「やった! 私体重10キロも落ちてる!! これマジすごくない?」 「でも胸もごっそり減量しているという……」 今日は3限4限と身体測定がある。 身長、体重、座高は基本として、視力検査に聴力検査。 あとは細かいところで簡単な血液検査も一緒にやる。 ウチは運動部が多いので、野球部みたいな部員の多いところは今日とは別に細かい身体検査もすることになっているらしい。 「なあ、瀬野知らね? あいつだけ視力検査まだらしいんだけど」 「さあ、あいつならそこら辺で女子の体操着でも眺めてるんじゃないのか?」 元気じゃなくてもこの光景にはかなり得した気分になる。 子供の頃はなんとも思わなかったが、このくらいの時期になると体操着がどれだけエロいか嫌でも自覚するし。 「………」 「よう、どこ行ってたんだ? お前のこと探してるやついたぞ?」 「身長が……伸びてなかった……」 「は?」 「身長が……1ミリも伸びてなかったんだよ……」 「この成長期にここでストップだなんて!! マジでタッパも足りなきゃ俺はどうやってこの先女を作れば良いんだよ!!」 「大丈夫だよ。恋に身長は関係無いって」 「お前に言われるとめちゃくちゃ腹が立つんだが!! つーか身長はマジで俺の生命線なんだよ!!」 「理想は185cm以上!! 顔もオーラもすべてその身長でカバーするつもりだったのに……!!」 「ああ終わった……俺の青春はここで終わった……」 体操着で大興奮中かと思いきや、逆にめっちゃ落ち込んでいる元気。 おいおい、お前身長なら今くらいで十分だろ、そこまで高身長目指してどうする。 「俺……視力検査行ってくる……忘れてた……」 「お、おう……」 「お前も大変だな……」 あの凹みようは本気だ。 同じく彼女欲しい組の俺にとって、ちょっと同情してやりたくなってくる。 「うーん、身長ってそんなに大事かなあ」 「背の高さって、付き合う相手によってプラスにもマイナスにもなると思うから」 「一概にどうこう言えない気がするんだけど……」 「まあ、あいつにもあいつなりの青春戦略プランがあったんだろ」 「その中の一つに身長が絡んでたんなら、あんな風に凹みもするって」 所謂身体的コンプレックスってやつは、誰にでも一つはあるもんだ。 ホクロの位置だって過度に気にするやつもいるし、髪型や身長だって当然その内の一つだろう。 「………」 「あ、あの……ひまひま……?」 「放って置いて……」 「全然身長伸びてないのに……体重がこんなに増えてるなんて……」 「ううっ、わ、私……たぶんあと二回くらい死んだ方が良いよぉぉ……!」 「おー、よしよし。大丈夫よ?」 「もしかしたら胸に脂肪がいってるのかもしれないし……!」 「………」 (あれから、全然話せてないな……) 陽茉莉が陽子さんと一緒に俺の家に来てから数日。 あれから簡単なあいさつ以外は、まだほとんどまともに陽茉莉と会話が出来ていない。 基本的に陽茉莉はいつも女子グループの中にいるので、気軽に声をかけようにもちょっと躊躇してしまう俺がいる。 ああ。わかっちゃいるけど俺って、肝心なところで超絶チキン…… …。 ……。 「ふぅ」 聴力検査も終わり、体育館裏の放送室から診断結果をもらって出てくる。 元気と同じく、今年は俺もあまり身長が伸びていなかった。 (なんか、何気に俺も結構ショックかも……) 「あ、あの……」 ――!? 「ウチのクラス、11時から血液検査はじめるから、男子のみんなにも伝えておいて欲しいんだけど」 「お、おう。わかった」 「ごめんね? よろしく」 「はあ……」 (び、ビックリした……) というか俺、なんで陽茉莉相手にここまで緊張しなくちゃいけないんだ。 そもそもあれか? 今の陽茉莉が俺の知ってる昔の陽茉莉っぽくないからか……? (ああ、たぶんそれだ……) なんか気を抜くと、知らないクラスの女子と話してる気分になるんだよなあ。 もっと泣いたり怒ったり…… じゃんけん一つでムキになるような、そんな陽茉莉相手だったら全く緊張しない自信があるのに。 「うーむ……」 「………」 「皆原さんって、結構男子から人気あるよね」 「でも僕、それだけで実際はどんな人なのか全然知らないんだけど」 「まあ、そうだよな。俺たち去年は違うクラスだったし」 「………」 「皆原さんのこと、もしかしてちょっと気になってる?」 「………」 「まあ、少しだけ……」 気になる気にならないで言ったら、当然今の俺はあいつを気にしまくっている。 桃の言う気になるの意味とはかなり違うが、もう少しだけ陽茉莉とはクラスメイトとして距離を縮めたいところ。 (というか、ちょっと安心したいだけなんだよな……) 俺の知っている陽茉莉が、たまに別人のように見えて寂しくなるときがある。 本当に変わってしまったのなら、俺もそれを前提に話しかけたり出来るんだけど…… それをするにしても、今の俺には結構な抵抗があった。 「ねえねえ!! あんたたち今日の午後暇ー?」 「もしよかったらさ、私たちと一緒に校内でかくれんぼしなーい?」 「え? かくれんぼ?」 「なんかめっちゃ唐突だな」 「身体測定の最中に野々村さんと意気投合しちゃってさ」 「午後から暇な人集めて遊ぼうって話になって」 「どうもどうも〜」 「本当は男子との親睦もかねてバレーとかやりたかったんだけど」 「約一名、球技には猛烈に反対する人がいて……」 「ともかくあんたたちやる? やらない?」 「やらないなら他のみんなにも声かけちゃうけど」 「やる! なんか面白そう! かくれんぼなんてすごく久しぶりだし!」 「あんたは?」 「しょうがない、ここは誘われたからにはしっかりと相手になってやろう」 「クックック……」 「フハハハハハハ!!」 「ちょ、ちょっと何なのよその不敵な笑みは……」 俺はかくれんぼがめちゃくちゃ得意だ。 もしかくれんぼに全国大会があったとしたら、俺は間違いなく上位に食い込む自信すらある。 「じゃあ二人とも、放課後は中庭に集合ってことで」 「うん、了解」 「ういー」 あまりあれこれ色んなことを考えすぎると頭が痛くなってくる。 たまには桃たちと一緒に、全力で外で遊ぶのも悪くない。 身体測定後、軽く学食でメシを食ってから俺たちは中庭へと集合した。 「それでは第一回、2年A組プチかくれんぼ大会を始めたいと思います!」 「ぱちぱちぱちぱちー!」 「ぱちぱちぱちぱちィィィィ!!」 「元気も呼んだのか」 「うん、何かめっちゃ参加したそうだったから」 「それでは本大会の主催者から一言お願いします」 「え、えっと……どうも」 「球技は苦手なので、かくれんぼって言ったらこんなことになってしまいました……」 「いいじゃん別に、かくれんぼでも十分楽しそうだってひまひま」 「あはは、だと良いんだけど……」 (かくれんぼは陽茉莉の提案だったのか……) 「あはは、まあ遊びなんだし勝ち負けとかは関係のない方向で行こうよ」 参加人数は全部で6人。 ざっと見ると桃、元気、野々村、望月、陽茉莉。 あとは俺を加えて6人という状態だ。 「なんか少ないわね。もっと他に呼べば良かったのに」 「あんまり人数多いと鬼が探すの大変だからね〜。あと男子が多くなるとひまひま緊張するし」 「ひ、人のせいにしないでよ……」 ルールは簡単。 隠れる人間はこの中庭の中で身を潜め、鬼は200カウント後に全員を探し出す。 制限時間は特に決められていないが、遊びなら一回30分ってところだろう。 「鬼はどうやって決めるんだ? 俺は隠れる方が好きなんだけど」 「うん、私もー」 「フフッ、それはもちろんじゃんけん……!」 「……と、言いたいところだけど、今日の鬼は私がやるわ」 「ひまひまがかくれんぼと口にしたときは笑いが止まらなかったけど、私、鬼には自信があるの」 「え? そうだったの?」 「ええ、そうよ!! だから全員手加減は無しで、全力で隠れなさい!!」 「例えどんなところに身を潜めていようと、私が全力で見つけ出してあげる……」 「フフフ……! フハハハハハハハハ!!」 「これは宣戦布告ってやつね」 「僕、絶対に負けないよ!」 「俺もここまで言われると本気にならざるを得んな」 全員この場で野々村の宣戦布告を受け取る。 たとえ遊びでも手は抜かない。 おお、これは隠れる前からちょっとだけ興奮してきたぜ……! 「それじゃあ私、もう数えるからねー! 200秒後に捜索開始するからー!」 「はい、それでは今から〜」 「スタートォォォォ!!」 「いーち! にーい!」 早速鬼のカウントが始まる。 カウントは200秒後、まだまだ隠れるには余裕がある。 「さーて、僕はどこに隠れようかなあ」 「俺はもう行くぜ」 早速動きを見せる元気。 既に隠れる当てがあるのか、俺たちの前から姿を消す。 「私制服が汚れる場所は絶対に嫌なのよねえ。でも負けるのも悔しいし」 「ねえねえ、皆原さんはどこに隠れるのー?」 「うーん……」 「ま、まだ考え中かなー。さすがにかくれんぼなんて子供の時以来だし……」 「もし良かったら、二人で同じところに隠れちゃう?」 「鬼に見つかりそうになっても、私がおとりになってフォローも出来るし」 「あはは……それだと望月さんの迷惑になっちゃうから……」 「私は、なんとか一人で頑張ってみる」 「そお? なら良いんだけど」 余程自分は隠れる自信があるのか、初っぱなから陽茉莉を気遣う望月。 おいおい、ここは勝負の場だぞ。 他人の事なんて一々気にしてたら最後まで絶対生き残れん。 「ろくじゅー! ろくじゅういーち、ろくじゅうにぃー!」 「じゃあ、僕も行くから。みんな無事で」 「おう」 「行ってら〜」 「よし……頑張る……!」 よし、俺も隠れる場所を決めに行くか。 と言っても俺の隠れ場所は、既に野々村がカウントを開始したときから目星は付いている。 (よし、これで完璧だな……) 俺はすべての準備を完了し、中庭の真ん中にある大量のゴミ山の中に身を潜めた。 ゴミと言っても大半は落ち葉で、用務員のおっさんがほうきでかき集めた物だ。 中は蒸し暑いし変な虫も混ざっているけどここは我慢。 俺は完全にその中に身を隠し、鬼の動向を探るときだけ最小限の動きで視界を確保する。 この場所はフィールド上のすべてが見通せる位置にある。 野々村の位置も近いので、鬼の動向も問題無く監視できた。 「ひゃくごじゅうよん! ひゃくごじゅうご! ひゃくごじゅうろくー!」 野々村のカウントが、徐々に200に近づいてくる。 俺の方は準備万端なので、他のメンバーの様子を探ろう。 かくれんぼは観察のスポーツでもある。 自分とは違うスタイルで隠れる連中から、それらの工夫や技術を目で盗むのも一つの楽しみだ。 (さて、それじゃあ陽茉莉の様子から……) 「――!?」 (な、何……!?) (まさかあいつ、鬼の近くに隠れる気か……!?) 中庭の端から、壊れて放置してあった自転車を必死に運んでいる陽茉莉。 野々村にバレないよう音を立てずに細心の注意を払い、鬼の近くでシンプルにも自転車を立てはじめる。 後は大した工夫も無く、その裏にしゃがんで隠れるだけなのだが…… (や、奴は本気だ……!) 経験者なら分かるが、このスタイルは鬼の性格次第ではかなり有効だ。 まず鬼の『自分のすぐ近くに誰かが隠れているはずがない』 という先入観を利用し、鬼は無意識に陽茉莉を視界の中に納めはしても、それ以上の索敵はしなくなる。 なぜなら鬼は、敵の姿を見つける前にまず『自転車』が目に入るので、脳が勝手に『ああ、チャリか』とオートでそれを認識してしまう。 さらに自転車は完全に自分の身を隠すことが出来ないのもポイントだ。 じっと動かなければ自分の姿そのものすら自転車と同化できるうえ、常に鬼の動向を一方的に監視できるのが最大の強み。 これが自販機の裏なんかだと、鬼の位置を探るときに一々顔を出さなくてはならなくなる。 さらに憎いのが、陽茉莉は鬼の動向が一方的に探れる7メートルギリギリの位置に身を潜めているという点。 この7メートルという距離は、遠くもなくギリギリ鬼からすると近距離に位置する場所だ。 あまり遠いと、鬼はわざわざ足を運んで細かく探しに来るが、陽茉莉は今校舎の壁を背にチャリの裏に隠れている。 つまり鬼からすると、『特に足を運ぶ必要の無い距離で、ただ校舎の前にチャリがあるだけ』 ということになるので、一度この罠にはまった鬼は、なかなかあの陽茉莉を見つけ出すことは出来なくなる。 まさに隠れるだけではなく、常に鬼からのアドバンテージを維持出来るこの手法。 これは陽茉莉が昔、俺とのかくれんぼの中で編み出した『奥義・灯台下暗し作戦』 からくりは理解していても、これがなかなか鬼に回ったときに手を焼いてしまう。 畜生、ヤツは本気だ。 あいつは今、本気でこの場で勝ちを狙いに来ている……!! (ほ、他のやつはどうだ……?) 「ふぇっくしゅん……!!」 元気はシンプルにもベンチの裏に身を潜めている。 俺の印象からすれば、あいつは完全に身を隠すつもりはないようだが…… (なるほど……) あいつはアクティブモードで鬼の動向に合わせて隠れる場所を変える気らしい。 確かに野々村は単純そうだし、全体を把握しながら索敵するタイプじゃ無さそうなのであれも有効だと言えよう。 (望月は……?) あいつはこの状況下で、堂々と中庭のベンチに座り友達の集団とお茶している。 お、恐ろしいやつだ…… 敢えて自分の姿を堂々と鬼に晒すことにより、逆に鬼の索敵範囲から逃れている。 さらに知り合いと楽しく談笑することにより、そのあまりにも自然な振る舞いが、鬼から身を守る精神的なカモフラージュとして機能している。 なるほど、あれは『当たり前のようにその場に溶け込む』スキルがあって始めて出来る芸当。 この勝負に誘ってくるとき、やけに楽しそうな顔をしていたが、なるほどあいつのかくれんぼの腕も相当なものだろう。 (桃は……) 桃はしっかりと壁にはりついている。さすが爬虫類を愛する男、俺にはあいつの生き様は否定できない。 「198……! 199……!」 「にひゃあああああく!!」 「さあさあ!! 貴様ら全員一体どこに隠れている!!」 「史上最強の鬼ことこの野々村智美ちゃんが!! 貴様らを全員鍋に入れて水餃子にしてくれるわ!!」 鬼のカウントが終わり、ついに野々村が動き出す。 おおまずい、俺も早々に気配を消さなくては……! 「クックック……まずは日頃から単純で馬鹿そうな、ひまひまから血祭りに……!」 既に最初からあの陽茉莉を舐めてかかっている野々村。 すぐにケータイを取り出し、誰かに電話をかけはじめる。 ……。 「あ、あれ……? でない……」 「おかしいな、ひまひまならすぐに『もしもし〜♪』とか言ってすぐ自分の場所をバラすはずなのに……」 自転車の向こうですごい顔をしている陽茉莉。 おい、お前普段からこいつにどんだけ馬鹿にされてんだよ。 「はあ……はあ……!」 「くそう、粗方探したのに一人も見つからない……」 「でも分かったわ。みんなこの智美ちゃん相手に本気なのね……!」 「………」 俺のすぐそばでぶつぶつ言っている野々村。 カウント終了から10分。まあこいつの鬼レベルは今までの観察からして平均レベルだろう。 かくれんぼはその足で探さなくてはいけないものの、基本的にはお互いの知略と忍耐がぶつかり合う頭脳バトル遊技。 まあこの調子なら、すぐに鬼が根を上げてギブアップするに違いない。 「よし……」 (ん……?) 突然野々村が中庭の一番端にあるベンチに腰をかける。 なんだなんだ……? あいつ一体何をする気で…… (ま、まさか……) 持久戦……!? 開始早々いきなり持久戦に持ち込む気か……!? 早くも見つけ出す気がなくなったように、ベンチに座りだらだらとジュースを飲み始める野々村。 自転車の裏に隠れている陽茉莉もこれには少しビックリする。 「あー、だりぃ〜」 な、なんてやつだ……! 開始直後に鬼からのアクションがないと、せっかちな奴は必ず気になって顔を出して……!! 「チラり」 「瀬野くんみーつけたァァ!!」 「ええええェェェェ!?」 「ちょ、早っ!! 俺早っ!!」 アホめ、かくれんぼは忍耐がないと生き残れないんだぞ! 俺は過去に公園で16時間耐久かくれんぼをしたことがある。 朝8時から夜の10時過ぎまで、その試合では隠れる忍耐、鬼の位置の把握、そして食料と水の補給に関しても手を抜くことは許されなかった。 おまけに夏だったし。 「野々村お前すごいな! 今めっちゃやる気無さそうだったのに……!!」 「ふふっ、これはフェイクよフェイク」 「鬼の動向に合わせて隠れ場所を変えるなんて、それが通用するのは小学生までよ」 「そうなの!?」 「大体、今みたいな隠れ方をするやつはせっかちなタイプが多いからね」 「そういう人は自分の足で探しに行くより、今みたいにあぶり出した方が確実なのよ」 自らの足で探し行けば、相手もそれに合わせて移動する。 鬼は移動しながらの全体の把握は難しいので、今の野々村の作戦はかなり有効な手段と言える。 (まずいな……) (野々村相手に油断するのはやめておこう……) 自分の居場所を察知される前に、鬼の力量が計れて良かった。 しかしこうなると残りの連中が見つかるのも時間の問題。 相変わらず陽茉莉は自転車の向こうでピクりとも動かず、かくれんぼの必須スキルである忍耐をフル稼働させている。 「しかし、他のメンバーはなかなかね」 「ひまひまは超意外だけど、残った4人はおそらくかくれんぼという遊戯を熟知している……!」 「はは、きっとあいつらも相当必死なんだな」 本当はもっと簡単に勝つ気でいたのか、その表情からは少し焦りの色がうかがえる野々村。 桃は相変わらず壁に張り付いているが、さすがに野々村も自分の頭上に一人隠れているなどとは思うまい。 「うーん、一応カウント中に音は聞いてたんだけどなあ、草むらにも駐輪場にも誰もいなかったし……」 「音? 音って何だよ」 「カウント中に密かに耳を澄ませていたの」 「瀬野くんは足音が特徴的だったから、なんとなく隠れている方角だけは察しがついていたわ」 「後は自転車のカゴが何かにぶつかる音と、草むらに誰かが入って行くような音が聞こえたんだけど……」 「こえーよ!! 何遊びにそこまでマジになってんだよ!! 俺かくれんぼってもっと和気藹々とした遊びだと思ってたんだけど!!」 (な、なんてやつだ……) 一応、いつもの癖で音も無く隠れたつもりだったが、それでも周囲の異常を察知していたというのか。 これは俺も簡単に見つかる可能性が出てきてしまった。 草というキーワードは、一度怪しまれてから場所を移動できない俺にとってかなり致命的な決定打となる。 畜生、この中は熱いし変な虫もいるし衛生状態は最悪。 しかし元気のように簡単に見つかるくらいなら…… (俺は……) (この草と同化してやる……!!) 俺は、絶対にこの勝負には負けたくなかった。 「も、望月さんみっけ……!!」 「いやー、なかなか時間かかったわねえ……」 開始から3時間、ついに陽茉莉も望月も鬼に見つかる。 「なかなか見つけてくれなかったから、私最後は知らない人に混ざって遊んでたんだけど」 「あはは、かくれんぼであんなに堂々としてる人、初めて見たかも〜」 「いや、二人とも笑ってるけど、残りがマジで見つからないんですけど……!」 「だったらもう、ここにいる全員で探すか?」 自分が隠れるとき、他のメンバーからは気づかれないタイミングで俺は身を潜めた。 さすがにそろそろ出て行ってやらないと、時間も時間だし野々村がかわいそうか。 「よし、それじゃあ手分けして探しましょ?」 「隠れる方も意地になってるはずだから、ここはサクッと全員で捜索」 「おう」 「わ、わかった〜」 ……。 ……。 野々村たちが俺と桃を探すためにあちこちへ散っていく。 これは出て行くタイミングを逃してしまった。 個人的にはここまで来たら桃より先に見つかりたくはない。 ああ、こんなことなら制限時間くらいちゃんと決めておけば良かった。 しかしここまで見つからないということは、俺の隠れスキルもまだまだ腐っちゃいないということ。 これにはちょっとだけ今の俺も誇らしい。 (クックック……) 「みーつけた」 え……? 「見つけたよ? 私、鬼じゃないけど」 「………」 「あ、ああ……」 結局、桃より先に見つかってしまう。 「今見つけたのか?」 「ううん、結構前から」 「瀬野くん……だっけ? 智美が彼を見つけた辺りから、何となく場所は察しがついてたんだけど」 「そっか」 まあバレてしまったのなら仕方が無い。 全身にくっついた草を、せっせと自分の手ではらっていく。 「さすがだったな。自転車持って隠れるとき、ここから見てたぞ?」 「あ、あはは……そうだったんだ」 「わりとすぐに見つかるかなーって思ってたんだけど、智美気づくの案外遅かったね」 陽茉莉とは、昔死ぬほどかくれんぼをして遊んでいた。 基本的にどちらが隠れても、最後に見つけるのはお互いだった。 俺も陽茉莉が隠れそうな場所は大体把握していたけれど、それは長年一緒に遊んでいたこいつも同じ。 「何気に今日、めちゃくちゃ本気で隠れてなかったか?」 「え?」 「あ、あはは……バレちゃってた?」 「だって私、かくれんぼだけは昔から自信あったから……」 「………」 「ああ!! いたー!! え? ひまひまが見つけたの!?」 「うんっ」 放課後、ちょっと一緒に遊んだだけなのに、昔何度も見た光景が脳裏によみがえってくる。 最後まで俺を見つけられずに騒ぐ鬼。 そしてそんな俺を最後には必ず見つけて得意げに笑う陽茉莉。 足の遅い俺の幼馴染みは、いつも鬼ごっこじゃすぐに捕まってつまらなそうな顔をしていた。 そんな彼女が唯一得意げになることが出来る遊び、それが今やったかくれんぼ。 俺が鬼になり陽茉莉を探すのに苦労すれば、あいつは得意げになって喜んだ。 逆に俺が隠れても、あいつはいつも最後まで楽しそうに探していた。 あれからお互い、身も心も成長したが、今日はこんな遊び一つで少し懐かしい気持ちになってしまう。 「よし、これで丁度全員ね」 「今日のMVPは、ひまひま! おぬしに授けよう」 「まさかあんな単純な隠れ方で私の目を欺くとは恐れ入ったわ」 「ふふっ、あれ、灯台もと暗し作戦って言うんだよ?」 「慣れてくると通じない人も出てくるんだけど」 「灯台もと暗し作戦……? ふふっ、誰がそんな名前考えたの?」 「えーっと、隠れ方は私が考えたんだけど、名前は……」 「……コホン!」 「………」 「………」 「な、名前も、私が考えたの」 「はは、灯台もと暗し作戦か。俺も次やるときにはパクらせてもらおうかな」 「えー、あんたじゃ体でかいから無理だと思うけどー」 「あはは」 灯台もと暗し作戦。 その名前を授けたのは小学生時代の俺だ。 運動が苦手な、あいつの小さな頃からの勲章は。 数年経った今も色褪せること無く健在だった。 無駄にケータイを弄って歩く。 最近は必要も無いのにケータイを弄る癖がついてしまった。 ニュースに天気、その他諸々の情報が簡単に手のひらサイズに……! (エロサイトまで簡単に見られるとは……) 既に俺のブックマークは他人に見せられないものになっている。 メールの予測変換も、『が』と入力すれば『顔射』が一番上に。 『き』で変換すると平気で『騎乗位』が先頭に来る。 「大丈夫。全国共通、男のケータイなんてこんなもんだ」 そう無理矢理自分に言い聞かせ納得する。 ちなみに『ち』は『乳首』じゃなくてチンコだ。 「あ、沢渡さん! ちょっといい? 聞きたい事があるんだけど……!」 (ん……?) 誰かが俺のすぐそばを通り過ぎる。 気のせいか、鼻先にすごく良い香りが…… 「来週、3年だけ現国の小テストあるでしょ?」 「それで、ちょっと沢渡さんに色々と話を聞きたくて……」 「あ、ちょっと待って! 私も私も――!!」 「………」 視線の先には3名の女子。 3年って言ってるから先輩なのかな? その中の一人、綺麗で長い黒髪が特徴の女子が、無意識に俺の興味を引いてくる。 「ん……?」 沢渡……? (どこかで聞いたことあるような……) 「――!」 (ああ! あの子か!) なんかファッション誌のストリートスナップに出てたって、みんな教室で騒いでたあの……! 「沢渡……先輩……」 えーっと、名前までは出てこないや。 なんか『み』がつく名前だった気がするんだけど…… (み……みみ……) (耳……?) 「あ……」 3人とも行ってしまった。 いきなりここで声をかけるのも不自然だけど、純粋にどんな人なのかちょっと興味が沸いてくる。 「写真で見たときは、結構可愛い印象だったけど……」 3年に知り合いはいない分、一つ上の学年は俺にとって未知の世界。 普段関わりのない分、しばらくしてますます先輩がどんな人なのか…… (うーん……) 妙に気になってしまう俺だった。 「お、桃じゃん」 校内を徘徊中、桃を発見する。 向こうも今の時間は授業を入れていないのか、ジュース片手にプラプラ歩いている。 「なんだ、そっちも今の時間は授業ないのか?」 「ううん。あるよ。糞つまんないからサボってるだけ」 「この間現国の授業で、現代小説の一節を上げられてさ」 「このときの作者の気持ちを答えなさいって言われて、欲求不満なんじゃないの? って言ったらつまみ出された」 「酷いよね、どう思うかなんて人それぞれ、読者の数だけ答えがあるとか言っておいてさ」 「うんうん。ケツがかゆいでも正解だよな。読者の俺がそう感じたんなら」 「そうそう。だからサボってるの。もうしばらく現国には顔出したくないかな」 俺も昔読書感想文で、読んだその本がどれだけつまらなかったかを克明に書き記して半殺しにされたことがあった。 いいじゃん感想文なんだからどんな感想書いたって…… 「いいじゃんッ!」 「あ、ねね、あれ沢渡先輩じゃない?」 「え? どこどこ?」 「ほら、あそこ」 桃が前方を指さす。 おお、あの後ろ姿はまさしく沢渡先輩。 今日もあの黒くて艶やかな素敵ロングが素晴らしい。 「沢渡さん、5限の選択授業のことなんだけど……」 「ちょっと待って、私が先に話してたのに……!」 相変わらず同級生の女子と一緒にいる先輩。 うーんこの状況で声をかけるのはなかなか難しい。 さすがに今行くのはさすがに抵抗があるよな。 またどこかでチャンスはあるだろう。 そうして再び桃と現国の愚痴話で時間を潰すのだった。 (いや、今声をかけないでいつかけるんだ!) 「桃、俺はいくぜ!」 「うん、頑張って!」 恋に積極性は不可欠。 そうだ、ジャスティスもあれだけ口うるさく言ってたじゃないか。 恥ずかしくても自ら行動を起こさないと始まらない。 そんな恋も、この世界にはあると……! 「あ、あの……!」 「それで私、あの数学の先生に堂々と言っちゃって」 「ええ!? それホント!?」 ……。 ……。 あれ? 聞こえてない……? 「あ、あの……! 先輩!」 「沢渡先輩!」 「あ! そういえば沢渡さん!! さっき現社の先生が用事があるって捜してたよ!!」 「大変!! あの先生待たせるとすごくうるさいから……!!」 二人の同級生に促されるまま、すぐに職員室へと向かって行ってしまう先輩。 根が素直な性格なのか、先生が捜していると聞いて足早にその場からいなくなってしまう。 「………」 どうも俺の声は結局届いていないっぽい。 (わざわざ追いかけるのもな……) 「ねえ、あなたどこの組の人?」 「名前は?」 「え? 俺?」 超ビックリ。 校内でまさかの逆ナンだと……!? 「はじめまして! 城彩学園2年A組、主人公(姓) 主人公(名)といいます!」 「趣味は……!」 「2年生ね……」 「あの、ごめんなさい……失礼かもしれないけど、沢渡さんとはどんなご関係ですか?」 え? 「あ、いや、どんな関係って言われても」 「むしろこれからその関係を築いていこうかと思ってですね」 「やっぱり……」 「ここまで正直な子も珍しいわね」 「ええ、良い子ですから」 明らかに歓迎されていないこの空気。 え? 何? 俺ってそんなに存在からして許されないキャラなの? 「沢渡さんはね、すごく繊細な人なの」 「だから申し訳ないけど、興味本位で近づくのは遠慮してもらえないかしら」 「……」 「いや、キミの気持ちはよ〜くわかるよ? うんうん、年頃の男の子だもんねぇ……」 「でもね、本当に沢渡さんにだけは、軽い気持ちで接して欲しくないの」 「沢渡さんって、傷つきやすい人っていうか……本当に人の痛みが分かる良い人だから……」 なんかよくわからないけど、俺の存在が先輩に悪影響を与えないか心配しているらしいこの二人。 こういう扱いには慣れているけど、一言くらい話したって別にいいじゃんって思う。 「ちょっと話してみるのも駄目?」 「ちょっとって?」 「一発ギャグ披露するとか」 「駄目」 なんだよ! 何の権限があって駄目とか言うんだよ! 「とにかく、沢渡さんは特別な人だから、これからも変なちょっかいは出さないでくれない?」 「ごめんね? これも沢渡さんのためだから……」 そう言って今度は頭を下げられる俺。 なんだなんだ、人の痛みが分かるとか言ってたけど、沢渡先輩って神かなんかなの? 「それじゃ、私たちもう行くから」 「ごめんね、最後まで話聞いてくれてありがとう」 二人の口ぶりからすると、どうも先輩のことを大事に思っているのはわかった。 要するに俺みたいなやつが気軽に声をかけて良い位置に、あの沢渡先輩はいないらしい。 「残念だったね」 「まあどんまい。次があるさ」 ああいうことを言われても、一言くらい話すのは別に悪いことじゃないと思う。 一発ギャグで引かれたらそれは自己責任だし、他人にとやかく言われる筋合いも無い。 そう考えると、ますます先輩について知りたくなるのが、悲しいかな男の性というやつだった。 食堂にやってくる。 小腹が減ったので一部の生徒しか知らないレアなパンを購買部で買う。 「おばちゃん、デラックスジューシーメロンパン一つ」 「はいよ」 単品で250円。 さすがデラックス。 「やべぇ!」 「やっぱデラックスジューシーメロンパンうめえ!」 この溢れる果汁と生クリームが俺の胃をひたすら満たしてくれる。 うーん、これでもう少し値段が安ければ完璧。 「ねね、あれ。中庭のあそこにいるの、沢渡さんじゃない?」 「うん、そうだね〜」 (ん……?) 沢渡さんという言葉に反応する。 おおホントだ、先輩が中庭で誰かと話をしている。 「あれ、隣にいるの理事長だよね? 何か怒られるようなことしたのかな?」 「え? ちょっと、沢渡さんがそんなことするわけないでしょ」 「たぶんあれかな、進路の話でもしてるんじゃない? 確かもうそろそろ進路相談始まる頃だし」 「え? なんで進路の話を理事長にしてるの?」 「はあ……あんた何も知らないのねえ……沢渡さんが理事長と仲が良いって話は有名でしょ〜?」 「え? そうなの? っていうか進路相談って普通担任にしない?」 うん、俺もそう思う。 というか理事長と仲が良いってどういうことだ。 親戚同士の付き合いがあったりするのかな……? (すげぇ……だとしたら先輩の家ってかなり金持ちなんじゃ……) ウチの理事長は総資産が何十億もあるという噂がある。 もしそれが本当だとすれば、そんな理事長と付き合いのある先輩の家柄って一体…… 「まさか沢渡さん、あんな大人しい顔して理事長に取り入ってるんじゃ……!?」 「ちょ、ちょっと何馬鹿なこと言ってんのよ、沢渡さんがそんなことするわけないでしょ!?」 「取り入ってるのはむしろ逆。沢渡さんのお父さんって市議会委員のお偉いさんらしくて……」 「ええ!? そ、そうなの……!?」 し、市議会委員のお偉いさん……!?  「これも知らなかったの? というか沢渡さんって、雰囲気や立ち振る舞いからして私たちとは全然違うじゃない」 「そ、そういえばそうかも……物腰が凄く上品な気がするし……」 「おまけに最新情報によると、小さい頃から両親に決められた許嫁もいるらしくて……」 「許嫁!?」 (ええ!? マジ!?) 「そ、それって本当なの……?」 「うん、本当。マジマジ」 「うわぁ……今の時代に、本当にそんな人がすぐ身近にいるなんて……」 「だから沢渡さん狙いだった男子も、それを知ってみんな諦めてるの」 「まあそうよね。相手が市議会議員の一人娘じゃ……」 「住む世界が違うって、こういうことを言うのね……」 「………」 (すごいな……) 今の話が本当だとしたら、まさに天然記念物級の希少種に他ならない。 本当にそういう人がいるんだと、正直今の話を聞いてビックリする。 「………」 (でも……) そんな人だからこそ、一回くらいは話をしてみたい。 だっていくら学年や、生活水準…… 言ってみりゃ地位みたいなものまで違ったとしても…… 「なら余計に一度は話してみたいよな」 そう思うのが男としては自然だった。 この時間は授業がないので適当にブラブラする。 さてと、食堂へ行って麦茶のサイダー割り、略して麦チャイダーでも飲むとするか。 「ありがとう沢渡さん。本当に助かったわ」 「――!!」 超偶然! 廊下の踊り場で先輩を発見! さようなら俺の麦チャイダー!! 「これで広報委員のみんなも喜んでくれると思います。このプリントはちゃんとみんなにコピーして渡しておくから」 そのまま先生と一緒に階段を下りていく先輩。 どうする? 強引に追いかけるか……!? まだだ! 焦るな! 今はそのときでは無いと俺の勘が告げている。 ごめん、今行くよ麦チャイダー!! よっしゃァァ! 今日こそは絶対に先輩と話してみせるぜ!! 「奥義! 青春ダッシュ!!」 「痛ぇ!! 何すんだ!!」 「すまん元気。そして許せ」 再び青春ダッシュ。 「おい! ちょっと待て!!」 元気に捕まる。 「おい何だよ!! 今俺急いでんだよ!! 青春超特急なんだよ!!」 「いいから聞いてくれよ!! 俺さっき思い切ってC組の小谷さんにデート申し込んできたんだ!!」 「そしたら……!」 「どうせ拒否られたんだろ? どんまい」 「そしたらその場でゲロ吐かれて早退されたんだよ!! 何!? 俺の存在ってそんなに有害だったの!? ねえ答えて!?」 「大丈夫だ! きっとゲロ吐くくらいお前のこと好きだったんだよ!!」 「じゃ」 「おい何適当なことぬかしてんだブッ殺すぞテメェ!!」 「うるせぇ!! 愚痴なら聞いてやるから後にしろ!!」 元気をスルーし、全力で先輩の後を追って階段を駆け下りる。 「はあ……! はあ……!」 (せ、先輩どこ行った……?) 昇降口前の踊りをキョロキョロ見渡す。 何がなんでも今日は絶対に一声かけて……! 「あ、沢渡さんだ」 (発見!) 「あ、あの!! 沢渡先輩!! 俺――!!」 「何?」 お前じゃねえ! 「丁度良いところに来たな。今俺授業に穴空いてるから暇してたんだよ」 「あの! 俺は暇じゃないんで!」 「世界の卑猥な地名勝負しようぜ。先に答えが尽きた方が負け。そんじゃ俺から」 「キンタマーニ平原(byインドネシア)」 もう嫌だこの人! 「あ! こらテメェ!! どこへ行く!!」 「答えが尽きたので俺の負けでいいです!!」 「嘘つくんじゃねぇ!! チンコ川とかエロマンガ島とかまだまだいっぱいあんだろ!!」 一人でやってろ。 「はあ……! はあ……!」 な、なんか段々疲れてきた。 (せ、先輩……!) 先輩はどこに……!? 「ニャー!」 (おおおお!! いたぁぁぁぁ!!) 木陰で可愛い子猫と戯れている。 さすがは俺の沢渡先輩。 動物を愛でる優しい心もお持ちなようだ! 「あ、あの!! 沢渡先輩!! お、俺――!!」 「嫌ああああああああ!! お願いちょっと助けてええええーーッ!!」 「今度は何だああああ!!」 「食堂で須賀崎君と話してたら、突然須賀崎君が……!!」 「だからリザードマンはただの爬虫類じゃなくて獣人に属するからメスには胸と乳首があるって何度も説明してんだろうがコラァァ!!」 「だからそもそもトカゲは哺乳類じゃないんだから、それにしたって胸があるのはおかしいって――!」 「だからトカゲじゃねぇつってんだろ!! リザード『マン』だって何回言やぁわかるんだテメェェェェ!!」 なんてことだ、こんなときに桃がバーサーカーモードに! 「で、でも、そのリザードマンって卵産むんでしょ?」 「おう」 「おかしいじゃん!! 卵産んだらそれは少なくとも哺乳類じゃないじゃん!!」 「カモノハシは哺乳類でも卵産むだろうが!! なんだお前!! 俺のリザードマン愛にケチつけてぇのか!!」 「ひぃぃ……!!」 野々村、リザードマンはファンタジーだ。ありのままを受け入れろ! (はっ!! せ、先輩がいない!?) いつの間に!? このコースだと食堂か!? 「じゃ、桃がこうなったら俺にも手をつけられん。生きろ」 「ま、待って!! 見捨てないで!!」 「次は産卵シーン時に見られる粘液の蛍光型と人間に近い自然型について説明してやる!! 蛍光型はSF映画のエイリアンから強い影響を受けたクリエイターたちが……」 「嫌ぁぁぁぁ!!」 「はあ……! はあ……!」 「あ、あの、沢渡さん。この後の小テストのことでちょっとお話が……」 「待って! 私が先だから!」 (せ、先輩……!) なんかもうマジでヘロヘロになってきた。 「あ、あの!! 沢渡先輩!! 俺2年A組の――!!」 「ねえあんた! モチョッピィ見なかった!?」 今度はお前か。 「邪魔すんな!! 俺はあの先輩と……! 沢渡先輩とお話が――!!」 気づけば先輩を囲むように次々と3年生の男女がワイワイと集まっていた。 小テストがどうとか言っているので、おそらくテスト範囲の山場について聞かれているんだろう。 「三角関数の加法定理って、テストに出るって篠岡先生言ってました!?」 「待ってよ私が先だって言ってるでしょ!? 指数関数の方が出題数多いって先生も言ってましたよね!?」 「待って、等式と不等式の証明が先だって先生言ってなかった!?」 「はいはい! あなたたち!! そんないっぺんに詰め寄っても沢渡さんが困るだけでしょ!」 「それにいくら沢渡さんが篠岡先生と仲良いからって、こうやってテスト範囲の山場張るの禁止!」 「え〜!? ちょっとくらいいいじゃないですかあ」 「………」 人から頼られることも多いのか、大勢に囲まれて少し縮こまっているようにも見える沢渡先輩。 ここからじゃあんまりよく見えないけど、もしかしたら先輩は勉強も得意なのかも。 「あ、あの! 先輩!!」 「モチョッピィサイクロン!!」 「もう何なんだよ今日は一体!!」 厄日かはたまた呪いの類か。 俺が先輩に話しかけようとすると必ず毎回結果的には妨害される。 おまけに向こうは人望の塊。 ただでさえ気軽に入っていける空気じゃないし…… 「はあ……」 なんか納得いかないけど、俺が先輩とちゃんと話せる日はまだまだ先になりそうだった。 彼女が欲しい! もう一度言う。 彼女が欲しい!! 素敵な恋とか運命的だとかそんなものにこだわり続けて早数年。 俺の人生にそんなドラマティックな展開など一度も訪れなかった。 というかそんなものに期待した俺が馬鹿だった。 マジでそんな夢を俺に見せたエロゲとか月9のドラマとか死んで欲しい。 そう、俺はもっと現実を見るべきだった。 顔も頭も身長も並か、もしくはそれ以下。 性格も自分ではさっぱりわからないし、学生らしく金もない。 それでも俺は彼女が欲しい。 誰だってモテなきゃそう思うだろ!? 男ならそう思わない!? いや思ってください!! いや思うはず!! そう自分に言い聞かせ、ついに俺は決心した。 今年こそ、夏休みに入るまでに…… 『絶対に彼女を作ってみせる』 ……と。 「というわけで俺は彼女が欲しい。もう我慢出来ない。助けてジョニー」 「俺だって彼女欲しいわ。ってかジョニーって誰だよ」 「俺の右脳に住んでる住人」 「お前と話してると頭がイカれそうで怖いわ……」 春休み最後の日曜。 この日は春の陽気も相まって、駅前はカップルや子連れの一家で賑わっていた。 そんな駅前広場の中心で、いつものようにギャアギャア騒ぐ俺たち二人。 「いいか元気。彼女が欲しいじゃなくて俺たちは彼女を『作らなきゃ』いけない」 「つまり待ちの体勢、受け身じゃ駄目なんだ。OK?」 「じゃあ具体的にどうすんだよ」 「昨日から色々考えていたんだが……」 「もう俺たちに残された道はナンパしかない」 「はあ!? ナンパ!? 俺たちが!? このスペックで!?」 「アハハハハハハハハハハハッ!!」 「アハハハハハハハハハハハッ!!」 「俺帰るわ」 「自分で怖じ気づいてんじゃねーよ!」 ザ・キングオブチキン。 「俺さ、知らない人に声かけるの苦手なんだよ」 「嘘つくんじゃねーよ。むしろお前超得意じゃねーか」 「あの、顔にダンゴムシついてますよ?」 「は? んなわけねーだろ」 「すまん、これが俺の限界だ」 「そんだけ出来りゃ十分じゃねーかよ!! その勢いでナチュラルにナンパしてこいよお前!!」 こいつの名前は瀬野 元気(せの げんき) 馬鹿と勢いが取り柄の同級生。名前の通り元気だけはいい。 ちなみに俺からの借金3万6千円を常日頃から踏み倒そうとしているので手加減は不要。 「声をかけるまではいいんだけどさ、ナンパとなるとその先どう話を繋げていけばいいのかわからないんだよ」 「そんなに深く考えなくても、『ねえ暇ー?』とか、『一緒に食事しねぇ?』とか」 「結局はそういう直球勝負でいいんじゃねーの?」 「直球勝負ねぇ……」 「食事なら目的が定まってる分、相手もハッキリ返事しやすいだろ」 なるほど、断るのが苦手な女の子でも、もう食事は済ませちゃいましたと言えばOKだし。 何気に相手にも優しい誘い方ではあるな。 「すごいな元気。お前頭良いな。お前元気じゃないだろ。いや絶対元気じゃないだろ」 「普段はただの馬鹿みたいな言い方しないでくれませんかねェェ!?」 だってお前、俺より成績下じゃん。 「わかった。誘い方はそれでいこう」 「俺たちはナンパ初心者だから、最初はペアを狙って2対2の勝負といこうぜ」 「おう」 「それで、どっちが先に声をかける?」 「お前だろ。言い出しっぺが先に行動するのが常識だ。だから俺はお前の後に声をかける」 「この卑怯者! ド変態! すっとこどっこい! お茶目! クズ」 「お前最後のクズが言いたかっただけだろ!!」 「よしわかった」 とりあえず恨みっこ無しのじゃんけんで決めることにする。 「いいか? 一応確認だ」 「負けた方が二人組の女子に声をかけ、勝った方がアシスト役でそこへすぐに合流」 「後は二人で女の子たちの気を引き、成功すればそのまま食事へ」 「OK。把握した」 「どっちが負けても恨みっこなしだぞ?」 「当たり前だ。俺は良い子だぞ?」 「よしきた! 最初はグー!」 「じゃんけん――!」 「ぽんッ!」 「イエーイ!! 俺パー! お前グー! 俺の勝ちー!!」 「は? なんで? 俺の勝ちだし」 「なんでだよ」 「俺のグーはパーを貫通する」 「小学生かおめーは!」 ちなみに俺のチョキはグーを切断しパーはグーを量子分解する。 「ぐだぐだ言ってねーで早く声かけてこいよ! 実はお前やる気ないだろ!!」 「失敬な。やる気はあるぞ」 「じゃあ早く行って来いよ」 確かに元気の言うとおり、こうして遊んでいても仕方が無い。 覚悟くらいはちゃーんと出来ているので早速声かけてみる。 「あ、あの!!」 「しゅいましぇん!!」 噛んだ。 「はい?」 「うん? なにー?」 「今、ちょっとお暇だったりしませんか!?」 「あ、これ一応ナンパなんですけど、宜しかったらぜひ僕と食事にでもォォォォ!!」 「ふふっ、可愛いナンパさんねぇ」 「ごめんね、これから私たち遠出するの。他の人に声かけてもらえる?」 「頑張ってね」 「………」 ……。 「え、えへへ……応援されちった……」 「喜んでんじゃねーよ!! ナンパは失敗だろ!! 何ちょっと照れて良い顔してんだよ!!」 意外だった、ナンパなんて白い目で見られるのが常識だと思っていたのに。 世の中には優しいお姉さんもいたもんだ。 「あれだな、ナンパするにしても、もうちょっと勉強してからの方がいいな」 「何だよお前、怖じ気づいたのか?」 「まさか」 「今年も彼女なしの寂しい一年になるくらいなら、俺はここでナンパをして死んでやる!!」 「おいおい、死んだら意味ないだろ」 男は受け身、草食系と言われる昨今。 彼女を作らないわけではなく、俺たちみたいに欲しいけどなかなか出来ない連中はたくさんいる。 いつかは彼女が出来ると信じ、受け身でいれば草食系。 逆に頑張って彼女を作ろうと必死になれば、やれ『がっつき過ぎ』だの『気持ち悪い』だの言われる始末。 どのみち悪く言われるのなら、俺は断然後者を選ぶ。 「しかしお前も開き直ったな。春休み中に何かあったのか?」 「彼女欲しいのは俺も一緒だけど、こりゃあ少しは見習わないとまずいか……」 「元気。俺は気がついたんだ」 「彼女が欲しいと足掻くのは、決して恥ずかしいことじゃない」 「むしろ恥ずかしいのは、自分も彼女が欲しいくせにそれを必死で隠している連中だ」 「ほう」 「勇気がないのは仕方がないし、それは俺も同じだから責められない」 「ただ、だからと言っていつまでも受け身のままで良いのか? 本当にただ何もしないままで良いと思ってるのか!?」 「違う!!」 「そうだ!! 彼女が欲しいなら声に出したって良いんだ!! 開き直れ!!」 「サー! イエス! サー!」 「俺たちはシマウマか!? パンダか!? 違うだろ笹食ってる場合じゃねーんだよ!!」 そうだ!! もっと男はアグレッシブに生きるべきだ!! 草食系のままじゃいつまで経っても彼女は出来ない!! 「おっしゃぁぁ!! なんだか俺も燃えてきたぜェェェェ!!」 「よしその意気だ! 俺の代わりにナンパして来い!!」 「お前結局怖じ気づいてるだけじゃねーか!!」 人間、余程のきっかけが無いと本質は変わらない。 とにかくここは一度でも良いから頑張ろう。 「こんにちは、ちょっといいですか?」 「駄目。私今からバイト」 「実はあそこにいるペド&ポルノが、是非あなたと一緒にお食事がしたいと」 「おい勝手に人のことだしに使ってんじゃねェェェェ!!」 許せ元気。人生初のナンパに俺の心拍数はMAXだ! 「ねえ何これ。ナンパ?」 「へえ、あんたが私にナンパだなんて、一体どういう風の吹き回し?」 「え……?」 「いや、え? じゃなくてちゃんと人の目見て話しなさいよ」 「望月!?」 「おい!! お前知ってるやつに声かけてどうすんだよ!!」 望月 理奈(もちづき りな) 何の因果かここ数年同じ学校、同じクラス、果ては席まで隣同士と無駄にミラクルを連発している腐れ縁。 趣味はゲームにファッションにネットと、わりと現代っ子を地でいくやつだ。 「すまん忘れてくれ。これは神のいたずらだ」 「なんだったら元気と一緒にマジで食事に行くがいい。俺は止めん」 「いや、だからこれからバイトだって言ってるでしょ。あと私があいつと食事に行くなんてあり得ないし」 「は? それはこっちの台詞だ。ナンパしてお前に奢らされるなんて一体どんな罰ゲームだよ!」 普段から望月のことが一々鼻につくらしい元気。 理由は横暴な自分の姉に性格が似ているとかで、暇さえあれば嫌みを言って望月にスルーされている。 「はいはい、それにしても一体どうしたのよ」 「日曜の昼間からあんたたちが駅前でナンパだなんて。なに? 新手のギャグか何か?」 「いや」 「ガチだ」 「………」 「………」 「あっははははははッ!!」 「えー!? 何それーーッ!? 一体どういうことー!?」 「しかも二人揃って真面目な顔して……」 「いや、ガチだ」 「とか、ホント勘弁して!!」 なんだYO!! 笑うなYO!! 「ここは笑う所じゃねぇ!! こっちは切実なんだよ!!」 「だ、だって……!」 「いや、もう笑ってくれて結構だ。この歳になって、まだ女子とまともにデートすらしたことがないなんて……」 「うっ……ううっ……!」 「俺なんて、マジで生きてる価値なんか……!」 「ちょ、ちょっとこんなところでいきなり泣かないでよ……笑って悪かったわよ……」 モテない男の心は繊細だ。 マジで些細な一言でも致命傷になりかねない。 「まあ聞いてくれ、明日から俺たちも2年になるわけだろ?」 「にもかかわらず未だに甘酸っぱい青春や運命的な出会いもない」 「さすがに俺たち、このままじゃヤバいって話になってよ……」 「はあ……贅沢は言わないから、せめて女友達の一人や二人いてくれたら……」 「おいコラ。私はその女友達に含まれないのか」 いや、まあそこはお互い様だろ。 「来年の今頃は進路だ就職だって、俺たちも含めてきっと恋愛どころじゃなくなるだろ?」 「うん、まあそうね」 「かと言ってこのままずっと何も行動を起こさないでいたら……」 「それはそれでモテない組には鬼門と呼ばれる夏休みが到来し、強制的に俺たちの青春は絶たれてしまう……」 「あー、確かに。男子にとっては夏休みってかなり重要よね〜」 「気になる女の子が、夏休み中に自分の知らないところで彼氏作ってて……」 「2学期の頭には死ぬほど後悔する男連中がチラホラと……」 「だああああああああ!! やめろ!! 去年の夏を思い出すからマジでやめろォォォォ!!」 そう、俺たちモテない組の男からすれば、夏休みはまさに鬼門。 入学、入社、引っ越しや進級と、この浮き足立つ春に本気で彼女を作っておかないと洒落にならなくなる。 「気になる女子が、夏休み明けには他人の女になってるなんてマジで珍しくないしな」 「清純そうだった子が……! 2学期には男の影響で髪を染めてきたりして……!」 「やめろっ!! お前らマジで俺の古傷を剔るのはやめてくれェェ!!」 時の流れは残酷だ。 嫌でも俺たちモテない組に、これでもかと厳しい現実を突きつけてくる。 「ま、話はなんとなくわかったわ。せいぜい二人とも前向きに頑張んなさい?」 「あんたたちにナンパは似合わないと思うけど、私は積極的に頑張ってみるのは良いことだと思う」 「ケッ、上から目線で説教かよ」 「あのね、私なりに応援したつもりなんですけど」 確かにナンパは極端な話かもしれないが、望月の言うとおり常に前向きではいたいと思う。 「それじゃ、私もうバイト行くから。まあせいぜい頑張りなさい」 「おう。そっちも頑張れよ」 「ヘッ」 その後、時間と共にさらに人の数が増える駅前広場。 俺も元気も女子に声をかける練習として頑張ってはみたものの…… 結果は今ひとつでナンパにも技術が必要だと身にしみた。 都内沿岸部に位置する、俺の生まれ育った町。 ここ、晴実ベイサイドシティ。 元は南金江町という名前だったが、数年前の都市開発計画を経てこの街の姿は一変した。 狭い路地や下町ならではの風情は完全に姿を消し、広範囲にわたる埋め立て地の登場に各種レジャー施設の新設。 街の東側には川沿いにタワーマンションが建ち並ぶなど、今では国の目指す一大事業都市のモデルタウンとして全国から注目を集めている。 中でもこの街の人気スポットは二つ。 一つはフランス、パリのシャンゼリゼ通りをモデルにして造られたこのマルクレール大通り。 映画館や軽いスポーツが楽しめる娯楽施設を始め、デートにも最適なオープンカフェ、夜景が楽しめる高級レストランなどが大人に人気だ。 埋め立て地の上に突如として現れたこの辺り一帯は、どうしても作り物感が拭えず、地元住民からは少々浮いて見えるとよく言われている。 そしてもう一つの目玉スポットはここ、アデール橋。 今でこそ夜景が綺麗ということで、若いカップルたちに人気のスポットではあるものの…… 「ファックしようぜ」 「うんする♪」 ご覧の通り、不純なカップルも出没するのが問題だ。 この街の民度はビジュアルに反して超低い。 (死ねェェ!! このリア充共がァァァァ!!) 俺が子供の頃は、ここには錆だらけの金江橋なんていうしょぼい橋がかかっていた。 アデールだかなんだか知らないが、そもそもこんな中途半端な街に、フランスの一画を持ち込もうとするところが如何にも日本らしい。 ただ…… (カップル……) (ねぇ……) ここは学生の間でも、最近告白スポットとして定着しつつある。 さっきの元気や望月には恥ずかしくて言えないが…… (俺もこんなところで一度告白してみたいぜ……) そこについては少なからず俺なりにロマンを感じていた。 「よし、ここらへんで食うか」 時刻は3時過ぎ。元気たちと別れて公園へとやってくる。 午前中からずっと立ち続けていたので、腹も減ったしちょっと休憩。 「やばい、このメロンパンやっぱ美味い」 別れ際に、元気から数冊の本を押しつけられた。 なんでも、俺たちみたいなモテない人種は、まず恋愛指南本から情報を得て勉強するのが良いらしい。 「恋愛指南本ねえ……」 あまり興味は無いが、とりあえず暇つぶしに一冊袋から取り出してみる。 『はじめてのピストン運動(18禁)』 「………」 (元気……お前気が早過ぎだろ……) こういう本はマジで彼女出来てから買えって。 「話にならんな」 それじゃあ次の本は…… 『チョロい女の落とし方・基礎編』 「………」 「こっちもすごいタイトルだな……」 というかあいつのチョイスは基本的におかしい。 大体、チョロい女って何だよ。そんな女子この世に本当に生息しているのか? 「いたとしても、イケメンじゃない俺には無縁の話だよな……」 ……。 (………) 「駄目だ駄目だァァ!! なに早速後ろ向きになってんだこのヘタレ草食野郎がァァァァ!!」 自分を戒めるため、そこらの芝生に頭突きをする。 ヤバい、10cm隣に犬のウンコがあった。死ぬところだった。 「ワンッ! ワンワンッ!」 「きゃっ! ちょ、ちょっとシャルロット! あんまり水かけないでってば!」 (ん……?) 「――!?」 俺の美少女センサーが反応する。 「もう、シャルロットってば本当にしょうがないんだから……」 「少しだけだからね?」 「ワンワンッ!」 噴水前で飼い犬と戯れている可愛い女の子。 歳は俺と同じくらいか、本当に愛犬が好きなようで叱るときもその愛情が顔からにじみ出ていた。 「………」 俺がイケメンなら、あんな子でも向こうから話しかけてくれるんだろうか。 (料理が得意で、もちろん裁縫スキルも完璧で……) 勝手に脳内で理想の彼女を作り上げる。 髪はあの子みたいにショートツインで問題ない、本人に似合ってさえいればそれでいい。 後は清楚可憐で出しゃばらず、でも大人し過ぎないバランスが至高……!! 肌は白くてきめ細かく、もちろんスタイルも抜群で……! 「うん、あとは羞恥心も大事だな。照れてくれないと萌え萌え出来ないし」 「あ、あの……」 「あとは一緒にゲームしてくれたり、こっちの趣味に理解があれば完璧!」 「そうなると俺も相手の趣味は許容しないと……」 「あ、あの!」 「え? はいはい何ですか?」 「………」 「………」 え? 「あ、あの……えっと……」 まさかのミラクル! な、なぜだ……!? なぜ俺の方が話しかけられている……!? 「あの、すみません。なんか俺キミに変なことした?」 「え? へ、変なこと……?」 「ええ。俺ナチュラルに変態とか死ねとか消えろとか常日頃から言われてるもんで」 「また自分の与り知らぬところで、他人に不快な想いをさせてしまったんじゃないかと」 「あ、あはは……全然そんなことないですよ」 「ホントに!?」 「目線がキモいとか、話し方がウザいとか、もう死ねとか色々ない!? ねえ! ホントにない!?」 「え、えっと、そんなこと急に言われても……」 おかしい。 俺がこんなに可愛いコから話しかけられる理由なんて他に絶対無いはず。 「ワンワンワンッ!!」 「ムシャムシャ……!!」 「ああああああ!! こ、こら!! さっきからやめなさいって言ってるでしょ!!」 え? 「ぎゃあああああ!! 俺のメロンパンがああああ!!」 「ごめんなさい!! ごめんなさい!! 本当にごめんなさい!!」 いつの間にか、無残にも犬に食い尽くされていた俺のメロンパン。 ありがとう、キミの犠牲は忘れない。 「そのポメラニアン可愛いね、名前なんていうの?」 「シャルロットです」 「ポメ太郎?」 「シャルロットです」 メロンパンの謝罪から一変、自然な流れで会話が出来ている俺。 どうしよう。ぶっちゃけかなり緊張してるんだけど。 「………」 「………」 「え、えっと……」 一旦会話が途切れると落ち着かない。 二人で芝生の上に座るのはいいが、どうも無言の空間には耐性が……! 「ごめん。ちょっと立ってもらえる?」 「え?」 「いいからいいから」 そう言って彼女の座っていた場所にメロンパンを入れていた紙袋を敷く。 「ごめん、俺ハンカチ持ってないから今はこれで我慢してね」 「え……?」 「そのまま座るとスカート汚れるよ?」 「あ、ありがとう……」 「ご、ございます……」 そう言っておずおずとその場に腰を下ろす彼女。 やばい、無意識にその綺麗な太ももに視線が……! 「………」 「シャルロット、あんまりそっち行かない」 しかしよく見るとこの子スタイルが良い。 胸は端から見ても大きいし、腰回りがキュッと締まっている点も好印象。 足なんて今まさに直視できないほど刺激が強くて…… 「は、鼻血出そう」 「え!? そ、そうなの!? 大丈夫!?」 「ええ、気合いでなんとかするんで大丈夫です」 あまりジロジロ見ると嫌われる。 俺が逆の立場だったらやっぱり嫌だし。 「でも食べたのがメロンパンで良かったね」 「総菜系のパンだと、塩分多かったりタマネギ入ってたりするし」 「は、はい……」 「この子、何でも口に入れるから、先月もそれで下痢しちゃって……」 彼女の愛犬、ポメ太郎の頭を撫でさせてもらう。 人間は平気でも、犬にとってタマネギは有毒。 犬は何でも口に入れようとするので、そこは人間がちゃんと見ていないと駄目だ。 「ワングルブッシュン!!」 「おおどうした、豪快なクシャミだな」 「ワンワンッ!!」 ポメ太郎が甘えてくる。犬は可愛い。 「ふふっ」 「犬、好きなんですか?」 「ああ、うん。親が犬駄目で家じゃ飼えないんだけど」 「その代わり近所のおばさんが犬飼ってて、ときどきその犬を散歩に連れて行ったりしてるんだ」 「ちなみにチワワね。オスなんだけど」 「チワワって可愛いけど、ちゃんとしつけないと吠えるし大変ですよね」 特に意識せず普通に会話が出来ている。 (この自然さは一体何だ……) 緊張はしているものの、一緒にいて嫌な感じのしないこの雰囲気。 彼女の一挙一動が気になって仕方が無いこの感じ…… 「そうか……」 これが運命か。 「ワンワンッ!!」 「よしよし、お前は良い子だな」 「ワンッ!」 ポメ太郎も祝福してくれている。 「………」 「珍しい。その子あんまり他人には懐かないのに」 「え? そうなの?」 「はい」 あの、全然そんな感じしないんですけど。 むしろ自ら腹を見せて服従のポーズまでしてるし。 「でも、それは私も同じかな……」 「こうして家族以外の男の人とちゃんと話したの、ホントに久しぶりだし……」 「へえ、そうなんだ。女子校出身?」 「え……?」 「あ、あはは……そういうわけじゃないんですけど……」 そう言って少し恥ずかしそうな顔をして言う彼女。 俺の質問が悪かったのか、少しだけその表情が硬くなってしまう。 「わ、私……すぐ偏見で人にものを言う性格で……」 「普段から口も悪いし、あんまり……人と上手く話せなくて……」 「と、特に……男子には……」 そう言って少し寂しそうな顔をする彼女。 なるほど、さっきから俺に負けないくらいソワソワしていたのはそのせいか。 「それで昨日、弟にそれを注意されて喧嘩になったんですけど……」 「直さなくちゃいけないな……って思う反面。別に今のままでもいいじゃない……!」 「……なんて、思っちゃったりもして」 「そうなんだ、でもこうして話してると全然そんな感じしないけど?」 「………」 「それはたぶん、あまりお互いのことを知らないからだと思います」 「ああ、うん。まあそうかもね」 俺も不思議と落ち着いてくる。 彼女の言うとおり、相手と深い関わりがないからこそ、何でも話せる空間ってやっぱりあると思うし。 「………」 「………」 そして再び訪れる沈黙。 でも、今の感じはそんなに悪くない。 お互い無理に話す必要もないと、彼女もそれを理解しているからこそ黙っているんだと思う。 「………」 (でも、この子やっぱり可愛いよな……?) 見た目はすごく活発そうな彼女。 犬と無邪気に遊んでいるときの笑顔は抜群に可愛かったし、髪も遊ばせているのか少しクセのある感じがこれまた良い感じ。 さらに言うと女子特有の良い香りってやつが、さっきから俺の鼻先をくすぐってきてしょうがない。 「私、今夜喧嘩した弟に謝ろうと思います」 「男子の中にも、こうしてちゃんと私の話を聞いてくれる人がいるって、今わかったから」 「はは、なんか大げさじゃない? 実際俺何もしてないし」 「ううん。少し話したら気分が軽くなったから……」 「あの、これ……シャルロットが食べちゃったメロンパン代です」 そう言って、律儀に自分の財布から小銭を取り出す彼女。 「いいっていいって、パンの一個や二個くらい」 「それにこんな可愛い子と話せたんだ。むしろお礼を言いたいのはこっちの方」 「へ? か、可愛い……?」 「うん、だから俺、めちゃくちゃ緊張しちゃって」 「あ、ありがとう……ございます……」 そう言って再び照れたように赤くなる彼女。 あ、やばい。 俺いきなり可愛いとか言っちゃってキモくない……!? (そうだよキメェ!! 俺キメェェェェ!!) これで自分がイケメンだったら話は別だが、現実は限りなく俺に厳しいのでそうはいかない。 「それじゃあ俺、そろそろ家に帰るね」 「夕方から母ちゃんの買い物に付き合う約束してるんだ」 ケツについた芝生を払って俺も立つ。 「あ、そうなんですか……」 「う、うん……」 「………」 おいおい、これは名前くらい聞いておくべきだろ。 いや、この空気だったらアドレスすら教えてもらえそうな気配が……! 「あ、あの……」 「わ、私……ゆずゆって言います」 よっしゃ!! キタ!! 「苗字は――」 「ワンワンッ!! ワンワンッ!!」 「え? ちょ、ちょっと急にどうしたのよシャルロット」 「――って、きゃあ!!」 「うおっ!!」 リードに足を取られる。 (痛つつっ……!) 「……ふごっ!?」 あれ? 息が出来ん。 (ふ、フゴッ!!) モガモゴッ……!! 「あっ……!」 ピクンと目の前の物体が震え、それと同時に俺の視界も正常に状況を把握する。 綺麗で白い柔らかな太もも。 鼻先で触れている、その妙に柔らかくて温かい薄い布地は…… ……って!? 「い、い……!!」 「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」 ああああッ!! なんてベタな!! でも超ラッキー!! 「い、嫌ぁぁ!! 嫌ぁぁぁぁ!!」 「ちょ、ちょっと待った!! これは不可抗力!! マジで不可抗力!!」 「待てるわけないでしょ!! いいからさっさとそこどいて!!」 「は、はいーーッ!!」 全力で体を起こして離れる。 「ぐぬぬぅぅ……!!」 「待った! いや待って下さい! 今のは事故!! マジで顔面パンツも事故だから!!」 「殺す」 あれ!? キャラ違くない!? 「だから待てって!! 今のはそっちの犬が悪いんだろ!!」 「大体俺! リードが絡まってこけただけだし!!」 「………ッ!」 「………!」 「………」 「俺、何か間違ったこと言ってる?」 「ううん。ごめん……」 「あ、ああ……わかってくれればいいんだ」 び、ビックリした。 キレるのは分かるけど、いきなり殺すとかキャラが変わったとしか…… 「こ、こら! シャルロット!! あんた何勝手に人様の持ち物漁ってんの!!」 「ワン!!」 「もう、あんた何咥えて……」 『はじめてのピストン運動(18禁)』 (ぎゃああああああああああ!!) おいクソ犬!! なんてモン咥えてんだ!! 「な、何コレ……」 「ワンワン!」 「え……? まだあるの?」 『チョロい女の落とし方・基礎編』 「………」 「最低」 軽蔑の眼差し! 「やっぱり……!! 男なんてみんな最低なんだ!!」 「珍しくシャルロットが懐くから、もしかしたら……って思ったのに……」 「ま、待て!」 「その本は俺が買ったわけじゃなく、正確には俺より馬鹿でアホな元気のヤツが――!!」 「結局男なんて、みんな下半身でしかもの考えないクズばっかじゃない!!」 「全部が全部エロエロエロエロエロばっか!!」 「こっちは好きで胸大きくなったわけじゃないのに!! ジロジロ下心で他人の体見てんじゃねーよこの糞がァァァァ!!」 ザ・超絶ヒステリー。 「おいおいちょっと待てって!!」 いくらキレてるからってさっきとキャラ違い過ぎんだろ!! 「男がエロいのは否定しないが、いきなりキレてクズ呼ばわりはないだろ!!」 「うっさい!! こんな本読んでおいて今更何言っても遅いんだよ!!」 「チョロい女の見分け方その1!!」 「チョロい女はすぐキレる!!」 「その2!! チョロい女は確実にポメラニアンを飼っている!!」 「その3!! 胸がデカい!! 超デカい!! おまけにブラとショーツはシルクのピンクで統一って――!!」 「なんでこんなことまで書いてあんのよこの本はァァァァ!!」 知るか!! 書いたやつに聞いてくれ!! 「せっかく家族に言われて……口調にも気をつけて話してみようって決心したのに……」 「全部お前のせいで台無しなんだよこの変態が!! 一遍死んでそのふざけた脳みそなんとかしてきやがれ!!」 「はあ!? こっちが黙ってりゃ好き放題言いやがって!!」 「そっちこそ純情そうなキャラ演じて俺をハメたくせに!! 一瞬でも可愛いと思った俺に謝れ!! 土下座して謝れェェェェ!!」 「はあ……決定。やっぱり男は全員クズ」 「女も女で、そんな男に馴れあうような連中も全部クズ」 「お、おい……」 明らかに拒絶の態度を示す彼女。 本を放り投げ、愛犬のリードを持ってその場から離れる。 「お前、名前は?」 「ポメ太郎」 「嘘ついてんじゃねぇ!! 名前教えろって言ってんだよんださっさと教えろ!!」 「………」 「青葉 恭介(あおば きょうすけ)」 「主人公(姓) 主人公(名)」 「フン……! やっぱりエロい名前だな」 どんな名前だよ。 「いいか? 金輪際、町で私を見つけても絶対話しかけて来るなよ」 「というかそもそも近づいてくるな。同じ場所の空気吸ってるだけでゲロ吐きそうになる」 「どんな奇病だ」 「フン!」 「シャルロット、帰るよ」 「ワングルブッシューーーーン!!」 そう言って公園の出口まで、一度も振り返らずに歩いて行く彼女。 最後はあまりの豹変ぶりに、あっけにとられてイライラはしなかったものの…… 「ありゃあ筋金入りの人嫌いだな……」 初対面の俺でさえ、あいつが普段どんな風に他人と接しているのか、安易に想像出来るほどだった。 今日から登校日。 新学期の始まりだ。 俺は当然早起きをし…… 「よし、次はスパイシーシェイクでキメるか」 既に四時間ほどイケメンヘアーを目指し、ワックス片手に格闘している。 「ムービングラバー配合!! 乱れ技でワイルドにヘアアレンジ!!」 適量のワックスを手のひらで伸ばし、文字通りワイルドに髪を立ち上げる。 「フフフ……」 ……。 マジキチ中学生みたいになった。 「センスが……俺にはセンスが足りない!!」 涙と一緒にワックスを洗い流す。 「ヘアリセット完了!」 屈辱の18戦目。 「次は髪にツヤとうるおいを与える……」 「濡れ髪アレンジ、ウェット&クール……」 オサレに頭頂部の髪をくしゅっとやる。 「フフフ……」 疲れたオッサンみたいになる。 「もうヤダ、死にたい」 「あんた、まだそれやってたの?」 「CMに出てる連中みたいにカッコ良くならないんだよ。コレ絶対詐欺だって!」 マジであいつらどうやってセットしてんだ。ワックスと一緒にマニュアルも売って欲しい。 「いいからさっさとパンツ穿いて朝ご飯食べなさい?」 「了解しました」 チンコがスースーする。 制服に着替えて朝食に手をつける。 今朝のメニューはごはんに豆腐の味噌汁。 メインディッシュは肉よりヘルシーなアジの開き。 「どう? 美味しい?」 「うん、超美味い。特にこのアジの開きが」 「そう、よかったわ」 「それ賞味期限過ぎてて変な臭いしてたんだよね……」 「息子に毒味させるな」 以前はヨーグルト、その前はスーパーで買ってきた揚げ豆腐の総菜。 うちは賞味期限にはルーズなので、油断をしているとすぐに死が待っているから要注意だ。 「テレビ付けていい?」 「どうぞ」 テレビをつける。 「今日のわんこ」 「ああっ! はっ! んああっ!! すごいっ、ああっ!!」 「そういえばあんた、今日から学校だけどちゃんとクラス表は見たの?」 「いや、まだだけど」 「学校からメールで届いてたわよ」 「それより喜びなさい? あんた、久しぶりに陽茉莉ちゃんと同じクラスなったんだから」 え? 「マジで……?」 「マジマジ。大マジ」 「何年ぶりかしらね、二人とも昔は可愛いミジンコみたいにくっついて遊んでたのに」 表現がおかしい。 「ま、主にくっついてたのはあんたの方だけど」 「逆だ逆。どっちかっていうと向こうが毎日俺にくっついてきてたの」 「ふーん、まあそういうことにしといてあげる」 俺には同い年の幼馴染が一人いる。 名前は皆原 陽茉莉(みなはら ひまり) 幼少期には家が隣だったこともあり、朝から晩まで家族ぐるみの付き合いをしていた。 登下校も一緒、休日は二人で公園へ。 そんな典型的な、周りから冷やかしを受けるくらい仲が良かった俺たち。 「それにしても、時が経つのは早いわねぇ……」 「あんた、このマンションに引っ越してからは陽茉莉ちゃんと全然会ってないんでしょ?」 「うん」 「まあ、今の城彩に入学するまでは区画のせいで学校も違ったし」 「去年だってたまたま同じ学園に入学したとはいえ、ぶっちゃけクラスも違うし接点無かったからさ」 引っ越し、思春期による男女の壁、タイミング。 様々な理由があって、端から見れば他人同然の俺たち。 親同士は仲がいいので未だに交流があるが、当事者である俺と陽茉莉にはあまり関係のない話だった。 家を出て、通学路を歩く。 「おはよ〜! ねえねえ昨日の日曜昼ドラ劇場見たー?」 「うん見た見た。ウンコ喋るやつでしょ? 超面白かった」 「絶対見てないでしょ!! ってゆーか今適当に話合わせてるでしょ!!」 登校時間とあって、人通りもそれなりのこの桜通り。 今日は入学式もあるので、チラホラと新入生の姿も見える。 「新入生か、年下の彼女もアリだな」 特に守ってあげたくなる系の後輩だったら最高だ。 でも俺部活とかやってないし、余程の機会でもない限り接点はないかも。 「いや、ないかもじゃねえ! 機会は作るんだよ!!」 「何初っぱなから後ろ向きになってんだ俺ェェ!!」 膝をつき、地面に頭をぶつけまくって己を律する。 「臆病者!! ヘタレ!! 草食!! このさわやか系!!」 昨日誓っただろうが! 俺は待たない。常に前に進むステキ系肉食男子になると! 「自分を変えるって、やっぱりなかなか上手くいかないよな……」 経験者だから語れるこの苦悩。 人間はやっぱり自然体が一番良いと思う。 「はあ……」 「おはようさーん」 「って、あんたこんなところに這いつくばって何してんの?」 ん……? 「脱皮」 「へえ、あんた先週も脱皮してなかったっけ?」 チャリ通が禁止にも関わらず、平気な顔して通学路を走ってくる望月。 こいつの声はよく通るので、遠くから呼ばれてもすぐに分かることが多い。 「で、取り込み中のところ悪いんだけどさ」 「先週あんたから借りたゲーム、中身違うの入ってたんだけど」 「え? 何入ってた?」 「淫乱バスツアー。24時間乱れ痴女とパコパコスペシャル」 「ビックリしちゃった。あんた普段あんなの見てるんだ」 「平然とAVのタイトルを口にするな」 「中身間違えたそっちが悪いんじゃない」 (………) (しかし、それにしても……) これ見よがしにその生足をスカートから覗かせている望月。 こ、こいつ、朝から誘ってやがるのか……? お、思いっきりパンツが……! マジで無防備にもほどがあるだろ……!! 「おい望月」 「何?」 「お前、パンツ見えてるぞ?」 「無地の薄いピンクか。この季節の桜に合わせるなんてなかなか良い趣味してるな」 「へ……?」 「はは、一丁前に赤くはなるんだな」 「ちょ、ちょっと……!!」 チャリごと全力で後ろに後ずさる望月。もちろんスカートは手で押さえる。 「あ、あんたね……! 事故とはいえそれなりに慌てるなり照れるなりリアクションしなさいよ!!」 「ハハッ! おいおい冗談はよせよ」 「なぜに俺様が貴様のパンツ見て興奮せねばならない。そんな陳腐な展開、未来永劫あり得んぞ」 「とか何とか言って股間大きくしてんじゃないわよ」 「ぎゃああああ!!」 体は正直! 「ふふっ、忘れなさい? 今すぐその貧相な脳みそから私のパンツの記憶、消し去りなさい?」 「無茶言うな」 「はあ……、マジで一生の不覚だわ。よりにもよってあんたに見られるなんて……」 「じゃあ俺のも見せるからお相子ってことで」 「いや見せなくていいから」 「今日はクマ柄だよ? プーだよ?」 「だから私はあんたのパンツに興味もなけりゃ見る気もないって言ってんの!」 しかしやはり意外だ。 普段は平気で下ネタも使いこなすくせに、こういうところはしっかり女子な望月。 「安心しろ。誰がお前のパンツなんか見て興奮するかっての」 「俺はもっと清純可憐な乙女のパンツじゃなきゃ興奮しないチェリーなんでね」 「………」 「悪かったわね……どうせ私は乙女じゃないですよーだ……」 ん……? 「あ、あんたに言われなくたって……」 「ちゃんと自覚してるんだから放っておいてよね……」 そう言って急に涙目になる望月。 え? ちょ、何コレ。何なのこの空気。 「………」 「……もう行く」 「おいおいおいおいちょっと待て――!!」 「別に俺、本心から言ってるわけじゃないからな? お前だってわかってるだろ!?」 「わかんない……」 「お前はほら、えーっとアレだ……!」 「足も細いし別に太ってるわけでもなんでもないし……! 腰回りとかすげぇ細いし!!」 「あと運動神経もすごいじゃん! お前バスケ超得意だろ!? 下手な男子より超活躍してんじゃん!」 「運動馬鹿って言いたいわけ……?」 「ちげぇ! 誰もそんなこと言ってないだろ!」 何を言ってもマイナスにとらえる目の前の望月。 畜生、たまにこういう態度を取られるからこっちは困る。 「えー、あー、それに可愛い可愛くないで言ったら……お前はどちらかといえばその……」 「その……?」 「え、えーっと……」 「――プッ!」 「あはははははは!!」 「はいはい、わかったから無理しない無理しない」 「え?」 「あんたってあれよね〜、絶対好きな子にはいじわる言っちゃうタイプよね〜」 「今みたいにちゃーんと素直になれば、少しは女子も寄ってくるってのに、ホント馬鹿なんだから」 「ちなみに私、ちゃんと自分の可愛さは自覚してるタイプだから、そこをお忘れなく」 そう言ってふふっと笑ってみせる望月。 「テメェ騙したなああああ!! 男の純情を踏みにじったなああああああ!!」 「始めにムカつくこと言ってきたのはそっちでしょー? 私のパンツタダで拝めたんだからむしろ感謝しなさいよねー」 「それじゃお先に。あんたも走らないとそろそろ遅刻するわよ」 「ま、待て!! 俺も乗せていけ!!」 「無理に決まってるでしょー! 可憐な乙女を侮辱した罰なんだからー!」 「――って! きゃああああ!?」 「お、おい……!」 よそ見をしていたせいで盛大に木にぶつかる望月。 「い、痛たた……」 「おいおい大丈夫か? 怪我は?」 「う、うん……大丈夫。ごめん……」 「まったく、よそ見してるからこうなるんだっての」 そう言って、望月の手を引き助け起こす。 「あちゃー、もう最悪……」 「これだけでチェーン外れるとか、もう二度とあの自転車屋で買い物しない」 「外れたっていうか絡まってないかそれ。押しても進まない?」 「うん」 「はは、こりゃ遅刻確定だな。俺をからかった天罰だと思え」 「はあ……もうホント最悪」 そう言って袖をまくり、倒れた自分の自転車と格闘しようとする望月。 「ちょい待ち」 「え?」 「ほら、ちょっと貸せよ」 自分も制服の袖をまくり、そのまましゃがみこんでチェーンをいじる。 「お前、こういうの苦手だろ。それに朝からチェーンなんか弄ったら手が汚れるだろうが」 「あ、あんたが弄ったって一緒じゃない」 「俺はいいんだよ。男だから」 「………」 女子にとって、手は髪と同じくらい大切だ。 男と違って爪もファッションの一部だし、これくらいなら俺がやった方が絶対早い。 「――っておい何だコレェェ!! めっちゃ力入れてもビクともしないんですけどォォ!?」 「ふふっ」 「なんだよ! ここ全然笑うところじゃないからな!!」 「ううん。あんたって、いつも変なところで女扱いしてくるよね。普段は失礼なことばっか言ってくるくせに」 「き、ききき……気のせいです……!!」 「はいはい、ありがとね」 そのまましばらく望月のチャリを弄り倒す俺。 なるべくなら俺も初日から遅刻はしたくなかったし、今はとにかく目の前の事態に全力を注いだ。 「ここだな。2年A組」 「またあんたと同じクラスになるとはねえ……」 席が出席番号順なら、きっと席も近くなる。 まあお互いなれたもんだけど。 「お前、絶対俺のことストーキングしてるだろ」 「は? 自惚れないでくれる? ってかこの場合あんたの方がストーキングしてるんでしょ」 「ああもうそれでいいわ」 教室に入り適当なアニソンを流す。 男子16人中10名が反応する。 なるほど、今年のオタク率は高そうだ。 「良かったわね」 「死活問題だからな」 オタクが糾弾されるクラスほど息苦しいものはない。 かといってオタクしかいないのも問題だが。 「理奈ちゃーん!! やったね私たち今年も同じクラスー!!」 「これって超奇跡じゃない? だって学年毎に8クラスもあるのに!」 「まあ神様からのご褒美ってやつじゃない? 私たちほら、普段から良い子だし」 「俺も良い子だよ?」 「そうだった……キミも一緒だったんだよね……」 「これで奇跡も帳消しね……」 何この扱い。俺泣きそう。 「キミ達、俺のメンタルは杏仁豆腐級なので以後の発言には注意するように」 「あはは、まあこいつとも仲良くしてあげて? 悪いやつじゃないんだし」 「まあそれはわかってるんだけどねぇ……」 「理奈ちゃん、早く責任持って彼と付き合ってあげなよ」 「ごめん無理」 即答。 「こっちも願い下げだ。土下座されてもお前とそんな空気にはなれん」 「それで結構」 女子は女子で盛り上がっているので席に着く。 男の方は互いに牽制し合っているのか、みんなして黙って席に座っていた。 「はあ……」 (さてさて……) 少し寂しくなったので俺も前の男子に声をかけてみる。 新しいクラスといったら、まずは新しい友達だ。 「ねえねえ、俺去年もA組だったんだけどキミは?」 「モチョッピィ!!」 前の人はレベルが高すぎるので他へいく。 「ねね、俺元A組なんだけどそっちは?」 「モチョッピィ!?」 ちげぇ! お前じゃねえ! 「なあ、おたく外国人? 日本語喋れないの?」 「………」 「モ……モチョ……」 「モチョッピィィ……」 ま、待て! 悪かった! 俺が悪かった! 「なにか困ったら俺の所に来い。いじめられそうになったらちゃんと言ってくるんだぞ?」 「モチョッピィ!」 まあ悪いやつではなさそうなので安心する。 「さて……」 男とは追々仲良くやっていくとして、やはり気になるのは女子陣だ。 望月はどうでもいいから外すとして、特に気になるのが…… 「ねえねえ陽茉莉ちゃん、今年も部活には入らないの?」 そう、我が幼馴染の存在。 「見て見て〜、昨日お母さんとゲーセン行って一緒に取ったんだ〜」 「ちなみにコレ、一応ケータイのストラップなんだよ?」 「でけぇ! 超でけぇ!」 「ねえ陽茉莉ちゃん。無視しないで」 皆原 陽茉莉(みなはら ひまり) 去年はB組で基本的には大人しいインドア派。 俺の記憶が正しければ、趣味は映画にハムスターに謎ダンス。 「え? あ、ごめん! 聞こえてなかった、無視なんてしてないよ?」 「だ〜か〜ら〜、ぶ〜か〜つ〜!」 「ああ部活ね、うーん、部活は面倒だから今年も入らなくていいや」 「でたなこの引きこもり!」 「引きこもりー! 私と一緒にバレーやろうよ〜!」 ちなみに運動神経は無いに等しい。 去年の体育祭は一人で大玉に轢き殺され、女子騎馬戦では真っ先に狩られていた。 おそらく陽茉莉が運動部に入る可能性はこの先もずっとゼロだろう。 「可愛いよなあ……」 「ああ」 「何食ったらあんな風に可愛く笑えるようになるんだろうなあ……」 「え? あのハムスター無表情じゃん」 「そっちじゃねえよ! 持ち主の方に決まってんだろうが!!」 元気弄りは非常に楽しい。 ちなみに今年も俺たちは同じクラス。元気とは去年からの付き合いだ。 「しかし幸運だったな。彼女欲しい俺たちにとって、こりゃ幸先が良い」 「やっぱり彼女はあれくらい可愛くないとテンション上がらないよなあ……」 (………) 「確かに、可愛いのは認める」 今朝母ちゃんも言っていたが、去年久しぶりに陽茉莉を見たときは俺もビックリした。 やっぱり女子は男子よりも成長が早いのか、たった数年見ない間に、見違えるほど綺麗になることがある。 「それより元気。お前、皆原狙いなの?」 「はあ? 何言ってんだお前」 「あんだけ可愛いけりゃさすがに彼氏くらいいるだろ。あんまり悲しいこと言わせんなって」 「ま、普通に考えりゃそうだよな」 俺も陽茉莉もそれぞれ別のクラス、別のコミュニティで生活してきた。 いくら子供の頃は仲が良かったとはいえ、数年あればあいつも変わるし、彼氏がいてもおかしくはない。 (でも、何かの間違いで知り合いに取られるのも嫌だな……) 異性の幼馴染を持つと複雑だ。 付き合ってもいないのに、俺の場合どうしても陽茉莉の恋愛事情が気になってしまう。 こんなの第三者からしたらキモイって言われそうだけど、やっぱり気になってしまうものは仕方が無い。 「女子はざっと見て17名か。男子よりも二人多いな」 「この中に彼氏持ちが何人いるのか知らないが、女子が少しでも多いのは好都合だ」 「これで全員に男がいたら悲惨だけどな」 「や、やめろ! さすがにそんな想定外な青春は送りたくないぞ!!」 そうなった場合、転校生くらいしか望みはないが…… いや、だったら別のクラスの女子を狙えば良いか。 少しはこの足りない頭を柔軟に働かせないと……! 「ふふっ。新米ナンパ野郎のお二人さん? クラスにめぼしい女の子はいた?」 「おう、いるいる。たくさんいる」 「少なくともお前以外の女子は全員めぼしいな」 「むっ、なんかその言い方ちょっと腹が立つわね」 「せっかくピンチになったときには、私から何人か紹介してあげようと思ったのに」 「何ぃ!? それ本当か!?」 「いい? 女子って案外色々観察してるものよ?」 「例えばあんたたちの日頃の行い、他の女子への接し方。緊急時の判断力や行動力」 「だから今みたいに私に馬鹿だの死ねだのばっかり言ってると、結果的に他の子たちからも距離置かれたりするかもしれないわよ?」 「いや、そこまでボロクソには言ってないだろ」 「大変失礼しました。これからは奴隷のように何なりとご命令を」 「お前にはプライドってもんがないのか!!」 フフッ、プライド……? おいおい元気、そんなちっぽけなプライドのせいで、俺たちは今日までずっと彼女ナシの独り身なんだぜ? 「悪いな元気、俺はもうそんな惨めなプライドは捨てたんだ」 胸を張り、大きな声で宣言する。 「がっつき過ぎとか、お調子者だとか、そんな風に笑いたければ笑うがいい!!」 「俺は生まれ変わったんだ!! 足踏みだけして人の幸せを眺め続ける人生とは、金輪際おさらばするぜ!!」 俺の唐突な宣言に教室中の人間が注目してくる。 そうさ、こんなことを平気で言っちゃう俺はただの恥ずかしいやつ。 でもそれがなんだ。 周りの目なんて一々気にしてるようじゃ、それこそこんな俺には一生彼女なんて出来やしない!! 一瞬、陽茉莉と目が合う。 「俺はもう恥ずかしく生きるって決めたんだ!!」 「大人しく空気を読む良い子ちゃんじゃ駄目なんだよ!!」 「所詮人生なんて当たって砕けろの精神だ!! 女子に告白してふられても、死ぬわけじゃないんだから楽勝楽勝!!」 「大体自分の人生なんだし、後悔の無いように生きたいじゃん!?」 「だったら俺は開き直るぜ!! もう誰に何を言われても……」 「俺は絶対に今年こそ彼女をつくる!!」 「おお〜! なんか今年は生きのいい男子が一匹いるわね」 「おいおいそんなこと言われちゃ、俺たちもテンション上がってくるじゃねーか!!」 俺の意思に呼応するように、次々と彼女のいない男どもが立ち上がる。 「いいかお前ら!! 本気で彼女をつくる気はあるかァァ!!」 「おおおおおお!!」 「もう負け犬からはおさらばする覚悟はあるかァァ!!」 「おおおおおお!!」 「俺たちは今年から!! 絶対に勝ち組になるぞォォ!!」 「おおおおおおおお!!」 「うっしゃああああああ!!」 「よく言ったお前たち!! その志!! 俺は買う!!」 ここでようやく、俺たちの担任が入場する。 「ゆとり!! 常識知らず!! 空気読め!! 向上心が足りない!!」 「いいかお前ら!! いつか社会に出てもこんな言葉一つに絶対踊らされるんじゃねーぞ!!」 「常識を知らない……?」 「はあ!? そもそもテメェと俺の常識の定義が違う時点で説教されても意味ねーんだよ!!」 「空気を読め……?」 「はあ!? 空気読んだ結果今のガキには積極性が足りないとかほざくんだろ!? じゃあどうしろってんだよこのカスが!!」 「相変わらずねえ……」 「結婚生活上手くいってないんじゃねーの?」 近藤 正義(こんどう まさよし) 一応これでも新婚ほやほやの生活指導兼、歴史教諭だ。 この口調と迫力に怯える女子はいるものの、実はそこまで怖い先生じゃない。 「おい、さっきのお前。名前なんつったっけ?」 「主人公(姓) 主人公(名)です。去年担当した教え子の名前くらい覚えといてください」 「わり、名前なんて所詮は記号だからよ」 なんて言い草だ。 「いいかお前ら!! 全員こいつみたいに、マジでさっさと開き直って自分の好きなことしろ!」 「先生の言うことだけ聞く良い子ちゃんじゃ、この先意味わかんねぇ上司とか近所の知らねぇオッサン共に人格否定されて終わりだかんな!」 「え? そうなの?」 「ごめん、私に聞かれても……」 「同じ年齢の同じ制服を着たお前らを、同じ教室に何年もブチ込んで同じ授業を受けさせ洗脳する」 「それがここ、侍の国JAPANだ」 「そんでみんなと同じ空気を読む良い子ちゃんになって、卒業してみたらさあどうだ!」 「どこ言ったって求められるのは個性、個性、個性、個性!!」 「はァ!? そりゃ若者もキレるわ!! 我慢が足りねーんじゃねーんだよ!! 今までと言ってる事がちげぇんだよ!! 俺だってキレるわ!!」 名前が正義なので、生徒の中にはジャスティスと呼び慕うやつらも結構いる。 このとおり教育には人一倍うるさく、世界で一番嫌いな連中は教育委員会だと暴言を吐くのがこの人の日常。 「んでお前。彼女作るんだっけか? 俺途中からしか聞いてなかったからよ」 「ええ、まあ。俺も人並みの青春を送りたいので」 「いいねえ。そういう覚悟俺は好きだぜ?」 「しかし覚悟したからには、ちゃんと悔いのない恋愛しろよ? 辛さも恥も全部含めての青春だ」 「ど、どうも……」 「おお……珍しくジャスティスが人を褒めてる」 覚悟が好意的に受け止められ、なんだかちょっとばかし恥ずかしくなってくる。 なんかみんなからはクスクス笑われてるけど、失笑以外でこんなに注目されたのは本当に久しぶりだ。 「先生ー! 私も恋したいでーす!!」 「俺も俺もー!!」 「モチョッピィ!?」 「ハッハッハ! せっかくの共学だもんな。お前ら全員その調子で頑張れ」 「恋は人を強くする!」 「初恋が成就しようが玉砕しようが、必ず後に残るのは心の経験だ」 「いいかお前ら! 恋愛だけは馬鹿にするんじゃねーぞ!! これ以上の教育は文部省のビルぶっ壊しても出てこないからな!!」 「大体な、男は振られまくって大人になっていくんだよ」 「女も似たようなもんだ。変な男に引っかかって、何度も後悔するうちにどんどん良い女に仕上がっていく……」 「な、なんか大人からそう言われると妙な説得力が……」 「私は良い女になりたくても、何度も変な男には引っかかりたくないわねー」 これほど恋についてあれこれ言ってくる先生も珍しい。 去年はクラスで女子に振られた男をファミレスで慰めるなんてことまでやっていた。 こんな先生でも、一応ちゃんとした俺たちの味方には違いないだろう。 「まあとにかくだ。俺はお前らに、本当に悔いのない青春を送って欲しいんだよ」 「先生……!」 「先生……!!」 「はあ? ばっかじゃないの」 「どいつもこいつも恋愛恋愛って。廊下まで聞こえててマジ寒いんだけど」 (ん……?) 教室の後ろから、一人の女子が入ってくる。 「どんなに綺麗ごと言ってたって結局はアレでしょ? 頭ん中は全部エロばっかってオチ」 「はあ……発情した猿かっての」 「お、来たな問題児。さっさと席座れ」 再び教室がざわつきはじめる。 え、ちょっと待て。あいつ昨日のやつじゃん……! 「柊さんね……」 「ん? 柊……?」 ああ、確かあいつ、昨日は公園でご丁寧に自己紹介してくれたな。 「………」 「あ、あの……」 「柊さんの席、そこ……」 「聞いてないし」 「でもありがと」 そう言って、乱暴に俺の隣の席に座る彼女。 「はあ……」 「よっ!」 「………」 「ポメ太郎、元気?」 「シャルロットだって言ってんだろうがァァァァ!!」 「ぎゃあああああああ!!」 飛んで来る拳をすべて避ける。 「避けんな!! 殴らせろ!!」 「反復横跳びです」 「ぬああああ!! ますますイライラする!!」 一方的に殴られるのもつまらないので華麗に避ける。 残念だ、こいつ頭に血が上るとすぐに手が出るタイプらしい。 「なんだお前ら仲良いのか?」 「いえ、実はポメ太郎が」 「お前絶対わざと言ってんだろ!!」 「はあ……」 「何だか今年はやけに賑やかになりそうねー」 「おいお前ら、楽しくイチャついてないでさっさと席に座れ」 「了解しました」 「誰がイチャついてるだコラァ!!」 その後、特に問題もなくホームルームは終わる。 しばらくは隣の柊と何度も戦闘を交えたが、望月の言うとおり今年はいつも以上に賑やかになりそうだった。 「ふう、やっと初日が終わったな」 「と言っても始業式とホームルームだけだったけどな」 クラス内の役割分担や、今後の授業日程などについては来週話があるらしい。 この城彩学園は、生徒自らがカリキュラムを組むという珍しい方式で、そこが他校とは違う特色の一つだ。 「俺、文芸部にでも入ろうかな……」 「おいおいどうした急に」 「だって文芸部って女子とか多そうじゃん。あと吹奏楽部も」 「お前、トライアングルしか出来ないだろ」 俺も一度吹奏楽部には惹かれるものがあったが、本当に部員は女子ばかりで、あれはあれでかなり緊張してつらい。 「フッ、女目当てで部活動なんて、やっぱりあんた変態の鏡ね」 「おいおい何怒ってんだよ。俺別に今日は何もしてないだろ」 「フン、どうだか」 「それよりもお前、ここからここまでは私のエリアだからそれ以上近寄ってくるなよ?」 そう言って水性ペンで床に印をつけていく柊。 おいおいお前は小学生かよ。 「柊って、子供みたいなことするのな」 「変態よりマシでしょ。私はあんたみたいな連中に毒されたくないの。だから不用意に近寄らないでくれる?」 「うわああああ!! 未知の力で体が勝手に吸い寄せられるぅぅぅぅ!!」 「ぎゃああああああああ!! こっちくんな!! 触んな死ね!!」 そう言って全速力で教室を出て行く柊。 うーん、なんかあいつって、キレてるか叫んでるかのどっちかだな。 「柊さんって、全然変わってないよね……」 「私あの人苦手」 「なんか変にプライド高いっていうか、話しかけても無視かキレるかのどっちかだし」 「………」 まあそう言われるのも無理はない。 俺は去年柊とは接点がなかったから知らないけど、あれは勝手に自分の敵を増やしていくタイプだろう。 「それじゃ、私このあとバイトだから〜!」 「みんな、お先に失礼〜♪」 「じゃあねー、理奈ちゃーん!」 そう言ってクラスのみんなに手を振って教室を出て行く望月。 他人への接し方だけ考えると、周りの反応も含め柊と望月は対極の位置にいるのかもしれない。 望月なんて先輩や教師たちからの人望もあるし、正直大したヤツだと思う。 「ねね、今日ひまひまんち行っていーい? 私午後から超暇してんだよね〜」 「いいけど、またアイドルのライブDVD見るのは嫌だからね?」 「えー! そ、そこを何とか!!」 「ふふっ、はい駄目ー」 「というわけで、今日は誰かさんの大嫌いなホラー映画鑑賞会を開催します♪」 「待って!! それだけはマジで勘弁して!!」 「………」 一瞬、陽茉莉に声をかけようと思ったがやめておく。 実際なんて声かけたらいいのかわかんないし、ああやって友達と楽しく話しているなら尚更だ。 (まあ、ぶっちゃけ声かけても気まずいだけだし……) 「じゃ俺、今日はもう帰るわ。家でゲームする」 「おう」 「おつかれー」 昇降口で外履きに履き替え学校を出る。 さて、ちょっと駅前のゲームショップへ行って、ワゴンの中でも漁りますか。 「智美ダッシュ!!」 「ちょ、ちょっと待ってよ! 智美!!」 (……ん?) さっき教室で見た子が目の前を走って行く。 すげぇ、足だけなら俺よりも早いかも。 「ま、待って……!」 「おっと」 「大丈夫か?」 「あ、はい……! す、すみません……私……」 「あ……」 「………」 「………」 「よ、よう」 「う、うん……」 「………」 「………」 や、やばい。 何か緊張とかそういう感じじゃなくて、普通に気まずい。 正直挨拶以上に話す事なんて思い浮かばないし、それは向こうも同じだけどこの場合絶対俺の方が厳しい……!! 「………」 「………」 「ほ、ほら、早く追いかけないと友達行っちゃうぞ?」 「え……?」 「あ、うん……」 「ごめんね……」 そう言って鞄を持ち直し、俺の横を小走りで通り抜けていく陽茉莉。 その際あいつは一度もこちらを振り向かず、そのまま駅の方へと全力で走って行く。 「………」 「はあ……」 「な、何か変な汗かいた……」 わかってはいたが、予想以上に陽茉莉とは距離を感じる。 これから1年同じクラスなら、最低限普通の会話は出来る様にしておきたい。 「でも、今更だよな……」 ただの他人というには違和感が、親しい仲かといえばそれもちょっと違う。 城彩学園2年の春。 俺はそんな複雑な想いを胸に、今学期最初の一日を過ごした。 ……。 ……。 目覚ましを止め、今日も朝からスッキリ起きる。 時刻は7時ちょっと過ぎ。 洗面所で軽く顔を洗い、さっさと学校へ行く準備をする。 「あんた、今日は何時頃帰ってくるの?」 「んー、夕方になる」 「学校は午前中で終わりだけど、午後からそのままバイト行くし」 「ふーん、わかった」 俺は普通のバイトとはちょっと違うが、駅前で日雇いのバイトをやっている。 基本的には駅前で開かれるライブステージの設営や、ショッピングモール内の雑務が多い。 これは決まった曜日に時間が縛られることはなく、時給も結構良いので去年からずっと続けている。 「私、今日は休みだから」 「夕飯はバッチリ手の込んだもの作るから、バイトが終わった後は早く帰ってきなさい?」 「ういー」 うちの母ちゃんは料理が上手い。 これは今日一日、バイト後も腹を空かせて帰ってくるのが楽しみになった。 「だーかーらー!! 偏見だけでものを言うのはやめてくれないかな!!」 「この子だって僕たちと同じように毎日必死で生きてるんだよ!? それを気持ち悪いだなんて酷すぎるよ!!」 「はあ!? 正気!? というかそんなものに頬ずりしながらこっち来るんじゃねえ!!」 「はいはい二人とも。周りがビックリしてるからストップストップ」 (ん……?) いつものように通学路へとやってくる。 なんだなんだ今日は朝からやけに賑やかだな、ケンカか? 「よう望月、どうかしたのか?」 「いや、私も今来たところなんだけど、なんか柊さんと桃っちがこんな調子で……」 須賀崎 桃(すがさき もも) 元気同様去年から俺と同じクラスの友人だ。 運動神経は低いが成績優秀、ビジュアルはそこそこ、おまけに普段は人柄が良いの三拍子。 ただし大変マイナスなのは、その常人離れしてしまった悲しき性癖。 「この子はニホントカゲと言って、日本全国に広く分布しているもっともポピュラーなトカゲなんだ!!」 「ニホンカナヘビとよく間違われるんだけど、その違いを見分けるにはまずこのしっぽが……!!」 「そんなことはどうでもいいんだよ!! そうじゃなくて何でそんな気持ち悪いものを一々私に近づけてくるんだって話!!」 「おまけに肌触りが最高だとかその舌の動きに興奮するだとか……!」 「あ、あり得ない。爬虫類マニアとか私一切近づきたくないんだけど……」 「そ、そんな……!!」 「だって今ここにいた野良犬よりこっちの方が可愛いでしょ!?」 「犬の方が可愛いに決まってるだろ!!」 「おい桃、そこらへんにしておけ。こいつマジで引いてるぞ」 「そうね、というか女子なら普通の反応だと思うけど」 「くっ……! 今日もまた一人、トカゲに理解を示さない人が目の前に現れるなんて……!」 その場で膝を折り、無駄に絶望のポーズを取ってみせる桃。 「おい、何なんだよこいつ。お前たちの知り合いか?」 「知り合いだけど、柊さんも今年一年はこの子と同じクラスよ?」 「は……?」 「おい桃、自己紹介してやれ。こっちは同じクラスの柊だ」 「え? クラスメイトだったの?」 そう言って咳払いをし、乱れた制服をその場でパタパタと叩く桃。 「ど、どうも始めまして。僕は爬虫類同好会所属の須賀崎桃です」 「趣味はご覧の通り爬虫類の飼育と観察。最近は独学で遺伝子工学に手を伸ばしてます」 「は? 遺伝子工学……?」 「爬虫類マニアのガリ勉か……どこをどうとってもロクなにおいがしないな……」 「あ、あはは……」 「ただの爬虫類マニアならどれだけマシなことか……」 「柊、どうせこの先バレるだろうから先に言っておくが」 「こいつは爬虫類マニアなんかじゃない。正確にはお前の想像を遙かに超えた……」 「リザードマンフェチなんだ」 「は? り、リザードマン……?」 「おい桃、説明してやれ」 「うん、わかった」 「簡単に説明すると、リザードマンは二足歩行するトカゲの人間のことで、仮想世界にのみ存在するロマンあふれる生き物のことなんだ」 「チャームポイントはよく動く眼球に高速で動く舌。あとは夏でも冷ややかな鱗が特徴かな」 「基本的にはファンタジー世界で武器を振り回す敵役として描かれることが多いんだけど、僕の趣味はそっちじゃない」 「うーん、例えばそうだなあ……」 そう言って鞄の中から一冊の本を取り出す桃。 「これは僕が描いたワンシーンなんだけど、一般的な女性の裸体より、僕はこんな感じのリザードマンの産卵シーンの方が」 「おい! 変態だ!! こいつ間違いなく変態だぞ!!」 「いや、うん。これがなければ普通にただの温厚な男子なんだけど……」 おまけに絵が超上手いからやたらリアルなその産卵シーン。 こいつはこれが原因で、ビジュアルは良くてもクラスの女子からは見向きもされない。 「リザードマンは良いよ〜! 好きになれば身も心も癒やしてくれる最高の天使となってくれるんだ!」 「いや、天使じゃなくてトカゲだろトカゲ」 「わからないわ。羽の生えたトカゲも彼の中には存在しているのかもしれないし……」 「柊さんだっけ? 見た目やイメージだけで毛嫌いしないでちょっと想像してみてよ」 「例えば朝起きてリビングへ足を運ぶと、そこには家族みんなが幸せそうに食卓を囲んでいるんだ」 「テーブルにはお父さん、お母さん、お姉ちゃん、そして妹のリザードマン……」 「ほらね? 一匹くらい混ざってたって全然違和感ないでしょ?」 「あるに気まってんだろ!! お前本気で頭沸いてんじゃないのか!?」 かわいそうに、早速桃のペースに乗せられている柊。 落ち着け、そのままつっこみ続けてもこいつには永遠に効かないぞ。 「まあ許せ柊。世の中にはこいつみたいな特殊なフェチズムを持っている人間もいるんだ」 「しかもそのせいで桃は普通の女子には全く欲情出来ずにいる。むしろ哀れんでこいつとは仲良くしてやってくれ」 「無理だ。そいつのキモさは常軌を逸している」 「ちなみに語尾にギャーをつけると喜ぶぞ?」 「するわけないだろ!! 一人でやってろ!!」 「はいはい、柊さんもそろそろ落ち着いて? 桃っちも新学期早々一般人を刺激しない」 「はーい。すみませーん」 「ふんっ」 昨日と同様、めちゃくちゃイライラした様子で学校へと向かっていく柊。 まあ無理もない。 俺も桃と出会った当初は、あれ以上にどん引きしていたくらいだし。 「でも、トカゲも見慣れると結構可愛いよな」 「そう……?」 「ただこれに興奮する桃の気持ちだけはさっぱりわからんが」 「何か言った?」 「いや、気にしないでくれ」 そのままの流れで学校へ行く俺たち。 桃は趣味に目をつぶれば、ちゃんと俺の相談にものってくれる数少ない友人だ。 元気も同じくあれで優しいところもあるやつだが、一応俺はこれでも友達には恵まれている。 「続きましては、男子サッカー部です。5分間のアピールタイムをどうぞ」 「我々、男子サッカー部は! 本当は野球の方が好きです!!」 「一緒に野球をやってくれる新入生! 大! 募集中!!」 「はい、ありがとうございました」 「だからうちのサッカー部って弱いのよねぇ……」 「素直に野球部と合流すればいいのにな」 学校へ着くなり体育館へと移動する。 今日の午前中は部活紹介を兼ねた全校集会。 うちの学校は部員の数で支給される部費が決まるので、新入部員獲得にみんな躍起になっている。 特にその様子がわかるのが今日の放課後で、運動神経の良い奴は事前に通達があり軽いスカウトじみたことも行われる。 「続きましては、女子水泳部の方々です。どうぞ」 「えー、女子水泳部の柊です」 「変なやつが入ってくると、私の泳ぐ時間が減るので来ないでください」 「ちょ、ちょっと柊さん……!!」 「何? 私なんかまずいこと言ってる?」 (あいつ、水泳部だったのか……) ものすごくどうでもよさそうに部の紹介をする柊。 本気で新入部員なんていらないと思っているのか、さっきとは真逆に無表情で壇上に上がっている。 今でこそ信じられないが、公園で犬と戯れていたあいつはお世辞抜きにして可愛かった。 あのときは俺もマジで緊張したし、それが今のあいつと同一人物だなんて、さすがにちょっと信じられない。 (もしかしたらあいつ、ちゃんとしたら男子から人気出るんじゃないのか……?) まあそれも今後の行動次第ってやつか。 好きな女子のタイプにもよるけど、俺は割と柊からは、他の女子とは良い意味で違った雰囲気があるような気がする。 だからと言って今すぐどうこうするって話でもないけど。 (他には……) 「やっぱり大本命は皆原さんだよな」 「可愛くておまけに話しやすいし、あの明るい笑顔がなんとも言えん」 「あれは付き合ったら絶対尽くしてくれるタイプだって。見た目から既に母性の片鱗が……!」 「………」 (やっぱり陽茉莉って人気あるのか……) 可愛くても自分から目立とうとしない女子はどの学校にもいる。 陽茉莉もどちらかといえばそのタイプだ。 家族や親しい間柄の人間には惜しげもなくその素顔を晒すが、あいつも外に出ると人並みに他人からの視線を気にするし。 「うーん……」 「でも今はどうなのかさっぱりだしなぁ……」 気になるのなら手っ取り早くあいつの知り合いに接触してみるのが一番だ。 確か頻繁にあいつの近くにちょくちょくいる、元気そうな女子が一名いた気がするけど…… 「ねね、ひまひま、今日の放課後暇?」 「え? うん、今のところ予定はないけど……」 お、いたいた。 「ねえねえ、あの前から7番目の女子、名前なんていうか知ってる?」 「え? 野々村さん?」 「そうそう」 (へえ、野々村って言うのか) 確か下の名前は智美(ともみ)……だったはず。 陽茉莉のやつと仲良くなるなら、あいつとも必然的に話す回数が増えそうだ。 こうして見てもやけにあいつと仲が良さそうだし、所謂陽茉莉の親友ってやつなのかもしれない。 「ふふっ、まーた女子ばっかりデレデレ眺めちゃって。注目は皆原さん?」 「べ、別にデレデレはしてないぞ?」 「照れない照れない。あの子男子からも人気あるもんねー」 「狙うなら競争率高そうだけど大丈夫?」 「勝手に決めつけるな。別にそういうんじゃないからからかっても無駄だぞ」 「あれー? 早速去年のあんたに戻ってるわよ? 昨日は開き直るって大声で宣言してなかったっけー?」 (うっ……) まずいまずい。 こんなところで望月に指摘されたら終わりだ。 まあでも陽茉莉相手にどうこうする気なんて起こらないし、別にここは望月の挑発にのることもない。 「残念だったな。俺は節度をわきまえる男だ」 「他の連中と違って24時間桃色な思考を垂れ流すほど愚かな存在じゃない」 「ふーん」 「あんたの場合、変にカッコつけないで愚かでいる方がいいと思うけど」 「何か言ったか?」 「何でもありませーん」 そう言って制服のポケットからネイルシートを取り出す望月。 いつものヒョウヒョウとした顔で爪をせっせと磨き出し、無駄に綺麗になった爪を俺にチラッと見せてくる。 当然俺もこいつも部活紹介の話なんてまったく聞いちゃいなかった。 「それじゃあ、今からプリントを配るぞー」 「まあ説明しなくてもわかると思うが、ウチの学校は選択授業制度を導入している」 「去年同様、これに第一希望から第三希望まで、自分の受けたい授業を記入していってくれ」 「さてと……」 部活紹介が終わり、全員教室に戻ってくる。 担任が言うように前からプリントが配られ、各々シャープペンを片手にあれこれ悩んだり受けたい授業を選別する。 「おい、お前家庭科の授業、どうする?」 ん? 家庭科……? 「おいおい元気。俺に今更裁縫でもやらせようってのか?」 「そんな授業で自分の指をチクチク刺すくらいなら、俺はもっと体育とか化学実習を取るっての」 「馬鹿かよお前。家庭科の授業は女子と仲良くなれるボーナス授業だぞ?」 「調理実習なんて料理の上手い下手に関わらず女子とお喋りしまくりじゃねーか」 「た、確かに……!」 周囲の男連中も真っ先に家庭科の授業をマークし始めている。 なるほど、これだけ志望人数が増えるとこりゃ後で抽選になるな。 「なんとかして自分だけでも家庭科の授業に潜り込みたいな」 「だろ? だから最後に抽選になったとしても、とりあえず今は家庭科をマークしておけ」 「おう、わかった」 元気に言われたとおり、家庭科の授業を優先的に組み込んだ時間割を作っていく。 うーん、コレがもし通ったら、俺はなんて夢の様な一週間を送れるんだ。 「ねえ変態」 「おい元気、呼んでるぞ」 「お前に言ってるんだけど」 「はいはい、なんでございましょうお嬢様」 「はあ……」 「………」 「そ、その、お前の時間割見せろよ」 はい……? 「おいおい冗談だろ。お前俺のことなんてこれっぽっちも興味無いクセに」 「今はあるんだ」 「いいから早く見せろ」 「はいはい」 なんか抵抗したらまたギャーギャーうるさそうなので素直に時間割を見せる。 なんだこいつ、俺の時間割に興味なんて持ってどうするんだ? 「月曜の一時限目、数学」 「二限目は現国にしてと……」 「おい」 なぜか柊が勝手に俺の時間割を書き換えている……!! 「何?」 「何じゃねえ。勝手に人の時間割書き換えんな」 「しょ、しょうがないだろ。こっちはお前と受ける授業被りたくないんだから」 「おいおい、俺も相当嫌われたもんだな」 「ああ!! ちょ、ちょっと!!」 不公平なので俺も柊の時間割を強奪する。 (どれどれ……?) 必修科目以外は…… 「おい、お前体育と家庭科に技術って、少しはもっと脳みそ使いそうな授業入れろよ」 「あ、あんたに言われたくないわよ!」 「男のクセに家庭科の授業受けるとか、どうせ女子目当てなんでしょ」 「よく分かったな」 「はあ……ホントに最低……」 そう言って、勝手に俺の横で呆れている柊。 まあいいや、俺様が将来の役にたつお勉強プランを代わりに書いてやろう。 「上から数学、現社、歴史、そんでまた数学……と」 「ちょ、ちょっとあんたこそ何勝手に書いてんのよ!!」 「え? 体育なんて絶対にやりたくない??」 「よーし、お前の一週間はどこも必ず体育が無い時間割で……」 「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!! 体育が無かったら私死んじゃうじゃない!!」 「え? そうなの?」 「ううーーッ!!」 可哀相に、俺の隣人は週にかならず何度か体育を入れないと死んでしまう体らしい。 「まあそう言うなって。生物とか顕微鏡見て楽しく授業が受けられるぞ?」 「僕も一緒だけどね」 「柊さんってカエルの解剖とか興味あったりしない?」 「ない」 「というかトカゲ野郎がいるなら尚更イヤだ。絶対生物なんてとりたくない」 「ううっ……僕嫌われすぎ……」 「柊は嫌いなやつが多いな」 これ以上からかうと本気で怒り出しそうなのでプリントを返してやる。 部活紹介の時間もそうだったが、こいつは普段寝ているとき以外はずっとこんな調子なのか。 「とにかく出来るだけお前をさけて授業を入れる」 「席も近いし、お前といるとこっちはペースを乱されっぱなしだからな」 「なあ、お前まだあのときのこと、怒ってるのか?」 「ん?」 「ほら、公園で俺……」 「ああ、あのときは……」 「ポメ太郎と……」 「シャルロットだって言ってんだろうが!!」 柊はどちらかといえばつっこみ系か。 一々叫ばずにはいられないといった感じが、ついつい俺のいたずら心を刺激する。 「ふふ、こうやってみると、案外仲良く見えるわよ? 二人とも」 「うっさい。あんたは黙ってて」 「ふふ、はいはい」 「私もなんとかして柊さんと仲良くなりたいわ〜♪」 「とりあえずポメ太郎の話題を振れば食い付いてくるぞ?」 「え? ポメ太郎……?」 「ねえねえ、ポメ太郎ってなに?」 「シャルロットだって言ってるだろ……」 しばらくしたあと、再びプリントに向かって志望する授業を書き込んでいく。 俺も柊もノートに向かい続ける授業は苦手なようで、自然に体を動かす実技授業が多くなった。 「お前、木曜の三限、俺と化学被ってるじゃん」 「あんたがどきなさいよ」 「嫌だよ、俺実験とか超好きだもん」 再び言い合いになる。 「あ、あの……」 「あんた馬鹿そうだから現国とか取って教養を身につけなさいよ教養を」 「いやお前こそ教養と一緒に常識をだな」 「はあ!? あんたに常識とか言われたくないんだけど……!!」 「あ、あの……二人とも……!!」 「は、はい?」 「プリント……回収するから……」 そう言って陽茉莉がみんなから回収したプリントを持って立っている。 なるほど、残るは俺と柊だけらしい。 「おいお前ら、イチャつくのも結構だがそういうのは放課後にしておけ」 「誰がイチャつくかこんなやつと!!」 教室内が笑い声に包まれる。 柊も陰険な態度を取るより、こうして感情をダイレクトに出した方が周囲も少し安心するっぽい。 「あ、あの……プリント……」 「あ、ああ、悪い」 「………」 最後に自分の名前だけ確認し、陽茉莉にプリントを手渡す。 「………」 「ん? どうかした?」 「へっ!?」 「あ、ううん……何でもない……」 そう言ってそそくさと担任の元へ歩いて行く陽茉莉。 「ねえねえひまひまー! やっぽり駅前行くのやめて今日こそ私とライブのDVDを……!」 「えー? だったら面白い映画見ようってば」 「………」 同じクラスにいるのに、まだまだ厚く感じる陽茉莉との壁。 別に嫌われたりしているわけじゃないだろうが、どうも顔を見て話そうとすると言葉に詰まる。 「はあ……」 (やっぱり、何話したらいいのかわかんないんだよなあ……) 「なになに? ため息なんてついちゃって、恋煩い……?」 「フン、似合わなすぎ」 「言ってろ」 「それじゃあ今から帰りのホームルームを始める――」 頭がボーッとして、担任の言葉が入ってこない。 久々に同じクラスになって、ちょっと喜んでしまったのは俺だけか。 こうして軽く目で追っていても、陽茉莉とそれ以上目線が合うことはなかった。 「それじゃあ、今日はこれでお先に失礼しまーす」 「あいよー。また電話するからよろしくー」 「ふぅ……」 バイトを終え、良い感じに疲労した体を引きずり家に着く。 今日は明日に駅前で行われる野外コンサート会場の設置を手伝っていた。 電話一本で飛んでいくフットワークの軽さが俺の売りで、日雇いにしては毎回いつも給料は弾んでもらっている。 「ただいまー」 「おかえりなさーい!! あ・な・た♪」 「うおおッ!?」 「元気にしてた〜? 未来の我が息子よ〜!!」 「ちょ、ちょっとお母さん!?」 ――!? な、なぜ陽茉莉がここに!? 「あら、いいじゃない。どうせあなたたち学校卒業したらすぐ結婚するでしょ?」 「だーかーらー!! なんですぐそういう方向に話を持っていこうとするわけ!?」 「あなた達がモタモタしてるからじゃない」 「ねえ?」 「いや、あの……」 ねえとか言われても状況が全く飲み込めない。 というか待て、マジで何で陽茉莉がこんな時間に俺の家にいる……!? 「お帰りぃ、夕飯出来てるわよぉ。あんたも早くシャワー浴びてここ座りなさい」 そう言って既にどこぞのワインを2本も開けている母親。 おいおい、まだ7時すぎだぞ。既に酔ってるのか。 「………」 「ご、ごめんね、急にお邪魔しちゃって……」 「す、すぐ……お母さん連れて帰るから……」 「あ、いや……」 「なーにー? 帰って来て早々私たちを追い出す算段?」 「今日はあなたたち二人が、数年ぶりに同じクラスになったお祝いも兼ねてるんだからね」 「だ、だから別にそんなことでお祝いする必要ないってば……!!」 「はいはい、陽茉莉ちゃんも観念してさっさと席着いて?」 「………」 「ご、ごめんなさい……」 「いや、俺に謝られても……」 まあこうなってしまったものは仕方ない。 まだ脳内はごちゃごちゃしてて混乱しているが、 俺も軽く風呂で汗を流し、賑やかな席に腰を下ろすことにした。 「それじゃあ主役も揃ったことだし」 「改めまして、かんぱーい!!」 「かんぱーい!!」 「か、乾杯……」 「………」 俺と陽茉莉は絞りたて100%オレンジジュースで乾杯する。 無理に付き合って俺たちまで酔っぱらったら面倒だし、ワインの美味さはまだ俺たちにはわからない。 「それで二人とも。今日は学校どうだったの?」 「どうって……」 「まあ、普通……?」 「………」 チラッと陽茉莉の方を見るが、明らかに気まずそうに下を向いている。 学校でもそうだったけど、やっぱりいきなり昔のようにはいかない。 「え〜? 普通って何〜?」 「もっと、教室のド真ん中で抱き合ったり、再開の涙で頬を濡らしたりとか色々あるでしょお〜?」 「絶対にありません」 公衆の面前でどんな羞恥プレイだ。 初日からそんな奇行に走ったらそれこそ自分の立場が危うくなる。 「他にも、クラスメイト達の目を盗んで、掃除ロッカーの横でキスしたり……」 「授業中、こっそりお互いにメールをし合ってにんまりとか……!?」 「ねえねえどうなのよ、少しは私たちにも進展状況教えなさいって」 「し、進展って言われても……」 「私たち、そういう関係じゃないって昔から言ってるでしょ?」 「またこの子は……なんてつれないのかしら」 「ちょっと前までは夜な夜な彼の写真を見つめて、己の体を慰める日々をずーっと続けてたってのに」 「ええ!? それホント!?」 「嘘です!! こんなところでそんな悪質な冗談言わないでよ!!」 「はいはい、でもあんたね」 「今の時期、逆にそれくらい男の子に興味持って貰わないと、親としては不安なんだけど」 「だ、だから、別に興味ないわけじゃ……」 そう言って今度は恥ずかしそうに視線を反らす陽茉莉。 ちょっと意外だ、陽子さんの口ぶりからすると今彼氏はいないのか? 「陽茉莉ちゃん、別にそんなに照れなくても大丈夫よ」 「こいつなんて、逆に異性に興味あり過ぎて部屋の中は丸まったティッシュでいっぱいだから」 「おいやめろ」 年頃の男の子は繊細なんだぞ! 「はあ……」 「やっぱり、絶対こうなると思った……」 「なーに? 何か私に文句でもあるのかしら〜?」 「ふん、別に」 そう言って拗ねる陽茉莉。 まあ気持ちは分かる。 昔からこの二人が揃うといつもこんな話ばっかりになるし、一々反応するにしても大変だ。 「陽茉莉、あなた昔はもうちょっと素直じゃなかった?」 「今からそんなんじゃ、すぐに愛想尽かされて終わりになっちゃうわよ?」 「終わりも何も、まだ始まってすらいないんですけど」 陽茉莉がキレ始める。 「おばさん、このブリ大根超美味しいですね!」 「あ、あはは〜、気に入ってもらえて嬉しいわ〜」 「……(もぐもぐ)」 「………」 「ほら、あんたもずっと黙ってないで何か言いなさいよ」 「ブリ大根超美味いッ!」 「いや、そういうことじゃなくて」 バイト後のせいもあり、普通に腹が減っていた俺。 ママトークは放っておいて、俺も陽茉莉と一緒に目の前に並ぶ夕飯を食いまくる。 「……(もぐもぐ)」 「母ちゃん、味噌汁のおかわりある?」 「色気ゼロね」 「二人ともそんなにお腹空いてたの?」 「ええ、そりゃあもう」 「成長期だからね」 「その割りに誰かさんの胸はあまり成長した様子が無いのよねぇ……」 ……。 「………」 「お、お母さん……?」 「あ、あらあらこの子ったら、沸点が低くて嫌になっちゃうわあ……! おほ、おほほほほ……!!」 「だ、大丈夫よ陽茉莉ちゃん。私だって昔は人より成長が遅い方だったけど、大学入る頃にいきなり大きくなったから」 「そう、それです。たぶん私はそっちのタイプだと思います」 「………」 (お、男の前でする会話じゃねぇ……) 馬鹿な下ネタトークなら余裕だけど、妙に生々しいこの手の会話にはさすがに入って行きづらい。 学校でも望月がこれをやらかすんで、その度に妙な気持ちになるのは男の性か。 「女性の価値は胸の大きさだけじゃないもん」 「この間レコード大賞取った新人歌手の女の子も言ってたし……」 「うんうんそうねぇ」 「でも大丈夫よ、うちの息子は胸だけで女性の魅力を判断しないから」 「ね? そうでしょ?」 「え……?」 「まあな、男の俺からすれば、胸より大事なことなんて腐るほどあると思うし」 「そそ、内面とか、その子の人となりの方が重要よね」 「まったくだ」 「とか言いつつ、あんたの場合性癖が幅広いってだけで、胸への関心はしっかりあるけどね」 すごい目でこっちを見られる。 おい母ちゃん、今の全然フォローになってないぞ。 「男なんて、俺も含めてみんな単純だよ」 「可愛いか可愛くないか、外見でも内面でも、結局はそこに一番関心がいくもんだって」 「ま、そうよね。だから女はいつまでも綺麗でいたいって思うわけだし」 外見以上に内面もかなり重要だ。 一緒にいて疲れるようじゃ意味ないし、可愛くて綺麗でも性格が鬼だったら救われないしな。 「ねね、それじゃあ肝心なこと聞くけど……」 「真面目な話、どう? うちの陽茉莉」 「私から見ても、最近は少しは大人っぽくなったと思うんだけど……」 「ちょ、ちょっとお母さん……」 「いいじゃないこれくらい聞いたって」 「ねえ?」 「………」 「ほら、何とか言ってあげたら?」 そう言って三人が俺に一斉に注目してくる。 おいおい、これは卑怯だろ。 仮に陽茉莉を褒めたとして、絶対にその後冷やかされるに決まっている。 「………」 「ま、まあ……やっぱり綺麗になったんじゃないですかね……」 「だって、陽茉莉もその……努力とかしてるんだろ?」 「………」 「ま、まあ……人並みには……」 「………」 「………」 互いに視線を反らし、数秒の沈黙。 そりゃあ無理もない。 今のところ、俺たち学校ですらほとんど喋れていないんだし。 「………」 「二人とも、喧嘩でもしてるの?」 「へ……?」 「いや、別に喧嘩なんてしてませんけど……」 「そう、なら良いんだけど」 そう言ってグラスに新しい氷を入れはじめる陽茉莉の母ちゃん。 そんな質問が出るほど、今の俺たちは余所余所しかったりするんだろうか。 「………」 「………」 お互いの母親を他所に、黙々と食事を続ける俺たち二人。 昔みたいに何でも気兼ねなく話せる間柄ではなくなった。 そう、強く痛感した夜だった。 「本当にごめんね……? 今日、いきなりお邪魔しちゃって……」 「いや、謝らなくていいって」 「うちの母ちゃんも楽しそうだったし」 「………」 時刻は夜の9時過ぎ。 母親二人による飲み会は終わりそうになかったので、俺は母ちゃんに言われてこれから陽茉莉を家まで送る。 「………」 「………」 ……が、しかし。 (き、気まずい……) それは向こうも同じなのか、さっきから明らかに口数が少ない陽茉莉。 これでも昔は、本当に毎日一緒になって遊んでいた。 陽茉莉は変なところで頑固だったから、時折周りがビックリするような喧嘩もしたし…… 俺も陽茉莉も一人っ子だったから、もっぱら休日の遊び相手はお互いだった。 以前は家が隣同士だったけど、俺の家が今のマンションに移ったのが数年前。 その影響で学区も変わり学校も別々。 そうなると当然自然とお互いが疎遠になっていくわけで…… 「クラス、一緒になったけど……」 「またよろしくな」 「うん……」 こうして気まずい関係の誕生である。 下手にお互いの過去を知ってしまっている分、格好なんてつけられないし。 それこそ今まさに何を話したら良いのかわからないことで頭がいっぱいになる。 「陽子さんは未だにちょくちょく遊びに来るけど」 「陽茉莉はあのマンションに来たの、今日が初めてだったよな?」 「うん……」 「どうだった?」 「ど、どうって……」 しばらく考える陽茉莉。 「た、高かった……かな」 「窓から下を見たら、ちょっと眩暈がした……」 「まあ8階でも結構高いからな。俺も最初は慣れるまで苦労したから」 「………」 取り留めのない話が続く。 明日の天気とか、つい最近出来たスーパーの話だとか。 正直今は何を話しても、それほど重要なことでもない限り頭に入りそうになかった。 「それでさ、去年の夏なんて元気のやつが好きだった女子が――」 「元気くんって、いつも学校で一緒にいるあの?」 「うん。俺に負けないくらい今年は彼女作るって息巻いてる」 「………」 「そうなんだ……」 この街の顔、アデール橋が一望出来る通りまでやってくる。 ここまで来れば駅前はすぐそこだ。 フランスの女優から名前を取ったらしいこの橋は、いつもこの時間になると照明が綺麗でついつい魅入ってしまう。 「………」 「なんか……変わったよね」 ん……? 「学校と今とじゃ、全然違う人みたいだから……」 「………」 「そうか? 気のせいじゃない?」 「気のせいじゃないよ」 「なんかこう……雰囲気とか、話し方とか」 「そういうの、全部」 そう言って手すりを掴み、海の方を見つめる彼女。 「今の方が、どっちかって言うと昔っぽい」 「昼間の、無駄にテンションの高い俺はお嫌いですか?」 「あ、あはは……」 「べ、別に……そういうわけじゃないけど……」 時間が経てば、人は変わる。 例え、それがたかが数年の短い間であったとしても。 自分を取り囲む環境や、心境の変化一つで人は誰しも少しずつ変化していく。 「うるさい友達が増えたせいかもしれない」 「元気や望月もそうだけど、今は勉強より教室で馬鹿騒ぎしてる方が何倍も楽しいから」 「そっか……」 勉強なんてどうでもいい。 ……なんて、来年の今頃も、同じセリフを言えるだろうか。 人並みに自分の進路は気にしているものの、たまに馬鹿騒ぎしつつふとそんなことを思ってしまうことがある。 「まあこっちの話はいいよ」 「それよりそっちも、結構雰囲気変わったと思うけど」 「………」 「そ、そうかな……」 「うん、なんか説明しづらいけど……」 「やっぱり、綺麗にはなったと思う」 「………」 「そ、そう……」 「ありがと……」 お世辞じゃないし、まあこれくらいは言っても罰は当たらないだろう。 実際、だからこそ数名の男子たちが騒いでいるわけだし。 元気じゃなくても俺だって下手をすれば意識する。 「今日、学校で彼女が欲しいって、大声で言ってたよね?」 「うん。いい加減に彼女がいない生活とはおさらばしたいからさ」 「そのことなんだけど……」 「本当に今、彼女いないの?」 「え? どういうこと?」 いないからこっちは必死になっている。 それくらい陽茉莉じゃなくても誰だってわかるだろう。 逆に彼女がいてあんなこと言ってたら、それこそ筋金入りの嫌なやつだし。 「いないから彼女が欲しいんだって」 「もう母ちゃんと二人きりのクリスマスを過ごすのも嫌だし、来年は進路も絡んで来て忙しくなりそうだから」 「だから、なんとかして夏休みまでに彼女を作ろうかと」 「それって、彼女になってくれる人なら誰でもいいの?」 「え?」 「昨日、言ってたでしょ?」 「がっつき過ぎだって言われて、笑われたとしても」 「自分は絶対彼女作るんだって、なんか、そんな感じで」 「あー」 「それって、人によっては誰でもいいみたいに聞こえるから……」 まあ確かに捉えようによってはそう聞こえるか。 あんなんでも、一応俺なりにちゃんとした覚悟があって言ったんだけどな。 「もちろん、彼女になってくれる人なら誰でもいいってわけじゃない」 「理想を語るなら、それこそちゃんと好きになった子に告白して……」 「やっぱり、その……付き合いたいし……」 「………」 「好きな人……」 「出来るといいね」 「うん」 急いで彼女を作っても仕方が無い。 去年までの俺はそう思っていた。 機会があれば、自分が本気になったら、運命の出会いとやらがあったらそのとき考える。 そうやって今まで生きてきた。 でも…… 「学校、楽しい?」 「うん、超楽しい」 自分から動かなきゃ始まらない。 そんな恋がもしあるんだとしたら…… 俺は自分の最後の青春を、それに賭けてみようと心から思った。 「ふぁぁ……」 「おはよーさーん」 「あらおはよう。私もう仕事行くから、朝は適当に食べちゃって?」 「今日は残業ある日だから、夜は遅くなる」 「了解、行ってらっしゃい」 「はいはい、行ってきまーす」 今朝もいつものように母ちゃんを送り出し、一日が始まる。 今日はレクリエーションでバスケをやるので、授業のない登校日は自然に心が浮き足立つ。 (おまけにバスケは男女混合……!) 女子の体操着にも注目だが、俺は元々体を動かすのが好きなので気分は良かった。 母ちゃんに言われたとおり、朝食をバシッと済ませてから学校へと向かう。 「なに……!?」 「今日の恋愛運最高だと!?」 登校しながら暇つぶしに占いサイトへアクセスする俺。 くそう、占いなんてもう信じないと決めたのに、どうして俺はこんなにも女々しいヤツなんだ。 「えーっと、なになに? 今日あなたが初めて会話する女性が運命の相手かも……?」 え……? 「母ちゃん!?」 絶望に打ちひしがれる。 「いや待て待て。さすがに母ちゃんはノーカウントだろ」 出来ればちょっと気弱なプリティガールを期待したい。 何を話しても、ちょっと恥ずかしそうに下を向いて…… 「そう、俺の言葉一つ一つにモジモジしてくれるような……!」 「おはー!」 「あんたもう少し早く歩かないと遅刻するわよー?」 「………」 「……?」 無視する。 「ちょ、ちょっと何よ! あんたあいさつくらい返しなさいよ!」 サッ! サッ! サッ! 「いや変なジェスチャーで返事しなくていいから。というかそれ意味わかんないんだけど」 畜生! 何でよりにもよってお前なんだよ! 「返せェェ!! 俺の運命のファーストエンカウントを返せェェェェ!!」 「はあ、あんたも朝から元気ねえ……」 「大体ファーストエンカウントって何よ。私はモンスターか」 お前がモンスターか男だったら叫ばずにすんだのに。 「まあコレを見てくれ」 「ん? なになに? 占い……?」 「そうだ。さっきまで俺はこれを見ていた」 「今日あなたが最初に会話する女性が、運命の相手かも……?」 「ぷぷっ、えー! 何この可愛い占い〜!」 「って、あんたコレってまさか……」 「ああ」 「今日俺が初めて話す女は、これで母ちゃんを除いてお前だけになってしまった……」 「あ、それならあんたのお母さんが運命の相手ってことで良いじゃない」 「うんうん納得。良かったわねー、この人気者ー」 良くねえ。どこがOKなんだ。 「それにしても、あんたも朝からテンション下がるようなこと言わないでよねー」 「これであんたのお母さんよりも私が先に話してたら、本気で私のテンションガタ落ちじゃないの」 「ああまったく同意見だ。俺もそうなったらめちゃくちゃテンション下がる」 「ちょっと失礼ね。男ならそこは意地でも喜びなさいよ」 「お前相手にどう喜べって言うんだ」 「はあ……」 「あんたねえ。そんなことばっかり言ってるから、いつまでたってもモテないのよ?」 朝から望月にダメ出しされる。 畜生、悔しいがこいつの言うことはいつも筋が通っているので反論できない。 「でも俺がここで照れだしたら、それはそれで気持ち悪いだろ?」 「うんキモい」 バッサリ言うな! これでも少しは傷つくんだぞ! 「でもあんたもなかなか可愛いところあるのね〜。こーんな可愛い占いなんて信じちゃって」 「気まぐれだ。別に毎日チェックしてるわけじゃない」 「ふーん」 「そういうお前は占いとか見ないのか?」 「え? 私?」 「あはは!! やめてよ、私そんなの信じるタイプじゃないし」 「だろうな。お前が占い本片手にニヤニヤしてたら気持ち悪すぎる」 「ちょっとあんたね。言いたいことはわかるけどもう少しオブラートに包みなさいよ」 でも実際占いには興味が無さそうだ。 大体望月は自分の手で運命を切り開くとか言っちゃいそうなタイプだし、宗教とか預言なんかも一切受け付けないタイプだ。 「お前、変なところで現実主義だもんな」 「まあね。あんたと違って私は大人なだけよ」 きっとこの手のタイプは、俺とは違いバッチリ進路も決めているに違いない。 何気にこいつ成績も良いし、普段からある余裕はそこから来るんだろうか。 「あ、でも占いは信じないけど、面白い都市伝説とかUFOの存在なら信じてるわよ?」 「なんていうか、そういうオカルトじみたミステリーロマンは、むしろ心の栄養源って感じで……!」 「おはよう二人とも。今日も相変わらず元気そうね」 おお。 「あれ? おはようまひろ。今日は遅いわね。風紀委員の遅刻チェックは?」 「今日は私、当番じゃないの」 「それに遅いって言うけど全然そんなことないわ。まだ7時台だし余裕のある登校よ?」 「本当だ、まだ8時前だな」 彼女の名前は綾部(あやべ)まひろ。 真面目そうに見えて割と適当な性格で、望月とはだいぶ昔からの付き合いだ。 俺とも去年は同じクラスの友人で、たまに期末が厳しいときに勉強なんかも見てもらっている。 今年はクラス替えで離れてしまったけど、こうして頻繁に望月の隣にいることが多い。 「それよりも私、二人が今話してた会話の内容について気になってるんだけど」 「確か、面白い都市伝説がどうとかUFOがなんたらとか」 「後は……」 「理奈のオカルトじみた胸を俺が揉みしだいてみせる!! とか?」 「はいはい、あんたホントに一体どんな耳してるのよ」 「あら、違ったの?」 「全然違うぞ。というかどうしてお前はいつも俺たちの話を怪しい方向へ持って行こうとするんだ」 「ふふっ、だってそっちの方が絶対楽しそうじゃない」 そう言って何が楽しいのか、俺と望月の間で笑って見せる綾部。 「それより理奈から聞いたわ。あなた彼女作るんですって?」 「え? あ、ああ」 「今年も寂しい一年を送るなんてゴメンだからな。だから努力前提で宣言させてもらった」 「綾部もどっかに良い子がいたらすぐに紹介してくれるとありがたい」 「うーん、良い子良い子……」 「おや、こんなところに丁度都合良く紹介出来る良い子が一人……」 「は? 私? ちょ、ちょっとやめてよ馬鹿らしい……」 「大体ね、私が良い子である保証なんてどこにもないでしょ? もしかしたらとんでもなく悪い女かもしれないじゃない」 「あら、私の知ってる望月理奈ちゃんは、いつからとんでもなく悪い女になったのかしら……」 「嵐の夜……一人は怖いとか言って人の部屋に押しかけてきたり……」 「バイト先で辛い目にあったときは、半泣きしながら電話をかけてくるのは一体どこの誰だったか……」 「それ以上言ったら殺す」 「はいはい、いつもの冗談よ」 「なんなんだよお前ら」 望月は、普段からどんなやつの前でも余裕をかましているが、今みたいに綾部が相手だとそうはいかない。 二人とも俺よりも付き合いが長いせいで、色々とプライベートでの交流も盛んらしい。 「はあ……」 「この調子だとまたまひろにおもちゃにされそうだから、私もう先に行くわね」 「おう。車には気をつけろよ」 「ふふ、もうちょっとここにいればいいのに」 「無理」 どうにも居心地が悪かったのか、少し恥ずかしそうな顔をして先に学校へと向かっていく望月。 あいつとも数年の付き合いだが、未だに俺にもよくわからないところが結構ある。 確か今は両親と離れて一人でマンションに住んでいるらしいし、家庭の事情も含めて色々と謎の多いやつだったりする。 「私は恋愛の経験なんてないから、気の利いたアドバイスなんて出来ないけど……」 「素直に一緒にいて楽しい相手、そこを基準に考えて彼女を作るのが一番良いんじゃない?」 「案外理想の相手って、すぐ近くに転がっていたりするのかもしれないし」 「だったら良いんだけどな」 「ふふ、それじゃあ私も先に行くから」 そう言って、意味深な台詞を残して先へと歩いて行く綾部。 理想の相手がすぐ近くにいるのなら苦労はしない。 というか自分の理想って、冷静に考えてみるとハッキリ言える自信なんてないし。 当分はそんなことにも頭を悩ませそうな俺だった。 「フッ、まさか初っぱなからお前のチームと戦うことになるとはな……」 「ふふ、そうね。あんたもつくづく運のない男なんだから」 早速始まった本日のレクリエーション。 担任に言われ、男女混合でクジによるチーム決めが行われた。 俺のチームは元気、桃、柊に最後は陽茉莉。 こちらの戦力は、元気はそれなりに動けるとして後は完全に未知数だ。 桃はそこまでバスケは得意じゃないし、陽茉莉は自信が無さそうにコートに立ち尽くしている。 「ひまひま!! 頑張って!!」 「む、無理……自信ないよ……」 「大丈夫だよ皆原さん。きっとみんなで力を合わせれば何とかなるって」 「あ、私適当にやるから、後はよろしく」 「ええー!? いきなり協調性ゼロー!?」 (やっぱり柊は当てに出来ないか……) 「おいおい、ウチのチーム大丈夫か? 俺とお前が得点入れないとたぶん爆死するぞ?」 「ああ、わかってる。ここは死ぬ気でやるしかないな」 「ふふっ、まあせいぜい頑張りなさい? 私のチームが容赦なくこのコートで圧勝してあげる〜♪」 そう言って、めちゃくちゃ嬉しそうな顔をする望月。 それもそのはず、こいつの一番得意なスポーツはバスケットボールだ。 城彩に入る前はガチで女子バスケ部のエースだったし、これは相手が女子とは言え絶対に気を抜いたら負ける。 「おーし、ジャンプボールするぞー! 代表者はさっさと前に来いやー」 「元気、ここは頼むぜ」 「おう、任せろ」 ゲームがスタートし、ジャンプボールは何とか我がチームがゲットする。 「よし! 先行だ、まずは一本行くぞ!」 「おう!」 「頑張るよー!」 元気からボールを受け取り、早速ドリブルとパスを駆使しながら相手ゴールを目指す。 まずはサイドからある程度抜けて……! 「残念でした」 「あんたは最初から私がマークしてるから、思い通りに動けるなんて思わない方が良いわよ?」 「マジかよ。望むところだ」 そう言って、すぐ後ろに回ってきた元気にパスを回す。 「いただきっ!!」 「はあ!?」 しかし速攻でパスは失敗。 「残念でした、私もバスケ同好会のメンバーなのよーん!」 「ひ、卑怯だぜ!! そっちばっかりバスケ経験者がいるなんて!!」 「大丈夫! 僕も昔将棋&オセロクラブだったから!」 「私は帰宅部!」 「水泳部」 だ、駄目だ……! このメンツじゃどう転んでも勝てる気がしない……!! 「はい、まずは先制点〜!」 俺たちがあたふたしている間に、数秒で先制点を入れられてしまう。 「ごめんね〜? 手加減しよっか?」 「馬鹿言え、全力で来い」 「ふふ、あんたも私と一緒で、勝負事にはプライド高いんだから」 すぐに試合は動きだし、元気と一緒に再び前へと攻める。 基本的に俺と元気が攻めに回り、桃は後方に配置。 柊はフリーにして、陽茉莉は一応臨機応変にコート内を動いてもらう。 「おい!!」 「無理だ! マークされてる!」 すぐに桃へとボールが回る。 「ラッキー、これはいけそう……!」 「わ、わわっ……! え、えーっと!!」 「皆原さんパス!!」 「え?」 「ピギャッ!!」 クリーンヒットする。 陽茉莉の顔面に。 「ちょ、ちょっと何やってんのよキミ!! ひまひまはギャグ要員なんだから手加減してパスしなさい!!」 「そうなのか?」 「い、一応これでも頑張ってます……」 「お、おい大丈夫か?」 「う、うん……」 そうこうしている間に、今度は望月がスリーポイントを決める。 おいおいマジで容赦ないな。 手加減は無用だが、段々この試合展開に絶望の陰が見え始める。 「おし!! 柊!! お前も暇なら前に出ろ!」 「前?」 「一応走り回れる体力はあるんだろ? だったら桃と場所変われ」 「ううっ、早くも戦力外通告……」 「はあ……」 「まあ良いけど」 「トラベリングだ。柊、ボール渡せ」 「はあ!? 私まだ何もしてないんだけど!!」 「だからトラベリングだって言ってんだろうが。さっさと言うこと聞け」 「チッ、これだからバスケは……」 おい柊、お前ルールくらいはちゃんと把握しとけ。 「あ、あはは……段々そっちのチームに同情してきたんだけど。ホントに手加減しなくて大丈夫……?」 「ああ、これはもう手加減だけじゃどうしようもない」 さらに点差はみるみる開いてゆく。 こちらの得点は、やけくそで投げた柊のスリーポイントが決まっただけ。 悲しくも惨敗という結果を残し、俺たちのチームは体育館の隅へ移動する。 「ご、ごめんなさい……」 「ぼ、僕も……」 「い、いいって。別にレクリエーションなんだからそこまで凹まなくて」 「そうそう、適当にやってれば良いのよ適当に」 「駄目だ、柊お前は少し反省しろ」 「なんだよ、私以外得点入れてないくせに」 まあそれは事実なので、俺もこれ以上は何も言えない。 しかしチームはボロボロでも、久しぶりにバスケをやったので気分的にはそこまで悪い感じはしない。 (結局ボロ負けか……) 得点差は20点以上。 しばらくはすることもないので、ここからやたらとプレイの目立つ望月の試合を観察することにする。 「理奈ちゃんナイスリバウンド!! 現役時代より動き良いんじゃない!?」 「へっへーん♪ チョロいチョロい♪」 「………」 しかし、素人目に見ても望月は良い動きをする。 あいつが昔バスケ部だった頃も、たまに冷やかしでコートに遊びに行っては俺も勝負していた。 望月に会うまでは、本気で一緒にスポーツを楽しめる女子はいなかった。 あいつは何気にサッカーも出来るし、体育の授業ではソフトボールも難なくこなしていた。 男子の中に混ざってスポーツが出来るなんて、冷静に考えてもこれってかなりすごいことなんじゃないかと思う。 「すげー! また望月さんシュート決めたぞ!!」 「すげぇな。なんだよあの精度、バスケ部からは声かからないのか?」 俺がボーッと見ている間にも、チームメイトと協力してバンバン得点を決めていく望月。 このバスケの試合を今この会場で一番楽しんでいるのはきっとあいつだ。 その証拠に得点を決める度に、子供みたいにその場で大はしゃぎしているのがここからでも見える。 「ちょっと恭介ー! 何そんなところでボーッとしてるのよ! もっとこっち来て私の華麗なプレイをその目に焼きつけなさーい!!」 「ちょっとー! 何あんたそんなところでボーッとしてるのよ! もっとこっち来て私の華麗なプレイをその目に焼きつけなさーい!!」 「おい、あいつ呼んでるぞ」 「へいへい」 (それじゃあ、あの綺麗なおみ足だけ至近距離で拝ませてもらいますかね……) 一応このバスケはクラスの親睦会なので、俺がその気になればすぐにでも望月のチームと再戦できる。 でも、ただ今は何となくぼーっと目の前の試合を眺めていたかった。 「………」 (一緒にいて楽しい相手ねえ……) 今朝、綾部に言われたことを思い出す。 一緒にいて、特に気負いもせずに話せる異性は貴重かもしれない。 その点だけで考えると、案外望月って、俺にとってはかなり楽で貴重な存在かもしれなかった。 「はあ……」 (この量なら普通にチャリで来れば良かった……) 夕方、午後5時過ぎ。 母ちゃんにメールで頼まれたので、駅前までおつかいに行っていた俺。 今晩の夕食はクリームシチューにしたいらしく、俺はその材料を買いに外へ出ていた。 「久しぶりにバスケやったから、何気に体のあちこちが痛いな……」 太ももなんて軽く筋肉痛だし、俺も適度に体は動かそうか。 一応週に何回か駅前でバイトはしているものの、飛び跳ねたり走ったりはしていないので今日は変なところが妙にピリピリと痛んでいた。 「ん……?」 (あれ? 望月か……?) 「………」 あいつもバイトの帰りか、公園のベンチでなにやら熱心に本を読んでいる。 夕方の公園のベンチで読書とは、あいつもなかなか絵になることをしてくれるじゃないか。 「恋愛運にも一定のリズムがあり……」 「それとは別に自分の意思の力が第三の可能性を……」 「よっ。何読んでるんだ? バイト帰りか?」 「へ?」 「きゃああああああああああああああああ!!」 「うおおお!! な、何だよ急に!!」 「そ、それはこっちの台詞よ!! 人が集中しているときにいきなり声かけてこないでよ……!!」 「はいはい悪かったな。それじゃあどのタイミングで声かけたら良かったんだ?」 今の勢いで手に持っていた本を下に落としてしまう望月。 驚かせてしまったのは俺なので、ここは一応こっちが拾ってやる。 「お前がマンガ以外の本を読んでるなんて珍しいな」 「これ、何の本だ? 小説?」 「あ、ああっ! え、えーっとそれは……!!」 『恋に自信のない人へ送る、恋愛運向上の秘訣�』 お、おいおい、これは何だ。 どっからどう見ても占い本や恋愛指南書の類いだが。 「ちょっとビックリした。お前でもこういう本読むんだな」 「ふ、ふん……! た、たんなる暇つぶしよ暇つぶし」 「い、一応誤解のないように言っておくけど、これはバイト先の知り合いから借りた物だから」 「ふーん」 「………」 「ふ、ふーんって何よ」 「いや、お前今朝は占いとか信じないとか言ってた気がしてさ」 「うっ……」 「な、何よ。私がこういう本読んでたらいけないわけ?」 「いや、悪いとは言ってないけど」 「わ、私もたまにはこういう本読まないと、クラスのみんなの会話に入っていけないの」 「うんうん、だからこれは勉強の一環ね。あーあ、みんなと会話のネタを合わせるのもなかなか辛いわ〜」 「そうか。人気者も大変だな」 「う、うん……まあね〜」 そう言って、少し言い訳としては苦しかったのか目の前でパタパタとその本を振っている望月。 少しからかってやろうとも思ったが、本人の反応からしてそれはさすがにちょっと気が引けた。 「………」 「………」 「な、何よ、急に黙っちゃって……」 「ん? もっと詮索した方が良かったか?」 「いや、マジでやめて。自分でも結構苦しい言い訳だったのは理解してるから」 「そうか」 「ええ」 「………」 「………」 「いつからこのような本にご興味がおありで?」 「バッチリ詮索してるじゃない! 良いでしょ別に! ただの気まぐれよき・ま・ぐ・れ!!」 「へいへい、そんなに怒るなって」 「………」 「別に、怒ってないし……」 そう言って少しむくれてしまう望月。 まあ格好がつかないっていうのは分かるが、別にこんな本くらいでムキになる必要なんてないのに。 「安心しろ。俺もこの手の本は何冊か持ってるし」 「おまけに丁度この場所で柊に見られてどん引きされた経験もある」 「え? そんなことあったの?」 「ああ、おかげで今じゃあいつからは変態呼ばわりだ」 「学校じゃ顔合わせるたびに妙な表情をされて困ってる」 「あはは、どうせそれだけじゃなくて何か他にしちゃったんじゃないの〜?」 「はは、まさか」 言えない。 事故とはいえ、ここでモロに柊のパンツにダイブしただなんて口が裂けても言えない。 「それじゃあ俺、おつかいの帰りだからもう帰るわ」 「お前もこんなところに一人でボーッとしてないで、暗くなる前にさっさと家に帰れよ?」 野菜の入った重いビニール袋を持って公園の出口へと向かう。 ここから家まで残り10分強。 うーん、やっぱり横着せずにチャリで来れば良かったか。 「ねえ……」 「ん?」 「私がこういう本読んでたら……」 「やっぱり……変かな……」 「………」 「別に? 何もおかしいことなんてないだろ」 「むしろ俺たちくらいの年齢なら、興味ある方が普通で正常だって」 「………」 「そ、そっか……」 「ああ」 今の言葉は嘘でもなんでもない。 俺だって現在進行形でそんな話には興味津々だし、やる気だってもろに表に出している。 そこに男女の差はあれど、こいつがそんな話に興味を持っちゃまずいルールなんて存在しない。 「それじゃ、また学校でな」 「う、うん。またね」 少しスッキリしたような望月の表情。 俺はそのまま家まで向かって歩いて行くが、今の最後の望月の表情に、ちょっとだけドキッとしたのは内緒だった。 「おい、これ見ろよ。この写真の子3年の先輩らしいぜ?」 「え? マジ!? 超可愛い……!」 朝教室へ入ると、数人の男子が雑誌を広げて何やら騒いでいた。 なんだなんだ。可愛い女子の情報なら俺も欲しいぞ。 「ちょっと俺にも見せてくれよ」 「ああ、良いけど」 「あれ、これ女性向けファッション雑誌じゃん」 「なんでこんな物お前たちが持ってるんだ?」 「女子から借りたんだよ」 「ほら、この写真の子めっちゃ可愛いだろ?」 (お、本当だ……) ストリートスナップのコーナーで、一際目立っているその女の子。 雰囲気だけなら清純そうで、確かにみんなが騒ぐのも頷ける。 「この人、3年の先輩らしいんだ」 「確か、沢渡さんっていうらしいんだけど……」 (沢渡……) 最上級生に、こんなに可愛い女子がいるのか。 あまり他の学年には目を向けていなかったけど、ちょっとこれは覚えておこう。 「ぐごー。ぐがー」 「あはは、すごいイビキだねえ」 とりあえず自分の席へとやってくる。 朝っぱらから隣の席で爆睡こいている柊。 今日は俺より早く教室に来ていたらしく、ご覧の通りバックを抱えたまますごい勢いで寝息を立てていた。 「こいつ水泳部なんだろ? 普段からめちゃくちゃ体力使ってて、それで疲れてるとか?」 「うーん、でもまだ朝だよ? 髪も濡れてないみたいだし、普通に寝不足なんじゃ……」 「二人とも、ちょっとそこどいて」 「ん? 何だよ」 俺と桃を押しのけて、じっと柊の寝顔を間近で見つめ始める望月。 「じーっ……」 「うん。やっぱりすごい。これは絶対何か秘密があるわね……」 「だからなんなんだよ」 「見て気づかない? 柊さんの肌めちゃくちゃ綺麗でしょ?」 「寝不足ならもっと肌が荒れてもいいはずだけど、これって普段から気を遣ってる証拠よ」 「あ、本当だ。言われてみるとすごく肌綺麗だね」 「ぐごー。ぐがー」 「ううっ、これは悔しい……!! まさに理想のたまご肌だし!」 「すごいね。普通水泳やってたら肌も荒れちゃうイメージあるんだけど……」 望月と桃の会話に、他の女子たちも集まってくる。 かわいそうに。これだけ自分の顔に注目が集まる中、本人は無警戒によだれを垂らしてピクりとも動かない。 「プールの塩素って、ダイレクトに人間の肌に悪いもんねー」 「僕なんか爪も弱いから、授業でプールに入るとすぐに痛くなるし」 「それでこのきめ細やかな肌。一体普段からどんなケアしているのか気になるわ!」 「なるほど、女子ならではの疑問ってわけか」 現在、このクラス内での柊の印象は最悪だ。 口を開けば嫌味や暴言、おまけに協調性ゼロといったオプションまでついてくる始末。 まあ普通の人間だったら有無を言わさず嫌いになるところだけど…… (俺……) (ぶっちゃけあんまりこいつのことよく知らないんだよなぁ……) 俺の中で、柊はまだ謎に包まれている存在だ。 今年から柊とは同じクラスになったわけだが、去年もこうして朝っぱらから教室で寝ていたんだろうか。 「ふふ、それにしても本当によく寝てるわね〜。こうして見ると何だか無邪気な子供みたい」 「よし、ちょっとつっついてみようぜ」 「ん……んんっ……」 起こすのは可哀想なので、ほんの触れる程度に柊の頬をつっつく。 おお、すげぇ……!! なんだかよくわかんないけどこれめちゃくちゃ気持ち良いぞ!! 「ふひ、ふひひ……!」 「大丈夫? あんた顔がトリップしてるけど」 「やばいぞこれ。このモチモチした感触はクセになる」 「へえ、どれどれ……?」 「はっ……! こ、これは確かにヤバい」 「何か得体の知れない中毒性があるわね……!」 「二人ともほどほどにしておかないとまた柊さんに怒られるよー?」 「大丈夫だって、起きそうになったらやめるし」 無駄に柊の頬をつっつきまくる。 望月の言うとおり普段から一体どんなケアをしているのか。 一見がさつそうに見える柊が、自分の肌に気を遣っているシーンなんて俺には全く想像がつかなかった。 (いや、でも公園で会ったときの最初のイメージからすれば案外……) 俺の指が柊の鼻に突き刺さる。 「………」 「………」 「おいお前。これは一体何のつもりだ……」 「おはようございます」 「いやあんたそこは素直に謝りなさいよ」 「お前は、いつもいつもいつもいつも……」 「何で私にばっか変なことしてくるんだよ!! お前なんか私に恨みでもあんのか!! ええ!? どうなんだよコラァァァァ!!」 「ひィィ!!」 柊の攻撃を華麗に避ける。 かわいそうに、こいつがまともに俺を殴れる日はおそらく永遠に来ないだろう。 「いやマジですまん。今のはわざとじゃない、つい気持ちが良くて」 「じゃあわざとだろ」 「お詫びに俺のプリティーフェイスも触って良いから」 「よし分かった!! じゃあボールペンブッ刺してやるちょっとこっち来い!!」 「ひィィ!! それは無理! たぶん死ぬ!」 「ねえ、この二人って案外仲良いように見えるんだけど気のせい?」 「あはは、僕に言われても……」 朝のホームルーム前に一戦交える俺と柊。 俺たちの意思とは裏腹に、また柊はクラスの中で浮いてしまった。 「なあ機嫌直してくれよ」 「というか色々と前科がありすぎて、一体お前がどれにキレてるんだかさっぱりわからないんだが」 「全部。すべて」 時刻は昼の1時過ぎ。 今日は午前中で授業が終わるので、昼飯を食いに学食へとやってくる。 部活組のために半日授業の日でもこうして食堂が開いているのは俺にとってもありがたい。 「ここの海老天そばは超美味いんだ。うどんでも良いけどここでメシ食うならこれが一番オススメだぞ?」 「あっそ。私はおにぎりで十分だし」 「で? お前は何で当たり前のように私の横でそば食ってるわけ?」 「いや、実は今日一日お前と仲良くしようと思ってな」 「は?」 「ほら俺たち、死ねとか消えろとか最近そんなコミュニケーションばっかりじゃん?」 「でもよく考えたら俺、お前のこと全然知らないからさ」 「だからこうして、今日は一日お前のことを研究してやろうと思って」 「お前、やっぱり馬鹿だろ。というかアホだろ」 自分で握ってきたのか、美味そうなおにぎりを目の前で頬張る柊。 何!? 高菜じゃこおにぎりだと? ちょっとマジでそれ美味そうなんですけど!! 「大体お前、私がこんだけ近寄るなオーラ出してんのに、よく平気で話しかけてこられるな」 「普通のやつだったら、うわ何こいつ……! みたいに視線すら合わせてこないもんなんだけど」 「まあそうかもな」 「でも俺、別に嫌われてるわけじゃないしぃ?」 「いや、だから嫌いだって言ってんだろ!! お前どんだけ他人の悪意に鈍感なんだよ!!」 「わからないなら言ってやる。まず私はお前の存在自体が嫌いだ」 「どれくらい?」 「あそこからあそこくらいまでだ!」 そう言って中庭の木から食堂の自販機まで指をさす柊。 なるほど、こいつは俺のことを50メートルくらい嫌いらしい。 「ふっ、これで私がどれくらいお前のことが嫌いかわかったな?」 「おう、50メートルくらいだろ?」 「60メートルだ」 細けぇよ。 「他にもまだまだあるぞ。後はお前の顔も嫌いだ」 「そりゃあ存在自体が嫌いなんだもんな」 「正確には顔と言うより雰囲気だな。その人を小馬鹿にしたような態度が死ぬほど許せない」 「大体な、私と仲良くなりたいならまず空気を読めるようになれ。話はそれからだ」 「なるほど、でも俺ちゃんと空気は読めるぞ? 読めててあえてこうしてるんだし」 「だからそれがムカツクって言ってんだよ!! お前やっぱ人のことおちょくってんだろ!!」 「ひぃぃ!!」 周囲から見れば、俺が柊に脅されているようにも見えなくもない。 困らせている俺が言うのも何だけど、こいつはもう少し自分の評判とか気にした方が良いと思う。 「後はあれだ、お前は殴っても全部避けるから嫌いだ」 「避けるくせに挑発してくるからマジでイライラするし。本気でいつか一発ブン殴ってやりたいわ」 「お前、他の男にもいつもそうなわけ?」 「は? 当たり前だろ。男は無条件でみんな嫌いだ」 「男はエロいし馬鹿ばっかりだし、女の都合なんて全然考えない生き物だからな」 「へえ。でもお前女子も嫌いそうじゃん」 「……」 「ああ嫌いだ。特に普段からチャラチャラしてる女はマジで無理だな」 「特にいつもお前の隣にいるあいつ、あいつみたいなタイプが一番嫌いなんだ」 「ん? あいつ??」 まさか望月のことを言っているんだろうか。 あいつは一見チャラそうに見えるけど、実は案外そうでもないのが特徴だったりする。 というかチャラいどころか半分脳内はオタクだし、まあ偏見で見るやつにはいつもチャラいと誤解される。 「残念だが、望月はお前と仲良くなりたいみたいだったぞ?」 「というか今朝なんてお前のその肌にご執心だったみたいだし」 「はあ? 肌?」 「ますます意味わかんないんだけど、というか他人の肌気にするとかキモ過ぎ」 「はあ……」 「お前、そんな調子じゃ一学期からクラスで孤立するぞ?」 「ふん。それが? むしろ望むところだから放っておいて欲しいんですけど」 まあぶっちゃけ他人事だし、それについてはこれ以上は言及はしない。 でも個人的にはもう少し距離を縮めたいというか、心のどこかで妙にこいつの一匹狼具合が気になってしまう。 「これでわかっただろ? とにかくこっちは歓迎してないわけ。だからお前はそれ食ったらさっさとどっかへ行け」 「マジかよ」 「ああマジだ」 「それじゃあせめてアドレスくらい教えてもらわないと……」 「だから何で今の会話の流れでそうなるんだよ!! お前やっぱ筋金入りの馬鹿か!? それとも病気なのかハッキリしろ!!」 学食中に響く柊の罵声。 おお、まずいまずい、これじゃあ今朝の教室の二の前になるぞ。 「わかったわかった。変な粘着はやめるからとりあえず許してくれ」 「ああ!?」 「実は今朝のことでちゃんとお前に謝りたかったんだよ」 「あの後望月に言われてな、男が女の肌をおもちゃにするのはさすがにまずいって」 そう言って、席に座る前に券売機で買ってきたチケットを手渡す。 「ほらコレ、1回分だけど学食で使えるチケット」 「お前水泳部なんだろ? 土日とか部活に出て腹減ったら使ってくれ」 「………」 「おい、聞いてるか?」 なぜかボーッとしたままその場で固まる柊。 なんだなんだ、俺が謝るのがそんなに意外なんだろうか。 「いい、別にそういうのいらない」 「確かに朝のはムカついたけど、ちゃんと謝る気があるならそれで良い」 「………」 「マジで……?」 「うん。あんたこそお腹減ったらそれで食べればいいじゃん」 ここで妙に大人しくなる柊。 (い、意外だ……) 俺の予想だったら半ギレしながら受け取ると思ったのに。 やっぱり人間そう単純なやつはいないのか、逆にこんな反応をされるとちょっとこっちが反応に困る。 これでますます俺の中の柊は謎のヴェールによって包まれていく。 「ごちそうさま」 「それじゃあ私、これから部活行くから」 「おう、大変だな」 「別に、好きでやってるだけだし」 鞄とおにぎりの入っていた袋を持って席を立つ柊。 もっと色々ギャアギャア言われると思っていただけに、さすがにこれはちょっと拍子抜けしてしまった。 「またな」 「ふん……」 そのまま一度も振り返らず、真っ直ぐにプールへと歩いて行ってしまう。 「はあ……」 「あれでもう少し愛想が良ければなあ……」 キレられてもいいから、もう少しあいつとはちゃんと話してみたかった。 大体教室じゃ席が近いのに、ずっとあの調子で距離置かれたんじゃ、こっちはめちゃくちゃやりづらい。 「はあ……」 「何だお前、あいつに気でもあるのか?」 「ええ。俺は女子相手ならみんなに気があるんで」 一部始終を見ていたのか、パンを食いながら近寄ってくるジャスティス。 「そうか、お前は正直だな」 「ならそんなお前に、まさにピンポイントで最高の雑用を与えてやろう!」 「倉庫整理の任務だ。お前どうせこのあと暇だろ? 我が校のために汗水流して働け」 「遠慮しておきます」 「あー! 待て待て!!」 首根っこを掴まれる。 「だからピンポイントで最高の雑用って言ってんだろ!!」 「任務はプールの倉庫整理だ」 なに!? 「さっき水泳部の顧問が備品を入れ替えるのに男手を探していた」 「俺から言われたと言えば、お前は働き次第じゃ水泳部のヒーローになれる」 「行きます。今すぐ行ってきます」 「よし、行って柊のポイントを稼いでこい」 これはマジでラッキーだ。 仕事を理由に堂々とプールに入場できるし、マジで働けば俺の株も上がるに違いない……!! ちょっと邪な願望込みだが、俺は上機嫌でプールへと向かった。 「それじゃあまずはクロールと平泳ぎ、50メートル2本ずつからねー」 「えー、いきなり50とかきつくなーい?」 (おおおお!! じょ、女子の競泳水着ィィィィ!!) 雑用のため、早速体操着に着替えてプールへとやってくる。 我が校にはなぜか男子水泳部が存在しない。 理由は一切不明だが、そのせいで男にとっては授業以外でプールへ来ることは大変レアなケースになる。 「はい雑用くん? 女子の水着ばかり見てないで、まずはこのヘルパーとビート板を運んで頂戴?」 「了解であります!!」 言われたとおりに雑用をこなす。 次の休日、ここで子供達の水泳大会が開かれるらしく、その準備と一緒に倉庫も一回整理しようという話だった。 運ぶ物も全部軽いし、俺からすれば楽勝楽勝。 「あの、こんなに軽い物ばっかりなら、別に俺なんて必要なかったんじゃないですか?」 「ふふ、本当にそう思う? 重い物ならいくらでもあるから、まずはそれからお願いしようかしら」 「スキューバダイビングのフル装備一式に、コースロープの巨大巻き取り機。それから……」 「すみません! まずは軽い物からお願いします! 酸素ボンベなんて下手すりゃ腰に来そうですし!!」 「えー? 若い男の子が何弱気なこと言ってるのよー」 とりあえず、言われたとおりにビート板をプールサイドに運んでいく。 目の前では当たり前のように女子たちが泳いでいて、俺からすれば目の保養なんてレベルじゃない。 (ここは天国だ!! マジで神様ありがとうォォ!!) 競泳水着の一番のエロさは、なんといってもまずそのボディラインにある。 極限まで水の抵抗をなくすために設計されたそのフォルム! それにより自然と強調される女子の胸! 腰! 「当然尻にも目がいくが、上級者はまずその脇に心奪われる」 「さらに言うと泳いでいる最中は全くエロくなく、その代わり、水から上がった直後の彼女たちの荒々しい呼吸が……!」 「ねえ雑用くん。私の可愛い教え子たちをそんな高度な変態の目で見ないでくれないかしら」 「すみません、これも男の性ってやつで」 顧問の目から逃げるように雑用をこなす。 ビート板の次は大小様々あるヘルパーだ。 大型ビート板なんて2メートルほどある物もあり、何度も同じ場所を往復するとさすがに汗が流れてくる。 「すごいすごい柊さん!! 100メートル自由形、これ自己ベストなんじゃない!?」 「え? マジで!?」 (ん? あれが柊か?) 泳いでる最中は判別しづらいが、一番奥のコースで一人の女子が泳いでいる。 おおすげえ。 なんか素人目に見てもめっちゃフォームが綺麗なんですけど……! 「柊さんね? あの子はウチの部の宝よ」 「本当は今年のインターハイにも出て欲しいんだけど、本人はなぜか大会には興味がないの一点張りで……」 「そうなんですか。でもあいつめっちゃ早いんでしょ?」 「ええ、そうなんだけど……本人はあくまで趣味で水泳をやっているんですって」 「前に強く大会へのエントリーを勧めたんだけど、そしたら柊さん怒っちゃって……」 才能があるのに勿体ないと言いたげなこの先生。 まあ確かにあいつは色々と捻くれているから難しそうだ。 逆に大会に出ろと強制なんかしたら、それこそあいつからの信頼なんて消し飛びそうだし。 「教師としては、柊さんにはもう少し柔らかくなって欲しいのよねえ……」 「他の部員ともあんまり上手くいってないし、柊さんも彼氏でも出来たら変わるのかしら……」 (彼氏ねえ……) あいつが男にベタベタしているところなんて想像もつかない。 どちらかと言えば好きな男ですら平気でブン殴りそうな気配もあるし。 「………」 (でも今のあいつ、結構カッコ良いな……) 残り25メートル、息がきつそうでもしっかりとフォームは乱さずに泳いでいる柊。 教室にいるときの、あのぶっきらぼうな彼女の姿はそこにはなく。 俺は一瞬、プールサイドからあいつの泳ぎに目を奪われてしまっていた。 「柊さんすごいよ!! この調子なら1分切れるかもしれないよ!?」 「ふーん、あっそ」 「え? ふ、ふーんって……」 「水泳って、タイムだけがすべてなの? 私あんまりそういうの意識したことないんだけど」 「全くその通りです」 「柊先生。タオルをお持ちしました」 「うむ。くるしゅうない」 「………」 「………」 「何でお前がここにいるんだよ!!」 「先生の美しい泳ぎを堪能しに参りました!!」 「誰か!! 警察を呼べ!! こいつとは関わらない方が身のためだぞ!!」 なんか早くも変質者呼ばわりされる俺。 ふふふ、残念なことに俺は今正当な理由があってここにいる。 「ここの倉庫整理を手伝いに来たんだ。なんか男手が必要だって聞いてさ」 「嘘つくなこの変態! どうせお前、私たちの水着目当てでここに来たんだろ!!」 「ああ! 当たり前だ!! 仕事のついでに目の保養も兼ねてな!!」 「消えろ! 死ね! 今すぐここから消えろ!!」 俺がせっかく並べたビート板を投げまくってくる柊。 おいちょっと待て!! 投げるのは良いけどお前ちゃんと元に戻せよ!! 「はあ……! はあ……!」 「す、すごい……こんなに取り乱す柊さん、初めて見たかも……」 「そんなことよりも柊、お前今の態度はなんだ」 「この子はお前のタイムまで計って喜んでくれたんだろ? それを蔑ろにするとは何事だ」 「は? 何あんた、変態のくせに私に説教する気?」 「大体私、タイム計ってくれなんて頼んでないし。それでキャーキャー言われても反応に困るだけなんだけど」 「と言っていますが、タイムが縮んだこと自体は非常に喜んでいる様子です」 「ほら見てみ? あいつ今口元が微妙に緩んでるだろ?」 「あ、ホントだ。嬉しかったんだ」 「う、うるさい!! タイムが縮んで嬉しくないやつなんていないだろ!!」 だったら最初から素直に喜べば良いのに。 一体何のプライドが邪魔をしているのか、相変わらずこいつの頭の中は不思議でいっぱいだ。 「よし、今すぐこいつを褒めまくろう。たぶんキレながら内心喜んでくれると思うぞ?」 「え? そうなの?」 「柊さんは泳ぐのが早い!! とっても早い!!」 「は? 馬鹿じゃないの? お前褒めるにしたってセンスがなさすぎ」 「私服も超可愛い!! 休日にはバシッとオシャレして、女の子らしいスカートもこれまた完璧!!」 「おいそれはやめろ!! マジでここではやめろ!!」 「だって事実じゃん」 「知るかァ!! お前の感想なんてこっちは興味ないんだよ!!」 「え? なになに? 柊さんの私服って可愛いの?」 「ええ!? 制服のスカートだってブーブー言いながら穿いてるのに……!!」 俺の話に反応して、今まで聞けなかったことを次々と口にし始める部員たち。 「ねえ柊さん! 休日部活無い日は何してるの!? 趣味は!?」 「いつも髪切るときどこ行ってるの!?」 「ねえねえ好きな男子のタイプは〜!? ってかこの人なに!? 柊さんの友達!?」 「う、ううっ……」 「さらにみんな、柊の肌に注目だ」 「俺は男だから詳しいことはわからないが、今日こいつの肌の綺麗さが女子の間で話題になった」 「や、やっぱり!? 私も常日頃からずっと気になってたのよ!!」 「おまけに触るとクセになるほどの感触だ。程よい張りともっちり具合がこれまたたまらん!!」 「え? ホントに!? ねえねえ柊さん私にも触らせてよ」 「私も私も!」 「ひ、ひぃぃ!! ひぃぃぃぃ!!」 女子に囲まれてプールサイド中を逃げ回る柊。 うんうん、女子はまとまってキャアキャア騒いでいる方がやっぱり可愛いし俺も楽しい。 「お、お前ら騙されるな!! あいつは極悪非道の変態だぞ!?」 「こうして人をからかって遊んでは、平気で一人ニヤニヤしているとんでもない外道なんだ!!」 「え? そうなの? 別にそこまで変態には見えないけど」 「うんうん。今日は倉庫整理だってやってくれてるし」 「それが危険なんだ、こいつは最初に接触してくるとき、必ず善人を装ってくる」 「きっと倉庫整理なんて適当にやりつつ、絶対今日一日私たちの水着を堪能する気でいるぞ!!」 「その根拠は?」 「そ、それは……!!」 「そ、その……お前が……こ、公園で私の下着を……」 「え!? 下着!? しかも今公園って言った!?」 「まあなんてこと! 二人とも実はそういう関係だったなんて……!!」 「キャー! 大胆ー!」 「な!! お前ら何勘違いしてんだ!! それ以上言ったらこの場で全員ブッ飛ばすぞ!!」 勝手に墓穴を掘ってしまう柊。 かわいそうに、こういうときは下手に慌てたら泥沼にはまる。 そのまましばらく女子のおもちゃにされたまま、柊も俺も慌ただしい放課後を過ごした。 「最悪だ……」 「体力には自信があるのに本気で疲れた……」 「どんまい、でも女子水泳部って楽しそうだったな」 「どこをどう見たら楽しそうに見えたんだよ!!」 少なくともプールで泳いでいるときの柊は、俺から見てものびのびしていた。 プールサイドに上がった途端いつもの柊に戻っていたが、こいつにとって水泳は本当に一日の楽しみなんだと思う。 「今日はすまん。85%くらいは俺が悪かった」 「じゃあ残りの15%はなんなんだよ」 「まあお前の態度だな」 「素っ気ない態度取るにしても、お前の場合ちょっとやり過ぎだぞ」 死ねとか消えろとか口の悪さもそうだけど、なにも自ら進んで嫌味まで言うことはない。 本当に他人が嫌いなんだとしたら、それこそ泳ぐのが趣味でも学校になんて来ないと思うし。 「はあ……」 「むかつく、何でお前みたいなやつが学校にいるんだよ……」 「意味も分からずにギャアギャア叫んで、何か私……ホントにお前といると調子狂う……」 「すみません、ばっちり聞こえてますが」 「うぐっ……」 今日一日柊を見ていたが、どうもこいつは人から褒められることに慣れていないらしい。 冗談で挑発したときより、褒めたときの方が何倍も取り乱すというか慌てていた。 「なあ柊」 「なんだよ」 「今日のお前、ちょっとカッコ良かったぞ?」 「さすが好きでやってるだけあって、泳ぎ方がめっちゃ綺麗だった」 「………」 「素人のくせして、フォームの型なんて全然知らないくせに」 「はは、まあそうなんだけどな」 「………」 突然、ここで柊が足を止める。 「ねえあんた……! じゃなくて……お前!」 「ん? どうした?」 「一体何が目的なのか知らないけど、本当にこれ以上私に関わらないでくれる?」 「お前はこうして私にちょっかい出すのが楽しいのかもしれないけど、こっちはただ普通に迷惑なだけなんだよ……!」 「大体、こうして私につきまとって、本当にお前楽しいのか!?」 「………」 「まあ、少なくとも普通に話す分にはつまらなくはないけど」 「嘘つくなよ! どうせお前も他の連中と一緒に影で私のこと笑ってるんだろ!?」 「だったらそれで良い!! 私もそっちの方が気が楽だ!」 「今までみたいに余計なこと考えないでせいせいする!」 「はあ……はあ……!!」 「………」 「一応言っておくけど、俺陰口はあんまり好きじゃないから、笑ったりはしてないぞ?」 「それに昼間も言ったけど、俺お前のことそこまで詳しく知らないし」 「ならいい。そのまま卒業まで、お前は大人しく私とは距離を置いてくれ」 そのまま明らかに歩くスピードを上げ、俺をこの場に放置していく柊。 「お前……! もしかして筋金入りの個人主義なわけ……!?」 「そう……!!」 「でも、教室で話す分には別に良いだろー!?」 「無理」 春から隣の席になった住人は、俺の冗談抜きにしても他人と関わるのをハッキリと嫌う。 他の連中は、そんな柊のことをどう思っているのかは知らないが…… 俺は出来ることならもう少しだけ、柊とは対等に話せるようになりたいと思った。 「おい! ちょっと待て! そのまま走ると危ないだろうが!!」 「ワンワンッ!! キャイーン!!」 早朝、隣人に頼まれ老犬チワワの散歩に勤しむ俺。 チワワのクセに無駄に引っ張る力が強く、俺はそのままリードを握って公園までダッシュする。 「お前、ホントにチワワか? というか足プルプルしてんじゃん。朝から無理すんなよ」 「ワンッ!!」 これで好物はまぐろの刺身だというから驚きだ。 つーかお前犬だろ。犬は犬らしくドックフードだけ食べてりゃ良いのに。 「よし、もう良いだろ? 俺今日学校あるからさっさと戻ろうぜ?」 「ワンワン!! ワオーン!!」 「きゃああああああああああ!!」 ――!? (お、乙女の悲鳴……!?) 「ちょ、ちょっとやめて!! シャルロット逃げて!!」 「ワ、ワンワン……!!」 「す、すみません……!!」 「おいコラ刺身!! お前何他所の犬を犯そうとしてんだ!!」 「くぅーん……」 マジで残念そうな顔をする刺身。 そうか、お前もう老い先短いから、頑張って子孫を残そうと必死なのか…… 「それ、お前の犬……?」 ん……? 「おお、柊じゃないか。お前も犬の散歩中か?」 「見れば分かるだろ。その前に何だよその犬、めっちゃうちのシャルロットに欲情してるんだけど」 「すまん。こいつもう死にかけだから、子孫を残そうと必死なんだ」 「うっ、マジで勘弁してくれ……」 「そいつ目イッちゃってるじゃん」 「ワオーン!!」 「ぎゃあああああ!! こ、こっち来んな!! ホントに来るな!!」 「はは、これは意外な弱点を発見!」 朝から無駄に柊を挑発しても意味が無い。 そのまま一度家に帰り、俺も制服を着て学校へと向かった。 「おはよー」 「おはよーっす」 「ういー。おはようさーん」 「お前、なんか今日は顔色良いな。何かあったのか?」 「ん?」 「ああいや、今朝犬の散歩したからかな」 「案外早朝の公園を歩くのも、悪くないもんだぜ?」 「うわ、何朝っぱらからキモイこと言ってんだよ」 「あ、柊さんおはよー」 「………」 今日も相変わらずぶっきらぼうな顔をして席に座る柊。 今朝刺身を見て悲鳴をあげていた姿が嘘みたいだ。 「よう、おはよう」 「今朝は悪かったな」 「ふん……」 いつも通りのリアクション。 まあいいんですけど、こっちは何も期待してないし。 「なあ、今日から本格的に授業が始まるな」 「ああそうだな。一学期も本番と言ったところか」 「なんとか夏になる前に、お互い彼女が出来る様頑張ろうぜ」 「おう! 俺様超頑張っちゃうぞ!?」 「馬鹿らし」 「あはは、あんたたち今日も朝から元気ねー」 4月22日、月曜日。 こうして今日も俺たちの一日が始まった。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 昼休み前、午前中の最後の授業。 「あー、突然だが今から道徳の授業をやることになった」 「今や常識や道徳心は学校で教えないとお前らの親がピーピーうるさいからな、校長が自ら下した英断だ」 「道徳?」 「何それ美味しいの?」 「今のあんたたちに一番足りないモノかもね」 いや、お前には言われたくないぞ望月。 「道徳って、あれでしょ? 授業中に変なドキュメンタリーとかアニメ見せられて感想文書くやつ」 「見た見た、フランダースのパグ見たよね」 「ごめんひまひま、私そんなアニメ見てない」 漠然とだが道徳の教科書を朗読した記憶もあるな。 それこそ小学生時代の記憶だから何を読んだかまでは覚えてないけど。 「僕は伝記とか読まされたよ。担任によって道徳の授業は結構違ったかな」 「道徳の授業って先生によっては話が脱線して無理矢理説教させられたりするのよねぇ……」 「本来道徳の授業とは人としての思いやり、実践意欲などの心の向上を図る授業のことだ」 「当然俺にも全く足りないもんだが、これがないとお前ら社会に出てからボロクソに言われるから気をつけろ」 「ボロクソねぇ……」 「先生! もっと楽しい授業しようぜ! 思いやりなんて授業で説明されてもわかんないし」 「うるせぇ、やらなきゃ俺がギャアギャア言われんだよ」 「それじゃあ、図書室から古い教科書持ってきたからこれでとっととやるぞ」 そう言って、妙に薄くて古い教科書を開くジャスティス。 「まあこれは基本だな」 「電車で優先席以外の席にお前らが座っていたとする。そこへヨレヨレの婆さんが乗車してきた」 「席はどこも人が座っているので、婆さんはヒイヒイ言いながら立っている。この場合席を譲るのが正解か否か」 「まあ、普通は譲るよね」 「うん」 「逆に譲らないと何か落ち着かないし……」 「よし、席を譲るやつはこの場で手を上げろ」 担任の一声で次々にその場で手を上げていく一同。 まあこれは数学でいう1+1みたいなもんだからな。 みんな答えなんて深く考えるはずもない。 「柊、お前はどうなんだ?」 「………」 「まあ、後で倒れられたら面倒だし。普通に……」 「待て柊」 「本当にそれで良いのか?」 「え?」 「これは道徳。人としての思いやりについて考える授業だ」 「俺はもっとこの問題について深く考える必要があると思う」 「いや、深く考えないで良いから普通に譲りなさいよ」 「何だお前。ババアに席一つ譲れない小さな男なのか?」 「いいかみんな。まずこの問題の答えを出すには、先にこの婆さんが良い婆さんなのか悪い婆さんなのか議論する必要がある」 「そもそもこの婆さん、本当に婆さんなのかどうかすら怪しいぞ」 「腰が曲がった姿勢も、プルプル震える足もすべて演技」 「ここまで人を騙すスキルを所持しているとなると、本業はもしかしたら一流の詐欺師かもしれん」 「え、詐欺師……!?」 「悪い人なの……?」 「現役のスリ師でもある疾風のトメさん御年86歳」 「優先席に座るやいなや、横で爆睡こいているサラリーマンから財布を華麗に抜き取るのが彼女の日常」 「朝8時から昼の1時までは市役所を主な狩り場とし、午後は大きな総合病院で同じ年寄り連中から財布をスリまくる」 「スリの常習犯……」 「おいおい!! そんなババア本当にいるのかよ!!」 「いや、仮定の話だ。婆さんに関する詳細な設定はその教科書には書かれていない。つまりそこから大いに議論する必要があるんだ」 「そ、そんな……! 道徳の授業がこんなに深いモノだったなんて……!!」 「あ、あはは……何か絶対違うと思うけど……」 「その他家賃の振込先が変わったとマンションの住人を騙し家賃をだまし取る詐欺。一昔前はクレジットカードのスキミング」 「はては同じ老人たちをターゲットにした年金詐欺にオレオレ詐欺」 「詐欺を始めた30代半ばからおよそ50年。犯罪に手を染めた婆さんが稼いだ額は総額で30億円を超える」 「そんなブラックな金で週末はホストクラブを梯子し、気に入ったイケメンがいたらマンションを買い与えそこで飼い慣らす」 「人の善意につけこみ、そこから何の躊躇なく金を巻き上げるトメさん」 「さあ柊。お前はこれでもこの婆さんに席を譲るというのか?」 「殴って全力でブッ殺す」 これで俺たち二人は席を譲らない側にまわる。 損得勘定抜きにして、善意についてしっかりと考えるこの授業。 安易に周囲の意見に流されて、簡単に手を上げてしまうのはよろしくない。 「50年も犯罪に手を染め、間接的に何人も自殺に追いやった婆さんに席を譲るのは果たして正義か!!」 「否!! 俺はどれだけ世論からゲス野郎と言われても、犯罪者には断固として席は譲りたくありません!!」 「なるほどババア犯罪者説か。なかなか道徳の授業らしくなってきたな」 「ひまひま、私頭痛くなってきたんだけど……」 「おかしいだろ!! そんな恐ろしい婆さんがこの世にいてたまるか!!」 「意義あり!!」 「これは自分の行動が正義かどうかなんて関係ない。彼は意図的に話をすり替えようとしています」 「………」 「え……? え?」 「ポイントは相手が犯罪者だろうが何だろうが、『老人に席を譲る』という行為そのものが良いか悪いかにあると思います」 「純粋にあなたたちが老人に席を譲る、そんな人としての思いやりがあるのかどうか」 「それをこの問題では問われているのだと思うけど?」 望月の発言により、席を譲る行為自体は間違いじゃないとみんな目を覚まし始める。 柊は己の内なる正義感と格闘しているのか横でずっと唸っていた。 「わかった。仮にその婆さんに席を譲ったとしよう」 「しかし電車内の人間が自分を除いてすべて80以上の婆さんだったらどうする」 「は? どういうこと?」 「つまり席に座っている人間も、吊革につかまっている人間もすべて婆さんなんだ」 「席に座れず立っている婆さんたちは今にも倒れて絶命寸前」 「そんな中、自分が座っている席の前に今にも死にそうな婆さんがやってくる」 「さあ元気。お前ならどうする?」 「ああ!? 目の前の婆さん死にそうなんだろ!? だったらそんなもん席譲るしかねーだろうが」 「しかしここで問題が起きる」 「元気が婆さんAに席を譲ったことにより、婆さんAと同じくらい容態の悪かった婆さんBは元気から席を譲ってもらえずに倒れて絶命する」 「可哀想に……お前の軽率な行動が婆さんBの命を奪ったんだ……」 「じゃあ婆さんBは他の席に座ってる婆さんに席譲ってもらえよ!!」 「他の席に座っている婆さんC,D,E,F,G,Hその他全員すべての婆さんもAと同じく瀕死なんだぞ?」 「どんな車両だよ!! 全員死にかけの婆さんって変なウイルスでも蔓延してんじゃねーの!?」 「あはは、また話がすり替わってるね……」 「わ、私は一体どのお婆さんを助ければ良いの……!?」 「もう面倒だから助けるババアルーレットで決めようよ」 「道徳もへったくれも無いな」 「その前に、救急車呼んだ方が……」 その後、ババアババアと連呼する我がクラスに隣の担任が説教しにやってきた。 最終的にみんなで出した結論は、そんな列車にはそもそも乗らないことを祈るのみというぶん投げで終わった。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 夕食後、風呂にも入って一息つく。 「ふぁぁ……」 (ね、眠い……) 風呂上がりのリラックス効果には抗えない。 今夜はこのまま、大人しく寝ることにしよう。 「………」 「おまむみ〜」 「それじゃあホームルームを始める」 「まずは昼休みの体育館使用についてだが、今3年が……」 担任の話を聞き流しながら、教室の中を軽く見渡す。 俺と同じく真面目にホームルームの話を聞いているやつは一人もいない。 俺の隣にいる望月もケータイ弄ってるし、柊なんて俺がここへ来てからピクりともしないで爆睡している。 「すみませーん、今日も遅刻しましたー」 「お前な、少しは反省しながら入ってこいよ。毎日ヘラヘラしてんじゃねえ」 「えへへ、すいませーん」 「また徹夜でゲームか?」 「うん、もちろん」 「今新作のFPSにハマッてて、朝の4時まで台湾サーバーで暴れてたよ」 「お前よくそこまでゲームに体力使えるな」 「これくらいしか僕の人生楽しみないからねえ〜」 「桃、お前はもっと希望を持って生きた方が良いぞ」 「少なくとも俺よりモテそうな顔してるのに」 「外見なんてどうでも良いよ。とにかく僕は少しでも遊べる時間の方が欲しいしね」 「お前、もしかしたらこのクラスで一番不健全なヤツかもな」 こうして今日も一日が始まる。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 昼休み。 「おい元気。学食行こうぜ」 「悪い、今日は俺パス」 「ん? 何でだよ」 「今日は裏門の抜け道利用してコンビニへ行くんだ」 「お前も何か欲しい物があれば、報酬次第じゃ一緒に買って来ても良いけど」 「それじゃあカリカリフライドチキンとメロンソーダ500ml買って来てくれ」 「ほうほう」 「それだと密輸量として別途300円ほど……」 「先生ェェェェ!! 元気がァァ……!! 元気が今から学校抜け出してコンビニにィィ!!」 「ぎゃああああああ!! わ、わかった!! わかったからちょっとお前黙れ!!」 「それじゃあ口止め料として、3000円ほど」 「お前は鬼か!!」 俺から搾取しようなど1000年早い。 でもこれでメロンソーダが飲めるのでちょっと嬉しかった。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 お気に入りのマイパジャマに身を包み、気まぐれでテレビをつける。 顔もよく知らない芸人たちが、画面の向こうでコンビニデザートのランキングにコメントしていた。 (おお、この豆乳プリン美味そうだな……) 今日は面白いアニメもやっていないので寝ることにしよう。 夜更かしはお肌の天敵だと、俺の母ちゃんも望月も言っていた。 「ふぅ……」 「おまむみ〜」 「週末だ〜♪ 週末だ〜♪」 「今日は帰ったらエロゲープレイしつつ新作のRPGに没頭するんだ〜♪」 今朝は珍しく遅刻していない桃。 駅前で見かけたので、元気も含めて三人で登校する。 「すごいなそれ、どんなプレイの仕方だよ」 「というかそれ、『遊ぶ』って言えるのか? なんか軽い労働のような気がするんだが」 「僕たち人類には限られた時間しかないからね、遊ぶ時間も睡眠時間も常に効率よくプランを練る必要があるんだ」 「今だって僕の部屋のパソコン付けっぱなしだし、ネット上では僕の作ったキャラがフルオートでせっせと狩りしてるし」 「それ……楽しいのか……?」 「お前たまには外出て遊べよ」 「うっ、親みたいなこと言わないでよ。最近はちゃんと毎日学校行ってるんだし」 「あーあ、ゲームの世界が本当の日常だったら良いのに……」 「もしそうなったら、俺たちすぐに死ぬだろうな」 「ジャンルにもよるけど銃殺されたりモンスターに食われたり」 「パズルゲームなんてどう?」 「僕たち決まった形のブロックとしてこの世に生まれ落ちて、そのまま永遠に生産性のない毎日を過ごすの」 「やめろ!! そんなの現実より辛いじゃねーか!!」 元気同様俺もブロックは勘弁して欲しい。 それよりもやっぱり毎日学校へ行って、女子の気を引く方が俺の性に合っていた。 「お、ちょっと時間やばいな。校門まで走るぞ」 こうして今日も一日が始まる。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 午前中の授業が終わり、やっとのことで昼休み。 「僕、アルバイトしようかなー」 「な、なに!?」 「気は確かか桃!」 「えっ? えっ? 何その反応」 「いや、全日本引きこもり代表のお前が、いきなりバイトとか言うからさ」 今でこそ普通に桃は学校に来ているが、去年はめちゃくちゃ酷かった。 眠い、ゲームが出来ない、テレビが見たいなどの理由で恐ろしいまでに登校を拒否していたこいつ。 俺も元気もジャスティスに頼まれ、出席日数が足りなくなるギリギリのところで桃を無理矢理学校へ引っ張っていった。 「一体どんな心境の変化だよ。お前どちらかと言えば労働者を馬鹿にするくらい仕事嫌いだろ?」 「うん、でもいつまでもそんなこと言ってられないかなって思って」 「今月は欲しいゲームがたくさんあるんだ。マンガも欲しい新刊が10冊以上あるし」 「あと何気にネトゲの課金アイテムの消費も厳しくて……」 「あのさ桃、お前の家小遣い制だろ? 毎月いくらもらってんだ?」 「え? 5万」 「お前馬鹿じゃねーのか!? そんだけもらってて金足りねーとかどういう金銭感覚してんだよ!!」 「ひぃぃ、ご、ごめんなさい〜」 マジで毎月5万も何に使ってるんだ。 ああそうか、ペットの飼育代も含まれてるなら案外いくかもな。 「バイトなら何か紹介するぞ? どんな仕事がしてみたいんだ?」 「うーんとね。一番楽なやつ」 「なあ、こいつ殺していいか?」 「あはは」 世間を舐めすぎな温室育ちの桃。 まあいい機会だ、バイトを通して世間の荒波に揉まれるがいい。 「おい、須賀崎、お前バイト探してるのか?」 「あ、先生。僕にでもサクッと出来そうな、なんか楽チンなバイトないですか?」 「先生、こいつ世間を舐めすぎなんです」 「一発厳しい仕事紹介してやって欲しいっす」 「そうだな……」 「あ、僕コンビニ店員がいいかな」 「なんか勝手なイメージだけど、超楽そうだし」 「コンビニかあ……」 「まあ深夜なら店の立地よっては確かに楽かも……」 「ククク……甘い。甘いぞ須賀崎……」 「お前にコンビニ勤務の厳しさを教えてやろう……!!」 「え?」 「まずコンビニ店員の仕事はレジ打ちだけだと思ってないか?」 「基本的にコンビニ店員は他の職種より客から上から目線で見られる」 「おまけに基本は品だしとレジ打ちを平行してやり、さらに客の入りが多いと各種クレームの対応にも追われる」 「さらにレジと言っても今は様々なサービスをやっているからな」 「超店が混んでいるときに、宅配便の受付が何件も来て見ろ。お前仕事しながら客のイライラを一手に引き受けるんだぞ?」 「ううっ……」 「さらに滅多にないがバイクの自賠責保険の手続きをし、近所に中小企業のオフィスが大量にあれば……」 「昼間から何十万もの大金を掴まされて公共料金の支払いもこなさなくてはならなくなる」 「当然金額が多いとミスるわけにはいかないからな、そうなったときお前はきっと慎重にその仕事にあたるだろう」 「しかしそうするとレジの流れは悪くなり、さらにもう一人の店員がドリンク補充から何度呼んでも帰って来ないこともしばしば」 「さらにそんなときに限ってトイレが汚いとババアから罵声を浴びせられ、言ってみると個室がウンコまみれなんてことに……!!」 「さらに敷地内の駐車場で衝突事故があると、両者共に電話を貸せだの証人になれだのしっちゃかめっちゃか!!」 「おまけにそこで店のATMが止まり! コピー機の紙は切れ! 万引き犯の糞ガキ共がエロ本とヘアスプレーを奪取し――!!」 「無理無理無理!! そんな仕事絶対に無理!!」 「さらに今の仕事を一つでもミスるとオーナーやら店長にキレられる」 「フッ、俺もあの頃は若かったぜ……今にして思えば、もっと楽なバイトにしておけばよかったわ」 コンビニ勤務だけは俺もしたことなかったが…… (な、なんて恐ろしい世界なんだ……) 普段気軽に足を運ぶ分、その恐怖がリアルに俺の体を襲ってくる。 「コンビニってやばいのな。俺今初めて現実を知ったぜ」 「先生! もうちょっと単純な仕事ないの!? 僕同じ仕事をいくつも同時にこなすなんて絶対無理だよ!!」 「単純な仕事? それじゃあファミレスとか飲食店は無理だな」 「無理無理無理!! 僕基本的に知らないおじさんとかおばさん超恐いし」 そうだったのか。初めて知ったぞ。 「マジで単純で良いのなら倉庫いけよ。どこでも人が足りなくて募集してるぞ?」 「倉庫?」 「ああ、オススメは夏場の飲料倉庫だな」 「決まったエリア内のコンビニやスーパーに、大量のジュースを出荷する倉庫だ」 「そこでお前はカーゴと呼ばれる超デカい車輪付きのカゴを持って、一日中その倉庫内を走り回るんだ」 「走り回る?」 「ははっ、なんだよ。それだけなら超楽勝じゃん」 「いいか、まずお前らは空っぽのカーゴを持ってスタート地点に着く。仕事開始は朝の8時だ」 「まずはそこで店舗から発注されてきた伝票を受け取り、そこに書いてあるジュースをダンボールごと何ケースもカゴに積んでいく」 「つ、積んでいく……?」 「ああ、それじゃあ一つ例をあげるか」 「城彩学園ジャスティス店からジュースの発注表が送られてくるとしよう」 「まずはコーラ12ケース。それからミネラルウォーター8ケース。オレンジジュース6ケース。その他炭酸飲料を各種8ケース」 ………。 「大体1ケースをカゴに積むまで3秒くらいだ。最初は楽勝でも後々体力が減ってくるとこれがまたキツい」 「大体上に10ケース以上詰みあげると、重すぎて転ぶから他のカゴと取り替えなきゃならない」 「さらに高さのMAXがそれくらいで、大体一つのカゴには500mlのペットボトルのジュースが40ケースほど入る」 「大体1ケースの重さが13kgほど。それが40ケースで……」 「後はわかるな?」 「無理無理無理!! それも絶対無理そう!!」 「MAXまで積むとおよそ520kg。余裕を残しても30ケースでおよそ390kgだ」 「その重さのカゴを桃、お前はそれでもさらに3秒で1ケース積み上げ、次のジュース次のジュースと倉庫内を移動する」 「しかも一店舗分のジュースをすべて積み終えるのに、倉庫側はノルマの時間を設けセンター長は時計で計って監視している」 「大体1時間で140ケースは積んでいかないとクビにされるな」 「最初は良くても、午後を過ぎると疲労骨折して倒れるオッサンもちらほら出てくる」 「あ、あはは、やっぱり僕アルバイトやめるよ!!」 「先生、さすがに安心出来るバイトないのかよ」 「じゃあアイスの冷凍倉庫なんてどうだ?」 「実働時間は8時間中2時間は休憩出来るお得な仕事だぞ?」 「おお、それなら楽勝そうだな」 「でも何で2時間……?」 「マイナス20度以上の世界で仕事するからな。休憩時間は頻繁に、さらに多めに取らないと死ぬことがあるんだ」 「舐めてるとマジで死ぬぞ。なにせポケットに入れておいた目薬は凍り……」 「ジェルで固めた髪なんか、一瞬にしてバキッと折れてハゲになるからな!!」 「ひぃぃぃぃ!!」 「ハーッハッハッハ!!」 そのまま桃を脅すだけ脅して去って行くジャスティス。 マジであの人何者なんだ。 ただの教師にしては色々やっている気がするし、俺の中でもさらに謎が深まっていくのだった。 「僕、本気で引きこもりに戻るよ……」 「待て、駅前のティッシュ配りでいいなら紹介するぞ?」 「本当!?」 バイトなんてどこ行っても多少は辛いもんだ。 でも今聞いた場所には、さすがの俺も絶対に行きたくないと心に誓った。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 超長風呂をした後、髪を乾かして部屋に戻ってくる。 俺のこだわりは、風呂上がりで火照った体が冷えるまで絶対に服を着ないことだ。 コレは冬だろうが夏だろうが関係無い。 風呂上がりは常に全裸。 薄着はおろかパンツすら穿かないのが俺のジャスティス。 「やばい、寝落ちしそう……」 調子に乗ってしまうと、こうしてこのまま深い眠りに落ちてしまうことも多い。 「さらば……」 「今日の俺……!」 部屋の電気を消してそのまま爆睡する。 明日が今日より素敵な一日になりますように。 「なあ、今度のゴールデンウィーク、お前なんか予定ある?」 「うん、姉ちゃん夫婦と一緒に沖縄行く予定」 「マジかよ!! お前冬にハワイ行ったばっかりじゃねーか!!」 職員会議が長引いているのか、なかなか担任が教室にやって来ない。 他のクラスも同様に、教室を出て普段通り廊下で喋っている。 「ゴールデンウィークかあ……」 「俺も彼女でもいれば、今週末は派手に予定入れて遊ぶんだけどなあ……」 「派手に遊ぶって?」 「ロケット花火の撃ち合いとか?」 「ちげーよ、もっと大人的に派手に遊ぶんだよ」 「まあなんだ、俺はまだ一度も行ったことないけど、ちょっとマイナーなバンドのライブに彼女を誘ってだな」 「俺も昔はロックバンドのボーカルをやっていたと過去を少しずつ語って、ライブの後は軽くレストランで食事」 「さ、最後はもちろん頃合いを見計らって……」 「な、なんとかラブホテルに……!」 「どこも派手じゃないじゃん。しかも最後は結局それ〜?」 「お前にボーカルだった過去なんてないだろ」 「いいんだよ!! 妄想くらい好きに語っても良いだろ!!」 「おいお前ら、さっさと教室に入れ。ホームルーム始めるぞ」 「はいはーい」 こうして今日も普段通りの一日が始まる。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 昼休みになる。 「ひまひまー、今日もお弁当でしょー? 中庭行って食べよー?」 「………」 うちのクラスの女子は弁当派が多い。 今日みたいに天気の良い日は、みんな中庭へ足を運んで弁当を食べる。 「おい、飯行こうぜ」 「おう」 ま、今日も俺は、野郎共と一緒に学食ですけどね。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 「………」 「………」 (今日は……このまま二日分くらい、爆睡出来る気がする……) 体が休息を求めている。 今夜このまま良い子を貫いて早めに寝よう。 「おまむみ〜」 「ねえねえ、柊さん知らなーい? 水泳部の先輩が呼んでるんだけど」 「さあ、そういや今日はまだ来てないな」 寝坊でもしてるのか、柊の席はこの時間になっても空席だ。 いや待てよ? あいつも運動部なら朝練とか出てるんじゃ……? 「水泳部って朝練ないのか? あるんなら実はプールにいるんじゃ……」 「え? 柊さんっていつも朝練出てるの?」 「いや、俺も知らんけど」 なんか柊とまともに話せるってだけで、春先から俺があいつの連絡窓口みたいな感じになっている気がする。 ジャスティスも柊の話になるとそんな感じで俺に言ってくるし、なんかちょっと不思議な感じだ。 「お前、最近柊の連絡窓口みたくなってないか?」 「ああ、俺も今そう思ってた」 (まあ俺は別に迷惑じゃないから良いんだけど) (でもあいつの方はどうなんだろうな……) 「よーし、お前ら席に着けー!! ホームルーム始めるぞー」 ジャスティスが元気よく教室に入ってくる。 こうして今日も俺たちの一日が始まった。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 今日もやってきた俺たちの昼休み。 さてさて、今日はどこで昼を食べるか。 「おーい。今日は学食行こうぜ〜」 「おお、いいぞ。元気の奢りな」 「なんでだよ!!」 いいじゃん、お前俺に超借金あるくせに。 「桃も行こうぜー」 「うん、行くー」 「俺も俺もー!」 「モチョモチョ! モチョッピィーーッ!!」 おお、なんだか今日は大所帯だな。 学食で席を見つけるのも苦労しそうだ。 「なあお前らさ、2年になって調子はどうよ」 「ん? 調子?」 「便通なら問題ないぞ? 夜は毎日土石流だ」 「やめてよ今日僕カレーなのに……」 「モチョッピィ!」 女子も含めた交友関係のことを言っているんだろうが、そこに関してはまだ始まったばかりだしなんとも言えない。 「いきなり調子って言われてもな。女子側だっていきなりこっちに関心は持たないだろ」 「はあ、何だよお前ら全然わかってないのな」 「所謂一軍二軍三軍、お前らどこに潜り込めそうかって話だよ」 「は? 一軍?」 「お前アホか。俺たち野球なんてしてねーよ」 「そうだよ。意味わかんないよ」 一同今の話に首をかしげる。 こういう説明もなしにいきなり得意げに語るヤツはクラスに一人は毎回いる。 「はあ……」 「じゃあ説明してやるよ。自分たちが普段属するクラス内のグループだよ」 「例えば一軍は、ぶっちゃけリア充の巣窟だ」 「可愛い女子がたくさんいて、その女子と話す男子も各種運動部の主将とかが定番だ」 「マジかよ。そんなグループいんのかよ」 「あー、俺はなんとなく理解出来たぞ。その一軍にいる女子って、吹奏楽部の連中とかそんなんだろ?」 「そうそうよくわかってるじゃん」 「一軍は男女共にコミュニケーション能力が高いやつが多いな」 「じゃあ僕たち絶対に一軍じゃないね!」 桃、それ自分で言ってて悲しくないのか。 「続いて二軍は、一軍に惜しくも入れなかった半端者たちだ」 「まあぶっちゃけ普通……? みたいな」 「学校行事でも特に活躍することなく、テストの成績も中間あたりにいるイメージだな」 「ははは!! じゃあ俺二軍でもねーじゃん! テストボロボロだもーん」 「モチョッピィ〜♪」 なるほどな、それ以外は全員三軍ってオチか? つまり三軍はクラス内の底辺だと? 「まあ後は言わなくてもわかると思うが、三軍はまさに地獄だな」 「決まった同士の者たちしか話さないし話せない」 「基本的にオタクの連中はみんなここに自然と集まる……」 「まっ! 俺のことなんだけどな!!」 「あはは、僕もだよ!!」 「俺もそういうことになるの……か?」 そう考えると、自分のクラス内でのポジションがめっちゃ気になってくる。 つーかなんだ三軍って! それだけでなんか俺やばい気がしてきたぞ!? 「ちなみに三軍は一軍からいじめられやすいぞ? 弄られキャラとして定着するやつも多いな」 「良かったな元気。お前も立派な三軍だ」 「やめろ!! 俺は少しでも抗って二軍に潜り込みたいぞ!!」 人付き合いの第一歩はイメージだ。 挨拶から始まり普段の生活態度、いざいうときの行動力がそいつの信頼度に直結してくる。 「その一軍とか三軍とか、そういう例えは嫌いだな」 「なんかそれでいくと、三軍ってレッテル貼られただけで俺たちの生活お終いじゃん」 「そうなんだよ!! だから俺は2年になって調子はどうだって聞いたんだ」 「新しいクラスになってから、基本的にその手のポジション取りは最初の一月が重要だから」 「せっせと裏で工作して、ポイント稼ごうと必死なやつも多いんだぜ?」 そう言ってお次はクラスの女子をランク分けしていくこいつ。 残念だ。俺たちとお前じゃ男としての器が違うんだよフフフ。 「よし元気!! 俺たちは今日から四軍だ!!」 「はあ!? 三軍どころか一つ落ちてんじゃねーか!!」 「一番下まで落ちてりゃ、後は何も怖くないだろ? 開き直れって」 「おお、それなんかカッコ良い!!」 自分のポジションを気にして、ビクビク教室で過ごすなんてアホらしい。 俺もこいつらも、今の位置から出来るだけ努力をしていけば特に問題はないと思った。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 「………」 「………」 (まずい……) (な、なんか急にめちゃくちゃ腹減ってきた……) ここから一番近いコンビニまで歩いて5分。 家の冷蔵庫漁れば、確か今日の煮物の残りが…… 「いや、寝よう」 母ちゃん明日も仕事だろうし、こんな夜遅くに物音を立てるのも抵抗がある。 メシなら明日の朝大量に食えば良い。 「おまむみ〜」 「………」 (く、苦しい……) 今日はちょっと朝メシを食い過ぎた。 昨日の夕飯の残りに加え、トースト2枚にゴボウサラダにハムエッグ。 おまけにインスタント味噌汁も2杯飲んだ。 今朝はいつもより早く目が冷めたので、テレビを見ながら無意識にバクバク食べていたわけだけど…… (やばい、朝から食い過ぎて眠いとか、このまま学校へ行ったら格好がつかねええ……!!) 最近は、妙に人目を気にするようになってきた俺。 朝も念入りに顔を洗うようになったし、制服のズボンもシワがあればアイロンをかけるようにしている。 (俺、最近結構頑張ってるよなぁ……) 彼女が欲しいから、モテたいから。 どんな理由があるにせよ、こうして自分の生活も少しはマシになってきた。 やっぱり見えないところからコツコツ努力しないと、永遠に彼女なんて無理だよな。 「どうせなら、マジで去年から頑張れば良かったぜ!」 こんなところで後悔しても仕方が無い。 今日もこんな感じで俺の一日が始まる。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 今日も始まるランチタイム。 俺は弁当を持って来ていないので、このまま学食の方へ移動するか。 それとも購買でパンでも買ってこようか。 「おい、これ見てくれよ!!」 「これからの時代、男も育児が出来なきゃ駄目らしい」 「は? 育児?」 そう言って、元気が一冊の育児雑誌を持ってやってくる。 ちょっと待て、お前何がきっかけでそんな雑誌読んでるんだ。 「今は主夫って言葉もたまに聞くくらいだしね」 「結婚した後も共働きが一般的っぽいし、確かにこういう知識は必要かも」 「だろ? おまけに家事も出来るようになれば完璧だ」 「だから俺、テレビで育児パパはモテるって特集見てから色々と勉強してよ」 「おぎゃあ」 「え?」 「おぎゃあ」 「な、なんなんだよ!!」 勉強しているならこの俺が試してやろう。 今日の昼休み中はずっとこのジャイアント赤ちゃんが元気の育児スキルを試験することにした。 「おぎゃあ」 「何なんだよさっきから!! お前いい加減日本語喋れよ!!」 「減点、マイナス50点」 「はあ!?」 「俺はお前の赤ちゃんと化し、こうして親切にも育児スキルを試してやってるんだ」 「意味わかんねーよ!! つーかお前そのなりで赤ちゃんとか無理ありすぎだろ!!」 「おぎゃあ!」 「あらあら、可愛い赤ちゃんねー」 「ねえねえ生後何ヶ月?」 「お前らも何ノリノリで付き合ってんだよ!!」 赤ちゃんは泣いて自分の意思を示すもの。 まずは俺が何を伝えたいのか、鳴き声やリアクションだけで理解してもらわないとな。 「おぎゃあ! おぎゃーおぎゃー!」 「なんだようるせーな!! 一々袖引っ張ってくんな!!」 「うーんと、お昼だし普通にお腹が空いてるんじゃない?」 「そうね、その線が濃厚ね」 「おぎゃあ!」 「はあ? 腹減ってんの?」 「つーかお前さっきからおぎゃあしか言わないじゃん。それで俺に分かれって無理あんだろ」 「おい、カツカレーとうどん奢れ」 「都合の良いときだけ喋ってんじゃねえ!」 一々怒鳴るとは、こいつ将来ロクな親父にならないな。 これもマイナス50点。 「大体な、俺がお前の親って設定なら、俺にも相方が必要だと思うんだが」 「じゃあ僕がお母さん役やってあげるよ」 「やめろ!! 遊びでもせめて女子寄こせ女子!!」 「色々と注文が多いヤツだな。だったら俺が全部詳細な設定を決めてやる」 「俺の名前は山田ディカプリオ。日本人とどっかの外人のハーフだ」 「どっかの外人って誰だよ」 「超アバウトね」 「ちなみに生後5ヶ月にして、既に部屋中を二足歩行で走り回れる運動能力を有している」 「おまけに簡単な数が既に数えられるという天才設定で、既にテレビでも取材が殺到しアイドルベイビー街道を爆進中」 「既にオムツのCMにも3本出演予定が入っているスーパーベイビーだ」 「俺の架空の嫁さんは外人なのか」 「モチョッピィだ」 「モチョッピィ!?」 「おいてめェ!! こいつお前の子でもあるんだぞ! 少しは世話していけ!」 育児を一方的にパートナーに押しつけるとは。 「これも駄目ですね」 マイナス50点。 「赤ちゃんって、好奇心旺盛なはずよね」 「この赤ちゃんは一体何に反応するのかしら」 「おぎゃあ」 「あの、ナチュラルにスカートめくろうとしないでくれる?」 すげえこの赤ちゃんパワー! なんか多少のいたずらも大目に見てもらえる気がしてくる……!! 「その歳からなに女子のスカートに興味持ってるんだお前」 「さてはあれだな? お前の将来は俺をも越えるスーパーエロ野郎に……」 「なるほど、さすがは元気の息子だね」 「納得だわ」 「今俺は理解した。赤ん坊が出来ると、周囲はみんな子供の味方をするような気が……」 「よくぞ理解した我が教え子よ」 「結婚生活なんて、子供が出来たら嫁さんは急に冷たくなるもんだぞ〜?」 「おお、ここで本物のパパが!」 「先生、それ冗談抜きで、結構マジ?」 「ああ、マジもマジだ。大マジだ」 「部屋なんてホコリ一つ落ちようものならヒステリックに叫ばれるぞ」 「部屋は常に清潔に保ち、仕事から帰ったらまず即行で風呂に入れと怒鳴られる」 「赤ん坊は少しくらいバイ菌と触れ合ってた方が良いのによー!」 「じゃないと全然免疫力つかないっての」 なるほど、子育ても色々と大変そうだ。 まあでも、ジャスティスの場合ちょっと事情が他の家とは違う気がするけど。 「ほら糞ガキ。メシ食いに行くぞ」 「おぎゃあ!」 軽く元気から蹴られる。 な、なんて酷いっ! 「おい元気、今のはドドメティックバイオレンスだぞ!」 「ドメスティックバイオレンスね」 そう、それそれ! 「フッフッフ……!」 「一つ教えてやろう。貴様が本当に俺の息子なら、今の蹴りくらい瞬時に避けられるはず」 「いや無理でしょ。だって生後5ヶ月だよ?」 「そうね、普通なら立つのも無理ね」 「うるせえ! 俺は厳しい親父だ! 息子にも子供の内から体罰でもって上下関係を分からせてやる!」 「うわー。最悪だー」 「だからお前モテないんだぞ?」 「う、うるせえ! わかってるってそんなこと……!!」 なるほど、この赤ん坊である俺に手をあげるのか。 なら話が早い、俺も全身全霊で反撃してやる。 「ほら来いよ!!」 「ぐはぁっ!」 「ぐほォォ!!」 跳び蹴りと右ストレートをみぞおちと顎にそれぞれヒットさせる。 「貴様、それでも俺の親父か」 「こ、こんな強ぇ赤ん坊なんているわけないだろ!!」 元気は将来、グレた不良息子にボコボコにされそうな親父になる気がする。 ならばせめて未来の奥さんくらい、そんな元気を支えてやれる肝っ玉母ちゃんじゃないと上手くいかない可能性も。 「親父パンチ!!」 「痛ぇぇ!! 本気で殴るんじゃねーよ!!」 「あはは、もう何が何だか」 「この二人って、本当に子供ねえ……」 そのまま赤ちゃんごっこはやめて、素直に元気とメシを食うことにする。 こんな馬鹿をやっていても、将来お互いに良いパパになろうと心に誓い合った。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 「………」 今夜は眠れないので、無駄な妄想をしてみる。 もし『彼女』というものが、コンビニで気軽に買えたら…… (人権的にかなり問題あるよな……) やはりこれからは、美少女型のアンドロイドの登場を待つしかない。 例えそれが一体数千万だとしても、そのとき俺が独り身だったら借金してでも買うと思う。 (いや、そうはならないために頑張らないと……) 「おまむみ〜」 「ええ!? そうなの!? レンタルしたらポストに返却って超楽じゃん!」 「うん、最近は映画専門チャンネルも増えたし、レンタル店の方も色々頑張ってるみたいで」 朝から元気に友達と会話している陽茉莉。 ああやって女子に囲まれているときの陽茉莉には、今の俺だと少々話しかけづらい。 まあそれは陽茉莉に限らず他の女子にも言えることだけど、やはり同じクラスメイトとはいえ男女の壁はしっかりとある。 (でも実際、自分に彼女が出来たらどうなるんだろうな……) 女子と会話中でも、こっちが彼氏なら気軽に入っていけるんだろうか。 彼女が出来ると、その彼女越しに交友関係も広がるって聞くし…… そんな生活はまさに今の俺にとっては未知数だ。 「もぐもぐ……」 「どうしたの? 皆原さんのことじっと見て」 「いや、ちょっとな……」 「って、お前早速早弁かよ」 「ううん、早弁じゃないよ? これちくわ。僕の朝ご飯なの」 「練り物は良いよ〜? 米類とは違ってサクッと栄養補給できるし」 「ふーん」 「ちくわは良いけど、臭いからあっち行って食えよ」 「酷い!! ちゃんと真ん中にキュウリも入れてあるのに!!」 桃はたまにわけのわからないことを言ってくる。 こうして今日も俺たちの一日が始まった。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 「おばちゃん!! レーズンパン二つ!! あとミックスサンド!!」 「俺たまご蒸しパン二つ!!」 今日も相変わらず購買は大繁盛。 そばやうどんな気分でもないし、パンを求めて来たは良いけどこのざまだ。 「はあ、一足遅かったね。この混みようじゃ残りのパンにも期待出来ないかなあ……」 「まかせろ」 「え?」 「うわああああああああ!!」 「そこそこ!! そこに超デカいゴキブリがァァァァ!!」  「うああああああ!!」 「キャアアアアア!!」 「イヤァァァァァ!!」 「ほら、みんな散ったぞ?」 「ちょっとあんたねえ!! 食堂でそんな悪質な嘘つくんじゃないの!!」 「すんません」 「あはは、でもパン買えたよ〜!」 何事も発想と機転が大事である。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 風呂から上がった後、ボーッとケータイを弄りながら眠くなるのを待つ。 俺のメール受信フォルダが、いつか自分の彼女からのメールで埋まるときは来るんだろうか。 「元気、元気、桃、元気、桃、桃、元気……」 「男ばっかじゃねーか! たまには女子もメール送って来いよ!」 たまに望月や綾部からもメールが来るが、内容はまったくと言って良いほどロマンがない。 まあいいさ、いつか絵文字付きの可愛いメールを彼女に送ってやる。 「おまむみ〜」 「やべぇぇぇぇぇぇ!!」 「弁当持って来るの忘れたァァァァァァァ!!」 「どんまい。昼は学食いけば良いじゃん」 朝っぱらから、そんなつまらないことで大声を出す元気。 そもそもお前、弁当あっても早弁するから昼はいつも学食だろうに。 「それが、今日は家に財布まで置いてきちまって……」 「僕貸さないよ!!」 「ああ、俺もお前には金貸さん」 「おいおいおい!! 何だよお前らちょっと薄情過ぎじゃね!?」 「お前らが今日楽しく昼メシを食っている間、俺は下手したら水道水で腹を満たすことになるんだぞ!?」 「みんな満腹ですごす平和な午後を、俺は一人空腹になった腹を悲しくさする……」 「だってお前、金貸しても絶対に返さないだろ?」 「そうだよ。僕からも2万くらい借金あるよね?」 「いや、ちゃんと返すよ。間違いなく返す。絶対に返すから!!」 「ただあれだ、返す日は俺が勝手に指定させてもらうので、そのときにまとめて……」 「よし桃、一緒に利子付けてやろうぜ?」 「これも金にルーズなこいつのためだ」 「うん分かった。十一ね」 「待って!? ねえそれ違法じゃない!?」 「つーかお前ら友達から十日で一割も取るんじゃねーよ!!」 「でもお前、それでも絶対返す気ないだろ?」 「ちょっとはあるよ?」 「ちょっとかよ!! つーかお前そろそろブッ飛ばすぞ!!」 「ひィィ……!! しゅ、しゅいましぇん……!!」 金の切れ目が縁の切れ目。 こうして今日も一日が始まる。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 「ひい、ふう、みい……」 「畜生!! 今日だけで3組もカップルがイチャイチャしてやがる!!」 「よし、俺たちもイチャイチャするか」 「やめろよキメェェェェ!!」 「じゃあ俺とするか?」 「マジで勘弁して!! キメェェェェ!!」 たまには気分転換に中庭でメシを食おうと思ったが…… 結果的にはカップル達のラブラブっぷりを眺めるだけで、とてもじゃないけど気分転換にはならなかった。 (俺もいつか、自分の彼女と中庭で食いてェェェェ!!) こうしてまた、俺の憧れのシチュエーションが脳内に作成されるのだった。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 ……。 ……。 一人は…… 「一人は寂しいィィーーッ!!」 こんな夜、俺に妹か姉ちゃんがいればこんな寂しさも紛れるんだろうか。 当然妹だった場合は、俺にゾッコンLOVEなブラコン妹で…… 「姉ちゃんはそうだな……」 いつまでも弟離れ出来ない、これまた俺にゾッコンLOVEな甘えっ子で…… (どちらにしてもブラコンなんだな) でも二人とも、俺に顔が似てたらすごく嫌だな…… ある日突然俺の元に美人姉妹が転がり込んで来ないものか。 そんな寂しい妄想をしながら、今夜は眠りに落ちていった。 「おまむみ〜」 「はあ……はあ……!!」 「せ、セーフ……!!」 今朝は寝坊したので、ここまで全力で走って来た。 毎日遅刻してカッコ良いのは、いつの世も余裕のあるイケメンかちょいモテヤンキー野郎に決まっている。 俺は当然そのどちらでもないので、遅刻に関しては割と普段から気をつけている。 「さて教室へ……」 「はい。たんま。ちょい待ち」 「すみません。体が勝手に昇降口へ」 「はいはい、朝から意味のわからないこと言わないの」 「それで? 今朝の遅刻理由は?」 「待て!! 俺は遅刻じゃない!! 10秒くらいセーフにしてくれたって良くない!?」 「ごめんなさいね。最近風紀委員の遅刻チェックがザルだってつっこまれちゃって……」 「で? 遅刻の理由は?」 畜生!! 今日の俺はこれで遅刻組の仲間入りらしい!! 「はあ……! はあ……!!」 「よし間に合ったぜ!!」 「いや、間に合ってないから」 「それで? そっちの遅刻理由は?」 「途中でこいつに襲われました」 「おい朝から適当なこと言ってんだ殺すぞ!!」 「綾部様! 聞きました!? 今のこいつ暴言……!!」 「こいつ普段からずっとこうなんです。俺が遅刻しそうな日には必ず俺の足を引っ張って……!!」 「ふーん、で?」 「それでもあなたも遅刻だから、他人に罪をなすりつけようとしても無駄よ?」 鬼!! 悪魔!! 「はあ……! はあ……!!」 「よ、よし……! なんとか間に合った……!!」 「途中でこの人に襲われて遅刻しました」 「俺も野々村に襲われて遅刻しました」 「は!? え? 何!?」 「あんたたち、二人揃って見苦しいわよ」 俺はともかく、元気はこれで今年20回目の遅刻となる。 俺と野々村はそのまま教室へ向かったが、元気は一人綾部に説教された挙げ句職員室へ連行されたのだった。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 午前中の授業が終わり、本日の昼休み。 「それじゃあ、少しの間だけお願いね! 私厨房のヘルプに入るから!」 「え!? ちょ、ちょっと!?」 ただパンを買いに来ただけなのに、なぜか購買部の店番を任されてしまう俺。 まあ良いか、とりあえず自分の欲しいパンはキープ出来そうだし。 「あんパン一つくれ!!」 「はい、80円になります」 「私タマゴレタスサンドとコーンマヨネーズパン!!」 「私クロワッサンと抹茶ベーグルとオニオンサンドとカレーパン!!」 「お、俺は――!!」 「だあああああああああああ!!」 「一度にそんなにたくさん言われても対応出来るかァァ!!」 「前から思ってたんだ!! お前らちゃんと一列に並べェェ!!」 俺の一喝が効いたのか、みんなしぶしぶと一列に並び始める。 