声をかける。できるだけ何気ない風に。 「学校来てたんだね」 「あ……うん」 けど、こんな時間でこんな場所で、休んでるはずのけーこちゃんと出会うということ自体が、間違い無くおかしなこと。 私の何気ない振る舞いはかえって、その場の空気を怪しくするだけだった。 …… 「どうしても出なきゃいけない用事があって」 「そうなんだ」 「……」 けーこちゃんは、いつもとは打って変わって、おどおどと、白い顔で気まずそうにしていた。 確かに、具合が悪そうだ。 でも、それなのに出てこなければいけない用事ってなんだろう。 「そうだ、けーこちゃん。みゃぁ見なかった」 「え」 驚いたように、けーこちゃんが顔をあげた。 「いつもの場所にいなくて……探してたんだ」 「そうなんだ」 でもなんで、こんなに動揺するんだろう。 今……。 「鞄から、声がしたよね」 「ち、違う」 「ちがくないよ。みゃぁの声だったよ。鞄の中にいるの?」 「なにも、ないんだから」 「だったら、見せて」 「やめて──」 鞄のホックが外れる。 その中から……。 「みゃぁ……」 「みゃぁ……なんで」 「どうして?」 けーこちゃんの顔を見る。 けーこちゃんはただ青い顔をして、地面を凝視していた。 「……」 「どこに連れて行くの」 「欲しいって人がいたから」 「なにそれ」 「ちゃんと飼ってくれそうな人なの? どこの誰なの」 「あの……」 「ごめん!」 「待ってよ!! けーこちゃん!」 「かまわないで。私に!」 「昨日の手紙が関係あるの?」 「!!」 「崑崙ちゃんからの手紙だったんでしょう」 「崑崙ちゃんは、けーこちゃんになんて言ったの」 「それは」 けーこちゃんは廊下の奥の教室へ駆け込んでいく。 ……オカルト研究室? 扉の上には、手書きの表札がぶら下がっていた。 ここは……もしかして……。 私はそっと扉をあけ、中へ、踏み込む。 「待ってたわ」 「崑崙、ちゃ?」 「入って」 「崑崙ちゃん、私──」 「南乃さんは呼んでない。邪魔だから。出て行って」 「みゃぁをどうするつもりなの??? 私に言えないようなことなの??」 「……」 けーこちゃんは、黙って凍り付いたようにそこに立ち尽くしていた。 じっと、みゃぁが入った鞄を見ている。 「桜坂さん」 「別に私は強制していないわ」 「嫌なら帰れば良い」 その言葉とは裏腹に、藤田さんは、けーこちゃんが引き返せないことを、確信してるような自信を含ませていた。 「……」 けーこちゃんは、ヘビに睨まれた蛙みたいに、ぴくりとも動けない。 ただ、萎縮させる言葉でしかない。 「みゃー」 「かわいいね」 「じゃぁ、これ」 藤田さんはうやうやしく、けーこちゃんに一振りのナイフを差し出した。 「……」 「手紙に書いてあったとおりにするの」 「……」 「さぁ、桜坂さん」 「待って!」 「けーこちゃんに、なにをさせるの?」 「少し、誤解があるみたいだけど……」 「何も私は、その子に儀式を強要してるわけじゃない」 「これは、その子が望んだことなの」 「……」 「桜坂さん。あなたは、あの夜言ったよね。どうしても思い切れない相手がいる…たとえ魂を捧げたって、欲しいものがあるって」 「でも、あなたはあきらめきれない。あきらめるくらいなら、死んだ方がましだ」 「死ぬくらいなら、その命、誰にだって捧げよう……って」 「時計塔に願ったのよね」 「私はそれを聞き届けた。そして、その子に願いを叶えるための方策を授けてあげるって……手紙を送った」 「……」 「あなたが願ったんだよ」 「彼の気持ちを自分のものにしたいって」 「私……軽い気持ちで。こんな、こんなことになるなんて」 「軽い気持ちなんかじゃないでしょう。森を抜けて、あんな夜更けに時計塔まできて祈ったんだから」 「……」 「私…」 「好きな人が出来た」 「その人が好きで……その人が世界の全てで」 「だけど、その人は私のことが好きじゃないって」 「私の好きな人が私を好きじゃない」 「こんなの、耐えられないよ」 「こんな世界、耐えられないよ」 「帰って……ありす」 …… 「けーこちゃんっ」 ダメだ。施錠されていて、開けない。 「ねぇ、バラゴン。魔法で、この扉壊せないの」 「そないなこといきなりは無理やで」 「うう」 「けーこちゃん!!!」 カーテンがひらりとゆれる。その合間から、月明かりにほのかに照らされて、中の様子が浮かび上がる。 猫の首をつかんで、もちあげるけーこちゃんの姿。 そしてもう片方の手に握られたナイフが、ゆっくりと柔らかそうな腹に……。 「ぁ……」 いつかの光景が流れ込む。 誰かの気持ちが流れ込む。 それは、誰かの過ぎ去った日常で……。日記で。 聞こえてくる声には、馴染み深いものがあった。 そうだ。それは、けーこちゃんの日記なんだ。 けーこちゃんは、去年、ドラゴンバーガーでアルバイトを始めた。 そこでは1つ年上の、同じ学園の先輩が働いていた。 誰とでも仲良くなれるけーこちゃんだったが、その少年の、人をからかうような態度が最初は苦手だった。 昔自分をいじめた従兄弟のおにーさんを思い出させた。 けれど、ささいなきっかけで、二人はよく話すようになる。 話してみると気が合って、楽しくて。他の誰よりも一緒にいる時間が多くなる。 お前等付き合ってるの? 大学生の上司からは、そんなやゆをされる。 赤くなって否定する二人。けど、その顔に、迷惑な様子はなかった。 同僚の誰よりも気が合って、誰といるときよりも楽しかった。 相手も同じことを感じてくれているのだと、確かに分かった。 いつの間にか、思い合っているという事実は、ほとんど既成のこととなり。 あとは、お互いにそれを言い出すタイミングを待つだけだった。 勤務中。ふとした時に目が合う。 全部を承知したように、少年は笑う。 少女は天にも昇る気持ちになり、その日一日、幸福になる。 けれどそれは、全部、少女一人の気持ち。 少年が同じことを思っているなんて、どこにも保証はない。 確かな言葉を聞いたことは、一度もない。 これが自分の妄想だと分かっていながら、止められない。 時々少女は、不安がおさえきれなくなる。 もしも。 もしも、この気持ちが自分だけのものだったら? 勤務中の微笑みも、全ては、『愛』とは別のところから生まれたものだとしたら。 少年にとって自分といることが楽しい理由が、ただ純粋に……気が合うだけだから、だったとしたら。 自分は生きていけないだろう。 皮肉なことに……二人の関係が深まれば深まるほど、思いを打ち明けるのが難しくなっていくようだった。 それでも、けーこちゃんは打ち明けた。 それはほとんど恐怖だった。 あんなに素敵だった恋に、なぜか、けーこちゃんは脅かされるように、告白をした。 自ら生み出した願望と物語に追い詰められるように、思いを告げた。 そして。 …… 五分五分だった。あるいはもっともっと小さな確率だったとしても、しょうがない。 星の数ほど男女はいる。 その中から、たったひとつぶの宝石を見つけるように、相手もまた、自分を見つけてくれるなんて。 そんな奇跡、しょせんはかない望みなのだ。図々しいほどの、願いだ。 人の心はどうしようもない。 私の好きな人が、私を好きじゃない。 だから? それは大いなる悲劇だけど。誰に罪がある? 罪があるとしたら、不確かなものを信じ、自らのうちに勝手に物語を編んでしまった彼女だった。 それでも……。 それでも、認められるだろうか。 「ごめん」 この世界に想像しうるもののなかで、もっとも美しく、もっとも尊いものが、その一言でもろくも崩れ去ってしまうことを。 それさえあれば世界はバラ色になり、それさえ失せれば、世界は、ただちに色を失う。 抜け殻のように少女はしばらくを過ごした。 全てに現実感はなく、ただあの少年を見かけたときだけ、少女は身を切られるようなみじめさに、一刻も早く現実から逃避を願う。 そこにだけ現実はあった。 もう、二度と言葉なんてかわせない。 明るい少女のうちに、そんな悲劇が起こったことを、親友の二人も知らない。家族も知らない。 けれど、どうしてか。ほとんど言葉を交わしたこともないクラスメートが見抜いていた。 それはある朝のこと。少女は手紙を受け取る。 黒い便せんに入った手紙には、こう書かれていた。 『あなたが望むなら』 『物語を、続けましょう』 見透かしたようなその文句は、彼女の一番弱いところを突いたようだった。 手紙には、さらに……夜に、あなたがかわいがっていた猫を、連れてくるようにと書かれていた。 友人を振り切り、待ち合わせ場所を訪れる。 少女はそっと、語りかける。 『あなたにそれほどの覚悟があるのなら…』 『世界はあなたにひざまずかなければならない』 『世界はそうでなければならない』 『それほどの覚悟を見せながら、あなたの願いを、叶えてくれないのだとしたら……』 『それは神様ではない。悪魔だ』 『あの空にいるのが、神なのか、悪魔なのか』 『世界を信じるならば、試すべきだ』 だから。 さぁ。 猫を。 彼女に懐いた猫は、ただきょとんと少女を見つめている。 そっと、手に短刀を握る。震えながらその切っ先を、猫に向ける。 猫はただ少女を見ている。 世界はひざまずかなければならない。 藤田さんの声がリフレインする。 先輩が謝っている。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 私も謝った。 あんなに気が合っていたのに。どうして。 悪いのは誰だったか。 ……。 罪を犯したのは誰だったか。 猫はただ少女を見ている。鳴き声はあげなかった。 ただびくりと震え……その目の輝きが濁っていく。 あっけなく、みゃぁは、息絶えた。 みゃぁが、自分の思いを静かに受け入れてくれたような気がした。 そんなはずはないのに。 痛くて苦しくて……そして、悔しいはずなのに。 泣いていた。 ごめんなさいと泣いていた。 自分は醜く、みゃぁは可哀相で。そして、全てが、間違っていた。 それでもほしいと泣いていた。 あの人の心がほしいと泣いていた。 こうまでしてほしいと願う自分があさましく。みゃぁの静かな顔は、あまり可哀相で。 それでもあの人が好きでどうしようもなくて。ただ泣き続けるだけで。 混ざり合いぶつかり合う思いはやがて泣き声とは別のものとなり口をつく。うめきのような慟哭として、喉をふるわせた。 そうして、はっと、少女が自分にさせたことの意味を悟った。 そうだ。ここまで慟哭したならば、神様はきっと気づいてくれるだろう。 気づいてくれなければ嘘なのだ。 これほどまでに感情を引き裂いて、一つの命を捧げながら叫ぶこの声が、聞こえないとしたら。そんな世界は嘘なのだ。 だから……。 彼女は確信していた。 いや信じるまでもない。ただ、明日から彼女が信じた物語が、再び始まるのだと分かった。 明日、少女は少年に声をかけるだろう。 少年は笑顔で振り返る。 二人の間に、もう、言葉は必要ない。 すでに全ては決しているのだ。 彼は彼女を愛し、彼女は彼を愛した。それは、もう物語のずっと前から。あるいははじまる前から、事実として存在しているのだから。 先日の気まずいやり取りは、夢のうちに消え去って……。少年は、以前と同じ屈託のない笑みを向けてくれるだろう。 その笑顔には確かに、彼女がかつて信じた物語が復活していた。 気安い友情は、やがてもっと繊細で深いところでつながった、異性の関係になるだろう。 そうして二人はそっと手をつないで歩き出すだろう。 …… 「……」 「ねぇ、バラゴン」 「バラゴンが言ってたよね」 「魔法に頼らないではいられない人もいるのかな」 「好きで好きでどうしようもなくて」 「だけどその人は自分のことが好きじゃなくて」 「そういうことを、どうしたって、認めることはできなくて」 「どうしても認めるくらいなら、自分を、この世界から消し去るぐらいしか方法はなくて」 「だけど死なずに、存在したいと思うなら」 「そのとき人は、世界を否定せずにはいられないのかな」 「ん……」 ……朝、目が覚めて。 私は、今までとは違う思いで、目覚めていた。 「くー」 「おはよう」 「……」 「起きなくちゃ」 ぼんやりと混ざり合っていた昨日までとは違う。 物語の世界。そして今ここにいる世界。失われた世界。 はっきりと線引きをして……昨夜、自分が何をなすべきか考えていたこと。 私は窓の外に目をやる。 彼方には、うっすらと時計塔の影が浮かんで見えた。 「時計塔からはじまったんだね」 「あのとき、崑崙ちゃんはあそこにいた」 魔女こいにっきを私に渡したのは、崑崙ちゃんなのかな。 ……ううん違う。 崑崙ちゃんは私が魔女こいにっきを与えられたって言ってた。自分で渡して、そんなこと言わないよね……。 「あの時計塔って一体何なんだろう」 やっぱり、あの場所に戻っていくんだ。 「なんやろうなぁ」 「本当に知らないの、バラゴンも」 「わて、歴史は苦手なんや」 「じー……」 「ひゅー」 バラゴンも結局、のらりくらりと、私に本当のことを話してくれないんだよね。 結局、私一人何も知らなくて、崑崙ちゃんや、バラゴンとか。 「……」 「すまんの」 「え、なに」 「ありっさんのこと、これだけ引っ張り回して……そのくせ、全部ちゃんと話すことができなくて。すまんの」 「バラゴン……。な、なによいきなり」 「友情に誓うで。わて、ありっさんを騙したいわけじゃないんや」 「でも、嫌になったらいつでもやめてええんや。そのことを忘れないでくれ」 「……」 「ところでバラゴンは一体、何なの」 「遠くの時計塔より、隣の珍獣だよね。この謎から解明しないと」 「そこから話してみよう。ほら」 「ひゅー。なんのことやろ。わては、何の変哲もないバラゴンやで」 「吹けてないよっ」 「行ってきまーす」 「けーこちゃんは……連絡なし、か」 今日も一人の登校だ。 一人と一匹……だけど。 「春先で慌ただしくて、体調とか崩してるのかな」 それを言うなら、身体的にも精神的にも疲れがたまりまくってる私は、頑張ってるよ。うん。 「あれは……」 正門をくぐり、前方を歩いている背中を見つけて私は駆けだした。 「けーこちゃんっ」 分かっていても、声をかけずにはいられない。 「……」 けーこちゃんが振り返る。 私を見て、少し寂しそうな目にかわる。 少しためらってから、横にいる男の子に笑いかけた。 先に行ってて、とでも言ったように見えた。 そして一人で、こちらへ歩いて来た。 すたすたと、まっすぐに歩いてきたけーこちゃんは、私の前に立ち止まる。 「ごめんね」 はっきりと、そう口にした。 「……」 「恋愛って不公平だよね、ありす」 「どんなに強く思っても思っても。最初から望みなんて、なかったりする」 「どれだけ頑張っても、遠ざかるだけだったりする」 「努力すれば、叶うなんて、嘘だよね」 「それで……」 「あの人のこと、そんなに好きでもない女の子が……奪っていく」 「そんなの正しくないよ」 「そんなのが世界だなんて、私認めない」 「けーこちゃん……」 「思いが強いものが勝つ」 「一番ほしい人が手に入れる」 「それが公平な恋愛というものじゃないの」 「私は間違ったことをしていない」 「どうしようもなくて」 「それなら、こうするしかないよ」 「……」 「でも…………」 「でも」 「けーこちゃんが好きで好きでたまらないその人の……」 「その人の思いはどうなるの」 「……」 「……」 ………… …… 「……」 「……」 「……」 「そんなの知らない」 …… 最近、藤田さんはしっかりと朝から登校しているようだ。 私は鞄も置かず、まっすぐに崑崙ちゃんの席へ向かう。 「……」 「ねぇ、崑崙ちゃん」 「……なに」 「崑崙ちゃんは、放課後……オカルト研究部で何をしているの」 「……」 「あのね」 「次に、それをするときは、私に参加させてくれない?」 「……」 「それで、どうするの」 「分からないけど、知りたいの」 「それで、崑崙ちゃんがしていることが、私の友達を……あるいは私を、悲しませる結果になると思ったら」 「止めたい」 ………… 長い時間、私と崑崙ちゃんは向き合っていたように思う。 いや、崑崙ちゃんはずっと私に横顔を向けて黙考していたけど。 確かに崑崙ちゃんの鋭い目は、私のことを試すように、じっと見据えているのが分かった。 「……」 「いいわ」 「放課後……。日が暮れてから、来なさい」 そう言って、すっと立ち上がりそのまま廊下へと歩き出す。 「準備しておくわ」 私の横を通り抜けていく瞬間、ささやくようにそう言ったのが聞こえた。 「あれ、藤田さんどこ行くの。ホームルーム始まるわよ」 「雨が降るわ」 「……へ」 「どうしたの、南乃さん」 「生意気な藤田をしめてやるってやつか」 「氷室とかが休んでいるのと関係しているのか」 「実は、知らないうちに藤田派と、南乃派で争いが行われてたり」 「南乃って、実は女グループの番だったのか」 「古いよ、それ」 放課後、日が暮れてからと崑崙ちゃんは言った。 バイトを終え、私は再び学園へ戻ってきた。 碧方学園は、小高い丘の上に建っており……敷地に入るには、正門か西門、あるいは業者用の出入り口を通る必要がある。 それぞれにカードキー式のゲートがあり、生徒は生徒カードをかざして、出入りするので、その入出時刻なども全て記録されている。 全国的に有名な吹奏楽部があり、帰り道も、まっすぐな坂を下りれば、すぐに駅前の繁華街ということで、学園側もゆるく見ているのかもしれない。 「とはいえ……」 「こわっ」 夜の学園というのは、やっぱり怖かった。 いつか、けーこちゃん達と、時計塔まで探検に行ったのとはわけがちがうよね。 「なんたって、一人だもんね」 「ありっさんありっさん」 「?」 「わてがいるで」 「……」 「一人と一匹だもんね」 昨日、けーこちゃんと訪れたオカルト研究会の前までやってきた。 そこには……。 三人の先輩が立っていた。 「あなた、南乃さんね」 「あ、あの。私……崑崙ちゃんに会いに来て……」 「確かに、冴えない感じね」 「舞踏会に行くには、乳臭すぎるという感じかしら」 「は、はぁ……」 思い出した。この人達、いつか教室に崑崙ちゃんを呼びに来た先輩達だ。 「あの。先輩達は……崑崙ちゃんのお友達ですか」 「友達? そんなものじゃないわ」 「藤田さんは……私達にとって、魔法使いなの」 「魔法、使い?」 「シンデレラを、プリマドンナにしてくれる、魔法使いなのよ」 「え、え……」 「さぁ、藤田さんが中で待っているわ」 言って先輩達は、揃って立ち去ろうとする。 「先輩達は帰るんですか」 「ええ。いつもは私達と藤田さんで集まるんだけど。今夜は、南乃さんが来るから外してくれって」 「そう、なんですか?」 先輩達は、きゃいきゃい言いながら去って行った。 「……」 なんだろう。ほとんど知らない先輩達だけど、こうして取り残されると、すごく心細くなってしまう。 崑崙ちゃんとふたりきりで会うことになるんだ。 ここに来て、なんだか、不安が一気に噴き出してくる。 「わてがいるから大丈夫やで」 本当にそうだ。 バラゴンがいてくれて助かった。 本当に一人なら、怖くて……この中に、足を踏み入れるなんて、出来なかったと思う。 …… 「……」 「ようこそ」 背後の夜空には、月が覗いている。 崑崙ちゃんが立っていた。 窓際でぼんやりと外を眺めていたらしい。 私が入ってきたのに気づいて、ゆっくりと振り返る。 昼間もそうだけど……やっぱり、崑崙ちゃんには、近寄りがたい。 恐怖とかじゃない。 どうしてだろう。すぐ近くまで行ってしまうと、ふっと……崑崙ちゃんが消えてしまいそうな気がして。 そう、それはまるで、蜃気楼のように。 「あの」 聞きたいことはたくさんあった。けーこちゃんのこと。魔女こいにっきのこと。先輩のこと……。 「……」 だから私は……。 「崑崙ちゃんは、どこに住んでるの???」 「……は」 意表をつかれたように、崑崙ちゃんは目を細める。 「あの、ちが。……どこに、お住まいですか……?」 おなじだった。 …… 「あは。南乃さん……面白いわね」 「南乃さんは……私が誰なのか知りたいのね」 「じゃぁ、教えてあげる」 「私が住んでるのは、物語の中よ」 「え」 「私はね。もうとっくの昔に死んでいるの。いるはずのない、人間なのよ」 「それでも私に会いたいというのなら、方法はある」 「日記を集めているんでしょう」 「だから、私の日記を、見せてあげる」 「日記……」 「言ったでしょう。私は物語の中に住んでいる」 「ここにいる私は幻だわ」 「物語があふれて、いないはずのものが見えているだけ」 「だから。本当の私に会いにきて」 「物語の最果てに会いに来て」 「時計塔……そこで私は待っている」 「時計塔?」 それならすぐ近くだ。 「そう。でもね、南乃さん。あの時計塔もまた、幻なの」 私の心の内をそっくりそのまま見透かしたように崑崙ちゃんは続ける。 「あそこにあるはずのないもの。本来、物語の産物なの」 「遠い遠い昔の物語の果てに、建てられた、塔なの」 「崑崙ちゃん……? 私、何を言ってるのかさっぱり」 魔女こいにっきを手にして、バラゴンに出会って、妙な出来事にはさんざん振り回されてきたけど……。 それでも崑崙ちゃんの言うことには、私にはまったくちんぷんかんぷんだった。 「ふふ」 「崑崙ちゃんに、聞きたいことがいっぱいあるの」 「そのために、本当の崑崙ちゃんに会わなければいけないのなら……私、行くよ」 「それが、物語の果てでも」 「…………そう」 崑崙ちゃんが怪しく笑う。気のせいかまわりの背景が、陽炎のようにゆらゆらと輪郭をかえていくように見えた。私は軽いめまいを覚えた。 「だったら……覚悟を見せてもらおうかしら」 「何を幻にして、何を現実にするのかは、あなた次第」 「あなたは魔女こいにっきを持っているのだから、その資格がある」 「あなたが正しいと思う世界を私に要求するのなら」 「それだけの覚悟を見せるのよ」 「いかん、ありっさん。これ以上、あの嬢ちゃんの言うことに耳をかしてはダメや」 「長い……」 「長い旅だよ」 「たどりついてみせなさい」 「え……」 ありす……。 …… 「な、に……これ」 「さ、ばく……?」 …… 「へ……」 なに、これ……。 バラゴン? どこ? どうしちゃったの。 どうして、いきなり。 とにかく、行かないと。 崑崙ちゃんは、たどりついてみなさいと言っていた。 この向こうに、崑崙ちゃんがいるなら……。 はぁ……はぁ……。 暑い。 暑いよ。 どれだけ歩いても、景色はまったく変わらない。無限に広がるかのような砂漠が続くだけだ。 そう、これは幻覚なんだ。 崑崙ちゃんが見せている幻。 惑わされちゃだめ……。 だめ……。 だけど、脚は砂の中に飲み込まれ……そこから炙られるような熱さが、全身にせりあがってくる。 はぁ……はぁ……。 あ……向こうに、何か見える。 あれは……。 砂漠の向こうに、陽炎にゆれて、小さな塔が建っているのが見える。 あれは……時計塔。 「行かなくちゃ」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 ……。時計塔、全然、近づいている感じがしない。 ここどこ。 でも、もう戻れないし。 そもそもどこから来たのかも分からない。 急に怖くなった。 この広大な砂漠の真ん中で、私は放り出されて……どこにもたどりつけないとしたら。 「はぁ、はぁ……」 「あつい。誰か、助けて」 誰か……はぁ、はぁ……。 「水」 「誰か」 「苦しいよ」 「はぁ、はぁ……いっそ、殺して……」 こんなの、苦しいよ。 はぁ、はぁ……。 水。 なんで。 う、ううううう。 もう、涙さえ出ない。 「乾ききって、ただ私は、灼熱の砂漠に沈んでいく……」 「もう、無理だよ」 「助けて」 「そう」 「……崑崙、ちゃん……?」 「乞いなさい」 「あなたを助けるのは、神じゃない」 「ただ、摂理よりこぼれた魔法だけが……物語だけが、あなたを助けるのだから」 「……」 「はぁ、はぁ……はぁ……はぁ……」 崑崙ちゃんが、静かに見下ろしていた。 「それがあなたの覚悟なのね、南乃さん」 そうして冷たく笑う。 灼熱の世界で息絶えようとしていた私は、そんな氷の視線でさえ、ありがたいと心のどこかで思った。 「ダメだよ」 「それでは、とても楽園にはたどりつけない」 「私はその砂漠の果てにいる」 「会いたかったら、来れば良い」 「物語の最果てに……」 ふらふらと、私は学園を後にした。 …… 夜の冷気が、気持ちいい。 まだ、あの灼熱の日差しが肌を焼く感覚が残っているようだった。 「あの砂漠は一体なんだったの」 「学園にいる崑崙ちゃんは、本当の崑崙ちゃんじゃない……」 「それで、本当の崑崙ちゃんは、物語の果てに……あの砂漠の向こうにいる」 「じゃぁ、あの砂漠はなに?」 「崑崙ちゃんは……誰なの。物語って何」 魔法使い。 私達、シンデレラをプリマドンナにしてくれる、魔法使い。 「ありっさん」 「バラゴン……」 「あの嬢ちゃんが何者なのか、大体のことは分かる」 「わてと同じ、幻想の生き物や」 「本来は竜になるはずのものや」 「本当の崑崙ちゃんに会うなら。あの砂漠を越えていかなければならないの?」 「無理だよ……そんなの」 「いや……」 「もう少し、魔女こいにっきの力を集めれば……あるいは、突破できるかもしれん」 「そう、なんだね」 「ねぇバラゴン」 「確かに、感じるんだよ。日記を集めるたびに、私は不思議な力を、持っていっている」 「なんで日記を解放するたびに、私は力を得ているんだろう」 「日記を見つけるたびに、より世界を俯瞰したところに、ありっさんは到達するんや」 「それは、言ってみれば……遠くて高い……より現実から離れたところ」 「だからこそ、そこに至るほどに、ありっさんは現実離れした力を手に入れることができるんや」 「ぐー……」 「あ……ごめん。だって、なんか話がややこしいから」 「ありっさんから聞いてきたんやでっ」 「それだけじゃなくて」 「いろんな人に、再会できるんだね……」 「そうや……」 「さぁ行こう、ありっさん」 …… 夢を見た。 灼熱の砂漠を果てしなく歩いて行く夢。 それは、オカルト研究室で見た幻の続きだろうか。 そして私は制服ではなくて、薄手の衣装を着て。同じような格好をした女の人達と並んで、歩いていた。 気のせいか、その顔ぶれには、馴染みがあった。 ラクダに乗り、荷台を引きながら。隊列を組んで進んで行く。 それは砂漠を行くキャラバンだった。 彼方にはゆらゆらと時計塔が見えている。 けれど、いくら進もうとも、たどりつけない。時計塔はいっこうに近くならない。 太陽はじりじりと肌を焼き……一転、夜には凍えるような寒さの中で、私達は身を寄り添って眠る。 そうして、また果てしない旅を続ける。 それは本当に長い旅だ。 いつまで続くか分からない。 いつから続いているのかも忘れてしまったような。 そして目的地らしい塔だけは、陽炎の向こうに浮かびながら、決して私達を迎えようとはしてくれない。 「ん…………」 「……」 「くー」 横になったまま、ぼんやりと考えていた。 崑崙ちゃんは言った。 私は物語だと。 「くー」 「くー……」 「よしよし、かわいいなぁ、お前は」 「くー」 そういや、賑やかなのがいないみたい。 「バラゴン?」 …… 「バラゴ〜ン?」 …… 声はない。 「どうしたんだろう」 と、ソファーの上で猫みたいに丸くなっているバラゴンを見つけた。 「どうしたの???」 「どうも、昨日ので魔力を使い切ったみたいでの」 「使い切ったって……」 でも先日の様子とはちょっと違う。 本当に苦しそうで……バラ色の毛におおわれた顔は、心持ち青ざめて見えた。 そして私はふと、昨夜のことを思い出す。 「もしかして……」 「昨夜は、バラゴンが助けてくれたの?」 「まぁ、の。へへばれちまったぜ」 「バラゴン……」 「何かほしいものある? 買ってくるよ」 「ほんまか。おおきに」 「なんでも言って」 「じゃぁ……」 「うん」 「ぎゃ……」 「ギャルのパンティー」 「……」 「そういえば昨夜、ドラゴ○ボール読んでたね。それで、夜更かししてただけなんじゃないの」 「へへ」 「もう。ほんとにちゃんと休んでおくんだよ」 「あい……」 「いってきまーす」 「ふぅ」 今日こそ、本当に一人で登校か。しょぼーん。 こつんと、後ろからチョップをされた。 「あれ、じゃないよ。なんで先に行くかな」 「だって、最近来てなかったし。今日もかなって」 「最近って……。忌引きだったんだよ。鳥取のおばーちゃんが亡くなって。メールしたじゃん」 「おいおい」 「で、けーこは来ないの?」 「あはは。けーこちゃんもここ数日来てないから」 「……なに。喧嘩でもした?」 う。さすがやっこ、鋭い。 「いや、ソンナコトナイデスヨ?」 「したんだ。珍しいね……ありすとけーこが」 「してないよー」 「そんなの知らない」 その言葉が残っている。 結局、知ることができなかったんだ。 あれほど笑って、あれほど楽しくて……だけど好きじゃないというその気持ちが。 さして仲が良い風にも見えない女の子を選んだその気持ちが。 だからもう、知ることをあきらめたんだ。 それでも好きなんだろうか? その人の考えてることなんて、もう、知りたくないと言いながら。それでも、その人のことがやっぱり好きなんだろうか。 教室に入ると、けーこちゃんはすでに登校していた。 「……」 「けーこちゃん、おはよう」 「ん。おはよう」 「それでさぁ」 「まじで??」 けーこちゃんは私達には近づかず、他のグループに入って談笑していた。 「……」 「なるほどねぇ」 やっこが私と、けーこちゃん、交互に目をやりながらため息をついた。 「男がらみでしょう」 「!!!!」 「なんで??」 分かったのかな。 「おおかた失恋でもしたんでしょう。あいつもたいがい単純だから、数日前から、かんっぜんに顔に出てたしね。空回っているというか」 「私は、全然、気づかなかった」 「じゃぁなんで知ってるの?」 「え」 「いやぁ、顔に出てたよね。うん」 「……」 けーこちゃんは、私にもやっこにも、話してくれなかったんだな。 ううん。あの、けーこちゃんの声を聞くと、友達でも……友達だからこそ、話せないことなんだと分かる。 友達だからって、家族だからって、知らなくてもいいことってあるのかもしれない。 私はそれを、ずかずかとのぞき見をして……。 と……。 「……」 今朝も、崑崙ちゃんは来ているようだ。 いつものように一人静かに、机についていた。 聞きたいことはたくさんある。 でもきっと、何も話してくれないんだろうな。 崑崙ちゃんから話を聞くには、崑崙ちゃんが言う、砂漠の果て……物語の先頭にたどりつく必要がある。 「物語の先頭……」 やっぱり意味が分からないよ〜。 「ただいま」 「ただいま、くー。良い子にしてた?」 「くー」 「バラゴン、調子どう」 「バラゴン?」 いないみたい……。 「くー……」 見ればくーが、立ち上がり冷蔵庫を足でかいている。 「なに、冷蔵庫の中がどうかしたの?」 がちゃり……冷蔵庫を開く。 「およ」 「……」 食材をむさぼっているバラゴンがいた。 「おかえりやのう、ありっさん」 「なにしてるの」 「いやぁ、一日、すっかりリラックスいたしました」 「何を、食べてるの」 「すまんって。あないに美味そうな肉があったら、止まらなくなるやろう」 「それよりありっさん、お約束のあれは、持って帰ってくれたかの」 「なによ」 「ほれ、ギャルの、パンティー」 「そんなもの……」 私は空に舞い上がった。 さぁ、日記を読もう。 「ん……」 「ふぁ」 「くー」 「おはよう」 「起きなきゃ」 「おはよう」 今日はお休みだ。 「一日中、ゲームができるのう」 「ダメ人間か」 「今日はお店だよ」 「なんで??」 「休みの日には時どき、下のお店を開くの」 「ありっさん……生活、苦労してるんやな。わても食事の量を減らそうかの」 「そうじゃなくて……たまには道具とかも使ってあげないと、さびちゃうし」 「設備もだめになるから、週に一度くらいはちょっとでも、お店を開くようにしてるの」 「ほう」 「ありすおねーちゃん、おはよう」 「おはよう」 「今日は、どうしますか?」 「五分刈りにしちゃって」 「いいんですか」 「野球をはじめることになったの。それで」 「そっか。じゃぁ、がっつりやっちゃおうか」 「やっちゃって」 「これから暑くなっていくしね。ちょうどいいかもね」 「ありがとうね、ありすちゃん」 「ありがとうございますっ」 「こんにちは」 「あの、こちら、カットしてますか」 「あぁ、すいません。こちら、カットは、知り合いの方だけでして」 「はぁ……」 「あの、この年齢ですし、いろいろとちゃんとやろうとすると問題があって。えへへ」 「へ?」 「まぁ、そうだな。なかなか厳しいよな……じゃぁ、いいです」 「ごめんなさい」 「……」 そうだよね。 「よう、ありすちゃん」 「こんばんは」 「ありすちゃーん。シャンプーだけでもしてくれんかの」 「いいですよ。どうぞ、こちらへ」 「ふぅ……こんなところかな」 閉店時間10分前。 今日はもう、お客さんも来そうじゃないし。店じまいかな。 「ありっさんありっさん」 「どうしたの?」 「わても、カットしてくれんかのう」 「ええ。カットって……?」 「ちょっと、たてがみのあたりが重くなってきたから、すいてほしいんや」 「私、トリマーじゃないよ」 「わてを畜生と一緒にせんといてほしいわ」 「一緒でしょ」 「と言いつつ、くーは私がカットしているんだけどね」 「くー」 「くーと同じ要領でやればいいのかな」 「だから、畜生と一緒にせんといてや!」 「ふぅ……お仕事終わりっと」 「じゃぁ私、晩ご飯かってくるね。何がいい?」 「ちくわ」 「ちくわか……。また? いいけど」 「魚一さんのちくわやで」 「はいはい」 「いっただきまーす」 「いただきますやで」 「くー」 「なにあの、イエスノーマクラ。どこから持って来たの」 「イエスなら、日記さがしにいくんや」 「ノーって答えはないんでしょう?」 「イエス」 「まったく気持ち悪いことしないでよ」 「うるさーい!」 「じゃぁ、今夜もいこうか」 「ん……」 「く‐」 「おはよう、く‐」 …… くーの顔を見つめる。 「くー?」 くーを飼い始めたのはどうしてだっけ。 おじーちゃんが飼っていて……。おじーちゃんがいなくなった後は、私とくーとずっと一緒で。 おねーさまなんて知らない。 私は私。くーはくーだ。 でもなんとなく。一晩たっても、日記の中での先輩とありすのやり取りが、胸に残っている。 とても幸せそうな風景。 ううん。今だって、幸せだよ。 バラ色、だよ……。 「おはよう」 「おはようさん」 「今日、私アルバイトだから」 「ドラゴンバーガーか」 「ついてきちゃだめだよ」 じろりと、バラゴンを睨みつける。 「な、なんでや。わては誰にも見えないんやから、ええやないか」 「私には見えるし、邪魔するでしょう」 「ちぇ。じゃぁ、土産、楽しみにしとるで」 「はいはい。ちゃんと持って帰るよ」 「くー」 「分かった分かった。くーにもね」 「おーい、南乃。これ、そっちのテーブルに頼む」 「はーい」 「あっちでガキがジュースこぼした。掃除しといてくれ」 「はーい」 「はぁ、忙しい忙しい……」 …… 「ねぇねぇ」 向こうのテーブルでは、うちの学園の制服を着た部活帰りの子達が、話してる。 「時計塔でね」 時計塔……そのキーワードに、ぴくりと、私の耳が反応する。 「本当に見たんだって」 「ふーん……」 「あのう」 そろーっと、私は声をかける。 「!!」 「えと……驚いた」 「あなた知らないの?」 「え。ええ」 「ほら」 「あぁ……例の……」 時々、こんな反応されちゃう。 そりゃ、いきなり声をかけて悪いと思うけどさ。 「あの、おもしろそうな話してたなって。それで、ごめんね」 「あぁ」 「あのね、時計塔の噂なんだよ」 「時計塔って、あの、時計塔にお願いしたら願いが叶うってやつ?」 「それとは別の話だよ」 「それを信じて、時計塔に行く子がたまにいるんだけど」 「うんうん」 何を隠そう私もその一人だ。 「でね……夕方頃、時計塔に行ったら、時計盤のあたりに、人影を見たんだって」 「人影?」 もしかして、崑崙ちゃんのことかな?? 「うん。それが……うちの制服を着ている、男子生徒で」 「え……」 「すっごい美少年だったらしいよ」 「なんか神秘的だよね。夕暮れの時計塔……。そこにたたずむ美少年、か」 「……」 「ふぅ……お疲れ様」 「おかえりやで」 「良い子にしてた?」 「よいこやったで。きゅるん」 「くーに言ってるの」 「くー」 「ねぇ、バラゴン。聞いて」 「なんや」 「時計塔に、誰かがいるんだって」 「なんやて。時計塔に?」 「それって……桜井先輩じゃないのかなって思うの」 「探しにいってみない?」 「あかん」 「それは……近寄らん方がええんやないか」 「そうなのかな」 「でもね。この前も、時計塔の方で、なんだか、桜井先輩の気配を感じた気がしたの」 「あかんあかん」 「時計塔は数々の怪異をふりまいてきた。実際、長い間魔力の貯まり場になっとる。どんなものが住み着いてるか分かったものじゃないで」 「でも……」 夜もいったんだけどな。 崑崙ちゃん。普通にいたし。 まぁ、崑崙ちゃんが普通かは置いておいて。 「とにかく。あかんで。今日は寝ぇや」 「はーい」 と、バラゴンに言ったものの……。 やっぱり、気になるなぁ……。 ちょうど、そんな時間……。 自転車をダッシュでこいでいけば、15分ぐらいでつくし。 バラゴンは……いないみたい。 でも今から学園までいって、森を抜けて時計塔にっていうのは……。 けっこうな冒険だよね。 「なんのこれしきささにしき!」 「うおおおおおおおおおおおおおお」 「うおおおおおおおおおおおお」 やっぱり、早まったかなぁ。 「うう、怖い」 誰も、いない……。 「……」 こうして一人で時計塔に来るのは、二回目、か 当然のことながら、中はしんとして、物音一つしない。 かすかにきぃきぃっと、聞こえてくるのは、歯車の音なのかな。 きぃきぃと……。 ずっと聞いてると、それは、壁の向こうで誰かが、甲高い声でささやきあってるような、不気味な音に聞こえてくる。 い、いや。おかしなことを考えるのはやめよう。 とにかく噂を確認して、さっさと帰ろう。 時計塔にいたという、男の子。 姿も見えないその人に語りかけるように、私は声を出してみる。 「あなたは……誰?」 「桜井先輩なの?」 当たり前だけど返事はない。 それに、さっきまでかすかに聞こえていたきぃきぃという歯車の音まで、ぴたりと止んだように思うのは、気のせいかな。 まるで私の声に、反応したように。 あれ……。 ふと私は足を止める。上にのぼる階段横の壁に、引っ掻いたような痕を見つけた。 なんだろう。壁にたくさん、何かが彫られている。 アリスを集めるわ アリスより アリスを、集める……? なに、これ……。 と……。 何? 下の階段から、誰かが上ってくる音が聞こえる。 だ、誰だろう。こんなところに。 もしかして、零ちゃんとか、かな。 それとももしかして……。 桜井、先輩? …… 足音は、ゆっくりと階段を上ってくる。 そして……。 「私は……」 「ひとりぼっちの帰り道」 ゆらりと現れたのは、深くフードをかぶった、女の子らしき……姿だった。 「え」 「だ、誰って?」 「ぐ、げげげ」 「え、ええええ」 「どうしよう。どうしよ」 「は……」 行き止まりだ。 こういう時、上に逃げちゃいけないんだっけ。 今更気づいても遅いよおおお。 「寂しいね」 「帰り道には、魔物が住んでいる」 「ひとりぼっちで帰る子を狙って、食べちゃうんだ」 「でも、今日は魔物はいないみたい」 「あぁそうか。私がその魔物か」 「だから私はいつもひとりぼっちなんだ」 「ねぇ、一緒に帰ってよ」 「ぐええええ」 「ぐえええええ」 「ひええええ」 バラゴンの忠告を破るんじゃなかったあああ。 乾いた音が響く。 「え……」 「まだこんな奴らがうろついていたなんて」 「零ちゃん……」 「大丈夫? ありす」 「う、うん……」 「あれは、何だったの。消えちゃったけど」 「……」 零ちゃんは、少しうつむいて、押し黙ってしまう。 何かを知っているけど、答えづらい……という感じだ。 まぁ、誰にも、言えないことってあるよね。私もそうだし。 「零ちゃんは、どうしてこんな時間に、ここに?」 「私とカノンは時計塔の管理を任されているからね」 「そうだったね……」 「でも、それだけじゃなくて……」 時計盤の向こうに見える空に、零ちゃんは目を細める。 ここにはない何かを、空の向こうに探るように。 「どうしてか、ここに来たくなるのよ」 「何か、大事なものを置き去りにした気がして」 「なのに、時計だけはチクタクと動き続けている」 「そんな、不安が取れないの」 「で、ありすは?」 「え゛」 「何してるの、こんなところで」 「わ、私もそれ。大事なものを置き去りにしちゃった系の……」 「……」 「ごめん」 「でも分からないの。何が起こっているのか。それで、どうしてもここに来たくなって……」 「……そう」 「こんなところで、これ以上話すのも変だよね」 「明日、話を聞かせてくれる?」 「え」 「魔女こいにっき、読んでるんでしょう」 「ええええ。なんで」 「あなたの様子を見てれば、分かるわよ」 「まぁ、ありすのことだから、時期が来れば話してくれるだろうと思ってたけど」 「う、うん……いろいろと、私自身、整理できないことばかりで。ごめんね」 「いいわ。それより、一人でこんな勝手なことをされるほうが困る」 「次は、私に声をかけて」 「分かった。ありがとう」 「とにかく、明日、理事長室に来てもらうわ。周防さんや柏原先輩も呼びましょう」 「うん」 「じゃぁ送って行くわ」 「え、いいよ。いいよ」 「女の子を、一人で帰らせるわけにはいかないでしょ」 「怪物になっちゃうわ」 「零ちゃんだって、女の子だよ」 「そうだけどね」 「私、強いから大丈夫よ」 …… 「あるところに一人の、少女がいたわ」 「?」 「時計塔の管理を任されて……毎日、あそこを訪れていた」 「時計塔の中はしんと静かで……冷たくて。別世界に通じているようで」 「頭上には歯車がひしめていて……ぎしぎしと、苦しげな音をたてている」 「怖くて怖くて。誰かが隣にいてほしいと願った」 「そうじゃないと、やがて……自分が化け物になっちゃうような、感覚に襲われていたわ」 「あれは、誰の記憶だったのかしら」 「零ちゃん……じゃないの?」 「ううん。私じゃないわ」 「私じゃない……」 …… 「ここが、あなたの家なのね」 「うん。理容室なんだ」 「知ってるわ」 「零ちゃんも、いつか切ってあげるよ」 「……」 「ねぇ、ありす。よかったら、今、切ってくれないかな」 「え」 「お願い」 …… 「ありがとう。ステキだな」 「じゃぁね」 「うん。じゃぁ、ね……ほんとに一人で大丈夫?」 「大丈夫。私強いんだから。見たでしょう」 「そうだね」 「明日、待ってるわよ」 「そろーっと」 「どこに行ってたんや」 「え。あはは……いや。なんでもないの。ちょっとやっことお出かけ」 「ほんまか?」 「危険なことはしてないかの」 なんだかおとーさんに言い訳しているみたいだよ。 「じゃぁ日記を探しに行こうかの」 「ん……」 「くー」 「おはよう、くー」 「くー」 「おはよう」 「……」 「バラゴン?」 「どうしたの?」 「どうも、ぐったりや……お熱かな」 ドラゴンが、風邪をひくんだなぁ。 「今日は休んでなよ」 「そうさせてもらうで」 「じゃぁ、いってきます」 「……」 二人は来ない。 私は一人で、たまには歩いて学園に行くことにする。 歩きながら……一度、整理してみる。 桜井先輩は悪い人ではないみたい。 確かに手は早いし、軽薄なところはあるけれど……そのときどきで、相手の女の子のことを、本気で考えていて。 そしていつでも……寂しそうだ。 ずっとこの街で、永遠の時を手に入れながら。 美貌もあって口もうまくて、友達には困らない。だけど、寂しそうだった。 まだ読めないところは……。 一番新しいところ……だよね。 これがジャバウォック……桜井先輩の日記だとしたら、今、桜井先輩がとっている行動も、つづられていっているのだろうか。 ほとんどの、日記を集め終わったみたいだ。 零ちゃんが言っていたように、皆で、相談するしかない。 でも、あの内容を話すわけにはいかないよね。 周防さんのこと。美衣先輩のこと……。 でも分からないことばかりだ。 これ以上、一人で考えることなんて無理だ。 昨夜の約束通り、皆に話さなければならない……。 「こうして集まるのは久しぶりね。花見のとき以来かしら」 理事長室には、私と零ちゃん、カノンちゃん。 そして周防先輩と美衣先輩が集まっていた。 そう。 なんだかとても昔のことに感じる。 「あれから、多くの日記が読めるようになった。そうよね、ありす」 「うん」 「あの時、お花見をしたときは読めなかったページが、どんどん読めるようになったの」 「それで、いくつかのことが繋がって。桜井先輩が何をしていたかも、おぼろげに分かってきたんです」 「もちろんまだ……謎な部分はたくさんあるけど」 「あの、それで、はじめに謝っておきます」 「なんでしょう」 「この前、ご相談させていただいた時から、いろいろあって……他の日記も、いっぱい読めるようになったんです」 「それには、とても個人的な事情も含まれていて……」 「でも私はそれを読んでしまいました」 「こ、個人的なことってなんだろう。やっぱり、私達が桜井君と、ごにょごにょしちゃう……とか」 「……は、はい」 「ひえ〜〜〜」 「やっぱりしちゃったんだ」 「あの、でも……なし崩しという感じでもなくて」 「こう、お互い、ちゃんと分かり合って……高まった上で、と言いますか」 「いいよ。そんな、具体的に聞きたくない……」 「あはは……ごめんなさい」 「そんな内容だし。皆のいろんな個人的な事情もいっぱい載ってて……皆にこれを読んでいただくことは、難しいんじゃないかって思うのです」 「いいわ」 「じゃぁ、ありすが知ったことや思ったことを……私達に伝えてもいいことを、あなたなりの言葉で教えてくれる?」 「う、うん」 ポイントを選び、言葉を選びながら、私は日記で読んだ物語を、皆に話した。 それはとても長いお話で……。 けっきょく、全部話し終わった頃には、日も暮れ始めていた。 「ジャバウォック……こと、桜井たくみ、君か」 「やっぱり思い出せないなぁ」 「魔法使いで、幻を見せる力……いや、物語を見せる力がある、ですか」 「そうして、私達は彼とそれぞれ出会い……彼の物語に取り込まれたことがあった」 「けど、私達は忘れている……と」 「腹の立つ、話だわ」 「そうでしょうか?」 「南乃さんが話してくれた、私にまつわる物語ですが……私自身は、まったく覚えてはいませんが……」 「どこかであったのかもしれないと、思えてしまいます。不思議です」 「それにどうしてでしょう。悪い気はしません」 「そういう話でした」 「だから、その語り手のことを、どうこうしようとは思いません」 「や、でも……もし真実だとしたら、桜井っていう男は、することして、さらっと捨ててるのよ」 「話を聴いていると、何か、のっぴきならない訳があって……と、とれます」 「事情があるなら、近寄らなければいいでしょう。最初から」 「まぁ、それはそうですけど」 「私も、周防さんと似たような心境かなぁ」 「んー……」 「でも結局、それ、全部桜井たくみとやらの妄想って落ちもありえるのよね」 「そう、ですね」 「魔法やら、幻やら信じるよりも、一人の男の妄想日記だって考えた方が、やっぱり話は早いんじゃない」 「でもさ、どうやら私達のプライベートとか、他の人が知り得ないことも把握してるみたいだったよ」 「それは、興信所なりに頼んで、調べることが出来るんじゃないですか」 「なんでそこまでして、妄想日記を書く必要があるのかな」 「変態の考えることは分からないわ……」 「……」 私は迷っていた。 私の目線でつづられた日記……それについて、説明するかどうか。 けど、何か、大事なものが終わりそうで……どうしても、差し出すことが出来なかった。 あの日記は何なんだろう? 一番、手っ取り早いのは、同姓同名の子の日記ということだ。 でも、出てくる子達の名前も、同じだし。 あぁ、でもここにいる人達はいないんだ。 あれはやっぱり、昔のお話……? ……じゃぁ、あのありすは一体誰なの。私とは違うありすなの。 「いいかしら」 いつの間にか、入り口に一人の女子生徒が立っていた。 「崑崙ちゃん!?」 「どうも」 自分から姿を見せることなんてほとんどない崑崙ちゃんが、現れる。 「なにかしら。あなたから、現れるなんて」 「桜井たくみの、使いで来たのよ」 「……え」 一同、唖然と、崑崙ちゃんを見返す。 意外と言えば意外だし……予想通りと言えば予想通りだった。 やっぱり崑崙ちゃんは知ってるんだ。桜井たくみさんを。 そして、今でも、会っている? 「あなたやっぱり、知ってるのね。白状しなさいっ。あの男はいったい、どこに──」 「これ」 「な、なに?」 「招待状」 「シンデレラへの招待だわ」 「シンデレラ……って、あのおっきな美容施設?」 「そんなとこに呼び出して、どうしようっていうの? 髪でも切ってくれるのかしら」 …… 「あれ……」 「消えてる……」 入り口に立っていた崑崙ちゃんは、煙のように消えていた。 「あの子も。ほんと、分からないわね。先にあっちを締め上げた方がいいんじゃないかしら」 「返り討ちにあって、犯されるだけかと」 「されないわよっ」 「シンデレラ、か」 「何があるか分からないけど、行くしかないみたいね」 「ただいま」 「おかえりやで。遅かったの」 「あのね、魔女こいにっきのことを、皆に話したんだ」 「そうやったか」 「わてのこと、なんて言ってたかの? かわいい〜〜。ぜひ会いたい! とか言うてなかったかの?」 「いや、バラゴンについては話してないよ」 「というか、話してよかったの?」 「ええんやないか?」 けっこう軽かった。 「わては竜。ありそうでない、物語や」 「物語は誰に聞かせても、物語や」 「なんだか、日記のことを話したら、皆も似たような感じだったかな」 「やっぱり、どうしても現実感がないみたいで」 「それが仮に、ほんとにあったことだとしても……いいかなって」 「そんな反応だったよ」 「すべては、物語ということや」 「結局、真実を知っているのは、桜井たくみ……ジャバウォックだけなんや」 「そして、彼は物語の最果てにいる」 「会いに行くしかないってことだね」 「ねぇ、バラゴン。世界を救うってなに?」 「ジャバウォックを、止めなければならない」 「ジャバウォックって、日記に出てくる、男の子のことだよね」 「そうや」 「世界を救うってことは……彼が、その、世界をどうにかしようとしているってこと?」 「そや」 「書き換えようとしている」 「それは、もう寸前まできてるんや」 「それで……ジャバウォックはどこにいるの?」 「物語の中や」 「え」 「魔女こいにっきの中というてもいいやろう」 「いや……彼は、魔女こいにっきそのものや」 「これが、ジャバウォック!?」 「そうや。彼の思念……魂が、そこに生きているのや」 「やつが本当におるのは、物語のなかや」 「だから、これから物語を追いながら、やつの所在を追っていく」 「本当は順々に追っていくほうが、辿り着くのは早いのやけどな」 「あいにく、ほうぼうに散らばっておる」 「それを集めながら、ジャバウォックの軌跡を辿るしかないやろう……」 「ねぇバラゴン」 「私がしていることに、何か意味はあるのかな?」 「意味?」 「他人の日記を読んで……」 「なんか、悪いことしてるみたい」 「ジャバウォックを探すだけなら、こんなことしなくていいんじゃないの?」 「これは、戦いでもあるんやで」 「戦い?」 「ジャバウォックと……魔女こいにっきと、ありっさんの戦いや」 「あんさんが、こうして1つ1つ、おとぎ話をおとぎ話に返しているんや」 「おとぎ話をおとぎ話に返している?」 「これらは、ジャバウォックが女の子達に見せて、やがて女の子達も忘れてしまった物語……」 「もうおとぎ話として……けれど、現実にありえたかった、物語として、ふわふわと夜を漂っている」 「誰かが読んで言うてあげなければならんのや」 「あなたはおとぎ話だと」 「現実にはないことなのだと」 「そっと閉じてやるんや」 「読まれなかった物語はふわふわと、漂い続ける」 「ありっさんが、返してやるんや。その日記を手に取って、確かに、その目で読んで」 「私何も言ってないよ」 「あなたはおとぎ話だよとか、言ったほうがよかったの?」 「違う違う」 「ありっさんは現実を知っている。これはあり得なかった物語だと、ちゃんと分かっておる」 「それで十分なんや」 「なるほどねぇ。とにかく、読みますよ。高確率で、エッチなことが書いてあって、とほほだけど」 「さぁ、行こう。ありっさん」 「ねぇバラゴン」 「ジャバウォックって誰なの?」 「ふむ」 「誰というか、何ものなの?」 「彼は、物語や」 「物語?」 「そうや。物語は物語……架空の、存在や」 「けれど、物語でありながら、現実を侵食しようとしている」 「人々に物語を語らせることによっての」 「ジャバウォックさんって。どんな人なの」 「彼はなんでもない、空なるものや」 「誰でもあり、誰でもありえない。優男でふらふらしていることが多いみたいやが、本来、確かな姿ももっていない」 「どんな姿をしているかと定義するなら、わてと同じやろう」 「竜や」 「ねぇバラゴン」 「うん?」 「なんで私なの」 「……え」 「ジャバウォックという物語が世界を侵食しようとしている」 「それを、止めないといけない……」 「でも、それがなんで私??」 「そりゃ……」 「そりゃぁ……最初にわてに出会ったから」 「なにそれ!?」 「そんなにいい加減な理由で、私、こんなことに巻き込まれてるの???」 「堪忍やで〜」 「はぁ。まったく。行こう」 「ねぇ、バラゴン」 「うん?」 「バラゴンは、ジャバウォックが誰か、知ってるんだよね」 「……」 「どこからきたのか……」 「あぁ、わてはしっとる。やつがどこから来たか」 「あれは、逃げているだけなんや」 「自らが描いたおとぎ話が、現実にできなかったという結果から、逃げているだけなんや」 「現実と向かい合うことの出来ぬものに、本当のおとぎ話は描けない」 「誰も幸せになんて出来ない」 「悲しい生き物なんや、彼は」 「ねぇ、バラゴン」 「なんや」 「ジャバウォックは……桜井先輩は、出会い、忘れられて……それを繰り返しているんだね」 「彼は物語を求めている」 「物語。それこそが、彼にとっての、魔力や」 「若い少女の描く物語というのは、他のどんな人間が描く物語よりも、魔力を秘めている」 「けれどそれは、途方もないものではあかん」 「それはありそうで、ないものでなければならない」 「アイドルに憧れる少女の物語」 「失った家族にこがれる物語……」 「じゃぁ、ジャバウォックは、魔力のために女の子を愛しているのかな」 「……」 「それは、わてには分からん」 「ありっさんはどう思う」 「私にだって分からないけど……」 「私には……」 「ジャバウォックが……可哀相な人に見えるかな」 「そうか……」 「さぁ、行こうか」 「うん」 「ねぇ、バラゴン」 「うん?」 「砂漠ってあついのかなぁ」 「なんや、いきなり」 「実際に行ったことはないけど……崑崙ちゃんに魔法で砂漠を見せられて……」 「私、すごく怖かったよ」 「そうやの。わては、知ってるで。砂漠の光景を」 「砂漠にいそうな生き物だもんね」 「生き物とか言うなー」 「……ただ無限に続くような景色と、身を焼き尽くそうとするような、日差し」 「そして夜は、全てが死に絶えたような、凍える、無音の世界が広がっている」 「……だからこそ、人はオアシスの夢を見る」 「この世界とて同じや」 「果てのない、灼熱の、地獄だとみるものもおるやろう」 「ジャバウォックもそうなのかな」 「うん?」 「彼にとっては、この世界そのものが果てのない砂漠で」 「そこに、オアシスという物語を、与えたかったのかな」 「……さぁの」 「ねぇ、バラゴン」 「私、本が好きでね……今まで、いっぱいいっぱい読んできたの」 「でも思い出せるのは、ほんの少しだよね……」 「全部、忘れられていく」 「まるきり忘れられていくわけやないで」 「それは、形のない何かとして生き続けている」 「うん。皆にとって先輩も、そういうことだったのかな」 「そして私は……」 「……」 「あれ……なんでかな」 「どうしたんや」 「物語が思い出せないの」 「え……」 「私、本が好きで、いっぱい読んできた」 「でも、どうしてだろう。何も、思い出せないの」 「ありっさん……そういうものや、物語というのは」 「ねぇ……バラゴン、もし……かしたら……」 「ジャバウォックもそうなのかな」 「私が忘れてしまった物語の、ひとつなのかな……」 「それを確かめに、行くんや」 「物語の終わりは、もうすぐやで」 「ん……」 「くー」 「おはよう」 「ん‐」 「はぁ……」 ベッドの上でため息をつく。 昨夜の日記はハードだったなぁ。 魔法バトルがはじまったかと思ったら、私の日記の続きまで出てきて……。 それで……。 「ひええええ」 ベッドの上で足をばたばたとさせる。 とうとう、してしまった。 「その名も、セックス」 他の子もいっぱいしてるし……いつかはこうなるであろうと思っていたけど。思っていたけど。 「はぁ……」 そして、私は、そのことを全然覚えていない。 どうしよう。皆に話そうかな。 「とにかく起きなきゃ」 今日は開校記念日でお休み。 たまった家事を片付けるところだけど……。 出かけないとね。 「今日は、お友達とお出かけやな」 「お出かけとか、のんびりしたものでもないけど」 「そうだ。水着探さないと。どこにしまってあったかな。ゴーグルも、必要だね」 「わての水着もどこにしまったかの」 「……」 「もしかして、ついてくるつもり?」 「もちろんや」 「あ、プール目当てとかじゃないで。わては、ありっさんが心配だから」 「顔がいやらしく溶けてるよ」 「はいはいそうですか」 「それにしても、桜井先輩からの招待、か……」 「何が、起ころうとしているのかな」 「分からんけど……桜井たくみこと、ジャバウォックは、追い詰められているのかもしれんのう」 「追い詰められている?」 「そうや。静観の構えをとかざるをえなくなったということや」 「打って出たという感じやな」 「じゃぁ、のこのこと、出向いたら、危ないんじゃないの」 「とはいえ。あそこは、普通の美容施設やからのう、昼間に出向いて危険があるとは思えんし」 「やっぱり、行ってみるしかないってことだよね」 「頑張ろう」 「その意気や」 「なんか嫌らしい息が……」 「お待たせしました」 「おはよう、ありすちゃん」 「おはようございます!」 「おはようございます」 「周防さんは、制服?」 「?」 「シスター服で来るべきだったでしょうか」 「い、いや……」 「それより、水着は持ってるの?」 「はい。不思議と持っていました」 「まぁ、普通は持ってるんだけどね」 「……」 なんか、このやり取り、見たことがあるような。 そうだ。零ちゃんの日記の中で……文化祭の後、皆が、プールに招待されて。 あのときも待ち合わせ場所で、似たようなやり取りしてたなぁ。 でもあれは、なんか私だけのけものみたいだったしなぁ。 だから、こうして皆とプールに来られるのは、嬉しいかも! 「おはよう」 「おはようございます」 「零ちゃんも、制服なの?」 「迷ったけど……フォーマルな場所では、制服で出るようにしてるのよ」 「フォーマルな場所なのかな。プールは」 「カノンちゃんは、メイド服なんだ」 「はい。授業以外では、これが一番、機能性にすぐれていますので」 「……」 この二人は二人で、ちょっと、おかしいよね。 「とにかく入ろうか。プールに入っちゃえば、皆同じだもん」 「いらっしゃいませ〜〜」 五人ぞろぞろと入ってきた私達を見て、受付の、おねーさん?が目を丸くした。 「あら、団体様で、嬉しいわね。うふふ」 たくましい身体をなまめかしくクネらせる、おかまさん……? なんだか妙に懐かしい気持ちになる。 私?の日記で出てくる、おかーさまって、この人のイメージなんだ。 「どうかしたかしら?」 「い、いえ、なんでもないです」 「あの、私達、招待されてきたんです」 「招待?? 今日はそんなイベント、してないわよ」 「桜井たくみって知ってますか」 「いいえ。知らないわね……」 「その人から招待状が送られてきて……カードと一緒に」 「見せて」 「これは……。ゴールドカードじゃない」 「施設は使い放題。ショッピングも、20%割引だわ」 「ゴールドカードの会員だけに与えられた、特別なプランなんだけど……」 「誰がこんなものを」 「ですから……」 「来たわね」 「崑崙ちゃん!」 「藤田さん……」 「何なの一体。こんなところに呼び出して……」 「さぁ、私は、ただ…彼の、望み通りにしているだけだわ」 「彼からは、ただ……今日一日楽しんでもらってほしいと、言われているだけだわ」 「……な、なにそれ」 「うーん……じゃぁ、とりあえずプールに入ろうか」 「悠長に泳いでいる場合かしら。ここに来れば何か分かるかと思ったら、桜井たくみは出てこないし」 「どこからか、私達が泳いでいるのを眺めている変態さんかもしれませんね」 「仲間外れって、いつ?」 「日記の中で……」 「なにそれ。日記の中でありすちゃん以外が、皆でプールに行ってたってこと?」 「はい。話すと長くなりますが」 「……」 「あの、あなたも泳ぐの?」 と、心配そうにカルボナーラさんが私に聞いてくる。 「そうですよ」 「そ、そう」 失礼しちゃうな。 どうせ私が童顔だから、子供と思ったんだろうけど。 「まぁ……うちは別に、年齢制限ないし。大丈夫だけど」 「……」 一体いくつに見られたんだろう。 「そうだ」 私は少し距離をおいてこちらを眺めている崑崙ちゃんを見た。 「崑崙ちゃんも泳ごうよ。一緒に」 「……え」 「なんで」 「ほっときなさいよ。皆でプールって柄にはどうしたって、見えないわよ」 「……」 「まぁいいわ」 「え」 「少しだけ、まざろうかしら」 「ねぇねぇ、ビーチボールやろう」 「崑崙ちゃん、やろう?」 「やらないわ」 「やろうよ」 「おい、あのグループ……ちょっと、すごくないか」 「クオリティーたけぇな」 「わきの二人は、ばーん、ぼーんとしてて」 「真ん中の子は、きゅっと、してて」 「メリハリだな」 「メリ」 「ハリ」 「メリ」 「ハリ」 「……イラ」 「どうかしたの、崑崙ちゃん」 「なんか分からないけど、イラっとした」 「もう一人の方は……」 「あの女性は、メリと言って良いのか」 「どうだろうな」 「でも、美人だぜ」 「お前、そういう趣味だったのか」 「おい。あの二人も見ろよ」 「……」 「メリハリだな」 「メリ」 「ハリ」 「メリ」 「ハリ」 「こら」 「何見てるのよ」 「メリが怒った。怖いから向こう行ってようぜ」 「誰がメリだ!!」 「そーれ」 「はい、ありっさん、そーれ」 「って、いつの間に、いるの。何やってるの!?」 「こんなイベントを、逃す手はないやろう」 「何かよからぬことを考えているな」 「ふふふ。姿が見えないことをいいことに、水着のギャルに、狼藉の限りをつくす。これぞ、男のロマン」 「……」 「あ……なんか見えてきたかも、私」 「桜井先輩って、バラゴンなんじゃないの?」 「はいどうしてですか?」 「溶けてるよ???」 「なんか、日記で読んでる先輩とバラゴンの行動がちょいちょい似てる気がするんだよね」 「ありっさん……」 「気のせいや」 「ということで、わては、このチャンスを逃さない」 「ちょ、何するつもりなの??」 「狼藉や。ロマンを求めての狼藉や」 「で、ありっさんは、誰のおっぱいが見たい?」 「いや、誰のも……別に」 「選ぶんや。選ばずには済まん」 「ええええ。これじゃぁ、なんか、私が脱がしたみたいになるじゃない」 「私を! 好きにするといいよ……」 「言うたの」 「……言うたさ」 「……」 「ありっさんに免じて、今日はやめておいてやろう」 「ほ……」 「……ふぅ」 「泳いだ泳いだ」 「なんかおかしな感じよね。美容院にプールがあるなんて」 「遊んだ遊んだ」 「なんか疲れたわ」 「ねーさまは寝てただけじゃないですか」 「そんなことないわ。後で、ありすとビーチバレーしてたし」 「そういえば、時計坂さんは、全然泳ぎませんでしたね」 「そ、それが何か?」 「いーえ」 1階に設置されたカフェで、皆でお茶をしながらやすんでいた。 最上階にも、レストランがあるんだけど、高いんだよね。 「そういえば、藤田さんは?」 「いつの間にか、どっか行っちゃったね」 「あの子も、何を考えているのやら。聞きたいことがいっぱいあったのに」 「結局、プールを楽しむのに必死で、忘れていましたね」 「うぐ……」 「ちょっといいかしら」 「え。あ、どうも」 「あのちっこい女の子から、言付けを頼まれてるの」 「え。言付て、ですか」 「支配人が、上のレストランで待ってるって」 「支配人?」 「ってまさか……」 私達は顔を見合わせる。 「え、え」 ここで、まさかの登場?? レストランは、貸し切りにされているのか、他にお客さんはいない。 端っこ、窓際のテーブルに、男性が一人だけ、腰をかけていた。 入ってきた私達に気づくと、立ち上がり、うやうやしくお辞儀をしてみせる。 「どうも」 この人が……。 「あなたが、桜井たくみ、ね」 「はい。僕が……」 「……」 そうなんだ、この人が……。 「ぶほ!? い、いや違いますよ。違います。桜井たくみ、違うよ」 「え、ええ。じゃぁ、誰なの?」 「支配人の、矢澤と申します」 「支配人?」 「じゃぁあなたは、桜井たくみを知っているんですか」 「ええ。彼はここのオーナーです」 「オーナー???」 「それで、今はどこにいるの」 「さぁ」 「それが、彼はほとんどここに姿を現さないのですよ」 「そもそもシンデレラが出来たときから、経営は、他人任せでしたから」 「彼はイメージを提案しただけ。王様ですから。テーマをかかげ、あとは有能な部下が、それを叶える」 「ぶほ!? いや、決して、僕が有能とか言いたいわけじゃなくて」 「分かってるわよ。当時の部下が有能だったんでしょう」 「だから、なんであなたが照れるのよ」 「いや……はは。まいるなぁ」 「でも、待ってください。創立者ってことは……もう、かなりのおじーさんなのではないですか」 「え゛」 「そ、そうなりますね……」 「桜井たくみの正体が、おじーちゃん???」 「あはは」 「え、えええええ」 「おじーちゃんが、あんな日記を書いていたと思うと、さすがに……」 どういうことなんだろう。 じゃぁやっぱり、あれは、妄想日記で……それを書いていたのは、おじーちゃんで……。 なんだろう。 胸の動悸が早くなっていく。 私は、気づいてはいけないことに、気づこうとしているのではないか。 何かがひっかかる。 日記の中だから分からなかったけど……実は、おじーちゃんだった。 それはつまり……。 いや。考えるのはやめよう。 それよりもう1つ、気になることがあった。 この人……。 「あの、矢澤さんでしたっけ」 「はい」 「あなた、栗原進さんって知ってますか……?」 「ぶほ!?」 「それ! その驚き方とか、私が日記で読んだ、栗原進さんにそっくりなんです」 「え、本当ですか」 「う、うん……僕は、彼の娘の……息子。要するに、孫にあたるわけだけど」 「それがどうしたの」 「その、おじーさんは、今、どうされてるんですか?」 「もう、亡くなってるよ」 「そうなんですか?」 でも、やっぱり栗原進さんは、本当にいたんだ。 じゃぁ、あの日記に書かれていることも……本当かな? できたら、この矢澤さんにいろいろとお聞きしたいところだけど……。 「そうだ、グレートギャツビーから、手紙を預かっているんです」 「手紙? 誰に」 「それぞれの方に」 「ここにいる、皆にってこと?」 「はい」 「言付けです。どうか、それぞれの方だけに、読んでほしいと」 「互いに、何が書いてあるかは、見せ合わないでほしいってこと?」 「そうなりますね」 「それはとてもプライベートな、手紙だから」 「そうおっしゃっていました」 …… で、私だけ来ない。 「あの……私には手紙、ないんですか?」 「そう、みたいですね。ないようです」 「えええ」 ここに来て仲間外れというのは、なんというか。 その後、皆それぞれ、別れた。 周防さんは教会に戻りますと言って、帰っていった。 柏原先輩もどこか別の場所で一人で、手紙を読むよ……と言っていた。 零ちゃんとカノンちゃんは、そのままレストランの一角で、手紙を読んでいたらしい。 そういや、バラゴンもどこかに行っちゃったみたい……。 私はすることがなく、かといって、このまま帰る気にもなれなくて、矢澤さんと話していた。 「そういえば、今日は営業してないんですね」 「ええ。これから、夜の準備がありますから。今日は休業しているんです」 「夜の準備ですか?」 「舞踏会を開くんです」 「ぶ、舞踏会……」 「要するに、立食パーティーですがね。生演奏に合わせて、紳士淑女が、ダンスを踊るのです」 「へぇ……」 「それはそれは、美しい光景ですよ。なんといっても、もう60年以上前から続いている舞踏会ですから」 「えへへ。私達は、それには招待されてないのかな」 「残念ながら……そうみたいですね」 「まぁ、招待されても、着ていく服がないけど……」 「あはは……気にしなくていいのに」 「……」 「あれ……」 「こんな会話、いつかしたことがありましたね」 「え」 「いや、どうでしょう。どこで?」 「日記の中で……」 「あはは……それは知りませんよ」 「……」 「あなたはやっぱり栗原さんじゃないですか?」 「とんでもない!」 「私は矢澤です」 「そう、ですか……」 「……」 厳しい顔で、零ちゃんが立ち尽くしている。 「どうしたの、零ちゃん」 「私、行ってくるわ」 「行ってくるって?」 「手紙に書いてあったのよ。今夜、一人で、誰にも言わずに来るようにって……」 「桜井たくみから、指示があったわ」 「え」 「き、危険だよ。言われた通り、行くの?」 「ええ」 「このままでは、済ませない」 嫌な予感がした。 もう、逢えないんじゃないか……。 「零ちゃん!!」 「うん?」 「私達、友達だよね」 「……」 虚を突かれたように私を見た零ちゃんは、やがて、ふわりと優しく微笑んでくれた。 「ええ」 「南乃さん……あなたは……」 「真実にぶつかったとき……私達を恨むかも知れない」 「な、なに、いきなり。零ちゃん」 「だけど、私達は、友達だったんだよ」 「最初は皆戸惑ったかも知れない。それは……同情だったかもしれない」 「けどあなたは明るくて、いつも前向きで……私達の学園の、一生徒として……迎え入れられていた」 「零……ちゃん?」 「それを忘れないで」 「じゃぁね」 結局、なんだったんだろう。 招待されて行ってみたけど……泳ぐだけで終わっちゃった。 と、向こうから歩いてくるカップルを見て、私は立ち止まる。 けーこちゃんだ……。 あれも、藤田さんが見せている幻なのかな。 幻が終わった後に、何が残るんだろう。 好きな人の心なんて知らないと言って手に入れて……それも消え去って。 それが、何の意味があるのかな。 あるいはずっと、願い続けなければいけないのかな。そんなの知らないと。 駅前で二人が別れる。 一人で歩き出すけーこちゃんに。 「けーこちゃん!」 私は思わず、声をかけていた。 「……え」 「ありす」 「……」 「……」 「あのね、一緒に帰って良いかな」 「……いいけど」 「……」 「……」 「ねぇ、聞きたかったんだ」 「なに、かな?」 「ありすは、知っているんだね」 「え」 「私に何があったか」 「そうして、藤田さんに何を頼んだか」 「私が何をしたか」 「……」 「うん。ごめんね。知ってる」 「そう……」 「それで……あなたは……」 「え?」 「……」 「……」 「あ、あのね、私、思うんだ」 「なに」 「人の心なんて、やっぱり分からないよね」 「……」 「砂漠の果てにオアシスがあるのかないのかなんて、知らない」 「それでもね」 「……旅をするしかないみたいだよ」 「たどりつきたいと思うから」 「焦がれて焦がれて……」 「ただ、信じて、旅をするしかないみたい」 「それが恋……なんだ」 「……はぁ」 「そんなことを思いました」 「……」 「何言ってるの?」 「あああの、だからね。恋もまた物語であり……私達はそれをね」 「信じるしかないって思うんだ」 「それが人を好きになるってことじゃないかなって」 「あはは。ろくに恋もしたことがない私がこんなこと言うのも、おかしいけどね」 「……」 「そうやって」 「私の心に踏み込んできて」 「あの、ごめん。そんなつもりじゃ」 「……にして」 「え」 「いい加減にしてよ!!」 「ほっといてよ」 「ほ、ほっとけないよ」 「だって、友達じゃない。けーこちゃんは」 「なにが……っ」 「けーこって誰よ」 「……」 「私、そんな名前じゃない! 別人よ! そんなの」 「え」 「ふざけるな」 「あんたみたいな……」 「あんたみたいな……」 「あんたみたいな、頭のおかしいおばーさんに、どうこう言われたくないわ!!」 「え」 「……どういう、こと」 頭のおかしい、おばーさん? 「ぁ……」 「私……」 「……違うの。ありす、ごめん」 「違うの」 頭のおかしいおばーさん。 え。 あれ。 どういうことだろう。 身体が重い。 私、何をして。 「あり、す?」 声が。 おばーさん。 え。 あれ……。 おかしい、な。 「あ……」 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」 「いやあああ」 「誰か、誰か来てっ」 「ありすが!! ありすが!!」 …… 「南乃さんが倒れたらしいの」 「だから言ったのよ。学園に通うなんて無理があるって」 「でも、お孫さんたっての頼みで……」 「それにしたって、よく許可したものだわ」 「学園に通って、アルバイトまでさせて」 「結局、同級生にばらされたのね」 「ええ。その子のことも、昔の友達と思い込んでいたみたい」 「それで、ありすさんは」 「今は、安定しているわ」 「お見舞いには、誰も来てないの?」 「家族の方は。後見人っていう、矢澤さんなら、来てたけど」 「例のお孫さんはどうしたのかしら」 「いつも来て、ありすさんにいろんなお話を聞かせてあげていた、ずいぶんと顔のきれいなお孫さん」 「さぁ……」 ………… …… 「……」 ここは、病院。 「……」 けーこちゃん……。 傷つけちゃったのかなぁ。 ごめんね。 窓をこつこつと叩く音がした。 「ありっさん」 …… 「ありっさん」 「バラゴン……」 「……」 「あなたは誰なの……?」 「バラ色ドラゴンの、バラゴンや」 「……」 「さぁ、ありっさん。世界を救いに行こう」 「嘘」 「全部、嘘なんでしょう」 「私は頭がおかしくなった、おばーさん」 「自分がお年寄りだってことを忘れて、学園に通って」 「皆、そんな私の妄想に、付き合ってくれて……」 「全部、妄想なの」 「……ありっさん」 「信じるんや」 「形のないものを信じるのは難しい」 「でも、信じないとたどりつけないものがある」 「ありっさんが、けーこちゃんに言ったことやで」 「もう一度、一緒に来てほしいんや」 「……でも」 「最後の日記や」 バラゴンと共に、夜の世界に、飛びだした。 「……」 これも、私の妄想なのかな。 魔女になって空を飛ぶ。 いかにも私が、考えそうなことだよ。 でも今は、それにすがっていたい。 妄想だとしても。 物語だとしても……。 終わらせたくない。 けど分かる。 バラゴンの言う通り、じきに終わるのだろう。 この私の妄想だか、物語だか、は。 「あそこから、日記の気配がする」 「さぁ、ありっさん。いくつもの日記を集めてきた」 「残る日記はただ1つや」 「1つ?」 「そうや」 「物語の先頭……最果てにたどりつく前に、1つ、抜けている日記がある」 「これは、わてとありっさんが出会う前の日記や」 「これを読めば、全てわかるやろう」 「わてが何者か」 「どうして、ありっさんと巡り会ったか」 「そうして、晴れて、ありっさんは出会うことが出来るやろう」 「ジャバウォック……桜井たくみに」 「バラゴン……」 「ねぇ、あなたなんでしょう」 「桜井先輩は……ジャバウォックは……」 「……」 「今まで何も言えなくてすまんかったのう」 「時計坂当主、初代カノンを打ち破り……零をこの街に残すために、ジャバウォックは力を使い切り……記憶を取り戻すと同時に、消滅してしもうた」 「それが一年前のこと」 「けれど今年の春に……彼は再び、幻としてこの街に現れる」 「そうして目覚めた後につづられた、彼の日記や」 「これを読み終わったとき、ありっさんは、本当の本当に……物語の先頭に到達するやろう」 「そして最果てへ……」 「さぁ、日記を開こう」 「バラゴン、じゃぁ、あなたは……」 「……」 「先輩……」 でもなんで。 なんで、先輩はバラゴンになって……私は魔女になって。 こうして、日記を集めているんだろう。 私に何があったんだろう。 先輩が探していた試練ってなんだろう。 日記に書いてあったこと、まだ思い出せない。 そう、私は……何もかも、忘れているんだ。 忘れていることに気づいただけで。実際は、まだなにも、私は取り戻していないんだ。 「ありっさん」 「もう、ほとんど、わてらは、同じところにいる」 「今日、プールに行ったやろう」 「え、うん」 「ありっさん以外は、それぞれ、ジャバウォックから……手紙をもろうた」 「その後、ありっさん以外に何があったのか……」 「わてが何をしていたか、読んで貰おう」 「そうして、とうとう、わてらは、出会うんや」 「日記……さっきのが最後じゃなかったの?」 「これは、今日起こった日記や。今、作られたばかりの日記や」 「プールでありっさん達と別れた後、時計坂の嬢ちゃんと会ったジャバウォックが、つづったものや」 「ぴちぴちのできたてやな」 「できたてって……」 「この日記を読んだとき、とうとう、現実が物語に、物語が現実に出会う」 「つまり、わてと、ありっさんが出会うということや」 「さぁ」 「山田のせいでしょ」 「岡田氏のせいだよ」 「堀田ちゃんのせいだよー」 教室でなにやらひそひそと相談している三人組。 「だから、あんたがあのとき、くだらないギャグとばすからひいたんでしょう」 「山田ちゃんが例によって毒舌とばすから」 「お前が人見知りして、ほとんど会話しないから、向こうさめちゃったんだろう」 「いや、堀田ちゃんが……」 「……」 「桜井に決めて貰いましょう」 「え゛」 なぜかこっちに飛んできた。 「誰が悪いと思う!? 桜井っ」 「……いや。何の話」 「今の話聞いてなかったの?」 「ちょっと聞いてたけど……何の話かはまったく分からないよ」 「桜井氏のことだから、すっごい聞き耳たててると思ったのに」 だったら、ここで話さなきゃいいのに。 「何があったの。喧嘩?」 「いいわ。相談してあげるから、心して聞きなさい」 「はいはい」 「最近ね。ちょくちょく合コンをしているのよ」 「へぇ。いいじゃん」 「周防さんに合コンを授けられてから、私達、積極的になったの」 俺も協力したんだがな。覚えてないか。 「人に頼ってばかりじゃなくて、自分で動かなきゃいけないって気づいたの」 「それは立派だな。で、何か問題があったの?」 「それがね……」 「前方に良い男発見! いっくよー」 「三位一体攻撃だ」 「あなた」 「けっこう」 「良い感じ」 「かもよ」 「……」 「あ、ありがとう。それじゃあ失礼します」 「そんな感じで合コンしてるんだけど、全然うまくいかなくて」 「これってどういうこと???」 「んー……」 「正直に言って良い?」 「いいわ」 「言って」 「冴えないから」 「がーん」 「なによ、冴えないって。レディーに対して、どういう総括の仕方よ。謝りなさいよ」 「正直に言って良いって言ったじゃん……」 「そもそもなんで、三人で一緒に襲いかかるわけ」 「だ、だって……一人で行って振られたら、ショックじゃない。三人なら、自分じゃなくて他の二人のせいだと思って、心が救われるというか」 へたれだ。 「まぁ、本来なら三人に言い寄られて、嬉しくないわけじゃないからなぁ」 「その中に一人でも、好みの子がいたら、男は食いつくものだろうし」 「やっぱり、個々の、魅力に問題があるんじゃないのかな」 「そこまで言うなら、あんた、責任とってくれるんだろうな」 「ええ……?」 「美の殿堂、シンデレラ……」 「確かに、ここなら……魅力が磨けるかも」 「でも、ここってほとんどの施設が予約制じゃなかったっけ……?」 「いいよ、これ、ゴールドカード貸すから」 「いや、あのね……でも……私達には、はやいんじゃないかな。ここって」 「まぁ、お安くないしね」 「ダメよ! 二人とも!」 「お金がないとか、学生にははやいとか……」 「思えば、全部、怠慢よね。言い訳をつけて、本当の努力を怠った」 「それが、冴えないという評価につながったわけね」 「頑張って」 「1階が、美容室にカフェ……美容用品の売り場」 「2階が、エステに、リラクゼーション」 「3階が、ジム」 「4階から6階まで、ブティックや、セレクトショップのテナント」 「7階が、レストラン」 「8階が、屋内プールになっている……ってわけ。ちょっとしたアミューズメントね」 「ここで、なんでも揃っちゃいそう」 「腕がなるわ」 「さぁ、美しくなるわよ」 「本当の私、デビュー」 「まずはカリスマ美容師による、カットよ」 「そして……ほんのり上品なカラー」 「血行をよくして、お肌をリフレッシュ」 「あぁ……たまらない。周防さんじゃないけど、汚れが、そぎおとされていく」 「ひきしまったボディを作り上げるためには、過酷な運動も必要だわ」 「ジムでトレーニングよ!」 「岡田氏が、ベンチプレスあげてる??」 「日頃からなにやってるの!?」 「魅力的なボディを手に入れたなら、それをきれいにラッピングする、衣装が必要だわね」 「とーってもお似合いですよ」 「店員のお世辞に惑わされちゃだめ」 「自分を評価できるのは、自分だけ」 「あるいは、まだ見ぬ……運命の、あなた、だけ」 「泳ぐわよー」 「母なる海に抱かれて、私達は、生まれ変わる」 「美しきマーメイドとして」 「海にあがった人魚は、王子様に出会えるかな?」 「あら……」 「まぁ……」 「ちょっと……」 「なんだか、良い感じじゃない、山田」 「岡田氏だって」 「堀田ちゃんだってステキだよ」 「……」 「道行く人が見てるよ」 「堀田氏を見てたんだよ」 「違うよ。山田だよ」 「岡田氏でしょう」 「いや、確かに、三人とも朝よりずっと、よくなったと思うよ」 フルコースだからなぁ。良くならなければ、あそこの存在意義がないんだけど。 「あ……ありがとう。まさか、こんなにきれいになれるなんて、思いもしなかったわ」 自画自賛。 「ふふ。勝利報告、詳しく聞かせてあげるから!」 「……」 不安だ。 「……」 すっごい、三人の視線を感じる。 あまり関わりあいになりたくないんだが……。 聞かないわけにはいかないな。 「で、どうだったの」 「ダメだった……」 「そ、そうか。どんまい」 「なんでよおおおお」 「なんで?! なんで!? なんで?!」 「ぐええええ」 「垢抜けたはずよ??」 「髪をきってエステして、きれいな服を買って……いけてる女の子になったはずなのに!!」 「なんでだめなのおおおおお」 「ぎぶぎぶ」 「はぁ……はぁ……。ど、どんな感じだったの?」 「三位一体攻撃だ」 「私達」 「青山生まれ」 「六本木育ち」 「かもよ?」 「……」 「失礼します」 「なんかダメだったのよ。イマイチだったのよ」 「そこだけ聞くと、そりゃダメだろうって感じだけど……」 「なんで、その三位一体攻撃にこだわるの」 「普通にアプローチもしてたんだよ。でも、イマイチ反応が悪いから」 「だからって……」 「あなたの言う通り、おしゃれして、垢抜けて……きれいになったのに。なんでもてないの??」 「お金いっぱい使ったのよ?」 「なんでなのおおおおお」 「ぐええええええ」 「落ち着いて、山田ちゃん。桜井君が死んじゃう」 「げほげほ……」 「そのことだけど、1つ気になってることがあったんだ」 「気になってること? なによ」 「いや。しかしこれを言うとさすがに……」 「何よ」 「もしかして岡田氏の口臭!?」 「……」 「やめておこう。あんまりだ」 「何よ何よ何よ何よ、気になるじゃない」 「君達からは、こう、えも言われぬ……」 「えも言われぬ?」 「じゃぁやめておこう」 「このまま帰ったら、絶対、ベッドでもんもんとして眠れなくなるんだから」 「言って!」 「ほんとうにいいのか」 「い、いいわ」 「すぅ……」 …… 「っとおおお」 「ごちになります、みたいなことしてるんじゃないっ」 「あの、私は、ごめん。処女です」 「我も……処女です」 「でもでも、堀田ちゃんは違うもんね」 「そうだよね。あっちょんがいたもんね。彼といろいろしてるんだよね?」 「あっちょんに大事なものあげたって言ってたよね」 「あ、あげたわよ……」 「私の日記を……」 「はい?」 「大事なもの……あげた」 「まさか、あの妄想日記あげたの???」 「だって、私の全部を知って貰いたくて!!」 「あんなん読まされたら、そりゃどん引きして、去って行くよ。あっちょん、何も悪くなかったよ」 「ってことは」 「確かに、しょ……処女だけど?」 「匂いでわかるのさ、それぐらい」 「ぐぐぐぐぐぐ」 「簡単なことだ。処女じゃなくなればいい」 「どうやって?」 「ニコニコ」 「まさか」 「俺」 「ほらきました」 「きました」 「それが目的だったわけね」 「はー。最近やたら我達の会話に加わってきて、不自然だと思ってたんだよ」 「どちらかというと、そっちから相談をもちかけてきて……」 「でもほら、俺が言った通りだ」 「え」 「処女だなんだって言うだけで、この大騒ぎだろう?」 「なんだか重たいんだよね」 「お、重たい……」 「処女特有の、面倒くささが、あふれ出ていて」 「う……」 「ありかも、しれないわね」 「悔しいけど……あんたは、手慣れてるみたいだし。それで、処女はだめっていうなら」 「でも確かに、桜井君なら、なんか、優しくしてくれそう」 「合コン行ってたら、そのうち、そういうことにはなるんだし」 「よく知ったクラスメートで、おさらばしちゃうってのも、ありかもしれないわね」 「桜井。その、口車にのってあげなくはない」 「あなたがちょっとでも優しくしないなら……こっちは三人いるんだからね。分かってるよね」 「もちろんもちろん」 「優しくするよ」 「……あ」 「じゃぁ、その……ホテルに、花摘みをしに行こうか」 「…………」 「なんか、はじめてこいつを、きもいと思ったんだけど」 「きもいね……」 「桜井君……いい」 「とりあえず堀田氏がされてるの見ながら、あとは検討するかな」 「まぁ、三人なら、なんとかなるよ」 「じゃぁ、早く行こう」 「ホテルってこんななってるんだ……」 「へええ」 「じゃぁ服を脱ごうか」 「ここまで来て、本当も嘘もあるかい」 「どうしても嫌というなら、中止もいいけど?」 「こわいもんね」 「こ、怖くないわよ!」 「私はちょっと怖いかな。さすがに」 「我も…」 「え……あれ……」 「堀田はさすがだな」 「じゃぁ堀田氏」 「どうぞ堀田ちゃん」 「だって、私達のリーダーだし」 「そうだったの。私はそのつもりでいたけど、あんたら、別に敬ってくれたことなんて、なかったよね?」 「まぁ、いつも真ん中にいるし」 「それはいろいろ事情があるからしょうがないのよ」 「わかったわよ……あくまで、私が最初なだけで、皆するんだからね」 「うんうん」 「これが、男の子の……うぇぽんね」 「じー」 「あ、あまりまじまじと見るなっての……」 「ちょ、なんか、予想してたより、ずいぶん凶悪な感じがするんだけど」 「いや、これはあくまで平均的なサイズかと」 「なんで、そんなこと知ってるの」 「本で読んだから」 「いいけど、まじまじと計測しないでくれる?」 「え、でもちょっとまって。これが、私の中に入るの?? ありえないありえない」 「私、オナニーだって、いつも、ボールペンでぐじぐじしてるし」 「あれより太くても、せいぜい、まっきーくらいと思ってたのに」 「こんな……」 「あつっ」 「あついの?」 「うん。なんか、やたら、熱をもってる。どうなってるの、それ」 「興奮してるんだよ。堀田に」 「私に……興奮」 「ねぇ、俺、いつまでこのままなの?」 「え、どうすればいいの。もしかして、入れるってこと?」 「まだ……お尻をつけてくれるだけでいいから」 「お尻をつける……こう、かな」 ぐり。 「はううう。あたってると思うんだけど、なんか、お尻がむずむずして、私、だめかも」 「股間さわってみろよ。濡れてない?」 「う、うん……一人でしてるときより、なんかすっごい、いっぱい濡れてるみたい……」 「それだけ濡れてたら、ちゃんと入ると思うよ」 「う、嘘だぁ。無理だよ。そんな、おっきいの」 「いいから、入り口でいいから、ちょっとあてがってみなよ」 「入り口、に……?」 「分かった」 腰を持ち上げて、ゆっくりと、割れ目を、屹立したペニスの先端へもっていく。 「じゃぁ、入り口だけ、ちょっとつけてみるから……」 くちゅ。 「あ、なにこれ……すっごい、あつい」 「これ、このまま身体落としたら、入っちゃうんだよね……それで、私、処女を、喪失しちゃうんだ」 「うう。やっぱり怖いな」 「ひとおもいに、押そうか……?」 「いやよ!!」 「押すなよ、押すなよ」 「ちょっと、何よ、その手」 「おすなよ」 「おさないおさない」 「おすなよ」 「おさないおさない」 「絶対おすなよっ」 「えい」 「おしたああああああああ」 「あああああああああああああああ」 「ああああああああ!!」 「い、痛い……っ。痛い、痛い」 「落ちついて。暴れたら、もっと痛いよ」 「う、うん……ひーん……どうなってるの、これ。痛い、よ……」 「は、入っちゃったよぉ。何するのよ」 「ど、どんな感じ?」 「どんな感じって……いっぱいいっぱいで、苦しいよ」 「痛いし……こんなの、やだぁ。ぬ、抜いていい?」 「だめ。こんな中途半端で終わったら、中途半端な女になってしまうよ」 「は、半端な女?? そう言われると……つらい……わ」 「でも、どうすればいいの」 「ゆっくりと動いてみなよ」 「えええ」 「そんなことしたら、中のおち○ちんが、私の中を、いっぱい、こすっちゃうじゃない。痛いよ」 「堀田が動かないなら、俺が動くよ」 「え、あ、あああ」 ぐちゅぐちゅ。 「うあ、やめ、てよ。やだぁ、やだぁ……きもち、悪いよぉ」 「あ、あ、あ、あ……あ……」 「どんな感じなの、堀田氏。あんなのが、お腹の中で動いてるって」 「なんか、いっぱいいっぱいれ……お腹の中が、きゅんって、せつなくなるの。痛くて、せつなくて……っ」 「あ、あ、あ……でも、なんか、私も、身体が動いて……っ」 「感じ始めているんだよ」 「気持ちよくなるように、動いてみな」 「うん。動く。もっと、動くよ」 「もっと、自分が気持ちいいところにあたるように、動くんだ」 「分からないよ、きもちいいところ。でも、お、おま○この中の方、なんかきゅんとなって、もどかしいの」 「でも、どこか分からないの……きもちいいところ、どこか……あ、ああ」 「俺はだいたい分かるから、言ってごらん」 「え……?」 「きもちいいの、ほしいって、言いなよ。そしたら、堀田の気持ちいいところ、ついてあげるから」 「桜井君の、おち○ちんで、もっと、気持ちよくなりたいの。もっと、いっぱい、動いて。私のこと、気持ちよくしてっ」 「よし」 「あぁ。ほあ、ほあ、ほあああああ」 「あ、あ、あ、おち○ちん、すごい……すごい、きもちよくなって……きた。あ、あああ」 「堀田ちゃん、よだれたらしちゃって……もう」 「岡田氏もよだれたれてるよ」 「ええええ」 「らって、らってぇ……こんなの、予想外で……私、もうどうなってるか分からないよ」 「うう。我も、なんだかたまらなくなってきた」 「ねぇ、堀田氏……代わってあげてもいいんだけど?」 「やぁ……」 「え」 「やぁ。離さないから。これ、私のものだから」 「ほ、堀田氏……?」 「はぁ、はぁ。あ、あ、あ。すごいの。おっきくて、あついの、奥まで、ずんずんって」 「あ、あ、あああああ。なにこれ、なにこれ。想像、以上だよ〜〜」 「ごくり」 「ごくり」 「はぁ、はぁ……。堀田、俺、そろそろ、出そう。抜こうか?」 「やぁ。やだ。抜いちゃだめ。気持ちいいの、抜いちゃ、だめぇ」 「中に出しちゃうよ。精液」 「いいよ。いっぱい、出して。中に、気持ちいいの、いっぱいだしてぇ」 「あ、あ、あ。ふぁ、あ。いっぱい、もっと、気持ちよく、してほしいの」 「う、あ……」 「堀田、俺、もう」 「私も、私も、気持ちいいの、ばーんって、もう、もう、来ちゃいそうだよ! あ、あ。あああああ」 びゅ。びゅるるるるる。 「ああああああああああああああ」 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「はぁ……はぁ……」 「やれやれ」 「…………」 「あの、私だけが、それをして終わったような気がするのですが」 「ま、まぁいいじゃん」 「桜井氏も、そんなに続かないだろうし」 「俺は、まだまだおっけーだったけど?」 「まぁ、いいか」 「途中から気持ちよかったし……」 「え」 「これで……大人になったのよね?」 「なってなかったら、殺す」 「怖い怖い」 「とにかく処女脱出だわ」 「堀田氏だけね」 「三人一緒にね」 「なんかさっきからおかしくない???」 「そんなことないよ??」 「桜井たくみいいいいいいいいいいいいいいいいい」 「はい!?」 「あぁ……ごめんなさい」 正直予想してた。 エッチしたから垢抜ける。もてる。 そんなわけないよなー。 「きれいになって、大人になって」 「お、落ち着いて……」 「おしゃれをした」 「処女も捨てた!」 「いや、それは堀田ちゃんだけだけど」 「……」 「なのになんで!?」 「いやぁ、難しいなぁ」 「騙したな」 「え゛」 「あんたのせいだああああ」 「ぐえええ」 「げほげほ」 「じゃぁ、言うけどさ」 「なによ」 「ずばり、そういうところが、もてない理由じゃないの?」 「どういう……意味よ」 「俺は別に、金をもらって、相談にのってるわけじゃない」 「クラスメートとしてのよしみで、善意で、君らの愚痴をきいているんだぜ」 「それが結果を出せなければ、自分達の努力は棚にあげて、俺を責め立てて」 「結局、君らは自分のことしか言ってないんだ」 「相手のことを少しでも考えてる?」 「合コンで好みの男の子がいた」 「それで、アプローチをかける。その時に、その男の子のことちゃんと考えてる?」 「最初に俺が冴えないって言ったのは……内面のことだよ」 「え」 「なんだか自分に自信がなくていらいらしてるようで」 「自信がないから自分のことを考える余裕しかなくて。人のことなんておかまいなし。それが周りに伝わってるんだ」 「余裕をもちなよ」 「人に優しくしろよ」 「人なんて、優しくされたら、優しくしたくなるものだろ」 「……」 「ぽかーん」 「いや、いろいろまわってるうちに気づいたんだ」 「どうして君ら、冴えないんだろうって」 「でもそうか……内面の、美しさ……」 「なんかきれい事に聞こえるわ。結局、内面より外見じゃない」 「もてる連中を見てみろよ」 「なんだかんだで、顔がいいだけの奴は、段々敬遠されて……相手にされてないだろう」 「田伏君とか、山崎祥子さんとか。もてる人は、見た目だけじゃなくて、人当たりもいいじゃん」 「あれは、あんなに見た目がよければ、そりゃ、心に余裕が生まれて……」 「ある種の優越感の表れだな」 「そんなこと言ってたら、いつまでたっても、差は縮まらないぜ」 「優しく、か」 「もっと……奥までふくんで……」 「う、うん……」 「ちゅる……ちゅぅ……」 「ん、ちゅぅ……じゅる、ちゅ」 「はぁ……ん……ん」 「もっと、優しく?」 「そう、優しく、なめて……すって……」 「ちゅる……ん。ちゅぅ……」 「あ……っ」 「出るっ」 「ふぁ」 …… 「桜井たくみいいいい」 「ま、またダメだったの……」 「……なに」 「三位一体攻撃だ」 「あなたの」 「笑顔が」 「見たいから」 「無理をしなくていいんだよ?」 「あ……」 「あの、三人は、どういう関係なんですか?」 「そんな感じでした」 「おお。じゃぁ、うまくいってるんだ」 「じゃぁ、もう、うはうはか。このこの」 しかし……三人はなにやら、浮かない顔だ。 「でもねぇ。なんかおかしいんだ」 「すっごいアプローチもらったんだけど、そうなると……今度は冷めちゃって」 「なんで私達、あんなにもてるために、躍起になってたんだろう……って」 「ただ自分が認められたくて。誰が好きとか、ちゃんと考えたことがなかったもんね」 「それで、男の子達の、私達とちょっと気軽に遊びたい……って言う気持ちも見えちゃって。余計にね」 「でもそれって、男の子のせいじゃないと思うんだ」 「私達だって浮ついた気持ちで合コンに出てるんだから、向こうだって、そんな気持ちで寄ってくるよね」 「優しくされたら優しくなる」 「好きになってほしかったらちゃんと好きになる」 「それが答えなのかもしれないわね」 「私達、もてたいばかりで、ちゃんと人を好きになるってことを、考えてなかったのかもしれない」 「結局、いきついたのは、そんな結論だった」 「馬鹿みたいだけど……なんだか、晴れ晴れとした気持ちなんだ」 「あぁ……」 三人は、あっという間に大人びてしまったようだ。 それこそ、いつか、ホテルに行った時とは比べものにならないくらい。 本当に大人になるというのは、そういうことかもしれない。 「……」 「でも、お礼ぐらいしたほうがいいのかしら……あなたに」 「そんなの、気にしなくていいぞ。本当にちょっとした善意なんだ」 正確には、お礼ならもらったし。 「……」 「けど……あなたが望むなら」 「お花を摘みに、付き合ってもいいかもよ?」 「んん……」 「ん……」 「は……」 「……」 「起きなきゃ」 時刻は、6:30。 やっと外も明るくなった頃、私は起き出して、朝ご飯の準備をします。 卵焼きに、ソーセージ。お味噌汁。 あさひおねーさまは、これで……。 まひるおねーさまには、これ……。 ひぐれおねーさまは、これ……。 「あれ」 どっちだっけ……。 「おはよー」 「おはー」 「おはよう」 7:30。 離れに住むおねーさま達が、やってきます。 「おはようございます」 「ありす、紅茶」 「はい」 「私、コーヒー」 「はい、おねーさま」 「私、煎茶ね」 「はい、おねーさま」 「私、コーヒーって言ったでしょう」 「え、あれ。ひぐれおねーさまが、紅茶で……」 「私が紅茶よ」 「え、え。ごめんなさい」 「ありす、ミルクがないわ」 「ありす、お砂糖どこ?」 「あほ。なんで、煎茶にミルク入れるのよ」 「ひええええええ。間違えた!」 「ありす、まだ、ご飯できないの?」 「今、焼いてますよ〜〜」 「あああ。お腹すいたああああああああ」 「ぺっこぺこだよー」 「しょっぱいわ……」 「美容に悪いわ。もっと、塩分を控えめにしてね」 「はい。はい」 「えー。これ以上、薄味とか無理だよ。ごはんがすすまないって」 「あんたも、少しはダイエットしなさい」 お食事中もいろんな仕事に追われて、なかなかご飯を食べるタイミングがありません。 「ごちそうさまー」 「ごちそうさん」 おねーさま達が席を立ち、私もやっと食卓につけます。 「ありす。洗濯物、干しておきなさい。朝から干しとかないと、これ、乾かないんだから」 「はあああああああい。分かりました」 「それじゃぁ、行ってきます」 「おねーさま、ハンカチは」 「もったよ」 「って、持ってないじゃない」 「もう……気が利かないんだから」 「あはは……ごめんなさい」 「ふぅ……」 おねーさま達を送り出し、私もご飯を食べて、顔を洗って……準備ができました。 私は一階のお店に下りていきます。 「おかーさま……」 「何をしているの。制服なんか着て」 「いや。私も学園に行こうかなって」 「今日はダメよ」 「ええ。もう、三日も休んでます」 「だからなに?」 「なんでもないです……」 おかーさまは、笑ってる時はそうでもないけど、怒ると、顔がすごく怖い。 「えと、お昼から、行って良いですか?」 ぎらりと、また大きな目で、おかーさまが私を見ます。 「今日はたくさん予約が入っているんだから。一日中、お店の手伝いよ」 「ええ」 「何?」 「は。はい……」 南乃理容店は、バラ色商店街の一角にある小さな理容店です。 もともとは、私のおとーさんとおかーさんが始めたお店でした。 でもおかーさんが亡くなって……同じく理容室を営んでいたハルカさんを迎えて。 家族は、おとーさんとハルカおかーさまと私。そして、三人のおねーさまになりました。 そんなおとーさんも去年亡くなり……とうとう、最初にこの店にいた三人は、私だけになってしまいました。 今はハルカおかーさまが、なんとか理容店の経営を支えながら、私やおねーさまたちのために、働いてくれているのです。 「終わりましたよ。お疲れ様です」 「あぁ、ありがとうございます」 「すっごい良い男になったじゃない」 「ええ。そうですか? ありがとうございます」 「すっごい、良い男……もう、ほんと、良い男……」 「え、あの……」 「でもおにーさん、ちょっと働き過ぎじゃない? すっごい身体、こってるみたいだけど」 「なんで、分かるんですか、ちょいちょい、触ってきたのは、そういうことだったんですか?」 「そうよ」 「ねぇ……うち、整体もしてるんだけど」 「あっちでマッサージしていかない?」 「え。え。マッサージ」 「楽園につれていってあげるわ」 「あああああ」 「あ、あ、あ。ああああああああああああああああああああああああ」 「……」 「何をしてるんだろう……」 私の本当のおかーさんとおとーさんが南乃理容店をはじめたのが、今から20年ほど前。 けど、五年前におかーさんは亡くなって……。 おとーさんは二年前に、今のおかーさまと再婚をしました。 そうして、私には新しいおかーさまと、三人のおねーさまが出来たのです。 けど、そんなおとーさんも、一年前に突然他界。 大黒柱を失った南乃理容店ですが、おかーさまの商才?もあって、なんとか店は、維持できています。 私も微力ですが、おとーさんとおかーさんが作ったこの店を、なんとか、守って行けたらと学園に通いながらお手伝いをしています。 やっとお店が終わったら、晩ご飯の買い出しです。 「ありすちゃんこんばんは」 「こんばんはー」 今日は何にしようかなー。 「ありすちゃんありすちゃん。これとか、安くしとくよ」 「うーん。でも、昨晩も、これだったからなぁ」 「ありすちゃんも、買い物上手になったねぇ。おまけに、これもつけちゃおう」 「買った!」 「聞いてよ、ありすちゃん。うちの子ったらねぇ……」 「ええ。それは、大変ですねぇ」 「そうなのよ。おばーちゃんは、いっつも、甘やかしてばかりだし。結局、いつも私ばかり悪者にされて……」 「私、どうしたらいいのか」 「うむむ」 少し、長話をしてしまいました。 早くしないと、おねーさまたちが帰ってきます。 「ただいまー」 「あー。おなかすいたぁ」 日が落ちかかった頃、おねーさまたちが帰ってきました。 「ありす、晩ご飯まだぁ」 「ちょっと待ってください。すぐにっ」 「もう、本当にぐずなんだから」 「えへへ。ごめんなさい」 「今日のご飯、なに」 「これ」 「ええええ。一昨日もそれだったよね」 「えへへ。安かったから」 「そんなの知らないよ。こちとら、学校で疲れてるんだから、晩ご飯ぐらい美味しいもの食べたいわ」 「そうよ。一日、家にいたありすとは違うんだから。ちょっとは考えてよ」 「そうよそうよ」 「ごめんなさい」 「わがまま言わないの。栄養があるんだから、食べなさい」 「ぶー」 …… 晩ご飯は朝とは違ってゆったりとした時間が流れます。 私も皆と一緒の食卓について、食事です。 おねーさま方は、学校であったことを、口々に話します。 ちょっとうらやましいけど、とても楽しい時間です。 「ねぇ、ママ、犬かってよ。犬」 「はぁ何言ってるの。うちにはそんな余裕あるわけないでしょう」 「そもそも、あんた達、世話する暇なんてあるの」 「えー」 「ありす、世話したいよねぇ。犬の」 「え。私は、そんな、興味はないかな……」 「なんですって」 「ほらぁ、ああ言ってる」 「ダメったらダメ」 「ちぇー」 ご飯を食べたら、おねーさま達は離れの家に、帰っていきます。 ここで皆で暮らすのは狭いから、私だけが、二階で寝泊まりしているのです。 …… 皆がいなくなり、しーんとするこの時間が、私は苦手です。 おねーさまが言っていたように、犬でもいたら、違うのかもしれません。 は。それでおねーさまは、おかーさまに頼んでくれたのでしょうか。私のために……。 うう。ありがとう、おねーさま。 ベッドに入って、私は本を読みます。 父が小説が好きで……形見として残していってくれたものです。 ほとんどは売っちゃいましたけど、少しだけ……おかーさまに言って、残してもらいました。 なんとなく。私は、この小さな街の、小さな商店街の……小さな理容店で、一生を終えるような気がするのです。 それで良いと思っています。そうできたら良いなと思います。 でも。夜、寝る前の一時だけ……大冒険をしてみても、良いかなって思います。 今にも窓から、妖精が現れて、私を遠い国のおとぎ話へ連れて行ってくれる。 そんな夢を見ているのです……。 「……」 「ん……」 「うう……」 「起きなきゃ」 「おはよう」 「おはようございます」 …… 「ちょっと、ありす。私は、白味噌にしてって言ったよね」 「はぁ。お味噌汁って言ったら、赤味噌でしょう」 「知らないわよ。私は、白味噌じゃないと食べられないの」 「え、え。でも、どっち」 「両方作ればいいでしょうが」 「でも、時間が……」 「私今日、いらない」 「ちょっと、ちゃんと食べなさい」 「まずいの作るありすに言ってよねー」 「もう……ありす、もったいないから、全部食べておきなさい」 「……」 「やっぱり食べるわ」 「ええ」 「ありす〜。私の歯ブラシ、もうくしゃくしゃなの。買い置きない?」 「はーい。ちょっとお待ちを」 「あのう……おかーさま……」 今日こそは、学園に行きたいな。 そう思って、おかーさまの様子をうかがうのですが……。 「むふふ」 なにやら上機嫌で笑う、おかーさま。 これは、いけそう? 「今日、デートだから。店閉めるわ」 「行ってきなさい」 「!?」 やったね。 「おっはよ‐」 「あれ、ありす」 「けーこちゃん! やっこ。おはよう」 「今日は行けるんだ?」 「えへへ。お許しが出ました」 けーこちゃんにやっこちゃん。 仲良しの二人です。 以前は一緒に登校していたのですが、私が店を手伝うようになり、行けたり行けなかったりなので……。 待ってくれなくて良いよと言っているのですが、こうして時間になると、一応様子を見に来てくれるとっても、優しい友達なのです。 「店の手伝いさせられてるとか。ひどいよねぇ」 「こうして学校通わせてもらってるだけ、ラッキーなんだから、贅沢は言えないよ」 「ありすって……ほんと、欲がないわね」 「そんなことないよ」 「ねぇ、あの人……」 「み、見ちゃダメだよ」 なんだろう。うちの学園の人だよね。 私達の前に立っている男の子は、さっきからポケットに突っ込んだ手をもぞもぞさせ……なんというか、その股間の辺りを、しきりに触っているようだ。 どうしても私達の目線の真ん前に来るので、三人とも、妙に目のやり場に困る。 どうしても気になるし……。 電車の中には、いろんな人がいます。 「痴漢です!」 え……。 見れば、先ほどの挙動不審な男の子が、すごい剣幕のOLさんに詰め寄られているところだった。 「あなた、さっきから、私の身体をさわって……いたでしょう」 「え、え。ええええ」 どちらが被害者なのか分からないくらい、男の子の表情は、哀れで泣きそうだった。 私達は知っていた…。 あの人が、ずっと……その、股間に手をやりもぞもぞしていたことを。 もう片方の手は、ずっとつり革を持っていたはずだし。 「一緒に、警察まで行ってもらうから」 「こ、困ります。僕、そんな……っ」 「あの」 私は思わず、立ち上がっていた。 「その人、痴漢……してないと思います」 「なに。誰よ、あなた」 「その人はしてません」 「なんであなたにそんなことが分かるのよ」 「だってその人」 「その人、ずっと股間に手をやってました」 「え」 「それで、ずっと、自分の……こ、股間を、さわっていましたから……」 「……」 「だから、痴漢じゃないと思います」 「いやぁ驚いた」 「いくらなんでも、あの助け船の出し方はないでしょう」 「だ、だって、やってないって分かってる以上、言わないわけにはいかないじゃない」 「そうだけどね。彼、結局、ずっと泣きそうだったよ。いっそ、痴漢でつかまったほうが良かったんじゃないの」 「そんなのダメだよ」 学園前駅を降りて……坂道をのぼると、小高い丘に建つ碧方学園に到着します。 自宅からも見える時計塔は、ここまで来ると、本当にでかでかとそびえています。 大きな時計塔がシンボルです。 「おっっきいなぁ」 私の家からもはっきり見えるぐらいですから。 「何を今更、感心してるのよ」 「いや、おっきいなぁって」 「まぁね。最初は珍しかったけど、こうも毎日見ていると、ありがたみも無くなってくるけどねぇ」 それにしても……。 うーん。数日ぶりの学園。胸が躍ります。 小高い丘の上の森の中にある学園は、なんだか空気も美味しく感じます。 お、美味しい! 「何をやってるの」 「緊張してるの? 久しぶりで」 「空気を食べてた」 「ありす!? もしかして、ろくに食べさせてもらってないとかじゃないわよね」 と……。 ふと、私は足をとめます。 前方で何やら、人だかりが出来ています。 集まっているのは、主に、女の子達で、きゃーきゃーと黄色い声がとびかっています。 かわいい猫ちゃんでもいるのかな? 「あれは……」 「王子がいる」 「王子だねぇ」 「王子??」 はて。猫ちゃんではないようです。 「知らないの。桜井たくみ」 「学園の、王子様」 私達はそのまま輪に加われず……ぼんやりと、眺めています。 王子様といわれても、後頭部ではよく分かりません。髪が長いことしか。 と……。 「……」 王子様(?)が、何かに気づいたのか、ちらっとこちらを見たような気がしました。 「……」 そして、かすかに笑ったような……。 それは、もう、息をのむほど美しい顔で……私は……。 「はぁ〜〜〜〜〜〜」 けーこちゃんが、深々とため息をついていました。 「はぁ……やっぱりかっこいいわ」 「……」 「ありすもさすがに、見とれていたようね」 「うん……」 「あの髪切りたい」 「え」 「なんかぼさぼさで、邪魔そうだったよ。あれじゃ、王子様の名前が泣くよ」 「いや、あれは、ああいうおしゃれなんじゃないの」 「ありすの趣味は古いよねぇ」 「商店街基準だね」 「うえ。ひどい」 「でもせっかくの機会だから、営業してくるよ」 「ええ。ちょ、ありすっ」 「行っちゃった。大丈夫なの、あれ」 「あの子も、なんて言うか……変だよね」 …… 「ちょっと。ちょっと通りますよ。南乃理容室ですよ」 「あのう。ちょっといいですか」 女の子達の間からなんとか手を差し出して、男の子の腕をちょんちょんとつついた。 「うん? なに」 「あのですね」 「髪が伸びてますよ。それはもう、少しだらしないレベルです」 「……」 「よ、よかったら、南乃理容室に、いらしてください……」 「……」 うわぁ。間近で見ると、本当にきれいな顔してる……。 「何この子」 「たくみ様に、何を言い出してるの」 「ぷ」 「あはははは。いいじゃないか」 「君、理容室で働いてたりするの」 「はい。南乃理容室です」 「……ふーん? じゃぁ今度、切りにいってみようかな」 「えええ。ちょ、ダメですよ。この子の家って、あれだよね、商店街にある、小汚い理容室」 「小汚くないですよ」 「ははは」 「じゃぁね。子猫ちゃん」 ぱちんとウィンクをして、王子様は歩き出します。女の子達を引き連れて。 取り残された私は呆然と見送るだけでした。 「は、はい……」 子猫、ちゃいますけど。 「いやぁ、ありすには、驚かされるわ」 「まさか、あの王子……こと、桜井たくみに突撃するとは」 「あの……あの人、誰なの??」 「本当に知らないの??」 「う、うん……」 「桜井って言ったら、ここらじゃ知らない人はいない、ちょーお金持ちの家じゃない」 「えええ。それはすごいね」 「いや……そうだけど、そういう次元じゃなくてね」 「じゃぁ何なの」 「えーと……だから……」 「とにかく家柄が、とーんでもなく、いいのよ」 「おまけにルックスよし」 「ついたあだ名は、王子様。笑っちゃうけど、お似合いなんだよねぇ」 「もう、学園の女の子はめろめろだよ」 「へぇぇぇぇ」 なんとなく、事情が飲み込めてきた気がします。 「そもそも今までなんで知らなかったの? 私とかが、桜井先輩、めっちゃかっこいーって、話してたりしてたじゃない」 「ごめん。ラジオか何かの話かと思って……」 確かに、クラスの女の子やけーこちゃんが、桜井さんかっこいいーって、お話していたのを覚えています。 それがまさか、あんなに身近にいる人のことだったとは。驚きです。 「この子は……」 「分かってる?? あんたは、そんな人にいきなり、髪切りませんかーって声かけたんだよ」 「だ、だって。髪がいっぱい伸びてたし、なんかだらしないよ」 「……」 「ねぇねぇ。南乃さんが、今朝ね……桜井先輩に、言い寄ってたんだよ」 「えー。見かけによらないんだね」 あ、あれ。クラスの女の子から、冷たい視線が集中している気がする。 「口はつつしもうね。この学園で、桜井先輩批判は御法度だよ」 「うー……」 批判じゃないんだけどな。 女の子に囲まれている先輩を見たとき、切らなきゃって思ったんだよなぁ。 そうか。こんなにこだわるのは、単純に、私が髪を切ってみたいから、なんだ。 でもどうしてだろう。 かっこいいから? けっこうミーハーなんだなぁ。私。 「放課後どうする?」 「ちょっとなら時間ありそうかも」 「じゃぁ……」 「一汗、かいていくかい?」 「とりゃぁ」 「えい、えい」 「ほいそ」 私達はジャージに着替えて、校庭横のコートで、バスケットをします。 私達三人しかいない同好会で、こうして互いの時間が合うときしか活動できません。 女の子がスポーツなんて、って、言われるかもしれないけど。 汗をかくと、いろんなことが、すっきりするんだよねぇ。 「あ……私、買い出しいかないと」 「ありすは大変だねぇ」 「姉連中は、遊びほうけてるのにね」 「おねーさまたちは、お勉強とかで忙しいから……」 「王子〜〜」 向こうから、女の子の歓声が聞こえてきた。 あ、王子だ。 「王子、ちょーかっこいいい」 「こっちを向いて、そして微笑んで」 「王子。このお薬。このお薬のんでください。とっても身体にいいんです」 おねーさま達だ……。 あ、桜井先輩がこっちに気づいて、ちらっと私を見た。 「……」 ふっと……小さく笑ったように見えた。 なんか、嫌な微笑みだ。 あんな人が、そんなにいいのかなぁ。 「いよう、ありすちゃん。今日は制服姿なんだねぇ」 「おじちゃん、お疲れ様ー」 「これ、安くしとくぜ」 「そ、そんなことないぜ」 「ありす、どういうことなの」 「クラスメートの子が、あんたの妹生意気ねって言ってたわ」 「な、生意気??」 「何をしたか知らないけど、あんた馬鹿なんだから、愛嬌だけは忘れないようにするのよ」 「あはは……ごめんなさい」 「何があったの?」 「知らないけど、王子……桜井たくみっていうちょー人気者の男の子に、生意気言ったんだって」 「あらあら。ありすも女の子ね」 「え、え。どういうこと?」 「色気づくなんて、百年早いのよ」 「そうよ。男のお尻を追いかけている暇があったら、勉強しなさいよ」 「むー……」 「何よ。私の顔に何かついてる?」 「なんでもないです」 「ふぅ」 「また、学園行けるかなぁ」 ……ん。 あれ。 生徒手帳が、ない。 どこかで、落としちゃったのかな?? うう。おかーさまに言ったら、怒られるよね。 明日探さないと……。 …… 今日は休日です。 おねーさま達は、昼前までぐっすりなので、私は朝ご飯の作り置きをして、お店の手伝いです。 休日ということもあり、平日には見かけないサラリーマンのおじさんや、小学生のお客さんがたくさん来てくれています。 働き時ですよ。 とはいえ、ちゃんと切れるのはおかーさま一人なので、私は一生懸命、シャンプーをしたり、お手伝いをしたり。 「ねぇ、ありす。ちょっとたばこ買ってきてくれる?」 「はーい」 「あぁ、向かいのたばこ屋さん今日は休みだから、八百屋さんの向こうまでね」 「はーい」 無事、おかーさまに頼まれたたばこを手に入れて、帰ります。 休日は、皆さんの顔がどこかのんびりしていて、眺めているとこっちも幸せになります。 最近はもう無くなりましたが、おかーさんたちが生きている頃は、休日のたびに、こうして、目的もなくうろうろしていたものでした。 いやいや。今は大変な時期。 おかーさまも、私達を養うために必死に働いて、おねーさま達は将来のために勉強をして。 私に出来ることなんてたかがしれてるのだから、頑張らないといけません。 「見た?? すっごいかっこよかった」 「何しにきたのかなぁ。こんなところに」 「???」 向こうから歩いてきた女の子達が、興奮気味に話す声が、嫌でも聞こえてきました。 何の話かな。 なんか似たような会話を聞くなぁ、最近。 「ただいま帰りました」 「ありすううううううううううううううう」 「えええええ。どうしたの、おねーさま」 いきなり掴みかかってきた、おねーさまに、のけぞります。 「どういうことなのよ、あんた何しでかしたのよ」 「え。ええええ」 「あれを見なさい!!!」 「やぁ。先日はどうも」 あ……。 王子もとい……桜井先輩じゃないですか。 「え。どういうことですか」 「あ、髪を切りに……」 「ふ」 「ふーん。なるほどねぇ。興味があってよってみたけど」 「あの、本日はどのようにしましょう。カットしていかれますか? 切った方がいいですよ。その長い髪」 「ここでカット?」 「ふ」 「ありえないな」 「え」 「ま、たまには、ライバル店の動向をと思ってきてみたけど。ははは」 「やっぱり、誰も美というものを分かっていない」 「数十年やそこら生きたくらいでは、たどりつけないか」 「物語を語れるのは、俺だけかな」 「いやああああああ。かっこいいいいいいいい」 「なにあれ。なにあれ。かっこいい」 「ねぇ、どういうことなの」 「それはあれだよ」 「あんたは黙ってて」 「誰が目当てなのかな」 「私じゃないかなぁ。この前、私に向かって微笑んでくれたの覚えてる」 「そろそろ薬がきいてきたんじゃないかなぁ」 「……あなた、何したの」 「それはあれだよ。私に用事があるのかもしれません」 「あんたは黙ってなさい」 「何言ってるの。この子は。はは……夢見がちな年頃ってやつかしら」 「髪切りに来てくださいって私が言ったんだよ。それで来てくれたんじゃないかなぁ」 「は……なにそれ」 「あの人の髪、ちょっと、うっとうしそうだから。良かったら、うちで切りませんかって」 「あんたああああ。何考えてるのよ。よりにもよって王子様になんてことを!!」 「……」 「それじゃぁ、失礼します」 「いえいえ。むさくるしいところで、ごめんね」 と、帰りかけた王子が思い出したように、振り返った。 「あぁそうだ。今度の週末の夜に、うちで舞踏会が開かれます」 「皆様も、是非、いらしてください。同業のよしみですし」 「それじゃぁ」 …… 同業のよしみ?? 「あの、おねーさま。同業のよしみって言うのは、どういうことなんでしょう。桜井先輩の家も、理容室なんですか?」 「そんなんじゃないわよ」 「駅前に、おっきい、お店があるでしょう。シンデレラって言う。美容院よ」 「美容院ってなに。理容室と違うのかな?」 「え……。いや、そりゃ違うわよ。美容院ってのは……」 「主に、女性が切るところで……」 「でもあそこ、男性客も普通にとってるよ」 「え。そうね……いや……まぁ」 「とにかく! うちみたいな理容室と違って、おっしゃれで、きらびやかで、主に、若い女の子がいくところなの」 美容院……初めて知りました。 確かに、うちにはあんまり、若い女の子は来ません。 彼女達は、美容院とやらに行っていたということだったのですね。 「でも私も、おねーさま達も、おかーさまに切って貰っていますよね」 「…………」 「しょうがないでしょ! こんな家業じゃなければ、私だってシンデレラで切って貰うわよ」 「何を話しているのかしら」 「うわあああああああああああああ」 「それより、聞いた……? 王子の話」 「私達、舞踏会に招待されちゃったわよ」 「舞踏会なんてどこでやるんですかね」 「だから、シンデレラよ」 「理容室で舞踏会?」 わけが分からない。 「理容室じゃなくて美容室って言ってるでしょう」 「それでも分からないです」 「あそこはただの美容室じゃないの。レストランも併設しているのよ」 「え、ええ」 理容室……美容院なのに、レストラン。 ますます分からなくなります。 「そこはただの、レストランじゃないわ」 「さしずめお城ね」 「週末にはよく、お得意様や、街の著名人を招いて、舞踏会が開かれているのよ」 「そこに招待されちゃったんだから、これは、一大事だわ」 「パーティーかぁ……」 「美味しいものが食べられるかな。えへへ」 「まさか、あんた、来るつもりなの」 「え。招待されたんじゃないの」 「ありえない」 「あんたがパーティーに? ありえないわ」 「でも……」 「あのね。ああいう場所には、ドレスコードってあるんだからね」 「制服じゃダメなの?」 「ダメにきまってるでしょう!!」 「あんた、ドレスなんて持ってるの?」 「ない……」 「ふふん。私達は、ちゃーんと、持っているんだから。淑女のたしなみね」 そういえば、おとーさまとおかーさまの結婚式で、おねーさま達はとってもきれいなドレスを着てたっけ。 私は私服だったけど。 うう。ドレスかぁ。 「あの、おかーさま……」 「うちにそんな余裕はないからね」 ぴしゃりと、言われてしまった。 「どうしよどうしよ、何きていこうかしら」 「あぁぁぁ。こんなことなら、この前、あのブローチ、我慢しておくんじゃなかった!」 「私達だって、犬を我慢したんだから、あんただって我慢するべきだわ」 「ねぇ、犬がダメなら、私、新しいネックレスがほしい。結婚式用のとパーティー用のとは、やっぱり違うじゃない」 「私も私も」 「しょうがないわね……」 「……」 「うー」 「なんだいなんだい」 「おかーさま……おねーさま達ばっかり」 「やっぱり、おねーさまたちの方がかわいいんだ」 「私は本当の子供じゃないし」 「……」 考えるのやめよう。そんなことを思っちゃいけません。 こうして家においてくれて、学校に通わせてくれるおかーさまに申し訳ありません。 なにより、天国のおとーさまに。 おねーさま達は私より年上なんだから。そのぶん、いろいろ必要なんだもん。 そういうことです。 舞踏会か……。 美味しいもの食べたかったなぁ。 きれいなんだろうなぁ……。 「週末の舞踏会、楽しみだなぁ」 「うふふ。学校でも、舞踏会に参加できる女子なんて、一握りなのよ」 「早速、クラスで自慢しちゃうんだから」 「やめなさい。つまらないことでやっかみをもらうものじゃないわ」 「はーい」 「……」 いいなぁ。 「ありす」 「今日は、学校いっていいわよ」 「でも、予約、入っていましたよ」 「いいから」 「は、はい!」 「おっはよ‐」 「おう。今日も行けるんだ」 「ねぇねぇ、やっこたちは、シンデレラの舞踏会って知ってる?」 「あぁ……なんか、時々、街のいけてる連中集めて、パーティーしてるみたいね」 「舞踏会とか、ずいぶん時代がかった言い方してるけど、どうせ金持ちが、互いの成功をたたえあって、いけすかない会話をしてるんでしょうよっ」 「やだねぇ。想像するだけで、寒気がする」 「ひがみすぎだっちゅーの」 「で、それがどうかしたの」 「あははなんでもないの」 「ん?」 と、気配を感じて私は振り返った。 「どうしたの」 「ううん……なんか、誰かに見られてるような気がして」 「あらあら。ありすを影ながら慕う、新キャラクターの登場かな?」 「ええ。それは困っちゃうよ。私……っ」 「冗談だって。野良犬にでも見つめられてたんじゃないの」 「なんで野良犬がものかげから私を見つめてるの?? だいぶ怖いよっ」 「あの子が……」 「王子に」 「大人しそうな子なのに」 「……」 視線を感じる。 もしかして、王子様におかしなちょっかいをかけたから、誰かの恨みをかったのかなぁ。 髪を切りに来てくれませんかって、言っただけなのになぁ。 「そうだ、私……生徒手帳なくしちゃって」 「ええ。それは大変だ」 「事務に言えば作ってくれるけど、小言言われるだろうね」 「だよねぇ」 「それより住所とか書いてあるから、変な人に拾われて悪用されないかの方が不安だよね」 「うう。だよねぇ」 とにかく事務に行ってみよう。 「あのう……実は生徒手帳をなくしちゃいまして」 「なんだってええええええええ!!」 「いや、そんな驚くことですか??」 「私、リアクションがでかいって有名でして」 「でも、生徒手帳を無くすのは本当に……」 「大変なことだああああああ」 「ひええええ」 「はぁ……」 「どうだった?」 「お小言というか、大言? 言われた……」 「なにそれ。怒られたってこと? まぁしょうがない」 「でもどこで無くしたかなぁ……」 とにかく新しい手帳に名前と住所を書かないと……。 「あの、南乃さんはいますか!?」 「え。えええ」 「あ、怪しい人間じゃないんだ。僕は、ただ……ぶほほほ」 なんか、廊下の方からどこかで聞いた声がきこえるよ。 「……南乃さん、呼んでるよ」 「え」 なんだろう。なんかすごく不安だ。 廊下で待っていたのは……。 「栗原、先輩……」 「や。やぁ」 「どうしたんですか」 「?」 「あれ、ないな」 「あれ」 ごそごそ。 なんだろう。股間をもぞもぞとしている。 「僕、君にどうしても……あの……」 もぞもぞ。 「え、ええ。なんで怖がってるの??」 「違うんだ。僕が君を呼んだの」 「そもそも、電車のことは誤解だからね」 「僕が股間をもぞもぞしてたのは……」 もぞもぞ。 「……」 「あ……私、失礼します」 「な、なんで??」 「ひええええ」 「なんだったの」 「わ、分からない……なんか股間もぞもぞして、僕は、僕はって」 「ななな、なにそれ。ただの変態じゃない」 「春はおかしいのが出てくるねぇ」 「うかつに人助けなんてするものじゃないね」 「とほほ」 「ふぅ……ごちそうさま」 「ごちそうさま」 今日は作るのに手間取ってしまい、おねーさまたちが食べ終わって、やっと私も食事です。 おなかすいたぁ。 「じゃぁ、私もいただき……」 「ありす、たばこがほしいわ」 「ええ。私、今からやっと食事を……」 「たばこがほしいわ」 「おねーさまは……」 「ちょっとちょっと。こんな時間に、私達みたいな美少女が出歩いて、何かあったらどうするの」 「そうよ。あなたが適任だわ」 「分かりました〜……」 「……」 こんな時間にたばこを売ってくれるのは…。 もうどこも店を閉めて……道によっては、家の明かりもほとんど見えない、暗がりにさしかかる。 と……。 「やっぱり、感じる……気配を……」 は。 誰かに見られてた。 電柱の後ろから、確かに、こちらをうかがう影があった。 気のせいか、目が光って。 ば、化け物?? 「ひいいいいいいいいいいい」 「ただいま〜〜〜」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 あー。怖かった……。 「おかえり。はやかったわね。たばこちょうだい」 「へ……」 「あ、あの……ごめんなさい」 「呆れた。何しに行ったの??」 「だって、だだ、誰かが、いたんです」 「いてもおかしくない時間でしょうよ」 「そうじゃなくて。あやしい人が」 「はぁ……。いいわ。自分で買ってくるから」 「私達も、そろそろ引き上げようか」 えええ。 「おねーさま……あの、今日はこっちで寝てくれませんか」 「なによ……」 「怖くて」 「なにそれ」 「あんた寝てあげたら」 「えー。なんでよ。枕かわると、私、眠れないんだけど」 「持って来たらいいでしょう、枕」 「やだよ。めんどくさい。子供じゃないんだから、一人で寝なさいよ」 「はーい……」 「うう」 そうだ。こういう時は、お話に没頭するんだ。 妖精が迎えにきてくれるお話だ。 私は遠い国に行きたいのかな。 そこには……。 おかーさまや、おとーさまが、いたりするのかな……。 「え……」 誰か、家にいる? やっぱり、誰かいる!! 「ううううう」 「ありすをお守りください、おとーさん、おかーさん」 「……」 「おねーさま……?」 「なによ。なんで泣いているのよ」 「だ、だって……」 「そこまで怖かったの」 「なんで、ここに?」 「あんたが、ぐじぐじ言ってたから、きてあげたんでしょう」 「あ……」 「ありがとうございます」 「もう。なんだっていうのよ」 「いってきまーす」 「いってきまーす」 「いってきまーす」 今日もおねーさまたちを送り出して……。 「……」 私はおかーさまを見上げる。 「あのね、おかーさま……私、学園にいきたいなぁって」 「ダメよ」 「今日は予約がいっぱい入ってるでしょ」 「はい……」 しゅん。 「いらっしゃいませー」 そこにはスーツ姿の若い男の人が立っていた。 心持ちほほを赤くして、おかーさまを見つめている。 「南乃さん。あの、今日、いいかな、どうしても会いたくなって」 「あらぁ」 「……」 「ありす。今日はお店閉めるわ。学校いってきていいわよ」 「へ」 ちょっと遅れてしまったので、もうけーこちゃん達は先に行ってしまっています。 「……は」 また、だ。 ……また、感じました。 誰かに、つけられています。 やっぱり、ストーカー……? 「あの」 …… 「誰か、いるんですか??」 「あの……」 電柱の影から、誰かが現れた。 とうとう姿を現したストーカー。 その顔には見覚えがあった。 「あの……僕」 栗原さんがストーカー?? 「ぶ、ぶほ……ぶほほ」 栗原先輩……。 「ぶほほ……ほほ」 「いやああああ」 「ちょ──」 車が突っ込んでくる。 「危ない──」 「あの、すいませんでした。それに、ありがとうございます」 あの時、栗原さんから逃げようとして、道路に飛び出して……。 そして走ってきた車に轢かれそうになった私を、とっさに手を引いて助けてくれた、栗原さん。 「い、いや。僕の方こそ、妙な誤解をさせちゃって」 「は。はい……誤解……」 結局、この人は私に何の用があったんだろう。 「それで、あの。結局なんだったんでしょう」 「それね!」 「それについては、言っておきたいことがあったんだ」 「へ?」 「股間は関係ないんだ!」 「は、はは、はい?」 「いや、あの、電車で助けてもらったときに、僕は確かに股間をもぞもぞしてたけど、あれは違うんだ。君が思ってるようなことじゃなくて」 「それは別にいいです。というか何も思ってないです」 「気にならないわけじゃないですが、あまり聞きたくありません」 「いや、それが。いけないんだ。それが全ての誤解のもとなんだ」 「僕が股間を触っていたのは、別におち○ちんが──」 「きゃー!」 「きゃー!」 「いや、あの、私に用があったんじゃないかって。それが何かって」 「ああああ。一番大事なことだよ。それだよ」 「それですよ」 「生徒手帳!」 「生徒手帳?」 「これ」 「あ、これ。なんで」 無くしたと思っていた生徒手帳だ。 「あのとき、後で……駅員さんに二人で説明して、生徒手帳を差し出したじゃないか」 「僕の鞄にまぎれて。というか、僕が勝手に持って行ってしまって」 「あぁ、そうだったんですか」 どうして、2つもとっていくんだろう。 まぁ、この人ならやりそうだけど。 「ん。これ、なんかしめってますね。気のせいか、黄ばんで……」 「ちちち、違うんだ」 「そういうのじゃない」 「そういうのって?」 「誤解しないでくれ」 「股間は関係ないからっ」 「股間……?」 「先輩の股間で、私の生徒手帳がくしゃくしゃで……」 ぽとりと、私の手から生徒手帳が落ちる。 「ちちちち、違う」 「は、はぁ……」 結局、これは使えないなぁ。どうせ新しいものもらったし。 でも、せっかく届けてくれたんだから、お礼は言わないと。 「ありがとうございます。すいません。それなのに、いろいろと誤解して」 「い、いえ……」 「それで……怪我は、なんともなさそうなんですか?」 「うん。ちょっとすりむいただけみたいだったよ。頭も打ってなかったし」 「とにかく、このたびは重ねがさね……ごめんよ」 「いえ。いいんです。勘違いした私も馬鹿でした」 「お詫びと言ってはなんだけど」 「ほんとにいいですよ。そんなこと」 「いや、させてほしい」 「明日の夜、舞踏会が開かれるの、知ってる?」 「舞踏会って……駅前のシンデレラで開かれるやつですか」 「そうそう。それに、君を……招待、しようと思って」 「はえ」 「栗原さんが? どうして」 「ぶ。ぶほ! いいいや」 「いや、たまたまチケットを貰ってね。それだけなんだけど」 「ありがとうございます……でも、ごめんなさい」 「うん?」 「実は、私、招待されたんですよ」 「ええ。そうなんだ」 「それじゃぁ、めいっぱい楽しんでよ」 「いえ。私は行けないんです」 「なんで? 用事があるの?」 「行くための、ドレスがないですから」 「あー……。あそこ、格好には厳しいよね」 「そうみたいで。でもこんな姿じゃ、なかなか……あはは」 「んー……」 「そっか」 「だからせっかくいお誘いいただいたのに、すいません」 「他の女の子誘ってあげてください」 「ねぇ、私のイヤリングどこ?」 「ねぇ、ひぐれ。私のイヤリング……」 「……」 「何してるの、あんた」 「調合……薬の」 「はぁ……。はやく着替えなさいよ」 「ありす。私のバッグどこー」 「はい! 今探してます!」 昼からずーっと、舞踏会の準備をしています。 うちの家は、私の部屋の他にあるもう1つの部屋は、物置みたいになっているのです。 「ふふん」 「きれい?」 「わぁ、わぁ、わぁ。すっごいきれいです」 「馬子にも衣装っていうのはこのことなんですね」 「あなた意味分かって言ってる?」 「え。え。なんか間違えました?」 「じゃぁ、かわいい子には旅をさせろ……?」 「誰目線だよ」 「うふふ」 「腕がなるわ。おほほ」 「おかーさまがやる気だわ」 「野獣の目をしている……」 「精力剤のまないとね」 「今日は、いっぱい食べるからね」 ぺろり。と、舌なめずりするおかーさま。 美味しい料理、いっぱいあるからなぁ。いいなぁ。 でもなんで、精力剤なんだろう。 「でもこの格好で電車乗るの、恥ずかしくない?」 「馬鹿。それがいいんでしょう。周りに見せつけてあげるんだから。私達、シンデレラの舞踏会いってきますのって」 「あさひは、見栄っ張りだから」 「私の彼に車を出させるから、それで、送ってもらえるわ」 「さっすが、おかーさま」 「……」 「そうだ、ありす」 「は。はい!」 「お留守番よろしくね。ちゃんと、戸締まりしておくのよ」 「はい……」 お見送りして、私は家で一人、おねーさま達がちらかした部屋の掃除をします。 しょうがないです。 私みたいな女の子が、参加できるパーティーではないのでしょう。 魔法でもかけてもらって、美しい姿に変身するしかありません。 「そんなおとぎ話みたいなものなんて、ないよね」 「寝よ寝よ……」 「……」 「?」 がたがたと、窓が揺れています。 「な、なに……」 おねーさま達は、舞踏会に行ってるはずだし。 「ひいいい」 「なんまいだぶなんまいだぶ」 「ああああのおおおおおおおおおお」 恐ろしいうめき声が聞こえます。 「あけてええええ」 この声、聞いたことがあります。 カーテンをあけてみれば……。 一人の男の子が、とかげみたいに、はりついていました。 この顔は……。 「栗原先輩??」 急いで、窓をあけます。 「何をやっているんですか」 「だって……下で呼んでるのに、全然出てこないから」 「それで、何の用ですか」 「ぶほ、かい」 「??」 「ごめん、むせた」 「舞踏会に行くんだ。南乃さん」 「あの……でも私、昨日も言いましたけど……」 「こ、これ」 「なんですか?」 「ドレスがなくて、舞踏会に行けないって言うから」 「持って来たんだ」 「も、持って来たって……どこから?」 「詳しい話は車の中でするよ。もう、舞踏会ははじまってるよ。急いで、準備をしないと」 「で、でも……」 「ぶほっ。さぁ、着るの? 着ないの?」 「……」 「着てみます!」 「わぁ」 これは、すごい。 自分で言うのも、なんだけど、とってもきれい。 実際にこんな服着たってきっと私には似合わないと思っていた。 けど、このドレスは、まるで私のためにあつらえてくれたように……初めて着るのに、とても馴染んで見えた。 「さぁ、乗って」 外に出ると、栗原さんが車のドアをあけて待っていてくれた。 「え。え。栗原先輩が、運転するんですか」 「そうだよ。僕の車だし」 「え。え」 この人も、謎な人だなぁ。 「何から何まですいません」 「迷惑かけちゃったからね」 こうして、きれいなドレスに身を包んで……車で、送られていきます。 商店街を抜けて……繁華街へ。 夜の街には、明かりがきらきらとともり、なんだか私は、夜空を飛んで、別の世界を連れて行かれるような、不思議な気持ちでした。 「ねぇ、栗原さん。あなたは何者なんですか。こんなドレスまで……」 「うん」 「僕は魔法使いなんだよ」 言って、栗原さんはおかしそうに笑う。 「え……ま、魔法使い?」 「ぶほほ。そういうことにしておいて」 シンデレラの前に到着しました。 入ったことはありません。 こんな大きな建物が、理容室? いや、美容室なんだよね。 もう営業は終わっているみたい。そっちも見たかったなぁ。 理容室と美容室。 同じ髪を切るところなんだし、そんなに違わないと思うんだけどなぁ。 「じゃぁ、楽しんできなよ」 「栗原さんは、いらっしゃらないんですか」 「僕は苦手なんだ」 「? 何がですか」 「パーティーの雰囲気だよ」 「は、はぁ……大変ですね」 「でも、栗原さん、ちゃんとおしゃれすれば、きっとかっこいいと思いますよ」 「だから、今度うちに切りに……」 「ぶほ!?」 「!?」 「そ、そうかな……」 「隠れた名作かな」 「いや、隠れてるか知りませんし。名作かは分からないですが」 「ぶほほ。今度是非、おうかがいするよ」 「はい」 「さぁ行って」 「さぁ、さぁ、どうぞどうぞ」 「レディースもジェントルメンも、華麗なる宴にお越しください」 「ドレスコードは、美しいこと」 「いやいや、そんなに謙遜しなくても」 「美しさだって、いろいろだ。姿も、心も、歌声も。なにか1つ、美しいものをご呈示くださるなら、本パーティーは、どのような方も参加自由です」 「おっとそこ行く、美しいお嬢さん。ちょっと踊っていきませんか」 「音楽も、料理も足りています。花はどれだけあっても、ありすぎることはありません」 「今夜もさびしく夜を照らす月を、どうか、皆様で慰めてあげてくださいませ」 私はおそるおそる招待状を差し出す。 いもくさいから、入場禁止!とか言われたらどうしよう。 「おおう」 「美しいっ」 「え……え……」 「今夜の舞踏会に参加できるかどうかは、美しいか、いなかです」 「あなたは……」 「合格!!」 「招待状もお持ちでしたか。さぁどうぞ」 美しいとか言われちゃった……。 いや、皆に言ってるんだろうけどさ! その上へ。 照明のおさえられた、美容院らしき店内には方々に布がかぶせられて、よく分かりません。 「わぁぁぁ」 思わず、ため息がこぼれます。 目もくらむような光景です。 うう、私服できたら、とんでもないことになっていた。 そして、ここからどうしたらいいんだろう。 皆楽しそうにお話しているけど、当たり前だけど、知り合いなんていないし……。 「あ、おねーさまだ」 前方に、料理にくいついているおねーさま達を発見しました。 「おねーさま……っ」 と、声をかけようとして、慌てて口をふさぎます。 来たことがばれたら、怒られるよね。 「……?」 口をふさいでも無意味でした。 もうほとんど、おねーさま方に向かって、手を振っている格好になっていました。 おねーさま方が、片手をあげて、片手を口にやって硬直している私を、不思議そうに見ています。 「ああああの、これは違うのです。これは、ですね。魔法使いな方がっ」 「ねぇ。あなた」 「は、はい」 「あなた、王子見なかった?」 「はい?」 王子? や、それよりも……おねーさま達、私に気づいていない? 「王子様ともなると、やすやすと、市井の者と交わりもしないっていうことかしら」 「ちぇぇ。王子様の目に止まろうと、張り切ってきたのに」 「でもイケメンいっぱいいるし、今日ははりきっちゃおうっと」 「そうよねぇ」 「うふふ。たまのこしたまのこし」 「ものども、心してかかれ。ここにいるのは、普段、あんなさびれた理容室では出会うことのないような、ちょーいけてる男達ばかりよ」 「あいあいさー!!」 「……」 私ってばれなかった。そんなに変わってるかなぁ。 「うーん」 ドレスを着てるだけなんだけど。 「いいですか」 「は。はい?」 「ちょっと、いいですか」 「あ、あのごめんなさい。邪魔でしたか?? 通り道でしたか??」 少し困ったように微笑みながら、そっと手を差し出した。 「踊っていただけますか」 「え、え……」 私が戸惑っていると、男の人は、少し照れくさそうに髪をかいて、『失礼しました…』と言って、行ってしまった。 踊る? 私と? 何を? 去年の夏に皆で行った盆踊り、楽しかったなぁ……。 あれじゃないよね。うん。 「あの」 「へ」 「よろしかったら、ぜひ」 「えええ」 「ああああああああの、ごめんなさい」 「あの、ちょっといいですか。もしお相手がいないようでしたら」 「ひえええええ」 …… 「はぁ、はぁ……はぁ……」 私は隅っこにやってきて、息を整える。 不思議な感じ。 ああやって、踊ってほしいってことだよね。 あれはでも、なんていうか、いっぱしの男の人と女の人が、思いを確かめ合うように踊るおどりで……。 私が、女の子として、見られてるってことだよね。 私が女の子……。 「うわああああ」 わけ分かんない。 「?」 まわりがざわつきはじめる。踊っていた人達も踊りをやめて。 上から下りてくる一人の男性を、皆が注目していた。 あれは……。 王子だ。 なんてきれいなんだろう。 男の人に対して失礼だけど、率直に、そんなことを感じた。 学園で見る桜井先輩も十分にかっこいいんだけど……。 ああやってタキシードに身を包んで、髪型をセットした桜井さんは、本当に物語からそのまま飛び出してきた、異国の王子様みたいだった。 「見て、王子よ」 「王子、ごきげんうるわしゅう」 「どうも。サバンナさん、今日はまた新しいドレスですか。いい色ですね」 「分かるぅ?」 「王子、最近、うちのお店に顔出してくれないじゃない」 「すいません。また今度、きっとお伺いしますね」 「きっとよ」 「……?」 「げ」 と、こちらに気づいたのか、私と目が合い、おや……という顔をする。 学園ではじめて会った時のことを思い出す。 こんなところで何やってるんだ、とか言われるのかな。 あるいは私に気づかない? じゃぁ、なんでこんなに見てるんだろう。やっぱり気づかれたんだ。 そしてあろうことか、そのまま歩いてくるじゃないか。 またどうせ、私のことを、さんざんこきおろすんだろうな。 いいけど……こんなに人のいるところでやめてほしいな。せっかく良い気分だったし……。 「これは……」 「どうぞ。水をもってきましたよ」 「え、あの、ありがとうございました」 あっけにとられながら、私はグラスに口をつける。 な、なにこれ。お酒? 不味い〜〜。 「ふ……」 私の様子に、王子は、ふわりと、嬉しそうに笑う。 いやぁ、本当にかっこいいなぁ、この人。 性格を知っていても、つい、うっとりとしてしまいそうだ。 おっと、いけねぇいけねぇ。それが、罠というやつなんだよね。 「海水とはちょっと、違う味でしたか。人魚様」 「……はい?」 やっぱり、私って気づいてないのかな。 さっきから、人魚とか言ってるし。 「できるなら……」 「君が泳ぐところを、見てみたいな」 「は。はぁ……」 「さぁ、一緒に。泳ぎにいきましょう」 「は。はい……」 泳ぐ? ここってプールまであるのかな。 でも、寒いよ。 「わ……」 ほんとだ。夜の光の中を泳いでいるみたい……。 「王子がいるよ」 「誰、相手。きれいね」 「そうね。悔しいけど……」 「わああああ」 私は何があっても……この瞬間を忘れない。 照明の落とされた美しいホールで。 きらびやかな衣装に身を包んだ人達が見守る真ん中で、私は、くるくると、こんなに自在に踊ることが出来た。 地味で馬鹿な私だけど、人生一度くらい、こんな風にして……物語のヒロインみたいになれる瞬間があるとしたら、今がその時なんだ。 そうして、その思い出一つあれば、きっと……ずっとずっと、自分の長い人生を、愛しく思うことができる。 そんなことを思った。 「……」 「不思議だ。はじめて会った気がしない」 ふと、王子様が顔を寄せ……その澄んだ目で、まっすぐに私を見つめてきた。 「そ、そうですか……私もです」 実際、はじめてじゃないんだよ。いつ気づくの、この人。 というか顔近いよ。 「ステキな曲というのは、どこかできいたことがあるような気がするものです」 「ステキな女性もまた、しかり……ということかな」 「は。はぁ……」 これ、もしかして口説かれてるの。 いや。まさか……。 「ナイトマーメイド」 「今夜は僕の物語に、付き合ってくれますね?」 「は。はぁ……」 ここまで来れば、つきあいますけど……? 物語ってなんだろう。 なんだか、気持ちいい感触。 ふわふわして……。 私、どうなっちゃったんだろう。 あの後、いっぱい踊って……すすめられるままに、お酒を飲んで。 最初はまずって思ったけど、段々美味しくて……気持ちよくなって、どんどんのんで……。 「ここは海さ」 そうか。ここは海だ。 「君と僕は渚に寝そべっている」 波が君の身体を洗っていく。 よせてはかえす、波……。 波が、身体を、撫でていく。 波……。 もみもみ。 波が身体をもんでいる。 波? 「へ」 目を開く。と……真ん前には、私の上にのしかかって、私の胸をまさぐる、先輩の姿が。 「……」 「うえええええええええええええええええええ」 「なななななな、何をするの」 私の狼狽にも、先輩は、余裕の笑みを浮かべ。 「二人で泳ぐのさ」 「え。えええええ」 「さぁ、マーメイドを、人間に返そうか」 「王子様のキスで」 「……は」 「……そうじゃないと、君が、泡になっちゃいそうだ」 これは……。 「ひゃ……」 きもい。 「ごめんなさい〜〜〜〜!!!」 …… 「え……」 「俺が、振られた……ふむ」 「俺が振られたああああああああ!?」 何か声が聞こえた気がした。 でも、私は振り返る余裕なんてなくて。ただ必死に、走り出すしかなかった。 「はぁ、はぁ……はぁ」 必死の思いで、シンデレラから出てきた。 「あれ。もういいんだ」 車から、栗原先輩が出てくるところだった。 「先輩、待っててくれたんですか」 「その格好で、帰るわけにもいかないでしょう」 「……は、はい」 この人も……。 「どうしたの。車乗りなよ。送って行くよ」 いやいや。栗原さんは良い人だ。 あの人が、おかしいだけだ。 「あ……ありがとうございます」 車で帰っている。 さきほどまでの光景が嘘みたい。 あれも……嘘みたい。 あれは、夜に見たおとぎ話のようなものです。ステキな夢。 ステキ、か……? 「いろいろとありがとうございます」 「どういたしまして」 「栗原先輩は誰なんですか?」 「僕は……」 「魔法使い……」 「へ」 「の弟子」 「魔法使いの、弟子……」 「ということにでもしておいてよ」 「それじゃぁ」 「あ、あの。今夜は本当にありがとうございました」 「楽しんでくれたなら、なによりだよ」 エンジンを鳴らして、栗原先輩の車は去って行った。 ほんとにあの人、誰なんだろう。 学生で車に乗って……あんな衣装を貸してくれて。お金持ちには違いないんだろうけど。 「ふぅ……」 今日の夜はなんだか、不思議がいっぱいでした。 今でもまだ、ふわふわした感じが残っています。 夢からもどってきて、まだ夢が続いているような感じ。 泳ごう、か。 「……」 なんだか、眠れない。 他のお話を読んで、寝ることにしましょう。 現実の物語なんて、あまりいいことはないのかもしれません。 物語の中なら、王子様はただただかっこよくて優しくて……万事、ロマンチックに行われます。 あんな……。 「はぁ……」 これは誰の物語だろう。 私の知らない。私にとてもよく似たありすは、慌ただしい一日を終えて、へとへとだ。 でも、なんだかとても心地の良い、疲れだった。 海でたっぷり泳いだ日の夜。まだ身体がふわふわと、水中を漂っているような不思議な感じ。 まだ頭の中には、きらびやかな舞踏会の様子が残っている。 そしてありすは、意地悪な王子の顔をぼんやりと思い浮かべながら眠りにつく。 「ん……」 「ふぁ……」 「起きなきゃ」 「ん…………」 なんか不思議な感じ。 昨夜の余韻がまだ残っていて、足下がふらふらしているような。 「ご飯の準備しなきゃ……」 「おはよー」 「あ、おはようございます」 「あぁ、頭痛い」 「お腹痛い」 「あんたは食べ過ぎよ。がっつくから」 「がっついてないもん。おねーさまだって、男の人にがっついて」 「ななな、何言うのよ」 「あれ。おかーさまは?」 「帰ってないわ」 「三人ぐらい男をつれて、消えていくのを見たわ」 「何をやってたんだか」 「私、水だけでいいわ」 「私も」 ご飯どうしよう。 皆、食べないなら電話くれたらいいのに。 「残っちゃうから、晩ご飯これでいいですか?」 「まぁ、いいわ」 「じゃぁ、私達、学園いってくる」 「あの、お店……」 「おかーさまが帰ってないんだから、閉めとくしかないでしょう」 「そうですね」 ということは。 「やった。学校に行ける!」 「ふぁぁ。また今日から、学校かぁ」 「さらば休日」 「ありすは、昨日、何やってた?」 「え。あの、まぁ……」 「あはは……」 昨夜のこと、けーこちゃん達に話そうかな。 でも、信じてもらえないよね。 ドレスを着て舞踏会に出かけたら、王子様に襲われそうになったとか。 っていうか、あの人、なんだったんだろう。 やっぱり私のことに気づいてて、意地悪しようとしたんじゃかな。 そうだ。きっとそれだ。 「あのさ、王子様なんだけど……」 「おやありすってば、やっぱり、あのナンパ王子が気になりだしたのかな?」 「え、ええ」 「やめとき。ありすみたいな、うぶな子が、傷つくのは見たくないよ」 「で、王子がどうしたって」 「あの人って……なんか、遊んでそうだよね」 「まぁ、実際そうでしょう」 「王子と遊んだって子、私が知る限りでもけっこういるよ」 「ちなみに遊ぶっていうのは、双六したとかじゃないからね」 「わ、分かってるよ……」 「女の子を摘まんでは捨て、摘まんでは捨て……やってることは外道よ」 「でも不思議と、誰も怒ってないんだよね。彼のこと悪く言う人、ほとんど聞いたことないし」 「ふーん」 「そういう人徳があるのかもね。なんたって王子様だしねぇ」 「王子、か」 私が、あの人を気にしてる?? いや、これは、腹立たしかったり、恥ずかしかったりで赤くなってるだけで。 襲われて惚れちゃうとか、ありえないよ。私、変態だよ。 「ん……」 なにこれ、手紙。 誰からだろう。 『桜井たくみ』 「なんですとぉ!?」 「なに、どしたの、ありす」 「なななな、なんでもないのっ」 教室に入り、私は机の下でそっと、手紙を開いてみる。 『放課後、教会に来てほしい』 放課後に、教会? 教会って…あの、森の中にある教会だよね。 どきどき。 なんで、こんな手紙が。 やっぱり気づかれたのかな。 じゃぁ、行った先でなにがあるんだろう。 昨夜の続き??? 「それはダメだよ!!」 「南乃さん?」 「ありすぅ、今日暇ならさ」 「あ、ご、ごめん。私、今日、早く帰って、晩ご飯の準備しなくちゃ」 「そうなの?」 「あはは……ご、ごめんね。じゃぁ、ばいばい」 「……?」 …… 学園の敷地には、森が広がっている。 そこを抜けると、時計塔がそびえ、その下には、小さな教会が併設されている。 いろいろロマンチックな噂もたつんだけど……もうずいぶん古い建物で、歴史的価値がどうとかで、立ち入りは禁止されていた。 「こんな風になってるんだ……」 はじめて入る、教会の中。 王子が立っていた。 振り返り、微笑んだ。 ステンドグラスから差し込む日差しをあびて、まるで、神様の使いか何かのように、こうごうしく見えた。 「やぁ、よく来たね」 神様の使いとか、いろんなことを考えた。悪魔だよね。悪魔。 「ん……」 先輩は私の顔に目をとめて……眉をひそめる。 「お前は……」 「なんでお前が来ている」 「手紙をもらったからです。ここに来てくれって言う」 「なに……なんでお前に手紙がいっている」 「知りませんよ」 「あぁ、もしかしてお前も昨夜のパーティーに来ていたのか」 「この学園で参加した女子全員に送るように、言っておいたからな……」 「い、行きましたよ」 何か文句あるかと、言い返す。 そもそも招待したのはこの人自身なのに、なんだこの言いぐさは。 「あぁ、そうなのか。義理で招待をしてやったが、のこのこと本当に来たわけか」 「な……」 なんだこの言いぐさは。 昨夜のことを思いだし、恥ずかしさやら、怒りがこみあげてきます。 とにかく。あの人には関わらない方が、正解のようです。 いくら顔が良くてお金持ちだからって、あんなの、許せません。 「だったら、お前も見ていないか。桜色の、美しいドレスに身を包んだ、妖精のような女性を」 「この学園の女子生徒らしいというのが、信じられないけどな」 「まぁ、お前には関係ないことだ。さっさと帰れ」 「なんなんですか。一体……っ」 「あのう」 え。あれ。 「先輩、いますか?」 いそいそと入ってきた女の子が、すでにいる私を見て、眉をひそめる。 見れば、続々と女子生徒が入ってくるところだった。 「ありすだ」 「あんた、こんなところで何をやっているのよ」 おねーさま達だ。なんで、おねーさままで。 「ひーふー。これで全員集まったみたいだね」 「なにかな、なんで呼ばれたんだろうね」 「花嫁候補選ぶんじゃないの。だってここ、教会だよ」 「きゃーー」 「ちょっと聞いてくれるかな」 「……」 「皆、ごめんね。今日集まってもらったのは、他でもない。あるお願いがあってのことなんだ」 「誠に言いづらいんだけど……」 「一人一人、俺をはたいてくれないか」 …… なんとも言えない空気が、教会に流れる。 この人は何を言い出したんだ。 王子もそれを察したのか、かすかに苦笑しながら、手をひらひらとふる。 「順を追って説明させてほしい」 「昨夜のシンデレラのパーティー。まずは、参加してくれてありがとう」 「それで、実はパーティーの席で……ある女性に、ちょっとした失礼を働いてしまってね」 「それで……頬を、はたかれた」 「俺にとっては、あまりに衝撃的で……それ以外のことが、ほとんど頭からふっとぶくらいで」 「情けない話、少々お酒によっていたこともあって、相手の顔を覚えてないんだ」 「それで……」 「叩いてもらえたら、思い出しそうなんだ」 「は……」 皆、あっけにとられてる。 「もちろん身に覚えがある子がいれば、どうかここで名乗り出てほしい」 「そんな非礼をどうこうしようってわけじゃない」 「むしろ、そうさせてしまうほど……俺に落ち度があったということなんだから。改めて、謝りたいんだ」 「王子……」 「なんて優しいの」 ええええええ。嘘でしょ。 ついでに、非礼をどうこうしようってわけじゃないって発言も、絶対に嘘だぁ。 「ということで、おかしなお願いですまないが……」 「俺を、叩いてほしい」 …… 皆、顔を見合わせている……。 それにしても、はたかれたって……。 絶対私のことだよね?? 名乗り出るべきなのかなぁ。 でも、絶対ひどい目にあうよね。 「誰なの。本当にこの中に、王子にそんな非礼を働いた子がいるの??」 「王子様が許しても、私が許さないわよ」 そしてとても名乗り出られる雰囲気でもない。 それより私には気になることがあった。 「あの」 「なんだ?」 すごい。私に対応するときの、このさめた態度。 「なんで、うちの学生だって分かったんですか。パーティーには、いろんな子が出ていましたよね」 「いいところに気がついたな」 「生徒手帳が落ちていてな」 げ。私のだ。 「ただ……中を見たけど、無記入で」 そうだ。新しいのもらったばかりで、何も書いてないんだった。 ある意味、助かったかな。 「どうやら。この学園の生徒だということは分かったけど」 「で……こうして、顔を眺めてみたんだけど……分からない」 「夜には魔法がある。別人にかえてしまう力がある」 「美しいドレスと、夜のベールに包まれた女性は、もはや昼とは別人に変身しているお姫様ってことさ」 それにしたって、一緒に踊ったり、部屋に連れ込んだ女の子のこと、見忘れるかぁ?? 私、あのドレスを着たら、そんなにかわってたのかなぁ。 「だから、こうして探しても見つからない」 「でも俺はきっと、見つけて見せるよ」 「だから」 「俺をはたいてくれ」 「あの、じゃぁ、私いいですか。はぁ、はぁ……」 一人の女性が進み出た。 「あ、あぁ……でもなんで、君、そんなに息が荒いの」 「緊張しているんです。王子をはたくなんて。王子をはたくなんて……はぁ、はぁ……」 「お、落ち着いて。軽くでいいからね」 「ぐああああ」 「ち、違う。君じゃない」 「そうですか。でも私は確信しました。私の運命の相手は、間違い無く王子だと……はぁ、はぁ……」 「そ、そう……ありがとう」 「じゃぁ、次の子、お願い」 「え、えい」 びち。 「違う……」 びち。 「違うな」 「王子、好き」 びち。 「ごめん。やっぱり違うみたいだ」 パチン。 「……これは」 「……」 「違うな」 叩かれるたびに、何かを思い出すように虚空を見つめ、違う……と首を振る、桜井先輩。 本当に謎な人です。 「馬鹿な、いなかっただと」 「そもそもこの調べ方に無理があったのか……?」 今更気がつくことかな……。 「ん……」 「お前、まだいたのか」 「私も叩いた方がいいんですかね」 「は……?」 「いや、いいぞ。お前は帰って」 「あの女は、暴力的だが、美しかったよ」 「さしずめ、夜の海からあがってきたマーメイドといったところか」 「それにひきかえお前は……」 「……なんですか?」 「木から下りてきたリスというか……きょろきょろしているハムスターというか」 「な……」 あったまきた。 「どうしてそこまで言われないといけないんですか!!」 「…………」 「この感触……」 「おい」 「まさか。そんなバカな」 呆然と、こちらを見ています。 「お前だったのか」 「え」 私だけど。 叩かないと、気づかないことなのかな……。 「お前が……」 昨夜の光景が浮かんで、不覚にも動機がはげしくなります。 まさかあの続きが、展開されるわけじゃないよね。 「お前があの、美しい女、だったのか」 「会いたかった!」 「さぁ、改めて、二人で夜の海へこぎだそう」 げげげ。我が想像ながら、気色悪いよ! 「お前が……」 「は、はい」 「お前が、あの暴力女か!」 「え……」 先輩の様子が、変です。 わなわなと震え、眉間にしわが寄っています。 目は怒りに、ぎらぎらと燃えています。 「恥をかかせたな」 「恥って……」 「そんなこと知らないです」 「あなたが、無理矢理、私にあんなことをしようとしたんじゃないですか」 「誰が無理矢理だ!! 部屋に来るまで、お前も楽しそうにしてただろう」 「そ、それは……お酒が入って、良い気持ちになっていて」 「普通はあそこまでいったら、拒否しないものなんだよ」 「知りませんよ、そんなこと」 「お前……南乃ありすだったな」 「なんですか?」 「この街で、俺に逆らって、平和に暮らしていけると思うなよ」 うわぁ……。 「あぁ、そういう台詞、きいたことあります」 「あ?」 「おとーさんが残してくれた小説の悪役が、よくそういうこと言ってました」 「なぬ……」 「お前」 「ふん」 「一体どういうことか」 「説明してもらおうかしら」 「ありす」 「ひえええええ」 「あなたが舞踏会で王子をひっぱたいたって、あっという間に、学園で噂になっているわよ」 「何がどうなって、そんなことをしたのよ!」 「あ、あの……」 「実は、私も舞踏会にこっそり出ていまして……」 「あぁ、分かった。それで、つまみ出されそうになって、王子に粗相を働いたんでしょう」 「え、えええ」 「違いますよ。そういうのじゃなくて」 「じゃぁ、何よ」 「うう」 襲われそうになった……なんて、言えないよね。 「……そんなところです」 「まったくこの子は。おかーさまもなんとか言ってあげて」 「ふふ。私も若い頃は、たくさんの男の子を張り倒したものだわね。いいじゃないの、女の子はそのくらいの方が」 「おかーさま!?」 「私達まで、学園で白い目で見られるんだからね」 「裸踊りでもなんでもして、謝ってくるのよ」 「えええ」 「なんだいなんだい」 王子が悪いのに。 私もいきなりひっぱたくことなんてなかったのかなぁ。 でも……。 気色悪かったし。 「はぁ……」 ねよねよ。 「ねぇねぇ、あの子が」 「あんな顔してねぇ」 「南乃さんって言うらしいよ」 「あんな顔してねぇ」 「王子に……」 「あんな顔してねぇ」 「私、どんな顔してるの??」 「あんな顔ってなに??」 「し、知らないよ」 「ねぇ見て。あの子が……」 「王子を手込めにしようとしたらしいよ」 「変態」 「不潔」 うえええん。ぜんっぜん、違う噂が流れてるよ。 「どういうこと、これ」 「……私にもよく分からないけど……」 「王子をひっぱたいたのぉ??」 「なんでまた……」 「いや、あの……」 襲われて、と言っても良かった。けど、はばかられた。 夢でも見てたんじゃないのとか、言われそうだし。 「理容室に来て……それで、うちのことを馬鹿にしたから」 「あー……」 「まぁ、あんなきれいな美容院の御曹司からしたら、南乃理容室はちょーっと、ださいかもしれないけど」 「なんだいなんだい。やっこまで」 「いやいやでも、ありすにとっては大事な場所だもんね。そこを馬鹿にされたなら、怒って良い。あんたは頑張った」 「で、でしょ……」 本当は……そういうわけじゃないんだけど。嘘をついちゃったな。 ごめん、けーこちゃん、やっこ。 「はぁ……」 昼休み。 教室にも居づらくて、校舎裏に逃げてきた。 「よう、小娘」 「あ……」 「大分まいった顔をしているじゃないか」 「うー……」 「睨むなよ。お前の自業自得じゃないか」 「別に俺が、指示をしてお前の悪評をながしてるわけでもないぞ」 「本当ですか?」 「あれは全て、俺の人望がなせるわざだ」 「……なんですかそれ」 「言っただろう。俺に逆らったら……この街はおろか、学園にだって居場所はないぞ」 「一言謝るがいい。そうしたら、俺がお前の噂を打ち消してやってもいい」 「なんで、私が謝る必要があるんですか」 「あなたが、私にひどいことをしようとしたんでしょう」 「……ち」 「俺はプライドが高くてな」 「見れば分かります」 「女に振られたことなどない俺が、よりにもよって、お前のようなチンチクリンに……」 「ゆるさん」 「私だって、許しません」 「あなた、王子にちゃんと謝ったの?」 「う、うん……まだです」 「ちゃんと謝りなさいよ」 「裸踊りだからね?」 「本当にやったら、おねーさまたち、怒るでしょう」 「もちろん」 「はぁ……」 「ちゃんと謝りなさいってことよ。私達まで王子に嫌われちゃうじゃない」 「あの人、そんな良い人じゃないと思うなぁ」 「良い人とかどうでもいいのよ。かっこいいじゃない」 「それだけ??」 「それだけよ」 「そうだ。おかーさまは?」 「知らない。仕事の話があるとかで、出かけていったわ」 「またデートじゃないの」 「おかーさまも、元気だよね」 ……ん? 誰か来たみたい。 おかーさまなら、鍵をあけて入ってくるはずだから。こんな時間にお客さん? 「こんばんは。夜分に失礼します」 「お……」 「王子いいいいい」 「ああああ、あの。今日はどのようなご用件で」 「な。なんですか……こんなところまで」 にやりと、先輩が笑う。 「突然の話で恐縮ですが、この店を買い取らせてもらいました」 「……え」 「えええええええええええええ」 「ここは、これからシンデレラ第二号店となります」 「どどどど、どういうことですか」 「ということで、皆様には、そうそうにここを立ち退いていただくことになります」 「な、なにそれ。ちょっと待ってよ」 「お、王子だからって、人の生活を勝手にどうこうしていいもんじゃないんだから」 そうです。おねーさま、頑張って。 「もちろん、ただここを追い出すだけじゃないよ。女の子にそんな酷いことをするわけがない」 「うちの会社が経営しているマンションに、お住まいいただこう。コンシェルジュつきの、最新設備です」 言って先輩は、おねーさまたちに、一枚のパンフレットを差し出した。 「あら」 「あら」 「本当にここに住めるの?」 「ええ」 「まぁ、お店のことについては……そっちで適当に話を進めたらいいんじゃないかな」 「えええええ。おねーさま???」 「待ってください。そんな、おかーさまが許すわけがないです」 「ふ……」 「ごめんね。ありす」 と、おかーさまが、遅れてお店に現れた。 「おかーさま、これはどういうことなんですか?」 「もう、私と桜井さんの方で、話はついているの」 「話がついてるって……。ほんとうに、売っちゃうっていうんですか?」 「ここは、おとーさんとの思い出の……大切な……」 「ありす」 「内緒にしてたけど……」 「うちにはね……。たくさん借金があるの」 「え」 「こんなこと、あなたに言いたくなかった」 「でもね、あさひたちとあなたと、四人を抱えて女手ひとつで生活していくのは、さすがに無理があったわ」 「あさひたちはお嬢さん育ちでね。あの子達のお父さんの遺言で……絶対、苦労をさせないでくれって言われて」 「あの子達の中にあるおとぎ話を守るのが、私には一番大切なことだった」 「だから働いて働いて……けど、毎月の利子をはらうのがやっとでね」 「このままだと、いずれは終わりが来ていた」 「それが、桜井さんは、無利子で肩代わりしてくれた上に……かわりの住居も用意しましょうって」 「あぁ、あの子達の物語を終わらせずにすむんだわって……私、思った」 「そんな……」 「この店を壊すわけじゃないわ。シンデレラの二号店として、リニューアルさせるそうよ」 「きっとお客さんも増えるわ」 「それで私達は、桜井さんが用意してくれたマンションで、やり直すの」 「あなたにばかり苦労をかけることはないわ」 「……」 「私は行かない」 「おかーさまがつらかったのは、ごめんって思う」 「思うけど……やっぱり、離れられない」 「そんな風に、割り切れないよ」 「桜井先輩のやりかただって、汚いよ」 「私が生意気だからって、こんなことすることないじゃない……っ」 「ありす……」 「あなたは子供だわ。まだ」 「準備はできたかしら。桜井さんが車を寄越してくれることになっているから」 「……」 「本当に来ないの、ありす」 「行きません」 「あんたも来なさいよ。ご飯作る担当がいないと、困るわ」 「やだ」 「勝手にしなさい」 「まったく。強情なんだから」 「……」 「さぁ、立ち退いてもらおうか」 「……」 「……なんて顔でにらみやがるんだ」 「言っておくが、この店の経営状態じゃぁ、遅かれ早かれ、他の者の手に渡っていたんだぞ」 「それを俺が再建の道筋をたててやろうと言っているんだ」 「お店は渡さない」 「私が、営業しますからっ」 「それで、ちゃんと借金も返します」 「は……お前が、一人で、この店を経営して、金を返すというのか?」 「そうです」 「何の保証もない。認められるわけがないだろう」 「それでも、譲れません」 「ここは、おとーさんとおかーさんが始めた、理容室なんです」 「だからなんだ」 「私が守るって決めたんです」 「守る?」 「おとーさんは、いつも夢を語っていました」 「いつか、私が大きくなったら……三人で、この店をやろうって」 「継いでくれなくてもいいけど。どうか、ちょっとだけ手伝ってほしいって」 「その話を聴くのが好きでした」 「そうありたいと思いました」 「しかし二人はもういないな」 「……っ」 「怒るな。事実を言ったまでだ」 「まだ、ここにいます。おとーさんと、おかーさんは、ここにいます」 「愛用していたハサミが……。お気に入りの、カップが。おかーさんが一生懸命書いていた、出納帳が」 「二人お金を出し合って改装したお店が、あります」 「いつか何もかも、なくなってしまうかもしれないけど。今はまだ、あるんです。二人がいた痕跡が」 「私が大きくなるまでは……おとーさんとおかーさんの夢を叶えるためには」 「そんな痕跡の1つ1つを、私が守るって決めたんです」 「子供に何ができる」 「お前は、この店に借金があることすら知らなかったじゃないか」 「……っ」 「でも……でも……私は……」 「……」 「そこまでよ」 「誰だ……」 「誰ですか」 あ、外面をとりつくろいはじめた。 「うちの商店街で、勝手は困るね」 「いくらお金持ちだからって横暴じゃないかね」 「いえ。違いますよ。この件は、ありすちゃんのおかーさんと、すでに話がついていることで」 「この店とあんたの事情なんて、知らないよ」 「え、ええ」 「私達はね、ずぅぅっと、この店でカットしてもらっているんだ」 「亡くなったありすちゃんのおとーさんの腕は素晴らしかったよ。私なんか、そのおかげで、今の旦那をゲットしたようなもので」 「みさえさん。その話はいいから」 「あらごめん」 「あの性悪女も、まぁ、ありすちゃんのおとーさんに師事して、腕は確かだったわ」 「それが、シンデレラだかなんだか知らないけど、浮ついた店の二号店だなんて」 「私達は許さないよ」 「それこそ横暴というものですよ。許さないと言われても……」 「私達はね、すでにこの店を予約しているの」 「来月は結婚記念日だから、ここでカットしてもらって備えようと思ったのに。変なとこで切って、旦那に振られたらどうするの」 「あんたほんとに旦那が好きねぇ」 「いきなり出てきて、私達の予定をぶち壊しにするっていうなら。裁判するわよ裁判」 「はは……そんな馬鹿な……」 先輩は本気で困っているようだった。 外面を気にするから、裁判沙汰が、困るのかな。 「さっきから、めちゃくちゃですよ。そもそも、この店でカットできる人間なんていませんよ」 「ありすちゃんなら大丈夫よ」 「そうよ。昔からずっと、おとーさんのやり方見ているし」 「実際、うちの子なんか、ありすちゃんに切って貰っているのよ」 「なに……そうなのか」 「えへへ。まぁ、子供とおじーちゃんとかだけたまに」 「いや、お前、免許もなにもなく」 「バラ色商店街公認だからいいのよ」 「めちゃくちゃ……」 「私も、いつかありすちゃんに切って貰いたいわって思ってたんだから」 「…………」 「分かりました」 「南乃ありすさん……あなたを、店長に指名しましょう」 「え」 「書類上、うちの傘下には入って貰いますが……とりあえず、店はあなたに任せてみましょう」 「バックアップもします。とはいえ、商店街の皆様が、さぞあれこれとお世話をしてくれるでしょうから……心配はないでしょうが」 「ねぇ」 「そ、そうよ」 「ただし。こちらが提示するノルマがこなせなかった時点で、あなたには速やかにここから退去してもらい、親の元に行ってもらいます」 「それで、いいかな」 「……」 「はい」 「おーけー」 「皆さんも、それでかまわないですか」 「いいわよ。ありがとう。というか、あんたよく見たら、旦那に似てるわね……良い男だわ」 「ええ??」 「いや。全然似てないわよって」 「ということで、これからよろしくお願いします。南乃ありすさん」 「おって、書類を用意しよう」 「はい」 先輩はそのまま店を出て行こうとする。けど、去り際。 「このままですむと思うなよ」 確かに、重たい声で言った。 「!?」 「ふん」 なんだかやっぱり悪役っぽい言葉をのこして、先輩は去って行きました。 「よかったね。ありすちゃん」 「あ、ありがとうございます」 「困ったことがあったら、私達にいいなさい」 「はい……はい……」 このままですむと思うなよ……か。 何をしてくると言うのだろう。 でも……このお店さえ、守れたら、いいかな。 私は間違っているのだろうか。 それは、今思えば、とても美しい物語だった。 それが、ある日とつぜん終わってしまった。 私は大好きな物語が終わらないでほしいとだだをこねている子供で。 どこかで、おかーさまやおねーさまに、心を開かなかった。 かわいい娘。かわいい妹になれなかった気がする。 そして今、こうして、まただだをこねて、お店にしがみついている。 これでいいのかな。 「でも……」 だって、そう簡単に……認められないから。 「ごめん」 私は誰に謝っているんだろう。 「本当に誰もいなくなっちゃった」 おねーさまたちはさっさと荷物をまとめて、新居に移ってしまった。 がらんとものがなくなった部屋で、私は呆然と立ち尽くしていた。 一人……なんだ。 離れにおねーさまたちがいるのといないのとじゃ、全然違うよね。 おかーさんが亡くなってもおとーさんがいて。おとーさんが亡くなっても、おかーさまやおねーさまがいて。 そして今……私は一人になった。 「…………」 でも、自分で選んだことだ。 「頑張ろう」 思い出がいっぱいある。 だから大丈夫……。 「誰だろう?」 こんな時間にお客さん? 「はーい」 「よう」 「せ、先輩……」 「なんですか。まだ何かあるんですか。話はついたんじゃなかったんですか」 「あぁ、話はついたよ」 「ここは俺の店で、お前はここの店長で……」 「だったら。もう、用はないですよね」 「どうも。お荷物、こちらで大丈夫ですか?」 「え。え」 業者の人が、でかいソファーを運んできた。 「あぁ、そこに積んでおいてください。ご苦労さま。もう帰っていいですよ」 「さてと……」 「せまくるしいな。この荷物、どうしたものか」 「そうそうに場所を決めて、あとは栗原を呼んでやらせておくか……」 「どういうことですか、この荷物は」 「どういうこともなにも、俺がここで住むんだよ」 「は」 「はあああああああああああああ」 「めめめめ、めちゃくちゃ言わないでください」 「めちゃくちゃなものか」 「話はついたんじゃなかったんですか」 「私はここの店長で」 「だからなんだ。この店も土地も、建物も。今は俺のものだ」 「店長だからって、ここに住んで良いわけがないだろう」 「なななな」 この人は、あくまで私からこの場所を奪うつもりなんだ。 「そこまで私に嫌がらせをしたいのですか」 「ふん……」 「俺は一度決めたことは、絶対に敢行する人間なんだ」 「私が、あなたに謝るまで、こういうことを続けるってことですか」 「……」 「……」 「私……絶対、出て行きませんから」 「なに」 「馬鹿を言うな。今日からここは、俺の家だ」 「勝手にしてください。けど、私はでていきません」 「俺と一緒に住もうってことか?」 「違います。あなたが、勝手に、あがりこんでくるんです」 「……」 「好きにするがいい」 「1つだけ言っておきます」 「なんだ?」 「私はあなたが嫌いです」 「けっこう。俺もお前が嫌いだ」 …… …… なんだろうこの空気。 そのうち帰るのかと思ったら、どっかりとソファに座って、くつろいでいる。 本当にここに住むつもりなのかな。 私もいろいろと啖呵切っちゃったけど、本当に、この人と寝泊まりするとか、考えられないよ。 そのうち帰るよね……。 「おい」 「なんですか……」 「この家は、風呂はないのか」 う……、やっぱり泊まるつもりみたい。 「ないですよ」 「なんだと。じゃぁ、いつもどうしてたんだ」 「共同浴場に行くんですよ。歩いてすぐのところにあります」 「共同浴場??」 「俺は嫌だな」 「なんでですか。広いですよ」 「不特定多数の男に肌を見られるなんて…」 「は、はぁ。何を気にしてるんですか」 「俺の肌はきれいだからな」 「はぁ……」 変な人だ。 「しかし……まさか風呂もないとは…早急にどうにかしなければ」 ぶつぶつとつぶやく先輩をおいて、私はお風呂にでかけることにする。 「はぁ……まいったなぁ」 お風呂から帰ってくると、先輩は、部屋の中をあれこれと物色して、『これはいらない。これは邪魔だ』と一人つぶやいていた。 本気なのかなぁ。 まさか、だよね。 今は私への嫌がらせで、居座っているけど、ああいう人はすぐに飽きて、いなくなるにきまってる。 気にして振り回されるだけ損なんだ。 「寝よ寝よ」 ………… …… 「おい」 「ひええええ」 「なんですか?」 「俺はちょっと、こっちで作業をしているが」 「は。はい。そうですか。お疲れ様です」 「覗いたりするなよ」 「何をですか」 「俺の寝顔を見ようと思って、こっちに来ようとするなって言っているんだ」 「しませんよ! あなたこそ、人が寝ているところに入ってこないでください」 「はいはい」 はぁ……。 何よ、作業してるのを覗くなって。 あなたは鶴かっての。 「寝よ寝よ」 …… 「ん……朝、か……」 「ふぁ」 …… 「起きなきゃ」 時刻は、6:30。 やっと外も明るくなった頃、私は起き出して、朝ご飯の準備をします。 卵焼きに、ソーセージ。お味噌汁。 まひるおねーさまは、これで……。 あさひおねーさまには、これ……。 ゆうひおねーさまは、これ……。 「あれ」 「あ……そっか。おかーさま達いないから、準備とかしなくていいんだ」 自分のためだけと思うと、あまり作る気にならないなぁ。 「朝は、昨日の残りでいいや」 「お味噌汁だけ、用意してっと」 「いけないいけない。一人でもちゃんと暮らせるようにならないと」 「今日のパンツは、どこですか」 「……ん」 誰か入って……。 「ん?」 へ。 「あ……」 「……」 「よう」 「きゃあああああああああああああああ」 「ななななな、何をやっているんですか」 「何をって、洗面所を使おうとしただけだ」 「私が着替えてるのにっ」 「何を、いっちょまえに照れているんだ」 「ガキの着替えを見て、どうこうなるような俺じゃない」 「むか」 「そのガキを、襲おうとしたのはどこの誰ですか」 「なぬ……」 先輩の顔から、血の気がひく。 どうやら、あの夜のことは、よっぽど先輩にとっては、痛手だったらしい。 「俺だって、あのくらい、ドレスアップしてれば、レディとして扱ってやるさ」 「あの、衣装1つでそんなに対応かわるものですか」 「かわるさ」 「それはもう、あの衣装が好きなだけじゃないんですか」 「……」 「一理あるな」 「あるんかい!!」 「あれは、俺がデザインしたものでな。俺の物語がつまっているからな……」 「は、はぁ……。やっぱりあの衣装が好きなだけでは。というか自分が好きなだけでは……」 「かもしれないな」 「それにしても、朝からここは、臭いな……何のにおいだ……」 「朝ご飯を作っているんです」 「これは……味噌汁か……」 「俺は味噌汁が苦手なんだ。庶民臭くて……。ポタージュを作り直してくれ」 「誰が、あなたに作りますかっ」 「なんだと」 「じゃぁ、俺は何を食べれば良いんだ」 「知らないですよ」 「腹をすかせてひもじい顔をしていては、俺が俺らしくあれないじゃないか」 「なんですか、俺らしくあれないって……」 「……王子らしく、ない」 「……」 どっちがふざけてるのやら。 私はお鍋からお味噌汁をよそって、先輩の前に差し出す。 「はい、どうぞ。自分の分だけ、作るわけがないじゃないですか」 「え……」 「……」 「だから俺は味噌汁は……」 「がるるるる!!!」 「い、いただこうか……」 「いってきまーす」 「いってくるか」 当然のように私の後に続いて、店を出ようとしている先輩。 「ついてくるつもりですか」 「今日は車を呼んでいないんだ。ここからお前がどういう風に、学園に通っているのか興味があってな」 「まぁ、明日からは車で通学するだろうが」 「今日だけは、同行してやろう」 「ええー……」 「なんで嫌そうな顔をする」 「正直嫌ですし……いろいろと、説明が面倒になるなぁって……」 「庶民だな。何をイチイチ気にしている。どんとかまえておけばいいだろう」 どんとって言っても……。 すでに、やっことけーこちゃんが来ている。 桜井先輩を見て、どう思うんだろう。 あぁ、気が重い。 「あぁ、ありす、おはよー。聞いたよ、おかーさんたち引っ越したんだって?」 「やぁ」 「どうも。お二人さん。きれいな花、ふたつ。道連れとしては悪く無い面子だな」 「ぽかーん」 「あれは、どういうことなの。ありす」 「あはは……私が聞きたいぐらいだよ」 「なんだ、歩いて行くんじゃないのか。電車に乗るのか?」 「行けなくもないですけど、遠いですよ」 「ふーん。まぁ、電車で行くのもいいだろう」 「ねぇ、あの人、自然についてくるんだけど。いいの」 「だって……どうしようもないじゃない」 あ、栗原先輩だ。 「先輩、おはようございますっ」 「あぁ、南乃さん。おはよう……」 「って、えええ」 「よう、栗原」 でも、他の人の驚きとは違うようだ。 「あれ、お知り合いなんですか?」 「まぁ……いろいろと」 「ふん。何がいろいろとだ」 「あの、栗原さん。その節はありがとうございました」 舞踏会の夜のこと、考えて見れば、ちゃんとお礼を言ってなかった。 「い、いや……あはは」 きょろきょろと困ったように、辺りを見回す。 もしかして、内緒のことだったかな? しーですか、と、口もとに指をたてて、うかがう。 しーなんだと、栗原先輩も指をたてて、答える。 秘密なんだぁ。 「……」 「おい、ありす」 「はい?」 「お前、こいつが好きなのか」 「は」 「へ?」 「俺に対する態度とずいぶんちがうからな」 「誰にだって、あなたに対するよりは、優しく接してますよっ」 「なんだと、それは、どういう意味だ」 「そのままの意味です」 「こいつは、俺の舎弟だぞ」 「ぶほ。ぶほほほほ。ちょ、ひどいよ。舎弟とかじゃなくて」 「じゃぁ、なんですか?」 「……友達」 「……それは違う」 「ひ、ひどいよ。たくみ君」 「あはは。仲が良いんですね」 「舎弟だからな」 「友達だよね??」 学園についても、先輩は当然のように私達の横を歩いている。 「……」 鈍い私でも、さすがにこの後の展開を予想できた。 「なに、どういうことなの、これは」 「王子とちんちくりんが、一緒に登校してる??」 「やぁ」 「やぁ。おはよう」 「……」 「なんであの子が、隣にいるのよ」 「……あはは」 「南乃さんが?」 「桜井先輩と??」 「なんで???」 「あれじゃない。つきまとってるのよ」 「なんだか、一時期から、妙に先輩に執着してるみたいだし」 「ああいう世間知らずな子って、まわりが見えないから」 …… 「なんか好き勝手言われてる気がする」 「ま、女子が騒ぐのも無理ないわよね」 「結局、どういうことなの、あれ」 「あはは……私にも何がなんだか」 「シンデレラがうちのお店を買い取って、私は出て行かなければいけないけど、私が居座ったから、王子がやってきて一緒に住むことになった」 「……そんなとこかな」 「途中までは分かるけど、なんで同居することになるわけ」 「分からないけど……嫌がらせじゃないかな」 「あの人、私のことを恨んでるみたい」 「なんで?」 「そりゃぁ……」 「生意気だから?」 「生意気だからって、あそこまでするかなぁ?」 「はぁ……」 「大変な一日だったよ」 「二人暮らしってことだよね」 「そうだよ」 「食事とか作らないといけないのかなぁ」 「あの人が作るとは、とても思えないなぁ……」 「いや、心配するポイントが微妙にずれてる気がするけどね」 「できたら私達も泊まりに行って、ありすを守りたいところだけど……」 「男の人がいるところにお泊まりするのは、うちの両親に知れたら、戦争だからねぇ」 「うちも」 「私は、その男の人と二人きりにされてるんだよっ」 「いや、ありすもさ。強情張らずに、おかーさんたちのとこに行ったら?」 「そ、それは……やだ」 「じゃぁ、頑張りなさい」 「ひーん……」 「聞いたぜ、ありすちゃん。変な男と同居することになったんだって」 「変なことされそうになったら言うんだぞ」 「はい。ありがとうございます」 もう知られてるんだ。おそるべき商店街のネットワーク。 そして、けっこうおおらかに受け止めていたらしい……。 あの人に食事、作るべきなのかなぁ。 まぁ、いろいろ文句言われるのも嫌だし、作ろっか。 「あぁ、ありすちゃん。あれからどう」 「あぁ、おばさん実はですね……」 …… 「そうなの?? 一緒に?? それは大変ね」 「ありすちゃんも、意地をはらずに、おねーさんたちのところに行けば良いのに」 「え……」 「まぁ、でも彼なら、一緒に住んでも大丈夫かしらね」 「なんでそう思うんですか」 「あの後ね、ちょっと二人で話すことがあって」 「まぁ……彼は彼で、いろいろ事情があるみたいね」 「あの人そんなに悪い人でもないのかもね」 「そもそも、あの歳であんなおっきな美容院を経営してるってだけでもすごいことだし」 これは……。 「あ、私が彼と二人で話したってことは……旦那には内緒よ? おほほ。いや、もちろんなんでもないんだけどね」 たらしこんだな! は〜〜〜。 ……家の前で車が止まった音がする。 「ただいま」 普通に帰ってきたよ。 「ふぅ」 「飯はできてるか」 「……そんなのないです」 「じゃぁ、外で食べてくるよ」 「つ、作ってますよ」 「最初からそう言えばいい」 く、くやしい。すでにいろいろと見透かされているということか。 「ふむ……」 「俺は料理についてはよく分からないが、まぁ、うまい方じゃないのか」 「料理については分からないって……舞踏会のお料理、とっても美味しかったですよ」 「あれは全部、スタッフに任せているからな」 「でもあんなものばかり食べて……」 「運動しなくちゃ、太っちゃいますよ」 「なに!?」 「俺、太ってるのか」 「いえ、そんなことはないですけど。そのうち太っちゃいますよって」 「びびらせるな」 「さて、と……」 「私はお風呂に入ってきますから」 「あぁ、風呂ならうちにあるぞ」 「え。あるってなんですか?」 立ち上がった先輩は、物置になっている部屋の扉を無造作に開く。 「ほら」 と……。 「えええええええ」 ほんとに、お風呂がある。 「ななな、なんで……」 確かに、元はおねーさま達の物置になっていた一室が、きれいなお風呂に様変わりしていた。 「用意したからだ」 「用意って言っても、え、だって」 「だって、一日やそこらで……えええ」 「俺に不可能はない」 謎な人だ。 「いくらお金持ちだからって、これは……ないでしょう。どうしたんですか、ほんとに」 「ふ……」 本当に唖然とする私を眺めながら、先輩はちょっと子供みたいに、上機嫌に鼻をならす。 「俺は魔法使いだからな」 「……」 ま、魔法使い……。 ただの顔のいい、わがままな人だと思っていたけど……もっともっと、謎が多いのだろうか。 「うちにお風呂があるなんて……嘘みたい」 「なんだかすいません」 不思議なことは多いけど、うちにお風呂があるなんて夢みたいだ。 ゆっくり入らせてもーらおっと。 「おいおい」 「お前は入ったらダメだぞ」 「え゛……なんで、ですか」 「俺は人が入った、お湯に入るのはごめんだからだ」 「かといって、自分が入ったお湯に、後で誰かが入るのも、嫌だ」 「要するに、俺専用ということだ」 「……」 「いや」 「さっき、お風呂に入りに行こうとした私に、風呂ならうちにあるぞって言いましたよね?」 「あぁ」 「私入れないなら、関係ないじゃないですか」 「関係ないが、お前が風呂に入りたいときに自慢しておくのが、一番効果的だと思ってな」 「……」 「入ります!!」 「お、おい!!!」 「何をしやがるんだ。俺の風呂だぞ」 「変態っ。出ていってください」 「お前の裸なんて知るか。さっさと出ていけ」 「そっちが出ていけー!」 「お前……」 ふふふ。勝負に勝った。 さすがに入浴中のところに踏み込むことは出来なかったらしい。 お風呂からあがってさっぱりした私を、先輩は憎々しげに見ている。 「入ればいいじゃないですか」 「誰かが入った後の湯なんて、ごめんだ」 「はぁ……」 「考えてみれば、湯をいれかえればいいんじゃないか」 「……」 「ということで、入れ替えろ」 「そんなもったいないこと、しちゃだめですよ」 「何がもったいないだ。俺の生活費くらい、俺が出すにきまっているだろう」 「それでもです。うちにいる限り、無駄は許しません」 「ここは俺のうちだ」 「まだ私のうちです」 「入るなら、このまま入ってください」 「お前……そうやって……自分の残り湯に、俺をつからせようという魂胆じゃないだろうな」 「なんですかそれは。私、どういう変態なんですか?」 ぶーぶーいいつつ、先輩はお風呂に入ったようだ。 「ふぅ……」 ぽっかぽかだ。 何が起こったのか知らないけど、家にお風呂があるって、嬉しいなぁ。 ほかほかのまま、寝ちゃいたくなるよ。 「……」 「うおっと……」 いつの間にか、先輩があがっていた。 無防備にうろついていたけど……お風呂上がりを見られるのって、ちょっと、気になるよね。 「おい、お前……」 「な、なんですか?」 やばい。 じろじろと、なめ回すように、私の身体を見つめてくる。 けーこちゃんの言葉が思い浮かぶ。 「お前……」 ……。 「ちゃんと身体を洗っているか?」 「……は」 「さっき湯船をのぞいたら、あかが浮いていたぞ」 「そりゃぁ、ちょっとは浮かぶのではないかと」 「今度、洗い方を、指導しないといけないな……」 「……」 「なんだいなんだい」 「湯船にあかが浮いていたとか、女の子に言うことか」 「でも、本当にどういう人なんだろう」 「一日で、お風呂を出現させてしまうなんて」 「本当に魔法使いなのかな……」 「王子だったり魔法使いだったり……」 「キャラを統一してほしいよね」 「できそこないの物語の、キャラクターみたい」 「その点、お父さんの残してくれた本は……」 楽しくて、優しくて……。 懐かしい。 「…………」 「すー……」 「そんな感じで、さんざんだよ」 「大変ね……」 「んー」 「どうしたの、やっこ」 「昨日から思ってたんだけどさ。なんかおかしくない?」 「ありすのことが憎くて、お店を買収して、居場所をなくしてやろうってところまでは、分からないでもないわ」 「でも、それでどうして、同居したりするの」 「それは、だから、私が立ち退かないから」 「なんで同居なのよ。そんなの、強制的に立ち退かせることだってできるでしょうし」 「他に嫌がらせの仕方なんて、いくらでもあるでしょう」 「なんで自ら乗りこまないといけないの」 「そう言われたら、おかしいけど……あの人、そもそも行動の1つ1つがおかしいから、気にするの忘れてた」 「思うんだけどさ」 「彼、ありすに惚れてるんじゃないの。まじで」 「えええ」 「なんだかんだ口実つけて、一緒に暮らしたいだけなんじゃないの」 「まぁ、ああいうもてもて王子が、逆にありすみたいなのにそでにされて……」 「『なんで俺がこんなやつに! 許さん! なんだ、なぜ俺はこんなにあいつが気になる。まさか、これが恋!?』」 「…とか、ありえる展開だよねー」 「ええええ」 あの人が、私を好き?? 「えええ」 いや、確かに同居という流れはとてもおかしいんだ。 いや、そもそも、私のことを襲おうとしたし。 嫌がらせとかを口実にして、同居に持ち込んだってこと。 なにそれ。 「困っちゃうよ」 私は先輩のこと、どう思ってるんだろう。 正直……違う。 というか、私には珍しく、嫌い。 うん。嫌いだ。 でも、そういうことなら、先輩にちゃんと話しておいた方がいいよね。 先輩とおつきあいするつもりはありません。 こういう真似はやめてくださいって。 「うん……っ」 「というわけで……」 「お気持ちはありがたいのですが」 「……」 「こういう嫌がらせはやめてください」 「こんなことをしても逆効果と言うか。私が、先輩のことを好きになるなんて無いと思います」 「……」 先輩は無表情で私の話を聞き終えると、無表情で拳を振り上げて。 ふぁ!? 「な、殴られた??」 「あほか」 「一体、どういう思考回路をたどれば、俺がお前に惚れることになる」 「先輩みたいなもてもて男子が、私みたいなのにそでにされて……」 「って……いう感じなのではないかと」 「はぁ……」 「馬鹿か」 「あう」 「確かに、まぁ、俺の説明じゃ不自然な部分があったかもしれないな」 「しょうがない。話してやろう。これ以上、気色悪い誤解をされるのは、しゃくだからな」 「俺がここに同居するようになったのは、監視をするためだ」 「監視??」 「やっぱり好きだから……」 「違う」 「お前が……お前が……」 「舞踏会で俺に手を出されそうになったと、まわりに言いふらさないか、監視をするためだ!!」 「は……?」 「そんなことが理由なんですか?」 「大事なことだ。こればっかりは、他の者に事情を話せないから、自らやるしかないしな」 「あっきれたぁ」 「言いふらしたりしませんよ」 「……本当か」 「俺ほどの男に言い寄られたんだぞ。ドレスやら夜の魔法やら、いろいろな、悲しい誤解があったとはいえ」 誤解なの、あれは。それも悲しい。 「普通の女なら、我先にと言いふらすにきまっているじゃないか」 「どうしてそんなにプライドが高いんですか? 女の子に振られることなんて、誰にだってある経験じゃないですか」 「プライドの問題じゃない」 「俺という物語を、守るためのことだ」 「……は」 「なんですか、物語って。先輩、ちょくちょく口にしますけど」 「物語は物語だ」 「俺がこの街にいる意味だ」 「美しく人当たりがよくて、金持ち……物語から出てきたような王子様」 「俺は今、俺自身がそういう物語になりきっていることに、多いに満足している」 「そして、それが多くの女性の心を彩っていることを」 「どっちが幸せだと思う。退屈な学園生活に、俺みたいな存在がいるのと、いないのと」 「それは……」 ちょっと考えてみる。 王子をおいかけている女の子達は……とても楽しそうだ。 もし王子がいなかったら、あんなにはしゃげるものが、世の中にあるだろうか。 私だって物語で憧れているような人とか展開が現実になったら、きっと夢を見ているみたいに嬉しいだろう。 「いる方だろう」 ふふんと、得意そうに先輩は鼻をならす。 「そんな感じがしてきました」 「そんな王子様がどうだ……お前のようなチンチクリンにそでにされたなどと、知れたら」 「せっかくこの街に用意された物語が、台無しじゃないか」 「俺は、がっかりさせたくないんだよ。俺という物語にひたっている者達を……」 「知りませんよ…そんなこと」 「だったら、私に手を出さなければいいのに」 「って言いたいですが。先輩は先輩で、自分のためじゃなくて、まわりのためにやっているってことですか」 「そういうことだ」 「俺は王子であり、王だからな」 「王? お金持ちってことですか」 「全然違う。まぁ、お前に言っても分からないだろう」 「王とは、人々に物語を語れる存在でなくてはならないということさ」 「は、はぁ……」 やっぱり結論としては、よく分からない人だ。 「そんなに自分の印象を大事にしたいなら、私のことだって、もう少し考えてくれませんかね」 「数々の嫌がらせのせいで、私の先輩への幻想なんて、とっくにぼろぼろですよ」 「は……」 「お前は最初から、俺のことを、王子なんて思ってないだろう」 「俺の物語を理解しない人間に、俺はとことん冷たいからな」 「言わなくたって分かりますよ」 「一体、俺をそでにした女がどういう奴なのか、見ていた」 「俺以上の男が近くにいるのか。あるいは、よっぽど理想が高いか、げてもの好きなのか」 「いずれにしろ、確かめておくべきだと思ったんだ」 「はぁ……」 「が……どうも、お前……見る限り……」 「俺が思っている以上に、ただのガキなんじゃないのか」 「……は」 「なんですかいきなり。人のことをガキガキって。そんなに年齢かわらないでしょう」 「どうかな……」 「例えば、お前、好いた男の一人でもいるのか」 「え……それは、どうだろう」 「いないだろう」 「よく分かりません、人のこと、好きとか……なったことがないから」 「……なるほど」 「お前は、変態だな」 「え」 「人として大事なものが欠落しているんだよ」 「美しいものを見れば、ときめくものだ」 「触れたいと思うだろう」 「それがないというのは、生物としておかしくなっているということだ」 「何の話ですか。なんですか、その美しいものって」 やれやれと、本気でため息をついた。 「俺」 「……は」 「美しい者」 「しかし、お前は……」 「拒絶した」 「はあああああ」 私は呆れて、盛大にため息をつく。 「結局、あの夜のことの、うらみつらみを言いたいだけじゃないですかっ」 「そういうわけじゃないっ。俺はただ、お前がおかしいと」 「女の子に拒絶されることなんてほとんどないからプライドが傷ついて、そんな嫌味でも言わなきゃやってられないってことでしょう」 「おおお、お前。なんで、お前にそんな知ったようなことを言われないと……っ」 「おはようございます」 「よう」 「ふむ」 ……席について。 「食べるなら、ちゃんといただきます、言ってください」 「……」 うっとうしそうにちらっと私を見た。 「いただきます……」 ぼそって言った。子供か、この人。 「味噌汁も悪くない」 「ただ、ださいんだよな……」 「どうにもださい」 「……」 なんでこの人、文句言わず、美味しく食べることができないんだろう。 「味噌汁って名前が……どうにも、物語的ではないというか。少なくとも俺の物語的ではないというか」 「はぁ……」 また訳の分からないことを言い出した。 「何か別の名前があればいいんだが」 「お前も考えろ」 「なんですか?」 「お前が作っているんだから、お前の責任じゃないか」 「はぁ……」 味噌汁の他の名前、ねぇ……。 「みそ・しーる……」 「しるみーそ」 「……」 「まぁ、お前にやらせたのが間違いだったな」 「ほんとですよ!」 はぁ……。 この人もいつまでいるんだろう。 私に振られたのを言いふらされるのが嫌で、監視という名目にやってきたらしいけど……。 いい加減、そんなことしないって分かってくれたと思うんだけどな。 どうも、このまま帰るつもりはないらしい。 まぁ、私はいいけど。 おねーさまやおかーさまがいた賑やかな朝になれているせいか。こんな感じの方が、落ち着く。 なんて。私、いつの間にか、飼い慣らされていたりしないよね?? 「ところで今日は休みだが」 「休日はお前、何をしているんだ」 「お店がありますから」 「あぁ、予約が入っているとか。お前一人で、何ができるんだ」 「馬鹿にしないでください」 「私だって、ずっとおとーさんとおかーさんの。それにおかーさまの手伝いをしてきたんですから」 「じゃぁ、お手並み拝見といこうじゃないか」 「……いいですけど」 なんでこの人はこんなに偉そうなんだろう! 「聞いたぞ、ありすちゃん。あの性悪親子が、勝手に家を出て行ったとか」 「や、勝手ってわけじゃないんですよ。私が付いて行かなかっただけで」 「おい、若造。お前、両親をなくして頑張っているありすちゃんを、いびりだそうとは、とんでもない悪党じゃねぇか」 「それは、ひどい誤解というものですよ」 「これはちゃんと、南乃さんのお母様と話がすんでいるわけですし」 「そもそも、店の権利は、すでにこちらの手にあるのですよ」 「ありすさんには、早々に立ち退いてもらいたいのですが、無理を言われて困っているんです」 「前から入っている予約が終わるまでは……という約束で、特例として許可しているだけです」 「なーにが、特例だ。気に入らないことがあれば、金でどうにかなると思って嫌がるからな。金持ちは」 「お金でどうにかなると思ってはいませんよ」 「お金と、美貌と……話術です」 「……」 「それは言ってみれば、魔法かな」 「ま、ほう……」 おじさんは気味悪そうに先輩を眺めて、つぶやいた。 「変な男だ」 「ねぇ、ありすちゃん。この人に、借金のかたに変なこと要求されてるんじゃないでしょうね」 「なんですか、変なことって」 「週刊誌でも読むんだけど、ほら、政治家とか金持ちって、変態が多いでしょう」 「おい、ありすちゃんに何言ってるんだ」 「なんかこう、手錠したり、目隠ししたりして……あげくの果てには、はぁ、はぁ」 「そこではいつくばりなよ、おばさん」 「ああああああああああ」 「はぁ、はぁ……ダメな子。でも、おばさん、犬の真似、得意なのよ」 「お、おばさん……?」 「しかしそれなら、予約がきれるまでは、こうして続けていいってことなのか」 「じゃぁ、わしも、毎日ジャンプーしてもらいに来ようかな」 「おじーちゃん。ジャンプーじゃなくて、シャンプーだよ」 「ありすちゃんのジャンプーは、最高じゃからのう。滅びた頭皮が、よみがえってくるようじゃ」 「俺も俺も。予約するぜ」 「おい、待てよ。俺が許したのは、以前から入っている予約だけで……」 「以前から、予約するつもりだったんじゃ」 「そうだ。客の都合も考えてくれ」 「な……」 「認めないからな!」 旗色が悪くなったと思ったのか、先輩は店を出て行った。 なんだかちょっと悪いことしたような気がする。 「ふふ。ありすちゃん、皆で力をあわせて、あのいけすかない金持ちから、お店を守ろうね」 「ありがとうございます」 「でも、そんなに悪い人じゃないんですよ。先輩も」 おかーさまの借金を肩代わりしてくれたのは確かだし……。 「ただ……なんか、変わってるんですよ」 「ありすちゃんは優しいねぇ」 「皆でこの店をもり立てて、借金を返して、あの男を追い出そうね」 「は、はい」 「じゃぁ早速、私の髪のカットをお願いしようかしら」 「え。や、私、免許とかないですよ」 おとーさんや、おかーさまの手伝いをしたり、内緒で、ちっさい子の髪を切ったりしたことがあるだけだ。 「いいのよいいのよ。ありすちゃんの腕なら、心配ないから」 「うちの娘は、駅前のシンデレラで切って貰ったーって自慢してたけどね」 「は。あの浮ついたところね。確かに綺麗にしてくれるみたいだけど、人には、人のスタイルがあるのよね」 「その点、南乃理容店は、その人、その人の個性を大事にして……カットも考えてくれるのよ」 「ありすちゃんのおとーさんとおかーさんはもちろん……継母だって、それなりのものだったわ」 「はいっ」 「そうだ、ありすちゃん」 「隣町で、放火があってね。二軒も」 「ええ。それは怖いですね」 「ありすちゃんのとこ、留守にすることもあるんでしょう」 「気をつけてね」 「はい。ありがとうございます」 「先輩遅いな」 今日は、帰ってこないのかもしれない。 昼間のことで、怒ってるだろうしなぁ。 いきなり現れて、私への当てつけでここに住むようになったけど。 昨夜、ちゃんと言ったし、帰ってくる必要はないんだよね。 「……」 私、何を考えているんだろう。 そういや、放火事件が起きてるとか。 一人ってやっぱり不安だなぁ。 「……」 私は何を考えているんだ。 「何ぼーっとしてるんだ」 「おおおおおおおおお」 「お……?」 「おかえりなさい」 食事をとる。 「あの先輩って、どういう生活をしてたんですか。シンデレラで」 「シンデレラで……?」 「そうだな、だいたい……」 「女を呼んで……」 「することして」 「…………」 大人の話がはじまった。 「何、赤くなってるんだ。お前が聞いたんだろう」 「な、なってませんっ」 「今日は何をやっていたんですか。こんな時間まで」 「ちょっと、見繕っていたんだ」 「女の子を!?」 「はぁ!? 何、下品な想像してるんだ。むっつりめ」 「じゃ、じゃぁ……何を」 「ごめんくださーい」 ガララっと、玄関に現れた業者さんは、大きな段ボール箱を抱えていた。 「また、先輩の大きな家具が増えるの? うちにはそんな余裕……」 「あほめ。これはもっといいものだ」 業者さんが段ボール箱からゆっくりと取り出したものに、目を見開く。 「うわ。うわ。テレビだ」 「どうしたんですか、こんな高価なもの」 「どうしたもこうしたも、買ったんだ」 「俺はテレビがないと、だめなんだ」 「は、はぁ……」 へえええ。 電気屋さんで見ていたテレビが目の前にある。なんだか不思議な感じだ。 先輩の持ち物で、家が占領されていく。 それが、別に嫌な気分じゃなかった。 ……ん? これって、もしかして、先輩に家からじわじわと心まで占領されているってこと?? ひええええええ。 気を張らないとね。 この人、とにかく自分のペースに他人を巻き込むのが得意だから。 「せ、占領されませんから」 「?」 「その手にはのりませんから」 「何を言ってるんだ。見るぞ」 テレビをつける。 ニュース番組が流れているようだ。 …… 世の中では、いろいろなことが起こっているんだなぁ。 「これって……」 「近所だな」 「放火事件が相次いでいるらしい」 「怖いねぇ」 そういや、おばさんもそんなこと言ってたかな。 でもなんだか、テレビで見てると、人ごとみたいです。 そう。外国のお話だって、身近な事件だって……人形劇だって、テレビの中では皆同じ世界。 とか思ってると、先輩ががちゃがちゃとチャンネルをかえていく。 「こんなもんより、もっと、愉快なやつがいいな」 …… 新しい画面では、おじさんがこけたり、踊ったりして、よく分からないけど、楽しそうだ。 「こういうのを眺めながら寝るのが好きなんだ」 「はぁ……」 それはあれかな。 「私も本を読みながらじゃないと眠れないんですよ」 「だからなんだ」 「似てますね」 「似てない」 「……」 「なんだいなんだい」 「楽しい会話をしようと思ったのに、あの調子だ」 「でも、いきなりテレビを買ってくるとか」 「というか、自分の家に帰って見ればいいような?」 「そもそも、なんであの人、ここに居座っているんだろう……?」 私へのあてつけ? だったら、すぐに、飽きて出て行くよね。 「……」 私は出ていってほしいのかな。 …… そっと見ると、思いの外真面目にテレビを見ていた。 なんだか寂しい人なんじゃないのかな。 なんて言ったら、怒られるんだろうなぁ。 「あんまりあの人について、どうこう考えてもしょうがないよね」 「寝よ寝よ」 ありすはまだ気づかない。自分の中に起こりつつある、はじめての変化に。 けど私には、この先、彼女に起こることがなんとなく分かる。 それは、これが物語だから。 現実なら、生まれかけたささやかな気持ちは、ささいなきっかけで無くなったり。 どんなにも思っても、叶わなかったりすることもあるだろう。 でも物語なら……男の子と女の子が出会ったら、恋が始まらなければならない……。 「ん……」 寝ぼけ顔の先輩が、のろのろと寝室から出てきた。 この人、あまり寝起きはよくないらしい。 いつもなんだかぼーっとしている。 まぁその方が、私には害がなくていいけど。 「おはようございます」 「ん……おはよう」 「朝ご飯できてますよ」 「朝ご飯……」 「みそしーるか……」 言ってるじゃん。 「嫌そうな顔するなら食べないでいいですよ」 「あぁ嬉しい嬉しい」 まったく。子供……。 「そうだ。先輩……洗濯物、脱いだのは、そこにまとめるようにしてくださいね」 「じゃないと分からなくなりますから」 「匂いで判断してくれ」 「何言ってるんですか」 「顔拭き用のタオルはここにあるやつ。手を拭く用のタオルはここです」 「あと、電話がなることがあると思いますが、南乃で出るようにしてくださいね」 「付き合いのある業者さんが混乱することがありますから。用件だけ聞いて、ここにメモを残してください」 「それと、砂糖とかお塩はここに入ってますから。他の調味料は、ここと、ここと……ここです」 「おう……」 「よろしくお願いします」 「……」 「お前、なんかよく働くな」 「もとからこんな感じですよ」 「そうなのか」 「俺が王子だと思って気をつかっているのかと思った」 「勝手にあがりこんだ人に、気をつかいませんよ」 「気をつかえ」 「嫌です」 「ふぅ……」 「はやく準備しないと」 「おっと。この下着は、昨日はいたやつでは……」 「ちゃんと洗濯機にいれないと、これだ。困ったものだ」 「でも、何をはいていこうかなぁ……」 「下着下着……」 「下着なら、こっちに落ちていたぞ」 「ありがとうございます…」 「…って、何入ってきてるんですかああああ!!」 「お前が人のために動かないと言うから、手伝ってやってるんじゃないか」 「余計なお世話です!」 「だから、お前のちんちくりんな着替えにどうこうなることなんて……」 「ん? 制服に着替えているな。休みなのに、学園に行くのか」 「うちはおかーさまの要望で日曜を定休日にしてましたから。今日はお店もやらないですし」 「だから、学園に遊びにいくんです」 「遊びに……?」 「というか、さっさと出ていってくださいよ」 「はいはい」 「……」 「まったくもう……」 「とりゃぁ」 「えいえい」 「これは……」 「これは、バスケじゃないか」 「そうですよ」 「休みや放課後時間があるとき、時々、こうしてけーこちゃん達とやっているんです」 「ほお」 「というかなんで、あの人、ここにいるの」 「し、知らない……。学園に遊びに行くって言ったら、じゃぁ俺もって」 「なにそれ。ありす、懐かれてるんじゃないの」 「えええ」 「バスケットねぇ」 「しかし、こんなマイナーなスポーツをしている女、お前等くらいしかいないんじゃないか」 そして、眺めながら、難癖ばかりつけてるし。 「それにしても、なんでバスケなんだ」 「雑誌で、オリンピック特集やってるの見たんですよ。その中で、バスケットが紹介されてて」 「先生に、部を作れないかってかけあってみたんですよ。そしたら……」 「今のうちにこのスポーツに投資をしておくことは、先んじて、普及に貢献した学園として……未来に資することになるでしょう」 「ここの理事長さんが、とても話の分かる方で、コートを作ってくれたんですよ」 「どうせいつかは、作ることになるだろうからって」 「ふーん」 「……そうか」 「代がかわっても、性格は似ているみたいだな……」 「誰がですか」 「いや」 「しかし、お前等のそれは、正しいのか」 「何がですか」 「ルールとか。プレイの仕方とか、ちゃんと分かってやっているのかって聞いているんだ」 「大体は……ちゃんと調べてやってますよ」 「どうかな」 「オリンピックの宣伝で、アメリカのバスケットチームの映像が流れていたが、全然違うぞ」 「最高峰と一緒にしないでください……」 「俺が見たテレビでは、こんな感じで。もっとびゅっと、パスをしてたぞ」 「ひゃぁ」 「そんなのとれないですよ」 「馬鹿。だからこそ、敵チームにもカットされないんだろう。ちゃんととれよ」 「きゃぁ」 「キラーパスだな……ふふ」 「絶対、チームに入れちゃいけないタイプだよね」 「もういっちょだ」 「ひゃぁ──」 「いたっ」 「ありす!?」 勢いのあるパスを止めようとして、慌ててボールに手を出した。 ボールは強く手を叩き、手首に衝撃とともに、鈍い痛みが走る。 「つ〜〜〜……」 「え、おい。どうした」 「ちょっと、先輩。どうした、じゃないですよ」 「あれ」 「先輩……」 「俺?」 そろって頷いた。 「つ〜〜〜〜」 「……」 帰り道……先輩は、ずっと仏頂面で、怒っているようだった。 「……」 パスがとれず、あげくに怪我なんてしてしまった私に、腹をたてているのだろうか。 しょうがないじゃない。 「あのう……」 「悪かった……」 「え」 「……」 「調子にのったとも言えなくもない」 「……」 謝ろうとしてたんだ。 「そんないいですよ。私がぐずだったんです」 「そうだな……まぁ、そうなんだが」 「お前がどんくさいからだもんな」 「……」 この人は一体、なんなんだ。 「いや、しかし……」 「やはり、悪かった」 めんどくさい人だ。 「そうだ」 「おい。今夜は俺が食事をつくるぞ」 「え」 さっきも同じようなこと言ってたような。 そしてひどい目にあうのは、きっと……。 「よし、出来たぞ」 「ど、ども……」 見た目は普通だ。 でも油断はできない。 なんといっても、作ったのはこの人だ。 「これは……」 「おいしい」 「ふ……」 「こんなものは、残飯だ。本来、材料さえ揃えば、この何倍もうまいがな……」 「と」 かしゃんと、口に運んだ料理を、こぼしてしまった。 ねんざした右手ではなく左手でスプーンを持っているので、なかなか難しい。 「利き腕じゃないと、食べづらいな」 「よこせ」 「ええ。私、まだ食べますよ」 「とろうなんて思ってない!」 「じゃぁ、なんですか?」 「……」 「な、なんですか?」 「あ、自分だけ食べて、見せつけようっていうんですか?」 「お前は、俺をなんだと思っているんだ!!」 「あれだよ」 「だからなんですか?」 「……あ」 「あ?」 「……アーン」 「……」 「え」 これってもしかして……。 食べさせようとしてくれている?? 「あ……」 「あーん……」 「分かったなら、言わなくていいよ」 「なんか、つい言っちゃう気持ち、分からないですか」 「分からん」 「あーん」 「……」 「ふぅ……」 美味しかったけど……なんか無駄に緊張した、食事でした。 「おい」 「は、はい??」 今度は何を言い出すんだろう。 なんか、やたら、緊張する。 「先に風呂に入って良いぞ」 「……へ」 「お前は怪我人なんだからな」 自分のせいで、誰かが怪我をしたとか、そういうことがなかったのかな。すっごい慌ててる。 お風呂に入るために、服を脱ごうとするんだけど……。 片手を使わずに脱ぐのって、思った以上に、難しいな。 「いた」 「……」 は……。 「……」 見てるうううううう。 「……」 妙な緊張感が……。 「いつ……っ」 「お前……ままならないか」 「はい。ちょっと、ままならないです」 「俺が洗おう」 「はああああああ」 怖いこと言い出した。 「いや、いや、いいですよ」 「しかし、責任がある」 責任とかそんな問題か。 あきれた。この人は、なにも意識してないんだなぁ。 ……ん? 私が意識してるってこと? 馬鹿かい、馬鹿かい。 洗って貰おうじゃないか。 「じゃぁ、いいですよ。洗ってくれますか」 「……いいだろう」 ……ということで、二人して、水着でお風呂に入っているこの状況。 「じゃぁ、お願いします」 「あ、あぁ……」 「はう……」 「ん……」 「身をよじるな」 「だ。だって……」 「なんだろう、これ」 とても懐かしい感じがする。 そうだ。 昔、一人でお風呂に入るのが怖くて……おとーさんと一緒に入って、こうして身体を洗ってもらったっけ。 「なんだか先輩……」 「え」 「おとーさんみたい……」 「あ゛」 「お前、俺が老けてるとでも、言うのか」 「そんなことないですけど」 「でも、不思議です」 「先輩、私なんかよりずっと子供と思うこともあれば、私のお父さんくらい……あるいはもっと年上なんじゃないかって、思うことがあるんです」 「おい待て。なんだそりゃ」 「俺のことを、子供に思うというのは、どういうことだ」 「言ったままですよ」 「ち……」 「お前の両親は、昔に、なくなっていたんだっけ」 「です。母は、もともと持病があって……父は、働き過ぎたのか、脳溢血で」 「ふーん。仲は、良かったんだろうな。どうやら」 「良かったですよ。父も母も、私に輪をかけて明るい人達で……三人しかいないのに、いつもお祭りみたいに賑やかでした」 「……」 「けど、分からないものですね。あっという間に……」 「それで現れたのが、あの意地悪そうな親子じゃ、たまらないな」 「そんなことないですよ」 「とてもよくしてくれました。血のつながりもないのに、おかーさまは私のこと学校に行かせてくれて」 「私は一人っ子だったので、おねーさまたちみたいなきれいな姉妹ができて、嬉しかったです」 「は。まぁ、当人のことは当人にしか分からないからな」 「おかーさまとおねーさまには、よくしてもらってますよ」 「いきなりおとーさんが亡くなって……お店をやっていくのも、難しかったと思います」 「だけど、おかーさまは、一人で切り盛りしてくれました」 「借金があったのは驚きですけど。もう、休んでほしいです」 「あとは私がこの店を守るんです」 「……」 「俺はそんな店を奪おうとしたんだな」 「そうですね……」 「ひどいな」 「……?」 「ひどいですよ。それも、自分の悪行がばれたくないという、それだけの理由で」 「ぐぐぐ。ちょっと違う。俺がこの街で作りだしている物語が、ぶちこわしにならないように……というためだ」 「何が物語ですか」 「言っておきますけど、先輩のしたことは、最悪もいいところですからね」 「…………なに」 「女の子をてごめにしようとして、拒否されたら、その子のお店をのっとろうとするんだから」 「猛省してほしいです。やっていいことと悪いことがあります」 「……おい」 「いい加減にしておけよ」 「へ」 「黙って聞いていれば、ぺらぺらと。もとはといえば、お前が……っ」 「私がなんですか?」 「襲われそうになって。拒絶しただけじゃないですか」 「おまええええ」 「その減らず口を閉じておけ」 先輩の手が、私の口をがばっと塞いだ。 「ぶ──。ぶはぁ」 「怪我人に何をするんですか!!」 「知らん」 言って湯船から出ると、先輩はさっさと、出て行ってしまった。 「なんだいなんだい」 「妙に殊勝になったと思ったら、すぐに怒り出して」 こんな時は、寝るに限るよ。 ……ん? 窓の外にチラッと、人影が見えた。 誰かが、下からのぞき込んでいる。 また栗原さんかな。 もしかして、私のことを心配して見に来てくれているとか? 商店街の人達といい、私は幸せものだなぁ。 「おはよう、ありす」 「おはよう」 「おはよう」 「おい。怪我をしている間は、俺の車に乗せてやるぞ」 「い、いいです」 「なんでだ」 「車に乗ってるとことか、人に見られたら恥ずかしいじゃないですか」 「恥ずかしいってなんだ。俺が恥ずかしいことをしてるみたいじゃないか」 「先輩はそれっぽいからいいですけど。私みたいな普通な子が、車で学園に乗り付けるなんて、恥ずかしいんです」 「なんだそりゃ……」 「いいの、ありす」 「いいのいいの。行こう」 「ありす、腕大丈夫?」 「うん。なんとか、大丈夫だったよ」 「利き腕やっちゃったから、生活に支障が出るでしょう」 「うん。でも、先輩が……手伝ってくれたから」 「なに、一応罪の意識を感じて、フォローしてくれてるの?」 「ちょっとはね」 「意外と優しいところがあるんだねぇ」 「気まぐれだけどね」 あれは……。 「栗原さん」 「あぁ、おはよう」 「そうだ、栗原さん、昨夜、私の家まで来ませんでしたか」 「え、ええなにそれ」 「えー。栗原先輩、何やってるの?」 「いや、そんなことしないよ。行ったらちゃんと呼び鈴鳴らすし」 「この前は、窓まで這い上がってきてたじゃないですか」 「そうなんですか?」 じゃぁ誰だったんだろう? 「うー……」 放課後。私は、友達から貸してもらったノートとにらめっこをしていた。 左手はぷるぷると震えて、うまく書けない。でも怪我してる利き腕は使えないし。 「何をしているんだ」 「ノートを写しているんです」 「ノートなんて、どうせ見返す事もないんだから、いいだろう」 「私は、頭が悪いので、せめてノートはちゃんと取っておかないと、だめなんです」 「家でやればいいだろう」 「友達のノートを、忘れちゃったら、大変じゃないですか」 「私は、家の用事で、学園に来られないときも多いですし」 「ふーん」 「こっちは俺が手伝ってやろう」 「いいんですか」 「元はと言えば、俺のせいだからな」 「はぁ……。そんなに気にしないでいいですよ。私もドジでしたし」 「まぁ、それはそうだけどな」 …… 「先輩、すごい字がきれいですね」 「子供の頃から、みっちり教えられてきたからな」 「へえええええ」 「先輩って、すっごい育ちよさそうですよね。いっぱい習い事とかしてそう」 「だから王子だって言ってるだろう」 「ふぅ……」 なんか変な雰囲気になっちゃったじゃない。 ん? なんだか、商店街の向こうが騒がしいな。 それに、よく見えないけど……空の一角が、赤々と……。 「ありすちゃん!」 「ど、どうしたんですか」 「大変なのよ。ありすちゃんの家が……」 「私の家……?」 え。 見れば、空を赤く焦がしているのは、確かに……赤い炎。 あれって、私の家……? 「放火だって……」 「またかい」 「留守宅を狙って」 到着した頃には、もうほとんど、火も消えかけていた。 ……とはいえ、店からは、おびただしい煙が未だ昇り続けている。 南乃理容店が……。 「なんてこった」 「あ……」 「おい、しっかりしろ」 「火が」 「いっぱいあるの」 「いっぱい、いっぱいあるの……思い出が……」 「いっぱい……」 「離してください!!!」 「このまま、放っておけません」 「燃えちゃう……」 「おい、馬鹿するなよ」 「頼むよ、あんちゃん」 「は、はい……」 「おい。いったん、向こうに行くぞ」 「離してっ。離してください!!」 「……」 「ありす。今日は、こっちに泊まりなさい」 「……」 「ありす」 「ごめんなさい」 「ここに、居させてください」 「あなたは、いつまで強情言ってるの」 「そ、そうよ。わがままがすぎるんじゃないの」 「……ごめんなさい」 「もし、もう住めなくなるとしても……今日だけは、ここに居させてほしいんです」 「……ありす」 「桜井さん……頼んだわ」 「……え」 「……」 ………… …… 「一生懸命守ってきたつもりだったのに」 「こんな、あっという間になくなってしまうなんて……」 「……おとーさん。おかーさん……」 「……」 「なぁ、いつか言ったな」 「?」 「俺は魔法使いなんだ」 「え、なんですか、こんな時に、いきなり」 「だから、一日で風呂を存在させることもできる」 「それに、この有様を、元に戻すことだって出来るんだ」 「え……」 そんな馬鹿な、と思う一方で……今は、何にでもすがりたい、という思いもあった。 こんなにあっという間に、何もかもを焼き尽くしちゃう力があるというなら……逆にそれを戻してしまう力があったっていいじゃないか。 「ほんとう?」 「ほんとうにそんなことが出来るの?」 「あぁ……それが叶うとしたら」 「お前はそれを願うか?」 「も、もちろん」 「戻してほしいよ」 …… 「そうか……」 「……」 「なぁ、ありす」 「お前と暮らした時間は……」 「なかなか楽しかったよ」 「え」 「あの、先輩。どうしてそんなことを言うの」 「……」 「じゃぁな」 「先輩?」 そっと先輩が私に手をかざす。 ぼんやりと頭の中が暖かくなって……眠くなっていく。 こんな時なのに……なんだかとても良い夢が見れそう。そんなことを思った。 「ん……」 「あれ……」 「私……」 とても怖い夢を見ていた気がする。 「起きなきゃ」 「よう」 リビングでは、先輩がいつものようにすました顔で、挨拶をしてくれる。 「おはよう……ございます」 「おはよう」 「……」 先輩がいる。いつもの朝の様子……。 けどなんだろう。何かを忘れているような。 「あの、私、何か忘れてませんか?」 「朝飯じゃないか」 「はぁ……」 違う。 そうだ。 「お店!」 「……え」 「そうだ。お店が……お店がっ」 「……店がどうかしたのか」 「大変なんですっ」 「……」 「あれ」 「どうした。ほうけた顔して。まぁ、いつものことだが……」 「……」 「なんか、理容室が焼けちゃう夢を見た気がして」 「なんだそれは」 「夢でも見たんだろう」 「怖い夢だった……」 「どうしたのかなぁ」 「…………」 あれ……。 見れば、先輩が真っ青な顔で壁にもたれかかっている。 「先輩、どうしたんですか。なんだか顔色が悪いですよ……」 「なんでもない」 「なんでもないって……首筋、汗びっしょりじゃないですか。どうしたんですか、それ」 「いや……」 「こんなはずでは……予想外に……」 「先輩!?」 「どうでしょう」 「分からないわ」 「ただ……普通じゃ考えられないような高熱が出ているわね」 「あの、私ちょっと出かけてきます。先輩を、よろしくお願いします」 何かが起きている。 昨夜何かがあった。 なんだろう。思い出せない。 そうだ、火事があったんだ。 それで……先輩が……。 何かを覚悟したような顔をしていた。 そして、悪夢のような何か……。 何かが、起こったんだ。 いた……。 「栗原さん!!」 「ぶほおお。な、なに。あぁ、南乃さん……」 「どう? たくみ君とは、うまくやってるかな……」 「それで、ご相談があるんです」 「ぶほ?」 「なるほど……たくみ君が……」 「先輩は、自分を魔法使いだと言ってました」 「信じられないけど……でも、確かに、先輩は不思議なことをたくさん起こしていました」 「一日で、お風呂を用意したり」 「たくみ君は……まったく。気に入った女の子には、いいところを見せようとするからなぁ」 「そこまで言ったなら、話さないわけにはいかないかな……」 「たくみ君と……そして僕や僕らは、遠い昔に、この街を訪れた魔法使いなんだ」 「遠い昔って……?」 「ずっと遠くだよ。君のおじーさんの、さらにおじーさんの……そのまたおじーさんの時代くらいから、かな」 「な、んですかそれ……」 「僕らはあるときから旅をつづける魔法使いなんだ」 「ただ、皆、長い時間の中で……どこかに消えてしまった」 「あるいは、満足してしまったのかな」 「こうして残っているのは、僕のようににぶい男や、彼のように……いつまでも、ロマンを忘れない人なんだ」 「それで……」 「彼に何が起こっているかは、僕には残念ながら、ちゃんとしたことは分からない」 「僕はただただ……彼の物語に付き合って、ここまできただけの、ギャラリーでしかないから」 「でも知っている者がいる」 「知っている人?」 「この学園に、藤田崑崙という少女がいる」 藤田、崑崙。 覚えてる。あの、きれいな人だ。 「その子に聞いてみるといいよ」 「僕はあの子に嫌われてるから……多分、行っても逆効果だ。ただ、こちらはこちらで調べて見よう」 「さしあたって、たくみ君を訪ねてみるとするよ」 「はい。ありがとうございます」 「いや」 藤田さんのクラスを訪ねてみた。 「藤田さん?」 「確かにうちのクラスだよ」 「ただ、学園には来てないよね」 「ええ」 「いや。学園にはいるはずだけど……ほとんど見かけないんだよね」 「あ、私、噂聞いたことがあるよ」 「あのね。東館に、今は使われていない、空き教室があるの」 「藤田さん……あそこにこもって。何かをしてるって、聞いたことがあるよ」 「何かって……なに」 「なんだろうね」 「怪しい儀式だったりして。見かけたって言う噂も、夜って言ってたから」 「……」 夜、か。 うう。怖いよ。 東館の空き教室って……。 確か、あの辺だよね。 ……あ。 窓に明かりがついている。 「崑崙さん!!」 「あぁ」 「来るんじゃないかって思ってた」 「え」 「桜井たくみが倒れた理由が知りたいのでしょう」 「……なんで」 「彼は幻を生み出すことが出来る」 「幻を、生み出す?」 「例えば、どうしても早くお風呂に入りたいなら、そういう幻を生み出せる」 「無制限というわけじゃないわ」 「それは、物によっては維持し続けるのに、膨大な力を使うことになる」 「昨夜、あなたの理容室は燃えているのよ。放火によって」 「幸い、一階部分が半焼しただけで済んだみたいだけど……」 「あなたの大事な思い出は、ほとんど、焼失してしまった……」 「王子は、魔法を使ってしまった……あれほどの魔法」 「消えてしまうでしょうね」 「消え、る?」 「あなたには難しい話だけど……私達は、本来、この時代に生きるべき存在じゃないの」 「その存在は魔女こいにっきという魔術書によって維持されている、かりそめの者」 「けれど大きな魔力の消費は、彼の存在ごと、おびやかすことになる」 「そうして……今、彼は、多くの魔力を失い、その存在を維持するのが難しくなっている」 「死んじゃうってこと?」 「幻に死ぬも生きるもないけど……そうね。消滅はするでしょうね」 「そんな……っ」 「大丈夫よ。しばらくすれば、復活するでしょう」 「え。しばらくって……?」 「さぁ。何年後か……何十年後か……ってところかしら」 「そんな」 「そんなに気に病むことはないのよ」 「彼は、長い時を生きてきた……。数十年の眠りなんて、彼にとっては、ささいな時間だわ」 「あなたが守ろうとした大切なものと、どちらが価値があるか。ちゃんと考えて」 「ねぇ、南乃さん、もう1つ、言っておくわ」 「桜井たくみは、自分を魔法使いとあなたに言ったでしょう。栗原進もそう説明したみたいだけど」 「でも、それは違うの」 「あの人は、もはや魔法使いですらない。もっともっと、歪なものになろうとしている」 「さしずめ……竜ね」 「竜?」 「先輩」 「よう……どうした。家に帰ってろって言っただろう」 「……」 「私、聞きました」 「先輩がしたこと……」 「先輩は、本当に魔法使いなんですね」 「栗原か……いや違うな。お前、崑崙にあったのか」 「はい」 「先輩。魔法をといてください」 「うちは、本当は燃えてしまっているんですね」 「あれは先輩がたいへんな魔法を使って、元のように、見せかけているだけだって」 「お風呂1つ生み出すぐらいならともかく、理容室1つ、細部にわたるまで復元しようとしたら大変な労力がかかるって……聞きました」 「だから、もう、そんなことをしなくていいですから。といてください」 「……」 「お断りだ」 「なんでですか」 「1つは、お前の願いを聞く義理はないからだ」 「あれは俺が勝手にやったことだ」 「な……。おかしいじゃないですか。私のためにしてくれたのに。その私は、もうやめてくださいって言ってるんですよ」 「うるさい。お前のためにしたんじゃない」 「俺の信念でしたことだ」 こ。この人は……どうして、こうなんだ。 「それなのに、どうしてそうまでしてくれるんですか」 「嫌いじゃないからだ」 「何がですか」 「お前がだ」 「え」 「え……あの」 「両親が描きたかった夢を、かたくなに守ろうとしている姿が、嫌いじゃない」 「……え。あ、あぁ……」 「いつか見た夢があって……美しい光景があって」 「それにすがって、それを叶えようとして……」 「いいじゃないか」 「それが得られないなら、ずるしたっていいじゃないか」 「魔法を使ったって……いいじゃないか」 「……」 「だったら、私だって」 「嫌いじゃないです。先輩のこと」 「……え」 「俺の話じゃない」 「いいえ。私にとっては、今は、先輩のことが大事なんです」 「なに……」 「先輩と一緒にいる、あの時間が、大切なんです」 「比べるものじゃないけど……」 「だから」 「行かないでください」 「……」 「俺は故郷のことを、もう……ほとんど覚えていない」 「あれほど大事な思い出なのに。長い時を生きる中で、うすれてしまったよ」 「そのことを時々、ひどく寂しく思う」 「あの国は俺にとって何より大切なものだった」 「全てがあった」 「だから、ある日、いきなり追放されたときは、途方に暮れたものだ」 「それでも、再びあの頃の夢を取り戻すことを忘れたことはない」 「それが出来ると、俺は信じていた」 「その信念に、多くのものがついてきてくれた」 「あいつらを楽園に連れて行ってやりたかった」 「お前も、そうなんだろう」 「どうあっても捨てたくないものがあるんだろう」 「そう、です」 「だったら、続けろよ」 「いいじゃないか」 「それだけを求めろ」 「はい、でも」 「私、多分」 「先輩が好きなんですよ」 「……え」 「細かいことは置いといて、つまりそういうことなんです」 「だから、今は、それ以外のことは、やっぱり考えられないですから」 「ほ、ほら、目の前ににんじんぶらさげられたら、とりあえずそれしか見えないみたいな」 「俺はにんじんか……そしてお前は馬か」 「いや、たとえがおかしかったですが」 「……」 「だから」 「戻って来てください。どうか」 ん……。 いつの間にか、病室で寝ていたらしい。 「帰るぞ」 「え」 「あの、先輩、大丈夫なんですか?」 「あぁ」 「魔法はといたよ」 「じゃぁ……」 …… 「あぁ」 「二人で見に行くとしよう」 「これは……」 「…………」 「おとーさん愛用のハサミはこげこげです」 「カップも……」 「帳簿は完全に、灰になっています」 「焼けちゃいました」 「う〜〜〜〜〜〜〜」 「なんのこれしきささにしき!」 「!?」 「く、狂ったか……」 「大丈夫ですよ」 「頑張ります」 「そうか。まぁ、頑張れ」 「俺もそれなりに協力は……」 「ところで、ここからは先輩の話です」 「え」 「いろいろと会議が必要かと思うのです」 「お風呂を一晩で作り上げたり……」 「それについては、その時に、もう少し疑問にもてよ」 「半焼したお店を復元してしまう」 「謎が多いでは、済まされない段階にきていると思うのです」 「なんだ、お前……その切り替わりは」 「先輩は一体、何者なんですか?」 「崑崙ちゃんは……先輩を、竜と言ってました」 「……」 …… 「そうだ、俺は竜だ」 「なぁ、物語というのは、どういう姿をしていると思う?」 「物語?? 姿……?」 「そんなものないですよ。物語は物語、ですよ」 「イメージの話さ」 「愛を描こうとすれば、それはきっと、天使の姿でもしているのだろうさ」 「不幸を描けば、悪魔の姿をしているだろう」 「それはつまり。属性ってやつがある程度はっきりしているから。イメージとして具現化させることもたやすいだろう」 「じゃぁ、物語はなんだ。物語ってやつは、どんな姿をしているだろう?」 「俺は思うんだ」 「それはきっと、ドラゴンの形をしているのさ」 「ドラゴンってやつは、実に不思議なイメージだよ。時々の印象も千変万化するやつだ」 「は虫類でもあり怪鳥でもあり、知性を抱いた賢者であり。かと思えばどう猛な魔王でもある」 「火を噴けば、氷だってふける。風を起こし、地響きを起こす。空を飛べば、大地を闊歩する」 「ドラゴンってやつは、それ自体が一つの物語なのさ。描くものによって、なんにでもなり得る。壮大で、古より人の憧憬を生む」 「誰もがイメージすることはできるが、しっかり描こうとすれば、これが意外と難しい」 「どこかに存在していそうで、決して、どこにもいない」 「これはヒーローの話であり、神様の話であり、アイドルの話であり……そして恋の話である」 「皆、ありそうでどこにもないものさ」 「ええ。他のはともかく恋はあっていいんじゃないの」 「そうか? まぁ、その辺は、おいおいお前自身が判断すればいい」 「それはどう考えてもあり得なさそうな珍奇なものから、お前の近所で起こっていそうな身近なものまで様々だが、やっぱりどこにも無かったお話なんだ」 「俺は竜だよ」 「つまり物語なんだ」 「……それは」 なにも……。 わからん! 「ん……」 「ふぁ……」 「起きなきゃ」 「おはようございます」 「おはよう」 「今日は、掃除をするからな」 「掃除?」 「店舗の掃除だ」 「まぁ、俺も手伝ってやろう」 「……」 「なんだよ」 「ぶんぶん」 「やぁ」 「ありすー。手伝いにきたよ」 「ありがとう。やっこ、けーこちゃん」 「僕も手伝うよ」 「栗原先輩? ありがとうございます」 「グレートギャツビー、人を連れてきましたよ」 「まったく、災難だったわね」 「もう、私達の荷物、無事だったわよね」 「おかーさま……おねーさま」 「なかなか集まったな」 「まぁ、俺の人徳の成せる技か」 (お前じゃない) 「これだけ人手があれば、なんとかなるだろうな。頑張るか」 「はいっ」 「おつかれさまでした」 「けっこう残ってるものがあって、よかったです」 「それに、なんか発掘しながら……いろいろ思い出すこともありました」 「そうか。それは良かったな」 「しかしお前、手も顔も真っ黒だぞ」 「一番風呂を譲ってやろう」 「ありがたき幸せ」 「でも先輩もお疲れでしょう」 「まぁな」 「……」 「一緒に入りますか?」 「え」 「ほ、ほら。私が腕を怪我したときも、一緒に入ったわけですし」 「……」 「いいが……」 「……」 「……」 なんだか落ち着きません。 おとーさんと一緒に入っていると思えば、なんてことないはず。 おとーさん……おとーさん。 先輩も落ちつかないのか、なにやらもぞもぞとしています。 「いや、なんでもない」 …… 「なぁ……病院で」 「どうしました」 「いや、なんでもないんだ」 「お前、さっさと身体洗え」 「は、はい!」 先輩はさっさとテレビを見ている。 気のせいか、いつもより、集中して……食い入るように見ている。 「何か面白い番組、やってるんですか」 「別に」 「じゃぁ、どうしてそんなに一生懸命見ているんですか」 「別に」 「何か、やっているんですよね。私にも見せて下さい」 「うるさいな。お前はさっさと寝ろ」 「え、ええ」 「なんだいなんだい」 「……」 「なんか寝付けないな。なんでだろう……」 このドキドキは……。 やっぱり、あれだ。 勢いで口にしてしまったけど、あれから、なんかいつものように先輩を見ることが出来ない。 あの直前までは、先輩を好きだとかなんとか、そんな目で見たことがなかったのに。 あのとき、あの言葉を口にしてしまった時、本当になっちゃったみたいで。 いや、別に、口から出まかせだったわけじゃないけど。 もやもやしてた心が、好き……の二文字で、とたん、形を取ってしまったみたいで。 それからずっと……目の前からなくならない。 「先輩……」 「少しは落ち着いた?」 「うん。幸い、ぼやで済んだから……二階で生活できるし」 「当分お店は再開できないけど……しょうがないよ」 「保険が下りるとかで、お金のことは、心配ないみたい。先輩もそういうことなら、お店を取り潰すわけにはいかないって」 「なかなかお優しいじゃない。まぁ、状況を考えれば当たり前だけど」 「……」 「ねぇ、ねぇ。ありすと桜井先輩、なんかあった?」 「え。なんで」 「掃除の時に、見てたんだけどさ。なんか親密になったなぁって感じがした」 「そ、そうかな。いつも通りだったと思うけど」 「うん。けーこの言うとおりかも。あの王子が、あんただけには、妙に丸くなったというか」 「えーと……」 「ええええ!?」 「告白をした?」 「流れで、なんとなくそんなやり取りをしたっていうか」 「告白っていうのかなぁ。状況が、状況だったし。ちょっと違うような」 「どうなんだろう」 「どうなんだろうって……そんなの、ありすの気持ち次第なんじゃないの?」 「私の気持ち、次第……」 「さっきの話だとありすから、告白してるよね」 「じゃぁありすがどういうつもりで言ったのか分からないと」 「相手だって……先輩だって、困るんじゃないの?」 「あう……」 先輩か……。 好きかと言われると……。 まぁ、正直、好きだ。 「好き、だ……」 でもそれってどういうことなんだろう。 そもそも男の子を好きになるっていうのが、久しぶりすぎて、よく分かってないんだよね。 小学生の頃、足の速いたかし君を好きになったことがあるけど。 それ以来だなぁ。 周りが男の子のことをあれこれ言い出す頃になると、おかーさんが亡くなったり、おとーさんが再婚したと思ったら亡くなったりで……。 そんなこと考える余裕もなかったもんね。 先輩、か。 家族的なあれかなーと思ってたけど。 でも、どうなんだろう。一緒にいるとなんだかんだで楽しいし。 ここにいてほしい。 それって好きってことなのかな。 そもそも先輩はどうなんだ。 数多の女の子と付き合ってきた先輩にとって、私とかどうなんだ。 ううん。 私の問題なんだ。 やっこの言う通り、私が口にしたことなんだから。 先輩風に言えば、私が語り出した物語なんだから……。 「私がけじめ、つけないといけないのかな……」 好き、か。 それを伝えるだけで。 そして相手がそれを受け入れてくれるだけで。 二人の関係はがらりと変わってしまう。 今が楽しい。 変えたいと思うのだろうか。 ……夕食の時間。 「……」 無言のうちに、食事は終わり。 先輩が食卓から立ち上がる前に、私は意を決して、声をかける。 「あ」 「あの、先輩」 「なんだ?」 「……」 「病院で……」 「言いました」 「うん……?」 「好きですって」 「……」 「あぁ」 「……」 「その」 「私は先輩を引き留めたくて、好きですって言いました」 「私は今、必死に先輩を引き留めている状態なんだと思います」 「先輩はどうですか」 「それで、どう、答えてくれますか?」 「……」 「そうだな」 「お前から見ると、お前が俺を、必死に引き留めている状態だと言うが」 「俺から見ると、ちょっと違う」 「え?」 「お前が俺を引き留めた」 「俺は振り返り、お前を見下ろしている」 「お前は、行くなと言っている」 「好きだと言ってくれた」 「それで、俺はどうしたらいいか、途方にくれている」 「その意味が分からないから」 「俺は……」 「抱きしめたいが……」 「抱きしめていいか、迷っているところだ」 「……」 「抱きしめてください」 「分かった」 …… 「先輩」 「ふつつかものですが……」 「よろしくお願いします」 「あぁ」 「どうぞ、ご飯できましたよ」 「いただこう」 「どうぞ」 「……」 「なんだ、人の顔をじろじろと見て」 「いいえ! な、なんでもないです……」 恋人になったってことは……。 その、また、いろいろと、違ってくるのかな。 いやいや、そんなこと意識することないよね。 意識することない。意識することない。 「私、寝ますね。おやすみなさい」 「あぁ、おやすみ」 「……」 …… 眠れない。 いろいろと、考えちゃってるせいかな。 それともやっぱり……。 リビングに出ると。 「……」 先輩は、居間でぼんやりとしていた。 「先輩」 「あ」 声をかけると、少しぎょっとしたように、振り返った。 「どうしたんだ」 「あの……」 私は、どう言ったらいいものか、分からなくて……口ごもる。 「あの、ね……」 「あ、あぁ」 先輩は、緊張気味にこちらを伺いながら、ごくりと唾を飲み込んだ。 「あの、寝れなくて」 「あぁ……」 「それで……」 「……」 「その……」 「お話をしてほしいのです!」 「……」 「あ」 「お話って、今日の学園がどうだったかとかか」 「そういうのじゃなくて。その、なんでもいいから、先輩が知ってるお話を聞かせてほしいのです」 「おとぎ話とか、物語ってことか」 「はい……」 「な。なんだそりゃ」 「おとーさんの物語を読んで寝てから……逆に、それがないと、眠れないみたいで」 「はーん」 「まぁ、いいけどな。物語を語ることに関しちゃ、俺はプロだからな」 「あはは。ありがとう」 「しかし、話といってもなぁ」 「どういう話だったんだ。言ってみろ」 「あのね。妖精が現れて、夢の国に連れて行ってくれるの。そこで女の子は大冒険をしてね……」 「がきくさいな……」 「でも好きなんだもん……」 「まぁ、いいだろう」 「うん……」 「昔々の話です」 私は目を閉じて、先輩の声に身をゆだねる。 「バラ色街という小さな商店街……」 なんだか、おとーさんの声を思い出した。 全然似てないし、おとーさんは私にお話を読んでくれることなんて、ほとんど無かったけど。 「小さな理容店に住む、少女がいました。少女は平凡で、チンチクリンで、生意気で……」 「それ誰」 「誰でもないさ、架空の人物だ」 「ある日のこと。少女が寝ていると、とんとんと、戸を叩く音がしました」 「誰だろう?」 誰だろう? わくわく。 「泥棒だ!」 「ぎゃあああああああああああああああああ」 「そういうのなしだよ。おとぎ話だよ」 「すまんすまん。寝物語だったな」 「一匹のドラゴンでした」 「ドラゴン? なんで」 「俺が好きだからだ」 「そ、そう……じゃぁ続きをどうぞ」 「よう、わては、バラ色ドラゴンのバラゴンや」 「変なしゃべりかた」 「キャラがたっていた方がいいだろう」 「バラゴンは言います、ありす、わてと一緒に来てほしい」 「世界があぶないんや。一緒に、わての国に来てくれないか」 「そう言うとバラゴンは、少女に魔法をかけます。少女は……」 「…………」 「ほんとに寝やがった」 「まったく。緊張するとかないのか」 「子供ってことだな」 「しっかし驚いたというか、信じられないというか」 「あなたが、王子とねぇ」 「まったく、ありすの行動は、いつも予想がつかなかったわ」 「えへへ……自分でも驚いています」 今日は久しぶりに、おねーさま達が遊びに来てくれました。 「一緒に暮らすって聞いた時も、まさか、そんな関係になることはないと思って安心してたけど……」 「いただかれちゃったかぁ」 「はい?」 「いただかれちゃったって……なんですか。ご飯は、食べてもらってますよ」 「え、ああ、うん、ごめん」 そっと、あさひおねーさまが、私の耳に顔をよせます。 「ねぇ。遊ばれてないよね」 「遊ばれて……。時々、遊んでますよ」 「は」 「この前、双六しました」 …… 「馬鹿ね」 「痛い…」 「もて遊ばれてないかってことよ」 「もて、遊ばれ……?」 「つまり、男と女の」 「ああああの。夜の街に捨てられるみたいな、あれですね」 「そんなことないですよっ」 「今のところは。はは」 「まぁ、高級食材を食べ過ぎた金持ちが、庶民的な味が恋しくなるみたいなものかしら」 「わ、私……肉じゃが?」 「いい、ありす。いくら相手が王子様だからって遠慮することないのよ」 「男と女は戦争なんだから。ちゃんと、弱み握って、主導権を得られるようにするのよ」 「は。はい……弱み……」 なんだかんだ言って、おねーさま達、私を心配してくれてるんだ。 今日もこうして、様子を見に来てくれて。 「おねーさま……」 「な、なによ、目をきらきらさせて。気持ち悪いわね」 「そんな話をしに来たんじゃないわ。これをあんたにめぐんであげるためにきたんだから」 「おねーさま……ありがとうございます」 「くー」 「なんですか、これ」 「犬よ」 「ろくろくおしっこも覚えないわ。きゃんきゃん吼えるわで。大変だったのよ」 「はぁ。大変ですね」 「だから、あなたにあげるわ」 「はぁ……これ、なんでしたっけ」 「ポメラニアンの、血統書つきなのよ」 「はぁ……ポメ……?」 「……」 帰ってきた先輩が、私の腕に抱かれた白い犬を見て、目を丸くしている。 「なんだこれは」 「犬です」 「そんなこと見れば分かる」 「ボヘミアンの、決闘つきとか、らしいです」 「なに……」 「ボヘミアンの決闘……映画か何かに出た犬ってことか?」 「かなぁ」 「くー」 「で、こいつをどうしろと」 「飼います」 「くー」 「……」 「捨ててこい」 「だだだ、だって、おねーさまに頼まれたんですよ」 「ほら。夜寝るとき、寂しくても、この子がいれば寂しくないですよ」 「お前と一緒にするな」 「先輩だって寂しいとき、テレビに頼っている癖して」 「なんだと??」 「くー」 「ぎゃー!! 俺の、ソファに、何をしているんだ!?」 「犬って、自分の縄張りを示すために、おしっこするらしいです」 「うちを、自分の縄張りと認識したみたいですよ」 「い、いいから、即刻、摘まみ出せ」 「名前は何にしましょうねぇ」 「知らん。てか、人の話聞いてないな」 「ほら見て下さい、かわいいですねぇ」 「あ……?」 「……」 「……」 「どうする、どうする〜〜」 「なんだ、それは」 「……くー」 「ちぇ。まぁ、いいだろう……」 「やった。名前は何にしましょう」 「ボヘミアンでいいんじゃないか」 「それはなんかあまりかわいくないですよ」 「くー」 「泣き声がくーだから、くーがよさそう」 「そのまんまだな。まぁ、勝手にしろ」 「よろしくね。く‐」 「……」 「ちっ……ガキ臭い上に、犬臭いとは。一体ここは、何なんだ」 そうして、二人と一匹の生活がはじまる。 商売仇でも、家族でもない。恋人として。 ……恋人。ありすはその意味がまだよくわかっていないのかもしれない。 利害とか、血がつながっているとかじゃなくて。 恋なんていう、あやふやな正体不明な気持ちでつながっている、不思議な関係。 その怖さも、まだ、知るはずがない。 「ん……」 「んん」 「ふぁ……」 …… 「朝だ」 「起きなきゃ」 「おはよう、ありす」 私の後から先輩が出てくる。 「おはよう」 いつもの笑顔で挨拶をする先輩に、けーこちゃんは少し戸惑いながら。 「どうも」 「おはようございます」 「あぁ。おはよう」 「じゃぁな」 車に乗って行ってしまった。 「王子は、やっぱり、電車通学しないの?」 「いつも、車が乗り付けてるからそれで、行っちゃうね」 「恋人との、むふふな電車通学を楽しまないとは、男じゃないね」 「電車が苦手なんだって」 「なんで」 「痴漢が怖いらしいよ」 「……」 「ありすも乗っけてもらえばいいのに。恋人なんだから」 「ええ、やだよ」 「やっこや、けーこちゃんとおしゃべりしながら学園行くのが楽しいのに。車じゃ、あっという間じゃない」 「……」 「ありす……」 (かわゆす) 「?」 「それで、どうなの。うまくやってるの? 王子とは」 「ぼちぼちって感じかなぁ」 「そうだ。犬飼いだしたよ」 「なんで」 「簡単に言うと、おねーさまにもらっちゃったんだ」 (押しつけられたんだ……) (押しつけられたな……) 「すでに一匹、猛犬を飼っているというのに、そんな余裕があるの?」 「猛犬? 先輩のこと?」 「ああ見えて、なんていうか、安全な人だよ」 「安全ねぇ……」 「……」 「あのさぁ。こういうこと聞くのは、いかにも、下世話なんだけど……どうしても気になっちゃってさ」 「なに」 「でも、一緒に暮らしているなら、どうしても避けては通れないことだと思うし」 「もう、済ませちゃったのかな」 「なにを」 「それを言わせるか」 「…」 「エッチ……」 「えっちぃ!?」 …… 「こ、声が大きいよ」 「ごめん……」 「怖くない?」 「全然。そんなの考えたこと……なかったから」 「まったく怖くないっていうのも、問題じゃないの」 「はえ?」 「だって好きなら、意識するものじゃない。それが、怖くないってことは、まったくそういうことを意識してないってことだよね」 「そうかなぁ。意識するのかな」 「ちょっと気になってたんだけど……ありすって、寂しがり屋だから、相手のことを家族のように見てたりしないよね」 「家族……」 「んー。そう言われると」 「だとしたら、それは相手にとっても失礼なことだよ」 「こら」 「けーこも、けし掛けてんじゃないわよ」 「別に、けし掛けてなんかいないけど」 「付き合い方なんて、人それぞれなんだから。ありすはありすのやり方でいいんじゃないの」 「まぁ、そうだね。あはは。ごめんね。ありす。なんか、ありす見てると心配で」 「エッチか……」 「そのぐらい、私だって知ってるもん」 「エッチとは子をなすための儀式なり」 「その名も、セックス」 「あ、ありすちゃん……」 「へ」 こ、声に出てたんだぁ。 「むー……」 「うーん……」 「ふーん……」 先輩を家族として見ている。 あぁ言っちゃったのも、いなくなったら寂しいから……引き留めるために言ったのだとしたら。 人を好きになるとかならないとかは、とても神聖なものだと思います。(小説に書いてありました) 私は自分が寂しいばかりに、そういう神聖なものを裏切っているとしたら。 「……ふーむ」 「あんたが変なこと言うから、ありすが、意識しはじめちゃったじゃない」 「いやぁ」 「ありす、ごめんね。友達としてはさ、どうしても気になるから……」 「私……」 「したい、のかな」 「……」 「いや、そんな素朴に呟かれたら……こっちがドキドキしちゃうけど」 「ありすはどうなの」 「ん〜〜〜、よく分からない」 「まぁ、よく分からずにすることじゃぁないわよね」 「そうだよね……」 「うーん……」 「ほらほら、スポーツで発散しよう」 「そうだね」 恋人同士で……。 子供と思って我慢しているとしたら、一応、お伺いを立てておかないとだめなのかな。 けど、それでしたいんだぁぁって言ったら、どうなるんだろう。 するのかな??? あの人前科あるしね! そうだよ。考えてみれば、私、一度襲われてるんじゃないの。 恋人として、一緒に暮らしてたら、しなきゃダメなのかな。 私はしたいのか。 女の子同士で、そういう話になったとき、絵がうまい御代ちゃんが、見せてくれたことがあるけど、なんか蛙みたいにへこへこしてたよね。 私のここに、先輩の、長いのが、入ることになるんだから……。 それで、入って……。 入って……。 「分からん」 あれをしたいのか。 先輩は、いっぱいしてたのか。 夜な夜な……。 へこへこ。 夜な夜な……。 へこへこ。 「分からん。先輩はそんなことを…。私は、したいのかな」 いや、先輩じゃない。 「私はしたいのか」 へこへこ。 「……」 「分からん」 それは、まぁ……その時に考えようっ。うん。 家で聞いたら、おかしな感じになっちゃいそう。 帰り道で、なにげなく聞けばいいよね、きっと。 「先輩いらっしゃいますか?」 「おう、ここだ」 すっごい回りの女の子がぎらぎら見てくる。 「いや、あの。失礼します」 「何か用だったのか」 「ひええええ」 「なんでびびるんだ」 「い、いえ……あはは」 「今日、一緒に帰りませんか?」 「車に乗っていくか?」 「いえ。できたら……」 「電車でか……?」 「できたら」 「……」 「まぁいいけど」 考えて見れば、落ち着いて話せるのって、電車の中くらいしかないよね。 「……」 「……」 幸い、車両には私と先輩以外、ほとんど人はいないようだ。 「あのう」 「先輩は」 「……?」 「あれですか」 「なんだよ」 「男ですか」 「へ?」 「いや……」 「あの……」 「お前、何をリサーチしようとしてるんだ」 「違います違います」 「つまり、ですね……」 「……」 「私達は恋人で……」 「それで……」 「お前、もしかしてあれか……友達から、妙なことでも聞かれたんだろう」 「どうせ、俺に手込めにされてるんじゃないかとか、そんなことを」 「手込めとかじゃないですが……」 「その、恋人がひとつ屋根の下に住んでたなら、当然するであろうことを、してるのかしてないのか的な、話をしました」 「……それで」 「そういうことをするべきかと、悩んでるのか」 「……」 「……そう、です」 「お前……」 「あほか」 「あほ??」 「お前はあほだ」 「うう」 「率直に聞きますが……」 「先輩は……」 「エッチがしたいんですか?」 「……」 「当たり前だろ」 「え゛」 「まじですか」 予想以上に直球な返事が返ってきて、さすがに戸惑う。 「そもそも、俺は、女遊びをしてたんだ」 「私とも遊びたいと?」 「ええ!?」 「そ、そういうわけじゃないが」 「そういうわけじゃないが……」 ………… …… 「いいですよ」 「あ゛」 「私、先輩のことが好きですし」 「我慢するのが、苦しいというなら」 「していいです、が……」 「……」 「お前……そう言われたら、できなくなるんだぞ。悪女だな」 「そ、そういうものなんですか?」 「お前、そもそも、それがどういう行為か分かっているのか」 「それくらい知ってますよ」 「子供がほしいってことなんですよね」 「いや……そういうわけじゃないが……」 「子供がほしいゆえにするというのは、セックスの真実でしかない」 「はぁ……」 「俺はセックスの、物語的な側面を大切にしている」 「セックスの……物語側面、ですか」 「肌のぬくもりを感じたい」 「胸をやさしく愛撫して、舌を這わせたい」 「そういうことだ」 「子供とか……そういうのとは、別次元だ」 「……それは」 「なんか、ロマンチックですね……」 「お前が問うたんだ」 「そうですけど……」 「……」 「それを私としたいのですか」 「……うん」 手すりをつかんでいた先輩の手が、そっと私の手の上にのせられる。 さきほどの話を聞いていたせいか、なんだか、むずがゆいような緊張が身体に走り、私は、息が詰まりそうになる。 「……」 なんだろ、これ。 もう、何も言えなくなってしまった。 ……ずっと無言で歩いていた。 どうしてかな。 我が家が、全然違うものに見える。 「なぁ、ありす」 「はいっ」 「1つ言っておく」 「今、中に入ってしまったら……」 「俺は自分が抑えられないと思う」 「……」 「私は、入ります」 これから始まることを予感して、どきどきと鳴っている。 振り向くことが出来ない。 蛙へこへこみぴょこぴょこぴょこ。 合わせてへこへこみぴょこぴょこ。 何を考えているんだ、私は。 「は……」 「んん」 「ちゅ……ん」 「は……」 「ちゅ、ん……ぷ……は……」 「はぁ、はぁ……」 「りゅ、むぅ……ちゅぅ」 …… 「先輩?」 「……」 「やめておこう」 「え、えと……」 「私じゃ、ダメでしたかね」 「え?」 「蛙へこへこ……だめでしたかね」 「なに?」 「なんでもないですっ」 「お前は悪くないよ」 「いや……言っておくが」 「お前は、それなりにえろい!」 「は……」 「どうも」 「えろいのでしたら……いいの、ですが……」 「だめなんだ」 「俺は魔法使いで……」 「そして、物語でしかないから」 物語でしか、ない? 「……だから、だめだ」 それ以上、先輩は何も語ってくれなかった。 …… 「ん……」 「起きなきゃ」 先輩は、登校してるんだ。 「……」 久しぶりに一人で、ご飯を食べる。 「だめなんだ」 「俺は魔法使いで……」 「そして、物語でしかないから」 「分からん」 なんであの人、イチイチ、自分について、妙な伏線張るかなぁ。 言いたいことがあるなら、こう、具体的に話してくれれば良いのに。 それが先輩の言う、物語的ってことなのか。 はぁ……。 昼休み。 先輩に会いに行こう。 「ありすー。昼ご飯食べに行こう?」 「え、ごめん。私、用があるんだ」 「桜井先輩に会いに行くんだな」 「ぎく」 「学園ではあんまりいちゃつかない方がいいよ。刺されるよ」 「先輩に挿されることもあるかも」 「……」 「けーこ、あんたね……」 「い、いや、ごめん」 「あはは。そういうことで。ごめんね」 先輩の教室へ向かう。 と、あれ、先輩だ。 けどもう一人、一緒に歩いている。 あれは……。 「藤田さんだ」 会話が聞こえてくる。 「まさかあなたは……」 「終わらせたいと思っているわけじゃないでしょうね」 「……なに」 「王よ」 「幻想を見ないことだわ」 「あなたの終わりは、どこにもない。この物語は、永遠に続けて貰うわ」 「……それが約束よ」 「……そう、だな」 「……」 なんだったんだろう。今の会話は……。 私には、知らないことはたくさんある。 「先輩」 「あぁ」 「藤田さんと、何か?」 「いや。他愛ない話だ」 「藤田さんは……」 「知り合いだ」 「古い古い……知り合いだ」 「店の方はだいじょうぶなんですか?」 「栗原に任せているから、いいんじゃないか」 「実質、経営はあいつがやってるからな」 「栗原さんって、どういう人なんでしょう」 「俺と一緒にこの国に来た、魔法使い……というか、ただの従者だな」 「俺は創立者ではあるが、経営者というわけじゃない。好きにやらせてるだけだ」 「なんだか、栗原さんには信頼があるように見えます」 「うえ」 「なんで、嫌そうな顔するんですか」 「ま、まぁ……」 「長い時間の中で、それぞれが各々の物語を模索し始めた中で、あいつだけは、俺の傍で仕え続けている」 「まぁ、自主性がないだけなんだろうが」 「いくら知り合っても……どんどん不思議になっていくなぁ」 「物語みたいな人」 そうだ。 王様で。 へんてこで。 地に足がついてなくて。 いや、でも、実際物語から出てきたら、あんな風に、現実と馴染まなくて、トンチンカンになっちゃうかもしれない。 あの人はそういうイメージだ。 あるいは……私が物語ばっかり読んでるから、その中から飛び出したのかも。 とか、私、何考えているんだ。 「おい」 「髪を切れ」 「えええ。なんですか、いきなり」 「いつか言ったな。俺の髪を切りたいと」 「さすがに、伸びてきてな。気になってきた」 「でも、私でいいのかなぁ」 出会った時は単純に営業で言ってみたけど、美容院とか、シンデレラとか知ると…確かに女の子や先輩のような人が切るのは、うちじゃないよねぇ。 「かまわん。お前に切ってほしいんだ」 「は、はい……」 「以前はどうしてたんですか。やっぱりシンデレラで?」 「あぁ」 「きまった奴がいたんだが……」 言いかけて、先輩は、言葉を切り……少し、黙考する。 「まぁいいや」 「?」 …… カットが終わり……。 「大したものだな」 鏡を見た先輩が、素直な感嘆の声をあげてくれた。 「もっと、芋臭くなると思ったが……十分、マシなレベルじゃないか」 「いつもはしない切り方ですが、おそらく、こういう感じがいいんじゃないかって思って」 「お前、いつも子供や老人ども相手に切ってるから、そういう切り方しか知らないのかと思っていたぞ」 「若い子にも本当は来てほしいんですが……なかなか」 「うちがほとんど、客をとってるからな」 「お前、腕をのばしたいなら、うちで勉強してみたらどうだ」 「ええ」 「うちといっても、俺はほとんど店に顔を出していないからな」 「……」 「どうした、俺の顔に何かついているか」 「行くか、シンデレラに」 「は、はい」 改めて入るのは初めてだ。 わぁぁぁ。 理容室も美容院も、同じようなものと思っていたけど、とんでもない。 うう。そりゃぁ、若い……特に女の子は、こっちに来るよね。 「あれ」 「どうも、グレートギャツビー」 「ご苦労ご苦労」 「どうも、グレートギャツビー」 「あぁ」 うわ。きれいな人だ。 「そうだ。グレートギャツビーに、ご報告がありまして」 「うん?」 「私、結婚するんです。どうか、グレートギャツビーにも出席してもらいたくて」 「結婚式……?」 「そうか」 「なんだか、急だな」 「グレートギャツビーがほとんどお店に出て来ないから、ご報告する機会がなかったんですよ」 「そうだな……」 これは。なんか匂う? 乙女の勘ってやつですよ。 す、好きな男の人に対する……勘。 「そうか……結婚か」 「おい」 「パーティーでもするか」 おおっと、店内から歓声があがる。 「しばらくご無沙汰で悪かったな」 「相馬が結婚をするというじゃないか」 「今夜は、祝いの宴だ。皆、久しぶりに楽しめ」 「お客様におかれましても、もしお時間がありましたら、是非ご参加くださいませ」 「あの、たくみ君? いきなり言われても」 「ということで、栗原、段取りよろしくな」 「今夜とか無理だよおおおお」 「それをどうにかするのが、お前の役目だろ」 「ひええええええ」 「わぁ……」 以前来たときほどではないけど、やっぱり、豪華だなぁ。 「グレートギャツビー。どうも」 「あぁ、相馬」 「結婚おめでとう」 「ありがとうございます」 「最近顔出しませんね」 「興味がなくなったからな」 にやりと笑った相馬さんが、朗らかに私の方に笑いかける。 「その子に夢中とか?」 「はっは」 「馬鹿も休み休み言え」 「がーん……」 「ありすさーんこっちこっち」 「あ、はい!」 あれ……。 私、じゃないよね? 「はーい」 相馬さんがかけていく。 ありす……さん? 「……」 …… 「ふん。久しぶりに出てみたが、どうも、馴染まないな」 「少し挨拶をしてきたら、帰るぞ。食い足りないのがあるなら、食っておけ」 「先輩が、ひらいたパーティーじゃないんですか」 「俺は発案するのは好きだが、すぐに飽きるんだ」 「ダメ人間……」 「ということで、帰る準備を……」 「あぁ、たくみ君。ここにいたんだ。どうせすぐ帰っちゃうだろうと思って、探してたんだよ」 「? なんだ」 「ちょっと、話したいことがあるんだけど、いいかな」 「……」 「お前も来い」 「う、うん」 「なんだ。わざわざこんなところで」 「少し込み入った話になっちゃうけど……」 口ごもりながら、栗原先輩はちらりと私を見る。 「南乃さんも、いいのかな」 「かまわない」 「で、話とは?」 「うん……」 「あのね……たくみ君。もう少ししたら、僕は姿を消そうと思うんだ」 「なんだ。飽きたのか」 「そういうわけじゃないよ」 「時計坂家という一族を知っているかい」 「時計坂家? いや……」 「僕らとは違う起源を持つ……英国あたりからこの国にやってきた、魔術師の家系だよ」 「どうも時計塔や魔女こいにっきについて研究を進めているらしくてね。その副産物として、不思議な力を手に入れているらしい」 「彼らはどうやら、僕らの存在にも気づいているようなんだ。すでに何人かの魔法使いが、彼らか……彼女らに、狩られているよ」 「そうか、それで最近……姿を見ない奴が増えたと思っていたが」 「そいつらは、なぜ俺たちを狩ろうとする」 「さぁ……。事業の方でも手広く進出してきていてね。この街の、支配層に食い込もうとしているようだ」 「それで僕らの存在が気味悪くて、目障りなのかもしれないね」 「なんだかんだで、この街を作ったのは君だった。そこにはいくつもの物語があった。彼らにはそれが、邪魔なのかもね」 「ふーん……」 「まぁ、俺達にできることには限界がある。時計坂家とやらが、どんな物語をつむぐか、お手並み拝見といこうじゃないか」 「そんな悠長なことを言ってる場合かな」 「うん?」 「当主の少女にあったんだけど……なんていうか、嫌な予感がした」 「僕らとはまったく違う形で、時計塔の力を利用しているみたいなんだ」 「当主が、少女なのか」 「うん。まだとても若い子だったよ。でも、なんていうか……僕らに、雰囲気が似ていたな」 「俺たちの同胞の誰か、ということはないのか」 「いや違うよ。それなら覚えている。僕達の仲間じゃない」 「そうか……」 先輩は、向こうでいろんな人に囲まれている。 すぐに退散するとか言ってたくせに、なんだかとても得意そうだ。大勢の人に囲まれて。 ここのオーナーだもんね。 「グレートギャツビーも、今度どうですか。うちのパーティーにも顔を出してください」 「そうだな。是非、参加させてもらおう」 「グレートギャツビーっ」 でも、なんか変な呼び方だよね。グレート……? 「南乃さん。たくみ君とはどう?」 「いやぁ……不思議な感じです」 「僕から見ても、不思議だよ。まぁ、彼らしいと言えばそうだろうけど」 「ねぇねぇ栗原さん」 「うん?」 「なんで、先輩はグレートギャツビーって言われてるんですかね」 「あぁ……」 「南乃さんは、華麗なるギャツビー……読んだことある?」 「いいえ」 「小説を読むと分かるかもしれないね」 「そうなんですか…」 「そもそも彼が自分で言い出したんだけどね」 「俺はグレートギャツビーみたいだなって」 「グレートってことですか」 あの人らしいと言えば、らしいけど。 「いやぁ」 「滑稽って、ことじゃないのかな」 「こっけい……?」 「おっとこれ以上は。僕の口から語ることじゃないね。彼に知られたら怒られる」 「泊まっていかないんですか」 「あそこが落ち着くようになったんだよ」 「……」 「良かった」 「何がだ」 「なんか、シンデレラに行ったら……先輩が、すごく自然で、いきいきとしてて」 「なんか遠い存在に感じて……もう、うちに帰って来ない気がしたから」 「……」 「馬鹿め」 「家には、食い残したプリンがあるだろう」 「それでしたか」 「そうだよ」 「それに……」 「今は、あそこが、家だ」 「ありがとうございます」 「なにが、ありがとうだ」 「……」 「……」 「あの」 「栗原との話のことか」 「は……」 「や、そのことではないです」 「というか、栗原さんとの話は、私、聞いててもほとんど意味が分かりませんでしたから」 「何か、政治のお話なんですかね」 「……政治って……。まぁ、当たっていると言えば、当たっているか」 「そうだ。驚きました。有栖さんって言うんですね。相馬さんでしたっけ」 「あぁ」 「偶然だけど、一緒だな。そうそういる名前じゃないんだけどな」 「……」 「?」 先輩は、少し考えこんだ後。 「偶然だが、あいつとも昔付き合ってた」 「えええええ。そうだったんですか。でも、そんな感じ全然なくて」 それが大人ってことかな? 「まぁ当然だ」 「向こうは、覚えてないからな」 覚えてない? 「どういうことですか?」 「言っただろう。俺は幻のような存在だ」 「いつか、魔法で店を復元して……ぶっ倒れたが、あのまま放っておけば、俺は消えていただろう」 「じゃぁ、消えた後、どうなる?」 「俺がある日、消えてしまったとして、残された者はどうなる」 「俺を捜し回るのか」 「違う。最初から、いなかったように、つじつまがあわせられるんだ」 「なんですか、それ」 「先輩がいなくなったら、私もそうなるってことですか……?」 「あぁ、そうだ」 「この生活も、全部全部、忘れてしまうってこと?」 「……」 「そういうことだ」 「……」 「ありす、どうしたの?」 「う、うん……」 「先輩と、けんかでもした?」 「そういうわけじゃないけど」 「物語って、そのうち終わっちゃうよね」 「だいたいは一番いいところで」 「当たり前だけど、もったいないなぁって」 「でもその方が、キリはいいじゃん」 「面白いところ過ぎて、ぐだぐだ続けられてもね」 「そうだね……」 「どうして楽しい時間がずっと続かないんだろう。世界はそういう風にできてたらいいのにって」 「そんなわけないのにね」 「……ありす、どしたの?」 「え、いや。あはは」 「いろいろと苦労があるみたいね」 「なにかあっても、私達は、絶対、ありすの味方だからね」 「もし先輩に振られたら、残念会は、盛大に開いてあげるからねっ」 「う、うん……ありがとう」 「先輩への復讐も、盛大にね」 「や、やっこ……?」 「じょ、冗談よ」 「で、あるからにして……」 「……」 「整理をしよう」 先輩は魔法使いで……どうやら、遠いところから来たらしい。 実体がない幻のような存在で……。 その幻のような存在っていうのが、よく分からないんだよなぁ。 蜃気楼みたいなのかな。 あるいは、テレビに映っているような。 魔法をいっぱい使ってしまったら、倒れたり、場合によっては消えてしまったりするらしい。 そういう存在だから、歳もとらないし、子供を作ったりすることもできない。 子供か……。 いいのかな。 ほしいけどなぁ。 「……」 まぁ、しょうがないよね。 それでも、好きだしっ。 結論は決まっている。 あの人のことが知りたい。 力になりたい。 私は、ちゃんと覚悟をしたい。 悲しいけど……でも、何も分からないまま、悲しいのは嫌だから。 藤田さんしかいない。 悔しいけど、あの人のことを誰よりも知っている女の子。 どういう関係なんだろう? やっぱり、昔の彼女? それとも、違う感じなんだよなぁ。 「藤田さん!」 「?」 「なにかしら」 「あの……」 「桜井先輩のことで、お話があるんです」 「……」 「いいわ」 気のせいかな。 一瞬……少しだけ、藤田さんが笑ったような気がした。 「私についてきて」 そう言って、藤田さんは校舎を出ると……そのまま、森の中へ入っていく。 どこに向かうんだろう? 時計塔……。 この塔は、一体いつできたものなんだろう。 「ようこそ」 「あの、私」 「願いがあるんでしょう」 「え?」 「私はね。いろんな人の願いを叶えている」 「それは物語になり、時計塔を動かす、歯車の1つとなるのよ」 「???」 「さぁ。あなたの願いは何? 南乃さん」 「私の願い……」 「ふ」 「あなたは……」 「桜井たくみについて、知りたいのね」 「魔法使いだと教わりました」 「それだけじゃないような気がするんです。あの人には、もっと、もっと……何か、どうしても私にでも誰にも言えないことがあるような気がして」 「私は知っておかなければ…」 「このままじゃ先輩が、いなくなっちゃうような気がするんです」 「その危惧は正しいわ」 「魔女こいにっき」 「これは、彼の日記よ」 「元々は私のものだったけど……あるときから、彼の手に渡り、彼がこの日記に、物語を書き続けている」 「物語を、書き続けている……?」 「といっても、直接書くわけじゃなくて、所有者である彼の記録が、ここには、オートマティックに、つづられていっているの」 「う……あ……」 「これは、一体」 「とても昔のことや、いろんな、人との出会い」 「それに、砂漠……」 「砂漠の、国が見えました」 「そこで先輩は、異国の衣装を着て、どこかお城のようなところにいました」 「先輩は、一体、どこから来た人なんですか?」 「彼は、人ではない」 「竜よ」 「りゅ、竜……」 「物語を喰らいながら、生きている」 「歳はとらないし、永遠に生きていく」 「やがて去る時が来るから、彼は、ほとんどの女の子と長く続けることがないわ」 「お互いに苦しいと思うから」 「実際は、女の子の方はきれいさっぱり忘れるのだから……。傷つくのは、彼だけなんだけどね」 「でも、例えば、何十年も一緒にいて、彼は女の子から気持ちが離れる」 「ただ、ずっと、一人だったと思うだけだわ」 「それはとても恐ろしい想像じゃないかしら」 「そんな想像に耐えきれず、ある女性は、心を壊してしまったわ」 「相馬、有栖さん」 「ええ」 「今はいい。若い、美しい女と男が、互いの愛を永遠であると信じることは、そう難しくない」 「でも、現実は物語のようにはいかない」 「老いて、変わっていく」 「肥え太り、髪は少なくなり……生活に疲れ、すれ違い……」 「かつてそこにあったはずの愛は、無くならないまでも、まったく別の何かに変質していることに気づくでしょう」 「それも同じ人ならば、互いのこととして、関係そのものを恋人から家族へ。あるいは別の何かへ変質させて一緒にいることが出来るでしょう」 「けど、彼は違うのよ」 「老いることのない相手に、彼女は、違和感を覚えはじめ……やがて、恐怖を感じた」 「そして、心を壊したわ」 「彼は、それを悪く思っているのよ」 「それでも彼は、女の子との出会いを求めないわけにはいかないの……」 「1つは寂しいからというのもあるけど……彼は、物語を常に求めているから」 「長い時間に倦いてしまったとき、恋だけが彼に物語をつづらせる力を与えてくれることを、彼は知っている」 「けど、あなたとは……どうも、長く居すぎてしまっているみたい」 「南乃さん」 「昔、彼は……王だった頃に、永遠に動き続ける時計塔を作ろうとしたわ」 「多くの家臣が、世界から集められた魔法使いが、その夢に協力した」 「けど、ついに時計塔はできなかった……」 「多くの人々の夢を、彼は裏切った。けど彼はそれを認めたくなくて……」 「永遠にとまらない時計塔それ自身になった。しかし、それは同時に。取り残されていく孤独と同義だった」 「人の生涯は時計ではない。同じ、数字の上をくるくると再会しつづけるわけじゃない」 「ただ、直線的に続いていく、二度と出会うことのない時間の連続よ」 「それが、彼だけはくるくると、同じ時を回り続けている」 「この時計塔のようにね」 「おい」 「飯はまだか」 「あ、はい。もう出来ます」 「……」 「どうしたんだ」 「崑崙さんに会いました」 「……なに……そうか」 「しかし、どういうつもりだ。あるいは……おせっかいか?」 「ジャバウォック」 「それが俺の本当の名だ」 「国を追放され……砂漠で果てることを拒み、竜になった王だ」 「竜になった……」 「あなたは何者なんですか?」 「俺は物語なのさ」 「も、物語」 「そうだ。魔女こいにっきであり、時計塔である。そして、桜井たくみである」 「くく、まぁ、分かりやすく言えば、幻みたいな存在ということだ」 「まぼ…ろし……?」 全然分かりやすくなかった。 「相馬有栖さんのことも……」 「そんなことまで聞いているのか」 さすがに苦々しそうに、口をゆがめた。 「本当に……しゃべるときは、余計なことまでぺらぺらとしゃべる奴だな」 「相馬は、まだシンデレラをはじめたばかりの頃にやってきた女だ」 「腕はいいし、美人だしで……瞬く間に顧客を増やしてな」 「俺はもちろんアプローチをかけたが、ひらひらとかわされるだけだった」 「長く恋仲だったよ」 「なんで別れたんですか?」 「俺は……」 「別れないつもりだった。こいつとなら、いつまでも一緒にいていいと思ったよ」 「終わらせてもいいと思った」 「けど……」 「壊してしまったんだ。あいつの心を」 「あるいは、俺がちゃんと話していれば、まだ違ったのかもしれない」 「竜であること。幻であること……」 「それを、別のルートから聞かされて、あいつは疑心暗鬼にはまってしまった」 「別のルートって?」 「崑崙の仕業だろう」 「崑崙、さん……」 「お前にも話したんだろう」 「それはな、もちろん親切心なんかじゃない」 「あの女は恐れている。俺が物語を終わらせるのを」 「そうすれば、あいつもまた、あの、絶望へ帰ることを知っているから」 「俺がこいつと共に、最後までいたいという女が現れるたびに、めちゃくちゃにしていくんだ」 「とはいえ、数えるほどだけどな。かつて一人いた。そして、愛と…………」 それ以上は言わなかった。 「臆病なのさ、あの魔女もな」 あるいは違う。何か思い違いをしているような気がする。 でも、今、私が言うようなことじゃないか……。 「あるところに二人の夫婦がいた」 「美しい男と美しい少女は自然な成りゆきといくつかの偶然を交えながら恋におちた」 「互いが互いを好きで。それだけで世界の何もかもは、華やぎ。優しくなり」 「まるでおとぎ話のような時間が二人に訪れる」 「この世にこれ以上はないというほどの美しい瞬間に、二人は永遠を誓う」 「おとぎ話ならここでめでたしめでたしで終わるだろう。けれど、人生はそうはいかない」 「いつか少女は歳をとり、おばさんとなり、皺ができ、生活の疲れはかつての美しさを蝕み、貧乏は彼女の心を僻ませる」 「夫とのすれ違いは、彼女の愚痴を多くする」 「一方の夫も、頭は薄くなり、腹が出てくる」 「いつでもどこか遠くを見ていた夢見がちな瞳はただ、繰り返される日々の暮らしを映すばかり」 「あれほどみずみずしくお互いに満ちていた想いはどこかに消え失せて。二人はほとんど話すことすらなくなりました」 「いつか見た、あの美しいおとぎ話の面影すら、そこにはない」 「物語はどこにいった? 消えてしまった」 「……」 「俺にはな、結局、その続きを話すことができない」 「だから、消えるしかないんだ」 「人なら、我慢でもなんでもして、添い遂げることもできるだろう」 「けど、俺は……そこに物語がなければ、存在できないんだ」 「物語がないと、存在できない……」 「王子やなんだと振る舞うことにこだわっていたのも、そういうことだ」 「俺自身が、あるいは俺を取り巻くものが、物語的であればあるほど、俺は魔力を増し……単純に居心地が良い」 「逆にそうでなくなったとき、俺は苦しみ……あるいは、消滅してしまうんだ」 「俺の問題だけじゃないさ」 「たとえば俺とお前が一緒になり」 「あるいは数年、同じ関係を続けられるかもしれない」 「が、10年、20年たったとき、どうなる?」 「俺は幻だ」 「歳をとらない。子をなすこともできない」 「いっぽうのお前は大人になり、老い……家庭をもつべき歳となり、人生の時計を、どんどん進めていくのだ」 「それはとても、恐ろしい想像だ」 「だから……」 「でもそうやって、今まで、いろんな女の人と知り合ってきたんですよね」 「そうだな」 「でもお前のことは抱けなかった」 「……」 「物語を語ってください」 「え?」 「私の恋人だという、物語を」 「いつかどうなるか分からなくても。私のそばにいてくれるって、思わせてくれたらいいです」 「それが永遠であってほしいって願える物語があるだけで、どんなに、嬉しいか」 「それでいいじゃないですか」 「相馬さんだって、先輩と一緒になった女の子達だって。それで、可哀相だなんて思いません」 「先輩が、そんなことを思ったら、それこそ……可哀相です」 「……」 「だから、自信を持ってください」 「……」 「は……」 「俺は物語を語る」 「それが、どうだったかは……もう、手の届かないところにあるのかもしれないな」 「その物語が相手にとっていいものかどうか……。それは、俺が気にする領分ではないのかもしれない」 「そう、か」 「はう」 「ちょ……なにを」 「この前の続きだ」 「うえええ。蛙へこへこですか」 「だからなんだそれは」 「言っておくが」 「は、はい」 「俺の物語はすごいことになってるぞ」 「へ……」 下腹部……ズボンの一部が、大きく押し上げられて、屹立していた。 「下ネタか!」 膝頭が脚の間に入ってきて、私はいつのまにか脚を大きく左右に開かされた格好で、先輩の脚に跨がらせられていた。 ズボンと下着越しに体温が熱くなっている場所に伝わってくる。 「せ、先輩……」 きっともうぜんぶ分かっちゃってるんだ。 私の身体がヘンになってることも全部。 い、いいんだこれで。 み、身も心もこれで捧げられるんだから。 ぎゅっと抱きしめられる。 「……かわいいな」 「う、嘘ばっかり」 だめだった。 嘘か本当か分からないのに、それだけで身もだえしたくなる。 先輩の声がここちよすぎる。 「こんなことしたくなるんだから、かわいいに決まっているってことだ」 「!」 軽く胸の先端にふれられただけで、服の上からなのに電気が走ったみたいで。 「いいかおりがする」 先輩が私の首筋に顔を埋める。嗅いでいる。 すごくはずかしい。 「わ、私シャワー浴びて」 思わず口走ると。 「こういう時にそういうこと言うんだ」 「あ、ちがうちがう。ただ、私帰って来た時のまま――」 ちろり、と首筋に濡れたあつい感触。 「おいしいな」 びくびく、としびれが首筋からはいのぼる。なめられてる。 「あ、あうぅぅぅ」 ひたすらに恥ずかしい。 でも、きもちわるさも、くすぐったさも感じない。 触れてはいけないものに触れられたように、ぞくぞくっとする。 「シャワー浴びるか? 一緒に」 「だ、だめ、そ、そんなの」 服の上からこうして触られてるだけでも恥ずかしくて死にそうなのに、裸で向き合うなんて、想像できないよ。 「じゃあ続けよう」 首筋からのぞくぞくに震えてるところに、指の感触が胸のふくらみにからみついてきて。 「あっ、そ、そこは」 「ありすはやわらかいな。いい香りもするし、あったかい……」 乳房のかたちを確かめるように指先はゆっくりとはいずりまわる。 裸の胸をさわられてるみたい、もし、ほんとうに直にさわられたら私どうなっちゃうんだろう。 「ふわっ」 へんな声が口からもれてしまって、自分が自分をどんどんはずかしくしていく。 「かわいい声だ」 耳元であまくささやかれる。 なんだかほんとうに自分がかわいいんじゃないか、なんておもってしまう。 これは先輩の作戦なんだと精一杯つよがって。 「わ、私かわいくなんか――」 言ってみるけれど。 「俺がそう思ってるんだ。いいだろ?」 いいだろう、という言い方に、よくないという言葉は返せず。 「い、いいけど……」 「かわいいありす」 催眠術のようにかわいい、という言葉が染み通っていく。 私かわいいんだ……。 いいじゃない。それで。先輩がそう言ってくれるんだから……。 「どこもかしこもやわらかいな……」 やさしくささやかれながら、服の上からお腹も胸もたっぷりと触られる。 布地越しに指や手のひらが触れたところが、熱をおびていく。 「先輩……なんかからだが熱く……」 自分でそんなことをわざわざつぶやいてしまうなんて。 「どんどん熱くなっていいんだ。身も心もやわらかくとろけるように」 肌にうっすらと汗をかき出してるのが匂いで分かる。 先輩の指はなんて気持ちがいいんだろう。 自分でも不思議。いつのまにか緊張が消えていた。 先輩にすべて任せればいい……。 「ありす。ずいぶんと熱くなってきただろ」 「うん……」 「ちょっと脱ごうか?」 こくり、と頷く。 拒む気持ちはなかった。 先輩が頼むっていうなら、なんでもいい。 指が私の制服の前のボタンを―― 私は身体をきゅっと固くして。 服のボタンが外されていくのを―― 「あ……」 火照った肌にリビングの空気が触れる。 自分がすごく熱くなっているのが判る。 「これがありすのおっぱいか」 「だ、だめっ」 露骨な言葉に、先輩にはだかの胸を見られているという事実を突きつけられて狼狽えると。 「何がだめなんだ?とても、俺の好みのおっぱいなのに」 指がそっと触れてくる。 「だ、だって――ああんっ」 いきなり指先が、先端の根元をくるり、と丸くなぞる。 「ここもいい形をしてる。誰にみせても自慢出来るおっぱいだぞ」 胸なんか褒められても、恥ずかしいだけなのに。 「だけど、俺以外には見せたくない」 先輩が私を独り占めしたがってるそれが嬉しくなってしまう。 ひろげられた手のひらに包み込まれ、両方とも鷲掴みにされる。 「せ、先輩、いきなり――」 前から私を、と驚いた隙を突かれて、先輩の手は胸を好き放題に弄り始める。 「手に吸い付いてくるようだな……」 「そ、そんな……こと……」 こんなことでも褒められると、嬉しくなってしまう。 それに、ちょっと乱暴に思えた触り方だったのに、だんだん、変な感じになってくる。 「どんどんやわらかく……熱くなってくる」 なんだか指先で溶かされていくみたい。 「なのに……ここは」 「あふぅっっ」 急に鋭く熱い刺激が身体を貫き、恥ずかしい声が出てしまう。 「こんなに尖らせて硬くなってるな」 先輩の指が、私の乳首を強く摘まんでくる。 「ひっ、あ、ああっっ」 掴まれた根元から、熱い刺激が迸って、全身がぴくぴく震えてしまう。 「ら、乱暴に――」 「恥ずかしい奴だ」 一転してつめたい声に抗議の声を飲み込まされ。 「初心な顔をしてえろいんだな。いつもここを弄って自分を慰めてるんだろう?」 「こんな風に」 「あ、やぁっ」 乳首を摘ままれて強く上へ引っ張られ、恥ずかしい形にされた乳房を見せつけられる。 「見てみろ。乳首がみっともないくらい硬く尖って、おっぱいが汗まみれになってるのを」 酷いこと言われてるのに、引っ張られた胸の先端から鋭い刺激が全身を貫いて、頭が熱くぼんやりと雲がかかったように気持ちよくなってしまう。 「あ、ああんっっ、や、ああっっ」 全身が自分のものじゃなくなったみたいに、勝手に熱くなって震えてしまう。 「俺に弄くられて、すっかりえっちな気持ちになってるんだろう。淫乱だな」 淫乱なんかじゃ……。 でも、私の身体はその言葉を言わせない。 「ひぅんっっ!」 胸が熱くて、得体のしれない熱い刺激が身体をかけまわって、こんな風にされてるのに、感じたことのない気持ちよさに何もできない。 「こっちもすっかり熱くして」 「ひっっ」 脚の付け根が、またがっている太股に強くこすられる。 「もうびしょ濡れなんじゃないか」 先輩の指が、スカートと下着の生地の上から、私の股間を撫でまわし始める。 「だめぇっっ」 乳首をいやらしく腫れ上がらせて、恥ずかしい場所を熱くして……。 こんなんじゃ―― 「なんてな」 「え……」 「悪い悪い。そんな泣きそうな顔するな」 不意に声がやさしくなる。 「……先輩」 「最初は半分本気って感じで、ここでクールにやめるつもりだったんだが」 「ありすがあんまりかわいいから、少し調子に乗ってしまった。悪いな」 「おふざけは、この辺にしておこうか?」 一瞬。 これもちょろいテクニックなんだろうか、なんて思ったけど。 「やめなくていいよ……」 「いいのか?こんなノリで最後までしてしまって」 「いいよ……私ちょろいんでしょ?」 なぜだろう。 さっきだってきもちよかったし、先輩はきっとうまくやってくれるし、最初からひとつになりたかったし。 なにもかも順調なのに、いざとなるとこわくなってくる。 「これ」 「え……どうして」 先輩はなぜか、枕元においてあったヌイグルミを渡してくれた。 「日頃、慣れたものを握りしめてると、安心できるぞ」 「あ、うん……」 「はじめるぞ」 そう言うと先輩は私に覆いかぶさってきた。 あんなに硬く熱くしてたから、いきなりされちゃうのかと思ったら。 「あ……ひんっっ」 あたたかく濡れた感触が、私の乳首をなめあげた。 先輩に乳首なめられてるっ。 「溶かしてやる。怖さなんてみんな」 ちゅぷ、ちゅぱと、私の乳首を吸うえっちな音が、部屋中に響く。 「あ、先輩、そんな強くすっちゃ」 舌に感じちゃう。 「固くておいしいぞ。こりこりしててグミみたいだ」 「あっ、あっ、そんなこと口にださないで」 どうしてこんなかんたんにきもちよくなってしまうんだろう。 「ありす……かわいいぞ」 胸が、かっとあつくなり、感覚がそこに集中して、全身が乳房になってしまったみたい。 求められている実感。熱い刺激と幸福感が身体をいっぱいに満たしていく。 「しあわせ……ああん……」 思わず言葉がこぼれてしまう。かなり恥ずかしい。 でも、本当のこと。 「ありすが幸せだと、俺も幸せだぞ」 「先輩……」 恋人なんだから、名前で呼んでいいはずなのに、慣れているからか、先輩がまだ一番しっくりきちゃう。 「下も脱がすぞ」 「聞かなくていいよ……好きにしていいのに」 わざわざ聞くなんて、恥ずかしいじゃない。 「その方がありすが恥ずかしがって、かわいいからな」 「もう……」 脇のホックが外れる音が妙におおきく聞こえ、腰のまわりに部屋の空気が流れ込んでくる。 「うむ。ぱんつだ」 「いちいち言わなくていいのに……って言ってもムダなんだよね」 「そうだ。断固として言う。パンツだ。しかも」 また先輩がおおいかぶさってくる――と思ったけど。 「だ、だめぇっっっ」 股間に顔を埋めて、パンツの上から舌を這わせてくるなんて! 腕を伸ばして退けようとしたけど。 「かすかに女のコの味がするな」 「そんなの味わわないでぇ」 「ありすの全てを知りたいんだ」 真剣な顔でそんなことを言われると、ふっと力が抜けてしまって。 「先輩……」 もう、何でもいいって気になってしまう。 舌が張り付いてくるように擦りあげてくる。 「ちゃんともう毛が生えてるな」 「そ、そんなに生えてないよ!その、お、お手入れもしてるし……」 「そうだな。薄めだな。だから、中までよく見える」 パンツの生地がびしょびしょになって、きっと透けてて、全部見えちゃって―― 「ひぅぅぅぅぅっっっ」 私の脚の付け根の割れ目を上から下までなぞるように舌が動く。 熱い息を、熱い舌を身体の芯に染み込まされる。 「どんどん味が濃くなるぞ」 ぴちゃぴちゃと猫が皿をなめるような音。 なんていやらしい音なんだろう。 私の身体が反応している。脚の付け根が熱くなって。 「あ、ああっ。も、もう」 なめられるだけで、頭の中に小さな火花が連続して煌めき、その度に、熱い何かが弾ける。 「形がはっきりしてきたな」 「形って――」 いきなりだった。先輩になめられている場所の上を、強い力で吸われた。 その部分は自分でおそるおそるなぐさめる時以外、意識なんかしない、小さな尖り。 そこから今までに感じたことのない鋭く熱い刺激が、脚の付け根から頭までを貫いた。 「ひぅぅぅぅぅっっっっっ」 「ありすは敏感だな」 ずぅんずぅんと強い刺激がたてつづけに沸き起こる。 「あっあっああっっっ」 熱いなにかが腰からふきあがって全身をかけまわり、なにかがあふれるような感触。 手足までつっぱって、頭の中がまっしろになっちゃう……。 「はぁはぁ……」 いきなり力がぬけて、ぐったりしてしまった。 「かわいいなぁありすは、こんなにクリトリスを大きくして、精一杯喜んでくれて」 なんなの今のは……。 あんなの知らない……。 でもきもちよかった……。 「下、脱がすからな」 先輩が何か言ってるけど、頭の中がぼんやりしてよく分からない。 「う、うん……」 脚の付け根につめたい空気が流れ込んでくる。 すごくそこが火照っているのを嫌でも分からされてしまう。 私きっと……すごくえっちなんだ……。 「ふふ。どろどろになってパンツに糸ひいてるぞ。染みつきパンツの最上級だ」 「先輩、そういうの好きだもんね」 「ああ。かぶるほどにな。だが、今はそんなものより」 「ありすの全てが欲しい」 私はうなずく。 ついになんだ。 先輩は指先で私の恥ずかしい場所を、少しだけ広げた。 濡れたものがはがれる、くちっという音がして身体の中につめたい空気が流れ込んでくる。 見られてる。 すごく恥ずかしい場所。 自分でさえあまりよく見たことのない場所。 「これだけ濡れていれば、すこしは痛みもやわらぐだろう」 先輩は離れると服をすばやく脱ぎ捨てた。 裸だった。 「あ……」 息をのむ。 先輩の股間では男の人の性器がそそり立っていた。 「大きい……」 あんなものが、私の身体の中に入っちゃうの!? 「あまり見るなよ」 「ご、ごめん……」 「心配するな。女の子の身体は、これが入るように出来ている」 「大丈夫だ」 近づいてくる。 先輩が覆い被さってくる。 近くで見ると、その顔は汗まみれで、すごく緊張してた。 「先輩……緊張してる?」 「まぁな」 おかしいの。慣れてるはずなのに。 「先輩……」 「な、なんだ」 「キスして」 「ん、ん、んちゅんちゅぅ……ちゅちゅ……んむっ……んんふぅ……んぁ……」 先輩は私のくちびるに口づけしてくれた。 くちびるから全身へ、燃えるような感触が広がっていく。 息が出来ない。このままどうなっちゃってもいい。 「ん、んん、んっっっ!」 乱暴に舌が押し入ってくる、口の中をなめられる。 身体の内側を直になめられてるみたい。 「ん、んん……んむふぅ……ふぅんむぅ……」 ぼぉっとする。 息苦しい。でも、とろけそうに気持ちいい。 「はぁ……」 先輩が離れていく。 目からくるしいよりきもちいい熱い涙があふれて、視界がぼぉっと霞んでしまう。 「先輩……きて……」 囁く。 「ああ」 ゆっくりと、先輩が覆い被さってくる。 私の好きな人。 私の恥ずかしい場所に、なにか硬く熱いものが触れ。 そのまま、やわらかい肉の入り口を引き裂くように奥へと突き進んでくる。 「ぐぅっっっ」 話には聞いたことがあった。 はじめてはとても痛いって。 でも痛くない人もいるとも聞いてたけど、そんな幸運は私にはないようで。 太く硬く熱いものに押し広げられたそこは、ムリヤリ広げられていく傷口。 しかもそこに、熱い針を幾千も突き刺されたみたいだった。 「あ゛あ、あ、ああうっ」 全身から汗が吹き出して、懸命に息を喘がせて、酸素が足りない金魚みたいな私。 「もう少しだから、もう少しだから」 痛みでいっぱいになった意識の向こうから、先輩の声が聞こえてくる。 必死な声。 「う、うん、だ、だいじょうぶ」 なんとか答える先輩の、顔も身体も汗まみれだった。 「あうっ」 すこしずつすこしずつ、痛みのカタマリが中に入ってくる。 私の中に他の人の身体が入ってくる。 あんなに太くて硬そうなものが入ってくる。 怖い。 先輩だから怖くないと思ったけど、怖い。 「ぐぐっ。お、くっ。キツイ」 「う、くぅっ」 身体の奥が引き裂かれる寸前のように引っ張られる。 鼓動で血が回るリズムで、痛みがどくどくと脈打つ。 「ほんとうに大丈夫なのか? すごい汗だぞ」 そう言ってくれる先輩の方が、辛そうな顔をしてて。 「わ、私はだいじょうぶだから」 なんて自分でもぜんぜん大丈夫じゃなさそうな声で答えてしまう。 「もうすぐ、もうすぐ終わるからな」 「うん、うん」 懸命に頷く。 先輩の顎から汗がこぼれて私にかかる。 「ぐぐっ」 いきんだうなり声と共に、私の中で、痛みが一気に爆発する。 「ひぐぅっっ」 声が殺せない。 奥まで痛みの塊が押し込まれる感触。一瞬、気が遠くなる。全身が突っ張る。 身体の奥のどこかが引き裂かれ、熱い物が広がる。 「ああっ」 「お」 一気に太く硬い異物が奥へと入って来て。 「あ゛」 ずしん、と奥に響いてそれ以上進まなくなった。 「はぁはぁ」 先輩は汗まみれで肩で息をしていた。 「はぁはぁはぁはぁ……」 私もだった。 痛みはさっきより僅かに治まったけど、相変わらずずきずきと響いている。 「悪い。もう少し痛くなくできると、思ってたんだが」 「う、ううん。いたくないから」 自分でも嘘に聞こえるような声。 「そうか……」 だんだん、熱くてぬるぬるしたものが、中に広がってくる。 「先輩の方は」 「気持ち、いいぞ」 ぜんぜん気持ちよくなさそうなのに……。 「あの、さ。動くと、その、男の人は、気持ち、いいんでしょう?」 「ちょっと俺の方が休憩だ……」 私のことを気遣ってくれてるのに、そういう風な言い方をする。 「じゃあ休憩が終わったら、動いてね」 だんだん、カラダの中に異物がある感覚に、慣れてきたかも。 口いっぱいに大きなものを頬張って、何とか呼吸をしている感じに……似ている。 お腹が苦しいのにも似ている。だけど、もっと痛い。 「あ、ありすっ。血が出てるぞ」 「あ……血だったんだ」 中に広がってる熱いぬるぬるは私の血だったんだ……。 「すごい血だぞ。大丈夫なのか」 そんなにすごいのかな。先輩が狼狽えてる。 「うん……こんなの鼻血と同じだよ……」 「それに……女の子は毎月、血を流してるんだから……」 「……女はすごいな……」 「すごいんだよ。だから大丈夫。動いても平気だから」 ずきんずきんが、ずき、ずき、程度に治まってきてる。 「……分かった」 私の上で、先輩がほんとうにゆっくりと動きだす。 ぽたぽたと汗をたらしながらゆっくりと。 「く、んっ……」 私の中でも、異物がゆっくりと動きはじめる。 中を探りまわすように、慎重に動いている。 あふれた血がオイル代わりになっているのか、入って来た時より、ずいぶんとスムーズに動く。 先頭の膨れあがった部分が、中をえぐるように押し分けては引っ込んでいく。 「ん、ん……」 これが……先輩の形なんだ……。 「大丈夫か?」 「うん……気持ちよくはないけど……。ひりひりっとするくらいに……」 先輩は頷き、少しずつ速度を速めだした。 「……ん……んんっ……」 熱いぬるぬるにくるまれた異物は、ずいぶんと優しくなっている。 痛みというより圧迫感。 押し寄せては引き、押し寄せては引く。 「ずいぶん、呼吸が楽になってきたな」 「うん……だから、私は大丈夫だから」 「じゃあ本格的に」 腰の動きがあきらかにかわった。 「え、あ、な、なにっ」 奥まで入ってこず、入り口の近くの上の部分だけを、擦りあげ始めた。 「この辺か……ここか……」 こすられる位置が少しずつ動いて。 「あっ……んっ……んあっ!?」 思わずヘンな声がでる。 「ここかっ」 「な、なにしたの」 「ありすの、気持ちいいところ、だ」 立て続けにその場所が擦りたてられる。 「あ、あ、ああっ、あん」 恥ずかしい声が漏れてしまう。 先輩はいきなり、ぐっと深くまで押し入ってくる。 痛みを覚悟したけど。 「ひぅぅっっっ」 なかを強く奥まで擦りあげられて、痛いんじゃなくて、ふわっと浮くような感触。 「気持ちいいんだろ」 ちょっとだけ勝ち誇ったような顔で囁かれる。 「え、えっ、わ、分かんないよ」 奥まで突かれる度に、かすかな痛みと圧迫感は消えていないのに、ふわふわっと浮くような感覚が広がりだす。 まるで寄せては返す波をベッドにして、翻弄されているみたい。 「なんか、へん、浮いちゃうっ。こ、怖いよ」 私のくちびるに、ちょっとがさがさしてるけど、やわらかい何かが重ねられる。 「あ……」 先輩のくちびる。 「怖くないぞありす。気持ちよくなってきているんだ」 「え……これが」 奥まで掻き回される度に、あついふわふわした波が広がる。 「そうだ」 そうなんだ……。 じゃあ身を任せればいいんだ。だって、気持ちいいんだから……。 「お……」 先輩が一瞬、目を見開いた。 「あ、ああん……あん……本当……」 寄せては返す熱い波、そして浅い部分を擦られる時の、ぞくぞくする感触。 2つの波に身を任せて、身体が熱くなってくる。 「くっ。中がうねってきて……くうっ」 先輩はうめきごえをあげて、もっともっと腰を打ち付けてくる速度をあげてくる。 「あ、ああっ。すごいっ」 ずぅんずぅん、と突かれるたびに頭まで響く。波。 「いいのか、いいのかっ。すごくだらしない顔してるぞ」 そういう先輩の顔も、必死で苦しげでどこかうっとりしてて。 きっと私たち、お揃いの顔をしてる。 「うん、私、初めてなのに、なんか良くなってきちゃったの」 私の腰と先輩の腰がぶつかる度に、やわらかくて濡れたモノ同士がぶつかる音が、部屋中に響いている。 二人の汗の匂い。何だか分からないけど生っぽい匂い。 なんか生々しくて、とってもいやらしい。 「変なの。変なの。すごく変なの」 裸で、大きく無様に脚を広げられて、汗にまみれて、髪もきっとぐしゃぐしゃで、でも、気持ちよくなっちゃってる。 「ああ、きれいだぞありす。とってもきれいだっ」 あそこぐじゅぐじゅになってる。先輩が奥までくるたびに、じゅっじゅ、と水がしぶく音がするもの。 「あっっあっああっっああんっっっ」 そのたびに、身体中を熱い波が滅茶苦茶にかけまわり、何が何だか分からなくなる。 酔ってる。ぼぉっとしている。先輩の身体に酔ってる。先輩に気持ちよくなっちゃってる。 「ありすっありすっ」 縋ってくるみたいに私の名前を呼ぶ。 「うん、いいの、先輩、いいのっ」 呂律が回らない。とにかくいいの。それだけでいいの。 身体の奥から、次々と甘くて濃い花が開いて燃え上がるの。 「あっあっあっっああっっっっっっっ」 息ができない。苦しい。気持ちいい。ずっとこうしてたい。 身体が燃えちゃう。 「し、締まるっ。くっ。ありすっっ!」 先輩は叫ぶと、跡が付きそうなほどに強く私の腰を掴んで、一気に奥まで入ってきた。 身体の奥で、大きな大きな気持ちよさが開いた。 大砲みたいだった。 爆発するみたい。 「あ、あっあっっっっっっっっっっっっっ」 全身がめちゃくちゃに痙攣してる。ただただ気持ちよくてふわふわして溶けそうで―― 不意に大きなものが身体の中から抜けて。 「ありすっっ」 熱い何かが下半身に浴びせられるのを感じた。 まるで命そのものみたいに熱い。 「はぁはぁ……」 熱いものは何度も何度も私に浴びせられた。 不思議な匂いがした。何かの花の匂いに似ている不思議な匂い。 「これで私たち……」 その匂いに包まれて、私の身体を心地よい甘いものが満たしていった……。 「……」 「だ、大丈夫だったか」 「……」 私は放心していた。 「お、おい……」 「びっくりしました」 「不思議な感じでした」 「俺もだ……」 「あはは。でも先輩は、こういうの慣れてるじゃないですか」 「いや。ただ、お前があまりに……」 「え」 「私が、あまりに、なんですか?」 「いや……」 「あまりに、なんかあれだから……」 「あれ」 「……」 「かわ……」 「かわ」 「……」 「かわうそだから」 「へ」 「それで、俺も思いの外、緊張しただけだ」 「私が、かわうそだから、緊張したんですか」 「まぁ……」 それにしても、かわうそ……。 …… 股の辺りがじんじんとする……。 でもそうか。あれが、セックス……。 そうか、蛙みたいじゃなくて、かわうそだったのか。 かわうそへこへこ。 かわうそへこへこ……。 「なるほどなぁ」 「どうしたんだ」 「なんでもないです!」 「ん……」 「起きなきゃ」 「おう……」 のけぞった。 裸の男の人が寝ている。 「ふぁ……」 「……」 起きてもしばらく、なんだか夢見心地が続いている。 「……しちゃった」 しちゃったんだよね。 私も大人の仲間入りってことかな。 何かこう、アダルトな感じでいったほうがいいのかな。 「よう」 先輩が起きてきた。 「……」 「こほん」 「昨夜は、よく眠れたかな?」 「……あ」 「コーヒーでも、いれようか?」 「コーヒーなんて飲まないだろう。お前」 「いやぁ」 「こう、なんていうんですかね。大人になりましたって感じですね」 「コーヒーでも飲まないといけない気がして」 「余計なことを考えてるな」 「よく眠れたのか」 「ぐっすりと!」 「それはよかった」 日曜日……。 私と先輩は、森の奥の式場にやってきた。 なんでも相馬さんのお相手は、洗礼を受けてるとかで、海外由来の式場というと、ここしかない。 「でもこの教会だって、本当のところ、何が由来かなんて分かってないんですよね」 相馬さんがいる。 「あぁ、グレートギャツビー」 「来てくださったんですね」 「あぁ……」 「たいしたものだ」 本当にきれいだった。 「ありがとうございます」 「覚えているか?」 「お前に髪を切って貰った」 「ええ」 「私はグレートギャツビー専属のスタイリストでしたね」 「最近頼まれないと思ったら……その子が?」 「まぁ……な」 「有名ですよ。商店街の理容店に二号店を作って、そこで、かわいいお弟子さんと暮らしてるって」 「あはは……」 やっぱり、噂になるよねぇ。 「酷いことされてないよね。何かあったら、お店に文句言うといいよ。栗原さんならどうにかしてくれるから」 「そんなことはいいんだよ」 「相馬」 「はい」 「……」 「おめでとう」 「はい。ありがとうございます」 「じゃぁ学園に行きましょう」 「そうだ、俺は、車で行くぞ」 「やっぱり、そうなんですか」 「分かってくれ」 「俺には王子という、役目がある」 「それは俺がはじめた物語であり……勝手に終わらせるわけにはいかないんだ」 「はぁ……」 やっぱり妙なこだわりが強いなぁ。 「じゃぁ、行ってきます」 「また学園が終わったら、家で、ですね」 「そうだな」 「そうだ」 「キス、していいですか」 「え」 「あ、あぁ……」 「じゃぁ」 ちゅむ。 「……」 「お前から言っておいて、なんで照れてるんだ」 「すいません」 どど、どうしよう。 なにやら。 なにやらとても幸せだ!! けーこちゃんとやっこはまだ来てないようだ。 「ぼけー……」 「昨夜はお楽しみでしたねぇ、奥さん」 「いやぁ」 「私なんてただのかわうそですよ」 かわうそへこへこ。 「……」 かわうそへこへこ。 「えへへ」 「どうしたの、ありす」 「そ、そう? じゃぁ学園行こうか」 「う、うん……」 …… 「え、えへへ」 「……っ」 いけない。なにやらとても、顔がにやけてしまう。 「おはよう、南乃さん」 「あ。栗原先輩。おはようございます」 「たくみ君は元気?」 「せ、先輩……?」 先輩は……。 「え、えへへ」 「ど、どうしたの、南乃さん」 「い、いや……えへへ」 「ぶ。ぶほほ。どうしたんだい?」 「えへへ」 「ぶほほ」 「え、えへへ」 「ぶ。ぶほほ」 「……」 「……」 「ありす……あなた」 昇降口に向かう途中……けーこちゃんが、ぎらりと、私を見上げてきました。 「な。なに」 「大人になったな」 「え゛」 「大人になったっていうのは……それは、つまり……どういうことかな」 「しちゃったな」 「……い、いや。な、なんでそんなこと言い出すかなぁ」 「あらら。丸分かりだ」 「うわあああ。ショックだぁ」 「まさかありすが私達より先に大人になるとは」 「ありすには30歳ぐらいまで、夢見る少女でいて、汚れきった私達の心を癒やす存在であってほしかったわ」 「私、そんな期待されてたの……?」 「それがまさか先にいかれるとは」 「まぁ、競うものじゃないし」 「でさ…………ど、どんなだった?」 「やめなさいよ。下品な」 「いやぁ……だって、気になるでしょう。やっこだって」 「……」 「まぁ」 と、やっこもちらりと私を見る。 ひえええ。二人とも、興味津々だ。 「どんなって……」 「……」 「かわうそへこへこ」 「……かわうそ、へこへこ」 「なんか分からないでもないような。夢が壊れそうだから、それ以上聞くのはやめとく」 「そ、そう?」 「ただいま」 「おかえりー」 「良いにおいがしているな」 「えっへ。ちょっと待ってくださいね」 「聞いてください」 「おお……」 「それはすごいことなのか」 「すごいことです」 「まぁ、そういうことにしておこうか」 夕食後の片付けもおわり……。 先輩はテレビを見ている。 こう、いちゃつきたいんだけど……タイミングが難しいな……。 いきなりうりゃーっていったら、なんか変だしな。 でも、タイミングなんてないしね。 うりゃーっていくしかないのかな。 じり……。 「う……」 じりっと私は先輩の背後に忍び寄る。 なんだか捕食しようとしている格好だけど。 う……。 「さてと、風呂に入るか」 捕食……とびかかった瞬間に先輩は、すっと立ち上がってしまった。 「りゃああああ」 「どうした?」 「なんでもないです」 て。お風呂? 「ちょっとまったあああああ」 「なんだ?」 「あの……」 「一緒に入りますか?」 「……」 「いいぞ」 よしきた。 「じゃぁ、水着に着替えてきます」 「ちょっと待て──」 やっぱりお風呂はなし? 「その……」 「水着なしでもいいんじゃないか」 「!?」 で、でも、エッチしちゃったんだし。それも……。 「それは、そうですね……」 「……」 「……」 水着の時と全然違う。 エッチの時は、なんかわけ分からないうちに終わった感じもあったけど。 こうして、裸と裸で、触れているような触れてないような距離で、じっとしていると。 「……」 「……」 緊張だ。 「あの、先輩……あたってますよ」 「は。ぁ……」 「だめ、です」 「んん」 「ふぁ」 先輩らしからぬ声が、背後で漏れる。 「気持ち、いいんですか?」 「すこし」 「こう、されることが……気持ちいいんだ……」 すりすり。 「うぁ」 「お前、無造作すぎて……」 「気持ちいいんですか?」 「いや……う、あ」 「いいんですね?」 「こしこし」 「ん、ぐ……ん……ん……」 「なんか震えてますよ、先輩のここ……びくんびくんっって」 「そう、だな」 「なんか、どんどん硬くなっていくような気がします」 これが昨日私の中で暴れ回っていたと思うと、不思議です。 先輩は身じろぎせずに、身体を強張らせています。 ぐりぐり。 ぐりぐり。 「う、あ……」 先輩の気持ち良いところが、分かる気がします。 それに先輩が感じると、私も、お股の辺りがきゅぅって……もじもじってして、嬉しくなります。 「うぁ」 と、先輩が短いうめきをあげました。 そしてぐったりと先輩の身体が弛緩するのが分かります。 お湯の上には、白い固まりが、マーブルみたいな模様を描きながら浮かんでいました。 「浮かんできましたね……なんか」 「……」 その白いのを見ながら、なんだか、先輩は叱られたくーみたいな顔をしている。 「……面目ない」 「昨夜みたいに、出ちゃったってことですか?」 「まぁ……な」 「なんということだ。俺が、ちょっと擦られたぐらいで」 「そんなに私のテクニックが」 「それは違う」 「じゃぁ、なんで……」 「……」 「いや、こうして一緒に、裸で風呂に入るというのが、どうも、こう……」 「それは……」 「それだけ、私に興奮してくれたってことですよね……」 「ま……」 「まぁ、そういうことだ」 「えへへ。だったら嬉しいです」 「そ、そうか」 …… 「この後……」 「しますか……?」 「……」 「いや、昨夜したばかりだしな」 「そうですか?」 「先輩が大丈夫ならいいです」 うう。いけないな。寂しいなんて思ってしまう。 かわうそへこへこを思い出して。 みだらにはならない! 「ふぅ」 「うぅ」 二人で牛乳を飲む。 「しゃこしゃこしゃこ」 はみがきをする。 「じゃぁ、寝ましょうか」 「一緒に寝て、大丈夫ですか?」 「狭くてすいません」 「いいさ」 「……あの、せ……先輩」 「なんだ?」 「この前みたいに、お話をしてくれますか」 「お話、か」 「……そうだな」 「ある少女と少年の話をしようか」 「少女と少年のお話、ですか」 とてもオーソドックスな導入だ。 「それは、どこにでもありそうな、他愛のない物語さ」 「退屈な話ではあるが、寝物語にはちょうどいいだろう」 「純朴な少年が一人。特に冴えたところはないが、無害で、ぼんやりとした男だ」 「美しく気立ての良い娘が一人」 「そして美貌の金持ちの少年が一人」 「これだけ揃っていると、言わなくても役所は、察しがつくだろう」 「ささやかな恋を育む、純朴な少年と少女。そこに割って入るのが、金持ちの少年」 「彼は、自分が見初めた少女が、とくに取り得のない少年にひかれるのが許せない」 「あの手この手で二人の仲を引き裂こうと画策するが、うまくいかない」 「そんな物語が想像されるが、まぁ、これから話すのも、大方その通りだ」 「少女は少年の家の近所に住んでおり……いつもだらしない少年の姉のような存在だった」 「勉強も運動も冴えない少年だが、彼には1つだけ特技があった」 「それは、カット……散髪の腕だ」 「家が理容店だったとかじゃない。