「はい、タマゴレタスサンドとコーンマヨネーズパンね」 「どうも」 「はい次。クロワッサンと抹茶ベーグルとオニオンサンドとカレーパンね」 「あ、ありがとう……」 「お次は……」 「………」 「俺のサインで」 「アホか! パン寄こせパン!!」 「まったく、最近のお客は冗談も通じないなんて失礼しちゃうわ。ぷんぷん!!」 「俺もカレーパンくれ」 「お待たせしました、握りつぶしたクリームパンです」 「いるか!! 時間ねーんだよさっさとしろよ!!」 「はいはい、カレーパンね。100円だ」 「お前払っておいてくれ」 おいテメェ! 白昼堂々万引きすんな!! 「ほら、後ろが詰まってるんだから早く金出せ」 「チッ」 そう言って100円を投げて寄こす元気。 なんだあいつ、今日は機嫌悪いのか? 「はい次」 「キャビアフォアグラパン一つ」 あるかそんなもん。 「お客さん、冷やかしなら帰って下さい」 「あとそんなパンあっても、絶対味はまずいと思うけど」 「ええ知ってるわ。フレンチトースト頂戴」 「はいはい、120円ね」 「どうも。理奈によろしく」 綾部は掴み所のないやつなので、時折マジで反応に困る。 お次は…… 「コッペパンください!!」 「桃か」 コッペパンは…… 「すまんもう無い。売り切れみたいだ」 「そんな!! この購買で一番貧相なあいつが、既に売り切れだなんてあり得ないよ!!」 「でも無い物はしょうがないだろ。他のやつにしろって」 「ううっ、それじゃあ高級和牛ステーキパン」 「お前もか、そんなパンねーよ。どこ見てんだ」 「そこにあるよ?」 「え?」 一個2400円!? なんだこのパン!! 作ってるヤツ頭イカれてんだろ!! 「ま、毎度。600円のお釣りです」 「うん、どうも〜」 こうして見ると、購買って俺の知り合いみんな利用してるな。 俺も当たり前のように普段から利用しているけど、みんな毎回似たようなパンを買っていくのか? 「いちごとマーガリン」 「はい?」 「いちごとマーガリンのパン寄こせって言ってんの!!」 「い、いちごとマーガリンのパン。食べたいんだよ……」 「はいはい、いちごとマーガリンのパンね? 丁度100円だ」 そのままパンを受け取ると、逃げるようにその場から去って行く柊。 ちょっと女子らしいパンを買っていくあいつに、思わず笑ってしまったのは内緒だ。 「はいはい、どうもありがとう。厨房の方は何とかなりそうだわ」 「ういー」 俺も取り置きしたパンを買って教室に戻る。 今日はいつもとは違った経験が出来た、そんな一風変わった昼休みだった。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 「風呂掃除完了! 食器洗いも完了!」 今夜は深夜まで残業だと言っていた母ちゃん。 こんな日は俺が簡単な家事をやることになっている。 俺は不器用なので簡単な料理すらも出来ないが、こうして風呂の準備やキッチンの片付けくらいなら出来る。 「ふぅ……」 パジャマに着替えてそろそろ寝ることにする。 時刻は夜の11時過ぎ。 そろそろ寝ないと、明日はすぐに起きられる自信がない。 「今夜は、超絶幸せな夢が見られますように……」 (あと、出来ればちょっとエロい夢だと嬉しいです……) 「ねえねえ理奈ちゃん! 今期のアニメ全部チェックしてる!? というか録画してない!?」 「うん、一応全部撮ってあるけど。丁度溜まった分は今週末にまとめて見るつもりー」 「よかったぁぁ……」 「ねえねえ、それじゃあ先週の未来探偵ティクビ撮ってある? 私録画失敗しちゃって……!!」 「あ、私も見たい! 先週丁度見忘れちゃって……!!」 「ふふっ、はいはい。それじゃあみんな今度うち来る?」 「………」 望月はいつも女子グループの中心にいる。 俺や元気なんかとも自然につるむあいつだけど、やっぱり普段はああして女子たちといることが多い。 (それに比べて柊は……) いつものようにつまらなそうな顔をして教室へ入っていく柊。 あいつがクラスの女子たちと、今の望月みたいにキャイキャイしてるところなんて見たことがない。 「おーいお前ら、さっさと席に着け。ホームルーム始めるぞ」 「ういー」 ここでジャスティスが教室へとやってくる。 こうして今日も俺の平凡な一日が始まった。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 「はあ、あんたのお弁当、いつ見ても豪華だよね」 「う、うん……」 「ごめんね……? うちお金持ちだから……」 「ムキィィーー!! その台詞自体めっちゃ腹立つわーー!!」 「どれどれ? どれくらい豪華なの?」 「僕も見たい〜」 「えっと、今日のお弁当はたらば蟹とトリュフ入り、ネギのフラン有機野菜添えと……」 「あとはスズキのポワレとトマトソース。それから……」 「すげえ……」 「ねえねえ! それ一口僕のからあげと交換しない!?」 金ってあるところにはあるんだな…… そう思わざるを得ない、そんな昼の出来事だった。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 「おっしゃァァァァ!! レベルが上がったァァァァ!!」 久しぶりに桃から誘われたオンラインRPGをプレイする。 このゲーム、レベル49から50に上がるまでに、レベル1から49までに稼いだ分の経験値が必要というマゾ設定。 最近はアイテム課金を駆使すれば、そんな鬼のような道のりも楽々らしいのだが…… 「俺はこのまま、マゾ仕様のままでいくぜ!!」 基本俺は飽きっぽいので、たまにこうして桃と遊ぶくらいが丁度良い。 そのまま夜の1時過ぎまで、俺は久しぶりに机にかじりついてネトゲに夢中になるのだった。 「ねえねえ、一つ質問があるんだけど良いかな?」 「うん? 何だ??」 教室に入るなり、珍しく野々村が俺の席へとやってくる。 「うちの先生って、何でジャスティスって呼ばれてるの?」 「あれ? 知らないのか」 「あの人、名前が正義だからさ。だからジャスティス」 「ああ、なるほど〜」 「いやいっつも私の周りでジャスティスジャスティスって言う子が多いからさ」 「なーんでそんな超ダサな呼び方してるのかと思って」 「あはは、実は僕も超ダサいと思ってた」 「でしょー? それで本人が喜んでたらマジで気持ち悪いと思って……」 「気持ち悪くて悪かったな」 「え……?」 「すまんな、俺はどこへ行って何をしていてもこのあだ名で呼ばれるんだ」 「本当ならまさピーとかセイちゃんとか……」 「俺だってもっとそんな可愛い感じで呼ばれたかったのによォォォォ!!」 「あ、あはは……す、すみません気持ち悪いとか言っちゃって……」 「え!? ジャスティスって呼び方、気に入ってたんじゃないの!?」 「はあ!? 誰が気に入るかこのタコ!!」 「いい歳したオッサンが、指さされながらジャスティスとか言われて喜べるか!!」 「まあ確かに」 「ビックリだよ。僕も気に入ってるのかと思ってた……」 朝からどうでもいい新発見。 こうして今日も一日が始まる。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 本日も始まった昼休み。 やばい、今日はめっちゃ腹減ったしガッツリ昼メシを食いたい。 「あ、今日は弁当なんだ。僕もおにぎりだからここで食べようかなー」 「今朝、来る途中のコンビニで買ったんだ」 「最近はコンビニ弁当のカツ丼も、案外美味しくていい感じなんだぞ?」 「ふーん、でも使ってる油超体に悪そうだよねー」 こ、こいつ、今から人がそれを食べようと言うときに…… 「俺、今日は日の丸弁当。母ちゃんがこれしか用意してくれなかった」 「じゃあ学食いけばいいじゃん。そばの汁をおかずに米をかきこめ」 「食堂でそんな恥ずかしい真似出来るわけねーだろ!!」 まあ確かに言われてみればそうか。 俺や元気みたいなタイプが、一人学食でそんな弁当の食い方してたらどん引きされそうだし。 「だ、誰か……!」 「食い物を……! 弁当のおかずをくれェェ……!」 「え!? ちょ、ちょっと先生どうしたのよ!」 「うわ、なんかすごいボロボロ……」 すごい格好で教室に入ってくるジャスティス。 なんだなんだ、何かあったのか? 「先生どうしたの? 腹痛?」 「違う、単純に空腹なんだ」 なんだよそれ。 だったらメシ食えよ。 「先生って、いつも奥さんからお弁当作ってもらってなかった?」 「ああそうだ。冷蔵庫の中にある、残り物オンリーの地獄の弁当をな」 「まあとりあえず見てくれよコレ!!」 「え?」 そう言って、本日の弁当の中身を俺に見せてくるジャスティス。 「うわあ……何コレ?」 「ウンコ?」 「4日前に作った野菜炒めを上からブッかけた、ただの白米弁当だよ!!」 「もう臭いでわかんだろ!? あいつ俺の健康のことなんてマジで端っからどうでもいいんだよ!!」 「うわあ、これ変な臭いする! かなり傷んでるよコレぇ……」 鼻を近づけた桃が高速で後ずさる。 マジだ、ここまで臭いが届いてくる。 「先生、結婚生活上手くいってないんだっけ?」 「うわあ……さすがの私もコレには同情するわ……」 「マジで俺に持たせる弁当なんて、ゴミ同然だと思ってんだよあいつは!!」 「いいかお前ら、マジで付き合う相手には気をつけろ……」 「悔いのない恋愛をしろって言うのはこういう現実があるからだ……」 「え?」 「いやー、俺も結婚してからこんな目に合うのは絶対に嫌だぞ」 「良いかお前ら!! いくつになっても絶対に合コンになんか行くんじゃねえ!!」 突然ジャスティスが立ち上がり、周囲の男子連中は呼びかける。 「なんだなんだ? どうした?」 「モチョッピィ?」 「たった一晩飲みの席で一緒になったからって、コロっとそいつに転ぶなんてのは愚の骨頂!!」 「酒の勢いだけで一発ヤッたらさあ大変!! 責任取れだの慰謝料寄こせだのそんな女に限ってマジでロクなこと言ってこねえ!!」 「最終的に責任取って、それでもなんとか幸せになればまだ許せるんだがよぉ……」 「家に帰ればメシも作らねえ!! 部屋は汚ねえ!! 洗濯もしねえ!!」 「給料日に金だけ渡す人生なんて、お前ら絶対に歩みたくないだろ!?」 「なあ!?」 「お、恐ろしすぎる……!」 「うん、マジで洒落にならないよ……」 人生のパートナー選びに失敗すると色々と詰む。 なんて恐ろしい、こうも経験者から強く語られるとマジで体がブルブルしてくる。 「女も女だ! お前らは時に冷酷に人の心の隙間に入り込んで来やがる!!」 「俺はお前らが恐ろしい……! マジでもう少し自分の将来を真剣に考えておけば良かったぁぁぁぁ!!」 「うんうん。後悔先に立たずね。私たちもこういう結婚生活だけは送りたくないわ」 「先生……可哀相……」 「あはは……さすがにこれには同情するわね」 「自業自得だろ。合コンとかばっかじゃないの」 みんなジャスティスを哀れみ、少しずつ自分たちの昼のおかずを寄付していく。 「ありがとう! ありがとう我が天使たち!!」 「これからも悲劇のデス弁当が来たら、お前達を素直に頼らせてもらうわ!!」 「先生、それだったら学食いけばいいじゃん」 「そうだぜ、あそこなら200円でかけそば食えるし」 「クックック……」 「お前ら、財布を鬼嫁に握られた悲しい男の末路を舐めるなよ?」 「俺は一日のコーヒー代はおろか……」 「一月で小遣い2000円しかもらえてねーんだよ!!」 「ええ!? 2000円!?」 「ハハハ!! 中学生かよ先生!!」 毎月いくら稼いでるのか知らないけど、さすがに2000はヤバいだろ。 というか2000円って、今時中学生でも遊び代に困るんじゃないのか……!? 「先生、可哀相だから今日のコーヒー代くらい奢ってあげるわよ。はい120円」 「お、おお……ありがとう望月……!!」 「お前は将来好きな男に、絶対こんな仕打ちしたら駄目だからな……!!」 「はいはい、言われなくてもそんな女にはならないから大丈夫ですー」 「わ、私はたぶん平気よ。たぶん……」 チラッと俺の方を見てくる望月。 うん、確かにこいつならそんな心配はいらないと思う。 「いや、最初はみんな同じこと言うんだ」 「お付き合いってのは、相手の本性を掴む上でもやっぱ大事なことなんだよな」 でもジャスティスって昔は遊んでたイメージも何となくするし。 俺も大人になったらこうはなりたくない。 元気も俺と同じ事を思ったのか、勝手に俺の横で頷いている。 「やっぱりパートナー選びは重要だよな。うんうん」 「まあ俺たちは選べる立場にいないけどな」 「わかってますぅー!!」 こうして今日も騒がしい昼休みが幕を閉じた。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 「何……!?」 (九州限定のとんこつ炭酸飲料だと……!?) 寝る前についつい気になるネットサイトを巡回してしまう俺。 おまけに炭酸ジャンキーの俺としては、このとんこつサイダーは見逃せない。 (よし、3本くらい注文しよう……) 限定ご当地アイテムも、クリック一つで買える時代。 気軽にネットで買えるのに何が限定なんだとツッコミを入れながら、今日は大人しく寝たのだった。 「モ、モチョッピィ……」 「お、おいどうした。お前朝からめっちゃ顔色悪いぞ……!?」 登校して教室に入るなり、モチョッピィが自分の席で青い顔をしていた。 「腹痛らしい。こいつ胃腸が弱いらしくて」 「あ、僕もわかるわかる〜」 「朝とか牛乳一杯でお腹壊すからねぇ……コーヒーでもカフェインで一発だし」 「えっ、マジで……? 腹弱い人って毎朝そんな感じなの?」 「うん、そうだね。牛乳ってそういう理由で朝から飲めない人も多いよ?」 「あとは刺激物が駄目だってタイプも多いよな。胃の粘膜が関係してるんじゃねーの?」 とりあえずモチョッピィを保健室まで連れて行くか? でも俺が連れて行くより、モチョッピィも保険委員の女子の方がいいか。 「ああ!! 誰だよここにあった蒸しパン食ったヤツ!!」 「これ消費期限切れてんだからな! 食ったヤツさっさと保健室行けよ?」 「モ、モチョッピィ……」 「おいおい盗み食いかよ。自業自得じゃん」 「あはは、軽い軽犯罪だね」 数分後、さらに症状が悪化し床にのたうち回るモチョッピィ。 こうして今日も俺たちの一日が始まる。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 「ふいー」 昼休み、昼飯を食う前にトイレに足を運んでいた。 ここのトイレは無駄に綺麗で設備が良く、俺もかなりリラックスして用が足せる。 「うちの学校ってさ、トイレめっちゃ金かかってるよな」 「ああ、部活の試合とかで他校の連中が来るとみんなビックリするらしいぞ」 まあその分色々と費用も高いし。 俺ってやっぱりちょっとすごい学校に通ってるのかもしれない。 そんなことをふと思った昼だった。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 金曜の夜。 一人寂しくリビングでバラエティ番組を見ている俺。 母ちゃんは今夜も仕事でいない。 俺は一体いつまでこんな寂しい生活を送るのか…… 桃『やほー! 起きてる〜? 良かったら今から狩りいかなーい?』 「………」 桃からネトゲのお誘いが来る。 (ふふ……桃、寂しい俺を気遣ってくれるのはお前だけだぜ……) とりあえずコンビニでジュースとお菓子を買ってこよう。 今夜は桃と一緒に、経験値稼ぎに没頭することに決定した。 (でも1時にはちゃんと寝よう……) 「はあ……やべぇ……そろそろ髪切りに行かなきゃ……」 「何がヤバイんだよ。今月金無いとか?」 「いや、そうじゃないんだ……」 「ほら、俺って天パだろ? だからどこへ切りに行っても基本的に満足のいく仕上がりにならなくて……」 「そうなのか? 天然パーマなんてそう珍しくもないし、純粋に自分の行ってる店側が悪いんじゃなくて?」 「いや、どこの店に行っても基本的に同じなんだ」 「俺たち天パは、髪が伸びるとかなりボリュームがあるように見えるんだけど……」 「実は濡らしてみると、そこまでボリュームは無かったりするんだ。なにせ天パは巻いてるからさ」 「ふむふむ」 「だから濡らす前のボリュームのイメージで切られると、短髪は嫌だって行ってるのにバッサリ切られたりして……」 「下手な店だと、ボリュームがあるから減らしましょうね♪」 「とか言ってきて、スキバサミでガンガン髪の毛減らされて……」 「気が付けば、髪型はいつも病人のように……」 「なるほど、天パも色々と大変だな」 昔、『天パは髪の毛が早く乾きそうでお得じゃん?』 と友達に軽く言ったら、そいつにマジ切れされたことがある。 真っ直ぐでも天パでも、髪の悩みは男女共に尽きることはない。 「最終的には、自分で好きな様に切れるのが理想だよな。セルフカットってやつ?」 「あー。それなら自分で美容師目指すのもアリかもなあ……」 朝から無駄に髪の話で盛り上がりつつ、今日もいつも通りの一日が始まった。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 午前中の授業が終わり、本日の昼休み。 「はい元気、この間言ってたエロゲー」 「は? な、何言ってんだよ」 「え? 貸して欲しいって言うから持って来てあげたんだけど」 「そ、そういう物は人のいないところで渡せよ……!」 「え? なんで……?」 「お、俺、そういうの初めてなんだからよ」 ほう、それはそれは昼休み早々面白いことを聞いてしまった。 「そうか、元気……お前もとうとうエロゲデビューか」 「はあ!?」 「ば、ばっかじゃねーの! 誰がそんなもんデビューするのかってーの!!」 俺からつっこまれ、突然動揺しだす元気。 おお懐かしいこの感じ、男なら誰でも一度は通るであろうこの瞬間。 「はいはい、隠さなくていいって。俺たちは仲間だ」 「で? 桃から何借りるんだよ」 「えーっとね……」 「あああああああああーーーーッ!!」 「ちょっ!! おまっ!!」 「うわあああああ!!」 突然桃の鞄を持って後ずさる元気。 「な、なんだよそんなに警戒することないだろ」 「なになに? どうしたんだ?」 「瀬野のやつ、今日からエロゲデビューするらしいぞ」 「え? マジで……!?」 次々とその場にいる連中の注目を集め始める元気。 おいおい、あんまり引き延ばすと逆に恥ずかしい事になるぞ? 「わかったわかった。どうせあれだろ? めっちゃエロいやつ借りるんだろ?」 「そ、そんなわけねーだろ!! 俺をお前らオタクと一緒にすんな!!」 「うーん、でも元気、既に何本かやってるよね?」 「なんだ、もう完璧お仲間じゃん」 「で? 何借りるんだ?」 「見せろ見せろ!」 「だあああああ!! こっち来んな!! マジで消えろブッ殺すぞ!!」 何をそんなに慌てる必要があるのか。 まさか元気、新参者のクセしてそんなにディープな物を? 「大丈夫だ元気。俺たちはお前の味方だ」 「たとえお前がどんなに鬼畜な調教ゲーやロリゲーをプレイしようが、俺たちの友情は変わらない」 「だ、だから俺をお前ら変態と一緒にするな!」 「た、ただ……俺はこの間やったゲームの……」 「そ、その……ストーリーに……感動しただけで……」 「え? レイプ・ザ・にゃんにゃんのストーリーでそんなに感動したの!?」 「タイトルを言うなタイトルを!! つーか何だよそれ! 俺は知らん!! 知らんぞそんなタイトル……!!」 往生際が悪い元気。 まあ気持ちはわからないでもない。 ここは生暖かーくみんなで歓迎しようじゃないか。 「わかったわかった」 「でもビックリだな。お前いつからそういうゲームに興味持つようになったんだ?」 「元気ってどちらかと言えば格ゲーとかシューティングとか、直感で動かすゲームの方が好きだったろ?」 「………」 「ま、まあな。俺にも魔が差すことはあるんだよ」 「俺の場合は深夜アニメがきっかけだな。たまには二次元に癒しを求めても良いだろ」 「お、お前らはどうなんだよ」 「俺は元々兄貴がオタクだったから!」 「うちは姉ちゃんが腐女子だから、なんかそういうオタ的な話がオープンで」 「僕は忘れた。なるべくしてオタクになったんじゃないかな」 「最初のきっかけなんて、今思えばあれこれありすぎてわからないし」 「まあそんなもんだよな」 「オタクって、なりたいと思ってなれるようなもんでもないし」 そういう意味では目覚めたきっかけを思い出すのは困難だ。 俺も桃と一緒でよく覚えてないし、やっぱ普通のゲームが入り口になりやすかったりするのか……? 「オタクの話と似てるけど、エロへの開眼もそんな感じだよな」 「俺は道端に落ちてたエロ本がきっかけだったけど」 「俺は姉ちゃんが連れてきた女友達かな……」 「めちゃくちゃ美人だったから、お茶持っていくついでにジロジロ見てた」 「俺は通販カタログの下着のページが入り口だったな」 「あれって、よく見ると案外エロいんだぜ?」 「すげぇ……!! それは盲点だった」 「ベタなところで、エロい美術書とかもきっかけになりやすいよな」 こうしてみると、エロへの入り口も様々すぎる。 これが世代の離れた人なら、一体どんな物を入り口に…… 「ふいー」 「おーい誰か、ここに置いてあったプリントの束知らないかー?」 「あ、それならさっき皆原さんが職員室へ届けに行きましたー」 「おお、そうか。それなら良いわ」 「先生先生! ちょっと良い?」 「なんだよ、俺は今忙しいんだ」 「畜生、あの教頭め、昼休みくらいゆっくりメシ食わせろっての……!」 「先生ってエロに目覚めたのいつ?」 「は?」 「おお、それ聞いてみたいな!」 「案外俺たちと変わらなかったりして」 元気に代わって今度はジャスティスに注目がいく。 やっぱりこういう話には、世代間ギャップって必要だよな。 「んー」 「俺の時はあれだな。テレビだったな」 「え? テレビ? ドラマの濡れ場シーンとか?」 「そうじゃない、深夜にエロ専門の番組がやってたんだ」 「普通に地上派でAVの宣伝もしてたんだぞ?」 「はあ!? マジで!?」 「すげー! 全然信じられねえ……」 「まあ、後は親父の読んでたスポーツ新聞とかもそうだったな」 「知ってたか? あれって大半はエロネタばっかなんだぜ?」 さすが俺たちより大人! 色々知っていて、何だかちょっぴりワクワクするぞ!! 「それよりもお前らな」 「あんまり教室でそういう話すると、女子たちからどん引きされるぞ?」 「え……?」 周囲を見渡すと、確かに女子たちから冷たい視線を感じる。 「ホント、男ってしょうのない生き物ね〜」 「まあ、そういうことに興味が全くないのもちょっと怖いけどねー」 まあ俺たちの評判なんて普段からこんなもんだ。 みんな残りの休み時間、学食へ移ってエロ談義を再開した。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 寝る前にケータイでネット巡回する。 いつもはパソコンでネットサーフィン派な俺も、面倒なときはこうしてケータイ片手にベッドで寝ている。 (ほお……リンパマッサージか……) なんでも俺みたいなブサイク野郎でも、顔にリンパマッサージを施すと超絶イケメンになれるらしい。 それで本当にイケメンになれたら苦労はしないので、今夜も大人しく一人で寝ることにした。 「おまむみ〜」 「右よし、左よし、正面よし!!」 朝から何度もドアの後ろにある鏡を見つめる俺。 イケメンじゃなくても、彼女が欲しいからには身だしなみにも注意が必要。 「駄目だ」 「今日のもみあげの位置は気にくわない」 そう言って、ワックス片手に再び格闘する。 こういう地道な努力が、いつか実を結ぶことになるんだろうか。 逆にこれで彼女が出来なきゃ、毎日鏡を気にする気持ちの悪い男子の出来上がりだ。 「ちょっと、あんたいつまでやってんのよ。朝ご飯早く食べちゃいなさい」 「へーい」 怒られたので素直に朝食を食べに行く。 大丈夫、努力はきっと報われる。 そう思ってないと、今の世の中やってらんないぜっ!! 「おっともみあげの位置が……!」 教室に来ても、やっぱり自分の髪が気になってしょうがない。 俺はナルシーか? ナルシストの素質アリ!? 「ふう……」 「まあ今朝はこんなもんかな」 「ねえねえ」 「不必要に自分の髪型を気にする男はモテないって噂、知ってる?」 「なにそれ!?」 今は聞きたくない情報なんですけど!? 「女子から見た、男子の気持ち悪い行動ベスト5に入るらしいんだよね」 「不潔じゃなければ問題無いのに、ベタベタとスタイリング剤まみれの髪をアピールされても気持ち悪いだけだって」 「………」 「なるほど、確かにそれは一理ある」 そう言って、そっと髪を洗いに席を立つ。 俺は綺麗サッパリ髪を洗ったところで、ジャスティスに捕まり説教されるのだった。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 昼休み。 「そういえばうちの学校ってさ、昼は校内放送流れないのな」 「連絡事項以外、基本的に放送部は昼に何もしないらしいよ?」 「なんか教頭先生が超神経質らしくて、昼に音楽でも流そうものならめちゃくちゃ怒るんだって」 「ふーん、なんかちょっとつまらないよな」 「俺たちが子供の頃は、普通に好きなCDかけたり、放送部員がオタクの場合はドラマCDとか流してたけど」 「あはは、それ今やったら停学ものだね〜」 でも昼に音楽流すくらい許して欲しい。 こうして友達と話していないと、とてもじゃないけど寂しくなりそうな昼休みだった。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 「ほっ……! ほっ……!」 気まぐれで、母ちゃんの部屋からダンベルを持って来る。 適度な不可を腕に与え、俺も明日から程よい筋肉を持つ男子に生まれ変わる……! 「ほっ……! ほっ……!」 「ほっ……! ほっ……!」 はあ。 「飽きた」 実は俺、死ぬほど飽きっぽいタイプだったりする。 うん、俺には規則正しい生活とか、筋トレとかも無理っぽい。 (よし……) 「ムラムラしてきたのでエロゲでもやろう」 俺はすぐにパソコンを起動し…… 「今夜はロリな気分だな」 『はじめてのヒギィ』を起動したのだった。 「なあ、元気って今どの辺住んでるんだ?」 「ん? 今は隣町に住んでるぞ。4LDKの普通のマンション」 なに……? 元気のクセに4LDKだと……!? 「お前んち広いの?」 「ああ、たぶん広い方なんじゃないか?」 「でもうちって兄弟多いから、居住スペースとしては色々と不満もあるけどな」 元気とはいつも駅前で会うことが多い。 こいつは1年の頃からずっと電車で通学してて、この街に住んでいる身としては、そんな電車通学がちょっぴり羨ましい。 「お前の家は? 確か駅の向こうのマンションだよな?」 「ああ、母ちゃんと二人暮らしだから狭くはないぞ」 「ただお前みたいにさ、俺も一度は電車通学ってやつを体験して見たかったぜ」 「おいおい、たまーにそれ言われるんだけどさ。実際電車で通学しても全然良いことないぞ?」 「ん? そうなのか?」 「ああ、基本的にオッサンたちの通勤時間と被るから、来るときは通勤ラッシュで毎日くたくた……」 「おまけにホームで可愛い女子との出会いが……!」 「……なんて、当然だけどそんなことはまず絶対にないしなあ……」 「マジかよ。あんまり人の夢壊すなよ」 「後は強風や人身事故ですぐに電車なんて止まっちまうし」 「何気に定期代だって馬鹿になんないしよ」 そう言ってため息をつく元気。 なんだ、だったら隣町くらい徒歩で通学すれば良いのに。 「でも駅のホームで一目惚れってシチュエーション。やっぱ憧れるよな」 「ハハッ! お前って、結構ロマンチストなところあるよな」 朝から元気に笑われる俺。 こうして今日も一日が始まる。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 午前中の授業が終わり、昼休み。 今日は家から弁当持参なので、このまま教室でゆっくりする。 「なあなあ! 暇だし俺としりとりしようぜ! 負けた方がジュース奢りなー!」 「おう」 「リンゴ!」 「胡麻酢」 「ズッキーニ!」 「ニーズ」 「頭痛!」 「渦」 「ず、ず……」 「図星!」 「心電図」 「もう嫌だこの人!」 敗走する元気。 見事120円をゲットする。 「チッ、負けっ放しもムカツクから、次はデコピンじゃんけんしようぜ?」 「ん? どんな遊びだよそれ」 「ルールは単純だ」 「純粋にジャンケンをして、勝った方が負けた方にデコピンをする」 「これを淡々と繰り返し、上手く行けば一人が相手を一方的に滅多打ちに出来るという寸法だ」 「ククク……俺にデコピンをさせようとは良い度胸だな」 「俺のデコピンはすごいぞ。そもそも恐ろしいのはその威力にプラスされる様々な追加効果だけどな」 「ほお、聞こうじゃないか」 「俺のデコピンをくらった相手は、悪寒、頭痛、関節痛、慢性的な怠さに加えて呼吸困難も併発し」 「症状が第二段階に移行すると、嘔吐、知覚麻痺、言語障害、血圧低下」 「最終的にはDNAも破壊され、意識のあるままどんどん体中の皮膚や肉が剥がれていく」 「怖すぎだろ!!」 もうそこまでいったら、相手に触れるだけで殺せてしまうくらいの威力がありそうだ。 まあ当然こんなのは寒いジョークですが。 「おい佐藤。またなんかあったら言えよ」 「はい」 ……。 ……。 え!? 「ちょっと待て!! お前モチョッピィって名前じゃないの!?」 「も、モチョッピィ……!?」 いやもう遅いから。 つーかなんだ! だったら最初から佐藤君で良くね!? 「お前今頃気づいたのかよ。こいつ普通に出席取るとき佐藤で返事してんじゃん」 いや知らん。 というか出席取るとき、一々他人の名前なんて意識しないし。 「それよりどうしたんだ? 個人的にジャスティスに絞られてたのか?」 「実は……」 「最近俺……このキャラに限界を感じて来て……」 「いや、最初から限界もなにも無理ありすぎだろ」 本気で初見はビックリしたし。 「でも俺……これと言って特技もなければ特徴もないし……」 「俺……このままクラスの空気と化して消えるだけは嫌なんだ……!!」 「お前も大変だな」 「ねね、それじゃあ次はオカマキャラで行こうよ!」 桃、お前鬼過ぎるだろ。 「でもさ、もうあだ名はモチョッピィで決まりだろ」 「それだけ一回で覚えられるあだ名も珍しいと思うけど」 「そ、そう!? マジで!?」 「うんうん。マジマジ」 あだ名って、意外と無い人も多いんだよな。 名前がすごく普通だったりすると、それだけで元気みたいに名前の呼び捨てで終了するし。 「ちょっと羨ましいわ。俺も普段からあだ名欲しかったから」 「でも元気って、呼びやすくて良い名前だと思うけど」 「ああ、おまけにこの名前も一発で覚えられるからな」 「学校で問題起こすと、一発で先生にバレて半殺しにされてた」 「あー、珍しい苗字のやつとか同じ理由で悩んでるやつとか多いよな」 全校集会で名前を呼ばれたら、一発でみんなから視線が飛んで来るほど怖い物はない。 「あーあ、俺もあだ名欲しいなー」 「よし、まかせろ。俺が付けてやる」 「ゲンゲン、キンキン、ケツバイブ」 「即席だけどどれが良い?」 「どれも嫌だけど最後のは何だ!!」 「サービスだ」 「意味わかんねえ! お前絶対ネーミングセンスないだろ!!」 失礼なヤツだな。 せっかく三つも選択肢をやったのに。 「だったら女子にあだ名つけてもらったらどう?」 「野々村さんとかそういうの得意そうだけど」 「なになにー? 今私のこと呼んだー?」 早速野々村が飛んで来る。 「今、元気にあだ名をつけようって話になってるんだ」 「そこでなんかこう……野々村的にピンと来るあだ名ある?」 「うーんと……」 「ゲンゲン!!」 お前、俺とセンス同じすぎ。 「アホだ、マジでこの教室にはロクなやついねえ……」 「モチョッピィ!!」 「お前は何テンション戻ってんだ!!」 人にあだ名を急につけるのは難しい。 こういうのって、本当に自然に呼んで定着するものだったりするし。 「名前の二文字を繰り返すのって、自分的には可愛いと思うんだけどなあ」 「だってひまひまも実際そうだし」 「それは女子だからだろ?」 「本人も結構気に入ってるみたいなんだよね」 「ふふふ、ちょっとここから呼んでみてよ」 そう言って、若干意地悪な笑みを浮かべて言ってくる野々村。 えーっと……。 「ひまひま〜!」 「え? な、何……?」 「へ……? な、何……?」 「うーん、反応がちょっとイマイチね。男子に呼ばれたんだから、もっとオーバーにリアクション取らなきゃ」 「どんなルールだよ」 でもあだ名はちょっと憧れるな。 俺も元気みたいに、あだ名で呼ばれることはまずないし。 「というわけで、モチョッピィは今日からオカマキャラでいけな?」 「モチョッピィ!?」 こうして今日も平和に俺たちのランチタイムが終わる。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 「フォオオオオオオオオ!!」 とうとう5月も終わってしまう。 俺は寂しさを堪えるために、自室で全裸になり踊り狂う。 他人の視線を感じることのないこのプライベート空間。 たまには全裸で寝るのも悪くない。 (はあ……) (彼女持ちって、やっぱ裸で彼女と朝まで寝たりしてるのかねえ……) 女子だったら誰でも良いというわけじゃない。 ただ俺は、もう5月が終わってしまうというこの事実に…… 恐怖にも似た焦りを感じていた。 「フォオオオオオオオオオ!!」 (もう6月なんだよなぁ……) 教室の壁にかかっているカレンダーを見てため息をつく。 今が6月ということは、来月の後半にはもう夏休みが始まってしまう。 なんとかそうなる前に彼女を作りたい。 その気持ちはまだ十分にある。 ただ…… (今月末にはなんとか告白までいかないとな……) 夏休み直前になって、慌ててあれこれ行動するのも無理がある。 俺は心に余裕がないと、基本的に何でも失敗してしまうタイプ。 だからこの6月は、俺にとって非常に大事な、そして絶対防衛ラインと言っても過言ではない月だった。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 今日もいつも通りの昼休み。 「なあ、うちの学校にもコンビニ欲しいよなあ」 「んー? どうした突然」 「いや、昨日大学とか専門学校のパンフめっちゃ見てたんだけどさ」 「すごいところは学校の敷地内にコンビニとか薬局とかめっちゃ入ってるんだよ」 「うん、知ってる。普通にカフェとかファミレスが入ってるところもあるよねー」 「そうすればさ、俺たちの昼飯にもバリエーションが出ると思って」 「でも毎日ファミレス行く金なんかないぞ」 「たまにでいいんだよ! 女子とカフェで放課後お茶とかしたいじゃん!?」 「あはは、元気にカフェとか似合わなすぎ」 「確かに」 「ケッ、好きに言ってろ」 でも学校にそんな設備や店舗が入ってきたら確かに面白いかもしれない。 そうなったら学校でもバイト出来そうだし、ちょっとそんな生活もしてみたいと思う昼休みだった。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 夜の11時過ぎ。 風呂から出てマンガを読んでいたら急にムラムラしてくる。 「よし」 俺は棚から自分で作った特製のサイコロを手に取り床に投げる。 「フム……」 「今日は三次元か……」 六面ある内の半分には二次元、もう半分には3次元と書き込まれているそのサイコロ。 己の欲望のはけ口を、こうして運に任せてみるのも案外楽しい。 「やべェ! もうティッシュがねえええ!!」 こうして今日も俺の一日は幕を閉じた。 「なあ! 隣のクラスでカップル成立だってよ。今朝どっちかが告ったらしい」 「マジで? なんか朝からブルーになるニュースだな」 登校早々、教室は廊下はそんな話題で持ちきりになっていた。 春から何組かカップルは生まれているが、その度にこの学年はこんな調子だ。 「マジかよ、今年は多いな」 「これは俺ら以外にも頑張っちゃってる連中がいるってことか?」 「ああ、どうもそうらしいな」 「来年は進路だ勉強だって忙しくなるし、俺ら以外にもアクティブな連中はまだまだいるだろ」 「もう6月だもんねえ」 「この季節を逃したら、後は……冬休み?」 「甘いぞ桃。冬の行事は、これまた俺たちモテない族にとっては鬼門だ」 「クリスマスなんて、ぶっちゃけカップル以外には悲しいだけの行事だろ?」 「おまけに大晦日に初詣のコンボも、基本的に女子は自分の家族と一緒に過ごしているケースが多い」 「そうなんだよなあ。基本的に冬はカップルのための季節みたいなもんだから」 「俺たちみたいな頑張って彼女作りたい組にとっては、特に美味い季節じゃないし……」 「おいおい、お前ら正気か? 冬に出会いが無いなんて、アホみたいなこと言ってんじゃねーぞ」 「でも事実じゃん先生。冬より夏の方がお得だろ?」 「そうそう。付き合ってもいない男が、正月に女子を呼び出すのはかなり勇気がいると思うんだけど」 「アホか、冬と言ったらスキーだろ。お前らの場合はボードか」 「昔から冬の出会いと言ったらゲレンデって相場が決まってるんだよ」 「なんでもかんでもアレが悪いコレが悪いって、気軽に季節のせいにしてんじゃねえ」 なるほど、冬はゲレンデ勝負か。 でも…… 「そんなバブル真っ盛りじゃないんだから、今時スキー場に行って出会いなんて期待出来るんですかね」 「出会っても普段は気軽に会えない距離にお互い住んでたら、マジで地獄の遠距離恋愛なんてパターンもあるし」 「遠距離じゃ意味ねえ!! せめて俺は週に2回くらいは会える彼女が欲しいぞ……!!」 俺も元気と同意見だ。 超好きになった子と、半年に一回しか会えないとかマジで死にたくなるくらい寂しいし。 「お前らって、女欲しいって言う割には色々と注文が多いよなあ」 「どんな形であれ、とりあえず女がいれば文句ないだろ」 「まあ確かに贅沢言える立場じゃないけど」 でも最初の彼女が遠距離なんて嫌だ。 この辺にスキー場があるなら良いんだけど、生憎この街には海ばかり。 今日もこんな話ばっかりして、俺たちの一日が始まった。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 「ううっ、今月ケータイ代やばいよ……どうしよう……」 昼休み、桃がケータイの請求書を持って凹んでいる。 「桃って毎月ケータイにどれくらい払ってるんだ?」 「三万円」 「は!? それちょっと高過ぎだろ!!」 「だってさあ。色んなアプリ見てるとついダウンロードしたくならない?」 「最近はケータイで出来るゲームもボリュームがあって、授業中とかつい夢中になっちゃうんだよねえ……」 そう言って3Dで画面がぐりぐり動くRPGを俺に見せてくる桃。 おお、これは確かに、一度プレイしたらハマりそうだ。 「ケータイも進化し過ぎるのは問題だよ」 「僕なんてこれ、電話というより完全にゲーム機と化してるし」 「まあ、俺たちの世代なんてそんなもんだろ」 こうして教室を眺めてみると、誰かしらケータイ弄って遊んでるし。 でも昼休みくらい、俺はケータイやゲームからは離れて友達と遊びたいと思った。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 (そろそろ……) (奴らの季節だな……) 音速で部屋中を走り回る、ゴキでブリな黒光りをしているあの連中。 このマンションに越してきてからは一度もお目にかかってはいないが、念には念を入れて対策をする必要がある。 「よし、設置完了」 一口食べて巣に帰ると、仲間も一緒に全滅するというこの代物。 所謂ホウ酸ダンゴ系の設置罠だが、これを俺の部屋に14個仕掛ける。 「フフフ……!」 「これがないとこの季節は安心して眠れない……!」 こうして一人勝利宣言をしながら、俺は今夜も安全に眠りについた。 「おまむみ〜!」 「今月の残りと来月分を足すと一万円に届くから……」 「そしたら再来月分のと合わせて……」 「………」 めずらしく柊が真面目な顔してノートに書き込んでいる。 なんだ? 電卓なんか使って、小遣い計算か何かか? 「ねね、柊さん何してるのー?」 「うるさい。あっち行け。しっしっ」 「ううっ……何もそんなに邪険に扱わないでも……」 今話しかけても無駄か。 まったく、デリケートな隣人を持つと俺も色々と苦労するぜ。 「先生まだ来ないねー」 「フフフ、このまま一限目までホームルーム食い込んでくれねーかな」 「そしたら俺たち、純粋に勉強する時間減るし」 「お前はいつも授業中爆睡してるから関係ないだろ」 「は? それはお前も同じだろ?」 失敬な、俺は最近真面目に授業受けてるぞ。 「あはは、もっと二人が食い付くような授業があれば良いのにね」 「例えば……」 「どんな男たちもたちまちモテモテになれる。そんな方法を伝授する授業とか」 「それすごい胡散臭いな。一歩間違えればヤバい洗脳セミナーと大して変わらんぞ」 「はは、特別講師としてすげぇホストが登場したら面白いな」 「あはは、ああいう職種の人に、色々と仕事の話とか聞いてみたいよね」 確かに一度はそんな話も聞いてみたい。 学生である俺たちには、ちょっと遠い世界の話。 そんな授業が一つくらい、マジでこの学校にもあれば良いとちょっと思った。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 昼休み。 たまには購買でパンを買い、みんなで中庭へとやってくる。 「元気、俺のコッペパンとお前のチョココロネ交換してくれよ」 「はあ? ちょっと待て、それ一方的に俺の方が損しないか?」 うちの学校のパンはすぐに売り切れる。 昼休みが始まって5分もしないうちに、総菜系のパンは全滅するし。 「ねえ見て見て、海外の友達が昨日の夜ネットで送ってくれたんだ」 「ん? なんだ?」 「げっ、またトカゲ野郎のエロ画像かよ!!」 「でもその絵めっちゃ上手いな。桃のその友達とやらが描いたのか?」 「うん、何ヶ月か一度に僕のリクエストに応えて描いてくれるんだ」 「普段は映画とかで使う、特殊メイクの仕事を請け負ってる人なんだって」 「はあ、すごいな……」 最近はインターネットの普及で、俺たちの世代も気軽に外国人とコミュニケーションを取るようになった。 と言っても俺の場合はゲームで野次の飛ばし合い程度だけど、桃の場合はそれよりワンランク上の付き合いだ。 「あのさ桃、前から思ってたんだけど」 「ん? 何?」 「お前って、こういうトカゲ野郎の気持ち悪い絵じゃないと興奮出来ないんだろ?」 「それってマジで深刻なレベルで辛くね〜?」 「トカゲ野郎じゃなくてリザードマンね!」 「まあ、辛いか辛くないかで言ったら……」 「フフッ、めちゃくちゃ辛いよ……」 桃の表情から笑顔が消える。 「僕は比較的、こういう性的なものに関心を寄せるのが早かった」 「最初は女子の裸を想像するだけで、みんなと一緒に興奮出来たんだけどね……」 「ただ、ある事件がきっかけで……」 「ん? 事件?」 「なんだよそれ、俺初耳だぞ」 「思い出すだけで腹が立ってくる……」 「ああああああ!! 何が可愛いだけで芸がないだあの女ァァァァ!!」 「ひィィ!! こいつ何かおかしいよ!!」 元気、抱きついて来るな。めっちゃ暑苦しいわ。 「あれは数年前……」 「僕がまだただのカードゲームオタクだった頃……」 「マンションの隣の部屋に、一人のOLが引っ越してきた……」 「おお、なんか俺エロ展開期待しちゃうぞ……!!」 「いや、この口ぶりから察するにロクなもんじゃないだろ」 「僕は、子供の頃からなかなか筋肉がつかなくて、母親からは度々お遊びで女装とかさせられたりしたんだ」 「正直僕にはかなりそれが屈辱的だったんだけど、そんな僕の姿を、その隣のOLが目撃して……」 そう言いながら手に持っていたクリームパンを握りつぶす桃。 おいおいどうした、穏やかじゃないな。 「それからその人に会う度に、エレベーターや近所のスーパーでもキャーキャー可愛い可愛いって連呼してきて……」 「こっちは頼んでもいないのに、次から次へと女物の服を買ってきてはプレゼントされたんだ」 「おまけに友達を集めて、僕を囲んで記念撮影なんかやったりして……!!」 「ごめん、なんかそれだけ聞くとちょっと羨ましいんだが」 「そうだぜ、俺もOLとその愉快な仲間達に囲まれたいぜ」 「僕だって、普通の男なんだよ?」 「そうさ、そのときは半分イライラしつつ、自分のことを持てはやしてくれる彼女たちに興味も沸いてきた」 「基本的に僕、年上が好きだったからさ、そのときはちょっと本気になって告白したら……」 「はあ!? 告ったのか!?」 「そ、そうだよ!」 「そしたらその人……」 「可愛いだけじゃ、女にはモテないんだぞ?」 「って……」 「大して顔も可愛くねえくせにいきなり上から目線で言ってくるんじゃねェェェェ!!」 「ひィィ!!」 「今日の桃は激しいな」 なるほど、こいつは俺たちよりも先に、本格的な失恋を経験していたのか。 「もうそれからは女っていうか女の人を見るだけでも駄目だね」 「クラスメイトくらいなら別に普通に話せるけど、少しでも距離が近くなったら本気で吐きそうになるよ」 「それからというもの……僕は人間の女性に代わる、性欲のはけ口を求めネットをさ迷った……」 「最初はフタなりから入ったけどどうも駄目で、その後は人外の世界に足を踏み入れ……それでも僕はまだまだ満足出来なかった」 「失恋だけで歪み過ぎだろ」 「わからんぞ。俺たちも好きな女子に振られたら、いつこうなるかわからんぞ」 まあ自暴自棄になる可能性はあるけど、さすがに桃のレベルまで落ちることはまずないな。 「最初は自分が異常者じゃないかと思って、色々な掲示板や有名なネットユーザーのブログに書き込みとかしたんだけど……」 「世の中にはアスファルトフェチとか、冷凍チキンフェチとか僕の想像を超える先輩達もいて……」 「なんとか、そんな人たちにも励まされて……」 「れ、冷凍チキン……?」 すげえな、アスファルトフェチってなんだ。 既にそこから常軌を逸している。 「そして、僕が最後にたどり着いたのがリザードマンだったんだ」 「昔からハマってたカードゲームに、たまたまリザードマンのカードが何種類かあって……」 「爬虫類系の顔って、顔に表情が基本的に無いでしょ?」 「目がちょこんとしてて、特に眉毛らしい物もないし」 「ああ、確かに言われてみるとそうだな」 「そういう、こっちが話しかけても感情に裏表が無さそうなそんな表情にまず惹かれたんだ」 「そしたら僕と同じような性癖を持つ人が、次々にこうして興奮する絵を提供してくれて」 人の数ほどフェチがある。 どっかの偉人が昔言っていたらしいが、なるほど桃もリザードマンに行き着くまでにはこれでも色々あったのか。 「わかってくれた? 僕がリザードマンに固執するのもちゃんとした理由があるんだ」 「それで、もう一枚の絵が丁度昨日一緒に送ってもらった産卵シーンのヤツなんだけど……」 「い、いや……俺は遠慮しておく……」 「待て元気、これで一緒に興奮してみようぜ?」 「嫌だよ!! 俺は正常でいたいよ!!」 平和な学園の中庭で、2枚の絵を前にギャアギャア騒ぐ俺たち。 桃も色々と複雑なやつだけど、たまにはこうして男だけで過ごす昼休みも良いと思った。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 カーテン越しに夜の街をちょっとだけ眺めてみる。 駅前にはやたらデカい観覧車があるので、ここからでもすぐにその位置が把握出来る。 デートとスポットとしても最近人気のあるこの街だけど…… (夜でも明るい街って、なんかちょっと落ち着かないよな……) そんなことを考えながら、パジャマに着替えてベッドに入る。 来週は、今週よりも良いことがたくさんありますように…… 「おまむみ〜」 「………」 「やばい、超眠い……」 「あんたねえ。そんな顔で学校行くんじゃないわよ?」 「家出るときもう一度顔洗ってシャキッとして行きなさい?」 なぜ一日は24時間しかないのか。 頑張って7時間以上睡眠時間を取っても、確実にその時間内で熟睡出来るとは限らない。 一日が倍の48時間あれば、そのうちに20時間くらい遊んだり睡眠時間に充てられるのに。 「ねえ母ちゃん。何で一日って24時間しかないの?」 「48時間くらいあれば、俺だってめちゃくちゃ勉強してどっかの教授にもなれるかもしれないのに」 「あんたの場合、どうせ48時間あってもずっと遊んでるだけでしょ?」 「そういう人間も含めて、24時間が妥当だと神様が決定してくれたのよ」 すげえ、その神様先見性ありすぎだろ。 「まあでも、一日が48時間になったところで、労働時間もその分増えそうだし……」 「あんたの場合学校にいる時間も倍になったりするんじゃない?」 「彼女がいれば、今の倍学校にいたって良いんだけどな」 「あっそ、それじゃあとっとと告白しないとね」 当然の様に、難しい事をサラッと言ってくれる母ちゃん。 朝からアホなことばかり言ってないで、今日もいつも通り学校へ向かった。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 昼休み。 「なあ元気。このクラスに既にカップルって存在していると思うか?」 「なんだよ急に」 「いやほら、隠れカップルっているだろ?」 「学校じゃいつもと変わらない態度とってさ、みんなのいないところではバッチリラブラブしてる連中」 「や、やめてくれよ……そんなこと想像したら鬱になるんだが……」 みんなのいる前では話すらしないで、放課後になると手を繋いで帰るカップルも以前の学校にはいた。 夜は当然メールだってしてそうだし。 そうなると電話越しにラブラブトークなんかも…… 「ああああああああああ!! 駄目だああああああああああ!!」 「マジで死にたくなってくる!! 俺も早く彼女とメールしてええええ!!」 「お前も色々と大変だな……」 理想と現実の狭間でのたうち回る。 ああ、俺も早く彼女が欲しい。 そう改めて自覚する昼だった。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 「最初はグー!」 「ジャンケンポン!!」 「あいこでしょ!! あいこでしょ!!」 「あいこでしょォォ!! あいこでしょォォォォ!!」 鏡の前で、シャドーボクシングならぬシャドージャンケンに勤しむ俺。 結果は当然すべてあいこ。 うん、でもこの意味の無さが今夜も俺も冷静にする。 「これで突然鏡の中の俺に負けたらちょっと面白いんだけどな」 そんなB級ホラー映画ばりのシチュエーション。 俺は結構嫌いじゃなかった。 「おはよ。ねえあんた、そろそろ前に貸したゲーム返してくれない?」 「ん? どれのことだ?」 望月とは頻繁に、それも複数ゲームの貸し借りをしているのですぐには反応出来ない。 「あれあれ、あのスローライフRPGのやつ」 「今度のアップデートで、友達と対戦出来る様になるらしくて」 「マジかよ。スローライフから段々と離れて行きそうなアップデートだな」 「理奈ちゃんちょっといーい?」 「はいはーい」 いい加減、あいつに借りてるソフトは全部返さないとな。 ゲーム以外に細かいマンガやDVDも含めると、ちょっと洒落にならないくらいの量があるし。 「あ」 今ので思い出した。 「おい元気。そろそろお前、俺が貸してるゲーム全部返せよな」 「え……? どれのこと……?」 「全部だ全部。どれとかそういう問題じゃねーから」 「………」 「悪い。全部売った」 はあ!? 「てめぇ!! 売ったってどういうことだよ!! お前マジでブッ殺すぞ!!」 「ひぃぃ!! ひぃぃぃぃ!!」 「す、すみません!! 先月財布の中身がピンチだったものでェェェェ!!」 「元気って。結構ゲスだよね」 「いや、元気は結構どころじゃないぞ」 「おーい、朝からギャアギャア喧嘩すんな。廊下まで聞こえてるぞ」 しばらく担任に事情を説明して元気を血祭りに上げる。 こうしても今日も慌ただしく一日が始まった。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 「なあ元気。俺が女だったらどうする?」 「ブッ――!!」 「汚ねえ……!! こんなところで吐くなよ!!」 「お、お前が変なこと言ってきたから噴いたんじゃねーか!!」 「なになに? 女装にでも開花した!?」 「いや、偏見だけど元気ってニューハーフバーとかにハマりそうだなと思って」 「はあ!? そんなとこ行くわけねーだろ!! 俺は正常だ!!」 「いや、そうは言うけどさ、実際最近の綺麗なニューハーフの方々はパッと見性別わからんぞ?」 そう言ってネットに繋いだケータイで画像を見せる。 「おお!? マジで!? この子男なの!? え、どうなの!?」 「まあ男か女かというより、ニューハーフとしか言えん」 「現代で認知されつつある、完全な第三の性別だな」 「あはは、最終的に彼女出来なかったら狙ってみるのもいいんじゃない?」 「………」 「でも俺、ニューハーフにも好かれなかったらどうしよう……」 「ああ駄目だ。モテないってだけで、男は案外自信無くすよなあ……」 「お、おい元気……」 そのまま勝手に落ちていく元気。 今日の昼は、そんな友を励ましているだけで終わってしまった。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 「ふぅ……」 風呂から上がって一息つく俺。 どんなに面倒でも、俺は毎日入浴はかかさない。 なぜなら俺は…… 「風呂が好きだからだ……!!」 誰もいないこの部屋で、無意味にそんな台詞を口にしてみる。 我が家の風呂は自動と追い炊き機能があるので、贅沢をすれば24時間いつでもすぐ風呂に入れる。 入浴剤も母ちゃんの趣味で大量に備蓄があるため、親子揃っての風呂好きだ。 「さて、寝る前に桃のブログをチェックしよう……」 こうして今日も、俺の一日は平和に過ぎていった。 「ちょっとひまひま!! 私よりも先に昇降口行かないっ!!」 「え!? なにそれ、何ルール!?」 「私が考案した智美ちんルールです」 「あの、意味分かんないうえに理不尽だと思うんだけど」 (今日も元気だな、陽茉莉のやつ) 登校中、陽茉莉と野々村の姿を発見する。 あの二人、一体いつから知り合いなのか知らないけど…… こうして見ると本当に仲が良いように見える。 「口答えする生意気な子にはこうだぁぁぁぁ!!」 「ちょ、ちょっとやめてよーーッ!!」 野々村が陽茉莉のハムスターストラップをタコ殴りにする。 どうも陽茉莉の弄られ属性は健在らしく、何だかちょっと安心する。 「はいはい、女子に見取れてないでさっさと教室入ってー」 「ういー。すみませーん」 こうして今日も平凡な一日が始まる。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 午前の授業がすべて終わり、待ちに待った本日の昼休み。 「なあ、最近俺、鼻毛の伸びがヤバいんだが」 「お前部屋の中超汚いだろ。あと空気悪いところにいるとそうなるらしいぞ」 「マジで!? じゃあ空気清浄機とか買った方が良い系!?」 「いや、そんなもん買うよりまずは部屋の掃除が先決だろ」 俺はこう見えて部屋は時々ちゃんと掃除している。 特にパソコンの周りが汚いと落ち着かないし、周りがホコリだらけの空間で寝るのも嫌だし。 「大体元気、今のお前の部屋ってどんな感じなんだ?」 「え?」 「え、えーっと……あ、あはは……」 「なんだよ」 いきなり乾いた笑いを発する元気。 おいおい、まさか洒落にならないレベルの状況じゃないだろうな。 「お前、週にどれくらい掃除してる?」 「フッ、週に……? だと……?」 「ブハハッ! 俺様がそんなに小まめに掃除する人間に見えるのか!? おいおいこいつは傑作だぜ!!」 「週一どころかもう自分の部屋なんて半年以上掃除なんてしてねーよ!! ぷぷっ、お前俺の友達のクセにそんなことも知らねーのォ!?」 「いやそもそも友達じゃないし」 「今頃気づくなんて、元気ってやっぱり哀れだよね……」 「お、おい……マジで勘弁してくれ。なんか冗談でも不安になってくるんだが……」 でも俺、こいつの部屋には一度も遊びに行ったことないな。 ぶっちゃけ半年以上掃除してない部屋なんて想像出来ないんだけど。 「自分の部屋ってさ、半年以上掃除しないとどうなんの?」 「うーん、どうなるっていうか……」 「とりあえずあれだな、部屋が散らかってないと安心して夜眠れなくなる」 「マジかよ。普通逆だろ?」 「チッチッチ、これだから汚部屋初心者は。綺麗に掃除の行き届いた部屋で熟睡なんて出来るわけねーだろ」 「食いかけのカップ麺、いつの弁当だがわからない謎の物体。夜中にパキパキと足音をたてるゴキブリ共」 「人間ってやつは環境に適応する生き物なんだ。これくらい平気にならないと、お前らいざって時には絶対困るぜ?」 「うっ……マジかよ……」 それもう汚いとかそんなレベルじゃないだろ。 衛生的に超問題あるってこと? 「おい、昼飯食ってるときに汚い部屋の話なんてすんなよ」 「マジでテンション下がるわ。おい瀬野。お前明日一日学食奢れよ」 「はあ? どいつもこいつもこれくらいで何ギャーギャー言ってんだ」 「これが俺のデフォルトなんだから、今更変えようもねーんだよ」 「いや、今からでも遅くないからなんとかした方が良いと思うよ……?」 「僕、先月元気の部屋に行ったんだけど……あれは本当に地獄だった……」 「そうだよな。食い残しまで放置してある部屋とかあり得ないし」 「そんなレベルの話じゃないんだよ……」 「まず、そもそも窓が開かなくて空気の入れ換えが出来ないんだ」 は? 「窓のそばにはゴミが山盛りで、そもそも窓からの光が部屋に差し込んで来ないんだ……」 「というか部屋の隅の方なんて、何かじめじめしてて絶対カビとか生えてるし」 「元気の言うとおり、部屋中生ゴミも含めて食べ残しの物体がいっぱいで……」 「ははっ、知ってたか? カップラーメンって食い残し放置すると油と水分が分離するんだぜ?」 「その内スープの上には、白い綿のようなカビが……!!」 「引くわ……」 「あり得なさ過ぎ」 「ひまひま、食堂行こう……?」 「う、うん……」 次々と不快な顔をして教室を出て行く女子陣。 お前馬鹿だろ。それこれからモテたいとか言ってる男の発言じゃないからな。 「一緒に住んでる親とか超かわいそう……」 「というかその調子だと、瀬野君ってあの制服も洗濯に出してないんじゃ……」 「ま、待って!! 服はちゃんとしてる!! マジで洗濯だけはやってもらってるから!!」 「お前、今からその調子で将来彼女と同棲なんてことになったらどうするんだ?」 「まさか彼女と住む部屋もそんな状態にするつもりじゃないだろうな」 「ああ、それは俺も考えたんだ」 「だから俺の彼女になってくれる子は、絶対に俺の代わりに掃除してくれる女子じゃないといけない」 「飲み残しのペットボトルから、床の掃除、俺の洗濯からその他諸々の身の世話まで」 「うーん、やっぱり尽くしてくれる系の彼女って言うの? やっぱそういう子が理想じゃん? 男って」 「お前馬鹿だろ」 「うん、底抜けの馬鹿だね」 「つーか部屋もロクに掃除出来ねーやつが彼女が欲しいとか言ってんな! 甘えるな!!」 「何だよてめェ!! 俺に説教出来るほどお前の部屋綺麗なのかよ!!」  自信は無いけど、少なくとも元気の部屋よりは100倍綺麗だ。 汚くしても母ちゃんがガンガン勝手に掃除しちゃうし。 「元気、今の時代彼女の方が部屋を散らかす場合だってあるんだぞ?」 「それでもその子が超可愛いタイプだった場合、毎日掃除が出来るお前だったらそれだけでポイントが高いはず」 「なに……? 確かにそれは一理あるな」 「ほら、段々と明るい未来が見えてきただろ?」 「掃除は大事だ! モテたかったら掃除をしようぜ!!」 なんか無駄にテンションが上がってくる俺。 掃除をすると運気も舞い込んで来るっていうし。 たまには元気に真面目なアドバイスをしてみた、そんな珍しい昼休みになった。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 「そういや今日は金曜日だったか」 適当にテレビのチャンネルを弄りながらそんなことに気がつく。 最近一週間が本当にあっという間に感じる。 柊みたいに毎日部活にでも参加していたら、俺も少しは充実した一週間が過ごせるようになるんだろうか。 (部活ねえ……) 運動は嫌いじゃないので、部活に入ること自体に抵抗はない。 ただ2年のこの時期から部活に入るのって、やっぱりどうも中途半端というか…… 「いっそ、自分で何かしらの部を立ち上げるとか……」 そんな気まぐれな妄想で時間を潰しながら、今日も平和に俺の一日は過ぎっていった。 「ふォォォォ!! 今日も良い天気だぜェェェェ!!」 時刻は8時15分。 本日は遅刻確定の時間に登校する俺。 「これだけ叫んでも、この通りには誰もいないという……」 「いるぞ」 「え?」 「お前遅刻してんのに何余裕ブッこいてんだ」 「いや、あの。なんでジャスティスがこんなところにいんの?」 「フッ、それはだな……」 「今日は俺も遅刻なんだ」 ちょっとちょっと、何教職員が遅刻で威張ってんだ。 「先生の家ってここから遠いの?」 「いや、歩いて20分くらいの距離だ」 「ボロっちい昭和後期に出来たオンボロアパート。俺もさっさと引っ越したいぜ……」 歩いて20分って、結構距離あると思うんだけど。 まあでも俺もそれくらいだし、みんなここらへんに住んでる連中は同じか。 「この調子だと、俺たち揃って綾部に怒られますよ?」 「俺は教員だから顔パスだ」 「マジで!? でも遅刻は遅刻だろ!?」 ダッシュして学校へ向かい始めるジャスティス。 俺も全力でその後を追い、今日も一日が始まった。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 「桃ってさ。昔は名前でいじめられたりしなかったのか?」 「うん? 名前ー?」 いつも通りの昼休み。 俺はそば、桃はうどんを買ってから席に着く。 「ほら、桃って言っちゃわるいけど食い物の名前みたいとか言われそうじゃん」 「歴史の授業なんかでも、過去の偉人と同じ名前だと絶対冷やかされたりするし」 「あはは、まあ何度かあったよ?」 「その度に血祭りにしてやったけど」 え? 「人の名前や身体的特徴を貶すやつはクズだからね……フフフ……」 「僕が以前いた学校なんて、体がやせこけているだけで遺骨なんてあだ名付けられた男子いたし」 「遺骨!?」 「あとは毎日よだれ垂らしてそうだから、お前ゾンビねって言われてる子もいたね」 「あはは、今思えばあのクラスってアンデッド多かったかも」 「………」 「子供の頃って、マジで残酷だよな」 「うん……」 急にしんみりとしてしまった俺たち。 このあとはずっとこんな感じで、今日は珍しく静かに食事をした。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 (やばい……) (急に耳鳴りがしてきた……) 微かに耳の奥に響く、キーンという高音。 以前ネットで見た情報によれば、突然この現象が起きた場合、自分のすぐ近くを霊が通過しているとのことらしい。 「ひぃぃぃ!! ひぃぃぃ!!」 俺はそんな恐怖と一人戦いながら、今夜も何とか眠りに落ちていった。 「おーし、それじゃ早速出席確認するぞー」 「山田」 「はい」 「中本」 「はい」 「佐藤」 「はい」 出席は出席番号順にまずは男子から呼ばれる。 俺も呼ばれたら短く返事をしてボーッと窓の外を眺める。 「おい、桃がいないぞ。誰か知ってるヤツいるか?」 「トカゲ野郎ならここにいるけど」 「すみませーん、また遅刻しちゃいました〜」 「遅刻したならもっと申し訳なさそうに入って来いよ!! お前のそのヘラヘラした顔は100倍俺をイラつかせる!!」 「ひ、酷いよ先生!! 僕元々こんな顔なのに……!!」 「はあ……うっさい……」 「なあ、柊と桃って相性悪そうだよな」 「というか柊と相性の良いやつなんていないと思うけど」 「先生ー! 早くホームルーム始めて下さーい」 柊がというより、桃と相性が良いヤツもそうはいない。 あいつ普通に話してる分には良いけど、爬虫類の話になると目の色変わるし。 「おーし、それじゃあさっさとホームルームの続きやるぞ」 「お前たちもさっさと席につけ」 「はーい」 「言われなくても席着くし」 こうして今日も一日が始まる。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 本日の昼休み。 「おい! あいつ今日学校のトイレで3回もウンコしたらしいぞ!!」 「マジで!? チャレンジャーじゃん!!」 (今時そんなことで騒ぐ連中がいるとは……) なぜか日本は、ああして学校でウンコすると吊し上げられる。 ぶっちゃけ生理現象なんだから仕方ないし、子供じゃないんだからあれくらいでギャアギャア言わなくても良いのに。 「学校でウンコするとさ、ああやって非国民扱いされるよな」 「ああそうだな。海外の学校じゃどうなんだろうな」 「いや、日本だけだと思うぞ? 俺たちだって下ネタの話になると無駄にテンション上がるじゃん」 「元気だけな」 「嘘つくんじゃねえ! お前いつもめっちゃはしゃいでんだろうが!!」 まあトイレで騒ぐのは小学生まで。 俺も元気も、あそこまでガキにはなりたくないと思った昼だった。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 6月も残りわずかになった。 だからといって何かあるわけでもなく、いつも通りの日常を過ごす俺。 「はあ……」 (こ、こことは違う……! 楽園のような違う世界へ行きたい……!!) 人間誰もが一度は憧れる異世界。 要は現実逃避がしたいってだけで、俺は今日も一人哀しくベッドの中で妄想にふける。 「おまむみィィィィーー!!」 刻々と6月末が迫っている。 そろそろ制服も夏服にチェンジするし、俺もいい加減に彼女を作らねば……! ……って、 (最近の俺って、こんなことばっか言ってるよな……) 前向きに考えるのは良いんだけど、どうにも結果が出てこないと落ち着かない。 散々足掻いた結果、結局今年も彼女無し…… なんてことになったらマジで俺の青春が詰む。 「おはよ綾部さん」 「おはよー」 「はいはい、みんなおはよう〜」 「もう時間ギリギリだから教室に急いで頂戴〜」 「なあ綾部」 「うわっ……!」 「び、ビックリした。後ろからいきなり声かけないでよ」 「ボーッとしてたらもう6月も終わってしまう……」 「俺、自分の学校生活このままで良いと思う? というか思わないよね……!?」 「はいはい、そういう話はさっさと彼女作ってその子に聞きなさい」 「それが出来たら苦労しないわ!」 「あはは、今日はやけに朝から荒れてるねえ」 「お前、カルシウム足りてないだろ」 元気や桃と一緒に教室まで歩く。 (今更焦ってもしょうがないか……) こうして今日も一日が始まる。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 今日の昼休み。 「痛ェェェェ!!」 「ま、マジで肩外れた!! マジでイッた!!」 「おいおいまだ始めたばっかだろ? 変な演技してんじゃねーよ」 「おいお前ら、何やってんだ?」 「はは、肩パンだよ。お前もやるか?」 は? 肩パン? 「こうやってお互いの肩を交互に全力で殴るんだ」 「もちろん手加減は不要。こうして痛みに耐えられなかった方の負けだ」 「すげえなそれ。めちゃくちゃヤバんな遊びだな」 「はは、でもこれが結構楽しいんだ」 「ほら、お前も来いよ」 「本気であれだけは理解出来ないんだけど」 「男子ってやっぱりまだまだ子供よねえ」 「うるせえな! 聞こえてるぞ!!」 「俺はやめておくわ。それやるとモテないポイントが加算される気がする」 「ええっ!?」 そのまま野蛮なバトルフィールドから撤退する俺。 昼は静かにメシを食うのが一番だと思った。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 風呂からあがり、今日は古いゲームでもしようと押し入れを漁る。 (縦シューティングに……横スクロールアクション……) (結構俺の部屋にもゲームが増えたなあ……) 「ん……?」 ゲームを入れていたダンボールの下から、子供の頃のアルバムが出てくる。 これは幼稚園のときのやつか……? 『しょうらいのゆめ』 『ぼくは、たくさんべんきょうをしてうちゅうひこうしに――』 「うああああああああああああああああ!!」 汚れを知らないとは恐ろしい! 俺はアルバムを押し入れの奥に押し込み、雑念を払うためにパソコンでエロ画像を見ることにした。 ……。 ……。 ……。 目覚ましを止め、7時キッチリに目を覚ます。 今週で事実上6月は終わってしまう。 まあだからと言って、何かあるわけじゃないけど。 今日もいつものように制服を着て学校へと向かう。 「おはよーさーん。今日はいつもより早いじゃん」 「まあな。ちょっと早く目が覚めて」 自分の机に鞄を置く。 お、今日は柊より先に教室についた様子の俺。 望月も陽茉莉もまだなようで、教室にはまだ数人のクラスメイトたちしかいない。 「よう。お前今日早いじゃん。どうしたんだ?」 「あの、俺そんなに普段は遅い時間に来てるか?」 「はは、何言ってんだよ。お前いつもギリギリだろ」 「おはよ〜!」 「あ、おはよう智美ちゃん」 「おお、こんな早い時間に珍しい人が……」 野々村にも言われる。 「なんかみんなにそう言われると段々と悔しくなってくるな」 「そう? だったら普段からこの時間に来れば良いのにー」 「早起きは三文の徳って言うでしょ? まあ三文なんて今じゃどれくらいの価値があるのかわからないけどっ」 たまには早起きするのも気分転換にはなるな。 こうしてちょっと新鮮な空気を感じながら、今日も俺たちの一日は始まった。 (よし……!) 「休み時間だ!!」 退屈な授業から解放されて、無駄にテンションが上がってくる。 さて、どこ行こうかな? 「猫パンチ!」 「犬キック!」 「あの、超痛いんですけど!!」 「スリーパーホールド!!」 「待てお前ら!! 俺を殺す気か!」 昼休み、無駄に暇だったので元気を攻撃してみる。 理由はというと、こいつが散々授業中に貧乏揺すりをしていたため、さすがに俺と桃は頭にきていた。 「このまま殺られたくなかったら、大人しく金輪際貧乏揺すりはやめなさい」 「そうだよ。みっともないしイライラするからやめてよ」 「そうは言ってもさ! もうこれ癖になってるんだよ」 「マジで無意識のうちにやっちまうから、こればかりは注意されても無駄で」 「あ、俺もつい無意識に猫パンチが」 「僕はイグアナタックル」 「や、やめろ!! マジでメシ食えねーだろ!!」 いつものとおり、穏やかな昼休み。 元気の貧乏揺すりを矯正するため、俺と桃は珍しく体を張って奮闘したのだった。 授業の合間の休み時間。 午後のこの時間は必ず散歩するのが俺ルール。 さて、どこへ行こう。 「ふっ…ふふっ……」 「フハハハハハハ……!!」 「あああああああああああああああああ!!」 「俺の馬鹿あああああああああああああああ!!」 ついに6月も終わってしまう。 このままいけば、来月からはズルズルとまた一人寂しい夏休みへとまっしぐら。 「いいさ……俺に青春なんて元々無かったんだ……」 この事実に今になって気づかされるとは。 フハハ! 俺のこの数ヶ月間は…… 「マジで何だったんだあああああああああ!!」 積極的なだけじゃ恋なんて出来ない。 じゃあ俺には一体あと何が足りないのか。 俺はそんな自問自答を繰り返しながら、今夜もいつもと同じように眠りについた。 「どうぞー、ネットカフェ快感倶楽部のクーポン券でーす」 「どうぞー」 今日は夕方までバイトの俺。 怪しい名前のネットカフェクーポンを配り続けて8時間。 最後は終業報告書を店で書き、さっさと家に帰って遊ぶことにする。 「ふぅ〜♪」 バスタオルで頭を乾かし、テレビを付ける。 今日は午前中からずっと立ちっぱなしだったので、さすがに両足がプルプルだ。 「さてと……」 (久々にリビングの大画面でAVでも……!!) 「ただいまー!!」 「チッ……!」 邪魔が入る。 「ビックリした。今日は早いじゃん」 「まあね。これからちょっと飲みに行く予定があるのよ」 「ふーん、行ってらっしゃい」 適当にチャンネルを回して麦茶を飲む。 「行ってらっしゃいじゃないわよ。あんたも行くのよ」 「え?」 「いいから、さっさと出かける準備しなさい」 「まさかあんた。その格好で陽茉莉ちゃんと会う気じゃないでしょうね」 「え!? あいつの家行くの!?」 「そうよ。さっさとパンツはいて、少しはカッコつけて会ってあげなさいよね」 「………」 (マジかよ……) そう言って母ちゃんもバタバタと準備をし始める。 おいおい。陽茉莉の家って何年ぶりだ……? 母ちゃんはたまに行くからいいとして…… (な、なんかめっちゃ緊張するんですけど……) 数年ぶりに行くの幼馴染の家に、俺は抵抗もむなしくドキドキと緊張してしまった。 「はーい!」 「来ちゃったわよ〜ん♪ お酒も一緒に、ついでに愚息も連れてきました」 「ふふっ、待ってました」 「玄関開いてるから入ってきて〜」 (け、結局来てしまった……) 最終的に、強引に母ちゃんに連れてこられた俺。 き、気まずい…… いくら相手が幼馴染とはいえ、今は良くてただのクラスメイト。 陽茉莉が俺のことをどう思っているのかはこの際関係なく、めちゃくちゃ緊張する……! 「あの、やっぱ帰って良い?」 「まだそんなこと言ってんの? いいから大人しく観念しなさい」 「ひぃぃ!!」 数年ぶりにお邪魔する陽茉莉の家。 リビングの家具の配置や、かすかに覚えている匂いまで全部変わらない。 「ささ、早く座って座って?」 「ど、どうも……お邪魔します……」 「ふふ、どうしたの? 緊張してる?」 「大丈夫よ。今日ウチのお父さん帰ってくるの遅いから」 「違うのよ。この子陽茉莉ちゃんに緊張してるの」 「え? そうなの?」 「ち、ちち、違います……!!」 「おお、動揺してる動揺してる」 「変なの〜。学校で毎日会ってるんでしょ?」 確かにそうなんだけど、昔みたいにずっとくっついて話してるわけじゃないし。 (俺らくらいの歳になると、男女の距離感って結構デリケートな問題なの!!) ――と、許されるのなら声を大にして言ってやりたい。 「今日はビーフシチュー作ったの。飲み物はワインで良い?」 「フッフッフ……! ここに来る途中、大通りに寄って買ってきました……!」 「わー! 何そのワイン! 高そう〜!」 「残念ですがどれでも1000円以下の安酒です」 「あんたね、一々そういうことバラさないの」 母ちゃんが2本のワインをテーブルに置き、家から持ってきたグラスも並べる。 (陽茉莉のやつ、部屋のいるのかな?) こんな時間なのにリビングには気配がない。 それともどこかへ買い物にでも出かけているのか。 「ねえねえ、陽茉莉ちゃんはー?」 「あの子ならまだ爆睡してるわ。起こさないと」 「え? そうなの?」 「陽茉莉ー! ごはんよー! 起きなさーい」 ふすまを開けて、リビングの隣にある部屋に陽茉莉を起こしに行く陽子さん。 懐かしいな、昔はあの部屋でよく陽茉莉と遊んだっけ。 「ほら起きなさい。今日はあんたの好きなビーフシチュー作ったんだから」 「う、うーん……」 「に、ニンジンは……?」 「入れなかったわよ。入れたらあんたブツブツうるさいでしょ」 部屋の奥から眠そうな陽茉莉の声が聞こえる。 マジかよ今7時だぞ。あいつの生活サイクルどうなってんだ。 「陽茉莉ちゃん。相変わらずニンジン嫌いなのね」 「そうみたいだな」 陽茉莉は昔から筋金入りのニンジン嫌いだ。 もはやその嫌悪感は憎しみにも値する。 「ニンジン……無いなら食べる〜」 「………」 「………」 「よ、よう」 「お邪魔してます」 「お邪魔してまーす♪」 「………」 「お母さーん。リビングにパンダが二匹もいるー」 「あんた何失礼なこと言ってるのよ。自分の幼馴染の顔も忘れちゃったの?」 「……」 「……」 「よ、よう……」 「きゃああああああああああああああああああああああああああ!!」 ものすごい勢いで部屋に戻る陽茉莉。 「ちょ、ちょっとお母さん!! なんで!? どうして!?」 「私が呼んだの。今晩一緒にご飯でもどう? って」 「そ、そういうことは先に言ってよ!! 私パジャマのまま出ちゃったじゃない!!」 「いいじゃない。男はパジャマだけでも興奮するって、お父さんも昔言ってたでしょ?」 「お父さんキモイ!!」 急いで部屋の中を片付けまくっているのか、ものすごい音が陽茉莉の部屋から聞こえてくる。 「はあ……! はあ……!」 「き、着替えるから、5分待って……!!」 「ど、どうぞごゆっくり……」 「お母さんも早く出てって!! 着替えるんだから!!」 「はいはい。あんたは一々騒々しいわねぇ……」 「あはは、陽茉莉ちゃんって相変わらずなのねぇ。少しは落ち着いたと思ってたんだけど……」 「逆よ逆。むしろ言いたいことは好き放題言うようになっちゃって。最近じゃ私の言うことすら聞かないんだから」 「へー、そうなんだ」 「………」 「大丈夫? 幻滅しちゃった?」 「あ、いや……」 「もう、ホントにお願いね〜? あんな子で良かったらいつでも嫁にあげるから」 「お母さん!!」 「はいはい、ホントうるさい子……」 「………」 我が家とはまた違った日常にちょっと面食らってしまう俺。 まあ軽く思い出しても、昔から皆原家はこんな感じだったような気がした。 「会場にお集まりの皆様! グラスは持ったかな〜?」 「はーい!」 「へーい」 「それでは! ごちゃごちゃ挨拶するのは面倒なので〜、乾杯ッ!!」 「かんぱーい!!」 「かんぱーい」 母コンビは赤ワイン、俺はオレンジジュースで陽茉莉はアイスミルクティーで乾杯する。 ようやくスタートした本日のディナータイム。 ぶっちゃけバイトの後だからめちゃくちゃ腹ぺこだ。 「ビーフシチュー、おかわりたくさんあるから。パンはここね」 「ありがとうございます」 「ほら陽茉莉。あなたも起き抜けなんだからちゃんと食べなさい?」 「うん、食べる」 隣には母ちゃん、前方には陽茉莉と陽子さんというポジション。 さっきから陽茉莉とは視線が合うたびに、どうにもそわそわして落ち着かなくなる。 「………」 「………」 「二人ともテンション低いわねぇ……」 「あんたね、まーだ陽茉莉ちゃんの前で緊張してるの?」 「ち、違います」 「じゃあ何が違うのよ。ちゃんと言ってみなさい?」 「………」 「えっと……」 「………」 マジで緊張してるだなんて、本人を目の前にして言えるか! 少しはこっちの気持ちも察してくれよマジで!! 「はっ……! あんたまさか……」 「早速陽茉莉ちゃんのパジャマ姿に欲情して――!?」 「ブッ――!!」 ミルクティーを噴く陽茉莉。 「ちょ、ちょっとあんた何汚いことしてんのよ……!!」 「だ、だっておばさんが変なこと言うから……!!」 慌ててテーブルの上を拭く陽茉莉。 おいおい勘弁してくれ、そんなに動揺されたら俺もどう反応していいのかわからん。 「やっぱり年頃の男女をからかうのって楽しいわねぇ。私も10歳くらい若返りそう」 「やっぱりからかってたのか……」 「陽子ちゃん、チーズある? 私ビーフシチューもいいけどおつまみの方が欲しい」 「あらごめんなさい」 「そうねぇ……それじゃあチーズ以外にも色々出さないと」 「お母さん、私スルメが食べたい。あぶって」 「オッサンか」 そしてミルクティーでスルメを食うな。 「ビーフシチューだってワインに合うだろ。あまり人の家で贅沢言うなって」 「だってぇ、私白ワイン買って来ちゃったんだもん」 「お肉って知ってたら赤にしたんだけど……」 「フフフ、ちゃんと赤もあるわよ? 先にそっち飲む?」 「陽子ちゃん! あんた最高だわ!!」 (この酒飲みが……) こうなると二人は止まらない。 俺はビーフシチューを中心に遠慮無く夕飯をいただくことにする。 (おお、美味い……!) 我が家はクリームシチュー派なので、ビーフシチューを食べられる機会は滅多に無い。 おおやべぇ、肉も柔らかくて超美味しい……! 「………」 「………」 しかしいくらビーフシチューが美味くとも、ぶっちゃけ今の陽茉莉にどう接すれば良いのか…… (き、気まずい……) 学校でならまだ友達として明るく振る舞えるが、こんな風にプライベートで同じ時間を過ごすとなると勝手が違う。 昔みたいに名前で気軽に呼べるような雰囲気でもないし。 何よりもお互いの過去を知っている分、逆にどう接したら良いのか余計に難しかった。 「………」 「………」 (気まずいのは、向こうも同じか……) そうだよな。 付き合ってもいないクラスの男子が、こうして女子の家でメシ食ってるこの状況がまずおかしい。 ある程度母ちゃんの顔を立てつつ、頃合いを見て抜け出すか。 「………」 「………」 「なーに、つまらなそうな顔して食べてるのよ二人とも〜」 「ごめんなさい。ウチの陽茉莉があまりにもブサイクだから、ご飯が美味しく感じないのよねえ?」 ええ!? 「い、いや。ブサイクって。さすがにそれは……」 「良かったわね陽茉莉。あんた可愛いって」 「も、もう……! お母さん!?」 「照れなくても良いじゃない」 「少なくともウチの息子が緊張するくらい、陽茉莉ちゃんが可愛いのは間違いないわよ?」 「う……」 なかなか意地悪なことを平気で言うウチの母ちゃん。 たまにこの人、反論しにくいことをサラッと言ってくるから油断が出来ない。 「良いのよ〜? 今からどんどん先走っちゃっても、私は全然反対する気なんてないから」 「そうねえ、在学中に子供が出来ても怒らないくらいには応援しちゃう」 マジかよ。 さすがにそれは子を持つ親の発言としてはどうなんだ。 「私も反対はしないわね」 「それで陽茉莉ちゃんが嫁に来てくれるのなら、むしろ……!」 「むしろじゃねぇ!! 在学中に子供だなんて何考えてんだ!!」 っていうかさっきから話が飛躍しすぎだろ! こっちはまだ女子との交際経験ゼロなんだぞ!! 「子供かあ……初孫はどっちに似るのかしらねぇ……」 「私は陽茉莉ちゃん似の可愛い女の子の方が……」 そう言って各々勝手に妄想の世界へトリップしていく母二人。 酒の力もあってか、いつも以上に扱いが面倒くさい。 「………」 「コホン……」 「あんまり言いたくなかったんだけど、私たちがくっつくとかくっつかないとか。残念ながらそういう話は一切無いから」 「何よ、しれっとした顔しちゃって」 「ひ、陽茉莉ちゃん……!? お願いだからそんな寂しいこと言わないで……!?」 「だって本当のことですから」 「ほら、ちゃんと早めに二人に話しておいた方が良いよ?」 「私がこんなこと言える立場じゃないのはわかってるけど、誤解されたままなのも辛いでしょ?」 「え……?」 そう言って、やけに真面目な視線を俺に向けてくる陽茉莉。 お、おい……なんだよ。 誤解とか二人に話だとか、さっぱりついていけないんだが……。 「え? 何々? 何の話?」 「ちょっとあんた、何か隠してることあるなら言いなさいよ」 「いや……正直俺も何がなんだか……」 「………」 「ちゃんと話しておいた方がいいと思うよ?」 「他に好きな人がいるって」 え? 「ほ、他に好きな人!? え、誰!? 誰なのよあんた!! 陽茉莉ちゃんという子がいながら!!」 「そ、それ本当なの!? う、ウチの陽茉莉じゃ駄目だったの!? ねえ答えて!?」 「ちょ、ちょっと待った!! 何の話だ!!」 俺に好きな人がいるだと……!? そりゃ最近は彼女が欲しいの一点張りで、多少誰かを意識するような機会はあったけど…… 「ねえ誰なのよ、あんた真面目に教えなさいよ」 「ねえ陽茉莉……! 相手は誰なの? どんな子なのぉぉぉぉ!!」 「な、なあ……俺にもマジで心当たりないんだが……」 「こ、心当たりがないって……」 「はあ……」 そう言って、なぜかため息をつかれる俺。 「望月さんのこと、好きなんじゃないの?」 え? 「も、望月……?」 ちょっと待て。 なぜに望月!? 「望月さん!? 望月さんっていうのその子!?」 「望月……たまにあんたの口から聞いたことあるような……」 「待て待て待て待て!!」 「意味わからん!! なんでここであいつの名前が出るんだよ!!」 「だ、だって……このまま二人に誤解されたままじゃ可哀想だと思ったから……」 誤解が新たな誤解を生む予感。 ちょっとマジで待ってくれ、お前の母ちゃん発狂寸前だぞ陽茉莉。 「そ、その望月さんってどんな子なの? あんた、その子に負けてないんでしょうね……!」 「ま、負ける負けないの話をされても……別に私、ライバルでも何でもないし……」 「あ、あんたって子は、この期に及んで何冷たいこと言ってるのよ……」 「だって、本当のことだもん」 そうサラッと言われるのもなかなか堪えるが、そこに関しては間違っていないので良しとする。 「で? その子どんな子なのよ。早く教えなさいよ」 「うーん、とりあえず私よりも背が高くて〜。体も細くてスラッとしてて〜」 「なのに胸は大きくて、腰回りもキュッとしてて……」 「あとは足も長くて綺麗かな。一言で説明するとモデルみたいな子」 「あ、あんた……惨敗じゃないの……」 「う、うるさいなあ!! お母さんだってスタイルは人のこと言えないでしょ!!」 そう言ってギャアギャア言い合う皆原親子。 あの……陽茉莉だって言うほどスタイル悪いようには見えないんですが……。 「うーん……」 「ねえ陽茉莉ちゃん。その子、髪長い?」 「あ、はい。綺麗なロングヘアーです」 「ああなるほど。あの子ねぇ……」 「え? 何々!? 知ってるの!?」 「たまーに駅前で一緒に歩いてるとこ見たことあるのよ」 「でもそのときは周りに何人も他の友達がいたから、あまり気にはしなかったけど……」 「そうだよ。あいつとは良くてただの友達だ」 「ここ最近はクラスもずっと同じなだけで、そういう色恋沙汰になったことは一度もない」 「え? そうなの?」 「そうだよ。大体何でそんな風に思ったんだ?」 「結構みんな噂してるよ? 私も一年の頃からその話は聞いてたし」 「むしろ最近までは陰で付き合ってたと思ってたくらいだもん。実際二人とも仲良いみたいだし」 「………」 望月は容姿は悪くないので、たまにこういう話が持ち上がったりする。 しかしビックリだ。まさか陽茉莉がそんな風に俺たちのことを見ていたなんて……。 「でも今のクラスになって、教室で彼女が欲しいって大声で言ってたでしょ?」 「それで、ああ付き合ってはいないんだ……って思って」 「せ、性格は!? その子、話すとどんな感じなの……!?」 「あ、あはは……それは私じゃなくて向こうに聞いてよ……」 「ねえ! その子とはどれくらい仲が良いの!? キスした!?」 「だ、だからあいつとはそんな関係じゃないですから……!!」 そのままママコンビに一時間ほど問い詰められた俺。 何度も誤解だと説明しながら、俺は気恥ずかしさを隠すようにビーフシチューを食べまくったのだった。 「ごめんね……? 誤解だったとはいえ、私が変なこと言っちゃったから……」 「いや……まあ……気にしなくていいよ」 「あの二人、何だかんだ言っていつもあんな感じだし」 「うん……」 「………」 「………」 いつものように会話が途切れてしまう。 気まずいと言いたいところだが、正直に言うと、もう色々と吹っ切れてて慣れてしまった。 「………」 「ハムスター、まだ飼ってるんだ」 部屋の隅に、ハムスターのケージが置いてあるのを発見する。 ケージの中ではハムスターが一生懸命回し車を動かしていた。 「うん。普段はリビングに置いてるんだけど、たまーにこうして同じ部屋で寝てるんだ」 そう言ってひまわりの種を一つ、ハムスターに手渡す陽茉莉。 馴れたもので、ハムスターもそれを受け取りにケージの端から手を出していた。 「お父さんの部屋にもいるんだよ? もう6代目になるけど、全部でうち、6匹飼ってるの」 「そっか」 「うん……」 昔は俺の家に自慢のハムスターを毎日連れてきていた陽茉莉。 気を抜くとそこら中にコロコロとフンをするから、片付けるのに結構苦労したっけ。 「………」 「あのさ、皆原……」 「陽茉莉でいいよ。ここ、学校じゃないし」 「お、おう……」 「そっちだって、青葉君って呼ばれたら、何か違和感ない?」 「ある、超ある」 「ふふ、恭ちゃん♪」 「なっ――」 久々に名前で呼ばれてちょっとドキッとする。 やめてくれ、複雑な男心はコントロールが難しいんだ。 「そっちだって、私から名字で呼ばれると違和感あるでしょ?」 「ある、超ある」 「ふふ、だよね。それと同じ」 そう言って、やっと緊張が解けたように笑う陽茉莉。 自分の部屋に来て少し緊張が解けたのか、やっと自然な表情を見せてくれる。 「この部屋、なんか懐かしいな。全然変わってない」 「うん、そうだね。私模様替えとかあんまりしないから」 昔は陽茉莉とこの部屋でよく遊んでいた俺。 今はもう駐車場になっているが、数年前まで俺はこの家の隣にあったアパートで暮らしていた。 休日の遊び相手は決まって陽茉莉で、お互いの家をよく行き来していたっけ。 「なんか、こうやって二人で話すの、久しぶりだね」 「そっか? 学校じゃ割と話してるだろ?」 「でも、若干距離感あったでしょ?」 「今だから言えるけど、私春先から結構緊張して話してたんだよ? あの橋の前で話してたときも」 「はは、それはこっちも同じだって」 「ぶっちゃけ今さらどんな顔して話せば良いんだ? みたいにさ」 「ふふ、だよね」 さらに言わせてもらえれば、ちょっと見ない間に綺麗になりやがってと付け加えたい。 気を抜くと不意にドキッとしてしまうのは、やはり男の性ってやつが。 「でも意外だったな。私最近まで本気で望月さんと付き合ってるって話、信じてたんだよ?」 「だから望月さんに変に誤解されないよう、私なりに結構気を遣ってたんだから」 「へえ、例えば?」 「私、学校じゃ自分からそっちに話しかけたりしてないでしょ? しかも一年の頃から」 「ああ。ぶっちゃけ避けられてると思ってたぞ」 「あ、あはは……それはちょっと言い過ぎだよ」 でも同じ学園に入学したのに、再開の『さ』の字もないどころか、下手すりゃ廊下ですれ違っても目を合わさなかった俺たち。 どんな理由があるにせよ、普通だったら避けられると思うのが自然だと思う。 「正直言うと、俺……ちょっと寂しかったんだからな?」 「むぅ、よく言うよ。そっちだって引っ越してから一度もメールくれなかったくせに……」 「はあ……? 逆だろ?」 「というか引っ越すとき、ケータイ持ってなかったのはそっちじゃん」 「そ、そうだけど、あの後私、卒業祝いにちゃんとケータイ買ってもらったもん」 「だったらアドレス教えてくれないと。こっちからメールなんて不可能だろ」 「え? 私のアドレス知らないの? 番号も?」 「ああ、見てみるか?」 わざと男の名前ばかりのアドレス帳を陽茉莉に見せてやる。 「ほら無いだろ? お前のアドレスなんて俺は一度も教えてもらっちゃいない」 「ええっ!? う、嘘!? 私お母さんにちゃんとお願いしてたのに……!」 「お願い……?」 「うん……」 「私の番号とアドレス書いた紙。お母さんに渡してそっちに手渡してくれるようお願いしてたの」 「お、俺……そんな紙もらった覚えないぞ……」 「はあ……なんだ。そういうオチ……」 どおりで陽茉莉から連絡が無いはずだ。 数年越しのこのすれ違い。ちょっとこれは見過ごせないミスだよ陽子さん……! 「ずっと連絡無かったから。城彩入って同じ学校に入学したんだって知ったとき、私すごくビクビクしてたんだから」 「うわー、私嫌われてるのにどうしよー。みたいな」 「俺も似たようなもんだって……」 「はあ……」 「はあ……」 二人で一緒にため息をつく。 取り越し苦労とはまさにこのこと。 マジで今まで変に気を張って損した……。 「うん……これはあとでお母さんに文句を言おう……」 「ああ、是非たっぷり言っておいてくれ」 「それより……」 ポケットから再度自分のケータイを取り出す。 「遅くなったけど、アドレスと番号教えてくれよ」 「赤外線出来る?」 「あ、うん」 机の上に置いてあったケータイを取り、俺のケータイと向かい合わせにしてお互いのデータを転送する。 「あはは、何か今更恥ずかしいね」 「そうだな。まあ暇なとき適当にメールするよ」 「うん」 間違いの無いよう、ちゃんとデータを受け取れたかどうか、アドレス帳を開いて確認する。 しっかりと陽茉莉のアドレスと番号を確認し、なんか一気に体の力が抜けたような感覚に襲われた。 「おーい! そろそろ帰るから支度してー!」 「ういー!」 「あれ、もう帰るんだ」 「ああ、もう10時だし」 「そっか、気をつけて帰ってね?」 「うん、ありがとう」 「おーい、聞いてるー?」 「はいはい! 今行く! 今行きますー!」 「ふふっ」 「じゃあ、また学校で」 「おう」 「あんた、まさか部屋で陽茉莉ちゃんとイチャイチャしてたの?」 「あらら、お邪魔だったかしら」 「いえいえ、全然そんなことしてないんでさっさと帰ります」 「つまらないやつ」 結果的に、今日はここへ来て良かったと思う。 陽茉莉との微妙な空気や距離感も、これで無くなった気がするし…… 「それじゃあお邪魔しましたー」 「はーい、またねー」 「またー」 それになにより、陽茉莉とアドレスの交換が出来て、どこかホッとしている自分がいたのだった。 4限目が終了し、昼休みを告げるチャイムが鳴る。 「全員! そのまま話を聞け! 我が2年A組は本日飯盒炊爨をやることになっている!!」 「各自速やかに更衣室で着替えた後、中庭に集合するように!!」 それだけ言って、先に中庭へ向かうジャスティス。 なんだなんだ、飯盒炊爨って何だ。 「飯盒炊爨……今日はうちの番なんだ……」 「え、うちの番って何だよ。飯盒炊爨って自力でメシを炊くあれだろ?」 「………」 「ぐかーっ」 おい寝るな。つかお前基本的にどの授業でも寝てないか。 「たまに他のクラスが中庭でやってるの見たことない?」 「みんなで火をおこしてご飯炊いて、メニューはカレーだったような気が……」 「カレー? それを俺たちが今日つくんの?」 なんてめんどくさい! メシなんて学食でいいじゃん! 何なのそれ! 「わーい! 飯盒炊爨だ飯盒炊爨だー!」 「いえーい!」 なぜか桃と元気がはしゃぎ出す。 「どうした、なんでそんなに嬉しそうなんだよ」 「だってボク、料理嫌いじゃないもん」 「お前、女子の手料理が食べられるんだぜ!? 俺らも手伝うけどこんなチャンス滅多にないじゃん!!」 「なるほど、確かにそうだな」 そういう意味ではお得なのか? この行事は。 「は……! 飯盒炊爨……!?」 「飯盒炊爨だと……!?」 「ちょ、ちょっとひまひま、キャラ変わってるけど大丈夫?」 事態を把握し、突然自分の席でぷるぷる震え出す陽茉莉。 「わ、私腹痛で欠席するから。みんなは私の分まで頑張って?」 「………」 (そういえば陽茉莉のやつ……昔から料理苦手だったっけ……) 基本的に手先が不器用な陽茉莉は、冗談抜きで料理の腕は低い。 陽子さんから『料理は諦めろ』宣告をされたのが数年前。 俺も人のことは言えないけど、なかなか厳しい状況になりそうだった。 「男子は積極的にテーブルや薪を運んでくれー! 女に力仕事任せるやつはモテねーぞ!!」 みんな体操服に着替え、中庭に集合していた。 キャンプ用のコンロやテーブル、椅子が大量に男子によって並べられる。 「各班準備が出来次第スタートだ。ちゃんと同じ班のメンバーと協力するんだぞ!」 「それから怪我にはくれぐれも注意してくれ。カレーのルーは多めに用意してあるから、もっと欲しい班は取りに来るように」 メニューは柊の言っていたとおりカレーだった。 材料もニンジンにタマネギ、カレー粉に牛肉と一通り揃っている。 「やっほー! みんなよろしくね〜!」 「よろしく〜♪」 「よろしくお願いします」 「ちょ、ちょっと何さり気なくニンジン捨ててんのひまひま!!」 「うひょー!! み、皆原さん……! 俺も皆原さんと同じ班……!!」 面子はご覧の通り、新鮮みはない。 望月は他の班に割り振られたようで、そこが唯一の新鮮みと言っていいか。 「カレーなら特に難しい作業はないはずだから楽勝だね」 「ボク野菜炒める。どうしても野菜の具は炒めた後鍋に入れたくて」 「あ、あの……」 「ん? 何? 皆原さん」 「じ、実は私……料理はものすごく苦手で……」 「あはは! そんなの私だって大して変わらないよ〜! 大丈夫大丈夫!」 「そうそう、それにみんなで協力して作るんだから。失敗してもそこまで悪い結果にはならないって」 まあ確かに、陽茉莉だってマンガみたいに食えない物をブチ込むような真似はしないしな。 「そ、そうかな……」 「大丈夫です皆原さん!! 俺もバッチリ手伝うから安心して!!」 「そうそう、みんなで楽しく作れればそれで良いんだよ」 「う、うん」 みんなに励まされ、やっと楽しそうな顔をする陽茉莉。 「あ、あのさ。俺もあんまりこういうのは得意じゃないんだけど」 「平気平気、苦手な人が一人増えたところで大して変わらないって」 「そうだぜ! カレーなんて野菜ぽーんって切って、肉ぱーんって切って、ドカッと鍋ん中かき回してれば簡単に出来るんだぜ!?」 「そ、そっか……」 「そうだよ。だからあんまり苦手意識ばかり持たないで?」 「そそ、怪我にだけ注意してればそれで良いんだよ」 「う、ううっ……!」 「み、みんな……! ありがとう!!」 「あはは、もう大げさだなあ」 「ふふっ」 そう言ってみんなに暖かな笑顔で迎えいれられる俺。 こうして俺たちの飯盒炊爨が始まった。 「えーっと、それじゃあ……」 「料理が苦手な二人には何を頼もう……」 「雑用でも何でも張り切ってやらせていただきますっ!!」 「うんっ! 頑張るっ!」 「そう? それじゃあ野菜の皮むきお願いしようかな」 そう言ってジャガイモにタマネギ、それからニンジンを手渡される俺。 「はい、ひまひまにも」 「ありがとう」 「でもニンジンは捨てるね?」 「ああ! ちょ、ちょっと……!!」 おい陽茉莉。食い物を粗末にするな。 「はいはい、ひまひまのお皿にはニンジン入れないから。それで良いでしょ?」 「でも……そしたらカレーにニンジンの甘みが……」 「それくらい我慢しろ! 良い子はニンジン食べないと胸が大きくなりませんよ!!」 「ええっ!? そ、そうなの!?」 勝手に落ち込み始める陽茉莉。 ニンジンで胸が大きくなるなんて聞いたこと無いぞ。 「に、ニンジンより大豆や牛乳の方が効果あるもん……」 「はいはい、とりあえずジャガイモの皮からむいてね」 そう言って俺たちの前にまな板を二つ用意してくれる野々村。 「ねえ! 野々村さーん! カレー粉だけどどれくらいいるー?」 「あー、一応多めにもらってきてくれない? 薄いカレーよりは濃い方がみんな良いでしょー?」 「うん、わかったー!」 「なあ野々村!! 俺は米炊き担当で良いのかー?」 「うん、よろしく〜! お米はもらってくるとして、先に飯盒の水洗いと火おこしおねが〜い!」 「あいよー!」 次々に野々村の指示の元、各自自分の担当を決め動いていく。 普段は陽茉莉の横にいるだけなのに、なぜか今日に限っては誰よりも頼もしく思えた。 「じゃ、二人とも。皮むきの方よろしくね?」 「形とか見栄えは気にしないから、ゆっくりやれば怪我も平気だと思う」 「了解しました!」 「任せてください!」 早速野菜たちと対峙する。 さてと、まずはジャガイモからか。 「あ、あのさ、ピーラーって無いのかな? 簡単に皮むけるやつ」 「うーん、無いんじゃないか? 見たところみんな包丁でむいてるけど」 周囲を見渡すと、みんな包丁を片手に真剣に作業に取り組んでいた。 上手いヤツは簡単にむいているし、そうじゃない連中も必死に野菜と格闘している。 「………」 「………」 「ま、まずは野菜洗おうぜ……!」 「う、うん」 ホースで繋がれた簡易水道で野菜を洗い流す俺たち。 まあどうせ皮むくし、ここはあまり時間をかけなくてもいいだろう。 「さてと、いよいよだな」 「うん。頑張ってみんなの役に立とう!」 まずは陽茉莉の方から先にジャガイモを手に取る。 どれどれ、お手並み拝見。 「………」 「お、おい……大丈夫かよ。今指切ったろ?」 「大丈夫。これは幻想よ」 いやいやいや!! めっちゃ血出てるから!! 何その意味わかんない言い訳! 「ううっ……痛い……」 「だから言わんこっちゃない」 「良いか? どんなに上手くむけなくても、最終的には怪我さえしなけりゃミッション終了なんだぞ?」 「ほらな?」 「自分だって切ってるじゃん!! っていうか切ってるどころじゃないよそれ! ザックリだよ!!」 二人並んで仲良く血を流す。 フッ、所詮俺たちの実力なんてこんなもんよ。 「上手にむけた〜? どんな感じ〜?」 「痛い……」 「痛い……」 「え!? いきなり怪我したの!? 揃ってどんだけ不器用なのよあんたたち!!」 すぐに野々村が消毒液と絆創膏を持って来てくれる。 おおやばい、無駄に消毒液が染みるぜえ……! 「もう二人とも? 次からはちゃんと気をつけてね?」 「了解しました!」 「同じ過ちは繰り返しません!」 二人で並んでビシッと敬礼をする。 大丈夫。俺たちならまだやれる。 「それじゃあ私がちゃっちゃと野菜むいちゃうから、二人はそれぞれ野菜切っちゃって?」 「痛い……」 「痛い……」 「何で切ったああああ!? まだ皮もむいてないのに何でやりやがったああああ!!」 再び指を切り血を流す俺たち。 「だ、だって少しでも役に立ちたかったんだもん……」 「うん……」 「もうクビ!! あんたらクビ!!」 「そ、そんなぁ……!」 ここでまさかの戦力外通告。 チクショウ! 人間なんだから少しくらいの失敗は許せ! 「あんた達はここ! ここでご飯炊いてて! それくらいは出来るでしょ!?」 「た、たぶん……」 「ふんっ、もうまったく……近頃の若い連中ときたら……」 そう言って、再び自分の作業へと戻っていく野々村。 しかし学園のエントランスに臨時のメシ炊き場を作ってしまうとは、なんて意味のわからない学校なんだ。 「よっ、元気。何か手伝えることあるか?」 「こ、こんにちは」 「おお、皆原さんこっち来たの? 野菜は?」 「野々村が全部やるってさ。ちなみに俺もいるぞ?」 「チッ、お前もかよ……」 明らかに嫌そうな顔をする元気。 なんだなんだ、俺がいちゃ不都合なことでもあるのか? 「あ、あの、何か手伝えることない? 私何でも良いからみんなの手伝いがしたいの」 「俺も俺も!」 「仕事って言ってもなあ、火はおこし終わったから後は米磨いで炊くだけだけど」 そう言って胸に抱えていた飯盒を見せてくる元気。 おお本当だ、火もなかなか火力が強い。 「ブロックで囲って薪に火をつけたのか。コンロくらい使わせてくれても良いのにな」 「それじゃ飯盒炊爨にならないだろ。こういう手間が野外活動には必要なんだって」 元気にしてはまともなことを言う。 ちくしょう、さてはこいつ俺より料理出来るな……? 「米磨いで炊くだけならやらせてくれよ。俺たちやることなくてぶっちゃけ気まずいんだ」 「もちろん、瀬野くんさえ良ければだけど」 「え、えへへ……皆原さんがそういうなら……」 「サンキュー」 強引に元気から飯盒を受け取る。 「ああズルい! 私が先!!」 「お前!! 俺は皆原さんにやらせるために――!」 残念だったな陽茉莉。 仕事は自分の手で掴み取るもんだ。待ってちゃ何もはじまらない。 「やべえ! 米磨ぎ面白れええええ!!」 手洗い場で水を確保しその場で磨ぎ始める。 普段家じゃやらない仕事も、学校だとなぜか面白く感じるこの不思議……!! 「フハハハハ!! 水が! 水がどんどん白く濁っていくぞ皆原!!」 「ず、ずるい〜! ずるいよ〜!」 「この変態! すっとこどっこい! 外道!! うんち!!」 ボロくそに言い過ぎ。 「わ、私にもやらせて! やらせてよー!」 「フハハハハハハ!! そこで哀れに指を咥えて俺の活躍を見ているがいい」 「………」 「フハハハハハハ!!」 「過去の恥ずかしい暴露話を学校中の掲示板に貼ってまわってやる……」 やめろ! 俺を社会的に抹殺する気か!! 「どうしよっかな〜♪」 「まずはナメクジを鼻に入れて呼吸困難で倒れた話から……!」 「わ、わかったからやめろ!! やらせてやるから!」 「やったー!」 仕方なく陽茉莉に飯盒を渡す。 「あんまり磨ぎ過ぎるなよ? 米が粉々になる」 「うん、まかせて」 そう言って、ここより広い流し台のある中庭へ走って行く陽茉莉。 まあ、あの様子ならさすがに任せておいても平気そうだ。 「おーい元気ー。他に何かやることないかー?」 「う……ううっ……」 「なんで……なんでだよぉぉ!!」 「ど、どうした、何でガチ泣きしてんだよ」 「お前いつからあんなに皆原さんと仲良くなったんだよおおおお!! 説明しろよ! マジで俺に説明しろおおおおおお!!」 全力で元気を回避する。 お前、そこまで嫉妬するなら自分から話しにいけよ! 「あれだ、一応クラスメイトなんだから、これくらいは普通に仲良くなるって」 「あ、あれはまるで……長年連れ添った仲のような、そんなお互いに遠慮のない雰囲気だった……!」 「気のせいだって」 「俺だって、俺だってチャンスがあれば皆原さんと……!!」 「キャアアアアアアアアアアアアアアア!!」 手洗い場から悲鳴が――! 「どうしました皆原さん!! 何かあった!? 怪我は!?」 「お、おい。大丈夫か?」 「う……ううっ……」 「お米が……」 陽茉莉の指さす先を見る。 こ、これは大惨事……! 磨ぎ汁と一緒に事故で米まで流してしまったらしい。 「ど、どうしよう……! 半分くらい流れちゃった……」 「大丈夫だ皆原。安心しろ」 ポンと軽く肩を叩く。 「代わりに俺が……」 「3班の米を盗む」 「おい! 何堂々と犯罪予告してんだ!!」 早速見つかる。 仕方が無い、それじゃあ4班の米を…… 「はあ……、何? また何かやらかしたの……?」 「ご、ごめん……」 「すまん、米はまた先生に言ってもらってくるから」 「………」 「はあ、いいわ。二人ともちょっと来て?」 「……?」 「なんだ?」 「しょうがないから、もっと簡単な仕事紹介してあげる」 野々村に着いていくと、足を運んだのはなぜか食堂。 「あのー、1班なんですけど。お肉もらえますー?」 「はいはい、確か1班は5人分よね?」 そう言って業務用冷蔵庫から牛肉を持ってくる学食のおばちゃん。 衛生管理上の問題か、肉は厨房の冷蔵庫で一括管理していたらしい。 「はい、300グラムね。あそこにまな板と包丁あるからそこで切って頂戴」 「終わったら両方とも持って来て? ささっと洗って次の班にまわすから」 「了解でーす」 牛肉を受け取り、学食内に設営された簡易キッチンへとやってくる。 「二人の新しい任務はこれ! お肉!」 「特に難しいこともないから、それぞれ食べやすい大きさに切って持って来て頂戴」 「ただし!」 「お、おう……」 「もう怪我するのはやめてよね? 何かする度に流血沙汰じゃ、こっちも気持ちよく食事できないから」 「う、うん……ごめんね」 「大丈夫。今度はちゃんと注意するから」 怪我をしない約束をし、すぐにパックから牛肉を取り出す俺たち。 「それじゃ、私は先に戻ってるから、切ったらすぐに持って来てね〜」 「了解」 野々村から与えられた最後のチャンス。 汚名を返上するためにも、今度こそ頑張って任務を遂行しなければならなかった。 「手、切らないように気をつけてな?」 「うん。大丈夫」 陽茉莉の手には少し大きめの包丁。 それを手前に引くように、ゆっくりと牛肉を切っていく陽茉莉。 「おお、なかなか良い感じじゃん」 「あ、あはは……」 「さっきは変に張り切って、力んじゃってたから……」 「そっか、まあそこに関しては俺も同じだけど」 「私たち、ホントに使えないね」 そう言って、少し罰が悪そうに笑う陽茉莉。 確かに二人揃ってみんなの足を引っ張っているので、そこに関しては何も言わない。 「ほら、気をつけないとまた怪我するぞ?」 「あ、うん……」 再びまな板に視線を戻す陽茉莉。 一口サイズに切るだけなので、確かにこの作業自体は全然難しいものじゃない。 でも目の前で包丁を扱う陽茉莉の表情は、今日見た中で一番真剣な感じがした。 「………」 「私、お米こぼしちゃったから……」 「ん……?」 「こうして、何か一つでも役に立てて良かった」 「………」 「料理一つで大げさだけどな」 「あはは、本当にそうだね」 肉を半分切り終えたところで、今度は俺に包丁を手渡してくる陽茉莉。 「はい、今度はそっちの番。半分こ」 「おお、サンキュー」 ここは素直に包丁を受け取り、俺もゆっくりと手前に引くように牛肉を切る。 「やってみると案外簡単だな。ちょっと楽しくなってきた」 「駄目駄目。そうやってすぐ調子にのるから失敗するんだよ」 「はいはい、ささっと切って終わりにしますよ」 言葉の通り、量も無いのでささっと切って終わりにする。 もう野菜も炒め終わってるだろうし、きっとみんな待っているはず。 「ねね、中庭で調理中に男子が誰かに告ったらしいよ!!」 「え!? 誰が誰に!?」 牛肉を取りに来た二人組が、そんな話をしながらカウンターの前で立ち話を始める。 白昼堂々告白なんて、結構度胸あるじゃないか。 ただ確実に元気ではないと断言できる。 (あいつ俺と同じでチキンだし……) 「すごいね。あんなに人がいるところで告白だなんて」 「まあこういう行事は女子と仲良くなれる絶好のチャンスだからな」 「男は嫌でも意識するって」 「ふーん、そうなんだ」 「ふーんって、あまり興味なさそうだな」 「あはは、うん」 「正直言うと、そこまで興味ないんだ。自分と直接関わりが無いと、あんまりそういう話って実感できないし」 そう言って包丁を返しに行く準備を始める陽茉莉。 おいおい、年頃の娘さんが恋に興味無いとな? 「あんまり寂しいこと言うなよ。せっかくこれだけ男がいるんだから、せめて初恋くらい夢見ても良いと思うけど」 「私、初恋ならちゃんとしたことあるよ?」 「え? 相手誰だよ」 「ん」 陽茉莉に指をさされる。 「え?」 「まあ終わった話だけどね」 「………」 「あ、あの……」 「マジで……?」 「うん」 あまりにもあっさり言われたので面食らってしまう。 え、おい。告白って、もっとお互いハラハラしたりするもんなんじゃないの……!? 「ちなみにそれ、いつの話……?」 「うーん、だいぶ前?」 「正直よく覚えてないんだよね。誰かさんはまったく気がついてくれなかったけど」 「陽茉莉ちゃーん、お肉切れたー?」 「あ、うん〜! 今から持ってく〜!」 「ほら戻ろう? あとはこれ入れて煮込むだけみたいだし」 「あ、ああ……」 「私持ってくよ。もうやることほとんど無いから」 「ホント? それじゃあ私包丁返してくる〜」 そう言って友達と話しながら厨房の方へと歩いて行く陽茉莉。 呆気にとられた俺は、しばらくその場でぼーっとしてしまったのだった。 「ご馳走様でしたー!」 「ご馳走様でしたー!」 「ひまひま、料理は苦手なくせに見事な食いっぷりでしたね」 「だ、だって美味しかったんだもん……!」 食事を終え、各々後片付けを始める一同。 俺はというと、さっきの陽茉莉の話が気になりすぎて、カレーの味なんかまったく覚えちゃいなかった。 「私が洗剤つけて洗うから、濯ぎお願いして良い?」 「………」 「あの、人の話聞いてますかー? もしもーし」 「あ、ああ……」 「俺が洗剤食えばいいんだろ? 任せてくれ……」 「ぜ、全然違うよ。濯ぎお願いって言ってるの」 「おう、任せておけ……」 言ったとおりにスポンジに洗剤をつけて皿を洗い出す陽茉莉。 こ、こいつ……あんな話をしたあとになんでこんな平然としていられるんだ。 「はい、それじゃあ次はスプーンね」 「あれ? 1つ足りない。どこだろ」 「俺が食いました」 「もう……しっかりしてよ。遊びじゃないんだからね?」 「すみません」 陽茉莉が口にした、さっきの言葉がずっと頭の中をぐるぐるしている。 「………」 『まあ終わった話だけどね』 「………」 (終わった話……?) 「るんるるーん♪」 終わった話と言うことは、陽茉莉の中では完結した話であるということ。 つまりそれ以上は発展する余地が無いわけで、今更そんな話を蒸し返しても意味はない。 「………」 (そっか……) (陽茉莉。俺のこと好きだったのか……) 「うん? どうかした? 人の顔じーっと見て」 「あ、いや」 「な、何でもない……」 「はいコレ。コップね」 「お、おう……」 今俺は、確実に陽茉莉を前にドキドキしている。 それは過去の初恋話をされただけではなく、こうして陽茉莉の一挙一動が気になるわけで…… (だ、駄目だ……何か落ち着かない……!!) 俺はこの日一日、こんな気分を引きずったまま一日を過ごしたのだった。 「わー! 超可愛い〜!」 「ねえねえ、全部で何匹飼ってるの?」 「えーっとね、全部で6匹かな」 「え? ハムスター? 私にも見せてー!」 「はいはい、ひまひまのハム写真見たい方は一列に並んでー」 本日の昼休み。 陽茉莉の席に女子が集まり、ハムスターの写真で盛り上がっている。 望月も加わっている辺り、やはり女子は小動物の可愛さに弱いのか。 「ふん……」 「は、ハムスターくらいで何はしゃいでるんだか……」 うわあ。こいつすごく見に行きたそう。 「ハムスターか、僕結構詳しいんだよね」 「へえ、そうなのか」 「うん。昔飼ってたフトアゴヒゲトカゲの餌用に何匹か繁殖させてたんだけどさ」 「本気で数を増やそうと思ったらなかなか難しくて」 「あ、でも僕のトカゲは美味しそうに食べてたよ? ゴールデンハムスターが一番食べ応えありそうだったかな」 お前、それ陽茉莉に言ったらブッ殺されるぞ。 (でもこの間、6代目とか言ってたよな……) 昔はよく陽茉莉のハムスターとも遊んだもんだ。 俺の家に連れてくると、頻繁にタンスの裏とか冷蔵庫の裏に入られて、その度に血相を変えていた陽茉莉。 あいつの目の前でハムスターの侮辱なんてしたら、それはもう面倒なことになる。 「フフッ、良いことを聞いてしまったぞ……」 「なんだよ。どうせロクでもないことだろ?」 「俺もハムスター好きを演じ、皆原さんに急接近する作戦だ!」 「へえ」 そう言って陽茉莉の席にいる女子グループに特攻する元気。 あいつのこういった突発的な積極性には非常に感心する。 「わあ! 超偶然! 実は俺もハムスター大好きで、家でめっちゃ飼ってるんだよ皆原さーん!」 「え? ホントに!?」 「うんうん! 超好き! ハムスターアイラブユー!」 「ねえねえ、じゃあ何飼ってるの? ジャンガリアン? ゴールデン? そもそもロボロフスキー!?」 早速陽茉莉の質問攻めが始まる。 人間、自分の好きなことには饒舌になるのが常識だ。 「ジャンガリアンだったらパールホワイト!? 私最近はプティングパイドが一番のお気に入りで――!!」 「え? えーっと……」 「な、何だったかなあ……?」 「………」 「ねえ。ひまひま。こいつ全然ハムスターに詳しくない気がするんだけど」 「え?」 「もしかして嘘なんじゃ……」 「そ、そうなの……?」 「え!?」 野々村の発言により、一気に窮地に立たされる元気。 可哀相に、ここは助け船を出してやろう。 「ねえどうなの? 本当にハムスター飼ってるなら証拠見せてよ」 「そうだそうだ!」 「え、えっと……」 「みんな待ってくれ」 「俺がこいつのハムスターだ」 「いやいや無理あるだろ!! さすがにそれは無理あるだろ!!」 「ほら、頬袋もこんなに!」 「勝手に人のカレーパン食ってんじゃねえ!!」 「もぐもぐ」 「もぐもぐじゃねぇ! ブッ殺すぞ!!」 カレーパンをモグモグしながら代金を手渡す。 あらやだ、これ美味しい。 「大体なんでハムスターが日本語喋れんのよ」 「学習しました」 「なんでハムスターが制服着てるの?」 「学生だからです」 「こんなにデカいハムスター見たことないんだけど……」 「あれだ、突然変異ってやつ」 まあ世界にはめちゃくちゃデカいイカやクジラだっているんだし。 人間サイズのハムスターくらい、どっかの密林にいるんじゃないの? 「ねえねえ、ひまひま的にはこの糞デカいハムスターどうなの?」 「うーん……」 「本物のハムスターなら……!」 「なら……?」 「ハム語が、わかるはず……」 ええっ!? 何それ!? 「え? ハム語?」 「うん。ハムスター同士って、人間には聞こえない声でコミュニケーションをとるの」 「だからハム語が出来ないとハムスター失格」 「………」 「ハム語……」 「は、ハハ……!」 「出来るぜ? 超余裕。マジ余裕」 「じゃあやってみせてよ」 「ハムッ! ハムハムハムハムッ!!」 「フフッ、どうだ?」 「うわあ……ホントにやるとは思わなかった……」 「気持ち悪ーい……」 何この仕打ち!! やらせたのはお前らだろ!! 「他にも、ハムスターだったらところ構わず糞をする習性もあるし……」 「ほらあんた。そこら中にウンコしなさい」 「出来るか」 限度ってもんを考えろ。 「ふふ、あんたらの完敗ね」 「畜生……」 「ほら元気。あっちでハム語の練習するぞ」 「一人でやってろよ!!」 「あはは」 最近、陽茉莉とはこうして友達として仲良く話せるようになっていた。 春先には色々あって、接し方がわからないこともあったけど…… 「こらハム夫! あんたまだウンコしてないでしょ」 「ハムッ!」 俺はこんな雰囲気の続くこのクラスが、陽茉莉も含めて段々と居心地の良いものになっていた。 「……」 (待て……) 普通にクラスに馴染んでどうする。 俺は飯盒炊爨のあったあの日から、あいつに直接聞きたい話が山ほどあるのに。 「瀬野くん! ハム語はハムスターの悟りを開いた人間にしか真似できないんだよ!」 「ハムスターの悟りって何!? 俺修行する必要とかあんの!?」 「………」 (陽茉莉のやつ、今日はやけにテンション高いな……) あいつの初恋の相手は俺だったらしい。 当然『だった』ということで、この話は既に過去形だ。 男としてはあんな話を聞かされて、心穏やかでいられるわけがない。 仮に今俺に脈がないとしても、あいつの顔を見る度にこっちは無意識に動揺してしまうわけで…… (せめて、いつまで好きだったかは聞いてみたいよな……) うわ、今の俺超キモすぎる。 振られた男じゃあるまいし、昔の話をいつまで引きずる気だこの童貞野郎。 「駄目だ。もう忘れよ」 どうせ本人直接聞く勇気もないしな。 「はあ……」 「じゃあ私、購買でジュース買ってくるー!」 「あ、待って! 私のオレンジジュースも買ってきてー!」 「りょうかーい」 「………」 「なあ野々村」 「んー?」 「お前ってさ、実のところ皆原とはどれくらい仲が良いんだ?」 「……?」 「何で? 何で今そんなこと聞くの?」 ……。 「いや、まあ色々と……」 「ふーん……」 「………」 「………」 「はっ!? ま、まさかハム夫……!!」 「あんたハムスターの分際でひまひまに気があるんじゃ……!?」 待て。 「勘違いするな。俺は気の多い男だからな」 「不特定多数の女子たちと同じように、皆原の情報も一応抑えておきたいだけだ」 「ふーん。そうなんだ」 「………」 ちょっと言い訳が苦しかったか。 明らかに怪しむ目で俺を見てくる野々村。 「じーっ」 「な、なんだよ……」 「………」 「ま、いいか」 「それで何? 私からひまひまのこと、色々聞きたいわけ?」 「か、勝手に決めつけるな。別にそういうわけじゃ……!」 「はいはい。それなら放課後、私にちょっと付き合ってくれたら色々と教えてあげる」 「………」 「マジ……?」 「うん、マジマジ」 「あ、それと何か奢ってよね。最低でも1000円以上は」 「は? 奢り……!?」 「当然でしょ。タダで色々と教えてもらおうだなんて、ちょっと甘すぎるんじゃなーい?」 「………」 「まあ、確かにそうだな」 「ほいほい。じゃそういうことで〜♪」 そのままひらひらと手を振って食堂へと歩いて行く野々村。 あいつとの付き合いはまだまだ短いが、とりあえず親友の情報を1000円で売るってのはどうなんだ。 ……。 ……。 そして放課後。 「てりやきチーズバーガー二つと、それからスパイシーポテトフライのバーベキューソース二つ」 「それからチキンナゲットにカスタードパイとチョコレートプリン、あとは無駄にてりやき――」 「お前どんだけ食うんだよ!!」 「せめてセットで頼めセットで!!」 「えー……」 「というか腹減ってんならうどんかカツ丼食えよ。目の前にいっぱいあるだろ」 レジで1700円ほど支払い、野々村を引っ張って席に着く俺。 そしてもう一つ突っ込まなければ事態が一つ。 「智美太るよー? 私なんかポテトだけだし」 「おい! なんで皆原までここにいるんだよ!! 俺聞いてないぞ!!」 「え? だってひまひまのこと知りたいんでしょ? だったら直接本人に聞けば良いじゃんって思って」 「直接聞けないからお前に頼んだんだろ!! お前俺の言ってる意味わかってんのか!!」 「ひ、ひぃぃぃ!! 耳に息が……! 耳に息がかかってめっちゃエロぃ……!」 駄目だこいつ! 下手したら元気より使えないかもしれない! 「やっぱ金返せ。これは契約違反だ」 「えー、けちー! せっかく私がセッティングしてあげたのにー! ぶーぶー!!」 「ぶーぶーじゃねぇぇぇぇ!! お前最初から俺にたかる気だったのかコラァァァァ!!」 「ああん♪ ひまひま助けて……! ここにすぐキレる若者が一人……!!」 「………」 「二人って、実は私の知らないところで超仲良くなってる?」 「え?」 「ううん。全然仲良くないよ? だって私、男なんてみんな財布程度にしか思ってなくて――」 「さて、野々村を捨てるゴミ箱はどこかな?」 「ひぃぃ!! じょ、冗談だってば!! こんな乙女にDVかます気!?」 「あはは、ゴミ箱はこっちにあるよ?」 「そんな!? ひまひままで――!?」 俺と野々村の様子を見て楽しげに笑う陽茉莉。 畜生、俺はお前と漫才やりに来たわけじゃないんだぞ野々村! 「ほ、ほら……! 今日はやけにひまひまのテンションも高いし、頑張れば本人から直接聞けるって!」 「アホか!! 何を根拠にそんなこと言ってんだお前!!」 「それで、今日は何の集まりなの……?」 「青葉くんも一緒だなんて、ちょっと意外だけど……」 「智美が放課後に男子誘うなんて珍しいね……」 うっ……。 「あー、えーっと……」 「実は大したことじゃないんだが……」 「いや、彼がね、ひまひまは彼氏つくらないのかなーって。気になってるらしくて」 直球だなおい。 しかも俺、お前にそこまで言ってねーし。 「ほらほら、ひまひまもそろそろお年頃だし〜?」 「いい加減男作らないと、寂しい青春を迎えることになるっていうか……」 「………」 陽茉莉がテーブルの下で突然ケータイを弄りだす。 『あの、超大きなお世話なんですけど』 うわ、めっちゃ機嫌悪そう。 「あ、あはは……」 「か、彼も他の男子に頼まれて来たのよ。あんたも損な役回り引き受けちゃったわね〜!」 「あ、ああ。もうマジで困っちゃうぜ!」 「あははは……!」 「うふふふふ……!」 「………」 「はあ……」 「まあいいけど。何でみんなそんなに彼氏だ彼女だって大騒ぎするの?」 「私の場合、まだ一人でやりたいこともたくさんあるし……」 「正直今そんなこと聞かれても、上手く答えられる自信ないんだけど……」 「でたでた。恋愛否定ひまひま」 「べ、別に私……! 恋愛を否定してるわけじゃ……」 どうも嘘は言っていない様子の陽茉莉。 残念だが確認するまでもなく、初恋の熱はもう冷めているくさい。 (な、何か複雑な気分だ……) 実際今、陽茉莉は誰かと付き合っているわけじゃない。 ということは本当に恋愛に対する興味が薄いのか、それともただ単にきっかけが無いだけなのか。 「あのね、実はひまひま、去年数人の男子から告白されてるんだよ?」 「ちょ、ちょっと……!!」 俺の中で謎は深まるばかり。 いや、むしろ謎なんてなくて、本当にただその気になることがないだけなのかも。 「それで……? 告白された後皆原はどうしたんだ?」 「ど、どうしたって……」 「普通に……断ったけど……」 「なんて惨い……! 付き合ってる人がいないならOKしてあげれば良いのに……!」 「わ、私の気持ちも考えてよ……!」 「それにいくら好きって言われても、私の方がその気じゃなかったら相手に失礼だし」 「ほーお。それらしいこと言っちゃって」 「だ、だって事実だもん……」 そう言ってバックからジュースを取り出し、ストローをさして飲み始める陽茉莉。 俺は人から告白された経験なんてないけれど、告白された方もされた方で色々悩みとかあるんだろうか。 「でもねぇ、こうして長年親友やってると、さすがにちょーっと心配になるのよねぇ……」 「なーんかひまひまって他の女子より恋愛に消極的っていうか……」 「はいはい、私の心配より自分の心配したらー?」 「うっ……」 「わ、私の話なんて別にいいでしょ。どうせ進学したらめちゃめちゃモテる予定だし……」 「そんな予定あるのか」 「ふふっ、そうよ。そしていつかは玉の輿に乗ってやる……!」 玉の輿とはまたリアルだな。 男にも色々願望はあるが、女子の場合生活に密着しそうなリアルな願望の方が多い気がする。 (年収だけで男を選ぶとかな……) おお、考えるだけで恐ろしい…… 「あ、そういえばひまひま。あの例の男の子どうしたの? 幼馴染みの」 「え?」 「昔いたんでしょ〜? 小さい頃から仲の良かった男の子〜」 「う、うん……」 よしナイスだ野々村!! お前は今日、はじめて俺の役に立っている!! 「幼馴染みって、やっぱり色々あったりするんでしょー?」 「男子とかその手の話で興奮するじゃん。昔一緒にお風呂に入ってた系のエピソードとかさあ」 「はあ……」 「みんなそんな風に言うけどねぇ。実際あんまり良いことなんてないよ?」 「へー。そうなの?」 「……」 ここは敢えてわざとらしく聞いてやる。 「良いことないって例えば例えば……!?」 「距離が近すぎるあまり、最後までお互いの恋心に気づかなかったとか……!」 「んー。私が言ってるのはそんな綺麗な話じゃなくて……」 「例えば……」 そう言って、一瞬チラリと俺の方を見てくる陽茉莉。 「例えば、私が生まれて初めて自分の顔にメイクして、大失敗しちゃったときの話なんだけど……」 「ほおほお」 「可愛いって言って欲しくて、私一生懸命頑張ったのに……」 「初お披露目したらお茶噴いて爆笑してきて、おまけに化け物扱いされて……!」 「うわ、そいつデリカシーゼロだな」 「………」 「他にも! クラスで流行ってたから一緒に交換ノート書こう? って誘ったら」 「毎回誰得なのかわからない、超細かい迷路しか書いてきてくれなくて……」 「誰なのそいつ!! ここに呼んできて! 私が全力でブッ飛ばしてやる!!」 「なんて乙女心のわからないやつなんだ!」 すみません。俺です。 「可哀想にひまひま。まさかそいつのせいで男に多大なる失望感を抱いたんじゃ……」 「うん、そうかも……」 「おお〜。よしよし。良い子でちゅね〜」 目の前で繰り広げられる大げさな友情劇。 ちょっと待て! お前もお前で割とロクなことしてなかっただろ! 「俺も人づてに聞いた話なんだが……」 「怒ると人のゲームのセーブデータを、こっそり消しに来る陰険な女の幼馴染みも存在するらしい」 「うわ、何それ超酷くない!?」 「………」 「他にも給食でニンジンが出ると、相手のプリンと引き替えに自分のニンジンをこっそり人の皿に移していく恐ろしい幼馴染みも……」 「何それ! まるでひまひまみたいなやつじゃん!!」 「しかもプリン強奪ってマジ鬼畜!!」 「あはは、きっとその子は優しいから、プリンが大嫌いな彼のために食べてあげたんだよ」 嘘つけ! お前ニンジンの無い日も人のデザート狙ってただろうが!! 「他にも、幼馴染みがおたふく風邪になるとね……?」 「今のうちにあなたもおたふくやっておきなさい。って親に言われて、同じ部屋に閉じ込められるし……」 「ちょっとふざけて泣かせたら、すぐに自分の親が飛んできてぶん殴られるし……」 「はあ……」 「はあ……」 「な、何なのあんたら……」 その場を負のオーラが包み込む。 そうなんだよ。 子供の頃から一緒って、案外つらいことも多かったりするもんだ。 「はいはい! この話はもうおしまい!」 「私、オニオンフライも食べたくなったから買ってくる!!」 「あ、待って! 私も一緒に――!」 「あっ……」 「ひぃぃ!」 陽茉莉がジュースを倒し、俺のズボンがめっちゃ濡れる。 「あちゃー。何やってんのひまひま」 「私、何か拭くもの持ってくる」 「ご、ごめんね……! わざとじゃないの……!」 「大丈夫。わかってるって」 でもめっちゃ冷たい。 着替え買ってトイレにでも行くか。 「ちょっとここで荷物見ててくれるか?」 「待って、そのままだと染みになるよ」 そう言って陽茉莉がポケットタオルを取り出す。 「いいって。これくらい平気だし」 「駄目! 動かないで! 制服なんだからそんな横着しちゃ駄目だよ」 「お、おい……!」 陽茉莉が寄ってきて俺のズボンを拭き始める。 こぼしてしまった罪悪感からか、真剣な表情で必死に俺の股間を…… 「あっ……!」 「い、いいって! じ、自分で拭くから……!!」 「ご、ごめんっ……!!」 タオルを受け取りすぐに股間を押さえる。 か、勘弁してくれ……! 女子にこんなところ触られたら普通はこうなるっての……! 「お待たせ! 布巾借りてきたよ!」 「……って、あれ? なんであんたそんなに前屈みになってるの?」 「聞くな」 「………」 「………」 「あー、なるほど」 「ひまひま、彼に罪は無い! 男はみんな興奮するとああなって――!」 「わかってるから言わなくていいよ!!」 「あ、あは……」 「あははははは……」 ズボンを拭くときに一瞬見えた、陽茉莉の首筋にもドキドキしてしまった。 ただでさえあいつ、近寄ると良い匂いがするってのに…… 「すまん、トイレ行ってくる……」 「あ、うん……」 結局そのままトイレに駆け込む俺。 ギャグならまだしも、素の状態であいつにこんな醜態を晒してしまうなんて…… (最悪だ……) 俺はそんな後悔の念に苛まれながら、そのまま15分ほどトイレで自分のズボンと格闘した。 「じゃ、私17分の快速に乗って帰るから」 「おう、気をつけて帰れよ」 「またね〜」 先ほどの恥ずかしい出来事は、綺麗さっぱり忘れたことにした俺たち。 フードコートを出るともう日が暮れていて、かれこれ4時間もあそこでしゃべり続けていたことになる。 「………」 「………」 「そ、それじゃあ、私も帰るね」 「お、おう……」 「また学校で」 「……」 ……。 「陽茉莉」 「うん……?」 「家まで、送っていく」 「え……? い、いいよ、もう子供じゃないんだし……」 「いいから行くぞ」 「あ、ちょ、ちょっと……!」 ……。 ……。 「もう、強引なんだから……」 「いいだろ別に。減るもんじゃないんだし」 「そうだけど……」 陽茉莉の歩調に合わせて少しゆっくり歩く。 例の初恋の話は忘れようと思ったのに…… 「………」 「………」 こうしていざ本人を前にすると、自分でもビックリするくらい心拍数が跳ね上がってしまう。 「………」 「あ、あのさ」 「うん?」 「もしかして、私が前に言ったこと……」 「気に……してる……?」 「何が?」 「ほ、ほら……私言ったじゃない……」 「飯盒炊爨のときに、初恋のこと……」 「………」 「………」 「ああ、気にしてる」 「………」 「な、何で……?」 「さあな。俺にもさっぱりわからん」 「………」 「ごめん。もしかして怒ってる……?」 「いや、別に怒ってないぞ?」 「そうなの……?」 「ああ」 「ただ……」 「今更になって、何でお前の気持ちに気がつかなかったのかなって……」 「………」 「しょうがないよ」 「だって、ずっと内緒にしてたのは私の方だし」 「気にしてない」 「本当?」 「ああ」 「最初に聞いたときには、さすがにビックリしたけどな」 「………」 「じゃあ、何で私が彼氏作らないのか、気にしてるの?」 「夕方、智美が言ってたでしょ?」 「私が何で彼氏作らないのか、気になってるって」 「ああ、あれは他の連中から俺に聞き出してくれてって頼まれてて」 「嘘だよ」 「だって顔に書いてあるもん」 「………」 「彼氏はね、作らないんじゃなくて、純粋にただ巡り合わせが無いだけなんだと思う」 「子供の頃だって、私にとっては恋より大事なことなんていくらでもあったから……」 「そっか……」 ……。 ………。 「いつまで好きだったんだ?」 「あ、あははは……」 「な、何か恥ずかしいな。何でそんなこと聞くの?」 「いやほら、今更でもそんな話聞かされたら気になるし」 「えー、それ普通本人に質問するー?」 「まあいいじゃん。堅いこと言うなって」 「もう……」 「………」 「実は、ハッキリと覚えてないの」 「お互い学校卒業して、そっちが引っ越してからしばらく経った後かな」 「新しい学校にも慣れて、智美とも友達になって……」 「なんか、色々なことに夢中になっていく間に、気づいたら私の気持ちも自然に吹っ切れてたの」 「なるほどね」 「なんで内緒にしてたんだ?」 「………」 「はあ……」 「まさかとは思ったけど、その辺は全く変わってないんだね」 「え?」 「誰かさんには、デリカシーが欠落しています」 「はい、よく言われます」 「もう、本当にしょうがないんだから……」 「秘密にしてたのは、単純な理由だよ」 「あのときの私には、上手く伝える勇気とタイミングが無かったの」 「本当は、引っ越す前に言いたかったんだけどね」 「お互い進学の準備や、そっちなんて引っ越しのこともあって忙しそうだったし」 「恋って、やっぱりタイミングが重要なんだなって。あのときちょっと思ったかな……」 「タイミングか……」 「うん……」 ……。 ……。 ……。 ……。 「ありがと。送ってくれて」 「おう」 「こんなところ、クラスのみんなが見たらなんて言うかな」 「はは、よく言うよ。そんな気なんてないくせに」 「あはは、バレてた? さすがだね〜」 「………」 「もう、平気なのか?」 「へ?」 「お前、本当は今日ずっと元気なかっただろ」 「お前が学校でハムスターの自慢するなんて、珍しいなんてもんじゃないからな」 「え……」 陽茉莉は昔から、何か辛いことがあると無駄に明るく振る舞う癖がある。 おまけにこいつは、自分のハムスターを他人の前で見世物のように扱うまねはしない。 例えそれが写真であったとしても、陽茉莉は昔からそうしてきた。 「お前、子供の頃は俺にしかハムスター見せてくれなかっただろ?」 「昔学校にハムスター連れてきてさ」 「男子におもちゃみたいに扱われてから、お前ずっと怒ってそうしてきたもんな」 「う、うん……」 陽茉莉は、本当に気を許した相手にしか自分のハムスターを見せることはない。 飼っている話はいくらでもするが、それを見せようという発想は普段から頭に無いはずだった。 「どうした? 何かあったのか?」 「………」 「黙ってちゃわからないだろ? ちゃんと言えって」 「うん。実は……」 「秋から、私の家におばあちゃんが同居することになったの」 「去年おじいちゃんが死んじゃって、それからしばらくずっと一人暮らししてたんだけど……」 「最近は足も弱くなっちゃって、お父さんが心配だって言うから……」 「あれ? お前ばあちゃん嫌いだったっけ?」 「ううん。そんなことないよ? むしろ大好き」 「ただ……おばあちゃん動物の毛に弱くて……」 あ……。 「まさか、アレルギー持ちとか……?」 「うん……」 「だから、もしかしたらおばあちゃんが来るとき、ハムスターの毛も無理だから……」 「そのときは、6匹とも誰かに引き取ってもらうことになるかもしれなくて……」 「6匹、全部か……」 「うん……」 そりゃあ急に寂しくもなるだろう。 陽茉莉にしてみれば、突然家族同然の6匹がいなくなるかもしれないんだし。 「あはは……」 「私、やっぱり駄目だね」 「どんなに頑張っても、最後はいつも誰かさんにはバレちゃうんだもん」 「まあな。お前の考えてることなんて、大抵のことなら見てればわかる」 「へー、私の恋心には気づかなかったくせに?」 「………」 「それは例外だ」 「ふふっ」 ここで陽茉莉のケータイが鳴る。 そろそろ時間的に家に帰らないとまずいだろう。 「ハムスターの話、もしもどうにもならなかったら俺の母ちゃんに聞いてみる」 「お前も、知り合いの家になら安心して任せられるだろ?」 「ありがとう。でも大丈夫」 「私ももう子供じゃないから。自分のことは自分でなんとかする」 「………」 「そっか」 「うん」 特に気落ちするわけでもなく、そう言って真っ直ぐ俺に笑いかけてくる陽茉莉。 「じゃあ、また学校で」 「おう」 「………」 俺は、このときやっと自覚したのかもしれない。 今でもバクバク鳴っているこの心臓は、陽茉莉の初恋の話を意識していたのではなく…… 「自分でなんとかする……ね」 しばらく見ないうちに大きく成長した、そんな今の彼女の姿にドキドキしているのだと。 (ん……?) 『メール受信1件 陽茉莉』 陽茉莉からメールが届く。 「なんだ、なら何の問題もなかったわけか」 陽茉莉が部屋でホッとしている様子が目に浮かぶ。 アドレスの件といい、陽子さんは結構抜けているところがある。 この後も少し陽茉莉とメールをして、今日も俺の一日が終わった。 とある休日。 ここに、二枚の映画招待券がある。 どれでも好きな映画が、大通りの劇場で見られる夢のこの二枚。 さて……。 「どうする俺……」 さっき、出かける前にこれを俺にくれた母ちゃん。 新聞屋からもらったらしいが、映画と言ったら陽茉莉を誘う絶好のチャンス。 「ふ、二人きりで映画に誘ったら……」 「それはもう間違いなくデートだよな……?」 俺も素直じゃないので、陽茉莉との仲がなかなか進まないのは自覚している。 それに最近は俺の方が意識するようになっても、向こうはそうでもない気がするし。 お互いを知りすぎているってのも、今ではある種の弊害か。 「………」 「とりあえず誘うだけ誘ってみよう」 映画に誘うくらいなんだってんだ。 今日が駄目でも、都合の良い日を聞くくらいなら許されても良いはず。 ……。 ………。 そういえば、陽茉莉をこうしてデートに誘うなんて、生まれて初めての経験かもしれない。 今はどうかわからないけど、昔のあいつなら誘った時点で喜んだりしてくれたんだろうか。 「はい、もしもし」 「よう」 「あれ? 電話くれるなんて珍しいね」 「ああ。今ちょっと大丈夫か?」 「うん、平気だけど」 「実はさっきさ、母ちゃんから映画の招待チケット2枚もらったんだけど」 「もし時間が空いてたら、一緒にどうかと思って」 「え、映画……!?」 「行く!!」 「はは、即決かよ」 「だって、丁度暇だったんだもん」 「午前中はお母さんと買い物に行ってたんだけど、帰ってきてからは特にやることもなかったし」 「部屋にある本も大体読み尽くしちゃった感じで……」 「さすが引きこもり日本代表」 「たまには可愛い服でも着て、外出歩いた方が良いんじゃないのか?」 「………」 「わかった。じゃあちゃんとオシャレしてく」 「はは、まあデートなんだし当然だな」 「絶対にギャフンと言わせてやるんだから……」 こうして決まった今日のデート。 俺たちは時間と落ち合う場所を決め、各々出かける準備を始めた。 「………」 (な、なんか……) (今になって緊張してきたな……) 一時間後、陽茉莉と約束した駅前へとやってくる。 時刻は午後2時過ぎ。 珍しく着るものにも気を遣い、あとはあいつの到着を待つばかり。 上は七分丈の白いシャツに、インナーはパステル調のライトブルーをチョイス。 下手にこだわっても俺の場合どうせ似合わないので、下は無難にデニムのジーンズにした。 髪もワックスで浮かせたし、スプレーもしてきたので問題はないはず。 (だ、大丈夫だ……!!) (この期に及んで何を臆することがある!!) しかも相手はあの陽茉莉。 「フッフッフ……」 緊張なんて所詮メンタルの問題だ。 いざとなったらあいつのことはジャガイモか何かだと思えば良い。 「……」 「そろそろだな……」 「はあ……! はあ……!」 「お、お待たせー!」 来た。 「おう、平気平気」 「俺も今来たとこ……」 「………」 「ご、ごめんね。出かけにもたもたしちゃって……」 「あ、でも時間はピッタリだったね。セーフセーフ」 「……」 まずい。上手く言葉が出てこない。 というかこいつ何で今日はこんなに可愛いの!? これで緊張しないとか俺無理なんですけど!! (おい!! ジャガイモォォオオ!! マジ早くしろ俺のジャガイモォォオオ!!) 「………」 「せっかくオシャレしてきたのに、せめて一言くらい何かないの?」 「ギャフン」 「ふふ、私の勝ちだね」 フリルのついたふわふわのワンピースに、髪まで下ろしてくるとは恐れ入った。 周りの通行人も早速陽茉莉の姿に注目し始める。 今日一日こんな陽茉莉の隣を歩くなんて、俺にはハードルが高すぎやしないか。 「このワンピースね、午前中にお母さんに買ってもらったの」 「えへへ、可愛いでしょ」 「あ、ああ……」 「よく似合ってると思う」 「えへへ」 今日は思い切って電話をかけてみて良かった。 変に怖じ気づいて休みを棒に振るより、これなら正しい選択だったと自信を持って言える。 「それで、今日は何を見にいくの?」 「これ劇場招待券だからさ、今上映している映画なら何でも見られるんだ」 待ち合わせついでに、映画館からもらってきた上映案内を陽茉莉に見せる。 今上映している映画は4つ。 戦争映画にアメリカの動物CGアニメ。 あとはスペインのホラーに邦画は恋愛モノとジャンルにはバラつきがある。 (デートで戦争映画ってのもちょっとな……) わざわざホラーを見るのも違う気がするし。 動物のCGアニメは、明らかにキャラの造形が子供向けで微妙そうだ。 「陽茉莉はどれが良いんだ?」 「うーん……」 「そっちが決めていいよ? だってチケット持ってるのは私じゃないし」 「気にしなくて良いのに。本当に良いのか?」 「うん」 「でも一つ言わせてもらえるなら、今はホラーって気分じゃないかな」 「大丈夫。その意見には俺も賛成だ」 このラインナップじゃ見るものなんて決まっている。 普段は恋愛映画なんて一切見ないけど、女子と一緒ならいくらか見方も変わるだろう。 「よし、これ見ようぜ?」 「へえ、恋愛モノ選ぶなんてちょっと意外。戦争映画かと思った」 「あのな、戦争映画だって物によってはホラーと同じくらいグロイだろ」 「あはは、そっか」 そろそろ上映時間も近いので早速入る。 映画館に足を運ぶのも久しぶりで、デートの話を抜きにしても自然に心が躍った。 「全米が泣いた。衝撃の結末を迎える、とある男のヒューマンラブストーリー」 「嫁が火星人」 「この男、最後まで愛し抜く覚悟はあるか」 「これ、シリーズ物なんだけど前作が酷かったから絶対これもつまらないよ」 「そもそもこの監督ね? カットの仕方が下手すぎてどのシーンも冗長に感じるの」 「陽茉莉先生。映画の予告くらい素直に見ましょう」 席に着くと丁度映画の予告が始まった。 陽茉莉は劇場で映画を見るとき、絶対に飲み物以外は口にしない。 当然その手にはポップコーンなど持たず、早速スクリーンに注目している陽茉莉。 「あ、始まるみたい」 「おお、予告終わるの早いな」 こう薄暗いと、どさくさに紛れて手を繋ぎたくなってくる。 でも陽茉莉は映画好きだし、上映中に邪魔するようなことはやめておくか。 「これで糞映画だったらごめんな」 「それは最後まで見てみないと分からないよ」 「ごもっともです」 俺もスクリーンに集中する。 俺のすぐ隣で、真っ直ぐにスクリーンを見つめている陽茉莉。 俺はなんとなく気づかれないようにして、その横顔を少しだけ見つめていた。 季節は冬。 舞台は東北地方か、電車の本数が少ないちょっと寂しげな田舎町が舞台だった。 粉雪が舞う、海の見える小さな町。 学生らしきカップルが手を繋ぎ、雪の積る通学路を並んで歩くところから話が始まる。 「なんか、寒そうなところだな」 「うん……」 「大して冷房も効いてないのに、見てるこっちまで寒くなりそうだ」 「うん……」 「………」 「………」 陽茉莉は既に映画の世界に入ってしまった様子。 こいつは昔からそうだった。 俺が無理矢理付き合わせたアニメ映画でも、冒頭からわずか数分でその世界の中に浸ってしまう。 好きなことには、とことん集中力を発揮する俺の幼馴染み。 陽子さんも昔からそこだけは自慢に思っているようで、子供の頃は陽茉莉が作家にでもなるんじゃないかと笑いながら言っていた。 「あはは、私もよくこれやる〜」 「誰かさんにも負けないレベルの運動音痴だな」 家で、通学路で、学校で。 とにかく注意力が散漫というか、よく転んだり物を落としたりするヒロイン。 体育の成績もボロボロで、本人には悪いが超陽茉莉とダブって見える。 そんなヒロインに嫌な顔一つせず、毎回手を差し伸べるイケメン男子。 「おお、まるで俺みたいなやつだな」 「あはは、今空耳が聞こえた〜」 「いや、マジで顔意外は似てるって」 「まだ空耳が聞こえる〜」 まあ俺は、陽茉莉が転んでもこんなに紳士的じゃなかったけど。 「あれ……? 何でこの子ここで告白しないの……?」 「実はイケメンの方に、他に好きな子がいるとか」 「え、だってそうだとしても今までそんな素振り一切見せて来なかったし……」 「いや、イケメンなんてそんなもんだ。絶対にニコニコしながら裏で女いっぱいつくってるって」 「わー、なんか隣のモテない人が何か僻んでるー」 すみませんねぇ! モテない男で! 「んっ……んふ……ちゅっ……」 「お、おい……」 「ちょっとエロ入ってるぞ。大丈夫か?」 「う、うん……」 「が、頑張って見る……」 紆余曲折あり、突然イケメンの家でディープなキスを始める二人。 それを見て頬を赤くしている陽茉莉。 こいつは下ネタや性の話題にはめちゃくちゃ弱い。 それでも何とか必死になって見られるのは、この映画のラブシーンがまだピュアでライトな方だからか。 「いつでも鼻血出してひっくり返って良いぞ?」 「ちゃ、茶化さないで……」 そのまま初体験を終える気なのか、イケメンの言われるがままに服を一枚一枚脱いでいくヒロイン。 AVならいくらでも見慣れたこんなシチュエーションも、陽茉莉が横にいるだけで少し違って見える。 (………) (陽茉莉って、絶対に自分からは脱がなそう……) ――って! こんなところで何考えてんだ俺!! 「………」 (な、なんかめっちゃ急にドキドキしてきた……!) スクリーンからの光で、うっすらと白く見える陽茉莉の横顔。 その小さい唇も、リップのせいか妙に色っぽく感じてしまう。 (お、落ち着け……) (マジでこんなところで興奮してどうする……) ヒロインの細かな息づかいが、隣にいる陽茉莉の姿を借りて脳内で再生する。 ああ駄目だ。映画に全然集中せずにこんな妄想をするなんて…… 「………」 俺はともかく、陽茉莉もいつかは誰かとこんなことをするんだろうか。 ふとそんなことを考えたら、急に興奮は収まり寂しくなってくる。 (雑念を払え……!) (こ、こんな映画くらいでブルーになってどうする……!) 「………」 「この子……可哀相……」 上映開始からおよそ1時間半。 ラストは二人しかいない駅のホームで、やっと付き合えたばかりの彼氏を振ってしまう。 イケメンの両手には大きな荷物。 彼には追いかけたい夢があるらしく、彼女はそれを察知していて自ら身を引く形を取った。 追いかけたくとも実家の事情で町を離れられない彼女。 自ら下した決断により、最後は涙を流しながら列車に乗る彼を見送った。 「………」 「ハンカチ使うか?」 「ううん。平気」 「ありがとう……」 「おう」 そのまま本編が終わる。 席を立つ人間が多い中、俺の横でじっとスタッフロールを眺めている陽茉莉。 俺もそんな陽茉莉の横で、無意識に彼女の横顔を見つめていた。 「はいアイス」 「おおサンキュー」 「いくらした?」 「いいよ、映画のお礼」 「はは、どうせタダ券なんだから気にするなよ」 長いようで短かった2時間を満喫し、二人でモールのフードコートへとやってくる。 「で? 映画にうるさい皆原先生のご感想は?」 「うーん……」 「80点!」 「え!? 嘘だろ? マジでそんなに面白かったか?」 「うーん、面白いと言うよりちょっと関心しちゃったの」 「私、最後は彼とヒロインのどちらかが、病気か何かで死んじゃうと思ってたんだよね」 「ああ、わかるわかる」 「冒頭のシーンからそんな空気バリバリだったよな」 「あはは、うん」 まあ死ななくても記憶が消えたり火事が起きたり二人の出生に秘密があったりと…… 普段から映画を見ない俺でも、そういう展開を少し予想していた。 「ああいう、何か特別なことが起こらない日常のせいで、最後がちょっとリアルに感じちゃって……」 「あとは音楽がすごく良かったから。それに釣られて泣いちゃった」 「はは、確かにあれは卑怯だったな」 「うん」 椅子に座って二人で陽茉莉の買って来てくれたアイスを食べる。 俺はチョコミントで陽茉莉はクッキーバニラ。 キャロットシャーベットなんて味もあったはずだが、当然陽茉莉はそんな物買ってこない。 「陽茉莉はあのイケメンの方どう思う?」 「どう思うって?」 「うーん、率直にカッコ良いかカッコ良くないか」 「えーっとねぇ……」 「カッコ良かったかな? ちゃんと自分の夢持ってるし」 「ほう……」 「つまり自分の夢を持っていない俺はカッコ悪いと?」 「………」 「じゃあ聞くけど、将来の夢は?」 「プロ野球選手です」 「野球やってないでしょ」 「明日からやる」 「ふふっ」 「もう、そうやっていつも適当なことばっかり言うんだから」 「だからおばさんが心配するんだよ?」 「はい……?」 「おばさん、家にお茶しに来るといつもぼやいてるの」 「勉強には目をつぶるけど、自分の進路くらいはちゃんと決めて欲しいわ〜って」 「そうだったのか」 うちは放任主義みたいな所があるから、そんな風に言われているとは思わなかった。 まあ来年の今頃にはさすがに自分の進路くらい決めてあると思いたいけど。 「あとはそうだなあ……」 「ちょっと積極的だったよね」 「まあな、イケメンなんてみんなそうだろ」 「もう、そこはイケメンかどうかは関係ないでしょ?」 「でもあんな風に迫られたら、女子ならみんなドキッとすると思う」 「はあ……? あんなねちっこく耳元でささやくとか、普通の男には絶対に出来ないぞ」 「大体さわやか笑顔というチート武器を持っている時点で反則過ぎる」 「ねえねえ、さわやか笑顔やってみてよ」 「………」 「まあ良いけど。俺の出来る範囲でなら……」 3。 2。 1。 「さわやかっ!」 「………」 「………」 「大丈夫。きっと練習すれば出来る様になるよ……」 やめろ! せめて否定するならはっきりと拒絶してくれ!! 「でも意外だな。積極的に迫られるのが好きなのか?」 「え?」 「学校で告白されたことあるんだろ? その中に積極的なやつはいなかったのか?」 ここで素朴な疑問をぶつけてみる。 まあ何人から告白されたのかは知らないけど、中には当然そんなタイプもいただろうし。 「うーん、いたにはいたよ……? でも断ったけど」 「難しいやつだな。何が不満だったんだよ」 「な、何がって……」 「うーん、やっぱり気持ちなのかな……」 「純粋にドキドキしなかったの。あとは何かが足りなかったっていうか……」 「そんな気がして……」 「何かって何だよ」 「あはは……」 「自分でもわからないの。だから智美に何を言われても彼氏が出来ないんだと思う」 そう言って美味しそうにアイスを頬張る陽茉莉。 こいつはこれで頑固なところがあるから、きっと無意識にでも譲れない何かがあるんだろう。 今の俺には何の事だかさっぱりだが、このままアイスを食べながら二人はずっと映画の感想について語っていた。 「すっかり遅くなったな」 「ごめん、長々と付き合わせて」 「ううん。平気だよ? 私も楽しかったし」 アイスを食べた後、そのまま帰るのもあれなので軽く駅前をブラブラした。 映画を見てアイスも食べて、こうして今は二人で夜景を見ながら歩いている。 誘ったのは急だったかもしれないが、一応デートとしてはちゃんと成立している気がする。 ただ…… 「ねえねえ。昔ここで釣りしたら怒られたよね」 「ああ、良くそんなこと覚えてるな」 「えへへ。私、変なことはたくさん覚えてるから」 今はこんな陽茉莉の笑顔を見るのが少し辛い。 完全に安心しきったその表情。 俺に対して全く警戒心を抱いていない、そんな幼馴染みへ向けたいつもの顔。 それは俺からすれば、恋愛の対象としては見られていない気がして…… 「………」 そんな風に思うと、段々と寂しくなってくる。 「………」 「ねえ、どうかしたの……?」 「え?」 「あ、いや……」 「ちょっと腹痛いかも。映画館でジュース飲んで、そのあとアイスまで食ったから……」 「………」 「本当に? 大丈夫……?」 陽茉莉は卑怯だ。 今のこいつに、腹が痛いだなんて嘘は通用しない。 昔からそうだった。 陽茉莉は俺が不安な顔をすると、すぐにそれを察知して隣にやってきてくれる。 「………」 「なあ、もし俺が今より積極的になったら」 「陽茉莉はちゃんと俺にドキドキしてくれるのか?」 「え……?」 「ど、どうしたの急に……」 昔と同じは嫌だった。 少なくとも過去の俺なんか忘れて、今の俺をちゃんと見て欲しい。 「俺、本当は今日ずっとドキドキしてた」 「だって学校じゃモテない俺が、今日はこうして女子と二人きりでデートしてるんだぞ?」 「おまけに相手は、同じクラスの皆原さん」 「これでドキドキしないなんて、男としてはまずあり得ないだろ」 「………」 「私に……ドキドキしてたの……?」 「ああ、昼間電話したときからずっとな」 「だから慌てて着るものも選んだし、久々に鏡の前に立って髪弄ったり」 「大通りで陽茉莉が来た時なんて、正直心臓バクバクだった」 「………」 「だからまた、今日みたいに俺とデートしてくれると嬉しい」 「もちろん陽茉莉……」 「いや、皆原さんさえ良ければだけど」 陽茉莉も俺も成長した。 だから当然、昔とは見るモノがすべて違って見える。 だからこそ今なら、子供の頃には気がつかなかった彼女の魅力が俺にもわかる。 「はは、なんてな」 「ごめん急に変なこと言って。アホみたいだよな」 「ううん……」 「今日は本当に私のこと、ちゃんとデートに誘ってくれたんだね……」 「ご、ごめんね……」 「………」 「どうしたんだよ、急に謝ったりして」 「今日は私……はしゃぎすぎてたかもしれない……」 「こうして二人で外に出かけるのなんて……本当に久しぶりだったから……」 「だから……」 ここで陽茉莉が歩みを止める。 「心のどこかで、今日は昔の延長みたいな気持ちだった……」 「ランドセル置いて、そのままお互いの部屋でゲームしたり……テレビを見ていたあの頃みたいに……」 「………」 「でも、今日は違ったんだね」 「ごめんね……私本当に馬鹿で……」 「こんな風に一生懸命オシャレしてきてくれたのに……私……今日は一人で子供みたいに浮かれてた……」 そう言って陽茉莉が俺の髪に触れてくる。 鏡の前で張り切って立てた髪も、潮風のせいでもう大分寝てしまっていた。 「私たち、もう子供じゃないんだね……」 「ああ、そうだな」 「気づくのが、ちょっと遅かった……」 「せめて今日電話もらったとき、それに気がついていたら……」 「わ、私も……今日はもっとデートっぽく出来たかもしれないのに……」 ここで陽茉莉が、やっと俺を見て恥ずかしそうに照れてくれる。 「ごめんね、今日は映画の話ばっかりしちゃって、退屈だったよね……?」 「そんなことないぞ?」 「他にも私、空気読めない発言とかいっぱいしちゃったと思うし……」 「はは、それはさすがに思い過ごしだろ」 「………」 「ねえ、もう一回言って?」 「うん?」 「私のこと……」 「皆原さんって……」 「………」 「皆原さん」 「皆原さん皆原さん皆原さん」 「ち、ちがっ……!」 「も、もう……そういうことじゃなくて……」 わかっている。 ただ今の俺は、恥ずかしそうに目をそらしている陽茉莉の顔に夢中で…… 「ねえ皆原さん」 「もし良かったら、今日はもう遅いし家まで送らせてくれませんか?」 「は、はい……」 こんな台詞一つ言うのに、俺も恥ずかしい気持ちを抑えるのに必死だった。 ……。 ……。 陽茉莉と二人、並んで帰り道を行く。 先ほどからずっと無言の俺たち。 でも、こんな空気が今の俺にとってはすごく嬉しい。 映画を見る前とは違い、俺も陽茉莉も明らかにお互いを意識している証拠だから。 「………」 「………」 「あ、あの……」 「一つ……わがまま言っちゃ駄目……?」 「うん? どうかした?」 「この先、右に曲がると私の家まですぐだけど……」 「そ、その……」 「もうちょっとだけ、この道を真っ直ぐ歩きたい……」 「………」 「そ、それだと、遠回りになるけど……」 「………」 「遠回り……したいの……」 「………」 「大丈夫。俺も遠回りしたかったから」 「そ、そうなんだ……」 「えへへ……」 「うわ、何か超嬉しそう」 「うん。嬉しい」 「どうしてかな、今……嬉しいけどすごく不思議な気分」 「不思議って?」 「すごく……ドキドキもしてるんだけど……」 「それと同じくらい、安心もしてる感じ……」 「………」 「そっか」 「俺はちょっと違うな。ドキドキはしてても安心はしてない」 「そ、そうなの……?」 「ああ、乙女心は複雑だからな」 「だから男はどんなときも油断しちゃ駄目なんだ」 「あはは、何それ」 「早く帰らないと陽子さんが心配するぞ?」 「………」 「良いんだもん。今日くらい心配させたって……」 「それに、今こうして二人でいるって電話したら」 「たぶんお母さん、そのままずっと帰ってこなくて良いわよ〜とか平気で言うと思うし」 「はは、まあ言いそうだな」 「………」 「あれも、いつもどこまで本気で言ってるんだろ……」 「うん……?」 「私たちが子供の頃からずっと言ってるでしょ?」 「早く嫁にあげるだとか付き合えとか……」 「ああ……」 「確かに実際のところどうなんだろうな」 「もし、本気で言ってるんだとしたら……」 「うん。お母さんはもう少し私たちに気を遣うべきだと思う」 「はは、陽子さんて遠慮しないタイプだからな」 ……。 ……。 「ここ、右に曲がらないぞ?」 「うん」 「ありがと……」 「いえいえ」 ……。 ……。 「ね、ねえ……」 「うん? 次のわがままですか?」 「あ、あはは……」 「うん、そ、その……」 「デート、また誘って欲しいなって……」 「次は私も……ちゃんと心の準備していくから……」 「皆原さんのためなら喜んで」 「………」 「ホントに、ちゃんと誘ってくれるの……?」 「あれ、何でここで疑われるの俺」 「だ、だって……」 「こういうときでも平気で冗談って言ってきそうだから……」 「はは、俺めちゃくちゃ信用ないのな」 「うん。そういうところだけね」 「他はいつも信用してるよ?」 「はは、それホントかよ」 「うん……」 「私いっぱい知ってるもん」 「誰かさんの目に見えない素敵なところ……いっぱい……」 「………」 「ありがとう」 「そう言ってもらえると、俺も嬉しい」 「甘え方が上手いな陽茉莉は」 「そう言われたら男しては誘わないわけにはいかないな」 「私、そんなに甘え上手な方じゃないと思うけど……」 「そうか?」 「うん……」 「上手じゃないよ……」 「だってもし、私が本当に甘え上手だったら……」 「………」 「………」 「うん? だったら……?」 「あ、あはは……」 「ううん。何でもない。忘れて?」 「うわあ、何かそこまで言われたらめっちゃ気になるんですけど」 「ふふ、たまには私からいじわるするのも悪くないでしょ?」 ……。 ……。 ……。 ……。 「もう、着いちゃうね」 「そうだな……」 「………」 「………」 こ、これは…… 手くらい繋いでも良い雰囲気な気がする…… 「………」 「………」 「久しぶりだね……」 「こうやって、手を繋いで歩くの……」 「あ、ああ……」 「手、大きくなったね……」 「………」 「そっちこそ、手、こんなに小さかったっけ?」 「うん……」 「だから昔、お前の手は繋ぎやすくて良いって言われたんだもん」 「え、俺そんなこと前に言ってたの……?」 「うん、言ってたよ」 「だから私、そのとき自分の手が小っちゃくて良かったって……」 「そう、思ったんだもん……」 「………」 「そっか……」 「うん……」 そのまま手を繋ぎ、陽茉莉の家を目指す。 手を繋いで一緒に家に帰るこの感覚は、懐かしくもあり同時にちょっと嬉しかった。 「ありがとう、今日は送ってくれて……」 「え?」 「あ、ああ」 ボーッとしていたら、もう家の前まで来てしまっていた。 少し残念に思うと同時に、もう少し遠回りしたかったようにも思う。 (今は……やめておこう……) 「ありがとう、今日は送ってくれて……」 「え?」 「あ、ああ……」 ボーッとしていたら、もう家の前まで来てしまっていた。 少し残念に思うと同時に、もう少し遠回りしたかったようにも思う。 「どうする? もし良かったら上がっていく? お母さんも喜ぶと思うけど」 「いや、やめておく」 「デート帰りだってバレたら、絶対色々言われて大騒ぎされそうだから」 「あはは、そうだね」 「絶対に質問攻めにされて、きっと今夜は家に帰してもらえないかも」 「何だよ俺に泊まって欲しいのか?」 「えっ!?」 「はは、冗談だ冗談。そんなこと今になって出来るわけないだろ」 「うーん、でもお母さんだったら喜んで泊めちゃうそうだけど……」 「………」 「う、うん。でも駄目」 「だって私が恥ずかしいし……」 「はは、だから冗談だっての」 これで全くの無警戒で泊めてもらってもつまらない。 今の俺にとっては、こうしてある程度の距離を置いてもらった方が嬉しいし。 もちろんそれは他人としてじゃなく、一人の男と女として。 相手に意識してもらえないつらさは、今日少しだけわかった気がしたから。 「それじゃあおやすみ」 「今日は本当に楽しかったよ。ありがとう」 「ううん、私の方こそありがとう。すごく楽しかった」 「あ、あの……」 「今夜、メールしても良い……?」 「ああ、もちろん」 「………」 「それじゃあまたな」 「うん……」 「気をつけて帰ってね」 そのまま、今度は真っ直ぐ自分の家へと帰る俺。 早く帰って風呂に入り、後は寝るだけの状態で陽茉莉からのメールを待ちたい。 頬が自然に緩むのを自覚しながら、俺は頭上に広がる星空を眺めていた。 『メール受信1件 陽茉莉』 陽茉莉からメールが届く。 「………」 俺が陽茉莉を嫌いになるわけがない。 昔から陽茉莉は、こういうことに不器用だったのは覚えている。 つまらないことでよく喧嘩もしたし、かと思えば翌日にはコロっといつものように笑っている陽茉莉。 俺は少しだけ小さかった頃のことを思い出しながら、眠くなるまで陽茉莉にメールを送ったのだった。 「えー、続きまして、表彰を行いたいと思います」 「3月末に行われました、日本野菜研究会主催の学生研究論文コンテストで見事最優秀賞を果たしました……」 「3年C組、沢渡岬さん。壇上の方へどうぞ」 多くの拍手が鳴り響く中、沢渡先輩が階段をゆっくりと昇って壇上へと上がっていく。 無駄な動きも一切無く、特に飾らない彼女の一挙一動がその育ちの良さを体現していた。 「えー。城彩学園、3年C組。沢渡岬殿」 「あなたは第37回、日本野菜研究学生論文コンテストにおいて、優秀な成績を修め――」 「おお……!」 「なあなあ! あの先輩、ちょっと良さげじゃないか? なんつーかウチのクラスにはいないタイプみたいな!」 「まあ確かにウチのクラスにああいうタイプはいないな」 「沢渡先輩でしょ? 確かにあそこまでお嬢様って言葉が似合う人もそうはいないわね」 賞状が授与され、礼節通り三歩前へ出て左手から賞状を受け取る先輩。 軽くお辞儀をし、スッと体を引いた後再び俺たちの方を向いて一礼する。 「………」 「どうかした? ボーッとしちゃって」 「あ、いや……」 つい魅入っていた……なんて恥ずかしくて言えない。 この賞は栄養学会からも大きく注目されているらしく、俺からすれば縁遠い、そんな違う世界の話のようだった。 結局、まだ沢渡先輩とは一度もまともに話しが出来ていない俺。 その上、こんな大層な賞までもらっちゃって、なんだかますますあの先輩とは距離が開いたような気持ちになる。 「この度は最優秀賞ということで、日本野菜研究学会からトロフィーも贈られます」 「みなさん、どうかもう一度盛大な拍手をお願いします」 壇上のわきからトロフィーを持った生徒会の女子が歩いてくる。 おお、意外にデカいぞあのトロフィー。 先輩、あんな細い体で持てるの―― 「きゃあ……!」 「だ、大丈夫かねキミ……!」 緊張して足がすくんでいたのか、その場で転倒してしまう彼女。 トロフィーは壇上の下に落ちてしまい、なんかすげぇヤバい音が聞こえたような…… 「うわあ、見て見てあれ! トロフィー真ん中から真っ二つ!」 「マジかよ」 「ああいうのって基本メッキが豪華なだけで構造自体は大した事ないからねぇ……」 咄嗟に彼女を庇おうとしたのか、手に持っていた賞状など忘れて転んだ女子を助け起こす先輩。 事の重大さに気づいた彼女は、壇上の下で真っ二つになったトロフィーを見て泣き出してしまう。 「え、ええー。みなさんそのまま少々お待ち下さい」 俺たちも含め、全校生徒が一斉にざわめきだす。 まあ無理もない。 こんな事故、そう滅多に起こるようなもんじゃないし。 「あ……! 沢渡先輩が……!」 (ん……?) 周囲が反応したので釣られて見てみると、先輩が折れたトロフィーを抱えてもう一度みんなの前でお辞儀をしている。 泣いている女子にも励ましの声をかけているのか、心なしか軽く微笑んでいるようにも見えた。 (ここからじゃハッキリ見えないな……) そして再び会場からは盛大な拍手。 俺も拍手を送るが、どの生徒たちも嫌な顔一つせず表彰を終えた先輩を素直に称える。 「はあ……! 私も一度でいいから、あんなスマートかつエレガントに表彰されてみたいわ〜!」 「あ、あはは……智美ちゃんじゃ無理っぽい気がするけど……」 「なんだと!? 私の何を知っていると言うのだねひまひまッ!!」 「………」 エレガントは言い過ぎにしても、今の一件で先輩がなぜ周囲から人気があるのか少しわかった気がした。 噂や他人から聞いた印象より、こうして直接先輩の行動を見ると何よりその人気の説得力が違う。 「あの先輩……モテるけど典型的な高嶺の花タイプね……」 「落とすより先に、一方的に男子の方が怖じ気づいて引いちゃうタイプ」 「なんか、噂だけど既に許嫁がいるらしいぞ?」 「ええ!? この現代日本で未だにそんな人生歩んでる人いるの!?」 まあ、生まれも育ちもきっと俺たちとは別格なんだろう。 理事長とも仲が良く、親は市議会議員でこれまたお決まりの一人娘だって話しだし。 「はあ……」 先輩の許嫁って、どんなやつなのか。 もしその話が本当なら、きっと俺とはスペックから教養まで段違いのレベルに違いない。 一言くらい話したいという俺の夢も、なんだか段々どうでもいい物のような気がしてきてしまった……。 「ねえねえ野々村さん、皆原さん、このあとみんなでカラオケ行くんだけど一緒に行かな〜い?」 「うん! 行く行くー! ひまひまも行こ〜?」 放課後になった。 さて、今日はどうしよう。 「なあ元気。これからゲーセンでも行こうぜ」 「悪りぃ、俺今からバイト」 「じゃあ桃は……」 「僕は家に引きこもる!」 「そっか、じゃあ俺も今日は素直に帰るかな」 まだクリアしていない積みゲーも山ほどあるし。 たまには家でのんびり過ごすのも悪くない。 「じゃまた明日」 「おう」 「またね〜」 そのまま鞄を持って昇降口へ行く。 さて、そうと決まったらさっさと帰ろう。 「ふう……」 校門を抜け、桜通りへとやってくる。 ここを過ぎると駅前だ。 さっきは真っ直ぐに帰ろうとも思ったが、ちょっとだけ寄り道したくなってくる。 「本屋にでも寄るかな……」 「いや待て、やっぱゲーセンだろ」 「先週になって新作を大量に入れたって、メルマガに書いてあったし」 「そうなると……」 「あれ? 俺まだ金あったっけ?」 その場で鞄を漁り財布を捜す。 あ、あれ……? ない? 財布が無いだと……!? 「NOォォォォォォ!! ここに来て財布ないとか俺馬鹿か!? マジでどこいった!?」 あの財布には俺の行きつけのエロ本屋、はみ毛書店のポイントカード(7000円分相当)も入っているというのに!! 「マジでやべぇぇ!! ゲーセンどころじゃねえ!!」 「しかもあれ、銀行のカードも入れっぱだってのに……!」 「――って!」 「さっきから誰だァァ!! 俺のことちょんちょんちょんちょん突っついてくる不当な輩はァァ!!」 「………」 「………」 「こ、これ……」 「あ、あっち……」 財布を渡される。 「………」 「ど、どうも……」 「拾ってくれたんですか……?」 「……(コクン)」 思考が停止する。 え、あれ? ちょっと待って。 この髪、そしてこの香り。 「あ、あの……」 「もしかして、沢渡先輩ですか……?」 「………」 「え? 沢渡先輩じゃない……?」 「……(ブンブン!)」 首を横に振られる。 キタァァァァァァーーーーッ!! なんか知らんけど超アルマゲドン級のチャンスキタァァァァーーッ!! 「おお!! おおおおおおおおおおおおおおおおおーーッ!!」 「ヒャッホォォォォオオオオオオオオイィィ!!」 「………」 嬉しすぎて出来もしないブレイクダンスを披露する。 やべぇ!! ちょっと待て!! なんだコレは!! 神が俺に与えたボーナスステージか!? 「ついに!! ついにこの瞬間がああああああああ!!」 会いたいときに会えなくて、どうでもいいときに会えるこの仕打ち。 「………」 「せ、先輩……」 「はい……?」 「なんで……」 「………」 しばし考える。 あー、なるほど。 「先輩は有名人ですからね。そりゃあもう学年くらい余裕で把握してますよ」 「そしてこの匂い……!」 くんくん……! くんくんくん……!! 「この匂いで、俺は沢渡先輩だと判別できます」 忘れもしない、あの初めてすれ違ったときの先輩の匂い。 きっと俺とは違い、300mlで3万円とかしちゃう高級シャンプーを使っているに違いない。 「匂いで、わかるの?」 「ええ、名前までわかっちゃいます。俺の嗅覚は一般的な成人男性の500倍はあるんで」 「………」 「トイレ……」 「ええ、公衆トイレなんて人の500倍は匂いますからね、マジで深呼吸したら死にますね」 「こ、これ……」 そう言って今度はポケットティッシュを手渡してくれる先輩。 トイレで死にそうになったらこれを鼻に詰めろということだろうか。 さすが沢渡先輩、その優しさが心に染みる……!! (というか俺、なんかすげぇ自然に会話出来てる……!?) 「でも、鼻、利くのに財布……」 「ああ、これは自分の持ち物なんで、落としても自分の匂いじゃ探せないんです」 「この嗅覚を発揮するには他人の持ち物じゃないと」 「………」 「少し不便」 苦しい言い訳、そしてそれでも信じちゃうのが先輩クオリティ。 な、なんかこの人、すぐに何でも信じちゃう空気あるな。 「あ、大変失礼しました。そう言えばこちらの自己紹介がまだでしたね」 「……(コク)」 「俺、2年A組の主人公(姓) 主人公(名)っていいます」 「趣味はマンガにアニメ、それからゲームと今時のデフォルトボーイを地でいく男です」 「あとは俺……」 「地底人なんです!」 さあどう来る。 「………」 「………」 「そう」 あれ!? つっこんでくれない!? (なるほど、お嬢様にはつっこみスキルなんて不要ということか) 先輩の家で年中ボケ続ける人もいないだろうし、むしろ本気で地底人だと信じられている可能性もある。 なんか普段は元気や望月とばかり話しているせいか、こういう反応はちょっと新鮮だ。 「先輩のことは、つい最近雑誌で知ったんです」 「その後に校内で見かけてから、こうして一度ちゃんと話をしてみたくて」 「雑誌」 「うん、そう雑誌。キャンキャンだっけ? キョンキョンだっけ? まあそんな感じのあれです」 「でもすごいですよね。ファッション誌のストリートスナップに載るときって、どんな風に声かけられるんですか?」 「………」 「普通……?」 「普通?」 え、普通なの? というか普通って何? 「ほら先輩、コレですコレ! この写真!」 教室でもらった雑誌を鞄から取り出す。 きらびやかな女性たちの中で、最も清楚かつ可憐なその姿が印象に残る先輩の私服。 「うちのクラスでも結構話題になってたんですよ。特に男子連中がキャアキャアと」 先輩の写真が載っているページを開いて見せる。 「………」 ああ、雑誌を覗き込む先輩の頭の天辺から再び良い香りが……! 「なんで、私……」 「はい? どうかしました?」 「こ、これ、私……」 「何で、写ってるの?」 ええっ!? 「先輩、これ知らなかったの!?」 「……(コクコク)」 何となく必死に首を縦に振る先輩。 え!? マジで? それじゃあ何なのこの写真。隠し撮りなの!? 「でも先輩、これめっちゃカメラ目線じゃないですか」 「うん」 「それじゃあやっぱり許可は出して撮ったんじゃ……」 「………」 「………」 「うーん……」 なぜそこで考え込む。 「まさか先輩、街で知らない人にホイホイついて行っちゃうタイプじゃないですよね?」 「……(ふるふる)」 「駄目ですよ。世の中にはとんでもない鬼畜野郎がゴロゴロいますから」 「特に知らない男の言うことには耳を貸しちゃいけません。いいですね?」 「知らない」 「いやいや俺はいいんです。嗅覚は500倍ですけど」 「………」 「嗅覚がすごい……」 「でも、良い人?」 「ええそうです。善人です。俺は歩く模範的な日本男子学生ですから」 「偉い」 なぜか褒められる。 そして口元に現れるこの微笑。 や、やっぱり先輩って、こうして間近で見ると超可愛い。 「や、ヤバい……マジでめちゃくちゃドキドキしてきた……」 「病気?」 「いえ、ただの動悸です」 「頭は? 平気……?」 「いや、頭はもう手遅れですね」 「手遅れ……!?」 ものすごく心配そうな顔をされる。 な、なんか先輩って、こうして話してみると今までのイメージとは全然違うかも。 「今日はおめでとうございます。研究論文、最優秀賞なんて本当にすごいと思いました」 「あれって、野菜の吸収効率とか、現代人の食生活に関する研究をまとめた論文なんですよね?」 「うん」 「いや〜、先輩ってすごい勉強家なんですね」 「マジで尊敬します。俺なんて今まで一度も論文なんか真面目に書いたことないんで」 「私も」 「え?」 「でも今日のあれ、先輩が書いたんですよね?」 「……(ふるふる)」 「お父さんが書いた」 ええ!? 何それマジ!? 「え、あれお父さんが書いちゃったんですか!? それじゃあお父さんが表彰されないとまずくないですか……!?」 「……(コク)」 「だから、すごく困った……」 そう言ってしゅんとした表情で今度は凹み出す沢渡先輩。 きっと余程子煩悩な親父さんなんだろう。 娘のために自分が筆を執る市議会議員のお父様。 うーん、やっぱりどのみち俺の私生活からは想像も出来ない。 「あ、あはは……ま、まあそこまで気にしなくても良いんじゃないですか?」 「昔から夏休みの宿題を親にやってもらって、ドヤ顔で作文コンクールに入賞するやつとかいたじゃないですか」 「それ、私……」 ええ!? 作文でも同じことやっちゃってるの!? (恐るべし親馬鹿……!? いや、家柄のプライドがそうさせるのか……!?) この調子だとまだまだ他にも余罪が出て来そうだ。 しかしだからこそ目の前の先輩は、こうして一人罪の意識に苛まれているのかもしれない。 「先輩、あまり思い詰めると体に毒ですよ……?」 「親の敷いたレールの上を、ただまっすぐに進み続ける苦悩は……俺にはわかりません」 「でもきっと、どんなに厳しくてもお父さんは先輩のことを大事に思っているんだと思います」 「だからこそ……」 「厳しくない」 「え?」 「お父さん、あんまり厳しくない」 ええ!? そうなの!? お父さんあんまり厳しくないの!? 「すみません、先入観とか決めつけっていけないですよね」 「でもさすがに毎日ピシッとしたスーツを着ている、そんなお父さんなんじゃないですか?」 「どこ……?」 「あー、えっと家にいるときはどんな格好してるんですか? お父さん」 「………」 「パンツ」 パンツ一丁!? 市政を任された市民の代表が家でまっ裸!? 「お、恐ろしい……! 何が恐ろしいかって、色々聞いてもさっぱり全容が把握出来ないところが恐ろしい……!」 「……?」 さすがは俺の常識が通用しそうにない沢渡家。 しかしこうして話してみると、先輩ってまったく高嶺の花って感じがしないんですけど。 「あ……」 ここでケータイが鳴る。 「………」 「あの……」 「え?」 「ああ、はいはい。どうぞどうぞ僕のことは気にせず出て下さい」 「うん」 そう言ってすぐに電話に出る先輩。 おお、やっぱり今の時代、お嬢様でも普通にケータイ電話は持っているわけね。 (この後、黒塗りの外車が迎えに来るとか……?) いやいやそんなベタな展開あるわけない。 というかそんな派手な登下校しているんだったら、俺でもとっくに先輩の存在に気づいてたはずだし。 「呼ばれた」 「お父さんにですか?」 「違う、先生」 そう言って再び学校の方へと振り向く先輩。 「……」 「岬」 「へ?」 「名前、岬……」 そう言ってしばらく先輩に見つめられる俺。 な、なんだこの無言の視線は……! サイレントアタックとでも名付けようか。 「な、名前……」 「あ、ああ。俺の名前ですか?」 「もう一度言います。主人公(姓) 主人公(名)です」 「……」 「また……お話ししたい……」 ……なぬ!? 「え、ええ! こちらこそ、喜んで!」 「バイバイ」 そう言って満足したのか、軽く俺に手を振って学校へと折り返していく先輩。 急ぎの用事なのか、小走りで通りを進んで行く先輩の後ろ姿は…… 「やっぱり、先輩すごく可愛いな……」 そう俺に自然と言わせるほど、不思議な魅力を放っていた。 「おーい。メシ食いに行こうぜメシ。早く行かないとチキン母ちゃん煮定食が売り切れる」 「すまん。今日は俺パス」 「なんだよ、今日は弁当か?」 「食事なら既に光合成で摂取した」 「意味わかんねーよ!」 元気をスルーして廊下に出る。 今日はあいつとメシを食うより、遙かに大事な任務が俺にはあった。 それは…… (先輩まだかな……??) 沢渡嬢こと沢渡岬先輩とランチをご一緒すること! そう、これ以外に今の俺の頭の中には何もない。 最近は先輩と話す機会にちょくちょく恵まれていた俺。 初めの頃はどうなるかと思ったが、こうして俺の方から積極的に動いていけば、案外どうにかなることがわかってきた。 「人生。気合いがあれば大抵のことはなんとかなる」 この調子で進学も就職も恋愛も、すべてなんとかなってくれればいいのに。 いやきっと何とかなるはず。 それこそ気合いたっぷりな俺を周囲が都合良くアシストしてくれるに違いない……! 「THE・他力本願」 長い人生を生き抜く上で、実はコレ、必須スキル。 (それにしても先輩遅いな……) もう4限目の授業は終わっているはずなので、そろそろ教室から出て来てもいいはず。 今日の4限はどのクラスも例外なくホームルームだった。 地域住民とのふれあいをうんたらとかいう、超どうでもいい授業で、ウチの担任もうんざりしていたのが結構笑える。 その分、みんながみんな自分のクラスで授業を受けていたはずなので、そうなると先輩はまだこの教室にいることに…… 「失礼しまーす」 (さてさて、先輩はどこにいるかな〜?) 廊下から顔を出す。 「………」 (いたーー!!) どうやら本日の日直らしい先輩。 背伸びをしながら出来るだけ黒板を綺麗にしようと奮闘している。 「先輩! 沢渡先輩!」 「………」 駄目だ、俺の声は届いていないらしい。 今度は黒板消しを二つ持ってジャンプし始める。 なるほど、さすがは俺の先輩。二刀流にしてさらに黒板を綺麗にする作戦ですね? 「ほっ……! ほっ……!」 (か、可愛い……) しかし残念。先輩のあの身長じゃ絶対に最後まで綺麗にならなそう。 というかあんなことをしていたら、先輩のせっかく綺麗なあの黒髪にチョークの粉が……! チョークの粉がついちゃう……!! 「けほ……! けほけほっ……!」 「ああああああ!! チョ、チョークの粉がああああァァ!!」 「あの……ウチのクラスに何か用ですか?」 「はがねのつるぎください」 「ここで装備していくかい?」 何この人、超ノリが良い。 「沢渡さん、黒板は私がやっておくから日誌お願いしてもいい?」 「………」 「……(コク)」 クラスメイトに助けられ、素直に頷き日誌を書き始める先輩。 あ、めっちゃ凹んでる。 あの人黒板消したかったんだ! しかも二刀流で限界に挑戦したかったんだ! (先輩って、ああいう地味な作業好きそうだもんな) 俺はまだ、先輩の多くを知っているわけじゃない。 でもこれまで話したイメージから、何となくふとそんな風に思えてしまう。 「………」 (よし、先輩が日誌書き終わったらもう一度声をかけよう) 「なあ、なんか変なやつがいるんだけど。あれウチの学年?」 「え? どこどこ?」 「あ、ホントだ。キモーイ!」 俺の存在に気づき、周囲の上級生達が徐々に奇異の目を向けてくるのでピースをする。 視姦には常日頃から慣れ親しんでいるので超余裕。 「ねえ、ちょっとそこのキミ」 「もうおじいちゃん、ご飯はさっき食べたばかりでしょ?」 「誰がじじいだコラ!」 「少しは動じて欲しいわね……」 何時ぞやの先輩二人が話しかけてくる。 「どうもお久しぶりです。あれ? そうでもない?」 「はあ、やっぱりいつかの2年生ね。まだ沢渡さん狙ってるの?」 「もしかして……ストーカーとか……」 「そんなのと一緒にしないでくださいよ」 「ご、ごめんなさい……」 「その上位版です」 「なお悪いわ!!」 先輩にとって、俺の存在が余程有害だと思っているらしいこの二人。 無理もないけど、失礼千万! 俺が先輩に危害を加えるなんて、未来永劫あり得ないというのに……! 「私たちの言いたいこと、分かってるでしょ?」 「すみません、俺ブリーフは卒業したんで」 「何の話だ」 「ねえ、もう行こう? 私たちが何言っても無理そうだし……」 「よく分かっていらっしゃる!」 「そうなんです、無理なんです!」 「うわあ、完全に開き直っちゃってるよ」 ええ、そりゃあもう。 だって外野からギャアギャア言われる筋合いなんてないし。 ちょっと一緒にメシ食うくらい良いじゃん! 軽く話すくらい許せよマジで。 (まあ、本人に拒否されたら当然俺もやめるけど……) なんて思ったらちょっと不安になってきてしまった。 軽く先輩の方に目をやる。 「………」 (お……?) 先輩と目が合う。 (いっしょに、おひるでも、いかがですか?) サッ、サッ、サッ。 俺式ジェスチャーで先輩に用件を伝える。 「………」 サッ、サッ、サッ。 おお、先輩からのジェスチャーカウンター。 『へそと、くちびるは、汗をかかない』 「マジで!?」 どうしよう。全然通じてない。 「よし、それじゃあ次のジェスチャーを……」 「あなた、ちょっといいかしら」 「駄目です。今取り込み中なんで」 「いいから来て」 「エッチィ!」 廊下の真ん中に引っ張り出される。 「あなたに、ちょっとお話があります」 「趣味は反復横跳びです」 「聞いてません」 どうせ説教でしょ? 「あの、何で沢渡先輩と話したら駄目なんですか?」 「別に、誰も駄目とは言ってません」 「ただ用件もなくつきまとうのは、沢渡さんのためにもやめて欲しいの」 先輩のため……? 「あの、先輩のためってどういうことですか?」 「俺が話しかけると、先輩の品位が下がるとかそういう話??」 「べ、別にそこまでは言ってません」 なんだなんだ、言いたいことがあるならハッキリと言って欲しい。 それでこっちの行動を制限してくるんじゃ、俺も後になってモヤモヤするし。 「あなた、2年生ね? クラスは?」 「A組です」 「そう……」 手に数種類の地図帳を抱えているこの先生。 そこから専攻は地理なのかなと推測してみる。 「沢渡さんはね? この城彩学園の中でも特に期待されている生徒の一人なの」 「あなたもつい最近、彼女が論文で表彰されているところは見たでしょ?」 「ええ、まあ」 「彼女はあの通り、素直で勤勉で、何も問題を起こさない模範的な生徒だけれど……」 「それだけ私たち教員も、彼女の学校生活には気を配る必要があるのよ」 「優秀な生徒の裏には、それを妬む生徒も少なからず出てくるものでしょ?」 「下手をすれば、それがいじめに繋がる可能性だってあるし」 「………」 「あの、もしかして先輩をいじめてるやつがいるんですか?」 「え?」 「あはは、まさか。そんな人いるわけないでしょ?」 「ただそういう事態になる可能性も含めて、私たち教員がしっかりと彼女を守っていく必要があるって話」 (なるほど……) この先生の言うことにも一理ある。 先輩って、他人より強く自己主張しない分、いざトラブルに巻き込まれたら大変なことになりそうだし。 でも…… 「わかりました。つまり俺は沢渡先輩の学校生活を壊す要因になり得るかも知れないと」 「つまり先生はそう仰りたいわけですね?」 「だからそう攻撃的に捉えないで? これはあなたのためでもあるのよ?」 「はい?? 今度は俺のため……?」 駄目だ、なんかもう、何がなんだかわからない。 『3年C組の沢渡岬さん。沢渡岬さん』 『至急、学園長室へ来て下さい。繰り返します――』 『3年C組、沢渡岬さん。沢渡岬さん。至急学園長室へ――』 「おいおい、昼休みに学園長室に呼び出しだってよ」 「今日の昼、来賓が来るって聞いてたけどその関係じゃ……」 「………」 先輩が廊下に出て来る。 「あ、あの……先輩……!」 「沢渡さん、学園長室前は今ワックスかけてるから、行くなら職員室側から入ってね?」 「……(コクン)」 至急と言われて、少し慌てたような仕草を見せる先輩。 俺の声は届いたのか、それとも聞こえていないのか。 「………」 そのまますぐに階段を下りて行ってしまう。 「彼女、やっぱり特別なのよ」 「私たちとは、違ってね」 特別って何だろう。 そのハッキリしていそうで、実は抽象的に聞こえるその言葉に…… 「特別、ね……」 どうにも気持ちが煮え切らない。 そんな、自分でも良く分からない気持ちにさせられた昼だった。 食堂で俺の大好きな炭酸飲料、麦チャイダーを買う。 暇だ。 昼休みが終わり、今日の5限目は授業を入れていないのでこの時間も特にやることがない。 「はあ……」 先輩に……! 先輩に会いたい!! 特別だか何だか知らないが、会いたいものは会いたいんだから仕方がない。 「………」 「美術かな……?」 ふと中庭を見ると、スケッチブックを持って歩いている生徒がチラホラいる。 その中に、妙に見慣れた後ろ姿が…… 「先輩……!?」 体は既に青春ダッシュ。 自分の気持ちに正直に行動する。 それがこの春掲げた俺のポリシー。 「はあ……! はあ……!!」 中庭に到着。 早速先輩の姿を補足する。 ………。 さすが先輩、授業をサボる発想など無く、大きな樹の下でただひたすらスケッチに集中している。 (先輩、何描いてるんだろう……) 当然ここからじゃ見られないので接近を試みる。 絵の話のついでに、楽しくお話が出来たら一石二鳥。 「せんぱ〜い!」 「何?」 「呼んだかしら?」 またあんたたちか。 「ちょっとくらい良いじゃないですか。先輩が何を描いているのか気になるんです」 「気持ちはわかるけど、沢渡さんは今ものすごく集中してるの」 「それを邪魔して良い権利なんて、あなたには無いはずよ?」 「そりゃそうかもしれないですけど……」 チラッと先輩の方を見る。 すげえ! 先輩がもの凄い勢いでペン回ししてる! 「ちょ、ちょっと見て!! あれ見て!!」 「何よ」 「先輩がもの凄い勢いでペン回ししてる!!」 「はあ、沢渡さんがそんなことするわけないじゃない」 いや、それがしてるんだって!! マジで後ろ見ろ!! 「あなたね、そうやって適当なことばっかり言わないでくれない?」 「ほら、今だってああやって真剣にスケッチしてるじゃない」 「いや!! それがさっきまでめっちゃ華麗にペン回してたんですって!! えんぴつですけど!!」 俺の言うことは絶対に信じようとしない二人。 いや待ってくれ、俺の信用の無さは今に始まったことじゃないけれど今のは本当なんだって! 「どうした?」 「あ、岩瀬くん。この子が沢渡さんに……」 3年男子出現。 「あまり沢渡さんには近づかないでって言ってるのに、今までで一番しつこくて」 「お前、2年か?」 「ええ、まあ」 「気持ちはわかるけどよ。もうやめとけって」 「大体さ、俺らみたいな一般人が、あの沢渡さんとまともに付き合えると思うか?」 「いや、付き合うも何も、まだ何も始まってすらいないんですが……」 ふと先輩を見ると、周りを数名の女子たちが囲んでいた。 俺から先輩を守っているつもりか、中庭全体から俺を歓迎していないオーラがプンプンする。 「悪いことは言わねえ。でもやめとけって」 「しかもお前2年で学年も違うんだろ? 少しはこの場の空気読んでみろよ。歓迎されてないことくらいわかるだろ?」 「………」 俺も馬鹿じゃないからそれくらいはわかる。 ただこうまで妨害続くと、そんなに俺って先輩にとって都合の悪い存在なんだろうか。 「わかりました」 これ以上は先輩にも迷惑がかかる気がするので一旦引く。 (面倒だな……) まだ放課後まで時間はあるし、俺は素直に次の機会を待つことにした。 「おい!! テメェコラ!! ボールいったぞ!!」 「うん」 「痛い」 顔面にクリティカルヒット。 6限目は体育館でフットサル。 (まさかこんなに都合良く次の機会が訪れるなんて……!!) この学校の体育館は広い。 なので大きく二つに分けてそれぞれ違うクラスが使用するのだが。 「沢渡さーん! 頑張って!!」 「大丈夫! サーブはよく見て!」 奇跡が起こり、先輩の体育の授業と場所が被る。 「沢渡先輩か……」 「良いよなあ……ああいう大人しそうな子が一生懸命運動してると、マジで可愛く見える……」 「見るな、モザイクかけろ。あっちへいけ」 「ちょ、何すんだお前!! 俺何もしてないだろブッ殺すぞ!!」 高速で反復横跳びを展開し、元気の視界を遮る。 なんかこう、先輩が俺以外の男にジロジロと見られるのは面白くない。 「お前目の前チョロチョロすんじゃねーよ!! 前見えないだろうが!!」 「5倍速!」 「余計見えねーんだよ!!」 俺が必死に汗を流しても、次から次へとフットサルを放棄し男連中が先輩に注目してしまう。 (こ、これか……! この感じか……!!) 今まで言われて来たとおり、確かにこの俺にも、あの沢渡先輩を良からぬ連中から守りたいという意識が働く。 これは先輩が見せるあの隙の多そうな空気が原因か、それとも俺の感情の問題か。 ともかく今は他の連中にあまり先輩を見て欲しくない。 そういう漠然とした強い想いが俺の体を突き動かす。 「はあ、俺も先輩と同じクラスになりたかったなあ……」 「俺はあのボールになりたい……」 「沢渡せんぱーい!! こっち向いて!! この俺にラブリースマイルを!!」 「キミ達!! 真面目に授業しなさい!! フットサルフットサル!!」 「何だ何だ? お前らさっきから何騒いでんだコラ」 「せ、先生……!!」 「何って、あの沢渡先輩ですよ! ほら! あそこ!!」 「ああん……? 沢渡ぃ……?」 近視なのか、ジャスティスが目を懲らして向こうを見る。 「ああ、誰かと思えば例のあいつか」 「ははっ、お前らあんなただのお子ちゃまにお熱なのか。もっとすげぇ女かと思ったぜ!」 「………」 ただのお子ちゃま……? 「ちょっと先生!! いくら先生でも今の発言は取り消して下さい!!」 「あ、あの沢渡先輩をただのお子ちゃまだと!? は、はは……!! 恥を知れェェ!!」 「わりィ、ちょっと外でタバコ吸ってくるわ。終わったら呼んでくれ」 「了解」 ジャスティスから見れば、先輩も一人のお子ちゃまか。 まあ逆にみんなと一緒になって騒がれても気持ち悪いけど。 「はあ……」 ホームルームも終わり、やっと待ちに待った放課後が訪れる。 (何か……今日は疲れた……) 6限目の反復横跳びが効いたのか。 先ほどからドッと疲労感が俺の全身に襲いかかってくる。 「どしたの? 何か死にそうじゃん」 「ああ、反復横跳びのし過ぎでな」 「は? あんた6限目フットサルだったんじゃないの?」 「聞くな」 さっさと中身の無い鞄を背負い、いち早く先輩のいる3年の教室に足を運ぶ。 「あの、沢渡先輩、います?」 「あなたも懲りないわねぇ……」 早速教室を覗いてみたが、先輩の姿はどこにもなかった。 嫌な顔承知で、仕方なく所在をこうして聞き出す。 「沢渡さんなら、今先生と一緒に職員室へ行ったわよ」 「何か前の表彰の関係で、これから市の広報誌に載るインタビューを受けるとかなんとか言ってたけど……」 「い、インタビュー……?」 マジかよ、先輩新聞か何かに載っちゃうの? 「あとそれから、何度も言うけどあなた沢渡さんには……」 「はいはい。ありがとうございました」 「ちょ、ちょっと――!」 すぐに階段を下りて職員室前へと向かう。 とりあえず昇降口まで走れば間に合うかも。 「はあ……はあ……」 (せ、先輩……!) 何とか間に合った。 先生と一緒に長い廊下を歩いている先輩。 今日は色々あったからな、ここまで来たら何がなんでも先輩に会って話しをしてやる……!! 「あ、沢渡さん、良かったら私たちと一緒に帰りません? これから駅前に寄るんですけど」 「馬鹿、沢渡さんは忙しいんだから邪魔しないの。私たちとは違うんだから」 「はぁい……」 「………」 「………」 先輩が、今まで見たこともない寂しそうな顔をする。 沢渡さんは、特別だから。 沢渡さんは、私たちとは違うから。 一体、先輩の何が他の子と比べて違うと言うのだろう。 彼女の表面だけを見れば、確かにそう思ってしまうのは仕方の無いことかもしれない。 俺から見ても先輩は人から注目されることが多く、誰にでも親切で、日直の仕事も一生懸命やるくらい真面目だ。 でも、だからと言って何が特別なのか。 先輩だって俺たちと変わらない、ただ毎日学校へ来て授業を受けているだけの一人の生徒に過ぎないというのに。 「沢渡さん? 行きましょう?」 「………」 昼間、あの女の先生は言っていた。 先輩は素直で、勤勉で、何も問題を起こさない模範的な生徒だと。 でも、本当にそうだろうか。 これまでに、俺は先輩の短所を口にしている人を見たことが無い。 可愛い、綺麗。 俺たち、私たちとはそもそも住む次元が違う。 一体誰がそんなことを最初に言い出したのか。 みんな、無意識に表面的なイメージだけで先輩を見てはいないだろうか。 仮にもし、みんながみんなそうなんだとしたら…… 「どうかしたの? 沢渡さん」 「……(ふるふる)」 誰も、本当の先輩を見ようとしてこなかったことになる。 「先輩!」 「……!」 「あ、あの……俺……!」 「はあ……またあなたなの……?」 「少し話すだけです」 「お、お話……」 「………」 「どうぞ? でも職員室に人を待たせてるから、手短にね」 先輩が声を上げたからか、その場はスッと身を引く先生。 俺たちとは少し距離を置き、黙ってこちらを見つめてくる。 「あの、何かすみません突然……」 「実は特別用事があったわけじゃないんですけど……」 「きょ、今日……」 「はい?」 「お昼休み……声……」 「………」 「あー、大丈夫です大丈夫! 全然気にしてませんから」 「ほ、ホント……?」 「……?」 どうやら昼に呼び出しを受けたとき、俺が咄嗟に先輩を呼んだことを覚えていたらしい。 至急って言ってたし、何の用事か知らないけれど急いでいたんだから仕方がない。 俺とまともに話さず、そのまま学園長室へ行ったことを謝りたかったみたいだ。 「特別用事がないのなら、もう行ってもいいかしら」 「ちょっと待って下さい」 「先輩、一つだけいいですか?」 「……?」 「な、何……?」 「俺、先輩とまだまだいっぱい話したいことあるんで」 「今日みたいに、これからもちょくちょく会いに来ても良いですか?」 「………」 「だ、駄目……?」 「駄目じゃ……な……い……」 「じゃあOK?」 「………」 「……(こく)」 「よし、それじゃあ……」 鞄からメモ帳を取り出し、自分のアドレスを書いた一ページを先輩に手渡す。 「先輩に俺のアドレス教えておきます。先輩、ケータイ持ってますよね?」 「う、うん……」 「もし良かったら気軽にメール下さい。俺、結構夜遅くまで起きてるんで」 「………」 「め、メール……」 「して……いいの……?」 「もちろんです! というか下さい! 超待ってます!」 「………」 そろそろ話を切り上げよう。 でないとまたあの先生が何か言ってきそうだし。 「もう平気?」 「ええ、すみません。用事は済みました」 「………」 「先輩、また明日」 「……(コク)」 「……バイバイ」 そう言って、そのまま先生と一緒に廊下を歩いて行く先輩。 軽くうなずき、先生と一緒に廊下を歩いて行く先輩。 途中何度か振り向いてくれたので、俺は自然に先輩に手を振った。 「………」 「本人から直接OKもらったし、もう良いよな」 おまけにアドレスも教えたし、もしかしたら今夜辺り本当にメールくれるかも。 (うぉぉ……! や、やばい……! なんか想像したら嬉しすぎて鳥肌が……!!) 本人が良いと言ってくれたんだから仕方が無い。 今日みたいに周りがギャアギャア言ってこようが、俺はもう先輩と仲良くなることだけを考えていた。 「ああああ!! マジふざけんな!!」 とある休日。 特に予定もなく午前中からゲームをしている俺。 「敵が硬いだけで高難易度とか言ってんじゃねえ!! AIなんとかしろよAIを!!」 HPが9桁もある敵をひたすら攻撃し続ける糞ゲーに嫌気がし、ついにゲーム機の電源を切る。 「なあ母ちゃん。ゲームしようぜゲーム」 「何すんの?」 「サバイバルホラー。二人プレイでゾンビ殺すやつ」 「嫌よ。だったらゾンビが相手のギャルゲーがいい」 何それ。そんなゲーム俺持ってないんですけど。 「って言うかあんたね。休日に部屋でひたすらゲームとか、何悲しいことやってんのよ」 「彼女作るんでしょ? なら今から駅前にでも言って、適当に女の子に声かけてきたら?」 「フフフ……その件についてですが……」 わざわざ自分のケータイを開いて母ちゃんに見せる。 「既に俺は、女子とメールする仲にまで成長したんだ。この短い期間の間に。すげぇだろ」 「へえ、やるじゃない。ちょっと見直した」 「で? で……? 一体どんな子とメールしてるの?」 「ぎゃあああ!! 見るな!! 中身は駄目!! あっち行けシッシッ!!」 「つまんないわねぇ……どうせ親に見せたくないエロメでもしてるんでしょ?」 してません。 「エロメって何だよ。俺はそこまで落ちぶれちゃいないぞ!」 「大体エロいメールして嫌われたらどうするんだ。いつもの寒いギャグとはリスクが違うぞ」 「へー。つまんないの」 そう言って俺のメールに興味を失ったのか、煎餅をかじりながらテレビを見始める母ちゃん。 この人、自分が学生の時には男とそんなメールした経験でもあるんだろうか。 (……お?) 先輩からメールが来る。 こんな時間に珍しいな。 『ダンゴムシの、ダンゴロゲッタン』 「………」 (ダンゴロゲッタン……?) その一行と一緒に、一匹のダンゴムシらしき写真が添付してある。 ダンゴロゲッタンって、こいつの名前だろうか。 先輩はたまーに、こうして意味の分かりづらいメールをしてくることがある。 「えーっと、これはダンゴムシじゃなくてゾウリムシ、別名便所ムシですよ……と」 「あんた……マジで普段女とどんなメールしてるのよ……」 「いいんだよ! これが俺と先輩の普段のコミュニケーションなの!」 とりあえず返事を書いて送信ボタンを押す。 うーん、こうして当たり前のように先輩とメール出来るのは幸せだ。 「あんた、今日はこんなに天気が良いんだから、外行ってデートでもしてきなさいよ」 「………」 「デート……ねえ……」 「何遠い目してんのよ」 「ほら、コレあげるから」 「え……?」 そう言って2枚のチケットを手渡される。 『スパ・リゾート・ウォーターガーデン無料招待チケット』 「………」 「それで上手く相手誘って、バッチリ水着姿拝んできな」 「マジで!?」 「あ、男誘うんじゃないわよ。もしそんなことしたら、あんたのこと一生チキン野郎って呼ぶから」 「ありがとうございます!! マジでありがとうございます!! マイマザーイズゴッド!! あなたは神か!?」 早速メールで先輩を誘ってみる。 「え、えっと……」 『もし今日お暇でしたら、俺と一緒にプールへ遊びに行きませんか? 無料チケットが2枚あるので……』 「よし!」 送信が完了し、生まれて初めて先輩にデートのお誘いメールをする。 さてさて、先輩の返事はいかに……。 30分後。 「返事来ねェェェェ!! マジやべェェェェ!!」 「どうしたの?」 「勢いに乗って先輩にプール行こうってメールしたら、全然返事来なくて……」 「あんた、その子とは何回目のデートになるの?」 「一回目」 「は?」 「一回目」 「うわ……あんた初めてのデートでプールに誘ったの?」 「うん」 「引くわ……」 あんたが誘えって言ったんでしょ!? 「初回ならせめて映画とか買い物とか、まずはそこらへんからにしなさいよ」 「相手が普通の子ならどん引きねぇ……」 「うわああああああ!! やらかしたあああああ!! マジでやらかしたあああああああ!!」 「どんまい。ってかやっぱりあんた馬鹿ね」 ど、どうする……!? いや、ってかマジでどうしよ……!? (い、今から実は嘘でしたとか、なんかそんな感じのしょぼい誤魔化しでうやむやにするか……?) こういうときだけ無駄に働く俺の脳。 うん、いっそのこと俺は行かないから、この2枚を先輩に譲るという名目で会えばいいんじゃ……? (俺、天才) 「よし、それでいこう」 ここで先輩からようやく返事が届く。 『行く』 「………」 『行く』 まさかのミラクル! 「ヒャッホォォオオオーーイイ!!」 「ホイッ――! ホイッ――!」 「もっかいホォォオオオーーイイ!!」 「ママー。マジキチがいるー」 すべての準備を終え、先輩と待ち合わせをした駅前へとやってくる。 待ち合わせ時刻は午後1時。 お昼もご一緒したかったが、食事は既に済ませてしまったというのでお流れに。 (フフフ……ランチなんて目じゃないぜ……) なんと言っても今日のメインディッシュは水着。 そう、先輩の水着! 「ぐはああ……!」 「マジやばい。めっちゃヤバイ……! もう死ぬ!!」 先輩の私服姿も拝めるというのに、その先には想像もしていなかった先輩の水着姿。 いやらしい目で見るなんておこがましい……! は、恥を知れ恥を!! 俺はただ純粋な気持ちで先輩をプールに誘って……!! 「はあ……! はあ……!」 だ、駄目だ。興奮しすぎて息が持たん。 そんな俺は小学生顔負けのキャラ物パンツで本日勝負に出る。 だって無地の海パンとかダサいじゃん。学校指定の水着とか超絶地味じゃん。 「………」 「せ、先輩まだかな……」 そろそろ時刻は一時になる。 ああ……! マジでドキドキしてきた……! ドキドキし過ぎて口から心臓吐きそう。 「はあ……! はあ……!」 「はあ……! はあ……!」 (こ、このちょんちょんは……) 「ズバリ! 沢渡先輩ですね!?」 「……!」 「お……お待……たせ……」 「………」 「………」 「……?」 一瞬、思考が停止する。 やばい。俺雑誌以外で初めて先輩の私服見たけど…… 「か、可愛い……!」 これは良い意味でヤバ過ぎる……! 普段から可愛い先輩がさらに可愛く見える私服のマジック……!! (お、俺の方は大丈夫か……? この格好でしょぼいとか思われてない……!?) 「どうか……した……?」 「ああいえいえ!! なんでもありませんなんでもありません!!」 「そ、それよりも先輩、今日は突然誘ってすみませんでした。本当に予定とか平気だったんですか?」 「だい……じょうぶ……」 「家……手伝いも……終わったし……」 なんと、先輩は休日に家の手伝いまでしているらしい。 偉すぎる。さぞかし広いキッチンでお母さんの手伝いをしていたに違いない。 「………」 「………」 「そ、それじゃあ早速行っちゃいます?」 「プールは電車に乗って一つ先の駅なんで」 「………」 「……(こく)」 もしも今先輩と付き合っていたら、俺はここでさり気なく手を繋いで歩くところなんだろうか。 出来ればそれくらいやってしまいたい。 けど…… (まだ流石になあ……) 付き合ってもいないのに手を繋ぐってどうなの? やっぱりキモいよな、ってか恥ずかし過ぎて俺が死ぬんだが……! (そもそも先輩って、俺のことどう思ってるんだろ……) 「………」 突然で、しかもプールデートにOKしてくれた先輩。 おまけにこうして二人きり、初回デートにしては既に勝ったも同然のシチュエーション。 (というかプール! プールだぞ!?) 普通、好きでもない男といきなり二人でプールに行くか!? いや行かないだろ!! ということは…… (ま、まさか……!) 「あ、あの……先輩……」 「……?」 「きょ、今日は……その……」 「予定が合ったとはいえ、何で俺からの誘いにOKしてくれたんですか?」 緊張の一瞬。 「………」 「う……嬉し……かった……」 え!? 「う、嬉し……かった……から……」 キタアアアアアアアアアアアアアア!! 「お、おともだちに……誘って……もらえて……」 ああああああああああああああああああああああああああああ!! 「では早速ッ! お友達同士楽しくプールへ行きましょうか!」 「うん……」 「おともだち……」 笑顔を絶やさず心で泣く! これが良い男の必須条件! お友達の何が悪い!! 俺は今、お友達でも先輩とこうして仲良くプールへ行けるんだ!! 「到着」 あれから30分。 会場に着くなりサクッと着替えて先輩を待つ俺。 休日とあってか、プール内のどこを見渡しても若いカップル達がイチャコラしていた。 (先輩の水着……どんな感じなんだろう……) さすがにスクール水着では来ないと思うが、仮にそうなってもそれはそれでOK。 そもそも先輩って、ワンピ派……? それともビキニ……? (ぁぁ……!! 想像するだけで何か早くも興奮してきた……!!) み、みみ……!! 「水着ィィィィィィーーッ!!」 「うわああ!! な、何だよお前!!」 「ワンピとビキニ、水着ならどっち?」 「え? そりゃ断然ビキニっしょ」 「駄目。お前退場」 「お前何なんだよ!!」 先輩はどう考えてもワンピの方が似合うだろ!! 異論は認めん!! いや! ビキニも見てみたいけどそれはそれ! まずはワンピの方が最優先事項!! 「まだかな、まだかな〜♪」 きた! 「お……おま……たせ……」 「いえいえ全然待ってませんよ。むしろもっとゆっくりでも――」 !? 「更衣室……こ、混んでて……」 いやいやいや、それよりももっと説明しなくちゃいけないことがあるでしょ! 「あの、先輩。何でダイバースーツなんて着てるんですか?」 「………」 「て、低体温症を……」 「防ぐ……!」 何ちょっとキリッとした顔で言っちゃってるの!? 「な、何を仰っているんですか……! たかがプールですよ? お子様たちも万歳三唱なレジャープールですよ!?」 「でも……体温維持は……重要……」 あなたはこれからドーバー海峡でも横断する気ですか。 「し、しかし何でまた……」 「………」 そう言うと、こちらの言葉など聞こえていないのか、急に周囲を気にし始める先輩。 そりゃこんなところで一人ダイバースーツなんて恥ずかしいに決まってるけど…… (ん……? 恥ずかしい……?) 「………」 「先輩、もしかして……」 「水着着るの、恥ずかしかったとか……?」 「……ッ!」 目に見えて反応する先輩。 (フフフ……) 「もう一度聞きます」 「先輩、もしかして水着着るの、恥ずかしかったんですか……?」 「……(ぶんぶんぶん)」 「べ、別に……」 「恥ずかしく……ない……」 ほおほお。 「じゃあ先輩は、特に水着が恥ずかしくないのに、敢えてそのダイバースーツを着てきたと……?」 「……(こく)」 「………」 「………」 残念です! これはちょっと男としてお仕置きをせねばなりませんね!! 「あ〜あ、超残念だなあ〜♪ 俺先輩の水着死ぬほど楽しみにしてたのになあ〜♪」 「……!」 「俺先輩の水着が見たくて誘ったのに、先輩の水着が見たくてワクワクしてたのになあ〜♪」 「………」 俺の期待を裏切ってしまった罪悪感からか、目に見えて凹み出す先輩。 あ、あれ? ちょっとやり過ぎた……? 「あ、あはは! まああんまり気にないで下さい! また次の機会にでも見せていただければ……!」 「だ、大丈夫……!」 「え?」 「こ、この格好を……」 「水着だと、思えば……!」 いやいや! 無理無理!! 絶対無理!! 「先輩、あなた鬼ですか! どこをどう見たらそのダイバースーツが水着に見えるっていうんですか!」 「……気合い」 ここでまさかの精神論。 「あの……先輩、仮にそれが可能だったとしても俺のこの残念がっかり感はですね――」 「ねえ、何あの子……」 「はあ? プールに来てダイバースーツ……!? ブハハハハハハッ!!」 「………」 (ま、まずい……!) 俺のガッカリ感なんてどうでもいい。 今俺がすべきこと、それは先輩がこの場で笑われ者にならないよう…… 「鮭ダンス! いきます!!」 己の身を挺して庇うのみ!! 「鮭シャケ! フー! 鮭シャケ! フー!」 「うわ、何あいつ。病気?」 よしよし、良い感じにみんなどん引きして…… 「………」 先輩が一番どん引きしている! さて、気を取り直してレッツプール。 ダイバースーツでもデートはデート。 俺の気のせいじゃなければ、どうも先輩は他人の前で肌を晒すのが極端に恥ずかしいらしい。 その証拠に、先ほどから襟元や背中のチャックを何度も気にしている様子の先輩。 雑誌で取り上げられたときにも下に黒いストッキングを穿いてたし…… 制服のときもそうだから、きっと普段からそうなんだろう。 (さて……) 「そういえば先輩って、どれくらい泳げるんですか?」 とりあえずここで、先輩の水泳レベルをしっかりと確認しておく。 「………」 「こ、コレ……くらい……」 いやいや指の長さで説明されても。 「25メートルはいけますか?」 「た、たぶん……」 「たぶん……?」 「奇跡……使えば……」 ダメ! 奇跡の無駄使いダメ!! 「まあガチで泳ぐ必要もありませんし、今日はあの波の出るプールで遊びましょう」 「………」 「し、死なない……?」 「大丈夫です。そんな命がけのプールには誰も来ませんから」 とりあえず先輩が喜ぶと思って家から持って来た、ある秘密兵器を登場させる。 「じゃじゃーん! 見て下さい先輩。シャチ型の大きな浮き輪を持って来ました」 「イルカ……」 「はい?」 「イルカ……」 「先輩って、シャチよりイルカの方が好きなの?」 「……(こく)」 「駄目です。今日はシャチで我慢しなさい。お母さん怒るわよ」 「そ……そんな……」 残念そうな先輩を他所に、シャチに次々と空気を送り込む俺。 すぐ近くのカウンターで空気入れの無料貸し出しがあったので、ここは遠慮無く使うことにする。 「ほっ…! ほっ…!」 「………」 「ほっ…! ほっ…!」 「………」 なんか俺、今先輩からもの凄くガン見されてるんだけど。 「ほっ…! ほっ…!」 「………」 「………」 「先輩、まさかコレやってみたい?」 「え……」 「そ、そんな……はずは……」 はは、動揺してる動揺してる。 「やりたいならやりたいって、ちゃんと言った方が良いですよ?」 「声に出してハッキリ言わないと、伝わるものも伝わりません」 「………」 「そ、それじゃあ……」 「はいどうぞ。もう限界まで膨らませてください」 俺からタコの形をしたファンシーな空気入れを受け取る先輩。 さっきまでの俺と同じように、片足で空気入れを踏みながら空気を送り込む。 「ほっ……! ほっ……!」 「………」 「ほっ……! ほっ……!」 (可愛い……) ああもう、先輩は何をやらせても可愛いなあ。 「先輩、そろそろ空気満タンじゃないですか?」 「げ、限界に……」 あの、限界に挑戦されても、破裂したら元も子もないですって。 「さーて、早速プールに入りましょう」 俺の後に続き、シャチを持った先輩も水の中に入る。 周囲にはカップルや子供連れ、俺たちと同じくらいの学生たちが大半を占めていた。 あまり窮屈なのも嫌なので、人の少ないスペースを見つけて進む。 「おお、結構波強いですね」 「……(コクコク)」 「あ、今からもっと強くなるらしいですよ。時間によって波の強さが変わるらしいです」 電光掲示板に波の強さを示すレベルが表示され、続いてすぐに波の強さが変わってくる。 「おお!! こ、これは結構楽しい……!!」 「だ、駄目……」 「え? どうかしました?」 「ううん……!」 (――!?) 先輩が俺の腕にしがみついてくる。 「え!? ちょ、ちょっと先輩……!?」 「う……うう……!」 想定よりも強い波に、全身で恐怖心を表している先輩。 い、いくらダイバースーツ越しとはいえ……! せ、先輩の体が密着しているだと……!? 「大丈夫です先輩! 俺がそばについていますからッ!」 「う、うん……」 キリッとした表情で、ちょっとカッコつけながら言ってみる俺。 ああ……!! 間近で感じる先輩の良い匂い……!! マジで俺とはDNAレベルで人としての完成度が違う隣の彼女……!! (俺……! 今なら死んでもいい……!!) 『ただいまより、休憩時間のご案内を致します』 『競泳プールは15時45分まで、レジャープール各施設は16時まで休憩時間になります』 『またこの時間、お手洗いは男女共に大変混み合い合いますので……』 場内アナウンス共に、波の勢いもどんどん弱くなっていく。 「はは、入ったばかりなのにもう休憩時間らしいです」 「……!」 「……(コク)」 今になって、急に恥ずかしくなってきたのか手を引っ込める先輩。 今日は残念ながら先輩の水着は拝めなかったけど、これくらいの役得はあっても罰は当たらないだろう。 「あれ? そういえば先輩、シャチどうしました?」 「………」 「シャチは……」 「うん」 「旅立った……」 いや旅立ってないから! あいつあそこでめっちゃ流されてるんですけど! 「ご……ごめん……なさい……」 「まあ平気です。それよりシャチ回収したら休憩時間終わるまでアイスでも食べませんか?」 「………」 「うん……」 「チョコ……チップ……」 「シャチ逃がした罰で、先輩だけチョコ無しチョコチップアイスね」 「……じゃあ……いらない」 「あはは、冗談ですって冗談」 その後、閉園までずっと遊び続けていた俺と先輩。 プール以外にもアスレチックやミニ遊園地と様々な遊び場があり…… 俺と先輩は、こうして心ゆくまで初めてのデートを楽しんだ。 「先輩、今日はありがとうございました」 「一日俺のわがままに付き合ってもらっちゃって」 「………」 「こ、こちら……こそ……」 「た、たのし……」 「そうですか……先輩は全然楽しくなかったと……」 「ち、ちがう……」 「あはは、わかってますって。