ただ、ものぐさな父に言われてカットをしているうちに、楽しくなったらしい」 「それで、祖父母を、母を……姉を、カットしているうちに、すっかり一人前の腕が身についた」 「少女は、ひょんなことから少年に髪を切って貰い、自分も習いたいと少年に持ちかけた」 「少女の家は、貧乏だった」 「時々の散髪代もなく、父が乱雑に家族の髪を切っているだけだった」 「自分が、弟や両親の髪をきれいにカットしてあげられたら、と思っていた」 「そうして二人の馴れ初めがはじまった」 「一方。少女を見ているもう一人、別の少年がいた。冒頭で出てきた、金持ちの少年だな」 「彼は先ほどの少年とは真反対。家柄もよく金があり、容姿端麗。さしずめ、学園のプリンスだった」 「彼は少女が聡明で美しいことを知り、さっそく近寄ると、お得意の甘い言葉や贈り物で、心をつかもうとした」 「少女はなびかない」 「女の子に拒否されることになれていない少年は、思いあまって、実力行使に出る」 「彼は、自ら主催のホームパーティーに彼女を招待した」 「二人きりを演出し、少年は少女に強引にせまる」 「が、少女はきっぱりと少年を否定して、その顔を強くはたいた」 「そうして、飛び出していった」 「外には、彼女を助けにきた、純朴な少年が立っている。二人は手を取り合って、走り出す」 「金持ちの少年は取り残されて……」 「少女と少年は、去って行く。強く手を握り合って……」 「……」 「それでどうなるんですか」 「え」 「二人は恋人になるんだろう」 「なるんだろう?」 「いや、なったんだ」 「めでたしめでたし」 「それだけじゃなくて、なんか、これからいろいろと起こりそうですよね」 「金持ちの少年の復讐が始まるんですか?」 「いや……なんでお前、楽しそうなんだ」 「だって、物語はそうでなくっちゃ」 「はぁ。まぁ、今夜はここまでだ」 「ええ。まだなにも始まってない感じですよ」 「寝ろ」 「うん……」 「起きなきゃ」 隣では先輩が気持ちよさそうに寝ていた。 そーっと。 「そーっと」 布団から降りて。 「……」 「……」 そーっと……。 キス……。 「……」 「……」 き、キス……。 「何をしているんだ」 「いいいいいや、なんでもないです!」 「おはよう」 「おはようございます!」 「今日は、どんなパンツをはこうかなっと……」 「うおお。無造作に入ってこないでください」 「裸見られて、今更何を恥ずかしがる必要があるんだ」 「裸とパンツは全然違います」 「ことによってはパンツの方が恥ずかしいことだってあるんです」 「そういうものかなぁ」 「いってらっしゃい」 「あぁ。お前もな」 「いってきます」 「どうかね。その後は」 「いきのいい赤ちゃん産んだかね」 「いきのいいって……。産まないよー」 「じゃぁ二人きりの生活はどうかね」 「いやそれは」 「なんでも……ないよ……?」 「そのにやけ顔を見れば、なんでもないわけないって分かるよ」 「春だねぇ」 「恋だねぇ」 「私も彼氏ほしいなぁ」 「うちは、親が許さないわ」 「そうだよね」 「そういう意味じゃ、ありすのところは、あれでよかったよね」 「あはは……おかーさまのこと?」 「口うるさくないもんねぇ。この前、駅前で、えらいかっこいいのと腕組んで歩いているのを見たわ」 「あはは……」 「不思議な感じだ」 桜井先輩。 あの人が私の彼氏。 物語を読みすぎて、まざっちゃってるんじゃないかって思う。 それでもいいかな。 こんなに幸せなら。 物語じゃなくたって終わるもんね。 「ただいま」 「おかえりなさい。遅かったですね」 「うん。少しだけ、シンデレラの様子を見てきた」 「シンデレラですか」 「それで思ったんだが」 「はい」 「お前、今後どうするつもりだ」 「えええ。あの。今後、ですか」 「それは……」 ちらっと先輩を見る。 「気の早い話で。今が幸せだから、具体的にどうこう、ってのは思いませんが」 「先輩がいいなら、それまでは、私はですね!」 「何の話だ」 「はい?」 「進路の話だ」 「それは……」 「この理容店をちゃんと、継ぎたいんだろう」 「俺に言うなよ」 「あはは……」 「悪いが、俺もその辺は、遠慮しないぞ」 「借金を返す目処が立たないなら、さっさとシンデレラ二号店として、他のやつを店長に据えるからな」 「もちろんです」 「頑張りますっ」 「エッチなことばかりしてる場合じゃない!」 と言いつつ……。 「……」 「……」 先輩の手が、私の背中からすばやく忍び寄ってきて、胸を狙ってきた。 「だめっ」 「あっ」 しかも隙をついて、脚の間にまで手が入ってきて。 「おっぱいだなぁ」 「おっぱいじゃなぁひぃ、やぁん」 強引なくせに指の動きは優しい。爪を当てたりは絶対にしないでくれる。 脚の付け根を指先で開かれて、お湯が中に入ってきちゃう。 「ありすの身体は、どこもかしこも柔らかいな」 「変なとこに――」 乳首が硬くなってしまってるのを探り出される。 「これを摘むとどうなるかな?」 きゅっと乳首を摘まれて。 「あふぅ」 「反応いいな、ありすは」 「せ、先輩が何もしなければ、何も起こらないの! って、ちょっと」 「じゃあ起こしてみよう」 根元を摘まれてねじ回しを回すみたいにこりこりされる。 「あふぅ」 へんな声が漏れちゃう。恥ずかしさで熱くなる。 「その声、かわいいな。もっと聞かせてくれよ」 耳元で囁かれる。 当然、真っ赤になってるのも見られてる。 だけど、恥ずかしくて恥ずかしすぎて。 「かわいいとか言っても、言わないんだから……あ、んっ」 抗ってみたけど、もちろん弄くられるのが止まるわけもなくて。 「ありすだって期待してたんだろ。こんな風にされるの」 乳首を弄くられるだけじゃなくて、指の柔らかい腹の部分が、脚の付け根の恥ずかしい場所に沈んでくる。 「だから、へ、変なとこ触らないで……」 「変なところじゃない。すてきなところだ」 指が私の中を掻き分けて、ゆっくりと沈みこんでくると、中で生物のようにうごめく。 「あっ……」 私の身体は、指の感触が欲しいのか、きゅっと、締め付けてしまう。 「締め付けてきた」 「く、口に出さないで……」 いいようにされている。すごく恥ずかしい。 だけど、拒むことなんてできない。 「ありすの中が、俺の指をきゅっと咥えこんで、エッチに震えてる」 「ん、くふぅん」 鼻にかかった変な声が出てしまう。 指がうごめくたびに、自分の中がきゅっと締まるのと、広げられた場所にお湯が入ってくる感触。 笑いを含んだ声で囁かれる。 「熱くなってるぞ」 「お湯に入ってるから……んふ……」 ちがう。弄られている部分から熱さが広がってくる。心臓の鼓動に合わせて脈打っている。 「そうかなるほど。お湯は暖かいからな」 にやにや笑いをふくんだ声。ぜんぶ見抜かれてる。 「じゃあ二人で、もっとよく温まろうな」 先輩の指がすっと引き抜かれる。無くなったところにお湯が入ってくる。 「え……」 イタズラされ続けると思っていたから、意外さに思わず声をあげると。 「残念がらないでも平気だぞ。ちょっとやり方を変えるだけだから」 「残念なん――ひぅっっ!」 脚のつけ根から強烈な刺激が沸き起こった。熱くほとばしるようだった。 「うん。 いい反応だ」 嬉しそうな声。 「ひっ、あ、ああんっっ。な、なにを――ひぅぅっっ!」 内腿に痙攣が走り、弄られるたびに、電気のような震えが、全身を走る。 「何をかといえば、ありすのクリトリスを指で摘んでいるんだ」 日頃、考えない場所の名前。 わざわざ口に出されてそこを強く意識させられてしまう。 「あっ、あふぅんっ、く、あふっっ」 意識が集まって敏感になってしまう。身体が震える。 狭いバスタブの中で突っ張ると先輩にくっついてしまう。たくましい身体をありありと感じてしまう。 「おお、膨れてきた膨れてきた。男のペニスと同じで、海綿体が充血して硬くなるんだよな」 触られている場所が、熱く硬くなってきてしまっているのが分かっちゃう。 「あっ、やっ、あんっっ」 私の身体がすごくいやらしいものになってしまった。 「なぁありす知ってるか?クリトリスは見えてる部分はほんの一部で、半分以上は肌の下に隠れているんだ」 「そこから割れ目の両脇に神経の根が走っていて、そこも熱くなっていくんだ」 真面目くさった声でそんなことを言われて、ますます意識してしまう。 「ああ……」 熱く脈打って神経がうずいているのを、はっきりと感じてしまう。 「どうした? 俺の手を太ももで一生懸命挟んできたりして」 「だ、だって……」 いつのまにかそんなことを……。 自分で自分が分からなくなってくる。 「すごく物欲しそうだぞ」 「っ!」 どんどん恥ずかしくなる。 だけど、そうなんだ、とも思ってしまう。 私は先輩が欲しい。とてもとてもとても。 「気持ちいいんだなありす。俺には分かってるんだぞ」 「う、うん……」 すごい恥ずかしいけど、これでいいんだ。 だって気持ちいいんだから、両方。 先輩の身体がもっとぴったりくっついてくる。 「俺もすごくいいぞ。ほら。判るだろう」 ぐい、と腰がおしつけられ、固くてたくましいものが、私のお尻の割れ目にあたってる。 「あ……」 乳房を弄ぶ手と、脚のつけ根を弄くる手に力がかかり、ふわり、とお湯の中、腰を浮かせられる。 たくましいものに跨らせられる形になって、お尻の割れ目にぐいぐいと擦りつけられる。 「せ、先輩……」 このまま今日はされちゃうんだ……どきどきしてしまう。 「このまましてしまおうかな……。それも悪くないな」 焦らすように言われる。 「せ、先輩の好きに……」 「じゃあ好きに」 指が私の恥ずかしい場所の縁に添えられると、左右に広げていく。 私の中に、熱いお湯が入ってくる。 きっと次には……。 「? これはお湯じゃないな。ありすの身体から、ぬるぬるが溢れてきたぞ」 弄るようにそんなことを言う。 いつの間にか私は、先輩を受け入れる準備が出来ている。 「思い出してるんだろ。この前、繋がった時の感触を。中をぐいぐいと擦られた気持ちよさを」 「!」 言葉で記憶が引き出される。 太くて硬いものが、私の奥へ入ってくる感触が生々しく蘇る。 「でも、その前に。このぬるぬるを洗い落とすか」 大きく広げられた場所へ指が入ってきて、中を掻き出すような動き。 「ん、あっっ!」 声がお風呂に響きわたる。 自分のいやらしい声がはっきりと聞こえる。 「どんどん溢れてくるな」 頭の中を掻き回されてるみたい、脳までふわふわに解されていく。 「す、すぐ……あふん!するんじゃ……ひんっ」 ぴくぴくと身体中が痙攣する。 爪先がきゅっとする。 熱くて、切なくて。 「だからしてるさ。こうして洗っているじゃないか」 「ああんっ。意地悪ぅ! そんな、あ……」 「これはいけない! ぬるぬるが止まらないようだ。丁寧に洗わないとな」 ……ほんとうにいじわる。 「のぼせてしまったようだな」 「はぁ……はぁ」 力が入らない。身体がとろけてしまったみたい。 「しょうがない奴だな。こんな歳になって、お風呂でのぼせるまではしゃいで」 からかう口調で言われると。 「はしゃいでなんか……ないよ……」 「そうだな。確かにはしゃいでない」 ぐいと脚をひろげられる。 「あ……」 私の脚のつけ根のいやらしい場所が開かれて、空気が入ってくる。 お風呂場で温まっているはずなのに冷たく感じる空気が、その場所の火照りを嫌でも分からせる。 「かわいらしい声で悶えてただけだな」 乳房に手が覆いかぶさってきて、柔らかく揉まれてしまう。 「それは……先輩が……、あん、ああふぅ」 思わず言ったけど、先輩は取り合いもしてくれず。 私を抱えたまま、肌に肌を擦りつけてくる。 「ん、あ……あん……」 敏感になってしまっていて、こんなことでも感じてしまう。 「ありすの肌はすっかり桜色じゃないか、桜と言えば春、どう考えても冬じゃないぞ」 たくましい身体に、もみくちゃにされて。 「ひぅんっっ!」 乳房の根元を掴まれ、先端へ絞り出すように扱かれて。 「ほぉら芽もでてきた」 すっかり赤く充血した乳首をわざと見せつけられて。 「春じゃないというなら、引っ込んでもらわないとな」 恥ずかしく膨らんでしまった乳首を、ぎゅっと中へ押し込められる。 「んあああっ」 一瞬、馬鹿みたいに口を半開きにして、よだれまで垂らしそうになっている恥ずかしい女の子の顔を鏡に見てしまう。 なんて恥ずかしくてだらしないんだろう。 「あ、ああ……先輩……おねがい……私、もう……」 「なんということだ!春といえば発情期じゃないか!」 平然と言っているけど、欲望の形は素直で、硬くて大きくてたくましいのがぐいぐいとお尻にあたってくる。 「せ、先輩だって、発情してるじゃない……」 「当たり前だ。ありすはかわいいからな」 不意打ちだった。 「あ、あうう……」 嬉しくなってしまう。私って単純。 「ありすのこんな恥ずかしい姿、俺、専用だなんて感激だ」 「専用なんだから……好きにしていいんだよ……」 またあの身体を裂くように大きなものが入れられちゃう。 でも二回目だから、前ほどは痛くないだろうし、気持ちよくなるのもきっと早い―― 「さっきからずっと好きにしてるさ」 ぐい、と力がみなぎる腰が押しつけられるけど、私が欲しがるたくましいものは、お尻の間に擦りつけられるばかり。 「ありすの肌はすべすべで擦りつけてるだけでも気持ちいいな」 「あ……そんな……ああん」 熱いものを擦りつけられるだけで、私の身体はすごくえっちに欲しがってる。 恥ずかしい場所がひくついている。 先輩の硬くて熱いのを欲しがっている。 「すごく物欲しげな顔してるな」 鏡に映っちゃってる。 口を半開きにして、だらしない顔して、擦りつけられるたびに身体をひくひくさせている姿。 「あ……あん」 硬くて熱いのがお尻の割れ目に当たってる。 「二回目なのに、もうえっちが好きになったのか」 先輩の指に絞り出された胸の先端は、痛そうなくらいに尖ってる。じんじんしている。 開かれた脚のつけ根は、欲しがって少し開いて、濡れて張り付いた毛の間に生々しい色を見せている。 しかもそこから、汗でもお湯でもないものをよだれみたいに溢れさせて……。 これが私なの……。 「気持ちいいのに泣きそうな顔するな」 「だ、だって、なんだかすごく……ん……意地悪なんだもん……」 「ずっとおあずけを食ってたんだ。すぐにしちゃもったいない」 おあずけって……。 そうか先輩は前は私のこと、女の子と見ないようにしてたから……。 「だけど、ありすが、えっちが好きな女の子だって言うなら、入れなくもないけどな」 太くて硬いのが、恥ずかしいところへぐいぐいと擦りつけられる。 ずんずんと熱い波が擦られた場所から響いて、頭がぼぉっとしちゃう。 もうだめ。 「え、えっちが好きな女の子って言われてもいいからっ、お、お願いっ。お願いっ」 「判った」 先輩の指がお尻の割れ目に滑り込んできて―― 「ひっ、ど、どこ触ってるの!?」 「穴♪」 「か、かわいく言ってもだめぇ。そ、そこは嫌だよぉ。汚いよぉ」 「汚くなんてないって」 指がお尻の穴の周りをつんつんと突いてくる。 「ひくひくしてるな」 「な、なに言うのよ!や、やぁ」 「ワガママだなぁ。どっちも穴なのに」 「違う違う、全然違うっ」 「じゃあ今日はありすのリクエストに応えて」 「きょ、今日はって……ん、ああっっっっっ!」 あんなに欲しがっていたのに、まだ二回目だからか、やっぱりきつい。 「いい締まりだな。気持ちいいぞ」 一気に奥まで押し入ってきちゃう。 お腹が無理やり膨らまされていくみたい。 「ん、んんんっっ。んあ、んんっっ」 中を先輩がいっぱいにしていく。 熱い、すごく存在感がある。 「先輩のが……入ってくるっ」 「痛くないか?」 「大丈夫……お腹が張ってるみたいだけど二回目だから」 「痛くないのか、じゃあ遠慮しなくていいな」 「う、うん。好きにして……」 そうは言ったけど、まだ少し怖い。 痛くはないけど苦しい。 だけど、遠慮なくって口に出したのに、先輩の動きはゆっくりで。 「ん、ん……」 奥へゆっくりと押し込まれて、そこで止まる。 「はぁぁ……はぁぁ……」 先輩の形が、私の中に馴染んでいく。 「苦しいか?」 「う、うん……馴染んできたみたい」 なかが先輩の形になる。鍵と鍵穴みたいに。 そうすればもっと一緒にいられるかも……。 「そろそろ動くぞ。俺もこれ以上は苦しい」 「うん」 ぐいぐいと先輩がうごきだす。 中が掻き回される。 「あっ、ん、あっっ、あっっ」 太く膨れた部分が、私の中を押し広げながら入り口から奥まで往復してる。 「ほら見てみろ。俺達すごくいやらしいぞ」 「え、あ……」 少し曇った鏡に女の子が映っている。 全身汗まみれになった女の子は、脚を大きく広げられて、たくましい腕に抱えられている。 男の人の性器を咥えこんで、女の子の下半身はその形に膨らんでいる。 「いい眺めだな!すごくかわいい女の子だっ」 「ああんっっ! ひっ、あ、ああっ。あん、ああっ、ああっっっ」 突き上げられる度に、髪が揺れ、女の子はだらしなく口を開き、えっちな声を漏らしている。 おっぱいがぷるぷると震えて、その先端が熟したフルーツみたいに膨らんでる。 繋がった部分から、とろとろとジュースが溢れてる。 「ん、ああっ。あん、ああんんっっ」 すごく。すごく。えっちで幸せそう。 「しあわせそうだな!」 「ああんっっ。うん。幸せ! 幸せだよっ。あ、ああんっっ」 あれが私。先輩と一緒の私。 これが私の夢見ていたこと……。 「俺も幸せだぞ!」 ぐいぐいとすごい力に突き上げられて、その度に私の魂ごと空に昇っていってしまいそう。 「あ、あんっ。嬉しいっ。先輩が幸せで嬉しいっ!あ、ああっっ」 熱が繋がった部分からどくどくと脈打って広がる。 ぼぉっとして熱に浮かされてる。空でも飛んでいるみたい。 でも怖くない。 「ん、ああっ。あ、ああんっっ」 こんなに激しく掻き回されているのに、ただただ気持ちいい。 いつの間にか、痛みも苦しみも違和感も消えている。 先輩と繋がっている。ひとつになっている。 「おっ。くっ。すごく絡みついてくるぞ」 ちょっと苦しそうな顔が、なんだかかわいかったりして。 「ん、あ、先輩、先輩っ」 汗まみれになって私を愛してくれる彼を、ぎゅっと抱きしめる。 「うおっ。今、 中しまって、ぐ、くっっ」 「あ、あん、その、あんっ、それってよくないのっ、苦しいのっ?」 「いや、いい、いいぞっ」 下から突き上げられて飛びそうになりながら、私はさっきの感じを思い出して。 「お、おおっ。すごい締まってるぞありすっ。お、う、おおっっ」 「いいのこれでいいのっっ」 私のなかがきゅっと締まる不思議な感触。 意識してこんなことできるんだ。 私の知らなかった私の身体。 「お、ん、お、おおっっ」 私でも先輩を気持ちよくできるんだ! 嬉しくなる。 「ん、んっっ!すごいっ。こんなのこんなのっ」 締めると、中で動いてるのをさらにはっきりと感じる。 先輩のかたちが生々しく判る。 「お、く、おおっっ」 「あん、ああっっ。んああっっ。ああっっっ」 もっとひとつになる。先輩と私が溶けていく。 鍵と鍵穴よりもっと密接に。 境目なんかなくひとつに。 あたりに響くえっちな音。肌と肌がぶつかる音。 「あ、あっ。あんっっ。先輩っっ」 ふわっと意識が飛びかける。 思わず強く抱きつく。爪をたてるほど。 「ありすっ」 ぎゅっと強く身体にしがみつかれる。 動きが速くなる。終わりが近い。何かがくる。 すごく熱い。 身体の奥から熱いものが溢れているみたい。 「ありす。俺、ありすの中で出したい」 「いいよっ。いいよっ先輩ならなんだっていいよっ」 何を言われてるのかよく分からない。 でも、先輩ならいい。 「ありすを生で感じたい」 「いいよっ。うん。私も先輩をいっぱいに感じたいっ」 何があっても一緒にいたい。 「ありす。出すぞっ」 「うん、来て来て来てっっっ」 私の中の先輩が、熱く膨れあがる感触。 燃え上がる私の中に、更に強烈な炎が灯ったみたい。 「あああっっっっっっっっ」 「ありすありすありすっっ」 弾けた。 私の身体の中で、先輩が爆発した。 身体の奥に熱い物が広がっていく。 「ああ……」 気持ちいい。 空を飛んでいるみたい。 「はぁはぁはぁ」 荒い息が耳元で嵐のよう。 何ども何ども熱いものが身体の奥底に広がっていく。 「はぁぁ……」 私を抱きしめていた身体から力が抜けていく。 そのまま抱きかかえられたまま、お風呂場の床に二人座り込む。 「あう……」 晩ご飯中に、頑張ると決意したその日に、こんなことをしてしまった。 そして、まだしたいとか思ってしまう。 「いかんいかんっ」 少し、きりっとしなければいけない気がする。 …… 私と先輩は一緒のベッドに入って、なんとなくおしゃべりをする。 こうして……好きな人と、とりとめのないお話をしながら、だんだん眠りについていく。 私は、この時間が、一日で一番好きかも知れない。 「昨日の続きを聞かせてもらえますか?」 「……ん? そうだな……」 「どこまで話したか」 「金持ちの少年が振られて、女の子と男の子が恋人になってからです」 「ふむ」 「二人は学園を卒業して、小さな理容店をはじめることにする」 「店は小さいながらもいつも人で賑わっていた」 「そして、再び出てくるのは金持ちの少年」 「彼はまだ、少女をあきらめていなかった」 「彼は、あの手この手で、少女を手に入れようとする」 「少年は信じている。少女は少年のもとにやってくると」 「今は、目の前の卑小な夢に目が眩んでいるのだ」 「そうだ。あの理容店が邪魔なんだ」 「少年は、店をつぶそうと画策する」 「あの手この手で嫌がらせをして」 「商店街は一致団結して、少年の工作に対抗する」 「人々の、そして二人の絆はいっそう深まる。美しい物語さ」 「それでも金持ちの少年はあきらめない」 「彼は自ら、豪華な美容院を作ってしまった」 「彼女が愛しているのは少年ではなく仕事なのだと、信じていたのだろう」 「ならばより彼女の夢を叶えられる舞台を用意すれば、彼女は訪れてくれるはず」 「一等地に最新の設備……宣伝も華やかに。店は、瞬く間に大繁盛」 「けれど、彼女が彼の店を訪れることはなかった」 「あるとき、彼は舞踏会を開くことにした」 「そこには、この街でもっとも美しい女達、男達。それに豪勢な料理。最先端の衣装たちが集まる」 「彼女に招待状も送った」 「けれど少女は現れない」 「店は大きくなる」 「パーティーに集まる人も増えていく」 「全てを揃えて、少年は少女を待ち続ける」 「けれど少女はこない……」 「……」 「なんだか可哀相ですね」 「え……」 「お金持ちの少年」 「可哀相というか。哀れだな」 「今日はここまでだ。寝よう」 「はい……」 「よう、おはよう」 「おはようございます!」 「ん? どこか出かけるのか?」 「今日は休みですけど、学校で、けーこちゃんたちと遊ぶ約束をしているんです」 「ほう」 「それもいいな」 「……」 当然のようについてくることになっているみたい。いいけど。 「なんだ?」 「いいえ、なんでもないですっ」 報告するべきなのか、いなか。 まぁ、いいか。 「オリンピックの優勝どこかな」 「アメリカ以外ないでしょう」 「連邦が意地を見せるかもよ」 「ブラジルもあなどれないよねぇ」 「オリンピックか。楽しみだな」 「先輩のところ、テレビあるんですよね。見に行ってもいいですか?」 「いいぞ、来い。皆で盛り上がれば良い」 「意外と寛容だっ」 「お祭りごとは好きなんだ」 「出来ることなら、一年中、あれを続けてくれてもいいくらいだが」 「まぁ、そういうわけにもいかんか」 「毎回、現地まで見に行っていたが……今回はしっかり放送もされるだろうから、まぁ、お前と家で見ることにするか」 「現地まで、見に行ってたんですか」 「もちろんだ」 けーこちゃんとやっこは、家の用事で先に帰っていった。 私は、先輩と残って、なんとなくバスケを続ける。 正直私はちょっと疲れてしまったんだけど。先輩はほとんどバスケットをしたことがないのか、いつまでも珍しそうに、あれこれと楽しんでいる。 まぁ、そろそろコートも閉められちゃうし、それまではいいか。 「ほれ」 さすがに、パスをするときは気を使ってくれるようになったけど。 「そーれ」 「あ……」 先輩が投げ返してきたボールは、ぜんぜん見当外れのほうへ飛んで行く。 「悪い!」 「いいっていいって」 コートを飛び出したボールは、そのまま用具倉庫の中に飛び込んでいく。 そこには、他にもボールが散乱していた。 どれがどれだっけ……。 「なんでも適当にもっていったらいいんじゃないか?」 「うー……」 そういうわけにもいかない。あれはうちの同好会で、三人でお金を出し合って買ったものなんだから。 「埃っぽいな、しかし」 奥の方に入っちゃったかな。 「今のなんの音だ!?」 「外からだと思うけど」 「くっ。あかないぞドアが!」 「え……」 曇りガラスを透かして、何かがドアの所に倒れ込んでいるのが、ぼんやりと見えた。 何か長いもの。 「ハシゴ……?」 「閉じ込められたのか、俺たち?」 用具室を見回したけど、壁に開いた2つの曇りガラスは嵌め殺しで、どこにも出口はない。 どうしよう。 「おーい誰か! 誰かいないのか!」 「そんなことしても誰も来ないよ。ここ校庭のはずれだもの」 「うぬぬ……」 結局……ドアは開かず。 私と先輩は、用具室に取り残されたまま、マットの上に座り込んでいた。 …… 二人きりだ。 密室で、二人きり……。 ぶんぶん。私はこんなときに何を考えているんだ。 「……」 先輩は跳び箱の上に座って、足をふらふらしている。 私はそんな先輩の様子を、マットの上から見上げ……。 「……」 「何を見ているんだ」 「い、いや、なんでもないです」 「先輩、なんかずいぶんと大きくなってませんか……?」 「え……」 そ、そう……先輩の、ズボンの、こ……こかんのあたりが、なにやら、不自然にふっくらとしているような気がする。 「これは……そりゃ、お前……」 「二人きりだし」 「え……」 ……沈黙が流れる。 そ、そうか。先輩も、二人きりってことを意識してくれてたんだ。 なんか嬉しいな。 いや、二人きりだから、ふっくらするのもどうなんだと思うけど。 「すいません」 と見上げた時、なぜか先輩はぎくりと、肩をふるわしたように見えた。 跳び箱の上に座って私を見下ろしている先輩の顔は、気のせいか、少し、狼狽している。 ……そしてもうしばらくの沈黙が流れて。 「すまないと思うなら」 「責任、とってくれる……か?」 「あむ……」 先輩の男の人の部分を咥える。 少しは見慣れたけど、こうするのは初めてで、ちょっとどきどきしながら。 すごくヘンな味がしたらどうしよう、とか思ったけど、ちょっと塩っぽい普通の肌の味だ。自分の指とかと変わらない。 「おん……」 先輩のここ、もう硬くなり始めている。 私の中に入ってくる時ほどじゃないけれど。 そもそもなんでこんなことに? 先輩が責任とってくれるか……とか、よく分からないこと言い出して。 それで、大きくなってるのが、痛いから……私が、さする流れになって。 なんだかわからないうちに、これ、咥えることになっちゃった。 「……」 咥えた、けど、ええとそれから……。 な、なめるんだよね。 「ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ」 敏感な口の中だと、入れられてる時よりも形がはっきり判る。 「ん……んちゅ、ぴちゅ、ちゅぴ」 なんだか、小さい頃にほ乳瓶とかしゃぶっていた感じ。 「ちゅぴ、ちゅぴちゅ、ぴちゅ」 「うぁ……」 「!」 「だ、だめだ。噛むな!」 「あ……」 思わず口から離してしまう。 「ご、ごめんね。興奮すると本当に硬くなるんだなって、感じちゃって、思わず……」 「ま、まぁしょうがないさ」 でも……改めて見ると、こんな不思議な形のものを私咥えてるんだ。 な、なんかすごいことしてるよね。 「あむ……ぴちゃ、ぺろ」 「う、ぁ……っ」 さっきよりまた硬くなってる。 なんか節くれ立った感じがはっきりしてる。硬くなってるからだよね。 「ぴちゅぴちゃ……ぴちゅ……んちゅ、ちゅぴ……」 ただ、なめているだけじゃダメなんだよね。 「ん、ぴちゅちゅぴ、れるぴちゅんちゅ、れるぴちゅ」 そうだ。深く咥えたり浅く咥えたり、くちびるで扱いたりするんだよね。 あと、確かキスしたり。 ちょっとは噛むのも刺激的とも書いてあったけど、そういうのは上級者のすることかな。 ええと……。 「んん……ん……」 まず深くくわえて―― 「! ごほごほ」 「どうした?」 「あ、ごめん。深く咥えたら喉に当たってむせちゃった」 「ムリするな」 「してないよ。先輩には気持ちよくなって欲しいし」 「あむ……」 今度はうまくやらなきゃ。 「ん、んんん」 深く咥えて……これくらいの深さなら大丈夫。 それから……咥えながら前後に……。 「んん、んちゅんちゅ……ん……ん……ん……」 こんな感じかな。 くちびるに先輩の形が刻まれていくみたい。 ここってこんなにくびれてるんだ。結構複雑な形してるよね。 「もうちょっと強くしてもいいんだぞ」 「ん……」 強くって、刺激を強くってことだよね。 ええとそういう時は、歯を少し擦りつけるくらいかな。 でも、また噛んじゃったら。 「……」 「どうした?」 いけないいけない。なんだか心配そうな顔されちゃってる。 先輩を気持ちよくしなくちゃ。 頑張れ、私。 「ん、ん……んちゅ、んんん……ん、ん、ん、ん……」 扱くみたいに、前後に動いて……。 「お、そんな感じだ」 よし。喜んでもらえてるみたい。 「ん、じゅぷ……じゅぷ……んん、ん……」 おかしいなぁ。 こうやってなめて扱いていれば、男の人は出したくなっちゃうはずなんだけど……。 先輩は嬉しそうだけど、なんか興奮がすごくはなってないよね……。 「じゅぶ……じゅぶ……んじゅぶ……」 なにがいけないのかな。もっとスピードをあげればいいのかな? 「じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ、じゅぶっ」 「お、そうだ。それくらいの速さのほうがいいぞ」 正解だったみたい。 結構これ、首が疲れるよね。 へんなところが筋肉痛になったらどうしよう。 でも、先輩が喜んでくれれば。 「じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ」 つばで口の中がいっぱいになってくる。 確か、つばをどうにかしたほうがいいいんだよね。書いてあった。 そうだ!舌でつばをぬりつけるようにするんだ。 こう、舌を絡めながら前後に。 「じゅぶっ。じゅぷっ。じゅぷっ。じゅぷっ」 えっちな音。 してるときとかもそうだけど、人間ってけっこうえっちな音がするんだ……。 「じゅぼ、んじゅる、じゅぼ、じゅぼっ、れるぴちゅ、じゅる、じゅぼっ」 「お、お、おお」 喜んでる喜んでる。 このままいっきに最後までいってもらえるかな。 「じゅぼ、んん、じゅる、じゅぼっじゅぼっ、じゅぼっ、ぴじゅ、じゅる、じゅぼっ」 さっきより硬くなってるよね。 先輩興奮してるとは思う。 「……」 あれ? 何かもどかしそう? なにか足りないのかな。 あ、そうだ。キスするの忘れてた! しゃぶりながら……。 「じゅぼ、じゅぼ、ぴちゅ、じゅぼ、じゅぼ、ちゅ、ちゅ、じゅぼ、じゅぼ、じゅぴちゅ」 「ん、んじゅ、ちゅ、ちゅ、んじゅ、んじゅ、じゅぽ、じゅぽ」 もう少しなのかな、どうなんだろう。 ずいぶんと硬くなったけど、さっきもそんな風に思ってたし……。 「ん、じゅぴ、ちゅぴ、じゅぽ、じゅる、じゅぽ、じゅぽ、じゅぽ」 キスもしてるし、扱いてもいるし、何が足りないのかな……。 「……」 せ、先輩がこっち見てる。なんか言いたそう。 よだれがあふれそうになってて恥ずかしいよ。 「んじゅ、じゅじゅ、じゅちゅる、じゅじゅ」 「おうっ、い、いいぞ今の」 あ、あれ? なんか先輩今のお気に召したみたい。 ええとなにが……。 あ、そうか。 「じゅじゅ、んじゅ、んじゅ、じゅじゅ、ぴちゅ、じゅぼ、じゅじゅ、ぴちゅ、じゅじゅじゅ、じゅぼ」 よだれを呑み込もうとして、強く吸ったのがよかったのかも。 それとも、不意に刺激したのがよかったのかな。 とにかく、強く吸ったり、不意にキスしたり、そうだリズムを変えるのもいいかも。 「んじゅ、じゅじゅ、じゅぼ、じゅぽぽ、ぴちゅ、んじゅじゅ、じゅぼ、ぴちゅ、じゅぼ、じゅじゅ、じゅぼ」 なめて、キスして、扱いて、なるべくリズムを乱して。 難しいけどなんとなく分かってきたかも。 「お、お、おおっ」 うわ。大きくなってきたよ! す、すごい。 「じゅ、じゅじゅ、じゅぼじゅぼっ。じゅじゅ、ぴちゅ、ちゅっ、ちゅっじゅぼじゅぼ、じゅっじゅっじゅ」 私って、いつもこんなおっきくなるものを、身体の中に受け入れてたんだ。 なんか、すごくえっちな身体なんだ。 「ん、く、いいぞ……」 「ん、んふぅ、んじゅ、んじゅるんじゅ、じゅっ、じゅぼじゅぼ、ちゅっ、じゅぼじゅじゅじゅ、じゅぼっ」 これが私の中に……。 思い出しちゃう。先輩が身体の中に入ってくる感触。私をかき混ぜる感触。 そしてはしたなく、気持ちよくなっちゃうあの感じ。 「じゅぼ、じゅぼぼ、じゅっ、ぴちゅ、んぴちゅ、れるぴちゅ、ん、んじゅ、はむ、じゅじゅっ、じゅっ、じゅじゅじゅ」 なんか身体が……熱くなってきちゃった……。 自分で咥えてしてるのに、あそこと同じように、口の中、かわいがられてるみたい。 胸と恥ずかしい場所が熱い……。 「ん、ん、じゅぶじゅぼっ、じゅじゅじゅっ、じゅぼっぴちゅ、じゅぼじゅ、じゅっじゅっじゅ」 これが私の中に、そして先輩と私をひとつにする。 そう思うと、愛しくなっちゃう。 「じゅぼっ、じゅっ、じゅじゅ、じゅっ。じゅっじっ、ぴちゅ、じゅぼっ」 「お、おおっ。おおっ。ありす、ありす」 せっぱつまった声。 口の中の先輩も、さっきよりまた大きく。 苦しい。 でも気持ちいい。ぼぉっとなっちゃう。 あ。 恥ずかしい場所が熱くなって……濡れちゃってきたかも。 は、恥ずかしいけど……。 「ん、んん、じゅぼじゅぼっ、ちゅぴ、ちゅぱ、じゅぼ、じゅじゅじゅじ」 先輩のが愛しくて、やめられない。 「じゅっじゅっじゅっじゅっじゅ、じゅぼじゅぼじゅぼじゅぼじゅぼっっ」 「お、おおっ。すご、すごいぞ、ど、どこでこんなワザを!?」 「じゅるじゅぴちゅうちゅっ、じゅぼじゅぼじゅぼっ、れるぴちゅ、ちゅっちゅびちゅ、じゅじゅ」 熱い。先輩も私も。 「あ、ありす、お、俺!」 あ。 もしかして先輩そろそろ。 もうお口の中もいっぱいだよ! 出るからなんだ! 出そうだからなんだ! 「ちゅっぴちゅ、じゅじゅじゅじゅ、じゅぼじゅぼじゅ、じゅじゅ、じゅれる、ぴちゃ、ちゅっ」 「おおおおお!ありす。ありすっ。出るぞ! 出るぞ!」 あ、もしかしてもう! こ、こういう時、おおお男のひとって―― 私はとっさに口から先輩のを離して 「かけていいよ!私に好きなだけ!」 と叫んでいた。 「おお、う、ありすぅぅぅぅぅぅぅ!」 熱い飛沫が顔にかかってきた。 「あ……」 不思議な匂い。 生臭いのに、青臭くて、草や木の汁にも似て、命の匂いな気がする。 すごい……。 「お、おう、おおっ」 先輩が何度も何度も、ちょっとみっともないけどかわいく呻きながら、熱いものを私の顔に降り注がせる。 どろどろしてる。 「あ、ああ……あったかい」 先輩の匂い……。 私の中に、こんなのが注がれてたんだ……。 少しだけなめてみると、しょっぱくて、苦くて、生臭くて、おいしくなくて……。 でも、先輩のだと思うと、愛おしい。 私は先輩をいっそう深く咥えこむ。 「いいのか、いいのかありす!?」 「ん、ん」 うなずきながら。 「んぴちゅぴちゅ、じゅじゅじゅじゅ」 先輩の先っぽの部分を、強く強く吸いたてた。 「う、うぉっ、おおっっ」 「!」 熱いのがお口の中ではじける。 たちまち口の中がいっぱいになる。 口から生臭くて青臭くて、植物を潰したり傷つけた時みたいな匂いが鼻へと込み上げてくる。 「ん、んあ゛んん」 しょっぱくて、どろどろで、喉に刺さるようなえぐみがある熱いもの。 「く、くっ、くぉ……」 口の中で、先輩のが何度も震えて、その度に、その熱いのが溢れて、その度に鼻に強烈な匂いが抜けて、咳き込んでしまいそうになる。 「ぐ、お゛、う」 でも、懸命にこらえる。 まずくて、変で、生臭くて、全然おいしくないけど、これは先輩が、私のお口で気持ちよくなった証なんだ。 吹き出しちゃったり、零しちゃったりしたらもったいなさすぎる。一滴残らず愛おしい。 「ん……ん……」 私は懸命に、喉を動かして、飲み込みにくいそれを飲み込んでいく。 「大丈夫なのか……? 無理しなくていいんだぞ……」 私は首をふって、無理してないと伝える。 先輩がすごく心配してくれる。それが嬉しい。 「ん……ん……ふはぁ……」 喉に引っかかりながら、先輩のが私の身体へ入っていく。 ぜんぶ飲み干す。 「はぁぁ……」 私はそっと喉元を押さえる。 ここを先輩の精液が通っていったんだ……。 私の身も心も、どんどん先輩を覚えていく。 嬉しい。 「あれ? 開いてるよ」 閉じ込められて1時間ほどたっただろうか。 試しにもう一度、ドアを押してみると、先ほどのつかえがとれて、ドアがずずずと動いた感触があった。 「なんだと?」 「ありすはそこにいろ。俺が見る」 先輩はドアの隙間から外へ首だけ出した。 「こういうことか。大丈夫だ」 私を庇うように前へ出ると、先輩はドアをそっと押し開けていく。 用具室の扉の脇には、ハシゴが倒れていた。 「ちゃんとつっかえ棒になってたわけじゃなくて、不安定な状態だったんだ」 「あの場で、もう一押しか二押しすればあいたのかもな」 「えええ」 おそるおそる外に出てみる。 当たり前だけど、こんな時間に学園をうろついている人はいなさそうだ。 私達も早いところ帰りたいけど……教室に、着替えも荷物も置いたままだ。 見つからないように、取りに行かなくちゃ。 「……」 先輩は、何やら考え込んでいた。 こっそりと、着替えを置いてある教室まで戻って来た。 「ふぅ……」 着替え終わりっと。 「ありす大変だ!」 「え……」 ドアの前で待っていた先輩が、慌てて入ってくる。 「また閉じ込められたぞ」 「ええっ!?」 「本当だ……」 バカなと思ってドアを開けようとするが、がたがたと、何かにつっかえて、動かない。 な、なんで?? またハシゴでもかかってるのかな。まさか。 「あまりがたがたしてると、守衛の人が気づくぞ」 う……。私は慌てて手を引っ込める。 そうだ。こんな時間にこんなところに先輩と二人でいるのが見つかったら……怒られちゃうよ。 「とりあえず、ここが開くまで教室に隠れているしかないだろ」 「そうだね」 「……」 私は開かなくなったドアをじっと見つめる。 なんだろう。何かが、引っかかる。いや、ドアのことじゃなくて……。 「くぅ……すぅ……」 「……はぁ」 こんな硬い床で、よく眠れるな……。 私なんか全然眠れないのに。 「……」 寝顔かわいい。 そういえば、いつも私のほうがぐったりしちゃうから、こうやって寝顔を見るのって、初めてかもしれない。 「……きれいな顔だよね」 あんなバカなこと言ったりするひとには見えない。 なんだか……。 キスしたい。 「や、やだなぁもう、なに考えているんだろう私」 でも……ちょっとならいいよね? おそるおそる顔を近づけていく。 「むにゃ……」 「!」 反射的に身体を離していた。 「び、びっくりした……」 えっちなこともしてるのに、今日だってあんなに大胆なことをしたのに。 でも、キスでどきどきしてしまう。 「変なの……」 先輩の顔を見てると変な気になっちゃう。 何か違うことを考えよう。 「違うこと……違うこと」 「あ……」 あ……れ……? なんか、嫌だな、こんな時に、冷えちゃったからかな。 トイレに……行きたくなっちゃった……。 でも……。 こんな暗い廊下を抜け出してトイレまでなんて……。 そりゃいけないことはないけど、でも……心細いよね。 「せ、先輩」 そっと呼びかける。 「くー、すー」 反応なし。 あんな囁き声じゃだめだよね。やっぱり。 「先輩、あの」 肩を掴んで揺すりながらさっきより大きな声で。 「うー……むにゃ……ありすもう許して……俺……絞りつくされる」 「な」 なんていう夢を! 「先輩起きてよ!」 強く揺すって、大きな声。 「うー……」 接着剤でくっ付いたのを開けるみたいな感じで、先輩の目が細く開いた。 「まだ全然暗いじゃないか……おやすみ」 「寝ないで、お願いだから。あのね、トイレまで連れてって欲しいの」 「トイレ。廊下。右へ。5メートル。到着」 「おやすみ」 「おやすみじゃなくて!そこまで連れて行ってお願い!」 「行けるだろ……怖いのか?」 「そういうわけじゃ…」 「俺、眠い、おやすみ」 「……む」 こんなに頼んでるのに! いいじゃないちょっとくらいなら。 私は立ち上がると。 「う……まぶし」 むっとしている様子の先輩を見下ろして。 「トイレ」 「……」 「つれていって」 「……」 先輩のくちびるが、ちょっと嫌な感じに歪んだ。 「あ」 「……いいぞ」 「ただし、その前にちょっと俺の頼みを聞いて欲しいな」 「な、なに……?」 「俺も出したい……」 「それって……」 「大丈夫だ。すぐ済むから」 「で、でも」 「すぐ済むから。済んですっきりしたら、ありすもすっきりすればいい」 「戻ってきてからじゃ」 「だ、だめだ。今がいい。今じゃなきゃだめだ 」 「わ、私ひとりで行くから――」 がしっと腕をつかまれてしまった。 「お前ばっかりすっきりするなんて、不公平じゃないか」 「不公平って」 「君の手を決して離さないよ」 「こんなときにそんなセリフを真剣に言うな!」 ぐい、と引き寄せられてしまう。 「捕まえた」 いじわるだ。 すごくいじわる。 「せめて電気消させて」 「大丈夫、すぐ済むから。それに机の下で隠れてやるから」 意地悪というより、なんか駄々っ子みたい。 甘えん坊だ。 「しょうがないな……本当にすぐだよ? すぐ済むんだよね?」 だめだな私。こんなことすらこばめない。 明るい教室で、スカートを脱いで無防備な下半身を晒すのはとっても恥ずかしかった。 「さぁ」 優しい呼びかけだけど、腕を引っ張られて先輩を跨らせられる。 すごく強引。それでちょっとドキッとする。 いつもと違う人みたい。 でも……。 「あの……いきなりで出来るの……?」 「まかせてくれ」 「あ」 恥ずかしかったので目を逸らしてたけど、先輩の男の人の部分は、もうすっかり元気だった。 だけどいつもの先輩だ。 「さぁ入れるぞ!」 「え、で、でも、少しくらいその――ああっっ」 ぐっと太ももを掴まれた感触、そのまま一気に引き降ろされて。 「んあっっっ」 まだ全然濡れていない私の恥ずかしい部分に、先輩のが押し込まれていく。 「お、おっ、すごくよく締まるぞ」 「あ、ああっ。そんなぁ」 最初の頃だったら、きっと痛くてたまらなかっただろう。 でも、何度も何度も先輩の形を覚え込んだそこは、簡単に受け入れてしまう。 「大丈夫だ。気持ちよくするから」 私の中で、小刻みに先輩のものが動きはじめる。 「あ、あ、あっっ」 早くも変な声が出ちゃう。 いきなりぐっと突き上げられて小刻みな動きに慣れかけていた身体に、強い刺激が刻み込まれる。 一気に奥までえぐられて、ふわっと身体が持ち上げられる。 「んあ……あっ、あふぅっっ」 強い力。先輩の力。 私の身体に刻み込まれたえっちな記憶が、どんどんよみがえってくる。 「ここが気持ちいいんだよな」 恥ずかしい場所の、上側の部分を擦りあげられる。 燃え上がるような感触が下半身に響きわたる。 「ひぅんっっ。はぁっ、ああんっっ」 「な、よく分かってるだろ?」 私、全部知られちゃってる。 えっちになるスイッチを全部。 「自分ばっかり気持ちよくなってないで、俺も気持ちよくしないと、早く終わらないぞ」 にやにや笑いをくちびるに浮かべながら言われる。 悔しい、でも、感じてしまってる。 「ん、あ、ああっ、あん」 意識して、ぐっと中を締めようとする。 「お、いいぞいいぞ!」 太ももを掴んだ手に力を入れられたと思うと、また一気に奥まで押し込まれる。 「ひぅっっっっっっ!」 中を強く擦りあげられて、奥の奥をノックされて、目の裏に火花が飛ぶほど気持ちいい。 「あ……」 今擦られて、なんだかおしっこが一気に近く―― 「ありすももっと動いてよ」 「お、おね――ああんっっ」 苦しいのに、容赦なく中を擦りあげられて、その度に気持ちよさの火花がはじける。 漏れちゃいそうなのに。 「トイレに――あ、ひんっひんっっ!」 本当に漏れちゃいそうなのに。 「なんだか色っぽいなありす」 「ち、ちがうの、本当にト――ひぅぅぅぅっっっっ」 奥までまた貫かれて、膨れた部分で身体の中を思いっきり掻き回される。 「んああっっ。あん、ひんっっ、あああっっ」 掻き回される度に、熱い波がそこから溢れて、私をもみくちゃにする。 熱い。苦しい。 このままじゃ、どうにかなっちゃう。 「たすけ――だめぇ本当にだめぇっ、あん、ほんとなのにぃ」 懸命に堪えようとするけど。 「おお。締まる締まるっ」 先輩の動きはますます激しくなって、しかも、私の弱い所ばっかり、擦りつけてきたり、突いたりで。 「ひぃんっ!あふぅ、あん、あん、ああっっっ!」 もう、だめぇ。 「ああああああ……」 熱いものが、私の中から激しく溢れてしまう。 「あたたかい……ってありす!」 「ひどいひどいひどいよぉ……」 思わず涙がでる。 この年になって、しかも大好きな人の上で、大好きな人にいじわるされておもらししちゃうなんて。 「悪い。本当に悪い」 「って、ああんっっ、どうしてやめないのぉ!あ、ああっ、刺激しないで、止まらないの止まらないの」 はしたなく漏れ続けてしまう、おしっこの匂いが辺りにむれてしまう。 「大丈夫。好きなだけ出せ!」 先輩は止まってくれない。 泣きじゃくる私の中をなんの遠慮もみせずにえぐり続ける。 「違う、そうじゃないのぉ、止まって止めてぇ、あ、ああ、あふん、ああっっ」 じゅぼじゅぼじゅぼ、おしっこでびしょびしょになった恥ずかしい場所から、すごくいやらしい水音が響きつづける。 「お詫びに気持ちよくするから!」 ぐっとまたも太ももを掴まれると、がっしりと固められて、弱い部分を小刻みに突かれる。 「あ、あっ、そこ、すごっ、でも、そんな、あ、また」 突かれる度にその刺激で、止まったと思ってたおしっこが、ちゅぷちゅぷと滲む熱い感触。 「漏れちゃうっ、見ないで見ないで」 「恥ずかしがるありすはかわいいが、今日の恥ずかしがり方は一段とかわいいな!」 先輩は本当に嬉しそう。 なんてだめな人なんだろう。でも、なんてかわいいんだろう。 胸がきゅんとしてしまう。 私もダメな人だな。 こんな人のこんなかっこ悪いことをかわいいなんて思ってしまうなんて。 「ん、そこ、あ、いいのいいのっ」 もう全部任せていいんだ。 恥ずかしい部分も、だめな部分も、全部知られたって構わないんだ。 この人は私が大好きな人なんだから。 「お、お、おおっ。なんだ、いきなり……お、おっ」 私の中の先輩がとっても愛おしい。 この人と、ずっと一緒にいたい。 「あ、先輩、先輩、んあっ、ん、ふぁぁっっ」 ふわりふわり、と気持ちよさの雲に包まれる。 私の中はきっと、この人に馴染む形にどんどん変わっていく。 だから気持ちいい。 「ひんっ、あん、ああんっ! 先輩を感じる! 全部全部感じる!」 私の腰が踊ってる。動いちゃう。 先輩を咥えこんで、締め付けて、搾り取ろうとしてる。 私もえっちだ。 「すごくえっち、あんっっ! 気持ちいいのっ、先輩気持ちいいの!」 「ありす! ありす!」 突き上げて来る先輩の動きと、私の動きがぴったりと重なっている。 1つになってる。私たち1つになってる。 「先輩、先輩!」 いやらしい音が教室中に響いてる。 教室中がえっちだ。もう見つかったって構わない。 だって私はこの人が好きだから! 熱いものに包まれている。もう、私っ、私っ。 「ん、ああっっああん! 私、もう、もうっっっ」 私と先輩のどきどきが、1つになってる。 「ああ、俺も俺も!」 えっちな音と匂いと感触の渦の中で、私たちは飛んでいるみたい。 「いっぱい出させたから、いっぱい出すから!」 「お互い混ざり合って分からなくなるくらい、出す!」 「うん、いっぱいいっぱい私の中で出してっ出して! 私を先輩でいっぱいにして!」 私の中の先輩が震えた。 「ありすっっ!」 熱いものが私の中に迸っていく。広がっていく。 熱い衝撃に私は高々と持ち上げられて、上っていくみたい。 「あ、ああっっっっっっっっっっっっっ」 恥ずかしい声。私の中から出たと思えないほどの声。 頭の中、真っ白。 先輩の熱さが私の中に広がっていく。 溶けあっていく。 気持ちいい。 先輩と一緒に気持ちいい。 私、すごくいけない子だ。 すごくいけない。 だけど、私はきっと。 世界で一番幸せな女の子だ。 それにしても……。 用具室に閉じ込められて、教室に閉じ込められて……なんだか、おかしな日だった。 先輩と出会ってから、おかしなことばかり起こるよ。 ん? 待てよ……。 「……」 「なんだよ、人のことじっと見て」 「いいえ」 「〜〜〜♪」 なんかわざとらしく口笛を吹いている。あれは……怪しい。 まぁ、いっか。私も楽しかったし…。 「先輩、お話をしてください」 「え……」 「前の話、まだ続きがあるんでしょう」 「大きな美容院を作って、恋した少女を待つ、お金持ちの少年のお話」 「いや、主人公はあくまで純朴な少年のほうだぞ」 「でしたっけ。でも聞いていると、お金持ちの少年の方が、主人公みたいです」 「どうだろうな」 「確か、お前は、金持ちの少年のことを哀れだと言ったが……」 「まぁ確かに、哀れで滑稽だが」 「彼は、自分が悪役になっているなんて、露ほど思わなかった」 「あくまで自分は、恵まれていて……自分は常に物語の中心……主役であると、信じている」 「彼にとって、彼こそが、彼だけが、世界の王だった」 「いつかヒロインたる彼女が自分になびくのは、当然のことと信じていた」 「だから、夜な夜なパーティーを開き続けた」 「大勢の招待客。豪勢な料理。煌びやかな出し物」 「けどいつからか、少年はパーティーには加わらず、窓から……遠くの商店街の、ある一点の光を見つめていた」 「彼女はついに、こなかった」 「ある日。彼ははじめて、彼女の店を訪れようと思った」 「待っているだけだった彼が……二人を見に行こうと思った」 「そうして彼は理容室を訪れる」 「入り口の前に立ち、入ろうかと迷っていると……扉のガラスごしに、店内の様子が見えた」 「それはとても美しい光景で……彼はそのときはじめて気づいた」 「自分は主役ではなかったのか……と」 「すべては彼のためにあつらえられ……彼のために動くものと、心のどこかで考えていた」 「そうじゃないことを初めて知った」 「人の物語を眺めていることしかできないこともあると、知ったんだ」 「その日をさかいに、彼は彼女達に干渉することをやめた」 「ただよく、理容店の前を通った」 「そうして、ちらりと、店の中で仕事をしている二人を眺めた」 「街で仲良く歩く二人を見かけると、彼はそっと見つからないようにしながら、ぼんやりと二人を見ていた」 「自分にはまったく無関係に笑う二人」 「それを見ている自分も幸せだと思っていることに、気づいた」 「この街で、あの二人を、ずっと眺め続ける」 「それも良いとおもった」 「けれど、まもなくして……少女は死んでしまった」 「少年は途方にくれた」 「シンデレラは、一度も自分と踊ってはくれなかった」 「むろんガラスの靴を残していくこともなく」 「ただ、舞台だけが残された」 「少女が消えて悄然と取り残された少年がいる店を、あるいはもっと別の失望を抱えながら、金持ちの少年はぼんやりと眺めていた」 「自分は舞台に立てず、ついに、観客にもなれなかった……」 「物語はどこにいった?」 「彼は、一人つぶやく」 「それで……」 「それで?」 「それで、終わりさ」 「えええ。なんですか、そのすっきりしない終わり方」 「その少年と、お金持ちの少年が結婚したりしないのですか?」 「おい。お前、何の影響だ、それは」 「えへへ。そうじゃなくても、友情に目覚めるとか」 「ない」 「これは単なる悲劇の物語だ」 「実際は、どーせ、純朴な少年は生活のためにつまらん女と再婚して、つまらんガキを育てて……そんなところさ」 「物語は消えてしまったのさ」 「そんなぁ……」 「もう寝ろ」 「はい……」 …… 「……」 いつしか、私は眠りについていた。 今日は学園をお休みすることにした。 先輩は、家に帰った後、シンデレラに出かけていったようだ。 私は日用品を買い足しておこうと、商店街をぶらつく。 ふと、本屋に寄ってみた。 栗原さんに聞いた話が気になっていた。 なんで先輩が、グレートギャツビーって呼ばれているか。 「えーと……華麗なる……ギャツビー」 「あった……」 …… 晩ご飯の準備もあらかた終わり、私は買った小説を読みふける。 「ふーん……アメリカのお話なんだ」 「何を読んでいるんだ?」 「げ……いつの間に帰ってたんですかっ」 「げ?」 先輩が自分で言い出したらしいし。 これ見られたら、明らかに、先輩のこと知ろうとしてるってばれるよね。 「だ、ダメです」 「なんだよ」 「えろい本でも読んでるんじゃないだろうな……」 「ばばば、馬鹿言わないでくださいよ」 「ふーん? それより腹がへったな」 「はーい。ちょっと待ってください」 合間合間に読みながら、すっかりはまってしまった。 主人公のなんだか危うい行き方。危うい恋。 この先、どうなるのでしょう。 「今日は私、一人で寝ますから」 「……いや、それはいいけど」 「久しぶりにひどい寝相に悩まされることなく、ぐっすり寝るか」 「そんなのありませんっ」 「ふむふむ……」 ………… …… うあ。朝になってしまった。 これはつまり、失恋のお話だよね。 ギャツビーが、恋焦がれたものに、辿り着けなかったお話。 本を読んで、何だかピンときた。 なんで私は気づかなかったんだろう……。 先輩が毎晩話してくれた、金持ちな少年のお話。 あれは……先輩のことなんだろうな。 でもじゃあ、先輩は、どうしてあんな話を私にしたんだろう? 朝から先輩は出かけている。 私はお洗濯をしたり、書類を整理したりしながら……のんびりと過ごす。 「えへへ……」 うーん。すっかり、奥さんみたいな気分になってるけど……。 そのうち、いなくなったりするのかな。 おとーさんや、おかーさんや……おねーさまたちみたいに。 「……」 「やだな」 でもしょうがないことなのかな。 私はこれでも、それなりに学んだつもりです。 楽しい時には終わりが来る。 だからこそ、今を、大切に生きるしかないのです。 ご飯を食べながら、先輩を見る。 もしあの話の金持ちの少年が先輩で……。 少女と、純朴な少年が、私のおかーさんとおとーさんで……。 だとしたら、先輩は、どうして私の前に現れたんだろう。 どうして、この理容室にやってきたんだろう。 どうして……私と恋人になったんだろう。 「……」 「なんだ?」 「い。いえ……なんでもないです」 「先輩」 「ん?」 「今日は、一緒に寝て良いですか?」 「……」 「いいけど……」 「あの、先輩」 「うん?」 「毎晩話してくれた、少女と少年のお話……」 「それは、私のおとーさんとおかーさんの話なんですね」 「そうだ」 「そして、先輩の話なんですね」 「あぁ」 「純朴な少年はお前の父。少女はお前の母」 「そして金持ちの少年は、俺だな」 「そう、だったんですか……」 「……」 「お前は思っているのか」 「俺は、叶わなかった恋の代役として、お前を求めたのではないかと」 「少し……」 「なぁ、お前に話した物語は……あるいはお前と俺の出会いは、物語だった」 「え?」 「お前は、観客で……俺は舞台を作る、演出家で」 「けどこれからお前に話すのは、舞台裏の話だ」 「俺は、お前の母に振られて……話した通り、彼女が来てくれることを願ってあの店を用意したよ」 「パーティーを開いた」 「一度でも来てくれさえすれば、俺に惚れるって、確信していた」 「あんなさびれた理容店じゃなくて、俺を選んでくれるって。そう思っていた」 「あの女は、変わりものだったからな。現れなかった」 「いや、一度現れたか、ちらっとだけ」 「あぁ桜井君。元気だね」 「こんなお店ひらいて、すごいねぇ」 「かわした言葉は、それだけだ」 「それ以上のことを話したかったが、何かが、それを許してくれなかった」 「俺が恋い焦がれた物語は、その一言で、片づけられた」 「それでもしばらくは、ちょっかいをかけていたよ」 「くやしいし、信じられないし」 「今回と違って借金があるわけでもない。どうすることもできなかったけどな」 「それ以前に、俺は前提から、負けていたんだけどな」 「店があろうがなかろうが、彼女はやつが好きで。俺を好きではない」 「俺の好きな相手が俺を好きじゃない」 「そういうこともあるんだと、やっと当たり前のことに思い当たったよ」 「なんだか、気持ちのやり場を失って……」 「パーティーを開いて、女の子と遊んで、気をまぎらわせて……」 「そうして、なぜか一度として訪れることのなかった、二人の理容店を訪れた」 「外から、あの二人の様子を見た」 「悔しいけど、美しかった」 「心の底からうらやましくて、そして、見惚れてしまった」 「そのとき俺は舞台から転げ落ちて、一人の観客になった」 「客席のほうがずいぶんと豪奢な感じになってしまったがな」 「この二人をずっと見守りたいと思った」 「そのとき、俺は……置き去りにした答えも見つかるのかもしれないって」 「けど、死んでしまったな……」 「俺はお前と同じなんだ」 「この理容店に生まれた、物語を、愛していた」 「お前が頑なにその物語の残滓を守ろうとしているように……」 「あの二人の行き先を、お前と一緒に、なぞろうとしているだけなのかもしれない」 「かつて、我こそが世界を物語ろうと思っていた俺が……」 「ついに、たった二人の何の変哲もない物語に屈したわけだ」 「……」 「その後は……」 「さぁ。ぶらぶらと。俺自身はなにもかわらなかったよ。表向きは」 「先輩はずっと学園に通っているんですか?」 「いや……最近になって戻って来たんだよ」 「どうして?」 「俺なりに、虚しかったんだ」 「彼女に……」 「学園に来れば会えるような気がした」 「馬鹿な話だ」 「俺は歳を取らないから……そういう幻想に、時々駆られるんだ」 「自分が取り残されているのではなくて。皆が待ってくれているような気がして」 「学園にはお前の父がいて。母がいて……俺がいて」 「恋はまた報われないだろうが……ただ、また同じ時間を過ごすことが出来る」 「そんなことを思った。そんなわけないのに……」 「そんなことを思いながら、俺は漫然と学園に通う」 「昔始めたシンデレラという店……夜のパーティーは、招くべきお姫様を永遠に失っても、続いていた」 「俺は、方々の女の子と遊んで気を紛らわせているうちに、王子とか呼ばれて。それも良いと思った」 「久しぶりに、自分が物語の主役に帰ってきたようで。それなりに調子に乗って」 「そして……お前に出会った」 「それで近づいてみたんだ」 「もしかして、いろいろと私にからんできたのは……わざとだったんですか」 「そうだよ」 「俺はあの親子が気に入らなかった」 「奴らがこの店にいることが……」 「彼女とあいつの舞台を汚すようでな……」 「だから追い出す方便として、あの店を買い取ったわけさ」 「借金もあったからな。造作もないことだった」 「ついでに言えば、お前に出ていってもらいたかったのも、事実だ」 「あの店には、もう誰もいらないと思っていた」 「人様のお店を、なんだと思ってるんですか」 「ふん」 この人、いろいろと殊勝なことを言っていたけど、結局、徹頭徹尾、俺様なんじゃないのかなぁ……。 「あの、シンデレラに招待したのは……」 「あれか。あれは、お前の母と姉を懐柔してその後店を乗っ取りやすくするための下準備だな」 「私を襲ったのは」 「……」 「もしかして、おかーさんに果たせなかった、想いを果たそうと」 「あほか」 「正直あの時、俺はいくらか酔っていたんだ」 「それであんなに気持ち悪い感じだったんですね」 「な……に……」 「いいいえ!」 「記憶にあるのも、なんかきれいなドレスをきた女を誘ったなぁぐらいのもので」 「ただ、懐かしい思いはした」 「叩かれたのも含めてな……」 「あれが誰か確かめたかった」 「それで、翌日……あんなおかしな方法で、探そうとしたんですか」 「あぁ、どうしても見つけたかった」 「いや、正直なところ、予感はしていたんだ。けど、認めたくなかった」 「振られた女の面影をその娘に見るなんて、安直すぎて……俺の嫌う、物語だ」 「そしたら、お前でな」 「まんまとつまらんパターンにはまった自分やら」 「あの女の娘が、こんな生意気に育ってると思うと、悲しいやらむかつくやら」 「あなたは私のなんなんですか?」 「ふん」 「それだけだよ」 「悪いが最初から俺には、お前のことなんて眼中になかった。お前の母と重ねようともしてなかった」 「あの店のことしか、考えてなかった」 「俺が守ろうと思っていた」 「くだらん連中からな」 「それで、お前の母親に近づいて、納得ずくで買い取らせてもらったということさ」 「おかーさまが、舞踏会から帰ってこなかったのも」 「たっぷり、接待させてもらったさ」 「あなたって人は……」 「途中まではうまくいったんだ」 「が、お前が居座って、どうしたものかと思ったよ」 「そのうち音をあげて出ていくだろうと思っていたら……こんなことになってしまったということさ」 「全部、先輩の筋書き通りだったってことですか」 「俺はジャバウォックだ。偶然なんて知らん。物語は俺がつづる」 「とはいえ、お前のせいで、だいぶおかしな方にきてしまったがな」 「それが物語の裏側だ」 「どうだ、つまらんものだ」 「先輩は……なんで話してくれたんですか」 「お前と同じ目線で、舞台を作り上げたいと思ったからだ」 「え……」 「そのためには、物語を共有しなければならない。俺と、お前が、互いに同じ物語を知って……同じ物語をつづっていかなければならない」 「……」 「彼女とお前を重ねていたこと、否定はしない」 「でも、全然違ったな」 「お前は、どちらかというと、父に似ていると思う。とぼけているところとか」 「よく言われます」 「顔も別に、そこまで、母親に似てないし」 「どちらかというと、ハムスターっぽいことで有名な父似だと思います」 「ということは、先輩、おとーさんが好きだったとか」 「ち、違う……」 「結局、お前はお前だったということだ」 「あ……」 「はい」 「まぁでも、今でも少しは、ひきずっているのかもしれない。お前の母親のことは」 「ふとしたとき、お前に重ねることもある」 「けど、多分、段々と違うものになるだろう」 「そうなればいいと思う」 「いつか、俺も、お前も……お前の父と母の物語から抜け出して」 「俺たちだけの物語の主役となるだろう」 「そして、二人で物語を長く長く続けて……終わりたいと思う」 「先輩……」 「お前の母と父を見て……永遠であることの、姿を見た気がした」 「あの二人が行き着けなかったところまで、俺はいきたいよ」 「俺がいつか、砂漠の果てに諦めて、置いてけぼりにしてしまった夢だ」 「逃げ出してしまった夢だ」 「その夢を叶えることができたら、皆を、やっと楽園に連れて行くことができるかもしれない」 「だから、ありす」 「一緒にいてくれるか」 「はい」 めでたしめでたし。 二人はそうして歩き始める。 未来にはいくつもの苦悩があるだろう。けど……今、この気持ちだけは嘘じゃない。 だからたとえこの先何があっても乗り越えられる。そんな予感にあふれている。 希望をこめて、物語は締めくくられる。めでたしめでたしと。 だけどどこかで声が聞こえる。 人生はそうはいかない。 「あなたの口臭は救われました」 「あなたのワキガは救われました」 「おおーーっ!!」 教室に響く歓喜の叫びと、丁寧で優しいが無遠慮な、パソコンのエラーメッセージみたいな声。 何の騒ぎだ? と顔を出してみると……。 ああ、周防か。 またクラスメイトとトラブッてるのか…と思いきや、さにあらず。 「す、周防さん! 僕のっ…僕の薄毛も救われるのでしょうか!?」 「周防さんっ、僕のオタ臭さは…!?」 「もちろん救われます」 「薄毛もオタ臭さも、神が、あなたに与えたもうた試練」 「あなたがそれを受け入れ、神を信じるなら、それは必ず救われます」 「祈りなさい」 「神に」 「ははーっ! 祈ります!」 「……」 「あなたのオタ臭さは救われました」 「あなたの薄毛も救われました」 「おおおおーっっ!!」 「や、やったーっ!」 「……何やってんだ? 周防」 「ああ、あなたですか」 「救いを求める子羊たちの祈りを、神へ届けていたところです」 「救い?」 「そう、彼らは救われました」 「見てください、みなさんの晴れがましい姿を」 「うおおーっ! 僕はもう、オタ臭さから救われたんだ!」 「ははは、もう誰に何を言われたところでビクともせんぞ!」 「だって俺たちは、周防さんに救われたんだから……!」 「ね」 「まあ、確かに気分はよさそうだが……本当に祈るだけで、ワキガだの薄毛だのが救われるのか?」 「もちろんです」 「……では何故、今ガスマスクを」 「…………」 「ほら、救われた音も鳴りました」 「何の音だよ今の!? てか、こないだは俺の口臭だって救われなかったし……」 「どけどけ桜井っ!」 「うわっ? な、なんだよっ」 「祈らないなら俺たちに道を譲るんだ!」 「周防さん俺にも救いを!」 「周防さん、俺も救ってくれー!」 どどどど……。 救いを求めて殺到してくる同級生で、たちまち周防の周りはいっぱいになってしまった。 (なんだ、たちまち人気者になっちゃったな) まあ、経緯はよく分からんが、クラスに溶け込めるのはいいことだ。 初めは、いじめられるんじゃないかと心配してたからな。 (全方位に毒を撒き散らす周防も大概だけど、おかげでヘンなのに絡まれてたしな) (そのヘンなの筆頭が……) 「こら男子どもー。何、周防にタカってんのよっ」 「そーだっ。周防氏が困ってるのが分からないか! んー? ん〜!?」 「あっ、その筆頭!」 「誰が筆頭株主だ!!」 「誰が筆頭家老だ!!」 「まあ、関係ないけどね…」 「さぁっ、ムサい奴らはさっさと散れ散れ!」 「な、何の権利があって俺たちを排斥する!?」 「そうだそうだ! 俺たちは、ただの、救いを求める子羊だぞ!」 「はいダウトー! お前たちは脊椎動物門・哺乳綱・ウシ目・ウシ科・ヤギ亜科の動物ですかー? 違うよねー? ヒト科・ヒト亜科だよねー??」 「ほらっ、ボサッとしてないで岡田もなんか言ってやんな!」 「ち、ちくしょー…なんだか分からないが言い負かされた気がする…!」 「くそっ! 撤退だ、撤退ー!」 ぞろぞろと、引き上げていく男子たち。 後に残ったのは俺と、周防と、あいつら。 「大丈夫? 周防さん…」 「ったくー。あんな連中の為すがままになっちゃって、バッカじゃないの」 「別に、彼らのことは迷惑ではありませんでしたが……」 「しかし、私を思ってくれる気持ちは伝わりました」 「ありがとうございます」 素直に頭を下げる周防の姿に、三人の頬が赤くなる。 「はう…」 「べ、別に、お礼言われることなんて……その……」 「そ、その通りである、我々は、われ……むにゅぐにゅぐにゅ……」 「ね、ねえ? えへへ…」 すっかりデレデレしちゃって、まぁ。 「お前たち、周防のこと嫌いだったんじゃないのか? いつの間にそんな関係になったんだ」 「そ、それはまあ……いろいろよ」 「初めは、生意気なヤツだから徹底的にシメてやろうと思ったけど……その……あの……」 「当初の認識を改めたのだ。勉強していない人には分からないかも知れないけど、昨日の敵は今日の友という言葉もあるのだよっ」 「なるほど、つまり反省したんだな」 「あのね、私たち初めは周防さんのこと、イヤな人だなって思ってたんだけど…そんなことないんじゃないかって思い直したの」 「そ、そうそう」 「ちょっと天然っていうか……口が悪いだけで」 「はい。私はイヤな人間ではありません」 「何しろ天使ですから」 「……まあ、こういうの聞くと、普通にシバきたくなることもあるけども」 「……しばくとは、なんですか?」 「神の子たるあなた方のお願いでしたら、お応えできるかも知れません。是非教えてください」 ……意外と仲良くやってるみたいだ。 (結構、相性がいいのかも知れないな……凸と凹というか) 何にせよ、周防に友達ができるなら、いいことだ。 ……似たようなニュアンスのこと、さっきも考えたような気がするな。 「と…ところで、周防さん……さぁ」 「なんですか?」 「神様って……私たちも救ってくれんの?」 「もちろんです」 「神は、信ずる者に、等しく救いを与えます」 「じゃ…じゃあ…さぁ…」 「う…うむ…」 「あの…ね? 周防さん…」 決まり悪そうに、お互いの顔をコソコソと覗き込む三人。 何か、深刻な悩みでもあるのかと思っていると……。 …… 「……お前ら、周防を出会い系サイトかなんかだと思ってんのか」 「え? 恋の悩み?」 「つまりその……周防さん。私たち、素敵な恋がしたいんです」 「でも私たち……きれいとか…かわいいとかじゃ、ないし……愛され体質とか、程遠いし……」 「でも、きれいにしてください……なんて、なんかおこがましいし……」 「だっ、だからっ、せめて合コンくらい与えてくれてもどーなのって言ってんのよっ」 「わ、我は、そう言ったことには興味がないが……合コンに付き合うくらいなら、やぶさかでは……むにゅむにゅ」 「ごう、こん」 かくん。聖の首が傾ぐ。 「ごうこんを与えられれば、ぶさいくは、救われるのですか?」 「でも合コンなんて、周防に頼むまでもないだろ。クラスの男子とすればいいじゃないか」 「バッカねぇ、毎日顔合わせてる湿気た男子と合コンして、なんか楽しいと思う?」 「……まあ、分からんでもない」 「私たちが求めているのは、弾けるようにフレッシュな出会い!」 「ドッキドキにスイートな恋!!」 「なるほど。よく分かりました」 カタン……。 座っていた周防が、椅子をずらし、おもむろに立ち上がる。 陽光が差し込む窓を背にした周防は、何だか宗教画めいて見えて、俺たちは思わず息を呑んでしまう。 「周防…さん?」 「あなたたちが求めているものの本質」 「それは、愛ですね」 「は……はい」 「では、愛を求め祈りなさい」 「神に」 「私たちに合コンをお与え下さいっ!!」 周防の前に跪き、それぞれの形で手を合わせる三人。 彼女らと共に、胸の前で敬虔に手を組む周防。 そして―― 「祈りは聞き届けられました」 「おぉーーっ!!」 「ほ……ほんとに?」 「はい」 「あっ……」 「ありがとう周防……ううん、周防さんっ!」 「わああぁぁ〜〜、夢みたい〜〜〜♪」 「メ、メイクの仕方くらい、覚えておくべきだろうか…」 普段のキッツい雰囲気がウソみたいに、無邪気に喜ぶ三人。 他人事ではあるし、ホントにこれで合コンなんかできるのかって話もあるけど……俺までちょっと、微笑ましい気分になるな。 周防もそうなのか、いつもの能面顔が少し微笑んでいるように見えた。 「大丈夫です。あなたたちには必ずや、ごうこんが与えられるでしょう」 「ね」 「ん?」 「なんだ、その『ね』は」 「お願いします」 「『お願いします』?」 「ごうこんを調達してきてください」 「ああ、『ごうこんを調達』……て、何!!!?」 はああああ!!? 周防さん何を言ってますか!!? 「ちょ、何で俺に振るんだよ!? 救いを与えるのは神様の役目だろ!?」 「ですが」 「私も神も、ごうこんとは何なのか知りません」 「知りもしないのに、あんな大見得切ったのかよ!?」 「な、何? なんか問題?」 「ああ、いや、別になんでも!」 (いかんっ、こんなやりとりをこいつらに聞かれちゃマズい!) ひょい、と周防の首根っこをつかみ、三人の側からズルズルと引き離す俺。 「あ、あのなあ。合コンってのは、ハイただいまと調達できるようなモノじゃないんだ。そもそも『モノ』じゃないんだよっ」 「『モノ』ではない?」 「そうっ。つまりその、催しとか、儀式みたいなもので。俺に頼まれても……」 「そうでしたか」 「わ、分かってくれるか?」 「では、ごうこんの儀を、執り行ってください」 「…………」 「じーーー……」 表情こそ浮かんでいないが、何やら非難がましい視線だ……。 「な、なんだよ? そんな目で見て……」 「目の前で天使が困っているというのに、協力しないなんて罰当たりです」 「う……。こ、困ってるのか?」 「…………」 「ばちあたり」 「ばちあたりです」 しっ……仕方ないなっっ。 「分かったよ。適当な男を集めて、なんとかしてやる」 「!!」 「ありがとうございます」 「いいって。それじゃ探してくるよ」 その手の悩みなら……俺だって、分からなくはないからな。 だが、こっちの面子は、エッジの立ちまくった、あの三人……。 あの三人を受け止めてくれる、そんな懐の深さを持ったナイスガイを探してくる必要がある。 (人選は慎重にしないとな……) (さてと。まずは、あいつに声をかけてみよう) 三年生の教室にいるはずなんだが……。 「あ、あっ、あれ、たくみ君?」 「あ、いた」 「いや、別に痛くないって」 「ほ、ホントに? たくみ君は優しいなぁ」 「いやいや、栗原だって優しいぜ」 「それに、いい奴だ」 「ど、どうしたの。照れるなぁ、いきなり」 「実は俺……そんな栗原を見込んで、頼みがあるんだ」 「合コンに参加してくれ」 「え」 「ご、合コン?? いいけど……そんなの、もうずっとしてないなぁ」 「したことあったのか」 「ちょっとだけね」 「い、意外だ……」 「でも最近の合コンってすごいらしいね」 「お持ち帰りとか、即アレとか、即ソレとか、即ボンバーとか……」 「ボンバー?」 「い、いや、ボンバーまでしなくていいから! 要は親睦を深める会なんだからっ」 「それに重要なのは愛なんだ! お前の優しさで、愛に飢えるアイツらにバラ色の夢を見せてやって欲しい!」 「わ、分かった。そ、そ、そういう、ことなら…」 「頑張ってみるよ!」 「さんきゅー!」 (で、できればここには来たくなかった……) (だが俺だって、そう顔が広いわけじゃないし、あの三人を受け止める懐の広さを持った人物っていうと相当限られてくるんだよな……) だが、きっとあの人なら……。 よし、心を決めて入るとしよう。 「あ、あの……カルボナーラさん」 「あらぁ! たくみ君じゃない」 「何かしらぁ? カラダが私のマッサージを求めてるのかしら? 私ったら罪なオ・ト・コ☆」 「い、いえ、そういうわけじゃないんです。カラダの話では…」 「まあ! じゃあココロの話なの?」 「いいわよぉ、カラダを寄せ合うだけが愛じゃないわ。ココロとココロでじっくりねっとり繋がりあいましょ…♪」 「ち、ち、違うんですっ! そういうんでもないんですってば!!」 「くすくす分かってるわよ。慌てちゃってかわいいんだから☆」 「何か相談??」 「え、ええ」 「その……ですね、合コンって、カルボナーラさん的には、アリなのかな……と」 「あら、私に合コンのお誘いなの?」 目を丸くするカルボナーラさんに、俺は、愛に飢えた三人組に合コンを与えなくてはならなくなっている事情を話した。 「それで、男側の面子を集めてるところでして……」 「ふんふん、そういうことなのねぇ」 「それなら協力してあげるわ。たくみ君たってのお願いだし」 「ほ、本当ですか!?」 「ええ。悩める乙女たちに、愛と美の手ほどきを与えるキューピッドになっちゃう♪」 「ただし、条件があるわよ?」 「条件?」 「たくみ君も参加すること。絶対ね☆」 「それじゃあ連絡待ってるわぁ♪ ん〜〜ちゅっっ」 滴るように濃厚な投げキッスを放つと、カルボナーラさんは仕事場のマッサージルームへ消えていった。 (い、いかん……。とんでもない約束をさせられてしまった気がする……) しかし、背に腹は代えられないしな……はぁ。 合コンの面子探しもいいが、ちょっとひと息つくとしよう。 腹が減ってはどうのこうの、って言うしな。 「……っしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」 「どうも」 営業スマイルと呼ぶには重たく、渋すぎる表情が向けられる。 「あぁ、どうも。いつものでいいか?」 「あー、今日は違うヤツで。…この世田谷バーガーってなんですか?」 「グルコサミンだか、何だかが入った魚肉のバーガーだ。ヒザを回しながら食べると効果があるそうだぞ」 「なるほど。じゃあそれに……」 その辺を歩いている男よりよっぽど男前な店長さんを見ていると、俺にある提案がひらめいた。 「あの、店長さん」 「あ?」 「うちのクラスの女子と、合コンしてくれませんか?」 「…………?」 「話がよく分からない」 「私は、これでもメスだからな」 「そんなこと関係ないんですよ、かっこいいから」 「…………」 唐突に俺の襟首を掴み、引き寄せる店長さんの手。 「うわあ!? ごめんなさい」 「…私をからかってるわけじゃあ、ないよな?」 「も…もちろんです」 「…………」 「…ふん」 「なんというか、変わったヤツだな。お前は」 「そ、そうですか?」 「ああ、相当にな」 「分かった。予定が合えば付き合おう」 「ホントですか!? よかった!」 「電話番号教えとく。また連絡してくれ」 「それと……」 「なんですか?」 「何も食わないなら、そろそろそこをどいてくれないか。後ろがつかえてる」 「あ……」 そうだった。ここで何か食おうとしてたんだった。 「じゃあ、さっきの世田谷バーガーください」 「かしこまりました。コンドロイチンと青汁も、セットでどうだ」 「…それ、ホントにハンバーガーなんですか?」 さて。待ちに待った……なんてことは全くないが、今日は『例の』合コン当日だ。 会場であるバーガーショップに出かけると、既に参加者が何人か集まっていた。 「ちょっと、あんた! どうなってんだよコレ!」 「どうしても聞きださなければならんことが、ひとつあるぞ!」 「ど、どうしたんだよ。何怒ってるんだ?」 「私ら、周防さんに合コンを与えられたはずでしょ? それがなんで、こんな店に集められてんのよ!」 「でもここおいしいよ?」 「それより、この面子はどうなってるの? なんで栗原がいるのよ」 「ぶほほ」 「クラスの男子誘うにしても、他にいるだろう。内田とか、作本とか」 「おいおい。栗原だって眼鏡をとったら、美少年なんだぞ」 「そんなの迷信だもん」 「ほい」 「……」 「こらこらぁ、ケンカしないの♪」 「ま、まさか」 「そ、そ、その、ごついおねーさまも、参加者……」 「いえーす。どうも、イカホモのカルボナーラでぇす♪ よろしくお嬢様方ぁ」 「桜井、おーまーえー!!」 「ふ、二人が何か言いたげだけど、俺、あえて分からないフリをするよ!」 「まあまあいいじゃない、二人とも。夢の合コンができただけでも」 「でも桜井君。本当に、なんでこの場所なの?」 「……私の提案だ」 「そうそう。店長さんから条件出されてさ。この店でやるなら、合コンに参加してもいいって」 「売り上げに貢献、だな」 「そういうわけだから堀田以下二名、悪いけど了承を……」 「って……お前ら、どうしたんだ?」 「す…すごいイケメン…」 「み、認めざるを得ない……」 (ああ、目にハートが浮かんでますな、これは) 女なんだけどなぁ。 店長さんを誘ったのは正解だったようだ。 カルボナーラさんだっていい人だし、きっと、話してるうちに、あの三人も良さを理解してくれるだろう。 「あれ? そういえば周防は、まだ来てないのか」 あいつは今回の責任者だし『顔は出す』って言ってたような気がするんだけど……。 「ここにいます」 「あ、周防さん。ちーす!」 「ちーす!」 「ちーす」 ひょい、と右手を上げ、三人に応じる周防。 ……マスクの目が光を跳ね返して、まぶしい。 「ありがとう周防さん! おかげで合コンに辿り着くことができたよ!」 「周防氏には、感謝の意を禁じえない…!」 「ありがとうね周防さん。ホントにありがとう!」 「私に感謝することなど、何もありません。全ては神の導きです」 「では、ごうこんの儀へ向かいなさい。子羊たちよ」 周防に促され、参加者たちは、ぞろぞろと奥の席へ向かっていった。 「周防、お疲れ。来たんだな」 「はい」 「……だが、せめて飲食店では、そのマスクは外したらどうだ」 「飲食店」 「とてもそうは思えません。ここは非常にくさいです」 「くさくて汚染された脂が空気に満ち満ちています。神もこんな場所はお嫌いになるでしょう」 「じゃあどうする? 今日は帰るか?」 「いいえ」 「私は天使として、勤めを果たしきらなくてはなりません。堀田さん達に、ごうこんを与える勤めを」 「負けません」 「そうか? それなら頑張ってくれよな」 「はい」 「なので、案内してください」 「……どういう意味かね」 「若干、足元が不安です。席まで案内してください」 「……言うんじゃないかと思ってた。ほら、手を出しな」 「助かります」 ポーズを作っていた手を、俺のほうに差し出す周防。 その手を無造作に取った俺だったが……。 「……うわっ」 「どうかしましたか?」 「あ、いや……」 「手、小さいなと思って…」 「そうですか?」 「では、落とさないようにしっかり握っていてください」 「行きましょう」 「あ、ああ」 俺は周防の小さく、滑らかな手を引いて、奥へ彼女を案内した。 (ホント、変わってるな。この子は…) 自己紹介もあらかた済んで、いよいよ合コンもたけなわというところ。 堀田たちは、ここに現れたときの仏頂面がウソのようにハイテンションになっていた。 「あの、店長さん。お仕事は何をなさってるんですか?」 「……? 見たとおり、ここの店長だ」 「で、店長さん……ご趣味などは、どのようなことに興じておられるのですか?」 「趣味? …特には」 「店長さん、このお店のオススメは?」 「十段重ね・ファンタスティックバーガーかな。ポーク、ビーフ、ラム、グルコサミン、ヒアルロン酸、ケール100%青汁などを挟んだ豪華な一品だ」 (三人とも、すっかり店長さんのトリコだな……) 「んもう、三人とも。店長さんをオトしたいのは分かるけど、男子は駆け引きが好きじゃないのよ?」 「そ、そのココロは!?」 「あの手この手で気を引くより、もっと好意をダイレクトに伝えたほうがいいってコトよん」 「オトコって、結構ニブいんだから♪」 「な、なるほど。後学のために、しかとメモしなくては……!」 「そうよぉ♪ 頑張んなさい、女の子」 「女子は恋をしてるときが、一番かわいいんだから♪」 「ありがとう、カルボナーラさんっ」 「な…何かな」 「…………」 「よく分からなかったが、チーズバーガーとフィッシュフライとファンタスティックバーガーを一個ずつ、ということでいいかな?」 「あう…」 「ご一緒にポテトはいかがですか?」 「つ、通じてねーな…」 「あ、それじゃ私はポテトおねがいしまーす」 てな感じで、現場は店長さんを中心にキャッキャウフフと賑わっていたわけで。 「…………」 「…………」 「なんだろうな、あっちのグループ。さっきから」 「なんか変な女がまざってるし。ガスマスク?」 「す、周防さん? それいつまでしてるの……」 「……じー……」 「な、何かな? 僕の手元をジーッと見てるけど……」 「先ほどから気になっていたのですが」 「それは何ですか?」 「それ? それって……」 周防がガン見する先。 そこには、栗原の手にした食べかけのハンバーガーがあった。 「周防。それはハンバーガーだよ」 「はんばーがー」 「くさそう」 「ああ、気にしないでくれ。この子はいつもこうなんだ」 「人の食べてるものに『くさそう』は、ないよ。あはは……」 「しかし、皆おいしそうに口にしています」 「こんなにくさそうなのに」 「この、はんばーがーとは、何でできているんですか?」 「ええと……肉や野菜を、パンで挟んだもんだよ」 「肉や野菜を」 「ふうむ」 「食べてみたいのか?」 「いいえ」 「……と言いたいところですが、それではウソになってしまいますし、私は天使なのでウソがつけません」 なるほど、つまり食べたいのか。 ちょっと意地を張る周防が楽しかったので、俺は上機嫌で切り出した。 「じゃあ俺のを半分あげるよ。まだ口つけてないし、気にならないだろ?」 「私に施しを?」 「いや、そんな大げさなもんじゃないけど」 「…………」 栗原の隣に座っていた周防が、椅子を後ろに押して立ち上がる。 そして、とことこと机の周りを歩いて……俺の隣に座った。 「あなたの善行には、きっとご利益がありますよ」 「はは、そりゃ結構。それじゃあ、これをどうぞ」 包み紙の中に入ったままだったテリヤキバーガーを、ふたつに割る。 そしてその片割れを包み紙に戻し、周防へ渡してやった。 「おお」 「これが、はんばーがー」 「マスクを取らないと食べられないぞ」 「痛し痒し」 「ですが、やむをえません」 「ふう」 「おお、なんだ、あの変な女……マスクを取ったら、めっちゃかわいいじゃねーか」 「ぬはははは、見たか!」 「周防氏の正体は、まごうことなき美少女!」 「私たちが得意になることでもないけどね……」 「確かにかわいいわぁ……マッサージしてあげたくなっちゃう」 「毎日店にいてもらえれば、宣伝になるな」 素顔を現した周防に、感嘆の声が上がる。 しかし周防は、周りのそんな反応などおかまいなし。 崩れた髪を軽く直すと、小さく口を開き、そこへソースたっぷりのテリヤキバーガーを迎え入れた。 「もぐ」 「どうだ?」 「もぐもぐ」 たちまち、七割ほどのハンバーガーが周防の口の中へ消えた。 「うまし」 「そりゃよかった。こういう食い物も悪くないだろ」 「こんなくさい場所で、新たな時代の聖餅とも呼ぶべきものが作られるとは」 「おいおい、そんなに早食いすると……」 「なんれふか?」 「口にものを入れたまま喋るな!」 「あのな。急いで食べると、口の周りがソースだらけになるぞって言いたかったんだよ」 「ふむ」 最後のひとかけらを口に押し込み、きょとんとする周防。 口端がえらいことになっているのには、気付いているのかいないのか……。 「ハンバーガーのためです。神は、汚れを許したまうでしょう」 「神様だって、天使の口が汚れてたらイヤだと思うぞ。ほら、顔こっち向けてみ」 「あ」 神…ではなく紙ナプキンで、自称天使の口を拭いてやる。 うわ。手だけじゃなくて、口も小さいな……。 小さくて、それに、柔らかくて……。 「じー……」 「ど、どうした?」 「…口を清めてもらっているので、じっとしているだけです」 「その、じーっと見ていられると、なんか恥ずかしいと言うか、やり辛いと言うか……」 「恥じることなどありません。もっと拭いてください」 「あなたの手は優しいので、何も問題ありません」 「や…優しい、のか?」 「はい。労りの心を感じます」 「気持ちがいいです」 「そう、か…? よく分からんが…」 なんか、妙な気分だな…。 まぁ、本人が喜んでくれてるなら、それでいいんだけど。 「じゃあハンバーガー、もう少し食べるか? 俺の、まだ半分あるから……」 「はい。いただきます」 「うおお!? なんだよ大声出して!!」 「ねえ周防さん。私のチーズバーガーも食べてみる?」 「ちーずばーがー」 「周防さん、あたしのフィッシュフライバーガーもどう?」 「ワ、ワタシのリブサンドはどうかナ、周防氏……」 合コンそっちのけで皆が差し出すハンバーガーを、もがもがと次々口に収める周防。 まるで、野菜を差し出されたウサギだ。 「もぐもぐもぐ」 「うまし」 「か〜〜わいい〜〜!!」 「やぁん、ホントにかわい〜い〜! ね、ね、私のも食べない?」 「す、周防さん。こっちのチキンサンドもおいしいよ!」 「アンタはお呼びじゃないから帰れや!」 「おいおい、周防は愛玩動物じゃないぞ。取り合うなよっ」 「じゃあ、みんなでフキフキしてあげようか♪」 「こ、こ、こっちにおいで周防氏……でゅふふふ」 「………」 「いえ、桜井さんに拭いてもらいます」 「ちょ…!? な、なんで俺なの!? みんながしてくれるって言ってるじゃないかっ」 「はい。みなさんのお気持ちは嬉しいのですが」 「あなたにしてもらうのが、最適だと思うので」 「そ…そうか」 「ではお願いします」 「ん」 やってくれ、と言わんばかりに、顔を『んっ』とこっちへ差し出す周防。 本人の希望なので、言うとおりにしてあげるわけだが……さっきと違って周りの視線もあるので、ひじょーにやり辛い。 「こ…こんな感じでいいのか?」 「ふむふむ」 「いいきもちです」 「も…もう、このへんでいいんじゃないか?」 「いいえ」 「もう少し、鼻の下のほうもお願いします」 「お、お前らっ! 見てないで自分のバーガーでも食ってろっ!!」 せ、せっかくの合コンが『周防を囲む会』になってしまうとは……。 「あー、楽しかった!」 「ま、まあ、本来こうしたイベントに興味のない我であるが、その、そこそこには……うん」 「えへへ。こんなにテンション上がったの、久しぶりだよ〜」 一時はどうなることかと思ったが、みんな充実した時間を過ごせたみたいでなによりだ。 店長さんたちと別れて帰り道を歩く三人の表情は、一様に明るい。 「みんな、お疲れ。今日はどうだった?」 「ふむ。会場があんな場所だと分かったときには、どうなることかと思ったが……終わってみれば、我々にとっては最適の選択肢だったと言えなくもない」 「店長さんもカッコよかったし、カルボナーラさんもいい人だったし……またこのメンバーで遊びたいね♪」 「桜井。いろいろ文句言っちゃって…悪かったね」 「それに……周防さんっ」 「はい」 「桜井もだけど……今日は本当にありがとう」 「私たち、今日、店長さんたちと話せて……自信がついたような気がするんだ」 「自信、ですか?」 「うん。今まで私たち、自分たちの見た目とかが、好きじゃなくて、卑屈になってたっていうか……」 「出会いを自分で求めに行ったりとか、そんなこと全然してなかったし……」 「でも今日、店長さんやカルボナーラさんと話せて、思ったんだ」 「勇気を出してガンガン行かなきゃ、って! 縮こまってるだけじゃ、ブスが加速するばっかりだよ!」 「うむ。攻撃は最大の防御という言葉もあるし!」 「なるほど」 周防は、はたと足を止め、祈るように両手を組んだ。 「あなたたちの決意を、神もきっと祝福するでしょう」 「愛は自ら求めるところにあります。あなたが誰かに愛を与えたとき、あなたもきっと愛を得られるはずです」 「周防さん……!」 「祈りましょう。あなたたちに愛が与えられるよう」 「はいっ!」 「あっ、音が鳴った!」 「祈りは通じたようです」 「神様ありがとうー!」 「しかし、どこから出ているんだ? この音は」 「す…周防?」 「なんですか?」 「今度は俺に『みんなの彼氏を探してくれ』なんて頼まないよな……?」 「はい。頼みません」 「彼女たちは皆、神の導きを信じ、自分の力で愛を探しに行く決意に辿り着きました」 「あなたのおかげです」 「そ、そうか? それなら、いいが……」 (周防から、そんな風に素直なお礼を言われると……なんだかくすぐったいな) 意外と、こういう素直なところもあるんだよな、周防って。 昨日の夜の余韻で、なんだか頭がクラクラしている気がする。 そんな気分をスッキリさせられないかと思って、俺は教会にやってきた。 (朝の教会って、不思議な場所だよな) (別に信心があるわけじゃないけど、妙に敬虔な気分にさせられるというか) と、今日は少し違うようだ。何やら騒がしいぞ。 「ありがとう周防さん! 私、一生感謝するからっ!」 「私も頑張らなきゃっ♪」 「ほら帰るぞみんな! 全く、色恋にばかりウツツを抜かしおって……」 「はい。お気をつけて」 ぞろぞろ……。 「あっ、桜井氏」 「ヘンなところで会うわね。あんたも頑張んなさいよー♪」 「な、なんだなんだ?」 「じゃあね〜」 ぞろぞろ……。 何やら誇らしげな雰囲気を漂わせながら、三人は俺とすれ違い、去って行ってしまった。 「……行っちゃったよ。何だったんだ?」 「おはようございます」 「あっ、周防。あいつら、どうしたんだ?」 「はい」 周防は頷くと、胸の前で敬虔に手を組んだ。 「彼女たちは、神の力に救われたのです」 「つまり?」 「堀田さんに、愛する男性ができたのです」 要するに、あいつに彼氏ができたってことか! 「すごいじゃないか、どこでゲットしたんだ?」 「ごうこんの儀です」 「あの後、皆さんだけで参加者を集め、何度かごうこんの儀を繰り返したのだそうです」 「そこで、愛する人と出会われたのだとか」 「そうか……。これからは自分で出会いを探しに行くって、言ってたもんな」 「堀田さんが、ご自分と彼を一緒に撮った写真を見せてくれました」 「幸せそうでしたよ」 「写メを見せてもらったのか。彼氏、どんな人だった?」 「いや、そうじゃなくてさ。周防の印象を聞きたかったんだよ。いい人そうだったとか、カッコよかったとか……」 「分かりません」 「どんな臭いがするかは、会ってみなくては分かりません」 「…お前は全てのことを臭いで区別するのか?」 「そのとおりです」 「人は皆、基本的には平等なのですから」 「そんなことないだろう。どうにもならない不公平だってあると思うぞ。見た目とか、生まれとか、性別とか……」 「魂の価値は、そんなものでは区別されません」 「心正しく、良い行いをする人からは、いい匂いがします。心醜く、悪しき行いをする人からは、よくない臭いがします」 「すなわち、くさいのです」 (人類が、臭いというヒエラルキーで区別されているとは……) 周防の信じる神って、どんな神なんだ……。 「ですが安心してください。あなたは、とてもいい匂いですよ」 「ありがとう。でも、ちょっと俺を買いかぶりすぎじゃないか?」 「ですが、あなたの側にいると落ち着きます。とてもいい匂いなので」 「今日はどうでしょうか」 すたすたすた……。 言うや否や、互いの胸先が掠めるくらいまで、歩み寄ってくる周防。 「わっ!? ち、近いよ周防っ……」 「くんくん」 「…………?」 「ど…どうした?」 「…………」 「今日はいまいちです」 「う」 「なんだか顔色が悪いですよ?」 「え」 「それは、あれだ。昨夜、ちょっと夜更かししていたから」 「夜更かしはいけません」 「あなたは、とてもいい匂いの人間なのです。それをないがしろにしてはいけません」 「ご、ごめん。悪かったよ」 「それに時計塔には、魔女が住んでいるとも言われています」 「魔女の役目は、あなたを悪の道へ誘うこと。ゆめゆめ忘れないようにしてください」 「分かった。分かったよ」 「だけど周防、お前だって夜更かししてたんじゃないか? 俺が時計塔へ行くのを見たってことは、お前も起きてたんだろ」 「…………」 「いいえ、私は既に寝る支度をしていました」 「だからセーフです」 「ホントか? 怪しいなぁ〜。深夜番組でも見てたんじゃないか?」 「いいえ。セーフです」 「木曜どうなのよ、は神もお気に入りです」 「見てたのかよ!! じゃあやっぱり、周防も夜更かしだな」 「セーフです」 「ふっふっふ。教会で夜更かしなんていけないなぁ、周防〜」 「…………」 「えい」 「ぎゃっ。な、何するんだよっ」 「神罰です。天使をいじめた罰です」 「えい」 「うわあっ。ははは、分かった分かった、もうからかわないよ」 「本当ですか?」 「本当だよ」 偉そうに頷き、もっともらしく目を伏せる周防。 「ならば許しましょう」 「私はあなたの身を案じているのです。それを分からなくてはいけません」 「分かった分かった」 「分かったは一度でいいのです」 「…分かった」 ……やりこめられてしまった。 悪い気分じゃないが、やられっぱなしはシャクだな。 ――となれば、やりかえすまでだ! 「なあ、周防?」 「はい」 こっちを振り返った周防の耳元に、俺はスッと顔を近付けた。 「!!」 (ふふふふふ!! 今度はお前の匂いをかぎまくってやる! どうだ恥ずかしかろー!) 「………」 「………」 「……どうかしましたか?」 「あ、いや、その……」 慌てて顔を引っ込める俺。そしてそれを、平然と見守る周防。 (ま、全く恥ずかしがってくれないとは思わなかった……) (しかも、めっちゃくちゃいい匂いだし……!!) 花の匂いとか、シャンプーの匂いとか、何かに例えられるような匂いじゃない。 世界中のかわいくて柔らかいものが、よってたかって集まって、俺の胸をいっぱいにしたような……そんな気分だった。 (こ、心正しき人はいい匂い、って本当なのか……!? それとも周防はリアルに天使なのか……!?) 自分でも分かるくらいドキドキしている俺を、周防が見つめる。 「どうかしたのですか?」 「そ、その……お前の匂いは、どんなかな、と思って……」 「よかったですか?」 「あ、ああ。すごく」 「そうですか」 そう言うと周防は、ちょっとだけ嬉しそうに笑った。 「なら、もっとくんくんしていいですよ」 「えっ!?」 「はい。減るものではありませんし」 「どうぞ」 すたすたすた。 促しながら周防は、俺のほうへ近付いてくる。 「遠慮することはありません」 「いいんだってばっ、恥ずかしいよっ!」 俺は慌てて教会を出た。 (し、仕返しに恥ずかしがらせるつもりが、俺が恥ずかしがらされてしまうとは……!!) 周防って、ホント変わってるなぁ。 しかしあいつ、この教会に一人で住んでるんだな。 夜中に独りでいて、不安になったりしないんだろうか。 そうでなくても、危なっかしいヤツなのに。 (俺のこと心配してくれるのはいいけど……俺はお前のほうが心配だよ、周防) うちの学園の中庭は、休みの日には一般客にも解放される。 だから休みの日のここに来ると、生徒の代わりに、家族連れやカップルなんかが、いたりするのだ。 (みんな、あれを見に来てるんだろうか) 「…………」 ……俺も、ひと休みしていくか。 そう思って、缶コーヒーを買って、ベンチのほうへ足を向けると。 「………」 周防だ。 ベンチに座って、何をするでもなく、ぼんやりと目の前に視線を投げている。 「………」 「何やってるんだ? 周防」 「わあ」 「驚かさないで下さい」 「全く、驚いたようには見えないが……」 「非常に驚きました。口から心臓が飛び出さんばかりです」 「ドゥガーン」 「? 今のは?」 「心臓が飛び出した音です」 …………。 「……まあいいや。隣、いいか?」 「はい」 「…………」 「おーけーおーけー、今日は何が臭いって言うんだ?」 「それですね」 ひょい、と缶コーヒーを指差す周防。 「かなりの破壊力です」 「こいつか……買ったばかりなんだが」 「相当のものです」 「だが周防。お前も知ってるとおり、臭いものでも旨かったりするんだぞ?」 「はんばーがーのことですか?」 「そうそう。おいしかっただろ? これだって飲んでみれば……」 「はんばーがーは、神に許されし天使の食べ物。一緒にしてはいけません」 「おいおい、ハンバーガーに洗脳されてるぞ、天使」 「…………」 「わ、分かった、分かったよ」 俺は観念して、缶をベンチの足元に置いた。 と、同時に、周防もガスマスクを取った。 「天使がグローバリゼーションの犠牲になってしまうとは……」 「よしなさいって。ところで、何をしてたんだ?」 「ここでですか?」 「ああ、そうさ」 「見ていました」 「見てた?」 「はい」 周防は、ずっと正面に視線をやったままだ。 その先には、落ちてくる花びらを取ろうと、夢中で手を振り回している小さな男の子がいた。 そして、そんな彼をニコニコと眺めている母親。 「………」 そして周防は、そんなふたりを熱心に見つめていたのだった。 「なるほど、そうだったのか」 「…………」 「子供、好きなんだな。さすが天使だ」 「いえ。彼が哀れなので」 「は?」 「あまりにも、彼が哀れなので」 「………?」 どう見ても幸せいっぱいの男の子と、いきなり暴言を吐いた周防の顔を、思わず見比べてしまう。 「ごめん、もう一回言ってくれる?」 「彼が哀れで」 「いやそういうこと言ってんじゃなくて! あの子がどうして哀れなのかって聞いてるの!」 「……今の幼い彼は、一点の汚れもない、美しい心を持っています」 「ですが成長していくということは、この、臭く汚れた世界で生きていくということです」 …とてつもなく極端なことを言いながら周防は、もっともらしく目を伏せた。 「やがて彼も、この世界の汚れをその身に取り込み、染まっていってしまうのでしょう」 「彼の美しき心は、失われていく運命にあるのです」 「次第に、臭く染まっていく彼のことを思うと、哀れで……」 「あのお母さんにそれ言ってみ、助走つけて殴られるから」 「だからせめて私は、そんな彼に、ささやかな祝福を送ることにします」 俺の言葉など聞こえていないように、周防はいつもの祈りのポーズをとった。 「彼の未来が、神とともにありますように」 「彼の匂いが、よい匂いでありますように」 「……? でも周防、それだとお前も、汚れてるってことにはならないか?」 「?」 きょとん。 音がしそうなくらいに目を丸くして、周防は俺を見た。 「何故ですか?」 「だって…お前も、この世界の汚れに触れながら、成長してきたはずじゃないか」 「のーぷろぶれむ」 「私は天使ですから」 ……言うと思った。 「お前なあ、せめてもう少しためらいながら言ってくれよ。本当にお前を『天使』だって思ってる人も、学内には居るかも知れないぞ」 「本物ですよ?」 「小さな頃、両親もそう言っていました」 「は」 両親。 今、両親と言わはりましたか。 「私の両親は信心深く、清く正しい心の持ち主でした。そして、この世が罪深いものであることを知っていました」 「彼らは私を、平和で清浄な山村で育てました。この世の罪と汚れから、私を守るために」 「そうして、天使としての私が誕生したのです」 「…やっぱり人間だったのか」 「いえ、天使です」 「少なくとも私は、そう確信しています」 「…立派な天使に育ってくれて、ご両親も満足だろうな」 「いえ。近頃は、こんな私に引いているようですが……」 「引いてるのかよ!?」 「それはそれ。これはこれ」 「私は紛れもなく天使。英語ではAngelです」 なるほど……周防のお父さんやお母さんも、こいつがここまでハードな方向に成長するとは思ってなかったんだろうな……。 俺の気持ちをよそに、周防はベンチを立って自信たっぷりに言い切る。 「少なくとも私は、この世の汚れに染まらず生きています」 「人は何故か、望むべく以上のものを望み、実現しえぬものを実現させようとしています」 「永遠の命。費えることない富。腐らない食べ物。変えられない運命」 「それが神の与えたもうた試練であると理解せず、神の摂理に抗おうとしてしまう」 「人は気付いていないのです。それこそが、神の嫌う『汚れ』であることに」 「神の摂理に……」 「じゃあ……俺も、汚れてるかもな」 「?」 しゃり、と足元の砂利を鳴らして、周防が振り返る。 春の風に、ケープが揺れていた。 「何故ですか?」 「俺も……この世の摂理を変えたいって思ったこと、あるかも知れない」 「願っても仕方ないことを願って……叶うわけない想いを叶えようとして……」 「桜井さん」 視界が突然真っ暗に! 顔が、なんだかふかふかで柔らかくて、いい匂いのものに包まれている。 「大丈夫です」 「何が!? 何も見えないんだけど死ぬの俺!?」 「大丈夫です。あなたは死にません」 「ほぼ四半世紀前のネタで慰めないで!」 「大丈夫です」 「あ……」 視界が回復すると、俺を間近から見つめる周防の瞳がそこにあった。 こんな瞳に見つめられながら死ねたら『幸せな人生だった』とか納得しながら逝けちゃいそうな瞳だった。 「す…周防……?」 「大丈夫です」 お、俺……周防に抱きしめられていたのか? 「もしあなたが汚れていたのだとしても、それはあなたが捧げた真摯な祈りによって、既に濯がれました」 「未だに罪汚れのある人から、こんなにいい匂いがするはずはありませんから」 「…え……ええ……と……」 何と答えたらいいか分からず、口がアワアワしてしまう。 『そんなことない』と彼女を振り払いたかったが、周防の瞳が、頬に触れる手の……長い手袋越しに感じる体温が、優しすぎて。 「で、でも……お前、俺のことをそんなに知らないだろっ」 「知っています。あなたの匂いも」 「それに、あなたの優しい祈りも」 「あなたは悔い改めたのです。あんなに優しい祈りを持つ人を、神が許さぬはずがありましょうか」 「周防……」 周防、お前は分かってないんだ。俺が何を怖がってるか。 俺が何をしたかも知れないのか。 そして俺が、どんなみっともない想いで『それ』をしようとしたのか。 そう言いたかったが、俺にはできなかった。 それは、周防が俺に注いでくれる、なんだか分からないくらいの愛情を裏切ることになってしまうからだ。 「……いいのかな。そう思っても」 「もし神があなたを許さず、叱るようなことがあるなら……」 「かばってくれるか?」 「いえ」 「一緒に叱られてあげます」 「…分かったよ」 「お前を信じる」 …今はそれでもいいだろう。周防の優しさに、甘えてしまっても。 愛に付き合って『にっき』探しを続けていけば、いずれにせよ分かることなんだから。 誰が、何を、この世界にしたのか。 「あの…ところで、周防」 「なんですか?」 「いや、大体のことは、聞かなくても分かるんだけどさ」 「さっき、俺の顔に押し付けてた、ふわふわしていい匂いのって、もしかして……」 「はい?」 「もちろん私の、むね…」 「……?」 もう一回してくれって頼んだら、何も言わずしてくれそうな勢いだな……ご両親の教育が裏目に出たのか。 もし周防にパンツ見せてくれって言ったら、やっぱり見せてくれるんだろうか? ……いや、言わないけど! 「ううう、寒い……」 まだ四月だもんなぁ、夜は冷えるか……。 …にも関わらず、どうしてこんなところにいるのかというと、心配ごとがあったからだ。 「くそっ、なんであんなこと想像しちゃったんだ俺は……」 (そう言えば周防は、あの教会にひとりで住んでるんだったな) (前も思ったが……周防みたいな子が、あんな場所にひとり暮らしって、あぶないんじゃないか?) 例えば、夜中、ヘンな人に絡まれたとするだろ。 でもあいつは『天使だから』とか謎の自負を持ってるから、助けも呼ばずにイタズラされて……。 「もう寝る時間なのですが、小腹が空きました。天使なので」 「ファミリーマートンへ、夜食を調達しに向かいましょう。天使なので」 「へへっ、うぇっへ、うぇへへへ」 「な、なんなのですか、くさそうなあなたは。天使ですよ」 「び、美少女だぁ。おねがい、ぺろぺろさせてよぉ」 「ダメです。そんなくさいこと。私は天使ですし」 「うぇへへ、関係ないね。さあこっちおいでうぇへ」 「ふふん。天使にそのようなこと、できるわけがありません」 「ん?」 「ずばびびび」 「ん〜? 効かないな〜ぁ」 「うひひぃ。よく分かんないけど、無理矢理ぺろぺろしちゃうぞ〜ぉ」 「うひひ〜ぃ」 「天使なのに〜……」 「な、なんだか可哀想な想像してしまったっ!」 だが、充分にありうる状況だぞ! まさか本当にこんなことになっていたとしたら大変だ……!! 「マズいっ、こうしちゃいられないっ!」 というわけで俺は、取るものも取りあえず、周防の教会までやってきたのだ。 「はぁ、はぁ、はぁ……やっとついたぞっ」 閉まっている正門を迂回して藪の中を進んできたからか、体中、葉っぱまみれ草まみれだ。 俺は服の汚れを払い落としながら、教会の中に入った。 「えーと、棺桶……どこにあったっけ……」 「こんばんは」 「よっこらしょ……っと」 「あらためまして、こんばんは」 「お、起きてたのか……」 「いえす」 「どうしたのですか? こんな夜更けに」 「あ、いや……なんていうかな……」 …ん? 実際、俺、なんでこんなことしてるんだ。 周防が危ない目に遭う想像をしただけで、血相変えて大急ぎで……なんて、どう考えてもアホじゃないか。 超然と立ってる周防を見てると、ゴロツキのひとりふたり、眼力だけで追っ払えそうな気さえしてくるし。 (これじゃ俺、まるで心配性の彼氏じゃないか……俺は周防のなんなんだ、っつの) 「???」 「ご用がないなら、失礼します。神の任務があるのです」 「え、こんな夜中にか?」 その場で忙しなく足踏みをする周防。そのお腹から異音が響いた。 ぐーーーーきゅるるる。 「夜食が必要なのです」 「なっ……夜食!?」 「はい。このお腹を救わなければ」 「いざ、ファミリーマートンへ」 「ダっ、ダメだダメだ! こんな夜中に出歩いて、ヘンなのに絡まれたらどうするんだ!」 「え」 「油断してるとぺろぺろされるぞ! くまなくぺろぺろされてしまうんだぞ!」 「大丈夫ですよ」 「私は天使ですから」 …と言う訳で俺たちは、コンビニを目指して街へやってきた。 (い、いよいよ何やってんだ、俺…) 静まり返った街の中、歩道を行く俺たちの足音が、大きく響いている。 「しかし、中庭にあんな抜け道があるとは思わなかったよ。意外と簡単に出入りできるんだな」 「はい。搬入口近くの扉は、ときどき鍵が開いているのです」 「無用心な……。不審者入り放題じゃないか」 「いえ」 「きっと、天使たる私に、道を開いてくださっているのでしょう」 (やっぱり危なっかしいな、この子は…) 「しかし」 「何だ?」 「あの扉を知らなかったのなら、どうやって中庭に入ってきたのですか?」 「え? あー、そりゃ……」 ご、ごまかそう。頭の上に残った葉っぱを払い落としながら、俺は話題を変えた。 「それよりお前、今の口ぶりだと、何度も夜中に街へ下りてきてるみたいだな」 「はい、しばしば」 「お腹の嘆きを感じたり、スカプーTVの支払いを忘れていたときなどに」 「あの棺桶の中でスカプー見れんの!?」 「…ていうか、深夜のコンビニは、お前の神様的にはどうなんだ? OKなのか?」 「神と協議した結果、ギリOKとの判断でした」 「割と話の分かる神だな……」 「何故ならコンビニは、あの、はんばーがーしょっぷと似た匂いがするからです」 「コンビニに通えば、はんばーがーのような神の食べ物に出会えるかも知れません」 「むふふ」 「世俗に染まってきてるな、天使…」 「でも周防、コンビニが神様的にOKだとしても……ちょっと無防備すぎるんじゃないのか?」 「何がですか?」 「何がって……こんな風に、夜中ひとりで出歩かないほうがいいってことだよ」 「私が天使でもですか?」 「そーです。天使ならなおさら」 「夜中にはな、お前みたいなかわいい子を、ぺろぺろしたいぞーってなヤツが、わんさと出てくるものなんだぞ?」 「ぺろぺろ」 「ぺろぺろとは、なんですか?」 「うっ」 と、遠まわしな表現をしたのがアダになったか。 周防の知識というか、アタマの中身が、生まれたばかりのロボット並に極端なのを忘れていた。 うろたえる俺に、周防は無垢な瞳を向けてくる。 「ぺろぺろとは、忌避すべき行為なのですか?」 「ぺ、ぺろぺろっていうのはだな。その…主に、男女がする……例の行為で……」 「ほう」 「その……気持ちいいっていうか、なんてーか……分かるだろ?」 「ふうむ」 「もしかして、なのですが」 「なんだ?」 「あちらの物陰をご覧下さい」 と、周防が指差す先を、俺も見てみる。 閉まった郵便局と、住宅の谷間だ。 ……そこでは、硬く抱き合った男女が、人目を避けるようにしながら……。 「かわいいよ……A子。かわいすぎて、食べちゃいたいぜ」 「食べて。もっといっぱい食べて。ぺろぺろして」 「………」 「あれが『ぺろぺろ』でしょうか?」 ……俺は、ほとんど無意識に周防の目を覆っていた。 「おーのー。何をするのです」 「見ちゃいけません」 「何故ですか?」 「確かにあれがリアル『ぺろぺろ』だけどっ……周防的には臭いと思うから、見ちゃダメです」 「大丈夫ですよ」 「あれは『ぺろぺろ』などというものではなく、ただの子作りです」 「ご、ごめん! だってお前が、こ、子作りとか、平気な顔して言うから…」 「子作り」 「ご、ごめんごめん! マジでごめん!」 「驚きました」 「俺もお前に驚かされてるよっ」 「その…。子作り、は……お前にとって、汚らわしいことじゃ、ないのか?」 「はい」 俺が飛ばした雫を顔から拭きながら、周防は語る。 「神は言いました。生めよ殖やせよ地に満ちよ、と」 「子を成すことは、神の子たる人の義務、そして権利であり、神聖な行為です。汚らわしいことなどありません」 「だが……アレはきっと、子を成すためにしてるソレじゃないと思うぞ」 「イクぞっ、そろそろイクぞっ……おりゃあっ!」 「きゃはぁあんっ、熱いの入ってくるぅっ!」 「………」 「子を成そうとしているようですよ」 「う、うーん。あれはそういうのとは、ちょっと違うんだが……」 だが……『あれはああいうプレイだと思う』なんて言っても、周防には分かってもらえないよなぁ。 「しかし周防。あれをお前としたがってるヤツがいたとしたら、どうだ? それも、無理矢理にでも!」 「私と?」 「ヤだろ? だから俺は気をつけろって……」 「あなたも、子作りしたいのですか?」 『急ブレーキ』って感じに、固まる俺。 今、この人、なんかとんでもないこと言いませんでした……? 「あ、あの、周防さん……?」 「はい」 「あなたも子作りを、求めているのですか?」 「あなたも、夜中に私のところへ来たので」 「子をもうけたいのかと思いました」 「違うよ、あれはそんなんじゃないっ。ただ俺は、お前のこと…」 「どうぞ」 「へ?」 「どうぞ。子作りがしたいのならば」 「そうなさい」 ……え? 「……マジで?」 「はい」 「マジです」 どーいうことだこれは! どう解釈したらいいんだこの状況は! 俺とシちゃってもいいって言ってるのか周防は!? 周防ってそうなの!? そういうタイプだったの!? 無防備だな無防備だなって思ってたけど。 俺って、こう出られると逆に冷めるというか、いや、冷めるどころか、かなり高まってきてるけど……なんか、こう、違うというか。 いやいや待てよ、もしかして周防は俺のこと……ってパターンも考えられるぞ? 俺だって周防のこと、もしかして……なんて、ほのかに思うし! でも………………。 え、ええいっ! そんなこと…今はいいっ! 今は周防のことだ! 「す、す、周防っ!! お前の気持ちは嬉しいけど、もっと、自分を大事にっ……!!」 …… …………? ………………あれ? 「す、周防さん? どこ消えました?」 くそ、これじゃ路上で独りごと言ってる痛い人だ。 目の前から消えた周防を探して辺りを見回すと……。 「もし、そこのお方」 「は、はい?」 「あちらにいる、男の子が見えるでしょうか」 「は、はい?」 「彼が子作りをしたいそうなのです。手伝ってあげてください」 「は?」 「私も側で見守りましょう。神聖なる行為によって、子をもうけるのです」 「私が応えたいところなのですが、今の私には神の教えを伝える使命があるので……」 「あ、あの…冗談ですか?」 「冗談ではありません」 「じゃあ、宗教か、何か……?」 「いえ、確かに私は神の使徒ですが……」 「し…失礼しますっ!」 たったった……。 「ああ」 「行ってしまいました」 「当たり前だっ!!」 「何やってんだよ周防っ! 変態だと思われるだろっ!!」 「痛いです」 「あ、ごめん…」 「じゃなくて、いきなり何頼んでんだよ!!」 お前がしてくれるんじゃなかったのかよ!! ……という、恥ずかしい肩透かしを食らった俺の感情は置いといて。 「初対面の人にあんなこと頼んで、OKしてもらえるわけないだろっ!」 「しかし、子を成すことは、神の子たる人の義務、そして権利であり、神聖な行為で」 「それでもっ! それでもだな…」 「分かりました」 「おっ、分かってくれたか!?」 「他の、頼みを聞いてくれそうな方に頼みましょう」 別の人のところへ近寄っていこうとする周防の後頭部を、俺は再びどやしつけた。 「違う! 違うんだって!」 「痛いです」 「あ、ごめん……じゃなくって! そうじゃないんだよ!」 まんざら、無防備ってワケでもないな、周防……。 絡まれても、この手を食らったらタマランだろう。 俺は安心したり呆れたりを同時にしながら、周防に説いた。 「いいか周防。お前の神様的にはどうだか知らんが…フツーの世界での子作りってのは、そのへんの人とするもんじゃない。愛し合う者同士で行うもんだ」 「え」 「それに、コドモを作るのでなくても、することだってあるし。愛を確かめ合いたくて、とか…気持ちよくなりたくて、とか……いろいろなんだ」 「………」 「だから初対面でホイホイとか、無理矢理にとか、そういうのはダメなんだよ。愛情が大事なんだ」 「お前だって、突然、俺に押し倒されたりしたら……イヤだろ?」 「…………」 周防は、懸命に話す俺を不思議そうに見ていた。 まるで時間が止まったように、身じろぎもせず。 そして『まさかホントに時間が止まったんだろうか』と疑い始めた頃…ぽつんと呟いた。 「愛」 「…周防?」 「子を成すにも、愛が必要なのでしょうか」 「わ…分かってくれたか?」 「いえ、分かりません」 「でも、子作りというものが、とても複雑なものであることは分かりました」 「ごうこんの儀で愛する相手を求めるように、ただ行えばいいものではないのですね」 「そう…だな。みだりにするものではない」 「そうですか」 周防は納得したように頷き、手を合わせた。 「あなたにもやがて、子作りの相手が見つかるように祈っています」 「だ、だから、俺がお前のとこに来たのは、そういうんじゃなくて……まあ、いいけど」 「とにかく、これからは、あんまり深夜出歩くなよな」 「はい」 「それに、ヘンな人に『子作りさせて』なんて言われても簡単に応じちゃダメだぞ。ちゃんと断るんだぞ」 「はい」 「それに、ありがとうございます」 「え?」 「丁寧に教えてくれて、ありがとうございます。あなたの愛を感じました」 「あなたは、優しい人です」 そういうと周防は、優しい笑顔を向けてくれた。 こんな風に笑ってもらえるなんて、なんて幸せなんだろう、って……そんな風に思ってしまうような、笑顔だった。 「そ…それは、どうも…」 「はい」 「それでは、はんばーがーを買いに行きましょう」 「あ、ああ」 つかつか。先に立って、歩いていく周防。 俺はドギマギしながら、その後を追っていった。 (な…何をドキドキしちゃってんだ、俺は…) 「ふう……。いい陽気だな」 ここって本当、散歩コースにはぴったりだよな。 俺みたいな若いもんが、ヒマを散歩なんかで潰してるってのも問題のような気がするが……。 「まあ、いいや。一休みしていこう」 周防のところにでも顔を出して行こうかな。 いや、あくまでついでだぞ! 散歩のついでに……。 「……ん?」 なんだ? ベンチの裏に、本のようなものが捨ててある。 あられもない女体がテカテカときらめく表紙……湿気でごわごわになった誌面……。 (ま、待てよ。誰かの落としていった参考書か何かかも知れないぞ。表紙がちょっとアレなだけで!) (だとしたら、きちんと中身を読んで、内容を仔細に確認しなければ! 落とし主が困ってるかも知れないしな!) 「いやー、これは大変な仕事だ。まいっちゃったなー(棒読み)」 よし、さっそく本を拾い上げて……。 「お仕事ですか?」 「周防…いつからいたんだ?」 「六秒ほど前からです」 「何を読んでいたのですか?」 「え!? こ、これはだな、その、なんていうか……」 「なんだか臭そうな本ですが」 「ち、違うよ! これは、えーと……」 「そう、下着カタログ! 下着カタログ的なものだよ!」 「てきなもの?」 「そうそう。これはあれだ、デザインの勉強のために読んでるんだ」 「まあ。それは素晴らしいことです」 「私はまた、臭み満点な本を読んでいるのかと」 「ち、違うって! ほら、見てみろよっ」 俺は、比較的穏当なページ――少なくとも、モデルさんが上下に下着をつけてるページを開いて、周防に見せた。 「ほ、ほら。この下着なんか、なかなかかわいいと思わないか?」 「『あなたのために着飾ったエロエロランジェリー☆』」 「なんですか……これは」 「煽り文は読まなくていいの! 女の子の下着がいいだろって話」 「ふうむ」 周防は興味深げに誌面を覗き込み……。 「ふむうむ」 やがて、首を傾げながら、顔を離した。 「ん? どうした?」 (エロ本だと感づかれたか…?) 「はい」 「この方が胸につけている、貝殻状の布はなんだろうと思いまして」 「貝殻?」 モデルさんが貝殻ブラでもつけてるのか? …いや、少々露出度が高いことを除けば、普通のブラだ。 「貝殻なんかじゃないぞ。ただのブラじゃないか」 「ぶら」 「この布は、ぶら、というのですか」 「そ、そりゃそうだろ。ブラだよ」 「胸を保護しているのですか?」 「まあ、そうかな」 「銃弾から?」 「いや、形崩れからだよ」 「……って、周防、さっきから何言ってんだ?」 「何がですか?」 「何が、って。まるで生まれて初めてブラ見る人みたいに……」 …… 「まさか、本当に初めてなんじゃないだろうな?」 「初めてです」 あーーーもーーーー!! いろいろと、現代人としてはヌケてるコだなーと思ってたけどここまでとは! (ブラの存在も知らないとは……どんだけエクストリームな育て方されたんだよっ) 「桜井さん?」 「ま、まあ、それはいいとしよう」 「それじゃ……今は、どうしてるんだ?」 「何がですか?」 「その、制服の下だよ」 「何もつけていませんが何か」 え。ええ……。 俺の目の前で、横にしたサグラダファミリア(世界遺産)みたいに盛り上がってる、周防の服の下は……! 「す、周防…。『私はノーブラです』と言ってみてくれないか」 「わたしはのーぶらです」 「で、ではついでに『私はノーパンです』と…」 「わたしはのーぱっ…」 「でや」 「臭い気配を感じました」 「それに、ぱんつは装着しています」 「そ、そうなのかっ?」 「ぶらのことは知りませんが、ぱんつなら穿いています」 「そうか、よく分かった」 「ぱんつは、大事ですから」 「分かった、分かったよ! ヘンなこと言わせて悪かった」 「しかし、ぶらとは、何のために用いるものなのですか?」 「胸の形を保つため、とかじゃなかったかな。周防のみたいなサグラダおっぱいは人類の財産だから、ブラはつけたほうがいいぞ」 「そうなのですか?」 「でも、邪魔くさそうです」 「だが、ちゃんとブラつけてないと、そのうちサグラダが垂れ下がってかっこ悪くなっちゃうんだぞ」 「かっこわるく……」 周防は自分の胸を、下から軽く持ち上げた。 「なるのですか」 「そうそう。その前に、形態を保全しないと。ユネスコにも登録しないと」 「ふむう。それでは」 周防は胸の前で、すっと手を合わせ―― 「祈りは届きました」 「胸は、かっこ悪さから救われます。我々がその試練を受け入れ、歩むならば……」 「受け入れちゃダーメ」 「第一、そのツイン○ークスがノーブラでブーラブラなんて! お前天使のクセに、無垢な子羊たち(主に男子)を惑わす気か?」 「よく分かりません」 「では、彼らの迷いにも救いを……」 「んもー、どんだけブラつけたくないんだよ」 「だって、邪魔くさそうなんです」 「私は、ぶらを持っていませんし」 うーん、じれったいな……ここはちょっと強引に行くべきか。 「周防、俺と一緒にシンデレラ行こう!」 「え」 「あら、たくみちゃん」 「ど、どうも」 「どすこいにっき、聞きに来た?」 「え、ええ。違いますよ」 「あら? あららら。あなたも隅に置けないわね」 「?」 「なるほどぉ。それで聖ちゃんにブラを買ってあげたいのね?」 「そうなんですよ。すみません、急に」 「いいのよぉん☆ この世のあらゆる美を引き出してあげるのが、私たちの務めだからぁ」 「今、スタッフが見てあげてるからね。少しここで待っててぇ」 「はい、ありがとうございます」 そう…その、はずだ。 確かに周防はかわいいし……と、とにかく、魅力的だ。 でも……。 「桜井さん。お連れ様が試着室でお呼びですよ」 「あっ、はい」 「桜井さん。桜井さん」 「はいはい。ここにいるよ」 「それはよかったです。手伝って欲しいことがありまして」 「おお、いいぞ。なんでも言ってくれ」 「それでは」 「?」 試着室の電灯に、その柔らかそうな体を照らされながら、周防は首を傾げた。 「どうかしましたか?」 「ど、ど、どうかしましたかって……」 言いたい! 山ほど言いたいことがある! なんで丸出しにしてんの!? なんで、それが当然みたいな顔してんの!? そしてなんなのそのおっぱい、すべすべふわっふわで超おいしそうなお餅系の和菓子みたいな雰囲気出しちゃって! 男にそんなもの見せていいと思ってるの!? 俺と周防の仲だからガマンするけど普通の男にそんなおいしそうで肌色なの見せたら食べられちゃうよ!? いやむしろ食べちゃうよ!!? ぐへへ……。 い、いや、いかんいかん。 「どうかしましたか?(11クリックぶり二回目) 「い、いや、なんでもないんだ。そ、それで、なんだ。手伝って欲しいことって」 「先ほど、店員の女性にこのぶらを勧められたのですが、つけ方が分からないのです」 「そ、それは……店員さんに聞けばいいんじゃないか」 「嫌です」 「あの人は、なんだか臭かったので。触って欲しくありません」 「で、でも、だからって、俺にはブラのつけ方なんて……」 「お願いします」 「あなたにしか触って欲しくないです」 「わ、わ……分かったよっ!」 心頭滅却! 心頭滅却! 今から俺が触るのは『お』がつくものでも『つ』がつくものでも『ぱ』がつくものでも『い』がつくものでもない! 「うおおおおおお?」 ヒモに腕を通し、ずっしり重たくてフヨフヨの『それ』をカップに収め、ホックをかける!! 「ありがとうございます」 び、びっくりしたぁ〜! 俺はカーテンを閉め、その場にへたり込んだ。 (む、無知は罪だよ、周防……。言葉の使い方、違うと思うけど) うう…頭の中を、白いもちもちと、ピンク色のぽっちりがグルグル回ってる……。 いかんいかん。 相手の無知につけこむなんて、俺の流儀ではない。 次はびしっと言ってやらなければ。 「ところで、取るときはどうすればいいのでしょう?」 「いい加減にしなさい!」 「周防ー。なあ、周防ー」 「むすむす」 うーん…すっかりご立腹だ。 店を出て以来、ちっとも口をきいてくれず勝手に歩いていく周防に、俺はあたふたと追いすがっていた。 「周防ってばー。機嫌直してくれよー」 「むすむす」 「なあ、周防ってばっ」 「………」 「さっき、割と強めに叩きました」 「だ、だってお前が!」 「天使を、割と強めに叩きました」 「…………」 「…………」 「わ…悪かった」 「…分かればよいのです」 ちょっと偉そうに、胸を反らせる周防。 まだ、そのサグラダファミリアはノーブラだ。 俺が買ってあげたブラ数枚は、周防が手に提げたシンデレラの紙袋の中にあった。 「あなたは、不思議な人です。夜出歩くなと言ったり、邪魔くさいものをつけろと言ったり」 「仕方ないだろ。お前が心配なんだから」 「私は天使ですよ。何を案ずることがあるのです」 「天使でも心配なの! 祈りが通じないような臭い事態だってあるだろっ」 やや意固地になって声をあげる俺に、周防は超然と言い放つ。 「神の愛は、等しく全ての臭さを濯ぎます。全ては、人がそれを受け入れるかどうかです」 「それでも心配なんだよっ」 「何故です」 「お前に何かあって欲しくないからだっ」 「何故ですか?」 「決まってるだろっ! お前のことが……」 「…………」 ……う。 何か大変なことを言いそうになった俺は、周防の表情で思いとどまった。 周防が、見たことのない表情をしていたから。 いつも確信に満ちた周防の瞳が、不思議に頼りないものに見えたんだ。 「……周防?」 「……大丈夫、です」 「少し、驚いただけです」 「私のために、あなたがそんな風に怒っているのを見たら、なんだか……」 「なんだか……」 「…………」 「……なんでしょう」 「い、いや、分からないけど……」 「でもごめん、驚かせたなら謝るよ。俺が悪かった」 「いいんです」 ふるふる。首を横に振る周防。 「あなたの気持ちは、やっぱりよく分かりません」 「う…。そうか」 「分かりませんが……」 「嬉しいです」 驚く俺を前に、周防は軽く一礼すると―― 「ぶら、ありがとうございました」 「嬉しいので、やっぱりこれは大切にします」 少し足早になって、去っていった。 「お、おい、周防っ?」 「今度お友達にも見せてあげます」 「ええっ!? そ、それは困る!!」 たったった……。 「あー……行っちゃった」 ま、まあ……喜んでもらえたのは、よかった。うん。 俺、さっきの言葉に、びっくりするほどドキドキしてるけど……それはともかく、喜んでもらえてよかった。うん。 でも……。 さっきの周防……どうして、あんな顔したんだろう。 「ううっ、うえっく、うえええええ」 「ん?」 教室に入ってくると、ズシーンと湿っぽい空気が満ちていた。 女の子が作った人だかりの真ん中で、誰かがオイオイ泣いているのだ。 「な、なんだ? 何かあったのか?」 「もー、入ってこないでよ。男子には関係ないでしょ」 「そーよそーよ。これは女子の問題なのー」 「関係ないって言っても、そこ、俺の席のそばだし……一体どうしたんだよ?」 「うわぁ!? ほ、堀田さん!?」 女子の輪から飛び出し、俺に泣き付く堀田さん。 涙で溶けたマスカラが作った筋で、顔が特撮ヒーローみたいになってて…その…ぶっちゃけ怖い! 「ち、ちきしょー、桜井ぃぃ。うえええええん」 「ど、ど、どうしたのさ堀田さんってば。泣いてちゃ分かんないよ」 「あのね、桜井君……堀田ちゃん、フラれちゃったんだよ」 「え!? フ…フラれた!?」 「フラれたというより、捨てられた……と言ったほうが近いがな。昨日の夜、一方的にそうなったそうだっ」 「だから我は恋愛などという動物的で非論理的なものにウツツを抜かすなと、あれほど……」 「あれほど…………」 「山田ちゃん……」 「で、でも岡田さん。堀田さんと彼氏って、この間、付き合い始めたばっかりじゃないか。あんなに幸せそうだったのに……」 「う、うん。それがね…」 「わっ!!」 「顔面偏差値低いしメンドくさい女だけど、どうせ遊びだし、暇つぶしで付き合ってるって!」 「そんなことを彼がLIMEで話していたのを、偶然見つけてしまったのだよ」 「そう……か……」 「信じられなかったから、それでもあいつに尽くしたんだ。そうすればそのうち、本当に私のこと好きになってくれるかもって……」 「だから……あいつのしたいようにさせてやったのに……」 「うっ……ううっ……うっく……」 「…………」 ……かける言葉がない。 「勇気出したのに……頑張ったのにっ……えぐっ、ぐずっ……」 「堀田……好きだったんだな……」 「ううん……まだ好きなんだよ……」 そのとき―― 「どうかしたのですか?」 「あ、周防…」 「!!」 「おはよう周防さん……。あのね、堀田ちゃんがね、彼氏に……」 「…………」 「捨……て……」 言葉の意味が分からないのか、周防はしばらく、呆然としていたが……。 「…そうでしたか」 「…では、堀田さんが救われるよう祈らなければ。祈りはきっと神に届き、あなたを救い――」 「……ウソツキ」 「え」 慌てて周防をかばう俺たち。 堀田さんが、祈ろうと構えていた周防の手を払ったんだ。 さっきまで悲しみに満ちていた堀田さんの目には……今は怒りがあった。 「そんなことしたって救われない……」 「神様に祈ったって私、救われなかったもん!」 「……堀田さん」 「自分のブサイクも受け入れて! リア充の子たちに笑われてもガマンして! 勇気出して愛を探しに行ったよ!」 「愛を与えれば、あなたも愛をもらえるって周防さんは言ったじゃない、だから精一杯あの人のこと愛したよ!」 「でも愛されなかった! 救われなかった! 傷ついただけだったっ!!」 「…………」 (周防……) 周防の目が戸惑ってる……。 ちょうどこの間、ふたりで買い物したときみたいに。 まるで何かなくし物をしたみたいに、怒られている子供みたいに……周防の目は、ふわふわと泳いでいた。 「で、でも……」 「でもまだ、必ず出会いはあります。きっとこれは、より良い出会いへあなたを導く神の思し召しです」 「これも神の試練と受け入れれば、新たな出会いがあなたに救いを……」 「あの人にみんなあげたんだもんっ、あの人じゃなきゃ意味ないんだよっ! あの人じゃなきゃ……」 「これが試練なら……周防さんの神様、最悪だよ……」 「…………」 「返してっ……あの人返してよっ……」 「うくっ……ぐすっ……うううっ……」 「………………」 「堀田ちゃん、そんなこと言っちゃ周防さんが……」 「そうだ堀田、周防氏は我々を勇気付けるために……」 「ぐすっ、ぐすっ……」 「…………」 「……周防、大丈夫か?」 「…………」 「周防?」 な、なんか、ヘンな顔して固まってる? 凍り付いてしまったようにも、寝起きでポカーンとしているようにも見える、不思議な表情。 こんな周防の表情、初めて見るような気がする……。 「桜井さん。堀田さんがお付き合いしていた人の名前は分かりますか」 「え?」 「どこへ行けば会えますか」 「え??」 「周防ーっ!! ちょっと待てお前ーっ!!」 矢のように飛び出した周防が向かったのは、堀田さんの元カレがバイトしているらしいカラオケ屋。 なんで教えちゃうんだよ岡田さん! 俺たちが追いついたとき、周防は堀田さんの元カレ氏と店の外で向かい合っていた。 「…………」 「な…なんだよ。俺に……なんか用?」 「す、周防っ? 何する気だっ?」 「そうだよ周防さん、あっちょんにヘンなことしちゃダメっ…」 「……あっちょん?」 「…愛称かな?」 「堀田!? この女、なんなんだよっ」 「!?」 「あなたはくさい! 激くさ人間です!!」 「す、周防ー!? 何やってんだ!?」 「ま、まさか…。周防氏が……」 「ちょ、す、周防さんーー!!?」 周防、堀田のためにこんなに……。 「な、な、何すんだこのガキっ、やめろよ、やーめーろって!!」 「そうだ周防氏、話せば分かる! まずは対話と外交で平和的かつWINWINな解決をにょにょにょ」 「そうだよぉ周防さんっ、落ち着いて〜!!」 「す、周防さんっ……」 「ちっくしょー!! なんなんだコイツ!」 「堀田っ。お前って女は、友達までメンドクセーな!!」 「あ、あっちょん……」 「こっちは遊びだったのに、お前は本気過ぎてメンドクセーんだよ! だからフッたのが、分かってないみてーだな!」 「!!」 「ぎゃあああー!!?」 「やめろーっ!! お前らもよせっ! こんなクズにこれ以上やっても同レベルに落ちるだけだぞっ!」 「てめぇ!? 誰がクズだ!!」 「桜井さっ……」 「もういい……」 「周防さん、もういいのっ……」 「え」 「もういいっ、いいの周防さんっ!!」 現場のカオスが、水を打ったように消えてなくなる。 広がった沈黙の中心には……静かに涙を拭いている、堀田さんがいた。 「堀田…さん」 「ありがと、周防さん。桜井。それにみんなも…」 「私のために怒ってくれて……嬉しかったよ」 「でも…もういいの」 「堀田さん?」 「…………」 呆然と彼女を見守る俺たちの横を行き過ぎ、あっちょんの前に立つ堀田さん。 ボロボロになったエプロンをぶら下げたあっちょんに堀田さんは、静かな声で言った。 「私……子供でした」 「堀田……?」 「でも……あっちょんのこと、大好きでした」 「ううん、きっと……今でも好きです」 「…………」 「でも、忘れます」 「ふとした拍子に、思い出しちゃっても……いい思い出だったなって、考えるようにします。メソメソしません」 「だから……」 「さようなら」 「ありがとうございました」 「…………」 「……行こう、みんな」 「あ、ああ…」 「うん…」 「そうだな。…行こう、周防」 「でも……」 「いいんだよ、周防。さあ行こう」 「…………」 俺に手を引かれ、周防もその場を去る。 そんな俺たちのことを……いや、堀田さんのことを。 あっちょんは、グダグダになったエプロンも直さないまま見つめていた。 「な…なあ、堀田っ」 「なんですか?」 「い、いや……」 「なんでも…ねーよ」 そうして俺たちは、堀田さんが好きだった男を置いて、その場を後にした。 「えーと……ばっきゃろー」 女の子のストレス解消と言えばやけ食い……ということで、やってきたのはいつものバーガーショップ。 店の一角を借りての大騒ぎは、面子をじわじわ増やしつつ、もう日暮れまで及んでいた。 「私、ホントに子供だったよ。あんなのにひっかかっちゃうなんて……」 「でも初恋ってそんなもんだよな!? 叶わないもんなんだよな!?」 「うんうん、そうだよ。そういうもんだよ。次はきっと、もっといい恋ができると思うよ!」 「うむ! この経験が生かされれば、次にゲットできる彼氏が更に良質なものであることは理論的には保障されている! うむ!」 「そうだよな、そうだよなっ」 「見てろよ、もっと素敵な恋して、かわいくなってっ……」 「うぐっ、うぐっ、うええええ」 それにしても心配なのは、周防のことだ。 俺は自分の頬から湿布を剥がしながら、隣の周防のほうを見やった。 周防は、さっきからひとことも口をきいていない。 ずっと、自分の手元を見つめながら、ボーッとしていた。 昼間の、ネズミ花火に突然火がついたような怒りが収まった後からだ。 「どうした周防、食べないのか? ハンバーガー大好きだろ」 「…………」 「周防? す・お・う」 「…………」 「周防ってば」 ちっちゃな鼻を摘まんでやる。 「あはは。びっくりした?」 「びっくりしていません」 「ちょっと驚いただけです」 「それをびっくりしたって言うんだよ」 「驚いただけです」 「ははは…。どうしたんだ、意地張っちゃって」 「…別に…」 もがもがもが。 目の前のハンバーガーを、口に詰め込む周防。 「なんれもないれふ」 「ほら、また口がソースまみれになってるぞ。そんなに焦って食べるなよ」 「なんれもないのれふ」 「ほら、じっとしてな。拭くから」 「むぐう」 「ところで……」 「むぐ?」 「さっきはありがとうな。堀田さんや……後、俺のためにも怒ってくれて」 「びっくりしたよ。周防にあんな一面があるなんて知らなかったから」 「でも、もうあんな無茶はするなよ。やり返されたら危ないだろ」 「あ、あれは……その……」 いじけたような声を出し、また、ふにょふにょと視線を泳がせる周防。 椅子の上でクルッと体を回し、そっぽを向いてしまう。 「…私も…知りません…」 「??」 …本当にどうしたんだ? 周防…。 俺は、ちょっとためらった後……テーブルの上で冷たくなっていた周防の手を握った。 「大丈夫だぞ、周防」 「……桜井さん?」 「なんでも言ってくれよ。さっき助けてくれたお礼だ」 「俺にできることなら、なんでもするからさ」 「…………」 ちろ、と、こっちに視線を送ってくれる周防。 その潤んだ目は朝と同じで、どこか頼りなくて……。 いつもの『天使』じゃなくて、普通の女の子みたいに見えた。 「な、なんだ? 周防」 「桜井さん」 「う、うん」 「今夜、この会が終わったら……」 「私のところに、泊まりに来てくれませんか」 ……き、きのせいかなあ。 ぼく、いま、わかいじょせいが、みだりにいってはいけないことばを、きいたきがするよ。 「くぉらぁー! 人の失恋パーティで、何リア充感出してんだ、桜井ぃ!!」 「わぁっ!?」 「ほら周防さん、周防さんもこっち来て弾けようぜっ」 「さ、一緒に叫んでっ」 「…………」 「だからなんで、俺のほう見て言うんだよ!?」 その後も夜遅くまで失恋パーティは続いたが、周防はずっと黙ったままだった。 やっぱり……さっき聞いた言葉は、気のせいだったんだろうか。 「お茶をどうぞ」 「あ、ああ」 「呼び立てしてしまって、申し訳ありません」 「もしかしたら、長くかかることかも知れないと思ったので」 「い、い、いいんだよ。全然OK。おーけー」 き、気のせいじゃなかった……!! カップと皿を震える手で保持しながら、俺は、隣で神妙な顔をしている周防を見やった。 「…………」 (な、なんということだ……。失恋パーティが終わった直後に、周防ん家にお泊まりとは……) 落ち着け……落ち着け……。 どうせ周防のことだ。男を家に泊めることの意味なんて、からっきし分かってないに決まってる。 意識することなんて何もないんだ。 そうさ。今まで、どんだけ似たような非常識ステートメントを投げかけられてきたと思ってるんだ? (じたばたするのは止そう…。いい加減、周防の非常識には慣れたよ、慣れた) 「桜井さん」 「その……聞きたいことがあるのです」 ……ま、そうだよな。そういう色気のない話だよな。 「いいよ。何が聞きたいんだ?」 「は、はい」 「その……」 …うぬう。またモジモジしてるな。 「やっぱりいいです」 「……すーおう? はっきりしないなら俺、帰っちゃうぞ?」 「分かった分かった、どこへも行かないよ」 「だから正直に話してくれ。何を気にしてるんだ?」 「ううう」 「で、では……伺いますが……」 周防は、それでも何度もためらいながら……ぽつりと言った。 「ずっと…堀田さんが言ったことが気になっていて」 「堀田が言ったこと?」 「朝、堀田さんは言いました。私がウソツキで、神様は何も救ってくれない」 「祈ったって救われない、意味なんてない……と」 「そう…だったな」 「事実なのでしょうか」 「神は、私たちを救ってくれないのでしょうか」 「う、う〜ん? それは、個人の宗教観によることで、俺が立ち入るようなことでは……」 …って、そういう話じゃないか。 「あんな話、気にすることないよ。堀田さんだって本気で言ったんじゃないし」 「でも、堀田さんは、あんなに悲しそうでした」 「神は何故、あんなに悲しそうな彼女を救わなかったのでしょうか」 「そ、それは……そうだな」 「堀田さんを捨てるような男との別れ、悲しむ必要はないと思っていました。そんな臭い男と別れさせたのはむしろ、神の思し召しと言っていいと」 「なのに堀田さんは、とても悲しそうで……」 「そんな堀田さんの匂いをかいだら、私も……」 「…………」 俺の腕を抱きながら、沈痛にうつむく周防。 昼間、あっちょん(愛称)とハルマゲドンを発動していた彼女とは別人のようだ。 「あのとき私は、ふと気付けばあの男の前にいて……最終戦争を起こしていました」 「あんなことは、天使として目覚めて以来初めてでした」 「憤怒の罪に身を浸すなど、天使としてあってはならないことなのに。神が全てを救うなら、あんな悲しみ許してはおかないはずです」 「それを考えたら……」 「堀田さんの言ったことも……」 「その……」 「………」 「…周防?」 「いえいえ、やっぱり認められません。私は何を考えているのでしょう」 そう言って頭を左右に振りたてる周防。 密着してるから、髪が俺に当たる当たる! 「わ、分かった分かった! それじゃあ俺は、もう帰っていいのか!?」 「…………」 と、また黙り込んでしまう周防。 俺の腕を抱きこんだまま、むくれたように黙り込む周防は、また子供みたいに見えていた。 堀田さんが感じた失恋の痛み。 神様だって救ってくれないそういう痛みのことが、周防にはきっと分からないんだ。 (それがきっと、怖いんだな……周防……) 「桜井さんは……どう思いますか?」 「そう……だな」 「周防は、誰かを好きになったことあるか?」 「え?」 突然の質問に、豆鉄砲直撃の顔になる周防。 「全ての人を、天使として愛していますが」 「いや、そういうんじゃなくて。誰かひとりを特別に……とか、そういうことはあった?」 「あなたのことは、特別に思っていますが」 「いやいや、そういうんでもなくて……」 …やっぱり周防、恋愛のことはよく分かってないんだな。 もっと、噛み砕いて話さないとダメか…。 「じゃあ例えば……周防に、自分の命より大事な人がいたとする。心から愛する相手が」 「命より…?」 「もし、そんな人が……自分から離れて行ってしまったら、周防はどうする?」 「……分かりません……」 「でも、きっと神がその悲しみから救ってくださいます」 「いや……そういうとき神様って、何もしてくれないんだ」 周防の顔から、すーっと血の気が引く。 迷子みたいに目をきょろきょろさせながら、彼女は大慌てでまくし立てた。 「そんな」 「そ、それは、その……」 「俺も……経験、あるからだよ」 「桜井さん…?」 …本当は話したくなかった。恥ずかしいし、キツいから。 でも周防はこんなに怖がってる。きちんと話してやるべきだと思った。 「どうしても欲しいものがあって……」 「それなしじゃ、一秒だって生きられそうになくて……」 「けど、どれだけ願っても、もがいても手に入らない」 「そんなことがあったから」 それは正確には、俺じゃなくて……日記に書いてあった男の話だ。 けど、周防と話しながら……不思議と、実感として、俺は語っていた。 自嘲気味に言う俺を、周防はジッと見つめていた。 その目には、今にもこぼれそうなくらいの涙がたまって、プルプルしていた。 周防は、それが流れ落ちないよう、静かに…静かに、呟いた。 「ひどいです」 「神が、そんな痛みを助けないなんて。何かの間違いです」 「周防……」 「あなたはいつも、あんなに祈っているのに」 「何故、神はあなたを助けないのですか?」 「き、気にするなよ。神様も忙しいんだよ。俺、神様に助けてもらえるほどいい人じゃないしさ」 「それに神様じゃ、どうしたってあの人の代わりにはならないから」 「…………」 「す、周防!? なんだよ!?」 「あなたの側には、私がいるのです。そんな悲しみ、成敗します!」 ……もしゃもしゃもしゃ。 俺の頭を、周防の手のひらが高速で行き来する。 「……バカにしているのかね」 「天使はあなたをバカになどしません」 「では、これならどうです?」 「く、苦しい! 苦しいよ周防!」 「癒されませんか」 「癒されません! 苦しいだけです!」 「癒されてください」 「無茶言うな!」 「す、周防、もういいだろっ。俺のことはほっといてくれっ」 「ダメですっ。あなたは救われなくてはなりません」 「別にいいよっ! 自分で乗り越えるってっ!」 俺が声をあげると、周防の力がようやく緩んだ。 俺は周防のちっちゃな肩を押して彼女を引き離すと……声を張り上げないよう、静かに言った。 「俺は……神様の力を証明するための実験台じゃないぞっ」 「じゃあ何なんだよっ」 「私はあなたに、救われて欲しいんですっ」 そういうと周防は、俺に飛びつき―― 「!!!!!!!!!」 「じっとしていてください……少しの間」 「ん〜〜〜〜っ……」 むにゅっ……と、お菓子よりも柔らかいものが俺の唇に触れ、包んでいる。 いい匂いで胸がいっぱいになって、鼻にもプニュッとしたものが触れて……。 周防にキスされたんだって気付いたのは、周防が、顔を離した後だった。 生まれて初めて感じる……あの人以外の、唇の感触だった。 「これなら……どうですか」 「お、お前……何したのか分かってんのか!?」 「分かっています」 「その……」 「キスを、しました」 「そ、そういうこと言ってるんじゃっ……」 「こういうことは、愛し合う特別な人としろって……この間、そう言っただろ!?」 「では……私はどうすればよいのですか」 「え?」 「私は天使なんです。なのにあなたを、救ってあげられないなんて。どうすればいいのですか」 「私は、大切なあなたを救いたいだけです」 「たい…せつ……」 「あなたは、いつでも私を案じてくれます」 「だからあなたには、悲しい夢なんて見て欲しくないんです」 周防の言ってることは、よく分からなかった。 天使の理屈なんて、しょぼくれた一般人の俺には分からない。 でも、俺の胸元で顔を伏せた周防は。 とても辛そうで。 悲しそうで。 俺の背中に回った腕は、切ないくらい震えていて…。 「す、周防……」 「もし、神がお忙しくてあなたを救えないのなら、私だけででもあなたを救います。きっとそのくらい、神も許してくださるでしょう」 「だからもう、悲しまないで」 「私は、どうすればあなたを救えますか?」 「ダメだっ……ダメだよ、周防っ」 「ダメなことなどありません」 「確かに私や神では、その人の代わりにならないのかも知れませんが」 「少しでもあなたの悲しみが消えるなら、なんでも私にさせてください」 「ダメだよっ…ダメだってばっ……」 「いいんです」 「あなたを救えるなら……いいんです」 そう言って周防は、俺の頬に触れた。 「また……キスします」 「んっ…………」 「いいん……だな。周防」 「はい」 通された、周防の部屋の中。 そこらへ無造作に置かれた棺おけをチラチラ見ながら尋ねると、周防はむしろ、清々しげに答えた。 「いいですよ。子作りですよね」 「あ、あのな。周防……」 「いいんです」 「この間、あなたに聞いた話、よく覚えています」 「俺の話?」 「あなたは教えてくれました。子作りは、愛し合う者とするのだと。そして、互いが愛し合うためにすることもあるのだと」 「私は、あなたとなら愛し合いたいと思っています」 「……そ、そうか」 ……およそ、気持ちの確認ができたとは言い難い答えだ。 (半分も分かってないだろうなぁ……こういうことをする、意味) でも、ためらっていても仕方ない。『俺のために』っていう周防の気持ちを無碍にしたくないし……。 そして何より、この状況で、俺自身の気持ちが抑えられなくなっていた。 「……周防っ」 ぎゅっ……。 周防のカラダを後ろから抱きしめる。 「……んっ」 ち、ちっちゃい……そして……柔らかい。 胸の中にすっぽりと納まってしまう、女の子のカラダだ。 こうして彼女の体温を味わっているだけでも、じんわりと心の中に優しさが広がっていくような気がした。 「温かいです」 「…俺もだよ」 「もっと、好きなことをしていいですよ」 「胸とかはいかがですか?」 「ポテトも一緒にいかがですかみたいに言うなっ! ……いいのか?」 「はい」 「お好きなようにどうぞ。あなたのためになれているようなので、嬉しいです」 「そ…そうか」 じゃ、じゃあ、遠慮なく……。 本来触ってはいけない、女の子の大事な場所に触る……その緊張感でプルプルしている手を、ゆっくりと伸ばす。 そして彼女の双丘を、下からポヨンと支えた。 「うわっ……」 「どうですか?」 「お、重くて、柔らかくて……すごいよ。これが周防の……」 「そうですか。それは素晴らしい」 「男性は、本当にこれが好きなのですね」 「特に、周防のこれは大好きだよ。形も重さも…最高」 「そう……でしょうか」 何故か、少しだけ、恥ずかしそうに顔を伏せる周防。 「どうしてでしょうか。あなたに好きと言ってもらうと、とても嬉しいです」 「買ってもらった、ぶらのおかげで、形がよいのでしょうか」 「そ、それなら俺も、嬉しいけど」 「その……直接触ってもいいか?」 「いいですよ」 「貸しますから、あなたのお好きなようにしてください」 ぐっと来るような、来ないような表現だな……。 状況とは裏腹、マネキンのように無抵抗な周防のおなかへ手を回し、服の紐をほどいていく……。 「どうかしましたか?」 「え? あ、いや……」 マ、マネキンじゃない……マネキンに、こんな素晴らしいものがついてるはずがない。 「いかがですか?」 「あ、ああ、すごいよ」 「それは、癒されるという意味ですか?」 「そう、かな? 多分……」 た、確かに癒されるよ、周防。 手の中で柔らかく形を変える周防のピンク色は、モミモミ触っているだけで凄い癒しがあった。 重たくて弾力のあるそれは、ふにょっ、ふにょっ、と手から逃げていく。 (……癒されてる場合じゃない!) 「ん……」 「あっ…大丈夫か? 痛かったか?」 「いいえ、ちょっと苦しかったのです」 「もみもみは、あなたに救いを与えてくれそうですか」 「あ、ああ。すごく救われてるよ」 「そうですか」 「それなら、早く言ってもらうべきでした。あなたのためになるなら、いくらでも、もみもみさせてあげたのですが」 「ホントか? こんなモミモミは、まだ序の口だぞ」 「ふむう」 「では、本格的もみもみをどうぞ。ただの授乳器官なのですから、気兼ねすることはありません」 「そ、それじゃあ…いくぞっ」 痛くしないよう、力を入れないようにしながら―― 俺は周防のおっぱいを、すべすべと撫で回し始めた。 「あっ……?」 撫でたり……先端に向かって絞ったり……月明かりの中で幻想的な色合いを帯びた乳輪をなぞったり。 手のひらで、なめ回すようにしつこく、甘ったるく。 敏感そうなところを探しながら俺は、周防のおっぱいを余すところなく『なめ』回した。 「んっ……くっ……。はぁ……はぁ……」 「どうした? 周防」 「な、なんでも、ありません」 「くすぐったいのでしょうか。胸が、もやもやします」 「いいよ。そのまま感じて」 「し、しかし」 「いいのっ」 今度は……もっと敏感なトコを『なめ』てみよう。 その感触を待ち焦がれてムズムズしている手を、既に硬くなり始めていた乳房の先端へ伸ばす。 つやつやプニプニとした、硬いグミみたいな乳首を、俺は指の腹で優しく掻いてあげた。 「ふぁ」 「あ、んっ……んくっ……」 「ど、どうしたのでしょうか……そこは、とてもっ……」 「とても、もやもや、むずむずします。……んっ!」 「嬉しいな。もっとモヤモヤしていいよ」 「で、でも……ぅうんっ」 周防……こういう時、こんな声出すんだ。 かわいい声をもっと聞きたくて、俺はもっと周防をいじめる。 張り詰めた乳輪を、レコードの針みたいに指でなぞったり。 いじましく膨らんだ乳首を、くりくりと転がしてあげたり。 押しつぶすみたいにムギューッと摘まんであげると、周防は一番悦んでくれた。 「あ! あーっ……」 「さ、桜井、さんっ……強くしないで、くださいっ」 「もやもやが、もやもやが、強くなってっ……いけませんっ」 「ああああっ!!」 かくんっ。周防のヒザから力が一瞬抜けて、まあるいお尻が俺の股間に押し付けられた。 「あっ、ぁっ……桜井、さんっ…」 「これは一体っ、何をしているのっ、ですかっ……? あぅんっ……」 (周防……乳首でこんなに感じちゃって、かわいいな……) 「安心していいよ、もっと感じてっ。もっと声出してっ」 「ふぁあっ、あっ! ダメです、恥ずかし……ひゃああっ!?」 おっぱいを鷲づかみにし、周防を力強く抱き寄せる。 柔らかな周防に上半身も下半身も密着すると、愛しさが胸の奥から湧き上がってくるみたいだった。 その愛しさに任せ、天使の真っ白な首筋に、噛み付くみたいなキスの雨を降らせる。 手のひらでは、むさぼるみたいに乳房をこね回しながら。 「周防っ……。周防っ……!」 「ひゃあぁあ! 食べちゃダメです。そんな……っ」 「じゃあ、なめちゃうよ。ぺろぺろ……」 「ひゃぅうう! ん、んっ、んうぅっ……ぺろぺろもダメですっ……」 「こんなの私っ……あっ、あ、んっ……私っ」 腕の中の周防が、俺の指の動きにあわせて紅潮したカラダを波打たせる。 きっと朝の怒り同様、未知の感覚なんだろう。 オーバーロードした不安と快感が、光る汗になって彼女の全身を濡らしていた。 俺はもう、そんな周防を大事にしたくて、優しくしたくて、気持ちよくしてあげたくて……。 とにかくもう無茶苦茶で、夢中で彼女を抱きしめた。 「大丈夫だよ周防。感じるままにすればいいんだっ」 「周防が気持ちよくなってくれてたら、俺、すごく嬉しいから。それに身を任せて」 「き、気持ちいい? はぁっ…はぁっ……これは、私の知ってる『気持ちいい』と、違いますっ」 「この気持ちいいはヘンですっ。朝みたいにっ…んふっ、くふぅっ…朝みたいに、私をおかしくしますっ。臭い『気持ちいい』ですっ」 「いいんだっ。子作りで愛し合うときは、この『気持ちいい』で正解なんだよっ」 「はぁっ、はぁっ……せ、正解?」 「きもちいい…こづくり……。きもちいい……正解っ……」 熱っぽい、うわ言みたいな呟きが、神様の家の空気を湿らせる。 俺はそんな周防の下腹部、彼女の一番熱くてピンク色な場所に手を伸ばした。 「あっ!?」 「ダ、ダメですぅ!! そこは大事っ、神聖なところですっ!」 「神聖でっ、不浄でっ……とにかく大事だからっ、ダメなのですぅっ!!」 「周防っ……。俺を信じてっ」 「っ!!」 「絶対、周防を傷つけたりしない。だからっ……」 「桜井さん……」 周防は荒い息をつきながら、乳房に添えられていた俺の手をとった。 そしてそれを、房と房の間でギューッと抱きしめた。 「なんとなく……知っています。ここは子作りに、重要なのですよね」 「…うん。そうなんだ」 「…………」 「……信じます。あなただから」 「目をつむっていますから……お好きにどうぞ」 「……周防っ!!」 ぐちゅっ……。 周防の粘膜に思い切って触れる。 その瞬間、また、周防のヒザから力が抜けた。 「うっ、んっ……!? くふぅうんっっ!!」 (すごい……。もうグチョグチョだ、周防の……) 周防の中心から零れ出した天使の愛液は、ぷにっぷにのワレメの間から溢れて、太ももまでヌルヌルにしていた。 ぷっくり膨らんだ粘膜の花びらは、もうすっかり開ききっていて、その中は愛液でタプタプ。 ワレメの中に指を沿わせると……ぐちょり、と温かなぬかるみの中に分け入ったような感触があった。 「あ、あっ、ああっ……。触ってますっ、そんなところに人が触ってるっ……ああっ! それに動いてますぅっ!!」 「夢を見ているようですっ。あなたの手が、私のそんなところをっ…! あぁっ、くちゅくちゅしてるっ、やぁあっっ!!」 「そうだよ周防、お前の大事なところに触ってるんだっ」 濡れてツヤツヤ光る桃色の粘膜の花びらに、俺は二本の指でイタズラした。 花びらの中をくすぐったり、花びらをこね回したりしてあげると、周防のカラダがキュッキュッと硬くなって、俺に押し付けられたお尻がムズムズ揺れる。 俺の腕の中でそんな風になる周防が嬉しくて、愛しくて……ついつい行為に夢中になってしまう。 「ふあっ、あっ、あぁっ! ダメぇえっ! お、お、おまたの奥がっ、ぴくんっ、て…ぴくんっ、て…してっ……やぁああっっ」 「ダメですぅっ、こんなにしちゃっ……あっ、あっ、あっ、ダメぇえっっ」 「ここ好き? 周防、とっても気持ちよさそうだよ」 「わっ、分かりませんっ。知りませぇんっ」 「いけないことですっ。臭いですっ。天使がこんなっ…はぁっ、はぁっ……こんなところで気持ちいい、なんてぇっ」 「くさくなんてないよ。気持ちよさそうな周防、すごくかわいい……俺は好き」 「〜〜〜っっ!! やだっ、やですっ」 きゅんっ、きゅんっ。 ぬかるんだ花びらの中で、周防の中心へ通じる膣口が恥ずかしそうに収縮する。 (好きって言われると、カラダも感じちゃうのかな。周防は……) 俺は周防を抱きしめなおし、カラダ中を撫でさすりながら、花びらに埋まった指をしつこく前後させる。 手を大きく使い、花びらの中をこそばしながら手のひらでクリトリスにもイタズラできるようにすると、周防は、教会の中にも響きそうな声をあげた。 「だめぇっ。あなただからっ、してっ、いい、ってっ、言ったのにっ」 「いじめてるんじゃないよっ。エッチな周防が好きだから……もっと見たいんだっ」 長く、だらしなく伸びる周防の声。 カラダにはもう力が入らないのか、俺の腕に上半身が寄りかかった状態になっていた。 手首まで愛液でビチャビチャにしながら、それでもクリとワレメへの愛撫を続けていると……やがて周防に変化が訪れた。 「あ! あっ!? どっ、どうしましょうっ。なんだかっ、不思議な感じがっっ」 「ずくん、ずくんって、疼いてっ…! あああっ、私壊れてしまうのですかっ!?」 「周防っ…。力抜いて、その感じに任せてっ。一番気持ちよくなるところだからっ」 「あっ、ああっ、ウソぉっ! もっと気持ちいいなんてっ!! ダメです、そんなの絶対臭いですっ、汚れていますっ!」 「ああああっ!! 桜井さぁあんっ!!」 「周防っ……!!」 俺は周防を一層強く抱きしめながら、ぎゅーっとクリを摘み上げ……。 「ひっ……」 俺の手から離れ、倒れてしまいそうなほどに周防はカラダを波打たせ……。 やがて……静かになった。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 「大丈夫か? 周防……」 「はぁっ……はぁっ……」 「…むぐう」 (あ、大丈夫そうだ) 「今のは、なんなのですか…? 病気になってしまったのかと思いました」 「病気じゃないよ。女の子のカラダは、一番気持ちよくなると、ああなるんだ」 「天使もですか?」 「ああ、天使も」 「……臭いです」 周防は自分の鼻をふさぐみたいに、俺の胸元に顔を埋めた。 「子作りが、かように臭いものだとは」 「ご、ごめん……。さっきから、周防に臭い感情を持ってたかも知れない」 「いいです」 「え?」 「あなたが臭いのは、なんだか、その」 「嫌いではないというか、その……」 「むぐう」 「周防……」 裸のまま俺の胸に顔を埋め、小声でごにょごにょ呟く周防。 そんな彼女に触れていると、抱きしめていると……。 あの人のために抑えていた周防への気持ちが、ダムが決壊したみたいに溢れてくるようで……。 「周防……もっと臭いこと、していい?」 「まだ、先があるのですね」 何かを予感しているのか、周防は、汗ばんだおなかに右手で触れた。 「あなたは、それで救われますか?」 「とっても救われる」 「…いや、救われなくても、周防としたい」 「…………」 「いいですよ」 「…周防。俺のためなら、無理しなくてもいいんだぞ。ここからは、痛いこともあるし……」 「…違います」 「え?」 「あなたになら……して欲しいんです」 「はぁっ……はぁっ……」 シーツが、周防の汗で濡れている。 窓から差す月光に照らされた周防のカラダは、こんな子がホントに天使だったら困るだろ、ってくらいエッチだった。 「準備……できましたか?」 「ああ、そろそろ大丈夫だよ」 周防の中をたっぷりほぐしたせいで、ふやけたみたいになっている人差し指を拭きながら、俺は答えた。 「それでもちょっと痛いかも知れないけど…少しだけ、ガマンして欲しい」 「やむを得ません」 「そんな気持ち悪いものを入れるというのですから。天使でも少しは痛いでしょう」 俺の股間でにょっきりと反り返ったものをチラチラ見つつ、周防は少しかすれた声で言った。 「……くさそう」 「う、うん。多分ホントに臭い……」 「…………」 「は、始めましょう。人間にできることですから、天使にもきっとできます」 「…ありがとう」 裸で、裸の天使に覆いかぶさる。周防は自然に、俺の背中に手を回してくれた。 俺の先端と、周防の小さな膣口がクチュッと音を立てて合わさると、周防は細い声をあげた。 「んっ……」 「…いくよ、周防っ」 ぐいっ……。 思い切って腰を沈める。 「ん、あ……っ」 「うあああっ!」 ずぶぶっ……痛いくらい膨れ上がった俺のものが、周防の中へ飲み込まれていく。 自分の内側が僅かに引き裂かれる痛みに、周防は俺の背中に爪を立てた。 「い、痛……痛いですッ…!」 「少しではありませんっ、凄くっ………痛いですぅっ!!」 「す、周防っ……」 「ばかっ、ばかっ、ひどいですっ! やっぱりこんな臭いこと、すべきではありませんでしたっっ……」 「周防っ!」 「なんですかっ?」 「俺……周防のこと、好きなんだっ」 「……え……」 どくん…どくん……。 脈打つ周防の鼓動が、彼女の粘膜を通して直接感じられる。 熱くて……緊張してるのか、ぎっちぎちに締め付けてきて……。 まるで、目を丸くして俺を見上げる周防の、心の中そのものみたいだった。 「よく……分かりません」 「私ひとりを、特別に愛している、ということですか……? さっき、教えてくれたように……」 「うん。周防ひとりだけを、特別に愛してる」 「恋人として、愛し合いたいんだ」 「!! こい、びと……」 「お前にはよく分からないかも知れない。こういう気持ち……」 「でも、お前がよく分からなくても……俺はお前が好きなんだ」 「桜井さん…」 「だから……お前と最後までさせてくれないか」 「俺と一緒に……最後まで、イッて欲しい……」 「…………」 まだ、荒く息をついている周防。 胸を上下させるたび、ぱんぱんになった乳房が俺の胸に当たった。 でも、彼女の中心の締め付けは、少しだけ弛んだような気がした。 「……やっぱり、よく分かりません」 「でも……でもっ……」 「嬉しいです、すごくっ……。すごく嬉しいですっ……」 「……!!」 「もっと、好きと言ってくれませんか。そうしたら、痛くなくなるかも」 「だって……くすんっ。すごく、すごく嬉しいから……」 「もっと言ってください……っ。たくさん、好きって……!」 「好きだよ周防。お前のこと大好きだ」 「ずっと思ってたのに……そこから逃げててごめんっ」 「桜井さんっ……」 「私っ……私っ……!!」 腕に力を込め、俺の体を引き寄せる周防。 俺たちは繋がりあったまま、ベッドの上で互いの裸を抱きしめあった。 肌と肌を重ね、脚を絡め、唇を交わして……。 「不思議です、この気持ちは何なのでしょうっ」 「あなたと、あなたとこうしたくて……もっともっとくっつきたくて……!!」 「俺もだよ、周防っ……!」 「動いても、いいですよっ……もうきっと、痛くないですっ……」 「そこでも、あなたとくっつきたいんですっ…!!」 そう言って、脚で俺の腰を抱く周防。 すると俺のモノが、周防の奥へズブブと僅かに迎え入れられ……! 恥ずかしいくらいに怒張していた俺のモノは、敏感な部分をニュルッと粘膜にしゃぶられる感覚に、たちまち射精してしまいそうになった。 「うっ、あっ……! 周防……!!」 「んくっ……!! だ、大丈夫ですかっ…?」 「あ、ああ。お前は?」 「大丈夫っ……。ガマンできる範囲ですっ……」 「ここからどうするのですか……? 分かりませんから、あなたの好きなようにしてくださいっ」 「ああ、分かったっ……」 ゆっくりゆっくり……俺は腰を揺すぶり始めた。 「あっ、あっ……!?」 股間から突き出した肉の棒で、周防の中をいたわるようなつもりで動く。 少し出し入れしただけで、膣にたっぷり溜まった愛液が、ぶちゅっぶちゅっと漏れ出した。 「あっ、あっ…!? 動いてるのですか、あなたがっ……?」 「私の中でっ……はぁ、はぁっ……動いてるんですねっ……!?」 ほ、ほんの少しずつ動かしてるだけなのに、すごいっ……気持ちよすぎて目が回りそうだっ。 俺のペニスが前後するたび、たぷたぷに愛液の溜まった肉の道が、にゅるんにゅるんと離れ難くしゃぶりついてくる。 温かくて、ぬめぬめの粘膜に包まれているだけで、周防に愛されてるみたいな気分になる。 「はぁっ、はぁっ、もっと。もっと私で、気持ちよくなってくださいっ」 「あなたのっ、あなたのカタいのっ……はぁっ、はぁっ……気持ちよく、してくださいっ」 「周防っ、嬉しいよっ……。でもっ……!」 俺は周防の下腹部と自分のそれをぴったり密着させ、挿入の角度を少し変えてやる。 そうして、ペニスが出入りする都度、俺の下腹が周防のクリをこするようにしてやるのだ。 にゅるっ…にゅるっ……。 周防の硬いところへと、彼女の液で濡れた俺の下腹を滑らせると……。 「ひぁああっ!? や、ダメですっ、今はダメっ!」 「そんなことしたらっ、あなたの出したり入れたりが私にも、気持ちよくなってっ……あっ、あんっ。ダメぇっ!」 「いいんだよ周防、周防にも気持ちよくなって欲しくて、してるんだからっっ……それっ!」 「あぁっ、あぁああんっ!!」 俺のカラダの下で周防の裸体が踊り、シーツに深いドレープを作る。 「いけませんっ。また、いじわるですっ。私は、気持ちよくなくても大丈夫なのにっっ…………あっ、んくっ、くうんっ!!」 「ダメだよっ……周防も気持ちよくなってくれなきゃっ」 「これはそもそも、ふたり同時に気持ちよくなるための方法なんだからっ」 「そ、そんなバカなっ! こんなメチャクチャな行為がですかっ? でも、でもっ…」 抗議の声に混じる、甘い喘ぎ。 腰を揺すって二点責めを続ける俺にしがみつき、周防は声を放った。 「あなたと一緒に気持ちいいと、嬉しいですっ!! あなたが動いてっ、私が気持ちよくてっ、あなたも気持ちよくてっ……」 「ど、どうしましょうっ。それが嬉しいですっ。痛いのも気になりませんっ」 「もっとっ……もっと欲しく、なってしまいますぅっ!!」 「周防っ…!!」 少し腰の動きを深くし、浅ましくエラを広げた亀頭で彼女の中をひっかく。 ここだよ、この中を俺のモノがほじくってるよ、と意識させるように。 すると周防は太ももをギューッと硬くしながら、かわいい声をあげてくれた。 「あっ、あっ、ダメ、ダメ、激しいですっ。まだそこっ、痛っ……」 「でも、なんでっ? 痛いのに、痛くないっ…もっとっ、して欲しいっ……」 「いいのか周防? たくさん動いても大丈夫っ?」 「はいっ! はいっ! 大丈夫ですぅっ!!」 「これであなたと愛し合えるならっ……!」 「周防っ…! 嬉しいよ、周防っ!!」 「あっ、あ、あぁ!!」 別に俺たちは、激しく動いてるわけじゃない。 外から見れば、抱き合ってモゾモゾうごめいてるだけに思えたことだろう。 でも、汗で濡れた互いの裸体を抱き合いながら、僅かに結合した性器と性器を夢中で重ね合わせていると……それだけで、天にも昇るような気持ちだった。 他のことが全て、どうでもよくなりそうだった。 きっとそれは、今の俺たちが求め合っているから。どこかで通じ合っているから。 痛くなるくらい、お互いの唇を吸いあいながら、俺は確かに感じた。 この天使のことが、すごくすごく好きであることを。 「桜井さんっ、桜井さぁんっ」 「私、ヘンですっ……また、さっきみたいにっ……何か、来ちゃいそうなんですっっ」 「今のこれっ……はぁっ、はぁっ……続けられたらっ……!!」 「いいよ、来ていいよっ……俺も、すぐにでもイケちゃいそうだから、一緒にイこうっ」 「イクっ? イクって、なんですかっ? んっ、んっ、あう、あぅんっ……なんだかまた、臭い言葉みたいっ……」 「どこにイクと、いうのですかっ? はぁっ、はぁっ……!!」 「あああっ! 大好きだよ周防っ!!」 暑苦しいくらいに抱きしめあう俺たち。 なめ回す周防の首筋にトリハダが立っていることが、そのときが近いことを告げているような気がした。 ぐぽぐぽと音を立てて周防に出し入れするごとに、俺の背筋を耐え難い快感が駆け抜け、彼女への思いが迸る。 そしてそれは、周防にとっても同じようで―― 「あっ、あっ、あっ、あっ……ダ、ダメっ」 「大丈夫だよ周防っ! 今度は俺もっ……はぁっ、はぁっ……一緒だからっ!」 「あぁあっ! 桜井さぁんっ!!」 「私っ、私もっ、私もきっとっ……」 「あなたのことが好きですっ!! 大好きですっっ!!!」 「あああっ! 周防っ!!」 ダメだ、俺もいくっ……そう思って腰を引こうとした瞬間!! 「桜井さぁんっ!!」 「わぁ、周防っ!!?」 い、いかんっ! 何故か、脚で腰を抱え込まれた!! いや、俺の全身に周防がしがみついちゃってるだけなんだけど! このままじゃっ……。 「あぁっ、あぁっ。もうダメです!!」 「うぁあああっっ!!」 「あああああああ!!!!」 どくんっ! どくんっ!! 全く間に合わず、俺は周防の中に全てを放出してしまった。 尿道からこみ上げ、爆発する白濁を、さっきまで処女だった肉洞で、むぎゅむぎゅ締め付けて受け止めてくれる周防。 理性が押し流されてしまうような快感が、お互いの下半身から溢れ、真っ白な洪水みたいに駆け抜けて……。 そしてやがて……。 ……止まった。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 「終わったの……ですか……? はぁ…はぁ……」 「ああ…終わったよ。ちょっと失敗したけど」 「え……?」 「ダメだったのですか? 私……きちんと、あなたと愛し合えなかったのですか?」 「いや、そういう意味では成功したよ。ちゃんと愛し合った」 「最後にちょっと、その……失敗しただけで」 「……そうですか」 「……それなら、よかったです……」 周防は安堵の息をつきながら、改めて俺を抱きしめなおした。 ……俺との繋がりも、解かないまま。 「あの……ひとつ、お願いしてもいいですか」 「ん? 何?」 「その……」 「もう一度……その……」 「好き……と……言って欲しいのです……」 「……周防」 「いいよ。何度でも言う。好きだよ周防」 「…………っ♪」 周防は嬉しそうに、俺の頬に自分のそれをこすりつけた。 「私には、よく分かりません。こんな気持ちは初めてなので」 「私も……きっと、好きです♪」 「…周防!」 「これで、私たちは……『こいびと』ですね」 「ああ、そうだな」 「…………」 「……ん? 周防?」 「……くー……くー……」 「……寝てる!?」 ど、どこまでもマイペースなヤツだ……。 俺は、彼女を驚かせないよう慎重に、慎重に、周防から俺を抜くと、彼女の裸体に毛布をかけてやった。 俺を救うと言ってくれた、女の子に。 (俺だって……お前のこと、守ってみせるからな) 今度は、あのときみたいに寂しい結末にしない。 次はきっと、もっといい恋ができる――岡田さんがそう言っていたのを、なんとなく思い出していた。 そうして、夢みたいな夜が明けた後……。 頬杖をついて授業を受けている俺に、事件が起きていた。 「あ、あの……さ。周防」 「はい」 「な、なんか、近くない?」 「そうでしょうか?」 彼女のお尻の下では、俺の椅子とぴったり密着させられた彼女の椅子が、ごりごりと音を立てていた。 「普通だと思いますよ」 「いや、普通じゃないだろ。完全に肩と肩くっついてるし」 「って、今明らかに腕組み合わせてきたよね!? 教室で腕組んじゃってるよ俺と周防!?」 「まあまあ。いいではないですか」 「ちょ、ダメダメ、ダメだって! 柔らかい! 柔らかいからダメ!!」 「う、腕に頬擦りとかもっとダメだってっ! ヘンな気分になっちゃう!」 「しかも俺の隣、お前の席じゃないだろっ。隣の高橋君(仮名)はどこ行ったんだ!?」 「私の席と交換してもらいました。問題ありません」 「あるよ! 勝手にそんなことしちゃダメだろ!!」 「お、おい、ありゃどういうことだ?」 「全くだ! 桜井のヤツ、さっきから周防さんとイチャイチャして……」 「ま、まあ、周防氏と桜井氏がそういう関係だったとしても、様々な要因から鑑みて決して不自然ではないが」 突然のバカップル(俺たち)の出現に、教室も騒然。 先生は頑張って無視してるが、さっきからチョークを五本ぐらい粉砕している。 クリティカルな事態に陥る前に俺は、周防にコソコソと耳打ちした。 「す、周防? 確かに俺たちは、昨日付き合うことになった」 「はい」 「こいびとになりました」 「なので、たくさんむぎゅーとしたく思いまして」 「あなたと、愛し合っていたいのです」 「お、おーけーおーけー。それは分かる。恋人はいちゃいちゃして当然だ。でもな」 「いちゃいちゃとはなんですか?」 「こうやってくっつくことだよっ」 「とにかく、こういう公共の場所で、こういうことするのはやめないか? みんな見てるし……」 「そうでしょうか?」 「むしろ皆さんに、ご覧になって頂けばいいと思います。私たちが愛し合う有様を」 教室内の30人前後が見守る中で、周防は俺の頬に、自分のそれをぷにゅーーとくっつけた。 「皆さんを通して私たちの愛は広がり、それは慈愛となって学園を包み込むでしょう」 「す、すいません。なんかこういうことになっちゃってて」 「まあ確かに、処女の先生には刺激が強すぎるかも知れませんが……」 「そうだぞ桜井! 俺たちの天使と何くっついてんだテメー!!」 「周防さんは俺たちの祈りを受け入れてくれる天使なんだ!」 「みなさん、ご安心ください。私は今でも皆さんの天使です」 「周防さん!」 「しかし今は、たくみとむぎゅしていたいのです」 「桜井ィ……いっぺん、話し合う必要がありそうだなぁ!?」 「すみません先生! 俺トイレに行ってきますっ!!」 「たくみ……?」 「ま、参ったな、もう…。いきなり周防があんなことになるなんて……」 少しゆっくり帰ろう。 あの状況は胃に悪い……。 「たくみを見つけました」 「はぁ…はぁ…なんで追っかけてくるんだよー!?」 「たくみ」 「はぁ…はぁ…ここまで逃げれば……」 「たくみ」 「ぜはー……ぜは……どうなってるんだ一体……」 に、逃げ回ってるうちに三時限目終わっちゃったよ! すぐ次の時限も始まっちゃうし、このまま逃げ続けるわけにもいかない。 どうすればいいのやら……。 「たくみ?」 や、やっぱり来たー!! 「どうして逃げるのですか? たくみ……」 「そ、それは……お前がくっついてくるからだろ?」 「……だって」 「え?」 「私たちはこいびとになったのです」 「むぎゅしては、いけないのですか? 昨日の夜は、たくさんしてくれました」 「周防……」 「私はたくみが好きなので、昨日のように、たくみとたくさんむぎゅしたいのです」 そうか……。周防は俺を、愛してくれてるだけなんだよな。 それなのに俺、逃げたりして……。 「……って、周防? 今、俺のことなんて呼んだ?」 「はい」 「たくみ、とお呼びしました」 「こいびとなので、より親しくお呼びしたいと思いまして」 「そ、そうか。じゃあ俺も、周防のこと名前で呼ばないとな」 「はい」 「ひじり、とお呼びください」 「う、うん。そうしよう」 「では今からどうぞ」 相変わらず、そこらを行き来する生徒たちにガン見されてて恥ずかしいんだが……。 だが、これ以上照れてると、周防がかわいそうだ。 きちんと、彼女の愛に報いなければ。 「わ、分かった。それじゃあ、呼ぶぞ」 「はい」 「ひ……ひじ………」 「はい」 「……聖」 「……たくみ♪」 ぱちぱちぱちぱちぱち。 「!? な、なんだ!? 周りで見てる人たちが拍手してっ……」 「いやー、なんか結婚式みたいで微笑ましくて」 「初々しくてい〜な〜♪」 「式には私たちも呼んでねー」 「式?」 「い、いやっ!? 俺たちまだ、そういうんじゃっ……」 「皆さんは何を言ってるんですか? たくみ」 「ええっ!? ええっと、あ〜〜〜……」 「ちょ、ちょっと一緒に来いっ! 周防っ!!」 「はぁっ……はぁっ……」 「…………」 すお……聖を小脇に抱えるようにして、俺は彼女を中庭に連行した。 ちょうど中庭にはひとっこひとりいない。 話をするには最適の場所だ。 「四時限目が始まってしまいました。教室に戻りましょう」 「何故ですか?」 「恥ずかしいからだよっ」 「…………」 聖は、ちっちゃくなってしまった。 また、天使の顔じゃなくなっている。 しょぼーんと伏せられた頭の上に、桜の花びらがひとつ載った。 「どうしてですか。恥ずかしくなんてないです」 「好きな人と愛し合うことの、どこが恥ずかしいのですか」 「あなたは昨日……私のこと、好きだって言ってくれたのに」 「聖……」 「それとも、あれはウソだったんですか?」 「天使にウソなんて……いけません」 「聖、違うんだよ」 俺は聖のちっちゃな肩を抱き寄せて、ベンチに座らせる。 そして俺も隣に座ると、彼女の顔を覗き込んでしっかりと告げた。 「俺、聖が大好きだよ。ウソじゃない」 「……たくみ」 「でも、人前でああいうことするのは、ちょっと恥ずかしいんだ。みんなも気を悪くするしさ」 「何故ですか?」 「愛し合うことは神の行為。恥じることなどないはずです」 「そりゃそうだけど……」 「でも想像してみな? お前が、俺にそういうことをされてるところ」 「あなたに?」 「そう、俺に。きっと『臭いです』って恥ずかしがって、一刀両断だったぞ」 「ウソです。そんなことはありません」 プライド高く、つんと鼻を立てる聖。 「愛し合う行為を臭いなどと、言うはずがありません」 「ウソだぁ。きっと言うよ」 「ウソです」 「いや、絶対言うっ」 「ウソですっ」 ぷいっ。とうとう聖は、そっぽを向いてしまった。 「ウソです」 「こ、困ったなあ。それじゃあ……」 お。聖にこの問題を理解してもらうには、おあつらえ向きのシチュエーションが迫ってきた。 遊歩道の向こうから、掃除のおじさんが歩いてきたのだ。 生徒が授業中にこんなところにいるのが不思議なのか、こちらをガン見している。 「聖。あっちからおじさんが来るよな」 「はい」 「こっちを見てるよな」 「はい」 「じゃあ、聖もおじさんのほうを見ててくれ。おじさんの視線を、よーく意識しててくれよ」 「…はい?」 首を傾げながら、おじさんのほうへ顔を向ける聖。 俺はそんな彼女の両頬へ手を添えて……。 「聖……。俺……」 「え…。な、なんですか……?」 「お前が大好きだっ」 ひと思いに、俺は聖と唇を重ねた。 聖の体を抱き寄せ、彼女をしっかりと唇で感じる。 やがて俺は、ゆっくりと唇を離した。 固くて、やや弾力のある……ガスマスクから。 「君。何をつけてるのかね」 「…………」 「……マスクです」 「何故つけたのかね」 「…………」 「100メートルほど先で、毒ガステロが発生したので」 「しとらんわ」 「……すみませんでした」 俺の隣で、自分のひざに向かって頭を下げる聖。 …相当、落ち込んでる様子だ。 「べ、別にいいよ。むしろ俺が謝りたいよ、イジワルしちゃって悪かった」 「どうしてしまったのでしょう、私は」 「臭いことを大喜びしたばかりか、あなたを疑ってしまいました」 「疑う?」 「あなたが私を好きだと言ってくれたことを、疑いました」 「天使なのに。こんなこといけません」 聖は、まだ顔をあげてくれない。 ヒザを見つめたままの肩には、桜の花びらがどんどん積もっていた。 「聖……人を好きになることって、きっとそういうもんだよ」 「普通はいけないことを、何故か見境なくやるようになっちゃうんだよ。別に悪いことじゃない」 「信じられません」 「人と人とが愛し合うことは、よいことのはずではないですか」 「いいことばかりじゃないよ。そんなつもりはないのに人を傷つけるようなことを言っちゃうこともあるし……」 「別れは、すごく辛いしさ」 「…………」 「聖……」 まだうつむいたままの聖。その手に、軽く触れる。 その瞬間、聖がガバッと顔をあげた。 「……私は未熟でした」 「愛し合うということは、かくも心を揺るがしてしまうもの。それが私には分かりませんでした」 「無知ゆえに私は 天使らしからぬ行動を取ってしまったのです」 「そ、そうかもな」 「これではいけません」 すっくと立ち上がる聖。 お、いつもの調子が戻ってきたぞ。 「たくみ。私に、愛のことをもっと教えてください」 「恋……と、言ったほうが、いいのでしょうか?」 「ん〜、そうだな…。じゃあ『恋愛』で、どうだ?」 「では私に教えてください。恋愛のことを」 「私は天使として、恋愛に打ち勝たなくてはなりません!」 打ち勝つって……そうすると、俺のことも好きじゃなくなっちゃうみたいで怖いが。 ま、まあ、それはそれとして。 「それじゃあ…さ。聖」 「なんですか?」 「え、えーと、その……今度の日曜……」 「俺と、デートしないか? そうすれば恋愛のこと、もう少し分かるかも」 「でーと」 「でーととは、恋愛に関することなのですか?」 「ああ、そうだよ」 「恋人同士で、遊びに行ったりすることなんだ」 天使らしくキリッとしていた聖の表情が、一瞬で赤くなる。 「こ……こいびとどうしで、何をするのですか」 昨日の夜のことが、脳裏によぎる。 聖はさっきから考えていたのか、何やら足元がモジモジしていた。 「…………」 「ま、まあ、それはそれとして! とにかくデートすれば、恋愛のいろんなことお前に教えられるから! 日曜日にデートしよう、うん!」 「分かりました。日曜日に、でーとですね」 「あ、ああ」 たったった……。 校舎のほうへ向かって、走っていく聖。 一瞬後で俺は我に帰り、彼女の背中に声をかけた。 「聖っ? 今のこと、人に話すなよ!?」 「はいっ」 「子作りのことは、恥ずかしいのでヒミツですっ」 「大声で言っちゃヒミツの意味が……まぁいいか」 い、いきおいでデートの約束を取り付けてしまった。 週末に、聖とデート……。 「……あ」 ……四時限目、完全にサボッちゃった。 (つ…ついに当日がやってきてしまったぞ) 今日は聖と、デートする日だ。 あれこれ考えてドキドキしてしまう気持ちがないではないが、俺の役目は聖に『恋愛』のことをちゃんと教えること。 (しっかり勤めを果たさないとな……) 俺は呼吸を整え、教会の門を叩いた。 「聖ー。迎えにきたよー」 「はい」 「今日は、でーとの日ですね」 「そ、そうそう。準備はいい?」 「はい」 聖は、少しだけうきうきした声で返事をしながら、春の日差しの中へ進み出てきた。 「行きましょう。でーとに」 「あれ? 聖、その服で行くのか?」 「いけませんか?」 「いけなくはないよ、かわいいし」 「でも、宗教の人か何かと思われちゃわないかなあ」 「私は天使ですし、間違いではありませんが」 「ま、まあ、そりゃそうだが」 「おしゃれ?」 「そうそう。できるだけかわいい服とか、かっこいい服を着るってことだよ」 「あなたの服は、かっこいい服ですか?」 「え? 俺?」 …… 「た、たぶん……。自分ではそう思って、着てます……」 「そうですか」 「困りました。着飾ったり、自分を取り繕ったりするのは、あまりいい匂いのことではないので」 「それ以外の服は、持ってないのか?」 「はい」 「天使ですから」 …聖は、自信なさげに言った。 「でも着飾らないと、でーとには行けないのですね」 「そんなことないよ。その服でも全然いける。でも……」 うーん、聖におしゃれさせてやりたいな。 今まで『臭い』と思ってたいろんなことを、聖は楽しんで、素敵な一面を見せてくれた。 だからおしゃれだって、きっと……。 「聖。一回、俺の家に寄らないか?」 「え」 「それも、でーとですか?」 「ううん、ちょっと違うよ」 「服、貸してあげたいんだ」 「何故ですか?」 「お前に、おしゃれして欲しいからさ。なんでも好きな服貸してあげるから、どれでも選んで着てみて欲しい」 まぁ男物ばかりだけど、今の聖の格好よりは、マシなものが見つかるだろう。 「でも……」 「天使がおしゃれなどして、いいのでしょうか」 「いいの。そんな天使がいてもいいじゃないかっ」 俺は聖の手をとって、教会が作った涼しい影の下へ連れ出した。 「さ、行こう!」 「おおう」 「ここがあなたの家なんですね」 「あぁ」 「なんだか懐かしく感じます。いつかここに来たことがあるような……そんな気持ちになります」 「そうだ」 「デートに行く前に、髪を切ってもらえますか?」 「……え」 「いいよ」 「無免許でよければ」 「……」 聖を椅子に座らせて……。 長い髪を湿らし、少しずつ、髪をカットしていく。 長さはほとんど変えず、少し重たくなった部分を、軽くしていく感じだ。 …… 物珍しそうに鏡に映った自分を眺めている聖。 店内には、ちゃきちゃきと、髪を切る音だけが静かに響いている。 ふと……こんな静かな時間だからこそ、俺ははじめて、聖に尋ねたくなった。 「ねぇ……」 「聖は何者なんだ」 振り返った聖は、いつもの笑顔で。 「言ってるじゃないですか」 「天使ですよ」 聖は、俺の視線をそらすように、ふっと柔らかく笑う。 「でも、私は……生まれた時、悪魔になろうとしていたんです」 「え……」 「たくみ」 「私はごみだめで生まれたのですよ」 「ごみ、だめ?」 「それは、私が覚えている……もっとも古い記憶です」 「そこは寂しい教会らしき場所で……外に出されたごみだめに埋もれて、私は一人泣いていました」 「あたりには誰もいなくて。向こうでは、ただ、十字架にはりつけにされた男性が、うつろに視線を投げているだけで……」 「それで、私はただ泣いていました」 「誰も、助けてはくれませんでした」 「けれど、ある男の人が通りかかったときに……私を見つけてくれました」 「その人は、私をごみだめから拾い上げてくれて……やさしく、顔をふいて……」 「それで、ある理容室に連れて行ってくれました」 「お風呂に入れてくれて、服を着替えさせてくれて……」 「だけど、どうしても、臭いがとれなくて。私は泣いていました」 「臭くて臭くて臭くて、私は自分の臭いから、逃れようとして……逃れることができず、半狂乱になりました」 「それは悪魔の臭いでした」 「その臭いが私をおかし、私まで悪魔になるんじゃないかって……思いました」 「そしたら、その男の人が、髪を切ってくれました」 「髪を切りながら、私に語りかけてくれました」 「臭いがしみこんでいるのは、この髪だよ、と」 「きれいにカットして……そして、やがて新しい髪がはえてくる」 「そしたら。きっと君は生まれ変わっているだろうって」 「あの人に、髪を洗って貰って……私はなんだか、もっともおぞましい何かから、逃れられた気がするのです」 「翌朝……私は、すがすがしい想いで目が覚めました」 「店に出てきてみると、女性が立っていて……私を施設に連れて行ってくれました」 「結局、私をごみだめから拾い上げ、髪を切ってくれた人とは、会えずじまいです」 「あれは夢だったのかもしれません」 「なんででしょう。ずっと忘れていたんですよ。そんな思い出……」 「だけど、ふと、この理容室で思い出しました」 「大切な思い出だったのに」 「あの人は、神様だったのかもしれません……」 「いえ、きっとそうです」 「……」 「はい、終わり」 「髪おろしてみたけど、どうだろう」 「なんというか……」 「すっきりしましたね」 「そ、そりゃぁな」 「それに、なんだか良いにおいがします」 「ありがとうございます」 「で……」 「いいのか? そんな服で……」 「はい」 聖は、声を弾ませて返事をした。 「でもそれ男物っていうか……俺の服だぞ?」 「これがいいんです」 「だぶだぶで、かっこ悪くないか?」 「……かっこいいか、悪いかは、よく分かりません。おしゃれをしたことがないので」 「でも」 「この服からは、あなたの匂いがたくさんするので」 「え」 「だから私は、この服がいいです」 「…………」 ……い、いかん。言葉がなくなってしまった。 袖口を鼻に近づけて、嬉しそうにくんくんしている聖のことを……。 俺は人目も構わず抱きしめて、転がり回ってしまいたい気分に駆られた。 (ダメだっ、堪えなくては……。往来でそういうことしちゃダメって、教えるために来てるんだからっ) 「貸してくれてありがとうございます、たくみ」 「くんくん」 「ううっ」 「どうかしましたか?」 「それでは、いきましょう。恋愛のことを、いろいろ教えて欲しいのです」 「あ、ああ。そうだな」 そうだ、鼻の下伸ばしてばっかりもいられないぞ。しっかりしなくちゃ……。 「さて。本日は予定通り、聖にいろいろと恋愛の常識を知ってもらうぞ」 「はい」 「さっき教えたのが、ひとつめの常識な。『デートではおしゃれする』」 「はい」 「人目を忍ぶ……?」 「そうだ」 「この間も教えたろう。愛し合うふたりが、くっつくのは、決して悪いことではない。でも人前では恥ずかしいし、周りにも悪影響なんだ」 「でも……」 「ん?」 「でも、それなら、あなたとむぎゅしたいときは、どうすればいいのですか?」 「好きですから、いつでもむぎゅしたいのですが」 「な、なるほど。それは非常に嬉し……じゃなくて、憂慮すべき事態だな」 「よし、実例で対策を教えよう」 俺は周囲を見回して、カップルらしき二人連れを探した。 日曜の商店街なので、すぐに見つかる。 俺はそのふたりを軽く指差し、聖の視線を誘導した。 「聖、あれを見てみろ」 「並んで、お店の前にいるふたりですか?」 「そうそう」 「あのふたりは、おそらく恋人同士だ。空気からして、付き合って半年ぐらいだろう」 「半年くらい、愛し合っているのですね」 「だけど、いちゃいちゃしていないよな?」 「そうですね」 「だが、よく見てろ。あのふたり、奥まったところへ入っていくぞ」 「??」 表通りを逸れて、人通りの少ない裏路地へ入っていくカップル。 それを追いかけていくと、そこでは……。 「ほらぁ、こっち向けよ栄子」 「やぁん栄太郎さん……誰か見てなぁい?」 「だいじょーぶだよ、見てないって…だから、な?」 「栄太郎さぁん…♪」 「ちゅ〜〜〜」 「……あ」 「キスを、しています」 「そのとおり。いちゃいちゃしたいときは、こうやって人目を避ければいいんだ」 「ふむう」 「そうすれば誰にも見られないし、恥ずかしくないだろ」 「なるほど、覚えました」 「あなたとむぎゅしたいときは、隠れてすることにします」 「うんうん。分かってくれて嬉しいよ」 「ところで」 「ん?」 「あれは、人前でしてもいいのですか?」 別のカップルのほうへ、俺を連れて行く聖。 ……俺たちと同じくらいの年頃のカップルが、手を繋いで、どこへやらと歩いていく。 「手を繋いでいますが、あれは恥ずかしくないのでしょうか?」 「そ……そうだな」 「大丈夫なのですか?」 「う、うん。あのくらいなら、人前でしてもいい。OKだ」 「そうですか」 「……じー……」 「ん? どうした、俺の手をジッと見て」 「……じー……」 「楽しいですね、たくみ」 「あ、ああ」 俺は聖と並んで、街を歩いていた。 俺の手の中には……いわゆる、ラブつなぎされた彼女の手がある。 だぶだぶのシャツの袖からチロッとはみ出した指を、聖は、しっかり俺の指と絡め合わせていた。 「歩いているだけなのに、楽しいです。あなたと手を繋いでいるからでしょうか」 「ホ、ホントか? ならいいけど」 「本当です」 「俺の手、熱くない? 緊張で手汗かいてそうで、気になっちゃって……」 「大丈夫ですよ」 「今日は少し涼しいので、温かくて嬉しいです」 聖はにっこり笑って、少しひんやりした手で、俺の手を握り返した。 「あなたと手を繋いで歩いていると、温かくて、楽しいです」 (ひ……聖……) 率直な気持ちと笑顔が、ずんずん胸に来る。 この子を裏切るようなことは、絶対できない……!! (聖を遣わしてくれた神様……いや、別に聖がリアル天使だと思ってるわけじゃないけど!) (でも……でも神様、ありがとう! 俺頑張る……) がくんっ、と腕を急に引っぱられ、ひっくり返りそうになる俺。 腕を引っぱっているのは、さっき俺が存在を神に感謝していた聖だ。 「…どうしたのかね聖くん。僕の腕が悲鳴をあげたよ」 「あ」 「いえ」 「その」 「どうした?」 「…………」 下を向いて、何か言いたげに、むにゅむにゅと口を動かす聖。 どうしたのかな……と、彼女の周囲を見回してみる。 すると彼女の右側に、見慣れたバーガー屋さんのウインドウがあった。 「…………」 「入りたいのか? バーガー屋さん」 「し、しかし」 「お財布を、修道服に入れたまま来てしまったので」 「お金が……」 「そうだな……。聖、そんなお前に伝えたい恋愛の常識がある」 「え?」 「もぐもぐ もぐもぐ」 10分後。テイクアウトしたハンバーガーを、聖は美味しそうに頬張っていた。 「お、おい。そんなに焦って食べるなよ」 どこかに落ち着いて食べようと思っていたのに。まさかの歩きバーガーだ。 「しかし、こんなにたくさんのはんばーがー。奇跡です。神の御業です」 「テンションあがってしまいます。もぐもぐ」 紙袋にどっさり詰め込まれた各種ハンバーガーに、夢中で噛り付く聖。 ハンバーガーを主食にした、変な生き物的存在になっている。 「たくみ、ありがとうございます」 「しかし、こんなにたくさんのはんばーがー、たいへんお金がかかったのではないですか?」 「かっぷるわりびき?」 「あ、いや、聖が頑張って覚えるほどの常識じゃないよ」 カップル割引……一度使ってみたかった! たまたまここで実施しててよかった〜。 で、調子に乗って、売ってるハンバーガーを全種類ひとつずつ買ってみたんだけど……。 (さすがに30個は、買いすぎだったかもなぁ…) 「ああ神よ、暴食の罪を許したもうや」 「もぐもぐ まくまく」 「ぷはー」 (…ま、いいか。聖は楽しそうだし) こんな休日も……悪くないよなぁ。 いつもの制服でも、修道服でもない。 俺のシャツを着た、普通の女の子みたいな聖。 ちょっと前まで、こんな姿の聖とこんなことをしてるなんて、想像もしてなかったよ。 「たくみ、たくみ」 「ん? なんだ?」 「これは、どうやって食べるのですか?」 と、聖が袋の中から摘み上げたのは、ハピネスセットのオマケだったアニメキャラの人形。 愛用のレシプロ機から身を乗り出す、怪盗ノパンだ。 「それは食べ物じゃなくて、おもちゃだよ。マジパン細工とかじゃないから食べるなよ」 「どうやって遊ぶのですか?」 「ん、ん〜〜……飛ばせて遊ぶとか?」 「なるほど」 すると聖は、ノパンの乗った飛行機をかかげながら。 「ぶうんぶうん。びゅーん、ずばばばばばばばばばばば」 「おおおおお!!! ちょっと待て! ちょっと待て聖ぃ!!」 「……どうかしましたか?」 「それは子供のおもちゃだからっ。オトナはそうやって遊ばないんだよ!」 「ではオトナは、どうやって遊ぶのですか?」 「オトナは……そもそも、それで遊ばない!」 「そうですか」 「残念です」 「び、びっくりした……。相変わらず、急に無茶するなあ、お前は」 「すみません。まくまく」 もう、おもちゃに興味は失ったのか、ケール若葉配合のグッドバランスバーガーに取り掛かる聖。 ノパンは袋の中にハンバーガーと一緒に詰め込まれた。 誰も遊びに来なくなった公園の遊具みたいな風情がかわいそうで、思わず拾いあげてしまう。 拾いあげて聖に渡そうとして、俺は思わず、動きを止める。 ぼんやりと向こうを見つめる聖の目が、今まで一度も見たことないくらい、遠くを見ていたからだ。 「聖……?」 「あなたと出会い、堀田さんたちと出会う中で、私はいろいろなことを学びました」 「私は、はんばーがーも、ごうこんも、でーとも。怒ることも、愛することも、よく分かっていませんでした」 「おもちゃもはんばーがーも天使には要りませんし、愛のことも、聖なる本を読んで分かっているつもりでした」 「ですが、そうではなかったのです」 「そう……か」 「愛について分かっていないのに、どうして人々に神の愛を届けることができましょう」 「はんばーがーのおいしさも分からないのに、どうして暴食の罪を咎められましょうか」 「私はもっと、たくさんのことを知っておくべきでした」 「誰かを愛すると、臭い行動をとってしまうことも」 「その飛行機の遊び方も」 聖が見つめる先を、女の子たちが歩いていく。 正面から見るとまぶしいくらい、春の陽気に合わせてキラキラにおしゃれした女の子たちだ。 通り過ぎていく彼女たちを見つめながら、聖は自嘲的に言った。 「おしゃれの仕方だって、もしかしたら……」 「…………」 「なあ聖、この後、シンデレラに行かないか」 「たくみ?」 「お前に、服を買ってあげたいんだ」 「今みたいな借り物じゃなくて……上から下まで、全部お前だけのものになる服。いいだろ」 「そ、そんな」 「今のは、例として挙げただけです。おしゃれをしたいわけではありません」 「気にするなよ。俺が買ってあげたいだけなんだから」 「でも」 「着飾るなんて、臭い行為です。天使としての道に……反します」 俺は彼女の肩を抱いて、こっちに引き寄せた。 「ひゃ……」 「今日だけでもいい。天使じゃなく……人間になっちゃってもいいじゃないか」 「どんな聖だって、俺は好きだから」 「…たくみ…」 「…………うん」 「……」 「臭い……」 「え」 「いや、確かにちょっと、臭い台詞だったよな……今のは」 どんな聖だって、俺は好きだから……とか。きゃー。 「はは。ほんと臭かったな」 「でも、それが俺の本当の気持ちって言うか……」 「臭い」 「か、重ねて臭かったな。本当の気持ちとか。はは」 「もう……我慢できない」 「え」 「ふぁ……」 ふらりとよろめいた聖が、そのまま地面に突っ伏してしまった。 「聖!?」 貧血でも起こしたのか。道ばたで倒れてしまった聖を、ようよう、家まで運んで来た。 「大丈夫か。どうしたんだ」 「すいません。別の人の匂いがしみこんだ服をずっと着ていたせいでしょうか……」 「匂いに、なにやら、めまいがしてきてしまって」 「服の匂い……」 「私、服の匂いが苦手で……それで、いつもシスター服を着ているんです」 「制服も最初は慣れなくて、めまいがしていました」 な、なんだそりゃ。そんな理由が……。 「だったら、言えばいいのに」 「だって、あなたの匂いですから。それに、ペアルック、してみたくて……」 「でも、臭かったんだろう?」 「さすがに。長時間着ていると……匂いがまわってきました」 うう。ショックではあるが。しょうがない。人が着ていた服とか、俺だって、匂いに違和感あるもんな。 「ほら、シスター服」 「面目ありません」 「ふぅ……落ち着きます」 聖も大変だな。 とはいえ、ずっとこのままというわけにもいかないし。 「なぁ、聖」 「はい」 「これから、まだ出かける元気はあるか?」 「お前はヒーローか何かか」 「じゃぁ、今からシンデレラに行こう」 「シンデレラ? あの、大きな美容院ですね……」 「改めて、服を買わせてくれないか」 「きっと聖に似合う服があるから」 「聖が着ても大丈夫な服を見つけよう」 「……たくみ」 「分かりました……臭くない服を探しにいきましょう」 「やっぱり俺の服が臭かった、みたいになるから。その言い方は勘弁してくれ」 「えへへ。ごめんなさい」 「ようこそシンデレラへ〜! 歓迎するわよぉ、かわいいカップルさん♪」 「話は聞いてるわ、周防ちゃん☆ ささ、あっちで準備ができてるわよぉん」 「はい」 「かわいくしてもらってこいよ!」 「……はい♪」 すたすた……。 「あれ? コーディネートは、またカルボナーラさんがしてくれるんですか? マッサージの仕事は?」 「あっちの仕事は休みよ、や・す・み! こんなかわいい子の全身コーデを、他の人に任せられるもんですか!」 「それともぉ、あなたは、私のマッサージがお目当てぇ? ん〜?」 「い、いえ、結構です……」 「それじゃあ、その辺りで待ってて。お茶でも出させましょうか」 「あ、いえ、大丈夫」 『いえ』ばっかりだな……。 やや恥ずかしさに駆られつつ、試着室に消えていく聖を見送る。 カルボナーラさんは、嬉しそうにあちこち駆け回っては、聖の入った試着室へホイホイと服を投げ込んでいた。 俺はスタッフの人が出してくれたスツールに腰掛け、ゆっくり待つことにした。 (聖、嬉しそうな顔で試着室に入っていったな。ちょっと無理矢理になっちゃったけど、ここに連れてきてよかった) (どんな格好になって出てくるかな……) そんなことをぼんやり思っていると、試着室のほうから、カルボナーラさんと聖の話し声が聞こえてきた。 「ど〜ぉ、着方は分かるかしらぁ? 困ったことがあったら、いつでも聞いてね」 「はい」 「それにしてもよかったわぁ♪ あなたたちが付き合うことになって」 「何故ですか?」 「合コンのときから、ずっと思ってたのよぉ。あなたたちって、すごくお似合いだなって」 「ちょっと陰のある少年と、天使みたいな女の子のコンビ♪ いつ結ばれるのかなって思ってたのよぉ」 「はい」 「私も、彼と結ばれて、よかったと思っています」 嬉しいけど恥ずかしいよっ! 俺のそんなリアクションを察したか、カルボナーラさんは調子に乗る。 「まあ、のろけちゃって☆ うらやましいわぁ」 「どうどう? 実際のとこ、彼ってどんな感じ? よくしてくれる?」 「はい。とても」 「優しくて、温かくて。私のことをいつも案じてくれます」 「彼と出会えてよかったです。いつでもむぎゅむぎゅしていたくなります」 「………(恥ずかしくて言葉もない)」 「それでそれで? そんな彼氏くんは、ベッドではどぉなのぉ?☆」 「え?」 「それは、ええと……。なんというか、とても……」 「やーん、分かったわよぉ♪ いじわるぅ」 「カルボナーラさん。もう少し、サイズの大きいのをお願いできますか?」 「はいはい、ただいまぁ♪」 すたすたと、下着コーナーがあるほうへ向かうカルボナーラさん。 途端に暑くなった顔をパタパタ扇ぎつつ、俺は聖に声を投げた。 「聖〜! ああいう質問には、答えないでもいいんだぞ」 「やはり」 「そうなのではないかと思いました。恥ずかしかったので」 「イヤだな、と思ったことは、しなくてもいいんだからな。したいな〜と思ったことは、どんどんやっていいし」 「それも、恋愛の常識ですか?」 「ん〜……人間の常識、かな」 「参考にします」 改めて思う。本当に聖って、不思議な子だ。 だけど……今度は絶対、幸せにしてみせる。 (そのためにも、いつかちゃんと聞こう。聖の家のこと……) 「たくみ」 「カルボナーラさんを呼んでくれませんか。このぶら、つけ方が分かりません」 「この間教えたやり方じゃ、うまく行かないのか?」 「はい。ふろんとほっくとか、そんな形で……」 「分かったよ。またつけてあげるから、じっとしてな」 「あっ、待って……」 「きゃ……」 「ど、どうした? 真っ赤になって」 照明に照らされた聖の、抜けるような白い肌が、この間の夜そうだったように、さーっとピンク色に染まっていく。 そして……。 「な、なんで?」 ぺちん、と叩き出されてしまった俺。 呆然としていると、カーテンの向こうから、ふにゃふにゃと動揺した声が漂ってきた。 「す、すみません」 「急に、その……胸を、見られるのが恥ずかしくなって」 「あ、ああ。そうだよな。普通……」 そうだそうだ、それが普通なんだ。 俺だって、この間『みだりに人に見せちゃダメだ』とか情熱的に訴えたじゃないか。アホかっての。 「ごめんごめん。聖もそういう気持ち、分かるようになったんだな」 「……はい」 「せ、先日の夜から、何故か……そのように」 「先日の?」 「は、はい」 「この間、あなたは、私の胸に……」 「いけなくて、きもちいいことを……たくさんしてくださいました」 「うっ…。そ、そうだな」 「それ以来なのです」 「あなたや、他の男性の皆さんが…私の胸に、ああいうことをしたがっていると思ったら……」 「なんだか……恥ずかしく……」 「そ…そう、か」 俺の行為が、聖にそんな感情を植え付けていたとは……。どんだけスケベなことしたんだ俺は。 恥ずかし紛れに、俺はひとくちでまくし立てた。 「で、でも、実際そうだからな。男はみんな、ああいうことしたがってるんだ。だからおっぱいは、隠しておいたほうがいいぞ」 「今は……どうですか」 「へ?」 「そ、その……」 「今は、私の胸……ううん」 「私のおっぱいに…ああいうこと、したいですか?」 「う……!?」 ひ、聖……まさか……こんな場所で、こんなときに……。 俺を、誘ってるのか……!? 「ま、待て聖。したくないと言えばウソだが、ここは公共の場であって……」 「ウ、ウソは……ダメですよ?」 「うぐっ」 お茶を濁そうとしていたのをたしなめるように響く、聖のふわふわした声。 同じ声で、聖はもう一度聞いた。 「きもちいいこと……したいですか……?」 「……はい。したいです」 「じゃ、じゃあ……」 「いい……ですよ?」 「カルボナーラさんが戻ってこないうちに……しましょう」 「たっだぃま〜あ♪ ごめんなさぁい遅くなっちゃって」 「…あら? もっと遅く来たほうがよかったかしらぁ?」 「い、いえっ! そんなことありません大丈夫です!」 「…大丈夫…です…」 開きかけていたカーテンをピシャリと閉じ、汗を拭って、その場を取り繕う。 …試着室のすみっこで真っ赤になって丸くなっている聖の姿が、目に見えるようだ。 「と、ところで、ちょっと遅かったですけど、何かあったんですか?」 「あっ、そうそう。ちょっといい話があるのよ! 実はさっき、隣のホテルのスタッフに呼び止められて、お願いされちゃったのよねぇ」 「今度おふたりに、モデルになって欲しいのぉ♪」 「モデル? 何のですか?」 「そのホテルって、結婚式や披露宴も扱っててね。うちは貸衣装をしてるから、付き合いがあるのよ」 「で、今、新しいウエディングプランのパンフレットを作ってるらしいんだけど」 「周防ちゃんのイメージがね、そのパンフレットにぴったりだって言うのよぉ〜。だから何枚か、写真撮らせてくれない?」 「え!? それってつまり…聖に、ウエディングドレスとか着せるってことですか?」 「周防ちゃんだけじゃないわよ、あなたもタキシード着てちょうだい。白くてか〜っこいいヤツ♪」 「特別なことしてもらう必要はないわよぉ? あなたたちはフツーに結婚式をしてくれればいいのぉ。私たちは、それをパシャッ、パシャッ……とね☆」 「いやそれ、かなり特別な要求ですよ!?」 で、でも、ドレス姿の聖を見られるなら、ぶっちゃけ悪い話じゃないぞ。 擬似とは言え、式まで挙げられるわけだし! と、シスター服に着替えた聖も試着室から出てきて話に加わる。 「結婚式?」 「結婚式とは、あの結婚式ですか?」 「あ、ああ。あの、結婚式だな」 「私とあなたが……」 「けっこんを」 赤くなった顔を隠すように、うつむく聖。 ……俺もたぶん、赤くなっていた。 「ま、まあ。ホンモノの式じゃ、ないんだけどな」 「スケジュールとかは、あなたたちに合わせるわ。ちゃあんと謝礼もお出しするわよぉ」 「どう思う、聖? 俺は、ドレスを着た聖を見てみたいな」 「私も! 周防ちゃんに、ドレス着せてあげたぁい」 「どれす」 「…………」 あ、想像してる、想像してる。 しかしその表情は、雲が太陽を隠すように、すーっと曇っていった。 「…困りました」 「天使が、偽りの婚礼など。きっと神は、よく思わないでしょう」 「聖……。大丈夫だよ、神様だってこのくらい分かってくれるさ」 「…そうでしょうか?」 ……さっきとは違う意味で、顔を伏せる聖。 薔薇色だった彼女の表情が、すっかり曇っている。 (ちくしょー、神様め……) さっきは感謝したが……聖の邪魔をするなら、神様にだってイチャモンつけてやるぞ! 「カルボナーラさん。その撮影、今日できませんか?」 「まあ! ぜんっぜんオッケーよぉ♪ スタッフに声かけてくるわね!」 スキップしそうな勢いで、その場を離れていくカルボナーラさん。 一方、聖は、ちょっとかわいそうなくらい慌てた顔になっていた。 「私、偽りの式はあげられません」 「大丈夫! 聖は今日、人間として式をあげるんだから!」 「今日だけ、聖は人間なんだ。そうだろ?」 「人間のすることなら、ちょっとくらい臭くたって神様は文句つけないよ」 「にん……げん……」 ふわふわと目を泳がせながら、ぼやけた声で聖は繰り返した。 ぽやん、と半開きになった口から、魔法の呪文を反芻するように言葉が漏れる。 「きょう…だけ……」 「そう。そうだよ」 「それに俺、いつかきっと聖をもらいにいく。今は自活もしてないし、無理だけど……きっといつか!」 「だから……な?」 「…………」 真っ直ぐ、俺を見つめ返してくれる聖。 その目はもう、泳いでいなかった。 「……信じます」 「あなただから……信じます」 そして、二時間ほどの後―― 「ええ…汝、桜井たくみ」 「その、健やかなときも、病めるときも……エトセトラ…エトセトラ……この者を生涯愛することを、誓いますか?」 「…なんか、適当ですね」 「申し訳ない、私はただのモデル……というか、ここの店員なので(しかも仏教徒)」 「ごほんっ。とにかく――汝、桜井たくみは、この者を生涯愛することを誓いますか?」 「は、はいっ。誓います」 「それでは、ええと……周防聖」 「その健やかなときも、病めるときも…」 「喜びのときも悲しみのときも富めるときも貧しいときも、これを愛しこれを敬いこれを慰めこれを助けその命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」 「です」 「…では、周防聖。それを誓いますか?」 「あ……」 「そ、その……私……」 「……大丈夫だよ、聖」 「………っ」 聖は、隣に立った俺の手を、ぎゅーーーっと握りながら、裏返った声で小さく叫んだ。 「ち、誓いますっ」 誓いを終えた俺たちに、参列者役として来てもらった友達たちの拍手が背後から降りかかる。 「うひゃ〜! いいなぁ、キレイだよ周防さ〜ん!」 「うむうむ! この式がひいてはASEAN一帯の経済発展に寄与するのではないかというくらいめでたい!」 「ありがとうございます」 「その……本当に、ありがとうございます」 「あ、ありがとう、みんな。リアル結婚式してる気分になってきたよ」 「ううっ……お前たち、幸せになれよな!!」 「堀田さん……」 「堀田さん、ごめんなさい。私は……」 「いいの周防さん、何も言わないで! 周防さんとソイツが幸せそうなの見てたら、なんか私、泣けてきちゃってさ……ぐすっ」 「私の失恋とか、もうどうでもいい……! 周防さんたちが幸せになってくれたら、私も報われるよ!」 「堀田さんっ……」 「ありがとう堀田さん。聖のこと、絶対幸せにするよ」 「テメーはのろけてる場合じゃねーぞ桜井! 将来、必ず周防さんのこともらってあげろよな!!」 「周防さんのこと裏切ったら、そこの十字架で死ぬまで殴るぞ!!」 「も、もちろんだ。裏切らないよ」 「うふふ♪ 皆さん、式の最中はお静かにぃ〜☆」 カルボナーラさんの言葉で、ちょっと落ち着く場内。 その間に俺と聖は、ちらちらと視線を交わした。 「大丈夫か? 聖」 「は、はい。ちょっと、緊張しています」 「後、不思議な、高揚感が」 「今すぐ、あなたとむぎゅしたいです。しがみつきたいです」 「はは……ちょっとガマンしてな。メイクが崩れちゃうよ」 「それじゃあ次は、指輪の交換の画をもらおうかしらぁ?」 「ああ、そこは後まわしにしましょう。どうせ、手のアップになるからね」 「それより、ふたりの気分が高まっているうちに、誓いのキスの絵を撮らせて欲しいな」 「…え」 「え!? それって……みんなの見てる前でするんですか!?」 「ダメかい?」 「ダ、ダメじゃないですけどっ……若干恥ずかしいというか、何と言うか……」 「ダメだよ桜井く〜ん。ホントの式でなくたって、ちゃんと周防さんに、気持ちを示してあげなきゃ!」 「そのとおり! キスもせずになんの誓いが結べるというのか!」 「男を見せろ桜井ー! それ、きーす! きーす!」 「きーす! きーす!」 「飲み会のテンションか、お前らは!!」 っと、ひとりで騒いでる場合じゃない。聖はどうだ? 彼女のほうを振り返ると、彼女も真っ赤な顔でアワアワしていた。 「キ、キスを、みなさんの前で」 「どうしましょう。これは緊急事態です」 「ひ、聖だって恥ずかしいか、やっぱり」 「い、いえ」 「今、すごく、あなたとむぎゅしたいので。キスなんかしたら、きっとガマンできなくなります」 「聖っ……じゃあ今すぐキスしよう」 「ま、待ってくださいっ。それに――」 「あなたは、私でいいのですか……?」 「え?」 「仮にも、十字架の前で誓いのキスをするのです」 「その相手が私で……あなたは、本当にいいのですか?」 「……いいよ。俺は聖がいい」 「俺は聖と、誓い合いたい」 「………っ!」 「たくみ、今すぐむぎゅむぎゅしたいですっ」 「後、きもちいいこともっ……」 「そ、それはダメーっ! ガマンガマン!」 「あー……新郎新婦。誓いのキスはできそうですか?」 「あ、はい」 ……目の前でのいちゃいちゃに、牧師さん(の格好をした店員さん)がシビレを切らしたようだ。 「そ、それじゃあ、聖」 「……はい」 聖の肩を優しく押さえて、こっちを向かせる。 動作の頼りないおもちゃみたいにヨタヨタと、聖は俺と向かい合った。 クリームいっぱいのケーキみたいにふわふわのドレスをまとって、頬に薄くチークを塗ってもらった聖は、食べちゃいたいくらいにかわいかった。 「たくみ……さん」 「……聖っ」 「…絶対、幸せにするからっ」 「はいっ……!」 「わーい、おめでとうー!! ホントの式じゃないけど!」 「よかった、本当によかったっ……」 「ちっくしょー! 一生幸せになー!!」 「ふんふふん……♪ ふんふふん………♪」 「鼻歌なんて、ご機嫌だな聖」 「はい」 「とても、いい気持ちです」 『式』を終えた俺たちは、教会へ帰ってきた。 俺の左手には、彼女がさっきまで纏っていたドレスを納めたケースが大事そうにぶら下げられている。 「それは、どうしたんですか?」 「借りてきたんだ」 「はぁ……またどうして」 「いや、撮影の時はカメラの方ばかり向いて、じっくり聖の姿を見ることができなかったから……」 「たくみ……」 「また着ましょうか?」 「う、うん!」 聖はすこぶる上機嫌だ。 この感じなら、お願いも、聞いてくれるかもしれない。 「それでな。できたら……その……その衣装を着て」 「その衣装を着て?」 「……いや、その……」 言っていいものか……。 「……?」 「なんですか。踊りでも踊りましょうか」 「らんたったらんたった。ふー!」 「ふーって。何」 「なんでもありません。あなたが無茶なふりをするので、一生懸命やってみただけです」 「さぁ、たくみもご一緒に」 「らんたったらんたった。ふー!」 「いや。違うんだ。俺が言いたかったのは、そういうことじゃなくて」 「すまん。いや、どちらかというと、聖が勝手に踊ったよな?? いやとにかく、その……」 「俺は……」 「あれ着た、聖と…………いちゃつきたいなと」 「はぁ」 「……じろ」 「なんだよ。いきなり目つきが鋭くなったな」 「本当に、いちゃつきたいだけですか?」 「なんだか、たくみの言い方には……後ろめたいような何かがあります。とても臭います」 「あはは」 やっぱり聖にはこの手の話で嘘はつけないようだ。 「いやぁ、なんて言うか」 「あれ着た聖と……」 「……私と?」 「エッチ……したいなぁって」 「なんて言いましたか?」 「エッチ。したいなぁって」 「……」 「神罰」 「神罰!!」 「神罰〜〜!!」 「欲望なんて言葉で、簡単に片付けないでほしい」 「愛……」 「欲望なんかじゃないんだ」 「……」 「そんなことないけど……」 「だめかぁ……」 「愛……」 「じゃぁ、あの衣装は明日返しに……」 「たくみ。目を閉じてください」 「え。なんで」 「祈ってください」 「なんで???」 「そのような邪な感情を抱いた自分を、罰してくださいと、主に祈ってください」 「そ、そうだな」 聖はどうやら、お怒りのようだ。 無理もないか……あんな要求をしてしまっては。 「俺はあろうことか、聖がドレスを着て……いやらしく、できたら俺に胸でご奉仕をしてほしいとか、思ってしまいました」 「ダメな男です。主よ……」 「なんですか、胸でご奉仕って」 「え……」 しまった……ついつい、口に出てしまった。 「いいいい。いや。ちょっとだけ! ちょっとだけな」 「まったく……」 「胸で、とは……どういう……」 「それはつまり、ぱい……」 「そのまま祈ってください」 「はい……」 「そのまま絶対、目をあけてはいけませんよ」 「はい……」 …… 「周防……? いつまで、俺、こんなことしてるんだ」 「まだです。静かに、深く、祈っていてください」 …… 「なんか、妙な音がするし……段々、怖くなってきたんだが」 「もう、目をあけていいよな?」 「……どうぞ」 「ん……」 「えええ。周防???」 「こ、これは……」 信じられない光景に、俺は目を白黒させるしかない。 「エッチはだめですが……このくらいでしたら、主もお許しくださる気がします」 「そ、そうだろうか……」 「うあ」 「ちゅ……ちゅる」 「ん、はぁ……っ。ん……」 「す、すごいっ……!」 「くさいっ……くさいですっ……。いけないにおいがします」 「でもくんくんしちゃいます……」 「こんなにカタくて、おっきくて、くさいのが、私の中に入っていたなんてっ……信じられません」 「ひ、聖…っ! 俺、恥ずかしいよっ……」 「で、でもっ。ずっと、こうしたかったんですっ。見たり、嗅いだり、触ったりっ……あなたのこれのこと知りたかったんですっ…」 「この間、あなたとしてから、ずっと……っ」 「い、いけない天使さんだなっ……」 「だ、だってっ。あなたと愛し合いたかったから…! んしょ、んしょっ……はぁっ、はぁっ」 「愛し合うことの『きもちいい』は……んくっ、はぁんっ……正解、でしょうっ……?」 ぐにゅっ、にゅるっ……乳房の間に滲んだ汗が潤滑材になって、やわやわの肌の間でペニスが踊る。 聖が乳房でペニスを愛そうとグニュグニュ力を込めると、俺の浅ましい分身は、天使の乳たぶの間でニュルンニュルンと踊った。 「うっ!! 聖……そんなに、してくれなくていいから……う、ぁ」 「お願いですっ、させてっ……! んっ、はぁっ……続けさせてっ…」 「でないとっ、あなたを好きな気持ちがっ……はぁっ…はぁっ……胸に溢れて、はちきれてしまいそうなんですっっ」 「聖っ……」 手と乳房で絶えずペニスを愛しながら、純真そのものの瞳で俺を見つめてくる聖。 子供に授乳するための器官で肉棒を愛撫してくれる困った天使を、俺は興奮で震える手で撫でてあげた 「ふぁあんっ、たくみっ……。おてて、温かいですっ……!」 「いいよ、聖っ……。俺、すごく気持ちいいから…聖のしたいように続けてっ……」 一層心を込めて、俺の怒張を愛撫してくれる聖。 お風呂みたいに温もった乳房の間に埋まったり、顔を出したりする真っ赤な亀頭がたまらなくエロい。 まるで、にゅるにゅるに濡れた彼女の膣へ出入りするのを連想させるような性感に、俺の股間はどんどん高ぶっていく。 「うぁ、あっ……上手だよ、聖っ……!」 「そうなのですかっ? ふふっ、よかったです…」 「もっと、もっとしてあげますっ。ぬるぬるしたほうが、きもちいいですよねっ? んん……」 てろ〜〜ん。 聖は、つやつやの舌を伸ばすと、そこから乳房の谷間に唾液を滴り落とし……。 ぐちゅっ、ぶちゅっ…! 「えいっ、えいっ……」 「うぉおああっ、あっ、あっ……!!」 ヨダレの温かさと滑りが、乳房に埋もれたスケベな棒を包み込む。 そのまま聖が乳房を上下させると、ペニスの敏感なところ全てが、柔肌になめしゃぶられるような感覚に襲われた。 「はぁっ…はぁっ…えいっ、えいっ…!」 「いかがですかっ? はぁっ、はぁっ……あなたの大事なところ、気持ち、いいですか?」 「あっ、ああっ、すごく!」 「もう、すぐにでも出そう」 「この前の、白いのが出るんですね。とてもくさい……」 「ぁっ、はぁっ……たくさん、出して良いですよ。なんででしょう。またあれのにおいが、かぎたくて……っ」 「ほら、あなたのものが、私の胸の間で、にゅるにゅるしてます。とっても……えっちです」 「もっとよだれ、足してあげちゃいますっ…!」 「うぁ、あっ!? 聖っ……!?」 ぷるぷるの唇で亀頭を『はみっ』とくわえ込む聖。 そして、口いっぱいのよだれをまぶしつけるように、舌で亀頭を転がし始めた…! 「んも、んもちゅっ」 「くぁあああ!! ひ、聖っ、汚いよっ…」 「汚くないれひゅ……ふぅっ、ふぅっ……あなたの、ですから」 「でも、不思議な味れひゅっ…」 温かな口腔に包まれた肉棒の先端が、ぬるぬるで熱くてそこはかとなく力強い感触に、ちろちろともてなされる。 未知の感覚に腰が抜けそうだ。 女の子の…それも聖の唇に、俺の欲棒が挟まってる! キレイな前髪を足らして、んふんふ言いながらよだれを垂れ流してる! それだけでも、一生忘れたくないくらい気持ちよかった。 舌先がカリの裏や裏筋の中に潜り込むたび、俺はカラダが反り返るくらい感じてしまって…こんな場所でそうなっていることが、たまらなく後ろめたい。 「ぷはぁあっ……♪ よだれいっぱいになりましたっ……。おっぱいの谷間にたまってっ……」 「ほらっ、これならもっとっ、きもちいいですよっ…♪」 「うぐっ、あ、あっ……! すごいっ……!」 にゅるっ、ぶちゅるっ……! おっぱいが立てているんだとは思えないくらい卑猥な音を立てて、俺の肉棒を嬲りたてる聖の乳房。 垂れ落ちたよだれで俺の股間は既にびしゃびしゃ。 溢れた先走りとよだれと柔肌が入り混じったものに股間全体を愛撫され、心もカラダも、もう暴発寸前だ。 それなのに俺の前のエッチな天使は、ステンドグラスから差す光に、きらきらと照らされながら―― 「うぐ、あっ、あっ…! 聖、もう出るっ、出るよっ……!!」 「っ! ステキですっ……。早く、ぴゅっとしてくださいっ♪」 「うあっ……ああああっっ!!!」 びゅっ! びゅるるっ!! どくどくっ!! 「ひゃ!? あっ……」 「あ、温かいの、出てますっ、びゅるびゅるってっ!」 「ぐぁっ、あっ、すごい、出るっ、止まらないっ……!!」 「い、いいですよっ。全部ぴゅってしてくださいっ」 「あ…あ、あっ……」 射精の快感は、腰から洪水のように湧き上がって、吹き抜けて……。 やがて、精液の噴出が止むとともに、止まった。 「はぁっ……はぁっ……」 「本当です……。ぴゅって、しましたね……♪」 「う、うん……。聖が、気持ちよくしてくれたからだよ……」 「そうなのですか…? 嬉しいです……」 「顔にかけちゃった……。ごめんよ」 「いいんです。あなたから出たものですから」 「温かくて、ヘンなにおいで……くすくすっ」 「ど、どうした?」 聖は、未だにペニスを抱きしめたままの乳房を、軽く揺すりながら笑った。 「あなたに、愛されてるみたいです」 「そ……そうか……」 「ん……たくみ。私、なんだか、もう、我慢ができなくて」 「え……」 「この、たくみのおっきいのが……ほしくてたまらなくなっています」 ごくりっと、俺は唾を飲み込む。 そりゃぁ俺も、さっきから、聖の中に入りたくて入りたくて、つらいくらいだけど。 「いいのか。主の前で」 「欲望ではなく、愛……なんですよね」 「うん……」 そうだ。俺は、ずっと、誰をも、愛してきた。 人々は遊びというが……俺なりに本気だった。 去るときだって、本気で、別れを刻んできた。 神様とやらの前で、俺ははっきりと告げられる。 これは愛だ。 長い長い物語をへて、それでも俺が決して、失わなかった……愛だ。 「そうだ」 「愛してる、聖」 「えへへ」 「私も、です」 思わず抱きしめると、彼女の甘い匂いと、新品のドレスの匂いが混ざって胸に入ってきた。 その匂いでまた硬く勃ち上がった肉棒が、彼女の肉唇にキスすると、聖は軽くカラダをわななかせた。 「あっ……カタいのっ……あたってます」 「あ、あのっ……。はぁっ…はぁっ……私から、入れてしまっても……いいですかっ……?」 「いいよ、聖っ……俺も早く聖に入りたいっ」 「そ、それじゃあっ……」 「んぅぅん……っ!!」 「くっ、あっ……入ったっ……!!」 体重に任せて俺の股間に座り込んだ聖によって、俺の怒張はいきなり最奥まで迎え入れられた。 みちっ……と締め付けてくる柔肉によって、余り皮がニュルニュルッと限界まで剥かれる。 俺は敏感になったその部分で、興奮と衝撃で危ういくらいドクンドクンと脈動する彼女を、感じることができた。 「はっ……はっ、はぁあっ……!! 入ったっ、入りましたっ……!」 「あなたを、おなかの中で感じますっ。この間と同じにっ……ううん、それ以上にっ……!!」 「俺も感じるよ聖っ。この間より、とろけてっ…熱くてっ……ぴったり俺と繋がってくれてるっ!」 「たくみっ、たくみっ……! もっとっ、もっとだっこしてくださいっ……!!」 「ああっ、聖っ……」 細くて、猫みたいに柔らかい、彼女のおなかを夢中で抱きしめる。 俺のその手に、聖は狂おしく指を絡めた。 「はぁっ…はぁっ……たくみっ……。私は、やっぱり、何も知らなかったのだと思います。愛するということについてっ……」 「こんなに、暖かくて、嬉しくて、幸せなのにザワザワして、どうしようもなくてっ……!」 「こんな気持ちがあるなんてっ……全然知りませんでしたっ……!」 「これが失われる気持ちを考えたら、私……それだけでっ…………ぐすっ……」 「聖……俺はどこにもいかないよっ」 「あぁあっ、たくみっ。嬉しいです、嬉しいのっ……」 ぎゅっ……。 俺の手に絡む聖の指が、いっそう強くなる。 そして、それを支えにして……聖はゆっくりと、お尻を動かし始めた。 「うっ、嬉しいのっ……嬉しいから、いっぱい、動いてしまいますっ」 「んぐっ、あっ! ふぁあああ…! はぁっ、はぁっ……出たり入ったりっ……出たり入ったりっ、してますぅっ」 「ああ、くぁっ、ぁああっ……! 聖っ……!!」 ぐぶっ、ぐぴゅっ……! 聖が遠慮がちにお尻を振るたび、俺の股間から生え伸びた肉棒が、空気を巻き込みながら聖の中に出入りする。 一度の経験しかない膣穴だが、衝撃でナカをぐにぐに痙攣させながらも、俺を健気に受け入れてくれる。 ウエディングドレスからはみ出したお尻が股間の上を滑るたび、にゅるうっ、にゅるうっと、ねっとりした快感が俺のペニスをなめ回し……。 その都度、聖は、カラダの中から空気を押し出すような呻き声を迸らせた。 「はぁっ、はぁあああっ、すごいっ、すごいですっ」 「こうやってっ、こうやってたくさん動かしたら、もっとっ……」 「大丈夫か、聖っ? はぁっ、はぁっ……苦しかったらっ、無理するなよっ……?」 「だいじょうぶっ、だいじょうぶですぅっ。あなたは、どうですかっ。きもちいいですかっ……?」 「あ、ああっ、気持ちいいよっ。聖の中っ……! キツくてっ、温かくてっ、ぬるぬるでっ……たまんないよっ」 「はぁっ、ああっ。それなら大丈夫ですっ……」 ぐぷんっ、ぐぴっ…! 上ずった声を走らせながら、お尻の動きを早める聖。 にゅっにゅっと肉穴がペニスをおしゃぶりする間隔が早まり、その快感に思わず腰が浮いてしまう…! 俺の股間テーブルの上をいっぱいに動く真っ白なお尻は、まるで俺をエロい催眠術にかけようとするみたいだ。 「はぁっ! あっ、はぁああっ…! 出たりっ…入ったりっ…」 「いけない感じがいっぱいですっ。出たり入ったりだけできもちいいですぅっ!」 「うあっ、ああっ…! 聖っ、そんなに早く動かれたらっ……あっ、あっ、マジでたまんないっ…!!」 女の子って気持ちよくなるまで時間がかかるって聞いたけどっ……聖ってやっぱり、変わってるっ。 ぐぴっ、ぐぴっ、ぐぴっ。 聖が夢中で振り乱すお尻の下からは俺と彼女がニュルニュルと結合する音が、卑猥に漏れ出している。 「はぁっ、あっ、あんっ♪ きもちいいですっ、カタいの出入りきもちいいっ」 「たぶんそうだよ聖っ…はぁっ、はぁっ…俺のソレと聖の大事な場所が、愛し合ってるからっ……!」 「嬉しいっ…またあなたと、きちんと愛し合えてるんですねっ…!」 聖のアソコが、ぶちゅっと愛液が溢れるくらい強く締まる。 俺が支えていた裸の腰には、ぞぞーっとトリハダが走って……。 やらしい言葉に感じてしまう聖の興奮が、みっともないくらい如実に現れていた。 「あーっ! あっ、あっ…どうしよう、私すごくいけないことしてるっ、お尻とまりませんっ…」 「カタくておっきぃのが、きもちよくてっ……あ! あ! あ」 びちゃっ! びちゃっ! にちゃっ! にちゃっ! オーバーロードした愛が俺のタマまで滴り、股間と尻たぶの間で淫らな糸を引く。 ウエディングドレスを淫汁に浸しながらスケベなダンスを踊る天使を、俺は遮二無二後ろから抱きしめ、突き上げた。 「うはぁあああ!! お、あっ……た!」 「聖っ! ひじりぃっ!! かわいすぎるよっ……!!」 音がするくらい、思い切り突き上げる! とろけきった粘膜の中をズルゥッと貫通し、互いのお尻と股間が密着すると、全身を痺れさすような快感と多幸感が俺たちを襲った。 「ふぁぁ! まだっ、おっきくなってますっ…。あ、あ。あ」 「大好きだよ聖っ! 愛してるっ、大好きだっ……もっと好きってっ……はぁ、はぁっ……好きって言ってくれっっ!!」 「私も、あなたが好きぃ! 大好きっ、大好きっ……です」 「うあ、聖! 聖!! 俺もう、限界っ……!!」 「今日は俺、聖の中にいっぱい出すよ」 「はぁっ、はぁあんっ!! はいっ。白いの、いっぱい、私の中にくださいっ。お願いしますっ」 「ぐ、ああああっ……聖ぃいっっ!!!」 びゅっびゅーーーーーーっ…………。 「あ゛っ………あ…………あ………」 腕の中で聖のカラダがガクッ、ガクッと激しく硬直し……。 ……やがて、事切れるように力を失った。 「こんなに幸せな日曜日……生まれて初めて過ごしました……」 「……たぶん俺もだよ、聖」 汗まみれになったドレスごと、彼女を抱きしめる俺の腕。 その腕を抱きしめるように、心強く絡みついてくれる彼女の腕。 俺たちはカラダのあらゆる場所で密着したまま、しばらく、ただ、何もせずにそうしていた。 駆け抜けて言った絶頂の余韻の、最後のそのひとかけらが消えていくまで。 夜、一緒のベッドに入ると、聖は恥ずかしそうに聞いてきた。 「……きもち、よかったですか?」 「うん。聖がえっちだから、すごく気持ちよかった」 「えっち?」 俺の腕枕の上でモゾモゾと頭を動かしてから、聖は、抱き枕みたいに抱きしめている俺のカラダにくっつきなおした。 「えっちとは、なんですか?」 「えーと……聖が『いけない』って言ってる気持ちのことかな」 「気持ち良いって言ったり……教会で、あんなに、声を出したりすること」 俺の腕の中で急反転し、聖は俺に背中を向けた。 小さな体がピタッと俺の胸の中に収まって気持ちいい。 …あと、俺のナニが、お尻の谷間にムギュッと収まって気持ちいい。 「人間の社会に毒されました。堕落です」 「明日からは、普通の天使に戻りますから。人間がするような臭いことは、もうしませんよ」 「あれ、じゃあエッチはもうしない?」 「っ!! そ、それは……」 俺のナニを挟んだままの小さなお尻が、いい匂いのするパジャマ越しにモジョモジョと動いた。 「エッチは…します」 「愛し合うから、するのですよ。えっちではありません。全ては愛のためです」 「はは…ありがとう。嬉しいよ」 「……」 まっすぐな目で、聖が俺を見ている。 「な、なに?」 聖はふわりと笑い、首を振る。 「いえ、なんでも」 聖は嬉しそうに小声で言って、背中とお尻を俺へぴったり密着させた。 「…なんでもありません♪ だっこしてください」 「はいはい」 聖と一緒に、俺は眠りについた。 幼稚園児みたいにフトンを蹴飛ばす聖に、一時間ごとにフトンをかけなおしてやっていたので、朝までほとんど眠れなかった……。 それから二、三日後の昼休み……。 「な、なあ桜井」 「ちょっといいか?」 「なんだ? 改まって」 「その……あれから、周防さんとはどうなんだ?」 「そうだそうだ。周防さんとの仲はどうなってる?」 「ど、どうって……何もないけど?」 「そ、そうか! 何もないのか!」 俺の言葉に、男どもは胸を撫で下ろした。 「いや〜びっくりしたよ。俺たちはてっきり、お前と周防さんが付き合ってるのかと」 「この間はびっくりしたもんな、机はくっつけるわ、四六時中頬擦りしてるわ……」 「ここ何日かは静かだもんなぁ。机も元に戻したしさ」 「いや〜杞憂でよかったよかった!」 「あ、あはは。そうだな……あはは」 ま、まあ、付き合ってはいるんだけど……。 ただ聖は、俺が教えた恋愛の常識を守ってくれているだけなのだ。 (だからみんなの見てないところでは、くっついたりくっついたり、もっとくっついたりしてるんだけど……言うべきか、言わないべきか……) 「たくみ」 「ああっ周防さん!」 「こんなむさ苦しいヤツに何か用ですか?」 「はい」 「本日は彼と、昼食をともにしようと思いまして」 「たくみ。お弁当を作ってきたんです。ふたりでいかがでしょうか」 「お、お弁当!? 聖が!?」 「なので、勉強して作ってみたんです」 と、聖が差し出すのは、かわいいクロスに包まれたお弁当箱×2。 「いかがでしょう」 「で、でもその、聖。そういうお誘いはもう少し、人目につかないところで……」 「何故ですか?」 「いや、その……」 「てめ〜桜井〜〜!!!」 「ぎゃあああ!!」 俺は聖の手を引っぱって、教室のすみっこまで連行した。 「ひ、聖! この間話したじゃないか。思い出してくれよ『恋愛の常識・その1』!」 「じょうしき、そのいち」 「ああ。人前でいちゃいちゃするのはよくない、でしたね」 「そう、それ! 大正解!」 「分かっています。しかしこれは例外です」 「え!? なんで!?」 「だって私たちは、仮にも夫婦になったのですから」 「うっ!!」 めおと――聖がそう発音した瞬間、教室がズズンと揺れたような気がした。 しかし聖は、緊迫しまくる教室の雰囲気に気付かず続ける。 「この程度のこと、いちゃいちゃのうちにも入らないのではないでしょうか」 「だって私たちは、夫婦なのです。愛し合うことに何の恐れがありましょう」 「ひ、聖っ!!」 「さ、桜井っ……もう許せねえ!」 「お前を殺して!!」 「俺たちも死ぬ〜〜っっ!!」 「わああーー!! ま、待ってくれ話せば分かるっ……いや、分からないかっ」 「聖、一旦逃げるぞっ!!」 「何故ですか?」 「何故でも逃げるのっ!!」 ……と言う訳で、中庭に逃げ出した俺たち。 偶然そこにいた堀田さんたちと合流した俺たちは、五人でお昼を食べることになった。 「ぎゃはははは。そりゃみんな怒るわ、当然だよ」 「周防さん、信者がたくさんいるからねぇ」 「うむうむ。彼らのジェラシーをイタズラに刺激するのは、得策とは言えんな」 「ふむう」 「私は不服です」 聖は自分で作った玉子焼き(おいしい)を自分の口に運びながら、ぶつぶつと言った。 「好きあう者同士がむぎゅむぎゅできないなんて。恋愛は難しすぎます」 「まあまあ聖、抑えてくれよ。その玉子焼き、す〜〜〜っごく、おいしかったよ」 「本当ですか?」 「うっ、ごめんごめん……」 (おいしかったのは、事実なんだけどな) 聖が作ってくれたお弁当は、びっくりするくらいおいしかった。 『本に書いてあったとおりに作っただけだ』なんて言ってたけど……きっと頑張って作ってくれたんだろうなぁ。聖って勉強家っぽいし。 でも聖には、料理より先に覚えて欲しいことのほうが多いんだけどな! 「だいいち、嫉妬するより祝福すべきではないのですか? 愛するクラスメイト同士が結ばれたのですよ」 「人の幸せに嫉妬するなど、くささの極みです。よくないことです」 「あはは……人間ってのは、そういうもんなんだよ周防さん」 「妬みとか、嫉みとか……全然感じないで生きていけたらいいけど、そうなっちゃったらもう、フツーの人間じゃないよね」 「そうなのですか?」 「愛する者の幸せですよ。祝福するべきではないのですか?」 「う〜ん。それはそうなんだけど……。なかなかできることじゃないよねえ」 「逆の立場ならどうだ? 桜井氏とて、平常心を保つのはいささか困難と言わざるを得ない面もあるのではないか?」 「う、うん……まあね……」 「私はきっと祝福します。天使ですから」 『ふんっ』とでも言いたげに、カラダを外側に向ける聖。 五人でかけている四人がけのベンチが、僅かに軋んで音を立てる。 「そうです、私は天使です」 (あ、声にも出した) 「でも周防さん……最近の周防さんって、むしろ、なんか人間っぽくなってきてる気がするな」 「え?」 「あ、それ私も思う〜。昔はちょっと、ロボットみたいだったもんね」 「え? え…?」 「うむ。今のように拗ねたり、慌てたり。このように感情豊かな周防氏など、少し前は考えるだにしなかったな」 お。慌ててる慌ててる。 確かに、こういうブロークンな聖のこと、最近よく見かけるような気がするな。 「確かに、この間は、一時的に人間として振舞いました」 「ですが、だからと言って、私そのものが人間に近付くわけではありません。私は天使なのですから」 「ホントに〜?」 「本当です。天使です」 「天使ですよね? たくみ」 「う、うん。そうだな」 ……かわいいから、ちょっとからかってみようかな。 「聖、この茹でたブロッコリーもおいしかったよ。豆腐で作ったハンバーグも最高」 「それは……よかったです」 「料理初めてなのに、すごいな。頑張ってくれて嬉しいな、聖」 「は……はい」 「おお〜う♪ 人間的な表情〜っ☆」 立ち上がり、俺たちの頭をひとつずつ、ぺちぺちと叩いていく聖。 っつーか、その姿そのものが人間的であることに気付いてないのが、またかわいい。 「なんだというのですか。天使への侮辱は神への侮辱ですよ? いけません」 「ごめんごめん。でも俺たち、悪い意味で言ってるんじゃないんだよ」 「そうそう。私、今の周防さんのほうが好きだな」 「優しいっていうか、柔らかいっていうか…なんか、そういう感じだよな」 「そう……なのですか?」 「天使より、人間のほうが…よいのでしょうか?」 「ねぇねぇ。今度また、みんなでハンバーガー屋さん行こうよ」 「うむうむ! 周防氏も一緒にな!」 「是非、ご一緒させてください」 手製のお弁当も置きっぱなしで、大喜びの聖。 …残り、俺が食べちゃおうかな。 でも、こうやって、すっかり堀田さんたちの一員になってはしゃいでる聖を見ると……俺も、堀田さんたちと同じように思ってしまう。 これから聖の生き方がどんな風になっていくにしろ、俺もこういう聖が……その……好きだな。 「だがしかし、こうも急激かつドラスティックな変化があったということは……何か触媒や切っ掛けのようなものがあったと見て、間違いないだろうな」 「ん? なんで俺のほう見ながら言うんだよ」 「? みなさん?」 「いえいえ、なんでもありませんよぉ」 「ただねぇ、きっといろいろあったんだろうなぁと思って〜」 「だから、なんで俺のほうを見ながら言うんだよっ」 「だ〜って〜。周防さんのカレシが、すっとぼけるんだも〜ん♪」 「ねー?」 「しかし、彼は何も特別なことはしていません。私が何か変わったとするなら、それは私が望んでそうなったのです」 「あ、でも……」 「どうした?」 「彼と、あ……あ……」 「あいしあう…とき……、よく……言われます……」 「今は、人間でも……いいんだよ、と……」 「……じろ〜〜……」 し、視線が……痛……い……! と思う間もなく、俺を椅子から追い落とすような勢いで堀田さんたちが迫ってきた。 「ひゃ〜〜、ロマンチックだな〜桜井く〜ん♪」 「周防さんと毎晩ナニやっちゃってんだぁ桜井…!? 詳しく聞きたいねぇ〜……!!」 「え、えーと…」 「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる!!」 「あ。たくみ……」 「あちゃー。逃げて行っちゃった。恥ずかしかったのかなぁ」 「いいないいなぁ。やっぱり桜井君と、結構なことまでしちゃってるんだね♪」 「あ、あなたの言う『結構なこと』というのが、よく分かりませんが……」 「その……。頻繁に愛し合っては、いますよ?」 「ね、ね、どんなことしてるの? 教えてよ〜♪」 「え」 「こら岡田、食いつきすぎだぞ。親しき仲とは言えど、夜の営みについて根掘り葉掘り聞くのはいかがなものか」 「ちょ、ちょっと聞いてみたいのは、確かだが…でゅふふふ」 「そ、それは」 「どうしても話さなければいけないのでしょうか。とても恥ずかしいのですが」 「う〜ん、どうしてもじゃないけど〜」 「もし許されることであるならば…」 「教えてくれたら、嬉しいな〜って」 「………」 「なんか、くさいです」 「わ…分かりました」 「それでは……」 「ふう……終わった終わった」 一日中、みんなにジロジロ見られっぱなしだったな。こういうのを針のむしろって言うのか。 でも、聖が天然でああいうことするのは、聖が純真だからだし……俺のほうで慣れるしかないよな。 「さて、帰るか。聖、教会まで送るよ……って、あれ??」 聖の席がもぬけの殻だ。 荷物もないし……先に帰っちゃったのかな。 「ん〜〜?? 桜井君、もしかしてフラれたのかね……?」 「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛〜〜???」 「ち、違うっ! 怖いから顔を寄せるなっ!!」 と言うことは、教会にいるのかな……。 「聖ー? いるのかー?」 うーん、ここにもいない……。一体どういうわけだ? 「ん? 部屋の前に貼り紙がしてある」 ドアノブのところに、かわいい付箋紙が一枚貼り付けてあった。 聖の字で、何か書いてあるな。 その内容を、読んでみると……。 『拝啓、私です。桜の季節、いかがお過ごしでしょうか』 「……やけに丁寧な書き置きだな」 『堀田さんたちに、あなたがとても喜ぶかも知れないことを教わったので、中で待っています』 『敬具』 「俺の喜ぶこと……?」 中っていうのは……居住スペースのことだよな 教会ホールの脇には、細い廊下をへだて、小さなキッチンと寝室が併設されている。 要するに目と鼻の先なのだが。なんでこんな書き置きを……。 手紙を読む限り、堀田さん達の入れ知恵らしいが。 い、イヤな予感がしてきたぞ!? あいつら聖に何を吹き込んだんだ……!? 俺は何故か額に滲み出てくる汗を拭いながら、急いでドアを開けた。 中に入ってきた俺を、潤いのある空気と、カツオだしの匂いが迎えてくれた。 「ただいまー。聖、帰ってるのか?」 …と、呼びかけると、それに応える声が奥から戻ってくる。 「おかえりなさい」 「ああ、よかった……。どこにいるんだ?」 「キッチンです」 「キッチン…キッチンね」 なるほど。俺の喜ぶことって、夕飯の支度か! いやいや全く無駄な心配だった! 俺はカバンも廊下に放り出しながら、キッチンに飛び込んだ。 「ああ」 「おかえりなさい、たくみ」 な……、なっ………。 「何……やってんだ? 聖……」 「ああ、挨拶を間違えてしまいました」 「お帰りなさい、あなた」 「挨拶じゃないだろ、間違ってるのは」 「あうあ」 「なんて格好で料理してるんだよっ!? ヤケドでもしたらどうするつもりだっ?」 「そ、それはですね」 聖は今さら、わずかに頬を赤らめながら答えた。 「堀田さんたちに、教えてもらったのです」 「こういう風にあなたを待っていれば……あなたが、とても喜ぶと……」 「そして……その……」 「た、大変…積極的に、愛し合うことが……できると……」 「ひ、聖に何を吹き込んでんだアイツらは……」 「堀田さんたちを責めないで下さい。知りたかったのは私なのです」 「聖が?」 「は、はい」 「始めは、あなたと私が…どのように……あの……」 「愛し合って……いるかについて、話していたのですが……」 (…俺が逃げちゃってから、そんな話をしてたのか) 「そ、そのうちに、その……私が、知りたくなってしまったのです」 「あなたはいつも……と……とても、素敵なことを、私にしてくれます」 「だから……『妻』として、私からもっと…お返しできることが……ないか、と……」 「そ…そうか」 …話しながら恥ずかしさが増してきたのか、聖は、裸の脚を決まり悪そうにモジモジと動かした。 「ご、ごめんなさいっ。私また、とてもえっちなことを考えている気がしてきました。天使にあるまじき、人間のようにくさいことを……」 「私を、嫌いにならないで下さいっ……」 「き、嫌いになんてなるもんか。確かに聖はエッチなこと考えてるけど、それは悪いことじゃないし」 「うう、やっぱりえっちなのですね」 「そ、それはそうだけど! でもエッチは悪いことじゃないんだよっ」 「そ、それなら……」 「この格好……喜んで、もらえていますか?」 「あなたも、えっちなきもちに…なりますか?」 「ひ、聖……」 そ、そりゃ……エッチな気持ちにならないわけないだろ……。 キッチンに裸エプロンの聖が立って、もじもじしてるんだぞ……? 「……あなた」 「あ、あ……」 「当たり前だろっ」 くちゅっ…彼女の一番温かいところに手を触れると、早速エッチな音がした。 ワレメの中には、彼女がいろんなものを期待して溢れた液体が、たぷたぷに溜まっていた。 「聖のここ、とろんとろんだ……」 「や、やだぁ、言わないでくださいっ……」 「やっぱり私、えっちなんですっ。この格好でここに立ったときから、ずっとっ……あぁんっ」 「ずっと、あなたに触って欲しくてっ…!! はぁ、はぁっ…そうやって、こねこねして欲しくてっ……!」 「……やらしい奥さんめっ」 彼女の望みどおり、濡れてちゃぷちゃぷのアソコに指を潜らせ前後にコネコネと摩擦してやる。 ヒクヒクといじらしく収縮する膣口の辺りを指が通過するたび、聖は『くっ』『くうん』とくぐもった声を漏らし、ヒザを揺らした。 「あくっ、んっ、くうんっ……そ、そこっ、えっちですっ、あなたの指っ…! 指、えっちぃっ…!」 「も、もっと、いたずら、してっ……。はぁっ、はぁっ……してくださいっ……!」 「それじゃあ……ここにも、いたずらしていい?」 彼女を背中から抱きこんで、手を前のほうへ回す俺。 そしてワレメの先端部で硬く尖っていたクリに、中指の腹でチョンと触れる。 「ひゃ! あ、そこっ……」 「ここも、していい……? ここも、食べてもいいかな……」 「は、はひ。はぃぃ。食べてくださいっ……はぁっ、はぁっ……んくっ、くぅっ…ん……」 「妻になった以上、私は、全部、あなたのものですからっ……はぁっ、はぁっ……どこでも自由にしてくださいっ」 「じゃあっ…遠慮なくっ」 ころころ転がして遊んでいたクリを、親指と人差し指で摘まむ。 そして、男が自分でするみたいに――あれほど強くはしないけど――包皮を剥いたり閉じたりを、しこしこと続けてあげた。 「ひゃぁああ!! あ、あ、あん、んぁあっ……」 「すっ、すごくっ、えっちっ……はぁっ、はぁっ……え気持ちいいですぅっっ……!!」 そう切なく声をあげながら、俺に自分のカラダをこすりつけるように、腕の中でモゾモゾする聖。 俺はそんな聖の裸をむさぼるように抱きしめながら、クリいじめを続けた。 「かわいいよっ……聖っ」 「ほっ、本当ですかっ? はぁっ、はぁっ……かわいいですかっ……?」 「あなたに、いけないことして欲しくてっ、ヘンな格好しちゃう私っ……はぁっ、はぁっ……」 「こんな私でもっ……愛してっ……あくっ、んぁあっ……愛してっ、くれますかっ……?」 「当たり前だろっ。自分のためにそんな風になってくれる女の子のこと、嫌いになるわけっ……!」 快感で時折カタくなる首筋から耳元を唇で甘噛みしながら、俺は行為を続けた。 「人間てヘンですっ、不思議ですっ、こんなカッコで、愛してもらうのがっ……はぁっ、はぁっ……こんなに嬉しくてっ、きもちいいなんて」 れろれろ…首筋をなめ回す俺の舌に、聖は嬌声で応えてくれる。 「ひぁああ! そ、それ、すごくえっちっ……あっ、あんっ、あっ……」 俺に擦り寄せられる聖のカラダは、どんどん情熱的になっていく。 何かを催促するように俺へと押し付けられるお尻は、とても柔らかくてっ…熱くて…! いつしか俺たちは、お尻と指とで、互いの部分を愛し合うような格好になっていた。 俺がクリを指でつねり、穴の入り口をほぐすようにくすぐってあげる都度、聖のお尻は俺の股間へと押し付けられ、ペニスを愛撫してくれるのだ。 「ごめんなさいっ、えっちな天使でっ、えっちな奥さんでごめんなさいっ……でも好きなんですっ。あなたが好きなんですっ…!!」 「いいんだよ、聖っ……それで、いいんだ」 肩越しに振り返り、俺の唇をついばむ聖。 俺が唇と舌でそれに応えてあげると、聖は夢中でそれを吸い、舌を絡め、鼻の頭にまでキスしてくれた。 「はぁっ、はぁっ。私っ、私もう立って、られませぇんっ」 「また、またっ、イクって言うの、なりますっ」 「いいよ、イッていいよ聖っ。エッチな俺の聖っ!」 「あぁあん! あ、あぁ、もうダメっ、もうダメっ………」 「くっ…………ぅううんっっ!!!」 びくんっ、びくんっ!! 腕の中で、エプロンが脱げてしまいそうなくらいにカラダを波打たせる聖。 聖の中で沸き起こった快感の波が、どっと打ち寄せ、静かに引いていく……。 彼女を抱きしめているだけで、それが手に取るように分かった。 「あぅっ……うっ……くぅ……んっ………」 くったりと力が抜け、俺の腕へもたれる聖。 汗ばんだ額に髪の毛が張り付いて……この格好と相まって、すごくやらしい。 「大丈夫か? 聖……」 「はぁっ……はぁっ……。はい……♪」 「続き……する?」 「………はいぃ………♪」 「もっと……シたいです……♪♪」 「あっ……ん」 シンクに手をつき、お尻を俺へと突き出す聖。 水が低いところへ流れるみたく自然に、聖はそうしていた。 「あ……私、すごくいやらしい格好をしている気がします……」 「やっぱり、私……人間のようになってしまったのでしょうか……」 「いいんだよ、それでも。聖は人間でもいいんだ」 「でも、私は……」 「いいんだ。人間でも天使でもっ……どっちでも、俺の大好きな聖だよっ」 ズボンを下ろし、下着を濡らすほどに猛っていたペニスを、イったばかりでグチュグチュになっている聖の膣口へ押し当てる。 「でなきゃ、こんな風にならないだろ?」 「たくみっ……」 「……入れてもいい?」 「は、はいっ……!」 ぶぶっ……ひどく卑猥な音を立てて、俺のものは聖の中にもぐりこんで行った。 「あ、あああっ……〜〜〜〜!!!」 粘膜を亀頭でニュルニュルかきわけ、彼女の奥と俺の先端が密着すると、言葉にできないくらいの幸福感が背筋を駆け抜ける。 かすれた声をあげて、早くも膝から崩れそうになる聖を、俺はお尻を抱え込むようにして支えた。 「大丈夫か、聖っ? いきなりすごい奥まで入っちゃったなっ……」 「だ、だいじょうぶ、れふっ……はぁ、はぁ……」 「聖の中も、いつもの倍くらいニュルニュルだったよ……」 「あぁあっ、たくみ……」 聖は俺の手を取ると、そこに無心でキスしながら切なげに促す。 「それじゃあっ、私の中で、好きなだけ……動いてください……っ」 「ああっ、聖っ……!!」 エプロンから溢れたまあるいお尻に、俺は無我夢中で腰を使い始めた。 ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ。 濡れた肌と肌が打ち合わされ、粘膜と粘膜がぬめり合わされるたび、快感と幸せが俺たちを包む。 「ひぃっ! あっ! あっ! あっ!!」 ふざけて、軽くお尻を叩いてあげる。 すると膣内がギューーッと締まり、聖にも意外な反応が訪れた。 「だめ、です。そんなに、いじめないでくださ…あ、あ、あ」 「で、でもっ私は、夕食の準備をほっといて、こんなことしてる、いけない奥さんだから…」 「もっとっ、もっとおしおきしてください……!」 なんだか、そういうプレイをしてるような気持ちになってしまうっ…。全然そんな趣味、なかったはずなのに! その度、聖のナカはギュウッ、ギュウッ、と音がしそうなくらいに俺の肉棒を締め付けてきた。 「ふぁっ!! ふああぁんっ!!」 「あっ、あふっ、すごいっ♪ きもちっ♪ ヘンな声出ちゃうっ……」 「困った奥さんだなっ、おしおきなのに気持ちいいのかっ?」 「でもっ……でも、きもちぃっ……!」 聖っ……もうこんな奥で感じてるのか? こんなとこ突付かれたら、痛かったり苦しかったりしそうなのに……。 でも俺も、気持ちよくてやめられない。 天使のような聖……ホントに天使みたいな女の子が、俺のために、こんな風に乱れてくれる。 差し込む日差しに照らされる背筋に、お尻に、汗をいっぱい浮かべて乱れてくれる聖が、かわいくて……気持ちよくて……。 ついつい、そのカラダに肉棒を突き入れてしまう。粘膜を耕すように、しつこく腰を使ってしまう。 感じる場所を探すように、じわじわといじめてしまう。 「ふわぁあっ、あっ、はあっ、はあっ、あぁっ」 「お、お、奥、すごひっ、グリグリされるの、すごく、感じます!」 「はぁっ、はぁっ、聖っ、聖っ……!!」 「だんな様はっ、どうですかっ…? っ、あっ、あんっ…きもち、いいですかっ…!?」 「ああっ、きもちいいよっ……すごくっ……いいっ……!!」 「はぁっ、はぁっ……嬉しいっ、たくみっ……はふっ、はふっ……」 シンクを掴んでいた手を離し、俺の手を取る聖。 その手には汗の雫が、指輪みたいに光っていた。 俺は聖の手を取ってカラダを引き寄せると、彼女のたわわな乳果実を、鷲づかみにする。 そして彼女の裸体とピッタリ密着すると……遮二無二腰を使って、彼女の膣のおなか側を、ニョリニョリとえぐりまわした。 「あ! あ! あぁっ」 「あ、あっ、あぐ、ううっ、そ、そこ、何度も、されたらっ……あっ、あっ」 「力、抜けちゃうっ。 だっこ、だっこしてて、くださぃいっ」 「いいよっ、だっこもするしっ……こんな風にも!」 鷲づかみしたままの、聖の乳房。 その先端に指を押し込み、ぎゅーっと乳首を押しつぶしてやる。 聖のカラダが痙攣めいてガクンッと踊り、愛液まみれの腰がみっちりと俺の股間へ押し付けられた。 「ふぁあああ!! だめ、それっ、ダメですぅっっ」 「おっぱいっ、おもちゃにしちゃ、ダメっ…あうっ、くうぅうんっ! ヘンになっちゃうぅっ!」 「いいのっ! ヘンになっても、みんな食べちゃうからっ」 「俺の聖の、おいしいところっ……夕食の前菜に、みんな食べちゃうからなっ!」 俺のもの、なんて、おこがましい……。 でも今はそうしたい、聖の全部をしたい! 俺は彼女のカラダ中を愛撫し、耳たぶをしゃぶりながら、夢中で腰を使った。 愛液でぬるつく床に、足を踏みしめて。 彼女の尻と俺の股間をピッタリ密着させ、彼女の最奥に亀頭でキスしたまま、ぐーりぐーりと腰を使うと、聖はほとんど悲鳴みたいな声をあげた。 「ひゃああああんっっ!!! ぅあっ、ぅああっ」 「ああっ、聖っ! 俺もっ……」 「ナカっ、ナカですよっ、いっぱいナカにくださいねっ!」 「いっぱい、いっぱいナカに出してっ…あっ、あっ、ああああっ……私にっ、赤ちゃん作ってぇええ!!」 「ぐっ、あああああっ……ひじりぃぃっ!!!」 どくっ! どくっ! どくんっ!! びゅるるる!! 「くあっ……あっ……、あ……………!!!!!」 「くっ……うぅっ……!!」 息を詰まらせ、顔を真っ赤にしながら聖がカラダを反らせる。 狂おしく締め付ける膣内のぬめりが、俺のペニスから精液を搾り出し、その迸りを感じた聖が、また胎内を締め付ける。 「はぁ……はぁ……はぁ…………」 「たくみ……さん……♪」 「なんだ……? 聖……」 「しばらく……このままで、いてくれますか……?」 「あなたのも、抜かないで…しばらく、ずっと……」 「……いいよ。聖」 「俺の大好きな、その……俺の、奥さん」 「奥さんで……天使」 「…………♪」 「いいですよ……今は、人間で……♪」 「……私もあなたが、大好きです……♪」 そうして俺たちは、いつまでも、いつまでも……気が遠くなるまで抱き合ったままでいた。 やがて俺たちは、お互いの体液でビチャビチャになった床の上に、膝から崩れ落ちた。 「…本日のメニューは、ぶりの照り焼きに、お刺身。そして大根と豆腐のお味噌汁です」 「後、サラダ」 「うんうん、どれもおいしいよ。すごいな聖は」 「そんなに一度に食べては、のどに詰まりますよ」 口いっぱいに料理を詰め込んでモゴモゴ言う俺を聖が笑う。 目の前には、さっきまで夢中でエッチしてた聖がいて……そして、彼女が作った料理を食べてる。 なんだか、見慣れなくて、夢みたいで……ちょっとシュールに感じられるくらいだ。 さっき乱れに乱れまくっていた女の子と、今の笑顔の聖は別人みたいで……。 ……でも両方、聖だ。 天使だったり……人間だったり……でも、全部俺の大事な、聖だ。 「ふむ」 「はんばーがーほどではないですが。よくできていると思います」 「いやいや、ハンバーガーと比べるものじゃないと思うよ? 特に、この照り焼きなんか旨すぎて……グルメ番組みたいなこと言い出しちゃいそうだ」 「……ふむ♪」 「その例えは、よく分かりませんが、おいしく食べて頂いているようで何よりです」 「食材となったいきものたちも、喜んでいるでしょう」 「ほんとほんと。ありがとうな、聖」 「……はい」 「な、なあ。聖」 「なんですか?」 「その……俺たち、こういう関係になっただろ」 「だから、その……」 「……なんですか?」 「あ、いや」 「その……」 「……??」 「…………」 「なんでも…ない」 「…そうですか?」 「…うん」 「…そうですか」 …本当は『そうですか』じゃない。 俺は言いたかったんだ。 聖の両親に、挨拶できないか……って。 いや、挨拶までとは言わない。 せめて……一度、会わせてくれないかって。 でも言えなかった。 何故か、言えなかった。 言うと、壊れてしまいそうな気がしたんだ。 ………何かが。 ……『何か』としか言いようのない、何かが。 「たくみ」 「どうか、しましたか?」 「あ、いや……ちょっと考えごと?してたのかな……」 「そうですか」 「あの……実は、お願いがあるんです」 「お願い? 何だ?」 「あ、あの」 「堀田さんから、もうひとつ聞いていることがあるんです」 「新婚の夫婦にとって、必ずすべきことがある…と」 「……?」 …なんだ? さっき裸エプロンで待ってたときみたいに、もじもじしてるけど……。 「…なんかまた、エッチなこと?」 「違います」 「うぐ」 「私はっ。私は……」 「その……あなたに……」 「……『あーん』して、欲しかったのです」 言って、聖は俺の口元を見つめる。 聖の手の箸には、卵焼きがひときれ、はさまっていた。 ……い、いかん。 多分俺も、さっきの聖みたいにモジモジしてる。 「そ、そうか。やって…みようか」 「はい」 「それでは、目を閉じてください」 「え? 閉じるもんだっけ?」 「閉じてください。恥ずかしいので」 「あ、ああ、分かった」 言われるままに、目を閉じる俺。 すると俺の正面から、かわいらしく震えた号令が聞こえてきた。 「あ…『あーん』」 「う、うん。……『あーん』」 「…はいっ」 ひょい、と俺の口に投げ込まれる何か。 ……多分、あっつあつの豆腐だ。 「た、たくみ!? 大丈夫ですか!?」 「う、うん。だいひょーぶっ……あふ、はふっ……」 ……まあいいか。 もう少し、その『何か』と一緒にいても……バチは当たらないよな。 「う……う〜ん……」 朝…か……。 「ふぁ〜あ……。おはよう」 「たくみ。おはようございます」 「あっ……」 キッチンからスッと歩み出てきた聖に、驚いて声が裏返ってしまう。 そうか。昨日はあのまま教会に泊まったんだっけ。 「おはよう聖。早いんだなあ」 「朝食の支度ができています。早く済ませないと遅刻をしてしまいますよ」 「え!? 朝飯作ってくれたの!?」 「はい。早くいただきましょう」 「う、うん。そうだね」 パリッと着込んだ制服の上にエプロンをつけている聖を見ていると、背筋が伸びるような気分になる。 昨日は、あんなにいちゃいちゃしたのに、しっかりしてるっていうか……頭が上がらないなぁ。 「何から何まで、ありがとう聖。まず、顔でも洗ってくるよ」 「はい」 「あ、でも………」 「ん?」 「その……今朝は、すみません」 「何が?」 「今朝は、制服の上に着ていて……すみません」 「何を?」 「あの……」 「えぷろん、です」 「…何でそれを謝るの?」 「よ、余計なことだったでしょうか」 「やはり、エプロンは裸の上に着たほうが、あなたは嬉しいかと思いまして」 な、なんつーことを気にしてるんだ、この子はっ。 俺は大慌てで、手のひらをブンブン振り立てた。 「し、しかし」 「さ……さっき……。あなたが、寝ているときに……発見したのですが……」 「とても……その……」 「お……おおきく…なっていたので……」 と、赤くなった顔を手で覆いつつ、指の間から聖が見つめている先……。 そこには、紛れもなく、パジャマをみっともなく膨らませている俺の股間があった。 「ったく。聖がヘンなこと言うから遅刻しちゃうじゃないか」 「すみません」 「ま、まあ……勢いでシちゃった俺も悪かったけど」 「はい」 「…でも、きもちよかったです」 「そういうことを、外で言わないっ」 「さあ、バカやってないで急ごう」 「はい」 俺が聖の手を取ると、聖がそれを握り返してくれる。 そんな彼女の手を引きながら、俺は足早に森の中を急いだ。 「なんだか、不思議な気分です」 「不思議な気分?」 「はい。普段は一人で学園に向かっているので」 「短い距離ですが、朝の森を二人で歩くのは、不思議で……」 「そう考えると、なんだか、新鮮なような……清々しいような……」 「とにかく、新しい感じがするのです」 途中で駄弁っていた他の生徒の隣を行き過ぎながら、聖は春の空を見上げた。 「あなたと一緒に暮らすようになったら……毎日、こんな気分なのでしょうか」 「ははは…なんか嬉しい言葉だな」 「………」 「聖?」 「うわっ、とっ、とっ……」 聖が急に立ち止まったので、つんのめってしまう俺。 慌てて体勢を立て直しながら、俺は彼女のほうを振り返った。 「聖? どうしたんだ急に」 「………」 「聖……?」 聖は呆然と、桜並木の向こうを見つめていた。 俺もそちらを見やるが……変わったものは何もない。 「聖、どうした? 宇宙人でもいたのか?」 「いえ」 「行きましょう」 ずんずんと、先に歩いて行ってしまう聖。 今度は、聖が俺の手を引いて歩く格好になってしまった。 「ど、どうしたんだよ聖〜っ」 「なんでもありません、急ぎましょう。遅刻など許されませんよ」 「私は天使なのですから」 「聖……」 なんだったんだ? 一体……。 それからの聖は、すぐに、いつもと変わらぬ聖に戻った。 教室で無茶をやって、二人してスゴい目で見られたり……。 中庭で、堀田さんたちと一緒にお昼を食べたり……。 俺たちは、いつもと変わらない1日を過ごした。 …はずだった。 なのに俺の心には、何故か……朝の聖のことが、ずっと残っていた。 さんさんと差してる太陽の中に、ぽつんと影がひとつ浮かんでるみたいに。 ずっとそのことが、気にかかっていた。 「聖、教会まで送って……って、またいないのか」 また俺んちで、何か企んでるんじゃないだろうな…。 とりあえず一度、教会も探してみるか。 教会に辿り着いた俺は、大きなドアをノッカーで叩いた。 「聖ー。いるー?」 「はい。います」 あれ? 聖、ここにいたのか。 俺はちょっと拍子抜けしながら、扉を開けた。 「いらっしゃいませ」 「すみません」 「少々、くさい作業に従事していたので」 と、平気な顔(いや、実際の表情は分からないけど)で言い放つ聖の手には、デッキブラシがあった。 聖は挨拶もそこそこに俺へ背を向けると、教会の床を、バケツに浸したブラシでガシガシやりはじめた。 「掃除してたのか。手伝おうか?」 「いえ」 ガシガシ。 「あ、あぁ…そうか。何かできることあったら、言ってくれよな」 「はい」 ガシガシ。 「………」 「………」 ガシガシ。 「な、なあ、聖?」 「なんですか?」 ガシガシ。 「さっきから、そこばっか洗ってないか?」 「はい」 ガシガシ。 「ここが特にくさいので」 「………?」 …誰かが、エロ本でも置いていったんだろうか。 俺は身に覚えがないぞ。前もってきたやつは、ちゃんと持って帰ったし。 いや、わざわざ持ってくる必要はなかったんだけど、ちょうどシスター特集だったから。どうせなら、教会で読んだ方が気分も出るかなぁって。 ……俺は誰に言い訳をしているんだ。 でも、とすると、何があったんだろう。 そう思って、聖が入った懺悔室をチラ、と横目で見る俺だが……。 (特に、変わった様子はないけど…?) 「うわっ!? なんだ!?」 乱暴に、大慌てでノックされる教会の扉。 一体何だ…と思う間もなく、ノックの主が飛び込んできた。 「周防さん! 周防さーん!!」 「あっ、桜井。周防さんいる?」 「ああ、そこで掃除してるよ」 「はい。あいむひあ」 「ちょっと周防さんに来て欲しいの。さっき岡田が見つけたんだけどさっ」 「はぁ!?」 俺たちは一も二もなく飛び出し、堀田さんが案内する場所へ向かった! そこには既に、騒ぎを聞きつけた生徒たちの人だかりができていた。 「おいおい…マジで赤ちゃんだよ」 「うわ〜、捨て子とか?」 「誰か先生呼んだ?」 「かわいそう…。すごい泣いてるー…」 「………」 (本当だ…。満1歳くらいの子が……) ひっくり返ったゴミ箱の側で、確かに赤ちゃんがギャン泣きしていた。 ハイハイで歩き回ったのか、ベビー服のヒザや手のひらが、ひどく汚れている。 そして、そんな赤ちゃんを懸命にあやしているのが…。 「おお〜よちよち。もう大丈夫だよ〜。よちよちよち〜」 「ほぎゃー。ふぎゃー!」 「岡田! 助っ人連れてきたよ!!」 「…って、助っ人って周防さんだったの!? どーして!?」 「だ、だって、先生は山田が呼びに行ったし。赤ちゃんには神の愛とかも必要かと思って…」 「ねえ周防さん、おねがいっ。この子、抱っこしてみて〜。周防さんなら泣き止ませられるかもっ」 「………」 「周防さん?」 「………」 「……聖?」 どうしちゃったんだ? けたたましく泣き続ける赤ちゃんを見つめたまま、棒立ちになってる。 まるで、今朝と同じだ……。 「聖、聖? 大丈夫か?」 「なんですか?」 「あ、あのね。周防さん。周防さんに、この子を抱っこして欲しいの」 「私が、ですか?」 「うん! 神様のラブとか、赤ちゃんに効きそうじゃない?」 「うんうん! きっと通じるよ!!」 「は…」 おそるおそる…と言った様子で、岡田さんが差し出す赤ちゃんに手を差し伸べる聖。 そして……。 何故か首根っこのところを掴んで、ひょいっと持ち上げた。 「…あれ!? でも赤ちゃん、泣き止んだぞ!」 「うぎゅー。あぶあぶ……」 赤ちゃんは、確かに泣き止んでいた。 笑うでもなく、怒るでもなく、ただ不思議そうな顔をして、ヨダレまみれの顔を傾げている。 聖も、そんな赤ちゃんの顔を、同じ角度に傾げて見つめていた。 「………」 「……ふむ」 「聞こえるのですね。神の声が」 「こ…これが…」 「神の、愛……?」 「い、いやぁ、偶然だろ……?」 「いえ、運命です」 「え?」 「朝から前兆はありました。これは運命です」 「運……命……?」 「岡田ー! 堀田ー!」 息せき切って駆けつけた山田さん。その後ろには、梢先生もいた。 「あ、ああ……聖が、ぶらさげてます」 赤ちゃんを持っていかれてしまう聖。 先生に抱かれて揺すぶられる赤ちゃんを、彼女は、未だに不思議そうな目で見ていた。 「………」 「先生は、さっきこの子を中庭で保護したんですー。桜の木の下を、ハイハイしていたの」 「だから保健の先生にどうしようかメールしてたら、そのスキに、どこかへ消えちゃって…だからずっと探してたの〜!」 (!! …じゃあ、ゴミ箱に捨てられてたわけじゃなかったんだな) 迷ってウロウロしてる間に、ゴミに突っ込んでた……って、ところなんだろうか? 真偽は分からないが。 だがそうすると、この子は、ただの迷子ってことになるな。 俺と同じことを思ったのか、岡田さんもおなかを撫で下ろしながら頷いた。 「ずいぶん元気な子なんですね〜。ママのところからも、その調子で逃げてきちゃったのかな」 「観光客かねぇ…。うちの学校の中庭見に来る人って、結構いるもんね」 「では、お父上とお母上が、どこかでこの子を探している可能性も……。今にもそこの木陰から飛び出してくるやもしれん!」 「そうだね。園内放送で呼び出しをしてみましょう」 「んじゃその間、赤ちゃんどうすんのよ。私たちで世話する?」 「……いいえ」 「その子のことは、神の仕事です」 「え?」 俺たちの輪から、一歩離れたところにいた聖。 彼女は俺たちの中にスッと割って入り、ごく自然な所作で、先生から赤ちゃんを取り上げた。 「あっ、周防さん……」 「…………」 …そして、暮れ始めた太陽に向かって、両手で赤ちゃんを掲げた。 「この赤子の面倒は、天使たる私が見ます」 「ひ……聖?」 「周防さん……??」 「え、えっと……」 「そ、そうね。周防さんがそういうなら、周防さんにおまかせしようかな。生徒の自主性を大事にしようと思います!」 「大丈夫? きちんとできる、周防さん?」 「はい。大丈夫です」 「これは、運命なのですから」 そう言うと聖は、てくてくと教会のほうへ戻って行ってしまった。 「お、おい聖!? どうしたんだよ、もう!」 「桜井君、周防さん大丈夫…?」 「なんか今朝からおかしいんですよっ。様子見てきます!」 どこかのスピーカーから響く梢先生の声が、両親を呼び出しているのが聞こえる。 俺はそれを遠くに聞きながら、聖のところへ急いだ。 「おーい、聖ー!」 …あれ? いない。 いるのは赤ちゃんだけだ。 椅子に寝かされて、きゃーきゃーと泣きまくっている。 「こんなところに放っておくなんて…。聖、どこ行ったんだよー!」 「ここです」 「ここです、じゃないの」 「どこ行ってたんだよ。赤ちゃん、思いっきり泣いてるじゃないか」 「…って、手に持ってるのなんだ?」 聖の手の上には、大きな料理皿がある。 そしてその上にあるのは……特大のハンバーガー? 「聖、これはなんだ?」 「はんばーがーです。自作することに成功しました」 「お、おう、それはめでたい…」 「…じゃなくて、なんでそんなもの持ってきたんだって聞いてるの」 「はい」 「その赤子に、あげようと思いまして」 と、祭壇へスタスタ歩み寄り、皿の上のハンバーガー(たぶんチーズバーガー)を手に取る聖。 そしてそれをおもむろに、赤ちゃんの顔へ……。 「これ」 「何をするのです」 「こっちのセリフです! 赤ちゃんがそんなの食べられるわけないだろ?」 「しかし。これは神に祝福されし食べ物、はんばーがーです」 「それでもダメですー。赤ちゃんは、まだこういうのは食べられないんだよ」 「そうなのですか?」 「そうなの」 「それより……赤ちゃん、ずっと泣いてるな。どこか調子悪いのかな」 「やはり空腹なのでしょう。これを…」 「やめなさい」 「眠たいのかも知れない。寝かしつけてあげよう」 「なるほど。それでは」 赤ちゃんを抱き上げる聖。おぉ、だっこしてくれるのか? と、思いきや、祭壇に赤ちゃんを置き……。 「おお、神よ。この赤子に、健やかなる眠りの時を与えたまえ」 「違います」 「いー加減にしなさいっ。赤ちゃんはそんな風に扱っちゃダメだろっ」 「しかし」 「あなたも見たでしょう。私に触られて、泣くのをやめるその子を」 「あ、ああ……確かに、見たけど?」 「私は、あのとき確信したのです」 「この子は、神の子――すなわち天使になるべき運命を持って生まれてきたのです」 「て…天使!?」 「ならば、相応しい育て方をしなくてはなりません」 そう言うと聖は大真面目に、泣いている赤ちゃんの耳元に顔を寄せ……。 「泣いてはいけません。これは運命があなたに与えた試練です。受け入れて耐えるならば、きっとあなたは天使になれます」 「天使ならば、眠気の試練にも耐えなくては」 なんだか分からない感情に突き動かされた俺は、半ば聖を突き飛ばすようにして、赤ちゃんと彼女の間に割って入った。 そして赤ちゃんを抱き上げ、テレビやら映画やらで見た記憶を元に、ゆっくりゆっくり揺すぶってあげた。 「おー、よしよし……よしよし……。うわ、赤ちゃんって凄い温かいんだな」 「…たくみ」 「待ってください。その赤子は神に……」 「聖、ダメだよっ。この子はまだ赤ちゃんだぞ? 運命だかなんだか知らないが、この子には、まだそんなの無理だってっ!」 「俺だって、よく分かんないけど……赤ちゃんは大事に大事に、愛してやんなきゃっ」 ゆーらゆーら……。 出来る限りの優しさを込めて、赤ちゃんを揺すぶってやる。 それが効いてるのかどうか分からないが、赤ちゃんの泣き声は、少しずつ和らいで来たような気がする。 「ほら、聖もやってみて」 「えっ」 「いいから。この子のこと、抱っこしてあげてみてくれよ。きっと、この子だって喜ぶから」 「で」 「でも」 「ほら、手を出して」 「でも」 赤ちゃんを差し出し、俺が一歩近寄る。 すると、聖が一歩下がる。 「聖っ」 「うう」 一歩近寄る、一歩下がる。 「聖?」 「ううう」 一歩近寄る、一歩下がる。 …終いには、聖の背中に壁がぶつかってしまう。 「ちょ、どうしたんだよ聖っ。これはただの赤ちゃんだ、怖くないぞ?」 「こ、怖がってなど」 「怖がってなど……いません」 「その子の試練は、その子が乗り越えるべきだと思っているだけです」 「聖……」 ……何だか、聖を追い詰めているみたいだ。 下を向いてしまった彼女には、俺のカラダが作った影が鬱々と落ちている。 俺は後ろめたさを感じながら、努めて静かに言った。 「おかしいよ聖。そんなのおかしい」 「いや……今朝からずっと、聖はおかしい」 「………」 「今朝、あの道で何を見たんだ? さっきから言ってる『運命』ってなんなんだよ?」 「………」 「天使にしか…分からないことです」 「…あ。また校内放送」 『桜井たくみ君。桜井たくみ君。赤ちゃんのことでお話があるので、職員室まで来てください』 なんだって!? 俺と先生に赤ちゃんなんて……。 いないはずだけど、そわそわっと、聖のことを見てしまう。 「?」 『…あっ!? 今、僕と先生に赤ちゃんなんていましたっけ? とか思って先生のことバカにしたでしょ! 先生ちゃんと分かって』 「うぬ……こんなときに」 「…………」 「聖。今、聞いたとおりだから、俺は少し出かけてくるけど……」 「その子のこと、ちゃんと見ててあげてくれよなっ」 聖に、赤ちゃんを差し出す。 「…………」 聖はそれを、無言で受け取る。 俺は後ろ髪を引かれながらも、その場を後にした。 「…………」 (さっさと済ませて、さっさと戻ろう…。聖と赤ちゃんが心配だ) 「あっ、桜井君!!」 「ご、ごめんね。先生も職員室に行かなきゃと思って急いでたから……」 「でもいいか。ここで会えたんだから、ここで話そう?」 「…いいんですか、こんな往来で? あんな放送の後だからウワサになるかも……」 「まあいいじゃないですか。で、本題は? 赤ちゃんのことですか?」 「あ、うん。そうなの」 「さっきから放送で呼んでるんだけど、赤ちゃんのご両親がなかなか来てくださらないのよ」 「手の空いてる人にお願いして、探してもらってもいるんだけど……。もしかしたらもう、校外に出ちゃってるのかも」 「えっ。赤ちゃんを置いて行っちゃったってことですか?」 「そうとは限らないよ。学校の外に探しに行っちゃったのかも」 「じゃあ……赤ちゃんはどうします?」 「うん、先生たちもそれで困ってるの。警察に連絡して決めてもらおうかって、他の先生方と相談してるんだけど……」 「でも、すぐにもご両親が戻ってくるかも知れないでしょう?」 「桜井君は、どうしたらいいと思う……?」 「う、うーん……」 俺に聞かれてもなぁ、とも思うが……。 「警察には、ちゃんと連絡したほうがいいとは思いますけど……」 「それはそれとして、赤ちゃんなら、しばらく教会で預かってもいいですよ。俺も泊り込みで世話しますし」 「はい。聖にも、赤ちゃんに慣れて欲しいし……」 「え?」 「ていうのも……なんだか聖、ヘンなんです。赤ちゃんに対して」 「扱いが分かってないっていう以上に、なんかおかしいというか……。上手く言えないんですけど」 「………」 「そっ……か……」 先生は一拍置くと、少し遠くを見ながら頷いた。 何故か表情には『驚き』がなく、代わりに『諦め』のようなものがあった。 そんな、先生の表情を見た瞬間―― 俺の心の端っこが、昨日感じた『何か』に、また、触れたような気がした。 その、冷たいような、苦しいような感覚が、俺の心をワサッと駆け抜けていったのだ。 「…………」 「……桜井君?」 「あの、先生」 「何?」 「聖のことで、ずっと聞きたいことがあったんです。先生なら知ってるかと思って、聞くんですけど……」 「聖の両親って、どんな人なんですか?」 「え……」 先生の視線が、一瞬泳いだ。 「ど、どうして?」 「いや……聖って、いつも不思議なこと言ってるじゃないですか。自分は天使だ……とかって」 「…………。そう…だね」 「それに……赤ちゃんに対する態度も、普通じゃなかった」 「それが、聖の生き方なら……聖が選んでしている生き方なら、俺にはどうにもできないこともあります」 「でも……聖がそれを、誰かから強制されたりしているなら……俺、それをしている人たちと一度話をしなくちゃって思ってて……」 「そういう極端な両親に、人生をメチャクチャにされた人を……知ってるんで……」 「…………」 「……先生。聖は両親に、何か変な育て方されたんじゃないでしょうか」 「さっき聖が、赤ちゃんにしたみたいに……」 梢先生は俺の話を黙って聞いていた。 そして俺が口を閉じた少し後、何かを察して、何回か小さく頷いた。 「あんまりね、他人が立ち入っちゃいけないことではあると思うんだけど……」 「でも桜井君は、周防さんと、他人じゃないもんね。心配だよね」 「は…はい」 「じゃあ……話してもいいかな」 先生は、先生にしては珍しい注意深さで、辺りをチラチラと見回した。 今は誰もいない。 「桜井君。今から話すこと、他の人には話さないでね」 「周防さんは……もしかしたら、そういう目で見られるのはイヤかも知れないから」 「は、はい。もちろんです」 「なら……話すけど」 「その……」 「周防さんは、両親がいないの」 「え?」 聖にヘンな宗教観を押し付ける両親を想像していた俺は、ヘンな声を出してしまった。 「…え? いない…?」 「うん。正確には行方不明なの」 「その……つまりね」 「周防さんは……捨て子だったの」 「…………!!」 ……それから聞いた話の内訳は、こうだ。 聖は、両親のいない捨て子だった。 まだ赤ちゃんだった頃に、ゴミ捨て場に放置されていたのを、近所の人に見つけられたらしい。 ゴミに埋もれた聖は、低体温と栄養失調で、ほとんど瀕死の状態だったそうだ。 聖が、捨てられていた赤ちゃんを見て『運命』を感じたのは、そのせいだったんだろう。 周防聖という名前は、彼女のベビーウェアに縫い付けてあったんだそうだ。 病院で体力を取り戻した聖は行政に保護され、施設で暮らすようになった。 小さな頃の聖は、とても無口な子だったそうだ。 誰とも遊ばず会話せず、視線も交わさず……。 ただただ、毎日窓の外を見ている子だったらしい。 しかしある日、聖は突然変わった。 何故か、自分のことを『天使』だと自称するようになったのだ。 いつものように窓の外を見ていた聖は、突然、同じ施設の子供たちのほうを振り返って宣言したそうだ。 「分かりました。私は天使なのです」 「聖は自分で……あんな風に……」 「そうみたいだよ。他の子の迷惑になるから、施設の人はやめさせようとしたみたいなんだけど、ダメだったみたいで……」 俺の心は、後悔でいっぱいだった。 俺は聖のことを何も知らなかったんだ。勝手な想像をしていただけなんだ。 それどころか、昨日は、見て見ぬふりをしていた。 見て見ぬふりをして、全部全部、いつ来るとも知れない『いつか』に任せて。 それにさっきは『赤ちゃんにはまだ、試練なんて無理だ』なんて言ってしまった。 聖は……その試練に耐えて、生き延びてきたんだって言うのに。 いつか、理容室で聖が話したことを思い出す。 ゴミだめに捨てられていたなんて……物心つく前の、現実味のない記憶の一つと思っていた。 親とはぐれて怖かった時のことを、そんな風に記憶しているだけだと。 けど、それは確かに事実で……そのときのことを、聖は鮮明に覚えているんだ。 「だけど桜井君。そんな悲しい顔しないで」 「えっ」 「桜井君は、今までどおりでいてあげて。周防さんは桜井君のこと、心から好きなんだと思うから」 「だから今までどおり優しく、周防さんを支えてあげて欲しいの」 「……先生」 ……まるで、普通の先生みたいだ。 ぽかんとする俺の目を真っ直ぐ見つめながら、先生はしっかりした口調で続けた。 「周防さん、もしかしたら今、凄く不安定になってるんじゃないかと思う。だからしっかり、あなたに支えてあげて欲しいの」 「だって周防さん……明らかに、さっきの赤ちゃんに自分を重ねて見てるでしょう?」 「え、ええ……そうですね」 「周防さん……捨てられていたときの自分のことを、何故だかずっと覚えてるらしいから」 「あーん、あーん」 「…………」 ……困りました。 ちっとも泣き止んでくれません。 祭壇の上に赤子を置いてからしばらく経ちますが、この子は泣いてばかり。 赤子とは、こんなにか弱い存在なのですね。 …私もかつて、こんな存在だったのでしょうか。 ……あまりいい気持ちがしません。 「さあ、泣くのはやめるのです。試練に耐えなさい」 「寂しいのですか。寒いのですか」 「それとも、父や母が恋しいのですか」 「あーん、あーん」 「しかし耐えねばなりません」 「その試練に耐えれば、あなたも天使になれるのですから」 「そのとき、きっと気付くでしょう。あなたの真の両親は、神だということに」 「あ゛ーん! あ゛ーん!」 「ふむう」 …神の声が聞こえないのでしょうか。 いえ、この子は選ばれし子供。 私と同じ、神の子となる運命を背負って生まれた子供です。 だって私と同じ場所で、私と同じくささを感じながら目覚めたのですから。 だからきっと、私と同じ声を聞くはずです。 「さあ、神の子よ。心を研ぎ澄まし神の声に耳を傾け……」 「あ゛ーん! あ゛ーん!」 「神の声に耳を……」 「あ゛ーん!! あ゛ーん!!」 「神の声に……」 「あ゛ーーーーーーーーーーーー!!!」 いけない。大声を出してしまいました。 あっちょんにしたように振舞っては、伝わるものも伝わりません。冷静に、冷静に。 「赤子よ。そんなに母が恋しいのですか。しかしあなたをあんなところに置いていった両親ですよ。そんな者のことを、何故恋しがるのです」 「そんな者のことは忘れなさい。あなたには神という親がいます」 「今の苦しみを試練として受け入れ、神の愛を受け止めるのです」 「あ゛ーん!! あ゛ーーーーん!!」 「…………」 ……おかしいです。私の言葉が通じません。 ……何故、そんなに泣くのですか。 ………何故、そんなに寂しがるのです。 かわいい顔を、こんなにぐちゃぐちゃにして……。 こんなに……。 こんなに……悲しそうな匂いをさせて……。 「……しよ…し…」 「……よし…よし……」 あれ。 あれれ。 私は何をしているのでしょう。 不思議です。私が、赤子を抱いています。 「よし…よし……。よし…よし……」 「ほぎゃ……ふぎゃー?」 「泣いてはなりません…。ほら、たくさん抱っこしてあげますから…」 温かい……いえ、熱いくらい。 柔らかくて、本当に柔らかくて……少し力を入れたら壊れてしまいそう。 どんな風にすればいいのでしょう。 さっきたくみさんがしていたようにすればいいのでしょうか。 こんな風に揺すぶってあげれば……赤ちゃんは、気持ちいいのでしょうか。 見よう見まねで『それ』をする私を、腕の中から赤ちゃんが見上げてきます。 「あぶ……。あー?」 「おや。泣き止みましたね。少しは気分がよくなりましたか」 「あーあ。あーあ〜」 「ふむ。当然です。天使が抱っこしているのですからね」 「あ〜あ〜。ま〜ま〜」 「な、軟弱な。母親のことなど忘れろと言っているでしょう」 「ままー。ま〜ま〜〜」 「…………」 「……し……仕方、ありませんね」 「……あなたには失望しましたよ? あなたには、神の試練は相応しくないようです」 「しっかり抱っこしていてあげますから。本当の母が迎えに来るまで……ここで養生していきなさい」 「だー? まーま……。まーまー?」 「…………」 「大丈夫……ママはきっと迎えに来ます」 「きっと……来てくれますからね」 「…………」 教会へ戻る脚どりが重い。 (気が重いな……。聖とこれから、どうやって向き合おう) (でも聖は、俺なんかよりずっと大変な思いをしてきたんだ。俺がひとりで落ち込んでどうする) 赤ちゃんのことだってあるし。聖のためにも、気持ちを奮い立たせなくては……。 俺はひとつ息をついて、教会の扉を開けた―― 「聖。戻ったよ」 「あっ」 「あっ」 聖と目が合う。 ……赤ちゃんを愛おしげに抱いて、ゆらゆら揺らしている聖と。 「おかえりなさい」 「ひ、聖…………!! 抱っこ、してあげてくれてるのか!?」 「そんなに驚くことではありませんよ」 と、例によって涼しい顔で言う聖。 「こんなにかわいくて頼りなく、もちもちしたいきものに、試練は酷だと思っただけです」 「本当の母親が迎えに来るまで、この天使が保護することにします」 「そ……そうなの?」 「だー。あぶあぶ……きゃはは♪」 「おや、ごきげんですね。よいことです。よちよちよち……」 「きゃははは♪ あぶー♪」 「聖……」 (ふ、不思議だ……。さっきまで、触るのも嫌がってたのに) 「この子は、女の子なんですよ。さっきおむつを替えてあげました」 「そ、そうか。でも替えのおむつはどこで……」 「私の制服のブラウスです」 「大丈夫ですよ、替えはありますから」 「さっき堀田さんが、近所のおばあさんから乳母車や抱っこ紐などを借りてきてくれたのですが、おむつは在庫がなかったのです」 「そ、そ、それは分かったけど……じゃあ紙おむつとか離乳食とか、後で調達しなきゃな」 「そうですね」 ほ、ほんの20分ほど目を離しただけだったのに、えらい変わりようだなぁ。 母性とか、そういうのの為せるワザなんだろうか? ……なんか陳腐な言い回しだけど。 「ところで、先生は何のご用だったんですか?」 「え? あ、ああ……」 …しどろもどろになってしまう。 さっきの感情が顔に出ないよう気をつけながら、俺は聖に言った。 「ごめんよ。実は、勝手に決めちゃったことがあって」 「少しの間、その赤ちゃんをここで預かって欲しい……ってことになったんだ」 「おや」 「聖はもともと、そうするつもりだったみたいだけど……改めて、お願いできないかな。俺も泊り込みで手伝うから」 「構いませんよ」 「今は私たちが、この子の親代わりですね」 「そ、そうか? なんか照れるな、その言い方は…」 「…………」 「ん? どうした?」 「何か、私に話していないことはありませんか」 「やはり」 「あなたから、そういうにおいがします」 聖は赤ちゃんを抱いたまま、俺に向き直った。 おさげをグニグニ引っぱられているが、表情は変わらず。 「何かあるなら、話してください。妻に隠し事はいけません」 「あぶぁー。ぶぁー?」 「ねえ。隠し事だなんて、いけないパパですよね」 「わ、分かったよ。言うよ」 俺はまたひとつ息をつき、言った。 「…先生に聞いたんだ。その……」 「?」 「聖の……生まれの、こと……」 「…………」 赤ちゃんに引っぱられ、また聖の頭が左右に揺れる。 しかし聖の表情は、やっぱり変わらなかった。 「ふむ。そんなことでしたか」 「えっ」 「私は確かに、この子と同じようにゴミ捨て場に放置され、孤児院で育ちました」 「しかしそれは全て、神の導きたもうた運命。私を天使として生まれ変わらせるための試練だったのです」 長椅子のひとつに、赤ちゃんと一緒に腰掛けながら、〈滔々〉《とうとう》と語る聖。 ずっしり重いものを感じてる俺と違って、彼女の声にも顔にも、悲しみの色はなかった。 「この子と違って、神の子となる運命を背負った私は、無事試練に打ち勝ち、天使として覚醒することができました」 「だからあなたも、どうかお気を使わず。悲しい顔をしていると、赤ちゃんも怖がります」 「む…難しいよ。俺の身に起きたことじゃないけど、悲しいし、腹も立つ」 「子供を捨てるなんて……。最低だ」 「私は捨てられてなどいません。神に拾い上げられただけなのです」 「それからは、神が私を守り、愛してくれました。悲しみや怒りにさいなまれるどころか、喜びに満ちた半生だと思っています」 「じゃあ……会いたくは、ないのか?」 「誰にですか?」 「その……母さんや、父さんに」 「もし俺が聖なら……会って、ひとこと言ってやりたい」 「たくみ。私は常々申し上げています」 聖は再び立ち上がり、少し早口で言い切った。 「私は神に育てられたのです。神こそ、私の父であり母です」 「私のこの体を世に産み落とした者は、確かに存在するでしょうが、それは全て、神へ私を届けるための運命に基づいた、手続きに過ぎません」 「その者たちに会いたいとは思いませんが、感謝はしていますよ? その者のおかげで私は、神に会うことができたのですから」 「…………」 ……俺は、何かが分かったような気がした。 聖は、こう思うことによって――自分が天使だって思うことによって、戦っているんだ。 全部、神様に近付くための試練だったんだ…って、そういうことにして……。 そう思うことで、自分の身に起きたことを、やっと受け止めているんだ。 (祈れば救われる、試練を受け入れれば救われるって、ずっと聖は言ってた…) (でもそれって……こういうことだったのか……?) 「たくみ?」 「おむつや食事を買いに行きましょう」 「お、おお。そうだな」 「でも、俺がひとりでいくよ。聖はその子を見てなきゃいけないし、大変だろう」 「いえ」 「三人で行きたいのです。乳母車もありますし」 そう言うと聖は、どこかうきうきした手つきで、俺の腕に手を絡めた。 「さあ、行きましょう」 「あ、ああ」 ……そうだ、気分を変えてお出かけしよう。 俺は明るく、聖を支えてやらなくては。 「う、う〜ん。なんか、落ち着かないな」 乳母車を歩道の上にゴロゴロ転がしながら、歩く俺。 しかしこいつの中に赤ちゃんが乗ってると思うと、ちょっとした揺れにも凄く緊張するんだよなぁ。 「聖、赤ちゃん大丈夫か? どこか痛がったりしてないか」 「大丈夫ですよ。そんなにおっかなびっくりにならなくても」 「ほ、本当に? でも赤ちゃんってあんなに柔らかいし、ちっちゃいしさぁ」 「ふふ。赤ちゃんは怖くありませんよ」 ……なんか、さっきと立場が逆だな。 乳母車を押す俺と手を繋いで歩く聖は、『キラキラ』って擬音をつけたいくらい楽しそうだった。 「ふんふんふん♪ ふんふんふん♪」 楽しそうに鼻歌を歌っては、俺に肩を寄せたり…。 「ご機嫌はいかがですか? くまちゃん」 「あぅあー? くふふふふ♪」 乳母車の中を覗きこんで、おどけてみたり。 「見てください、たくみ。この子、私が手を振ると笑いますよ」 「よかった、きっと聖が好きなんだな」 「ところで聖、くまちゃんって……?」 「はい」 「幼いですが、彼女もまた人間です。赤ちゃんや赤子と言った一般名詞で呼び続けるのは、失礼かと思いまして」 「あー……名前をつけてあげたのか」 「はい♪ 私たちで預かっている間だけ、そう呼んであげようと思うのです」 「あんよとおててが丸くて小さくて、ヌイグルミのくまみたいでしょう?」 「ホントに?」 ちょっと乳母車を止めて、正面に回って赤ちゃんの顔を覗き込む。 聖も俺に倣って、そうした。 「あはは、確かに! ヌイグルミみたいでかわいい手だな」 「でしょう。この子は『くまちゃん』って呼ぶと、上手にお返事をしてくれるんですよ」 「ね、くまちゃん」 「だー? あーい♪」 「ホントだ! 聖のほう見て笑ってる!」 「俺も呼んでみよう。くーまちゃん」 「あーい♪ くふふふ……」 「おお……なんか、胸がジーンと来るな!」 「そうですね。嬉しいです」 「私たちのことが分かるんでしょうか。私たちのことをどう思っているんでしょう」 「うーん。どうだろうなぁ」 な、なんか新婚夫婦の会話みたいで、恥ずかしいな。 そう思って、チラッと聖の方を見ると……。 「…………」 「あ、あのー……正直に話すから、聖も正直に答えてくれない?」 「……なんですか?」 「今……新婚さんみたいだ、とか、思ってなかった?」 「…………」 春の夜の外気で冷えた聖の手が、俺の手をギュッと掴む。 「…思っていました」 「この子の、父と母になったみたいだって」 「そ……そっか」 「あぶぁー……? ぶぁーあー」 恥ずかしそうに黙る俺たちが退屈なのか、赤ちゃんは首を傾げ、意味もなく手を振り回す。 赤ちゃんの、その手に急かされたように、聖は俺の手を取ったまま立ち上がった。 「さあ、行きましょう。くまちゃんが風邪をひいてしまいます」 「あ、ああ。そうだな」 「天使はそんな過ちを犯しません」 「天使の……夫もですよっ」 「あ、ああ」 …ずっと照れてるせいで、どもりっぱなしの俺。 ふたりで乳母車を押して、スーパーで買い物を始めても、なかなかそれは収まらなかった。 さっき頭を過ぎった『新婚』という二文字が、ずっと心の中をザワザワさせてて……。 だけど、いつまでも浮ついてる場合じゃない。 『何か』と向き合わなければいけないときは、すぐ間近に来ている。 実は俺……先生から聞いているんだ。 今朝、聖が見たのが、なんだったのか。 「ふぁあぁ〜〜あ。眠い……」 昨日は、よく眠れなかった……。 くまちゃん、ずーっと夜泣きしてるんだもんなぁ。 離乳食も上手く食べてくれないから、粉ミルクを買いなおしにいくハメになるし……おかげで俺も聖もヘロヘロだ。 初めは一緒にベッドで寝ていた聖だけど、四時ぐらいにくまちゃんが泣きやんでからは、棺おけに避難してたもんなぁ。 (買い物に行くときは『新婚』って言葉の甘いところに舞い上がってたけど……苦いところもやっぱり、あるんだよなぁ) 「…おはようございます」 「お、聖。支度は済んだのか」 「こんぷりーと」 「…その服で行く気か?」 「………」 「…待ってるから。着替えといで」 「はい」 「お待たせしました」 「今度こそこんぷりーと」 「おう、お疲れ様」 「って……聖、抱っこ紐にくまちゃんが入ってるぞ」 「あぶあぶ……すやすや」 「はい」 「置いていくわけにもいかないと思いまして」 「それは確かにそうだけど……。じゃあ、保健室で預かってもらおうよ」 「ダメです」 ぷいっ。 「くまちゃんの世話は、天使の仕事です」 「ぐぬぬ……じゃあ仕方ない、連れて行こう。先生にも、話を通そうな」 「はい」 授業中に泣き出して、周りに迷惑をかけないといいんだけど……。 さて、教室についたぞ。 (不安だ……。ここまでの道のりでも、結構好奇の目で見られてるし) 「先生は、まだ来ていないようですね」 「じゃあ聖は、ここで待っててくれ。俺は先生のところに……」 「きゃあ〜〜〜〜〜っっ」 「かわいい〜っ!! この子、どこの赤ちゃんっ?」 「もしかして周防さんと桜井君の赤ちゃんとか〜? 妬かせるなぁ、このこのー!」 「ねえねえ、ちょっと抱かせて〜!」 い、いかん。この事態は予想してなかった。授業どころじゃない。 赤ちゃんに黄色い声をあげて集まってくる女子たちの波に押され、聖はくるくる回転していた。 「だーっ!! お前ら、聖に群がるなー!!」 「何やってんの、桜井?」 「あっ、昨日の赤ちゃんだ!」 「ああっ、堀田さん! 助けてー!」 「何よー、少しくらいいいじゃない。けちー」 ぞろぞろ……女子の包囲が少し弛む。 ひと息ついて、抱っこ紐の中の赤ちゃんを抱きなおす聖を、女の子たちは目をキラキラさせて見つめた。 「でもホントにかわいい〜。ほっぺサラサラぷにぷにだよ〜〜♪」 「ねえ、名前はなんていうの?」 「くまちゃんです」 「きゃー!! なおさらかわいいーー!!」 「あはは〜。みんなのアイドルになっちゃったね、くまちゃん♪」 「はい」 「くまちゃん、みなさんにご挨拶は?」 「ほげー? あーいー♪」 「でも、教室に連れてくるのはマズかったんじゃないの? 大騒ぎになっちゃったじゃん」 「うーん。聖が、自分が世話をするんだって言って聞かなくて……」 「あちゃー♪ 尻に敷かれてるなぁ、桜井」 「な、なんとでも言えっ」 「あっ、先生」 「先生、見て見てー! 周防さんが赤ちゃん連れてきたんだよ!」 「かわいいでしょー♪」 「かわいいでしょう」 「よかったわ周防さん! 赤ちゃんと仲良しになれたのね!!」 「はい。なかよしです」 「ダメです」 「くまちゃんは、私のです」 「いいじゃんいいじゃん、今日は周防さんの赤ちゃんを愛でる日ってことで♪」 「ねー、いいでしょ。あけみちゃ〜ん」 「そんなカタいこと言ってるから、いつまでも処女なんだぞー?☆」 あ……これ、逆効果だな。 「ぅ……」 (聖………) 「……さあ、聖。くまちゃんを先生に渡して」 「だー? うー?」 「…………」 今にも泣きそうな顔で赤ちゃん……くまちゃんを抱いたまま、身じろぎもしない聖。 そしてそれを、困り笑顔で見つめる保健の先生。 この状態が、もう三分も続いている。 「聖〜、大丈夫だよ。授業の間、預かってもらうだけじゃないか」 「…………」 「そうよ周防さん。私がひと時も目を離さないで見ててあげるから。安心して授業に行って頂戴」 「……本当ですか」 「本当、本当。先生も子供いるんだから、ウソは言いませんよ」 「あーぶー。まーまー♪」 「…………」 ……まだ不服そうな顔をしながら、聖は、くまちゃんを保健の先生に差し出した。 「………はい」 「うふふ、ありがとう周防さん」 「だー?」 「…………」 「こ、こら、聖!」 「…………」 聖は黙ってくまちゃんの脚を離すと、くるりと踵を返してさっさと教室のほうへ駆けて行ってしまった。 「あっ、聖!」 「すいません、先生……」 「いいのよ、気にしないで。あの子、この赤ちゃんが大好きになっちゃったのね」 「まー? まーまー!」 「あらあら、あなたも周防さんが好きなのね♪ うふふふ……」 「でも、困ったわね。この子、昨日中庭で見つかったって言う迷子でしょう?」 「いつかご両親も迎えに来るでしょうし……あんまり思い入れちゃうと、別れが辛くなるでしょうねえ」 「は、はい……」 確かに、そうだな……。 その辺りを、聖も理解してくれているといいんだけど……。 「ふんふんふん♪ ふんふんふん…♪」 放課後。 くまちゃんを返してもらえた聖は、すっかり機嫌を直し、彼女に頬擦りしながら歩いていた。 「ふふ♪ 柔らかいですね。もちもちですね」 「あじゃむー。むぁー♪」 「ふふ…♪ 私も、あなたが大好きですよ♪」 「ぐぬぬ……赤ちゃんに嫉妬しそうだ」 「それはいけません。嫉妬は大罪です」 「あなたのほうが好きですから、大丈夫ですよ」 「そ、そうか? そりゃどうも……」 って、デレデレしてる場合じゃない。 「だけど聖、大丈夫か? あんまりその子と仲良しになると、本物のお父さんやお母さんが迎えに来たとき、大変だぞ」 「分かっています」 「ホントに?」 「分かっています」 「ねえ、くまちゃん♪ こちょこちょこちょ……」 「きゃっきゃっきゃ♪ うひゃー♪」 「うふふ」 (分かってない気がする……) 聖って時々、子供みたいになるから心配だな……。 それに……。 「…………」 「ん? 聖?」 「…………」 おもむろに、マスクをかぶる聖。 その視線の先には、教会の入り口――扉へ通じる階段のところに、座り込んでいる女性がいた。 「あ……」 「…………」 つかつかと、歩みを早くする聖。 聖は俺のことをさっさと追い越し、女性の脇も通り過ぎると、何も見なかったとでも言うように、教会の中へ消えた。 「聖……」 …… 「あの……」 …… 女性もゆっくり立ち上がると、初めからそこにいなかったかのように、静かに去っていった。 「…………」 ……聖と話さないと。 ガシガシ、ガシガシ……。 デッキブラシが床を激しく擦る音が、教会中に響いていた。 「…………」 聖はひとことの言葉も発せず、ロボットめいた執拗さで、延々と床を磨いていた。 「……聖」 「はい」 ガシガシ……ガシガシ……。 「赤ちゃんは?」 「くまちゃんなら、そこの椅子の上です」 ガシガシ……ガシガシ……。 「そ……そうか」 「はい」 ガシガシ……ガシガシ……。 俺は、毛布に包まって寝ている赤ちゃんの隣に荷物をおくと、緊張で裏返りそうな声で、聖に言った。 「実は、昨日……先生に聞いたんだ」 「お前を捨てた両親が……今、どこにいるのか」 「…………」 ……聖の手が止まった。 「お母さんは、かなり長い間入院していたらしい。つい最近、退院したんだそうだ」 「お父さんは、ずいぶん前に亡くなってるそうだ……。聖が生まれて、すぐのことらしい」 「…………」 「そのお母さんから、昨日の夕方、学園に連絡が来たらしい」 「お前に……会わせてくれないかって」 かつん。 聖はブラシを脇に置き、俺を振り返った。 表情は見えない。マスクに全部隠れてしまって。 俺は、レンズの奥にあるはずの瞳に向かって、ひとつひとつ言葉を選んで話しかけた。 「このタイミングで、なんの偶然か……って、先生も驚いてた。でも…本当なんだ」 「今の人……お前の、お母さんだよ」 「…………」 聖はガスマスクを取って、俺を見つめた。 ガスマスクについたレンズみたいに、その目は無表情だった。 「……聖。お母さんは、お前に謝りに来たんじゃないのか」 「知っています」 「え」 「教会が、ひどいくささで満ちています。この世の汚物をすべて固めて鍋で煮詰めたようなにおいです」 「私がこの世に生まれ落ちてから、初めて感じたにおいを思い出します」 「ツーンとくるにおい、ムッとくるにおい、生臭いにおい…。ゴミ捨て場のにおいです」 「すなわち、この世のにおいそのものです」 「そして、私をそこに置いていった女のにおいです」 「聖……」 「きっとここで懺悔していこうとしたのでしょう。しかしそんなこと、神は許しません」 まるで呪文を唱えるように一度に、聖は吐き出した。 冷たい憎しみが隅々まで塗り込められた、背筋が凍るような声だった。 「この世に、私の母はいません。私の母は神です」 「ですが、子供を捨てる女など、神はどのように懺悔しても許さないでしょう」 「…確かに、俺だって思うよ。聖を捨てておいて、どの面下げて会いにきたんだって」 「でも、それを心から悔いてるからこそ、ここに来たんじゃないのか?」 「…………」 「お前とのことだって、何か事情があったのかも。お母さん病気してるんだろ? 謝罪の言葉くらい聞いてやってもいいんじゃ……」 「必要ありません」 「で、でも! 神様は、祈れば許してくれるんじゃないのか?」 「罪を認めて真摯に祈れば、それは濯がれるって……お前だって、俺に言ってくれたじゃないか!」 「どうして分かるんだよ、偽りだなんて!」 聖はぴしゃりと言って、ひとつ俺に歩み寄った。 「私は覚えています。あの人が私を捨てていった日のこと」 「ゴミ捨て場の私を見つめる冷たい視線」 「私から離れる手」 「ひとつも速度を緩めずに遠ざかっていく背中」 「あの女は私を捨てたのです。それがどういうことを意味しているか知っていて、そうしたのです」 「そんな人間が、私に何を謝るというんですか」 「そこのくまちゃんを見てください。こんなにかわいくて小さくて、寄る辺のないものを、あの女は捨てたのです」 「そんな心を持つ者を、あなたは許せますか?」 「そ…それは……」 「そんな悪を心に持つ者の謝罪など、空虚です。救いを得たいがための、利己的な感情から生まれた偽りです」 「神も私も、そんなものは受け入れません」 ……返す言葉がない。 思えば俺は、何で聖と言い争ってるんだ。 なんで聖の母さんの側に立ってるみたいな格好になってるんだ。 ほとんど聖と同じ気持ちなのに。俺だって、子供を捨てるような人間のこと許せないのに。 でも。 でも。 理由の説明できない、たくさんの『でも』。 それが、脆弱な俺の心に絡み付いて、離れなかった。 それが、俺に問いかけていた。 『本当に、それでいいのか』って。 「本当に……」 「?」 「本当に、それでいいのか……? 聖は、それで……」 「……分かりません。あなたは何故、そんな目で私を見るんですか」 「私があの人と会うことが、あなたにとってそんなに重要なのですか?」 「だ、だって……」 「本当の、母さんなんだぞ……?」 「私にはちゃんと、神という素晴らしい母親がいるのです。あんな人、必要ありませんっ!」 「あぶ……うぁ〜〜〜ん! あ〜〜〜〜ん!」 泣き出した赤ちゃんの声を聞いて、聖の表情がサッと変わる。 怒った普通の女の子から、天使の顔に戻った聖は、大慌てで赤ちゃんに駆け寄り、抱き上げた。 「ああ、ごめんなさい。驚かせてしまいました」 「大丈夫ですよ。大丈夫。もう怖いことはありません、誰も怒っていませんよ」 「あ゛ぁ〜〜〜!! あ゛ぇあ〜〜〜!!!」 「どうしましょう……どうしましょうっ」 「あっ、聖!」 聖は赤ちゃんを抱いたまま、肩で扉を押し開けて外へ出て行った。 「聖……」 ううっ……。 うううっ………! 感じたことのない、猛烈なもどかしさ―― 俺はその手で、自分の頬を張った。 「あ゛ぁ〜〜〜〜!! あ゛〜〜〜あ゛〜〜ん!!」 「おおよしよし、よしよし……ごめんねくまちゃん。私がいけませんでした。よしよし、よしよし……」 私としたことが、なんということでしょう。憤怒の大罪に身をやつしてしまうなんて。 それに大事な大事な、大事なたくみさんに『愚かな考え』だなんて。 どうしましょう。どうしましょう。みんなあの女が悪いんです……! 「あぅあ〜……だ〜〜?」 「……くまちゃん?」 「だー、うー…? あぶー」 「泣き止んでくれるなんて…。私の気持ちが分かるのですか?」 「あぶぁー。あーぶ。くふふふ♪」 「……なんてかわいいんでしょう」 私は、かわいいくまちゃんに頬を寄せました。 ああ、まんまるほっぺに鼻水がついて、パリパリしています。拭いてあげなくては。 でも、今は少しだけ、抱っこさせてくださいね。 だって、くまちゃんが私の気持ちを分かってくれて、私とっても嬉しいんです。 「ですよねー、くまちゃん。私は天使なんだから。私にお母さんなんて、いませんよねー」 「私は捨てられてなんて、いませんよねー」 「あにゃむ。あー、ぶー」 「ふむ、やはりそうですか」 「やはりあなたは優秀です。神の声を聞く資格がありそうですよ」 「だー? うー……」 おや。くまちゃんは、よく分かっていない様子です。 くまちゃんなので、仕方ありませんね。 さあ、顔を拭いてあげなくては……。 あなたのお母さんが見つかるまで、いつでも私がこうしてあげますからね。 「あなたのお母さんは……今どこにいるのでしょう」 「こんなにかわいいくまちゃんを置いていくなんて、酷い母親ですね」 「あぅー……。ばーぶー?」 「ああ、いいんですよ。何ひとつ、案ずることはありません。そんな悲しい顔をしないで」 「そのときは、私とたくみが、あなたを育てますからね。天使のママとパパが、あなたを愛情いっぱいに育てるのです」 「あぶー?」 「誰もあなたを捨ててなんていません。あなたは天使に拾われただけなのですから」 「ね?」 「……聖」 び、びっくりしました。 たくみが、いつの間にか隣に座っていたのです。 「い、いつからいたのですか」 「顔を拭いてあげてるあたりだよ」 「その……」 「俺も、手伝っていいかな」 「…はい」 私からくまちゃんを受け取って、くまちゃんの鼻水を拭いてくれるたくみさん。 さっき、あんなにひどいことを言った私の隣に、何も言わずに座ってくれる優しい人。 私の、大切な人。 心から、大切な人―― 聖の隣で、赤ちゃんを抱きしめ、彼女の顔を拭いてあげてた俺。 その俺の肩に、ふっと聖が顔を寄せる。 「……聖?」 「…お願いを、聞いてもらえませんか」 「何?」 「……聖、愛してるって……言ってください」 「……愛してるよ、聖」 「……もう一度お願いします」 「愛してる。すごく愛してるよ」 「……もう一度、お願いします……」 俺は聖の頭を抱え、自分の胸に強く強く抱き寄せた。 すぐ横にやってきた聖の頭に、赤ちゃんが不思議そうな顔をする。 聖はそんな赤ちゃんの様子に気付かないまま、彼女と一緒に、俺の胸に甘えた。 「……たくみっ……」 「…よしよし…よしよしっ……!」 ずっと聖を守る。 ずっとずっと、聖を守り続ける。 そう誓いたかった。 でも、どうしたらそれができるだろう。 どうしたら、ずっと、聖に悲しい思いをさせずにいられるんだろう。 どうしたら―― 「ん……、ん……?」 なんだ、この声……。くまちゃんの声か…? 夜泣きしないと思ったら、朝になってメチャクチャ泣いてるな……。 「う〜ん、寝てていいぞ聖……俺がミルクを……」 …って、聖がもう、ベッドにいない。赤ちゃんもだ。 俺は寝ぼけた頭を振りながら、ベッドを降りた。 「おー、よちよち……おー、よちよち……」 聖の寝室を出ると、寝室の主は、赤ちゃんを抱いて長椅子に座っていた。 腕の中には、火がついたように泣き続ける赤ちゃんがいた。 「あ゛ぁーーー!! ま゛ーーまー!!」 「大丈夫です。あなたのママはここにいますよ。今は私があなたの……」 「ま゛ーーーーーま゛ーーーー!! あーーー!!」 「こ…困りました……どうしましょう……」 「聖。くまちゃんどうしたんだ?」 「ああ、たくみ」 「くまちゃん……熱があるみたいなんです」 「熱!?」 聖が渡した体温計の表示を見ると、37℃。確かにちょっとあるな……。 「風邪でもひいたのかな……。なんてこった」 「今日は、ここで看病しようと思います」 「じゃあ俺も手伝うよ」 「いえ、あなたは授業に出てください。この子のためとは言え、ふたりでサボるのはよくありません」 「それはそうだけど……」 「お願いです、行ってください」 「……分かった」 「じゃあ、保健の先生に様子見に来てもらえるように頼んでおくからな。なんなら車出してもらって、病院に行くんだぞ」 「………ありがとうございます」 「くそっ……さっさと迎えに来てくれよ、本物の両親!!」 「…………」 「あの……たくみ」 「聖? …なんだ?」 「あの……」 珍しく、言いづらそうにモニョモニョする聖。 しばらく、そうして言いよどんだ後、彼女は、俺のパジャマの袖口をつまみながら、こっそりと言った。 「もし、この子の両親が、ずっと現れなかったら…………」 「私たちが、この子のパパとママになりませんか?」 「……聖……」 そんな簡単なことじゃない。 今だって、学園から特例として任されているだけで……。 なんてこと、聖に言っても、聞きはしないのだろう。 「……いいよ。きっとそうしよう」 だから、無責任ながら、そんな安請け合いをする。 本当のパパとママになってみる。 そんな物語もありじゃないかと思った。 きっと、叶わない物語なのだから。 「――たくみ!!」 