ありがとうございます」 「………」 「……いじわる」 本当に今日は一日よく遊んだ。 こうして長い時間、先輩のそばにいる自分が今でも少し信じられない。 「でも、ちょっと遅い時間になっちゃいましたね」 「……(こく)」 時刻は21時過ぎ。 夕飯も一緒にと思ったが、欲張りすぎは良くないと思って誘うのはやめた。 話した感じ、先輩の方は家に夕飯が用意してあるようなので、今日のデートはここまでにする。 「それじゃあ、今日は帰りましょうか」 「……うん」 「先輩、よかったら家まで送って行きますよ? 家どっちですか?」 「だ、だいじょう……ぶ……」 「でも誘拐されちゃうかもしれませんよ? しかもめちゃくちゃ怖い人たちに」 「そ、そんなの……嫌……」 「じゃあ一緒に帰りましょう」 「お、俺、今日は……」 「………」 「……?」 ここまできて急に言葉に詰まる。 こんなの、初めての経験だけど…… 「俺……今日は先輩と……」 「出来るだけ、一緒にいたいんです」 「………」 恥ずかしい言葉、恥ずかしいセリフは勇気を出さないと出てこない。 恋愛経験が豊富なやつって、こういうセリフも平気でサラッと言えるのかもしれないけど…… 「うん……」 今の俺は、こういう恥ずかしい時間も先輩と共有したかった。 先輩と横並びになって一緒に歩く。 今日は駄目もとで先輩を誘ってみて本当に良かった。 先輩からOKの返事が来るまでは、それこそ本気で血の気が引くほど焦ったけど。 「………」 「………」 二人、特に喋りもせずに無言で歩く。 でも、こういう沈黙は嫌いじゃない。 俺も先輩も、今日はもっと緊張するかと思っていたけれど…… 「………」 (なんか俺、不思議と今は落ち着いてるな……) 本当に、自分でも信じられないくらいに、今日は一日中ずっと自然体でいられた気がする。 「………」 「………」 「あの、先輩」 「……?」 「もしよかったら、また今日みたいに一緒に遊びませんか?」 「次はプールじゃないところへ行きましょうよ」 「プール……じゃ、ない……?」 「……どこ?」 「そうですね……」 「それじゃあ次は、先輩が遊びに行きたいところへ」 「………」 「………」 「あれ……? 駄目?」 「ううん……」 「た、楽しみ……」 「………」 「………」 ……。 ……。 ……。 ……。 ……。 ……。 「あ……あの……」 「はい? どうかしました?」 「………」 「……や、やっぱり」 「……なんでも……ない」 「あはは、なんですかそれ」 「………」 ……。 ………。 (………) 「あの、先輩」 「……?」 「今日のデート、俺に何点くれます?」 「てん……すう……?」 「そうです」 「満足なら100点。逆なら0点」 「まあ、現実的に考えて60〜70点くらいの間だと俺的にラッキーですけど」 「………」 「ひゃく……てん……」 「えー? それホントですか?」 「……うん」 「………」 「さ、誘って……」 「くれ……たから……」 「……」 「………」 な、何かドキドキしてきた。 「先輩は、学校楽しいですか?」 「……? 授業……?」 「ああいえ、全体的にです」 「もちろん授業が楽しいなら、それはそれで超ラッキーなことかもしれませんけど」 「………」 「学校……好き……」 「特に……最近は……」 「へえ、何か良いことあったんですか?」 「い、一緒に……」 「お話……出来る……から……」 「………」 「………」 やばい。 嬉しくてもう泣きそう。 ……。 ……。 ……。 ……。 駅から歩くこと20分。 先輩の横を歩きつつ、ふとこれまでのことを考える。 今まで俺は、学校で先輩に纏わる色々な噂やエピソードを耳にしてきた。 沢渡さんのお父さんは市議会委員。 沢渡さんには許嫁がいる。 沢渡さんは学園長と仲が良く、社会に出ても多方面からアプローチがあり卒業後はきっと安泰。 最後の一つは別にして、果たしてこれらの噂にどれだけの信憑性があるのか。 野菜の論文も親父さんが書いたと言っていたし、許嫁だって本当にいるのかどうか正直怪しい。 つまりここにきて思うのは、先輩はみんなが言うほど特別な人ではなく…… 「家……着いた……」 「え? ここが……?」 本当は、もっとみんながビックリするくらい…… ただの普通の女の子なのかもしれないと。 「ここが先輩の家!?」 「うん……」 「うち……八百屋……」 マジで!? 「あれ!? お屋敷は!? 豪邸は!?」 「………」 「ぼ、ボロっちい……?」 「ああああ!! いえいえそんな!! 失礼しました!!」 『沢渡青果店』 え? ちょっと待って!? マジで八百屋……!? 「お父さん……野菜……命……」 「野菜に命かけてんの!?」 「……(コク)」 なるほど、どおりで表彰されたわけだ。 だってその道のプロだもん、そりゃ命かけてりゃ当然だわ。 (おい、マジで誰が市議会委員とか言い出したんだ……) 本気で人の噂はあてにならない。 それをたった今、己の身をもって痛感する。 「あの、ついでだから聞いちゃいますけど」 「先輩って、許嫁がいるって……マジですか……?」 「………」 「将来を誓い合った、いつか結婚する予定の男性です」 「そ、そんな人……」 「いるの……?」 本人も知らないこの適当さ!! 「先輩!! 何ですかあなた!」 「めっちゃ普通!! めっちゃ普通の八百屋の娘じゃないですか!!」 「……(こく)」 「普通……」 先輩は、もっと自分の意思を相手に伝える術を身につけた方が良い。 いや、こうして話していると無口じゃないことは十分にわかる。 でも、だからこそ余計に自分の考えや気持ちを周囲に伝えないと…… (なるほど、祭り上げられるってこういうことか……) 俺も納得せざるを得ない。 俺の気になる沢渡先輩は、この通りとんでもなく普通の女の子だった。 『メール受信1件 先輩』 「ん……?」 おお! 先輩からこんな時間にメールが……! (ヤバい。先輩からメールもらえただけでテンションが上がってくる……!) 『次はイルカの浮き輪用意するんで、また一緒に空気入れましょうね!』 願わくば、次の機会には是非先輩の水着を拝みたい。 それでも今日のデートは成功だと思っているので、俺はそのまま楽しい気持ちで眠りにつくのだった。 「ああ……腹減った」 「さーてと、今日の昼は元気に何奢ってもらおっかな〜」 「奢らねえよ! 何勝手に決めつけてんだよ!」 「桃、元気抜きで学食行こっか」 「うん」 「待って! 俺も連れてって! 寂しい!!」 4限目の体育を終え、財布を取りに教室へ帰ってくる俺たち。 ウチの学食は普通に美味いので、昼休みは結構楽しみだ。 「ねえ、あれ沢渡先輩じゃない?」 「え? 嘘、どこどこどこ!?」 「なんか騒がしいね」 「ああ」 なんだなんだ、今先輩の名前が聞こえた気がしたけど。 「沢渡先輩! ウチのクラスに何か用事ですか!?」 「あ、あの……」 「沢渡先輩!! 良かったら俺と一緒に中庭でメシ食いません!? 今日俺――!」 「ちょ、ちょっとあんた何失礼な事言ってんのよ!! 身の程を知りなさいって……!」 「沢渡先輩があんたなんかと一緒にお昼食べるわけないでしょ!?」 「ち、ちが……う……」 マジだ。 マジで先輩がいる。 「おい!! あれ沢渡先輩じゃん!! 何だよついに俺にもチャンス到来か!?」 「お前、この状況だけでどんだけポジティブに物考えられんだよ」 「俺……こうでもしないと、もう自我が保てないくらい必死なんだ……」 待て。ここでマジ凹みはやめろ。 先輩からメールが来る。 『どこ?』 「先輩! こっちですこっち!」 「……!」 「いた……」 「え!? えっ!?」 俺を発見するなり、小走りで近づいてくる先輩。 ああヤバい。ちょっと息を切らしているところもこれまた可愛い。 「ビックリしましたよ。先輩から来てくれるなんて珍しいですね」 「俺に何か用事ですか?」 「……(こく)」 「……こ、これ」 そう言って、先輩がオレンジ色の包みを俺に見せてくる。 「お……おべ……」 「おべん……とう…………」 え……? 「い、一緒…………」 「ま、まさか先輩……俺にお弁当作ってきてくれたの……?」 「……(こくこく)」 「マジで……!?」 「はァ!? おい何だよそれ!!」 元気を筆頭が周囲の男連中が騒ぎ出す。 まあ相手が先輩なら無理もない。俺も逆の立場だったら同じこと言うだろうし。 「おいおい!! 何がどうなってんだよ!! 俺の沢渡先輩がァァァァ!!」 「はァ!? いつから先輩がテメェの物になったんだよ死ね!!」 「おいこれはマジで説明しろよ!! 一体どういうことなんだっつーの!!」 男子連中からは嫉妬と憎悪。 おまけに次々と関係の無い野次馬まで注目してくる。 「あ、あの……」 「お取り込み中のところすみません!! 早速ですがお二人は今一体どんなご関係で!?」 「わあ……! 髪の毛つやつや〜!」 「ねえ? 本当にあの二人って付き合ってるの?」 「え、でも沢渡先輩って許婚いるって話じゃ……」 「………」 騒ぎを聞きつけ、2年の廊下は野次馬たちで瞬時に埋め尽くされる。 ま、まずい……! あんまここで騒がれるとすぐに3年の先輩たちや先生が……!! 「………」 「あらら、何かすごいことになってるわね」 「ビックリだよ、もっと早く言ってくれればお祝いしたのに」 「ま、待て、勘違いするな」 「別に俺と先輩はそういう関係じゃないぞ」 「え? そうなの?」 こればかりは事実なので仕方が無い。 変に俺だけ浮かれまくっても先輩に迷惑がかかるだけだし。 「いやいやわかりませんぜ旦那ぁ!! もしかしたら先輩の方はその気かもしれないし!?」 「というわけで沢渡先輩? 彼との現在の関係を是非ここで!」 「………」 俺も気になっていたので、ここは敢えて少し黙る。 「………」 「お、おお……」 「おお!?」 「お……」 「おとも……だち……」 「え……?」 「おとも……だち…………!」 先輩にしては珍しく、声を絞り出しながらハッキリと言う。 「あ、あの……お友達って、あのお友達?」 「……」 「………」 急に不安になったのか、チラリと俺の方を向く先輩。 「大丈夫、俺と先輩は超絶素敵なおともだちです! 自信持って!」 わかりやすいように�サインをしてあげる。 「………」 「ブイ……」 やだ可愛い! 先輩の�サイン初めて見た!! 「何だ何だ……!! お前ら騒ぎが1階まで聞こえてくるぞ! 俺も入れろ!!」 「先輩! もう行きましょう!」 「ここにいてもしょうがありませんし、俺、早く先輩のお弁当食いたいです!!」 「死ねェェ!! マジで死ねェェ!!」 「なあ頼む……!! 1万払うから、俺にも先輩の弁当を一口ぃぃーーッ!!」 悲鳴と怒りの声が辺りに響く中、俺は先輩の背中を押して階段へ向かう。 二人きりになるのなら屋上か中庭。 少なくともあのまま廊下にいるよりは、はるかに有意義な時間が過ごせるはず……!! 「これ……野菜と豆腐の……巾着、すごく……美味しい」 「そ、それ……から……、こっち……は……れん根の……ピリ辛煮……」 (な、なぜ……学食……?) 先輩の要望に応えて学食へとやってくる。 ウチの学園は中庭が見渡せる景色と席数が売りで、弁当組みも学食で食べることが多い。 ジュースもすぐに買えるし便利っちゃ便利なんだけど…… 「ね、ねえ……! ちょっと……あれ!!」 「ええ!? 何で沢渡さん、今日はあいつと二人でお昼食べてるの!?」 (ま……やっぱこうなるよな……) 廊下より圧倒的に人目のつきやすい昼休みの食堂。 なぜ先輩がわざわざここをチョイスしたのか、正直ちょっと図りかねる。 「あ、あと……これは……」 「ニンジンも……たっぷり……」 「切り干し……大根……」 「おお……!」 「ど、どうぞ……」 「いただきます!!」 初めて先輩の作ってくれた料理を口にする。 さて、まず最初に口に運ぶのは…… (野菜の巾着……!) 「これ……お箸……」 「あ、どうも」 先輩の用意してくれた黄色いプラスチックの箸を受け取る。 ま、待てよ……? この箸、普段から先輩が使っているんだとしたら……! 「あ、あの……この箸って、いつも先輩が使ってたりするやつですか?」 「……?」 「それ……」 「お父さん……の……」 まだ見ぬ義父と間接キス!! 「まあとりあえず一口……」 中に豆腐と野菜が入っているらしいこの巾着。 さてさてお味の方は…… 「………」 もぐもぐ。 「………」 「ど……どう……?」 「――!!」 (こ、これは……!!) 「………」 「お、おい……」 「しい……?」 その場にそっと箸を置く。 「先輩……」 「残念ですが……」 「え……え……?」 口調も心も、めちゃくちゃ沈み込んだように感想を言う。 「俺も、こんなことを言うのは大変心苦しいのですが……」 「………」 「めちゃくちゃ……」 「美味いです」 「………」 「………」 「……(怒)」 「うわあ!」 先輩がキレてる! 「もう……あげない……」 「そ、そんな……!! お茶目な軽いジョークじゃないですか!」 ヘルシーで出汁の利いた薄味の豆腐。 そこに、味の濃いタレにでも漬け込んでいたのか、塩加減が絶妙な野菜たちが俺の箸を進める至高の一品! 「ほ、ほら、先輩も食べてみて下さいよ! マジで美味しいですからこれ!」 「………」 「チョ、チョコ……」 「チップ……!」 「はい?」 「チョ、チョコチップ……アイス……と……」 「どっちが……美味しい……?」 「あはは! そんなのこっちの巾着の方が100倍美味いに決まってるじゃないですか」 「チョコチップアイスなんて余裕余裕」 「………」 「余裕……?」 「ええ、もうマジ余裕っす」 「………」 「………」 「チョコチップ……! 侮辱……!!」 ええ!? ガチギレ!? 「ちょ、ちょっと先輩……! あなたどんだけチョコチップアイス好きなんですか!」 「チョコチップ……!」 「神!」 「神なの!?」 仕切り直してお弁当タイム。 ああ駄目だ、マジでこの弁当超美味い。 さすが八百屋の一人娘、野菜料理のクオリティが尋常じゃない。 「………」 「美味しい……?」 「ええ、超美味いです」 「………」 「美味しい……?」 「先輩、それもう10回目です」 「………」 「はは、本当に美味しいから心配しなくても平気ですよ」 「………」 「……(こく)」 本当は、何度でも美味しいと言ってもらいたい様子の先輩。 今も俺の横でソワソワしている、そんな彼女の挙動が逐一可愛く見えて仕方がない。 ただ…… 「あの、ところで先輩はお弁当食べないんですか……?」 「……(こく)」 俺だけメシ食ってて、先輩は手ぶらってどういうことなの!? 「ああああ!! ま、まさか! このお弁当二人分だったとか!?」 「そ、それはそれは大変失礼しました!! 今取り皿もらって来るんで……!」 「ち……ちがう……」 「それは……一人分……」 「………」 「じゃ、じゃあ先輩は?」 「まさか絶食ダイエット中?」 「……(ふるふる)」 「パン……食べる……」 そう言って、なぜか誇らしげに200円を手に取って購買を見つめる先輩。 ちょ、ちょっと待った。今から購買行ってもロクなパン売ってないのに。 「先輩、今から購買行っても糞不味いパンしか残ってないと思いますよ?」 「メロンパン……」 「ありません」 「クリームパン……」 「恐らく全滅でしょう」 「………」 「残酷な……現実……」 ええそうです、どこの学校も美味しいパンは基本的に早い者勝ちですから。 「先輩、俺にお弁当のお礼をさせてくださいよ」 「学食のメニューご馳走しますから。好きなメニュー言って下さい」 「だ……駄目……」 「そんなの……悪い……」 「いやいやいや! 先輩は俺にお弁当作ってきてくれたじゃないですか」 「ここで俺がお返しをするのは当然の流れ。対等な関係こそおともだちの基本ですよ?」 「お、おとも……だち……」 「基本……」 「そうですそうです。無駄な抵抗はやめて素直にご馳走されてください」 目の前にある、箸置き横のメニュー表を先輩に見せる。 「何がいいですか? 定食が重いなら、そばとかうどんもありますけど」 「学食……普段は……」 ……? 「ああ、先輩って普段からお弁当派?」 「……(こく)」 「なるほど、じゃあここは海老天うどんがオススメです」 「うどんだけだとちょっと物足りない、そんなボリュームの問題もこの海老天が解消してくれます」 「じゃあ……それ……」 「ついでに飲み物も買ってきますよ。先輩はお茶がいいですか? それともジュース?」 「お茶……ある……」 そう言ってトートバックから小さい水筒を取り出す先輩。 「お茶も……」 「ご、ご馳走……したくて……」 「………」 お弁当にお茶まで、しかもそれらは全部俺のために用意してくれた先輩。 ど、どうしよう……なんかマジで嬉しさを通り越して涙が出そうに……!! 「先輩!! すぐにうどん買ってきますから!!」 「あ……あわてなくて……」 「急ぎます!! 先輩のためならば!!」 早速先輩の代わりに食券を買って並ぶ俺。 せっかくだから色々とトッピングもつけてあげちゃおう。 「おばちゃーん、海老天二つね。なるべく大きいやつ」 「あいよー」 食券を渡し、調理場の風景を軽く覗きながら一息つく。 こうして当たり前のように先輩とお昼を食べられる、そんな今の自分の立場がちょっと不思議だった。 ほんの数週間前までは会うのにも一苦労。 自分とはどこか別の次元にいるような存在、それが俺の知る沢渡先輩のはずだった。 「はい、海老天ぷらうどんお待たせ」 「どうも」 でも、それは本当の先輩の姿からは大きくかけ離れていた。 こうして日々先輩と話をしていると、それを本当に強く実感する。 「先輩、おまたせしました! 熱々の海老天うどんです!」 「………」 「先輩?」 何かあったのか、明らかに先輩のテンションがおかしい。 「いやあり得ないだろ。沢渡さんはいいとして、あいつ全然釣り合ってねーって」 「何か、弱みでも握られてるんじゃないの?」 「沢渡さん……かわいそう……」 (ああ、なるほどね……) 「………」 例のごとく、先輩の隣にいる俺を非難する声。 釣り合っていないのは自覚しているし、だからといって今更頭にくるような話でもない。 先輩には悪いけど、これも一種の優越感ってやつで、俺はさほど気にはしていなかった。 「………」 「ご……」 「ごめん……なさい……」 「え? まさか先輩、うどんにとろろ昆布入れる派だった!?」 「え……」 「失礼しました! 2秒で取ってくるんで先輩はエビでも咥えて待っててください」 「ち、ちが……う……」 先輩は優しい。 ハッキリと口に出さなくても、その表情から今何を考えているのか自然とわかってしまう。 「じゃあ七味ですか? 先輩もチャレンジャーですね。俺も普段は真っ赤になるまで七味入れてから食いますよ」 「そ、それ……辛そう……」 「いや、これが言うほど辛くないんですよ」 「試しに50振りくらい入れてみます?」 「……(ぶんぶんぶん)」 「い、いただき……ます……!」 うどんを七味で真っ赤にされると思ったのか、慌ててうどんを食べ始める先輩。 「ふー、ふー」 「はは、俺先輩がふーふーしてるとこ初めて見たかも」 「………」 「は……はずか……しい……」 先輩には、つまらないことで謝って欲しくなかった。 だって先輩は、何一つ悪いことなんてしていない。 みんなと同じように、こうして昼休みに知り合いと…… 「美味しいですか?」 「……(こく)」 ただ、一緒に学食でランチを楽しんでいるだけなんだから。 待ちに待った放課後。 ケータイを開き、つい先ほど受信した先輩からのメールにニヤニヤする。 『放課後、一緒』 「………」 (短いけどこの一行が嬉しい……!!) 「おい、何ニヤニヤしてんだよ。とっととゲーセン行くぞ」 「悪いな、今日は先輩と一緒に帰る約束してんだ」 「この裏切り者ォォアア!! 非国民がァァアア!!」 元気はスルーしてさっさと校門へと急ぐ。 放課後に女子と下校出来るこの幸せ。 元気には悪いけど、やっぱり男としてはテンションが上がってしまう。 校門へ到着。 さてさて、先輩は何処に? 「ねえ沢渡さん……! これから私たち駅前の雑貨屋に行くんですけど一緒に行きませんか!?」 「ちょ、ちょっと待ってよ!! 私が先なんだから!!」 (お、いたいた) 珍しく同級生たちから声をかけられまくっている先輩。 普段は一歩引いた位置から声をかけているのに、なぜか今日はみんな積極的だった。 「あ、何だったらその後にカラオケでも行きます?」 「か……カラオ……ケ……」 「沢渡さんって、普段はどんな曲聞いてるんですか?」 「きょ、曲は……」 「お父さん……の……」 「お父様の……!?」 「……(こく)」 同級生に囲まれて、少し嬉しそうな顔をする先輩。 話せば分かる、ちょっとマイペースなだけの普通の女の子。 それが沢渡先輩の本当の姿。 「か……から……おけ……は………」 「い……行ったこと……ない……」 「………」 いつだったか、教室で先輩が寂しそうな顔をしていたときのことを思い出す。 先輩は、これまで妙に『おともだち』という言葉に固執していた。 普段から勝手な妄想や噂話に持ち上げられ…… 気がつけばみんなから一歩遠くの距離に置き去りにされていた彼女。 「それじゃ沢渡さん! これからフリータイムで夜まで騒いじゃいます!?」 「ちょっとあんた、さすがにそれは調子乗りすぎ」 「………」 俺も最初はそんな位置から先輩のことを見ていた。 でも今ならわかる。 それが彼女にとって、本当はどれだけ寂しいことなのかを。 「………」 「先輩、お待たせしました」 「あ……」 「……(コク)」 先輩は、一度きっかけさえあればみんなの中に簡単に溶け込めるはず。 俺はそう確信している。 だから俺と一緒にいることで、そのきっかけが生まれる妨げになるのだとしたら…… 「すみません先輩」 「実は俺、ちょっとこれから急な用事を思い出しまして」 時には俺が引くことも重要だと思う。 少し寂しくても、明日また一緒に帰ればいい。 そうやって少しずつ先輩が、自分から周りと向き合える環境を作っていく。 それが今の俺に出来る、友達として精一杯の協力だと思った。 「………」 「本当にすみません。この埋め合わせはまた今度必ずしますので」 「なんだったら明日……」 「行っちゃイヤだ」 ……。 ……。 「行っちゃ……いや……」 「………」 先輩に袖を掴まれる。 不安そうな先輩のその表情。 「さ、沢渡さん……」 「彼、用事あるって……」 「……」 「いや……」 「行っちゃ……いや………」 「………」 先輩の、今まで周りに見せたことの無い意思表示。 それは不安な表情と一緒に、確かに俺の袖を掴む手から伝わってくる。 「さ、沢渡さん……? どうしたの……?」 「えっと……彼に用事があるなら、今日は私たちもいるし……」 「………」 「………」 俺は、馬鹿だったのかもしれない。 周りがどうとか、先輩のためだとか。 そんな風に考えるのは、決して悪いことじゃない。 ただ…… 「先輩……」 「やっぱり、一緒に帰りましょうか」 「……(こく)」 一番大切な、先輩の気持ちを聞いていなかった。 良かれと思い周りが勝手に先輩の気持ちを決めつける。 そこから生まれた誤解や間違いが、今まで散々先輩に悲しい思いをさせてきたというのに。 ……。 ……。 先輩と二人で下校する。 俺の袖を掴んだのが今になって恥ずかしくなってしまったのか…… 先輩は少し頬を赤くし、俺の隣を静かに歩いている。 「………」 「………」 「先輩、ごめんなさい」 「さっきの用事の話。あれ、嘘なんです……」 「本当は俺も先輩と一緒にいたかったけど……」 「その……」 「一緒……」 「え……?」 「今、一緒だから……」 「平気……」 「………」 「………」 「わかりました」 「それじゃあ俺も、謝るのはやめておきます」 「……うん」 ……。 ……。 「先輩、今日はなかなか大胆なことしましたね」 「……」 「なかなかみんなの前じゃああいうことは出来ませんよ」 「俺もちょっと嬉しかったというか、恥ずかしかったですし」 「は、恥ずかしい……?」 「ええ、そりゃあもう」 「だって周りのみんなビックリしてましたよ?」 「先輩のクラスの人なんて、こんなに目大きくして固まってましたし」 「………」 「一緒が、良かったから……」 「だ、だから……」 「………」 「俺も、先輩と一緒にいたいときは袖引っ張っちゃおうかな」 「………」 「はず……かしい……」 「あはは」 「お弁当、今日は本当にありがとうございました」 「ま、また……」 「作って来ても……いい……?」 「ええ、もちろんです」 「そのときは俺も、先輩に学食のメニュー奢りますね?」 「次は何が良いですか? 俺的におふくろカツカレーセットがおすすめです」 「お、おふくろ……?」 「ええ、カツカレーのくせに味噌汁と漬け物もついて来るんです」 「あとは日によってアジのフライなんかも付いてきます」 「ご、豪華……」 「ええ、だから人気もあるし早めに行かないと品切れになるんです」 「……」 「アジのフライ、好き」 「はは、そうなんですか」 「うん……」 ……。 ……。 「あ、あの……」 「はい?」 「………」 「や、やっぱり……いい……」 「ちょ、ちょっと待ってください。なんかそう言われると気になるんですが」 「………」 「あ、あの……ね……」 「他に……いない……?」 「え?」 「い、一緒に……」 「帰る……人……」 「………」 「じゃあ今度は大人数で帰ってみます?」 「俺の友達も呼びますから、みんなで一緒に」 「……」 「あれ? 違う……?」 「……」 「ほ、他に……」 「帰る……人……」 「………」 「もしかして、今日は俺に他に帰る人がいなかったか聞いてます?」 「……うん」 「大丈夫です」 「今日は俺、ホームルーム終わった後先輩のことしか頭になかったんで」 「………」 「俺は先輩と二人がいいです」 「ふ、二人……」 「そうです。二人です」 「それに先輩、男子ってのは女子と二人で下校したがる生物なんですよ?」 「そ、そうなの……?」 「ええ、おまけに一緒に帰っている間はドキドキです」 「今なんて、めちゃくちゃ俺の心臓フル稼働してますよ」 「………」 「わ、私も……」 「すごく、ドキドキ……」 「はは、光栄ですよ」 「俺相手にドキドキしてくれる人なんて、そうはいませんからね」 「め、珍しい……?」 「ええ、珍しいです。先輩はきっと俺にとってレアな人ですね」 「………」 「ちょっと……嬉しい……」 ……。 ……。 「………」 「………」 急に会話が途切れる。 でも別に嫌な感じはしないし…… 「………」 こ、これは…… 手くらい繋いでも良いチャンスな気が…… 「………」 「………」 「……!」 「手、繋ぐのは駄目ですか?」 「………」 「駄目じゃない……」 「う、嬉しい……」 そのまま手を繋ぎ、先輩の家へと足を進める。 勇気を出して繋いだ先輩の手は、俺の手より一回り以上小さくて冷たかった。 「………」 「……!」 手を引っ込められてしまう。 「………」 「す、すみません」 (ちょっとタイミングが悪かったかな……?) (でも、嫌がられてるわけじゃなさそうだ) そのまま、先輩の家へと足を進める。 なんか帰りはあっという間というか、本当に先輩と一緒にいると、時が経つのを忘れてしまう。 (今は……やめておこう……) 「………」 そのまま、先輩の家へと足を進める。 なんか帰りはあっという間というか、本当に先輩と一緒にいると、時が経つのを忘れてしまう。 「着きましたね」 「うん……」 「はは、なんかここまでの道、俺自然に覚えちゃいましたよ」 「あ、ありが……とう……」 「お、送って……くれて……」 「いえいえ、むしろすみません」 「なんか、ここまでくっついて来ちゃったというか……迷惑じゃなければ良いんですけど」 「全然……平気……」 俺から見ると、先輩の表情はどこか少しほっとしているように見えた。 先輩は人の感情の機微に敏感だ。 だから上手く自分の意思を表に出せなくても、さっきみたいに俺の考えや気持ちを察してしまう。 「これからは、先輩には嘘はつけませんね」 「……?」 「ごめんなさい」 「ただ……」 これは、俺の本心なので口にする。 「俺、これからは自分の気持ちに正直でいようと思います」 「先輩も俺に何かして欲しいことがあったら、遠慮無く言ってください」 「………」 「……うん」 先輩の力になってあげたい。 それは友達として? ただの後輩として……? 「じゃあ俺、帰りますね」 「今度……」 「お、お買い物に……来て……」 「はは、わかりました」 自分の気持ちを正確に探りながら…… 俺はこの日、自分の心の中にある先輩への気持ちを、少しずつ自覚していった。 『メール受信1件 先輩』 「あ……」 先輩からメールが来る。 なんか最近、先輩と夜にメールが出来て嬉しい。 「お……?」 先輩からお茶目なメールが送られてくる。 よし、こっちはウンコのマークをいっぱい送ってあげよう。 ……。 ……。 素で心配された。 『いえ、男子って、こういうマーク結構好きなんですよ』 特に小学生がと付け加え先輩にメールを送る。 最近わかったけど、先輩にはどうもボケ殺しの特技がありそうだ。 (あはは) 俺と先輩がこんなメールをしているなんて、学校のみんなが知ったらどう思うだろう。 そんな妄想を膨らませつつ、俺は寝るまでの間先輩とのメールタイムを楽しんだ。 「ちょ、ちょっとあんた!! 真っ直ぐこっち来てんじゃないわよあっちに逃げなさいよ!!」 「無理だって! もう死ぬ! マジで死ぬ!!」 「だから調子にのってそんな貧弱な装備で来るなって言ったのよ!!」 朝のホームルーム前。 職員会議が長引いているのか、一向に姿を見せないジャスティス。 無駄にお行儀よく待つはずもなく、俺と望月はいつものように携帯ゲームに夢中になっている。 「お前貧弱って言ったな? 俺の今装備している勇気のブリーフは残り時間が3分未満になると光輝くんだぞ」 「馬鹿なこと言ってないで早く回復しなさいよ!! 輝いたって効果なけりゃ意味ないでしょうが!!」 「って、ああああ!!」 二人揃ってボス戦で死ぬ。 弱くても見た目が好きな防具以外は絶対に装備しないのが俺のジャスティス。 「あんたね、真面目にやりなさいよ。ネタに走るなら他のやつとやってよね」 「すまん。許してくれ……」 「お詫びに……この勇気のブラジャーやるから」 「いらないわよ!! どうせ残り時間3分切ったら光輝くだけなんでしょ!?」 望月は根っからのゲーム好きで、どちらかといえばガチの部類に入る。 なので真面目に協力プレイをすれば、こちらもそれなりのプレイスキルを身につけられる場合が多い。 「まあまあ、まだ朝だろ? ガチで狩りに行くなら昼休みにしようぜ」 「はあ……まあそれもそうね。朝からこんなに体力使ったらお昼まで持たないし」 そう言って、やたらビーズやらシールが貼ってあるケースにゲーム機をしまう望月。 本人の爪もそうだが、望月は自分の私物にも洒落っ気を求める場合が多い。 「先生、まだ来ないねー。何やってるんだろ」 「職員会議が長引いてるんだろ? 他のクラスもうるさいし」 元気は遅刻で桃は欠席。 あの二人がいないとどうにも朝から調子が狂う。 「なあ知ってるか? 昨日の放課後、隣のクラスの吉井が誰かにコクったらしいぜ」 「え!? 誰かって誰!? それウチのクラスじゃないでしょ!?」 「………」 (偉いな。ウチの学年でもう告白した強者がいるのか……) 振るだの振られるだの、人の恋路に関する話は恐ろしく速いスピードで広まっていく。 そこに男女の違いはなく、暇さえあればみんなそんな話に夢中になっていた。 俺も誰かに告白したら、きっとこんな風に話が広まるのは確実だろう。 (そうなったら俺、どうなるんだ……?) 未来の自分の話なんて想像がつかない。 まあ俺のことだからテンパるか調子に乗るかの二択だな。 「ねね、そう言えばあんたさあ。あれから彼女作るって話、結局どうなったわけ?」 「どうなったも何も、現在進行形で頑張っていますが」 「へえ、そうなんだ。具体的にはどう頑張ってるの? もう告白した?」 はい? 「おいおい、もう告白ってどんな次元の話だよ。話が飛躍しすぎだろ」 「いやほら、あんたのことだから当たって砕けろの精神でそういうことやってるのかと思って……」 「あ、違うか。やる気はあっても実行に移せないからあんたチキンなんだもんね」 「あははははは! ごめんごめん! ま、適当に頑張んなさいよ。あははっ!」 (あああああああ!!) (ブッ飛ばしてぇぇぇぇ!!) 望月は常日頃から平気でこんなことばかり言ってくる。 何でも言い合える女子という意味では貴重な存在だが、ぶっちゃけ馴れすぎてしまっていて普段はそんな気にはならない。 「おい望月、デコ貸せ。全力でデコピンしてやる」 「お、女の子に手を上げるの……?」 「安心しろ。お前は女子には含まれないから大丈夫だ」 「は? 何それ、今の発言は聞き捨てならないんですけど」 「残念だったな。俺は事実を言ったまでだ」 「へぇ、そう」 「じゃあその理屈でいくと、私はあんたの彼女候補には含まれていないってことになるけど」 「そこについては間違いないわね?」 HAHAHA!! 「何言っちゃってんのお前! そんなの当たり前だろフヒャヒャヒャ!!」 「ふーん」 さっきチキン呼ばわりされたので、ここぞとばかりに笑ってやる。 ふはは! 普段何を考えて生きていらっしゃるのかは存じませんが、人をチキン呼ばわりするのがいけないんですよ望月さん。 「はは。大体、お前だって俺からそんな目で見られたら気持ち悪いだろ?」 「ううん。全然?」 「え……?」 マジかよ。 「それじゃあ、俺が何かの間違いでお前に告白したら……」 「勘弁して。そのときは気持ち悪いから全力で振る」 お前! さっきと言ってること全然違うじゃねーか!! それに気持ち悪いってなんだ! ブッ飛ばすぞ! 「ふふっ、なになに〜? まさか今のでちょっと期待でもしちゃった〜?」 「全然」 「ただ確信した。俺はいつか、お前とは真逆のタイプを好きになる」 「へえ、例えばどんな?」 「とりあえず可愛くて、お淑やかで、少しわがままなところもあるけど基本的には甘えん坊で……」 「それ私のことじゃん」 は!? 頭沸いてんのか!? 「そんなわけねーだろ!! お前には謙虚さってもんが無いのか!!」 「俺が言ってるのはもっと女の子らしくて! 避暑地の別荘が超似合う……!」 「そんなステキ系美少女麦わら帽子オプション付きみたいな子のことを言ってるんだよ!」 「はあ、あんたの女の子らしいも大分偏ってるわねぇ……」 「まあな。夢だけ語るならデカい方が良い」 いくら童貞の俺でも、これくらいは語っても良いだろう。 そこに関してはなんと言われようが訂正する気は無い。 「でもちょっと心外なのよねぇ……」 「なんて言うか、お前はそういう女じゃねーとか、お前には全くそんなイメージねえとか」 「何かこう、あんたって私に変なレッテルばっかり貼るじゃない」 「そんなのお互い様だろ」 「お前だってチキンだとかあんた馬鹿ねとか常日頃から言いまくりじゃん」 「だってそれは事実だし」 そう言って、ナチュラルに酷いことをサラッと言う望月。 はいはいそうですよ。俺だって自分が馬鹿で気持ちの悪いやつってことくらいわかってますー! 「お前って、ホント遠慮が無いよな。特に俺には」 「そう? 自意識過剰じゃない?」 「少なくとも変な嘘ばっかついてニコニコされるよりは全然マシでしょー? あんたも少しはありがたいと思いなさい?」 そう言ってポーチから小さな鏡を取り出す望月。 それを見つめながら、何度か目をパチパチさせて目元を気にしている。 「しわのチェックか?」 「睫毛のチェック! しわなんて無いわよ!」 「へえ」 「まったく……」 再び鏡に視線を戻す望月。 気がつけばいつもこうして、望月は自分の身なりをチェックしていた。 「なあ、前からちょっと疑問に思ってたんだけど」 「何?」 「そんなにちょくちょく鏡ばっか見て、何か意味あるのか?」 「そんなことしたって、ほいほい寄ってくる男が出てくるわけもないだろうに」 「………」 「はあ……」 鏡を置く望月。 「悪いけど、あんた私のこと舐めすぎ……」 「ペロペロ。すみま千円」 「殴りてぇ……! 心の底から殴りてぇ……!」 ポーチに鏡を戻し、いつも通りのつり目で俺のことをにらんでくる。 「悪いけど。私あんたよりはモテるから」 「へえ、そりゃすげぇ」 「ちょっと、全然信じてないでしょ。私これでも一応男子から告白されたことだってあるんだからね」 「ふーん」 まあ噂では聞いたことがあるし、そこについて根掘り葉掘り聞く趣味も無い。 ここは適当に相づちを打ってスルーする。 なんか身内のそういう話って、あんまり聞きたくないことの方が多いし。 「だからあんたも、何かの間違いで私に惚れたりしないでよ? どうせ面倒なことにしかならなそうだし」 「安心しろ。朝っぱらから騒ぎながらゲームする女に惚れるわけないって」 「ふふん。そうこなくっちゃ。私もそれ聞いて安心し――」 「ちょっと! さっきから聞いてるけど理奈ちゃんに失礼じゃない!?」 「そうそう、理奈ちゃん舐めすぎ!! あんた何なのよ一体!!」 「虫ケラです」 「ちょ、ちょっとあんた。いくらなんでも卑屈すぎ」 望月よ、自分を虫ケラだと思っていれば、大抵のことには動じなくなれるんだぜ。 「理奈ちゃんが本気出したらマジパないよ? 本当だよ? 吐血するよ?」 「というかあんた目ちゃんとついてるの? これだけの上玉を前にして、よく平気であんなこと言えたものね」 「あ、あはは……二人とも落ち着いて? 私は全然気にしてないから」 さっきまでの話なら、俺と望月の間じゃ日常茶飯事だ。 むしろ互いに失礼のない会話をしているときの方が、綾部や桃が心配してくるレベルだし。 「落ち着いてなんかいられないよ!」 「このスラッとした長い足! キュッとした腰回り! そして胸!!」 「これだけのビジュアルとプロポーションを備えた理奈ちゃんを、平気で愚弄するなんて……!!」 「ちなみに、今理奈ちゃんE寄りのDだから。この前ブラのカップきついって言ってたし」 「い、E寄りのDだと……!?」 「ちょ、ちょっとなんてこと口走ってんのあんた!!」 直ぐさま教室内の男どもが反応する。 やばいやばい、確かに望月の言うとおり、こんな話は口に出来ん。 「理奈ちゃんの引いてるリップだって、真似して買ってる人もいるんだよ?」 「そんな女子も憧れの理奈ちゃんに……」 「何? 惚れるわけがない……? あんたそれ正気?」 「理奈ちゃんが本気で誘惑したら、キミなんて絶対にイチコロなんだから!!」 なぜか我が事のようにプンスカ怒っている二人。 おいおい何だ何だ。お前ら望月崇拝者か? 「おい望月。この二人何とかしてくれよ……」 「理奈ちゃん! やっちゃってー!」 「イチコロイチコロ!」 「………」 「うん。それちょっと面白そうかも」 え? 「ちょ、お前まで何言ってんだ」 「ま、心外だったのは事実だし。ちょっと本気出して遊んであげる」 「ふふふっ♪」 「お、おい……」 「あんたも私の誘惑に負けてるようじゃ、きっとまだまだ彼女なんて出来ないぞ〜?」 「そうだそうだ! 一生童貞!」 (マジかよ……) 何かよくわからないことになって来たが、望月はやる気らしく悪戯な笑みを浮かべている。 まあ女子のおもちゃになるのも悪くはないが、事がエスカレートするのだけは個人的に避けて欲しいところだった。 1限目が終わり、休憩時間。 早速望月の誘惑とやらが開始する。 「ねえねえ……今の数学でわからないところがあったんだけど……」 「お前にわからない問題が俺にわかるわけないだろ」 俺は圧倒的にこいつより頭が悪い。 「そんなこと言わないで……?」 「ね……? 教えて……?」 「はいはい、どこの何の問題でしょうか」 「えっとねぇ……」 (――ッ!?) ノートを俺の机の上に開き、突然俺のすぐ側まで体を寄せてくる望月。 「この16ページの問4なんだけど……」 「………」 (まずい……) これがわざとなのはわかっているが、こいつ……やっぱりとんでもなく良い匂いがする。 香水でも使っているのか、下品ではない石けんに近い香りが俺の鼻先をくすぐる。 「それで? 問4の何が分からないんだよ。俺は因数分解もさじを投げる男だぞ?」 「え、えっとね……」 「と、問4……問4の……」 「おう」 「え、えーっと……」 「………」 しばしの沈黙が流れる。 「駄目だわ。私この問題楽勝で分かるし」 「空気ブチ壊しだなオイ」 誘惑はどうした。 3限目。美術。 (風景のスケッチなんて久しぶりだな……) とか言いつつ、前方にいるモチョッピィをスケッチする俺。 「あ、いたいた! ねえ!」 「何だ、どうした」 「消しゴム落としちゃったの……」 「拾って……?」 「どこに落としたんだよ」 「ここ、胸の間に……」 「は!?」 「ど、どうやったらそんなところに消しゴム落とせるんだよ……!」 というかお前、普通に制服着てるじゃねーか! 「いいから、ねえ……拾って……?」 そう言って望月が俺の手を自分の胸元に…… 「………」 「………」 「私はビッチかっ!」 「お前さっきから何なんだよ!!」 「あーん! もうちょっとだったのにー!」 なるほど、筋書きはあいつか。 「あのさ、誘惑って、案外難しくない?」 「俺に聞くなよ」 続いては昼休みの食堂。 「いらっしゃいませー♪」 「お前が勝手に来たんだろ……」 当たり前のように俺の席の隣に座る望月。 手にはこいつの好きなポテトサラダサンドが握られている。 「ふぅ……なんかちょっと暑くない……?」 「暑いさ。そりゃてんぷら蕎麦食ってるからな」 「そう?」 「ふぅ……。暑い暑い……」 そう言って胸元を手でパタパタと扇ぎはじめる望月。 やばい、今回は首筋がハッキリと見えるからちょっとエロいかも。 「………」 「ねえ、汗かいてるけど大丈夫?」 「平気だ。でもちょっと七味入れすぎて辛い」 マジでたっぷりと入れてしまったので、唐辛子のカプサイシンが俺の体中を駆け巡って熱い。 「ねえ、扇いであげよっか?」 「あん?」 「わ、私のこの……」 「す、スカート……」 「で……」 望月の肩に手を置く。 「望月。無理すんな」 「む、無理なんてしてないわよ! ただ……!」 「たぶん、悪いけどお前……」 「誘惑の才能。無いわ」 「………」 「ええっ!?」 目に見えてショックを受ける望月。 「理奈ちゃん、ファイトォ!」 「うっさい!! あんたたちのせいで同情までされちゃったでしょ私!!」 「ひぇぇ! 理奈ちゃんが怒ったぁ……!」 「ふん……!」 「その蕎麦半分頂戴」 「ああ。良いけど」 目の前にあった割り箸を割って、豪快に蕎麦を食い始める望月。 うん。やっぱりこいつにはこういう自然な態度の方が似合ってる気がする。 「理奈ちゃーん! 次の作戦考えたよー!」 「ああ……何かだんだんウザくなってきた……」 「お前も大変だな」 同姓に好かれるって、ある意味男に好かれるより面倒かも。 「あなたたち。さっきから何騒いでんの?」 「誘惑」 「女の意地」 「わけわからん」 こうして、今日の昼休みも何事もなく平和に過ぎていった。 昼休み終了後、5限目の体育。 俺も望月も体育は好きなので、この時間はよくお互いに被る。 「リバウンド!!」 「任せて!!」 「速攻!」 「理奈ちゃん! 頑張ってー!」 「………」 こうやって見ていると、望月ほどスポーティという言葉が似合う女子もいないと思う。 バスケ中のあいつは本当に活き活きしているように見えて、俺も自然と目で追ってしまう。 「………」 (や、やばい……) (あいつ胸が……) 激しい上下運動により揺れる望月の胸。 さっき聞いた話だと、E寄りのD。 つまりDカップからEカップへ向けてたくましく成長しているとのこと。 体操着姿だとそれが特に目立つというか、あいつの太ももまで強調されているような気がしてドキドキしてくる。 「イエーイ! やりぃー!」 「すごい! 何今のシュート!」 「あの距離からスリーポイントなんて……!」 「あはは、偶然よ偶然。運が良くなきゃあんなシュート入らないって」 そのままチームメイトとハイタッチを交わし、次の班と交代でコートから出てくる望月。 「ねえ! 見てたー!? 今の私のシュートー!!」 「おう! 見てたぞー!」 「へへ、凄いでしょー!」 そう言って、こっちに向かって自然にピースして来る望月。 「………」 (お、俺……) (なんでこんなことでドキッとしてんだ……?) 向こうは友達に囲まれて、いつものように楽しげに笑っている。 まいったな。あいつの誘惑攻撃なんて余裕だったのに。 どうも俺は、あいつの自然で無邪気な態度にはドキッとしてしまうらしい。 「どうしたお前。顔赤いぞ?」 「気のせいっす」 「ああなんだ、望月か」 「お前、ああいうのタイプなの?」 「違います」 「でもお前ら、教室でもいつも仲良いじゃん」 そう言って体育館の中でタバコを吸い始める非常識教師。 「………」 「あの、俺と望月って、そんなに周りから見ると仲良く見えるの?」 「まあ、普通よりかは」 (………) 「ふーん」 一応俺、あいつにもちゃんとドキッとするんだ。 ……なんて、無意識に心の中で感じてしまう。 俺が望月に惚れることはないなんて、悔しいけどこれで100%無いとは言い切れなくなったかもしれない。 (これじゃあ今日の勝負は俺の負けだな……) まあこの先も本気で惚れるようなことはお互いにないとは思うけど。 それでもさっきのピースと笑顔には負けを認めざるをえない気がする。 「で? お前はフットサルやらねーの?」 「うん。今はいいや」 「お前!! 今の絶対ファールだろ!!」 「うるせぇ! 俺がルールだ!」 女子はバスケで男子はフットサル。 さっきから俺の後ろで、男は男でフットサルに夢中になっている。 「じゃあさ、お前、ちょっと缶コーヒー買って来てくれね?」 「良いけど、教師が勤務中にそんなもん飲んで良いんすかね」 「良いんだよ。バレなきゃ許されることなんて、世の中には腐るほどあるっての」 「はいはい」 ジャスティスから120円を受け取り、俺は中庭から回って食堂へと足を向ける。 (この金でパンでも買って食ってやろうか……) まあそんなことしたら絶対殺されるのでやめておこう。 あの先生、マジでキレたら何をしでかすかわからないし。 「………」 「缶コーヒーなら何でも良いのか……?」 せめてブラックか砂糖入りか聞いてくれば良かった。 また戻るのも面倒だしどうしよう。 「あれ? あんたどうしたの? サボり?」 「ん? お前こそどうしたんだよ」 「あはは、私はちょっと保健室」 「さっきのゲームで、軽く突き指しちゃって……」 そう言って、軽く左手の人差しゆびを見せてくる望月。 ああマジだ、若干赤くなって腫れている。 「大丈夫か? はしゃぐのも良いけど気をつけろって」 「うん。サンキュ」 「でも、ホントに大したことないから」 「心配してくれてありがとね」 とか言いつつ、もう片方の手にはちゃっかりと紙パックのジュースを握っている望月。 まあお互いサボり癖はいつものことなので、ここは俺様も大目に見てやろう。 「………」 (だ、駄目だ……) 何か今目を合わせて話すと調子が狂いそうになる。 「で? お前今普通に話してるけど、誘惑攻撃はどうしたんだ?」 「んー? あれ? 何かやってるこっちが疲れてきたからやめたわ」 「あんたもさっき言ってたけど、私ああいうこと本気で意図的にやる才能はないみたい」 「だろ? 絶対そうだと思った」 「むっ……」 「でも何か悔しいのよね。それ認めると女としてのプライドが許さないっていうか……」 「いやいや、プライドの問題じゃないって」 「お前の場合下手に演技するより、自然体でいた方が何倍も良いって」 「………」 「え、何それ。お前は何もしない方が可愛いって言ってる?」 「アホか、誰がそんなこと――」 「ひゃあぁ!?」 え? 「あらごめんなさい! 人が通るだなんて思ってなかったから……!」 「大丈夫かい? 今、何か拭く物持ってくるから」 「………」 ホースからの水で、全身がびしょ濡れになっている望月。 当然体操着のシャツは透け、バッチリとその清楚で白いブラが確認できる。 「お、おい望月……」 「お前……」 「ひゃああ!! ちょっとあんた何見てんのよーーーーッ!!」 「うわああああ!! す、すまん!!」 「み、見ないで!! とにかく何でもいいからあっち向いててーーーーッ!!」 「わ、わかった!!」 本人には悪いがコレは眼福! ありがとうジャスティス! お前の缶コーヒーで俺はラッキースケベに――!! 「何じっと見てんのよ!! 全然わかってないじゃない!! あんたこういうときだけ素直にならないでよ変態!!」 「ばっ……! ちょ、無理言うな!! 俺も男だぞ!」 「そんなの知らないわよ!!」 お互い動転しまくり、顔も真っ赤にしたまま話し続ける。 「ううっ……冷たい……」 「そりゃそうだ。まだ夏じゃないし」 「何冷静に突っ込んでるのよ」 「………」 「………」 「ど、どこまで見た?」 「えっと……」 ああ…… 「レース付きのピンクのカップがしっかりと……」 「このスケベ!! 何が私は女子には含まれないよ! しっかり反応してんじゃないの馬鹿!!」 「当たり前だろ!! こんな光景目撃して平気な顔でいられるか!!」 「だったらせめて視線を逸らすとか!! この場から去るとか色々しなさいよね!!」 「もうホントに信じらんない! へ、平気で人の前で……!」 「な、なんだよ」 「股間大っきくしてんじゃないわよ!!」 「そこは全力で詫びよう」 「もう今日の勝負、お前の勝ちで良い」 「どうでも良いわよそんな話!」 本当は勝敗だけなら自然体のお前には負けたと言いたかったが、さすがにこんな展開は予想できなかった。 男にとっちゃラッキーな一日だったにしろ…… 何だかんだ言って俺は、望月をしっかり女子扱いしていたんだとハッキリ自覚した。 「お願いします!! まひろ様!! 体で支払うんで俺に数学の小テスト対策を……!!」 「全力でお断りしたいんですけど」 とある放課後、俺は全力で綾部に頭を下げていた。 次回の授業で小テストをすることになった数学。 その点数次第では鬼のような課題が出されるとついさっき発表されて今に至る。 「わかった。じゃあせめて俺のためにカンニングペーパーを制作してくれ」 「一問につき100円払おう」 「暗記科目じゃないんだから、最初から公式だけ覚えて対策立てなさいよ」 「それで点取れなかったらどうすんの?」 「諦めるしかないわね」 鬼! 悪魔! 「そこをなんとかなりませんかね綾部先生」 「今俺に数学のテスト対策を教えてくれたら……」 「くれたら?」 「もれなくこの、昼休みに買ったまま忘れていたつぶれたメロンパンを進呈しますが」 「いらないわよ……」 はあ、綾部が駄目ならどうするか。 桃は即行で帰っちゃって連絡取れないしどうしよ。 「綾部先生! 俺に是非数学のテスト対策を……!」 「はあ……一人増えた……」 「おい元気! 綾部先生は俺専属だぞ!!」 「はあ!? いつからそんなことになってんだよ! 知るかそんなもん!」 廊下で見にくい争いを繰り広げる俺たち二人。 残念だが元気、お前は九九の七の段を言えるようになってから出直してこい。 「頼むよ譲れよ!! 最近数学の癖にsinとかtanなんとかとか、数字すら出てこなくて俺テンパってんだよ!!」 「俺だって同じだ!! 角度答えろって言われたから分度器出したら望月から爆笑されたぞ!!」 「はいはい、もうわかったからストップストップ」 綾部が手を叩いて制止する。 「ごめんなさい。二人には悪いけど今日は先約があるのよ」 「は……?」 「先約……?」 「ええ。今日は私、理奈たちと一緒に勉強会することになってるの」 「お茶もかねてあの子の家でね。まあ半分女子会みたいなものだけど」 「ま、マジかよ……」 終わった…… そして迎える小テスト……無尽蔵に膨れあがる課題…… 「畜生。なんてこった……」 「はあ……」 放課後にも関わらず、俺と元気の周囲に負のオーラが発生する。 仕方がない、あまり自信は無いけどなんとか自分一人の力で足掻いてみせるか。 「………」 「しょうがないわね。だったらあなた達も来る?」 「え!? 良いの!?」 「そうしたら私も、二人いっぺんに見てあげられるし」 「やったー!!」 理奈たちという口ぶりから、きっと他にも女子が来るんだろう。 テスト対策に加えて女子の勉強会に参加できるなんてちょっとお得すぎる。 「はんっ! 俺はごめんだね。やっぱ降りるわ」 「ん? どうしたんだよ元気」 「望月の家だあ……?」 「誰がそんなところに行くかよ! 俺はあんなやつに頭下げて勉強なんてしたくないね!」 「馬鹿にされるから?」 「事実なんだから仕方ないだろ」 「うるせえ! とにかく俺は他に行くぜ! 世界が許しても俺のプライドが許さん」 そう言ってわけのわかんないことを言って去って行く元気。 どうもあいつは望月が嫌いというか、ああやっていつも目の敵にしている節がある。 「とりあえずあなたは来るのね?」 「ええ、よろしくお願いします」 「ねえ、理奈ー! あなたの相棒も今日一緒に連れて行っても良いー?」 そう言って教室に顔をつっこみ、望月を手招きする綾部。 「やめい。誰が相棒だ」 「この子この子」 「どうも」 「へ? あ、あんたも来るの?」 「すまん。どうしても三角関数は苦手なんだ」 元気の言うとおり記号ばっかで意味不明だし。 「ふーん」 「どうしよっかな」 「ど、どうか俺のような愚民にも御慈悲を――!」 「金」 え? 「お金。入場料」 「そうねぇ……私の部屋に来るんだから、安くても3000円は払ってもらわないと」 「くっ……!」 屈辱的な出費。 まあ仕方ない、これも自分への投資だと思えば……! 「わかった。背に腹は代えられん……」 「ふふっ」 「もう、何本気にしてんのよ馬鹿。お金なんて取るわけないでしょ?」 「はい……?」 「それよりも途中でお菓子いっぱい買うから、荷物持ち手伝ってよ」 「それで入場料はタダにしてあげる」 「いいのか?」 「いいに決まってるでしょ。ほれ、さっさと鞄持って昇降口行った行った」 そう言って俺の背中をぐいぐい押してくる望月。 「理奈ちゃーん! 準備できたから早く行こーよー!」 「はいはーい! 買い物したいから途中駅前寄ってくけどいーい?」 「うんー! もちろーん!」 「ほら、というわけでさっさと行くわよ。時間もったいないでしょ?」 「お、おう……」 「良かったわね」 「………」 (俺、マジでこれから望月の家に行くのか……?) 自分からお願いしたこととはいえ、今更ながらちょっと緊張してきた。 俺しか男がいない勉強会。 陽茉莉の部屋以外女子の部屋に入ったことの無い俺は、さすがにこの状況にドキドキしてしまっていた。 「どうぞー」 「お邪魔します」 「お邪魔しまーす」 「お、おじゃ、おじゃじゃ……! おじゃ……!」 「どんだけテンパってんのよ……」 「テンパってません」 いつも通学路の途中で通る低層のマンション。 やたら高級感漂う玄関ロビーからエレベーターで上がり、望月の家へとやってくる。 「ま、何もないところだけどゆっくりして頂戴」 「お茶入れるけど、みんな何が良いー?」 「私緑茶」 「私コーヒー!」 「あんたは?」 「俺は何でも」 「そ、じゃあ私と同じ紅茶で良い?」 「ああ、ありがとう」 そう言ってすぐにキッチンに立ってお湯を沸かしはじめる望月。 うーん、不思議だ。 なんかあいつ、キッチンの前に立ってるだけで妙な色気が出てるぞ。 「理奈ちゃーん、テーブル借りるね〜」 「どうぞどうぞ〜」 間取りはかなり広めの1DKといったところか。 このマンション自体古くはないし、学生が一人で住むにしてはかなり洒落っ気があって高級感が漂っている。 「一人暮らしなのは知ってたけど、お前めちゃくちゃ良い部屋に住んでるんだな……」 「え……?」 「ああうん。ここの大家さんが親戚でね? その伝手で安く借りてるの」 「ふーん」 望月の部屋は可愛いというよりも、大人の雰囲気という言葉がしっくりくるモダンな感じだ。 無駄にチャラチャラと飾らずに、家具一つとっても妙な落ち着きというか気品を感じる。 (もっと部屋中にポスターとかぬいぐるみがたくさんあるイメージだったんだが……) 女子らしいかと言われると少し首をかしげるこの室内。 これだけ長いこと友達をやっていても、まだまだ俺の知らない望月の一面ってのは多そうだ。 バイトも掛け持ちで色々とやってるみたいだし、一人暮らしってやっぱりそれなりに大変なんだろうか。 「理奈ちゃんの部屋って、なんか良い香りするね〜。これ何の匂い?」 「カモミール。そこにアロマポットあるでしょ?」 「あ、ホントだー」 へえ、これがアロマポットか。 なんか小さい照明だと一瞬思った。 (こうして見ると俺の部屋に無い物が多いな……) でも雑誌やら漫画は置いてある。 望月はゲーム好きなので、きっとどっかの棚にハードとソフトがたんまり仕舞ってあるに違いない。 「それからそこのあんた。あんまり女の子の部屋、ジロジロ見ない」 「へいへい、すみませんねぇ。信用無くて」 「理奈の下着ならそこの棚の一番下に仕舞ってあるわよ?」 「ちょ、ちょっと! 何であんたがそんなこと知ってるのよ!」 (も、望月の下着……!) ブラもパンツも事故とは言え既に拝見済な俺。 派手なイメージとはほど遠い、清楚かつ質素なデザインの下着だった記憶が鮮明によみがえる。 「あれ? あんまり動揺してない。何で?」 「実はもう、既に見たご経験があるとか……!」 「はあ……、何馬鹿なこと言ってんのよ。そんなわけないでしょうが……」 「そうだぞ。勝手な妄想を口にするのはよしなさい」 「ちぇー。つまんないのー」 「本当ね。つまらないわ」 「はいはい。今日は勉強しに来たんでしょ? さっさと取りかかるわよー」 「はーい」 「はーい」 こうして、第一回望月邸勉強会が始まった。 「ネット対戦ってはじめてやったけど面白いのね」 「外人がチャットで怒ってるんだけど、こういう場合なんて返す礼儀になってるの?」 「Fuck Youで良いんじゃない?」 「あらそう」 宿題開始から約2時間。 早速成績の良い綾部先生がゲームで遊びはじめる。 「やばい! 理奈ちゃん! このオセロ漫画面白すぎ!!」 「女子二人が男子一人を挟んだ位置に立つと、男子が発狂して死ぬの!」 「理奈、そういうゲスい漫画大好きだからね」 (こいつら、ホントに勉強する気あるのか……?) まったく、余裕のある連中はこれだから困る。 こっちは必死こいて問題を解いているというのにいい気なもんだ。 「はい。それじゃあ次はこの問題いってみましょうか」 「sinとcosの基礎は分かる? 今日授業で説明してたところ」 「………」 「ごめん、一応聞いてたんだけど全然意味が分からなかった」 「そう、じゃあ図を書いて説明してあげる」 「まず、斜辺を1とした直角三角形を書いて……」 「この左下の角度を30℃とするでしょ? すると底辺の長さが……」 「………」 そう言って、先ほどから嫌な顔一つせず俺に数学を教えてくれる望月。 ノートを見ると字も綺麗。 シャープペンを持つその細い指を見ても、やっぱり女子なんだなと心の中で改めて思う。 「それじゃあ今の話を踏まえて、この問題頑張ってみて?」 「えーっと……」 「とりあえずこの三角形の斜辺を1として……」 「それからこっちの辺が6cmだから……」 「うん、だから……?」 「………」 「………」 「え、えっと……」 再び思考が停止する。 授業でも難しく考えすぎると苦手意識に繋がると言っていたこの問題。 もともと数学は苦手だったので、俺もその罠にどっぷりとはまる。 「えー? そこもわかんないの? だってそれ初歩だよ? ちゃんと今日の授業聞いてたー?」 「聞いてたよ。でもやっぱ意味不明だったんだって」 「あはは、かっこわるーい!」 「それくらいサラッと答えられないと、マジで女子にモテないぞ〜?」 (うぜぇ……!) そんなことはわかってる。 でも今は目の前の小テストをクリアしないとそれどころじゃないんだって! 「はいはい。あの子のことは放っておいて、今はこっちに集中集中」 「お、おう」 再び問題に取りかかる。 ああもう……! あそこまで言われたら絶対に解いてやらねば……!! (ここの角度をθとする場合、底辺がsinθになるから……) ………。 や、やっぱりわかんねえ……。 「………」 「あんまり気にしない方が良いわよ? だってわからないから勉強してるんだし」 「あ、ああ……」 「それより結構時間経ったわね。ここら辺で一息入れたら?」 「そうやってずっと肩肘張ってると、解ける問題も解けないわよ?」 「………」 「ね?」 「わかった。じゃあちょっと休憩する……」 「よし」 「それじゃあカップケーキでも焼いてあげる。お菓子は二人に食べ尽くされちゃったみたいだし」 そう言って席を立ち、キッチンの方へ向かっていく望月。 なんか不思議だ。 さっきまで少しイラついていたのに、あいつの一声で心が軽くなった気がする。 「………」 「………」 「ねね、協力してあげよっか?」 「って言うかあなた、さっさと告白しなさいよ」 は? 「な、何だよ急にお前ら……」 「わかる、わかるよ〜? 理奈ちゃんやっぱり可愛いもんねぇ……」 「ちなみにあの子、料理もバッチリだから」 「家事スキルもあるし結婚後も安泰よ?」 「お前らやっぱり勉強する気無いだろ」 おまけに望月の言うとおり、来る途中で買って来た食い物も全部完食済のこの二人。 その上さらにカップケーキまで食おうとは、こいつらの胃の中はどうなってるんだ。 「でも実際悪くはないでしょ?」 「普段はどう思ってるのか知らないけど、あの子結構世話焼きだし」 「………」 「ま、まあ、確かにそうだな……」 勉強も見てくれるし、今はこうしてケーキまで焼いてくれている望月。 普段はどんなに馬鹿なことを言い合っていても、今日はそんなあいつに素直に感謝したい気分だった。 「で? いつ告白するの?」 「もう今しちゃう?」 「アホか」 だから何でそうなる。 「もう、照れなくたって良いじゃん。私たちさっきからずっと見てたんだからね?」 「何をだよ」 「あなた、勉強の最中もずっと理奈のこと見てたでしょ?」 お前ら! ゲームと漫画に夢中になってたんじゃないのかよ……! 「これでも私たち、相当気を遣ってあげてるんだからね〜?」 「あなたも私より、あの子から勉強教えてもらった方が嬉しいでしょ?」 「なるほど、それでお前は遊んでいたのか」 「ええ。でも50%くらいは本気で夢中になっていたけれど」 二人に言われたからじゃないが、不意にキッチンにいる望月に目をやる。 確かに今日は、こうして自然にあいつに目がいく俺。 元気がこの場にいたら理解出来ないと言われそうだが、勉強中は確かにちょっと意識していたかも。 「でも、理奈ちゃんはまだキミのこと、完全に男として認識してないみたいね」 「ええ、そうね」 「まあ、何だかんだ言っても腐れ縁だからな」 俺が今住んでいるマンションに引っ越してから、学校もクラスもずっと一緒だった俺たち二人。 修学旅行でも同じ班だったし、下手すりゃ陽茉莉より俺のこと知ってるかも……。 「いや、腐れ縁とかじゃなくて、あなたを同性の友達と同じように見てるってことよ」 「同性?」 「そう」 「つまりあの子のあなたへの行動は、普段から私たちにもしてくれている行動とほぼ一緒なの」 「へえ、つまり特別な何かをしているわけじゃないと?」 「そういうこと。だから今日も気軽にOKしてくれたのよ」 「普通、女子が彼氏でもない男を部屋に上げるような真似はしないでしょ?」 「うんうん。いくら他の友達も一緒だからって、結構ハードル高いよねこれって」 「つまりあなた、ぶっちゃけると一人の男として、あまり強く意識されていないのよ」 「うっ……」 「だからもっとガンガンアピールしていかないと駄目……! 駄目なのよ……!」 「でないとあなた、本当に私たちと同等に扱われて終わるわよ?」 「はは、嬉しいのか悲しいのか……」 「とりあえず今は悲しんでおきなさい」 なんか、勝手に色々と決めつけられている気がするが、確かにこの二人の言うことにも一理ある。 そう考えると望月が俺に気軽に接してくるのって…… (マジで俺のこと、男として意識していないから……?) マジかよ。 仮にもしそうなんだとしたら、それはそれでちょっと面白くないぞ。 この間の透けブラ騒動も、羞恥心からキャアキャア言っていただけだろうし。 「で、冗談抜きで聞くけど。あなた理奈のこと嫌い?」 「いや、別に嫌いじゃないけど」 それに一応、これでも友達としては上手くやっている方だと思っている。 「ふむ、嫌いではない……と」 「むしろ結構可愛いって、最近思っちゃったりしてるんじゃないのー?」 「ふははははは!」 「冗談も休み休み言えって」 「ブー! 何よそれ、何か超つまんなーい!」 「これ以上おもちゃにされてたまるか」 可愛いか可愛くないかで言ったら可愛いに決まってるだろ。 でも今更俺があいつにそんなこと言えるわけないっての。 「なんか、こっちサイドがチキンだと進展は望めそうにないねー」 「そうね、荒療治でもしないかぎりこれは無理かも」 「待て。お前らどんだけ俺をあいつとくっつけたいんだよ」 「お待たせー!」 「プレーンとココア味があるから、好きなやつ手にとって食べて〜」 「わあ良い匂い! 超美味しそう!」 「私はココア味をいただくわ」 焼きたての香ばしい香りとともに、望月がカップケーキを目の前に運んでくる。 「あんた、これ初めてでしょ? 良かったら後で感想ちょうだいね?」 「あ、ああ。それじゃあ一個もらうわ」 俺の半強制的な恋愛話はここで終了し、4人で雑談しながらケーキを頬張る。 始めて食べた望月のカップケーキは、即席とは思えないほど素直に美味しく…… 「これ、マジでお前が作ったの?」 「そうよ? 見直したでしょ」 そんなことを言う望月の笑顔に、少しドキッとしてしまう俺だった。 「お邪魔しました」 「また学校でね〜」 「はーい。気をつけて帰ってね-」 時刻は午後5時過ぎ。 明らかに空気を読んで先に帰るあの二人。 (結局あいつらほとんど勉強しなかったな……) まあ綾部の方は余裕だろうし、結局今日は望月に一方的に迷惑をかけてしまった気がする。 「さてと、それじゃあここ片付けちゃおうかな〜」 「あ、二人がいなくなったからって変な気起こさないでよね?」 「一応信用はしてるんだから」 「土下座されたって襲わないから安心しろ」 「ま、そうよね。仮に襲ってきてもフライパンでボコボコにすれば問題ないし」 「迎撃する気満々かよ」 半ば呆れながらテーブルのグラスや皿を片付け始める俺。 まあこれくらいして帰っても文句は言われまい。 「ああ、いいよいいよ。片付けは私がやっておくから」 「いいって、俺がやるからお前は座ってろ」 流し台に食器を下げ、蛇口をひねって水を出す。 「今日一日、何か迷惑かけっぱなしだったからさ」 「ごめんな、お前だって自分の勉強したかっただろ?」 「………」 「あはは、どうしたのよ急に。気持ち悪いわね」 そう言ってすぐ俺の横にやってくる望月。 「それじゃ一緒に片付けよ? 二人でやった方が早いし」 「………」 「わ、わかった……」 すぐ隣から、望月の良い香りがして少し動揺する。 髪を耳にかける仕草もどことなく色っぽく見えて、作業に集中していないと気が紛れそうに無い。 「………」 「………」 「あ、そういえばさ」 「私がケーキ作ってるとき、3人で何話してたの? なんか凄く盛り上がってたみたいだけど」 「ん?」 「ああ……」 「ああじゃわからないわよ」 「何〜? それともまた下ネタかなんか〜?」 横で何を想像したのかちょっと笑って見せる望月。 まあ個人的には下ネタの方がいくらかマシだったような気がするけど。 「なんか、お前が可愛いかとか、どう思ってるんだとか」 「なんか、そんなことばっかり質問されまくってた」 「あー、なんか全部聞くまでもなくロクでもなさそう-」 話の内容を察したのか、露骨に呆れた顔をする望月。 「あいつらも人のことばっか気にしてないで、自分たちのことを考えろよって正直思ったわ」 「はあ……」 「で? 何て答えたの?」 「ちゃんと理奈ちゃんは可愛い可愛いとんでも美少女だって言った?」 「アホか。そんなこと言うわけないだろ」 「はいはい。どうせ私は何度も鏡を見る価値の無い女ですよーだ」 そう言って軽く拗ねて見せる望月。 でもちゃんと手を動かして作業しているところがこいつらしい。 「はは、鏡って何の話だよそれ」 「忘れたの? あんたこの前教室で私にそう言ったじゃない」 「そんなにちょくちょく鏡見て何か意味あるのかー? みたいな」 「しかもそれでほいほい男が寄ってくるわけねー。とか何とか言ってたじゃない」 「あー」 あれ一応冗談だったのにまだ根に持ってたのか。 「男うんぬんの話は冗談だけど、鏡の話は本当だからな」 「追い打ちかっ!」 「はいはい、どうせ私は鏡を気にするだけ無駄な全然可愛くない女ですよ」 「違うって」 面倒なので手を止めて言ってやる。 「見てくれの話なら、お前はそんなに鏡気にしなくたって平気だろっ言いたかったんだよ」 「今まで俺、お前にハッキリと言葉で可愛くないなんて一度でも言ったことあるか?」 「………」 「そ、そういえばないかも……」 「だろ?」 「………」 「な、何よ急に……」 「それって、あんたなりに褒めてるわけ……?」 「さあどうだろう。それを改めて口にする義務は俺にはないな」 「うわ、なにそれ何かムカツク」 「フハハハハ!!」 グラスも皿も洗い終わり、望月からタオルを借りて手も洗ってしまう。 「あんた、やっぱりとんでもないひねくれもんね」 「仮に人を褒めてるんだったら、もう少し素直に褒めても良くない?」 「はいはい。説教は今度にしてくれ。俺ももう帰る」 「ふふっ」 「まああんたのそういうとこ、私は嫌いじゃないけどね」 「………」 「うわ、照れてる。耳真っ赤」 「うるせぇ! い、良いだろ別に……!」 「あはは」 こうして、本日の勉強会はこうして幕を閉じた。 何か真面目に勉強したりドキドキしたりと忙しい一日だった気がするが…… 「また、機会があったらみんなで遊びに来てよ」 「おう」 今日はなんだかそれ以上に、妙に清々しい気持ちになった一日だった。 休日の午前11時。 俺は自室にて優雅に紅茶を楽しみつつエロマンガを読んでいた。 左手にはオシャレなティーカップ。 右手にはチンコ。 うん、たまにはこんなゆったりとした休日も悪くないな。 「さて……」 そろそろエロ本にも飽きてきたのでゲームでも…… ん? 電話……? 「はい、もしもし。こちらただのイエローモンキーです」 「あら、利口なお猿さんね。ちゃんと電話にも出られるなんて偉いじゃない」 「ウキッ! ウキキキ……!」 「あらそう、さっきまでポルノマンガを読んでいたの。さすが男の子ね」 お前はエスパーか。 「で? 何のようだ? 綾部から電話くれるなんて珍しいな」 「ええ、今ちょっと平気?」 「おう、大丈夫だぞ」 「単刀直入に聞くけど。あなた今日暇?」 「はは、あまり俺を馬鹿にしないでもらおうか」 「これでもここ最近の俺様の休日は、それはもう見事なまでに充実していて……」 「あらそう暇なのね。良かったわ」 「お前、絶対人の話聞く気無いだろ」 綾部は平気で人の話をバッサリ切ることがある。 望月に対してもそうだが、こっちの話を全スルーして自分の会話に引き込んでしまうことも。 「実はね、今日の昼に理奈とプールに行く約束してて……」 「へえ、プールか」 すぐに望月の水着姿を想像してしまう。 おいおい大丈夫か、望月相手に何想像してんだ俺! 「で、突然だけどあなたも来ない?」 「は?」 「無料招待チケットがあるの。隣町のレジャープールなんだけど」 マジで? ホントに俺も行って良いの……? 「でもそっか、忙しいのなら残念ね……」 「うん、わかった。それじゃあ適当に他のどうしようもなさそうな男誘うわね」 「ま、待て! いや待って下さい!」 「何?」 「実は俺、今日は一日中超暇しててですね……」 「あれ? さっき休日は充実してるって……」 「それは嘘です。寂しさで今まさに首を釣る寸前でした」 「そう。それじゃあ一時間後に駅前に集合ね。理奈にもそう伝えてあるから」 「あ、お昼は食べておいてね。休日だとどこも混んでるから」 「それじゃあよろしく」 通話終了。 やばい。これから女子2人とプールだと!? 「ひゃっほーい!!」 とりあえず早めに支度しよう。 バスタオルにゴーグル。 それからレジャープールだし一応浮き輪も持っていくか。 「よし」 海水パンツは今穿いてしまおう。 朝から全裸だったので着替えはサクッと完了した。 約束した昼の12時。 さすが休日、駅前は無駄に人混みでごった返していた。 さて…… (2人はどこに……?) 周囲を見渡して綾部と望月を捜す。 こうも人が多いと、きっとこれから行くプールもさぞかし人が多いに違いない。 「やばいな。これじゃどこにいるのかまったくわからん」 「後ろにいるわよ」 「え?」 「………」 「………」 「よ、よう」 「うん……」 ビックリした。私服なので全然気が付かなかった。 普段からお互いに学校の制服だから、たまにこうして私服を見ると一瞬頭の中が混乱する。 「綾部はまだ来てないのか?」 「うん。そうみたい。私も少し前に着いたばかりなんだけど……」 そう言って時計を気にする望月。 やばい、なんか急にドキドキしてきた。 綾部同伴とはいえ、今のこの状況だけを見れば二人きりのデートに見えなくもない。 (アホか、何ちょっと意識してんだ俺……) 「あ、先に言っておくけど、私の水着エロい目で見たらブッ飛ばすからね」 「は? 誰がエロい目で見るって?」 「はあ、やれやれ、誰かさんは本当に自意識過剰で困っちゃいますね〜」 「何か言った?」 「いや、なんにも」 なぜかご機嫌斜めな様子の望月。 どうしたんだ。もしかして俺、今日は全然お呼びでない? 「はあ、でもビックリした」 「実は、今日あんたも来るってさっきメールで知ったの。家出た直後に」 「え? そうなのか? なんか急だな」 「ホントよ……私全然聞いてなかったもん……」 そう言って軽くむくれる望月。 なんか……マジで俺お呼びでないならちょっと微妙なんですけど!! 30分後。 「遅い……」 「あいつ何やってんだ?」 綾部は時間にはしっかりしているやつなので、ちょっと心配になる。 事故とかそういう可能性も無くはないし。 「おかしいな。ちょっと電話してみる」 「お願い」 着信履歴から綾部の番号にかけてみる。 「はいもしもし」 あれ? あっさり出た。 「おい、今どこにいるんだよ。望月も心配してるぞ?」 「ごめんなさい。実は私、ちょっと急用が出来ていけなくなったわ」 はい……? 「ちょっと今吐血して救急車の中なの。意外と快適よ? 電気ショックも快感ね」 「お前それ絶対嘘だろ」 「あ、チケットは理奈が持ってるから安心して? それじゃあね」 「お、おい!!」 「空気読んであげてるんだから。ちゃんとポイント稼いで来なさいよ」 「………」 ああ……。 そういうこと……。 「まひろ、何だって?」 「なんか、急用が出来たとかで来られなくなったらしい」 「え!? な、何それ」 「わからん。とにかく急用らしい」 「………」 「………」 突然訪れる沈黙。 (ポイント稼いでこい……ねえ……) さっきの綾部の言葉を思い出す。 おいおい。あんなこと言われたら誰だって意識するっての。 「あ、あはは……」 「まひろが来れないんだったら仕方ないね」 「それじゃ、今日はやめにしておこっか」 え。 「良いのか? せっかく準備してお互い駅まで来たのに」 「うん。だってプールならいつでも行けるじゃない」 「それにあんただって、私と二人でプールに行ってもつまらないでしょ? あはは」 そう言って軽く笑ってくる望月。 ちくしょう。ちょっとドキドキしてるのは俺だけか。 「ふふっ、そうかわかったぞ」 「お前はそこまでして俺と二人でプールに行くのが――」 「うん。嫌だ」 即答かよ! 「はいはい。わかりましたよ。それじゃあさっさとお開きにしますか」 「俺だって今日無理矢理泳ぐ理由もないし。家で一人寂しくゲームでもしてますよ」 「………」 「ごめん」 なぜか突然謝られる。 な、なんだ。今日はよく分からないやつだな。 「どうした? 何で謝るんだよ」 「………」 「じ、実は私、本当はあんたと二人で行くのが嫌なんじゃなくて……」 「そ、その……」 「その……?」 「じ、実は私……」 「泳げないの……」 へ? 「泳げないって、どれくらいのレベルで? 全然駄目?」 「うん、全然……」 「怖くて顔も水につけられないレベル……」 「そうだったのか。初めて知ったぞ」 「うん、だって初めて言ったし」 そういえばこいつ、学校のプールの授業はいつも見学だったな。 普通にサボっているだけかと思ってたけど、そうかカナヅチだったのか。 「だから今日は、もともとまひろに特訓してもらうつもりだったの」 「学校のプールで教えてもらうのは恥ずかしいし……」 「みんなに知られるのも、なんか嫌だったから……」 誰だって、人には知られたくない話の一つや二つあるもんだ。 ただちょっと疑問なのは、泳げないってそんなに恥ずかしいことなんだろうか。 「あはは、だからさ、そういう理由もあって今日は……」 「よし行くぞ」 「え!? ちょ、ちょっと嘘!? なんでよ!」 問答無用で望月の手を掴み改札まで向かう。 「鈍いやつだな」 「泳ぎ方くらい、俺でも教えてやれるって言ってんの」 「………」 「ほら、ぼさっと突っ立ってないで行くぞ」 「う、うん」 つい強引に望月の手を掴んでしまったが、改札の前で自然に離してしまう。 一駅分の電車に揺られながら、俺はちょっとだけ望月の横でドキドキしていた。 「なんか、今日はやけにカップルが目につくな……」 現地に着き、早速着替えて波の出るプールの前で待つ。 家族連れが一番多いと思いきや、一目見てカップル率が高いのがわかる。 「じゃーん! どお? 今年はワンピだよ。ちゃんと似合ってる?」 「ああ、ちゃんと似合ってるよ」 「その証拠に、ほら」 「ちょ、ちょっとこんなところで何脱いでんのよ!!」 (やばい……) (何か緊張してきた……) 今みたいに、あいつが来たら俺もちゃんと水着を褒めてやらないとまずいのか? でも俺たち別に付き合ってるわけじゃないし。 「でも下手に褒めたら、キモいとか言われそうだしな……」 無心だ! 無心になれ俺。 そもそも相手はあの望月だぞ!? いくら最近俺の中であいつの株が上がってるからと言って、こんな事で一々動揺してどうする。 「そうだそうだ。望月相手に一々動揺してたら体が持たん」 「あいつと俺は腐れ縁だぞ。今更アホか」 自分に言い聞かせるように一人でつぶやく。 それにしても望月のやつ遅いな。 まだ更衣室でごちゃごちゃやってるのか? 「お待たせ」 「おう、遅かったな」 「更衣室混んで――」 「……」 「……」 「何よ……」 「あ、いや……」 一瞬言葉に詰まる。 「どうせ変なこと考えてるんでしょ? あんまりエロい目でジロジロ見ないでよね」 「お、おう」 「……」 「……」 予想はしていたとはいえ、こうして望月の水着姿を目の当たりにすると反応に困ってしまう。 褒める褒めない以前に、ぶっちゃけまともに直視出来ずにいる俺。 「……」 「よ、よし。それじゃあ早速準備運動して入るぞ」 「とりあえずもう少し広いところまで歩こうぜ」 「うん、わかった……」 用意していた浮き輪を持って、少し開けた場所へと移動する。 「……」 「馬鹿……少しは褒めなさいよ……」 「可愛い」 「え……」 「何度も言わすな」 「お、俺だって、恥ずかしいんだよ……」 「………」 「ば、馬鹿……」 「ありがと……」 「……」 「………」 駄目だ、なんかマジで顔赤くなってきた。 「ほ、ほら、さっさと行くぞ!! 水着褒められたくらいでいちいち照れんな!!」 「わ、わかってるわよ! 私が可愛いのは当然でしょ!!」 こうして、二人による水泳特訓がスタートした。 「顔は水につけなくていいから、そのままバタ足やってみるんだ」 「う、うん」 「手……離さないでよ?」 「大丈夫だ。安心しろ」 一応足もつくし、そこまで深くない位置で始める俺たち。 浮き輪もあるし、こうして手を握っていれば沈むこともまずないだろう。 「力任せにやっても駄目だ」 「足もちゃんとそろえて、水をかくイメージを頭に入れた方が良い」 「こ、こう……?」 「そうそう、良い感じだ。バタ足はそうやって太ももから動かしてやるんだ」 「膝から下を必死に動かしても、大して前に進まないし疲れるだけだからな」 「そ、そうなんだ……」 素直に俺の言うとおりに頑張る望月。 まだ若干緊張しているのか、俺の手をギュッと強く掴んだまま離さない。 「よし、それじゃあこのまましばらく前に進むぞ?」 「疲れたり足がつったらちゃんと言ってくれ」 「う、うん……」 望月の表情が真剣になる。 ああ、まずい。 真面目に頑張ってるこいつには悪いけど、男としてしてはやっぱりこう…… (こ、こいつ……!) (やっぱり胸デカいって……) 当然視線は胸へと集中してしまう。 さすがE寄りのDカップ。 浮力で水に浮いてるし、バタ足をする度に揺れるのが一々エロくて仕方がない。 「わあ、すごい。私ちゃんと泳げてる」 「良かったな。これで太平洋も横断出来るぞ?」 「いや、さすがにそれは無理でしょ」 「でも私、なんだかちょっと楽しくなって来ちゃった」 「ほお、案外余裕そうだな」 「それじゃあ今から手を離そう」 「あ、駄目! ちゃんと掴んでてよ!」 「あんたが手離したら、私練習中止にするから」 「………」 (か、可愛い……) 相手がどうであれ、女子と長時間手を繋げるのはやっぱり嬉しい。 普段は余裕たっぷりの望月が、こうやって俺に頼ってくれるのはかなり心を揺さぶられる。 というかお前何なんだよ! 水着の効果か!? いつもよりやたらドキドキするんですけど俺!! 「ふぅ」 「ふふっ、やってみると案外楽勝ね」 「そりゃあバタ足くらい小学生でも出来るからな」 「うっ……」 「悪かったわね。小学生以下で……」 でも実際、望月は運動神経は悪くないのでこれくらい出来て当然だろう。 今日に限らずしばらく練習を続けたら、数週間でクロールくらい出来るようになってもおかしくはないと思う。 「でも若干拍子抜けしたぞ」 「さっきまったく泳げないって言ってたから、もっと色々苦労するもんだと思ってたし」 「あはは、それは水に顔をつけてないからよ」 「………」 「あ、あのね……実は私……」 「水が……怖いの……」 そう言って少し落ち込んだような表情を見せる望月。 「実は小さい頃に一度、私プールで溺れかけた経験があるの」 「小学校に入学したばかりの頃かな。当時家の近くに市営の大きいなプール施設があったんだけど……」 「競泳用の深いプールってあるじゃない? そこに不注意で落ちちゃって……」 「マジかよ……」 「それ全然洒落になってないぞ……」 「うん……」 競泳用だと、深い場合は水深が2メートルある場所も珍しくない。 そんなところに子供が落ちたら、下手すりゃ命まで落とす可能性だってあるくらいだ。 「幸い、そのときは偶然近くを泳いでたお姉さんに助けてもらったんだけど」 「それからなの、私どうしてもプールが怖くなっちゃって……」 「そっか、そりゃあ誰だってトラウマにもなるわ」 「だから腰より下が浸かるまでがギリギリ」 「それ以上深いと思ったら絶対海だろうがプールだろうが入れないの……」 「水に潜ると独特な音がするじゃない? 妙に静かっていうか……水しぶきあげたときの音も結構トラウマで……」 「………」 そう言ってそのまま黙ってしまう望月。 なるほど、溺れた経験があるのなら無理もない。 それなら確かに一人じゃ絶対にプールなんて来られないだろうし。 浮き輪があっても手を繋いでもらわないと不安になるのも頷ける。 「まあ事情はわかった」 「でも今日は俺もいるし心配するな。ちゃんと見ててやるから」 「う、うん」 「ありがと……」 さて、それなら顔を水につけるのは結構難しそうだな。 鼻つまんで水中に潜るなんてもっての外だろうし。 「そ、そういえばそっちは本気出したらどれくらい泳げるの……?」 「確か、学校の授業じゃ……」 「きゃっ」 「おっと」 「あ、すみません」 「ちょっとお! たっくん待ってよー!」 「………」 「………」 「だ、大丈夫か?」 「う、うん……」 「………」 「………」 反射的に望月を抱き寄せる形になってしまった俺。 当然肌と肌が密着し、お互い恥ずかしくて視線も合わせることが出来ない。 (こ、これはさすがにぃぃ……!!) やばい、このあと俺、どうリアクション取ったら良いんだ? こいつも固まってるしマジで反応に困る。 「………」 「………」 「ねえ、ママー! あの二人ラブラブー! 超ラブラブー!!」 「あらホント。初々しいわねぇ」 「――!!」 「ご、ごめん……!」 咄嗟に離れる俺たち。 お互いに気まずいどころの騒ぎじゃない。 「あ、あはは……」 「何か私、今日はちょっとおかしいみたい」 「やっぱり馴れないことはするもんじゃないわね〜。余裕がないと無駄に緊張するっていうか……」 「………」 「はあ……」 「ごめん。何か私、今日はすごくかっこ悪いね……」 「そうか?」 「うん。子供みたいにバタ足くらいで喜んじゃうし」 「水に顔もつけられないようじゃ全然意味ないのにね……」 そう言って目に見えて落ち込み出す望月。 そんなに自分の弱点を晒すのに抵抗があるんだろうか。 俺にだって出来ないことの一つや二つ…… 「トラウマを克服するのに、かっこ良いも悪いもないと思うけどな」 「………」 それこそみんな当たり前のようにあるっていうのに。 「なんか、今日はごめんね? こんな練習にずっと付き合わせちゃって」 「あんただって本当は、もっとたくさん泳いで遊びたかっただろうし……」 「………」 はあ……。 「なに今更似合わないこと言ってんだ。お前本当に今日は頭どうかしてんじゃないのか?」 「な、何よ。人が素直に謝ってるっていうのに……」 「こっちは一々謝って欲しくないって言ってるんだ」 「大体、今日はお前の練習に付き合うって、俺の方から言い出したんだぞ?」 「そんな風に俺に謝ってる暇があるんなら、さっささと続きやるぞ。練習だ練習」 そう言って不満そうな望月から浮き輪を引ったくる。 「あんまり、格好ばっか気にするなよ」 「別に泳げなくたって、お前はお前だろ?」 「………」 「う、うん……」 「よし、それじゃあ続けるぞ。次は浅い場所でも良いから顔を水につける特訓だ」 目の前のプールは波が強くなってきたから他へ行こう。 確かウォータースライダーの横に子供用のレジャープールがあったはず。 「ね、ねえ。一つだけ聞いてもいい?」 「ん? 何だ?」 「あ、あんた……今日は何で私にそんなに優しくしてくれるの?」 「………」 「………」 なんだ。 何かと思ったら、そんな小っ恥ずかしい質問が飛んでくる。 「この前のお礼だよ」 「お前だって、この間俺に嫌な顔一つせず勉強教えてくれただろ?」 「え?」 「たまには、俺にもかっこつけさせてくれよ」 「泳ぐのが苦手な女子より、数学で赤点取る男の方が100倍かっこ悪いだろ?」 「………」 「ふふ、そうかも」 「あんたいつもテスト前には、真っ青な顔してまひろんとこ行くんだから」 「背に腹は代えられないからな」 ようやく望月に笑顔が戻る。 やっぱりこいつは、変に塞ぎ込んでいるよりは、こうして笑っている方が絶対に良い。 「それじゃ、もっと開き直って練習に付き合ってもらっちゃおうかな」 「報酬は何がいい? アイスくらい後で奢ってあげるわよ?」 「いいよ、報酬ならさっきから死ぬほどもらってるから」 「え? そうなの?」 「ああ、お前の水着姿なんてレアだからな」 「悪いが俺の脳内フォルダに永久保存させてもらうわ」 「――!」 「あ、あんたね、普段は人のことあれだけ馬鹿にしておいて、水着には素直に反応するわけ?」 「はは、まあ許せって」 「もう……」 「あんたって、ホントに馬鹿なんだから」 こうして休憩時間を挟みつつ、それから2時間ほどさらに練習を続けた俺たち。 男だけでなく、周囲の女性たちからも注目を集める望月。 ルックスが良いのはご覧の通りだが、俺はそれ以上に今日は望月の楽しそうな姿を目に焼きつけていた。 「ふう、なんかすっかり遅くなっちゃったわね〜」 「ビックリしたぞ、まさかお前があそこまではしゃぐなんて思ってなかったから」 「いいじゃない別に。だって楽しかったんだもん」 最終的に、望月はゴーグルさえあれば鼻をつまんだまま軽く潜れるようになった。 水中に恐怖を感じる理由の一つに、どうやら視界の問題が大きく影響していたらしい。 「浮き輪に捕まって波に揺られるだけでも楽しかっただろ?」 「水泳なんて進路にはほとんど関係ないんだし、お前の場合は今日みたいに楽しく遊べればそれで良いんじゃないのか?」 「それとこれとは話が別です」 「私、出来ないことは出来るようになるまで、何度も挑戦したいタイプなの」 「よく言うわ。昼間は緊張して水に入ってたくせに」 「うっ……」 「いいじゃない別に。女には負けん気も必要なの」 「はいはい。さすがは天下の望月さまでちゅねー」 「むー……」 「あんた、駅についた途端、急に優しくなくなった」 「そりゃそうだ」 「だってお前、今水着着てないし」 「身体か! 私の身体が目的かっ!」 「はは、まあそう言われても仕方が無いな」 「また機会があったら見せてくれよ」 「絶対に嫌」 「……」 「……」 「ふふっ」 「ま、また気が向いたらね」 「よし、そんじゃ帰るか」 「うん」 帰る方向は同じなので、そのまま自然と帰路につく俺たち。 そのまま他愛の無い話を続けながら、いつもの見慣れた道を歩いた。 望月と二人、普段から通る道を歩く。 今日は綾部に感謝したい。 泳げない望月も、水着を着てちょっと拗ねていた望月も。 今朝あいつからの電話がなかったら、それが全部見れれなかったと思うとぞっとする。 「………」 「………」 特に喋ることもなく、ただ無言で歩く。 本当は少しでも長く話していたいけど、ぶっちゃけ何を話せば良いのか思いつかない。 普段なら馬鹿な冗談の一つや二つ、簡単に出てくるって言うのに情けない。 「………」 「………」 「あ、あのさ……」 「ん? 何だ?」 「何か喋ってよ」 「私、これでも一応緊張してるんだから……」 「………」 「何で緊張してるんだ?」 「……」 「それ、本気で言ってる?」 「ああ、本気本気」 「こんなに暗い夜道で、彼氏でもない男と二人で歩いてるのよ?」 「普通、警戒しない女なんていないと思うけど」 「へぇ、意外だな。俺がこの場で何かすると思ってるのか?」 「しないでしょうね」 「あんた……チキンだし……」 「よく分かってるじゃん」 「だったら別に、緊張しなくてもいいんじゃないか?」 「うん。私もそう思う」 「はは、何だよそれ」 「ふふ、わかんない。私……やっぱり今日は変かも」 「俺だって緊張してるわ」 「へえ、何で?」 「あんた今まで、私と一緒にいて緊張なんかしたことあった?」 「あるよ」 「え?」 「お前が気づいてないだけでな」 「しかもここ最近は……」 「そんなことばっかりだ……」 「………」 「……」 「そう……なんだ……」 「………」 「………」 ……。 ………。 「ゴーグルさえあれば何とかなりそうだし。お前学校のプールの授業、普通に受けられるんじゃないか?」 「絶対イヤ」 「何でだよ」 「人前で泳げない醜態さらすのがイヤなの」 「例えゴーグルがあっても、ビート板は必須だと思うし」 「お前以外にも水泳が苦手なやつはたくさんいるだろ?」 「そんな中でお前一人泳げないくらいで、みんなあーだこーだ言ってくるはずないと思うが」 「これはね、プライドの問題なの」 「みんながスイスイ楽しげに泳いでる横で、歯を食いしばってビート板にしがみついてる私を想像できる?」 「んー、想像だけなら出来るけど」 「それはあんたが今日、私が泳げないって知ったからよ」 「何でか知らないけど、みーんな私が何でも出来る人間だと思ってるのよねー」 「もう……面倒ったらありゃしないんだから……」 「はは、お前も大変だな」 「あ、私が泳げないことはみんなには内緒にしておいてよ? 絶対だからね?」 「はいはい、わかってるって」 「………」 「そういえば綾部のやつ、今頃何やってるかな」 「どうせ部屋でお菓子でも食べながら優雅に本でも読んでるんでしょ?」 「急用なんて大嘘。あいつ本当にお節介なんだから……」 「お、お節介って……」 「だってそうでしょ?」 「あいつ……今度学校で会ったら一時間尋問して、ネチネチ嫌み言ってやるんだから」 「大変ご立腹だな」 「当たり前でしょ!? だって私、そのせいであんたに泳げないことがバレたんだから」 「ああ、そういうことね」 「でも結果的には楽しめたんだから良いだろ。素直にお礼言っとけって」 「………」 「あいつ……」 「本当にお節介なんだから……」 ……。 ……。 望月のマンション前までやってくる。 プールの後、ファミレスでメシも食ったのでお腹は減っていない。 今日のデートはこれにて閉幕。 俺も望月も、このまま自分の部屋へと帰ってそれで終了だ。 「ありがと。送ってくれて」 「まあ、途中まで帰り道が一緒だったからな」 「……」 「じゃあ聞くけど、途中まで帰り道が一緒じゃなかったらどうしてたの?」 「そりゃあ……」 「たぶん送って帰ってたと思うけど……」 「だよね」 「だから言ったの。ありがとうって」 「………」 「私たち、これでも知り合って長いんだから」 「あんたがどういう人間か。私ある程度はわかってるつもりよ?」 「はあ……」 「お前ってやつは……」 やばい。何か今、まともに望月の顔を見られる自信が無い。 こいつは何でこう、良いタイミングで俺が動揺するような台詞を平気で言ってくるのか。 「勘弁してくれ。それ褒めてるのか?」 「こっちはデート中も心臓バクバクだったんだぞ。あんまり俺をこれ以上動揺させるな」 「ちょっと待った」 「勘違いしないで欲しいんだけど、今日のはデートじゃないからね? いい?」 「は? な、何言ってんだよ」 「だってそうでしょ? 楽しかったのは事実だけど、今日のはデートじゃありません」 「だから……」 一歩近づいてくる望月。 「次は……ちゃんとそっちから誘って……?」 「私……デートするならちゃんと誘って欲しい……」 「………」 「わ、わかった……」 「ごめんね? 私、結構わがままだよ?」 そう言ってマンションのエントランスへと走って行く望月。 「今日は本当にありがと! あんたもちゃんと気をつけて帰りなさいよー!」 「お、おう。わかってる」 「それじゃまた学校で!」 望月がマンションに入り、俺の視界から姿を消す。 「はあ……」 (完敗だ……) そんな感想しか出てこない、望月的にはノーカウントの今日のデート。 あいつが一体どんな気持ちで俺の横にいたのかは知らないが…… 「………」 「俺も帰ろ……」 とにかく今夜は、そんなあいつのことだけで俺の頭はいっぱいになっていた。 『メール受信1件 望月』 「お……」 望月からメールが届く。 「………」 (望月のやつ、このタイミングでまた人が気にしそうなメールを……!) すぐに返信出来ずに考え込んでしまう俺。 こういうときに、俺はやっぱり望月に異性としての魅力を感じるのだった。 (水族館……) (プラネタリウム……) 「え、クルージングってこんなに安いの……?」 昼休み。 今日は一日中、こうしてデートの特集サイトをケータイで眺めている俺。 最近は望月とも良い感じだし、こういうサイトをチェックするのも楽しくなってきた。 「理奈ちゃーん! 中庭行ってお昼食べよー?」 「あ、うんー! 行く行くー!」 「……」 しかし、あれから進展はない。 それどころか望月の態度は相変わらずで、俺はそんな状況にやきもきしていた。 「デートならちゃんと誘って欲しいって……」 (あんなこと言われたら誰だって意識するに決まってんだろうがァァァァァァ!!) プールに行った帰り、あのとき望月から言われた台詞を思い出す。 ここ最近はずっとこんな調子の俺。 モテないことへの絶望は消え、その代わりにあいつのことを考える時間が確実に増えていた。 「ねねー、学校抜け出してラーメン食べに行かない?」 「放っておけ、そいつ今日は今朝からずっとこんな調子なんだ」 「はあ……」 (女って、何か卑怯だな……) 人の心をこれだけ揺さぶっておいて、自分からは何も言ってこないところが望月らしい。 というかデートするならちゃんと誘って欲しいって、あいつどこまで本気で言ってたんだ。 「ああー!! 教室でデートサイトなんかチェックしてるー!!」 「あ、ホントだー!!」 「ちょ! お前ら!! 何勝手に人のケータイ見てんだよ!!」 「なになに!? もしかして理奈ちゃん誘う気ー!?」 「あ、アホか!! そんなことあるわけないだろ!!」 「ねえねえ理奈ちゃん! このモテない彼に何か言ってあげて言ってあげて!」 「そうそう、この腰抜け草食ボーイに何か一言!」 「……」 「遅すぎ」 「ああっ、ちょっと待って理奈ちゃん……!?」 「あれ? なんだか少しご機嫌斜め……?」 女心は複雑だ。 「………」 お前な、待ってたんなら、もう少し早くそれらしい反応してくれよ。 「デート中、男がしてはいけない行動ベスト3……」 学食へ移動し、天ぷらそばを食いながら例のサイトの続きを読む。 ケータイを弄らない。鏡を頻繁に気にしない。一方的に話さない……。 「なるほど……」 要は落ち着きを持てってことか。 この記事を読むと、女は男よりも急かされるとすぐにイライラするらしい。 「お、この間のプールでイベントやるのか……」 「でももう一度同じところに誘うのもな……」 「そうね、二回連続でプールは確実に水着目当てだと思われるわ」 「だよな」 「ええ」 「………」 「………」 「お前、何で当たり前のように俺の横でうどん食ってるの?」 「偶然よ。気にしないで」 気にするわ! というかお前ナチュラルに俺の独り言に干渉してくるんじゃねぇ。 「で? あなたこの間のプールは結局どうだったのよ」 「どうもこうも、あいつが泳げないなんて言うからさ」 「普通に泳ぐ練習に付き合って、それ以上のことは何もなかったぞ」 本当は色々と恥ずかしいことがあったけど。 それはもちろんこの場では言わないでおく。 「ふむふむ。それで手に手を取って優しく一から教えてあげたのね」 「そして練習ついでに水の浅いところで、あの子の水着姿を十分に堪能したと……」 「お、お前……見てたのかよ……」 「ふふ、安心しなさい。ただの勘よ」 「元々は私が教える予定だったんだもの。それにあの子、深いところは怖がるから大体の予想はつくわ」 「……」 そう言って妙にニヤニヤしてくる綾部。 まあこいつのおかげであのデートが成立したようなもんだし、ここで露骨に嫌な顔は出来ない。 「それで?」 「何だよ」 「決まってるでしょ。ポロリはあったの?」 ねーよ。 「飛び込みとかウォータースライダーなんてあいつにはまだ無理だからな」 「めちゃくちゃ激しく動かない限り、そんなハプニングなんて起きるわけないだろ」 「あらそう。つまらないわね」 つまらないどころかそんな事故があってたまるか。 大体、他の男があんなにたくさんいる場所で、あれ以上望月には肌を晒して欲しくなかったし。 って…… 「ぬあぁぁ!! 付き合ってもいないのに何キモイこと考えてんだ俺はァァーーッ!!」 「あなたも大変ね」 気になる女子を独り占めしたいというこの願望。 ああ、我ながらなんてわかりやすい男なんだ俺は。 「そもそもあいつが悪いんだ」 「相手が誰であろうと、ビキニなんか着て来られたら嫌でも男は意識するって……」 「え? ビキニ?」 「そうだよ。正直目のやり場に困ったわ」 ただでさえあいつ発育が良いのに。 それもあんな至近距離で惜しげも無く披露されたら俺だってドキドキするわ。 「へぇ……あの子がねぇ……」 「なんだよ」 「ううん。何でもない」 そう言って容赦なく自分のうどんに七味を振りかけまくる綾部。 おいおい何回七味振ってんだ、お前のうどん超真っ赤になってるぞ。 「でも水が怖いなんて、あの子もなかなか可愛いところあるでしょ?」 「ああ、まあな。でもだからこそやっぱり疑問に思う」 「疑問?」 「あいつさ、本当に何で今まで誰とも付き合ってこなかったんだ?」 「綾部は俺よりあいつと付き合い長いんだろ? 何か知ってたら教えてくれよ」 あの日の帰りから、そんな疑問がずっと俺の頭を巡っている。 どんな理由があるにせよ、あの望月が気まぐれだけで付き合ってこなかったとは考えにくい。 「単純な話よ」 「これまで、あの子が惚れるような男が一人も現れなかった。ただそれだけの話」 「へえ、本当に一人も?」 「ええ、普段は冗談ばかり言って隠しているけれど」 「あの子、実は相手に求める理想がめちゃくちゃ高いのよ」 「……」 「へ、へぇ……」 マジで? 高いってどれくらい? そもそもあいつの求める理想ってなんだ? 「あ、あの〜、差し支えなければ、その望月の理想とやらを教えていただけないでしょうか」 「そうねぇ……」 「まず、自分よりオシャレ好きで、尚且つファッションセンスに長けていること」 うっ……。 「次に、学生時代は成績も優秀で、将来は一定以上の収入があり、安心して結婚を考えられる男」 「……」 「それから決断力のある男。優柔不断じゃない男」 「あとは家事も万能で、将来は仕事も家庭も嫌な顔一つせず両立していけるような……」 「わ、わかった。もういいです……」 やめてくれ、さっそく胃が痛くなってきそうだ。 「でもやっぱり顔も良くないと駄目なんじゃない?」 「普段は気にしないなんて言ってても、やっぱり見てくれは良いに超したことはないでしょ」 「はあ……」 「デートくらいで浮かれてちゃ駄目ってことね……」 ケータイを置いて俺も購買で買ったおにぎりを食う。 努力なしで彼女が出来るだなんて思っちゃいないが、相手の理想に近づくにしても限度がある。 「ふふ、安心しなさい。今のは全部冗談よ」 「嘘つくな。今更信じられるかっての」 「本当よ」 「お金があってイケメンで……」 「それであの子が落とせるのなら、そっちの方がまだ簡単だもの」 そう言って少し遠い目して語る綾部。 おいおい何だよ。それ以上に求められる厳しい条件でもあるってのか。 「あの子、みんなが思っているより強い子じゃないの」 「だから、何かあったときにはちゃんと見ていてあげて頂戴ね?」 「お、おう」 そう言って、席を立つ綾部。 俺も望月とは長い付き合いだ。 だから何となく綾部の言っていることも理解は出来るし…… (あいつ、あのうどんどこへ持っていく気だ……?) こんな風にお節介をやいてくれる。 そんな望月の親友にも心の底では感謝していた。 「これで今日のホームルームは終わりにする」 「それからお前ら、今日は全員強制下校だからな。速やかに帰れ」 「えー! 何でですかー?」 「4時から県の合同職員会議があるんだ」 「もちろん職員総出でやるから部活もなし。お前らは全員さっさと帰る。いいな?」 「了解です!」 「はあ……部活なしか……」 放課後になり、やっとのことで授業から解放される。 さて、綾部に頼ってばかりもいられないので頑張りますか。 「なあ望月。今日このあと暇か?」 「……」 「暇じゃなかったらどうするの?」 「いや、久々にゲーセンに行こうと思ってさ」 「そ、その……」 「二人で」 「……」 「……」 「ごめん。ちょっとこの後先生に呼ばれてるの」 「そ、そっか……」 「だから、30分だけ待っててくれない?」 「用事が終わったら校門の前にいるから、あんたもそれまでちょっとブラブラしてて?」 「あ、お、おい……!」 そう言って、さっさと鞄を持って教室を出て行く望月。 なんだよ。せっかく誘ったのに反応が淡泊だな。 「きっとあの日ね……」 「あれ? でも理奈ちゃんこの間終わったばかりじゃなかったっけ?」 「やめろ。あまり男の前で生々しいことを言うな」 「あはは、ごめんねー♪」 でも一応OKはもらったしな。 30分くらいすぐだろう。 『メール受信1件 望月』 『ゲーセンだけじゃイヤ。それだと放課後デートっぽくないから、他にどこ行くか考えてといて』 「………」 「はいはい」 それじゃあその後はファミレスかカラオケか。 俺はつまらなそうな顔をしながら、内心ではガッツポーズを決めていた。 購買でジュースを買った後中庭にやって来る。 「マジで部活やってないな……」 体育館からはバスケ部やらバレー部たちの声が聞こえない。 みんな担任の言うとおりさっさと下校してしまったらしく、こんなところでブラブラしているのは俺くらいのもんか。 「カラオケ必勝テク……」 「まずはアップテンポの曲でその場の雰囲気を盛り上げ、彼女と楽に会話が弾む空気を……」 ジュースを飲みながら例のサイトをチェックする。 やべえ、このサイト実はめちゃくちゃ有用性あるんじゃないの……!? 「悪いな。急に何度も呼び出して」 「ただ、どうしてもすぐには諦めきれなかったんだ」 (お……?) 「だから……その……」 偶然他人の告白シーンに遭遇する。 おいおい何だ。やっぱり告白できるやつはバシッとやるんだな。 ……って。 (お前かよ!) 咄嗟に物陰に身を隠す。 俺の後方でいきなり始まった青春の一ページ。 おいおい、というか選りに選って何であいつが……! (俺、めちゃくちゃ気まずくてここから動けないんですけど!!) 落ち着け、慌ててもバレるだけで良いことはまず無い。 とりあえずここは空気を読んで大人しくしていよう。 「迷惑は承知の上だ。だからもう一度言わせてくれ」 「望月、俺……」 「お前のことが、本気で好きなんだ」 「………」 「最初は女子バスケ部の連中に頼まれてさ、お前が部に入るよう俺が説得するのがきっかけだった」 「俺も一応バスケやってるから。あいつらの気持ちもよく分かってたし……」 (ほう……) 望月よりもはるかに背の高い茶髪の男子。 体格から見るに、バスケ部の3年と言ったところか。 俺たちの学年では見ない顔なので、おそらく先輩なのは間違いなさそう。 「ただ、何度か声かけているうちに、目的が変わってさ……」 「お前、綺麗だし明るいし……」 「おまけに他の連中から聞いたけど、今、付き合ってるやついないんだろ?」 「………」 「まあ……いませんけど……」 「………」 な、なんだ……? あいつがこの場で口を開くと、なぜか俺の方がハラハラしてくる。 (まさか、OKしたりしないよな……?) いや、ここでマイナス思考はやめておこう。 こっちはこの後二人で遊びに行くんだし。 俺もそろそろ、少しは自信を持って良いと思う。 (はあ……) (早く終わんないかな……) どうせならバレないように頑張って移動するか。 あいつだって、こんな現場見られたくないから30分後とか言ったんだろうし。 「なあ、何か付き合えない理由でもあるのか?」 「この間振られた俺が言うのもなんだけど、そうじゃないとしたら俺はどうすればお前と付き合える……?」 「……」 「ご、ごめんなさい……どうって……言われても……」 「何か不満があるなら言ってくれよ。俺だってこのままじゃ納得できない」 「なあ、どうして俺じゃ駄目なんだ? 他に好きなやつでもいるのかよ」 「………」 おお、あの先輩なかなか良いことを言う。 ここで元気とか桃の名前が出てきたりしたら俺は泣くけど。 「………」 「なあ、どうなんだよ」 「………」 「そ、そんなこと言われても……わかりません……」 「………」 一瞬、胸が締め付けられる。 「わからない? でもハッキリといるわけじゃないなら、やっぱり不都合なんて……」 「ごめんなさい。でも私、先輩のこと何も知らないし……」 「それで好きって言われても、正直どうしたら良いのか……」 そう言ってバックを握りしめ、その場で下を向いてしまう望月。 少し怖がっているのか、望月は若干震えている。 「それなら、試しに一度付き合ってみてくれよ」 「俺は本気だけど、そっちはお試し期間ってことでいい」 「その間に俺のこと、少しでも知ってもらえれば嬉しいし、そっちだって気が変わるかもしれないだろ?」 「………」 「そうしたらさ、俺……また改めてお前の気持ち聞くから」 「そのときは……」 「一つ、質問しても良いですか……?」 望月が顔を上げ、真っ直ぐに相手を見つめる。 「先輩から見て、私ってどんな人間に見えます……?」 「ん? どんなって……」 「そりゃあ、いつも明るくて、元気に笑ってて……」 「はは……俺、バスケ中のお前の表情が好きなんだ」 「何て言うか、いつも自信に満ちあふれてるって言うか……」 「俺、そんな芯の強そうなお前が好きになって……」 「………」 「私は……先輩が言うほど強くもないし、自分に自信なんてありませんから……」 一瞬固まる先輩を前に、さらに続ける望月。 「それに私、試しに付き合うっていう意味がよく分からないんです」 「先輩は本気なのに、私はお試し期間だなんて……そんなの失礼だと思いますし……」 「一度期待させておいて、後になってもう一度断るなんてことになったら……」 「結局、私は先輩を二度も傷つけることになると思います」 「だから私、最初にきちんとお断りしたいんです」 「………」 「私を好きって言ってくれた気持ちは、嬉しいです……」 「でもごめんなさい。私……やっぱり先輩とは付き合えません……」 そう言ってしっかり相手に断る意思を示した望月。 先輩が真剣に告白してきたからこそ、あいつはあいつなりに誠意を持って断った。 それはここにいる第三者の俺から見ても、ハッキリと分かる揺るがない事実。 「すみません……」 「私、人を待たせているので、今日はこれで失礼します」 (ふぅ……) 何だか少し気持ちが楽になった。 偶然とは言え、やっぱり知り合いの告白現場なんて見るもんじゃない。 俺もさっさと今から校門の前まで行かないと…… 「待てよ。なんだよそれ……」 「付き合ってる相手も、他に好きなやつもいねぇ……」 「じゃあ何で断るんだよ。俺じゃそんなに駄目なのかよ!!」 「……!」 明らかに場の空気が変わる。 フラれた腹いせか、それとも単にプライドの問題か…… 明らかな敵意を望月に向け始めるこの先輩。 「二度振られるくらい何だってんだ! 俺が傷つこうがどうなろうが、そんなのお前には関係ねーだろ!!」 「いいよな、お前みたいにモテる女は。俺の他にもそうやって何人も振ってきたんだろ?」 「わかってるって。特定の男と付き合うより、たくさんの男に囲まれている方が都合が良いもんな」 「ち、違う……!!」 「わ、私……そんなこと……」 「最悪だな。ちょっと見た目が良いからっていい気になるなよ」 「普段から適当に愛想振りまいて、手頃な男の気を惹いて……」 「それで毎回近寄ってきた男は例外なく振るんだろ? お前そんなことして楽しいのか?」 「た、楽しいわけないでしょ!! だから私……!!」 「私……」 「はいはい。終了終了」 「え……?」 手を叩いて割って入る。 「何だお前」 「こいつの友達。ただのクラスメイト」 そう言って若干震えている望月の側に寄る。 可哀想に、こいつ本気で手が震えてるぞ。 「あ、あんた……何で……」 「色目を使う、適当に愛想を振りまく」 「それで近寄ってきた男を例外なく振る?」 「アホか。こいつはあんたが言うようなそんな軽くて薄情な人間じゃない」 「そんなこともわからないんだったら、とっととこの場から消えてくれ」 「なっ……!」 「てめぇ……」 明らかに我を失い、今にもこちらに殴りかかってきそうな相手。 ここで暴力沙汰なんて、それこそ誰も得しないし勘弁して欲しい。 「少しはこいつの気持ちも考えてやってくれよ」 「放課後に突然先輩から呼び出されて、不安にならない女子なんていないだろ」 「うるせえ、お前には関係ねーだろ!」 「ねえちょっと……! 私のことは良いからあんたは――!」 「ごめんな、でもちょっと黙っててくれ」 「俺、今かなり頭にきてんだ」 色目がどうとか愛想がどうとか意味わからん。 本気でこいつのことが好きなら、お前今まで望月の何を見てきたんだよ。 「あんたの言うとおり、もしもこいつがそんな薄情なやつなら」 「なんだよ」 「あんた、そんなこいつのどこに惚れたんだよ……」 「………」 「バスケしてるときの表情が好きなんだろ? あんたさっきそう言ってじゃないか、あれは嘘なのかよ」 「確かに俺は関係の無い人間だし、本当はこんな話に首を突っ込んじゃいけないのもわかってる」 「でもさ……」 「仮にも同じクラスの人間が、こうも裏でボロクソに言われてちゃ我慢できないんだよこっちは!!」 言いたいことだけブチまけて、後は冷静になって話をする。 「だから訂正してくれ」 「望月はそんなやつじゃない」 「あんただって、本当はちゃんとわかってるんだろ?」 「………」 「………」 「それじゃあ望月、俺校門の前にいるから」 「あ……」 「う、うん……」 あの様子ならもう大丈夫だろう。 あれから先は二人の問題であって、これ以上俺が首を突っ込んで良い話じゃない。 色々と偉そうなことを口にしてしまったが、望月があれ以上傷つくよりはマシだと思った。 「ごめんな、結局カラオケまで付き合わせて」 「ううん。気にしないで? ゲーセンだけじゃ嫌って言ったのは私だし」 ゲーセンにカラオケと、放課後デートを終える俺たち。 時刻は午後の7時過ぎ。 あまり長時間望月を引っ張り回すのはあれなので、そろそろ自分からお開きにする。 「さて、それじゃあそろそろ帰るか」 「もう外も暗いし。送っていく」 「ふふ、送るって言ってもまだ7時過ぎよ?」 「深夜じゃないんだし、別に私一人でも帰れますけど」 「はあ……」 「それで一人で帰れって言ったら、お前どうせ後でゴチャゴチャうるさいだろ?」 「よく分かってるじゃん」 「まあな。長い付き合いだし」 「ふふっ、そうね」 望月と並んで二人で歩く。 今日は色々あった気がするが、最終的にはこうして望月と楽しい時間を過ごせて良かった。 ゲーセンやカラオケくらいでデートとは言えないかもしれないが、重要なのは今日は俺から誘ったこと。 ちゃんと二人で行こうと言葉にしたし、俺にとってはちゃんと意味のある一日に出来た気がする。 「………」 「ごめんね……?」 「ん……? どうした?」 「せっかく誘ってくれたのに、今日はあんたに変なところ見せちゃって……」 「ああ……」 「こっちこそ悪かったな。あの場に居合わせたのは本当に偶然だったんだ」 「うん……」 「おまけに俺、勝手にキレて口挟んだりして……」 「結局あの後大丈夫だったのか?」 「うん……」 「頭が冷えたって。ちゃんと謝ってくれた……」 「そっか……」 ……。 ……。 「OKされたら、どうしようって思ってた」 「……」 「いつもの調子でさ、いきなりお前がOK〜♪」 「とか言い出すんじゃないかと」 「あの、私そこまで軽い女じゃないんですけど……」 「はは、わかってるって」 「たださ、ああいう空気になって……」 「お前が何か言う度に、そんな展開になったりしたらどうしようって……」 「正直、ちょっと不安に思ってたよ」 「……」 「そ、そうなんだ……」 「ああ」 「ああいうことって、よくあるのか?」 「……」 「た、たまに……」 「へえ……」 「あ、あはは、本当にたまにだからね? 自分でも忘れた頃にやってくるっていうか」 「え? 何でこんなときに!? みたいな感じで……」 「お前も大変だな」 「え?」 「今日のお前見てたら、モテる方も案外辛いのかなって」 「ちょっと、そんな風に思った」 「な、なんで……?」 「だってお前、震えてたし」 「……」 ……。 ……。 「ねえ、一つ聞いて良い?」 「ん?」 「どうして今日……」 「私のこと、あんな風に庇ってくれたの……?」 「……」 「もしかしたら私、先輩の言ってたとおり……」 「本当は……嫌なやつかもしれないじゃない……」 「それはない」 「………」 「な、何で……そう言い切れるの……?」 「今だって私、否定して欲しいからわざとこんな風に言ってるだけかもしれないじゃない……」 「じゃあ、改めてもう一度否定して欲しい?」 「え……?」 「そうじゃないんだろ?」 「いくらお前が否定したって、俺がそう思うんだから仕方ないじゃん」 「馬鹿ってこういうとき強いんだぞ? いくら他人の意見を聞いたって、自分の意見を変えることなんてほとんどないし」 「………」 「あんたって、良い馬鹿ね」 「何かこうして話してると、私どんどん気が楽になってくる気がする」 「はは、俺は精神安定剤かよ」 「わからない」 「え……?」 「お前が本当はどんなやつかなんて、正直今の俺にはわからないよ」 「ただでさえお前に関しては最近新発見が多いんだ」 「変なところでドキッさせてくるし、不意打ちかよと思うくらい可愛い顔で笑ったりするし」 「な……ちょ、ちょっと……」 「だから、わからないんだ」 「お前は良いやつだって、そりゃあ俺はそう思ってるけど」 「でも本当はどうかなんて、ぶっちゃけいきなり聞かれても答えらえない」 「………」 「俺はそう思うんだけど、答えになってないか?」 「あ、う、ううん……!」 「ただ……ちょっとビックリした……」 「あんたが普段、そんな風に考えてるなんて、思ってなかったから……」 「………」 「………」 「ねえ」 「ん?」 「デート……」 「また……しようね?」 「お、おう……」 「………」 「………」 これは…… 手くらい繋いでも良い雰囲気な気がする…… 「………」 「………」 「あっ……」 「………」 「手……」 「汗かいてるね……」 「………」 「………」 「私……嫌じゃないよ……?」 そう言って、自然に俺の手を握りかえしてくる望月。 俺はそのまま、喋る余裕もなく望月の横顔を眺めていた。 「もう、着いちゃうね」 「え?」 「あ、ああ……」 運悪く、もう望月の家の前まで着いてしまう。 なんか、帰りはあっという間だったな。 (今は……やめておこう……) 「もう、着いちゃうね」 「え?」 「あ、ああ……」 運悪く、もう望月の家の前まで着いてしまう。 なんか、帰りはあっという間だったな。 「送ってくれてありがとう」 「今日は気晴らしにもなったし、すごく楽しかった」 「そっか、そう言ってもらえると俺も誘った甲斐があったな」 「………」 「ねえ……」 「うん?」 「今日、他の女の子が私と同じ状況だったとしても、ああやって助けに入ってた?」 「………」 「それともあんたは……」 「私だから……ああやって代わりに怒ってくれたの……?」 「助ける助けないって話は大げさかもしれないけど、他の女子でもちゃんと割って入ってたと思うぞ?」 「先輩の男が後輩の女子を怒鳴りつけてるなんて、余程の事情でもない限り異常だからな」 「う、うん……」 「そっか……そうだよね……」 「………」 「でも……」 「相手がお前じゃなかったら、今日みたいに先輩にあそこまでキレたりはしてないと思う」 「え……」 「ごめんな。本当は俺……」 「今日はお前のこと、庇ったわけじゃないんだ」 「そ、そうなの……?」 「ああ」 「ただお前が、目の前であんな風に酷いことばっか言われてて……」 「それで……気づいたらその……」 なんだか急に照れくさくなってくる。 「つい色々と言い返したくなって、それで……割って入っただけなんだ」 「はは、子供みたいだよな。注意するにしたって、もう少し他に言い方だってあっただろうし……」 「………」 「あんたが……私に告白してくれれば良かったのに……」 「え……?」 「ううん! なんでもない」 「それじゃあね! 今日はありがとっ! おやすみっ」 「………」 そのままぼーっと立ち尽くす俺をよそに、マンションのエントランスまで走って行く望月。 「また、後でメールするからー!」 「お、おう……!」 俺はそんな望月の元気な後ろ姿を見つめたまま。 しばらくその場でぼーっと立ち尽くしてしまったのだった。 『メール受信1件 望月』 望月からメールが届く。 なんか最近、あいつからメールが来る度にちょっと緊張するな。 「………」 (ヤバい……反応に困る……) 急にどうしたら良いのかわからなって、ベッドに顔を埋める。 すぐに何か返信しようと思ったが、しばらくしておやすみと送り返すのが精一杯だった。 放課後、特にすることもなかったので中庭を散歩していた。 青春を謳歌したい俺にとって、偶然や運命のきっかけは自分の足で捜す他ない。 例えばすぐそこのベンチで文庫本を読む文学少女とか、ベランダで愛用の楽器を磨く吹奏楽部所属の美少女とか。 (妄想だけならいくらでも出てくるんだけどな……) 悲しい事に、現実はやはりそう上手くはいかない。 ああもう、マジで彼女が複数人いるような男は普段から何してんだ。 「………」 「ん?」 (柊……?) 前方に、まるで脱獄犯のようにコソコソと移動している柊を見つける。 一体何をしているのか。 普段からめちゃくちゃ態度のデカいあの柊が、ああやってステルス歩行しているなんて珍しい。 「何やってるんだ?」 「ひいッ!!」 「な、何だお前か。ビックリした……」 「いきなり声かけてくんなよな。マジで心臓飛び出るかと思ったじゃんか」 「わかった。じゃあ次は一瞬で視界に入って、そのままゆっくり近づきながら声かけるわ」 「やめろ、キモい」 「だろ? だったらキモいよりビックリした方が良いじゃん」 「どっちも嫌に決まってんだろ!! 普通に声かけろよ!! 普通に!!」 今だって一応普通に声かけたつもりだけど、それでビックリするならこいつが悪い。 「でもどちらか選ばなくちゃいけないとしたら、やっぱりキモいよりはビックリだろ?」 「はぁ……そもそもなんでそんなもん選ばなくちゃいけないんだよ」 「柊、選択は大事だぞ? 長い人生において、いつ究極の選択を迫られるか」 「俺たち一般人には予測不可能なことだからこそ、常に人は覚悟を決めて生活せねばならない!!」 「はいはい」 なんか明らかに面倒くさいといった表情をする柊。 まあいいさ、こっちも丁度暇してたところだし。 「で? 何だよその、お前の言う究極の選択って」 「究極の選択! 入るならどっち!?」 「火傷する程の熱湯!! 丁度いい温度の鼻水!!」 「どっちも嫌に決まってるわ!!」 柊のパンチを避ける。 「ククク……! まだまだですねぇ柊さん。その拳をボクに当てるのはあと10年足りない」 「避けんな!! 潔く死ね!」 殺す気だったの!? 「まあ待て。選択の内容が悪かった。次は真面目にやる」 「お前の真面目は信用出来ない」 まあそう言うなって。 「究極の選択!! 第二問!!」 「食べるならどっち!?」 「はいはい」 「ウンコ味のカレーとカレー味のウンコ――」 「だからどっちも嫌に決まってんだろうが!!」 「避けんな!!」 「すまんな、誰かさんの攻撃ならフルオートで回避出来るんだ」 ちなみに柊の攻撃は当たっても痛くない自信がある。 こいつ殴るとき全然腰入れてないし、男の腕力と比べてもやっぱりそこは普通の女子っぽい。 「よし、回避禁止な? 素直に殴られろ。私のために」 「しょうがないな。こいよ」 指でチョイチョイっとやって挑発してやる。 「ハッ――!!」 柊の右ストレートが俺のみぞおちにヒット! 「フフ、どうだ。さすがに今のはお前でもまともに立ってはいられまい……」 「フハハハハハハハハハ!!」 「残念だったな」 「え!? 平気なの!? マジでどーなってんだよお前の体!!」 「こんなこともあろうかと……」 ワイシャツの下から取り出す。 「元気から借りたAVを仕込んでおいたんだ」 「お前普段からそんなもん仕込んでんのかよ!! しかも粉々じゃんそれ!!」 ありがとう元気。この恩はあと5秒くらい忘れない。 「で? ホントにどうしたんだよ。さっきからコソコソ物陰に隠れて」 「う、うっさいな……何だっていいだろ」 「はっ!?」 ま、まさか……! 「お前、好きな男でもストーキングしてるのか?」 「誰がそんなことするか!!」 柊弄りは結構楽しい。 他の連中は怖いとか近寄りづらいとかたまに言うけど、俺からすればちょっと子供っぽいだけのツッコミ系女子だ。 「いや、放課後にコソコソするなんて、ストーキング以外にないと思って」 「私がストーキングされているって選択肢はないのか」 「え?」 柊がストーキングされている……? 「………」 「………」 「ないな」 「やっぱお前死ね」 今度は蹴りが飛んで来る。 おお危ない。こいつ素手より蹴りの方が上か? 「柊。蹴るときは足の高さに気をつけないと、また下着見えちゃうぞ?」 「――ッ!!」 突然真っ赤な顔してスカートを押さえる柊。 「ば、馬鹿かお前!! マジでお前にはデリカシーってもんがないのか!!」 「さっき川に捨てました」 「捨てるなよ!! 拾ってこいよ!!」 ギャアギャア言うくせに、こういうところはちゃんと女の子している柊。 そうなんだよ、未だに柊が公園で見せてくれた、あの笑顔が一瞬脳裏に蘇る。 「柊。お前絶対その口調で損してるって」 「うっさい」 「はあ……お前といるとホントに疲れるわ……」 「よかったな。これで今晩はぐっすり眠れるぞ?」 「うなされるわ!!」 疲れていてもツッコミは忘れないこの柊の根性。 うんうん、やっぱり女の子は元気なのが一番だ。 「せんぱーい!! 柊先輩どこですかー?」 「ひぃぃ!!」 突然物陰に隠れる柊。 なんだなんだどうしたんだ。 「柊、お前の悲鳴ってちょっと面白いな」 「うっさい! 馬鹿なこと言ってないでお前もこっち! こっち来て!!」 「え? え!?」 なぜか草むらに引っ張り込まれる俺。 なんだよ、マジで誰かにストーキングされてるのか? 「せんぱーい!! 柊先輩どこに行っちゃったんですかー?」 「はーい! ここだよー!」 「ブッ殺すぞ!! 何考えてんだ!!」 すみません、ちょっとした好奇心で。 「なんだよ、あの子どう見ても新入生じゃん。あんな子に怯えてるのか?」 「う……うっさい。どうだっていいだろそんなこと」 とか言われても、俺も半分巻き込まれたようなものだしぶっちゃけ気になる。 あの女の子も真面目に柊を捜しているみたいだし。 やっぱりどこにも怯えるような点は見当たらない。 「もう練習始まってますよー! 先生も捜してまーす! せんぱーい!」 練習……? 「なんだ、あの子も女子水泳部なのか?」 「う……」 「まあそうなんだけどさ」 「なんだ柊、サボりか」 「ち、違う……!」 「じゃあ何で隠れてるんだよ。違うなら今すぐ練習行けば良いじゃん」 「………」 「やりづらいんだよ」 「やりづらい?」 「そう。後輩いると……超やりづらくてさ」 何がどうやりづらいのかさっぱりわからない。 この時期はどこの部だって新入部員だらけだろうし。 「あいつ、私の泳ぎに憧れて水泳部に入ったとか言ってきてさ……」 「おお、すごいじゃん。柊のファン一号?」 「こっちは超迷惑だっての……」 「ファンだかなんだか知らないけどさ。ここ数日は泳いでるだけでずっとあいつの視線感じるし」 俺にはまったく経験がないが、人から尊敬されるって一体どんな気分なんだろう。 人によっては嬉しいとか恥ずかしいとか色々あるとは思うけど、この場合柊は…… 「まったく……何が憧れて入っただよ……」 「あれ? 柊さん? 顔がちょっと嬉しそうですよ?」 「そ、そんなわけないだろ!! むしろ逆!! 超逆!!」 (わかりやすいやつ……) そう、柊は本気で嫌がっているわけじゃなさそうだった。 にも関わらずそれを素直に認めないのは、やはり柊のプライドの問題か。 「いいじゃん。あんなに可愛い後輩が出来て」 「おまけに本気で尊敬されてるんだろ? だったらコソコソと逃げ回らずに、もっと堂々としてればいいじゃん」 この世に後輩から憧れの対象として見られている先輩が何人いるだろうか。 程度の問題は別にして、後輩からは嫌われるより好かれている方が何倍も良い気がするんだけど。 「何がいいじゃんだよ。全然良くない。むしろ最悪」 「何でだよ」 「だってあいつ、初日から私と一緒に泳ぎたいとか言ってきたんだぞ!?」 「す、既にそこから意味不明なんだって……!!」 「いや意味不明なのはお前の方だ。向こうは純粋に憧れの先輩と泳ぎたかったってだけだろ?」 「マジで意味わからん。水泳は個人競技なんだよ! ソロなんだよ!!」 「ほおほお」 珍しく柊が語り出す。 「私は誰にも邪魔されずに伸び伸びと泳ぎたいんだ! わかるか!? 伸び伸びとだぞ!?」 「ああ、カラオケ行って好きな曲歌ってる最中は絶対に邪魔するんじゃねぇ! みたいなあれか」 「知らん。私カラオケ行ったことないし」 ええ!? 一度もないの!? 「ともかく自分の自由が制限されるみたいで嫌なんだよ!」 「だってロッカールームでも隣だし、準備運動のときも隣に来るし、帰りも一緒に帰りたいとか言ってくるし!!」 「モテモテじゃん」 「気持ち悪いんだよ!! というか放置でいいんだよ私のことなんて!!」 「お前だってそういうときあるだろ? この時間だけは誰にも邪魔されずに一人でいたいみたいな」 「うん」 オナニー中は特に。 「フフ……こうなったら実力行使しかないな」 「何する気だ?」 「徹底的にやつの精神を追い込んで、自発的に部を辞めさせてやるんだ」 「お前な、そんなこと言ってるから友達出来ないんだぞ?」 「う、うるさいな!! 私は一人でいいんだよ! 一人がいいんだよ!! 一生孤独で結婚もしない!!」 な、なんたることだ!! お前それ若い女の言うセリフかよ!! 「だからお前も今後一切私に絡んでくんなよ? いいな? わかったな?」 「あー、はいはい。そうでちゅねぇ〜。柊ちゃんは本当に一人が大ちゅきでしゅもんね〜」 「殺す」 「お前、そろそろ学習しろよ」 「あああああああああ!! む、むかつく!! 一発くらいまともに食らえ!!」 そう言ってギャアギャア言い続ける柊。 元気なのはいいんだけど、こいつ家でも普段からこんなテンションなのかな。 「まあいい。次は気配を消して急所を蹴り上げてやる……」 やめろ。 「あ! いた!」 「せんぱーい!!」 「げぇっ!?」 「はあ……はあ……!」 「や、やっと見つけました。急に走り出しちゃうから、な、何かあったのかと思って……」 「ひぃぃ!!」 「待て柊、この子のどこに悲鳴をあげる要素があるんだ」 「……?」 小柄で華奢な体つき。 手足も女の子らしく、白くて細い。 おまけに表情はこんなに大らかで、まさに平和主義そのものじゃないか。 「お前、知らないのか? 明らかに怖そうな人間より、いつも笑っている連中の方が100倍怖いんだぞ!?」 「何を言ってるんだお前は……」 「こっちの水は甘いぞって誘いながら、罠にかかったらパックリ行くんだ!!」 何の話だ。とりあえず落ち着け。 「あ、あの……先輩」 「ん? なんだよ」 「あ、あの……こちらの方は……」 「ゴミ」 「へ?」 「ゴミ。うんこ」 お前張り倒すぞ。 「あ、あの……私……1年C組の水澄 真子(みすみ まこ)っていいます」 「そ、それであの……柊先輩とはどういったご関係で……」 「こいつとはただクラスが――」 「彼氏です」 「何ほざいてんだテメェェ!!」 「わあ! やっぱりそうだったんですか!」 そう言ってなぜか我がことのように喜ぶ真子ちゃん。 うーん、やっぱり素直っていい。 「先輩ってやっぱりすごいですね。恋も部活も簡単に両立出来ちゃうなんて……」 「私、不器用だからそういうのも苦手で……」 「ま、待てよ! 何お前も簡単に信じてんだよ!!」 可哀相に、この子天然なのか知らないが、きっと柊に陰湿ないじめ攻撃をされても効かなそうだ。 「でも先輩、今は部活の時間ですよ? 今日は泳がないんですか?」 「お、泳ぎたいけど……」 「じゃあ早くプールにいきましょう?」 「や、やめろ!! 触るな! 掴むな! そして引っ張るなあああああああ!!」 そう言って、どんどん真子ちゃんに引きずられていく柊。 あいつもそんなに嫌なら暴れて逃走すればいいのに。 「………」 「うん。面白そうだからついていこう」 柊には悪いが、こうして俺の放課後の予定が決まったのだった。 「それじゃあ今から各種目自由に練習! 一番左のコースは新入生用に空けること!」 「はーい!」 「了解しました!!」 所変わって屋内プールに到着。 さすがは女子水泳部。どこを見渡しても水着水着水着……!! (興奮しないように気をつけなければ……!!) 「あ、彼氏〜! そこの大型ビート板、全部積んであるやつ倉庫に仕舞っておいて〜!」 「ははっ! お任せ下さい!!」 「だから彼氏じゃねーって言ってんだろ!!」 柊の悲しい主張が木霊するが、今はそんなの気にしない。 しかし驚いた、顧問も部員も俺がこうしてここにいることに何の疑問も抱いていないらしい。 「ありがとう。ウチってやっぱり男手がないから、たまーに来てくれると助かるわ〜♪」 「フッ、任せて下さい」 「この城彩学園に水泳部の雑用を任せたら俺の右に出る物はいませんよ」 「あらあら、本当に頼もしいわね」 そう言って『ふふっ♪』と軽く笑ってくれる女の先生。 よっしゃ! これで俺がここにいる間のポジションは確立したも同然……!! 「じゃ、俺ちゃっちゃと仕事しちゃうんで」 「ええ、ありがとう」 そう言いつつちゃっかり柊のところへ顔を出す。 どれどれ? あいつちゃんと練習に励んでいるのかな……? 「先輩! 私にクロールを教えてください!」 「来世でね!」 勢いよく水に飛び込む柊。 おいおい。よくそんな使い古されたネタよく使えるな。 (は、速ぇ……) しかもものすごい早さで向こう側へと泳いでいく柊。 クロールとはいえ速いな。 あいつ実はめちゃくちゃすごいヤツなんじゃないの? 「………」 当然振られた方の真子ちゃんはしょんぼりしている。 可哀相に。キミは非常に面倒な先輩に憧れてしまったんですよと言いたい。 「ごめんな、あいつ死ぬほど照れ屋だから、ああやって一人で泳いでないと自我が保てないんだ」 「そ、そうなんですか……?」 「ああ」 「ちなみにあれだけ自己中心的な彼女も、家に帰れば愛犬であるポメ太郎を溺愛する一面も持っていて……」 「ポメ太郎じゃねーって言ってんだろ!! シャルロットだシャルロット!! シャ・ル・ロ・ッ・ト!!」 「すげぇ地獄耳」 あいつの聴力マジで人間越えてんじゃねーの……!? 「あ、あの……柊先輩、めちゃくちゃ怒ってるみたいですけど……」 「あれも愛情表現のひとつなんだ」 「ちなみに長時間構ってあげないと、今度は鼻を鳴らしながらクンクン言って近づいてくるぞ?」 「ええ!? そうなんですか!?」 「勝手に変な嘘吹き込んでんじゃねェェ!!」 己の威厳を保つため、必死にプール内から叫びまくる柊。 可哀相に、他の部員たちからもポツポツと笑い声が漏れはじめる。 「ビックリ。なんか柊さんちょっと変わったね」 「うんうん、もうちょっと怖い系のクールな人だと思ってたのに……」 「みなさんもどんどん彼女には粘着していった方がいいですよ」 「あいつアレで基本受け身なんで、実は声かけられるのを待っているんです」 「へえ、さすが彼氏」 「さすが彼氏」 「だから違うって言ってんだろが!! 死ね!!」 「あの、向こうから死ねとか違うとか否定しまくってるんだけど柊さん」 「ええ、いつものことです」 このままふざけたままなのも気が引けるので、今度は窓の拭き掃除でも始める。 ここは一応、部活動中は男子禁制ということになっているらしい。 なので若干下心はあるにせよ、せめて少しくらいこの部のために何かやっておきたかった。 「はあ……はあ……」 「お疲れ様です」 「あはは、そりゃあ疲れるスポーツだからね」 (モテないはずの俺が、こんなに女子だらけの空間に……!) 冷静に考えるとこれってかなりすごいことだと思う。 お、落ち着け俺。ここで下心を出しまくったら永遠に後ろ指を指される生活だぞ! 「お前、まだいたの……?」 「おう、いるぞ」 「水泳ってちょっと楽しそうだな。俺もなんか泳ぎたくなってきた」 「やめろ。マジでプール入ったら殴る」 まだ俺の存在にご立腹なのか、本気で拳を握ってプルプルしている柊。 「はあ……」 「なあ、お前はなんでいつもそう攻撃的なんだ?」 「生物としての、当然の防衛本能ってやつじゃない?」 「そんなことよりお前さ……」 「しょぼーん……」 「ちょっとマジでこの子にクロール教えてやれよ。可哀相だろ」 「しょぼーん……」 「ええ!? まだ言ってんのかよ! もう一時間は経ってるぞ」 何がきっかけなのか知らないが、本当に真子ちゃんは柊の泳ぎに惚れ込んでいるらしい。 そりゃあ憧れの先輩が目の前にいれば、俺だって色々と直接教えて欲しいと思う気がする。 「はあ……」 「何度も言うけど、私はホントに一人で泳ぎたいだけなんだって……」 「ちょっと教えてやって、あとはお前一人で泳いでりゃいいじゃん」 「………」 「で、でもさ……」 そう言って、なぜか表情を曇らせる柊。 まったく、何がそんなに不満なんだか。 「ちゃんと教えてあげれば、あの子ともっと仲良くなれるかもしれないぞ?」 「は、はあ!?」 「何それ、何で急にそんな話になってんだよ!!」 「せ、先輩は……私とそんなに仲良くなるの……嫌なんですか……?」 「え……?」 「あ……そ、その……」 「嫌」 子供かお前は。 「うーん……」 「………」 「………」 若干この場に気まずい空気が流れる。 はてさて、ここは少し頭を捻ろう。 「はっ……!」 「わ、わかったぞ! 俺はわかってしまった……!! マジ天才!!」 「はい……?」 「何がだよ」 「柊、さてはお前……」 一拍おいてから言ってやる。 「お前、実は人にクロール教える自信、ないんだろ」 「は!?」 「そっかあ! そうだよなあ!」 「人に何かを教えるのって、実は相当技術がいることだし」 「体力が取り柄なだけの柊様には、まだまだ後輩に教える技量は備わっていなかったというわけか〜!!」 「こ、この……」 人一倍素直じゃなく、おまけに激情家でもある柊。 なら答えは簡単だ、こういうときはかる〜くそのプライドを刺激してやればいい。 「真子ちゃん。こんな駄目ダメへっぽこスイマーは放っておいて、俺と一緒にクロールの練習しよっか」 「へ、へっぽこ……?」 「わ、わかったよ!! やればいいんだろやれば!!」 (フッフッフ……!) やっぱり単純なやつ。 まあ俺も人のことは言えないけど。 「おいお前! えっと……」 「み、水澄です……!」 「水澄、ちょっとこっち来て」 「は、はい!」 俺の狙いは上手くいったようで、そのまますんなり真子ちゃんを連れて行く柊。 さてさて、柊先生のお手並み拝見といこうか。 「水澄! 今からお前にクロールを教えてやる!」 「ほ、本当ですか!?」 「ああ、私にかかればクロールの泳法なんて朝飯前よ!」 「今は午後です先輩っ!」 真子ちゃん……キミはやっぱりアホの子属性なの? 「よし、それじゃあプールに入れ!」 「はい!」 しっかりと柊が主導権を握っている。 まあ仮にも一応は先輩なわけだし、柊の先輩風もちょっと珍しくて面白い。 「いいか? クロールなんて、バタ足して腕グルグル回して息継ぎさえすれば誰でも出来るんだ」 「だから私の泳ぎを観察して、後は気合いで覚えろ」 「え……?」 「ええ!? き、気合いって……それだけですか……!?」 「当たり前だ。甘ったれるな」 「お前、どんだけスパルタなんだよ……」 というか大雑把と言った方がこの場合正解か。 残念ながら柊には後輩を育てる才能はないっぽい。 「せめてお前……真子ちゃんのバタ足くらい見てやれよ……」 「フォームの問題だってあるだろ……?」 「………」 「わ、わかった……」 「おい水澄。ちょっとバタ足見せて」 「わ、わかりました……」 そう言われ、そのまま素直にプールは端でバタ足をし始める彼女。 なんとなくそのバタ足には弱々しさがあり、俺から見ても彼女が水泳初心者だということが分かる。 「………」 「………」 ………。 「おい柊。教えるならちゃんと教えてやれって」 「わ、わかってるって」 「ただ……」 ……? 「ただ……?」 「く、口で何て説明すればいいのか……」 「わ、わから……なくて……」 「………」 「………」 柊にしては珍しく、思った不安をそのまま口にしてくる。 今まで人を避けて来た柊にとって、こうして自分を慕う後輩にどう接したらいいのか。 それが単純にわからなくて困っているんだろう。 (一人で泳ぐのが好きなら、他人に教える機会なんてなかっただろうしな……) 「………」 柊も、隣で一生懸命バタ足をしている真子ちゃんを無視出来ずにいる。 そうだよな、こいつ口は悪くても中身はそんなに悪い奴じゃないし。 「………」 だったら…… 「柊、あまり難しく考えるのはよそう」 「え……?」 「見たところ、この子はただ、お前と一緒に泳いでみたいだけなんだと思う」 「ほ、ホントに……そうなの……?」 「………」 事実、真子ちゃんは柊と話しているときが一番活き活きしていた。 確かに泳ぎ方をマスターしたいという気持ちもあるかもしれないが、この子は柊に憧れてまでこの部に入ったんだ。 ただ技術を教えられるより、まずは出来ることからコツコツと、それでいて憧れの先輩と楽しく泳げれば最初はそれで良いんだと思う。 「た、楽しく泳ぐって……一体どうすればいいんだよ……」 「そうだな……」 「とりあえず真子ちゃんにはビート板渡して、お前の後ろをバタ足で泳いでもらえば良いんじゃないか?」 「ええ? それだけでいいの?」 「一緒に25メートルを2往復くらいしてやれば十分だろ」 「お前もせっかくこんなに可愛い後輩が出来たんだ」 「あんまり酷いことばっか言ってないで、自分を慕ってくれる後輩くらい、ちゃんと大事にしてやれって」 そう言って、すぐ後ろに平積みにされてあったビート板を手に取る。 「真子ちゃん。これ使って先輩の後を追いかけるんだ」 「バタ足で進むだけなら平気でしょ?」 「え……?」 「は、はいっ! ありがとうございます!」 「ほら、真子ちゃん嬉しそうだぞ?」 「う、うん……」 なんでここまで後輩一人にビクビクしているのか。 後ろから見ると笑えるくらい緊張して水に入っていく柊。 「そ、それじゃあ25メートル。1本ずつ行くから……」 「はい!」 「途中でつらくなったら、ちゃんと声出して言うんだぞ?」 「大丈夫です! 頑張ってついていきます……!」 「うん……」 「頑張って」 「………」 「………」 一瞬、柊の見せる笑顔にハッする俺と真子ちゃん。 春先に公園で見た、あのときの可愛い笑顔を思い出す。 (そうなんだよ……) (柊って、笑うとこんな風に可愛く笑うんだよな……) 「よし! それじゃあスタート!!」 「あ、待って下さい先輩!!」 一人の一匹オオカミと、それを追いかけるシマリスみたいな可愛い後輩。 今まで部活には特別興味はなかったけれど。 この出来事を機会に、ちょっとだけ本気で部活に参加してみたいと思ってしまう俺なのだった。 とある昼休み。 コンビニで買ったおにぎりを頬張りながら教室で騒ぐ。 「だーかーらー!! マジで頼む!! この通り!!」 「100円出すからお前のプリティフェイスを一枚」 「嫌だよ! ボクの顔写真なんか何に使うのさ!」 「桃、こいつさっきお前の写真使って出会い系で女釣るとか言ってたぞ」 「おい猿。調子に乗るのも大概にしとけや」 「ひぃぃ!!」 即座にブラック桃が反応する。 ああ嫌だ嫌だ。普段から温厚なヤツほどやっぱり人間って怖い怖い。 「だって俺の顔写真載っけても誰もメールくれないんだよ!!」 「なあだから頼む!! この通り!! 桃様!!」 「しょうがないなあ……」 「元気、これ……」 「なんだよ」 「俺のフルチンの写真だけどよかったら……」 「良くねえよ!! ってかこんな写真なんでお前も撮ってんだよ!!」 俺のケータイフォルダにはとっておきのネタ画像が50枚ほど格納されている。 ちなみに元気がコンビニでエロ本を読みふけっている写真も5枚ほどある。 「というか元気。お前自分の顔写真撮って桃にパソコンで加工してもらえよ」 「そうだよ。それくらい朝飯前だよ」 「お前らにそれさせると絶対ネタに走るだろ!? 特に桃なんてすぐ人の肌緑色にするじゃん!!」 桃のCG加工技術は神がかっている。 日々夜のおかずに餓えている桃は、最終的にどんな写真でもリザードマン化させることに成功しているからだ。 「次はピンク色の肌にしてやれよ桃」 「いいねえ。ウーパールーパーみたいで可愛いかも」 「可愛くねぇよ!! おたくらちょっとそれ軽くいじめ入ってるよ!? 自覚あります!?」 そう言っておにぎりのご飯粒を飛ばしまくりながら喋る元気。 お前の武器はそのエネルギッシュなパワーなんだから、部活でもやってそれで女子をゲットすればいいのに。 「はあ……」 「お前らはいいよな……ホント、毎日が楽しそうで……」 「ん? なんだよ聞き捨てならねえな」 「きっと悩みや不安なんて、微塵も無いんだろうなあ……」 「はあ……いいなあ……」 元気の言うとおり、ここで柊が聞き捨てならないセリフを口にする。 「失礼なやつだな!! 悩みならあるぞ!!」 「何だよ、言ってみろよ」 「男にとって……」 「彼女がいないというのは、常に無視出来ない大きな悩みなんだ!!」 「そうだそうだ!! 女のいない男の辛さを少しは理解してみやがれ!!」 「うるさい、黙れ」 「ぎゃあああ!! す、すね蹴られた!!」 「良かったね」 「良くねえ!! 何だその笑み!! お前は鬼か!!」 そう言ってしばらくその場で激痛に堪える元気。 甘いな。俺なら今の攻撃くらい瞬時に回避出来る。 「彼女だ女だって、ホントにどうでもいい悩みだな」 「男ってさ、みんなそういうことしか頭にないわけ……?」 「ああ、ないね」 「ひ、開き直るなよ……」 にしても今日は特別テンションが低く見える柊。 どうしたんだ、嫌みと直情型の感情が売りの柊にしては珍しい。 「どうしたんだよ。俺らのことはいいとして、今日は何だか珍しくブルーじゃん」 「………」 「今日は……プールに入れないんだ……」 「へえ、何で? 柊さん、怪我でもしたの?」 「違う。何か色々検査があるらしくて。衛生検査がどうとか安全基準がどうとか……」 「なんだ。そんなの一日くらい入れなくたっていいだろ。そんなに落ち込むことか?」 「落ち込むに決まってるだろ……」 「ははは、さてはお前、水泳以外にまともな楽しみ無いのか?」 「………」 「………」 「………」 「お、おい……」 マジかよ! 図星かよ!! 「そりゃお前……さすがにもうちょっと頑張って楽しみ増やせよ」 「ゲームとかしないの? ボクは次世代のムービーゲーより断然過去の名作の方がオススメだよ!!」 「マンガとか映画とか、柊も学生ならそのへんに楽しみなんていくらでも転がってるだろ?」 「そういえば柊。お前この間カラオケ行ったこと無いって言ってたよな」 「は!? マジで!?」 「ブハハハハハハハッ!!」 「お、お前さすがにそれはどんだけ時代遅れ――」 「ふゴォァアアッ!!」 「そのまま死んどけ」 元気が目の前で宙を舞う。 こ、こいつ、ストレスのせいか普段より攻撃力が増している……!? 「私は一人静かにプールで泳げれば良いんだよ! それで満足なんだよ!!」 「というかそれ意外に楽しみなんていらない。私にはそれさえあれば十分なの」 「ポメ太郎の世話は?」 「お前しつこいんだよ! シャルロットだって何度も言ってんだろ!!」 しかし年頃の乙女の楽しみが水泳だけとは。 さすがにこれはちょっぴり同情してしまう。 「よし、柊!」 「何だよ」 「今日の放課後暇か? プール入れないなら暇だよな?」 「な、何だよ……私に何させる気だ……?」 「いいから、ちょっと放課後俺に付き合え」 「お前を最高に楽しい世界へ案内してやる」 フフフ……! 「フハハハハハハハハッ!!」 「な、何だよ気持ちの悪いやつだな……」 「良いなあ……でもボク今日はネトゲの友達と約束があるんだよね……」 「どうだ? 元気も来るか?」 「はあ!? 誰がそんな暴力女となんか――」 「フンベロギィィッ!!」 再び元気が宙を舞う。 おい、そろそろ手加減しないと壁に穴が空くぞ。 「お前、何企んでるのかしらないけど」 「おお、なんだ?」 「最高に楽しくなかったら、こいつみたいにブン殴るからな!!」 「はいはい、お好きにどうぞ」 柊みたいに俗世の知識に疎いヤツは、もっと真面目に遊びについて考える必要がある。 カラオケにも行ったことがないこいつを、俺は放課後になってからビシッと教育することにした。 そして数時間後。 放課後を迎えた俺は半ば強引に柊を駅前へと連れていく。 「ふいー。到着」 「おい、到着じゃないだろ。一体人様をどこへ連れて行く気だ」 「そうピリピリすんなって」 「別に変なところには連れて行かないから安心しろ。ちょっとこの辺を一緒にプラプラするだけだ」 「は!? この辺をプラプラ!? お前と一緒に!?」 「ああ、そうだ。何かまずいのか?」 「ま、まずいに決まってんだろ!! 放課後にこんなところでお前と一緒にいたら――!!」 「ん? いたら?」 「そ、その……!!」 「で、デートみたいに周りから思われるだろ!!」 で、デート……? 「デートだと!?」 「うっさい!! 喋るな!! 死ね!!」 「おっと!」 柊の謎の物理攻撃。 おいおい、いくらなんでも問答無用で殴るのはよしなさい。 「マジでありえない。帰る」 「待て!! ちょっと待て!!」 「なんだよ」 「デートだなんて大げさだろ。何お前俺相手に意識なんてしてんだ」 「はあ!? 自意識過剰すぎだろ。意識なんてしてないっての!!」 「ホントかよ」 「してない!!」 「………」 「………」 「ホント……デリカシーの無いやつ……」 「………」 な、なんかこうして色々言われると、俺も何だか急に恥ずかしくなってくる。 た、確かに男と女が二人で遊びに出かけりゃそれはデートだ。 お互いが意識するしない以前に、確かに柊の言うとおり他の連中から見たらデートには間違いないだろう。 「というわけで。私は周りから勘違いされたくないから帰るぞ」 「待った」 「なんだよしつこいぞ?」 「ごめん。俺が悪かった」 「え……?」 柊も根はちゃんとした女子だ。 普段はその迫力から少々忘れがちになるが、俺はこいつの良いところもちゃんと知っている。 「悪かったよ」 「な、なんだよ急に……」 「これは、ちゃんとしたデート。放課後デートだ」 「だから今日は夕方までの少しの間。俺とちょっと遊んでくれよ」 「………」 「俺がモテないのは知ってるだろ? だから俺だって、たまには女子と一緒に遊びたいんだよ」 「………」 「はあ、まったくしょうがないな……」 「それならホントに、夕方までだからな」 「はッ!! 柊様!! 本日はしっかりとエスコートさせていただきます!!」 「うむ。くるしゅうない」 こんな調子で、俺は今日柊を案内したかった行きつけのゲーセンへと案内する。 途中で手を繋ごうかと冗談で言ったら、真顔で手を叩かれたので自粛した。 「待たせたな。ここが今日お前を連れてきたかった、俺の行きつけのゲーセンだ」 「おお……なんかめちゃくちゃうるさいところだな」 「ゲーセンは初めてか?」 「ううん。何度かお父さん――」 「……じゃなくて、親父となら小さい頃何度か来たことはある」 「そっか。でもここ数年は?」 「全然」 「私が行ってた場所は、古いバッティングセンターの横にあったゲームセンターだから……」 「こうして一目見るだけで全然ちがう」 「はは、それなら俺も案内する楽しみが大きくなる」 「ほら、行こうぜ。今日は俺に付き合ってくれるんだろ?」 「はいはい。モテない男の相手も結構疲れるな」 「言ってろ」 まずは大型筐体のコーナー。 その中でも柊が一番興奮しそうなガンシューティングの筐体の前に来る。 「うわ、何コレ。すごいでっかい銃」 「これでお互いを殴り合うんだ」 「マジかよ。何て野蛮なゲームなんだ」 嘘だよ。これで画面を撃つんですよ柊さん。 「まあ冗談はこれくらいにしてさっさとやるぞ」 問答無用で二人分のクレジットを入れる俺。 ど派手なムービーはサクッとカットして柊に軽く操作方法を教える。 「いいか? 画面の的に向かってこのトリガーを引いて撃つんだ」 「最初のハンドガンは弾が15発しかないから。弾が無くなったらすぐに画面の外を撃ってリロードしろ」 「わ、わかった……」 「ちなみにライフは共有だからな。ちゃんとライフが減らないように頑張ってくれ」 「う、うん……」 珍しく俺の隣で緊張している柊。 女子には似合わない無骨な銃を持って、真剣に画面を見ている柊をちょっと可愛く感じる。 「おおおお!! な、なんか来たぞ!! どいつから撃てば良いんだ!?」 「どれでもいい!! 片っ端から撃ち殺せ!!」 「おおりゃああああ!!」 「死ねェェ!! みんな死ねェェ!!」 通行人がどん引きするほど、二人揃って大声でプレイする。 ゲーセンの基礎は周囲の目を気にせずプレイすること。 よし柊。お前はゲーセンプレイヤーの素質が十分にあるとみた! 「おい!! ここはあいつ!! レッドゾンビから集中して撃ち殺せ!!」 「はあ!? どいつだよ!! どこにいるんだよそんなの!!」 「ほら!! あいつだよあいつ!! エレベーター前にいる元気みたいな顔してるやつ!!」 「おおいた!! あいつは任せろ!!」 「おう!!」 「死ね死ね死ね死ねェェ!!」 「ママー。あそこの二人怖いー」 「まだまだね。私あれ100円でクリア出来るから」 「マジで!? すげぇ!!」 「はあ……はあ……」 「駄目だ、腕が吊りそう……」 「はは、どうだった? やってみると楽しいもんだろ?」 「うん。すごく楽しかった……」 「あ……」 「うん? どうした?」 「あ、ううん……」 「な、何でもない!! ほらぼさっとしてないで次案内しろ次!!」 「おう、まあそんなに焦るなって」 マジで腕が吊りそうだったので、次はゆっくり座ってプレイ出来るクイズゲー辺りが……。 「あ! あれ知ってる!! エアーホッケーだろ?」 「お、おう。勝負するか?」 「フフ、悪いけど私、結構負けない自信あるんだけど」 「よし、一発勝負するか」 その後、エアーホッケーに音ゲー、それから格ゲーなど、ひたすらゲーセン内のゲームを制覇していく俺たち。 その中でも柊のお気に入りはエアーホッケーだったらしく、勝敗も1勝3敗1引き分けと、結局柊に負けまくってしまった。 「さてと……次は……」 「あらかたやり尽くしたな」 「そうだな」 まああとやっていないゲームと言ったら…… 「そっか、クレーンゲームくらいか」 「え? クレーンゲーム?」 「さすがに柊でも知ってるだろ? これこれ、100円入れてぬいぐるみ取るやつ」 「ま、まあ知ってるけど……」 柊と一緒にとあるクレーンゲームの前に立つ。 「何か欲しいやつある?」 「あ、あるわけないだろ。大体私がぬいぐるみ一つで浮かれるかっての!」 「そ、そもそも……私には絶対似合わないし……」 「そっか? そんなことないと思うけど」 「………」 「例えばほら、あのカメムシのぬいぐるみとか」 「誰がそんなもん欲しがるか!! ブッ殺すぞテメェ!!」 「あはは、冗談だ冗談。嘘に決まってるだろ?」 「お前の嘘はわかりにくいから嫌いだ」 とりあえず柊の欲しいぬいぐるみを聞いてみる。 「で? どれが良いんだ? 恥ずかしがらないで真面目に言えって」 「………」 「じゃ、じゃああれ。あいつ」 そう言って柊が一匹のパンダのぬいぐるみを指さす。 「おおそうか。ちょっと難しい位置にあるな」 「フン、こんなの気合いでどうとでもなるだろ」 そう言ってやけに自信たっぷりに100円を投入する柊。 どれどれ? お手並み拝見といこう。 「待ってろ〜! そこのパンダ野郎〜!」 「メスかもしれないけどな」 本気で取る気なのか、真剣にアームを操作し始める柊。 「おお……!! も、もうちょい! もうちょい右……!!」 「う、うるさい……! わかってるって……!!」 横移動が終わり、お次は縦移動。 果たしてアームの行き着く先は…… 「ああああああああ!! い、行きすぎたああああ!!」 残念ながら空振りに終わる。 「残念だったな」 「うう……これで100円とか。このゲーム詐欺だろ。どんだけボッタクリなんだ」 「まあ気持ちは分かる。でもここのゲーセンって、アーム自体はそこまで弱くないはずだけど」 「フン! 知らない。もう二度とやらないからいい」 そう言ってすぐにふて腐れる柊。 おいおい、元気でももう少し辛抱強いぞ? 「あのパンダだな。よし待ってろ」 「え……?」 すぐに100円を投入し、今度は俺が柊の仇を取りに出る。 さっきも言ったが、ここのアームは決して弱い方じゃない。 本気で景品を取るつもりなら、狙う側にもそれなりの知識とテクニックが要求される。 まずは確認事項一つ目、アームの強さ。 掴んで持ち上げた後、景品が1ミリも浮かないアームは論外だ。 ちなみにここのアームはある程度しっかり浮くので問題はない。 そして確認事項二つ目。それは景品口の高さだ。 「柊、この台はお前の狙うパンダより、景品口が低い位置にあるだろ?」 「う、うん……」 「こういう台が狙い目なんだ。アームも弱くはないし、取りやすい台の特徴は覚えておくんだ」 続いて大事なのはぬいぐるみを『掴んで取る』のか『押して取る』か。 この判断が実はテクニックよりもよっぽど重要になってくる。 「柊、この台は比較的小さいサイズのぬいぐるみがたくさん積まれているタイプに属する」 「この意味、わかるか?」 「え……なに……? 全然わかんない……」 「つまりこの台は、掴んで取るタイプの台じゃなく……」 「アームで押して、最終的にはターゲットを落として取るタイプの台ってことだ」 柊の欲しいパンダの位置を見ると、あれを確実に取るには200円必要だ。 なので最初の100円はパンダを落としやすい位置に動かすためと割り切り、 少し外れた位置からアームの開く力を利用して、パンダの位置を動かす。 「あ! ねえちょっと! 全然違うところ掴んでる……!」 「まあ見ておけ」 そのまま柊の言うとおり、俺はパンダとは全く違う位置にアームをねじ込みパンダを移動させる。 「ここでもう100円投入」 「お、おい……本当に大丈夫なのかよ」 続いて景品口とパンダの位置を交互に確認し、再びパンダのやや左の位置にアームをねじ込み…… 「お、おい! また失敗じゃ……!」 転がして落とす。 「え……?」 「ほら、取れたぞ」 取ったばかりのパンダを柊にポンっと渡してやる。 「クレーンゲームで掴んで取るのは、実はめちゃくちゃ難易度高いんだぞ?」 「箱物でもデカいぬいぐるみでもない限り、こうして落として取るのが定石だ」 「………」 ん? 「どうした?」 「こ、これ……」 「くれるの……?」 「何だよ、欲しかったんだろ?」 「う、うん……」 「じゃああげる」 「………」 「あ、ありが……」 「……とう」 「………」 「………」 なんか急に恥ずかしくなってくる。 な、なんだよ。こんなぬいぐるみ一つで何顔赤くしちゃってんだよ。 「あ、あの……これ……」 「お金……」 そう言ってそっと200円を渡そうとしてくる柊。 「はは、おいおいやめてくれよ」 「せっかく俺がカッコつけて取ったんだから。こういうときは素直にもらっておけって」 「で、でも……」 「でもじゃありません」 「というより、何かちょっと恥ずかしいだろ……?」 駄目だ、何か柊がしおらしくしていると調子が狂う。 「こういうときこそ、普段みたいにキレ芸を披露してくれよ」 「取ってくれてありがとう死ね!!」 「みたいにさ」 「あ、あんた私のことなんだと思ってるのよ!!」 「じゃなくて――」 「お前は私のこと何だと思ってんだ! 死ね!! ブッ殺す!!」 「おお、それそれ」 「何かそっちの方が落ち着くわ」 「………」 「馬鹿……」 そう言って、ギュッとパンダを抱きしめる柊。 そんなちょっと女の子らしい柊の仕草が、今日は俺を妙な気分にさせるのだった。 「ふう……」 10分ほど、柊を置いてトイレに行ってきた俺。 相手は柊とはいえ、今日はちょっと楽しい自分。 これで相手がもっと素敵系美少女だったら、俺のテンションもかなりヤバいことになっていたに違いない。 「お……」 柊を発見。 しかも変な紙キレをじーっと見ている。 「お待たせ。何見てんだ?」 「え!? ちょ……!」 「………」 「………」 「お前、これ一人で撮ったの?」 「な、なんだよ……悪いのかよ……」 「悪いかじゃねえ! 何一人でそんなもん撮ってんだ! めちゃくちゃ寂しいだろうが!」 「うわああ!!」 紙キレの正体はフォトプリだった。 おいおい、今時一人フォトプリなんて、一人バーベキューよりレベル高いだろ!! 「お前どんだけ寂しいやつなんだよ! こんなの一人で撮って楽しいのかよ!」 「ちょ、ちょっと興味があっただけだ! そこまで悪く言う必要ないだろ!!」 「駄目です。お仕置きです」 「ほら、さっさと行くぞ。着いてこい」 「どこ行く気だよ」 「決まってんだろ。今度は一緒に撮るんだ」 「ええっ!?」 なんか面白い顔をしている柊を引きずり、そのまま適当なフォトプリの中に入る。 「まずは正面から撮るよ〜♪ 5秒前〜♪」 「5、4……!」 「は!? 5秒!?」 「お、おい! 私どうすりゃいいんだよ!!」 問答無用で一枚撮られる。 「次はちょっと上から撮るよ〜♪ しゃがんだりポーズ決めたりしてね♪」 「5秒前〜♪ 5、4……」 「よし、俺はしゃがむ!!」 「お、おおお前!! 何やってんだ! そこでしゃがんだら私のスカート――」 二人がテンパっている一枚が撮れる。 「フォトプリ難しすぎだろ……」 「これなら一人の方が楽だったぞ」 続いてちょっとアップで一枚を撮り、再び正面から複数回撮られていく俺たち。 「お、おい!! あんまこっち寄ってくんな!!」 「うるせぇ!! じゃないと俺ちゃんと写れないだろ!!」 「次は落書きコーナーに移動して、二人で仲良くデコレート〜♪」 「はあ……はあ……」 「な、何で写真撮るのにこんだけ疲れなくちゃいけないんだよ……」 ラブラブとは無縁の撮影タイムが終了する。 続いては落書きタイムへ。 「好きな文字やスタンプを入れてね♪」 「よし、まずは――」 「人の顔にウンコ描いてんじゃねえ!!」 ペン、スタンプ、フォントと、様々なタブが画面に表示されている。 おおすげぇ、なんだコレ! ボタン一発で超美白になったぞ! 「お前の目、無駄にデカくしてキラキラさせてやるよ」 「やめろ! これじゃ化けモンだろ私!!」 一発落書きボタンや、彼氏彼女タグも目に入る。 やばい、これ面白そう。 「ポチッとな」 「おいてめえ!! 何勝手に変なボタン押してんだ!!」 彼氏彼女ボタンを押すと、一瞬にして無数のハートマークが散り、恥ずかしい『LOVE』の文字がデカデカと出てくる。 「良かったな。これで俺とお前はラブラブだとクラス中に嘘つけるぞ?」 「やめろ……! お前は私を社会的に殺す気か!!」 そう言ってキャンセルボタンを押して元に戻す柊。 「なんだよ、ちょっとした冗談だろ?」 「………」 「こういうのは、いつか好きな子と一緒にやりなよ……」 「………」 一瞬、こちらがドキッとするような表情を見せてくる柊。 俺はそんな柊の横顔を見つめつつ、それ以上何も言えなくなってしまった。 「いやー、今日はめっちゃ遊んだな」 「そうだな、久しぶりに水泳以外で遊んだ気になった気がする」 水泳は遊びなのかと一瞬つっこみたくなったが、柊が本当に楽しそうに言うので良しとする。 「それより……この写真は恥ずかしくて絶対他人には見せられないな……」 「この程度余裕だろ。ただお友達って書いただけじゃん」 結局あの後、フォトプリには日付と『お友達イエイ!』というわけのわからないテンションで一文添えるに留まった。 その写真を見る度、どうも柊的には恥ずかしくてムズムズするらしい。 「おし、それじゃあ帰るか」 「また遊ぼうぜ? 柊が俺のこと、友達だと思ってくれていればの話だけど」 「………」 「お前がもうちょっとムカツクこと言わなければ、友達と認めてやっても良いぞ」 「………」 「あ、あのさ、俺ってマジでそんなにムカツク……?」 「あはは……! バーカ!」 「今日は、そんなことなかったよ?」 ――! 「それじゃあ私、今日は夕飯のおかずだけ買って帰るから!」 「じゃね!」 そう言って、軽く手を振ってから走って行ってしまう柊。 今日は放課後、ずっとあいつの隣にいたけど…… 「………」 「あいつ……」 (やっぱり可愛いよな……?) 不意打ちとはまさにこのこと。 俺はこの日、寝る瞬間まで、最後に見た柊の笑顔にドキドキしてしまったのだった。 「それじゃあ、今から私、郵便局行ってくるから」 「はいはい。俺はそこらへんでブラブラして待ってるわ」 とある休日。 母ちゃんと駅前に買い出しに来ていた俺。 今日の夕飯のおかずは麻婆豆腐らしく、俺のテンションは若干高い。 「ああん♪ もうたっくんたらぁ〜♪ こんなところで興奮しすぎ〜♪」 「おっしゃ、今からラブホ行こうぜ」 さすが休日。 どこもかしこもカップルだらけで、ついうっかり殺意が芽生える。 (ら、ラブホってあんなにあっさり誘えるもんなの……? マジで!?) 世の中まだまだ俺の知らないことでいっぱいだ。 例え相手が自分の彼女だとしても、俺にはあんな台詞一生吐けそうにない。 「うるさいって言ってんだろ!! もうあっち行けよ!! マジでブッ殺すぞ!!」 「ひぃぃ!!」 (お……?) 聞き終え覚えのある威勢の良い声が聞こえてくる。 せっかくだから一声かけるか。 「よう柊」 「チッ、何だお前か」 待て、せめて確認してから攻撃しろ。 「どうしたんだ? 駅前のベンチでボーッとしてりゃ、そりゃナンパの一人や二人寄ってくるだろ」 「はあ……めんどい。それじゃあ公園でも行くかな」 そう言って本当に怠そうな顔をしてみせる柊。 なんだ、今日はやけに覇気がないな。 「今日は私服じゃん。買い物でもしてたのか?」 「………」 「泳いでた。午前中はずっと市民プールで」 「ほお」 「今日は部活が休みだったから、泳ごうと思ったらあそこに行くしかないんだ」 「ただ……」 「ただ……?」 「………」 「な、なんでもない。お前には関係のないことだし」 「待て」 そんな風に言われたら余計に気になるだろ。 「どうしたんだよ。誰か待ってたわけでもないんだろ? 暇してんのか?」 「………」 「い、家に……入れないんだよ……」 「え?」 「私がプールに行っている間、両親が弟連れて親戚の家に出かけたらしくて」 「車も無かったし、弟にメールしたら帰りは遅くなるって言うからさ」 「まさかお前、鍵忘れたとか?」 「……そう。窓割って入るわけにもいかないし」 「それでちょっと、こうして町中うろうろしてたんだ」 「そっか、そりゃちょっと厳しいな」 「………」 まあ俺も過去に何回かやったことがある。 そのときは元気の家やゲーセンに足を運んで時間をつぶしていたけれど、柊の場合はどうなんだ。 「窓が駄目なら穴掘って入るしかないな」 「無理に決まってるだろ……」 「ファミレスへ行って時間潰すとか」 「今持ち合わせが少ない」 「八方ふさがりだな」 「まあね」 さすがに可哀想なので、いくらか貸してやろうかと思案する。 でもこいつ、変なところで律儀だから普通に断られそうだな。 「帰りが遅くなるって、時間とかわからないのか? 何時くらいに帰ってくるとか……」 「夜の8時には帰ってくるらしい」 「そっか、まだまだ先だな……」 「………」 「………」 (この前みたいに一緒にゲーセンで遊ぶか……?) しかし今の俺の所持金も、二人で長時間遊ぶとなると心許ない。 銀行で下ろせば問題はないが、カードは家の机の中にあるし…… 「はあ……」 「なあ」 「だったら、家族が帰ってくるまで俺の家に来るか?」 「へ……?」 「お、おお……! お前いきなり何言ってんだよ……!!」 「ま、待て! 言いたいことはわかるが落ち着け!」 「な、何考えてんだ! そんなこと出来るわけないだろ……!!」 「だ、大体……私は女で、そっちは男で……」 「そ、その……」 そう言って突然モジモジしだす柊。 そりゃあ男が急に年頃の女性を家に招いたら、色々と警戒するのは当然だ。 「はは、なんかちょっと安心したぞ」 「お前、ちゃんと俺のこと異性として見てくれてるんだな」 「はあ!? 自惚れんな! 何気持ち悪いこと言ってるんだお前!!」 「はいはい、すみませんねぇ」 「………」 いい加減、柊から怒鳴られる日常にも慣れてしまった。 別にどれだけ怒鳴られてもムカつきはしないし、こっちも弄り甲斐があってテンションが上がってくる。 それに…… (こいつ、笑えばめちゃくちゃ可愛いんだよな……) この間、二人でゲーセンに行ったときに確信した。 柊はいつも周囲に敵意を向けているが、俺はこいつのあの笑顔に弱いと。 「な、なに人のことジロジロ見てんだよ。お前今絶対エロいこと考えてるだろ」 「待て、なぜそうなる」 「絶対……! 絶対今変なこと考えてる!」 「私には分かるんだ……! きっとこれから心身共に弱った私を汚い部屋に押し込んで……」 「散々服の上から私の体を弄んだ挙げ句……!! 最後は下着を全部脱がさないままあんなことやこんなことを……!」 「や、やめろ!! 何だその生々しい妄想は……!!」 「だって男はみんなエロの塊じゃん!! そんなの信用しろって言う方が無茶だろ!!」 「そこをなんとか」 「絶・対・無理!!」 「と、というか、お前は何でそんなに余裕そうなんだよ」 「フッ、これも経験の差ってやつかな……?」 「うわ、超モテない男が何か言ってる」 おいおい。 いくら俺でも傷つくぞ柊。 「とにかく! お前の世話になんて絶対にならない!!」 「何でだよ。そこまでキレることないだろ」 「………」 「だ、だって……」 「迷惑……かけることになるし……」 「はいはい、そんなことだろうと思ったよ」 最初からキレずにそう言ってくれれば良いのに。 「お前も面倒な性格してるよなぁ……。そんな調子だから教室で浮くんだぞ」 「う、うるさい。説教なら今は聞きたくないんだけど」 「あら〜? あらあら〜?」 母ちゃんが戻ってくる。 「こんにちは〜♪ どうもはじめまして〜♪」 「ねえあんた。この子彼女? それとも愛人?」 「ペットかな」 「あらあら可愛いペットちゃんねぇ」 「そんなわけないだろ!! 誰だよあんた!!」 「ごめんなさい。端から見ていて、すごく二人が仲良さそうだったからつい……」 「母ちゃん、こいつ俺の友達なんだけど、色々あって今家に入れないらしいんだ」 「え? 母ちゃん……?」 俺の一言が意外だったのか、明らかに驚いた様子の柊。 「入れない? お家の人は?」 「遠出してて夜まで帰ってこないんだってさ」 「あら、それじゃあどうするの?」 「え……?」 「え、えっと……それは……素直に親が帰ってくるまで……この辺りで時間を潰そうと……」 「でも金は無いんだって」 「うっ……」 「あなた、お名前は?」 「ひ、柊……ゆずゆ……」 「です……」 「そう、柊さんね」 「よかったらお家の電話番号と、それと出来ればご両親のケータイの番号、教えてもらえる?」 「え? な、何で……?」 「決まりだな」 本人の意思はともかく、ウチの母ちゃんはこういう事態には大変厳しい。 女一人、しかも俺の友達をこの場に残し…… 「ほら、行きましょ」 「え? え……!?」 「諦めるんだな」 「マジかよ……」 そのまま何事もなく帰るような、そんな薄情な母ちゃんではなかった。 「ささ、自分の家だと思ってくつろいで頂戴〜」 「お、お邪魔……します……」 「………」 恐る恐る俺の家へ足を踏み入れる柊。 背中もピンと張っていて、見ていてなかなか面白い。 「緊張してるのか?」 「あ、当たり前だろ……!」 「わ、私……こういうこと初めてだし……」 「へえ、男子の家に来るのが?」 「違う……」 「男子以前に……クラスメイトの家にあがるのもはじめて……」 「マジかよ」 「それじゃあ俺が柊のはじめてをもらってしまったというわけか」 「や、やめろっ! そんな言い方したら誤解されるだろうが……!!」 普段はここで蹴りやパンチが飛んできそうなものだが、さすがにそんな余裕は無いらしい。 俺もいつか、女子の家にお邪魔したらこんな感じに緊張するんだろうか。 「はい、ここが俺の部屋。少し狭いけど勘弁な」 「へえ……ここが……」 物珍しそうに、キョロキョロと部屋の中を見渡す柊。 マンションへ来るのも初めてなのか、やたら窓から見える外の景色にも関心を示す。 「ここ、何階だっけ」 「8階だ」 「うわ……やっぱりこうして見ると高いな……」 「飛び降りてみるか?」 「こ、怖いこと言うなよ」 「案外気持ち良いかもしれないぞ?」 「だったらお前が先に飛んでみろよ!」 どんなに緊張していてもつっこみは忘れない柊。 うーん、こいつ家でも家族に絶叫していたりするんだろうか。 「ふふっ、柊さん? こいつの秘蔵エロコレクションは机の引き出しの中だから」 「えっ……!?」 「引き出しの底が二重になってるの」 「ちなみにベッドの下のエロボックスはフェイクよッ!!」 やめろ。 「………」 どう反応していいのか分からない様子の柊。 俺だってまったく意識していないわけじゃないんだから、正直こういった際どい話題はやめて欲しい。 「そうだ、お腹減ってない? 何か作ってあげましょうか?」 「あ、いえ。私のことは全然気にしないで下さい……!」 「お昼はおにぎり食べたから、あんまりお腹は減ってないし……」 「うーん……本当? 変な遠慮なんてしちゃ駄目よ? あなたはお客さんなんだから」 「そうだ、せっかくだからケーキでも焼いてあげましょうか。ちょっと待ってて?」 「あ、あの……! 悪いです……! 本当に私にはお構いなく……」 「駄目よ? 女の子はちょっとわがままなくらいが丁度良いんだから」 「ほらあんた、ケーキ焼けるまでちゃんと彼女のこと接待してあげなさい」 「わかってるって」 せっかくの機会だし、どうせ遊ぶなら俺も楽しみたいしな。 ゲームなりマンガなり、時間を潰すアイテムだけならこの部屋には腐るほどある。 「あ、それとこいつに変なことされそうになったら、悲鳴をあげて頂戴ね?」 「そうしたらすぐに私が飛んできて助けてあげるから」 「は、はあ……」 「あ、ちなみに同意の下だったら、私もやぼなマネしないから安心して頂戴?」 「いえ! そのときは確実に悲鳴をあげるので全力で助けて下さい!!」 こうして、俺と柊のちょっと意外な一日が始まった。 「よし、せっかくだからお前が楽しめる物探そうぜ?」 「ゲームが良いか? それともDVD? まあこっちはほとんどアニメしかないけど」 「………」 「おい、何でそんなところで縮こまってんだよ」 「し、しない……?」 「ん?」 「ぜ、絶対に……! エッチなことしない……!?」 「しないしない。というかお前どんだけ警戒してるんだよ」 「少しは信用してくれって」 「そんなの無理」 そう言って部屋の隅で再び縮こまる柊。 おいおい、冗談抜きで俺ってマジでそんなに信用ないの……!? 「なんだよ。せっかく俺んち来たんだから楽しく遊んでいけって」 「神に誓って変なことはしない。絶対約束する」 「………」 「ほ、ホントに……?」 「ああ」 「絶対……?」 「だからしないっての」 「そんなに俺が信用出来ないなら、ロープでも使って拘束してみるか?」 「わかった。じゃあ何か縛るもの頂戴」 マジでやる気かよ。 (はあ……) 「お前って、ホント不思議なやつだよな」 「……」 「な、何が……?」 「いや、何でもない」 普段はキレたり叫んだり忙しいやつなのに。 「………」 そうやってスカートの裾をおさえて赤くなられると、いつものこいつのキャラを忘れそうになってしまう。 「………」 (や、やばい……) なんか今更めっちゃドキドキしてきた。 自室で女子と二人きりなんて、昔の陽茉莉を除けばあり得ないシチュエーションだし。 「そ、それよりもほら。お前友達の家に来たことないんだろ?」 「うん……」 「だったら好きなだけ物色して良いぞ? 自分の部屋には無い物ばっかりだろ?」 適当にゲームの入った箱を開け、収納からは他にも遊べそうなアイテムを引っ張り出す。 バットにグローブ……は今回活躍できそうにないな。 柊と外で野球って絵面は想像できないし。 「ねえ、これ何? プラモデル?」 「ああ、テレビで見たことないか? 二足機のロボプラなんて男の必須アイテムだぞ?」 「へえ、そうなんだ。でも私の弟こんなの持ってないけど」 そう言ってじーっと珍しそうにプラモを見つめる柊。 ほおほお、こいつ結構意外な物に興味を示すな。 「ほら、プラモなんてじっと見ててもつまらないだろ?」 「俺様おすすめのマンガを紹介してやるから、試しに一冊読んでみろよ」 「えー、なんか絶対趣味悪そう……」 タイトル名『バトルおじいちゃん』 貧困による閉鎖的な地球を救わんと立ち上がった、26人のスーパーおじいちゃんたちの物語。 第一部は共産軍事国家相手に、強化人間の手術を受けたおじいちゃんたちが聖なる戦いを繰り広げるという作品だ。 「お前、なんかこういう戦うのとか好きそうじゃん」 「24話で最初のおじいちゃんが自爆して死ぬところなんて涙腺崩壊するぞ?」 「じじいが爆発して面白いとかお前頭沸きすぎだろ」 失礼な! これでも5巻にして累計500万部突破してる化け物級なんだぞ! 「他に何かないの? じじいが死なないやつが良い」 「んー、他って言われてもな……」 あとは男しか喜ばないようなラブコメとか、硬派なスポーツ漫画しかないしな。 下ネタ満載のギャグ漫画とか、そんなものすすめてもキレられるだけだし。 「あ、これ面白そう! 犬のやつ!」 「お前、ホント犬好きだな」 一応それも下ネタギャグ漫画の部類に入る。 突然変異のより生まれた、人語を解するパグが主人公の物語。 ちなみにヒロインはポメラニアンのメスで、確かにこいつには嬉しいかも。 「まあそれ読んで適当にくつろいでてくれ。俺はゲームでもしてるから」 「うん。わかった」 携帯ゲーム機を引っ張り出し、適当にソフトをつっこんで起動する。 柊も少し緊張が解けてきたのか、素直に漫画を読み始めた。 ……。 ……。 一時間後。 こ、これは……! (嬉しい大誤算……!?) 先ほどとは打って変わって超リラックス状態の柊。 パグの漫画が余程気に入ったのか、俺のベッドの上でゴロ寝をしながらずっと漫画を読んでいる。 ――が! (やべぇぇ……!!) (お前!! ちょっとは気をつけろよ……!!) 「……」 余程マンガに集中しているのか、ギャグ物にも関わらずクスりとも笑わないでいる柊。 おいおい、確かにくつろげとは言ったがさすがに無防備すぎだろ……!! 「………」 (れ、レースがこんなにハッキリと……!) 柊は普段の態度に似合わず可愛い下着を穿いている。 公園で初めて見たときもそうだったが、案外こいつ、可愛い物が好きだったりして。 (でもそう言うと絶対否定するんだろうなこいつ……) 「………」 「………」 しかしこれは、俺の方から注意してやった方が良いのだろうか。 注意するにしても何て言う……? おい、お前パンツめっちゃ見えてるぞってか? (どっちにしてもキレられそうだな……) よし! どうせキレられるならここは俺の欲望を優先しよう! さり気なく移動し、あらゆる角度からこのシチュエーションを大いに楽しむ。 (すまん柊……!! 俺も男なんだ……!! 許せ……!!) これで今夜のおかずは決定した。 ありがとう神様。このご恩はあと5分くらい忘れません。 「ねえ、これ何巻まであるの?」 じーっ。 「ねえってば」 「って……!」 「な、何見てるのよ……」 「………」 「す、すまん……!」 「可愛い下着だったもんでつい……」 「………」 めっちゃ睨まれる。 これだけ堂々とスカートの中を見られたんだ。 まあこのままブチ切れられるのは当然か。 「………」 「………」 「変……?」 「え?」 「わ、私がこういうの穿いてちゃ、おかしいかって聞いてるの!」 「お、おかしくない!! 全然おかしくない!!」 「………」 「じゃあ……許す……」 あ、あれ……? キレてない……? 「お、おい……柊……」 「お前じゃなかったら、全力で殴ってるところだからな……」 「………」 「馬鹿……」 そう言ってくるっと俺に背中を向けて座ってしまう柊。 キレるどころかその意外な反応に、俺も一瞬その場で戸惑う。 「はーい! ケーキ焼けたわよ〜!」 「柊さんは紅茶が良い? それともコーヒー?」 「あ、え、えっと……それじゃあ紅茶で……!」 「了解。あんたは?」 「俺も紅茶でいい」 「わかった。今用意するからちょっと待ってて?」 「あ、わ、私やります……! それくらいやらせてください……!」 気まずい空気をかき消すように、強引に部屋を出て行く柊。 母ちゃんはそれを嬉しそうに笑って見ていたが、後ろから見た柊の耳は真っ赤に染まっていて印象的だった。 「今日はありがとうございました」 「いいのよ。また来てね」 「は、はい……」 夜になり、柊の家族も自宅に着いたという連絡があった。 結局は夕飯も一緒に食べ、その後は母ちゃんも含め一緒にテレビを見て過ごしていた俺たち。 「あ、そうだ。これお土産に持って行って?」 「今日作ったオレンジのパウンドケーキ。ご両親にもよろしくお伝えして?」 「あ、はい……」 「ありがとうございます……」 「ふふ、それじゃあまた。気が向いたら遊びに来てね? 私女の子はいつでも大歓迎だから」 やたら上機嫌に柊を見送る母ちゃん。 偶然とはいえ、この家に女子が遊びに来るのは本気で嬉しいらしい。 「ごめんな。俺の母ちゃん普段から娘が欲しい欲しいってうるさくてさ」 「純粋に、今日お前が来てくれたのが嬉しかったみたいで……」 「そ、そうなんだ……」 「本当はこいつの彼女が来てくれるのが一番嬉しいんだけどねえ……」 「ねえ柊さん。うちの息子で良かったらどう? 今なら安くしておくけど」 「あ、あはははは……え、遠慮しておきます……」 「あらそう。残念ね」 「他に好きな人がいるなら、こいつを保険にしても問題なしよ?」 「待て、俺は保険なんてごめんだ」 いい加減、柊が帰る機会に困っているので玄関のドアを開けてやる。 「気をつけて帰ってね? 可愛い子はいつでも男に狙われる危険性があるんだから」 「あ、あはは……ど、どうも……お邪魔しました……」 「気をつけて帰れよ?」 「うん、今日はあんたも……その……」 「ありがとうね」 「………」 柊にお礼を言われた途端、一瞬寂しいと感じてしまう。 どうせすぐ学校で会えるのに、こんな気持ちになるなんて俺も相当女々しい男になったもんだ。 「………」 「待った。あんたまさか柊さんを一人で帰すつもり?」 「は?」 「え?」 「いつ後ろから刺されるかわからない時代なのよ?」 「それに今日はあんたが誘ったんだから、帰りもちゃんと自分で送っていきなさい」 空気が読めないのか、それとも空気を読んだのか。 そんな当たり前の話を俺に上から目線で言ってくる母ちゃん。 「………」 「わかった。送ってく」 「え!? ちょ、ちょっと……!」 「私は……別に……」 「遠慮しちゃ駄目。何かあったら柊さんはこいつを盾にして逃げれば良いの」 実の息子を盾扱いとか…… 「ほら行くぞ」 「うん……」 そんな扱いも、たまには悪くないと思った。 柊と二人、いつもの見慣れた道を歩く。 少し不思議な気分だ。 こんな平凡な道でも、柊と歩いているだけでまた違って見えるのは気のせいか。 「………」 「………」 「今日は、本当にありがとね……」 「実は昼間……ちょっとだけ寂しかったんだ」 「………」 「休日の駅前って、人がいっぱいいて……」 「両親は電話でごめんって謝ってたけど、わざとじゃなかったとはいえ……今日は結果的に一人になるはずだったから……」 「………」 「ね、ねえ……ちゃんと人の話聞いてる?」 「聞いてるぞ」 「だったら、せめて相づちぐらい打ってよ。不安になるじゃん……」 「へえ、お前でも不安になることなんてあるんだな」 「はあ? 当たり前でしょ。何そんな当たり前のこと言ってんのあんた」 「へいへい、すみませんねえ」 「ただちょっと、誰かさんがいつもと違って妙にしおらしくなってるからさ」 「俺も今、ぶっちゃけどうしたら良いのかわからないんだ」 「………」 「何それ……」 「緊張してるってことだよ」 「こうして女子と夜道を二人で歩くなんて、男からすればドキドキイベント以外の何物でもないからな」 「………」 「ドキドキ……してるんだ……」 「やめてくれ。改めて言われるとすげぇ恥ずかしい」 「珍しく素直だな」 「え……?」 「普段なら寂しいとか、一人がどうとか言わないじゃんお前」 「………」 「悪かったな……」 「つい……言いたくなったんだよ……」 「へえ、何でまた……?」 「わかんない」 「ただ、今は……ちょっとそんな気分なんだ……」 「そっか」 「うん……」 「俺は迷惑だなんて思っちゃいないから、好きなだけ言って良いぞ?」 「ふふ、何それ」 ……。 ………。 「今日どうだった? 俺の部屋」 「え……?」 「感想だよ感想」 「自分の部屋にクラスの女子を招待するなんて、滅多にこんな機会なかったからさ」 「なんかこう……女子から見たらどう感じるのかなって、思って……」 「………」 「そ、そうなの……?」 「ん?」 「滅多に……女子を招待する機会がないって……」 「おいおい嫌みか? ホントにそんな機会なかったんだって」 「まああれだ、今日は奇跡みたいなもんだな。柊は今日一生分の運を使い果たして俺の部屋に来たと……!」 「あはは、私そんなことに一生分の運なんて使いたくないんだけど」 「ま、それくらい今日はレアな一日だってことだ」 「………」 「うん。そうかも……」 「なあ」 「うん?」 「冗談とかじゃなくてさ、お前、真面目に好きなやつとかいないの?」 「な、何で急にそんなこと聞くんだよ」 「わかんない。好奇心ってやつ?」 「ほら、俺たちって普段は皮肉か冗談しか言い合ってないしさ」 「たまにはストレートな疑問をぶつけても良いだろ?」 「………」 「いない……」 「そっか」 「でも……」 「もしそんな相手がいたら、私は今頃どうなってるんだろう……って」 「最近……ちょっとそんな風に考えるときがある……」 「へえ、なにそれ、何かめっちゃ気になるんだけど」 「いいの。あんたには関係のない話なんだから」 「はいはい。すみませんねえ……変なこと聞いちゃって」 「ふふっ」 ……。 ……。 ……。 ……。 大通りを越え、閑静な住宅街へとやってくる。 昔俺の住んでいた住所と少し近い。 ここまでの道のりも結構見慣れた場所が多かった。 「ありがと、もう着いた」 「へえ、ここが柊の家か?」 「うん、そう」 「私の部屋、この家の二階」 「へぇ……」 少し急な坂の途中に建っている柊の家。 確かに家族は帰宅しているのか、家からはハッキリと部屋の明かりがこの位置から見える。 「それじゃ、俺もう帰るわ」 「ちゃんとみんなでケーキ食うんだぞ? 一応それお土産なんだから」 「う、うん……」 「じゃあな。また学校で」 特に長居をする理由もないので歩き出す。 結構歩いた気がするのに、この距離が一瞬に感じてしまったのは気のせいか。 「ね、ねえ……!」 「ん?」 「借りは……返す主義だから聞きたいんだけど……」 「今日のお礼ってことで……私があんたに出来ること……何かない?」 「いや、お礼とかいいって」 「というか大げさすぎだろ。命を救ったとかそんな話でもあるまいし」 「あんたは良くても私が駄目なの」 「ほら、何でも良いからさっさと思いついたこと言って」 (うーん……) (そんなこと急に言われてもな……) 「あ」 「うん? なになに? 昼間学食で奢れって?」 「まあそれくらいで良いなら私も楽だし良いけど――」 「アドレス。教えてくれよ」 「え……」 「お前の。ケータイのアドレス」 「………」 「そ、そんなもの聞いて……ど、どうするんだよ……」 「決まってるだろ。メールするんだよメール」 アプリを起動し、赤外線通信の準備をする俺。 「ほら、ケータイ出せって」 「………」 「俺たち友達なんだし、普段からメールくらいしたって良いだろ?」 「ムカついたときには俺を罵倒したメールだって送ってこいよ。俺はいつでも受けて立つ」 「………」 「いいの……?」 「うん? 何が?」 「本当に私……メールしていいの……?」 「おいおい当たり前だろ。何のためにアドレス交換するんだよ」 「………」 「わかった……」 そう言ってようやく目の前でケータイを取り出す柊。 「よし。これで交換成立だ」 「お前アドレスも犬の名前なのな。ここはシャルロットじゃなくてポメ太郎だろ」 「………」 「あんたって……やっぱり馬鹿……」 「こんな馬鹿な友達がいたら、私卒業まで苦労しそうな気がする……」 「………」 「おやすみ。あんたも気をつけて帰ってね」 そう俺に笑いかけ、そのまま玄関まで駆けていく柊。 「じゃ、また学校で」 「あ、ああ……」 「………」 俺は、今みたいな柊の笑顔に弱い。 普段は常につまらなそうな顔をしているくせに、時折見せるあの表情。 (帰るか……) 俺は、心の底ではもっと柊のことを知りたいと思っているのかもしれない。 俺のことをお前と呼び威嚇する彼女と、あんたと言って笑いかけてくる彼女。 一体どんな理由があって、あいつはあんなちぐはぐな態度をとっているのか。 俺の頭には、しばらくそんな疑問が離れずに残ってしまいそうだった。 『メール受信1件 柊』 「ん……?」 おお、珍しい。 柊からこんな時間にメールが届く。 「はは、切実だな」 『もちろんみんなには黙っておく。だから安心してくれ』 いつも教室じゃ色々言ってくるくせに、こういうところは律儀な柊。 さっき送っていったときもそうだけど…… (柊とは、もっと仲良くなりたいな) 好奇心だけでなく、今の俺は素直に心からそう思っていた。 「おはようございまーす」 「あれ? 早くない?」 とある休日。 今日は午前中からバイトの俺。 「開始は10時からだし、まだその辺ブラブラしてていいわよ?」 「いえいえ、どうせ暇なんで」 就業時間は午前10時から午後6時まで。 今日のバイト先はショッピングモール内にある女性向けの雑貨屋だ。 ここは俺のお得意先でもあり、時給も高いので重宝している。 「それより、何か今から手伝えることあります?」 「ふふっ、今日はやる気満々じゃない」 「気持ちは嬉しいけど早く彼女でも作ったら? 仕事だけの人生なんて寒いもんよ?」 「じゃあ付き合ってください」 「あんたね、学生が不倫しようなんて100年早いわよ」 この店、ファンシーショップfanfan(ファンファン)は学生から主婦まで女性には大変人気のある店だ。 インテリア雑貨からキッチンアイテム、その他日用品まで幅広く品も揃っている。 休日はカップル客も多く、このモール内では定番のデートスポットにもなっている。 「基本的に今日の仕事はセールの告知。まあビラ配りとお客様の案内ね」 「先週から同じフロアに外資の新店舗が入ったから、こっちも負けていられないの」 「ウチは愛想と品揃えの豊富さが売りだから、今日もバシッと仕事して頂戴」 「了解です。いつも通り仕事はバッチリやりますよ」 「じゃあコレ。こっちがセールのビラで、こっちがその場で入浴剤が当たるイベントクジの説明と……」 その場で配布物の説明を受ける。 ここの仕事は城彩に入ったときからちょくちょくやっているので緊張はしていない。 ただ客商売に変わりはないので、今日も油断せずに頑張ろう。 「はい、大体の説明は以上ね。何か質問は?」 「混雑時に店内のヘルプに入るとか、そういうことって今日あったりします?」 「うーん、そうね。お客さんの人数にもよるけど、人がずっと並ぶようなら呼ぶかもしれないわ」 「了解です」 「あ、それと言い忘れてたんだけど……」 「今日、臨時でもう一人バイトを雇ったの」 「へえ」 「ちなみに女の子よ」 「え?」 「もうそろそろ来る頃なんじゃないかしら」 そう言って少しいじわるな笑みを浮かべてみせる店長。 バイトでの出会いにはあまり期待していなかったが、まさかこんなミラクルが起きるとは……! 「やばい。ちょっと俺テンション上がってきたんですけど」 「ふふっ、正直ねえ」 歳は同じとも限らない。 ここでおっとり癒やし系お姉さんタイプが来たりしたら……!! (うぉぉ!! こ、興奮してきたァァァァ!!) 「ひ、柊ゆずゆです!! 遅れてすみません……!!」 「ほ、本日は粉骨砕身の覚悟を持って、全力で仕事にあたらせていただきます!!」 「来た来た。この子よ」 え!? 「ひ、柊……!?」 「は、はいっ! なんでございますでしょうか!?」 「――って何でお前がここにいるんだよ!!」 それはこっちの台詞だった。 「いいか? 今日の俺たちの仕事はビラ配りだ」 「とりあえず目標は2時までに300枚。運が良ければ捌ける数字だ」 「何か質問はあるか?」 「な、ない……」 「……と、思う」 明らかにガチガチに緊張している柊。 おいおい、初っぱなからこんな調子で大丈夫かよ。 「ビラ配りはやったことあるのか?」 「ない。アルバイト自体もはじめて……」 「そっか」 「まあただ配るだけだし、とりあえず一度手本見せるわ」 箱からビラの束を取り出し、適当に目の前を通る通行人に配って回る。 「ショッピングモール3F、女性向け雑貨店fanfanでーす」 「本日はキッチン、インテリア雑貨のセールと、その場で入浴剤の当たるクジを開催していまーす!」 「宜しければどうぞー!」 俺の方は慣れているので手際よく配っていく。 今日は休日ということもあり、人の数だけはめちゃくちゃ多かった。 「とまあ、こんな感じで配るだけだ」 「ビラは無くなってもまだ店にあるらしいから、遠慮なくどんどん配ってくれ」 「どうだ? 出来そうか?」 「あ、当たり前だろ……」 「というかお前に出来て私に出来ないはずないし……」 「ほお、言ってくれるね」 「………」 本当に素直じゃないというか。 不安ならちゃんとそう言えばいいのに。 「お前、足震えてるからな」 「う、うるさい! 馬鹿にすんな!」 「いや事実を言ったまでだって」 「ふ、ふん……!」 「これくらい、経験が無くったって楽勝に出来るっての」 そう言って無駄に鼻息を荒くし、人混みの中へ入っていく柊。 まあそこまで言うなら早速お手並み拝見といこうか。 「………」 「お、おい! そこのお前!!」 「え?」 「ざ、雑貨屋……ふぇんふぇんです……」 腰低っ! つーか最初の勢いはどうした! 「柊。集合」 「な、何だよ」 「お前特有のキャラ作りか知らんが、もう少し普通に渡しなさい」 「ふ、普通にって何だよ。渡せたんだから別に良いじゃん」 「良くない。というかお前も今日はあの店のスタッフの一員なんだぞ?」 「おまけにこれは仕事だ。俺たちの対応次第で店のイメージが悪くなる可能性だってある」 「大丈夫だ」 「え?」 「もし、私のせいで店のイメージが悪くなったら……」 「全部お前のせいにして私は逃げる!」 ぶっ飛ばすぞ!! お前仮にも店から金もらう立場の人間だろうが!! 「駄目駄目。お前アウト。労働舐めすぎ」 「ふん。ペロペロ」 子供か。 「もっと愛想良く渡せよ。配る度に罵声浴びせてちゃお前周りから不審者だと思われるぞ」 「じゃあどうやって渡したら良いわけ?」 「笑顔だ笑顔。スマイルスマイル」 「いきなりキレながら手渡されるより、そっちの方が絶対に心証が良いからな」 「………」 「わ、わかった……」 理由は不明だが、どうも不機嫌というかふて腐れているように見える柊。 なんだなんだ。俺今日は何も悪いことしてないよな? 「………」 「ど、どぉもぉ〜! ざ……雑貨屋ふぇんふぇんですぅ〜!」 「ひィィ!!」 「い、今セールとかやってまぁ〜す!!」 「キャアアアア!!」 引きつった地獄の笑顔で対応する柊。 なぜか中腰になる辺りが和製ホラーっぽくて恐怖感が増している。 「柊。お前は俺を笑わせたいのかキレさせたいのかどっちなんだ」 「どっちも」 もう何なんだよ! 俺泣くぞ!! 「なあ。これは仕事なんだからもうちょっと緊張感持ってやろうぜ?」 「理由は知らないけどお前なんか怒ってるみたいだし。今日は機嫌でも悪いのか?」 「………」 「べ、別に……怒ってなんかいないし……」 「嘘だろ」 「怒ってない!」 「じゃあ何でそんなにイライラしてんだ。理由くらい教えてくれよ」 「………」 「あ、あんたが……いるから……」 「はい……?」 「あ、あんたが近くにいるから!! 恥ずかしくて全然仕事に集中できないの!!」 「ええっ!?」 な、なんだよそれ!! 「だって顔も知らないやつに愛想振りまいて配らなきゃいけないんだろ!?」 「今日あんたと一緒に仕事するなんて、私全然知らなかったし!!」 「こんなところ知り合いに見られるなんて、恥ずかしくて死にたくなってくるじゃん!!」 「あー」 なるほど。 そういうことか。 「お前、クラスの連中にバイト先知られるの嫌なタイプ?」 「………」 「ま、気持ちは分かる」 「俺も最初は、バイト中にクラスの女子と会ったりしたら気まずかったし」 そういうことなら話は早い。 何事も経験だし、ここは少し距離を離して仕事するか。 「じゃ俺、離れたところでビラ配るから」 「何かトラブルがあったら俺のところに来てくれ」 「あ……」 「………」 「わ、わかった……」 「あとお前、店の名前はふぇんふぇんじゃなくてファンファンな」 自分の配る分のチラシを持って移動する。 気づくのが遅かったというか、今のあいつは警戒心丸出しだ。 柊は自分に余裕が無いときほど、俺のことをお前呼ばわりしてくる。 最近になって俺も段々と分かってきたが、あいつは口が悪いと言うより普段から自分に余裕がないやつなんじゃないか。 今の俺は、そんな風にあいつのことを考えるようになっていた。 「こんにちわ〜! ショッピングモール3階、女性向け雑貨店fanfanでーす」 「本日はその場で入浴剤の当たるクジを開催してますー」 ガン無視するおばさんから、自ら進んで受け取りに来る主婦たちまで。 こうして駅前に立っていると、そんな通行人たちの挙動に自然と目がいってしまう。 「先輩、こんにちは」 「おお、真子ちゃん」 「今日はアルバイトですか? 柊先輩もあっちで配ってましたけど」 「ああ、俺たちラブラブカップルだからね」 「こうしてバイトするときも常に二人一緒なんだ」 「へえ、やっぱりお二人とも仲が良いんですね」 「はは、まあね」 「付き合ってるのは冗談だけど」 「………」 「………」 「ええっ!? 冗談だったんですか!?」 ここまで素直な子も今時珍しい。 「え!? ま、待ってください! 本当に二人は付き合っていないんですか!?」 「ええ、そりゃあもう」 さっきなんてやたら罵声浴びてたし。 「し、信じ……られません……」 「だって柊先輩、最近はすごく機嫌良さそうにプールで泳いでたから……」 「てっきり、先輩と上手くいっているものだとばかり……」 「へえ、あいつ最近そんなに機嫌良いの?」 「はい、柊先輩は本当にわかりやすい性格をしていますから」 「最近は普段よりも二割増しで楽しそうに泳いでいて、以前よりは私も話しかけやすくなりました」 「ほおほお、それは大変興味深い」 まあ真子ちゃんにはキレる理由も少なそうだし。 なぜかそんな話を聞いて少しホッとしてしまう俺。 「………」 (待て、なぜここで俺がホッとする……) 直ぐさまあいつの笑った顔が頭の中に浮かんでくる。 おいおい、最近薄々自覚はしていたが、俺もついにあいつの魅力に籠絡したか。 「それよりも駄目ですよ? 冗談で女子と付き合ってるだなんて、それ下手したら相手は傷つくと思います」 「柊先輩だってちゃんと一人の女の子なんですから」 「すみません真子先生! 猛反しています!!」 「………」 「先輩、本当に反省してます? 何かちょっと笑っているようにも見えるんですが」 「いや、本当にちゃんと反省しています。ホントにホントです!」 「うーん……」 「なら良いんですけど……」 「真子ー! もうみんな集まったから行こうー!?」 「あ、うんー! 今行くー!」 「すみません、これからクラスのみんなと遊びに行くので……」 「ああ。気をつけてね」 「はい、それではまた」 「………」 (下手したら傷つく……) (ね……) 確かに好きでもない相手に付き合っているだなんて、それは冗談にしても悪質だったかもしれない。 もちろんその点については反省する必要があるし、俺もむやみにそんなことは口にしてはいけないと理解している。 ただ、それが冗談ではなく、もしも今の俺の気持ちが本気だとしたら…… そのときあいつは、一体どんな反応を俺に見せてくれるのか。 「………」 (俺も、なんか少し変わったかな……?) 期待半分、でも不安な気持ちはそれ以上。 今の俺は、そんな不思議な気持ちで自分の胸がいっぱいになるのを感じていた。 「あ、あの……! ど、どうぞ……これ……」 「何これ。クジ?」 「えっと……店で……その場で入浴剤が当たるクジをやってて……」 「ふーん。あっそ」 「あ……」 (………) 次から次へと、ただ柊の横を通り過ぎていくだけの通行人。 もちろん柊の持つチラシの束は、先ほどから全然減っていないのが一目で分かる。 「………」 「はあ……」 「大丈夫か? あんなの気にすることないぞ?」 「うぉぉ! び、ビックリした! いきなり来るなよ!」 「コツを教えてやる。無視されることもなく、今みたいにムカつく台詞を言われないためのテクニックだ」 忙しなく通り過ぎる通行人に、ただ『どうぞ』と一声だけかけてビラを渡していく俺。 「どうぞ」 「はい、どうぞ」 「よろしく」 「………」 「ちゃんと見てたか?」 「今みたいにわざと短く言葉を切って、ビラをすばやく相手の腹の下あたりに出すんだ」 「そうすると大抵の人間は反射的に手を出して受け取るから。こうやって機械的に渡すのも一つの手だぞ」 「そ、そうなんだ……」 「ま、本当は愛想良く渡せるのが一番なんだけどな」 「それでもずっと渡せないでいるよりかは、こっちの方がいくらかマシだろ?」 「う、うん……」 慣れていないので仕事の足を引っ張ってしまう。 こいつは根は真面目なやつだから、きっと今はそんなことで罪悪感を抱いているんだろう。 でも誰だって最初は周りの足を引っ張るもんだし、こいつは真面目にやっているんだからそこは絶対に攻められない。 「でも……店長からはなるべく愛想を良くしてって言われてるし……」 「じゃあ頑張って笑って渡すか? それなら相手を見るとき視線を少し下げた方がいい」 「直に目を合わさなきゃ、緊張もある程度半減する」 「う、うん……」 「………」 「でもさ、お前が急にバイトだなんて、一体どうしたんだ?」 「これは嫌みじゃないから怒らないで聞いて欲しいんだけど」 「探せばもっとお前に合った仕事、ちゃんと見つかると思うんだけど」 対人スキルに少々問題のある柊には、こうして他人相手に腰を低くするような仕事は向いていないと思う。 人には例外なく向き不向きってものがあると思うし…… 柊の場合、郵便配達とかある程度個人でこなしていく仕事の方が合っている気がする。 「何か、欲しい物でもあるのか?」 「………」 「わ、笑わない……?」 「なんだよ。それは聞いてみないとわからないぞ?」 「ま、まさか……! 俺を悩殺するための新たな下着でも買おうってんじゃ……!?」 「そんなわけないだろ!! 殴られたいのか!!」 はいはい。とか言って先に手が出ていますよ柊さん。 「悪かった悪かった。まあそう怒るなって、いつもの冗談だ」 「はあ……」 「で? 笑わないから教えてくれ。何が欲しいんだよ」 「………」 「じ、実は……もうすぐ誕生日なんだ。お母さんの……」 「へぇ……」 「うちは、お母さんの誕生日が結婚記念日でもあるんだ」 「私の両親、今年で結婚してから丁度20年になるんだけど……」 「それで……弟と一緒にお金出し合って、何かプレゼントをしようと思ってて……」 「なるほど。それで急遽バイトなわけか」 「うん……」 ただ小遣いが欲しいだけの俺とは大違い。 一体今の話のどこに笑うべきポイントがあるのか。 「そっか、それじゃあちょっと踏ん張って頑張らないとな」 「わ、笑わないのか……?」 「母ちゃんのために頑張るんだろ?」 「悪いけど、俺にはそこで笑う意味がわからないんだが」 「………」 母ちゃんを大事にするのは良いことだ。 俺も生まれつき母ちゃんしかいない環境で育ったけど、親父がいてもそこは変わらないと思う。 「ほら、もうすぐ2時だ」 「日が暮れるまでにノルマ分のビラは配らないと、あの店長仕事には五月蠅いからどやされるぞ?」 「わ、わかった」 それでも不安は拭えないのか、自信が無さそうに広場を見つめる柊。 「お前、笑うと可愛いんだから、もっと自分に自信持てって」 「なっ……!!」 「じゃ、俺あっちにいるから」 なんとかさり気なく言えたけど、本当は心臓がバクバク鳴って止まらない俺。 気になる女子に可愛いなんて…… こんな台詞一つ言うのに、こんなにドキドキするなんて正直思っていなかった。 「とりあえず、今日の就業時間はここまでなのでお疲れ様でした」 「お疲れ様でした」 「お疲れ様でした」 「で? 一つ聞きたいんだけど、二人も広場に配置して……」 「8時間も配って残りがこんなにあるって、一体どういうこと?」 段ボール数箱分のチラシが残り、大変ご立腹な店長様。 本来ビラ配りとは、セールの告知以前に新規の客を呼び込むため、店の存在を知らせることにある。 残ったビラはモールの共有スペースに置くことが出来るが、それも全体の決まりで早期に撤去されてしまい効果が薄い。 つまり俺たちは、本来配りすぎだと言われるレベルまでやる必要があった。 「今回私は2000ほど刷ったの。一人一時間あたり最低でも100は撒いたとして」 「二人で1600はいってもらわないと話にならないわね」 今回二人でまいた枚数は、おおよそで1400。 そのうち俺が900まいて、残りの500は柊が撒いた分だ。 「それで? 二人ともそれぞれどれくらい撒いたの……?」 「す、すみません……! きょ、今日は私が……!」 「700です」 「俺も今日は調子が悪くて、これが限界でした」 「それに4時から広場でライブもあったので、人の注目もそっちにそれて苦戦してしまいました」 「それじゃあ、二人でそれぞれピッタリ700ずつってこと?」 「はいそうです」 「………」 「そう、まあ良いわ」 「なんか二人とも超怪しいけど。今日はこれくらいで勘弁してあげる」 そう言って日当の入った茶封筒を二つ取り出す店長。 「はい、今日の分」 「次はもうちょっと頑張ってね。そのときはちゃんと弾んであげるから」 「ありがとうございます」 「………」 俺の隣でぼーっと立ち尽くしている柊。 「ほら、お前もちゃんともらえよ」 「はい、柊さん」 「………」 「ごめんなさい。私……」 「それは受け取れません」 「おい……」 「ごめんなさい……!! 私今日は一日中ぐずぐずしてて、本当は全然――!」 「受け取りなさい」 「あなたが本当は何枚配っていようが私には関係ないの」 「それよりも、あなたは面接の時に責任を持って仕事にあたるって言ったでしょ?」 「上手く仕事が出来なかったから、手当はいらないので許してください?」 「悪いけどここは学校じゃないの。給与は払う方にも受け取る方にも責任があるの」 「だからここはちゃんと受け取りなさい」 「………」 「はい、わかりました……」 そこでようやく封筒を受け取る柊。 今日の仕事に関して責任を痛感しているのか、その表情はどこか悔しげだった。 「はい、ということで解散解散!」 「人を叱るのもエネルギーがいるのよ、嫌な空気はさっさと忘れてよね」 残りの段ボールを台車に乗せて、モールの裏口の方へまわっていく店長。 「あ、それくらい俺やってから帰りますよ」 「台車貸してください」 「ちょっと、何馬鹿なこと言ってんの」 「あんたせっかく庇ったんだから、このまま家までカッコ良く送ってあげなさいよ」 「………」 あー。 「じゃあそうします」 「はいはい。気をつけて帰ってね」 「あ、あとそれから……」 「あの子に言っておいて? 次も何かあったらよろしくお願いしますって」 「私、ああいうガッツのある子好きだから」 「わかりました。尾ひれを付けて伝えておきます」 店長は大学卒業と同時に起業したらしく、女性といえどもメンタルはそこいらの男より遙かに上だ。 仕事には厳しくても人には優しいので、俺もあの店長から仕事を頼まれるとなかなか断れない。 「………」 「ほら、何ぼーっとしてんだ。帰るぞ?」 「もう日も暮れたし、暇だから途中まで一緒に帰ろうぜ?」 「う、うん……」 はじめてのバイトで心身共に疲れた様子の柊。 それでも俺と一緒に帰るのはOKなのか、そっと俺の横について歩いてくれたのだった。 ……。 ……。 完全に日も暮れて、辺りは暗くなってくる。 「………」 「ねえ」 「ん?」 「途中までって言った。私一人でも帰れる」 「残念だったな。俺の家もこっちなんだ。だからしばらく我慢しろ」 「………」 「嘘つき……」 「あんたの家、ここから反対方向じゃん……」 「………」 「別にいいだろ。大した遠回りでもないんだし」 「それとも柊は、俺が隣にいたら迷惑か?」 「うん」 「すごい迷惑」 「おいおい……」 「だってあんたが隣にいると……」 「私最近……自分がどうしたら良いのか、わからなくなるから……」 「………」 「柊は、俺のこと嫌いか?」 「………」 「嫌い」 「……」 「……って言ったら、あんたはどうするの?」 「そうだな……」 「とりあえず帰ったらベッドの上で号泣でもするわ」 「馬鹿……」 「嫌いなわけないじゃん……。それくらい察してよ……」 「………」 「………」 「わからないって?」 「………」 「そのまんまの意味」 「だってあんた、意地悪なのか優しいやつなのか、全然わかんないんだもん……」 「そうか? 俺、結構自分でもわかりやすいやつだと思ってるんだけど」 「それに俺、女子には基本的に優しいぞ? なにせ下心があるからな」 「やっぱり、全然わかんない……」 「あんたの場合下心はあっても……その……」 「なんか……他のみんなと少し違う気がするから……」 「そ、そっか……」 「うん……」 ……。 ……。 「ねえ」 「ん?」 「あんたはさ……そ、その……」 「今まで私に、本気でムカついたりしたことって……」 「や、やっぱり……ある?」 「どうしたんだ? 急にそんなこと聞いて」 「い、良いから答えて」 「あるの? ないの? どっち?」 「そうだな……」 「ありまくりだな」 「そ、そう……」 「まあ、そう……だよね……」 「お前、素直じゃないし子供だしすぐにキレるし」 「春先にはとんでもないやつと同じクラスになったなって。そう思ったよ」 「う……うるさいな……」 「だから、一緒にいて退屈しないのかもな」 「………」 「私は、暇つぶしか……」 「………」 「違うって」 「そんなお前と一緒にいるのが、楽しいって俺は言ってんの」 「………」 「ま、お前が本気で邪魔だって言うんなら、俺も少しは考えるけど」 「邪魔じゃない」 「だからあんたは……そこにいていい」 「………」 「ありがと」 「そんなことないぞ?」 「………」 「絶対嘘だ。あんた今嘘ついてる」 「あれ。バレた?」 「隠す気もないくせに……」 「だってさ、ここで俺が内心キレまくってました……て言ったとして」 「俺とお前に何か得することでもあるのか?」 「そ、そういうことじゃなくて……」 「私はただ……正直なあんたの気持ちを、聞きたかっただけで……」 「………」 「………」 「なら安心してくれ。今のも俺の正直な気持ちだよ」 「え……?」 「友達相手にムカつくことなんて、学校に通ってりゃあそんなのよくある話だ」 「でも俺、お前にムカつくことはあっても……」 「それでお前を否定したり、嫌いになったりしたことはない」 「まあ、所詮はその程度だから、こんなもん本気でムカついた内には入らないって」 「だからノーカウント。セーフ。俺は嘘なんて言ってない」 「………」 「ふふっ、変なの」 ……。 「………」 「………」 急に無言になる柊。 話すネタも尽きたのか、俺も自然と黙ってしまう。 「………」 「な、なあ……」 「………」 「なに……?」 「何か喋ってくれよ。ドキドキしてくるだろ」 「な……!」 「そ、そんなの……私には関係のないことだし……」 「………」 「………」 ここは…… 勇気を出して手を繋ぎにいこうか…… 「………」 「……!」 「ちょ、ちょっと……」 「嫌か?」 「………」 「きょ、今日は、サービスしといてあげる」 「素直じゃないやつ」 「うるさい」 そう言ってむくれつつ、しっかりと俺の手を握りかえしてくる柊。 俺も平静を装ってはいるが、実は内心心臓バクバクものだった。 「もう、家着く……」 「え?」 「あ、ああ……」 運悪く、もう柊の家の前まで着いてしまう。 なんか、帰りはあっという間だった気がするな。 (今は……やめておくか……) 「………」 「もう、家着く」 「え?」 「あ、ああ……」 運悪く、もう柊の家の前まで着いてしまう。 なんか、帰りはあっという間だった気がするな。 「お、送ってくれて……」 「あ、ありがとう……」 「悪い、全然途中までじゃなかったな」 「ううん。ごめんね、遠回りさせちゃって……」 「いいって、俺が好きでやったことなんだし気にするな」 「う、うん……」 柊の口調も完全に柔らかくなり、俺も本当のこいつを目の前にして少々名残惜しくなってくる。 「………」 「………」 「じゃあ、俺ももう帰るわ」 「あ、ま、待って……!」 「あ、あの……やっぱりコレ……」 そう言って、店長からもらった茶封筒を俺に差し出してくる柊。 「お、おい……」 「あの、これはやっぱりあんたがもらって……?」 「今日は私、ずっとあんたに迷惑かけっぱなしで、酷いこともいっぱい言っちゃって……」 「ちゃんと店長からは受け取ったよ? だからその後私がどう使おうと自由でしょ?」 「だ、だから……」 「駄目だ。受け取れないよ」 「お前、確かに俺より配った枚数は少なかったけど、ちゃんと頑張って仕事してたじゃん」 「で、でも……」 「それに、これでお前の母ちゃんにプレゼント買うんだろ?」 「だったら俺のことなんていいから、ちゃんと喜んでもらえるもの、弟と一緒に買ってやれって」 「………」 最初は確かに色々あったけど、柊も慣れない中で一生懸命やっていた。 これは嘘でもなんでもなく、事実なのでそこは胸を張っていいと俺は思う。 「あとそれから、あの店長お前のこと気に入ってたぞ?」 「ガッツがあるやつが好きって言ってたから、またあの店でバイトしたくなったら俺に言ってくれ」 「………」 「じゃ、今度こそ帰る」 「また学校でな?」 「う、うん……」 「今日は、ホントにありがとうね」 「おう」 「今日はあんたが一緒にいてくれて、本当に良かった……」 「………」 そのまま大通りを抜け、真っ直ぐ自分の家へと向かう俺。 今日はずっと心の中で叫びたい気持ちだったけど…… 「………」 「あいつ……可愛すぎだろ……」 もうさすがに我慢できない。 俺はそうつぶやく自分の気持ちを、この日始めて自覚した。 『メール受信1件 柊』 「お……」 柊からメールが届く。 「………」 (ひ、柊からおやすみメールだと……!?) ここはいつもどおりに返信するべきか、それとも真面目に返事を書くべきか悩む。 「うん、今日は変なことせずに普通に返事をしよう……」 最近、柊とは特に仲良くなれた気がする俺。 今はただ、あいつの信頼を変な冗談で壊したくない。 そう、少しだけ慎重になる俺だった。 「………」 (はあ……) 今日は6月の30日。 とうとう勇気が出せずこの日を迎えてしまった。 告白して彼女を作るなら、正直この30日がボーダーラインだと思っていた。 今となってはなんとなく無気力になり、来月から張り切っていくのも難しい。 「ん?」 「もしもし」 「もしもし〜? やっほ〜!」 「もしかしてまだ寝てた?」 「ああ、今まさに起きたところだ」 「今日暇だったら、駅前で一緒に遊ばない? 元気も一緒にいるんだけど」 「ああ、いいぞ。ただ着替えてから行くからちょっと待っててくれ」 「了解〜」 「おい、さっさと来いよ! 俺腹減ってんだよ」 「はいはい、すぐ行くから待っててくれ」 ケータイを置いて急いで着替える。 母ちゃんは既に仕事に行っていて、家には当然いなかった。 「………」 橋の見える通りまでやってくる。 誰かに告白するときは、ここでバッチリ気持ちを伝える気でいた。 カップル同士がよろこぶ、ここも恋の名所の一つ。 今日まで頑張って無理だったのなら、俺はこの先もずっとこんな調子なんだろうなと思ってしまう。 「あ、いたいた!」 「案外早かったね」 「おい、大通りの方にケバブ屋が来てるんだ。早速食いに行こうぜ!」 「お前らこんな天気の良い日曜日に、こうして男だけで集まって寂しいとは思わないのか?」 「俺は……」 「おれはぁぁ……」 「な、なんだよ……」 「い、一体どうしたの?」 「俺は……!! なんでここまでチキンなんだああああああ!!」 「うおおっ」 おまけにアホとまぬけも追加しておく。 彼女が欲しいと豪語した、あの春先の日々はなんだったんだ。 「おい元気! お前なに暢気にケバブ食いたいなんて言ってんだよ!!」 「彼女はどうした!? お前も超可愛い彼女つくる気じゃなかったのか!?」 「あ、当たり前だろ!! まだ俺は諦めちゃいねーよ!!」 「え? そうだったの?」 「ただ、なんつーかその……」 「もう夏休みも近いし、来年また頑張れば良いかなあ……って」 「………」 「なるほど」 「でもそれ負け組宣言だからな」 「うるせえ! お前だって同じじゃねーか!」 「まあまあ二人とも」 「無理に彼女作らなくても、いつかきっと運命の相手が絶対訪れるって」 「ま、そんなことはあり得ないって思ってても、案外それくらいラフにいるほうが、実は彼女って出来たりするものなんじゃないの?」 「………」 「また振り出しか。再スタートだな」 「お前も懲りないな。結構今年は頑張ってたのに」 まあこうして男同士で日曜を過ごすのも悪くない。 俺はまだ学生だし、チャンスもまだまだこの先にもきっとある。 そう自分に言い聞かせ、今年の俺の挑戦は…… そっとこの場で幕を閉じたのだった…… さて、本日の放課後。 「おいお前ら。今日はさっさと帰れよー。4時から教育委員の連中が来るからな」 「おい桃!! 早速駅前行くぞ!! お前サイン会付き合うって言っただろ!!」 「あ、ちょ、ちょっと――!!」 ホームルームが終わると、すぐに教室を出て行く一同。 俺以外の男子は何か予定でもあったのか、綺麗さっぱり教室から姿を消す。 「えっとね、人間は無意識のうちに体の片方だけ使って生活しちゃう生き物なの」 「心当たりない? 例えば垂直に立ったとき、無意識に左に重心が寄ってるな〜とか」 「あるある! ありすぎる!!」 「ん……?」 珍しく陽茉莉が放課後教室に残っている。 あいつ、普段はすぐ家に帰るのに珍しいな。 「私なんて座ってるときも重心偏るもん」 「私も私も! 寝るときの姿勢もその話に含まれるのかな」 「私なんて左右で若干手の長さ違うし」 「重心の偏った生活をしていると、骨盤にも歪みが生じて健康にも色々と問題が出てくるの」 「そこでオススメなのが、この骨盤矯正クラゲ体操」 「ちょっと見ててね? 今軽くやってみるから」 そう言って椅子に座り足をぐっと伸ばした後徐々に開こうとする陽茉莉。 おいおい……! ここは家じゃないんだぞ。どんだけ無警戒なんだあいつ。 「ああああ!! ちょ、ちょっと何してんのひまひま!! まだ男子いるんだよ!?」 「え!? あっ……」 「ご、ごめん……」 「もう、少しは警戒しなきゃ駄目だよ。何かの拍子にスカートの中覗かれるよ?」 「大丈夫。教室にはもう男は俺しかいないから」 「はい!?」 「いや、男子が誰でも問題あると思うんだけど……」 「失敬な! これでも俺は常識と風紀をわきまえた一般的な紳士野郎ですよ!」 なんとか女性陣の会話に潜入することに成功する。 ふふ、これでなかなか技術と度胸がいる1シーンだ。 「それでそれで? その骨盤なんとかクラゲはどうやるの?」 「え、えっと……」 「はいはいキミ。こっち来て後ろ向いて」 「この調子だとひまひまずっと恥ずかしがってやってくれないから」 「こうか?」 「は? めちゃくちゃ目開いてるじゃん! ちょっと真面目にやってよ」 「すみません」 野々村に手で目隠しされる。 おお、これはこれでなかなか。 「まずうつ伏せに寝て、両手を前に出します」 「それから肘は90度に立てて……」 「ふむふむ……」 「それからこうして、足の膝も90度に曲げて立たせてから左右に振るの。このときする呼吸の仕方も大事で……」 「おお、これはなかなかエロい。とても男子には見せられないわね……」 「マジで!?」 おいちょっとこの手をどけてくれ! 割と本気で! 「で、ここからが私の編み出したクラゲの部分なの」 「恥ずかしいけど足を左右に振るとき、こうして体をフニャフニャにして……」 「あはははははははは!! えー!? 何それー!」 「うわダサッ!! 死んでもそれマネしたくないんだけど!!」 「でもこれを続けると、仙骨が鍛えられて肌荒れなんかにも効果あるんだよ?」 「え!? ホントに!?」 「うん、女性ホルモンが関係してるんだって」 俺の背後から楽しげな陽茉莉の声がする。 そういえば陽茉莉のやつ、運動苦手なくせにこの手の謎の体操は昔からやってたな。 「あの! すみません!! もういいでしょうか!!」 「はいはい。ぶっちゃけ全然エロくなかったからいいよ〜」 「ふぅ」 ようやく野々村の手から解放される。 畜生、全然エロくないなら俺にも見せてくれたっていいのに……! 「なんか筋トレに近い感じだったね」 「ひまひまって、普段部屋に引きこもりながらずっとそんなことやってるの?」 「うーん、私というかお母さんがやってるんだけど」 「最近はずっとヨガ教室に通ってる」 「へえ、私ひまひまのお母さんも同じくひきこもりだと思ってた」 陽子さんは引きこもりとはほど遠い性格をしている。 むしろどっちかって言うと好奇心が旺盛でアクティブな人だ。 近所の友達を家に呼び、日本人のくせに気軽にホームパーティなんて開くくらいだし。 「ねえねえ、男子ってこういう体操とかしないの?」 「あ、それ気になる。イイ男になるための秘密特訓とか」 「へ? 秘密特訓?」 わけわからん、俺そんな肉体派じゃないし。 「悪いが俺はそんなもんしたことないぞ。せいぜい最後にやった体操は幼き日のラジオ体操くらいだ」 「でも筋トレくらいはしてるんじゃないの? 最近流行ってるじゃん、いろいろグッズも売ってるみたいだし」 いつどこで流行ってるんだ。 そんな話初めて聞いたぞ。 「あー、でも腹筋ならそこそこ鍛えてるぞ」 「もちろん割れてはいないけど、暇なとき家で少しずつやってる」 「へー、そうなんだ」 「ねえ!! 見せて見せて!」 「よし、脱がすぞ! 皆の者協力せい!!」 は? 「ちょ、ちょっとおい!! 待てお前ら――!!」 「ククク……!! 大人しくせい小僧!!」 「キャーー!!」 「え、エッチィィーーッ!!」 「………!」 容赦なく3人から上着とシャツをはぎ取られる。 昔から疑問に思ってたけど、なぜか女子って腹筋って言葉に反応するよな。 「おおーっ。け、健全な男子の半裸……!」 「右の乳首が若干大きいわね」 おい、変なとこ見んな。 「はい、腹筋力入れてー。触って確認してあげるから」 「ほら、ひまひまも」 「い、いいよっ! 私はここで見てるから……」 「なにここまで来て照れてんの。ひまひまも少しは耐性をつけなさい」 「む、無理だよ! 絶対無理無理無理……!!」 「ふふ、可愛いでしょ?」 「あの子チンコって言うだけでも赤くなるの。まったく、純粋過ぎるのも問題ね〜」 お前はもう少し恥じらいを持った方がいいと思うぞ。 「はいっ、力入れてー!」 「フッ――!!」 「おおおおーっ!」 「すごいすごい! それなりにあるじゃん!」 「ほらひまひまも!! 観念してこっちに来なさい!!」 「えっ?」 「い、いいよ……! 私はいいってば……!!」 「残念」 「とうーーっ!!」 陽茉莉の手を取って、俺のちょっとだけある腹筋に触れさせる野々村。 「ほら? どうよ。ちょっぴりピクピク動いててエロいでしょ?」 「い、いやああああ!! ご、ごめん無理!! ちょっとホントに勘弁してよーー!!」 俺の腹筋に触れるなり、いきなり絶叫する陽茉莉。 「きゃあああ!! きゃああああ!!」 「あ、あの……俺の腹筋ってそんなに卑猥なの?」 「あ、気にしないで、いつものことだから」 「きゃああああ!!」 なんか久しぶりに陽茉莉の悲鳴を聞いた気がする。 お互いそれなりに成長したからか、陽茉莉にこういう反応されると微妙にリアクションに困ってしまう俺だった。 放課後、担任のホームルームも終わり晴れて自由の身に。 さてさて、今日はこれからどうするか。 「ひまひま、この写真の中だったら誰が一番好み?」 「うーん、よくわかんない」 「こら、恋愛シーズン真っ盛りの乙女が、男性アイドルの写真になびかないとは何事だ!」 「だ〜か〜ら〜。私アイドルとか全然興味ないんだってば」 「くぅぅ……! このアンポンタン娘が! 一度はキャアキャア言いながらライブで頬を赤らめたりしなさいよっ!」 「………」 (はは、陽茉莉も大変だな) 野々村に絡まれて、妙に困った顔をしている陽茉莉。 なんか変な写真集を机に広げられ、野々村から熱い演説を聴かされている。 「いい? アイドルってのは私たち乙女にとって崇高な癒やしの象徴なの!」 「こっちのイケメンもこっちの彼も、彼女はおろか親しい女友達さえ絶対いないわ。というかいたら殺す!!」 「いや、友達くらいはいてもいい気が……」 「智美は極論しか言わないからねえ……」 「いや、これは男子にだって同じ事が言えるはずよ」 「ねえ! そうだよね!? 自分の好きなアイドルに男がいたら絶対凹むでしょ!? というかキレない!?」 「いや、俺に聞かれてもな」 「アイドルって言っても、俺が反応するのはグラビアアイドルくらいのもんだけど」 「エロか!? エロ目的か!? これだから男はロマンがないのよ!!」 なぜか教室のど真ん中でいきなり説教される俺。 待て、話の筋がさっぱりわからん。 こういう話は元気の方が釣れると思うけど。 「いい? ひまひま。アイドルってのはね、みんなに生きる希望を与える職業なの」 「無駄にステージの上でローラースケート履いたり、半裸で水しぶきを浴びるだけが彼らの仕事じゃないのよ?」 「で、でも智美が見せてくるライブのDVDって、みんなそんなシーンばっかりじゃ……」 「いいの! そこは大事じゃないのよひまひま」 「いい? まずアイドルにはクラスの男子たちにはない恐ろしいまでの魅力があるわ」 「とりあえずみんな顔は平均以上だし。声帯弄ってつねにハスキーボイスでささやいてくれるアイドルもいるし……」 「そしてなにより、決して私たちを裏切らない!」 「裏切るって?」 「この間智美の好きなアイドルグループ、週刊誌で合コンすっぱ抜かれてなかった?」 「ふふふ、何のことかしら。あんなの単なるお戯れよお戯れ」 「大体私の好きなグループは、全員女子には興味ないし、常に私たちの一歩先を行く存在だもの」 「え? 女子には興味なかったら、それって智美にも興味がないってことじゃないの?」 「え?」 「あ、ごめん。私は例外。私にだけはいつもライブで目を合わせてくれるから」 「マジかよ」 「うん。マジマジ」 お前それ絶対気のせいだろ。 もし本当なんだとしたら、それってちょっとすごいことだと思うし。 「はあ……」 「智美もさあ、早く彼氏見つけた方が良いと思うよ〜?」 「いつまでもそんな追っかけやったら、マジで大事な青春時代棒に振ることになるよ?」 「うんうん。私も常々そう思ってた」 「智美、そろそろ本気で好きな男の子見つけた方が良いと思う」 「いや、ひまひまだけには言われたくないんだけど」 おお、野々村の恋愛事情か。 これはちょっとだけ俺も興味があるな。 「野々村って、男子と付き合った経験は?」 「ゼロよ。というか私、そこらへんにいるお子ちゃまには興味ないし」 お、お子ちゃまって…… 「なんていうか、すぐ身近にあるものってなんか興味湧かないのよね〜」 「刺激が足りないって言うか、私はもっと大きなスケールの恋愛を楽しみたいのよ! うんうん、そうに違いないわ!」 「大きなスケールの恋愛って?」 「例えば……」 「朝起きたら見知らぬ美男子が私と同じベッドで寝ていて……」 「起こしちゃったかい? 昨日はずいぶんと可愛い声で鳴いてくれたね……」 「みたいに耳元で朝からささやいてくれて……」 「………」 「………」 「そこへ彼のマネージャーから、しつこく電話がかかってきて」 「私にごめんと一言だけ言って、そのまま怠そうに生放送の収録へ行くの」 「その日の夕方には、いつも通り私の知る彼の姿が我が家のテレビに……」 「週刊誌では私の存在が大々的にスクープされ、彼は毎日変装して私の家まで会いに来てくれて……」 「うん、わかった。こいつが普段から相当重傷なのは俺も理解した」 「そうなの。結構大変なんだよね……」 「うわあ……まだトリップしてる……」 「うふふふふ……! あははははは……!」 人様の趣味に、あれこれ口を出すつもりはないが。 世の中こういうタイプの女子もいるんだなと、ちょっと思った放課後だった。 昼休みが終わった後ノートを開いて席に着く。 次の授業は数学だ。 やべえ、宿題あったのにやるの忘れてた…… (まあ忘れてなくてもたぶんやらなかったけど……) 「おーい、桃〜。数学の宿題写させてくれ〜」 「あははっ、僕がそんなのやってるわけないじゃん」 そうか、同族だったな。 「元気〜」 ……って言っても、当然あいつもやってないか。 「仕方ない、数もそんなに多くないし先生が来るまで……」 「宿題、まだやってないの?」 え? 「あ、ああ」 「普段からそんなにやらないんだけど、今日はさすがに提出しないと怒られると思って」 「あはは、宿題はちゃんと毎日やらないと駄目だよ〜」 「先生によってはわざわざ自作の問題書いたプリントくれるでしょ? あれって結構そのままテストに出たりするんだよ?」 「マジで!? それやらなきゃ超損じゃん」 「ところで皆原先生、もしよろしければ、今日の宿題を写させてもらえると大変助かるんですが」 「えー? どうしよっかな〜」 「………」 「ねね、なんか超フレンドリーに会話してるけど、二人とも前からそんなに仲良かったっけ?」 「え!?」 「な、何言ってるの? 別に普通です」 「ねえ?」 「ああ、普通普通。めっちゃ普通」 「そっか、私の気のせいか」 この間一緒にデートしたって言ったら、野々村は一体どんな顔をするんだろうか。 「あ、あはは……」 まあ陽茉莉の様子から察するに、そんなことをこの場で言ったら色々と怒られる気がする。 「ねね、あんた今日は宿題ちゃんとやってきたの?」 「いや、まだだ」 「今日こそお叱りを受けると思ってビクビクしてた」 「はあ、そんなことだろうと思った」 「はいノート。授業が始まる前にさっさと写しちゃいなさい」 望月からポンとノートを渡される。 「おお……」 あいつ相変わらず字綺麗だな。 硬筆検定とか一度受けてみたらいいのに。 「………」 「よっ! おしどり夫婦! また理奈ちゃんからノート借りたわけ〜?」 「誰が夫婦だ。こんなのいつものことだろ」 「い、いつものことなんだ……」 「ひまひま……?」 「こ、これ、一応私のノートも置いておくから。良かったら見てね?」 そう言ってそっと俺の机に自分のノートを置いて去って行く陽茉莉。 「ありがとう。後でちゃんと返すから」 「あ、ちょっとひまひま〜!」 陽茉莉のノートを開くと、望月のノートとは対照的に可愛いイラストやカラーペンで色々な印がつけてあった。 あいつのこういうセンスは昔から一緒なので、ちょっと安心というか笑ってしまった。 昼休みが終わり、授業の始まる5分前。 ケータイでゲームをしていたら、一気にバッテリーの容量が減ってしまう。 「確か予備のバッテリーが鞄の中に……」 「あ」 「ねえねえ、今ちょっとだけいいかな?」 「ん? どうした?」 「この前見た映画の原作があるんだけど、良かったら読むかなーって思って」 そう言って2冊の文庫本を俺に見せてくる陽茉莉。 「こっちの上巻が、二人が離れる前の学生編で、こっちの下巻がそれから数年後の話」 「あれから調べたんだけど、このシリーズまだ続編があるらしくて。それもまた映画化する予定みたいなの」 「へえ、続編まであるのか」 「それじゃあ、たまには読書でもしてみましょうかね」 マンガ以外で本を読むのは久しぶりだ。 普段はゲームばっかりしているので、こうした活字ばかりの文庫を読むことは滅多に無い。 「これ、陽茉莉はもう読んだのか?」 「うん、一晩で読んじゃった」 「一応映画とは少し話が違ってて、映画では語られていなかった細かい設定とかも……」 「あのさ。ちょっといいか?」 「え?」 「わ、私……!?」 「違う違う。そっち、こいつの方」 はいはい、どうせ俺はこいつです。 「何だよ柊。そっちから話しかけてくるなんて珍しいじゃん」 「聞きたいことがあるだけだ」 「この間あんたとやったあのゲーム。あれって家とかじゃ出来ないのかと思って」 「なんだそんなにハマったのか? さすがにエアーホッケーを家でやるのは難しいと思うぞ?」 「ちがう、そっちじゃなくて銃で撃つ方」 「あー、あれなら……」 「………」 「一応専用コントローラーがあれば、似たようなゲームなら家でも出来るぞ?」 「というか俺持ってるけど、良かったら今度持って来てやろうか?」 「えー、お前から物借りるのめっちゃ抵抗あるんだけど」 「そ、それだったらまたあそこに連れて行けよ」 「そ、その……まださすがに、一人じゃ入れないっていうか……」 「微妙に抵抗があるっていうか……」 「お前な、ゲーセンくらい気軽に……」 「また一緒に行ってあげたら?」 「え?」 「昔からゲームセンター好きだったでしょ?」 「私なんかと映画に行くより、柊さんと遊びに行った方が何倍も楽しいと思う」 「あ、お、おいちょっと……!」 「ん……? 昔から……??」 女心は複雑だ。 授業が始まると陽茉莉はケロッとしていて、いつもの調子に戻っていた。 放課後になる。 今日はこの後バイトもないので、久しぶりに桃とゲーセンにでも行こうか。 「おーい、桃〜! この後暇だったらゲーセンに……」 「おい! 沢渡先輩が階段のところにいるぞ!」 「マジで? どこどこ!?」 教室中の男子が、元気の一声で廊下へと出て行く。 学校一の有名人。沢渡先輩。 うーん、これだけ有名だと本人も色々大変だろうな。 「いい? これから沢渡さんは面接なんだから、あなたたちは早く教室に入りなさい」 「はーい……」 「沢渡さん、また明日」 「人が多すぎて、ここからじゃよく見えないな……」 元気の言うとおり、下へと続く階段は下校中の生徒と3年生たちでごった返していた。 これだけ人がいるんじゃ、今日はその姿は拝めないだろう。 「ねね、さっき僕のこと呼んだ?」 「ああ、この後ゲーセンに行こうと思ってさ」 今日はこのまま桃と下校する。 俺は別に人気があるわけじゃないので、そのまますんなり昇降口まで歩いて行った。 放課後。 今日は4時からバイトなので、このまま真っ直ぐ一度家に帰ることにする。 「ねえ、あの他校の先生、沢渡さんに会いに来たんでしょ?」 「あの人、他校の先生というか大学の教授らしいよ? 沢渡さんに何の用事があるのかはわからないけど……」 「ん……?」 (大学の教授……?) 昇降口へやってくると、みんな固まって沢渡先輩の噂をしていた。 なんでも外から先輩目当てにお客が来るとかで、確かに昇降口前には見知らぬ車が一台止まっている。 「スポーツじゃないけど、ある意味これってスカウトみたいなものかな?」 「沢渡さん、成績も良いしすんなり推薦でどこへでも行けそうな感じだもんね」 (すごいな……) 俺とは根本的に出来が違う。 やっぱり優秀な人のところには優秀な人が集まるのか。 なんか少しだけ寂しい気持ちになった放課後だった。 今日も迎えた放課後。 「よし」 このままちょっと校内をブラブラしようかな。 真っ直ぐ家に帰ってもつまらないし。 「あ、いたいた」 「ねえねえ。あんた今日これから暇ー?」 「ん?」 「あ、ああ。ぶっちゃけ暇してるけど」 「じゃあ決定。私たちと一緒にゲーセン行かない?」 「この子がさっきから遊べ遊べってうるさくて……」 ゲーセンか。 まあ暇してたし丁度良いか。 「OK。それじゃあ何か対戦するか」 望月と一緒に昇降口を出る。 元気や桃も呼ぼうかと思ったけど、メールの返信がないのでスルーした。 「あんたとゲーセンに来るのも久しぶりねー」 「そうだな。最近俺ずっと家でゲームしてるから」 ゲーセンじゃないとプレイ出来ないゲームは最近少ない。 カードゲームや、体感型の大きな筐体を使ったゲーム以外、今はほとんど家でプレイ出来る。 昔は格ゲーですらゲーセンじゃないとプレイ出来なかったらしいけど、そんな話は俺たちの生まれる前の話だ。 「相変わらず高いわね……」 「どれもこれも1プレイ200円って、どれだけ強気な価格設定なのかしら」 「そうか? 今はどこもこんなもんだろ?」 格ゲーとか対戦型のロボットアクションとか、すぐに勝敗の決まるゲームは基本100円だけど。 新入荷したゲームやクレーンゲームなんていつもこれくらいだ。 「このカードゲームなんて、1プレイ400円よ?」 「おまけにプレイするには別売りのカードも買わなくちゃいけないなんて……」 「カードゲームは別だ。これこそどっぷりハマったら万単位で金が飛んでいくからな」 「これなんて上手くカードを転売していけば、ネットでリアルマネーが稼げるんだぞ?」 「学生の私たちには、贅沢すぎる遊びね……」 ゲーセンにはあまり足を運ばない綾部。 まあこいつから見たら、こういう金の飛び交う娯楽施設はある意味新鮮に見えるんだろう。 「綾部って、普段はゲームやらないのか?」 「ふふ、どう見える……?」 いや、どう見えると言われても。 「ゲームは理奈の家に行ったとき以外、ほとんど触ることはないわね」 「家にも一応古いゲーム機が置いてあるけど、特にやろうとも思わないし」 まあ綾部は俺たちと違って、毎日参考書とか読んでるイメージあるしな。 でもこういうタイプが理詰めでゲームすると、実際かなりイイ線までいく気がするんだが。 「あれ? そういえばあの子は?」 「ん?」 「ああ、あいつならいつもの定位置にいるけど」 そう言って、ゲーセンの奥の方を指さす俺。 その先では異常なまでのギャラリーと、その中心で音ゲーをプレイする望月の姿が。 「おおおお!! すげェェェェ!! なんだこの子!!」 「が、画面を見ずにすべてパーフェクト……!!」 「おまけに最高レベルの曲を最速設定でプレイするとは……!!」 画面の上から落ちてくる音符を、最適のタイミングでボタンを押しメロディに繋げていく望月。 1曲終わるまでに何百という音符が流れていくが、それらすべてをベストのタイミングで拾い上げていく。 「あれって、ゲームなの……?」 「ああ、音ゲーの中でも一番シンプルで有名なゲームだ」 「ちなみにあいつは全曲譜面を暗記してるから、ああやって余所見しながらもプレイ出来る」 「どうもどうも〜♪」 プレイ中に余裕をかまし、ギャラリーに向かって手を振る望月。 おまけにあの容姿もバッチリはまり、周囲の女性客たちもあいつに尊敬の眼差しを送る。 「よし!! クリアー!!」 「フッフッフ、どうよ? 腕は鈍ってないでしょ?」 「気持ち悪ーい……」 「何なのこの子……」 二人してどん引きする。 「うっ、何よ」 「だってあなた、ボタンを押す手が人間とは思えなかったわよ?」 「おまけに全曲暗記して、音符の流れも把握してるんだろ?」 「ええそうね。私くらいのレベルになるとそれくらい当然よ?」 「あとは画面を一々見ていなくても余裕ね。コンボもパーフェクトのまま最後まで繋げられるし」 「やっぱりキモーイ……」 「近寄らないでくれる……?」 「も、もう! 何なのよさっきからあんたたち……!!」 音ゲープレイヤーと一般人との間には、見えない壁が確実に存在する。 同じゲームをプレイしている人間からすれば、間違いなく今の望月は神的存在となるだろう。 しかし俺や綾部のような、音ゲーから一歩離れた人間からすれば…… 「音ゲー上手いやつってさ、何か人間離れし過ぎてて怖いんだよな」 まあこんな感想もちらほらと出てくる。 「む、ムカツクわぁ……あんただってハイパーで音符4倍速出来るじゃない」 「まあな、それくらいゲーム紳士の嗜みみたいなもんだ」 「二人とも、私に近寄らないでくれる……?」 今度は俺からも距離を取る綾部。 おいおい俺とこいつを同じにするなよ……! 「なんかゲームセンターって恐ろしいところね」 「だってあなたたちみたいな人間離れした生き物が、当たり前のような顔して徘徊しているんだもの」 「ゲーマーなんてみんなこんなもんよー?」 「そうそう、まあこいつの場合ちょっと度が過ぎるけどな」 「普通に全国大会まで出てるし」 「う、それは言わないでよ、ちょっと恥ずかしいんだから……」 おまけに一昨年は優勝までしてた。 全国一位が女子ってだけで、当時はネットでも散々話題にされていたっけ。 「それよりまひろ、あなたも何かプレイしなさいよ。せっかく来たんだから」 「………」 「じゃあ、あれ。ホッケーのやつなら」 (エアーホッケーか……) 「なら二人でかかって来いよ」 「俺に勝てたらジュース奢ってやる」 「へー、そんなこと言って良いの? 私本気出すわよ?」 「余裕余裕」 こうして望月綾部ペアVS俺一人の戦いが始まった。 「ハッハッハッ!!」 「お前ら雑魚!! 弱すぎ!!」 「女子相手に大人げないわね」 「1点も取れないなんて……」 ククク……! エアーホッケーは反射神経が命のゲームだ。 下手に二人組になってプレイをすると、お互い余程息が合っていなければ自然と足の引っ張り合いになってしまう。 この勝負はもらった……!! 例えゲームでも俺は絶対に手は抜かないぜ!! 「よっしゃああああ! 今ので16点目ェェェェ!!」 「おいおいキミたち? 二人がかりで俺一人倒せないなんて、人間やってて恥ずかしくないのかな?」 「うぜェ……」 「リアルファイトで決着つけましょ?」 待って!! 暴力反対!! 俺死んじゃう!! 「大体卑怯なのよ!! 何であんた両手使ってるわけ!?」 「いいだろ別に、こっちは一人なんだし」 「良くないわよ。私たちだってそれぞれ片手でやってるんだから、そこはあんたも合わせなさいよね!」 「そうよ!! 片手でやったら後でこの子のブラのサイズ教えてあげる!!」 「――!?」 「ちょ、ちょっとまひろ! あんた何言ってるのよ!!」 「ふふ、そうだぜ綾部」 「俺がそんな台詞一つに踊らされると思っているのか?」 「とか言いつつあんたも片手でやろうとしてんじゃないわよ!!」 悲しいかなコレも男の性なのか。 いや、でも望月の胸のサイズを知ったところで俺はどうも…… 「………」 「ほら、あなたがエロい目で見るから怯えてるわよ?」 「そ、そんなわけないでしょ!!」 良くも悪くも、こういうときだけはなんともわかりやすいリアクションをとる望月。 綾部のからかう気持ちも分かるくらい、一応ちゃんと女子をしている望月だった。 放課後になる。 さて、今日はこれといって予定もないしどうするか。 「はあ……」 ん……? 「どうした望月。盛大にため息なんかついて」 「うん、あのね……私どうしてもペットが欲しくなっちゃって……」 「ペット?」 「うん、この雑誌見てたらもう我慢が……」 そう言って一冊のペット雑誌を手渡してくる望月。 『にゃんパンチ創刊号・ペットと暮らすあなたの生活』 「私今マンションに一人で住んでるから、帰るとさすがにちょっと寂しくてね……」 「犬か猫でもいれば全然違うんだろうけど、うちのマンション基本的にペット禁止で……」 「ふふ、お困りのようですね望月さん」 「犬や猫が禁止なら、僕からオススメ出来るのは断然……」 「ごめん爬虫類は無理」 「待って!! 僕まだ何も言ってないのに!!」 桃からのオススメなんて、どうせイグアナかトカゲに決まってる。 イグアナなんて女子が一人飼うもんじゃないし、どう考えても桃のチョイスはおかしい。 「爬虫類をペットにすると、夏場は結構重宝するんだよ?」 「触ってるだけでもひんやりして気持ちが良いし、こればっかりは犬や猫にはないポイントかな」 「いやそんなポイントどうだっていいし。というか爬虫類は家に帰ってもおかえりって言ってくれないでしょ?」 「犬だってそれは同じだと思うけど」 「犬は家に帰ると、しっぽ振ったりペロペロしてくれるじゃない」 「私はそういうペットからの癒しを求めてるの。癒しを」 癒しを求める望月が、再び雑誌をめくりながらため息をつく。 なるほど、しっぽを振ってペロペロすれば癒しになるんだな? 「よしわかった、望月」 「俺がお前のペットになってやろう」 「は?」 「何言ってんの? 頭沸いた?」 悪いな、元々沸いてるし。 「よし桃、このハンドタオルを俺のケツにつけてくれ」 「うん、わかった。ガムテープで良い?」 「ああ、取れなきゃOK」 桃に尻を向け、俺の持っていたタオルをそこに装着する。 「あ、あのさ……本気でやる気……?」 「出来たワン!!」 「いや出来たワンじゃないわよ。狂気すら感じるんですけど」 「ご主人様、ご命令は何かワン?」 「じゃ今すぐ死んで」 おいお前、動物に対する博愛精神なさ過ぎだろ。 「ちょっと待て、人が親切に犬になっているというのにその態度は何だ」 「いや、犬は普通日本語話さないから」 「一応犬語も話せるけど、俺は頭の良い犬だからお前に合わせてやってるんだ」 「随分と傲慢な犬ね。あんた犬種は何なのよ」 「………」 犬種? 「な、何が良いと思う……?」 「うーん……」 「マルチーズなんてどう?」 「望月、俺はマルチーズらしい」 「だったらもう少しマルチーズらしくしなさいよ」 すまん、俺ぶっちゃけマルチーズにはそんなに詳しくないんだ。 「お手!」 「ワン!」 「おかわり!!」 「ワワン!!」 「イナバウアー!!」 「ワオーン!!」 華麗に決める。 「ねえ、あんたそれやってて馬鹿らしくならない?」 「うん。すげぇなるわ」 おまけにこれ、俺にメリット何もないしな。 「逆だったら良いのに」 「望月さんがペットになるシチュエーションなら、どんな男子もある一定の反応は見せると思うけど?」 「えー、私がペットぉ? 別に人に飼われたい願望なんてないんだけど私」 「逆転の発想だよ。寂しいからペットを飼うんじゃなくて、寂しいから誰かに甘えるんだ」 「うーん、望月さんは犬より猫ってイメージかな」 「にゃん♪ とか言ったらみんなイチコロだと思うけど?」 「にゃん」 うわあ。可愛くねえ。 「お前な、どうせやるならもっと可愛くやれよ」 「うるさいわね、マルチーズが私に指図しないでよ」 「大体私が本気出したら、あんた絶対身悶えちゃうでしょ〜?」 「ぬぉぉ! も、望月がこんなに可愛く見えるなんて一生の不覚ぅぅ……!!」 「って」 やけに自信アリアリな望月。 ほう、そこまで言うならやってもらおうか。 「よし、来いよ。貴様の猫マネで萌えるほど、俺の心は荒んじゃいないぞ?」 「………」 「にゃ……」 「にゃん……」 自分で恥ずかしがってどうする。 「おいおい、ずいぶんとまた消極的な猫だな」 「それじゃあ猫カフェに行っても客から金は取れないぞ?」 「じゃ、じゃあどうすれば良いにゃん」 「せっかく人が体張ってるんだから、少しは褒めにゃなさいよ」 畜生、怒ってる方が何かちょっと可愛いじゃねーか! 「よし、もっと猫っぽいことをするんだ。まずは猫パンチだな」 「猫パンチ?」 「ああ、とりあえず一発殴って来いよ」 「フッ……!!」 素手で望月の拳を受け止める。 「駄目、全然駄目」 「お前は今猫なんだぞ!? もっと必死に無駄なアクションを織り交ぜて猫パンチするんだ!!」 「あはは! ついでに猫キックもやってよ望月さん」 「あんたたち……私をとことんおもちゃ扱いする気ね……」 「いいわ! そこまで言うならやってやろうじゃない!!」 「よし来い!! まずは連続猫パンチコンボだ!!」 「にゃあああああああん!!」 「次は猫キック!!」 「にゃおおおおおおおん!!」 顔を真っ赤にし、必死で俺に猫魂を見せつける望月。 「理奈ちゃんが壊れた……」 「きっと色々と疲れがたまっているのよ……」 クラスの女子たちからも同情の視線が飛んで来る。 可哀相に、こいつ無駄に芸人魂持ってるから、一度やると引くに引けない状態だ。 「フッフッフ、どうかにゃ? 見ていて思わず身悶えちゃう感じかにゃ?」 「ああ、面白過ぎて爆笑しそう」 「もっとやって!! 今録画してるから!!」 「ちょ、ちょっと何撮ってんのよ!! さすがにそれだけは勘弁して!!」 「おい望月、語尾ににゃんを付けるのを忘れてるぞ」 「ううっ……あんたたち実はドSでしょ」 まあ否定はしないが、そういうお前はMなのか? 他の女子たちも段々と望月の奇行に注目し始める。 「理奈ちゃんお手!」 「にゃ」 「おかわりっ!」 「にゃふーん!」 「あはは、超可愛い……!!」 「ねえねえ私にもやらせてやらせて!!」 「ああ、私のキャラがどんどん崩壊していく……」 「大丈夫だ。誰も最初からお前を普通のキャラだと思っちゃいない」 「ちょ、ちょっとそれどういう意味!」 「おい、早速にゃんを忘れてるぞ」 「くっ……」 そのまま女子たちに珍しくおもちゃにされる望月。 こいつのこういう付き合いの良いところは、昔から割と好感が持てる俺だった。 昼休みが終わり、授業の始まる5分前。 「ねえねえ、今度の休み一緒にプール行かない? 隣町の」 「一応元気も誘ってあるんだけどさ」 「プール?」 「おいやめてくれ!! 何が楽しくて男だけで泳ぎに行かなきゃならねーんだよ!!」 「えー、いいじゃん行こうよ〜。僕あそこのジャグジー好きなのに……」 「ごめん、俺も男だけで行くのはテンション下がるしやめとくわ」 「それにあそこのプール、この間行ったばっかだし」 「え? 行ったの? 誰と?」 「え?」 「あ、いや……」 「………」 「………」 「そ、その……」 「母ちゃんと……」 「ええ!?」 「ブハハハ!! おいおい! そりゃ男だけで行くよりハードル高くないか!? ブハハハ!!」 「ちょ、ちょっと元気やめなよ」 そのまま自分の席に戻っていく桃。 あぶねえ。望月と二人で行ったなんてマジで口が滑っても言えないぞ。 「ちょ、ちょっと。絶対みんなには言わないでよ? プールのこと」 「ああ、わかってるって」 「誰かさんの水着姿も、このまま綺麗さっぱり忘れたいくらいだしなー」 「………」 「あっそ。じゃあ忘れれば?」 「お、おい……」 なぜか急にむくれ始める望月。 最近こういう反応をされると妙に戸惑う。 「あの、次の授業で使うプリント。持ってきてある?」 「先生に言われて回収中なんだけど」 「え? ああ、先週もらったやつ?」 「うん」 「皆原さん、はいコレ」 「ありがとう」 俺も陽茉莉にプリントを渡す。 「えっと、まだプリント出していない人。先生来る前にお願いしまーす」 そう言って教室内をぐるぐる移動する陽茉莉。 飯盒炊爨のときから、今ではすっかり気兼ねなく話せるようになったので気持ちも楽だ。 まあでも、あいつと教室内で話すと周囲の男連中からの視線が痛いけど。 「………」 (陽茉莉って、改めて見ると小っこいな……) 「何見てんの?」 「ん? いや?」 「………」 「次は皆原さんと行ってくれば?」 「どこにだよ」 「プール」 「私みたいなかなづちと行くよりは、100倍楽しいんじゃない?」 「何怒ってんだよ」 「べっつにー」 そのまま横でケータイを弄り出す望月。 女心は複雑というが、まさに今その片鱗をこいつから感じた。 「くっ……」 「な、なによコレ。さっきから死んでばっか……」 廊下で一人ケータイを片手に柊が難しい顔をしている。 「よう。もうすぐ授業始まるぞ? 何してんだ?」 「――はひっ!?」 「び、ビックリした……」 「な、何だよ! いきなり声かけてくるなよ!」 「いや、なんかお前が珍しく必死な顔してるからさ。何やってるのかと思って」 「………」 「げ、ゲームだよ。悪いかよ」 「ゲーム?」 「こ、これ……」 そう言ってケータイの画面を俺に見せてくる柊。 ほお、こいつパズルゲームなんてやってるのか。 確かにこの手のゲームは、一度ハマるとマジでなかなかやめられなくなる。 「フッフッフ……」 「これでお前もゲーマーの世界に一歩足を踏み入れたわけだ」 「そのうち睡眠時間を削りまくってプレイするようなれば、本格的なデビューとなるから心しておけ」 「お前と一緒にするな。ゲームなんて結局は暇つぶしの道具なんだよ」 「とか言いつつ、お前俺とゲーセン行ったときめっちゃ楽しんでたじゃん」 「おまけにフォトプリも撮ったし、あのときのお前は、なんていうかこう……」 「うるさい。あれくらいで調子にのんな」 「ほら、授業始まるぞ」 そのまま俺を軽くにらみ、自分の席へと戻っていく柊。 何だよあいつ、少しくらい仲良くなれたと思ったのに。 「はあ……」 「ふーん。二人でゲーセン行ったんだ」 え? 「おまけにフォトプリまで撮ったと。さそがし楽しいデートだったんでしょうね」 「な、なんだよ聞いてたのかよ」 「ふふっ、なーに? 聞かれちゃまずい話だったのかしらー?」 「今時彼氏でもない男子と二人きりでフォトプリ撮るなんて、余程のことがないかぎりあり得ないと思うんですけど〜」 「あんたって、やっぱ気が多いのね」 「ふんっ……」 「お、おい……!」 グサり俺の心に突き刺さる望月の一言。 一応コレはやきもちの部類なのか。 最後のあいつの表情が妙に俺の頭の中に残った。 「ねえねえ、今日この後空いてる?」 「ん? どうした?」 「駅前にゲーム買いに行こうかと思ってるんだけど、付き合って欲しくて」 放課後、ホームルームも終わり学校から解放される俺たち。 まあ今日はこの後予定はないし、たまには桃に付き合うか。 「OKいいぞ。それじゃあ今すぐ行くか」 「ごめん、途中家寄っていって良い? お金財布入れてくるの忘れちゃって」 「いいぞ? どうせ通学路の途中だろ?」 「ついでに着替えちゃうから先に駅前行っててよ。すぐに追いつくから」 「了解」 そのまま昇降口へ向かいさっさと学校を出る。 どうせなら俺も今日は駅前をブラブラするか。 駅前のショッピングモール内を散策中、雑貨屋で意外な人物を発見する。 (柊……?) 「………」 なにやら文房具片手に色々と悩んでいる様子。 へえ、あいつもこんな店で買い物なんてするんだな。 「あ、あと二つ……あと二つでコンプリート……」 「へえ、すごいじゃん。これ全部集めてんの?」 「へ?」 「なっ!? ななな……!! なんでお前がこんなところにいるんだよ!!」 「ん? たまたまだけど」 ナイスなオーバーリアクション。 前から思ってたけど、柊って色々とわかりやすい性格してるよな。 「へえ、匂いつき消しゴムか。懐かしいな」 「俺も小さい頃集めてたぞ? あと棺桶に入ってる光るガイコツの消しゴムとか」 「ふ、ふん。私がそんなもの集めてるわけないだろ」 「と、友達に頼まれたんだよ。代わりに買って来てくれって。今日頼まれて」 「え!? 柊って友達いたの!?」 「いっぺん死ね!! 何も言い返せないけどめちゃくちゃムカツク!!」 いつも通り柊の攻撃をかわす。 残念だったな、もう少し柊は不意打ちの何たるかを覚えた方が良い。 「冗談だって。友達ならいるだろ?」 「ああ!?」 「ほらここに」 そう言って自分を指さす俺。 「………」 「はあ……お前って何? ホントに暇人なわけ? 私なんかに絡んで」 「失敬な!」 「うん。実は暇人です」 まあバイト無いときは基本的にフリーだし。 「まあそう怒るな。柊にだって友達くらいそりゃいるだろ」 「ただちょっと面白くてさ、お前がこんな顔して真剣に消しゴム眺めている様子が」 「じゃあどんな顔してりゃ良かったんだよ」 「うーん、例えば……」 「こんな顔?」 イカれたチンパンジーのマネをする。 「キモッ」 「っていうかいつもよりキモさが倍増してるから話しかけてくんな」 「酷っ!」 っていうか仮にも俺お前のクラスメイトだぞ……!? せめて社交辞令レベルで話を合わせたらどうなんだ……! (ま、もう慣れているから良いんだけど) 「そんで? その友達とやらの話はいいけど、柊はこういうの買わないのか?」 望月とか陽茉莉あたりが好きそうな、キャラ物のメモ帳やらボールペンを手に取る。 「女子って、ノートや教科書にやたらカラーペンで線引くイメージあるんだけど」 「ほら、この3mmのボールペンとか、書くとラメ入りで超光るじゃん」 「いや、私そういうの買わないし」 「というか書いた文字が光ってどうするんだ。そんなので書いたノートなんて見にくいだけじゃん」 「いや、別にこれでずっとノートに文字書くわけじゃないだろ」 「まあ何て言うか、ちょっとした遊び心ってやつだな」 「ご覧の通り、文房具ってもろに女子を狙ったシリーズいっぱいあるし」 最近はキーホルダーにもなる文房具が増えてきた。 要はそれくらい小さい文房具も、ちゃんと使えるところが可愛いと女子たちの注目を集めているらしい。 「あ、いたいた」 「もう、てっきりゲーセンの方へ行ってると思って探しちゃったよ」 「おお桃、悪い悪い。でもメールしたからわかったろ?」 「うん、まあね」 「あれ? 柊さん……? 柊さんが何でここに?」 「うっ……トカゲ野郎がなんでここに……」 「あはは、トカゲ野郎って」 「ま、あながち間違ってないから良いけどね……」 「いや、そこはなんとか言えよ」 柊はどうも桃のやつが苦手らしい。 まあ桃は普段から笑顔な分、つかみ所のないやつだがら多少気持ちはわかるけど。 「でも驚いたな。柊さんなんでここに?」 「う、うるさいな。いいだろ私がどこにいたって」 「あはは、だっていつも死ねとか言ってる柊さんが、こんな可愛い店にいるなんて予想外だもん」 「これは下手したら明日は槍が降るかな? それとも血の雨が振る? あは、あははははは」 「殺す。マジでお前だけはこの手でブチ殺す」 「ひ、ひィィ!! ちょっと助けて!!」 いや、今のは喧嘩売った桃が悪い。 というかお前、思ったこと全部口に出すのはやめた方が良いぞ。 「今柊に似合いそうな文房具を見繕ってるところなんだ」 「書いたら光るペンとかはマジでいらないそうなんで、もう少し良いアイテムはないかと捜索中だ」 「じゃあこれがオススメかな。イグアナのマスコット付きボールペン」 「ほら、2色になってて切り替えるときに鳴き声がするんだ。本物のイグアナは鳴いたりしないけど」 「お前本当に悪趣味だな。なんでこうウチのクラスには変なヤツが多いんだ」 「柊さんも十分その変なヤツに含まれてると思うけど」 「まあそうだな」 「なんだと!?」 「あはは」 今日はちょっぴり柊の意外な一面を見てしまった。 そういう意味では、少し得した放課後だった。 放課後になった。 今日は席が隣同士の柊と俺が、これから当番で中庭の掃除をすることになっている。 「ほら、柊行くぞ」 「はあ……だる……」 そのまま超やる気のなさそうな柊を、なんとかして中庭の方へと連れて行く。 「ほら柊。ほうきだ」 「………」 俺から黙ってほうきを受け取る柊。 当番で掃除をするのが余程不服なようで、さっきからどうも機嫌が悪そうだ。 とりあえず掃除はしないと後でバレるので、俺は大人しく周囲の落ち葉をほうきではき始める。 「ほら、そっち側も掃除しろよ。ここにチリトリ置いとくから」 「はあ……」 「あのさ、お前本気でこの広いエリア全部掃除する気?」 「ん?」 そう言って中庭の端から端まで、柊が指をさしてこっちを見てくる。 「まあ決まりだからな。しょうがないだろ」 「へー。案外真面目なところあるんだ」 「他のクラスの連中なんて、掃除当番でもいつもここで遊んでるじゃん」 「そういうの見てると、何で私たちだけ真面目にやらなきゃいけないの? って、普通に思うんだけど」 まあ柊の言うことも一理ある。 放課後の掃除当番なんて、最初から真面目にやるやつなどそうはいない。 「でも仕事だからな。まあ金はもらえないけど、俺体動かすの好きだし」 「こういう掃除当番は結構燃えるんだ」 「ふーん」 「それじゃあ普段部屋のそうじとかちゃんとしてるの?」 「いや、たまにする程度で、そこまで張り切って掃除はしない」 「変なヤツ。真面目なのかそうじゃないのか全然わかんない」 「ふんっ!」 「うぉぉ!!」 突然目の前でほうきを振り回し始める柊。 ビックリした、お前そのスイング絶対野球部で歓迎されるって。 「おお、今の風圧で結構ここらへん綺麗になったぞ。これは新しい掃除方法だな」 「あのな、お前こそ普段はどうなんだ?」 「自分の部屋の掃除で、まさか今みたいにほうき振り回したりしないよな?」 「はあ? 当たり前だろ」 「家では掃除機かけて廊下のフローリングは水拭きして、窓も綺麗にしてるっての」 「マジかよ」 意外とこいつ綺麗好き? だったら今も真面目に掃除して欲しい。 「よし、私は風圧で掃除するから、ゴミ集めはよろしく」 「お、おい……」 「ふっ――!」 「とう――!!」 問答無用でブンブンほうきを振り回す柊。 お前な、そんなことしてるから周りのやつに引かれるだぞ。 「はあはあ……」 「こ、これ、案外疲れるの早い……」 「柊、お前ってもしかしてアホ?」 「お、お前にだけは絶対言われたくないし……」 そのまま水路の角に腰を下ろす柊。 ぬぉぉ、ここから見るとバッチリとその太ももが……! 「おいお前ら! 何サボってんだボケ!!」 ジャスティスがやってくる。 「俺はサボってません」 「私も」 「嘘つくな。遠くから見てたぞ。お前ここでブンブンほうき振り回して遊んでたじゃねーか」 「チッ」 一応ちゃんと監視してたのか。 この人真面目なときとそうじゃないときの差が激しいんだよな。 「いいじゃん。私ら以外の連中も、普段掃除くらいこうしてサボってるだろ」 「それを私らだけで注意されるのって、なんか納得いかないんだけど」 「はあ……」 「お前なあ。そうやって男につっかかってばっかだからモテないんだぞ?」 「うんうん」 「はあ!?」 突然柊が素っ頓狂な声をあげる。 おお、意外なところに理解者が。 「お前は黙って大人しくしてりゃあ、割とモテる素質あると思うぞ?」 「男なんてみんな単純だからな。お前がある日突然態度を軟化させればみんなイチコロだ」 「は? あり得ないし」 「というかそんなことして私に何の得があるわけ?」 「そりゃあお得なことなら満載だぞ」 「まず男が全員お前に優しくなり、昼飯だってちょっと可愛い声だせばみんな奢ってくれるようになるぞ?」 「意味わかんないっての。大体奢られる筋合いなんてないし」 うちのクラスで、こうして担任にかみつけるのは柊だけだと思う。 こいつ家じゃ自分の親父とかに…… 『こっちくんな!! 死ね!!』 とか、ちょっと言ってそうな気もしないでもない。 「お前は本当に何もわかってないやつだな」 「いいか? 女に生まれた以上、それをフル活用するに越したことはないだろ」 「男だってそうだ。ある程度要領の良い奴は、サクサク女作って人生経験を積み上げていく」 「えへへ……」 「いやお前のことじゃねーから」 酷い! ちょっとしたお茶目なのに! 「いつもつまんなそうな顔してるより、お前も一人くらい男とっ捕まえてデレデレしてる方が良いんじゃないのか?」 「余計なお世話だし。というか女をフル活用ってなんだよ」 「大体な、私はそういうのが一番嫌いなんだ! こっちは好きで女に生まれてきたわけじゃないんだよ!!」 「あ、お、おい……!!」 そのままほうきを置いてどこかへ行ってしまう柊。 どうもあいつの触れていけない何かに触れてしまったらしい。 「あーあ、怒らせちゃった」 「この後の掃除、どうすんの?」 「すまん。お前一人でやってくれ」 「はあ!?」 そのまま柊の分まで掃除をすることになった俺。 畜生、今日はジャスティスのせいで面倒な放課後を過ごすことになってしまったのだった。 「あのさ柊」 「んー?」 「ウチの母ちゃんがさ、また柊を連れてこい連れてこいってうるさいんだけど」 「………」 「ふーん、で?」 「そう言われてもこっちは困るだけなんだけど」 「だよな」 「ごめんな、ウチの母ちゃん、女子が家に来るとめっちゃテンションが上がるみたいでさ」 「やっぱりモテない息子を持つと、あんな風になっちまうのかねぇ」 「親なんて、どこもそんなもんだろ」 「ウチだって男の絡む話になるとギャアギャア言われるし」 「へえ、そうなのか。案外普通だな柊の家も」 「あ、当たり前だろ。お前ウチのことなんだと思ってんだ……」 「あ、あの……ちょっといいかな」 「ん? どうした?」 「あ、あの……コレ。私のお母さんが返しておいてって……」 そう言って、一冊の料理本を俺の机の上に置く陽茉莉。 「ご、ごめんね。うちのお母さん……迷惑ばっかりかけちゃって……」 「いいって。陽子さんにはお世話になってるし」 「ありがとう。コレ母ちゃんに返しておく」 「う、うん。ごめんね」 「………」 「な、なあ。皆原とお前のところのおばさん……仲良いの?」 あ……。 「え、えーっと」 「まあ昔から親同士が知り合いというか……」 「そ、それじゃあ……」 「あ、あいつとは……?」 「え? あいつ?」 「………」 「やっぱ、なんでもない」 「皆原か?」 「な、なんでもないって言ってるだろ……!!」 「……?」 そう言って不機嫌そうに教室を出て行く柊。 これくらいはいつものことだけど、今日に限って言えば少し柊の雰囲気が違った気がした。 「はあ、次の先生なかなかこないわねー」 「来ないと逆に嬉しいんでしょ? あんたたち授業がサボれるとか言って」 「まあな。これで体育だったら逆にイライラするけど」 「イライラっていうか、ウズウズ?」 「あんた前の学校でも、体育の時は授業内容無視して遊んでたもんねー」 「男なんてみんなそんなもんだ」 「机に毎日かじりついてたら、マジで俺みたいなタイプは頭おかしくなる」 「まあそれは理奈も同じよね」 「この子、球技になるとバスケバスケってめちゃくちゃうるさいし」 「い、いいでしょ別に。バスケ好きなんだから」 「だったらアルバイトなんてやめて、素直に部活入ったらよかったのに」 「………」 「まだ先生来ないな」 この調子じゃ自習か……? チャイムがなったのに、マジで教員の来る気配が無い。 (ま、自習ならそれはそれで嬉しいんだけど……) 「ちょっと。そこどいて、通れない」 「あらごめんなさい。気がつかなくて」 柊がジュース片手に綾部の後ろに立っていた。 こいつも成長したな。普段なら何も言わずに舌打ちとかしそうなものだけど。 「それよりねえ理奈。今度の休み、またあなたの家行って良い?」 「この間ちょっとやったゲーム。面白かったからやりに行きたいんだけど」 「へ? いいけど。珍しいわね」 「あなたも一緒にどう? この子の部屋、この間は勉強目的だったからつまらなかったでしょ?」 「お、俺は別に……」 「家、行ったのか……!?」 え? 「お、おい……」 「ええ行ったわ。私なんかは二人のお邪魔みたいだったけれど……」 「ちょ、ちょっとあんたね! 誤解されるようなこと言わないでよ!!」 「あ、あのね柊さん。私たちただ一緒に勉強してただけだから」 「ほ、本当に……?」 「うん、ホントホント」 「勉強しながらイチャイチャしてたわね」 「ちょっとまひろ。あんた私に恨みでもあるわけ?」 「………」 「アホだ私……」 「お、おいちょっと待ってくれ柊……!」 「ふふっ、あなたも大変ね」 そのまま愉快そうに自分のクラスへと戻っていく綾部。 柊も授業中はずっと調子がおかしかったし…… 女心ってやつは、やっぱり複雑で俺には難しい話だった。 「………」 ……。 ついに、6月30日を明日に控える。 告白するならこの日にしようと決めていた俺。 今更ビビっても自分の気持ちは誤魔化せないし、ここはしっかりと自分の気持ちを伝えたい。 (少し緊張するな……) 陽茉莉を明日デートに誘う。 予定があると言われても、告白する時間くらいならとってもらえるだろうし。 「よし……」 早速電話をかける。 「は、はい……もしもし」 「陽茉莉か?」 「うん……」 「どうしたの? 急に電話くれるなんて……」 「………」 「もしもし……?」 「あのさ、明日暇か?」 「え?」 「そ、その……」 「もし良かったら、明日俺とデートしてくれないか?」 「ゲーセンに行ったりとか、いつものただのお遊び……って感じじゃなくて……」 「明日は一日。お前をしっかりエスコートしたい」 「………」 ……。 ……。 「……と、思うんだけど」 「だ、駄目か……?」 「う、ううん……! そんなことない」 「嬉しい……」 「………」 ……。 「そ、それで……時間は……?」 「何時にどこへ行けば良いかな……」 「ああ、えっと……」 「それじゃあ夕方の6時半に大通りで待ち合わせしよう」 「え……? 夕方……?」 「その時間だと外暗くなってると思うけど……」 「ああ平気、実はちょっと連れて行きたいところがあるんだ」 「もちろん帰りはちゃんと送っていくから、そこは心配しなくて良い」 「うん……わかった……」 「………」 「………」 「そ、それじゃあ用件はこれだけだから」 「その……」 「おやすみ」 「う、うん……」 「明日、楽しみにしてるから」 「ああ、そうじゃなきゃ俺が困る」 「ふふっ、そうだね」 「それじゃあ、おやすみなさい」 「おう、おやすみ」 「はぁぁ……!」 (き、緊張した……) 陽茉莉相手にこれだけ緊張したのは何年ぶりだろう。 こんな調子で明日俺大丈夫か……? 「よし」 「早速ネットで店の予約を……」 実は明日、陽茉莉を奮発してちょっと良いレストランに連れて行こうと考えていた。 前回の映画デートじゃ、途中まで俺が本気でドキドキしていたことに気がついていなかった陽茉莉。 そのリベンジも兼ねて、今回はお互い少し背伸びをした方が良いと思った。 「お、この店が値段的にもベストだな」 明日は全額奢る気満々の俺。 当然陽茉莉は遠慮してくるとは思うが、今回ばかりはこちらの都合を押しつけさせてもらう。 これはお金で自分の本気を示そうということではなく、俺なりに考えがあってのこと。 俺は明日、陽茉莉をただの幼馴染みとしてではなく、しっかりと一人の女性としてエスコートしたい。 (絶対にあいつをドキドキさせてみせる) 今の俺は、ただ陽茉莉の嬉しそうな顔が見たいわけじゃない。 俺を一人の異性としてしっかりと意識してくれている…… そんなあいつの余裕の無い表情こそが見たかった。 予定より少し早く待ち合わせ場所につく。 当然身だしなみには気を遣い、午前中には駅前で靴まで新調した。 時間も一々ケータイで確認するのは落ち着かないので、昔気まぐれで買った安い腕時計も付けている。 「………」 (そろそろだな) 気分は不思議なくらい落ち着いていた。 告白すると完全に腹をくくっているからか、ドキドキはしていても不安や恐怖は微塵も無い。 当然振られる可能性だってあるわけだが、今日はそんな後ろ向きな考えよりも…… 「お、お待たせ……」 少し気が早いが、少しでも二人にとって良い思い出になる日にしたかった。 「え、えっと……」 「待たせちゃった?」 「いや、こっちも今来たところ」 「そっか。なら良かった」 こうして見ると、やっぱり陽茉莉は可愛い。 女子は大人になるにつれどんどん綺麗になっていくというが、今まさにそれを間近で実感している俺。 「昨夜はビックリしちゃったよ。急にデートのお誘いが来るんだもん」 「しかも……」 「明日は一日。お前をしっかりエスコートしたい」 「なーんて言ってくるから」 「変か?」 「え?」 「俺から真剣にデートに誘うの。そんなに変?」 「あ、ううん。別にそういう意味じゃなくて……」 「う、嬉しかったって……言いたかっただけ……」 「前回二人で映画に行ったときは、私のせいで空気台無しにしちゃったから……」 「だ、だから……その……」 いつもなら、ここで気にするなと笑い飛ばす。 でも今日は敢えてそうしない。 「ありがとう。そう言ってもらえると俺も嬉しいよ」 「………」 「それじゃ、早速行こうか」 「は、はい……」 「今夜は、その……」 「よろしくお願いします……」 二人で夜の大通りを並んで歩く。 陽茉莉を予約した店まで案内し、こうしていつもよりちょっと背伸びをした夜のデートが始まった。 「7時に予約した主人公(姓)です」 「お待ちしておりました。お荷物をお預かりします」 「え? え……?」 「陽茉莉、荷物は?」 「あ、え、えっと……それじゃあお願いします」 手に持っていたバッグをフロントに預ける。 と言っても俺の方は手ぶらも同然だけど。 「それではお席の方へご案内させていただきます」 「こちら段差になっておりますので足下にお気を付け下さい」 「は、はい……」 ファミレスで食事する気でいたのか、早速店内の雰囲気に飲まれる陽茉莉。 まあビックリさせたかったので直前まで黙っていたが、ここは見事に萎縮してしまっている。 「ね、ねえ……! 大丈夫なの? こんな高そうなお店に来ちゃって……」 「奮発したからな。そっちは何も心配しなくていいぞ」 「し、心配するよ……! 私お財布に5千円しか入ってないよ!?」 俺が奢るという意味で言ったのに、どうもそれをまだ理解していないらしい陽茉莉。 こっちも必死に平静を装うが、実は結構緊張している。 (お、落ち着け……!) (俺の方がガチガチになったら台無しだ……!) 「………」 「こちらがお席になります」 「あ、ど、どうも……」 椅子を引いてもらい席に座る。 テーブルにはナプキンにグラス、それから左右にナイフやフォークといったシルバーが既に並べられていた。 当然テーブルマナーなんて詳しく知らない俺たち。 とりあえず食事さえ出来れば良いやと予約してみたものの、やっぱり席に着くと緊張する。 「………」 「………」 「本日こちらのテーブルを担当させて頂きます。平沢と申します」 「お料理のご説明や、ご不明な点などございましたらお気軽にお申し付け下さい」 「は、はい……!」 「よ、よろしくお願いします」 「それでは、本日のお飲み物はいかがなさいますか?」 「え、えっと……」 「わ、私は水で……」 「かしこまりました。ミネラルウォーターは本日こちらの3種をご用意できますが」 「え!? さ、3種類……!?」 「す、すみません! リンゴジュース二つでお願いします……! 種類は何でもいいんで!」 「かしこまりました」 「それではお食事のご用意をさせていただきますので、少々お待ち下さい」 「ふぅ……」 あぶないあぶない。 たかが水ごときで陽茉莉に恥をかかせるところだったぞ。 「はぁぁぁ……す、すっごく緊張した……」 「こういうお店に来るなんて全然思ってなかったから。さっきから心臓バクバク……」 「はは、ごめん。ちょっとビックリさせたくてさ」 「ホントにビックリだよ!」 「ああ……どうしよう。私こんな高そうなお店初めて……」 「値段のことは気にしなくていいからな?」 「実は福引きで当てたディナー招待券があるんだ」 「え? そうなの?」 「ああ、だから変な心配しなくていいから、二人で楽しく美味しい物食べよう」 「う、うん……」 ここでやっと安心した表情を見せてくれる陽茉莉。 福引きの話は嘘だけど、これで気持ちよく二人で食事が出来るのなら安いもんだ。 「ねえねえ、このオマールエビって何かな? 伊勢エビの親戚?」 テーブルに置いてあるコース料理の案内を開く陽茉莉。 「わからん。オマールって人が養殖したエビなのかも」 「この牛ヒレ肉の赤ワイン煮込みって、何だかすごく美味しそうな気がする……」 「はっ……!? で、でもコレにもしもニンジンが入ってたら……」 「大丈夫。そこは予約したとき店に言ってあるから、たぶんニンジンは入ってないと思うぞ?」 「ほ、ホントに……?」 「良かったあ……」 「誰かさんとのせっかくのデートだからな」 「これくらいの問題は既に対処済みです」 「ふふ、ありがと」 少し気持ちに余裕が出てきたのか、今度はゆっくりと辺りを見渡す陽茉莉。 俺たちのような学生カップルの姿は他に見当らず、店内の雰囲気もファミレスとは全然違う。 「大通りにこんなお店あったんだね。私普段は智美と駅前の方しか行かないから全然知らなかった」 「俺もネットで調べて知ったんだ」 「ここから見える夜景もかなり良い感じらしくて、カップルにも結構人気があるらしい」 「そ、そうなんだ……」 カップルという言葉に少し赤くなる陽茉莉。 俺も言ってから気づいて、つい視線を逸らしてしまう。 「………」 「な、何か……今日はすごくデートっぽいね……」 「俺は映画のときもデートのつもりだったんだけどな」 「ぶー」 「だ、だから……あのときはごめんって……」 そう言って、少し拗ねてしまう陽茉莉。 別にいじめる気は無いんだけど、こうして陽茉莉を拗ねさせるのは結構楽しい。 「それじゃあ、いつかもう一度映画館デートしようよ」 「そのときは、私もバシッと決めるから」 「バシッと決めるって?」 「え、えっと……」 「もうちょっと女らしく頑張るの」 「普段の私とは違う、エレガントな皆原陽茉莉があなたをバッチリエスコートします」 「ほお……」 「それじゃあ是非ともお色気たっぷりのドレスで俺を迎えに来てくれ」 「えー? わ、私そんなの持ってないから無理……」 「だったら水着でも良いぞ?」 「み、水着で映画なんか見に行ったら私晒し者だよ……!!」 「はは、冗談だって」 でも陽茉莉の水着か…… もう夏も近いし、デートがOKなら一度くらいプールや海に誘ってみたい。 「………」 「な、なんか……今エッチなこと考えてない……?」 「ああ、誰かさんの水着姿想像してた」 「へ、ヘンタイ……」 「はは、男にそれは褒め言葉だぞ」 「ううー……」 でもこれでまた一緒に映画には行けそうだ。 少し先の予定がこうして出来るだけで、自然と俺の胸は躍ってしまう。 「も、もう、知らないよ……?」 「そうやっていじわるなことばっかり言ってると、他の女子にも嫌われちゃうんだから……」 「………」 「俺は、陽茉莉にさえ嫌われなきゃそれで良い」 「え……」 「じゃなきゃこんな店にお前を誘ったりしないって」 「う、うぅ……」 「ひ、卑怯者……」 「はは、今日の俺は開き直ってるからな」 気がつけば程よく緊張感も消え、むしろ今なら何だって言える雰囲気になっていた。 告白するって決めてからは、もっと色々と葛藤があるもんだとばかり思っていたけれど…… (やばい、やっぱ楽しい) 陽茉莉と一緒に過ごす時間が、改めて楽しいと実感した夜だった。 「はあ〜♪ 美味しかったね〜!!」 「ああ、超美味かったな」 特に陽茉莉の気になっていた、牛ヒレ肉の赤ワイン煮込みが絶品だった。 デザートもフロマージュとかいうよくわかんないやつだったけど美味しかったし。 「今日はご馳走様でした」 「それから……誘ってくれてありがとう……」 「いえいえ」 「むしろ俺の方こそ楽しい時間をありがとうございました」 時刻はもうすぐ夜の9時をまわろうとしてる。 レストランを出てから大通りを抜け、こうして夜景の綺麗な場所へとやってくる。 「橋、綺麗だね……」 「ああ、そうだな」 「この橋、アデール橋って言うんだよね。フランスの女優から名前を取った」 「ああ、あの大通りを設計した建築士の奥さんの名前だろ?」 「あれ? 知ってたんだ」 「ああ、春先にちょっと調べる機会があってさ」 「ちなみにここで告白して結ばれたカップルは、末永く幸せになれるというおまけ付き」 「ふふ、所謂パワースポットってやつでしょ?」 「バレンタインとかクリスマスとか、いっつもここカップルでいっぱいになるもんね」 この街には、告白にまつわる話が探せばいくらでも出てくる。 この橋に関係した話も数多くあるが、どれもこの場所で告白したらという内容が一人歩きしているのが現状だ。 だからバレンタインやクリスマスには、そんな恋の名所としてライトアップされたりもしている。 「なんか、二人でこうしてると不思議だね」 「ちょっと前までは、話すのも気まずい雰囲気だったはずなのに……」 「ああ、誰かさんのせいでな」 「えー!? 何それちょっと酷いよ! 私何もしてないのに」 「何もしてなくてもこっちはビクビクだったんだよ」 「少し見ない間にこんなに綺麗になられちゃ、俺だって無意識にドキドキするっての」 「………」 「わ、私……そんなに変わったかな……」 「ああ、変わった」 「本当に綺麗になったと思うよ。お世辞抜きで」 「う、うう……何かそう言われると恥ずかしいんですけど……」 「ま、中身は昔のままちんちくりんだけどな」 「な、何それぇ! そここそお世辞を駆使して褒めるところじゃないの!?」 「あはは、無茶言うなって」 「もう……」 実際、陽茉莉は中身も成長したと思う。 本人には恥ずかしいから言いたくないけど、ここ数ヶ月間俺はそんな陽茉莉の新たな魅力にずっと惹かれてきた。 「そっちだって、大分変わっちゃったくせに……」 「はは、そう言えば前にもそんなこと言ってたな」 「うん」 「昔はもうちょっと素直で良い子だった気がするもん」 「私がそばにいないと何も出来ないような、そんな駄目駄目っ子だったくせに」 「待て。人の過去を勝手にねつ造するな」 「むしろ普段から転びまくってたお前を助けてたのはこっちだろ」 「あれ? そうだったっけ?」 「ああ、毎日誰かさんを身の危険から守りまくってたからな」 「えへへ……」 若干昔のことを思い出したのか、目の前で恥ずかしそうに笑う陽茉莉。 実際運動神経がないせいか、普段から見ていて非常に危なっかしいやつだった。 「学校に遅刻しそうになると決まって全力ダッシュして転ぶんだもんな」 「おまけに玄関先と昇降口じゃ毎日決まったポイントで……」 「もう……私の恥ずかしい話ばっかり……」 「はは、ごめんごめん」 「でも、昔よりも俺、今の学校が楽しいよ」 「今年はこうして、陽茉莉とも同じクラスになったわけだし」 「去年はクラスが違ったからあれだったけど、今年は文化祭も修学旅行も一緒だ」 「うん、そうだね……」 「私も今、学校行くのがすごく楽しみ」 「………」 「………」 学校行事だけじゃなく、休みの日にはこうやって二人で出かけられたら最高だ。 昔とは違って、お互いもう大人だし。 こうして二人で街を歩いていると、しみじみとそんな風に思えてしまう。 だけど…… 「陽茉莉」 願わくば、俺はそんな時間を陽茉莉と恋人として過ごしたい。 今の俺は、心の底からそう望んでいる。 「大事な話があるんだ」 「聞いてくれないか?」 「う、うん」 「なに……?」 「………」 「ごめん。ちょっと気合い入れる」 「……?」 「皆原! 皆原陽茉莉さん!!」 「は、はいっ!!」 「今から俺、告白するから」 「えっ? えっ……!?」 「て、ていうかそれもうしてない……!?」 「ああごめん、口が滑った」 「でも、ふざけたりしないから。ちゃんと聞いて欲しい」 「………」 「は、はい……」 「俺は……」 「いや、僕は……」 「皆原さん。あなたが好きです」 「正直に言うと、惹かれたきっかけは山ほどあって……自分でも少しわかりません」 「ただ、あなたと同じクラスになって、また昔みたいに話せるようになってから……」 「小さい頃には気づかなかった、あなたの色々な一面や、新しい魅力に惹かれていったんだと思います」 「………」 「あ、新しい……魅力……」 「教室で、友達と楽しそうに笑っているあなたが好きです」 「見た目は大人しそうなのに、実はむくれると結構面倒なところも好きです」 「昔とは違って、俺の知らない友達と楽しそうに話しているときのあなたは……」 「最初は少し……距離を感じて寂しくなったりもしたけれど……」 「でも、春に教室で見たときには……やっぱり少しドキッとしました」 「………」 「それから……」 「今だから言えますが、実はあなたの初恋の話を聞いたとき、俺はかなり動揺していました」 「そのときは何で今になってとか、そんな素振りなんて全然見せてくれなかったのに」 「……なんて、思ったりしていたけれど」 「あ、あははは……」 「ご、ごめんね……本当はずっと黙っていようって思ってたんだけど……」 「あのときはもう、ずっと前から自分の中で自己完結しちゃってた話だったから……」 「でも、それも今では感謝しています」 「俺みたいなロクでもないやつに、初めて好きだったと言ってくれたのがあなたでした」 「だから、俺も今こうして自分の気持ちをあなたに伝えたい」 「好きです。皆原さん」 「もし良かったら、俺と今日から付き合ってください」 「是非、お願いします……!」 「………」 「ほ、本当に……私なんかでいいの?」 「ああ」 「本当に……本当に私なんかが側にいていいの……?」 「私、馬鹿だからきっと酷いこといっぱい言っちゃうよ?」 「迷惑もいっぱいかけちゃう自信あるし、たぶん付き合っても駄目彼女になっちゃう自信……あるし……」 「それでも良い。俺は陽茉莉が良いんだ」 「俺たちには、子供の頃からたくさんの思い出がある」 「だけど、俺はこれから今の陽茉莉と少しずつ新しい思い出を増やしていきたいんだ」 「だから、今すぐ告白の返事が欲しい」 「俺は今のお前に夢中なんだ」 「………」 「う、うん……」 「私も、これから青葉くんと……」 「ううん……」 「恭ちゃんと一緒に、新しい思い出を作っていきたい」 「私も、これからあなたと一緒に……新しい思い出を作っていきたい」 「だ、だから……」 「………」 「今の告白、喜んでお受けします」 「私を恭ちゃんの彼女にしてください」 「私を、あなたの彼女にしてください」 「………」 「………」 「はは、やばい、俺今嬉しすぎて泣いちゃいそう」 「ふふ、途中僕からすぐに俺に戻ってたよ?」 「ごめん。感情が高ぶるとやっぱり素の自分って制御出来ないみたいだ」 「あはは、でも……ちょっとカッコ良かったよ?」 「ええ!? ちょっとだけ!?」 「ふふっ。うん、ちょっとだけ」 こうして、俺と陽茉莉は正式に今日から付き合うことになった。 出来たばかりの彼女を、早速遅い時間まで外に連れ回すわけにはいかない。 そのままどちらからともなく手を繋ぎ、ゆっくりと陽茉莉の家まで歩いて行った。 ……。 ……。 ……。 ……。 ……。 ……。 「もう、着いちゃった……」 「ああ」 「送ってくれてありがとう。今日はすっごく楽しかった」 「それから、たぶん忘れられない一日になった気がする……」 「俺も……」 「たぶん今夜は嬉しすぎて眠れなそうだ」 「ふふっ。駄目だよ? 明日も学校なんだからちゃんと寝ないと」 「………」 「え、えっと……」 「それじゃあ、おやすみなさい……」 「ああ、おやすみ」 「家に着いたらメール頂戴?」 「寝る前に、少しだけ電話で声聞きたいから……」 「おお? 早速彼氏に甘える気満々ですか?」 「ち、違うもん……今日だけ特別なんだもん」 「はは、素直になれって、俺もその方が嬉しいし」 「うう……」 「今日は何から何まで負けた気がする……」 「ほら、早く家に入らないと陽子さんが心配するぞ?」 「あ、うん……」 「それじゃあ、今度こそおやすみなさい」 「ああ、おやすみ」 6月30日。 生まれて初めて彼女が出来たこの日は、きっと一生忘れられそうにない。 俺は一人、まだ告白の余韻に浸りながら自分の家へと向かって歩いた。 「お……!」 『メール受信1件 陽茉莉』 自分の彼女から早速メールが送られてくる。 「………」 (彼女からの、人生初のメール……) ヤバい。 なんかこれだけで無駄に感動してきた。 『俺、これから陽茉莉にメールもらう度にベッドの上で飛び跳ねそう』 俺もすぐにメールを書いて送信する。 ……。 ……。 (な、何……!?) 「俺も彼女専用フォルダ作ろう……」 まだ告白時のドキドキを引きずったままでいる俺。 こうして、俺の生まれて初めての告白は大成功のまま幕を閉じた。 「………」 ……。 ついに、6月30日を明日に控える。 いい加減、告白するのならこの日にしようと決めていた俺。 来月には夏休みも始まるし、本気ならそろそろ腹をくくらなきゃいけない。 「急だけど、電話して先輩をデートに誘うか……」 学校で告白すると、俺の勘では間違いなく3年の部外者に邪魔される気がする。 ただでさえ俺なんかじゃ先輩と釣り合っていないと思われているのに。 そんな状況で白昼堂々学校で告白するのはさすがに気が引ける。 「ま、この間のプールみたいに外へ誘えば、デートも出来るし一石二鳥だよな」 これで告白して振られたら笑える。 というか笑いを通り越して、先輩に告白するのなら一つだけ心配が…… (先輩……) (男女が付き合うとか付き合わないとか、そういう交際についてはちゃんと理解してるのかな……) ……。 ……。 いや、多分理解してなさそう…… 「どうしよ、俺が説明した後改めて告白する流れで良いのか……?」 先輩って、勢いでゴリ押せばOKしてくれそうな雰囲気があるんだけど。 でもその後首をかしげられたら結構凹む。 「いや、そうやって今まで俺はずるずると引き延ばしてきたんだ……!!」 「駄目だ!! 俺は告白する! 絶対に明日先輩に告白するぞ!!」 すぐにケータイを取り電話をかける。 ちょっと迷惑かもしれないけど明日先輩の予定が悪かったら、少しだけ時間を割いてもらって俺があの八百屋まで行けば良い。 とにかく俺は今のおともだちから少しでも前に前進したい。 「も、もしもし……」 「あ、先輩ですか? こんな時間にすみません。今ちょっと良いですか?」 「うん……いい……」 あれ、先輩の声が眠そうだ。 時計を見ると、今はまだ夜の9時過ぎだけど。 「えーっと、実はですね」 「明日、もし良ければどこかに二人で出かけませんか?」 「………」 「で、出かける……?」 「はい、そうです。これはデートのお誘いです」 「で、デート……」 「………」 「………」 なぜか一瞬無言になる先輩。 まあこれはいつものことなので特に緊張はしない。 「明日先輩の予定が空いていたら、二人きりで外に遊びに行きましょうって話です」 「プールの時みたいに、楽しく遊べればOKって感じで」 「うん、行く……」 「マジですか!?」 「うん……」 (よっしゃぁぁぁぁ!!) まだ告白もすんでいないのに、今からテンションが上がってしまう俺。 「それじゃあ集合は何時にしましょうか」 「あんまり早くても、一日歩き続けて疲れるのもアレですし……」 「お、お昼……が、良い……」 「午前中は、お店………手伝うから……」 「わかりました、それじゃあ2時に駅前でどうです?」 「うん、平気……」 「明日は先輩の行きたいところに遊びに行きましょう!」 「まあ俺があれこれ連れ回しても良いんですけど、それだと先輩が大変だろうし」 「だ、大丈夫……」 「二人が一緒なら、それで……良い……」 「………」 「………」 思わずケータイを持ちながら先輩の言葉に感動してしまう。 なんかこのまま好きって言いたくなってきたんですけど。 でも告白は電話じゃなくて、ちゃんと本人を前に言いたい。 「そ、それじゃあ明日の2時に駅前ってことで」 「うん……」 「お、おやすみなさい」 「うん、おやすみ……」 「よ、よし……!」 何とか明日はOKもらえたぞ……! 「ひゃあああああ!! う、嬉しいィィィィーーーーッ!!」 ベッドの上で何度も布団を抱えて転がりまくる。 先輩とプールに行ったときもそうだったけど、二人で出かけられるのはマジでテンションが上がる……!! 「学校じゃいつも邪魔が入るからな……」 フッフッフ……! 明日はなんとしても、先輩のおともだちから彼氏にクラスチェンジしてやるぜ……!! 「今のうちにデートの心得を予習しておかなくちゃな」 そのままウキウキしながらノートパソコンに向かう。 明日は生まれて初めての告白デー。 本当はもっと不安になると思っていたが、今は明日の昼が楽しみで仕方がなかった。 約束よりも少し早めの時間に駅前広場へとやってくる。 待ち合わせ時間はまだ先とはいえ、俺は早く先輩と会いたくて会いたくて仕方がない。 (あー、だったら先輩を迎えに行くのもありだったな……) でもいきなり先輩のご両親と会うのも厳しいし、ここは素直に待っている方が得策だ。 変に焦って後から空回りするのもカッコ悪いし。 ……。 ……。 (そろそろかな……?) 時計を見ると丁度2時。 さてさて、先輩はと…… (ん……?) 「………」 「お、おまた……せ……」 「先輩ッ!!」 「……ッ!!」 「な、なに…………??」 「あ、すみません、嬉しくてつい大声を」 「………」 目の前にいる沢渡先輩は、俺以外の人間から見ても文句なしに可愛い。 ただ可愛いだけじゃなく、何というか雰囲気がそもそも他の女子と違うというか…… 彼氏でもない俺が、この場でギュッと抱きしめたくなるほどの何かがある。 「きょ、今日は……ありがとう……」 「さ、誘って……くれて……」 「あ、ああいえ、こちらこそ……」 「………」 俺同様、今日は少し緊張している様子の先輩。 おお、やっぱりデートはこうでなくちゃ。 「じゃあ先輩、早速行きましょうか」 「うん……」 そのまま手を繋いで二人で歩く。 ……なんてことは出来なかったが、仲良く先輩とショッピングモールの方へ行く。 まだお昼は食べていなかったというので、俺も小腹が減っていたしまずは食事に行くことにした。 「どうぞ先輩、器が熱いから注意して下さい」 「う、うん……」 「ありがとう……」 (ふぅ……) (で、なぜここでランチ……??) 「………」 先輩のリクエストに応えて店を探そうとしたが、行きたい場所を聞くとここに連れてこられた俺。 本当はもうちょっとデートらしく二人きりになれる店が良かったんだけど。 先輩自身は楽しそうなので、まあここは深く考えずに俺も納得する。 「先輩をまねて俺も今日はエビ天そばにしました」 「はは、何かこうしてると、学食でメシ食ってるのと変わりませんね」 「うん……」 「え、エビ天そば……」 二人仲良くショッピングモール内のフードコートでメシを食う。 どうもこの間俺がご馳走したことがきっかけで、エビ天そばに目覚めてしまったらしい先輩。 エビもしっかりと2匹のせてある。 「先輩、エビ好きなんですか?」 「……(こく)」 「……好き」 「ザリガニ……っぽくて……」 「そ、そうなんだ」 まあ確かに見た目だけなら似てるけど、ザリガニに毒があるって先輩は知ってるんだろうか。 「ふーっ、ふーっ」 「先輩、七味かけます?」 「ううん。平気……」 間近で見る先輩のふーふーはちょっとエロい。 どんぶりに向かって少し屈むと、先輩の背が余計に小さく見えて無駄に可愛さが倍増する。 「……?」 「そば……食べないの……?」 「え?」 「あ、ああ、いただきます」 「ふふ、めしあがれ」 ああああ!! もうマジで可愛いなああ!! 俺が先輩の親父だったら、絶対に死んでも変な男には近寄らせたくない!! 「先輩、今日はそばが食べたかったんですか?」 「事前に言ってくれれば、もう少し良い店探したのに」 「………」 「こ、こういう……ところで……」 「一緒が……良い……」 「先輩、もしかして俺と学食でごはん食べるの、超好き?」 「うん、好き」 「………」 「………」 (ま、まずい……) 一瞬ドキッとして箸を落としそうになる。 意味合いは違っても、先輩の口から好きって言葉を聞くと途端に余裕がなくなってしまう。 先輩は基本的には控えめな性格だから、まさか正面からこんなにドキドキさせられるなんて、正直思いも寄らなかった。 「………」 「………」 (聞いてみたい……) 先輩が俺のことをどう思っているのか。 告白するって決めたのはいいけど、やっぱり先輩の気持ちの方が先に気になってしまう。 「先輩って、誰かと付き合いたいって……」 「思ったことあります……?」 「………」 「付き……合う……?」 「ええ、所謂彼氏彼女の関係ってやつです」 「………」 「………」 「よく……わからない……」 「ほ、ホントにわからない……?」 「……(こく)」 「よく……分からない……!」 「あはは、そんな自信満々に答えられても……」 ま、何となく予想はしていたけど。 「よし、ここで一度整理しましょう」 「いいですか? 俺と先輩は今友達の関係ですよね?」 「……(こく)」 「おともだち」 そう言って、先輩は嬉しそうに微笑む。 「物を使って整理しましょう」 「今俺たちはココ。醤油差しのあるところにいます」 「……(こく)」 「ちなみに醤油差しから手前はお友達未満です。まあ他人というやつですね。誰お前みたいな」 「他人……いや……」 「お、おともだち……!」 「だ、大丈夫です! 俺たちは今ここにいるからちゃんとおともだちです! 醤油のところですから」 「醤油コンビ……」 待って、何かそのフレーズ嫌だ。 「さらにこの間、俺たちは二人きりでデートをしました。プールデートです」 「おまけに一日中一緒にいたわけですから、俺的には結構良い感じにラブラブ出来たと思います」 「ラブラブ……?」 「じゃ……ない……」 え……? 「あ、ああ……すみません……ちょっと調子に乗りすぎました」 「そうですよね……俺たち別にまだラブラブなんかじゃ……」 「醤油コンビ……!」 醤油から離れて! 「つまりですね。俺的には先輩とプールデートをしたことにより……」 左右一本ずつ、自分の人差し指を横につつーっと移動させる。 「今ここ、俺たちは醤油差しよりさらに進んでこの七味エリア」 「つまり友達以上恋人未満に進んだと言っていいと思います」 「あ、七味コンビ禁止ね」 うわあ、すごく残念そう。 「で、先輩はこの先俺とどうなりたいのか」 「俺はそれを先輩に聞きたいんですよ」 「さ……先……?」 「ええそうです。先です」 「普通に考えれば、男女のペアがこれ以上仲良くなると、少なくとも付き合う付き合わないと言った話が出て来ます」 「この場合だとあそこですね。割り箸入れがお付き合い成立。つまりカップルになるってことです」 「………」 「カップル……」 特に照れる様子もなく、真顔で俺の話に耳を傾ける先輩。 本当はここでちょっと赤くなったりしてもらいたいところだが、やっぱり先輩はこの手の話には相当疎い。 「か、カップル……」 「お、お付き……合い……?」 「はい、そうです。お付き合いです」 「あ、あの……」 「し、しつもん……」 「はいなんでしょう」 「お、お付き合い……したら……」 「お、おともだち……は……?」 「ええ、少なくともお友達ではなくなりますね」 「ええ……!?」 「それ……嫌……」 「あはは、嫌ですか」 「……(こく)」 どうやら先輩はおともだちという言葉に固執している節がある。 どんな理由があるにせよ、それ自体が先輩にとってどんな意味を持っているのかは知らないが…… 「先輩に一つだけ良いことを教えます」 「お付き合いは、友達よりも幸せで最高です」 少なくとも俺が、こうして先輩に恋愛の何たるかを教えなければならない。 「さい……こう……?」 つい最近までモテないと嘆いていた俺が、今度は人様に恋愛を教授しているこの皮肉。 でも相手が可愛いこんな先輩なら、そんな皮肉も俺は喜んで受け入れるのだった。 「先輩、もう日も沈みましたけど、時間平気ですか?」 「大丈夫……」 「今日は、ちょっと遅くなるって……言った……」 「そうですか……」 「うん……」 あの後はショッピングモールを二人でまわり、公園では休日限定の大道芸なんかもやっていた。 以前のプールデートとは違い、先輩とも普段より会話が弾み俺的にここまでの流れは満点だ。 (よし、そろそろかな……) 残すところ、あとは告白だけ。 いよいよかと思うと、さすがに俺の心臓もバクバクいってくる。 「あの、先輩」 「ちょっと良いですか?」 「……?」 「実は俺、今日は先輩に伝えたいことがあって……」 「伝えたい……こと……?」 「はい」 「俺……」 「実は先輩のこと……」 「ねえ、あれ……沢渡さんじゃない?」 「え?」 「あ、ホントだ……!」 「わあ……! 可愛い、私沢渡さんの私服初めて見たかもー!」 「あの沢渡さん、こんな時間にここで何やってるの?」 (こ、これは……) いよいよってときに空気をブッ壊される。 あああああああ!! というか何なんだよ……!! せっかく邪魔が入らないように今日は外に呼び出したのにィィ!! 「う、あの……」 「沢渡さん、こんな時間に一人で出歩くなんて危ないよ。痴漢でも出てきたら大変だよー?」 「これからどこへ行くの? 誰か人を待ってるとか……?」 「デートです。デート。帰りも一人にはしないから安心して下さい」 「それよりも今良いところなんで、ちょっと空気読んであっち行っててもらえます?」 「あ、あなたは……」 「ええ!? デート!?」 「ちょ、ちょっと待って沢渡さん! で、デートってそれ、彼とホントに……?」 「……(こく)」 「で、デート……」 「今日は……すごく楽し……かった……」 「さ、沢渡さんがデートって……」 先輩が俺とデートするのが、そんなにいけないことなんだろうか。 そりゃあ彼女と比べて俺はあらゆる面で劣っているのは自覚している。 ただ、それでもこんな俺を先輩はちゃんと必要としてくれた。 学校で普通に話したり、学食で昼を食べたりデートしたり…… そんなみんなが当たり前のようにやっている『普通』が、こうして一方的に否定されるこの空気…… 「さ、沢渡さん本当にデートなの……?」 「あんまりこういうことは言いたくないけど、沢渡さんは普通の人と違って特別なんだから……」 「………」 「で、デート……」 俺はもう、こんなの絶対我慢できない。 特別だから何だって言うんだ。 そもそも彼女らの言う特別って何だ。 何でも一方的に、先輩のイメージを決めつけるそんないらない特別なんて…… 「先輩、好きです」 「ええッ!?」 そんなもの、俺の告白と一緒に変えてやる。 「最初は、ただの好奇心からでした」 「クラスで、一つ上の学年に綺麗で可愛い先輩がいる」 「そんな噂を聞いて、ちょっと春先は舞い上がっていたこともあって、俺はここ最近ずっと先輩のことを考えていました」 「学年が違うと、部活でもやらない限り接点はないし、ちょっと色々不安なこともあったけど……」 「それでも先輩は、俺が話しかけるといつもイヤな顔一つせずに振り向いてくれました」 「………」 「基本的には、いつも困らせてばかりだったような気もするけど、先輩とのここ数ヶ月のやりとりには本当にドキドキしていました」 「始めてまともに会話したときもそうです」 「俺、どちらかと言えば一方的に喋れる人間だし、先輩はじっと俺の話を聞いてくれるから……」 「なんか……あのときは余計にそれがドキドキして……」 「財布……拾った……」 「はい、あのときはありがとうございました」 「初めて二人で遊びに行ったときもそうです」 「初デートがプールだなんて、今思うと奇跡としか言いようのないデートでしたけど……」 「ああやって、学校じゃないところで見る先輩は、いつもより新鮮に見えてまたドキドキしました」 「そんな感じで、最初はただ可愛くて綺麗な先輩と……その……」 「つ、付き合えたら良いのにな……なんて、気軽に考えていたけれど……」 「今はもう、そのときとは比べものにならないくらい、あなたが好きです」 「………」 「す、好き……」 「はい好きです!」 「口数が少なくて、もっと大人しい人なのかなって思ったら案外そうでもないところも好きです!」 「プールに恥ずかしいからってダイバースーツを着て来ちゃうところも好きです!」 「俺の隣でそば食ってるところも好きです!」 「好奇心が旺盛なところも、俺の冗談もスルーを通り越してちゃんと聞いてくれるところも超好きです! 大好きです!!」 「俺は、先輩と友達になれてすごく嬉しかった。先輩が寂しそうな顔をするとき、俺を必要としてくれたときも嬉しかった!」 「だからもう、先輩の言うおともだちのままじゃ俺、我慢できません」 「俺を、先輩の彼氏にしてください!」 「俺ともっと一緒に二人の時間を過ごしたかったら今すぐ俺にOKをください!」 「学食でメシ食うのも! 友達と話すのも! 男子とデートして帰りにこうやって告白されるのも!」 「先輩、今まであなたがしてきたことは、何一つ特別なことなんかじゃない」 「俺と付き合っても、この先それはずっと変わらないと思うし、友達のままでいてもそれは同じだと思います」 「だけど、もし先輩さえ良かったら……」 「俺を恋人として先輩のそばにいさせてもらえませんか?」 「恋……人……」 「恋人なら、俺も自信がつくんで今よりばんばんデートが出来ます!! お得です!!」 「恋人なら、寝る前にちょっと寂しくなったときにも、電話一本で俺が駆けつけます!! お得です!!」 「昼だって今まで以上に楽しくきっとそばが食えます! 学校での会話も絶対に弾む自信があります!! お得です!!」 「さらに今なら、絶対に浮気しない誓いももれなくついてきます。というかそんなもの誓わなくてもしないんで大丈夫です」 「だから先輩、もっと俺とこれから二人だけの思い出を作りませんか?」 「俺は、先輩のわがままだったら何でも聞く自信があります」 「………」 「先輩は、俺のこと好きですか?」 「す……す……」 「………」 「じゃあ先輩、俺のこと嫌いですか?」 「き、嫌いじゃない……」 「俺とこうして二人で遊びに行くの、イヤですか?」 「い、イヤじゃ……ない……」 「俺ともっと一緒にいたいって、またこうして二人で遊びに行きたいって、思ったりします?」 「お、思う……」 「お、思う……し……」 「か、勝手にいなくなっちゃったりしたら……嫌だ……」 「先輩、それはたぶん俺と一緒で、『好き』ってことなんだと思います」 「俺は先輩とずっと一緒にいたいから、彼氏にして欲しいです」 「………」 「わ、私……も……」 「ずっと……一緒……」 「じゃあ先輩、俺の彼女になってくれますか?」 「またこうして、次は恋人としてデートしてくれますか?」 「うん……」 「する……」 「………」 「………」 「私も、またデート……したいから……」 「………」 「し、信じられない……」 「ね、ねえ……聞いた!?」 「い、今……! 沢渡さんずっと一緒にいたいって……!」 「………」 「あ、あはは……」 「すみません、何か誘導尋問みたいになっちゃいましたね……」 「おい、お前らどうしたんだよ!」 「あれ!? なああそこにいるの沢渡さんじゃ」 偶然にも次々と3年の先輩たちがこの場にやってくる。 皮肉にもこれでここにいる全員が、俺と先輩が恋人になった証人となってしまう。 「………」 「先輩、それじゃあ行きましょうか」 「帰りはちゃんと、彼氏らしく家まで送っていきます」 「……(こく)」 「一緒……」 こうして、俺と先輩はめでたくカップルになる。 この意味をどれだけ先輩が理解しているのかは不明だが、少なくとも先輩は嬉しそうなので良しとする。 俺たちは自然と手を繋ぎ、通りを真っ直ぐに歩いて彼女の家へと向かった。 ……。 ……。 ……。 ……。 ……。 ……。 「………」 「もう、着いちゃいましたね」 「……(こく)」 時計を見ると、もうすぐで午後9時になる。 これ以上は先輩の両親も心配するだろうし、わがままは言えない。 「それじゃあ先輩、今日はここでお開きです。また学校で会いましょう」 「きょ、今日は……」 「今日は、楽しかった……」 「ええ、俺も超楽しかったです」 「というかまさかあんな勢い告白になるとは思っていなかったんで、今夜はしばらく寝れそうもない感じで」 「彼氏……」 「ええ、俺は先輩の彼氏です」 「そして先輩は、今日から俺の彼女ですよ?」 「か、カノジョ……」 そう言ってしばらくその場を動こうとしない先輩。 名残惜しいのは俺も一緒だけど、もう時間も遅いしここは我慢。 「それじゃあ先輩、おやすみなさい」 「また学校で」 「うん……」 「おやすみなさい……」 「あはは、なんか超恥ずかしい」 6月30日。 こうして生まれて初めての俺の告白は大成功した。 あんな恥ずかしい台詞を必死で言った俺には、今夜だけ自分で100点満点をあげたかった。 「お……!」 『メール受信1件 先輩』 早速付き合ったばかりの彼女からメールが届く。 やばい、メールが来るだけでこんなにも嬉しいとは……! (はは、俺も今日から彼氏とおともだちの二刀流か) 嬉しい反面、先輩にとって良い彼氏でいようと思うと少し緊張する。 俺は先輩が好きだ。 今はこの気持ちに正直に、とにかく先輩と楽しい毎日を過ごしたい。 そう、心から思っているのだった。 「………」 ……。 ついに、6月30日を明日に控える。 告白するならこの日にしようと決めていた俺。 今更ビビっても自分の気持ちは誤魔化せないし、ここはしっかりと自分の気持ちを伝えたい。 「あいつに電話するのに、こんなに緊張するのは初めてだな」 明日、俺は望月をデートに誘う。 予定があると言われても、告白する時間くらいならとってもらえるだろうし。 「よし……」 軽く深呼吸して電話をかける。 これで電話が繋がらなかったらちょっと肩すかしだけど。 「はいはい? もしもしー」 「よう、望月か?」 「ふふっ、当たり前でしょ? 誰のケータイに電話かけてんのよ」 「で? こんな時間にどうしたの?」 「まさか寝る前に私の声が聞きたかったとか、そんな気持ちの悪いこと言うつもりじゃないでしょうね〜」 「………」 「まあ、用件は別にあるけど、お前の声は聞きたかったぞ?」 「え……?」 「………」 「………」 おいおい何言ってんだ。 告白する前にこんなあぶない橋渡ってどうする俺……! 「こ、コホン……!」 「まあとりあえず冗談はいいとして」 「冗談なのか」 「望月、お前明日一日暇か? 少し時間を空けて貰えるだけでも良いんだけど」 「え? 明日?」 「うーんと、ちょっと待ってね。明日明日……と」 「うん、平気よ。バイトも無いし一日空いてる空いてるー」 「おおそうか。それは良かった」 「ふふっ、ねえねえ」 「もしかしてこれって、デートのお誘いってやつ……?」 「………」 「あ、ああ。まあな」 「別に良いだろ? 普通に俺と遊ぶくらい、別に初めてってわけじゃないんだし」 「………」 「普通に遊ぶの……?」 「え?」 「………」 「………」 一瞬電話越しに空気が変わるのがわかる。 駄目だろ、いつものようにここでサラッと流したら、今回こいつをデートに誘う意味が無くなってしまう。 「あ、あはは……ご、ごめんね? 急に変なこと聞いちゃって」 「大体普通に遊ぶ以外に何があるっていうのよね。もうホント私何言ってるんだろう。あはは……」 「………」 「実は俺、お前に伝えたいことがあるんだ」 「だ、だから明日は、普通に遊ぶだけじゃなくて……」 ケータイを持つ手が震える。 「ぶっちゃけ、お前と二人きりになりたい」 「え……?」 「だ、だから、ただゲーセンで一緒に騒いだりするだけじゃなくて……」 「明日はその……」 「お前とちゃんと、デートっぽいことがしたいんだ」 「………」 「………」 「で、デートっぽいことって……?」 「ま、まあそれは明日次第って言うか……」 「お前の気持ち次第っていうか……」 「………」 おいおい、これじゃデートに誘う前から半分告白してるようなもんだろう。 というかこれで明日無理とかいきなり言われたら、来週から学校で顔合わせられないんですが……!! 「うん、わかった……」 「それで、時間は何時にするの……?」 「え? いいのか?」 「ふふ、明日は空いてるって言ったでしょ?」 「それにあんたの言うデートっぽいことって、ちょっとだけ気になるし」 「そ、そうか」 「うん」 「それじゃあ、明日は昼の2時に駅前広場でどうだ?」 「その後は軽くメシ食って、大通りの方へ遊びに行くってプランで」 「うん、わかった」 「楽しみにしてる」 「おう、遅刻には気をつけろよ?」 「ふふ、あんたじゃないんだから大丈夫ですー」 「あ、それと」 これはちゃんと言っておきたい。 「帰りは家まで送っていくから、そこは心配しなくていいからな?」 「………」 「あ、ありがと……」 「じゃ、電話切るぞ? お前も今日は早めに寝ておけ?」 「うん、そうする」 「それじゃあまた明日」 「おやすみ……」 「おう、おやすみ」 ……。 「ぷはぁぁっ……!!」 「やべえめっちゃ緊張した……!! マジでドキドキした……!!」 今からこんな調子で大丈夫か俺。 明日はあいつに告白するんだろ? だったら今の比じゃないくらい本番は緊張するだろうに。 「と、とにかく明日はビシッと決めていかないとな」 少しは身だしなみにも気をつけないと、あいつの横に並んだときに浮いてしまう。 堂々とデート宣言して、あいつと遊びに行くのは明日が初めて。 今思うと、俺があいつに惚れるなんて去年の今頃は全く考えられなかった。 でも今これだけ心臓がバクバクいってると、嫌でも自分の気持ちを再確認してしまう。 「でもあいつ、電話だと嬉しそうだったな」 もうそれだけで今夜は胸がいっぱいだ。 この調子で眠れなくなると明日に響くので、今夜はこのままベッドに入って寝てしまおう。 「あいつ、明日はどんな服着てくるかな……?」 オシャレ好きの望月のことだ。 明日は割り増しでいつも以上に可愛く見えるに違いない。 明日のデートのシミュレーションを脳内でしながら、俺はそのまま静かに眠りに落ちていった。 予定より少し早い時間に待ち合わせ場所につく。 時刻は午後1時半。 午前中から長時間無駄に風呂に入り、髪もいじりまくって家を出てきた。 着る物に関しては下手にこだわると逆にダサくなりそうなので無難な服装にした。 これで駄目なら元々俺のスペックなんてたかがしれているし、逆に俺の度胸もつくってもんだ。 「ふう……」 「あいつ、まだかな……」 いやいやまだかなじゃないだろ。 俺が勝手に30分も早く来てるんだ。 これくらいの時間、余裕で待っていられなきゃ俺の男としての格が下がる……! 「今思えば、あいつの家まで迎えに行くのもありだったな」 いや、でも付き合う前からそういうことするのもどうなんだ? 普通付き合ってもいない男が、家の前まで来るなんてキモ過ぎるだろ。 でも友達としてなら特に問題は無い気がするけど。 (ああああ!! もう!!) このなんとも言えない距離感がもどかしい。 昨日はあれだけビクビクしていたくせに、今の俺はすぐにでもあいつに告白出来る勢いだ。 (望月が来るまで、告白の練習でもしてみるか……?) たかが30分も落ち着いていられない俺。 軽く時計を目にした後、ベンチに座ってそのままじっとその場で待つ。 一時間後。 「………」 (あれ……? なんか遅くない……?) 時計を見ると、約束の2時はとうに過ぎていた。 でも女子はデートの準備に時間がかかるって言うし、これくらいの遅刻なら全然許容範囲か。 「この程度でメールするのもあれだよな」 これが元気や桃相手だったら、すぐにでも電話をするところだけど。 30分くらいであいつを急かすのもカッコ悪い。 さらに30分後。 「………」 (お、おい……さすがにちょっとやばくないか……?) ケータイでメールしてみるが反応がない。 電話をかけてみるが、なぜか圏外扱いで繋がらない。 (まさか、途中で事故にでもあってるんじゃないだろうな……?) 一瞬嫌な想像をしてしまうが、さすがにこれはちょっと別の意味で落ち着かない。 何かあれば、あいつは絶対に連絡はしてくるだろうし…… (よし……) そこまで遠い距離じゃないし、とりあえず一度望月の家まで行ってみよう。 デートうんぬんの話ではなく、今は何よりもあいつのことが心配だ。 『着信・望月 理奈』 (お……!?) 望月から電話がかかってくる。 「も、もしもし!? お前今どこにいるんだよ!?」 「ご、ごめんなさい……連絡が遅れちゃって……」 「じ、実は私、今バイト先にいるの……」 「え? バイト……?」 「午前中、ウチの店長が急に倒れちゃって……病院に行くまでの間店に出てくれないかって頼まれて……」 「最初は1時半までの話だったんだけど、店長から連絡が来ないままお店の方が混んじゃって……」 「な、なんだ……」 「良かったよ。事故かと思ったぞこっちは」 「ほ、本当にごめんね……?」 「私も緊急事態って聞いたから、1時くらいまでなら平気かなって思って……」 「ごめんなさい……怒ってるよね……?」 そう言って、少し怯えた様子で電話越しに聞いてくる望月。 結果だけ見れば遅刻した上にまだ待ち合わせ場所にも来てないんだ。 そりゃあ俺でも逆の立場だったら嫌われたかと少しは心配する。 「いや、いいって。店長が倒れたんだろ? さすがにそれは緊急事態だ」 「それにお前の性格を考えれば引き受けるのは当然だし。俺も別に怒ってるわけじゃないから安心してくれ」 「う、うん……」 「ありがとう……」 「で? 店長とは連絡取れたのか? 場合によっては俺との予定はキャンセルでも良いけど」 「それが……」 「一応さっき店長とは連絡が取れたんだけど、検査が長引くとかで、少なくとも夕方以降にならないと店には戻れないって言ってて……」 「そっか……」 「それじゃあ今日はやっぱり無理そうだな」 「………」 さすがにそんな状況で、俺が望月を強引に引っ張り回すことなんて出来ない。 正直めちゃくちゃ残念ではあるけれど、今日は大人しくこのまま家に帰るか。 「うん、わかった。それじゃあ今日は運が悪かったと思って素直に帰る」 「お前も、店が大変だと思ったから引き受けたんだろ?」 「俺もバイトしてるから、緊急時に仕事先を放っておけない気持ちはちゃんと理解できる」 「ごめん………」 「この埋め合わせは絶対にするから……」 「おう、そうしてもらえるとありがたい」 「じゃ、電話切るからな? まだ店の方は忙しいんだろ?」 「う、うん。今日は休日だからお客さんいっぱいで……」 まだ望月の声を聞いていたかったが、あまり引き延ばすのも迷惑なのでやめておく。 「じゃあ、また来週学校でな」 「………」 「ま、待って……!」 ん? 「どうした?」 「あ、あの……」 「きょ、今日は……ホントにごめんね……?」 「本当は直接会って謝りに行きたいんだけど……なんか今、お店を離れられなくなっちゃってて……」 「きょ、今日のデート、私昨日からずっと楽しみにしてたのに……」 「お、おい……別に俺のことは本当に気にしなくていいから」 「う、うん……ごめんね? 本当にごめん……」 ビックリした。 でもそれだけ楽しみにしていてくれたのなら、俺もそれだけで誘った甲斐があったってもんだ。 「それじゃあ今度こそ本当に切るぞ? もし良かったら仕事終わったとメールかなんかくれ」 「うん。わかった……」 「おう、それじゃあ頑張れよ?」 電話を切る。 「はあ……」 一気に全身から力抜け、ため息が出てしまう。 こればかりは運がなかった。 せっかく今日は告白するって決めていたのに、さすがにこれは出鼻をくじかれた気分だぞ。 「しょうがない……」 「今日は大人しく帰るとしますか……」 このままあいつのバイト先へ顔出しても迷惑かけるだけだし。 特に他に用事も無いので、俺はそのまま真っ直ぐに来た道を戻って家に帰った。 「あんた、そろそろお湯冷めちゃうからお風呂入りなさい?」 「んー」 ボーッとテレビを見ながらテーブルに突っ伏す。 駄目だ、望月には悪いけど、どうも今日のキャンセルは俺の心にぽっかりと穴を開けている。 時計を見ると時刻は午後9時過ぎ。 予定通りなら、今頃どっかで俺はあいつに告白していた時間だ。 「つーかおい店長! お前今日じゃなくて明日倒れろよ……!!」 「んー? 店長? あんたまたバイト先変えたの?」 「いや、そういうわけじゃない。こっちの話」 (でもまあ、しょうがないよな……) (店長も好きで倒れたんじゃないだろうし) とりあえずさっさと風呂にでも入るか。 バスタオルを取りに自分の部屋へと戻る。 「ん?」 机の上で、俺のケータイが震えている。 (誰だ? 元気か……?) 「望月……!?」 30分前に電話の着信と2通のメールがあった。 やばい、完全に気づかなかったけどあいつやっとバイト終わったのか? 1通目。 『今、家にいる……? もし良かったら、今から少しだけ会わない?』 「………」 2通目。 『もしかして、もう寝ちゃった……? 今近くまで来てるんだけど、気づいたら返事下さい』 「………」 「母ちゃん!! 俺今からちょっと外出てくる!!」 「はあ!? あんたこんな時間にどこ行くのよ」 「大丈夫、すぐ戻るから!」 「はあ……はあ……!」 財布とケータイだけ持って家を飛び出す。 どこだ? あいつ今俺の家の前まで来てるって言ってたけど……! (よし、とりあえずここは電話を……!) 「こ、こんばんは」 「………」 「………」 「ご、ごめんね? こんな時間に急に呼び出しちゃって……」 「お、おう……」 「………」 「………」 「バイト……終わったのか?」 「うん、7時半に終わった……」 「でも、それからどうしても私……あんたに会いたくなっちゃって……」 バイトが終わった後急いで着替えてきたのか、明らかにバイト後の格好じゃない望月。 俺もそうだけど、少し緊張しているのかそわそわと落ち着かない様子だ。 「な、なんか……」 「いつもより可愛く見えるな。ちょっと驚いた」 「ほ、本当……?」 「あ、あはは……今日はこの格好でデートする気だったんだけど……」 「………」 「今日は……本当にごめんなさい……」 そう言って電話でも散々謝ったのに、まだこうして俺に頭を下げてくる望月。 別にこっちは怒ってないのに、ここまで気にしているのはやっぱりこいつの人柄か。 「いいって、もう謝るのは禁止だ」 「それよりも少し歩かないか? 遅くなったけど、まだちょっとしたデートなら出来るだろ?」 「う、うん……」 「嬉しい……」 「………」 「………」 や、やばい、なんか急にドキドキしてきた。 まだ告白も何もしていないのに、マジで手のひらから汗が出てくる。 「じゃ、じゃあ……行くか」 「うん……」 そのままお互いの顔をまともに見られないまま、駅の方へと向かっていく。 この時間は人もまばらで、ずっとこのまま二人で静かな道を歩いていたいと…… そんな恥ずかしいことを考えながら進んだ。 「風、気持ちいいね」 「ああ」 駅前通りを直進し、橋の前までやってくる。 川縁とは違い、海からの風は本当に落ち着くほど気持ちよかった。 この橋は、この街のデートスポットの代表格。 今日一日デートしていたら、俺は最後にここで望月に告白をするつもりだった。 「ねえ、今日って本当に私をデートに誘ってくれたんだよね?」 「ああそうだぞ。昨日の夜、電話越しに俺緊張して手がプルプル震えてたんだからな」 「ふふっ、何それちょっと可愛い」 「やっぱり、女子をデートに誘うって……すごく緊張するの?」 「当たり前だろ、緊張もせずにサクッと誘えたらどんだけ気が楽か……」 「それにその……」 「昨日は相手がお前だったからな、余計に緊張するのは当たり前だろ」 「………」 「あ、当たり前なんだ……」 「ああ、当たり前だ」 「今だって俺、こうしてお前とここにいるだけで……」 「な、何て言うか……嬉しい反面ちょっと色々と緊張してる……」 「………」 「うん、私も……」 この空気なら言える気がする。 今までずっと、お互い恋愛の話になると馬鹿にしあって笑っていた俺たち。 でも、今日は違う…… 少なくとも俺は、今目の前にいる彼女のことが本気で好きだ。 俺は、望月に好きって言いたい。 予定とは少し違うけれど、今なら…… 「なあ、望月」 「うん?」 今なら、きっと自然に言える気がする。 「実は俺……」 「今日はお前に言いたかったことがあってデートに誘ったんだ」 「聞いて……くれるか……?」 「………」 「は、はい……」 「聞きます……」 「俺、お前とは結構長い付き合いだけど、正直この春こんな気持ちになるなんて……」 「最初はその……全然思ってもみなかった……」 「ほんの少し前までは、ただ彼女が欲しい彼女が欲しい……って」 「ただ騒いでるだけだったはずなんだけど……」 「あ、あはは……そうだったね……」 「でも、ここ最近お前と一緒にいて気づいたんだ」 「俺、望月……」 「お前のことが好きだ」 「………」 「そ、それ……本当……?」 「ああ」 「何かの……冗談だったりしないよね……?」 「ごめん、俺は本気だ」 「最初は何かの冗談かとも思った」 「お前はいつも俺の横で馬鹿笑いしてて、俺とは恋だの付き合うだの全く縁が無さそうな気もしてたんだけど……」 「でも、それは全然違った」 「俺、たぶん最近まで目がおかしかったんだと思う」 「あれだけ可愛い彼女が欲しい欲しいって騒いでたのに、まさかこんなにすぐ近くにいるんだもんな」 「俺、今まで本当にどうかしてた」 「こんなこと、急に俺から言われても信じられないと思うけど……」 「望月理奈さん」 「俺は、あなたのことが好きです」 「だから、もし良かったら……俺と今日から付き合ってくれませんか?」 「………」 「………」 「ありゃ……」 「やっぱり駄目……?」 「う、ううん。そんなことない。私……すごく嬉しい……」 「でも、本当に私なんかで良いの……? 私、きっと付き合ったら絶対に面倒な女だよ……?」 「本当はもっとわがままで、子供みたいに妬いちゃって……」 「それでも……」 「それでも本当に私なんかで良いの……?」 「ああ、俺はお前が良い」 「お前じゃなきゃ、きっと駄目なんだ」 「普段から明るいお前も、泳げなくて不安そうな顔してた望月も……」 「俺は、これからもっともっとお前の全部が知りたいんだ」 「………」 「嬉しい……」 「ありがとう……私人から告白されて、こんなに嬉しいのは生まれて初めて……」 「そ、そっか……」 「そう言ってもらえると、俺も嬉しい……」 「それじゃあ、返事するね……?」 「私も、あなたのことが好きです」 「今日から、私をあなたの……あなただけの彼女にしてください……」 「………」 「は、はい……」 「やばい、何か俺……嬉しすぎて泣きそうかも」 「ふふっ、私も一緒よ? なんかすごく恥ずかしいわね……これ……」 「ああ」 「でも今俺、めちゃくちゃ幸せかも」 「うん、私も」 「………」 「………」 告白して、お互いスッキリしたあとしばらく無言になる。 でも全然嫌な感じはしない。 むしろこのまま、ずっと俺は望月とこの場所にいたいくらいだ。 「でも駄目だな。もう夜も遅いし、今日は帰ろう」 「え……?」 「お前、今日はバイトで疲れてるだろ?」 「本当はこのまま家までお持ち帰りしたいところだけど、今日はちゃんとぐっすり寝た方が良い」 「お、お持ち帰りって……なに急に馬鹿なこと言ってるのよ……」 「はは、いいじゃん別に」 「もう俺たち、恋人同士になったんだろ?」 「はあ、もう私の彼氏はホントにしょうがないわねぇ……」 「でも嫌。このまま普通に帰るんじゃなくて、ちゃんと手繋いで送って欲しい」 「OK、そんなのお安いご用だ」 「ふふっ、ありがとう」 こうして、俺と望月は正式に今日から付き合うことになった。 普段からお互いのことを良く知っている相手が彼女だと、慣れるまではちょっとだけ妙な感じもする。 でもその恥ずかしさも含めて、俺の胸は今幸せな気持ちでいっぱいだった。 6月30日、俺の人生初の告白。 それは、一生の思い出に残るくらい…… 本当に俺の心に刻まれた感じだった。 「………」 ……。 ついに、6月30日を明日に控える。 告白するならこの日にしようと決めていた俺。 最近柊とは結構仲良くなれた自信がある。 ただこれ以上の進展を望むには、俺もここで勇気を出さなくちゃいけない。 「よし、電話であいつとデートの約束をする……!!」 何気に俺、柊のケータイに電話するの初めてかも これで電話に出てもらえなかったら笑える。 ……。 ……。 緊張の一瞬。 「はい……もしもし……」 「あ、柊か?」 「誰……?」 「俺、主人公(姓)だけど」 「え……?」 「ええっ!? な、何で!? 私に何か用事……!?」 「ていうか私、今日変なことした……? あー、いや、今日は特にトラブルはなかったはず……」 電話越しに何やら一人でブツブツ言っている柊。 よほど俺からの電話が意外だったらしい。 まあそうだよな、こんな時間にいきなり俺から電話したんじゃ少しはビックリするか。 「あんた何こんな時間に大声出してるのよ! こっちまで聞こえてきたわよ!? ビックリしたじゃない」 「い、今電話中だから……! お、お母さんあっち行ってて……!!」 「あらイヤだ、彼氏?」 「ち、違う……!! そ、そんなんじゃないから……!」 (はは、何かめっちゃテンパってるな) さっきまでの緊張も、電話越しの柊の声で簡単に吹っ飛んでしまう。 「はあ……! はあ……!」 「も、もしもし……?」 「おう、大丈夫か? 母ちゃんまだそこにいる?」 「いや、全力で部屋から出て行ってもらった」 「というか何? こんな時間に何か用?」 「ああ、実はさ、明日お前とデート出来ないかと思って」 「部活とかあるのは知ってるけど、ちょっとダメ元で誘ってみようと思ったんだけど」 「だ、駄目か……?」 「で、デート!?」 「あ、あんた……! じゃなくてお前正気か!?」 「だ、だってデートって言ったらなんかこう……」 「も、もっと……大人しくて可愛い子誘ったりするものだし……」 「ああ、だから柊を誘いたいんだけど」 「とりあえず時間ならそっちに合わせるから、なんとか時間作ってもらえるとありがたいんだが」 「………」 「で、デートって……何するの……?」 「うーん、そうだなあ……」 ああ、俺馬鹿か。 さっきまで告白のことしか頭に無かったから、デート自体はまだノープランだなんて死んでも言えない。 「え、えっと、お前どこか行きたいところとか無いのか?」 「せっかく二人で遊びに行くんだから。明日はどこでも連れて行ってやるぞ?」 「………」 「そ、そんなこと……急に言われても……」 まあそうだよな。 誘ってるのはこっちなのに、どこへ行きたいだなんてアホ過ぎる。 (い、急いでどこへ行くか決めないと……!) 手元にあったノートパソコンで色々と検索をかけてみる。 ゲーセンは……! まあ知り合いとかいそうで柊が拒否するかもしれないし。 映画館は、うーん……あいつと映画の趣味が合わなきゃ結構やばそう。 (やばい、一度電話を切ってちゃんとデートコースを考えた方が良いか……?) 「………」 「ね、ねえ……」 「そっちはその……わ、私とデートしたいんでしょ?」 「あ、ああ。もちろんだ」 「だったら私、あんたの行きたいところで良い」 「急にどこ行きたいとか聞かれても困るし。だったらデートしたい方が勝手に決めて」 「………」 「それはつまり、明日はOKってことで良いのか?」 「う、うん……」 「明日は私、部活休むから……」 「よっしゃああああああああ!!」 「わ、わわっ……!! な、なんだよ急に!!」 「すまん。嬉しかったもんでつい」 柊が部活を自分から休むだなんて余程のことだ。 これはデート前日から、めちゃくちゃ嬉しくて仕方が無い。 「そ、それじゃあ……明日はどこへ行けば良い?」 「そうだな、昼の2時に駅前広場でどうだ?」 「あんまり早くても、一日中連れ回したらさすがにそっちも疲れるだろうし」 「こっちは水泳やってるんだ。体力には自信はあるしそんな心配はしなくて良い」 「お、おお、そうだったな」 とりあえず待ち合わせの時間は明日の2時にする。 それまでに俺も色々と準備を済ませ、明日はバッチリと告白をキメてやろう。 「それじゃあもう夜も遅いし、電話切るぞ?」 「ごめんな? 急にこんな時間に電話で誘ったりして」 「う、ううん。べ、別に迷惑じゃないからいいけど」 「そ、その……」 「私デートなんてしたことないから、あんまり色々期待するだけ無駄だからな?」 「へ? 期待って?」 「う、うるさい……!」 「とにかく明日は行ってやるから! 絶対に遅刻とかするんじゃないぞ? わかったな!?」 「お、おう」 「おやすみ!」 「………」 (電話切られちゃったよ……) 俺も一応、最後にはおやすみって言いたかったのに。 「でもま、ちゃんとデートの約束は出来たし良しとするか」 明日は遅刻するなとか言ってたけど、あいつも少しは楽しみにしてくれているのか? なんかそんな風に考えると、今から妙に口元が緩んでしまう俺だった。 「おやすみ〜」 翌日。 約束した時間より、少し前に待ち合わせ場所へとやってくる。 ケータイも充電したし銀行から金も下ろしてきた。 「よし、準備は完璧!!」 身だしなみにはバッチリと気を遣い、無駄に7回も歯を磨いた。 歯茎から血が出まくったけど、これくらいオーラルケアには敏感な方が良い。 なにせ今日は記念すべき、俺の人生初の告白する日になるんだし。 「さてさて、柊はまだかな……?」 時刻は1時45分。 あいつとの待ち合わせ時間まであと少しだ。 まあ早く来たのは俺の方だし、柊が遅刻してくる分には俺は全然構わないけど。 (しかし今日もここはカップルでいっぱいだな……) 休日になると、ここと大通りの方はカップルや子供連れの夫婦でいっぱいだ。 ここでクラスの女子とこうして待ち合わせをしているなんて、春先の俺からすればマジでかなり成長した気がする。 (あと5分……) まだかなまだかなぁ〜♪ 「ねえ、ちょっとくらいイイじゃん。連れが来るまでそこでお茶したって」 「キミ、可愛いね。どこの学校の子? 俺たち隣町から来たんだけど……」 「ん……?」 自販機の近くで、なにやらナンパに絡まれてる女子がいる。 おー、あの子めっちゃ可愛いな。 確かにあれなら、あいつらじゃなくても声をかけてみたくなる。 「………」 「えー? ちょっと何? 無反応……ってかスルー!?」 「ねえ、少しくらいこっち向いてよ。俺たち別に悪いことしようってんじゃないんだし」 「だああああああああ!! もうイラつくんだよお前ら!!」 「ナンパなら余所でやれば良いだろ!! 他にも女なんていっぱいいるんだからあっち行けよあっち!!」 「………」 誰かと思ったら柊だった。 駄目だな俺、好きな女子くらい一目見てわかれよ。 「はは、何こいつ、可愛い顔してすげぇ怖いんだけど」 「うるせえタコ。私はお前みたいなやつが死ぬほど嫌いなんだよ」 「私にボコボコにされたくなかったら、本気で後5秒で消えな」 「はあ!? ちょっと何言ってんのお前……!!」 「はいストップ」 「ごめんな。こいつ俺の連れだから」 「……え?」 「あ、あんた……」 「やっぱり男連れか。おい、邪魔しちゃ悪い。行こうぜ」 「チッ……」 典型的すぎる二人のナンパが駅地下の方へと歩いて行く。 俺も一応経験あるし、ナンパに対してはそれほどイライラはしてこない。 「ビックリした」 「お前もう少し遅かったら本気であいつら殴ってただろ」 「ふんっ……別に良いじゃん、あんなやつら」 「………」 「………」 「な、何?」 「あ、いや……」 一瞬目の前にいる柊に見とれてしまう。 少し恥ずかしそうにしているところがまた可愛いが、以前見た私服よりもこっちの方が断然可愛い。 「ありがと、お前って結構オシャレだよな。今日はいつもより数倍可愛い」 「なっ……!」 「べ、別に……お前のために着て来たわけじゃないし……」 「え? そうなの!?」 「じゃあ誰のために着て来たの!? え、誰!? 俺以外の知らない男のため……!?」 「はあ!? そ、そんなわけないだろ!!」 「大体お前、こんなときにまでデリカシーなさ過ぎなんだよ!! わかってるくせに一々からかってくるじゃねえ!!」 「はは、ごめんごめん。ついいつも癖で」 「はあ……」 「でもありがとう。嬉しいぞ?」 「今日はこんなに可愛い女子とデート出来るんだからな、俺も普段より2割増しでテンションが上がっちゃうぜ!!」 「お前が2割増しでテンション上がると、それはそれで死ぬほどウザく感じるんだけど」 「だったらお前も2割増しでテンション上げてけって」 「今日はせっかく二人で遊ぶんだし、ここまで来たら楽しんだもの勝ちだろ?」 「う、うん……」 そう言って、ものすごく恥ずかしそうに顔をそらす柊。 2割増しなんて言っちゃったけど、俺の心はそれよりもさらにテンションが上がる。 こうして柊の横にいられるだけで、今日の俺は幸せだった。 「よし、次は映画館行こうぜ! 動物ドキュメンタリーなら楽しめるだろ?」 「おお! お前人の趣味わかってるな!」 「そりゃあな、昨日あの後必死でデートプラン練ったし」 最初は大通りで軽くランチ。 その後は駅前のショッピングモールで買い物をする。 変に気張ってもお互い緊張するだけなので、今日はこんな感じでまったり柊と過ごすことにする。 「おい! こっちにパンダの形したクッキー売ってるぞ!?」 「はは、お前結構可愛い物好きだよな」 俺も柊も綺麗さっぱり緊張は忘れ、この日は目一杯デートを楽しんだ。 「でね? 今日出かけてくるとき、ウチのシャルロットがこーんな顔して玄関で寂しそうにしてて……」 「犬って結構感情が顔に出るもんな」 「そうそう。ウチの子なんて犬の癖に人間みたいにため息つくんだよ?」 「シャンプーするの嫌いだから、無理にお風呂に入れようとすると……」 「はあ……また〜? って」 「………」 「ん……? どうしたの?」 「あ、いや……」 「………」 これで今日は何度目か。 自然に柊の笑顔に見とれてしまう。 人生初のデートとしては、今日は無難どころか大成功。 運もかなり絡んではいるが、そんな一日を柊と過ごし心も自然と穏やかになってくる。 「もう、そうやって急にボーッとして。私の顔に何かついてるのか……?」 「い、いきなり黙られると……そ、その……」 「こっちが何かしたんじゃないかって、不安になるじゃん……」 「………」 「ごめん、ちょっと柊に見とれてただけだ」 「へ……?」 「はは、ごめんな」 「やっぱり俺、柊は普通に可愛いと思う」 「な、何急に恥ずかしいこと言ってるんだよ。お、お前……とうとう頭おかしくなったんじゃないのか……?」 時間的にも、もう二人きりのデートは終盤だ。 そろそろ俺の気持ちを、柊に聞いてもらうには丁度良い頃合い。 「なあ、柊」 「ちょっと真面目に話したいことがあるんだけど、良いか?」 「え……?」 「な、なんだよ、急にあらたまって……」 「自分でもビックリしてるんだけど、今なら緊張もせず楽に言えそうなんだ」 「いや、言えそうというか、むしろ言いたい」 「だ、だから何なんだよ……」 「言いたいことがあるならハッキリ……」 「柊」 「俺……」 「お前が好きだ」 「え……?」 「ちょ、ちょっと待ってよ……あ、あんた何言って……」 「もう一回言わなきゃ駄目か? だったら何度でも俺は言えるぞ?」 「柊、俺はお前のことが好きだ」 「だから、もし嫌じゃなければ俺と付き合って欲しい」 「………」 「じょ、冗談でしょ……?」 「ほ、ホントに……今日のあんたは、いつもより多分馬鹿になってるんだよ……」 「ごめんな、俺昨日も今日もずっと同じくらい馬鹿だったから自分じゃわかんない」 「でも本気なんだ。好きな相手に軽々しく告白できるほど俺も馬鹿でアホじゃない」 「な、何よ……急に真面目な顔しちゃって……」 「大体……何で好きなんだよ。私のどこを見て好きになってくれたんだよ……」 「わ、私なんて……がさつで、口も悪いしすぐキレるし……凶暴だし……」 「人に親切にされても、ロクにお礼も言えないような駄目人間なんだぞ……?」 「恥ずかしいとすぐに大声出して、イライラしたら相手を見下して……」 「もっと、他に彼女にするなら可愛いやついっぱいいるじゃん……! 別に私じゃなくたっていいじゃん……!」 「あんた、馬鹿だけどそこまで悪いやつじゃないし……」 「もっと探せば、きっと私なんかより良い彼女が見つかるはず……」 「ごめんな。でも俺が好きになったのはお前なんだ」 「ど、どうして……どうして私なの……?」 「私なんて最低でしょ!? 公園で会ったときもわざとじゃないの、わかってたのに酷いことばっかり言って……!」 「鍵が無くて家に入れなかったときも、私……あんたとあんたのお母さんに迷惑かけて……」 「それなのに……それなのに私の方は、ずっとあんたに助けられてばっかり……」 「そうか?」 「この間の、アルバイトしたときもそう……」 「普段から嫌味ばっかり言う私に、あんたは嫌な顔一つせず、ちゃんと親切に一から仕事を教えてくれた」 「さっきだってそう、私がナンパに絡まれたときも、すぐにあんたは私の前に来て……」 「ねえ……わからない。わからないよ私……!」 「こんな自分を好きだなんて言われてもわからない……!」 「あんたは本当に、こんな私のどこをどう好きになってくれたの……?」 「はは、わかった。それじゃあ一から全部言っていこうか」 「まず俺、お前の顔が好きだ」 「か、顔……?」 「ああ、すごく可愛い。めっちゃ可愛い」 「これは別に適当なこと言ってるわけじゃない。実は公園で初めて会ったときからそう思ってた」 「犬と遊びながら楽しそうに笑うお前の顔を見て、それで最初はドキッとしたんだ」 「それからは色々とまあ、柊との間にはあったけど」 「それでも俺、お前の笑った顔がめちゃくちゃ好きなんだ」 「純粋に可愛いとも思うし、毎回そんなお前の嬉しそうな顔を見ると、またすぐに笑わせてやりたくなる」 「俺は、もっともっとお前を喜ばせたい。もっと俺にその可愛い顔を見せて欲しいんだ」 「………」 「次はそうだな、一緒にいてまず楽しいのがポイントだ」 「俺、お前と一緒にいると、ものすごく自然体でいられる気がする」 「教室でギャーギャー言い合うのも好きだし、困った話お前を怒らせるのも結構好きなんだ」 「嬉しそうに笑う柊も、怒った柊も全部好きだ。だから正直どうしようもないくらい、今の俺はお前に夢中だ」 「む、夢中……って……」 「他にもまだまだあるぞ。これは好きとは少し違う意味になるけど、俺はもっともっと柊のことが知りたいんだ」 「そっちは気づいてないかもしれないけど、俺のことを呼ぶときにお前とあんたが結構混同してたり」 「感情が高ぶって動揺すると、今みたいに急に女の子らしくしょぼんとしたりする点もポイントだ」 「う……ううっ……」 「俺は、お前が最低の人間だなんて思わない」 「最初はまあ……印象だけで言ったらそう思ってたかもしれないけど」 「でもここ数ヶ月柊と一緒にいて、やっぱり違うって思った」 「だって最低なやつと一緒にいて、俺がこんなに嬉しそうに笑うわけないだろ?」 「あはは、だからごめんな? もう俺、誰かさんに完全にメロメロなんだ」 「もうここまで来たら男としては告白するしかないじゃん? だからもう、変に我慢するのはやめようと思って」 「だから……今日はこうしてあなたに告白しました」 「柊ゆずゆさん」 「もし断る理由がなかったら、今この場で俺のことを」 「彼氏に……してください」 「………」 「ほ、本当に……私で良いんだね……?」 「ああ」 「絶対に……付き合った後後悔しない……?」 「うん、平気」 「………」 「わ、わかりました……」 「こ、こんな私で良かったら、喜んで彼女になります……」 「おお……! マジ……!?」 「うん……だって……」 「私も、あんたのことが好きだから……」 「………」 「………」 「はは……やばい……」 「何かめっちゃ嬉しくて体が震えてきたんだけど」 「そ、そんなの知らないし……」 「俺、今この瞬間から柊の彼氏になったの?」 「うん、たぶんね」 「あの、あなた俺の彼女ですか? 俺のことを好きな柊ゆずゆさんですか……!?」 「う、うるさいな……! そうですよ! あんたのか、かか……!!」 「カノジョの……柊……ゆずゆです……」 「はは、やっぱり可愛い、超可愛い……!」 「な、何だよ可愛い可愛いって……! あんたさっきからそれしか言えないわけ……!?」 「いいじゃん、だって本当に可愛くて可愛くて仕方がないんだもん」 「………」 「馬鹿……」 「なあ、それじゃあ早速今からゆずゆって呼んで良い?」 「………」 「す、好きにすれば?」 「ゆずゆ♪ ゆずゆ♪」 「あああああああ!! もう!! 私はペットじゃないんだから連呼するな!!」 「それじゃあそっちも名前で呼んで良いぞ? というか呼んでくれよ」 「ちなみに恭介ね? きょ・う・す・け」 「………」 「きょう……すけ……」 「何? 聞こえない」 「もう……!! 恭介!! 好きだ馬鹿!!」 「あはは……!!」 こうして、俺と柊は今日から正式に付き合うことになった。 まだ嬉しくて嬉しくて興奮から冷めない時間が続きそうだったけど…… もう夜も遅いので、そのまま柊を家まで送っていくことにした。 ……。 ……。 ……。 ……。 ……。 「今日はありがとう。こんな時間まで付き合ってくれて、サンキューな」 「う、うん……こっちこそありがとう……」 「まさか告白されるなんて思ってなかったけど、今日はすごく楽しかった」 「俺たち、今日からカップルだぞ?」 「もう、今のあんたすっごく嬉しそうな顔してる」 「はは、お前だって同じ顔してるぞ?」 「う、うるさい。いいじゃん別に、私はもともとこういう顔なんです」 時計を見るともうさすがに柊…… いや、ゆずゆの両親も心配しそうだ。 「ごめん、とりあえず今日はもう帰るよ」 「あまり遅い時間まで連れ回すと、お前の両親も心配するだろうし」 「………」 「う、うん……」 またすぐ学校で会えるのに名残惜しい。 はは、今からお互いこんな調子じゃ、来月辺りには一体どうなっているんだろうか。 「それじゃあおやすみ。ちゃんと今日は寝るんだぞ?」 「うん、おやすみ……」 「恭介も……気をつけて……」 「あんたも、気をつけて……」 「おう」 6月30日。 人生で初めての告白は、こうして成功してめでたしめでたし。 ゆずゆからも好きと言われて、これは当分嬉しすぎて眠れそうにない気がする。 それでも早く明日には彼女と会いたいので、俺は早足で家と帰り、何度も告白したときのことを回想するのだった。 「お……!」 『メール受信1件 柊』 人生初の彼女から、早速俺のケータイにメールが送られてくる。 「………」 (このメール、一応削除出来ないようにロックしておこう……!) すぐに俺もおやすみメールを送る。 俺の出来たばかりの彼女は人一倍照れ屋だ。 俺はこのまま、何度も自分の彼女から送られて来たメールを読み返し…… 『おやすみ……ゆずゆ……』 ケータイの受信フォルダに、新規で『ゆずゆ』専用フォルダを作って眠りに落ちていった。 (お……?) 陽茉莉が一人で歩いているのを発見する。 よし、こっちから声をかけよう。 「皆原」 「うん……?」 「あ……な、何かな……」 「いや、特にこれと言って用事はないんだけど……」 さてどんな話をしようか。 (ん……?) おお、前方に陽茉莉を発見。 早速こっちから声をかける。 「よう」 「あ、どうしたの?」 「まあ、ちょっとプラプラとね」 さて、どんな話をしようか。 「お……」 前方に見慣れた小っこい陽茉莉の姿を発見する。 早速声をかけるか。 「おーい、そこの皆原さーん」 「はーい」 「あれ? どうかしたの? 何か用事?」 「いや、別に大した用事じゃないんだけどさ」 さて、どんな話をしようか。 「あ……」 (ん……?) 「えっと。奇遇だね。ジュースでも買いに行くの?」 「いや、大した用事もなくプラプラしてただけだ。散歩が趣味みたいなもんだからさ」 「ふふっ、何それ」 運良く陽茉莉の方から声をかけてきてくれる。 さて、どんな話をしよう。 (あ……) チャイムが鳴ってしまった。 「………」 (全然話が盛り上がらなかったな……) 陽茉莉も少し気まずそうだ。 うん、次はもっと頑張ろう。 「お、そろそろ教室に戻らないと」 「うん、そうだね」 「ごめんな? 長々と話し込んじゃって」 (まあこんなもんだろう) 「あ……」 「はは、つい話し込んじゃったな」 「早く教室に戻らないと、野々村が寂しがるぞ?」 「あはは」 「なんか、陽茉莉とこうやって話してると昔のこと思い出すな」 「あはは、そうだね」 「それじゃ、そろそろ教室に戻るか」 「うん!」 やった! 今日は調子が良いみたいだ。 「あ……」 「チャイム鳴っちゃったな」 「ごめんな? なんか俺ばっかりペラペラ喋っちゃって」 「ううん。平気だよ? 私も楽しかったし」 「ふふっ」 最高だ! なんかテンション上がって来たぞ! 「毎朝何時頃に起きてる?」 「大体……7時くらい……かな……?」 「本当はそれよりも早く起きたいんだけど、なかなか起きられなくて……」 「そういえば朝弱かったっけ?」 「う、うん……」 「目覚ましは、ちゃんとセットしてるんだよな?」 「うん。してる……」 「だけどあんまり意味ないんだよね。結局いつもお母さんに起こしてもらってるし……」 「朝食を食べてる最中も、頭がボーッとしたままで……」 「そうなると登校中に目が覚めるって感じか」 「うん。そんな感じ」 「お母さんがいなかったら、私……今頃毎日二度寝のオンパレードだったかも……」 「起き抜けに水を飲めば、スッキリ起きられるらしいぞ」 「へぇ、そうなんだ」 「それじゃあ、小さいペットボトルに水を入れて、それを枕元に置いておこうかな」 「そうだな、ただその場合は寝相には注意だな」 「平気。私寝相はいい方だと思うから」 「ありがとう。今日から早速試してみる」 「携帯アラームのスヌーズ使ってみたら?」 「スヌーズ?」 「ああ。ちゃんと設定を解除しないと、設定時刻以降も一定の間隔でアラームが鳴り続けるんだ」 「あー、それならやったことある。でも……それでも無理だったかなあ……あはは……」 「マジか。俺なら何回も鳴って……」 「うるせぇぇぇぇ……!!」 「――って感じで起きられるんだが」 「うーん、それも設定を解除しちゃえば、他の目覚ましと変わらないと思うし……」 「結局は自分の意思次第なんだけど……」 「そ、それがなかなか……」 「久々に同じクラスになったけど……どう?」 「ど、どう? って聞かれても……」 「うーん……」 「よ、よろしく……みたいな……? あはは……」 「そ、そっか……」 この話題は興味ないみたいだな。 「最近、めっちゃ天気良いよな」 「うん、そうだね」 「外を歩いてても暖かいし、こういう天気がずっと続けばいいのに」 「授業中は死ぬほど眠くなるけどな。あの陽気には勝てないわ」 「う、うん……」 「でも梅雨に比べたら、まだ暖かくて眠くなる方がマシだよな」 「そうだね。私も梅雨って……あんまり好きな方じゃないし……」 「湿気で髪が跳ねちゃったりするでしょ? あとは酷いと一日中じめじめして……」 「ああ、雨が嫌いな奴には辛い時期だよな……」 「うん。雨が降ると、ちょっと憂鬱な気分になるよね」 「俺も雨はちょっと苦手だな」 「そうなんだ。雨雲が出てくると空も暗くなるし、気分も自然に落ち込んじゃうよね」 「ああ、降り始めはなかなか予想がつかないし、傘がないと出かけるのも一々不安になって……」 「うん……」 「外出するとき、一々天気を気にしないといけないなんて、正直ちょっとテンション下がっちゃう……」 「そうなんだよな。傘があると遊ぶときにも邪魔になるし」 「でも雨降らないと水不足になるぞ」 「下手すりゃその影響で米まで不足して、さらには飲料水の確保にも問題が……」 「へぇ。普段からそういうこと考えてるの? ちょっと……意外かも」 「あ、いや。偶然この間テレビでそんな特集をやってたんだ」 「それを見たらさ、水も無限にあるわけじゃないんだなって思って、それ以来俺も少しだけ気を遣う様になって……」 「あ、その番組なら私も見てたよ?」 「でもあれって、別の国の話だよね? 確か……ヨーロッパの方だったような……」 「あれ……? そうだっけ……?」 「うん。それに日本は水源地が豊富で、飲料水に困るような事態にはなかなかならないだろうって」 「へえ、そうなんだ。何かちょっと心配して損したな」 「でも、節水を心がけるのはすごく良いことだと思う」 「普段からそういうことにちゃんと気をつけられる人って、私は偉いと思うなあ」 「最近のケータイってやたら便利になったよな」 「うん。本当に何でもあるって感じで、すごく便利になったよね」 「ゲームも出来るし、バーコードリーダーやテレビまで見られるからな」 「デザインもいっぱいあるから、ケータイ選ぶ時にはすごく悩んじゃうよね」 「ああ、女子向けは結構可愛いデザインも多いし、男向けのケータイも最近じゃ結構な種類が売ってるよな」 「でも、可愛いくてコレいいなーって思っても、自分が一番欲しい機能がついてなかったりすることも多いよね」 「ああ、あるある。それで機能重視で選ぶと、今度はデザインに色々と文句が言いたくなってくるんだよな」 「それで結局、一番機能が充実している最新機種を選んだりしちゃうと……」 「でも、最近のケータイは本当にすごいよなあ。電子マネーで財布の代わりになったり、地図なんてGPSも使えるし」 「うん。でも……機能が多すぎると、逆に使いこなすのも難しくなるんだよね……」 「今度使い方教えようか?」 「え? 本当? それじゃあ何か分からないことがあったら、今度聞いてみちゃおうかな」 「おう、任せてくれ。最新のアプリから元々入っている標準の機能まで、俺もそれなりに使えると自負している」 「へえ……それなら遠慮なく聞いちゃうよ……? 説明しても分からないからって、急に見捨てたりしないでね?」 「そんなことしないって」 「でも、俺にも分からないことはあるからな。その時はごめん許してくれ」 「それじゃあ、その時は一緒に調べようよ。そうすれば二人で覚えられるし」 「おお、それは名案だ。お互い頑張ってケータイマスターになろうな?」 「あはは、うん……そうだね」 「必要な機能だけ覚えれば大丈夫だよ、俺だって全部の機能は使えないし」 「うん、それもそうだね」 「どうしても分からなかったら、その時は誰かに聞いた方が早い気もするし……」 「ネットで調べるのもいいけど、あの分厚い説明書だけは読む気になれないよなあ……」 「あの説明書……ページ数だけならマンガ一冊分くらいありそうだよねえ……」 「だよな……それに文字ばっかりだから、読むのすごく時間かかりそうだし……」 「読むのがすごく楽しい説明書なら、私も夢中で読んじゃうんだけどなあ……」 「ラーメン一杯に800円って納得できる?」 「うーん……私はちょっと納得できないかな……」 「ほお、どうして?」 「えっとね……男子がお腹いっぱいになるボリュームなら、それくらいでも良いとは思うんだけど」 「でも、女子でも簡単に食べきれる量でってなると、やっぱりちょっと高い気がするの」 「うーん、だから、私は高くても650円くらいまでが限度だと思うなあ」 「なるほど、結構現実的な価格設定だな」 「うん。でもこれは、トッピングは別にした場合の話ね?」 「あー、最近はトッピングがやたら充実した店が増えてきてるよなあ」 「うんうん。あれってなかなか馬鹿に出来ないよね」 「バターや海苔を入れれば風味にも違いが出てくるし。コーンを入れたら更に美味しくなっちゃうし……」 「でも、あんまり調子に乗って色々付けちゃうと、結局トッピング代も含めて900円とかいっちゃったりするんだよね……」 「トッピングってすごい魅力的なんだよな。一度ハマると癖になるし」 「そうそう、そうなんだよね……! 味付け卵と海苔はいつも外せなくて……!」 「そこに刻みネギとメンマのボリュームも増やしたら完璧だよな」 「うーん、その二つは辛い場合もあるから私はパスかな」 「そっか、あとはラーメンにもよるけど、にんにくを入れるのも良いよな」 「にんにくは……匂いが気になるから、私はあんまり入れたくないかも」 「ああそっか。やっぱり女子は気にするよな」 「あとは……チャーシューや角煮を増やしたり、さっき言ってたバターやコーンなんて入れたら……」 「はは、まあすごく豪華にはなるけど、絶対に900円は超えそうだな」 「でも、一度くらいはそんな贅沢なラーメン、食べてみたいなあ〜」 「陽茉莉って結構ラーメン好きだったんだな」 「うーん、ラーメンがって言うより……トッピングを色々とつけるのが好きなの」 「はは、それ聞くとラーメンで遊んでるように聞こえるんだけど」 「そ、そんな事ないよ〜。トッピングしてもちゃんと頑張って食べるんだから〜」 「俺はセットとかつけるかな。餃子は外せないし」 「うーん、確かにセットにするのも魅力的だけど……その場合ボリュームの問題が……」 「俺、いつもチャーハンか餃子で悩むんだよ」 「デザートがついてるところもあるけど、陽茉莉はそういう時、デザートには釣られないのか?」 「うーん。ラーメンの後にデザートはちょっと遠慮したいかなあ……」 「モノにもよると思うんだけど、食べ合わせにちょっと問題がありそうだから……」 「アイスとかよく見かけるけど、とんこつラーメン食べた後にストロベリーアイスはミスマッチだよなあ……」 「うんうん。私もそう思う」 「それならまだ杏仁豆腐とかの方がわかる気がするし……」 「杏仁豆腐か……確かにアイスよりはマシだな」 「個人的にはゼリーとかシャーベットの方が歓迎される気がするんだけど」 「うん。確かにラーメンにはゼリーとかシャーベットの方が合う気がするねえ……」 「ビターチョコって体に良いらしいね」 「うーん、でも私はミルクチョコの方が好きかな……」 「ほお、ビターのあのほろ苦さはお気に召しませんか?」 「え、えっと……別にダメってわけじゃないんだけど……ミルクチョコの方が普通に美味しいと思う」 「でも……男子ってビターチョコ好きな人多いよね? なんで?」 「んー、多分ミルクチョコが甘すぎるせいじゃないか?」 「男には、ビターチョコくらいの甘さが丁度良いんだよ」 「ただ甘いだけのチョコより、バクバク気軽に食べられるしな」 「あはは……じゃあホワイトチョコなんて、甘すぎて全然食べられないかもね」 「うーん、食べられなくはないけど、まあバクバク食うのは厳しいかもな」 「ビターチョコの一番の魅力って、実はそこにあるのかもしれない」 「ふふ、そうやって、ついついたくさん食べちゃうんだよね」 「たくさん食べたら効果どうなるんだろうな」 「効果……? うーん……とりあえず太っちゃうんじゃないかな」 「それから下手をすると、そこから鼻血が出て来ちゃったりとか……」 「おお……」 「太る、鼻血を出す……」 「……? どうしたの? いきなり考え込んで」 「皆原が突然俺の目の前で鼻血を出し、保健室へ急行。周囲のみんなから心配されつつもしばらくしてから帰宅」 「そして……! 体重計に乗ると……!!」 「ち、ちょっと……! 私チョコレート食べて鼻血出すなんて嫌だよお……」 「あと、太りたくないから、そこまで一度にたくさんは食べないもん……」 「ついつい食べそうだけど、食べ過ぎは良くないよな」 「うん。そうだね。それはチョコレートに限らず、すべての食べ物に言えることだと思う」 「ああ、カロリー的な問題もあるし、なにより太りたくないからな」 「う、うん……やっぱりそこが大事だよね……」 「ああ、なんかこんなこと言ってたら急に怖くなってきたな。しばらく間食は減らすか」 「うん、私もちょっと控えようかな……」 「食べ過ぎが原因で太るなんて、誰も得しないし注意しないと……」 「うん、やっぱり人間は健康が一番だ!」 「そ、そうだね……! やっぱり健康が一番……!」 「最近野菜が美味しくてさ、ちょっとハマってるんだ」 「特に大根なんかは味噌汁にも合うし、何にしても美味いんだよなぁ……」 「うん、お味噌汁って美味しいよね。あと……私はお新香も好き」 「いいね。あとはほうれん草のおひたしなんかも美味いよな。最近夜はそればっか食ってる」 「お母さんに聞いたけど、おひたしって茹ですぎると美味しくなくなっちゃうらしいよ? 柔らかくなりすぎて」 「なるほど、それじゃあ家で食べるおひたしが美味いのは、母ちゃんのおかげなのか……」 「おひたしは……うーん、ほうれん草以外だと……」 「あ、菜の花とか、いいよね」 「あのちょっとした苦みがいいんだよな」 「え? 菜の花の美味しさ、分かってくれるの?」 「あはは、あれ……最初はちょっと苦くて苦手だったんだけど……最近やっと美味しさがわかってきて……」 「なるほど、それで狂った様に毎日菜の花だけを食べていると」 「そ、そんな事ないよ。ちゃんと他のおかずも食べてるもん……」 「ははっ、冗談だって」 「美味しいからって偏った食い方ばっかりしてると、体に悪いからな」 「でも、お肉とは違うから、多少食べ過ぎちゃってもいいんじゃないかな?」 「うーん、まあそうかもな。でも個人的には野菜より肉ばっかり食べていたいんだけど」 「ふふっ、そこは男の子だね」 「え……? 菜の花って食えるの……?」 「あれ、知らない? 普通に食べられるよ? スーパーにも売ってるし……」 「マジで!? 菜の花ってそんなにメジャーなの!?」 「あはは……メジャーかどうかはわからないけど、菜の花にも種類があって、家では野菜炒めにも入ってたりするよ?」 「マジか……俺そんな野菜炒め食ったことないぞ」 「そういった食べられる花のことをエディブルフラワーっていうの」 「菜の花の他には、サクラやズッキーニ、後はキクなんかも有名かな」 「ああ、確かに言われてみるとサクラは有名だな」 「和菓子や身近なところだとあんぱんにも使われてたりするし」 「うん、そうだね」 「ハムスターって可愛いよな」 「うんうん。小っちゃくて可愛いよね〜! 私あのつぶらな瞳に特に弱くて……!」 「両手で包めちゃうくらい小さいもんな」 「それにあの小さな手。あれでよくヒマワリの種とか持てるよなあ」 「うん。それに触るといつもモフモフで、あの顔でちょこんと首を傾げられたら……!」 「きゃー♪ もうすんごく可愛いぃぃーー!!」 「手に乗せて散歩させると、ちょっとくすぐったいんだよな」 「うんうん! そうなの。それにあの忙しなく動く仕草がとっても可愛くて……」 「じっと見ているだけでも飽きないよな」 「うん、そうなんだよね。とにかくあの可愛さは反則的で……」 「ヒマワリの種を頬袋いっぱいに詰めてるときなんか、私もう見ているだけでも死んじゃいそうで……!」 「あのほっぺ押したらどうなるんだろう」 「そ、それは……」 「せっかくぎゅうぎゅうに詰めた中身が、一気に外に飛び出ちゃうんじゃない?」 「ほお、やはりな」 「それを聞いたらますますヤツらの頬をツンツンしたくなってきた……!」 「だ、ダメだよ……! それはかわいそうだよ……!」 「幸せそうに見えるな」 「うんうん! そうなんだよねえ。あの表情、とにかくすっごく幸せそうに見えて……」 「あのパンパンになった頬袋を抱えて、こっちを見ながら口をモヒモヒさせてきたら……!」 「きゃー♪ もうほんっと可愛い……! すんごく可愛い!! 反則過ぎ――!!」 「は、はは……そうだな。もうハムスターに釘付けだな」 「うん! でもハムスターだけじゃなくて、可愛い物は基本的に何でも好きだよ?」 「こう……一目見てキュンってなる物に弱いの。そういう経験無い?」 「キ、キュン?」 「ま、まあ……経験があるような無いような……」 「ふふっ、とにかくハムスターは可愛いのっ。もう無敵だね」 「早く冬になってほしいよな」 「うーん、そうかなあ……。私はまだ暖かい日が続くと嬉しいんだけど……」 この話題は興味がなさそうだ。 「今月から校内の自販機が増えるらしいぞ?」 「え? 本当?」 「嬉しいな。自動販売機の数、実はちょっと少ないなあって思ってたから」 「確かに、今までは生徒の数に対して自販機の数は圧倒的に少なかったからな」 「今回は食堂を中心に、数だけなら2倍ほど増えるって話らしい」 「わあ……すごいね。2倍も増えるんだ」 「これで体育の後とか、お昼に出来る行列が少しは短くなるかな?」 「うーん、中身次第だけど、これで上手く人の数が分散されるといいな」 「そっか……自動販売機の中身にもよるんだ……」 「新しい自動販売機に、何が入ってたら嬉しい?」 「え、えっと……私はやっぱりお茶の種類が増えると嬉しいな。後は……」 「ミルクティーとかじゃダメか?」 「え? うーん……別に駄目じゃないけど、フルーツ系のジュースが増えた方が嬉しいかな」 「あー、そう言われてみると、確かに果物系は少ないな」 「うん。今はお茶とスポーツドリンクが大半を占めてるからね」 「一階の廊下にしかない缶の自動販売機は、いつも炭酸ジュースだけ先に売り切れちゃうし」 「ああ、あれはいつも男子が争いながら買ってるからな」 「たまに喧嘩にもなるし、普通に缶の自販機もどんどん増やせばいいのに」 「あとは……寒天ゼリーとか、飲むゼリータイプのジュースが増えても面白いかも」 「ああ、あの食い物なのか飲み物なのか微妙なやつ?」 「う、うん……あれって、女子には結構人気があるから……」 「イチゴオレとかあったらいいよな」 「あ、うん……! そういうジュースがもっと増えると嬉しい」 「あとはフルーツオレとか、乳酸菌飲料とか、そういう女子が好きそうなジュースの種類が増えるといいなあ」 「あとは……俺はコーヒーの種類も増えると嬉しいな」 「ブラックだけだと飲めない人もいるから微妙だけど、微糖とかカフェオレとか、買う側の選択肢が増えるのは素直に嬉しい」 「ふふ、それなら色々なメーカーの牛乳を集めた自動販売機なんてどうかな? コーヒーも良いけど、購買でパンを買った後につい買いたくなるような」 「おお! それ良いな!」 「牛乳だけでめちゃくちゃ種類があると面白そうだし」 「もしかしたら、この学校で牛乳ブームが巻き起こるかも……!?」 「はは、牛乳ブームか。なんか体に良さそうなブームだな」 「ふふっ、そうだね」 「2年の教室は風通しが良いよな」 「うん、特にこれからの時期はすごく助かるよね」 「ああ、エアコンと違って、外から流れてくる風は睡眠導入剤としては最強だからな」 「あ、あはは……授業中に寝てると、テストのとき辛いよ……?」 「でも……確かに風が気持ちいいと、眠くなっちゃうよね……」 「ああ、ぽかぽか陽気に程よい風。これはもう寝てくれと言われてるようなもんだし」 「でも、本当に授業中ぐーぐー寝てたら、中間テストや期末テストで地獄を見ちゃう……」 「フッフッフ、その時はその時だ」 「もう……」 「でも今の時期は快適で良いけど、これが秋以降になるとちょっと困るかもね」 「ん? どうしてだ?」 「だって、春とか夏は涼しくて良いと思うけど、冬になったら窓を閉めてても寒そうだし……」 「何か対策考えないとな」 「うん。暖房も、席によっては風が当たるところとそうでないところで差が出ちゃうし」 「でも寒さ対策は、ハッキリ言って重ね着しかないと思うぞ? 何枚も下にシャツを着て、その上からジャージや制服を……!」 「でも、それだと着膨れしない? モコモコしているように見えるのは……ちょっと嫌だし……」 「よし、それなら制服の下に大量のカイロを仕込もう! 重ね着よりはマシに見えるはず……!!」 「うー、それもちょっと……冬場に熱すぎて、いっぱい汗かいちゃうのも嫌だし……」 「ふむ……意外と難しい問題だな。防寒とビジュアルの両立は……」 「うん……冬までには思いつくといいなぁ……」 「ひざ掛けだけだと絶対に寒いし……」 「もう最後はみんなでかけ布団を持ち込もう。窓際のやつは学校が支給した特別高価な羽毛布団で」 「あ、それ良いね。あったかそう」 「でも、男子はいいなあ。女子は基本的にスカートだから、冬はやっぱりどう頑張っても寒くて……」 「よしわかった。それじゃあ俺も今年の冬にはスカートで登校する!」 「あはは、それ本当にやってくれたら、ある意味尊敬しちゃいそう」 「女子はひざ掛けあるからそうでもないんじゃない?」 「うーん、でもあれ、膝から下はやっぱりちょっと寒くて……」 「そっか、それなら最後はジャージを穿くしかないな。男子的にはスカートの方が目の保養になって嬉しいんだけど」 「じゃ、ジャージ……かあ……」 「ああ、ジャージって結構あったかいだろ? さらに腹巻きを追加すればさらに完璧……!」 「うーん、スカートの下にジャージは……ちょっと抵抗があるかな……」 「一応私も女子だし、最低限のオシャレや制服の着こなしには気をつけたいから……」 「俺たちにも後輩ができるけど、どう?」 「うーん、そうだねえ……一応先輩になった自覚は……持っておいた方が良いかな……?」 「ほおほお、それはなぜ?」 「えっと……やっぱり1年生から見れば、2年生も3年生も両方先輩には違いないし……」 「あとは部活とか委員会になると、1年生に色々と教えてあげる機会も増えるでしょ?」 「あー、なるほど。確かに委員会に入るとそういう機会もちょくちょくありそうだな」 「委員会だけじゃないよ。学校の敷地内なら、1年生から色々と質問を受けてもおかしくないし」 「部活に所属してる場合は、それよりももっともっと後輩たちとの繋がりが増えると思うもん」 「おお……何かそう考えると、俺たちいつでも後輩たちを警戒してないといけないな」 「あはは……それはちょっと構えすぎかもしれないけど、でも心構えはちゃんとしておかないとね」 「私たちも先輩として、少しは気を引き締めていかないと」 「気負いしすぎて疲れないようにしろよ?」 「え……? ど、どうしたの? 急に」 「いや、まあ……なんとなく? ちょっと肩に力が入っているように見えたから」 「そ、そうかな……? 自分じゃそういうの、良く分からないけど……」 「でも、少し緊張はしちゃってるかも。私変なところで失敗するタイプだから……」 「まあ、あれこれ考え過ぎるなってことかな」 「ちゃんとリラックスして、後輩の前ではいつも堂々としていた方が、俺たちにとってもプラスになる気がする」 「………」 「ま、無理はするなってだけの話。お互いもうちょっと緩くいこうぜ緩く」 「ふふっ、もう……そうやって適当なことばっかり言うんだから」 「適当もたまには大事だぞ?」 「そんな常日頃からガチガチに構えてちゃ、学校生活なんて楽しく送れないからな」 「………」 「そっか、そうだよね。ふふっ」 「そこまで気にしなくても……」 「え……? そ、そうかな……」 「ああ、やっぱり自然体が一番って言うか、気にし過ぎも良くないって言うか……」 「………」 「………」 「う、うん。確かにそうかも……」 「そうそう、2年になったって、俺たちも急激に成長するわけじゃないんだし」 「うん……」 「それに……」 「俺たちも3年から見たら、まだまだ1年と変わらないかもしれないし」 「そうだね。確かにそう言われてみるとそうかも」 「校長のズラが新しくなってたぞ」 「ふーん、そうなんだ……」 「あれ? 面白くない?」 この話題は興味がなさそうだ。 「皆原ってあんまり遅刻しないよな」 「遅刻は普通、しないものだと思うんだけど……」 「でも、みんながみんな皆勤賞狙ってるわけじゃないだろ?」 「うん、まあ……」 「でもほら、遅刻して、やっぱり後からみんなのいる教室に入るの……恥ずかしいし」 「そうか? 気まずいのはわかるけど、そんなに恥ずかしいもんかな」 「みんなの前で転んでさ、パンツ全開とかそういう展開よりは全然恥ずかしくないと思うけど」 「ううっ……そ、そういう恥ずかしい話は……ほ、他の子としてよ……」 「え!? ちょ、ちょっと待て、何パンツの話でそこまで赤くなってんだよ……!」 「べ、別に……赤くなってるわけじゃ……」 「と、とにかく、遅刻はしないのが普通だよ」 「その普通を続けるのが難しいんだよな」 「うん……本当にそう思う。私もつい夜ふかししちゃうし……」 「だよなあ。俺も同じ同じ」 「映画とか小説とか、一度夢中になると気づいたら夜遅い時間になっちゃってて……」 「あるある。ありすぎて困る」 「だから、翌朝絶対に遅刻出来ないときは、なるべくそういうの……我慢するようにしてる」 「偉いな。俺もちょっとは見習わないと」 「好きなことを我慢するのって、つらいよねえ……」 「遅刻してもいい事何もないしな」 「うん。そうだね」 「遅刻しすぎると内申点も下がっちゃうし、先生から目をつけられたら本当に大変」 「たしか遅刻2回で欠席1回分……みたいなルールなかったっけ?」 「うーん……遅刻2回? 3回くらいだったような気もするけど……」 「とにかく遅刻でも回数を重ねると大変なことになっちゃうんだよね」 「進学にも不利になるし、遅刻しまくって進級できませんとかヤバいよなあ……」 「うん……進学する場合は絶望的だね」 「就職なんて以ての外だよな。そんな遅刻常習犯が、一般企業で毎日働けるとも思えないし」 「ふふっ、遅刻しないと逆に怒られる会社とかないのかな? ちょっと面白そう」 「はは、そんな会社あったら、俺土下座してでも入社したいぞ」 「私も、そんな夢みたいなところで仕事したいなあ〜」 「Cクラスの方が良かったよな」 「え? そ、そう……?」 「私は今のクラスに不満なんてないけど、でも……何でそう思うの?」 「だってAクラスってさ、何をするにしても必ず学年で最初に動くじゃん」 「集会でも学校行事でも、何かそれがちょっと不満で」 「ふふっ、それは逆に考えたら良いんじゃない? どのクラスよりも先に行動出来るからお得……! みたいな」 「あー。なるほど。発想の転換ってやつか」 「うん。何事もプラスに考えようよ、そうすれば小さな不満もすぐになくなっちゃう」 「そうだな。それじゃあAクラスになって良かったことを考えてみよう」 「Aクラスになって良かったこと良かったこと……」 「うーん……」 「そうだ、トイレまでの距離が近いじゃないか!」 「廊下を挟んですぐにトイレに駆け込めるのは、俺たちA組の特権かもしれないぞ……!」 「な、なるほど……確かにそうかも……」 「トイレまでの距離は、胃腸が弱いヤツにとっては死活問題だからな。これは大きなメリットの一つと考えて良いはず」 「うん。女子にとっても、お手洗いが近いと助かるし……」 「はは、そう考えるとCクラスが不憫に思えてくる。なにせトイレまでの距離がAクラスより20メートルほど遠いからな」 「ええ……!? そ、そうなの? そんなに……!?」 「ああ、正確に計ったことはないけど、目算でそれくらいだと思う」 「腹痛時にこの20メートルは、マジで俺たちの命運に関わる」 「ふふ、なんか私、今心の底からAクラスで良かったって思っちゃった」 「購買までの距離が近いじゃないか!」 「購買まで……うーん、まあ確かにそれは……」 「教室2個分の距離がどれだけ重要か。昼のスタートダッシュ組にはかなり重要な要素だな」 「あ、あはは……でもどうなのかな。私……普段はお弁当の方が多いから、お昼は……」 「むっ、毎日繰り広げられる購買部という名の戦場を知らんとな……!?」 「女子でも望月みたいなプロがいるし、あの激戦区にはある程度慣れておかないと後々大変だぞ?」 「そ、そうなんだ。私の友達、いつも平気な顔してパン買ってくるから……」 「どうせ人気のないコッペパンとかだろ?」 「ううん、いちごサンドとかカツサンドとか」 「マジで!? 誰そいつ、すごい猛者な気がするんだけど!」 「この教室トイレ遠いよね」 「そう? 他のクラスに比べたら、全然マシだと思うんだけど……」 「でも、もう少しトイレの数は増やして欲しいかな」 「休み時間に走る必要がないくらいにはして欲しいよな」 「うん。そうだね」 「これでさらにトイレの数が少なかったら、マジで休み時間はトイレ争奪戦になるよなあ」 「あはは、でも学校側もちゃんと考えてると思うし、さすがにそんなことにはならないと思うよ?」 「まあ、みんなが同じタイミングでトイレに駆け込んだら、そのときは私にもわからないけど……」 「毎回トイレまでダッシュって訳にはいかないしな」 「う、うん。特に私みたいなタイプは、走るのが苦手だしいつも不利なことに……」 「おまけに女子トイレって、観光地でもいつも混んでたりするよな」 「個室だからね。男子トイレより入れる人数が少ないから……」 「おまけに男子の方が早く終わるからな。その違いも混み具合に関係してるのかな?」 「………」 「あ、あはは……私なんで男子とこんな話してるんだろう……」 「あ、ああ……なんか少し恥ずかしくなってきたな」 「こ、この話はもうやめよう?」 「ああ、そうだな……」 「毎回授業がちょっと早く終わればいいのにな」 「うん。そうなってくれるとすごく助かるよね」 「早く授業が終われば、気分的にも楽になるし」 「ああ、移動教室はスムーズに動けるし、体育の前だったら急いで着替える必要もないしな」 「そうすれば、トイレの問題も少しは解決するかな……?」 「たぶんな。というか教室に一つずつトイレが設置されてると便利なんだけど」 「あはは、それは名案だね」 「でも……さすがに教室とトイレが近すぎるのも、ちょっと問題がある気がする……」 「まあそうだろうな、教室に隣接したトイレなんて、恐ろしくて絶対にウンコなんて出来そうにないぞ」 「も、もう〜! あんまりそういうこと言わないの。本当にしょうがないんだから」 「ベランダのフェンスが壊れそうなんだけど……あれどうするんだろうな」 「ええ!? それ本当!?」 「ああ、新築同様の校舎なのにおかしいよな。ウチのクラスのベランダだけ、なぜかもうガタがきてるみたいなんだ」 「今日なんてあぶないからベランダに出るなって、俺なんて2回も念を押されて注意されたぜ?」 「ちょ、ちょっと怖いね……それ……」 「ああ、ちょっと怖いどころの騒ぎじゃないぞ」 「先生たちも危険なのは知ってるんでしょ? どうなってるのかな……」 「んー、まあさすがに放置ってわけにはいかないだろうし。対策はもう打ってあるんじゃないのか?」 「そ、そうだよね……」 「事故が起きる前に、早めになんとか修理してもらえれば良いんだけど……」 「俺が修理できれば修理しちゃうんだけどな」 「え!? そんなこと出来るの……!?」 「いや、もしも出来たらって話。残念ながら俺にそんなスキルはない」 「クラスに一人くらい、そんな仕事がかるーくこなせる超人がいてくれても良いのになあ」 「ふふっ、そういうことが出来る男の人って、やっぱり端から見てるとカッコ良く感じるよね」 「はは、やっぱり女子ってそういうのに弱いのか?」 「でも確かに、男らしい一面を見せるには絶好の機会だよな」 「でも駄目だよ? 修理はやっぱり業者の人に頼まないと。下手をして怪我でもしたら大変だし」 「フッフッフ。でもほら、誰かさんがベランダに出て怪我をしないうちに、ここは男らしくなんとかしないと」 「わ、私の心配なんてしなくてもいいのに」 「事故起きる前に壊して直してもらうか」 「え? どうする気?」 「蹴りまくってフェンスを外す。壊せば直さざるを得ないのですべて解決!」 「そ、それ……下手したら停学になっちゃうよ……?」 「じゃあジャスティスに立ち会ってもらって、一緒に壊してもらうとか」 「む、無茶苦茶だし、それ絶対壊すときあぶないよ……」 「た、確かにそうだな。蹴るときに勢い余って俺が怪我するのも馬鹿らしいし」 「ほら、先生に言って、すぐに業者の人たちを呼んでもらおう?」 「でも、それだと全然面白く……」 「面白くなくていいのっ! 怪我人が出たら大変でしょ!?」 「了解しました……帰りのホームルームまでに、ちゃんと何とかしてもらえるように言っておくよ」 「日直、一緒になるかな?」 「うーん、どうだろう。席が遠いのもあるし……ちょっと難しい気がするかな」 「そ、そうだよな」 この話題は興味なさそうだ 「休日は何してる?」 「うーん、基本的に本を読んだりゴロゴロしたり、部屋でゆっくりしていることが多いかな」 「インドア派なんだな」 「うん。否定はしないよ? 私、家でゆっくりするのが趣味みたいなものだし」 「家でマンガ読んだりゲームしたりすると、あっという間に時間が過ぎちゃうよな」 「うん、私も本読んでるとあっという間に時間が過ぎちゃって……」 「気づいてから休もうと思ってもさ、結局そのままダラダラと一日を過ごしちゃうっていう」 「そうなんだよね。ゆっくり休む時間も大切だって、頭ではわかってるんだけど」 「休める時に休んでおかないとな」 「そうだよね。いざというとき、体が疲れてて動かなかったら困っちゃうし」 「ゲームでも本でも、目を酷使するとドライアイになったりするし休憩はマジで大事だ」 「うんうん。目の病気になったら本当に大変だよね。目の周りの血流が悪くなると青いクマになって残っちゃうし」 「適度な休憩は当たり前だけど、電子レンジで温めたおしぼりをアイマスクみたいにして使うと良いらしいぞ?」 「へぇ……! そうなんだ。今度試しにやってみようかな」 「予定を入れなきゃ休めるぞ?」 「そ、そうかもしれないけど、予定って遊ぶだけじゃないからキャンセル出来ないこともあったりしない?」 「あー。確かに言われてみればそうだな」 「急で断れないバイトのシフトとか、病院に行く予定だとかまあ色々……」 「う、うん」 「私なんて、お母さんにまとめて用事を押しつけられることがあるから」 「たまーにそれで休日が無駄になったりすることが多くて……」 「へー、休日が無くなるくらいの用事って何?」 「お母さんの好きなサスペンスドラマの録画データを、注文通りに編集する作業……」 「うわあ、それは一日潰れるな……」 「この街、休日はめっちゃ人多いよな」 「そうなんだよね。本屋も雑貨店も人がいっぱいだし」 「ゲーセンもめちゃくちゃ混んでるだよなぁ……」 「どこへ行っても人がいっぱいいるって、実は結構すごいことだよね。休日になるとまるで遊園地にいるみたいに混むし」 「まったく、一体どこからこんなに人が集まってくるんだ? って感じだよな」 「街が綺麗なのもあるけど、やっぱりデートスポットとしてそれなりに有名だからじゃないかな」 「道とかどこも舗装されてるもんな。道端の花壇一つとっても手入れが行き届いてるし」 「本当にどこも綺麗に咲いてるよね」 「公園の芝生や植木も、しっかりと管理されているからそれで人も多いのかな?」 「でも、街の活気と景観の両立はすごく難しそうだよね」 「活気ありすぎなのもちょっと問題かもな」 「うん。マナーが悪い人たちが来たら、すぐに大通りだってゴミだらけになっちゃう可能性あるし」 「そういう意味では花見会場と似てるよな。綺麗な桜を見に来て、平気でその場にゴミを捨てていく人間もいるし」 「うん。マナーってやっぱり大事だよね」 「人の集まる街だからこそ、そういうところにはちゃんと気を配らないと」 「たまにボランティア活動で街の掃除している人たちがいるけど、今思えば本当に偉いと思うよ」 「俺も機会があれば、そういう活動に参加してみようかな」 「ふふ、偉いね。私も帰り道にゴミが落ちてたら、ちゃんと拾って帰ろうかな」 「活気があるのはいい事じゃないか」 「そうかもしれないけど、でも……それって都合の良い一面にしか目を向けていない気がするの」 「都合の良い一面か……」 「うん」 「賑やかで人が集まるのは、必ずしも良いことばかりではないっていうか……そ、その……」 「ああ、なんか俺もなんとなくわかってきた。人が集まる分、問題も色々と出てくるって話?」 「そう。だから綺麗な街の景観を保つのも、すごく難しい事だと思うから」 「駅前とかさ、専門の清掃業者に仕事の依頼とかしてないのかな」 「うーん、どうなんだろう。でもいつも年配の人たちが掃除してくれてるよね」 「たまーに清掃員の募集もやってるよな。やっぱりそれだけ掃除する人の数も足りないってことか」 「そうなのかな。私にはそこまではわからないけど」 「近々デートのご予定は?」 「………」 「そ、そんな予定……別にないけど……」 「………」 (き、気まずい……) この話題は興味ないみたいだな。 「日曜日が週5なら良いのに」 「あ、あはは……確かに休みがいっぱいなのは嬉しいけど……」 「だろー? 日曜日がそんなにあったら、俺なんて徹夜で毎日ゲームするのに」 「でも、それだといつ勉強するの……? 去年成績大変だったんだよね?」 「え……? な、なんで俺の成績知ってるの……?」 「あ、ごめん……えっと……この間望月さんが言ってたのを小耳に挟んで……」 「あ、あいつ…!! お、俺の個人情報をォォォォーーッ!!」 「あ、あはははは……」 「まあ、成績不良は自業自得だからいいんだけどな」 「あっさり言うけど……ほ、本当に大丈夫なの?」 「まあ、どちらにしても休みが多すぎるのはやっぱり問題がある気がするけど……」 「真面目だなぁ……」 「そ、そう……? だ、だって成績が悪いせいで留年になるのは嫌でしょ?」 「ああ、留年はさすがに勘弁して欲しいな。さすがにもう1年同じ授業は受けたくないし」 「そう思うならもう少し真面目に勉強しないと。私も人のことは言えないけど……」 「遊ぶ時間が全然足りないんだよなあ。十分に遊ぶ時間も確保出来るなら、その他の時間を勉強に充てても良いんだけど」 「うーん……」 「でもそうすると、結局勉強する時間も遊んじゃうんじゃ……」 「正解! 当たり前じゃん!」 「あ、あはははは……」 「じゃあ週3くらいで……」 「ふふっ、それなら祝日と上手く合わさればたまーにあるよね」 「ああ、そういう三連休はマジで俺にとって救いの手となる……!!」 「でもそうすると、今度は4連休が欲しいなあって言い出すんでしょ?」 「そ、そんなことないデス!」 「じーっ……」 「……と思いたいですね。はい」 「ふふっ、今みたいに休日の数は欲張らない方が丁度いいかもしれないね?」 「そうだな。そう考えると週休2日制はある意味計算し尽くされた上での結論なのかも」 「毎週休みが3日もあると、それはそれで必要以上にダラけちゃう可能性もあるしね」 「私なんて、いつも夏休みの最後の方は学校に行きたいなあ……なんて思っちゃうし」 「あー、それわかるわー。俺も毎年夏休みの最後はそんな感じそんな感じ」 「うんっ。お互いに貴重な休みは大事に楽しもうねっ」 「はっ! 了解しました!」 「休日の嫌いなところは?」 「うーん……休日の嫌いなところ……?」 「俺は、いざ休みになるとやることが思いつかないのが不満だな」 「あ、それちょっとわかるかも……」 「満足のいく休日の過ごし方も、なかなか難しいんだよなあ……」 「なんかこう、自分にピッタリの休日のガイドラインとか欲しいよね」 「ああ、後は出来るだけ休日の時間を延ばせる装置とか欲しいな」 「うーん、24時間を28時間に伸ばしたりとかそういうこと?」 「充実した時間って早く経っちゃうんだよな」 「うん。そうだね」 「特にお気に入りの映画や海外のドラマを見始めると、本当に気がついたらすぐに夕方になってて」 「そして母ちゃんにメシだと呼ばれても、なかなかテレビの前から離れようとしないと……」 「あはは、それはさすがに昔の話だよ〜」 「おお、それじゃあ誰かさんは呼ばれたらすぐに部屋から出てくるまでに成長したのか?」 「と、当然でしょ? 私だっていつまでもそんな子供じゃないんだから」 「俺なんて、未だにセーブポイントまで待ってくれェェェェ!! とか言って、母ちゃん怒らせてるけど」 「ふふっ、すぐにその光景が頭に浮かんじゃった」 「逆に嫌な時間は長く感じちゃうよな」 「うん、まあ……それは……」 「あんまり面白くない映画を見てるときとか、特に時間が長く感じるし……」 「あー、わかるわかる。映画館でその状況は厳しいよな。お金払ってる分ちゃんと見ないと損した気分になるし」 「うん……」 「そういう楽しくない時間ほど、早く感じるような体になればいいのに……」 「確かにそんな体になれたら便利だよな」 「うん……でも出来ることなら、楽しくない時間なんてない方がいいんだけど……」 「週2回の休みでも足らないよな」 「うーん、私は休日の中身がどれだけ充実したかによると思うけど」 「充実ねえ……」 「うん。休みの期間が長くなっても、その間ずーっと暇だと逆につらいでしょ?」 「うっ……た、確かに……」 「好きなゲームや本を読んでいるときだって、一度飽きたのにそれをずっと続けるのも厳しいと思うし……」 「そう考えると休日って、ただ長いだけでもしょうがないのかな? って思うなあ」 「ほおほお……」 「そう考えると、週に2日間も休みがあれば十分なのかもしれないね」 「俺はもうちょっと欲しいな」 「でも、毎週3日以上も休みがあったら、それはそれでつまらないんじゃないかな」 「そうか? 休みは多いに越したことはないと思うけど」 「連休は、たまーにあるから嬉しいんだと思う。ゴールデンウィークのワクワク感も、普段から連休が少ないからこそワクワクするんだと思うし」 「まあ、それは確かに……」 「週に2回しか学校に登校出来ないルールだったら、きっと最初の2週間くらいで早く学校へ行きたくなるんじゃないかな」 「いや、それでも俺は休日が欲しいぞ!」 「あ、あはは……なんでそんなに休日に餓えてるの……?」 「学校に行く日数が減ったら、友達ともなかなか会えなくなると思うけど……」 「大丈夫だ、今はパソコンとケータイさえあれば、学校に行かなくても簡単に友達とコンタクトがとれるし!」 「もしかして、学校嫌いなの?」 「いや、別に嫌いってわけじゃないけど」 「俺も陽茉莉を見習おうかな」 「え? 見習うって?」 「休日に対する考え方をだ。俺も休みは2日で十分と言えるような人間になりたい」 「あはは、な、なんかちょっと大げさだよ……」 「それに私だって、たまーにだけど2日以上休みが欲しいなあって思うこともあるし……」 「いえ! それでも俺はバッチリ見習いたいと思います!」 「そ、そういう風に言われると、なんかすごく恥ずかしくなってくるんだけど……」 「はっはっは! そうかそうか、ではもっと恥ずかしくなっていただこうか!」 「ええーっ!?」 「も、もう……わざとそうやって人のことからかってるでしょ……?」 「あれ、バレた?」 「当然です。ふふっ」 「早く夏休みにならないかな」 「うーん、夏休み……」 「ああ、今年こそは小麦色の似合うワイルドな男になる予定なんだ」 「そ、そうなんだ。でも具体的に夏休みに入ったら何をしたいの?」 「うーん、そうだなあ……」 「夏休みといったら色々ありすぎて、結構悩むんだよなあ……」 「夏って、結構イベントがたくさんあるもんね」 「バーベキューとかいいよな」 「海でやるか山でやるかで、また違った楽しみ方があるよね」 「ああ、長いクシに超デカい牛肉刺して、ガンガン焼いて食いたい感じだ」 「でも、山だと蚊に刺されるし、海にも結構虫がいるからちょっと嫌かなあ……」 「肝試しとかいいよな」 「うーん……肝試し……」 「私、普通のお化け屋敷程度なら平気なんだけど、突然ビックリさせてくる感じの肝試しは苦手なの」 「へえ、それじゃあ肝試し特有の雰囲気とか空気感は大丈夫なのか」 「うん。読書してると、そういう怖い話も読む機会があるから……それで耐性がついちゃって」 「ふふ、私も一緒におばけ屋敷行ったら、キャーとか悲鳴あげたほうが良いのかな?」 「まあ無理に悲鳴をあげる必要はないと思うけど、それなら敢えて全然怖がらない相手と一緒に肝試ししてみるのも楽しいと思うぞ?」 「へえ、そうなの……?」 「ああ、少なくとも俺はそうかな。おばけとか恐怖の対象を笑いながらスルーするのって、意外と楽しいし」 「ふふっ、確かにそれはちょっとやってみたいかも……」 「休日は自己申告制でも面白いよね」 「上限が決まっていて、月頭にこの日は休みますって申告するの?」 「そうそう、それで好きな曜日を自分の都合に合わせて休みにするんだ」 「一応休みの上限は、一月に8日間ってことで」 「それ、なかなか面白そうだね」 「でも、細かい予定なんかも含めて休日のプランを練っていくと……」 「それはそれで、なかなか休日のタイミングが選べなくて苦労しちゃいそう……」 「でも、祝日を挟んで簡単に3連休とか作れるし、俺たちみたいな遊び盛りにはかなり歓迎されそうなシステムだけどな」 「あ、祝日もちゃんと休みなんだ」 「当たり前だろ? じゃないと俺が堪えられん……!」 「なるほど……」 「でもそれだと、休みをためる人とかいっぱい出て来そう。休日貯金みたいな」 「ためるのが辛いんだけどな。だって一度に偏った休日をとったら、その後何日も連続で学校に行かなきゃいけないし」 「やっぱりそうなるよね……」 「休日が貯金出来るシステムになっても、利用の仕方を一つ間違えれば大変なことになるからな」 「自分でスケジュールの管理が出来ない人は、それですぐに体壊しちゃいそうだよね」 「ああ、俺とかな」 「でも実際、そんなシステムになったらどういうスケジュールで動くの?」 「うーん、6日連続で学校へ行き、1日休んだ後それからまた5日間学校へ行って……」 「それから3連休を取る!!」 「あ、あはは……それってすごくハードな気が……」 「でも、連休をゲットするためなら頑張れる気がする!」 「うーん、何か頑張るポイントがちょっとおかしい気がする……」 「適度に取るぞ?」 「連休いっぱいにすると思ったけど、違うんだ?」 「ああ、冷静に考えてみると、このシステムで連休を取ろうとすると休みまでがかなり辛いからやめた」 「そうだよね。これって自分でちゃんとスケジュールを立てて実行出来る人じゃないと、逆にすんごく大変だと思う」 「だよな。まるでバイトのシフトみたいになりそうだ」 「へえ、アルバイトのシフトってそんな感じなんだ」 「私、アルバイトしたことないから……」 「バイトのシフトは、他人のスケジュールにも左右されるから結構大変なんだぞ?」 「そ、そうなんだ。それだけ聞くとすごく大変そうだね……」 「はは、でもバイトしてない組からしたら、ちょっとしたシフト調整の体験にもなって面白いかもな」 「ふふ、そう考えるとちょっとだけ面白そうな気がしてきちゃった」 「休みの日は早起きの方がお得だ……!」 「確かに、早起きをすれば自由な時間も増えるし健康的になれるよね」 「ああ、休みの日に、誤って夕方に起きるようなことがあったら……」 「やべェェェェ!! 超もったいないことしたああああああ!!」 「……って、思うだろ?」 「うん。すごく思う。それからとっても後悔する」 「新作のゲームにハマってるときとか、遅い時間に起きて何回後悔したことか……」 「うん、だから休みの日にずっとだらだらしてるのも、たまにすごくもったいないって思うときがあって……」 「起きるの遅くなると夜寝れなくなるしな」 「そうそう。夜更かししたら次の日もまたまた大変になって……」 「体内時計って、直すのにかなり苦労するよなあ」 「ふふっ、本当にそうだよね。実体験してるから余計にその辛さがわかっちゃう」 「はは、俺たち同類だな。二人揃って夜型人間?」 「私は一応、普段から夜更かししないように気をつけてはいるんだけど」 「でも気を抜くと遅い時間まで起きてしまっていると……」 「あはは、バレちゃってる? なかなか完璧な生活は出来ないよね〜」 「敢えてだらけるのも贅沢な過ごし方だ」 「わあ、すごい開き直ってるね」 「ああ、惰眠を貪るのも、人として重要な行為だと俺は思っている!!」 「あ、あはは……それで本当にいいのかなぁ……?」 「休日は休むためにあるんだぞ?」 「そんな日にグーグーと爆睡しないでどうする!」 「うーん、まあ……気持ちはわかるんだけど……ねえ……?」 「最近どんな本読んでるんだ?」 「うーん、映画の原作とか、漫画かな」 「ジャンルがすごい極端だな……」 「原作だとすごい分厚かったりするんだろ?」 「そういうのもあるけど、中には普通の小説サイズの物もあるよ?」 「そうなのか、じゃあ俺でもなんとか読めそうだな」 「もしかして、そういう本に興味ある?」 「漫画とは違う面白さを開拓しようと思ってさ」 「どういうジャンルが良いの? 恋愛とかミステリーみたいに色々あるけど……」 「じゃあホラーだけど笑えるような小説ってある?」 「うーん……」 「映画を小説化したやつで、そういう小説があるんだけど……」 「ん? 何か言いにくい事でもあるのか?」 「B級映画だから、正直好みが分かれるからオススメしにくい……かな……」 「でも陽茉莉がオススメしてくれるんだから読んでみるよ」 「えっと……」 「『ゾンヴァー核戦争』っていうんだけど……、まず映画の情報見て、それで興味が湧いたら読んでみるといいかも」 「お、おう……。そこまで念をおされると余計に気になるな……」 「ネタバレはしたくないから言わないよ? 小説は読みたくなったら貸すから言ってね?」 「たまには読んでみようと思ってな」 「どういうのを読んでみたいの?」 「そうだなぁ……、冒険物とかよさそうだな」 「夢があるっていうか、カッコいいよな」 「そういうところはやっぱ男の子だね」 「『龍之介冒険記』だったら映画にもなってるから聞いたことはあるんじゃないかな?」 「あぁ、聞いたことあるぞ。だけどあれって結構長くなかったか?」 「そうなんだよね……。小説の方でも7巻まであるから、ちょっとオススメとは言えないかも」 「7巻だと読み切るのに1年とかかかりそうだな……」 「読んでみると面白くてあっという間に読んじゃう事もあるから、読んでみれば?」 「私、ラノベは読まないしわからないから他の人に聞いてみれば?」 「そ、そうか……」 「最近ハマってる物を教えてくれ」 「うーん……大人の恋愛っていうか、ドロドロ……とまではいかないけど、そんな感じの恋愛物かな……」 「あとは硬派な漫画とか、面白いなーって思うよ?」 「硬派な漫画はともかく、そういう恋愛物って面白いのか?」 「面白いっていうか、なんていうんだろう……少女漫画の恋愛物にはない魅力があるというか……」 「そういうのが面白くて読んじゃうかな」 「普通の少女漫画だとなんか刺激が足りなくて……」 「昼ドラみたいなエログロサスペンス?」 「そういうのじゃなくて、なんていうかこう……情熱というか愛憎というか……」 「うーん……言葉が出てこないなぁ……」 「とにかく、そういうのが足りないというか……」 「そ、そうか……俺にはその良さがまだわからないから何ともいえないけど……」 「結構見てると面白いよ? 今度見てみてよ」 「機会があったら見てみるよ。でもそういうの見てるのはちょっと意外だったかも」 「そう? 小説って結構そういうのあるやつ多かったりするよ?」 「そうなのか……知らなかった……」 「こだわりがあるのか?」 「こだわりっていうか、ハッピーエンドばっかりでありきたりっていうか……」 「叶わない恋があったり、同じ人を好きになったとして付き合えなかった方の気持ちが書かれてない事が多いじゃない?」 「大人の恋愛みたいなのはそういう部分もしっかりと書かれてて、よりリアルっていうか……怖い一面があるってわかるの」 「へぇ……リアルすぎて怖くなるとかないのか?」 「もちろんあるよ?」 「でも、ハッピーエンド迎えると少女漫画にはない喜びというか、感動があって」 「演出とかすごそうだな」 「そうでもないよ? 昼ドラだって、特別演出がすごいわけじゃないでしょ?」 「俺ら普段学校いるのに、いつ昼ドラ見てるんだよ……」 「録画して帰ってから見てるよ?」 「あ、その手があったか」 「興味あったら見てみる? 良かったら貸せるけど」 「海外ドラマは見る方?」 「結構見るよー! 『ファミリーチャレンジ』っていう海外ホームドラマ知ってる!? あれ面白いんだよ!」 「それって夕方やってるやつだよな? 俺も見てるよ」 「子役の女の子がすごい可愛いし、面白いよね!」 「ギャグっていうか日常コントみたいなのがあるのも面白いよな」 「そうそう! 日本のドラマには中々ない面白さがあるよね」 「だけど、感動できる話とかもあって不意打ち食らうんだよな」 「そうなんだよねー……!」 「でも超展開とかじゃないし、ドッキリとかでもないんだけど」 「たまに、うるっときちゃうときがあって……」 「日本のドラマもいいと思うけど、あっちのTVドラマって完成度高いよな」 「その国の国柄が出てたり、こっちの感性じゃ味わえないものがあるよね」 「アクションとかド派手だもんな。『ダークゴメスティック』とか爆破すごいじゃん」 「ストーリーもすごい凝ってるし、見ててドキドキするよね」 「女子ってアクション系よりは、やっぱり『ファミリーチャレンジ』みたいなホームドラマの方が好きなのか?」 「うーん……多分そうかも」 「ほのぼのしてるのとか、可愛い女優さんとかいれば見ると思うし」 「なるほどなぁ、アクション系も面白いと思うんだけどな……」 「あんまり派手なアクションだと、怖がっちゃう子がいるから仕方ないよ……」 「『ダークゴメスティック』の話普通にしてたけど、陽茉莉は平気なのか?」 「私は平気だよ? むしろ結構好きな方かな……あのスリルやストーリーの盛り上げ方が素敵だよね」 「だよなぁ。海外ドラマの話でここまで盛り上がれるとは思わなかったよ」 「みんな日本のドラマしか見てないからねー」 「そういうの結構詳しいんだ?」 「詳しいってわけじゃないよ? ただ小さい頃から見てただけだよ」 「ほら、国営放送の教育番組のチャンネルあるでしょ?」 「あそこで海外ドラマ枠あるからそこで見てるよ」 「ってか、今もそのチャンネルでやってるじゃない」 「そういえばそうだったな」 「昔はアニメの後にその海外ドラマやってたから、アニメ見終わったら消しちゃってたな」 「小さい頃は難しくてよくわからなかったし、そうなっちゃうよね〜」 「私も見てて面白くなったのは中学とかそのあたりだったし」 「じゃあそれまでは何で見てたんだ?」 「お母さんが家にいる時に一緒に見てたの」 「それで、続きが気になっちゃってちょっと早く帰って見たりして……」 「じゃあ今度オススメの海外ドラマ教えてくれよ」 「別にいいけど、私のオススメだとホームドラマとかになっちゃうけどいいの?」 「『ファミリーチャレンジ』みたいなのだったら大歓迎だ。あれのDVD-BOX欲しいぐらいだからな」 「そういえば、今度コンプリートボックス出るみたいだよ?」 「マジで!?」 「なあ、俺の描いた漫画を見て欲しいんだけど」 「え、漫画の才能なんてあったの?」 「なんとなく書いてみただけなんだけど、面白いか見てくれないか?」 「いいけど……」 「えっと……これってジャンル的には何なの?」 「バトルアクションだ。主人公がライバルと競いながら地上の頂点を目指す話だ」 「パッと見、ただ棒人間が戦ってるように見えるんだけど……」 「この棒人間たちからすごいオーラが出てる……!」 「ほ、ホントか!?! この後から展開がまた熱くなるんだよ!」 「すごい……、なんて躍動感のある棒人間なの……! すっごく面白いじゃない!」 「そ、そうか!? ……そこまで言ってくれるとなんか照れるな……」 「棒人間でここまで描けるのはある意味才能じゃないかな? このバトル棒人間楽しかったよ!」 「こういうのもいいけど、悲恋物が見たいかな」 「じゃあ振られたら描いてみようかな」 「そこまでしなくても……」 「実体験ないと描けない?」 「その時に感じたものを描いた方がリアリティがあってよさそうだろ?」 「そうだけど……だったら描かなくていいよ」 「どうしてだ? その時になったら頑張って描いてみるぞ」 「そんな辛い思いしてもらってまで描いて欲しくないよ……!」 「……さんきゅ、わかったよ。そこまでいうなら描くのやめるよ」 「どんなのだったらすぐ描けるの?」 「そのバトルアクションみたいのだったら多分すぐ書けると思うぞ」 「じゃあ、またバトルアクション描いて!」 「これ面白くてハマっちゃったかも」 「ほんとか!? じゃあ早速描くわ!」 「じゃあ敢えてギャグ漫画にしようかな」 「ギャグ漫画? センスとか必要だし……大丈夫なの?」 「多分なんとかなるんじゃないか? センスはきっとあると信じて……!」 「ギャグ漫画で全然笑えなかったら目も当てられないらしいよ?」 「普段あんまり読まないからよくわからないけど……」 「一応そのバトルアクションにもギャグを入れてあったんだけど、どうだった?」 「……え? う、うーん……、ちょっとわからなかったかな?」 「え、ウソだろ? ほ、ほらこことか!」 「あ、あぁこれ!? バトルの方が熱くて印象が薄くなっちゃってたよ……」 「バトルの熱さの方が印象強かったのか……」 「ま、まあ狙って書いてみるとわかるかもしれないし、ギャグマンガやってみればいいと思うよ! うん!」 「そ、そうだよな!? 気付かなかっただけでウケてなかったわけじゃないよな!」 「………」 「その沈黙はなに!?」 「最近どんな曲聴いてる?」 「『もけもけ動物園』とか、『任務完了です!』ってやつ聴いてるよ」 「……それって映画の名前じゃないか?」 「ううん、映画に使われてる曲。タイトルと一緒なのはよくあることだよ?」 「アイドルの曲とかは聴かないの?」 「たまに聴くけど、映画のサントラの方が良い曲あったりするから、そっちばっかになっちゃうかな」 「ふーん、じゃあ他にはどんな曲があるんだ?」 「そうだなぁ……『鼓動』とか、『悲恋歌』とかかな」 「なんかカッコイイ曲名だな……」 「って、これも映画やドラマで使われたりしてるから知らないかもね」 「今度聴いてみようかな」 「意外にハマる曲があるかもしれないから、聴いてみれば?」 「まずは映画のタイトル思い出すところからなんだけどな」 「そこは調べてみればすぐわかるじゃない」 「問題はそのサントラがあるかどうかってところだけどね」 「大抵あるもんじゃないのか? 最近はゲームだって結構サントラ出てるし」 「あってもすでに絶版で手に入らないやつもあるんだよ?」 「マジかよ……だとしたらあることを祈るしかないな」 「中古でもよければ探してみるといいかもね」 「気になるから今度聴かせてよ」 「いいけど、どういうのに使われてたか知ってた方が面白いと思うから教えようか?」 「あー、普通に聴くより見てから聴いた方が良さもよくわかるかもしれないな。頼む」 「鼓動は『海女さん選手権』っていうドキュメンタリー映画で使われてたやつで……」 「悲恋歌は『僕の富士山』っていう戦争映画に使われてた曲だよ」 「戦争映画って……陽茉莉そういうのも見るんだな」 「私映画なら結構色んなのを見るよ? ホラーだって見ちゃうんだから」 「へぇーそりゃまた意外だな。いっぱい見てるの?」 「結構見てるよ? 有名な物ならある程度は見てるんじゃないかな?」 「じゃあ曲が良かったら今度映画の方もオススメ教えてもらおうかな」 「いいよー。それまでに好きそうなの探しておくね」 「いつも何時に寝てる?」 「いつもは大体夜の11時頃には寝るようにしてるよ」 「早い時だと10時半頃には寝ちゃうかも」 「結構早いんだな。10時半って俺まだゲームしてるぞ?」 「すごい疲れた日とかだけだよ〜。いつもは11時頃なの!」 「そっちは何時に寝てるの?」 「俺は大体0時ぐらいかそれより少し遅いぐらいかな」 「それでよく起きれるなぁ……、うらやましい……」 「なんとか起きれるって感じだけどな。俺も朝強い方じゃないし」 「私はあんまり夜更かししちゃうと起きられないから……」 「規則正しい生活って難しいから尊敬するよ。俺なんて夜中までゲームしたりして不規則だからさ」 「起きれないからそうやってるってだけで、規則正しくはないよー」 「でも大体同じ時間に寝て、同じ時間に起きてるんだろ?」 「まあ……そうだけど……」 「それでもすごいと思うぞ? 俺だったら絶対途中で挫折すると思うぞ」 「そんな風におだてても何も出ないよ?」 「別におだててるつもりなんてないぞ。思った事を言ってるだけだ」 「そ、そうなんだ……ありがとう」 「不規則になりがちだから見習わないとな……」 「そう……? 私を見習っても、別に特別なことは何もしてないけど……」 「でもさ、自分で起きられないってわかってるから早く寝たりしてるんだろ?」 「そうだよ? だって寝坊して遅刻したら嫌じゃない」 「ゲームがいいとこだったら、やめられなくて遅くまでやっちゃうからすごいなって思うぞ」 「ゲームだとセーブポイントとかもなかったりしたら大変じゃない?」 「そうなんだよなぁ。いつでもセーブできればいいんだけど、なかなかセーブポイントがなかったりするからな」 「何かに夢中になるのはいいけど、それのせいで寝坊したりしないようにしないとね」 「そうだな。これからは気を付けるよ」 「陽子さん元気?」 「元気だよー? 友達が懸賞で温泉旅行当てたとかで、今日は一緒に旅行行ってる」 「温泉かあ、いいなぁ……。あ、それだと今日の夕飯とか誰が作るんだ?」 「一応、私が作るんだけど……メニューはレトルトカレーになるかな。あはは……」 「そうなのか……親父さんは?」 「お父さんは仕事だから、今日も帰ってくるの遅くなると思う」 「そっか。それじゃあ今日は少し寂しいんじゃないか?」 「うーん、そうでもないよ? たまにはお母さんも息抜きしないと」 「そっか、陽茉莉は偉いな」 「俺なんて心が狭いから、息子を置いて温泉旅行に行かれたら結構拗ねる自信あるぞ?」 「あはは、温泉そんなに行きたいんだ」 「ああ、超行きたいぞ」 「まあ、温泉の話はいいとして……」 「そっちのお母さんは? 相変わらず元気なの?」 「元気元気。この前会ったからわかると思うけど、うちの母ちゃんはいつもあんな感じだから」 「そっかあ、昔から全然変わらないもんねえ」 「私たちのお母さんって、一体いつからあんな風に仲良いんだろうね」 「昔は家が隣同士だったからって、必ずしもあんな風に仲良くなれるとは限らないと思うんだけど」 「うーん……」 「まあ、そもそも性格的に相性が良いんじゃないか? 陽子さんもかなり社交的な性格してるしさ」 「うん、まあそうだけど」 「逆にうちの母ちゃんと陽子さんが仲悪かったら、今頃俺たちこうして話してなかったかもしれないよな」 「陽茉莉とは別々の学校じゃないと嫌とか言って、俺たちは自分の母ちゃんの私情により登校する学校を制限されてしまう……とか」 「あはは……さすがにそれはちょっと……」 「もし仮にそうなっても、私は自分の進路は自分で選びたいからお母さんと喧嘩するな〜」 「はは、陽茉莉って自分の母ちゃんには言いたいこと言うもんな」 「最近化粧のノリが悪くなったって言ってたな」 「あはは、私のお母さんも同じこと何年も前から言ってる〜」 「お互い、自分のお母さんは大切にしようね?」 「お、俺は一応大切にしているつもりだぞ? まあマザコンにはなりたくないからギリギリの範囲で」 「女性のお肌は日頃のストレスと過労でどんどん衰えていくから、私たちも気をつけないとすぐにお母さんたちみたいに肌に異常が……」 「お、おい、あんまり怖いこと言うなよ……」 「でも、一応事実でしょ?」 「だから私、一緒にお買い物に行くときとか、お母さんに化粧水を選んであげたりしてるんだ〜」 「へえ、陽子さんに? やっぱり娘が家庭にいると違うなあ」 「そっちも、たまにはお母さんにそういうことしてあげたら?」 「変な冗談は抜きにして、すごく喜んでくれると思うよ?」 「そっか、それじゃあ俺も今度そういうことしてみようかな」 「ふふっ、口では恥ずかしくてなかなか言えないけど、たまには親孝行もしないとね?」 「ああ」 「俺、長風呂派なんだ。じっくり体の芯まで温まる感じが気持ちよくてさ」 「そうなんだ。女子だとゆっくりお風呂入る人多いけど、男子だと珍しいんじゃない?」 「そうか? 俺みたいなやつ結構いると思うけどな」 「男子ってサッと入ってパパッと出るようなイメージあるから、そのせいかもしれないけど……」 「カラスの行水っていうんだっけ? そういうの。あれだと風呂に入った気がしないんだよな」 「それだったらシャワーでいいじゃんってなるし、シャワーだと体あったまらないんだよなぁ」 「シャワーだと気を付けないとすぐ湯冷めしちゃうよね……」 「そうなんだよな。じっくり風呂に浸かったら疲れも取れるしぐっすり眠れるのにな」 「私もそう思うなぁ」 「でも長く湯船に入ってるとのぼせちゃわない?」 「のぼせる前に出るから大丈夫。それに多少のぼせても大丈夫だし」 「のぼせるとふらついちゃって動けなくなっちゃうから私はダメだなぁ……」 「女子の場合、男みたいに下半身隠せばいいってわけじゃないし、大変だな……」 「そういうとこ、男子ってうらやましいと思うなあ……」 「まあ女子ほど隠すとこないし、トランクス一丁とか普通だしな」 「女の子が下着でうろついてたら色々と問題な気が……」 「それに男子のトランクス一丁って、こっちから見てて結構恥ずかしいんだよ?」 「まあ陽茉莉の前でトランクス一丁になることはないと思うけど、気をつけるよ」 「半身浴すると案外のぼせないんだよ」 「デトックス効果とかあるし、冷え性解消とかの効果もあるらしいぞ?」 「女子なら一回はやったことあると思ってたんだけど……」 「そうなの!? 今度やってみようかな……」 「胸下ぐらいのお湯の量で38〜40度ぐらいのお湯で20〜30分じっくり浸かるだけだから簡単だよ」 「へぇ……」 「って、なんで男子なのにそういうの詳しいの?」 「大体は母ちゃんの受け売りだけどな」 「俺も付き合わされてるけど、実際疲れも結構とれるから続けてる感じだな」 「そうなんだ……」 「たしか一応ちゃんとした方法があったはずだから、それを調べてからやってみるといいぞ」 「半身浴ダイエットとかあるし、色々女子にとっては嬉しい事が多いんじゃないかな?」 「ダイエット……! お、教えてくれてありがと!」 「犬飼いたいんだよね」 「犬可愛いよねぇ……! チワワのあのクリックリした目とかすごいキュートよね」 「チワワっていっつもプルプルしてるよな」 「あれって怖がってるのか? それとも立ってるのが辛いの?」 「うーん、立ってるのが辛いわけじゃないと思うんだけど。怖かったり寒かったりとか……」 「へぇ……。俺が見る時いっつもプルプルしてたんだけど……」 「他の犬種より怖がりみたいだから、そのせいかもしれないよ?」 「チワワって見た目通り怖がりなんだな……」 「あと寒さにも弱いらしいから、よく散歩で服着せてる人がいるのはそのせいかもね」 「どんな犬飼いたいの?」 「可愛いミニチュアダックスフントだな」 「ダックスかぁ……! あの垂れた耳と短い脚でチョコチョコ走る姿可愛いよねぇ…!」 「ペットショップで見かけた時に不覚にも心を奪われてな……めちゃくちゃ可愛いんだよ……!」 「まあ母ちゃんの許可もらわないとダメだから飼えるかどうかわからないんだけどな」 「飼うのって大変だもんね……普段私たちは学校だし、世話できる人が家にいないと可哀そうだし……」 「そうなんだよなぁ……そこの難題をクリア出来れば、なんとかOKもらえるかもしれないんだけどな」 「もし飼えたら見せてね!」 「おう、もちろんだ」 「カッコいいドーベルマンだな」 「耳が垂れてる子は可愛いけど、耳がピンってなってる子は微妙かなぁ……」 「可愛い視点で見ればあいつらも可愛いと思うけどな。番犬にもなるし」 「警察犬として使われてるんだっけ?」 「あんまり吠えられてもびっくりしちゃうからチワワみたいなのがいいなぁ」 「そうか? 番犬にもなった方が安全じゃないか?」 「番犬よりは一緒に遊んだりしたいじゃない?」 「うーん、散歩中とか遊べると思うけどなぁ……」 「最近空気清浄器欲しいんだよね」 「どうして? 花粉症にでもなった?」 「そうかもしれない」 「それっぽい症状出てるの?」 「最近目がシパシパしちゃってさ……」 「それドライアイか花粉症じゃない?」 「一回病院行って診てもらった方がいいかもよ?」 「病院行くのめんどくさいから、空気清浄器が欲しいんだよ」 「それって下手すると病院行くよりお金かからない……?」 「え? 本当に!?」 「あれってフィルター掃除大変らしいよ?」 「綺麗な空気吸えるならそれぐらい平気だろ」 「モノによるけど、掃除するのは大体月2回とからしいから、回数的にはそんなに多くないけどね」 「なら大丈夫だろ。花粉症になりたくない気持ちの方が強ければダラけることもないだろうし」 「そのうちどうでもよくなったり冬だから花粉ないだろーとかいってつけなくなったりしてね」 「う、ありえる……」 「そう思うなら無理して買う事ないんじゃない?」 「私もあった方が良いと思うけど……」 「貴重なアドバイスありがとう。やっぱり、もう少し検討してみるよ」 「うん、その方が良いと思うよ」 「カビないように気を付けないとな」 「そこまでなったら逆にすごいよ……」 「そうなるんなら絶対に買わない方が良いよ」 「ホコリ詰まらせた挙句、カビなんて生えたら悪い空気循環させてるようなもんだし……」 「うわ……そうなっちゃうのか……フィルター掃除さぼりそうだから怖いな……」 「なら買わないでマスクとかで花粉症予防してた方がまだ建設的じゃない?」 「そうだな……そっち方面で考えてみるか」 「カビ菌が肺に入ったらものすっごい大変な事になるんだから……!」 「そんな脅さないでくれます!?」 「最近コンビニに行く癖が抜けないんだ」 「家から近いと気楽に行けちゃうし、色々物も揃ってるからねえ」 「そうなんだよな。たまにやってる一番クジとか、別に欲しいの物が無いのにやっちゃうし」 「うーん、私の場合クジはやらないけど……」 「ついついお菓子の方にばかり目がいっちゃって……」 「私30円くらいの小さいチョコレートに弱いんだよね。特にきなこもちの味がするチョコ」 「ああ、知ってる知ってる。あれ完全にチョコじゃなくてきなこもちその物だよな」 「うん、でも……コンビニってすごく不思議」 「だって一度入っちゃうと、必ず何か買っていかなきゃって思っちゃわない?」 「強迫観念……?」 「そういうのじゃないと思うんだけど、何も買わないで帰るのはなんか申し訳なくって……」 「あー、そういう人いるよな。別に気にしなくてもいいと思うんだけどな」 「でも気になっちゃうんだよね……店員さんの目とか気にしちゃって……」 「何か買ってってくれよー。そうじゃないとこっちは暇なんだよーってか?」 「そんな感じ……かな? 買ってくれオーラっていうのかな……そういうのすごくない?」 「それ夜に行ってるからじゃないか? 深夜とかに行くと店員が後から表に出てくるとかよくあるし」 「うーん、私はさすがに夜中に外出はしないけど」 「あー、それもそっか」 「なんでか知らないけどついつい買っちゃうんだよな……」 「そうなんだよね……、欲しい物が見つからなくても、とにかく何か一つは買っちゃって……」 「俺の一番クジだって似たような物だぞ?」 「そうなの……?」 「レジの前に見切り品ですってジュースとかお菓子が半額になってるとついつい手に取っちゃうんだよな」 「DVD-Rとか、そういう雑貨も置いてある場合あるけど」 「ああでもしないと、そういう品って売れないもんなのかな?」 「うーん、たぶんそうだと思う。コンビニで買うより電気屋さんで買った方が当然値段は安いだろうし……」 「はは、コンビニも大変だよな」 「うん。でも急に必要になった場合はコンビニでも買っちゃうよね。そういう便利で手頃なところが魅力なわけだし」 「普段からちゃんと体動かしてる?」 「運動苦手だし……。それに、体動かさなくたって他で頑張って体型維持してるんですっ!」 「女の子にそういうこと言うの失礼だよ」 「お、おう……すまん」 そんなつもりで言ったんじゃないんだけどな…… 「陽茉莉は運動部に興味はないの?」 「運動部……ねぇ……」 「興味なくはないんだけど……、部活に入ってまでやってもなぁ……とか思っちゃって」 「どうしてだ?」 「ほら、私ってあんまり運動得意じゃないでしょ? 今は昔より多少マシにはなってきてるけど……」 「得意って訳じゃないから、迷惑かけちゃいそうで……」 「大会とかあるから気にしちゃうよな」 「まず大会に出れる気がしないし、練習で足引っ張っちゃったりしたら嫌だし……」 「どうせやるんだったら、そういうの気にしないで思いっきり遊びたいよな」 「もしやるんだったら楽しくやりたいし」 「その反応からすると運動部には入る気はない感じだな」 「委員会もあるし、あんまり参加できなかったら嫌だし……」 「上下関係厳しかったりすると、部活来なかっただけで先輩から呼び出しとかあるのかな?」 「今時そういうのはないと思うけど……あったら嫌だなぁ……」 「まあそういう噂聞かないし大丈夫だと思うけど、本人のやる気が大事だしな」 「何事も挑戦だぞ」 「わざわざ不得意なところに挑戦してもなぁ……、無謀じゃない?」 「無謀だとは思わないけど、やっていけば得意になるかもしれないだろ?」 「運動を得意になるくらいだったら、私は小説をもっと早く読めるようになりたいな」 「どんだけ本好きなんだよ……」 「運動か小説って言われたら小説って即答するぐらいだけど?」 「まあ、あまり無理強いする気はないけど、運動も少しはした方がいいぞ」 「余計なお世話ですよーだ」 「最近ダンベルを買ったんだ」 「ダンベル? ダイエット……目的なわけないよね?」 「ダイエットっていうよりは筋トレって感じだな」 「制服の上からだとそんな事する必要ないって思うけど、太ったの?」 「ちょっと腹の肉がついてきた気がしてな……」 「まずいかなって思って買ったんだ」 「そうなんだ。三日坊主にならないように気を付けないとね」 「筋肉痛がひどくてやらなくなるパターンがあるしなぁ……」 「いきなり重いの買っちゃうと続かないって、ウチのお父さん言ってたよ?」 「マジ!? 5kgは大丈夫だよな……?」 「女の子からしたらすごい重そうだけど……」 「調整タイプ? っていうのを選んだ方がいいらしいよ?」 「それって砂とか水で重さを調整できるやつか?」 「多分そうだと思うけど……なんか、その方が効率的に鍛えられるーとか言ってた」 「そうなのか……普通のダンベル買っちゃったよ……」 「ま、まあ鍛えられる事には変わりはないんだし! 5kgが軽く感じてきたら今度は調整タイプ買って使い分ければいいと思う!」 「そ、そうだよな! 使わないともったいないし!」 「頑張って鍛えてシェイプアップしてね!」 「マジで!? 10kgは重かったかな……」 「え、普段から運動とかやってなかったよね?」 「おう……これから筋トレ始めようって思ってるぐらいだからな……」 「それじゃあ結構重いんじゃない……?」 「だってそれスーパーで売ってるお米と同じだよ?」 「そう聞くと重たく聞こえるな……。見栄張ってやっちまったぁぁぁぁ……」 「あーぁ……でも筋トレしないとそのダンベルがもったいないよ?」 「やる前から筋トレへの熱意がへし折られてどうしようもねぇよ……」 「あちゃぁ……言わない方がよかったかな……」 「いや、言ってくれてありがとな。一応頑張ってみるけど、ダメだったら500mlペットボトルから始めるわ……」 「ご、ごめんね?」 「そのうちきっとダンベルが必要になるから熱意取り戻してね……?」 「ウォーキングって飽きやすいよな」 「飽きやすいっていうか、一人だとつまらなそうだよね」 「そ、そうか……」 この話題は長続きしなそうだ。 「屋外のプールに入りたい」 「まだ時期的には早過ぎる気がするけど……」 「お、おう……」 この話題は長続きしなそうだ。 「寝るだけの運動があれば最高だよな」 「それって寝てる間に運動も出来てるってこと?」 「そうそう。すっきり起きれるけど運動してたから汗だくなんだ」 「冬だと風邪ひいちゃうかもしれないじゃない」 「まだ体が温かいうちに朝風呂入っちゃえば大丈夫だろ」 「寝坊してたら入れないよ? そうしたらどうするの?」 「その時は仕方ないから濡れタオルで汗拭くぐらいしか出来ないだろうなぁ」 「だよねぇ。そうなるとちょっと女の子的には辛いかな……」 「でも、寝てる間運動してたらいつ休めるの?」 「普通に寝てればいいんじゃないか?」 「だって寝てる時にやっている運動なんでしょ? 寝てる時に勝手にやってたらどうするの?」 「自己暗示みたいに『今日は運動やるんだ!』って思わなかったら普通に寝るだろうし、そんな毎日できないだろ」 「そっか、夢も毎日見てるけど毎回同じ夢ってわけじゃないもんね」 「そうそう。あんまり現実的に考えても面白くないし、適当に考えてた方が夢があっていいだろ?」 「たしかにそうかもね」 「寝返りって運動にならないのかな……?」 「運動って言えるほどの動いてはないんじゃないかな?」 「そっかぁ……でも寝返りで運動できれば俺が言ってた事が現実になると思うんだ」 「汗だくになるほど寝返りを打ったら途中で起きるか、どっかに痣作ってると思わない……?」 「そもそも寝返りってなんで打つんだっけ?」 「昼間の疲れとかを解消させるためじゃなかった?」 「まあ疲れが取れて、気持ちよく起きれれば何でもいいんだけどな」 「う、運動はどこにいったの……?」 「運動はしたらぐっすり眠れるだろうと思って言ってただけだからな。なら問題はない」 「でも、朝目覚めが良いと気持ちいいから良いかもね」 「卒業までに身長を伸ばしたいんだ」 「そこまで身長が小さいわけでもないのに、何で身長伸ばしたいの?」 「身長高い方がカッコいいだろ? 背が高ければ注目もされるし」 「でも、あんまり大きすぎても気持ち悪いよ……? それに威圧感出てくるし……」 「え、気持ち悪いの!?」 「2mとかは俺も嫌だけど、女子からしたらどのぐらいで気持ち悪いんだ?」 「そうだなぁ……180cm以上は人によってはアウトだと思うよ」 「180cmっていうとバスケプレイヤー並だもんなぁ……男の俺からしてもデカくてびびるわ」 「具体的にどのぐらい伸ばしたいの?」 「んー、陽茉莉の頭が俺の胸にくるぐらいかな」 「な、なんでそこに私が出てくるの!?」 「何cmって言ってもよく分かんないから大体そのぐらいかなーって思ってな」 「あ、ああそういうこと……ちょっとビックリしちゃった」 「俺そんなに驚くこと言ったか? んー……じゃあ他に具体的な……」 「い、いいから別に! なんとなくわかったから!」 「そうか? ならいいけど……」 「そ、そのぐらいの身長なら……いいんじゃないかな?」 「ホントか? じゃあ早速身長伸ばすためになんかやろうかな」 「……頑張って、ね」 「陽茉莉の頭を軽くポンポンできるくらいかな」 「そんな風に言うってことは、私を子供っぽく見てるって事なのかな……?」 「そ、そんな事ないぞ? そのぐらい大きければ目立つだろ?」 「あだ名が巨人とかノッポで決まりだね」 「そんなにデカくなるつもりはないぞ!? そんなあだ名嫌すぎる……」 「別に今でも低いってわけじゃないんだから、伸ばそうとしなくてもいいじゃない」 「それに身長って勝手に伸びると思うんだけど……」 「んー……そうなんだけど、なんか悪あがきしたくてさ」 「止めはしないけど、やっても意味あるのかなぁ……」 「今年一年の目標をどうぞ」 「え、いきなりそんなこと言われても……」 「そんな急に言われてもすぐに出てこないよ?」 「ほら、新学期も始まったわけだし何か目標を立ててもいいと思うんだ」 「それで、陽茉莉はどんな目標があるのかなーって思って聞いてたんだ」 「うーん……あっ、と、特にないかな」 「今、何か言おうとしたよな? 別に恥ずかしい事じゃなければ教えて欲しいんだが……」 「は、恥ずかしいかもしれないから言いたくないよ……」 「そんなこと言われると色々ピンクな想像しちゃうんだけど……」 「それは絶対イヤだなぁ……」 「その……ね?」 「り、料理……ちょっと上手くなりたいなーって……」 「料理ができたらいい奥さんになりそうだな」 「そ、そう……? でも、あんまり美味しくできなくて……」 「美味しく作ってみたいなぁ……なんて、思ったり……」 「料理って慣れとかもあるだろうから練習していけば美味しくなるんじゃないか?」 「別にアレンジとか加えたりとかしてないんだよ?」 「ただ、火加減とか間違えちゃったりとかして……」 「それこそ慣れとか経験しないとわからないだろうからな。レシピ通りとはいかないだろうし」 「そうなんだよね……。レシピ通り計ってやったら火が通ってなかったり……」 「そういう時はレンジでチンしちゃえば何とかなるし、頑張って美味しい料理作れるようになってくれ」 「美味しい料理って言うけど、作るの難しいんだからね……?」 「味見役なら任せろ」 「え? 美味しくなかったらどうするの?」 「とりあえず食べるけど、美味しいの作れるまでアドバイスするよ」 「陽茉莉の料理って食べてみたいって思うし、自分で味見してたらすぐお腹いっぱいになるだろ?」 「だから俺も一緒に味見すれば2倍の料理が作れるわけだ。そうすれば練習量増えていいだろ?」 「そ、そうだけど……」 「すんっっごいまずいかもしれないんだよ? それでもいいの?」 「その時はそのまずさを体で表現するかもしれないけど、まあなんとかなるだろ」 「だから、もし俺を使ってくれるなら遠慮なく料理を持ってきてくれていいからな?」 「あ、ありがとう……」 「一生、学生のままでいたいよな」 「うーん、いつまでもこのままでいられるわけじゃないから、それはさすがに……」 「はは、そうだよな……うん……」 この話題は旗色が悪いな…… 「ご結婚はいつ頃の予定?」 「……え? 結婚の予定なんてないよ?」 「あぁすまん、言い方が悪かったな。結婚するならいつぐらいにしたい?」 「うーん……、考えたことないなぁ……」 「そんなに難しく考えなくていいからな?」 「こんな感じだったらいいなーぐらいな気持ちで答えてくれ」 「そっちはそういうの考えたことある?」 「んー、まあ一応はある。今考えたし」 「随分あっさりしてるんだね……」 「それ教えてもらってから私も言おうかな」 「別にいいけどあんまり面白くないかもしれないぞ?」 「全然いいよ。流石に常識すっ飛ばしてたら色々言うかもしれないけど……」 「えっとだな。とりあえず進学して大学行って、卒業したと同時に彼女と同棲開始して」 「30歳前後に結婚できればなーって考えてる」 「へぇ……ちょっと遅めな気がするけど、何か考えがあるの?」 「特にはないけど、同棲してればその中でいい所と悪い所が出てくると思うから、それで色々話し合ってるうちに……」 「少しは金も貯まってるだろうから、結婚しましょうって言うかな」 「さっき考えたって割にはすごいしっかりしてるじゃない」 「そうか? まあ俺はこんな感じ。陽茉莉はどんな感じだ?」 「うーん、そうだなぁ……一応参考にさせてもらいながら考えたんだけど……」 「社会人になって仕事が少し落ち着いてからかな……」 「現実的に考えてるんだな」 「そ、そんなことないって! 参考にさせてもらったっていったでしょ?」 「私も、そのぐらいの方がいいなぁって思っただけだから……」 「仕事始めたてで結婚とか同棲とか始めたらやっぱり大変かな?」 「大変だと思うよ? やるなら学生のうちからか、仕事覚えてからの方がいいんじゃない?」 「そっかぁ……俺のやつも少し考え直す必要がありそうだな」 「あくまで理想だし、上手くいくか分からないもんね」 「彼女を作れるか……そこが問題だ……」 「色々間違った方向に頑張らなければできるかもしれないよ?」 「その見極めが難しいんだよなぁ……何が正解とかないだろうし」 「そういやって色々悩んで好きな人に向かっていくのが恋なんじゃないのかなあ」 「それもそうだよな。頑張るわ」 「計画性あっていいと思うよ」 「そ、そうかな? でもそっちも計画性あったじゃない?」 「俺はその場で考えただけだから、そうでもないだろ」 「そんな事ないと思うよ? 私だったらすぐにあそこまで考えられないし……」 「それに、同棲とか色々考えてるでしょ? しっかり考えてるって」 「そうか? まあまず彼女が出来ないと結婚も出来ないけどな」 「結婚目当てで彼女を作るっていうのも、なんか変だけどね」 「たしかにな。ちゃんと好きになった人と付き合いたいし」 「その人の事ちゃんと知りたいし、お見合いはなるべく避けたいよね」 「お見合いだと緊張してうまく話せないかもしれないし、普通に出会いたいよな」 「なんか当たり障りのない会話で終わっちゃいそうだよね」 「まあきっかけとしてはアリなのかもしれないけど、俺もイヤだな」 「友達から徐々に気になって、仲良くなっていった方がいいよね」 「進路とか決まってる?」 「実はまだ決めてないんだよね……そろそろ決めておかないとまずいかな?」 「決まってるやつはもう決まってるんだよな……」 「周りが少しでも決まり始めると、焦って決めちゃいそうになるよね」 「だよなぁ。でも大学って4年間の居場所を決めるわけだから焦って決めたら失敗しそうなんだよな」 「うんうん……結構悩んじゃうんだよねぇ……」 「一応進学にしよう……かな」 「俺も進学にするつもりなんだ」 「そうだったの? じゃあもう行きたいところ決まってたりする?」 