「で、でも、あれだぞ? もしもの話だぞ? 後1時間もしたら、リアルパパとリアルママが迎えに来るかも知れないんだぞ?」 「はい、分かっています」 「ホントに分かってるか? にっこにこの顔に描いてあるぞ、『よく分かってません』ってっ」 「いえいえ。ちゃんと分かっています」 「私、あなたが大好きです♪」 「ひ、聖〜……」 「……すみません。朝食も作って差し上げられず…」 「そんなの気にするなよ」 戸口まで見送りに来てくれた聖に、俺は振り返って笑いかけた。 「目玉焼き焼いといたから、後で食べてくれな。購買でも何か買ってきてあげるよ」 「ありがとうございます」 「では……」 「……いってらっしゃい。『あなた』♪」 「っ! あ、ああ……行ってくるよ」 赤ちゃんの手を、ぷにぷにと振りながら、俺を見送ってくれる聖。 俺は、後ろ髪をビンビンに引かれながら、彼女から離れた。 途中で何度振り返っても、聖と赤ちゃんは、そこにいてくれた。 聖が見ている、おままごとみたいな夢の中に、彼女を置いて行っているみたいで……酷く胸苦しかった。 その日、俺は、一日中聖のことを考えて過ごした。 どうしたら聖を幸せにできるか。 これからどうなるのが、聖のために一番いいのか。 聖にしてみれば、こうだろう―― 『くまちゃんの両親が永遠に現れず、聖の母も、彼女に関わるのをやめて帰る』。 聖にとっては、今のままでいいんだ。世界の全てが。あれで完璧なんだ。 だけど、そんなのは現実逃避だ。すぐに綻びは生まれる。 彼女のくまちゃんにも、聖にも、本当の親がいる。それが現実なんだ。 だけど、その現実に向き合うのが、真に聖のためか? 聖の母と聖が再会したとして、そこに生まれるのは本当に『幸せ』か? お互いに、もっと傷ついて終わるだけだとしたら? くまちゃんの両親が、本当に彼女を捨てていったんだとしたら? そんな現実と向き合うのは、ただの悲劇だ。 じゃあ、あの、ままごとみたいな生活を続けるのが聖のためなのか? ――もしそうなら、俺は何だってする。 学園をやめて子供のために働きだってするし、生活費を稼ぐために必要なら、なんだってやる。 でも、それが本当に聖のためになるのか? そうすれば、聖は、もう傷つかずに済むのか? どうすれば、ずっと聖を守り続けることができる? どうすれば……。 (どうすればいいんだ……ちくしょー……) 気付けば、グチャグチャな落書きだらけになっていたノートから目を離し、俺は窓の外へ視線を投げた。 「……ん?」 窓の外、遥か階下。 校舎の裏手から、誰かが、この教室の窓をジッと見上げている。 幻みたいに儚い彼女の姿に、俺は見覚えがあった。 「さ、桜井!? 授業中だぞ!?」 「……桜井?」 「はぁっ……! はぁっ……!」 さっきの女性がいた場所に、慌てて駆けつける。 そして、あの姿を探す。 ――聖の母さんは、諦めたように、木立の向こうへと歩み去って行くところだった。 「!!」 息を弾ませながら、その背中に呼びかけると、彼女は足を止めてくれた。 聖とよく似た色の髪が、春の風に揺れていた。 俺は意を決して、話しかける。 「周防聖の……お母さんですよね」 「……」 「俺、聖と付き合ってる、桜井たくみと言います」 「話は……先生から、少しですけど聞いてます」 「……」 「どうして……どうして聖を捨てたりしたんです」 「そして……どうして今頃戻ってきたんですかっ!」 「……」 「なんとか言ってくださいっ。今あいつ、凄く困ってるんですっ」 「…………」 「なんとか言ってくださいっっ!!」 「………………」 「…………なさい……」 「え?」 「…………ごめんなさいっ……」 ……ただひとこと、それだけ言い残して、彼女は、その場を離れていった。 「…………」 「……桜井」 「ほ、堀田さん……」 「今の……誰?」 「もしかして……周防さんの、お母さん?」 「…………」 き……聞かれてしまった。 しかし、バカをやってしまった俺よりも、堀田さんのほうが後ろめたそうだった。 「忘れたほうがいいんなら全部忘れるよ? マジで。私も周防さんのこと、好きだもん」 「……正直、分からない」 「は?」 「忘れてもらったほうがいいのか……知っててもらったほうがいいのか」 「どうすれば、聖を守ってることになるのか」 「………」 「……そうかも、ね」 それだけ言って堀田さんは、俺の隣に並んだ。 「桜井は、ホントに好きなんだな。周防さんのこと」 「人を好きになったり、なられたりしたら、人生は薔薇色になるかなって、昔はよく思ってたけど…」 「…そればっかりじゃ、ないよね」 「……堀田さんなら、どうする?」 「何が?」 「もし、あっちょんが、堀田さんに『やりなおしたい』って言ってきたら……堀田さんはどうする?」 「…………」 「あっちょんを許せる? それとも、許せない?」 「……分かんない」 「そんなの…分かんないよ。また弄ばれて、傷つくだけかも知れないし」 「今度はあっちょんが、私のこと本気で好きになってくれるかも知れない。そうすれば傷つかないよな」 「でも……今度は私が、あっちょんを傷つけるかも知れない」 「ううん……。もう、傷つけたかも」 少し強めの風が吹いて、堀田さんの髪を揺らした。 パサパサと揺れる前髪の向こうで、堀田さんの瞳も揺れていた。 「私……そっちのほうが怖いよ」 「もし人を傷つけたら…大好きな人を傷つけちゃったら、どうすればやりなおせる?」 「誰も傷つけずに…誰にもひどいことせずに……そんな風に上手く生きていくこと、できるのかな?」 「………」 「ねえ桜井。お前ならどうする?」 「もし、大好きな人を自分で傷つけちゃったら」 「お前なら……どうする?」 「………っ!!」 「あっ、桜井…!? どこ行くんだよ!!」 「ちょっと行くところがあるんだ!」 「よちよち……。よちよち……」 「あぶー、あー……ま〜ま〜」 「かわいそうに……。泣かないで、くまちゃん。ママが一緒ですよ」 「あ〜う〜! ま〜ま〜」 「ああ、よしよし…。かわいい私のくまちゃん……」 暖かい日なたのベンチで、くまちゃんをよしよししてあげます。 でも、どうしましょう。くまちゃんは、ちっとも泣き止んでくれません。 やっぱり、病院に連れて行ってあげなくてはダメでしょうか。 でも、熱はもう下がったし、保健の先生も『風邪じゃないみたい』と言っていましたし……。 どうしたらいいのでしょう。私は天使なのに……! こんなとき、本当のママだったら……。 「おーよしよし、よしよし。かわいいかわいい、私のあっちゃん」 「大丈夫だからねー、すぐ具合よくなるから」 「あっちゃんの具合がよくなるまで、ずーっとママが抱っこしててあげるからね……」 い……今のは……。 今のは、なんですか? 『あっちゃん』。 とても懐かしい響きのする言葉です。 もしかして……私のことですか? 今のは……。 私の……お母……。 「あーーぶー? あ〜! ま〜〜ま〜〜!!」 「あっ……」 い、いけません。 つい、強く抱っこしすぎてしまったようです。 私はくまちゃんに頬を寄せ、真剣に言い聞かせます。 「ああっ、ごめんなさい。ごめんなさい、私のくまちゃん」 「どうか泣き止んでください。あなたには天使がついているのですよ」 「ま〜〜ま〜〜!! ま〜〜ま〜〜!!」 「ああぁ……どうしたら……」 「オ……オ〜ウ、マイベイビー…」 「え」 「マイ、スウィーティー…!」 な、なんですか、この人たちは。 なんだかよく分からないヒスパニック系の外国人男性と女性が、私を左右から挟み撃ちにしています。 「ど、どなたですか。あなた方は!?」 「オ……」 「オー・マイ・ゴーーーッド!! アイラビュー、プリティー・シスターガール!!」 「センキュー・ゴッド! センキュー・ゴッド! ワタシたちのベイビーまもってくれて、ありがとうございマース!!」 「え……え?」 「ありがとうございマース、ベリベリプリティシスターガール。ワタシ、そのベイビーのPAPAデース」 「MAMAデース」 「オー、ソーリー。マイベイビー『マリソル』。ワタシ、わるいわるいMAMAデーシター」 「きゃっきゃ♪ まーまー、あーあーー♪♪」 な。 な。 なんという。 ことでしょう。 このふたりが、くまちゃんの……。 「ワタシたち、このアイダ、ここにサイトシーイングにキマシタ。でもプロブレム。ワタシたちのベイビー、ベリーベリーパワフル」 「いえーす。ロストしてしまいマーシタ……。ううっ、グスッ……」 「…………」 「ワタシたち、ソー一生懸命、ベイビーさがしました。バット、ワタシたちのニホンゴ、シャベルのことウマクナイ……」 「ポリスメン、アンド、ガクエンのヒト、ワタシたちのこと、ワカラナーイ。ワカラナーイ。ベイビーも、どこにいるかワカラナーイ……えぐっ、エグッ」 「……つまり、あなたたちのニホンゴがマズいせいで、警察の人や学園の人とコミュニケーションがとれなかったのですね」 「それで、くまちゃんを見つけるのが遅れたと」 「イエエエ〜〜〜ス!!! よくアンダスタンドできませんでしたが、メイビーそのトオリデ〜ス!」 「えぐっ、えぐっ。オー、ソーリー…ソーリー、マイベイビ〜〜!!」 「あぶぅー? まーま、あーあ……きゃっきゃ♪」 「…………」 「プリティシスター、センキューソーマッチ……! ワタシたち、シスターのことオールマイライフわすれませーん」 「ワタシたち、マイベイビー、おウチにゲットバックしまーす。ベイビー、ワタシたちにハグさせてプリーズ……?」 「…………」 「………ダメです」 「ホワット?」 …何がホワットですか。 私は、くまちゃんを抱っこしなおして立ち上がりました。 「あぶぁ? あぶー……」 「大丈夫ですよ、くまちゃん。あなたを、こんな人たちに渡したりしません」 「ホワアアアアット!!?」 「帰ってください。大事な子供をこんな危険にさらす親など、親ではありません!!」 「バ、バット、しかし……」 「二重表現!」 「!!??」 「ワタシたち、ベイビーのパパ&ママ……」 「………?」 教会に戻ってきた俺を待っていたのは、ちょっとした『異変』だった。 教会の前では、外国人の夫婦が祈りながら泣き叫んでいて、一方、教会の中では、聖が丸くなって何かブツブツ言っているのだ。 (まさか……) 何となく察しながら、俺は、祭壇の前で赤ちゃんを抱きしめている聖のところへ歩み寄った。 「……聖?」 「渡しませんっ……。くまちゃんは私のですっ……」 「あ〜あ、あーあー! まーまっ……」 「聖? 大丈夫?」 「あっ、たくみ」 俺に気付いた聖は、抱っこ紐に赤ちゃんを入れたまま俺に飛びついてきた。 「たくみ、大変です。早く逃げましょう」 「聖……」 「くまちゃんが連れて行かれてしまいます。早く逃げなくては」 「ダメだよ聖。赤ちゃんを返さなくちゃ」 「え……」 「教会の前にいた人たち……赤ちゃんの、本当のお父さんとお母さんなんだろ」 「ちゃんと、返してあげなくちゃ。くまちゃんと、お別れしないと」 …聖が、俺から離れる。 涙でいっぱいの瞳が、俺を見つめる。 無言で、イヤイヤをするように首を左右に振る聖に、俺は胸が張り裂けそうな思いだった。 「ダメです」 「そんなの。ダメです…」 「…いけないよ、聖。約束したじゃないか」 「私は天使なんです。悪い親から、この子を守らなくては」 「わ…悪い親っ?」 「今朝くまちゃんは、お熱を出したんですよ? あの人たちが、この子を捨てたりしたからです!」 「そんなことないっ。あの人たちはくさくなんてないよ、その子を捨てたりしてないっ!」 「あの人たちの目を見たか? 目の下に真っ黒なクマができてた……」 「子供を捨てた親が、そんなになるまで一生懸命に子供を捜すか!?」 「ちょっと具合が悪いだけかも知れないです!」 「そんなことないよっ。あの人たちは、くまちゃんの実のお父さんとお母さんなんだぞ!?」 「私だって、あなたが思うほど無知ではないのですよ。実の子を殺す親や、実の親を殺す子供がどれだけ多いことか!」 「血の繋がりなんて問題じゃありません。私のほうがくまちゃんに相応しいんです!」 「じゃあ聖、俺たちが同じことをしないって言えるか!?」 「えっ」 「俺たちがいつか、くまちゃんを傷つけないって言えるか? くまちゃんが俺たちを恨んで、俺たちを刺したりしないって言えるか?」 「本当にそうか!? 俺たちは本当に、何の間違いも犯さず生きていけるのか!?」 「もし間違いを犯したら死にます! 子供を苦しめたり捨てたりするくらいなら、私が死にます!!」 ……だだっ子だ。 俺の目の前にいるのは、小さな小さな、だだっ子だ。 窓辺に立って外を見てばかりいる、小さな頃の聖が、俺には見えた。 だって……。 その頃も、今も、きっと聖の心は変わっていない。 天使になったその日から……聖の心のドアは、閉じてしまったんだ。 「聖……」 「聖っ…!」 「どうしてですか? たくみは私のだんな様でしょう? 何で私の味方をしてくれないんですか?」 「ああっ、分かりました。実の親が大事だなんていうのは、あの女と私をくっつけたいからでしょう?」 「……そうかも知れない」 「ほらっ! 天使はみんな分かってるんですっ!!」 「お願いですたくみ、もうこんなのやめましょう。私たち、結婚式だってしたんですよっ」 「私と一緒に、くまちゃんを連れて逃げてください。それで、世界で一番いい匂いの家族になりましょう?」 「天使のパパとママになって、世界一かわいいくまちゃんを育てましょう。ね?」 聖はまた、俺の袖を引いた。 抱っこ紐の中で泣いている赤ちゃんに、聖は気付いていない。 泣いている赤ちゃんと同じ目で、聖は俺を見つめた。 「…ね? たくみ……っ」 「……ダメだ」 「……!!」 「俺には……できないよ」 「俺は天使じゃない…。聖みたいにはなれない…」 「そん……な……」 「いつでも自分が正しくて、何の間違いもせずに生きていけたらいい…。すごくいいよ」 「でも……俺は人間だから、そんな風には生きられない」 「間違いを背負って、生きて行くしかできそうにないんだ……」 「たくみッ……!」 さっきよりも強く、そしてさっきよりも明確に。 明確に俺へ失望し、俺を拒んで……。 俺はそんな聖に、少しずつ歩み寄った。 「俺を嫌いになってくれてもいい。俺は聖のこと、ずっと好きだから」 「やだ……」 「だから……その子を渡してくれ。そしてお母さんのところに行こう。近くに待たせてるんだ」 「やだっ……」 「これが俺の、聖への最後の頼みになってもいい。だから……」 聖の金切り声が、教会の空気を揺らす。 赤ちゃんがまた、一層の声で泣き出す。 「あなたもくさいですっ! 私の敵ですっ!!」 「みんなみんな嫌いですっっ!!」 聖は、逃げ出すように教会を出て行った。 「聖っ……!!」 「テリヤキバーガーと、チーズバーガー。お後、グルコサミン&コンドロイチンバーガーとミルクふたつでよろしかったでしょうか」 「……はい」 「あ、あの……」 「…なんですか?」 「赤ちゃん、とても泣いてますが……大丈夫ですか?」 「…大丈夫です」 私は品物を受け取って、窓際の席に座りました。 くまちゃんは、まだ泣いています。 おなかがすいているのでしょうか…。 ミルクなら、飲んでくれるでしょうか。 「…よし、よし…」 「だーう〜。あーん、あー……」 「びっくりさせて、ごめんなさい…」 「でも、きっと大丈夫ですよ。私は天使ですから」 「どこかの教会に身を寄せて、あなたを育てて見せます。そのときはきっと、たくみも分かってくれます」 「ママなんて必要ありません。神と私が、たっぷり愛情を注いで育ててあげます」 「あなたはきっと、立派な天使になりますからね」 「あ゛〜〜〜!! ま〜〜ま〜〜!」 …大きな声が出てしまいました。 周りの人に見られて少し恥ずかしいです。 私は声をひそめて、くまちゃんに話しかけました。 「私があなたを育てると決めたのです。天使のすることに間違いなんてありませんっ」 「あなたも神の声を聞いて……すぐに天使になるんですからっ。ママのことなんか忘れなさいっ」 …そうです。 …それが、一番のはずなんです。 …母なんて必要ありません。私にも、この子にも。 …それが、一番のはずなんです……。 「ねえママー。ハンバーガー食べていきたーい」 「…え?」 窓の外。 どこかで見たことのあるような女の子が、彼女と似た面影のおばさんと歩いていました。 「うふふ、あなたはホントにハンバーガー好きねえ。ダメよ、この間も食べたんだから」 「えー。いいじゃない、少しくらい偏食したって。若いんだからヘーキヘーキ」 「だーめ! 若い頃から気をつけないと、お母さんみたいにシワシワになるわよ。シワシワに!」 「ならないよぉ〜! お母さんと私は違うもーん♪」 「………」 どこで見たのでしょう。思い出せません。 でも、とっても楽しそうです。 とっても……。 「じゃあ次、ラビアンローズ行こう、ラビアンローズ。私、新しい春物買おうと思って〜」 「はっはっは、何言ってんだか。どうせお母さんに買わせるくせに『新しい春物買おうと思って〜』もないもんだわ」 「そーいうこと言わないのー。夏にはバイト始めるから、そのときちゃんと返すっ」 「いいのいいの。今はお母さんに甘えときなさい。社会に出たら大変になるんだから、今のうちにた〜〜っぷり甘えとくのよ」 「えー! それなに、脅しー?」 お花みたいに笑いながら、女の子は歩道を歩いて離れていきました。 「……楽しそうでしたね」 「あぶぁー。あーう、あーあー!」 「さあ。食事を済ませて、早く出ましょう」 「な、なんなのですか。そんなに私の頬を引っぱって。ほら、痛いでしょ……」 「あ」 あれ。 あれれ。 不思議です。赤ちゃんの手が濡れています。 暖かい雫で。 驚きました。 これは私の鼻水です。涙です。 あれれ。 私、どうして泣いているんでしょう。 「どっ……どうし、て……。うぐっ、えっぐ……」 「わだぢっ、ど、してっ……えっぐ、えっぐ……泣いて、る…んでしょ……うっ、うっ……」 「い、いっ、いい加減にっ、しなざいっ。よわむし…! ひっぐ、ううっ、ううっ……」 「天使はっ…天使はぁっ…! 泣いだり、じないんでずっ……!!」 何故でしょう。 どうしてこんなに悲しいの。 どうしてこんなに涙が出るの。 私は天使なのに。 神様に愛されてるはずなのに。 なのに……。 どうしてこんなに、寂しいの? 「ううっ、うっ、うっく……」 「……どうか、しましたか?」 「ひぐっ、ひっく……なんでも、ありまぜんっ……」 「赤ちゃんがっ、泣くのでっ……うっく、うっく……困っで、るんでずっ……ううっ」 「まあ……。本当だ、かわいそうに」 「少しだけ……私に、抱かせてくれませんか」 「……はい……えっぐ、えぐっ……」 ……私の隣に座った女性は、くまちゃんをそっと受け取って胸に抱きました。 幻みたいに、儚くて白い色をした手で。 「おーよしよし…よしよし…。かわいいかわいい坊や…」 「大丈夫だからねー、すぐ具合よくなるから……」 「この子の名前は、なんていうんですか…?」 「………」 「……マリソルです」 「そう…女の子なのね」 「よしよし、マリソルちゃん…。あなたの具合がよくなるまで、ずーっと抱っこしててあげるからね……」 「あぶー? あー……まーま♪ まーま♪」 …赤ちゃんが泣きやむと、彼女は、赤ちゃんを私に返しました。 私はガスマスクをつけてから、差し出された赤ちゃんを受け取りました。 「…………」 「…………」 「……天使様。あなたがここにいると、あなたのだんな様から聞きました」 「…………」 「くさくてすみません……。でも、私の懺悔を、少しだけ聞いてくれませんか」 「……いいでしょう」 「昔……ある男性と、結婚していたんです」 「とっても素敵な人でした。人付き合いの苦手な私を、いつでも優しく包んでくれて……」 「だけど…その人の赤ちゃんを産んで、すぐに……。彼は亡くなってしまったんです…」 「車の……事故で……」 「…………」 「それから私は、何かにつけて、あの人の幻を見るようになりました」 「台所や、リビングでくつろいでるあの人が……ふとした拍子に、見えるんです」 「幻覚だって、今は分かってるんですが…。そのときは、本物みたいに見えて……」 「人ごみの中や、スーパーで見ることもありました。棚を横切ったりなんか、するたびに……あの人の背中が見えるんです」 「そして……あれは、三月の中ごろだったと思うんですけど……」 「幼稚園に子供を預けようと家を出たとき、近くのバス停で、またあの人を見かけて……」 「私、追いかけて行ってしまったんです。夢中で…バカみたいに……」 「気がついたら……二週間くらい経っていて…。私は、見たこともないような遠くの町にいて……」 「腕の中にいたはずの赤ちゃんも、いなくなっていました…」 「…………」 「うろうろしていたら、すぐに警察に捕まって、病院に入れられました。統合失調症っていう病気なんだと言われました」 「それから……ずっと入院していたんです」 「…………」 「私の赤ちゃんがどこに行ったのか、警察の人に探してもらいました」 「幸い、すぐ見つかりました。施設で育てられていることが分かったんです」 「でも……」 「でも……」 「私……会いにいけませんでした」 「ううん、行かなかったんです」 「……何故ですか?」 「…………」 「きっとその子は、寂しがっていたと思いますよ」 「毎日毎日、母親のことを待っていたと思います」 「毎日毎日、窓の外ばかり眺めて、道行く人の顔を確かめていたと思います」 「あれがお母さんかな、それとも、あっちの人がお母さんかな……。そうやって探していたと思います」 「施設にお客さんが来るたびに、お母さんかな、お母さんかな……そう思って、出迎えに出ていたと思います」 「今日はお母さん、来てくれなかったな……明日は来てくれるかな……明日は……」 「…………」 「あなたは想像しなかったのですか」 「そうしてずっと、彼女があなたを待っていると……あなたは考えなかったのですか」 「……怖かったの……」 「何がですか」 「また、あなたを傷つけるのが」 「……ううん」 「あなたに、叱られるのが」 「…………」 「私のあっちゃんは、どんな子に育っただろう。きっと天使みたいにかわいく育っただろうな」 「あの人みたいに優しい子に、なってくれたかな? 病気はしていないかな? ……毎日思っていたわ」 「でも、怖かった」 「あっちゃんに拒絶されるのが」 「天使になったあっちゃんに……捨てられるのが……」 「それが怖くて……」 「何を恐れることなどあったのです」 「彼女だって怖かったはずです。あなたに捨てられたのではないかと、毎日怯えていたはずです」 「何故迎えにきてあげなかったのですか」 「何故……愛してるって言ってあげなかったんですか」 「……そうね」 「そう……ね……」 声も出さずに泣いている彼女のことを、私は窓に映して見ていました。 私に、よく似た目をしていました。 私の母は、私にとてもよく似ていました。 「天使様。私は……母親どころか、人として生きている資格のない女です」 「あの子に、私を許してくれとは、とても言えません」 「でも……。あっちゃんに、ひとことだけ……謝らせてくれませんか……?」 「せめて、ひとこと……ごめんね、って………」 「…………」 「…あなたを許すかどうかは、分かりません」 「…………」 「あなたを求める時が来るまで、きっと、時間がかかるでしょう」 「でも、伝えておきます」 「……………」 「きっと、神は祈りを聞き届けてくださいます」 「だって、人間は……」 「私たちは、間違いを犯すものなのですから」 「……あっちゃん」 テーブルの上に彼女の手があります。 たくさんササクレができた、細い指の手です。 私はその手に、触りませんでした。 ただ……小指を、少しだけ、絡めました。 「もう、病院にいなくていいのですか」 「……まだ、ときどき入院しないといけないみたい」 「今日の夜には……帰らないと……」 「……そうですか」 「では、ときどき、彼女と会ってあげるといいでしょう」 「あなたが昔、そうしたかった分だけ」 「…そうするね」 「…あっちゃん」 「…………」 「いつかきっと、その言葉に応えられる日が来ます。今はまだ、その日ではないようですが」 「その子も、いつかあなたを呼んでくれると思いますよ」 「……おか……」 私は、ひとつ深呼吸をして、ハンバーガーを彼女の手に置きました。 「お母さん、って……」 「アリガトウゴザイマース! アリガトウゴザイマース! センキューソーマーーーッチ!!」 「センキュー、シスター・ヒジーリ…!」 くまちゃん……マリソルを受け取ったPAPAとMAMAは、涙を流して喜んでくれました。 「あぶぁー! まーま♪ あーあ♪」 …赤ちゃんも大喜びです。 「もう、赤ちゃんから目を離さないように。今度は神罰が下りますよ」 「イエース! オフコース! ワタシたち、もっといいPAPA&MAMAになりマース!」 「シスター・ヒジーリ。ユーアー、リアル天使デース……!」 「あ………」 「だーうー♪ ひーり♪ ひーり、てんいー♪」 「いえーす♪ マリソルも言ってマース。ヒジーリ、イズ、エンジェルデース!」 「ふふ……ありがとうございます」 「では、お元気で」 「バイバーーイ♪」 「あーあーい♪」 「…ばいばい」 …ばいばい。 …ばいばい、私のくまちゃん。 「じゃあ……私もそろそろ、いくね」 「はい」 「……手紙を、書いてください」 「うん」 「毎日書くわ」 「…………」 「…………」 私たちは、お互いに、手を差し出しあっていました。 でも、上手く触れられなくて。 昔の映画に出てきた宇宙人と子供みたいに、ぎこちなく、私たちは指先を触れ合わせました。 「私も…」 「私も毎日、お返事を書きます」 「…ありがとう」 「お元気で」 「ええ」 「元気でね」 くまちゃんたちが帰っていったのと同じ道を、あの人も帰っていきました。 何度も振り返る彼女を、私はずっとずっと見送っていました。 彼女が寂しくないように。 今日のことが、夢やおままごとで、終わってしまわないように。 柔らかい風が何度も吹いて、私たちを、いい匂いで包みました。 「周防さーーーーんっっ!!」 「周防さんっ! 大丈夫だった!?」 「そ、それに、その……周防氏の、いわゆる、実の母というか、リアル母というか、それに当たる人物も……」 「大丈夫です」 「全部、大丈夫です」 笑顔を見せてくれる皆さんに、私は手を合わせて見せます。 「祈らなくては。今日出会った全ての皆さんに祝福があるよう」 「うんうん! そうだね!」 「では、たくみにもご報告しなくては。彼はどこでしょうか」 「え?」 「たくみさん?」 「誰のことだ?」 「え」 …?? みなさん、何を言っているのでしょう。 「たくみは、たくみです。私の……」 あれ。 「私……の……」 「……大丈夫? 周防さん……?」 「は……はい」 私の……なんでしょう。 不思議です。 とても、大切な…大切な名前だったはずなのに……。 「う〜ん。私もどこかで聞いたことあるなぁ。なんか懐かしい名前だねぇ」 「うむ。郷愁というかノスタルジィというか、そうしたものをかき立てられる名前だ」 「…………っ」 「あっ、周防さん!!」 「はぁっ……はぁっ……」 何故でしょう。 思い出せない。 彼は確かに、ここにいたんです。 ここで、私といたんです。 とてもいい匂いがして。 暖かくて。 優しくて。 とても。 毎日が幸せで―― (なのに、なんででしょう) (彼のことを思い出せません) (思い出せません) (彼とここで、どんな風に過ごしたのか――) まるで、にっきのページを破り取ってしまったみたいに―― 彼の素敵な匂いを残して―― 「周防さんっ」 「堀田さん」 「何故でしょう。とても寂しいです」 「とても………」 「……実は私もなんだ」 「…堀田さんも?」 「私……あっちょんと、もう一度会ってみることにしたんだ」 「ついさっき…メールもらっちゃって」 「あの方と…ですか?」 「…うん。また傷つくかも知れないし、今度は傷つけちゃうかも知れないけど……」 「また…恋がしたいなって思って」 「…そうですか」 「それでは、止められませんね」 「ふふ、ありがと」 「だから私、そのことを誰かに話したかったんだ。でも……」 「誰に話したかったのか……思い出せなくて」 「………そう、ですか」 堀田さんの、懐かしそうな目を見て分かりました。 彼女もきっと、私と同じ人のことを考えているんですね。 「……誰だったのかな、そいつ」 「もう、会えないのかな」 「そのうち……何話そうとしてたのかも、忘れちゃうのかな」 「…………」 私は、何かを思ってふと振り返りました。 するとそのとき、確かに感じたんです。 とっても、いい匂い。 ずっと私たちを包んでいてくれそうな、いい匂いを。 「大丈夫です」 「え?」 「きっと、今でも私たちと一緒です」 「ずっと、私たちといてくれるはずです。きっと神様みたいに」 気付くと、寂しさは消えていました。 おなかの中に、暖かく、心強い何かを感じながら、私は堀田さんの手を取りました。 「行きましょう」 「う、うん……」 「うん、そうだねっ」 さようなら、私の大切な人。 さてと。 今日も寂しい夜を癒やしてくれる、ナイトフェアリーを求めて、街を歩く。 っと……あれは。 「やぁ」 駅前のベンチに座っていた、二人の学生がそろって顔をあげる。 片方がぎょっと目を見開き、片方は親しげに手をあげて挨拶をする。 「出た、ナンパ外人」 「俺は、クオーターだよ」 「へぇ。そうなんだ。言われて見れば」 生粋の外人だけどね。容姿が似ているせいか、信用されてる。 「やぁ」 「……や、やぁ」 「……」 じーっと友人1が恋の横顔を眺めていた。 「一つ、聞いておきたいことがあるんだけど。違ったらごめんね」 「なによ」 「この前、しちゃったの?」 「あぁこれは……しちゃったんだ……」 「なんだかなぁ。そういう雰囲気出してたし。翌日、ちょっと様子がおかしいし」 「いや、それは、いろいろありまして……」 「ちょっと、ちょっと、君。いいかな」 「うん?」 友達1に手を引っ張られて、向こうへ連れて行かれる。 「以前、席外しておいて、こういうこと言うのもなんだけどね……」 「あの子、遊んでるように見えて……そういうのじゃないから、軽い気持ちでっていうのはなしだからね」 「責任とってよね」 「責任か」 「一般的に言う責任というのは、どこまでとれるか分からないけど……」 「相応の、物語を授けるさ」 「は……なに」 「大丈夫だ。俺は、愛した女を不幸にすることはない」 「いや。まぁ。とにかく、頑張って」 「あと合コンの件、よろしくね」 ちゃっかりしている。 「じゃぁ、私は帰るから」 言うだけいって、さっさと友達1は離脱していった。 俺は、恋のもとに戻る。 「……」 改めて向かい合う。 「この間はどうも」 「どうも」 「現実だった」 「なにが」 「夜ふらふらして、映画見たりして過ごしてるときさ、時々、記憶があやふやになることがあるのよ」 「あれは夢だっけ……いや、現実だっけって」 「でも、君とのことは思い返すと現実感がないから、きっと、映画か何かのシーンがまざった幻だったんだ……って思おうとしたんだ」 「けどやっぱり現実だったんだって……今、思い知った」 「映画のシーンとまざるなんて、よっぽどロマンチックに記憶されたらしいね」 「いや……」 「いやぁ……なんか、照れるねぇ」 「遊び慣れてる風だから、私とか、一夜限りの相手とかじゃなかったの?」 「とんでもない」 力強く否定する。 「永遠を望む相手にしか、俺は、一夜を求めない」 「お、おう……よく分からないけど、ありがとう」 「君、なんだか不思議な魅力っていうか……話術だよね。もしかして、凄腕の詐欺師?」 「魔法使いだから」 「へ」 「願いを叶える魔法をかけられる。そのかわり、俺も一時、夢を見せて貰うってことさ」 「願いを叶える、魔法……」 「なんでもいい。言ってみるがいい」 「シンデレラのお話みたいに、きれいな格好になって、舞踏会に連れて行ってくれるとか?」 「お望みとあらば。でも、ドレスなんて着なくても、きれいだろ」 「……へぇ」 気のない返事だった。 「ぷぅ。君もたいがいだね。なんだっけ、それ……似たようなフレーズを聴いたことがあるよ」 「失礼な。俺の物語は、俺が生み出したものだ」 「似ているとしたら、そいつが俺に似ているんだろう」 「はいはい」 「君は、映画好きなんだね」 「まぁね。好きというより、オタクよ。オタク」 「自分で言うんだ」 「最初はなんとなく暇つぶしで見てたのに、そのうち映画ばっかり見るようになって」 「もう否定しようがないくらい、オタクになっちゃったのよ」 「好きなものがあるって、いいことじゃないか」 「まぁ……ね」 「悲しそうに見ている……っていうのは、罪悪感の表れもあるんじゃないのかなぁ」 「要するに、どこに逃げたって……自分に嘘をつくことはできないってことよね」 「彼は永遠の世界を望んで逃げ出した。けれど結局、自分の潜在意識に根付いた、罪悪感からは逃れられなかった」 「それで、結局、猫に生まれ変わったら……っていうのは」 「分かるよね」 「????」 「あなた、この作品見た?」 「見てない」 「でも楽しそうだったから」 「……」 「まぁ……」 「でね、オリジナルの方と、リメイクとどっちが良いかって話が出るんだけど」 「私は、どっちもかなり違ってるし。リメイクも、ハリウッドらしくて良いと思うんだよね。なんたって、音楽のチョイス!」 結局語るんだ。 …… 「さてと……」 所在なさげに、窓の外を眺めている。 「帰らないの?」 ちらりと、時計を見る。 「まぁ、まだいいかなぁ」 「ふーん」 「じゃぁ、うちに寄っていく?」 「……じー」 「一度来てるわけだし、気後れすることもないじゃないか」 「……」 「まぁ……いっか」 「ここ……さびれたお店だね。もう、営業してないの?」 「時々はひらいているみたいだな」 「みたいだなって……」 「物語が生まれそうな時だけ、営業する店なんだよ」 俺の言いぶりに、恋は怪訝そうにする。 「時々言うね、物語がどうとか」 「あぁ」 「小説家志望だったりするの?」 「あんな辛気くさいものはどうでもいい」 ……。 「……」 お風呂から上がって髪を乾かし終えた恋が、制服に着替えている。 「泊まって行けば?」 「うち、今夜は外泊、まずいんだ」 「そっか。じゃぁ駅まで送らせてよ」 「うん」 …… 「あのさ……」 「私達ってなんだろうね」 「なにがいい?」 「友達……かな」 「……」 「ガールフレンドボーイフレンド」 「ねぇ」 「君と話してると楽しい。なんでかな。趣味、そんなにあってると思わないのに」 「また会ってくれる?」 「もちろん。君が望むなら」 「えへへ」 「じゃぁね」 「じゃぁ」 「やぁ」 「あぁ、どうも」 「彼氏きたよ。なに、待ち合わせしてたの?」 「彼氏じゃないよ」 「え、そうなの」 「え」 「うん?」 「いや……別に……違うし」 「ひーいず、ぼーいふれんど」 「同じじゃん」 「違うよ」 「これから私達、映画見に行くところなのよ」 「へぇ」 「いいね」 「いいでしょう。ということで、彼氏、一緒にいったげて。私は失礼するから」 「なんかマニアックで、そんな興味そそられないし。見終わった後の、恋のトーク、うざいし」 「生け贄が見つかったんで、私は退散しまーす」 「……」 「映画、大好き」 「……ども」 俺と恋は、映画館に向けて、歩き出した。 「なんといってもプロポーズのシーン。百合をしきつめて……その真ん中に主人公が立って、窓から顔を出したヒロインを見上げている」 「理屈じゃないのよね。美しいか、美しくないかなのよ」 「でも一番きれいだったのは、巨人と旅立つシーンよね。森の道を、二人が歩いて行く」 「……」 「そう思うよ」 「いや、うざいトークごめんなさい」 「いや、本当に思うよ」 「見てたら分からなかったけど、言われて見ると……確かに、きれいなシーンだったって、思い返せる」 「それならいいけど?」 「じゃぁさ、結局、最初にでてきた魔女は……主人公にとってなんだったかって言う……」 深夜のバーガーショップは、閑散としている。 学生が二人、ぐだぐだと話していても、うるさいことを言われることのない店だ。 商店街のど真ん中にあって、近所のカップルがふらりと寄っているだけと思われているのかもしれないが。 「……あのさ」 「この前、願いはないかって言ってたよね」 「あぁ」 「……」 「私ね」 口をとがらせながら、ジュースをかきまわしている。 気後れして、言い出せないという感じだ。 俺は……。 「映画が撮りたいの??」 先回りして、口にした。 「そりゃなんとなく……分かるよ」 「映画監督とか……途方もない話だけどね」 「前言ってたけど……ちちんぷいで、私を映画監督にでもしてくれちゃうわけ?」 茶化したような言い方の恋に、俺はあくまで真面目に。 「どうだろうな」 彼女から視線をそらし、外を見る。 「俺の魔法は、どんな相手にも叶うわけじゃないんだ」 「覚悟のある者だけだ」 「どうしてもそれを願う気持ち……そのためなら、他の何もかもを犠牲にしても良いという気持ち」 「それほどの覚悟を感じないな」 「何かの逃げ道として、とりあえず……途方もない、夢を用意してみましたってのが、映画を撮るってことじゃないのかな」 「夢を語るなら、どうしてもそれがほしくて、それになれない自分なんて想像できないくらいで」 「人が好きなら、その人の気持ちが得られない自分なんて想像できないくらいで」 「そういう物語でないと、俺は好かないんだ」 「もっと、心からそれを願う心があってほしい」 「世界に反逆するくらいの覚悟がほしい」 「……要するに、お説教?」 「いや、そういうわけじゃ」 「私が、中途半端な気持ちってこと?」 「君って、先生みたいなことを言うんだね」 「おっと。そういうつもりじゃなかったんだ……俺はただ」 「率直に感じたことを、口にしてみたまでで……夢って大切だからこそ、ね」 「むー……」 純粋に語った夢を否定されて、怒ってしまった。 俺は、この辺については、世辞を言うこともできない。 しかし、今夜これからの物語を語るには、少し、野暮な会話になってきたようだ。 「ま、はるか先の未来の話は置いておいて、今夜の話をしようか」 「疲れてきたし、うちに……」 「行かない。帰る」 すたすたと駅へ歩いて行く。 怒らせてしまったようだ。 まぁ、しょうがない、か。 俺も帰ろう。 街に出る。 不特定の女の子との出会いを求めて……というわけではない。 映画少女こと、加藤恋に会いたくなった。 一生懸命に、好きなものについて話す様子。 なんだか夜の街で行き場無く時間をつぶしている様子などが、忘れられない。 それに、先日はちょっと……怒らせてしまったからな。 いた。 この辺で、映画館の入場待ちでもしているのかもしれない。 時間がずれれば、中に行ってるということか。 どうやら俺は運がいいようだ。 駅前のベンチで腰掛けている少女が二人。 放課後の夜遊びもそろそろ更けてきて、学生二人というのは、目立つようだ。 「君達、こんなところで何をしている。家に帰りなさい」 「……」 「君こそ、なにやってるの」 「あはは。どうも」 「どうも。恋ちゃん」 「あぁ……どうも」 あからさまに不機嫌な視線を寄越してくる。 「……」 少し怒っているようだ。 この前、難癖つけてしまったからな。 「なに。どうしたの。喧嘩?」 友達1が、不機嫌な恋と、へらへらとたたずむ俺を興味深く見比べている。 「なーに。俺がいきなりお尻の穴に入れようとしたから、かんかんになって……」 「いやいや、それは怒るわー。前もって言っておかないと、こっちも洗えないし」 「広げないでいいからね。この話題」 「うぷぷ。痴話げんかですか。私は、退散させてもらおうかな」 俺と、恋だけが残されて。 恋はちらりと、こちらを見て。 「……」 ふぅっと、ため息をつく。 「こんなところにいるのもなんだし、行こうか」 「うん? 今夜は、映画は見ないの?」 「うん。ぶらぶらしてただけ」 ドラゴンバーガーにやって来て……。 各々、ポテトとジュースだけ注文して、なんとなく過ごす。 恋はほとんど口を開かず、もぐもぐと、さっきからポテトを食べてばかりだ。 「この前会った時、言ってたよね」 と、ぽつりと、恋がつぶやく。 「なに」 「逃げてるって……」 「ははは。あれは、まぁ、なんだ。俺も、年上として、偉そうなことを言ってみたくなっただけというか」 「いいの……」 と呟いた恋が、一拍おいて、ぎょっとこちらを見た。 「そうだよ、けっこう」 日記に書いてある通りなら、けっこうどころじゃないんだけどね。 「でも私、3年生なんだけど」 「あぁ、制服のこと? これコスプレだから。学生じゃないし」 「さぁ……」 「変な人だね」 「あはは」 「それで……なんだっけ、この前会った時の、話だね」 が、彼女はあくまでこの話題から離れないようだ。 「逃げてる、か」 「まぁ、そりゃそうだよね。そもそも、逃げてるから、こんな時間にぶらぶら、こんなところにいるんだし」 「うん?」 「うちって、ちょっとだけ、複雑でね」 「二年前に父親が出て行ったのよ。理由はよくわからないけど……」 「真っ先に浮気が思い浮かぶけど、違うみたい。ママは一言だけ教えてくれた。ただ……どうしても、合わなくなったって」 「それで、私ももう、それなりに自分でなんでも出来る歳になったから、いいだろうって」 「笑っちゃうけど、私には、とても幸せな三人家族に見えていたんだよ」 「他の家とか、いろいろ問題抱えているようには見えるけど。うちは、私とパパ、ママ……それに、パパとママも仲が良い方だって思っていた」 「それが、どうしても合わない。ずっと我慢してた……だって」 「驚くやら、悲しいやら……でも、しょうがないよね。私が見えてなかっただけ」 「それで……とにかく、一年前に母親は再婚して、新しい父親と新しい姉が出来た」 「二人ともいい人だけど、なんだかしっくりこないの。家にいても、お互い気をつかっている感じで」 「でも、ママとその二人はどんどん親密になっていって……それこそ、本当に仲の良い家族なの。私を除いて」 「私一人が異邦人じゃないかって、思ったわ」 「なんだか家に帰りづらくて……段々、夜の町にいる時間の方が長くなったわ」 「ふーん」 「それで、映画館に入り浸るように?」 「映画は小さな頃から好きだったんだよ。パパの影響でね……」 「……」 「映画は好きだけど、ずっと見てると、寂しいよね」 「気に入ったものは、何度も何度も見てしまう。どうかこれの続編が出てくれないかと思うんだけど……」 「結局出ることはないんだよね」 「たまに出たとしても、スタッフが変わっていて、全然別物になっていたりする」 「寂しいよね」 「私達が思ってるほど、作り手は、作品のことを愛してないのかな。うんざりしてしまってるのかなって思うと、寂しいんだ」 「……」 「ねぇ」 「うん?」 「物わかりのいいように振る舞っているけど、君は、以前の生活に未練があるんじゃないのかな」 「パパ達が離婚する前の、三人の生活に?」 「どうかな。……未練というか、なんだかもやもやしてるね」 「当たり前だよ。ずっと続いていた生活が、いきなり終わったんだ」 「それを、両親はろくろく説明もせずに、いきなり終わらせた」 「父親も、母親も手前勝手に、次の人生を歩き出したつもりなんだろうけど。君一人が取り残されている」 「君だけが、終わらない物語をさまよっている」 「だから君は物語をさがしている。自分の欠落を埋めてくれる物語を」 「……」 「……やっぱり不思議な人」 「なんだか、いちいち、人の事情に対して、詩的な解釈をしてくれるんだね」 「物語的と言っていただけたら」 「君といると、恥ずかしいことも、なんだかすらすら口に出来ちゃうよ」 「まだまだ語ってくれていいよ」 「なんならうちで」 ニコニコと笑う俺に、恋はちょっとだけ呆れた風に、目を細めながら。 「塾に行ってるってごまかしてるけど……これ以上はね」 「そっか」 「そうだ。今度の休み、会ってよ」 「うん?」 「デート、みたいなの、してくれない?」 ストローをかき回しながら、恋は、少し上目遣いで俺を見る。 俺はうなづき、微笑む。 「もちろんだ」 夜の町で出会った、加藤恋という少女。 考えてみれば、夜以外に会うのははじめてだ。 「あぁ。こんちは」 「よう」 昼に会う少女はなんだか、いつもと雰囲気が違って見えた。 ハンディカメラを手にしていた。 「なにそれ」 「ビデオカメラ」 それは分かる。何してるの、と聞いたつもりだったんだけど。 「私、友達と遊びにいったときも、よくやるんだよ。こうやってずっとビデオ回して、後で編集して記念にするの」 「けっこう喜ばれるんだよ」 「へぇ。でも、そんなことしてたら、楽しめないんじゃないの」 「撮られる方も、身構えそうだし……」 「大丈夫大丈夫。そのうち慣れるよ」 「そういうもんか。さしあたって、どこに行こう?」 「どこに行こう?」 「……」 お互い決めてなかったらしい。 まぁ、こういう時、エスコートをするのは、男の役目か。 しかし真っ当なデートとやらをするのが久しぶりなので、具合が分からん。 ぶらぶらするだけと言っていたし、適当に、それっぽいところを回ればいいか……。 「それじゃぁ、任せてくれ」 カフェに行き……。 「ミュージカル映画って、あまり日本でヒットしないよね。この前の、『あぁ、無情』はそうでもなかったけど」 「友達も苦手らしくて。いきなり歌い出したりするのが、意味が分からないとか、嘘っぽいってさ」 「けどさ。嘘ってなんだろうって、思うんだよね」 「本当を言うなら、生活をしていて……楽しいときや悲しいとき、人って、歌って踊りたくなるときってあると思うんだ」 「けど、人の目とか……習慣とか、そういうのをするのは恥ずかしいって思いから、おさえつけているだけで」 「じゃぁ、そっちの方が嘘じゃない。我慢せずに、歌ったり踊ったりするのが、本当なんじゃないの?」 「人はもっと自然に踊って……歌っていた時代があったんじゃないかって思うの」 「そういう風俗から見たら、映画の中で歌い出すのも、踊り出すのも、別にいいじゃんって……私は思う」 「結局、好きだから、ってだけなんだろうけどね」 「アメリカのハイスクール映画見てると、いいなぁって思うよね。しょっちゅうパーティーしてて。車、乗り回して……男女の関係が、もっと幅広くて」 「まぁ、向こうの人が日本のアニメ見て、日本の学校っていいなぁって思うのと同じなのかな」 「実際を知ってたら、ありえねーって言うような、内容なんだろうけどね」 「そうだね」 恋は相変わらずだ。 ただ、カメラをまわして、時々、位置を気にするのは忘れない。 恋の言う通り、机に置かれていたり。 店員さんの許可をとるのは大変で、いくつかの店には断られてしまったけど。 「ようこそ。美の殿堂、シンデレラ」 「ここって、いつも予約でいっぱいで、とびこみで対応してくれないと思うけど」 「まーかせて、ゴールデンカードさ」 「へえええ。それって、すっごい高額の会員制カードだよね」 「ここは、VIP向けのスタッフも待機してるから、とびこみでも大丈夫なんだ。ついでにカードがあれば、3名まで同待遇で、対応してもらえるしね」 「まぁ、ほんとに年会費は高いけど……」 「君、何者?」 「まぁ、いいじゃん」 「2名様、ご案内」 「本日はどういたしましょう」 「マッサージをよろしく」 「お任せを」 「カルボナーラさん、ご指名です」 「マッサージ。入りますっ」 「な、なんかすごい人が出てきたよ」 「マッサージって苦手なんだけどな」 「この人のは、大したもんだ」 「そ、そうなの?」 「うふふ。はじめてかしら。万事、私に任せてくれたらおーけーよ」 「楽園に、行けるぜ」 「楽園……」 併設された、ブティックをめぐる。 「似合いそうだね、これでいいの? 店員さ〜ん…」 「いいのいいの、プレゼント」 「え、ええ」 「ちなみに会員価格で、20%引きで買えるから」 「んー。でも、遠慮しとく」 「これだけあれば、新しいカメラが買えるとか、そんなことばかり考えちゃうし」 「じゃぁそっち買いに行こう」 「いや……そういう意味じゃなくて。単純に貧乏性なんだ」 「君もぽんぽん、相手におごるものじゃないよ」 「金で、喜びが買えるというなら、惜しむようなものじゃない」 「おごられる方からすれば、ただほど高いものはないって言ってね……」 「そういや夜、よく食事をおごってくれたし。君って、金持ち?」 「王様だからな」 「うん?」 「なんでもない」 ゲーセンにて……。 「任せておけ」 「魔法とやらは、禁止だからね?」 「え? ええ? いや、もちろんだ……」 「幾多の困難をくぐり抜けて、やっとお姫様を奪取する」 「とても、物語的だと思う」 取れるには取れたんだが……。 「なんだこれは」 「でもかわいくていいじゃん」 「うーん。俺としては、あまり物語的じゃなくて、納得いかん」 「大事にするよ」 「……」 多くの人が行き交う往来でも、恋は気にせず、カメラをまわしている。 …… 少し緊張気味に歩く俺やら景色やらをちょろちょろと撮っている恋を、不思議そうに、あるいは微笑ましそうに見ている。 「ねぇ」 「うん?」 「そんな適当に撮って、本当に、編集できるの?」 「適当に撮ってるわけじゃないよ」 「ぼんやりと、こうしたいっていうイメージはあって、それに合うようなカットを選んではいるんだよ」 「まぁ実際は、編集してみるまで、分からないけどね」 「そうだろうよ」 ほうぼう歩き回って、空の日も低くなってきた。 さすがに足も疲れ、とぼとぼと歩きながら、恋に提案をする。 「ドラゴンバーガーでもいく?」 「いやぁ。今日はいいかな」 「そっか」 「そうだ。ねぇ、君の、おすすめの場所に連れて行ってくれない」 「え」 「おすすめね……」 「ふえええええ」 「な……なんか、とんでもないところに連れてこられた」 「良い眺めだろう」 「いい、眺めだけど……怖いし、いいの、ここに入って」 おそるおそる、時計盤の合間から外の景色を眺める、恋。 完全に、腰が引けている。 「いいわけがない。だから、ちゃんと入り口には鍵がかかってるんじゃないか」 「かかってるんじゃないかって、普通にあけて入ってきたよね」 「合い鍵を作ってね。時々、入ってるんだ」 「そ、そう……なんだ」 コンビニで買ったサンドイッチとペットボトルを置いて、夕日を眺めながら、食事をする。 学生らしいのか、らしくないのか……妙な、夕食だ。 「この時計塔って、いつごろ出来たんだろうね」 「……さぁ」 「かなり古いものであるのは確かなんだけど……郊外の、こんな場所に、誰がどうやって時計塔なんて作ったのか、記録が残っていないんだって」 「そりゃそうだ」 「この時計塔は、幻だから」 「へ……」 「蜃気楼ってあるだろう。ああいうものさ」 「私達、今、蜃気楼の中にいるの?」 おかしそうに呟いた恋だが、それは実に、言い得て妙だった。 …… 時計塔からの眺めを撮るのにも飽きたのか、俺がもぐもぐとサンドイッチをほおばっている姿にカメラを向けている。 「これで、映像になるの」 本当に、ぶらぶらしてただけで……これをつなぎ合わせて、どうなるのかと、他人事ながら心配になる。 「そこは、いろいろするから大丈夫だよ」 「……」 ぐいっと、俺は距離をつめる。 「でも、ほら……ちゃんと絵になるコマも、必要だろう」 彼女の顔からカメラを横にずらし、代わりにそっと、俺の口元をかぶせる。 「え」 「…………あ」 「ん……」 ………… …… 「あぁ、いたいた」 ……ん? 「よう」 向こうから、恋が走ってくる。 「君、携帯もってないの? 連絡とれなくて困るよ」 「大丈夫大丈夫。こうして、いつも出会えるから」 「というか、私が待ってたの」 「それは光栄」 今夜は、いつもの友達1はいないようだ。 「この前のデートしたとき、いっぱい動画撮ったでしょう。それを編集してね、一本のドキュメントにしたんだ」 「それで一緒に見たくて。これから、君のうち、行って良い?」 「もちろん」 「どうぞ」 何度目かになる、我が家への訪問。 今日の恋は、きょろきょろと、店内を興味深そうに眺めている。 「こうして見ると、雰囲気あるねぇ」 「それが売りだから」 「どうしてかな。映画館を思い出すよ」 「へぇ」 「共通するのは」 「物語的、ということだね」 先回りして、恋がにやりと口にする。 「いかにも」 「じゃぁ見ようか」 「DVDプレイヤーある?」 「ない」 「……ないの?」 「プレ○テ2とかも?」 「ないな」 「ビデオデッキならあるけど?」 「ビデオデッキ……」 やっぱりどうも変な人だ……と口の中でぶつぶつつぶやきながら、恋は再び、バッグを探り出す。 「タブレットにも、動画データいれてきたから、そっちで見ようか」 「うん」 恋は取り出した平たい板を操作する。 やがて、画面いっぱいに映像が映し出された。 先日のデートの様子だろう。 駅前で待つ俺のもとに、恋が現れる前……おそらく恋が一人で、待ち合わせ場所に向かっているシーンから、はじまっている。 やがて到着し、振り返る俺の姿が映し出される。 おう、っと、ちょっと芝居がかった感じで手をあげる男の姿があった。 不思議な感じだ。 映像から、一日の始まりにわくわくする感情が伝わってくるのは、にやけ顔の男のせいか。 あるいは、カメラをまわしている恋の気持ちが伝わってくるからか。 そうして、シーンは、次々に切り替わっていく。 当日はどちらかといえば退屈でなんでもないと思われていた行程が、こうして見ると……不思議なドラマ性を宿して、展開されていく。 時間軸が前後していることもあるのだろう。 それは〈一幅〉《いっぷく》の美しい絵のようだった。 散漫な、何事もない一日の情景が、あるテーマをもってつなぎあわされていく。 今、この平たい板に映し出されている世界と、このここにある、世界との違い。 それは、神がいるか、いないのか……ということなのだろう。 この映像には、その世界を、心から愛す、神様がいるのだ。 彼女は、映画という小世界の神様として、せいいっぱいそれを慈しみ、あるテーマにもとづいて、丹念に、デザインをしてみせた。 最後に、時計塔の中でのシーンだ。 おそらく入る前に撮ったのだろう、時計塔の映像が映し出され……ゆっくりと、画面は消えていく。 「どう、かな」 「……」 「…………」 「いや、素人がいろいろと、こねくりまわしたものだから。まぁ、いつもテレビで見ているようなドキュメンタリーにはおよびもつかないだろうけどさ」 「私さ、友達にはおもしろ半分で作って楽しんで貰うことはあったけど、ちゃんと作って人に見て貰うの実は初めてで。案配とか分からなくて……」 「素晴らしい」 「……え」 「とても美しい物語だった」 「ドキュメンタリーだけれど。これは、物語だよ」 「ありそうでなかった、話だ」 「カメラを通して、編集という行程を通して、君は語っているんだ。現実とはちょっと違う、ありそうであり得なかった、物語を」 「それが、素晴らしかった」 「あ……」 「ありがとう」 「あの、さ」 「うん?」 「ママに頼んで、三人で、パパと会ったんだ」 「それで改めて話したんだ。どうして離婚したのかとか」 「パパは、昔俳優でね。……実は、今までもちょっとだけ、手伝ったりしてたみたいで」 「でも、もうずっと前から、正式に舞台の仕事に誘われていたらしいの」 「それで……家族のために我慢してたんだけど、どうしても参加したくなったんだって」 「ママはママで……パパのそういう夢見がちなところに疲れてて、今回のことで、もういいやって思ったらしいの」 「正直なところ、男女としての、心はお互い、離れていたんだって」 「そのへんのこと、話せなくて、悪かったって。そんな子供みたいな親と失望されるぐらいなら、もやもやしたまま別れた方が良いと思ったって」 「正直けっこう頭にきたけど……」 「別に失望しないし、パパの選択を応援するって言った」 「そしたら、パパ、本当に子供みたいにほっとした顔してたわ……」 「でも、それとは別に、ごめんって……ちゃんと謝ってくれた」 「私は別に、それが聞けたら、もういいやって思った」 「ちゃんと、あの日々に終わりをつけられたような気がして……いいやって思った」 「そうか」 「そんなことがあってね……映像を編集してて思ったんだ」 「私、やっぱり映画を撮りたい」 「あのときは確かに、なんとなく……憧れみたいな気持ちで、口にしてみただけだけど」 「でも、君に逃げだって言われて、なんであんなに腹が立ったんだろうって思って」 「私は、本当にこれなんだって……思ったの」 「先日も、三人で話をしてたとき、伝えたかったと思ったの。でもうまく言えなかった」 「パパとママは、我慢してたのかもしれないけど……けど自分は違うって」 「三人で一緒にいて、そりゃあいつも明るい家庭じゃなかったけど、私は楽しかったって」 「そういうの。もし、あの頃の映像があれば、私はちゃんと伝えられると思った」 「逆に、言えなかったから。あの場で、うまく、そういうことを言えなかったから」 あるいは、それが出来たら、三人は離れずに済んだのではないかと、彼女は思っているのかもしれない。 彼女の父と母にとって、日常は、無味無臭の……ただただ、単調な時間の羅列でしかなかった。 そこには、神様がいなかった。 だから二人は飽きてしまった。 彼女はその日常を切り取って、自ら命を吹き込んで、テーマを……意味を、与えられたのではないかと、後悔しているのだろうか。 そうしたら、彼女が愛した時間は、ずっと続いていたはずなのに、と。 「君のことも」 「なんか、夜に出会って……エッチしちゃって……どういう関係なのかあやふやで」 「私自身、君のことをどう思ってるのか、分からなくて」 「編集しながら……その……」 「好きだなって思ったの。君の……こと……」 「うん……」 「それで君に映像を見て貰って、同じようなことを感じてくれて、うれしかった」 「もっとたくさんの人が、もし、自分がステキだと思うことや好きだって思うことに、共感してくれて……楽しいと思ってくれたとしたら」 「こんなにうれしいことはないよ」 「だから、私……映画が撮りたいの」 「………」 「……」 「…じゃぁ、撮りなよ」 「君が撮る映画なら、きっと素敵なものになるよ」 心から、そう思った。 「えへへ。ありがとう」 いくつもの途方もない障害がある。 彼女の目に映っている物語が実現される可能性は、限りなくゼロに近い。 どんなに望んでも、才能がないの一言で、終わることがある。 どんなに才能があっても、運がないの一言で終わることがある。 どんなに幸運が続いても、一つの不運で、ぶち壊しになることがある。理不尽がある。 俺なら……俺なら、それを。実現させてやることが出来るのかもしれない。 赤い絨毯を歩いている。 彼女が俺を紹介する。 私の原点は彼とともにあると。桜井たくみ君ですと。 美しき、天才と、美しき、男。全ては物語的で……。 そうして、俺と彼女は手を取り合いながら、次のステージへと歩いて行くのだ。 美しいドレスをなびかせて、一人の少年と手をたずさえて……夢の道を、ゆっくりゆっくりと歩いて行く。 満場の拍手に包まれながら……。 「新作、モスキートマンの助監督に抜擢された、加藤恋さんです」 「加藤さんは、バイトで貯めた100万円で撮影した自主制作映画、『セカンドホーム』が、口コミで大ヒット。最終的に、一千万人の動員を記録しました」 「そして、その才能に目をつけた名監督、ロードウッド氏が自身が手がけるモスキートマンシリーズの助監督として、抜擢したわけです」 「十代の……それも、日本の少女がこのような大役に選ばれるのは、もちろん前代未聞であり……」 誰もが彼女に注目していた。 けれど彼女の目は、もはや次のステージへと向けられている。 まばゆいばかりの会場の様子を飛び越えて……物語は次へ続いていくだろう。 赤い絨毯は、どこまでものびている。 それを囲む人達は、様々で……ただ、そこに立ち、彼女を見送るためにいる。 二度と会うことのないかもしれない人達とすれ違い続けながら、少女は、赤い絨毯を、歩き続けるだろう。 そういう光景を、俺なら叶えられる。 けど、それは無粋というものだ。 彼女は、自ら途方もない物語を描こうとしているのだから。 それこそ、俺の出る幕はない。 そしてゆっくりと、この夜に幕をおろそう。 幻想を閉じなければ、彼女も映画を撮れないのだから。 願わくば。 彼女が綴る物語に、一編でも、俺との思い出が残っていることを願って。 「ちゅぅ……」 「ん、ちゅむ」 ディープキスをかわしながら、ゆっくりと恋の服を脱がしていく。 「ちゅむ、じゅ、ちゅぅ……れろ……ちゅぅ」 「ちゅ……ん、れろ、じゅ、んぐ、ちゅぅ……」 「じゅ、ちゅ、む……」 ゆたかな乳房をたっぷりと手でなで回しながら……下着を外し、スカートをおろし……。 そうして、一糸まとわぬ姿になった恋を、ベッドの上に押し倒す。 「ねぇ、ここ、もうぱんぱんだね」 「じっぱーおろして、いい?」 「うん」 「わぁ……こ、これは……」 「すごいんだね。ぎちぎちしてるよ……」 「血管とかはしって、痛そう……」 「う、ぁ」 「ごめんっ。痛かった?」 「い、いや……よかった」 「きもちいいの? さわると、びくんって震えたね」 「うん……」 「この辺? 気持ち良い」 「そう……その下の、くぼんだところ、かな。優しく、撫でてくれたら」 「こう、かな」 「ぁ……」 「ここ、こうすると、いいの?」 「あぁ……」 「ふぁ。すごい、びくんって震えてるね」 「かわいいような、ちょっと、グロテスクなような」 「エイリアンって、こんな感じだよね」 「エイリアンはないだろう」 「じゃぁ、グレムリンでもいいけど」 すり、すり……。 恋の細い指が、亀頭にからみながら、優しく擦りあげる。 しびれた快感が、どんどん広がっていく。 「はぁ、はぁ……。ん、ん、ぁ……」 すりすり……。 「ぅ……」 「なんか、透明なの、出てきたね。知ってるよ。先走りでしょ」 「こんなにうすいのに、べたべたしているんだ……ん、すりすり」 「う、はぁ……はぁ、はぁ……」 熱い高まりが、下腹部で、ぐずぐずとくすぶる。 少しでも力を抜いたら、あっという間に、ほとばしりがはじけそうだった。 「出そうなの?」 「あぁ、もう、出ちゃいそう」 「ん、出していいよ……」 「う、あ」 「うああああああ」 「きゃぁ」 下向きのペニスから、おびただしい白濁が、恋の大きな胸のまわりにまきちらされた。 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「はぁ、はぁ……すっごい、いっぱい出したね」 「おっぱいのさきっちょ、かかってる。あったかいよ」 「はぁ、はぁ……」 「不思議だね。この子から、こんな、べたべたしたのが出てくるなんて」 「この小さな、穴から……」 「すり、すり……」 「あ、ふぁ……」 「あれ……まだ、この子、元気だよ。まだ、出そうなの?」 「もう、出ないよ」 「ほんとかな? なんか、あふれてくるよ」 「これは、さっきの残り……」 「ぬりぬり」 「は。ぁ……」 これは、たまらない。 「ん……さっきより、あつくなってない? なんか、赤いし」 指が、精液を亀頭にまぶす。 ぐりぐりと、鈴口を指で押し込んだり、竿の根元から、力強く擦りあげたり。 一度射精にまで導いた自信のせいか、恋の指使いは、どんどん積極的になっていく。 あっという間に、達してしまいそうだ。 「ぴくぴくしてる。あんなに出したのに、いけない子だなぁ」 「えい、えい」 「ん……ほら、ここがいいのか? ここがいいのか?」 「うぁ……」 「こうやって、しぼりだすようにしたら、きっと、出てくるんだよ」 「ちょ……そこは……っ」 「こうやって……こうやって……」 「このくぼみを、指先で、ちょんちょんってしながら……」 「ふああああ」 「あ、やばい」 「え。もしかして、出そうなの」 「う、うん……うぁ……」 「ああ」 「ひゃぁ……」 「髪の毛にかかっちゃった……これ、あとで洗えば大丈夫かな」 「匂いとれないときは、君にきれいにカットしてもらおうっと……」 「ひゃぁ」 「まだ元気そうにはねた」 「もしかして、まだ、いける?」 「え。ダメだって……」 「こっちは、いけそうって言ってるよ?」 「う……ぁ……」 「ちょ、もう、やめろって」 「えへへ。前はいっぱい私がいじめられたから、今夜はおかえしするんだ……」 「こしこし」 「う、あ……ぐ……」 「こんないやらしいのがいっぱいつまってるから、君は、いやらしいんだよね」 「それで、夜な夜な、私みたいなのをつかまえているんだよね」 「はぁ……はぁ……。いけないものは、全部出しちゃうべきだよね」 「それで、私以外の、女の子にいかないようにするんだから」 「……」 「な、なんてね……」 「はぁ、はぁ……、ぬり、ぬり」 「こしこし……ぬりぬり」 「ふ、ぁ」 二度の射精で、もう、ペニスは、感度が最高潮に達している。 びくびくと、どこを触れられても、快感にわななくのを止められない。 三度、あっという間に、達してしまいそうだ。 「こしこし……」 「う。うぁ……」 いかん。また……。 「出そうなの?」 「う、うん……」 「な、なぁ恋……これ以上、かけちゃ悪いよね」 「え? もう、今更……いいけど」 「いや、悪いよ」 「じゃぁ、我慢する?」 「ううん。かからないようにする」 「え、ちょ……何するの」 「むぐ……っ」 「うぁ……っ」 「にゃに、するのよ」 「あ、はぁ……はぁ……」 「口に、だすなんてぇ……」 ペニスから唇にかけて、粘液が、いやらしく糸をひいていた。 「うう……変なかんじだよぉ……けほ、けほ」 「どんな味?」 「う、苦い……かな」 「そんなはずはない。あんなに、コーラを飲んだのに。飲んでみて」 「え、えええ。これ、のむろ?」 「毒をくらわば、皿までってね」 「たとえ、おかしいでしょう」 「のろに、つっかへないかな……」 「ん……く……うん」 「ごくん」 「ぅぁ……に、にがいよぉ……」 「もう、やっぱり苦いじゃない」 「かわいいなぁ」 「う……そんなこと言っても、だめだから」 「やっぱり、恋の中で気持ちよくならないと、おさまりそうにない」 「ん、私も、おまたが……もう、うずうずしてる」 「君のがほしくてたまらないかも……しれない」 「えっちだなぁ」 「君に言われたくないよ。どれだけ出せば、おさまるの?」 「だから、恋の中に出したら、だよ」 「あう……」 「まだ、元気だよね。じゃぁ……私の中でも、いっぱい、出してほしいよ」 「じゃぁ……」 ず、ちゅ…ずず。 「はああああああ」 「はいって、きた……」 「すごい、ね。あんなに、いっぱい出したのに、まだ、かっちんかっちんじゃない」 「恋の中が、ぐちょぐちょすぎるんだよ」 「こんなに、ぬらしていたんだな」 「ちが、う。君のが、せーしで、ぬれてるから、こんなに、にゅるにゅるしてるんだよ」 「どうかな。ほら……」 「あ──。あ、あ、あ! そんな、奥まで、だめぇ」 「お腹の奥から、どんどん、ジュースが、わいてきてるよ?」 「あ、やぁ……。君だって、いっぱいおち○ちんに、せーえきつけて……やらしいじゃない」 「そうだ。それで、いっぱい、恋の中に擦りつけてやるから」 ぐちゅ、じゅ、ちゅ、ぐちゅ。 「あ、あ、ああ! だめ、精子、擦りつけちゃ、だめぇ。こんなの、はげし、すぎてっ。あ、ああ」 「はぁ、はぁ……やぁ。赤ちゃんが、できたら、どうするの」 「かまわないよ。一緒に育てよう」 「嘘ばっかり。ん、んんん」 「私のことなんて、遊びのくせして……っ。ん、んん!」 「そんなんじゃないよ」 「はぁ、はぁ……。だって、恋人でもないのに……こんなことして……っ」 「遊びに、きまってるんだから、あ、あ。あああ」 「恋人なら、遊びじゃないの?」 「え……」 「付き合おうって言えば……遊びじゃない?」 「なに、いってるの。は、あ、あ、あ、あ」 「結婚すれば、遊びじゃない?」 「そりゃ、そうだよ……っ。ふ、ぁ……や、だって結婚したら、夫婦だし」 「だから、いいの?」 「生活のために、結婚をする」 「世間体のために結婚をする」 「それは遊びじゃないとしても……もっと悪いものじゃないの」 「まだ遊びのほうが、うつくしいよ。少なくとも、その一瞬は、本気なんだから」 「詭弁だよ……そんなの」 「そうだね。でもさ……」 「永遠に愛するって言えば……遊びじゃない?」 「いつかはきっと、気持ちは醒めるのに」 「そういうものがあれば、いいってこと? 愛ってこと?」 「そんなのウソじゃないか」 「あ、あ、あああ」 「あ、ふぁ……。そう、かもしれない、けど」 「でも……っ」 「でも、言わなきゃいけないことがあるじゃない」 「え……」 「言ってほしい時って、あるじゃない。嘘でも」 「……」 「そうかもしれないね」 「はぁ、はぁ……あ、ん……」 「愛している」 「愛してるよ」 「うん、ありがとう」 「私も、愛してる」 「あ、ん……あ、あ、あ、あ」 「ふ、ぁ……俺、そろそろ、いきそうだ」 「うん、きて! いっぱい、きて……っ」 「おち○ちんに、いっぱい、おしこまれて、だめ。もう、もう、気持ちよすぎて、だめぇ」 「恋。君の中で、いっていい?」 「うん。うん……っ。さっきのあついの、私の中も出して」 「一番奥に、君の受け止めたいの。いっぱい、いっぱい、お願いだから」 「あ、あ、あ、あ! ふ、ぐ、ぁ!」 「いっちゃう。あなたの、おち○ちんで、いっちゃうよおおお。あ、あ、ああああ」 「あ、あ、あ、あ。あついの、いっぱい、私の中に、ちょーだいっ」 「うあああ」 「あ、あ、あ、あああああ」 「ああああああああああああああああああああ」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「おつかれさま」 「この子もね」 ぴょんっと、ペニスを指ではじく。 「うぐ……」 「もう、ベッタベタだよ」 「髪の毛とかにもついちゃってるし」 「じゃぁ、一緒にお風呂入ろうか?」 「じー……」 「また、何かされそうな感じなんだけど」 「さすがに、もう、出尽くしたよ」 「そうなの。でも、やっぱり元気みたいだよ。今、ぴくんって動いたし」 「お風呂に入れると思ったら、興奮して」 「も、もう……」 「じゃぁ、一緒に入ろうか……?」 「うん♪ 入る」 かちりと、夜の12時をうった。 約束の時間きっかりに、彼女は現れた。 「桜井たくみ」 「……」 「とうとう姿を現したわね」 「やぁ、零」 「あなたが……」 「手紙……時計塔で会おうって」 「どうして私だけ、呼び出したの」 「そもそもあの日記に書かれていることはなに。あなたは誰」 「いろいろと、説明してもらおうかしら」 「……」 「君はその答えを、本当は知ってるはずだぞ。零」 「でも、俺にそう呼ばれていたことを、零はどこかで覚えているはずだ」 「そうして、俺の物語にまきこまなければ……君は、もう、すぐにでも消えていただろう」 「何を、言ってるの。私が消えるってなによ」 「……」 「思い出すんだ。零」 「君は全部、知っているはずだ」 「俺が何者かも、どうして君を呼び出したのかも、全部、本当は知っているはずだ」 「これを読んでくれ」 俺は……一冊の本を差し出す。 「これは……」 「魔女こいにっきだ」 「あ……」 「思い出した。桜井、たくみ」 「あなたは……あのとき、消えて」 「私もカノンも、あなたのことを忘れて……」 「そうだな」 「久しぶり」 「なんていうか……」 「ひさし……ぶり、だね……」 「お、おう」 「まぁ……な」 「ありすさんは……ありすさんとは、どういう関係なの」 「まぁ待て」 「聞きたいことは山積みだろう」 「けど時間がないんだ」 「永遠の時間も、終わろうとしているんだ」 「おそらく、この夜が終わり、空があけるころには」 「全ての物語が終わる」 「俺の魔力が、限界に近いということもあるし」 「何より、俺自身が終わらせたいと思っている」 「そうしたら、私も消えるってこと」 「零だけじゃなくて、俺も。俺とともにこの町にやってきた、全ての魔法使い達が」 「でも俺は、その前に零のために、時間を使いたいと思った」 「私の、ために……?」 「うん。二人きりの時間を過ごしたいんだ」 「あ……」 「短い時間になってしまうけど……」 「零の希望はあるかい」 「……」 「いや、あの」 「こんな状況で、こんなこと言うのは、あれなんだけど!」 「うん?」 「……っ」 「…………デートして」 「……」 「……ちょっとで……いいから」 「いいよ」 「じゃぁ行こうか」 「!!!」 「え」 「30分後に、シンデレラの前で集合っ。いい?」 「分かった……」 30分後……。 俺は、零を待つ。 「よう」 「どうも」 「……」 「……」 「なんだか思い出すな。いつかの設定」 「おにーちゃん?」 「それがいいなら。そう呼ぶよ?」 「いや、普通にいこうか」 「うん」 「どこに行くの?」 「どこに行こうか……」 「零は、何かしたいことがあるか」 「……あれは」 「何見てるんだ」 「ごめん。ちょっと、気になって」 何を見てたんだ……。 「あぁ、ゲーセンじゃないか。あそこで遊びたいのか?」 「違うわよ。うちの生徒がいるなって」 女子生徒がUFOキャッチャーの筐体を前に、歓声をあげていた。 「いてもいいじゃないか。ゲーセンぐらい」 「だって、不良じゃない……」 「いつの時代のイメージだ」 果たして、UFOキャッチャーが不良というイメージがあった時代なんて、あったものかも怪しいけど。 「これはなんなの……」 「あのアームで人形をつかんで、ゲットするんだよ」 「へぇぇ。中の人形がもらえるの」 「……」 「あのパンダがほしいのか?」 「え、ええ!?」 「そ、そういうわけじゃないけど……100円は安いわね」 「まぁ、ものは試しに、1つ貰おうかしら」 「れ。零?」 何か勘違いしているような気がするが……。 「なにこれ、不良品?? お金払ったのに、途中で落っこちて、出てこなかったわ」 「ねぇ、そこの店員さん。これ、お金入れたのに、途中で落ちたわよ」 …… 「面白くて」 「だいたい分かったわ。とるには、上手くやらないといけないってことよね」 「だったら最初からそう書いておけばいいのに。任せてよ。こういうのは、得意なんだから」 ちゃっと千円札を取り出す零は、なんだかかっこよかった。 ……そして。 「ふぇぇ」 「全然だめだった……」 「なにこれ? そもそも、このマジックハンドに、やる気が感じられないわ。本気でつかもうとしてないじゃない」 「やっぱりこの店、詐欺なのよ。こうやって、搾取しているのね」 「ほれ」 俺は向こうを指さして見せる。 別の筐体の前では、見事ヌイグルミをゲットした女子達が歓声をあげていた。 「おかしい……」 「しょうがない、俺がやろうか?」 俺も得意ではないが、千円も使えばとれるだろう。 が、零は振り返り、きっとこちらをにらみつけた。 「必要ないわ」 「このまま負けたままで引き下がれないんだから」 妙な闘志を燃やしていた。 で……。 「あといくらあるんだ」 「100円……」 「おかしいな。さっき、5千円札を握りしめてなかったか」 光の速さでお金が筐体に吸い込まれていった。 あれだけやれば偶然一個くらい、ひっかかりそうなんだけどな。 「ぅぅ……」 「分かったわ、あなたに任せるわ」 「ええ」 「俺だって得意ってわけじゃないんだから。あと一回のプレッシャーを押しつけられてたまるか」 「なによ、男らしくないわね」 「今更なんだ。途中何度も、変わろうかって言っただろう」 「うぐ」 「だって悔しいじゃない……このままあの子が救えないなんて」 「パンダ……」 そんなにほしかったのか。あるいは何度もとれないうちに悔しさ混じりの愛着がわいてしまったのか。 まぁそれがUFOキャッチャーの罠なんだろうけど。 「たく……しょうがないな」 零のかわりに、筐体の前に構える。 「ありがとう」 「うーん……あの辺が狙い目なのは確かなんだよな」 「頑張ってっ」 「あぁ……」 「あなたはガ○ラス星から光年を乗りついでこの地球に辿り着き、夜な夜な地球人をUFOキャッチャーしてキャトルミューティレーションしていたのよ」 妙なことを言い出した。 「こんなもの、朝飯前でしょう」 「リアルUFOキャッチャーかよ」 「しょうがないな」 「さぁ、ガ○ラス星人。あそこをパンダが歩いているわ。はやくつかまえるのよ」 「ワレワレハウチュウジンダ」 テンションあがりまくってんな。 「宇宙人の気持ちになって、パンダをキャトルミューティレーションするのよ」 「……」 宇宙人の気持ちか。 「お前はまたキャトルミューティレーションを失敗したのか」 「自転車に乗ってる人間をつかまえるなんて無理ですよ」 「かなり前の段階で気配感じられて、すごい勢いで逃げていくし」 「まったくだ。すっかりご近所の評判になってしまっているな」 「ここまで持ち上げるのは難しいですよ。ひっかかる場所が見つからないし」 「光式のやつ買ってくださいよ。あの、ぱーっと照らしたら、吸い込める奴」 「今時、マジックハンドでつかんで連れてくるとか、時代遅れにもほどがありますよ」 「もし途中で落としたらどうするんですか」 「だから、何度も牛で練習させてるんだろう」 「あれですか」 「あ、手がすべった」 「あぁ、罪深いことだ。もう、勘弁してください」 俺は何を想像していたんだ。 「い、いくぞ」 「が、頑張って」 「これ以上、牛さんを、傷つけない」 「あれパンダだよ」 …… 「お」 「おおおお。やったっ」 「えへへ、ありがとう」 「かわいいなぁ……」 「僕、パンダ君」 のりのりだ。 「拾ってくれてありがとう」 「僕は、人形の1つでしかなかった」 「けど君に拾って貰って、本当の心をもてたような気がする」 「でも人形だから、夜があければ、消えてしまうんだね」 「……零」 「あのね……」 「1つ、お願いがあるんだけど……」 「うん?」 「その、あなたが描いた物語みたいにしてほしいな」 「え……」 「だから……」 「なんだろうか。物語……」 いろいろと思い浮かぶけど。 「ほくろの数をかぞえてほしいの!」 「は……」 「あ、な、なるほど」 「ぅぅ……」 「これ以上言わせるのは、パンダに対して、失礼というものだよ?」 「じゃぁ、王宮へ、ご案内しましょう」 「は、はい……」 ベッドに倒れ込みながら、俺は、零の唇に、たくさんキスを浴びせかける。 「ちゅる、ちゅ……」 「あ……っ。ん……っ。ん……」 「ちゅる、る……ちゅぅ……」 「は、む……ちゅぅ……」 「じゅる……は、む……れろ、ちゅぅ……」 「はぁ、はぁ」 「はぁ、はぁ……」 俺は唇を零のあごから首筋へとすべらせて、あらわになった白い胸に押しつける。 「ん、あ……おっぱい、触るの?」 「あぁ」 「私、小さいけど……いい?」 「それがかわいいって、日記の中で、何度も言ってただろう」 「う、うん……でも、やっぱり、いざとなると、気になって」 「こんなにかわいくて、やわらかいのに」 「は、や……んん」 「敏感だな。あっというまに、びんびんに反応してるよ、乳首」 「う、うん……恥ずかしいな」 「なめるよ」 「え? あ、あ……」 「ちゅる、ちゅぅ……」 「あ、やぁ……ん、は、あ……」 「どう?」 「気持ち、いいよ……」 「もっと、すって……おっぱい……」 「うん」 「ちゅる……ちゅぅ……じゅる」 「ふぁ、あ、あああああ」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「なんか、不思議……」 「うん?」 「はじめてって感じがしない」 「魔女こいにっきを読んで……あなたとこんなことしてる様子を読んでるからかな」 「あなたといっぱいいやらしいことしてるの読んで……」 「なんだか、この夜に、いっぱい抱かれた後みたいな感覚なの」 「私も、あなたの魔法にかかっちゃったってことなのかな……」 「どうかな」 「今夜がとびきりの魔法だ」 「とびきりの魔法だね」 「じゃぁ、いれるよ」 「うん……きて」 ず、ちゅ。 「は、ぁ……いたいっ」 ずずず。 「つぅ……っ」 「痛い?」 「ううん……いいから、奥まで、お願い……」 「わかった」 ずちゅ、ず。ぶぶぶ。 「あああああああ」 「大丈夫か?」 「う、うん……大丈夫」 「ごめんね……」 「え?」 「やっぱりはじめてで……痛くて……」 「零……」 そっと零の髪をなでながら、俺は穏やかに声をかける。 「はじめてじゃないよ。俺たちは、一度結ばれてるんだ」 俺は、ゆっくりと腰を動かす。 「あ、ふぁ……っ」 「や、ん……ん」 「あ、ふぁ……」 「あ、あああああ」 「あ、ふぁ……あ」 「はぁ、はぁ……」 「ね、ねぇ……」 「うん?」 「かわいくするのって、どうしたら…いいかな」 「十分かわいいけど…そうだな」 「かわいいこと言ってくれたらいいかも?」 「う、うん……かわいいこと、言うんだね」 「……」 「うさぎちゃんだよ、ぴょんぴょん」 「……」 それは……。 「ぷ」 「なななな、なに、私、何か間違った?」 「う、ううん……すごく、かわいい。そのまま、続けて」 「そ、そう。あれでいいんだ。よかった……」 「たくみの、おち○ちん……。すごく、かわいいぴょん」 「もっと、私のなかで、ぴょんぴょんってしてほしい……ぴょん」 「ぴょんぴょんする?」 「うん。ぴょんぴょん、して……いっぱいして。私の中、たくみで満たしてほしいぴょん」 「じゃぁ……」 ず、ちゅ……ずちゅ。 「あ、あ……っ。あ……ぴょんぴょん、してる……っ」 ずちょん。ずちょん。 「はぁ、はぁ……あ、あ、たくみのが、ぴょんぴょんしてるよぉ」 「あ、あぁ……あ……。せつないよぉ」 「はぁ、はぁ……どうしてほしい?」 「ちっちゃいおっぱい、もっと、たくさん触って。なでてほしいよ」 「分かった」 「あ、はぁ……たくみに、触られると、すごく……おっぱい、感じて、たまらないの。あ、あああ」 「あ、あ、あ、あ……っ」 「零……っ」 かわいい……。 「は、あああああ」 「声、もっと出していいから。かわいい声、聞かせてくれ」 「うん」 「もっと、もっと、零の中を、たくみのあったかいので、ぐちょぐちょにしてほしい……ぴょん」 「お願いっ。お願いっ。お願い……ぴょん!」 「あ、あ、ああああああ」 「はぁ、はぁ、はぁ、出る、出る」 「私も、もう、もう、出る、ぴょんよ」 「うん、あ、あ、あ、あ。ぴょ、ぴょ、ぴょ」 「ぴょん、ぴょんっ。ぴょん!!」 「はぁ、はぁ! ……もう、もう! 出そうだ。んん……」 「いいよ! いっぱい、中に出して、いいから!」 「あ、あ、あ、あ! あ、ああああ」 「あ、あああああああああああっ」 「はぁ、はぁ……」 ずぶりと引き抜く。 破瓜の血と、白濁液。 そして愛液でぐちょぐちょになったペニスの尖端を、零は興味深げにみている。 「なんか、痛そう……大丈夫?」 「いや、これは零の血だから」 「そうだけど。ほら、このへんとか、真っ赤だよ」 ぴとっと、零の指先が、亀頭のくぼみをおしこむ。 「うぁ……」 「痛い?」 「いいや。気持ちよくて」 「気持ち良いの? もう。出したのに?」 「出した直後だから、敏感なんだ」 「そうなんだ……」 「まだ……時間、あるかな」 「え」 「あのね……もう一回したいなって」 「私の中で、気持ちよくなってほしいなって……」 「大丈夫?」 「うん。次はもっとかわいくできる気がするから」 「じゃあ、俺ももっと、次は気持ちよくするよ」 「うん。じゃぁ……しよ?」 「変なの……」 「もう、ずっとこんなことしてきたみたい」 「それで、ずっとこんなことしてたいって思っちゃう」 「俺もだ」 「このまま、ずっとこうしていたいな」 「……零」 「あなたと、二人で……毎晩毎晩エッチして、お話しして……」 「えへへ。なんてね」 「でも夜には限りがあって。終わらないといけないんだね」 「この時間が、永遠に続けば良いのに」 「……」 「そう思えることが、きっと、大事なんだろうね」 「そうだね」 「たくみ……」 「ありがとう」 「ん……」 やさしく、口づけをした。 「今夜で終わりなんだよね」 「会いに行って良い?」 「もちろん」 隣の部屋では、カノンちゃんが眠っていた。 その寝顔を見ながら、零は。 「ねぇ……」 「私、なんとなく思ったの」 「うん?」 「あなたは、昔……私達の先祖である歌音と恋人になり」 「歌音に子供ができたことがあったのよね。結果は、想像妊娠だったけど」 「それでね……なんとなく、私、思ったんだ」 「娘じゃないのかなって」 「あのとき生まれることのできなかった、娘だったんじゃないかって」 「物語と物語があわさって、また新たな物語を生むことがある」 「そして私は理事長として、あの春に、皆に物語をもたらすことができた」 「その物語は生き続けて……あるいはどこかの物語とまじりあって、また新しい物語を生むのかもしれない」 「人と人があわさり、子供を作っていく」 「同じようにこの世にあふれる物語の1つ1つも、気が合うもの同士、あるいは合わないもの同士、くっついたりしながら子を残しているのかもしれない」 「シェイクスピアはそれこそ、多くの人に影響を与え、彼の子供や孫とも言える物語が、世界にたくさん生まれたんだと思う」 「あなたも……たくさんの物語を残す子でありたかったのでしょう」 「そうやって世界を彩りたかった」 「……」 「そう思うと、あなたが消えたとしても……何も残らないわけじゃない」 「私が消えても、残るものがあるから」 「やっぱり私は、歌音に……あなたに、あるいはカノンに、語ってもらえて良かったと思う」 「娘、か……」 「……」 「カノン……」 「ありがとう」 「これからは、あなたが、物語をつづっていくの」 「皆が長い学園生活を楽しみにしながら送っていけるように」 「長い間、ありがとう」 「……ん」 「ねーさま」 「カノン?」 「……大好き」 「……」 「私もよ」 「バイバイ」 じゃあな。カノンちゃん。 「じゃぁ、行こうか。きっと皆が待っている」 「舞踏会へ」 「なにこれ」 用意された料理に、目を丸くしている。 「これは、前夜際だ」 「最後の夜の前に行われる……な」 「え」 「本当に終わるんだ」 「あの……」 「うん?」 「あのね……あの時の言葉」 「もう一度、言って良いかな」 「え……」 「……」 「……」 「私……」 「あなたが、好きです」 「……」 「……」 「零……」 「ごめん」 「……え」 「俺は、いろんな女の子と、ちぎりをかわしてきた」 「そして、ともに運命を終える相手を決めている」 「それが……ありすなんだ」 「……へ、ありす?」 「だから、ごめん」 「今、お前の気持ちにちゃんと答えることは……できない」 「……」 「そうなのですか」 「えーと……」 「ちょっとまってください」 「はい」 「……」 「おかしいよね……?」 「いや、そこは流れで」 「おい」 「なんというか難しいけど……」 「俺は物語なんだ」 「俺は……俺を、読む人の数だけ、存在している」 「永遠を誓えるのは一人だけど……」 「それでも、いつだって……かりそめの、愛は、授けられるんだ」 「でも実際そうなんだ」 「それを零にも見せたいから……」 「一緒に来てくれるか」 「終わりを見せたいんだ」 「なにそれ。なんか、悪い男にたぶらかされている気分よ」 「あはは」 「……いいわよ。付き合うわよ」 「そんな拗ねなくても……」 「いたいた」 「どうも」 「柏原先輩?? それに、周防先輩も」 「こんばんは、零ちゃん」 「まったく桜井君はかわらないなぁ」 「とんだ、すけこましです」 「やぁ」 「知り合い……?」 「すっかりと思い出しました」 「そして今日、シンデレラでもらった手紙には書いてありました」 「共に物語を終えてくれるなら。今夜、会おうと」 「もともと待ちくたびれて……あなたのせいで、ぱっぱらぱーになっていた私達ですよ。何に異存がありますか」 「やっと終わらせてくれるのかって感じだよね」 「いいのか」 「あの時に戻るんだぞ」 「真実を否定して、ここまでやってきた」 「けれど再び向かいあい、苦しかろうが、最後の物語を語る」 「その先にあるものは分からない」 「それでもついてきてくれるのか」 「私達は、楽園に行きたくてあなたについていったわけじゃない」 「物語がききたくて、ついていったのですから」 「そうか……」 「ありがとう」 …… 物語の終わりに何があるのか。 何か別の物語がはじまるのかもしれない。 永遠なるものがあるのかもしれない。 それは俺には分からない。 それこそ、神のみぞ知る、というところだ。 俺たちは……ただ行くしかない。 「ちくたくと回り続けた時計が、次の時計盤を目指して……時間の果てへ向かうということでしょうか」 「へ……」 「どうも」 「えええ。か、カノン?」 「ええ。私カノン」 「お前は、カノンちゃん……いや、歌音、か」 「ですよ」 「あなたも私も似たようなものでしょう。同じ、幻……物語という存在」 「というか、あなたの言い分を借りれば、私はあなたの母みたいな存在なのですから」 「ふふ。嫉妬しちゃってかわいいですね」 「はは……」 「じゃぁ行ってくるよ」 「ありすは……今、病院にいるわよ」 「あぁ……」 「聞いた話だと精神的なショックが大きくて……目覚めるか分からないって」 「それに、あなたのこと、覚えてないんでしょう」 「……」 「思い出す」 「そのために、俺とあいつは、ここ数日、冒険をしてきたんだ」 「失われた日記を探してきたんだ。一緒に」 「再び物語の先頭にたどりつこうと……」 「あとは、そうだな。あいつと、終わりに到達したい」 「俺はありすを連れてくるよ」 「行っちゃいましたね……」 「はぁ……」 「いつでも、勝手に話をきりあげて、勝手につっぱしって」 「ああいう人なんだよねぇ」 「……」 「そう落ち込まないでください」 「ふ……」 「まだまだ、恋の行方も分かった物じゃないですよ」 「え」 「そうそう」 「物語を終えたその先にあるものが、何なのか……誰も知らないんだよね」 「なるほど」 「チャンスは、まだあるってことかな……」 「そうそう」 「ま、さしあたってオーラスは、ありすちゃんにお任せするとして」 「私達も先にいっておこうか」 「そうですね」 そして俺は、病院へ走り出す。 ありすがいる病院へ向かう。 病院の玄関をくぐる。誰も見とがめはしない。 もう、俺を認識できる者は、ほとんどいない。 その存在は、ただの物語として……この町をただよう、幻でしかなくなってしまっている。 呆然として。 ベッドの上では、一人の女性が身体を起こして、呆然……宙を眺めている。 「ありっさん」 …… 「ありっさん」 「バラゴン……」 彼女には、かろうじて俺が見えているかわりに……その姿は、竜としてうつっている。 「……」 「あなたは誰なの……?」 「バラ色ドラゴンの、バラゴンや」 「……」 「さぁ、ありっさん。世界を救いに行こう」 今日も朝の報告に行く。 最近サボり気味だからな……。 ……執務机には、零はいないようだ。 奥の書棚で、カノンちゃんが本の整理をしている。 今日はカノンちゃんしかいないようだ。 「おはよう」 「あぁ、おはようございます」 台から下りてきたカノンちゃんがスカートをはたきながら、こちらへ歩いてくる。 「どうですか、その後は……」 「え。まぁ、そうだね……」 話そうか迷う。 結局、記憶自体は戻る気配がないんだよな。 「学園に通いながら、気づいたことなどは、ありませんでしたか?」 「わからないなぁ」 「俺は、この学園にいたのかな……」 「覚えは、ありませんか?」 「いや、なんとなくいたような気がするんだけど……記録には残ってないんだよね?」 「たくみ様の年齢で……この街に暮らしていたのでしたら、この学園に通っていても、おかしくないのですが」 「過去のデータベースも漁ってみましたが、桜井たくみという生徒が在籍していた記録は見つかりませんでした」 うん……まぁ、栗原の説明によれば、俺がいた痕跡はやがて消えてしまうらしいからな。 一生懸命探してくれているカノンちゃんには、そのことを教えてあげたいけど、そういうわけにもいかないよな……。 「念のため顔写真にて、たくみ様と類推される生徒がいないかも調べました。見つかりませんでした」 「顔写真?? 一つ一つ確認していったの?」 「ええ。それほど多くありません。ざっと、1万人くらいでした」 「カノンちゃん……」 「ごめん」 「……うーん」 「……ねぇ、どうやって、学園ができたんだろう」 「学園ができた由来ですか。どうしたんですか、急に」 「なんか不思議なとこじゃないか。教会があったり、時計塔があったり。妙に広い森の中に建っていたり」 「もともとは、この地を治める領主の屋敷があったところだと言います」 「この部屋など、妙に時代がかっているのは、その名残ですね」 カノンちゃんは階段をのぼり、本棚の上の方を探し出す。 「確か、この辺に……」 「なに?」 「ここにある本は、代々の時計坂家の当主がその記録をつづったものです」 「そしてこの学園を作ったのも、何代も前の時計坂家の当主ということになります」 「中には部外秘の情報もありますので、ルーン文字で記されていますが、たくみ様は読むことができるようですし」 「ありました。これです。学園の創立にまつわる記録……日記です」 「そうだ。この日記には、いろいろと、私達と符号していることがあって面白いですよ」 「符号しているとこ?」 「まず、この日記を書いているのが歌音という少女なんです……」 「かのん? カノンちゃんと同じ名前ってこと?」 「ええ」 「もしかして、たくみも出てくるのか?」 「いいえ」 「そのかわり、ジャバウォックという少年が」 「……え」 「そして、その少年と少女の出会いは、とても私と、たくみ様に似ているようでした」 「森で倒れていたところからはじまり、少女に出会うのです」 「もしかして、その少年も、記憶喪失とか?」 「いえ。そういうわけではなさそうです」 「彼は、どうやら異国から来た、王族らしいのです」 「へぇ……」 カノンちゃんとともにページをのぞき込みながら、読み始める。 それは、日記というよりは、三人称でつづられた小説のようなものらしい。 ある森を少女が散歩している。そして、そこに倒れていた一人の異国の少年を見つける。 なるほど確かに、俺とカノンちゃんの出会いに似ていた。 少女は、森を散歩します。 と……木に寄りかかるようにして、一人の少年が立っていました。 里から離れた、屋敷外れの森です。誰かが立ち入ることは滅多にありません。 とっさに身構える少女ですが、少年は少女の警戒を解こうとするように、ふわりと微笑みます。 そして少女には、警戒心よりも少年の姿への好奇心の方が勝ります。 美しい顔立ちに、不思議な衣装。彼はどうやら、異国の者のようでした。 彼女は異人を知っていましたが、彼らとも趣が違うようでした。 顔立ちは、どちらかといえば自分達に似ています。 ただその特異な衣装だけが、どこか遠い国の香りを、静かな森に、異質に、漂わせていました。 「あの……」 「失礼を。どうか怖がらないでください」 「私は、ジャバウォックと申します」 「家臣のものを連れて、異国を訪れたものの……あてもなく、彷徨っておりました」 うやうやしく礼をするジャバウォック。 少女もまたいつもの習わしで、慌てて頭を下げます。 「私は……」 「私は、この里を治める、佐納家、佐納忠敬の長女、歌音と申します」 「これは、これは……お姫様でしたか、失礼いたしました」 「我々は決して怪しいものではありません。どうか、この地の領主様に、謁見をお願いできませんでしょうか」 「……」 「お姫様」 「……その呼び方は、どうかおやめください」 「失礼を。では、歌音様」 「我々はどこに向かっているのでしょう」 「森を抜けた先にある、私の屋敷にご案内いたします」 「お屋敷、ですか。もしやあちらに見えている、大きな建物が?」 「ええ」 少年は少女に連れられて、ある屋敷を訪れました。 石造りの屋敷は、少年がこの国で見てきたものとは、大分趣が違うようです。 この国では屋内に入る際には靴を脱ぐのが慣わしでしたが、ここでは少年の祖国のように、そのままあがりこむことができるようです。 この屋敷を建てたのも、異国の人なんですよ……と、玄関を通る際に、少女が説明しました。 「話は娘から聞きました。えーと……」 彼を出迎えたのは、壮年の男でした。 広い肩幅に、よく日に焼けた顔。 父ですと、少女は紹介しましたが……。 その大型の獣を思わせる頑強そうな顔立ちと、内気そうに少年を案内する少女の様子には、なかなか共通点を見いだすことは難しそうです。 「ジャバウォックです」 「そう。じゃば、ウォック様」 言いづらそうに、男は反芻します。 「それで、あなたがたは、どこから?」 「サンクチュリアという国ですが……おそらく、こちらの国の方には、知られていないでしょうね」 「ええ。歌音は?」 「いいえ……私も存じません」 「それは、華の国の東の方にある国でしょうか?」 「いいえ。もっと西方です」 「なんと……」 「そのような遠くから、この国にやってきたのですか……なかなか…。しかし、どうして」 「私はもともと。その国の貴族でしたが……」 「国が乱れまして……」 少年は、それ以上、多くは語りません。 どこの国にもあることです。男は労りの目を向けます。 「海を渡っていらしたのでしょう……このような辺境に、また、どうして」 「ええ。それが、聞いてください。当初は、ここよりずっと南の島に流れ着きました」 「そこで庇護を乞うたわけですが、我々の衣装を見て、蛮族だと詰問され……」 「命からがら逃げながら、飲まず食わずで放浪しているうちに、このようなところに辿り着いたのです」 少年の話はなんだか、誇張気味で、現実感を欠いた部分がたくさんありました。 ただそれが愉快でもあり、少女とその父は、怪しむよりも先に、少年の語り口に、どんどん魅了されていきました。 「そのようなわけで、この国でどう生きていくか、途方に暮れていたところでした」 「それは、大変でしたね」 「了解いたしました。けっこうです。どうぞ、こちらの里に、逗留していってください」 「いいのですか?」 「あなた方は、顔立ちもこの国の者ととても似ています。民が、驚くことはないでしょうが……」 「こちらでもあなた方について、調べさせていただきますが、しばらくは客人として迎えさせていただきますので」 「どうか、長旅の疲れを癒してください」 「感謝いたします」 深々と頭をさげて、男は懐から、何かを取り出します。 それは繊細な意匠が施された、美しいルビーの首掛けや、指輪でした。 「これは、挨拶代わりの品となります」 「それは受け取れません」 「なに、我らが持っていても、しょうがないものです」 「どうか、お近づきの印として…」 「むぅ。それでは、こちらは預かり、いくつか親方様に献上してもいいでしょうか」 「親方様、ですか」 「私にとっての、王ですよ。異国由来のものに目がなく……喜ぶでしょう。あなた方のことについて話も通しやすくなるでしょう」 「なるほど。それは、お任せいたします」 「あなたの話し方や身につけられているものを拝見していれば、風習は違えど、身分のある方ということはよくわかります」 「そのような方が、つらい旅をしてきたようですね。どうか、我が家を故郷の屋敷と思ってくつろいでくださいませ」 「いいのですか、おとーさま」 「けっこう」 「どうか、頼りにしてくださいませ。ジャバウォック王」 ある日、男と少年が森を歩いています。 森の向こう……丘の下には、まばらな人家と、いくつかの田畑が広がっているのが見えました。 「親方様より、この地をあずかっているのですが、なにせ……まったくの未開の地でしたから」 「もともとの領地より連れてきた、農夫達を指南役として、土着の者達に、技術と農具を与え、生産性をあげました」 「しかし、同じ国といえど、土が違えば、人も違う。勝手も、まったく違ってくるようです。どうもうまくいきません」 「私は武士の家の生まれですから……その辺のことも、とんと分かっていないのですが」 「歌音がずいぶんと、助言をしてくれました」 「歌音様が?」 「幼いころより、なにやら、小難しい書物ばかり読んでいて……まぁ、その分、親にはない教養が備わっているようです」 「異国では、このような農業をしている……」 「農園の経営をしていると、読みかじった知識でそら言ばかり申すのですが、これがやってみるとなかなか役立つことも多くて」 「本というのは……知識というのは、あなどれないものですね」 「私も少しは教養なるものを身につけておけば良かったと思いますが……この歳ではなかなか」 「この土地も、土地の者も同じです。私のように学を知らず、長く生きてきた、土地です」 「いきなり新しいものを、といったところで、そうそう馴染まないでしょう」 「ええ。しかしこれからの時代、それではいかんのです」 「団結が必要です。そのためには、この里に、大きな家族という意識を、植え付けねばなりません」 「領主となったからには、彼らを導きたい。この地で暮らしてきた者達が、外からの侵略に、おかされないように守っていきたい」 「……そうですね」 「領主様……ひとつ、ご相談があります」 「なんでしょう」 「私に土地を貸してくれませんか」 「土地、と言いますと?」 「屋敷のまわりに広がっている広い森の一角を……お借りしたいのです」 「いつまでも屋敷の部屋を間借りしているのは、申し訳ない、住み処はそこに造りましょう」 「かまいませんが……どうせ持て余していた土地です。いかようにも使ってください」 「ありがとうございます」 「しかし、住み処を造るといっても……いろいろと入り用でしょう。こちらから、農夫など、かりだしましょうか」 「いいえ。けっこうです。我々だけで、ゆるりと造りましょう」 「領主様……お許しいただきたいのですが」 「私はそこに時計塔を造ろうと思います」 「とけい、とう」 「里から見える、大きな、時計塔です」 「今が一日の中のいつなのか、分かるのです」 「それは、この里に、ささやかながら団結を生むことになるでしょう」 「人はどこかで、誰もと同じ、物語を見たがっているものです」 そうして、数ヶ月が過ぎました。 少年とその従者達は、森に掘っ立て小屋を作り、そこにこもり……ほとんど屋敷に現れることもなくなりました。 食事も自前で用意をするようになり。 父は、そっとしておくようにと言いましたが、少女は少年達の様子が気になり……ある日、森へ出向いてみました。 「ジャバウォック様?」 「あぁ、歌音様。このようなところまで、すいません」 「驚いた。このような建物を、つくってしまったのですね」 「教会です」 「教会……」 「ええ。私はそうでもないのですが、我らの仲間には、信仰がなければ夜も眠れないという、敬虔な者も混じっています」 「これは……どのような信仰でしょう。耶蘇の神ですか?」 「やそ? いいえ。わが国、特有のものです。西洋のものとも、おそらくこの国のものとも違います」 「聞くところによると、この国の神は、万物に宿るものだということですね」 「自然にあり、道具にあり、年経た動物にあり……」 「ええ。そうですね。それで、だいたいあっています」 「我らの神は、物語に宿ります」 「物語に宿る……ですか」 「ええ」 「それはどういう意味でしょう。古ぼけた、書物に宿るとか、そういうことでしょうか」 「いや、それはこちらの、あり方でしょうが……我らの国の、信仰というのは……なんというか、難しいですね」 言って、男は首飾りを差し出します。 翼をもった不思議な生き物をあしらったものです。 「見てください」 「これは、私知っています。竜という生き物ですよね」 「さすが姫様、物知りですね」 「それが私達の国で信仰していた、神の姿です」 「私は神に形をもたせることをあまり好まないのですが……特に、子供にとっては、それがわかりやすいのでしょう」 「なるほど……」 「あのジャバウォック様……この国では、異国よりもたらされた信仰をめぐって、いくつかの争いがありました」 「ですので……」 「ご心配なく。我らの物語というものについての概念は、信仰とすら言えるものでもないかもしれません」 「他人を取り込む意志もなければ、戒律をしめそうという意志もありません」 「それは……ただ、我々が砂漠の果てに見ていた、ひとつのロマンでしかないのです」 「はぁ……竜……物語……」 「……」 「あるいは、あなたは、その神様なのでしょうか?」 「なんですって」 「いつか、お話ししておかなければならないと思ったのです」 「あなたと初めて森で出会った、あの日、私は竜を見ました。空から落ちてくる竜を…」 「さきほどのお話しを聞いて思いました。あるいはあなたは、あなたが語る、竜そのものではないのかと」 「……」 「そうです」 「私は物語なのです」 「物語は読み終われば、それで消えてしまうものです」 「せめて、きれいな終わり方を心がけて……美しく、読み手の胸に残りたい」 「それが、物語のささやかな願いです」 「村が、物々しいですね」 「戦が、近いようです」 「なんと……」 「このようなへんぴな里ですが……少々、銀がとれまして……」 「それを発見されたのは、親方様なのですが、もともとこの里は……どちらかといえば、隣の領主のものでした」 「親方様は、父をこの地に派遣して、他国からの侵略に備えるように命じました」 「親方様とは、確か……」 「ええ。私達の主です」 「親方様の影響で、父はずいぶんと西洋の風俗を好んでいまして……」 「そうですね。歌音様も、あまりこの国では見かけない……美しい格好をしていらっしゃる」 「西洋かぶれですので、私にも、このような格好をさせているわけです」 「いいじゃないですか。とっつきやすく感じます」 「とてもかわいらしいです」 「は、はぁ……ありがとう、ございます」 「親方様は、東方の国との大戦の真っ最中です。こちらに、兵を向ける余裕はありません」 「その隙をついて、隣の国は、ここを奪い取ろうとしています」 「隣の国は、この里に、帰属を要求をしております」 「ふむ……」 「ジャバウォック様は、やんごとない身分につかれていた方であろうと、父は申していました」 「このような時に、どうすればいいのか……ご助言があれば、うれしいのですが」 「私などは……」 「失脚して、こうして放浪しているわけですから、何も申しあげることなどできませんよ」 「そうですか……」 …………… ……… 「お父上は、大丈夫ですか」 「私達のことは気にしないでください」 「それより、ジャバウォック様やお連れの方達は、どうされているのですか?」 「我々は、自分のことくらい、どうとでもなります。もともと国を追われ長い旅をしてきたものですから」 「身ひとつ、以外、守るもののない者達です」 「そうですか。よかったです」 「予想以上に長引いた戦は、民を、疲弊させました」 「父はずいぶんと、消沈してしまいました」 「命はとりとめたものの、自分で歩くこともままならない身体になってしまったのですから、無理もありません」 「戦うことを生業にしてきた武人ですから……」 「でも、これを機会に、あのような争いが起きないことを私は祈ります」 「あまりに多くの人が、死んでしまいました……」 「これから、どうなるのでしょう……この里は」 「大丈夫じゃないでしょうか」 「あなたがいる」 「え」 「お父上は、今は休まれるときです」 「今は、あなたがなさりたいことをするのです」 「私がしたいこと……」 「私……私達も僭越ながら、協力いたしましょう」 「なにせ戦の時は、森にひっこんでいて、ろくろくお力にもなれなかったのですから」 「はい」 「もちろん、もう少し、皆の生活が落ち着いてからですが……」 「私はここに、学校を作りたいのです」 「学校?」 「今、この国の人々は、食べることでせいいっぱいです」 「それはしょうがありません……」 「でも、もう少し頑張れば……ほんの少しでも、皆に余力が生まれるはずです」 「そうしたら、学校をひらきたいのです」 「多くの人が、なぜ死んでいくのかも分からず、命を散らしました」 「なぜ戦になったのか」 「なぜ、戦わなければならなかったか」 「なにも知らず……ただ戦い、討ち死にをしました」 「それが、私には悲しすぎる気がするのです」 「私や父はすべてを知っています。でもそれではダメだと思うのです」 「少しでも、この里に住むものが、自分達のことを……里のことを共有し」 「あるいはもっともっと外の世界の知識も共有する」 「そのことによって、私達は同じ知識を共有する、家族になることができるんじゃないかって」 「そのために、学校を作りたいと……思うのです」 「……歌音様」 「笑いますよね……。領主の娘の、そら言です」 「とんでもない。私は、感動していたんだ」 「とてもすてきな物語だと」 「物語……?」 「いや……夢だと、思います。とてもステキな」 「そう……ですか」 「わ、私も、無体に話しているわけではないのです……」 「屋敷には、多くの書物があります。書物には知識がつまっています」 「親方様は、多くお抱えの学者がいます」 「興味があるなら、何人か紹介しようと、言ってくれました」 「数人でも招くことができたら、形になるかもしれません」 「……」 「いや、すいません。ご立派だな……と思いまして。つい」 「失礼をしました」 「い、いえ」 「嫌ではないですが……」 「はい?」 「しかしどうでしょう」 「あなたは、恵まれた人です」 「この土地に住む人々に、あなたと同じ夢を語って、通じるのでしょうか」 「比べることもおこがましいことですが……」 「私は昔、まだ王と呼ばれていた頃……たくさんの夢を語りました」 「しかし無理でした」 「衣食足りた金持ちが口にする、絵空事でしかないと、映ったのでしょう」 「それは、また、その通りだったのですから、しょうがありません」 「それはおっしゃる通りかと思います」 「でも、私は里におりて、民と、よく話をしています」 「ですから、きっと分かってくれるのではないでしょうか」 「そうですね……」 少年と少女は里におります。そして、農作業をしている民に、学校の話をもちかけました。 「屋敷に、お話を聞きに行く……」 「学問をするのです」 「へぇ……」 警戒心を露骨に浮かべながら、けれど卑屈に声をくぐもらせて、男は言います。 「それは、どんなご奉公ですかね……」 「奉公じゃありません。学問です」 「へぇ……」 「それはご命令ですかい、お嬢様」 「命令??」 「そんな。とんでもありません」 「それじゃぁ悪いけど……」 「食べるものにも苦労してるってのに、なんで、学問とやらをしなくちゃいけないんだい」 誰も来ませんでした。 「なかなか認められませんね」 「焦る必要はありません……ゆっくりとやればいいのです」 学校を、誰も訪れる気配はありません。 家臣の子弟すら、領主でもない歌音の発案に、参加しようとはしませんでした。 「歌音様、ひとつ思いつきました」 「はい?」 「お祭りをしましょう」 「お祭り、ですか?」 「そうです。これなら、今生きることに精一杯の者達だって、勇んで参加するでしょう」 「食べ物や酒は、足りなくても……踊って楽しめば、それだけでも、けっこう腹はふくれるものです」 「でも……それで、どうなるのですか?」 「物語を語るなら、最初は、できるだけ、とっつきやすくしないと」 「今の暮らしで、勉強をしようってのは、確かに難しいかもしれません」 「でも、お祭りなら……参加しようと思う者達もいるでしょう?」 「けど……それが、学校と、何の関係があるのですか?」 「関係ありますよ。学校もお祭りも、同じことです」 「同じ、こと……?」 「どちらも、物語です」 「祭りを催すと?」 「はい。屋敷の前の広場を開放して……」 「しかし、浮かれている場合ではないのだがな……」 「差し出がましいようですが」 「先の戦は、過酷なものでした。そして、戦が終わった後は……皆、生活を立て直すために、働きづめです」 「家臣の者達に対する慰労も済んでないではないですか」 「……」 「そうだな」 「どうも、私の気が晴れないばかりに。家臣や里の者達まで、心貧しくさせていたかもしれん」 「このへんで、ぱーっと、騒いでみるのも、いいか」 「はい」 「では、私、皆に伝えてきますね」 「……」 「よく笑うようになった。あんなにひどい戦を経験したというのに」 「あるいは、ジャバウォック様のおかげでしょうか」 「とんでもありません」 「……」 「あの子は、あなたに惚れていますでしょうか?」 「え……。何を、おっしゃいますか」 「いや、惚れているのでしょう」 「恥ずかしながら、男女のことは私にはほとんど分かりませんが……父として、娘の考えていることはそれなりに分かるつもりです」 「あなたは、いかがですか」 「私が言うのもなんだが、娘は美しい。それに、賢い子だ。私のような戦一辺倒の男から生まれたとは思えない。まぁ、母親に似たのでしょう」 「……」 「しかし、異国の人よ。それだけは、どうか、お控えください」 「私が動けなくなった今……この街の命運を担っているのは、あの子なのです」 「その心は、身体は……あの子一人のものではありません。国というもののためにある、1つの、財産なのです」 「この国のために、身を捧げなければならないのです」 「……私は」 「私自身が王と呼ばれる存在であったころ、永遠の時計塔を作ろうとしたことがありました」 「そのためには、いくつもの、歯車を用意しました」 「あらゆる組み合わせを試しましたが、永遠に動くからくりなど出来ませんでした」 「ある魔法使いが言いました」 「美しき少女か少年を、歯車の1つにするのです」 「その命は、美しき魂は、永遠に時計塔をまわしつづける歯車となるでしょう……と」 「私はその意見を断固としてはねのけました」 「……」 「私がしようとしていることは、まさにそれだと」 「そうして、あなたは、私を非難なさりたいのですか」 「違います」 「私は、時々、その魔法使いの助言をはねつけたことを、後悔しているのです」 「なに?」 「人身御供を捧げればよかったと?」 「それも違います」 「私自身が、その歯車になるべきだったと、後悔しているのです」 「魔法使いは言ったのだと思います」 「永遠に止まらない時計塔などを求めるというなら……そこまでして、はじめて、わずかながら、現実性をもつのかもしれない」 「あなたがそれにおなりなさいと」 「空論ばかりを偉そうに口にしていないで……自信の命を捧げ、大いなる歯車の1つとして、圧殺されなさいと」 「それこそが王だと」 「あのとき私は、本当の王になるのか……夢見がちな、ロマンチストの若者でありつづけるのかの選択をせまられたのだと思います」 「私は後者を選んだ」 「そして、こんなところを彷徨っている」 「おそらく、これからもずっと……」 「彼女は、この地の領主です」 「そして彼女は、私とは違う」 「きっと王になるでしょう」 「ようこそいらっしゃいました」 「ここにとりだしたるは……」 「うまくできたら、何卒、拍手喝采をいただけますように」 「おおおおおお」 「なんだか面白い人だねぇ」 「それに、時計塔に集まった人達も……皆、楽しい人ばかりで」 「今更、何を言ってるんだい。あの人等は時々里におりてきて、子供と遊んでくれてるじゃないか」 「なんだい、あんた、いきなり肩を持って。気味が悪いって言ってたのに」 「だって……見なよ、あの、じゃばうぉっくさん? の色男っぷり」 「戦でなくなった旦那を思い出すわ」 「あんたは結局、それじゃない」 「はぁ……」 「皆、とても楽しんでくれました」 「まるで、夢のような一夜でした」 「そうですね」 「私には……」 「私には……無理でした。お祭りを開くなんて」 「仕組みとか……。お金のこととか……。そういうことばかり詳しくて」 「けど、人の心が分かりません」 「私の語る言葉には、わくわくするものがありません」 「けど……あなたの語る物語は、美しいです」 「ただ……それが俺の役割でしたから」 「……」 「私」 「私は……」 「あなたが好きです」 「歌音様……」 「はい」 「ちゅ……」 「ん……ちゅぅ」 「ん……む、ちゅぅ……」 「ぷ、ちょる」 「ふ、ぁ……」 「だめです。ジャバウォック様」 「歌音様のここ……きれいな色を、してますね」 「そう、ですか……?」 「ん、あ、あ。あ」 くちゅ、くちゅ。 「あ、あ、ふぁ……」 「はぁ……はぁ……」 「歌音様は、一人でご自分を慰められたことはありますか?」 「い。いえ……なんですか、それは」 「なければいいのです。では、丁寧に進めなければいけませんね」 くちゅ、くちゅ。 「あ、あ、あ、あぁ……」 「は。あ……あ。ジャバウォック様っ。なんでしょう、これは。なんだか、むずむずとした不安が、こみ上げてくるのです」 くちゅ、くちゅ。 「ちゅ……ん」 「やふ……っ」 「ここにも、キスをするんですか」 「ええ。ここにも唇がありますから」 「きたない、です」 「不思議と、あまり匂いはしないようです……」 「んん、なら、いいですが」 「私としては、期待していたんですが」 「何を、言いますか」 「ちゅ、る……」 「は、ぁ……んん! あ、あ」 「ちゅぅ……」 「ひゃぁぁぁ!」 「ここは、まだ早かったですかね……」 「今、何をしたんですか。身体が、びりびりって……とても、不思議な感覚が」 「神秘に触れたんですよ」 「ちゅ……じゅ、ちゅ」 「あ、あ、あぁ……あ」 「お汁が出てきましたね」 「あう。申し訳ございません。私、私……粗相を」 「え」 「はは。違いますよ。これは、歌音様……愛液です」 「あい、えき……?」 「ええ。歌音様が私を好きだと思って、喜んでくれている証拠です」 「あ……」 「でしたら、その通りです。さっきから触られるたびに、ジャバウォック様が好き、という思いが、つのるばかりで」 「思いが、身体からあふれそうで……この、お汁……愛液がそれなのですね」 「歌音様……うれしいです」 「じゅる、ちゅぅ……じゅ」 「あ、ふぁ。飲んでください。私のジャバウォック様への思いを、いっぱい、飲んでください……っ」 「あ、あ、あっ、あ、ああああ」 「好きです。好きです……っ」 「もっと聞かせて下さい。歌音様のあふれる気持ちを」 「は、はい……っ」 「あなたを思って、最近の夜は、幸せだったり不安だったり」 「あなたが突然どこかにいってしまうのではないかって……」 「でも、明日もあなたに会えるんじゃないかって」 「学校のことも、もしかして、あなたと一緒にいる口実なんじゃないかって」 「私は、自分が分からなくなります」 「歌音様……」 「それでいいのです」 「男と女は、そういうものです」 「先の見えない物語を、つづるようなものです」 「ちゅ、ふぅ……」 「あ、あああ──」 「はい……このむずがゆいような気持ちが、なんなのか……私には、わかりません」 「それに身を任せてください」 「身を、任せる……」 「ふ、あ……んん! や、ぁ……っ」 「ジャバウォック様は……」 「はい」 「私のことは、どう思っていらっしゃいますか?」 「え」 「私は言いました。さっき。ジャバウォック様の気持ちも、聞きたいです」 「恩のある方です」 「ただ、歌音様……私は、多くの女性と、関係をもってきました」 「きれいな人を見るたびに、本気でその人を愛しました」 「ですから、歌音様がおっしゃっているほど、切実なものではないかもしれません」 「それを言わなければなりません」 「……誠実のあり方も、それぞれだと思います」 「今、ジャバウォック様が私に向けてくれている思いは、誠実だと、感じます……」 「でしたら、私はそれでいいです……」 「歌音様……」 「ありがとうございます」 「見てください、歌音様」 「きゃ……」 「お、大きい……」 「殿方のそれは、見たことはあります。けど、このように大きいとは。普段の生活に、支障があるのではないですか?」 「はは」 「普段はこうではありません」 「今は特別です」 「特別?」 「歌音様に反応しているのです」 「え、ええ」 「歌音様のキスが」 「胸が」 「お尻が」 「おまたが……かわいくて」 「あうあう。何を言っているんですか」 「私自身が、こんなに興奮しているんです」 「でも、なぜ、大きくなるのですか」 「それはいくら、うとい歌音様でも分かるはずです」 「う……えと……」 「おっしゃってください。ご自分で言い出したのですから」 「むつみ合うため、ですか?」 「それだけでは、私自身が大きくなる理由が、不十分です」 「あなたは、先生のようですね」 「ええ、そうです。学校をはじめるなら、まずは、あなたを教育しなければ」 「あうう」 「さぁ、どうして私のここは、これほどに大きく硬くなっているのでしょうか」 「じゃ、ジャバウォック様が、私に入ってくることが出来るように、ですか」 「ではあなたのここがこんなに濡れているのは?」 「…殿方自身が、私の中に、入りやすくなるためです」 「まとめると、どうなりますか」 「……」 「私とジャバウォック様がむつみ合うために、私の、お、おまたは……愛液でぐしょぐしょになって」 「ジャバウォック様自身は、かちこちに、大きく屹立しております」 「よくできました」 「では。重ねて質問です」 「歌音様は、それを望みますか?」 「あ……」 「……」 「はい」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「お尻、かわいいですね」 「自分では、分かりません」 「はむ」 「やめ……っ」 「ちゅぅ……」 「なんだか、歌音様のお尻は、清潔な匂いがします」 「洗っております。ちゃんと」 「いつ洗ったのですか」 「え」 「それは……」 「中庭からこちらに入ってくる時に……少し待っていただきましたよね」 「ええ」 「その時に少しだけ、行水を」 「ということは、歌音様は、こうなることを分かっていたのですか」 「そ、そんなこと……ありません」 「では、こうなることを期待していたのですか」 「……」 「少しだけ」 「ありがとうございます」 「ど、どういたしまして……」 「じゃぁ、入れます」 「は、はい……」 …… ずちゅ。 「ふ、ああああ! ぁっ。……あああ」 「身体の力を抜いてください」 「は。はい……」 「あ、あ……あ、あ……」 「歌音様の中をほぐしています」 「あ、ふぁ……ありがとう、ございます」 「でも油断をすると、私が早々に果ててしまい、そうです」 「え……」 「いいですよ。どうぞ、私の中で、果ててください」 「分かっているのですか。それは、私の子種が、歌音様にそそがれるということですよ」 「あ……」 「そ、それは……ダメです」 「でしょう」 「でも、ジャバウォック様が気持ちよくなったら、いつでも、いってくださいませ」 「歌音様……かわいらしい」 「本当に、そんなことを言われてしまうと、あっという間に果ててしまいそうです」 「あ、んっ。ん……あっ」 「大分、ほぐれてきました」 「奥まで、いれますね」 「は。はい……っ」 ずちゅ。ずずう。 「うあ! ああああ」 「あ、ん、ああああああ!」 「は……あ。あああ」 「全部、入りました」 「はぁ、はぁ……。わかり、ます。私の中に、ジャバウォック様の、太いのが、みっちりと、おさまっています」 「それで、びくびくと、脈打っているのがわかります」 「この熱いのは、ジャバウォック様自身なのですね……」 「はい。どうですか? してほしいこととか、ありますか」 「もうすでに、私は……幸せです。だから後はどうか、ジャバウォック様のしたいようにしてくださいませ」 「では、ゆっくりと動いていきますね」 「はい……」 ずちゅ。 「あ、あ、ああ」 「どう、ですか」 「はぁ、あ……っ。奥まで突かれているのが、わかりますっ」 「ずんずんって、いっぱい、ジャバウォック様自身を、感じます」 「身体がしびれて、お腹の奥から、せつないようなしびれるような感覚が広がってきて……」 「あ、ふぁ……っ。これが、気持ちいい、ということなのでしょうか」 「あ、ふぁ。あ、あっ」 「もっともっと、いっぱい、ジャバウォック様に動いてほしいっ」 「たくさん、感じたい気持ちが、止まらなくなりそうです」 「いいです、いっぱい動いて、ください……っ」 「私、うれしい、ですから。動いてくれるたびに、うれしいのが、膨らんでいくんですっ」 「はぁ、はぁ……っ。んん!」 「あ、ふぁ、あ、きもち、いいですっ。うれしいですっ」 「歌音様っ。すい、ません……! もう、もう!」 「え」 「もう、私が、限界、ですっ」 「あ、ん! で、出るのですね。子種が! あ、あ、あああ」 「え、ええ。外に、だしますから」 「あ、あの……」 「はいっ」 「なんで……もないです。んん! お願い、しますっ、どうか、どうかっ」 「歌音様! 歌音様……!」 「ジャバウォック様 あ、あ、あ! あ、ふ、ああああああ」 「あ、あはああああああ」 「あ……」 …… 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「はぁ、はぁ」 「はぁ、はぁ……。はぁ。はぁ……」 「これが、ジャバウォック様の、子種……とても、あついのですね」 「この中に、私と、ジャバウォック様の子の源が、あるということでしょうか」 「え」 「え」 「あ、いや、なんでもないのですっ。あはは…」 「あ〜……なんだかもったいなかった気がします……」 「え」 「え」 「な、なんでもありません! えへへ……」 ………… …… 「落ち着きましたか」 「はい」 「どうでしたか」 「あの……」 「夢のようです」 「えへへ」 「明日になったら、全て泡と消えているかもしれませんね」 「い、意地悪を言わないでください……」 「冗談です」 「もし」 「忠敬様に知れたら……どうなりますでしょう」 「……」 「おそらく、殺されてしまうのではないでしょうか」 「あ……」 「あはは」 「とはいえ、黙っているわけにはいきませんね」 「いえ。黙っていてください」 「しかし……それでは、大恩ある忠敬様に申し訳がたちません」 「いや、すでにたっていないのですが」 「こちらはたっているのに……?」 「うふふ」 「ジャバウォック様は気にしないでくださいませ」 「私は、領主の娘で……幼い頃より多くのものに恵まれていると同時に、自分の時間というものはありませんでした」 「書物の中の物語だけが、私に許された自由でした」 「でもやっぱり、どこか物足りなくて」 「だってそれはどれも、私ではない誰かのものだから」 「けど、こうして物語を実現できた」 「なんとなく分かるんです。これもやっぱり物語で……」 「儚いものかもしれません」 「ただ消えてしまうまでは、私だけの秘密にしておきたいんです」 「一人でこっそりと読んでいたいんです」 「歌音様……」 「分かりました」 …… 「祭りの後というのは寂しいものです」 「また、誰もいなくなりました」 あの日、屋敷前で祭りを催し……多くの里の者が集まって騒いだ。 けど、祭りが終わり日常に戻ると……やっぱり、ここを訪れる者はいなかった。 歌音様の呼びかけのかいもなく……日々の仕事に追われた人達が、学校というものに興味を示す様子はなかった。 けど……。 「あの夜に……ここにひとつの物語が生まれました」 「そして物語は、人をひきつけます」 「え」 「あのう!」 「あなたは……」 「あ、あの、俺…平八って言います」 「ここに来れば、学問ができるって、歌音様、いつかうちのおふくろに話していたのを聞きました」 「教えてくれますか?」 「親父には馬鹿なことをって言われたんだけどさ……俺、興味あって」 「え、あ……あの、はい」 「どうしよう。私、何の用意もしてなくて」 「いいだろう」 「じゃぁ授業をはじめよう」 「すぐにですか!?」 「導入だけ、俺が話そう」 「喜べ、お前は生徒第一号だから、俺がじきじきに、話してやるんだぞ」 「は、はぁ……俺は歌音様に……」 「聞け」 「お前は、生涯……祭りのひとつもなく、この里で同じ日々の繰り返しの中で」 「それは無理だなぁ。たまには、楽しいことでもないと、やってられないよ」 「俺も無理だ」 「きらびやかな、心うきたつ物語がなければ、一日だって我慢できない」 「それは、大袈裟なんだろうが……」 「勉強とは、つまり……世の中の物語さ」 「原理であり、歴史であり……秘密である」 「それを解き明かしていく、ことである」 「お前は、旅に出るのだ。学問という」 「はぁ……なんかすごいことなんですね……」 「あの、これ……少しですが」 「いいえ。礼はとっていませんから」 「それより、また来てください」 「は。はい……!」 「王様」 「うん?」 「歌音様と関係をもたれましたね」 「……」 「あぁ……」 「少し、うかつではないですか」 「うん?」 「忠敬様に、了解をとっているのですか?」 「いや……」 「これは、俺と歌音の二人の話だ」 「そうはいきません。彼女は、この里の、姫ですよ」 「彼女は、姫である前に、一人の女の子だ」 「物語に憧れる、少女だよ」 「王よ……」 「誰もがあなたのように生きられるわけではない……生きてはいけない」 「それをお忘れ無く」 「俺、なんとなく分かるんだ」 「ちぇ、当分食べるだけのおまんまさえあれば安心だと思ってた」 「でも、そういうわけじゃないんだよな。この前、奴らが攻め込んできてわかったよ」 「家族を、土地を守るためには、戦わなければならん」 「人を雇って武器を買わなければならん」 「お金は、そのための、力となるんだろう?」 「あんな怖い思いは嫌だ。ほんと言うと、戦自体、したくない」 「でもそれが避けられないのなら、もっともっと強くなって、傷つけられないぐらいになりたい」 「そのためには、敵さんの知らないことを知って、敵さんの持っていない武器を持って……」 「知識が必要なんだ」 「今ではないいつかのために」 「そのための学問なんだな?」 「そうです。そうですよ」 「……おい」 「それは、違うぞ。学問というのは、そんな血なまぐさいものではない。もっとロマンに満ちた……」 「ジャバウォック様は、黙っててください」 「うお」 評判が評判を呼び、日に日に、学校を訪れる人達は増えていきました。 「隣の村で学校の話をしたら、えらいうらやましがっていてね」 「こっちに移り住みたいって言ってるんだ。大丈夫かねぇ」 「ええ。父に話しておきます」 「実は、勉強したいなんて気持ち、これっぽっちも無かったんだ」 「何か座らされて、実のないことを、ぐだぐだやらされるでしょう」 「そんなんなら、家で昼寝でもしてた方が、よっぽど、生活のためになるし、楽しいやって」 「でもお祭りをやったじゃないですか」 「あの夜の楽しさが忘れられなくてなぁ」 「お祭りは終わっちゃったけど、とにかくここに来れば、あの夜の余韻だけでも味わえるんじゃないかって、ふらふら来てみたのさ」 「それで、坊さんの説教でも聞いてみるつもりで、先生の話を聞いてたら……」 「不思議なことに、熱中しちゃってなぁ」 「なんだか、おとぎ話でも、聞かせてもらっているみたいだ」 「ありがとうございます。歌音様」 「こちらこそ、ありがとうございます」 「あ、あ、あ、あっ、あ、あぁ! ら、らめですっ。私、もう、もう」 「あ、ああああ」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「はぁ、はぁ……」 「ごめんなさい、まだジャバウォック様がいってないのに……私……」 「いいえ。とってもかわいかったです」 「うう。どうしてこんなに、はやくいっちゃうのでしょう」 「それは私をいっぱい感じてくれている証拠です。うれしいです」 「あの、ジャバウォック様……」 「あの、私ばっかり、いってしまって、申し訳ないです……」 「そんなこと、ないですよ」 「ジャバウォック様がして欲しいことは、ないですか?」 「え……?」 「なんでもいいのですか?」 「あ」 「ちょっと怖いですが……ジャバウォック様が言うなら、やります」 「じゃぁ……歌音様の、胸で……」 「胸で?!」 「私の胸で……その、ジャバウォック様自身を、気持ちよくするということですか?」 「え、ええ。よくわかりましたね」 「私、いろんな本を読んで……それなりに分かっているつもりです」 「女性の胸で、殿方を……導く技法も読みました」 「歌音様……一体、どんな書物を取り寄せたのですか」 「確か、こうして……」 「ここに、ジャバウォック様のいちもつを、捧げて下さい」 「こんな感じで、どうですか?」 「……最高です」 「間近で見ると、なんだか……とても大きいのですね」 「ありがとう。歌音様の胸だって、大きいですよ。私が全て隠れてしまいます」 「は、恥ずかしいです……」 「これが、私の中に……入ってるなんて、なんだか不思議です」 「よい、しょ……しょっと……んん」 「ふぁ」 「すり、すり……ん、ん……」 「少し、動きますね」 「はい……」 「ん、ぁ」 歌音様の胸の感触を感じながら、俺自身を、前後に摩擦していく。 ぐに、ぐに。 「ん。ん……っ」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「ふぁ……なんだか、いっぱい胸がこすられて、変な、感じです」 「歌音様……その先端につきでたところを、歌音様の舌で、なぐさめてくれませんか?」 「え……は、はい」 「ぺろ……」 「ふぁ」 「ぺろ、ぺろ……」 「その半透明の白い、お汁をすくうように、舌でいっぱい、すってください」 「はい。こう、かな」 「ちゅ、ちゅる。じゅ……ちゅぅ……」 「はぁ、ぁ!」 「もっと、他にしてほしいことは、ありますか?」 「いえ。歌音様のしたいように、していただけたら」 「じゃぁ、ちゅる……じゅ、れろ……れろ、じゅる、じゅぷ、ちゅぅ」 「あ、あ」 「れろ、じゅ。ちゅ。じゅぷ、ちゅ、じゅ、ちゅる……っ。れろ、じゅちゅぅ」 「はぁ、はぁ……気持ち、いい」 白いすべすべの胸が、やわらかく包み込み、ぐいぐいと、俺自身を不規則に揉みしだいていく。 「は、あ、あ……っ」 「じゅ、ちゅ……じゅる、つう、じゅぷ……れろ、ちゅ」 「はぁ、はぁ……はぁ……っ」 さきほどのエッチですでに臨界点付近に達していたペニスの熱い快感が、大きく膨れ上がり、破裂しそうだ。 「じゅ。ちゅ……じゅる、ちゅぷ。じゅる。れろ」 「あぁ……!」 「もう、もう少しで果てそうです……っ」 「は、はい……」 「それで、乳首で、その、くぼみをぐりぐりってしてくれませんか」 「乳首、でですか? は、はい。よいしょ……。む、難しいですね。こう、でしょうか」 「くり、くり……っと。この小さなお口と、私の胸の先端を……ふふ、なんだかいつもと逆みたい」 「うぁっ」 「は、ん。乳首と、ジャバウォック様自身が、接吻を、しています」 「ちゅ……ちゅ……。ふふ、なんだか、かわいくて……良い感じ、です」 「は、ぁ……歌音、様」 「ちゅ、ちゅ……」 「歌音様の口でも、接吻をするのを、忘れないでください」 「はい。ん……ちゅ、ちゅる。じゅ、ちゅ」 「このくぼみのあたりをせめればいいのですね。ちゅる……じゅ、ちゅぅ……じゅる」 「あ、ぁ……ぁっ」 「この、穴が気持ち良いのですね。ここは、おしっこを出すところじゃないですか?」 「そうだけど。白いのもそこから出るのです」 「子種ですね」 「はやく出てきなさい。えい、えい」 「ん、あ」 「ちゅ……じゅる、ちゅる。れろ……じゅ、ちゅ」 歌音様のよだれでまぶされた俺自身が、さらに胸でもみくちゃにされていく。 「ん、しょ……ぐにぐに。えい、えい……えい」 「ふ、ぁ……ぁ……」 「う、あ……っ。もう、出る。出そうだ」 「あ……」 「このまま、だしてください。いっぱい、子種が出るところを見たいです」 「はぁ、はぁ……分かった。だすよ」 「はいっ。お願いします。だして……っ。いっぱいだしてください」 「あっ。あああ」 「ひゃぁ」 「あ……」 「あつい……それに、匂い、こんなにすごいのですね」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「すごい気持ちよかった……です」 「えへへ。それならよかったです……」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「歌音様……」 「入れて、いいですか?」 「は、はい……入れてください」 「ジャバウォック様自身を、私の胸でいっぱいごしごしして、白い子種が飛び出るところを見てしまったら。身体が、かってなって……たまらないんです」 「もう、私……我慢、できないです。さっきいったばかりなのに……またほしくてたまらないです」 「どうか、お願いします」 「わかった」 ずぶぶっぶ。 「あ……っ」 ずずず。 「あ、ふぁ……あ、あっ。あっ!!」 「あ、ふぁ」 「んん! あ、あ!」 ずぶぶぶ。 「はぁ、はぁ……っ。はぁ……」 「歌音様……っ。歌音様っ」 「ジャバウォック様! ジャバウォック様!!」 「あ、あ、あ! あ、あぁ! や、いやぁ……っ。すごい、いっぱい、ずんずんて、感じ、ます」 「うんっ。今回はなんだか、奥に、いっぱいあたってるみたいだっ」 「はいっ。はい……っ。あ! あ、あ、あ!!」 「あ、私……っ、知っています! お腹の奥には、子が作られる、赤ちゃん袋があるんですよね??」 「そこが、ジャバウォック様に突かれて、うれしくてうれしくて、きゅーって泣いてるんです」 「それで、とってもきもちよくてっ。あ、あ、あああ」 「お、お腹の奥の方っ。いっぱい、ついてください、赤ちゃん袋、ずんずんってしてください」 「もっと、もっと、くださいっ。ジャバウォック様の全部、歌音にくださいっ」 「あ、あ!!、あっ、あっ」 「歌音様っ。歌音様っ」 「や、んん! あついっ。ジャバウォック様のがどんどん熱くなっていきますっ」 「それは、歌音様の中が、あついからですっ」 「あ、あ、あ! そう、かもしれません。身体が、どんどん熱くなって、こわい、くらいです」 「あ、あ、あああああ」 「はぁ、はぁ……っ。歌音様っ。俺は、もう、果ててしまいます」 「あ──」 「ぬ、抜かないでください」 「え」 「あ、ふ……っ、あ、どうかっ。中に、くださいませっ」 「しかしっ。それでは……」 「ジャバウォック様を、全身で感じたいのです」 「そうじゃないと、淋しくて……」 「あ。あ、あ、ああ。この喜びの、果てを、見てみたいのです」 「私の、赤ちゃん袋に、いっぱい、子種……だして、ほしいんです。ほしいんです」 「分かりました」 「あ、あ、あ! う、んん!」 「あ、ふ……あっ。あっ。もう、もう、出ます」 「はい、いっぱい、ジャバウォック様を、私に、ください……っ」 「あ、あ、あああ」 「ああああああああああああああああああああああ」 「ん……っ」 「あ……!」 「あ、ん! あついの……が、いっぱい、中に……」 「あぁ……お腹の中が、満たされていきます」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「ジャバウォック様が、私の中にいっぱいいる……あったかい」 「うれしいです」 ある日のこと。 「子ができた??」 「……」 「みたいです」 「そうか」 「……子ができたか」 「それは、物語だ」 「えへへ」 「しかし、異国の人よ。それだけは、どうか、お控えください」 歌音の、父の話はもちろん、覚えていた。 けど彼は……彼の物語に正直だった。 少女と二人で、この里を豊かにしていくことができるのではないか。 他国の世話になることもなく、この愛すべき少女と、愛すべき人々を守っていくことが出来るのではないか。 彼はこのときまでも、そんな夢想を抱いていた。あろうことか、愛する少女を巻き添えにして。 「もう、隠し通すわけにはいきませんね」 「忠敬様にお伝えします」 「そして歌音様をくださいと、お願いします」 「それでいいのですか?」 「私と結ばれるということは、あなたはこの国の領主となるということです」 「ええ」 「あなたは自由な人に見えます」 「1つの場所にしばられない人……」 「ですが」 「あなたを……愛しています」 「領主。けっこうです」 「私の国でできなかったことを、叶えようと思います」 翌日……少年は、少女の父、佐納忠敬にことを打ち明けました。 「……」 黙って少年の話を聴いていた忠敬は、しばらく無言で考え込み、やがて重々しくうなずきます。 「分かりました」 「いや、分かっておりました」 「私は父です。娘の喜ぶ顔を見たくないわけがありません」 「しかし、領主なのです」 「領主である前に父です」 「ただ……」 「父であったものが、今は領主になってしまった」 「私から言えることはそれだけです」 「あなたを咎め立てしようとは思いません」 「どうぞ、今まで通り、お過ごしくださいませ」 「そして娘に……物語をかたってやってくださいませ」 「ただ、どうするかは……私に預からせてください」 「忠敬様……」 「話は以上です」 忠敬の言葉には、どこかはぐらかしたような……そして突き放したような、冷たいものに感じられました。 予想外の成り行きに少年は戸惑います。 彼が熱心に語れば、女性は頬をそめ、大人達は無謀だとたしなめつつも、その果敢さに敬意を示したものです。 こうも、渋く、苦々しい反応をされることは、あまりありません。 「分かりました」 力なく答え、少年は部屋を出て行こうとします。 …… 「ジャバウォック様」 「いつまで……」 「人は、物語とやらを信じられるのでしょう」 「それは子供か……あるいは、青年の特権のように思います」 「私のごとき老人には、とても遠い話に思えるのです」 「それこそ、物語というものを信じていた自分自身が、ある種、物語的に思えるほどに」 「じっとしているんだ。いいな」 「大丈夫ですよ。そんなに心配しなくても……」 「名前は何にしようか?」 「物語的な名前がいいな……」 「ふふ」 二人の仲は、公然のものとなりました。 歌音の父は、何も言わず、見守っていました。 「そう、か……」 「子供は、流れた……か」 「ごめんなさい」 「いや……しょうがない、さ」 「あの……」 「お医者様の話では、おそらく……最初から、子はできていなかったと」 「え」 「じゃぁ、なんで」 「……」 「想像妊娠……というものがあるらしいです」 「お医者様は、それであろうと」 「……」 「あはは……おかしいですね。こんなことも、あるんですね」 「子はできませんよ、王よ」 「……」 「私達は幻ですから……」 「幻から何かが生まれることはありません」 「そう、か」 「幻から生まれるものが仮にあったとしても、それも幻、か」 「想像妊娠、か」 「とても俺達らしいな」 「……」 「歌音には悪いことをした」 「ジャバウォック様?」 「……え、あぁ」 「なにをくよくよとされているのですか」 「あぁ……いや、そういうわけじゃないが」 「また作ればいいじゃないですか」 「俺は……」 「俺は幻だ」 「え」 「私達は、国を追われ……砂漠を旅していました」 「私は、楽園にたどりつけると皆を鼓舞して、果てしない砂漠を歩き続けました」 「ついに楽園にはたどりつけませんでした」 「たどりつけないと、私が編んだ物語は、全て、嘘になってしまいます」 「けど、たどりつけなくて……」 「終わらない夢は夢ではありません。終わらないおとぎ話はおとぎ話ではありません」 「だから……我々は幻となり、終わらない、物語を求めてこのような遠くまでやってきました」 「終わらない物語を求めて……」 「何をおっしゃっているのか、私にはよく分かりません」 「すいません」 「私には子を作ることもできない」 「それどころか……あなたと、同じ時間を生きることができないのだ」 「魔法使いであり、幻でしかないのです」 「……」 「それでも」 「私はかまいませんよ」 「あなたが好きだから」 「……」 「ありがとう」 「でも……」 「ともに行くことはできない」 「君には、君と同じ時を生きる者達が、たくさんいるのだから」 「あなたを連れて行くわけにはいかない」 「……」 「そう、ですか」 「それはしょうがありません」 「年貢を上げましょう」 「しかし、人々には、まだ、そう余裕があるようには見えないが……」 「民には生きる力があります。厳しくなれば、よりいっそう頑張ってくれるでしょう」 「私達は、それを知っています、あの過酷な時代を、生き抜いたのですから」 「戦の直後は、もっともっと悲惨な状態で、耐えてくれたのです」 「しかしあの頃からここにいる者達ばかりではない。外からの人が増えた」 「彼らに果たして、耐えられるだろうか」 「今、頑張らなければならないのです」 「隣国は、今、他の国と争い、こちらに目を向ける暇がありません」 「今のうちに、財をたくわえ……国の力を増強するのです。でないと……」 「守れない」 「街が……この学園が」 「力をつければ、あるいは、この機に、相手の背後をつくことも可能です」 「歌音」 「そこまで、きりきりすることはない。誰もが頑張って、ここまでこぎ着けたじゃないか」 「幸せじゃないか。こうして……」 「あなたは……っ」 「あなたは、そうやって理想ばかりじゃないですか」 「……」 「……そうだな」 少年は、ぼんやりと自覚していました。彼の言葉には、どこかいつでも現実感がない。 差し迫った状況で、苦肉の策を編もうと必死に生きている人達にとっては、上滑りする絵空事のように聞こえるのかもしれない。 なんだか、自分の言葉も存在も、希薄になったように感じます……。 「……ごめんなさい」 「これは、どういうことだ……」 教会が……。 焼き討ちされている。 「誰が……」 「忠敬様でしょう」 「なに」 「どうして」 「王は、甘く見ている」 「為政者というものを」 「あなたがなれなかった者達を、見くびっている」 「小さな里とはいえ、それを守るために戦う男の覚悟を、甘く見ています」 「これは報いですよ」 「あなたが国を追われたのと同じ、ね」 「……」 ある日。 じっと桜を見上げている歌音の姿があった。 その横顔は、泣いていた。 「ジャバウォック様……」 「どうした」 なんとなく、事情は察せられた。 「私……」 「嫁ぐことになりました」 「……」 「そう、か」 「西方の、我が国にとって重要な同盟国の、跡継ぎの方です」 「親方様もご高齢となり、おさえつけられた国々は、下克上の機会を虎視眈々と狙っています」 「この里も、やがてまた、戦に巻き込まれていくことでしょう」 「その時、強国との結びつきは重要になります。この土地には、さらなる安寧がもたらされるでしょう」 「いろいろ考えているんだな」 「私は領主です」 「子を産み……代々、この土地を、人達を守っていく血脈をつないでいかなければなりません」 「だから……」 「……」 「あぁ……」 「私は……」 「ジャバウォック様」 「私は決して忘れません」 「え」 「はじまりはなんだったか」 「はじまりは……あなたの物語なのですよ」 「私もまた……」 「あなたを好きになった……好きになってくれた物語をはじまりとして、これからを生きていくでしょう」 「……」 「いつか聞かせてくれましたね」 「永遠に止まらない、時計塔の話」 「すてきな話だと思いました」 「あなたは造れなかったとおっしゃいました」 「その夢、私が引き継ぎます」 「私、作ってみます」 「おだやかに時を刻み続けられるような学園を……街を、作ります」 「そのときは……」 「もう一度、私に会って……その成果を見てもらえますか?」 「そうして、頭を……なでてもらえますか」 「あぁ」 「それじゃぁ、そのときまで……」 「さようなら」 ふぅ。 放課後の学園には、人気がない。 残ってクラブ活動をしている生徒は、クラブ棟や、校庭の方に集まっているのだろう。 教室が並ぶ本校舎は、妙にがらんとしている。 森に囲まれた学園には、町の喧噪も届かない。 教室に戻ると、かつかつと、黒板を叩いている音がした。 俺は教室に入りながら、声をかける。 「あぁ……柏原」 「あれ、桜井君……」 顔を上げた柏原が、意外そうに俺を見た。 「帰ったんじゃなかったの」 きょとんと、眼鏡の奥の瞳を、少し大きく見開いて、俺を見る。 「先生に呼ばれただけ」 「俺がさぼったと思った?」 「うん。思ったよ」 ふわりとした笑みを向ける柏原。 実は今日、俺と柏原が日直だったのだ。 放課後に書類整理があったのだが、俺は先生に呼び出されお小言。 柏原は特に不満もなく、一人で仕事をしていたらしい。 「まだ、仕事ある?」 「うん。まだかかるかな」 「ごめんね。少しゆっくりやってたから、あんまり終わってないんだ」 万事控えめで、クラスで目立つということはないが……本人の性格とは関係ないところで、ある身体的特徴が、勝手に主張していたりするわけだけど。 「……」 俺はまったく、興味がない。 女の子の重要なところって、そこじゃないだろう。 「……」 そこだけを切り出して、あぁだこうだと批評することなんて、不毛だ。 大事なのは、それがどれくらいのなにではなく、誰についているなに、ということではないのか。 「……」 「なに? 今……どこ見てた?」 「時計塔、見てたんだ」 俺は慌てて、柏原の後ろの窓から見える時計塔に、目をやる。 「時計塔……か」 「なんかいろいろ噂があるみたいだよね。あそこに探検にいって怒られる生徒もあとをたたないとか」 「春はそういう季節なのかなぁ」 「?」 「いろいろとめまぐるしくて……目の前のことに手一杯なんだけど、ふと立ち止まった時に、何か取り残してしまってるような気がするっていうか」 「ほー」 「な、なに」 「いや、上手いこと言うなって。それだ、それ」 「春は忙しくて振り返ってる余裕もないから、ふと不安になるんだよな」 半分茶化した調子だが、なぞって口にしてみると、なんだか確かに、その通りという感じがする。 「あくまで、私の場合の話だよ。そんな風にあてはめて解決したって、私は責任とれないよ」 「そりゃそうだ」 「柏原って、去年も委員長やってそうだけど」 「ううん。やってないよ」 「もっと委員長向きな子がいたし」 「私はそんな向いてないよ。人をひっぱるのとか……」 「なんか、他にいない時は私って感じかな」 「頼られてるのとかとも、違って」 「何かがちょうどいいんだろうね」 「まぁ、良いことじゃないか」 「……」 「桜井君って、時々、適当に返事するよね」 「そ、そうか。そう聞こえたなら、すまん」 「ううん。悪い気はしないけど」 「ひぃ〜〜。濡れる濡れる」 いきなり降り出した雨に、俺は、慌ててドラゴンバーガーの中に飛び込んだ。 手近な席について、一休みすることに。 と……斜め前の席に座っている、同じく避難してきたらしい女性に目がとまる。 おう。 雨+ワイシャツ=張り付いた肌という公式が……。 これは、ちょっと、神様に感謝だな。 こほん。 俺は咳払いをしつつ、露骨な印象を持たれないように、横目で失敬する。 顔を見なければ、失礼にはあたらないんじゃないか。 そう。俺は単に、おっぱいを見ているのであって。 「柏原だよ。な、なんでそんなに驚くの」 「顔を見てしまった。すまん」 「なんで」 「いや……」 「……」 「……」 「い、いきなりの雨だな」 「そ、そうだね」 「……」 「……」 ……俺は、柏原の横顔をちらっと見る。 柏原は、ぼんやりと窓の外を見つめている。 早くやまないかと、思っているのかもしれない。 「私、雨女って言われてるんだ」 不意に、柏原がつぶやいた。 ほんとに何気なかったから、ただの独り言かと思ったが、俺が横にいて、あんなに大きな独り言もないだろう。 「雨女? なんで」 「確かに、なんか……何かと、雨に降られる印象はあるんだよ」 「遠足の日には、雨ばかりとか?」 「というより、もっと、ささいなタイミングかな」 「雨が降ってる日があるでしょう」 「やんだとおもって、帰ろうとしたら、とたん、どしゃぶりになったり」 「そんなことばっかりな気がする」 「あぁ……」 まぁ、それは俺も覚えがないでもないかな。 はかったように、家を出て……もう引き返すのにも中途半端なあたりで、雨がいきなり強くなる。 なんでだよって、天をにらみつけたくなる瞬間だ。 「でも思うんだよね」 「そんなのあるわけないとしたら、後ろ向きか、前向きなんだと思う」 「ほら、新しい言葉を覚えたら……ちょうど、ニュースでその言葉を耳にして、なんて偶然なんだろうって思ったりするじゃない」 「んん?」 いきなり、話が飛んだ。 「や、だからね。結局、自分が意識してるかどうかなんだと思うんだ」 「自分のことを雨女って思ってるから……雨が降るたびに、あぁやっぱり、自分は雨女だって思っちゃうんだろうなって」 「本当は、同じくらい……雨だと思ったら晴れたようなこともあるはずなのに」 「気づかないのかも知れないなぁって」 「そんなこと思ったりした……」 「とか……」 いきなり何かが恥ずかしくなったのか、柏原はごまかすようにあやふやに笑う。 「……」 「まぁでも存外、雨女とか、晴れ女とかあるのかもしれないな」 「え」 「そうかな」 「あるとしたら、何が原因なんだろう」 「そりゃ、空におわす神様が決めてるんだろう」 「どうやって」 「神様から見ると、雨に濡らしたい女の子とか、太陽で、照らしたい女の子とか」 柏原の目が、ちょっとだけ不審に細められる。 話が妙な方向に行ってるよ……と言わんばかりだ。 「なに、雨に濡らしたい女の子って」 「……」 「たとえば、ワイシャツを濡らしたい女の子がいたら、神様はその子に雨を降らして、雨女にするかもしれない……とか」 「え……」 やっと、言わんとしていることに気づいたらしい。 「桜井君……」 「だからさっきから、空ばっかり見てるだろう」 「あう」 「じゃ、じゃぁ、私、これで」 「雨降ってるよ」 「しょうがないよ」 「しょうがない。ほい」 俺は鞄から、折りたたみ傘を取り出して、柏原に差し出す。 目を丸くする柏原。 「傘、持ってたんだ」 なんで、今頃出すの……と、不思議そうにこちらを見る。 「途中で持っていることを思い出したんだが、こういう時って、言いだしづらいだろう」 「俺一人で帰るのは気が引けるし、相合い傘しようって言ったら、柏原はおーけーした?」 「しない」 「だったら隠しておくしかないじゃないか」 「……」 「変な人だなぁ」 「そう?」 「いろいろおかしいのに、なんか、そうなのかな……って納得させられちゃう」 「変だよ」 「今更気づいたのか」 「ところで、傘は?」 「……」 「悪いよ。傘借りるのは」 「もう少し待っていく」 「……いいの?」 「空、見てるんだよね」 「そうだよ」 「……じー」 「……冗談だよ、外を見るよ。じー」 「……」 「……」 「桜井君は自分のこと、雨とか晴れとか思ったことはある?」 「どうだろう……思わないけど、改めて聞かれたら……」 「曇りかな……」 「曇りか。そうかなぁ」 「もくもくとした雲のくもりじゃないかな」 「なんか、かすみがかかっていて……大事なものが、見えないような気がするんだ」 「今も……」 「え」 「見えそうで見えない」 「白くかすんでいる」 「……」 「……」 「あはは」 満面の笑みを浮かべてみせる。 少し迷った末に、柏原はひょいと、俺から傘を受け取った。 「傘ありがとう、じゃぁね」 一言お礼の言葉を残し、店の出口へと向かう。 「……」 柏原は途中で振り返り、照れくさそうにこちらを向いた。 「さようなら」 …… 「はい、どうぞ。大事にしてね」 「おねえちゃん、ありがとう!」 「写真が見えるようになるまで、ちょっと時間がかかるから、少しだけ待っててくれる?」 「うんっ! 分かったっ!」 「じゃあ、お次の方、どうぞ」 カメラで撮った写真。 それを子供たちに手渡すと、今度は脇で待っていた親子連れに順番を促す。 「でよ〜? ウチの店って、何だか最近、客足鈍ってきてるのよ?」 「へぇ、そうなんですか。どうりでここのところ、すぐテーブル席に座れるわけだ」 「それで、どうすれば客が増えると思う? 馴染みの客の意見が聞きたいんだよ」 馴染みの客、か。 最初は胡散臭いバーガーショップと思っていたけど、近いし、安いし、長居できるということで、ちょくちょく顔を出すようになっていた。 「それなら、どっかの色っぽいレストランとかバーみたいにする、っていうのはどうです?」 「なるほど。そっち方面への路線変更か……」 俺は柏原の様子を店の片隅から眺めながら、こんな具合にここの店長(25歳女性)と世間話の真っ最中だ。 「そうそう。女子の店員が薄着になったりして、いつもより少しだけ、肌の露出を強調してみたら、結構いいんじゃないですか?」 「かわいい女の子に色っぽさが加わったら、そういうのが好きな男の客が常連になりますよ」 「その分、客の数もかなり増えると思いますし」 「写真を撮る前に、立ち位置の確認しますね」 「もう少し、左側に寄ってもらえますか?」 「はい、そのあたりでお願いしま〜す」 そういや、柏原って何気にスタイル良かったっけ。 今の私服も似合ってるけど、ちょっともったいない気もするな。 