「進学先はまだ決めてないんだけど、方向性だけ決めたんだ」 「でも決めてるだけ偉いなぁ……私なんてまだ悩んでるから……」 「女子の場合進学しておいた方がいいかもしれないけどな。後にキャリアウーマンになったりしてさ」 「そうやってうまくいくとは限らないけどね……でも、話してて進学にした方がいいかなって思えてきた」 「俺は適当に自分の意見言ってっただけなんだけどな」 「それでも色々参考になるよ! 私も進学にしようかな!」 「誰かさんが薦めてくれたしね」 「ははっ、まあお互い頑張ろうぜ」 「就職もアリじゃないか?」 「就職かぁ……もし就職したら皆より一足先に社会人になるんだよね……」 「その分遊べなくなるけど、学生とは違う楽しみがあるかもしれないけどな」 「うーん……もう少し学生でいたいなぁ」 「だけど勉強がついてくるからなぁ……勉強はあんまりしたくないよな」 「勉強が嫌だからって就職に行くのもどうかと思うけどね」 「それって勉強から逃げてるだけじゃない」 「まあそうだけど……」 「そういう理由で就職しても、多分長続きしないよ?」 う、たしかに…… 「資格って取った方が良いのかな?」 「ものによると思うけど……あった方が評価に加点されるんじゃないかな?」 「自分がどういう方面に行くか分からないから、必要な資格とか分からないよな」 「専門的な資格は、そういう所に行くって決めてから取るものじゃないの?」 「そうしないと、取っても意味なくなっちゃって宝の持ち腐れになるよ?」 「んー……そうは言うけど、なんか考えるの面倒になってきた。資格なくてもいっか」 「そんな急にあっさりしてどうしたの?」 「だって資格って色んな種類あるだろ? なにを選べばいいのか全然わからなくて」 「使える資格ならあった方がいいんじゃない?」 「将来なりたいもの決めてから取ろうかな」 「そうした方が建設的だよね。私もそうするつもりだし」 「陽茉莉はもう取る資格決まってるのか?」 「決まってないよ。まだ探してる最中」 「早く将来なりたいものが決まれば勉強とかもできるんだけどな」 「資格って、一回取っちゃえば更新とかないから、その一回を本気で勉強すればいいじゃない」 「でも更新が必要なのもあるから気を付けないとね」 「勉強が一発で終われば勉強する気起きるけど、何度も勉強するとなるとやる気なくなるな……」 「まあそういうのは滅多にないし、お互い勉強する時になったら頑張ろ?」 「使えない資格も話のネタとして使えないかな?」 「どんな資格取ろうとしてるの……?」 「話のネタにしたとしても、『へぇー』って一言で終わったら意味ないよ?」 「そこは無理やり話題を繋げるんだよ。なんか面白い資格があればいいんだけどな」 「探せばあると思うけど、勉強方法とかさっぱりわからないから受かるのは難しいかもね」 「でも持ってたら面白いよな。ちょっと調べてみようかな」 「そういう変なとこに一生懸命になってどうするの……?」 「その前に受験とかあるの忘れてない?」 「今の俺には面白い資格取る方が大事だ! だってなんかワクワクするだろ?」 「そんなこといってー……受験間際になって後悔しても知らないからね?」 「理想の男性のタイプは?」 「理想のタイプ……かぁ」 「難しい事聞いてくるね」 「そうか? 女子なら一度は考えたことあると思ったんけど」 「たしかにそういう話もあるにはあるけど……」 「なら陽茉莉にもそういうのあるんだろ? 嫌じゃなければ教えてくれないか?」 「うーん……当たり障りなくてつまんないかもしれないよ?」 「おう、全然問題ないぞ」 「頑張ってる人とか、いいかも……」 「見た目で判断しないんだな」 「そうだねー」 「どっちかっていうと、見た目はそんなに見ないと思う……」 「見た目って服装でごまかせるじゃない?」 「頑張ってる時ってその事に一生懸命になるから、そういう時に見せる本気の顔がかかっこいいなぁって……」 「本気の顔ねぇ。たしかに集中してる時にって周りが見えなくなるよな」 「そういう時に本当に頑張ってる人と手抜きしてる人って結構わかったりしちゃうよ?」 「マジで? 見分け方あるの……?」 「あくまでの私の中で、だけどね」 「その人が本気で頑張ってても、そういう風に見えたりするかもしれないから本当に見分けられるって言えないけど……」 「そういう人だったら、気になっちゃうかなぁ」 「見た目より性格ってやつ?」 「性格とはちょっと違うかな……。性格だったらムードメーカーな人がいいかもかな」 「ムードメーカーか……」 「雰囲気を盛り上げてくれたりしたら、素敵だなぁ……って思うんだよね」 「なるほどなぁ……」 「ま、流石にそれだけじゃないけどね」 「それだけだったら委員会とか体育祭で活躍してるやつに惚れまくりだもんな」 「そうそう。そんなに惚れやすいってわけでもないと思うから、他に好きになる要素あるんだけどね」 「それ言っちゃうと恥ずかしいから言わないよ?」 「同性愛ってどう思う?」 「……え? そ、そういう相手がいるんだ……。大変だと思うけど頑張ってね?」 「おい待て、変な誤解はするなよ? 俺はあくまで一般論として聞いてるんだからな!?」 「う、うん……そういう事にしておくよ? いきなりそういう話してくるなんて何かあったの?」 「漫画で男の娘っていうんだっけ?」 「それとの恋愛が書かれてたのがあって、ああいうのって現実的にあるのかなぁって思ってな」 「うーん……正直あのレベルまで可愛くなれる男子っていないもんね……」 「でも、別にあってもいいんじゃないかな?」 「俺は男同士は耐えられないな……」 「あ、普通の人だったんだ。私は別に気持ちの問題だから良いと思うけど……」 「変な誤解はするなって言ったろ? 女子はそういうのが好きなやついるよな」 「私は好きでも嫌いでもないけどね。女の子全員ああいうのが好きって思ってるなら偏見だからやめてよ?」 「おう。俺もそんな目で見られたくないしな……」 「ねえ、もし私が男だったらどうする?」 「陽茉莉が男だったら他の女子が嫉妬するレベルだろ。そういう冗談は通用しないぞ?」 「まあ小さい頃を知ってるから余計にそう思うんだろうけどね」 「でも、男の娘ってそういう感じらしいよ?」 「好きになったら関係ないよな」 「そうだよ! 外国だと同性婚が認められてる場所だってあるんだから!」 「だから、現実に負けちゃダメだよ!?」 「俺は違うっつーの! 頼むからその誤解をなんとかしてくれ……」 「冗談だってば、そんなムキにならなくてもいいじゃない」 「勘弁してくれよ……」 「でもさ、日本でそうなったら世間の目とかあって大変なんだろうな」 「そうだねぇ……少なくとも周囲の人からは変な目で見られちゃうよね……」 「だろうな……」 「日本ではあんまり理解者がいないっていうか、難しい問題だよね……」 「俺……彼女できるかな?」 「さぁ……? というか彼女欲しいの? 全然そういう感じはしなかったけど……」 「彼女作りたい! って思ってて、色々動いてるんだけどさ」 「色々考えすぎて考えがまとまらないというか……どういう風に動けばいいか、とか悩んじゃってさ……」 「なんで弱気になってるの? そんな感じだと人気があっても誰も寄ってこないよ?」 「そうなんだけどさ、考えがこんがらがって知恵の輪状態って感じでさー」 「そうやってウジウジしてても何にもならないよ?」 「ほら、しっかりしなよ」 「彼女できるかなんて、誰かさんの頑張り次第じゃない?」 「やっぱそうだよな。ちょっと弱気になってたわ」 「そうやって前向きに行動していかないと、作れる物も作れなくなるよ?」 「その通りだな。ありがとな、やる気戻ってきた」 「このぐらいだったらいつでもどうぞ」 「でも、何度も私にお尻を叩かれるようじゃダメだけどね?」 「わかってるよ。なるべく陽茉莉の世話にはならないように気を付ける」 「前向きに頑張ってみようかな」 「そうそう、そうやって前向きになってればうまくいくかもよ?」 「振られたって男を磨きなおして再度アタックすればいいもんな!」 「それは……人によるからやめたほうがいいかもしれないよ……?」 「何度も告白するとしつこいって思われたり、ひどいとストーカーって言われるかもしれないし……」 「う……それは嫌だな……。陽茉莉だったら何度も告白されるのは嫌?」 「私? 私は気持ちが言葉にこもってる告白だったら別に大丈夫かな……」 「玉砕覚悟の勢いで告白しても、感情が言葉にこもらないからやめた方がいいよ?」 「そういうのって言われた方は結構気がつくから」 「そんな気持ちで告白するつもりはないから大丈夫だと思う」 「本当に自分の事を想ってくれてるんだって伝われば想いが通じるかもしれないね」 「頑張れ〜恋する男の子♪」 「ちゃ、茶化すなよ!」 「恋愛に消極的な男ってどう思う?」 「がっつきすぎてるよりかはいいんじゃない? がっつきすぎると女たらしとか噂されるかもしれないし……」 「そんな噂が出回ったら女子に声かけてもマイナスな印象しかなさそうだ……」 「その人が好きじゃない限りマイナスだろうね……。私だってそういう人は嫌だし」 「がっついてる人が好きとか、好みもあるし……難しいよねー」 「陽茉莉的には恋愛に積極的な男と消極的な男だったらどっちがいい?」 「そうだなぁ……」 「積極的すぎると嫌かな……誰にでも声かけてそうでちょっとね……」 「逆に消極的すぎてもいけないと思うな」 「適度に攻めないとダメだよな」 「うんうん。最近は女の子から声かけるパターンが増えてるらしいけど」 「それでも大半の子は声かけてもらうのを待ってると思うよ?」 「ふむふむ……」 「あくまで私から見たらって感じだから、人によるからわからないけどね」 「それでも十分参考にできるよ。積極的すぎにならないように気を付けないとな」 「複数の女の子にとっかえひっかえ声をかけたりしなければ大丈夫じゃない?」 「そうやって声かけてたら、女たらしって言われても文句言えなくなっちゃうよ?」 「そうだな。俺もそうするつもりないけど、気にしておくよ」 「そういうのヘタレっていうんだよな」 「うーん……それは違くない?」 「消極的すぎだと恋愛に興味がないんじゃないかなって思っちゃうし」 「その人の事を気になってたとしても恋愛に興味がないのかな……って諦めちゃう子もいると思うし……」 「そういうのって雰囲気とかで分かるもん?」 「雰囲気っていうか、話してみた感じとかでそう思うことはあるかも」 「女の子とはそっけない感じなのに、男子同士だとすごい仲良く話してたりするとそう思われたりするかもね」 「でもそれって単に女子との会話に慣れてないからっていうのもあるかもしれないけどな」 「そうかもしれないけど、女の子からしたらマイナスな感じにとらえちゃうかもってこと」 「イケメンってやっぱり魅力的?」 「やっぱりって何よ? 私がそういう風に見てるって思ったの?」 「いや、そういういわけじゃないけどさ……」 この話題はやめておいた方がよさそうだ。 「最近の女子たちの恋愛事情はどんな感じなんだ?」 「何それ、私にアンケートとってるの?」 「そういうのじゃなくて、ただ単に気になったから聞いてみただけだ」 「うーん……まだ新学期始まったばっかりだし、何とも言えないんじゃない?」 「中には気になる人が出来てアタックかけようとしてる子もいるみたいだけどね」 「アグレッシブに動いてるやつもいるんだな」 「男子もそういう風に動き始めてる人、もういるんじゃない?」 「んー、アクティブな奴も多いけど、カップルになったっていうのは聞いてないけどな」 「玉砕したり、今外堀を埋めてる最中だとか、そういうのばっかり聞くな」 「外堀を埋めてるなんてお城でも攻略する勢いだね……」 「きっと余程強固な城に住んでるお姫様なんだろうな……」 「その人には頑張ってほしいね……。ちょっと応援したくなっちゃう」 「途中で城の兵士に討ち取られなきゃいいけど……」 「でもこうなるとカップルってこれから増えそうだよな」 「結構増えたりするんじゃない? その彼だって好きな人と上手くいったらカップルになるんだし」 「周りがカップルだらけになると独り身が肩身狭くなるな……」 「イチャイチャオーラに耐えられるかどうか……」 「周りに彼氏がいるから自分も欲しいとか考えちゃうよね……」 「でも周りに流されちゃったらダメだよな」 「うん、それで付き合って失敗したって思うぐらいだったら、付き合わない方が良いと思うし……」 「でも、最初は勢いだったけど付き合ってみたら結構良かったっていうのもあるかもしれないけど」 「そうかもしれないけど、恋愛でそんな冒険はしたくないなぁ……」 「勢いで付き合ってやっぱダメでしたー! ってなったら嫌だし、相手と気まずくなるもんな」 「今まで通りに喋れなそうだし、絶対にわだかまりが出来ちゃうよ……」 「それだったらめっちゃ仲のいい友達止まりでもいいかなぁって考えちゃうな」 「その方が気楽かもしれないし、気軽に遊びに誘えて楽しそうだよね」 「そうそう。恋人になると緊張でそれどころじゃなくなっちゃうかもしれないし」 「本当に好きになった人と付き合いたいよな」 「うん。焦った勢いで付き合っても後悔しちゃいそうだよ……」 「周りは周り、自分は自分って考えられないと焦っちゃうかもしれないけどな」 「誰でもいいなんて人はいないと思うし、そこまでいくと女としてそれでいいの? って思っちゃう」 「男でも同じこと言えるからな。ホントにそれでいいのかって」 「自分のペースもあるし、相手の人の事も良く知ってからじゃないと告白出来ないよ……」 「告白って軽々しくやるものじゃないしな。かなり勇気必要だし」 「女の子から告白するケースもあるけど、私は告白されたいなぁ……」 「俺は自分から告白したいかな。良いとこ見せたいってわけじゃないけど、男から言いたい」 「じゃあ告白する時は、ビシッとカッコいいセリフでキメないとね」 「ハードルあげるなぁ……。まあ俺なりのカッコいいセリフで言うつもりだよ」 「俺もアロマテラピーがしたいんだけど、何を用意したらいいのかわからないんだよね」 「アロマは落ち着くからいいよー?」 「用意っていっても、アロマオイルを買ってくるだけだから特に必要ないの」 「そうなのか? もっとなんか用意すると思ってたんだけど」 「あとはアロマキャンドルとか買ってきてつければいいし、手軽に始められるよ」 「良い物程ちょっとお金かかっちゃうけど、あんまり安いのだと香料とか使ってたりして体に良くないの……」 「じゃあ注意する事は安すぎなやつを買わない事と、火の扱いに気を付けるぐらいか」 「そうだね。寝る前につけてて寝る前に消さないと火事になるかもしれないし……」 「あと、家でもアロマキャンドルって作れるんだよ?」 「そうなの!? でも結構難しいんじゃないか? どうやって作るか想像できないし……」 「家で使えなくなった油とかを使うんだよ」 「……今度作ってきてあげようか?」 「ホントか!? マジで嬉しいわ!」 「どういう効果があるとか全然わからないから悩んでたんだ」 「どんな効果があるアロマがいいの?」 「集中力の上がるやつがいいな。中間テストの時期とかに使えそうだな」 「集中力かぁ……だったらレモンとかバジルかな」 「本当はブレンドとかした方がいいんだけど、私もそこまでアロマオイル持ってるわけじゃないから……」 「全然それで構わないよ! 陽茉莉の手作りアロマキャンドルかぁ……」 「そういう反応されると、ちょっと恥ずかしいんだけど……」 「や、やっぱ恥ずかしいから作るのなし!」 「えぇ!? うそーん!」 「リラックスできるやつがいいな」 「リラックスっていっても色々あるんだけど、どういうのがいい?」 「そうだなぁ……じゃあぐっすり眠れるやつがいいな」 「それだったらスィートマジョラムっていうやつがおススメかな」 「リラックスできて眠くなるかもしれないから、香りが部屋いっぱいになったなって思ったら消してね?」 「わかった。火事は怖いからな……できるだけ気を付けるよ」 「あとは万能なラベンダーかなぁ。でもあれは人によってはトイレの芳香剤とか言うんだけど……どうかな?」 「……スィートマジョラムってやつで頼む」 「だと思った」 「すぐにはできないと思うけど、完成したら渡すから」 「ありがとな、手作りの物くれるって男からしたら結構嬉しいんだぞ?」 「だって相手が俺のために作ってくれるんだぜ? めっちゃ嬉しいだろ」 「そ、そう? じゃあちょっと頑張って綺麗なキャンドルにしようかな……?」 「綺麗なのにしたら使うのがもったいなくなっちゃうから、そこまでしてくれなくても大丈夫だよ」 「じゃあ上手くできたらあげるね? 効果調べて自分で色々香り楽しむのも楽しみ方の一つだよ?」 「おう、ちょっと期待して待ってるよ」 「どうせ期待するならもっと期待しなさいよ〜!」 「恋愛否定レディー読んだよ」 「ホント? あれ結構面白かったでしょ?」 「主人公のカエデがタイトルに恥じない恋愛否定っぷりでビックリしたけど、なかなか面白かったよ」 「でもさ、あの子恋愛否定してる割にはちゃっかりそういう展開起きちゃってるよな」 「恋愛を否定しすぎて自分の状況が分からなくなっちゃってるから、男子が告白してきても玉砕させてるし……」 「『私は恋愛を否定してるから、付き合うことが理解できない』ってセリフ、あれは男子が可哀そうだろ……」 「同じ男としてそりゃないわ……って思ったよ」 「私もあのシーンはちょっと言い過ぎかなって思った……、もっと別の言い方なかったのかな……」 「でも、毎回の告白シーンやデートに行くの楽しみにしちゃってるんだよね」 「そうそう、それで続きが気になって一気に読んじゃうんだよな」 「おかげで徹夜して読んじゃったよ」 「結構量があったから大変だったでしょ……? 私だって最初見つけた時全部読むのに3日ぐらいかかったよ?」 「次があるとなかなか止まらなくってさ……気付いたら朝だったよ」 「テスト前にオススメしなくてよかったぁ……テスト前だったら絶対危なかったよね」 「だな。絶対続きが気になって勉強どころじゃなくなってると思う」 「それでテスト赤点とって追試とか結構シャレにならないよね……」 「そういう怖い事言うのやめてくれ……」 「でも、他にもおすすめあったら教えてくれよ」 「いいよー? でも赤点は避けてよね?」 「だったら絶対にテスト前は避けてくれよ」 「早く次の更新来てほしいな」 「ちょうど今いいところだもんね……。カエデが恋しちゃったかもしれないってところだもん」 「今まで否定してきたものに自分がなってるかもって状況で、その好きかもしれない人とデートに行くんだもんな」 「次の更新でどうなるのかなぁ……。私としては恋だと自覚して恋愛に発展してほしいなぁ」 「俺はその場ではやっぱり違う! って否定するんだけどデートから帰ってきて」 「やっぱりこの気持ちは違くなかった……って落ち込むようなそんな切ない感じが欲しいな」 「そういう展開も面白そう! それで好きな人に謝ろうとするんだけど、好きな人は傷ついちゃって遠ざかって行っちゃったり!」 「すれ違いかぁ……余計切ない気持ちになるけど、いいなそれ」 「ホラー映画のオススメ教えてくれ」 「別にいいけど……まだ夏には少し早いよ?」 「確かにホラーは夏の風物詩だけど……たまにはそういうの見て楽しむのもアリかなって」 「うーん……B級映画とかって見れる? 見る人によってかなりつまらないと思うけど……」 「どうだろうな……もしかしたらダメかもしれないからパスで」 「あれはあれで面白さがあるんだけどなぁ……。じゃあ無難に有名どこかな」 「そうだな。それで頼むよ」 「日本のホラーと海外のホラーだとどっちがいい?」 「ゾッとする日本のホラーかな。あのゾクゾクくる感じが味わいたい」 「じゃあ、『けむくじゃらの悪魔』か『リアルタイムあの世』かな……。なかなかゾッとするよ」 「二つとも名前は聞いたことあるけど見たことはないな。『しんどい地獄』ってやつが気になってたんだけどどうなんだ?」 「あれは怖いと言えば怖いんだけど……、区切られてるから怖さが半減するんだよね……」 「それだと怖さがいまいちになるかもしれないな……」 「でしょ? だからオススメするにはちょっと物足りない作品かな」 「でもよくそんなにすぐオススメが出てくるよな」 「結構家で見ているからかなぁ……。面白くないとオススメ出来ないし」 「ゾンビとか出てくる海外のホラーかな」 「海外のかあ……スプラッタとか効果音がすごいだけでゾッとする怖さがないんだよねえ……」 「そうか? 怖いところは怖いと思うけどな」 「私としてはイマイチかなぁ……。でも、『血しぶき』っていう映画はすごい怖かったよ」 「『血しぶき』? 聞いたことないな。どんなやつなんだ?」 「密室に二人の男が閉じ込められてるんだけど、お互い場所が離れてるし、足枷がついてて動けないの」 「それで、部屋の真ん中には死体が置いてある状況で、そこから抜け出そうっていうストーリーなんだけど……」 「密室殺人的な感じか。どんな風に怖いんだ?」 「心理描写っていうか、臨場感がすごいの。私は怖すぎて一人じゃ見れなかった……」 (それ見たら俺もトイレいけなくなりそうだな……) 「最近の邦画についてどう思う?」 「邦画っていっても色々あってジャンルの幅が広すぎるよ……」 「じゃあ感動する系で頼む。アニメとか何でもアリで」 「そうだなぁ……『ゴスロリペンタゴン』の映画がすごい感動できたけど、あれの新作がもう出ないのが残念だよ……」 「あとは変にこだわりすぎて感動できなかったり、もやもやした感じに終わったりしちゃうんだよね……」 「その中でも感動できるものがあったりするんだろ?」 「一応はあるけど、数年前よりは減ってるかもしれないかな……」 「なんか刺激が足りない気がするの……」 「表現がワンパターンみたいな感じ?」 「うーん……それともちょっと違う、かな……」 「伏線が回収できてなかったり、監督の満足が優先だったりとか」 「……とにかく、あんまり面白くないのが多いかな」 「でもCMとかで今季大ヒット! とか言ってるのあるよな?」 「きっと宣伝でそうしてるんじゃない? 実際見てみると首を傾げちゃうのもあったりするよ?」 「映画も色々あるんだなー」 「あくまで私の中でだから、鵜呑みにしてもらっても困るけど、私はそう思ってるよ」 「ストーリーがありきたりなのかな?」 「うーん……そうかもしれない、かな? 展開が読めちゃうっていうか、予想できちゃうんだよね」 「そうなると面白みがないな……。びっくりするような展開があった方が楽しめるよな」 「逆にそれを狙いすぎても展開についていけなくて面白くないっていうのがあるから、難しいとこだよね」 「そうなんだよなぁ……。演出が凝ってたりしたらどうだ?」 「それもあんまりって感じかな……演出よりは俳優さんたちの演技の方が大事かも」 「たしかにそっちの方が迫力とかも伝わってくるよな」 「恋愛ものって悲恋が多いよな」 「そう? ハッピーエンドの方が多い気がするけど」 「俺がそういう漫画とか読んでるだけかな? でもドラマとかだとよくあるだろ?」 「悲恋って程じゃないけど、すれ違うシーンとかは見かけるかも」 「叶わない恋とか悲しい結果になるって辛いけど、好きだから突っ走るんだろうな」 「恋の力ってすごいよね。でも悲恋の中にドロドロしてたりするのもあったりするよ?」 「昼ドラなんていい例だよね」 「何で昼ドラってあんなにドロドロしてるんだ? 見てて怖いんだけど」 「その方が視聴率とれるからじゃない? 昼ドラ見てる人たちって、非日常とか刺激を求めるみたいだし」 「世間の奥様方はそんなものを求めていたのか……」 「私もそういう風に聞いただけで本当かどうかわからないけど、多分そうなんじゃない?」 「もっと別な刺激でもいいじゃないか。コメディとかもっと他にもあるだろ」 「恋愛話っていくつになっても盛り上がるらしいよ?」 「それで、普通の恋愛じゃ面白がってくれないだろうって思ったんじゃない?」 「悲恋というかドロドロした感じを入れてるんじゃないかな?」 「なるほどな。作ってる人も大変だろうな……」 「ああいう脚本書けるっていうだけですごいよねー」 「あそこまでいくと怖いよな」 「私も自分で体験はしたくないかな……。体験したらきっと周りの人を信じられなくなっちゃう……」 「下手したらトラウマになりかねないし、大財閥とかそんな近くにいるわけないし体験することもないだろ」 「相手が大財閥じゃなければ可能性はあるんだよ? 友達同士で一人の女の子を奪い合ったりしたらどうする?」 「そ、そういうリアルな想像させるのやめてくれよ……。そういうのはなるべく争いたくないな……」 「人間関係が崩れるだけじゃ済まないかもしれないし……」 「ま、まあ昼ドラはあくまでフィクションだから、もうこの話はやめようぜ! なんか話してて暗くなりそうだ」 「それもそうだね。変に想像しちゃってなんか気落ちしちゃいそうだもん」 「鬱エンドとハッピーエンド、どっち派?」 「どっち派って言われても、どっちも良さがあるからなぁ……」 「鬱エンドに良さなんてあるのか……?」 「あるよー? そのエンドによって主人公が成長したり仲間の死を乗り越えたり色々あるじゃない」 「例えば、魔王を倒したけど、ヒロインが死んじゃったりしたらハッピーエンドじゃなくて鬱エンドでしょ?」 「なんでヒロイン死なせたんだよ……」 「魔王を倒すために必要な犠牲だったとか? 例えばの話なんだから突っ込まないでよ」 「あぁ、悪い悪い。で、結局どっち派なんだ?」 「うーん……鬱エンドかなぁ……」 「ハッピーエンドはありふれてるから?」 「それもあるけど、やっぱりハッピーエンドも悲しみとか苦労とかがあるからこそ、最後のエンドが引き立つんじゃない?」 「そうだけど、あんまりその苦労がありすぎてもなぁ……」 「そのシーンが長引いたらダメだけど、多少はないと平坦なストーリーになっちゃうよ」 「やっぱり多少はストーリーに起伏があった方がいいのか」 「多少ね。ありすぎてもついていけなくなっちゃうし、逆に何もない平坦なストーリーだと眠くなっちゃうよ」 「見てて辛くないのか?」 「ちょっと辛かったりするけど、感動するエンドだったら良かったなぁって思えるから……」 「じゃあ感動できないストーリーだったらどうするんだ? ていうか鬱エンドなんだから悲しいストーリーなんだろ?」 「悲しいだけじゃないよ? 感動できないストーリーだったらショックしか残らないし……」 「てか、そういうショックしか残らないようなのが鬱エンドじゃないのか?」 「うーん……それもそうなんだけど、そのインパクトが強いだけで他のが隠れてるだけなんだけどなぁ……」 「この街ギャル多いよな」 「結構見かけると思ってたけど、やっぱり多いの?」 「他の街に比べれば多いと思うぞ? ファッションショップが多いからそのせいかもしれないけどな」 「ゲームセンターはそんなに多くないよね? 駅に近いところだと1箇所しかないし」 「まあだからそこに集まってたりするんだけど……」 「ああいう人たちちょっと苦手なんだよね……」 「話してみると案外普通だったりするんじゃないか?」 「ギャル語とか使われたら、何を言っているのか分からなくない……?」 「その時はどういう意味か教えてもらえばいいだろ? 特に難しいって事はないんじゃないか?」 「そうは言っても、その場の雰囲気とかもあるし、その一言でしらけちゃったりするんだから……」 「それだけでしらけるとか、どんだけ普通の会話が冷戦状態なんだよ……」 「私だって知らないよ? 会話についていけない事もあるし、それだと気まずいだけじゃない?」 「そういう風にいうなら無理して話すことはないけど、意外と面白い奴がいるかもしれないぞ?」 「うーん……。気が向いたら挑戦してみようかな」 「ギャル語とか何言ってるかわからなよな」 「略しすぎてさっぱりよ……。アイコとかオケるって何よ……」 「アイコって人の名前じゃないのか? それもギャル語かよ……」 「そういうギャル語もあるらしいよ? 意味までは知らないけど……」 「あとハゲるっていうのも聞いたことあるよ? ハーゲンゲッツのお店に行くって意味らしいけど……ねぇ?」 「ハゲてるおっさんが聞いたらキレ出すかもしれないな……」 「絶対勘違いされるよね……」 「もはやここまでくると外国語みたいな感じになってくるな……」 「そうだねー、勉強しないと絶対わかんないよ」 「最近人気のジェラート屋知ってる?」 「もちろん♪ あそこのジェラート美味しいよね……!」 「お、行った事あるんだ。俺もこの前いつもの奴らと行ってきたんだけどさ、結構美味かったな」 「種類も豊富だし、3段まで重ねてくれるから嬉しいよね……!」 「全部他の種類にしたら味混ざったりしちゃいそうだな。俺が3段やるとしたら味は2種類にするかな」 「全部同じ種類にしてもいいんじゃない? 美味しい味だったら3段なんてぺろっといけちゃうでしょ?」 「種類がいっぱいあるのに1種類だけとかもったいないだろ。色んな味食べてみたいしな」 「たしか20種類ぐらいあったよね?」 「どれも美味しそうだったなぁ……」 「ミルクティー風味のジェラートが美味しかったよ」 「抹茶も美味しくないか?」 「抹茶はちょっと苦かったかなぁ……。もうちょっと苦みがなくて甘い方が良かったかも」 「そうか? 俺はあのぐらいがちょうどいい苦味だと思ったんだけどな」 「男子だとちょうどいいかもしれないけど、私にはちょっと苦く感じちゃったな……」 「そうなのか……。結構美味しいと思ってたのにショックだな」 「全然美味しくなかったなんて言ってないよ!? 苦みが強かっただけで味は美味しかったよ……?」 「女子ってやっぱり甘い方がいいのか?」 「うーん……大体そうかも。辛党の子ってあんまりいないかな」 「イチゴのジェラートもなかなかだったぞ」 「ホント!? この前行った時、売切れてて買えなかったんだよね……、すごい楽しみにしてたのに!」 「あれは甘い中にもほのかにイチゴの酸味が効いてて、3段全部イチゴにしても軽くイケるぞ?」 「羨ましいなぁ……。感想聞いたら余計に食べたくなってきちゃったよ……」 「今日の放課後とか行ってみたらどうだ? HR終わってすぐなら多分間に合うだろ」 「間に合うといいな……。でも一緒に行く人見つかるかなぁ……?」 「もし見つからなかったら俺がついていってもいいしさ」 「ホント!? じゃあその時はお願いするね! ありがと!」 「ゲーセンには行ったりするの?」 「あんまり好んでは行かないかな……」 「そっかぁ……」 この話題は長続きしなそうだ…… 「映画館にはなんでメンズデーが無いんだ!」 「レディースデーはあるけど、メンズデーって聞かないよね」 「あるのはシルバーデーとか?」 「だな。映画ってちょっと高いから気軽に見に行けないんだよな」 「でも学割使えば安くなるじゃない。それでも高い?」 「それでもレディースデーの方の安いだろ? ずるいよなぁ」 「レディースデーは女の特権ってやつかもね」 「どうしてそんなに優遇されるんだ……」 「昔は女性の方が差別されてたからその反動だったりしてね」 「あとは女性の人気ってなかなか衰えないから、お客確保みたいな感じかもしれないね」 「男だって人気な物だったら結構続いたりするんだぞ……」 「男性の場合アクションとか冒険劇ばっかりでしょ?」 「女性の場合恋愛ものだったりするから男性でも見られるんだよ」 「アクションだと女性はつまらなかったり飽きちゃったりするから……」 「そういうもんかなぁ……。アクションだってカッコ良かったり楽しいじゃないか」 「ラブロマンスとかを見たい女性の方が圧倒的に多いってことじゃない?」 「男にもそういう特権あったっていいじゃないか……」 「一応、地方によってはメンズデーがあるらしいけど、ここら辺だと見かけたことないよね」 「え、マジであるの!? 冗談じゃなくて?」 「冗談じゃなくて本当にあるよ。ただ、見つけるのが大変かも」 「俺がそこに住んでいればもうちょっと気楽に映画見に行けたのに……!」 「もしそうだったらこうやって私と会えてなかっただろうけどね」 「あー、だったら陽茉莉と一緒にこうやって話せた方がいいや」 「え? そ、そう……」 「海で泳ぎたいよな」 「まだ海に行くのは早い気が……。でも、夏だったら海行きたいよね」 「今の時期の海も天気が良ければいいと思うけどな。流石に泳ぐのは寒いだろうけど」 「そうかな? まだ肌寒いと思うけど……」 「じゃあ夏に行くとして、ビーチバレーとか楽しそうだよな」 「ビーチバレーだったら私は見てるだけでいいかな……」 「転んじゃったりして、上手く動けないかもしれないし……」 「じゃあどんな事やりたいんだ?」 「私は砂浜でお城とか作りたいな」 「どういう城を作りたいんだ?」 「そうね……おっきいやつかな。高さが50cmぐらいあるやつ!」 「おぉ、それってかなりデカいじゃないか! で、やっぱ西洋風の城か?」 「ううん、短浜城みたいな日本のお城! 雪像とかで見たことあるから作ってみたいんだよね……!」 「え、それ日本の城!?」 「そうだけど?」 「……かなり難しそうだけど、面白そうだな」 「じゃあ、もし一緒に海行く時があったら一緒にお城完成させようね!」 「そうだな。俺も作りたくなってきて今からワクワクしてきた」 「流石に今の時期は寒いからパスかな……。夏になったらね!」 「海で泳ぐのも楽しいぞ?」 「水が冷たくて気持ちいいかもしれないけど、私そんなに泳げないし……」 「別に泳がなくなって浮き輪で浮いてたり足がつくところで遊んでいればいいじゃないか?」 「そうだけど……。うーん……」 「まだ何か嫌な事あるのか?」 「嫌っていうわけじゃないんだけど、日焼け止め塗るのがちょっと嫌なんだよね……」 「どうして? 日焼けしたいのか?」 「そうじゃなくて、日焼け止めってなかなか落ちないから。クレンジングオイルとか使わないといけないし……」 「へぇ……、普段全然使ってないし使ったとしても少しだから全然気づかなかった……」 「次の日になって洗いきれなかったのが残ってたりすると軽く落ち込むんだよね……」 「そこからシミになったりもするから……」 「男が服を長時間見るのって微妙?」 「人によるけどあんまり時間かかるのも問題だよね。女の子にも言える事だけど……」 「友達と服見る時に、長時間見てると友達がイライラし始めるよな」 「一緒にこういう服どうかなって見せっこしているならいいだろうけど、一人で悩んでるのはね……」 「付き添いで来てもらってたらちょっと悪いな……って思うんだけど、ついつい見ちゃうんだよな……」 「付き添いで来た人も服を見始めて、逆にその人の方が時間かかったりする時とかない?」 「たまにあるな。お待たせーって友達のところに行ったらめっちゃ真剣に服見て悩んでたりな」 「それでその後遊ぼうって思ってても、結局服選びだけで終わっちゃうんだよね」 「結局服を見る時間って具体的にどのぐらいの時間以上かかったらアウトなんだろうな」 「人によるけど、1時間とかかからなければ大丈夫じゃない?」 「流石にそこまではかけないよ」 「なら大丈夫じゃない? 大体いつもどのぐらいで決まる?」 「早ければ30分、遅くても40分ぐらいじゃないかな」 「それ服選びだと早い方だと思うよ……?」 「そうなのか? 女子ってどのぐらい時間かかるんだ?」 「一緒に行くなら1時間とか2時間は覚悟しておいた方がいいかも……、長い子はホントに長いから……」 「……途中で近くの休憩所で休んだりするのはいいよな?」 「やっちゃいけないとは言わないけど、そばにいてあげた方がポイントは高いんじゃない?」 「私は一緒に見てくれた方が嬉しいし」 「迷っちゃうといつの間にか時間が経ってるんだよな」 「てことはそのぐらいかかっちゃってる時もあるって事?」 「たまにならそのぐらいかかっちゃうかも」 「それは多分アウトじゃないかな……。人によってはちょっとイライラし始めちゃうかも……」 「マジで!? 女子だってかなり服選び時間かかるのに……」 「女の子はわがままなお姫様だって思えば、納得しちゃうんじゃない?」 「納得したくないけどそう思えば納得できちゃうな……」 「私はあんまり時間かけないようにしてるけど、やっぱり服はゆっくり見たいし」 「一目惚れってあると思う?」 「一目惚れね……私はあると思うな。ちょっと話しただけでこの人いいかも……なんて思ったりするんだろうけど」 「そっか。でも、惚れやすいのと一目惚れは違うよな?」 「違うと思うよ? 惚れやすかったらフラフラと色んな人のところへ行っちゃうわけだし……」 「一目惚れってした事ないからよくわからないんだよな」 「私もよくわからないかなぁ……。私だって一目惚れした事ないし……」 「どうやって一目惚れするんだろうね」 「本能的に感じるんじゃないか? この人好きだ! みたいな感じでさ」 「そういうものなのかな? そういう気持ちって意識するようになって気付くものじゃない?」 「多分そんなもんじゃないか? 自分にとって魅力的な人だったらそうなっちゃうんじゃない?」 「動物的っていうか、本能ってすごいのね……」 「今は経験してないだろうけど、もしかしたら陽茉莉も一目惚れとかあるかもよ?」 「なってみないとわからないけど、そこまで好きって思えるのかな……?」 「きっと思えるって、いつの間にかにその人にゾッコンになったりしてな」 「そういう風に思える相手が見つかればいいんだけどね」 「雰囲気とかじゃないか?」 「雰囲気で好きになったら単純に流されやすい子なだけじゃない?」 「そこは何かしらの線引きがあるんだと思う……」 「あんまり変わらないような気もするけど……」 「そういう雰囲気になったから付き合ったっていう風になると一日で何組できるかな?」 「それと同時に『やっぱり好きじゃなかったです。ごめんなさい』ってなって別れるカップルがどれだけいるんだか……」 「こうやって考えると一目惚れってホントにあるのかなってちょっと疑問に思えてきちゃった……」 「……そうだな。付き合ったけどすぐ別れるのを考えただけで辛いし……」 「遠距離恋愛って厳しそうだよな」 「そうだねぇ……私は遠距離恋愛はできる自信ないよ……」 「俺もできればしたくないな……。多分、無理にでも会いに行っちゃいそうだ」 「私もそうなるかも……。色々不安になっちゃうし……」 「遠距離恋愛をする人たちって相当の覚悟があってやってるのかな?」 「急な転勤とかで離ればなれになったりするのもあるんじゃないかな?」 「そのパターンもあるかぁ……やっぱ大変だな」 「お互いの絆がしっかりしてないと不安だよね……」 「俺だったら耐えられないな」 「私も多分耐えられないよ? すっごく辛くて泣いちゃうかも……」 「月に2回とか会えればいいかもしれないけど、その分お金とかもかかっちゃうしな……」 「そういうの気にしちゃうと段々会えなくなっちゃうよ?」 「そうやって会えなくなって心が離れていっちゃうのか……」 「あんまり想像したくないけど、学生のうちは遠距離恋愛になったら絶対に長続き出来なそう……」 「互いに想いあってないとできないよな」 「そうだよね……。一回不安に思ったら不安が大きくなって爆発しそう……」 「浮気してたら……なんて絶対考えたら不安で仕方なくなるよな」 「うん……一気に相手の事信じられなくなって別れ話になっちゃいそう……」 「でもお互いに信じ合って月1ぐらいで会えたら頑張れそうだよな」 「会えた時の喜びとかすごくなりそうだし、久しぶりに会えたら嬉しいんだろなぁ……」 「きっとすごい嬉しいだろうな。一日じゃ時間が足りなそうだな」 「でも帰らなきゃいけなくて、また次会える日の為にお互い頑張るって感じかな?」 「そうそう。また会える日を楽しみに……って感じでさ」 「実際体験するのは辛いだろうけど、ちょっと憧れちゃうなぁ……」 「女子から見た俺の印象を教えて」 「女子からの印象? うーん……悪くもないし良くもないかな」 「普通っていうか特に見られてないような感じ?」 「そうとも言えるの……かな? あんまり目立つような事をしてないっていうのもあるんじゃない?」 「くっ、もっと目立たないとダメか……!」 「目立ち方にもよるけど、変な目立ち方されると印象がガクンと落ちるよ?」 「アホキャラやっても当たり外れあるだろうし、ここはクール系で攻めてみるか?」 「そんなくだらない事してたら余計に評判落ちるよ?」 「私から見てまあまあいい方だと思うけどね」 「お、陽茉莉に言われたら自信つくな」 「え、どうして? 別に私が言っても自信にも何にもならなくない?」 「だって昔から俺の事見てるやつからまあまあいい方って言われたら、知らない人から言われるより自信つくよ」 「空白の期間あるけど、そうなのかな?」 「少なくとも俺はそうだけどな。陽茉莉の言葉って何か力があるからな」 「それは誰かさんの妄想じゃない? 私にそんな力なんてあるわけないし」 「陽茉莉に突っ込みいれられると頭が上がらなかったりするしな」 「それってもしかして、私のこと怖がったりしてるんじゃ……?」 「そんな感じは一切ないぞ? 陽茉莉といてすっげー楽しいし」 「へ? そ、そう? ……ならいいけど」 「まあまあってのが気になるな。どこら辺がいいんだ?」 「どこら辺って言ってもなぁ……。こうやって気楽に話せるし、話してて楽しいからかな」 「誰かさんの良さは話してみないとわからないかもね」 「つまり俺は色んな人と話せば良さが伝わって評判になるってことか?」 「それはそれでまた違うと思うよ……?」 「その人たちと話して楽しくなかったら、逆に評判下がるかもしれないし」 「あー、でも不特定多数の小さな人気より少数の評判が良い方がいいかも」 「その方が良いかもね」 「学年で一番モテてる男子って誰?」 「知らないよそんなの……」 ですよねー…… 「傷つく男からの一言ってある?」 「結構あると思うよ? わかってると思うけど、デブとブスなんていうのはもってのほかだし」 「まあそこら辺は余程の事があってもいっちゃいけないよな。暴言に近いし」 「あとは髪型変えた時に似合ってないねって言われても傷つくかな……」 「似合うと思ってたのに似合ってないって言われたら確かにへこむな……」 「前の髪型がよかった、とか言ってもダメなのか?」 「人によるけどダメじゃないかな? 今の髪型は良くないのって思っちゃうし……」 「結構女子って些細な事で傷ついちゃうんだな」 「何気ない一言で傷ついちゃうからね」 「女心って難しいな……」 「女の私達からしたら男心の方が難しいよ?」 「女心を理解しようにも聞いた時に怒らせたら……って考えると下手に聞けないし……」 「そんな感じでお互いどういう風に接したらいいかわからなくなっちゃうな」 「でもそんな事いってたら絶対に相手のこと理解なんて出来ないし、気持ちが通じ合えないよ?」 「いずれは俺も彼女になる人の女心を学ばないとな……」 「彼女が出来てから学ぶんじゃなくて、今から学んどいた方がいいかもよ?」 「褒めたつもりでも傷つけちゃったりすることもありそうだな」 「それもあると思うよ?」 「デート前の服選びに何時間もかけてやってきて、華やかな感じをイメージしてたのに」 「相手から大人しい子だと思ってたから意外だった、なんて言われると傷つく子いるよ?」 「褒め方も難しいな……。そういう意外性があったとしても似合ってるよって言うだけの方が良さそうだな」 「うーん……、でもそれだと物足りないっていうか、もう一言欲しいってなるから」 「似合ってたら褒めて、それから制服と違う印象の事を褒めたりするといいかもしれない」 「なるほどな……。勉強になるわ、サンキュ」 「あくまで参考にって程度だから、実際のデートでそのまま使うのは良くないからね?」 「俺なりにアレンジするから大丈夫だ」 「それを実践するとこ見てみたいかも」 (え、それって……?) 「聞き上手な男に憧れてるんだ」 「ただ聞くだけじゃダメだと思うよ? ちゃんとアドバイスとか欲しいし……」 「そうだな。話してるの聞くだけなら観葉植物でもできるし」 「相槌打たれるだけっていうのも嫌だし、話題にもよるけど男の人の意見もちゃんと聞きたいんだよね」 「だから話半分に聞いてると反感買って怒られちゃうかも」 「それもそうだな。それに聞き上手な人が苦手な人もいるだろうし」 「苦手というか、話してくれた方が嬉しいって感じる人もいるよね」 「私はいっぱい話してくれた方が嬉しいな」 「じゃあたくさん話のネタを準備しないとな」 「え、そんな事しなくて大丈夫だよ? 今でも結構嬉しいし」 「話のネタにも鮮度とかダメなやつがあるかもしれないからな、常に集めないと」 「それって、私と一緒に話してるのが楽しいからなの?」 「そうだな。陽茉莉と話してる時って落ち着くっていうか、気を使わないというか……」 「そ、そうなんだ……。なんかそういうの聞くとくすぐったいな……」 「そういう風に言われるとこっちが恥ずかしくなるんだけど……」 「どんな話でも大丈夫なの?」 「常識の範囲内なら、ね? エッチな話とかは論外。あと辛い物の話も」 「辛い物も常識の範囲内だと思うけど……食べれないからか?」 「それもあるし、食べちゃった時の事を思い出しちゃうから……」 「そういうことか、じゃあしょうがないな……」 「辛い物も美味しいものは美味しいんだけどなぁ……刺身とかにつけるわさびは殺菌の意味もあるし……」 「それでもダメなものはダメなの! なんで辛い物がこの世界にあるんだか……ううっ……」 「色々重傷だな」 「陽茉莉、趣味について何かこっちに質問あるか?」 「趣味? うーん……そういえばどんな趣味を持ってるのか知らないかも」 「あれ? 教えてなかったっけ? ゲームとか漫画読んだりだけど」 「……普通ね。あんまパッとしないというか……」 「そんな事言われてもなぁ……これといって興味が湧かなかったんだよな……」 「ゲームとかも面白いのがあればやるって感じだしな」 「じゃあ今ハマってるものはあるの?」 「陽茉莉が教えてくれた小説かな。最近ずっと読んでるよ」 「あれ読んでくれてるんだ? 結構面白いでしょ?」 「あぁ、話の展開が読めなくて続きが気になってしょうがないよ」 「今どのぐらい読んだ? 半分ぐらい?」 「大体8割ぐらいだな。11章だったかな」 「じゃあ今話すとネタバレしそうだから、読み終わったらまた感想聞かせてもらっていい?」 「わかった。多分明後日ぐらいには読み終わると思う」 「陽茉莉かな」 「…………」 「……なんか言ってくれないと恥ずかしいじゃないか」 「あぁ、ごめんね? いきなり何を言い出すかと思って……」 「こうやって陽茉莉と話すことにハマってるって事だ」 「私にハマってるって、ちょっとよくわからないんだけど……」 「そういう変な誤解を招くような事はあんま言わない方が良いと思うよ?」 「別に誤解じゃないだろ? もっと話して、陽茉莉の色んな事を知りたいしな……」 「……それって、色んな小説とか話って事?」 「そうだけど? 敢えて誤解を招くような事言ってみた」 「はぁ……だよね。私は別にいいけど他の子にはやらない方がいいよ?」 「冗談が通じなかったらまずいから陽茉莉以外と話す時は気をつけるよ」 「わ、私には誤解されてもいいの!?」 「陽茉莉なら俺のそういうとこ分かってくれるからな」 「そ、そう……」 「陽茉莉、私生活について何か質問とかあるか?」 「私生活……ねぇ。ちゃんと勉強してる?」 「……そこそこだな。平均点は取れてるから問題ないだろ」 「もっと頑張ればいいのに……。じゃあ早起き出来てる?」 「なんでお前は母ちゃんみたいな事ばっか言うんだ……」 「敢えて言ってるの。もしかしたらお母さんに迷惑かけてるんじゃないかなぁって思ってね」 「そういう風にするの勘弁してくれ……。一応自力で起きれてるから迷惑はかけてない……はず」 「そっか。じゃあこういう風に聞くのはもうやめよっか」 「寝る前ってどんなことしてるの?」 「筋トレかな。体動かしてから寝るとよく眠れるんだ」 「それってお風呂入る前だよね? 筋トレした後そのまま寝たら汗で風邪引いちゃいそう……」 「流石にそのまま寝たりしないよ。風呂入って汗が引くまでは部屋で涼んでるな」 「そうなんだ。でも今の時期だと何か着てないと湯冷めしちゃうんじゃない?」 「は? 流石にトランクス一枚でいるわけないだろ? ちゃんと寝間着に着替えてるよ」 「え? あ、あぁ! そうだよね……! まだこの時期は寒いもんね!」 「眠気を誘うためにホットミルク飲んでる」 「そうなんだ? でもホットミルクってなんで飲むと眠くなるんだろうね」 「さぁ? そのままでもいいんだけど、砂糖いれてちょっと甘くすると美味しいんだよな」 「私が飲むときはハチミツ入れてるよ? 砂糖とは違う甘さで美味しいよ」 「そうなんだ。家にハチミツあったらやってみるか」 「一時期ハマっちゃって、ホットミルクばっかり作ってたらお母さんに飲みすぎって怒られちゃった」 「陽茉莉、俺の学校生活について何か質問ない?」 「うーん……質問ね……。いつも放課後って何してるの?」 「元気達と遊ぶか家に帰ってゴロゴロしてるな」 「遊ぶって、カラオケとか?」 「カラオケはそんなに行かないな。基本的にゲーセンだけどそういや最近カラオケ行ってないなぁ……」 「そうなんだ。じゃあ次の質問ね? お昼はいつも購買?」 「そうだな。飲み物は自販機で買って、購買で適当に買って食べてる」 「購買ばっかりで、お昼は飽きたりしないの?」 「実はちょっと……な。食べるもの変えたりしてるんだけど結局いつものパンに落ち着いちゃうんだよな」 「それも最近ちょっと飽きてきちゃってな……」 「種類だって限られてるし全部が美味しいって言えるかどうかって感じだし……」 「そうなんだよなぁ……。菓子パンは昼飯って感じがしないし、惣菜パンの数は少ないしな」 「おにぎりとかご飯物は? ご飯物だったら結構お腹にも溜まるしいいんじゃない?」 「って思うだろ? みんなそう思うから早めに行かないとなくなっちゃうから、ゆっくり購買に行った時はパンしか残ってないんだ」 「購買組って大変だね……」 「正直弁当がうらやましいけど、今更母ちゃんに頼むのも悪い気がしてさ」 「なかなか素直に甘えられないって感じなんだ」 「気分で変えるから大丈夫」 「今日は菓子パンの気分〜とかそんな感じ?」 「そんな感じだな。んで、おにぎりの気分だったらチャイムなったら猛ダッシュだけどな」 「どうして? そんなにおにぎりって人気なの?」 「ご飯って腹持ちいいし、美味いからな。焼きそばパンに匹敵するぐらい人気だ」 「そうなんだ……。私はお弁当だから、購買の事全然わからないんだよね……」 「購買は混んでる時は戦争だからなぁ……。欲しい物のためなら敵を倒す勢いだから怖いぞ」 「だからみんないつも走って行ってるんだ……」 「みんなご飯食いたいからな。買えなかったらへこむだけだし」 「陽茉莉、俺の得意技への質問……待ってるぞ!」 「何よ得意技って……」 「……なんか、すいません」 この話題は興味がなさそうだ。 「陽茉莉……エッチな事に対して俺に質問ないか?」 「エ、エッチって……変態!」 「普通女の子にそんなこと聞く!?」 やばい、この話題はアウトだったみたいだ…… 「男子の恋愛事情について、俺が知ってる情報でよければ教えられるぞ」 「うーん……うちのクラスの男子で20人中何人彼女がいるの?」 「えっと、たしか……5人だったかな?」 「じゃあ今片思い中の男子は? って、これは流石にわからないよね?」 「全員はわからないけど、少なくとも4人はいると思うぞ? 俺が知らないうちに玉砕してなければだけど」 「玉砕してないといいね……」 「でも……そっか……」 「なんか考えてるみたいだけど、どうした?」 「ちょっとね……。改めて聞くんだけど……さ」 「やっぱり彼女って欲しいものなの?」 「人によるだろうな。中には二次元に恋してるからってリアルで彼女はいらないってやつもいたし」 「そ、そうなんだ……。なんかすごい道選んでる気がするけど……」 「でも結局は好きで、信頼できる異性が欲しいって感じじゃないのか?」 「ゲームは俺を裏切らない! ってそいつ言ってたし」 「そうなのかな……? 現実と二次元だと大きな差があると思うんだけど……」 「でも好きになったらどれも一緒なのかな?」 「そうなんじゃないか? まあ人それぞれだから俺にもわからん」 「誰かさんって結構サバサバしてるよね……」 「俺は欲しいな……。彼女がいたらすごく楽しそうだし」 「そうなんだ。じゃあ気になる人とかいるの?」 「んー……いるっちゃいるけど、いないっちゃいないな」 「何? その中途半端な答え。どっち?」 「気になりかけてるって感じの答えじゃダメか? まだハッキリと言えないんだ」 「そうなの? ならそういう事にしておくけど、焦って玉砕なんてしないでよ?」 「あぁ、気を付けるよ。玉砕したら多分……そいつともあんまり話せなくなっちゃうかもしれないからな」 「そこら辺は気まずさを出さずに、いつも通り話しかけたりすればきっと大丈夫だよ」 「だから前向きに頑張って?」 「じー……っ」 「どうしたの? こっちをじーっと見られても何もないよ?」 「あぁ、陽茉莉の事を見てるだけだから気にしないでくれ」 「私の事見てるって言われたら、気にするなって言われても気になっちゃうよ」 「それはすまんな、だけどこう見てると……」 「え、ちちちょっとホントなんなの!?」 「あ、すまんちょっと動かないでくれるか?」 「へ!? あ、あの……顔、ちか……」 「ね、ねぇ……。もしかして私の顔に何かついてる?」 「ほっぺに何かついてるよ。……っと、羽毛……かな?」 「わあ……! び、ビックリした……」 「すまんすまん、なんか陽茉莉のほっぺでふよふよ動いてたから気になっちゃってさ」 「そ、それなら最初に教えてよぉ……急に顔を近づけられたから何かと思って……」 「いや、教えようかと思ったんだけど、全然気付いてないみたいだったから取ってあげようと思ったんだ」 「……一応は考えてくれてたんだ、ありがとう……」 「そういやさっき気付いたんだけど、陽茉莉ってすっげー肌綺麗なんだな」 「へ!? べ、別に普通だよ……! というかそんなにじっくり見ないで……!」 「もう見ちゃったけどな。別に減るものじゃないし良いだろ?」 「ううっ……私だけ余裕がないのがちょっと不満だよ……」 「ほっぺにホコリがついてるよ。……っと、ほら」 「……ありがと。わざわざ顔近づけなくてもよかったんじゃない?」 「ホコリかどうかわからなくてな? 虫だったりしたらどうしようかと思って」 「っ!? そういうこと言わないでよ! でもいつホコリなんてついたんだろ……」 「掃除の時に舞ったホコリがついたのか? それくらいしか思いつかないな」 「かもしれないね。制服に着替えた時に取れてくれればよかったのに」 「まあ俺としては陽茉莉の顔をじっくり見れたからちょっと役得な感じだけどな」 「そんなの役得でも何でもないでしょうが……」 「今日も平和だな……」 「たしかに平和だけど……、随分とのほほんとした顔してるね?」 「いやね? こう……何気ない幸せを今噛み締めてるんだ……」 「そうなの?」 「でも、何気ない幸せって結構気付かなかったりするから、改めて感じるのもいいよね」 「だろ? でもちょっと普段と違う事やってるせいで体がムズムズしてる」 「慣れない事するからそうなるんじゃない?」 「そうなんだけどな……。ははっ」 「何か嬉しい事でもあったの?」 「陽茉莉と話せたから、こういうのいいなぁって思ってな」 「別に険悪な雰囲気ってわけじゃないんだから、話せるのは普通じゃない?」 「でも話してて落ち着いたりできるのは陽茉莉ぐらいだからな」 「え? 他の人たちとも結構話したりしてるのにどうして私だけ?」 「んー……わからん。でもなんか他の奴らとは違うんだよな」 「ふーん……、そっか」 「陽茉莉と一緒にいれるから……さ、この学校で再会できてよかったって思って」 「たしかに昔はよく遊んだからね〜。最初見た時驚いたよ」 「俺だって驚いたよ。母ちゃんたちは知ってたみたいだけどな」 「でもこうやってクラスも一緒になったんだし、これからも仲良くしよ?」 「おう。俺も陽茉莉ともっと仲良くなりたいよ」 「…………」 「そ、そうやって誤解を招くような事言ってると、お母さんにある事ない事いいつけちゃうよ?」 「ちょ、ちょっとそれはシャレにならないから勘弁してくれ!」 「冗談だよ。そんな事するわけないじゃないの」 「焦らせるなよ……。マジでビビった……」 「私も誰かさんと話してるこの雰囲気、結構気に入ってるから……ね?」 「最近一発芸の練習で、変な顔やってるんだよね」 「そんな一発芸なんていつ使うの……?」 「とっさに必要な場合だってあるかもしれないだろ?」 「陽茉莉も用意しておいた方がいいぞ?」 「私はその時になったら考えるよ……。多分そんな機会ないと思うし……」 「すぐ使うかもしれないのに……。例えば友達とそういう話になったりとか」 「そんなこと絶対ないよ!」 「……はい。まあ、とりあえず俺の一発芸の変な顔を見て欲しいんだ」 「それは別にいいけど……。面白いかどうか見ればいいんだよね?」 「そうだ。じゃあいくぞ……?」 「……ふんっ!」 「ふふっ、おかしな顔……」 「微笑んだ顔可愛いな」 「え……?」 「き、急にそんな事言われても困るよ……」 「あ、あぁすまん……」 「と、とりあえず一発芸としてはまだまだじゃない? もっと変にしないと爆笑できないと思う」 「そうだな。もっと頑張って練習しなきゃな……」 「もしまた一発芸の練習の成果見せたいって言ったら見てくれるか?」 「ん? 全然いいよ?」 「誰かさんの顔がどのぐらい面白くなるのか楽しみだし」 一発芸的には大笑いしてほしいけど、あの微笑んだ顔をもう一回みたいな…… 「そんなに面白かったか?」 「え? そんなに面白くなかったよ?」 「えぇ!? じ、じゃあ今笑ったのってどういう意味の笑い!?」 「ほんの少しだけ面白かったんだけど、爆笑って程じゃないから……」 「出来れば爆笑させたいんでしょ?」 「まあ、そうだけど……。これが結構難しいんだ」 「だろうね……。場の雰囲気が冷めてたら変な顔しても絶対笑いなんて取れないだろうし……」 「じゃあ場の雰囲気が良ければ笑いが取れるかもしれないのか!?」 「可能性はあると思うよ? ただ今よりは面白くしないと難しいんじゃないかな?」 「一発芸の道は長いな……。もっと練習してみるよ」 「はぁ……。ショックだ……」 「ちょっとどうしたの? そんな暗い顔しちゃって……」 「あー、陽茉莉か……。すまんな、ちょっと今凹んでるんだ……」 「どうせ誰かさんの事だから掃除当番から逃げられなかったとかそんな感じなんでしょ?」 「そんなんだったらこんなに凹んだりしてねぇよ……。はぁ……」 「ちょっとちょっと……、ホントに大丈夫?」 「何かあったの?」 「じゃんけんで負けたんだ……。くそっ、あの時パーを出していれば……!」 「……はぁ、心配して損した。何よじゃんけんって……」 「おま、じゃんけんバカにすんな!? 勝てば飲み物奢ってもらえたのに……!」 「それで、じゃんけん負けて相手に奢ることになったのね……」 「そうなんだよ……。俺はグーを出すとか宣言してきてさ、そう見せかけてパーを出すって思わないか!?」 「そこは読みあいだから何とも言えないでしょ……。私の場合裏をかいてきそうな人は疑うけどね」 「人間観察から始めなければいけないのか……。そういえばあいつ普段からこういう時真っ向勝負だったな……」 「普通にそういう宣言なしでやろうって言えばよかったじゃない……」 「購買の焼きそばパンが売切れてたんだ……」 「焼きそばパンのためにそこまで落ち込めるのもすごいわね……」 「今日はすごい焼きそばパンが食べたかったんだよ……」 「すごい人気ですぐ売り切れるから急いで購買に行ったんだよ……」 「そしたら目の前で最後の1個が……!」 「はぁぁぁぁぁ……、思い出しただけでまた凹むわ……」 「あらぁ……。それは運がなかったというか……ご愁傷様」 「今日は帰って母ちゃんに焼きそばパンみたいの作ってもらえないか頼んでみる……」 「そこまでして食べたいの!? 別にコンビニとかで買えばいいのに……」 「っ!? その手があった! 陽茉莉ナイス! 希望が見えてきた!」 「きゃっ!? そ、そんなに落ち込んでたの……?」 「早く焼きそばパン食べて元気になってよ?」 「よっ、ほっ! っと、った!」 「……どうしたの?」 「……何でもないです」 このアクションは失敗だったようだ…… 「陽茉莉、この表情……クールだろ?」 「……キメ顔ってやつ?」 「そんな感じだ」 「ふーん……」 このアクションに興味がないようだ…… 「宇宙人っていると思う? 例えば火星人とか金星人とかさ」 「いると思うけど実際見つかってないんだよね……」 「火星は微生物が生息してる可能性があるって聞いた事あるけど……」 「金星人ってのはデマだったんだっけ? 人間と同じようなやつらが住める環境じゃなかったんだろ?」 「でも、深海魚みたいにその場所に適応できてる生物がいるかもしれないでしょ?」 「金星人はいないかもしれないけど、そういう生物はいるんじゃないか? ってことか」 「そう、酸素があるかわからないからどうなのかわからないけど……」 「地球の生き物も酸素があって生きてるからな……。そう考えると生物がいるって言えなくないか?」 「そんなことないよ。火星はほんの少しだけど酸素あるんだから!」 「なるほどな。で、宇宙人はどこかしらで絶対存在してるって思うのか」 「私たちが存在しているんだから、いるに決まってるよ!」 「そういわれるとそんな気がしてきたな」 「でしょ? 環境は違うと思うけど、絶対いるよ!」 「いずれ交流とかとれるようになるのかな? そう考えると少しワクワクするな」 「だよね! でも文化とか言語とか全く違うから、ボディランゲージも通用しないかな……」 「握手しようとしたらそれが喧嘩売ってる意味だったらヤバいしな」 「いきなり喧嘩売ったら戦争になっちゃうじゃない……」 「もうちょっと穏便にはならないの……?」 「そういう事もあり得るってだけだ。俺だって戦争したくないし」 「でもそう考えると怖いよね……」 「居て欲しいと思うけど、上手く交流出来るかな……?」 「まあ俺らが生きてる間に宇宙人が見つかったら考えればいいんじゃないか?」 「今不安になってもしょうがないって」 「……うん、ちょっと気が楽になった」 「ありがとね!」 「でも宇宙って住めなくないか?」 「え? 洞窟とか掘れば多分住めるんじゃない?」 「それって火星とかの話だよな? 宇宙空間でって話さ」 「宇宙空間に住めるわけないでしょ……? 宇宙服がないと私たちなんてすぐに死んじゃうんだし」 「体内の液体が沸騰して破裂するんだっけ?」 「それは水とかの液体が真空状態の場所に晒されたらって話ね?」 「実際は1分以内に心不全を起こして死んじゃうらしいよ」 「で、10〜15秒で意識失っちゃうんだって」 「こわっ! てかなんでそんなに詳しいんだよ……」 「宇宙に住めるかどうか前に調べたことがあっただけ」 「宇宙に興味あれば一回は調べると思うけど……」 「そ、そうなのか? 宇宙って怖いわ……」 「でも怖いからって調べなかったら開発とか進まないしね……」 「幽霊の存在信じてる?」 「一応信じてるかな……。体調に影響出たりする人がいるぐらいだもん……」 「テレビとかでやってる特集とかはあんまり信じられないけどさ」 「動画配信サイトで一般の人があげてる動画だとすっごい怖いよな……」 「男子グループで行ったはずなのに女性の声が入ってたり、変なのが映ってたりするもんね……」 「お、陽茉莉も見たことある?」 「アップした人自体が気付いてなくてコメントで気付きましたってのがあったりしたしな」 「霊感ある人だとそういうのも気付けるのかな?」 「そう考えると霊感ある人ってある意味可哀そうだよね……」 「底知れない恐怖があるかもしれないな」 「そうだよね……、自分だけ見えてて他の人には見えてないってだけでも怖いのに……」 「鳥肌とかきっとヤバいんだろうな……」 「急に具合悪くなったりする人もいるぐらいだから、鳥肌っていうよりは寒気に近いんじゃない……?」 「肝試しって、幽霊からしたら土足で家に上がられてやりたい放題されてるような物なんだろうな」 「それじゃ怒って悪さするのも頷けるよね……。遊び半分じゃ絶対にやっちゃいけないよ……」 「だな……。でも動画配信サイトのやつはたまに見たくなっちゃうんだよな……」 「怖いもの見たさっていうのはあると思うけど、見てこっちに影響がなければいいんだけどね」 「逆に交流できて楽しいかもよ?」 「え、何言ってんの!?」 「だって地縛霊とか基本的に未練がある人たちが幽霊になってるんだよ!?」 「交流したら呪われちゃうよ!?」 「守護霊とか守ってくれるやつらもいるんだろ? そういう奴らと交流できたらって話だ」 「うーん……でも交流してどうするの? その人たちが居た時の事とか教えてもらうの?」 「そういうのもいいし、動けるなら旅行がてらそいつの見てみたい場所へ行くのもアリだな」 「誰かさんって、怖いもの知らずなのかただのバカなのかわからないよね……」 「バカとは失礼な。相手が幽霊だからって避けるのは失礼な気がするし」 「うーん……普通は見えないわけだから、知らないうちに避けてるのかもしれないけどね……」 「古代文明にロマンを感じるよな」 「ストーン・ヘンジとかピラミッドでしょ? あれってホントにどうやって出来たのかな……」 「ピラミッドの中もどうなってるかわからないし、ストーン・ヘンジもどうやってあんなデカい石乗っけたんだろうな」 「ピラミッドはたしかお墓だよね? あんなにでっかいお墓ってちょっとね……」 「あそこまでデカいと500人とか普通に入りそうだけど、王様一人の墓なんだもんな」 「すごいよね……。作るのに何年かかったんだろう?」 「少なくとも20年はかかるだろ……。それだけ偉かったんだろうな。あとモアイ像も不思議だよな」 「モアイ像ってどうやって出来たのかな……?」 「彫刻みたいな感じじゃないか? 一種のアートとか」 「アートにしてはすごい大変そうじゃない? 一人で作れるものじゃないよ……」 「でもみんな同じ顔してないか? 趣味で作るにしても大変だぞ」 「趣味で作るサイズでもないでしょうに……」 「だよなぁ……。たしかモアイ像って石でできてるんだよな?」 「私も詳しくは知らないけど、多分そうなんじゃない?」 「あの顔とか彫ってから移動させたのかな? 削った後の方が移動が楽だと思わないか?」 「削った後だと移動させるときに安定しないんじゃない?」 「うーん、わからん」 「そこを想像するからロマンがあるんじゃないか? わかってたら面白くないだろ」 「それもそうだね。ストーン・ヘンジだって似たようなものだし」 「しっかしモアイ像にしろストーン・ヘンジにしろ、昔の人ってユニークだよな」 「モアイ像の顔もちょっと可愛いし、ストーン・ヘンジって石を乗っけただけだもんね」 「でも石彫ったり積み上げたりするのって結構大変だよな。彫刻刀だと刃が負けるんだぜ?」 「昔の人たちはどうやってやってたんだろ?」 「今の時代でも普通の人じゃ出来ないよね……」 「何か特殊な機械とか使わないとできないよな」 「都市伝説について語ろうぜ」 「都市伝説って口裂け女とかそういうの? 最近あんまりそういうの聞かないよね」 「そうだなぁ……。でも昔のやつって結構面白いやつがあるよな」 「例えばどういうやつ?」 「私はベッドの下に斧を持った人がいたとか、そういうのしか知らないんだけど……」 「リンゴの蜜ってあるだろ? あれはハチミツを注射したやつだとかいうのがあるぞ。まあ嘘なんだがな」 「色が似てるから信じちゃいそうだね。でもハチミツって味でわかっちゃうよね……」 「そうなんだけどなかなか面白かったろ?」 「まあまあかなー」 「都市伝説って、その時代を上手く表してると思うの」 「時代によって都市伝説も変わってくるよな」 「例えばさっき言ってた口裂け女だって今じゃ聞かないもんな」 「家に電話がかかってくるメリーさんってあったでしょ?」 「あれって最近だとメールやケータイでくるらしいよ」 「ホントかよ……? メリーさんもケータイ持つようになったんだな」 「ツッコむとこはそこじゃないでしょ……」 「でもさ、昔は結構怖いのばっかりだけど、今だとそんなに怖いのないよな」 「メリーさんも広告メールみたいな感覚になっちゃってるもんね……」 「都市伝説って昔からあるけど、これからも増え続けていくんだろうな」 「それだったらユニークなのが増えて欲しいなぁ……」 「時代に関係ないものもあるんじゃないか?」 「例えば地震雲だったりピアスの穴から白い糸が出ててそれを抜くと失明するとかさ」 「地震雲って都市伝説だったの!?」 「あれ本当だと思ってた……」 「科学的に証明されてないらしいからな、俺もつい最近まで本当だと思ってたよ」 「ピアスからのやつって、たしか脂肪の塊とか角栓で糸が出てくることはあり得ないんだっけ?」 「だな。そもそも視神経ってタコ糸みたいに太いらしいし、脳と直結してるらしいぞ」 「そうやって実際にわかってると、都市伝説も落ち着いて聞けるよね」 「UMAってワクワクするよな。ビックフットとか雪男って本当にいるのかな?」 「昔テレビで未確認生物を捕まえようって特集やってたよね?」 「結局捕まらなかったけど」 「そうなんだよな。偽物の映像だったりして結局いないって結果になったような……」 「多分企画の尺じゃ追えないって判断されたんじゃない?」 「でも企画でUMAが捕まったらすごいよね」 「すごいっていうか世界から注目されるだろうな……まずありえないと思うけど」 「でもいっぱいUMAって存在してるよね? ネッシーとかもそうでしょ?」 「ネッシーってヤラセじゃなかったっけ?」 「ほとんどがデマカセみたいに思われてるけど、天使猫っていう可愛いやつは実在するしな」 「天使猫? どんな猫なの?」 「翼みたいのが生えた猫だな」 「奇形種って言われてるけど、猫に翼が生えたように見えるから翼猫って呼ぶこともあるらしい」 「へぇ……! ちょっと見てみたいかも!」 「そういうのもいるのに、もうちょっと学者はロマンを感じるべきだと思うな」 「私は未確認生物っていうだけでロマンだと思うの……!」 「チュパカブラって気持ち悪いよな」 「あの南米の家畜とかの血を吸うUMAだっけ? 画像が結構気持ち悪いよね……」 「想像の絵とかあるだろ? どの人が描いても大体気持ち悪いんだよな」 「吸血してくるから、そういうイメージで描いちゃうんじゃない?」 「チュパカブラも色んな説があるんだよな」 「生物兵器の説が一番怖いと思うんだけど」 「生物兵器が逃げ出したって説だっけ?」 「それが本当だったら怖くて外に出れないよね……」 「最近は目撃例がないらしいけど、一時期は恐ろしかっただろうな……」 「私だったら怖すぎて絶対家から出ないよ……」 「ツチノコって可愛いのかな?」 「私は可愛いと思うよ? ヘビが苦手な子はダメだと思うけど……」 「陽茉莉は爬虫類平気なんだ? 女子って結構爬虫類がダメなやつ多くないか?」 「そんなことないよ? デフォルメされれば皆可愛いっていうし」 「そういう奴って実際の写真とか見たら気持ち悪いとかいうんだろな……」 「ヘビやトカゲの顔って可愛いんだけどな……」 「目がクリクリしてるよね。触るのはちょっと勇気いるけど見るのは好きだよ?」 「やっぱ抵抗あるのか……。ヘビとか触ってみるとツルツルしてるんだぞ?」 「そ、そうなんだ……。ヘビってなんであんな風に移動できるのか、未だに不思議に思うんだよね……」 「でも、ツチノコってネズミとか食べて消化中の時のヘビって説もあるんだよな」 「そう考えると結構可愛いやつかもな」 「捕食シーンは見たくないけど、ヘビの顔見たくなってきちゃった」 「自分の前世を想像すると何だと思う?」 「過去を想像しても意味ないでしょ?」 「まあ……そうだけど……」 この話題は興味ないようだ 「なあ、キスはする派? されたい派?」 「キ、キスって……、いきなりどうしたの?」 「いや、たった今どっちなんだろうなあって……、ちょっと気になってさ」 「そ、そうなんだ……」 「でも、なんか教えるのは恥ずかしいというか……」 「そこを何とか! 俺も教えるから!」 「うっ、ううっ……」 「………」 「ぜ、絶対に……他の人には言わないでね……? 絶対だよ?」 「ああ、信じてくれ。絶対に誰にも言わないから」 「わ、私はどちらかと言えば……されたい方かなあ……? 正確にはよくわからないけど……」 「俺もキスはされたい派なんだよね」 「へ、へぇ……、そうなんだ……」 「ふ〜ん……」 「でも実際、まだキスなんてしたことないから、正確にはどうか分からないんだけど」 「でもするよりも、された方が幸せに感じるのかなーって」 「う、うーん……ど、どうなん……だろうね……」 「ちょ、ちょっとなに人の前で急に赤くなってるんだよ」 「えっ、う、嘘……。私今そんなに赤い……!?」 「うっ、ううっ……!」 「はは、誰かさんはこういう直球な話にホント弱いんだな」 「わかりやすくて結構結構」 「う、ううっ……! もう知らない! この話は恥ずかしいからもうお終いにしよう……?」 「俺はしたい派なんだよね」 「いきなりキスして、驚かせたりしたいかな」 「そういうのって、場所を考えてやらないとバカップルに思われちゃうから気をつけないとね」 「うーん、どうなんだろうな。今はそう思ってても実際自分に彼女が出来たらわからないかも」 「好き過ぎて色んな場所でキスしちゃうかもしれないし」 「そんな事してると周りからすっごい痛い目で見られると思うよ?」 「それに、女の子の方からだってキスしたいって思ってるかもしれないし……」 「ん? 陽茉莉はされたいんだよな?」 「そ、そうだよ?」 「でも、そういう女の子もいると思うから、あんまりそういう事しない方がいいかもってこと」 「陽茉莉ってフェチ的なものってある……?」 「声とか筋肉とか色々あるけど」 「あ、あはは……私……あんまりそういうこと考えないから……」 「まあまあそう言わずに、何でもいいから心当たりがあれば言ってみ?」 「うーん……、小説とか、本でなら色々あるんだけど……」 「何でもって言ったけどそれは違うな……。本の好みの話じゃないし」 「えっとそれじゃあ一つだけ……」 「お?」 「こ、声……とか……」 「声……かあ、案外地味だな」 「匂いフェチなんてどうだ? これくらいならまだメジャーな部類だと思うし」 「に、匂いフェチって、匂いで興奮するって事だよね?」 「あ、あはは……ちょっと変態さんっぽいかも……」 「そうか? 好きな人の匂いとか絶対好きになると思うんだけどな……」 「それは、フェチとはまた違うんじゃないかな」 「私だって、好きになった人の匂いなら好きになると思うし……」 「でもフェチって結構曖昧なものだよな。ちゃんとした線引きってないだろ?」 「う、うーん……性的興奮を伴うものなら、フェチって言っても良いんじゃないかな」 「考えたことないって言っておいて、しっかり意味わかってるじゃん」 「う、うう……そういう言い方はいじわるだと思う」 「声、かあ……声もいいけど、綺麗な指してると興奮しない?」 「うーん……指……?」 「俺の指とかどう? 自慢じゃないが綺麗な方だと思うんだけど」 「どれどれ……」 「わ、ホントだー! しかも結構スベスベー!」 「お、おう……。特に何も手入れとかはしてないんだけどな」 「あ、ごめん……つい触っちゃった……」 「あ、ああ、別に嫌じゃないから平気だぞ?」 「やっぱ告白は本人を前に直接言いたいよね」 「告白……」 「うん。でも今だとメールとか電話で簡単に出来ちゃうもんね」 「ああ、別にそれは否定しないけど、やっぱり俺は直接本人を前にして言いたいって思う」 「昔の人はメールがなかったから放課後に直接呼び出して、それで……告白したりしてたんだよね……?」 「ちょ、ちょっと……やっぱりそういうのに憧れちゃうな……」 「やっぱり女子って、そういう告白に憧れたりするものなのか?」 「最近だと肉食系とか言って、自分から告白する女子も多いって聞くけど」 「うーん、それはやっぱり人によるんじゃないかな?」 「普段は勇気が出せない子でも、ふとしたきっかけで言えちゃうこともあるみたいだし」 「なるほどなあ。でも俺は、最初から好きになった相手には自分で告白したいって思う」 「そ、そうなんだ……どうやって告白するの? やっぱり直接……?」 「ああ、当たり前だろ?」 「メールだと逆にいつ返事が来るのかわからなくてビクビクするし」 「やっぱり直接言って、手っ取り早く返事がもらいたいしな」 「電話だと、相手の顔が見えない分緊張しなくて良いっていう人もいるよね」 「でも私は、メールや電話じゃ伝わらないものもいっぱいある気がする」 「直接言うから想いが伝わる、みたいな感じ?」 「うん、あとはその場の緊張感とか……そういうのも含めて雰囲気って大事だと思うし」 「うぉぉ、何か想像するだけで緊張してくるな」 「でも、やっぱりその方が自分の気持ちって伝わったりするのかな?」 「ふふ、どうなんだろう。でもいつの時代も、想いの伝え方はあまり変わらないのかもしれないね」 「そうかもな。結局メールだ電話だって言ったって、結局勇気を出して気持ちを伝えることには変わらないわけだし」 「………」 「あ、あの……」 「うん?」 「いきなり告白の話をされたからあれなんだけど……」 「近々、誰かに告白する予定でもあるの……?」 「あ、ああ……たぶん?」 「でもそのときが来たら、陽茉莉にもちゃんと報告するよ」 「………」 「直接だと緊張も増すよな」 「俺だったら、告白した後緊張に耐えきれなくなって逃走しそう」 「あはは……逃げちゃうのはまずいと思うんだけど……」 「相手だって告白されてドキドキしてるんだし、そこはちゃんと返事を聞かないと」 「そうは言うけどさ、俺、多分緊張しすぎて何を言っても噛みまくると思うぞ?」 「ただでさえ普段からチキンモードの俺なのに……」 「あはは……そこは噛まないように練習するしか……」 「でも……そうすると告白の練習をするってこと? うーん……でもそれはそれで色々と違うような……」 「告白って練習するものなのか? 俺はその場で自分の気持ちを全力でぶつければ良いだけだと思うんだけど」 「う、うん……そうかもしれないね……」 「でも告白の練習か……、ちょっと試しにやってみるかな」 「え……?」 「あ、あの……それじゃあ……えっと……」 「………」 「は、はは……! ごめん、さっきから変なことばっかり言って。忘れてくれ」 「………」 「彼氏が出来たらまず何をしたい?」 「え? 彼氏……?」 「え、えっと……」 「別に難しく考える必要はないと思うぞ?」 「一緒にデートしてもいいし、ゲーセンでフォトプリ撮るのもいいんじゃないか?」 「うーん、それじゃあ逆に聞いても良い? そっちは彼女が出来たら何をしてみたいの?」 「え、俺?」 「うーん、そうだなあ……思いっきり抱きしめたりとか? まあとにかく好きな人を全力で感じたいぜ!」 「そ、そうなんだ……」 「なんかそれ、聞いてるだけでちょっと恥ずかしくなってくるね」 「はは、まあその時は、俺も顔真っ赤になって相手の顔なんて見る余裕無さそうだけどな」 「で? そっちは? 俺はちゃんと言ったんだから今度は陽茉莉の番だぞ?」 「えっと……わ、私は……公園で二人並んで歩きたい……な……」 「その後一緒にお弁当食べたりしてな」 「さらに男視点から言うと、そのお弁当が手作りだったらなお良しって感じ」 「お、お弁当かあ……はあ……」 「お、おいおいどうしたんだよ。俺、なんかまずい事でも言ったか?」 「へ? あ、ううん」 「ただ、私の場合料理は得意じゃないから、お弁当を作ってもあんまり喜んでもらえなさそうな気がして……」 「はは、それは気にしすぎだって。男ってのは彼女の手作りってだけで喜ぶもんだ」 「俺が陽茉莉の彼氏だったら、例え美味しくなくても必ず完食する自信はあるぞ?」 「……え? ほ、ホント?」 「ああ、それに本当に美味しくないんだったら、俺も一緒に協力して美味しい弁当が作れるように頑張っちゃう」 「そ、そっか……でもやっぱりお弁当だけは自分の力でなんとかしたいかな……」 「俺も一緒に歩きたいな……」 「え? それって私と一緒にってこと?」 「え?」 「あ、いや……! 別に俺は、同じシチュエーションだっらそういうのも良いかなって――!」 「ううっ、全力で否定された……」 「あ、いや、別に不満があるとかじゃ全然ないぞ……!?」 「むしろその……俺は陽茉莉とだったら大歓迎っていうか……嬉しいっていうか……」 「……え?」 「と、とにかく!!」 「公園だな!? よし、ということでこの話はもう終わり! ありがとうございました!!」 「え、ええっ!? ちょ、ちょっと何……? なんかものすごく一方的な気がするんだけど……!」 「ま、まあ……とにかく公園で散歩するくらいなら、俺にも出来ると思うから言ってくれ」 「あ、あはは……うん……」 「なあ、しょ、勝負下着って用意するの……?」 「え、ええっ!? ちょ、ちょっといきなり何!?」 「す、すまん! でもこういう話聞けるのって陽茉莉だけなんだ! 良ければ教えて欲しい!」 「え、エッチ……デリカシーがなさ過ぎるよ……」 「もう、男子ってなんでそういう事聞きたがるのかなあ……」 「そこにロマンがあるからだ!」 「もう、開き直らないの」 「すみません」 「も、もう……本当にしょうがないんだから……」 「え、えっと……用意する人は……その……ちゃんと用意するんじゃないかな……?」 「用意してくれたら男としては嬉しいかも」 「や、やっぱりそうなの……?」 「だって彼氏のために用意してくれる物なわけだろ?」 「普通にそんなことされたら、男なら誰だって喜びまくると思うけど」 「よ、喜び……まくるんだ……」 「ああ、きっとな」 「………」 「い、一度くらい……真剣に考えてみようかな……」 「その人にあったものなら男は喜ぶよ」 「それは勝負下着の話? それとも普通の下着の話?」 「両方だな。地味な子が紐パン穿いてたらそれはそれでイイ……!」 「あ、あはははは……」 「はあ……なんかちょっと複雑な気分。男子っていつもそんなことばっかり考えてるの?」 「もちろんです!」 「もう……」 「エッチなのはしょうがないにしても、もう少し場所を考えて話して欲しいなあ……」 「………」 「す、すみません。ちょっと調子に乗りすぎました……!」 「よろしい。今回は許しちゃう」 「浮気についてどう思う?」 「そ、そういうことを聞いてくるって事は……、もしかして……!」 「う、浮気する気……! あるの……!?」 「ははっ、そんなわけないだろ。俺は浮気反対派だぞ?」 「そ、そっかあ……良かったあ……もし肯定派だったらお仕置きするところだったよ。うん」 「そ、それはちょっと怖いな……」 「でもさ、なんで浮気するやつって、自分に彼女がいるのに他の子に手を出すんだ?」 「そ、そんなこと私に聞かれても……」 「でも浮気って、された方はものすごく傷つくよね」 「浮気のせいで恋愛恐怖症になる人もいるみたいだし……」 「浮気は……やっぱり良くないと思うな……」 「俺は好きになったらその人一筋だな」 「ふふ、偉いね」 「そういうことをハッキリ言える男子って、ちょっとカッコ良い」 「はは、そうか? それに俺、元々浮気とか出来るほど器用じゃないしさ」 「そうなんだ。それじゃあきっと彼女になった子も安心だね」 「ああ、そうだな」 「俺は、彼女になった人を大切にするから」 「誰かさんの彼女になった人は、本当に幸せになれそうだね」 「じゃあ陽茉莉が俺の彼女に立候補するか?」 「なっ!? じ、冗談でそういう事言わないでよ!」 「はは、悪い悪い」 「浮気は本能と言うけど……違うと思う」 「うんうん。そうだよね」 「本能なんて言葉で片付けられていい問題じゃないと思うし」 「本能は三大欲求の事をいうんだろうしな」 「……その三大欲求の一つを解消できないから、浮気するんじゃないのかな?」 「その一つって何?」 「い、言わなくても分かるでしょ……?」 「陽茉莉がそんな事思ってるなんて知らなかった……!」 「だ、だって友達と話してたら自然と耳に入ってくるもん!」 「私だって、浮気以前にそういう話するのあんまり良く思ってないんだから……」 「浮気する前に、不満があれば話し合って解決できるように協力し合えばいいのにな」 「それが上手くできないんだろうね……。恋人同士って、色々と複雑な問題も出てくると思うし」 「陽茉莉って香水とかつける?」 「え? つけないよ?」 「それに香水って匂いがキツいのが多いからつけるとしてもコロンかな……」 「香水とコロンってどう違うんだ? 呼び方が違うだけだと思ってたんだけど……」 「簡単に言っちゃうと香る時間の違いかな?」 「コロンだと1時間くらいだけど、香水は5時間くらいなの」 「そんなに違うのか」 「香りもいっぱいあるんだろ?」 「結構あるよー?」 「陽茉莉はどういうコロンをつけてるんだ?」 「私はアロマがあるからコロンはあんまりつけないよ」 「女子ってコロンとか香水って普段からつけてるもんだと思ってたわ」 「他の学校だと禁止されたりするところもあるから、休みの日とか遊ぶ時だけつけるって子が多いかな」 「ウチの学校は大丈夫なのか?」 「たまにキッツイ匂いが他のクラスから匂ってくるんだけど……」 「ウチは大丈夫だよ?」 「ただ、過激なものはいけないって注意事項があるから、それはアウトだけど……」 「いい香りだったらこっちも和むけど、キツいのだと気持ち悪くなってくるからな……」 「つけ方を間違ったりしないと普通そうならないけど……。私もキツいのだと気持ち悪くなっちゃう……」 「あんな風にキツい匂い撒き散らすならつけないで欲しいよな」 「いい匂いだったら全然構わないけど」 「コロンとかつけてた方がいいの?」 「どうだろ、好きな匂いだったらいいかも」 「ふーん」 「じゃあ陽茉莉がいい香りがするのはアロマの香りか」 「え、嘘……そんな匂いする……?」 「い、一応気をつけてはいるんだけど……」 「俺はその香り好きだぞ?」 「柑橘系の香りでこの匂いはなんか落ち着く」 「ホント? レモンとペパーミントの香りなんだけど……キツかったりしない?」 「全然キツくないよ」 「なんだろ、ミツバチになった気分だ」 「それってどういう気分?」 「いい匂いにつられて陽茉莉のそばにずっといちゃいそうってことだ」 「ちょ、ちょっとそれは……! その……!」 「は、恥ずかしいよ……」 「す、すまん……」 「普通に考えて、匂いを嗅がれるのは恥ずかしいよな」 「う、うん……」 「それもだけど、近くにこられるとドキドキしちゃうよ……」 「普段どこで服買ってる?」 「『シエスタスタイル』っていうお店なんだけど、知ってる?」 「聞いたことないなぁ……」 「女性向けの店なのか?」 「そうだよ〜、男性用の服は置いてないから、男の人はカップルじゃないとお店にいるの見た事ないかな……」 「男からすれば女性向けの店って入りづらいんだよな……」 「それに一人じゃ絶対に入らないし入れないだろ……」 「男の人が一人で女物の服見てたらちょっと……ね」 「いつもそこで服買ってるんだ」 「うん、そのブランド気に入ってるんだ〜♪ そんなに値段も高くないし、ほらこの小銭入れも同じブランドのやつで……」 「陽茉莉らしくて可愛いよ」 「ホ、ホント?」 「なんかちょっと照れちゃうな……、ありがと」 「その店って誰かから教えてもらったのか?」 「ううん、本屋さんに行く途中に見かけて、気になって入ってみたらいい感じだったの」 「なるほどな。だから陽茉莉は制服姿より私服の方が可愛いのか」 「な、何……? 急に……」 「そ、そんな事言われても、何も出ないんだからね……?」 「俺は正直に思った事を言ってるだけだから気にしないでくれ」 「気にしちゃうよ、バカ……」 「陽茉莉は何着ても似合うと思うよ」 「むぅ……」 「それってさ、適当に言ってるように聞こえるんですけど……?」 「わ、私の私服になんて……興味ないんだ……」 「そ、そんな事ないって! 本当にそう思ってるから!」 「……じゃあ、私がパンク系とか着てても似合ってるって思う?」 「そ、それはギャップがすごいというかなんというかその……」 「ほらー! 言葉に詰まってるー!」 「こういうことは適当に答えちゃ駄目だよ? 私よりも服については気にしてる子も多いと思うし」 「そ、そうか」 「でも陽茉莉のパンク系はちょっと見て見たいかも」 「さ、さすがに本気で着る気はないよ……」 「最近は男も化粧するらしいね」 「ヴィジュアル系の人たちとか?」 「他にも普通にメイクとかする人もいるみたいだけど……」 「化粧自体めんどくさそうって思うんだけど、どうなんだ?」 「私はしっかりメイクしないからあんまり時間かからないけど、結構大変だよ?」 「化粧の為に早起きするなら俺は睡眠をとる!」 「だよね……」 「でも、急にそんな話をしてくるなんて、もしかしてメイクに興味湧いたの?」 「いや、そういう話を聞いた事あるからそうなんだーぐらいにしか思ってないんだが」 「お化粧、してみる?」 「可愛くしてくれよ? どうせやるなら女子に負けないぐらいな勢いで頼む」 「うーん……。頑張れば可愛くなれそうだけど……」 「なんか面白そうだし本当にやるなら手加減無しで頼むわ」 「……もし、お化粧して可愛くなりすぎたら、私は女として負けた気になりそうで……ちょっと凹むかも……」 「ちょっ!? 俺男だし関係なくない!?」 「女の子には女の子のプライドってものがあるんです〜」 「それに、もしもそれがきっかけで、女装なんかに目覚めたら……」 「そんなあり得ない事想像されても困るんだけど……」 「そういうのは実際化粧してみて、女子と見間違えられる程のレベルにならないと……」 「うん、まあそうかもしれないね」 「陽茉莉が俺に惚れてくれるならいいぞ」 「え、そ、そんなの……」 「わかんないよ……」 「うっ、冗談でも否定されると結構凹むなあ」 「あ、あはは……別に嫌ってわけじゃないから、そこは誤解しないでよ……?」 「ただ、ちょっと女装がきっかけで惚れちゃう……っていうのは……」 「そっか、そうだよな……」 「うん……」 「ただ、もう服とか全然関係なしに……その……」 「………」 「ま、まあ俺も、少しはメイクが映えるくらいの美形男を目指そうかな!」 「あ、あはは……」 「うん、なんだかよくわからなくなっちゃったけど、頑張って?」 「整形ってしたいと思う? 最近プチ整形とか話題になったりしてるだろ?」 「うーん……」 「いくら話題にはなってても、私はしたいとは思わないかな」 「どうして? 今以上に可愛くなれるかもしれないのに?」 「だって、お金もたくさんかかるだろうし、今の顔をどんな風に整形すれば良いのかもわからないから……」 「やっぱり整形って、オシャレ感覚よりも自分の顔に自信が無い人がやるのかな」 「うーん、どうなんだろうね。でもする人は今の自分を少しでも変えたいって思う人たちでしょ?」 「まあ、そうだと思うけど」 「私は、うーん……変わりたいと思っても、整形まではやっぱりしたくないかなあ……」 「同じ顔がいっぱいいたら気持ち悪いもんな」 「あ、あはは……レベルにもよると思うけど、整形する人がみんな同じ顔になったらそれはホラーだよ」 「想像しただけでも恐ろしいな……」 「でも、いつかそういう事態になったりしないかな」 「うーん、可能性がないわけじゃあないよね」 「でもプチ整形くらいだったら、ホラーになることはまずないとは思うけど……」 「ま、俺は大金をかけてまで、自分の顔を変えたいとは思わないけどな」 「うん、そうだね。ちょっと怖いし私もそう思う」 「生まれたままの自分でいたいよな」 「そうだよね。整形したら自分が自分じゃなくなっちゃいそうで……」 「整形で別人に変身……かあ……」 「でも、私たちとは反対に、整形手術をして生まれ変わりたいって思う人も実際に多いよね」 「まあな。でも俺にはやっぱりちょっと理解出来ないけど」 「陽茉莉も整形なんてしないで、なんとか今のままでいてくれよな?」 「あはは……私は整形する気はないから大丈夫だよ」 「うんうん、整形なんてしなくてもお前は可愛いから大丈夫だって」 「え……?」 「あ、うん……あ、ありがと……」 「ゴスロリ系って凄いよな。なんか独特の雰囲気があってさ」 「お姫様っていうか、お人形さんみたいな恰好してるもんね」 「言い方悪いけど、現実から離れてるというかまるで別世界の住人だよな……」 「性格……って言っていいのか分からないけど、喋り方とかも独特な感じがあるよね」 「周りにそういう奴がいないから分からないんだけど、性格まで変わってくるのか?」 「人によっては電波って言うかもしれないけど、本当のゴスロリな娘ってすごいよ?」 「ゴスロリの服だけを楽しんでる子もいるけどね」 「そ、そうなのか」 「ゴスロリ着てるやつが全員そういう奴だったらちょっと怖いな……」 「ああいうのは私、ちょっと着れないなぁ」 「意外と似合うかもよ? 着てみたら案外良いかも」 「ホントに〜?」 「ああいうの着るのはちょっと恥ずかしいよ……」 「試着するぐらいならいいんじゃないか? 自分以外には見せなければいいし」 「それじゃ周りから似合ってるかどうか分からないでしょ?」 「どうせ着るなら似合うかどうか確認して欲しいし」 「そうなのか? でも着るの恥ずかしいんだろ?」 「そうなんだけど……」 「もし着る時は一緒についてきてくれない……かな?」 「え、別にいいけど、女友達とかの方がいいんじゃないか?」 「う……そ、そうだけど……」 「ちょっと見て欲しいって……思っただけ……」 「着たらなんか不思議なオーラ出そうだな……」 「どんなオーラ……?」 「なんていうか、近寄りがたい感じ?」 「どうせ私はお人形さんみたいな格好は似合いませんよーだ!」 「え、いやいやそんなこと言ってないだろ!?」 「じゃあゴスロリ着た私と一緒に買物とか行ってくれる?」 「そ、それは……」 「………」 「そ、その様子だと、誰かさんはさりげなく他人のフリしそう〜」 「ゆるふわ系って何? プリンとか生クリーム?」 「それはどっちかっていうとぷるぷる系とかふわふわ系じゃない……?」 「ゆるふわ系って、髪型の事だよ? 特定のファッションの事を言う場合もあるけど」 「ふわふわした感じって言えばいいのかな……?」 「ウェーブがかかってるとか、そんなイメージ?」 「うーん……、そんな感じかも。そういう髪型の子がいいの?」 「髪型だった事すら知らなかったからなぁ……」 「でも、イメージしてみたら結構可愛いかも」 「じゃあ、私がそのゆるふわ系にしたら……どう思う?」 「雰囲気変わっていいかもしれないよ」 「ホントに? それじゃあちょっと髪型変えてみようかな……?」 「でも今の髪型も似合ってるから今のままでもいいと俺は思うな」 「そ、そう……? じゃあ、どっちの方が私に似合うと思う?」 「うーん……ゆるふわ系も似合いそうだし……悩むな」 「いいかもしれないって言われたから、ちょっと挑戦してみようかな」 「どんな髪型になるか、ちょっと期待して待ってるよ」 「そこは、ちょっとじゃなくてすっごい期待してくれた方が嬉しいかな」 「わかった、超期待してるよ」 「今のままでも可愛いよ。別に髪型変えなくなっていいじゃないか」 「そ、そう? でもたまには変えてみたいなって思うんだけど……」 「んー……、俺は今の陽茉莉の髪型が好きだな」 「そういってくれるのは嬉しいけど……」 「もしかして、ゆるふわ系の髪型は私には似合わなそう?」 「そんなことないぞ?」 「似合うかもしれないけど、俺は今の髪型の方が陽茉莉っぽいって思う」 「そっか……。ちょっとゆるふわ系に挑戦したかったけど、やめておこうかな……」 「俺の意見に左右されなくてもいいんじゃないか?」 「うーん……、あ、あはは……うん……そうかもしれないけど……」 「アロマキャンドルってさ、キャンドル自体にも癒し効果ってあるのか?」 「ライトテラピーっていうんだけど、マイナスイオンが出たり消臭効果もあったりするよ?」 「へぇ、でもマイナスイオンって言ってもそんなに出てる量はないんだろ?」 「それが森や滝の5〜6倍も出てるんだって! すごいよね!」 「そんなに出てるのか!? 小さいのにすごいな……」 「それに火って心を落ち着ける効果があるらしいから、見てるだけでリラックス効果があるらしいよ」 「アロマキャンドルってアロマとライトテラピーの良いとこ取りだな……」 「ふふっ、キャンドルに加えてアロマの効果で色んな効果出せるから結構便利だよね」 「俺もそういうキャンドルが欲しいって思うんだけど、何かいいのないかな?」 「どういう効果がいいの?」 「リラックスできる効果がいいな」 「それならカモミールやオレンジの香りのアロマなんてどうかな?」 「カモミールの香りって洗濯用洗剤で見かけるよな」 「カモミールもオレンジも結構有名だから結構見かけた事があると思うんだけど」 「それだけ馴染みやすい香りなんだな」 「匂いが嫌いじゃなければ効果は期待できると思うよ?」 「私はリラックスしすぎて寝ちゃう事もあったし……」 「なるほどな。じゃあ早速今度買いに行ってみるよ」 「買う時はお店の人に色々聞いてみた方がいいよ?」 「質が悪いのだと途中で火が消えちゃう事があるから」 「陽茉莉のオススメがいいな。どういう効果がオススメ?」 「そしたらベルガモットやペパーミントかな?」 「ベルガモットは柑橘系の香りだから多分苦手じゃないと思うよ?」 「ペパーミントは爽やかな気分にさせてくれて、ベルガモットの効果はイライラを抑えてくれるの」 「ペパーミントも結構馴染みのある香りだしな。じゃあ今度見に行ってみようかな」 「アロマキャンドルにも良し悪しがあるから……」 「い、行く時、呼んでくれれば一緒に見てあげても……いいよ?」 「マジで!? そしたらめっちゃ助かるわ!」 「良し悪しとか全然分からないからさ」 「そんな難しいって感じでもないんだけどね」 「それにアロマの店って男1人だとなんか入りづらいだろ?」 「そ、そう? じゃあ、その時は一緒に色んなアロマキャンドル見よっか♪」 「レディコミってエッチな描写あるのか?」 「一応はあるけど……、あんまりそういうの話したくないなぁ……」 「どうしてだ? 少年誌でもたまーにあったりするから別に普通だろ?」 「少年誌と同じようなのだったら言いたくなくなったりしないよ……」 「……ってことは、かなりヤバいのか?」 「なんでそんなに興味深々なの……?」 「男はそういうの大好きなんです」 「そ、そう……まあいいけど……」 「結構、過激なのがあって……うーんと……」 「エロ本と変わらないようなのもある?」 「う、ううっ……」 「まあ、本当に過激な内容なら、男子が読むようなそういう本とたいして変わらないと思う……」 「な、なんだと!? ちょっとレディコミ買ってくるわ!」 「え、ええっ!?」 「じょ、冗談に決まってるだろ……?」 「ほ、本当に……? 全然冗談には見えなかったんだけど……」 「そうやって性知識を身に着けていくんだな……」 「……ま、まあ……最近の女性誌って、すごく進んでるから……」 「で、でも、過激すぎてついて行けない物もあったりするんだけど……」 「少年誌だと過激な描写ないから漫画から性の知識なんて身につけられないんだぞ!」 「で、でも真面目な話! 漫画で得る知識より、ちゃんと腰を据えて勉強した方が自分のためになると思わない?」 「そ、それはそうだけど」 「エッチかどうかは別にして、一度そういう本読んでみたいなあ」 「………」 「そ、それじゃあ今度持って来る……? お母さんがいっぱい集めてるんだけど……」 「そうなのか! 陽茉莉はそんな陽子さんみたいになっちゃ駄目だぞ!?」 「あ、あはは……うん……」 「少女マンガなら俺にも描けそう?」 「女心がわかってないと難しいと思うよ?」 「それに絵も可愛くないといけないし……」 「女心はちょっと自信ないけど、絵はきっとイケると思うんだ」 「へぇ、自信あるんだ? じゃあちょっと描いてみてよ〜」 「いいぞ? 俺の絵の可愛さに萌えてしまえばいい!」 「……っと、こんな感じでどうだ?」 「へー、思ったより可愛い絵描くんだね」 「これなら、かなり頑張ればいけるかも……?」 「じゃあ俺と陽茉莉のラブストーリーを描いてみようか」 「え、えぇ!? なんでそこで私が出てくるの!?」 「今ここにいるからだけど……?」 「あの、その……ど、どんなの描いてくの?」 「そうだなー、どこまで描いていいのかわからないけど……」 「とりあえずキスとか抱き合うシーンくらいは描くんじゃないか?」 「……っ、も、もしかしてその先とかも……?」 「必要だったら描くぞ?」 「未経験だから想像でしか描けねーけどな!」 「そ、そっか…」 「な、なんかドキドキしてきちゃった……」 「ってことは……ああなって、こうなって……」 「ああああ……! む、無理……もうそういうのホントに無理……」 「おーい、妄想から帰ってこーい」 「じゃあ俺と陽茉莉のアクションメロドラマを描こうか」 「それってジャンルどっち?」 「どっちもっていうのはダメ?」 「メロドラマにもアクションあったりするから、アクションは入れなくてもいいんじゃないかな……?」 「それに、女の子には絶対ウケないと思うよ?」 「絶対って言うほどなのか……軽くヘコむな」 「メロドラマ自体が難しいジャンルだし、無難に恋愛とかにしておいた方がいいんじゃない?」 「陽茉莉は映画のパンフレットって買う?」 「うーん……、あんまり買わないかな」 「普段DVD借りて見ちゃってるから……」 「そっか。毎回映画館で見てたら小遣い吹っ飛んじゃうもんな」 「気になる映画がやってたら見に行ったりもするけど、それが面白くなかったらパンフレットとか買わないし……」 「映画館限定グッズとかあるけど、ああいうのって見終わった後だと大抵売切れてないか?」 「人気の映画だとそういうことが多いけど、たまに公式通販でも見かけるよ?」 「マジで? 公式通販とか初めて知った……」 「陽茉莉はあんまりそういう物販は買わないんだ」 「気に入った映画や、勘で面白そうだと思ったらすぐに買っちゃうんだけどね」 「物販って欲しいと思った時に買わないと売り切れちゃうんだよな」 「でも欲しいって思うの大抵映画を見終わった後だからねぇ……」 「そうなんだよなぁ……」 「元の作品が好きで、それが映画化するっていう時は映画見る前から買ったりするけど」 「そうじゃなかったら映画見てからじゃないと買わないよね」 「パンフとか買ったのにあんまり面白くなかったら買わなきゃよかったって思いそうだ」 「パンフレットってストーリーが書いてあったりするだけだから、余程好きじゃないと買わないよね」 「でも、気に入ったやつだとそれ読み返すだけでも面白いんだよな」 「そうなんだよねー!」 「後々気に入ったら手に入らないんじゃない?」 「その時は中古とか探すかな〜」 「いつもDVDで見てるから物販にそこまで興味あるわけじゃないし」 「そうなんだ。俺はああいうのにちょっと惹かれちゃんだよなぁ……」 「限定クリアファイルとか売ってるけど、クリアファイルっていっぱいあっても仕方ないよね」 「あとマグカップもたまに見かけるな」 「ああいう実用的なものとか良くない?」 「デザインがよければ欲しいって思うかもしれないけど、大抵は良くないよね……」 「そうなんだよなぁ」 「なんかイマイチでさぁ……いつもそのせいで見送っちゃってるよ」 「ドラマの撮影現場って見たことある?」 「うーん、ないけど……そもそもあんまり興味はないから……」 「そっか、うーん残念」 この話題は興味がないようだ 「電子書籍って陽茉莉的にはアリ?」 「うーん……、私的にはナシかなぁ」 「ケータイで見ると目が疲れちゃうし」 「その口ぶりだと電子書籍を読んだ経験はあるのか。目の疲れに関しては文字サイズ変えれば良くならない?」 「文字サイズ変えちゃうと、変なところで改行されて逆に読みにくくなっちゃうんだよね」 「陽茉莉なりのこだわりがあるんだな」 「本を読んでる人は大体思うんじゃない?」 「変なとこで改行されると違和感で本の中の雰囲気がちゃんと感じ取れないっていうか……」 「それは嫌だな……しっかり読みたい時とか残念すぎる」 「電子書籍って便利だけど、本には本の良さがあるからね」 「何でも電子化すればいいってわけじゃないよな」 「そうだね。ペラってページをめくる音も好きだし、本の匂いも好きなんだよね」 「図書室の匂いみたいな感じか? 好きな人はすごい落ち着くらしいな」 「そうなんだよー! 図書室で本を読むときが一番集中できるし幸せな時間なの!」 「陽茉莉はホントに本が好きなんだな」 「今すっげー楽しそうな顔してる」 「あ、ご……ごめんね? 一人で舞い上がっちゃった……」 「陽茉莉の話は、聞いてると楽しいから俺は全然構わないぞ?」 「そ、そっか、よかった……」 「でも手軽に手に入るぞ?」 「うーん、値段も安いしデータで手に入るから重かったりしないんだけど……」 「けど?」 「本ならではの感触とか、いつでも読める感がないんだよね」 「電子書籍だとケータイの充電が切れちゃったら読めないでしょ?」 「たしかに電池に縛られる部分はあるけど……」 「そういうのがなくてちょっと荷物になるけど、いつでも読める本の方が私はいいな……」 「コンビニのデザートって最近力入れてるよな」 「色んなコンビニでブランドがあるぐらいだもんね」 「それに美味しいし♪」 「ケーキ屋に行かないとなさそうなやつも最近見かけるんだよな」 「クリスマスとかケーキ売ってるし、今じゃ結構当たり前になってるかも」 「デザートコーナーが充実するのは良いことだよな」 「色んなスイーツが出てきて目移りしちゃうよね」 「甘さ控えめのがあって男でも気軽に食べられるしな」 「女の子にとっても嬉しいよー! カロリーゼロなのとかあるし!」 「カロリー気にして食べて美味いか?」 「贅沢な気持ちで食べた方が美味く感じると思うけど……」 「女の子はいつも色々気にしてるんです〜!」 「でも、そうやって何も気にしないで思いっきり食べてみたいなぁ……」 「じゃあ今度一緒にデザート買いまくってさ、何も気にしないで食べてみようぜ!」 「日頃の自分へのご褒美って感じでさ!」 「う、うん! その時は全然遠慮しないで食べちゃうんだから!」 「ついつい買いすぎちゃうよな」 「女の子は考えて考えて、い〜っぱい考えてから買うから、買いすぎるってことはないよ?」 「でも置いてあるの全部食べてみたかったりするだろ? そういう時はどうする?」 「その時は、厳選して買うの! 苦渋の選択なんだよ……!」 「俺は金に余裕があったら食べたいの買って食べちゃうんだけどな」 「男子はそういう事できて良いよね……。ホントに羨ましい……」 「女の子の苦労を色々と知って欲しいよぉ……」 「海外旅行に行くとしたらどこへ行きたい?」 「うーん……、結構悩むなぁ……」 「イタリアとか地中海あたりも魅力的だし、ドイツも素敵だよね」 「イギリスは街並みとか綺麗だけど、食べ物が美味しくないらしいからちょっとな……」 「食べ物が美味しくなかったら嫌だよねえ……気分が台無しになっちゃう」 「景色や食べ物を全部楽しめた方がいいよな」 「たしかドイツは肉料理が美味しいんだったかな」 「さっきから食べ物の話ばっかりだね……」 「食事も重要だけど他にも色々あるんじゃない?」 「陽茉莉はなんでドイツやイタリアとかに行ってみたいんだ?」 「映画の影響かな……。一番行きたいのはドイツかも」 「ドイツ以外なら、ローマの休日の舞台になった場所にも行ってみたい」 「中世の街並みっていいよね。石造りとか歴史を感じるし」 「外装もお城みたいで素敵だし、一度でいいからお城みたいな家に住んでみたいなぁ……」 「でもこっちだと地震とかもあるから壊れちゃわないか心配だよな……」 「そうやって夢のない事言わないの。日本が無理だったら向こうに住めばいいと思うし」 「映画みたいな事してみたいよな」 「スペイン広場でジェラート食べたり真実の口に行ったりしてみたいよね!?」 「ああ、いいねえ。なんかロマン溢れまくるな」 「俺も彼女いたらそういうことしてみたいわ」 「修学旅行の行き先が、ヨーロッパの方だったら良いのにね」 「そもそも修学旅行って、海外だったっけ……?」 「うーん、それは覚えてないけど、もし一緒の班になったら二人で回らない?」 「そりゃ全然良いけど、一緒に回る相手が俺なんかで良いのか?」 「陽茉莉相手に俺じゃ役不足な気がするんだけど……」 「そ、そんなことないよ……」 「むしろこっちがお願いしたいくらい……」 「では、お姫様? 私めがデートのエスコートをいたしましょう」 「……ってか?」 「…………」 「い、いきなりそういうのやめてよ……バカ」 「好きな芸能人とかいる?」 「同じ作品でも俳優さん変わったりするし、作品が好きだから特にいないかな……」 「そうなのか……」 この話題は興味がないようだ 「陽茉莉はファンタジー物だと回復&支援職っぽいよな」 「支援っていうと、回復とか補助魔法かけるような感じ?」 「そうそう、パーティーの要って感じでさ」 「強い敵だったらそうなるかもしれないけど、弱い敵だったら私いらない子じゃない?」 「そんなことないって、弱い敵も大量にきたら徐々に体力削られてヤバイんだよ」 「てかパーティーにいらない子なんて存在しないしな」 「たまになんでもできるやつもいるけど、やる事多すぎて疲れちゃうしな」 「支援職で攻撃魔法も撃てたらすごいだろ?」 「攻撃魔法は多分撃てないかなぁ」 「だったら攻撃は任せろ! だから陽茉莉は後ろで俺がやられないように色々魔法かけてくれればいいからさ」 「良い感じの役割分担だけど、敵に突っ込みすぎていきなり瀕死になったりしないでよ?」 「う……、俺のゲームやってるとこ見たことあるっけ……?」 「冗談で言ったつもりだったんだけど……」 「味方を信じて突っ込んだらさ、突っ込むの早すぎて敵の挟み撃ちにあって死にそうになったりしてさ……」 「自分しか攻撃役いないなら、ちゃんと気を付けないとダメだと思う……」 「そうだな……。陽茉莉の事も守らないといけないし、頑張らないと」 「ふふっ、守られるのってなんかちょっとイイかも」 「しっかり守ってよね? 英雄さん♪」 「俺は盾になるぜ! しっかり守ってやるからな」 「それだと攻撃役がいないよね!?」 「…………」 「盾で殴るからきっと大丈夫!」 「盾役やるなら火力職しっかりさせないとこっちが辛いんだからしっかりしてよ……」 「地球とそっくりの平行世界があったら行ってみたい?」 「平行世界かぁ……」 「全く同じだったら微妙だけど、少しファンタジーがあったりしたら行ってみたいな」 「ファンタジーか。魔法が使えたりエルフとかいたりしてな」 「そうそう、そんな感じ!」 「モンスターと戦うのは嫌だけど、そういう世界で平和な暮らしが出来たらいいなぁ……」 「でもそういう世界だと電気がないと思うから少し不便かもしれないな」 「そこは魔法が助けてくれるんじゃない?」 「電気魔法とかもあるかもしれないし」 「魔法って万能感あるもんな」 「万能感があるからこそ戦争とか色々起きるんだろうけどな」 「そこら辺はきっと大丈夫って信じたいかな……巻き込まれたらイヤだし」 「あとは言葉の問題だよな……、言葉通じなかったらコミュニケーションとれないし……」 「そこにいる人たちに日本語通じるかな!?」 「ボディランゲージやれば伝わるかも。外国に行ったら大抵通じるらしいしさ」 「そっか! じゃあそれで交流を深めていって、言葉を教えてもらえばいいよね!」 「もし共通の言葉が分かればそこからどういう言葉が通じそうか分かるかもしれないし」 「話してる言葉が一緒だったらいいなぁ……。そしたら変な誤解とかも起きないし」 「だよなぁ、でも急にそういう世界に飛ばされたら不安で仕方ないだろうな……」 「一人で飛ばされちゃったら心細くて途方に暮れちゃいそう……」 「も、もしさ、別の世界に一緒に飛ばされちゃったら……どうする?」 「んー、とりあえず陽茉莉を守りながら現地の人と交流してみて……」 「こっちの世界に戻れる方法探すか、そのまま暮らしてもいいな」 「私の事守ってくれるんだ……?」 「当たり前だろ? 俺だって心細いけど、陽茉莉と一緒なら頑張れそうな気がするし」 「よかったぁ……足手まといって思われたらどうしようって思っちゃったよ」 「そんな事ないって、むしろ俺の方が足を引っ張りそうで怖いよ」 「そ、そうなの……?」 「それじゃあ二人で協力して、なんとか生き残る手段を考えるしかないかもねっ」 「カタコトみたいに言えば通じるかも」 「なんか苦し紛れな感じしない? どんな感じで言うかやってみて?」 「コレハ、タベラレマスカ? ソレトモ、タベラレナイ?」 「うーん……、通じる気がしないね……」 「ですよねー……」 「めっちゃ恥ずかしかったんだけど」 「もっと良さそうなコミュニケーションの取り方ないかなぁ……」 「スルーは余計恥ずかしくなるからやめて!?」 「陽茉莉って普段何時頃風呂に入ってる?」 「え? お風呂入ってる時間なんて聞いてどうするの……?」 「べ、別に何かしたいってわけじゃないぞ?」 「ただ純粋に聞いてみただけだ!」 「う、ううっ……」 「なんか、教えるのすごく恥ずかしいんですけど……」 「す、すまん! ホント下心とか全くないんだ!」 「ぐ、具体的な時間じゃなくていいからな!?」 「具体的な時間言われたら俺もちょっと困っちゃうし……」 「お、俺は夜9時ぐらいに入ってるから、それより遅いか早いかで教えてくれればいいから!」 「それよりは少し遅めかなぁ……」 「髪乾かさないと風邪ひいちゃうぞ?」 「そこはちゃんと乾かしてるから大丈夫」 「ちゃんとケアもしてるし」 「そっか、陽茉莉みたいに髪が長いと放置してたらなかなか乾かなそうだよな」 「ちゃんと乾かさないと髪が傷むから、そういうことはあんまりしないよ?」 「しっかりとドライヤーで乾かさなきゃね」 「そうなのか、ドライヤー使うのめんどくさい時はタオルである程度拭いたらそのままにしてるんだけど」 「わあ、それ本当なら普通に風邪ひきそう……」 「もう、ちゃんと乾かさないとダメだよ?」 「これからは前向きに気を付ける方向で検討させていただきたいと……」 「はあ、気をつける気なさそうだねえ……」 「温まった後にベッドに入ると気持ちいいよな」 「そうだね〜」 「お風呂出た後、しばらく部屋でゴロゴロしたりしてると足先とか冷えてきちゃうけど……」 「え、それってもしかして……」 「は、裸のままじゃないよ! ちゃんとパジャマ着てるからね!?」 「だよな!? ちょっとドキドキしちゃったよ……」 「変な妄想しないでよ……エッチ」 「み、陽茉莉がそういう風な勘違いさせるような事言ったからだろ!」 「そ、そうだけど……」 「ううっ……」 「…………」 「ど、どうしたの? 私の顔に何かついてる?」 「いや……こうやって陽茉莉の顔見てるとさ、結構肌綺麗だよなーって思って」 「化粧とかしてるのか?」 「が、学校じゃしてないけど……」 「でも、夜のケアはちゃんとやってる……」 「って、ちょ……ちょっと近い近い!」 「あぁ、すまん」 「近くで見てみたくなっちゃってさ」 「急に近寄られたら誰だって驚くよお……!」 「そ、それに……そんなに見つめられたら照れちゃうし……」 「もっと見ていたいな……」 「あ、あんまり見ないでよ……」 「どうしてだ? 別に減るものでもないだろ」 「照れるし恥ずかしいの! それに、どうせ見られるだったらお化粧したかったし……」 「スッピンが綺麗ってすごくイイと思うぞ?」 「肌が綺麗って証拠だし」 「見られるなら綺麗な自分を見て欲しいの! そういう意味でお化粧がしたかったの!」 「一応ケアはしてるけど、私だってまだ若いんだからスッピンでも大丈夫なんです!」 「まだって……、もう色々気にしてるのか……」 「女の子は色々大変なの」 「もうちょっとそういうの……気にして欲しかったり……」 「その顔が見たかったんだよね」 「陽茉莉の照れてる顔って可愛いから見てて飽きないや」 「……え?」 「ち、ちょっとー! 面白半分で近くに寄って来たの!?」 「面白半分ってわけじゃないけど、こうしたら照れた顔見れるかなーって思ってさ」 「もう……、恥ずかしかったんだからね!?」 「すまんすまん」 「でも、可愛いっていうのは本当だからな」 「え……ぁ、ありがとう……」 「改めて言うとちょっと恥ずかしいな……」 「わ、私だって恥ずかしいよ……」 「笑顔が素敵な人っていいよな、その笑顔で癒されるっていうかさ……」 「それわかるかも」 「その笑顔にコロッと惚れちゃったりするかもね」 「やっぱ女子から見ても笑顔が素敵な人って魅力的なんだな」 「うん、それはもちろん!」 「その笑顔を私だけに向けて! って思う子だっているぐらいだよ?」 「じゃあさ、俺が今から笑顔やってみるから素敵かどうか見てくれよ」 「…………」 「そしたら私も見てもらおうかな?」 「…………」 「なんか、こうやって微笑みあってるのもいいかも」 「幸せな気分になるよな」 「陽茉莉の笑った顔、俺超好きだし」 「ホントに?」 「わ、私も、誰かさんの笑った顔は……嫌いじゃないけど……」 「ちょっとドキドキする……」 「俺も何かドキドキしてきた……陽茉莉の顔なんて普段から見てるはずなのに……」 「笑顔の破壊力ってすごいね〜」 「いつも笑顔向けられたら、顔が真っ赤になっちゃうかもね」 「それはこっちのセリフだ」 「ふふっ、もうちょっとじーっと見つめてあげようかなー?」 「ま、待ってくれ、なんかさらに恥ずかしくなって来たぞ!」 「なんかいいよな。こういうシチュエーション好きかもしれん」 「お互い笑ってるだけなんだけどね」 「ま、怒ってるより全然マシだな」 「笑顔でドキッと出来たら好きになっちゃうかも?」 「え……?」 「あ、あはは……なんでもない……」 「な、なんでもない?」 「うん……」 「最近変顔って女子の間で流行ってるのか?」 「流行ってるのかなぁ……」 「一部の子は、やってるけど……」 「あれってなんでやるんだ……? ぶっちゃけ男子ウケはあんまり良くないぞ……?」 「有名な芸能人とかアイドルグループがやってて、真似してるだけじゃない?」 「ふんっ!」 「……こういう顔やる男子ってぶっちゃけどうよ?」 「あー……うん、いきなりされても反応に困るね」 「変顔って面白いか引かれるかのどっちかだし」 「俺はウケる方かな? さっきの少し頑張ってみたんだけど」 「え、あれで頑張ってたの……!?」 「ダメだったか……やっぱ慣れない事はするもんじゃないな」 「いきなりする物でもないと思うし、あんまりしない方がいいかもよ?」 「こういう事すれば女子から人気が出ると思ったのに……」 「ふーん……それじゃあ人気が出るまで頑張ってみたら〜?」 「お、おい、いきなりどうしたんだよ。ちょっと不機嫌になって」 「知らなーい」 「俺は引かれちゃうかな? あんまり上手くできてないと思うけど……」 「男ウケしないって言ってたけど、女子ウケもしないと思うよ……」 「だよなー。変顔はもう封印しよう……」 「……てことは、私が唯一誰かさんの変顔を見たって事になるよね」 「まあそうなるけど……」 「はっ! まさかその黒歴史を使って俺に色々させる気じゃないだろうな!?」 「もう黒歴史なんだ……」 「その考えはなかったけど、それもアリだよね……?」 「ぐっ、墓穴掘った……」 「俺は弱みに屈しないからな……!」 「冗談だよ、そんなことしないから安心して?」 「うーん……、参ったなぁ……どうすりゃいいんだろ」 「結構辛そうな顔してるけど、どうかしたの?」 「さっきそこでちょっと……な」 「ちょっとって何があったの? そんなにショックな事でもあったの?」 「あったと言えばあったんだけど……、まあ大丈夫だから気にしないでくれ」 「そんな痛々しい作り笑顔されても……気にしないでって言う方が無理だと思うけど……」 「ホンット大丈夫だからさ、ほら、元気元気!」 「そんな顔されると心配になっちゃうよ……」 「心配されないようにしないとな。陽茉莉に迷惑かけたくないし」 「そんな風に思ってるなら、そういう顔しないの」 「もう見ちゃったんだし、私に素直に言ってみたら?」 「素直にいったら迷惑かけちゃうじゃないか」 「その考えがまず間違ってる」 「迷惑なんて思わないし、言ってくれないと余計心配しちゃうんだよ?」 「でも、なんか悪いな……」 「変に遠慮なんかしないでよ」 「私が力になりたいって思ってるだけなんだから」 「ありがとな。そういってくれるだけでも助かるよ」 「落ち込んでる時とか慰めてあげたいし……」 「頼ってくれたっていいんだからね?」 「ごめんな、ちょっと気落ちしてただけだ」 「それならいいけど……、何があったの?」 「実は……、財布を落としたかもしれないんだ……」 「え、ちょっとそれ一大事じゃないの!? 最後に取り出した場所は?」 「それが思い出せないんだよ……」 「制服の中とか机の中探したんだけど見当たんなくて……」 「鞄の底の方とか探してみた? 中の物全部取り出す勢いで探してみたら?」 「一応探したんだけどな……」 「もっかい探してみたら?」 「そうだなぁ……これで見つかったら笑っちゃうけどな」 「まさかあるわけ……」 「……お騒がせしましたー!! しっかり入ってましたー!」 「ちゃんと見ないとダメだよー?」 「スポーツテストでなかなかいい成績出せないんだよなぁ……」 「運動神経が良い人じゃないと難しいよ……」 「普通ならBかC判定でいいんだけど、やっぱA判定もらいたいよな。なんか賞状もらえるし」 「私はギリギリC判定だから、A判定なんてあり得ないよ……」 「俺はあと2点なんだよ……、反復横跳びがネックでさ……」 「反復横跳びって、上履きのままやる人と裸足でやる人がいるよね」 「俺は裸足派だけどな。こうっやって! 日々練習っしてるんっだけどな!」 「いきなり廊下でそんな事してると変な人って思われちゃうよ?」 「カラダを張ったジョークだよって説明するから大丈夫だ」 「それって大丈夫じゃないよね……」 「聞かれなくて素通りされたらどうするの?」 「別に? 普段こういう場所で練習しないしな」 「別にいいんだ……」 「でも、反復横跳びってリズムが大切なんでしょ?」 「リズムも大切だけど、踏ん張れるかも大切だからな。練習しといて損はないさ」 「色々しっかり考えてるんだね」 「その調子でA判定取れるといいね」 「陽茉莉がその時近くで応援してくれればA判定取れる気がするよ」 「そ、そう……?」 「じゃあやる時一緒に組めたらいいね」 「陽茉莉以外のやつはどうでもいいよ。他の奴らなんか気にしてもしょうがないし」 「うーん……、そういう考えは良くないと思うよ?」 「自分から周りの評価を落としちゃってるじゃない」 「学校にいるやつら全員を意識してたら疲れちゃうだろ?」 「もう、本当に極端なんだから……」 「好意を寄せている人が、そういう姿を見たら嫌な気分になると思うよ?」 「んー……考え方変えた方がいいのか?」 「ストレス溜まりそうだな……」 「交友関係が良くなるんだから、むしろプラスになると思うけど」 「クールな表情って難しいよな。一歩間違えると無表情になっちまう」 「そうかな? 変に意識するからそうなっちゃうんじゃない?」 「んー……クールってカッコいいイメージあるだろ?」 「ちょっとカッコいい表情してみるから感想くれないか?」 「いいよー」 「すぅ……はぁ……」 「クール! なイケメンフェイス!」 「その掛け声みたいなのはなに……?」 「でも、カッコよく見えるかも」 「いつもはカッコ良くないのか……?」 「……普通?」 「そこは冗談でもいいから『そうかもね?』とか言ってくれてもいいじゃないか」 「それ言っちゃうと、調子乗っちゃうでしょ?」 「ぐ……否定出来ない……」 「それで教室で無駄にクールな表情を披露する日々が始まるかもしれないし」 「そ、そんな事ないぞ!? 俺がクールな表情するのは勝負をかけた時だけだ!」 「はい、どもった時点でアウト〜」 「これは陽茉莉にしか見せない顔だよ」 「……え? それってどういう……?」 「か、勘違いするなよ!? これからクールな表情をしないってだけなんだからな!」 「なーんだ、てっきり私の前でしかしてくれないと思ったのに。残念だな〜」 「二人きりの時ならやっても構わないけど……」 「あああああなんかもう超恥ずかしなってきた!」 「ふふっ、もう本当に騒がしいんだから」 「俺、陽茉莉を見習って風紀委員に入るよ」 「え? 私風紀委員じゃなくて図書委員なんだけど……」 「陽茉莉っていつもしっかりしてるからさ、そういうところを見習おうと思ってな」 「それで、風紀委員……?」 「私、言われるほどしっかりしてないよ?」 「俺からみたらすごいしっかりしてると思うぞ?」 「責任感があるし、縁の下の力持ちというか……」 「そ、そんなことないよ……」 「私は別に、普通にしてるつもりだけど……」 「まあ、俺はそんな感じに思ってて、風紀委員に入ってみようかなって思ってるわけだ」 「そっか、それじゃあ色々大変だと思うけど頑張って?」 「校内の見回りとかだけだろうから多分大丈夫だろ」 「でも、風紀委員って忙しいみたいだよ?」 「え? そんなに忙しいの?」 「校内の見回りもそうだけど、持ち物検査とか、全校集会で集まる時の誘導とか……」 「ああいうのも風紀委員の仕事だったと思うよ?」 「……マジで? ホントに忙しいんだな……」 「それに校内の見回りって、放課後毎日でしょ?」 「真面目な奴はそんな感じだって聞いたな。普通は週2〜3日でいいらしいぞ」 「そうなるとこうやっておしゃべりできる時間なくなっちゃいそうだね……」 「ちょっと残念」 「で、でも週2〜3だったら空いてる時に話したりできるじゃないか」 「その時私が図書委員の仕事あったら話せないじゃない」 「ぐ……、そうだな……」 「やっぱやめた。陽茉莉とこうやって話す時間なくなっちゃいそうだし」 「……え? そんな理由で?」 「随分とあっさりしてるね」 「俺、こうやって陽茉莉と話してる時間気に入ってるんだ」 「それがなくなるかもって考えたらな……」 「そういってくれるなんて嬉しいな……」 「私もこうやって話してる時間、すごく好き」 「気兼ねなく話せるし、陽茉莉のこと見習なわないとって思う時もあるし」 「もう、そんなこと言われると、ちょっと反応に困るんですけど……」 「たまーに恥ずかしいこと、平気で言うときあるよね?」 「本当に、冗談なのか本気なのか全然わからないときがあるんだけど……」 「さて、どっちでしょう」 「でも基本的にいつも俺は真面目で本気だぞ!?」 「あはは、うん、そうかもしれないね」 「去年は何委員だったの?」 「うーん……すぐ教えると面白くないし、難しくないと思うから何委員か当ててみて?」 「んー……、保健委員?」 「保健室で消毒とかやってても違和感なさそうだし」 「ぶぶーっ、違いまーす」 「どうせなら白衣が似合いそうって言ってくれたら嬉しかったかな」 「チャンスはあと一回ね?」 「す、すまん……、じゃあ選挙管理委員か!? あの場に居ても全然違和感ないし!」 「ぶっぶー! 適当に言ってない? バレバレだよー?」 「それに選挙管理委員って、会長選挙の時期が近くならないと決められないと思うんだけど」 「そ、そっか……」 「それで? 正解は?」 「正解は、図書委員です」 「え? 去年も図書委員だったんだ」 「ほんとに本が好きなんだな」 「大好きだよ?」 「色んな物語があるし、本から教わる事だっていっぱいあるんだから」 「難しい本だと読んでるうちにだんだんと眠くなってくるからなぁ……」 「興味のない本を読んでるからじゃない?」 「私は自分が興味ある本だったら、楽しくすぐに読めちゃうんだけど」 「でも、数学の教科書とか読んでて眠くならないか?」 「きょ、教科書は別だよ」 「本は本でも、小説とかの話」 「図書委員って楽しいの?」 「受付カウンターでぼーっとしてるイメージで退屈そうなんだけど」 「本の整理したり、貸し出しカードの管理もやってて意外と仕事あるんだから」 「でも、放課後は本借りたり返しに来るやつがいなかったら暇なんだろ?」 「その時は本読んでるからいいの」 「読みたい本がある時は委員会の仕事があった方が嬉しいし」 「そういえば新しく本を注文する時は図書委員が選べるって聞いた事あるんだけど、あれってホント?」 「そうだよ?」 「小説とか学校に置いておいて問題がなさそうなものならすんなり許可が下りるよ〜」 「図書室って男子来るの? テスト前は別としてさ」 「そりゃ来るよ……男子禁制じゃないんだから」 「なんか女子しかいないイメージなんだよなぁ」 「図書室って漫画置いてないし眠くなるんだよなぁ……」 「昼寝しに行くのは怒るだろ?」 「うん。いびきなんてかいてたら、大きな辞書で攻撃しちゃうかも……? ふふふ」 「それマジで危ないからやめような?」 「それで、男子ってどのぐらいくるんだ?」 「女子の方が多いけど、それなりに来るよ?」 「陽茉莉に会えるなら俺も図書室に通おうかな」 「おススメの本とか紹介してもらったりできるし」 「そ、そういう誤解を招くような事言って……」 「本読んでると見せかけて寝たりしないでよ?」 「昼寝のやつは冗談だよ」 「迷惑かけたいわけじゃないしさ」 「それなら別にいいけど……、私も普段は本読んじゃってるし、私語厳禁なんだよ?」 「そこまで子供じゃないからわかってるよ」 「本読んで眠くなりそうになったら陽茉莉見て起きていられるように頑張るし」 「そこで何で私を見る必要があるの?」 「私なんか見ても、全然面白くないと思うんだけど」 「陽茉莉が本読んでる時ってなんか絵になるんだよな……だからずっと見ていたくなるぜ!」 「え、い、いつから見てたの……?」 「教室で本読む時あるだろ? その時にたまに見てる」 「………」 「なんか教室で本読むの恥ずかしくなってきちゃった……」 「別に恥ずかしがる事ないだろ?」 「見られてるって思うと恥ずかしいの!」 「陽茉莉目当ての男子もいるんじゃない?」 「私目当ての男子なんていないって……」 「お前と話すために通ってるやついるかもしれないじゃん」 「それなら私語のできない図書室より教室にくればいいじゃない」 「そういう風に行動できないやつもいるんじゃないか?」 「ふーん……よく分かんないけどそう思ってる人なんているのかな……」 「マンガは置いてないの? 児童絵本じゃないやつ」 「そういうのは1冊置くとあれもこれもって収拾がつかなくなるから、置いてないみたいだよ?」 「それに、単行本だと新しく出る度に入荷しないといけないから……」 「そうなると本の発注が大変になるし……」 「でもマンガが結構置いてあったら、休み時間とか図書室行くやつ増えないか?」 「図書室は本を落ち着いて読める場所を提供してるの」 「静かにしてるならいいけど絶対そうならないでしょ?」 「そ、そうだけど……学校でもマンガ読みたい!」 「多分男子の7割は同じ事思ってると思うぞ」 「学校の図書室に何期待してるんだか……」 「そうすれば利用者増えると思って」 「多分男子は図書室行くようになると思う」 「ギャグマンガ読んで笑ったりされたらうるさいってクレーム来るよ……?」 「マンガでもシリアスなやつとか、笑ったりしないようなのを選べば良いと思うんだ」 「たしかに……、そうすれば静かにマンガが読めるかもね」 「マンガが読めるようになるなら、俺は協力を惜しまないぜ!」 「もう、子供みたいだよ?」 「でもありがと。いい案が出たらもしかしたらマンガが読めるようになるかもね」 「そしたら図書室通うのにな」 「一人だけじゃなくて、全体的に見て利用者が増えないと意味ないでしょ?」 「そうは言うけどさ、芋づる式に増えるかもしれないじゃないか」 「誰かさんが図書室にマンガがあるって周りに言って、それを聞いた人たちが図書室に来るってこと?」 「大体そんな感じ、だからある程度マンガも種類を置いてくれたら助かるな」 「じゃあその本を選ぶのと先生や学校の説得お願いね?」 「そこまでいうならきっと先生も折れてくれると思うよ?」 「お、俺が交渉するの?」 「私が全部やってあげるわけないでしょ?」 「マンガ読みたいんだったら、それなりに頑張ってもらわないと……ね?」 「街の図書館って大きいよな」 「何冊ぐらい本が並べられてるんだろ……」 「調べればわかると思うけど、あの広さだもんね……」 「多分10万冊ぐらいあるんじゃない?」 「万じゃない10倍かよ……ありすぎだろ……」 「昔の本が寄付されたりするんじゃない? それでどんどん増えていってさ」 「私、あの図書館あって良かったって思ってるから」 「どうして? お気に入りの本があるとか?」 「あそこには、もう手に入らないようなレアな本も置いてあるの」 「なんか本を求めて冒険って感じでわくわくするな。探してる最中とか宝探しみたいだし」 「他の本を見てる時に見かけたりして、レアな本見つけた日はもう1日中テンション高くなっちゃう!」 「俺だったら見つけた瞬間『あったーっ!!』叫んじゃいそうだけど」 「私も1回だけ叫んじゃった事があって、司書さんに怒られちゃった……」 「あはは、でもしょうがないよな」 「見つけた時ってやったー! って気持ちが大きくなっちゃってさ」 「そうなの! あの時の嬉しさは絶対に忘れられないよ〜……」 「すっごい幸せそうだな。めっちゃ笑顔だし」 「そりゃあもう幸せだよ〜♪」 「保存状態よくないとなかなか見れなそうだな」 「余程ひどいものじゃなかったら、修繕されて読めるようになってるから大丈夫だよ?」 「修繕ってどうやるんだ? ページが破れてたら修繕なんてできないだろ?」 「内容までは戻せないけど、他のページと同じ形に戻すことはできるんだよ?」 「結構大変だけど……」 「俺からしたら他のページと同じ形に戻せるのがビックリだけどな」 「まあ、普通は知らないよね」 「貸し出しカード俺も作ろうかな」 「貸し出しカードって、図書室の?」 「おう、たまには図書室行って本読むのもいいかもなーって」 「どういう本読みたいの?」 「んー……、最初から長編物読んでも途中で挫折しそうだからサクッと読めるやつがいいな」 「そしたら文庫本あたりかなぁ……」 「本の世界ってすっごい楽しいからすぐ読み終わっちゃうかも」 「誰かさんにもいっぱい本の世界を知って欲しいな……」 「マンガの世界ならいっぱい知ってるぞ」 「小説とマンガってやっぱ違う?」 「うーん……、例えていうならドラマとアニメみたいな違いかな?」 「ちょっとシリアスが多めというか、恋愛物が多いのか?」 「そうじゃなくて、雰囲気っていうか……とにかくそういうのが違うの」 「言葉には上手く表せないけどなんか違うって感じか」 「ちゃんと説明できればいいんだけど、大体そんな感じかな」 「俺の知らない世界を教えてくれ。楽しいのや感動できるものもあるんだろ?」 「うん、いっぱいあるよ!」 「今度いつ予定空いてる!? 読みやすいの今度来る時までに見つけておくから!」 「そ、そんな気にしないでいいよ」 「陽茉莉が面白かったって思ったやつを教えてくれればそれを読んでみるからさ」 「そ、そう……?」 「あ、あと貸し出しカードの事なんだけど!」 「あぁ、あれって受付に行って作ってもらえばいいのか?」 「毎年4月に一応全校生徒全員分の貸し出しカードは作られてるの」 「だから、今度から図書室来てくれると嬉しいな」 「来てくれるの……楽しみにして待ってるから」 授業の合間の空き時間。 お、陽茉莉がいる。 早速今日も話しかけよう。 「よっ、食堂へジュースでも買いに行くのか?」 「えっ!?」 「あ……うん……」 「………」 なんか明らかに俺に動揺している陽茉莉。 「ご、ごめん。私行くね……?」 「あ、おい……!」 そのまま階段を降りて行ってしまう陽茉莉。 そろそろ俺も、覚悟を決めて告白した方がいいのか…… 「よし」 俺も男だ、そのために春から頑張って来たんだし。 そのまま教室に戻って、どう告白しようか真剣に考える。 こうしている間にも、俺の頭には今の陽茉莉の表情がずっと離れずにいた。 (まだ早いかな) こういうのはタイミングが重要だ。 一度ミスると致命的な問題になりかねないし。 ここはもっと慎重に行動することしにた。 ん……? あれは…… (おおおお!?) せ、先輩が一人で前方を歩いている! まさかこんなにあっさり会えるとは……!! 「せ、先輩!」 「………」 「ビックリしました。移動教室の最中ですか?」 「少し……お散歩……」 さて、どんな話をしようか。 「おお……!」 運良く先輩の姿を発見する。 あの後ろ姿は一度見たら忘れられない。 「せんぱーい!」 「あ……」 「どうも。今日もお散歩ですか?」 「……(コク)」 さて、どんな話をしようか。 「あ……」 (ん……?) 「………」 「おお……! 先輩じゃないですか。丁度お散歩タイムだったんですか?」 「……(コク)」 今日も相変わらず可愛い先輩。 さて、どんな話をしよう。 「………」 「………」 「あ……」 「………」 ここでチャイムが鳴り、先輩が軽く頭を下げて教室の方へ戻っていってしまう。 (全然話が盛り上がらなかったな……) うん、次はもっと頑張ろう。 「あ……」 「もう教室に戻らないとまずいですね」 「……(コク)」 「それじゃあ先輩、また色々お話しましょう」 (まあこんなもんだろう) 「お、お話……楽し……かった」 「ええ、俺も楽しかったです!」 よし、良い感じだった気がするぞ。 「また……お、お話……」 「はは、先輩からのおねだりですね?」 「俺の方は大歓迎ですよ?」 やった! 今日は調子が良いみたいだ。 「あ……」 「チャイム、鳴っちゃいましたね」 「もっと……お話……いっぱい……」 「大丈夫です! また時間が合ったらいっぱいお話ししましょう先輩!」 「……(コク)」 最高だ! なんかテンション上がって来たぞ! 「最近お茶を飲むようになったんですけど、お茶って言っても色々種類があるんですよね」 「先輩は何か珍しいお茶って知りません?」 「……ブクブク茶」 「ブクブク茶? どんなお茶か想像出来ないんですけど……」 「沖縄の泡を飲むお茶……」 「……お椀に作るの」 「へえ、コップじゃなくてお椀に作るんですか」 「……モコモコしてる泡を食べるようにして飲むの」 「泡を飲むお茶だからブクブク茶……ですか!」 「幻のお茶とも……呼ばれてる」 「マジでそんなお茶があるんですか?」 「てか、泡だけでお茶って言えるのか……?」 「……ちゃんと、お茶」 「お米とか、赤飯も入ってるけど……」 「えぇ!? ますますブクブク茶の謎が深まりますね……」 「さんぴん茶や、番茶を混ぜるから……」 「……お茶、だよ」 「番茶とかって泡立つんだ……味も気になるし実際に飲んでみたいかも」 「沖縄で、飲める場所……あるよ?」 「つ、通販もあった……かな?」 「ホントですか!? ってことは家で作れるかも……!」 「すごい面白そうですね! もし通販のが安かったら買ってみようかな」 「うん……」 「いやー、先輩の冗談は面白いなぁ」 「……え?」 「だってお茶はたしかに振ると泡立ちますけど、モコモコなんてしてませんよ」 「……ほ、ホントにあるよ?」 「ブクブク茶って言う名前も安直っていうか、なんか飲んだら太りそうな名前にも聞こえますよね」 「……冗談じゃないのに」 「それに泡を飲むってお茶って言えるんですかね?」 「知らない……」 「あ、あれ? もしかして本当にあるんです……か?」 「…………」 どうやら怒らせてしまったようだ。 「先輩から見たカッコ良いと思う趣味を教えてください」 「……陶芸」 「陶芸!?」 「陶芸は……カッコいいと思う」 「陶芸って職人技ですしね」 「でも今は家でも出来る陶芸キット、なんてのもあるんでしたっけ?」 「……そうなの?」 「たしかあったと思いますよ。粘土みたいなのをこねて形作って、陰干しして完成させるんだったと思います」 「でも陶芸って難しそうですよね」 「ろくろって言うんでしたっけ? あれ使うのってすごい神経使わないとダメそう……」 「だから、真剣な目になる……」 「そこが……良い」 「やってみたら意外に面白いかもしれませんね」 「オリジナルの陶器が作れるって良いですよね」 「ろくろはさすがに無いですけど、手作りの湯のみでお茶とか飲んでみたいです」 「簡単……なのかな?」 「初心者用キットみたいなのもあったと思いますし、もしかしたら簡単なのもあるかもしれませんよ」 「もし、今度良かったら一緒にやってみませんか?」 「……出来るかな?」 「俺もやったこと無いんで自信はないですけど、きっと出来ますよ」 「なら、やってみたい……」 「俺でも職人みたいになれますかね……?」 「やりこめば……?」 「見た目はそれっぽくできても、売れる程綺麗なものが出来るかって言われたら違いますからね」 「本格的にやるなら、やっぱ釜土とか必要だろうし……」 「え、えっと……陶芸じゃなくて……」 「その……」 「え、陶芸以外にもカッコイイ趣味になりそうなものあるんですか?」 「いろんなもの……でも」 「真剣に、やれば……」 「うーん、見た目じゃなくて取り組む姿勢……?」 「てことは考える人のポーズも真剣にやればカッコよく……!?」 「それは……違う」 「多趣味な男って先輩はどう思いますか?」 「……羨ましい」 「羨ましいんですか?」 「たくさん趣味があるってことは……」 「きっと、何でも出来ちゃう……」 「私は、あんまりないから……」 「俺も趣味はそんなに多くあるとは思いませんけど、多くあればいいってわけでもないですしね」 「何でも出来ちゃう……スーパーマン」 「スーパーマン!? 多趣味ってスーパーマンなのか……!」 「私の中では……そう。何でも出来ちゃう万能な人。だから……スーパーマン」 「でも一つの趣味を追及するのもカッコいいですよね」 「趣味でも磨き続ければ職人技みたいになったりしていいじゃないですか」 「……それだと他のこと、上手く出来ない」 「そこはその趣味に特化してるんでしょうがないと思いますけど……」 「色んなこと出来る方が……」 「カッコいいと思う……」 「そうですか? うーん、なんか器用貧乏になりそうな気もするんですよね……」 「そこは……」 「本人の、気合」 「努力とかじゃなくて気合!? いきなり根性論ですか!?」 「飽きっぽいのと多趣味は違いますよね」 「色んなものに手を出すだけじゃなく、続けてないと趣味って言えないと思いますし」 「……飽きっぽかったら、残念」 「アウトドアとか実用的なものが趣味だったらいざっていう時に趣味が活かせるし、いいですよね」 「面白いものが出来ても……良いと思う」 「たしかにネタ趣味があると話題になって会話が盛り上がったりするかもしれませんね」 「そういう人……尊敬してる」 「先輩は花を見るのが趣味って言ってましたけど、植物園にはよく行きます?」 「……たまに行く」 「植物園って世界の色んな植物が見れて良いですよね」 「これって花なの!? ってのもたまにありますし」 「うん……夜にしか咲かない花とか、ワクワクする」 「そんな花もあるんですか!?」 「その花を見るために……」 「夜間開園してる植物園に……行く」 「へぇ、夜間開園してる植物園なんてあったんですね」 「そうだ、植物園と言えば……」 「食虫植物って怖いですよね。色々想像しちゃうと鳥肌立っちゃいますよ」 「ハエトリグサとか、ウツボカズラ……?」 「そうそう! ハエトリグサはハサミ型トラップだし、捕まえたら閉じ込めてじわじわ溶かすし」 「ウツボカズラなんて落とし穴ですよ!?」 「落ちたら抜け出そうにもツルツルして這い上がれなくてゆっくり消化されるのを待つしかないとか……」 「もし自分が虫で捕まったら……なんて考えるとおぞましいです」 「食虫植物……好きなの?」 「あんまり好きじゃないですよ。どうして好きだと思ったんです?」 「その……詳しいから」 「もしかしたら好きなのかなって……」 「バーチャルガーデンって知ってます?」 「バーチャル……ガーデン?」 「はい。ネット上で植物園を散策した気分が味わえるコンテンツです」 「……家に居ても、そういう気分になるの?」 「そうですよ。俺も見つけた時に見てみたんですけど、それっぽさが出てて感動しましたよ」 「そっか……。でも、やっぱり直接見たい、かな」 「あー、まぁ写真の連続みたいな感じですし、花の匂いとかは感じられないから」 「忙しくて植物園に行けない人向けかもしれませんね」 「タンポポってあるじゃないですか。あれの綿毛って好きですか?」 「……好き」 「見てるとフーッて、したくなる……」 「その綿毛について、こんなお話があるんですけど……」 「……どんな?」 「たんぽぽの綿毛が耳に入ると耳が聞こえなくなるっていうやつなんですが……」 「どうして聞こえなくなるか分かります?」 「……どうして?」 「耳の中が綿毛にとって植えつきやすいらしくて、急いで取らないとすごい勢いで育っちゃうみたいですよ」 「……っ」 「そ、それって本当……?」 「迷信ですから安心してください。ちゃんと耳かきで取れますしすごい勢いで育つなんてこともないですから」 「良かった……」 「迷信……よく知ってたね」 「小さい頃に聞いたことあったんですよ。最初は本当だと思って親に話したら大笑いされましたけど」 「小さい頃って、何でも信じちゃう」 「まったく、無垢な少年の心をもてあそぶとは大人はいけないですね!」 「でも、君は小さい子が同じことを聞いてきたら……」 「どうするの?」 「もちろんウソを教えます。で、ちょっと経ったらネタ晴らしします」 「ちゃんと本当のことも教えるの、偉い」 「いや、入るとマジで耳が大変なことに……!」 「……耳からタンポポ生えちゃうの……?」 「……恐ろしくて口に出せないです」 「……気になっちゃう。教えて……」 「後悔……しませんか? 後戻りはできませんよ?」 「……(こくっ)」 「なんと……」 「綿毛がもっさり増殖して耳がモサモサしちゃうんです!!」 「…………」 「もさもさ?」 「はい。モサモサです」 「聞こえにくくなるし、取っても取っても綿毛が全部取れないんです」 「もっと怖いのかと思った」 「俺、結構ゲームが好きなんですよ」 「色んなジャンルを幅広くやってる感じです」 「ゲーム……、どんなジャンルをやってるの?」 「そうですねぇ……、ゲーセンにあるものなら一通り出来ますね」 「あとはRPGとか家庭用のゲームもやります。パズルゲームなんかもそれなりにやってますよ」 「パズルゲーム……」 「先輩、パズルゲームに興味あるんですか?」 「パズルゲームはゴルゴルとかペポリスがありますよね」 「あとはブロックを3つ並べろっていうのもあるし」 「……うん」 「あれは頭使いますよー。ゴルゴルは連鎖をすればするほど強いんですけど、その連鎖を組むのが大変ですし」 「ペポリスはブロックの形が決まっているんでそれをどれだけ上手く隙間なく埋められるかが難しいんですよね」 「段々落ちてくるスピードが速くなってきて考える時間なくなっちゃいますし」 「うん……うん」 「……ねぇ」 「は、はい! なんでしょう!?」 「パズルゲーム……好き?」 「好きですよ」 「って言っても、ゲーセンのランキングに載るほど上手くないですけど」 「……そうなんだ」 「でも、友達とやる時はそこそこいい勝負できますよ」 「ゴルゴルは最高8連鎖までやれましたし」 「……すごいの?」 「結構すごい方だと俺は思ってます。普段は3連鎖とかで終わっちゃうんで」 「それって、難しい?」 「難しいというか、好みは割れると思いますよ?」 「頭を使うゲームが苦手って言う人もいますし」 「女子の方がこういうゲーム得意って言う人が多いですけど」 「ゴルゴル、気になるかも」 「うーん、ちょっと苦手かな。上手い人とやるとすぐやられちゃうんで……」 「いつ考えてるの? っていう速さで連鎖組んでいきなり12連鎖やられた時はもうコントローラー投げましたね」 「あぅ……そうなんだ」 「そういうのもあって、苦手意識が強くなってますね」 「でも、ワイワイやるっていうなら喜んでやりますけどね」 「要はレベルが違い過ぎる人とやるのが苦手って感じですね」 「…………」 「あ、あれ? 先輩? どうかしました?」 「……なんでもない」 「なんか急にしょんぼりしたように見えたんですけど、何か俺変なこと言いました?」 「そんなことない……」 「先輩ってブログとかやってます?」 「……ブログ」 「……日記?」 「そうですね、ネット上で日記をつけるようなイメージです」 「ブログはやってない……けど、日記はつけてる……」 「じゃあブログを見たりはするんですか?」 「……たまに」 「ブログを始めようとかは思わないんですか?」 「……うん」 「日記帳に、書くのがいいの……」 「日記帳かぁ……。先輩、先輩の日記を見てみたいなぁとか思っちゃったんですけど、ダメですかね?」 「ヤダ……」 「即答!?」 「で、ですよね……一般人の俺に先輩のようなお嬢様の日記を見せるなんてしませんよね……」 「あ、あの……ちがっ……」 「え?」 「は、恥ずかしいから……」 「あ、あー! そうですよね!? 日記って色々赤裸々に書きますもんね!」 「……うん」 「俺、3日で日記を投げ出す男なんです」 「……続かないの?」 「日記を書く習慣が身につかないっていうか、ついつい忘れちゃうんですよね……」 「……でも」 「3日坊主も……10回やれば1か月」 「……そうか!」 「忘れてもリベンジを繰り返していけば、日記を書く習慣が身につくかも!」 「そんな風に考えたことなかったんで、先輩すごいですね」 「……そう、かな?」 「そうですよ。また日記書くのチャレンジしてみようかな」 「……がんばって」 「最近先輩がハマっている物を教えてください」 「……かりんとう」 「かりんとうですか。かりんとうって黒糖や白糖のがありますよね」 「……黒糖の方が、味がまろやか」 「でも白糖の方が好きな人……多い」 「黒糖って独特な甘みですもんね。白糖のってあの砂糖がまぶしてあるようなやつですか?」 「私は、黒糖の方が良い……」 「俺も黒糖の方が良いですね。あっちの方がかりんとうって感じがするし」 「そうだ、かりんとうと言えば……」 「かりんとうってウンコに似てますよね」 「…………」 「…………」 うわぁぁぁ俺何言っちゃってんだ!? お嬢様にウンコとか! 確かにかりんとう似てるけどもうちょっと何かあったろ……! 「……ふふっ、お父さんと同じこと言ってる……」 「そ、そうなんですか! いやー、急に黙っちゃったもんだから焦っちゃいましたよー」 「そういう風に言ってくるって思わなかったから……」 「ふふっ、ごめんね」 「イチゴ味のかりんとうって知ってます? 結構美味しいらしいですよ」 「イチゴ味……?」 「生地にイチゴを混ぜて作ったらしくて、甘酸っぱいらしいです」 「そんなの……邪道」 「かりんとうじゃない……!」 「っ!?」 な、なんかすごい怒っているように見える……! お嬢様の口から邪道って……! まさか本気でキレてる! 「で、ですよね!? やっぱりかりんとうはスタンダードが一番ですよ!!」 「普通が一番……良い」 「先輩の髪ってすごい手入れされてそうなんですけど、何か特別なシャンプー使ってるんですか?」 「……お父さんが買ってくるシャンプー、使ってる」 「え? まさか普通にスーパーで売ってるような?」 「シャーリーズの、Eプロテクトヘアソープ……」 シャーリーズってめっちゃ高級そうな名前だ……! 多分スーパーで売ってないんじゃないか? 「トリートメントやコンディショナーも使ってるんですか?」 「……Eプロテクトヘアマスクのリッチタイプと、ダメージディフェンスコンディショナー」 「……だったと思う」 「よく名前をスラスラと……」 「使う順番とかあるんですか?」 「シャンプーの次にトリートメントして、最後にコンディショナー……」 「いかにも高級そうな名前の物を使っていますね……」 「さすが先輩、スーパーで698円ぐらいのシャンプーを使ってる俺とは格が違うぜ……」 「え……、違う……の」 「え? 先輩?」 「…………」 どうしたんだろう? ちょっと寂しそうな顔してるけど…… 気に障るようなこと言っちゃったのかな。 「え、えと……すみません。なんか変なこと言っちゃって」 「……ううん」 「さすが先輩、凄そうなシャンプーを使ってらっしゃる……」 「だけど! 俺のシャンプーの方が凄いですよ!!」 「……そうなの?」 「えぇ、『漢の美学』シリーズってやつで、メンソール配合のシャンプーで洗った後の爽快感がヤバいです」 「次につやっつやトリートメント」 「これさえあればコンディショナーいらず! 軟弱者の髪を紫外線から守るってのが売りです」 「カッコいい……」 「どうです? 俺のシャンプーの方が凄いでしょ?」 「……うん」 「凄いし、カッコいい……!」 「先輩って普段どんな音楽とか聴いてるんですか?」 「三味線っ、三味線の曲……」 三味線って日本舞踊とかで使う楽器のだよな…… 先輩ってお上品だな……! 「へぇ……! 三味線ですか! どういうところが好きなんですか?」 「ロックなとこ……」 「ろ、ロック!?」 聞き間違いじゃ……ないよな? え、でもあの芸者さんとかが弾くような楽器だよな? 「えっと……ど、どういうところがロックなんでしょうか……?」 「楽器で、静と……動を上手く表現してて……」 「そこが……ロック」 「そ、そうなんですか……」 日本の伝統音楽ってぴーひゃら鳴ってる神聖なイメージが強かったけど、そういう曲もあるんだ…… 昔の伝統を保ちながら現代の音楽も取り入れてるんだなぁ…… 「先輩の話聞いてたら、俺もその三味線の曲聴いてみたくなっちゃいましたよ」 「オススメの曲ってあります?」 「えっと……」 「鼓動と、ライジングって言うのが……オススメ」 「ら、ライジング……!?」 「気に入ってくれたら……嬉しいな」 ライジングとかすごいカッコいいけどイメージ全然わかねぇぇ!! 「それって別の音楽なんじゃ……」 「ほら、アコースティックギターでロックアレンジありますし!」 「それは……なんか、違う」 「じゃ、じゃあベース! ロックにあの重低音は欠かせないですよ!」 「三味線が良いのに」 うぅ……、三味線とロックが全く関連づかない…… 俺の発想力が足りないのか……? 「でもほら、その三味線で弾いてる部分は、実はギターやベース部分だったりするかもしれませんよ?」 「そっちを聴いてみてもロックな感じは抜けないと思いますよ」 「うーん……」 「やっぱり、違う」 先輩は余程三味線に思い入れでもあるのかな……? 「ケータイがないと何となく不安になりますよね」 「そうでもない」 「え、あ……そうですか」 この話題はこれ以上続かなそうだ。 「先輩って毎朝何時頃起きてるんですか?」 「……4時半」 「4時半!? は、早い……! なんでそんなに早い時間に起きてるんですか?」 「私の家、朝5時に朝ごはんだから……」 お嬢様ってそんな朝早いの!? 学校までの時間何してるんだろう…… 「そんなに早い時間から朝ごはんって……お昼までが辛そうですね」 「もう慣れたから……」 「早起きの生活って辛くないですか?」 「それも、慣れちゃったから……」 「俺も慣れればそんな風に早起き出来るようになるのかな……」 「慣れるまでは……辛いし、夜はすぐ眠くなっちゃうよ?」 「うぅ……、夜は夜でゲームとかやりたいし……」 「無理して早起きしなくても……」 「ちょっと先輩を見習って……とか思ったんですけど」 「生活のリズムもあるから……無理して見習うことはないと思う」 「俺なんて7時起きですよ。そんなに朝早く起きれませんよ」 「……すごい」 「え、すごいって何がですか?」 「どうしても、目が覚めちゃうから……」 「ちょっと羨ましい」 「習慣って怖いですね。俺もいきなり『明日4時半起きね』って言われても寝坊すると思います」 「早く寝ようとしても、寝れない?」 「多分そうでしょうね……先輩だったら7時起きになったらどうします?」 「4時半に起きちゃったら……二度寝してみる」 「あらら……夜更かしして7時まで寝れるようにはしないんですね」 「だって、眠くなっちゃう……」 「7時まで寝られるの、いいなぁ……」 「先輩って、テレビでサッカーの試合とか見たりしてます?」 「……うん、よく見る」 「野球も……スポーツは面白い」 「じゃあ、どんなとこが面白いって感じます?」 「俺は試合の勝ち負けも大事だと思いますけど」 「サッカーだと、相手のボールを奪って一気に攻め込む時とか燃えますね!」 「皆で……ワーッと盛り上がるのが、良い」 「ですよね! 行けぇぇぇって叫びたくなっちゃうんですよ」 「あとはボールの奪い合いが激しいのも良いですね」 「……ボールの奪い合いって、一瞬?」 「一瞬なのもありますけど、フェイントの掛け合いがすごかったりするんですよね」 「そういうのって、なんかダンスみたいに見えたりする……」 「そ、そうなんですか!」 (激しいダンスに見えなくもない……か?) 「でも、スポーツって良いですよね」 「先輩も何か始めたらどうです?」 「私には……無理」 「そうですか? スポーツって言っても色々あるじゃないですか」 「見るのと、やるのじゃ……違う」 「でも、見てるとやってみたいって言う気持ちになったりしませんか?」 「たまに、なるけど……」 「無理……」 「そうですか……」 「みんなと盛り上がるのが……好きだから」 「スポーツにはドラマがありますからね。選手や試合、それぞれに違った物語があるというか……」 「うん、うん」 「感動する……」 「良いですよね! 野球でもサッカーとかでも、大逆転劇とか起きたら熱すぎますよ!」 「選手たちも嬉しそう……」 「あとは敵をごぼう抜きしてゴールを決めた時も、スッゲー! ってなるし」 「あれは……、見てて……気持ちいい」 「そういえばバスケの試合って衛星放送ぐらいじゃないと見れないんですよね……。面白いのに……」 「フェイントとか、すごい」 「お互いに点取り合戦がすごいですし、チームが一体になってないとすぐボール奪われちゃいますもんね」 「フリースローの……緊張感」 「あー! 良いですね! 特にシュート決めれば勝ちが決まるって言う時のやつ!」 「見てるこっちまでドキドキしてきますもんね!」 「ドキドキして……呼吸するのも忘れる」 「分かります……! いやー、でも先輩とこういう話出来て嬉しいですよ」 「……そう?」 「はい。先輩がなんだか身近な存在な感じになりました」 「……そっか」 「先輩ってスポーツマンは好きですか?」 「……カッコいいと思う」 「どの辺がカッコいいって思うんですか?」 「その人が、どうやってアスリートになったのか……」 「アスリートになるまでの道のりって険しいですからね……」 「努力だけじゃなくて、センスも必要ですしね」 「そういうとこが、カッコいい……」 「先輩はスポーツマンがカッコいいのか……」 「でも、スポーツマンにもカッコ悪い人はいますよね?」 「……うん」 「マスコミにちやほやされて……天狗になっちゃった人」 「インタビューで余裕発言して先輩アスリートに大目玉食らった人とかいませんでしたっけ?」 「いた……気がする」 「そういう人とか、カッコ悪い」 先輩がすごい残念そうな顔をしている。 気に入ってた選手がそうなっちゃったのかな…… 「俺たちもそうですけど、礼儀とかしっかりした人になりたいですね」 「……うん」 「じゃあ俺もスポーツマンになっちゃおうかな。今からなら多分きっと間に合うかも!」 「……ホントになるの?」 「はい! 目指せ世界一! です!」 「でも、どうして……いきなり?」 「先輩に応援されてみたいからです」 「……え?」 「多分先輩に応援されたら、テンションあがってめちゃめちゃ筋トレとかやれちゃうと思うんですよ」 「そうすればスポーツマンに近づけるかなーって」 「……ふふっ、それぐらいでよければ。頑張って……ね」 「ふぉおおお! 今からでもサッカー5試合ぐらい連続でやれる気がしてきた!!」 「あなたって、面白い……」 「体育でマラソンとか萎えますよね」 「え……楽しい、よ?」 「え!? どの辺が!?」 「しんどいしサボろうにも先生が見てるからサボれないし苦痛じゃないですか!?」 「みんなで走るから……」 「そ、そうですか……」 体育でマラソンが好きな人初めて会ったわ…… あんな授業を苦痛に感じないなんて、お嬢様だからなのか? 「……あなたは、好きじゃない?」 「そうですね……。残念ですけど、好きとは思えないですね」 「他のやつなら良いんですけど……」 先輩ってマラソン好きなのかな? さっき『みんなで走るから……』って言ってたし。 「なるほど、マラソンには一体感があると……! そういうことですか!」 「……多分」 「たしかにみんなで苦行をしていると考えれば一体感がある」 「……ハッ!」 もしや先輩は一般人と混じっている、その一体感を味わうのを快感と感じる人なのか!? それなら俺も混ざってみたい!! 「……? どうか、した?」 「いえ、なんでもないです」 「先輩と一緒にマラソン出来たらいいなーって思ってたんです」 「良いけど、先に行っちゃ……嫌だよ?」 「もちろんですよ! 一緒にゴールしましょうね!」 「でも、ただ走るだけで面白くない気が……」 「……そんなことない」 「そうですかぁ? サッカーとかもっと別のことの方が楽しいですよ」 「それも……楽しいけど」 「マラソンも……良いの!」 うーん、とてもそうは思えないんだけどなぁ……。 「うぅ……上手く、伝わらない……」 「多分俺のせいだと思います……。マラソンが嫌いだって思っちゃってるから……」 「……好きに、なって」 「今すぐには無理ですよ!」 「俺ドッジボールの生存率には自信があるんです」 「……? 当たらないってこと……?」 「ふふふ、そうなのですよ! それも完璧に!!」 「……すごい。私、すぐ当たっちゃうから」 「女性ですし仕方がないですよ。それに、ちょっとした秘密があるんですよ」 「……秘密?」 「といっても、裏工作とかじゃないんで安心してください」 「……秘密、知りたいですか?」 「……うん。知りたい」 「実は俺、ボールと友達なんですよ」 「そのおかげで、ボールが避けてくれたり相手に当たってくれたりするんですよ」 「友達を……投げちゃうの?」 「そうですね……ガンガン投げちゃいます」 「……そんなの、ダメ」 「えぇ!? じゃないと試合が終わりませんよ!?」 「友達を投げたりしちゃダメ……可哀相」 「す、すいません! これからは泣く泣く友達を仲間に投げてもらいますから!」 「……それも、よくないと思う……」 「じゃあ俺は一体どうすれば……」 「俺の防御力は9999なんです。だから当たっても弾かれてキャッチ出来るんですよ」 「それって……固いってこと?」 「もうガッチガチですよ! ドッジボールのボールなんて余裕で弾きますね!」 「……すごい。でも、上手く弾かないと……ボール落ちちゃう」 「そこはコツがあるんですよ。それを会得したんで完璧です」 「……私にも、出来る?」 「防御力を上げるのは難しいですけど、多分上手く弾くのは出来ると思いますよ!」 「それが出来れば……私もドッジボールで、生き残れる……」 先輩、子供っぽくて可愛いなぁ…… 「女子の体育はバレーボールが多いですよね」 「まぁその分男子はサッカーが多いんですけど」 「バレーは……苦手……」 「そうなんですか? どうして苦手なんです?」 「ボールが飛んできたら、どうしたらいいか分からない……」 「え、あれって受け止めればいいんじゃないんですか?」 「……上手く出来ない」 「なるほど……」 「バレーは気合ですよ先輩!」 「……気合?」 「そうです! バレーって精神的な影響を受けやすいって聞いた事があるんです」 「だから、まず自分はちゃんとボールを受けられるんだ! って気合入れれば出来るかもしれないです!」 「気合……」 「あとはもう開き直っちゃうことです」 「誰だってミスしちゃうんですから、気合入れて開き直っちゃえばバッチシですよ!」 「そう……かな?」 「はい! 気合でなんとかしちゃいましょう!」 「……うん」 「ふ、ふぉぉぉぉぉ……!」 「……今、気合チャージしてます?」 「まだ、10%……」 (これ、90%になったら思いっきり叫んだりするのかな……?) 「練習あるのみですね。それで技術を磨きましょう」 「……でも、自信ないから」 「練習すれば自信も自然についてきますよ! スポ根マンガの如く練習しましょう!」 「……それで、自信がつかなかったらどうしよう」 「初めからマイナスに考えちゃダメです! 前向きにいきましょう」 「……鬼コーチ」 「お、俺は先輩のバレーが苦手なのを克服しようかと……!」 「そこまでは……いいかな」 空回りしてしまったようだ。 「先輩……、スクール水着って何であんなにエロいんでしょうね」 「…………」 「ん、先輩どうかしました?」 「変態の人?」 「なっ……!?」 「あなたって……、変態なの?」 そ、そんな純粋な目で見ないでくれ!! どうしよう……フォローしないと変態って思われる! 「ふっ、先輩……。男はみんな変態ですよ」 「そうなんだ……」 あ、あれ? そこ素直に受け入れちゃうの!? 「まぁ色んな変態がいるんで、度合いも違ってきますよ」 「じゃあ、あなたはどういう変態……?」 「女性に優しい変態です」 「変態さが……分からない」 「その分からない加減が良いんですよ」 「そうなんだ……」 「やだなー、俺は紳士ですよ。変態なわけないじゃないですかー!」 「…………」 「あ、あれ? 先輩、どうして俺を避けるの!?」 「自分から紳士って言う男の人は、ロクな人がいないって……お父さんが言ってた」 「え、じゃあ俺ロクな人じゃないの!?」 「……そうじゃないの?」 「いや、自分じゃわかりませんよ!!」 「……怪しい」 変態紳士として罵られた方がまだ良いよ!! めっちゃ怪しまれてる!! 「先輩、進路はもう決まっていますか?」 「まだ……」 「そうなんですか? 先生あたりからそろそろ決めろって言われたりしませんか……?」 「大丈夫……だけど」 「正直、すごい悩んでる……」 「将来なりたいものとか、そういったのはないんですか?」 「どんなのが向いてるとか、わからない」 「俺も他人事じゃないからなー……」 「来年になったら俺も悩まなきゃいけないし……」 「でも、焦らず自分のペースで考えた方が良いですよ」 「周りの雰囲気や空気にのまれて焦って決めても、それが本人にとって必ずしも得になるとは限らないって聞いた事あります」 「だから、先輩も周りを気にせずにじっくり考えたらいいと思いますよ」 「……そう。ちょっと気が楽になった、かも」 「それはよかったです。俺も今のうちから少しは考えておかないと……!」 「多分、あなたなら……案外すぐ決めちゃいそう」 「そんなことないですよ!? めっちゃ悩んでますし!」 「あなたは来年だけど……お互い頑張ろうね」 「良い言葉教えてくれてありがとう」 「そうですよね……。うわー、俺もマジでどうしよう……!」 「でも、あなたは来年だから……まだ大丈夫」 「で、でも今から意識しておけば勉強したり資格とか悪あがき出来ますよね!?」 「それは、悪あがきって言うより……努力、だと思う」 「そういうの考えただけで滅茶苦茶不安になってきた……! やべー!!!」 「まだ1年あるんだから……頑張って」 「頑張るって何を頑張ればいいんですか!?」 「……進路決定?」 「……ですよね。じゃないと他のことが出来ないし」 「自分の10年後とか想像も出来ませんよね。5年後すら良く分からないや……」 「どうして、そう思うの?」 「だって、下手をしたら地球がそもそも無くなってるかもしれませんし」 「地球、なくなるの……?」 「とある筋から聞いたんですけど、10年以内に月の大きさぐらいの隕石が地球に何個も降ってくるらしいんですよ」 「そんなのが何個も降ってきたらきっと地球なんて砕けてなくなっちゃいますよね……」 「……怖い」 「どうしたらいいの……?」 「大丈夫です。地球は俺が守ります」 「……本当?」 「えぇ、どうやって守るかは言えませんが絶対に守ってみせますよ!」 「……うん、地球を救って……!」 「任せてください! ただ、あと1か月ほど準備期間があると助かるんですけど……」 「今だと、ダメなの……?」 「ちょっとエネルギーの充電が終わらなくて……」 「でも、先輩が応援してくれたらもっと効率よく充電出来るような工夫が思いつくかも」 「が、頑張って……思いついて! 地球は……あなたの手に、かかってる!」 「うぉぉぉ! なんか頭が冴えてきたぁぁぁぁ!!」 「先輩、一緒に火星にでも移住します?」 「……火星?」 「はい。本当に地球が滅んだら火星に行くしか道はないと思うんですよ」 「どうやって火星に行くの?」 「きっとマンガのような巨大な宇宙船をアメリカあたりが作ってくれてるんで、それに乗って行けばいいんですよ」 「だから、俺と一緒に……どうですか?」 「……ごめんなさい」 「一人じゃ……不安だし、私たちだけっていうのは……」 なんだろう……この告白してないのにフラれたような心の傷みは…… 目から汗が出ちゃうぜチクショウ。 「先輩、もし未来にタイムスリップ出来たら何をしたいですか?」 「未来よりも過去に行きたい……」 「えっ!? どうしてですか!?」 「亡くなったおじいちゃんに、大きくなった私の姿を見せたい」 「子供の頃に亡くなっちゃって……、可愛がってくれたから」 「大きくなった私を、見てもらいたいの」 「先輩……」 寂しそうな顔を浮かべる先輩。 よっぽど愛されてたんだろうな…… 「そうですね……お爺ちゃんが今の姿を見たら……」 「お爺ちゃん驚いてその場で死んじゃうかも」 「え……それは、困る……」 「だから、過去のおじいちゃんをこっちの世界に連れて来ればいいんですよ!」 「それだと、昔の私が寂しい……」 「あー……そっか。じゃあ、他人のフリしてお爺ちゃんに接触してみれば驚かれないかも!」 「せっかく会えたのに……、他人のフリなんてしたくない」 「うーん……いい案が思いつかないなぁ……」 「お爺ちゃんを死なせたくないから……ガマンする」 ……先輩すっごい辛そうな顔してる。 悪いことしちゃったな…… 「お爺ちゃんも喜びますよきっと」 「そうだと……良いなぁ」 「それに、もしかしたら一目見た瞬間に先輩だって分かっちゃうんじゃないですか?」 「そう……かな?」 「先輩ってお爺ちゃんにすっごい愛されてたんですよね? だったら見間違えたりしませんよ」 「そういってもらえて、ちょっと嬉しい」 「っ!?」 先輩の笑顔すっごい綺麗だし可愛い……! こりゃお爺ちゃんも溺愛するだろうな…… 「先輩って職業適性検査ってもうやりました? 俺のとこはやって結果も出てるんですけど」 「……うん。もう結果も出てる」 「どういう結果が出てました?」 「結果は、生産や技能を有する仕事が最適……だった」 「その次は医療や福祉関係」 「専門職というか、職人のような職が合ってるって感じですかね」 「そっちは……?」 「俺は人と接する仕事が向いているみたいです」 「具体的には営業マンとか接客の仕事ですかね」 「……いいなぁ」 「どうしてですか? 俺は先輩みたいな職人系の方が良いと思いますけど」 「……なんとなく、そう思った」 「俺は営業マンとかは嫌なんですよね……。クレーマーとか怖いし」 「でも、知らない人たちとたくさん話せる……」 「その人がめちゃくちゃ怖い人だったりしたら即行逃げ出したくなりますね……」 「……そうなんだ」 「俺は黙々と作業する職人タイプみたいです」 「……一緒だね」 「一緒ですね!」 「これがホントに相性がいいなら職人目指すのもアリですね」 「……どんな職人になりたい?」 「そうですねぇ……。うちわ職人とか、臼をつくる職人が良いですね」 「日本の伝統工芸……だね」 「古くから伝わる物を受け継いだら、素敵な気がするんです」 「私もそう思う……」 「資格取ればやっぱり進学には有利だと思います?」 「取る資格に左右されると思う……。けど、良く分からない……」 「あーぁ、こういうことをどうせなら授業で教えてもらいたいですよね」 「……うん。資格ってたくさんあるから……良く分からない」 「やっぱり有利になる資格、無駄な資格とかあるんでしょうし……」 「うん。語学系とか……漢字とかが、良いのかな……」 「そもそも資格が何種類あるのかすら知りませんからね」 「似たような資格をたくさん取ったらいいんでしょうか?」 「それだと、多分ダメ……」 「どうしてですか? その分野に長けてるっていう見えません?」 「一つに特化するより……」 「広く、浅く知識があった方がいいみたい」 「あとは、実用的な資格もあると、良い」 「実用的ってことは、例えばワードとかエクセルの資格ですか?」 「そんな感じ」 「勉強になるなぁ……」 「先輩、教えてくれてありがとうございます」 「おかげでクラスのやつらより一歩リード出来ましたよ」 「ううん、私もこの前知ったから……」 「また何かあったら聞いても良いですか?」 「うん、私で良ければ……」 「誰も知らないような資格を取ったらいいんでしょうか?」 「例えば……?」 「そうですねぇ……小倉検定なんてのがあるってこの前古文の先生が言ってましたね」 「それって、百人一首……?」 「小倉だけでよく分かりましたね……」 「古文の先生って言ってたから、多分そうかなって……」 「でも、その検定合格して、資格もらっても……」 「就職ならどこに使うの?」 「あ、全然考えてなかった……」 「話のネタぐらいにはなるんじゃないですか!?」 「それじゃ、意味ないと思う」 「先輩……俺、実は未来人なんです」 「……本当?」 「えぇ、訳あって過去に飛んできたんです」 「未来は、どうなってるの……?」 「それは言えません……」 「未来のことを喋ってしまうとどこに影響が出るか分からないんで……」 「……残念」 「じゃあ、どうして未来人って教えてくれたの……?」 「それは……、先輩に協力して欲しいことがあるからです」 「協力……?」 「はい。先輩じゃないとダメなんです」 「……そういうことなら、頑張って協力、する」 「ありがとうございます!」 「それで早速なんですが、協力して欲しいのは……」 「実は……、とっても言いにくいんですが先輩の身体測定のデータが必要なんです」 「私の……?」 「はい……。未来でちょっと事件がおきまして、過去の先輩のデータだけ消えてしまったんです」 「どうしても修復が不可能な状態になってしまったので、こうして過去にやってきたのです」 「先輩……。俺を助けると思って、教えてください!!」 「……嫌」 「そこをなんとか! メモしたらすぐ忘れるんで!!」 「恥ずかしい……」 「俺、そのデータを手に入れないと未来に戻れないんですよ!」 「……ごめんなさい」 「……わかりました。確かに自分の身体測定の結果なんて恥ずかしくて言えませんよね……」 「では保健室に忍び込んで無理やり手に入れてきます」 「そんなことしたら……許さない」 「っ!?」 な、なんかすっごい怒ってる!? やっぱり遠まわしにバストとか聞こうと思ったのは間違いだった! 「この写真の花の名前、知りませんか?」 俺は先輩に花の写真を見せる。 「……多分、かすみ草」 「か、かすみ草だったのか! なら未来でも普通に咲いてるじゃないか……」 「かすみ草が、どうかしたの?」 「実は、未来での友達に、過去でしか生えてない花を摘んで来いという無茶振りをされまして……」 「花のこと全然分からなかったから、友達にその花の写真をもらったんですよ」 「それで過去に飛んで、必死に探してたんですけどそれっぽいのが見つからなくて……」 「それで、私に……?」 「はい。おかげで助かりました」 「お役に立てたなら……良かった」 「この時代の仲良い人たちで花に詳しい人って先輩くらいしかいないもんで、ホントで会えて良かったですよ」 「もし、また何かあったら聞くことがあるかもしれませんけど、その時は頼っても良いですか?」 「私でよければ……良いよ」 「先輩のクラスにカップルっています?」 「うん、いる……」 「すごく仲が良さそう……」 「そうなんですか?」 「あ、でもお互いに仲良くなきゃカップルになりませんよね」 「羨ましいなぁ……」 「他のクラスに彼氏とか彼女いる人よりラブラブそうですね」 「……そう?」 「先輩はそう思いませんか?」 「ラブラブなのは、どっちも変わらないと思う……」 「その子達、友達に冷やかされたりもしてるけど……照れたりして幸せそう」 「俺も先輩と仲良くなりたいです」 「うん、ありがとう」 「私も、仲良くしてくれると……嬉しい」 「こちらこそ、仲良くしてもらえたらめちゃくちゃ嬉しいですよ」 「……ふふっ、これからもよろしくね」 「は、はい! ぜひ!」 「これからも先輩と色んなこと話していきたいです」 「私も、あなたとお話したいって思ってるから……」 「ホントですか!?」 よっしゃー! 先輩とこれからもたくさん話して仲良くなるぞ!! 「恋人と同じクラスって憧れますよね?」 「そうかな……?」 「だってほとんど一緒にいられるし、休み時間におしゃべり出来るじゃないですか」 「それにお昼休みになれば教室で一緒にご飯も食べれちゃいますよ!!」 「最初の以外、別に同じクラスじゃなくても出来ると思う……」 「そ、そう言われてみればそうかも……」 「でも、恋人が近くにいるっていうのは良いと思いません?」 「……嫉妬深い子だったりすると大変って、聞いた事ある」 「…………」 「せ、先輩って過去にカップルに何か嫌なことされました……?」 「……? そんなことないけど……」 先輩の反論に勝てる気がしない…… それにしても、どうしてあんなにマイナス思考なんだろ。 「恋愛に関する授業があっても良いと思いません?」 「……思わない」 「え、どうしてですか? 恋とは何か、とか教えてくれたりして色々勉強出来ると思うんですけど」 「恋愛は人から教わるものじゃないって、教わった……」 うっ……正論過ぎる。 たしかにそうかもしれないけど…… 「でも、恋愛ってどういうものか分からない人もいると思うんですよ」 「そういう人たちの為に、恋をするとどうなる? みたいな感じの勉強はあっても良いと思うんです」 「……そう」 「それに、その授業がきっかけで恋が始まるかもしれませんし」 「……きっかけ?」 「ほら、恋愛の話をすると異性を変に意識しちゃったりするじゃないですか」 「そこから恋が始まったり……とかあるかもしれないですよ」 「……?」 「あ、あれ? 先輩はそう思いませんか?」 「……恋愛のきっかけがどういうものなのか、わからないから……」 「どういうもの……」 「うーん、どういうものって決めつけるのは結構難しいんじゃないですか?」 「どんなことがきっかけになるのか分かりませんし」 「そうなの……?」 「まあ、授業をするとなると担当の教員にもよりそうですね」 「多分自分の経験とか、そういう部分から教えることになると思いますし」 「それだと……教え方に偏りが出るから」 「専門家の人が先生になった方が良い」 「それだったら偏りも出ないし一般的な事が教えてもらえそうですね」 「ただ、専門家の人も……そんなに多くないと思う」 「ですね。でも、専門家の人の授業だったら受けてみたいですね」 「うん……」 「血液型で相性って本当に分かるものなんですかね」 「わからない……。あれって、統計で見てるだけだから……」 「結局は個人の相性なんですかね」 「うん……」 「…………」 「…………」 これ以上この話題は続かないな…… 「先輩は同性愛ってどう思います?」 「…………」 「どう……と言われても……」 「あれ? もしかして知らなかった……ですか?」 「考えたこと……なかった」 「えっと、世の中には女性同士や男性同士で愛し合う人たちがいるんですよ」 「日本ではダメですけど、外国だと結婚が認められているところもあるんです」 「そうなんだ……」 ホントに知らなかったんだな……。 ちょっと驚かせてみよう。 「本当は俺、女なんですよ? 気が付かないでしょ」 「本当……なの? すごい、男の人だと思ってた……」 「いわゆる男装ってやつですね。声が低いのも頑張って低く出してるんです」 「そうなんだ……。でも、どうして?」 「なんとなく男に憧れてやってみたら結構楽しくて……」 「それでずっと続けてたらこっちに慣れちゃいました」 「憧れ……」 って、マジで信じちゃってるっぽいぞ!? このままじゃ俺の性別が謎になる! 「あ、えと……冗談、ですよ?」 「じょう……だん?」 「さすがに男装してたとしても結構分かるもんですからね。俺は正真正銘男です」 「そうなんだ……」 「嘘でも少し面白かったよ」 「実は俺、男しか愛せないんです」 「……えと、その」 「そんなことを私に言われても……」 「先輩なら相談出来るかなって思ったんですけど……」 「……ごめんなさい。そういうの、良く分からないから……」 「って、冗談に決まってるじゃないですか。男を好きになるとかありえませんよ」 「……ショックで、そういう風に言ってるの?」 「……へ? いやいや、マジで俺ノーマルな人間ですよ!?」 「……なら、いいけど」 もしかして先輩の中で男好き疑惑浮上しちゃった感じ!? 「いつか先輩をナンパしてみても良いですか?」 「ナンパは……少し怖い……」 「はは、冗談ですよ」 「ぼーっとしてるとそのまま誘拐されるから」 「誘拐!? え、ナンパって拉致なんですか!?」 「そうじゃ……ないの?」 お嬢様だから? お嬢様だからなのか!? ナンパで誘拐とかどんだけ過激なナンパだよ…… 「先輩は恋占いとか信じるタイプですか?」 「信じてない」 「なんでですか?」 「当たっているかどうか、良く分からないから……」 「じゃあ、占いは全然見ないんですか?」 「ううん、少しは見る……」 「朝の占いコーナーとか、おみくじみたいなやつなら……」 (少しなら占いに興味あるっていうことなのかな? それともあんまり好きじゃない?) 「先輩は恋占いを気にする男子ってどう思います?」 「特になにも……」 「そうなんですか? 女々しいとか少女趣味ーとかそういう偏見があると思ってたんですけど」 「うん、占いって、女の子だけのもっていうわけでもないから」 「じゃあ先輩的には男が恋占いとか気にしてても別にいいってことですか?」 「うん……」 うーん、気にしても気にしなくても良いみたいな反応だな…… 「占いって邪道ですよね。あれってきっと信じさせてラッキーアイテムとか買わせようとしてるんですよ」 「邪道は言い過ぎ……だと思う」 「そうですか? じゃあちょっとしたことなら占いもあって良いかなって感じですか?」 「占いばっかり気にしちゃうような、そういう生活は嫌……かな」 「占いの通りになったらちょっと嬉しいとか……」 「そのぐらいが良い……」 「そうですね。それぐらいだと外れても占いだとこう言ってたのに! ってやつあたりとかせずに済みますし」 「信じすぎたら……宗教みたいな感じがする」 「当たるも八卦当たらぬも八卦って言いますもんね」 「ラッキーアイテムも気にしなければただのアクセサリーですし」 「うん……適度が、一番」 「先輩オススメのテレビ番組があったら教えてください」 「授業型クイズ番組」 「あれ、面白い……」 「あ〜、色んな学校の先生が来て授業するやつですよね?」 「うん。学校じゃ教えてくれないような授業で、面白い」 「それに、ちょっとしたクイズになっているとこも良いですよね」 「4択とか、普通のクイズの時もあって、解説も分かりやすい……」 「まぁ、たま〜にそれホントに授業なのかっていうような授業もありますけどね」 「ウチの授業もクイズ形式なら楽しいのになぁ」 「そしたら面白いと思う」 「授業の内容が良く分からない時とか、クイズ形式なら諦めずに答えられますよ」 「授業中だと、すぐに聞けない時もあるよね……」 「そうですね、そういう時とか多分これかな? みたいな感じで選べますし!」 「あのクイズ形式がウチの学校にも採用されたらいいですね」 「……そうだね」 「でも、あれ見ると先生の質も大事だと思いますね」 「面白い先生は授業も面白いけど、専門家みたいな先生だと話が難しすぎてついていけない時がありますし……」 「そうだね。でも、先生よりも……」 「面白い教科書があったら欲しい……」 「そういうのがあったら、もっと授業が楽しくなるかも」 「なるほど、それなら俺もテンション上がるかも」 「でも、万人に面白いって言われる教科書って作るのすっごい難しそうですよね」 「そうだけど……、あったらって、話だから……」 「あんまり、難しく考えなくても……」 「先輩オススメの本を教えてください」 「間違い探しの本……」 「間違い探し??」 「こう……本の見開きで、一枚の絵が二つあって」 「その二枚の絵から違っている部分を探していくの」 「あぁ! 小さい頃絵本であったかもしれないです!」 「ああいう遊べる本って面白いですよね」 「うん。他にもそういう本がたくさんあって、楽しい」 「飛び出す絵本とか、ありましたよね」 「そういうのも、好き……」 「立体視を楽しむ本もありますよね」 「ほら、3Dみたいに写真が浮き出て見えるようなやつです」 「あれって、すごいよね……」 「どうやって作ってるのか気になる……」 「飛び出す絵本だとちゃんと折りたたまるようにページをめくらないと仕掛けがやぶけちゃったりしますからね」 「あれはあれで良さがありますけど、3Dだと違う迫力があっていいですよね」 「うん……。本って、色々面白いのがあって良いよね」 「はい。こういう遊べたり楽しめる本がいっぱいあると、子供だけじゃなくて大人も楽しめますよね」 「先輩ってミステリー小説とかは読まないんですか?」 「たまに読む、けど……」 「人に薦めるのは難しいから……」 「あ、そういうのってその人の好きなジャンルとかあるから薦めにくいですよね」 「そう……。だから、薦めなかった」 「間違い探しの本って児童向けの本が多いような気がするんですけど、どうなんですか?」 「たしかに、そういうのが多いけど……、ちゃんと、大人向けのもある」 「そうなんですか? 知らなかった……」 「絵本だからって、甘く見てると大変だよ……?」 「どう大変なんですか?」 「……パニック」 「え、パニックってなに!?」 「先輩、無性にブランコ乗りたいときってありません?」 「…………」 「たまに……」 「誰もいない公園で見つけると乗ったりする……」 「そうなんですか!? 羨ましい……!」 「帰り道に公園通らないし、公園に行っても子供たちが遊んでたりしてて……」 「なかなかそうやって乗れる機会ってないんですよね」 「ブランコで柵越えジャンプやって危ないからって怒られたのとかいい思い出です」 「それは……本当に危ないからダメ」 「ですよね。気を付けます」 「先輩って立ち漕ぎ派? それとも座り漕ぎ派ですか?」 「座り漕ぎ派……。ブランコは、座って漕ぐものだと思う」 「そうですか? 立って漕いだ方が速く漕げるじゃないですか」 「あんまり速くても、酔っちゃう時あるし、怖いから……」 「そうですか……、でも座り漕ぎの方が先輩っぽくて良いと思います」 「そう……なの?」 「はい。先輩が立ち漕ぎでめっちゃ漕いでたら意外過ぎてびっくりしちゃいますよ」 「でも残念ですね。立ち漕ぎの良さが分からないなんて……」 「あれは、男の子が面白がるだけで……」 「女の子はあんまりやらないよ……?」 「そうなんですか?」 うーん、小さい頃やってる女の子いたような気がするんだけどなぁ……。 「今度二人乗りしましょうね!」 「一人で乗るのと二人で乗るのとじゃきっと楽しさが違いますよ!」 「そうかもしれないけど……」 「けど……どうかしたんですか?」 「は、恥ずかしいから、ダメ……」 「残念……。先輩と一緒に乗れたらいいなって思ったんですけど……」 「…………」 ダメって言われたけど、一緒に乗ってみたいような……うずうずしてる顔してるんだよなぁ…… これって恥ずかしくなかったら一緒に乗ってくれるのかな? 「先輩、俺らだってまだ子供なんです」 「だから、2人でブランコ乗っても全然恥ずかしくないですよ!」 「そうなの……?」 「…………」 「だったら、乗ってみたいかも……」 「サバゲーって知ってますか?」 「サバ……ゲー?」 「えっと、エアガンっていう銃を持って山とかに行って、チームに分かれて銃で撃ち合うんです」 「銃で撃ち合うの? 怖い……」 「BB弾ですけど当たると痛いですからね……」 「い、痛い……?」 「あ、あれ……?」 怖がらせてしまったようだ。 「先輩って相撲とか好きそうですよね?」 「……どうして?」 「なんていうか、俺の中で日本の伝統的なものが好きそうなイメージがあるんですよ」 「それで、相撲って日本の伝統的スポーツだから、好きそうだなーって思いまして」 「そうなんだ……」 「好きかどうかはわからないけど、見てるとドキドキする……」 「え、力士の体に!?」 「……? なんで体にドキドキするの?」 「え? えーっと、それは……」 まさかボケ殺しされるとは思わなかった……! (あのがっしりしてるけどふくよかな肉体同士がぶつかりあってる姿に興奮するかと思いまして……) なんて絶対言えない!? そもそも冗談なのにそんなこと言ったら自滅する一方じゃないか! 「……? ねぇ、どうして?」 「あ、あははー! 冗談、冗談に決まってるじゃないですかー!」 「冗談、だったの……?」 「ええ、きっとあれですよね?」 「行司さんのステップ捌きにドキドキするんですよね」 「違う……」 「一瞬で勝負が決まるスポーツですからね」 「うん……。だから、目が離せないの」 「相撲って長くても30秒かからないですもんね」 「あっという間に勝負が決まっちゃうから、ドキドキする……」 「そういう風に一瞬で勝負が決まるスポーツは珍しいですよね」 「他は短くても、もう少しかかるから……」 「それにただ相手にぶつかるだけじゃ勝てませんし、奥が深いですよね」 「うん……。相手の動きを読まないといけないから頭使う」 「そう考えると相撲ってなかなか難しいスポーツですよね」 「個人スポーツだと一番頭も使って体も使う気がする……」 「もしかすると……そうかもしれないね」 「先輩って絵は描かないんですか?」 「切り絵なら……」 「描くのとは少し違うけど……」 「切り絵? おお、なんか凄そう。どんな風に作るんですか?」 「切りたい絵を白黒コピーして、反転した状態で台紙に固定するの」 「その時に細かく切れないように……輪郭線が繋がるように薄く書いておいて」 「デザインカッターっていうカッターで切っていくの」 「だから、描くのとは違うけど、結構楽しい……」 「結構作業が細かそうですね……」 「今度俺にも教えてくださいよ」 「先輩の説明を聞いてたら興味が湧いたっていうか、やってみたくなっちゃって……」 「や、やるのと教えるのだと違う部分もあるし……教えるの苦手だから……」 「そしたら作ってる時隣で見てても良いですか?」 「先輩の技術を目で見て盗むんで、教えなくて済みますよ」 「……それなら、大丈夫かも」 「あんまり難しいものだと一気に盗めないんで、お手柔らかにお願いします」 「じゃあ、ペットボトル……」 (え、そのチョイスなに!? 難しいのか簡単なのかよく分かんねぇ!?) 「先輩は油絵描いてそうなイメージでした」 「……どうして、油絵のイメージ?」 「え、どうしてって……」 『お嬢さま=油絵っていうイメージだから』って言ったら固定概念を押し付けてるような気がするし……。 「ねぇ、どうして……?」 「なんとなく、ですかね……」 「なんとなく……? 私って、そういうイメージ……あるの?」 「なんか、フィーリングというかそんなものを感じまして……」 「……そう」 「私、油絵なんてしたことない」 「パン屋のパンって美味しいですよね」 「うん。焼きたてのパンとか、すごく美味しい」 「特に……焼きたてのフランスパン……」 「フランスパンですか。結構固いイメージしかないんですけど……」 「フランスパンは、焼きたてだとそんなに固くない……」 「そうなんですか? 焼きたては食べたことないから知らなかった……」 でもフランスパンって味ついてないよな? 菓子パン系はどうなんだろう? 「クロワッサンも美味しいですよね」 「甘いやつもあればちょっと塩気があるようなのもありますし」 「うん……。それに、サクサクしてて食感も楽しめる」 「焼きたてだとすごい美味しいんですよね。初めて焼きたて食べた時は驚きましたよ」 「まだ、焼きたては食べたことない……」 「そうなんですか? あれは一度食べておいた方が良いですよ」 「今度、探してみる……」 「パン屋さんによっては焼き上がり時間を教えてくれたりするんで」 「もし良かったら教えてもらうと良いですよ」 「……そうする。ありがとう」 「クリームパンも美味しいですよね」 「……どうだろう」 「え?」 「お店によって味が違うから……美味しいお店もあれば、美味しくないお店もあるから……」 「そ、そうなんですか?」 カスタードクリームってその店ごとで作ってたりしてるのか? 「だから美味しいとは、一概には言えない……かも」 「知らなかった……。クリームパンって安定した美味しさがあると思ってたのに……!」 「パン屋さんで買うと、結構違うから……」 「今度、試してみるといいかも」 「分かりました」 うーん、クリームパンはそんなに好きじゃないのかな? それともひどいハズレを引いたことがあるとか? 「先輩の好きなお菓子を教えてください」 「グミ」 「即答!? 先輩はクッキーとか煎餅系が好きかと思ってました」 「そう……?」 「でもグミって美味しいですよね。味もバリエーション豊富だし」 「……私も、すっぱいパウダーがついてるグミが好き」 「手元にあるとついつい食べちゃう……」 リスみたいにちびちび食べるのかな……? そうだとしたら可愛いな。 そういえばグミといえば……。 「海外のグミって固いですよね」 「ひどいのだとゴム噛んでるような食感で噛み切れないし……」 「うん……。しかも、あんまり美味しくない……」 「味が単調っていうか、美味しい味じゃないんですよね……」 「あと、色が不気味……」 「あぁ〜、毒々しいというか、食べ物なの? って色してますよね」 「……そういうグミは、嫌」 先輩のテンションがめちゃくちゃ下がってる……! 相当海外のグミは嫌いなんだろうな…… 「グミってクセになりますよね」 「うん……。気が付いたら、全部食べちゃってる」 「そうそう。手を止めるタイミングが見つからないんですよね」 「食べ過ぎちゃったかなって、手を止めようとするんだけど……」 「グミの誘惑に勝てないの……」 「もう食べないって決めたらどこかに避けておいて、意識しないようにしないと誘惑に勝てませんよね」 「あなたも、グミの誘惑に勝つの難しいんだね」 「俺の場合たまに食べるって感じなんで、余計に誘惑に負けそうになるんですよね」 「コンビニで小さいのを買って、気が付いたら全部食べ切っちゃうとかよくあります」 「……ふふ、私も一緒」 「なかなかヤツには勝てませんね……。先輩は勝ててますか?」 「今のところ五分五分……。でも、油断してるとすぐ負けちゃうから気をつけてる……」 「昼飯の後って眠くなりますよね」 「うん、眠くなる」 「昼休みとは別に昼寝時間が欲しいですよね」 「シエスタ……」 「え!? なんですかその呪文みたいなやつ……?」 「シエスタ、知らない……? スペインとかアルゼンチンにあるんだけど……」 「初耳です。どういうやつなんですか?」 「簡単に言うと、お昼寝制度……。この時間からこの時間まで皆でお昼寝しようっていうやつ」 「そのシエスタの時間はお店もやってなくて、その代わり夜の営業時間が少し長めなの」 「へぇ……! 面白い制度ですね!」 「先輩って意外なこと知ってますよね」 「そう……?」 「俺、シエスタ制度とか知らなかったしビックリしましたよ」 「でも、学校でそういうのがあるって……習わなかった?」 「……え?」 「私は社会の教科書に載ってて、授業で教わった……」 「そうなんですか? 俺は習わなかったような……」 「教科書って、全部一緒ってわけじゃないんだね」 「そうかもしれませんね。俺が忘れてるだけかもしれませんが……」 マジで教科書に載ってるのかな…… 帰ったら昔の教科書引っ張り出してみるか。 「日本もその国を見習うべきだ!! 先輩もそうだと思いませんか!?」 「そう……かも?」 「昼寝を国が推奨しているなんて……最高じゃないですか!」 「……でも、その分朝が早いよ?」 「……それはマジですか?」 「うん……。シエスタがある分、夜は遅くて朝が早いの」 「それじゃあ……シエスタはあっても早起きはしなきゃいけないってことか……」 「それに、もしかすると夜遅い分早起きが大変かもしれない」 「そ、それは確かに……。でも、昼寝出来るっていうのは羨ましいですよ」 「シエスタがあるから、ちょうどいい生活リズムなんでしょうね」 「ふふっ、そうかもしれないね」 「先輩って夜型の人ってどう思いますか?」 「どう……って言われても……、私、夜はすぐ眠くなるから……」 「そういう人たちのこと良く分からない……」 「そ、そうですか……」 この話題はこれ以上続かなそうだ。 「先輩って修学旅行はもう行きましたか?」 「うん、沖縄に行った……」 「どうでした? 海とか綺麗でしたか?」 「ゴーヤが美味しかった」 海よりもゴーヤの方が記憶に残ってるのか…… 「ゴーヤと言えばチャンプルが美味しいですよね」 「うん……。苦みがほどよくて、美味しかった」 「あと、ミミガーも美味しい」 「ミミガーって、豚の耳ですよね?」 「そう。こりこりしてた……」 「へぇ、食べたことないんでちょっと食べてみたいかも……」 「ジンベエザメの味はどうでした?」 「ジンベエザメは食べるものじゃない……」 「あれ? でも沖縄の特集でジンベエザメがどうとかって見たような……」 「それは、ジンベエザメの間近で泳げるやつだと思う……」 「あぁ! スキューバダイビングでしたっけ?」 「そう……。だから、食べたりしない……」 「そうですね……特集のやつをうろ覚えだったもので……」 「でも、サメが間近にいるって怖そうですよね」 「ちゃんと、そういう人用にサメが入ってこれないよう生簀に入ってるところもあるから……」 「大丈夫」 「ちんすこうって美味しいんですけど、甘過ぎですよね」 「あの、ビスケットみたいなやつだよね?」 「そうです。でもビスケットとは違うサクサク感があって美味しいですよね」 「うん。食感は良いんだけど、甘すぎて砂糖をそのまま食べてるような気にもなる……」 「たしかにそのくらい甘い味もありましたね……」 「もう少し甘さ控えめなのを出してくれたらもっと人気が出る気がするけどなぁ」 「そうかも……。でも、味のバリエーション豊富だよね……」 「そうですね。味の種類はそのままで、甘さを控えてくれたらすごい美味しそうです」 「食べてみたいなぁ……」 「今売ってるちんすこうは甘すぎて1個食べたらもういいやってなりますからね……」 「うん……でも、食べ過ぎないから良いかもしれない……」 「なるほど、そういう考えも出来ますね」 「ちゃんと女子の悩みを考えてくれてる、優しいお菓子……!」 「最近の冷凍食品ってクオリティ高いですよね」 「そうなの……?」 「あれ、もしかして冷凍食品が食卓に出たりしませんか?」 「うん……いつも、作ってくれるから……」 「そうですか……」 これ以上この会話は長続きしなそうだ…… 「恋は時に人を積極的に動かすらしいです」 「積極的に……?」 「例えば、好きな相手の側に行くとか、同じ接点を作ろうとしたりですかね」 「あとはこれも接点を作ろうとするのに被るかもしれませんが、共通の趣味を持とうとしたり、ですかね」 「そうなんだ……。そういう風に動こうとするものなの?」 「しなきゃいけないっていうわけじゃなくて、そういう風に動く人もいるって感じで良いと思いますよ」 「なにかをしなきゃいけない、っていうことはないと思います」 「……あなたはそういうこと、したことある?」 「したことありますよ」 「好きな人の側に行って積極的に話しかけたり、興味持ってくれそうなマンガを持っていったりしましたね」 「そうなんだ……」 あ、あれ……? なんか反応が薄いな…… 「先輩はそういうことしたことありますか?」 「ない。そういう感覚が良く分からない……」 「そうなんですか? うーん、どう説明すればいいのかな……」 お嬢様だから恋愛禁止令とかあったのかな? それとも単純に出会いがなかったとか……? 「今してますよ」 「…………」 「…………」 え、なにこの沈黙……俺やらかした? お、落ち着け……とりあえず悪意はないことを伝えよう! 「ま、まあ俺は先輩と仲良くなりたいだけなので深くは気にしないでください!」 「…………」 「……分かった」 「……恋とか、よくわからないけど」 「私も、あなたと仲良くなりたい……」 「っ!? お、俺なんかで良ければ全然OKですよ!」 「どういう男が女性に振られやすいと思います?」 「…………」 「あ、あの……先輩?」 「うーん……」 「そ、そんなに本気で悩まなくていいですからね!? 軽い気持ちで聞いただけなんで!」 「……そう?」 このままだと悩んでるだけでだいぶ時間経っちゃいそうだし、話題を変えたほうがよさそうだ。 「占いの恋愛運って何を根拠に言ってるんでしょうね」 「テレビ局スタッフの気分次第……」 「気分次第……!? そ、それは本当ですか……?」 「家ではそう教わってる」 マジかよ…… じゃあ『ラッキーカラーはアメジストピンク』なんて謎な色もスタッフが考えてるのか!? 「それが本当だとしたら、誰も占いを信じなくなりそうですね……」 「でも、女の子は占いが好きだから……」 「でも、それはちょっと夢の無い話ですねぇ……」 「占い気にしてる人が知ったら、ショックを通り越して絶望しちゃうかもしれませんよ」 「夢の無い話っていうのは、そう言われるとそうかもしれない……」 「でも、私も家でそう教わっただけだから……本当のところはどうなのか分からない」 「ですよね……。それがもし本当だとしたら雑誌とかの占いしか信じられないぞ……!」 「でも、もしかしたら雑誌の方も……!?」 「雑誌は……私も良く分からない……」 「占いはワクワクするためのツールですよ」 「だから、そういう裏話は気にしないことにしましょう」 「……そうだね。ちょっと楽しむくらいが良いかも」 「私も、占いでワクワク出来るようになりたいな……」 「先輩ならきっとすぐなれますよ」 「雑誌とか、テレビの占い師本人が出てるやつの占いを見たら信頼性は上がりますし」 「そう……かな。うん、今度見てみる」 「占いの結果が良いといいですね」 「……うん!」 「先輩、一目惚れって本当にあると思いますか?」 「わからない、ごめんなさい……」 この話題は失敗だったようだ。 「ネット恋愛って知ってます?」 「ネット恋愛……? 知らないと思う……」 「文字通りネット上で疑似恋愛を楽しんだり、本当に交際したりするんです」 「ネットってことは、顔は知らないんだよね?」 「えぇ、写メを交換する人もいるでしょうけど、基本的には交換していない方が多いかもしれません」 「2次元が相手の場合はそんなことをしないでもいいんですけど」 「2次元……?」 「っと、そっちの話は置いておいて、顔が分からない分、相手の性格などが良く見えるようになるので」 「結構運命の相手と巡り合えるって言う風には聞きますけど、実際はどうなのか分かりませんね」 「たまにネカマも居ますけどね」 「……ネカマ?」 「ネット上で顔が分からないからって、男なのに女性っぽく振る舞っているネット上のオカマですね」 「そんな人がいるの……?」 「そうなんですよ。だから気をつけないと実は男同士でイチャイチャメールをしていたという衝撃的なことに……!」 「それって、気付かないの?」 「結構気付かないらしいですよ。騙されたー! って人聞きますし」 「本人には申し訳ないですけど、他から見たら結構面白いですよね」 「面白いっていうか、すごい……」 「ネカマさん、話してみたいかも……」 「ネカマって言っても多分普通の男ですよ!?」 「でも、遠距離恋愛みたいにメールやチャット、電話でしか連絡を取り合えないから辛いとも聞きますね」 「そうなんだ……。辛いのは嫌だね……」 「好きになったなら、できれば近くに居て欲しいし、好きな時に会いたいですよね」 「辛いのに……それでも、付き合うの?」 「好きだから、でしょうね」 「遠距離恋愛を体験したことがないので良く分かりませんが……」 「すごく、辛そう……」 「普段会えない分、会えた時にもっと好きになるって聞きますけど」 「ネット恋愛だと会えなかったりしますから恋が冷めちゃいそうで怖いですよね」 「……うん」 「失恋ってしたらマジ凹みしそうですよね」 「経験が無いからわからない……」 「そうですか……」 これ以上この話題は長続きしなそうだ…… 「俺の趣味について何か質問があれば答えますよ」 「うーん……」 「趣味って、結構多くある?」 「多くはないですけど、それなりにって感じですね」 「じゃあ、あなたの趣味はインドアなのが多い?」 「それとも、アウトドアなのが多い?」 「インドアな趣味が多いですね」 「部屋で映画を見たりゲームなんかをしてますよ」 「映画とか、好きなんだ……?」 「そうですね。でもどちらかというとゲームの方が良くやってます」 「なので映画は話題になったやつとか、そういうのしか見てないです」 「ゲームは……どういうの、やってるの?」 「ゲームは色んなジャンルをやりますよ」 「RPGにシューティング、格闘ゲームにパズルものまで一通りはやってます」 「パズル……」 「もしかしてパズルに興味あります?」 「そしたら今度どういうのがあるか持ってきましょうか?」 「多分3種類ぐらいあるんで、それを持ってこようかと思うんですけど」 「……その時は、お願い」 「わかりました」 「楽しみ……」 「実は俺アウトドア派なんです」 「公園とか海側を散歩するのが好きですね」 「あとは外で友達と過ごすのが趣味っていえば趣味ですね」 「外で友達と……良いなぁ……」 「せ、先輩……?」 「良いなぁって言ってる割にはすごくショック受けてるような顔してるんですけど!?」 「……ううん、なんでもない」 「そ、そうですか……?」 「うん、大丈夫だから……」 何か気に障ること言っちゃったのかな…… 「先輩、俺の私生活について何か聞きたいことがあればお答えします」 「……夜は、どういう風に過ごしてるの?」 「そうですね、晩御飯食べた後はマンガ読んだりゲームした後に風呂入って寝るって感じですね」 「宿題とか、復習はしないの……?」 「しゅ、宿題ですか……?」 「き、気が向いたら……ですね」 「ちゃんとやらないと、ダメ」 「で、ですけど朝早起きして宿題に挑んだ方が集中力が湧いて頑張れると思うんですよ!」 「……ちゃんと、朝起きてやってるの?」 「…………」 「…………」 「いやー、今日もいい天気ですねー!!」 「……話そらさない。先生に怒られちゃうよ」 「宿題とかやろうとしてもすぐ眠くなっちゃうんですよ……。内容もよく分からないし」 「そうやって分からなくなる前に、ちゃんと先生に相談したりすればいいと思う……」 「そうですけど、こう……聞くのが恥ずかしいというか……」 「先生がダメなら、友達に聞けばいい……」 「分からないところを放っておくと、大変……!」 「……はい、気を付けます」 「宿題がある時はマンガとかの時間を宿題に当ててます」 「そうなんだ……。偉い」 「でも分からない問題とか出てくると困っちゃうんですよね」 「夜だから友達に聞くにしてももしかしたら寝ちゃってるかもしれなし……」 「そんなに遅い時間なの……?」 「そこまで遅くはないんですけど、夜に電話しちゃっても大丈夫かなーって」 「メールだと、上手く伝わらなかったりするもんね……」 「そうなんですよね……。だからその時はちょっと早めに学校に来て友達に聞いてます」 「あなたって……優しいね」 「友達のこと、大事にしてる……」 「俺の学校生活についてなにかありましたら答えますよ」 「学校……楽しい?」 「ええ、それなりには楽しんでますよ」 「嬉しいことに友達には恵まれてますし、嫌なこととかもありませんからね」 「どんなところが?」 「どんなところ、というのは……?」 「楽しいところ……」 「え、えーっと……」 「勉強が楽しいからですね」 「苦手な教科もありますけど、苦手意識が強くなる前に克服しようって思えますし」 「そうなんだ……偉いね」 「勉強も少しは真面目にやっておかないとなーって感じでやってるだけですけどね」 「だから偉くはないと思います」 「でも、普通はそういう風に考えないと……思う」 「そうですか? あんまり意識したことないんで……」 「これからも、頑張ってね……」 「友達とバカ騒ぎ出来るからですかね」 「皆と遊べたりするのが楽しいんですよ」 「でも、騒ぎすぎたら……ダメ」 「一応そういうところは気を付けているつもりなんですけど、制御が出来ないというかなんというか……」 「先生に、迷惑かけないようにね……」 「そうですね……。放課後に呼び出しとか食らったら嫌ですし」 「…………」 「上手く、伝わらない……」 「え、何がですか?」 「……とにかく、騒ぎすぎないように気を付けて……」 「は、はぁ……」 そんなに騒ぐのはダメなのか……? うーん、まあ一応先輩の言う通り少し気を付けてみよう。 「先輩、今から俺の特技についての質問を受け付けますよ!」 「特技、持ってたの?」 「実は持ってるんですよね」 「俺、人に自慢出来る特技があるんです!」 「どんな……?」 「ふふふ、それはですね……!」 「知らない人とすぐ仲良くなれることです」 「実際、先輩ともこうやって仲良くなれてますし」 「そう言われてみれば……」 「これが俺の自慢出来る特技です」 「羨ましい……」 「先輩だって、この特技身につけられるんですよ?」 「……ホント?」 「私でも、出来る?」 「ええ、難しいことなんてないんですよ」 「ただ、その人と仲良くなりたいって思って話しかけるだけなんですから」 「それだけ?」 「ええ、簡単でしょ? だから先輩でも出来ますよ」 「……頑張ってみる」 「宿題を夕飯前までに終わらせることです」 「それ、私も出来る」 「マジで!? なかなか出来る事じゃないと思ってたのに……!」 「私の家だと、普通……」 「そ、そんな……」 「じゃあ、補習をギリギリで回避する! これは先輩にも出来ないでしょう!?」 「ギリギリじゃなくて、ちゃんと回避しなきゃダメ……」 怒られてしまった…… 「せっかくですから、ここでエッチな質問を受け付けましょう」 「何がせっかくなの……?」 「…………」 「でも、聞いてみたい……」 「ほう、それはどんな事ですか?」 「俺が答えられる質問でしたら答えますよ」 「……な、なんで男の人は女子が薄着になると嬉しそうにするの?」 「……ほう」 思ったより答えにくい質問が来たぞー!!! 「そ、それはですね……」 「女性の肌が見たいからです!」 「やっぱり……そう」 「あくまで一般的な意見なのですべての男がそうという認識はしないでくださいね?」 「世の中には肌を晒さない女性の方が良いという人もいるので……」 って、何で言い訳してるんだろう…… どっちも素敵なんだけどさ!! 「うん……分かってる」 「そういうのって、見たいものなの?」 「そりゃもう見れるならいつまでも見ていたいですよ!!」 「…………」 「…………」 ほ、本音が出たー!! 「え、えっと今のはその……」 「……そうなんだ」 (あれ? 嫌な顔してない……? むしろ照れてる!?) 「下着を見られるチャンスが増えますからね」 「下着にロマンを感じる男性も少なからずいるのですよ」 「……下着なんて、まじまじと見られても……困る」 「そ、そうですよね!? 下着はあくまでファッションで、勝負は中身ですよね!?」 「…………」 「…………」 「……変態さん」 嫌そうな反応に慌てて変なこと言っちゃったー!! はい、変態さん称号いただきましたー!! 「え、えっと……男はみんな変態さんで……っていうのは、通用します?」 「そんなの、知らない」 「せ、せめて変態さんと呼ぶのはやめていただけませんか……?」 「…………」 「ダメ!?」 「先輩って、男子の恋愛事情に興味あったりしませんか?」 「ううん、今は別に……」 これ以上この話題は続かなそうだ。 よし、先輩を見つめてみよう! 「……じー」 「…………?」 「…………」 「…………」 なんか、にらめっこみたいになっちゃったな……。だけど、ここで負けるわけにはいかない!! 先輩の目、ちょっと眠そうだけどそれはそれで可愛さがあるんだよな……。 そ、それに……見られてるの意識したら恥ずかしくなってきた。 「…………」 「まいりました……」 「なかなかやりますね先輩。先輩に勝てそうにないです」 「ふふっ、そんなことない……」 「先輩だったらにらめっこ大会に出たら優勝出来ちゃうかもしれませんよ」 「でも、あなたは面白い顔してなかった……」 「俺はただ先輩を見てただけですからね」 「先輩も俺を見てきたんで、そのまま見続けたらいつのまにかにらめっこになってましたね」 「何か、用があるのかと思った……」 「なんとなく先輩のこと見てみようって思っただけなんで」 「そうなんだ」 「用があったら、ちゃんと話しかけてきてね」 「用がなくても話しかけていいですか?」 「うん、大歓迎……」 「ふぅ……、先輩には勝てません……」 「俺の負けなんで脱ぎますね」 「え……脱がなくていい……」 「でも、負けは負けですし……。先輩に見せるのは恥ずかしいですけど……」 「それより、勝ち負けって?」 あ、スルーされた。ちょっと悲しい。 「今にらめっこしてたじゃないですか」 「それで俺の方が先に視線を逸らしてしまったんで先輩の勝ちですよ」 「いつの間に……勝負になってたの?」 「え? うーん、いつの間にかに」 「……そう。とりあえず、脱がないでね」 「あ、はい……」 「……ふふっ」 「どうしたの……?」 「先輩を見ていると、ちょっと微笑ましいというか」 「え……、そんなに変な顔してる……?」 「え? あぁ、先輩が面白い顔をしてるっていうわけじゃないですよ?」 「……本当に? 気を遣ってくれてたり、してない?」 「私、本当に変な顔してない……?」 そ、そんなに自分の顔に自信ないのかな…… 「そんなことないですよ」 「先輩は美人だから安心してください」 「私は、美人じゃない……」 「そうですか? 俺から見たら美人の部類に入るぐらい綺麗だと思いますけど……」 「先輩の言う美人って、どのぐらいのレベルの人ですか?」 「ドラマとかに出てくる、人気女優さんとか……」 「人気女優と来ましたか……」 それってだいぶハイレベルじゃないか。 先輩のハードル高すぎでしょ…… 「うーん、俺的には先輩も美人なんですけどね……」 「そんなことない……」 「どうしてそんなに自分に自信がないんですか! そりゃ女優さんとか違うでしょうけど……」 「でも先輩には先輩しかない魅力があると思います!」 「そ、そんなに力説されても……良く分からないから……」 「先輩は変な顔なんてしてませんよ!」 「いいですか? 変な顔っていうのは、こういう顔のことですよ!」 俺は自分が思う変な顔を全力でしてみる。 「……ぷっ、変な顔だね……」 「これが変な顔ですよ。先輩を見て微笑ましいと思うのとは違いますよ」 「なんて言ったらいいか上手く言葉が出てこないんですけど……」 「見ていて決して面白いとかではなく、微笑ましい気持ちになるんですよ」 「……そうなの?」 「はい。だから先輩はいるだけで癒しオーラみたいなのを周りに出してると思いますよ」 「変な顔というよりは、癒し系な顔をしていると思います」 「ありがとう……。安心した」 よし、先輩のマネをしてみよう! 「…………」 「ぼーっ……」 「…………」 「ぼーっ……」 「どうしたの……?」 「先輩のマネです」 「それ、失礼……」 「私、そんなぼーっとしてない……」 「え? してましたよ」 「そんなにぼーっとなんかしてない」 「とにかく、それやめて」 珍しいな……。ちょっと不機嫌っぽくなってる。 もしかして怒ってるのかな? 「すごい! 先輩が怒った!」 「私だって……怒る!」 「でも普段怒りませんよね? すごい貴重な体験してる気がする……!」 「怒ってるのに……」 あれ? なんか先輩がしょげてきた。 「……もういい。知らない」 も、もしかしてめちゃくちゃ怒ってる? 「し、知らないって……」 「あ、あの……先輩、ごめんなさい! 機嫌を直していただけませんか……?」 「…………」 「あなたなんか、知らない……」 「ほ、ホントごめんなさい! 許してください!!」 「……ふんっ」 「先輩も俺のマネしてみてください」 「先輩から見た俺ってどんな風なのかちょっと気になります」 「……ニヤニヤすれば良いの?」 「え!? 俺いつもそんな顔してるの!?」 「……結構。見てて、楽しい」 う、うーん……。恥ずかしいけど、先輩が楽しいならそれでもいいかな? 「どんな感じにニヤニヤしてるんですか?」 「えっと……こ、こんな感じ……かな?」 「ヤダッ、俺って可愛い……!」 「じゃないよ! 先輩だから可愛いんじゃん!!」 「……あ、ありがとう」 「おうふ……おぉぅ……」 「お腹、痛いの……?」 「いえ、こういう顔をすれば、少しドラマティックな展開にならないかなと思って」 「ドラマティック……?」 「俺、常日頃から変わったこととか、面白い事が起きないかって期待しながら生活してるんですよ」 「そのためにはちょっとした演出も必要かな、って思いまして」 「でも、普通も魅力があると思う……」 「そうですけど、そこは男の冒険心というか、ロマンみたいなものが絡んできたりするんですよ」 「そういうもの……なんだ」 「先輩もドラマティックに生活しましょうよ!」 「それで、人生を彩りましょう!」 「ドラマティックって、例えば……?」 「そうですねぇ……」 「『実は俺と先輩は生き別れの姉弟だった!』という設定だとします」 「だけど、姉弟とは知らずに恋に落ちてしまった二人は、親からその話を聞いてしまう……」 「そして二人はどのような行動をとってしまうのか……! とかどうですか?」 「それはドラマなの?」 「え、昼ドラとかでやってるようなやつってドラマじゃないんですか?」 「なんか……違うと思う……」 「でも結局普通が一番なんですよね」 「うん……。普通でも十分楽しいこと、あると思う」 「普通の方が、ちょっとしたことでも楽しいって思えますしね」 「あんまり刺激のある生活ばっかりしていたら、その感覚になれちゃうだろうし……」 「そうなると普通の生活が物足りなくなって損した気分になっちゃうかもしれません」 「友達と、お話したり、お出かけするだけでも楽しい……」 「そうですね。それは俺も思います」 「普通な生活、素敵だと思う」 「……ハエは、速ぇ〜」 わざととはいえ、外した時のことを考えたら恥ずかしくなって小声になってしまった。 「っ!? ……ハエ、ぷっ」 ん!? この反応は……いける!! 「隣の塀に囲いが出来たんだってさー、へぇー! カッコイー!」 「ぷぷっ……、か、囲いがカッコイ……」 「ち、ちょっと……ストップ……」 「じゃあ最後に一つだけ……」 俺は先輩の耳元で囁くように言った。 「……みかんの上に、アルミカン」 「ぷっ! ……も、もうやめ……くくっ、お腹痛い……!」 「先輩ってこういうギャグに弱かったんですね」 「だ、だって……! 面白いんだもの……」 「そういうの、いっぱい知ってるの?」 「結構ありますよ? 例えば……」 「す、ストップ……!」 「どうしました?」 「それ以上言われたら……笑い過ぎて泣いちゃいそう……」 それはそれで見てみたい気も……! だけどさすがにまずいよな……。 「先輩も何かネタを一発お願いしますよ」 「ネタ……さっきみたいなやつ?」 「全然OKですよ」 「じゃあ……」 「……ふ、布団が……ふっとん……だ……」 「…………」 顔真っ赤にして、すごい恥ずかしそうに寒いギャグを言う先輩……。 やばい、すっごい弄りたい。 軽くプルプルしてるし、小動物的な可愛さがあるかもな…… 「えっと、どう……だった?」 「最高です!!」 「そう……。反応がなかったから、面白くなかったのかなって……」 「え、あ、あぁ! そんなことないですよ!」 「布団が吹っ飛ぶなんて言葉だけでも面白いのに想像までしちゃったらマジでヤバいです!!」 「良かった……!」 あぁ……先輩ごめんなさい。 ギャグは寒かったですけど、その笑顔はマジ最高です……! 「でも、先輩だけですよこんなので笑ってくれるの」 「え……?」 「みんな『寒い』とか『いつの時代のギャグー? プークスクス』とか言われちゃいますからね」 「そうなの……?」 あれ? なんかすっごいショック受けてるように見えるのは気のせい……? 「みんな、面白くないんだ……」 「面白いって思ってたの、私だけ……」 「い、いや、もしかしたら面白いって思う人もいると思いますよ!」 「……あなたは、どうなの?」 「お、俺は……」 「…………」 「…………」 「……うん。そうだよね、私だけだよね……」 「なんか、ごめんなさい……」 「どうです? 俺のこんな顔も案外良くないですか?」 「笑ってた方が可愛い……」 「可愛い!?」 俺ってクールガイなタイプじゃなくてプリティフェイスな方だったの!? 「お、俺の顔って可愛い方なんですか? それとも、カッコいい方なんですか?」 「……どっちだろう?」 「分からないけど、笑った顔は可愛い……と」 「うん……」 「そうですか……」 「そういう道も模索してみようかな……」 「ちょっと考えてる路線とは違うけど、先輩が可愛いって言ってくれたし……」 「そういう顔をするよりも、笑っているあなたの方が良い……」 「そ、そうですか?」 「それって、その方が俺らしいって感じですか?」 「うん……。いつも笑っていて、向日葵みたい」 「向日葵ですか……。なるほど」 「じゃあさっきの表情はどんな感じに見えました?」 「うーん……?」 「瀕死の、メダカ?」 「それ分かりづらいですよ!? てか瀕死なの!?」 「俺の顔なんて平均以下ですよ先輩」 「俺の顔が可愛かったら色んなものがめちゃくちゃ可愛くなりますよ」 「そんなことない……。笑顔が可愛いのは、良い事」 「そ、そうですか……」 男としてはカッコいいと言われたいんだけどな…… 「俺、カッコいい男になれると思います?」 「……なれる、かも?」 「マジですか!? これは目指すしかねぇ!!」 「でも、可愛い笑顔はそのままが良いと思う……」 「な、なるほど……。じゃあ他の部分でカッコよくなれるように頑張りますよ!」 「頑張って……」 「あなたの笑顔を見ると、元気になる」 「じゃあ、もっと笑って先輩を元気になってくださいね」 「先輩、セラミック包丁って知ってます?」 「白い包丁のこと?」 「そうです。なんか軽くて使いやすいみたいですね」 「先輩は使ったことあります?」 「この学校の調理実習で使ってる」 「え、家庭科室の包丁ってセラミック包丁だったんですか?」 「……多分、全部そうだと思う」 「そうなんですか!? 知らなかった……」 「家庭科室を使う機会って、あんまりないもの……」 「そうですね。セラミック包丁と普通の包丁ってどう違うんですか?」 「セラミック包丁の方が、トマトとかお刺身切る時に便利……」 「ただ、カボチャとか切る時は刃が欠けちゃうかもしれないから、普通の包丁の方がいい……」 「なるほど……」 「セラミック包丁と言えば、可愛いデザインの物が多いですよね」 「握るところの色が違うだけで女の子っぽくなりますよね」 「ピンクとか、グリーンのがあるよね」 「男が持つならやっぱり黒ですけど、女の子が持つなら全然アリですよね」 「てか、大抵料理作るのって女性が多いからキッチン周りも可愛くしたいって思うんですかね」 「見えないところにも、オシャレするから」 「じゃあ、可愛いデザインの包丁が出てキッチン周りもオシャレが出来るようになったって感じですか」 「うん。女の子は可愛いの好きだから……」 「セラミック包丁って手入れが簡単なのが魅力ですよね」 「ダイヤモンドシャープナーでしたっけ? 専用の研ぎ器があるんですよね」 「うん。あれで研ぐの、好き……」 「そうなんですか? てか、あれってどう使うんですか……?」 「電源を入れて、片面ずつ……ゆっくり数回研げばおしまい」 「そんなに簡単なんですか!? なんかもう少し手順があると思ってました……」 「研いだ後に野菜がサクッと切れるのが楽しみなの……」 「ふふっ」 「研ぎながらその楽しみを想像して笑顔になる先輩……」 「ち、ちょっと怖いです!」 「え……、そんなこと……ない」 「クラスの子に、楽しそうだねって言われたけど、怖がられてないし……」 (それ絶対苦笑いで言ってると思いますよ!?) 「先輩、朝にサクッと作れる一品メニューがあったら教えてください」 「……野菜スープと、豚肉とピーマンの昆布茶炒め」 「その二つはどうやって作るんですか?」 「野菜スープは、人参とか根菜系は細かく切って……」 「火が通りやすいようにして水の入ったお鍋に入れて煮込む……」 「キャベツとか、葉物系は食感が欲しかったら出来上がりの少し前ぐらいに入れて……」 「しんなりしたのがいいなら根菜と一緒に入れてもいい……」 「あとは塩コショウやブイヨンで味を整えて……完成」 すげぇ…… 先輩がめっちゃ饒舌に話してる! 「どうして根菜は早めに鍋に入れるんですか?」 「根菜って、火が通りにくいから……水の状態から煮込むとちょうどいい感じに火が通るの」 「でも、分厚く切ったりすると、それでも火が通らなくなったりするから注意……」 「レンジで加熱しても良いんだけど、私はいつもお鍋からやってる……」 「なるほど……豚肉の方は?」 「豚肉とピーマンの昆布茶炒めは、油をひいたフランパンに切ったピーマンを入れて、火が通ったら豚肉を入れる……」 「それと同時に、昆布茶を入れて豚肉に火が通ったら完成……」 「もし、味が物足りなかったら昆布茶をもっと入れたり、塩コショウで味を調えて……」 「なるほど……! 昆布茶がそのまま味付けになるんですね」 「結構美味しいから、オススメ……」 「野菜を使った料理が多いんですけど、先輩って野菜好きなんですか?」 「うん……! 大好き」 「じゃあ他にも野菜を使った料理があるんですか?」 「えっと、ロールキャベツに、ポトフに……」 「すごい、いっぱい出てくるんですね」 「美味しいし、彩りも綺麗だから……」 「料理って見た目に凝ると芸術みたいになりますよね」 「普段肉系が多かったけど、先輩から教えてもらったレシピを試してみようかな」 「美味しいから、ぜひ……」 「味の保証は、バッチリ!」 「でも、自分じゃ作れないんで母ちゃんに作ってもらわないといけないんですけどね」 「良かったら、レシピ書く?」 「野菜ばっかりのメニューはちょっとなあ……」 「野菜、美味しいよ……?」 「たしかに美味しいんですけど、育ち盛りの男の子はお肉が欲しいです」 「豚肉の方は美味しそうですけど、野菜スープにもお肉が欲しいです……」 「そこは、自分でアレンジすれば良いと思う……」 「そ、そうですか? でもほら、味付けとかちょっと変わったりしないんですか?」 「料理って、家ごとに作り方とかも違うから、どれが正しいとかない……」 「お野菜だけでも、美味しいのに……」 「先輩は目玉焼き派ですか? それとも薄焼き卵派?」 「……だし巻き卵が良い」 「第三勢力ですか!? でもあれって作るの大変じゃないですか?」 「コツが、あるの……」 「そのコツ、教えてもらってもいいですか……?」 「卵を溶くときに、箸をすき間をあけてまっすぐになるように立てて……」 「ボウルの底に白身をこすりつけるようにして、あまり混ぜすぎないように混ぜる……」 「フランパンは焦げるのを恐れずに高温状態で……」 「最初はおたま一杯分を入れて、大きな気泡だけ潰しながら表面がドロドロな状態になるのを待って……」 「卵を奥から手前に三つ折りにするの……」 「空いた部分に油をひいて、今度はおたま二杯分……たっぷり入れるの」 「……こんな風に、繰り返していって、どんどん巻いていって最後にヘラで上や横から形を整えるの……」 「そうすれば美味しいだし巻き卵が……!」 「上手く出来ると、噛んだ瞬間にだしがあふれてきて、ふっくらしててジューシー……!」 「うぉぉぉ! 想像しただけでよだれが出てきそうになる……!」 「とっても、美味しいの……」 「うぅ、説明だけでお腹が減ってくるなんて……先輩ひどいですよ!」 「でも、このコツをマスターすれば俺もふっくらジューシーなだし巻き卵が……!」 「教わった通りにやって美味しく出来なかったら先輩のせいですからね」 「……人のせいにしちゃダメ」 「料理は、材料は一緒でも、やり方とか慣れてるかどうかでも違ってくるから……」 「もし、失敗しちゃってもそれは自分のせい」 「う、それはそうですけど……、それはそれで悔しいものが……」 「精進、あるのみ……。慣れれば、いつでも美味しいだし巻き卵が作れるようになる」 「普段からそんなに料理作ったりしないからなあ……。だし巻き卵の道は険しそうだ……」 「最初は、みんな上手くないから……」 「これで俺も出汁巻きマスターですね」 「作ってみないと、マスター出来ないよ……」 「っと、そうですね」 「あんまり料理したことないけど、やれるだけやってみます!」 「最初は上手く作れなくて、落ち込んだりするかもしれないけど……」 「みんな初めはそうだから、くじけないで頑張って……」 「ありがとうございます! 頑張りますよー!」 「もし上手く出来たら先輩に食べてもらいたいですね」 「ある意味師匠みたいなものですし、評価とか聞いてみたいです」 「楽しみにしてるね」 「最近新鮮さを売りにした醤油が流行ってますよね」 「……あれは、酸化しないように工夫されているから美味しい」 「そうなんですか?」 「そこまでは知らなかったんですけど、先輩って醤油にこだわりとかあるんですか?」 「お醤油も……結構味が違うし、どのお醤油が何に向いてるっていうのもある」 「じゃあ、何種類かの醤油が先輩の家にあるんですか?」 「私の家だと、刺身用の鯛醤油に、白だし醤油に、減塩醤油……」 「俺の知らない醤油ばっかだ……」 てっきり濃口とか薄口かと思ったら全然知らないのだったよ…… 「刺身用の醤油とか、すごいな……」 「考えた人天才ですよね」 「相当なこだわりがないと思いつかないだろうし、理想の味を出せるかも問題だったろうし……」 「うん……。実際、お刺身用のとか、お醤油に味がついてて美味しい……」 「そうなんですか!? 醤油の味だけじゃないんだ……」 「なんていうか、風味があるというか……醤油じゃない味も感じる」 「へえ……すごいな。醤油職人天才すぎでしょ……」 「結構な種類あるし、作ってるところでも味が違う……」 「マジで!? 醤油って奥が深いんだな……」 「うん……」 「醤油の鮮度もいいですけど、炭酸が抜けないボトルも開発して欲しいですよね」 「炭酸って飲んでるうちに抜けていって美味しくなくなっちゃいますから……」 「……それ開発できたら神!」 「か、神!?」 「どうしても炭酸って、抜けちゃうものだから……」 「でも、私炭酸飲めないから……」 「じゃあ、いつも炭酸は抜けたものを……?」 「それは、美味しくないから飲まない……」 「私も飲めるようになりたいんだけど……」 「飲めなくて、気が付いたら炭酸抜けてるから……」 「じゃあ先輩の特訓のためにも、開発されて欲しいですね」 「うん……」 「先輩ってクッキングヒーターって使ったことありますか?」 「無い……」 「そうなんですか? 結構便利って聞いたんですけど……」 「クッキングヒーターは、鍋自体を加熱するから、火力が安定するし魅力的なんだけど……」 「お料理はやっぱり火でしたいから……」 先輩なりのこだわりがあるみたいだ。 「スーパーにある無料のレシピ冊子って使えますよね」 「材料もスーパーに売ってるから美味しそうなのがあったら作ってみようかなって気持ちになるし」 「カロリー表記もあるし、栄養のバランスも考慮されているから……」 「そのまま作れるし便利……」 「へえ、そこまで見てなかったけど、ちゃんと考えられてるんですね」 「うん……」 「特に、炒めもの系は考えなしに作ると同じものになりやすいから……」 「炒めものって適当に突っ込んで炒めればそれでいいですもんね」 「……とにかく、ああいう冊子は助かってる」 「主婦の味方ですよね。冊子にもたくさん種類ありますし」 「うん……。実際、色々活用させてもらってる……」 「それに、ちょっとアレンジ加えたりしたら作れるレシピが増えそうじゃないですか?」 「それはただアレンジしてるだけだから、増えたとは言わないかも……」 「そ、そうですか……」 「でも、たまに家庭には無いような調味料を使ったりしますよね」 「甜麺醤(てんめんじゃん)とか、家にある家庭の方が少ないんじゃないですか?」 「あなたは、どんな料理を作ろうとしたの……?」 「冊子も良いけど人から教わるのも良いですよね」 「うん……所謂、おふくろの味」 「人から教わることで家庭の味が受け継がれていくんですね……」 「家庭によって同じ料理でも味が違うから、料理って奥が深い……」 「それに、そういうのってすごく大事だと思う」 「そうですよね。その人にとって忘れられない味だったりしますし」 「その料理に思い出とかが詰まっているかもしれませんし」 「料理って、素敵だね」 「そうですね」 「うちにもそういうおふくろの味があるんだろうなぁ……」 「きっとあると思う……」 「俺も今のうちからおふくろの味を習得しておこうかな!」 「良いかも。それで、お父さんの味になるし」 「運命の赤い糸ってロマンがありますよね」 「目には見えないけど繋がっている糸を信じて運命の相手を待つ……」 「男からしたらちょっと乙女チックですけど、良い物だと思うんですよ」 「糸が無くてもロマンはあると思う……」 「糸が無くても運命の相手は必ずいる……そういうことですね」 「さすが先輩! なんかカッコいいです!!」 「昔、学校の先生が言ってた……」 「へえ、その先生って結構ロマンチストなのかもしれませんね」 「でも、運命の糸に縛られる恋はごめんですよね」 「好きになるかどうかは自分次第ですし、どこで出会いがあるかなんてわかりませんしね」 「うん、好きになった人が、運命の人」 「先輩が作った糸なら俺は……!」 「私はクモじゃないから……糸なんか作れない」 「そこは髪を代用すれば糸みたいになるかも?」 「それだと、黒い糸になっちゃう……」 「そういえば青い糸、なんてのも聞いたことあるんですけど、あれって何なんですか?」 「たしか、赤い糸とは逆の意味……」 「マジで!? 先輩が作った糸ならとか言いましたけど青だけはやめてくださいお願いします!!」 「だから、糸なんか作れないから……」 「俺、恋人と旅行へ行くのがちょっとした夢なんです」 「素敵な夢だと思う……」 「先輩だったらもし恋人と旅行へ行くとしたらどこへ行きたいですか?」 「私は、北海道がいいな……」 「北海道良いですね! 海の幸とかもあるし、季節によって楽しみ方も変わって素敵ですね」 「うん……」 「だから、同じ場所に行っても何度でも楽しめる」 「国内だったら京都とか沖縄とか、修学旅行で行きそうな場所を選びそうになっちゃいますね」 「他にも良い場所はあるんだろうけど、知らないからって言うのもありますが……」 「そういうのは、情報誌でチェックすれば見つかるかも……」 「海外旅行だったら、俺はハワイに行ってみたいですね」 「日本語もある程度通じるみたいですし、海外なのに日本! みたいなの味わえて面白いかも」 「海外は……嫌かな」 「え、どうしてですか?」 「銃で撃たれるから怖い……」 (え、ハワイってバンバン撃たれるっけ!?) 「多分、いきなりバキューンなんてことはないと思いますよ……?」 「でも、銃を持ってる人はいっぱいいるから……」 「まあ、たしかに持ってる人はいるでしょうけど……」 「その人を怒らせたらバーンって……」 「いくら現地の人でもキレていきなり撃ってきたりしませんよ!?」 「そんなこと、わからない……」 うーん、先輩って怖がり? とりあえず海外はダメみたいだ。 「旅行だったら、やっぱり料理が美味いところがやっぱりいいですね」 「ご当地グルメとか食べ歩きしながら観光出来たら最高だと思います」 「食べ歩きは行儀が悪いけど……、ご当地グルメは食べてみたいかも」 「先輩、場所によってはお祭りの出店みたいに食べ歩き推奨なやつもあるんですよ」 「だから行儀悪くはないです。むしろそれがベストなんですよ」 「そうなの……?」 「そうですよ。今ではB級グルメって呼ばれるものもありますし、食べ物への夢が広がりまくりですよ」 「食べ過ぎないように気をつけないといけないね……」 「そういうのを気にしてたら美味しい物を120%楽しめませんよ! 食べてから動けばいいんです!」 「っ! そうだね……」 「私も、いっぱい食べる!」 「恋人と別れるときってどんな気持ちなんでしょうね」 「悲しいことは、あまり考えたくない……」 「そ、そうですよね……」 この話題はこれ以上続かないな…… 「最近先輩と一緒にいるのが楽しいんです」 「うん、私も……」 「ほ、ホントですか!?」 マジで!? これ勘違いとかそういうのじゃ無いよね!? 嬉しすぎて走り回りたいけど、今は我慢だ……! 「先輩と話したりしないとなんか落ち着かないというか、物足りないんですよね」 「そうなの……?」 「はい。上手く言えないんですけど、そんな感じですね」 「先輩は俺がいないときはどうなんですか?」 「……あなたと似たような感じ、かも」 「え……?」 「なんかちょっと、物足りなさがあるの……」 「そうなんですか……?」 面と向かってそんなこと言われたら恥ずかしくて色々ヤバイ。 これって、好かれてるって思っちゃって良いのかな? でも勘違いだったらショックデカいな…… 「俺先輩がいるから学校来てるんです」 「学校に来ないと先輩に会えないし……」 「……それは、ダメ」 「えぇ!? どうしてですか!?」 「ちゃんと、勉強のために来ないとダメ」 「も、もちろん勉強も頑張りますよ!」 「でも、楽しみがないというか、それだけじゃつまらないんですよ」 「私も、学校じゃないとあなたに会えないけど、学校は勉強するために来る場所だから……」 「……わかりました。泣く泣く勉強頑張りますよ……」 「……うん」 「よし、俺消えちゃおっかな♪」 「え……!?」 「忍法煙玉の術〜♪ みたいな感じにドロンッって」 「な〜んて、冗談だったり……」 「き、消えないで……!」 「じょ、冗談です。俺は消えませんってば」 「俺だって先輩といる時間が楽しいのに、なんで消えなきゃいけないんですか」 「ホントに……消えちゃうかと思った……」 「ちょっと意地悪な冗談でしたね。ごめんなさい」 「ううん……、あなたが消えないでくれるならそれでいいから……」 「先輩……」 「ちょっと、不安になっちゃって……」 「でも、もう大丈夫だから……」 「絶対にいきなり消えたりしないんで安心してください」 「もしいなくなる時はちゃんと挨拶しに来ますんで……」 「と言っても、いなくなる気は全くないですけどね」 「……ありがとう」 「先輩と付き合える男は幸せだと思います」 「そうなの?」 「ええ」 「…………」 あ、あれ!? なんか先輩めっちゃテンション下がってるんだけどどうして!? 「恋愛に効く薬ってあったら使います?」 「それを飲んだらたちまち恋に落ちるとか、相手を魅了出来るような薬です」 「それ、副作用とか平気なの……?」 「そうですねぇ……」 「薬の強さによって副作用があった方がそれっぽいですもんね」 「軽いのだと成績が落ちて、強めなのが病気にかかりやすくなって……」 「一番強いのが人魚姫みたいに喋れなくなるとかどうでしょう?」 「それだと、使うのにとっても勇気が必要……」 「軽いのしか、みんな使わないと思う……」 「うーん、でも薬を多用しないためにもこれぐらいが良い気もするんですよね」 「でも、恋に使えるなら欲しいかもしれない……」 「薬に頼るのは……あまり良いことじゃないよ」 「そういうのに頼らないようにしなきゃ……」 「でも、恋も薬に頼ったら終わりかな」 「暗示かけてるようにも思えるし、それで恋が叶ったとしても、本気で嬉しいとは思えないでしょうし……」 「薬害が起きたら大変……」 「え、そっち!?」 「うん……」 「自分で話題振っといてアレですが、これからは薬に頼らずに生きていこうと思います」 「うん、その方が良いと思う……」 「先輩って城彩の制服似合いますよね」 「そ、そう……?」 「上手く着こなしてるというか、可愛いデザインがより一層先輩を可愛くしているというか……」 「とにかく、めちゃくちゃ似合ってます」 「ありがとう……。お世辞でも嬉しい……」 「お世辞なんかじゃないですよ!」 「俺の方は似合ってますか?」 「みんな同じに見える……」 「俺ってそんな存在感ない!?」 たしかに女子の制服と違ってカッコいいわけじゃないし、髪型も似たようなやつ多いけど…… 「で、でも……変ではないから大丈夫」 「ふふ……慰めなんかいらないですよ……」 「俺が他の男共に埋もれ無いような個性を身につければいいだけですから……」 「えっと……ごめんなさい」 「大丈夫ですって、インパクト強いキャラ作ってきますから!」 「それだと、あなたらしさがなくなっちゃうから……」 「そのままで、いて……?」 そのままでって、他の男共に埋もれたままでいて欲しいのか!?  ちょっとショックだなぁ…… 「本当は女子の制服着たかったんです」 「女装願望……ってわけじゃないですけど、もしかしたら似合っちゃうかも? みたいに思いまして」 「…………」 「あ、あの先輩……? 俺になんかついてます?」 「似合うかもしれない……」 「……へ?」 「うん、多分……似合うと思う」 「うそぉ!? ホントですか!?」 「今、イメージしてみたけど…イケると思う…」 「まあ、似合いそうと言われても女子の制服貸してくれる子なんて身近にいないから着れないんですけどね」 「……残念」 「それに肩幅とか女子よりあるんで、結構ピチピチになっちゃうかも」 「でも、先輩が似合うかもしれないって言ってくれたし、機会があったら着てみたいですね」 「着たら、絶対見せてね……!」 「むしろ、恥ずかしくて先輩にしか見せたくないですね」 「……うん!」 「俺、ファッション雑誌を買うのが少し恥ずかしいんです」 「私も、買う時だけ、ちょっと恥ずかしい……」 「いや、俺の方が100倍恥ずかしいです。先輩に負けないぐらいですよ」 「なんで……?」 「なんか、こう……普段ファッションをさほど気にしていない男がですよ?」 「そういう本を買うのって背伸びしているような感じがしませんか?」 「……そう? そんなことないと思うけど……」 「まあ、なんか恥ずかしさみたいなのがあったりして……」 「店員に裏で笑われてそうだから……」 「『この人、ファッション誌買って背伸びしたいお年頃なのかしらプークスクス』みたいに思われてたら……」 「多分ショックで一生買えないと思います」 「それは、考えすぎ……」 「店員さんは、お客さん一人にそこまで思ったりしないと思う……」 「そうですかね? 『あーこいつこれ見て今から勉強するのかね? マジお疲れっす』とかは思われますかね?」 「どうして……そんな風に思うの?」 「なんか不安になっちゃうんですよね……。段々マイナスな方向に考えちゃって負のスパイラルが……」 「不安になることはないと思う。あなたが変に悩みすぎてるだけ……」 「なんかこう……無理しちゃってる感があるから」 「そんなこと、ないよ」 「そうですか? うーん、まだ少し不安が……」 「ファッション雑誌を見ることは別に恥ずかしいことじゃないし、頑張って……」 「そ、そうですよね! 流行のファッションとかを学ぶためにファッション雑誌があるんですもんね!」 「うん……。だから、買うのは全然大丈夫……」 「あなたなら買える……!」 すげぇ、ファッション雑誌を買うだけなのに応援されてる! でも、今までの気分がウソのように今なら買える気がする……! 「先輩の応援のおかげで勇気が出てきました! 帰りにでも本屋行ってみます!」 「……ファイト!」 「先輩は服にお金はある程度かけた方が良いと思いますか?」 「個人の価値観によって違うと思う……」 「たしかに人によってあまりお金かけなかったり、数万かけたりしますけど……」 「金額よりも、自分の身なりにどれくらい関心があるのか……」 「そっちの方が大事な気がする……」 「自分の身なりに関心がなかったら、もったいないだけかも……」 「なるほど……たしかに先輩の言う通りかもしれない……」 「あなたは……、自分の身なりとか気にするようになったの?」 「最近気にするようになってきました」 「だけど、普通はいくらぐらいお金かけてるんだろうなぁって考えちゃって……」 「周りは周りだし、自分なりに動いてみるのが良いと思う……」 「何事も、経験……」 「……そうですね。ちょっと自分なりに動いてみようと思います」 「うん……」 「どういう服を買おうと思ってるの?」 「それがまだ悩んでるんですよね」 「お店で見てみて、自分に合いそうな服を選ぼうかなって考えてます」 「どんな服を選ぶか、楽しみ……」 「ホントですか? じゃあ新しく買ったら先輩に見てもらわないと」 「本当? ……それなら、お店も一緒に行きたい」 「え、でも男物見てもあんまり楽しくないんじゃないですか?」 「そんなことない」 「それに、一番最初に新しく買う服見れるから……」 「関心はあるけどお金はかけたくないんです」 「安くてそれなりに似合うような服があったらなーって考えてます」 「そういうお店とか、先輩知りませんか?」 「……ごめんなさい」 「ちょっと、分からない……」 「そうですか……通販が安いようなこと聞いたんですけど、試着出来ないから不安だし……」 「古着屋はどういうのか全く分からないから入るのちょっと警戒しちゃうし……うーん……」 「ネット……? 古着屋……?」 「え、もしかして先輩ネットで服買えるのとか知りませんか?」 「ネットで、お洋服買えるんだ……」 本当に知らなかったの!? 先輩っていつもどこで服買ってるの!? 「容姿ってその人の雰囲気も大事ですよね」 「その人独自の風格というか……」 「風格……?」 「その人の風格でどういう人なのか印象が変わってきたりすると思うんですよ」 「キャラもあると思いますけど、人が良さそうな風格とか出してる人いませんか?」 「……話しかけやすい人?」 「そんな感じですかね。慕われる人とか、みんなどういう風に風格出してるんだろう……」 うーん、自分に自信を持ったらいいのか? それともそれっぽく見せた方がいいのか? 「よし、まずは自分に自信を持てるよう頑張ろう」 「どうして……自分に自信を持つようにするの?」 「そうすれば自ずと風格が出てくると思うんですよ」 「自信満々になって周りからみて、やる気に満ち溢れているように見えるかなーって思いまして」 「そっか……。たしかにそうかもしれない……」 「自分に、自信を……」 「まあ、どういう自分になれるかは良く分かりませんが、弱々しいオーラを出さないように気を付けます」 「たしかに、そういうオーラは似合わないかも……」 「ですよね。やり方は良く分かりませんけど、とりあえず頑張ってみます」 「私も、頑張ってみる……!」 「よし、俺も風格から己を磨くかな」 「……それは違う気がする」 「え、何がですか?」 「風格って、あとからついてくるものだから、もっと別のことから始めた方が良いと思う……」 「別のことって例えばどんなことですか?」 「……服装とか、見た目?」 「ふむ……、たしかにそういうのから行動した方がいいのか……」 「うーん、考えれば考えるほど良く分からなくなっていく……」 「あ、あまり深く考えない方が……うまくいくこともあるから……」 「そうなんですけど、気になりだしたらちょっと止まらなくって……」 「……そう」 「先輩はオシャレにキメてる男子を見たらどう思います?」 「男子のファッションはあまり詳しくないから……答えに困る……」 「うーん、じゃあどういう恰好をした男子がカッコいいと思います?」 「……和服、とか?」 「和服ですか……浴衣とか、甚平とか?」 「うん……」 先輩って和風なものが好きなのかな? そういうコスプレもあるって聞いたことあった気がする…… 俺がコスプレしたら先輩喜びそうだな…… 「先輩、俺がコスプレしたらどう思います?」 「コスプレ……? なんのコスプレ?」 「そうですね……、『ゴメスの走り屋』ってアニメのジョージなんてどうでしょう?」 「……?」 「ごめんなさい。そのアニメ知らない……」 「えぇ!? 小さい頃にやってたような気がしたんですけど……」 「多分、見てなかったんだと思う……」 マジかよ……。あれ結構面白いのに…… 「なるほど……。ならもういっそ着物着て歩こうかな」 「着こなせたらちょっとカッコ良いかもしれないし」 「…………」 「……うん、カッコ良いと思う……」 「ホントですか? じゃあ早速着物着れるように練習しないと……!」 「着付けとか慣れないとすぐに帯が緩んじゃったりするんですよね?」 「手順とかもあるから……一人で着れるようになるには練習が必要」 「大変だと思うけど、頑張って……」 「もし一人で着つけ出来るようになったら先輩と和服で出かけたりしてみたいですね」 「……素敵」 「楽しみにしてるね」 「アクセサリーって、その人の好みが出ますよね」 「男子の場合は似たようなものが多いですけど、女子はカッコいいのから可愛いのまで色々ありますからね」 「そうなの……?」 「素材も結構種類があるらしいし、服のコーディネートに合わせたり出来るらしいですよ」 「シルバーアクセだと使わなかったり手入れしないとくすんできちゃうんですよね」 「そういう手入れが面倒だからってアクセサリーを付けない人もいるみたいですけど」 「女子だと結構アクセサリーつけてる人多いですよね?」 「ちょっとしたオシャレとか、ワンポイントでつけたりする人多い……」 「アクセサリーも色んな種類があるから選ぶのも大変そうですね……」 「先輩はアクセサリーつけないんですか?」 「どういうのが似合うのか、良く分からないから……」 「そうですねぇ……、金属アレルギーとかは持ってたりします?」 「特にそういうのはなかったと思う……」 「なら結構選べると思いますよ。金属アレルギーってだけでだいぶ選択肢減っちゃうみたいなんで……」 「でも、先輩の私服をあまり見かけたことがないからこう言うのが似合うとか分からないな……」 イメージでコレ良さそうってオススメしても、買ってみてダメでしたってパターンになったら申し訳ないし…… 「やっぱファッション雑誌を参考にして良さそうなのを探すしかないのかな……」 「そ、そんなに真剣に悩んでくれなくても大丈夫だから……」 「でも、もしつけてみたいって思ってるなら、どんなのが似合うか見てみたいじゃないですか」 「その気持ちだけで……嬉しいから、ありがとう……」 「ドクロのアクセサリーってどう思います?」 「パンクやロック系の人たちがつけてそうなやつですけど……」 「ちょっと、怖い……」 「ジッと、こっちを見てる気がして……」 「そうですか? ドクロだから目とかないけど……」 「で、でも……なんとなくそんな気がするの……」 「あー、たしかに正面から見たら見られてるような気がしなくもない……?」 「じゃあ、いっぱいドクロのアクセサリーつけてる人がいたら見ていられないですね」 「…………」 あ、あれ……? 先輩本気で怯えてる!? 「先輩は日曜日の朝にやってる戦隊モノって見てます?」 「たまに……」 「最近は主婦層にも人気があるみたいで、美形の主人公が活躍したりしてるらしいですよ」 「たしかに、カッコ良い人がいっぱい出てた気がする……」 「正義の味方の方はいつもやられそうになるけど、巨大ロボとかで最後は一掃しちゃうのがすごいですよね」 「怪人たちもたまには良い奴もいるのに、やられちゃうのにショックを受けたり……」 「戦隊モノって結構思い出深いんですよね……」 「小さい頃からいっぱい見てたんだね……」 「そういえば触手のある怪人ってエロいですよね」 「……? 意味が、良く分からない……」 「えっと……それはですね……」 女性相手にこれを説明するのはすごい恥ずかしいぞ……! 「……どうして?」 「触手に絡め捕られて……ですね……それがエロいというか……」 「何が、絡め取られるの?」 本気で言ってるの!? そこは察して欲しいよ!? てか先輩ホントに分からないの!? 「……?」 「俺、レッドに憧れていたんです」 「小さい頃友達と戦隊モノごっこする時はいつもレッドの取り合いでしたね」 「そんで、レッドになれた時は嬉しくてレッドになりきってはしゃぎまくってました」 「ふふっ、可愛いね」 「なんとなく、想像出来ちゃう……」 「そ、そうですか? なんかちょっと恥ずかしいな……」 「今同じことしたら色々大変だろうけど、懐かしくてやりたくなっちゃいましたよ」 「それなら、怪人役とか探さないと……」 「ですね。なんかちょっとワクワクしちゃいましたよ」 「男の子って大きくなってもこういうの好きなんだね」 「先輩ってなんとなくピアノ弾けそうなイメージがあるんですよね」 「実際弾けたりするんですか?」 「弾けない……。リコーダーとカスタネットなら得意」 リコーダーは学校の授業で使うけど……カスタネット? 「カスタネットはどういう経緯で上達したんですか?」 「小学校の頃、道具箱にカスタネットが入ってて、遊んでたら上手くなった……」 「道具箱……?」 「あぁー! なんかハサミとかホチキスとかと一緒に入ってた気がする!」 あの中からカスタネットを敢えて選ぶなんて、先輩はやっぱ着眼点が違うな……! 「あなたは、得意な楽器あるの……?」 「ふふふ、俺のトライアングルは神ですよ!」 「音楽の授業で率先してトライアングルを選んで培った技術、きっと鳥肌物ですよ」 「そんなに……すごいの?」 「激しい曲から物悲しい曲まで完璧に演奏してみせますよ」 「……見てみたい」 「今度、トライアングルで演奏しているところ……見せて欲しい」 「良いですよ。トライアングルさえ借りれればいつでも大丈夫です」 「音楽室に行けば、借りられるかな……」 「多分あるんじゃないですか? 音楽室ですし」 「……楽しみ」 「うーん、カスタネットなんて誰でも出来そうですけど……」 「俺もカスタネットは得意というほどじゃありませんけど、出来ますし」 「……そう、なの?」 「えぇ」 「一生懸命練習して上手くなったと思ってたのに……」 「え……だってあれってリズムに合わせて叩くだけじゃないですか」 「叩き方になんか難しいところありましたっけ?」 「……知らない」 「……先輩?」 「誰でも出来ちゃうんだ……カスタネットって……」 先輩すっごい凹んでる……なんか悪いことしちゃったかな…… 「カードとかシール集めってハマりますよね」 「お小遣いの大半を使ったりして親に怒られたりしましたよ」 「お菓子を買わないとシールがついてこなかったりして、お菓子だけが溜まっていったりしたこともありましたね」 「ふふっ、それでまた怒られちゃった……?」 「その時は友達となんとか食べきってその事では怒られずに済みましたけど」 「その日の晩ご飯を食べきれなくてそれで怒られましたね」 「たくさん食べちゃったんだ……」 「先輩は、そういうの集めたことってありますか?」 「私はお菓子についてくるおもちゃ、昔集めてた」 「おもちゃっていうと、フィギュアみたいなやつとかですか?」 「ううん、おもちゃのアクセサリーとか……そういうやつ」 「そういうヤツでしたら、最近だとジュースにおまけついてきますよね」 「うん……。可愛いのがあると、選ぶつもりがなくても買っちゃう時がある……」 「たまにこれは一体何とコラボしたんだろうっていうやつもありますよね」 「缶コーヒーに戦国武将のおもちゃがついてたりとか……」 「そんなの、あったんだ……」 「車のおもちゃとかもありましたね」 「後ろにちょっと引くと進むやつで、久々にちょっと遊んじゃいましたよ」 「学校行く途中で買ったんで、学校で友達と遊んでたら先生に怒られちゃいました」 「学校に持ってきちゃ、ダメでしょ……?」 「そういえば先輩、今は店でカードを買う時は、カードの袋擦りまくるのが常識なんですよ」 「……どうして?」 「擦った感触でどの袋にレアカードが入ってるかを探ってるんですよ」 「あんまりやりすぎると怒られるみたいですけど、子供たちが良くやってますよ」 「そうなんだ……知らなかった」 「自分が小さい頃はそういうのを全然考えてなかったけど、今の子供はすごいですよね」 「レアカードのために色々な方法を試して……カードに対する情熱がヤバい」 「どうして、そんなにレアカードを頑張って当てようとするの?」 「なかなか手に入らない超レアカードを持ってたら、クラスで英雄になれましたからね」 「みんな、英雄になりたいんだね……」 「えぇ、男の子はいつだってヒーローになりたいものです」 「ふふっ、可愛い……」 「図書館って結構楽しいですよね」 「探してみると面白い本とかあるし、適当に手に取った本が意外と面白かったりして……」 「図書館は、静かだから落ち着く……」 「でもやっぱりマンガの数が少ないのがちょっと物足りないんですよね……」 「先輩はマンガ喫茶には行ったことあります?」 「……行ったことない」 「そうなんですか? 最近のマンガから昔のマンガまで結構たくさんあって楽しいですよ」 「興味があったら行ってみると良いですよ」 「興味はあるんだけど……」 「一人だと、入りにくいから……」 「たしかに女性には入りづらい空気はあるかも……」 「サラリーマンとか男性客が結構多いですしね」 「それに、照明が少し暗かったりするから……ちょっと怖い」 「あれは一応落ち着いて読めるようにっていう配慮だったような……」 「まあでも、女性でも気軽に入れそうな店が増えると良いですよね」 「そうしたら先輩もマンガ喫茶デビュー出来るし」 「今まで気になってたマンガが全巻そろってたりするから居ようとすれば何時間でも入れたりしますよ」 「ホント……? 行ってみたい……」 「図書館にもマンガがたくさんあれば良いのに……」 「多分、それは出来ないと思う……」 「え、どうしてですか?」 「どこかの学校の図書室で試験的にマンガを置いたことがあって……」 「だけど、うるさい人たちが来て騒ぎ始めちゃって、本を静かに読めないって苦情が出ちゃったみたいなの」 「結局……マンガは撤去されちゃったみたい」 「そんなことがあったんですか……」 「くそ……どこぞのバカめ……! たしかに笑っちゃうようなマンガはあると思うけど騒ぐなよ……!」 「だから、学校で読めるマンガは歴史のやつとか一部しかないと思う……」 「普通のマンガを読めるのはマンガ喫茶だけかー……残念だ」 「先輩、駅地下に最近囲碁サロンが出来たんですよ」 「囲碁サロンってどんなところなんでしょうね」 「昔、お父さんに連れて行ってもらったことがある……」 お父様そういうとこ行くの!? おじさんたちの集まるとこだと思ってたのに……意外だ…… 「ホントですか!? どんな感じだったか覚えてます?」 「おじさんたちが、お茶を飲みながら囲碁をしたり談笑してたと思う……」 「そんな感じなんですか?」 「昔のことだから、はっきり覚えているわけじゃないけど……」 「結構綺麗なところだった……」 「そういえば先輩って囲碁出来るんですか?」 「……出来ない」 「じゃあその時はお父さんに連れられた時はどうしてたんですか?」 「おじさんたちと話したり、お父さんの打ってるのを見てた……」 「見てるの途中で飽きたりしませんでした?」 「ルールとか、良く分からなかったけどおじさんたちが説明してくれたりした……」 「難しくて良く分からなかっけど……」 「あんまり楽しくはなかったかな……」 「そうなんですか……」 囲碁サロンってやっぱりおじさんたちの集まりなのか…… 若い人もいるんだろうけど、多分少ないんだろうな…… 「囲碁は良く分かりませんけど、オセロなら負けませんよ」 「オセロなら……私も得意」 「お、ホントですか?」 「俺、結構自信あるんで負けませんよ?」 「私も得意だから、自信ある……」 「じゃあいつか勝負出来たらしましょうね!」 「うん……! 負けない……!」 「ふふふ……オセロ必勝法が頭の中に入ってる俺に先輩は勝てるかな……?」 「私も、それ知ってる……」 「なんですって……!? これはいい勝負になりそうですね」 「そうだね……」 「先輩ってバルーンアートってやったことありますか?」 「遊園地とかで見る、風船で作るやつ……?」 「それです。あれって結構難しいらしいんですけど、どうなんでしょうね」 「あれって、慣れないとすぐ割っちゃいそうで怖い……」 「風船って結構心臓に悪いですよね……」 「いきなりパンッて割れちゃうからある意味お化け屋敷よりタチ悪いですよ」 「でも、完成品見ると感動しますよね」 「お花とか、すごい可愛い……」 「慣れるまではちょっと怖いけど、ああいうの作れたらどう思います?」 「すごい……。小さい子に人気が出ると思う……」 「じゃあその時はピエロみたいな化粧した方がいいですかね?」 「ふふっ、それも面白いかもしれないけど、そのままでもいいと思う……」 「バルーンアートで花束とか出来たら、綺麗かも……」 「なるほど……」 それだとインパクトもあるし、もし作ってあげたら喜んでくれるかな……? まあ、作るにしても相当な練習が必要だと思うけどね…… 「風船恐怖症って知ってますか?」 「風船を見るだけで怖がったり破裂音に過剰に反応とかしちゃうらしいんですけど……」 「それって、騒音恐怖症とどう違うの……?」 「多分怖がるのが騒音全体か風船に限定されているかの違いじゃないですか?」 「俺もそういうのがあるってだけで詳しくは分からないので……」 「そうなの……」 「でも、あの破裂音は慣れるものじゃないし……怖いよね」 「割れそうなのを見ていればちょっと覚悟は出来るけど、いきなり割れたら誰だってびっくりしますよね」 「そういうのは、恐怖症とは違うのかな……?」 「うーん……そういうのとは違うような気がしますよ」 「先輩って城彩で苦手な先生っています?」 「いない、みんな良い先生たちだと思う……」 「そうですか……」 そういえば、先輩って模範生って聞いたことがあるな…… それじゃ先生からの印象も良いから苦手な先生もいないか…… 「通販番組ってついぼーっと見ちゃいますよね」 「うん……休日の昼間にやってる、通販の番組見るの好き……」 「最近ではノートパソコンとかも売ってますし、色んなものがありますよね」 「たまに、すごいって思うやつが出てる時ある……」 「水圧で汚れをとっちゃうやつとかすごいですよね」 「実演のやつ見てちょっと欲しいって思っちゃいましたし」 「うん……。でも、使う機会がそんなになさそうなのが残念……」 「そうなんですよねー。それに高いし学生が買えるような物じゃないですし」 「そういえば昼の通販は高枝切りバサミの印象が強くないですか?」 「結構見かけるような気がするんですよね……」 「それは私も思う……」 「取り外してお手入れしやすいのとか、十徳ナイフみたいにたくさんつけかえられるやつとか……」 「結構バリエーションがある……」 「高枝切りバサミにも色んな種類があるんだなって思いますよね」 「実演の方も結構サクサク切れちゃう感じにやっててお年寄りにも簡単に出来そうでしたし」 「うん……結構便利そうだった」 「そんなに使う機会がないと思うけど、欲しくなっちゃうのが通販の魔法……」 「ですね。学生だから買えないけど、買えるようになった時が怖いですよ」 「俺、吸引力の変わらない掃除機は欲しいなぁって思ってるんですよ」 「あれがあれば掃除も面倒に思わなくなるかもしれないと思って……」 「それって……トルネードがどうとかっていう……?」 「そうです! あれを最初に見た時の衝撃はすごかったですね……」 「私の家にある……」 「マジですか!? 使った感じどうですか?」 「吸引力は変わらない、けど……」 「パワーがないから……そんなに吸ってくれない」 「え……実演であんなにすっごい吸ってたのに!?」 「あれは、多分ホコリより軽い何かだったからだと思う……」 「マジかよぉぉぉ!! あれにちょっとロマンを感じていた俺は……この気持ちどうすれば……!!」 「……他の似たようなやつでパワーがあるかもしれない」 「はっ!? そうか、まだそこにロマンを求められる!!」 「ありがとうございます先輩! 俺はまだロマンを追えそうです!」 「どう……いたしまして?」 「最近はコンビニのおにぎりも馬鹿に出来ませんよね」 「おにぎりは自分で作るから、買って食べない……」 「そうなんですか?」 「どんなおにぎりが好きなんですか?」 「鮭やたらこが好き……かな」 「良いですね。たらこも生か焼きたらこかで味が分かりますし」 「コンビニでも何種類か売られていて、結構バリエーション豊富なんですよ?」 「そうなんだ……」 「最近だとおにぎりって呼べないような邪道おにぎりも勢力を増してきているんですけどね」 「おにぎりは、ふっくらごはんを……海苔で巻いているのが一番美味しい」 「そうだ、海苔と言えば……」 「俺、海苔はパリパリ派なんです」 「こう、噛んだ瞬間にパリッと海苔の感触を楽しめるのが良いんですよ」 「パリパリした海苔は、欠片がポロポロこぼれるからあんまり好きじゃない……」 「あー……、たしかにちょっとこぼれちゃいますよね」 「教室で食べるときとか、ちょっと工夫しないと床に落ちちゃって汚しちゃうんですよね」 「ご飯を食べる時は、そういう配慮とかをあんまり気にせずに食べたいから……」 「うーん、それはそうですけどあのパリッとしたのが良いんですけどねぇ……」 「俺、海苔はしっとり派なんです」 「あのご飯を包み込んでる感と、しっとりとした感触が好きなんですよね」 「私も、しっとりした方が好き……」 「だから、自分で作る時はいつも海苔を巻いてからしばらくおいておくの……」 「パリッとしたやつだともし出かける時に持っていくとなると、ひと手間かかりますもんね」 「うん……。やり方は知ってるけど試す機会がないからやったことはないけど……」 「しっとりなのだと、そういう手間も省けますし楽ですね」 「パリパリ派の人はどうしてしっとりの美味しさが分からないんだろう……」 「好みにもよるけど……しっとりの方が美味しいよね」 「先輩は宿題がある日は何時くらいにやります?」 「寝る前にやるから……9時くらい」 「おぉ、ちゃんと宿題やるなんて先輩偉いですね……!」 「……普通、でしょ?」 「宿題なんて、その時当たらなければ問題ない!!」 「宿題は、ちゃんとやらないとダメ……」 「そうは言いますけど、やりたくないって思っちゃうんですよね……」 「どうして宿題なんてあるんでしょう……」 「楽しい宿題なら喜んでやるんですけどね」 「宿題って基本的にこのページの問題やってこいとか多いじゃないですか」 「なんか作業っぽくて楽しくないんですよね」 「そうだね……。でも、復習にもなるよ?」 「そうですけど、もっとこう……楽しい宿題を考える先生が一人くらいいてくれてもいいと思うんですよ」 「そうすれば、宿題をサボる人はいなくなると思うんですよ」 「それは……そうかも」 「楽しい方が覚えやすいと思うし、授業も楽しくなるよね」 「それに、授業が楽しければその科目が好きになるかも!」 「苦手だと思ってる授業を克服出来るチャンスにもなりますよ」 「それは……すごい魅力的だと思う」 「宿題なんてこの世から消えればいいのに……」 「そうすれば宿題で悩む生徒がいなくなりますよ!」 「……それはそれで、不安になると思う」 「え、どうしてですか?」 「なくなったらなくなったで、落ち着かなくなると思うし……」 「それに、お家で復習する習慣とか身につかなくなりそう……」 「そこは本人次第じゃないですかね?」 「授業だけ真面目に聞いてれば出来る人もいるんですし」 「そういうのとは違うと思う……」 「地道にコツコツやらないと、身につかないと思う……」 「最近の子供たちは外へ行ってゲームするらしいですよ」 「ゲームって、サッカーをしたり……?」 「いえ、ケータイゲーム機で遊ぶんです」 「日陰に移動してみんなで狩りゲーしたりしてるみたいですよ」 「走ったりした方が良いのに……」 「子供のうちに運動をたくさんした方が発育にも良いから……」 せ、先輩が現代のちびっこに対してマジレスしてる……! たしかにそうだけど、ゲームの方が面白いって思っちゃってる子が多いからなぁ…… 「実は俺も外でゲームしてるんです」 「たまにちびっこたちともやるんですよ」 「いやー、最近のちびっこはゲーム結構上手くて下手すりゃこっちが負けそうになるんですよ」 「……コラ」 「あなたもそうだけど、運動しなきゃダメじゃない……」 「でもやっぱゲームの方が……」 「運動しないと身体弱くなっちゃって、病気にかかりやすくなっちゃうよ……?」 「……はい、すいません」 「これからはゲームした後に運動しますね」 「ゲームから離れられないの……?」 「ドロケーの方が面白いのになぁ……」 「捕まったドロボーをどうやって助けるか考えるのとか熱いのに……」 「そういえば、ドロケーってケードロとも言うよね……」 「たしか地域によって呼び方が違うんですよね」 「そういうのって、なんか面白いよね……」 「同じものなのに呼び方が違うだけで、別物に聞こえちゃう……」 「中学の頃とかそれで少し揉めたりしましたよ」 「結局は同じことをやろうって言ってたのに上手く伝わらなくて、分かった時は大笑いしましたよ」 「他にも探せば色々とあるでしょうけど、懐かしいですね」 「うん……すぐ捕まっちゃってたけど、楽しかった」 「睡眠学習って効果あると思いますか?」 「睡眠の邪魔になる気がする……」 「そうなると身体に悪いだけで効果は薄いと思う」 「そうですか……」 これ以上この話題は長続きしなそうだ。 よし、先輩のことを見つめてみよう! 「…………」 「……?」 「…………」 「え、えっと……どうか、したの?」 「いえ、特に何もありませんので気にしないでください」 「…………」 「でも……どうして、見てくるの?」 「んー……、なんとなくですね」 「あんまり……じっと見ないで……」 恥ずかしがってる先輩可愛いな…… もうちょっとみつめてみよう。 「じー…………」 「……うぅ」 「…………」 「……怖い」 「こ、怖い!? どうしてですか!?」 「だって……、何も言わずにずーっと見てくるから……」 「何か用事があるなら話してほしいのに……」 「そういうのもないみたいだし」 「何を考えているのかさっぱり分からないから……余計に、怖い」 「せ、先輩を怖がらせるつもりはなかったんですよ!?」 「ただ、ちょっと見つめていたいなぁって思っただけで……!」 「見るだけで……何が面白いの?」 「面白くはないですけど、なんというか……和むというか……」 先輩の恥ずかしがってる顔が可愛いとか正面切って言える勇気がないぞ……! 「……こっちは、全然和まない」 「どうして、そういうことするの?」 「え、えぇっと……」 結構怒ってるみたいだ…… 「先輩、こっち向いてください」 「え……そ、そんな……出来ない」 「先輩は俺と目を合わせるのが嫌なんですか……?」 「そうじゃないけど……は、恥ずかしい……」 「別に顔が近いわけじゃありませんし、こっちを向くだけなら大丈夫ですよ!」 と言いつつ、何が大丈夫なんだろう……? まぁ恥ずかしくないってことだ! 「…………」 「さぁ、先輩! 先輩の真っ赤になったプリティーフェイスを!」 「……そんなこと言われたら、余計に向けなくなっちゃう……」 「はっ! 俺としたことが……!」 「…………」 「もうそういうことは言わないんで、こっちを向いてくれませんか……?」 「うぅ…………こ、こう?」 「おぉぅ……、先輩……」 「ありがとうございます!!」 「っ!?」 「ど、どういたしまして……?」 照れてる先輩超可愛い!! うっはぁぁぁ! 「先輩、笑う門には福来るっていうことわざがあるじゃないですか」 「あれの門ってどこだと思いますか?」 「……どこだろう? 曲がり角?」 「それだったらストーカーしてる人がニヤニヤしてたらストーカーが幸せになっちゃいますよ!!」 「……じゃあ、部屋の隅っこ?」 「隅っこでなんか面白い物でも見つけるんですか……? それも違いますね」 「降参……。答え、教えて……?」 「正解は一族とか、一家のことです」 「家族で笑顔でいたらそれだけ良いことがありますよーってことなんでしょうね」 「笑顔って大事ですね」 「へへっ……」 「うん……」 先輩も微笑み返してくれた!! 先輩の微笑み癒されるなぁ……! 「先輩といるとまったりして癒されます……」 「出来ればこの癒しタイムがずっと続けばいいのに……」 「私も、あなたといると落ち着く……」 「それに、面白い話やさっきみたいなお話も聞けて、楽しい……」 「ホントですか? そう思ってもらえるなんて嬉しいですね」 「でも、なんかこう……ちょっと恥ずかしいですね」 「……そう? 素直に思ってることを伝えてるだけなのに……」 「そ、それがちょっと照れくさいんですよ……!」 「でも、嬉しいです」 「……良かった」 「先輩、たまには俺をいじめてください」 「……え? どうして?」 「なんか先輩がいじめたりするの想像出来ないなーと思いまして」 「だから先輩がいじめたらどうなるのかなっていう実験です」 「あなたをいじめるなんて……出来ないよ」 「そこをなんとか! 笑顔で罵ったりするだけで十分なんで!」 「…………」 あ、あれ? めっちゃドン引きされてる!? 「一応言っておきますけど、俺は罵られて興奮するような人じゃないですからね?」 「……そうなの?」 疑われちゃった……!? 「先輩、この変な顔どうでしょうか? 笑えます?」 「……もうちょっと変な顔が良い」 「えっ?」 「も、もうちょっとって、例えばパグとかフグとかそういう方向……?」 「…………」 先輩の求める変顔レベルは未知数過ぎる。 これは……! 何とかして応えるしかないのか……!? 「……わかりました。ちょっと頑張ってみます!」 「……頑張って」 「くっ……!」 「こ、こうですか!?」 自分なりにパグの顔を再現してみる。 こ、これは……! 顔にシワをつくるのがなかなか難しい……! 「…………」 「何か、違う……」 「ええ!? これでも駄目!?」 「てか先輩、難易度高いですよ……」 「あなたなら、きっと出来ると思ったんだけど……」 「すみません、もっと修行して出直してきます」 「先輩、それでは俺の奥の手をお見せしましょう」 「これは変顔の研究の末、俺がついにたどり着いたある意味顔芸の終着点です」 「奥の手……! どんなの……?」 「それは……」 「こうだぁ!!」 俺は奥の手、『人ならざる顔』を先輩に披露する。 もちろん、かけ声と共に。 「モチョッピィ!?」 「っ!?」 「……す、すごい」 「あ、あれ?」 「あ、あの……先輩……? これドン引きしません?」 「いきなりすごい顔してきて、ビックリしたけど……」 「そんなことない」 マジで!? 「さすが、奥の手……」 「あ、あはは……」 「まあコレはいつか友達に隠し芸として披露するつもりだったんですけど」 「かくし芸……?」 「ええ、まあ気に入ったんなら、今度俺の教室に来て下さい」 「そのときは是非本物をお見せしますんで」 「でも、見れてよかった……」 「あはは」 「はぁ……」 「どうしたの?」 「すごく、落ち込んでる……」 「いやぁ、ちょっと凹んじゃった時のこと思い出しちゃって……」 「それが結構ショックだったんで、気分も落ちてきちゃったというか……」 「そうなの? あなたはいつもの顔の方が安心する……」 「いつもの顔って……」 ここで普通に聞き返したら面白くないよな…… 「いつもの顔というのは……ワイルド風味な顔ですか?」 「……ワイルド、風味?」 「えぇ、こんな感じの顔ですよ」 「…………」 「違う」 「そんな強く言わなくても良くないですか!?」 「うーん……、普段どんな顔してるか分からないですね……」 「なんていうか……もう少し地味……」 「じ、地味!?」 俺ってそんな地味キャラだったのか……? いや、そんなことないと信じたい!! 「はっはっは、またまた先輩御冗談を……」 「その顔……普段の顔」 「俺っていつも焦ってる感じなの!?」 「それって、もしかして下心のある顔ですか?」 「……どんな顔?」 「えーっと……、こんな顔です」 「……それ」 「そ、そんなバカな……! 純粋に先輩とお近づきになりたいと思ってるだけなのに!!」 「それは……下心じゃないの?」 「いえ、これはピュアなハートです!」 「……ふふっ、あなたって面白いこと言うのね」 「そ、そうですか?」 「うん……。ピュアなハートなら、良いと思う……」 「ホントですか? ちょっと嬉しいかも」 「わ、私も……あなたと仲良くしたいし……」 「……いやー、太陽の光が痛いよう」 「……?」 「…………」 「え、えっと……今のは太陽と痛いようをかけたギャグだったんですけど……」 「……あ」 「ぷっ、ふふふ……」 自分でネタの解説するのは恥ずかしいけど、通じなくて変な空気が流れるよりはマシだな…… 「他にも、そういうギャグ……あるの?」 「一応、ありますけど……」 「聞いて、みたいな……」 さっきみたいなにならないことを祈って一発かましてみるか。 「ニンジンなんてキャロット食べちゃえ」 「……ふふっ、可愛い」 「それに、お父さんも似たようなこと言ってた」 「お、お父様もですか!?」 ユニークなお父様なんだな…… どんな人か想像出来ないぞ。 「このギャグを先輩が気に入ってくれたみたいで良かったですよ」 「お野菜好きだし、可愛いから……」 「また、こういうの思いついたら教えて……?」 「良いですよ。先輩のツボにハマるようなネタを考えておきます」 「楽しみに、してるね……」 「イチジクを漢字で一字一句間違えずに書いて下さい」 「え……、どう書くの……?」 「えっ!? えーっと、無い花に果物で無花果です」 「知らなかった……。物知りなんだね」 「せ、先輩……今のギャグだったって気付いてます?」 「…………」 「そうなの……?」 気付いてもらえてなかった……! 「イチジクと、一字一句……をかけてたんですけど……」 「……なるほど」 「問題出されたのかと思った……」 言い方が悪かったか……? 今度このネタやる時はもうちょっと工夫しよう…… 「……ふっ」 「……どうしたの?」 「俺のクールな顔はどうですか?」 「…………」 「似合わない」 こっ言葉の銃弾がっ……! バッサリ言われるとダメージデカいぜ…… 「そ、そんなに似合いませんか……?」 「うん……。変な感じがする……」 (そ、そこまで俺ってクールな顔似合わないの!?) 「ふっ、ふふふ……先輩も言うようになりましたね……」 「そ、そう……?」 あれ? 先輩なんでそんな笑顔なの? 「今までの先輩だったらここまで言ってこなかったのに……」 「成長しましたね……」 「……そんなこと、ないよ」 うーん、ちょっと怒った風に言ってみたんだけど伝わってないみたいだ。 でもまぁ……、先輩の笑顔見れたしいっか。 「これからも成長してくださいね」 「……頑張る」 「先輩、男の子はたま〜にカッコつけたいんです」 「だから、クールな表情を練習したりするんですよ」 「そうなんだ……」 あれ? あんまり興味ない……? 「でも、あなたはカッコつけなくても良いと思う……」 「どうしてですか? もしかして俺は普段からカッコいいとか!?」 「なんか、浮いてる……感じがするかも」 「う、浮いてる!?」 え、それってどういうことなの!? クラスで浮いてるとか、そういう感じなの!? 「そ、それって遠回しに似合わないってことですか? それとも変ですか?」 「……どっちも?」 先輩って何気にズバズバ言う人!? ダメージデカいよ! 「こ、言葉の暴力反対!!」 「……?」 「そんなこと、言ってない」 「そういえばデジタル放送でテレビの画質上がりましたよね」 「料理番組とか見ると今まで以上にお腹が減ってきちゃいますよ」 「うん、綺麗に映るようになって良いよね……」 「でも、女性タレントは肌が鮮明に映るようになったから」 「メイクや肌の管理が大変みたい」 「そうなんですか?」 「あ、でもたしかにデジタル放送になってこのタレントって前はもっと可愛かったような……って思った人いたかも」 「そういうのがあるから、女性タレント的には良くないかもしれない……」 「なるほど、女性は大変ですね……」 「メイクも濃すぎると目立つし、肌荒れとかごまかし方間違えたら余計に目立ちそうですし……」 「普段メイクをあまりしなかった人とかどうしてるんだろう……」 「……多分、メイクの仕方教わったり」 「マネージャーが女性だったら、マネージャーに教わったりしてると思う……」 「メイクの仕方ってやっぱ手順とかあるんですか?」 「……肌の状態によっても、やり方が変わるから大変」 「そうなんだ……。めんどくさがったら色々大変なことになりそうですね……」 「簡単なメイクもあるから、人による……」 「こうやって綺麗な画面になっちゃったら、もうアナログには戻れませんよね」 「女性タレントには悪いですけど、元に戻ったら画質に物足りなさを感じちゃうかも……」 「それはあると思う……」 「人間って、贅沢な生き物だから」 おぉ、先輩が哲学的なこと言ってる。 そこまで考えたことなかったけど…… 「そうかもしれませんね」 「考えてみればどんどん良いものを欲しがったりしますし」 「それが一番良いものでも……」 「使っているともっとこういうのが欲しいって思っちゃうから……」 「自分でそういうの作れちゃえば手っ取り早いとは思うけど、そうはいきませんからね」 「そういうのは専門の人に任せて、気楽に現状を楽しんだ方が良いと思いますよ」 「……そうだね」 「最近のテレビってCM多いですよね」 「ドラマの良い場面の寸前でCMに入るのはちょっと嫌ですけど……」 「CMも面白い。食べ物のCMはお腹が減るけど……」 「たしかに面白いCMもありますよね」 「食べ物のCMはたまにすっごい美味しそうなのがあって食べたくなっちゃいますね……」 「15秒で一つの商品を宣伝するのってすごいと思う……」 「ちゃんと上手く伝えないと、何をアピールしたいのか分からないし……」 「CMって秒数決まってたんですか? 知らなかった……」 「15秒と30秒、かな……?」 「結構、短い」 「そう考えるとCMってセンスがかなり重要ですよね」 「15秒でその商品を宣伝して、視聴者の気を惹く映像作品作るなんて……素人じゃ出来っこないですよ」 「……商品のイメージもあるから、どういうものを使うかも大事」 「あと、CM中に流れる曲も重要ですよね」 「イメージに合った曲だと映像に見入って更に曲も聴き入っちゃうから、印象に残りやすいですし」 「たま〜に謎な曲が流れてるのがあるけど、あれはあれで印象に残るし……」 「あえて変なものを使って、印象付けるのも一つのアピール……」 「でも、そういうのって面白かったりするから好き……」 「俺なんてCMが嫌で嫌でたまりませんよ」 「CM、嫌いなの?」 「全部が嫌いっていうわけじゃないですけど、最近やたらCM流れる場面が多いじゃないですか」 「良い場面でCMが入ったり会場が盛り上がってて、その臨場感を楽しんでるのにCM入ったり……」 「番組を台無しにしているような気がしてならないんですよね」 「でも、CMがないとその番組も作れないから……」 「提供って出てる会社のCMが流れるのは知ってる、よね?」 「えぇ、それは知ってますけど……」 「あれって、番組制作のお金出してあげるから……」 「CMでうちの商品を宣伝させてねってことなの」 「そうだとしても、もうちょっと流すタイミング考えて欲しいですよ……」 「先輩、好きな芸人のネタを教えてください」 「実際にやってみてくれてもいいですよ」 「えっと、男は黙って……ってやつが好き……」 「あぁ、あの二人組のお祭りにいそうな人たちのやつですよね」 「男らしくて……好き」 たしかに男は黙って! とか言ってるけど、恰好だけじゃないか……? 「えっとあの二人組って、前は結構テレビに出てましたけど、最近見かけませんよね……」 「うん……でも、録画したりしてるから……それを見たりしてる」 コントを録画するほど好きなんだ…… 男らしい芸人が好きなのかな? 「炎の漢字を体で表現する芸人もいましたよね」 「あの人たちも男らしいと思うんですけどどうですか?」 「面白かったけど、最近コントしてくれてないから……」 「そういえば最近はピンでしか見かけないな……」 「バラエティー番組には出るけど企画ものだったりしてコンビのコントは見れてないですね」 「でも、子供番組に出演しててそこで頑張っているみたいですよ」 「そうなの? ギャグもやってるのかな……?」 「あの人のことですからきっとやってるでしょうね」 「今度、探して見てみる……!」 「先輩、暇を持て余した神々の遊びって知ってます?」 「俺、あれ結構好きで一時期マネしたりとかしてたんですよ」 「……知らないと思う。どういうやつなの?」 「二人組で、上半身裸で黒スパッツ穿いてる神様がやってきて、毎回相方が人間に変装しているんですけど」 「最後に相方の方が自分も神様だって言って終わるやつです」 「……今の説明だと、面白さが伝わってこない……」 「説明するより実際に見てもらった方が早いんですけど、一人じゃ限界があるんで……」 「……残念」 「先輩、俺が芸人を目指したら応援してくれますか?」 「……! 応援する……! すごく応援する……!!」 「俺ってどんな芸風が合いますかね? せっかくですから色々意見を下さい」 「モノボケとか、一発ギャグとか良さそう……」 「コンビでもピンでも、出来ちゃう気がする」 「コンビになると相方が必要になるので、今はピンで考えてみましょうか」 「一発屋にならないような皆に愛されるギャグが良いですね」 「子供が好きそうなギャグが良いかも……」 「色んな意味で有名になれるよ……?」 「なんか子供たちがマネしすぎて先生たちが困ったってニュース聞いたことあるような……」 「でも、そういう方向性もアリ……か?」 「まあそこら辺はおいおい決めようかな……」 「もし俺が無事に芸人になれたら、先輩のおかげですね」 「その時は最初にサインあげますね」 「本当……!?」 「えぇ、そのサインがプレミアつくように頑張りますから!」 「あなたが出演したテレビ番組とか、ちゃんと録画しておくからね……」 「え、それはちょっと恥ずかしいですよ……!」 「あと、雑誌のピックアップもして、ファイルに綴じとくの……」 「何そのアルバム的な!? もうお母さんみたいじゃないですか!?」 「あなたは……」 「私が育てました……」 「過去形!? 俺巣立っちゃったりしたの!?」 「それだけ、応援してるから……」 「せ、先輩……」 ボケてきたのかと思ったのに、そんなこと急に言われたらドキッとしちゃうじゃないか……! 「が、頑張ります……!」 「せっかくですから先輩が相方になってくださいよ」 「え、私が……?」 「えぇ、きっと上手くやれると思うんですよ」 「私には無理……」 「えぇ!? どうしてですか!?」 「恥ずかしいし、あんまり人前に出たくない……」 「そんな……! 先輩となら絶対頂点を目指せると思うのに……!」 「……ごめんなさい」 「……ちょっとだけでもダメですか?」 「すぐ解散なんて出来ない……」 「それに、イメージ悪くなっちゃうし……」 「そうですか……残念です」 「芸能人って整形がもう当たり前になってますよね」 「あご削ったり、鼻にシリコンを入れたりするんですよ」 「怖い……そんなの絶対出来ない」 「人気が出るためにやってる人がいるっていうのがすごいですよね……」 「想像すると怖いですけど、それでモテたりするならちょっと考えちゃうかもしれない……」 「……あなたは、整形手術したいの?」 「親からもらった体は弄りたくないなあ……」 「親に申し訳ない気もしますし、自分が自分じゃなくなる感じがして……」 「そうだよね……良かった」 「整形したら、多分あなたのこと分からなくなるかもしれないし……」 「そうなったら困りますね。先輩とこうやって話せないかもしれないし……」 「知らない人からいきなり話しかけられたら」 「逃げちゃうかも……」 「そこまでですか!?」 「まあ、弄る気は全くないんでそういうことは起こらなそうですね」 「うん……。そのままのあなたが良い」 「怪我の治療なら良いですけど高いのはイヤですね」 「怪我して仕方なくっていうなら渋々になるでしょうし……」 「でも、後々支払う金額が高いならそのままでもいいかも……」 「値段が安かったら、良いの……?」 「元の顔に近くするなら全然問題ないんですけど、違う顔になるのならそれはそれで良いかも……?」 「そうなの?」 「でも、それで違う顔になったら誰なのか分からなくなっちゃう……」 「声は変わらないからそれで気付くんじゃないですか?」 「きっと、分からないと思う……」 「そしたら別の人間として生活するのもアリかも?」 「……そう」 あれ、先輩ちょっと寂しそうな顔してる…… 「先輩はサスペンスドラマとか見てますか?」 「家族でたまに見ることはある……」 「あれって新聞のテレビ欄で犯人が分かるって言うんですけど、先輩分かりますか?」 「そうなの? 聞いたことないけど……」 「あれ、違いましたっけ? 聞いたことあった気がしたんだけどな……」 「でもサスペンスドラマって大抵最後は崖で撮影するんですよね」 「どうして?」 「撮影費用が安く済むからですよ」 「崖だと、シリアスっぽいラストな絵が撮れるじゃないですか」 「それで、崖が多いの?」 「俺はそうだって聞きましたよ」 「安く済ませたいなら公園でも良いはず……」 「公園でも、雰囲気出そうと思えば出せると思う……」 「子供たちが遊んでる中で犯人が罪を認めるシーンとか、あっても良いと思う……」 「言われてみればそれも雰囲気出てそう……!」 「探せば、他にもありそう……」 「たしかに……でもそれだと崖でやる意味がなくなっちゃう……!」 「だから、崖じゃなくても良いと思う……」 「あれがお約束ってやつですよ」 「水戸黄門の印籠みたいな感じで、日本人はそういうお約束が好きな人種なんですよ」 「それで、いつも崖なの……?」 「サスペンスの最後のイメージって崖が思い浮かびませんか?」 「そう言われてみれば、そんな感じがするかも……」 「ですよね? それが別の場所だったら、なんか違うっていうか……もやもやした感じになりません?」 「ちょっと、なるかも……」 「サスペンスの中にもそういうお約束があるってことです」 「……そうなんだ」 「たしかに、戦隊モノとかもそうだし、考えてみれば結構お約束なの多いかもしれない……」 授業の合間の空き時間。 おお、ラッキー! 階段の前で先輩の姿を発見する。 「先輩、移動教室の最中ですか?」 「あ……」 「う、うん……」 あ、あれ……? 「もう、行く……」 「あ、ちょっと先輩……!?」 なんか明らかにいつもと違って俺に動揺していた様子の先輩。 「………」 そろそろ俺も、覚悟を決めて告白した方がいいのか…… 「よし」 俺も男だ、そのために春から頑張って来たんだし。 そのまま教室に戻って、どう告白しようか真剣に考える。 こうしている間にも、俺の頭には今の先輩の表情がずっと離れずにいた。 (まだ早いかな) こういうのはタイミングが重要だ。 一度ミスると致命的な問題になりかねないし。 ここはもっと慎重に行動することしにた。 「さて……」 (そろそろ出てくる時間かな……?) 陽茉莉との交際が決まった翌日。 早速愛しの彼女と学校へ行くため、彼氏権限を利用し朝からストーカー紛いの張り込みをしている俺。 もうすぐ家を出ると陽茉莉からメールが来て5分。 ふふふ、そろそろターゲットがいつもの陽気な顔でこの家から出てくるはず……! (まだかなまだかな〜!) (フォォォォォォォォーーッ!!) もう嬉しすぎて待ちきれない。 朝からどんだけテンション高いんだ俺。 「な、何やってんだ陽茉莉……! さあ速く……! さっさと出てこい……!!」 再びケータイを開き催促メールでも送ってやろうか。 告白したときの高揚感がまだ残っているのかもしれない。 それくらい今の俺は、妙に身も心も浮き足立っていた。 「いってきまーす!」 きたあああああああああああああああ!! 「陽茉莉ィィイイ!!」 「会いたかったぞォォオオオオ!!」 「キャアアアアアアアアアア!!」 待て、なぜ逃げる! 「貴様! 足を止めろ!! そのまま動くと発砲するぞ!!」 「な、なんでここにいるの!? いきなり出て来たからビックリしたでしょ!?」 「そりゃあビックリさせるために待機してたからな」 「も、もっと普通に出て来てよ! 心臓に悪いよ!」 「ハハハ、陽茉莉は今日もとびきり可愛いなあ!」 「そんな風に慌てる顔も……」 「好きだぜ……?」 「キモイ!」 ええ!? 「ちょ、おま……!!」 「付き合いたての彼氏に向かってなんてセリフを……!!」 「うるさいわねえ! ご近所に迷惑でしょ! 何騒いでるのよあんた!」 「ご、ごめん!!」 「ふごォッ……!」 陽茉莉に思いっきり口を塞がれる。 「ちょ、ちょっと不注意で犬の糞踏んづけちゃって……!!」 「………」 「汚いから、学校で洗いなさい」 「ふぅ……」 「ふうじゃねぇ!! お、お前! 人の口になんてモン突っ込んでんだ!」 口から無駄にデカイハムスターのマスコットを吐き出す。 「し、仕方ないでしょ! いいから早くこっち来て!」 「な!? お、お前そんなに強く引っ張るな……!」 「問答無用」 なぜかそのまま連行される俺。 ウキウキ気分でスタートした、彼氏彼女1日目は早くも台無しになった。 「なあ! もう良いだろ? いい加減に離せって」 「………」 「わかった」 そう言ってパッと俺から手を離す陽茉莉。 「どうしたんだよ。どうせ手繋いで歩くならもっとムードってものを……」 「私は、怒っています」 「ほお」 「しかも、プンプンレベル7です」 「マジで!?」 どうしよう。プンプンレベルについてめっちゃ質問したい。 「悪いんだけど、しばらく朝は私の家の前に来ないで」 「ええっ!? な、何で!?」 「何でもいいから来ちゃ駄目」 「あと、私の家の近くで彼氏っぽいこと言うのも禁止。手も露骨に繋いじゃ駄目」 そ、そんな……! 「………」 「フッ……フフフ……」 「な、なに……?」 「そうか、さては陽茉莉……」 「俺とラブラブするのが恥ずかしいんだな……!?」 「まったくもう、それならそうと早く言ってくれ。キュートなお茶目さんめ」 「そ、そういうことを言いたいんじゃないの!!」 「じゃあ何でだYO!!」 「俺の記念すべき一日目を返せ! ラブラブ登校一日目を返せぇぇ!!」 「え、ええ!? ちょ、ちょっとこんなところで抱きつかないでよ……!!」 「すみません」 「いや、ホントに。制服に鼻水がつくんですけど」 やだ。この人朝から彼氏に冷たい。 「待て、まさか初日から俺のこと振る気か……!?」 「そんなことされたら俺一生トラウマになって皆原家に24時間ストーキングを――!!」 「ち、違うよ。振るわけないでしょ?」 「そ、その……」 「私だって嬉しかったんだし……」 「………」 「………」 通学路の真ん中で、俺が叫びたくなるほど可愛い照れ顔を見せてくれる陽茉莉。 うぉぉ! これだよ!! 俺が求めていたのはまさにこんな雰囲気!! 「あのね、確認する必要もないと思ってたんだけど……」 「私たちのこと、お母さん達には内緒にするよね?」 「ん……?」 「だってさ、私たちがくっついたの知ったら……」 「絶対あの二人……一日中騒いでからかってくるよ……?」 「………」 それだけじゃなく、休日にデートへ行くたびにストーキングされる恐れもある。 しかもあの陽子さんのことだから、俺たちの知らない方法で常に監視の網を張ってくる恐れも……! 「悪い。そこだけは冷静になった。確かに俺も知られたくはないわ」 「でしょ? どう考えても面倒なことにしかならなさそうだし……」 「ああ」 だったら朝から陽茉莉の家に張り込むのはよそう。 ちょっと考えればすぐに分かることなのに、俺はそれくらい今陽茉莉の横にいるのが嬉しいみたいだった。 「ひまひまりんりん♪ ひまりんりん♪」 「フォー!」 「ひまひまりんりん♪ ひまりんりん♪」 「フォー!!」 「ねえ、それ何の歌……?」 「ん? 陽茉莉の歌」 「や、やめてよ……! こんなところでそんな恥ずかしい歌歌わないで!」 「ああ、陽茉莉は今日も可愛いなあ……!」 「か、可愛いとかそういう言葉で誤魔化さないの……!」 朝からお叱りのひまひまパンチをもらう。 陽茉莉は困った顔と怒った顔とムスッとしているときの顔が個人的にはすごく可愛いと思う。 「ね、ねえ……」 「今日は何だかすごくテンション高くない?」 「当たり前だろ? だって彼女になった陽茉莉と初めての登校日だぞ?」 「俺もう、昨日の夜からずっとこの調子で嬉しくて嬉しくて……」 「陽茉莉の方こそ嬉しくないのか?」 「う、嬉しいけど、でもそれより圧倒的に恥ずかしいから落ち着いて欲しいんだけど……」 「………」 「………」 「わかった」 「ふぅ……」 「ひまひまりんりん♪ ひまりんりん♪」 「ねえ、殴って良いかな? 力一杯一発殴って良いかな?」 ああ殴れよ。俺はそんなお前のキュートなお顔が見たいんだ! 「はあ……」 「何か私、やっぱりとんでもない人と付き合っちゃったのかも……」 「後悔してるのか?」 「え?」 「そ、そういうわけじゃ……ないけど……」 なぜかここに来て急にモジモジし始める俺の彼女。 「あ、でも、一つだけお願いがあるの」 「まだちょっと心の準備が出来てないというか……」 「クラスのみんなには、まだ私たちのことは内緒に……」 「わかった」 「みんな! 俺と皆原は今!」 「付き合っている!!」 「ねえ絶対わざとでしょ!? わかってて絶対わざとやってるでしょ!?」 突如発表された事実に、クラス中の人間が一時固まる。 「は……?」 「へ……?」 「悪いがそういうわけなんで」 「今後一切、俺以外の男は皆原に、俺の彼女には近づかないように!!」 「………」 「………」 「よし、次のクラスへ――」 「ま、待って……! 私が悪かったからちょっと落ち着いてぇぇ!!」 陽茉莉には悪いが、こればかりは折れるわけにはいかない。 男連中の中には、間違いなく陽茉莉の隠れファンが存在している。 こうやって交際をオープンにしておかないと、きっと後々面倒なことになりかねない。 (主に元気とか……) 「おいぃぃぃぃ!! ちょっと待て!! お前マジで今皆原さんと付き合ってるのか!?」 「ええ!? ホントなの!? 寒いギャグじゃなくて!?」 「はああ!? 絶対あんなの嘘に決まってる!! お前ら簡単に騙されんな!!」 各々予想通りの反応と言ったところか。 でも悪いが、今更異議を唱えられたところでこの事実は変わらない。 「あはは! おめでとう!! 念願の彼女が出来てよかったね!」 「ひまひま本当なの!? ちょっと怪しいとは思ってたけど、まさかいきなりこんな風に付き合うだなんて……!!」 「う、うん……」 「私も……昨日はそんな自分が、ちょっと信じられなくてビックリしてる……」 「昨日!?」 「へえ、出来たてほやほやね〜」 「ねえねえ! どっちから告白したの!?」 「皆原さんから? それとも彼の方から?」 「え、えっと……」 「む、向こう……か……ら……」 「いいえ。俺の方が告白されました」 「みんな騙されないで!! 告白してきたのは向こう! されたのは私だから!!」 「あはは、こんなにムキになった皆原さん初めて見たかも」 「ううっ……そうか……」 「ひまひまは私を置いて、一足先に大人の女になってしまったのね……」 「ちょ、ちょっとその言い方やめてよ……! 何か変な風に捉えられたら困るし……!」 「でで!? 二人はどこまで言ったの!? チュウはした!?」 「ううっ……俺の皆原さんがぁぁぁぁ……!!」 「ああああああああ!! うるせえ!! 隣で泣くな!! 外で泣け!!」 「おいテメェら!! 廊下まで聞こえてるぞ!! 静かにしやがれ!!」 女子は概ね好意的に受け止め、男子連中は桃を除いて当然面白くなさそうな顔をする。 その後は当然二人とも質問攻めに合い、陽茉莉も授業中はずっと女子に囲まれる事態となった。 「ねえ、あの二人がいつ別れるか賭けない?」 「あんた、ナチュラルに酷いやつね」 午前中の授業が終わり、昼休み。 俺たちの噂は瞬く間に学園中に広まり、俺たちの席の後ろではコソコソとみんな話している。 「うう……! 死にたい……」 「大丈夫か?」 「まったく、あいつら本当にデリカシー無いよな」 「うわあ、全くデリカシーの無い人が何か言ってるー」 「すみません」 でもあまり反省はしていない。 なぜなら俺たちの交際をみんなに隠しても、特にメリットはないはずだし。 それに…… 「ま、本当は良いんだけどね……」 「でも……」 「やっぱり恥ずかしいィィーー!!」 「大丈夫だ。こんなの最初だけだって」 しかし恥ずかしいついでに、一つ入手しておきたい彼女のデータがある。 「もしもし? 野々村智美さんや」 「うん?」 「陽茉莉の親友であるあなたに、是非ともお願いしたい事が……」 「んー? 私じゃないと出来ないこと……?」 「ああ、こんなこと陽茉莉と一番仲良しな野々村にしか頼めない……」 「ほうほう……それじゃあ話を聞こうじゃないの」 「今後の参考のために……」 「是非とも俺の彼女のバストサイズを教えてくれ……!!」 「恭ちゃん……?」 「智美に何を聞いてるのかな〜?」 「ひっ!!」 「こ、こここれはいざという時のために……」 「ん? 『恭ちゃん』……?」 「ひまひまって彼氏呼ぶ時そんな風に呼んでるんだ?」 「あっ……!」 「わ、私のことはいいの! 今はこっち!」 「ふふふ……」 「もしもし? 智美に何を聞いてるのかな〜?」 「ひっ!!」 「こ、こここれはいざという時のために……」 「おー、バカした時にしっかり手綱引いてるわねー」 「ひまひまって鬼嫁になりそうね」 「な、ならないもん……!」 「それよりも、今はこっち!」 「付き合ってすぐそんなこと聞くんじゃないの!!」 「ギャアアアアアアアアアアアア!!」 全然痛くない。 むしろ必死な陽茉莉が超可愛い。 「今のは完全にアウトね……」 「あんなこと付き合ってすぐ聞かれたら誰だって怒るけど、友達に聞かれたら余計怒るわよ」 「聞くにしても、そういうことは私に聞きなさい! なんで智美なの!?」 「だ、だって直接聞くのは恥ずかしいというか……」 「これから先、いざって時に知ってた方が色々と……!」 「友達に聞かれた方がよっぽど恥ずかしいよ……!」 「いざって時なんかこれからしばらくありませんから……!」 「フンだ……!」 「ええ!? ないの!?」 もう少しドキドキしたいっていうか、青春っぽいことも色々としたいんですけど!! 「そもそも、こういうことをみんなの前で言わないの!!」 「こうやって見ると完全に尻に敷かれてるわね」 「ねー」 怒られてしまったけど、これはこれで仕方ない。 俺と陽茉莉の関係は少なくともクラス全員に知れ渡ったから、俺の計画は無事成功だ。 「でもホント意外だよね」 「だってあんたと皆原さんってそんなに話してなかったよね?」 「そうそう!」 「少し仲が良いように見えた時もあるけど……それがまさか付き合うなんて……」 「ねえ? ひまひま」 「な、なによ……」 「私からはなにも言うことなんてないもん」 「ならば俺が答えよう」 「だ、駄目……! 絶対に余計なこと言うから……!!」 「そう言われると有ること無いこと言いたくなっちゃうんだけど」 「もー! 無いことは言っちゃダメー!」 「はっはっは! 冗談ですよ陽茉莉さん」 ポカポカと俺の胸を叩いてくる陽茉莉。 全然痛くないし、それどころかその表情を見ていると笑えてくる。 「やれやれ、俺の陽茉莉はすぐムキになるんだから」 「むぅ……!」 「じゃあもう、なに言っても信じてあげないもん」 「ええっ!? ご、ごめんマジで許して!」 「ふーんだ。もう知らないもん」 「あることしか言わないんで許してください……」 「…………」 「もう、ちょっとは私のことも考えてよね?」 「はあ、見てるだけで胸焼けしてきそう……ごちそうさま」 「はぁ、今日も真夏日だっていうのに、この教室だけやけに熱い気がするわね〜」 「ほら、陽茉莉のせいで二人に呆れられただろ」 「わ、私のせいなの!?」 ああ、陽茉莉をいじるの面白い。 それから俺達はジャスティスが来るまで、女子達からの冷やかし攻撃に耐えるのだった。 「…………」 「…………」 放課後になって陽茉莉と二人きりで校門を出る。 陽茉莉を家まで送るためにちょっと遠回り。 朝のバストサイズの件で反省し、大人しく陽茉莉と並んで歩く。 なんか会話をした方がいいのかもしれないけど…… この沈黙も嫌な感じはしないし、むしろ安心感みたいなのがあるんだよな。 (でも、朝ので怒らせちゃったかもしれないし……) 謝ってちゃんと今の気持ち伝えないとな。 「……なあ」 「ん?」 「今朝は、ごめんな」 「俺さ、陽茉莉の彼氏になれてすごい嬉しいんだ」 「それで……、このうれしい気持ちってのが当分の間抑えられそうにないから……」 「今日みたいに教室で堂々と陽茉莉の彼氏としていたいんだ」 「だからこれから先、教室とかだけじゃなくて……」 「いろんな場所で、陽茉莉ともっともっと恋人らしいことしたい!」 「…………」 「ふふっ」 え、今の笑うとこ!? 「な、なんか俺おかしなこと言ったか……?」 「ううん、そうじゃなくて」 「私、そんな子供みたいなところが好きなんだよ?」 「朝はみんなの前で言うのが、すごく恥ずかしかったから言わなかっただけ……」 「おお、それじゃあ怒ってないの? 少しも?」 「うーん、私ってそんなに怒りっぽい……?」 「だって野々村にアレ聞いた時は……!」 「あ、あれは怒るに決まってるでしょ!?」 「……学校行く時とか、それより前の話」 「今日は恥ずかしくてあんまり話せなかったけど、怒ってるわけじゃないから……」 「っ!?」 て、てててて……手ぇ握られちゃったー!! お、俺からリードしようと思ってたのになんだこの恥ずかしさっていうか…… あああああわかんねぇぇぇぇ! とにかくめっちゃ照れるんだけど! 「すぅー、はぁー」 (落ち着けー俺ー!) ここでまた朝のテンションになったらせっかくのいい雰囲気が台無しだ。 「こ、これが今の限界……」 「コレ以上は恥ずかしくておかしくなっちゃうから……」 そんなこと言われたら俺の方がおかしくなっちゃうって! まさか陽茉莉はこれを狙ってるのか!? 「……はしゃいでいい?」 「まだダメ」 「学校から近いから誰かに見られちゃうかもしれないし」 なんだこの焦らしプレイ……! 絶対俺の反応楽しんでるだろ! 「今みたいに大人しくしてるなら……」 「このままギリギリまで手繋いで帰りたい、かな……」 「俺がはしゃいだらどうなる?」 「手繋いであげないし恋人っぽいことも今日はなし」 「しょぼーん……」 「もう、そんな落ち込まないでよ」 「誰かさんがはしゃぐと、みんな見てきて恥ずかしいんだから……」 「でも……!」 「でもは禁止♪」 「っ!」 空いてる手の人差し指で俺の口を塞ぐ陽茉莉。 え、何この子……俺を殺す気!? こんなことしてくるなんて思わなかったから心臓がバクバク鳴っててヤバイ…… 「き、今日全然落ち着いてなかったでしょ?」 「帰りくらい落ち着いてゆっくり帰ろ?」 「……ね?」 「お、おう……」 すっかり陽茉莉のペースに飲み込まれてしまった。 これが巷で噂の小悪魔系女子ってやつ!? 実際どういうのかわかんないけど、きっとこんな感じなのかな…… 手を繋いだままゆっくりと歩き始める。 「ふふっ、ホント子供っぽいよね」 「う、うっせ! なんでこんなに意地悪なんだよ」 「今朝の仕返し〜♪」 「すっごい恥ずかしかったんだからね……?」 「顔真っ赤だったもんな〜」 「今も少し赤いけど」 「そ、そういうことは言わなくていいの!」 「へいへい」 「…………」 「陽茉莉の手ってさ、思ったより小さいんだな」 「それにちゃんと手入れしてるみたいですべすべだし」 「それを言ったらそっちだって思ったより大きいよ?」 「がっしりしてるっていうか、男の子の手って感じ」 「そりゃ男ですからね」 告白の時の反応も薄かったし、少し不安に思ってたけど…… 不安に思ってた自分がバカみたいだな。 陽茉莉は好きって言ってくれたし、こうして手も繋いでくれてる。 言葉ではあんまり言ってくれないけど、手の温もりと一緒に陽茉莉の気持ちも伝わってくる気がする。 「ゆーやけこーやけで日が暮れてー♪」 「あ、それ懐かしいー!」 「いつも6時ぐらいに鳴るよね」 「これが鳴ったら家に帰らないと、母ちゃんに怒られるから急いで帰ったんだよなぁ……」 「冬だと鳴る頃には真っ暗だしねー」 「ま、今じゃ怒られることもないけどな」 「らーららーらららー♪」 鼻歌を歌いながら繋いでる手を揺らす陽茉莉。 陽茉莉もこういう時はちょっと子供っぽく見えるから人のこと言えないよな。 ああもう、こういう陽茉莉もたまらん……! 「陽茉莉」 「んー? なに?」 「もう無理、我慢できない」 「え、我慢ってなに我慢してたの?」 「トイレだったら家まで我慢しなよ?」 「テンション抑えるのをだよぉぉぉぉ!」 さっきから可愛すぎるんだよちくしょう! 繋いでる手をブンブン前後に振る。 「きゃあああああ! ちょ、ちょっとストップ!」 「そんなブンブンしないでよぉぉぉ!」 「マジ陽茉莉ってやつなんなの!? マジでなんなの!?」 「俺を萌え殺す気なの!?」 「な、なんでそうなるのー!?」 俺に振り回されながらもしっかり手を放さないでくれる陽茉莉。 本当にこいつの彼氏になれてよかったと思う。 そう思いながら俺達は楽しく下校した。 「お……?」 『メール受信1件 陽茉莉』 陽茉莉からメールが届く。 『むしろ束縛してくれ! 今すぐに!』 『なんだったら、俺のケータイの暗証番号まで陽茉莉が管理してくれてもいいぞ? 受信フォルダも見放題だ!』 心の底からそう思うので、すぐさま返信する。 束縛って、愛情の裏返しみたいなもんだろ? それなら俺は大歓迎だぞ陽茉莉。 (ひ、陽茉莉……!) 嬉しすぎて涙が出そうになる。 ああ、マジで俺陽茉莉に告白して良かった。 「俺も、陽茉莉が喜ぶ男をこれから目指したい……と」 陽茉莉が喜ぶ男って、一体どんな男なんだろう。 そんなことをふと考えながら、今夜も陽茉莉とのメールを楽しんだ。 『俺は逆に陽茉莉を束縛したいぞ?』 『とりあえず俺以外の男とは喋るの禁止。まずはそこからスタートだ!』 半分冗談のつもりで送ってみる。 フッフッフ、さあどう出る陽茉莉。 束縛ってたぶんこんな感じだと思うけど。 『それは彼女の宿命だ! 頑張れ!』 『もちろん父ちゃんとも話しちゃ駄目だぞ?』 会話の封印は束縛にしてはハードルが高すぎる。 俺は冗談で言ってるからいいけど、これを本気で実行しているヤツもこの世界にはいるんだろうか。 「頑張らないでください」 すぐさまNOと返信をする。 こうして今夜も陽茉莉とのメールを楽しんだ。 『俺も他の女子とは話さないようにするから』 『だから一緒に頑張ろうぜ!』 もはや束縛は関係無く、なぞのチャレンジを呼びかけているだけの俺。 うーん、しかし本気でこれにチャレンジしたら一日だけでもしんどいと思う。 (せ、先生……?) なんか陽茉莉の見てた番組が気になってきた。 そのまま何回かメールをしたまま、俺も陽茉莉も自然に眠りに落ちていった。 (髪良し……! 服良し……! 金も良し……!) 俺様専用のデート装備を身につけ、鏡の前でなぞのキメポーズをする俺。 今日は陽茉莉と外へ遊びに行くことになっている。 向こうはまだ恥ずかしがっているけれど、こっちはもう遠慮なんか出来ずに超メロメロ状態になっている。 「何? あんた今から出かけるの?」 「ああ、ちょっと大通りをリア充ばりに散歩してくる」 「はいはい、そういうことはちゃんと彼女が出来てから言いなさいよね」 フッフッフ、残念だったな母ちゃん。 陽茉莉との約束でまだ言うことは出来ないが、俺はもう既にめちゃくちゃ可愛い彼女がいるのだよ。 「ま、どこへ行くにしても、ちゃんと鍵は持って行きなさいよね」 「私、今日も仕事で遅くなるから。帰りはそうねえ……大体夜の11時過ぎってところかしら」 「大変だな、最近残業多くない?」 「今ウチの会社繁忙期だからねえ。まあ仕事自体は楽しいから全然良いんだけど……」 ここで陽茉莉から家を出ましたメールが届く。 おお、俺もそろそろ現地に向かわなくては…… 「それじゃあ俺、行ってくるから」 「はいはい、行ってらっしゃーい」 「………」 「母ちゃん……今日は夜遅いのか……」 それ自体は珍しくもないのだが、陽茉莉との今日デートするって話から少し邪な願望が頭をよぎる。 (きょ、今日もしかして、デートであいつとめっちゃ良い雰囲気になったら……) (も、もしかしたら……!) アホか俺。 さすがにちょっとそれは早すぎるだろ。 でも男としては、付き合いたての彼女を夜部屋に連れ込むのはある種のロマン。 その可能性が全く無いわけじゃないだろうし、心の中でふとそんな期待が浮かんでしまった。 陽茉莉に早く会いたいので小走りで大通りへとやってくる。 今日は休日だし、大通りの混み具合はいつもどおりな感じだった。 さてさて、俺の愛しの彼女の姿は一体どこに…… (お、いたいた……) 植木の近くでじっと俺の登場を待っている様子の陽茉莉。 おお、今日はまた一段と可愛いな。 陽茉莉のデートバージョンは、俺から見ても自然に見えるのでいつもよりテンションが上がってしまう。 「よし」 ここは面白そうなので、ナンパを装って声をかけてみよう。 これで無視されたら、色んな意味でちょっと嬉しいけど。 「ハロニチワ〜♪ ねえねえ、今キミ一人? こんなところで何してんの?」 「気安く話しかけないでください。私彼氏いますから」 「へえ、そうなんだ」 「それって一体どんな彼氏? カッコ良い? 超イケメン? 死ぬほど金持ち?」 「普段から無駄にテンションが高くて頭もちょっとアレで、いつまで経っても子供みたいなスーパーいじわる彼氏です」 「………」 「………」 「なあ陽茉莉。お前なんでそんなやつに惚れちゃったの?」 「うう、言わないで……なんか今考えるとめちゃくちゃ悔しい……!」 「ざまぁぁ!! 陽茉莉超ざまぁぁーー!!」 「うぅー!! うぅーーッ!!」 「私帰る。楽しく一人で遊んできたら?」 「う、嘘です嘘!!」 「すみませんちょっと調子に乗りすぎました!!」 「よろしい。それじゃあちょっとあっち向いて?」 「え? なんで?」 「いいからっ」 とりあえず言われたとおりに背を向ける。 ま、まさか、このまま後ろから刺されるんじゃ……!! 「ぎゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「………」 「………」 「ぎゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 「………」 ……。 「よしOK。許してあげる」 え!? 何!? 何なの今の!? 「え、陽茉莉を怒らせると今後は今みたいに後ろから抱きついてくんの?」 「ううん、今嬉しそうな顔してるからもうしないことにする」 ええ!? してよ!! 「既に彼氏のピュアハートを手のひらで転がすとは」 「皆原陽茉莉……おぬしも悪い女よのう……」 「ふふっ、良いでしょ? いつもそっちばっかり私のことからかって来るんだから」 今のが陽茉莉の報復手段なんだとしたら、まったく……ホントになんて可愛いやつなんだ。 これ以上俺をぞっこんにさせて、マジで別れるなんてことになったら俺は死ねる。 「それよりもどう? 衣替えしたんだけど」 「ああ、めっちゃエロい。露出度が上がって俺様はハッピーだ」 「え、エロいって……もうちょっと可愛いとか綺麗とか他に褒め方ないの〜?」 「すみません陽茉莉様。俺は正直な男なんです」 そう言って、当たり前のように陽茉莉と手を繋ぐ。 「よし、それじゃあ早速遊びに行こうぜ?」 「付き合ってから初めてのデートだからな。俺も変な緊張とかしないで超楽しみたい」 「うん、私も」 そのまま嬉しそうな陽茉莉と一緒に、大通りを歩く。 今日は映画は見ないで、ショッピングやゲーセン辺りに足を伸ばしたい。 こうして本日の陽茉莉とのデートが始まった。 「ひまひまぽん!」 「ひまひまぽん!」 リズムに合わせて陽茉莉の頭に手を乗せる。 「ね、ねえ、さっきからそれ何してるの?」 「え? ひまひまぽん。こうして陽茉莉の新しいリアクションを引き出す遊びで」 「ひまひまと言ってから、ぽんというまでの間に若干のタメがいるんだ」 「ふーん」 うわあ、超どうでも良さそうな顔してる。 「んー……」 「はぐっ!」 「な、なんだよ」 「噛んでるの」 「はぐっ、はぐはぐっ……!」 「そういえば陽茉莉って、小さい頃はよくこうして無駄に俺のこと噛んでたよな」 公園や家でも、二人だけのときはよくこうしてはぐはぐ噛まれていた。 甘噛みなので全然痛くはないんだけど、昔はこうやって軽い歯形をつけられていたもんだ。 「失礼だよ。別に無意味に噛んでたわけじゃないもん」 「へー、そうだったのか」 「うん」 「これも一種の愛情表現のつもりだったの」 「あのときは、誰かさんが全然私の気持ちに気づいてくれなかったら……」 いや、わかりづれェェェェ!! 「マジかよ! というかそんな愛情表現気づくわけないだろ普通……!!」 「こっちは毎日なぞの攻撃を受けて、母ちゃんからはあんたなんでそんなに歯形ついてんのってビビられたくらいなのに……!」 「………」 「い、一応……印のつもりだったの。私のって」 独占欲丸出し。 「そうか……当時の陽茉莉はそこまで俺のことを……」 「うーん、どうだろ」 「でも小学校高学年辺りからはそうでもなかったかな」 「幼馴染み離れ……っていうか、私もそのころから趣味に走るようになったし、1回目の青春は終了! みたいな」 「そういえばお前、あの頃から少し付き合い悪くなったよな」 「ご、誤解しないでよ。私も自分の時間を大事にするようになっただけだし」 「今思えば、あの頃はお母さんから買ってもらったDVDレコーダーで、毎週見たい映画たくさん撮ってたなあ」 「あの、俺と映画、どっちが大事だったの?」 「さあ、どっちでしょう」 楽しそうに少しいじわるな言い方をする陽茉莉。 こういうちょっとお茶目な一面も、陽茉莉と一緒にいて楽しいと思う一因だったりする。 「で? せっかく来たんだし、何かゲームしようぜ」 「俺が一人でゲーム始めると長くなるから、なるべく二人でやれるものが良い」 「うーんと、そうだねえ……」 陽茉莉と一緒にゲーセン内を見渡す。 ここは大型の筐体も、ビデオゲームコーナーもかなり充実している。 俺も暇さえあれば放課後にはよく来るので、物の配置からイベントの情報まで色々と知っている。 「何やってんだよ!! 一回落ちたら下がってろよ!!」 「大丈夫! ワンチャンあるから!!」 「ねーよ!! お前片追いされてんじゃねーか!!」 「男子って、ゲームするとき本性出るよね〜」 「ああ。でも望月もゲームするとああなるぞ?」 「え? そうなの? ちょっと意外」 「あいつは音ゲーマニアだからな。パーフェクトミスると露骨に舌打ちして機嫌悪くなるんだ」 「あ、あはは……そうなんだ……」 例え遊びでも1プレイ100円。 カードゲームなんかじゃ最近は平気で400円取られるし、プレイする側はいつも真剣だ。 「望月さんとはよくゲームセンターに来るの?」 「たまにな」 「ふーん……」 「………」 「………」 「いや、最近は来てないぞ? 特に陽茉莉と付き合ってからは……」 「私、まだ何も言ってないけど……」 乙女心は複雑だ。 気持ちは分かるけど明らかに寂しそうな顔をする陽茉莉。 「大丈夫だって、これからゲーセンに行くときは必ず陽茉莉を誘う」 「俺って実はかなり一途な方だぞ? そこんとこちゃんと理解してます〜?」 「………」 「べ、別に、ちょっと羨ましくなっちゃっただけ」 「私と付き合ってるからって、友達との関係は蔑ろにしちゃ駄目だよ?」 「おお、意外にも大人の反応……」 「あ、当たり前です。別に一緒にゲームするくらいで私怒らないもん」 ちょっと無理しているところが可愛い。 こうなると今日は意地でもかまいたくなってくる。 「お、陽茉莉! お前が好きそうなゲームあるぞ? あれやってみよう!」 「え? どれどれ?」 「これだ」 『絶叫! ハムハムパニック!』 次から次へと地面から顔を出すハムスターを、備え付けのハンマーでボコボコにするゲーム。 「おお、今日の最高得点は98点か。この記録出したやつなかなかやるな」 「こ、これ可哀相だよ……! ハムスター叩くなんて悪趣味にもほどがあるよ……!」 泣きながら必死にハムスターを叩く陽茉莉を想像してみる。 あはは、さすがにこれは可哀相というかある意味いじめに近い。 「やるならもっと平和なゲームが良い」 「エアーホッケーとか?」 「あれは難しすぎるから却下です」 え!? あれ難しいの? なんで!? 「あ、私あれが良い。あれがやりたい」 「ん……?」 陽茉莉が指を差したのは、二人がけの椅子が備え付けてある箱形のゲーム。 「相性占いゲームか。これはかなりデートの定番っぽいチョイスだな」 「うんっ」 俺もご機嫌で陽茉莉と一緒に椅子に座る。 二人で100円ずつお金を入れ、無駄に派手なタイトル画面からゲームをスタートさせる。 「おい、これ占いゲーなのにノーマルとハードがあるぞ。どっちが良い?」 「うーん、それじゃあハードで」 「おお、俺の彼女は度胸があるな」 特に深く考えず、タッチパネルのハードボタンを指で押す。 なになに? まずは生年月日と血液型から入れるのか。 「ねえねえ、これで俺たちの相性最悪だったらどうする?」 「壊す」 おいやめろ、マジで目が笑ってないぞ! 「はぁ〜い♪ 全国のラブラブカップルのみんな〜! LOVEげっちゅー!?」 「LOVEげっちゅーぅぅぅぅ!!」 「な、何コレ、ゲームが喋るの……?」 「まずは、二人が付き合ってからどれくらいか聞いても良いかしらん♪」 「え、えっと……」 「10年です」 「嘘は駄目」 「すみません」 冗談は訂正して、ゲームの案内キャラにできたてほやほやのカップルだと告げる。 「あらあら……! それじゃあ二人とも、今が一番楽しい時期ね〜!」 「まずは2週間、その後は三ヶ月、そして半年飛んで一年後……」 「その頃には日本のカップルのおよそ半数が別れるから、せいぜい今の時期を楽しみなさい……?」 「大丈夫です。私たちは絶対に別れませんから」 「あら、すごい自信ね」 「それじゃあ彼女に聞こうかしら、初めて男の子とキスしたのはいつ?」 そう言うと、画面に数字のパネルが出てくる。 俺たちはまだキスしていないので、数字とは別の『まだ』ボタンを押せば良い。 「………」 「ん? どうした?」 「ちょっとあっち向いてて」 「え? えっ??」 無理矢理顔を横に向けられる。 ちょっと待て、お前一体何する気だ。 「あらあらそうなの〜♪ 案外おませさんだったのね〜」 「………」 え? ちょ、ちょっと待て!! 「え!? 何!? 陽茉莉、お前キスしたことあんの!?」 「だ、誰だああああああ!! お前マジで誰とキスしたんだああああああ!!」 「だ、大丈夫……ッ!! 大丈夫だから! 別に変な心配とかしなくて良いから……!」 あ、あの! これって俺にとってかなり重要な話なんですが!! 「なるほど、彼の方は覚えてないのね」 「はい、でもこっそりしたから無理もないと思います」 「おいゲーム機と会話するな。俺も話しに入れろ」 しばらくお互い交互に質問に答える。 さてさて、そろそろ相性が出るか? というかこれ、何が一体ハードなんだ。 「それでは二人に、最後の質問をします」 「はい」 「よっしゃ来い!」 「ズバリ聞きます」 「初エッチはいつ頃の予定?」 ――ブッ!! 「へ……!? ええっ……!?」 「何よ、二人ともラブラブなんでしょ? だったら当然したくならない? というかしたいでしょ!? いや絶対にしたいはず!!」 「え、え……!? そ、そんなの知らない……! わ、私エッチとか全然知らないもん……!!」 「俺はしたいです」 「い、い……!!」 「嫌ぁぁぁぁああああああああああああ!!」 (ええーッ!?) 「ちょ、ちょっとおい!! どこ行くんだよ陽茉莉ー!!」 「お兄さん♪ 診断結果のレシート♪」 「あ、どうも」 このゲームのハードは、どうやらエッチの相性まで当てるらしい。 筐体には18禁と書いてあり、陽茉莉が恥ずかしくて逃走するのも無理なかった。 「もう8時か……」 「デートすると時間があっという間に感じるな」 「うん……」 大通りで一緒に夕飯を食べ終え、今はこうして二人きりの散歩を楽しんでいる俺たち。 本当に陽茉莉といると、楽しくて時間を忘れてしまう。 こうしてただ一緒に歩いているだけでも楽しいし。 風に乗って香る陽茉莉の匂いも、すごく俺の気持ちをドキドキさせる。 うん、しかもかなり。 (まだ母ちゃんが家に帰ってくるまで、時間はある……) 今日はこのままはいバイバイという流れにはしたくない。 陽茉莉を家に呼べたらそれは最高だけど、今はそこまで高望みはしないでキスまでならいきたいところ。 「今日も、すごく楽しかったな」 「う、うん……」 「この後はどうする? このまま真っ直ぐ家に帰るか?」 「………」 「そ、それは嫌だ。もうちょっとだけ、今日は一緒にいたい……」 ぎゅっ。 (おっ?) そう言って俺の手をギュッと握ってくる。 どうやら帰る時間が迫ってきたので、陽茉莉的には楽しかった充実感より寂しさの方が勝っているらしい。 「どうした? 急に寂しくなっちゃった?」 「うん、すごく……」 「………」 「………」 お互い急に無言になる。 おお、空気的には何か良い感じだ。 これならキスまで、案外サクッといけるんじゃないか……? 「陽茉莉、今日はまだ時間平気なのか?」 「うん、今日は少し遅くなるって……お母さんには言ってあるから……」 「そ、そうか……」 「うん……」 キスって、どんな感じでしたら良いんだろうか。 ぶっちゃけただ唇と唇を重ねるだけのはずなのに、こんなときに限って妙にキスの仕方を冷静に考えてしまう。 「そっちは?」 「え?」 「まだ時間。帰らなくて平気なの?」 「ああ、俺は平気平気。というか今日は11時まで母ちゃん仕事から帰って来ないし」 「そ、そうなんだ……」 「ああ、だから俺のことは全然心配しなくていいぞ?」 いっそ自然にキスにもっていくのが難しいなら、一度キスして良いか本人に聞いちゃうのも一つの手か? それでOKもらえたらそのまますれば良いんだし…… よし、これは名案だ。早速本人に聞いてみよう。 「あ、あのさ……陽茉莉……」 「急にこんなこと言うのもアレなんだけど……」 「う、うん……」 「も、もし良かったら……そ、その……」 「え、えっと……」 「………」 「うん……大丈夫だよ?」 「わ、私……恥ずかしいけど……一応これでも覚悟はしてたつもりだから……」 「え? そうなの?」 「う、うん……」 「そ、それじゃあ……今からしていいか?」 「え……?」 「ええっ……!? い、今……? ここで……!?」 「え、じゃあどこでならして良いんだ?」 「そ、それはその……」 「う、うう……うち……」 え? 「わ、私の家は今の時間両親いるし……」 「も、もしするなら……時間がないかもしれないけど……そっちの家しか……」 「……え? 家……?」 「………」 な、何だか知らんが、俺の思惑以上に事が進んでいる気がするぞ……! え、ホントに? マジでこのまま俺の部屋に連れて行ってもいいの……!? 「ほ、ホントに時間は大丈夫なんだな?」 「うん、平気……」 「わ、わかった」 「それじゃあ行こうか……」 「………」 そのまま手を繋いで、陽茉莉を俺の家まで連れて行く。 こ、これは本気でキスどころじゃすまないかもしれない。 俺は期待半分、不安も半分で手のひらに汗をかきながら家へと向かった。 「ど、どうぞ、狭いところですが……」 「お、お邪魔します……」 ふう、良かった。 まだ時間も早いし、やっぱり母ちゃんは家に帰っていない。 (一応、陽茉莉の靴は部屋に持って行こう……) 母ちゃんが早めに帰って来たら確実にバレるし。 「陽茉莉、何か飲み物いる?」 「う、ううん。平気……」 とりあえず財布やらケータイを机の上に置く。 ああ駄目だ、何かめっちゃそわそわしてきたぞ。 「………」 それは向こうも同じようで、陽茉莉はずっと俺に背を向けたまま壁の方をじっと見ている。 「………」 「陽茉莉、あのさ……」 「そ、その……俺……」 「キスしたいんだけど……」 「……っ!」 「だから、こっちを向いてくれないか?」 「………」 「は、はい……」 ガチガチに緊張している様子の陽茉莉。 俺もいざここまで来ると、キス一つにも必死なので同じような表情になってしまう。 「良いか? するぞ?」 「うん……」 陽茉莉がスッと目を閉じる。 「ん……ちゅ……」 「………」 「………」 「キス……しちゃったな」 「うん……」 「………」 「あのさ、もう一回していいか?」 「うん……どうぞ……?」 「ん……ちゅ……」 「ん……」 今度は少し長めのキス。 さすがにエロい方のキスはちょっと今の勢いじゃ出来ないけれど。 今日はここまで出来たら満点だ。 「ふぅ、少し緊張が収まってきた」 「そ、そうなんだ……す、すごいね……やっぱり男の子は……」 「ん? そうか?」 「うん、すごいよ……」 「だ、だって……」 「私たちこれから、初めてエッチするのに……」 え? 「ええっ!?」 「わ、わわっ……!」 「え? な、何?? どうしたの……?」 「え、エッチしていいの!? え、マジで……!?」 「え……? だ、だって……そのために私をここに連れてきたんじゃないの……?」 「あ、いや、俺はてっきり今日はキスまでのつもりで……」 「へ……?」 「ええええええーーッ!?」 突然驚きの声をあげる陽茉莉。 顔真っ赤にしたまま、3歩後ろに後ずさる。 「わ、私てっきり……! このままここで……その……!」 「色々されちゃうのかなぁ……って、ビクビクしてたのに」 「い、いやごめん! というかOK? OKなのか陽茉莉……!!」 「だ、だって、今日相性占いの時、こんな必死な顔してしたいって言ってたから……!!」 なるほど、これは計算外だ! というかまさか陽茉莉が、裏でこんなにしっかり覚悟をしていてくれたなんて……! 「よ、よし、しよう! 今すぐしよう!」 「あんまりもたもたしてると、俺の母ちゃん帰ってくるし」 「え、ええ!? この空気のままするの……!?」 「ああ、だから仕切り直しだ!」 「……と言っても、俺もまだキスしかしたことないし、どうやってすればいいのかわからないけど」 「わ、私だってそれは同じで……!」 うん、うんうん。 よしわかった。ここは一度冷静になろう。 「…………」 「え……?」 「陽茉莉、ごめん……」 「俺もう我慢出来そうにない。OKならちゃんとしないか……?」 「………」 「う、うん……」 もう一度、軽く陽茉莉を抱き寄せる。 少しだけ陽茉莉の羞恥心も和らいだみたいだ。 「よ、よし。お互い覚悟を決めるぞ」 「は、はい……」 「そ、その……お手柔らかにお願いします……」 「あ、ああ」 「出来るだけその……優しくする」 少し体の力を抜く陽茉莉。 俺、このまま陽茉莉とここで初めての経験をするんだよな…… 「大丈夫か? まだ痛んだりする……?」 「ううん、平気だよ」 「した直後はやっぱり痛かったけど、今は平気」 「そっか……」 俺の方はめちゃくちゃ気持ちよかったけど、やっぱり女子は初めてだとかなり痛いらしいから。 やっぱり陽茉莉が大事な俺は、そこをエッチ後もずっと気にしてしまう。 「えへへ……」 「ん? どうした?」 「ううん、私ホントに今幸せだなあって思って」 「つい最近まで、こんな風に好きな人の横で寝てる自分なんて、想像もつかなかったから」 「はは、それは俺も同じだよ」 「エッチしてる最中もまた別の意味で幸せだったけどな」 「後半は俺が動く度に陽茉莉がすごいエロい声出してて、膣内なんてすごくトロトロになってて……」 「も、もうやめてよぉぉ……! それセクハラだよ! 絶対セクハラ……!!」 「あはは、もういいじゃん。今さっき本当にセクハラ以上のことしちゃったんだから」 「も、もう……! 私恥ずかしすぎて本当にもう無理ぃぃ……!」 「はは、今日の陽茉莉の顔、俺一生忘れなさそう」 「もう、いじわる……」 俺の彼女は本当に可愛くて可愛くて仕方がない。 学校でもデート先でも、こうして俺の部屋のベッドの上でも…… 「陽茉莉、愛してるぞ」 「うん、私も……」 俺はきっと、この先もずっと陽茉莉にゾッコンだ。 今夜は俺の母ちゃんが帰ってくるまでの間…… あと少しだけ残った時間を、同じベッドの上で陽茉莉と抱き合って過ごすのだった。 ……。 ……。 「ただいまー。帰って来たわよー。おみやげ買ってきたらこっち来なさーい」 「ねー、寝ちゃったのー? お寿司買ってきたんだけどー」 「ん……?」 (母ちゃん……!?) 「むにゃむにゃ……」 や、やばい……! なんということだ……!! ドアの向こうには母ちゃん! そして俺の部屋には全裸の陽茉莉と脱ぎ散らかした服……!! 「入るわよー? というか起きなさいよ、母さん寂しいでしょー?」 「ああああ!! ちょ、ちょっと待った! 5秒待ってくれ!!」 急いで飛び起き、陽茉莉の服を布団の中に放り込む。 「ん、んん……?」 「すまん陽茉莉……! このまま布団の中に隠れててくれ……!」 「え? えっ……!?」 「入るわよーん」 慌てて俺も布団の中に入る。 「よ、よう。お帰りなさいませお母様」 「ちょっと、何布団被ってるのよ。お寿司買ってきたから二人で食べましょ?」 「あー、俺はいいわ。きょ、今日は外で食ってきたから、あんまり腹減ってなくて……!」 「ふーん、そうなの?」 「そうそう、もう腹ぱんぱん……!!」 「じーっ……」 「怪しいわね……なんか私に隠してない?」 「……っ!!」 「いえいえいえ!! 滅相も御座いません!! 俺のような愚息が母上に下劣な隠し事など……!!」 「うーむ……」 「その妙に膨らんだ布団が死ぬほど怪しい……!」 (ひぃぃぃぃ!! ひぃぃぃぃ!!) な、なんで今日に限ってこんなに絡まれるんだよ……!! 普段はこの時間に帰ってくると即行で部屋に戻って寝るくせに……!! 「〜〜〜ッ!!」 布団の中では、陽茉莉が怯えながら俺の体にがっちりしがみついている。 さっきまで堪能していた陽茉莉の全身が俺の背中にピッタリと……!! (お、俺がなんとかしないと……!!) 「す、すみませんでした!」 「え?」 「つい先ほどまで友達から借りたエロ本でオナニーしまくってました!」 「ほら、あちらに見えます使用済みのティッシュの山!! ゴミ箱がいっぱいなのがお分かりですか!?」 「この時間になると俺も男なので無性にムラムラしてくるんです!! なのでこれ以上自分の息子を精神的に追い詰めないで下さい!!」 「あ、あらそう……? それは悪いことしたわね」 「腹がいっぱいなのは本当ですので! お寿司はお腹が減ったら後でいただきます!」 「これでもまだお疑いなら、今すぐこの布団の中に隠した数々のエロ本について、赤裸々に詳細を述べますがいかがしますか!?」 「わ、わかったわ。それじゃあテーブルの上に置いておくから、明日の朝にでも食べて行きなさい」 「ありがとうございます」 ……。 ……。 危機は去った。 俺の血相を変えた表情にどん引きしたのか、大人しくリビングへ戻っていく母ちゃん。 「あ、あぶねぇ……」 「わ、私バレたかと思っちゃったよ……! こんなにビクビクしたの本当に……!」 「あ、それと」 「うわあああああああああああああああああ!!」 「ちょ、ちょっと何なのよさっきからあんた!! 素っ裸で悲鳴あげないでよビックリするでしょ!!」 「ご用件はなんでしょうか」 とりあえず俺の全裸パワーで母ちゃんの注意を引きつける。 「私明日は仕事休みだけど、午前中から友達と会う約束してるから」 「もし朝爆睡してたら、私のこと起こしてくれない?」 「了解しました」 「うん、用件はそんだけ。おやすみー」 「おやすみなさいませ!!」 ……。 ……。 (ふぅ……) ようやくこの部屋に静寂が訪れる。 ドア越しにリビングの様子を探ると、どうやらテレビを付け始めた母ちゃん。 なるほど、このまま酒を飲みながらゆっくり自分の時間を過ごすつもりらしい。 「だ、大丈夫か?」 「うん……な、なんとか……」 裸のままベッドの上でこっちを見ている陽茉莉。 普段なら大興奮といきたいところだが、まだ心臓がバクバクいっててそれどころじゃない。 「あ……!」 「そ、そういえば今何時!?」 「やばいぞ。もうすぐ日付が変わる」 「ええっ!?」 「しーっ!! しーっ!!」 陽茉莉の口を手で塞ぐ。 これは本当にまずいことになった。 陽茉莉を家に帰そうにも、リビングを通らなくちゃいけないのでバレるのは確実。 「ど、どうしよう……! 絶対お母さん今頃かんかんに怒ってるよ……!」 「怒ってるだけなら良いんだけどな」 普通、一人娘がこんな時間まで帰って来なかったら、下手すりゃ捜索願を出す親もいるし。 「と、とりあえずお母さんに電話してみる」 自分のケータイを取り出し、陽子さんの番号に電話をかける陽茉莉。 マナーモードのまま何度も着信があったようで、それを見ると陽茉莉の顔がますます青くなっていく。 ……。 ……。 「あ……もしもし? お母さん?」 「う、うん、ごめん。今私……智美の家にいるんだけど……」 「うん、うんうん……」 「だから連絡が遅れたことは謝るから……!」 「………」 「うん……ごめんね? 今日はこのままこっちに泊まって、帰るのは明日の朝になると思う」 「うん……わかってる。おやすみなさい……」 「どうだった?」 「うん、やっぱり怒ってたけど、智美の家に泊まるって言ったら安心したみたいで……」 「そ、そっか……」 「………」 「私、嘘ついちゃった……」 「あ、あの……今日は、ここに泊めてくれる……?」 「もちろんOKだ」 「母ちゃんもまだ寝ないみたいでさ、ぶっちゃけ俺たちこの部屋から動けない状態だし」 この状況で陽茉莉を家に帰すのは至難の業だ。 玄関まではリビングを通らないといけないし、ベランダから脱出するなんて事実上不可能だし。 「………」 「えへへ」 「ん? どうした?」 「な、なんかこんな形でビックリしたけど、これで今夜は朝まで一緒にいられるなって思って……」 そう言って超嬉しそうな顔をする陽茉莉。 おお、そうか。 そう考えると俺も今更テンションが上がってくる……! 「彼女が自分の部屋にお泊まりって、何か燃えるな」 「あはは、そう?」 「ああ、こうして当たり前のように陽茉莉の裸を見られるわけだし」 「だ、駄目……! こっち見ないで……!」 「ええ!?」 すぐに布団を被る陽茉莉。 あの、それだと一緒に一晩明かす意味が無くなるんですけど……! 「陽茉莉、俺も一緒に布団の中に入れてくれよ」 「絶対胸とか尻とか触ったりしないから」 「や、やだ。だって今絶対触る気満々な顔してるもん」 明らかに警戒心むき出しの俺の彼女。 いいじゃんちょっとくらい! さっきあれだけ好き好き言って愛し合ったのに……! 「陽茉莉! 俺を信じろ!」 「俺は節操なく彼女にセクハラをするようなゲス野郎ではないぞ?」 「おちんちん勃ってるけど」 すみません。それは幻覚です。 「いいじゃんちょっとくらい、せめてチュウくらいさせてくれよ」 「そ、それくらいなら全然いいよ?」 「ど、どちらかと言えば私もしたいし……」 目の前にある陽茉莉の肩を抱き寄せ、なるべく空気を読みながらゆっくりとキスをする。 「ん……ちゅ……」 「陽茉莉、キス好き?」 「うん、好き」 「な、なんか本当に恋人になったんだなって、強く実感するから……」 「はは、俺たちエッチまでしちゃったもんな。まだ覚えてるぞ? エッチ中の陽茉莉の声」 「なんて言えばいいのか、俺が今まで一度も聞いたことのないような声だった」 「や、やめてよ……! 恥ずかしいからホントにやめて……!」 「ひぁ、あ、あっ、すごい、擦れ……て……っ」 「とか」 「あ、あっ、まだ激しく……なってぇ……んぁぁっ」 「みたいな」 「や、やめてよぉぉー!! だって自然に声出ちゃうんだから仕方ないでしょー!!」 「しーっ!! ちょ、おまっ……! 声大きいって……!!」 「はっ……!」 咄嗟に自分の口を押さえてドアの方を見る陽茉莉。 や、やばい、今のはさすがに調子に乗りすぎたな。 これで母ちゃんにバレたら洒落にならないし。 「うぅぅ……!」 「ご、ごめん。今のはちょっと悪ふさげが過ぎた。もうからかわないから勘弁してくれ」 もう一度陽茉莉を抱き寄せ強引に頭を撫でる。 今のが余程恥ずかしかったのか、陽茉莉は耳の先まで赤くなっている。 「い、いいでしょ……? 別に……」 「私のあんな声聞けるのは、恭ちゃんだけなんだから……」 「私のあんな声聞けるのは、誰かさんだけなんだから……」 「………」 「ごめん陽茉莉。俺今めっちゃ嬉しい」 「………」 「だって、事実でしょ……?」 「ああ、事実だな」 「ちゅ……んんっ……」 飽きもせず、もう一度そのまま抱きついてキスをする。 今度は陽茉莉も多少舌を絡めてきて、俺も自動的にスイッチが入る。 「あっ……! だ、駄目……!」 「んっ……んんぅ……!」 「ごめん、ちょっとまた聞きたくなったから」 油断していた陽茉莉の胸に再び舌を這わせる。 すでに乳首は大きくなっており、俺が舌をゆっくり動かす度に陽茉莉は強くしがみついてくる。 「あ……ああっ……! んっ……んんっ……!」 「だ、駄目……ま、またしたくなっちゃう……」 「陽茉莉、またここ濡れてるけど」 「だ、誰のせいだと……んんっ! お、思ってるの……?」 陽茉莉が無意識に体重をあずけてくる。 俺がそのまま胸の愛撫を続行すると、陽茉莉の秘所からあふれた濃い愛液が俺の膝の上にゆっくりと垂れてくるのがわかる。 (ひ、陽茉莉……お前エロ過ぎ……!) 「ね、ねえ? もうおしまい。今夜はここでおしまいにしよう……?」 ゆっくりと俺の体から手を離す陽茉莉。 あ、あの……! ここでおしまいって、あまりにも男からしたら生殺しなんですけど……!! 「ご、ごめん陽茉莉……! あと一回、あと一回だけ……!」 「う、ううっ……」 「ご、ごめん……今は無理……」 「ええ!? な、なんで……!?」 「うう………」 「あ、あのね……? そ、その……」 「お、おしっこ……」 「え?」 ここで俺たちは、予想外の事態に直面する。 「あ、あの、お母様?」 「何ー? あんたまだ起きてたの?」 「いや、まあ普通に寝ていたんですが……」 母ちゃんの様子を探るため、リビングに一度顔を出す。 「………」 「あ、あの。今日はまだ寝ないの?」 「うーん、なんとなく眠れなくてねー」 何食わぬ顔でキッチンへと移動する。 冷蔵庫を開け、とりあえず食えそうな物と飲み物をいくつかチョイスする。 「それでは僕はベッドに戻ります。おやすみなさい……!」 「はいはいおやすみー」 テレビを見ながら手をひらひらと振っている母ちゃん。 くっ、まずいな、あの調子だと今夜はまだまだ寝ない気がする。 「だ、大丈夫か? 陽茉莉」 「う、うう〜……全然大丈夫じゃないよぉ……」 本気でやばそうなのか、必死に下腹部を押さえている陽茉莉。 「すまない。緊急事態なのはわかっているが、まだ母ちゃんリビングから動きそうにないんだ」 「だ、だから……」 「む、無理無理……!! 無理だよ……!!」 「なんとかして早くトイレにいかないと絶対に漏れちゃう……!」 涙目でトイレに行きたいと懇願する俺の彼女。 神様すみません。このシチュエーション何気に興奮するんだけど俺変態ですか? 「でも今トイレに行ったら確実に俺の母ちゃんが騒ぎ出すぞ?」 「う、うん……それも困る。絶対に困る」 「最悪俺の部屋だし、別にすみっことかでしちゃってもいいけど……」 「な、何言ってるの!? そんなの無理に決まってるでしょ……!!」 マジギレされる。 まあそうだよな、お前は女の子だもんな。 「よし、仕方がないからベランダでするんだ……!」 「この時間なら外に人はいないし、いてもここは8階だから平気なはず……!」 「無理」 「ええ!?」 「外でおしっこするなんて、絶対に死んでも無理」 「な、何言ってんだよ……! お前小さい頃はトイレが混んでるとき仕方がないとか言って……!」 「うふふ? それは子供の頃の話でしょ? それ以上言うと私ホントに怒るからね?」 ああ!! もう!! この緊急時に何恥ずかしいとか無理とか言ってんだ……!! 「わかった、キッチンからお茶持って来たからこれにしろ」 「ええ!? な、何言ってんの!? それペットボトルだよ!?」 即行でキャップを取り、ものすごい勢いで500mlの緑茶をその場で飲み干す。 「ぷはぁぁぁぁ!!」 「安心しろ、ペットボトルに用を足すのは現代ではボトラーと言って」 「いや意味わからないから! お茶のボトルにおしっこなんて出来ないよ!!」 「うまく狙えば大丈夫!」 「無理! 変態!!」 空けたばかりのペットボトルで攻撃される俺。 ちくしょう、それじゃあ一体どうすればいいんだ。 「私、なんとしてもトイレに行きたい……」 「よしわかった。俺が陽茉莉のトイレに……」 「そういうボケはいいから」 彼女は知らない。 特殊な性癖を持つ方々が楽しむAVに、そんなシチュエーションのプレイがあることを。 「わかった。一か八か母ちゃんの隙を突いてトイレに行くか」 「うん」 万が一にそなえて急いで服を着始める陽茉莉。 ちょっと裸が見られなくなることに残念感。 まあ俺だけ服を着ている時点で不公平か。 「よし行くぞ? 絶対に大きい声は出すなよ?」 「う、うん……! 漏れちゃうから早く……」 再びゆっくりと部屋のドアを開ける。 さてさて、俺の母ちゃんの様子は……? 「ぐがー! ぐごー!」 (よし……!) 酒を飲んで奇跡的に寝ている! これは俺たちに与えられた最初で最後のチャンス……!! 「よし、今のうちにトイレ行くぞ……! 焦って転んだりするなよ……!?」 「うん……!」 すぐに陽茉莉をトイレの前に連れて行く。 母ちゃんが途中で起きたらまずいからな、俺は扉の前で待機していよう。 「俺、ここにいるから、何か問題があったら呼んでくれ」 「………」 「み、耳は塞いでて……?」 「なんで?」 「お、おしっこの音聞こえちゃうでしょ?」 「え? いいじゃんそれくらい」 「もうエッチしてあげない」 すみません! それは勘弁! (ふぅ……) 彼女のご命令通り、しっかりと両耳を塞いでドアの前に立つ。 陽茉莉はやっぱり可愛いんだけど、この調子だと俺、いつかマジであいつの尻に敷かれそうな気がする。 肝心なところで逆らえないというか、でもあいつとのこういう距離はたまらなく好きだった。 「はい、次は背中を洗いまーす」 「陽茉莉、あんまり大きな声出すと母ちゃん起きてくるぞ?」 「だ、大丈夫だよたぶん。おばさんすごいいびきかいてたし」 「まあ、そうか」 トイレ事件の後、俺が寝るなら寝室で寝ろと母ちゃんを一度起こした。 今は素直に自分の部屋で寝ているらしく、どうしても風呂に入りたかった俺は陽茉莉を誘った。 「あの、この体勢だと陽茉莉の裸が見られなくて、俺超つまらないんだけど」 「大丈夫。見る必要がないから平気だよ」 「いや、あるんだなこれが」 陽茉莉と風呂に入ったのは何年ぶりだろう。 小さかった頃は銭湯にも連れて行かれ、俺は母ちゃんに連行され陽茉莉もいた女湯に放り込まれたこともあった。 「でも、何か感動しちゃうな。本当に大きくなったんだね」 「背中なんてほら、スポンジで何往復もしないと洗えないよ?」 「そりゃあ男だし、それなりに大きくはなるって」 「メシ食って運動して毎日寝て、それでまったく成長してなかったらさすがに困るぞ」 「うん、そうだね。私たち成長したんだもんね」 「またこんなに間近で、恭ちゃんの背中を見られるとは思ってなかった……」 「またこんなに間近で、誰かさんの背中を見られるとは思ってなかった……」 「………」 「………」 「や、やめてくれ、何か改めてそう言われると恥ずかしくなってくるだろ」 「えー? なにそれ、さっきまで私に散々恥ずかしいことばっかりしてたくせに」 「あんまり悪いことする彼氏にはこうだよ?」 「なっ! ちょ、おい!!」 陽茉莉が俺の股間に手を伸ばしてくる。 こ、こいつ、普段は死ぬほど恥ずかしがるくせに、悪のりをすると相変わらずだ。 「いいの。じっとしてて? ここも洗わなきゃ大変でしょ?」 「いや、いいって、ここは自分で洗うから」 「な、なんか……普通のときはやっぱり柔らかいんだね」 「さ、さっきまでこれでいじめられてたなんて、ちょっと信じられないくらい」 「いじめ言うな。愛されていたと言いなさい」 「でも私、すんごく痛かったし」 そのままボディソープのついた手で、俺のチンコをいたずらに弄んでくる陽茉莉。 「お、おい陽茉莉。あんまり弄られると……あの……」 「あ……」 「ま、また……大きくなった……」 「………」 「ご、ごめん。気持ちいーい?」 「ああ……そりゃあ気持ち良いけど……」 「あ、あの……」 「ここって、エッチな気分になると大きくなるんでしょ? 興奮したりすると……」 「そうだぞ? さっきなんて部屋でキスしてる最中もこうなってた」 「最初に陽茉莉の服を脱がすときもそうだったし、初めて胸に触れたときもやばかったな」 「そ、そうなんだ……」 「なんか、恥ずかしいけど嬉しいな……私、自分の体には本当に自信なかったから……」 「だから、こんなに喜んでもらえて……」 「俺、また機会があったら……そ、その……」 「陽茉莉とエッチしたい」 「うん……いいよ……?」 「私も、今日は痛かったけどすごく幸せ……」 「あれー? あんたこんな時間にお風呂入ってるの?」 「ひっ……!」 「うおおおおお!! び、ビックリした!!」 陽茉莉の声をかき消すように、わざと大げさに声を出す。 「ご、ごめん、なんか急に体の汗流したくなっちゃって……!」 「ふーん、いいけどちゃんとあがったらガス消しといてね?」 「おやすみー」 「お、おやすみー!!」 「………!」 「………」 「ふぅ……」 (今夜は心臓がいくつあっても足りないな……) 「陽茉莉、そろそろ出ようか?」 「う、うん……」 そのままお互い体を流し、交代で見張りをしながらドライヤーで頭を乾かす。 陽茉莉には来客用の使い捨て歯ブラシを渡し、二人で鏡の前に並んで仲良く歯を磨く。 「ふう」 「ようやくお互いさっぱりしたな。これでぐっすり眠れるか?」 「うん、大丈夫」 リビングからクッションを一つ持ってくる。 陽茉莉には俺の使っている枕を渡し、俺はこのクッションを頭に敷いて寝ることにする。 「なんか、今夜はちょっとした大冒険だったね」 「そうだな、初エッチの記憶も一緒に、今夜のことはずっと覚えていそうな気がする」 陽茉莉が軽く手を握ってくる。 陽茉莉の手は俺の手より一回り小さくて、でも風呂上がりのせいかさっきよりも少し温かい。 「私……一度抱かれちゃったからかな」 「なんか昨日より、ずっと好きな気持ちが大きくなってる気がする」 「そうなのか、それじゃあ俺もエッチした甲斐があったな」 「あはは、そうかもしれないね」 「………」 「ねえ、一つ聞いても良い……?」 「うん? なんだ?」 「私が今より大好きになっちゃっても、迷惑だなって思ったりしない?」 「はは、なんだよそれ」 「全然迷惑だなんて思わないぞ? むしろこっちは涙を流して喜ぶほど大歓迎だ」 「うん……わかった……」 そう言って、陽茉莉がゆっくりと俺に体を寄せてくる。 「私、これからもっともっと恭ちゃんに夢中になっちゃいそう」 「私、これからもっともっと彼氏にメロメロになっちゃいそう」 「だから、面倒だと思わずに、これからもずっとずっと私のこと好きでいて欲しいな……」 「大丈夫、もっと好きになるのは俺も一緒だ」 「うん、嬉しい……」 こうして俺たちは、翌朝までピッタリとくっついたまま熟睡した。 今まではずっとベッドに一人で寝てきた俺だったけど…… この日ほど隣に陽茉莉がいてくれて、嬉しいと思った日はなかったのだった。 「お……?」 『メール受信1件 陽茉莉』 陽茉莉からメールが届く。 「怖ぇぇ……」 バレても怒られはしないだろうけど、いきなりお泊まり発覚はさすがに抵抗がある。 『大丈夫。もしバレたら俺が謝りに行くから』 『でもそうなると逆に喜ばれそうな気がしてならないけど』 返信をする。 陽茉莉が髪を下ろすと、俺が告白したときのことを思い出す。 確かにあれも可愛かったけど…… 『俺、普段の髪型も好きだぞ?』 『なんか元気良く見えるからな。陽茉莉のイメージにはピッタリだ』 まあここは自分が思ったとおりの意見をメールしておく。 (確かに、野々村は元気っ子タイプだな) そのまま陽茉莉とメールを続ける俺。 こうして当たり前のように彼女とメール出来る時間が、俺は大好きだった。 『俺は髪下ろした陽茉莉も好きだぞ?』 『ちょっと大人っぽく見えるんだよな。油断してるとマジでドキッとするし』 まあここは自分が思ったとおりの意見をメールしておく。 これは良いこと聞いちゃったかも〜♪ 「はは、なんか機嫌良さそうだな」 そのまま陽茉莉とメールを続ける俺。 こうして当たり前のように彼女とメール出来る時間が、俺は大好きだった。 「いっふぇくう!」 「んぐっ、はぁ……はぁ……!」 『待ち切れないから、今日は私の方が来ちゃった』 朝飯を食べていると陽茉莉からこんなメールがきた。 もうマンションの下まで来ているらしく、目玉焼きを口に入れたまま急いで陽茉莉の元へ向かう。 「お、お待たせ……!」 「すぅ……すぅ……」 「…………」 「……うへへへへ……」 ね、寝てるー!? 器用に壁にもたれかかって寝てるよこの人!? 「陽茉莉! おい陽茉莉!」 「か……か……」 「ん?」 「かりんとうは犬のうんちに謝れー!!」 「はぁ!? 何いってんの!?」 たしかに似てるけど謝る謝らないの問題じゃないでしょ!? 急いで起こさないとまずい気がしてきた。 「マジで起きろって! 陽茉莉!」 「ふぁ……? おはぉー……」 「どんな夢見てたんだよ……」 「んぇ……? 私寝てた……?」 「変な夢見てるぐらいな」 「メール見てから急いできたんだけど、待たせすぎちゃったか?」 「そんなこと……ぁふ、ないよー……」 「えへへ〜♪」 「おはよ」 「っ……、お、おはよう……」 あれ? 陽茉莉ってこんな風に笑ったっけ……? いつもより数倍綺麗に見えてドキドキする。 「あ、寝癖ついてるー」 「マジで? どこらへん?」 「直してあげるからジッとしてー?」 ふらふらしながらカバンから折りたたみ式のクシを取り出して、俺の寝癖を直そうとしてくれる陽茉莉。 「あ、あれ……?」 「よっ! ほっ!」 「ちょっ!? クシ刺さってる! 刺さってるから!」 「届かないなら言ってくれよ!」 「ご、ごめん……! 届くと思ったの!」 「このくらいでどうだ?」 眠くなかったけど、今ので思いっきり目が覚めたぞ。 少し前に屈んであげる。 「うん、ちょうど良い感じ♪」 「〜〜♪」 (ああ、なんかこういうの良いな……) さっきは驚いたけど、もう陽茉莉も目が覚めてるみたいだ。 満足気に俺の寝癖を直してくれる陽茉莉。 陽茉莉が奥さんっぽく見えて、ちょっと恥ずかしいけど…… 「ほわぁ〜……」 頭撫でられてる感じがするし、気持ちいい。 それに、前に屈んだおかげで陽茉莉の顔や胸がすぐ近くにあってドキドキする。 いい香りがして少しイタズラしたくなったけど、ここは我慢しよう。 「よし、直ったよ」 「サンキュ」 「陽茉莉のおかげでいつもの100倍はカッコよくなったな」 「私から見ればいつでもカッコイイから心配しなくていいよ」 「よ、よせやい。照れるじゃないか」 手を繋いで幸せそうに微笑む陽茉莉。 この笑顔を見るだけで自然と俺も笑顔になっていく。 気持ちが満たされて言葉なんていらないかもしれない…… そう思いながら俺達は学校へ向かった。 「陽茉莉さ、あの……」 「髪型、変えてきてくれたんだな」 「うん、だってお気に入りなんでしょ? ふふっ」 二人で校門前までやってくる。 今ではもう慣れてしまったが、今日はいつにも増して周囲からの反応がすごい。 「ひ、ひまひまが……! ひまひまが髪下ろしてる……!?」 「なあああ!! な、なんだよあれ!! 反則!! 反則級の可愛さだろ皆原さん!!」 「やっぱり、女子って彼氏出来ると変わるのね〜」 「はあ……なんか騒がしいと思ったら……」 「やあやあ皆の衆! 今日もおはよう! さっさと教室行かないとチャイムなるぞ?」 「………」 さすがに自分に注目が集まりすぎて恥ずかしそうな顔をする陽茉莉。 それでも俺の袖をギュッと握って、縮こまりながら俺の後ろを歩いて校舎へと入っていくのだった。 「あー、今日は基礎学力の強化っつーことで、授業しんどいぞー」 「一限から数学、現国、英語、現社だ」 「えぇ〜!? なにその最悪な時間割……」 「昼まで地獄かよ……」 「ま、恨むなら学年主任を恨め」 「はぁ……」 ジャスティスの話を聞いてクラス中がげんなりする。 どうせ授業が遅れてるからとか、そういう理由があるんじゃないかとか考えてしまう。 陽茉莉が隣だったらこのダルい授業日程も多少頑張れる気がするけど…… 「…………」 「あー、かったる……」 こいつだもんなぁ…… 全身からダルそうなオーラを出している柊を見て更にげんなり。 「はぁ……」 「……?」 「……♪」 なんとなく陽茉莉を見ていると、こっちに気付いたみたいで手を振ってくれる。 大きく手を振ってそれに応える。 「ねえ……あれ見てよ……」 「うわぁ……またイチャツイてんの……?」 「……っ!」 「べーっ」 おー、照れてる照れてる。 照れ隠しでやってるのが見え見えで、こっちまでニヤニヤしてきちゃうじゃないか。 「あいつ……俺らに見せつけやがって……!」 「気にするだけ虚しくなるから見ない方が良いよ」 「そうそう、見るだけ毒だからほっとけって」 (……バーン!) 周りからなんか聞こえるけど、今は陽茉莉と遊んでる方が楽しいから気にしない。 指で銃の真似をして陽茉莉に撃つ。 「……ふっ」 あぁっ! あいつノートでガードしやがった! 盾とか反則だろ! 「バーン♪」 (ぐわぁぁぁぁぁ!) 陽茉莉が同じように指で作った銃で撃ってきたから思いっきり食らってみる。 ま、俺のハートは陽茉莉にとっくに撃ちぬかれてるんだけどな! 「〜〜〜〜っ!」 「だぁぁぁぁ! もう我慢できない!!」 「っ!?」 「いきなりなんだよ」 「あんた、席交換して!!」 「えっ!? わ、私!?」 「目の前でイチャつかれんのマジで無理! 耐えらんない!」 「どうせやるんなら隣同士でイチャつけよ!!」 「柊邪魔すんなよ。せっかく面白かったのに」 「あんたもなに普通に見てんだよ! 教師だったらちゃんと注意しろよ!」 「み、見られてたんだ……」 「ひまひま気付いてなかったの!?」 多少見られてた感じはあったけど、そこまで怒ることないじゃないか。 ジャスティスだって見てたぐらいなんだし。 「まあ、柊の気持ちもわからんでもないな」 「皆原、柊と席交換してやれ!」 「は、はい!」 「ふんっ!」 「あ、あの柊さん……ごめんね?」 「別に?」 「ま、これでお前らのイチャつき見なくて済むから助かるわ」 柊は荷物を持って陽茉莉の席へ行き、陽茉莉が荷物を持って隣にやってきた。 隣に来たら良いなあって思ってたけど、まさか本当に来るなんて…… 席替えなんて夏休み明けるまでないと思ってたからすごい嬉しい。 「な、なんか恥ずかしいね……」 「でも、これで授業中も一緒だ」 「うん♪」 「ねえ、どうせなら二人の机くっつけちゃいなよ」 「おい野々村! これ以上濃密な空気出来たらどうすんだよ!」 「甘ったるい空気が散らばるよりは一箇所で濃い方がいいんじゃない?」 「いいぞー、他の先生には俺が言っとくから」 「たしかに、さっきまで離れてたからくっつきたいだろうしね」 「俺らをそんなウィルスみたいな扱いしないでくれません!?」 野々村が気を利かせてくれて俺達の席を横にくっつける。 隣になっただけでも嬉しいのに、くっつけてくれるなんて野々村に感謝だな。 「みんなにちょっと悪いかな……」 「ほう、それはもっと俺らの愛を見せつけてやりたかったと」 「そ、そうじゃなくて!」 「私たちだけ席替えみたいになっちゃって……」 「いいのいいの、その方が周りに被害来ないから」 「私はもっと二人の遠距離だけど愛し合ってる感じを見てたかったんだけどなぁ……」 「じゃああんた皆原さんたちの隣行く?」 「そ、それは……あはは……」 おい、結局は嫌なんじゃねぇか。 でも、自分たちの自衛のためとはいえ、プチ席替えしてくれるのは嬉しい。 「みんな……俺達のためにそこまで……」 「うう、ありがとな!」 「まあ、イチャイチャされるのを見たくないってだけなんだろうけどね……」 周りから色々言われてるけど、ウチのクラスって優しいよな。 陽茉莉の方を見ると、幸せそうな笑顔を浮かべていた。 「この文では、筆者がどのような描写を行なっているかというと……」 「ふぁあ……、あふ」 ホームルームから2時間経ち、現国の授業。 今のところなんとか授業をちゃんと受けてこれてるけど、眠くなってきた。 先生の説明が睡眠魔法のように眠気を誘う。 「…………」 「…………」 「俺の顔になんかついてる?」 「ううん? なんもついてないよ?」 「じゃあなんでこっち見てるんだ?」 「見てちゃダメ?」 「いや、別にいいけどさ」 とりあえず、今は授業に集中集中…… 「では、文を書いていくのでみんなも板書するように」 「…………」 「……ぐぅ」 「っ!!」 「随分眠そうだね」 「ん、あぁ……」 「現国自体あんまり好きじゃないし、板書も眠くなるからな」 隣に陽茉莉もいるし、頑張って真面目に授業を受けようと思ったけどそろそろ限界が近いな。 ここは開き直って教科書立てて爆睡するとしますか。 「…………」 肩をつつかれ、隣を見てみると陽茉莉がシャーペンでノートをトントンと叩いている。 そこには陽茉莉みたいな女の子と、俺らしき男の子のデフォルメキャラがキスをしていた。 女の子にキスをされた男の子がすごく幸せそうな顔をしている。 「えへへ♪」 「これって俺と陽茉莉?」 「そうだよ。可愛く描けてるでしょ♪」 「めちゃくちゃ可愛いな」 「この陽茉莉も可愛いけど、今隣にいる陽茉莉の方が可愛いや」 「〜〜っ!」 恥ずかしくなったのか、俯いてしまう陽茉莉。 それにしても描かれてるこいつら幸せそうだなぁ…… 「よし、ちょっと待ってろ」 自分のノートに陽茉莉っぽい女の子と俺っぽい男の子を描く。 今度は男の子の方から女の子にキスをしてみる。 「陽茉莉より上手く描けないけど……」 「わぁ……!」 「ふふっ♪」 どうやら喜んでくれたみたいで微笑んでくれている。 でも、いきなりこんな絵を見せてくるなんてどうしたんだ? もしかして…… 「…………」 『どうした? キスしたくなったのか?』 『うん(/ー\*)』 「…………」 「…………」 陽茉莉を見ると、キスを待っているような目をしている。 おいおいマジかよ。今授業中だぞ。 そんな目で見られたら俺もキスしたくなってきた…… でもさすがに授業中はまずいですよ陽茉莉さん。 「……したいなぁ」 ああああああああああああああ!!!!! もう授業なんてどうでもいい! 今は陽茉莉とキスが最優先だ!! 周りは……オールクリア、いける! 「陽茉莉……」 「……ちゅっ」 「ちゅっ……」 「…………」 「もう一回……」 「え?」 「もう一回……!」 「お、おう……」 陽茉莉を満足出来るよう、二回、三回とキスをする。 一瞬触れるだけのキスだけど、連続でやっているとだんだんエロい気分になっていく…… 「もっと……」 「ま、マジで……?」 「ダメ……?」 周りを改めて確認すると、俺達を見ているやつらはいない。 もう授業どころじゃなくなってきたな…… 「ダメなわけあるかよ」 「ちゅっ、……ちゅ、あっ……」 「っ!?」 陽茉莉の手がふとももを撫でながら俺の手を握ってくる。 ビックリしたのもあるけど、ゾクゾクしてきてスイッチが入ってしまう。 「あっ……、ん、んんぅっ……!?」 調子に乗って舌を入れてみたけど、拒んだりはしないで受け入れてくれる陽茉莉。 だけど、繋いだ手が強く握られて明らかに動揺している。 「陽茉莉……もっと口あけて……」 「んんっ、ちゅ……ちゅぷ、ぴちゃ……あっ……」 「その気持ちよさそうな顔見せてくれ……」 「やぁ……、恥ずかしい……」 「はぁっ、んちゅ……」 「や、やっぱりダメ……!!」 ゆっくり身体を押され、やんわりと拒まれた。 陽茉莉の目が潤んでいて、頬が赤く染まっていて……すごくエロく見える。 「はぁ……はぁ……」 「こういうキスは……みんなのいないところで……したい……」 「……あ、あぁ」 「そうだよ、な……」 「すぅー、はぁー……」 深呼吸して気持ちを落ち着ける。 陽茉莉が俺のこと押してくれなかったら我慢できなくなってたかもしれない。 そう考えると、助かったかな。エッチな陽茉莉を見ていいのは俺だけだし。 「あ、あんなエッチなキス初めて見たぁぁ……!」 「ふ、二人って……まさか結構進んじゃってる!?」 「ふぇ……?」 「えっ、えっ!?」 「も、もしかして見られてた……?」 「そりゃあ、あれだけ濃厚なのしてれば気がつくって……」 「は? なにがあったんだ?」 「公認カップルが授業そっちのけでキスしてたんだよ」 「は、はぁぁぁぁぁぁぁ!?」 「うぅぅぅぅぅ……」 恥ずかしさが限界に来たのか俺にしがみついてくる陽茉莉。 ちくしょう、俺が見た時は誰も見てなかったじゃないか…… 「なっ……! テメェキスだけじゃ足りねーのかよ!」 「授業中もイチャついてんじゃねぇよ!!」 「せめて授業中ぐらい大人しくしてくれよ! 頼むから!」 「他のやつがいるのに構わずキスするとか、お前俺らにケンカ売ってるよな?」 「い、いやいやそんなつもり一切ないから!」 「恥ずかしいよぅ……」 「教科書でちゃんとカバーしておけばよかった……」 「ひまひま、そういう問題じゃないと思うよ!?」 「なんだね君たちさっきから……」 「今は授業中なんだから静かにしなさい」 「こいつらが授業中にイチャついてるんですよ!」 「近藤先生から聞いてた二人か……」 「ほっときなさい。私は授業がちゃんと進めば別にいいから」 「俺らの頭に授業内容入らなくていいの!?」 先生の人柄か、それともジャスティスが上手く言ってくれていたのか…… 俺らのことに関しては触れないでくれた。 最後の一言は教師としてどうかと思うけど。 「み、皆原さんって、結構積極的だったのね……」 「望月も見てたのか!?」 「ノートのやり取りから一部始終、ね」 「見ててこっちまでドキドキしてきたわよ……」 「イヤアアアアアア! 俺らのプライベートがぁぁぁぁぁ!」 「そんなやり取りあったの!? 見逃したぁ……!」 「智美も悔しがらないでよ!」 「じゃあひまひま、ノート見せて♪」 「ぜ、絶対ヤダ!」 「ぶぅ、ひまひまのケチンボ!」 もうこれクラス中に見られちゃったんじゃないの!? なんかすごい恥ずかしくなってきた…… でも、不思議と嫌な感じはしてこないな。 むしろ、冷やかされることで俺と陽茉莉の関係がみんなに再認識されてるみたいで嬉しく思う。 「……うぅぅ」 「大丈夫だよ」 「っ!!」 肩を抱くと驚いたみたいでビクッとして更に縮こまってしまう陽茉莉。 照れ屋で恥ずかしがり屋な女の子だけど、俺の最高の彼女だ。 「見られたのはちょっと恥ずかしかったけどさ」 「好きだからこそ止まらねーんだよ!」 「うわぁ……開き直ったよ」 「だって陽茉莉こんなに可愛いんだぜ?」 「キスしたくなったとか言われたらするに決まってんだろ!!」 「ばっ、バカー!」 「なんで言っちゃうのよー!」 「ハッハッハ!」 「もう恥ずかしい思いしてるんだから別にいいじゃん」 「もっと恥ずかしい思いして開き直ろうぜ!」 「良くないよー!」 「え、ひまひまからキス……?」 「ち、違うから! 私からじゃないからね!」 「えぇー……」 「たしかにしたのは俺からだけど、キスしたいって言ってきたのは……」 「言うなって言ってるでしょー!!」 「そうやってるから冷やかされるんだって」 「もっと堂々としてようぜ」 「…………」 「ねえ恭ちゃん、ちょっと耳貸して?」 「ん? どうした?」 「これ以上恥ずかしいこと言うと、グリンピース鼻に詰められるだけ詰めるわよ?」 「…………」 「ほ、本気でございますか?」 「本気でございます♪」 「そのあと、い〜っぱい鼻をマッサージしてあげるからね♪」 「ねえ、ちょっと耳貸して?」 「ん? どうした?」 「これ以上恥ずかしいこと言うと、胡椒鼻に詰められるだけ詰めるわよ?」 「…………」 「ほ、本気でございますか?」 「本気でございます♪」 「あ、もちろん粉末で、更にタバスコなんてのもいいかも♪」 「ひぃぃぃぃぃぃ!!」 陽茉莉……なんて恐ろしいやつなんだ…… それやられたら俺死んじゃうよ!? 「大人しくしてようねー♪」 「お、おう……」 「あれ、急に大人しくなった」 「皆原さんの鬼嫁パワーじゃない?」 「私鬼嫁なんかじゃないわよー!」 あんな怖いことを言いながらも抱かれたままでいる陽茉莉を見て、あれは照れ隠しなんだと思う。 でも、実際やられたらマジで死んじゃうので大人しくする。 ホント、陽茉莉のいろんな顔を見る度にどんどん好きになっていく。 付き合ってから陽茉莉のことしか考えてないから、些細なことでも色々なところを知ることが出来る。 そんなことを思いながら俺達はチャイムがなるまで騒ぎまくった。 「バカ、バカバカバーカ」 「あの、そろそろ機嫌直してくれませんか……?」 昼過ぎあたりからずっとこんな調子の陽茉莉。 でも、しっかりと手を繋いでくるからきっとそんなには怒っていないんだろう。 「そんな気にしても見られちゃったもんはしょうがないだろ?」 「うっさい……」 「あんなえっちなキスしてくるのがいけないの!」 「陽茉莉だって途中からノリノリだったくせにー」 「そ、それは……」 「……最初のキスでそういう気分になっちゃったんだもん」 「俺だって最初は恥ずかしかったけど、陽茉莉が太ももとか触ってくるからスイッチ入っちゃってさ」 「むぅ……!」 あれだけチュッチュしてれば自然とそういう気分にもなるよな。 ディープキスなんてしたら止められるわけないって。 「と、とにかく! 私はすごく恥ずかしい目にあったの!」 「あれだけ騒がれたらさすがになぁ……」 「最後の方はそっちのせいでしょ!」 「見られてたんだったら仕方ないじゃん」 「それとも、みんなが見てる中、またキスされたかったか?」 「そ、それはもっと恥ずかしいけど……」 「して欲しい……かも」 「あれだけ恥ずかしいって言っときながら!?」 「もしかして陽茉莉って見られて興奮する人……?」 「ち、ちがうの! 興奮なんてしてません!」 「ただ……ね?」 「みんなが見てる中でキスするのって、映画のワンシーンみたいでいいなぁって……」 「ははっ、もしやるんだったら立って堂々とやらないとな」 やっぱり、そういうのって憧れるもんなんだろうな。 今度機会があったらやってみよう。 「それで? 恥ずかしかったからどうしたんだ?」 「え、えっと……」 「……スイーツ1個で許してあげる」 「す、スイーツって言っても普通のじゃダメなんだから!」 「アップルパイ、だろ?」 「あ、あれ……? どうして?」 「昔から好きだったろ?」 「俺の分まで食べられたからよく覚えてるよ」 「あ、あの時はなかなか食べなかったから私が食べてあげようって思ったんだもん!」 「俺が宿題の山で手が離せなかったの覚えてます!?」 「さ、さぁ……? 覚えてないかな〜?」 こいつ、絶対覚えてるだろ。 アップルパイやミルフィーユにはホント目がないやつだ。 「今になって他のが好きなら分かんないけど、その反応ってことは相変わらず好きなんだな」 「うん、大好きだよ♪」 「陽茉莉の恥ずかしさはケーキ1個で精算されちゃうのか……」 「よし、5個ぐらい買うからこれから先の前払いってことで」 「そ、そんなことされたら太っちゃうからやめて!」 「でも実際買ったらペロッと食べちゃうだろ?」 「うぅぅ、否定出来ないのが悔しい……」 「それに、俺は陽茉莉がどんなに太っても……」 「スパルタで元の体型に戻してやるから安心しろ!」 「それ安心出来ないからね!? スパルタなんてヤダよ!」 「じゃあ室内スポーツで頑張ろうか」 「それだったら俺も楽しめるし一石二鳥だな」 「室内スポーツ? 私運動苦手なの知ってるよね?」 「わかんない? 陽茉莉と一緒にやった事あるんだけど……」 「え? うーん……わかんない」 「エッチでございます」 「ば、バカじゃないの!?」 「そそそ外でそういうこと言うんじゃないの!」 「ええー、わざと言葉を濁したのに伝わらなかった陽茉莉のせいじゃん」 「少しはこっちの気遣いも考えなさい!」 「なんで私が怒られなきゃいけないの!?」 「わー陽茉莉が怒ったー! 逃げろー!」 「待ちなさいよ! 怒ったーじゃないわよ!」 陽茉莉は下ネタ言うとすぐ怒るんだよなぁ…… ま、恥ずかしいからなんだろうけど。 俺は陽茉莉がギリギリ追いつけないぐらいに手を抜きながらケーキ屋に走っていった。 「お……?」 『メール受信1件 陽茉莉』 陽茉莉からメールが届く。 『両方愛しちゃうぞ♪』 『というか陽茉莉が2倍になったら俺の幸福度も欲望のはけ口も2倍にィィ!!』 俺と陽茉莉と陽茉莉の3人プレイ。 おお、これは実現したら興奮しそうだ! 「ええ!?」 『だって両方陽茉莉なら別に良いじゃん』 『分裂したとこで他人になるわけじゃないんだろ? 俺は陽茉莉が好きなんだから両方受け入れるぞ』 大体、二人とも陽茉莉であることに変わりがないのなら、俺は片方だけなんて選べない。 どんな状況になったって自分の彼女に優劣なんてつけられないし。 「はは、陽茉莉を二人相手にするのは大変そうだな」 映画の影響か、陽茉莉はこうしてたまに変なことを言ってくるから面白い。 こうして今夜も、俺は陽茉莉とのメールを楽しんだ。 『でも俺、たぶんAだけ取ってBだけ捨てるとか無理だぞ……?』 『陽茉莉だって俺が分裂したらそう思うだろ?』 軽く俺が分裂したときのことを想像してみる。 うわあ、我ながら超ウザそう! 俺が二人もいたら、さすがの陽茉莉もギブアップだなきっと。 (陽茉莉のやつ、今日はどんな映画見たんだ?) 陽茉莉の映画のチョイスはマニアックで分かりづらい。 今度暇があったらちょっと聞いてみよう。 こうして今夜も、陽茉莉と楽しくメールをした。 『俺も二人に分裂する』 『いや、陽茉莉さえ良ければ10人でも100人でも増え続けてやるぞ?』 俺がそんなに増えたところで、絶対俺自分と喧嘩しそう。 陽茉莉を取り合う血で血を洗う争いはきっと避けられない……!! (自分たちとダブルデート……?) おそろしい、まさにドッペルゲンガーもビックリなシチュエーション。 こんなアホなメールをしながら、今夜もケータイを持ったままベッドに入るのだった。 「どうもー。それじゃあ今日はこれで失礼しまーす」 「はい、お疲れー。また来週頼むわー」 午後一時過ぎ、やっと今日のバイトから解放される俺。 と言っても今日はエアコンの効いたモール内での簡単な軽作業だったので疲れてはいない。 今日は陽茉莉との予定も入ってないし、母ちゃんも家にはいないのでこのままどこかでメシ食って帰ろうか。 「お母さん今夜は私カレーがいい。もちろんニンジンは永久に抜きで」 「あんたねー。いつまでも好き嫌いしてると本気で嫁のもらい手いなくなるわよー?」 「って……」 「あら偶然、こんなところでどうしたの?」 「ほ、ほら、陽茉莉もこっち来なさい」 「あ……」 「ど、どうも」 偶然皆原親子と駅前で遭遇する。 陽子さんはいつもどおりのテンションだけど、陽茉莉は俺の顔を見るなり少し恥ずかしそうに笑ってくれる。 「なになに? 今日はデートの待ち合わせでもしてるの?」 「ああいえ、今バイトが終わったところで」 「今日は母ちゃんも仕事でいないし、ゆっくりその辺をぶらついてから帰ろうかと」 「まあまあ、仕事上がり? それじゃあお腹空いてるでしょ」 「今から私たち家に帰ってお昼にするんだけど一緒にどう? その方がうちの子も喜ぶと思うし」 「ちょ、ちょっとお母さん? 何で私がここで喜ばなくちゃいけないの?」 とか言いつつ内心すごく喜んでいそうな陽茉莉。 当然俺の方としては、断る理由もないしOKするに決まっている。 「えーっと、それじゃあお言葉に甘えさせていただきます」 「よし決まり! それじゃあ早速家にいきましょう?」 「えーっと、確か冷蔵庫にネギと白菜はあったから……」 そう言って陽子さんがなにやらブツブツ言いながら先を歩いていく。 「えへへ、これってまさか愛の力かな? 今日バイトがあるって聞いてたから会うの遠慮してたんだけど」 「陽茉莉、お前さっきからすごい嬉しそうな顔してるぞ?」 「口元がさっきからめちゃくちゃにやけてる」 「だ、だって嬉しいんだもん〜」 「はは、まあ俺も超嬉しいけどな」 前を歩く陽子さんの後ろで、こっそり手を繋いで歩く俺たち。 バイト中も今日はなんとなく陽茉莉の顔を見たいと思っていたので、この偶然は俺からすれば本気で神がかっていた。 「ちょ、ちょっとあんた何してんの! ニンジンそんなに細かく切ったら原型がなくなっちゃうでしょ!」 「バレたか」 「いや、バレるだろ普通」 まな板の隅でこれでもかと言うくらいニンジンをズタズタに切り刻む陽茉莉。 大方嫌いなニンジンの食感を減らすための努力だろうが、すぐに横にいた陽子さんに止められてしまう。 「お、おかしいよ、大体何で野菜炒めにニンジンが必要なの!?」 「そりゃあんた、これが野菜炒めだからに決まってるでしょ」 「それにニンジンでも入れないと彩りが地味になるじゃない」 「い、彩り!? 彩りなんて理由でこの中にニンジンを入れるの!?」 「ニンジンに含まれるアスコルビナーゼはビタミンCを平気で酸化させるんだよ!? そんな危険な物を平気でこの中に入れる気!?」 「あんた嫌いなくせになんでそんなにニンジンに詳しいのよ」 今日の昼は豚肉入りの野菜炒め定食らしい。 肉は牛と豚、どっちが食べたいと聞かれ俺が豚と答えたらこうなった。 「わ、私がニンジン嫌いなの知ってて入れるんだ……」 「あのね、今はあんたのことなんてどうでも良いの。それよりまずお客さんのことを第一に考えてあげなさい」 「ねえ? 野菜炒めにニンジンが入ってないと物足りないわよね?」 うーんと…… 「あ、あはは……どうなんですかねぇ……」 「大丈夫。ニンジンなんていらないよね? 彩りが地味でも美味しい方が良いよね?」 笑顔で俺を脅してくる陽茉莉。 お前な、そっちのニンジンも一緒に食べてやるから少しは大人しくしたらどうなんだ。 「もう……あんたって子は、いつまでそう子供なんだか……」 「私子供じゃないもん」 「子供でしょー?」 「そういうセリフは、私の目の前に自分の男を連れてきてから言いなさいよねー」 「もう目の前にいるのにね?」 おいおい、気持ちはわかるけど陽子さんに聞こえたら大変だぞ? 「あんたはただでさえ色気がないんだから」 「もう少し落ち着きを持たないと、本気で男の子は相手してくれないわよ?」 「色気なくても相手してくれたもん」 「何か言った?」 「ううん、べっつにー」 うぉぉぉ!! 怖すぎる……! 今さらりとすごいこと言わなかったか陽茉莉……! 「私があんたくらいの頃には、ファーストキスくらい済ませてたもんだけど」 「はあ……この分だと当分先になりそうねぇ……」 「………」 「ね、ねえ、もうエッチしちゃったって言ったら、お母さんどれくらいビックリするかな……?」 「たぶんマジで言ったら大喜びつつ卒倒すると思うぞ?」 なぜか俺は陽子さんからめちゃくちゃ気に入られている。 なので俺が陽茉莉とそういう関係になったと知っても、別に怒ったりはしないと思うけど…… (な、なんか妙な罪悪感が……!) この間あれだけ夢中になっておたくの娘さんを抱きました。 ……なんて、マジで口が裂けても陽子さんには言えそうにない。 この人には子供頃からお世話になっているし、ある意味俺の第二の母ちゃんも同然。 (うぉぉぉ……! あの夜の記憶が今になって鮮明にィィ……!!) これも背徳感の一種か、今キッチンで母ちゃんの横に並んでいる陽茉莉がエロく見えて仕方がない。 俺は目の前で娘に説教している陽子さんに、心の中で陽茉莉は大事にしますとこっそり誓う。 「私、あんたがキスしてるところなんて全く想像出来ないんだけど」 「失礼だよ、私だってキスくらい出来るもん」 「へえ、やけに自信満々じゃない。でも私が言いたいのは下手そうっていう意味よ」 「あんたのキスなんて、どうせへっぽこ過ぎて相手の男の子は引いちゃうんじゃなーい? って」 「そ、そうなの……? わ、私のキスってそんなに駄目だった……?」 いえいえいえ! 俺はちゃんとドキドキしたし興奮もしましたよ? 「大丈夫だ。問題ないどころか逆に自信持っていいと思うぞ?」 というか俺もキスの美味い下手なんてわからないからな。 逆に俺の方が下手だったりしたら、この場合俺が悪く言う資格なんてないし。 「ちょっと〜? 二人ともさっきから何私に内緒でこそこそ話してるの〜?」 「え? あ、あはは。な、何のこと?」 「私たち別に、こそこそなんて……ねえ?」 「すみません。陽子さんのスリーサイズが気になって陽茉莉に質問をしていました」 「ええ!? 何その嘘! というか本気で意味わかんないんだけど!!」 俺の冗談に本気で動揺する陽茉莉。 おいおい、こういうときは変に隠すより開き直って話題をそらした方が安全なんだぞ。 「ふふ、でもなんだかこの感じ、すごく懐かしいわねえ」 「二人とも、春先に比べてずいぶんと打ち解けたように見えるんだけど。もうお互いに緊張は解けたのかしら」 「ええまあ、4月中は若干気まずいところはありましたけど」 「さすがに同じクラスだったし、案外早くこんな感じになりました」 「そう、それはちょっと安心したわ」 そう言って、出来たての昼ご飯を皿に盛り始める陽子さん。 これでも娘のことは普段から気にかけているみたいで、その表情は見るからにすごく嬉しそうだった。 「ふぅ、思ったよりお互いたくさん食べたね〜」 「ああ、でも超美味かった。陽茉莉の家は野菜炒めにオイスターソース入れるんだな」 しかもほのかにゆずの香りもした。 それがどうやら皆原家流の隠し味らしく、最初は少し首をかしげたが食べてみると美味しかった。 「陽子さんって料理美味いよな」 「うちの母ちゃんも料理は得意だけど、家のメシが美味いって実はかなり幸運なことだと思うわ」 「………」 「それって……遠回しに私に料理上手くなれって言ってる……?」 「ま、待て、いきなり勝手に落ち込むな」 陽茉莉の料理下手は俺も痛いほど知っている。 俺も料理の腕はかなりヤバいし、これはこの先お互いに克服していかないと…… 「ま、料理に関しては追々お互いに頑張っていこう」 「いつか二人で暮らすことになったら、嫌でもなんとかしなくちゃいけない問題になるんだし」 「え……?」 「ふ、二人で暮らす……?」 「な、なんかまずいこと言ったか……?」 「この先ずっと付き合っていったら、いつかはそうなる可能性も出てくるだろ?」 「う、うん……ビックリした」 「そうだよね、付き合ってるんだから、この先同棲もあり得るよね」 「な、なんか想像したらすごく楽しみになってきちゃった」 「同棲ってどんな感じなんだろうな」 「どんな感じになるんだろうね〜」 まずはお互いの両親に許可をもらって、陽茉莉と一緒に部屋を探して入居。 二人ともまだ学生か社会人になっているかはわからないけれど、家事に関しては当然分担になるだろう。 「でも陽子さんって、同棲するくらいなら先に結婚しちゃえとか言ってきそうだよな」 「うん、それはあり得るかも。ウチのお母さんって妙に合理的なところあるから……」 「同棲の初期費用がもったいない、だったら先に籍を入れてお互い実家でお金貯めなさい……!」 「とか、たぶん真面目な顔して言ってきそう……」 「はは、そうなると同棲は少し先の話になりそうだな」 「でも親に反対される心配がないって、俺たちかなり幸運な気がする」 「うん、それはそうだね。そこに関してはすっごく安心してる」 これで土壇場になって反対されたら、ビックリを通り越して笑えてくる。 そんなことはまずないので、だからこそこうして笑い話に出来るんだけど。 「なあ、めちゃくちゃ気が早いのは承知で聞くんだけど」 「ぶっちゃけ陽茉莉って、俺と結婚したいって思ったりしたことある?」 「あ、あはは……本当に気が早いね。どうしたの急に」 「いや、なんとなくふと思ってさ」 「俺、最近までまさか本当に自分に彼女が出来るなんて思ってなかったから……」 今じゃ当たり前のように彼女とメールやデートなんてしてるけど、数ヶ月前の俺からすれば考えられなかったような生活だ。 もちろん本気で彼女をつくる気はあったけど、まさかこうまですんなりいくとは思ってなかったし。 「うーんとね」 「恭ちゃんと付き合ってからは、少し意識するようになったよ?」 「付き合ってからは、少し意識するようになったよ?」 「私、結婚って言われてもあんまりピンとこない方だったんだけど……」 「いざこうして彼女になってみると、そういう未来もちゃんとあるんだなーって、夜寝る前とかに思うようになった」 「そっか」 「うん……」 仮に陽茉莉と結婚することになったら、俺の人生はほぼ陽茉莉と一緒ということになる。 確か母ちゃんから聞いた話だと、俺たちまだちゃんと歩けない赤ん坊時代から一緒に遊んでいたらしいし。 こうして考えてみると、この巡り合わせはマジで奇跡に近いものがあると思う。 「俺と陽茉莉の子供って、どんな感じになるんだろうな」 「俺と陽茉莉の特徴を半分ずつ継承したら、ぶっちゃけかなり手を焼きそうな子になる気がするんだけど」 「ふふ、その前に私と結婚したらこの子達も一緒についてくることになるよ?」 「え?」 「起きてー、ハム夫、ハム美、ハム吉、ハム五郎〜!」 そう言って、部屋の隅に置いてあるケージに声をかける陽茉莉。 そ、そうだった。 陽茉莉と一緒に暮らすことになったら、こいつらハムスターズも一緒にくっついてくるんだった。 「相変わらずクソみたいなネーミングセンスですね」 「あら〜? 何か文句でもあります〜?」 「いえいえ別に」 昔から陽茉莉のネーミングセンスはあらゆる意味で致命的だった。 子供の頃うちで飼ってたカメにも変な名前つけようとしてたし。 「あれ? まさこがいない……」 「おーい、まさこー」 なんか一匹だけ妙にリアルというか名前の浮いてるやつがいる。 お前ハム吉ハム五郎ときてまさこはないだろまさこは。 「なんかそのまさこだけ浮いてるけど、そいつも陽茉莉が名前つけたのか?」 「ううん、まさこはお母さんがつけたの。私は大反対したんだけど」 「なるほど、ネーミングセンスの無さは陽子さん譲りというわけか……」 「あの、さっきから大変失礼なことばかり口走っておられますが」 「じゃあ聞くけど自分だったらどんな名前をこの子たちにつけるの?」 そう言って自分の溺愛しているハムスターたちを指さす陽茉莉。 こういうのは無難に食べ物の名前とかで可愛い感じにしておけばOKだ。 「大体な、陽茉莉は中途半端なんだよ。ハム夫とかハム吉とか微妙に人間っぽい名前じゃん」 「こういうのは食べ物の名前とかでいいんだよ」 「ペットの名前は呼んだときに可愛く聞こえる響きが一番重要なんだから」 「えー、それこそセンスどうこう言うより安直だよ」 「あれでしょ? チェリーとかみかんとか、あとはイチゴちゃんみたいな感じの名前にしろってことでしょ?」 「いや、そこからさらにひねるんだよ」 「例えばこいつはイワシ、こっちのはほっけ」 「や、嫌だよ!! そんなおつまみみたいな名前のハムスター嫌だよ!!」 「おいイワシ、今日も元気か?」 「ハムッシャー!」 「おお、こいつめっちゃ気に入ったみたいだぞ!」 「そ、そんなの嘘だ!! ハム夫! お願いだから目を覚まして!? あなたの名前はハム夫よハム夫!!」 涙目になり、必死にハム夫を俺の洗脳から救出する陽茉莉。 可哀相に、ペットは飼い主の意思よりも直感で名前を認識するというのに。 「もう大丈夫。ハム夫は元に戻ったから」 「へー、マジ?」 「うん、マジマジ」 「おいイワシ、ちょっとこっち向いてくれ」 「ハムッシャー!!」 「おお! さっきよりも威勢良く振り向いたぞ!? やっぱこいつイワシ気に入ってるって!」 「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 全力でイワシに頬ずりしまくる陽茉莉。 残念だがもうそいつの名前はイワシで決まりだ。 「駄目! 今のなし! 絶対になし!!」 「じゃあどうすりゃ良いんだよ」 「もっとハム夫とかハム吉みたいな、そういう方向性で一度ちゃんと考えてよ」 「大体、人間みたいな名前で中途半端って言ってきたのはそっちでしょ?」 「でもどうせそっち方面で名前つけても陽茉莉怒るじゃん」 「さ、さすがにイワシよりはマシだよ」 なるほど、だったら容赦なくリアルな名前を考えてやろう。 「ふっふっふ、案外人の名前っぽくて可愛いのは考えづらいんだから」 「ヒロシ」 「え?」 「こいつ、藤岡ヒロシ56歳」 「趣味は競馬にパチンコ。最近は競艇にもハマってて孫のお年玉で一発狙っている」 「おじさんじゃん! それもうハムスターでもなんでもなくてただの知らないおじさんだよ!!」 全力で俺の案を拒否する陽茉莉。 なるほど、それじゃあハム吉の方に直接聞いてみよう。 「なあヒロシ? お前もハム吉よりヒロシの方が良いよな?」 「ハムッシャァー!!」 「おお、めっちゃ気に入ってくれたみたいだぞ?」 「嫌ああああああああああああああああ!!」 「もう何なのよあんたは! 昼間から大きな声だして!! ご近所に迷惑でしょ!?」 「だ、だって……!!」 「ハム夫がイワシでハム吉が藤岡ヒロシ56歳で……!!」 「何馬鹿なこと言ってるの! あんたそうやって私をからかって楽しんでるんでしょ!!」 「ほ、本当なのにぃ〜!!」 必死で陽子さんに泣きつく陽茉莉。 余程俺のネーミングセンスが気に入らなかったのか、不満を通り越して混乱している。 「ごめんね? ウチの子突然頭がおかしくなるでしょ?」 「いえいえ、もう慣れてるから全然平気です」 「ヒロシは……! ヒロシは競馬が趣味なの……!! 孫のお年玉も平気で使う悪魔なの!!」 「だからそのヒロシって誰なのよ!! あんた変な人間と繋がりあるんじゃないでしょうね!」 「ハムッシャー!」 その後、さすがに陽茉莉が可哀相になったので事情を説明する俺。 陽茉莉は半べそをかきながら、何度も自分のハムスターたちにすり込むよう元の名前を呼び続けた。 「ううっ、ハム吉……! ハム夫……!」 「わ、悪かったって陽茉莉。もうそいつらの名前には口出ししないから」 「し、信用できない……」 すごい目つきで睨まれる俺。 ああ、こいつ自分に子供が出来たら絶対過保護に育てそう。 「あ、ねえねえ、それより夕飯もうちで食べていかない?」 「今日は早めにお父さんも帰ってくるし、久しぶりに会いたがってたから」 「………」 ひ、陽茉莉の父ちゃんが……? 「なんだったらもう泊まっていっちゃう? 別に私たちは全然かまわないけど」 「い、いやいやさすがにこの年で女子の家に泊まるのは……!!」 「あらあら、良かったわねえ陽茉莉。一応あんたもちゃんと意識されてるじゃない」 「………」 「ま、まあ一応はね……」 俺が泊まると聞いて嬉しさ半分ハムスターの件で怒り半分と言ったところか。 そりゃあ泊まったら陽茉莉と一緒にいられる時間が増えるので甘えたいところだけど…… 「大丈夫、後で家には私から連絡入れておくから、今夜はとことん私たちに甘えて頂戴?」 「わ、わかりました」 「よし、そうと決まったら今日の夕飯は何にしましょうかね〜♪」 陽茉莉の父ちゃんと会うのは本当に久しぶりだ。 この家は女二人男一人だから、いつも俺は肩身が狭いんだと嘆いていた陽茉莉の父ちゃん。 仕事から帰ってきて俺が家にいたら、一体どれくらいビックリするんだろう。 「………」 ぎゅっ。 「ん? どうした?」 陽茉莉が突然俺のシャツの後ろを引っ張ってくる。 「今日、本当にうちに泊まっていくの?」 「ああ、悪いとは思うけど俺陽茉莉と一緒にいたいし」 「………」 「じゃ、じゃあハムスターの件は許してあげる……」 陽茉莉も内心嬉しいようで、陽子さんがいない隙に俺の背中に抱きついてくる。 今日はバイトして家に帰るだけの一日かと思っていたけれど。 偶然が重なって、俺たちにとってはなんとも楽しい一日になりそうだった。 「それで陽茉莉のやつ、俺になんて言ってきたと思う?」 「私のパンツ、お父さんの靴下と一緒に洗わないで!!」 「……とか、昔はもっと優しい子だったのに、今は陽子に似て恐ろしいくらいたくましくなって……」 「陽茉莉って、実は結構口悪いですよね」 「品もないしね」 「あの、なんで私こんなにボロクソに言われてるの……?」 夕食後、テレビも付けずに陽茉莉の父ちゃんの晩酌に付き合っている俺。 既に風呂も借りてさっぱりしており、陽茉莉も妙に可愛いパジャマを来て俺の隣にいる。 「なあ、本気でうちに婿に来る気はないか?」 「俺と一緒にこの凶悪な母子からこの家を奪還するんだ! 男クーデターだ!」 「お父さん? あんまり酷いことばっかり言ってると、さきいか全部食べちゃうよ?」 「ああ!! 人のつまみを勝手にバクバク食うな!」 「はいはい。何か簡単に作ってあげるからそんなに焦らないの」 「えへへ、さきいか美味しい」 「おい陽茉莉、お前たまには紅茶とお菓子の似合う女子になってみたらどうなんだ?」 「えー? 紅茶とお菓子なら私好きだよ?」 「無理無理」 「こいつは小さい頃から、俺が近所の飲み屋に連れて行きまくってたからな」 「そのせいで見事に食い物に関してはおやじ趣味になっちまって……」 「い、いいでしょ別に」 「だって、さきいか美味しいんだもん……」 そういえば小さい頃、陽茉莉のやつ遠足におつまみセット持参してたな。 山羊のふれあいコーナーで、スルメ食わせようとして先生に止められていた記憶もある。 「うん、平気平気。一晩でも二晩でも問題無いから」 「今日は責任を持っておあずかりさせていただきます〜。はーい、なんちゃって〜」 「家には連絡しておいたわ。もちろんOKらしいから、今夜は遠慮しないでくつろいでね?」 「あ、どうも」 「うーんと、それじゃあお客様用の布団はどこに敷こうかしらねぇ……」 「俺と同じ部屋でも良いぞ?」 「だ、駄目……!」 「え?」 「ん?」 (お、おい陽茉莉……!) 「どうしたんだ陽茉莉。じゃあどこに敷いたら良いんだ?」 「まさか彼をここで寝かせるわけにもいかないだろうに」 「あ、あー、え、えっと……それは……」 自分の失言に今頃になって気づく陽茉莉。 そ、そうなんだよ、俺たちまだ付き合ってるって言ってないのに、夜は同室とか普通に考えておかしいだろ……! 「え、えっと……お父さんいびきうるさいし……」 「多分同じ部屋にしたら、眠れなくなって可哀相っていうか……」 「………」 「………」 「ふふ、なになに〜? それって私と一緒に寝て欲しいアピールなわけ〜?」 「陽茉莉、お前も罪作りな女になったもんだな」 「え!? えっ!?」 「い、いやあの……! 私別にそんなつもりで言ったわけじゃ……!」 「いいのよ〜? 全然別に」 「私たちはあんたが夜中に襲われたって、助けもしないしむしろ大歓迎なんだから」 「ねえ? お父さん?」 「そうだぞ? でも娘のあんな声やこんな声を聞くのはさすがに辛いからな」 「そこだけ注意してくれれば俺も全然……」 「ちょ、ちょっとお父さん!?」 (え? マジで? 本当に今夜は俺陽茉莉と同室で良いの……!?) 既に問答無用で陽茉莉の部屋に俺の布団を敷き始める陽子さん。 すげえ、まさか本当に陽茉莉と今晩一緒に寝ることになるなんて……! 「あ、お風呂は追い炊き出来るから、事後に何度も入って平気だからね?」 「大丈夫。陽茉莉はこう見えて俺の娘だからな」 「いざというときの覚悟は出来ている。存分に可愛がってやってくれ」 「は、はあ……」 「も、もう嫌。この家ホントに嫌だぁぁ……」 真っ赤になって首を左右に振る陽茉莉。 まあさすがに信用があるからこうされているんであって、陽茉莉もそこはちゃんと理解しているに違いない。 でも俺の部屋の次は陽茉莉の部屋か。 どんな形になるにせよ、彼女とのドキドキお泊まりにはやっぱりテンションが上がる俺だった。 ……。 ……。 「なあ陽茉莉、起きてるか……?」 「ううん、寝てる」 おい。 (………) (もう夜の一時過ぎか……) 俺の家に泊まったときは、これくらいの時間陽茉莉と抱き合ってイチャイチャしていた。 今日は隣の部屋に陽茉莉の両親が寝ているから、そんなマネは気軽に出来ないけれど…… 「ね、眠れないの……?」 「ああ、ちょっとだけ」 やっぱり陽茉莉が隣にいると落ち着かない。 さっきは急な展開に面食らっていたけれど、やっぱり男としてはこのシチュエーションにはムラムラくる。 「なあ陽茉莉、ちょっとこっち来てくれないか?」 「ふふ、どうしたの? 急に寂しくなっちゃった……?」 「うん、まあちょっと……」 男の子的事情が。 「えへへ、そばに来たよ? これで良い?」 「ああ、陽茉莉の良い匂いがする」 「今日は同じシャンプー使ったから同じ匂いだよ?」 そう言って、無邪気に俺に抱きついてくる陽茉莉。 今夜は俺に何もされないと安心しているのか、本当に嬉しそうに布団の中で甘えてくる。 (む、無理だ……さすがにこれには俺も我慢出来そうにない……!) 陽茉莉には悪いが、さすがにこれ以上は我慢出来ないので俺も覚悟を決める。 「陽茉莉……」 「なに〜?」 陽茉莉を抱きしめ優しくキスをする。 「んっ、んぅ……ちゅっ」 そのまま…… 「ねえ……」 「私たちの声……隣の部屋まで聞こえてないよね……?」 「いや、どうだろうな。確かここ壁薄かった気がするけど……」 エッチが終わってから、お互いに声を抑えながら隣の部屋の様子を伺う。 陽茉莉のエッチな声が聞かれていたらと思うとちょっと不安だ。 「ううっ……聞かれたらどうしよう。絶対に後で言い訳できない……」 でもさすがに真夜中だし。 向こうからは何の反応もないから大丈夫だと思うけど。 「でもビックリしちゃったな」 「今夜は……前回と比べてすごく激しかった気がする」 「ごめん、何か今日はめちゃくちゃ興奮した」 「えへへ、謝らなくていいよ」 「求められてるって気がして、私もすごく嬉しかったから……」 「はは、そうなの? そう言われると俺も嬉しくなってくるんだけど」 「うん、私も……なんかこんな感覚初めて」 そう言って本当に幸せそうに隣で笑う陽茉莉。 こうして夜一緒に寝られるのも、今夜は陽子さんに感謝しないと。 「俺たち、いつか同棲したらこんな風に毎晩過ごすのかな」 「………」 「昼間の話だけど……本当に私と一緒になりたいって、思ってくれてるの……?」 「当たり前だろ? 何言ってるんだよ」 「俺はもう、誰にも言い訳出来ないほど陽茉莉にゾッコンなんだ」 「逆に将来一緒に住むのを拒否されたら、俺の方がショックで自殺する勢いだぞ」 「そんなこと絶対に言わないから安心して?」 「私だって、こうしてそばにいられるだけで毎日どんどん好きになっていっちゃうんだから」 「………」 「好き。ねえ好きだよ?」 「ああ、俺も好きだ。大好きだ」 そのまま最後にキスをして、二人ともゆっくりと眠りに落ちていく。 陽茉莉にはいくら好きと言っても飽きないくらい、本当に心から俺は夢中になっていたのだった。 夏真っ盛り。 眩し過ぎるほどの太陽。 ただ、そんな陽の光すらも俺の目の前ではさわやかな朝の演出となる。 「いや〜。爽やかな朝だな」 「今日も一日きっと良いことがあるに違いない……!!」 「な? 陽茉莉もそう思わだろ?」 「そうだね……はあ……」 あれ!? 全然さわやかそうじゃない!? 「ちょ、ちょっと待った」 「何かあったのか? なんか、めっちゃテンション低く見えるけど……」 「……そう見える?」 「うん。超そう見えるぞ」 というか今、めっちゃため息ついてたし。 今朝の星座占いが最下位だったとか? それとも好きな番組を昨日録画し忘れたとか……? 「そっかぁ……わかっちゃいますか」 そう言って、さっきまで俺と繋いでいた手を離す陽茉莉。 え? ちょっと待て。 ま、マジで何なのこの空気。 「お、おい……本当に何かあったのか?」 「何か本気で心配になってきたんだけど……」 「何かあったっていうか……」 「今日って体育……あったよね」 「あ、ああ。体育はあるけどそれがどうかしたのか?」 「はぁ……やっぱり今日も球技だよね」 「そ、そうだな」 「確か今日は、バスケをするとかなんとか……」 「やだな……憂鬱だよ」 「………」 そんなことかぁあああああい!! 「な、なんだ、体育があるからテンション低かったのか……」 「ビックリしたぞ。本気で何かあったのかと思ったし」 「だって! 私全然運動神経ないしみんなの足引っ張っちゃうんだもん……」 「でも体育の授業なんて半分遊びだろ?」 「今日の授業なんて、男女混合のレクリエーションみたいなもんだし」 「でも私どんくさいからカッコ悪い姿見せちゃうし……」 (ああ、なるほど……) 昔から、自分の運動神経には強いコンプレックスを抱いている陽茉莉。 特に球技は苦手で、ドッジボールなんかじゃいつも外野にされていた記憶がある。 個人的には苦手な球技にも一生懸命になる陽茉莉の姿は、それはそれで可愛く見えて好きなんだけど…… (そりゃあ凹むよな……) 毎回失敗してみんなに笑われたんじゃ、そりゃあ陽茉莉じゃなくても体育が憂鬱になるに決まってる。 自分は体育が好きだからつい忘れてしまいがちになるけど、やっぱり人前で恥をかきたくないのは誰だって同じだ。 「陽茉莉、気持ちは分かるけどあんまり気にしない方が良いと思うぞ?」 「たかが球技一つで、誰も陽茉莉をカッコ悪いだなんて思わないって」 「むしろ俺みたいな男からすれば、必死になってる陽茉莉はそれはそれで応援したくなるけどな」 「そうかなぁ……」 「はは、少しはプラスに考えようぜ?」 「少なくとも俺は、彼氏であることを抜きにしても陽茉莉を全力でフォローしたくなるぞ?」 「苦手意識があるのはわかるけどさ、誰にだって弱点はあるんだし、そんなに気にしない方が俺は良いと思うけど」 そう言って軽く陽茉莉の頭を撫でてやる。 そうだよ、俺は何も間違ったことは言っちゃいない。 逆に陽茉莉にしか出来ないことだってあるはずだし、得手不得手で人間の価値が決まるわけじゃないと思うから。 「そっか……なら、恭ちゃんと同じチームがいいなぁ」 「そっか……なら、同じチームがいいなぁ」 そう言って、再びギュッと俺の手を握ってくる陽茉莉。 そのまま俺にピッタリとくっついて歩くところが、いつにも増して可愛く見えてしまう。 「はは、本当に同じチームだと良いな」 「せっかくの男女混合試合なんだし、そうすれば俺も活躍のし甲斐がある」 「……私いると勝てないよ?」 「勝ち負けなんて二の次だ」 「要は楽しいか楽しくないか、体育の授業なんだからそんなもんだって」 「うん……うん……!」 ここで陽茉莉の表情がやっと緩む。 やっぱり俺の彼女は普段からこうじゃないと落ち着かない。 「恭ちゃんは優しいね」 「優しいね」 「そ、そうか?」 「なんかそうやって急に言われると照れるんですが……!」 「というか俺、基本的に自分には甘くて他人には厳しいヤツだし……」 「ううん、そんなことないよ? 嘘ついても無駄なんだから、ふふ」 「ま、マジでやめてくれ……! なんか朝からめっちゃ照れるんですが……!」 「そんな恭ちゃんが私、大好きだよ?」 「そんな貴方が、大好きだよ?」 「や、やめてっ……! マジでやめてェェェェェェ!!」 そのまま、今日も平和に登校する俺たち二人。 陽茉莉は笑顔に戻ってから、教室につくまで終始俺の横で楽しそうにしていた。 「おはよーっす」 「おはようー」 今日も朝から賑やかな教室。 女子は陽茉莉に手を振り、元気や桃は自分の机で何やらゲームに熱中している。 「おはよう!」 「これ、ありがとう。面白かった」 (ん……?) 「ああ、ずいぶん前に俺が貸したやつか」 そう言って、望月からマンガを3冊受け取る。 「これは久々に大当たりだったわね。タン塩にタレをつけられそうになった時は読んでいてヒヤヒヤしたわ」 「あのシーンはすごく引き込まれるよな。まさかカルビが裏切るなんて思いもしなかったし」 望月と一緒にマンガの話で盛り上がる。 このバトル系料理マンガは、毎回扱う題材がマイナー過ぎる点を除けばかなりレベルの高い作品だ。 「何の話?」 「これこれ、一応こんな絵面でも料理マンガの一種なんだ」 そう言って、陽茉莉に一冊手渡してみる。 「……焼肉マントマン?」 「ああ」 「この作者、絵はかなり濃い方だけど、内容は理詰めで作ってるから読むとちゃんと面白いんだ」 「私も最初は変なマンガだと思って避けてたんだけど、試しに読んでみたらすごく面白かったのよ」 「そうなんだ……」 そのままパラパラと数ページ目を通す陽茉莉。 マンガの読書量だけなら、俺や望月よりも圧倒的に上のはず。 「どうだ? 一話目からストーリーが変化球気味で、結構面白そうだろ?」 「……うん。これ借りてもいい? 私も読んでみたい」 「おお!! さすがは俺の陽茉莉!」 「ちなみにコレ、外伝の読み切りも結構あるんだ」 「そっちは別の単行本にまとめて収録されてるから、もしそっちも読みたくなったら遠慮なく言ってくれ」 「うん、ありがとうね」 そのまま3冊とも陽茉莉に手渡す。 自分の好きな作品を彼女と共有できるのって、なんかめっちゃ嬉しい気がする。 「個人的にはサンチュの献身的な姿に心打たれたわ」 「ああ、あいつはサブヒロインなのに良いキャラし過ぎだよな」 「………」 「きっと陽茉莉も気に入ると思うぞ? というかむしろ俺と一緒にファンになろうぜ!」 「一巻の最後にちょっとしたサプライズ展開があってさ、そこが楽しめるなら陽茉莉もすんなりハマれると思う」 「うん。聞いてたら面白そうだし帰ったらすぐ読む」 「あとはこの作者が書いてる4コママンガもあるんだけどさ、一応webで毎週更新されてるんだけど」 「望月、サイトのURL分かるか? 俺もまだそっちは読んでないんだけど」 「ん、じゃあメールでリンク送っておくわね」 すぐに望月がサイトのリンクを張ったメールを送ってくれる。 おお、コレコレ。 前にパソコンでチラッと見たときから気になってたんだ。 「サンキュー望月」 「………」 「はい、皆原さんにも」 「あ、ありがとう」 陽茉莉にもサイトのURLを送る望月。 おお、この二人ちゃんとアドレスの交換はしてたのか。 「結構あるあるネタが多くてサクっと読めちゃうわよ」 「一応こっちは日常系のほのぼのマンガなんだろ?」 「俺、結構そういうマンガも好きなんだよな。頭からっぽにしても読んでいけるやつ」 個人的に4コママンガは間の取り方が命だと思っている。 面白い日常系のマンガは、ネタよりもそういったキャラ同士の会話の間に重点が置かれることも多いし。 「それじゃ、私ちょっとまひろのとこ行かなきゃ行けないから」 「おう」 今のうちに、望月からもらったURLをブックマークしておく。 最近はマンガも電子ファイルで読めるし、便利な世の中になったもんだ。 (ん……?) 「どうした?」 陽茉莉に袖を引っ張られる。 「日常系のマンガが好きなの?」 「ああ、昔はそこまで好きじゃなかったんだけど」 「ここ数年で目覚めたって感じだな」 「そっか……そうなんだ」 「………」 「陽茉莉……?」 ここでものすごく寂しそうな顔をする陽茉莉。 (………) 「ごめん」 「なんか不安にさせちゃったか……?」 理由はなんとなく察しはついたけど、今はとりあえず陽茉莉を安心させたい。 俺は昔から無神経なところがあるので、子供の頃は度々陽茉莉にこんな顔をさせてしまうことがあった。 あの頃はそれが原因で、毎日母ちゃんから頭を引っぱたかれていたけれど…… 「陽茉莉、俺、お前が好きそうなマンガ最近他にも見つけたんだ」 「もし良かったらさ、今日の放課後一緒に本屋に行かないか?」 今はこうして、ちゃんと自分の力で陽茉莉の不安を取り除く。 そんな彼氏になりたいと、俺はあらためて思っていた。 昼休みが終わり、とうとう陽茉莉の憂鬱な時間がやってくる。 今日の体育はウチのクラスだけでやる、男女混合のバスケットボール。 俺や元気、それから望月はバスケが好きなのでテンションは上がるが…… 「うぅ……違うチームだね」 「ああ……さすがにちょっと残念だな」 ご覧の通り、チームまでバラバラになって凹んでしまう陽茉莉。 畜生、チーム分けくらい気を利かせて一緒にしてくれても良くないか……!? 「チッ、俺と陽茉莉の仲を引き裂こうなんて良い度胸だな」 「こればっかりは仕方ないよ、くじ引きだもん」 こんなことなら桃に頼んで軽く偽装してもらえば良かった。 あいつこういう裏工作得意だし。 「大丈夫かなぁ……迷惑かけちゃわないかなぁ……」 「大丈夫だって、別に味方のプレイを意図的に妨害するわけじゃないんだし」 「むしろ頑張れば頑張った分だけ、みんなもちゃんと応援してくれると思うぞ?」 「うぅ、絶対足引っ張っちゃうって……」 そう言って、その場で頭を抱え始める陽茉莉。 はは、余程過去の体育がトラウマなのか、これは結構重傷みたいだ。 「まあ、今朝も言ったけど、体育なんて遊びみたいなもんだしもっと気楽にいこうぜ?」 「野々村だっているんだし、何事も楽しんだもの勝ちだって」 「うん、そうだよね……頑張るよ、私!」 「おう、頑張れ! 俺も応援するから」 そう言って、軽く陽茉莉の頭を撫でてやる。 「頭、撫でてくれると落ち着く……♪」 「はは、それならいつだって撫でてやるぞ?」 「本当?」 「ああ、こう……」 「よーしよしよしってな感じで……!」 「それじゃあ私なんか犬扱いされてるじゃん!」 「はは、よーしよしよし!!」 それでも陽茉莉の頭を撫で続ける。 陽茉莉には悪いけど、女子の髪って男と違って艶々で…… (おお……! やっぱりこの感触は癖になる……!!) おまけに良い香りもするし、彼氏としてはこれがなかなか気持ちよかった。 「……あれ? なんか気持ちいいかも」 「はは、そうなの?」 「でも髪ボサボサになっちゃうからダメ!」 「すみません」 確かにボサボサになったら大変だ。 俺はすぐに陽茉莉の頭から手を引く。 「……ありがと、恭ちゃん」 「……ありがと」 「はは、少しは気は紛れたか?」 陽茉莉の様子から察するに、もうこの後は平気そうだ。 俺も軽く体を動かして、自分の出番に備える。 「おーい、そろそろ試合はじめるよー」 「おうわかった、すぐ行く!」 「それじゃあ陽茉莉、俺行ってくるから」 「うん! いってらっしゃい!」 陽茉莉に軽く手を振って、俺はすぐにコート入りする。 チームメイトはくじ引きで決まった、桃と望月、それからクラスメイトの女子二人だ。 (この勝負、もらったな) こっちにはバスケ部エースレベルの望月がいる。 俺もバスケならそこそこ動けるし、桃はディフェンスだけなら活躍できるので絶対にこっちの方が有利だ。 「頑張ってー! ファイトー!!」 早速陽茉莉が応援してくれる。 おお、これはシンプルながらテンションがめっちゃ上がってくるぞ……!! 「望月!」 試合がスタートし、すぐにボールを持った望月に合図を送る。 「………」 完全フリーの俺はすでにゴールの下。 それを見た望月が、相手のディフェンスを華麗にすり抜けすぐにパスを送ってくる。 「よし!!」 ここですぐにシュートを決める。 「きゃぁー! ナイスシュート!」 まずは先制点。 陽茉莉の方を見ると、本当に嬉しそうに陽茉莉が声を上げている。 「彼女からの声援はどう?」 「ああ、超嬉しい」 予想以上に陽茉莉からの声援は気持ちよかった。 (よし、今日はここぞとばかりに活躍しまくって、陽茉莉にカッコ良いところを見せまくるぜ!!) 普段はアホなことばっかりやってるからな。 たまにはこうして、カッコ良い彼氏の姿も見せてやらないと……!! 「ファイトー! 恭ちゃーん!」 「ファイトー!」 「あんなに応援されちゃ頑張るしかないわよね?」 「当たり前だ。今日の俺は陽茉莉のために勝ちまくるぞ!!」 「たくさんパス出すからカッコイイとこ見せてあげなさい」 「おう。まかせとけ」 こうして望月と連携し、桃にも手伝ってもらいながら俺が基本的に得点を入れていく。 スリーポイントは狙うと外すだけなので、今はコツコツと相手チームとの点差を拡げることに集中する。 「よし!! また入ったぞ!!」 「ナイスシュート!」 「おう、望月もナイスパス」 「かっこいいよ! 恭ちゃん!」 「かっこいいよ!」 俺が得点を入れる度に、声をかけてくれる陽茉莉。 うん、やっぱりこうして見ても、陽茉莉は他の女子たちと比べて頭一つ可愛い。 (まあ、その分他の男共の視線が痛いんだけど……) そのまま試合は続行し、その後も難なく有利な試合運びを展開する俺たち。 「ナイスシュート! 恭ちゃん!」 「ナイスシュート!」 数分体を動かしたせいか、さっきよりも冷静にコート内の様子を把握できる。 バスケと言っても所詮は体育。 ここは大人げなく全力で相手を圧倒してやるぜ……! 「望月!」 「ナイスパス!」 相手のディフェンスをかわし、俺が抜くことを見越して望月がすぐ横に来る。 「まかせた!」 俺からボールを受け取り、そのまま華麗にシュートを決める望月。 当然周囲からは歓声が沸く。 「やっぱお前すごいな」 「フリーだもん、余裕よ!」 まあこいつの場合、どんなにマークされてても関係ない気がするけど。 「陽茉莉ー! 次はスリーポイント狙うから見ててくれー!!」 ブンブンと両手を振って陽茉莉にアピールする俺。 向こうもビシッと俺にVサインをくれる。 「なんだあの二人つえぇえ!!」 「息合いすぎだろう!!」 「………」 ……。 「陽茉莉!」 陽茉莉が一瞬、寂しそうな顔をしたのですぐに声をかける。 (やばい……俺また調子に乗りすぎたか……!?) どうも俺は、あいつのああいう表情に弱い。 それと似たような理由で、俺は陽茉莉をからかうことはあっても、逆にあいつから謝られたりするのがすごく苦手だった。 「………」 ここで合図が鳴り、試合が終了する。 「お疲れ様!」 「ふぃ〜! 久しぶりに良い汗かいたぞ」 「すっごくかっこよかったよ!」 「はは、なんか超照れるな」 「えへへ♪」 すぐに陽茉莉がくっついてくる。 こっちは汗かいてるからちょっとあれだけど、陽茉莉からのスキンシップならいつでも大歓迎だ。 「次はそっちの番だろ?」 「今度は俺が陽茉莉を応援するから、とりあえず頑張ってくるんだ!」 「あー……違うんじゃない?」 「いや野々村と元気がもうコートでスタンばってるし」 「うぐっ」 「はっはっは、俺相手にすぐバレる嘘なんてついてどうする」 「だってぇ……」 「そんなに構えなくても平気だって」 「見ててわかったと思うけど、桃なんてほとんど突っ立てるだけだっただろ?」 「それに陽茉莉のチームには元気もいるし、あいつ結構動けるから勝てる見込みもちゃんとあるぞ?」 「うん……そうだね。頑張る……! 頑張るよ!」 「よし、行ってくるんだ! ファイトだ陽茉莉!!」 「いってきます!」 ここでやっと力強く返事をする陽茉莉。 うん、あの気合いならもしかしたらミラクルな展開が起こるんじゃないだろうか。 「ファイトだ、陽茉莉ー!!」 こうして陽茉莉チームの試合が幕を開ける。 試合が始まり、早速陽茉莉がボールを受け取る。 「え、えーっと……!」 「うえっ!?」 「ぬぉ! それは予想外!」 陽茉莉が元気にパスを繰り出すが、咄嗟に放り投げたので変な方向へと転がっていく。 当然ボールは元気の努力もむなしく相手チームへ。 「うぅ……ごめん……」 「ドンマイドンマイ!」 「大丈夫! 気にしない気にしない!」 チームメイトの野々村たちが、全力で陽茉莉をフォローする。 「ドンマイ! 陽茉莉! 落ち着いて頑張れ!!」 「ひまひま! 相手が行ったよ!」 (お……?) 気がつけばモチョッピィがドリブルをしながら陽茉莉に接近していた。 「モチョッピィ!!」 なんだあいつ、モチョッピィのくせになんてキレのあるドリブルなんだ! 「陽茉莉! ブロックだ! とりあえず何でもいいから止めろ!」 「うぅっ……! てやっ!」 陽茉莉のかけ声もむなしく、華麗に俺たちの目の前でダンクシュートを決めるモチョッピィ。 あいつ、女子相手なんだから少しは手加減しろよ。 そのまま試合の流れは相手チームへ。 陽茉莉や元気たちの抵抗もむなしく、次々と点差を広げられていく。 「しゃ、しゃーないしゃーない! 取られたら取り返そう!」 「そうそう! 頑張るよ!」 「うん……」 やっぱり自分が足を引っ張っていると思っているのか、少しずつ陽茉莉のテンションも落ち始める。 「頑張れ!! 気にするな陽茉莉!」 「点差が開いてるのは全部モチョッピィのせいだ! お前は全然悪くない!!」 さらに涼しい顔をしてスリーポイントを決めるモチョッピィ。 な、何なんだよあいつ、マジでバスケの腕だけなら望月並なんじゃねーの!? 「と、とにかくファイト!! ファイトだ……!」 「L・O・V・E・ひ・ま・りっ!!」 「L・O・V・E――!」 「モチョッピィサイクロン!!」 「殺せええええ!! おい元気!! ヤツを殺せええええ!!」 色々と問題もあったが、こうして試合は進んでいき…… 「お疲れ様、よく頑張ったな」 「でも私、みんなの足引っ張っちゃって……全然活躍できなくて」 こうしてケガもなく無事に試合は終了する。 「私ももっと運動できたら……」 「気にするなって、後半何回かシュートしてただろ?」 「野々村や元気にも一生懸命パス出してたし」 「気にすんなって! 一生懸命やってたじゃねーか!」 「そうだよ! いっぱい動いて満足したし、なにも気にする必要ないよ!」 そう言って二人とも励ましてくれるが、やはり申し訳なさそうな顔をする陽茉莉。 「うん……ありがとう」 俺はそんな陽茉莉を励まそうと思案するが…… (だ、駄目だ……!!) (こういう肝心なところで気の利いたセリフが出てこない……!!) ああ、俺ってもしかして彼氏失格かも。 こういうとき、モテる男はバシッと一発声をかけて解決できるんだろうけど…… 「次はあんたの試合よね?」 「え?」 「あ、ああ。そうだったな」 「ほら、ひまひま、落ち込んでないで彼氏さんの応援しなきゃ!」 「うん……! 一生懸命応援する!」 「ありがとう陽茉莉……!」 「俺、お前の応援があれば、絶対に勝てる気がするから……!!」 こうして始まった第二試合。 再び流れは望月を起点にパスを繋ぎ、最終的にはこちらが点をどんどん入れていく形になる。 「ファイトー! 恭ちゃん!!」 「ファイトー!」 「まだまだいけるよー!!」 先ほどと同様に、一生懸命俺の応援をしてくれる陽茉莉。 最初は陽茉莉の前で格好つけたい一心だったけど、今は少しでも陽茉莉の声援に応えてやりたいと体を動かしていた。 「うぉおおお! パス!!」 「させない!!」 望月も積極的にボールを取りに行き、そこから俺にパスを回してシュートのチャンスを作ってくれる。 「ナイスパス!」 そのまま何度目かわからないシュートを決める俺。 ……と、ここで最後のゴールと同時に試合終了の合図が鳴った。 「きゃー! かっこいいよー!」 こうして後半の試合も陽茉莉の声援を一身に受けながら…… 今日も俺たちの体育の時間が過ぎていくのだった。 「今日の恭ちゃんすっごくかっこよかったよ」 「今日、すっごくかっこよかったよ」 「陽茉莉が応援してくれたからな、いつも以上に体が動いた」 放課後、ゆっくりと通学路を陽茉莉と歩く。 今日の体育は本当に思った以上に体が動いた。 彼女の声援一つでこうも変わるとは、振り返ってみるとやっぱり俺ってすごく単純な男なのかもしれない。 「ホント、すごかった。望月さんと一緒になって大活躍って感じ」 「まあ、ぶっちゃけると、アイツがいいパス出してくれたからある程度活躍出来たんだけどな」 「ううん、恭ちゃんもパスカットしたり相手を抜いたり大活躍だった!」 「そ、そうか?」 「あ、あはは……なんかちょっと恥ずかしいな」 「相手チームの人たちが言ってたね、恭ちゃんと望月さんのコンビが止められない! って」 「ううん、パスカットしたり相手を抜いたり大活躍だった!」 「そ、そうか?」 「あ、あはは……なんかちょっと恥ずかしいな」 「相手チームの人たちが言ってたね、望月さんとのコンビが止められない! って」 「まああいつとも一応長い付き合いだからな」 「ある程度なら、勘で試合中の動きがわかるんだ」 「そっか、ちょっと羨ましいなぁ……って」 「………」 「羨ましい……?」 「うん、私じゃあんな風にはできないから」 「みんなの足引っ張っちゃうし……望月さんみたいに活躍できないなぁって」 そう言って俺の横で肩を落とす陽茉莉。 そっか、なんとなくマンガの話の時もそうだったけど…… 「やっぱり、自分を望月と比べてたのか」 「え? やっぱりって……」 陽茉莉の表情を見ていれば、今ではなんとなく思っていることがわかる俺。 昔はいつもそんな感じで、こいつが何に対して不安を抱いているのか…… そんなことばかり気にしていた俺だけど…… 「今日さ、なんか陽茉莉」 「少し様子がおかしかっただろ?」 そんな昔の記憶が少しよみがえってくる俺。 あの頃も今も、あまり陽茉莉に不安な顔をさせたなくないのは同じだった。 「気づいてたんだ……」 「ああ」 「一応これでも、俺は陽茉莉の彼氏だからな」 「………」 「………」 「あのさ……」 「陽茉莉には陽茉莉の良いところがたくさんあるんだから」 「無理に自分を他人と比べるのは、やめた方が良いと思うぞ?」 「でも! でも……本当に望月さんと息が合ってたし!」 「私じゃあんなことできないって思ったら……比べちゃって……」 「なんで私はこんなにダメなんだろうって思っちゃっうんだもん」 「それに恭ちゃんが好きなマンガとか私全然知らないし……」 「ホント言うとね? 恭ちゃんが他の女の子とメールしてるってだけで、なんか気になっちゃって……」 「それに好きなマンガとか私全然知らないし……」 「ホント言うとね? 他の女の子とメールしてるってだけで、なんか気になっちゃって……」 「………」 「そんなことで妬いちゃうし……ダメだね、私……」 今日一日、陽茉莉は俺の横でどんな気持ちで過ごしていたのか。 最初は体育が憂鬱だと言っていた陽茉莉。 誰だって人前で恥をかきたくないのは同じはずなのに、俺はそれを無理矢理応援する形で背中を押してしまった。 ただ頑張れとかファイトとか、そういう言葉自体は簡単にかけられるものだけど…… (………) 俺はもっとこいつのことをちゃんと考えるべきじゃなかったのか。 最初は純粋に応援してやりたい気持ちで声をかけていたはずなのに…… 俺は今日だけでも、何か他に大事なことを見落としていた気がする。 「陽茉莉……」 「やっぱりさ、俺……自分を他人と比べる必要なんてないと思う」 「でも、私じゃ……」 「陽茉莉自身がどう思っているのかは、さすがに俺も完璧に分かるわけじゃないけど……」 「でも……」 これだけは、何があっても自信を持って言える。 「俺は陽茉莉が好きなんだ」 「好きだから、あんなに真っ赤になって、凄く恥ずかしくても告白したんだぞ?」 「…………」 「確かに望月は運動神経もあるし、陽茉莉にはないものをたくさん持っているかもしれない」 「でも、それはあいつから見ても同じだし、俺だってそうだ」 「陽茉莉には陽茉莉にしかない魅力がある」 「俺は、そんな陽茉莉自身の魅力を大事にして欲しい」 「私にしかない魅力……?」 「ああ」 「一緒にバスケで活躍できなくたっていい」 「マンガの趣味だって、お互いに知らないことが多い方が、後々色々と楽しめて良いと思う」 まだ不安そうな顔をしている陽茉莉に、ここでもう一押しする。 「もう一度言うぞ? 俺は、陽茉莉が好きなんだ」 「自分のことなんて二の次で、いつも俺を応援してくれる陽茉莉が好きだ」 「俺が馬鹿なことばかり言ってても、結局最後は笑って許してくれる陽茉莉が好きだ」 「俺は陽茉莉の怒った顔も好きだし、笑った顔も少しだし……」 「ほらな? 俺ってこうして考えてみると、いつも陽茉莉のことばっかり考えてるだろ?」 「恭ちゃん……」 「ねえ……」 「今日だって、ずっと陽茉莉のことばかり考えてた」 「正直、バスケ中もお前に応援されるだけでちょっと舞い上がってたし……」 ここまで喋り続けて、急に恥ずかしくなってきた。 普段は全然そんなことないのに、どうしても自分の気持ちを素直に口にすると顔が赤くなってしまう。 「あと、それにな……?」 「うん……」 俺は制服のポケットから自分のケータイを取り出し、隣にいる陽茉莉に画面を見せる。 「ほら、見てくれよこれ」 「あ……」 「俺にとって、陽茉莉はもう特別な人だからな」 「ちゃんとこうして、メールも彼女専用フォルダに入れて管理してるんだ」 「そっか……そうだったんだ」 「あはは……これでちょっとは安心してくれたか?」 「悪いけど俺、陽茉莉が思っている以上に……」 「多分、ゾッコンなんだと思う」 「うん!」 「お、やっといつもの陽茉莉に戻ってきたな」 俺はすぐに、陽茉莉の柔らかい頬をムニッとつまむ。 「そ、そんなに変だった? 今日の私」 「ああ、もうめちゃくちゃわかりやすかったぞ」 「気づいたらこんな顔してめっちゃ凹んでたし」 「そ、そんなことない! 他の人にはなんにも言われなかったし!」 「あははは! とにかくもう俺に隠し事なんて無駄だってことだな」 「うーっ、私だって恭ちゃんのことならなんでもわかるもん」 「うーっ、私だってなんでもわかるもん」 「そりゃあそうだろ。俺のことを一番理解してるのは陽茉莉なんだし」 「えへへ、そうだよ、なんでもわかるんだから」 そう言いながら強く俺の手を握ってくる陽茉莉。 今度はその手を俺も強く握り返す。 「…………」 「…………」 お互い口数も少なくなり、ただ黙って歩き続ける。 「……ねぇ」 「どうした?」 「私のこと、一番よくわかってくれてるんだよね?」 「ああ、当然だろ? 陽茉莉のことならなんでもお見通しだ」 「じゃあ問題です! 今、私は何を考えてるでしょう!」 そう言ってニコニコしながら俺を真っ直ぐに見つめてくる陽茉莉。 「んー、今陽茉莉が考えてること……?」 その視線をしっかりと受け止めながら、俺はバシッと正確に答えてやる。 「俺も、大好きだ。陽茉莉」 「えへへ、正解♪」 このあとも交代で、今お互いに何を考えているのかクイズを出し合う。 俺は陽茉莉と一緒に過ごす、こういう平和な時間がとにかくすごく好きなのだった。 「陽茉莉! 俺と一緒にプール行くぞ!」 「ぷ、プール!? プールなんて絶対ヤダ!」 「えぇ!? なんでだよ!」 「嫌なもんは嫌なのー!」 昼休み、陽茉莉をプールデートに誘うことにしたんだけど…… こんな感じに全力で拒否られてしまっている。 「夏といえばプールだろ!?」 「夏と言ったら花火だよ!」 「花火……たしかに浴衣も捨てがたいな……」 って、そうじゃないだろ俺! でも陽茉莉の浴衣姿も見てみたい。 「なんでそんなにプール嫌がるんだよ!」 「お願いだ! 俺は陽茉莉の水着姿が見たいんだよ!!」 「それが嫌なの!! 絶対嫌!!」 「ええええええ!? 水着がダメなの!?」 「良いじゃん水着!!」 「とにかく! 嫌ったら嫌ー!」 「あっ! 逃げんな!」 突然走りだし逃げる陽茉莉。 見失わないように俺も急いで後を追う。 「陽茉莉! 嫌ってだけじゃわかんないって! なんで水着がそんなに嫌なんだよ!」 「追いかけて来ないでよー!」 「ほれ、陽茉莉ゲッチュー」 「うぅぅぅぅぅぅぅ!」 「俺から逃げられると思ってんのか?」 あっという間に陽茉莉に追いつき、逃げないように手を繋ぐ。 今のこいつは隙があればすぐに逃げ出しそうだしな…… 「で、なんでそんなに嫌がるんだよ?」 「…………」 「スタイル自信ないし……」 「それに、胸小さいし……」 「それで水着が着たくないと」 「だ、だって恥ずかしいよ!」 「私の水着姿見られるなんて恥ずかしすぎて耐えられないよぉ……」 たしかに陽茉莉の胸は小振りだけど、気にする程か……? うーん、女心はよくわかんないな。 「大丈夫だ。俺は陽茉莉のもっと恥ずかしいところとかいっぱい見てるし」 「嫌ぁぁぁ!!」 「ぎゃあああああああああ!!」 「殴ることないだろ!?」 「ぶー……」 「ごめん、俺ブタ語分からないんだ……」 「私ブタさんじゃないもん!」 たしかに陽茉莉は太ってないけどな。 今日の陽茉莉は卑屈というか、体型に関係しそうなフレーズに反応しやすくなっている気がする。 「陽茉莉は綺麗だし可愛いし、スタイルだって全然良いと思うけどな」 「……ホント?」 「おう、だから俺とプールデート、してくれないか?」 「…………」 「……分かった」 「マジで!? よっしゃああああああああ!!」 「その代わり、幻滅しないでよ?」 「するわけないって! マジありがとう!」 「早速だけど明日とかどうだ?」 「あ、明日!? いくらなんでも早すぎじゃない!?」 「陽茉莉の水着姿一秒でも早く見たいから俺は明日がいい」 「わ、分かったよぅ…」 「今日帰ったら、ちゃんと準備するね」 「ひゃっほぉぉぉぉう!!」 「はあ、なんでこう甘くなっちゃうんだろ……」 これで……陽茉莉の水着姿が拝める! そう考えると楽しみすぎてワクワクしてきたな。 早く明日にならないかなぁ……! そう思いながら、俺は陽茉莉と待ち合わせ場所を決めて教室に戻ったのだった。 「ついに……プールで……!」 「デェェェェトだぁぁぁぁぁ!」 