「まぁ、確かにそのやり方なら、結果として、客足自体は増えるだろうがな…」 「でしょ? 割と良いアイディアだと思うんですよね」 「ただ、その方針に変えたら変えたで、男性客しか寄りつかなくなるってのが、目に見えてるっていうかさ…」 「それで女性客や子供が店に来なくなったら、元も子もないだろ?」 「子供連れの家族とか、絶対に来そうもないぞ」 「あっ、そっか。それもそうですね」 「お色気たっぷりなハンバーガーショップなんて、教育上よろしくないでしょうし」 「というよりも、今の提案って、お前がウチの女の子たちのそういう姿を見たかっただけじゃないのか?」 「あ〜、バレました? 店の制服もいいけど、たまにはこう、別のカッコも見たくなるじゃないですか?」 「いつもと違う、新鮮な姿の女の子を口説くってのも、なかなか乙なものでしょ?」 「このスケコマシが!」 怒られた。 店長なんだし、そりゃ当然か。 「それじゃ、撮りますね?」 「はい、チーズっ!」 「でも、普段とは違った刺激があった方が、お客さんも楽しめると思うんですよね」 「言われてみれば、確かに一理あるか…」 「ほら、よく見てみたら、着替えさせ甲斐のありそうな子が、ちょうどあそこに」 「あ〜ん? 誰のことを言ってるんだ?」 「あっちあっち。向こうで勤労に勤しんでいる、あのメガネの彼女」 「どうぞ。写真が見えてくるようになるまで、少しだけ待ってくださいね?」 「ありがとうございます。ほら、まーちゃんも、このお姉さんにお礼言って?」 「おねーちゃん、おしゃしん、ありがとっ!」 「うふふっ。どういたしましてっ」 なんとはなしに、広げた手の先。 指し示した柏原はというと、小さい子供からのお礼に思わず頬を緩ませていた。 「ん〜……」 「ちょっと地味めな印象だけど、そこが落ち着くっていうか」 「ああいう女の子のこと、自分色に染めてみたいと思ったりしません?」 「お前はどこのキャバクラの店員だよ」 「……とは言え、なかなかの素材だってことは、素人目にも分かるか…」 「やっぱり、そう思います?」 彼女の姿を眺めていた店長が席を立ち上がって、真っ直ぐに足を進める。 その行き先を確認して、俺もその後を追ってみる。 「ふぅっ。とりあえず、これで一度お客さんがはけたかな」 「ちょっと、柏原。今いいか?」 「あっ、はい。何ですか?」 「あんたかわいいし、胸おおきいし、ウチの店でバイトしなよ」 「えっ……今、してますけど…」 「そうじゃねえよ。ウチの店のクルーとして働けってこと」 「わ、私、こっちのバイトがあるんですけど…」 「まぁ、それはそれとして。ウチの店員になってよ」 「ええっと…そのぉ……」 そう言って、手に持ったカメラに弱々しく視線を向ける。 店長さんの勢いに押されていたのはもちろん、話が急すぎて、柏原もかなり困惑しているらしい。 「まったく、強引だなぁ。そんな声のかけ方じゃ、女の子はなびかないと思いますよ?」 「うっさい。お前にだけは言われたくねえよ」 「え〜……良かれと思って、助け船出したのに…」 「で、ちなみにあんた、胸の大きさ、どれくらい?」 「まだ柏原、店員になるって言ってないんじゃないですか?」 「ええっと…それって、言わなきゃダメなんですか…?」 「そりゃそうだろ。制服のサイズが合わなかったら、恥をかくのはあんたなんだから」 「あの、ちょっと……」 俺のことなんか気にもせず、店長は引き続きグイグイと迫っていく。 って言うか、二人して無視しないでほしいんだけど。 「まぁ、別にぱっつんぱっつんの制服を着て、どこかのスケベな男性客を喜ばせたいって言うなら、別に止めはしないけどさ」 「ぱっつんぱっつんの制服……」 「身体のラインが強調されるから、スタイルの良さがはっきりするってことだよな」 「なっ……ちょっと桜井君、セクハラ発言は控えてくれる?」 「ねえ、さっきまで無視してたのに、こういう時だけ反応って、おかしくない?」 「ほら、こういうバカがいるんだよ、巷には」 「そうみたいですね…」 「だろう? あんた胸が大きいし、何気にスタイルもいいし、それに胸も大きいしさ?」 ただ、同性からのセクハラにも、顔を赤くして反応していた。 「いや、たぶん大事だと思って。サイズに合わないキツめの制服を着たら……弾け飛ぶぞ?」 「そりゃまぁ、胸のあたりのボタンとか、スケベな男性客のピュアな煩悩とかがだよ」 「…………ううぅっ。やっぱりちゃんとサイズ言います…」 「その代わり、絶対に誰にも言わないでくださいよ?」 「わかったわかった」 胸のサイズを散々ネタにされたことで、柏原もついに観念したようだ。 「じゃあ、耳を貸してください…」 「ほいよ」 「…………ごにょごにょ…」 「そんな目の前で内緒にされると、すごく気になるんだけど…」 「……って、俺の指摘はまたしてもスルーされました、と…」 「お〜っ……それはまた、ずいぶんと大きいこって」 「あんた、スクスクと立派に育ったんだねぇ」 「何言ってんだ。そんだけ大きいんだ。自慢できるじゃないか?」 「なんたって、バストきゅ…」 「………………」 本当に恥ずかしいらしい。 顔がすぐに真っ赤になって、やたらと慌てていた。 「ううっ……結局、着替えちゃったよ…」 「まぁ、いいじゃないか。その格好も、結構似合ってると思うぞ?」 「もうっ……桜井君のせいでもあるんだからね……」 「ここの店の制服を着た柏原の姿、見てみたかったからな」 「だからって、『自分も一緒にバイトするから』って後押しするの、おかしいでしょ?」 「そうかな?」 店長のセクハラのくだりの後。 俺もここでのバイトを勧めたのだ。 うちの理髪店で髪をアレンジした時のように、いつもと違う姿が見たくなったから。 「でも、そこまで言わなかったら、ちゃんと考えなかった。違うか?」 「そ、それはそうかもしれないけど……」 「本当に嫌なら、はっきりと断った方がいいぞ?」 「そうしないと、余計な苦労を背負い込むことになるんだし」 「……そうだよね。でも、どうしても、うまく言えなくって…」 「でもまぁ、いいじゃないか。制服も似合ってることなんだし」 「たまにはかわいい格好で働いてみるのも、悪くはないだろ?」 「うん……その点は少しだけ、同意できるかも…」 柏原って、結構押しに弱いのかもしれない。 また同じようなことがありそうだし、今回のことは覚えておこう。 「じゃあ、ほら? また得意のアヒル口のアイドル顔で、スマイル振りまいてみなよ?」 わざとらしくおどけて、沈み気味な柏原の気分を紛らわせていると。 「あれっ? 美衣先輩? なんでうちの店の制服着てるんですかぁ?」 「あっ、けーこちゃん…」 「今日はこっちで、写真のバイトのはずじゃ……」 「……うん。そうなの。ちょっと、ここでのバイトもすることになっちゃって。ははっ…」 「そ、そう言ってもらえると、私も嬉しいかな…」 控え室に入ってきた、うちの学園の制服姿の小柄でかわいらしい女の子。 どうやら柏原と仲がいいみたいだ。 特にけーことかいうこの後輩の子が、柏原に懐いているような感じがする。 「そう言えば、けーこちゃんってここでバイトしてたんだよね?」 「テスト期間やその前になったら、お休みさせてもらってますけど」 「ふ〜ん、そっか〜」 「じゃあ、学園では私の方が先輩だけど、こっちではけーこちゃんが先輩だね」 「よろしくね、先輩」 「よろしくな、先輩」 この後輩、結構ノリが良いのかもしれない。 いじり甲斐がありそうで、何だか面白そうな子だな。 「俺は桜井たくみ。君と同じ学園の先輩だよ」 「そうなの。色々あって、桜井君もここでバイトすることになって…」 「えっ……桜井、たくみ先輩…ですか…?」 「いま名乗った通りだけど、どうかした?」 驚いたような顔をしたと思ったら、急に大声を出して確認してきた。 しかも、何だか妙な通り名で俺のことを呼びながら。 「……たぶん、その桜井たくみだと思うけど?」 「柏原、お前……」 「あ、あはは……」 犯人はすぐそばにいました。 「……あの、けーこちゃん? 桜井君も、一応は先輩だからね?」 「うん、それが普通だけどな」 「ええと、この子は桜坂恵子ちゃん。私の部活の後輩でもあるの」 「何だか投げやりだな……」 「だって桜井君、スケコマシだし…」 さっきのバイトの話もあってか、少し疲れた顔をしていた。 これ以上疲れさせるのも忍びないし、今日のところはひとまず、穏便に済ませることにした。 「わかったよ。口説いたりしないで、ただのバイトの同僚にでもなっとくよ」 「そういうわけで桜坂、あらためて、よろしくな?」 「はぁ〜っ……」 「もう、けーこちゃんったら……」 「こちら、31円のお釣りになります」 「出来たてを用意いたしますので、こちらの5番の札をお持ちになって、座席でお待ちくださいませ」 「大変お待たせいたしました」 「照り焼きドラゴンバーガーにドラゴンスープレックスバーガー、フライドポテトのLサイズ、ドクターハッパーのLサイズになります」 「どうぞごゆっくりお召し上がりくださいませ」 「ありがとうございました。またお越しくださいませ」 柏原は、ちょくちょくドラゴンバーガーを手伝うようになった。 店長さんの話では、ちょうど一人、家の用事で長期の休みをとっているらしく、人手もたりなかったらしい。 おかげでなぜか、俺まで一緒に手伝わされることになったんだけど。 「……ふぅっ。やっと落ち着いてくれた…」 「お疲れさま。どうやら、お客さんの方も落ち着いたみたいだな」 奥のキッチンから顔を出して、一息ついた柏原に声をかける。 「うん、お疲れさま。そういう桜井君こそ、キッチンの方も大変だったでしょ?」 「確かにピークの時は結構しんどいけど、こっちは作るのに集中すればいいだけだからさ」 「レジ回りをやってる方が、色々疲れそうな気がするけどな」 「よう。二人ともお疲れさん。初めてのピークはどうだったよ?」 「あっ、店長。お疲れさまです」 「店長が手伝ってくれなかったから、忙しくて大変でしたよ」 「そいつは悪かったな。でも、こっちも経理関係とか、在庫の発注やらで色々忙しいんだよ」 「だから、よっぽどのことがない限りは、なるべく店員に任せる主義なんだ」 「それって、丸投げって言うんじゃ……」 「違うな。部下たちへの信頼とでも言ってもらおうか」 「どっちにしろ、やってることは同じですけどね」 「まぁな。ただ、様子を見に来ただけ、ありがたく思うこった」 ここドラゴンバーガーでのバイトを始めて、はや数日。 研修がてら仕事を教え込まれて、それなりに覚えてきている。 ちなみに柏原はレジ回りと接客、俺はキッチンでの製造がメインだ。 「そんでお二人さん、ここでの仕事にも、ぼちぼち慣れたか?」 「は、はい。まだ少し緊張しますけど、接客もある程度、できるようになってきたと思います」 「俺もそこそこは」 「ならよかった。って、あ〜……」 「どうかしたんですか?」 「いや、さっき売り上げがどうかと思って、チェックしてみたんだがよ……」 「あんまり良くなかった、ってことですか」 「お前の言うとおり、予想よりも芳しくなくってなぁ……」 操作したレジから出した、売り上げのレシート。 それを一目見た店長の表情が、明らかに曇っていた。 「それでさぁ……なぁ、柏原に桜井よぅ…」 「なんつーか、もっとうまい具合に客引きする方法って、ねぇもんかなぁ?」 「柏原が店のクルーになったのはいいとしてもよ…」 「結局、お客さんの入りが今までと変わらないんだわ」 「確かに、店員が一人や二人増えたところで、どうにかなるわけでもないですよね」 「まぁ、それはそれでいいんだよ。おかげで人手が増えて助かってることだし」 「ただなぁ……もっとこう、ドーンとお客さんが増えて、店内の回転率もいい感じになってだ……」 「そんでもって、売り上げもたくさん増えて、ウハウハな感じにならねーもんかなって、思ってさ……」 「さすがにそれは無茶があるかと…」 「そんな都合のいい話、あるわけないじゃないですか……」 「だよなぁ。でも、このままだと、そう遠くないうちに、ここから撤退することになるかもしれないんだわ」 「それって、どういうことですか?」 「……ああ。まだ本決まりってわけじゃないが、実際にそういう話もちらほらと出てるんだよ」 「本社としても、いつまでもお荷物抱えてるわけにもいかないしな」 「だったら、ここに回す予算を新規開店の店に回した方が、まだ投資するだけの価値があるってことだろうさ」 「あ〜、なるほど。それはまた、なんともシビアな話ですね」 要は売り上げの面でちゃんとした結果を出さないと、この店が潰れてなくなってしまうというわけだ。 「すぐにどうにかなるってわけでもないけどよ」 「利用してくれるお客さんのためにも、できればこのまま、店を維持しておきたいわけよ」 「ってなことで、何か良いアイディアがあると助かるんだが」 「だったら、定期的に割引のクーポンとか、ドリンク無料券を配ってみたらどうですか?」 「その手のことはとっくにやってるし、どこの競合先の店も普通にやってる」 「配った時はお客さんも増えるが、またすぐ元通りになる以上、大した効果は望めないな…」 「じゃあ、有名なタレントを呼んで、一定金額以上のお買い上げで、サイン会や握手会に参加できるようにするとか…」 「なるほど、それは悪くない案だな……」 「……ただ、そこまで有名どころを使うとなると、売り上げは出せても、ギャラの支払いで全部飛びかねないな…」 「ヘタすると、大赤字になって終わるだけかもしれん……」 「それじゃ、一体どうすれば……」 柏原も一生懸命に案出しをするが、思うようにいかない。 「タレントでの集客力アップねぇ……タレント、芸能人か…」 「こうなったら、若い客層のことも考えて、アイドルでも呼んだ方がいいのかねぇ……」 「向こうさんのCDの手売りとか、タイアップの方向なら、予算も値切れるかぁ…?」 「そうだ、最近ご当地アイドルとかって、はやってますよね?」 「会いに行けちゃうアイドルとか、自分たちで育てていけちゃうアイドル、みたいなコンセプトでやってる、地域密着型のやつとかが」 「それを店でやって、客寄せするって寸法か?」 「ええ。うまくいけば、他の店舗との差別化もできて、いい感じに特別な立ち位置になれるんじゃないかと」 「ご当地アイドルねぇ……」 「どこかのタレント事務所に依頼するよりは、自分たちで調達できれば、あまり予算的もかからないはず」 「まぁ、それで売れてるのは、ごく一部だと思うけど……」 琴線に響かないらしく、二人の反応もいまいちだ。 「うちの学園や繁華街とかの近場で探せば、思わぬ原石も見つかるかもしれないですよ?」 「そこそこ人気が出た時にCDでも出せば、店の売り上げ的にもプラスになりますし」 「メイド喫茶みたいなコンセプトものの喫茶店とか、その手の類いのレストランだと、そういう周辺商品も結構売れてるとか」 「桜井君、意外と詳しいんだね……」 「何度か行ったことあるからな。店のかわいい子を口説くために」 「あ〜……やっぱり、そっち目当てだよね……」 「もし、それでしくじったら、赤字になるんだよなぁ…」 「店長、何事もチャレンジしなければ、始まりさえもしませんよ?」 「う〜ん……それじゃ、試しにいっちょやってみるか」 「ってなわけだ、柏原。ちょっと歌ってみてくれよ」 うまく自分の案が通ったのは良かったものの、またしても、柏原に白羽の矢が立ってしまった。 そりゃあ本人、驚くのも無理はないか。 「いや、だってよぅ。お前、ぱっと見た感じは地味だけど、元々の素材はいいじゃねえか」 「だったら、それを使わない手はないだろ?」 「探す手間が省けましたね」 「とりあえずでいいからさ? ちょっとだけ、ちょっとだけっ♪」 「頼むよ、柏原。せめて、先っちょだけでもいいから。なっ? 先っちょだけ、先っちょだけっ♪」 「店長、その言い方だと、確実にセクハラ認定されるだけですよ」 顔を赤くした彼女のため、俺も一応はフォローする。 「お前にだけは言われたくねえよ、このスケコマシ野郎が」 「こないだの休憩中、向かいのカレー屋のナターシャ、口説いてたくせに」 「……桜井君、バイト中にまでそんなことしてたの?」 「……さて、何のことでしょうかね…」 「それに休憩中なら、別に文句を言われる筋合いもないんじゃないですか?」 「確かにそりゃそうだな。けど、変な噂立てて、店の悪評に繋がるようなマネだけはしてくれるなよ?」 「了解です。肝に銘じておきますよ」 「でだ、柏原。ちょいとばかり、アイドルの真似事みたいなこと、やってくれねえかな?」 「そんなに乗り気なら、店長がやればいいじゃないですか……」 店長からの再度の頼みにも、頑として首を縦に振らない。 この店にバイトで入った時の流れとは違って、今回は断れそうな雰囲気だ。 「あんたと同じくらいの年だったらともかく、こっちは店を預かる立場だからな。元から無理な話だ」 「あと、私が本当にやっちまったら、どっかのイメクラみたいになって、変にいかがわしい感じになるだけだろ?」 「それはそれで、何だか見てみたい気もするけど」 「どうせ見るなら、若い方にしとけ。若い方に」 「それにそっちは若さと、夢と希望がたっぷり詰まった、ご自慢の胸があるじゃないか?」 「ちょいとその2つの武器を強調してくれりゃ、男性客も増えてくれるだろ」 「そのコメントはさすがに同性相手でも、セクハラだと思うんですけど…」 「でも、アイドルの真似事なんて、恥ずかしくて絶対にできませんって!」 「じゃあほら、あれだ。なんかヅラでもメイクでも何でもいいから、変装でもすれば、いいじゃないか」 「それで正体がバレなけりゃ、恥ずかしくもないだろ?」 「見た目をガラッと変えれば、人前でも恥ずかしくならないかもしれないですけどぉ……」 「よしっ! 本人のお墨付きも出たことだし、その方向で頼むなっ!」 「……………………」 (……柏原、ここで墓穴を掘るだなんて…) 「そうと決まれば、色々と準備が必要になってくるな」 「昔作った店のテーマソングがあるから、後でそいつの音源と歌詞を持って帰ってくれ」 「衣装は自分で都合付けてもらっていいか? 経費で落とすから、領収書も忘れずに頼むぞ」 「そういうわけで、決行は今度のバイトの日だ。当日になったら、よろしくな!」 必要事項をまくしたてるように言い残すと、店長は控え室に消えていった。 たぶん、店長室での仕事に戻ったのだろう。 「……まぁ、元気出せよ…」 柏原の進む道は、色々と前途多難そうだ。 数日が過ぎて。 いよいよ問題の当日。 「ううっ……は、恥ずかしい…」 「へぇ〜っ。柏原、あんた、なかなかやるじゃない!」 「髪型は俺がウィッグやヘアアクセサリを使って、かわいくアレンジしてみました」 「自分の趣味で見繕った衣装ってのも、バッチリ決まっているじゃないか」 「そんなニヤニヤした顔で褒められても、あんまり嬉しくないんですけど……」 「でも、そういう格好も似合ってると思うぞ?」 「普通に褒められても、やっぱり恥ずかしい……」 「じゃあどうしろって言うんだよ……」 「どうしても、店の前に出て、歌ったりしなきゃダメなんですかぁ……」 あどけなさを少し残しているものの、全体的に華やかさが出る感じでメイクも仕上がっている。 これならどこからどう見ても、若者向けのアイドルにしか見えない。 だと言うのに、柏原の方はまだ、心の準備ができていないみたいだ。 「……見た目は完璧だとは思うが、肝心の本人がこれじゃなぁ……」 「ってなことだから、桜井、お前、柏原に付き添ってやれ」 「そんで、こいつがちゃんと働くようにしっかりサポートしてやるように」 「あー、はい。分かりました」 「あとこれ、必要になったら使っとけ」 「何ですか、これ?」 「ああ、こいつか? もしもの時の秘密兵器だよ」 そう言って、手渡された紙袋。 何となく中をのぞき込んでみると、結構な大きさのものが布に包まれて入っていた。 「そんなわけだから、後は任せたからな」 「しっかり働いて、店の売り上げに貢献してくれよ。そんじゃ、また後でな〜」 「………………」 「………………」 「どうしたもこうしたもないな。ここまで来たら、なるようにしかならないだろ」 「そ、そうなっちゃうよね……」 「あっ、そういやさ、名前ってどうするんだ? 誰かに聞かれたりしたら、困らないか?」 「うん……私もそう思う…」 「さすがに本名のままだと、この格好になった意味もないし…」 「じゃ、じゃあ……三好…『〈三好〉《みよし》〈春菜〉《はるな》』で……」 「何だ、仕方なくやる割には、しっかり芸名まで決めてたんだな」 「それに本名だと、やっぱり恥ずかしいから……」 「わかった。その姿の時は『三好』って呼ばせてもらうよ」 「……うん。お願いするね…」 「それじゃ三好、ずっとここにいるわけにもいかないし、そろそろ行くか?」 こうして俺と柏原(三好の中の人)は、まず最初に店内へ出ることにした。 「………………うぅっ……」 「大丈夫か?」 「堂々としてれば、何も問題ないさ」 「逆に挙動不審になってる方が、かえって注目されることになるからな?」 「自分でも、そこは分かってるんだけど……」 「……でも、これで学園の知り合いとかに会っちゃったら、どうしよう…」 「まぁ、髪型もアレンジして、メイクもしてるんだし、本名さえ言わなければ、分からないレベルで変装ができてるはずだ」 「その点については、自信を持っていいと思うぞ」 「別に今の姿なら、問題ないんじゃないのか?」 「それはそうかもしれないけど…」 「……だって、向こうが気付かなかったとしても、こっちが知ってるんだもの…」 「そういうのって、どうにも恥ずかしいじゃない……」 う〜ん…どうやら完全に怖じ気づいてしまっているみたいだ。 (……まったく、仕方ないな…) 「そういや、三好って、パフェとか好きだったよな?」 「……きゅ、急にどうしたの? そりゃあ、大変な仕事した日とかに、自分へのご褒美にするくらい、好きだったりするけど…」 「ほら、こないだのスタジオ撮影の手伝いの帰りに寄った、なんとかっていう店あっただろ?」 「今日、無事に乗り切れたら、あそこで三好が食べてた、やたらと豪華なパフェ、あれをおごってやるよ」 「安心してくれていい。もし財布の中身が厳しかったら、パフェも経費扱いにしてもらうよ」 「それに、頑張った後のご褒美がある方が、やる気も出てくるってもんだろ?」 「あははっ……そうだね。桜井君の言う通りかも…」 「この後でパフェが食べられるなら……私も少しくらい、頑張ってみようかな…」 「よし、その意気だ。パフェのためにも今日を乗り切ってくれ」 「…………マジか……」 …………早くも万策尽きた。 「店の外に出た途端に秒殺って、ギブアップするの早すぎだろ……」 「だ、だってぇ〜……」 「あ〜、そういえば……」 (もしもの時の秘密兵器だなんて言われたから、一応、持ってきたけど…) (結局、これって何なんだ……) (なるほどなぁ……あの人、よくこんなもん、仕入れてきたもんだな…) 「大丈夫だ、三好。俺がしっかりサポートする」 「だから、この仕事を任せてくれた店長と、俺のことを信じてくれ」 「ありがとな。じゃあ、見ててくれ。今すぐに三好のこと、楽にしてやる」 そして俺は―――― ――――全力でホラ貝を吹いた。 「あれっ? いざとなったらこれを使えって、店長に言われたんだけど」 「これで派手に出陣して、恥ずかしさを吹き飛ばせ、ってことじゃなかったのか?」 「えっ!? なにこれっ!? ホラ貝の音っ!? どこかの電気屋で時代劇でも流してるの!?」 「合戦じゃね? これからスーパーとかで、タイムセール的な合戦が始まるんじゃね!?」 「ってゆ〜か、ホラ貝=合戦って、テンプレ過ぎってゆぅ〜かぁ〜っ?」 「これじゃ、『楽にしてやる』の意味が違ってるってばぁ〜っ!」 「リラックスどころか、完全にトドメを刺しに来てるよぉ〜〜っ!!」 ついには両手で顔を覆って、しゃがみ込んでしまった。 効果は抜群のようだ。 主にダメな意味で。 「……なんていうかさ、もうこれで怖いもん、なくなっただろ?」 「怖いものどころか、大やけどだよっ! 大事故だよっ!」 「だけど、最初にこれ以上ないってくらい、一番に恥ずかしい思いをしたんだ」 「そしたら、後はもう、どれだけ恥ずかしくっても、大したことないんじゃないか?」 「おかげさまで、これ以上は恥のかきようがないくらいだよっ!」 「なら、よかった。それにどのみち恥ずかしいなら、いっそのことヤケクソにでもなって、開き直ればいいじゃないか?」 「今、俺に言い返してる三好も、結構な大声出せてるんだしさ?」 「どうせ今回一回きりなんだろうし、早いところ歌って踊って、普通の店員に戻って、それで終わりにしよう」 「これでやるだけやって、ダメだったら、全部桜井君のせいだよっ!」 「バラ色町商店街をご通行中のみなさんっ! こんにちはっ♪」 「ドラゴンバーガー・バラ色町店のイメージアイドル、三好春菜ですっ♪」 「今日は私がお手伝いしている、ここドラゴンバーガーの宣伝に来ましたっ!」 「地元の学生さんから、お子さんとそのお父さんにお母さんっ!」 「若い人たちにはまだまだ負けない、元気なおじいちゃんにおばあちゃんまでっ!」 「幅広い年齢のお客様に愛されて、ご利用いただいてきた、ドラゴンバーガー・バラ色町店っ!」 「これからも、皆様のバラ色町商店街と共に、歩んでまいりたいと思いますっ!」 「皆様の憩いのオアシス、ドラゴンバーガー・バラ色町店を末長く、よろしくお願いいたしますっ!」 (へぇ〜っ……柏原のやつ、やればできるじゃないか…) 最初にあれだけ恥ずかしい思いをしたことで、どうやら吹っ切れたみたいだ。 普段の柏原の延長線上に、明るさと快活さをまとったような印象。 そんなキャラクターの三好春菜として、通行人に向けて語りかけている。 「というわけで、挨拶もすんだことですので、ドラゴンバーガーのテーマソング、歌わせていただきますっ♪」 「それじゃ〜、ミュージックスタート〜っ♪」 曲が流れ出した途端、それに合わせて三好がステップを踏んでいく。 その軽快でリズミカルなダンスは、とても素人のものとは思えない。 「いーつーでーもー、どーこーでーもー、そーこーにー、あーるーーっ♪」 「あーなーたーをー、さーさーえーるー、おーてーつーだーいーっ♪」 「こーこーろーもー、かーらーだーもー、リーフーレーシューっ♪」 「たーんーすーいー、かーぶーつーのー、ニークーいーヤーツーっ♪」 まるで本物のアイドルであるかのような、堂々とした歌いっぷり。 一人、また一人と足を止めた老若男女の通行人が、彼女の姿に見とれていく。 「美ー味ーしーくーてー、笑ー顔ーにぃーなぁーれぇーるぅー♪」 「さぁーあー行ぃーこーうー、みぃーんーなぁー待ぁーってぇーるぅーーっ♪」 「ドーラゴンバーガぁーーっ♪(トゥールットゥルットットゥ〜♪)」 「ドーラゴンバーガぁーーっ♪(トゥールットゥルットットゥ〜♪)」 「ドーラゴンバーガぁーーっ♪(トゥールットゥルットットゥ〜♪)」 「ドーラゴンバーガぁーーっ♪ あなたと一緒にぃ〜〜っ♪」 そうして、店の前は大盛り上がり。 ここぞとばかりに宣伝を入れる柏原に誘導されて、店内は大勢のお客さんで大混雑。 彼女が歌って踊る度に店は大忙しとなり、この日は大繁盛の模様になるのだった。 「いや〜、お前らよくやってくれたっ!」 「おかげで売り上げがすこぶる好調だっ! ほめてやるっ!」 「ありがとうございます……」 「三好……いや、柏原の頑張りのおかげですね」 「ああ、そうだなっ! お前にあんな特技があるとは思わなかったっ!」 「これからもちょくちょく、ウチの店のアピールをよろしく頼むぞっ!」 「あ、あははっ……。気が向いたときで良ければですけど……」 そんなわけで、店長も大喜びだった。 「だが、一曲しかないと、そう遠くないうちに飽きられて、マンネリになるかもしれんな……」 「確かにそうですね。俺もすぐ近くで、何十回と聞いてましたし」 「この調子なら期待できそうだし、新しい曲の発注も考えておくか」 「それなら、今の曲のアレンジも、いくつか頼んでおいたらどうです?」 「そうだな。バリエーションもいくつかあった方が、やりやすいだろうからな」 「柏原も、そう思うだろ?」 「えっ? あっ、はい。そうですねぇ……」 「ここはあえて、ハードロックとか、ヘヴィーメタルな感じの激しいやつでもいってみるか!」 「それのどこが『あえて』なんですかっ!」 「歌詞の要所要所でシャウトもしたりしてなっ!」 「でも歌詞の内容を考えると、確実にコミックバンド調な珍曲になりますけど」 あまりの無茶な提案に、柏原もついツッコミを入れていた。 「じゃあ柏原、お前、自分で歌うなら、どういうのがいいんだ?」 「えっ……私ですか?」 「そうだよ。人の意見に物言いを入れてくる以上、自分の意見だってあるんだろ?」 「例えば、アップテンポでかわいらしい曲調とか、いいと思うんですよね」 「そういうのだと、よりアイドルっぽい感じになりそうですしっ」 「いいんじゃないか? その格好ともよく合いそうだし」 「やっぱり、かわいい衣装を着たアイドルには、かわいい曲が似合うと思うのっ♪」 「他にはどういう風なアレンジなら、歌ってみたいんだ? 三好春菜的には」 「う〜ん。そうだなぁ〜……」 「最近ブレイクした、テクノポップユニットの〈Amucra〉《アミュクラ》みたいな、ダンスナンバーになりそうなのも悪くないかもっ♪」 店の前でやった、今日のパフォーマンスでさぞ充実しているのだろう。 楽しそうに、自分の希望を口に出していく。 「ははっ。何だよ、なんだかんだ言っても、自分でも結構気に入ってんじゃないか」 「案外、性に合ってるんじゃないですかね」 我に返って、柏原も一気に恥ずかしくなったみたいだ。 顔を赤くして、一目散に更衣室へと逃げていった。 「おっ? お前ら、これから出勤か?」 「はい、そうですけど。何か特別な作業でもありました?」 「いいや、それは各ポジションのリーダーに確認してくれ」 「……ま、まさか……また、店の前で歌ったりしろって言うんじゃ…」 「そっちの仕事についてだったら、また今度頼むわ」 知りたくもなかった事実だったようだ。 イスに座っている柏原が遠い目をして、どこかを眺めていた。 「で、二人とも、まだ少し時間はあるんだよな?」 「まぁ、一応は……」 「俺も同じく」 「それなら、ちょうど良かった。ほら、これやるよ」 「えっ!? これって……」 「何ですか、これ?」 無造作にテーブルに置かれた、一枚のチケット。 それを見て、ふと疑問が浮かぶ。 「見て分からないのか? アミューズメントプールの招待チケットだよ」 「いや、それは分かりますけど、何でこんなものを俺たちに?」 「もらう理由が思い付かないんですけど……」 「……ふんっ。こないだシンデレラで買い物した時に、福引きで当たったんだよ」 「でも、アタシには不要のものだったからな」 「だから、欲しけりゃくれてやるって言ってるだけだ」 「あっ……もしかして、一緒に行く相手にドタキャンされたから、いらなくなった……とか?」 「その通りだったら、確実に相手は彼氏か、片思い中の人だよな?」 「……あのなぁ、そういうことじゃねえんだよ、そういうことじゃ…」 「……あ〜。フラれちゃったんですね。ご愁傷様です……」 「あ〜……」 「……桜井、柏原、お前らいい加減にしないと、締め上げるぞ?」 「あれっ? 違ったんですか?」 「ったく、違うに決まってんだろうが……」 「こちとら、しょっちゅうデートに誘われて困ってるくらい、やたらとモテモテだっての」 「でも、モテモテって自分で言う人って、大抵はそれほどモテた試しがないですよね?」 「うるせえ、ほっとけっ! そんなこたぁ、どうでもいいんだよっ!」 「じゃあ、どうしてこれを?」 「あー……何だ、その……こないだの礼だよ。こないだの…」 当日のことが脳裏に蘇ったのか。 両手で顔を覆った柏原が、テーブルに突っ伏して悶絶し始めた。 「急に無理言ったってのに、しっかり仕事してくれて、その上、期待以上の結果を出してくれたからな」 「だから、お前らの貢献に対する、せめてものお礼ってやつだよ……」 「……………………」 「店長……」 「お、おい……黙ってないで、何か言えよ……」 どこか気恥ずかしそうに頭をかきながら、店長が反応を求めてくる。 「店長って何気にかわいいところ、あったんですね」 「………………っ……」 「…………桜井君、そこは空気読もうよ……」 「おい、桜井……てめえ、それは一体どういう意味だこの野郎…っ…」 「えっ? そのままの意味ですけど?」 「照れながらお礼を言ってきたさっきの店長、何かかわいかったじゃないですか?」 「ほら、学園でも札付き不良が、ある雨の日とかに、捨てられた子犬に優しくしてた、みたいな、ちょっとしたギャップ萌えみたいな…」 「それ、全然フォローになってないからね……」 「……桜井、お前、今日からしばらくの間、時給半額にするから覚悟しとけ」 「えっ……それって、国で決められた最低時給以下なんですけど……」 厳しい懲罰刑を宣告すると、店長室に戻ってしまった。 「……怒られちゃったね、桜井君…」 「怒られるようなことを言った覚え、ないんだけどなぁ……」 「そんなこと言ってるから、怒られるんだよ……」 「う〜ん……気の強い女の人って、意外と照れ屋だったりすることも多いからなぁ…」 「そのコメントからして、絶対に懲りてないよね……」 「まぁ、いいか。極端なツンデレキャラだってことにでもしておけば」 「……はぁ〜っ。その切り替えの早さ、うらやましいくらいだよ…」 「で、どうする、これ?」 店長からもらった招待チケットに視線を向けて、二人で相談する。 「そうだねぇ。どうしようか?」 (これが一人一枚だったら、自分の好きな時に行けてよかったのになぁ……) 「じゃあ、せっかくだし、一緒に行くか」 「そりゃそうだろ。俺と柏原へのお礼って、店長が言ったんだから」 「それにこのチケット、ペアでの招待券みたいだしな」 「うわっ、本当だ……」 「使用期限は当分先みたいだし、ゆっくり考えてくれればいいさ」 「でもなぁ……そこのアミューズメントプールって、うちの学園の女子の間でも、結構評判いいみたいだし……」 「正直、興味もあるし……どうしようかなぁ……」 「何なら、桜坂あたりと一緒に行ってきたらどうだ?」 「仲の良い女子同士だったら、俺と違って、別に気も遣わないから、純粋に楽しんでこれるだろ?」 「……それだと、店長が良かれと思って渡してくれたのに、その気持ちを無下にするような気もするんだよね……」 プールに行くかどうか。 もしくは誰と行くべきかと、柏原は決断をためらっていた。 「…………う〜ん…」 (できれば、行ってみたいけど、ペアでの招待だし……) 「……やっぱり、いいかな。私は遠慮しておくよ…」 「それあげるから、誰か誘って、一緒に行ってきなよ」 「そういうわけで、一緒にプールに行かないか?」 「そういうわけって、どういうわけですかっ!?」 「店長からアミューズメントプールのチケットをもらったから、一緒に行く相手を探してるんだよ」 「それで桜坂なら行きそうな感じがしたから、声をかけてみたんだが……無理だったか?」 「プールでそんな変なこと、できるわけ……って、頑張ればできるか…」 「それなら、余計に一緒には行けないですっ!」 「いや、最初から、何もするつもりないからな?」 出勤してきた後輩をプールに誘ってみたら、この反応。 何かした覚えもないけど、よっぽどこの子に嫌われてるみたいだなぁ。 「…………ところで、桜井君?」 「ああ、柏原か。どうした?」 「レジ回りの備品でも足りなくなったのか? それなら、倉庫から取ってくるぞ」 「…………そうじゃなくってね?」 「けーこちゃんのことは、口説いたりしないで、ただのバイトの同僚になる、って言ってたはずなんだけどぉ……」 「そうですよ〜っ! 美衣先輩がここの店のクルーになった時、言ってましたぁ〜っ!」 「あ〜、そういや、そうだったっけ。すっかり忘れてた」 「スケコマシ、だよねぇ……」 仲良しの柏原と桜坂が二人して、ジト〜っとした目で俺を非難してくる。 「そう言われてもなぁ……」 「本当なら、柏原と一緒に行く予定だったのに、その本人になんだか遠慮されちゃったからさぁ」 「だから、他に行く相手がいないか、探してるだけなんだけど…」 「まぁ、もし気が向くようなことがあったら、桜坂も言ってくれ」 「まだ相手が決まってないし、こっちはいつでも歓迎するぞ」 「もちろん、柏原もプールに行きたくなったら、ちゃんと言ってくれよな?」 「私だって、別に……」 (さっき譲っちゃった手前、本当は行きたいなんて言ったら、桜井君に悪い気がするし……) 「ん? 何気にプールに行きたくなってきたのか? そういやさっき、興味はあるって言ってたっけ」 (……何だ? 柏原のやつ、また変に我慢でもしてるのか?) (口ではああ言ってたけど、もしかして、本当はプールに行きたいんじゃないだろうな…?) それならそうで、はっきりと言ってくれたらいいのに。 うまく本音を引き出すには、どうしたらいいもんかな。 「おう、お前ら。ちゃんとキビキビ働いてるか?」 「適当に働いて、サボってたりしたら、その分、時給を減らすからな」 「ちょうどそこにいる、桜井みたいによぉ」 「失礼だなぁ。こっちだって、しっかりやる気を出して働いてますよ?」 「ウソつけ! お前の勤労意欲の半分以上は、店の女の子か、好みのお客さんを口説く下心で出来てるんだろうが!」 「それを言われたら、返す言葉もないですね」 「ほれ見たことか!」 「……桜井先輩、やっぱり下心でできてるんですねぇ…」 「こんなんだから、『スケコマシのたっくん』って言われるんですよ。ですよねっ、美衣先輩っ?」 (……どうしよう。やっぱり、すごく行きたくなってきちゃったよ…) 「……………………」 (……仲の良い桜坂と話してるのに、妙に歯切れが悪い気がするな…) (やっぱりプールのことで揺れているのか?) こういう状況なら、多少は柏原を刺激してみるのもありか。 「あ、そうだ。店長、一緒にプールに行きませんか?」 「……どういう風の吹き回しだよ」 「店長の水着姿、見たくなってきちゃって」 「行くわけないだろ。自分の店のバイト店員となんざ」 「つれないなぁ〜。店長の水着姿が見れなくて、残念だなぁ」 「きっとスタイル抜群な感じで、すごく綺麗な感じなんだろうなぁ……」 「あれっ? ひょっとして、綺麗なだけじゃなくって、アクセントにヒラヒラなフリルとかが付いた、かわいいタイプの水着でした?」 「だから、勝手に想像するなと言ってるだろうがっ!!」 「あれれっ? 店長…?」 「……………………」 (こっちはさっきからプールに行きたくて仕方ないのに、なんでよりにもよって、店長を誘うかな……) 「そうやって、少し頬を赤くしながら誤魔化す店長、結構かわいいと思いますよ?」 「と、年上に向かって、かわいいとか言うんじゃないっ!」 「そうなんですかね?」 「女の人からしたら、こういうのって、正直、年齢とか関係ないもんなんじゃないですか?」 「お前となんか、絶対にプールに行ってやらないんだからなっ!!」 顔を赤くした店長が、逃げるように控え室に消えていった。 何かちょっとだけ、悪いことしたかな。 「………………」 「………………え〜……」 「………………え〜っと……」 「店長、結構子供っぽいところ、あったんだな」 「意外って言うか、思ったよりもかわいい人だったのか。これは新発見じゃないか?」 「とにかく、一緒にプールに行く相手、探さないとなぁ…」 「………………」 (……っ! ダメよ……さっき遠慮しちゃったんだし、どうせなら、自分でチケット買って行かなきゃっ…!) (それに今、あまりお金の余裕ないし、次のバイト代が入るまでの辛抱よ…っ…!) 「まぁ、坊や。私みたいな年寄りをプールなんかに誘って、どうしようってんだい?」 「新手の詐欺とかだったら、タダじゃおかないよ?」 「そうじゃないですよ。おばあさんのこと見てたら、何だかうちの祖母のことを思い出しちゃって」 「それで、せめて祖母の代わりに、少しでも孝行できたらいいなぁって」 「……何だい、そうだったのかい。だったら、ちゃんと本人に孝行してあげなさいな」 「そうですよね」 「ほら、元気お出し」 「飴ちゃんとごませんべいあげるから、後で食べるんだよ」 「ありがとうございます」 「………………っ……」 (……ううっ。やっぱり、次のバイト代が入るまで、先が長いよぉ……) 「あっ、総菜屋のお姉さん、いいところに来てくれましたね」 「あら、たっくん。こんなところでバイトしてたの?」 「働きたかったら、ウチの店に来ればよかったのに」 「いやぁ。それだと、お姉さんのことが気になって、仕事にならなくなりそうだったんで」 「あら、イヤだよこの子ったらっ! 今度ポテトサラダ、おまけで付けてあげるからねっ」 「やったっ。それでここから本題なんですけど」 「今度の休日にでも、シンデレラにあるプールにでも行きませんか?」 「まぁっ、それっていいとこのやつじゃないのっ!」 「たっくんなら、もっと若い子誘えるのに、私となんかでいいの?」 「お姉さんには、いつもお世話になってますから。そのお礼にと思って」 「そう? でも、行きたいのはやまやまなんだけど、ウチのお父さんがねぇ……」 「あ〜、旦那さんに知られたら、ヤキモチ焼かれちゃいますもんね?」 「そうなのよ〜。あの人ったら、すぐにヘソ曲げちゃうから」 「だから、ごめんなさいね。その気持ちだけ、もらっておくわね」 「そうですか。残念です」 「でも、誘ってくれて嬉しかったわ。ありがとねっ!」 「あと夕方くらいになったら、ウチの店に寄っといで!」 「晩ご飯用のコロッケとメンチカツ、サービスしちゃうからっ!」 「あざーっす」 (……私がこんなに行きたくてたまらないのに、どうして見せつけるみたいに…っ!) 「やたっ♪ わたし、あのプール、いってみたかったの〜〜っ♪」 「そっかそっか〜。それなら、俺も誘った甲斐があったかなぁ」 「じゃあ、おにいちゃん、プールはいついくの?」 「そうだねぇ。今日は遅いから、また明日にでも決めようか?」 「うんっ♪ あした、またくるね〜♪」 「家までの帰り道、車や自転車に気を付けるんだよ」 「は〜いっ♪ おにいちゃん、ばいば〜〜いっ♪」 (……くっ! プールに行きたい…っ…! すごく行きたいよぉ…っ…!) 「ふぅ。これで相手が決まったな。よかったよかった」 ものすごい剣幕で、柏原が詰め寄ってきた。 「プールに行くだけだぞ?」 「あんな小さい子を相手にしたら、さすがに犯罪でしょっ!」 「懐いてくれてたし、年の離れた兄妹ってことにしとけば、大丈夫だろ?」 「それちっとも大丈夫じゃないからっ!」 「だったら、あの子のお母さんも誘って、三人で一緒に行けば、問題ないんじゃないか?」 「でもっ!」 普段の温和な雰囲気はどこへやら。 かなりイライラした様子で頭をかき回して、やけくそにでもなったかのような大声。 その直後、俺に向かって宣言する。 「あ、そう? 俺は別にいいけど」 (やれやれ。やっと自分から言ってきたか……) 「み、美衣先輩っ!? 気は確かですかっ!?」 「あれっ? でも、柏原、行かないって言ってたじゃないか?」 「だからって、知り合いが小さい子とプールに行って、警察のご厄介になるんだよっ?」 「それを黙って見てはいられないじゃないっ!」 「あ〜、桜井先輩ならありそうですねぇ……」 「俺がその手の性犯罪をする前提で言われてもなぁ…」 「桜井君とは、私が行きますっ! もう決定だからっ!」 「だから、さっきの女の子が明日来たら、ちゃんと断ることっ! いいっ?」 「何だよ。結局、プールに行きたかったのか」 「ち、ちがうからねっ……」 普通に指摘してみたら、逆ギレ気味だった柏原が思いっきり動揺した。 「えっと……それは、その……」 「そ、そうっ! パフェっ! パフェだよ、パフェっ!!」 「こないだ、パフェおごってくれるって言ったでしょっ!」 「そうだったな。ドラゴンバーガー・バラ色町店のイメージアイドル、三好春菜ちゃんとの約束だったな」 「みよし、はるな? 美衣先輩、誰ですか、それ?」 「よ、よく分からないですけど、わかりました……」 「まぁ、落ち着けよ、柏原」 「とにかくっ! 桜井君には、パフェをおごってもらう約束、しっかり果たしてもらいますっ!」 「それに大好きなパフェを普通に食べても、太っちゃうだけだからっ!」 「だから、先にプールで運動してっ! それから食べるからっ!」 「ただそれだけだからっ! 変な誤解はしないようにっ! わかった?」 「はいはい、分かったよ。そういうことにしておくよ」 (最初から行きたいって言えばいいのに……) (……まったく、世話のかかるやつだなぁ…) 「き、決まっちゃった……」 それから数日が過ぎて―――― 「おっ。ちゃんと来てるな……」 待ち合わせ場所に向かうと、すでに待ち人が待機していた。 「……………………」 ただ、どこかソワソワした感じだった。 (私ってば、こないだは何で、勢いに任せてあんなこと、言っちゃったんだろ……) (でも、なんでだろう。ちょっとだけ、デートみたい……) (桜井君のお店で髪型をアレンジしてもらった時みたいで、ちょっと落ち着かないかも……) 「よっ!」 「あー、すまん。驚かせたか」 「も、もうっ。びっくりさせないでよ……」 「悪い。それに少し待たせたみたいだな」 「ううん。私は遅刻とかしたくないから、早めに来ただけ」 「桜井君こそ、時間通りに来てるんだし、謝る必要もないでしょ?」 「それでも、待っててくれたんだろ?」 そう。俺たちはシンデレラの前で待ち合わせていた。 ここはお目当てのプール施設以外にも色々とある、総合美容施設だ。 「まぁ、今日は二人だけでの、初めてのデートだもんな」 「柏原がさっきからソワソワしてたのも、理解できるよ」 「そもそも、なし崩し的に一緒に行くことになったのは、桜井君のせいでしょ…」 「それなら、もっとちゃんとした形でデートのお誘いをしとけばよかったかな?」 自分が無意識のうちに言ってしまったこと。 その意味を理解した途端、顔を赤くして一人であわあわと慌ててしまっていた。 「あははっ。じゃあ、そういうことにしておくよ」 (思ったよりも、わかりやすいなぁ……) 「ここにずっといてもしょうがないし、そろそろ中に入ろうか?」 「ちょっと、桜井君? 私の話、聞いてる? 何か適当に合わせてない?」 「聞いてるって。これからどうやって、デートを楽しもうか、ってことだろ?」 「もうっ! ちゃんと聞いてないじゃない!」 からかう度、頬を赤くしたり、慌ててみたり。 どこかムキになったり、拗ねてみたり。 今日は柏原の表情豊かな一面がたくさん見れる、貴重な一日になりそうだ。 「こ、こうやって、プールの上に浮かんでるのも、結構気持ちいいね……」 「その割には、恐る恐るって具合でビニールボートに乗っかってるみたいだけど」 「そんなことないと思うよ…?」 「ほ、ほらっ、こうしてちゃんと乗れてるし……」 「いや、ちょっと動きがぎこちないけど」 「えっ? そうかなぁ……?」 「しかも、何だか顔もぎこちない感じになってるぞ?」 「……もしかして柏原、苦手だったりするのか?」 そんなわけで、シンデレラ内のアミューズメントプールに来たのだが。 微笑んでいるはずの柏原の口元が、若干引きつっていた。 「……こういうプールとか、海とかで泳ぐの、苦手なのよ…」 「あまり泳げないんだから、少しくらい怖くても、仕方ないでしょ……」 「ダンスは踊れるのに、泳ぐのが苦手だとは思わなかったな」 「しょうがないでしょ。苦手なものは苦手なんだから……」 「だったら、無理に来る必要もなかったじゃないか?」 「そういうこと、言わないのっ!」 「お、おい、そんなに身を乗り出すと……」 「あんまり泳げなくても、プールに行きたいときくらい……はっ!?」 「わわわっ!? バランスがっ!?」 ご覧の通り、姿勢が不安定な状態。 そのせいでビニールボートごと、右へ左へと揺れている。 「あっ、ちょっと……きゃっ!?」 「ほら、言わんこっちゃない……」 「冷静に見てないで、助けてってばぁっ!」 「はいはい、分かったよ……っと、これでいいか?」 「ふぅ〜っ。危なかったぁ……」 「…………っ…」 両手でビニールボートをしっかり支えてやると、柏原が安心して、ほっと一息吐く。 ただし、前のめりになる形で、重心をかけているせいで、胸が大胆に強調されてしまっていた。 「ありがとね、桜井君。おかげで、落っこちなくて済んだよ」 (思わず見ちゃったけど、水着だと、大きいのがよく分かるな……) 「って、こらっ。気になっても見ないのっ」 「どこに視線を向けてるかくらい、わかるんだからねっ」 「すまん。つい見とれちゃって……」 「あと、なんかその水着、柏原に似合ってるなと思って…」 「……もうっ。じゃあ、そういうことにしておいてあげるっ」 水着のことを褒められて、まんざらでもない気持ちになってくれたのか。 どこか嬉しそうに、でも、少しだけ困ったように微笑んでみせた。 「そういや、眼鏡じゃないんだな」 「お約束かもしれないけど。水に濡れると、前が見えづらくなるからね」 「でも一応、コンタクトは付けてるよ。プールとかでも平気なやつ」 「なるほどね。どうりで少し印象が違ったわけだ」 「ん? どういうこと?」 「たぶん、新鮮に感じてるのかもしれないってこと」 「普段から顔を合わせてるのは、眼鏡の柏原だったから」 「あー、そういうことね」 「どっかアイドルみたいな格好の時は、また別だけどな」 「それは言わないでよっ。思い出すと、今でもまだ恥ずかしいんだから……」 「悪かったよ。でも、こうすれば、大丈夫になるだろ?」 ビニールボートを両手に掴んだまま、左右に少しだけ揺すってみる。 「ちょ、ちょっとっ!? 急に揺らさないでよっ!」 「ほら、しっかり掴まってないと、プールに落っこちるぞ?」 「わわっ! 桜井君、やめてってぇ! いい加減にしないと、怒るよっ!」 「分かった、分かった。もう揺らさないから、落ち着いてくれ」 「恥ずかしいのは、どっかに行っただろ?」 「そうだけど……いきなりこういうことされたら、本当に驚くじゃない…」 「それなら良かった。これで引き続き楽しめるな」 「……まったく。君は…」 「ってなわけで、俺はこれから少しだけ、席を外してもいいか?」 「別にいいけど、もうお腹が空いたの? お昼になるまで、まだ時間あるよ?」 「そういうわけじゃなくってさ。なんていうか、アレだよ、アレ」 「アレ? …………あっ、ごめんね。お花摘みに行きたかったんだね」 「私のことなら気にしないでいいから、早く行ってきていいよ」 「いや、そうじゃなくって。周囲には他にも、色んな人がいるだろう?」 「とっても綺麗で、スタイルの良いお姉さんとか、ちょっとあどけないけど、グラマーな子とか」 「まだまだ発達途上だけど、これからに期待が持てる、年下っぽい美少女とか」 「そういうかわいい女の子たちとの、まだ見ぬ素敵な出会いを求めにいきたいなぁ〜って」 「…………へぇ〜っ…」 あっ、ちょっとムッとした顔になってる。 「…………桜井君って、一緒にプールに来ている相手がいるのに…」 「それなのに、他の女の子に目移りして、堂々と口説きに行っちゃうような人だったんだねぇ……」 「……もしかして柏原さん、怒ってませんか?」 「……ううん。怒ってなんていないよ? やだなぁ、もう…」 「ただちょっとだけ、桜井君のこと、最低なスケコマシ野郎だな〜って、思ったのとぉ…」 「あと、この後でどうやって懲らしめて、反省させようかなって、思ってるくらいだからぁ……」 「それを怒ってるって、言うんじゃないんですか?」 何でだろう。 雰囲気に呑まれて、思わず敬語になってしまった。 「……別に怒ってなんかいないよ? 少しだけ、イラッとしているだけだから」 「いやいや、本当はかなり怒ってるんじゃないの?」 「……え〜っ。そんなことないよぉ? 変な桜井君だなぁ〜っ。あははっ……」 「……これでもまだ、あくまで怒ってないって言うんなら、それはもう…」 「……それはもう、何かなぁ?」 「ヤキモチを焼いてるとしか、言いようがないんじゃないか?」 「え〜っ。私がヤキモチぃ〜?」 「そうだけど……」 「…………………」 「…………………」 「………………………………………………………………………………………………………………えっ?」 「えぇ〜〜っ!?」 無自覚にしていたことを自覚した、決定的な瞬間。 柏原の顔が一気に真っ赤になった。 「ちっ、違うよっ! 違う違うっ!」 「全然っそういうのじゃないからねっ!? 本当だからねっ!?」 「落ち着け、柏原」 「私は冷静に落ち着いてるよ!?」 「桜井君こそ、ちゃんと分かってるのっ!?」 「ヤキモチとかじゃないからねっ!? 違うからねっ!?」 「そこであんまり動くなって。そんなに慌てて、身を乗り出したりしたら……」 「ねえ、ちょっと話聞いてるのっ!?」 注意してすぐに再びバランスを崩して、危うくプールに落下しそうになる。 そのせいで、今回もまた、俺は両手でビニールボートを支えるハメになってしまった。 「あ、ありがと……」 「だから、あまり動くなって言ったんだよ……」 「ごめんなさい。何か慌てちゃって……」 「柏原って、意外とそそっかしいよな」 「そういうとこ、もうちょっと注意した方がいいと思うぞ?」 「……もうっ。誰のせいだと思ってるのよ…」 「こっちも一応、真面目に言ってるんだけどな」 「う、うん。そうだよね……反省します…」 「分かってくれたんなら、それでいいさ」 「うん……ありがと…」 そうして昼食を挟んで、気を取り直した後。 俺たちは夕暮れになる頃まで、二人で遊び倒した。 「はぁ〜っ。楽しかったぁ〜っ♪」 「そりゃよかった。でも、結局、少しも泳がなかったな」 「別に泳がなくっても、プールは楽しめるものなのっ♪」 「ふぅ〜ん。そういうものなのかね」 「もちろんっ。そうじゃなかったら、あんなにお客さんで賑わってないからねっ♪」 そんなこんなで、楽しかった時間も終わって、その帰り道。 日頃のストレスが解消できたと思しき、気分爽快な表情の柏原と会話を交わしていた。 「そうだな。柏原がはしゃぐ気持ちもよく分かるよ」 「今も顔が緩んでニコニコしてるし、よっぽど楽しかったんだよな?」 「それこそ、顔にはっきりと書いてあるぞ? 楽しくてしょうがないってさ」 「そこまで丸出しにはしてないからっ!」 ただ、指摘した途端、顔を少し赤くしてみせた。 慌てて誤魔化そうとするのも、普段と変わらないみたいだ。 「そうだったな。本当に、これから食べに行くのか?」 「当たり前でしょっ! そのためのプールってことになってたんだからっ!」 「ほらっ! 早く付いてくるっ!」 「おいおい。そんなに慌てなくても、パフェは逃げないだろ?」 「それが逃げるんですぅ〜っ! あのお店のパフェは人気だから、この時間帯は特に売り切れになりやすいんですぅ〜っ!」 「へぇ〜っ。そうだったのか。まぁ、タルトも美味かったしなぁ…」 「ほらほらっ! 納得したら、桜井君も急ぐのっ!」 「急がないと、季節限定のパフェが品切れになっちゃうよっ!」 「分かったよ。もう好きにしてくれ…」 背を向けて、俺を先導する柏原。 彼女の頬はまだ、微かに赤いままなのだろう。 でも、その表情は微笑んでいるに違いない。 「………………あのっ…」 「…………あのぉ、美衣先輩?」 「ん? けーこちゃん、どうかした?」 「えっと……あのですね…」 「……美衣先輩、大丈夫でしたか?」 「えっ? 大丈夫って、何が?」 「……桜井先輩のこと、なんですけど…」 「美衣先輩、一緒にプールに行ったんですよね?」 「ドラゴンバーガーでのバイトの時に、行くって言ってましたし……」 「……あ〜、あれね…」 「うん……こないだ、シンデレラの前で待ち合わせして、一緒に行ったかな…」 「どうしても、あそこのプールに行きたくて……」 「さすがに私も、自分の好奇心に勝てなかったといいますか……」 「我ながら、変なところで自制心が足りなかったみたいだね。あはは……」 「これといって、特にセクハラめいたことはなかったと思うよ?」 「そのっ、スケコマシなことも、されたりしてないんですか?」 「えっ? スケコマシなこと…?」 「……そ、そのぉ……え、エッチなこと、とか…」 「それこそ、ないよ。もしそんなことがあったら、怒ってすぐに帰ってると思うし」 「もしかして、ずっと気にしていてくれたの?」 「うふふっ。そっかぁ。けーこちゃん、心配してくれて、ありがとね」 「でも美衣先輩、何か少しでも思い当たるフシがあったら、すぐに言ってくださいねっ!」 「うちの同好会の新聞に記事をのせて、桜井先輩のこと、たっぷり懲らしめますからっ!」 「もう、けーこちゃんってば、結構心配性だなぁ」 「少しでもいいですからっ、思い出してみてくださいっ!」 「私、何かされてたかなぁ。そこまで心配してくれるなら、ちょっと振り返ってみるけど……」 「う〜ん……何かあったっけかなぁ。え〜っと……」 「あ、ありがと……」 「だから、あまり動くなって言ったんだよ……」 「ごめんなさい。何か慌てちゃって……」 「柏原って、意外とそそっかしいよな」 「そういうとこ、もうちょっと注意した方がいいと思うぞ?」 「……もうっ。誰のせいだと思ってるのよ…」 「こっちも一応、真面目に言ってるんだけどな」 「う、うん。そうだよね……反省します…」 「分かってくれたんなら、それでいいさ」 「うん……ありがと…」 「やっぱり、桜井先輩にエッチでスケコマシなこと、されちゃってたんですか!?」 「だから、けーこちゃんが心配してるようなこと、何もなかったよ?」 「……むしろ、それ以前の時の方が、危なかったくらいだし…」 「美衣先輩、何か言いました?」 「私がビニールボートから落ちそうになった時に、助けてもらったのを思い出しただけだからっ!」 「それでほんの少しだけ、見直したってだけだからねっ!」 「なぁんだ。そうだったんですか。桜井先輩でも、紳士的な時があるんですね」 「そ、そうなのっ。それで余計に印象に残ってたみたい……」 (……だからって、べつに意識してるってわけじゃないし…) (……それに、そんなこと言ったら、桜井君の実家のお店で髪のアレンジをしてもらった時なんか…) 「もったいない」 「こんなにかがやいてるのに」 「あはは……あ……りがとう……」 「……」 「……」 「う」 「うおおおおおおおおお」 「ちょ、どういう流れだったの、これ」 「どれだけ、顔近かったの。きききき、キスしようとしてたよね!」 「おしいな」 「おしいじゃないよ! どさくさにまぎれて、何してるのよ」 「わわわぁっ! 美衣先輩、大丈夫ですかっ!?」 「今度は急に、顔がまっかっかになってますっ!」 「だ、大丈夫っ! 本当に大丈夫だからっ!」 「今度はちょっと、別の意味で恥ずかしいことを思い出しちゃっただけだからっ!」 「……先輩、いつもと様子が違いますけど、本当は何かあったんじゃ…」 (前にキスされそうになった、なんて言えるわけないじゃないっ!) 「あっ、いけないっ! バイトがあるんだった…!」 「バイトなら、今日は私も同じ時間からですし、一緒に行……」 「じゃあ、またバイトでねっ!」 「あ、はい。また後で……」 「…………う〜ん……」 「……美衣先輩、何だかちょっぴり、怪しい…?」 「それでもしヒマだったら、夜にでも遊びに行かない?」 「え〜っ、どうしようかな〜? ねぇ、どうする?」 「そうだなぁ〜。ご飯おごってくれるなら、考えてもいいかなぁ?」 「あっ、それいいかもっ! じゃあじゃあ、シンデレラの上の階にある、あのレストランでディナーとかっ!」 「わたし、あそこのフルコース、一度でいいから食べてみたかったんだぁ」 「いや〜、さすがにそこまで高く付くのは、俺も無理かなぁ……」 手が空いたバイト中、店前の掃除がてら、退店したお客さんを口説いていると。 「………………っ……」 (……あ〜、すごい見られてるな…) その様子をガラス越しに、柏原と桜坂に目撃されていた。 テーブル席や床の掃除と、真面目に仕事に精を出している二人からしたら、腹立たしいのかもしれない。 「じゃあ、駅前に最近できた、お手軽にフレンチを食べられるお店にする?」 「へぇ、そんな店あったんだ。どこらへんにあるの? 詳しく教えてほしいな」 「えっとね〜、バラ色駅から繁華街の方に向かってぇ……」 (あっ……桜坂、こっちに来た…) 「も〜っ! 桜井先輩、お客さんをナンパしてないで、ちゃんと仕事してください〜〜っ!」 「悪かったよ。しっかり掃除しとくからさ」 口を尖らせてひとしきり注意すると、自分の仕事に戻っていった。 「ごめんな。そういうことだから、また今度にでも誘うよ」 「じゃあね〜。フルコース、楽しみにしてるから〜っ!」 「ちゃんとご飯代、貯めておいてね〜っ!」 「まったく、桜井先輩にも困ったものですっ!」 「ちょっと美人だったり、かわいかったりすると、すぐ仕事そっちのけで声かけちゃうんですからっ!」 「あんまりひどいと、きっとお店にクレームが来ちゃいますよっ!」 「もしそうなったら、私たちまでいい迷惑ですっ! 美衣先輩もそう思いますよねっ?」 「……そうだねぇ。困ったものだよねぇ…」 「やぁ〜ん! やだもうっ、桜井君ったらぁ〜っ!」 「そうやって口説かれたら、ちょっと本気にしちゃうでしょ〜っ!」 「……………っ……」 「いやいや、俺としてはもう、本気になった先輩も見てみたいんですけどね?」 「それはもう、さぞかしかわいくなっちゃうんじゃないですか?」 「できれば、そんな先輩の様子を堪能したいなぁ」 「またまたぁ〜っ! お世辞がお上手なんだからぁ〜っ!」 「……み、美衣先輩、お塩かけ過ぎちゃってますよぉ…」 「そんなことばっかり言って、彼女に怒られても、わたし知らないからねぇ〜っ♪」 「いやぁ、それが決まった相手がいなくって。いつも一人でしんみりした夜を過ごしてて」 「え〜っ、そうなの? じゃあ、気が向いたら、立候補でもしちゃおうかな〜っ♪」 「ぜひぜひ、そうしてください。寂しくなくなって、すごく助かります」 「…………あの、美衣先輩?」 「……ん〜っ? なぁに、けーこちゃん?」 「……み、美衣先輩……そのぉ、なにか怒ってませんか?」 「……うう〜んっ。べつに怒ってなんかいないよぉ?」 「……私、これといってとくにぃ、ち〜っとも怒ってなんかいないよぉ〜っ?」 「そ、そうですかぁ……」 「……もぉ〜っ。おかしなけーこちゃんだなぁ。うふふ〜っ……」 (それも、ものすご〜く怒ってるよぉ〜っ……) (……何かトラブルでもあったのか?) 仲が良いはずの柏原と桜坂の二人が、どこかよそよそしい感じになっている。 その様子が少しだけ、胸の奥にひっかかった。 それから、翌日の放課後。 「よう、柏原。今から帰りか?」 「そうだけど……私に何か用でもあるの?」 「いや、特別に何かあるってわけでもないけどさ…」 「昨日、バイトの時に桜坂とギクシャクしてたみたいだから、ちょっと気になって」 「……特に何もないけど。それがどうかした?」 「そっか。それならいいんだ。俺の気のせいだったみたいだ」 「もういい? そろそろ帰りたいんだけど」 「そうだ。今日、柏原もバイトだろ。せっかくだし、一緒に行かないか?」 「悪いけど、遠慮しておくよ。他に寄りたいところもあるから…」 「つれないなぁ。たまにはいいじゃないか」 「……別に私じゃなくって、他の子でもいいんでしょ…」 「ん? どういうことだ?」 「桜井君は誰かれ構わず、女の子に声をかけるんだから、今だって、自由にそうすればいいでしょ?」 「私なんかに構ってないで、ナンパでもしながら、ゆっくり来ればいいじゃない…」 「……なぁ柏原、どうかしたのか? 今日は何だかおかしいぞ?」 「私はいつ通りだから。何も変なところなんてないわ…」 「……じゃあ、私は先に行くから…」 「……ああ。また後でな」 (……柏原のやつ、本当にどうしたんだ…) 終始一貫して、どこか冷たい口調。 立ち去っていく柏原に対する違和感は、募るばかりだった。 「それじゃあ、美衣先輩、ドリンクの準備をお願いしてもいいですか?」 「……うん。ウーロン茶で良かったんだよね?」 「えっ、ホントにいいの?」 「もちろん。こっちから誘ったんだから、そのくらいはさせてよ」 「やった〜っ♪ 一度遊びに行ってみたかったんだよねぇ〜っ♪ シンデレラのとこのアミューズメントプール〜っ♪」 キッチンの手が空いたので、俺は店に来ていた同じ学園の女子に声をかけていた。 それも早々にデートに誘うことに成功しそうだ。 「うふふっ♪ おニューの水着、買っておかなきゃっ♪」 「当日に見れるのが楽しみだなぁ」 「ふっふ〜ん♪ じゃあ、いっそのこと、一緒に選びにいっちゃう?」 「えっ、いいの?」 「どうしようかなぁ〜♪」 「先に5番のお客様に、フライドポテト持っていきますね〜っ」 「美衣先輩、シャイニングドラゴンバーガーのセットの方、6番でお待ちのお客様にお願いしまぁ〜す」 「……う、うん。分かったよ…」 「着替えてる時に、更衣室をのぞかないって約束してくれるなら、考えてあげてもいいかな〜っ♪」 「了解。気付かれないように、こっそり堪能させてもらうことにするよ」 「も〜っ♪ たくみ君ってば、エッチなんだからぁ〜〜っ♪」 距離が離れていることもあると思う。 背中越しに声が聞こえただけなので、詳細は分からない。 ただ、どうやら柏原がミスをしてしまったらしく、桜坂が慌てていることだけは理解できた。 「あっ……ごめんね。ちょっと力入れ過ぎちゃった…」 「すぐに作り直すから、少しだけ待っててね…」 「は、はい。気を付けてくださいね……」 「……も、もしかして…桜井先輩と、ケンカでも……したんですか?」 「……ごめんね。また力入り過ぎちゃった…」 「けど、別にケンカなんてしてないよ? そこまで仲が良いわけでもないし…」 「……でも、けーこちゃんはどうしてそう思ってるのかなぁ?」 「そういう時って、決まって桜井先輩が絡んでるような気がして……」 「……そっかぁ。そういう風に見えちゃってたのかぁ……」 「……あ、あれっ? 違うんですか?」 「当然でしょ。その前提だったら、私が桜井君のこと、すごぉく意識しちゃってるってことになるもの……」 「……そ、それならいいんですけどぉ…」 どういう状況なのか、また二人がギクシャクしている。 やっぱり、俺の気のせいじゃなかったみたいだ。 「……二回も同じミスしちゃって、ごめんね。今度はちゃんとできると思うから…」 「あとは〜、水着を選んだら、髪型の方も合わせた方がいいかもぉ」 「なら、ちょうどいいかな。俺のうち、理容室やってるんだ」 「へぇ〜っ。そうなんだぁ〜っ。意外な感じがする〜っ」 「よく言われるよ。でさ、よかったら、俺に髪を切らせてくれない?」 「少しでも短くするのが嫌だったら、アレンジする方向でもいいからさ」 「み、美衣先輩っ! もう三連続ですよぉ〜〜っ!!」 ……桜坂も大変そうだな。 そうして、今度は休憩中のことだ。 「よう、柏原。お疲れさま」 「……お疲れさま…」 「そっちも休憩だったみたいだな」 「……そうみたいね…」 「……桜井君、今日って上がりの時間、一緒だったよね?」 斜め向かいのイスに座ると、ふいに柏原が話を切り出してくる。 「ん〜、そうだったっけ? またパフェでも食べに行くとか?」 「そういうのじゃないよ。あとで話があるから……」 「……誰にも聞かれない場所で話したいんだけど、いい?」 「別に構わないけど。じゃあ、うちの理容室でもいいか?」 「……うん。それでいいよ…」 「……あと悪いんだけど、しばらく放っておいてもらえる? 一人で考えたいことがあるから…」 「……ああ。分かった…」 予定が決まると、後はずっと押し黙ったまま。 妙に居心地の悪い、そんな休憩時間だった。 それからしばらくして、本日の勤務も終了。 秘密の会談の時間がやってきた。 「お疲れさま。今日も疲れたな」 「…………うん…」 「じゃあ、行こうか?」 「………………」 そう促してみるも、黙って頷くだけ。 柏原のその表情はやけに真剣。 というか、どこか怒っている風にも見て取れる。 「……お邪魔します…」 「初めてきたわけでもないし、どっか適当に座ってくれればいいから」 「うん……」 「何か飲み物はいるかい?」 「平気。大丈夫だから…」 「そう。それなら、喉が渇いたときにでも言ってくれ」 「それで、話があるってことだけど、どういうことか教えてくれないか?」 柏原が腰掛けたのを見計らって、本題に入る。 「………………ふぅ…」 「…………ねぇ、桜井君……」 「……さっきのって、一体、どういうつもりなの?」 「ごめん。『さっきの』っていうのが、何か分からないんだけど…」 「さっき、うちの学園の子をナンパしてたじゃない。たぶん、同じ学年だよね…?」 「あ〜、そのことか…」 「……それだけじゃない。こないだもお店の前で……」 「ああやって、お客さんやお店の女の子に声をかけて、口説こうとして……」 「……あれって、当て付けのつもりなの……?」 こうして詰問される形で、柏原との対話は始まった。 「当て付けって、誰に? もしかして、柏原にってことか?」 「……そうよ。だから、その事実を確認しに来たんじゃない…」 「いやぁ、俺としてはそんなつもり、全くなかったんだけどな…」 「……でも、実際にはそうとしか思えない…」 「そうじゃないと、理屈が合わないもの……」 「結果的に当て付けのように感じたっていうんなら、こっちも謝るよ……」 「けどさ……何も大層な理由やら理屈があって、そうなったってわけじゃないと思うぞ?」 「……だったら、今まで私にしてくれたことって、一体何だったの?」 怒気を強めて、さらにキツめに尋ねてくる。 「うちの同好会のインタビューを受けるって言ってくれたり…」 「写真撮影のバイトを手伝ってくれたり…」 「ここで髪型をアレンジしてもらったり、桜井君にキスされそうになったり…」 「店長の指示でアイドルみたいに歌って踊ったりした時も、すぐ側にいてくれた…」 「……こないだなんて、一緒にプールに行ったりもしたよね…?」 「ああ、そうだな…」 「今振り返ってみると、柏原と一緒にいる時間って、思ってたよりも多かったんだな…」 「……それでも、桜井君の思い通りにはいかなかった…」 「それでも、私が桜井君になびかなかったから、今日もあんなことしてたっていうの?」 「あのさ、柏原。前にも言ったと思うけどさ……」 「柏原は自分ってのをしっかりと持ってて、自分のやりたいこともちゃんと見据えてる。その上で、毎日を過ごしている」 「まぁ、強引に詰め寄られたり、突発的な形で追い込まれるのには、どうにも弱いみたいだけど」 「でも、俺なんかが何度口説いたところで、あっさりと引っかかるような、そういう奴じゃないだろ?」 「だったら何? それがどうしたっていうの?」 「俺さ……ずっと一人だから、夜とかどうしようもなく、寂しくなったりするんだ…」 「それでなんともいえない気持ちになって、誰かしら人のいるところに出かけて……」 「そうすると、余計に寂しい気分になったりして、もっと近くのことを感じたくなるんだ…」 「だから、一人になりたくなくて、女の子に声をかけてるんだ」 「そうやって、今までずっと、色んな女の子を取っ替え引っ替えしてきたっていうの?」 「ちゃんとした彼女とか、決まった相手もいなかったし、自然とそうなるかな」 「そんなことばかりしてるから、『スケコマシ』なんて言われるんじゃない…」 「でも、俺のそういう性分って、柏原には関係ないだろ?」 「何で『関係ない』だなんて、そんなこと言うのよっ!!」 さっきの一言で、ついに堪忍袋の緒が切れたのか。 立ち上がった柏原が俺を睨み付けて、激しく非難してくる。 「私が今までどんな気持ちだったのか、何も知らずにいたくせにっ! 知ろうともしなかったくせにっ!!」 「……あのさ、柏原。俺が何か不快なことをしたって言うなら、ちゃんと謝罪するよ…」 「だから、どういうことか説明してくれないか?」 「謝って欲しいだなんて、私は一言も頼んでないっ!!」 「そんな言葉が聞きたいんじゃないっ!!」 「ずっとイライラしてたっ! 腹が立っていたのよっ! 君にもっ! 自分にもっ!!」 「他の女の子に声かけてるのを見てると、いつもイライラしてたっ! すごくイライラしてたっ!!」 「私以外の女の子と一緒にいて、楽しそうにしてると、どうしようもなく、腹が立ってたまらなかった!!」 「そこにいるのが自分じゃないのがもどかしくてっ! 寂しくてっ! 悔しかったっ!」 「ずっと胸が苦しくて、息も詰まりそうで、本当につらかったっ!!」 「……なぁ、柏原、いつからだ? いつから、そうだったんだ?」 俺の知らないところで、育っていたもの。 俺のせいで、ずっと我慢してきたもの。 それらを全部、今この場で吐き出して欲しかった。 「今だって、ずっと胸の奥が苦しいのっ!」 「桜井君が私じゃなくて、他の子に笑いかけてるのが、本当にイヤでたまらないのっ!」 「ずっと私にだけ優しくしてほしいっ! ずっと私のそばにいてほしいって、そう思わずにはいられないのっ!」 「……そっか。俺のこと、好きになってくれてたんだな…」 どこか遠慮がちで、自分から感情を真っ直ぐに出すことが苦手だった柏原。 そんな彼女が今、目の前で涙を浮かべながら、こうしてストレートなまでに気持ちをぶつけてきてくれている。 それが俺には、どうしようもなく嬉しかった。 「そうよっ! 自分でもいつの間にか、そうなってたっ! どうしても嫌いになんてなれなかったっ! 悪いっ?」 「私だって、桜井君のこと意識してただなんて、思いたくもなかったっ! 認めたくなんてなかったっ!」 「でも、どんなに自分で否定しようとしても、忘れようとしても、どうにもならなかったっ!」 「だって、その時には自分の本当の気持ちに気付いてたんだものっ!!」 「それを今さらなかったことになって、できるわけないじゃないっ!!」 「おい、柏原……」 さらには駆け寄った勢いで胸ぐらを掴まれて、そのまま床に押し倒された。 「自分でも、どうしたらいいのか分からないわよっ!!」 「なんでこんなことしなきゃいけないのか……こんな気持ちにならなきゃいけないのか…」 「こんな形で伝えなきゃいけなかったのか、全然分からないのよぉっ!!」 「……だから、どうすればいいのか、教えてよぉっ!!」 「……柏原…」 「教えてってばぁっ……桜井君の……ばかぁ……ううっ…」 そして、ついには泣きベソをかきながら、俺の胸を力なく叩いてくる。 行き場のない自分の気持ちに対して、返事を求めてきていた。 「ありがとな、柏原……」 「やっと、ありのままの自分の本心ってやつを、ぶつけてくれたんだな……」 「んんっ…! んっ…! んふぁ…!」 だから俺は、言葉で伝える前に、まずは行動で示してみせた。 強引に塞いだ唇を離した直後、少し息苦しそうにした柏原が非難の目で訴えてくる。 「なぁ、柏原。今伝えてくれた、柏原の気持ちなんだけどさ?」 「こういう形での返事じゃ、ダメだったかな?」 「えっ!? それって……!?」 「……なんていうか、俺みたいなちゃらんぽらんな奴が相手だと、きっと苦労ばっかりさせるかもしれないけどさ…」 「もしそれでも良ければ、これからよろしく頼むよ…」 「でも、どうして…? 本当に、私なんかでいいの…?」 「……いやぁ、お恥ずかしい話、ここまで激しく、誰かに好きになってもらったことなんて、今までなかったからさ」 「だからきっと、柏原と一緒なら、俺はもう一人にならないで済む気がするんだ」 「そういう理由じゃ、納得してもらえないかな?」 「ううん……桜井君らしいと思うよ。嬉しいのもあるけど、何か安心しちゃった……」 「そっか。やっと落ち着いて、いつもの柏原に戻ってくれたみたいだな」 「というわけでさ、できれば、身体を離してもらえると、助かるんだけど…」 「えっ…………………………………………あぁっ!?」 この一言で、やっと気付いてくれたらしい。 馬乗りになった俺の上から慌てて離れると、やたらと謝りまくってきた。 「まぁ、個人的にはおいしいシチュエーションなんだけど」 「晴れて彼氏彼女になった次の瞬間に……ってのも、がっつき過ぎな気もするしさ」 「そうそう、たとえ恋人同士でも、『スケコマシのたっくん』には、注意しないといけないからな」 「でも、彼氏彼女で……恋人…………えへへ…」 「それで、俺の彼女に、折り入って頼みがあるんだけどさ?」 「う、うん……何かな?」 「とりあえず、連絡先、教えてくれない?」 「彼女なのに携帯の番号もメアドも知らないって、さすがに間抜け過ぎるだろ」 「だよな。そもそも、プールに行くときにでも確認しておけばよかったんだ」 「……桜井君も、意外と抜けてるところがあるんだね。なんだかおかしくなってきちゃった」 「これじゃあ、あまり誰かさんのこと、言えないよな。ははっ」 「うふふっ。そうだね。まったくもって、その通りだよねっ」 お互いにどこか気恥ずかしさもある。 それでも、照れ隠しのように笑い合って、さっきまでのことも笑い話にしていく。 こうして、俺と柏原は恋人として、正式に交際を始めることになるのだった。 「おーい、美衣。遅いから迎えに来たぞ」 「……って、美衣先輩のこと、名前で呼び捨てにっ!?」 美衣との交際が始まって数日後……。 同好会の部屋に顔を出した途端、桜坂が目を見開いてびっくり仰天。 この反応を見ただけで、まだ説明してないのが丸分かりだった。 「私の聞き間違いですかねぇ? 桜井先輩が美衣先輩のこと、名字じゃなくて、下の名前で呼び捨てにしてたような…」 「いいや、聞き間違いでも、空耳でもないからな。なぁ、美衣?」 「うん。そうだよ、けーこちゃん。たくみの言う通りだからね……」 「今度は美衣先輩まで、桜井先輩のこと、名前で呼び捨てにっ!?」 「今日、お財布忘れて、お昼抜きになったから、それで空腹のあまり、こんな幻聴が……!?」 「桜坂、それはいくらなんでも、あんまりだろ…」 「あと、昼飯代くらい、友だちに借りとけよ……」 先輩への敬意のかけらもない、残念なコメント。 ついでにどうでもいい、本日の桜坂情報(かわいらしい腹の音含む)だった。 「けーこちゃん、今のも幻聴なんかじゃないよ?」 「私はちゃんと彼のこと、『たくみ』って呼んだからね?」 「おーっ……分かりやすい反応だなぁ…」 「あははっ……実はこのたび、彼と付き合うことになりまして…」 「右に同じく」 「わかった、わかった。これから話すから、落ち着けよ」 「けーこちゃん、ちょっと興奮し過ぎだから…」 「単に腹が減ってるだけじゃないのか?」 「じゃあ、ほらっ……買い置きのおかし、あげるから……ねっ?」 「そういうわけで……かくかくしかじかでな…」 「でな? 実はこれには続きがあってだな…」 「もちろんさ。俺はそれなりに空気を読める男だ。安心してくれ」 「そう言われた途端、無性に不安になってくるのは、何でだろうね…?」 「まぁ、そう言うなって」 事前に美衣からの指摘も入ったことだし。 ここは一つ、笑い話として、あのことを聞かせてやろう。 そうして付き合うようになってすぐのこと……。 「ってなわけでさ、今からお互いの呼び方を変えておかないか?」 「それはその……下の名前とかでってこと?」 「そういうこと。いつまで経っても、名字で呼び合うのも、何だか味気ない感じがするだろ?」 「だから、タイミングを逃さないうちに、もっと親しい呼び方にしておきたいなって思うんだ」 「うん。そういうことなら、私も賛成かな」 「ちゃんと節度を保った、真面目なお付き合いじゃないと、ダメだからねっ?」 こういうことに慣れてないからこそ、ということなのだろう。 どこか肩に力が入っているみたいで、その様子が何ともかわいかったりする。 「もちろん、分かってますとも」 「本当にっ? それなら、どういうことか言ってみて?」 「初指名の時のお触りは禁止。本指名にして、もっと親しくなってからならOK。これで間違いないよな?」 「お触りって……私はそういうお店の女の子じゃないよっ! あとお店に行くのもダメっ!」 「分かったよ。これからはお触りのないところにするから」 「だからっ! そういうお店全般に行くのがダメなのっ!」 「そもそもっ、私がいるんだから、その手のお店に行く必要なんかないでしょっ!」 「仕方ないなぁ。まったく、うちの彼女はお堅いんだから」 「ほら、今はお互いを名前で呼び合う話だったでしょ? 話を脱線させないのっ!」 「はーい」 そんなわけで、気を取り直して、本題に戻ることになった。 「じゃあ、試しに呼び合ってみるか」 「そ、そだね…」 「まずは俺からな。えっと…美衣」 「あはは……急に名前で呼ぶのって、何だか恥ずかしいね……」 「そうか? 俺は割とすんなり呼べたけどな」 「それは君がスケコマシだからでしょぉ…」 「普通はもっと、照れたり、気恥ずかしかったりするものなのっ……」 「なるほどなぁ。そういうものなのか」 俺の方は問題なく、美衣のことを名前で呼べている。 ただ、肝心の美衣は恥ずかしくなって、うまく呼べないとのことだ。 「だったら、愛称とかの方がいいか?」 「ん〜……どうだろう? ちなみに愛称だったら、どう呼び合うつもり?」 「そうだなぁ……みーちゃん、とか、たっくん、とか?」 「ううっ……子供っぽくて、余計に恥ずかしい……」 「それなら、名前で呼び合うしかないな」 「そ、そうだね。どうしても、そうなっちゃうよね……」 「それじゃ、もう一回練習してみよう」 「うん……」 「美衣」 「や、やっぱり恥ずかしいっ……!!」 「急に名前で呼ぶだなんて、無理ぃっ……!!」 赤くなった顔で、美衣が泣きを入れてくる。 これはもしかしたら、荒療治が必要かもしれない。 「じ、次回までの宿題にさせてぇっ!」 「おっと、その手には乗らないぞ」 「お願いだから、勘弁してぇっ!」 「いいや、ダメだぞ、美衣。恥ずかしいからって、この場から逃げだそうとしても、そうもいかないな」 「今ここで宿題にして、ズルズルと先延ばしにしたら、余計に俺の名前を呼ぶのが恥ずかしくなってくるんじゃないか?」 「うっ……それは…」 「そうなったら、この先、名前で呼び合う機会を本当に逃しかねない」 「美衣は本当にそれでいいのか?」 「よ、よくないです……」 「なら、このまま続けるよな?」 「でも……まだ、恥ずかしいのに慣れないんだけど…」 「仕方ないな。じゃあ、俺のこと、名前で呼べなかったら、罰ゲームな?」 「えっ……罰ゲームって、どんなやつなの…?」 「名前で呼ぶのを失敗する度に、美衣に熱烈なキスをします」 「ちょ、ちょっとそれは、さすがに恥ずかしすぎるってばぁ…!」 「そういうことだから、今から開始な」 美衣が逃げないよう、その肩を抱き寄せる。 そして、少しずつ顔を近付けていく。 「美衣……」 「ほら、早く言わないと、本当に激しいのをすることになるぞ」 「だからって、急には呼べないってばぁ!」 「よし、分かった。そんなにキスしたいなら、大奮発だ!」 「……な、何をする気なのよぉっ!?」 「美衣も俺の名前を呼んで拒否しないってことは、普通にキスするのだけじゃ、物足りないってことだろうからな」 「だから、口ではむはむしたり、舌同士でれろれろするのも追加だ」 「初めてキスしたばかりなのに、こんなムードもない状況で、もっと濃厚なのをするのなんて、絶対にイヤぁあぁぁ〜〜〜〜っ!!」 「そこまでイヤなら、言えるよな? 呼んでくれるよな?」 「ううっ……」 「さぁ美衣、早く俺の名前を呼ぶんだ」 「…………た、たくっ……たっ…!」 「………………たくみ…っ…」 「やっと呼んでくれたな。美衣も俺の名前、ちゃんと呼べるじゃないか」 ちょっぴりむずがゆいけど、恋人から名前を呼んでもらえるのは嬉しいものだ。 多少無理をしたのは反省だが、荒療治がうまくいって良かった。 「た、たくみ……あのっ…」 「ん? 美衣、どうしたんだ?」 「あのね? …………さっきから、すっごい顔が近いんだけど……」 「そりゃそうさ。ここまで近付いて、やっと俺の名前を呼んだんだから…」 「……でも、ここまで近いと、もうキス…できちゃうよ……」 「けど、美衣の言うところのムードってのは、結構出てきてるんじゃないか?」 「ううぅっ……それは…そのぉ……」 「じゃあ、これからキスしても、構わないってことだよな?」 「えっ? あんなに念押してたから、言えってことなんだとばかり…」 「う〜ん……初々しいエピソードとしては、ちょうどよかったと思ったんだけどな。ダメだったか…」 「だろっ?」 「ちょっと……もうっ、やめてよぉ……」 「ほら、ご覧の通りだ」 「もぉ〜っ! だから言わないでほしかったのにぃ〜っ……ばかぁ…」 恥ずかしさのあまり、真っ赤になった顔を両手で覆って、机に突っ伏してしまった。 「そのぉ……ちなみにその後、美衣先輩とは……本当にしちゃったんですか?」 「……桜坂、知りたいか?」 「…………ごくりっ。は、はいっ…」 そんなわけで、真相については藪の中。 ここから先は美衣が恥ずかしさに悶え過ぎて、力尽きてしまいかねない。 なので、詳細は控えておきたい。 「ううっ……もうっ、たくみのばかぁ…っ……」 「肝に銘じておくよ。そんなことにならないように」 「もし、本当にそんなことしたら、いっぱい覚悟してもらいますっ!」 「うちの同好会の新聞で先輩を非難する記事を写真付きでたくさん載せて……」 「学園内はもちろん、商店街や繁華街の方にも、いっぱい配り回りますからねっ!」 「そいつはなんとも、おっかないな……」 「でも、それにしたって、何だかどこに行っても、同じようなこと言われるな……」 「あれれっ? そうなんですかぁ?」 「ああ、そうなんだよ。さっきだってさぁ……」 「な、なん…だと…!」 「まさか……柏原さんが桜井なんかと付き合うことになったなんて……!」 「こんなハナクソとどっこどっこいな、最低なチ○カス野郎なんぞと……!」 「……おいおい。お前ら、言いたい放題だな…」 「あ、あはは……結構大事になってるような……」 「柏原さん、しっかりねっ!」 「委員長、何かあったら、すぐ私たちに相談するのよっ!」 「そしたら、みんなで桜井君をとっちめて、屋上から吊し上げるからねっ!」 「その手のことなら任せてっ!」 「うちの彼氏、登山部とボーイスカウトやってるから、ロープの扱いなら、お手のものだからっ!」 「このクラスには俺の味方はいないのか……」 (っていうか、美衣って何気にクラスメイトたちから慕われてたんだなぁ……) 勝手知ったる我が教室のはずなのに、完全にアウェーな空気だった。 「そういうわけだから、柏原さんを泣かせたら許さんからなっ!!」 「ってな具合に、散々な言われようだったんだぞ、俺だけ」 「そうだよねぇ」 俺の主張、いとも簡単に否定されてしまいました。 「ありがとう、けーこちゃん」 「いえいえっ、どういたしましてっ!」 「ありがとな、けーこちゃん」 「というわけなんです」 「ふ〜ん、なるほどな〜」 「それで最近、柏原の様子がどこかおかしかったのか。これで合点がいったな」 「私、そんなにおかしかったですか?」 「気付いてないのは、本人だけってな」 「あはは……」 そんな具合で、今度はドラゴンバーガーで美衣との交際の件を報告しているところだ。 というか、勘付かれて問いただされたので、正直に答えた。 そうしたら、店内のクルーが全員集合の有様だったりする。 「まぁ、とりあえずだ。二人とも。おめでとさん」 「せいぜい、店に悪影響が出ないレベルで頑張ってくれや」 「そこのスケコマシ野郎の彼女ってのは、なかなか大変だろうからな」 「ってことだ、野郎ども! この色ボケどもを祝福してやれっ!」 「桜井、くたばれっ!」 「たくみ、チ○コもげろっ!」 「いっそお前の家に、野郎みんなでカチコミじゃあーーっ!!」 「柏原さん、苦労が絶えないと思うけど、頑張ってねっ!」 「桜井君が浮気したら教えてね。みんなでとっ捕まえて、去勢しちゃうからっ!」 「ここでもまた、同じ展開なのか……」 「ねえ、店長。こいつら、俺を祝福する気だけ、ゼロなんですけど……」 「まぁ、日頃の行いの差だな。ざまあみろ」 「あはは……皆さん、ありがとうございます…」 そんなこんなで、実際に交際が始まると、二人で一緒にいる時間が多くなった。 「ねぇ、たくみ。ハンドクリームなんだけど、こっちのハーブ配合のと、アロエエキスのやつ、どっちがいいかな?」 「どっちでもいいんじゃないか? 匂いが違うだけで、効き目は大差ないんだろ?」 「よくないよっ。人によっては、肌に合わない場合とかだって、結構あるんだからっ」 「へぇ、そういうものなのか」 「もちろんですっ。肌荒れの予防で使って、余計に荒れるようなことになったら、意味がないでしょ?」 「なるほどね。勉強になります」 ちなみに今日は美衣に付き添って、お買い物デート中だ。 「たくみだって、例外じゃないんだよ?」 「バイト中、キッチンで食べ物を調理したり、管理したりするんだから」 「それで油がはねたりすることも、洗い物が出ることだってあるじゃない」 「ああ、言われてみれば、確かにそうだな」 「そういうこと。だから、たくみもたまにはケアしといた方がいいよ?」 「そうだな。俺も試しに1つ、買ってみるかね」 「だったら、この2つ、一緒に買わない? お互いに肌に合わないようなら、取り替えっこできるし」 「何だかんだで、どっちも使えるしな」 「あはは……分かった?」 「まぁね。美衣も意外とちゃっかりしてるなぁ」 「でも、日頃の手入れが大事なのは、女子も男子も変わらないでしょ」 交際を始めてから、改めて分かったことがある。 俺がだらしないこともあるが、彼女は面倒見が良いのだ。 何かに付けて、俺のこともしっかりと気遣ってくれる。 「じゃあ、これ買ってくるから。代金の半分は後でいいから、ちょっとだけ待っててね」 「了解。ここにいるよ」 「とは言ったものの、レジも混んでるみたいだし、どうするかな…」 「ふぅ〜ん。そうなんだぁ〜っ♪」 「そうそう。お姉さんみたいに髪の綺麗な人なら、きっとストレートパーマは似合うと思うんだ」 「どうしようかしらぁ。でも、費用もそれなりに高いんでしょう?」 「やたらとオシャレな美容院ならともかく、うちはただの理容室だから、そう金額もかからないよ」 「もしよかったら、お茶でもしながら、色々と話さない? 相談に乗るからさ」 「たくみ、お待たせ〜っ…」 「……あれっ? ここで待ってるはずなのに、いないんだけど…」 「う〜ん……もしかして、トイレかな?」 「そうねぇ。キミみたいなかわいい子がやってくれるんなら、考えてもいいかしらぁ?」 「もちろん、喜んで担当させてもらうよ」 「これでも店を手伝ってたりもしたから、ヘタなインターンに任せるよりかは、綺麗に仕上げてみせるからさ」 「そこまで言うなら、少しだけ、そこのカフェで相談に乗ってもらおうかしらぁ?」 「あっ、美衣……」 「すみません。私の連れが大変失礼いたしました……」 「こちらに構わず、どうぞ、お買い物を続けてください……」 「あらぁ、そう? 彼女がいるのに声をかけてきちゃうなんて、イケナイ子ねぇ。うふふっ♪」 「痛いって! 分かったから、あんまり強く耳を引っ張らないでくれっ……」 せっかく、綺麗なお姉さんとお近づきになれそうだったのに。 急に合流してきた美衣に阻止されて、引きはがされてしまった。 「いやぁ、あんまりヒマなものだったから、つい出来心で……」 「デート中なんだから、出来心でも他の女の人に声かけたらダメでしょっ!」 「しかも、何で私とハンドクリーム見てた時よりも楽しそうにしてるのっ!」 「そうか? 俺としても、そんなつもりはなかったけど…」 「あんな綺麗な美人さんを口説いてたんだものっ! 鼻の下もしっかり伸びてましたっ!」 美衣と付き合ってみて、分かったことがもう1つある。 それは意外にも、彼女が割とヤキモチ焼きらしいということだ。 「まったくもうっ! ちょっと目を離しただけで、すぐにこうなるんだから……」 「だから、しばらくの間、こうしてるからねっ!」 「ん? 何で俺の手を握ってるんだ? 手を繋ぎたかったのか?」 「こうやって手でも繋いでないと、またフラっといなくなって、どこかでナンパしちゃうでしょっ!」 「でも、少し顔が赤いぞ? そんなに怒ってるのか?」 「いいからっ、早く買い物の続きにいくよっ!」 「悪かったよ、美衣。お詫びに後で、いつものあの店のパフェおごるから、それで機嫌直してくれよ…」 「季節限定、春のプレミアムジャンボミルクパフェっ!」 「あとカモミールティーとのセットじゃないと、さっきのことは許してあげないんだからねっ!」 まぁ、こんな形で何だかんだと尻に敷かれながら。 俺と美衣の交際は順調に進んでいたりする。 「今日は助かっちゃった。ありがとね、たくみ」 「まさか、こんな時間まで、買い物に付き合わされるとは思わなかったな…」 「俺はてっきり、パフェを食べたら、そのまま帰るものとばかり…」 「ふっふ〜ん。女子のお買い物を軽く見るから、そうなるんだよっ」 「男の子にとっては、ただの用事かもしれないけど、女子にとってのショッピングは、それ自体がちょっとした楽しみなんだからっ」 「次からは一緒に、めいっぱい楽しむくらいの気持ちでいてくれなきゃねっ?」 「……俺もウインドウショッピングの達人になれるよう、心しておくよ…」 そして今は、二人で一緒に夕飯の買い出し中。 ちなみにシンデレラでの出来事以降、移動中はずっと手を繋いだままだ。 でも、それを指摘すると怒られるので、いまだに理由が確認できずにいる。 「でも、ハンドクリーム以外の化粧品までたくさん買ってたけど、日頃からそんなに使うものなのか?」 「ううん。違うよ。今日買ったのは、普段使ってるやつの買い置きと、三好春菜用だから」 「そんなに気に入ったのか? 店のイメージアイドル活動ってのが」 「そういうわけじゃないけど、また近いうちに、『三好春菜』として、店の宣伝をやることになりそうなんだもの…」 「それが分かってるなら、事前に入念な準備をしとかなきゃっ」 「ずいぶんと前向きになったな。以前は相当に嫌がってたくせに」 「だって、たくみがいる時かもしれないんだもの。適当なメイクじゃ恥ずかしいじゃない…」 「……それに、かわいい格好した私も、ちゃんと見てほしいっていうか……」 「あと、一度吹っ切ってやってみたら、結構楽しかったから……またやってみるのもアリかなって思っただけだし……」 どこか口ごもりながら、美衣が言い訳じみたことをつぶやく。 自分の興味のあることくらい、変に我慢する必要もないと思うのだけど。 そういう控えめな面は、人間そう簡単には変えられないみたいだ。 「いいんじゃないか? バイトの一環として楽しめそうなら、何よりだと思うぞ」 「俺も美衣が今よりもっとかわいくなってくれるなら、眼福だしな」 「もうっ……相変わらず、口がうまいんだから……」 「でも、たくみがそう思ってくれるのは、私も嬉しいかなっ……」 「おっ……揚げ物の良い匂いがするな。今日は買い物で疲れたし、コロッケでも買って帰らないか?」 「そうだね。パフェも食べたから、カロリーがちょっと怖いけど、たまにはいっか…」 「なら、向こうの店に行こう。顔見知りが働いてるんだ」 繋いだ手を軽く引いて、お目当ての店に向かう。 「お姉さん、こんにちは」 「あっ……」 (この人って確か、プールの時にたくみが誘ってた、総菜屋さんの……) 「こんにちは、たっくん。今日はウチの店に買いに来てくれたのね」 「あらっ? それにしても、女の子と手なんか繋いじゃって、どうしたの?」 「俺の彼女なんですけど、目を離すとすぐに他の子を口説くからって、それでこうなっちゃって」 「べ、別にそこまで言わないでもいいでしょっ…」 立ち寄った総菜屋。 そこで店のお姉さん(だいぶ妙齢、亭主持ち)に指摘されると、美衣がどこか困ったような表情を浮かべて、頬を少し赤くしていた。 「そう……たっくんにもやっと、ちゃんとした彼女ができたのね……」 「彼女ができたくらいで、そんなにしんみりされても……」 「よーしっ! 今日は特別サービスだよっ! メンチカツとコロッケ、二つずつサービスしちゃうからねっ!」 「二人で仲良く、晩ご飯に食べるんだよっ! いいわねっ?」 「あざーっす」 「あはは……ありがとうございます…」 「ポテトサラダ、テーブルに置いておくぞ」 「うん。こっちもお味噌汁できたから、お椀によそって持っていくね」 「メンチカツとコロッケ、あとさっき千切りにしたキャベツ、皿に盛っておいた」 「ご飯もよそったから、たくみの分、持っていってもらえる?」 「はいよ。先に座ってるからな。ついでにお茶も淹れとくぞ」 「ありがと。私も自分のよそったし、もう食べれるかな」 「これで全部準備できたし、食べよっか?」 「じゃあ、はいっ」 「いただきます」 「いただきます」 さっき商店街で夕飯の買い出しをしていた理由がこれだ。 恋人同士になって以来、俺たちは二人で夕飯を食べることが多くなっていた。 美衣が言うところの、俺の『寂しんぼ徘徊癖&ナンパ癖』とやらを治すためだとか。 「こうやって誰かと食べるのって、やっぱりいいもんだよな」 「でしょ? そう思うなら、これからも健全な生活をしていかなきゃ」 「けど、一人の時はどうしても、作るのが面倒になるんだよなぁ…」 「たくみがそんなことばかり言うから、こうして、一緒に晩ごはんを食べる時間を作ってるんでしょ?」 「その点には、すごい感謝してるよ。本当にありがとな」 「素直にお礼を言われると、それはそれで何か落ち着かないなぁ…」 「すいませんね、普段はひねくれてて」 「あははっ。ごめんごめん。ちゃんと謝るから、拗ねないでぇ」 たわいない雑談を交わしながら、二人だけでの食事に華を咲かせていく。 たったこれだけのことで、俺たちは穏やかな気持ちでいることができた。 そうして夕飯も終わり、二人で一緒に洗い物を片付けた後。 「ごめんね。いつも送ってもらっちゃって…」 「気にしないでいいさ。俺が好きでやってることなんだから」 「実際、夜も遅くなってきてるしな」 「一緒に晩飯する時間を取ってもらってるんだ。せめて、これくらいはさせてくれ」 「そっかぁ。それなら、これからもたっぷり、その好意に甘えちゃおうかな?」 いつものように、俺は美衣を家の近くまで送ってきていた。 まだ家にはお呼ばれされてないけど、きっと時間の問題だろう。 自分の彼女の部屋がどんな風になっているのか、今から楽しみだ。 「ついでにもう1つ、甘えてみてもいい?」 「俺にできることだったら、別に構わないぞ」 「また今度、買い物に付き合ってほしいんだけど?」 「今日は化粧品とかがメインだったけど、次はお洋服を色々と見に行きたいの」 「……了解だ。俺も色々と気を付けつつ、楽しめるように努力するよ…」 「ありがとっ。今度は私がタルトとセットのコーヒー、ごちそうするねっ」 「じゃあ、そろそろ行くね?」 「ああ、気を付けて帰れよ」 「うん。たくみも気を付けて帰ってね?」 次のデートの約束を済ませると、両目をつぶって、唇をかわいらしくつきだしてくる。 そして、二人の間で定番になった、別れ際のキスをそっと交わす。 「……ちゅっ…」 「……えへへっ♪ それじゃあ、また明日ねっ♪」 特別な派手さはないが、自分たちのペースでゆっくりと、一緒の時間を過ごしていける。 きっとこういうのが、『幸せ』とかいうやつなのかもしれない。 少しずつ遠ざかっていく彼女の背を見送りながら、俺は自然とそんなことを考えていた。 「ほら、全員席に着け! 授業を始めるぞ!」 「……………………」 (……珍しいな。美衣のやつ、今日は遅刻でもしてるのか…) (……ホームルームはおろか、授業にも間に合ってないみたいだけど、どうしたんだろ…) この日の朝、何故か美衣は学園に来なかった。 ただ、一限目の後の休み時間。 マナーモードにしていた携帯をそれとなく確認したら、メールの着信が一件。 そこに答えがあった。 『たくみへ』 『ごめんなさい。ちょっと用事で休みます。美衣』 (……なるほどね。それで見かけなかったのか…) 『了解。ちなみに明日は学園に来れそうか?』 『顔が見られないのは、少し寂しい』 美衣からのメールに返信をした後。 ものの一分も経たないうちにだ。 「……早いな。もう返信が来た…」 『ごめんね。明後日くらいになったら、また学園に行けると思います』 『だから、心配しないでください』 『あと、私がいないからって、また夜に出歩かないようにっ!』 「……2日くらい休む用事って、一体何なんだ…?」 「そういうわけでさ、今日、美衣が学園に来なかったんだよ……」 「来るのは明後日くらいになるって、メールに書いてあったんだ……」 「……なぁ、これって一体どういうことだと思う?」 「私に聞かれても、何も分かるわけないじゃないですかぁ……」 「つれないなぁ。もうちょっと、何か考えてくれよ。けーこちゃんもさぁ……」 そんなわけで、足を運んだ先は新聞同好会と兼任な写真同好会の部室。 ここでちょうどヒマそうだった桜坂に確認してみたのだが、思うような情報が得られなかった。 「いや、だってさぁ、付き合うようになってから、よく一緒に夕飯を食べてたんだよ?」 「それが今日になって、急に『ちょっと用事で休みます』って、おかしくないか?」 「クラスで委員長なんてやってる、あの生真面目な美衣がだぞ?」 「普通なら、事前に連絡があってもおかしくない気がするんだよ」 「だからって、いちいち私に愚痴んないでくださいよぅ!」 「ただのノロケにしか聞こえないんですからぁ!」 「えっ……俺は別にのろけ話をしに来たわけじゃないんだけどな…」 「まったく、ちょっと美衣先輩に会えないからって、イジけるだなんて……桜井先輩ってば、寂しん坊すぎですっ!」 「だいたい、先輩はスケコマシのくせに、どれだけ美衣先輩大好きっ子さんなんですかっ!」 「大好きっ子さんって……」 ちょっと愚痴ったくらいで、とても不本意な認定をされてしまった。 「どうせ、桜井先輩のことですし……」 「また他の女の子にスケコマシなことでもしようとして、美衣先輩に愛想を尽かされたんじゃないですかぁ?」 「先輩のことですから、思い当たるフシがいっぱいある気もしますけどぉ?」 「いやいや、さすがにそれは………………………………………………あるな……」 「……まぁ、そこそこには…」 「はぁ〜っ……そんなにあるんですか、思い当たるフシ……」 しかも我が身を振り返ってみた結果、後輩に素で呆れられてしまう始末だ。 「これじゃあ、本当に愛想を尽かされても、文句言えないんじゃ……」 「その点については返す言葉もないけど、急にそうなるとは考えられないな…」 「美衣の性格を考えると、まずお説教が来るか、何かしらの話合いがあると思うし…」 「もし、俺が愛想尽かされるにしても、その後の展開しだいのような気がするんだよ……」 「……桜井先輩の口からそういう内容が出てくると、やけに生々しいですよぅ…」 「う〜ん……やっぱり何か怪しいような、気になるような……」 「とは言え、用事でお休みだってことなら、問題ないんじゃないんですか?」 「これが病気とかだったら、私もお見舞いに行きますけどぉ……」 「ん? 桜坂って、美衣の家に行ったことがあるのか?」 「……ということは、あれれぇ〜っ? もしかして……先輩、美衣先輩のお家にお邪魔したことないんですかぁ〜っ?」 「……残念ながらな。正直、桜坂がちょっとうらやましいくらいだ」 「……お見舞いねぇ…」 桜坂がどこかわざとらしく自慢げに。 また、してやったりといった表情をこちらに向けてくる中、俺はこの後のことを考えていた。 「……すまん、桜坂。折り入って頼みがある…」 「……ここでいいんだよな?」 いつも美衣との別れ際に立ち寄る道から、さらに進んで、住宅街の一角。 ごくごく一般的で平凡な一軒家の前に、俺は来ていた。 その家の表札には、『柏原』とあった。 「同じ名字の別の人のお宅って可能性もあるけど、間違ってなければ、この家のはず……」 「……ここで考えてても仕方ないな。行くか…」 「…………ふぅ…」 「それにしても、ヒマだなぁ…」 「こんなことなら、少し無理してでも、学園に行っておけばよかったかも……」 「そうしたら、たくみにも会えたのに…」 「……って、私ったら何考えてるのよ…」 「たった一日か二日くらいでまた会えるのに、これじゃ、私が寂しがり屋みたいじゃない……」 「でも、たくみの方は寂しがってくれてるみたいだし、後でまた、メールでもしてみよっかなぁ…」 「んっ? こんな中途半端な時間に誰だろ? 新聞の集金じゃないよね…?」 「宅配便で荷物が届いたのかもしれないし、一応、出ておいた方がいいのかなぁ…」 「は〜い。今出ますから、待っててくださいね〜っ……」 「……………………」 「……あれっ? もしかして、留守だったりする?」 『……はい、どなたですか…』 (……何だ。出るのに時間かかっただけか。でも、どこかで聞き覚えがあるような…) 「……あの俺、桜井っていいます…」 『……って、たくみっ!?』 「その声とその反応、やっぱり……」 インターホンを押した後、しばらくしてから、応答した声の主。 それは用事で休んでいるはずの美衣だった。 『えっと……あがっていく?』 「そうだな。あまり迷惑にならないようなら」 『うん……そこは大丈夫だと思う…』 『……あと、ちょっとだけ散らかってるかもしれないけど、気にしないでね…』 「見舞いの品、ここに置いておくな」 「う、うん。ありがとね…」 「そこの椅子、使ってもいいから」 「分かった。そうさせてもらうよ」 定番だが、かごに入った果物の詰め合わせを机に置く。 その片隅にはすでに、市販の風邪薬も鎮座していた。 所在なさげにベッドに座る美衣も、どうにもばつが悪いのか、すでに苦笑いだ。 「美衣って、家だと眼鏡してないのか?」 「勝手知ったる我が家だし、テレビを見たり、勉強をしない限りは、そう不便でもないしね」 「なるほどな」 「でも……まさか、急に家に来られるとは思ってもみなかったよ……」 「突然で悪かったよ。ちょっと美衣のこと、気になったからさ」 「それはもういいんだけど……どうして、ここまで来れたの?」 「そもそも、うちがどこにあるか、ちゃんと教えてなかったと思うけど……」 「ああ、それね。桜坂がさ、何度か美衣の家に遊びに行ったことがあるって言ってたから……」 「だから、頭を下げて、頼み込んで教えてもらったんだ」 「……はぁっ。どうせそんなことだろうと思ったよ…」 溜息を吐くと、美衣が呆れたような顔をして納得した。 「個人情報の保護のことがあるから、ドラゴンバーガーの店長からは聞き出せないだろうし…」 「他に教えてくれそうな共通の知り合い、たくみにはいなさそうだしね…」 「あまり友だちがいない、みたいに言われてるような気がするんだけど…」 「あー……それは実際に思ってるかな。日頃の行いがアレなことを考えると…」 「そこはさすがに、はっきりとスケコマシって言っといてくれよ。変にぼかされると、他に何かあるのかと思うだろ?」 「まぁ実際、友人と呼べるような相手も、あまりいないけどな……」 「あはは……これからはそこも改善していかなきゃね…」 「でも、俺も予想外だったよ。用事で休んでるはずの美衣が、普通に家にいたんだからさ?」 「うっ……それは、なんと言いますかぁ……」 「しかもパジャマ姿だし、風邪薬は机に置いてあるし」 「あんまり心配させたくないなぁ……って思って、つい出来心で……」 「……ほら、うちって、仕事の関係でお父さんが海外を飛び回ってることが多いし…」 「やたらと忙しいお父さんを心配して、お母さんも一緒についていっちゃうくらいだし…?」 「そんな事情を話したりなんかしたら、たくみには余計な心配をかけちゃいそうだったから…」 「だから、俺にそのことを隠して、一人で療養してたってことか?」 「う、うん……ごめんなさい…」 「そっか……」 顔を伏せるようにうなだれて、美衣が反省の言葉を口にする。 その上で、彼女のためにも本題に入らないといけない。 「ところでさ、美衣?」 「この部屋って、何気にぬいぐるみやかわいらしい小物がいくつか置いてあるし、やっぱり、女の子の部屋って感じだよな?」 「きゅ、急にどうしたの? そんなこと聞いてきて…」 「まぁまぁ、聞いてくれよ。かわいいものが好きだっていうのは、女の子なら、ごく自然なものってことでいいのか?」 「そうなんじゃないかな。少なくとも、私やけーこちゃんとかはそうだと思うし、その手の話で盛り上がることもあるくらいだから……」 「でも、親御さん不在の中で、体調を崩している時に、そんな部屋に一人っきりでいたら、どうしても不安だったり、寂しかったりしないか?」 「それは、まぁ……」 「じゃあさ、俺から1つ提案があるんだけど、聞いてもらえるか?」 「いいけど……何かな?」 「俺と一緒にいる時は、できるだけ『我慢しない』って約束してくれないか?」 「えっ……それって、どういうこと?」 「あー……言葉が足りなかったな…」 意味を正確に理解できず、きょとんとしている美衣に向けて、話を続ける。 「付き合う前から、なんとなく気付いてたんだけどさ…」 「美衣って、何かと我慢するクセみたいのがあるだろ?」 「……うん。そうだね。それは自分でも自覚してるかな…」 「うまく断れなくて、つい引き受けちゃったり。怒っていい場面なのに、そうしなかったり…」 「ああ。そういう美衣を割と近くで見てきたから、俺も心配だったりするんだ」 「また変に我慢を重ねて、何か抱え込んでさ……その結果、疲れたり、身体を壊したりするんじゃないかってさ?」 「だから、せめて俺と二人っきりでいる時くらいは、何かに我慢したりするのを止めてほしいんだよ」 「今すぐにそうするってのも、無理な話だろうから、これから少しずつ、そうしてほしい」 「たくみ……」 「落ち込んだり、悩んだりしてる時とか、つい弱気になった時にとかさ」 「パフェを食べに行くついでに、なんて名目とかでもいいから、愚痴とか言ってくれていいんだぞ?」 「溜め込んでいたものを我慢せずに全部吐き出して、少しでもいいから、楽になってくれよな」 「なんていうかさ……できるだけ自然体でいられる、そんな美衣でいてほしいからさ」 「…………たくみ……」 「俺が言いたいこと、これで伝わったかな?」 「大丈夫。ちゃんと伝わったよ、たくみの気持ち……」 「……ごめんね、たくみ。変な心配させちゃって…」 「全部は無理かもしれないけど、たまには弱音を吐けるようになるから…」 「そういうことだから、もしこの先、本当につらくなったりした時……」 「もし、たくみが愚痴を聞いてくれたら、私も嬉しいかな…」 「お安いご用だ。むしろ、そういう時こそ、彼女の特権として、有効活用してくれ」 「うん……ありがと、たくみ。これからは、なるべくそうするね」 「実際にどんどんそうしてくれて、構わないからな」 「俺もやたらと気落ちしてる美衣を見るよりも、元気にパフェをやけ食いしてる美衣の方が、見てて落ち着くだろうしさ」 「もうっ……たくみのばかっ……」 「そんなにやけ食いとかしたら、太っちゃうじゃない…」 軽口を叩く俺を非難がましい目で見てくるが、その表情は柔らかく微笑んでいる。 これで少しは楽になってくれたのなら、こちらとしても一安心だ。 「で、肝心な体調の方は大丈夫なのか? 結構話してるけどさ」 「朝にお薬も飲んでるし、今のところはね…」 「そっか。それなら良かった」 「うん……ありがとね…」 「ちなみに素朴な疑問なんだけどさ?」 「うん、なに?」 「今回、美衣はどうして風邪引いたんだ?」 「えっ……」 「最近よく一緒にいたけど、あまりそういう素振り見なかったから、少し気になるんだけど」 「あはは……えっと、それはですねぇ……」 「……笑わないって、約束してくれる?」 自分が体調を崩した理由。 改めてそれを言うのが恥ずかしいのか。 どこか上目遣い気味になって、俺から言質を取ろうとする。 「いいぞ? もし笑ったら、いつもの店で好きなだけパフェをおごるよ」 「……本当? 約束だからね?」 「もちろんだ。お前の彼氏に二言はないぞ」 「……あー、ごめん。今のセリフ、すごく胡散臭いんだけど…」 「確認しといてそれって、ちょっとヒドくない?」 「あははっ。ごめんね。さっきから、たくみがらしくないことばっかり言ってくれてたから、ついね…」 「まぁ、いいけどさ。俺も自分でもその辺り、わかってるし。先に進んでくれ」 「うん……じゃあ、言うね……」 「……あのね? 私たち、最近付き合うようになったでしょ?」 「そうだな。俺もあんな情熱的な逆ギレ、初めて経験したから、忘れられないよ」 「もぉっ……それは言わないでよぉ。自分でも、すごく恥ずかしくなるからぁ……」 「悪い悪い。ほらっ、続けてくれ」 「こほん……そのね…?」 軽い咳払いで一度仕切り直してから、美衣が再び話し出す。 「実は最近……たくみと一緒にいるのが、嬉しくって……」 「それで浮かれて、はしゃいだ結果、風邪ひいちゃって……」 「でも、そんな間抜けな理由だったから、恥ずかしくて言えなかったの…」 「はははっ! それは何とも彼氏冥利に尽きるってもんじゃないかっ!」 「……もうっ。そうやって笑われるって、わかってたから、素直に言えなかったのにぃ……」 「すまんすまん。笑って悪かったって」 「美衣が元気になったら、ちゃんとパフェおごるからさ。それで許してくれよ」 「もうっ……調子良いんだからぁ…」 少し気恥ずかしそうに、理由を述べる美衣も。 ちょっと拗ねてみせる美衣も。 そのどちらも、俺にはとてもかわいくてたまらなかった。 「せめて二回は、おごってもらうからねっ……」 「了解だ。忘れずに覚えておくよ」 「まったく、たくみは…………んっ…」 「……ごめんね。薬の効き目が切れてきたみたい…」 「熱が出てきて、少し気分が悪くなってきちゃった……」 「だから、ちょっと寝るね…」 「悪い。長居しすぎたな。もう帰るよ……」 「……ねぇ、たくみ。もうしばらく、ここにいてくれる…?」 思ったよりも熱が出てきているのか。 どこか力ない声で、俺を引き留めようとする。 「今たくみが帰ったら、ちょっとだけ寂しくなりそうだから……」 「……だから、まだ近くにいてほしいなって……甘えてみたら、ダメかな…?」 「いや、俺もどうせこの後、何もすることないし、問題ないぞ」 「そっか……じゃあ、お願いしてもいい?」 「喜んで。さっそく美衣が弱音を吐いてくれたんだしな」 「……それなら、もう1つだけ……わがまま、言ってもいい?」 「俺にできることであれば、何でも言ってくれ」 「……あのね? 寝てる時に心細くならないように……手、握っててもらえる?」 「いいぞ。しばらくこうしてるから、安心して寝ててくれ」 美衣の手を優しく握ってから、彼女のお願いに答えてみせる。 発熱している影響なのか、普段手を繋いでいる時より、少しだけ体温が高く感じられた。 「……うん。ありがと、たくみ…」 「……それじゃあ、少しの間だけ……おやすみなさい…」 安心したように微笑むと、美衣はベッドに横になって身体を楽にする。 その後、寝息が聞こえてくるのに、そう時間もかからなかった。 それからしばらくして。 「…………すー……すー……」 「…………っ……んっ……」 「おはよう、美衣」 「あれっ、たくみ……あっ……そっかぁ…」 「よく眠れたか?」 「うん。おはよう……」 「……ごめんね。そばにいてもらっちゃって…」 横になったベッドの上で、ふと目を覚ました美衣。 彼女は俺と手を繋いでいることに気付いて、眠る前のやり取りを思い出した様子だ。 「いいさ。風邪で弱っている彼女を放って、勝手に帰る気になんてなれなかったしな」 「でも、たくみが本当にいてくれるとは思わなかった……」 「おいおい。そこはちゃんと信用しといてほしいんだけど…」 「そうだね。ありがとね、たくみ」 「どういたしまして。まぁ、もし途中で帰りたくなったところで、たぶん無理だった気がするから」 「どのみち、こうして一緒にいただろうけどな」 「えっ……帰ろうと思えば、帰れたんじゃないの?」 「そうは言ってもさ……俺、そもそも美衣の家のカギがどこにあるのか、知らないんだよ」 「だからって、玄関のカギを開けっ放しにして、そのまま帰ったら、セキュリティ的にも色々とマズイだろ?」 「体調崩して寝込んでる女の子が一人だけの家で、そういう状態ってのはさ」 「あっ……そうだったよね…」 「寝る時にそばにいてくれる、って言ってくれたから……安心しちゃって、そこまで気が回らなかったよ……」 「ごめんね、たくみ……」 俺に言われて、やっとその考えに至ったらしい。 やっぱり、弱ってる時の寂しさや人恋しさには、敵わなかったのかもしれない。 「別に気にしてないから、そう謝らないでくれるか?」 「俺としては、かわいい彼女の寝顔を独り占めできたから、むしろ結果オーライな感じだったりもするんだ」 「もうっ……ばかっ…」 「そういうことは、言わなくてもいいのっ……」 視線を外してそっぽを向くと、俺への文句をつぶやく。 その表情はどこか気恥ずかしそうで、照れくさそうにも見て取れた。 「けど、実際、かわいかったんだけどな」 「これは単に彼氏だから、そう見えてるだけ、っていうことかもしれないけどさ」 「……またそうやって、からかうんだから……」 「からかってなんかいないさ。割と本気でそう思っただけなんだから」 「…………本当にそう思ってくれてるなら、別にいいけど……」 「でさぁ、美衣。1つ確認してもいいか?」 「家の鍵の場所のこと? それなら後で教えるから……」 「いいや、そういうのじゃなくてだな……」 「……じゃあ、何のこと? はっきり言ってくれないと…分からないよ……」 「それなら言うけどさ、美衣も起きたわけだけど……俺はいつまでこうしてればいいかな?」 「…………あっ…そうだった。寝てる間だけ…って、お願いしてたんだよね……」 俺の指摘に、美衣も改めて思い出すと、名残惜しそうにしながらも、渋々といった体で繋いでいる手を離す。 どうしてだか、ふいに彼女の手のぬくもりがなくなっただけで、少し寂しい気分になった。 「まぁ、あれだ。また繋ぎたくなったら、いつでも言ってくれ」 「うん……そうさせて…もらうね…」 「どうした? まだ調子悪い感じだったりするのか?」 「……そうかも……少し寝たくらいじゃ、すぐには良くならないみたい…」 「困ったなぁ……次に薬を飲むのは…晩ごはんの後じゃないと、ダメなんだけどなぁ……」 短時間の睡眠を取った程度では、熱も下がらないのだろう。 発熱でぼーっとしているのか、表情もどことなく苦しそうだ。 この状態ならたぶん、それなりに発汗もしているのかもしれない。 「なぁ美衣、もしかして…結構、汗かいてたりするんじゃないか…?」 「う〜ん……言われてみれば……パジャマが湿ってて…ちょっとだけ、気持ち悪いかも……」 「それなら、今のうちにシャワーでも浴びてきたらどうだ?」 「何かあっても大丈夫なように、もうしばらく、俺もここにいるからさ」 「……でも、今は起き上がったり……変に動くのもつらいから……夜かなぁ…」 「……夜に薬を飲んで……熱とかが落ち着いてからにした方が…いいような気がする……」 「だったら、せめて、着替えておいたらどうだ?」 「そのままの状態でまた寝たら、身体を冷やして、風邪が悪化するかもしれないし…」 「ん〜っ……そうだねぇ。そうしたいのは…やまやまなんだけど……どうにも身体も…気だるくなってるからなぁ…」 億劫というわけでもないのだろうが。 今の美衣にとっては、着替えること自体も、だいぶ骨が折れることのようだ。 「そういうことなら、仕方ないな……」 「せっかく…気遣ってくれたのに……なんか、ごめんね……」 「まだ熱があるうちには、一人でシャワーを浴びるのも一苦労だろうし……」 「だからと言って、濡れタオルで自分の身体を拭くのも、今はしんどいんだろ?」 「……そうだね。準備もしなきゃいけないし……結構、大変かなぁ…」 「だったら、俺がやるしかないんじゃないか?」 「えっ…………何を…?」 「美衣、用意できたぞ。俺の方はいつでも行ける」 水を張った洗面器とタオルを準備して、ベッドの近くに置く。 「……ど、どうしても……私の身体を拭くの……? 拭かなきゃダメ…なの……?」 「もちろんだ。できることなら、風邪が悪化するなんてことにはなってほしくないしな」 「それに自分で拭くことも厳しいのなら、彼氏の俺がやるしかないじゃないか」 「……だ、だからって……その、ねぇ…?」 「そうは言っても、美衣だって、いつまでも汗を吸ったパジャマでいるわけにもいかないだろ?」 「放っておけば、身体を余計に冷やすことになりかねないし、その分、治るのも遅くなる」 「風邪が続けば、桜坂や学園の同じクラスの連中、それにバイト先の仲間だって心配しはじめると思うけどな」 「うっ……そ、それは……そうだけどぉ……」 美衣の体調を真剣に考えた末、俺は彼女を根気よく説得した。 その結果、ひとまずは汗をかいた身体を拭いて、パジャマを着替えさせてあげる流れになった。 ただ、美衣も渋々といった体で納得はしているが、そこはどうしても、年頃の女の子の気持ちの問題。 緊張気味な表情で俺を見上げていることが、そのことをはっきりと物語っている。 「……付き合ってから、まだ……そんなに経ってないのに……そのぉ…」 「服を脱がしてもらったり……身体を拭いてもらったり…っていうのは……まだ、私にはハードルが高いと…言いますかぁ……」 「……そ、それに…汗をかいた身体を…拭いてもらうってことは……」 「身体を…す、隅々まで見られちゃったりぃ……どこかしら、触られちゃったりするわけでぇ……」 「……そういう…エ、エッチなことに……なりそうなのは……」 「……えっとぉ……学生としても、あまり健全じゃないような気も……するわけでしてぇ……」 「心配する気持ちは分かるけど、俺だって、無理にそういうのをする気はないぞ?」 「もしするとしても、あくまで合意の上での話だからな」 「それに自分の彼女が相手なら、なおさらだ」 「ご、ごめんね……不快な気分にさせたくて、言ったわけじゃないから……」 「それに……たくみが私のためを思って…そう言ってくれてるっていうのも……ちゃんと、分かってはいるんだけど……」 「……だからって、たくみのことを信じてない、ってわけじゃ……ないんだよ?」 「……ただ、それでもやっぱり、心配っていうか、不安っていうか……」 「……つい出来心で、とか……ムラムラしちゃったとか……そういうのになる可能性もあるかもって、気になってるだけで……」 「………………はい、それじゃあ脱がしますから、両手を頭の上に上げて、バンザイしてくださいねー…」 「はいはい。この後に及んでつべこべ言わないで、とっとと脱ぎ脱ぎしましょうね〜っ」 「じゃないと、実力行使でひん剥いて、身体をフキフキしちゃいますよ〜っ」 結局、ひん剥きました。 「ううっ……無理やりに脱がしてくるなんてぇ……」 「もぉっ…………たくみの……ばかぁ……」 「……………………」 羞恥心で頬を赤く染める美衣。 彼女が半ベソに近い状態で恥ずかしがっている様子に、思わずときめいてしまう。 (……さすがにここまでかわいい反応をされると、俺でも自制心がヤバイかも……) 美衣のスタイルの良さはすでに、一緒にプールに行った時、水着姿で確認済みだ。 でも、こうして素肌を完全にさらしているだけで、全然違う。 大きな曲線を描く、張りが良さそうでいて、柔らかそうな丸みを帯びた乳房。 薄桃色をした綺麗な乳輪の上に、頂点として小さく存在する乳首。 これら全体のバランスが整っていて、どうしようもなく視線を奪われてしまう。 「……ううっ……あんまりジロジロ見ないでよぉ……」 「……か、身体を拭いてくれるのは……確かにありがたいけどぉ……」 「……こうやって、脱いでるだけでも……すっごく、恥ずかしいんだからぁ……」 大事な部分を隠しきれないまま、美衣がモジモジと身悶えしている。 こんな様子まで見せられたら、余計にグッときてしまうじゃないか。 「……す、すまん。あんまり綺麗だったから、つい見とれてた…」 「……こんな状況でそんなこと言われても、ちっとも嬉しくないってばぁ…」 「分かったよ。今度はちゃんとした状況になった時に、改めて言うことにするよ」 「……ちゃんとした状況って……どういう状況なのよぉ…」 「まぁまぁ、そのあたりのことについては、元気になったらまた話すから」 「そういうわけだから、今は自分の体調を良くすることだけを考えてくれ」 「変に怒ったりしたら、余計に熱が出てくるかもしれないからさ」 「……まったく、もぉっ……」 なだめながらも、水を張った洗面器にタオルを浸して絞っていく。 これでひとまずは、美衣の身体を拭く準備が整った。 「さてと。準備もできたことだし、そろそろ拭いていくからな」 「念入りに拭いてほしいところがあったら、言ってくれよ」 「う、うん……分かった。じゃあ、お願いします…」 「……でも、エッチなことだけはしないでね…」 「それも分かってるって。汗をかいた身体を綺麗に拭くだけだ。約束するよ」 「ぜ、絶対だからねっ……」 「じゃあ、最初は顔から行くな?」 「うん……目を閉じてるから、終わったら教えて?」 「了解だ。拭いていくぞ」 前髪を片手でそっと持ち上げて、もう片方の手に持ったタオルで、額を拭いていく。 「んっ……少しだけ冷たくて、気持ちいいかも…」 「そりゃ、身体を拭いて、さっぱりしてもらうためにやってるからな」 続けて、眉間や目蓋、鼻に頬、口のあたりを丁寧に拭いていく。 「美衣、顔は終わったぞ」 「ふぅ……ありがとう…」 軽く息を吐くと、美衣が閉じていた目を開いて、礼を言ってきた。 「顔だけで、こんなにさっぱりするとは思わなかったよ……」 「これはお願いして、本当に正解だったかも」 「そうだろ? 汗まみれのままで風邪を悪化させるより、よっぽど健康的だ」 「そんじゃ、お次は首回りを行くからな」 「うん、お願いするね」 「拭きやすいように、少しだけ頭を浮かせてくれるか?」 「こ、これでいいかな?」 枕から軽く頭を浮かせたところで、すかさずタオルで首の後ろをざっと拭いていく。 「もういいぞ。頭下ろして大丈夫だ」 美衣が自分の頭を下ろすと、今度は正面と両サイドをゆっくりと拭く。 「んっ……首を拭いてもらうのも、けっこう気持ちいい感じがするよ…」 「それだけ、汗をかいてたってことじゃないか」 両肩をそれぞれ拭ってから、今度は腕の方だ。 「拭くのにちょっとだけ、持ち上げるからな?」 「うん。でも、二の腕はあんまり触っちゃダメだからねっ?」 「はいよ、了解」 許可を得たので、手首寄りで掴んで軽く持ち上げてから、腕と手を一通り綺麗にしていく。 「んっ……」 「んんっ……んっ……」 そこから続けざまに、脇と脇の下にまでタオルで拭うと、美衣がさっきまでとは違う反応をしてみせた。 「……悪い。少し冷たかったか?」 「……だ、大丈夫。ちょっとだけ、くすぐったかっただけだから……」 「もしかして、脇とか脇の下、弱かったりするのか?」 「んっ……ひ、人並みには……」 「なるほど。それはいいことを聞いたなぁ」 「だからって、わざとくすぐったりしたら、怒るからねっ……」 「安心してくれ。病人にそんなことしないって」 「むぅっ……それって、風邪が治ったら……そのうち、するかもってことだよね?」 「さぁ、どうだろうな。その時になったら考えるよ」 「じゃあ、逆の方もささっと済ませるからな」 もう片方の腕と手を拭くと、今度は逆側の脇とその下に進める。 このあたりを拭いてみて、初めて分かったこと。 それは腕とはまた違う、むにむにとした柔らかさが脇にはあるということだ。 その下の肉付きは薄く、スマートな触り心地もある。 俺にはあまり良さが分からないが、脇フェチの人たちにとっては、この落差もたまらない魅力なのかもしれない。 「んっ……んんっ…」 「はい、美衣の弱点の脇回りが終わったぞ」 「……はぁっ。くすぐったかったぁ…」 「お次は背中を拭くから、横を向いて、こっちに背中出してくれるか」 「こ、こんな感じでいいかな?」 「そうそう。すぐに拭くから、少しの間だけ、そのままでな」 寝返りをうってもらって、背中を向けてもらった。 それから背中全体、だいたい上から腰のあたりまでをささっと拭いていく。 (こうして間近で見ると、美衣って背中も綺麗なんだよな……) (手元にカメラがあれば、記念に1枚撮っておきたいくらいだ……) 薄い肩に、きゅっと引き締まった腰のくびれ。 これらとのバランスもあってか、無防備に向けられているその背には、写真に残したくなるような美しさすら感じてしまう。 (……って、こんなこと考えてるのがバレたら、確実に美衣に怒られかねないぞ……) 「うふふっ。そういえば子供の頃も、お母さんにこうやって背中を拭かれてたっけ……」 「それは褒められてるかどうか、微妙だな……」 「一応、褒めてる方に入るかな」 「そりゃ、どうも」 濡れタオルを一度洗面器に浸す。 次に脇に置いてある濡れていないタオルで、背中に残った水分を軽く拭き取る。 「よしっ。背中も終わったから、もういいぞ」 「……ふうっ。ちょっとだけ疲れたぁ……」 「……そりゃ、そうかもな…」 俺の合図に合わせて、美衣も姿勢を元に戻すのだが。 その拍子に、彼女の大きな胸がぷるんと揺れたところを思いっきり見てしまった。 (生で揺れるのを見ると、これはかなりくるものがあるな……) (って、いかんいかん。ここでヘタにガン見してたら、美衣の信頼を裏切ることになる……) 「んっ? たくみ、どうかしたの?」 「……いや、次はどこを拭こうかと思ってさ…」 自分の動揺を隠すように、洗面器の水に浸していたタオルを絞り直す。 「……こっちもくすぐったいかもしれないけど、少しだけ我慢しててくれよ…」 「う、うん……」 それだけで美衣も察してくれたのか、言葉少なく頷いて、続きを促してくれる。 ここから先は、男にとって最大級の難関だ。 「では、失礼します……」 「んっ……んんっ…」 まず先に鎖骨にタオルを向けていく。 左右の綺麗なラインをそっと拭いていくと、くすぐったがっている彼女の声も、どこか艶めかしく聞こえてきてしまう。 「んんっ……んっ…」 胸元に南下していけば、彼女の反応もより顕著になる。 (……こんなにくすぐったいってことは、ここから先に進んだら、どんなことになるんだよ……) 思わず生唾を呑み込みながら、さらに下へとタオルを進めていくと。 「あっ……んっ……んんぅっ……」 「……………………」 (……こ、これは予想以上に…なんといいますか…) (ヘタに気を抜いたら、この状況だけで変な気分になりそうだ……) 軽めに拭いているだけだというのに、美衣のこの反応。 それにタオル越しですら、乳房の柔らかさが手の中にありありと伝わってきてしまう。 自分の手で直接触ろうものなら、夢中になって揉んでしまいそうなほどに、魅力的な感触だ。 この時ばかりは、彼氏として試されているような、そんな気がしてならない。 「んんぅっ……んふぅ……あっ…あっ…」 「……美衣、くすぐったいのは分かるんだけど、さっきから変な声を出されると、ちょっと……」 (こっちまで変な気分になりそうで、どうにもたまらなくなる……) 「んふぁっ……そ、そうは言われてもっ…んんっ……ぁんっ……」 「……すまない。聞いた俺が悪かったよ…」 「なるべく早く終わらせるから、あともう少しだけ、辛抱しててくれ……」 乳房の柔らかさをなるべく意識しないように心がけつつも、その大きな双丘に満遍なくタオルを移動させていく。 「……あっ、んぁっ……早くぅ……あっ、あっ、ちょっと擦れてぇ……早く終わらせてぇ…」 「んふぁ……あっ、んぁっ……そうしてくれないとっ、っんっ…私……ふわぁっ…わたしぃ…」 「……もうちょっとだからな、美衣…」 (……ここまで色っぽい声出すなんて、どんだけくすぐったがりなんだよ…っ!) 「んんんっ…んんっ……た、たくみぃ……あっ、あっ……や、やだっ……もう我慢できないっ……」 「あと少しで終わるからっ…! よしっ! これで最後だ…っ!」 「んふぁぁっ……もうっ……たくみぃ……」 「ふぅ〜っ……なんとか最大の関門を乗り越えられたな……」 「はぁっ…はぁっ……たくみの……えっちぃ…」 両方の乳房をやっと拭き終わると、タオルを洗面器に放って、ようやく一息つくことができた。 「…………じ〜〜っ……」 「な、なんだよ……」 「……たくみの手つき、ちょっとエッチだった気がするんだけど…」 「……気のせいじゃないか? こっちは綺麗に拭くのに集中してるから、そんな余裕はなかったぞ?」 「……そう? それならいいんだけど……」 さっきまで変な声を漏らしていた美衣も、やっと落ち着いたらしい。 呼吸を整えながら、こちらをいぶかしげに見つめてきていた。 やってることがやってることなだけに、煩悩を乗り越えてなお、試練が待っているような気分にさせられてしまいそうだ。 「こっちはそれよりも、美衣がいちいち変な声を上げるのが気になって仕方なかったんだけど…」 「そ、そんなことなっ、んひゃぁ……あっ、んっ…! んん…っ!」 胸の下、お腹に濡れタオルを当てて拭き始めると、またしても妙に艶めかしい反応。 「あっ、んんっ……たくみ、わざと、っあん…いやらしい感じに、っんんっ…拭いているでしょっ? んぁっ……」 「失礼な。俺は普通に拭いているだけだよ」 「……じゃあ、あっ、何で……っんぅっ……こんな…あっ、ふぁっ…変な気分にぃっ……」 「そう言われても、俺にはどうしようも……」 「単に美衣が、やたらとくすぐったがりなんじゃないか?」 ほどよく引き締まったお腹に、綺麗にくびれた腰回り。 乳房ほどではないが、その感触はずっと触っていたくなるくらいだ。 しかも、美衣がまた艶めかしく反応してしまうせいで、俺の方もどうにも気が気じゃなくなってくる。 「こっ、腰はだめぇぇっ……腰を掴まれたり、お腹も拭かれたら、もっと変な感じになってきちゃうぅっ……」 「だったら、どうしろって言うんだ……」 「これだけ丁寧に拭いているのに、そんな反応されたら、俺はもう…っ!」 「あっ、ひゃうっ! そこダメぇっ! んんっ、お腹の下の方は、っあんっ、もっとダメぇぇぇっ…!」 身悶えするように身体をよじらせて、美衣も逃れようとする。 だが、それでは汗を拭けなくなってしまう。 そのせいで、仕方なく片手で腰を掴んで彼女の動きを押さえつつ、先を進める。 「ほら、じっとしててくれ。くすぐったいのも、もうじき終わるから…っ…」 「やぁぁっ……そ、そんなぁ……あっ、あっ…そんなとこまで、っんんぅ、拭かれちゃったらぁぁっ……」 「あっ、ら、らめぇっ……それ以上は……あっ、やぁあっ、あっ…すごく、変な気分になっちゃうぅっ…!」 「もう終わりだからっ! 頼むから、それ以上は変な感じの声を出さないでくれっ!」 「んんんっ! やぁぁぁっ……らめぇぇぇっ……」 汗をかいた身体を拭いているだけなのに、この始末。 あまりにもエロいものだがら、切実にお願いせざるを得なかった。 おかげで最後の最後まで、変な冷や汗をかくハメになってしまったのは言うまでもない。 「…………はぁ〜っ。や、やっと終わった……」 「はぁ……はぁっ……ふぅっ……ふぅっ……」 「……はぁ〜っ……ふぅ〜っ……ううっ…………た、たくみぃ……」 呼吸も荒く、ときおり吐息を漏らしながら。 どこかうっとりとした表情をして、美衣が俺にささやきかけてくる。 「き、キス……」 「キス……してほしい…」 「そんなにしたいなら、別に構わないけどさ……」 「……くすぐったいのを我慢した、そのご褒美ってことか?」 「……うん……してぇ?」 「……今すぐ…たくみとキス、したいのぉ……」 「分かったよ。それじゃあ、ご褒美な?」 彼女の求めに応じて、俺は覆い被さるような形で顔を近付けた。 「たくみぃ……キス……してよぉ…」 熱っぽく潤んだ瞳と見つめ合うと、再度のおねだりが耳に届いてくる。 わずかに荒い吐息が漏れる、美衣のその唇へと自然と誘われていき―――― 「んっ……ちゅっ…」 お互いに軽くついばみ合うような、ごく自然なキスを交わした。 「んちゅ、っちゅ……たくみぃ、もっとキスしてぇ……」 「……たくみぃ……もっと、して……もっと……してぇ…」 (美衣からこんなにグイグイ来るなんて、珍しいな……) 「ああ、美衣の好きなだけな……」 「んっ……っちゅ、ちゅむっ、たくみぃ……ちゅっ、むちゅっ、っちゅっ…んちゅっ……」 「んふぁ……っちゅ、んちゅ、ちゅっ、ちゅむっ……ふぁふみぃ……くちゅ、っちゅっ、ちゅぷっ、っむちゅ……んんっ……ぷはぁっ……」 だが、すぐに美衣の方から、積極的な形で唇を貪ってくるようになってきた。 そうして、何度も繰り返しキスをしていくうちに。 「……たくみぃ、私……もう、キスだけじゃぁ、我慢できないよぉ……」 今日の美衣はどうしたんだろうか。 さらに熱に浮かされたかのような。 そんな言葉を吐息混じりに、彼女が思いを伝えてきた。 「……本当にいいのか? 風邪で体調が良くないんだろ?」 「もし、本当にするんだったら、ちゃんと身体を治してから、改めてした方が……」 「……ううん。今がいいのぉ……今この時に、たくみをもっと近くに感じたいのぉ……もっと、たくみのことがほしいのぉ……」 「それに……身体が疲れれば……ぐっすり寝れるようになると思うしぃ……」 「……たくさん、汗もかけばぁ、治りも良くなるだろうからぁ…」 「……だから、お願い……たくみがほしいのぉ……たくみと一緒になりたいのぉ……」 「……分かったよ。今日は美衣が望むこと、全部するからな?」 女の子から、真剣なまでに求められてしまった。 こんなこと、生まれて初めてかもしれない。 自分の彼女にここまで甘えられてしまった以上、もう俺も自制なんかできそうになかった。 「……た、たくみに下も脱がされちゃった…」 「かろうじて、パンツは残ってるみたいだけどな……」 「それにたくみに、足を軽く持ち上げられちゃったりしてるし……」 「あと、あの……私の下に……たくみの男の子の部分が、すごいことに……」 「美衣の裸があんまりにもかわいくて魅力的だから、俺も興奮してるんだ…」 「そ、そっか。たくみが私の身体で……」 「でも、こうしてると、何だか変に緊張もしてくるし…それに、その…ね?」 さっきまでの積極性も、すでに落ち着いてしまったのだろう。 そう言って同意を求めてくる彼女の表情が、どうにも強ばっている。 自分たちがこれから行うことに対して、不安や戸惑いを隠せないみたいだ。 「ほら……私、汗をいっぱいかいちゃってるし……」 「たくみだって、こんなに汗くさくなってる女の子は、あんまり相手したくないでしょ?」 「さっき濡れタオルで拭いたばかりだし、特に気にならないぞ」 「でも、拭いたのは上だけだったから……」 「……ごめんね。下もちゃんと拭いておけば良かったよね…」 しかも、自分の汗の匂いまで気にして、俺に謝ってしまう具合だ。 「そこまで美衣が気にすることもないと思うけどな」 「まぁ、どうしても気になったら、拭くってことでいいか?」 「う、うん……それでいいよ…」 「……あとね……その……私、初めてだから……」 「分かった。できるだけ優しくするから、何かあったら言ってくれ……」 「うん……じゃあ、キスしながら、してほしい……」 「分かったよ…」 首を後ろに向けて、おねだりをしてくる美衣。 俺もまた、彼女に顔を近付けて、その唇に自分のものを重ねていく。 「んっ……っちゅ、ちゅむっ、ちゅ……」 「たくみぃ……ちゅぷっ、くちゅっ、ちゅぷっ…ちゅっ、んちゅっ…」 そうやって、キスを何回か交わしていった後。 「あっ、んっ…んんっ…やぁぁっ……」 後ろから、左右の首筋にキスをしていく。 美衣が自分の彼女であることを示すために、マーキングでもするかのように、何度も唇で首に吸い付いていく。 「んんっ……やぁっ…キスマークが付いちゃったら、あっ、んっ…どうするのぉ…」 「別にいいじゃないか。付き合ってるんだし」 「他の男に口説かれないように、しっかりアピールしとかなきゃな」 「……そ、それは分かるけどぉ、んぁっ、あっ…恥ずかしいって、っんっ、言ってるのぉ……ひゃっ…」 美衣が文句を言っている間に、綺麗なラインをしているその鎖骨を軽く撫でてみる。 「も、もぉっ……人が真面目に話してるのにぃ……」 すると、かわいい反応が返ってきて、つい興に乗ってしまう。 「ごめん、ごめん。俺も美衣のこと、もっと触りたくなってきちゃってさ」 「……もぉっ……たくみの、えっち……」 「エッチでもスケコマシでも、何だっていいさ。美衣ともっとこうしていられるなら」 今度は両方の胸に手を当てて、手の平全体で胸を撫でていく。 「んっ……たくみ、くすぐったいよぉ……」 「美衣の胸、これからいっぱい、触っていくからな」 手でそっと触れているだけで、柔らかく、温かい。 それから、ゆっくりと下から持ち上げるように揉んでいく。 「あっ、んっ……」 「美衣の胸、かなり大きいのに、すごく柔らかいな……」 「しばらくの間、触っていたいくらいだよ……」 「んっ……私の胸、そんなにいいの…?」 「もちろん。俺、美衣のこの胸がたまらなく好きだよ」 「そっかぁ……んっ、あっ……それなら、もっと触っていいよ…?」 「ううん……もっと、たくみに触ってほしいの…」 美衣の乳房の肌触りはなめらかで、程良い弾力も兼ね備えているようだ。 こうしてずっと、味わっていたくなる気分にさせてくれる。 ただ、それだけでは美衣も満足できないだろうから、しっかりと刺激も与えておきたい。 「ひゃあっ! あっ、んうっ……そこ、すごく…くすぐったいよぉ……んんっ、っあんっ…」 その整った形のぷっくりした乳輪をゆっくり、指で丁寧になぞっていく。 ピクッと反応したところを見ると、乳房を揉まれるよりも、美衣には良いみたいだ。 「なるほどな。美衣も気持ち良くなってくれてるってことなのかな?」 「そ、そんなの…っん……まだ、分からないからぁ…あっ、んっ…」 続けて、乳首を指で摘んでみる。 「んんんっ! ちょ、ちょっとそこは…っんんっ、あっ、んんっ…!」 「美衣、脇のあたりも弱かったけど、こっちの方が弱いんじゃないか?」 「あっ、はぁっ……し、知らないってばぁ…んぁっ、あっ、あっ……」 さっきよりも反応が大きい。 俺はこの部分を重点的にいじっていくことにした。 「ふぁぁっ、やぁっ、んくっ……そこ…そこはやぁっ…そんなに、っんんっ、擦っちゃダメぇぇっ……」 「やっぱり、美衣はここを触ってあげると、すごく気持ち良くなってくれるみたいだな」 「き、気持ちよくなんて、っんぁぁっ、やぁっ……んふぁぁ、あっ、擦るのも、あっ、やぁぁっっ……」 「そうは言ってるけど、どんどん声が出てきてるじゃないか」 「やぁっ…んふぁぁ、あっ、んんっ……むにむにしながら、っあっ、んんっ、引っ張るのもらめぇぇぇっ……」 乳首を指で擦りあげれば、切なそうに声を漏らし。 加えて、摘んで引っ張ってみると、さらに艶めかしい吐息を聞かせてくれる。 「あっ、ヤダっ、んぁぁっ……そ、そういうのも、っんんっ、ダメだってぇぇっ……」 「ふぁぁっ、やぁぁっ…へ、変な気分に、っんんっ、なっちゃうから……あっ、指で、んぁっ、押したりしないでぇぇ…!」 そうして、中指や人差し指を使って、乳首をその大きな乳房の中で押し込んでみれば。 美衣は予想通りに、より一層の反応を返してくれる。 「ふぁぁっ……た、たくみぃ……胸だけじゃなくて、っんっ、他も触ってぇ…ぁあっ……」 「美衣、胸以外だと、どこを触ってほしいんだ? お腹かお尻? あとはふとももか、もっと大事なところとか?」 「……あっ、んっ……も、もっと大事なと……もぉっ、んんっ……言わせないでよぉ……」 それなりに感じてきたのか、美衣の声もさっきのようにどこか熱を帯びてきていた。 正直に言えば、この乳房をもっと堪能したい。 でも、潤んだ瞳でおねだりをされたら、叶えてあげないわけにはいかなくなる。 彼女の胸はまた後で楽しむとして、今度は要望通り、下半身も触ってあげたい。 「あっ……きゅ、きゅうにそんなところ、触らないでってばぁ……」 「いや、美衣がどのくらい感じてくれてたのか、確かめてみたくて」 「か、感じてって……そういうエッチなこと、言わないでよぉ…」 はいているショーツの上から彼女の秘部の辺りに触れてみたら、愛液が染み出していて少し濡れてきていた。 美衣もしっかりと感じていることが、これではっきりと理解できる。 彼女の身体も喜んでいるのなら、もっと気持ち良くしてあげたかった。 「じゃあ美衣、今度は美衣の大事なあたりも、いっぱい触っていくからな?」 「ん……っ、改めて言わなくても、わかるからぁ…あっ…」 「って……んっ、たくみ、あっ……どうして、擦りつけてるの…?」 ショーツをはいた状態で股間をすりすりと擦られて、ちょっと戸惑っている様子だ。 本人からしたら、もっと直接的なものを考えていたのかもしれない。 「こういうの、初めてだって言ってただろ?」 「だから、少しずつ慣らしていかなきゃな。美衣もいきなり直接触られると、びっくりするだろ?」 「あっ、んんっ……でもぉ…たくみぃ、はぁっ……はぁっ…」 「その割には、美衣の身体の方は、気持ち良くなってきてるみたいだけど?」 「んふぁ、んっ……あ、あんまり、焦らさないでぇ…」 引き続き乳房も揉み上げてみれば、効果はより大きくなっていく。 ショーツ越しの割れ目を擦り上げる度に、その奥から、少しずつ愛液がにじんでくる。 彼女の秘裂の温かさをペニスで感じ取りながら、その身体の反応を確かめていく。 「こっちにも少しは慣れてきただろうし、今度は直接擦り合わせていこうか」 「う、うん……」 言葉少なに頷く美衣の了承もあり、そのショーツをずらして、彼女の秘部を露出させる。 そうすると、女性特有の淫靡な匂いがもわっと香り、俺もより昂ぶってくる。 「あぁっ…さっきのよりも、こっちの方が、気持ちいい気がする……」 「こうしてると、俺もどんどん気持ち良くなってくるよ……」 完全な素股状態で、秘裂と擦り合わせていく。 すでに秘部が濡れている状態なので、擦り合わせる度にさらに愛液が溢れて、ペニスを濡らして潤滑剤になってくれる。 「た、たくみぃ……も、もぉ……私、もぉ、我慢できないよぉ……」 「……たくみともっと…深いところで感じ合いたいよぉ……」 「そうだな。そろそろ本番に行ってみようか」 「う、うん……その、あんまり痛くしないでね…」 「大丈夫だ。ちゃんと優しくリードするよ」 先端をそっと膣口に当てると、美衣の身体が微かに震える。 「初めてだと、やっぱり緊張するよな?」 「う、うん。ちょっとだけ……気持ちは早く、たくみと一緒になりたいって思ってるんだよ?」 「でもね……どうしても、ちょっと怖くなってきちゃって……」 「ああ。けど、安心していいからな。こうして俺が一緒にいるんだし」 「そう硬くならずに、リラックスしててくれればいいから」 「じゃ、じゃあ……またキス、しててほしい…」 「そうしたら、キスするのに夢中になって、あまり怖くなくなるかも……」 「いいぞ。キスしながら、一緒になろうな」 「んっ……たくみぃ……っちゅ、んちゅ、ちゅむっ…」 美衣と再び、ついばみ合うようなキスを交わしていく。 この行為に集中している間に、俺は彼女の秘部に亀頭を侵入させていく。 「ちゅっ、んちゅ、むちゅ……んぁっ…あぁっ……んうっ…!」 「んんっ…! ちゅっ、っちゅ、たくみぃ……んぁぁっ、たくみぃ……」 まだ誰にも手を付けられていない、美衣の大事な場所。 そこを少しずつ進むごとに阻もうとする、ギチギチとした抵抗感。 ここで発生する痛みに、美衣も表情を歪めているのが分かる。 「ちゅむっ、くちゅっ、んんぁっ……ぁあっ、ちゅく、ちゅっ…んっ、んんっ…!」 それでもキスに集中することで、健気に苦痛を堪えてくれている。 彼女の気遣いが嬉しいと同時に、早く楽にしてあげてかった。 (やっぱり、どうしたって痛いよな。だったら…っ!) だから、乳房を揉んでいた両手で腰を掴んで、一気に貫いた。 「んぁあぁぁぁぁあぁぁぁっ!!」 痛みのあまり、美衣が声にならない悲鳴を上げる。 「んんっ! んっ、ちゅっ、むちゅっ……んぁあぁ…っちゅ、ちゅっ、んんっ…」 その状態でも、なんとか耐えようとして、俺の唇を貪るのを止めようとしない。 俺の方はと言えば、開通した美衣の秘部の中に自分の怒張が全部入っているのを直接感じていた。 それは温かなぬくもりと、穏やかな体内の柔らかさで、俺のことを包み込むようにして受け入れてくれている。 (これでやっと、美衣と繋がり合うことができたんだな……) あと、膣壁や愛液とは違う、熱いものが一筋、また一筋とペニスの根元に流れてくる。 これがきっと、彼女の純血の証なのだろう。 「んちゅ、っちゅ、ちゅっ……っぷはぁっ……」 彼女の額や頬の脂汗を拭うと、それを合図にようやく美衣がキスを止め、唇を離した。 「はぁっ…はあっ……たくみぃ……はぁ……はぁっ……」 「美衣、分かるか? 今、一緒になれてるぞ」 「うん……すごく、痛かったぁ……今でもまだ、じんじん痛むけど…」 「……でも、それでも……たくみが私の中に入ってきてて、それを受け入れることができて…」 「たくみと一緒になれたのが、すごく嬉しいの……」 痛みの末に得られた、繋がり合うことの喜び。 美衣はそれを今、俺と共に実感してくれていた。 「初めてのも無事に済んだことだし、今日はここまでにしておこうか」 「疲れただろうし、もうしばらくしたら、もう一回汗を拭いて、それからもう一眠りするだろ?」 「えっ……それだと……たくみが中途半端なままになるんじゃ…」 「こればっかりは仕方ないさ。まだ痛みがあるんだから、無理に続けることもないぞ」 「俺たちは付き合ってるんだから、これから先、何度も機会があるだろうし」 「……そう、だよね……でも、私なら大丈夫だから…」 「……だから、たくみにも…ちゃんと、気持ち良くなってほしいかな…」 「美衣……」 俺の提案を聞いた上で、美衣は自分の意見を伝えてきてくれる。 余計な痛みが確実に自分の身体に返ってくるはずなのに。 それでも俺のことを想ってくれるのが、たまらなく嬉しかった。 「……ありがとな、美衣」 「だけど、どうしようもなく痛くて、耐えられそうになかったら、ちゃんと言ってくれよ?」 「その時はすぐにストップするから。そこから先の続きは、また次回に持ち越そうな?」 「うん……ありがと、たくみ…」 「それじゃあ……いいよ…」 「たくみも動いて、気持ち良くなって…」 「ああ、お言葉に甘えて、そうさせてもらうからな」 美衣の意志はしっかり確認できた。 それ以上はもう、聞くこともしない。 彼女が俺に向けてくれた気持ちに、しっかりと応えるだけだ。 「よし、美衣。少しずつ動かしてくぞ」 「……う、うん。たくみの好きなようにしていいからね…」 「そうだな。美衣に無理のない形で、俺の好きなようにさせてもらうよ」 宣言通り、徐々にペニスを引き抜いていく。 膣口まで先端が戻ってきたら、そこから再度、奥までゆっくりと挿入していく。 「……んくっ……んん…っ……あっ、んっ……んふぅ……」 「やっぱり痛いだろ? 頼むから、無理だけはしないでくれよ」 「わ、わかってるから。まだ大丈夫だから……」 「あっ……できれば、キスしながらでも…いいかな?」 「いいに決まってるさ。それで美衣の気が紛れるなら」 「ありがと、たくみ……」 たった一往復だけでもつらいはずなのに、気丈であろうとする。 その言葉を信じて、引き続き、抽挿を繰り返していく。 「んっ……ちゅっ、ちゅむっ、あむっ…あっ、んんっ…っちゅ、ちゅぷっ、んっ…ちゅるっ…」 「ふぁっ、あっ……ふぁふみぃ、んちゅっ、ちゅくっ……んんっ…あっ、ふぁふみぃ…っつ…」 (……美衣もまだ、痛いだろうな。きっと我慢してるはず…) 優しく収縮して受け入れてくれる、彼女の膣壁への出入り。 それを何度も行っているから、確かに昂ぶってはきている。 だが、美衣の言う『気持ちいい』に到達するには、まだ時間がかかりそうだ。 「んぁっ…ちゅむっ、ちゅっ…んちゅ……んんっ……っちゅ、ちゅむっ……ぷはぁっ…」 「ねえ、たくみ……」 こちらの状況を見越したのか、美衣が唇を離して、俺に声をかけてくれる。 「……どうした、美衣。さすがに痛みも限界な感じになったか?」 「ううん……そうじゃないんだけど…」 「……何か、痛いのがなくなってきたかもしれないんだけど…」 「感じてきたからとか、そういうことだったりするのか?」 「……そうなのかも。これって、少し慣れてきたってことなのかな?」 言われてはじめて気付いたが、美衣の膣内も先ほどまでとは様子が違う。 柔らかくも温かだった膣内も、自分から俺のペニスを呑み込もうと、脈動している。 愛液の分泌量も増えていたようで、思ったよりもスムーズに腰を動かせていた。 「そうか……初めてなのに、美衣なりに感じてきてくれてたんだな…」 「そういうことだから……たぶん、あんまりゆっくりじゃなくても平気だと思う…」 「たくみが気持ちよくなれるように、今度こそ自由にしていいよ?」 「もう私に無理に合わせなくていいから、最後まで気持ち良くなって?」 「本人からお墨付きが出たんなら、遠慮無くそうさせてもらうよ」 「だけど、せっかくなら、最後まで気持ち良くなるのも、一緒の方がいいな」 「……うん。そうだね。たくみ、お願いできる?」 「それこそ、お任せあれだ……じゃあ、行くぞ」 これでヘタな気遣いもいらないというわけだ。 俺は自分の昂ぶりを終わらせるべく、美衣の両腰を掴んで、思いっきり突き上げた。 「あぁぁっ! たくみぃ! んふぁあぁっ! んんっ、あぁっ、いきなりすごい動かしてぇっ!」 「もう大丈夫って言うから、こっちもどんどん攻めて行くことにしたんだ」 「だからってぇ、っあぁぁっ…こんなのぉ、っんふぅぁっ、あっ、ふぁぁっ、急すぎるよぉぉっ!」 抗議を口にしてはいるが、その反面、彼女の膣内は喜んでいるようだ。 ピストンを繰り返す俺のペニスを絡め取ろうと、膣壁の肉ビラを積極的に動かしてる。 これは気を抜いたら、すぐに呑み込まれてしまいそうで、油断できそうにない。 「痛みの方が問題ないなら、美衣にもしっかり、気持ち良くなってもらいたいからさ」 「んんぁふぁぁっ! それでもぉっ! あっ、ふぁっ、んんんっ…!」 「あっ、あっ、あぁっ…もっと、時間をかけると、んんぁっ、思ったのにぃっ! あぁぁぁっ…!」 「くっ……美衣こそ、すごく締まって、こっちも危ないんだけど…っ!」 「っぁあぁっ、ふわぁぁっ、あっ…知らないっ! あぁっ、んぁぁっ、私にはわからないってぇ…! んんんぁぁっ…!」 最初に一気に突き上げたのがマズかったのか。 お互いに、かなりの相乗効果になっているみたいだ。 それも急激に来ているせいで、俺の方でも対応しきれそうにない。 「やぁぁっ、あっあっ、はぁぁぁっ、な、なんか変な感じがするっ!」 「んふぁぁぁっ、んぁぁっ、あんっ……たくみが、っんんんっ、ぁあっ、いっぱい突いてくるからっ…!」 「なんだか、っあぁぁっ、んんぁぁっ、お腹の奥が、切なすぎてぇっ! ぁあぁぁっ、あっ、あっ、へ、変になっちゃいそぉ…っ!」 嬌声とも呼べる、美衣のその声に合わせるかのように。 彼女の膣内も俺を今にも呑み込んでしまおうと、先にスパートを仕掛けてきている。 「っくうっ…! み、美衣、それは美衣が気持ち良くなって、イキそうになってるんだと思うぞ…っ…!」 「あっあっ、んっんんっ、これが、そうなのっ? んぅぁぁっ、なら私、あぁぁっ、もうダメかもぉっ!」 「ふぁあぁっ、あっ、あぁぁっ、もう……っんんんっ、イっちゃいそうかもぉ! あぁぁぁっ、たくみぃ…!」 「ふうっ……っくっ! それならちょうど良かった。俺もいい加減、限界が来そうなんだ…」 「あぁぁっ、じゃあ一緒にっ! っんんんっ、ぁっあっ、たくみと一緒にっ!」 「最後までっ! っはぁぁっ、一緒に、っぁあっ、気持ち良くなりたいよぉ!」 「んんぁっ、あっあっ、たくみと一緒に、イっちゃいたいよぉっ!」 「よしきたっ! 一緒に最後まで、気持ち良くなろうなっ!」 切望する美衣の想いに、俺も最後のスパートをかけていく。 募ってきた射精感が腰の奥からせり上がってきて、すでに発射寸前の段階だ。 「あぁぁっ、あっ、んぁあっ、あっあっ…! たくみぃ! ああぁぁっ! たくみぃっ!」 「ああっ! 美衣っ! 俺はちゃんと一緒だぞっ! くうぅっ! 美衣っ!」 「んぁあぁっ! あっ、あっあっ……んふわぁあぁぁぁぁっ!!」 今までで一番大きな声を上げた瞬間、美衣の背がビクンと仰け反りそうになる。 彼女が絶頂を迎えたのだと悟ったと同時に、俺の方も限界を迎えていた。 ずっと溜め込んでいた情動が一気に駆け抜けて、陰茎を通って、亀頭の先端から放出されていく。 「ふぁあぁぁぁっ……あついぃ……なんかあついのが…お腹の中に……」 「はぁっ、はぁっ……それは、俺が最後まで気持ち良くなった証だ……はぁっ……ふうっ……」 射精した結果、大量の精子が美衣の子宮に注ぎ込まれていく。 