「ママー、あそこに叫んでる人いるー」 「私も最近パパとデートしてないわねぇ……」 彼女と大通りでデートする夢は、もう叶ってる。 今日のプールデートこそ、最後の夢だ! 一度意識してしまうとテンションが上がりっぱなしでこのままブレイクダンスも出来そうだ。 ……やり方知らないけど。 「お、お待たせ……」 「おぉ! 今日はいい天気だし、絶好のプール日和だな!」 「ははは……そうだね……」 「今日はあんまり期待しないでよ……?」 苦笑いでそんなことを言ってくる陽茉莉。 そんなに嫌だったのか…… 「なあ、本気で嫌だったらプール行くのやめて他の場所行くか?」 「え、いいの!?」 「その代わり今日の俺のテンションが下がりすぎてウザくなると思うけど、それは許してくれ」 「そ、それはヤダなぁ……」 「はぁ……超楽しみだったのに……」 「うぅ……」 「私の水着、見たくてプール誘ってくれたんだもんね……」 「ああ、めっちゃ期待してる」 「もう……」 「プールでいいよ」 「私も覚悟してきたし、ここでプラン変更なんてされたら覚悟してきた意味なくなっちゃうし」 「っしゃあ!!」 「じゃ、プールへ行きますか」 「レッツゴー」 「やっぱプール嫌なんだろ!?」 「冗談冗談♪」 「っ!」 そっと腕を組んでくる陽茉莉。 緊張してる振りしといて、こんな風に俺の心を弄びやがって……! こういうところでドキッとさせられるから悔しい。 「なあ、今日どんな水着着るんだ?」 「スクール水着……」 「なるほど、自分の体型に自信がないからそういう路線で勝負しようと……」 「それはそれで背徳的というか、素敵だと思うぞ!」 「じゃないやつ!」 「もう、冗談を真面目に捉えないでよ!」 「俺は陽茉莉がスク水でも……イケるぜ!」 「イかなくて良いよ!」 ヒントくらい教えてくれたっていいじゃないか。 でも楽しみだなぁ……! 俺達は電車に乗り、プールのある隣町の駅へ向かう。 「おぉー、人が多いな……」 さっさと着替えて波の出るプール前にやってきた。 ビキニ姿のお姉さんたちがいっぱいいるけど、そんなんどうでも良いから早く陽茉莉の水着が見たい……! 「ねえキミ一人? 私たちと一緒に遊ばない?」 「いえ、彼女と来てるんで結構です」 「またまたー、見栄張っちゃってー」 「そんなに私たちと一緒に遊ぶの嫌?」 「い、いえ……」 「別に嫌じゃないんですけど、今日は俺マジで彼女と来てますんで……」 (こ、この俺が逆ナンされるだと……!?) 以前の俺ならこのまま喜んでお姉さんたちと遊びまくるが、生憎今の俺はそんなに安い男じゃない。 「はあ……」 早く陽茉莉来ないかな…… 「うぉっ!?」 「お、お待たせ……」 「陽茉莉? なんで抱きついてるんだ?」 「み、水着見られるの恥ずかしいから……」 だ、だからって抱きつくのもどうなんだろう…… ああ、でも背中に柔らかいのが当たってて気持ちいい。 「こうしてると周りから余計に見られるぞ?」 「うぅぅ……でも水着見られるの恥ずかしい……」 「まさか本当にスク水!?」 「ち、違うって言ったでしょ!?」 「見れないんだからしょうがないだろ?」 「てか、このままずっと抱きつかれてるのも個人的にいいかなと思うけど、これじゃ遊べないぞ?」 「そうなんだけどぉ……」 「…………」 「ど、どう……?」 「…………」 観念したように俺から離れ、目の前に来る陽茉莉。 黄色のビキニで谷間にあるワンポイントのリボンや、フリルでパレオみたいになってて…… これ、恥ずかしいって言ってた割に結構頑張ったんじゃないか? 「似合ってるじゃん。さすが俺の彼女!」 「可愛いよ、陽茉莉」 「あ、ありがと……」 「で、でもごめんね?」 「私の胸……小さくて……」 「なに言ってんだよ」 「サイズなんてどうでもいい! 俺は陽茉莉の胸が好きだ!」 「へっ!?」 「もう一度言う! 俺は、陽茉莉の胸が好きなんだ!!」 「そ、そんな大声でわざわざ言わなくても……!」 「その小振りな胸が最高なんだぁぁぁぁぁ!!」 「だからわざわざ大声で言わないでって言ってるでしょ!!」 「すまんすまん」 「ほら、早速プールに突っ込もうぜ」 「もう……!」 少し怒りながらも手を握ってきてくれる陽茉莉。 最近、陽茉莉の仕草一つ一つが俺の心をくすぐってくる。 本気でキレられるのは焦るけど、それもまた陽茉莉の一面が見れて嬉しく思う。 「すごーい! 結構波高いんだね!」 「いきなり元気になったな」 「水着見せたら開き直っちゃったから♪」 「それに、プール結構楽しみにしてたんだよ?」 ちゃっかり浮き輪の準備もしっかりしていて、本当に楽しみだったみたいだ。 だけど…… 「…………」 「どうかしたの?」 周りの男どもの視線がすごい気になる。 「おいてめェ!! 俺の彼女何ジロジロ見てんだよ!!」 「はあ!? 何だよお前。お前の女なんかどこにいるんだよ!!」 「ここに居るだろ!!」 「え、えっと……どうも……?」 「お、可愛いじゃん」 「可愛いじゃねえ見るなっつってんだろ!!」 「お前が見せて来たんだろ!?」 「ちょっと……!」 「へ、変な言いがかりつけて目立つのやめてよ!」 「なにを言う、こうしないと他の男に俺の大事な陽茉莉が触られちまう」 陽茉莉がすごく可愛くてチラチラ見てくるのは辛うじて耐えられる。 俺らと同じようにいるなら躱せるんだ。 問題は…… 「陽茉莉、危ないからこっち来い」 「え? うん」 「ふぅぅぅぅ!」 「俺達のバナナは今日も……! エェェェキサイティィィィィング!!」 さっきから波乗りしてるこいつらは一体なんだ!? 俺達のバナナってなんだよ!? お前らホモか!? 「さすが人気スポット……危険がいっぱいだぜ……」 「わー♪ あのボート面白そう♪」 「女の子が乗ると卑猥に見えるからやめましょう」 「えー? なんで?」 「乗るなら俺のバナナに乗ろうか」 「……?」 「……あっ!」 「ば、バカ! なにこんなとこで言ってるの!?」 「そ、それにあんなに大きくないでしょ!?」 「大きくないなんて言わないで!?」 さり気なく俺の心に大ダメージを与えてくるとは……腕を上げたな。 恥ずかしすぎて自分が下ネタ発言してるのに気付いて無いんだろうなぁ…… 「もうっ、バカ!」 「バカチンチン! って言ってくれたら反省します」 「バカチ……! 変なこと言わせようとしないでよ!」 陽茉莉の下ネタレーダーは今日も感度良好だ。 そろそろその過剰反応も落ち着いてくれればいいのに…… ま、怒る陽茉莉も素敵なんだけどさ! 「と、とにかく! 絶対他の男に陽茉莉は指一本触れさるわけにはいかない」 「陽茉莉に触れていいのは……」 「俺だけだ!」 「そ、そんな大げさな……」 「でも、守ってくれてありがとね♪」 「なんのなんの、彼氏として当然だ」 とは言え、あのバナナボート野郎たちの対策を考えないと…… とりあえず人の少ない深めのとこに移動するか。 陽茉莉の手を引き、俺達は波の出るプールの奥にある滝ゾーンまで移動した。 「ここまで来たらさすがにあんまり人いないな」 「だね。ちょっと深いから小さい子も浮き輪使ってるぐらいだし」 「せっかく陽茉莉も浮き輪つけてるんだから、子供みたいにはしゃいでもいいんだぞ?」 「わ、私そんな子供じゃないもんねー!」 「滝があるからってはしゃいでないもん!」 いや、めっちゃはしゃいでるじゃん。 俺の周りをグルグル泳ぎながらそんな事を言う陽茉莉に思わず笑ってしまう。 「仕方無い……じゃあ俺が陽茉莉の分まではしゃぐとするか」 「ふぉおおおおぅ!!」 「やっべ! 水超やべぇ楽しい! 波で揺れるしうぉおおお!」 「へ、変なはしゃぎ方やめてよ! 恥ずかしいでしょ!?」 「ふふふ……このテンションは……」 「誰にも止められん!!」 「オラッ、水鉄砲喰らえ!」 手で水鉄砲を作り、陽茉莉へ水を飛ばす。 風呂場で培った技術、今見せる時だ! 「きゃっ!? いきなりは反則ー!」 「ふふふ、勝負に反則も卑怯もないのだよ……!」 「それなら……」 「てぇぇぇぇぇい!!」 「ぐぁっ! ちょ、そっちの方が反則だろ!!」 くるりと背を向けたかと思うと、バタ足で水を蹴飛ばしてきた。 そんなんやられたら水鉄砲で勝てるわけねーじゃん! 「こんにゃろ……! 水鉄砲なんてやめて普通にかけてやるわ!」 「オラオラオラ!」 「へへーん♪ 顔にはかからないからどうってことないもーん♪」 「くっそ、何か……何か打開策は……!」 (ひ ら め い た !) 俺は水の中に潜り陽茉莉の視界に入らないように移動する。 そして…… (くすぐり攻撃じゃあああ!) 「ひっ!? ちょ、こ、こら……!」 「くすぐったいでしょー!」 「ぷはっ、どうだ参ったか」 「潜るの禁止ー! 潜られたら私なんも出来ないよ!」 「それなら高速で陽茉莉の周り回ってくれるわ!」 「っと」 「あ、すみません」 「いえいえ、こちらこそすみません」 「むぅ……」 「自分は事故でも他の女の人に触れてもいいんだ」 「うん、俺はね」 「わっ、ごめんなさい!」 「大丈夫だよー、ここ結構深いからお母さんとはぐれないように気をつけろよー?」 「…………」 「やけに今日はぶつかるなぁ」 「やっぱりダメ! そっちも他の女の人に触っちゃダメ!」 「初めての束縛!?」 「だってそれおかしいでしょ! なんでそっちは平気で私はダメなの!?」 たしかに陽茉莉の言い分は分かるけど…… 「いいか陽茉莉」 「男は基本ケダモノだ。可愛い陽茉莉を食べようと今も狙っているかもしれない」 「その点女性は違う。だから俺は平気で陽茉莉はダメ、OK?」 「そうやって屁理屈並べても意味ないからね?」 「もう、これじゃ周り気にし過ぎて全然楽しめないよ……」 「そうだなぁ……」 たしかに俺も周りの野郎どもを警戒してたせいであんまり楽しめてない。 どこかそういうのを気にしないで楽しめるとこ…… 「あ、そうだ」 「どうしたの?」 「たしかここ温泉気分を味わえるスパ施設もあるんだった」 「ジャグジーがあったりして、ちょっとリッチな気分になれるかもな」 「ジャグジー!?」 「行ってみるか?」 「うん!」 「ふぃぃぃ〜〜っ」 「はぁぁぁ、生き返る……」 「陽茉莉、ジャグジーが気持ち良いからってここで漏らすなよ?」 「でも俺が先に漏らしたらゴメンな?」 ジャグジーの疲労回復効果により、俺の声が耳に届いていない様子の陽茉莉。 さっきから小さい声でフニャフニャ言っているので余程このジャグジーが気持ち良いらしい。 「ははっ、陽茉莉ってたまにオヤジくさいときあるよな」 「そ、そんなことないし!」 オヤジには反応する陽茉莉。 うん、わかってる。お前は昔からそういうヤツだ。 「ま、たしかに気持ちいいし、陽茉莉の気持ちも分かるけどさ」 「だ、だよね!」 陽茉莉がゆっくりとこちらに体重を預けてくる。 なんだかんだ言いながら、こうしてちゃっかり甘えてきてくれるから俺も嬉しい。 「でも、こんなのがあるなんてよく知ってたね」 「ん? あぁ、昨日の夜軽く調べておいたんだ」 「プールもいいけど、せっかく来たんだからここの施設色々回れた方が楽しいかなーって思って」 「早速役に立って良かったね♪」 「そうだな」 「でも、なんかこういうの良いよな」 「そうだねぇ……」 すっかりジャグジーが気に入ったようで気持ちよさそうにしている。 陽茉莉の気持ちよさそうな声を聞いて、下調べしてきて良かったと思えた。 「ちょっと年寄り臭くなるかもしれないけどさ」 「お金貯めて2人で温泉街とか旅行行ってみたいな」 「だねぇ……」 「温泉まんじゅうとか食べながら温泉街歩きたい……」 温泉じゃなくて温泉まんじゅうがメインなの!? 相変わらず陽茉莉は甘いモノに目がないな。 「甘いものばっか食べてると、体重計が怖くなっても知らんぞー?」 「そ、それは気をつけるから大丈夫!」 「ほら! 温泉卓球とかあるでしょ!?」 「陽茉莉って卓球出来たっけ?」 「…………」 「…………」 「ま、まぁほら! マッサージ椅子とかあるかも知れないし!」 「他のことで汗かけばいいんじゃないか!?」 「うぅ……」 「泣く泣く温泉まんじゅうは我慢するよぅ……」 「温泉たまごならきっとカロリー低いよね?」 「まず食べ物から離れようか」 でも、旅行先で美味しい物があるのに食べられないって辛いよな…… ああいうとこって普段食べてるものでも美味しく感じちゃうから困る。 「私もバイトしてお金貯めないと……!」 「陽茉莉ってバイトしたことあるの?」 「ないよ? これから探すの!」 「じゃあまず陽子さんにバイトしていいか聞かないとな」 「冬に向けて俺もバイト増やすかなぁ……」 「あ、でもバイト増やしたら会える時間少なくなっちゃうよね?」 「ああ、そうだな」 「それはヤだなぁ……」 「ねえ、会いながらお金貯めるって出来ないの!?」 「んな無茶な……」 それが出来れば苦労しないんだけどな。 でも、どのみち旅行行くならお金はあった方がいいし…… 陽茉莉と会えない時にバイトがっつり入れるようにしよう。 「そうだなぁ……」 「しばらくは家デートとか、あまりお金のかからないデートにするしかないけど……」 「それでもいいか?」 「別にいいよ? 一緒に映画見たりやりたいこといっぱいあるし」 「そういえばインドア派だったな……」 まあ、これからの楽しみが増えたし、バイトもいつも以上に頑張れそうだ。 それから俺達はジャグジーをのぼせる手前まで堪能し、レジャー施設を後にした。 「ねえ、今日私たちプールが目的で行ったんだよね?」 「いや? 陽茉莉の水着目的だぞ?」 「ホントに水着が見たかっただけなの!?」 「まあ、9割そうだけど、どうせならプールデートも面白そうだなと思ったのが1割だ」 「ほとんど水着目的じゃない……」 「今日ジャグジーでぼーっとしてた記憶しかないんだけど……」 「ジャグジーにいた時間の方が長かったもんなぁ……」 「これってデートとしていいのかなぁ?」 「まあ日頃の疲れがとれたんだし、いいんじゃない?」 「たまにはこういうゆっくりしたデートもアリだろ」 「まあね〜」 レジャー施設から出て電車に乗り、帰り道をゆっくりと歩く俺達。 陽茉莉の水着も見れたし、のんびりデートになったけど満喫できた。 「陽茉莉の水着良かったぞ。自信持って良いと思う」 「もう、せっかく忘れてたのに思い出させないでよ……」 「俺の彼女をスタイル良くないとか言うのやめてくださる〜?」 「私のことなんだからどう言ってもいいでしょ!?」 「いや、俺が困るんだけどね」 「自慢の彼女なのに、その彼女が自分を卑下してるのってなんかもやもやするんだよね」 だって誰がどう見たって陽茉莉は可愛いだろ? 痩せてるのに『もっと痩せないと〜』とか言ってるヤツらと同じ感じがして…… 『どんだけ自分追い詰めれば気が済むんだよ!』って思ってしまう。 「そんなこと言われても……」 「陽茉莉はもっと自信持って良いと思うぞ?」 「俺にとって最高の彼女だし、誰にでも自慢出来るし」 「そ、そうなの?」 「ああ、でも今はダメだ」 「え……?」 「スタイルに自信ないとか言ったり、胸が小さいことを気にしてる限り、ダメ女判定を下します」 「え、えぇ〜!?」 「いきなり考え方変えろって言われても無理だよ……!」 たしかに無茶を承知で言ってる。 でも、こんなに可愛いのに本人が自分に自信がないなんてもったいないと思う。 「じゃあどうしたら自分のスタイルとかに自信がつく?」 「やっぱ、胸大きくなったり、出るトコ出たらじゃないかな……」 「そんなに胸が大きいって良いの?」 「男の人って大きい方が好きなんじゃないの?」 「…………」 「…………」 俺は陽茉莉の胸が良いって言うのに、なにを勘違いしてるんだこいつは…… ちょっとイラッとしたぞ。 「はぁ……分かってない。陽茉莉、全然分かってない」 「え、ち、違うの!?」 「陽茉莉は俺以外の男にもモテたいのか?」 「ち、ちょっとなんでそうなるの!? そんな風に思ったことないよ!」 「いいか? 俺は胸が小さかろうが大きかろうがどっちもでいいんだ」 「『陽茉莉の』胸じゃなきゃ好きじゃない」 「一般的な視点で見て胸が大きい方がいいって思ってるなら大間違いだぞ?」 「そ、そんなに怒らなくたっていいでしょ……?」 「別に怒ってないよ」 「ただ、その……」 「俺だけを見て欲しいっていうか、他のやつのこと気にしてるのかと思って……」 「ちょっと、嫉妬した」 「…………」 「ごめんね」 「嫉妬させるつもりなかったんだけど……」 「雑誌とか見ても胸が大きい方が良いみたいなこと書かれてて、それを鵜呑みしてたの……」 「でも、そうじゃなかったみたいだね」 人によってはそうかもしれないけど、俺は少なくとも違う。 だって、胸で人を判断するのか? それって違くない? 「ごめんな、ちょっとケンカみたいになっちゃって……」 「これからは、胸とか気にしない!」 「ちゃんと、自分に自信持つ」 「最高の彼女になるね!」 「バーカ、そんなの初めっからなってるよ」 「ば、バカって言うことないでしょー!?」 「ははは、ごめんごめん」 ゆっくりと優しく陽茉莉の頭を撫でる。 「もう……」 「嫌われたかと思って不安になったんだからね……?」 「こんな素敵な彼女そう簡単に嫌いになるわけないだろ」 「それに、あれくらいで嫌いになったらどんだけ俺最低なやつだよ」 嫉妬してるって気付いてくれればいいけど、言わないと分かんないしな。 これからは、今まで以上に思ったことを陽茉莉に打ち明けよう。 いや、今まで全然打ち明けてなかったとは思ってないけどさ。 そんなことを思いつつ、俺は陽茉莉を送るために陽茉莉の家に向かうのだった。 『メール受信1件 陽茉莉』 陽茉莉からいつものようにメールが届く。 『陽茉莉、プールの中で漏らしてたよな』 『それに気づいて爆笑したら、俺母ちゃんにブン殴られた記憶があるぞ……!』 陽茉莉は恥ずかしくて泣いて、俺は殴られた箇所が痛すぎて。 そうして二人で泣いたあの夏の日。 陽茉莉は後になって申し訳なく思ったのか、俺に自分のアイスを半分食わせようとして来たっけ。 『陽茉莉も成長したな。もう漏らさないもんな』 『いや、正確には今もどうかはわからないけど』 お約束だが、昔俺は陽茉莉と同じ布団で寝ていたとき、こいつにさり気なくおねしょの罪をきせられたことがある。 油断ならない我が幼馴染! あのときの平然としていたお前のポーカーフェイスは忘れない。 「………」 (ふ、不意打ち過ぎだろ……) ちょっとからかったつもりだったのに、急にまた陽茉莉に会いたくなってしまった。 すぐに返信をしないとと思いつつも…… 「………」 「俺、ホントにあいつに夢中なんだなあ……」 しばらくの間、ずっとケータイ片手に顔を上げられずにいたのだった。 『でも俺、陽茉莉とプールに入るの好きだったぞ?』 『水遊びになるといつもテンション高かっただろ? 俺、陽茉莉とひたすら騒ぐのも好きなんだ』 陽茉莉は無邪気に笑っているときが一番可愛いと思う。 当時は全然意識していなかったとはいえ、それだけは妙に印象に残っていた。 (はは、確かに超偉いと思うぞ……!) そのまましばらく陽茉莉とメールを続ける。 こうして今日も一日が終わるのだった。 『俺はあのときから陽茉莉をいやらしい目で……!』 『実はジロジロとなめ回すように見ていたんだ……!!』 ぶっちゃけ覚えてないけど、俺の子供時代ならあり得る気がする。 エロい男は幼い内からエロいこと考えてるっていうし。 「え!? そうだったの!? マジで!?」 さすが俺。 幼稚園時代から欲望丸出しだったのか。 『うん、とりあえずごめん。数年越しになってしまったが許してくれェェ!』 すぐに返信してベッドに寝転がる。 こうして今日も俺と陽茉莉の一日は終わったのだった。 「エイダ! 今すぐこの手を離せ!」 「ダメよ! そんなことしたらあなたが……」 「………」 「………」 今日は家デートということで、陽茉莉と一緒に映画を見ている俺。 陽茉莉が言うには、この映画は隠れた超名作らしい。 確かにキャラ立ちも演出も脚本も申し分ないが…… (はあはあ……! 陽茉莉の香りが……!) 俺はこの2時間、ずっと陽茉莉のケツしか見ていない。 この映画、そろそろ終わってくれないかなー。 ……。 ……。 ……30分後。 「今の映画面白かったね〜!」 「ああ面白かった!! 超名作!! マジで神だな!! うん、神神!!」 「特にアカデミー主演女優賞を取ったエイダが、次々と他の男と寝ていくシーンはヒロインの枠組みを超えたビッチクオリティで最高だったよ!!」 「で、陽茉莉先生……そろそろ俺たちも愛の営みを……」 「じゃ、次はコメディ系の映画にしよっか!」 「ちょ、待って!? 人の話聞いて!?」 「ん? どうしたの?」 「あ、あのですね」 「実は僕、そろそろ陽茉莉先生とエッチなことがしたくてですね……」 「え、エッチって……」 「はい、エッチです」 「………」 「………」 ここで突然困ったような顔をする陽茉莉。 え、何!? 何なのこの空気。 (おかしい! いつもなら照れるか怒るか甘えさせてくれるかのどれかなのに!!) いや、ここは純粋に俺の押しが弱いのか。 ならばここはもっとガンガン前に出ねば……! 「陽茉莉」 「愛してる」 「だから今日も俺と……」 「エッチしてくれ!」 「そんな気分じゃないから、ごめんね?」 「しょんなーーーー!!」 え!? マジで!? だって最後にエッチしたの一週間前だよ!? 「ほ、ホントにダメ……?」 「ごめんねー? 本当に今日はパスで」 「そ、そっか……」 本当にその気がないようで、申し訳なさそうに断られてしまう。 こうなったら…… 「すまん、今日はどうしても我慢出来そうにない……!」 「だから……」 「俺がその気にさせてみせる!!」 「えっ、ちょっとホントにダメだって!」 「嫌だって言ってるのにー!」 ガチ拒否!? 「ご、ごめん。でも急にどうしたんだ?」 「俺の気のせいじゃなければ、なんか今日の陽茉莉様子がおかしい気がするんだけど」 「えっと、その……」 「今生理なの……」 女の子の日ぃぃぃぃぃぃ!? 「そ、そうなんだ」 「い、今4日目だから、もう少ししたらまたエッチ出来るから……」 「それまで待って?」 「いやマジでごめん。そうとは知らずに失礼した」 「でも4日目って、生理ってそんなに長いものなの?」 かなり以前に保健体育でそこらへんの授業を受けた記憶はある。 ただ当時はチンコの写真や図に落書きして遊びまくっていたので、内容はほとんど覚えていない。 「あのさ、純粋に好奇心から質問するんだけど」 「生理中にエッチするとどうなるの? というか物理的にエッチは不可能なの?」 「で、出来なくはないけど……血がドバドバだよ……?」 「ドバドバ!?」 「出血多量!?」 「4日目だからそこまで血は出てないけど……」 「生理中に彼女とエッチするなんて、鬼畜以外の何者でもないと思うよ?」 「そ、そうなのか……」 想像するだけで恐ろしい。 陽茉莉とイチャイチャ中にベッドが血で染まったら、俺は一人で卒倒する自信がある。 「でもさ、血が出る意外にも色々と体調が悪くなったりするんだよな?」 「人によっては熱が出たりもするんだっけ?」 「うん、だから体育の授業見学したりするんだよ」 「そっか、女子も大変だな……」 毎月決まった周期で体調不良が起こるなんて、男の俺からすれば面倒だしストレスも溜まりそうだ。 おまけに人によって症状や辛さが変わるだなんて、下手な病気より厄介かも。 「しかし病気じゃないのに血が出るってホラーだな」 「そんなに血が出るんならさすがに痛いだろ。というか俺なら絶対ショック死する」 「あはは、酷いときは動きたくなくなるほど痛くなるときもあるけど、別に怪我して血が出てるわけじゃないから平気だよ?」 「わからん。でも血は血だろ?」 「普通に考えたら体内から血がドバドバ出るだけで救急搬送ものだし」 「うーん、なんて説明したら良いんだろ……」 「まず、生理がどんなのかって覚えてる?」 「とりあえず血が出る」 「あとは知らん」 「そこ威張っても情けないだけだからね?」 とりあえず俺の貧相な脳みそから記憶をたぐり寄せると、卵子と精子がドッキングするベッドの掃除がどうたらで…… うん。詳しくは知らん。 「生理っていうのはほぼ毎月来るものなんだけど……」 「その時によって痛みも違ってくるの」 「簡単に言っちゃうと1週間くらいかけて子宮内膜っていう赤ちゃんのベッドが血と一緒に身体の外に出てくるんだけど……」 何それ!! グロ!! 「人によるけどお腹が重く感じたり、すっっっごい痛くて外に出かけられない人もいるんだよ」 「恐ろしい……!! 恐ろしすぎる……!!」 今この瞬間、俺の中で尿結石とどちらが痛いか想像がフル回転する。 うん、尿結石もヤバそうだけどこっちの痛みも精神的にヤバそうだ。 「ちなみに超痛いときって、一体どれくらい痛くなるもんなんだ?」 「そもそも痛みの種類だって色々あるわけだし、もう少し具体的に説明してくれるとありがたい」 「うーん、男の人が感じる痛みで一番痛いと思うのってどんな感じ?」 「うーん……」 男の感じる最大の痛みか…… 「とりあえずアレかな。キンタマ握りつぶされたときが多分一番痛いかも」 「じゃあその痛みが、一日中お腹からする感じかな」 「マジで!? 死ぬほど痛いじゃん!! つーか死ぬわ!!」 毎日腹の奥からキンタマブレイクとか洒落にならん。 女子は毎月そんな痛みと闘ってるのか……!! 「女子SUGEEEEEE!! ってか陽茉莉SUGEEEEEE!!」 「今日が4日目ってところがさらにすごいぞ」 「俺なら多分1日目で死んでるし」 「ああ、でも女性の身体って男性の身体よりも痛みに対する耐性がついてるらしいよ?」 「そうなの? それも初耳だな」 つまり女性は、オギャーと生まれた瞬間から初期の防御力が高めに設定されているのか。 俺なんてオギャーと生まれた瞬間から胃腸が弱いので常にステータス異常は『下痢』だ。 「しかし、知れば知るほど恐ろしいな女性の神秘は!!」 「陽茉莉! 何か今から俺に出来ることはないか!? 熱はないか!? のど飴いる!? 布団持って来る!?」 「そんな、病人ってわけじゃないんだから……」 「いやいや!! 病人以上だろ!!」 「だって腹からキンタマブレイクだろ!? ヤバイって!! 絶対それヤバイって!!」 「とにかく何かさせてくれ。というかこういうときは彼氏としてどんな行動を取れば正解なんだ?」 「うーん……」 「ただ、辛いんだなーって思ってくれればいいかな」 「いや、辛いのはわかってる。俺の想像力をフルに活用して理解してるつもりだ」 「だからせめてお腹をさするとかですね、そういった少しでも陽茉莉のためになる行動を……」 「そんなことされたら余計痛くなって殴るよ?」 「すみません」 というかここまで説明されるといてもたってもいられなくなる。 何か無いか!? 何か俺にでも出来るバッチリフォロー&愛情溢れる行動は! 「重い日は逆に放置してくれた方が嬉しいかも」 「痛すぎて何もしたくないっていうか、一応薬もあるんだけど……」 「機嫌も悪くなるからあたっちゃうかもしれないし……」 「そうなのか。俺で良かったらバンバン八つ当たりして構わないぞ?」 「俺のメンタルシールドは常人の数百倍あるからな」 「いきなり死ねとか消えろとか言われても、むしろニコニコしながら握手を求めるくらいだし」 「そんな、悪いよ……」 「何もしないから暇だろうし、私が当たっちゃうかもしれないんだよ?」 「平気平気。だって俺、もうお前の彼氏なんだぞ? 友達や他人とは違うんだ」 「仮に何か言われてムカついても、そんなところも含めて好きなったんだし……」 「それに……」 ここまで言って、ちょっと照れくさくなってくる。 「こんな相談。異性相手なら普通彼氏にしか出来ないだろ?」 「そうだけど……」 「笑われるかもしれないけど、こういう些細なことでも嬉しく感じるんだ」 「なんて言うか、彼氏になった実感って言ったら良いのか……」 「今俺、こういう特別な話が陽茉莉と出来て……その……」 「純粋に嬉しい」 照れ隠しに陽茉莉の手を握ってみる。 「ごめん、そっちは迷惑だったりする?」 「ううん、ありがと♪」 そう言って、陽茉莉が正面からギュッと抱きついて来てくれる。 ああ駄目だ。 我慢する気はあるのに、こうして陽茉莉に抱きつかれるとどうしてもエロい方向に意識がいってしまう。 「でも、実際陽茉莉ってすごいんだな」 「いつもニコニコ笑ってるくせに、痛い日は平気な顔して我慢してるんだろ?」 「女の子はみんな同じだよ?」 「いや、陽茉莉だけは特別だ。今日の俺は2割増しで陽茉莉を褒め称えるぞ!!」 「女の子はみんな同じだってば……!」 男に起こる生理現象なんて、精通やら夢精やらロクでもないもんばっかりだ。 俺たち男にも、もう少しは性的苦労があれば公平な気がしてくるのに。 「俺にも……」 「生理来ないかな……」 「来ないよ……」 「チンコから血が出るの」 「こ、怖いこと言わないでよ……!」 想像してみたら、思ったよりホラーだった。 それに、チンコに激痛走ったらオナニーも不可能になるし…… (色んな意味で地獄だな……) うん、やっぱり女子は大変だ。 「あとね、生理前や生理後って、肌が敏感になるの」 「だからちょっとした刺激でも痛かったりするんだよ」 「へえ……」 「それって痛風じゃないの?」 「症状は似たようなものかもしれないけど、そうなるんですー」 「はは、そっか。ごめんごめん」 たしか、陽茉莉の父ちゃんは痛風だった気がする。 あれって酒ばっかり飲んでるとなるんだっけ? 「うん、大体のことは陽茉莉の説明でわかった」 「でも人によって痛みの程度や性質が変わるんだろ? 陽茉莉はどうなんだ? 例えば今日はどれくらい辛いとか」 「私は2日目が重い日だから今日は大丈夫だよ」 「そうなんだ。それはちょっとホッとしたぞ」 しかし安心するのと同時に、やはりここは男としての問題が…… 「………」 「陽茉莉には悪いんだけどさ、やっぱ今日のエッチは諦めるしかないか」 「はあ……」 神様すみません、愛と性欲のコントロールにはもう少し時間がかかりそうです。 「そ、そんな落ち込まないでよ……」 「多分あと3日くらいすれば大丈夫だと思うし……」 「3日!? 3日とな!?」 「あと3日も我慢したら、俺の精巣爆発するんですけど……!!」 「そ、そんなの知らないよー!!」 (はあ……) これもすべて可愛すぎる陽茉莉が悪い。 エロ抜きにしても、陽茉莉の肌や首筋がチラりと見えるだけでこの様だ。 ちくしょう……!! 可愛い彼女を持つとこんな贅沢な悩みが出来るなんて……!! 「はあ……」 「男ってやつは、なんでこうも面倒なんだ……」 「わ、私のことは気にしないで一人で発散していいよ?」 ザ・公開オナニー。 「ちょ、ちょっと待て! 何が悲しくて彼女の目の前でそんなことしなくちゃいけないんだよ!!」 「大丈夫、私は軽蔑しないよ?」 「いや、そういう問題じゃなくてだな」 「というかそれ、絶対陽茉莉が自分で見たいだけだろ」 「なんで分かったの!?」 そう顔に書いてあるからです。 「せ、生理の説明したんだから、そっちも説明してくれてもいいんじゃない?」 「えー」 「しょうがないなあ……」 とか言いつつ、合法的にセクハラ出来るこのチャンス。 フフフ、陽茉莉さんや? エッチが出来ない分、少しはいじわるさせてくれたまえ。 「コホン……!」 「えー、それではまず、手元にAVかエロマンガなどの抜けるおかずを用意します。妄想でも構いません」 「うんうん」 「それらを見て熟読し、想像し……」 「最後に大きくなったところで優しく、時には強く己のチンコをシゴキます」 「そして……!」 「う、うん……」 「射精して終了です」 「お疲れ様でした」 「ざっくりし過ぎだよ!?」 「いや、男のオナニーなんてそんなもんだって……!!」 高レベルになるとセルフフェラとか逆立ちセルフ顔射とか色々あるけど今はどうでもいい。 「も、もっとちゃんと教えてよ……」 「えー」 「そんなこと急に言われてもなあ……」 「おかずがあればちゃんと教えてくれる?」 「フフフ、おかず?」 「簡単に言うが、陽茉莉に俺の秘蔵コレクションを見つけることが果たして可能かな?」 「えーっと……」 そう言って、有無を言わさず俺の部屋へと入っていく陽茉莉。 クックック、どうせベッドの下のダミーエロボックスからしょぼいおかずしか持って来ないに違いない。 「ほ、ほら! おかず持ってきたよ!」 な、何!? 「ちょっと待て!! この短時間でどうやってこれを見つけてきた!!」 オレが愛して止まないエロマンガ作家、絶頂スプラッシュ先生の作品をチョイスしてくる陽茉莉。 『はじめてのヒギィ(18禁ロリ)』 『キミとボクと知らないオッサン(3P)』 『俺の母ちゃんが処女だった(近親相姦)』 さらには数本のAVも一緒に持って来ていた。 うん、我ながら性癖に全く統一性がないな。 「これで全部なの?」 「すごいな陽茉莉。というかマジでどうやって見つけたんだ」 「うーん……勘?」 恐ろしい……!! 陽茉莉には絶対ウソは通用しそうにない!! 「こ、こういうの見てしてるんだ……」 「あ、ああ……」 やたらと実写であるAVの方へ興味を示す陽茉莉。 あの! あんまり見ないでくださる!? なんかめっちゃ恥ずかしいんですが!! (よし……) こうなりゃやけだ。 「陽茉莉」 「俺のオナニーを手伝ってくれ」 「え!? な、なんでそうなるの!?」 「口じゃ上手く説明出来ないし、実際に手伝って貰った方が効率が良い」 「うーん……」 「手伝ってって言われても、どうすればいいか分かんないし……」 「そこはほら、俺が優しく丁寧に教えるからさ」 「そしたら……」 「私が手伝ったら見せてくれる?」 「もちろんOKOK!」 「勃起から射精まで全部ノーカットでお見せちゃうぞーぅ!?」 「そ、そういう単語言わないでよ!!」 こうして、なんとも奇妙な一人エッチ教室がスタートする。 「ふふふっ、気持ちいい?」 「あなたのちんぽ、もっとコスってあげる……」 「ほわぁ……」 (この女優、胸は良いけどケツは汚いんだよな) 彼女とまさかのAV鑑賞。 チャプターで早速挿入シーンに持っていくあたり、映画通である陽茉莉のリモコン捌きはさすがである。 「あの、陽茉莉先生」 「早速ですがそろそろ弄ってくれないと自然に勃起しちゃうんですが」 「あっ、ごごごめん!」 「え、えっと……失礼、します……」 「わぁ、こんな風にふにゃふにゃなんだ……」 「ふにゃふにゃなのは最初だけだ。戦闘モードに入ったらもっと立派になるぞ?」 「そ、そうだよね……」 「あんなにガチガチになるのが不思議……」 そう言って、俺のチンコの前で喋る陽茉莉。 やべェ!! 陽茉莉の吐息が直接俺の愚息に……!! 「わっわっ!」 「ねえ、むくむくって! むくむくっておっきくなってく!」 「ええ、そりゃあもう」 「実際これで何度も陽茉莉をヒィヒィ言わせてたからな」 そう言われて急に顔を赤くする陽茉莉。 だ、だって事実じゃん……! 俺までなんか恥ずかしくなってきたんですけど……!! 「これで……どうしたらいいの?」 「ああ、えーっと」 「手で軽く握って、上下に擦ってくれないか?」 「こ、これを……」 「こう……?」 「そうそう」 「時に優しく、時に激しく愛を持ってお願いします」 俺に言われたとおり、おずおずと両手でチンコを握ってくる陽茉莉。 若干不慣れな感じが、逆に絶妙な強弱を生んで気持ちが良い。 「陽茉莉……あ、ありがとう……めっちゃ気持ち良いぞ……」 「う、うん……」 「こう……だよね?」 「そうそう……超やばい……」 10秒もしない内に立派にそそり立つ俺のチンコ。 手の愛撫による刺激以前に、陽茉莉にこんなことをさせている事実が無駄に興奮する。 「さっきまでふにゃふにゃだったのにすっかり硬くなってる……」 「それに、すっごい熱い……」 好奇心が勝ったのか、陽茉莉なりにゆっくりと指を動かして俺の征服感を煽ってくる。 ただ握るだけじゃなく、指の腹でじっくり触れてくるその感触がなんとも言えないくらいに気持ちが良い。 (な、なんかこれ……若干じらされている気も……) 「舐めてあげる……」 「じゅるっ、んふぅ……じゅるるるるっ!」 「えっ、な、舐めてるよ!? この人舐めてる!」 「しかも咥えて……うわぁ……」 「ひ、陽茉莉……! ちょ、ちょっといきなり強く握りすぎ……!」 「ご、ごめん……」 フェラシーンに気を取られ、思わず俺のチンコを強く握ってしまう陽茉莉。 「男のチンコは大変デリケートな代物です。取り扱いには十分注意しましょう」 「う、うん……」 「…………」 「…………」 「な、舐める?」 え!? 「い、いいの!?」 「だって、して欲しそうな顔してるし……」 初心者手コキからまさかの初フェラ!? こ、これは予想外!! というか死ぬほど嬉しいんですけど……!! 「そ、それじゃあ……」 「ここはその……お願いしてみようかな……」 そう言うと、陽茉莉がその場で少し屈んでくれる。 や、やばい……! マジでこのまま舐めてくれるの……!? というか既に陽茉莉の唇が俺の息子の先端に当たって……! 「………」 「っ!!」 ビックリして一瞬腰が浮いてしまう。 「ち、ちょっといきなりビクッとしないでよ!」 「ビックリしちゃうでしょ!?」 「ご、ごめん!」 「でも予想以上に気持ち良すぎて……」 マジで衝撃的だった今の一瞬。 生暖かな陽茉莉の舌先が、数秒触れただけでこの様だ。 ぶっちゃけこれ、本気で咥えられたら相当ヤバそうな気がするんですけど……! 「……なんか、しょっぱいね」 「そ、そうなの?」 「うん」 「男の人って、こういうの気持ち良いの?」 「ああ、昇天するくらい気持ち良い」 フェラってこんなに気持ちが良いものなのか。 おまけに陽茉莉が舐めてくれるという現実が、俺をこれでもかとこの場で興奮させる。 「そっか」 「じゃあもうおしまい♪」 「え……?」 「ちょ、ちょっと待ってくれ……!! 冗談だよな……!?」 「えー? 冗談じゃないよ?」 「マジかよ!!」 こんな中途半端に止められたら生殺しもいいとこだ。 下手に触られたり舐められた分、さっきより辛いお預け状態にィィィィ!! 「あの、ひ、陽茉莉さん……!? さすがにもう俺我慢出来ないんですが!!」 「自分ですれば? ここでゆっくり見ててあげる」 「そ、そこをなんとか!! そ、そのお口で……!」 「うーん、どうしよっかな〜♪」 落ち着け俺、これは高度な心理戦だ! このまま陽茉莉のペースに引きずれてはならない! 上手く主導権をこちらに戻し、なんとか続きをしてもらう方向に誘導しないと……! 「仕方がない、俺にも羞恥心はあるからな」 「今日は陽茉莉が帰った後、ゆっくり一人でAV見ながら抜くとするわ」 「え、今してくれないの!?」 「し、しません……!!」 「でも、結構辛いんじゃない……?」 「ああ、めちゃくちゃ辛いけど、今は我慢するよ……」 「一人寂しく、後でゆっくりと抜けるならそれはそれで……」 「………」 「それはヤダ」 「でも……もうおしまいなんだろ?」 「はぁ……」 (ククク……もう少しだ……!) 俺はものすごく残念そうな顔をしながら、丁寧かつ迅速に自分のチンコをしまう。 「わ、分かった! 分かったよ!」 「いや、大丈夫だ。ごめんな心配かけて……」 「陽茉莉も生理中で大変なのに……俺、さっきから負担になるようなことばっかり言って……」 「負担になんてならない!」 「それに、AVで抜かれるのって彼女として納得いかないし……」 「はは、俺もそれはなんとなくわかるよ」 「ぶっちゃけAV女優より、陽茉莉の方が何倍も魅力的だからな」 「じゃあAVなんていらないよね?」 「いります」 「なんでよ!?」 「それとこれとは話が別です」 「そもそもこれは俺が数年がかりで集めた大事なコレクションなんだぞ!?」 「金だってかかってるし、そう易々と捨ててたまるかァァァァ!!」 「使わないのに持ってるなんて、邪魔なだけじゃない?」 女子にはきっとわからない。 性欲解消に直結するアイテムは、買うだけで己の物欲を満たしてくれることを。 「ま、でも今日は久々にこいつの世話になりそうだけどな……」 「だ、だから私がしてあげるって言ってるでしょ!?」 キタァァァァ!! 「ど、どこまで……?」 「……手」 「やっぱりAVのお世話に……」 「わ、わかった! く、口でもしてあげるから!」 「よっしゃああああああああ!!」 「うぅ……いつも主導権握られてるから、今日は私が主導権握れると思ったのに……」 「ふふふ、まだまだ甘いようだな」 「そんなこと言うと、してあげないよ?」 「嘘ですごめんなさいお願いします陽茉莉様」 「もう……」 俺は陽茉莉がしやすいように、椅子に腰掛けてスタンバイ。 陽茉莉も俺の足を開きながら、でもちょっと嬉しそうに俺の股間に顔を埋めた。 「じゃ、じゃあその……出して?」 「是非陽茉莉にチンコを取り出すところからして欲しいです」 「な、なんでよ!?」 その方が興奮するからです。 こんなチャンス滅多にあるわけないんだから、存分に堪能したいじゃないか。 「してくれなかったら……」 「わ、わかった! わかったから!」 「……ファスナー開けるよ?」 「うー、明日アゴが筋肉痛になったらどうしよう……」 「ごめんごめん。でもその割には最後の方はノリノリだったよな?」 ベッドに横になり、お互い抱きしめ合う。 さすがに下半身マッパはまずいので、とりあえずトランクスだけ履いた状態だ。 「わー、ふにゃふにゃに戻ったー!」 「お、面白いからっていじるんじゃありません!」 陽茉莉の手がいつの間にか俺のチンコをふにふにと揉んできた。 触られたらまた勃っちゃうじゃないか。 (出来れば第二ラウンドは勘弁願いたい……) ホントはしてもらいたいけど、陽茉莉の体調も気になるし、搾り取られた感覚がすごくて…… いつもよりダルさが酷い。 「そうやっていじってると、もう一回お願いしちゃうぞ〜?」 「別にいいよ? 触ってるの楽しいし♪」 ひ、陽茉莉が楽しげにチンコ触ってる……! これは男で言う賢者モードなのか……? それとも陽茉莉がチンコに慣れた? 「で、でもほら、陽茉莉だってムラムラしてこないのか?」 「それなのにエッチ出来ないなんて陽茉莉が辛くなるだろ?」 「んー、ちょっとエッチな気分にはなってるけど、辛くはないよ〜?」 「それになんか可愛く見えてきちゃって♪」 そう言いながら俺のふにゃちんを触り続ける陽茉莉。 俺の賢者モードもそろそろ終わりそうなんで出来ればやめて欲しいんだけど…… 「ほ、ほら! コメディ系の映画見るんじゃなかったのか!?」 「こっちの方が面白そうだからいい」 「え、映画がチンコに負けた……!?」 あんなに映画が好きだった陽茉莉が映画よりもチンコを取るなんて…… まさか、エッチなことに目覚めたのか……? 「今日はず〜っといじらせてね♪」 「……しっかりと出させてくれるか?」 「ん〜、いいよ?」 「よーし、俺頑張ってビンビンにしちゃうぞー!」 「だけどね?」 「私の気分でいじるから、生殺しになったらごめんね♪」 「え!? そ、それは勘弁してくれ!」 「や〜だよ♪」 ああ、今日俺は何発出すことになるんだろう…… 出なくなるまでだったらしばらくエッチなことが怖くなりそうだ。 そんな不安を思いつつも、チンコから手を離さない陽茉莉を見て、無邪気な笑顔が可愛いと思ったのだった。 「ふにゃふにゃなの咥えてみてもいい?」 「お、お好きにどうぞ……」 「わーい♪」 ダメだ、今の陽茉莉に勝てる自信ないわ…… その笑顔は反則だよ…… 「はいコレ、皆原さんがこの前見たがってドキュメンタリー」 「え? 貸してくれるの? ありがとー、私録画するの忘れてて」 「一応前編と後編があるから、もし良かったら彼氏と見てねー」 「あ、あはは……彼氏と……」 「もー、ひまひまってば、付き合ってから結構経ったでしょ? まだこんなセリフ一つに恥ずかしくなってるの?」 陽茉莉と交際を開始してから一ヶ月と少し。 この間色々な進展があり、俺と陽茉莉の関係は急速に深まった。 それは当然恋人としての仲が深まったという意味で、俺と陽茉莉がどこまで進んだのかはクラスの連中は当然知るよしも無い。 「なあ、お前実際のところ皆原さんとはどこまでいったんだ?」 「ん? デートなら隣町のプールまでが最長距離だぞ?」 「ちげーよ! そんなこと聞いてるんじゃねえ」 「ほ、ほら……男女の間には色々あるだろ……? そ、その……AとかBとかCとか……」 「お前そんなこと俺に聞いてどうするんだよ」 「いや……お前でもそんなにおいしい目にあえるなら、俺もこの先少しくらい希望が持てると思って……」 「あはは、これは重傷だね。そんなに今朝振られたのが響いてるの?」 「当たり前だろ! 人の失恋を笑うんじゃねええ!!」 「大体な、もう季節は夏なんだぞ!! というか下手すりゃ夏ももう半分しかねーんだよ!!」 「な、なのにさ……俺には彼女出来なくて、こいつは毎回手ぇ繋いで彼女と登校なんて……」 そう言って目に見えていじけだす元気。 なになに? お前今日の朝告白したの……? 「結構頑張ってるんだな。今朝はどの子に告白したんだ?」 「D組の小林さん」 「顔は全然可愛くないけど、背丈と胸の大きさで選んでみた」 「お前な、そんなことばっか言ってるとマジで一生彼女出来ないぞ?」 「けっ、女持ちの言うことは違いますねえ!」 「何ですかあ? 朝から負け犬の俺に上から目線で説教ですかあー?」 「違うんだ元気。俺はあいつと付き合って気がついたんだ……」 「何をだよ」 「所謂、本物の愛ってやつだな……!」 「気になる女子に声をかけるのは別に良いが、本当に好きになっちまうと声すらかけるのに戸惑うんだ」 「おまけに二人で出かけても、無言になることなんて頻繁にある」 「でも不思議なことにそれが案外心地良いんだよな。俺たちの間に言葉はいらない……! みたいな?」 「ひぃぃ!! や、やめてくれ!! お前がそんなこと言い出すと寒気がしてくる……!!」 「そうだな、わかりやすいように今見せてやろう」 「おーい陽茉莉ー! ちょっと悪いけどこっち来てくれー」 「うんー? なにー?」 「いいからちょっとちょっと」 廊下から軽く声をかけ陽茉莉を呼ぶ。 「来たよー? どうかしたの?」 「いや、特に用事はないんだ」 「え?」 「………」 「………」 ぎゅっ。 「えへへ……」 「ああああ!! もう嫌だああああああ!! 死ぬ!! 死にたい!! 今すぐマジで死にてェェェェ!!」 いつもの癖でつい俺の手を握ってしまう陽茉莉。 最近の俺たちは言葉よりも先にまずスキンシップ。 人間、マジで相手を好きになると、どうしても言葉より先に相手に触りたくなってくる。 「あ、あの……どうしたの? 急に悲鳴なんてあげちゃって」 「い、いえ……いいんです。というか俺、今精神的介錯された気が……」 「あ、あはは……人が悪いなあ、今わざとトドメ刺さなかった?」 「失礼だな桃。俺はマジで元気のために言ってるんだぞ」 「おい元気、そろそろ目を覚ませ……!」 「お前が欲しいのは『彼女』なのか!? 誰かが彼女にさえなってくれればお前は本当にそれで良いのか!?」 「ああいいね!! もうブスだろうがクズだろうが穴さえ空いてりゃ俺はいいぜ!!」 「うわあ、引くわ……」 「いくらモテないからって、さすがにあそこまで落ちぶれたくはないわ……」 「モ、モチョッピィ……」 さすがに下品すぎる発言だったが、一瞬で周囲からひんしゅくを買う元気。 「ねえねえ、穴さえ空いてれば良いってどういうこと?」 「ん?」 「それはですね……」 丁寧にわかりやすく陽茉莉に耳打ちする。 「………ッ!!」 「そ、そんな……! 駄目だよ瀬野くん! いくらなんでもそんなこと言っちゃ……!」 「フフ、いいんですよ皆原さん。俺なんてどうせ生きてる価値のない人間なんで……」 「じ、自暴自棄になっちゃ駄目」 「諦めなければいつかきっと瀬野君にも人間の彼女が出来るよ!」 「え?」 「人間?」 「うん。そう」 「いくらなんでもちくわと結婚するなんて、さすがにそんな道を選んだらご両親から反対されるよ?」 「お前何皆原さんに変なこと吹き込んでんだ! いくらなんでもちくわはねーだろ!!」 「でもお前、穴ならなんでもいいって……」 「なるほど、ちくわフェチか……新しいね……」 「ううっ……もうちくわフェチでもなんでもいいよ。俺のことは放っておいてくれ……」 そう言って一人肩を落とす元気。 いやまてまて、俺は別に凹まそうとして話してるんじゃないんだっての。 「あー、えーっとだな。つまり俺が何を言いたいかと言うと……」 「………」 「瀬野君、彼女になってくれる人じゃなくて、本当に自分が夢中になれる人を探したらいいんじゃないかな」 「私の場合、ちょっと急すぎて最初は実感できなかったんだけど……」 「恋人と言うより、誰のそばにいると楽しいか、それが一番大事なことなんだと思うの」 「おお、久しぶりにまともなアドバイスをもらった気がする……!!」 「それじゃあ皆原さん、そんなやつ捨てて俺の方に乗り換える気はありませんか?」 「あはは、あー、それはちょっとないかな」 「ああああ畜生……!! もういい!! 俺もマジで運命の相手を見つけてやる……!!」 そう言って全力ダッシュで廊下の奥に消えていく元気。 残念だけど陽茉莉は俺の彼女だから渡せない。 あいつもやたら周りに声をかけるんじゃなくて、やっぱり自分に会う相手を見つけた方が100倍良い。 「瀬野くんって、なんか年上の彼女の方が似合う気がする」 「ああ、そうかもな」 しかもぐいぐい男を引っ張っていくような、ちょっと勝ち気なくらいのお姉さんが丁度良い。 人間誰しも相性ってものがあるし、その点俺と陽茉莉は偶然とはいえバッチリな気がした。 「さーて、今日の昼は何食うかなー」 午前中の授業が終わった後、陽茉莉たちと一緒に食堂へとやってくる。 夏休み中とはいえ、たまにこうして授業があると色々と私生活がダレなくて丁度良い。 「よーし! 私今日はラーメンとカツ丼定食にしようかなー!」 「野々村さんすごい食欲だねえ」 「あはは、なんか私今成長期くさいんだよね。どんだけ食べても全然太らなくて楽勝楽勝」 「くっ、それでその栄養が胸にいってるのか……!」 「死ねばいいのに……」 「ちょ、ちょっとあんたたち、胸の話題はやめてよ。ひまひまが聞いてたらまた機嫌悪くするでしょ?」 「……?」 「大丈夫だよ? 私もう胸の大きさなんて気にしてないから」 「え……?」 「な、なんですとぉぉ!?」 「みんなに良いこと教えてあげる。愛に胸の大きさは関係ないのっ」 「これ、恋愛豆知識ねっ!」 「お、おい陽茉莉……」 俺とのエッチを経て、どうやら俺の知らないところで色々な自信がつき始めているらしい陽茉莉。 あんまりこの手の話題で盛り上がると、確実に周囲から質問攻めに合うので個人的にはご遠慮願いたい。 「な、なんか納得出来ない。私たちのひまひまが自分の胸に何のコンプレックスも抱いていないなんて……!」 「ま、まさか……! 彼氏に自信をつけてもらったんじゃ……!」 「え……? それってどういうこと? まさか揉んでもらって大きくするとかそういう……!?」 「え、えっと……別にそういう意味で言ったわけじゃ……」 「こ、コホン……!」 「あーあー、キミたち。こんな食堂のど真ん中でそういうあぶない話題はやめにしなさい」 さっきの元気同様、絶対俺たちがどこまで言ったのか、それこそ根掘り葉掘り聞かれる空気になってくる。 「いいじゃん別に、二人がどこまで進んだのかいい加減ちょっと教えてよ」 「そうですよ? ひまひま。あなたは親友である私にそれを報告する義務がある……!」 「ええっ!? そ、そうなの!?」 「待て待て待て!! そんな話俺初耳だぞ!!」 「ほお、その慌てぶり。やはりそこそこのご経験は済ませたようですなあ……」 「え? 何? そこそこの経験って?」 「………」 「………」 「うわあ、見事に二人して赤くなってる〜」 「ええ!? かなり意外なんだけど……! 皆原さんって結構大胆!?」 「いや、あ、あの……」 (陽茉莉……! ここは赤くなるな! 少しでも動揺したらそこで終わりだぞ……!) とか言いつつ一番俺が動揺している。 な、何でだ? なんか俺、女子陣に追求されると妙にそわそわして落ち着かないんだが。 「よしみんな、とりあえず定食なりパンなり先に買って席に着きましょ」 「お楽しみはそれからゆっくり聞けば良いんだし。クックック……」 「僕もカツ丼にしよーっと」 どうも逃げられる空気じゃないので、俺も陽茉莉もそれぞれ食券を買って席に着く。 まあ冷やかされるのも交際のうちか。 さすがにヤバい話までは直球で聞いてこないだろうし、少しなら野々村の相手もしてやろうと思い立った。 「で? ひまひま。もうエッチは何回くらいしたの?」 「ご、ごほっ! けほっ! けほっ!」 いきなりかよ! 直球かよ!! 「お、おい大丈夫か? 陽茉莉」 「へ!? あ、う、うん……ちょっといきなりだったからビックリして……!」 「おい野々村、時と場所を考えろ。場合によっちゃこれ確実にセクハラだからな」 「はいはい、大の男がこれくらいで取り乱さないのー」 「大体ね、女子って集まると案外こういう話題で盛り上がるのよー?」 「ひまひまだって、彼氏が出来る前はそれはもうこの手の話には興味津々で……!」 「う、嘘つかないでよ……! むしろ苦手なの知っててそういうこと言ってくるんだから!!」 「あー、はいはい。男出来てもあんまりここらへんは変わってないのねー」 「あはは、皆原さん可愛い〜♪」 早速顔を赤くして、恥ずかしそうにその場で俯いてしまう陽茉莉。 そりゃあそうだよな、俺と二人きりのときならまだしも、こんな食堂の真ん中で猥談なんてどうかしてる。 「なるほど、エッチの話か」 「で? したの? してないの?」 「おい桃、あんまり俺の彼女にセクハラ発言はするんじゃないぞ?」 「え? 皆原さんには聞いてないよ、そっちに言ったつもりなんだけど」 桃もやたらと興味津々だ。 こいつ人間の女子には全く興味ない癖に、俺のこういう話になると妙に楽しそうに食いついてくる。 「でも実際、ちょっとくらい私には報告してくれてもよくなーい?」 「私二人が付き合うことになった経緯とか全然詳知らないし」 「親友としては、ちょっとひまひまを取られた感じで寂しくなるときがあるんですけど」 「え? あ、あはは……そうだったの?」 「そうだったのか。俺全然気がつかなかったけど」 「酷いんだよ……? 最近なんて私がメール送っても返事くるのすごく遅いし」 「おまけに、なんか付き合い悪くなって、暇なとき全然一緒に遊びに行ってくれないし……」 「ひ、酷い! ひまひまは男が出来ると平気で友達を捨てるのね……!?」 「あ、あはは……べ、別に捨てたつもりはないんですけど……」 「よし、これを機に野々村も彼氏を作ろう」 「そうすれば俺と陽茉莉も含めてダブルデートが出来るようになるぞ?」 「あ、それいいね」 「うんうん、そうしなよ智美」 「あのね、簡単に言ってくれるけど、そんなはい作りまーすって言ってすぐに出来るもんじゃないでしょ」 まあ確かにそうなんだけど。 一度ダブルデートってのも経験してみたいな。 「元気とかどうだ? あいつ口は悪くて借金癖があるけどなかなか良いところもあるぞ?」 「えー、瀬野君はちょっと無理」 「私これでも繊細な心の持ち主だから、もう少しデリカシーのある人じゃないと」 「うわあ、デリカシーの無い人がなんか言ってるー」 「なんか言った?」 「あ、あはは、いえ何でも」 でもこうして見ると陽茉莉と野々村の仲はやっぱり良い。 本当に仲の良い友達なら、陽茉莉は俺と付き合う前に野々村に相談とかしなかったんだろうか。 「………」 (でも無理か) ここにいる全員は、俺と陽茉莉が幼馴染み同士であることを知らない。 別に言っても良いんだけど、言う機会もなかったしお互いにそれを公言しないのはもはや暗黙のルールとなっている。 それを考えると、陽茉莉が野々村に恋愛相談をした線は相当薄い。 「でも実際、ちょっと気になってたんだよね」 「二人って、何がきっかけでそこまで仲良くなったの?」 「うん、それ実は私も気になってた」 「ある日突然教室に顔出して、俺たち付き合ってます宣言だったもんねー」 「うんうん、あのときは私も度肝を抜かれたわ」 「………」 まあこのタイミングなら言っちゃってもいいか。 同じ街に住んでるんだし、幼馴染みって言ってもそこまで珍しい気もしないし。 「あー、えっと」 「実は俺たちさ、この学校に入学する前から……」 「あ、あのね、いきなりデートに誘われたの……! しかもある日突然、単刀直入に!」 「へー、じゃあ案外彼氏の方から頑張ったんだ」 (ひ、陽茉莉……?) なんか俺の声をかき消すように前に出て話し始める陽茉莉。 なんだなんだ、やっぱり俺たちの関係をそのままみんなにバラすのは抵抗があるんだろうか。 「最初は映画館デートでね? チケットあるから一緒に行かないか? って誘われて……」 「ほお、ひまひまを映画で釣るなんてやりますなお主」 「実は以前から狙ってて趣味とかリサーチ済みだったとか?」 陽茉莉の趣味なんて、大きく変わってなければ簡単に説明できる。 悪いけど俺の彼女は映画とハムスターで釣れば意外といけそうなところあるし。 「さすが春に彼女作るって覚悟した甲斐があったね」 「こうして彼女と過ごす毎日は、やっぱり独り身のときと違って全然違う?」 「ああ、全然違うね」 「何より変わったのはバイト中の心境かな」 「え? バイト?」 「ああ」 「仕事中でも、次の休日は陽茉莉とどこへ行こうって自然に考えるようになったんだ」 「バイト代だって、めちゃくちゃ貯めれば旅行にだって行けるようになるかもしれないし」 「疲れた後も陽茉莉からメールが来るとマジで疲れなんて吹き飛ぶからな」 「わあ、なんかその話聞いたらちょっと羨ましくなってきたかもー」 「ねね、ひまひま。ちょっと普段どんなメール送ってるのか見せてよ」 「や、やだよ、そんなの恥ずかしくて見せられるわけないし」 「え? ただのメールなのに、そんなに恥ずかしいこと送り合ってるの?」 「ま、まさか……! カップルならではのいかがわしいメールなんて送ったり……!?」 「も、もう……! 何でそうやって話をそっち方面にもっていこうとするのー!?」 「エロいメールか。それは盲点だった。今度俺に送ってくれよ陽茉莉」 「無理です」 「あはは、彼女になってもこういうところは全然変わらないのね〜」 そのまま昼休みが終わるまで、淡々と質問攻めにあう俺と陽茉莉。 最後まで俺たちの馴れ初めは話さなかったが、その間陽茉莉は照れつつもすごく楽しそうに笑っていた。 「ねえ、今日はアルバイト何時から?」 「うーんと、確か6時からかな」 「今日は駅前で3時間だけティッシュ配るから、スタートの時間はいつもより遅いんだ」 「そっか……大変だね」 「陽茉莉はバイトとかしないのか?」 「えーっと、うちはバイト禁止だから」 「私運動神経無いし、注意力も散漫だから学生の間は勉強に集中しろって言われてて」 「へえ、陽子さんも結構厳しいところあるんだな」 「これはお母さんじゃなくてお父さんに言われたことなんだけどね」 「仕事は社会人になればいくらでも出来るんだから、今は学生の間にしか出来ないことをやれって言われてて」 「あー。そういえば俺も陽茉莉の父ちゃんから昔似たようなこと言われた気がするわ」 子供のうちは子供の頃にしか出来ないことに全力で打ち込め。 大人の世界の難しい話は、後でいくらでも悩める時間はあるんだからと確か言われた気がする。 うちは母子家庭だから、こんな感じで陽茉莉の父ちゃんから言われたことは俺の頭の中に印象深く残っていたり。 「あ、あのね、アルバイト始まる前に渡そうと思ってた物があって……」 「お、何? 愛のチュウ?」 「あはは、ちがうよ〜」 そう言って可愛くラッピングされた一つの袋を俺に手渡してくる陽茉莉。 「昨日ね、お母さんに手伝ってもらってかぼちゃのケーキ作ってみたの」 「正直かなり苦戦したんだけど、何とか食べられるレベルにはなったから……」 「え? マジで!? これ陽茉莉が作ったの?」 「うん……」 リボンをほどき、袋を開けると香ばしいかぼちゃの甘い香りが俺の鼻先をくすぐってくる。 「な、なんか感激だ……」 「彼女手作りの食べ物って、男からしたら結構憧れたりするもんだし」 「う、うん……」 「私ね? いつまでも苦手だからって料理から逃げちゃ駄目だなーって、最近思ってて……」 「私……隣にいても普段からあまり彼女らしいこと何もしてあげられてないから……」 「だ、だからその……」 「料理下手なところだけは、時間がかかってもなんとか克服しようと思って……」 陽茉莉……。 「陽茉莉ぃぃぃぃぃぃ!!」 「きゃああああああああああ!!」 「え? な、何!? どうしたのいきなり……!」 「いや、すまん。ちょっと自分の彼女の健気さに感動して……」 これを陽茉莉が俺のために作ってくれたなんて感激だ。 きっと途中で失敗して、何度も陽子さんに怒られながらチャレンジしたに違いない。 「これ、今食べても良い?」 「うん、どうぞ? ちゃんと味見はしてあるから」 陽茉莉の目の前で、早速このかぼちゃのケーキを一口食べる。 おお、美味い。 端っこが少し焦げてるけど、中はしっとりしてて甘さの加減も絶妙だ。 砂糖をたくさん入れたケーキとは違い、かぼちゃ本来の甘さがそのまま活かされているような印象を受ける。 「ど、どうかな……」 「うん、やばい。超美味しい」 「なんだったら陽茉莉も一緒に食べるか?」 「う、ううん。これは彼氏に作ったプレゼントだから、出来れば家に帰ってから全部食べて欲しい」 「ううっ……なんか嬉しすぎて涙が出てきそうだ……」 「彼女の手作り料理ってだけで嬉しいのに、一々陽茉莉の言葉が胸にしみる……」 「あ、あはは……大げだよ〜」 「でも愛情はたっぷり入ってるから、もし気に入ったのならまた挑戦して作ってきてあげるね?」 「おお! マジで!? だったらまたお願いします……!!」 「というか学校だと野々村あたりに取られそうだから、そのときはまたこうやって公園で食べようかな」 「ふふ、そうだね」 最終的には手作り弁当なんて夢のアイテムも用意していただけるんだろうか。 もしそうなるとしたら、俺ももらってばかりじゃ情けないので何かの形でお礼はしたい。 「あ、そうだ。いいことしてあげる」 「え? いいこと?」 陽茉莉がケーキを手に持って俺の口元へと寄せてくる。 「これ、一度やってみたかったの」 「はい、あーん」 おおおおおおおおおおおおお!! 「あーん!」 アホみたいにデカい口を開けてケーキを頬張る俺。 こんなことも楽しく出来るのが恋人同士の特権だ。 ケーキの味と二重になって、俺の心はマジでビックリするくらい満たされていく。 「ふふ、どう? 美味しい?」 「ああ、さっきより格段に美味くなった気がする。あーんマジックかな」 「あはは、なにそれ」 「でも、昔もこうやって似たようなことやってたよね私たち」 「確か、泥だんご作っておままごとしてたときに……」 「そういえばそんなこともあったな」 「陽茉莉が笑顔で俺の口に入れようとしてきたから、俺確か血相を変えて逃げ回ってたっけ」 「あ、あれは本気で食べさせるつもりじゃなかったもん」 「ホントか? 陽茉莉ってたまにとんでもないことするから油断出来ないんだよな」 「ぶー、なにそれー」 かなり見た目は変わったけど、この公園は昔からあったので結構陽茉莉とは遊びに来ていた。 家の近くにもっと小さい公園があったけど、お互い自転車を買ってもらってからはここまでよく足を運んでいたっけ。 「………」 「あのさ、今日ちょっと気になったんだけど」 「うん……?」 「俺たちが幼馴染みってこと、学校のみんなには内緒でいくのか?」 「たまに口が滑りそうになるからさ、だったらもうサクッと言っちゃおうみたいに思うことがあって」 「うーん……」 今日俺がそれを言おうとしたら、陽茉莉が慌てて声を被せてきたので気になっていた。 何か言いたくない事情があるなら、俺も当然無理にとは言わないけど。 「えっとね、私は……」 「出来ることなら、このままみんなには内緒にしておきたいな」 「そうなのか?」 「うん……」 「理由は考えれば色々と出てくるけど……」 「私ね、幼馴染み同士だから惚れたんだって、好きになったんだって……みんなからそんな風には思われたくないの」 「うちのお母さんも昔からそうでしょ?」 「二人とも小さい頃から仲良かったんだから、早く付き合っちゃえ〜! みたいに言ってきて……」 「そうなると私のこの気持ちは、やっぱり幼馴染みだから惹かれたものなの……?」 「って、なんかそう考えるとちょっと納得出来なくて……」 「………」 「なるほど、俺も少しその気持ちはわかるな」 小さい頃、俺は陽茉莉といると毎日当たり前のように男子にからかわれていた。 毎日一緒にいるから、夫婦だの恋人だの。 そういう話をされると恥ずかしくなった当時の俺は、その度によく周りの連中と喧嘩したっけ。 「私は、自分の意思で好きになったんだって思いたい」 「昔から、すぐそばに相手がいたから惚れたなんて、そんな悲しいこと……考えたくないし……」 「………」 「そっか」 陽茉莉の話を聞きながら、そっとその華奢な体を抱き寄せる。 「そう考えると、今の俺たちの関係ってやっぱり新鮮だよな」 「学校行ったら、幼馴染みだからじゃなくて、仲の良いカップルとして冷やかされてるわけだし」 「うん……」 「だから、私としてはこのままでいる方が、嬉しいし楽しいかなって」 なるほど、陽茉莉の気持ちは良く分かった。 学校のみんなには、あくまでただ普通のどこにでもいるカップルだと思われたい。 それは陽茉莉なりのこだわりというか意地なのか。 俺も少なからず、そんな陽茉莉の気持ちに共感する部分が強かった。 「陽茉莉……」 「あ……」 「ん……」 そのまま芝生の上で陽茉莉とキスをする。 バイトまでの少しの間、俺は今日も自分より一回り小さい彼女と幸せな時間を過ごしたのだった。 蒸し暑い夏の夜。 うまく寝つけなくてベッドの上を何度も転がっていた。 とはいえ、寝つけないのは暑さが原因ではない。 「くっそー、会いたい、超会いたい……」 陽茉莉が家族旅行に行って、えーっと……二日目? 二日ってこんなに長かったっけ? 誰か時計の針いじったんじゃね? この二日間、全然針が進まなかったんだけど。 「明日だ……明日になれば……! 早く寝るんだ、寝てしまえば明日が来る……!」 のになぜか寝つけない俺。 寝ようとすると寝つけないよな。 もうこうなってくると『寝る』じゃなくて『気絶』でもいい気がしてくる。 「くっ、ダメだ、なんだか落ち着かん! となれば……」 俺は携帯を手に取りメールボックスを開く。 開くのはもちろん、ついさっき陽茉莉から送られてきたメール。 『今、帰ってる所だよー。お土産楽しみにしててね♪』 『お母さんとツーショット! 景色が綺麗!』 メールに添付された陽茉莉とおばさんは満面の笑みを浮かべていて、すごく楽しそうだった。 「一緒にいけたら……」 思わずそう呟いてしまう。 はぁ……せめて声だけでも、声だけでも聞きたい……!! いっそ電話してみようかなーなんて思ったりもしなくはないけど…… 時間が時間だからなぁ。 「待つ身は辛い」 ポイッと携帯を枕の横に投げ捨てて仰向けになる。 「ぬぉ?! 着信?!」 まさかこのタイミングでかかってくるとは思わなかった! 「しかもこの時間、俺に電話してくる相手といえば……」 急いで起き上がり鳴り響く携帯を確認。 ディスプレイには陽茉莉の三文字。 確認するのが早いか、電話に出るのが早いか、俺はすぐに通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。 「もしもし!」 「もしもし、起きてた?」 「もちろん、まだ寝るには早いからな!」 っていうか、なんか物寂しくて寝つけなかったとは言えない。 「えへへ、よかった。私もついさっき帰ってきたところなんだ」 「おぉ、そうだったのか。お帰りなさい、旅行楽しかったか?」 「うん、楽しかったよ? いろんなとこ行けたし、お土産も買ったし」 「でも二日も会えなかったし声も聞けなかったから、家に帰ってすぐ電話しちゃった」 旅行中でも、会えないのが寂しいと思ってくれてたのか。なんか嬉しいかも…… 「そっか。実は俺もさっき電話しようかと思ってたんだよ」 「ホントに? 電話してくれてもよかったのに」 「いや、もう夜遅かったしさ、悪いかなって」 「全然大丈夫だよ。私だって声聞きたかったもん」 「なら今度からは声聞きたくなったらすぐ電話するからな」 「うん、いつでもいいよ。私だってすぐ電話しちゃうからね? 出てくれなきゃやだよ?」 「おう、どんな時だってワンコールで取ってやる」 「あはは、約束だからね?」 なんて言って電話口で陽茉莉が笑う。 「明日の朝には……会えるよね?」 「ああ、一緒に学校行こうな」 「うん、楽しみ♪」 「それじゃあ、もう遅いし明日遅刻なんて絶対したくないから、もう寝ちゃうね?」 「おう、俺も遅刻しないようにすぐ寝るよ」 「うん♪ それじゃあ、おやすみなさい」 「おやすみ、陽茉莉」 「…………」 ……よし! 寝よう! 速やかに寝よう! 携帯を切った俺はすぐに部屋の電気を消すとベッドの中に潜り込んだのだった。 「おはよう! 恭ちゃん!!」 「おはよう!」 朝から痛いくらいの熱い日差しの中を陽茉莉が満面の笑顔で駆け寄ってくる。 「おぉ! おはよう!」 「えへへ、なんか久しぶりだね♪」 「そうだな、二日しか経ってないんだけどな」 「なんか今日はいつもより早く目が覚めちゃった、なんでだと思う?」 「うーん、暑かったからか?」 「むー、違いますよーっだ。っていうか絶対わかってるでしょ!」 「あはは、俺も今日はなんか起きるの早かったからな、よくわかるよ」 「そっか、一緒だね♪」 「そうだな、一緒だ」 めちゃくちゃ嬉しそうな陽茉莉。 それが俺を嬉しくさせて抱きしめてキスしたくなる衝動をこらえる。 本当にたった二日しか離れてないんだよな? やけにこの笑顔が久しぶりに感じる。 「ほ、ほら、そろそろ行かないと遅れるし」 「うん♪」 ぎゅっと自然にお互いが手をつなぐ。 あー落ち着くなぁ……なんて思いながら、俺たちは学校へと歩き始めた。 「ねぇねぇ」 ギュッと手を握ってきながら陽茉莉が話しかけてくる。 「ん? どうした? 陽茉莉」 「今日ってさ、いつもより涼しいよね?」 「そうだな、まだ朝早いし」 「だよね? ね?」 ニコニコしながらそう言った陽茉莉がふと手を離す。 かと思うと、しっかりと俺の腕に両腕を絡めてきた。 「暑くない?」 「ぜんっぜん! 今日めちゃくちゃ涼しいからな!」 「えへへ、よかった」 「…………」 いやぁ、やっぱこうでないと!! もうなんか体温が上がりまくってて、いつも以上に暑い!! けど幸せ!! 「ぎゅーっ!」 陽茉莉が俺の腕を思い切り抱きしめる。 「……っ!」 陽茉莉の行動に思わず言葉に詰まらせる。 俺はふと後ろを振り返った。 よし、誰もいないな…… 「…………チュッ」 不意に陽茉莉の頬にキスをする。 「っ……!」 「ははは、びっくりしたか?」 「べ、別にドキドキしてなんかないし!」 「とか言って真っ赤だぞ? 陽茉莉」 「そんなことない!」 「あははは、ごまかすなごまかすな」 「うぅ……意地悪」 ぷくっと頬を膨らませた陽茉莉。 なんだろう、もうマジで幸せだ。 この時間がずっと続けばいいって本気でそう思う。 「ひーまひまぁああああっ!」 「うえ?!」 「お?」 唐突に背後から聞こえてくる野々村の声。 ぬぉおおおお! 陽茉莉が離れちゃったぁあああああ!! でもまぁ友達が来てるなら仕方ないか。 「おはよう、智美」 「はぁ、はぁ……ふぅ、おはよう、ひまひま!」 なんで全力疾走してきたんだろう、この人は。 「旅行どうだった?」 「うん、楽しかったよ」 「いいなー、私もこの夏旅行とか行きたいよ」 「野々村も出かける予定とかないのか」 「もう全然ない! って! のんびり話している場合ではない! 私急いでるんですよ!」 じゃあ何故世間話など振ってきたのか。 「日直かなんかだっけ?」 「ううん? ちょっとした用事! それじゃあ名残惜しいけど先に行くわ! またあとでね、お二方!!」 あ、また走って行った。 「相変わらず元気な奴だなぁ、野々村って」 「そうだね、いっつもあんな感じ。でも用事ってなんだったんだろう?」 「さぁ? 先生に用事でもあったんじゃないのか?」 「そっか」 それだけ言って陽茉莉が俺の腕に手を伸ばす。 「リア充死ねぇええええええええええええ!!」 「うぉ?! この声は元気?!」 「せ、瀬野くん?」 朝からアイツ元気だな! 呼ばれた方を振り返ると、そこにはスプリンター顔負けの綺麗なフォームで桜並木を駆け抜ける元気の姿が。 「朝っぱらからイチャイチャしやがって! 羨ましい! 末永く爆ぜろ! うぉおおおおおおおおお!」 絶叫に近い叫び声を上げながら元気のバカは俺たちの横を駆け抜けていった。 「あ、アイツ何がしたかったんだ?」 「さ、さぁ……? 私たち見て叫ばずにはいられなかった……とか?」 ま、まぁ元気のことだし、それが正解な気がしなくもない。 「朝からこんなに友達に会うのも珍しいね」 「そうだな、っていうかアイツ等普段は俺たちより先に登校してるのにな」 なんで今日に限ってみんな登校が遅めなのだろうか。 「まぁ、もう大丈夫じゃないか?」 「えへへ、じゃあまた腕組んで歩いても大丈……」 「元気は朝からうるさいねぇ」 「ぬぉ! 桃?!」 いつの間に!! 「す、須賀崎くん?!」 どうやら陽茉莉も気づかなかったみたいで、振り向けば桃が立っていた。 「あ、僕に気づいてなかった感じ? さっきまで元気と一緒に歩いてたんだけど」 ってことは一緒に登校していた感じなのか? 全然気づかなかった。 「すまん、あのバカに目を奪われていた」 「あはは、いいよいいよ。別に気にしないし」 そう言って笑う桃。 「まぁ、二人の邪魔しちゃってもあれだから、僕も走ろっかな。それじゃあまた後でね」 それだけ言うと桃のやつも走り去ってしまった。 「いやぁ、今日はマジでよく人に会うなぁ」 「うぅ、もう校舎が見えてきちゃってる……」 「ま、まぁまだ教室でも話せるだろうし」 「うぅ……甘えたりない……」 なんて陽茉莉が小さく呟いた。 どこか不満そうな表情をしている。 気持ちはよく分かるぞ、陽茉莉。 俺ももっとイチャイチャしたかった……!! 教室についたら絶対ゆっくり話すんだ……!! ……………… ………… …… 「もうなんなの?! 俺の何が悪いんだ!! ノリか?! ノリが悪いのか?!」 「そう言われてもなぁ」 「…………」 正面には喚き立てる元気。 隣には無言で座ったまま、あまり人目につかないように俺の制服の裾を握ってくる陽茉莉。 どこか不機嫌そうだ。 まぁカバンを置いてすぐこっちに来たもんな、陽茉莉の奴。 それだけ二人きりで話したかったんだろう、俺も同じだ。 「なんで毎回毎回一方的にメル友に切られるんだ?! 普通にメールしてるのに!!」 「いや、それはメル友に聞いてみてくれ」 「そのメル友から答えが来ないからお前に聞いてんじゃんかよおおおお!」 ですよねー。 にしても、タイミングの悪い時に相談を持ち込んできたもんだ。 ま、わざとじゃないのはわかるから邪険に扱うわけにもいかないしな。 「うぅ……」 小さく陽茉莉のうめき声が聞こえた。 「……陽茉莉はどう思う?」 「へ? わ、私?」 「そうだ! 女から見て俺ってどうなの?!」 「う、うーん、そう聞かれても……」 なんとなく陽茉莉に話しを振ってみたものの、当の陽茉莉は困り顔で首をかしげた。 「俺の何が悪いの?!」 「う、うーん……なんだろう……」 戸惑った陽茉莉はマジマジと元気の顔を見つめた後、なぜか俺の顔を見つめてきた。 「…………」 そしてニコっと笑ってごまかす陽茉莉。 超可愛い。 「ぬぉおおおおお! なんなの! なんの笑顔なの!!」 「へ?! えーっと……なんとなく」 「うわぁああああん! きっと言い出せないことなんだぁあああああ!!」 「あ、泣いた」 なんかマジ泣きしだした元気が自分の席へと帰っていった。 「私、ただ目が合ったから微笑んだだけなのに」 「アイツ勝手に誤解して泣き出したのか……」 今度なんかおごってやろう。 「でも、これでやっと二人だけでお話しでき……」 チャイムの音が鳴り響く。 もうそんな時間だったのかぁあああああ!! 「おらー、席付けー。ホームルームはじめるぞー」 「なんでこんなタイミング悪いの? 今日……」 がっくりとわかりやすいくらい肩を落とす陽茉莉さん。 「それには俺も同意だ」 「神様が意地悪してる……絶対意地悪されてる……」 「ま、まぁまぁ、そのうちきっと二人きりになれるって」 「絶対、絶対二人きりになるんだから……」 そんなことをボヤきながら陽茉莉は自分の席についてひたすらうつむいていた。 陽茉莉の言うことももっともだ、こうも二人きりになれないと俄然二人きりになりたくなる……! 大丈夫、絶対二人きりになるチャンスはあるはずだ……! 昼休み。 中庭の木陰にあるベンチで肩を並べ購買で買ってきたパンを食べる俺と陽茉莉。 「やっと二人きりになれたな」 そう、これまでまったく二人の時間がなかったわけだ。 まさかここまでタイミングが合わないとは…… 「本当だね、でもやっと静かに過ごせるよ?」 優しく微笑む陽茉莉の姿に思わずドキッとする。 そう、やっと俺たちは二人だけの時間を勝ち取ったんだ! 「そのパン美味しそうだね」 「一口食べるか?」 「うん!」 「はい、どうぞ」 と、一口分パンをちぎって手渡そうとすると、陽茉莉はムスーッとした表情を浮かべた。 「んー!」 ぷいっとそっぽを向いて受け取るのを拒否。 「あれ? いらないのか?」 「あーんしてくれないとヤダ」 あー、なるほどな。 「だって食べさせて欲しいんだもん」 「仕方ないなぁ」 俺は、さっきちぎったパンを陽茉莉の顔の前に持っていく。 「はい、あーん」 「あーん……パクっ」 ハムっ、とパンに食いつく陽茉莉。 小鳥みたいでなんだか可愛いらしい。 やばい……抱きしめたい…… 「どうだ? 美味しいか?」 「うん! 美味しい!」 「じゃあさ、陽茉莉のパンももらっていいか?」 「いいよ、特別にあげちゃう」 いたずらっぽく笑いながら陽茉莉はパンをちぎる。 「はい、あーん……」 「あーん……」 あー、俺今めちゃくちゃ幸…… 「ひまひま! みーつけた!」 「あぁん! もう!」 「なんと!!」 いつの間に現れたのか、近くに野々村とクラスメイトの女子数名が立っていた。 (すげぇな、今日! なんなの厄日?! 二人きりにさせてくれぇえええ!) 「あのさぁ、なんかこの子達がひまひまに恋愛相談したいらしくてさー」 「皆原さん彼氏いるじゃん? きっとアドバイスしてくれると思ってー」 「えーっと……い、今じゃないとダメかな?」 「…………」 頬がピクピクしてるぞ、陽茉莉。 なんか笑顔も引きつってるし。 「だって、昼休みくらいしか長い休みないじゃん」 「で、でもさぁ……私だって一緒に過ごしたい人がゴニョゴニョ……」 消え入りそうな声で何やら文句を言いだす陽茉莉。 「放課後は彼氏さんと一緒に出かけたりするかもしれないし」 「そ、それもそうだね、うん、じゃあ相談に乗るから早く解決しちゃおう?」 おー、陽茉莉が人を急かしている。 頑張れ、陽茉莉……! 俺たちのお昼休みは陽茉莉にかかっている!! 「それがね……?」 そうして女子が悩みを話しだすわけだが…… 一度話しが始まれば、そこはさすが陽茉莉。 持ち前の人の良さを発揮して真剣に相談に乗り、気づけば昼休みも終わってしまうのだった。 やっと……! やっと放課後ですよ……!! なんであれからもまったく一緒に入れる時間がなかったのか。珍しいぞ、こんな日も。 とはいえ、もう気にする必要はないわけで…… 「恭ちゃん! 帰ろう! すぐ帰ろう!」 「ねえ、帰ろう! すぐ帰ろう!」 「あぁ、そうだな、それがいい気がする」 陽茉莉に早く早くと急かされながら俺も帰り支度を急いで済ます。 マジで急いだ方がいい気がするもんな。 でないと、次は一体誰が訪ねてくるかわからないんだし。 「よし、準備できたぞ!」 「なら、帰ろう! 急いだほうがいいもんね!」 手を取り合って、急いで教室から飛び出そうとする俺たち。 この教室の扉さえ出てしまえば……! 「お、二人共いいところに」 そこにはジャスティスが立っていた。 「ほらぁっ!」 「いや、これは仕方ないって」 と、思わず苦笑する。 誰が扉を開けたら担任に止められると予想できるんだよ。 こればっかりは仕方ない。っていうか、もう諦めざるを得ない。 「えーっと、どうかしたんですか?」 「おう、ちょっと頼みたいことがあってな」 「…………」 「今度全校集会で使う資料をクラスの人数分だけホチキスでまとめてくれないか?」 「あーまぁそれくらいなら……」 「大丈夫ですけど……」 なんかもう不機嫌さを隠しきれなくなってるな。 「おぉ、すまんな! そんなに時間はかからないと思うから終わったら職員室まで持ってきてくれ。それじゃあ頼んだぞ」 そう言ってジャスティスは大量のプリントを俺に渡すと颯爽と立ち去ってしまった。 この量を済ませるのか。結構かかりそうだな…… 「……厄日だ。厄日なんだ」 「ま、まぁこんな日もあるって、ほら、二人で話しながらやっちまおうぜ」 「……うん、そうだね! 二人で話しながらならきっと楽しい」 「あ、私たちも手伝うよ、それー」 「どうせ暇だしねー」 「…………」 「あ、あぁ……」 手助けしてくれるのは助かるけども、なんていうかタイミングが悪い。 「大丈夫、二人で大丈夫」 「いいからいいから、みんなでやれば早く終わるんだしさ!」 「…………」 実際それは正論なわけで、せっかくの好意を無碍にするわけにもいかない。 それは陽茉莉もわかってるだろう。 「じゃ、じゃあ手伝ってもらってさっさと帰ろうぜ、な、陽茉莉」 「…………」 ただコクリと頷く陽茉莉。 ダメだ! 完全に不機嫌モードになっていらっしゃる!! と、とにかく早く終わらせよう……!! 「さ、さぁ陽茉莉。さっさと終わらせようぜ」 「うん……」 こうして不機嫌陽茉莉と女子多数に囲まれ流れ作業でプリントをまとめていく。 その間、キャッキャと俺と陽茉莉のことを聞いてきたり、恋愛話したりする女性陣。 「……そだね」 なんかもう不機嫌なことをアピールしてるよな。 まったく感情を隠しきれなくなってるよ。 「…………」 ……ん? なんか陽茉莉がこっちの方を…… 「…………」 ほら、また…… 「…………」 なるほど、そういうことか。 わかるよ、俺だってもう二人きりになりたくて仕方ないんだ…… となれば…… 「あ、そうだ!」 「…………?」 「え? なになに?」 「すまん! ここ任せてもいいか? そういやジャスティスに運んでほしいものがあるって頼まれてたんだ!」 「そうなの?」 「そうなんだよ、プリント置いたら先に来て欲しいって言われてたんだ! な、陽茉莉!」 「う、うん! 忘れてた!」 「つーわけだ、すまん! ちょっと行ってくる!」 俺は周りの返事を聞く前に陽茉莉の手を取って歩き出す。 「あーい、いってらー」 よかった、すんなり信じてくれた。 これで陽茉莉を連れ出せる!! 「……ありがとう」 陽茉莉はポツリと俺にだけ聞こえるように呟いた。 それに答えず、俺はただ陽茉莉の手を強く握った。 ……………… ………… …… もうこの部屋でいいだろう! 人のいないテキトーな教室に飛び込んで中から鍵をかける。 これでもう誰にも邪魔はされないはずだ! 「やっと二人きりになれた……っ?!」 「ちゅっ……んっ……!」 ふぅと一息つこうとした瞬間だった、突然抱きついてきた陽茉莉に唇を奪われる。 「んふぅ……ちゅっ……ちゅぱっ……」 口の中へと入ってくる陽茉莉の舌。 それに応えるみたいに俺も舌を絡めていく。 いつも以上に激しく舌を絡め合う。 陽茉莉の舌が俺の中でうねうねと動き回る。 「んっ……! ……んんっ!」 朝からずっと二人きりになりたかった。 そんな気持ちが伝わってくる。 激しく求めてくる陽茉莉に俺の呼吸も荒くなる。 「んんんっ! んぁっ!」 制服の上から激しく陽茉莉の胸を掴んで揉みしだく。 「んちゅっ……っはぁ! んっ!」 キスをしながら何度も何度も陽茉莉の胸の感触を味わう。 「んふぅ……んんっ! ちゅぱっ……はぁ……」 ギュッと力強く抱きしめる。 陽茉莉が欲しくて欲しくてたまらなくなってくる。 「っはぁ……」 息苦しくなるまでキスを続けた俺たちはやっと顔を離す。 そして俺の首元に顔を埋める陽茉莉。 「はぁ……はぁ……」 熱い吐息が俺の首をくすぐる度にぞわぞわとした感触が背中を走る。 俺の太ももに足を絡めてくる陽茉莉。 心なしか太ももに熱を感じる。 「私……もう……」 潤んだ瞳で俺をまっすぐに見つめてくる。 「あぁ、俺も……」 同じように完全にスイッチの入っている俺はまた陽茉莉の胸をまさぐりながら唇を吸う。 「んんっ……っはぁ……ちゅっ、んっ」 ブラウスのボタンを外し、制服の中に手を入れ陽茉莉の胸を揉む。 「んんぅっ、んっ、ちゅ……はぁ……」 「ねえ、もう我慢出来ないよぅ……」 「俺だって……」 出来る事なら今すぐにでも挿れたい。 多分十分過ぎるほど陽茉莉も濡れているかもしれないけど、前戯は必要だろう。 「陽茉莉、俺が仰向けになるから俺の顔にまたがってくれないか?」 「えっ!? そ、そんなの恥ずかしいよ……」 「陽茉莉のことめいっぱい気持ち良くするからさ……」 「わ、わかった……」 「いやー、久しぶりに会えたからってあれだけ激しくやると気持ちいいな!」 「ね♪ 私今すっごい幸せ♪」 日が傾き、幾分か涼しくなった風に木々の葉が揺らされる。 あのあとプリントを手伝ってくれた女子達とも合流して、無事資料作成も終わらせた。 俺たちは長く伸びた二人分の影を眺めながら帰り道を歩く。 「でも、今日は変な一日だったね」 陽茉莉が笑ってそう言った。 「本当だよなぁ、まさかあそこまで邪魔が入るとは」 「すごい一日だったね、二人きりになりたかったのにこんなことになるなんて」 「タイミングがいいというか、悪いというか」 「でも、私たちも私たちかなーって今になって思ったりするんだ」 「ん? というと?」 「だって、二日会えなかっただけでこんなに寂しくなるんだよ?」 「あーたしかにな、俺もまさか二日がこんなに長いものだとは思いもしなかったよ」 「うん、私も。二日ってあっという間だと思ってたのに、顔見れないだけですごく長く感じた」 「メールくれるのは嬉しかったけど、それだけじゃ寂しさって紛らわせないな」 「あはは、私も。ホント、お互いダメねぇ……」 「あはは、でもそれだけお互い好きだってことなんだろ? いいじゃないか」 「……うん、それもそっか」 「そうそう」 ギュッと俺の手を握ってくる陽茉莉。 「私、一日会えないだけでもダメなくらい好きだよ」 「俺だって同じさ、毎日一緒にいたいくらい好きだ」 「あ、ズルい! 私だって同じくらい好き!」 「あぁ、知ってるぞ? 何を今更」 「うー……意地悪」 幸せそうに笑う陽茉莉。 その笑顔を見て、胸が締め付けられるような感覚を覚える。 「えへへ、大好きだよ」 「あぁ、俺も大好きだ」 陽茉莉は手をつなぐのをやめてギュッと俺の腕を抱きしめる。 こうして寄り添いながら俺たちは夕暮れに染まる桜並木をゆっくりと歩いて行った。 「お疲れ様でしたー! また次もお願いしまーす!!」 「次は来週の金曜日な! よろしく頼む!」 「了解でーす!」 今日は朝の8時から、かれこれ6時間ほどバイトをしていた俺。 オフィス移転の手伝いは、大人数でやる分仕事も分散されるので案外楽だった。 さてさて、今日はまだ時間もあるし。 さっきメール送ったからそろそろ陽茉莉のやつが…… 「お疲れ様、はいジュース」 「おお陽茉莉、早かったな」 「えへへ、今日はお母さんと駅前まで買い物に出てたから」 「それよりここからずっと見てたよ? 仕事してるときの顔、すごくカッコ良かった」 「や、やめてくれ、見てたのかよ」 「うん。30分くらいかな? すごく大きな机運んでたね」 「ああ、それから業務用のロッカーもな」 「現場はエアコンも効いてたから、今日は思ったりより楽だったよ」 6時間拘束。 休憩は20分を一度挟み、これで日当7500円は美味しい。 「今日みたいな事務所移転の仕事は楽なんだ。俺以外にもたくさんスタッフがいただろ?」 「うん、おじさんも若い人もいっぱいいたね」 「オフィス移転は物が多いから、こうやって今日みたいに大勢で一気に片付けるんだ」 「基本的に重い物や高価な機械なんかは、全部社員の人たちがやってくれるから楽なもんだよ」 「でも本当にすごいと思ったよ? 大きなホワイトボード持って、裏の階段すごい早さで降りていったでしょ?」 「私だったら重くて持てないし、それにたぶんそんなマネしたら絶対転ぶ自信あるし……」 「な、なんだ、裏の路地からも見てたのか?」 「うん、どこにいるのかなーって、移動してるときもずっと追いかけてた」 「はは、俺の彼女は暇人だな」 「どうりで途中から誰かの視線を感じると思った」 少し足が疲れたので、近くにある花壇の縁に腰掛ける。 相変わらずこの通りは人通りが多く、今日はカップルよりも家族連れの姿が多い。 「あーあ、私もアルバイトしたいなー」 「何事も経験しないと成長できないんだから、一度くらいやらせてくれても良いと思うんだけど」 「はは、でも絶対陽子さん反対するんだろ?」 「あ、あんたがバイト!?」 「そんなの無理に決まってるじゃない……! 仕事先に迷惑をかけるのがオチよ……!?」 「……って、いつものあの調子で絶対言いそう」 「うっ……否定できない……」 「というか一字一句完璧に同じ事言いそう、私のお母さん」 陽茉莉からもらったジュースに口を付ける。 この大通りも含めて、本当にここ数年でこの街は大きく変わった。 今じゃデートスポットだショッピングの中心街だなんて言われてるけど…… ここも昔は、小さな川と大きなグラウンドがあっただけの場所だったのに。 「ねえ……本当に私にも出来るアルバイトって、ないかな……」 「うん?」 「本当に探す気なら、いくつかバイト先紹介してやれるぞ?」 「え!? わ、私さっきみたいな仕事は無理だよ? ホントに階段から落ちちゃいそうだし……」 「ははっ、違う仕事に決まってるだろ」 「力仕事なんて基本的に男がするものだからな、陽茉莉はもっと自分のタイプに合った仕事の方が良い」 「うん、それが理想なんだけど」 「そうだなあ……」 「ショッピングモールの方だと。雑貨屋のスタッフとか今募集してるぞ?」 「雑貨屋かあ……」 「俺、そこの店長と仲良いんだ」 「仕事には厳しいけどいい人だし、きっと陽茉莉もバリバリこき使ってもらえると思うぞ?」 「あはは、雑貨屋でこき使われるって、あんまり想像できないんだけど」 ふふふ、雑貨店は品の種類も数も多い場所だと大変だぞ? 文房具なんかも含めると、細かいアイテムがいっぱいで管理も面倒になるし。 どんなに安い商品でも、数が合わないと店もうるさいから結構神経も使ったりする。 「そうだ、映画館とかアルバイト募集してないかな?」 「無理だって。陽茉莉じゃ女優にはなれないと思う」 「あの、誰も女優なんて言ってないでしょ。映画館のスタッフだよスタッフ」 「掃除係でも良いんだけどな。なんだかちょっと面白そうだし」 「劇場の物販コーナーとか、陽茉莉と相性良いかもな」 「パンフレットとかグッズ買うとき、お客から質問されてもきっと陽茉莉なら楽勝で答えられるだろ?」 「うん、もちろんっ」 「と、言いたいところだけど、趣味と仕事って混ぜてもしっかり出来るのかなあ……」 そう言ってここから映画館をじっと見つめる陽茉莉。 でも珍しいな、陽茉莉がここまでバイトに興味を示すなんて。 「どうしたんだ? そろそろ小遣いがピンチになって来たとか?」 「うっ……!」 「な、なんでわかるの……?」 「だって、陽茉莉がバイトの話なんてするの珍しいから」 それにこいつ、趣味に結構お金使ってそうだしな。 実際俺と付き合うようになってからも出費は増えただろうし。 自由に小遣いだけで遊ぼうと思ったら、結構節約なりなんなりしないと厳しいはず。 「………」 「えいっ……!!」 「うぉっ!?」 「きゅ、急にどうしたんだ。俺今汗臭いから抱きつかない方が良いぞ?」 「ううん。いいの」 「彼氏の汗なら全然嫌じゃない」 「驚いた、俺の彼女は汗フェチだったのか……」 「ち、ちがうけど……でも何となくわからない? そういうの……」 「ま、わかるけどね」 「俺陽茉莉の分泌液なら何でも好きだから」 「ちょ、ちょっと……! こんなところで変なこと言うのやめてよぉっ……!」 「え? 俺も汗の話をしただけだぞ?」 「……!」 「おやおや〜? 一体陽茉莉さんは今何を想像してたのかな〜?」 「ううっ……いじわる……」 「もう知らない。ふんだ……!」 そう言って俺にそっぽを向く陽茉莉。 うーん、やっぱり陽茉莉はこうでなくちゃ。 俺はこいつの笑顔の次くらいに、こうして怒っている顔が好きなのかもしれない。 「ほらほら、ヘソ曲げてないでメシでも食いに行こうぜ? お腹空いてないか?」 「ホタテ。あと明太子が食べたい」 おやじか。 「もう、真面目にアルバイト探すのやめる」 「彼氏の性格が悪いから」 「おいおい何だよ突然。バイトと陽茉莉の分泌液は関係ないだろ」 「ううっ……だからその表現やめてよぉぉ……!」 「あはは……!」 エッチしてもこうして純情な俺の彼女。 この反応が見たいから、俺はいつも下ネタを振る。 「わ、私ね……? 自分でアルバイトして、それでお金貯めたら……」 「りょ、旅行に行きたいの……」 「ほお、旅行か」 「どこに? 誰と?」 「もう、彼氏と一緒に行くに決まってるでしょ?」 「私一度、ヨーロッパに行ってみたいの」 「ドイツのローテンブルクって知ってる? 建物も街の通りもすごくデザインが可愛くて……」 「映画見るとき、いつもそんな場所を好きな人と一度歩いてみたいなって、ずっと考えてたの」 「で、でもまさか自分にいきなり彼氏が出来るなんて、そのときは思っても見なかったけど」 「………」 俺と付き合う以前は、ずっと自分の世界というか趣味を大事にしてきた陽茉莉。 そんな陽茉莉が、恋愛に関してそんな意外な憧れがあったとは。 普段は恥ずかしいとか言ってあんまり言ってくれないけど、なるほどこれは彼氏としていつかは叶えてやりたくなる夢だな。 「よし! ドイツへ行こう! そのローテンなんちゃらに!」 「もう、ローテンブルクだってば〜!」 「はむっ……!」 「おお!?」 久しぶりに陽茉莉に噛まれる。 うん、懐かしい。 俺はこういうの、嫌いじゃない。 「これ、愛情表現なんだろ?」 「ひょうだよ?」 「じゃあ俺も陽茉莉を噛んでも良いってことだよな? それも愛情表現なら」 「だ、駄目。絶対エッチなことしそうだから」 少しは彼氏を信じなさい。 「彼氏からの愛情は、キスが最もわかりやすくて安心します」 「じゃあ良いの? 今ここでキスして」 「………」 「す、少しなら……」 許可をもらったので早速やる。 「陽茉莉」 「ん……」 「ちゅ……」 「やばいな、昼間から堂々とチュウなんて、俺の人生も本当に捨てたもんじゃない」 「ふふ、何その感想」 「もう、少しはキスの余韻に浸ったりしたら〜?」 「浸ったら浸ったでキモいとか言ってきそうじゃん陽茉莉」 「ついに……」 「ついにこのときがやって来たのね……!!」 「え?」 「陽茉莉ーー!! 何よ何よ!! 付き合うことになったんなら、ちゃんと私に報告しなさいよね!?」 「お、お母さん!?」 「ええっ!?」 確実にキスしたところを見られた俺たち。 ま、待ってくれ、これから陽茉莉と遊ぶ気だったのにこの流れは絶対にまずい。 「二人ともいつから付き合い始めたの……!?」 「これは今すぐ根掘り葉掘り聞きたいところね……」 「う、ううっ……最悪、バレるの早すぎだよぉぉ……」 「しょうがない。バレたら色々諦めて洗いざらい吐こう」 「ささ、二人ともお昼まだでしょ? うちに来て一緒に食べちゃいなさい」 そのまま陽茉莉の家に連行される俺。 道中陽子さんの目は輝きっぱなしで、逆に陽茉莉の目は明らかに死んでいるのだった。 「はいお待たせ、皆原陽子特製愛情たっぷりチャーハンよ? 熱いから気をつけて食べてね?」 「ど、どうもありがとうございます」 「それでそれで? 一体いつから付き合ってるの? 告白したのはどっち?」 「お、お母さん……!?」 「も、もぐっ……もぐもぐ……! わ、私たちのことは……もぐっ、別にどうだって良いでしょ!?」 陽茉莉。お前は食うか喋るかどっちかにしろ。 「まったく、この子ってば……」 「一応これでもねえ、私はあんたのこと心配してたんだからね?」 「し、心配って、娘の恋愛に一々心配されてもこっちは反応に困るんですけど……」 俺もよく母ちゃんに似たようなことを言われるので、今の陽茉莉の気持ちはよく分かる。 自分の恋愛なんて自分にしかどうにか出来ないわけだし、それをこうやって心配されても何だか反応に困ってしまう。 「ふふ、でも本当にビックリだわ。うちの娘もなかなかやるわね〜」 「それで? どっちから先に告白したの? 陽茉莉? それともあなた?」 「陽茉莉です」 「ちょ、ちょっと変な嘘つかないでよ……!」 「こ、告白は……そ、そっちが……」 「はいはい、一々こんなことで赤くならないの」 「最近どうもおかしいと思ってたのよね〜」 「出かけて来る〜! とか言って、何の相談も無しに友達の家に泊まるとか言って来たり」 「この間旅行に行ったときだって、あんたずっとケータイばっかり気にしてたから……」 「あはは、そうだったんですか」 「そうなのよ。私が何を話しても旅行中はずーっと上の空で……」 「ううっ……」 「い、良いでしょ別に。彼氏が出来たら私だって普通にそうなりますぅー」 「それで? 陽茉莉そちらのお宅に泊まったの? だったらごめんなさい? うちの子すんごくわがままだったでしょ?」 「ええ超わがままですね」 「でもそんなところが可愛くて仕方がないんですけど」 「あ、あはは……なんか喜んでいいのか怒って良いのか複雑な気分……」 そう言ってチャーハンを大人しく食べる陽茉莉。 もう陽子さんにバレたことで色々と諦めがついたらしい。 「最近あんた、外へ行くときはちゃんとオシャレしていくものねえ」 「今思えば、そのとき気づかなかった私もどうかしていたわ……」 それからまさに根掘り葉掘り俺たちの進展や、付き合うまでの馴れ初めを聞いてくる陽子さん。 なるべくエッチの話には触れないように、巧みにあぶない橋を回避して順番に説明していく。 「う、うちの子が、本当に学校ではベタベタ甘えてるの……?」 「ええ、そりゃあもうすごいですよ」 「そ、そんなことないもん」 「俺の隣の席にいた柊って子も、途中で耐えられなくなって陽茉莉と席を交換したくらいですから」 「まあ……!」 「あんたね、余所の子にあんまり迷惑をかけるんじゃないの」 「彼氏も友達もしっかり大事にするのが、皆原家の家訓なんだからね?」 「あの、そんな家訓があるなんて初めて聞いたんですけど」 俺もせっかくなのでチャーハンをバッチリいただく。 おお美味い。 うちのチャーハンよりタマネギが多めで、でもパラッと炒めてある。 「ごちそうさまでした」 「ほら行こう? ここにいるといつまでもお母さんの質問攻めにあっちゃう」 「あらこの子ってば、母親の前で彼を部屋に連れ込むなんて良い度胸してるじゃない」 「へ、変な意味に捉えないでよ……!」 「いいのよ〜? 私は別に」 「何だったら今から空気を読んで外に出かけてあげましょうか?」 「その方があなたたちもゆっくり出来るでしょ〜?」 おおっ! それは良い提案だ! ここは是非とも……! 「余計なお世話です。お母さんも普通にしてて?」 「私に恋人が出来たからって、変に気を遣われるとこっちが困るから」 「はいはい」 「それじゃあ後でお菓子用意するから、またお腹減ったら出てきなさい」 「はーい」 「あ、俺もチャーハンご馳走様でした。美味しかったです」 「はい、お粗末様でした」 「もう……お母さんてば……」 「この手の話になるとすぐに大はしゃぎするんだから」 「はは、でもいいじゃん。交際を反対されるよりかは」 「うん、それはそうなんだけど……」 「よう、お前たち元気かー?」 陽茉莉のハムスターたちにあいさつをする。 あれ、こいつらテンション低いな。 ハムスターって確か夜行性だったっけ? 「………」 「あ、あの……」 「うん?」 「くっついても、良い……?」 「駄目」 「………」 「………」 「い、いいもん……! もう一人でふて寝するから……! ハムちゃんズとイチャイチャしてれば?」 「はは、嘘だって」 「ほら、こっちにこいよ」 「うん……」 陽茉莉が正面から俺に抱きついてくる。 外にいたときからずっと俺に甘えたかったのか、そのままじっと俺を見つめる。 「………」 「えへへ……」 「な、なんだよ。急にニコニコして」 「嬉しいからニコニコしてるの。悪い?」 「はは、お前ってホントにそういうところ可愛いよな」 無駄に頬をぷにぷにしてやる。 陽茉莉のここは、昔から指でつっつくと柔らかくて気持ちが良い。 「でも小さかった頃は、陽茉莉がいきなりニコ〜って笑うと俺少しビビってたな」 「えー? なんで?」 「だってそういうときに限って、お前ロクでもないことばっかりしてただろ?」 「例えば……」 「えへへへへ〜」 「な、なんだよ。急にどうしたんだよ」 「問題です!」 「私の右手と左手」 「どっちにカマキリが入っているでしょーかっ!」 「ええ!? おいカマキリ握りしめるな!! お前それ絶対潰してるだろ!!」 「制限時間は10秒です」 「10秒じゃねぇぇぇぇ!! 早くカマキリを解放してやれぇぇぇぇ!!」 「えー、私絶対にそんなことしてないよ……」 「してたしてた。お前めっちゃしてた」 「後はそうだな……」 「確か公園で鬼ごっこしてたときも……」 「お、おい……! 何で陽茉莉までこっちに来るんだよ!!」 「鬼から守ってあげようと思って」 「いや意味わかんねーから!! お前がいると即行で鬼こっちに来るから勘弁してくれ……!!」 「大丈夫。この水風船爆弾があるから、鬼が来てもイチコロだよ?」 「鬼ごっこで鬼撃退してどうすんだよ! それお前絶対反則だぞ!?」 「そんなに慌てなくても大丈夫だよ」 「私がちゃーんと守ってあげるから」 「逆だ逆! いつも俺の方が陽茉莉を守ってるの!!」 「今思えば、陽茉莉っていつも俺の後ろにくっついて来てたよな」 「あのときはトイレにまで着いてくる勢いだっただろ」 「う、嘘だよ。さすがにそれはないよ」 うん、まあトイレは嘘だけど。 「おかげで俺、お前と常に一緒にいる感じだったから、当時は男子にめちゃくちゃ言われてたな」 「いつ結婚するんだとか、キスしたのはいつだとか」 「ま、それが今じゃ本当に付き合ってるんだもんな。やっぱり人生ってやつは何が起こるかわからないもんだ」 「………」 「今も、私がくっついてたら迷惑……?」 「え?」 「はは、そんなわけないだろ。嫌だったら今頃こんなところにいないって」 陽茉莉を軽く抱き寄せる。 「もう今じゃ、陽茉莉が隣にいないと落ち着かないくらいだからな」 「夜寝るときだって、お前からもらったメール、読み返してから寝るようにしてる」 「あ、あはは……」 「それは嬉しいけど、ちょっと人には知られたくないくらい恥ずかしいね……」 「………」 「まあでも、それくらい俺は、陽茉莉無しじゃやっていけない」 「それくらい誰かさんに夢中になってるってことかな」 「………」 「嬉しいな……」 「そう言ってもらえて……」 「ん……」 「ちゅ……」 もう何度したかわからないキスを交わす俺たち。 今こうして、当たり前のように二人の時間を過ごせることに…… 俺は今更ながら神様に感謝したい気持ちでいた。 「すーっ……すーっ……」 「………」 しばらくして、いつの間にか俺の横で寝息を立てている陽茉莉。 タオルケットをかけてやり、俺は何となく陽茉莉の部屋の中を見渡す。 机や柱についている細かい傷も、二人で描いたらくがきもそのまま残っている彼女の部屋。 街の景色は大きく変わってしまっても、この部屋だけは俺たちが子供の頃から何一つ変わっちゃいなかった。 「………」 (しかしホントに映画が多いな。冊子やパンフレットもかなり多くて……) 「ん……?」 棚から一冊のノートを落としてしまう。 なんだこれ……? 「うぉぉ! 超懐かしい……!!」 数年ぶりに見た、俺と陽茉莉の交換ノート。 俺はサボりがちだったので、陽茉莉はいつも2ページ。 逆に俺は毎回1ページしか書かなくて陽茉莉からブーブー言われてたっけ。 「7月10日。今日の給食はグリーンピースご飯にニンジン入りの野菜スープ」 「ご飯に牛乳ってだけでも怒りたくなるのに、今日のこの組み合わせはまさに地獄……と」 「はは、やっぱり陽茉莉は文字より絵の方が多いな」 それに対して俺のページはといえば、微妙にやる気がなさそうに汚い字で色々書かれていた。 「すげぇアホだ。俺ゲームの攻略法なんて交換ノートに書いてやがる」 そりゃ陽茉莉も怒って当然か。 でもたまにちゃんと書いてるみたいだし、あの頃ノートを陽茉莉に急かされてた記憶がよみがえってくる。 (結局俺、最後は飽きて何となくやめちゃったんだよな……) 一番新しいノートを探す。 日付なんて覚えてないけど、俺が最後に書いたページが少し気になる。 (あったあった。これだ……) 「………」 「最後もゲームの話しか書いてねえ……」 我ながら昔の俺には呆れてくる。 まあ根っからのゲームっ子だったからな。 これも一番自然な日記だと思えば納得もいく。 「あいつ、俺がやめたあともちょくちょく書いてたんだな」 俺が最後に書いた日以降。 交換ノートというよりは、陽茉莉自身のメモ書きというか、ちょっとした日記が綴られている。 やっぱり俺より字は綺麗で、こうして見ても陽茉莉の文は十分に読みやすい。 「ん……?」 ノートの間に、一枚の紙が挟まっていた。 (なっ……!!) 「こ、これは……」 ヤバい、超恥ずかしい。 これ、陽茉莉が書いた俺へのラブレターだ。 ご丁寧に好きの文字だけカラーペンで線が引いてある。 「………」 (読んでも怒られないよな……?) 宛先は俺になっているし。 陽茉莉の初恋の相手が、俺だということも思い出す。 『3月15日』 『いよいよ私たち、卒業しちゃうね』 『新しいマンションはどうですか? 引っ越してから少し経つけど、寂しくなったりしていませんか?』 『私のお母さんはずっと寂しい寂しいって言ってます。私も、今こうして見るとちょっとやっぱり寂しいかな』 『来月からは学校、別々になっちゃうけど……』 『お互いにいっぱい新しい友達、出来ると良いよね』 『今日は、卒業する前にずっと言おうか迷ってたんだけど、こうして手紙に書いて送ります』 『私、ずっとあなたのことが好きでした』 『この気持ちにハッキリと気づいたのは、去年の社会科見学が終わった後のことです』 『みんなから、いっぱい冷やかされたこともあったけど……』 『やっぱり私……あなたのことが大好きです』 「………」 手紙はもう一枚挟まっていた。 これは続きか……? 紙が少し違うけど。 『あと、一つだけどうしても謝りたいことがあります』 『今までずっと、甘えてばっかりでごめんなさい』 『学校でいつも私が隣にいたんじゃ、当然男子から色々言われるよね』 『私、すごく今まで無神経だった。昔からずっと一緒にいたからって、男子側の都合も考えなきゃ駄目だよね』 『でも、最後の球技大会のときは、本当にカッコ良く見えてやっぱり私好きなんだあって改めて思った』 『私、もう足引っ張りたくない』 『だから新しい学校へ行ったら、いっぱい男子の友達作ってね?』 『私も、卒業を機会にちょっと幼馴染み離れをしようと思います』 『……なんちゃって、たぶんこれ、渡すつもりなんてないのにね』 『どうか楽しい学校生活を送って下さい。私もいっぱい友達が作れるように頑張ります』 『それじゃ』 「………」 足を引っ張りたくないって何だ。 好きなら本当に、卒業前に言えば良かったのに…… 「すーっ、すーっ……」 陽茉莉の寝顔を眺めながら思い出す。 俺は昔から、確かに陽茉莉と一緒にいることが多かった。 学校も、最初は2クラスしかなかったから、基本的にずっと同じクラスだったし。 昼休みも放課後も、ずっと陽茉莉が俺のところへやってくるので一緒に遊んだ。 小さかった頃はシール集めになわとびに交換ノート。 陽茉莉と一緒に遊ぶことで、俺は学校では女子グループと遊ぶ機会の方が多かった。 登下校も基本的に女子と一緒。 たまに男子達からサッカーに誘われたとき以外は、基本的に俺の生活はそんな感じだった。 同じ教室で、男女一緒に着替えるようなあの頃。 異性に対する関心が薄かった俺たちは、そんな感じで毎日学校生活を送っていた。 でも、高学年になり、体も段々成長してくると話は変わった。 俺が陽茉莉といつものように教室で話をしていると、なぜかそれだけで男子から嫌われた。 それまで冷やかされることはあっても、明らかに拒絶されたことはなかった。 昼休みも、自分からサッカーをやりたいと言っても仲間外れにされた。 いつも女子とばかり遊んでいた俺は、気づかないうちに周りの環境から取り残されたのだった。 ついたあだ名は、女子の友達しかいない『オンナ男』 陽茉莉が俺と遊ぼうとすれば、その度に俺は男子達から色々言われた。 当然俺は、それが嫌だったし恥ずかしかった。 女子と遊んで笑われるより、俺もみんなと一緒にサッカーやドッヂボールをして遊びたい。 それから俺は、段々と陽茉莉と遊ばなくなっていった。 必然的に会話も減り、休日も陽茉莉と遊ぶことはなく、公園で一日中男子のみんなと遊ぶ日々。 あの頃見た、陽茉莉のすごく寂しそうな顔は今でもよく覚えている。 今思えば、俺は本当に陽茉莉にかわいそうなことをした。 こんな俺を好きでいてくれたなんて、俺は何でそのときちゃんと気づいてやれなかったのか…… 「すーっ、すーっ……」 「………」 自分がいつものようにくっついて遊ぶと、俺が男子たちから仲間はずれにされてしまう。 もしかしたら陽茉莉は、あの頃はそんなことばかり考えていたのかもしれない。 自分がそばにいなければ、きっと俺も男子グループの中に溶け込んでいける。 そう考えると、この手紙に書いてあった足を引っ張りたくないというのも理解出来る。 陽茉莉の決心した幼馴染み離れ。 一度学校が別々になり、その後偶然また同じ城彩学園に入学した俺たち。 一年の頃は、何で陽茉莉が俺に進んで話しかけてこなかったのか。すごく疑問に思っていた。 でもきっと、今なら何となく察しは付く。 また新しい学校で、陽茉莉はきっと俺に迷惑をかけたくないとか、そんなことを心のどこかで思っていたんじゃないのか。 陽茉莉は小さい頃から、いつも俺の味方をしてくれていた。 俺が男子から距離をおかれるようになったときも、教室でいつも心配してくれていた陽茉莉。 少しは自分のこともしっかり考えればいいのに。 いつもそんな生活をしていて陽子さんを困らせていたっけ。 「どうも〜。陽茉莉寝ちゃった?」 「はい、なんか気持ちよさそうにぐっすり寝てます」 「あらそう、お菓子食べる?」 「あ、大丈夫です。まだ腹いっぱいなんで」 せっかく陽子さんが目の前にいるんだし、一つ聞いてみたいことがあったので振ってみる。 「あの、一つ聞きたいことがあるんですけど良いですか?」 「ふふ、何かしら。そんな風に改まって」 「陽茉莉がケータイを買ったとき、俺にアドレスを教えるよう頼まれたりしました?」 「え? アドレス?」 「ううん。そんなこと言われた記憶はないけれど」 やっぱり。 「………」 陽茉莉は城彩に入学したとき、俺にわざと連絡先を教えずにいたんだ。 なら自分から話しかけてこなかったのも納得がいく。 初恋も幼馴染み離れも済ませた、城彩に入学したときの陽茉莉はそんな心境だったんだろう。 俺も入学当時は浮かれまくっていたけど、やっぱりこいつは俺よりも何倍も大人だ。 「う、うーん……」 「お、お母さん……? 何……?」 「ごめん、寝てたの知らなかったから」 「ちょっと夕飯の材料買って来てもらおうと思って。今日は二人の交際祝いでパーッと盛り上がりましょ?」 「あ、それなら俺が行きますよ。ご馳走になってばかりも悪いですし」 「あ、じゃあ私も行く〜」 「あらそう? それじゃあお願いしちゃおうかしら」 「はいこれ、お財布とメモね。何かわからないことがあったら電話して頂戴?」 「あはは、私たち子供じゃないんだから大丈夫だよ」 そのまま陽茉莉と一緒に再び駅前へと向かう。 この時間、空は夕日色に染まっていてすごく綺麗だった。 「もう、お母さんってば交際祝いだって」 「何だかちょっと大げさだよね〜」 「もう付き合ってから何日も経ってるのに、やるにしてもちょっと遅い気がするもん」 「はは、遅いって、俺たちが内緒にしてたからだろ?」 「う、うん……」 「まあ……そうなんだけどね」 陽茉莉と手を繋いで歩きながら、一度ここで足を止める。 「陽茉莉」 「あのさ……」 「うん……? どうしたの?」 「ごめん、さっき部屋でこれ、読んじゃった」 ノートの挟まっていた、二枚の手紙を陽茉莉に渡す。 「え? 何これ」 「……って! これ……!」 「せっかくラブレター書いたんなら、一度くらい俺に渡してくれたら良かったのに」 「そしたらどんなに鈍い俺でも、たぶん真っ赤になって返事したと思うぞ?」 「………」 「そ、そうだったの……?」 「多分な」 「だって俺、別に陽茉莉のこと嫌いじゃなかったし」 「………」 「いや、でも俺のことだから混乱して……OKとは違う返事をしたかもしれないな」 「あはは、何それ」 「だったら良かった。振られるからもしれないのに、暢気にラブレターなんか渡せないよ」 「ただでさえ、私あの頃は不安でいっぱいだったから……」 「………」 「なあ陽茉莉」 「お前ケータイ買ったとき、俺にわざとアドレス教えなかったんだろ?」 「え? 違うよ? だからそれはお母さんが」 「さっき陽子さんに聞いたら、そんな話知らないって言ってた」 「なあ本当のこと言ってくれよ。お前きっと、俺に色々と気を遣って黙ってたんだろ?」 「………」 「大体おかしいと思ったんだ」 「城彩に入って、少しくらいお互い話すと思ったら全然そんな機会も雰囲気もなかったし」 「引っ越してからうちに遊びに来るのは、いつも陽子さん一人だった」 「なあ陽茉莉」 「お前、また俺が新しい学校で孤立しないように、わざと話しかけてこなかったんじゃないか?」 「どうせ俺の迷惑になるとか、そんなことばっか考えて……」 「違うよ」 「私、本当の自分の気持ちを確かめたかったの」 「確かに子供の頃は、色々とたくさん悩んだ」 「私のせいで、大好きな幼馴染みが男子から仲間外れにされちゃう」 「可哀想で見ていられなくて、でも私がそれで声をかけると状況は悪化しちゃう……」 「だったら私、距離を置くしかないと思った……」 「私がいなくても、男子のみんなと楽しく一緒に遊ぶ方が絶対に良いに決まってる」 「あの頃は、本気で私そう思ってたから……」 そう言って陽茉莉は、一度俺の前を歩いてこちらに振り向く。 「それに、一度距離を置いたら、私がどれくらい本気で好きだったかわかるでしょ?」 「正直、まだあの頃はいまいち自分の気持ちに自信がなかったから……」 「だから一度、幼馴染み離れしようと思ったの」 「それで別々の学校へ行って、それでも私、好きだったら告白しようと思ってた」 「でも実際は、新しい進学先でも楽しいことがいっぱいで、少しずつ私の中でその気持ちは薄れていった……」 「だから私、自分でもちゃんと納得して、城彩に入った頃は特別なことはしなかったの」 「もし城彩に入って、それでもまた一から好きになったら……」 「それはそれで、すごく素敵なことだと思ったから」 「………」 「その結果は?」 「………」 「えへへ、結果はこの通り」 「私、結局二回も好きになっちゃった……」 「まったく、人の気も知らないで……」 「でも二回も好きになってもらえるなんて、俺って実はかなりのラッキー野郎だよな」 「あはは、そうかもね」 「大好き。何度でも言ってあげる」 「私、本当に恭ちゃんのこと、大好きだよ?」 「私、本当にずっとずっと一緒にいたい」 「これからも私のこと……適度に可愛がってくれると嬉しいです」 「はは、おいおい適度ってなんだよ」 「これからも、ずっと全力で俺は陽茉莉にメロメロだぞ?」 自分の初めての恋人が、まさか一番自分がよく知っている相手だとは思わなかった。 おまけにその子は、昔一度俺のことが好きになってくれて…… そして今も、こうしてまた俺の目の前で笑ってくれている。 「学校楽しい?」 「ああ」 「俺は、陽茉莉と一緒に通う学校が……」 「子供の頃から、大好きだ」 初めはただ、本気でこれからもずっとこの子と一緒に生きていきたい。 俺にとって皆原陽茉莉という女の子は、世界で一番素敵な俺の彼女だった。 あれから数年後。 俺は大学へ進学し、卒業後は母ちゃんの伝手で都心にある広告代理店に就職した。 仕事を始めた当初は、毎日忙しくて体力的にも精神的にもかなりしんどかったけど…… 今は陽茉莉の支えもあって、何とか仕事も私生活も上手くいっている。 「はいもしもし」 「あ、お疲れ様。今どの辺? 帰りに牛乳買ってきて欲しいんだけど」 「牛乳だけで良いのか?」 「うーんとね、あとそれじゃあ……」 「二人で今夜食べるアイスもお願いっ」 「了解、いつものやつで良いのか?」 「うん。ふふっ、もうごはん出来てるから、早く帰って来てね?」 「ああ、もうすぐ着く」 「うん、待ってる」 (牛乳とアイス……ね) 俺と陽茉莉は半年前に結婚した。 今は俺の実家に近い場所に、二人で小さなアパートを借りて住んでいる。 既に結婚前から長いこと同棲しているので、最初は結婚と言っても少し実感が湧かなかったけれど…… 「ただいまー!」 「ふふっ、おかえりなさい」 今こうして陽茉莉の大きくなったお腹を見る度に、自分が本当に結婚したんだと自覚する。 「牛乳買ってきてくれた?」 「ああ、アイスもちゃんと買って来たぞ?」 「うん、ありがとう。今晩はシチューだよ? お風呂ももう少しで沸くと思うから」 「おいおい風呂の準備くらい自分でやるって言ったろ? もう少し自分の体のこと心配しろって」 「ほら、後は俺が準備するから、お前は先に座ってなさいっ」 「ふふっ、もう……相変わらず変なところで心配性なんだから」 「変じゃありません。妻の身を案じるのは世界共通旦那の仕事だぞ」 「あはは、でも仕事中に電話してくるのはやり過ぎだと思うよ?」 陽茉莉も大学卒業後に就職したが、妊娠が発覚した時点で俺が頭を下げて辞めてもらった。 同棲した頃からずっと悩んでいたが、俺はなるべく自分の稼ぎだけでこの先陽茉莉を食わせていきたいと考えている。 「いいから座ってろって。こんなにお前に無理ばっかさせてたら、マジで俺陽子さんに顔向け出来ないんだが」 「もう、仕事から帰ってきたときくらい、素直に甘えてよね?」 「今の私の楽しみって言ったら、こうして旦那さまの帰りを待つことくらいなんだから」 「ほう、新妻らしい発言ですね陽茉莉さん」 「うん、だって私新妻だもん」 陽茉莉は陽子さんもビックリするくらい、本当によく家の事をやってくれている。 苦手な料理も俺のためにと一生懸命克服してくれて、仕事を辞める前には家事との両立に無理をし過ぎて一度倒れたくらいだった。 俺も同棲を始めた頃から、そんな陽茉莉が心配で色々と家事も手伝ってきたけれど…… 「やばい! このシチュー超うめェェ!!」 「あ、こらこら、ちゃんとお皿に盛りつけてから食べてよ〜!」 陽茉莉はいつでも、こうして俺のために何が出来ることが…… 本当に嬉しくて嬉しくて仕方がないみたいだった。 「俺さ、本当に陽茉莉と結婚出来て幸せだわ」 「ふふっ、どうしたの? 急に」 「いや、こうして家に毎日帰ってくるとしみじみ思うんだよ」 「学生時代、本当に俺から陽茉莉に告白して良かったなって」 「うん、そうだね。そうじゃなきゃ今頃私たちこんなことしてないもんね」 「ああ、そうだな」 「私もね……? 今本当に幸せだよ?」 「こうして好きな人の帰りを家で待つのも、最近はなかなか良い人生だなと思っちゃってます」 「陽茉莉……」 「愛してるぞ?」 「うん……」 「私は……」 「その100倍くらい愛してるかな」 この先も、陽茉莉となら何があっても楽しく生きていける。 それは今、お互いの笑顔が自然にそれを証明してくれている。 俺は、本当にこんな素敵な女の子と出会うことが出来て…… 最近は柄にもなくどこかの神様にお礼が言いたい気分だった。 「…………」 「…………」 「さ、さすがに、いざするとなると緊張するな」 「うん、私もすごいドキドキしてる。心臓が口から飛び出しちゃいそうだよぉ……」 陽茉莉は言葉通り、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。 俺も今までに無いくらい緊張してしまっている。 「えっと……どうしようか?」 「ど、どうしようって……何が?」 「まずは何をしたら良いのかなって」 「そんなこと、私に聞かれてもわかんないよぉ! 私だって、初めてなんだから……」 「そっか……」 俺も初めてなので困ってしまう。 いきなりおっぱいを触っても良いんだろうか? 股間を触るのはもっと後だろうし……。 「と、とにかく、触るからな!」 俺はそう宣言をすると、思い切って陽茉莉へと手を伸ばした。 「んぅっ……ふぁ、あ……」 ちょんっと太股に手を置いてみた。 それだけで、陽茉莉は目をギュッと閉じてしまう。 「うぉ……これが陽茉莉の太股なのか……」 「や……ん、太股、そんな撫でちゃ……っ」 「あん、だ、だめぇ、それ……くすぐったいからぁ……」 太股を撫でられ、陽茉莉はますます全身に緊張を巡らせていく。 まだ気持ち良いと言うよりはくすぐったい感じみたいだ。 太股なんかじゃなく、おっぱいに触れた方が良いんだろうか? 「でも、この感触もなかなか……」 「ひゃ……んっ、んぅ……や、だ……なんか、すごく恥ずかしい、これ……」 太股を撫でながら、ゆっくりと手の位置を変えていく。 そっと、骨盤を撫でるようにしながら脇腹へ。 「きゃっ……あ、ちょっと、脇腹はだめぇぇっ」 ゆっくり這い上がりながら胸の膨らみを目指す。 「んぅっ……や、そこは……んっ、んぅ……だ、だめ、そこは小さいから……」 陽茉莉は軽く身体をよじり、俺の手から逃げようとする。 だけどその次の瞬間、俺の手は柔らかい膨らみに触れていた。 「おぉぉおおぉぉぉっ……!」 陽茉莉は小さいと言うが、確かなこの触り心地! 柔らかくて、弾力があって、ぷにぷにで……。 「すげぇ……これが、陽茉莉のおっぱいなのか……」 触っただけで感動してしまい、俺は繰り返し胸を撫で回してしまう。 「あんっ、や……触り方が、すごくえっち……ひゃぅぅぅっ……!」 「言うほど小さくはないんじゃないか? すっごく良い感触だし……」 下からすくい上げるようにして指を軽く食い込ませる。 本当に小さいのならば、そもそもこうやって揉めないだろう。 「でも、男の子って、もっとばーんで、ぼーんな方が良いんでしょ……?」 「確かにそう言う奴もいるだろうけど、俺は陽茉莉のおっぱいが一番だ」 キッパリとそう言いながら、繰り返し陽茉莉のおっぱいを揉みしだく。 撫でるように触れていると、次第に陽茉莉の呼吸も荒くなってきた。 「はぁ、はぁ、そんなこと言われても、信じられないもん……んっ、んぅ……っ!」 ぴくんっと体を震わせ、甘い声を上げる。 顔が上気してものすごく色っぽい。 「陽茉莉、気持ち良いか……?」 「や、あ……わかんないよぉ。んっ、あっ、んぅぅっ……んぅぅっ……!」 陽茉莉は恥ずかしそうに小さく首を横に振った。 本当にわからないと言うより、恥ずかしくて言えないって感じだ。 「じゃあ、気持ち良いって言うまでひたすらおっぱいを揉み続ける」 「え……? あ、ちょ……んっ、んぅぅぅっ……!」 少しずつ手に込める力を強くしてみた。 ぎゅっ、ぎゅっと指を食い込ませる様に膨らみを揉んでいく。 「んっ、ふぁ、あ……やめ、そんな強く……んっ、んぅぅぅぅっ……!」 「気持ち良い、から……だめ、そんなにされちゃ、もっと感じちゃう……っ」 しつこく胸を揉み続けていたら、意外とあっさりと堕ちてしまった。 「やっぱり気持ち良かったんだな……?」 「う、ん……。だ、だって、好きな人に触られてるから……」 軽く瞳を潤ませ、そんな嬉しいことを言ってくれる。 やばい……胸を触ってることもあるけど、めちゃくちゃ興奮してきた。 「えっとさ、陽茉莉。次は服を脱がしても良いか?」 「う、うん……。恥ずかしい……けど……良いよ」 「陽茉莉……」 返事を聞くなり、俺はワンピースへと手をかけていた。 緊張に身をすくめる陽茉莉から強引に服を脱がしていく。 「うぉぉぉぉ……っ! なんだこれ、すごすぎる……っ」 陽茉莉の下着姿を見て俺は歓声を上げていた。 「あうぅぅ……恥ずかしいよぉ。そんなにジッと見ないで……」 「陽茉莉の裸、綺麗だ……」 「で、でも、私のおっぱい、小っちゃいって思ったでしょ……?」 そう言われ、俺はついつい陽茉莉の胸元を注視してしまう。 「……っ、や、やだ、そんなに……っ」 「わ、悪い。でも、小さいとは全然感じないぞ?」 正直、気にしすぎだと思う。でもそんなところも可愛らしい。 「キス、しても良いか?」 「あ……うん……。私もキスしたい……」 頷く陽茉莉を見て、俺はそっと陽茉莉を抱き寄せていた。 啄むように唇を触れ合わせる。 「んっ……ちゅ、ん、ふ……んぅぅっ……ん、んぅ……」 徐々に、より深いキスへと移行していく。 「ちゅぱ……ん、んぅ……ちゅ、はぁ、はぁ、んんぅぅ……」 「ふぁ……キス、すごいドキドキする……。ん、ちゅ……んぅ……」 エッチの最中のキスだからだろうか、いつもより緊張してる気がする。 「はぁ、はぁ、陽茉莉……」 「ん、ちゅ、んむぅ……ちゅぱ、れる……んっ、んぅぅぅ……」 おっかなびっくり舌を差し出すと、陽茉莉の舌とちょんっとくっついた。 そのままゆっくりとお互いの舌を絡め合わせる。 「ちゅ、んっ、ふぁ、んぅぅぅ……ちゅ、ちゅむ、んっ、ちゅぱ……」 次第に陽茉莉も興が乗って来たのか、夢中になって舌を差し出してきた。 これ……頭が痺れるくらい気持ち良い……。 「んぅっ……はぁ、はぁ……」 俺も夢中でキスをしながら、そっと陽茉莉のブラジャーに手をかける。 パサリと音を立ててブラジャーが落ちた。 「んぅぅぅぅっ……!? ふ、んむ、んぅぅっ……!」 陽茉莉もブラジャーを外されたことに気が付き、キスをしながら息を呑む。 「んっ、ふ……ちゅぱ、んむ、ぅ……んっ、んっ……」 「ん、んぅっ、ん……ふ、んぅぅっ……ぷはっ! はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「そんなにおっぱい見ないで……。恥ずかしいからぁ……っ」 唇を離すと陽茉莉はたちまち真っ赤になっていた。 だけど俺は、おっぱいに釘付けになってしまう。 「す、すごいな……乳首ってピンク色なんだ……」 感動とはまさにこのことだ。 俺はまさに今、好きな女の子のおっぱいを見てる……。 「や、やだぁぁ、そんなに……うぅぅ、だめ、だめぇ……っ」 「ご、ごめん、つい見とれた。でも、陽茉莉のおっぱいはめちゃくちゃ可愛いな……」 耳元でそう囁き、俺はもう一度陽茉莉へとキスをする。 「んっ、ちゅ……ふ、んぅっ、ちゅぱ、んむぅ……ふ、んぅぅ……!」 音を立ながら積極的に舌を絡め、同時におっぱいへと手のひらを押し当てた。 「んぅぅっ……!? んっ、ふ……んむぅ……ちゅ、んむ、ふ……んぅぅ……っ」 すげぇ、これ……柔らかすぎるだろ……。 いきなりすぎたのか、陽茉莉は驚いたように肩を震わせた。 でも抵抗はせずに、黙って俺に身を委ねてくる。 「ちゅ、ん……れるっ、んむぅ……ちゅ、ふ、んぅぅ……ん、んっ」 「ふむぅ……! んっ、んぅぅっ……! ふ、んぅ、んぐぅ……っ」 気が付けば、俺は夢中になっておっぱいを揉んでいた。 これはヤバイだろ、気持ち良すぎて手が止まらない……。 「んっ、ふむぅ……っ、んっ、ちゅぱ、ん、ぐ……んぅぅぅっ……」 手探りで乳首を掴み、優しくこりこりと刺激する。 「んっ、んぅっ、ちゅ……ん、ふむぅ……ん、んぅっ……ふ、んぅぅっ……!」 「ふ、んむぅ、ちゅ、んんぅ……れるっ、ちゅぱ、んっ、ふ、んっ、んぅ……っ」 しばらく乳首を弄り続けてると、陽茉莉の吐息が色っぽく変化してきた。 緊張していた体からも力が抜け始め、俺へともたれかかってくる。 「んんん……ちゅぱ、ん、ふ……んぅぅ……ん、んぅ……」 「ちゅぱ……はぁ、はぁ、はぁ……何か、体がぽかぽかしてる……」 唾液の糸を引きながら、ゆっくりと唇が離れた。 陽茉莉はとろんとした眼差しで俺を見つめてくる。 「大丈夫か?」 「うん……。まだ恥ずかしいけど……んぅっ、はぁ、はぁ……」 「お腹の奥がムズムズして……頭が、ぽーっとしてる……」 興奮してるのか、陽茉莉の表情がめちゃくちゃエロくて俺までドキドキしてきた。 「えっと……もっとしても?」 「う、うん……良いよ。私なら大丈夫だから……」 「じゃあ、次は……」 触るだけじゃなくて味も確かめてみたい。 そう思い、今度は胸へと顔を埋めてみる。 「んぅぅっ……! ふぁ、あ……やぁん、んっ、あ、あ、あっ……」 舌先が乳首に触れた途端、陽茉莉から甘い声が漏れ出した。 驚いたように体が震えていく。 「これが、陽茉莉の味なのか……」 続けて乳首を転がすようにして何度も舐め回した。 「んぅっ……ふ、んっ、んっ……ふぁ、ひゃ、んっ、んぅぅぅ……っ」 「やぁん、そんなとこ、舐めちゃ……んっ、ふぁ、あっ、ふぁあぁぁ……!」 乳首が俺の唾液まみれになっていく。 しかも、舐めれば舐めるほどどんどん硬くなってきた。 「はぁ、はぁ、あん……んっ、やぁん、そんなにされたら、私……っ」 「んぅぅっ……! ふぁ、あんっ、んっ、はぁ、はぁ、はぁ……」 「うわ……乳首ってこんなコリコリになるんだ……」 初めてのことなので普通に驚きだ。 でも陽茉莉が感じてくれてるのだと思うと、何とも言えない嬉しさが込み上げてくる。 「陽茉莉……俺、もう我慢できないかも……」 ズボンの前がパンパンに張り詰めて、かなり辛い。 「なぁ、良いだろ、陽茉莉……?」 「はぁ、はぁ……うん……。まだちょっと怖いけど……良い、よ……」 陽茉莉にも俺の興奮が伝わったのだろうか。 ポーッとした表情で頷くと、自分からベッドで仰向けに寝転んだ。 「パンツが濡れて……?」 「……っ、やぁ……言わないで、そんなこと……。死ぬほど恥ずかしいんだから……っ」 「わ、悪い。でも……」 体勢の所為で、どうしてもパンツへ視線が向いてしまう。 それが恥ずかしいのか、陽茉莉は手で顔を半分隠してしまった。 「うぅぅぅ……おっぱい見られるよりも恥ずかしいよぅ……」 「と、とにかく、俺の愛撫でこんなになるまで感じてくれたってことだよな?」 「う、うん……」 陽茉莉のパンツはシミが出来ているだけじゃなく、濡れてピッタリと股間に張り付いていた。 その所為で割れ目の形が何となくわかってしまう。 それに、匂いも……。 「……っ!? ちょ、や、やだ、お鼻をすんすんしないで……っ」 「わ、悪いっ! つい、その……」 さすがに気付かれたみたいだ。 でも、女の子の大事なところに対する興味は止めどなく溢れてくる。 「……さ、触っても、良いよな?」 「え、触るって……」 込み上げてくる興奮を必死に飲み込みながら、俺は陽茉莉の濡れた股間に指を押し当てた。 「きゃぁっ……! あん、ちょ、ま、待って……ひゃぁんっ」 「そんな撫でちゃ……んぅっ、ふぁ、あ……んぅぅぅぅっ……!」 割れ目の形を確かめるように、指で大きく撫で上げた。 何度も繰り返し指で撫で回す。 「はぁっ、はぁっ、んぅ……ふぁ、あ、やぁん……!」 ぷにぷにで柔らかい感触。 初めて触る、愛液のぬるぬるな手触り。 陽茉莉の甘い嬌声を聞いて、興奮がもう最高潮だ。 「んっ、や……ぁ、そんな、切ない……よぉ……」 「まだ溢れて来てるな。このままじゃパンツも穿けなくなるんじゃないか?」 となれば、もう脱がしてしまうしかない。 「脱がすぞ……」 「やぁん、ま、待って、そんな……んぅぅぅぅぅっ!!」 強引にパンツをずり下ろした途端、性器とパンツを繋げるように愛液がツーッと垂れた。 「うわ……」 「や、やだぁぁっ! 恥ずかしい……死んじゃうぅぅぅ……っ」 陽茉莉はこれ以上無いくらい顔を真っ赤にして恥ずかしがる。 でも陽茉莉の秘部を見て、俺の方はもうヤバイ状態だ。 「陽茉莉……陽茉莉……っ!」 「ひゃっ……あ、だ、だめぇ……そんなとこに顔……近づけちゃ……」 「んっ……」 「ふぁあぁぁぁぁぁぁぁっ……!」 割れ目にキスした途端、部屋に陽茉莉の嬌声が響き渡った。 ぴくんっと腰が震え、湧き出してくる愛液の量が増える。 「すごい、また溢れて来た……ちゅっ、んぅぅ……」 「んぅっ、んっ、ふぁ、あっ、んぅぅぅっ……! はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「だめぇ、そんなとこ、舐めちゃ……んぅぅっ、や、あっ、舌が入って……ふぁ、あ、あ、あ、あっ……!」 ぴちゃぴちゃ音を立てて舐め回す。 何だか不思議な味だ……。 「ふぁ、あっ、あんっ、んっ、んぅっ……! やあんっ、んっ、そんな……ふぁあ、あっ」 「だめぇっ、そんなに……んぅっ、あっ、はうぅぅぅっ!」 舐め続けていると、陽茉莉はびくんびくんっと腰を揺らし始めた。 体からもどんどん力が抜けていく。 「はぁっ、はぁっ、んぅ……ふぁ、あ……こんな……だ、めぇぇ……」 「お願い、切ないの……。お腹の中、熱くて……っ」 陽茉莉はとろんとした眼差しを俺に向けていた。 息も絶え絶えで、余裕がなさそうに肩で呼吸をしている。 「それって、もう良いってこと……か?」 「うん……。これ以上されたら、私……おかしくなっちゃう……」 陽茉莉は小さく頷いた。 どれだけ前戯をすれば良いかはわからないけど、陽茉莉がそう言うのなら大丈夫なんだろう。 「えっと、じゃあ……」 胸を高鳴らせながら、ガチガチになったペニスを取り出した。 「んぅぅぅっ……ふぁ、あ……や、すごい……。熱くて、カチンコチンで……」 「それが私の中に……入るんだ……」 「……ごめん陽茉莉、なんか、どんどん我慢が出来なくなってきた……」 早く、陽茉莉の中に挿れたい。 早く気持ち良くなりたい。 そんな気持ちで、いっぱいになってくる。 「うん……私は大丈夫だから良い、よ……? 痛くても頑張るから……」 「陽茉莉……っ!」 誘われるまま、俺は亀頭を陽茉莉に押しつけた。 そのまま、ゆっくりと腰を押し出す。 「んぅぅっ……ふぁ、あっ、ぐ……ん、んぅぅぅぅぅぅっ……!!」 ペニスがどんどん陽茉莉に包み込まれていく。 「はぁっ、う、あ……んぁあぁぁぁぁっ……!!」 途中の軽い抵抗を突き破ると、陽茉莉は悲鳴を上げながら体を強ばらせた。 「くっ……うぁぁ……なんだ、これ……っ」 ペニスに柔らかい物が絡みついて来る。 しかもギュウギュウ締め付けられて、堪らないほど気持ち良い。 とろけてしまうほど温かくて、すぐにイってしまいそうだ。 「はぁっ、はぁっ、んぅぅっ……あ……奥に、コツンって当たってる……」 「全部入ったの……? んぅっ、えへへ……嬉しい……」 繋がった部分から血の筋が流れ出ていた。 それでも陽茉莉は痛みを堪えて微笑みかけてくる。 「私の初めて、どうかな……? 気持ち良い……?」 「ああ、すごく良い……。でも、陽茉莉はかなり痛んじゃ……」 血もそうけど、ぎゅっとしかめられた眉も痛々しい。 「なんだったら、これで止めても……」 「い、痛いけど……んぅっ、大丈夫、だよ……?」 「だって、好きな人受け入れた痛みなんだもん……。嬉しくて、心が温かいから」 まるで俺をいたわるように、我慢して微笑みかけてくる陽茉莉。 「だから、私のことは良いから、動いて気持ち良くなって……?」 「男の子は、我慢してると辛いんだよね……?」 「陽茉莉……バカ、気を使いすぎだ」 俺は覆い被さりながら、ちゅっと陽茉莉にキスをする。 「んっ……で、でも……」 「いいから。少し、陽茉莉が慣れるまで……な?」 あまり腰を動かさないようにしつつ、陽茉莉の唇から徐々に下の方へとキスする場所を移動させていく。 そしてツンッと天井を向いて立っていた乳首に、軽く口付けた。 「ひゃっ……んっ、んぅぅっ……! ふぁ、あ……やん、な、なに……?」 「陽茉莉も気持ち良くなってくれ……」 舌を使い、コリコリの乳首を転がしていく。 「んっ、あ、あっ、んんん……ふぁ、あ……やぁん、それなんか、ムズムズしちゃう……」 ぴくんっと肩が震えた。 甘い声を上げ、きゅぅっと膣内を締め付けてくる。 「くっ……! ちょ、いきなり締め付けてくるのは……っ」 「そんなこと、言われたって……ひゃ、ん、んぅぅ……ふぁ、あ……」 陽茉莉のおっぱいに吸い付き、大胆に舐め回す。 「んっ、んっ、んっ……ふぁ、あっ、やぁん、だめぇ……私ばっかりじゃなくてぇ……」 「ねぇ、動いて……っ、んっ、あ、あっ、私なら大丈夫だから……っ!」 ペニスに絡みつくように、陽茉莉の中がうごめき始めた。 ヒダヒダが擦れて快感が這い上がってくる。 「くっ……ダメだ……動かないと、辛すぎる……っ」 挿れただけでも気持ち良いせいで、生殺しのようで辛い。 「悪い、陽茉莉……俺も動くな……?」 「うん……いっぱいして……。んぅっ、はぁ、はぁ……気持ち良くなって……?」 「はぁ、はぁ……陽茉莉……っ!!」 出来るだけ陽茉莉をいたわりながら、ゆっくりと腰を律動させていく。 「んっ、んぅぅっ、ふぁ、あっ、んぅぅぅぅぅ……!」 ぐちゅぐちゅの膣内をペニスが掻き回す。 さすがに痛いのか、陽茉莉はぎゅっと眉根をしかめていた。 「ふぁ、あっ、あぐ……んっ、ひぁ、あ、あっ、すごい、擦れ……て……っ」 「あんっ、んっ、あ、あ、あっ、んぐ……う、あ、あ、あ、あ……」 痛みで体が強ばるのか、動く度に締め付けがきつくなる。 それでも、陽茉莉は必死に痛みを堪えながら、俺にされるがままになっていた。 「んぅぅっ、ふぁ、あっ、あぐ……あ、あっ、ど、どう……気持ち、いい……?」 「私の中、ひゃっ、んぅぅ……っ! はぁっ、はぁっ、どう、かな……?」 「ああ……すごく良い、陽茉莉、陽茉莉……っ」 「ふぁ、あっ、んっ、んぅぅぅっ、あ、あ、あっ……!」 興奮しすぎた所為だろうか、ちょっと動いただけで快感で痺れてきた。 どんどんマグマのような射精感が込み上げてくる。 「ひあ、あっ、嘘……まだ、大きく……なって……んぅっ、ふぁ、あ、あっ」 「はぁっ、はぁっ、ヤバイ……イキそうだ……」 「うん……良いよ、いっぱい気持ち良くなって……んっ、ふあ、あっ、あ……んぅぅぅっ……!」 「あ、あっ、まだ激しく……なってぇ……っ。んぁぁっ、あっ、あうぅぅっ!!」 射精が近付く度にどんどん腰の動きが激しくなる。 陽茉莉を気遣おうと思っても動きが止まらない。 「んぅぅぅっ、あっ、あぐ……はぁっ、んんぅぅぅっ……! あっ、あっ、あっ、あっ」 「ひぁ、あ……っ、はぁっ、はぁっ、んっ、んぐ……う、あ、あ、あっ!」 陽茉莉が辛そうにぎゅぅっとシーツを掴む。 痛みに堪えてる所為か、全身から汗が噴き出してくる。 「イク……っ、も、もう、陽茉莉……っ」 「う、うんっ……ふぁ、あっ、んぅぅぅ……っ! イッて……ふぁ、あ、私の中で……っ」 「ふぁ、あ、あっ、んっ、あんっ、あっ、んぐぅぅぅぅぅっ……!」 もう、動きを手加減する余裕なんてなかった。 肉を叩く音がするくらい、俺は腰を陽茉莉に押しつける。 「んぐぅっ、ひ、あ、あっ、んっ、あ、あっ、も、も……ぉ、私……っ」 「うぁぁぁっ……!! だ、ダメだっ、出る……!!」 叫ぶが早いか、俺は強く陽茉莉に腰を打ち付けていた。 快感が一気に爆発してしまう。 「くっ……うぉぉぉぉぉぉっ!!」 亀頭を子宮口に押しつけながら、思いっきり精を放った。 ペニスが激しく脈動し、陽茉莉の膣内へと大量に吐き出していく。 「んっ、ふぁ、あっ、んぅぅぅぅ……! ふぁ、あ、あっ、う、ああ、あ……」 「はぁっ、はぁっ、熱いの……お腹、中……で……暴れて……」 「くぅぅ……はぁっ、はぁっ、う、ああぁあ……!」 射精を続けるペニスにひだひだが絡みついて来る。 ぞわぞわした感触に耐えられず、俺は逃げるように腰を引いていた。 「んぅぅぅぅぅ……っ!! ふぁ、あ……ぁ、ぁ……」 ぬるりと滑りながら、ペニスが陽茉莉の中から抜け出た。 いやらしく、精液がつーっと糸を引く。 「はぁ、あぁ……んぅぅっ……ぁ、あ……んぅぅぅっ……!」 ぶるりと体を震わせる陽茉莉。 ペニスの大きさに開いたままの膣口から、ゆっくりと白濁色の液体が垂れてくる。 「や……ぁ、垂れて……る……。んぅぅっ、はぁっ、はぁっ、はぅぅ……っ」 肩で息を繰り返しながら完全に脱力してしまったようだ。 次から次へと膣内に出した精液が溢れ出す。 「はぁっ、はぁっ、これは……すごいな……」 俺……陽茉莉と、エッチしちゃったんだな……。 「いっぱい……出した、ね……。んぅっ、はぁ、はぁ、嬉しい……」 陽茉莉は力なくそう呟くと、嬉しそうに微笑むのだった。 「陽茉莉……くっ、うああぁぁっ!!」 射精する寸前、俺はとっさに腰を引いていた。 ペニスは膣壁に擦れながら一気に引き抜かれる。 「ひ……んっ、んっ……んぅぅぅぅぅっ……!!」 「ぐっ……う、あぁぁぁっ……!」 激しくペニスが脈動した。 先端から大量の精液が、勢いよく飛び出す。 「はぁっ、はぁっ、んぅぅっ……やぁん、すごい……いっぱい……」 「んっ、はぁ、はぁ、んぅぅぅぅ……」 陽茉莉は全身で精液を浴びながら、小刻みに体を震わせていた。 「はぁ、はぁ……これ、すごく熱い……。ぬるぬるで、なんか……んぅぅぅ……っ」 ぐったりとしながら、くすぐったそうな声を上げる。 しかし、信じられない程大量に出たな……。 「はぁ、はぁ、はぁ……ごめん陽茉莉、こんなにかけて……」 陽茉莉の下腹部は言うまでも無く、胸元の辺りにまで精液が飛び散っている。 俺、勢いよく出し過ぎだろう……。 「ううん、良いよ……はぁ、はぁ……それだけ、気持ち良かったんだよね……?」 小さく首を振り、真っ直ぐに俺を見つめてくる。 「私、嬉しい……。大好き……」 そう言うと、力なく微笑みかけてくるのだった。 「んぅぅぅっ……!? ふぁ、や……ん、ちょ……なんで、急に……」 パンツの中に手を入れられ、陽茉莉は驚いたように声を上げた。 口元に手を当てて声を飲み込み、物問いたげに俺を見つめてくる。 「もう我慢できなくなった……だから良いだろ?」 「で、でも……んぅぅぅっ! はぁ、はぁ、や……あ、指でそんな……っ」 「陽茉莉のここだって、どんどん濡れてきてる……実は期待してたんだろ?」 「そんなこと、ないもん……んぅぅっ! はぁ、はぁ、んっ、んぅぅっ……」 指で割れ目を押し開いてみた。 濡れ具合はまだまだだが、どんどん染み出してくるのがわかる。 「ふぁ、あ……ん、んぅっ……指……くりくり、しちゃ……んっ、んぅぅ……!」 くすぐったそうに身体をよじる。 俺はしっかり陽茉莉を抑え込んだまま、割れ目を重点的に愛撫していく。 「んっ、んぅぅ……ふぁ、あ、だめぇ……やめて……」 「どうして? 良いだろ、恋人なんだし……」 「でも、ここでエッチしちゃったら、お母さん達に気付かれちゃう……から……」 確かに、陽茉莉の両親がいるのはふすま一枚隔てた隣の部屋だ。 「陽茉莉が声をこらえれば大丈夫」 「そ、そんな……んむぅぅっ……!」 ひくんっと腰が大きく震えた。 声が出てしまいそうになるのを、とっさに唇を噛んで堪える。 「陽茉莉、可愛いよ……」 必死に声を堪えてる陽茉莉を見てると妙に興奮してしまう。 俺は更に集中して陽茉莉の股間を弄り始めた。 「んっ、んっ、んっ、んぅぅ……ふぁ、んっ、んぅぅ……!」 「おっ……ますます濡れてきたみたいだ……」 ずっと弄り続けていると、次第にぐちゅぐちゅと湿った音が聞こえてきた。 パンツから愛液が染み出して太股にまで垂れてくる。 「はぁ、んぅぅ……ふぁ、あっ、やめ……んっ、んぅぅぅ……! はぁ、はぁ、はぁ……」 「そんなされると、感じちゃう……から……」 「良いよ、感じてくれても。いや、むしろもっと感じてくれ……」 「でも、声が出ちゃ……んぅぅぅっ……!」 ゆっくりと指を膣内へと押し込んで行く。 膣口をこじ開けられる感触に、陽茉莉は息を呑んで肩を震わせた。 感じているのか、瞳が色っぽく濡れてくる。 「隣、気付かれてない……かな……? 気付かれたらどうしよう……」 「大丈夫、そっちからは物音はしないし」 と言うことは、まだまだ激しくても大丈夫ってことだよな。 「陽茉莉、もっと激しく行くぞ……」 「え……あ、ま、待って、無理だから……。これ以上は……んっ、んぅぅっ、んむぅぅっ……!」 膣内を掻き回す指の動きを激しくする。 同時に、クリトリスを刺激するように手のひらをギュッと押しつけた。 「んぅっ! ふ……んっ、んぅぅっ、んむぅぅぅぅっ……!」 顔を真っ赤にし、目を瞑って必死に声をこらえる陽茉莉。 だけど下の口からはどんどん愛液が溢れ出してくる。 「すごいな、もう指がべとべとだ……」 「んくぅっ、んっ、んぅぅっ、ふぁ、激し……だめぇ、指、ふぁ、あっ、んっ、んむぅぅっ……!」 気が付けば、陽茉莉のクリトリスもぷっくりと膨らんでいた。 太股が切なげにひくひくと震え、足の指先まで緊張が駆け巡る。 「陽茉莉、こんなに感じてくれてるんだな……」 「だ、だって……んっ、ふぁ、んぅっ、んぅぅっ、こんな、されたら……誰だって……っ」 「我慢しないでもっと声を出しても良いんだぞ……?」 耳元に口を寄せ、ちょっと意地悪だと思いつつもそんなことを囁きかける。 「む、むりぃぃ……。んぁ、んっ、はぁっ、はぁっ、聞こえちゃう、からぁ……」 「はぁっ、はぁっ、んっ、んぅぅぅ……っ」 顔赤らめ、必死に声を堪える女の子ってどうしてこんなに興奮するんだろうか……。 陽茉莉を見てると、ますますいじめたい欲求が込み上げてくる。 確かに陽茉莉の両親にこんなところを見られるのは避けたいところだけど、興奮しすぎて自分を止めることが出来ない。 「パンツを脱がすぞ……」 「や、あ……っ、んっ、んぅぅ……だめぇ……ふぁ、あ、あぁ……」 パンツを脱がすと、ますます陽茉莉の体が強ばった。 しかしメチャクチャ感じているのか、脱がしたパンツに愛液の糸が引いていく。 「うわ、エロい……。陽茉莉はこんな状況でも感じてるんだな」 「ち、ちが……ぅ……んっ、んぅぅっ……! はぁ、はぁ、んむぅっ、んっ、んぐ……っ」 「そんな、ぐちゅぐちゅされたらぁ……んんぅぅっ、ふぁ、あ……んむぅぅっ……!」 とろとろの愛液がとめどなく溢れてくる。 陽茉莉の股間の辺りは、もう大洪水な状態だ。 「はぁ、はぁ……陽茉莉のいやらしいところ、ぱっくりと開いてる……」 「ヒクヒク震えて、まるで俺を誘ってるみたいだな」 試しに指を二本挿入してみた。 すでにびしょ濡れになっていた秘部は、簡単に俺の指を飲み込んでしまう。 「んっ、んぅうっ、ふむぅぅぅっ……! んっ、ふぁっ、んっ、んっ、んむぅぅっ……!」 ビクビクッと激しく腰を震わせる陽茉莉。 痛いほどに俺の指を締め付けてくる。 「ほら、これが気持ち良いんだろ? もっと気持ち良くなってくれ」 続けて、膨らんだクリトリスを優しく指先で撫でた。 「むぐぅぅぅぅぅっ……!? んっ、んぅぅっ、んっ、んぅっ、んぅぅぅっ……!」 「ふぁ、あっ、や、だめ……っ! それ、んっ、んむぅぅっっ……ふ、んぐぅっ……!」 全身に快感の波が駆け抜けた。 声を飲み込むのも辛いのか、切なげに濡れた瞳を俺に向けながら、必死に口元を抑えている。 「はぁ、はぁ、陽茉莉……可愛いよ……」 「ふぁ、あっ、んんぐぅっ、んっ、んむ……んっ、んぅぅぅっ……!」 「そ、そんな……んぅっ、ふぐ……んっ、んむぅぅぅっ……!!」 耳元で可愛いと囁くと、悦んでいるかのように膣内が収縮した。 俺は更に陽茉莉に囁きかける。 「好きだよ、陽茉莉……。だから、もっとエッチな所を見せて欲しい……」 「んむぅぅぅっ……! ふ、んぐ……んぅ、んっ、んっ、んぅぅっ……!」 ますます陽茉莉は切なげなうめき声を上げる。 太股をヒクヒクと震わせ、全身に緊張を巡らせた。 「んっ、ふ……ぁ、も、もぉ……んっ、んっ、んっ……!!」 耐えきれないかのように、きゅっと唇を噛んでおとがいを反らす。 「んっ、ふ……ぐ、んむぅぅぅぅっ、んんんんんんんんんんっ!!!!」 目を見開き、腰をビクンビクンッと震わせ始めた。 指を咥え込んだ膣口がぎゅぅっと収縮し、大量の愛液を溢れださせる。 「うわっ……な、なんだ、この量……」 「ん……ふぁ、あっ、んっ、んむぅぅっ……はぁっ、はぁっ、んぅぅぅぅっ……!」 「んっ、んぅ……ふぁ、あぐ……んっ、んぅぅぅ……っ」 まだ陽茉莉の震えは止まらない。 無意識に、さらに両足を広げて俺の指に股間をこすりつけようとしてくる陽茉莉。 「ひ、陽茉莉……お前……」 これって……潮吹きってやつなのか? 再び俺の指を咥えようと、陽茉莉は必死に腰を浮かせ無言で俺に懇願する。 羞恥心が性欲に負けてしまったこの一瞬。 陽茉莉の陰部は、俺が見つめるたびにいやらしく口を開いてこちらを誘っていた。 「んっ……んくぅ……ふぁ、あ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、あ、あ、あ……」 次第に陽茉莉の震えも収まって来る。 ぐったりした表情を浮かべながら、ただ荒い息をつき続ける。 「そんなに気持ちよかったのか……? いやらしい汁がこんなに垂れてる……」 溢れ出した愛液は、陽茉莉の下半身を伝いながらシーツにシミを作り出していた。 何というか、めちゃくちゃエロい眺めだ。 「んっ……だ、だって……あんなにいっぱい、弄るからぁ……」 「はぁ、はぁ、や、あ……もぉ、だめぇ……。私、んぅっ、これ以上されたら……」 確かに、今の陽茉莉を見てるとこれ以上は声を抑えられなさそうだ。 「でも、俺のはこんなになっちゃったんだが……」 「あ……や、やだ、ガチガチに大きく……なってる……」 陽茉莉のいやらしい姿を見てこれ以上無いくらい俺は興奮してしまっていた。 ズボンからペニスを取り出すと、陽茉莉は驚いたように息を呑む。 「良いだろ、陽茉莉……先っぽだけで良いから……」 「で、でも、絶対に先っぽだけじゃ済まない……よね……?」 「今の俺なら、先っぽだけでもイケる」 「そ、そう……なの……?」 もちろん、嘘だ。 奥まで突っ込んで思う存分掻き回さないと、多分収まらない。 「ほら陽茉莉、四つん這いになって。その方が声を我慢しやすいだろ?」 「う、うん……」 陽茉莉は戸惑いながらも、言われるままにその場で四つん這いになる。 「んっ、ん……んむぅぅぅぅっ……! ふぁ、あ……や、あ……入って……来て……っ」 「んっ、ふぁ、あ、奥まで、届いてる……や、だめぇぇ……っ」 枕に顔を押しつけながら、陽茉莉はくぐもった声を上げた。 「くっ……すごいな、中がとろとろになってる……」 挿入する傍から痛いほどにペニスを締め付けられた。 それでいてめちゃくちゃ温かく、ヌルヌルとした感触が襲いかかって来る。 これは気持ちよすぎる……。 「んっ……ふ、んぅぅ……はぁっ、はぁっ……ほ、本当に、入って来ちゃった……」 「隣の部屋で、お父さん達……寝てるのに……んっ、ふぁ、んっ、んぅぅぅぅっ……」 声を堪えるのに力んでる所為か、ますます締め付けが強くなって来た。 堪らずに俺はゆっくりと腰を使い始める。 「んっ、んぅっ、んむぅぅ……ふぁ、や、だめぇ……そんな、動いちゃ……っ」 「はぁ、はぁ、陽茉莉の中、めちゃくちゃ気持ち良い……」 「ふぁ、あ、嘘つき……先っぽだけって、言ったのに……んっ、んぅぅっ……!」 腰を打ちつける度に強い快感が込み上げる。 陽茉莉も同じなのか、必死に枕を噛んで声を我慢していた。 「んっ、ふぐぅ……んっ、ふぁ、あっ、奥……ごりごりしちゃ……だめぇ……っ」 「そ……こ、感じ過ぎちゃう……の……んぅっ、んっ、んぐぅぅぅっ……!」 ズンズン奥を突いてると、ときおり強い反応を返して来た。 「陽茉莉はここが感じるのか……? くっ……はぁ、はぁ……っ」 「んむぅぅっ……! んっ、んっ、んっ……んむぅ……んっ、んぅぅぅっ……!」 「だ、だめぇ、本当に、そこ……は……ふぁ、あ、んんぅぅっ……! むぐぅっ、んっ、んんんっ……!」 感じるポイント何度もペニスで突くと、陽茉莉は本当に気持ち良さそうに喘ぎ始めた。 声を抑えるのもかなり辛そうだ。 でも膣内は収縮を繰り返し、ヒダが絡みつく感触に俺はますます腰の動きを早めてしまう。 「んっ、んっ……ふぁ、あ……も、もぅ、私……んっ、んぅぅぅぅっ……!」 「はぁっ、はぁっ、んむぅっ、んっ、や、あ、それ、気持ち良い……んっ、んぅっ、んぅぅ……!」 「くっ……ひ、陽茉莉……?」 俺の腰の動きにあわせて陽茉莉の腰がいやらしくくねった。 膣内で亀頭が強く擦れ、痺れるような快感が込み上げてくる。 「ひゃ……んっ、んぅぅ……ふぁ、あ、はぁ、はぁ……あん、そこ……いい、の……」 「んむぅっ……んっ、んんんぅ……ふぁ、んっ、んぅっ、んぅぅぅ……っ」 ぐちゅぐちゅと粘膜の擦れる音が大きく響いた。 さらに愛液が湧き出してきたのか、ぽたぽたとシーツに垂れていく。 「どうしたんだ陽茉莉、我慢できなくなったのか……?」 「んっ、ふぁ、あ、だってぇ……こんなされたら……んっ、んぅぅっ、んむぅぅ……っ」 どうやら、我慢していたのに自制が効かなくなってきたみたいだ。 声は必死に抑えているけど、そんな様子を見せられると意地悪をしたくなってくる。 「本当に陽茉莉はいやらしいな。自分から腰を動かすなんて」 「ひゃ、んぅっ、んっ、はぁ、はぁ、そんなこと言わないで……んっ、んぅぅ……!」 「はぁっ、はぁっ、こんなにずんずんされたら、私……っ」 「でも、隣に声が聞こえても良いのか……?」 「もしかすると、今にもそこのふすまが開くかもしれないぞ」 「んっ、や、あ……そんなこと、言わないで……っ。んっ、んぅぅっ、んく……っ」 ぎゅぅっと膣内が収縮し、緊張してるのが伝わってきた。 心なしか、少しだけ強く枕を噛んだように見える。 「ばれたら困るし、そろそろ止めようか。そもそも先っぽだけって約束だったもんな」 俺はそう言い、陽茉莉の腰を動かないよう押さえながら自分の動きも止めてしまう。 「んっ、んんぅ……はぁ、はぁ、はぁ……や、あ……どう……して……?」 「はぁっ、はぁっ、んぅぅ……んっ、んんぅ……」 陽茉莉は切なげに声を上げた。 もじもじと内股を擦り合わせるように体を揺らし始める。 「隣の部屋にばれちゃったら困るだろ?」 「それは、そうだけど……んっ、はぁ、はぁ……でも、私……」 せっかく快感に火が付いたところだったからだろうか、陽茉莉はかなり不満そうだ。 だけど両親にばれたくないという思いもあるからか、何も言えずにいる。 「はぁ、はぁ、んっ……ん、んっ……」 小さく腰を震わせる。 しかし俺がしっかり押さえている所為で、全然快感が生まれない。 「うぅぅ……意地悪……。んっ、はぁ、はぁ……そんな、焦らされたら辛いよぉ……」 「じゃあ、バレても良いのか?」 「それは……やだ……。んっ、あぅ……でも、でもぉ……」 焦らされ、陽茉莉はどんどん泣きそうな声になってくる。 そうだな……いじめすぎても悪いし、そろそろリクエストに応えるとするか。 なにより、俺だってこのままでは収まりが効かない。 「……行くぞっ」 短くそう告げると、俺はいきなり動きを再開していた。 最初から激しく、強めに腰を打ち付ける。 「んぅっ、ふぁ、あっ、んぁああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 突然の不意打ちに、陽茉莉は枕から口を離して大きく喘いでいた。 俺はすかさず何度も腰を叩きつける。 「んっ、ひゃっ、あっ、ふぁっ、んっ、あ、あぁっ!! やっ、んっ、んぅぅぅぅっ!!」 「そんなっ、いきなり……ふぁっ、やっ、んっ、激しい……だめっ、声……出ちゃ、んぁぁあぁぁぁっ……!!」 ブルブルと全身を震わせ、枕を握る手にますます力を込める。 全身に緊張が駆け巡り痛いほどにペニスを締め付ける。 「ひぁ……んっ、んぅぅぅっ、ふぁ、やめ、だめぇ……声、出る……んっ、気付かれ、ちゃう……っ」 「んぅっ、んっ、ふぁ、あっ、んぐっ……や、あっ、んぅぅぅぅぅっ……!!」 「声をこらえてどうしたんだ? ほら、陽茉莉はこうして欲しかったんだろ……?」 枕から口を離しても、陽茉莉はまだ必死に声をこらえようとしていた。 だけどそんな抵抗もむなしく、徐々に声は大きくなっていく。 「で、でもぉ、んっ、ふぁっ、あんっ、んっ、ふぁっ、あ、あっ、だめぇ……こんな、の……っ」 「やぁんっ、んっ、あっ、あんっ、んぅぅぅ……っ! 激しくて……ふぁ、あっ、んぅぅぅっ……!」 陽茉莉の感じるポイントを、グリグリと亀頭で抉るように腰を動かした。 「ひぁ……んっ、んぅぅぅぅぅっ……!! ふぁ、あっ、だ、だめ、もうっ……もぉ……」 さらに立て続けにそこを突き上げる。 「んっ、あっ、あんっ、やっ、あっ、や、あ、あ……っ」 「気持ち良い、のぉぉっ、それ、んっ、あっ、もっとぉ……して、してぇ……っ」 「あんっ、んっ、あ、あ、あっ、だめぇっ、だめぇぇっ! んぅっ、や、あっ、あ、あ、あっ……!」 ビクビクッと激しく背筋が波打った。 愛液をダラダラと溢れさせながら、陽茉莉は完全に快感に身を委ねる。 「はぁっ、はぁっ、陽茉莉……くぅぅっ……」 俺の動きにあわせて、陽茉莉の腰が大きくくねった。 激しい快感に、どんどん射精感が込み上げてくる。 「あんっ、あっ、んっ、すごいの、これぇぇ……っ、んっ、ふぁ、あぁぁぁぁ……!」 「わ、私、もう……イッちゃう、んっ、ふぁ、あ、あっ……!」 きゅぅぅと全身を強ばらせ、背筋を反らしていく陽茉莉。 「イクのか、陽茉莉……? くっ、はぁ、はぁ、良いぞ、好きにイっても……っ」 「う、うんっ……んっ、ふぁ、あっ、イッちゃう……イクぅぅっ、あ、あ、あ、あっ……!」 「はぁっ、はぁっ、く……陽茉莉……っ!!」 「ふぁ、あ、あ、あっ、奥ぅ……んぅぅぅっ、そんな、グリグリ……しちゃ……っ」 「んぁぁっ……! あくっ、やっ、あっ、も、もぉ、もぉ……っ」 切羽詰まった声を上げ、陽茉莉は鋭く息を呑む。 俺はそんな陽茉莉の膣奥を、思いっきり突き上げた。 「ひぐぅぅぅっ、ふぁ、あ、あっ、んぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 全身をさざ波が走り抜けた。 大きく絶頂の声を上げながら、陽茉莉は四肢を強ばらせる。 「くっ……ヤバイ、俺も……もう……っ」 ひだひだがペニスに絡みついて来る。 その感触で、もう、我慢も限界だ。 「んぅぅっ、ふぁ、あ、あっ、や……あ、まだ、中で……大きく……なって……っ」 「はぁっ、はぁっ、出すぞ、陽茉莉……うぁぁぁっ……!!」 イッたばかりの陽茉莉の中を掻き回しながら、俺もそのまま快感に身を委ねる。 「んぅぅっ、ふぁ、あっ、あ、あ、あっ……!」 膣内でペニスが大きく脈打ち始めた。 新鮮な精液が、勢いよく放出されていく。 「くぅぅっ……う、あ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「やっ……んっ、んぅぅぅ……! ふぁ、あ、あっ、熱いの……中で、暴れ……て……っ」 「はぁっ、はぁっ、んぅぅぅ……ふぁ、あ、あ、あ、いっぱい……だよぉ……」 陽茉莉はぐったりとした表情で、中出しされる精液の感触に身悶えていた。 びくんびくんと腰を震わせるその動きが、繋がったままのペニスから伝わってくる。 「はぁ、はぁ、く……ぅ……絞り出されるようだ……」 「ひぁ……ぁ、あ……はぁ、はぁ、はぁ……」 ひときわ強く、ぎゅぅぅぅとペニスを締め付けられた。 そしてそれで力尽きたのか、陽茉莉は体中から力を抜いていく。 「はぁ、はぁ……抜くぞ、陽茉莉……」 「んぅぅ……ふぁ、あ、んぅぅぅぅぅぅっ……!」 ちゅぽ……と軽い音を立ててペニスが抜け落ちた。 そのペニスに続くようにして、膣内からとろりと精液が垂れてくる。 「はぁ、はぁ……ぁ、ん……垂れて、る……。はぁ、はぁ、はぁ……」 「ふぁ、あぁ……や、あぁん……くすぐったい、のぉ……」 精液は陽茉莉の足の間を筋になって垂れ、シーツの上に染み込んでいく。 陽茉莉はその感覚に体を震わせながら、ただただ荒い息をつくのだった。 「くっ……う、ぅぁあぁっ……!」 射精する瞬間、俺はペニスを強引に引き抜いていた。 そのまま激しくペニスを震わしながら、陽茉莉に向けて精液をほとばしらせていく。 「ひゃっ……あ……んっ、んぅぅぅ……! ふぁ、あ、あ、あ……」 「はぁっ、はぁっ、熱いの……いっぱい……出てる……。んぅぅっ、あん、んっ、はぁ、はぁ……」 べちゃっと精液がかかった瞬間、陽茉莉はくすぐったそうに身震いしていた。 俺はさらに、陽茉莉を精液まみれにする勢いで射精する。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……くぅぅぅっ……」 「んぅぅ……ふぁ、あ……はぁ、はぁ、はぁ……やぁ……ん、すごい……」 「いっぱい……とろとろに、なっちゃった……あん、んぅ……っ」 ようやく射精が終わった頃には、陽茉莉の下腹部は精液でべとべとになってしまっていた。 どろどろの液体がゆっくりとその肌を滑り落ちていく。 「ひゃ……ぁん……もぉ、私……だめぇ……、力……はいんない……」 陽茉莉は荒い息をつきながら、力尽きたように崩れ落ちていくのだった。 「わっ……もうこんなに大きくしてたんだ? すごいねぇ」 ペニスを引っ張り出すと、陽茉莉は少し驚いたように声を上げた。 軽く竿を掴み、撫でるようにして触れてくる。 「くっ……あ、あのさ、陽茉莉。そうやって触られると、落ちつかないんだけど……」 「気持ち良くないの?」 「いや、気持ち良いは良いんだけどさ」 本当に軽く撫でる程度の触りかたなので、むしろ焦れったくてしかたない。 焦らされてるというか、何というか……。 どうせなら、もっと大胆にしごいて欲しい。 「ふぅん……そうなんだ、もっとして欲しいんだ……? もう、エッチなんだから」 「あと、出来れば口で……」 「ん、ちゃんと口でもしてあげるから、もう少し待ってて」 「だって、私……男の子のをこんなに近くで見るのって初めてだし。何だかドキドキしちゃって……」 「あ、ああ、そう言えばそうだったっけ……」 いつもは俺が陽茉莉にしてることが多いから……。 すでに何度かエッチをしている仲だけど、フェラをして貰うのは初めてだもんな。 そう考えると、俺はますます興奮を覚えてしまう。 「あはは、男の子って大きくするとこんな感じなんだ……なんか可愛いかも」 「こんにちはーって、挨拶するのも変かな……?」 つんっと亀頭を突っついてくる陽茉莉。 さらに俺を焦らすようにして、軽く息を吹きかけてくる。 「くぅぅっ……ちょ、陽茉莉。そうされると、辛いから……っ」 下腹部がむずむずしてしまう。 早く気持ち良くして欲しくて堪らない。 「陽茉莉、そろそろ頼む……。俺、もう……」 「うーん、どうしようかなー。やっぱやめようかな〜何か、お口でするの抵抗あるし」 「ここまで来て生殺し!?」 なまじ期待してしまった分、それは辛すぎる……! 「なんて、冗談。するって言ったからには、ちゃんとしてあげる」 くすりと笑みを漏らし、意地悪く俺を見つめてくる。 完全に主導権を握られてしまってるようだ。 それでも、して貰うためには俺は下手に出るしかない。 「頼む……いや、お願いしますっ、陽茉莉様っ」 「ん……じゃあ、してあげるね……?」 陽茉莉は小さく口を開くと、そっとペニスへと顔を近づけてきた。 「んっ……ちゅ、んぅ……ちゅ……」 「うぁあぁぁっ……!」 軽く唇が触れた瞬間、痺れるような快感が腰を走り抜けた。 思わず、俺は大きな声を上げてしまう。 「きゃっ……んっ、今、ぴくんって動いた……。気持ち良かったの……?」 驚いたように目を開け、ちらりと俺を見てくる。 「あ、ああ、初めての感触につい……」 「ふぅん……気持ち良いと、これ、今みたいにぴくんってするんだ……ちょっと面白いかも」 「じゃあ、もっとぴくぴくさせてあげるね? いっぱい、気持ちよくしてあげる」 そう言うと、陽茉莉は改めてペニスへと口を付けた。 「ちゅ……ん、ちゅぱ、ぴちゃっ、んっ……んぅぅ……」 「くぅっ……!」 濡れた舌が、ゆっくりとペニスを撫でた。 ぴちゃぴちゃ音を立てながら、丹念に先端を舐められていく。 「ちゅ……れるっ、んっ……んんぅぅ……ん、不思議な味、してる……んぅ……」 「んぅ……ちゅ、ぴちゃっ、んぅ……はぁ、匂いも、ちょっとしてるかも……」 一通り亀頭を舐めると、陽茉莉は小さくそう呟いた。 「でも、嫌いじゃないかな……んぅぅ……ちゅ、れる……んぅ……。はふ……」 ちゅっと先端にキスをし、今度は大胆に亀頭を咥えてしまう。 「んぅぅ……ちゅ、ちゅっ……ちゅっ、んっ、ちゅっ……」 「んっ、ちゅ……んむぅ、んっ、ふ……んぅぅ……ぴちゃ、ちゅ、んぅ……」 ペニスを支えていた手で軽く竿の部分をしごいてきた。 同時に連続して刺激を加えられ、俺は快感にうめいてしまう。 「うぉ……ちょ、陽茉莉……っ!」 「んっ……ちゅぱ、なぁに? これ、気持ち良くない……?」 「い、いや、すごく気持ち良いんだけど……はじめて、なんだよな?」 「もちろん、んっ……ちゅ、初めてだよ……? んっ……」 「その割りには、随分と上手いような気がするんだけど……」 お願いしたのは俺だけど、気持ち良すぎてびっくりだ。 「んー……きっと、どうすれば気持ち良いか考えながらしてるから……かな?」 「先っぽをこうしたらどうかなとか……んぅっ……」 ちろちろと先っぽを舌先でくすぐってくる。 「こうしたらピクピク動いたから、今度はこうしたらどうかなとか……んぅぅっ……」 続けて、裏筋をゆっくりと舐め回された。 そのくすぐるような刺激に、ペニスはまた大きく震えてしまった。 「くぉっ……うぐ……っ」 「あはは、また動いた……んぅっ、ちゅ、これで気持ち良くなってくれてるなら、すごく嬉しいな……」 「あむ……んっ、んぅぅ……ん、ふ……んぅぅっ……」 「ま、また……っ、く、あ、あ、あ……!」 また先端をぱくりと咥え込まれてしまった。 唇で締め付けられながら、くびれを舌先で舐め回される。 「ぴちゃっ、んっ……ふ、んむ……ここ、気持ち良い……? んぅ……ちゅぱ、んっ、んぅ……」 「ふぁ……いっぱい、ぴくんぴくんしてる……ちゅ、んぅぅ……んっ、ちゅ、んん……」 「ふぁ……んっ、なんか、可愛い……。気持ち良いって顔してる……ちゅ、んむ、んっ……」 俺の反応を見ながら、陽茉莉は嬉々としてペニスをしゃぶっていた。 しかも舌使いがどんどん遠慮が無くなってくる。 「今度はこうしたら……どうかな……? んぅぅ……ちゅ、あむ、んっ、んぅ……」 きゅっと唇で締め付けられた。 顔を上下に動かしながら、ペニスを強くしごいてくる。 「んくっ……うっ、ちょ、陽茉莉、そんなにされたら、俺……っ」 「ちゅ……んっ、んぅぅ……んっ、ふ……じゅる、んっ、んっ……」 「くぉぉぉ……!」 やばいくらいに気持ちよすぎる。 陽茉莉に舐められる度に、どんどん快感が膨らんできた。 「んぅぅ……ちゅ、んむ、んふ……なんか、膨らんで来た……はむ、んぅっ……」 「ふぁ、れるっ、じゅる……ん、先っぽからも、ぬるぬるしたの……ちゅぶ、出て……んぅぅ……」 「はぁ、はぁ、陽茉莉……っ」 背筋を快感が一気に這い上がってくる。 下腹部が甘く痺れ、射精感を堪えられなくなってきた……。 「じゅる……ん、ちゅ……んっ、んっ……ふぁ、すごいぴくぴくして……気持ち良いんだ……?」 「んっ、んっ、んっ、でも……ちゅ、んぅ……」 ぴくぴく震えるペニスを大きく舐め上げ、陽茉莉はゆっくりと顔を上げていく。 「ちゅ……ん、えへへ、これでおしまい」 そう言いながら、陽茉莉はペニスから口を離してしまった。 もう少しでイケそうなくらい昂ぶっていた衝動が、どんどん鎮まっていってしまう。 「なっ……え? マジで……!?」 「うん、マジで。なんかあごが疲れちゃったなー」 「そんなっ、マジでこれで終わり……?」 俺は思わず、この世の終わりのような声を上げてしまった。 だって、もう少しでイケたんだよ? それなのに、このタイミングでおしまいだなんて……。 「ひ、陽茉莉、そこを何とかっ。もう少しだけで良いから……な?」 「えー。どうしようかなぁ」 どこか意地の悪い笑みを浮かべつつ、陽茉莉は俺を見つめてきた。 「じゃあ……ちゅっ。はい、おしまい」 軽く亀頭に唇を触れさせ、すぐに顔を上げてしまう。 「えぇぇぇぇっ!? そ、それっぽっち……?」 「お、お願いします、陽茉莉様っ。どうか続きを!」 そんなんじゃ、とてもじゃないけどイケない。 「うふふ、どうしてもお口で続けて欲しい……?」 「どうしても続けて欲しい! 頼むっ」 「もう、エッチなんだから。しかたないから、どぴゅってするまでしてあげる……」 「良い子だから、大人しくしててね? んっ……」 まるで俺を子供扱いするようにそう言うと、陽茉莉は再度ペニスを咥えはじめた。 「んっ、あむ……んっ、ふ……んぅぅぅ……」 「う、ぉぉ……くぅ……っ!!」 先端から、ゆっくりと温かい口内へと導かれていく。 あらかじめ唾液を溜めていたのか、すぐにぬめった感触が襲いかかって来た。 「じゅる……んっ、ちゅ、はむ……んっ、んぅぅ……ちゅ、んぅ……ちゅぱ、んむ……」 「ふぁ……んっ、すごい……ガチガチになってるよ……んぅ、ちゅ、んむぅ……」 まだ上目遣いで俺のことを見つめながら、陽茉莉は大胆にしゃぶり始めた。 ペニスを根本近くまで咥えるくらい、大きく顔をストロークさせていく。 「ふ……んぐぅっ……じゅる、ちゅ、んっ……んっ、ぴちゃっ、んっ、んむぅ……」 「あん、んっ……ぴくぴく、してる……んむっ、ちゅ……んっ、ふ……」 「はぁっ、はぁっ、陽茉莉……うぁあぁ……っ!」 一旦焦らされたからだろうか、陽茉莉のちょっとした動きさえもめちゃくちゃ気持ち良かった。 ペニスが先端から融かされてしまいそうな快感に、俺はされるがままになってしまう。 「んっ、ふ……じゅるっ、ちゅぱ、んっ、ふ……んぐぅ……ん、んっ……」 「ちゅぱ……ふぁ、んっ、どぉ……? んっ、んっ、イキそう……?」 ちゅるんっと亀頭をしゃぶり、ちろちろ舌先でくすぐりながらそんなことを聞いてくる。 「あ、ああ、もう少しで、イキそうだ……くぅっ……!」 先程静かに引いていった射精感が、また徐々に這い上がってきていた。 陽茉莉の口の感触が本当に堪らない。 「んぅ……そうなんだ……ちゅっ、んっ……んっ、んっ……はぁ、はぁ……」 「好きなときに、どぴゅってして良いから……ね? あむ……んっ、んっ、んっ……」 「くっ……陽茉莉、う、あ、あ、あっ……」 どんどん、陽茉莉の動きが激しくなって来た。 夢中になったかのように激しくペニスにしゃぶりついてくる。 「じゅる、ちゅぱ、んっ、んぶ……んっ、じゅるるっ……!」 「んっ、ふ……んっ、んっ、んぅぅぅ……! ちゅぱ、れるっ、んっ、あむ……ふ、んぅぅ……っ」 陽茉莉はペニスを吸う度に、唾液がいやらしく音を立てた。 「うぁぁっ……! それ、ヤバイ……腰が溶ける……っ」 軽く吸われるだけで、腰が勝手に前に突き出されてしまう。 しかも舌が思いも付かない角度から絡みついて来る。 気持ち良すぎて、いつまでも我慢出来そうにない……。 「んふ……ちゅぶ、んっ、じゅるるっ、ちゅぱ、あむ……んっ、ふ、んぐぅぅっ……!」 「じゅる……ちゅぱ、んむ……んっ、んっ、んぅ……ふぁ、ちゅ、んぅぅ、あむ……っ」 まだ、陽茉莉の動きは激しくなっていた。 同時に手で竿の根本から陰嚢の辺りをさわさわと刺激してくる。 「くぅっ……はぁっ、はぁっ、陽茉莉……っ」 「んんぅ……ちゅぱ、あむ……んっ、んぐ……ふぁ、れるっ、ちゅ……んっ、んっ、んっ」 「んむ……ふぁ、もぉ、出そう……? ちゅ……んっ、んっ、んぅぅっ……」 「あ、ああ、もう出る……イク……っ」 強烈な射精感が俺の中で暴れ始める。 それを感じ取ったのか、陽茉莉はペニスを咥えながら小さく頷いた。 「じゅる……んぅ、ふぁ、先っぽ、膨らんでる……んっ、ちゅ……んっ、んっ、んぅぅ……っ」 「いいよ、んぅっ、出して、いっぱい……んっ、んむ、ふぁ、んっ、んぐぅ……ちゅっ、んっ、んぅぅっ……!」 深いところまで一気にペニスを飲み込む。 喉元にこつんっと先端がぶつかり、きゅうきゅうと締め付けられた。 「んっ、んむ……んぐぅっ、んっ、んむぅぅ……っ!」 「ぐっ……だ、ダメだ、もう……っ」 あまりの快感に、一気に限界を超えてしまった。 「はぁっ、はぁっ、くっ……う、うぁぁあぁぁっ!!」 腰を激しく震わせながら、思いっきり射精してしまう。 「んぐ……ぅ、んっ、んむぅぅぅぅぅっ……!! ふっ……んっ、んぅぅぅぅっ……!」 「はぁっ、はぁっ、く……う、あ、あ、あぁあっ……」 咥えられたまま、ペニスは大きく上下に震えていく。 随分とご無沙汰だったこともあり、自分でもかなりの量が出てるのがわかった。 「んんっ……ん、んぅぅっ……ふ、んむぅぅぅっ……! んっ、んっ、んっ……んぐっ、んむぅぅっ」 「ふ、んむぅ……ん、んっ……んぅぅぅっ……」 あまりに勢いが激し過ぎたのか陽茉莉は驚いたように軽く眉根を寄せていた。 それでもペニスから口を離さず、精液を余さず口の中で受け止めてくれる。 「んっ、んっ、んぅぅぅっ……ふぁ、んぅっ……!」 ちゅっと軽い粘液の音を立てて、陽茉莉の口がペニスから離れた。 ツーッと精液の糸が垂れ堕ちていく。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……くぅっ……陽茉莉……」 「んっ……んぅ、ふ、んむぅ……ふぁ、んぅっ、んぅ……」 口を閉じたまま、陽茉莉はどこかうっとりと息をついた。 ちらりとこちらに視線を向け、まるで俺に見せつけるようにゆっくりと口を開いていく。 「ふぁ……んっ、んぅ……」 「う、わ……」 陽茉莉の口から、大量の精液が垂れてきた……。 それを左手で受け止めていくのが、何だかめちゃくちゃエロい。 「いっぱい、んっ……出しすぎ、だよ……。はぁ、はぁ……んっ、んぅぅ……」 「んぅぅっ……はぁ、はぁ、喉に粘り着いて、飲めないかも……」 軽く喉を鳴らしては、ちょっと苦しそうに顔をしかめた。 それでも唇の端に付いた精液を舐め取り、飲み込む。 「すごく濃くて、どろどろしてる……んっ、ちゅ……んっ、はぁ、はぁ、はぁ……」 「し、しかたないだろ、久し振りだったんだから……」 とはいえ、それでもこれはかなりの量だ。 我ながらここまで溜めていたことに驚いてしまう。 「でも、気持ち良くなれたでしょ……?」 陽茉莉はそう言うと、すっきりして萎え始めたペニスの先端に、軽くキスをしてくるのだった。 「きゃっ……んっ、んぅぅぅぅぅぅっ……!!」 俺は強すぎる快感に、思わず腰を引いていた。 陽茉莉の口から抜け出たペニスは、そのまま激しく脈動を繰り返しながら精液をほとばしらせ始める。 「はぁっ、はぁっ、くっ……あ、くぅっ……!」 今までかなり溜め込んできた所為か、射精の量は半端じゃなかった。 どんどん陽茉莉の顔が精液で汚されてしまう。 「んぅっ、んっ……ふあ、はぁっ、はぁっ、んっ、んぅぅぅぅっ……!」 「はぁ、はぁ、はぁ……んぅっ……すごい、いっぱい……出てる……」 ようやく射精が落ちついてくると陽茉莉は興奮したように息をついた。 顔中にべたべたとくっついた精液もそのままに、うっとりと俺を見つめてくる。 「こんなに我慢してたんだね……んっ、はぁ、はぁ……濃くてどろどろしてる……」 「匂いもすごくて……んぅっ……何だか、ムズムズして来ちゃう……」 「はぁ、はぁ……悪い、陽茉莉。つい顔にかけちゃって……」 「ん……いいよ、これ、嫌いじゃないし……ちゅ、んっ……美味しい、かも……」 口の周りについた精液を舐め取り、ほうっと息をつく陽茉莉。 ちらりと俺を見て柔らかく微笑む。 「いっぱい、気持ち良くなれた……?」 そう言い、ツンッと萎え始めたペニスを突っついてくるのだった。 「んっ……ねぇ、重くない……?」 「大丈夫だ。陽茉莉が重いわけないだろ?」 俺の顔に股間を押しつける陽茉莉にそう応える。 むしろこの重みがめちゃくちゃ心地良い。 「はぁ……陽茉莉の匂いがする……」 「あんっ……やだ、そんな匂いなんて嗅いじゃだめぇ……」 「目の前に陽茉莉のパンツがあるんだからしかたないだろ?」 「でも……んっ、はぁ、はぁ……」 興奮した様に小さく腰をくねらせた。 さらに俺の口元へと股間を押しつけてくる。 「んっ……はぁ、陽茉莉……んぅぅっ……」 「ふぁ、あ、やぁん、パンツの上から、舌が……ふぁ、あ、ああ……」 「久し振りで、すごく……気持ち良いよぉ……」 会えない時間が寂しかったのは俺だけじゃ無かったみたいだ。 陽茉莉はもうすっかりスイッチが入ってしまったかのように、エロエロになってしまってる。 そもそも教室でおっぱいをはだけてるくらいだしな。 「陽茉莉……ん、ちゅ、んぅっ……」 「あんっ、んっ、あ、あ、あっ……んっ、すごい……」 「ひゃ……ん、んぅぅ……はぁ、はぁ、気持ち、いいの……んっ、んぅぅ……っ!」 ぴくんっと陽茉莉の腰が震える。 パンツに大きなシミが広がってきた。 「はぁ、はぁ……パンツが湿ってきた……。はむ、んっ、んぅぅぅ……」 俺はパンツを甘噛みするようにしながら、陽茉莉の股間にキスを繰り返す。 「んっ、んぅぅっ……きゃ、はうぅっ……んっ、はぁ、はぁ、やぁん、それ、痺れちゃう……っ」 「はぁ、ん……あ、あっ、んぅぅぅっ……!」 パンツの上からクリトリスを突っつく。 それだけで、陽茉莉は敏感に反応していた。 やばいな……これ、めちゃくちゃ興奮する……。 久し振りの陽茉莉の声も、重みも、匂いも、どれもこれも堪らない。 「はぁ、はぁ……あん、すごい……ここ、すごく大きくなってるよ……?」 陽茉莉が俺の勃起に気が付き、ちょんっと指先で突いてきた。 「しかたないだろ、この状況で大きくするなって言う方が無理だ」 「んっ……そんなに、私のえっちなところで興奮してるんだ……?」 「ああ、早くここに突っ込みたくてウズウズしてる……」 言いながら、俺は舌先で膣口の辺りを突いた。 「きゃっ……んっ、んぅぅ……! やん、気持ち良い……はぁ、はぁ……」 「私もすごく、興奮しちゃってる……。えっちなおつゆがとまんないよぉ……」 陽茉莉の言うとおり、もう股間の辺りはぐちょぐちょになっていた。 すでにパンツで受け止めきれなくなって、太股にまで垂れてきている。 「はぁ、はぁ……陽茉莉……んぅっ……」 「ふぁ、あ、あっ……! んっ、ぱ、パンツ、押し込んじゃ、だめぇぇ……っ」 「ふぁ、ぁ、あんっ、んっ、あ、あ、ぬるぬるして……ふぁ、あ、あああ……!」 舌先でパンツを膣口に押し込むと、ますます陽茉莉は切なげに腰をくねらせた。 溢れ出たパンツが顔に張り付いて、どんどん息苦しくなってくる。 「はぁ、はぁ、はぁ……そろそろパンツを脱がすぞ……」 このままじゃ窒息しかねない。 俺は陽茉莉の返事も待たず、びしょ濡れになったパンツをずり下げていく。 「あ……ふぁあぁぁぁぁぁ……!」 脱がした途端、愛液がつーっと糸を引いて垂れた。 陽茉莉は下半身をむき出しにして小さく身震いをする。 「うぉぉ……久し振りの陽茉莉のだ……」 「や……ん、息がかかって……んっ、ふぁ、あ……はぅぅん……」 パンツという受け皿がなくなってますます愛液の量が多くなってきた。 ヒクヒクと陰唇が震えているのがエロい。 「や……ぁ、そんなジッと見ないで……んっ、焦らしちゃやぁ……」 「んぶぅぅっ……!?」 ジッと見つめていたら、思いっきり股間を押しつけられてしまった。 一瞬、呼吸が出来なくて目を白黒させてしまう。 「ぷはっ、ちょ、陽茉莉……」 「はぁ、はぁ……あんっ、ふぁ、あ……だって、焦らすから……」 「ねぇ、もっと口でして欲しいの……。良いでしょ……?」 「ったく……しかたないな……」 ここまで積極的に求められたら、俺も応えないわけにはいかない。 「陽茉莉、舐めるぞ」 俺は突き出してくる陽茉莉の股間に、思いっきり顔を埋めた。 「んっ、ふぁ、あっ、んぅぅぅぅぅぅぅぅっ……!!」 「あんっ、んっ、ふぁ、あ、あっ、それ、激しい……ふぁ、あっ、んぁぁぁっ……!」 膣内から溢れてくる愛液を音を立ててすする。 舌先でクリトリスをちょんっと突っついた。 「んっ、あんっ、あっ、あうぅぅっ……はぁっ、はぁっ、んっ、あ、あ、あっ……!」 「はぁ、はぁ、陽茉莉のここ、美味しい……」 「きゃ、あっ、だ、だめぇぇ……っ、口を付けながらしゃべっちゃ……んっ、んぅぅぅぅっ……!!」 声の振動さえも感じるのか、陽茉莉はあられもなく声を張り上げた。 それでも腰の動きは止まらない。 自分からさらにして欲しいとねだるように、グイグイと押しつけてくる。 「んぅぅっ……陽茉莉は本当にエロいな……自分から、そんなに求めて来て」 舌先で強引に膣口を押し拡げる。 「はぁっ、はぁっ、んっ、あ、あ、あっ、ふぁぁぁあぁぁぁぁ……!!」 「中に、舌……入って……っ、んっ、やんっ、んっ、あっ、あっ、あっ……!」 さらに大量の愛液があふれてきた。 俺はそれを全て飲み干してやろうと、激しく舌で股間をまさぐっていく。 「ふぁ、あぁっ、やめ……んっ、それ、だめぇぇっ……! 激し過ぎて……ふぁ、あっ、んっ、んぅぅぅっ……!」 「あんっ、あっ、だめぇぇぇっ、許して……そんな、んっ、んぅぅぅ……!!」 陽茉莉の太股が何度も切なげに震えていた。 余程感じているのか、どんどん声に余裕がなくなってくる。 「んぅぅぅっ、ふぁ、あっ、あっ、わ、私……もぉ……んっ、んぁあぁぁぁっ……!」 徐々に全身を痙攣してるかのように震わせ始めた。 息が荒くなり、体を支えていられないのか、俺にかかる体重が増してくる。 「はぁっ、はぁっ、んぅぅ……やっ、あ、あ、あっ、もぉ、もぉ……っ、ふぁ、あ、あっ……!」 「ちゅぱ、んっ……もう、イキそうなのか……?」 「う、うんっ……だめぇっっ、イッちゃう、イクぅぅっ、んぅっ、やんっ、あっ、あ、あ、あっ……!」 もう限界なのか膣内が小さく収縮した。 太股で俺をぎゅぅぅと挟みこんでくる。 「はぁっ、はぁっ、んっ、んぅぅ……ふぁ、も……イクぅぅっ」 「んぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 陽茉莉は大きく叫びながら、ぐっと背筋を反らしていた。 大量の愛液が噴き出して俺の顔を濡らしていく。 「あっ、あ、あ、あっ、んぅぅ……! ふぁ、あっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「はぁ、はぁ……んぅ、う、ぁ……い、イッちゃった……私……」 「えっちなところ、いっぱい……舐め回されて……んっ、はぁ、はぁ……」 快感の波が通り過ぎる頃には、すっかり陽茉莉は脱力してしまっていた。 荒い息をつきながら、ヒクヒクと何度も腰を震わせる。 「はぁ、はぁ……陽茉莉、これで満足か……?」 「ううん……まだ……。こんなんじゃ全然足りないの……。もっとしよ……?」 「今度は、この硬いのが欲しいな……」 つんつんと、俺の勃起した下腹部を突いてくる。 もちろんそう言われては是非も無い。 「とりあえず、上から退けてくれないか……?」 「うん……」 股間から愛液を滴らせながら、陽茉莉はゆっくりと立ち上がる。 「んっ……はぁ、はぁ……これで、いい……?」 机の上に乗り、陽茉莉は物欲しげに俺を見つめてきた。 片足を大きく持ち上げ、自分から指で割れ目を押し開いていく。 「早く挿れてぇ……。私、もう我慢できないの……」 すでにクンニで一度絶頂している所為か、陽茉莉の股間はこれ以上無いくらいとろとろだった。 開いた膣口からたらりと愛液があふれてくるのを見て、俺は生唾を飲み込む。 「教室でこんな格好して、陽茉莉はエロいな……」 「だってえ……」 「もう少し声を小さくしないと、誰か来ちゃうかもしれないぞ?」 さっきの絶頂の声もかなり大きかった。 ここなら大丈夫だとは思うが、だからといって安心出来るわけじゃない。 「んぅっ……はぁ、はぁ、大丈夫、ちゃんと声、我慢するから……」 「だから、ね? 早く挿れて欲しいの……。大きくて太くて、ガチガチなの、お願い……」 さらに大きく、陽茉莉はくぱぁと自分の股間を広げていく。 「……っ、そ、そうだな、大丈夫だよな」 そもそも、この状況で我慢出来るわけがない。 俺だってずっと陽茉莉とエッチしたかったんだから。 「挿れるぞ……」 怒張したペニスを陽茉莉へと押しつける。 そのまま、ゆっくりととろとろな膣内へと押し込んだ。 「んぅっ……ふぁ、あ……っ、んぅぅぅぅっ……!」 「ひゃ……ぁ、ぁんっ、やだ、すごい硬いの……ふぁ、あ、あ、奥まで……っ」 「くっ……う、うぉぉぉ……っ」 ぐちゅっと水音が教室に響いた。 ペニスはほとんど抵抗なく陽茉莉に飲み込まれ、コツンッと膣奥にぶつかってしまう。 「んぅぅぅっ……! ふぁ、あぁん、奥に、こつんって……んっ、んっ……」 「えへへ……教室なのに……んっ、しちゃったね? お腹の中に熱いの、いっぱい感じるよ……」 まだ挿れただけなのに、陽茉莉は気持ち良さそうに息をついた。 きゅっ、きゅっと意識して膣内を締め、ペニスをしごいてくる。 「こら、そんなに締め付けるな……くっ、はぁ、はぁ……」 「あん、だってぇ……ずっと、これ欲しかったから……」 「んぅぅぅっ……ふぁ、あっ、んっ、やだ……お腹の中、むずむずして……っ」 小さく震えながら、切なげに息をつく。 「やっぱり私、これ……好き……んっ、あんっ、んっ……はぁ、はぁ……」 「ね、いっぱいして……? んっ、ふぁ、あ……んっ、あん……私の中、いっぱいぐちゅぐちゅしてぇ……」 「はぁ、はぁ……しかたないな、陽茉莉は……。ちゃんと、声は我慢しろよ?」 「うん……頑張る……。んっ、はぁ、はぁ、はぁ……んぅっ……」 小さく頷き、陽茉莉は軽く唇を噛んだ。 それを合図に、俺は早速腰を使い始める。 「んっ、んぅっ、んっ……あ、あ、あ、あ、あっ……んぅぅぅぅっ……!!」 ずんっ、と強く膣奥を叩きと、陽茉莉は全身を震わせながらくぐもった声を上げた。 俺は続けて陽茉莉の中をぐちゅぐちゅと掻き回していく。 「あんっ、んっ、んっ、ふぁ、あっ、や……んっ、あっ、それ、すごい……っ」 「あぁんっ、ん、んぅぅっ、奥に、ずぅんって……ひゃっ、あ、あっ……」 陽茉莉の中は本当にぬるぬるだ。 ちょっと動いただけで新しい愛液が掻き出されてくる。 「はぁ、はぁ……陽茉莉の中、すげぇとろとろだ……」 本当にこの感触は堪らない。 しかも痛いほどに締め付けてきて、これだけでどうにかなってしまいそうだ。 「やぁん……んっ、はぁ、はぁ、私の中、いっぱいに……なってる……」 「んぅっ……ねぇ気持ち良い……? どう、かなぁ……?」 「ああ、めちゃくちゃ気持ち良い……最高だ……っ」 俺はリズム良く腰を打ち付けながらそう答える。 意識しなくても、どんどん腰の動きが速くなってるのがわかった。 更に深く、激しく、陽茉莉を求めて腰を前後させる。 「んっ、んっ、んっ、あんっ、ふぁ、あ、あ、あっ、やだ……激しく、なって、きて……っ」 「んっ、あっ、はうぅぅっ……んっ、ふぁ、あ、あっ、んぁあぁぁっ……!」 ひときわ強く陽茉莉の体が跳ねた。 持ち上げた足が緊張に強ばり、ぎゅぅっと目を瞑る。 「す、すごい……のっ、奥に、ずんっ、ずんっって……んっ、ふぁ、あっ、そんなに……あんっ、んっ、あ、あ、あ、あっ!」 「やぁん、とまんない……気持ち良いの、とまんないよぉ……んっ、ふぁ、あ、あぁぁっ!」 陽茉莉の喘ぎ声が教室に響く。 愛液がだらだらと溢れ出し、机の上で小さく水溜まりを作り始めた。 「ここが良いのか? ほらっ……!」 「あんっ、あっ、ふぁ、あっ、そこ、ぐりぐりしちゃ……んっ、んぅぅぅぅぅっ……」 「はぁっ、はぁっ、んっ、あんっ、もっと……そこ、もっとぉ……っ」 亀頭が擦れて気持ち良いのか、陽茉莉はさらにおねだりをしてくる。 「ここか……? それともこっち?」 陽茉莉の感じるところを探るように腰を小刻みに動かした。 「んぅぅぅっ……! あ、あっ、違う……んぅっ、もっと、入り口に近いところで……」 「んっ、あ、あ、あっ、そこ……うん、そこが良いの……っ、ふぁ、あ、あ、あっ……!」 先端が気持ちところに擦れ、陽茉莉は痺れたように膣内を震わせる。 「くっ……うぉ……陽茉莉の中、メチャクチャ締まってる……」 陽茉莉が感じてるのが繋がってる部分から痛いほど伝わってくる。 これだけ陽茉莉が感じてるのを見ると、ますます堪らない気分になってきた。 「はぁ、はぁ……陽茉莉、もっと行くぞ……っ」 「あんっ、んっ、あ、あっ、はぁっ、んぅっ、んっ、ふ、あ、あ、あっ!」 「や……ぁ、まだ激しく……なって……っ、んっ、んっ、あ、あ、あ、あ、ふあぁあぁぁぁっ……!」 ダメだ、気持ちよすぎて俺も全然止まれない。 肉を打つ音が教室に響くくらい、強く腰を叩き付ける。 「んぅぅぅぅっ、ふぁ、あっ、あっ、や……んっ、ふぁぁぁぁぁぁっ……!」 「あんっ、だめっ、激しいからぁ……っ、奥、ぐりぐりって……」 「陽茉莉、陽茉莉……っ!!」 「ふぁ、あっ、んっ、やっ、ふぁ、あ、あ、あぁぁっっ……!」 ぐちゅぐちゅと愛液が音を立て、床にまで滴り始める。 むき出しの乳首がいつの間にかコリコリに硬くなっていた。 「んっ、んぅぅっ、ひゃっ、あうっ、んっ、や、だめぇぇっ……そんな、しちゃ……ふぁ、あ、あ、あ、あ……っ」 「んぅっ、やんっ、ま、また、私……イッちゃうからぁぁ……っ」 呼吸を乱し、陽茉莉は切なげに声を上げる。 言葉通り絶頂が近いのかガクガクと全身が震えはじめた。 「はうっ……んっ、あんっ、んっ、あ、あっ、だめっ、だめっ、だめぇぇっ……!」 「気持ち良い……のぉっ、んっ、あんっ、あっ、イクぅぅ……イッちゃう、ふぁ、あ、あぁっ!」 「はぁっ、はぁっ、くっ……良いぞ、陽茉莉……俺も、もう……っ」 「う、うんっ……ふぁ、あっ、一緒に、いこ……? ね、んっ、はぁっ、はぁっ、一緒に……ふぁ、あ、あ、んくぅぅぅぅ……っ!!」 不意に、陽茉莉の中を緊張が駆け抜けた。 体を縮み込ませるように硬くし、グッと息を呑む。 「んっ、あんっ、あ、あっ。もう……イクぅぅっ、あ、あ、あっ、あっ──」 もうイクというその瞬間、突然廊下から足音が聞こえてきた。 「……っ、陽茉莉!」 俺はとっさに腰の動きを止め、陽茉莉の口を押さえる。 「んぐぅぅぅぅっ……!? んっ、んむ……ぅぅ……っ」 「ぷはっ! やっ、どうして止まるの……? んっ、あん、もう少しなのに……」 「しずかに……誰か、来た……」 「あ……」 陽茉莉もようやく足音に気が付いたようだ。 息を呑み、ぎゅぅぅと体を緊張させていく。 「ど、どうしよう……? 私、もう少しだったんだけど……」 「このまま続けるのはまずいだろ……」 俺もまだイケてない。 もう少しだったとはいえ、さすがに続ければ誰かに気付かれてしまうかも……。 「とにかく、一旦抜くぞ……」 「あ……やぁん……っ」 まだ物欲しげに震えている陽茉莉の中から、ゆっくりとペニスを引き抜いた。 「んっ……はぁ、はぁ……あぅぅ、まだ何か、私……」 「もう、良いところだったのに……早くどこかに行ってくれないかなぁ……」 制服を着込んだ陽茉莉は不満そうに息をついた。 さっきの足音の主は隣の教室にでも入ったのか動いた気配はしない。 「むぅぅ……」 「……陽茉莉、場所を移動しよう」 「え? あっ……」 陽茉莉の腕を掴むとさっさと教室を出てしまう。 「ここで良いかな……?」 辺りに人の気配は無い。 それに出入り口は1つしか無いから、来てもすぐにわかるはずだ。 「ここで続き……するの……?」 「もちろん。陽茉莉は嫌か?」 「ううん、したい……。だって、さっきイキそびれちゃったから……」 陽茉莉は興奮した様に頷くと、自分から制服を脱ぎ始めた。 「んっ……やだ、恥ずかしい……。私、こんなところでこんな格好して……」 「もしかすると、下から誰かに見られてるかもな」 「やだ……そんなこと言わないでよぉ……んっ、はぁ、はぁ……」 恥ずかしげに腰をくねらせた。 それでも体の火照りは鎮まらないのか、物欲しげな眼差しを俺に向けてくる。 「ねぇ、早くさっきの続きしてぇ……。私、我慢できない……」 「しかたないな、陽茉莉は……」 とはいえ、俺ももう我慢できない状況だ。 「パンツを脱がすぞ……」 さっき教室で慌ててパンツを穿いた所為か、すっかりシミが広がってしまっていた。 触れると湿り気の感じられるパンツを、ゆっくりとずり下げていく。 「んぅぅっ……ふぁ、あ……あ、お外で……パンツ、脱いじゃった……」 股間を外気に晒し、切なげに声を震わせる。 とろーっとあふれた愛液が、脱がしたパンツとの間で糸を引いていた。 「挿れるから、今度こそ大きな声を上げないようにな?」 また途中で中断されるのは、さすがに辛すぎる。 「う、うん、我慢するから……ねぇ、早く挿れてぇ……んっ、はぁ、はぁ、早くぅ……」 「行くぞ……っ!」 ペニスの先端を陽茉莉へと押しつけ、一気に根本まで押し込んでいく。 「んっ、んぅ……んぅぅぅぅぅぅぅっ!! ふぁ、あっ、入って……来たぁ……」 「あんっ、すごい、ガチガチなの……ふぁ、あ、奥まで……来てる……っ」 挿入される感触に、陽茉莉は嬉しそうに全身をわななかせた。 何度も力強くペニスを締め付け、腰を左右に動かす。 「んっ、はぁ、はぁ、やぁん、気持ち良いの……っ、んっ、あっ、あっ、んぅぅぅ……!」 「くっ……ひ、陽茉莉、いきなりそんなに動かないでくれ……っ」 「だってぇ……さっき中途半端だったから、お腹の中が疼いちゃって……」 こうしてるだけで先程の快感がよみがえってくるのか、どんどん呼吸が乱れてきた。 大量の愛液がペニスに押し出されて溢れ出してくる。 「はぁ、はぁ……動くぞ……」 陽茉莉の胎内の感触を味わいながら、強く、腰を打ち付けた。 「んっ、ふぁ、あっ、んぅぅぅぅぅっっ!! あっ、んっ、あっ、あっ、あっ、あっ!」 「やぁんっ、んっ、そんな、急に……ふぁ、あっ、んっ、ふぁぁあぁぁぁっ……!」 膣奥を貫かれ、陽茉莉は大きく体を震わせる。 「くっ……なんだ、さっきよりもキツくなってる……っ」 リズミカルに腰を打ち付ける音を響かせながら膣内を激しく掻き回す。 「あんっ、やんっ、んっ、あっ、あ、あ、あっ、んっ、あ、あ、あっ……!」 「いいよぉ……いきなり、激しくて……ふぁ、あっ、お腹、ずぅんて……っ」 中途半端になったとはいえ、さっきもしていたからだろうか。 陽茉莉の中はぐちょぐちょになって、ペニスを優しく包み込んできた。 締め付け感も、ぬるぬる感も、ヤバイくらいに良い……。 「はぁ、はぁ、陽茉莉……っ」 「あんっ、んっ、あっ、あっ、やぁん、だ、だめぇ……そんなにされたら、声……我慢、できないからぁ……っ」 「んぅぅぅっ、ふぁ、あっ、や……んっ、あっ、ふぁ、あ、あ、あっ……!」 「気持ち良いよぉ……っ、はぁっ、はぁっ、あんっ、んっ、んぅ、あ、だ、だめぇぇ……!」 陽茉莉は完全に快感に酔ったような表情を浮かべていた。 喘ぎ声が色っぽすぎて、脳がとろけそうになってくる。 「陽茉莉、声が大きい……っ」 「だ、だってぇっ、んぅっ、ふぁ、あっ、気持ち良い……からぁ……っ」 「あんっ、んっ、あっ、んぅぅぅ……ふぁ、あ、あっ、んぁあぁぁぁっっ……!」 「くっ……うぁぁぁっ……!」 膣内がうねり、ヒダヒダが絡みつく。 しぼり取られるように収縮されると、それだけでもう堪らない。 蜜壷は愛液でたっぷりと満たされていて、このまま快感に溶けてしまいそうだ。 「ふぁ、あっ、んっ、あっ、やぁ、あっ、んっ、あっ、あっ、あ、あ、あっ……!」 「わ、私、もぉ……んぅ、ふぁ、あ、あ、あ、ぁっ……!」 びくびくっと陽茉莉の背筋が波打つ。 どんどん絶頂が近付いて来てるのか、声まで切羽詰まってくる。 「……ストップ、陽茉莉」 俺はそんな陽茉莉の耳元で、小さく囁きかけた。 「んぅぅぅっ……!? ふ、ぁ、や……なに……? 私、もう、イキそう……なのに……」 「もっと声を落とさないと、本当に誰か来るぞ……?」 「で、でも、でもぉ……」 「言うことを聞けないなら、これで止めようか」 そう言いつつ、ゆっくりとペニスを抜こうと腰を引いていく。 「んぅぅぅぅっ、やっ、だ、だめぇぇ……! 抜いちゃや……嫌なのっ……」 陽茉莉は慌てたようにそう言い、ぎゅぅっと膣内を締め付けきた。 「どうして、そんな……んっ、意地悪言うの……? ねぇお願い、もっとしてぇ……」 「壊れちゃうくらい、激しくても良いからぁ……」 俺の言葉を本気にしたのか、陽茉莉は必死に腰を振っておねだりしてくる。 やばい……そんな顔をされると、ますます意地悪したくなってしまう。 「どうしようかなー。良いところで誰かが来て、中断されるのはもっと嫌だしなー」 「んっ、はぁ、はぁ、声、我慢する……出さないようにするからぁ……」 「だからもっとしてよぉ……お願い、いっぱいずんずんして……焦らされたら、私……っ」 「……しかたないな、陽茉莉は」 あまりいじめすぎても可哀想だ。 それに、こうしてるだけでも痛いほどに締め付けてきて、俺も我慢できなくなって来た……。 「一気に行くぞ……っ」 陽茉莉の腰をしっかりと掴み、思いっきり腰を打ち付ける。 「んっ、あっ、んっ、んぁぁぁぁぁっ……! やっ、あ……奥に、ずぅんって……っ!」 亀頭が、陽茉莉の体を持ち上げるくらいに強く膣奥にぶつかった。 俺は続けて子宮をノックするようにペニスを押し込む。 「あっ、はうぅぅっ……んっ、あっ、あっ、んぅぅぅぅぅぅっ……!」 「や……ぁ、激しい……それ、気持ち良い……よぉ……っ。私、私……っ」 陽茉莉の乳首がツンッと硬く尖っていく。 全身が汗ばみ、膣内のとろみも増していた。 「まだまだだ、陽茉莉……っ」 俺は腰を休めることなく、激しく降り続ける。 「んぅぅぅっ、ふぁっ、あっ、やんっ、んっ、あ、あ、あっ、だめぇぇ……激しくて、私……っ」 「あんっ、んっ、イッちゃう……イッちゃうぅぅぅぅっ!!」 「良いぞ、イッちゃっても……ほら、陽茉莉……っ!」 「んぅぅぅっ、ふぁ、あっ、んぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」 きゅんきゅんと膣内がうねっていく。 元々教室でイキそびれてたこともあって、激しく動けば絶頂まではあっという間だった。 「はぁっ、はぁっ、イッちゃう……んぅぅっ、ふぁ、あ、私……もぉ……っ」 「ふぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」 陽茉莉の極まった声が、夕暮れ時の空へと溶けていく。 膣内は痙攣するかのように震え、ペニスを締め付けてきた。 「くっ……俺もイク……っ」 こっちももう我慢の限界だ。 俺は最後にと陽茉莉の中を何度か掻き回し、強く、腰を突き出した。 「んぅぅぅぅぅっ、ふぁ、あっ、中で……膨らん……で……ふぁ、あ、あ、あ……っ」 「はぁっ、はぁっ、く……うぁあぁぁっ……!」 快感が俺の中から溢れ出した。 ペニスが激しく脈動を繰り返し、陽茉莉の中へと精液を流し込んでいく。 「んぅぅぅぅぅぅぅぅ……!! ふぁぁっ、んぅっ、あっ、や……ぁ……っ」 「中で……いっぱい、動いて……んぅぅっ、熱いの、出てる……はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「くっ……抜くぞ……っ」 「ふぁあぁぁっ……!」 堪らずに、陽茉莉からペニスを引き抜いた。 出したばかりの精液が、ペニスと陽茉莉の性器とをつーっと一筋の糸で繋げていく。 「んっ……ふぁ、あ……はぁっ、はぁっ、や……ぁん、あ、ぅぅ……」 「出、ちゃう……んぅっ、やん……んっ、ふぁ、あ、だめぇぇ……」 陽茉莉は切なげに声を上げると大きく体を震わせた。 とろーっと精液が膣口から溢れ出し、ずり下げたパンツへと垂れていく。 「はぁっ、はぁっ、んぅ……ふ、ぁ、あ……はぁ、はぁ……」 「くっ……ダメだ、まだ……」 まだ快感の余韻に浸ってる陽茉莉を見てると、全然俺の中の興奮が収まってくれない。 射精したばかりなのに、ペニスはまだ硬いままだ。 「陽茉莉、このまま続けるぞ……」 「え……? あっ……」 俺は一旦引き抜いたペニスを、もう一度陽茉莉に押し当てていた。 精液と愛液でぐちゅぐちゅの膣内へと強引に押し込んで行く。 「んっ、んぅぅうぅぅぅぅぅっ……!! ふぁ、あっ、また……入って……っ」 ぐちゅっと精液が押し出されるようにして溢れ出してきた。 陽茉莉の中が、めちゃくちゃ熱くなってる……。 「や、あ……まだ、こんな……ガチガチ、なんて……はぁっ、はぁっ、んぅぅぅっ……」 「はぁ、はぁ、陽茉莉……陽茉莉……っ!!」 しっかりと陽茉莉を掴み、最初から激しく腰を前後に振っていく。 「んぅぅっ……ふぁ、あっ、んぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!」 勢いよくペニスが膣内から引き抜かれた。 激しく脈動し、放物線を描くように精液を発射していく。 「はぁっ、はぁっ、く……うぁぁぁ……っ」 「んっ、んぅぅぅっ……はぁっ、はぁっ、や……熱いの……出て……っ」 お尻で精液を受け止めながら、陽茉莉は快感で小刻みに体を震わせていた。 「はぁ、はぁ……んぅっ……お尻、んぅぅ……ヌルヌル、して……はぁ、はぁ……」 「ふぁ、あ……垂れちゃう……。んぅぅぅぅ……」 「はぁはぁ……陽茉莉……」 さっき教室でお預けされてたからだろうか、すごい量の精液が出た……。 だが、出してもなお勃起はおさまらない。 「陽茉莉、このまま続けるからな……」 「んっ……な、なに……?」 「ほら、ジッとして……」 有無を言わさず、硬いままのペニスを陽茉莉の中へと押し込んで行く。 「ふぁ、あ、あ、あ、あっ……! そんな急に……んぅっ、あ、あっ、んぁぁぁっ……!」 「や……さっきより、大きく……て……っ、んっ、んぅぅぅっっ……!」 すでに一度イッてる所為か、あっさりと根本まで飲み込まれてしまった。 「行くぞ、陽茉莉……っ」 しっかり陽茉莉を掴み、愛液でとろとろな膣内を力強く掻き回していく。 「ひっ、んぅ、あっ、らめぇ……んっ、わ、私、イッたばかり、らからぁ……っ」 激しく突き上げると、陽茉莉はすぐに堪らなさそうに声を張り上げた。 膣内が引きつるように震え、ペニスに絡みついて来る。 「はぁっ、はぁっ、陽茉莉の中、めちゃくちゃ気持ち良い……」 「あんっ、んっ、あっ、う、うん……んぅっ、う、うれしい……ふぁ、あっ、んっ、あぁっっ!」 「れ、れもぉぉ、んぁぁっ、や、あっ、激し過ぎ……て……んっ、あ、あっ!」 ガクガクと背筋が震える。 次から次へと愛液があふれ、太股を伝って垂れていく。 「ふぁ、あっ、そんな……ひゃっ、んぅぅっ、あんっ、あっ、ふぁ、あ、あっ、壊れひゃう……からぁぁ……っ」 「んぁぁっ、あっ、赤ちゃんのお部屋、ぐりぐりってぇ……っ」 膣奥をしつこく突き上げると、締め付けがさらに強くなってきた。 陽茉莉の顔が辛そうに、泣きそうな表情になる。 「はぁっ、ひゃ、んぅぅっ、あ、あっ、んぁぁぁぁっ……も、もぉ、私……っ」 「あ、あ、あ、あ、あっ、らめ、らめぇぇっ……も、もぉ、もぉ……っ」 ぐっと緊張が駆け抜けた。 フェンスを掴む力が強くなり、ギシィッと音を立てる。 「くっ……陽茉莉……!!」 「ふぁ、あ、あっ、らめっ、らめ、イク……からぁっ、んっ、ふぁ、あ、あっ」 「ま、またぁ……っ、んっ、ふぁぁっ、んぁあぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 「う……ぁぁぁっ……!」 二度目の絶頂に、陽茉莉は大きく全身を痙攣させ始めた。 ヤバイ、俺ももう……イク……っ。 「はぁっ、はぁっ、陽茉莉……くっ、うぁあぁぁぁぁっ!!」 堪らずに、俺は膣内へと思いっきり射精してしまう。 「んぅっ、ふぁ、あっ、や……ぁあぁっ……はぁっ、はぁっ、熱いの……中に……っ」 「はぁっ、はぁっ、や……あ、ビクンビクン、動いて……ふぁ、あぁぁあ……っ」 二度目だというのに射精がなかなか止まらない。 心臓を思いっきり握られるような息苦しさを感じながら、俺は陽茉莉の中へと全て吐き出していく。 「はぁっ、はぁっ、抜くぞ……くぅぅっ……」 「んぅっ、ふぁ、あ、あぁぁぁ……!」 ちゅぽんっと軽い音を立て、ペニスが抜けといた。 愛液と精液の混じり合った汁が、つーっと糸を引いて垂れていく。 「はぁ、はぁ、はぁ、ふぁ、あ、あ、あ……」 「やぁ……ん、精液……垂れちゃう……んっ、んぅぅぅぅ……」 びくんっと一度だけ陽茉莉の腰が跳ねた。 くすぐったそうにもじもじしてる内股の間へと、精液がとろーっと溢れ出す。 「はぁ、はぁ……すごいな、最初のと混ざり合ってる……」 二度も中で出したからか、溢れ出す量が多すぎる。 しかも陽茉莉の膣内で掻き回した所為で少し泡立っていた。 「はぁ、はぁ……んぅっ……お腹の中、赤ちゃんの素でいっぱいに……なっちゃった……」 「んぅぅぅっ……はぁ、はぁ、はぁ……ふぁ、あ……くすぐったい……よぉ……」 膣内から溢れる精液の感触に、陽茉莉は小さく腰を揺らすのだった。 「んっ……はぁ、はぁ、お腹の中まで、赤ちゃんの素でいっぱいになっちゃった……」 息も絶え絶えになりながら陽茉莉がそう呟く。 最初にぶっかけた精液とあいまって、全身が精液まみれだ。 「はぁ、はぁ、はぁ……ちょっと、出し過ぎたかな……」 「うん……出しすぎ……だよぉ……」 精液の感触に身震いしながら、陽茉莉はほうっと息をつくのだった。 「んっ、んぅぅぅぅぅうっ……!!」 とっさに、俺はペニスを引き抜いていた。 激しくペニスが上下に震え、精液を何度も撃ち出していく。 「くっ、う、ぁぁっ……はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「ひゃ……ぁ、んっ……はぁ、はぁっ、あ、ぅ……すごい、出て……る……」 「んっ、んぅっ……ふぁ、あ、あぁぁ……」 全身で精液を受け止めながら、陽茉莉は息も絶え絶えにフェンスにしがみつく。 「はぁ、はぁ……んぅっ、これ……熱い……よぉ……。ひゃっ、んぅぅ……ふぁ、あ……」 「も、もぉ、らめぇ……んぅっ、力、はいんなくて……」 お尻の精液がゆっくりと肌を伝って流れ落ちる。 「はぁ、はぁ……陽茉莉の中からも溢れてる……」 ペニスを引き抜いた所為か、最初に中出しした精液も溢れ出していた。 たった今ぶっかけた精液とあいまって全身がどろどろだ。 「ふぁ、あ……赤ちゃんの素で……んぅっ、くすぐったい……」 陽茉莉は力なくフェンスにもたれかかりながら、小さく体を震わせるのだった。 「んっ……はぁ、はぁ……体中……赤ちゃんの素で、いっぱい……なの……」 「んぅっ……ふぁ、あ……出しすぎ……だよぉ……」 「わ、悪い……」 でも、本当に出し過ぎたかもしれない。 二度にわたるぶっかけで、陽茉莉の背中まで精液でどろどろだ。 「はぁ、はぁ……も、らめぇ……」 陽茉莉は力尽きたように体を震わせるのだった。 「はあ……! はあ……!」 (は、早く……来すぎたか……?) 先輩と付き合うことになってから、初めての登校日。 まだ先輩に告白したときの余熱があり、今でもあの橋の下を思い浮かべると照れてしまう俺。 「あ、暑い……」 「というか今から先輩と会うのに、俺こんなに汗だくでいいのかよ……」 すぐに鞄から制汗スプレーを取り出し使用する。 「ご、ごほっ! ごほっ!!」 「か、勘弁してくれ、パウダーインスプレーとか鼻に入ったら極悪……!!」 こんなことなら涼しい夏服を着てくれば良かった。 今日から城彩学園は、個人の自由で夏服で登校しても良いことになっている。 本当は夏休み前に一斉に衣替えをするのだが、割と自由な校風の城彩はその辺わりと生徒の自由を尊重してくれる。 (夏服かあ……) (俺も早く、今年は先輩の夏服を拝みたいぜ……) 早くもせっかちな蝉が、どこかに一人で鳴いている。 そうか、もうすぐ夏だもんな、俺もあの蝉らしく今年は精一杯先輩と楽しい夏を過ごしたい。 「少しでも汗を拭いて爽やか系男子にならないと……!!」 すぐにポケットからハンカチを取り出し、手やおでこの汗を拭き取る俺。 不思議なことに、彼女が出来ると身だしなみにはマジで気を遣うようになった。 愛は人を変えると言うが、コレもそのうちの一つだとしたら愛ってすごい。 「はぁっ……! はぁっ……!」 (お……!?) 来たああああああ!! 先輩発見!! 「せんぱーい! こっちですよこっちー!!」 「はぁっ……はぁっ……」 「………」 「ま、待った……?」 「いえ全然大丈夫です。俺も今来たばかりですので」 「よ、良かった……」 そう言って、胸で上下に呼吸する先輩。 おお、よく見ると先輩の制服夏服だ……! この時期から夏服を着る生徒は、学校ではせっかち組と言われるが先輩もどうやらそのうちの一人らしい。 「先輩って、夏服も似合いますね。可愛いです」 「……っ!」 「み、見ないで……」 「え?」 「は、恥ずかしい……から……」 マジで恥ずかしいのかみるみる顔を赤くする先輩。 おお、なんだなんだ。こんな先輩の反応プールデートをしたとき以来だぞ……! 「はあ……はあ……」 「ちょっと……走り……過ぎた……」 「はは、良ければコレ、使います?」 「あ、ありがとう……」 咄嗟にハンカチを貸してしまう俺。 ああやばい!! それ俺がさっき使ったやつだし……!! (し、湿ってて気持ち悪いとか言われないだろうか……!!) 先輩の一挙一動が気になって仕方がない。 付き合った初っぱなから、嫌われるようなことをしたら洒落にならないし。 (ドキドキ……ドキドキ……) 「き、今日は……」 「ありがとう」 「……え?」 「学校」 「私も、一緒に行きたかったから……」 「………」 「………」 「先輩、大好きです!!」 「わっ、わわっ……!」 つい思わず目の前の先輩を抱きしめてしまう。 おおおお!! どうした俺!! いつからこんなに積極的な男になった!? 「俺も先輩と学校に行きたかったから、めちゃくちゃ嬉しいです」 「それじゃあ遅刻するのもあれなんで、早速行きましょうか」 「う、うん……」 相変わらず先輩のそばに寄ると良い香りがする。 ああ、この香りがこれからずっと嗅げるんだと思うと俺もついに匂いフェチの仲間入りか。 「あ、あの……」 「は、ハンカチ……」 「洗って返す……」 「え?」 「あ、ああ、別に気にしなくても良いですよ?」 「それ安いやつなんで無くてもいいくらいの物だし」 「じゃあ、もらってもいい……?」 「え? ええ、別にかまいませんけど……」 「………」 そう言って少し嬉しそうにハンカチをポケットにしまう先輩。 なんだなんだ、彼氏の持ち物が欲しいとか、そんな可愛いことを思ってくれているんだろうか。 (やばい、そう考えると自然にニヤけてくるぞ……!) 少しずつだけど、先輩と付き合っている実感が湧いてくる。 これで先輩と校門を潜ったら、さぞかし周りからの反応はすごいに違いない。 「………」 (ん……?) 気がつくと、なにやら先輩が俺の手をじっと見ながらそわそわしている。 ほお、そうですかそうですか。 今の俺は自分の彼女の考えなど瞬時に当てられる自信があるぜ! 「先輩、俺と手を繋ぎたいんですか?」 「……ッ!!」 「はは、先輩。俺達もう付き合ってるんですから、遠慮なく手くらい繋いでも平気ですって」 「むしろこの場合、手を繋いだまま登校する方が自然だと思いますけど」 「う、うん……」 「それじゃあ……」 おずおずと差し出してきた、そんな小さな先輩の手を握る。 少しひんやりしている先輩の手は、やっぱり俺とは違って女子特有の柔らかいイメージそのままだった。 「………」 「………」 ぎゅっ。ぎゅっ。 (フフ……) 無駄に先輩の手をニギニギしちゃう。 うわぁぁ、今の俺の表情、鏡で見たら絶対キモイことになってる気がする……!! 「………」 「……ぎゅっぎゅ」 「………」 「お、おかえし……」 (フォオオオオオオオオオオオ!!) ま、マジで先輩可愛すぎる……!! こんな人が今俺の彼女だなんて、絶対俺は一生分の運を使い果たした……!! 「わかりました、こちらもカウンターニギニギしちゃいます」 「うん……」 そのままおにぎりを握るように、ギュッギュッとお互い手を握りながら学校を目指す。 端から見たら変なカップルに見えるかもしれないけど、今の俺はそんなことどうでも良かった。 校門前まで歩いていくと、段々と周りにも生徒が増えてきた。 俺と先輩が手を繋いでいる姿を見て、早速周りの人間たちが騒ぎ始める。 「ま、マジで沢渡さんが……! どうしてあんな野郎と……!!」 「え、昨日のって本気だったの!? 冗談じゃなかったの……!?」 「うわあ、男の方今めっちゃキモい顔してんだけど……!」 (クックック……!) (そりゃあ、先輩の可愛さを目の当たりにしたら、誰でもキモい顔になりますよ……) 「………」 耳を澄ますと当然俺への野次が次々と飛んでくる。 普段なら色々と思うこともあるけれど、今の俺はぶっちゃけ幸せ過ぎて周りのことなんてどうでも良い。 「ぎゅっ……ぎゅっ……」 先輩がまだ俺ににぎにぎ攻撃をやってくる。 ここはすかさず反撃したいところだが、その前に一つだけ先輩にレクチャーを。 「先輩、ちょっと良いですか?」 「……?」 「今から先輩に、お付き合いの基礎の一つを教えます」 「これから校舎に入って、俺以外の男子から声をかけられたら、こう言ってください」 「私には、もう彼氏がいますから」 「って」 「………」 「お、男の……人から……?」 「はいそうです。特にあの変のやつらにギャアギャア言われたらちゃんと言ってください」 そう言って、3年の先輩たちの集団を指さす俺。 「な……! 沢渡さんがあんなに従順な態度を……!?」 「許せねぇ……マジで許せねぇ……!!」 「でもさすがはお嬢様だな、彼氏持ちでもいつもの風格はそのままだぜ……?」 「先輩、それじゃあ行きましょう。教室まで送っていきますよ?」 「うん……」 他の男連中には悪いが、この優越感は癖になりそうだ。 横には俺の愛しい彼女。 周囲にはそれを妬む半年前の俺みたいな男たち。 でもこの結果は俺の努力によるものなので、今更何を言われても俺は全然イライラすることはないのだった。 「よし! 昼休みだ!! 午前中は頑張ったぞ!!」 チャイムが鳴り、いつものように教室内はランチタイムの雰囲気へと突入する。 今朝は先輩と一緒に登校したおかげか、なぜか午前中の授業は頑張ることが出来た気がする。 (か、彼女パワーってすげぇ……!) 「ちょいちょい、愛しの彼女が廊下に来てるわよ?」 「え!?」 「……っ、……っ」 望月の言うとおり、先輩はそわそわしながら俺のいる教室内を廊下から見渡している。 キョロキョロと必死に俺のことを探すその姿がこれまた文句なしに可愛らしい。 「う、ううっ」 「先輩! ここです!」 「いや〜、先輩から会いに来てくれるなんて、俺めっちゃ嬉しいですよ」 「う、うん……」 「え、えっと……」 「待ってください、ここは一つ俺が当ててみましょう」 「ズバリ、一緒にお昼を食べようってお誘いですね!?」 「……(こく)」 「お、お弁当……」 「また、作ってきた……」 「マジですか!?」 この一瞬で、今日の昼はいつもの購買のパンから解放された。 先輩の料理の腕は以前披露してもらったので、俺のテンションは見る見るうちに上がってくる。 「せっかくなんで外で食べませんか?」 「中庭だったら風も気持ちいいしオススメです」 「うん……」 「じゃあ、中庭……一緒……」 「わかりました。ささ、早速行きましょう」 「悪いがそのランチタイム、俺も混ぜてもらおうか」 「すまん。無理だ。全力で空気を読んでくれ」 「元気はこっちで押さえておくから、二人とも早く行っちゃって!」 