ペニスが何度も脈動するこの感覚は、しばらく治まりそうにない。 「はぁっ、はぁっ……そうなんだ……ふぅっ、ふぅっ……はぁっ…はぁっ…」 「はぁぁっ……たくみのが……たくみのあっついのが、いっぱいお腹の中に入ってるぅ……」 「ふぅっ……ふぅ〜っ……美衣、すごく気持ち良かったぞ…」 「はぁっ…ふぅっ……もぉっ……たくみのばかぁ……ふぅっ……はぁ〜っ……」 「……病人なのに、こんなにめちゃくちゃにしてぇ……ちゃんと責任、とってもらうからねぇ……」 「こういう関係になったからには、当然そのつもりさ」 「それなら許してあげようかな……あとね、たくみ……私、今ものすごく、幸せに感じるの…」 「こうやってたくみと結ばれることが、こんなにも嬉しくて、幸せでたまらないって……」 「あははっ。先に言われちゃったな。俺もちょうどそう思ってたところなんだ」 「うふふっ。それじゃあ、この後は何も言わなくても良さそうだね…」 「そうだな。必要なさそうだな」 「それでもお約束として、一応言っておくね?」 「たくみ、大好きだよ」 ほどなくして。 呼吸を整えた俺たちは、示し合わせたわけでもなく、二人でついばみ合うようにキスを交わしていく。 それはもちろん、お互いに一緒にいられる時間を誰よりも噛み締めて、この幸福に身を委ねるためにだ。 「……すー……すー……」 身も心も結ばれた後。 その余韻を味わっている内に、さすがに美衣は疲れ果てて、眠ってしまっていた。 「風邪で体力がなくなってるのに、無理させてごめんな……」 謝罪の気持ちも込めて。彼女の髪をそっと撫でる。 「……んふふ〜っ♪ たくみぃ〜っ……」 こちらの気も知らず、なんとも気分の良さそうな寝言が聞こえてきたものだ。 「やれやれ。これまた、すいぶんと無防備になってくれちゃって……」 そんなわけで、俺は美衣のための事後処理を行っていた。 彼女の大事な部分を綺麗にするのはもちろん。 再度汗をかいた身体をもう一度タオルで拭いてやり、タンスを物色して、パンツとパジャマを着替えさせてあげたのだ。 「まぁ、後で怒られそうな気もするけど、風邪が悪化するよりかは、ずっとマシだからなぁ……」 「ふわぁ〜っ……美衣の寝顔を見てたら、何だか俺まで眠くなってきた……」 帰ろうにも、肝心の家の鍵の場所をまだ教えてもらっていない。 その時点で、もうしばらくはこの部屋にいることが決定済みだったりする。 「美衣が起きたら、今度こそ教えてもらえばいいか…」 「……たくみぃ〜っ……えへへ〜っ…………すー……すー……」 こうした事情もあって、俺は美衣の様子を見つつ、添い寝をすることにした。 その後、次に美衣が目を覚ますのは夜遅く。 結局、お互いにずっと寝ていたこともあって、お見舞いの予定が朝帰りになってしまうのだった。 あれは……美衣。 「おはよう!」 振り返った美衣が、なぜか俺の顔を見て、ぎくりと顔をこわばらせた。 「お、おはよう」 「……」 なんか、調子悪そうだ。 もしかして、まだ風邪がなおってないのかな。 「風邪は、どう?」 「大丈夫だよ。おかげさまで、もう、ぴんぴん」 「そう? にしては、顔が赤い気がするけど……」 「む。やっぱり赤いな」 …… 「熱があるんじゃないか」 そっと、美衣のおでこに手をそえる。 「あう」 「おいおい」 「まだ熱いじゃないか!」 「また、我慢して学園にきたな。そういうのはやめろって言っただろう」 「こ、これは違う。赤いのは、風邪のせいじゃなくて」 「へ」 「じゃぁなんで」 「それは……た、たくみが……」 「俺??」 「俺が」 なんちゃって……。 「そ、そう……」 え。 「イケメンだから……」 「とても……」 「たくみが……イケメンだから」 ぶすぶすと煙を出している。 「……」 か、かわいい……。 「ま、まぁ。しょうがないよな。ふふ」 「いっそ眼鏡でもとれば、俺のイケメンぶりも気にならなくなるかもよ?」 「な、なるほど」 「そうかもしれないね……うん……そうしよう」 ほんとにとった。 「……」 「うわ。すっごいぼやけてる」 そりゃそうだ。 「これじゃぁ確かに、たくみのことも分からないや」 そんなに悪いのか。 それはそれで寂しいな。 しかし、こう……眼鏡をとった美衣を改めて見ると……新鮮というか……。 「……」 「なんか、すっごい視線を感じるんだけど……」 「いやぁ」 「眼鏡とった美衣もかわいいなぁって」 「栗原と見間違えることはなくなるし」 「いいや、冗談だって」 「もう、絶対に眼鏡、かけない」 「そ、それはそれで、困る」 「美衣の眼鏡姿ってキュートだよなぁ」 「眼鏡かけないと危ないぞ」 「大丈夫だよ」 「いた」 早速柱にぶつかっている。 「大丈夫……?」 「いたたた……」 「やっぱり……」 「眼鏡、かけないもん」 強情だ。 「じゃぁ、ほら」 俺は美衣の手をとった。 「俺が連れて行くよ」 「ちょ、恥ずかしいよ」 「でも美衣に怪我されるよりはいいから」 「だ、だって」 「あ……」 …… 「おいおい。あれ見ろよ」 「ありゃりゃ。ごちそうさま」 「恥ずかしいよ。たくみ」 「俺の責任だからな」 「よりにもよって栗原と見間違えるなんて、俺、ひどいこと言った……」 「いやいや、なんかさっきから僕がディスられてない!?」 「!?」 「ひどいよ」 「さっきから聞いてたのかよ!? どこにいたんだよ。きもいよ!」 授業中……。 相変わらず、眼鏡はかけない美衣。 こうなると、ほんとに強情らしい。 「……」 にらみつけるように目を細めている。 「柏原…眼鏡、忘れたのか」 「はい」 「……」 黒板が見えてないんじゃないか。 まったく。我慢強いというか……強情だなぁ。 休み時間。 「……」 美衣が、ちらちらこちらを、見ているような気がする。 多分どこかに行きたいのだろうが。 あっちから頼むまで、ほっておくぜ。 案の定、もじもじと美衣は立ち上がって……。 「あ……」 「あのね」 「職員室に連れてって……ほしいんだ」 「手を引いて」 …… 「……あの、柏原さん? でも、僕でよければ……」 「ひどいぞ。俺と他の奴を見間違えるなんて」 「それも、よりにもよって、内田だなんて」 「桜井?? よりにもよってってなんだ。顔が見えないのをいいことに、好き勝手言うなよ」 「ふ。なんとなく分かってたけど……一瞬夢を見た、僕がおろかなのさ」 「美衣だって、俺を見間違えてるじゃないか」 「うう。本当に見えないんだから、しょうがないでしょう」 「ほい」 「あ……眼鏡……」 「やっぱり、美衣はこれが一番かわいいな」 「あ……」 「ありがとう」 「めでたしめでたし」 「起立」 「礼」 「ありがとうございました!」 「じゃぁ帰ろうか」 「え……もう、手を引いてもらう必要ないよ?」 「つなぎたいから」 「う、うん……恥ずかしいな……」 手をひいて、教室を出て行く。 「子供かっ」 「どこか寄って行こうか」 「じゃぁ、カフェ行きたいかも」 「またあれ、食べるのか」 「まぁ、どうやら美衣は、ちゃんと胸に栄養がいくみたいだし」 「どんどん大きくなればいい」 「まったく。そんなことばっかり……」 いつぞやも来たカフェに落ちつく。 美衣は早速お気に入りのパフェを頼んで、ご満悦という感じだ。 俺は昼からこんな甘いものを食べて胸焼けしたくないので、アイスティーをちびちびと飲みながら、携帯を確認すると……。 「あれ」 「店長から、連絡が入っているな」 「バイトのヘルプかな」 「……ほっとこう」 「ダメだよ」 「だって、今日は、美衣とデートしてるのに」 「お仕事も大事でしょう」 「とほほ……ダメ亭主みたいだ」 ……電話をかけてみる。 「はい、ドラゴンバーガー」 「あぁ、店長ですか?」 「柏原は近くにいるか」 「え。いますけど……なんで分かるんですか」 「ふ。分かるよ」 「ちょっと、柏原にお願いがあってな」 「はぁ……それで、なんで俺に電話?」 「前にうちで、ライブをしただろう。仮装して」 「仮装じゃないですよ」 「あぁ、コスプレな」 「それもちょっと違いますけど……」 「すごい好評で、近くの保育園が見学に来たいって言ってるらしい」 「店内で、また歌うんですか」 「あぁ。今度はちゃんとしたライブってことになるな。店を貸し切りにして」 「まぁ、相手は子供だから、そう気構えなくてもいいが」 「やってくれないか」 「だから、俺に言われても。かわりましょうか」 「くく。お前がいいと言えば、柏原はやるだろう」 「ええ」 「じゃぁな。よろしく頼む」 ……勝手な人だ。 「どうしたの?」 「えっ!? ライブするの??」 「どうも評判が伝わって、どこかの保育園が、そろって見に来たいってことになったらしい」 「そんな……」 「柏原は、やっぱり、アイドル向きだもんな」 「そんなことないよっ。たくみ達が嫌々やらせたんでしょう。それで、引っ込みがつかなくなってるだけなんだから」 「またあれやるのはちょっと……」 「でもあの衣装、また見たいなぁ」 「……ええ」 「そういうこと言って、エッチなことが目的じゃないでしょうね」 「顔がとけてるよ???」 「あぁ、したいさ。あの衣装で、エッチしてみたいさ!」 「だだだ、ダメだよ。何言ってるの」 「いや、俺たちも済ましちゃったわけだし。そう、拒絶しなくても」 大仰に、美衣は咳払いをして、じろりと俺をにらむ。 「あれは、風邪でもうろうとしてて……なんかしちゃったけど! 本来私は、そんな……」 「そうだったのか」 「もうろうとして、どさくさでしちゃっただけだったんだな……」 「あ……いや、そ、そうでもないよ」 「あの……。ちゃんと、その、たくみならいいかなって……思ったから。私…」 「半端な気持ちじゃなくて」 「……」 「かわいい」 「え」 「ちゅ……」 「ん……」 「や……だめ」 「はぁ……はぁ……」 「も、もう……」 「これ以上されたら、私が、我慢できなくなるじゃない」 「え」 「……」 「美衣……俺も我慢できない……」 隣には、小さなファッションホテルがあった……。 「あ……」 ぶーぶー 「……」 「はい」 「あぁ、明日なんだがな。途中のドラッグ大黒で、トイレットペーパー買ってきてくれるか」 「セールなんだが、一人1つまでだから。領収書もらって…」 ぴ。切った。 (もう、なんでこんないいところで) 「うん?」 「明日、おーけーなの?」 「たくみがやってほしいって言うなら、やるよ。衣装もっていくね」 「……」 かわいい。 翌日。 俺と美衣は、ドラゴンバーガーに向かった。 「あれは……」 「また賑やかだな」 「おいおい。貸し切り料金と、保護者入れて40人分のオーダーで、売り上げ、すごいことになってるぞ」 「……」 「いや、そんなことは良いんだ」 「地域の子供達との交流……素晴らしいことだな」 「電卓うちながら言われても……」 店内には、園児があふれ、わーわーきゃーきゃーと、蜂の巣をつついたような騒ぎだった。 「ちゃんと歌、聞いてくれるかな?」 「まぁいってみよう」 「皆、おまたせ〜〜〜」 …… いきなり現れた、美衣をきょとんと見つめ。 「でたー」 「おっぱいだ」 「え」 「ほら、言っただろう。すごいんだって」 「すげぇ」 おいおい。評判が良かったって……もしかして、そっちかよ。 「やっくん、何言ってるの」 「まったく男の子はやんちゃで。おほほ」 「店長……これ、どういうことですか」 「いや、私はすごい評判だから……としか、聞いてないが」 「おっぱいおっぱい」 「おっぱいおっぱい」 「エロがきめ、黙ってろ」 「なにこいつ」 「おっぱいの恋人なの」 「ええ!?」 「そうだ」 「ええ」 「くく。うらやましいか」 「そうなんだ」 「やっらしー」 「あのおっぱい、いっぱいさわってるんだぜ」 「頭にのせたりしてるんだぜ」 「あうあう」 「あぁ、さわってるぜ」 「頭にのせて、氷嚢! とかしてるからな」 「……」 「変態だぁ」 「そうだ。俺は変態だ。お前のおっぱいもさわっちゃうぞおお」 「もみもみ」 「お前もだぁ」 「お前も!」 「何をやっている」 「お前のおっぱいもさわっちゃうぞおお」 「……」 「死ね」 「すいません……」 「はい、皆。注目!」 「……」 「そこじゃない」 「皆は、ドラゴンバーガーは、好きかな?」 「スキー!」 「ありがとう」 「どんなメニューが好きかな?」 「俺はきょにゅーかな」 「子供達、そっから離れてるんだから、いい加減にしなさい」 「ごめんなさい」 「ドラゴンバーガー」 「サラマンバーガー」 「シューティングスター」 「ありがとう! 皆、ハンバーガー大好きなんだね」 「すきー」 「でもやっぱり、お野菜もちゃんととらないと、ダメだぞ?」 「はーい」 「それじゃぁ、歌うよ」 「ドラゴンバーガー」 「いーつーでーもー、どーこーでーもー、そーこーにー、あーるーーっ♪」 「あーなーたーをー、さーさーえーるー、おーてーつーだーいーっ♪」 「こーこーろーもー、かーらーだーもー、リーフーレーシューっ♪」 「たーんーすーいー、かーぶーつーのー、ニークーいーヤーツーっ♪」 「美ー味ーしーくーてー、笑ー顔ーにぃーなぁーれぇーるぅー♪」 「さぁーあー行ぃーこーうー、みぃーんーなぁー待ぁーってぇーるぅーーっ♪」 「ドーラゴンバーガぁーーっ♪(トゥールットゥルットットゥ〜♪)」 「ドーラゴンバーガぁーーっ♪(トゥールットゥルットットゥ〜♪)」 「ドーラゴンバーガぁーーっ♪(トゥールットゥルットットゥ〜♪)」 「ドーラゴンバーガぁーーっ♪ あなたと一緒にぃ〜〜っ♪」 「ありがとう」 「それじゃぁ次は、皆で歌ってみようね! はい、もう一回」 「いーつーでーもー、どーこーでーもー」 「ドラゴンバーガー♪」 子供が踊り出す。 ノリの良い歌ってこともあるんだけど……やっぱり、美衣に魅力があるからなんだろう。 「はい、それじゃぁ皆、気をつけてかえってねー」 「おねーちゃん、ありがとう」 「はい」 「お、おねーちゃん、今度うちに遊びに来て」 「あはは。それは……」 「おねーちゃん、だっこして」 「はいはい」 「また遊ぼうね」 「今日はありがとうございました。子供達も大満足で……」 「またこういう企画、ご相談してもいいですか?」 「いつでも大歓迎ですよ。何なら、お宅にうかがって……」 「なんでたくみが前のめりなの」 「おつかれおつかれ」 「今日は、もう店もしめるから、二人はゆっくり休んでてくれ。これ、ボーナスな」 「ありがとうございます」 おお。日給分は出てるみたいだ。 さすが、奮発してくれたなぁ。 俺、お金には困ってないけど、美衣に何かプレゼントすることにしよう……。 「じゃぁ、あと店の方任せるから。戸締まりよろしくな。私は飲んでくる」 「まだ昼間ですよ」 「ひと仕事終えたんだから、いいんだよ。じゃぁ後は頼んだ」 「はい」 「おい……ひと仕事終えたからって、昼間から、店でエッチなことするなよ」 「くく」 …… 「まったく……」 「……」 「な、なんで……泣きそうな顔してるの。たくみ」 「しないのか」 「え……」 「エッチなこと……」 「そうかぁ……」 「がっくり」 「……いや」 「その……」 「少しなら、いいよ?」 「美衣……」 「たくみ……」 「ちゅぅ……」 「んん」 「おっと忘れ物した」 急いで距離をとる。 「それじゃ。エッチなことするなよ」 あなたがさせてないんですよ。 あの人、俺に惚れてるんじゃないか……? 「まったく」 「……」 「な、なんだっけ」 「……」 「でも、何かしようとしてた気がするんだよなぁ……」 「ちら」 「……」 「キス……」 「してた……ね」 「……」 「続き、いいかな」 「う、うん……」 「美衣……」 「たくみ」 「ごめんください」 「え……な、なんのことかしら」 「あ、あれ。ごめんなさい」 店長じゃない。スーツ姿の女の人が立っていた。お客かな? 「あぁ、すいません。今日はもう、営業しないんですよ」 「いえ、違うんです」 「今日、こちらで、店内ライブをしていましたよね」 「それで、こちらで……歌をうたっていた女の子……」 「あれはどこにも登録してないからな。樋口さんにはちゃんと許可もらってるんだからな」 「誰、樋口さんって」 「あの曲作ってくれた人」 「そうなんだ……」 「そんなんじゃないわ。私は、あなたに、用があってきたの」 「あなた、デビューしない?」 「なんですか、デビューって」 「歌手デビューよ」 「俺、そんな。でも、そんな物語もいいかなって……」 「あなたじゃない」 「あなた」 「俺!?」 「あなたじゃないって」 「あなた」 「スペシャルミー」 「ごめんなさい」 「あなたよ」 「見てたわ。ライブ」 「あ、あんなもの……恐縮です」 「何があんなものですか! 素晴らしかったわ」 「どうも……」 「単刀直入に言うわ」 「あなた、デビューに興味はない?」 「俺?」 「あなた」 「ミー?」 「あなた!」 さ── 「すいません」 「ということで、あなた、デビューしない?? というか、さっきから何回言わせるの!?」 「違うわよ! この男が変な間を入れるから、芸人のスカウトと誤解されるんじゃないの!」 「えへへ」 「ごめんね。私は、こういう者よ」 「……プロダクション、マネージャー?」 「普段、スカウトをしてるわけじゃないんだけど。たまたま、あなたのライブを見せて貰って、感動したわ」 「あなたの歌は、楽しくて、人の心を、とらえるつぼを心得ている」 「何より人を優しい気持ちにさせる力がある」 「でも、心根がきれいな子じゃないと、やっぱり、分かるのよね。特に子供には」 「そういう子は得てして地味になりがちだけど……あなたには、ちゃんとした、華やかさがあったわ」 「あの、私、今はこんな格好してそれっぽく見えてますけど、いつもは地味ですよ」 「ふふ。どれだけ着飾ったところで、馬子は馬子よ。本当に地味な子が華やかになることなんてできない」 「普段のあなたがどうなのかは知らないけど、こうして輝ける以上は、素質があったということだわ」 「そんな……」 「分かってる。急な話よね」 「また数日後、このお店に来るから。考えておいてくれたらいいわ」 「考えてみて」 「……」 「こ、困るねぇ」 「キラキラ」 「すごいじゃないか。いやぁ、俺が見込んだだけあるなぁ」 「……見込んだのは、主に、一部でしょう」 「あはは」 「ふーん。そこまで知られてないけど、けっこう手堅くやっている、芸能プロダクションみたいだな」 もらった名刺に記載されていたプロダクションを、ネットで検索してみた。 芸能界ならではの、悪い噂は……特になさそう。 どころか、悪評には事欠かない業界にあっては、珍しく堅実な事務所として、話題になっていた。 ま、だからといって信用できるかは、知れたものじゃないけど。 「で、どうするんだ?」 「いや、あり得ないよ……うん」 「だって、私が、そんな。デビューなんて」 「あはは。今度きたら、ちゃんとお断りするね」 「……」 「いいのか」 「美衣」 「なに?」 「我慢、してない?」 「え……」 「美衣を見てると、俺、はがゆくてしょうがない時がある」 「美衣は自分のことを普通だとか地味だとか言うけど。そんなことないよ」 「さっきの女の人みたいに、見る人は見てるんだ」 「たくみが普通普通って言ったんだよ」 「あはは」 「でもそれは、普通でありたいと装っている美衣を、尊重してのことだ」 「一見普通だけど、その中には、いっぱい……人を惹きつけるような感性が……物語がつまってるような気がするんだ」 「物語がつまっている……」 「おっぱいのことじゃなくて」 「一見普通じゃないしな」 「その話はいいでしょう」 「眼鏡の向こうに、たくさんたくさん物語を抱えているのに、それを外に出そうとしない」 「俺は、ステキだと思う」 「そういうのを、もっと皆に見せてあげて、良いと思うんだ」 「……う」 「美衣自身はどうなんだ」 「そういうの、興味ない?」 「……」 「歌って……子供達が喜んでくれて」 「それは単純にうれしかったよ。もっといろんな人を喜ばせることができたら、それはいいなって、思うよ」 「だったら、ありじゃないか。あの人の話も」 「だって……でも、私は……」 「美衣は可愛いよ」 「それだけじゃなくて……なんて言うか、物語的だ」 「ものがたり、的?」 「人に語る物語を持っている人間だ。お前は」 「た、たくみ……?」 ついつい、王な部分が出てしまい。トーンの変化に、美衣が戸惑っている。 「自信を持て」 「だって、俺…二人きりで、こんなに、美衣のこと、我慢できない」 「それは、たくみがエッチだからでしょう」 「違う。美衣だから……だ」 「ちゅる……」 「ちゅ、む……ちゅる」 「ぷは、ちゅぅ……じゅる、ちゅぅ」 「は……ん」 「や……」 シャツの下から手をさしこみ、豊かなおっぱいをまさぐる。 ふにふに。 「美衣の胸、ふかふかだ」 ぐにぐに。 「ん……強く、もみすぎだよ」 「ごめん…」 ぐにぐに。 「ん、はぁ……はぁ……」 「美衣っ」 「ちゅ、ん……ちゅる」 「ちゅ。む」 「ここで、しちゃうの。店長とか帰ってきたら……」 「鍵はしめたよ」 「また電話とかかかってくるよ」 ぴっと、俺は携帯の電源を切る。 「もう、出ない」 「だから」 「ん、はぁ、はぁ……」 シャツをめくりあげ、2つの乳房をさらけ出す。 ソファの上に押し倒した。 「あう……」 「今日、園児の子にうらやましいって言われて……」 「今、見て、まったくだって思ったよ」 「俺はすごい、果報ものなんだ」 「こんな2つの果報を、好きにできるんだからな」 「誰が、好きにしていいって言ったの?」 「好きにしちゃ、ダメ……?」 「え……いや……」 「たくみだから……ある程度は、好きにしていいけど」 「すごく変なこと、されそうなんだもん」 「じゃぁ、俺は俺のしたいようにするから。ダメだと思ったら、言って」 「う、うん……分かった、本当にダメなことはダメって言うよ」 ぐいっと、乳首をつかんで、つまみあげた。 「いたいっ」 「これは、ダメ?」 「セ、セーフかな。でも、これ以上強くはだめだよ」 「わかった」 ぐい。 「あ、ふぅ……っ」 ぐい。 「や、ぁ……っ。乳首、と、れちゃうよ」 「んんん!」 「これも大丈夫なの」 「う、うん……」 「でも、ギリギリだよ??」 「分かった」 美衣って、けっこう、えむ? あるいは我慢強いだけかな。 本当に痛かったら悪いから、やめておこう。 「は、ん……」 「美衣……あっちの鏡に俺たちが映ってる」 「あう、本当だ」 「やらしいこと、してる」 「うう……ッチな格好……してる」 「自分のことじゃないか」 「たくみが、お、おち○ちんなんて……私のおっぱいに挟んでるからでしょう」 「美衣の胸で、オナニーしていい?」 「え、ええ。いいけど……」 「ん……はぁ、はぁ……」 「なんか、変な感じ、私のおっぱいのあいまを、たくみのが、ごしごしってしてる」 「すごい、熱いし」 「美衣のおっぱいの感触で、いっぱい感じてるからだよ」 「そうなの。変なの……。下より、きもちよかったりするの? それって」 「そりゃ下の方が気持ち良いけど……」 「こっちは、眺めが、すっごくイイから」 「眺めがいいって……」 「おっきなおっぱいが俺のペニスをふにゅって包んでて。エッチにゆがんでる感じ」 「あうう。そんな詳細に説明しなくていいよぉ」 「美衣が聞いたんじゃないか」 「そうだけど……」 「ん、はぁ……はぁ……」 「はぁ、はぁ……。いつもそうやってオナニーしてるの?」 「もちろんおっぱいのかわりになるものはないから、手だけど」 「そ、そっか……」 「はぁ、はぁ……」 「じゃぁ、美衣も手伝って?」 「ど、どうすればいいの?」 「胸で、俺のを、しごいてくれたらいいから」 「う、うん。分かった……。やってみる」 「ん……」 「こう、かな。分からないよ」 「しょ……と。うん、しょっと」 「よいしょ、よいしょ……」 「あ、んん」 「ど、どうかな……」 「ん、気持ちいいけど」 「ちょっと、単調かな」 「単調って言われても、こんなの……ん、こし、こし……」 「リズムにのせてみれば、良い感じかも」 「リズム?」 「ドラゴンバーガーの歌とか」 「いーつーでーもー」 「はぁ、はぁ……」 「ドラゴンバーガー」 「は、ん……」 「ドラゴンバーガー」 「あなたと一緒に……」 「ああ」 「うあ……で、出た……」 「ふあ……」 「はぁ、はぁ……く、くさいよぉ」 「はぁ……はぁ。ごめん」 「いっぱい、だしたんだね……」 「うん」 「びくんびくんって震えながら……まだ、出てるよ」 「なめてみて」 「え、うん……ぺろ」 「どう」 「わからないけど。べたべたするよ」 「ちゅ、ん……」 「ちゅる……。ちゅむ。ど、どうかな。きれいになったよ」 「ありがとう」 …… 「で」 「終わり?」 「……お、終わりでしょ」 「でも、ここ、こんなに……濡れてるみたいだけど」 「あうっ」 「美衣はエッチだな」 「しょ、しょうがないじゃない……」 「俺は出したから、終わりにしていいけど」 「美衣は?」 「お、終わりで……いいもん」 「……」 「美衣」 「もう我慢するのはやめるって言ったじゃないか」 「うう……」 「じゃないと本当に終わりにするけど……」 「ま、まって……っ」 「うん?」 「ずるい」 「たくみだけ、いっちゃうのは、ずるい」 「私も……」 「私もエッチしたい」 「どういう」 「え、あの……それは……あの……」 「たくみのおち○ちんを、私の中に、ぶすって……してほしい……です」 ぶすって。 「でも美衣」 「今、だしちゃったばかりだから、せーしがいっぱいついてるけど、いい?」 「子供ができちゃうかも」 「あう……そうだね……」 「でも、でも」 「したいのっ」 「分かった」 「って、ゴム持ってるんじゃないの」 「あはは」 「美衣は真面目だから。しないと、怒るだろうなって思って。用意してきました」 「誰が相手でも、ちゃんとしなさい」 「誰が相手でも?」 「や……」 「私だけ、相手にしてほしいけど」 「うん……」 窓によりかからせて、あらわになったお尻を向けさせる。 「ね、ねぇ…」 「うん?」 「ダメだよ。これじゃぁ、丸見えだよ」 「そうだね」 「す、するなら……カーテンしめよ」 「ううん。このままがいい」 「え。え……だめ、だよ」 「ちょ、外から見えちゃう……っ。エッチしてるの、見えちゃう」 「店舗の裏手で、向こうは民家の壁になってるから、誰も通らないよ」 「そんなこと言ったって……こんな、おっぱい、丸出しで……っ。あ、あああ」 ずちゅ、ずちゅ……。 戸惑う美衣に、かちかちになったいちもつを挿入していく。 「あ、あああああ」 びりびりと背中をふるわせてのけぞる美衣。 「何を恥じることがあるんだ。こんなに立派なのに」 「そんな問題じゃ、ない、でしょっ。だめなんだから、昼間から、こんなことしてるの、見られたら」 「や、だ……め。あ、あ、あ」 「こんなの、恥ずかしいよぉ。だ、だめっ。あ、あ、あ」 「じゃぁ、はやくいけたら、終わりにしよう」 「え……う、うん。分かった……」 「はやく、いけば、いいんだね。あ、あ」 「ん、はぁ、はぁ……あ、あっ。あ」 「はぁ、あ、あ、あ、あ、ああ!!」 「はやくいかないと、誰か来ちゃうかもしれないよ」 「だ、だってぇ……そんなにすぐ、いけないっ」 「じゃぁ、誘導して」 「え」 「美衣が、誘導して。感じるところ」 「そんな……っ。恥ずかしいよ……」 「でもはやくしないと、誰か来るよ」 「ぅぅ……」 「どこ」 「あ、んん……! 上の方、お、おち○ちんの先で、こすられると、気持ち……いいかもしれない……っ」 「分かった」 「このへんかな」 「あ、ふぁっ。そ、そこ……っ」 ぐい。 「や、ぁぁぁぁ──」 びくんびくんと、美衣の白い背中がこきざみに震える。 これは、まさか……。 「もういっちゃったの?」 「あう……」 「むしろ早すぎるような……」 「え、あ、だって……だって……」 「さては、恥ずかしいのが、逆に、前より感じさせた?」 「あ……っ」 「ば、馬鹿いわないでよ。これは、ただ、ドキドキして」 「ドキドキって。やっぱり感じたじゃないか」 「うう……」 「いーなー。オレにもくれよー」 「あはははっうふふっははっ」 「なんか、声が聞こえてくるよ」 「そういやあっちに保育園があったな……」 「さっきの子供達が通ったら、どうしよう」 「え。え…」 「だめだよ、こんなの、見られちゃったら……がっかりさせちゃうよ」 「そうかな。もっと美衣のこと、好きになるかも」 「そんなわけないじゃない」 「だって、こんなにきれいで、可愛いのに……」 「ひゃぁ!」 「み、耳元で、変なこと、ささやかないでよ」 「なんで変なことなんだ。可愛いって言ったのに」 「うう、だって……そんなこと言われたら。私……」 「は、あ、あ、んん! ああああ!!」 「可愛いよ」 「あ、やぁ……っ。あ、んん!」 「んん、ほら、さっきから、膣がいっぱい反応してる」 「見られるかもしれないって思うと、美衣は興奮するんだな」 「ちが……っ。そんなんじゃ、ない……っ。は、あ、あ、あ」 「やっぱり、アイドルになるべきなんだよ」 「それが向いているんだ」 「あ……」 「もしかして、私を励ますために、こんな?」 「え」 「そ、そうだ。気づかれたか」 「って……嘘だな」 「ほんとだよ。ほら、大舞台で、強くなるために。もっと、声を出して」 「え。え」 「出せないなら、出せるようにするしかないな」 ずちゅ、ずちゅ。 「ああ!!」 「あ、あっ。あ、あっ。あ、あ、あああ!」 「あ、あ、んん! だめぇ。お外に、聞こえちゃうよっ。だ、だめぇ」 「あ、あ、や、ふぁ」 「いっちゃう!! また、またいっちゃうよ! 声がとまらないの。見られちゃうっ」 「でも、見られちゃうと思ったら、こ、興奮してもっと気持ちいいの」 「私、私……だめな子、なのかな。こんなの、やらしいよ」 「ダメな子じゃない。ただ……」 「ただ変態なだけだよ」 「い、意地悪。ふえええんん」 「でも、言われて、いっぱい、美衣の中、反応してるよ」 「あ、ぐ……すごい、しめつけて、気持ち、いい」 「もう、もう、出そう、だ。はぁ、はぁ、美衣……っ」 「あ、ふぁっ。たくみのおち○ちんも、いっぱい、私の中、気持ちよくしてるよ」 「私も、もうもう、また、いっちゃいそう。いっちゃいそうだよぉ」 「あ、あ、あ、あ」 「や、やああああああ」 …… 「うう……」 「も、もう……。本当に、君は」 「誰も通らなかったからいいものを」 「通ったらどうするつもりだったの?」 「俺からはちゃんと道の向こうが見えてたから、誰かきたら、美衣を隠すつもりだったよ」 「え」 「だって、他の誰にも、美衣の裸を見せるつもりないし」 「たくみ……」 「も、もう……そんなこと言われたら、私……」 しゃ。 と、手を伸ばし、美衣がカーテンをしめる。 「ね、ねぇ……」 「今度は、気にせず、いっぱい、しよう?」 「え」 「わかった」 「いっぱい、しようか」 「う、うん……」 「ん、ちゅ……」 「ちゅぅ……」 この春に、一人の少女がデビューをした。 三好春菜の活躍はすさまじいものがあった。 彼女と気づくものはいなかった。 本当は、もう一人、いたはずだけど……。 そして君はいない……。 「お疲れ様です」 「ねぇねぇ。来週、お仕事の依頼がきてるんだけど」 「平日はだめです」 「ええ」 「学園にもちゃんと行きますし」 「あまり大仰なことはしたくないんです」 「このお仕事興味はあるけど、今までの生活も大事ですから」 「そうはいっても、いろんな人の期待があるでしょう」 「知りません」 「人のことばかり考えて、我慢しないって……」 「言われたんです」 「誰に?」 「へ」 「誰だっけ……」 「店長に言われたんでしたっけ」 「いんや」 「まぁ確かに、我慢しないのは私の信条だけどな」 「誰か、いたっけ……」 「まぁ、そんなことより」 「なんで、春菜ちゃん、芸能活動するのにこっちの事務所に通ってるのかしら」 「うちの秘蔵っ子に変なことしやがったら、ゆるさんからな」 「芸能プロダクションというと、いたいけな女の子に、いかがわしい営業活動させたり、そんなんばっかりだろう」 「しないわよ……少なくとも、うちは」 「…」 「どうした。美衣」 「あの、私が三好春菜って知ってるのって、店長と、マネージャーさんと……」 「あの、私のこと、いつ名前で呼んでくれるの」 「あはは。ごめんなさい」 「それで……」 「あの……誰か、いませんでしたっけ」 「うん? そうだったか?」 「知らんな」 「んー……」 「……」 「どうしてかな……」 「なんだか、何かを、どこかに置き忘れた気がする……」 「……」 俺は時計塔から、眺めていた。 桜並木を行く少女の、小さな頭を。 どこか戸惑いがちに歩く、姿を。 「どういうことだ、崑崙」 「あなたは物語だから」 「なに……」 少女は微笑む。 何もかも見透かしたような顔で、そのくせ……肝心なことは教えずに。 「あるところに二人の夫婦がいた」 「美しい男と美しい少女は自然ななりゆきといくつかの偶然をまじえながら恋におちた」 少女は語り出す。 何もかも知ったような口調で。肝心なことをぼかして。 「互いが互いを好きで。それだけで世界のなにもかもは、華やぎ。優しくなり」 「まるでおとぎ話のような時間が二人に訪れる」 「この世にこれ以上はないというほどの美しい瞬間に、二人は永遠を誓う」 「おとぎ話ならここでめでたしめでたしで終わるだろう。けれど、人生はそうはいかない」 「いつか少女は歳をとり、おばさんとなり、皺ができ、生活の疲れはかつての美しさを蝕み」 「貧乏は彼女の心をひがませ。夫とのすれ違いは、彼女の愚痴を多くする」 「一方の夫も、頭はうすくなり。腹が出て。いつでもどこか遠くを見ていた夢見がちな瞳はただ、繰り返される日々の暮らしをうつすばかり」 「あれほどみずみずしくお互いに満ちていた想いはどこかに消え失せて。二人はほとんど話すことすらなくなりました」 「いつか見た、あの美しいおとぎ話の面影すら、そこにはない」 「物語はどこにいったのか」 「消えたの」 「それは、一番美しい瞬間に、消えてしまった」 「それ以上続いたら、それは、やがて現実に浸食され、美しいものを失い……物語ではなくなってしまうから」 「だから、消えるしかないの」 「それが俺だというのか」 「ええ、あなたは、物語だから」 「そしてこの世界に、物語をつむぐ魔法を使うために、ここにいる」 「あなたは、人に物語をつむがせる」 「望むもの、秘めたもの……それを、語らせる力がある」 「同時に、あなたは、相手と恋におちる」 「ラブストーリーを描くの」 「ふん……」 「気持ち悪い、魔法だな」 「あなたは、ある試練を前にして、全てを失ってしまった」 「けれど、力を取り戻し、再びそこに戻るとするなら」 「物語を、つづりなさい」 「……」 「恋をしろと言ったのは、こういうことだったのか」 「そうよ。恋をしなさい、ジャバウォック」 「それで……」 「好きだった人はどうなる」 「どうもならないわ」 「ばかな」 「……ああやって、美衣は何も知らず、取り残されるのか……」 「くすす」 「何がおかしい」 「取り残されるのは、あなただわ」 「あなたはずっとそうだったの」 「だから、あなたは……物語の最果てを目指した」 「繰り返される物語を終わらせるために」 「……」 「美衣」 「美衣ってさー」 「なに」 「好きな人とかいないの」 「え……」 「や……いないよ?」 「そうなん。美衣狙いってなにげにいるからなぁ」 「何言ってるの……」 「んー。少し、髪切ろうかな」 「いやいや、これ以上短くしてどうするの」 「だって、邪魔だし」 「まぁいいんじゃん。美衣に髪をのばされて、眼鏡外されたら、美衣の眼鏡は封印だよね」 「なにそれ」 「あのねぇ」 「うん?」 「私、日記をつけているの」 「うん」 「なんだか変なんだ」 「この春の日記……読み返してると、腑に落ちないというか」 「だからなによ」 「抜け落ちているような気がするんだ」 「一人で過ごした記録ばかり残っているんだけど……なんか腑に落ちないというか」 「私、そこまで、いつも一人で過ごすタイプじゃなかったよ?」 「いや、そう言われても…あんたが書いた日記なんでしょう」 「そうだけど…なんかね」 「ほんとは、なんだか、そこに誰か、いたような気がするんだよね」 「美衣……」 「やっぱり、さびしいんじゃないの」 「いや。そう、なのかな……」 「今度合コンセッティングしようか。美衣なら、大歓迎だよ」 「ばいばい」 「あの、17時から予約していた柏原と言います」 「柏原? ううん。ないわね」 「ええ」 「17時からは、三好春菜、って子が入ってるみたいだけど」 「三好春菜って……え。もしかして、あなた」 「店長の馬鹿!」 「なんでそっちで予約するかなぁ。ばれちゃうじゃない」 「切るの、また今度にしようかなぁ……」 「あれ、理容店がある」 「ちょっと前までは美容院じゃなくて、こんな感じのお店で切ってもらってたし……いいよね」 「でも営業してるのかな……?」 「ごめんください」 …… 「あの……」 「ごめんくださーい……」 「不思議なお店だなぁ」 「って、なんで私、こんなところに」 「どうも」 「ごめんなさい、私……あの」 「カット?」 「う、うん……やってるの?」 「うん。どうぞ」 「…どうも」 「どんな感じにしようか?」 「え。えええと」 「アイドルみたいに、切ってください……」 「は?」 「……アイドルみたい、か」 「いや、それはじょーだんで」 「もう、なれたじゃないか」 「え……」 「三好春菜ちゃん」 「分かるの!?」 「分かるさ。職業柄、お客様の顔はよくよく見てるから」 「それに俺、ファンだし」 「そ、それはどうも……」 「あの、このことはどうか秘密に」 「分かってるよ。ただ、そのかわり……」 「そ、そのかわり?」 「……」 「あ……」 「サインちょーだい」 …… 「いやぁ。このさびれた理容店にも、少しは客が増えるかな」 「お言葉だけど、ここ……入ってくる時点で、けっこう敷居高いと思うよ? 入ってきた私が言うのもなんだけど」 「ふ」 「じゃぁ、カットをはじめようか」 「終わりました」 「わぁ」 「なんか、ステキ」 「…ありがとう」 「……」 「でも、こうして見ると、ライブをしてるときとは、やっぱり雰囲気が違うね」 「あはは。大分、違うでしょう。だからバレないんだ」 「そうだろうな……」 「でも同じ柏原じゃないかな」 「三好春菜を……」 「かりそめの自分なんて、思わないことだ」 「え? ……う、うん」 「……」 「え……」 「あの、桜井君は……」 「誰もいない」 「そうだ」 「たくみ?」 「……たくみなんだよね?」 「……どうして」 「……」 「どうして、なにも言わずに……」 「……」 「………バカ」 「ばかやろう……っ」 「ばかやろう!!!」 「うん?」 「美衣、最近、雰囲気変わった?」 「そうかな。変わらないけど……」 「なんかぐっと女の子らしくなっちゃって……」 「いや、前までが女の子らしくなかったとか言いたいわけじゃなくて」 「なんかこう、ぐっと雰囲気が出ちゃって、男子とか、めっちゃうわさしてるよ」 「そうなの? ありがとう」 「なにかあったの?」 「……」 「あのね」 「うん」 「失恋したんだ」 「うぇ」 「まじですか」 「まじです」 「え、うちの学園の奴?」 「今は違う」 「そうなんだ」 「はー。でも、バカな男もいたもんだねぇ。少なくとも、今の美衣を見たら泣いて後悔するだろうね」 「ぐっときれいになったし、これを振る男子なんて、世界のどこを探してもいないね」 「いや、前がきれいじゃなかったとか言いたいわけじゃなくてね」 「分かってるよ。ありがとう」 「よし」 「合コン行こう。合コン行って、男を釣って、振りまくろう」 「んー……」 「いいや」 「新しい恋って気分じゃないかい」 「そうだね。まだ」 「美衣……」 「あのさ。まだまだ言ってたって、つらいだけだよ」 「うん」 「そうなんだけどね」 「つらいんだけどね」 「もう少し、大丈夫だから」 「もう少し、待ってみようと思うんだ」 「……」 「ほら、私って我慢強いから」 昔、昔のその昔。 砂漠の国の、王宮に、若くて美しい王子様がいました。 夢見がちで、女好き。 雄弁な、ロマンチスト。 ジャバウォック王子……。 まっすぐな瞳で夢を、愛を語る流麗な顔立ちは、多くの女性を虜にします。 王子という身分も手伝って、手当たり次第、夜次第……奔放な生活を送ります。 けれど、それでも恨まれないのが、不思議なところ。 その仕草や語り口調には、えもいわれぬ華があり、聞くものすべてを、幸福にします。 どんな夢物語も、王子が語れば、まざまざとその光景が浮かび上がり、もう明日にでも実現するのではないかと、聞く者全てを引きつけるのでした。 先の王が亡くなり、あとを継いだ王子は、王として最初に、こんなことを言いました。 永遠に止まらない時計塔を建てよう。 時間は誰にも平等に流れる。時計は誰にでも平等な時間の進みを与える。 違うものを食べ、違うものを着て……違う仕事をして。 国にはあまりに様々な人達がいる。それら全ての人にとって必要なもの。 大きな時計塔。ただ……時間だけが平等だ。 そして永遠に時を刻む時計は、終わることのない国の繁栄を象徴するだろう。 多くの臣は異を唱えませんでしたが、ただ祭祀達は憤慨しました。 全ての人に平等を与えるのは、神です。 永遠なるものは、神だけです。 あなたはそれになりかわろうとしているのではないですか。 確かに、王は信じていませんでした。神を。 どこかの誰か……自分以外の誰かが語る、夢の、物語なんて。 時計塔を建てるのだ。 それはきっと、国の、王の、臣の、民の、心を一つにするだろう。 それもひとつのおとぎ話。 時計塔の建設がはじまります。 大きな大きな時計塔。 それは、町のどこからでも眺められる場所に、どこからでも眺められるくらいの高さで建っていなければならない。 けれど王様になりたての大事業。 時計塔の建設は思うようには進みません。 そしてどれだけの職人を招いても、永遠に止まらないからくりなど、作ることは出来ないと、首を横に振られるだけでした。 それが出来るとしたら、魔法だけだと。 ならば魔法使いを招けば良い。 王は、使者を遣わせて、異国より、魔法使いと言われるものを次々に王宮に招き住まわせました。 そのほとんどのものが、王に、永遠に時を刻む時計塔の実現を約束しましたが……ただ一人も、その成果を出すことはなく。 彼らは王宮に滞在しながら、格別の待遇を受けて、贅の極みを尽くすのでした。 そうこうするうちに、いくつもの問題が立ち上がります。 「王様、町外れに、賊が現れました」 「王様、東の水路が干上がっています」 「王様、国の財がもちません。民より臨時の取り立てが必要かと」 「王様、民は怒っております」 「王様……」 「大丈夫」 「大丈夫」 王様の言葉はいつでも力強く、その目はまっすぐで……聞くもの皆が、大丈夫だと、いっそう頑張るのでした。 けれど、王様の下す指示は……その多くが、裏目に出てしまい、実際の効果をあげるには及びませんでした。 ゆっくりと、国は疲弊し、荒れていきます。 食うものに困り、人心が乱れるに至り、ついに誰をも引きつけた王様の夢物語にも、誰も耳をかさなくなりました。 時計塔は、未完成のまま、放置されています。 そして、王様、なにもなしとげられず。 口にした夢は、夢と消え。 また明日。またいつか……今はまだ。 やがて国から、夢は消え。 「王よ、あなたでは無理だ」 「国はもたない」 「王よ」 「あなたは、ずっと我々に、美しい物語を語りつづけた」 「そしてそれはただ、物語だった」 「何一つ、叶えられることはなく……」 「あなたは……嘘つきだった」 「嘘ではない」 「私は信じていた」 「私の語る、未来が……確かに、実現されることを」 「この国が楽園となることを」 「ただ……」 「……」 「力が及ばなかった」 「すまない」 ついには臣から見放され……王は、王宮を……国を、追放されました。 それでもなお王を信じる、数少ない家来をともなって、一行は、砂漠を行きます。 「王よ。どこへ行きましょう」 「西へ」 王は言いました。 その顔は、今ではどこか晴れ晴れとしていました。 「そこに、楽園がある」 「楽園が?」 「厳しい旅になる。けれど、歩こう」 「そこには草木が茂り、鳥が歌うオアシスがある。そこで俺たちは、再び、国を作るんだ」 「民は増え……そうだ、今度こそ、時計塔を作ろう」 今度こそ……。 王は、そう思っていました。 王について来た中には、多くの魔法使いがいました。 王の追放とともに、魔法使い達も城を追われました。 その中には詐欺師もあり、本物の魔法使いもいましたが、共通しているのは皆が、長い流浪の旅を経験しているということでした。 彼らは、放浪に慣れた者達の寂しさとたくましさを備えていました。 彼らが語る物語は、従者達の心を休ませ、希望を与えました。 自分達だけじゃない。世界には多くの苦しい旅があり、そして旅には……多くの美しいものがありました。 「それはずっと東の国だ」 「東というと、華の国か」 「いや、さらに海を越えた先にある、島国だ」 「知っているぞ。それは、黄金の国と呼ばれている国じゃないのか?」 「そうだ」 「しかし、実際に俺は訪れた。そこで見たのは黄金ではない」 「もっと美しいものだ」 「なんだ?」 「桜さ」 「桜?」 「薄桃色の、うすい花弁がいくつも重なって咲く、花さ」 「バラみたいなものですか?」 「違います。王女。桜は樹の枝に咲くのです」 「そして、バラよりも、もっとなんていうか……儚いものですよ」 「春になると一斉に咲き、そして一斉に散ってしまうのです。10日もしないうちにね」 「不思議な花ですね……」 「ええ。不思議なのです。そしてそれゆえに美しい」 「なんだか信用ならない話だな。お前の、魔法と同じで」 「なんだと??」 「私も……」 「知ってる」 ずっと後ろの方で黙っていた一人の少女が、つぶやきました。 「その花を、見た」 「それはとてもきれいだわ」 いつも他人事のような顔をしている少女の目が、とても懐かしいものを見るように、優しく細められています。 その様子が、桜という花の美しさを、どんな言葉よりも如実に語っているようでした。 「へぇぇ。どんなのだろう」 「王様、いつか私達をそこに連れて行ってください」 「いいだろう」 「いつかきっと、訪れようじゃないか」 いつか砂漠を抜けて、緑あふれるオアシスにたどりつき……さらにその果て、薄桃色の花が咲き乱れるという、東の不思議な国にたどりつく。 世界は……永遠なのだ。 その予感は、凍える夜にあって、皆を暖める優しい物語となりました。 …… しかし、いっこうにオアシスにたどりつくことはなく。 そうと見えたものは、蜃気楼として消え去り。 「もう少し、もう少しだ」 「たどりつくだろう」 語る瞳はまっすぐで、確かに……未踏の砂漠の果てには、水をたたえ草木の茂るオアシスがあるのだと、一行に信じさせます。 だけど……。 「もう少し」 「明日には……」 オアシスにたどりつくことはなく。 そして、誰もが疲れ果て。 口にした夢は、夢と消え。 また明日。またいつか……今はまだ。 とうとう、一人の者が口にしました。 「王よ……」 「楽園などないのではないですか」 「王宮から出たことがないあなたが、それを知っているはずがない」 「王よ。あなたは、王として、何一つ、実現できなかったではないか」 「そして私達を、破滅へと導こうとしているのではないですか」 「叶えられない、おとぎ話ばかりを語って」 「……」 「そんなことない!!」 「アリス様……」 「王は、嘘つきなんかじゃない」 「アリス」 「王はきっと、連れて行ってくれるから。私達を、楽園へ」 「進もう。皆」 「その先に、楽園があるから」 「そうでしょう、王様」 「……」 「……あぁ」 「俺を信じろ」 「皆を、楽園へ連れて行く」 「…………」 誰もが王様のホラ話から、離れ……見放しても、彼女だけは、一心に王を信じてついて行きました。 もう誰も、何も語らなくなりました。 ただうつろな目で、砂漠を行きます。 だけど、王女だけは、ずっと力強く前を見て……歩き続けます。 王女だけはいつまでも、王を信じている。そんな顔でした。 いつからか、王は、王女の顔を見ないようになっていました。 今、自分は……彼女のように、彼方にあるはずの楽園を目に映して、歩いているだろうか。 いや……もう、そこには、何も映っていないのだろう。 そして今、少女と顔をあわせたなら。その時少女は悟るだろう……。 いくら歩いても、もう、この先に、何もありはしないということを。 そして……。 …… 背後で、何かが落ちる音がして。 「え」 砂漠の上に倒れ込んだ少女が、苦しげに、王を見上げています。 「アリス!!!」 「王……」 「大丈夫」 「見えているのです」 「王の語る未来はいつも美しく」 「私はそれを聞いているだけで、幸せになりました」 「どうか……」 「皆を、私を連れて行ってくださいね」 「楽園へ」 「アリス……」 少女は静かな眠りにつきます。 その顔は安らかで……最後まで王を信じ、楽園を信じた、証が残っていました。 そのとき王の隣には、一人の少女がいました。 もはや誰も話ができるような状態でもなく、王女が倒れたことに、取り乱す体力すらありません。 ただその少女一人だけが……出発前となにも変わらない涼しげな顔で、じっと王を眺めています。 …… 「俺は……」 この異邦の少女に、王は打ち明けます。 きっと誰でもよかったのでしょう。ただ、隣にいたから……。 「俺は……」 それまで決して、誰にも、口にすることのなかった、告白を。 それをしてしまえば、彼の全てが否定される、呪いの言葉を。 「俺は、大嘘つきだ」 「罪人だ」 「しかし信じていたのだ」 「俺が口にしてきた全てのことを……その瞬間、確かに、実現できるのだと」 現実はいつも思うようには行かず……。 「そして俺は……」 「何も果たせなかった」 「……」 静かな時間が流れました。 砂漠の砂が風に吹かれ、王の頭をなでていきます。 さらさらと……。 いや、その感触は、風ではなく。 少女がまとった、ベールでした。 「嘆かないでください、王よ」 王の頭上に、声がふってきました。 それはひそやかで、繊細な楽器の調べのような、優しい、声でした。 王は少女の顔を見ます。 少女は踊っていました。 誰もが疲れ果て……楽園の姿は見えず。 それでも少女だけは、王宮にいたころと何も変わらない様子で、ふわりと踊っています。 「風はどこでも、風でしかありません、王よ」 いつかの晩餐で、少女がそう呟いたのを、覚えています。 …… 少女は踊り続けます。 どこからか、楽器の音が……人々の賑わいが聞こえてくるようでした。 従者達が皆、一時……疲れを忘れて、少女の踊りに見入ります。 黒い髪に、黒い瞳。遠い異国の匂いをまとった、少女。 そう……確か、時計塔を作るために、王が招いた魔法使いの一人でした。 「何も救えなかったなどと、言わないでください」 「少なくとも、私はあなたに救われました」 「え……」 「生まれた時より、私には不思議な力がありました」 「人はそれを魔力と呼びました」 「あるいは、もっと別の呼び方をされることもあったのでしょう」 「奇跡だとか……」 「けれど私には、その力の使い方が分からなかった。求められるままに、いたずらにそれを行使し……」 「だからそれはいたずらに使われ、人を救うことはなく」 「ただ、私は、魔女と呼ばれました」 「迫害され、追われ……故郷からはるか遠い、このような国までやってきたのです」 「そして、あなたに会い……はじめて私は、見つけました」 「人にはない、この力を……いかに使うべきだったか」 「この力で何を実現するべきだったのか」 「王よ。いつもあなたは民に、語っていましたね」 「美しき国の、楽園の物語を」 「それはおよそ現実性のない、夢物語で……あなたには実現する力がなかったかもしれない」 「けれど……」 「それは確かに美しかった」 「徒と消えようとも」 「それがあなたの口をついて仮初めにも生まれた時、涙をさそうほどに美しかったことに、変わりはないのです」 「それは、私がかつて遠い異国でみた花……桜のような」 「だから、あなたに、使ってほしいのです」 「私の魔力の結晶たる、この本を」 少女は一冊の本を差し出しました。 「これは……」 「竜の書です」 「竜の書?」 「魔法とは、この世の摂理に許されない力」 「神が定めた秩序を破壊し、許されざる望みを叶えんとするもの」 「そのものは、やがて竜になるでしょう」 「どこにもいないはずの、幻想の、生き物」 「これは竜となり、神に反逆するための書です」 「神に反逆するための、書?」 「……」 「お前は悪魔か」 「魔女です」 「なんでもいい」 「俺はまだ、続けられるのか?」 「自らが口にした、未来をなにひとつ実現できず……信じてついてきてくれた者達を、楽園に連れて行くことができぬまま、失意にうちに、朽ちさせて」 「俺は嘘つきにはなりたくない」 「なりたくないのだ」 「ならば、終わらせないことです」 「夢は終わらなければ夢ではありません」 「おとぎ話は、終わらなければ、おとぎ話ではありません」 「長い長いおとぎ話を語りなさい」 「終わらないおとぎ話を」 「神に反逆できるほどの悪魔に……竜におなりなさい」 「どうすればいい」 「となえなさい」 「となえる? なんと」 「……」 「あなたが求めた夢が……愛が……旅が」 「おとぎ話が」 「永遠なれ」 竜は、従者達を抱え、飛び立ちます。 楽園へ。 砂漠の向こうにあるオアシスへ。 いいや、どうせなら……もっと遠い遠い楽園へ。 この翼があれば、どこまでも行ける。 東の果ての、島国の……薄桃色の、儚き花が、咲き誇るという、その美しい国に。 おとぎ話のような国に。 今の俺なら連れて行ける。 そうだ。 今度こそ、そこに時計塔を建てよう。 それを見上げながら、美しい森で、俺たちは永遠におとぎ話を生きるんだ。 桜がちらちらと散り続ける、森の片隅で、少年は日記を開きます。 その横で、魔法使いの少女が静かに立っています。 「なぁ……こうして、永遠に俺たちは、存在できるのだろうか?」 「ええ。そのために」 「おとぎ話を集めてください」 「おとぎ話を集める?」 「この世に、ありえない物語を」 「神に許されなかった、物語を」 「あなた自身が語るのもいい」 「この時計塔に集う人達に語らせるでもいい」 「あなたは竜という物語です」 「そんな夢を餌にして、あなたは生きていきます」 「いいだろう」 「おとぎ話を、広めよう」 「この国にも……」 「永遠に」 「王よ」 「民は怒っている」 「王よ」 「あなたは嘘つきだ」 「王よ!!!」 「……」 「夢、か」 「怖い夢を見た」 …… 「ここは……」 「おはよう」 「……」 「……」 「おはよう……」 「私が、分かる?」 「お前は……」 「藤田、崑崙…」 「ええ」 「俺は……」 「長い時間、眠っていたような気がする」 そしてゆっくりと、眠りにつく前の記憶がよみがえる。 「それじゃぁな、二人とも」 「カーテンコールだ」 「俺は、確かに……零達と」 「そうだ……あれから、どれくらい経ったんだ?」 「丸々一年ってところね」 「そうか……一年も眠っていたのか」 「正確には、消滅していたのよ」 去年の春、俺は……記憶を失って、森で目覚め、カノンちゃんと出会った。 そうして……学園に通い。 時計塔で歌音と対峙し、魔力を使って、消滅した。 そもそも、一年前に、記憶を失った理由……わからずじまいだったんだよな。 試練だと言っていた。 あれはなんだったんだろう。 「それにしても……目覚めが悪いよ」 「なに」 「いや、国の財が尽きて……家臣達から、糾弾される夢をみた」 「ふぅ……まったく。夢でよかったよ」 「……」 「いいえ」 「それは現実よ」 「あ」 「……」 「王よ」 「お金がない」 「ホコリっぽいわね……少しは掃除をしないの?」 「するわけがないだろう。俺を誰だと思っている」 「王とは何をするものか」 「夢を語るものだ」 「だったら、しょっちゅう連れ込んでいた女の子にさせればいいのに」 「もってのほかだな。愛した女をメイド扱いなど」 「……かわらないわね」 「この国には、かすみを食って生きていくわけにはいかないって言葉があってね」 「この部屋、かすみには困ってないみたいだけど。それじゃぁやっぱり腹はふくれないわ」 「なにが言いたい」 「言ってるじゃない。お金が尽きている」 「そもそも、俺達には無尽蔵に、金がわいてきていたはずだが」 この身が幻なら、それを構成する1つ1つのもの。 俺達と、世界をつなぐものもまた、幻だ。 俺を離れれば葉っぱに変わるわけではないが、それはそっと、誰にも気づかれないようにこの世界から消滅しているのだ。 「それは、あなたが、数々のおとぎ話を生み出していたから」 「その副産物として、そのおとぎ話の小道具としてついてきていただけだわ」 「なるほど……」 そういうものだったのか。初めて聞いたな。 「このまま魔力を失っていけば、やがては、俺はすっぽんぽんになるということか」 「その前に、存在ごと消えるでしょうね」 「あなたは美しい世界を過ごしたい。楽しい世界を過ごしたい。苦労のない世界を過ごしたい……」 「そういう物語を語り、物語は生まれた。お金は、そのための、副産物だった」 「俺は……」 「まぁ、その辺の事情は置いておいて」 「私は何度も忠告したはずだわ」 「このままでは厳しいって。節約してって……」 「ちょうどその頃、あけみちゃんに入れ込んでて」 「知らないわ」 「そうじゃなくても。夜な夜な女の子におごっては、散財してたじゃないの」 「だって……」 「それで物語を語れたかといえば……そうでもなくて。ただ女の子と遊んで、それだけじゃないの」 「あはは」 「このままでは、じり貧よ。お金を稼がないと」 「なんで王の俺が……そんなことを」 「生きるためだわ」 「生きる、ため……」 「みもふたもねぇ」 「はぁ……しょうがない」 「しかし、崑崙。1つ言っておこう」 「なに?」 「俺が金を稼ぐとなったら、ただでは済まないぞ」 「それもまた1つの物語としよう」 「……ご勝手に」 「何、高そうな紅茶を飲んでいる」 「これ?? だ、だって……朝は、いつもフレーバーティーじゃないと、目覚めが」 「うるさい。没収」 …… 「で……金を稼ぐって話だっけ。どうするんだ」 「自慢じゃないが、金をとってくるような、スキルやツテは、何一つとしてないからな」 「ここはどこだと思っているの?」 ……言われて、部屋の中を見回す。 「俺の家だ」 「そうじゃないでしょう……」 「あ……店って、理容店をってことか?」 「そうよ。経験があるんでしょう?」 「まぁ、ちょっとは手伝っていたからな」 「カットもたまにはしてたが……まぁ、たまにだな」 「ダメ男ね」 「う……」 「いやいや経験はあるが、問題もたくさんあるだろう」 「第一、こんなぼろい店に、誰が来るんだ」 「全体的にじゃなくても、ちょいちょいと変えることが出来ないの」 「はは。金も生み出せなくなっている俺に、そんな力があるわけがないだろう」 「そうよね……これでやるしかないってことか」 「問題ないさ」 「素人さんは、どうしても見かけにこだわりがちだが……」 「ようは、腕だよ。自らの美という、命の次の何番目かに大切なものを、託すんだ」 「美容師ってのは、立派な、職人であり……その腕こそが、客を集め、物語がはじまる」 「カリスマ美容師、はじまるぜ」 …… 「で……」 「来ないな」 「誰も来ないわね」 「一応、表に看板も出したんだがな」 「事実をそのまま書いているだけだ」 「たまに、ちらっと店内を覗いて去って行く客が少しばかりいるだけだな」 「はぁ……」 「ちょっとやそっと掃除したからといって、このさびれ具合は、どうしようもないわね」 「崑崙、お前、表に立つんだ」 「なんで」 「美しい少女の一人でも立って客引きしていれば、ほいほい誘われてくる男子もいるだろう」 「しかし、男客なんて、あまりうれしくないな……まぁ、背に腹はかえられん、か」 「美しい……少女」 「なんだ?」 「いいえ」 「しょうがないわね……やってみるわ」 「そうだ。店の名前、なんだっけ?」 「よくぞ聞いた」 「サンクチュリア」 「……」 「サンクチュリアにどうぞ」 「カット、サンクチュリアにどうぞ」 「良い感じに切ってくれますよ」 「サンクチュリアにどうぞ」 「なにここ?」 「サンクチュリア」 「へぇ」 「なんか怪しいぞ。料金表も出てないし。ぼったくりじゃね?」 「いいから、ちょっと入って見ようぜ」 「いらっしゃいませ」 「本日はどのようにいたしますか?」 チョキチョキ。 「……ここ、なに?」 「理容室、サンクチュリアですがなにか」 「……」 「ガールズバーじゃないの」 「あぁ?」 「理容室、サンクチュリアです」 「……」 「君可愛いね」 「ありがとう」 「それじゃぁさようなら」 …… 「……完全に、別の何かと勘違いされたじゃないか。お前、妙な呼び込みしてるんじゃないだろうな」 「普通よ」 「客引きする理容院なんて、ほとんどないからね……まわりは、居酒屋とかが並んでるし」 「看板を出してもダメ。客引きをしてもだめ。どうする?」 「知らないわ。あなた、理容室で働いていたんでしょう。知ってるでしょう」 「俺は発案しただけで、経営に関係してたわけでもないっての」 そう。あいつの気を引くために、でっかい美容院を作ろうと言い出しただけで。経営も何もかも、丸投げだったからなぁ。 「はぁ。役立たず」 「なぬ。お前こそ、さっきからぐちゃぐちゃ言ってるだけで、何も貢献してないじゃないか」 「表で客引きしたもん」 「その程度、猫でも出来るんだよ」 「いっそ、水着姿で、やってみろ。瞬く間に、おにーちゃん達が集まるだろうよ」 「……いら」 「あぁ、やってやる。水着でやってやる」 「ま、まて……」 「ぐるる」 「こえええ。怒ってらっしゃる」 「分かった。真面目に考えよう」 「しかしやっぱり、ノウハウがないな」 「理容室の経営について、何か知ってる奴がいればいいんだが」 「そんな都合の良い知り合い、いるかしら?」 「待てよ」 「一人いた……」 「ぶほほ……」 「良いお天気だなぁ」 …… 「栗原進!」 「なにやら僕の名前が呼ばれたような気がしたけど……」 「聞きまちがいか」 「『今ならモーむす』、あたりを聞きまちがえたんだろうな。栗原進……今ならモーむす……似てるかも。ぶほほ」 「ぶほぉ」 「今ならモーむすだよねぇ」 「もーにん、むむむ。うぉううぉううぉううぉう」 「何を歌っているんだ」 「久しぶりだな」 「目、覚めたんだ」 「目覚めたというのも、おかしいかな。復活したんだ」 「……そっかぁ」 「お前……」 「泣いて喜ぶかと思ったら、てめぇも崑崙も、けろっとしやがって」 「ぶほほ。喜んでいるんだよ。これでも」 「お前の方は変わりないのか」 「ぶほほ。この通り、健在だよ」 「そうか、じゃぁ」 「えへへ。僕の心配して会いに来てくれたんだ。なんだか照れますねぇ」 「ちょっとこい」 「で……」 「ここを、繁盛する美容院に、するの」 途方にくれた顔で、店内を眺めている。 「どうしたの、いきなり」 「金が、ないらしい」 「それは、なんだか切実だね……」 「僕も少しは融通できたらいいんだけど」 「長い時間の中で、権利関係が複雑になっていてね……。僕でも、お店のお金を融通しようと思ったら、いろんな手続きを踏まないとダメなんだ」 「かく言う僕も、けっこうかつかつでね。五千円くらいなら貸せるけど……」 「いらん。部下から施しを受けるか」 「うーん。君らしいけど……」 「俺は俺の手で、金を稼ぐ」 「物語は、俺がつづる」 「もともと、お前、どうやってあの店を大きくしたんだ」 イチイチうっとうしい奴だな。 「君もいたんだから、覚えてないの?」 「実際の経営は、ほとんどお前に任せていたからなぁ」 「何か、華やかなことをしろとしか言ってないからな」 「そうだったね」 「で、あの店、なんであんなにうまくいったんだっけ?」 「最初の方に、一人、とっても腕の立つ子が入ってね」 「美人だったし、カリスマ美容師とか言われて、世間の評判になったんだ」 「雑誌なんかにも載って……。まぁ美容院自体、珍しい時代だったし。有名人まで来るようになってね」 「まぁ、とんとん拍子だったね」 「そうか。そんなやつがいたのか」 「そんな奴って……たくみ君、付き合っていたじゃないか」 「え゛」 「誰……」 「……」 「あ、あぁ。覚えてるよ、もちろん。あいつ、そんな奴だったのか。ただ美人だから声をかけたんだが」 「……君ってやつは」 「でもそうか」 「俺の見込みは間違っていなかった」 「卓越したカリスマ美容師が一人いれば、事は成る」 「つまり、俺。俺が物語を作る。おーけー?」 「……」 「ふと思ったんだけどね」 「なんだ?」 「カリスマ美容師って言われるものであって、自称するものじゃないんじゃないかしら……」 「……」 「時間がないんだろう。攻めていかないとしょうがないだろっ」 ゆっくりと扉が開く。 40代ほどの主婦が、おそるおそるという感じで入ってきた。 「いらっしゃいませ。カットですか?」 崑崙がすすっと進み出た。 「ええ。でも、カットはおいくら?」 おいくら? そういや、料金表も何も出していなかったな。 「……」 崑崙が俺をうかがう。 働いていたんだから、それくらいは知っているだろうという顔だ。 まぁ……だいたいは。 「五万円です」 客の目が、一気に、不審に染まる。 間違えたらしい。 「いや、こうしよう。お嬢さんはきれいだから。ここだけの話だよ。ここだけの、は、な、し」 「半額!! 二万五千円!」 「失礼します」 帰った。 「……」 「いきなり半額におとしたのが、逆に怪しまれたかな?」 「ばかですか」 「あ゛」 「金銭感覚、ゼロか」 「あなたって人は、カットの相場も知らないの???」 「いや……改めて聞かれると、あまり、その辺は……」 「金なら、いくらでもわいて出ていたからな。モノの相場とか、気にしたこともなかったな」 「こいつは……」 「だって、キャバクラで遊んだら、五十万ぐらいいくぞ。それから考えると、五万円くらいかなって」 「どこのカリスマ美容師よ」 「じゃぁ、どんなものなんだ。三万円くらいか?」 「五千円!?」 「いやそれでもかなり高いけど……一応、カリスマを名乗るなら、それくらいとらないといけないでしょうね」 「お前、なんだそりゃ。五千円なんて……」 「100分の1キャバクラ、じゃないか」 「100回仕事しないと、キャバクラいけねーじゃねーか」 「行くつもりなんか」 「あけみちゃんがいるんだよ!」 「こんにちはー」 お、また来たようだな。 立て続けじゃないか、我が店は。 そろそろカリスマの匂いにつられたミツバチどもが、集まり始めたってことか。 「くく」 「……」 (なんでこの状況で調子に乗れるのかしら) 「あらぁ。なんだか汚いお店ねぇ。やだわぁ。ほこりっぽい」 「やっぱり駅前のいつも行ってるところにいきましょう。ぼくちゃん」 「……ここでいい」 「あらぁ」 「いらっしゃいませ」 「ここ、おいくらかしら」 「100分の1キャバクラ……いや、五千円になります」 「あらそう。お願いしようかしら。はいこれ」 おばちゃんが差し出した手には、万札が握られている。 崑崙が受け取り、俺に耳うちする。 「お釣りどこ?」 「さ、さぁ……」 何もかも用意していなかった。 「いいのよ、取っておいて」 「え」 「それは、つまりカリスマ代みたいな……」 「これはおもり代みたいなものだわ。私、これからお友達と、会食だから。夕方まで帰ってこないの」 「うちのぼくちゃんをよろしくね」 「あぁ?」 「待ってください。うちはそういうことは……」 「それじゃ、ごめんあそばせ」 一人でまくしたてて、金持ちなおばさんは去って行った。 残されたのは、仏頂面をしたガキ一人。 「……」 「よう」 「……」 「それじゃぁ、カットしてやる。まぁ、ガキは、いがぐり頭にでもしておけばいいだろうが」 「ジャスティン○ーバーみたいにしてよ」 「……誰」 「ジャスティン○ーバー。知らないの?」 じろりと俺を見上げたガキは、やれやれと、手を振りながら大仰にため息をついた。 「こういう仕事をしているなら、ファッションリーダーは、一通りチェックしておくべきでしょう?」 「おにーさん、もしかして、イケてない美容師さん?」 「……」 「今、殴ろうとしたわね」 「なんかむかつくぞ、このガキ」 「ちゃんと仕事するのよ」 「うまくやれば、常連になってくれそうだし。ああいうのは、ママ友が多いから、口コミで広がる可能性があるわ」 「お前は、俺の女にしてはいけないことをしたな」 「誰が誰の女だって?」 「ふん──俺だって」 「ははは。てめぇの背丈では、せいぜい尻に触るのがやっとだろう」 「大人になれば、こんなことだって許されるのだ」 「許されません。変なことを吹き込まないように」 「……貧乏人のくせに」 「へぇ」 「悪くないんじゃない」 「ジャスティンなんちゃらは知らんが、まぁ、こんな感じじゃないのか」 「へぇ……ふーん」 「満足か」 「まぁまぁね」 「じゃぁ帰れ」 「ええ?」 「なんでだよ。知ってるんだぞ。ママから、僕をおもてなしするために、お金をもらったんだろう」 「金は返すから、さっさと帰れ」 「こら。こんな子供を、ほっぽりだしてどうするの」 「ガキのおもりなんて、王の仕事じゃない」 「カリスマ美容師って……王の仕事なわけ?」 「そうだ。物語的だからな」 「はぁ……なにそれ。あなたは、帳簿でもつけてなさい」 「……」 「お菓子があるわ。食べる?」 「うん……」 「これがすごいんだ」 「へぇ……そうなの」 「……」 …… 崑崙とテレビを見ていたガキは、やがて、すやすやと眠りはじめた。 崑崙はガキの上にそっと毛布をかけている。 「……」 「お前、意外にもガキの扱いに慣れているんだな」 「あなたに比べれば、猫だってうまくあやすことができるでしょう」 「くく。違い無い」 そろそろ夜になろうかという時間になって、やっとばばぁが迎えに来た。 まぁ、結局、他に客が来ることはなかったが。 「ありがとうございます」 「タロちゃんも、良い子にしてた?」 「うん……」 「あらぁ」 「タロちゃんは、なかなか美容師さんに懐かなくて……」 「一度行ったお店も、次は行きたくないって言うばかりなの」 「ここはどう?」 店員の前で何を聞いているんだ、このばばぁは……。 「……」 「また来るよ」 言って、ガキはちらっと崑崙を見た。 「だから、また遊んでね……」 「う。うん……」 そしてなぜか俺を睨む。 「お前も」 「もっと腕あげておけよ」 「しね。クソガキ」 「へ」 「あ、いや。おしになさい。うんこ少年様」 「……」 「おほほ。それじゃぁ、失礼しますわ」 「それじゃぁ、私はしばらく時計塔に戻っているわ」 「なぬ」 「ここで手伝ってくれないのか」 「私は別にカットが出来るわけじゃないし。どうも、子供っぽく見られてるみたいだから……むしろ、近くにいたら邪魔になるわ」 「そんなことないが」 「それに…私には私の、仕事があるの」 「そうなのか……悪かったな」 「ええ。頑張って」 …… そして一人取り残された。 ずっと、ここで一人で暮らしていたが……崑崙がいたり、客が来たりしていたせいか、急に閑散としたようだ。 …… 「頑張ろう」 ……とはいえ。 やっぱり、まったく客は来ない。 なかなか難しい。栗原進という男は大したものだったのかもしれないな。 栗原進か……。 「王よ……どうか目覚めてください」 「……」 「……は?」 「僕は、あなたの語る物語が好きでした」 「……」 「ふん……」 ………… ………… …… 椅子に座って深くリクライニングしながら、うとうとと、眠ってしまったらしい……。 …… 「ぶほ?」 「……」 「なんだよ。なんでのぞきこんでいた。ききき、キスしようとしていたよね(美衣風に言ってみた!)」 「寝てるかなぁって思って」 「だからってなんでのぞき込む。俺が寝てるかどうかが、お前に何の関係がある。寝てたら何をしようとしてた」 「ええ。何もしないよ」 「ぎり……」 「お前、前々から気になっていたが……そっちの気があるだろう」 「そっちって」 「ホモ!!」 「頬を染めるな!」 「で、何しにきたんだよ」 「何しにって……様子を見に来たんじゃないか。君から、アドバイスを求めておいて。その後何も言ってこないから、気になってたんだ」 「あぁ……いや、ろくなアドバイスはくれなかったが、気にはしててくれたのか」 「どれどれ……今日の売り上げは」 「なに勝手に、帳簿見てるんだ」 「あれ。はじめたばかりにしては、悪くない入りみたいだね」 「そうか? ほとんど暇だったぞ」 「それでもだよ」 「こういうのは、ゆっくりと、口コミでお客さんを増やしていくしかないよ」 「いくら宣伝したって、髪を切るっていうデリケートなことを、なかなか、はじめての人に任せたくはないからね」 「そうだろうな」 …… で、栗原進は当然のように店に居座り、帳簿をチェックしたり、店の道具をチェックしたりと……完全に居着いてしまった。 「そろそろお帰りの時間じゃないのか?」 「大丈夫」 てめぇが大丈夫かどうかは、どうでもいいんだよ。 「空気読めねぇやつだな。こいつは……」 と、客が来たようだ。 よかった。こいつと二人きりよりは、殺人犯でも一緒にいてくれた方が、まだマシだ。 「どうも」 「……」 「いかないの?」 「俺は美容師だ。てめぇが接客しろ」 「僕、そういうの苦手なんだよ」 「だから、なんとなくオーナーを任されてるだけだって」 「いいから行け」 「あ、あの……」 「怪しいものじゃ、ないのですよ。ただの、シンデレラのオーナーで。僕なら大丈夫」 「えと……」 「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ。本日はどのようにいたしましょう」 「どうも……」 「カットですか?」 「あ、はい」 「どのようにしましょうか?」 「……は、はい。あの」 もじもじと言いづらそうに、視線を泳がせている。 あるいは、俺に対する、個人的な告白でも秘めてきたのだろうか。 「……」 がらにもなく胸がときめく。 「あのう……佐○木希みたいにお願いします」 佐○木希、だと。それは知っているぞ。 いやしかし……この子は、佐○木希というよりは、佐○木健介……。 「……」 「あの、いや、ごめんなさい。無理なら」 「いや、けっこう。大丈夫」 「おとぎ話をはじめよう」 「は、はい……」 「いかがかな?」 最善は尽くした。 全力で、俺は物語を語った。 「…………」 ぼんやりと鏡を見つめている。 そしてなにやらバツが悪そうに、目を落とした。 「あの、私……」 「希ちゃんがすごくすごく好きで……ちょっとでも真似できたらなって思ってたんです」 「それで、頼んだら、美容師さん苦笑しながらもやってくれて……美容師さんなりに、気を遣って私に似合う髪型にしてくれるんですよ」 「確かに、私にはお似合いな髪型なんだけど……全然、希ちゃんじゃなくて」 「そうじゃなくて、無理でも、ちょっとでもいいから希ちゃんっぽくなれたらいいのになって思ってて」 「ここに入る時に、なんだか……予感があったんです」 「完璧じゃなくても、私のお願い、ちょっとでも叶えてくれるんじゃないかって」 「なんていうか……ここの店の雰囲気と、あなたの様子とか見て……」 「ここはあり得ないことが、起こる店なんじゃないかって。あは。私、何言ってるんだろう」 「笑われるかもしれないけど」 「カットが終わった後、鏡を見て……ちょっと希ちゃんっぽいって思いました」 「うれしいです」 「ありがとうございます」 「……」 「それはよかった」 「もう、今日は店じまいかな」 「僕もそろそろ帰って……」 「なぁ、お前は……」 「なに?」 「今まで。どうやって過ごして来たんだ」 「なんだいいきなり」 「いや……お前や……崑崙なんかが、この長い時間、どう過ごして来たのか、考えてみたこともなかったなと思って」 「あぁ。俺は自分のことか、自分の物語に関わってくる人間にしか興味はなかったし……」 「そうなんだ」 「そりゃ僕だって、それなりにいろいろあったよ」 「いくつもの人生を見送ってきたし、別れもあったよ」 「でも結局、僕らは幻なんだ。どれだけ誰かを求めても、虚しいだけだった」 「いつしか、特に誰とも、関わらなくなったね」 「そうか……」 「たくみ君は大したものだよ。何度出会い、そして忘れられて……取り残されても、物語を求めることをやめなかった」 「僕なんて早々に、人と深く関わるのはやめたのに」 「……物語か」 「なぁ、一年前に言ったよな」 「俺は、記憶を失う前に……ある試練にぶつかった」 「最後の物語を語ろうとしていたのに……逃げ出して、自ら記憶も捨てたのだと」 「それをお前は知っているんだろう?」 「俺は結局まだ、思い出せない」 「やはり教えてくれないのか」 「一年前に言ったよね」 「僕からは口にしないよ」 「記憶を失ったのも……思い出さないのも、君が選んだことだ」 「君は王様だ」 「君の物語を僕が語るなんて、おこがましいよ」 「突き放されたものだな」 「信じてるってことさ」 「君なら……きっと、すてきな物語を語ってくれるって」 「ちぇ」 それを突き放していると言うんだ。 崑崙と、この理容室サンクチュリアを始めて……一週間が経とうとしていた。 最初はどうなることかと思ったが、ぽつりぽつりと客は現れ、なんとなく二人分の食費ぐらいは稼げている案配だ。 とはいえ……生活していくには、諸々の費用に、店の経費もかかるだろう。 その辺どうなっているのかと崑崙に尋ねたら……『かろうじて、物語れているわ』……と、言われた。 要するに、俺がこうして理容室を切り盛りするという物語を語ろうとすれば、それに必要なものは自ずと生まれてくるということか。 それにしても……自分でも、そこそこやれていることに驚く。 確か……シンデレラでは、カットを担当したことはなかったはずなんだが。 俺が覚えていないだけで、実際、カリスマ美容師として君臨していたこともあったんだろうか。 あるいは……もっと、別の時期に……。 そう。まだ、俺には思い出せていない記憶がある。 栗原が言っていた試練とは何か。なぜ俺は一度、全ての記憶を失ったか。 そしてまだ復活していない記憶に何があるのか。 そこに、俺が美容師として暮らしていた日々も、存在していたりするのだろうか。 だとしたら、崑崙がこうして俺に美容師をさせる意味は、生活をするためだけでなく……他に、あるのかもしれない。 つらつらとした考えは、客の来店によって遮られた。 「いらっしゃい……」 「ふええええ」 現れた客は、顔をくしゃくしゃに歪め、泣きはらした顔で入ってきた。 「ど、どうか……されましたか?」 「失敗しちゃって」 「いつもより気合いを入れて行きつけの美容師さんにお願いしたら、向こうもなんか、気合い入っちゃったみたいで」 「結果、なんか気合い入りすぎな、髪型になっちゃった」 「こんなの……なんか、不自然で、絶対、あの人も、引くと思うのです」 「あの……ごめんなさい。話が、見えてこないんだけど」 「明日、告白しようと思っていたんです」 「もう、手紙で呼び出しているんです」 「それなのに、こんな髪型で…私っ。私っ」 てんぱっていらっしゃる。 とはいえ、話は見えた。 彼女は明日、好きな相手に告白しようと決めた。 一世一代の舞台に、一番きれいな自分で挑もうと、いつもの美容師にいろいろと注文したのだろう。 中には、無理な注文もあったのかもしれない。 けど、美容師も事情を察して、なんとか頑張ったのかもしれない。 だけど……その結果は、彼女にとっては無残なものだった。 なれないことをしようとして。なれない自分になろうとして。まったく別の、望まぬ自分になってしまった。 「なるほど。事情は大体理解できた」 「どうにかしましょう」 「ちょっと。 安請け合いして大丈夫なの? かなり、事情が複雑みたいよ」 「任せておけ」 「何より、彼女には大切な物語があったらしい。そのために準備をしようとしたら、スタイリストがヘマをしたということだろう」 「俺が、彼女の物語を守ろうじゃないか」 「どうぞ、こちらへ。お嬢様」 「物語をはじめましょう」 「は、はい……」 女の子は、ずっと目を閉じていた。 失敗してしまった自分の髪型をこれ以上見たくないというのもあるし……俺に頼んだものの、処置される様子を正視できなかったのだろう。 それこそ、全てを天に任せるという思いで、ずっと目を閉じていたのかもしれない。 悪くない心がけだ。 天ではなく、王だけどな。 「終わりましたよ」 「んー」 「さぁ、見てください」 そして、おそるおそる女の子は、目を開く。 「……」 「あれ……」 「いい」 「いいです」 「そんなに大きく変わってないのに……すごく自然になった気がします」 「先に担当した美容師も、腕が悪かったわけじゃない。確かに、君の魅力を引き出していた」 「ただ、ちょっとお互い力が入りすぎて、かち合っちゃったみたいだったから……私はそれを少しほぐしてみただけです」 「あなたと美容師が目指したものがちゃんとこうして自然に形になれば……ずっと、素敵なものになったんです」 「わぁ……」 「……」 少女はうっとりと鏡を眺めながら……でも、ふと寂しそうに目を伏せた。 「今、この瞬間の私でずっと生きられたら、きっと素敵なんだろうな」 「え?」 「おとぎ話の女の子はいいよね」 またなんか、語り始めた。思い込みの激しい子だな。 そういうの、大好きだ。 「髪型は変わらない。いつも決まっていて当たり前。気にせずに生きられる」 「私も、今……この瞬間の自分が、ずっと変わらなければいいのに」 「明日には、こんなに素敵な感じは保っていられないんだろうなって思うと、なんだか残念です……」 「変わらない髪型、か」 「そういうコースが用意できないか、考えておきますよ」 「ええ。無理ですよ。時間がたてば、髪はのびるし……」 「そう、ですね。でも検討してみます」 「ふふ。ありがとうございます。また来るね」 …… 笑顔で少女は去って行った。 俺はなんだか、呆然と、その背中を見送ったまま……。 「また来る、か」 「なぁ崑崙…」 「あるいは、俺達の物語は、もう、長くないのかもしれないんだよな?」 「この理容室も、もたないかもしれない」 「それは、あなた次第だわ」 「だって、全ては、あなたの物語からはじまったのだから」 「……あぁ」 「また来る、か」 「なぁ崑崙……」 閉めた後の店で、俺は崑崙と向かい合っていた。 「どうだった?」 「お前に言われ、ここで店を開いてみた……」 「そうして、どうなったんだろう」 「物語は、はじまったのだろうか」 「……」 黙って首を振る。 見ての通りだ。 「時計塔は、止まったままだわ……」 「そうか」 「そうかね」 「無理かね」 「は……」 「崑崙…」 「お前がいつか、俺の語る物語は美しいと言ってくれたな」 「ええ」 「かつて俺もそう思っていた」 「お前が言ってくれたように、たとえ、徒と消えようとも、それが美しければ、価値があるのではないかと思った」 「けれど、今はもう……俺は美しいと思えないのだ」 「いつからか、俺は、俺が語る夢が、美しいと思えなくなってしまった」 「いつか、俺は夢を語ることに飽きてしまった」 「美しいと思っていたものを見ることができなくなってしまった」 「人の物語を喰らい、人を喰らい……」 「女は美しい」 「肉はうまい」 「俺は何か、別のものになろうとしていたのではないか」 「おとぎ話を語る何かではなく」 「竜ではなく」 「ただの獣に」 「ただ、欲望を満たすために夜を彷徨う……獣だ」 「王……」 「いつからだ?」 「俺は、いつからこんな風に……」 「偉そうに神を非難して……」 「永遠の物語を語ろうとしたのに」 「たかだか、数百年のうちに、俺は失ってしまったんだ」 「夢は終わらなければ夢ではありません」 「おとぎ話は、終わらなければ、おとぎ話ではありません」 「長い長いおとぎ話を語りなさい」 あのときから……長い長い時を、過ごして来た……。 俺についてきてくれた者達に、おとぎ話を見せながら。 それは美しいから、価値があるのだと、言ってくれた少女の言葉を頼りにして。 けれどいつからだろう。 俺の中から、おとぎ話が消えてしまったのは。 あれほど切実に求め、とめどなく口をついて出ていた物語の数々が、いつの間にか、我ながらどこか寒々しく感じられるようになってしまった。 口を開いても、寒々しい……乾いた言葉だけが、こぼれ出る。 窓の外を見る。 夕日に浮かぶ時計塔は、かすんで見えた。 今にも、夜のうちに飲みこまれて、消えてしまいそうな。 永遠に止まらない時計塔。 永遠に終わらないおとぎ話。 俺はやはり、何1つ叶えられず、終わるのだろうか。 「……ふ」 「仕事をしないとな」 「悪かったな。いろいろいじけたことを言ってしまった」 ゆらりと立ち上がるが……なんだか、自分が、からっぽの、亡霊にでもなった気がした。 いや、似たようなものだったか。 はは……。 「なにやらとても堪えているようね」 「あぁ……」 「……」 「……ねぇ、あなたはこの春に、時計塔に捧げる物語をつむぐために、女の子達と出会い、別れて……」 「結局、いろいろと引きずっているということかしら」 「え」 意外な質問がとんできた。 しかしどうだろう……。 「どうだろうな……」 「いろんな女に幻を見せ、深い仲になり……」 「長年連れ添った相手もいれば、一晩限りの関係もあった」 「いくつもの、別れを経験してきた」 「いつからだろう。分からない」 「夜を彷徨いながら」 「俺は、何か確かな風景を失っていたんだろう」 「その欠落を埋めるように、女を求めた……」 「しかし、俺の言葉には、もう……魔力がなくなっている」 「聞く者をひきつけ、その愛を永遠につなぎとめるような物語をつづれなくなっている」 「はぁ……」 と、長く深いため息をつく。 「魔女こいにっきは……あなたがつむいだ物語からはじまっている」 「けれど、あなたは、物語を語れなくなった」 「……」 「俺は、嘘つきだった」 「……」 「王よ」 「なんだ?」 「王よ……」 「なんだ……」 「私が…」 「私が、語ってもいい?」 「なに」 「私の物語を」 「お前の、物語」 「お前にもあるのか」 崑崙はふふっと、薄く笑う。 「私をなんだと思っているの」 「いつもすました顔をしてたたずんでいる、感情のない、魔女だと思っていた?」 「いや……そんなことはないが」 俺は覚えている。 砂漠の真ん中で挫けそうになったとき……こいつが、俺に魔女こいにっきを渡した。 あのときの、こいつの、優しい声を、俺は覚えている。 「そんなことはない」 「お前は、優しい奴だ」 「……」 「じゃぁ……私が語るわ」 「私の物語」 「私の……」 「あなたに恋をしていたという物語を」 「……」 「は」 「なんて」 「あなたに恋をしていたという、私の物語を語りましょうかと言った」 「……」 「もじもじ……」 「……きもい」 「いや……なんか、急で」 …… 「い、いつから」 「去年くらいから?」 「近すぎたか。もっと前か」 「……最初から」 「え」 「私はいくつもの時代に、いくつもの国をめぐり歩いていた」 「繁栄した国も、衰亡しつつある国も。長く長く続いた国も」 「けど私にとってはどれも同じ」 「そこには永遠がない」 「普遍的な美しさがない」 「私は孤独だった」 「彼らが求める今という幸福が、私にはあまりに儚い、一瞬のものにみえて……」 「それを尊いと思えませんでした」 「あまり違う時間が流れているのです」 「そんなときにあなたの国を訪れ、まだ王になったばかりのあなたの声を聞きました」 「永遠の止まらない時計塔を作るのだ」 「その時、はじめて……拾い広大な砂漠で、それこそ……オアシスにたどりついたような心境だった」 「だからこうしてついてきているんじゃない」 「……ジャバウォック王」 「……」 ジャバウォック王。 最後にそう呼ばれたのは、いつだろう。 本当に、遠いところまで来てしまった。 それでも思い出そうとすれば、いつだって、思い出すことは出来る。 砂塵が吹いて……。 けれど、町の中央には美しい泉水があふれ、そこを起点に緑が広がり、鳥が集う。 すばらしい国だった……。 そこで俺は……。 そうだ。 永遠に止まらない、時計塔を造ろうとしていた。 そのために、俺は世界中から魔法使いを呼び寄せて……。 その中の一人に、こいつがいた。 王宮に集まった魔法使い達の前で、俺は朗々と語ったものだ。 なぜ永遠の時計塔なのか。 「それはおとぎ話だった」 「何人もの魔法使いをもってしても、果たせなかった夢だった」 「その夢を共にしている時、私ははじめて一人じゃなかった」 「あなたが語る夢を愛した」 「あなたを愛した」 「だからここまでついてきた」 「王よ」 「あなたにどうしても、物語が語れないのなら」 「私が語ろう」 「あなたが好きだ」 「あなたのおかげで、私は、孤独から解放され」 「あなたが語る物語を眺めながら、幸せだった」 「終わらせないで……」 「ずっと聞かせてほしい」 「どうか、語り続けて」 「また一人に戻るのは嫌だから」 「どうか」 「今、あなたに語ることができないなら」 「私が語ろう」 「あなたが好きだ……」 そっと、胸に身を寄せてくる。 すりすりと、その小さな頬を、俺にすり寄せてくる。 「あなたのように私はうまく語れない」 「だから、せめて、声で、体で……心で、直接、あなたに語ることが出来たら」 「崑崙…」 「どうか、続けて」 「物語を」 「崑崙…」 「もしかして、お前なのか」 「なにが?」 結局、去年の春には分からずじまいだったんだ。 でも、あの森で目覚めてから……俺は誰かの幻影を求め続けていた。 段々、分かっていたんだ。 俺は、きっと……物語の終わりを見つけていたんだ。 それで、この人と終えたいという相手を、見つけていたんだ。 だけどそれが誰か分からなくて……女の子と、物語をつづり……去年の春を過ごした。 それで、今、分かったような気がする。 「お前と俺は、ずっと恋人同士だったんじゃないか?」 「え……」 「覚えている」 「いや、思い出した」 「そうだ」 「俺とお前は、この理容室で、ずっと暮らしていたんだ」 「二人……力をあわせて……幸せに」 「それは物語のような時間だった。とても美しい時間だった……」 「お前は、思い出してほしかったんじゃないか」 「お前は俺をここに住まわせて」 「そして、一緒に理容室をきりもりして」 「思い出させようとしていたんだな。俺に」 「……」 「それで、記憶を失った俺を、お前が見守っていてくれていたんじゃないのか」 「そう、なんだな」 「お前が……」 「…………」 「…………」 ………… …… 「…………」 「…………」 …… 「……」 「……そう、よ」 「そうか」 「そうだったのか」 そうだ。 小さな理容室に、俺はいた。 傍らには、一人の少女。 平凡でささやかだけど、永遠に続いてほしいと思えるような時間を、彼女と、過ごした。 理容室を営みながら……ゆっくりゆっくりと、二人で一緒に、時間を進めていたんだ。 失われた時間を、次々に思い出していく。 「……」 俺は崑崙を抱きしめる。 思いがあふれて、どうしようもなかった。 「すまなかった」 「忘れてしまって」 崑崙は、少し戸惑っているようだったが……やがてそっと、俺の背中に腕をまわしてきた。 「……いいえ」 大きな試練があった。 そうだ、試練があった。 それは、消えてしまうということ。 「試練の意味も分かったよ」 「俺が、物語が語れなくなったんだ。なにもかもが、終わろうとしていた」 長い時の中で……。 しかし、もう取り戻した。 お前という物語を。お前を愛したという物語を。 「もう離さないよ、崑崙」 「……」 「ありがとう」 「うれしいわ……」 「ちゅぅ…ぷ……」 「あ、ふぁっ。あ、あ。あ……っ」 「ちゅる……ちゅぅ……じゅ、ちゅ」 「や……あっ。ふぁ……っ」 「そんなに、おっぱい、すわないでよ……」 「可愛いから」 「何がっ」 「俺の口で、崑崙のおっぱい、全部隠れてしまうな」 「む。小さいって言いたいの?」 「だから、可愛いって言いたいんだ」 「か……なにを、言ってるのよ、馬鹿にして」 「馬鹿になんかしないさ。こんなに、エッチな、胸を……ちゅる、ちゅぅ」 「あ。あああ、ひゃぁ……やぁ……っ」 「可愛くて。いつまでだって、こうして、吸っていたい」 「あ、あ、あ。あ。ほんと? いいよ、私のおっぱいでいいなら、あなたの、好きにして」 「ありがとう」 「ちゅぅ。ちゅる。ちゅぅ……ん、じゅ、ちゅぅ」 「ふぁ、あ……あ……。やぁ。さきっちょ、舌でぐりぐりされると、変な感じ?」 「気持ち良い?」 「わからない……けど。なんか、じんじんってして、ふわーっとして、たまらないの」 「じゃぁもっと、いっぱい吸うよ」 「ちゅぅ! ちゅ、じゅるる!」 「ぅ、ぁ……っ。あ、あ、あ!」 「やぁ、だめ。ちくびが、発射されちゃう。発射されちゃうよぉ。あぁ、あ、あ! あ!」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 べとべとになった胸の先端を、さらに、舌で丹念にねぶっていく 崑崙はよだれをたらしながら、あえいでいる。 「う。え……」 「う、う……ぐす……」 いや、あえいでいるんじゃない。泣いていた。 「こ、崑崙?」 「すまんやりすぎたか……?」 「違うの……違うの……」 「うれしくて」 「え」 「ずっと……夢に、見ていたから」 「あなたとこうして……あなたが、他の女の子にしていたみたいに、一緒になれたらなって」 「ずっと思っていたから……それで、うれしくて」 「ごめんなさい」 人というのは分からない。 「ずっと見ていた夢に叶うものを、あげられるか分からないけど……頑張るよ」 「……」 「大丈夫……」 「え」 「もうこえてるから」 「え……」 可愛い。 「崑崙っ」 「あ、ん。やぁ……っ。乳首、だめぇ。いっぱい、すっちゃだめ」 「あ、あ、あ、あああ」 そっと、下腹部に手をはわせる。 ささやかな茂みの奥のふくらみは、じんわりと水気をにじませているが、まだ十分とは言えない。 「いいよ。私は……入れて」 「え?」 「あなたも我慢できないんでしょう。さっきから、すっごい、股間……大きくなってるし」 「焦ることないよ」 「崑崙はずっと我慢してきたんだろう。だったら、俺だって、少しぐらい耐えられるさ」 「もっともっと、崑崙が気持ちよくなってから……しよう」 「あ……ありがとう」 ちゅぅ、っと口を重ねる。 「ちゅ……ん、ちゅぅ」 「ん、ちゅ、ん……ちゅぅ」 ついばむようにキスを繰り返し、じゅっと、強く口を押しつける。 「ぷはっ。ん……ぐ、むぐ……ちゅぅ……」 「ちゅる……ちゅぅ。ん……ちゅ、ちゅる……じゅ」 「れろ、ちゅぅ……む。ちゅ、ぷ、ん……」 「ちゅる、ん……ちゅぅ」 口に重ねていた唇をずらして、あごをつたい、崑崙の細い首筋にすべらせた。 「やぁ、ふ、ぁ……」 「あ、あ、あ。首筋、だめ。くすぐったいっ」 「れろ……ちゅ、む……ちゅる」 「ぞくぞくっとして、あ、あ、あ。あなたの舌が、私の身体の中に入ってくるみたい」 「あ、ふぁ……やぁ、いっぱい、なめられてる」 「ちゅる、ちゅぅ」 「あ……」 脇腹から、下腹部へと舌をすべらせ……そっと、ふっくらとした、膣の丘に、舌をはわせつつ、割れ目をさぐる。 「や、はぁ……っ」 「そこは、だ、め……っ」 淡い茂みにつつまれて、ぷっくりと作られた割れ目、舌の先をつつーっと走らせた。 「あ、ぁぁ」 「なに、これ。あ、あ、あ。だめっ。だめぇええ」 「一人でやったこともあるんだろう」 「あるけど、こんな、なったことないよ。あ、あっ。やぁっ。すごい、じんじんする」 崑崙の反応が楽しくて、どんどん、感じさせてあげたくなってくる。 「ここも、触るよ?」 「え……ど、どこよ」 「ここ」 「そこって……」 「クリトリス……真っ赤に勃起してるじゃないか」 「そんなに濡れてないのに、ここは、こんなに、興奮してるなんて」 「崑崙はエッチだな」 「違うっ。そこは、しょうがないんだもん」 「さわるよ」 「だ、ダメ……」 くり。 くり、くりっと……皮の上から、小さな突起を、刺激する。 「あ、すごい、これ……や、あ。電気が、はしったみたいにっ。あ、あ、あ」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「少し激しかったかな?」 「じゃぁ、指じゃなくて、舌で」 れろ……れろ。 「ふぁっ。や、ぁ、そこが、ダメなのおお」 「ちゅぅ……ちゅ」 舌先で皮をめくりつつ……直接、肉芽を、なめあげる。 「ひゃあああああ」 「こんなにちょっとだけ、なめただけでも感じるんだ」 「違う。そこは、誰だって、あ、あ、あ。あああああ」 ちゅぅ……じゅ。ちゅぅ……。 「あ、あああ」 「だめ、だめ、何か、出ちゃう、出ちゃうよおお」 「もう、もう、やめえええ。ああああああ」 …… 「うう」 「お漏らししちゃったな」 「違う……もん」 「いっぱい感じた、証拠だね」 「びちょびちょじゃないか」 みつをあふれさせている。 「いれていい?」 「う、うん。いいよ。私も、我慢できそうにない。あなたの、おち○ちん……はやくいれてほしい」 「分かった」 そっと、割れ目にもっていく。 ず……ずぶ……ぶぶ。 「ふあぁああ」 ぐ……ぐ……。 崑崙の中は、たっぷりと濡れているものの、きつきつで、ペニスを進めようとすると、びりびりとした抵抗に遭う。 「あ、ふぁ……あ……っ」 「いたく、ないか?」 「大丈夫……奥まで、いれて……いいよ」 「あぁ」 「ん……」 「あ、ああ……っ」 ずちゅ……ず、ちゅ。 「あ、ふあ──」 「あ!」 「あああああああああああああああ」 「はぁ、はぁ……入ったんだね」 「うん。どう?」 「どうって……」 「うれしい……」 「え」 「そ、そうか」 痛くないかって聞いたんだけどな。 「あ、あなたはどう?」 「俺も幸せだ」 「よかった」 「それに、崑崙の中……とてもきつきつで……」 「痛いの?」 「ううん。すっごい気持ちいい。すぐにでも出ちゃいそうだ」 「いいよ、出したくなったら出して」 「いや。ダメだよ」 「もっともっと幸せになるんだ。そのためには、ゆっくり愛し合わないと」 「う、うん……私も、頑張るから……お願い」 「崑崙はどうしてほしい? どの辺が、気持ち良いとかある?」 「いいよ。あなたが気持ちよくなるように、教えて」 「こんな格好じゃ、動きづらいだろう。任せておけって」 「そう……かな。分かった」 「そのうち、自然に動かずにはいられなくなるから」 「え、ええ」 「あ、あ、ふぁ……あ、ああ」 「あ、ん……っ。ふ……あ、あぁ……」 「あ、はぁ、はぁ……。ん、やぁ……んん」 「どうだ」 「あ、ふぁ、分からない、けど……痛かったのが、段々……じんじんって、しびれてきて」 「なんか、不思議な感じ」 「じゃぁ、めいっぱい奥まで、突いてみるな」 「え……。あ、ん、んん!!」 「あ、ふぁ。お腹のほうに、おち○ちんの感触が、きたよ」 「あ、あ、あ、あ! あっ。いっぱい、突かれてるっ。あなたの、おち○ちんが、いっぱい、私の中……っ」 「や、ふぁ……これが、気持ち良いってことなの? 私、あなたとつながって、あなたのおち○ちんで、気持ちよく、なってるの?」 「だったら、うれしい。うれしい」 「あ、あああああああ」 「はぁ、はぁ……崑崙っ。崑崙っ。すごく、いいぞ。はぁ、はぁ……」 「うれしい。もっと、いっぱい、動いて、いいよ。いっぱい、私の中で気持ちよくなって」 「あ、あぁ……」 言われなくても、もう、腰がとまらない。 もっともっと崑崙を感じたくて、感じてほしくて、ストロークが、どんどん強くなっていく。 「あ、あ、あ、あ。あああああああ」 「いく。ぁあ、俺、もういきそう」 「いって。気持ちよくなって、いっちゃって」 「あぁっ、出る、出すぞ、崑崙」 「うん。うん、きてぇ」 きゅぅっと、崑崙の中がしめつけられる。 ぐっと腰に力をこめて、膣内のしめつけを振り切るように、陰茎を引き抜いた。 ざらざらとした感触が亀頭をこすり、身震いするような快感がせりあがってくる。 「あ……あ、ああああああ」 「ん、ふぁ……あ」 びゅるるる。びゅ、びゅるるるるる。 灼熱のほとばしりを、崑崙の白いお腹に、大量に浴びせかけた。 「ふぁぁぁぁ」 「あついのが、いっぱい、出てる……」 「うん」 「私達は、同じ幻を見る」 「やがて同じ物語を見るようになるの」 「同じ未来を望み、同じ物語をつむいでいく」 「それはなんだか……」 「夫婦みたいだな」 「…………まぁ…」 「近いかも、ね……」 「……もじ」 「気味悪い反応しないでよっ」 「いや。ははは。でも、いきなり夫婦ってのは早いからなぁ」 「恋人から、だな」 「…………」 なんか、真っ赤になっていた。 「…………」 「……」 「そう……ね」 「……」 な、なんだ。俺ともあろうものが、この程度の会話で、なぜこれほどまでに、どぎまぎとしてしまう。 「…………」 俺らしくあれ。俺らしくあれ。 「はい、ご飯にするよ」 「え」 ほとんど使われたことのない台所から、崑崙が、お盆にのせた料理を運んでくる。 なんだあれは。 「まさか、お前が作ったのか」 「文句ある?」 「い、いや……」 で……。 「……」 これを……こいつが……。 食卓に並んだ料理と崑崙を見比べる。 意外すぎる。 「おおお。なんというか」 「崑崙と、料理……信じられない組み合わせだ」 「つべこべ言わずに早く食べてくれない。冷めるから」 「この盛りつけ、色合い……喜べ、この料理には物語があるぞ」 「その変な褒め方、やめてくれない?」 「くくく」 「褒めてつかわす」 「ごたくはいいから、早く食べなさい」 「ごたくよりごはんってな」 …… 早速、この肉じゃがらしきものを食べる。 「……」 ふむ……。 定食屋で食うものとは違うな。どこかスパイシーで、エスニックだ。 不思議な風味だと思ったら、ナツメか……。 ザクロに、いちじく……妙なとりあわせが入っている。 そして確かに美味い。 美味いのだが……。 「なんだ。この懐かしい……」 「ぁ……」 なんだかしんみりとした気分で、俺はいったん箸を止める。 「懐かしいと思ったら、王宮にいた頃の味付けに似ているんだ」 「……」 「ええ。覚えてる範囲で、再現してみたわ」 「そうか……どうりで……」 もう一口、口に運ぶ。 王宮に招いた魔法使い達は、その多くに遍歴経験があった。 様々な国を訪れた話。 魔法使いゆえに巻き込まれた……あるいは巻き起こした、珍奇な事件の数々を、聞きながら晩餐をひらいたものだ。 「あの頃は楽しかったなぁ」 「ごめんなさい。思い出させてしまったみたいね」 「何を言う。むしろ感謝するぞ」 「あの頃のことを思い出すことは幾度もあったが……まさかこうして、あのときの味が再現されるとは」 そういえば……こいつも一度呼んだことがあったな。 風がどうのという、よく分からん会話を、2・3かわしたぐらいの記憶しかないが……。 何もかもが懐かしい。 思えば遠くきたものだ。 「……」 「ふん。悪いな。せっかくの料理がしみったれる」 「食おう食おう」 「そうして」 「いや、むしろ食わせてくれ」 「ええ……なにそれ」 「あーん、をしてくれるんだろうな」 「王宮では、従者がしてくれたぞ」 「馬鹿」 …… 「じゃぁ寝るか」 深夜にさしかかり、就寝の時間が近づくにつれて、俺はそわそわとしはじめていた。 あんなことをしてしまったもんな。 なんか感極まって、真面目にえろする感じでもなかった、今夜は違うよな。 「……」 俺がもじもじと、物語が動き出す機会をうかがっていると……。 「おやすみなさい」 崑崙はさっさと一人で、寝室に引き上げようとする。 「おやすみ……なさい……」 俺はふらふらと、その後をついていく。 「ついてこないの」 拒絶された。 「あれ?」 「俺こっち……私こっち……」 違う部屋に追い出されてしまった。 「…………これは」 照れてる……? まぁ、今日は大人しく寝ておこう。 あまり急ぐものじゃない、かな。 …… 「おはよう」 「おはよう」 「なんか、眠れなかったぞ」 おかしいな。住み慣れた我が家なのに。 こ、恋人になった相手が同じ屋根の下にいると思っただけで、目が冴えて、なかなか寝付けなかった。 「私も、眠れなかったわ……」 「なに」 「私、今日学園に行ってくるから」 「学園、か」 ……なんとなく、行く気になれないんだよな。 カノンちゃんと零は、以前とかわらないと、崑崙から聞いている。 文化祭をして……プールに行って。 あの想い出から、俺だけがぽっかりと消えている。 そんなことを、実感するのが、少し怖かった。 「あなたは、ここで店を見てて」 「一人でか」 「あの客の入りなら、一人で大丈夫でしょう」 「……いってら」 「いってきます」 恋人、か。 初めて会った時の崑崙の様子を思い出してみる。 自らがどれだけ素晴らしい魔法使いであるかを喧伝しようとする者達の影に隠れ、こっそりとこちらを見つめていた少女の姿が、ぼんやりと思い浮かぶ。 自分で発言をすることなどほとんどなく。 はじめて口をきいたのは、魔法使い達を招いてひらいた晩餐で、俺があいつに何かを問いかけて……。 「お前はどこで生まれた」 「さぁ……」 「風はどこで生まれたのでしょう」 「ふん?」 「崑崙…だったか。お前は長い時を生きる魔女だという。長く生きれば、生まれのことなど、忘れてしまうか」 「ならば、生まれでなくてもいい。故郷と言える町はないのか」 「……」 「風はどこでも風でしかありません」 いつもすました顔で、あらゆるものに、興味などないと思っていた。 それが……。 「あなたが好きだ」 「あなたのおかげで、私は、孤独から解放され」 「あなたが語る物語を眺めながら、幸せだった」 しかし、そうか。 人はそれぞれ、いろんな物語を抱えている。 それは永遠ではないとしても、無限なのだ。 それはある意味、永遠で……。 あるいは……。 俺が物語を授ける必要など、あるのだろうか。 いや……そんなことはない。 誰かが、それをもたらさなければならないのだ。 それが、王なのだ。 しかるにその王が、物語を語れなくなり、あろうことか従者に語って貰うという体たらく。 犬ころの餌のメーカーみたいに、どぎまぎしてしまったが、今夜からはその主導権、奪い返してみせよう。 「よし……」 「やったるで」 「……」 「あの……カット、お願いしたいのですが」 「いらっしゃーい」 「ただいま」 夕時、学園から崑崙が帰ってきた。 「よう」 「お店、どうだった?」 「四人」 「上出来じゃないの」 「まぁ、そうだな……」 来たのは四人だが、そのうち二人は最初の説明で、そそくさと出て行ったということは黙っておこう。 「今夜も料理するから。それまで休んでていいわよ」 「なぁ、崑崙……」 「なに?」 「……」 (妙なことを言い出す時の顔だわ) 「今日は物語をつづろうか」 「はい……?」 「なんですか。絵本でも読みますか」 「恋人ってことは、そういうことだな」 「な、なに……よ」 「男女ならば、誰もがつづっている物語があるだろう」 「だからなによ」 「睦み合い!」 「むつみ……あい?」 「つまり……エッチ」 …… 「なに、馬鹿言ってるの」 「馬鹿って……そこまで、驚くことないだろう」 「……すでに済ませてるわけだし」 「え」 「やだからね」 「絶対??」 「ぜったい」 「恋人なのに、ダメなのか」 「恋人だからなんていうのは、浅はかな男の意見です」 「そんな……」 「それでは、アポロ13号は、宇宙を漂い続けるしか、ないのですか」 「……は」 ずーん。 (すっごい落ち込んじゃった) 「いや、まぁ……」 「あの」 「絶対、いやってわけじゃなくて……」 「ちゃんと順序を踏んだら、私だって……」 「その……」 …… 「あ、TVに春菜ちゃんが出てる」 「頑張れー」 「桜の坂を〜〜」 「いっただきまーす」 ……今夜も崑崙お手製のメニューが、テーブルに並んでいる。 まぁ、これがあるだけでも大分報われるというものだ。 意外や意外、こいつの料理、美味いんだよな。 「箸をとってくれるか」 「……」 「箸……」 「口あけて」 「え……」 箸を手にもった崑崙が、鋭い目つきで、俺に口をあけるように命令している。 これは……。 「わ、悪かったよ。さっきはいささか調子にのりました」 「何をされるんだ?」 「なんか、私が喉を突き刺す的なことを、考えているんじゃないでしょうね?」 「それ以外に、この態勢で何があるって言うんだ」 「イラっ」 「あなたが!」 「え」 「あなたが、恋人みたいなことがしたいとか、駄々をこねてたから、だから私は……っ」 「…………え?」 「……」 「もしかして、食べさせてくれようとしたのか?」 「…………すいませんね。子供っぽいことして」 「…………ぁ」 「いや、ありがとう」 「……どうするの。するの、しないの」 「是非」 「こく」 「……」 「……」 「なぁ」 「なによ」 「黙々と食べさせるんじゃ、なんか情緒がないだろ」 「なに、情緒って」 「こういう時は、決まったかけ声があるじゃないか」 「……なにそれ」 「あーん……って」 「な……っ。言う必要ないでしょう」 「おいおい中途半端はやめようぜ。これはセットだろう」 「うう」 「分かったわよ……」 「…………アーン」 「声が小さい」 「あーん」 「もっとでるだろう」 「あーん!」 「お腹に力をこめて」 「うるさい」 「……悪かった」 「もう……」 「ほら……」 「……あーん」 「あーん」 「あなたまで言わないでよ」 「そういうもんだ。様式美だ」 「あーん」 「あーん」 「次は、そのレンコンを」 「はいはい。あーん」 「次は、その卵焼きを」 「はいはい。あーん」 「次は崑崙を」 「……」 「きもい」 「じゃぁ、指だけ」 「え。ええ……」 「指をあーん」 「……」 「……」 「さきっちょだけだよ」 「お、おう」 さきっちょだけ。それはそれで、なんか、いい! そろーっと指を俺の口元へとのばす崑崙。 「!!」 何かを察して、すかさず指を離した。 「ずぶっていこうとしたな! 奥までいこうとしたっ」 「さきっちょだけだって」 「ええ」 「誓うから! さきっちょだけって誓うからっ」 「……うー」 「本当に、さきっちょだけしかだめだよ?」 「おう」 …… 「ちゅぷ」 「ちゅぷ」 「やぁぁ……。そんな奥まで、ダメなんだから……」 「ちゅぷ」 「やぁ……だ、めなんだから……。んん」 「や……ん…」 …… 「ふぅ、堪能しました」 「もう」 「周防さんとかとも、こんなことしてたんじゃ……」 「あはは」 「いや、ここまできもいことは、しなかったかな」 「そう」 「なんでほっとした顔してるんだ」 「はぁぁぁ。なにそれ。そんなのしてないし」 「いや、明らかにほっとしたような顔してたから……」 「そりゃ、あなたが、どこでもかしこでも、こんなきもいことしてるわけじゃないって分かって、ほっとしてるんじゃない。ばかじゃないの」 「そうか。いや、そりゃしないよ。こんなこと」 「崑崙にしかしないよ」 「ば──」 ということで……。 いつもとは違う空気が漂っている気がする。少なくとも、俺にはそう感じる。 この雰囲気なら、いけるはず。至極自然に、そこの醤油とって。うん。とでも言うように。 一緒に風呂に入ろうと言うのだ。 「あの、さ」 「……なに」 ………… …… 「そこの醤油とって」 「いいけど」 「で……醤油とってなんだって?」 「……」 「しょうゆうこと」 「馬鹿なテレビの真似してるんじゃないの」 「……」 間違えた。 「さて」 「お風呂に入ろうか」 「……」 「お風呂入ろうか」 「どうぞ」 「一緒に、入るんじゃないのか!?」 「…………なんで。意味が分からない」 「俺たちそういう関係なんだから、もちろんありじゃないのか」 「ありません」 「だって、一緒にお風呂に入るってことは、は、裸を見せるということでしょ。それはない」 はっきりと説明してくれた。 「裸がだめなら、水着でもいいから」 「だめ」 「じゃぁ裸にワイシャツとか」 「もっとだめ」 「さらし」 「そんなのない」 「バンソーコー!」 「馬鹿め。最初の水着で妥協しておけばよかったのにな。どんどん、難易度があがっていくだけだぞ」 「なにそれ???」 「ばんそうこう!」 「はがさないって約束して」 「はがさない」 「絶対、はがさないわよね?」 「ない!」 「じゃぁ……まぁ、お風呂ぐらい……」 っと、拳を握りしめたところで、はたと、ある事実に気づく。 「……って、あれ」 「どうも壊れたみたいだ」 「ええ」 「困ったな。魔法でどうにかできないのか」 「無理よ。今のあなたじゃ」 「ちなみに、私は嫌だからね。全盛期のあなたならともかく、お風呂なんて幻作ったら、へとへとよ」 「近くに銭湯があったが……」 「それじゃぁ、そうしましょう」 「待て。それじゃぁ、一緒に入ることができないじゃないか」 「お風呂がないなら、どのみち無理でしょうっ」 「ぎり……」 「風呂がだめなら……」 「シャワーがあるの?」 「ない、が……」 「……」 「タオルがある!」 「……へ」 「これは……どういうことかしら」 「お風呂」 「風呂……? これが??」 「風呂。それは裸と裸の付き合い……」 「あなた裸じゃないわよね」 「寒いし」 「私だって、寒いわよ!」 「すぐあったかくなるって」 「ふぁ……」 「も、もう…ほんとに、こんなこと、するの……?」 「もう、してるよ」 「ん、はぁ……拭くなら、ちゃんと綺麗にしてよね」 「うん」 「けど本当にバンソーコーをつけるとは」 「あ、当たり前でしょ」 「むしろ、裸より恥ずかしくないか」 「な、なんでよ……だめなんだから。ここは……気安く見せちゃ」 けど、ちょっとだけデリケートなところが見えちゃっているのは、黙っていよう。 ふきふき。 「ん……は……」 「きれいにしないとな」 「そうよ。これは、お風呂なんだから……」 ふきふき。 「わきのしたをふいて」 「んんん」 「わきばらをふいて」 「は、ん……やぁ……」 「お腹をふいて」 「はぅ……ぅ……んん」 「おっぱいの下をふいて……」 ふにふに。 「んん!!」 「それに……」 「ちょっと、どさくさに紛れて、バンソーコーはがそうとしてない?」 「って、崑崙……。今気づいたが、風呂に入るのに、なんでパンツを」 「今気づいたの?」 「胸ばかり見てたから……」 「ばばばば、ばかっ」 「で、なんだそのパンツは」 「だだ、だって……そこは」 「これは、脱いで貰うしかないな」 「ちょ、だめっ」 すりすり。 「やぁ」 「あ……」 「崑崙……」 「なによ」 「こんなところにまでバンソーコーをはることはないだろ」 「だ、だって……どうせこんなことになるだろうって思ったから」 「期待していたのか」 「警戒よ!」 「まったく。この辺の、しげみもきれいにしないとな」 「や……そこは、いいわよ」 「でも、おしっことか出るとこだぞ。ちゃんとふいておかないと」 「ん、は……や、やめてよ」 「しかし…バンソーコーで隠れるここも、どうなんだ」 「よく俺のが入ったものだ……」 「それは、あなたのも小さいからじゃないの」 「のー」 「しょ……」 「ちょっと! はがさないでよっ」 「でもこいつを剥がさないと、一番デリケートなところが拭けないぞ」 「おしっこするところなのに?」 「私はおしっこしないんだから……」 「ほんとか?」 「ほんとよ……」 「はぁ……」 「うーん、良い湯だった」 「ぐぐぐぐ」 「どうしたんだ。顔が赤いぞ。のぼせたのか」 「なんでもないわっ。のぼせるわけないでしょう」 (いけない。これはいけない流れだ……) 「少しびしっとしないとね」 「私は今夜も、こっちで寝るから」 「入ってきたら、ごんだから」 「分かったよ……」 「もう……。いろいろと早まったかしら」 「……」 「ぅ……」 「なんかうずうずしちゃう。なにこれ」 乳首を触られて。 「まだ、なんか……」 「ん、あ……」 「いたぁぁ……」 衝撃に振り返れば、本を手にした崑崙が冷たい目でこちらを見下ろしていた。 「何を魔女こいにっきに書いているか」 「いやぁ。行き場のない欲求を、せめて日記にと思って」 「書いて落ち着くってことも、あるだろう。なんかいやらしいな……かいて落ち着く」 「やめてよねっ。本気でやめてよねっ」 「痛いっ。わかった……わかった……」 「ったく」 「おはよう」 朝からなにやらいそいそと、出かける準備をしているようだ。 「あれ、出かけるのか」 「学園に行くわ」 「あなたは好きにしたらいいけど」 「私は私で、学園でやることがあるから」 「……そうか」 「俺も行ってみようかな」 「そうなの?」 もう、席はないんだろうけど。 ぶらついていたって、不審には思われないだろう。 抜け道だって知ってるし。 「店があるでしょう」 「木曜日を定休日に設定しよう」 「いい加減な……普通は月曜日じゃないの」 「気にしない気にしない」 「恋人同士で一緒に登校とか、いいじゃないか」 「……」 「……まぁ」 「ねぇ」 「うん?」 「言っておくけど」 「私にも、立ち場っていうものがあるから」 「学園で、おかしな振る舞いは慎んでね。できたら声をかけるのも、控えてほしいわ」 「……」 「友達と思われたくないからってやつか」 「そう言われると、逆にドキドキするな」 「な、何の話よ……」 なんだか懐かしいなぁ。 懐かしいと感じるのは、いつの記憶なんだろう。 「……」 零とカノンちゃんは……。 いないようだ。 「どうしたの?」 「零……」 「れ、れい?」 「どうかしましたか」 「いや、なんでもないんだ」 「理事長お疲れ様です」 「あ、ありがとう」 「ふぅ……」 おかしな感じだったよ。 そのまま下級生の教室へ。……崑崙の様子が気になった。 朝も昼も一緒にいたいとか、言うわけでもないが……。 わけでもないが……。 まぁ、気になる。 「……」 行ったら怒るんだろうな。 「学食でも行くか」 ちょいっと引っ張られたような。 なんだ……。 「大きな声を出さないで」 そのまますっと、俺の横を通り過ぎていく。 「…………校舎裏でまってて」 そして通り過ぎざま、小さな声で確かに言った。 「え」 「あ、あぁ」 と、返事をした時には、崑崙の姿は廊下の向こうへと立ち去っていくところだった。 「…………」 なんだろうな。いきなり校舎裏に呼び出されるとは。 何かそそうをしただろうか。 やいのやいの言われるのだろうか。帰ってからにしてほしいものだ。 そしたら、やいのやいの言われて微妙にうれしくても、誰にはばかることなく興奮することが……。 いや、校舎裏という、人目がなさそうで……ありそうな場所でののしられるというのも、それはそれで……。 「待たせたわね」 「……」 「わ、悪かったな……」 「なに」 「俺が、お前の言いつけに反して何かしたんだろう。悪かった」 「しかし、確かにここでなら、誰にはばかることなく興奮できるから」 眉をひそめてぐりぐりと俺を睨んだ崑崙は、やがてはーっと、深くため息をついた。 「また変なことを考えていたわね」 「はい、お弁当」 俺は信じられない思いで、四角い箱と、崑崙を見比べる。 「……え」 「これを渡すために?」 「まぁ……ね。昨日、約束したでしょう」 「食べさせてくれるか?」 「……」 「なんで?」 「昨夜みたいに」 「いやよ」 「ばかな!?」 「俺は、昨夜のあれのせいで、あれなしでは、何も食べられない体になってしまったんだぞ!」 「あっそ……」 「昨夜の責任をとってくれ!!」 「んー……」 ちらちらと辺りをうかがいながら。 「誰も、見てないわね?」 …… 「……あーん」 「あーん」 「……あーん」 「ちゅ……」 「ちょっと! また指なめたな……っ」 「いいじゃないか」 「……」 「先っちょだけ……」 「何言って……それ、昨夜と同じパターンじゃない?」 「だったら話が早いな」 「先っちょだけだよ……」 「ん……」 「ぁ……」 「ちゅぅ」 「だめ、先っちょだけって言ったじゃない」 「ぁ」 「あぁ……っ」 「んん」 がさりと、向こうで草を踏む音がした。 俺と崑崙、そろって顔をあげる。 そこには……。 「これは……っ」 「え゛」 いつかオカルト研究室の前に立っていた、三人組が呆然とこちらを見ていた。 というか、あの三人、うちのクラスだった。 「なんてこと」 「藤田さんが男子生徒と居たから、何をしているのかと思ったら」 「まさかいちゃいちゃ……」 「こここ、これは、儀式よ」 「さぁ、血をなめなさい」 「え」 「私の指についた血をなめなさいと言っている。この獣」 「は、はいっ」 (……なんで目を輝かせてるのよっ) 帰り道……。 「久々に行ったが……」 「学園というのもいいものだな」 「あなた、いつもどういう風に過ごしてたの?」 「気ままに」 「私が、オカルト研究会なんて開いて、物語を集めていた時に。良いご身分ね」 「王だからな」 「俺は人に物語を語るためにいる。そして物語とは、気ままで自由であるべきなのさ」 「今はそうじゃないでしょ」 「く……」 そう。今の俺は自ら物語が語れなくなり、こいつが語る俺が好きだという物語によって、支えられている存在だ。 俺もまた、こいつが好きだという物語を語れたらいいのだが……何分突然のことで、今は、なんかいっぱいいっぱいだったりする。 要するに、ヒモみたいなもの?? 嫌だ。 ……はぁ。 「物語とはなんだろうな」 「どうしたの?」 夕時の帰り道は、黄昏の道だった。 …… テレビからは他愛のないバラエティ番組が流れている。 同棲三日目。 昨日よりは、お互いのぴりぴりとした感じも、なくなったように思える。 この感じなら、いけるか?? 今日こそ、より自然な流れで。 「よし」 「風呂に入ろうか」 …… すごい! 一気にぴりぴりした。 人が死にそうな雰囲気だ。 「……」 「……」 しばしのにらみ合いが続いた後……。 崑崙は深々とため息を吐いた。 「はぁ……まったく」 「昨夜みたいな、変なのはなしだよ」 「もちろん」 やったー。 「ちょ……馬鹿。やめて」 「ん……あ、ふ……」 「んんん」 「ぁ……」 「ごめんごめん」 「明日から入らないからねっ」 「そ、そんな……」 「はぁ。寝るわ……」 「おやすみ」 ………… …… 「……」 「……はぁ、なにこれ」 「どうしてこんなに、さびしいの」 「私、おかしい……」 「もっとさわってほしいって、思ってる……私……」 「たくみの指が、もっと、私をいっぱいさわってほしいって……」 「いったぁ」 「何を書いてるのよ」 「げ……」 「また、こんないやらしい小説書いてっ。あんたって人は……」 「もう」 「いい加減にしてよね……」 「崑崙?」 「こんなの読まされたら、私……我慢できなくなっちゃうじゃない」 「え」 「責任、とってくれるよね……」 「ん……」 「ぎゃーー」 「なにを、書いている」 「卑猥な日記を書いている俺を見つけた崑崙が、それによって、抑制がきかなくなって……という流れを」 「わけわからなくなるから、やめてよね」 「恋人でありながら、一つ屋根の下で暮らしながら、一緒にお風呂に入りながら、それでも、拒絶されるというのならっ」 「この気持ちをおさえるには、妄想小説でも書かないと、おさまらないじゃないかっ」 「はぁぁ……」 「……」 「そ、そんなに、たまってるの……?」 「かなり。噴火する勢いだ」 「……まぁどうしてもダメと言うなら」 「自家発電しかない」 「ごかってに。私は向こういってるから」 「春菜ちゃん……」 「ぴく」 「……」 「よしと。はじめるか。よろしくお願いします」 「ぎゃぁ」 「ダメ」 「な、なんでだよ……」 「胸がおおきい」 「だからだよ」 「……」 「なんだよ」 「胸が小さいのでしなさい」 「なんだと」 「それは……つまり」 「……もじ」 「この、ジュニアアイドル写真集」 「……は」 「今までまったく日の目を見ることがなかったが、もしもの時のために、ということで取り寄せておいたんだ」 「こいつを使う時がきたのか。しかしなぁ……ガキはなぁ……」 「……」 「いや……」 「これはなかなかどうして」 「ほほぉ。小さいなりに、良いことはあるってことか」 「ちょい」 「なぜ閉じる」 「……」 「…………私でしなさい」 「!!!!」 「……」 「崑崙〜〜〜」 「いったぁ……何をする」 「さわらないで」 「?????」 「いや、さっき」 「していいって意味じゃないよ」 「????」 「お、オナニーに使っていいわよ……」 「はい?」 「私をおかずにすることを許すって言ってるの」 「……」 「今夜はもう寝ます」 「いろいろ気を遣わせてごめんな」 「……」 翌日……週休二日制と押し切って、俺は学園にやってきた。 昨日の生活が楽しくて。これはやみつきになりそうだ。 「こんちはー」 「今日も、弁当あるのかなっ……」 「……」 「と……」 「…………」 すっごい睨まれた。 待ちきれなくて訪ねてしまったが、間違いだっただろうか。 「弁当だって。藤田さんが? どういうこと??」 「ひそひそ」 「いや、あの」 「弁当もってきました」 「……」 「ご苦労」 「すげぇ、藤田さん。3年の男子をぱしりにしてるぜ」 「…………」 「ねぇ、桜井先輩……」 「え」 妙な呼び方をされて、俺は思わず身構える。 「……」 「お弁当、作ってきたわよ」 「え。藤田さんが、作ったの」 「なんか、ヤモリの料理とか、そういうのを試食させられてるんだよ、きっと」 「……」 「な、なに……」 なにやらむきになって、献立を主張しはじめた。 「うさぎりんご」 「つくってきたわ」 「え。え」 「ありがとう」 「じゃぁ、行きましょう」 「なぁ……」 「なんで真っ赤なんだ」 「知らない」 「ぽかーん」 「……なんだったんだろうね」 「謎だね……」 「じゃぁ食べようか」 「そうね……」 ちらちらと、崑崙は辺りを気にしているようだが、静かなものだ。 今日こそ、邪魔は入りそうにない。 「そんな気にしなくても」 「油断はできないわ」 「大丈夫みたいね」 「今だわ。ほら、口出しなさい」 「え」 「ほら、はやく」 あーんしてくれるのか。別に、義務じゃないんだぞ。 相変わらずちらちらと警戒しつつ、崑崙は、すばやく箸を俺の口の方へと……。 「あー……」 「あ」 「眼鏡!?」 「どういう反応??」 俺の方へ箸を差し出したままの崑崙。 一方の美衣は……。 「あの、失礼をしました。うん」 「私、眼鏡をさがしてて……なにも見てないよ」 「わざとらしく、のびたみたいな顔してるんじゃない」 「あはは。失礼しますね」 「良いと思うよ。良いよ」 よく分からないことをつぶやきつつ、退場して行った。 「け……」 「……」 崑崙は箸を俺につきだして、固まったままだ。 柏原美衣か……。 俺をふってアイドルに復帰しやがった奴だ。 まぁ、それで正解だとも言える。 物語を語る人間を、俺は応援しよう。 …… 「いただきます」 「いただきます」 …… おなじみになった我が家の食卓。 崑崙の料理は、いつも驚くほど美味い。 いつの間にか買い出しに行ってきて、料理もすませてるし。 意外や、家事能力が高かったらしい。あなどれないやつだ。 「ごちそうさま」 「おそまつさま」 …… 「さてと……風呂にはいろうか」 「風呂なんてないでしょ」 「ならば……」 「ならば……」 「で……こうなるわけ」 「そう言いつつ、最初から、バンソーコーしてたじゃないか」 「期待してたんじゃないのか。お前だって」 「まさか……ん……」 ぐにぐに。 つつましやかなふくらみの、肉厚をぐにぐにと、タオルでさすっていく。 うすいバンソーコーの下から、固いつぼみが、ぷっくりと膨らんでいるのが分かる気がした。 「……っ」 土の下でひっそりと咲く、鮮やかな花弁を秘めた、そのつぼみに……どうしても、対面したい。 そして花開かせたい。 「崑崙…バンソーコーはがすな」 「え!? だ、だめ」 「だってこんなにぴんとして……苦しそうだぞ」 「そんなことない。あなたが、いっぱいさわるから、私……」 「めくるな」 「ぁ……」 べりっと、バンソーコーをめくる。 乳首の先端が引っ張られながら。 「や……」 「……」 なんだか、はじめて見たときよりもずっと、ドキドキするぞ。 きれいな桜色をした、つぼみに、そっと指をそえる。 「ん……っ」 くりっと撫でると、あわせて崑崙がせつなげに声をあげた。 「あ、ふぅ……」 「やぁ、あ、ふ……ん、こりこり、しないで」 「はぁ……っ。あ、あ、あ」 「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……」 「あの、もう……」 「え」 「いいよ」 「もう、このままじゃ、絶対眠れないから」 「……」 どうしても、崑崙からその言葉を聞きたかった。 「……」 「して」 「あぁ」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「崑崙」 「何よ」 「とろとろじゃないか」 「うう……だって」 「あなたが、あんなことばかりするから……私……しょうがないじゃない」 「すぐにでも、欲しがっている感じだな」 「……うう。かもしれないわ」 「俺、すぐにでも入れたいよ」 「いいか」 「う、うん……いいわ」 ずぶうう。 「あ」 ずぶぶぶ。 「ああああああああああああああああ」 「う、あ」 ペニスはきつきつな崑崙の中を、それでも、ぞんぶんにあふれた愛液を潤滑油にして、スムーズに進んで行く。 「あ、ぐ……」 「熱いっ。とろっとろだな。ペニスが、あっというまにとけてしまいそう……」 「そうね。あなたのが、すごくあつくて……ひくひくしてるのを、感じる」 「う、腰、ゆらさないでくれ」 「え……」 「気持ちよすぎて……ぅ、あ……」 「え、えええ。ふああああああ」 「いっぱい、奥に、出……た……」 「どゆこと?」 「ごめんごめん。俺も崑崙といちゃつきながら、もう、ほとんど限界で」 「も、もう……なによそれ」 「面目ない」 「でも、まだまだ、続けられるよ」 「このまま、するの?」 「いやか? 中洗いたい?」 「う、ううん……いいよ。でも、変な感じ……あなたの熱いのが、私の中に、いっぱいたまってるのに……このままするなんて」 「じゃぁ、また動くな」 「う、うん」 ずちゅ、ずちゅ。 「はぁ、はぁ……はぁ……っ」 「あ、ふぁ……あ、ああ」 ぽたりぽたり。 ぴちょぴちょと、床に落ちていく。 「恥ずかしい音をたててるな」 「うう……言わないでよ、そんなこと」 「崑崙の中から、どんどん、お汁があふれでてくるな」 「あううう」 「いやらしいなぁ、崑崙は」 「俺にエッチな日記を書くなって言いつつ……たくさん、思い描いていたんだろう」 「そんなこと、ないもん」 「崑崙は、自分の気持ちを口にするのが苦手だからな」 「少し、教育が必要かもしれないな」 「え……教育って……?」 「ちゃんと、自分の気持ちを、言葉にして説明する、教育だ」 「今、どんな感じ」 「や、やだ……そんなの、言わないわ」 「言わないなら、このまま抜いて、終わりだな」 「え、えええ」 「俺はもう、出させてもらったし。ここでやめてもいいからな」 「あうううう」 「……」 「だ、だって……」 「じゃぁ抜こうか」 「やだ、やだ……抜いちゃ、やだ……」 「なに?」 「やなの」 「何が嫌なんだ。言ってみるんだ」 「終わりなんて、いやぁ」 「どうしたら、いいんだ」 「それは……」 「うん?」 「あなたの、おち○ちん、もういっかい、私の中に、ほしいの」 「奥まで、崑崙のおま○この中につっこんで、ください」 「よしよし」 ずぶううう。 「あ、ふぁ……あ……ふぁ」 「どんな、感じだ」 「はう、いっぱい……動いてる」 「もっと。詳細に」 「私の、おまたの中が、ぐいっと広げられて……すごい、いっぱい、ぐちゅぐちゅ動いてるの」 「私の気持ちとは関係無く、あなたのおち○ちん、もぐもぐぎゅぅって、食べてる感じ」 「私がほしいから、私の中が、いっぱい、あなたの…」 「どうしてほしい」 「う、動いてほしい」 「それで。前みたいに……」 「前みたいに、あついの、あなたの……せーえき、私の中に、いっぱいそそぎこんでほしいの」 「お願い」 「よし。よく言えた」 ずちゅ、ずちゅ。 「あ、あ、あ、ああああああ」 じゅ、ちゅ。 「どの辺が気持ち良い? どう動いてほしい?」 「上の方、いっぱい、こすって。おち○ちんのさきで、もっと強くこすってほしいの」 「このへん、かな」 「うん! うん! もっと、たくさんっ。ぐりぐりって」 「わかった」 ずちゅ、ず、じゅちゅ。 「あ、あ、あ。そこ、されると、頭が、真っ白になって、私、私……おかしくなりそう」 「ひ、ふ、あっ。おち○ちんの、さきっちょが、いったりきたりしながら、いっぱい、崑崙の中、こすってる。はぁ、はぁ、気持ちよすぎて、だめぇ」 「だめ、だめぇ……。ぐりぐりされるたびに、どんどん、気持ち良いのが、大きくなっていくの」 「あ、あ、あ、あ!! 好き、好きなの!!」 「どうしようもなくて、もう、気持ちよくて、好きで……おかしく、なりそう」 「あ、あ。あ……っ。あ、ああああ!!」 「あ……」 「はぁ、はぁ……はぁ……。たくみ?」 「なんで、止めちゃうの」 「いくのは。まだ早い」 「最後のおねだりをしてからだな」 「お、おねだりって……」 「それまで、動かない」 「そんなっ」 「も、もどかしいよ……おち○ちん、入ったまま、こんな状態じゃ……もどかしくて、せつないの」 「ほら、もうひとこえ、言えるだろう」 「うう……だ、だって……」 「じゃぁ、抜いちゃおうかな」 「や、やだ。おち○ちん、抜かないで……」 「うう」 「いかせて」 「崑崙のこと、このままいかせてください」 「どうやって?」 「あなたの、それで……おち○ちんで……崑崙の中、もっといっぱいついて、それで、あついのいっぱい、出して」 「精液で、崑崙の中をぐちょぐちょにしてください。お腹の中に、いっぱい、そそぎこんでくださいっ」 「よし、良い子だ」 「いくぞ──」 「あ、あ、あ、あ!! あ、ふぁ。ああああああ」 「やぁ、きちゃう、きちゃうよ。気持ちいいの、破裂しそうなのっ」 「あ、あ、あ、あ」 「ん、あ! あ、あ! 気持ちいいよぉ!」 「崑崙!! 俺、もう、我慢、できない。はぁ、はぁ……いっちゃいそう」 「うん、私も、もう、もう、もう、いくよ。あ、あ、あ。あああ」 「うあぁ……ぅ」 「あああああああああああああ」 びゅるるるるる。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「王よ!!!」 「この通り、我が国には、もう、蓄えがまったくのこっていない」 「あなたの道楽のような思いつきに、全部食われてしまったのだ」 「あなたは嘘つきだ!!」 「王よ!!!」 「……」 崑崙が静かにこちらを見ていた。 「どうしたの?」 「……嫌な夢を見た」 「国の財が尽きたと、大臣から責め立てられて……」 「現実よ」 「え゛」 「王よ」 「お金がない」 …… 「なんだと」 「まて」 「また物語がはじまって、いろいろと、解決されてたんじゃないか」 「一応ね」 「だけど……以前ほどじゃないってことよ」 「以前ほどじゃない?」 「以前は年収五千万だったのが、一度ゼロになって、やっと100万円くらいに回復しているのが、現状」 「まぁ、この店の収入もいくらかはあるけど……それでも、二人生活していくには、とても足りないわ」 「しばらく、部屋にこもってしっぽりしていたから……それで、気づいたら、なくなっていたわ」 「しかし、部屋でいちゃついていただけだから、そんな、散財した覚えはないがな」 「……」 すっと、目をそらす崑崙。 その顔を見て、ふと……ぴんとくることがあった。 「お前の料理……」 「妙に美味かったけど、食材は、どこで調達していたんだ」 「今思えば、その辺のスーパーじゃありえないような食材が混ざっていたが、お前、まさか」 「だって……自信ないし。美味しいって言ってもらいたいから」 かわいい。 だから……。 「ほ……」 「まぁなんとかなるさ」 「お金はなくても」 「え」 「だから……?」 「頑張れそう」 …… 「頑張る」 「あ、あぁ……」 言ってみただけなんだが、思いの外素直な返事がかえってきて、少しだけ心苦しい。 「で、頑張るにも、お客が来なければどうしようもないわけで」 「そろそろ、商店街にそっと咲く才能に、町の連中が気づいてもよさそうなものだが……」 「一応、ここの評判もぼちぼち聞くようになったけど……」 「なんか、マニア受けの、理容室みたいな噂が流れてるわよ」 「……まぁ、来るのは、ちょっと、変わった人達ばかりよね」 「マニア受け、ねぇ」 「もっとこう、普通の客は現れないものか」 お。誰か来たようだ。 「いらっしゃ……」 げ。こいつは……。 「どうも」 「……」 「限りなく普通の客がきたっ」 「どういう意味?? いきなりひどくない??」 「柏原……」 「へ」 「なに、いきなり。というか誰」 「あ……」 しまった、覚えてないんだよな。 あんなことやこんなことをしたことも、覚えてないんだよな。 とほほ。残念というか……ちょっと、背徳的というか。 「ドキドキ」 「なんでちょっと、倒錯したような目で私を見るの」 「いや、すいません。お客様の胸が私のよく知っている女の人の胸によく似ていたもので」 「……帰ります」 「カットでしょうか」 「ええ、まぁ……」 何か要領を得ない返事をしながら、美衣は店内を眺めている。 「あのう」 「なんか私、前にここに来たことがあったような気がして……来たことありましたっけ」 「気のせいでしょう」 「素敵な曲というのは、どこかで聞いたことがある気がするように……素敵な理容室というのは、いつか来たことがあるような気がするものだ」 「……」 と、今度は店内に向けていた目を、俺に向けて、美衣は考えこむ。 「……君」 「見覚えがある」 「そ、それはあれじゃないか…」 「素敵な曲というのは、どこかで聞いたことがある気がするように……素敵な男性というのも……」 「違うよ」 もしかして、美衣……俺と過ごした数々のメモリーを、覚えている? 物語として、幻として、消え去るはずなんだが。 「同じ学園だよね。見たことある」 「え」 「まぁ、いかにも。同じ碧方学園の、スチューデントだが」 「……」 「学生が、髪を切るの」 「え゛」 「免許とかまだ、とれないはずだよ」 「……しごく普通というか、真っ当な突っ込みをいれてくるね」 「こう、もっと物語的に解釈して、いろいろと受け入れることができないですか?」 「よくないよ……問題になったら、どうするの」 「……」 「実はな……こんなこと、他人に話すようなことじゃないんだが」 「うん?」 「両親が……俺と妹を置いて、出て行ってしまったんだ」 「まだ小学生の妹を食わせるために、俺は仕方なく、学生の身で……働いているわけだ」 「そ、そうなんだ……」 「でもほら。そういう事情なら、施設に相談するとか。親戚の方は? 先生にだって相談してないの?」 「……」 「いい加減にするんだ。さっきから、何のおもしろみもない、普通の突っ込みばかり」 「もっと、こう、物語的に解釈できないか?」 「親に捨てられた兄妹が、理容室を切り盛りしてなんとか生計をたててるとか、めちゃ物語的で素敵じゃん」 「その辺を、なんでくめないんだ。普通眼鏡」 「わ、分かったよ……とにかく、いろいろと事情があるってことなんだね」 「そもそも何をしにきたんだ?」 「一応、お客さんとして来たんだけど……同い歳の子に、切ってもらうってのはなぁ」 同い歳じゃない。 いろいろと難癖つけておいて、俺に髪を切られることには躊躇がないようだ。 妙な度胸があるのか。 あるいは……いつかの記憶が残っているのか。 「じゃぁお願いします」 「あれ……」 カットが終わり……。 美衣は心底意外そうな顔で、鏡を見つめていた。 それは、いつか見た顔と同じだった。 「いいね」 「なんかいいね」 「アイドルになりたいんだろ。ちょっとそれっぽく仕上げたぞ」 「アイドル……?」 「なりたくないよ」 嘘つけ。 「でも昔あこがれたことはあったから……あの頃の私なら、喜んだかも」 「今もだろう」 「なに?」 「いや」 「これで分かっただろう。カリスマ美容師に、年齢とか、免許とか、野暮なことを言うものじゃない」 「必要なのは、ただ、カリスマのみ」 「そういうわけにはいかないよ。免許はどうしたって必要だよ」 「……まだ分からないのか」 「まぁ、でも……腕は確かだし、誰に迷惑かけてるわけでもないし」 「こんな小さな子を養わなければならない事情というのも分かったよ」 「気軽に、施設にとか……親戚にとか、他人が言えることじゃないしね」 おお。普通女が、普通の良識を持ち出して、妥協点を見いだしはじめた。 (こんな小さい……) 「でも、クラス委員長として、看過するわけにもいかないんだよなぁ」 しかしまだ普通な問題にこだわっていた。 「また今度、様子見に来させてもらっていいかな」 「そりゃいいけど……」 「お前、そう言いつつ、俺の物語に魅せられたわけじゃないだろうな」 「じゃぁね。お邪魔しました」 帰り際、美衣は少し腰をかがめ、笑顔で手を振る。 「崑崙ちゃん、元気でね」 「……はい」 …… 「ふぅ」 なんだか、昔の女と会うというのも、疲れるな。 もっとも、向こうは何も覚えてないのだから、何も意識する必要なんてないのだが……。 それがいっそう、やりづらいというか。 「……」 「ちょこん」 「ちょっと失礼」 「な、なんだいきなり」 「疲れたから」 と言いつつ、椅子に座る俺の膝の上に腰掛けて動かない。 「……」 「……」 「俺の足が疲れてきたんだが」 「ごめんなさい」 「……」 こう、いちゃつきたいのかな。 俺が美衣とこう、良い感じになっているのに(勘違い)、やきもきしたのかな? 「……」 不器用だからなぁ。 もっとストレートにすればいいのに。 で……座ってみたものの、ここからどうつなげればいいのか、分からないってところか。 「崑崙」 「……なに」 「好きって10回言ってみろ」 「いいから」 ………… …… 「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」 「!?」 「びっくりした……」 「だろうよ」 「……」 「……」 「寝ようか」 「あ、あぁ……」 ………… …… 「あの……」 「なんだ?」 「好きって10回言って」 「好き好き好き好き好き好き好き好き好き」 「あと一回足りない」 「好き」 「……」 「私も……好き」 …… 「あはは」 「あはは」 「は……」 「ばかばかしくなった」 「こら。なんでお前はそこで逃げる」 「な、なによ」 「求めておいて、ちょっと、こう、未知の流域にさしかかってくると、なんちゃってーという具合で撤退するだろう」 「お前には物語は語れない」 「これ以上は、ちょっと、詩的過ぎるかも。妄想家とか言われるかも。っていうところを踏み込んでいかないと、人を動かす物語なんて書けないんだからな」 「つまり、愛なんて描けない」 「うぐぐ。なんか、それっぽいこと言われてるけど、こいつ口がうまいから、真に受けない方がいいよね」 「けれど、私も物語を語ると、約束したからにはっ」 「したからにはっ」 なんだかんだと律儀な方だ。 「じゃぁ、こいっ」 「好きって、30回言って」 皆さんもご一緒に。 「私も好き」 「わ、私も好き」 「よしのってきたな」 「大好きだ」 「そ、そこまでは求めてないけどっ」 「逃げるな」 「じゃぁ、今度はそっちの番だ」 「ジャバウォックって、10回言ってからの〜」 「ええ。やるの??」 「物語を語れ」 「物語!? それは言われちゃ、逃げられないっ」 完全に、何かにはまってしまってらっしゃる。 「ならば、じゃばでよかろう」 …… こうして夜はふけていく……。 で……。 二日後も、美衣は様子をうかがいにやってきた。 俺が働いているところを見に来たということだが……。 なにせ、客が来ない。 …… 「お客さん来ないんだねぇ」 「一日、一人か二人は来るぞ」 「お金が必要なら、他でバイトしたほうが早くない」 でた。普通の突っ込み。 崑崙だって、そこはしないのに。 「……」 まぁ、こいつが言い出しっぺというのもあるが。 「……俺はあきらめん」 「普通な奴の感性が聞きたいんだ。普通の客ってのは、何にひかれてやってくるんだろう?」 「普通普通って……ちょっとは傷つくんだよ」 と、やっと客が来たのか? 「……こんにちは」 「……」 入ってきた栗原だったが、俺の横にいる美衣を見て、慌て出す。 いきなり知らない人間に会ったから、動揺してやがる。 「え、え……」 こっちも、動揺というか……恐れに近いものを感じているようだ。 柏原は……栗原のことも覚えていないのか。 やつも制服姿でうろついているくせに、もう学園に通っていないみたいだし。 そうすると、自然と、人の記憶から消えていくということか。 「あぁ、柏原は、客じゃないんだ」 「うちの手伝い、その1だ」 「なにその言い方。私、別に手伝いに来てるわけじゃないよ」 「きもいな……レディーファーストってやつだよ」 ……その後、運良く、立て続けに客が来て……。 なんだかんだで、栗原も美衣も、手伝ってくれる。 というか、俺がカット以外の雑用をまったくしないので、崑崙が他に行っている間、この二人が働くしかないのだが。 栗原と美衣が働く様子を眺める……。 なんて言うか。 「眼鏡が、ダブルで、うろうろしている」 「いきなり何???」 「今時眼鏡なんて珍しくもないんだがな。かく言う俺も、おしゃれとして愛用することもある」 「が、お前らの眼鏡は、混じりけなしの……由緒正しき、眼鏡」 「なにそれ……」 「なんか。ほめられてる……」 「なんでうれしそうなの??」 「私そんなに愛着ないんだけど……コンタクトがめんどくさいから、してるだけで」 「めがねーずが、結成されるな」 「今日は休日だしな。何かこう、昼間ぶらぶらしている客を引き込むイベントがほしかったところなんだ」 「お前等、めがねーずとして、外で漫才でもしてこい」 「私、アイドルになりたかったことはあるけど、漫才師になりたいと思ったことはないんだけど」 「いいから、表で、めがーねずをしろ。眼鏡の価値なんて、それだけだ」 「今日は俺が振る舞ってやろう。寿司を食え」 「いや、私と栗原君が恥ずかしいことして、もらったお金で買ったんだよね。これ」 「……」 「はい。お茶が入ったわ」 「あ、ありがとう……崑崙ちゃん」 「お疲れ様」 「……」 こいつはまだ人見知りしてる。 「……」 「崑崙ちゃんと、桜井君って……」 「なんだ?」 「兄妹じゃないよね」 「……あぁ」 「よくみたら、崑崙ちゃん、小学生なんかじゃないし」 「当たり前だわ」 今頃気づくとは。こいつが着ている制服をなんだと思っていたんだ。 「なんであんな嘘を……」 「ロリコンと思われたくなくて……」 (おいっ。おいっ) 「……」 「そうなんだ」 「だからどうした」 「ううん……」 (なんでかなぁ) (へんなの) 「今日はお疲れ様」 「……」 「……どうかしたの」 「いや……」 「……」 「私、寝るけど……」 …… 「なぁ、崑崙……俺は最近思うようになってきたんだ」 「このままなんとか理容室を切り盛りして、お前と暮らして……」 「以前のような、壮大な物語はもう、生まれないかもしれない」 「けど、それでいいのかもしれないってな」 「それで……」 「お前は、どう思う……」 「何も救えなかったなどと、言わないでください」 「少なくとも、私はあなたに救われました」 あのときから、この少女に俺の物語がどう映るのか……それを、一番に気にしていたように思う。 それは一体、どういう感情だったのだろう。 「あなたが始めた物語だわ。あなたの好きにしたらいい」 「あぁ……」 「ただ、もし私の感想も聞きたいと思っているのなら」 「え」 「私には……」 「……今が」 「今までで、一番、美しい物語かもしれない」 ふと……夜中に目が覚めた。 なんとなくだが、崑崙が、起き出してどこかに出かけたような気がした。 ん……。 やっぱり、崑崙がいない。 時計塔に帰ったのかも知れない……と思った。 崑崙は、時計塔に物語を聞かせなければならない。 俺が失った物語を。 だから、彼女は学園の者達から物語を集め……そして自らも、物語を作り出すようになった。 全ては、俺が始めた物語を終わらせないために。 俺はまだ語れないのだろうか。 新しい物語を。 俺は、幻となり、距離をこえ……時計塔へ向かう。 本来、いちいち歩いて移動することもない。 ただ幻として生きていれば、結局、幻として消え去るのも早まる。 だから、心に残る物語というのは、そういう一歩一歩が大切に描かれたものだと思うのですよ。 いた。時計盤の裏で、かすかに差し込む月明かりをまといながら、くるくると踊る影があった。 崑崙……に違いないが、いつもの格好じゃない。 エキゾチックな衣装に身を包み、さめた月明かりを身体にまとい、風に舞うように、ふらふらと踊る影があった。 「……」 俺はしばし、その姿を眺める。 衣装のせいか踊りのせいか……はたまた月明かりのせいか、踊り舞う崑崙の姿はなまめかしく、何かを必死に誘うように、揺れている。 俺をのぞいて、見るものは何もなく。 それが、崑崙の踊りを、ひどく寂しいものにしているように感じた。 それは……もっと、多くの人の前で、喝采を浴びながら踊るべきものじゃないのだろうか。 それだけじゃない。あの姿を見ながら、俺が悲しくなるのは……。 それは、いつか見た光景を思い起こさせるようだった。 「……」 崑崙がちらりと、俺を見た。 「よう」 「踊っているのか」 なんだかひどく当たり前で、滑稽な言葉が口をついた。 「……」 答えるかわりにかすかに微笑む。 崑崙は再び目をつむり、そのまま踊りに興じる。 俺は立ち尽くし、じっとその姿を見ていた。 崑崙の姿は、踊りは……見るものを、どこかここではない場所に、誘うような、怪しい魔力をふりまいていた。 誰もが心の奥に共通して持っている原風景のようなものがあるのかもしれない。 彼女の踊りは、その風景を呼び起こす力を持っているのかもしれない。 「ありがとうございます」 「またいらっしゃってください」 …… 「んー」 「おめでとうございます」 「おめでとうございます」 「なんだかんだはじめて……ここまでくるとは」 「これもカリスマのおかげだな」 「はいはい。そういうことにしておきましょう」 「お前、豪華な食材そろえるのはやめろよ」 「食材は悪くても、いいものはできるんだから」 「わかったわよ。最初は、あなたの王宮での生活を思い出して、どうしても気を張ってしまっただけだわ」 「今夜は、くっくぱっどで見て……ちゃんと作るわよ」 「くっくぱっど……?」 「できたわ」 「おお」 見た目はそれっぽい。 「しかし」 俺は少し警戒しながら、のぞき込む。 「ちゃんと出来てるよ。味見してないけど」 「してないのか」 ……食べてみる。 お? 「いけるじゃないか」 「ありがとう」 「くっくぱっど見たのよ」 「すごいのよ。検索ワードいれるだけで、いっぱいレシピが出てきて」 「いっぱいありすぎて戸惑うかもしれないけど、つくれぽ見て、たくさん作っているやつを選べば、だいたい失敗はないの」 「人気レシピは、有料会員しか検索できないんだけど、ちゃんと私は払わずに見てるからね」 「検索に、100、くっくぱっど、ハンバーグっていれるでしょう。そうしたら、100人以上がつくれぽしてる料理が……」 「あ。あぁ……うん。すごいな」 「すごいでしょ!」 「料理のリクエストがあったら、聞くけど」 「リクエスト……」 「……」 「なんか、怪しい視線」 「……」 「うー……」 「あの制服邪魔だな」 「なんか怪しい台詞!!」 「料理じゃないけど、リクエスト……あるぞ」 「え、なに??」 「……ちょい」 「これは、どういう流れ」 「リクエストって言ったから」 「料理のリクエストよっ。バカじゃないの」 「目で楽しむ。これも立派な料理じゃないか」 「て言うか、文句言いながら、しっかり着替えてるじゃないか」 「まぁ、あなたが、これでうれしいって言うなら、私はかまわないから……」 「そ、そうか」 かわいい……。 「ちゃんと、お食事の方、見てよね」 「見てる見てる」 「じゃ、あーん……」 「あーん」 「視線が、下にさがってない?」 「お前が身を乗り出すから、スリットから……胸が見えているんだよ」 「!!!」 「何を見ているっ」 「今さら、気にすることでもないだろう」 「気にするわよ……もう……」 「あーん」 「あーん」 「あーん」 「あーん……」 「……見ないでって」 「見てないよ」 「……」 「あーん……」 「……」 もじもじとする崑崙が、なんだか、もう、本当に、とても……。 ああああああ。 「あーーーーん!」 「崑崙…」 「なによ」 「ただ、食事をしているだけなのに、これはどういうことだ」 「ヌレヌレじゃないか」 「あなたが……っ」 「あなたが……あんな格好させるから、でしょう」 「エッチな姿を見られて、感じていたってことか」 「しょうがないじゃない」 「それで、どうしてほしいんだ」 「どうも、してほしくないわよ。食事に戻るわ……」 「本当に、いいのかな」 ちゅる……。 「あ、やぁ、やめ……っ」 「ちゅる、じゅ、ちゅぅ……」 「あ、ああああ! あ、ふぁっ。あ、あ、あ、あああ」 「じゅ、ちゅぅ」 「あ、ふぁ!」 「ちゅる、じゅ……」 「あ。あああ」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「で、俺は、どうしたらいいんだ」 「食事にもどればいい?」 「あうう……」 「めしあがってください……」 「……何を?」 「私を」 「崑崙をめしあがってください……」 「いっぱい、いっぱい、食べてください」 「気持ちいいの、ください」 「わかった」 ずちゅずちゅ。 「ふあああああ」 「あ、あ……っ。おいしい、ですか」 「あぁ、すごい。美味しい……っ」 「うれしいです」 「あ、あ、あ……あなたのために、いっぱい、用意しましたから」 ぐちゅ、ずちゅちゅ。 「はぁ、はぁ……っ」 「あ、あああ」 「なぁ、崑崙」 「おもてなししてくれ」 「お、おもてなしって?」 「あーんって……食べさせて、くれ」 「な、なにそれ」 ずちゅ。 「あ……」 いったん俺はペニスを引き抜く。 「なんで抜くの?」 「ほら、崑崙の方から、食べさせて」 「うう。分かった……」 「はい、あーん……」 「あーん」 「あーん」 ぬり。 「ひゃうっ」 「けっこう、難しいよ」 「頑張るんだ」 「う。うん……」 「あーん…………」 「あーん」 ぐちゅ。 「ふあ……っ。入った……。あ、あああ」 「あ、あああ……」 「もっとちゃんと、奥まで食べさせてくれ」 「ん……奥まで、食べて……ください……っ」 「はぁ、はぁ……もっと、奥まで、崑崙を、食べて……ください」 ずちゅ。 「うあ! んん!」 「はぁ……はぁ、はぁ……」 「美味しい、ですか? 崑崙の、おま○こ……」 「うん。美味しいけど……」 「すこし、味付けが足りないかな」 「あ、味付け?」 「もっと、濃くて、甘い感じに、してほしい」 「こう、ですか。味付け……ん。んん」 お尻がぐりぐりと振られる。 「甘く、美味しい、お料理、ですよ」 「は、ぐ……美味しいよ」 「でも、ちょっと違うな。それは、すっぱい動きだ」 「え。ええ」 「俺はもっと、甘い味付けが好みだ」 「分からないよ、そんなの。こ、こう?」 「それはからい、動きだ」 「うう。何よ、甘い味付けの動きって……」 「あまめかしく、お尻を動かせば良い」 「あまめかしく……おしりを、こう、かな」 「ふぁぁぁ」 「うん。大分、いい味になってきたよ」 「ほんとう……? じゃぁ、あーんん」 「あーん」 「うあ、あああ」 「もっとたくさん、してほしいな」 「オーダー。ひらめのムニエル」 「作ってみて」 「え。ええ」 「ひらめは、こうして……切り開いて……っ。あ、ん」 「じっくり、小麦粉を、まぶして……っ。は、んん」 「中火で、ぱりっと焼いたなら……っ。あっ」 「美味しいのが、できあがり、だよ。はぁ……はぁ……!」 「たんと、めしあがって、ください……!」 「ん……あ……!」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「ん……はぁ、はぁ……はぁ……は……いつまで、これするの?」 「満腹になるまで」 「え、ええ……」 「俺がいけるまで、いっぱいお尻、動かして。食べさせて」 「わ、分かったわよ……」 「あ、あ、あ。お尻、いっぱい、食べてください」 「崑崙の、お尻」 「崑崙の中、残さず、食べてっ。甘いのも、すっぱいのも。全部、あなたのために用意、しました」 「だから、いっぱい、もぐもぐって、食べて……」 「いっぱい、めしあがれ……っ。あ、あああ」 「はぁ、はぁ……美味しいよ。崑崙っ」 ぐちゅぐちゅ。 「あ、あ、あ、あああ」 「あ、あ、あ、ああああ」 「う、ぐ。崑崙…っ。もう、出るよ。出る……っ」 「あああ」 「あ、あ、あ、あ」 「あ、ふ……ぁ……」 「あ、やぁ、やぁ……っ」 「ぐ──」 「はぁ……はぁ……」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「おなかいっぱい?」 「うん……お腹、いっぱい、あなたのせーえきで、いっぱい……」 「じゃぁ、デザートだ」 「へ……」 「えええ?」 「料理は崑崙が作ってくれたから、デザートは俺が作るよ」 「も、もう、私も、お腹いっぱいなんだから……っ」 「食事とデザートは別腹だよ」 「だから、入るって」 「入らないもん……もう、もう……限界、なんだか」 ずちゅ。 「あ、あ、あああ」 「ほら、入った」 ずちゅちゅ。 「あぁ……っ」 っずちゅ。 「これが、甘い動きだ」 ずちゅずちゅ。 「や、あ、あ。ああああああ。分からないよ……っ。何が、甘いの」 「さしずめ、ふっくらとした、パンケーキかな」 「たっぷりと、かきまぜて……あっつあつに、やきあげて……」 「たっぷり、生クリームをかけて……」 「あ、あああ。や、ふっ。奥まで、やりすぎよっ。あ、あ、ああああ」 「やぁ、あ、あ、あ、ああああ」 「はぁ、はぁ……崑崙っ。崑崙っ」 「あ、ふぁっ」 「あ、あ、あ……」 「あ、ぐぅ。崑崙っ。崑崙っ。デザート、出すよ」 「あ、あ、ください。お腹に、いっっぱい、ください。デザート、食べたい、よ」 「あ、あ、あ、ああああ」 「あ、ああああ」 「ああああああああああああああ」 「はぁ、はぁ……はぁ……」 「…………」 「いやぁ美味しかったなぁ」 「……それはどうも」 「ごちそうさま」 「……」 「おそまつさまでした」 翌日……。 今日も学園にやってきた。 在籍しているわけじゃないが、制服を着ていれば、怪しい目で見られることもない。 昼休みまで、森をぶらついたり、道行く女子生徒とおしゃべりして時間をつぶす。 そして、恒例となった、崑崙との昼飯だが……。 「今日はずいぶんと遠くに行くんだな」 校舎裏から離れ、森の中をずんずん進んで行く。 「ええ」 「校舎裏が、まったく信用できないということが、分かったからね」 「ということで……」 「こんなへんぴなところまでやってきたわけだな」 「心置きなく食事が出来るということだな」 「なぜ脱ぎ出すの???」 「冗談だよ」 「まったく……」 「ではいただきます」 「わくわく」 「はぁ……分かってるわよ」 「はい、あーん!」 今日は最初からとばしてくれて、話がはやい。 でも、その前のやり取りもけっこう好きなんだけどな。 「あれ……」 見ればいつか見た……不思議な女子生徒?が、茂みの中から顔を出し、あっけにとられていた。 ……なんでこんなところに。 「崑崙ちゃん……?」 俺の口に箸を差し出した格好のまま、崑崙は目だけ、女子生徒?に向ける。 「こんにちは……」 もはや、吹っ切れているようだ。 こっちには一大事だったようだ。すごい慌てようだ。 「なにが」 「いや、あの、そんな、こんなところに、遭遇してしまって」 「……」 「どうしたの、ありす」 「あれ、藤田さんと…………彼氏だ」 「……」 「私達、お花見に来たんです」 「そう」 二人の背中を押しながら、そそくさと彼女は、去ろうとする。 「何をそんなに慌ててるのよ」 「なんでもないんだよっ」 「なぁ崑崙」 「お前、オカルト研究会で、願い事を叶えてやっているらしいな」 「ええ」 「叶えているというか、それはしょせん幻だけどね」 「そうやって、誰かの物語を時計塔に捧げているわけか」 「じゃぁ、俺の願いも叶えてくれ」 「そうしたら、俺も物語を、語れるようになるかもしれん」 「あなたに願いがあるの」 「あるさ、そりゃ」 きらんと目を光らせる。 一方、崑崙の目から、光が失せる。 「なんか……無理なことを注文されそう」 「大丈夫だ。お前にできる範囲のことさ」 「さてとお題は……」 「お題とか言ってる時点で何かがあやしい」 「まぁいいじゃないか」 「決めた」 「巨乳キャラのふり」 「なにその屈辱的なお題! というか、願いとかじゃないでしょ」 「私がオカルト研究会で受け付けているのは、もっとなんていうか、切実なものだからね」 「俺には切実なんだ」 「なにがよ」 「そりゃ、今のお前も素晴らしいと思う」 「が、もし……お前が、巨乳だったら?」 「そこには、何か、新しい物語が生まれるんじゃないかって思うんだ」 「聞くものの胸を打たずにはいられない、美しい物語が」 「う……」 「まぁ、ちょっと、やってみようかしら」 「それであなたがうれしいというなら……」 や、やっぱり、妙に義理堅い。 「ふぅ……まったく大きいっていうのも、困りものだわ」 「肩がこって……」 「腰も痛くて」 「……」 「心が痛い」 「すごい悲しくなってきた。続行不可能です」 「わはははは」 「悪かったよ」 「はぁ、はぁ……」 「ここまでやったからには、覚悟はできてるんでしょうね」 「え」 「逆に、私のお題もこなしてもらうわよ」 「お題って、なんか趣旨がかわってないか……」 「まぁいいだろう」 「俺どんな理不尽なお題だって、こなしてみせるぜ。というか、理不尽なら理不尽なほど、なんかうれしいかも……」 「へへ、変態」 「さぁこい。どんな道具にだって耐えてみせるぜ……はぁ、はぁ。どんな道具なんだろう。とげとげかな、いぼいぼかな……はぁ、はぁ……」 「なんで道具が出てくるのよ。そんなものつかわないからね」 「く……この変態をぎゃふんと言わせるお題って、どんなのかしら」 「そうよ。変態って、逆にピュアなものに免疫がないから……」 「そうよ」 なにやらぶつぶつ自分に言い聞かせるようにつぶやいていた崑崙は……。 「ら、ラブレターを書いて、読み上げるのよ」 「……え」 「心にきゅんとくるやつ」 「なるほどな」 「それは恥ずかしい」 「すっごい恥ずかしそうだ」 「なんで……のりのりなの」 『ディア、崑崙』 「……」 『こんな俺のそばにいてくれてありがとう』 『こんなこと面と向かって言うのは恥ずかしいけど……こんな機会だから、言うよ』 『長い長い時間の中で、俺たちの上を、いろんな時間が、人が……思いが、通り過ぎていった』 『俺たちが彼らを取り残して先に進んでいるのか。俺たちが取り残されているのか』 『きっと、後者なんだろう』 『どれだけ人を好きになっても。どれだけ切ない別れがあっても……時はすべてを物語にしてしまう』 『けどお前だけがそばにいた。そばで俺の物語を見ていてくれた』 『そして俺の物語を好きだと言ってくれた』 『だから俺は、お前に……一番ステキな物語を送りたい』 『一番愛しくて、優しくて、熱い物語を』 『今夜はいっぱいエッチをしよう』 …… 「わっはっは」 「……ん」 今夜もいない。 また、時計塔に行っているのだろうか。 俺は、意識をすまして……時計塔の中をイメージする。 一人で踊りたいなら踊らせておけばいいような気がする。 けど、なんとなく……崑崙は、誰かに見せたくて、踊っているような気がした。 誰に? 俺に? 「崑崙……?」 いた。 俺に気づいても、崑崙は踊りをやめたり、声をかけてくることはない。 ただ、ゆらゆらと、俺ではない何かのために、一心に踊り続けていた。 時々開かれる目は、空の向こうのはるか遠く……あるいは、はるか昔に注がれているようで、声かけるのもためらわれた。 だから俺はそこで、たたずみ、ただ黙って、崑崙の踊りを眺めていた。 「来てたの」 「あぁ」 「なぁ、ききたいことがあったんだ」 …… 返事はない。 けど分かっている。 崑崙は一心に踊りながらも、ちゃんと俺の話を聞いている。 「魔女こいにっきとは、なんなんだ」 「……」 「そもそも、この日記を作ったのは誰なんだ」 「……」 かすかに体をこちらに向き直らせて、崑崙は舞い続ける。 「あなたが知りたいのは、この日記がどうやって生まれたか、ではないの」 「まぁ、そういうことになるな」 「いいわ」 すっと、崑崙が目を開く。 「私を見て」 「え……」 「耳をすませて」 「あなたは物語の姿を知ってる?」 「物語の姿? なんだそれは」 「イメージの話よ」 「愛を描こうとすれば、それはきっと、天使の姿をしているだろう」 「不幸を描けば、悪魔の姿をしているだろう」 「それはつまり。属性ってやつがある程度はっきりしているから。イメージとして具現化されることもたやすいでしょう」 「じゃぁ、物語は何? 物語って、どんな姿をしているの?」 「それはきっと、ドラゴンの形をしているの」 「ドラゴンっていうのは、実に不思議なイメージよね。時々の印象も千変万化する」 「は虫類でもあり怪鳥でもあり、知性を抱いた賢者であり。かと思えばどう猛な魔王でもある」 「火を噴けば、氷だってふける。風を起こし、地響きを起こす。空を飛べば、大地を闊歩する」 「ドラゴンってやつは、それ自体が一つの物語なのよ。描くものによって、なんにでもなり得る。壮大で、古より人の憧憬を生む」 「誰もがイメージすることはできるが、しっかり描こうとすれば、意外と難しい」 「どこかに存在していそうで、決して、どこにもいない」 「そして、物語とは、つまり竜だったのよ」 「私はここにはいない」 「時計塔も本来は、存在しない」 「じゃぁ、どこにいる」 「私はどこで踊っている」 「それを、探して」 ここにいる彼女は、遠い昔に幻となった存在だ。 ならば本当の彼女はどこにいるのか。 耳の奥で、かすかに何かが鳴り響いているのが分かった。 これは、なんだ。 「音楽が聞こえる」 「ええ。他には?」 不思議な音楽だ。 そうだ。目の前で踊っている崑崙の舞いと、その旋律はぴったりと重なるようだ。 夜だというのに、月のあかりが次第にまぶしく、ひざかりの太陽のように輝き出す。 そして日記が……輝き出した。 遠い異国から、幼い少女がやってきました。 少女は、もっと幼い頃より奴隷として売られていたところを、神父に拾われたのです。 少女には不思議な力がありました。 人の怪我を治す力。 光をうしなったものに、光を取り戻す力。 君は聖女だと、神父はいいます。 その力は神様より特別に授かったものだ。 なぜ神がそれを授けたのかというと、救済をさせるためだよ。 だから君はその力を私利私欲のためではなく、不幸な人達の救済のために使うのだよ。 はい。神様。 でもどうして神様は、自ら救済をしないのでしょう。 そのようなことを言ってはいけない。それは背信だよ。 すいません。 神父は少し考え込んだ後、ゆっくりと少女に話します。 そうだね。私が神の御心を代弁するなど、恐れ多いことだけど。ちょっとした推察ならできる。 本当はいたずらに誰かを救うものではない。 この世の利害、生と死は、無数の命、無数の価値観が交錯し合い、絡まり合って形作られている。 摂理とはそういうものだ。誰かを救えば誰かが救われない。 それを神様は知っているから。そうそう。手を出すことはできない。 なら私は……。 誰かを救ってはいけないのではないですか。 いや、だからこそ君なんだよ。 少女は首をかしげます。 神父様の言っていることはなんだかあべこべです。 例えば、ひとひらの桜の花が舞う。 それを誰かが見て美しいと思う。 それはささやかながら、確かに救済だ。 けれどその救済によって、誰かが傷つくことはきっとないだろう。 神がなす救済に比べれば、君がなす救済とは、ひとひらの桜の花びらが人を慰めるごときのものということだよ。 だから、恐れず救い続けなさい。 ただね……あるいは君の力は、私が思っているよりもずっと強いものかもしれない。 いつしか君は分を忘れ、ひとひらの花びらであることを逸して、神の領分に我知らず踏み込んでしまうときがくるかもしれない。 時々、我が身を省みて、自らの領分が、ひとひらの花のごとくにあることを、思い出しなさい。 はい、神父様。 「魔女こいにっきとはなんなのか」 「それは、あなたや私達がいる、世界そのものへの問いかけだわ」 「世界は何なのか」 「世界の真理とはなんなのか」 「それを知ったら、きっと、誰も存在することなんてできない」 「知れば終わり……そういうものなんだわ」 「私は……」 「風にふかれる花びらだった」 「ひらひらと旅をしながら、ささやかな奇跡をおこして」 「いつしか私は魔女と呼ばれ……」 「あなたの国にたどりついた」 「そして魔女こいにっきは……」 「私と、アリスによって作られた」 …… 「崑崙?」 いつもさっさと準備をすませて俺を追い行く勢いで登校する崑崙が、眠そうにぼんやりしている。 「学校、行かないのか」 「ええ……」 「体調でも悪いのか」 「ううん」 「いきましょうか」 昇降口をくぐり……。 「……」 崑崙は、二年の教室がある東棟とは反対方向へ歩き出した。 「あれ、クラスに行かないのか」 「……ええ」 どうやら、オカルト研究室に向かっているようだ。 なんとなく気になって、俺は崑崙の後を追いかける。 「最近は、いつもクラスに顔出してたじゃないか。どうしたんだ」 「……」 「いっても、意味がないわ」 「意味がない?」 「お」 向こうから、三人組が歩いてくる。 いつも一緒だな。 スカートのあたりで、くっついているんじゃないのか。 「でさぁ。シンデレラで売られてるアミュクラの新作香水がめっちゃいいんだって、キミキシってやつ」 「気高いにおいがコンセプトなんだけど、ほのかに薫る、バイオレンスさが、ちょー恋の予感びんびんって感じっ」 「ねぇ。今日授業終わったら、行こう」 と、いつもは藤田さん〜っとまとわりつく三人組だが、こちらに気づいた様子もなく通り過ぎていく。 「……」 「あいつら、挨拶ぐらいしていけっていうんだ」 …… 「……」 やがて崑崙は立ち止まり、向こうから歩いてくる、梢先生を待ち構える。 「お、あけみちゃんじゃないか」 「先生、今日もかわいいねぇ」 「……」 「おいおい」 えらいしかとされたぞ。 いや……。 「何かがおかしいぞ、崑崙」 「もう、私達は、本当に幻になってしまった」 「え……」 「最初は関係性が消え去った」 「より、強い絆が消えて、他人のようになり……」 「やがて、その存在自体、世界から消えてしまう」 「物語のように」 「……なんで」 「……」 「行きましょう」 「時計塔へ」 「桜井たくみ……ううん。ジャバウォック」 「あなたは、魔女こいにっきの所有者になることによって、物語そのものになった」 「物語は物語でなくてはならない」 「誰もが。あるいはあなた自身が美しい、続けたいという想い」 「それこそが魔女こいにっきの魔力となる」 「同時に、それがなくなったとき物語は……あなたは、聞き手を失い、消え去る運命にある」 「それが今、訪れている」 「ばかな。俺は、物語をかたっていたはずだ。お前とともに、美しい物語を」 「ううん」 「あなたは、知らず知らず、偽りの物語を語らされていた」 「だから、魔女こいにっきは、魔力を取り戻さなかった」 「そうして、再び消えようとしている」 「俺たちは恋人になり、物語をつづっていくはずだろう」 「いいえ」 「あなたが語っていたつもりでも、その物語は、結局、魔力をもたなかった」 「だって……」 「あなたは、私を愛していたわけじゃないから」 「……な、に」 「何を言ってるんだ」 「そんなことない」 「そんなことあるわ」 「だって……」 「嘘なんだよ」 「ウソ?」 「南乃さんよ」 「南乃……?」 「私は、それになりかわっただけ。あなたは、南乃さんを重ね合わせて、私を求めていた」 「だから、全部、嘘なのよ」 「もう、思いだそうとしているはずだよ」 「あとは最後の、留め具さえ外れれば、全て、思い出す」 「それをしているのは私」 「もともと私が封じたものだったから」 「けど、もう、解放してあげる」 崑崙はそっと、魔女こいにっきを掲げる。 そして淡い光に包まれた日記がぱらぱらとめくれだす。 今まで開かれなかったページ。俺が最後まで取り戻すことが出来なかった、記憶のページも開かれていく。 それは……そう……。 ある、少女と出会い、長い長い時間を夫婦として、ともに生きた記憶。 その少女は……。 南乃ありす。 「あ…」 「ありす……」 「分かったでしょう」 「記憶を失いそれでもなおあなたが求めていたのは……南乃ありす」 「今は、ある理容店で一人で暮らす、おばーさん」 「あなたが何十年も連れ添った女性だよ」 「私はその記憶をのっとって、あなたの恋人のふりをしていた」 「あなたの運命のふりをした」 「嘘をついた」 「どうして」 「どうして……?」 「そんなのきまってるじゃない」 「あなたが好きだからだよ……っ」 「言ったでしょう」 「ずっと好きだったからだよ!!」 「はじめた見た時から……あなたの物語を聞いた時から……恋を、したから」 「……崑崙」 「長い長い時間のなかで……」 「あなたはいろんな女性とちぎりをかわした」 「あなたは、私を選んだことはなかった」 「そうして、あなたは……物語の終わりを、ありすさんと求めた」 「私はそれでもよかった」 「そういうあなたの物語を見つめるのも好きだから」 「私はもう1つの理容室を作った」 「そうして、一人そこで、夢想しつづけた」 「もし、私がありすさんだったら」 「もし、ここであなたと私が、暮らしていたら」 「そんな物語を、あそこであんでいた」 「そんな物語が訪れるわけもなく。終わりは近づいていた」 「けど、ありすさんが、あなたのことを忘れてしまった」 「あなたを否定した」 「うちひしがれて、私のもとを訪れた」 「私は、あなたに全てを捨て去ることをすすめた」 「何かを期待して……」 「何かをやり直せることを期待して」 「そうしてあなたは記憶を失い……また、いちからやりなおし」 「私と出会い……」 「やがて、二人の生活がはじまった」 「お金ならあったよ」 「でもそう言ったら、あなたと、このお店を……できると……」 「もういい」 「もういいよ。崑崙」 「う」 「うえええええ」 「いいじゃないか」 「嘘でもいいじゃないか」 「嘘だったとしても……時間は、消えるものじゃないだろう。俺達は……」 今日まで、あんなにお互い、かけがえのない存在として過ごした。 それが、嘘だったの一言で、消えるはずがない。 人の心なんて、そんなものじゃない。 「……っ」 「やめて!!」 崑崙が小さな身体で、めいっぱい俺を突き飛ばした。 「もう……これ以上……」 「みじめになりたくないわ」 「みじめ?」 「何がみじめなんだ」 「手に入れたくて手に入れたくて……でも、世界はそれを許してくれなくて」 「だから、魔法を使ってでも手に入れようとして……。その人の心なんて知らないと言って、手に入れようとして」 「そういう俺の心や、お前に願いを託した人達の心を、お前は美しいと思ったんじゃないのか」 「……」 「お前は、それを、みじめと思ったのか」 「愛しいと思っていたんじゃ無いのか」 「だったら、自分自身も祝福してやれ」 「みじめだなんて、思うな」 「……」 「う……」 「ううん」 「……っ」 「思わない」 「卑怯でもなんでも……」 「幸せだった」 「私……」 「私、頑張ったから」 「ずっと分かってたけど……」 「あなたは、どれだけいろんな女の子に手を出しても、私には……そういう気持ちにならないんだって」 「私の好きな人が私を好きじゃない」 「嘘でも、かりそめでも、私はそれでいい」 「嘘じゃないって言ってるだろ」 「かりそめじゃない」 「ずっと俺を見てたなら、分かるだろう」 「かりそめだったとしても」 「本気で愛してきた」 「……」 「うん」 …… 「じゃぁ、お願いきいて」 「行って」 「ここから、去って」 「崑崙……それは……」 「そうだね。こんな言い方をしたら、あなたは行かないね」 「じゃぁ言い方を変えるよ」 「ジャバウォック」 「王よ」 「自分に嘘をつかず」 「今、もっとも求める物語を、つづりなさい」 「……っ」 「それがあなたの使命だ」 「魔女こいにっきに誓い、あなたがもっとも美しいと思う物語を選びなさい!!」 「崑崙…っ」 「俺は……」 「……」 「俺は、いくよ」 「……」 「うん」 「行って」 もはや振りかえることはない。それが崑崙に対する、最後の、礼儀だ。 ありす──。 「行って……」 「行ってください……王……」 「私は砂漠を行く風でした」 「風でしたが、一時あなたのもとにとどまって、一人の少女になることができました」 「それはとても、幸せな時間でした……」 ………… …… 「ん?」 「……」 「崑崙ちゃん……?」 「こんなところで、何をしているの?」 「何も……」 「終わりゆく世界を眺めていただけ」 ありすは日記を拾う。 そして、そこに記された物語を読む。 やがて、俺とありすの物語にたどりつくだろうか。 残された時間は、そうないのかもしれない。 だったら、俺が連れて行こう……。物語の先頭へ。 本当に、俺たちがたどりつこうとしていた場所に。 楽園に。 「あのですね」 「髪が伸びてますよ。それはもう、少しだらしないレベルです」 「……」 「よ、よかったら、南乃理容室に、いらしてください……」 「はい、でも」 「私、多分」 「先輩が好きなんですよ」 「……え」 「細かいことは置いといて、つまりそういうことなんです」 「だから、今は、それ以外のことは、やっぱり考えられないですから」 「ほ、ほら、目の前ににんじんぶらさげられたら、とりあえずそれしか見えないみたいな」 「俺がいつか、砂漠の果てにあきらめて、置いてけぼりにしてしまった夢だ」 「逃げ出してしまった夢だ」 「その夢を叶えることができたら、皆を、やっと楽園に連れて行くことができるかもしれない」 「だから、ありす」 「一緒にいてくれるか」 「はい」 「ありす……っ」 君と出会おう。 もう一度。 南乃理容店……。 覚えている。 ここで、長い時間を、彼女と過ごした。 そうして、ここで二人で、終わりを迎えるつもりだった。 俺は配管をつたって二階にのぼり……窓から、中をのぞき込む。 老婆が一人、部屋にいる。 そっと窓をあける。 俺は入り込み……。 「ここで日記が終わってる?」 「あなたは誰なの……?」 日記を手に呆然としているありすに、声をかける。 できるだけおどけた調子で。 「わてはバラゴンや」 「バラゴンさん……」 「……」 「は?」 「ども」 「きゃああああああ」 「な、な、なに」 「かなわんわー」 「女の子に、そないに悲鳴あげられると、せつなくなるやろう」 「ばばばばば、ばけもの」 「ばけものとはずいぶんやな! へこむわぁ。これでもドラゴンの中じゃぁ、だいぶ、愛くるしい方なんやで」 「きゅるん」 「な、なに。誰なの?」 「わてか?」 「わては、バラ色ドラゴン」 「バラゴンや」 「さてと……」 今夜も街へと来ていた。 相変わらず、この辺りは人通りが多い。 この中からいけそうな女の子を選びぬき、ナンパするというのはかなり難しい。 でも……やっぱり同じ人間というのは、見れば大体分かってしまうものだ。 同じように、寂しい人間……。 「やぁ」 「それでさー、あいつが慌てだすもんだから面白くなっちゃって」 「なにそれ、ちょう面白いじゃん。それでそれで?」 「面白そうな話してるね。俺も混ぜてくれない?」 「……またナンパか。ねえ、今日ってもう何回目だっけ」 「うーんと、確かさっきの男もいれると……十人くらいじゃない」 「もてるんだ」 「俺が声かけるのも無理もない」 「ははは、なにそれ。あんた褒めてるつもりー?」 「いいや。ただ、声をかけたくなるくらいに二人はかわいい」 「それだけだよ」 「『それだけだよ(キリッ』……やばい、マジ腹筋にくるっ」 「ちょっと……笑っちゃ悪いって。本人は真剣なんだからさぁ」 「そういうあんただって、すごくぷるぷるしてるじゃんか」 「だ、だってさぁ……」 「俺はただ、かわいい子と話したいだけだよ」 「……へぇー。バカにされても引かないと来ましたか」 「今日話しかけてきた中では、一番骨があるみたいねー」 「そりゃぁ、どうも」 「二人の話聞くだけでいいから、隣いいかな?」 「ええー、どうする?」 「うーん。でもさ、絶対最後に誘ってくるノリに違いないよこれ」 「あんたの勘はあたるもんねー」 「ま、そういうことだから。向こうの子で頑張りなよ」 「無理強いはしないよ」 俺は彼女たちが指さした方へと言われるがままに向かう。 そこにも、俺と同じ匂いのする人間がいた。 「それでね、彼には謝ったんだけど、別れるって言われて……」 「さっきからごめんね。でも、やっぱり一人でいるのは辛くて」 「いいっていいって」 「ていうか、やっぱ男って勝手だよね。ホント最低」 「何の話?」 「…………」 「ごめんなさい。そういうのいいんで」 「男のことで悩んでるみたいだ」 「話くらい聞くけど?」 「ま、間にあってます」 「そう?」 「この子、今は男に対して疑心暗鬼になってるの」 「だから悪いけどあっち行って。しつこいと人呼ぶから」 「それは困るな」 「わかったら早くどっかいって」 「さいですか」 残された俺は、そのままぼんやりと、空を見上げていた。 こういうタイミングにも、出会いはあるものだけど……。 「そろそろ帰るか」 「今日は夜が深い」 「『今日は夜が深い(キリッ』……マジで腹筋崩壊しそぉ」 「ちょっと、笑っちゃ悪いってぇ」 「あん。聞いてたのか」 「ほらぁ、聞こえてたじゃんか」 「そんなこと言って、あんたも笑ってたでしょ」 「別にいいよ」 「それより、一緒にご飯でもどう?」 「ぱーす」 「私もぱーす。あんたお金なさそうだしね」 「さいですか」 まったく相手にされないときたか。 これは本格的に調子が悪い証拠だな……。 「まあでも」 「こういう後には、良い出会いが待ってたりするんだよなぁ」 とは言え、今日はこのまま頑張ってもダメそうだ。 でも、今帰っても寝付きが悪い気がするな。 「キャバクラでも行くか」 「おっさん多いな」 ネオンが煌めく街中をふらふら歩く。 「どの店にするかなぁ」 「こないだ行った店は、かわいい子いなかったし」 「その前に行った店は、おばちゃんしかいなかったしなぁ」 「若いからって、きわどいドレスを着たおばちゃんたちから、おしくらまんじゅうされたっけ……」 いかんいかん。 思い出しただけで寒気がする。 「…………」 「おや?」 「今、店から出てきた子、美人だったな」 「あの落ち着いた雰囲気……」 「俺より年上だな」 お客を見送った後だったのか、その子はすぐに店内へと戻ってしまう。 梢先生と雰囲気が似たお姉さんだったためか、無性に気になる。 「『キャバクラ・ふぇろもん』か……」 「微妙なネーミングセンスだな。でも気になる」 「……入るか」 「いや、待て」 本能が冷静になれと言っていた。 「また今度にするか」 「帰ろう」 「ただいま」 「……寝るか」 「タメの男には興味ないのよね、ごめんねー」 「俺、かなり年上なんだけど」 「あたしは筋肉! 筋肉質な男じゃないと無理なのよー」 「ま、そういうわけだから。ばぁい」 「かまって欲しかったら、ムキムキになりなさいっ。筋肉筋肉ぅ〜♪」 「頑張るよ」 今日も上手くいかない。 というか気が乗らない。 ……先日、路地裏で見た、女性のことが気になっていた。 「めちゃくちゃ美人だったよなぁ」 『キャバクラ・ふぇろもん』……だっけ。 年上のフェロモン、むんむんさせてたな。 「いってみるか」 「ここだな」 例のお姉さんが働いている店の前までやって来る。 だが、ここまで来ながら足がとまっていた。 「……」 「う、急に吐き気が」 ……まだだ。まだ終わらんよ。 「すーはーすーはー」 「よし、行こう」 「いらっしゃい。みらのでーす」 「どうも」 「やだ、お客さん若いじゃない」 「今、おいくつなんですか?」 「21かな」 「やっぱり若い。というか、こんなにかっこいいなら、彼女とかいるんじゃない?」 「いないいない」 「それより、みらのちゃんだっけ?」 「はい、『みらの』です。今日はゆっくりしていってくださいね」 「……だ」 「え?」 「とっても綺麗だ」 「今まで見てきた女性の中で一番かもしれない」 「まあ。お客さんお上手なんですから」 「お世辞じゃない」 「本気で言ってるんだよ」 飲み物を適当に頼んで、キラキラした彼女の手を取る。 「ふふ、初めて来店したのに、早速口説いちゃう人は初めてかな」 「無理もないだろ」 「だってこんなに美しいんだ」 「キャバクラの女の子にはいない、珍しいタイプの美人だよ」 「お客さん、若いのにけっこう遊んでるのね。いけない子なんだから」 そう言って、みらのちゃんは俺の手を優しく解く。 「それで。私のどのへんがお水だと珍しい感じなの?」 「ちょっと気になっちゃうかも」 「うーん」 「なんだろうなこの感じ」 「うん?」 「キャバを本業にしてる女性が絶対に出せないような」 「母親のような母性というか、年下を優しく見守る独特の……」 「そう、先生みたいな優しさが滲み出てる」 「え……先生?」 「そうかなぁ。気のせいだと思うけど」 「そう言えばみらのちゃん」 「誰かに似ていると思ったら、梢先生に似ているな」 「ちょっと待って。もしかして、あなたって……」 薄暗い照明の中、俺たちは互いに目を細めて相手を見つめた。 ………… 「先生じゃないか!!」 「桜井君!?」 化粧がいつもより濃いので気づかなかった。 でもよく見れば分かる。間違いなく目の前の彼女は俺の担任だ。 「って、しまった……なんのことかしら?」 「お客さん、誰かと勘違いしてるんじゃない」 「いやいや。さすがにもう見間違わないって」 「それに、本当に梢先生じゃないんだったら、そうやって顔を隠す必要もないだろ」 「それは、そうだけど……」 「うう……でで、でも! 私は『ふぇろもん』のみらのよ!」 「お客さんのことなんて、これっぽっちも知らないわ!」 あくまで認めないつもりか。 それなら……。 「いやー、いつも控えめな化粧だから分かりづらいけど」 「やっぱり先生って、ちゃんと化粧すれば素材が際立って、かなり美人って分かるな」 「もう、なによ桜井君ったら。そんなに褒めても、先生なにもあげないわよ」 「やっぱり先生なんじゃないですか」 「あ……」 「あはは。あはははははぁ〜」 「ばれちゃったかぁ」 「もうとっくの昔にばればれですよ」 「それよりなんです? みらのってかわいらしい源氏名は?」 「そ、そこには突っ込まないで!」 「まあいいですけど、それよりなんでこんなことやってるんですか?」 いつもは衣服に包まれて見えない大きな胸。 その深い谷間を見つめながら尋ねる。 「ちょっと、どこ見てるのよ……」 「なに今さら赤くなってるんですか」 「さっきは見られても平気そうな顔してたのに」 「それは、あなたをお客さんって思ってたからでしょ」 「相手が生徒だって分かったら、恥ずかしいに決まってるじゃない」 「そうやってさらに胸を抱きしめるから、すごくエロいことになって余計に見ちゃいますって」 「いいから、もう見ないでったら。あんまり先生を困らせないでよね」 「仕方ありませんね」 「それより、あなたこそ何でこんなところにいるのよ?」 「無粋な質問ですね」 「女の子と遊びたいからに決まってるでしょ」 「遊びたいからって、あなたねえ……」 「自分が学生だってわかってる?」 「わかってますよ」 「あれ、おかしいな。君は今、追い詰められてるはずなのに、なんでそんなに余裕なのかな?」 「だって、先生も人のこと言えないじゃないですか」 「教師なのに水商売やってるなんて、学校に知れたら大問題ですよ」 「確かに、そうね。あなたの言う通りだわ……」 「俺はせいぜい謹慎処分でしょうけど、先生はそうはいかないんじゃないですか」 「わかってるわよ。明らかに私の方が不利な状況ってことくらい」 「でも、私はあくまで桜井君の先生だよ。相手が教え子だって分かって、このまま接客するわけにはいかないわ」 「ふーん。いいんですか、そんなに無碍にしちゃって」 「もしかして、脅すつもり?」 「さあ、どうでしょうね」 「先生の対応次第じゃないですか」 「うう……わかったわ」 「……明日、ちゃんと話し合いましょう。色々と訳があるのよ」 「わかったら、今日はもう帰ってちょうだい。周りにも迷惑かけられないし」 「周り?」 そう言われて周囲を確認すると、店の女の子やお客が俺たち二人を見ていた。 「なるほど。いいですよ」 「じゃあ、明日の放課後でお願いします」 「ええ、いいわ。それより桜井君」 「はい」 「今の私がこういうこと言うのはおかしいんだけど」 「ちゃんと真っ直ぐ家に帰るのよ、いい?」 「はいはい。わかってますって」 「それじゃぁ」 「……」 「驚いたな」 まさか梢先生が、キャバで働いてただなんて。 でもそれより……。 あんなに美人だったなんてな。 学園ではなんか無理をしているようで痛々しかったけど、キャバクラで働いている姿は、水を得た魚というか。 こんなこと、本人に言ったら、怒るだろうけど。 「にわかには信じがたい」 それより、今日はどうするかな。 女の子を引っかけにいくか……。 けれど、先生に言われた言葉を思い出す。 「……帰るか」 いつもなら先生の言うことなんて聞かない。 でも今日は、なぜか逆らう気にはなれなかった。 翌日の放課後。 「先生、約束通り来ましたよ」 「もう。なんでこういう時だけ、ちゃんと時間通りなのよ」 夕暮れの教室で、先生はそわそわして俺を待っていた。 「いつもこれくらい真面目ならいいのに。どうにかならないの?」 「どうにもならないですね」 「俺は自分のことはどうでもいいんです」 「でも今日は違う」 「違うって……何がよ?」 「今日は俺のことじゃなくて先生のことだ」 「しかも、実はとびきり美人な梢先生の」 「も、もう。そういうのはやめて……教師をからかわないでよ」 「別にからかってないですよ」 「俺は本当のこと言ってるだけです」 「…………」 「…………」 「…………っ」 「あ、赤くなってる」 「べ、別に。赤くなってなんかないもん!」 生徒に水商売をやってるのがバレて余裕がないのか、まるで子供のようなことを言って、ぷいっと顔を逸らす。 「『ないもん』って、先生は子供ですか」 「だって。桜井君が私を苛めるからいけないんじゃない」 「苛めるからって……」 そうか。よく考えたら、先生はこないだまで学生だった新米教師。 昨日の件についてどう話せばいいか分からなくて、緊張しているのかもな。 「…だいたい、ここは学校だよ?」 「困るんだってば。お店にいる時と同じように接されても」 「おかしいな。昨日は褒めても少しも照れたりしなかったのに」 「だから、あれは君のことをお客さんって思ってたから」 「でも、そんなこと仕事以外で言われたら……そりゃぁ、恥ずかしいって思っちゃうわよ」 「梢先生、とっても綺麗だ」 「宝石のように綺麗ですよ」 「まるで夜空に浮かぶ星のようだ」 耳を押さえて聞こえてませんアピール。 話しやすい先生として生徒から人気だけど、中身がこれならそう思われるのも納得できてしまう。 「少しは緊張がほぐれましたか」 「え……もしかして、私のためにわざとやってたの?」 「まあ、どうなんでしょうね」 「……そうなんだ。ごめんね。私の方が年上なのに取り乱しちゃって」 「桜井君の方が混乱してるよね。自分の担任があんな仕事してるの知っちゃったんだもの……」 「別に気にしてませんって」 「先生がすることだ。なにか理由があるんでしょ」 「桜井君……」 俺と先生は見つめ合っていた。 「ふふ。なんだか桜井君が一瞬、年下には思えなかったわ」 「よく言われますよ。大人っぽくて全てを委ねたくなるって」 「先生も全部委ねてみますか?」 「それも、どうせ私の緊張をほぐすための冗談なんでしょ」 「君って実は、案外女たらしなんかじゃなくて、ただ優しいだけなのかもしれないわね」 「わかってもらえて安心しました」 「それで先生」 「なにかしら?」 「今晩、食事でもどうですか」 「じゃあ、聞いてもいいですか。先生がなんで、ああいう仕事をしているのかを」 「そうね…黙っていてもらうにしても、理由くらいは話さなきゃダメだよね」 俺が頷くと、先生は重々しく口を開く。 「実はね、あそこは私のお母さんが経営している店なの」 「先生のお母さんがですか」 「母子家庭なのよ。お母さんは女手一つで私を育てるために、あの店でずっと今まで頑張ってきてくれたの」 「でも、今はお母さんが病気で入院しているから、私が代わりに手伝ってるの」 「大事な場所なんですね」 「ええ、とってもね」 「昔から、お母さんが忙しい時は、ちょこちょこ手伝ったりしてたのよ」 そう語る梢先生はとっても楽しげだった。 きっと、語り切れないたくさんの思い出が詰まった場所なんだろう。 「わかりました」 「そういうことなら、昨日見たことは誰にも口外しませんよ」 「本当? 良かったぁ、そうしてくれるとすごく助かるわ」 「でも…ごめんね。理由があるにせよ、桜井君のこと、びっくりさせちゃったわけだし」 びっくりさせちゃった……か。 ちぇ。 本当に、先生は覚えていないんだな。いや、俺が忘れさせてしまったようなものだけど。 こうして、先生と二人でいると、どうしようもなく俺の胸に、あのときの感触や先生の表情が、浮かんでくる。 あれは現実だったのか。 この人はどういうつもりで、俺の相手をしてくれたのか。あれは魔法だったのか。幻だったのか。 この二人きりの教室で……なぜか俺は、取り残されているような気分だった。 引きずり込みたく……なってしまう。 もう一度、物語の中へ。 「ええ……びっくりしましたよ」 「それで、どうしようかな」 「……どうしようかなって、なにが?」 「先生、俺はこう見えてもピュアなんです」 「えっと……毎晩、色んな女の子と遊んでるのに?」 「こう見えてもピュアなんです」 「俺はショックを受けているんですよ」 「信頼していた先生が、ああいうお店で働いてたって知って」 「いや、それはそうかも知れないけど。さっき理由は話したよね?」 「聞きました。でも俺、やっぱりショックなんです」 「それに先生。俺は興奮しているんです」 「もちろんピュアですけど、興奮しているんです」 「興奮って……なにが、どういうこと?」 「先生が昨日着てたドレス。すごく胸元が開いてて、おっぱいがこぼれそうでした」 先生は俺の視線から守るように、ふっくらした胸を抱きしめる。 「もしかして、触らせてとか言うつもり?」 「っ……」 いかん、昨日の色っぽい姿を思い出すせいで、先生がいつもより色っぽく見えてしまう。 無性にドキドキすると言うか、変に意識してしまうな……。 俺はそれでも何とか平静を装って、いつもの調子で告げていた。 「昨日あんな立派なものを見せられたせいで、俺は夜も眠れなかったんです」 「先生の秘密は黙ってます。だからせめて、一回だけでいいんで、そのおっぱいでしてくれませんか」 「なにって、パイズリです」 「ぱいずり????」 「もしかして、大人の女性なのに知らないんですか?」 「大人をからかわないでよねっ」 「それなら、問題ないですね」 「それじゃぁ……早速ですけどお願いします」 昨晩見た、何でも挟めそうなムチッとした深い谷間を思い浮かべ、ゴクリと生唾を呑み込む。 「お願いしますって。きゅ、急にそんなこと言われても……」 (どうしよう、本当は知らないなんて言えない。でも、なんとなくエッチなことってのは分かる) 「別に脅してるんじゃないですよ」 「俺は女性に乱暴なんてしませんし、強引にさせたりはしません」 「ただ俺は、昨日から火照った体をどうにかして欲しいだけなんです」 「俺、今日はもう一日中、先生のおっぱいのことしか考えられなかった」 「このままじゃきっと、成績が下がっちゃいますよ……」 「先生のために黙ってますから、お願いします。すごく苦しいんです」 柄にもなく頭を下げる。 言ってることは本当で、今も先生を前にしているだけで体が熱かった。 「ううぅ……」 「そんなに、苦しいの??」 「とっても」 「とってもって、どれくらい?」 「朝から晩まで先生のことしか考えられないほどに」 「そう。朝から晩まで私のことを……」 (そういう言い方されると、まるで本当に私のこと) 先生は林檎のように、ぽっと頬を染めてもじもじする。 そして、しばらく逡巡した後に小さく頷いた。 「私が悪いことしてたのに、タダで黙っててもらうってのも虫が良過ぎるもんね」 「えっと、それで……そのぉ」 どうしていいか分からないって感じだな。 俺は恥じらってわたわたする先生を楽しみつつ…。 「後は俺に任せてください」 「そ、そう?」 「桜井君がそう言うなら、じゃあ……お言葉に甘えようかなぁ」 「……あ、でも待って。みんなには絶対、こういうことしたって内緒だからね」 「もちろん。わかってますって」 「それならいいんだけど……」 「ボタン、外しますね」 「う、うん……」 夕陽が差しこむ教室に、ぷちぷちとボタンを外す音が響く。 そして……。 「こ、これが男の人の……」 言われるがままに性器を胸で挟んでくれた先生は、その先端をまじまじと見つめる。 「先生……あんまり、じろじろ見ないでくださいよ」 「俺だって、恥ずかしいんですからね」 「そ、そうなの?」 「てっきり、こういうことには慣れてるものかと思ってたんだけど」 いや、慣れてると言えば慣れてるけど。 相手が先生となると、思いのほか緊張する。 たぷんとした膨らみに包まれて、その温もりを感じているだけで、胸がさらにドキドキしてしまう。 「じゃぁ、始めましょうか」 「本当にやるのね…やっぱりこういうの、緊張しちゃう」 唇をきゅっと噛み締め、色白の頬が朱色を増す。 いつもは見せない少女のような反応がとてもかわいらしく思え、ごくりと生唾を呑み込む。 「えっと、まずはおっぱいを上下に動かしてみてくれますか」 「上下に、ね……わかったわ」 緊張した様子で両側からぎゅむっと寄せて、さらに圧がかけられる。 ムチムチした谷間から先端だけが顔を覗かせている。 とても窮屈だったが、何だか満たされる思いで胸が熱くなっていく。 (これが本当の乳圧と言うやつか……すごいな) 圧迫されて腰が微かに震える中、先生は俺の言う通りに扱きだす。 「んっ、んんぅう……こう、かしら?」 包皮を剥くようにして柔らかなふくらみが上下する。 その度に淡い快感が奔り、ゾクンと全身が震えた。 「そ、そうです。いい感じですよ、先生」 「ああぁ、はあ、はぁあっ……んんっ」 「私、桜井君のおち○ちん、本当にさわってる」 先生は生徒に奉仕している背徳感を受け、頬を染めながら息を乱す。 その生温かい吐息が先っぽをくすぐり、思わず身悶えてしまう。 「あ、桜井君の……すごくびくびくしてるわ」 「これが、そんなに気持ちいいのね……んっ、あぁぁ」 「さすがですね、先生……俺のこと、こんなに気持ちよくするなんて」 「当たり前でしょ。先生こう見えても、いっぱい経験あるんだから」 明らかに嘘だ。 だって、動きがあまりにもぎこちなさ過ぎる。 でも、それを補うほどの柔らかいおっぱいは、たぷたぷと揺れてさらなる快感を与えてくれる。 「君に、嫌な思いさせちゃったんだものね」 「じゃあその分、せめていっぱい気持ちよくしてあげないと……っ」 先生は顔を真っ赤にしながら、遠慮がちだった動きを大仰なものへと切り替える。 たぷんたぷん、と音が聞こえそうなほどおっぱいが波打ち、熱いものと擦れあうせいで先生の息遣いが荒くなり始める。 「くふぅぅ、んはあ……あ、ああん……んっ、んんぅッ」 「くっ……先生、急にそんな、激し過ぎますって」 「でも、こうした方が……んはぁ、はあっ、気持ちいいんだよね?」 「あっ、んんんっ。はあ……はあっ……くっ、んふぅう」 「先生のことは気にしなくていいから。だから、もっといっぱい、気持ちよくなって」 「はあっ、はあっ! んくっ……ふぅー……ふぅーっ……あ、あぁあっっ」 いつもは俺を怒ってばかりの先生が、今は懸命に奉仕してくれている。 それに昨日の魅力的な先生を思い出すだけで、ぐんぐん高まり、早くも限界が訪れる。 「あっ、ああぁあっ! 先生、もう俺っ……出そうだっ」 「えっ、出そうって……もしかして、もう射精しそうなの??」 「だって、あけみちゃんのパイズリ……頭が真っ白になりそうなほど気持ちいいから」 「ちょっと、先生のこと下の名前で呼ばないでよっ……あはぁ、はぁああっ!」 そう言われるものの、気持ち良くて全てを曝け出す俺は、もう何も頭に入ってこない。 「うぁぁあっ、あけみちゃん……やばい、もう出る!」 「も、もう、だから名前は……んふぅ、ふぅう、んんんっっ!」 「あっ、くううううう!!」 「ひゃあああああああん!!?」 びゅる、びゅるるぅ! 激しい上下運動によって掬いあげられた欲望が一気に飛散する。 「ぷぐぅう!! ん、んんううう!!?」 「あ、熱いのが、おっぱいと顔に……どぴゅどぴゅって出てるっ!」 「あっ、あぁあっ、んんん! す、すごいわ……こんなに、いっぱいっ!」 「あけみちゃん……ま、まだ出るっ!」 「え……んぐ……んっ、んんぅ〜〜!?」 ねばついた精液が、あけみちゃんの綺麗な顔を真っ白に染め上げる。 おっぱいも生クリームをつけたように汚れ、あっという間にべとべとになってしまっていた。 「はあー、はあー……くぅ」 「んんっ、すごい……ああぁ……これが男の人の射精なのね」 「まさか、こんなにいっぱい出ちゃうなんて……知らなかったぁ」 お互いに放心気味に息をつきながら、行為後の余韻に浸る。 あけみちゃんは自分の汚れた体を見て頬を上気させ、悩ましげな顔をして汗だくになっていた。 ダメだ。やっぱり昨日から先生のことを見ていると、妙に胸がドキドキしてしまうな。 おかげで一度出した後だと言うのに、すぐに回復してしまっていた。 「え? ウソ……今出したばかりなのに、またこんなになるだなんて」 「あけみちゃんがエロいから、だから俺……」 「そんな。私が悪いって言われても困るんだけど」 「て、ていうか名前。下で呼ばないでったら……」 下の名前で呼ばれるとドキドキするのか、あけみちゃんは視線を逸らして恥ずかしがる。 「だって、俺はあけみちゃんの秘密を知ってしまったんだ」 「それってもう、特別な関係ってことだろ。じゃあ、下の名前で呼んでもいいじゃんか」 「確かに秘密を共有してるから、ただの生徒と教師の関係じゃないけど……」 「でも、やっぱりダメよ。私と桜井君は、あくまで教師と生徒なんだから」 「あけみちゃんはそう思ってるのかもしれないけどさ」 「俺は違うよ。もう、一人の女性として見てる……昨日だって、あんなに綺麗だったし」 「もしかして、本気で言ってるの? 冗談、だよね?」 「だって私と桜井君は、年も離れてるし……興味なんてあるわけないじゃない」 「これが証拠だよ。本当に興味なかったら、すぐにこうなったりはしないってば」 そう言って、胸の中でいきりたったままの息子を見せつける。 「ああぁ、そんなぁ。じゃ、じゃぁ……桜井君、本気で私のことを?」 求められていることに戸惑いを感じる先生は、真っ赤になって俺を見上げる。 「それを俺に言わせるんですか?」 「それは……」 「俺、もっとあけみちゃんに気持ちよくしてもらいたい」 「あけみちゃんじゃないと嫌なんだっ!」 「桜井君……うぅ」 「そんなに、先生じゃないとダメなの??」 「今はあけみちゃん以外に考えられない。これが俺の答えだよ」 目を見て真剣な表情で告げた。すると…… 「っ……」 きゅんっ、きゅんっ。 あけみちゃんは心を射抜かれたように目を見開く。 そして、胸に抱いた感情を隠すように、おっぱいでぎゅむぅ〜とペニスを抱きしめた。 「もう。年下のくせに生意気よぉ……」 きっと押しに弱い性格なんだろう。 あけみちゃんはそう言いながらも、俺を突っぱねようとはしなかった。 「こ、これで最後だからね」 恥ずかしげにそう言って、精液と汗でぬるついたおっぱいでペニスを擦り上げていく。 「んんっ、んふう……ふうぅん」 ズチュッ、ズチュッ。 いやらしい音が響き、互いに赤くなる。 「ぁあん、んくぅぅっ……おち○ちん、早速びくびくしてるぅ」 「もう。若いからって元気過ぎだよ。はぁあ、はぁぁっっ」 「あけみちゃんが上手だからだよ。すごくいい……あぁぁあっ」 「ちょっと桜井君、あんまり変な声出さないでったら」 「そんな声聞かされたら、私までおかしくなっちゃうじゃない」 気づけば、あけみちゃんのピンク色の乳首は、びんびんに勃起していた。 パイズリだけで感じちゃってるのか。本当エロいな、あけみちゃん……。 だから、そっと手を伸ばして右乳首をいじってあげる。 「ふぁ!? ちょっと、なにして……んっ、んぅうう〜〜!!?」 びくん! と面白いように体が跳ねる。 「なにって、ここをかわいがってるだけだよ」 「かわいがるって……や、やめなさい! 教師にこんなこと、んっ、んぁああ…許さないんだからぁ」 「でも、すごく気持ちよさそうにしてる」 「そ、そんなことぉ!」 「ほら、あけみちゃん。もっと素直になって」 こりこりした先端、そこをさらにきゅむっとつねってあげる。 「ふぁああっ! あっ、ああっ、ひぐぅうう!?」 びくん、びくん。 体は素直でされるがままに痙攣する。 もう先っぽは限界までぷっくり膨らみ、びんびんに硬くなっていた。 「もう、やめて……ちゃんとパイズリできないじゃない」 「確かに、それもそうだ……んんっ」 あけみちゃんの乳首と同じように、痛いくらいに硬くなったペニス。 俺はもっと快感を受け取るため、大人しくしていることにする。 「はあー……はあー……っ」 生徒に先っぽを弄られたせいで高まったあけみちゃんは、色っぽく息を乱してヌポヌポとペニスを扱く。 「本当は、生徒とこんなことダメなのにぃ……あっ、あぁぁあっっ」 「でも、自分でもやめられないんだよな?」 「そ、そんなことないもん。私は教師だよ、君がどうしてもって言うから仕方なくしてるんだから」 「んはぁっ、あっ、あぁぁっ……んんん〜〜ッ」 けど、あけみちゃんは熱い視線を性器へと送りながら、さらに熱のこもったパイズリ奉仕をしてくれる。 ぬちゅっ、ぬちゅっ! 狭苦しい谷間で洗われるように滑り、背筋がぞくぞくと震えてしまう。 「はやく、出しちゃって。じゃないと、んんっ……誰かに見つかるかも」 「そうなったら、どっちにしろ学校をクビになっちゃうわ……そんなの、絶対ダメなんだからぁ」 「ふぁあっ……あっ……あああっ……んふぅ、ふぅぅう、んぁぁぁッ」 「くっ、うううぅぅ……!」 「で、出そうなの? いいのよ、いつでも出しちゃって」 「んはぁ、はぁあっ……熱い。おち○ちん、どんどん熱くなってるぅ」 「お、おっぱい、このままだと火傷しちゃうよぉ……もう、本当はやく出してったら」 「んっ、んんっ! あっ、あぁぁっ……はぁー……はぁーっ……うぅぅん!」 「また、そんなに激しく……っ」 気持ちよすぎて腰がふわふわする……。 おっぱいがいやらしく形を変えて波打ち、ぶるんぶるんと激しく揺れる。 その度に腰が抜けそうなほどの快感が奔り、視界がチカチカと瞬く。 「ぁああっ、はやく、出してったらぁ」 「あ、ぅうう……はぁぁ、はぁあっ!」 「もうすぐ、もうすぐだから……頑張ってよ、あけみちゃん」 「んんっ、ふあぁあっっ。う、うぅぅん、そんな簡単に言うけどねぇ、私だってなんだか……」 「ひあ、あぁぁあ、んっ、んんぅん! あぁあ、何だか、ぞくぞくして」 「はーっ! はーっ! も、もう……パイズリのしすぎで、おっぱい感じちゃう〜っ!」 びくっ、びくんっ! あけみちゃんは快感で濡れた声で喘ぎ、全身を震わせる。 「ダメだ、そんなエロい姿見せられたら……もう俺っ!」 「あ、あぁぁあっ! 出るんだね、いいよ、はやくどぴゅってして〜!」 「じゃないと、もう私っ! はあっ、はあっ、はあっ、んっ、んんんぅ〜〜!?」 「くっ、あああああっ!?」 「う、ううううううううんっ!!??」 びくんびくん!! あけみちゃんが震えると同時に、一回目よりも勢いよく飛沫が上がる。 「ひゃっ! あっ、あああああんっ!?」 「ま、またっ! こんなに、いっぱい〜〜〜っ!!!」 「うっ、くぅぅぅ〜〜〜っ!!」 「ふあっ、あっ、あああ! あ、熱い…火傷しちゃう〜!!」 「んっ、んんっ……ううぅぅぅん!!?」 自分の担任だと言うことも忘れ、欲望のままに精液を浴びせる。 おかげであけみちゃんの呆けた顔は、一瞬でどろどろになり、俺色に次々に染め上げられていく。 「うぁぁあ! 教室で生徒に射精されてるぅ……わ、私、先生なのに、ひあ、ぁあああっ!」 「あああっ……うっ、ううっ!」 やがて全てを放出して射精を終える。 目の前には自分の精液で汚れたあけみちゃんが、未だにびくびくと体を震わせていた。 「はぁ、はぁ……こ、これで、もう終わりでいいんだよね?」 「う、うん。さすがにもうこれ以上は、俺も無理かな」 「そう。良かったぁ……ああ、んんぅう」 「じゃあこれで、ちゃんと口外しないって約束してくれる?」 「もちろん。ここまでしてもらったんだ。あけみちゃんがキャバクラで働いてること、絶対秘密にするよ」 いや、これだと何か違うな。 これじゃあまるで、俺が完全に脅してるみたいじゃないか……。 「俺、あけみちゃんのこと応援するよ」 「え、応援って、どういうこと?」 「あけみちゃん、普段は教師もやって色々大変だろ。だから何かあれば俺を頼ってよ」 「少しでも力になってあげたいんだ!」 「桜井君……」 なぜかは分からないけど、そう強く思った。 その気持ちは、しっかりと伝わったようだった。 「ふふ、やっぱり年下のくせに生意気だよね、君」 「あけみちゃんは年下嫌いなのか?」 「き、嫌いも何も。私と君は生徒と教師だもん。好きも嫌いもないよ」 「そっか」 「でも、ありがとね。ちょっとだけ……嬉しかったかも」 「え、何か言った?」 「な、何でもないわ!」 そうして、俺たちは誰かがこないうちにその場を片付け、帰る準備をする。 「……」 「……」 「それじゃぁ…真っ直ぐ家に帰るのよ?」 「は、はい」 …… 以前、先生とこんな関係になったときは……後ろめたさと、焦りしかなかった。 でも今日はどうしてだろう。なんだか、それとは逆に、ほっと暖かな感情が、胸の奥に生まれてくるのを感じた。 しばらく俺はこの物語を閉じることはないのだろう。 そんなことを、考えていた。 「アニメ見ない男には興味ないのよ。ごめんねー」 「あたしはBL好きな人じゃないと無理!」 「ただの人間には興味ありません。この中にホモ、ホモ、ホモが好きな人がいたら私のところに来なさい。以上!」 「掘っていいのは、掘られる覚悟のあるやつだけだ!」 「ま、そういうわけだから。ばぁい」 「かまって欲しかったら、ガチムチになることね。BLBLぅ〜♪」 「頑張るよ」 こないだから全く上手くいかないな。 その理由は、なんとなくだがわかっていた。 「あけみちゃん、ちゃんと仕事してるかな」 最近はずっと、あけみちゃんのことばかり考えている。 苦労して頑張っていることを知ったからかは分からないが、常に頭から離れなかった。 きっと、こんなんだから上手くいかないに違いない。 「今日も行くか」 (お、いるいる) 今日も相変わらず、おっさんの接客か。 「いらっしゃい。うわ、来たばかりなのにお酒臭い」 「えへへ〜。今日もいっぱい呑んで来たからねぇ」 「またハシゴしてきたんですね。もう、本当にしょうがないんだから」 「それで、今日はどんな嫌なことがあったんですか?」 「お、さすがみらのちゃんだな〜。俺のことわかってるぅ」 「大事な常連さんですもの。それくらいわかりますよ」 「そうか、やっぱりわかっちゃうんだねぇ……」 「奥さんと喧嘩した。どうせそんなところでしょ?」 「そ、それは……」 「はあ……やっぱりそうなんだ」 「いいんですか? ここに来たことバレたら、またお小遣い減らされちゃいますよ」 「おいおい、みらのちゃんまでなんだよ〜。かみさんみたいなこと言わないでくれよなぁ」 「今日は一杯だけにしてください。お昼ご飯代、無くなったらまた奥さんと喧嘩になっちゃうから」 「……みらのちゃんにはかなわねえな〜。分かったよ」 「ふふ、明日からもお仕事頑張ってくださいね」 数日通ってるけど、あけみちゃんはお客さんのことを第一に考えて接している。 (だからこそ、客も高い金を払ってまで来たくなるんだろうな) そうこう考えているうちに、あけみちゃんは別のおっさんを相手にしていた。 どうやら俺より先に指名を入れていた客が他にもいたようだ。 相変わらず人気なだけはある。 「なるほど、仕事で失敗されたんですね……」 「そうなんだよ。だからちょっと自信なくしちゃってさ」 「あんまり落ち込んじゃダメですよ。誰だって失敗はするんですから」 「それはそうだけどさ……」 「いつも夢を語ってくれてるじゃないですか。あの時の威勢はどうしたんですか?」 「私、夢を持って頑張ってる人って、かっこよくて好きですよ」 「え、えへへ。かっこいいか……そうかな?」 「ええ、とっても。だからほら、今日はお酒を呑んでぱあっと忘れちゃいましょ、ね」 「そうだな。いつまでもくよくよしてられないか」 「ふふふ。良かった、元気になってくれて」 うんうん。やっぱり接客上手というか、おっさんを転がすのが上手いというか。 お客さんの相談にも真剣に応えてくれるし、人気なのも頷けるな。 そして、ようやく俺のテーブルへとあけみちゃんがやって来た。 「いらっしゃ――って、また来てたの!!?」 「どうも」 「どうもじゃないわよ。はあ、まったくもう……」 呆れながらも、あけみちゃんは俺の隣へと腰かける。 ここ数日、何度も店へと通っているだけに、あけみちゃんのドレス姿を見ても、だいぶ冷静でいられるようになっていた。 でも、あけみちゃんからは甘い香水の匂いが漂っており、嫌でも女を意識させられてわずかに鼓動が早まる。 「あのね。昨晩も言ったはずだよね」 「桜井君は学生なんだから、もうここには来ちゃダメだって」 「あけみちゃん冷たいな。そんなに俺のこと嫌いなのか?」 「下の名前で呼ばないで。前にも言ったけど、私は君の先生なんだよ」 「それはわかってるよ。でも今は客だし。固いことはいいだろ」 「いいわけないでしょ。ていうか桜井君。あなた、もう何日も通ってるけどお金大丈夫なの?」 「うっ……それは」 痛いところを突いてくる。 さすが、お客のことを第一に考えているだけあるな。 「やっぱり厳しいんだ」 「もう、本当にここに来ちゃダメ」 「でも俺は来るよ。お金を何とかしてでも」 「どうしてよ。そこまでして来ても、君にはお酒も出せないし、何も楽しいことなんてないと思うんだけど」 「あるよ、楽しいことなら」 「なに?」 「こんなに美人なあけみちゃんと話せる」 「俺はそれだけで十分だよ」 「ま、また君は……そんなこと言って」 「だめ、なんだから…。大人をそうやってからかうの、すごくいけないことだよ……」 「とか言いながら、赤くなってまんざらでもない感じだなぁ」 「べ、別にそんなことないもん!」 「褒められることくらい、こういう仕事をしてたら慣れてるんだから」 (ま、そういうことにしておきますか) 他のどの客にも見せない子供っぽい表情。 俺はそれを見るだけで胸が熱くなり、思わずまじまじと顔を見つめてしまっていた。 そして、そうこうするうちにラストオーダーの時間が過ぎ……。 「もう閉店の時間ね」 「もうそんな時間か。やっぱ楽しい時間はあっという間だな」 「君って、どこまで本気かわからないから反応に困っちゃうのよねぇ」 「それより、今日はすぐ上がる予定だから、ちょっと待っててくれる」 「おや? これはもしかして、大人のお誘いが?」 「バカ言わないの」 「あなたは未成年なんだから、自宅まで送り届けるのよ」 「そういうことか…」 それでも、今はあけみちゃんと少しでも一緒にいたいと思っているから嬉しかった。 店の入り口で待ち合わせして家路へとつく。 「でも、あけみちゃんって頑張ってるよな」 「え、私が?」 並んで歩きながら告げると、あけみちゃんはきょとんとする。 「うん。だって昼は学校の先生やって、夜はこうしてここで頑張ってる」 「今日のように大人しい客ばかりが来るわけじゃないし、やっぱりすごいよ」 「俺が逆の立場だったら、こんなに頑張れない」 「そう、かな。私は別に、特に頑張ってるなんて思ったことはないけど」 「でも、そう言ってくれる人がいるって、なんかいいかも」 「へ?」 「学校でも頑張るのは当たり前だし、お店でも頑張ることは私にとっては当たり前のことだから」 「そういうふうに考えたことなくて、ちょっと新鮮だったかも」 「もしかしてあけみちゃん、けっこう無理してたりする?」 「それは。生徒に話すようなことじゃないし……」 「俺たちはもう、秘密を共有しているんだ。だから、ただの生徒と教師の関係じゃない」 「話してよ。それでちょっとは軽くなるかもしれないし」 そう言うけど、やっぱりあけみちゃんは話そうとはしない。 やっぱり、生徒の前では弱みは見せられないってことなのか……。 ちょっと残念がる俺だったが、あけみちゃんはポロリと語り出す。 「…えっと、本当のこと言うとね。ちょっと無理してるってのはあるんだよね」 「やっぱり」 「その、まだ先生になって間もないし、生徒とだって内心じゃどう接すればいいかわからなくて困ってるの」 「でも生徒の前ではそんな姿見せるわけにはいかないし、お店ではお母さんの代わりに頑張らないといけない」 「だからちょっとだけ、疲れてるってのはあるかも」 「優しくされたら、甘えちゃいたいって思ってしまうくらいには、ね」 あけみちゃんは溜まっていたものを吐き出すように、相手が俺ということも忘れて話しているようだった。 「……」 「俺は迷惑じゃないよ。あけみちゃんに頼ってもらって、素直に嬉しかった」 「…やっぱり、桜井君って優しいよね。女たらしって思ってたけど、やっぱり違うかも」 「なんか君と話してると、不思議となんでも話しちゃうな。自分でもよくわからないけど」 (もしかして、彼氏がいるとこんな感じなのかな) 「じゃぁ、今日はこの辺で」 会話が盛り上がって来たタイミングで、俺はそう告げていた。 だからか、あけみちゃんはちょっと寂しそうな顔をする。 「え、でも。まだ家まで送ってないわ」 「大丈夫だって。ここまで来て寄り道したりはしないから」 少しでも早く帰って休んで欲しいってのが本音だった。 もう日付が変わってるし、明日も学校がある。 家までまだ距離はあったが、これ以上付き合わせるわけにはいかない。 「確かにそうかもしれないけど。でも、ここまで来たんだし……」 「もしかして、俺と別れるのが寂しいの?」 「あけみちゃんさえいいなら、ウチ上がってく?」 「君はその、すぐ女の子にエッチなことするって聞いてるもの」 「さっきは女たらしじゃないかもって言ってたくせに」 「あけみちゃんは、俺とそういうことするの嫌?」 「もう。そういう話、やめてよ……」 「だいたい、付き合ってもないのにそんなことするわけないでしょ」 「俺はあけみちゃんとならいいよ。むしろ、今はあけみちゃん以外は考えられない」 「ちょっと……急になに言ってるのよ。本気?」 「嘘言ってるように見える?」 「それは……」 「……」 「っ……見えない、けど」 「そっか。じゃぁ、しつこく誘ったりはしないよ」 あっさりしたもので、俺は手を振って帰ろうとする。 「ん?」 「その、桜井君は本気で私と……そういうことしたいって思ってるの?」 「もちろん」 「あけみちゃんはこんなに美人なんだ。これで放っておけるわけがない」 「すごく欲しいって思ってる」 あけみちゃんは、ぎゅっと服の胸元を握りしめる。 (やだ、なに? すごく胸がドキドキする。これって、もしかして……) 「じゃぁ、おやすみ」 ちょっと名残惜しく感じながらも、俺は今度こそ、その場を去る。 日に日に一緒にいる度に、別れる際がちょっと切ないなと思いながら。 翌日の放課後。 「ごめんね。急に呼び出しちゃって」 「いいよ。別に気にしなくて」 前までなら、こうやって呼び出されることを面倒臭く思っていたっけ。 でも今は、いつものように生活指導をされると分かっていても、全く苦ではなかった。 「それで、どうせまたナンパの話だろ」 「えっと。それは……」 「あれ。もしかして違うのか」 「それは、その……」 (はっきりしないな。そう言えばあけみちゃん、なんかいつもと雰囲気が違う気がする) 「……っ」 あけみちゃんは、もじもじして赤くなっている。 そして、俺と目が合う度に恥ずかしげに視線を逸らす。 (ほうほう。なるほど) 放課後の教室。恥じらう乙女。呼び出された男子。 そうくれば、今から起こることなど容易に想像ができた。 「俺にはわかるよ。あけみちゃんが今から、俺に何を告げようとしているか」 「ウソ。私の考えてることが分かるわけないじゃない」 「わかるよ。あけみちゃんと俺は今日まで、親密な時間を過ごしてきたんだ」 「だから、何を考えてるかなんて手に取るようにわかる」 俺は目を輝かせて、ちょっとワクワクしていた。 「うん。なんていうの、これは憶測なんだけど。桜井君は告白とか、そういうこと期待してるんだよね?」 「なん、だと……あけみちゃんも、俺の考えてることがわかるのか」 「……悪くないな」 「なにしみじみしてるのよ。バカ。生徒に告白したり、するわけないでしょ」 「私はただ、こないだ君があんなこと言ってたから……」 「あんなこと?」 「だから、あれよ……」 「私としたいって…言ってた、よね?」 「まさか。俺とそういうこと、したいの?」 最近は寝ても覚めてもあけみちゃんのことばかり考えている。 だからそう言われ、舞いあがりそうになってしまうのだが……。 「もちろん。そういうわけじゃないわ」 「でも、桜井君は最近、授業中にボーっとして私を見てることが多いよね」 「あれってやっぱり、原因を作った私が悪いのかなって思って」 「だからもし、体が火照って集中できないなら……責任持って、処理してあげなきゃって思ったの」 「本当にそれだけ?」 「あけみちゃん、俺のことが好きだから、そう言ってくれてるんじゃない?」 俺はあけみちゃんの唇に指先を当て、それ以上は言わせなかった。 だって今の彼女の目は、その先を口にすることを拒んでいるように見えたから。 「どっちにしろ、俺のためってことには変わりない」 「すごく嬉しいよ。だから、あけみちゃんがいいなら、俺はいいよ」 「もう、二度も言わせないでったら」 「本当に嫌なら……こんなこと、言わないわよ」 あけみちゃんは視線をそらしながら、小さな声で何事かをぽつりと呟いた。 「じゃぁ、お願いしようかな」 「う、うん……」 あけみちゃんは頷くと、緊張気味にボタンをぷちぷちと外していき……。 「んぅう……すごい。もうこんなに硬くなってるなんて」 あけみちゃんは肉感のあるふくらみで、俺のペニスを包み込んでいた。 「だって、あけみちゃんのおっぱい…こんなにふかふかで、柔らかいから」 「それにすごく温かくて、もちもちして張りが良くて……だから俺っ」 「もう、言わなくていいから。すごく、恥ずかしいじゃない」 でも、本当のことだった。 数日ぶりに味わう温もりは心を満たし、今にも射精してしまいそうなほど心地よかった。 「ぴくぴくしてるね。桜井君、私にこうされてもう我慢できないんだ」 「うあっ、あけみちゃん、それ……」 「んぅう……んっ、んはぁあ」 恥ずかしそうにしながらも、おっぱい同士を擦り合わせ、ペニスを洗うようにして揉みしだく。 左右から、ぷにゅっぷにゅっと優しい刺激が与えられ、さらにペニスが大きくなって包皮が完全にめくれる。 「どうか、したの?」 「苦しいなら、いつでも出していいんだよ」 「そのためにこうして、先生も頑張ってるんだから……あぁぁ、んぁ、うぅっ」 (そうだよな。あけみちゃんが、俺のために頑張ってくれているんだよな) そう思うだけで快感もひとしおで、早くも頭の中に白いもやが掛かり始める。 「私のせいで桜井君の成績が落ちたら困るもの。だから、今日はいっぱい出しなさい」 「遠慮しなくていいから……はっ、はっ、んんぅう、ほらぁ」 乳内はペニスと密着状態で擦れ合うせいで火傷しそうに熱く、汗で湿っているせいで異様に滑る。 むっちりした谷間からは先走りを垂らし始めた亀頭が覗き、その独特の匂いの体液がおっぱいに絡まって糸を引く。 「いっぱい、出してぇ。先生のおっぱいに、んぁあ、あっ、あぁあ、桜井君の精液、いっぱいっっ」 「あけみちゃん、そんなに両側から洗うようにされたら、もう出ちゃうって」 「はぁっ、はぁっっ。我慢、しなくていいんだよ」 「今は、今だけは……先生のおっぱいは、桜井君のものよ」 「だから、いっぱい…いっぱい熱い精子で、汚していいから。あっ、ふぁあっ、んっ、んふぅううっ」 あけみちゃんの言葉が脳内に響き、官能を刺激して精巣をくすぐる。 そしてさらに、汗と先走りでぬちゃぬちゃ音を立てながら、両側からの摩擦が激しくなり……。 「あ、あぁぁっっ、で、出るっっ!」 「だ、出してっ! おっぱいを精液で、いっぱいべとべとに汚してぇっ」 「ぁああっ、あっ、あっ、あっ! ふはぁーっ、はぁーっ、んぅううっ!」 「く〜〜〜っ!!!」 「んっ! んあぁあああっ!!?」 どぴゅっ、びゅるるぅ!! あけみちゃんの興奮した吐息にくすぐられ、おっぱいに包まれたままで盛大に噴き上げる。 「うぁ、あ、あぁあんっ! 精子、出てるっ!!」 「桜井君のおち○ちん、おっぱいの中でびくびくして、熱いのいっぱい出してるっ!」 「ふぁあっ、んっ、んんぅうっ! すごい、どんどん溢れて……と、とまらないっっ」 あけみちゃんへ抱く感情が大きいせいか、ペニスは喜んで大量のミルクを次々に吐き出す。 マシュマロのようにすべすべなおっぱいは一瞬で白く染め上げられ、射精が終わる頃にはパイ投げされたようにどろどろになっていた。 「はぁーっ……はぁーっ……ごめん、こんなに出しちゃって」 「う、ううん。別にいいから気にしないで。そうじゃないとやってる意味がないから」 「桜井君の体が火照ったまんまじゃ、勉強に集中できないだろうし……っ」 そう言いながら、あけみちゃんは精液まみれのふくらみを見下ろし、じわっと頬を染める。 「よっぽど気持ちよかったんだね…。でもこれだけ出せば、もう当分は大丈夫よね」 「いや、そうもいかないみたいだ」 「えっ……あぁぁ、嘘?」 白濁まみれのおっぱいの中で、ペニスは萎えるどころかさらに大きく膨らんでいく。 「ちょっと、また大きくなってる。そんな、こんなに出したのに……なんでよ」 「言っただろ。今は俺、あけみちゃん以外とはこういうこと考えられないって」 「つまり、どれだけ出しても俺の気持ちは収まらないってこと」 「だからあけみちゃん、悪いけどもう一回いいか?」 「そんなぁ。もうこれ以上はだめよ……早くしないと誰か来ちゃうかもしれないし」 「でも、俺はこのままだと授業に集中できない。それだと、あけみちゃんも困るんじゃない?」 「それは……確かにそうだけど」 あけみちゃんは考え込むが、俺の言葉通りだと感じたのか、やがて頷いてくれる。 「わかったわよ。もう一回やればいいんでしょ」 「くっ……ああっっ!」 「あぁ、あっ、あはぁーっ、ぅううっっ」 放課後の学校。まだ他の教室に誰かが残っていても不思議ではない状況。 だからか、あけみちゃんは早く終わらせないとまずいと思うようで、激しい動きで上下運動を開始する。 でも、強くそう思えば思うだけ興奮するようで、息遣いがどんどん艶めかしいものへと変わっていく。 「あけみちゃん、それ……すごく気持ちいいっ」 「気持ちよくなるように、してるんだから……当然だよっ。はぁ、はぁーっ」 「こうして、激しくパイズリして早く射精させないと……きっと誰かに見つかっちゃう」 「はぁ、んはぁっ! もしも、そんなことになったら私、もうお嫁にいけなくなっちゃうよ」 「大丈夫だって。もし貰い手がなかったら、俺がちゃんともらってあげるから」 「もう、またそんな適当なこと言って。君にはそんなつもり、本当はないくせに」 「んああ、んっ、んう! はあー……はあーっ……んぅぅ!」 本気に決まってるだろ、という言葉は激しい動きで呑み込まざるを得なかった。 ずちゅっ、ずちゅぅっ。 精液を絡ませ、粘っこい音を立てながらの激しいパイズリ。 メロンのようなおっぱいはぷるんぷるんとしきりに揺れ、俺の欲望を満たしていく。 「あけみちゃん、前よりも上手くなってる。これも俺のおかげだな」 「ば、バカなこと言わないの。私はこういう経験、んっ、んんっ、いっぱいあるのよ。上手なのは当然でしょ」 「はっ、はぁっ、はぁっっ。別に桜井君に仕込まれたわけじゃ、ないんだからぁ……んっ、んんっ!」 それはない。だってこないだはあんなにぎこちなかったんだ。 自分があけみちゃんのような年上美人をエッチな女性に仕立てている。 そう思うと余計に込み上げてくるものがあり、腰ががくがくと震える。 「あっ、ぁああっ、はぁーっ、はぁーっ!」 「おっぱいの中で、またびくっびくっって、おち○ちん震えちゃってるわ」 「だって、あけみちゃんがそんなに激しくするから、俺っ!」 「出しなさい。ちゃんと明日から、授業に専念できるように……どぴゅどぴゅって、たくさん出してっっ」 「そうすれば私だって安心して、もうこんなこと二度としたりは……っ」 あけみちゃんはそこまで言いかけ、言葉を呑み込んで物憂げに俯く。 「二度と、俺にはこういうことしてくれないの?」 「あ、当たり前だよ。だって私と桜井君は、んっ、んんっ、生徒と教師、なんだからぁ」 「ちょっと残念だなぁ……俺はこんなにも、あけみちゃんを求めてるのに」 「あぁ……もう、やめてよ。そんな悲しい顔されたら、困っちゃうじゃない」 「だめ、だよぉ。もうこんなこと、今日までなんだから。これ以上君とこういうことしたら、もう私……わたしっっ」 胸の谷間でびくつくペニスを眺めるあけみちゃん。その視線は愛おしげで、表情はとっても切なげだった。 (もしかしてあけみちゃんも、俺とこういうことしたいって思ってるのか?) そう思った瞬間、胸の奥がじんじん熱くなり、喜びと共に下半身に感じる快楽がひときわ大きくなった。 「ひあっ、あっ、あぁああっ!」 「すごく震えてるよ、桜井君のおち○ちん。がちがちになって、苦しそう」 「また出そうだっ。いい、あけみちゃん?」 「もう出るのね。いいわよ。出してちょうだいっ。これで最後……ん、んぅう、最後なんだから、いっぱい、いいよっっ」 精液まみれのおっぱいは乳汗を振り撒きながら、ぶるんぶるんと暴れる。 ぎゅうぎゅうと汗だくの谷間で揉みしだかれ、腰が浮遊感に包まれていった。 「あっ! あああっ、で、出るっっ!」 「はぁっ、はぁあっ、出して! 早く精液、んっ、んぅぅうっ! 出してぇ〜〜っ!」 「うあぁぁあああっっ!!??」 「んぶっ、ンぅぅううううううんっっっ!!!?」 頭が真っ白になって理性が弾け飛ぶ。 腰砕けになった俺はドクンドクンと脈を刻みながら、思いのたけを全て吐き出す。 「ひあっ、あっ、ああぁあっ!?」 「さっきよりも、濃いのが……どぴゅどぴゅっておっぱいに〜っ!!」 「ふぁあっ、んっんああ! あ、熱い、火傷しちゃうよ……うぁっ、ぅぅぅんっ!」 目の前でホースが暴れるように、顔をしかめるあけみちゃん。 その苦しげな顔は何とも扇情的で、俺は欲望のままに彼女を染め続けた。 「はぁー……はぁー……これで、もう……終わり、だよねっ」 「はぁ、はぁ……それはっ」 互いに息を乱しながら見つめ合う。 自分のものでべっとり汚れた顔は淫らで、あけみちゃんがまるで自分のものになったようで胸が熱くなる。 (これで終わりだなんて嫌だっ) でも、あけみちゃんは自分の担任の教師。 これ以上してはいけないという気持ちもある。 俺は理性の効かない頭で必死にそう言って自分を納得させようとするのだが……。 「――あけみちゃん、ごめんっ!」 「えっ、ちょっと桜井君!?」 「ちょっと、何してるのよっ!?」 「ダメだったら、こんなのっ。離して、離しなさいっ」 「嫌だっ。俺はあけみちゃんのことが大好きなんだから!」 「あっ……」 これを言ってはダメだと思っていた。 けれど、自分の気持ちに結局嘘をつくことができなかった。 「桜井君……本気で言ってるの?」 「本気だよ。でも、あけみちゃんはダメだって言うんだろ」 「え、だって……仕方ないよ。私と君はやっぱり生徒と先生なんだもん」 男性から告白されたりしたのは初めてなのか、異様にもじもじして頬を赤らめている。 「じゃぁ、今だけでいい、今日だけでいいから、あけみちゃんを俺にくれ」 「そうすれば俺、今度から真面目に授業を受けるって約束するよ」 「それにあけみちゃんも、本当は俺のこと、好きなんじゃない?」 「……私は、桜井君のこと」 やっぱりそんな気がして尋ねてみる。 けれど、あけみちゃんはそこから先はやっぱり答えようとはしなかった。 「ごめんね。君のその質問には答えられないの。ううん、答えちゃダメだと思う」 「そっか」 新米と言えども先生だ。 仮に本当にそう思ってたとしても、言えるわけがない……。 「でもね、先生のことを好きって言ってくれたことは……嬉しいかな」 「いくら先生と生徒とは言っても、突きつめれば男と女だもん。好きになっちゃダメなんて、言えないよ」 「だから、その気持ちだけは受け取っておくね。ありがとう、桜井君っ」 振り向きざまに、今まで見たこともない柔らかな笑みで微笑んでくれる。 どくん! と胸が高鳴った。 俺はその笑顔を見て、あけみちゃんが全てを受け入れてくれたような気になってしまい……。 「あけみちゃんっっ!!」 「え、ちょ、ちょっと……えぇっ!?」 「あっ、あああぁぁぁああんっっ!!?」 腰を滑らせると、一瞬で熱いうねりがペニス全体を埋め尽くす。 痛いくらいの締め付けは背筋が震えるほどだったが、それ以上に嬉しさの方が勝っていた。 「あけみちゃん、今日だけでいいっ。だから、俺のものになってっ」 「なに言ってるの……ふぁ、ああっ、んぅぅ〜〜っ!!」 あけみちゃんと結ばれることは難しいのかもしれない。 だから今はひとまず、この瞬間だけでも好きな人と結ばれたかった。 「ひぐっ、痛っ…ううぅぅ、やめて桜井君! う、動かないでぇっっ」 ぬるっと何かが滴る。 でも今は彼女の温もりを感じることで精一杯だった。 俺はずんずんと炉のように熱い膣道を滑走しながら、あけみちゃんに想いを伝えていく。 「好きだよ、あけみちゃん。今は他の誰よりも、大好きだっ」 「今はって……それってワンナイトラブって意味じゃないのかな?」 「て、ていうか、あっくぅぅ……抜きなさい。先生になんてことするのよっ」 痛みで顔をしかめるが、あけみちゃんは不思議と抵抗しようとしない。 「だって、俺はこんなにもあけみちゃんのことが好きなんだっ。だから、俺の気持ち少しでも分かって欲しくて」 「勝手なこと言わないの。はっ、んっんぅ! 私にだって、先生として守らないといけない境界線があるんだからぁ」 「それって、俺を本当は好きだけど、先生だから我慢してるって意味?」 「ん、んんっ……くぅぅっっ」 尋ねるが、あけみちゃんは何も言おうとはしない。 代わりにペニスを抱きしめる内部が、さらにきゅっと締まった気がした。 「いいよ。あけみちゃんが素直になれないんなら、俺が素直にさせてあげる」 「あひっ! ちょっと、待ちなさいっ!」 わずかに湿り始めた彼女の中を、俺はさらに激しく掻き回す。 「あぁぁん! んっ、あっ、ああぁぁ、だめぇ〜!」 一番奥を突き上げる度に、あけみちゃんの声に甘いものが混じり始める。 「ここが気持ちいいのか。ほら、あけみちゃん、もっと気持ちよくなってよ」 「だめ、だめよ桜井君! そこ、やめてっ! あっあぁぁ、うぅぅん!」 「そんなにそこ突かれたら、私……色々と我慢できなくなっちゃうよ」 「我慢しなくていい。あけみちゃんは、教師である前に一人の女なんだから!」 女性らしい丸みを帯びたお尻を波打たせながら、何度も腰を打ちつける。 その度にペニスを抱きしめるヒダが甘く吸い付き、熱い蜜汁を溢れさせながら優しい快楽を与え始める。 「はぁーっ、はぁーっ! だめぇ……そんなにされたら私、桜井君のこと、本当に……あっ、あぁっ!」 「本当になに? ほら、もっと正直になってっ」 「んっ、んっ、んっ、うぅぅ〜んっ!?」 軽くイッてしまったのか、あけみちゃんは小刻みに痙攣して足をがくがく震わせる。 「あっあぁぁ、私、生徒と教室でこんなことして……んあっ、あぁ、感じちゃってるぅ〜!」 「俺のこと好きだから、感じるわけでしょ。あけみちゃん、いい加減素直になりなよ」 「違う、わよ……私は桜井君のことなんて、うっ、うぅん、本当に何ともぉ……はっ、はぁぁん!」 あけみちゃんの正直な気持ちが知りたい俺は、ずんずん奥を突いて蜜の飛沫で下腹部が汚れていく。 「し、子宮に当たってる! だめ、そこ気持ちいいからぁ、突いちゃ…だめだよっ」 「下りてきちゃう、子宮がおち○ちんに突かれて、下りてきちゃうからぁ……はぁっ、はぁーっ!」 「じゃあ、早く聞かせて。あけみちゃんの気持ち、俺に聞かせてっ」 俺は呼吸を乱して尋ねる。 でも、それでもあけみちゃんは首を横に振る。 「き、嫌い。嫌いだもん。桜井君なんて私、別になんとも思ってなんかぁ」 「っ……じゃ、じゃぁ、ちゃんと素直になれるように、もっと気持ちよくっ……!」 ぶちゃっ、ぶちゃっ! 掃除したての床に蜜を散らせながら、さらに深い突き上げで快楽を与える。 「ひやぁああん! だめ、だめ、それ以上は、あっ、あっ、あっっ!!」 「あけみちゃん、やっぱり俺としてすごく感じてる……じゃぁ、やっぱりっ」 「んく、う、うふぅぅ……違う。桜井君とエッチして、感じたりなんかしてないわっ」 きゅっと唇を噛み締めるが、あけみちゃんはもう限界なようで淫らな匂いの蜜をどんどん溢れさせる。 そして、俺も休みなく夢中で味わい続けたせいか、下半身に血液が集まっていく。 「あっ、あっ、ああぁん! おち○ちん、なかで震えちゃってる」 「まさか出るの? な、なかは、なかは絶対ダメだからぁ〜!」 「わかってる。ちゃんと外に出すから、最後にもっと、もっと気持ちよくなって!」 「ひいいいいぃぃんっ!?」 粘っこい音がどんどん大きくなり、大きな乳房の先端には上半身の汗が集まってキラキラと舞い散る。 「もう、もうダメぇ! 桜井君、私っ、あっ、あっ、私っ……またイッちゃう〜!」 「お、俺もっ! あけみちゃんの良過ぎて、もう出るっっ!」 「いやっ! んあっ、あっ、あぁああっ! イくっ、イくっ、イッちゃう、らめぇ〜っ!!」 「うあああああっ!!!」 「イっくぅううぅぅぅ〜〜っっっ!!?」 あけみちゃんの背中が弓なりに反り返る。 同時に抜き去ったペニスは、彼女の震える体に向けて白濁を浴びせていく。 「ふぁああっ! あっ、ああぁあん!?」 「くっ、ぅぅぅぅぅッッ!!」 びくびくと痙攣する全身。 俺はその姿を眺めて高まりながら、三度目とは思えないほどの量を吐き出す。 大好きな人と一つになれたことが嬉しかった。 だから体は異様に熱く、体内に残る全ての子種を休みなく放出し続けた。 「はぁーっ……はぁーッ」 「ん、んぁぁぁっ……桜井君とエッチして、二回もイッちゃうなんてぇ…っ」 「はぁ、はぁぁ……すごく、かわいかったよ、あけみちゃん」 行為後の虚脱感に見舞われながら、俺はあけみちゃんの体を後ろからハグする。 「もう、言わないでよ。恥ずかしい、んだからぁ……」 「あと…わ、忘れなさい。これは悪い夢……現実なんかじゃ、ないんだからね」 汗だく状態の彼女は、何度も肩を大きく上下させており、未だに微かに痙攣している。 「夢だとしても、当分、さめたくはないな」 「え……」 「もう……」 最後に彼女は、静かにこくりと頷いた。 あれから数日が経った。 俺は今夜も、ご多分に漏れず夜の街へと繰り出していた。 (今日も相変わらず人が多いな) 人ごみを掻き分けて歩きながら、同じ臭いのする女の子たちへと視線を移す。 彼女たちは向かう場所もなく、目的もなく、ただぶらぶらしている存在だ。 声を掛ければ恐らく俺の遊び相手になってくれることだろう。 でも……。 (今はだめだ) 脳裏に浮かぶのは、恋焦がれる女性の顔。 今他の女の子に手を出せば願いが叶わないような気がする。 だから、俺は今日も向かう。 店であけみちゃんを指名した俺だったが、いつものように既に先客がいた。 彼女は、ちょっと小太りのおじさんの隣に座り、接客している。 すっかり常連なので彼女が人気なのは分かりきっていたことだ。 でもやっぱり仕事とはいえ、あけみちゃんが別の男と仲良く話しているのを見るのは嫌だった。 「袴田さんはこのお店、初めて……ですよね」 「ああ、そうだよ。どこかで見たことあるかい?」 「いえ、そういうわけじゃないんですけど」 「ちょっとだけ、似てるなって思って…」 「ははははっ。上手いねえ、みらのちゃん。昔の恋人に似てるとか言うんだろう?」 「あ、いえ。そうじゃなくて…」 ん? どうしたんだ。 なんかいつものあけみちゃんと様子が違うな。 営業トークかと思ったけど、どうもそんな雰囲気じゃない。 いつも笑顔を絶やさない素晴らしい接客をする彼女が、お客さんの前で表情を曇らせている。 でも、それもほんの一瞬で……。 「あ、ごめんなさい」 「それよりお酒。なに注文されますか?」 すぐに明るい笑顔を浮かべ、いつものように振る舞う。 「そうだね。みらのちゃんは何だか娘みたいに見えちゃうから、ちょっと高いお酒頼んじゃおうかな」 「えっ……娘???」 「はははっ。いやいや、冗談だよ。そんな顔しないでくれよ」 「あ……その、はい」 (やっぱり、なんかそわそわしてるな) そして結局、あけみちゃんはその客が帰るまで、ずっとそんな調子だった。 帰り道。 俺は今日も、あけみちゃんと一緒に帰っていた。 「だから、別に送らなくていいって」 「そういうわけにはいきません。こんな夜遅くに、学生の君を放って帰るわけにはいかないでしょ」 「っ…仕事で疲れてるだろ。無理しなくていいのに」 夜の仕事後のあけみちゃんは、普段とは違って甘い香水の匂いを漂わせている。 だから、こうして隣を歩いていると余計に女性だということを意識させられてしまい、胸がドクンと高鳴る。 「あのね。桜井君がお店に来るからこうなるんだよ」 「本当に悪いと思うなら、もうキャバクラなんて来ちゃダメ。いつもそう言ってるじゃない」 「私が黙ってるからいいけど、君はまだ学生なんだから」 「だが断るっ(キリッ」 「もちろんっ!」 「簡単なことだよ。あけみちゃんの返事を、待ってるからさ」 「…………」 「っ……そ、そう」 あけみちゃんはそう言われ、視線を逸らしてもじもじする。 まだ答えを用意していないのか、唇を噛み締めてただ赤くなっている。 (本当、こういう姿を見ていると俺と同年代の女の子と変わらないよな) でも、昼は教師をして夜は母親のためにキャバクラで働くしっかり者でもある。 美人でかわいらしい一面がありながらも、強い芯を持っている彼女だからこそ、俺はこうして好きになったのかもしれない。 そんなことを思いながらも、ふいに先ほどのことを思い出し、尋ねる。 「そう言えばあけみちゃん。今日はどうしたの?」 「いや、俺の前におじさんを接客してただろ。その時だけ、やけに落ち着きがなかったなって思って」 「そのこと、ね…」 「俺には言えないような話?」 「ううん。別にそう言うわけじゃないよ。けど、桜井君を驚かせちゃうかなって」 「もうこれ以上、君を困らせたくはないから。聞かない方がいいかも」 「話してよ。俺はもう、ただの生徒じゃない。あけみちゃんの秘密を知っているんだから」 「確かに、特別……ではあるけど」 俺はその言葉に胸が熱くなるが、逸る気持ちを何とか抑え込む。 「聞かせてよ。あけみちゃんのことなら、なんでも知りたい」 相手が俺だからかは分からない。 でも誰かに聞いて欲しいという気持ちもあったのか、あけみちゃんは話してくれる。 「あの人ね。なんとなくだけど、私のお父さんに似てるなって思ったの」 「似てるって言っても、小さい時に会っただけだから、ぼんやりとしか覚えてないけど……」 「ってことは、あけみちゃんのママは離婚してるのか」 「ええ、随分昔に。でも最初はね、そんなことも知らなかった。小さい頃はお父さんなんていないって育てられてきたから」 「でも大きくなるにつれ、そういうことに気づいて……お母さんを問い詰めたの。そしたらね――」 あけみちゃんは全てを語る。 自分は、母親が夜の仕事をして知り合った男性との間に出来た隠し子だと。 「相手の男の人は名家の出身で許嫁もいる人だった」 「だから好きな人に迷惑をかけたくないと思ったママが、自分一人で育てるっていって、その人のために別れたの」 「……会ったのは小さい頃の一回きり?」 「うん。お父さんはちょくちょく会いに来たらしいけど、お母さんが互いのためを思って追い返してたんだって」 「でも、お父さんはそれでも私たちを気にして会いに来てくれた。だからお母さんは、連絡もせずに引っ越して……」 「それからはもう、一度も会ってないかな」 そう語るあけみちゃんの横顔は、どこか寂しげだった。 俺はその後も話を聞き続けた。 そして、あけみちゃんは鞄の中から一枚の写真を取り出して、見せてくれた。 「確かに似てる。やっぱり本人なんじゃないか…?」 「あのおっさん、また来るかもしれない。その時に聞いてみればいい」 「でも、私は愛人の子だよ……。それに奥さんと子供もいるって言ってたし」 「いきなり娘ですって言われても、きっと迷惑なんじゃないかな……」 「うーん…」 好きな人の力になりたくて、どうすればいいかを考える。 けれど、はっきりとした答えが出ることはなくて……。 「俺にはどの選択が正しいかなんてわからない」 「だから、言うか言わないかは、あけみちゃんが好きな方を選べばいいと思う」 きっと、言っても後悔することがゼロではないはず。 かといって、言わなくてもきっと後悔することになる。 それなら、本人が好きなようにするしかないと思った。 「その点は俺が保障するよ」 「いつもあけみちゃんは、お客さんのことを第一に考えて素敵な時間を演出してくれる」 「だからきっと、チャンスはすぐに訪れる」 あけみちゃんに接客されたお客は、必ずと言っていいほどリピーターになる。 だから、あのおっさんも、また来るに違いないと強く思えた。 「ふふ。やっぱり桜井君って、年下なのに生意気だよね」 「でも、ありがとう。君に話したら、なんだかちょっとスッキリしちゃった」 「不思議だな、この感覚……」 そう言って少女のように頬を染めるので、思わず期待してしまう。 (でも、なんとなくわかるな……) お父さんの件も、俺への返事も、何となく予想がつく。 だって俺は、彼女のそういうところを好きになったのだから。 あのおっさんは近いうちに必ず来ると俺は言った。 でもその機会は予想よりも遥かに早い、翌日に訪れた。 「いらっしゃい、袴田さん」 「今日も来てくれたんですね。ありがとうございます」 「はははっ。みらのちゃんとお酒呑むのが楽しかったからねぇ」 「ふふふ。もう、お上手なんですから」 おっさんのグラスへとお酒を注ぐあけみちゃんは、意外にも取り乱していなかった。 (あけみちゃん、俺に言われていつ来てもいいように覚悟してたのかな) 先に指名を入れられてしまい、俺は昨日と同じように向かいのテーブル席で状況を見守る。 「昨日は、こうして若い女の子とお酒を呑むのが数十年ぶりで、すごく楽しかったよ」 「本当ですか? よくこういったお店、行ったりしてそうなんですけど」 「おや、そんなふうな男に見えるかい?」 「ええ、とっても」 「まいったなぁ。周りからは全然遊ばないから、もっと遊べって言われるくらいなんだけどねぇ」 「もう、そんなに落ち込まないでください」 「もちろん冗談ですよ。袴田さん……すごく真面目そうですもの」 「え、そう見えるかい。良かった、なんとなく君に嫌われるのは忍びなくてね。はははっ」 (うん。やっぱりそうだよな) 俺はおっさんの顔を見ながら、昨日あけみちゃんが見せてくれた父親の写真と照らし合わせる。 あの写真と比べるとかなり年を取っているようだが、ちょっと垂れ目なところや額の広さといった特徴的な部分が一致する。 でも、まだそれだけで断定するには早計だ。 「あら、とってもいい呑みっぷり」 「でも気をつけてください。あまり一気に呑んじゃうと、体には良くないから」 「おっといけない。ついね。こういうところに来ると昔の事を思い出しちゃってさぁ」 「昔、ですか……。昔は、どうしてこういうお店に?」 「ははは。気恥ずかしい話だから、あまりしたくはないんだけど。そんなに聞きたいかい?」 「ええ、ぜひ。聞いてみたいです」 「そうかい。じゃあ、ちょっとだけ話そうかな」 おっさんはグラスを煽ると、少し赤らみだした顔で語り出す。 「昔ね、私は家の決めごとで許嫁を決められてしまってて。それが嫌で、逃げるようにこういうお店に入ったことがあったんだ」 「許嫁……」 ふいにあけみちゃんの顔が歪む。 父親にも確か、許嫁がいたはずだ。てことは、やっぱりこのおっさん……。 そう考えているうちにも話は進む。 「一目ぼれだった。それでまあ……そのお嬢さんと恋に落ちちゃって、子供が出来たんだ」 「別に遊びじゃなかった。私はね、本気で彼女のことが好きだった。だから産んで欲しいと頼んだんだよ」 おっさんのその頼みに、相手の女の人も応えてくれたらしい。 「女の子だった。産まれた時はお猿さんみたいですごくかわいくてね」 「私は許嫁も家も全部捨てて、その人と結婚するつもりだった」 「でも、向こうはそれを許してくれなかった。僕のことを本気で好きだから、ちゃんと幸せになって欲しいって言われたよ」 そこからは、あけみちゃんが俺に聞かせてくれた内容と全く一緒だった。 おっさんはちょくちょく相手の家に通っていたが、ある日突然、二人はいなくなってしまったらしい。 それ以来、まったく連絡が取れないということだった。 「っ……」 見ると、あけみちゃんは大人しく話を聞きながらも、俯いて小刻みに震えていた。 全て話し終えた後におっさんも異変に気づく。 「あ……こんな話、こういう仕事してたら聞くのも億劫だよね。ごめん、気遣いが足りなかったよ」 「いえ、大丈夫ですから…。気にしないでください」 「それより、その娘さんは今、おいくつくらいなんですか?」 「年かい。今年で二十代半ばってところかな。もう立派な大人の女性だね」 「二十代半ば。要するに、もうおばちゃんってことですね」 「いやいや、まだ全然そんな年じゃないよ」 「でもきっと、生まれた時はお母さん似だったから、今はすごく美人になってるんじゃないかな」 「そ、そんなことないですよ!!」 「え??」 「あ、いや……今のは違くてっ」 ったく、意外とドジだなあけみちゃんは。 彼女は慌てるが、コホンと咳払いした後に神妙な様子で尋ねる。 「1つ、聞いてもいいですか?」 「なんだい?」 「袴田さんは、その……今でもその娘さんのことを、愛していますか?」 「もちろんだよっ。今でも会えるなら会いたいと思う。大好きな人との子供だからねぇ」 「あ……」 「でも、もう会えないだろうなぁ……」 おっさんは本当に残念そうに肩を落とす。 目の前のあけみちゃんが、実の娘であることにも気づかずに……。 それがきっと、あけみちゃんからすれば残念で、悲しくて、もどかしかったに違いない。 「袴田さん。実は……」 (…言うのか) あけみちゃんが言いたいのなら、そうすればいい。 今なら父と娘として、ちゃんとした関係を築けるに違いないのだから。 「え、どうしたんだい?」 「わ、私……」 重々しい口調のあけみちゃん。 だが、やがて顔を上げていつものように微笑んで……。 「もう一杯、もらってもいいですか?」 「……あ、ああ。もう一杯ね、もちろんだとも」 おっさんがあけみちゃんのグラスにお酒を注ぐ。 「袴田さん。もしですよ」 「娘さんとこうしてお酒を一緒に呑めたら、どんな気持ちになりますか?」 「そりゃ、すごく幸せに決まっているよ。すぐに死んでもいいと思えるほどにね」 「そう、ですか……」 「いただきますっ」 あけみちゃんは何かを誤魔化すように、上品な仕草ながらも一気に飲み干す。 「ふぅー……おいしい」 「おいおい。一気に呑むと体に悪いぞ。気をつけなさい」 「えっと。そうでしたね」 「……」 なんだ。やっぱり親子なだけあって、似た者同士じゃないか。 「なんだか、今日はいっぱい呑みたい気分かも」 「はははっ。私も不思議とそんな気分だ。いいよ、今夜はたくさん呑もうじゃないか」 「いいんですか。じゃぁ、お言葉に甘えて」 それから二人は、他愛もない会話をしながら楽しくお酒を呑んだ。 誰も知らない者から見れば、二人はキャバクラのおねえちゃんと、ただの客にしか見えなかったことだろう。 でも俺には二人が、ちゃんとあるべき姿に見えていた。 「それじゃあ、そろそろ帰ろうかな」 「……袴田さん」 「最後に一つ聞いてもいいですか?」 「もちろん。何でも聞いてよ」 「どうしてうちのお店に来られたんですか?」 最後にそう尋ねると、おっさんは頭を掻いて照れながら、こう言って去っていった。 何となく、娘に会えるような気がしたから……と。 「おつかれさま」 「今日は少しだけ赤いな」 「そう? ていうか、今日も来てたんだね」 「でも確かに、今日はちょっと呑み過ぎちゃったかも」 おっさんが延長しまくったせいで、あけみちゃんが俺のテーブルに来る頃にはもう閉店間近だった。 あけみちゃんは気分がいいのか、いつものように俺が来店していることを叱りはしなかった。 「まあ、全然酔ってるようには見えないけどな」 「そこはお母さん似だもん。逆にお父さんは、そこまで強くないみたいだったけど」 「帰り際、ふらついてたな」 「ふふっ。一人でちゃんと帰れてるのか、ちょっとだけ心配かな」 俺が水を差し出すと、あけみちゃんはお礼を言いつつ口にする。 「それより、あれで良かったのか」 「……うん。色々考えたけど、ここで会う場合、あの人は私にとってはお客さんだから」 「それに私は、この店をお母さんから預かってる身。ああいうしかなかったんだよ……」 「私、今日でこのお店最後なんだ」 「え??」 「おかーさんの代役とはいえ、教師が、ダメだよねぇ」 「そのせいで、桜井君にはきょーはくされちゃうし」 「あはは」 「なんだか現実感がなくてね……自分がこんな仕事してるなんて」 「でもやってみたら。うまくいって……」 「でも、幻だったんだよ。全部」 「桜井君とのことも、きっと同じなんだろうね」 「俺は幻?」 「……うん」 …… 「俺は、振られてるの?」 「私が振られてるんだよ」 「……」 「ちょっと、くらくらする」 彼女は今の生活を守るのだろう。 自分の、生徒の……。 そして、そこから踏み出すことはない。 あるいは、この夜に、壮大なドラマが待っているかもしれないのに。 決して、そこに踏み込まない。 ふらふらと舞台に出てきてしまった裏方であるということを、自覚している風だ。 俺は……? 俺はなんだったんだろう。 俺もそろそろ退場をしよう。 この人を引っ張り上げて……舞台の上で振り回すのは、終わりにしよう。 あけみちゃん……梢、先生。 「呑み過ぎちゃったみたい」 「少しだけ、このままでいさせてくれる?」 「もちろん。酔ってるなら仕方ない」 ふんわりと女性の良い匂いを漂わせながら、彼女は甘えるように身を寄せる。 「明日、ちゃんと学校来るんだよ」 「先生みたいなことを言うんだな」 「先生だもん」 「明日からちゃんと、先生、頑張るから……」 「ああ、応援してる」 「でも、今だけは頑張らないわ」 「なんで?」 「だって私……」 「今はすごく、酔ってるから」 眠る少女の頭を優しく撫でる。 彼女は父の夢を見るだろうか? あるいは俺の夢を見るだろうか? いずれにしても、起きた時には、俺はいないだろう。 ほろ酔いの気分と……父かもしれない誰かに出会った、思い出だけが残り。 彼女は、再び日常にかえっていく。 「桜井君」 「……」 「桜井君。聞いてる?」 「なんですか?」 「君は……」 「警察から注意がきてるんだよ。制服をきたうちの生徒が、ふらふらと駅前でナンパをしていたって」 「なんでしょうそれ。本当にナンパだったのかな。勝手に判断しないでほしいな」 「どうもこの、美少年づらじゃ、何をやっても、悪い方に誤解される俺ですよ。とほほ」 「だって、その婦警さんが注意をしたら、やっぱりナンパされたって言ってたわ」 「……」 「それなら、間違いない」 「何が間違いないのよ! もう……一体、君はどうなってるの」 「……」 「先生」 「ありがとうございます」 「はい?」 「先生が……先生方が、こうして生徒一人一人を気にかけて、導いてくれるから……」 「僕らは、自らの物語を、安心してつづれるのです」 「え、なに。僕……??」 「やがて大人になって気づくでしょう」 「青春は、自らの力だけ切り開くものではない」 「どんなに意地をはってみても、僕らは、やはりアクターなのです」 「大人達が用意してくれた舞台で、僕達はそれを舞台としらず、必死に演じていた何かだったと」 「大道具があり、照明さんがいて……いろんなスタッフさんがいて。そうやってやっと成り立った舞台に、僕らは立たせてもらっている」 「桜井……君……。ほんとに、どうしたの」 「でも先生。先生だってまだ若いんだから」 「僕らのことを気にしてくれるのもいいけど、あなたは、あなたの物語をちゃんと、選んでくださいね」 「は、はい」 「スポットライトあびて、誰かの目にとまるようにしてくださいね」 「あの……さっきから何を言ってるの。先生のことをけむにまこうったって……」 「恋人でも、作ってくださいってことです」 「よ、余計なお世話だよ。なんで桜井君にそんなこと言われないといけないの」 「あはは」 「もう……なんなの、いったい」 「本当に、困った生徒だなぁ、君は」 やっと……。 「やっと、桜井先輩と、私の時間が、一致した」 出会ったんだ。 「バラゴン……」 「ううん。桜井先輩……なんだね」 「……」 バラゴンは何も答えない。 ただ、じっと私を見つめている。 その大きな瞳に映るのは……。 「……」 私は、ベッドの上にいた。 「そうだ」 ドレス姿は消え失せて。 ベージュの患者着を着て……ベッドの上で、身を起こしている。 手には一冊の本がある。 「私は、おばーちゃんで……たくみさんのことを忘れてしまって」 「でも、全部、思い出したよ」 「じゃぁちょっとだけ戻って……」 「ありっさんと桜井たくみが結ばれた後の物語……」 「ううん」 「日記を読まなくても、もう、全部わかる」 「私の中では、絶対に無くしたくない思い出なのに」 「どうしてだろう。全部、無くしてた」 王子様。 先輩。 たくみ。 旦那様。 毎晩、物語を読んでくれたところ。 そここそ、長い時の中で、私がたどりついてたところ。 「来るのは、じーさんばーさん。若くて、おっさんおばさん。さらに若いのはガキばかり、か」 「なんか潤いのない店だ」 「もっとこう、若者向けをターゲットにやってみるべきじゃないのか?」 「いいんです。私は、このやり方が気に入っているんです」 「若い人は、シンデレラに任せておけばいいじゃないですか」 「なんか気に入らないんだよな。あそこばっかり、今風ともてはやされるのが」 「あなたが作った店じゃないですか」 「そうなんだけどな……」 「お金がない、だと?」 「はい……すいません」 「そうか」 「いや、俺は金のことを考えたことがなかったからな」 「どっからわいてきていたんだ……あれは」 「いいぞ。だったら稼いで来るさ」 「大丈夫なんですか?」 「もちろんだ」 「だけど言っておこう」 「俺が金を稼ぐとなったら、それもまた物語にしてやろう」 …… 「しくじった…」 「この容姿じゃ学生としか思われなくて、まともな職をあてがってくれるところはなさそうだ」 「地道にバイトをするか」 …… 「テレビばかり見て」 「仕事で疲れてるんだ。家でぐらいゆっくりさせてくれ」 「……」 「少しは」 「え」 「少しは構ってほしいんですが」 「……ありす」 「悪かった」 「栗原さんが、うちで働けばいいのにって言ってましたよ」 「いらん。あそこは、もう奴にくれてやったんだ」 「それに……家臣に養われるなんて、俺のプライドが許さん」 「はぁ。その辺の事情はわかりませんが」 「なんだか、とても疲れているようですよ」 「まぁ、な」 「最近では、私に話してくれた昔話も、あまりしてくれなくなって……」 「……」 「そうだな」 「くー。なんで」 「なんで、死んだ」 「たくみさん……」 …… 「佐藤さんの家で、子犬が生まれたんですって。それが、くーにそっくりで」 「いらん」 「……もう犬は飼わない」 「くー」 「な……」 「本当にそっくりだな」 「お前なのか、くー」 「くー」 「くー!」 「はぁ……この私に子供ができるなんてねぇ」 「かわいい!」 「あいあいあい」 「……猿だな」 「あいあいあい」 「……猿だ」 「ひゃあああ。かわいいい……」 「で、旦那はどこにいったの?」 「え……いいじゃない」 「よくないわよ。父親にも会ってないのに、孫ができるなんて。順番が違うでしょう」 「か、海外を飛び回っている人なの」 「今どこ?」 「バングラディッシュって言ってた……」 「ちょっと行ってくる」 「おかーさま!?」 「なぁ……」 「うん?」 「養子でもとるか」 「……え」 「私はこのままでいいですよ?」 「あなたと、くーと、二人と一匹で」 「すまんな……」 「あなたが寂しいというなら、迎えてもいいかもしれないですが、私のことを気遣ってというなら、やめておきましょう」 「私は、寂しくないですし」 「くーは、覚えていてくれそうな気がします」 「なんだ、この店は……」 「ドラゴンバーガーらしいですよ」 「あぁ、ハンバーガーショップか」 「こんなしょぼい街で、ずいぶんハイカラなことをしやがる」 「こいつは……」 「普通の肉じゃねぇか。どこにドラゴンが関係しているんだ」 「あのマスコットでしょう」 「名前に偽りありだな。訴えるぞ」 「そんなことより、制服かわいいなぁ」 「バイトを募集しているぞ。やってみればいいじゃないか」 「あはは。あの制服はさすがに、もう、無理ですよ」 「まだいけると思うけどな」 「ほ、ほんとですか?」 「……」 「やってみたらどうだ?」 「い、いえ。やっぱり、ダメですよ。もうおばさんですし」 「ふーん」 「もう! もう! もう!」 「もう、なんで、こんなに散らかすんですか!」 「脱いだものは、ちゃんと洗濯機に入れてくださいって、言ってるじゃないですか」 「いらいらしすぎだ」 「更年期障害というやつだな」 「あなたにはないでしょうね」 「あぁ、ないさ」 「……でしょうよ」 「悪かった」 「私こそ……ごめんなさい」 「なぁ、久しぶりに、髪を切ってくれ」 「え……。はい」 …… 「ごめんなさい」 「手が、どうも震えてしまって」 「切らなくなって、大分たちますから」 「どうもうまくやれないみたいです」 「いいんだ。それでも切れ」 「……」 「あなたは、変わらないですね」 「お前だって変わってないぞ」 「そんなこと……」 「……」 「……」 「すまん」 「いいんですよ」 「この歳で、続けている夫婦なんて、滅多にいないでしょう……」 「……」 「愛しているんだ」 「本当だぞ」 「はい」 「その言葉だけで、十分です」 「ゲームを買ってきたぞ」 「ゲーム??」 「車の運転がしたいって言ってたもんな」 「足を怪我したお前でも、これなら、大丈夫だ」 「ゲームなんて、私には無理ですよ」 …… 「うりゃあああああ」 「ふふふ。このコースは、ドリフトのし甲斐があっていいですねぇ」 「めちゃくちゃはまってるじゃないか!」 「ねぇ、あなた」 「うん?」 「私と付き合ってくれていいんですか?」 「どういう意味だ」 「だって、あなたはどこにでも行けるのに……」 「こうして、一日中私と家でゲームをしたり、他愛のない話をしてばかりで……」 「それは、お前と出会ったときから、ずっとそうだった」 「お前のそばを選び続けた。そして、これからもだ」 「終わりまで、一緒だ」 「はい……」 「おお。立派に歩けるようになったじゃないか」 「よくリハビリを頑張ったな」 「はい。これであなたと、またいろいろと出かけられますね」 「そうだな。海外に行こう」 「海外??」 「お前、砂漠の光景を知っているか?」 「まぁ、テレビやなんかでは」 「実際に、お前に見てほしい」 「あれはけっこう、絶望的な光景だぞ」 「それを見るんですか?」 「桜というものを見たくて、俺達はこの国にきた」 「ときどき、故郷の光景がたまらなく懐かしくなる」 「そんなものだ」 「……はい」 「……ぁ」 「それより、私、学園に行きたいです」 「うん?」 「あぁ、あそこの桜はきれいだからな」 「はい。明日はお店も休みだし、おかーさまも学園に行くのを許してくれると思います」 「……」 「ありす?」 「痴呆の初期症状でしょうね」 「……痴呆」 「ありす?」 「ありす!!!」 「なんですか……?」 「あなたは、どなたでしょうか?」 「ありす……」 「私……」 「学園に行きたいです」 「授業に出ないと」 「ありす。授業なんてないよ。お前はとっくに卒業してるんだ」 「あ……」 「ありす??」 「おはよー。やっこ。私、今日は学園に行けるんだよ」 「え。え、ええ」 「けーこちゃんも。おはよう」 「な、なに……?」 「すまん。行ってくれ」 「でも」 「すぐに準備するから、待っててね。やっこ、けーこちゃん」 「あの、あなたは……?」 「?」 「ありすだよ」 「……」 「無理です」 「責任が持てません」 「俺が持ちます」 「そんなことを言われても……」 「お願いします」 「……理事長に相談してみます」 …… 「許しが出ました」 「けど……何度も言いますが、もしもの時の責任は負いかねます」 「お願いします」 「生徒には事情を周知させますが。限界があるということを、分かって下さい」 「あなたたちのことを、昔の友達と思っているらしいの」 「氷室弥生さん、桜坂恵子さんの二人みたいなんだけど……ありすさんは、二人のことを、やっこ、けーこちゃんって、呼んでたんだって」 「はぁ……」 「もしよかったら、なんだけど、彼女と友達になってほしい」 「でも……そんなこと、私達にできるかな……」 「演じる必要はないわ」 「ただ、同年代の友達として振る舞ってくれたら良いのよ」 「分かりました……やってみます」 「今日は久しぶりの学園です。楽しみだなぁ」 「あぁ、そうだな」 「ありす、おはよう」 「おはよう、けーこちゃん、やっこ」 「うん。おはよう」 「行こうか。ありす」 「うん! じゃぁ、行ってきます」 「……」 「あぁ?」 「バイトを始めたい?」 「彼女……が、か?」 「そうです」 「いや……そうは言っても、お前…」 「お願いします。バイト代はけっこうですから。なんならこちらから……」 「いや。金とかの問題じゃないが…」 「ご本人の健康とか。いろいろあるんじゃないのか?」 「自分のことを、学生と思っているけど……それ以外は、まったく健康です。実際、学生にまじって生活をしても問題ないくらい」 「分かったよ。けど、危ないと思ったら、すぐに送り返すからな」 「はい……」 「まぁ、うちの店も場所柄のせいか、すっかり年寄りの客が増えたからな。こういうバイトがいてもいいか」 「思ったより、しっかり働いてくれてるよ、ありすさん」 「そうですか。よかったです」 「制服だって似合うじゃないか」 「ええ」 「で、お孫さんだよな……なんだって、こんなことを?」 「昔、ここでバイトをしてみたいと言っていたことがありまして」 「歳甲斐もなく、ってことになって、できなかったんですが」 「で、願いを叶えてやってるつもりか」 「あんなになってからじゃ、肝心の、本人はどう思ってるかわからんし……」 「こう言っちゃなんだが、見世物になってるんじゃないか? 学校でも、ここでも……」 「かもしれませんね」 「でも……」 「俺は思ってるんです」 「俺は歳をとれなくて……」 「それでも一緒にいるつもりでした。ありすも、そう思っていたはずです」 「けど、段々と無理が出てきて……ありすは、やっぱり自分が一人じゃないかって思ったのかもしれない」 「自分だけが時をきざみ、止まったままの俺をおいてけぼりにして、遠くに来てしまったと思ったのかも知れない」 「それで、俺に会いに来ようとして……ああやって、学園に通っているんじゃないかって」 「だったら、せいいっぱい、学生らしく過ごさせてやろうと思うんです」 「ありすのためじゃない……」 「そうしたら、あいつが、俺を見つけてくれるような気がして」 「な、何の話だ」 「すいません……どうか、このまま、よろしくお願いします」 「でも、どうしてかしらね。ありすさん。急に……あまり見ないケースよね」 「先生が言ってたんだけど、いくつか原因が考えられるんだって」 「オリンピックがあるでしょう今年。もう、60年ぶりってことになるんでしょうけど」 「あぁ、国中がその話で盛り上がって……私の知っているご年配の方もね、60年前が蘇ったみたいだって言っていたわ」 「あとね。ありすさんが通っていた学校で、今、復刻版の制服が着られていてね」 「復刻版?」 「ちょうどありすさんが通っていた頃の制服。人気だったから、復活したんだって」 「へぇ」 「オリンピックに制服に……ありすさんには、あたかも、あの頃の時代が復活したように思われたのかも知れないわね」 「きっと、彼女にとって一番幸せだった頃が……」 「それで…心だけが、タイムスリップしちゃったってことなのかな?」 「ありすさんの中では、一人で南乃理容店を切り盛りする、女の子……ってことになっているみたい」 「そっか」 「今日も学園に行きたいです。いいですか?」 「いいよ」 「やったね」 「……ありす」 「はい?」 「そんなに学園が楽しいか?」 「……」 「あのね、秘密を教えてあげます」 「秘密?」 「私……」 「好きな人がいるんです」 「え……」 「その人は、とーってもかっこいいんです」 「こんな言い方、恥ずかしいですけど、王子様みたいで……」 「その人の姿が見られるんじゃないかって……遠くからでも見られたら、嬉しいなって」 「でも学園に来れば会えるって……不思議とそう思うんです」 「だから、学園に行きたいのです」 「変でしょう?」 「名前も顔も知らないのに」 「いや」 「全然、変じゃないよ」 「……ところで」 「あなたは誰?」 「……俺は」 「なぁ、ありす」 「俺がその相手だよ」 「え」 「こんな言い方、それこそ恥ずかしいけど、王子様だ」 「あなたが……王子……」 「懐かしいな。ここで、お前と初めて会った」 「それで、俺とお前は、一緒になった……」 「……」 「ありす、思い出してくれ」 「頼むから」 「……」 「違う」 「え」 「あなたは、違う」 「あなたは、誰?」 「近寄らないで」 「あなたは……」 「竜だ」 「あり、す……」 「誰か、誰か来て!」 「竜が、私を食べようとしているんだ!」 「誰か!!」 「大変でしたね」 「……いえ」 「でもどうして? いきなり、あなたのことを竜だなんて」 「……」 「本当のことに気づいているのかもしれないですね」 「本当のこと?」 「俺は竜なんです」 「あの……」 「どうか後のことをお願いします」 「もう、会いに来ることはできないから」 「そんな。どういうことですか?」 「彼女には、後見人をつけておきます。信頼できる男です」 「ありすさんの後見人?」 「それはかまわないけど……」 「それで、君はどうするの? たくみ君」 「わからない」 「あいつに、忘れられていくことが、耐えられない」 「でも、耐えるしかないじゃないか」 「世の夫婦の多くは、添い遂げているんだよ」 「けど、俺は幻だ」 「だから?」 「全てを物語にして、逃げ出すのかい?」 「王よ」 「君はいつか言ったね。永遠に止まらない時計塔を作るのだと」 「そんなこと、出来るはずはなかったのかもしれない」 「それでも作ろうと夢見続けた君を応援した」 「国を追放されても、夢を捨てず……新たな楽園を求め、自ら物語となったあなたを応援した」 「せめて、ありすさんに、永遠の物語を語ってあげようと決めたあなたの決意を、応援した」 「僕は、いつか見られると思ったんだ」 「あなたがつづる物語の……その終わりを」 「僕だけじゃなくて、君についてきた、皆がね」 「だけど、逃げるのかい?」 「……」 「これ以上、あいつのそばに、いることが出来ないんだ」 「……すまん」 「……」 「しょうがない」 「後見人の件は、分かった。僕に、任せてほしい」 「ありす……」 「ひ……っ」 「ごめん」 「近寄らないよ」 「もう、お前の前に、現れないから……」 「だから、そんな顔、しないでくれ……」 「……」 「ありす……」 「ごめん」 「きっと、俺が悪いんだ」 「俺が、お前に……永遠の物語を、語ってやれなかった」 「ごめんな……」 「王……」 「崑崙、俺は……」 「終えられると思っていた」 「あいつと、物語に結末をつけたいと……」 「だけど……」 「あいつは他人のように……いや、俺を、化け物だと言う」 「辛くて…」 「俺は、もうあいつの前にいることが出来ない」 「一緒に、いることは出来ない」 「けれど、俺達は同じ世界にいる」 「一体、どこにいけばいいんだ」 「俺は……崑崙」 「…………」 「……」 「風に姿はない」 「え?」 「ただ、通り過ぎていく」 「はかない……桜ですらない」 「花ビラは土にかえることもあるでしょう」 「でも風は……永遠に、旅をするだけ」 「重くなりすぎてしまったのなら」 「忘れてしまうこともできるわ」 「忘れる……?」 「俺は……」 「この書き間違えてしまった物語を、途中から、やり直すの」 「そんなことも出来るのか」 「ええ」 「ありす」 「お前が俺を忘れ……」 「俺もお前を忘れ……」 「そうやって、全ては幻に帰すというのか」 「それがお前の望みなのか」 「あるいは俺の……」 「崑崙」 「無くしてしまうことができるなら」 「頼む」 「…………」 「分かったわ」 そうして俺は新たな物語になる。 からまりもつれあい、どこにも行けなくなった物語は解放されて、再び翼を広げて舞い上がるのだ。 新しいおとぎ話を語り出すときの、あの高揚感……無限の可能性を、もう一度、手にするのだ。 …… 唸りだ。 どこか……遠くから、唸り声が響いてくるのを聞いた。 それは何か、大きな獣が猛り狂う、おぞましい唸りだ。 だけどどうしてか。恐ろしいよりも、哀れを誘う。 それは深い哀切の声だ。 求めても求めても得られない何かのために魂を引き絞る、慟哭だった。 どうしても欲しいものがあって。 それなくしては、一秒たりとも生きられなくて。 だけど手に入らなくて。 その時、人は人ではなく、何か別の……獣になってしまうのかもしれない。 そうでもならなければ生きていけないのかもしれない。 そんなことを思った。 咆吼がどこから聞こえてくるのか、俺は意識をすまして、探してみる。 そうして、気づいた。 その叫びは、自らの胸の内から響いているのだ。 あぁ、そうか。これは、俺自身の、唸りだ。 空の向こうにある何か。もう失われた何かを求めて、俺は必死に叫んでいた。人ではない何かになって。 俺は、大きな翼を広げて、舞い上がろうとしていた。 「申し遅れました」 「時計坂カノンと申します」 「もっとたくさんの人が、もし、自分がステキだと思うことや好きだって思うことに、共感してくれて……楽しいと思ってくれたとしたら」 「こんなにうれしいことはないよ」 「だから、私……映画が撮りたいの」 「よ、余計なお世話だよ。なんで桜井君にそんなこと言われないといけないの」 「もう……なんなの、いったい」 「本当に、困った生徒だなぁ、君は」 「大丈夫です」 「きっと、今でも私たちと一緒です」 「ずっと、私たちといてくれるはずです。きっと神様みたいに」 「もう少し、大丈夫だから」 「もう少し、待ってみようと思うんだ」 「ほら、私って我慢強いから」 「あなたのことも、待つわ」 「だから私が消えてしまうまでに、戻って来なさいよね……」 「それで……」 「へ、返事、きかせなさいよね!!」 「王よ」 「自分に嘘をつかず」 「今、もっとも求める物語を、つづりなさい」 「それがあなたの使命だ」 「魔女こいにっきに誓い、あなたがもっとも美しいと思う物語を選びなさい!!」 君と出会おう。 もう一度。 もう一度、君と……。 「わては、バラ色ドラゴン」 「バラゴンや」 「バラゴン……さん」 「めんどうな説明は抜きや」 「ありす」 「世界を救うために、戦って欲しい」 「世界……戦う……?」 「あ……」 「私は……」 「思い出してや、ありっさん」 「そうじゃないと、ありっさん」 「俺は……」 「お前と、共に物語を終えられない」 「バラゴン、あなたは……本当に……本当に……」 「たくみさん?」 「あぁ、そうや」 「たくみさん……」 「そうか……私は……忘れてしまったんだね」 「ありっさんのせいじゃないんや」 「俺が悪い」 「魔力が、もう、限界にきていた」 「そうして、消えていくしかなかった。だから、お前は忘れてしまった」 「そうなんだ」 「忘れたくなくて忘れたくなくて」 「私は、しがみついて……また、繰り返そうとしたんだ」 「そして、あなたの影を、探していた」 「そうして、やっと会えたんだね」 「物語の先頭で……」 「あぁ、そして俺たちはこれから、物語の最果てを目指して旅立つよ」 「はい……」 「と……」 「その前に、来訪者がいるようや」 「俺はあっちに行ってるから……」 「別れの挨拶をしておくんや」 「え……」 「いいよ」 という男の人の声が響く。 そして、がちゃりと……扉が開き、二人の女の子が入ってきた。 「ありす……」 「けーこちゃん……」 ううん。違う。けーこちゃんじゃない。 分かっているのに、私は学生の自分に戻ったような気がした。 「あの……」 謝らないといけない。いろんなこと。 私はこの子達を、昔の友達と勘違いして、あんなことに付き合わせて……。 それに、偉そうなことを言って。こんなおばーちゃんが。 「わ、私、ごめ……」 「ありす、ごめん!!」 「……え」 「ごめんね。私、あなたに……」 「あなたに、ひどいことを言った」 「ごめんなさいっ」 「けーこちゃん」 ち、違う。けーこちゃんじゃない。本当は違うけど……。 「いいの。いいから」 「ごめんね」 「うん……うん……」 「ねぇ。……よかったら、本当の名前、教えて?」 「私……」 「高津、早苗って言うの」 「さなえちゃん……」 「私は、蓬田治子……だよ。ありす」 「治子ちゃん……」 「私は……私……」 「あなた達の、友達でいられたのかな?」 「当たり前だよ」 「最初は戸惑った……まわりは、不思議そうに見るし、恥ずかしいとも思った」 「けど、ありすと一緒にいるうちに、私、本当の友達に思えて」 「実際、そうで」 「それで……」 「あなたが大好きだった」 「本当なんだから……ありす」 「……」 「ありがとう。また一緒に、バスケットしようね」 ……早苗ちゃんと、治子ちゃんが帰っていった。 また来るよって約束して。 でも……なんとなく分かる。 もう、私に時間はないんだ。 「もう。いいんか?」 「……」 「本当に……最後の夜や」 「出かける準備は、出来とるかの?」 「うん……」 「なんだか楽しかった」 「日記……大切に持って行くね」 「それじゃぁ、行こう」 「物語の最果てへ」 私達は、砂漠にいた。 …… 「きれい……」 「そう言ってられるのは、最初のうちだけやで」 「さぁ、楽園を目指して、旅立とう」 「なぁ、皆」 「はい、王様」 「え、えええ」 いつの間にやら、私達の後ろにはたくさんの人達がいた。 「俺が連れてきた、魔法使いや、従者達だ」 「そうなんだ……あれ?」 あそこでふらふらと踊っているのは……。 「崑崙ちゃん!」 「……変なところで会うわね」 「うんっ。うんっ」 「……」 どうしてだろう。初めて会った時から、崑崙ちゃんには、不思議な親しみを感じていた。 その理由が、今ぼんやりと分かった気がする。 崑崙ちゃんは、なんとなく私に似ているんだ、と思った。 それを言ったら、崑崙ちゃんは怒るかもしれないけど……。 崑崙ちゃんも、似たようなことを思ってくれているんじゃないかって、なぜか、思った。 …… 「もう少しだ」 「もう少しでたどりつくぞ」 「本当ですか。王様はいつもそう言って、逃げ出すからな」 「け……」 「見ろ。城がある」 砂漠の向こうに、瀟洒なお城が建っている。 先輩の手に導かれて、私は歩き出す……。 けど。ふと、その足が止まる。 そして私は思い出した。 そっと、私は手を離す。 思い出した。 あの頃の気持ち。 「私は……」 「あなたと一緒には行けません」 「……」 「あなたさえ良いなら、一緒にいるって思っていました。けど……」 「ある日思ったから」 「あなたが無理をしてると思ったから」 「あなたを諦めました」 「若い子に声をかけられる」 「いつまでも、あなたは何かを求めている」 「私はこれ以上あなたといてはいけないと……」 「順番がどうだったのか分からない」 「私がたくみさんを否定したとき、魔女こいにっきの力は失われ……私はたくみさんを忘れてしまったのか」 「あるいはただ、私が逃げ出したのか」 「全てを忘れて……けど忘れられなくて……」 「私は学園に戻ってきた」 「記憶の向こうにいる、誰か。好きな人を探して……」 「いつかたくみさんが、私のおかーさんの面影を探して、学園に通っていたように」 「けど、それでどうなるの? もし巡り会えたとしても、私とたくみさんは違う」 「たくみさんはいつまでも若く、何度だって、物語をやり直すことが出来る」 「けど私はおばーちゃんで……心も身体も、みずみずしさを失い。あの頃をやり直すなんてできるはずがない」 「だから、あなたとはもう、いられない」 「ありす」 「最後の物語を君に語ろう」 「あるところに二人の夫婦がいた」 「美しい男と美しい少女は自然な成りゆきといくつかの偶然を交えながら恋に落ちます」 「互いが互いを好きで。それだけで世界の何もかもは、華やぎ、優しくなり」 「まるでおとぎ話のような時間が二人に訪れる」 「この世にこれ以上はないというほどの美しい瞬間に、二人は永遠を誓う」 「おとぎ話ならここでめでたしめでたしで終わるだろう」 「けれど、人生はそうはいかない」 「いつか少女は歳を取り。おばさんとなり、皺ができ。生活の疲れはかつての美しさを蝕み」 「貧乏は彼女の心を僻ませ。夫とのすれ違いは彼女の愚痴を多くする」 「一方の夫も、頭は薄くなり。腹が出て。いつでもどこか遠くを見ていた夢見がちな瞳はただ、日々の暮らしの往復を映すばかり」 「あれほどみずみずしくお互いに満ちていた想いはどこかに消え失せて。二人はほとんど話すことすらなくなりました」 「いつか見た、あの美しいおとぎ話の面影すら、そこにはない」 「ある日男は……妻を連れて、散歩に出かける」 「今更かわす話題もなく。見慣れた近所を歩くのは、二人にとって苦痛でしかないようだ」 「妻もまた、気まずい思いに駆られている」 「ふと通る車の窓に映った自分の老いさらばえた姿と、そこに乗っていた美しい女性を引き比べて、憂鬱を感じる」 「今日に限って自分を誘った夫の気まぐれを、うっとうしく思う」 「そんな感情は夫にも伝わり、二人の散歩は、ぎくしゃくとしている」 「そもそも俺はどうして今日に限ってこいつを誘ったのか。さっさと帰ろう。そして、テレビでも見ようと思ったとき」 「ふと、ほのかな木漏れ日が妻の顔を照らし。そこに、一瞬、若い頃の姿を見て、夫は思う」 「あらゆるものが繋がって、今があることを。何ひとつ、消えたわけではない。ただ、遠くにいっただけなのだと」 「そして……」 「男は口にする」 「君といられて幸せだったと」 「妻は……何言ってるの……と、口にしながら、少しうつむいて……」 「そうして二人は家に帰る」 「それが物語だ」 「ここは……」 「久しぶりね。ありす」 「やっこ!」 「ひさしぶり〜〜。ありす」 「あー!」 「あなたはもしかして」 「真・けーこちゃん!」 「ぶほほ。ありすさん、すっかりおばーちゃんになっちゃって」 「ちょっと、何言ってるの。デリカシーないの??」 「あはは。栗原さんだって、すっごい猫背」 「これは元からだよ〜」 「ねぇ、矢澤さんなんて嘘だよね? あれ、栗原さんだよね?」 「ぶほ。なんのことだろう」 「ありす。あなた、ほんっと変わらないわね」 「え?」 「おねーさま!」 「お元気ですか?」 「おかげさまでね」 「皆、旦那とは離婚しちゃったけど、三人で仲良くやってるわよ」 「あなたとも、二年前まではよく会ってたのよ?」 「そ、そうでしたね」 そうだ。そうだ。いっぱい思い出し始めていた。 「はい……はい……」 「ふふ。あなたは、相変わらずね」 「お、おかーさま……!?」 「まだ、生きてたんですね」 「酷い言いぶりだわ。現役に決まってるじゃないの」 「くー」 「この子は……」 「くー……二代目くー」 「三代目よ」 「そうだったっけ? あぁ、そうだった」 「二代目はこっち」 写真……遺影? を見せてくれる。 「あぁぁ、よくこんなに似た子を探してきたもんだ」 「ありす」 「零ちゃん!?」 「南乃様」 「カノンちゃんも?? どうして」 「説明すると長くなるけど……とりあえず、これはあなたの知っているカノンじゃないから」 「ふふ。零の母です」 「えええ」 「あなたは黙ってて。ありすが混乱するでしょう」 「ありす、こっちよ」 「え。なになに?」 「おいで」 …… 「静粛に!」 「え……」 「いらっしゃいます」 「お、来たぞ」 「王子様のご登場だ」 「王子様……」 階段を降りてくるのは……。 「お嬢さん」 「え」 「……」 先輩がいた……。 「それじゃぁ、俺と踊ってくれますか?」 「はい……」 そっと手をとる。 指先には、ほっとするようなむずがゆいような、ぬくもりがあった。 そうだ。いつかの夜も同じように、感じたのを思い出す。 それじゃぁ、私は、きっとあの夜から……。 「あら……ありすさん」 「お孫さん、来ていたんだ」 「またお話を読んでいたのかしら」 「二人でお昼寝して……」 「なんだかとても幸せそうね」 あぁ、オアシスよ。 俺はたどりついたのだ。 「ジャバウォック様」 「たくみ」 「あなた」 「王様」 「はやく来なよ」 「あはは。待てよ‐」 「こっちにおいでよ……」 「待てよー」 「うふふ」 「えへへ」 「ふふ」 「あなた……」 「ありす」 「ふふ」 「ありす……」 かわいいやつ。 「何してるの!」 「ジャバウォック様」 「私達のことは?」 「放っておかないでよ。もう」 「おお」 こ、困っちゃったなぁ。 …… これは、待ちに待った、ハーレム、パート……。 へ。 あ……。 いや、違う。 砂漠の向こうから声が聞こえる。 竜の嘶きが……聞こえる。 あんなに大きな、空を震わす咆吼なのに。 悲しい、雄叫び。 俺は行かなければならない。 あの町に、まだ竜が……残っているから。 それは旅ではない。 取り残された物語の、読み返しでしかない。 けれど、俺が……自ら語りながら気づけなかった。 物語の真相が、そこにはあるのだ。 あの竜の嘶き。 あれこそが、世界の真理だった。 行かなければならない。 もう一度、魔女こいにっきを、読まなければならない。 ……きて。 「ねぇ」 「起きて」 「え」 「起きてよ」 「お、おう……零」 「おはようのちゅー……をくれ」 「……」 「いてて」 「ここは……」 「理事長室だな」 「なんで私達こんなところに? オアシスで、泳いでいたのに」 「そうだ」 よいしょっと、俺はソファから床に降り立つ。 「俺がここにお前を連れてきたんだ」 「え、なんで?」 「どうしても確かめたいことがあってな……」 「確かめたい、こと?」 「とりあえず学園を出ようか」 「え、ちょっと待ってよ。どこに行くの?」 「バラ色町」 「……ここは……」 そう。バラ色商店街だ。 が……流れる空気は異質だった。 気配がない。 ただ、風だけが吹いている。 「誰もいない。どういうこと?」 「ううん。そもそも学園からここに来るまでも、誰にも会わなかったわ」 「どういうことも何も、舞台は寝たんだ。だから、役者達は皆どこかに行ってしまった」 「繰り返された劇は、俺とありすが終わりに到達することによって、幕を下ろしたんだ」 「ただ、無人の舞台だけが取り残されている」 「でも、不思議。誰かの気配がする」 「何かが、続いている気配というか」 「この町のどこかで、誰かがこっそりと、生活をしているような」 「あぁ」 「物語は終わったはずだが…」 「でも、終わってないんだ」 「本当に誰もいなくなるまで、舞台は残り続ける」 「そう、誰かが、ここに取り残されている」 「そいつがいなくならない限り、舞台は、そいつだけのために、残り続けるんだろう」 「俺は本当に終わらせるために、ここにきた」 「どうして?」 「うん?」 「うん……どうしてかな。俺が、魔女こいにっきの語り手だったから……」 「俺がいなくなった後まで何者かによって物語が……それもこんな空虚な形で続いているというのが、気味が悪いのかもしれないな」 「だから、俺はオアシスを離れて、またここに戻って来たんだ」 「ふーん……1つ、聞きたいんだけど」 「なんだ?」 「なんで私なの?」 「ありすを連れてくればいいじゃない」 「なんで拗ねる」 「別に……拗ねてないわ」 「振ったのを、まだ根に持っているな??」 「そんなんじゃないもん!」 「いや、零じゃないとダメなんだ」 「え……」 「お前じゃないとだめなんだ」 「危険があるかもしれないから……」 「……は」 「それで私!? 酷くない…?」 「いや。ごめん。だって零は強いし」 「あっそう」 「かわいいし」 「と、取ってつけたように……」 「……」 「まぁ……いいけど」 「で、誰なの? その、取り残されている人って」 「魔女さ」 「探しだそう」 「この町にいる、最後の魔女を」 「最後の魔女……」 「そいつはな……そいつこそが、魔女こいにっきの所有者と言って良いだろう」 「あなたじゃないの? 日記の所有者は」 「……違うんだ」 「本当の所有者は、崑崙であり……そして、あの日記を支配していたのは、俺じゃない別の誰かだ」 「いつか俺は崑崙に聞いたことがある」 「魔女こいにっきとは何なのか」 「崑崙は、世界そのものだと言った」 「世界の真理を知ってしまえば、誰も、生きられはしない」 「俺は俺こそが、あの世界の真理だと思っていた」 「けど、違ったんだ」 「最果てにいたり……物語の外から、物語そのものを振り返ったとき」 「そこに、取り残された竜の嘶きを聞いたんだ」 「物語が、まだ終わりきっていないことを知ったとき、悟ったよ」 「あぁ、もう一人いたんだ、と」 「誰なの? それは…」 「……」 「分からない」 「か、肝心なところがダメじゃない」 「それを探しに来たんだよ」 「でも、手がかりも何もないんでしょう?」 「いや……」 「1つ気になることがあるんだ」 「聖について、調べたい」 「周防さん? もしかして、周防さんが?」 「……」 「なぁ、聖の書類を探してくれ」 「そりゃ、うちの生徒だからあるはずだけど……」 「あった。これ……」 零が取り出した、生徒名簿を読む。特に変わったところはなさそうだが……。 と、下には聖の住所が書かれている。 教会というわけではない。 隣町の、おそらく聖が暮らしていた、施設だろう……。 「この施設に行ってみよう」 …… 「不思議。誰もいないのに、電車は走ってるのね」 「うん……」 いや、誰かがいるんだ。 人を失っても、舞台だけは、演劇を続けている。無人のままで……。 人がいない施設には、きぃきぃっと、風だけが取り残されている。 あるいは、この町に残された魔法使いも、似たような存在なのだろうか。 事務室に侵入し、書類を漁る。 年月日からすると、この辺にあるはずなんだが……。 「見つけた」 「これは……」 「これは……どういうことだ?」 「おかしいわ。だって、これは、確かに、周防さんの……資料だわ。なのに」 「なんで名前が違うの」 「そうだ」 「周防の名前は、聖ではないんだ」 それはいかにもシスターにおあつらえ向きにつけられた、偽の名前。 周防自身もそれを自分の名前と思い込み、名乗らされていた。 「周防の本当の名前は……ここに書かれている通りだ」 「〈周防〉《すおう》〈有朱〉《ありす》」 「魔女こいにっき……」 「俺は何度か、このにっきを読み返したよ」 「それで、時々違和感を覚えることがあった」 「小さな矛盾というか……腑に落ちなさだ」 そう。それは本当に些細なことだけど。 「おーよしよし、よしよし。かわいいかわいい、私のあっちゃん」 「大丈夫だからねー、すぐ具合よくなるから」 「あっちゃんの具合がよくなるまで、ずーっとママが抱っこしててあげるからね……」 「俺はそれで、疑惑をもったんだ」 「周防の名前が書き換えられているんじゃないか」 「書き換えるって…どうやって? 誰が書き換えるの?」 「その魔法使いだろう」 「そんな奴がいるとは思わなかった……。でも、いるんだ」 「そんなことが出来るやつが」 「なんで、書き換える必要があるの?」 「……現段階では、推測でしかないが……」 「気づかれないためじゃないか」 「気づかれない、ため?」 「1つの仮説だ」 けど、不思議な確信もどこかにあった。 「周防の名前を書き換えた魔法使いは……もともと、ありすという少女を集めていた」 「彼女が整えた舞台の上にな」 「そしてそいつらに、ある役割を演じさせようとしたんだ」 「そのくせ、その少女がありすという名前であることを、隠したんだ」 「どこで書き換えたのかは知らない」 「おそらく、俺が物語をつづっている間、ありすはありすだった」 「が、それが日記となり俺に読み返されたとき、ことの不自然さに気づかないように……」 「俺の記憶とともに、日記の記述も、ありすはありすでなくなった」 「??? えと、あの。ありすが、ありすで。ありすがありす?」 「その理由は……1つ、想像ができる」 「まだこの町にいる、最後の魔女……そいつの名前が」 「ありす、なんだ」 「え」 「全員がそうかは知らない。いや、さすがにそんなことはないだろう」 「ただ、ありす……」 「この、どちらかといえば珍しい名前の少女と、俺は何度か、関係をもったことがある」 「でも、それは偶然ですまされる範囲だ」 「けど、周防のように、名前は書き換えられて」 「もしかしたらだけど……偶然じゃすまされないぐらいに」 「その中には……」 「ありすが混じっていたんじゃないか」 「それを、俺におかしいと思わせないために、書き換えたんじゃないか」 しかしそいつも、ミスをおかした。 聖の母による、聖への愛称。 そして……学園の書類には手がまわっても、離れた場所にあった、施設の書類までは、改ざんできなかった。 周防が本来、有朱という名前であったという痕跡を、消しきれなかったんだ。 いや、あるいは……別の誰かが……。 「この日記は、巧妙に、書き換えられている。俺ではない誰かに」 「俺は自らが物語の語り手であり、物語を完結させる力もあると思っていた」 「全ては俺次第だと思っていた」 「けど、俺とて……誰かの物語の中で、ある役割を演じさせられていた、ということだ」 「俺が書き手なら、そいつは、読み手……」 「それも、純粋な読み手ではなく、編集する力をも持って……時に、物語に誰にも気づかれずに干渉することができた」 「ならば、主導権はそいつにあった」 「読み手は、崑崙を通して、物語を用意してほしいと願ったんだ」 「俺はそこに据えられた、主人公だった」 「主人公は自らの意志で物語を構築しているのだと、思い込んでいた」 「実際、半分はそうなのだろう」 「しかしそれはあくまで、巧妙にはりめぐらされた、ルールの中でのことだった」 「俺より上位の存在が取り決めた、ルールの中でな」 「そいつこそ魔女であり、そいつこそが、このバラ色町の真理だよ」 「ねぇ。オアシスには、崑崙さんだけが、いなかったわ」 「あぁ」 「もしかして、まだこの町にいるのって」 「……」 「いや。違うな」 「おそらく、崑崙は、全てを知っている」 「が、その魔女ではない」 「崑崙はただの協力者だろう」 「協力者?」 「あるいは、もっと複雑な関係なんだろう」 「そして崑崙は、時々、俺に、そいつの存在を知らせようとしていた」 「崑崙とてそいつの手中だ」 「そいつの意に反すること……例えば、そいつの正体についてのヒントなどを示唆しようとすれば、ただではすまなかったのかもしれない」 「いや、俺が読む前に書き換えられてしまって消えたのも含めたら、もっと頻繁に、そいつの名前を出していたのかも知れない」 「それは誰なの?」 「言ってるじゃないか」 「アリスだよ」 「ありす……」 「そいつを見つけるんだ」 「魔女こいにっきの中から」 この中から、読み手を見つけるんだ。 思い出せ……。 出てきたはずだ。 アリスという存在が。 そうだ。そのときは、大体、崑崙が関わっていた。 「ねぇ、崑崙」 「王はもうずっと、ここに来てないわね」 「あなたはいつか、自分のことを風だと言ってたわね……」 「けれど、私にとっては王が、風のようなものだわ」 「一瞬気持ち良い風をふかせて、通り過ぎていく」 「永遠と思われたものも、一瞬後には、消え去っていく」 「一目惚れだと言ってくれた」 「あの日、嬉しくて、何ページでも日記を書ける気持ちだった」 「けど、今は、1ページも、あの人について、書けることがない」 「……」 「一目惚れより永遠を……」 「どうか日記に残せたら、いいのに」 「あの人が明日に去らぬよう。私に魔法が使えたら……」 「あの人は言ってくれたんだ」 「永遠に愛するよって」 「永遠の時計塔と同じだったわ……」 「叶うことのない、夢だった」 「あの人はそんな夢を置き去りにして……」 「私も置き去りにして」 「去って行く」 …… 「アリス様」 「こん……ろん……」 「このまま終わるのかな」 「王は、遠くを見ている。砂漠の果てを」 「その先にある、あるはずのない楽園を」 「私ではなく」 「そしてこのまま、死んでしまうのかな」 「あの人が死ぬのはかまわない……」 「けど、私のことを思い描いてほしかった」 「ねぇ、崑崙」 「あなたの力とその魔術書があれば、できるんじゃないの」 「え」 「王や皆の魂を、物語の中に封じてしまうこと」 「……可能ですが」 「簡単ではありません」 「分かってる」 「読み手が必要なんでしょう」 「物語というのは、語り手と、読み手が必要」 「語り手は十分足りているわね。王一人でもいいくらい。そういうの大好きな人だから」 「それで読み手は……」 「私がそれになっていいかしら」 「え」 「しかし、それは、魔女こいにっきの世界の神になるも等しいことですよ」 「一人、どこでもない場所で、自分とは関係のない日記を読み続けるような……そんな孤独が訪れますよ」 「いいわ。ただ……」 「お願いがあるの」 「私のことは、忘れさせてほしいの。あの人に」 「王に?」 「どうして、ですか」 「彼のことが好きなのでしょう」 「好きだよ」 「好きで好きで好きで好きで」 「悲しいぐらい好き」 「けどね……」 「あの人は、私を好きじゃないの」 「好きだったときもあったかもしれない」 「でも全部、おとぎ話になっちゃった」 「私ばかりがあの人との物語に熱中している横で……」 「彼はさっそうと、次のおとぎ話を語りだして……」 「私だけが取り残されてしまった」 「だからね……」 「だから」 「私の物語に、あの人を閉じ込めてしまいたいなぁって」 「え……」 「くすくす」 「すてきだと思わない!?」 「私は読むのよ」 「あの人がいろんな子と出会い、恋をする物語を」 「そのたびに、私は女の子の気持ちになって、あの人と恋をするの」 「何度も何度も恋をするの」 「何度も何度も何度も何度も何度も何度も恋をするの」 「何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……っ」 「恋をするの!」 「できたら、相手の女の子はアリスという名前がいいな」 「そう。それよ。うふふ」 「でも、露骨にやると、いつかあの人が気づきそう」 「たまに、そんな楽しみもしつつ」 「気づかれるかなって思ったら、そっと名前をかえるぐらい、いいよね」 「私だけはその子を、アリスって知ってるの」 「私はできるかぎり、読み手でいたいけど、ちょっとだけ……いじっちゃうの」 「あの人がアリスと恋をするように、お膳立てをするの」 「あの人は、アリスと恋をするのだわ。私ではない私と」 「そうして……」 「何度も何度も何度も何度も何度も何度も恋をするの!」 「永遠にくるくると時計塔はまわっていく」 「すてきじゃない、崑崙?」 「……アリス、様……」 「馬鹿な」 「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な」 「王が、物語を終えようとしている」 「南乃ありすと、物語を添い遂げようとしている」 「許さないわ」 「そんなの許さない!」 「もう、やめましょう。アリス様」 「許さない……」 「私を愛してくれなかったのに」 「ありすを、愛するっていうの」 「ありすと、終わりを迎えるっていうの」 「アリス様……」 「もともとは、あなたが作りだした、舞台ですよ」 「ええ。そうよ。私が…私の、舞台……」 「いいこと考えた」 「ステキな展開だよ」 「え」 「あの子は忘れちゃうの。全部全部」 「大事な時間、一緒に終わりを迎えようとした約束」 「ぜーんぶ忘れるわ」 「そして、ジャバウォックも、あの子を忘れちゃう」 「あの子は、一人、死んでいく」 「ジャバウォックは再び学園に通い、物語をつづっていく」 「それでいいでしょう」 「……アリス様」 「もう、終わらせませんか」 「終わらせる?」 「長い長い時を過ごしました」 「永遠の時計塔もなく、永遠の物語もない」 「そして王はいくつもの物語の末に、やっと……語り終えようとしている」 「あの、何一つ、現実にできなかった、夢見がちな王が。最後に、ささやかな物語を、完成させようとしているのですよ」 「何を言ってるの」 「終わらないよ。この物語は永遠なんだから」 「……アリス様」 「いいこと考えた!」 「え」 「いいこと考えた。大好きな崑崙だから、私、おまけしちゃう」 「なんですか」 「崑崙。知ってるよ」 「あなた、彼が好きなんでしょう」 「な……」 「うふふ」 「知ってるんだから。好きな人のことは、私なんでも知ってるんだから」 「好きな人を好きな人のことだって、知ってるんだから」 「あなたが、時々、どんな目であの人のことを見ていたか」 「やめて……ください」 「でも、あの人はあなたを愛さないよ」 「!?」 「……そんなの」 「分かってます……」 「あは」 「でもね。私が、あなたにステキな物語をおくってあげることが出来る」 「なにを……」 「考えがあるんだから」 「私の言う通りにしなさい」 「そうしたら、あなたは、あなたがいくら望んだって手に入らなかった時間を、えられるんだよ」 「……」 「アリス様」 「行きましょう。王は、物語を終わらせました」 「砂漠の果てへ、再び旅に出たのです」 「あの人が信じた楽園を求めて」 「あなたもいきましょう」 「あの人を愛しているなら、いきましょう。あの人が選んだ物語も愛しましょう」 「……」 「知ってるんだよ、崑崙」 「私の存在を、知らせようとしていたわね」 「物語の合間にそっとしのばせて……私が、気づかないと思った?」 「そんなことないよ、私は、何度も同じ箇所を、読み返したりするんだから」 「……」 「どうして、そんなことをしたの、崑崙。あなたは私の味方じゃないの?」 「私は……」 「王に気づかせたかったから」 「あなたが、いることを」 「なんでそんな余計なことをするの」 「でもあなたは、取り残されている」 「……」 「ずっと取り残されてしまう」 「……」 「悲しいことです」 「でもあの人は気づかなかったね」 「確かに、私は取り残されて」 「終わった物語を、何度も何度も読み返すだけなんだね」 「……あは」 「そうか、分かった」 「物語が終わっても…こうして、何度も何度も読み返す限り、永遠なんだ」 「そうなんだ」 …… 俺と零は、日記から顔をあげる。 「そうだ」 時々出てきた、名前。 アリス。 ありすと同じ、名前。 「アリス」 「やっぱり、ありすのこと?」 「いや、俺たちの知っているありすとは、違う……」 「アリス……謎の少女」 「覚えてないの。砂漠で、彼女はあなたのことを、王と呼んでいる」 「いや……」 「思い出しそうだ」 「そう、あいつは……」 「へぇぇ。どんなのだろう」 「王様、いつか私達をそこに連れて行ってください」 「アリス……」 「あぁ、俺は彼女を知っている」 「しかしどうしてだ。一体、どうして……こんなことを」 「説明してもらおうか」 「この町に取り残された、もう一人の、魔法使いに」 「え?」 「いるんだろう」 「なぁ崑崙」 …… ふわりと、影が出てくる。 …… 「ええ」 「お前が残していったヒント……そこに隠された物語を読んで、思い出したよ」 「……」 「魔女こいにっきの読み手」 「アリス」 「俺の后だな」 「……」 「どうして、あんなことをした?」 「アリスは何をしている?」 「なぜ一人になってまで、魔女こいにっきを終わらせようとしない?」 「あの人は……」 「可哀相な人なの」 「どうしようもなくて、今も、一人取り残されている」 「だから、見つけてあげてほしかった」 「あの人はあなたに見つけられるのを一番怖がっているけど……」 「だからこそ、あなたに見つけてほしい」 「私は、あなたのことが好きだったけど……」 「あの人のことも、好きだった」 「分かった」 「それで、アリスはどこにいる?」 「……」 「時計塔に」 「アリスは……」 「……」 「アリスは、俺の后だよ」 「隣の国の姫様だった……」 「ある夜に舞踏会で出会い」 「あまりに美しくて、口説いて……翌月には結婚した」 「は、早いわね」 「まわりを説得するのに骨をおったよ」 「けど押し切った。俺も若かった」 「今もやってることは、そう変わらないと思うけど」 「あはは」 「アリスは、内気な性格で、本を読むのが好きだったな」 「俺ののんきな夢物語も、目をきらきらさせてよく聞いてくれたものだ」 「そうだ。あの砂漠でも……皆が疲れ切って、全てをあきらめていたとき」 「王は、嘘つきなんかじゃない」 「アリス」 「王はきっと、連れて行ってくれるから。私達を、楽園へ」 「進もう。皆」 「その先に、楽園があるから」 「そうでしょう、王様」 「あいつだけは、俺のことを信じてくれた」 「あいつは、俺たちと一緒に来たんじゃなかったんだな」 「読み手になったのか」 「そうして、誰からも忘れられることを選んだのか」 「それは、あなたを閉じ込めるためだって言ってたわね」 「……」 「俺はいつからか、あいつを愛さなくなっていた」 「理由なんてなかった」 「ただ若くて、気持ちは、いろいろなところに飛んでいく」 「申し訳ないとはちらっと思ったくらいだ」 「あいつはあいつで勝手にやるだろうって思っていた」 「まだ二人とも若いんだから……」 「あるいは、好きな本を読んで過ごしていると思っていた」 「どんな気持ちだったかは……考えたことは、ほとんどなかったな」 あの部屋で感じた気配は……崑崙ではなかった。 「……」 「……」 「零」 「うん?」 「ありがとう。ここからは、俺一人で行くよ」 「……」 「うん。その方がいいみたい……」 「というか、私、役にたったの?」 「え」 「なんかあなたがひたすら、一人でしゃべってたような。別に危険もなかったし」 「もちろん。役にたったさ」 「そ、そうなんだ」 「ワトソン的に」 「……へ」 「な。なにそれ……」 「俺は語り手だからな。聞き手がほしいんだ」 「は、はぁ……分かるような分からないような」 「俺は万事が、物語的に進んでくれないと、さびしいってことだ」 「じゃ。いってくるよ」 「いってらっしゃい」 上りながら……声を聞いた。 「なんでなの!?」 「なんでなんでなんでなんで!?」 「……」 「なんで……あの人は、ありすを思い出した?」 「あなたのせいね、崑崙」 「あなたが、王の記憶を戻したから!!」 「……私がやらなくても、じきに、思い出していましたよ」 「むしろ、これは全部、あなたがしたことです」 「あなたがありすから記憶を奪い、王から記憶を奪った」 「そうよ」 「同じだった」 「私とありすは同じ。名前も同じ」 「でも、彼は……見つけたわ。ありすを見つけたわ」 「なんでアリスは見つけてくれなかったの?」 「アリス様」 「あなたは……」 「あなたの望みは……そういうことだったのですね」 「この広大な砂漠から、あなたという物語を見つけて……」 「もう一度、彼に語ってほしかったのですね」 「あるいは、南乃ありすの結末は……どこかであなたが夢見たものだったのかもしれない」 「なぜと叫びながら、あれは、やはりあなたの物語だったのですか?」 「分からない……」 「もう、何も分からないわ」 …… ………… …… 「アリス」 「……」 「あれ」 「王様」 「お久しぶり」 …… 「また本を読んでいるのか?」 「邪魔しないで」 「今いいところなの」 「なに?」 「ありすがね、私がね……あなたに告白しようとしてるの」 「あなたは戸惑いながらも、私を受け入れて……結ばれるの」 「何度読んでもドキドキするわ」 「俺ならここにいるぞ」 「……」 「あなたはいいの」 「もういらないの」 「……」 「私を愛してくれないあなたはいらないの」 「魔女こいにっきの中ではね、あなたは、愛してくれる」 「あなたは軽薄で、移り気だけど……私はあなたが愛する女の子に、乗り移り、あなたと恋をする」 「何度も何度もあなたと恋をする」 「違うよ」 「聖は聖だ」 「美衣は美衣だ」 「そしてありすはありすだ」 「お前のこしゃくな、魔法が影響していたとしても、彼女達は彼女達自身で、自らを語った」 「俺もそうだ」 「お前は、関係ないよ」 「……」 「物語の読み方はそれぞれだわ」 「そんなことまで、いちいち口にされたくないの」 「はやく出ていって」 「子供だな」 「え」 「俺の気持ちを失ったことを、いつまでひっぱるつもりだ」 「……」 「人の気持ちとはそんなものだ」 「確かなものがなければ恐ろしいか」 「男と女が出会う」 「女のほほを光が照らしていた加減が美しくて……男は恋をする」 「それだけのことだ」 「その光が別の女性を照らしたなら、男はその子に恋をするだろう」 「お前は、何も見ていない」 「子供だよ」 「……」 「見てるわよ!!」 「あなたのことをずっと見ていたっ」 「あなたが私を見なくなってからも」 「永遠に愛するって言ってくれたのに!!」 「ずっと一緒だって言ったのに……」 「あなたは、別の子を見る」 「私の好きな人が私を好きじゃない……」 「そんな絶望に、私は取り残された」 「……」 「確かなものだけを俺たちは語ればいいのか」 「君に一目惚れをしたから」 「永遠に一緒にいたいと……思った」 「けど変わっていくんだ」 「確かなものなんてない」 「だから人は……いや、俺は、物語を求めるのかもしれないな」 「そこには永遠が閉じ込められているから」 「めでたしめでたしだけが、閉じ込められているから」 「……」 「お前はいつでも、自室にこもって、本を読んでいたな」 「執務の場にも出てこず」 「臣下達とも会おうとせずに」 「……」 「ただ、俺や崑崙とだけ会って……」 「俺が語る物語を、いつも楽しそうに聞いてくれた」 「……」 「俺はいつだって、砂漠の果てにある、ありえないものを信じていた」 「本当にあるのかどうかなんて分からない」 「そのほとんどは、結局、実現できずじまいだった」 「嘘つきだと言われてもしょうがない」 「でも、語らなければならない」 「人は、本当に、世界にあるものだけでは、やっぱり寂しいから」 「その果て、あるはずのないものを信じないと……生きていけないのだから」 「そして、あなたは私から去って行った……」 「私だけを置き去りにして」 「去って行ったのだわ」 「なに……」 「う、ぐ、あ……っ」 「私は、私は……っ」 「そんなはかないものがほしかったんじゃない」 「永遠の時計塔がほしかった」 「だから……」 「そうか、こうすればよかったんだ」 「いつか魔法使いが言ったわ」 「永遠の時計塔を作りたければ、王よ、貴方自身が歯車になりなさいって」 「二人で、一緒に、時計塔の歯車になってしまえばよかったんだ」 「そうしたら、二人は、ずっと同じ物語……同じ、時の中を生き続けるのね」 「もうどこにも行かせない」 「う……ぁ……」 「ごめんね」 「ごめん」 「……寂しかったの」 「あなたは、さっそうと明日へと去ってしまった」 「私だけが取り残された」 「魔法が使えたら……って」 「それで」 「ごめんなさい」 「こんな苦しい思いをさせて」 「でも、どうしようもなくて……っ」 「私、私……」 「……泣くなよ」 「いいんだ、アリス」 「え」 「今は、もう、お前を愛することができない。その代わりに……」 「この痛みを、歯車の悲鳴を愛そう」