「やめろ桃!! 離せ! 離してくれぇぇ……!!」 (すまん桃! 恩に着るぜ……!!) 元気は目の前の現実が直視できないのか、教室の後ろでギャアギャア怒鳴り散らしている。 俺はそんな友人を置き去りにし、先輩とそのまま中庭へと直行した。 「先輩、あそこにしましょうか」 日差しが強いのを気にしてか、中庭にはあまり人がいない。 俺達は木陰のベンチまで移動する。 「でも、またお弁当作ってきてくれるなんて驚きました。めちゃくちゃ嬉しいです」 「以前……」 「美味しいって、言ってくれたから……」 「あ、ありがとうございます!」 照れながらも俺のために用意してくれた弁当箱を取り出す先輩。 以前はあーんをしてもらうチャンスはなかったけど、今回はたぶんいける気がする。 「早速先輩のお弁当を食べたいです!!」 「うん、どうぞ……」 (おぉ……!!) (すげぇ……!!) お弁当箱の中には色鮮やかなおかず達が所狭しと敷き詰められている。 出汁巻きたまごにピーマンの細切り炒め。 ちくわきゅうりに、チーズ入りミニはんぺんと白身魚の塩焼き、そしてプチトマト。 「今回、いっぱい頑張った」 「特にコレ……はんぺん、手作り……」 「ええ!? はんぺんって手作り出来るの!?」 「こっちの、だし巻きも……ふわふわするように頑張った……」 「おお、それじゃあそのふわふわのだし巻きから食べてみたいですね」 「はい、お箸……」 「あ、お箸は大丈夫です」 「……?」 「手で、食べるの……?」 そう言いながらお弁当箱を俺の方へ近づけてくる先輩。 たしかに断ったけど、インド式で先輩のお弁当を食べるわけじゃないですよ!? 「あ、あの先輩……言い方が悪くてすみません」 「手づかみで食べるんじゃなくて、是非ともここは『あーん』をして欲しいのですが……!!」 「……」 「……」 (だ、ダメか……!?) 「あーん……?」 「あれ? もしかして知らない!?」 「……(こく)」 「え、えっとですね。あーんとはまさに恋人同士にのみ許される神聖な儀式でして」 「やり方は親鳥がヒナに餌をあげるように、彼女が彼氏にお弁当のおかずを食べさせることを言うんです」 「………」 「こ、恋人同士にのみ……ゆ、許される……」 そう言ってポッと頬を赤く染める先輩。 こうして見ると、以前よりも男女の付き合いを少しずつ理解しているようで、こういう先輩の表情は本当に俺から見ると可愛くて嬉しかった。 「そ、それだと……」 「お箸いらない……?」 「え?」 ま、まさかの口移し!? (お、落ち着け俺……!) 今のは俺の説明が悪かった。 「えっと、お箸は使います。お箸でおかずを俺の口に運んでくれればいいんです」 「うん……」 「やってみる……」 「………」 「こ、こう……?」 先輩はだし巻きたまごを箸でつまみ、おずおずとこちらに向けてくれる。 こうして食べさせてくれるだけで俺は嬉しいんだけど、贅沢を言うともう一声欲しい……! 「先輩」 「こういう時は、あーんって言いながら彼女は彼氏に食べさせるんですよ?」 「そ、そうなの……?」 「そうなんです。これは世界の常識です」 「そして、そうやって食べさせてくれたら俺は嬉しすぎてハッピーヘヴン状態になります」 「うん、わかった……」 「え、えっと……」 「あーん」 「あーん!」 うおおお!! これ嬉しいけど思ったより恥ずかしいぃぃぃぃ!! 「もぐもぐ……」 「………」 「ど、どう……?」 「うん! 美味い!!」 超・絶・美・味! 「これすごいですね、冷めてもすげー食感がふわふわしてるんですけど!」 「………」 「良かった」 俺から美味しいと言われ、素直に喜ぶ先輩。 食べてもらうまでは少し不安もあったのか、今はこのとおり満面の笑みを俺に見せてくれる。 (ああ、俺幸せすぎて死んじゃいそう……) 「たまご、もっと食べる?」 「ええ、そりゃあもう」 「それじゃあ、もっといっぱい……あーんする……」 一度やったら、あーんが楽しくなってきたらしい先輩。 目に見えてワクワクし、早く俺の口の中に次のたまごを入れようとスタンバイしている。 「次」 「あーん。する」 「了解です!」 「あーん♪」 「あーん」 本日二つ目の卵焼きが、俺の口の中に運ばれる。 「おお、やっぱり美味い」 「先輩の味付けは繊細で良いですね、味が特別濃かったりしないので、俺も飽きずに楽しめます」 「次」 「え?」 「あーん」 「ちょ、ちょっと待ってください。俺まだ食い終わってな――!」 「あーん」 「あ、あーん!」 すぐに食べていた卵焼きを飲み込み、次の料理を口にする俺。 今度は卵焼きではなく、甘辛にタレが絡むピーマンの細切り炒め。 おお、これもまた絶品だ。タレもなんか先輩の手作りっぽい。 「もぐもぐ……」 「せ、先輩、このピーマンのタレも先輩の手作りなんですか?」 「次」 「あーん」 「………」 「あーん」 ちょ、ちょっと待って、なんかペース早くない!? 「次は、プチトマト……」 「ま、待ってください先輩」 「このペースであーんされたら俺窒息しますよ?」 「………」 「あーん……」 うわあ、超残念そう。 「すみません、せっかくの先輩のお弁当だから、俺もっとゆっくり味わいながら食べたいんです」 「………」 「じゃあ、3秒後……次……」 ちょっとどんだけ早くあーんしたいのあなた! しかも顔から明らかに期待の色がうかがえるんですけど!? 「よし、それじゃあこうしましょう」 「次は俺が先輩にあーんします。彼氏から食べさせるのもアリなんですよ?」 「そ、そうなんだ……」 「それじゃあいきますよ? 俺からはこの白身魚の切り身です!」 「う、うん……」 「はい、あーんして?」 「あ、あーん……」 「もっと大きく」 「あ、あーん……!」 「もっともっとぉぉ!!」 「あ、あーーーーん!!」 一生懸命俺のオーダーに答える先輩。 ああ、やばい、こんなに可愛くて必死な先輩は反則過ぎる。 「……(もぐもぐ)」 「どうですか? 初めて彼氏にあーんされたご感想は」 「………」 「は、恥ずかしい……」 「ええ、実は俺も超恥ずかしいです。ドキドキです」 「うん……ドキドキ」 そのままさらに先輩へのあーんを続けようと思ったが、どうせならここは交互にやる方がいいか。 「先輩、それじゃあ次は交互にやりましょう」 「二人で順番にあーんすれば、きっと恥ずかしさも半減します」 「じゃ、じゃあ……」 「私が3回、そっちが1回……」 先輩そんなに俺に食べさせたいの!? 「次は、私の番」 「ええ、それじゃあ次はそこのはんぺんください」 「うん。わかった」 「あーん」 「あーん」 「口、小さい」 「え?」 ここでまさかのだめ出しをくらう。 「あーん」 「あーん!」 「もっと」 「あーーーーーーーん!!」 「ああああーーーーーーーーん!!」 ひぃぃ!! これ以上やったらあごが外れる……!! 「もぐもぐ……」 「ど、どう……?」 「うん、このはんぺんもバッチリです」 「俺弁当でチーズはんぺんなんて久しぶりに食いました」 「………」 「よ、喜んでもらえて……良かった……」 「………」 自然と今の先輩の言葉が胸にじーんと響いてくる。 恥ずかしそうに笑う自分の彼女と、その手作りのお弁当。 おまけにこんな嬉しくなるような台詞を言われたら、本当にますます俺は先輩に夢中になってしまいそうだ。 「な、なんかこう。上手く言葉が出てこないんですけど」 「こうやって先輩とゆっくりお昼を食べられて、本当に俺、今嬉しいです」 「うん……」 「私も、同じ……」 まるで仲の良い夫婦みたい。 そう言おうと思ったが、それはさすがに恥ずかしすぎるのでやめておく。 (よし!) 「先輩先輩」 「……?」 「ちくわキャノン!!」 「……?」 「先輩、俺ちくわキャノン撃ってるんですから、ちゃんとダメージ受けたふりしてください」 「えっ? えっ……?」 「それじゃあもう一度いきますよ?」 「くらえ!! ちくわキャノン!」 「は、はんぺんシールド……!」 「残念ですが、ちくわとはんぺんは同じ練り物属性なのでそれは無効です」 「な、中のチーズが……守ってくれる……!」 「くっ……! だがこっちには、伝家の宝刀きゅうりミサイルがある!!」 「ううぅ、野菜には勝てない……」 先輩め……! 前から薄々気がついてはいたが、実はこの人…… (割とノリが良い!!) 「さあさあ! きゅうりを打ち込まれたくなかったら、大人しくこのちくわキャノンの餌食になるのだぁぁぁぁ!!」 「う、うわぁ〜」 「全然駄目です。俺のちくわキャノンはもっと強力ですよ」 「う、うわぁ〜!」 「もっともっとォォ!!」 「う、うわぁぁぁぁぁ!」 「ちょ、ちょっと誰か!! 中庭で沢渡さんがいじめられてる……!!」 「ええーっ!?」 や、ヤバイ! (おおっと、まずいまずい……) 「先輩、とりあえず休戦してあーんに戻りましょう。俺たちこのままだと中庭の不審人物です」 「ちくわ、強い……」 こうして俺たちは、昼休みが終わるギリギリまでラブラブランチを楽しんだ。 先輩はどうもちくわキャノンが気に入ったようで、次回のお弁当にもちくわを入れると俺に宣言したのだった。 「はあ……はあ……!」 (せ、先輩は……?) 放課後になり、ジャスティスのやたら長いホームルームを終え昇降口へとやってくる。 午後の授業中はずっと先輩に会いたくてそわそわしていた。 あまり落ち着きがないのもどうかと思うが、今日くらいは別に許されても良い気がする。 (さっきメールで昇降口にいるって来たんだよな……) 周囲をキョロキョロと見渡してみる。 えーっと、先輩らしきあの綺麗な黒髪の姿は…… 「ああ、沢渡。今ちょっと良いか?」 「………」 「は、はい……」 (いた……!) 早速先輩の姿を発見する。 どうやら先生と話している最中らしく、気のせいか少しビクビクしているようにも見える。 (ま、まさかあの先生……) (セクハラ教師か……!?) だとしたらすぐにでも先輩を救出せねば!! ……と思ったりもしたが、さすがにそれは考えすぎっぽいので、二人の話が終わるのを待つ。 「今日提出した課題の件についてなんだが」 「レポートの提出期限は来週の頭ってことに決まったから……」 「……!」 「ん……?」 突然先輩が怯えたように先生から距離を置き始める。 どうしたんだ。さすがに説教中って感じではないと思うけど。 「お、おい。先生何か気に障ることしたか?」 「か、彼氏……」 「え?」 「わ、私……! か、彼氏……! いる……から……」 「へ……?」 「………」 そこまで言って、急に黙りを決め込む先輩。 ああ!! そうだった! 男から声かけられたら、ああ言えって説明したのは俺なのに……!! 「ま、まあいいや。とりあえずレポートの件は、明日クラスの全員に……」 「か、彼氏……!!」 「か、彼氏……!! いる……から……!!」 「わ、わかったよ。彼氏いるのはわかったから明日みんなに沢渡から伝えておいてくれ」 そのまま職員室の方へ歩いて行く先生。 一戦交えた後、その場で安心したように先輩が息をつく。 「ふー」 「先輩、お待たせしました」 「あ……」 「頑張りましたね。それじゃあ一緒に帰りましょう」 「う、うん……」 「頑張った……」 そのまま先輩と手を繋ぎ、登校中と同じく二人で並んで歩く。 「………」 「彼氏……」 「………」 「先輩、さっきの見てましたよ」 「先輩が彼氏って何度も言うから、あの先生最後はちょっと焦ってましたよね」 「う、うん……」 「あの、すみません。今朝の俺の説明は極端過ぎました」 「男相手でも、先生に声をかけられたらちゃんと話してあげてください」 「さすがに男相手なら誰でも……ってことになると、色々問題が起こりそうな気もするので」 「う、うん……」 でも先輩が、あんな風に一生懸命になってくれたことに喜びを感じる。 本当に俺は、先輩にとって特別な相手になれたんだ。 友達でもただの先輩後輩でもない。 もうわかりきっていることだけど、こう何度もそれを実感できるのはやっぱり幸せなことなんだと思う。 「俺、こうして先輩の隣を歩いていると、本当に心がホッとします」 「オーバーな言い方をすると、先輩は俺の心のオアシス!」 「いや、もしかしたら夏場のこたつ並に俺の心をホットにしてくれる……!」 「わ、私も……」 「あなたと一緒にいて、お話しすると……」 「すごく……心がポカポカする……」 「………」 「ポカポカですか」 「うん、ポカポカ……」 先輩があまりにも嬉しいことを言ってくれるので、思わずこの場で強く抱きしめたくなってくる。 まだキスもしていない俺たちだけど、先輩とはこんな感じでゆっくり少しづつ仲良くなっていきたい。 「………」 「先輩、大好きですよ?」 「うん……」 「す、好き……」 先輩の家まで、こんな感じでゆっくりと歩きながら話す俺。 先輩も俺と同じで、少しでも長い時間一緒にいたいのか…… 二人揃って、どんどん歩調がゆっくりになっていく。そんな少し面白い下校風景になったのだった。 「お……?」 『メール受信1件 先輩』 こんな時間に先輩からメールが届く。 なんだなんだ、寂しいとかさっそく可愛い彼女メールだったり…… 「………」 『あの、どちら様ですか?』 「フフ……」 どんな反応をしてくれるのか気になったので、ちょっとこんないじわるな返信をしてみる。 「ええっ!?」 「ちょ、ちょっと待った! コレで終わり!?」 やばい、このままだと俺、ただの酷い彼氏に……!! 『じょ、冗談です! 冗談ですよ先輩! はんぺんシールド……!!』 このあと必死に弁解する俺。 先輩はちょっといじけただけだったらしく、この後も軽くおやすみメールをした。 『はんぺんシールド!』 他人から見たら、きっと意味が分からない俺たちのメール。 でも個人的には先輩とのこういう空気感は大好きだ。 『残念ですが、俺のはんぺんはチタン合金製なんです』 『なので先輩のちくわじゃ、傷一つつけられませんよ?』 今頃先輩は、こんなメールを一生懸命真顔で打っているんだろうか。 そんな光景を想像すると、ちょっと可愛いと思ってしまう。 「………」 (先輩って、実は負けず嫌いだよな) そんなところも含めて俺の彼女は超可愛い。 しばらく二人でチタン合金の精製から細かく語り合った。 『先輩、昼間のそれ気に入ったんですね』 『俺も最初にちくわキャノンをブッ放して本望です』 先輩が実家の食卓でいきなり『ちくわキャノン!』とか言い出したら面白い。 まあさすがにそこまではしないと思うけど。 (やっちゃったの!?) 俺の彼女はチャレンジャー。 うん、俺はちょっと先輩をなめていたようだ。 次も色々なネタで、先輩を喜ばせようと思う俺だった。 先輩と付き合い始めてから数日後。 最近は気温も本格的に高くなり、いよいよ夏真っ盛りという感じだった。 もうすぐ夏休みに入る時期だが、うちの学校は夏休み中も登校日があるので気分的にはいつもとそれほど変わらない。 ま、学校があれば先輩に会えるし、俺からすれば別に何の問題もないんだけど。 「………」 「先輩、家に着いちゃいましたね」 「うん……」 「楽しい下校タイムはこれで終わりです」 「うん……知ってる……」 それでもさっきから握った手を離そうとはしない先輩。 ううっ、地味ながらもこういう先輩の愛情表現に俺は弱い……! 「ふふ、先輩。もし良かったら今日はこのあと二人で駅前にでも……」 「あら!? 岬!?」 「もしかしてお友達を連れてきたの!?」 「へ?」 ビックリした。 背後から買い物帰りの主婦らしき人に声をかけられる。 (今、岬って言ったよなこの人) ちょんちょん。 「お母さん」 「え?」 「私の、お母さん」 「………」 「………」 え、ええっ!? 「お、お母様!? 先輩のお母様ですか!?」 「うん」 「どうもこんにちわ〜! ねえ、あなた岬のお友達? お名前はなんて?」 「え、えっと……! 青葉恭介と申します!!」 「え、えっと……! 主人公(姓) 主人公(名)と申します!!」 「まあまあ! 岬が本当にお友達を連れてくるなんて……!!」 「ほらほら遊びに来たんでしょう? 遠慮せずに家へ上がっていきなさいな」 「え!? いいんですか!?」 「当たり前じゃない。どうぞ早く中へ入って?」 「わ、わかりました。それじゃあお邪魔させていただきます……!」 反射的に彼氏ですとは言えなかった。 ああ駄目だ、ここで言わなきゃ俺、空気に飲まれてずるずる先まで言えなさそう。 「今日は……お客様……」 「先輩なんだか超嬉しそうですけど」 「うん……」 「超……嬉しい……」 「ふふっ、岬がお友達を家に連れてくるなんて、今日が初めてなんですよ?」 「ささっ、お茶でも入れますから、ゆっくりくつろいでいって下さいね?」 なんか予想外の展開だけど、このまま俺、先輩の家に初入場……!? わざわざ二階にある先輩の部屋まで、俺はすごく丁寧に先輩のお母さんに案内されるのだった。 「それじゃあ、今お茶とお茶菓子を用意してきますから」 「あ、ど、どうもおかまいなく……」 そのまま襖をスッと閉じて、一階の方へ降りていく先輩のお母さん。 さっき先輩が友達を連れてくるのは初めてだって言ってたけど、あれって本当なんだろうか。 「あの、いきなりお邪魔して、本当に大丈夫だったんですか?」 「うん。大丈夫」 「お母さんも、とっても嬉しそうだから……」 「な、なら良いんですけど……」 「うん……」 さて、こうしてなし崩し的に先輩のお部屋へお邪魔したわけだけど。 おお、さすがは八百屋の娘。 部屋はスッキリと綺麗に整理整頓されていて、この床の畳も良い感じに日本家屋の良さを俺に伝えてくれる。 「畳って良いですよね」 「俺も子供の頃に住んでたアパートは畳で、よくこの上を気持ちよくゴロゴロ転がっていました」 「今は……? 畳……無い?」 「ええ、今住んでいる場所はフローリングで」 「冬とか冷たいし、やっぱり畳には劣りますよ」 でも本当にここへ来たら、先輩のお嬢様的イメージは完全に吹き飛ぶなあ。 春に見かけた頃なんて、俺先輩がヨーロッパ風の大豪邸に住んでいるものだとばかり思っていたし。 「先輩って、綺麗好きなんですか?」 「こうして見ると部屋の隅々まで掃除が行き届いている感じがするんですけど」 「掃除は……ちゃんとする……」 「ほお、やっぱりそうでしたか」 先輩の部屋にはパソコンも無ければ、派手なアンプやゲーム機もない。 この部屋で娯楽と言ったら本くらいか……? (何か一つくらい先輩の部屋にしか無さそうなアイテムは……) !? 「せ、先輩先輩!! あ、あれ!! あれなんですかあれ!!」 「……?」 「あれ……?」 彼女の室内で飛んでもない物を発見してしまう。 それは…… 「これ! 俺のハンカチじゃないですか!?」 「え!? なんでこんなガラスケースに入れて厳重に保管されてるの!?」 「わ、わー!! わー!!」 先輩が慌てて俺の視界を塞ごうとする。 な、なんてことだ、この部屋の中では明らかに俺のあげたハンカチが異色を放って君臨している。 「そ、それ……」 「く、くれるって……言った……」 「え、ええ。もちろん返せとは言いませんけど、ちょっとビックリしまして……」 「み、見ない」 そう言って先輩にしてはやけにすばやく俺のハンカチ入りガラスケースを押し入れにしまってしまう。 な、なるほど、俺には少し理解しがたいが、あのハンカチはそれはもう先輩にとっては大事な大事な宝物らしい。 「………」 (今チラッと押し入れの中が見えたけど……) (あ、あそこにいつも先輩が寝ている布団が……) 布団だけではなく、ついつい先輩のパジャマ姿にまで興味がいく俺。 いや、パジャマだけではなく、この部屋のどこかには先輩がいつも身につけている下着も……!! (ど、どこだ!? どこだ先輩の下着は……!!) 「………」 「すごく、真剣そう……」 「ええ、そりゃあもう俺にとってはかなり興味のあるアイテムですんで」 「これ……! 返さない……!」 いや、俺のハンカチなんてどうでも良いですから。 (しかしあれか……) (チャンスがあれば、俺もこの部屋で先輩と……) 男子特有の邪な妄想を開始する俺。 そ、そっか、今俺女子の部屋にいるんだもんな。 ここは興奮する方が自然で、俺も男だし当然そういう妄想も許されるはず……! 「はあ……」 (だ、駄目だ。なんかここへ来て急に緊張してきたな……) 心臓も勝手にバクバクいってるし、いつもの冗談を言える余裕も無い。 お、落ち着け俺、ここでヘタレたら先輩にも悪いし超恥ずかしいぞ。 「………」 「緊張、しなくていい……」 「え……?」 「今日は、二人でのんびりする……」 「ここで、一緒に……」 「せ、先輩……」 ああああああ!! 先輩はただ純粋な気持ちで俺の緊張を解こうとしてくれているのに……!! このタイミングで二人とか一緒とか言われると、どうしてもエロい方向ばかりに考えがいってしまう……!! 「す、すみません先輩……俺、先輩のこと本当に大事にするんで……」 「……?」 先輩の言うとおり、ここは一度しっかり落ち着こう。 リラックスだリラックス。 感じろ、この居心地の良い空間を……! 先輩が横にいるやすらぎを……!! 「うん、もう大丈夫です。落ち着きました先輩」 「うん……」 ああ、本当に先輩がそばにいてくれて良かった。 というかそれは当然だよな。 だってここは何を隠そう先輩自身の部屋なんだし。 「お待たせしました、麦茶でよろしかったかしら?」 「すみません、ありがとうございます」 「いえいえ、大したものをご用意できなくてごめんなさいね?」 「いえいえ、そんなことはないですよ」 先輩のお母さんが優しい人で安心した。 麦茶の入ったポットとコップを二つ。それにお煎餅を乗せたお盆が小さなちゃぶ台の上に置かれる。 「はい、どうぞ」 「ありがとうございます」 「ほら、岬も」 「うん……ありがとう」 「うふふ、でも今日は本当に驚いちゃったわ」 「まさかこの岬が、いきなり家にお友達を連れてくるんなんて」 「す、すいません、ホントいきなりで……」 「あ、ごめんなさい、そういう意味じゃないの!」 「この子ったら、今まで一度も家にお友達を連れてきたことがなかったんです。だからもう心配で心配で……」 「あ、あはは……」 まあそれは仕方がないと思う。 学校じゃあ、みんな先輩のことを大富豪の娘か何かだと思い込んでいるし。 「しかも最初に連れてくるお友達が男の子!」 「ねえ岬。あなたどうしちゃったの? 最近学校へ行くのもすごく楽しそうだし」 「………」 「ど、どうも……しない……」 あ、先輩照れてる照れてる。 無駄に視線を泳がせて、麦茶の入ったコップをじーっと恥ずかしそうに見つめている。 こ、これは……このタイミングで彼氏だと言った方が良いのか? 言ったら言ったでどういう空気になるのかはわからないけど。 「あの、学校では岬ってどんな感じなんでしょう」 「え? 学校でですか?」 「そうそう、この子ったら口下手でしょう?」 「だからあまり自分から、学校のことは話してくれなくて……」 学校での先輩の様子。 うーん…… 「先輩は……」 「そうですね、学校では超人気者です」 「まあ!! 本当に!?」 すみません。 でもこれ嘘ではないし。 「ええ、後ろ姿から漂うカリスマオーラとその品格から、他の生徒には神格化までされています」 「3年の廊下なんて歩こうものなら、もう本当にそこら中から沢渡さん沢渡さんとすごいですよ」 「み、岬……! あなたいつからそんなにすごい子になっちゃったの?」 「べ、別に……」 「す、すごく……ない……」 「初対面の時は、先輩から僕に声をかけてきてくれたんです」 「いや〜、あのときはすごく緊張しました」 「岬……あなた私の知らない間に、そんなに積極的に成長して……」 「財布……」 「拾ったから……」 そもそもあれが先輩との出会いだったんだよな。 でもまさかこうして、そんな話を本人のお母さんを前に話すことになるとは。 「いやー、人生って本当に何が起こるのかわからないものですね」 「あ、あはっ、あははははははは……!」 「ただいまあああああああああ!!」 「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」 「あら、お父さん配達から帰ってきたみたい」 「うん……」 お、お父さん……!? (お母様だけではなく、まさか今日はお父様まで……!?) 「う、うおおおお!! こ、殺される……!!」 「ふふっ、別に緊張しなくても平気ですよ?」 「うん、平気」 いやそう言われてもですね、やっぱり彼女の父親ってめっちゃ会うのが怖いんですけど……!! 「たっだいまー!」 「よう!! 二人して何やってんだ?」 「あ、お邪魔して……」 「うぉ!? 母ちゃん誰だよこいつ!!」 「こいつだなんて失礼でしょ! 岬のお友達よ、ちゃんと挨拶して!」 「え、ええっ!?」 「み、岬のお友達だと!?」 「あ、え、えっと……! 俺正確にはお友達じゃなく……」 「はっはっは!! そりゃあめでたい!! うあっはっはっは!!」 豪快に笑いながら、背中をバシバシと叩いてくる先輩のお父様。 だ、駄目だ……! これはさすがに自分から彼氏だとは言いづらい……!! 「ははっ、いや〜、それにしても岬の友達かぁ」 「どうよ、岬は学校じゃどんな感じで……」 「恋人」  「……あ?」 「……え?」 「こ、こい……びと……」 「……」 …… 「え、ええーーーッ!?」 「す、すみません!! なんか、なかなか言い出すタイミングが掴めなくて……!!」 「ぬ、ぬおおおお!! か、彼氏!? 岬の彼氏!?」 「あらあらまあまあ。お友達じゃなくて彼氏さんだったの」 「………」 うおお、やっぱりめちゃくちゃ驚かれてる。 そりゃそうだよな、お友達でこんなに喜ばれていたのに、それが実は彼氏だなんて一足飛びにも程がある。 「な、なんか隠してたみたいになっちゃってすみません」 「う、ううん、いいんです。いいですよ?」 「ただまさか、岬がこの家に彼氏を連れてくる日が来るなんて……! ううっ……!」 ええっ!? な、なんか泣かれてるんだけど……!? 「岬……まさかあなたが、同い年の男の子を彼氏に捕まえてくるなんて……」 「あ、俺の方が一つ下です」 「年下の彼氏!?」 「ああ、もう駄目。お母さん本当に嬉しいわ……!!」 「う、ううっ……」 どうやら嬉し泣きのようで、よーく空気を読めば歓迎されているらしい俺。 わ、わけわからん……! この空気はマジでわけわからんぞ……! 「岬の……彼氏……」 「あ、はい」 「どうも……」 「申し訳ありませんでしたああああああ!!」 「岬の彼氏とはつゆ知らず、数々のご無礼をお許し下さい!!」 ええっ!? 「お詫びと言ってはなんですが、今すぐここで切腹を……!!」 「お父さん……切腹……イヤ……」 「そ、そうですよ! 何馬鹿なこと言ってるんですか……! 顔を上げてください……!!」 「い、いえそんな!!」 「どうか! どうか何卒ウチの娘をこれからもよろしくお願い致します!!」 「いえ、こちらこそ是非ともこれからよろしくお願いします……!!」 俺もつい釣られて正座をしてしまう。 あ、あの、普通は反対されたり、微妙な顔されたりするもんじゃないのか……? 「ただ、ただどうか……!」 「岬が大学を出るまでは、嫁にもっていかないでくださいませ!!」 「お、お父さん……」 「手塩にかけて育てた大事な娘。どこに出しても恥ずかしくはないと自負しております」 「ただ、ただどうかもう少しだけ!! 娘の成長を側で見守ることをお許し願えませんでしょうかああああ!!」 「ちょ、ちょっとお父さん! 話がさすがに飛びすぎですよ?」 「お、おい! 岬の彼氏様だぞ!?」 「こんな安っぽい緑茶じゃなくて、もっとやばいくらい高そうな紅茶をお入れしろ!!」 (え!? それ麦茶じゃね!?) 「あ、あの……本当に全然気を遣わなくて結構ですんで」 「ああっ……! な、何か気に障るようなことをしてしまいましたか!?」 「いえいえ、そういうわけじゃなく……!!」 「おい! お茶だけでなくこの煎餅も全部取り替えて差し上げろ!!」 「み、ミルフィーユだ!! シュークリームでもいい!!」 「なんかそういう洒落た感じのやつをなんでもいいから用意して差し上げろ!!」 「いや、もうホントにお構いなく……」 「あ、あはは……」 予想外の事態に、つい乾いた笑いが出てしまう。 いや〜、それにしてもすごいぞ沢渡家。 こんな賑やかな家から先輩が生まれたなんて、ぶっちゃけマジで想像できない。 「ほらほら、それならあなたも手伝ってくださいな」 「ええっ!? 俺も!?」 「そうですよ。文句言わないの」 「ほらほらさあさあ」 「あ、ちょ、ちょっと母ちゃん!?」 「………」 そのまま二人は俺と先輩を残して一階へと降りていく。 な、なんか凄まじいお父さんだったけど、いい人そうでちょっと安心した。 「だ、大丈夫……?」 「え、ええ。色々とちょっと驚きましたけど。なんとか平気です」 「そう……」 「良かった……」 「………」 「………」 再び訪れる、先輩とのゆったりとした時間。 さっきのドタバタがまるで嘘みたいだ。 このままずっと二人だけで静かに過ごせるなら、もっといつもより良い雰囲気になることを期待しちゃうんだが。 「先輩」 「……?」 突然立ち上がった俺を、先輩は不思議そうに見上げてくる。 そんな彼女のすぐ隣に腰を下ろし、ゆっくりと静かに二人の距離を詰めていく。 「あ……」 「う……ううっ……」 (よし) 先輩嫌がっていない。 それなら今日はキスくらいいってしまっても……! 「先輩」 「キス……しても良いですか?」 「き、キス……」 「そうです」 「映画とかでもよく見るあれです。それもほっぺじゃなくて口にするキスです」 「う、うん……」 勇気を出して、顔を赤くしたまま俺にOKを出してくれる。 俺はそんな可愛い先輩の肩を抱きながら、そっと自分の唇を彼女に…… 「岬ー!!」 「っ!?」 突然お父さんが上がってきて焦りながらバッと肩を離す。 「トランプやろうぜ!! さあ彼氏さんも一緒に!! レッツプレイ! トーランプ!」 「………」 ……。 「むむむ……っ」 おお、先輩が、あの先輩が抗議している。 無言とジト目という二重の抗議。 「何する!? 何する!? 大富豪とかしちゃう!? お父さんつええぞ!?」 「……………」 「も、もう毎回革命とかしちゃうよ!? レボリューション!!」 「……………」 「……? み、岬?」 先輩の無言の圧力にとうとうおじさんが屈した。 いやけど、あの雰囲気はおじさんでなくても気になる。 なんか背後にものすごいプレッシャーを感じるし……! 「あなた!」 「もう、目を離すとすぐにこれなんだから……」 「待って母ちゃん! だって一緒に遊びたいじゃないか!! 遊びたいじゃないですかあああぁぁぁぁぁ……!!」 な、なんて子供みたいな人なんだ……! っていうか店開けっ放しだったけど、誰か下にいなくて平気なのか……!? 「なんていうか……先輩の家は賑やかでいいですね」 「うん……」 ご両親が姿を消したので、いざ初チュウにリベンジ。 「先輩……」 「ん……」 「彼氏さん!! これ! これ見て!!」 「むー……!」 「せ、先輩……?」 またも先輩からすごいプレッシャーを感じるぞ……!! す、すげぇ、こんなに怒ってる先輩見たことない!! 「これ! うちの岬の子供の頃の写真なんですけど!!」 「ヒィッ!!」 (は、早い……!) いつもの先輩とは思えないくらい、高速で襖を閉めてしまう彼女。 しかし向こうもそれくらいでは心は折れない。 「いやいや! これは絶対に彼氏さんに見てもらうべきだ岬!!」 「……いい」 あの先輩が明確な意思表示をしてみせた!! それだけ二人きりになりたいと思ってくれてるのはかなり嬉しい!! でも嬉しい反面、この状況はちょっと親父さんに申し訳ないような気も…… 「し、しかし! しかしだな、岬!!」 「むー……」 「うぐっ……! い、良いからここを開けなさい……!! というか入れて……!!」 「むぅぅぅ……!!」 今度は無言の圧力だけでなく、両手でおじさんを押し出そうとする先輩。 「お願い! お父さんにも、お父さんにもお話させてぇえええええええ!!」 ピシャリ、と閉じられた襖。 最後の叫び声も虚しく、先輩によってついに部屋から完全に追い出されてしまうお父様。 いやぁ、あの先輩が強硬手段に出るとは…… ちょっと良い物が見られた気がする。 「………」 「あ……」 先輩が突然ギュッと俺の手を握りしめてくる。 ちょっと先輩の顔が赤い。 「ふふっ……」 それがなんだか可愛くてつい笑ってしまう。 少し握ると、先輩も強く手を握り返してくれる。 すぐ隣を見ると先輩の顔。 息が触れてしまいそうに感じるくらい近い距離。 ……ちょっとだけ、ちょっとだけイタズラ心が湧いてきた。 先輩だって甘えてくれてるんだ……だから…… 「ちょっとすみません」 先輩の柔らかな頬に、そっと軽く口づけをしてみる。 「……!!」 「あはは、ごめんなさい」 「……う、うん」 「平気……」 「こういうの、嫌いですか?」 「………」 先輩は頬を染めたままなにも言わない。 多分死ぬほど恥ずかしいんだろう。 その証拠に言葉ではなく、ぎゅっと手を握ることで俺に気持ちを伝えてきてくれる。 それが本当に愛しくて、たまらなくて…… 「先輩……」 「ん……」 今度はついに、お互いの唇を重ねてキスしてしまう。 「ん……ちゅ……」 先輩と俺のファーストキス。 柔らかくて、ふわっとした唇。 先輩との距離がゼロになる。 初キスはレモンの味とか言うけれど、正直胸がドキドキしてて味とか全然気にしてなんていられない。 「岬ー! 彼氏さーん!?」 ここで先輩のお母さんから呼ばれる。 「ん……」 やめたほうがいいと思いつつも、先輩も俺もなかなか唇を離せないでいた。 幸い、足音は襖の向こうで止まる。 「お夕飯の準備しますから、今夜は本当にゆっくりしていってくださいね?」 襖越しに聞こえるお母さんの声。 そのあとすぐに下へ降りる音。 内心少しホッとしつつ、俺たちはキスを続ける。 ただただずっと、その場で軽く抱きしめ合ったまま…… 「よし、二人分の切符は買った」 「あとは先輩の到着を待つのみ……!」 先輩の両親に色々あってご挨拶してから数日後。 今日は先輩とちょっと遠出のデートをする。 行き先は片道一時間半、夏場の大きなビーチが人気の美浜市だ。 ちょっとネットでデートスポットを調べていたら、その街が良い感じだったので先輩を誘ってみた。 もちろん俺の彼女はOKしてくれたので、今日は午前中からこうして駅で待ち合わせをしている。 (プールデートはしたからな、今度は海でキャッキャウフフなデートをするぜ!) 「お、来ましたね?」 「……(こく)」 「お、お待たせ……」 (お、おおっ……!!) 沢渡岬、夏デートバージョン! 先輩は何を着ても間違いなく似合うが、今日はまた一段と可愛らしい……!! 「あの、今日は俺こんな先輩の横を歩けるなんてマジで幸せです」 「そ、そう……?」 「ええ、先輩はもう少し自分の可愛さを自覚した方が良いと思いますよ?」 「う、ううっ……」 おお、先輩が照れている照れている。 通行人も次々と俺たちに注目し、気がつけば男を中心にどんどん周りに人が集まってくる。 「先輩、とりあえずさっさと電車に乗っちゃいましょう。時間がもったいないですから」 「うん……」 そのまま堂々と手を繋ぎ、先輩と一緒に改札を通っていく。 彼女と二人きりの海デート。 今日はショッピングを中心に攻める計画だが、こうして先輩と歩けるだけで、基本的に満足してしまう俺だった。 「先輩、ここが美浜ですよ! ここにはやたら有名なナンパの名所があるらしいです」 「な、ナンパ……」 さすが夏だけあって、周りには無駄にサーフボードを持ったオッサン達もチラホラ見える。 ここは海だけではなく、飲食店や大きな商店街もあるので買い物デートには困らないスポットとなっていた。 「先輩、まずはどこへ行きます?」 「個人的にはあそこに見えるミハス通りがオススメです」 「み、ミハス……通り……」 「おみやげ屋から飲食店まで、パンフレットによるとなんでも一応あるみたいです」 「や、八百屋……」 「え?」 「や、八百屋は……ある……!?」 やけに目が真剣になる先輩。 うーん、八百屋かあ…… 八百屋はまあ……探せばあるんじゃないかなあ……? 「知らない街、八百屋は……ちゃんとチェック……する……」 「え? そうなの? それって沢渡家の家訓みたいな感じ?」 「うん」 「情報が……八百屋を制する……!」 なぜか勝手にデートとは関係の無いところで燃え始める先輩。 あの! 俺としては本日は八百屋をスルーして遊びたいんですが……!! 「いらっしゃいませ〜♪」 「おお、見渡す限りメルヘンメルヘンしてますね」 「先輩ってこういう店好きだったりします?」 「……(こく)」 「嫌いじゃ……ない……」 早速二人で店内を物色する。 このやたらいっぱいいる熊はサケクマというらしく、値札の横には『今女子の間で人気沸騰中!』と書かれたシールが貼ってある。 「先輩、このクマ今人気沸騰中らしいですよ? どうですか一匹」 「鮭……持ってる」 「ええ、これプラズマ鮭ライフルと言って、どうもこのクマの武器らしいです」 「ほらあそこ、テレビでショートアニメやってますけど、これで撃たれた敵はみんな分子レベルに粉々になるらしいです」 「こ、怖い……」 ピクリとも表情を動かさず、次々と敵をその鮭ライフルで倒していくクマのアニメ。 この何とも言えない顔が女子の間で人気らしいが、望月からこんなクマの話は聞いたことがないのでちょっと怪しい。 「先輩、こっちの鮭は剣になってて、これで敵をぶっ叩いて倒すみたいです」 「クマが……武器を持ってる意味がわからない……」 「そうですね。俺にもさっぱり理解出来ません」 マジでこれ人気あるの? 先輩と一緒にこのクマたちを眺めていると、段々とそんな疑問が膨らんでくる。 「あの、すみません」 「このクマって本当に今女子に人気があるんですか?」 「ええ、もちろん大人気ですよ?」 「発売から結構経っているシリーズなんですけど、たまに同じクマをいっぱい買い込んでいく女の子もいるくらいです」 「へえ、そんなにいっぱい……」 「ええ、先月もそのお客様は10匹も同じサケクマを買っていかれました」 「そのお客様、毎回妹さんに怒られながら買っていくんですよ?」 (マジかよ……) そいつそんなに同じクマばかり買ってどうする気だ。 さぞかし収納にも困らない、そんな広い家に住んでいることだろう。 「先輩、何か気に入ったキャラクターはいましたか?」 「………」 「こ、これ……」 「クマより、この馬の方が可愛い」 「おお、先輩はクマよりも馬派ですか」 「うん」 「だって、武器……持ってないから……」 「そこ大事なの!?」 「……(こく)」 「誰も武器を持たない……そんな平和な世界が……理想………」 「それにこの鮭も、ちょっと……可哀想だし……」 なるほど、俺の彼女はファンタジーにもとことん平和を求めるらしい。 こんな先輩に銃で撃ち合う露骨な対人ゲーとかやらせたらえらいことになりそうだ。 「先輩って、基本的にどういうキャラクターが好きなんですか?」 「ここにいないやつで、実は超好きだったりするものってあります?」 「え、えっと……」 「あれ……好き……」 「あれ?」 「うん……」 「野菜が、喋って動き回る……やつ……」 「日曜日の朝……ねんどアニメで、それやってる……」 「へえ、そんなのやってるんですか」 「俺日曜の朝はあんまりテレビ見ないからなあ……」 「特に、ニンジンくんが……お気に入り」 「ほお、ニンジンくん」 「うん……」 「いつもお喋りに……夢中な子……」 「でも敵がやってくると、すぐにニンジンパワーで蒸発させる……」 「蒸発!?」 ちょっと待て、そのニンジンパワーって何!? 下手すりゃこの鮭よりよっぽどそっちの方があぶないんじゃないの!? 「あとは……ゴロにゃんも……好き」 「ああ、前にテレビでやってましたね。元は深夜にやってたショートアニメでしたけど」 「それ、主題歌歌えます? ゴロにゃんの歌」 「う、うん……」 「ゴロにゃん……ゴロにゃン……ゴロゴロにゃーん」 「こんにちは、私……」 「ご、ゴロにゃん……です……」 か、可愛い……! もうこのめっちゃ恥ずかしそうに照れてる顔、今すぐにでも抱きしめて無理矢理頭を撫でてしまいたい……!! 「でもこの店、ニンジンもゴロにゃんもありませんね」 「他行きます?」 「うん……」 「ありがとうございました〜」 そのまま何も買わずに店を出る。 お次はおみやげがたくさん売っている露店へ。 「はい、いらっしゃーい!! 仕事運から始まり金運から恋愛運まで……!!」 「うちのお守りは何にでも効くよ? どうだいお二人さん、いっちょおそろいのお土産を是非」 そう言って、貝殻で作られているお守りをオススメされる俺たち。 恋愛運上昇に金運か。 でも俺、もう先輩と付き合ってるし今更恋愛運が上がってもなあ。 「先輩、何か買っていきます?」 「これ、この仕事運の」 え? 「なんだいお嬢さん。可愛い顔して今から事業でも立ち上げる気かい?」 「いいねえ、おじさんそういう野心を抱えた人大好きよ? これ一個おまけでつけとくから持っていきな」 「……(こく)」 「あり……ありがとう……」 自分の財布からお金を出し、大事そうにそのお守りを受け取る先輩。 本当は何か買ってプレゼントしたいけど、本人がめちゃくちゃ満足そうな顔をしているので何も言えない。 「それ、実家の八百屋へのおみやげですか?」 「うん……」 「うちは、いつでも大型のスーパーが……ライバル……」 「だから、野菜が欲しいときは……たまに家にも寄って欲しい……」 「わ、わかりました」 「先輩の家も大変なんですね……」 俺も母ちゃんも買い物をするときはいつも駅前に行くからな。 何でも揃う大型店と比べると、小さな小売店はさぞかし大変に違いない。 「でも先輩、お店の繁盛を祈願するなら、こっちの金運のやつの方が良いんじゃないですか?」 「ううん。そっちは……別にいい……」 「……? 何で……?」 「お金は、必死に働けば後からついてくる」 「お父さん……いつもそう……言ってるから……」 「おお、なんかカッコ良い台詞ですねそれ」 先輩の親父さんってなんかすごい情熱家っぽい雰囲気あるしな。 仮に俺が先輩と結婚したら、もしかしてあの店を継いだりするのか……? (そうなったら、やっぱり人生ってやつは何が起こるかわからないな……) 「……?」 でも八百屋って朝早そうだし、俺にそんな仕事出来るんだろうか。 まあ体力には自信あるから、配達とかは平気そうだけど。 「………」 「………」 「先輩、もしかして今めっちゃお腹空いてます?」 「ちょ、ちょっと……」 「ホントにちょっと?」 「うっ……」 「いっぱい……空いてる……」 「よしきた、次はメシにしましょう」 「毎度あり、また来てくれよな!」 ケータイで地図を開き、そのまま先輩と海岸通りまでやってくる。 ここは通称ナンパ通りとも呼ばれ、女子が一人で歩くと結構知らない男が寄ってきてウザイらしい。 「先輩、お昼は何が食べたいですか?」 「な、なんでも……」 実はなんでもと言われるのが一番辛い。 だったら無難に洋食屋か、この季節にはピッタリの冷たいデザートも食べられる店が理想なんだけど…… 「………」 「ここ……? このお店に入るの……?」 「え、えっと……」 海岸通りから、一番目に付く店へとやってくる。 ビーチサイドカフェ、フルーティア。 ケータイで調べると店の制服が超可愛いらしく、料理も美味しくて人気のある店らしい。 確かに良さそうなところなんだけど…… (だ、駄目だ……!) (な、何かが……! 何かが俺にこの店には入ってはいけないと告げている……!) 謎のプレッシャーが俺の体の四方から襲いかかってくる。 うん、やめよう。 これならもっと気軽に食事が出来そうなところを探すべきだ。 「先輩、他へ行きましょう。まだまだこの通りには色々な店がありますから」 「………」 「え、えっと……」 「サンドイッチ……た、食べたい……」 「え? サンドイッチですか?」 「……(こく)」 「ふ、二人で座って……」 「海見ながら……食べる……」 「な、なるほど」 「先輩がそう言うなら……」 結局昼は、近くのパン屋でサンドイッチを買い、海岸通りで食べることになった。 日差しが強いのはちょっとあれだけど、外で座って食事するのもデートっぽくて俺は好きだった。 「先輩! ほらほら海! 海ですよ!!」 「うん、海……」 二人で食事を終えた後、この街一番のデートスポットである海岸にやってくる。 おお、今日は波も穏やかで良い感じだ。 先輩もノリノリだったら、ボートでも借りて沖まで出てみるのもありかもしれない。 「俺たちの街にも海ありますけど、こうして海水浴場に来るとやっぱり見え方が違いますね」 「うん、人も……いっぱい……」 「先輩海好きですか? 俺は結構見てるだけでも好きなんですけど」 「うーん……」 「好きが半分……でも、怖いも半分……」 「怖い?」 「……(こく)」 「う、海は……海藻とか……ある……から……」 「あー、そうですね。結構苦手な人いますもんねあれ」 「海の中に入って、海藻を踏むと……こ、怖い……」 怖いというかビックリする。 浜辺に流れ着いた茶色い海藻なんかも、なんか近くで見ると結構グロイし先輩じゃなくてもみんな一度はビビるだろう。 「あ、あとは……」 「クラゲ……とか……」 「あ、クラゲは俺も苦手です」 「まあ無害なやつならまだマシですけど、クラゲなんて触っても良いこと全然ありませんからね」 「水族館の、クラゲは好き……」 「ふわふわしてて、ずっと見てるだけでも……飽きない……」 「ああ、俺も見てるだけなら好きです」 「クラゲって動物プランクトン食べるじゃないですか」 「あいつらみんな体の中が透けて見えるから、よーく観察すると食べたものがハッキリ見えるんですよね」 「うん……不思議……」 「毒を持ったクラゲも……て、テレビで見ると……すごく……綺麗……」 「確かにそうですね」 種類よっては海の宝石とも言われてるくらいだし。 女性には観察するだけなら割とクラゲも人気がある。 「ふふふ、先輩」 「クラゲアイスって知ってます?」 「……? クラゲ……アイス……?」 「ええ」 「食べるとコリコリとした食感が楽しめるクラゲを、ふんだんに入れたアイスのことです」 「食べた人の感想によると、アイスの中にナタデココが入っていると思えば、普通に美味しく食べられるらしいんですけど」 「……ッ!」 明らかに恐怖する先輩。 コリコリ食感のクラゲ入りアイスを、一度想像の中で口にしたのだろう。 食べたことのない人間からしたら、そのアイテムは非常に恐ろしく…… 特に先輩みたいなピュアな女性からしたら、きっと一目見て逃走する勢いだろう。 「はは、どうです? この辺りでクラゲ入りアイスでも探しますか?」 「い、いや……絶対……いや……!」 珍しくハッキリと拒絶する先輩。 こうやってたまに先輩を怯えさせるのも面白い。 「く、クラゲより……貝の方が……」 「お、貝殻でも拾いますか?」 「………」 「ここ、掘るとアサリ……出てくる……?」 「う、うーん……」 「さ、さすがにそれは無理な気がします」 「………」 「アサリ……」 両親へのおみやげにするつもりだったのか、明らかに肩を落としてがっかりする先輩。 よし、そこまでがっかりするなら、今度潮干狩りにも連れて行ってあげよう。 よく考えると先輩って、ひたすら砂とか弄るの好きそうだし。 「先輩、これからどうします?」 「水着持って来てないですけど、軽く海に足だけでもつけていきます?」 「………」 「い、いい……」 「そうですか……」 まあ聞く前から答えはわかっていた。 以前プールに行ったとき、先輩は人に肌を見られるのを極端に恥ずかしがっていた。 プールにダイバースーツなんて着て来るくらいだからな…… こんな人目につくビーチじゃ、とてもじゃないけどそんな気にはなれそうもないか。 「よし先輩、それじゃあ砂遊びでもしましょう!」 「せっかくここまで来たんだし、俺が子供の頃に習得した究極の砂遊び術を披露しますよ!」 「う、うん……」 こんなこともあろうかと、二人分の小さいスコップを用意してきた。 100円ショップで売っているおもちゃのスコップではあるけれど、今日一日遊ぶくらいならこれで全然問題無い。 「ちなみに何作ります? なんでもリクエストにお答えしますよ?」 「………」 「エッフェル塔……」 「すみません」 あ、あの……! さすがにもうちょっと手加減して欲しいんですけど!! 「無難に砂の城とかにしておきましょうよ」 「あれだって、案外作ってみると難しいんですよ?」 「な、なんでもって……言った……」 「え?」 「なんでもって、言った」 何!? 何なのこの執着心! この人そんなに砂で出来たエッフェル塔見たいの!? いや出来るなら俺も見たいけどさ! 「わかりました。出来るだけご期待に添えるよう頑張ります」 こうして俺と先輩の、無謀とも言える砂のエッフェル塔作りが始まった。 日差しで俺の首元はピリピリと痛いけど、先輩の方はしっかりと日焼け対策をしているようで…… そこはやっぱりさすが先輩だなとちょっと感心した。 「よっしゃあああああああ!!」 「先輩!! 出来ましたよ砂でエッフェル塔……!!」 「まあ、サイズはめちゃくちゃ小っちゃくて、形は歪ですけど……」 スコップ片手に子供のようにはしゃいでしまった。 もうすっかり空は夕日で染まり、ビーチにはほとんど人影が見当たらない。 「あれ?」 (先輩どこ行った……?) さっきまで俺の横にいたと思ったのに。 ジュースでも買いに行ったのかな? 「まあしばらくここで待っていれば戻ってくるか」 (ん……?) 「先輩、急にどこへ行って……」 「………」 「………」 「………」 あ、あれ……? 「せ、先輩……その格好……」 「……!!」 めちゃくちゃ恥ずかしいのか、一瞬にして俺の背後に回り込む先輩。 (み、水着……!!) (ちょっと待て! マジで先輩水着用意してきてくれたの……!?) 「せ、先輩! もっとよく見せてください……!!」 「割とマジで!! 少しでも長く俺に見せてください……!!」 「う、ううっ……」 俺の必死の訴えに答えて、少しずつ俺の目の前に来てくれる先輩。 おおおお!! こ、これは……!! マジで念願の先輩の水着姿……!! 「ど、どうしたんですか先輩。ちょっと俺には嬉しいサプライズ過ぎて涙が出そうになるんですが……!!」 「………」 「こ、この……前……」 「水着じゃなくて……す、すごく……残念そう……だったから……」 「え? それで頑張って今日は持って来てくれたんですか?」 「………」 「……(こく)」 顔を真っ赤にし、本当に死ぬほど恥ずかしいようで首を縦に振ってくれる先輩。 う、嬉しい……! 嬉しすぎるぞこれは……!! 先輩の水着が拝めるのも確かに嬉しいんだけど、それよりも俺のために……ってところが何よりも本当に嬉しく感じる。 「先輩、それじゃあちょっと海入りましょうよ」 「波打ち際で遊ぶくらいなら平気ですって」 「うん……行く……」 「ほら先輩、俺は多少濡れても平気なんでガンガン来て下さい!!」 「こ、こう……?」 「何遠慮してるんですか。先輩にその気がないなら俺からいきますよ……!!」 「とうっ!!」 「あっ……!」 「どうですか? ちょっと冷たくて気持ちよくありません?」 「う、うん……」 「冷たくて……」 「あと……嬉しい……」 「え? 嬉しい?」 「うん……」 「み、水着……すごく喜んで……」 「くれているみたいだから……」 「………」 じーん。 (う、ううっ……!) (先輩……!) 恋には疎いといっても、先輩は先輩なりに、こうして俺への気持ちをちゃんと表現してくれる。 ただ好きと言われるのも嬉しいけど…… でも、俺は先輩のこういう優しいところが本当に好きだったりする。 「先輩、俺たち……なんか今日はいつも以上に恋人っぽい気がしません?」 「え……?」 「え、えっと……うん……」 「じゃあ恋人っぽい感じついでに、一つ俺からお願いを聞いてもらえますか?」 「おね……がい……?」 「ええ」 「今日から俺のこと、気が向いたときだけで良いんで、名前で呼んでみてもらえませんか?」 「な、名前……」 「恭介って、ちょっと呼んでみてください」 「………」 「きょ、きょう……すけ……」 「恭介……くん……」 「はい、恭介です! 先輩の素敵な彼氏でありたい恭介です!」 「今、周りに誰もいないんでキスしてください」 「夕日の照らすビーチでキスって、ちょっと恥ずかしいけどロマンチックな感じがしませんか?」 「………」 「うん……」 そのまま軽く先輩を抱き寄せ、周囲を一度確認しながらキスをする。 「ん……」 「………」 「ふふっ……」 「なんだかこの前キスしたときより、照れますね」 「うん……」 世界で一番大好きな人と、こうして初めて海でキスをする。 俺の彼女はかなりの恥ずかしがり屋だけど…… こうして俺のために、苦手なことにも頑張って挑戦してくれる。 そんな健気な目の前の彼女に、今日も昨日より夢中になる俺。 思いつきで誘った海デートだったけど、今のこの瞬間はずっと俺の中の記憶に残るに違いなかった。 「お……?」 『メール受信1件 先輩』 先輩からメールが届く。 「おお……」 お礼のメールか。 むしろ水着まで用意してもらったんだし、お礼を言いたいのはこっちの方だ。 『いえいえこちらこそ、先輩の水着最高でした』 『俺なんて特に何も用意してなくて、逆にごめんなさい』 先輩は俺のために水着を用意してくれた。 なのに今日は俺、ずっとはしゃぎまわってた気がするし…… 確かに楽しかったけど、そこはちょっと彼氏としては反省しないとダメだと思った。 「………」 もう…… 「なんで俺の彼女はこんなに可愛いんだ!!」 しかも一つ年上の先輩で、こんなに可愛いなんて反則過ぎる。 可愛いなんて学校で言われ慣れてそうなものなのに、ケータイのメール越しに先輩の嬉しそうな顔が浮かんでくる気がする。 『俺、あんまりお世辞は得意じゃないんで、これからも可愛いって連呼しちゃいますけど許してね!』 こうして、今日も先輩との楽しい一日が終わった。 『次は山にでも行きますか? 山デート!』 『電車乗り継げば、ここからでも1時間くらいで行けますよ?』 先輩と紅葉狩りなんてプランもいいな。 そうなると季節も考えないとダメだけど、これからはもっともっと先輩を色んなところへ連れて行ってあげたい。 『じゃあ俺をあと10人くらい用意するんで次は11人で行きましょう』 『俺が10人に増えたら、きっと楽しみも増えますよ?』 俺が10人もいたら、絶対先輩を取り合って喧嘩する気がする。 でも実際、大人数で遊ぶ事になったら先輩はどんなリアクションを見せてくれるんだろう。 「………」 (先輩が10人もいたら、先輩ハーレムが作れるな……) そうなると先輩同士は喧嘩せずにやっていけるんだろうか。 そんなアホな妄想をしながら、今夜も彼女とのメールを楽しんだ。 『先輩、俺嬉しすぎて涙が……!』 『俺、一生先輩のこと幸せにします……!!』 もはやプロポーズ以外のなにものでもないこのメール。 うん、でも本心だからまったく問題なし。 (婚約成立!?) つい最近まで、自分がモテなかったのが夢のようだ。 俺はもう一生先輩についていく覚悟で、何度もベッドの上でニヤニヤしながら転げ回った。 「うへぇ……」 半日だけの授業を終え先輩と帰宅する放課後。 普段なら先輩と一緒にいるだけでテンションが跳ね上がる俺だが、今日だけは少し事情が違った。 「……どうかした?」 そんな俺を心配して先輩が優しく声をかけてくれる。 「あ、すいません。ため息ついちゃってましたね」 「うん……悩み事?」 「悩み事というかなんというか……」 「俺、夏休みって休むためにあると思うんですよ」 「…………?」 要領を得なかったようで先輩が小首をかしげる。 仕草が可愛いなぁ、もう。 「えっとですね、まぁ登校日があるっていうのはいいんです。こうやって先輩と一緒に下校できますし」 「けど問題なのは宿題です」 「……宿題?」 「今日大量に出されたんです。しかもよりによって現国の作文という俺の天敵までいる始末で……」 「コイツを倒すのに一体どれだけの時間を費やすのだろうと思うと憂鬱になっちゃって」 「……でも勉強は大事だよ?」 「うっ……一応頭では理解しているんです……」 そう、頭では! 「ですが! ぶっちゃけ宿題をしている時間があれば先輩と一緒にいたいんです!!」 「作文を書き上げる暇があったら先輩とデートしたいんです!!」 「デート……私もしたい……」 お、ちょっと先輩の目がキラキラしている。 これはもしやデートチャンス? 「てなわけで先輩デートしましょう! 宿題も勉強も忘れて充実した学園ライフを過ごしましょう!」 半ば強引に俺は先輩をデートに誘ってみる。 「でも……やらないと宿題はなくならないよ?」 「うっ……」 「お勉強は大事だし……メリハリはつけないと、ね?」 優しく先輩にたしなめられて俺はちょっと肩を落とす。 でもそうだよな、自分でやらないことには宿題は消えてなくならないわけで。 毎年毎年、夏休み終了間際に大変な思いしてるもんなぁ、俺。 「……そうですね。たまには真面目に勉強してみようかな」 先輩と一緒にいる時間が減るって言ったけど、計画的にこなしていけばそう減らない気もするし、一人の時間に宿題をすれば先輩との時間はしっかり取れる。 「よし! 今年の夏休みはちゃんと宿題する時間を作ろう!!」 「……うん」 俺の決意表明に先輩が笑顔を向けてくれる。 なんだかめちゃくちゃやる気が出てきた! 俺、本当に先輩と付き合えてよかったなあ。こんなに幸せでいいのか? いいのか、俺!? 「えっと……あの……大変なら……私が……」 ん? 何かを言おうとしながら先輩がもじもじしている。 大変なら? 大変なら…… 「あ、もしかして大変なら手伝ってもらえるとか?」 俺が先輩の言いたかっただろうことを口にする。 どうやらそれが当たっていたようで、先輩は二回首を縦に振った。 先輩が勉強を見てくれる……だと? それは当然マンツーマンですよね?  しかも場所によっては邪魔されることのない状況が作れるということか? (つまり二人きりの密室でお勉強!? 家庭教師と生徒プレイ!?) いやいやいや、さすがにいきなり家庭教師プレイはない。 家庭教師プレイはないにしても、ぶっちゃけエロいことはしたい! 前に先輩とプールに行ってからどうにも気になって仕方ないんだもん。 ま、そううまくはいかないんだろうけどな。 童貞の俺にうまくエロいことをする流れに運ぶ技量があるかどうか正直怪しい。 自然とそういう空気になれば話は別だろうけど、勉強しながらそんな空気になるのを期待する方がおかしいだろう。 とはいえ、先輩と二人きりで勉強か。 エロいことがあろうがなかろうが、それなら楽しく宿題を片付けられそうだし、なにより先輩と一緒にいられる。 ここは先輩の言葉に甘えさせてもらうとしよう! 「じゃあ早速なんですけど、今日とか一緒にどうですか?」 「うん」 俺の申し出を先輩は快諾してくれた。 これで今日は先輩と一緒にいられる!! 先生方、宿題を出してくれてありがとうございます!! さて、そうなるとだ。 「どこで勉強するかですよねー」 ファミレスとか喫茶店なんかが打倒な気もする。 けど夏休みのファミレスって他の生徒がいそうだな。 先輩との交際を歓迎されていない身としては避けた方が無難か? 冷やかしならまだしも陰口はやっぱキツイし。 そうだなぁ、邪魔されずあんまり目立たないような勉強の出来るところ…… 「いっそ俺の部屋で勉強しちゃいます〜?」 「な〜んて、そう簡単に部屋に誘ったりできたら苦労しないんですけど……え?」 「…………(キラキラ)」 まっすぐに俺を見つめる先輩の目が眩しいくらいに輝いている。 (あれ!? なんでこの人こんなに食いつきいいの!?) 「え、えっと、あれ? 俺の部屋でいいんですか?」 先輩がこくんと頷く。 「あの、俺の部屋来ても大したものありませんよ……?」 「大丈夫……! 行きたい……!」 自己主張の少ない先輩が自ら行きたいだって!? 一体何がそこまで先輩を駆り立てるんですか!? 「それじゃあ、もうこのまま俺の部屋にでも……」 「うん……!」 見るからにワクワクウキウキといった様子の先輩をガッカリさせるわけにもいかない。 「男の子の部屋……」 楽しそうな先輩の横顔。 それとは裏腹に高鳴る俺の胸。 「あ……」 「どうしました?」 「着替えてから……」 「あぁ、制服ってちょっと窮屈ですもんね」 「じゃあ先輩の家に寄ってから俺の家行きましょうか」 「うん」 私服の方が動きやすいってのもあるし、先輩の私服姿を拝めるじゃないか。 帰る方向を先輩の家にシフトする。 今日、たしか母ちゃん仕事で遅くなるって言ってたはずだし…… つまり、これは本当にエロいことが起こってしまうんじゃないのか!? 待て待て待て、落ち着け俺……! 落ち着けぇ……! 先輩は勉強を見にきてくれるんだ。エロいことをしにじゃない。 でも男の部屋に彼女が来るっていうのは、自然とそういう流れに入る可能性もありえなくはないぞ?! うぉおおおお! なんかもうドキドキしすぎて訳がわからない!! さっきまであった宿題の憂鬱はどこへやら、俺は内心軽くテンパりながら先輩を家まで送る。 それから、少し待って私服姿になった先輩と合流し、俺の家に向かった。 「今誰もいないんで、上がっちゃってください」 「お邪魔します……」 丁寧に靴を揃えて先輩がそろそろと家に上がる。 「俺の部屋はこっちです」 家に着くまでの間に少しは平穏を取り戻した俺は先輩を部屋に案内する。 先輩はというと、俺の後ろをついてきながら辺りをキョロキョロと見回している。 特に珍しいものもないと思うんだけどな。 「ここが俺の部屋です」 とりあえず俺は扉を開けて先輩に中に入ってもらう。 「恭介くんの部屋……」 「ここが……」 おずおずと部屋の中に入った先輩は控えめに辺りを見回している。 エロいものとかなかったよな? 見られちゃマズイようなものとか。 エロ漫画とか机の上に出しっぱなしにしてたり…… セーフ!! さすが俺! ちゃんと片付けてるな!! 「……すんすん」 部屋を見回していた先輩が今度は鼻をヒクヒクさせてウサギみたいににおいを嗅ぎ始める。 まさかなんか臭ったりしてるのか? 「あ、あの……俺の部屋、そんなにくさいですか……?」 「ううん」 よかっ……たぁああああああああ! これでイカ臭いなんて言われた日には匂いのもとであろうゴミ箱を空にした上、全力で消臭剤をぶちまけるところだ! 「それじゃあ、テキトーに座ってくつろいでてください」 「……うん」 小さく頷いた先輩が部屋の真ん中でちょこんと正座する。 「あ、お茶、麦茶しかないんですけど、それでもいいですか?」 「うん、ありがとう……」 俺は先輩の返事を聞いて部屋を出た。 それにしても背筋をピンと伸ばして静かに座る先輩はお人形みたいだったな。 本当にどこぞのお嬢様と言われても信じてしまいそうになるくらいだ。 けど実際は八百屋の娘なんだから分からないものだよな。 それもこれも先輩のご両親の教育がしっかりしてたんだろう。 ウチとは比べ物にならないんだろうなぁ、なんて思わず笑ってしまう。 あの様子だと部屋を漁られたりしてエログッズが見つかることもないだろうから一安心だ。 「とはいえ、あんまり先輩を待たせるわけにもいかないよな」 きっと先輩は正座したまま俺の部屋を観察していることだろうし。 俺はお盆に二つコップを乗せて部屋に戻る。 「お待たせしまし……た?」 扉を開けた瞬間、俺は思わず自分の目を疑った。 「〜〜〜〜っ♪」 ゴロゴロ、ゴロゴロ 俺の枕を抱きしめたまま先輩がゴロゴロ、ゴロゴロ。 ベッドの上を右へ左へゴロゴロ、ゴロゴロ。 (なにあれ! かわいい!!) 思わず固まってしまう俺。 そんな俺に気づかないほど夢中になっている先輩。超楽しそう。 あのお行儀よく座っていた先輩は一体どこへ!? 可愛いからいいけども!! 「…………あ」 二、三往復したのち俺に気づいた先輩が動作を停止した。 「お、お待たせしました……」 「…………」 じーっと見つめてくる先輩。 かと思うと、先輩はむくっと起き上がり抱き枕を元の位置にセット。 シワのできたシーツを丁寧に伸ばして布団の上をパンパンと叩いてから、先輩は元の位置へ戻り正座した。 まるで今までずっと正座していましたよ! と言わんばかりの雰囲気を醸し出しつつ。 「…………え?」 普段とのギャップが激しすぎて、ちょっと俺の頭が理解できてない。 (せ、先輩でもあんな子供みたいなことするんだな……) 「おかえりなさい……」 つっ立ったまんまの俺をいつも通りの先輩が迎えてくれる。 よし、分かった。俺はなにも見なかった。なにもツッコまない。 「お待たせしました!」 とりあえず俺も先輩の調子に合わせて今入ってきた風を装おう。 いやぁ先輩にもあんな一面があるんだな。 なんか流れ星くらいイイモノを見れた気がする。実は先輩って変なところアクティブだったりするのかな? ってことは案外『いろいろ漁ってたらこんなの見つけちゃった……』みたいなこともあり得たのかもしれないわけだ。 あっぶねぇえええええ! マジで片付けておいてよかった。 エロ漫画はしっかり辞書のカバーで偽装しているし、バレる可能性があったとしたらベッドの下くらいか。 ぶっちゃけいっそ見つかった方がエロい展開に持って行きやすいかな? なんて思ったけど、普通に考えて気まずいだけだよな。 実際、先輩は勉強を見に来てくれたんだし、ここは変なこと考えず勉強しましょう。 エロいことは機会があればということで。 「それじゃあ、早速取り掛かっちゃいましょう!」 「おー……!」 そんなわけで取り出したるは作文用紙。 まずはこのラスボスとも言える存在を片付けてやる!! だいたい作文なんて小学生の宿題じゃあるまいし……まったく。 「……作文?」 「はい、テーマはなんでもいいからとりあえず書いてまとめろ、と大雑把な説明でこの作文用紙を渡されまして」 「作文は、創作文芸」 「ありもしない出来事を、さも本当にあったかのように書けるかが勝負……」 へー、作文ってバカ正直に日頃の出来事を書く必要はないのか。 そういや先生も『これは大量の文章を上手くまとめるための課題』とかなんとか言ってたっけ? 「つまり俺のセンスで全米が涙するほどの脚色オーケーということですね?」 「……え?」 「任せてください、先輩。なんか俺、この宿題楽勝な気がしてきましたよ」 そうだな、やっぱここは俺と先輩のラブロマンスを綴ってみようじゃないか。 「そう、あれは……」 『俺と先輩の出会い……それは、あの春のキスがきっかけだった』 「そ、そうじゃなかった気がする……」 「財布よりこっちのほうがインパクトあるじゃないですか」 「そ、そうかな……」 「そういうもんです。続き書きますよ」 『当時悪い魔女によって野獣にされていた俺は先輩のキスによって本来の姿を取り戻すことができた』 「いきなりクライマックス……」 「斬新だと思うんです」 「斬新だとは思うけど……」 『助けてもらった俺はそれ以来先輩に愛を誓い、先輩はそれに応えてくれた』 『しかし、二人の家は仲が悪く二人の仲を認めようとはしなかった』 「俺は教室から叫ぶ」 『おぉ! 先輩! 貴方は! なんで先輩なんですかああああ!!』 「……ロ、ロミオとジュリエット?」 「これだとなぜか俺がジュリエットですね、まぁいいか」 『なんやかんやあって俺と先輩は連れ立ってプールへとデートに行った』 「作文でなんやかんやはアウトだと思う」 「こうすれば多分セーフになります」 なんかんやの間に、お互いの家に挨拶に行き許可を貰いました』 「作文で注釈使う人初めて見た……」 「あえて挑戦することで道を切り開こうと思うんです」 「切り開けないと思う……」 『初めてのデートはプールだった。初々しい二人はプールサイドで追いかけっこを始める』 「走ったら危ない」 「まったくですね」 と言いつつ、作文を続行。 「待てー、せんぱーい! アハハハ」 「アハハハ、捕まえてごらんなさーい!」 「波打ち際でするべきじゃないかな……」 「じゃあ波の出るプールということで」 「また注釈……」 『その時だった。先輩がどこぞの誰かに連れ去られてしまう』 「急展開」 『実は先輩はとある国のお姫様でお城を抜け出していたのだった』 『連れ去った男は先輩の従者で、プールで遊んでいた先輩を見つけて連れ帰ってしまったのでした』 「お家にお付き合いする許可を貰ってたんじゃなかったっけ……」 「フェイクです」 「……なんのフェイクなの?」 「正直自分でもよくわからなくなってきました」 「もしかして、あんまり真面目じゃない……?」 「フッ、まさか、今頃気づいたんですか? 先輩」 「むー……」 おや? 先輩がちょっとふくれっ面をしていらっしゃる。 「真面目にやらなくちゃダメ……」 「すいません、なんだか楽しくなっちゃって」 「むー……ちゃんとやるの」 「はい、気をつけます」 これ以上悪ふざけを続けるのはどうかと思われたので素直に謝っておく。 けどこうやって先輩から怒られるのもなんか新鮮だな。ちょっと面白いかも。 怒った顔も可愛らしくて少しときめいたのは内緒。 「でも、作文だとどうしてもふざけちゃいそうですし……」 他の教科の宿題でもしましょうかね。 「それじゃあ先輩、数学の宿題片付けちゃおうと思います」 「うん……」 「分からないところがあったら聞こうと思うので、とりあえずそのへんの漫画でも読んでてください」 「わかった……」 そう言って先輩はのそのそと本棚の前に移動した。 俺はそれを見届けてから数学のノートと教科書を開く。 さぁ、ふざけすぎた分気合入れて終わらしてやるぜ!! 終わったら先輩と遊ぶんだ!! ………… …… それからしばらく俺は真面目に宿題を進めた。 先輩が見ているし頑張ろう! と思ったからかいつも以上にスムーズに進んでいる気がする。 「ふぅ…………」 文字通り一息ついて、俺は先輩の方に目をやる。 本棚の前で姿勢よく正座している。 端正な先輩のお顔を眺めてまた気合を入れようじゃないか。 ……ん? あれ? なんで先輩顔が紅く…… 待て待て待て、先輩何読んでる? 何読んでるの? あの表紙はまさか…… (ぎぃやあああああああああああああああ!!) (先輩何読んでるんですかァァァ!) あの表紙は間違いなく俺のエロ漫画!! お気に入り!! なんで先輩があれを真剣に読んでるんですか!! 落ち着け、落ち着くんだ俺。 とりあえず声をかけてみようじゃないか。 「先輩、何をそんなに夢中になって読んでいるんですか?」 「……!」 驚いたのか一瞬先輩の身体がピクンと跳ねた。 「す、スポーツマンガ……」 (す、すごい……先輩が嘘ついてる……!!) 思いがけない返答になんと答えたものかと悩んでいると、先輩はそーっとエロ本を本棚に戻した。 そんなこそこそ動いてもしっかり見えてますよ、先輩!! 「先輩、ギャグマンガとか好きですか? 本棚の一番上にギャグ系が置いてありますよ」 「う、うん……」 そう言われた先輩が素直にギャグ漫画に手を伸ばし、一冊選ぶとまた正座してページをめくり始めた。 いやぁ、予想外だった。 っていうか先輩もああいうのに興味あったりするのか? そもそも彼氏と二人きりっていう何があってもおかしくない状況で、先輩もエッチなことを想像したりしないのかな? ヤバイ、なんか胸がどきどきしだした。 落ち着かない胸の内を無理やり押さえ込んで俺はまた宿題に取り掛かる。 …………五分後。 (先輩はどうしてるだろう?) 正直なところもしかしたらまたエロ漫画を、なんて期待しつつ先輩の方に目をやる。 ちょっ! あれは辞書のカバーでカモフラしていたエロ漫画!! なんで!? どうやって見つけたんですか先輩!! 思わず問いたくなるのを我慢する。 秘蔵中の秘蔵だけあって先輩の顔は真っ赤に染まっている。 「えっと……先輩?」 「……っ?! な……に?」 そーっと読んでいた本を閉じて俺から見えないようにする先輩。 「今何読んでいるんですか?」 「み、ミステリー物を……」 どこの世界に顔を真っ赤にしてミステリー物を読む人がいるんですか。 しかもガッツリ見られているにも関わらず、なぜか誤魔化せていると思っているみたいだ。 「宿題……進んだ?」 先輩が強引に話を逸らしつつ本棚にそーっとエロ本を戻そうとする。 「あと少しなんでちゃちゃっと終わらせちゃいますねー」 なんだか面白くなってきたから、適当に話を合わせてノートに視線を落とす。 と見せかけてバレないように先輩の方に視線を送る。 「…………」 本棚に戻そうとしていたエロ漫画を先輩はまたそろそろと手元に持ってくる。 やっぱり先輩でもああいうことに興味があるってことだよな? つまりこれはチャンスなんだと思う…… 母ちゃんも遅くまで帰ってこない、先輩も興味があるような様子。 あとは俺がきっかけを作る、それだけだと思う…… 正直恥ずかしい、でも……! 「先輩、もしかしてそういうことに興味あったりします?」 「!?」 突然直球で訪ねたせいか、先輩が固まった。 ドサッと床に落ちるエロ漫画一冊。 かと思うと、今までのスローな動作からは想像もできない速さで先輩が他の漫画を手に取ろうと慌てふためき始めた。 「いやもう遅いです先輩。っていうかはじめから誤魔化せてないです」 「……うー」 エロ漫画を熟読していた時よりも真っ赤になる先輩。 「一応、俺も男なんでそういう事に興味があるからそういう本を持ってるんですよ」 「うん……」 先輩は俯きながらも頷く。 その仕草がなんだか可愛くて、一回心臓が跳ねた。 変に緊張してるせいか、口の中がやけに乾く。 「もしも俺が、先輩とそういうことをしたい……って言ったら先輩どうします?」 「…………っ!!」 俺の言葉を聞いた先輩は胸元を掴んでこちらをじっと見つめてきた。 それは明らかに警戒している姿で、まだ顔は赤いものの言葉にされるよりもわかりやすかった。 「あ、いや! もしもです! もしもの話です! あはははは……はぁ……」 まぁそうだよな。いくら付き合い始めたとはいえ、すぐにそういうこと出来るとは限らないわけで。 けどこう明らかに警戒されるとちょっと心に来るというか、凹むよなぁ…… 「あ……ちが……」 肩を落とした俺を見て先輩が何か言いたげに口を開いた。 「えっと……その……」 先輩が何か必死に言葉にしようとしている。 何を言おうとしているんだろう? ぼーっとそんな先輩を眺めていると、不意に先輩が立ち上がってこちらに歩いてくる。 「先輩?」 俺の言葉に返事はせず、黙ったまま先輩は俺の隣にやってきて隣に座る。 ピッタリと、抱きつくのではなく寄り添うように。 「えっと……」 「…………」 すぐ横に先輩の顔。 少し潤んだ瞳でまっすぐに俺のことを見つめてくる。 これが先輩の精一杯の意思表示だと理解するのに時間はかからなかった。 ふんわりと香るシャンプーの匂いが心臓の音をいっそう早くさせる。 ゆっくりと優しく先輩の頭を撫でる。 ふわっとして絹のような先輩の髪。 オレ自身が顔が熱くなってきた気がする。 けど、このまま先輩をもっと身近に感じていたくてそっと先輩の肩に手を回す。 ギュッと力を込めて引き寄せる。先輩の体温が服越しに伝わってくるような気がした。 何を話せばいいのかも分からなくなった俺はゆっくりと服の上から先輩の胸に手を伸ばす。 「んっ……」 先輩の身体が一瞬だけ強ばった。 けれど特に抵抗はなく、俺のしたいようにさせてくれる。 もにゅもにゅとした感触。服の上からでも重量感のある胸が俺のかろうじて残っていた理性を吹き飛ばした。 「先輩……先輩、先輩……っ」 「ひゃ……んっ、ん、あ……だ、だめ……そんな強く……しちゃ……」 「す、すみません。でも、もう我慢できなくて……っ」 そう言う間も、俺の手は先輩の胸へと指を食い込ませていた。 幸せな感触に指の動きを止めることが出来ない。 「ね……お願い、いい……?」 「お願い、ですか……?」 「わ、私、初めてだから……。その、べ、ベッド……が……いい……」 「先輩……」 恥ずかしげに顔を背ける先輩を見て、ますます興奮が込み上げてきた。 先輩が可愛すぎて生きてるのが辛い……。 「わかりました、じゃあ、ベッドへ……」 おっぱいに張り付いてしまいそうな手を無理矢理引き剥がし、先輩をそう促す。 「しちゃいましたね、俺達」 「うん……」 童貞卒業出来たというより、先輩とエッチ出来た嬉しさで胸がいっぱいだ。 先輩も同じようなのか、さっきからニコニコしている。 「先輩とエッチできて、こうやって一緒にベッドに入るなんてまるで夢みたいですよ」 「ふふっ、夢じゃ……ないよ」 「ええ、これが本当に夢だったら起きたらショックでベッドの中で悶えそうです」 「私も……」 「…………」 先輩がもぞもぞと動いて、ちょっとだけこっちに寄ってくる。 もっとくっつきたいのかな? 「……くんくん」 「ん?」 「先輩って、俺の匂い好きなんですか?」 「うん、胸がぽかぽかして……大好きな匂いがする」 「ははっ、なんか先輩って犬みたいですね」 「そのうち俺マーキングとかされちゃうのかな」 「むぅーっ」 「そしたら、あなたの匂いがなくなっちゃう……」 「あ、そっか」 先輩はあくまで俺の匂いが好きなだけであって、自分の匂いを俺につけたいわけじゃないもんな。 でも、俺ってそんなにいい匂いしてるのか? 自分じゃよく分かんないな。 「先輩、結構痛がってましたけど、もう平気ですか?」 「まだ少し……痛い」 「ほ、ホントですか!?」 「血も出てたし……血が止まらなかったらどうしよう……」 「血、止まらないの……?」 「え、えーっと……」 「多分怪我と似たようなものだと思うんで、すぐ止まるとは思いますけど……」 俺もそこら辺よく分かんないんだよなぁ。 保健体育の授業ちゃんと受けておけば良かった…… 「先輩、痛くさせてごめんなさい」 「俺なりに優しくしようと思ったんですけど、後半がっついちゃって……」 「ううん、私もお願いしちゃったから」 「だから、大丈夫」 「…………」 「…………」 「……ちゅっ」 「ちゅっ、んぅ……」 少し見つめ合ってから、自然と引かれ合ってキスをする。 もう先輩は緊張していないみたいで、ついばむようにキスを求めてきた。 「先輩、これからも俺の彼女でいてくださいね」 「俺も、先輩のこと大事にしながら先輩にとって最高の彼氏になりますから」 「うん」 「今でも、最高の彼氏……♪」 「っ!!」 先輩……その一言と笑顔は反則だよ。 どんどん先輩のことが好きになっていく。 今でもこれ以上にないぐらい好きだっていうのに、これ以上好きになったらどうなっちゃうんだろう。 照れ隠しに先輩を抱きしめて、先輩から伝わる温もりを感じながら…… 俺は母ちゃんが帰ってくるギリギリまで、先輩と抱き合っていた。 俺と先輩が付き合い始めてから数週間…… 一緒に登校したりお昼を食べたりしてたからか、俺達の関係は学校全体に広がっている。 相変わらず先輩との仲を不釣り合いだと言ってくる連中がいるけど…… 俺と先輩は好きで付き合ってるんだから、お前らには関係ない!! 「んーと、学校からは公序良俗を守って不純異性交遊をしないように……」 朝のホームルームでジャスティスが夏休み中の生活について語っている。 無駄に難しい単語が飛び交って段々眠くなってきた…… 「まあ、簡単に言うと、カップルになってラブラブになるのは良いけど周りに迷惑をかけない程度にってことだ」 「だが、俺はあえて言わせてもらう」 「そんなん気にせず、思う存分彼氏彼女の思い出を作れ!」 「どっちだよ! てかそれって教師としていいのかよ!」 「こんな硬っ苦しいこと言ってるから青春をエンジョイ出来ねーんだよ」 「ねえねえ」 「ん?」 「沢渡先輩とは上手くいってるんでしょ? そろそろ私たちにもちゃんと紹介してよ」 「ああ、そういやまだ紹介してなかったっけ?」 「学校公認の仲になってるけど、お昼になったらすぐ先輩のとこ行っちゃうんだから紹介も何もないでしょ」 「……そうだな」 ちょうど先輩には肩肘張らずに付き合える友達が必要じゃないかと思っていたところだ。 望月ならきっといい友達になってくれるだろう。 「今日の昼休みでいいか?」 「おっけ」 「じゃあ沢渡先輩によろしくね」 「あいよー」 さてと、じゃあ早速先輩にメールだ。 『今日の昼、友達を紹介したいので教室まで迎えに行きますね』 これでよし…… え、返信早くね!? 『自己紹介の練習……!』 ふふっ、先輩も楽しみっぽいな。 昼休みが待ち遠しくなりながら、俺は再びジャスティスの話を聞き流す作業に戻った。 昼休みになり、いつものように先輩を迎えに行く。 「先輩、お待たせしました」 「ううん、今きたとこ……」 「それ、俺のセリフですよ」 「わ、わたしなりの……おちゃめ」 「ははっ、もしかして緊張してます?」 「紹介するやつは良い奴なんで、すぐ打ち解けられますよ」 「そっか……」 「楽しみ」 笑顔の先輩と一緒に教室へ戻ると、望月がスタンバイしていた。 他にも陽茉莉や野々村たちまでいる。 「あれ、お前らどうしたんだ?」 「わ、私たちも先輩に紹介して欲しいなーって……」 「ひまひまに紹介するならあたしもいいかなーって思ってさ」 「ほら、どうせ紹介してもらうなら多い方がいいかなって思って声かけたんだけど……」 「ダメ、だったかな……?」 「そっか。その方が俺も嬉しいよ」 「じゃあ紹介するけど、こいつがも……」 「待て待て待てー! 俺達はそんな話聞いてないぞ!」 理奈の紹介をしようとしたら大声を上げて抱きつこうとしてくるので避ける。 男に抱きつかれても気持ち悪いだけだっつの。 「っと、元気いたのか」 「避けんなよ! てか、もちろん俺達も紹介してくれるよな!?」 「元気だけじゃなくて僕もいるけどね」 「えぇー……、桃はいいけどお前も〜?」 「え、そんなに俺とお前仲悪かったっけ!? まさか友達だと思ってたの俺だけだったの!?」 「冗談だよ。お前らも紹介しようかなって思ったけど、一気に紹介しても覚えきれるかわからないだろ?」 「せっかく紹介したのに顔と名前が一致しないとか寂しいじゃん」 「たしかに、そうだね……」 「先輩、紹介する友達がちょっと多いんだけど……大丈夫ですか?」 「……大丈夫」 「暗記には……自信ある!」 「暗記!? 名前覚えるのって暗記なの!?」 「じゃあ、こいつらも紹介しますね」 「あざーす!」 先輩の隣に立ち、みんなを順番に紹介していく。 「まず、こいつは俺の腐れ縁で悪友の望月」 「先輩初めまして! こいつに弱み握られたらいつでも言ってくださいね!」 「こっそりとこいつの黒歴史教えますから……!」 「弱みなんて握らないし、握る気もないから! お願いだからそういうのやめて!」 「その時は……お願い」 「先輩まで!?」 先輩の予想外の攻撃にビビったけど、まだ一人目だ…… 望月め……後でペンケースの中に消しゴムのカスいっぱい詰め込んでやろうか。 「んんっ、つ、次に! 同じクラスの皆原」 「は、初めまして……。ここ、これからよろしくお願いします!」 「こちらこそ……よろしくお願いします」 (陽茉莉と先輩はどこか似たような感じがあるし、すぐ仲良くなれそうかな……?) 「それで、こっちは皆原の友達で野々村」 「友達じゃなくて親友よ! 先輩、もしジャーニーズとか興味あったら一緒に語りましょ!」 「……? うん……」 多分この反応はジャーニーズ自体よくわかってないな……。 さて、女子の友達志願者はこれで全員か。 「で、こいつは元気」 「ただ、彼にあまり近寄ると馬鹿がうつるので少し距離を置きましょうね」 「……そうなの?」 すすすっと先輩は俺の後ろに隠れ背中から顔を出す。 こうして後ろに隠れられると、小さい子供みたいだな。 「なんで俺の紹介だけそんなひどいの!? 俺お前に何か悪いことした!?」 「なら早く貸した金返せ」 「え、ああー……今度返すから! そのうち、な!?」 「そう言って踏み倒せると思うなよ?」 「いや、マジで返すから! 今金欠なんだよ……」 「ったく……」 「それでこっちが須賀崎桃。元気と桃の3人でいつも遊んだりしてるんですよ」 「初めまして。元気が暴走して先輩に迷惑かけないよう手綱は握っておきますんで」 「桃まで!? そんなに俺をいじって楽しい!?」 「うん……。よろしくお願いします」 「っと、あとは……」 ちらっと反対側の席を見ると、柊がブスッとした顔で肩肘ついて外を眺めている。 相変わらず一匹狼オーラ出してますなぁ…… 「おい、柊」 「なんだよ」 「お前も紹介したいからこっちこい」 「はぁ!? なんであたしなんだよ!?」 「せっかくの機会だし、お前にも俺の彼女を自慢したくてな」 「先輩、こいつは柊って言います」 「勝手に紹介始めんなよ!? え、えっとその……」 「ど、どうも……柊です」 「どうも……」 「じゃあ先輩、先輩の方からお願いします」 これで一通り紹介できたかな。 緊張した面持ちで先輩は一歩前に出る。 「3年C組の沢渡岬です……。よろしくお願いします」 「…………」 あれ? 先輩の笑顔がいつもより可愛く見える…… 今まで見た笑顔より一番可愛いんじゃないか……? 先輩は満足に自己紹介出来たみたいで、いつもの自然な先輩に戻っている。 「ちょっと……! あ、あんたホントにどこでどうやってこんなに可愛い先輩ゲットしたのよ……!」 「そりゃ……学校で声かけようと頑張ったり……って言わせんな!」 「さ、沢渡先輩! 先輩はどの辺りから学校に通っているんですか?」 俺と望月がギャアギャア騒いでると陽茉莉が先輩に話しかけている。 「金江町……だけど」 「あ、それじゃあ私の家の近くですね!」 「あれ……? でもひまひまん家の近くにお嬢様が住んでいそうな豪邸ってあったっけ?」 「多分ない……かな。私も見たことないし……」 「ああ、先輩はお嬢様なんかじゃないぞ?」 「え、そうなの!?」 「金江町に八百屋あるだろ? あそこが先輩ん家」 「うそ!?」 「やっぱみんな驚くよなぁ……」 「……うん」 「私の家、八百屋さん……」 「え、私の家そこの八百屋さんでよく買い物してるんだけど……そうだったんだ……」 「先輩は八百屋さんの娘だからな」 「ねー?」 「ねー」 「じゃあ、今オススメの野菜とかあります?」 「……夏野菜。ナスとかピーマンが……」 「メチャウマ」 「ナスとピーマンかぁ……。焼きナスとかサラダ美味しいですよね」 「オススメの美味しい食べ方ってあるんですか?」 「ピーマンはそのまま網に乗せて焼くとすっごい美味しい……」 「中の種を取らないで、本当にそのまま焼くの」 「そしたら、ピーマンがふっくらするから……」 「そうすると苦味は消えないんだけど、そこに塩をふりかけるまた美味しくなるの……!」 「せ、先輩がすごい饒舌になってる!?」 普段でもこんなにしゃべらないよ!? また先輩の知らない一面を知れて、ちょっと嬉しいな。 「へぇ……、そうなんだ……」 「そう言えば、ごぼうのアク抜きって結構面倒なんですけど……」 「あれってどのぐらいアク抜きすればいいんですか?」 料理の話に柊が食いついている。 これもまた新発見だ。 「……もったいない!」 「え、えぇ!?」 「ごぼうは……元々アクが少ないからアク抜きする必要はほとんどないの……」 「むしろ、アクとして出てくるのはポリフェノールだから……損してる!」 「え、じゃああのアク抜きの時に出てるのって……!」 「ポリフェノール……!」 「そ、そうだったんだ……」 ポリフェノールの効果とかよくわからないけど、とりあえず損らしい。 柊もショックだったみたいで先輩からごぼうの正しいアクの抜き方を教えてもらっている。 「先輩……すごい詳しい……」 「だな……」 俺も先輩の知識の多さにビックリだ。 先輩の料理が美味しいのはこんな風にたくさん野菜について知ってるからなんだろうな…… 「先輩。ちょっと付き合う相手考えたほうがいいですよ」 「おいコラどういう意味だ」 「お前にはもったいないって言ってるの。超もったいない!!」 「そんなことない。俺の超自慢の彼女だ」 「いや、私もそう思う」 「私も」 「俺も」 「あはは、みんな辛口だなぁ……」 「へっ、いいもんねー! もったいないと言われようが俺の彼女は先輩なんだよ!!」 「先輩からも何か言ってやってくださいよー!」 「……ふふっ、いいなぁ」 「いいなぁってどこが!? 俺めっちゃディスられてるんですよ!?」 そんな俺と先輩を見てみんなが笑ってくれてる。 それに釣られて俺と先輩も笑顔をこぼす。 (先輩にこいつら紹介してよかったな……) 「先輩、放課後もお話しましょうよ! ガールズトーク!」 「柊さんも、もっと先輩の話聞きたいよね!?」 「え……? そ、そりゃあ聞いてみたいけど……」 「いいわね! 私も先輩のお話いっぱい聞きたい!」 「わ、私も聞きたいな……」 「……え、えっと」 『行きたいんだけど、どうしたらいい?』みたいな風に見える先輩。 今までこういうこと無かったんだろうなぁ…… 「俺に遠慮なんてしないで行きたかったら行っちゃっていいですよ」 「ただしお前ら! 変なこと聞くんじゃないぞ!」 「は? あんたも来なさいよ」 「は? いやだってガールズトークでしょ? 男の俺が行くってどうなのよ」 「そこはほら、彼氏特権」 「えー……何そのチート……」 彼氏特権って単語ですでに嫌な予感が…… だけど、その嫌な予感がするのに先輩だけそこに行かせるのはもっと嫌だ。 「……わかった。行くよ」 「あ、あのー……出来れば俺達も」 「あん?」 「ひ、ひぃぃぃぃ! なんでもないっす!」 「まあほら、僕ら誰かの彼氏じゃないから特権ないんだよ」 「くそぅ……。俺もガールズトーク参加してぇよぉ……!」 「なら性転換すれば? そしたら女になれるぞ」 「はっ! その手があったか!」 「マジでやるなよ……?」 「それは流石に引くわ……」 こいつならマジでやりかねないな…… 元気がドン引きされてるけど、スルーして先輩と向かい合う。 「てなわけで先輩、放課後デートですよ」 「いや違うから。わたしらいるから」 「みんなで、デート……」 「えっ、まさかのハーレム狙い!?」 「んなわけねーだろ!? 俺は先輩一筋だ!」 「チッ、惚気かよ……」 「あ、あはは……ごちそうさまです」 こうして、俺達は昼ごはんを食べることを忘れて予鈴がなるまでおしゃべりしていた。 放課後、俺は先輩を連れてショッピングモール内のフードコートへ向かう。 理奈たちは先に行っていて、席を確保しておいてくれるらしい。 「おーい! こっちこっち!」 「ふふふっ、来ちゃったね……?」 「このガールズトークに!」 「あぁ……来ちゃったか……」 嫌な予感的中か……? 逆にノロケであいつらを恥ずかしがらせればいい気もしてきた。 あれ? でもそれって結局恥ずかしい思いしてるような…… 「お前らマジで変なこと聞くなよ……?」 「大丈夫だって、あんたにも答えてもらうから」 「それ大丈夫って答えになってねーよな!?」 野々村がわざわざ椅子を引いて俺らを座らせる。 テーブルにはお菓子などが並べられていてジュースも人数分買ってきてくれている。 「さーて、これからいくつか質問したいんですけどいいですか?」 「うん……大丈夫」 「まず、どっちから先に好きになったんですか?」 「……どっち?」 「俺からだ」 「最初は興味本位だったかもしれない、でも俺は既にそのときから先輩に惹かれていた気がする」 「つまり『恋は理屈じゃない』を、この身をもって体感したって感じだな」 「へぇ、なかなか良いこと言うじゃない」 「……ふんっ」 「じゃあ、先輩は彼のどこが好きになったんですか?」 「どんなとこに惹かれたかでもOKです」 「優しいところ……」 俺の顔を笑顔で見つめてくる先輩。 その笑顔に少し照れながらも微笑み返す。 「むぅ……面白みがないわね……」 「面白みなんてなくてもいいだろ」 「そ、そうだよ。沢渡先輩、すごい幸せそうだし……」 「だって色々気になるじゃーん」 「じゃあこれでラスト! これで普通の回答返ってきたら私もこれ以上探らない!」 「お前俺らの関係探る気満々だったのかよ!」 「もう……キスは済ませましたか……!?」 「…………」 野々村の質問に、俺と先輩以外が全員息を呑んだように見えた。 先輩もその光景に言葉を飲み込む。 「ほ、ほら答えにくい質問みたいだったからこの辺で……」 「キスは……」 「……部屋で」 「え!? 部屋!? どっちの部屋で!?」 「あああああ!! ちょ、ちょっと待て!! ストップ」 「先輩も素直に話さなくていいですから!」 「いいから! ちょっとあんたは黙ってなさい!」 「いや黙らねーぞ! 変な質問すんなっつったろ!?」 「先輩も恥ずかしかったら言わなくていいですから!」 「え、えっと……」 「柊さん! そいつ黙らせて!!」 「わ、私が!?」 「お前……、このままでいいのか!? このまま俺と先輩の惚気を聞いて恥ずかしい思いしてもいいのか!?」 「い、いいわけねーだろ!」 「じゃあ俺を黙らせるなんてことはしないよな?」 「……それは、する」 「はぁ!? なんでだよ!」 「……私だって、その……少しは気になるから……」 「そこ頬を染めながら言うところじゃねーだろ!!」 ゆずゆをなんとか説得しようとしている間にも、野々村の質問攻撃は止まない。 「で、どっちの部屋でキスしたんですか!?」 「……わ、私の部屋……で」 「え!? 先輩の部屋で!?」 「よ、予想より進展が早いわね……」 「まっ、まさか……!」 「っ!? このケダモノ!! お前先輩の部屋で何したんだよ!!」 「うるせえ!! そんなのこっちの勝手だろ……!」 「え、その反応って……」 「だああああもおおおおおお!!!!!」 「他には!? 他には何かないんですか!?」 「え、えっと……その……」 理奈たちの食いつきに驚きながらも律儀に質問に答えていく先輩。 デートでプールに行ったり、遠出して海に行ったことも答えていく。 「遠出して海かぁ……、ロマンチックで良いなぁ……」 「海へ行ったってことは……あんたバッチリ先輩の水着は拝んだわけね」 「付き合っていきなり水着……やっぱりお前変態だろ!! 死ね!!」 「夏といったら海だろ! それで変態扱いとかひどくね!?」 「水着……」 「…………」 あれは相当恥ずかしがってるな…… もしかして、最後に見せてくれた水着姿のことを思い出したのかな。 「海の話題1つでこの反応……!?」 「ま、まさかそれ以上の行為にまでおよんでいるんじゃ!?」 「え、ええっ!? そ、そんな……!」 「2人ともまさか、え、エッチをするところまで……!?」 「先輩、本気であのケダモノとは別れた方がいいですよ!!」 「ちょ、ちょっと待てお前ら!! せめてもっとマシな話題振ってこいよ!!」 「いやいや〜、ここはもっと突っつくべきでしょ?」 「あのなぁ……!」 「どうしてこんなヤツと付き合ってるんですか……!?」 「そうそう、やっぱそこ気になるよね!」 ったくこいつら………! 野々村と柊が色々と言ってるけど、俺の話を聞く気すらない。 仕方ないから諦めて近くにあったペットボトルのジュースを飲む。 「もしかして、純情な先輩をたぶらかしてるんじゃ……?」 「ぶうぅぅぅぅぅ!!」 「ごっ……カハッ、……んなわけねーだろ!?」 「なんでそんな曲解すんだよ……!」 「……?」 「こんな素敵な先輩をたぶらかすなんて……最低!!」 「これだから男は……!」 「だからたぶらかしてねーっての!」 「わ、わたしたぶらかされてない……から」 「それに……恭介君は良い人だから……」 「それに……彼は良い人だから……」 「先輩……」 「海で泳ぎたかったかもしれないのに、私に気を使って一緒に砂浜を散歩してくれた……」 「勇気をだして……水着を見せた時も、すごい嬉しそうに笑ってくれた……」 「それに……それに……」 先輩にとって海のデートは本当に楽しかったようで、その時の話や俺がどれだけ素敵だったか。 その他にも様々なことを先輩なりに一生懸命説明してくれた。 「はぁ……はぁ……」 「…………」 「…………」 「二人とも、もうすっかり仲の良いカップルなんだね」 「あんた、ちゃんと先輩のこと幸せにしてあげなさいよ?」 「そんなこと言われなくても、今以上に幸せにしていくつもりだっつーの」 野々村と柊は気まずそうに黙ってしまい、気まずい沈黙が流れる。 散々言っといてここまで否定されたら、そりゃ言葉も出なくなるか…… 「ほらほら! 何か変な空気になっちゃったから一旦質問タイムは終了!」 「あたしのバイト先近いから、そこでスイーツでも食べない?」 「あ、うん! オススメとかあったりするの?」 「もちろんよ! じゃあほら、いこっ」 「そ、そうだね〜」 「先輩、俺らもついていきましょ」 「うん……」 「悪いこと、しちゃったかな……」 先輩は少し気まずそうに俯く。 気まずい空気が流れたのが自分のせいじゃないかと思ったみたいだ。 「……そんなことないですよ」 「多分先輩の俺が好きっていう気持ちが強すぎて、ちょっと混乱してるだけですよ」 「あいつらもスイーツ食べれば元気になるんで、俺らもデザート食いに行きましょう!」 「そうだと、いいな……」 俺と先輩も望月たちについていき、彼女らオススメのアイスを楽しむ。 「あーん……」 「こ、ここで!?」 「あ、あーん……」 「なんかもう、ベタ惚れって感じねぇ……」 「先輩、さっきはすみませんでした……!」 「い、いえいえ……」 それから柊は俺に対して暴言を吐いてこなくなったし、野々村は冗談で俺と先輩を煽らなくなった。 先輩はみんなと和気あいあい楽しくおしゃべりタイム。 自分たちの仲を認められ、先輩は特に嬉しそうに笑う。 (こいつらに紹介して良かった……) 今までこんな風に友達と放課後におしゃべりするような生活とは無縁だった先輩。 紹介したのはいいけど、あいつらに先輩をとられないようにしないとな。 「あーん……」 「あの、流石にカレーうどんであーんするのは汁とか色々と危ないんでやめましょう?」 今日は食堂でご飯。 少し前に学食でカレーうどんを食べてから、先輩はここのカレーうどんのファンになったみたいだ。 『カレーうどんを食べる先輩』の姿に、周りは相変わらず驚いていてるけどそんなの知ったこっちゃない。 「先輩が食べてるとカレーうどん食べたくなってくるんだよなぁ……」 「俺の豚のしょうが焼き定食と交換しません?」 「……交換じゃなくて」 「はんぶんこ」 「ふふっ、そうやって間接キスを狙ってるんですね? キスしたいならいつでもいいのに」 「豚のしょうが焼き味のキスは……ヤダ」 「な……! あとで口直ししないと先輩と今日キスできねぇぇぇぇ!!」 「……あ」 「こ、これ……」 「ん? なんですこれ?」 先輩が一枚の封筒を渡してきたけど、中身はなんだろう。 まさか先輩のパパンから俺宛になんかあるとか!? 「ランチ立食ビュッフェ招待券……?」 「こ、これってあの大通りにある高級レストランじゃないですか!」 「先輩これどうしたんですか!?」 「お父さんが、彼氏さんと行ってきなさいって……」 「ここの、オーナーさんとお母さんたちが仲いいから……」 「たまに、こういうのもらえるの」 「そ、そうなんですか……」 それにしても高級フレンチレストランか…… こういう店で食べたことないんだけど、マナーとかあるのかな? 「あれ……?」 「でもこれ、6枚もありますけど……」 「うん」 「残りの4枚は、皆原さんたちに……」 「それなら、先輩から渡した方があいつらも喜ぶと思いますけど……」 「それは……」 「ちょっと恥ずかしい……」 「あらら」 じゃあ教室に戻ったらみんなに配るか…… ……待てよ? (みんなで一緒に食べに行った方が、先輩喜んでくれるんじゃないか……?) 「あの、先輩!」 「どうせなら、みんな誘って休みの日に食事に行きます?」 「……っ!」 「うん!」 よかった。喜んでくれたみたいだ。 先輩の笑顔がいつもの5割増しで眩しい。 「じゃあそうしましょうか。あいつらに声をかけておくんで」 「早ければ明日にでも早速行きましょう!」 「うん……!」 「楽しみ……」 (放課後までには全員に声をかけて、みんなの予定を聞いておかなきゃな) そう思いながら先輩とのランチタイムを楽しく過ごした。 「と、言うわけで早ければ明日にでもって思うんだけど……みんな予定空いてる?」 「私は空いてる! むしろ予定が入ってても無理矢理にでも空けるから!」 「私も大丈夫だよ! てかそれってあの高級レストランでしょ!? 絶対行くって!」 「お前……それだけで食いついてるだろ」 「そ、そんなことないよ〜? もう〜あははは」 ホームルームが終わって陽茉莉たちを集めてお昼の件を話す。 望月と野々村がすごい勢いで食いついてきたけど、高級レストランに行けるんだしそうなるよな。 「お、おう……。皆原はどうだ?」 「うん、私も大丈夫」 「あとは……」 『早く帰りたい……』と思っていそうな少し機嫌悪そうな顔をしている柊に目を向ける。 チケットもしっかり柊の分があるし、あいつも来てくれるだろう。 「柊、お前はどうだ?」 「……せっかくの先輩のご好意を無下にするわけないじゃない」 「明日は、私も空いてるし……」 「んじゃオッケーだな」 (素直に行きたいって言えばいいのに……) 先輩にメールでみんな平気だと送ると、先輩も明日は大丈夫らしい。 集合場所などを決め今日はこれで解散。 明日は素敵な一日になりそうだ。 「あれ、もうみんないるみたいですよ」 「ホントだ……」 遠くから見て、全員揃っているのが見える。 どうやら俺らが最後に到着したみたいだ。 「ねえねえ、どんな料理が出てくると思う!?」 「そうね……パスタは絶対あるでしょ!」 「……それ、フレンチじゃなくてイタリアンじゃないか?」 「も、もう……二人ともはしゃぎすぎだよ」 「よっ、みんなお待たせ」 「お待たせ……」 「あ、先輩! 今日はありがとうございます!」 「昨日話聞いた時からすっごい楽しみにしてました!」 「私も私も! 誘ってくれて感謝してます!」 「ううん……チケット、余っちゃっても良くないから……」 「みんなと来れて、私も嬉しい……」 望月と野々村に続き、陽茉莉と柊も先輩の元へやってくる。 「私も先輩たちとこうやって遊べて嬉しいです」 「ホント、誘ってくれてありがとうございます」 「私も、今日は誘ってくれてありがとうございます。先輩」 「あの、みなさん? 一応発案者は俺なんだが……」 「あれ? お前いたの?」 「いたよ! てか一番最初に声かけたの俺だよ!?」 「何この扱いの酷さ!」 柊は以前の集まりで料理絡みの話を聞いてから、先輩を尊敬してるみたいでしっかりと挨拶している。 ここで柊とギャーギャー言い合ってもしょうがないから先輩に免じてスルーしてやろう。 (ま、今日の主役は先輩だしな) 「それじゃ……行こう?」 「もう少しで始まっちゃう……」 先輩の一声と共に、俺達はレストランへ入っていった。 レストランの中に入ると、すでに始まっていたようで他の客が料理に舌鼓を打ちながら談笑している。 時間制のバイキングでチケットと取り皿を交換する仕組みになってるみたいだ。 俺達もお皿をもらい、美味しそうな料理に向かう。 「いやーん♪ 美味しそうなのがいっぱいあって迷っちゃう〜♪」 「ねー! ほらほら! あそこのスイーツすっごい美味しそう!!」 「なんか……すごい場違いな場所にいるみたい……」 「料理もすごい豪華だし……」 「うわ、うわぁ〜♪ スイーツがこんなにいっぱい……!」 基本的にそれぞれ自分で取るみたいだけど、ローストビーフとかは専属の人が取り分けてくれるようだ。 俺達はある程度料理を取ると、1つのテーブルに集合した。 「先輩、こんな素敵なところに連れてきてくれて本当にありがとうございます!!」 「私、こういうところに憧れてたんですよ……!」 「どう、いたしまして……」 「先輩先輩! こっちのサラダも美味しいですよ!」 「本当……? ちょっともらっても、いい?」 「どうぞどうぞ!」 「あ、あの! この前の料理の話なんですけど……」 「えっと、ごぼう……?」 みんなで談笑している先輩を見て、こうして良かったと本気で思う。 邪魔にならないように少し離れ岬たちを眺める。 「二人きりで来てみたかったけど、これはこれでいいよな……」 彼氏としては二人でデートで来てみたかったと思うけど…… 目の前で嬉しそうに笑う彼女の姿を見ていると、そんな考えもどうでもよくなってきた。 手元にとったフライドポテトを食べていると、智美がこっちにやってくる。 「彼女をみんなに取られちゃって、ちょっと寂しかったりする?」 「……多少は、な」 「でも、こうやって笑ってる先輩を見てるってのもなかなかいいもんだぞ」 「だよねー。私もそう思う」 「ホント、こう見てると普通の女の子だもんね」 「なんだ、先輩はやらんぞ」 「いや、取る気ないし変な嫉妬しなくていいから」 「…………」 思ったより寂しくて野々村相手に軽く嫉妬しちゃったじゃないか。 そんな寂しさを誤魔化すようにローストビーフを食べる。 「さて、私も先輩たちの会話に混じってくるかなー♪」 智美がみんなのところへ戻ると、入れ替わりで理奈がこっちへやってきた。 「どう、食べてる?」 「おう、食べてるぞ」 「なんかそっけないわねー。もしかしていじけてる?」 「そんなんじゃねーし、このジュースィーな肉が美味しくて食べるのに集中してるだけだし」 「ふーん……」 「で、本音は?」 「お前らに先輩とられたみたいでちょっと寂しい」 「あはは、ごめんね」 「でも、それは先輩も同じかもしれないから話してあげなよ」 「そうは言うけどなぁ……」 理奈はみんなの集まっている方へ行きみんなに何か話している。 智美はこっちを見てニヤニヤしているし、陽茉莉は先輩に対してペコペコと頭を下げている。 「あ、おい望月! お前何しゃべった!」 「ほらほら、みんなスイーツ取りに行くわよー!」 「はーい!」 「わ、私もいこーっと」 「の、喉乾いたから飲み物取ってくる……」 わざとらしくみんながいなくなって、先輩と二人きり…… 急にこんな状態に持ってこられたら変に緊張しちゃうじゃないか。 「あ、えーっと……、楽しんでますか?」 「うん……」 「こうやってみんなとご飯食べられて嬉しい……」 「そう思ってくれたなら良かったですよ」 「今日は、みんなも一緒だけど……」 「これもデート……だよね?」 「ふふっ、そうですね」 そう言うと岬はテーブルに皿を置き、俺の小指を握ってくる。 (少し遠くで眺めるのもいいけど、やっぱ近くでこの笑顔を見てたいな……) 理奈たちがいるからか、いつもより恥ずかしそうに小指を絡めてくる先輩。 そんな先輩の可愛い仕草を堪能しながら野菜スティックを食べる。 「えと、その……」 「耳、貸して?」 「え? えぇ、いいですけど……」 「……ちゅっ」 「っ!?」 「ち、ちちちょっと先輩!?」 耳貸してって言うから、なんか喋ってくると思ったのにいきなりキスとか……! あいつらに見られたらどうすんの!? 「……今日、あんまり側にいられなかったから」 「岬ぱわー注入……」 「私も、恭介くんぱわー、ちゃーじ……出来た」 「私も、あなたのぱわー、ちゃーじ……出来た」 「あらあら、あの子達ったらキスしてるわよ」 「今の若い子は大胆なんだな」 「……あぅ」 「…………」 「み、見られちゃいましたね……」 「でも……」 「これで寂しい気持ち……なくなった?」 「先輩……」 「ええ、おかげさまで寂しさなんて吹き飛びましたよ」 望月め……余計なこと言いやがって…… 超グッジョブ!! 「まもなく、ランチタイムバイキング終了のお時間となります」 「お、もうそんな時間なのか」 「うん……」 「楽しい時間、あっという間……」 「はぁ……♪ 美味しかった〜♪」 「ま、まだ食べてないスイーツが……!」 「いや、ひまひまどれだけスイーツ食べてるのよ……私体重計怖くてもう食べられないよ……」 「う……」 「あ、あとでしっかり運動すれば大丈夫!」 「きっと……」 「不安になる前にやめときゃいいのに……」 「ひ、柊さんだってわかるでしょ? この目の前にある楽園が……!」 「ま、まあわからなくもないけど……それで太ったら元も子もないだろ」 「うぐぅ……せ、正論すぎる……」 陽茉莉の完敗っぷりに同情しながら、楽しいランチタイムが終了する。 ランチを食べたあと、腹ごなしも兼ねて駅前までやってきた。 「さて、とりあえず駅前まで来たものの……どうすっか」 「これで解散っていうのはちょっと寂しいよね……」 「もう少しみんなで遊ばない?」 「でも、先輩たちに悪いよ……」 「そうよ。これからデートかもしれないし邪魔しちゃ悪いでしょ」 「いや、こうやって集まったんだしそんなに気を遣わなくてもいいよ。もう少しみんなで遊ぼうぜ」 「せっかくの機会だしな」 「彼氏がそう言うなら……ねえ?」 「う、うん……」 「先輩もそれでいいですか?」 「うん……。大丈夫」 「じゃあゲーセン行かない? みんなで色々遊ぼ!」 「私はパス。……じゃ」 「お、おい! せっかくなんだからお前も一緒に行こうぜ!」 「か、帰っちゃうの……?」 「いや……えっと……」 先輩がすごく寂しそうな顔をし、ゆずゆが少したじろいだ。 俺だったらあんな顔されたら絶対帰れないわ。 「このあと……用事があるならしょうがないけど……」 「いえ、用事はないんですけど……」 「じゃあ、一緒に遊ぼ?」 「その方が私も嬉しい……」 「っ……、分かりました……」 「おぉ、柊が折れた!」 「う、うるさい!」 「先輩にお願いされたら……行くしかないだろ……」 「柊さん、ありがとう」 「い、いえ……」 普段なら強引にでも帰るゆずゆも、先輩には勝てなかったようだ。 「それじゃ、ゲーセン行くかー!」 「ゲーセンに来たなら、まず初めにコレでしょー!」 そういって望月は音ゲーコーナーに一直線に駆け出す。 俺達はとりあえず理奈についていき、そのプレイを拝見。 「いっくわよー!」 「おぉ……!」 「わ……すごい……!」 「上手……!」 「へぇ……」 「一緒に遊んだ時に何回か見たことあるけど……前よりうまくなってやがる……!」 「ごめんねー勝手にやっちゃって」 「ゲーセン来たらコレやらないと落ち着かなくて……」 「すごかった……」 「そんな褒められたもんじゃないですよー」 「そんなことないよ! カッコ良かったし!」 「そ、そう? なんか照れちゃうなぁ……」 「あ! あっちにUFOキャッチャーあるからそっちに行かない?」 「行くー! ひまひまも行こっ!?」 「わ、分かったから引っ張らないでよー!」 野々村が陽茉莉の手を取り一足先に行ってしまう。 「先輩、俺らも行きましょうか」 「うん……」 「ねぇ……さっきのやつって、結構難しいのか?」 「ん? あぁ、もしかして興味ある?」 「ち、ちょっと気になっただけだ!」 「またまたぁ〜。最初は難しく感じると思うけど、やってくとハマるよ〜?」 「ふ、ふんっ! どうだか!」 俺達に続き、理奈たちが音ゲーの話をしながら俺達に続いていく。 みんなそれぞれ楽しみながらゲーセンを見て回る。 UFOキャッチャーで陽茉莉が何回か挑戦したが取れなかった物を理奈が華麗にゲットしたり…… 脇にあるショーケースに入っている大きなクマのぬいぐるみに見とれる柊がいたり…… 「あれ? 柊さんてそういうぬいぐるみとか好きなの?」 「ばっ、そ、そんなんじゃないし! ただデカいなーって思ってただけだから!」 「ホントに〜? 実は欲しかったりするんじゃないの〜?」 「な、なんで私が欲しがらなきゃいけないんだよ!」 「だって、コレ可愛いじゃん。可愛いのが嫌いな女の子なんていないでしょ」 「うん……」 「可愛いし、抱き心地良さそう……」 「そ、そうだよな……」 「へー柊って意外に少女趣味?」 「うっせお前はこっちくんな死ね!!」 「なんで俺だけそんな冷たいの!?」 「今のは青葉君が悪いと思う」 「今のはひどいよ……」 「そうよ。別に柊さんがそういうの好きだっていいじゃない」 「うぐ……」 「すまん、ちょっと言い過ぎた……」 「い、いや……別にいいけどさ……」 「ちゃんと謝れて……偉い」 「え、今の褒められるところ!?」 「あははは!」 「……ふふっ」 俺と先輩の会話が面白かったのかみんな笑い出す。 みんなと一緒に先輩も楽しそうにしていて、俺も楽しくなってくる。 だけど、先輩はさっきから見ているだけでゲームをしたりしてないんだよな。 「せっかく来たんだから先輩もゲームやりましょうよ」 「じゃあ二人でクイズゲームでもやってきたら?」 「たしかカップルで出来るやつがあったと思うけど……」 「どうします? 先輩」 「それなら……」 「得意なゲーム、ある……」 「え……?」 先輩はビデオゲームコーナーを指さし、スタスタと先に行ってしまう。 俺達は『一体どんなゲームが得意なんだろう』と期待しながら先輩についていく。 「これって……パズルゲーム?」 先輩はレトロなパズルゲームの台に座ってコインを入れる。 それは上からブロックが落ちてきて、上手く水平に積み重ねて消していくパズルゲームだ。 「先輩これ得意なんですか? 私これ苦手なんですごいです……!」 「……見てて」 まるでスイッチが入ったように手先を素早く動かし、ものすごい速さでパズルを積み重ねていく。 「え……えぇ!? 落ちてくるはずのブロックがすぐ落下してるんだけど……」 「え? え? これってどうなってるの?」 「先輩が恐ろしい速さで降ってくるブロックを操作して下のブロックを消していってるのよ……」 「な、なんか画面が揺れて下からブロックが出てきたぞ!」 そう、このゲームは一定時間経つと下から穴あき状態でブロックがせり上がってくるのだ。 レベルが上がっていくにつれせり上がってくる速度も上がってくる。 「先輩大丈夫なんですか!?」 「大丈夫……」 「すごい……」 「まるでどこに穴あきがくるのか把握しているみたい……」 「嘘だろ……? 5段ぐらい上がってきたのが一瞬で……」 「先輩にこんな特技があったなんて……」 10分ぐらい経っただろうか…… 段々せり上がってくるペースも上がってきて先輩も少し苦しくなってきたみたいだ。 「先輩! 頑張れ!」 「ブロックに負けないで……!」 「さすがに……難しい……」 とうとう先輩の頑張りも虚しくゲームオーバー。 しかし、先輩のスコアは堂々一位にランクイン。 「す、すごい……」 「すげぇ、2位とかなりの差が開いてる……」 「記録……更新」 「え……? こ、これって……!」 更に驚いたのはランキングだ。 1位から8位まですべて『misaki』で埋め尽くされていて、9位から下はスコアが2桁離れていた。 「も、もしかしてベスト8って全部……」 「……私」 先輩の意外な一面に、俺らは驚いてしばらく言葉が出なくなったけど、先輩はとても満足そうだ。 でも、どうして先輩はこれが得意なんだろう…… 「どうしてこんなに上手なんですか?」 「ちょっと前に、お母さんと来たことがあって……」 「これだけは楽しく出来て、それからたまにやるようになったの……」 「たまにやってこのスコアって、神プレイヤー過ぎでしょ……」 「意外過ぎっていうか、先輩ってゲーセン来てたの!?」 先輩の腕前にも驚いたけど、先輩もこのゲーセン来てたのかよ。 もしかしたら何回かゲーセンですれ違ってたかもしれないな…… 「満足……」 「先輩、改めてゲーセンの中見てみて、何か気になるのとかありました?」 「……さっき言ってたクイズゲーム」 「ちょっと、やってみたい……」 「じゃあ、今度はそっちいきましょうか」 そのあと、みんなで一緒にクイズゲームをしたり二手に分かれてエアホッケーでバトルしたり…… 俺達は時間を忘れて楽しんだ。 「もうこんな時間になってたんだね……」 「そうね……。思いっきり遊んでて気づかなかったわ」 「今日だけで先輩の知らなかったところいっぱい知れてよかったです!」 「そうだね。学校でお嬢様だって言われてるのが嘘みたい……」 「ホントだよな」 「俺の彼女は普通の女の子だからな」 「そういう風に言ってるやつらにも先輩のこういうところ見せてやりたいよ」 「そこはあんた次第じゃないの〜? 頑張りなさいよ彼氏!」 「私もみんなと遊べて嬉しかった……」 「また……みんなで遊びたいね」 「その時はまた誘ってくださいよ! 私も先輩ともっと遊びたいですし!」 「私も! もっとお話とかしたいですし!」 「私も私もー!」 「あ、ありがと……」 「それじゃ、私たちはこのまま帰るね」 「そっか、じゃあ俺も先輩送って帰るわ」 「またね〜!」 「……それじゃ」 「あんたも送り狼になるんじゃないわよー!」 「うっせ! なるわけねーだろ!」 「アハハ、じゃあね〜!」 みんなと解散し、手を繋いで先輩の家へ向かって歩く。 ゲーセンの冷房が効いてたせいか、先輩の手は少しひんやりしている。 「先輩、今日はみんなと遊べて楽しかったですか?」 「うん……!」 先輩のすごく満足そうな笑顔を見ると、つられて俺も笑顔になる。 この笑顔を見れただけでも、今日みんなで集まれて良かった。 「もっとこういう時間が増えるといいですね」 「ただ、二人だけの時間が減るのはちょっと寂しい、かな……」 (あ、やっべ……!) うっかり本音出ちゃったよ…… せっかく理奈たちと楽しくいたのに気分を台無しにしちゃったかな。 「私も……そう思ってた」 「え……?」 「皆原さんたちとも遊びたい……」 「でも……」 「二人きりの時間も大切だから……」 足を止めて俺の胸に頭を預けてくる先輩。 繋いだ手がギュッと握られて嬉しくなる。 「俺、今度は二人で遊びに行きたい」 「うん……私も」 「今度、二人きりで……」 「デート、いこ?」 「っ!?」 そう言いながら俺の頭を撫でてくれる先輩。 嬉しそうな笑顔とのコンボはヤバイ。なんかめちゃくちゃ照れる! は、恥ずかしいけど……撫でられるのって気持ちいいな…… 「ちょっ、先輩いきなりどうしました!?」 「さ、寂しそうな顔してたから……」 「ダメ、だった……?」 「そんなことないですけど……、ちょっと恥ずかしいです」 「甘えてくれてもいいんだよ……?」 「いいこいいこ……」 (くぅ、もっと撫でて欲しい……!) 甘えていいよ……? とか反則でしょ! 普段は少し大人しい子供っぽい先輩が急に年上っぽくなるなんて…… 「そんなこと言われたら……甘えちゃいますよ?」 「先輩……抱きしめてもいいですか?」 「うん……」 「いっぱい、ぎゅって……して?」 「大好き……」 「先輩……」 「はぁ、はぁ……」 ネコを抱くように優しく抱きしめると、急に先輩の呼吸が荒くなった。 え、もしかして体調悪かったのか……!? 「せ、先輩どうしました!? まさか熱でもあるんじゃ……」 「はぁ……はぁ、だい、じょうぶ……」 「恭介くんの匂い……いつもより濃いから」 「あなたの匂い……いつもより濃いから」 「発作が……」 「ちょっ!? 発作!?」 何その発作! 今の時期ヤバイじゃん!! どんだけ俺の匂い好きなの!? 「てか今絶対汗臭いですよ!」 「……そこがまた、そそる」 「この匂い……好き」 「ったくもう、そんなこと言われたら制汗スプレー使えないじゃないですか」 出来れば汗臭さとか気にしたいんだけど、好きとか言われちゃったらどうしようもないな。 そんなことを考えつつ、今日も先輩と楽しい一日を過ごしたのだった。 「お……?」 『メール受信1件 先輩』 先輩からいつものようにメールが届く。 先輩の家は八百屋なので寝る時間が早い。 にもかかわらず、こうして寝る前にメールをもらえるのはかなり嬉しい。 『先輩からのメールを待ってました』 『こっちは夜遅い時間まで起きてるから、いつでもメールくれてOKですよ?』 すぐに返信をする。 こうして先輩とメールをするのは俺の一日の楽しみだ。 だからいつでも返事が出来るよう、最近では風呂にまでケータイを持ち込んでいる。 『おお、それはまた楽しそうですね』 『みんなを俺の家に呼ぶって企画もどうです? ゲーセンにあるパズルゲーも俺持ってますよ?』 俺の家に女子が集まるのは奇跡に近い。 というかみんなじゃなくても、また先輩を家に呼びたい気持ちの方が…… 「………」 ちょっと意外な答えが返ってくる。 確かに先輩にとって、初エッチした場所でもあるこの部屋は色々と思うところがあるんだろう。 そうなると俺も、初めてキスをした先輩の部屋には、また一人で遊びに行きたいと思ってしまった。 『それならあのハンカチ、隠さないといけませんね』 『あのガラスケースに厳重に保管されている俺のハンカチです』 初めてあれを見たときは、さすがの俺も驚いた。 まさか自分のハンカチが、あんなことになっているなんて想像も出来なかったし。 (はは、俺に見られたときもかなり慌ててたもんなあ) 陽茉莉とか望月あたりが見たらなんて言うだろうか。 そんなところも含めて、俺は自分の彼女の様々な一面に惚れ込んでいた。 『今寝ながらメールしてます』 『最近は先輩のメールを読み返しながら寝るのが日課なんです』 実際、最近は毎晩そんな感じの俺。 最初は先輩とメール出来るだけで顔がニヤニヤしていたけど…… (………) ここ数日は、こんなやりとりが日常化していることにちょっとした感動すら覚えていた。 (はは、先輩は勘違いも可愛いなあ) 今晩も先輩とこのまま楽しくメールをする。 今までメールの履歴が母ちゃんや元気ばかりだったので、受信フォルダに彼女の名前が増えるのはすごく嬉しいことだった。 「たまには休んでもいいんだぞ、太陽さん」 容赦なく照りつける太陽に恨み言をつぶやきながら歩く朝。 登校日ということで、俺は先輩を迎えに来ていた。 「おはようございます!」 「おぉ、彼氏様! グッモーニン!」 二カッといい笑顔で挨拶を返してくれるおじさんに出迎えられる。 「岬を迎えに来てくれたんですかい?」 「はい、一緒に学校行こうと思って」 「今準備してますから、よかったら中へどうぞ! 外暑いでしょう!」 確かに暑いし、店先で突っ立ってても邪魔になるだけだろうし…… 「すいません、それならお言葉に甘えてお邪魔します」 「どうぞどうぞ!」 おじさんに招かれ俺はまっすぐと先輩の部屋へと向かう。 「おはようございまーす」 「あら、おはよう」 「あ……おはよう」 鏡越しに先輩と目があった。 鏡の前にちょこんと座った先輩とドライヤー、ヘアブラシを手に持った先輩のお母さん。 「ヘアセットですか?」 「うん……」 「昔からこうやって私がセットしてるのよ、ね?」 小さく首を縦に振る先輩。 「それじゃあ、始めるわよー」 そう言っておばさんが先輩の髪を手で梳きながらドライヤーをかけていく。 ある程度乾いたら、細長いクリップのような髪留めで先輩の髪を上、真ん中、下とブロック分けしていく。 「なんという手際の良さ」 プロ顔負けじゃないですか。 「ふふっ、毎日やってるんだもの」 楽しそうに笑ったおばさんは分けたブロックの下の方からドライヤーをかけつつ、今度はヘアブラシで髪を梳く。 サラサラと流れる先輩の髪。 みるみるうちに艶まで出てきた。 鏡越しに見る先輩は目を細め、すごく気持ちよさそうな顔をしている。 娘の髪を大事に大事にケアするお母さんと、それを幸せそうに受ける娘の図。 すごくレアな場面に立ち会えてる気がする。 「すげぇ……そりゃあ先輩の髪はいつも綺麗なわけですよ」 「そう言ってもらえると嬉しいわね。ありがとう♪」 そう言いながらブローが終わったブロックの髪留めを外すと、先輩の髪がファサッと滑り落ちる。 落ち着いていて滑らかな先輩の髪が出来上がっていた。 「そうだ、あなたもやってみる?」 「……へ? 俺ですか?」 「…………!」 おや? 先輩の身体がピクっと動いたぞ? 「教えてあげるからやってみたら?」 「いやけど……」 おばさん程、綺麗に出来るわけもないし、それじゃあ先輩に悪いというか…… 「岬も、大好きな彼に髪をセットしてもらえると嬉しいでしょ?」 「うん……!」 少しだけもじもじしながらも頷く先輩。 鏡の中の先輩は顔を赤らめていた。 「……わかりました。やらせてもらいます」 先輩が嫌じゃないなら断る理由もないよな。 「でも俺、まったくやったことないですよ?」 「大丈夫大丈夫、私がしっかりコーチしてあげるから」 「それじゃあ、早速……」 こうして俺が先輩の髪をセットすることに。 やばい、ちょっとドキドキしてきた。 鏡の前でこじんまりと座った先輩。お人形みたいだ。 「まず、ブロッキングって言って髪留めで髪を大まかに分けていくの」 言われた通りに俺は先輩の髪を前髪、サイド、トップ、バックと大まかに分けてさっきのクリップような髪留めで留めていく。 これはさっき見たのに似てるからあれを真似すればいいよな…… 「よし! できました!」 「じゃあ次はこれをブローするところにかけてあげて?」 市販のトリートメント剤らしき霧吹きのようなモノを手渡される。 「これを全体に……」 シュッシュ……と。 「で、このヘアブラシに髪を引っ掛けて、根元から毛先まで軽く引っ張りながら髪を梳きつつ、ドライヤーをかけるの」 「軽く引っ張りながら?」 「テンションをかけるって言うんだけど……見てもらった方が早いかな?」 そういったおばさんにドライヤーとヘアブラシを手渡して実演してもらう。 「首周りの生え際からこうやってブラシにしっかり毛束をかけて、テンションをかけながらゆっくり下にブラシを引き出すの」 「で、その時ドライヤーは髪が一番引っ張られている場所にかけてあげると……」 「おぉ、すげぇ!」 「ね? 髪が落ち着いてツヤも出るでしょう?」 パッと見でわかるほどに先輩の髪が整っている。 「ブローはこうやってうまくテンションをかけながらしてあげると髪にツヤが出てくるの」 「はい、じゃあ次はあなたの番ね?」 「頑張ります……!」 俺はさっき見せてもらった通りに髪を一束ブラシにかけて、ゆっくりゆっくりと梳いていく。 これでいいのか? っていうか、髪引っ張りすぎてて先輩痛がったりしてないか? 「あの先輩……痛くないですか?」 「うん……」 チラッと先輩の表情を伺うと、少しだけ顔を赤らめてはいるものの、どこか幸せそうな顔をしていた。 よかった、これでいいらしい。 胸を撫で下ろしながら、まずは一束分のブローを終える。 滑らかに落ちる先輩の髪。 「おぉ……」 「上手上手♪ ひっぱる角度を変えないようにすると、もっと綺麗にできるわよ」 「が、頑張ります……!」 これ以上綺麗になるっていうのか、なかなか奥が深いじゃないか……! 俺は言われた事に気をつけながら着々とブローを済ましていく。 幸せそうな先輩の表情を見ているともっと丁寧に! なんて思って口数が少なくなっていた。 「よし! できました!」 「次は襟足とフェイスラインを整えてあげて?」 おばさんに言われた通りに俺は先輩の髪を整えていく。 「もみあげの辺りは丁寧にね? 綺麗に流れを作って上げたら小顔に見えるようになるから」 なるほど、ここは丁寧に…… 「そうそう、フェイスラインに合わせて顔にかかるように……」 どうやらめちゃくちゃ大事な過程らしく細かく出される指示を確実にこなしていく。 さらさらとして手触りのいい先輩の髪。 それが俺の手によってどんどん艶やかになる。 (な、何かが俺の中で目覚めそうだ……!) なんてことを思いながらも、どうにかこうにかセットを完了させる。 「こんな感じですかね?」 「うん、上出来上出来♪」 「……ありがとう」 幸せそうに微笑む先輩の姿。 その姿を見るだけで、頑張ってよかったと思える。 「あ、そうだ。どうせならこれも渡しておくわね?」 「これは……!」 「携帯用のヘアブラシとトリートメント、乱れてたりしたら整えて上げてね?」 「了解です!」 これがあれば、外でも先輩の髪を整えられる……! 「それじゃあ、時間も時間だし、そろそろ行った方がいいんじゃない?」 「っと、もうそんな時間ですか」 時計に目をやると確かに家を出るにはちょうど良さそうな時間になっている。 「それじゃあ、行きましょうか先輩」 「うん」 「朝からお邪魔しました。いってきます」 「いってきます……」 「いってらっしゃーい」 外で店番をしているおじさんにも同じように挨拶をしてから、俺と先輩は学校へと向かい始める。 「…………」 じーっと先輩を、というより先輩の髪を見つめる。 歩くたびに揺れる髪。ふわっと香るシャンプーの匂い。 信じられるか? これ俺がセットしたんだぜ? 「…………?」 まじまじと見つめている俺を見て先輩が不思議そうに首を傾げる。 「何かついてる?」 「あ、いや、そういうわけじゃないです。ただ本当に綺麗な髪だなーって思って」 「丁寧に……してくれたから」 そう言ってはにかむ先輩。 かわいい。素直にかわいい。 本当に先輩の髪を整えさせてもらえてよかった。っていうか、正直もっと先輩の髪に触れていたいとさえ思う。 「先輩のお母さんからヘアブラシも預かりましたし、今日はいつでも先輩の髪を整えてあげられますよ」 「うん……よろしくお願いします」 そう言って先輩が軽く微笑んだ直後だった。 ヒューっと駆け抜ける乾いた夏の風。 「これはマズイ!」 この風は先輩の髪をなびかせ乱してしまう!! 「え……?」 俺は首をかしげた先輩の後ろに立って背後から吹き付ける風から先輩を庇う。 「なっ!」 先輩の綺麗な髪に乱れが……! 「……?」 「まさかこんなにも早くこのブラシの出番が来るとは!!」 素早くポケットからヘアブラシを取り出すと、俺は先輩の髪を丁寧にときながら乱れを整える。 「せっかく綺麗にフェイスラインを整えていたっていうのに、イタズラな風だ!!」 さっさと整え正面から先輩の顔を見つめてみる。 ……よし、問題ないな! 「…………っ」 なんかちょっと先輩の顔が赤くなったような。 「元通りになりました!」 「うん、ありがとう」 「いえいえ、どういたしまして。俺がいる限り絶対に乱れさせませんよ」 「うん」 にっこりと笑う先輩。 マジで髪を整えて喜んでもらえるのは嬉しい。 学校まではもう少しだけど、このまま先輩の髪が乱れないようにカバーしながら登校するとしよう!! 「えーこの年、世界的な恐慌に……」 社会科教師の呪文みたいな言葉を聴き続ける授業中。 いつも以上に集中出来ない俺がいた。 もうすでに先輩と分かれて二時間以上。 ずっと先輩の髪が気になり過ぎて授業なんか受けている場合じゃない気すらしている。 せ、先輩の髪は大丈夫だろうか……! あの美しいサラツヤ加減に異常が出ていないだろうか……! 先輩の髪は乱れていないか?! あの艶やかさを保てているのか?! もうすぐだ、もうすぐこの授業が終わる……! 終わったら先輩の元へ……っ! 「くっ……」 机の上で頭を抱える。 「…………」 早く、早く終われ! あと数分!! 「ね、ねぇ……」 唐突に隣の席の理奈が話しかけてくる。 「……なんだ?」 「いや、なんか悩んでるっぽいっていうか……」 「あぁ、大丈夫だ、きっと……」 「そ、そう? ならいいんだけど」 とだけ言って理奈はまたノートにペンを走らせる。 大丈夫、きっとまだそこまで乱れてはいないはず……! キーンコーンカーンコーン…… 「よーし、今日はここまでだー」 「…………っ!」 先生の声とほぼ同時に立ち上がる。 「お? どっか行くのか? ってか授業中唸ってたけど大丈夫か?」 「もしかしたら大丈夫じゃないかもしれない。だからこそ、俺はすぐに行かなきゃならないんだ」 「は? 何言ってんだ?」 「アンタ、大丈夫?」 「俺はな。悪い、急ぐんだ」 「アイツ、どうしたんだ?」 「さぁ……?」 なんて会話が背後から聞こえたのを無視して、俺は教室を飛び出した。 先輩の教室まで最短距離で突っ走る。 「コラ! 廊下は走るな!!」 「今だけは! 今だけは許してください!!」 教師の静止の言葉も振り切って、廊下に出ている生徒たちの間をすり抜け走る。 階段を駆け上がれば……!! 見えたっ! 先輩のいる教室!! 「先輩……っ!」 ぴしゃっと勢いよく開け放ったせいで上級生、それも先輩のクラスメイトの方々がこちらを見ながら静まり返る。 が! そんなこと気にしている場合じゃねぇえええ!! やっぱり……やっぱり二時間という時間はデカかった!! 「…………?」 こちらを見る先輩の髪に乱れが……! しかも艶やかさも少し失われている気がする……! 「くっ……! 先輩! ちょっと待っててください!!」 おそらく宿直室にならドライヤーが……!! 俺は再び駆け出すと宿直室を目指した。 ………… …… 「お待たせしました!!」 右手にブラシ、左手にトリートメントを携え視線を一身に集めつつ先輩の元へ一直線に闊歩する。 堂々と、肩で風を切りながら。 「……っ!」 俺が手に持っているものを見て目を輝かせた先輩がピーンと背筋を伸ばして待機する。 もはや先輩と言葉を交わすことすらなく、お互いの意思を確認できる。 「……………」 「…………」 ブォオオオオオオとドライヤーが息を吐く。 さて、では始めるとしよう。 「え……?」 「なになに……? なんなの?」 ざわめく教室の中、俺は黙々と先輩の髪をブローしていく。 ドライヤーをかけるたびに俺の鼻をくすぐるシャンプーの香り。 アロマ効果とでも言えばいいのか、ものすごく癒される気がする。 可能ならいつまでもこうして髪をブローしていたい。 「ふふ……」 どうやら先輩も気持ちがいいらしく、幸せそうに微笑む声が聞こえてきた。 やばい、今すごく幸せだ。 正直、先輩方の視線が痛い気もするけど、先輩の癒し効果とプラマイで考えれば些細な問題だ。 誰にもこの幸せな時間は邪魔できない! 「よし! いい感じだ!!」 俺はついでに宿直室から借りてきた手鏡で先輩の顔を映す。 「どうですか?」 「……うん」 どうやら先輩も気に入ってくれたらしい。 「ですよね! もう三度目くらいですからね! 慣れてきたと思ってたんですよ!」 「ありがとう」 「いえいえ、先輩の髪が乱れたらいつでも整えにやってきますから!」 キーンコーンカーンコーン…… お、チャイムが鳴ったぞ? 「それじゃあ、授業始まっちゃうんで戻りますね」 「またあとで」 「はい! またお昼休みに!」 それだけ告げて俺は先輩と別れる。 おっと、そうだ…… 「お騒がせしました」 一応教室を出る前に頭を下げておく。 まったく返事なし。 なんていうか呆気にとられてる感じですね。 俺は静かに戸を閉めるとそのまま自分の教室へと戻ることにした。 お昼前の授業も終わるとすぐに先輩が俺の教室にやってきた。 「あ、先輩……はっ!」 「お弁当……え?」 手にお弁当の包みを携えた先輩が俺の反応に首をかしげる。 「先輩! こっちにどうぞ!」 ポケットからブラシを取り出し、自分が座ってた椅子を空ける。 「はっ……!」 また髪をブローしてもらえると悟った先輩がトコトコと寄ってきて俺の椅子にちょこんと腰を下ろす。 「いきますよー」 俺はゆっくりと先輩の髪をブラシでサラサラと梳いていく。 一度ブラシを通すと艶が蘇るのがものすごく見ていて楽しい。 まさかヘアケアがこんなにも楽しいものだとは思いもしなかった! 「先輩、痛くないですか?」 「気持ちいい……」 横から先輩の顔を覗き込むとそれはそれは幸せそうに目を細めていらっしゃる。 先輩も気持ちいいんだな、よかった。 「なんかすごく幸せそう……」 俺と先輩を見て興味を惹かれた野々村が近寄って来る。 しかもなんか手を上げて。これはまさか……! 「私も触らせてえー!!」 「ガルルルルル……!!」 「うぇ?!」 ビビった野々村が先輩の髪に伸ばした手を引っ込める。 「ちょ、ちょっとくらい触らせてくれたって……」 「フゥウウウウウッ!! ウゥウウウウッ!!」 「いやだから少しくらい……」 「フシュー!! フシュゥゥーーッ!」 「わ、わかった! わかったから牙をむかないで! 怖いから!」 「…………」 まったく、この先輩の綺麗な髪を触ろうとするなんて不届き物め。 「ふぅ、まったく」 とりあえず脅威は去ったということで再びブローを再開。 「…………」 「…………」 なんかめちゃくちゃ見られてる。なんだろう、ちょっとデジャブ。 けど気にしてる場合じゃないんだ! 俺は先輩の髪を優しくブラッシングしながら手触りや香り、艶を楽しむ。 「二人共めちゃくちゃ幸せそうね……」 「なんだろう、見せつけられてる気がするわ」 なんて声が聞こえてくるが気にせず先輩の髪を丁寧にセット。 フェイスラインを丁寧に整えて…… うむ、いい感じ!! 「っていうか、もしかして今日一日様子がおかしかったのってこれが原因じゃないわよね……」 「さぁ……」 「でも先輩もめちゃくちゃ和んでるし……」 「口出しできないわよね……」 なんてクラスメイトたちの不思議そうな視線を感じながらも、俺は先輩の髪を楽しみ続けた。 「先輩、まだ終わらないのかなぁ……」 放課後の教室。 俺は進路相談で担任と話している先輩を一人で待っていた。 「することないなー。っていうか先輩の髪は大丈夫だろうか」 戻ってきたらまた髪ブローさせてもらおうかな…… 「あ、そうだ。どうせ暇なんだし……」 俺は携帯を取り出すと、ウェブで女性の髪についての記事をテキトーに漁ってみよう! 「それにしても……」 先輩の髪はいいよなぁ…… あの艶、あの手触り、あの香り。何より後ろからブラッシングした時に見えた白いうなじ。 「……………」 検索ワード変更! エロ画像……っと。 教室には誰もいないしな、ちょっと見るくらいなら大丈夫だろう。 「テキトーなページを選んで……こいつだ!」 フェラ画像!! なかなかだな、この画像。女の子可愛いし、保存しておいてもいい気がしてきた。 ぶっちゃけ帰ってから使いたい。可能ならばすぐにでも使いたい。ムスコは臨戦態勢に入っているし。 「いやしかし、保存するのはさすがになぁ……けどこれは、いや……!」 「それ……なに?」 「キャアァアアアアアアアアアアアアア!」 「……っ!」 「先輩?! 何故ここに?!」 あまりに唐突で女の子みたいな悲鳴が出ちゃったじゃないですか!! 「お迎え」 「あ、あぁ、そうですよね、待ち合わせしてましたもんね」 でもまさか先輩に気づかないくらい夢中で眺めてるとは思わなかった。 「さぁ、帰りましょう! ね!」 「……さっきの」 「うっ……」 「…………」 俺を見つめる先輩の目が輝いている。 そういや先輩って結構好奇心旺盛だったっけ? 「…………」 これは説明しないといけないような…… 「えっとですね、これはフェラって言ってその女の人が男のモノを口で舐めたり咥えたりするっていう……」 改めて説明すると恥ずかしい!! 「なるほど……!」 どうやら理解はしてくれたらしく先輩がコクコクと頷いてみせる。 「あの、先輩……」 「なに?」 「その、よかったらしてみてもらいたいんですけど……」 「……? 口?」 「そうです。ダメですか?」 「…………」 少し悩んでいる様子だったが、それでも先輩はゆっくりと首を縦に振ってくれた。 ぶっちゃけ先輩なら断れないってわかってて頼んでるから、ちょっとズルい気もするな。 「あ、そうだ」 せっかくしてもらうのなら、もっとアクセントがあってもいい気がする。 というより、今日一日楽しませてもらった先輩の髪をもっと楽しみたい……! 言ってしまえば汚してしまいたい……! 「先輩、その、髪でしてくれませんか?」 「……ん?」 「先輩の髪で……その……」 「してもらいたいんです……」 「髪で……?」 先輩の顔が一気に真っ赤になった。 そりゃあ確かに赤くなるよな。けど、せっかくだから楽しみたいんだ……! 「えーっと、どうやったら先輩がやりやすいかなぁ……」 「……?」 小さく首をかしげ、どうするかを目で問いかけてくる先輩。 「俺はここに座るから……」 いそいそとズボンを脱ぎ、手近なイスに腰を下ろした。 それを見て、先輩は小さく頷く。 「がん……ばる……」 緊張で声を強ばらせながら、先輩はしずしずと俺の前でひざまずいた 「…………」 「…………」 外はすっかり日も暮れ、少し涼しい風を受けながら先輩と一緒に下校する。 今日はまさかの学校エッチに、時間が経った今でもドキドキしている俺。 先輩の髪も、匂いも……エッチ中の声も…… それから、こうしてまだ照れている先輩の表情も…… 「俺、やっぱり先輩の全部が好きです」 「今日はちょっと……無茶なお願いしちゃいましたけど……」 「すごく……なんて言ったら良いのか……」 「とにかく、嬉しかったです」 「……っ」 特に意識することもなく、自然とそんな言葉が出てしまう。 俺の横を歩きながら、ポッといつものように頬を赤らめる先輩。 そんな先輩の反応が一々可愛くて、つい俺の方から手を繋いでしまう。 「俺このままだと、どんどん先輩の魅力にハマっていっちゃいそうです」 「先輩のそのサラサラな髪にも、この白くて可愛い手にも……」 「とにかく俺、もう先輩にメロメロです。これはもう先輩フェチですね。なんか胸を張りたいくらいです」 「ありがとう」 「いや、あの……むしろお礼を言いたいのは、こっちの方っていうか……」 「とにかく俺、こうしていつまでも先輩の隣で……笑っていたいです」 「うん……私も」 「はは、それじゃあ俺たち、おそろいですね」 先輩が微笑むのと同時に、軽く俺の手をギュッと握ってくる。 誰よりも照れ屋で、純粋で、優しくて…… そして彼氏のためなら、どんなに恥ずかしいことにも頑張って挑戦してくれる…… 「先輩、大好きです」 「私も、大好き」 俺は、そんな自分の彼女を、以前よりも言葉に出来ないくらい愛していた。 「こんな感じでいいか?」 鏡の前でざっと身だしなみをチェックする。 今日はちょっと別の街まで先輩とデートの予定。 しかもそこはちょっと大人な雰囲気の漂う大通り……! それなりに身だしなみに気を遣う必要はあるでしょう!! 「一回先輩と大人っぽいデートとかしてみたかったんだよなー」 また一つ夢が叶ったよ、母ちゃん。 「なんて感動してる場合でもないな」 早く先輩にも会いたいし…… 「出発するとしますか!!」 ……………… ………… …… 「さすがにもう見慣れたなぁ、先輩の家も」 いつも通り先輩の家に来るとおじさんが店先にいた。 「お? 彼氏様! いらっしゃい!」 「こんにちは、おじさん。先輩いますか?」 「そういや、デートですって? 岬張り切ってましたよ! おーい、岬ー! 彼氏様いらっしゃったぞー!!」 相変わらずよく通る声でおじさんが先輩を呼んでくれる。 するとすぐに先輩と先輩の髪のセットをしていたのかおばさんも一緒に降りてきた。 先輩が俺を見たかと思うとすぐに靴を履いて駆け寄ってくる。 「こんにちは」 「こんにちは……」 何やら頬を染めている先輩。 多分その理由は…… 「先輩、今日は一段とかわいいですね」 「えへへ……」 嬉しそうにはにかむ先輩。 先輩かわえぇえええええ……!! フリルのついた可愛らしい洋服、いつも着ている私服とは違った短めのスカート。 めちゃくちゃ似合っていてもう俺どうしたらいいのかわからない! デートだから頑張って短めのスカートなんですよね! とか思ったらもう愛しさまでこみ上げてくる。 「その服すごく似合ってますよ」 「……っ!」 素直に思ったことを告げるとなおさら先輩の顔が赤く染まった。 「あ、ありがとう……」 もじもじと俯きながら先輩がそう言った。 「楽しんでらっしゃいね?」 「うん」 「おう、いってらっしゃい!」 「いってらっしゃい」 「はい! いってきます!」 「いってきます」 こうして先輩のご両親に見送られ、俺たちはまっすぐデートする大通りへと向かった。 「本当、可愛すぎて発狂しそうです、俺」 道すがら、先輩の服装を見て思わずつぶやく俺。 「え……」 「ん?」 そのつぶやきを聞いた先輩が途端に目を丸くして俺を見つめる。 「どうかしました?」 「そんな……ヤダ……」 「そんな……ヤダ?」 「ぅ…………」 なぜか俺の服を掴んで涙目になる先輩。 待て待て? えーっと、そんなヤダってことはだ…… (そんな……発狂しちゃうなんてヤダよ……ってことかな?) 「あー……」 なるほど、例えを本気にしちゃったのか。 「…………」 「…………」 「だ、ダメだぁあ……! このままじゃ先輩が可愛すぎておかしくなる……!」 「ヤ……」 「ぐぁあああ! 先輩めちゃくちゃ似合ってまぁああす!!」 「えっ……ありがとう?」 戸惑いながらありがとうって言った! かわいい!! 「先輩が抱きしめてくれたら治る気がするぅうううう!!」 「っ……!」 おや? 突然先輩の表情が真剣に…… かと思うと突然ギュッ。 「おぉ……」 「ぅう……!」 首に回された両腕にギュッと力がこもる。 ふわっと香る先輩の髪。 むにっとした胸の感触にあったかな体温。 (幸せすぎる……!) 「……どう?」 耳元で聞こえる先輩の優しい声。 「はっ……! 俺は一体何を?!」 「よかった」 あぁ、もうちょっと待てばよかった。 そうしたら先輩にもっと抱きしめてもらえたのに!! けどなんか本当にホッとしてるみたいでそれがなんかたまらなく愛しい。 「先輩のおかげで俺、まともになれました」 「うん」 「まぁ演技だったんですけどね」 「なっ……」 今『なっ』って! 先輩が『なっ』って!! 「ぅう……」 あ、先輩が膨れてる。文字通りほっぺがぷくーって。 先輩の表情が変わるのはなんだか見るのが楽しい。怒ってても可愛いから困る。 「あはは、つい先輩の反応が見たくてふざけちゃいました」 「むー、イタズラだめ」 「ごめんなさい、以後気をつけます」 「うん」 俺が素直に謝ったからか、先輩はすぐに許してくれる。 (先輩は本当に可愛らしい女性だ) と、そんなことを思いながら俺は先輩と共にデートする大通りまで向かった。 「今日はやたら人が多いですね」 見渡す限りカップルだらけ。 若いカップルから大人のカップルまで様々なカップルが歩いている。 「お休みだから」 「まぁそれもそうですよね」 俺も先輩とその中に混ざって歩く。 憧れの大人っぽいデート。 ずっとこういうデートらしいデートに憧れていたんです! なんかもうテンション上がりっぱなしだぜ!! (さて、こういう本格的なデートと言ったら……まずは映画かな……?) なんて思っていたんだけど…… 「なんていうか、おしゃれな人多いですよね、ここ」 「うん、そうだね」 辺りを見回した先輩がそう言って頷く。 そういう先輩もすごく可愛らしい服装で、しかもそれがめちゃめちゃ似合っている。 どう考えてもデートに対する姿勢は俺より上だろう。 それに比べて俺はどうだ?  確かに家にある服のなかでいいものを選んできたし、デートに対して疎かにしたつもりはまったくない。 けれど、このめちゃくちゃかわいい先輩と果たして釣り合う男に見えているだろうか……?! 「否……っ! 断じて否っ!!」 「何が?」 「先輩は超可愛いと思うんです」 「…………」 途端に赤くなる先輩。 もう仕草からして可愛いもん。誰がどう見たって先輩はめちゃくちゃ可愛い。 「可愛すぎるくらいなんです。だからこそ、俺ももっとかっこよくならなくちゃならないと思うんです」 「いいと思う……今のままでも」 ぽそりとつぶやく先輩。 「ありがとうございます!」 先輩の言葉は素直に嬉しい! けれど、それじゃいけないと思うんだ。 先輩は俺のことを好いてくれている。それは分かっている。 分かっているからこそ、それに甘えず自分も先輩が喜ぶようなカッコイイ男にならなければいけないと思うんだ!! (そう、俺にはまだ努力が足りていない……!) 「先輩、恥を忍んでお願いします! 俺にファッションというものを教えてください!!」 「うん、いいよ」 「ありがとうございます、先輩! 今日はよろしくお願いします!」 先輩がコーディネイトしてくれるなら安心だ! 多少値が張ろうとも長く着られるモノを買おう……! そして先輩が喜んでくれるような彼氏になるんだ!! 「俺、先輩のためにスーパーオシャレ男になります! 彼氏としてもっと素直にカッコつけないんです! でないと先輩がかわいそうだ!」 「…………」 「そのままでも、格好いい……」 「先輩……」 こんな俺でも本当に好いてくれているのがわかって、なんかもう嬉し過ぎてちょっと泣きそう。 やっぱり俺は先輩のためにかっこよくなりたい……! 「めちゃくちゃ嬉しいです! けど、やっぱどうしてもかっこよくなりたいんです!」 「うん……」 「そういうわけなので、とりあえずあの辺のブティックにでも行きましょう」 こうして俺は今まで自分の人生でまったく縁のなかった高級ブティックへと向かった。 ……………… ………… …… 「いらっしゃいませ」 「おお……これは……」 初めて入った量販店以外のお店。 これがワンランク上のブティック……!! 「すげぇ、大人な雰囲気だ……」 おしゃれで落ち着いたそのお店の雰囲気に思わず飲まれそうになる。 「…………」 隣にいる先輩はというと俺とは打って変わって冷静そのもの。 やっぱりこういうお店に慣れてるんだろうなぁ。 「っていうか、この店、品数がそもそも少なすぎて殺風景に見えるんですけど」 「こういうお店は、どこもこんな感じ」 「そ、そういうもんなんですか……?」 「うん」 「やっぱりレベルが違うんですね、ディスプレイすらセンスを感じますよ」 「おしゃれ」 「ですよね、俺場違いじゃないですよね?」 「うん、大丈夫」 よかった、先輩はともかく俺なんかがここに来ていいんだろうかって気すらしてたからな。 「っていうか、このやたら広い店内に店員が4人もいるって不思議な感じなんですけど」 俺のよく行く服屋さんなんてもっと乱雑としてて入り組んでて、店員さんが忙しなく動き回っている。 どこを取ってもこことは真逆だ。 「それもそういうもの」 そういうものなのか…… 「ゆっくり服を見ることが不可能な空間ですね。絶対に店員さんに声かけられますよ」 「おすすめとか持ってきてくれる」 「さすがハイレベルなお店……」 なんかやたら高い服とか買わされたりするのだろうか…… いや、けど今日服を選んでくれるのは先輩なんだ。 心配する必要はないだろう。 「とりあえずその辺のモノを見てみましょうか」 「うん」 じゃあまずはこのへんのTシャツとか見てみよう…… 「あ、これとかどうだろう……」 「Tシャツ?」 「はい、デザインがカッコイイなぁって……」 「…………」 「は!? こんなシャツが7000円!?」 たっけぇ!! 他のは!? 「うぉ! たっか!!」 「一番安いTシャツでも最低3000円はするだと!?」 なんだこれ?! 俺の価値観とこの店の相場が噛み合ってない!! 「これもそんなものだったりするんですか?! 先輩!!」 「だいたいそんなもの」 「マジっすか! シャツでこれってことは……」 そそくさとズボンがある方へと足を運ぶ。 だいたいシャツよりズボンの方が高いもんだろう? だから、ここだともしかして…… 「なっ……! 下は8000円、上を見たら20000円超だと……!」 「ボトムスはちょっと高い」 「ちょっと高いってもんじゃないですよ……っていうか、ボトムスっていうんですか、このズボン」 ズボンにもいろんな種類があるんだなぁ。 「ううん、ズボンが」 「ん?」 ズボンがボトムス? 「えっとズボンのことをボトムスって言うんですか?」 「うん」 「スカートとか。全部合わせてボトムス」 衝撃の事実。 さすが先輩、おしゃれなだけはある。 なるほど、つまり下に着るモノをボトムスっていうんだって認識でいいんだよな? 「そういうのはパンツとも言う」 「パンツ? トランクスなら家にいっぱいあるんですけど」 「違う」 「えー?」 もう先輩が何を言ってるのか理解出来ない。 「ボトムスの中でもそういうのをパンツっていう」 「はー、そうなんですか……」 俺てっきり下着のことだと思った。パンツだよな、あれも。 「つまり、ズボンのことだとパンツ。スカートとか合わせるとボトムスでいいんですかね?」 「うん」 「なるほど……」 ファッションって難しい。 「でも、こういうお店って女性ものばっかりだと思ってたんですけど男物もそこそこありますね」 「カップルが多いから……」 「あーついでに男性ものも置いてみたってことですか」 「って、お父さんが」 「おじさんが!?」 先輩のお父さんこういう店来るのか…… いやまぁ、それはおいといて、とりあえず先輩にいろいろ見立ててもらおう。 「それじゃあ先輩、早速ですけどご教授お願いします」 「うん、任せて」 普段とは違って少し張り切り気味な先輩。 なんか頼られていることが嬉しいみたいだ。 張り切りモードの先輩がまず一直線にさっきのTシャツがあった場所に向かっていく。 「まぁ俺に似合うものかどうかの心配はいらないだろう。それよりも……」 チラッと値札を見てみる。 「やっぱたけぇ……」 これはちょっと覚悟する必要がありそうだ…… さらばバイト代。俺のために散ってくれ。 「見つけた」 そう言って先輩が嬉しそうに駆け寄ってくる。 どうやら気に入ったモノを見つけたらしい。 「あ、ホントです……か?」 値札から目を離し、先輩の持っているシャツに目をやって思わず言葉を詰まらせた。 赤い! 目が覚めるくらい赤い!! 超原色!! なんでこんなおしゃれな店にあんな物が?! おしゃれの達人はあれすら着こなすというのか?! 「ふふっ」 「…………」 ずいっと掲げてくる赤いシャツ。 「あ、っと……か、かっこいいですね、すごく赤いです」 「うん」 すごく満足そうな顔をしたかと思うと、また別の服を取りに行く。 「…………」 いやいやいやいやいや!! さすがの俺でもわかる、あれはちょっと俺には合わない……!! 「いや、きっと先輩なりの冗談だ。きっとそうだ」 なんて、自分を言い聞かせていると再び先輩がやってくる。 やたらカラフルなシャツを手に。 「これ……」 「あ、あはは……い、いいんじゃないかな」 「…………」 あ、先輩めちゃくちゃ嬉しそう。 もしかしてこれはマジ? ってことは実は先輩って壊滅的にファッションセンスがない? (ど、どうする俺?! このままじゃダメだ……!) 「どんな服をお探しですかー?」 そんなことを考えていたら店員に声をかけられる。 「えーっと、とりあえず自分に合う服とかないかなーと思って」 「はー、なるほど、お客様に……」 そう言うとその女性店員はじっくりと俺の頭の先からつま先まで見つめる。 なんかちょっと恥ずかしい。 「…………」 「ちょっと待ってくださいね」 にこやかなその店員はテキパキと2、3着服を手に取ると、俺の方に戻ってきた。 「こんなのなんかどうですか?」 そう言って俺に見せてくれたのは、爽やかな青色の薄いカーディガンと真っ白なTシャツ。 「あ、それなかなか良いですね」 「気に入っていただけました? 夏場ですし、こういう淡い色のカーディガンに白いカットソーとかお客様に合うと思います」 あのTシャツ、カットソーっていうのか、覚えておこう。 「あと、ちょっと落ち着いた雰囲気を出したいならこっちのカラーシャツにボーダーカットソー、チノパンとかおすすめです」 「おー、こっちもなかなか! 大人っぽく見えそうだし結構好きだ!」 「………」 「こ、こっちの方が良いと思う……」 不意に、先輩が店員の横に立って別の服を持ってくる。 (な、なんだと……!?) 先輩が珍しく自己主張してくる。 れ、レアだ!! レアすぎるぞこの光景……!! (しかも、心なしかブチ切れているようにも……) 「え、えっと……先輩?」 「こっちのほうが似合う!」 すごい!! チョコチップの話題でもないのに先輩がムキになってる!! 「え、ええ。そのハイセンスなデザインは的確に俺の人生感を捉えていると思います」 「で、でも……なぜにトカゲ……?」 「カッコイイと思うもん」 「ええ、俺もそう思います!!」 今この瞬間、俺と先輩は世界のアパレル業界に宣戦を布告した! 「そういうのでしたら、こんなのもございますよ」 店員さんが今先輩の持ってきてくれたモノに似た服を持ってくる。 数段カッコイイやつを。 「おーかっこいいですね」 「…………」 あ、先輩のほっぺが少し膨らんだ。 「……やっぱりダメ」 それだけ言った先輩がスタスタと服を戻しに行くと、一枚一枚眺め始める。 (先輩、絶対店員さんと張り合ってる……!!) 「こっち」 「…………」 なんかその姿が一生懸命で、思わず頬が綻びそうになる。 「絶対似合う」 先輩が絶対って言葉を使うのもレアだ。 今すごく貴重な先輩を見れている気がする! 「あ、それならこれを合わせるといいかも」 そう言って店員さんが、先輩の持ってきたシャツに合いそうなボトムスを持ってくる。 「…………」 あ、先輩悔しそう。 「あと、あっちにもよさそうなのあった」 そう言って店員さんに服を預けると、スタスタと服を取りに行く。 どうやら先輩は店員さんに完勝? したいらしい。 こうもムキになる先輩ってなかなか見れないよな。すごく可愛らしい。 「あった、このシャツとこのボトムスならきっといい」 「たしかにいいかもですね」 単品で見れば。 上下セットだとかなりズレている気がする。 「…………」 けど先輩は本気で合うと思っているらしく、自信満々といった表情。 「えーっとそれじゃあ……」 俺は店員さんの持っている服と、先輩が持っている服を見比べる。 「…………」 じっと見つめてくる先輩。 先輩は一生懸命俺のために考えてくれたんだろう。 その想いはしっかり伝わっている。 何より俺が先輩に選んで欲しいと言ったんだ。だから…… 「とりあえず、今日は先輩の選んでくれたカットソーを買おうと思います」 俺は先輩が選んでくれたカットソーを受け取るとそれを店員さんに渡す。 「ボトムスはさすがに値が張りすぎてるので次来た時に買いますね」 「……! うん!」 先輩が楽しそうな笑顔を浮かべる。 それはそれは嬉しそうだ。その笑顔が見れただけでも今日デートに来てよかったとすら思える。 「それじゃあ、こちらお会計でよろしいですか?」 やっぱり笑顔全開な店員さん。 「はい、お願いします」 「それでは、あちらのレジの方に……」 そう言って店員さんが先輩の選んでくれた服を手にレジへと向かう。 「ありがとうございます、先輩」 「ううん」 こうしてとても満足そうな先輩と共に俺はレジへと向かう。 それにしても、先輩にこんな負けず嫌いな一面があったとは…… まだまだ俺の知らない先輩がいる。 (もっともっと先輩のことを知りたいな……) さっきの出来事を通して、俺はそんなことを思った。 すっかり暗くなった街。 俺と先輩は二人で肩を並べて歩く。 「今日はすいません、服選びに付き合ってもらっちゃって」 「ううん、いいの」 「でもやっぱりせっかく大人っぽいデートをって思ってたのに、時間なくなっちゃいましたし」 そういう俺に対して先輩は静かに首を横に振る。 「こうしてるのも、満足」 きゅっと手を握ってくる先輩。 「…………」 本当にこれだけで満足してくれているみたいで、それならごちゃごちゃ謝るのも無粋な気がした。 「静かなの、嫌?」 「全然そんなことないです。先輩となら何もせず一緒にいるだけで満足です」 「ふふ、私も」 優しく微笑んだ先輩の姿に思わずドキッとする。 心地いい胸の鼓動。 「ちょっと前、お母さんが言ってた」 「何をですか?」 「本当にお互い好き合っている人とは、一緒にいるだけでいいって」 「特に喋らなくても幸せな時間を感じることができるって」 「…………」 「実感してる」 そうか、それなら俺だって同じだ。 「俺も今すごく幸せです、絶対先輩と同じ気持ちです」 「うん、幸せ」 「はい、幸せです」 デートってあらかじめ、あれやこれや計画して予算を決めてそれを実行する。 そんなものなんだと思っていた。 でも、そういう一面もあれば、こうやって今みたいに肩肘張らずに二人の気のままに過ごすのも悪くない。 いろんなデートの仕方があって、二人が一緒ならそれでいいんじゃないかとすら思う。 その中で、今日みたいにまだ見たことのない先輩の一面を見ることが出来たらいい。 「またデートしましょうね、先輩」 「うん。する」 二人で歩きながらまたデートしようと約束する。 先輩とならどこでもデート出来そうな気がする。 今日と同じくらい、いやそれ以上に楽しむことが出来る気がする。 先輩と一緒なら。 「…………」 「…………」 思わず力を込めた手を先輩がまたギュッと握り返してくれる。 それが嬉しい。 「よし、それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」 「うん」 小さく頷く先輩。 手をつないでゆっくり歩きながら先輩の家へと向かう。 ゆっくりゆっくりと、夏風に吹かれながら静かに、二人で。 『メール受信1件 先輩』 「お……?」 先輩からのメールだ。 「先輩……!」 色々と今日のデートは衝撃的だった。 服のセンスについては色々あったけど、俺はもう自分の普段着から寝間着まで、すべて先輩にチョイスにしてもらいたい勢いだ。 「実際、自分の服装が彼女の趣味一色に染まるって、ちょっと良いよな」 ペアルックはさすがに恥ずかしいけど、小物くらいなら揃えてみても面白いかもしれない。 『先輩、今度俺に帽子を選んでください』 『最近さすがに日差しが強くて、丁度買おうと思っていたんで』 すぐにメールを送る。 帽子ならどんな服を着ていてもとりあえず身につけられるし、この季節には重宝するから結構ナイスな選択だろう。 (おお、珍しく先輩から質問が) 『どっちも似合ってましたけど、俺の趣味で言えば以前の服もかなり似合ってたと思います!!』 『あの日は水着のインパクトも強かったんですけど、俺はあの服も大好きですよ?』 すぐにメールを返す俺。 うん、確かに海デートで着て来てもらったあの服は、個人的にかなりクリティカルヒットだった。 先輩って結構落ち着いた服装も似合うんだよな…… (お、お風呂……!) 不覚にも先輩の脱衣シーンを妄想しながら、今日は俺も大人しく寝ることにした。 おやすみなさい、先輩。 『すみません! 今日の服の方が俺的にツボでした!!』 『俺、ああいう可愛い系に実は超弱いんです』 ここは己の趣味を正直に告白する。 実際今日の先輩、いつもより2割増しで可愛く見えたからな。 やっぱり先輩って、女の子らしいものが特に似合うと思う。 「………」 「俺もそろそろ風呂に入るか」 デートで一日中歩き回ったせいか、若干足の裏が痛い俺。 こっちも最後におやすみメールを送り、こうして俺と先輩の一日が今日も終わるのだった。 「疲れた……マジで今日は忙しかった……」 駅前でのいつものバイトをこなした俺は、特に寄り道もせずまっすぐ家に帰ってきていた。 「ほんと、もう帰ってのんびりしよう、疲れを癒すんだ」 ズルズルとゾンビみたいに歩く。 これが先輩と結婚していて家に帰ると、『おかえりなさい、貴方。お風呂にする? ご飯にする? それともわ・た・し?』 とかいうイベントが待っているならまだテンションも高いんだろうけど…… そんなことが今はまだあるわけもなく。 「早く大人になりたいねーっと」 ようやく着いた自宅の扉を開く。 ……あれ? なんか靴が多い、しかもリビングからは笑い声。 「誰かきてんのか? ただいまー」 と、リビングの方に向かって声をかける。 「おかえりなさい……」 「あれ?! 先輩?! ただいまです!!」 なぜかリビングからトコトコとやってきた先輩が出迎えてくれた。 「アルバイト、おつかれさま」 「あ、ありがとうございます……」 「…………」 「…………」 っていうか何故先輩が?! 俺の妄想が現実を捻じ曲げてしまったか?! 「ここ俺のウチですよね?」 「うん」 「俺と先輩の家とかじゃないですよね?」 「うん、違う」 夢?! いやいやいやまさかそんな。 とりあえず、俺が取るべき行動は…… 「あの、先輩……」 「なに?」 「おつかれさま、貴方。ご飯にする? お風呂にする? それとも私? って言ってください」 「…………」 思ったとおり顔が赤くなる先輩。 しかし、頼まれたら断れない先輩は小さく首を縦に振ってくれる。 「お、おつかれさま……あ、貴方。ご飯にする? お風呂にする? そ、それとも……その……」 「わ、わた……し?」 「先輩で、先輩しかない、先輩がいい!!」 「…………」 嬉しいのか、恥ずかしいのか俯いたまま顔をあげない先輩。 「でもいまご飯作ってる……」 「へ? ご飯?」 「うん、だから戻るね」 「あ、はい……」 そう言った先輩はぱたぱたと小走りしながらリビングの方へと戻っていった。 「えーっと……?」 思わず頬をつねるなんてベタなことをしてしまう。 うん、夢じゃない。っていうか夢なわけあるかい!! とりあえずリビングに行ってみるか。 「ただいまー……って!」 「あら、おかえりなさい」 「おかえりなさい、お邪魔してます」 先輩のお母さんまでいらっしゃる!! 何故?! ってか何事?! なんでウチの母ちゃんとお茶してるんですかね?! しかも先輩は先輩で本当に料理してるし!! 何なんだ、この光景!? 「あら、ポカンとしてるわね、アンタ」 「いやそりゃ驚くだろ!」 彼女とそのお母さんがいきなり家にいて母親と談笑してるなんて、そうあることじゃないからな! 「なんか今日ね? お野菜届けに来てくれたのよ」 「ほら、岬がお世話になってるでしょう? だからこれくらいのことはさせてもらいたくて」 「もう新鮮な野菜は頂けるし、おまけにアンタの彼女ともゆっくりお話できたし楽しい一日だわ」 そう言ってケラケラ笑う母ちゃん。 それはそれは満足らしく、いつになく上機嫌だ。 「そんなお世話になってるのは俺の方ですよ」 「あら? 謙遜謙遜」 「いや本当にそんなんじゃなく……」 「あんた、相当岬ちゃんに好かれてるみたいねぇ」 「それはまぁ」 言われなくてもわかる。わかるんだけど、それを母ちゃんに言われる照れくささ。 一体先輩は母ちゃんに何を話したんだろう? ふと先輩の方に視線を送ると目があった。 「…………」 かと思うとすぐに頬をぽっと赤くして再び手元に視線を落とした。 マジでどんな話ししたんだ?! そんな俺たちを見て母ちゃんがニヤニヤ笑ってるけど、もう気づかないことにしよう。 「そうそう、この前ウチの子ったら、彼の枕なんか抱えて帰って来たんですよ〜♪」 「あらあらまぁまぁ!」 「…………」 「夜こっそり寝てるところ覗きに行ったら、その枕抱きしめて顔までうずめて寝ちゃってるんですから♪」 「あらかわいいじゃない、愛されてるわねぇ、ホント」 「へぇー」 持って帰ってどうするのかと思ったら、そうなってたのか。俺の枕。 「息苦しくないのかしら? って枕を取ろうとしたら絶対離さないの。寝ぼけながら『ヤダ』なんて言ってましたし」 先輩、そんなにも俺の枕を…… 「ちょ……やめ……」 おぉ、先輩真っ赤だ。なんか俺まで恥ずかしくなってきた。 「もうホント、仮に子供が出来たら、ウチの八百屋を継いでもらうことになるから気をつけてね?」 「うぇえ! 何を急に!!」 「あら、いい働き口が見つかって良かったじゃない。私は反対しないわよ?」 爆笑してんじゃないよ、おっかさん!! 「とりあえずアンタも座ったら? テキトーに飲み物でも取ってきて」 確かに立ちっぱなしもなんだし、俺は言われた通りにする。 (ったく……) とはいえ、この両方の親がいて、彼女もいるっていう今までに味わったことのない空気はとても新鮮だ。 これも彼女ができたからこそ、なんだよな。 最初は『普通彼女の親って彼氏を警戒したり嫌ったりするもんで、絶対にいろいろ問題が起こる!』なんて思っていたけど…… 「ウチの子だってデートが楽しみでウチの中ウロウロしてたんだから」 「まぁ、ってことはウチに来た時は落ち着いてるように見えて、やっぱり舞い上がってたりしてたのかしら?」 (このノンキな空気。俺の心配はなんだったのか) なんてつい笑ってしまう。 「笑ってる」 「なんか母ちゃんたち見てたらつい」 「うん」 そう言って先輩も笑ってみせる。 そういや自分のことばっかりだったけど、案外先輩もウチの母ちゃんに気に入られるかな? とか緊張してたのかな? 今度機会があったら聞いてみよう。 「あ、そうだ。大事に使ってくれてありがとうございます」 「うん?」 「俺の枕です」 「ぅうっ……!!」 それこそボンって音が聞こえそうなくらいに顔が真っ赤に染まった。 可愛いなぁ、もう。 「あれは、その……」 恥ずかしそうな先輩。 とりあえずフォローしておこう。 「何か抱きしめてると落ち着きますよね?」 「う、うん、そう、落ち着く」 それだけ言って先輩が料理に戻る。 と言ってもほとんどできているようにも見える。 「それにしてもいい匂いがしますね」 「もうすぐ出来る……」 話しながらも手を止めていなかった先輩は相変わらずテキパキと盛り付けたり、サラダを作ったりと忙しなく動いている。 少しは手伝ったらどうです? お母様方。 「あの、よかったら俺手伝いますよ?」 「大丈夫」 「もうサラダだけ……」 なるほど、やっぱり他の料理はできていたのか。 納得してお皿に盛られたものを眺めるが、どれもこれもめちゃくちゃ美味しそうだ。 「ご飯、できた」 そう言った先輩の手元には野菜中心の手料理が広がっている。 「おぉ……」 先輩の手料理…… (めちゃめちゃ美味そう……!!) 「それじゃあ運ぶの手伝いますね」 「ありがとう」 部屋に漂う先輩が作った料理のいい香り。 「あら、すごくいい匂い!」 「あの子の料理は本当に美味しいわよ〜。特に野菜料理は小さい頃から作ってるから文句なし」 たしかに見た目も香りもめちゃくちゃ美味そう。 「私、料理の味にはうるさいわよー」 なんて言っていたずらっぽく笑ってみせる。 そんなやりとりを聞きつつ、先輩の手料理を次々テーブルに広げていく。 きゅうりのおひたしや茄子とキャベツの炒め物、プチトマトのマリネなどなど。これらを先輩一人で作ったのか……すげぇ。 一通り料理を並べ終え、俺が席に着くと隣に先輩も腰を下ろした。 「それじゃ、いただきまーす」 「いただきます」 「……いただきます」 「いただきまーす」 じゃ、早速炒め物を…… パクっ もぐもぐもぐもぐ…… 「…………」 「ぅぉおおお……すげぇ美味い……!!」 「こ、これは美味しいわ……」 「あら、いつもより美味しい気がするわ」 「えへへ……」 嬉しそうに赤くなりながら先輩が微笑む。 「こっちのおひたしも……」 ぱくっ 「あぁーーー!! やっぱ美味い! 超美味い! めちゃくちゃ美味い……!」 彼女の美味しい料理に舌鼓を打つ。これがこんなにも幸せなことだなんて……!! バイト疲れも吹っ飛ぶってもんだ。いや……! むしろ今日バイトなんてなかったんじゃないか? ってレベルで疲労が回復した気がする!! 「アンタ、絶対岬ちゃんと結婚しなさい。こんな料理上手なお嫁さん貰えたらそれだけでアンタ勝ち組よ」 「…………」 「あらあら赤くなっちゃって。よかったわね、岬。貰い手が見つかって」 なんて先輩を茶化しながらおばさんが笑う。 当の先輩は相当恥ずかしそうだけど、それでもまんざらじゃないような雰囲気なのが少し嬉しい。 「このマリネなんかお酒に合いそうねぇ……」 「ちょっとごめんなさいね」 そう呟いた母ちゃんがふと何かを思い立ったようで席を立つ。 そして何やらキッチンの冷蔵庫を開けてゴソゴソしたかと思うと、ワインのボトルとグラスを二つ引っさげて戻ってきた。 飲む気ですか、お母様。 「お酒大丈夫?」 「それなりには」 というわりにはおばさん嬉しそうなんだけど。 「なら、美味しい料理には美味しいお酒よねぇ〜」 こうして母ちゃんとおばさんの二人の酒盛りが始まった。 ……………… ………… …… 一時間経過。 「…………」 「…………」 「あはははははははは!」 「うふふふふ」 すっかり出来上がっちゃってるお二方。 (飲ませるべきではなかった……!!) 今更ながら後悔し始める俺。 というのも…… 「それで? アナタたちいつ結婚するのよ?」 「いやおばさんもうその質問5回目……」 「いいじゃん! 教えてくれたって! 母ちゃんたちにも心の準備ってのが必要なのよ!!」 「大事な岬がお嫁さんに……考えただけで寂しいわ!!」 「…………」 あ、先輩嬉しそう。 「っていうか、そもそもアンタはどこまで本気で付き合ってるの?」 「いやどこまでって」 「岬とは遊びだったの?!」 「いやそんなわけ……」 「許さない……許さないわよ……!」 「ちょ、おばさん目が怖い。目が据わってますから!!」 「遊び?」 「いや、先輩の言う遊びとはちょっと違います」 「アンタ、こんな可愛い子を弄んだとか言ったら母ちゃんも承知しないからね」 「栓抜きを掴むな、どうする気だ、それ」 「突き刺す」 「それでも母親か!!」 「そもそもアンタは岬ちゃんのどこを好きになったのよ?」 「あ、それは私も聞いてみたい!」 「どこってそりゃー雰囲気とか、いろいろ」 チラッと先輩の方に目をやると、少し顔が赤くなっている。 多分俺も赤くなってるだろうな。なんか身体が暑いし。 「それに一緒にいて楽しいし、落ち着くし……」 「あらあらもう惚気けてくれちゃってこの子ったら」 「愛されてるわねぇ、岬」 「……うん」 「暑い暑い! 冷房強くしようかしら!!」 そう言って本当に冷房を強める母ちゃん。 おばさんはおばさんでワインからいつのまにかビールに移行している。 母ちゃんも同じようにビールを注ぐ。 「えーっと、あの、お二人共もうそろそろ……」 「あ、そうだ、アンタたちもうエッチは済ませたの?」 「ぶっ!!」 「っ!!」 「ちょっとちょっと? その反応はすませたのね?」 それはもう楽しそうに笑う母親たち。 「キャー。どこですませたのかしら?」 「いやいやいや! どうしていきなりそこに飛んだ?! っていうか普通息子、娘に聞いたりするか?!」 「どっちから? どっちから誘ったの? どうせアンタでしょう」 「どうせアンタってどういうことだ! っていうか答えられるか!!」 「なーに照れてんのよー」 「ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃない、ねー」 「ねー」 「…………」 「…………」 すっかり意気投合しちゃっている二人。 正直俺一人でツッコミ続けるのにも限界がある。 何より質問が答えられない質問ばかりで心労が絶えん!! そんなわけで…… 「ごちそうさまでした! 先輩! 俺の部屋行きましょう!!」 俺は先輩の手を引いて立ち上がる。 「うん、ごちそうさま」 「あら、いなくなっちゃうの?」 「エッチなことは聞こえないようにしなさいよー」 もうヤダこの母ちゃん!! ……………… ………… …… 「はぁ、疲れた……」 せっかく先輩の手料理で癒されていたのに…… なんか一気に疲労がぶり返してきた気がする。 「ごめんね……」 申し訳なさそうに謝る先輩に全力で手を振って否定する。 「いやいや! 全然、うちの親こそ迷惑かけてごめんなさい」 「ううん」 先輩も俺と同じように首を横に振ってくれる。 「ふぅ……」 とはいえ、なんとか親からの追求を逃れてこうやって先輩と二人きりになれたわけだ。 エロいことをするかどうかは別として、とりあえずイチャイチャはしたい……!! 「先輩」 そんなわけで、対面に座っていた先輩を軽く手招きして呼ぶ。 「…………!」 途端に先輩の目が輝く。 スタスタと近寄ってきた先輩は俺にピッタリと寄り添いながら隣に腰を下ろした。 じんわりと伝わる先輩の体温。 冷房が効いていたせいもあってか、それがすごく心地いい。冷えた身体がゆっくりと熱を帯びてくる。 「…………」 ふと隣にいる先輩と目があった。 すぐ目の前にある先輩の整った顔。 柔らかそうな唇。 「先輩……」 吸い込まれるみたいに先輩の唇に近づいていく。 コクン、と一度俺の喉が鳴った。 「んっ……」 先輩も気づいてくれてすんなりと俺を受け入れてくれる。 「ちゅっ……んっ……」 「んんっ……」 「んっ……ちゅっ……」 「っふぅ……はぁ……」 「っはぁ……」 どちらからともなく唇を離す俺たち。 「えへへ……」 頬を染めた先輩が恥ずかしそうに笑顔を浮かべる。 「さっきは母ちゃんとかいたから言えなかったんですけど……」 「うん」 「先輩の手料理すごく美味しかったです。本当に毎日食べたいと思いました」 「嬉しい……」 「本当に料理上手なんですね、先輩」 「料理は好き」 「先輩となら結婚もいいなって思いました。ちょっと気が早い気もするんですけど、あはは」 「結婚……」 それだけ呟いた先輩が恥ずかしそうに少し俯く。 ただそれもほんの一瞬ですぐに赤い顔をこちらに向けてまっすぐと俺の目を見てくる。 「私もしたい」 「…………っ」 はっきりとそう言ってくれたことに嬉しさで胸が締め付けられる。 「正直まだ全然結婚なんて早い気がしてたんですけど」 「不思議と今日先輩が出迎えてくれて、キッチンに立ってる姿を見て自然にイメージできたんですよね、先輩との結婚生活」 「あ……私も」 「私も……しっくり、だった」 「一緒ですね、先輩」 「うん、一緒」 そう言って微笑む先輩。 料理上手で品もある。多少遠慮がちな面もあるけど…… 「先輩はきっといい奥さんになると思います」 「ありがとう……」 「そんなお嫁さんがもらえる俺は絶対に世界で一番の幸せな男ですね」 そう言って微笑みかける。 「…………っ」 あれ? 先輩がギュッと俺の腕にしがみついてきた。 肩におでこを押し付けるみたいにして顔をうずめている。 「先輩?」 「…………」 声をかけると何も言わずに首を横に振る。 「今、顔見ないで欲しい……」 「なんでですか?」 「私、今、その……顔が……暑くて」 「…………」 「だから、その、変な笑い方してる……きっと」 もしかしてにやけちゃってるとかそんな感じかな? それでその顔を見られるのが恥ずかしくて顔をうずめている、と。 本当に可愛らしい人だなぁ…… 「あ、ちなみに先輩から見て俺ってどうなんですかね?」 ふと気になって聞いてみる。 「っ……」 一瞬小さく息を吐いてから先輩が顔を上げる。 うん、いつも通りだ。少し赤いくらいで。 「私から見て……」 「はい、先輩から見てです」 「勉強はあんまり好きじゃない」 「そうですね」 「ちょっとエッチ……」 「ちょっとどころじゃないですけどね」 「それから……」 「………」 「そ、それから……」 「待って!? 俺もしかしてまるで良いとこ無し!?」 「えっと、違う……その……」 必死に俺のいい所を見つけ出そうと探してくれる先輩。 まぁ言葉にできないだけなんだろうな、と思う。 こうやって不器用でも一生懸命な所が俺は好きだったりもする。 「笑顔が……好き」 やっと見つかったようでぽそりとそう呟いた先輩。 その姿が可愛くて可愛くて…… 「先輩と結婚できるなら、将来は八百屋を継いでもいいかな……なんて思っちゃいます」 「………」 頬を染め、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに先輩が笑った。 その笑顔が愛しくて無意識のうちに先輩を抱きしめていた。 「ん……温かい……」 「俺、今すごく幸せです」 「うん」 部屋の外から聞こえてくる親の賑やかな笑い声とは裏腹に静かで穏やかな空気が流れる俺の部屋。 先輩と一緒に過ごすこの時間が俺はたまらなく好きだ。 この時間がずっと続けばいいと本気で思う。 「そういえば……」 先輩を抱きしめていた腕を解く。 そしてポケットの中をごそごそと漁る。 「あ、あった」 「飴玉?」 「はい、今日バイト中にもらったんです。これ、先輩にあげます」 「ありがとう」 「いえいえ」 先輩は包み紙を外すと赤い綺麗な色の飴玉を口の中に入れる。 「……食べないの?」 「あ、もらった飴玉、それだけだったんですよ」 「…………」 「気にしなくていいですよ?」 「でも……」 なんだか申し訳なさそうな顔をした先輩が何やら少し考え込む。 そして少ししてから先輩は何かを決意したかのような表情をした。 「一緒に……」 「いや、飴玉は一緒に食べられるものでは……」 「……ん」 俺の言葉を無視して先輩が口先で飴玉をくわえてこちらに顔を向けてくる。 「…………っ」 思わず息を飲んだ。 先輩の可愛らしい唇にくわえられた赤い飴玉。 その絵面が妙に艶かしくて、しばらく見とれてしまう。 「……いいんですか?」 「…………」 先輩が小さく頷く。 (なら……) 「んっ……」 ゆっくりと、というより恐る恐る俺は先輩の唇に口づけをする。 そして軽く口を開くと先輩が飴玉を俺の口の中に転がしこんでくれる。 軽く舌先で押したからか、先輩の舌が俺の唇に触れた。 「ん……甘い……」 少し溶けた飴玉。 たちまち広がる苺の味。 少し口の中で弄ぶと俺は先輩にキスをする。 「ちゅっ……んっ……」 「ちゅっ……」 口の中にあった飴玉を、先輩の唇に押し付けるようにして渡す。 移った飴玉を落とさないように先輩が口を閉じると、先輩の唇に俺の唇が挟み込まれた。 その普通のキスでは感じることのない奇妙な感覚が少し楽しい。 「っ……ん……っちゅ」 「んっ……っ……」 今度は先輩からのキス。 ついイタズラ心が芽生えてきて、俺は開いた先輩の唇の中に舌を入れてみる。 「んんっ……! んっ……っはぁ……んっ」 「っはぁ……んっ……」 先輩の舌と俺の舌が絡み合って、コロコロコロコロと飴玉が弄ばれる。 「んっ……はぁ……ちゅぱっ……」 先輩が口元まで飴玉を転がしてきたので、それを受け取る。 「はぁ……んっ……ん……」 「ちゅっ……っはぁ……んっ……んん」 今度はさっきの仕返しにか先輩が俺の口の中をまさぐる。 重なり合う唇。絡み合う舌。 俺の口に広がる苺味を先輩が舐めとるみたいに、上あごや舌を先輩の舌が撫でていく。 「はぁ……んんっ……ちゅぱっ……っはぁ」 「んっ……」 今度は俺が先輩に、次は先輩が俺に。 それを何度も何度も繰り返す。 飴玉が溶けるまで、そして飴玉が溶けたあとも、飽きるまでずっとずっと。 こうしてその日の夜を俺たちは過ごしたのだった。 「うぉおおおおおおお!!」 全力疾走。 通行人を避けながら家から先輩の待つ待ち合わせ場所へと急いでいた。 まさか約束の時間に遅れることになろうとは!! 財布を忘れるという失態を犯すとは思いもしなかった!! バカじゃねーの! 数分前の俺!! 「先輩!!」 「…………」 待ち合わせ場所で佇む可憐な先輩の姿が目に入る。 「はぁ……はぁ……すいません……! 遅く、なりました!!」 素早く頭を下げる俺。 先輩が望むなら土下座でもする所存。 「ううん、大丈夫」 が、先輩はまったく嫌な顔もせず、すんなりと許してくれた。 「はぁ、はぁ、本当に、すいません。ありがとうございます」 「ううん」 先輩は本当に優しいなぁ。 とりあえずだ、ちょっと息を整えさせてもらおう。 ゆーっくりと息を吸って、ふーっと吐き出す。 「…………ふぅ」 「大丈夫?」 「はい、これくらい、余裕です」 実際息は整ってきたわけだし…… 「あれ? 先輩の今日の服って……」 「うん……」 ちょっと恥ずかしそうに頬を染める先輩。 もしかして俺がこの前その服がメールで好きだって言ったから着てくれたのか? 「やっぱりよく似合ってますよ、その服」 「…………」 「すごく可愛いです、先輩」 「ありがとう……」 嬉しそうに微笑む先輩がめちゃくちゃ可愛い。 好きだって言ったことをしっかり覚えてくれていて、しかもこうやってデートに着てきてくれる。 本当に愛されてんだなぁ、俺。自分のことながら幸せ過ぎませんかね!! 「さて、それじゃあ早速行きましょうか」 「うん」 頷いた先輩の手を取り、そのまま歩いて行く俺。 こうして俺たち二人は、駅前へと向かったのだった。 今日のデートはテキトーに駅前辺りをぶらつこうというもの。 たまにはがっちりプランを立てないデートもいいんじゃないかということで、気ままに雑貨屋にでも入ってみたわけだ。 「おぉ……」 先輩も女の子だし小物とか好きなんじゃ? と思ったら案の定だった。 さっきから目を輝かしっぱなしの先輩。 「かわいい」 「置物ですか?」 先輩が手のひらサイズの陶器でできたうさぎを手にとって眺める。 「うん、飾りたい」 「たしかに可愛らしいですしねぇ」 本物のうさぎでも撫でるみたいに指でうさぎの背を撫でる。 その姿が絵になるのが先輩ですよね! いやぁ、雑貨屋に入ったのは正解だったな!! なにより俺も楽しい!! 「うぉ、なんだこれ!!」 おっぱい型の時計 誰が買うんだこんなの!! 超欲しい!! 雑貨屋って変なものたくさんあるのな! すっげー楽しい!! 「ん?」 「すごくないですか、これ!! 乳首を押したらアラームが止まるんですよ!」 ためしに押してみると『あんっ』なんて声が流れ出た。 「音付き!」 「変なの」 「いやほんとに誰がこんなの作るんでしょうね? しかも結構巨乳ですし」 プラスチック製っぽいから固いのが残念だ。これシリコンとか使って柔らかくしてたら衝動買いしてたかもしれない。 それでも揉んでみるけどな。おもむろに乳首押してみたり。 っていうかこれ連打したらどうなんの? と、試しに連打してみるとDJ紛いのことができてしまった。 「あはははは! DJごっこができますよ、これ!!」 「…………」 その姿を先輩が黙って見つめてくる。 「あれ? 先輩どうかしました?」 「…………負けない」 「負けない?」 負けないってのはもしかして…… (先輩時計に嫉妬してる?) いやいやこんな固いおっぱいなんかに先輩のおっぱいが負けるわけないじゃないですか。 「…………」 と、フォローを入れるべきか、そもそもこのフォロー間違ってないか? と悩んでいると先輩が手を差し出してくる。 「うん?」 これはたぶん時計を貸して欲しいってことだと思う。 「ど、どうぞ」 とりあえず先輩におっぱい時計を手渡してみる。 「…………ふぅ」 「…………?」 先輩が一息ついた。 その瞬間。 『ああああああああああああんっ!』 乳首を連打し始める先輩。 しかも俺より断然早く。早すぎて『あん』の『ん』が一度しか発声されなかった。 「ちょ、先輩」 「ふふん」 「…………」 いや、そんな勝ち誇った顔されましても…… 『ああああああああああああっ!』 「私のほうが早い……」 「私の勝ち」 連打をしながら、なんか少しだけ自慢げな先輩。 一向に連打をやめる気配がない。 いやそんな様子も可愛いですよ? 可愛いんだけど、ちょっと周囲の視線を集めすぎた感じがするんですよね。 「ちょ、ストップ! 先輩ストップ!」 「…………」 「俺の負けです、参りました」 「……ふふ」 『あんっ!』 あ、止まった。 「えーっと……とりあえずそれ戻しますね」 「うん」 先輩から時計を受け取ると俺は元の場所に時計を戻した。 「よし、先輩! あっち行ってみましょう! あっち!!」 「わかった」 何食わぬ顔の先輩の手を引いて、人気のなさそうな場所へと移動する。 あのジトーっとした目を浴び続けるのはいろいろ辛い!! 「なんていうか、先輩連打早いですね」 「得意」 だそうだ。 が、やっぱり女の子があれを連打はいろいろマズイ気がするんだよな。 「ここは貯金箱とか文房具が多いみたいですね」 イマイチ人気のないその場所で俺はテキトーに辺りを見回す。 「かわいい……」 「うん? えっと、そのおにぎり型の貯金箱がですか?」 「うん、かわいい」 おにぎりが可愛い? いやまぁ手のひら大の見事な三角形だとは思いますけども。 「おぉ!! なんだこれ!!」 ふと視線を逸した先にあった消しゴムを手に取る。 「なに?」 「消しゴムです! ウンコ型の!」 「ばっちぃ」 「大丈夫ですよ、消しゴムですし。っていうかこれで消しても綺麗になる気がしませんね!」 「うん」 「うぉ! 便器まである!! すげー!!」 「…………!!」 「しかもその隣に食べ物シリーズって狙ってるとしか思えない! ね! 先輩!」 「…………え、うん」 「なっ! なんだこれ! こっちには下半身分度器 やべぇ! セクシー!」 「…………(じーっ)」 「大丈夫、見られないからさ」 「やぁん……」 (ん……?) なんか艶っぽい女の声が耳に入った。 まったく、どうせどこぞのカップルが人気のないところで盛っているんだろう。 と言いつつ、ちょっとだけ気になったので声のした方をチラ見する。 「んっ……」 あぁ、案の定盛ってらっしゃる。 まったく人気がないとはいえ、外でスカートの中に手を突っ込んでるんじゃねーよって。 「おぉ……」 「ちょっ! 先輩!?」 「見てない」 「ガッツリ見てるじゃないですか! 顔真っ赤だし!」 「赤くない」 「赤いです! ってか、そんなガッツリ見ちゃダメですって!」 「……(じーっ)」 こ、これはマズイ……! 先輩の情操教育的に……!! 変な雑貨を見てる場合ではない! 「せ、先輩! そろそろお昼ですし、フードコート行きましょう!」 「うん、行く」 と言いつつもまだじーっと熱視線を送る先輩の手を引いて、俺はフードコートの方へと向かった。 「昼時だから座るのに苦労するかと思いましたけど、割とすんなり座れましたね」 「うん、ちょうど空いてた」 家族連れやカップルで賑わうフードコート内を眺めながら先輩とハンバーガーを食べる。 こんなに混んでるのにちょうど空いた席も見つけられたしラッキーだったな。 「座れてよかった、はむっ……」 両手で持ったハンバーガーを一口かじる先輩。 なんだか小動物チックで可愛い。 「……うん?」 俺がハンバーガーを食べる先輩をひたすら眺めていたからか、先輩は不思議そうに首をかしげた。 「一口?」 「え? あ、いやそういうつもりじゃ……」 「はい……あ、あーん……」 おずおずと一口かじったハンバーガーを差し出してくれる先輩。 その姿が可愛すぎて、勘違いですなんて言えるわけがない。 なにより先輩が恥ずかしそうに『あーん』をしてくれるなんて嬉しすぎるだろう!! 堪能させていただきますとも!! 「じゃあ、遠慮なく……あーん」 口を広げて待機する俺。 しかし全然口の中にハンバーガーがこない。 「…………」 「…………」 よ、よし……! 自分から近づこう。 俺は先輩の差し出してくれたハンバーガーをかじろうと身を乗り出す。 「あーん……んっ?」 「ふふっ……」 近づくと離れていくハンバーガー。 離れたら近づいてくるハンバーガー。 これはもしや…… 「ふふっ……意地悪」 いたずらっぽく笑う先輩。 「うぅ……あーーん!!」 大口開けて先輩の方に身を乗り出すが、やっぱり遠のいていくハンバーガー。 諦めて身を引くとハンバーガーは近づいてくる。 「あ、あの先輩?」 「ご、ごめんなさい……」 「いや別に謝られる程でもないですけども」 「口、開けて待ってるの……可愛かった」 「なっ……!」 俺が 可愛い 「い、いやいやいや! それはないです!」 そんなこと生まれて初めて言われたぞ! 「ううん……」 俺の否定に首を横に振る先輩。 「うぐっ……」 なんだこの気恥かしさ!! 妙に恥ずかしい! 「俺なんかより先輩のほうが可愛いですから」 「でも、可愛かった……」 「うっ……も、もう冗談が上手ですね、先輩!」 なんか今言うべき言葉を間違った気がしなくもない! が、ダメだ! 恥ずかしすぎて先輩の顔を見ていられない……! 「……可愛い……のに」 そう言ってもらえるのは嬉しいけど、やっぱ気恥かしすぎて素直になれん! 「ぱくっ……もぐもぐ……」 先輩が再びハンバーガーを食べだしたので、俺も自分のを食べることにする。 いやぁまさか先輩にからかわれるとは思わなかった。 可愛いなんて言われるし、なんかそわそわして仕方ない…… 「もぐもぐ……はっ……!!」 「ん?」 不意に先輩の動作が停止した。 なんか隣のカップルを見つめてるみたいなんだけど…… なんなんだろう? と俺もそっちに目をやる。 「ぅんっ……ちゅぱっ……」 「んっ……ちゅっ……」 「……(じーっ)」 (またかぁあああああああああああああ!!) そこにはなんとディープキスをしながら胸をまさぐるカップルの姿が……!! 「……(じーっ!)」 「だから先輩!! 良い子は見ちゃいけません……!」 「あんっ……」 (あんっじゃねぇえええ! 時と場合を選んでください!!) 「……(じーっ!)」 「先輩! さっさと食べて行きますよ!」 「う、うん……」 顔を真っ赤にした先輩は小さく頷いて、残りのハンバーガーを口に放り込む。 が、やっぱり気になるみたいでチラチラと視線を送っている。 カップルはカップルでどんどん過激になっていくし…… 「……なんなんだ、今日は」 厄日ならぬ、エロ日か エロ日なのか、今日は!! こちとら普通にデートを楽しみたいんだってのに!! 「ごちそうさまでした……」 「ごちそうさまでした!」 丁寧に手を揃える先輩。 食べ終わったわけだし、さっさと場所を変えよう。 片手で先輩と俺のトレーを持っていき、もう片方の手で先輩の手を握り俺たちはフードコートをあとにした。 ……………… ………… …… 「うぉおおおお なんだこの問題!? 先輩答えわかります」 「全然分からない……」 先輩で分からない答えが俺に分かるか! ゲーセンに来た俺たちは二人でクイズゲームに挑戦していた。 難易度を『普通』にしたら余裕だったために(主に先輩のおかげ)、一段階難易度をアップして『難しい』にしたのが間違いだった、全然分からない。 「なにこれ 化学記号かなんか」 「習ってない」 「ですよね!」 ブブーッ ありきたりな不正解音が筐体から流れ出て、ゲームオーバーになる。 画面ではコンティニューしますか? の文字と数字がカウントダウンしていく。 「いやぁ、キツかった」 「難しい」 「でしたね、もっと勉強する必要がありそうです」 そもそも俺一人じゃ普通すら怪しかったわけだし。 「っと……すいません、先輩、俺ちょっとトイレ行きたいんでUFOキャッチャーでも見ていてください」 「分かった」 そう言った先輩が立ち上がるとUFOキャッチャーコーナーの方に向かっていく。 俺もさっさとトイレを済ませて先輩のところに戻ろう。 ……………… ………… 「ふぅ、すっきりした。さて、先輩はっと……」 俺もUFOキャッチャーの方へと歩み寄る。 「お、いたいた。先輩、お待たせしまし……またっ」 「……(じーっ)」 UFOキャッチャーコーナーの隅の方で服の中に手をつっこみ胸を揉みしだいているカップルと、それを興味津々といった様子で見つめる先輩。 「ダメダメダメ! なに見てるんですか! 先輩!」 「見てない」 「見てますから! ほら、あんなの見ているより、こっちの方が面白いですよ!」 「うん?」 「このぬいぐるみとか可愛くないですか?」 「可愛い……」 「よし、ちょっと見ててくださいね」 お金を投入! 軽快なBGMが筐体から流れ出し、俺は矢印マークのついたボタンを押してクレーンを動かす。 狙いは白いクマ!! 「……ここだっ!!」 クレーンがクマの真上に来た瞬間ボタンから手を離す。 止まったクレーンがゆっくりと降り、クマの脇をがしっと掴む。 「掴んだ」 「見ててください、これは絶対取れますから」 こんだけがっちり掴んでれば間違いなく取れるだろう。 正直、これで取れなかったらカッコ悪いんだけど…… 先輩と二人でクレーンに掴まれ引き上げられるクマを見守る。 「浮かんだ」 「ですね、あとは上がりきった時に衝撃で落ちさえしなければ……」 ボトッ 「ほら、取れました」 取り出し口からクマを取り出し先輩に手渡す。 大方取れるだろうとは思ったけど、マジで一発で取れてよかったぁああ!! 「はい、先輩」 「くれるの?」 「えぇ、プレゼントします」 「ありがと……」 そう一言呟いてクマを抱きしめる先輩。 「おぉ……」 絶対先輩に少し大きめのぬいぐるみとか似合うと思ったけどまさかここまでとは。 可愛すぎて思わずため息が出た。 「やっぱ先輩に合いますね、そのクマ」 そう言って微笑みかける。 「うん、嬉しい……」 同じように先輩も笑顔を見せてくれた。 が、どうにもその笑顔に陰りがあるような気がした。 「? どうかしましたか? 先輩」 「……ううん、なんでもない」 そう言って優しく笑った先輩が俺の手を握ってくる。 気のせいだったぽいな。 俺も先輩の手をギュッと握り返す。 いやぁ、いいなぁ、この感じ。 「おい、あれあれ」 「うぉ、すげぇ美人。何アレ、アイツと付き合ってんの?」 知らない男たちの会話の内容が耳に届いた。 先輩と一緒に出かけると必ず一度はこんな声を聞く。 ホント、こんな誰もが振り返るような人と付き合える俺は幸せすぎる……! こうして男たちの会話を尻目に俺たちは帰路につくことにした。 もうすっかり日も落ちて二人で腕を組んでのんびり橋の上を歩く。 「今日も楽しかったです、先輩」 「うん……私も」 少ない言葉を交わしてただゆっくりゆっくりと歩いていく。 穏やかな時間。ゆったりと、歩くペースに合わせるかのように時間が過ぎていく。 がっちりと腕を掴んだ先輩が俺に身体を預けてくれる。 「…………」 そんな甘えん坊な先輩に思わず顔がほころんだ。 本当に俺のことを好きでいてくれている。その気持ちが触れた肌からしっかりと伝わってくる。 もうあとは先輩を送り届けるだけだけど、その時間ですら大事に過ごしたいと思った。 ……………… ………… …… ゆっくり歩いたにもかかわらず、先輩の家にすぐついてしまう。 「先輩、つきましたよ」 「うん……」 「それじゃあ、今日はこのへんで……」 「んちゅっ……」 「チュッ……」 寂しそうな表情をした先輩に軽くキスをする。 キスをしている間、先輩がすがるように俺の服を摘む。 「……んっ……」 「んっ……」 ゆっくりと唇を離すが、先輩がひっついたまま離れてくれない。 掴まれた服も離してもらえる気配はないし…… 「あの、先輩離してもらえないと帰れないのですが……」 「えっと……ね?」 不意に口を開いた先輩。 「はい」 「いないの」 「えっと、それは……」 「おばあちゃん家に行ってる……から」 「…………」 これはつまり、『両親が実家に帰っているので家に来て欲しい。もっと一緒にいたい』ということか。 「…………」 寂しそうな表情をして上目遣いに俺を見つめる先輩。 こんな顔されたら無碍に断れるわけもないわけで…… それになにより俺自身も…… 「今日は俺、一晩中先輩と居たいです。いいですか?」 「うん……いて欲しい」 ぎゅっと俺の服を掴む手に力がこもる。 「それじゃあ、今日はお邪魔します」 「うん」 先輩の手を取り、俺たちは先輩の部屋へと向かう。 手をつないだまま部屋の中で立ち尽くす俺たち。 と言っても、このまま立ちっぱなしでも仕方がないわけだし…… (も、もう布団が敷いてある……) 一瞬エロい妄想をしてしまうが、先輩の両親が出かける前に敷いていったんだろう。 こういうちょっとしたところから、先輩が両親に本当に愛されているのがわかる。 (え、えっと……) とりあえず俺は適当なところに腰を下ろす。 それに合わせて先輩も俺の横に腰を下ろした。 「先輩……」 隣に座った先輩を抱き寄せて優しく頭を撫で続ける。 「んっ……」 優しく優しく撫でる。が、それに合わせて先輩の様子が変わってきた。 「…………」 段々、段々と先輩が静かになっていく。 明らかに落ち込んでいるような、そんな雰囲気。 どうしたんだ、先輩……これはただごとじゃないぞ。 「先輩……? どうかしましたか?」 撫でる手を止めて優しく尋ねる。 「うぅ……」 「え、どうして」 ついには先輩が泣いてしまった。 なんで なんで突然泣き出したの 「っ……!」 「わっ、ちょっ、先輩」 そして再び俺に抱きついてきた。 今度はさっきよりも抱きしめる力が強かった。 (ど、どうしたら……) 「…………」 先輩は何も言わず俺の体にしがみついている。 とにかく優しく抱きしめよう。そう思って、先輩の肩を抱きしめる。 「っ……」 さらに先輩の腕に力がこもった。 潤んだ瞳で俺のことを見つめてくる。 「先輩……?」 「…………」 なにも答えてくれず、ただ見つめ続けられる。 その瞳、その雰囲気がやけに艶かしくて段々と胸の鼓動が早くなる。 「あの先輩……俺、このままだと……さすがに我慢出来なくなっちゃいますよ?」 思い切って言ってみた。 「なんで我慢するの……?」 俺の目を見ながら、すごく寂しそうに言った。 今にも泣きそうな、本当に寂しそうに。 なぜだ。 「っ……!」 「おわっ……」 そしてまた俺を抱きしめる。今までで一番強く。 「ちょ、ちょっと先輩……どうしたって言うんですか」 「お願いですから……何か……何か言ってください」 「…………」 すると、ゆっくりと先輩の腕が解かれる。 「私のこと……好きじゃない?」 「え……?」 「そ、そんなわけないじゃないですか……!!」 「じゃあなんで……そんなに優しいの?」 「優しいのって……」 それは当然先輩のことが大事だからで…… 「今日見たカップルの男の人はみんな求めてた……」 「男の人が……女の人をおもいっきり……」 「…………」 「私のこと、激しく求めてこないから……好きじゃないのかなって……」 「思った……」 「付き合い始めてから、他のカップルを見るようになって……」 「男の人は好きだと激しく求めるんだって知った……」 求めるっていうのは……身体をって意味だよな…… 「好きだと少しは無理やりしたくなるんじゃないの?」 「なのに……全然来てくれないから……」 「二人きりなのに……なでてくれるだけで……子供みたいな好きなのかなって……思ったら不安になった」 「…………」 なるほど、それで先輩は泣きそうな顔してたのか…… 「ゲームセンター」 「ぬいぐるみも嬉しかった……けど、強引にキスをして欲しかった……」 「今も、頭を撫でられるより、いきなり押し倒されてみたかった……」 「そう……だったんですか……」 「うん……」 すべてを吐き出した先輩はまた悲しそうな顔でうつむいてしまった。 あの口下手な先輩がストレートに思いを伝えてきた。 それだけ、悩んでいたということだ。 (先輩がそんなことを思っていたなんて……) もっと早く気づいてあげるべきだった。言葉の節々から感じ取ったりするべきだった…… 先輩をただただ大事にしなくちゃと思って優しくしてきたつもりだったけど、それがかえって不安にさせていたなんて…… 「…………」 悲しそうな先輩の頭を撫でようとして、やめた。 結局それじゃ変わらない。嫌われたくないという思いもあって、優しくしすぎていたところが確実にあった。 でも今夜はすべてをぶつけよう。 俺の想いを、全部。 何もかも、先輩に…… 「ごめんなさい、先輩」 「ううん……」 「俺、これからは我慢しませんから。先輩に受け止めてもらいます」 「うん、いいよ……」 先輩の部屋でエッチしてから30分後。 程よい脱力感と共になんとなく天井を見つめる。 両手には、さっきまで抱いていた先輩の感触。 「先輩……」 「………」 「はは、もう寝ちゃったか……」 今日は本当にビックリした。 まさか先輩があんなに必死に自分の気持ちを訴えてくるなんて。 「………」 ここ数週間で、俺の先輩への印象はガラりと変わった。 最初は口数が少なく、どちらかと言えばおとなしい子なのかと思っていた俺。 でも、実際に深く彼女のことを知っていくと、お喋りな一面もあったり、自分の好きな事には急に饒舌になったり…… 今日みたいに必死になると、ちゃんと自分の言葉でその気持ちを伝えてくれる。 「先輩……」 「大好きです」 俺は、そんな自分の彼女のためにも、もっともっと他人に自慢の出来る…… そんな男になっていきたいと思った。 今日も夏休みにも関わらず登校日。 昼休みにはいつもと同じく先輩と一緒に学食へとやってくる。 「夏休み中にも授業があるって、本当に勘弁してほしいですよね」 「学校と休日がゴチャゴチャしてると、せっかくの夏休み気分が半減する気がしません? 先輩」 「………」 「私は、平気……」 「ふ、二人……一緒にいられれば……」 学食の真ん中で白昼堂々嬉しいことを言ってくれる先輩。 お、俺としたことが……! 確かに俺も先輩と一緒にいられるなら学校にだって喜んで登校したくなる……! 「でもうちって、夏に登校日がある代わりに秋休みがありますもんね」 「先輩は今から秋休みの予定とかあります?」 「う、うーん……」 「その時期は、少し勉強に……集中……する……」 「べ、勉強……!?」 「うん……」 「進学先……もう決めなくちゃいけないから……」 そうか、何だか完全に忘れそうになっていたが、先輩は今年で俺よりも先に学校を卒業してしまう。 こうして毎日のようにお昼を食べるのも…… 来年の今頃は俺、一人ぼっちで…… 「う、ううっ……! せ、先輩……!」 「……!?」 「ど、どうしたの……? 急に……泣いてる……?」 先輩のいない学校を想像すると、割とマジで泣きそうになる。 ああ畜生……!! こんなことなら俺、去年から先輩と知り合いになっておくべきだった……!! 「す、すみません」 「なんか一瞬、先輩が卒業した後のことを想像したら、めちゃくちゃ寂しくなっちゃって……」 「………」 「だって先輩が今年卒業したら、俺それからは一人で学食でメシ食うんですよ?」 「学校行くときだって、朝は一人で登校して……」 「放課後はカップルがいっぱい歩いている駅前を、俺は一人寂しく下校することにぃぃーー!!」 「ああああ!! 先輩……っ!! あと、1年、あと1年だけ卒業するの待ちましょうよォォ!!」 「う、ううっ……」 「よ、よしよし……」 俺の主張に共感してくれたのか、ゆっくりと俺の頭をなでなでしてくれる先輩。 卒業の問題もそうだが、もっと色々深く考えると先輩が進学した先のことも心配だ……!! 「先輩、進学しても俺を捨てないでくださいね……?」 「す、捨てない……大丈夫」 「やたらコミュ力の高いテニスサークルのイケメンとかが声をかけてきても、絶対にまともに相手しちゃいけませんからね!?」 「……?」 「こ、コミュ……?」 城彩では神格化されているので、ある意味では心配事は少ないが…… 俺の彼女は絶対に男からモテる……!! というかこんなに毎日隙だらけなんだし、本人にはもう少し警戒心ってやつを持ってもらいたい……!! (う、うわ……俺キモ過ぎだろ……) (というか俺、日に日に先輩のことを束縛したがってる気が……!) 好きになれば好きになるほど、不本意とはいえ彼女の自由を奪ってしまう。 気持ちは痛いほどわかるけど、俺は出来るだけそういう彼氏にはなりたくない。 「………」 「卒業……」 「私も……寂しい……」 じわっ。 「せ、先輩……!」 「う、ううっ……」 「お、おい……! あいつ自分の彼女泣かせてるぞ……!!」 「うーん、青春だねえ」 卒業まであと半年とちょっと。 それまでに色々と思い出を作らなければ……!! (いや、待てよ……?) 「先輩! もう俺のために留年しちゃいましょう! そんで来年俺と卒業すれば万事解決です!!」 「りゅ、留年……」 「そうです、成績不良で1年残れば俺と一緒に卒業できますよ!!」 「ちなみに最後の期末テスト、それぞれ何点くらいでした?」 「え、えっと……」 「数学……85点。現国、古典もそれぞれ90……」 「世界史と日本史は……80点くらいで、英語は苦手で……72……」 「う、ううっ……」 無理だ! 留年なんて無理だ! 先輩と俺とじゃ頭の出来が違いすぎる……!! 「卒業、したら……」 「本格的に栄養学を、勉強……したい……」 「先輩は俺と違って本当にしっかりしていますねえ……」 「そ、そう?」 「ええ、俺なんてクラスの平均点を著しく下げている男ですからね」 「カンニングから先生の買収まで、そっち方面の知識ならきっと先輩より上ですよ……!?」 カンニングは冗談だけど、ここはあえて胸を張って言ってみる。 「えっへん!」 「………」 「笑い事じゃない……」 「勉強は、しないと駄目」 (お……!?) 「………」 人生初の、先輩から愛のあるゲンコツをもらう。 こ、これは新しい……!! ここにきて新たな先輩の魅力を発見する……!! 「先輩、もっと俺を叱って下さい。ゲンコツコンボをお願います」 「何度もポコポコ叩かれると、俺勉強する気が沸いてくるんです」 「ほ、ホントに……?」 「ええ本当です。今の一発でもかなり俺の脳細胞は活性化しました」 「じゃあ、もっとやる」 「どう?」 「うーん、気合いが足りてないので効果が薄いですね」 「もっと全力で腰からこぶしを繰り出さないと……」 「じゃあ、頭でする」 え? 「接触する面積が大きくて、質量が重いほど……威力は増す」 「あ、あの。それって頭突きってこと?」 「ふっ……!」 (ああどうしよう……!) 先輩のこの意味のわからなさがめちゃくちゃ可愛い…… 「………」 先輩が急に頭突きをやめ、今度は俺に体を預けてくる。 「脳細胞。活性化した……?」 「いえ、残念ですがまだこのレベルでは……」 「………」 「じゃ、じゃあ……今日帰ったら……」 「スイカ割りの棒で、いっぱい叩く……」 待って!? それ確実に死ぬんですけど!! 「先輩、そろそろ冗談はやめてメシ食いましょう」 「今日はうどんとそば。どっちにします?」 「冗談じゃ、なかったのに……」 そう言って明らかにいじけ出す先輩。 付き合ってから結構経ったけど、最近はこうして色々な態度を見せてくれるので俺は飽きない。 「今日も海老天食べちゃいます? 頭突きしてくれたので俺が奢りますよ?」 「え、エビ……」 「よっしゃあ! ちょっと待ってて下さい。すぐに特大のエビ持って来ますんで……!!」 先輩に学食でご馳走するのは、もはや俺の楽しみと化している。 学食で昼を食べないときは、先輩がお弁当をご馳走してくれるので俺も嬉しい。 学年が違うと当然クラスも別だけど、昼にはこうして一緒にいられるのであまり寂しい気持ちにはならなかった。 (先輩が卒業したら話は別だけど……) 「ちょ、ちょっと……! 今のうちに沢渡さんに声かけて来てよ」 「ええっ!? わ、私が……?」 「それじゃあちょっと協力してよ、これも沢渡さんをあの男から助けるためなんだから」 「う、うん……」 はは、俺も相当嫌われたもんだな。 きっと3学年じゃ、俺はもう沢渡先輩を無理矢理強奪した、本当にロクでもない野郎だと思われているに違いない。 でも先輩を過保護にしたい気持ちは、俺も痛いほどわかるので…… (微妙に共感できる部分があるんだよなあ……) 今じゃ彼女たちの気持ちも結構わかる。 先輩って、本当に目をかけていないと、ある日突然知らない男に誘拐されちゃいそうな雰囲気あるし。 「おばちゃーん。海老天うどん二つー」 「あいよー!」 「ねえ、ちょっと良い?」 「ん? どうした?」 「沢渡先輩のことなんだけど、あんたこのままで本当に大丈夫なの?」 「このままとは?」 「沢渡先輩、ずっとみんなに誤解されたままなんでしょ?」 「自分からはなかなか言いたいことも言えない様子だし、私が先輩だったら結構辛いと思うんだけど」 「………」 望月に言われなくてもわかっている。 俺と先輩が抱えている問題があるとすれば、ぶっちゃけそれくらいしかないしな。 「俺もそれについては何度も考えたよ」 「俺が先輩の代わりに誤解を解いても良いんだけど」 「でも実際先輩自身がどうしたいのか、やっぱりそこはしっかりと考えてあげたくてさ」 最近は俺と一緒にいることで、そんな些細な問題も気にしなくなった様子の先輩。 だったらこのまま無理に波風立てなくても、そのまま嫌なことは綺麗に忘れて学校生活を楽しむのもありな気がする。 「そっか、ごめんね私部外者なのに余計なこと言って」 「いや、ありがとな」 「でも少し先輩とはそのことについて話してみるよ」 「実際どうしたいのか、本人からはハッキリと聞いたことなかったし」 海老天うどんを載せたトレイを、先輩のいる席にまで持って行く。 途中で3年の何人かが俺を見て怪訝そうな顔をしていたけれど、特に俺は問題にしなかった。 「………」 「見て? セミの抜け殻……いっぱい……」 「おお、本当ですね。制服に何個か付けてみます?」 「いい」 「可哀想だから、元の場所に帰してあげる」 (ぬ、抜け殻なのに……) 放課後、今日もこうして先輩と一緒に下校する。 最近は少しでも先輩と一緒にいたいので、バイトも結構減らし気味だ。 「セミは、春に出てくるセミもいるの」 「え? そうなんですか? 夏だけじゃなくて?」 「うん。ハルゼミ」 「あとは、秋に登場するセミもいたはず……」 「へえ、先輩詳しいですね」 「………」 「お父さんが、詳しいから……」 先輩と会話していると、こうしてたまに面白い情報も聞ける。 俺とは違って、ちゃんとためになる知識もいっぱい知ってそうだし…… 実はこの人、口下手じゃなかったら今とは違った形で学校でも大人気になっていたかもしれない。 「………」 「先輩、一つ聞きたいことがあるんですけど」 「セミの話……?」 「ああいえ、ちょっと違います」 「今先輩、同級生にはお嬢様だとか洋風建築の大豪邸に住んでいるとか結構言われてますよね?」 「………」 「う、うん……」 「俺としては、そういう勘違いはみんなにサクッと訂正してもらった方が良いと思うんですけど」 「その辺先輩自身はどう思ってます……?」 「………」 やはり少し言いにくいことなのか、軽くうつむいて黙ってしまう先輩。 たぶん、自分で強くこうしたい、ああしたいと思うことが少ない人なんだろう。 周りの雰囲気に流されちゃいそうなところもあるし、そこは俺もわかっているので追求はしない。 「あ、いや、何が悪いとかじゃなくてですね……」 「先輩自身がどうしたいのかなって、どう思ってるのかなってちょっと聞きたいだけだったんで」 「………」 「クラスのみんなには、言った」 「え? 言ったって?」 「私の家が、八百屋だって」 「あ……、そうなんですか。もう言ってあるんですか」 驚いた、俺はてっきり何も言えずにいるままなのかと思っていたのに。 「それで、クラスのみんなの反応はどうでした?」 「うーん……」 「わ、笑われた……」 「笑われて、みんな信じてくれなかった……」 な、なるほど。 まあ確かにそう一筋縄ではいかなそうだもんなあ。 俺の学年じゃ、まだ先輩を神格化している空気は薄かったので楽勝だったけど…… ずっと先輩のことを知る同級生達には、すぐには色々と受け入れがたいに違いない。 (おまけに、今は俺がいるからなあ……) たぶん今の状態で先輩が誤解を解こうとしても、きっと彼氏である俺に何か吹き込まれたんだと思われるはず。 3年からしたら俺は先輩をたぶらかした敵以外の何者でもないので、その線はかなり濃厚だと思う。 「一度先輩の家に、みんなを招待しちゃうのはどうですか?」 「ついでに野菜も買っていってもらって、商売的にも一石二鳥……!!」 「これって案外悪くない方法だと思うんですけど」 「………」 「来て……くれるかな……?」 「ええ、たぶん大丈夫だと思いますよ?」 さすがに店と先輩のご両親に会えば、3年グループも現実を受け入れてくれるに違いない。 そこまで上手くいったら、あとは俺の出番か。 先輩がいかに普通の一般市民かを、その後ずっと俺が力説してとどめを刺してやる……! 「フフフ……」 「これは面白くなってきましたねえ。先輩……」 「………?」 とにかくこの街には先輩の八百屋、沢渡青果店が存在するとアピールしよう。 俺たちの言うことが信じてもらえなくても、だったらこの店まで行って確認しろと言えばそれで収まる。 「先輩の店って、何かチラシとかあります?」 「ある」 「お母さんが作った、ご近所さんへ配る用のやつ……」 「それじゃあ俺も手伝うんで、それを何枚か分けてもらって学校に撒きましょう」 「少しでも先輩の店に興味を持ってもらえれば、きっと家まで招待するのも簡単だと思いますし」 「学校で……チラシを撒く……?」 「ええ、駄目ですか?」 「迷惑だったら俺も無理にとは言いませんけど」 「ううん」 「良い案だと……思う……」 「すごい、天才」 「おお! 先輩からお褒めの言葉が……!!」 「………」 このまま先輩をいつものように家まで送っていく。 チラシに関しては俺からも軽く説明し、先輩の両親も学校に迷惑をかけないようにするならとOKしてくれたのだった。 「先輩、チラシ完成しましたか?」 「もうちょっと……」 次の日の昼休み、俺の教室で真剣に一枚の紙と向き合う先輩。 どうせチラシを配るなら、わかりやすい店までの地図と簡単なイラストを載せたいと言って来た俺の彼女。 「あ、あの。沢渡先輩。それ何を描いているんですか?」 「す、スイカ……」 「え!? これスイカだったの!?」 「………」 「これ……! スイカ……!!」 「あ、あはは……私怒ってる先輩初めてみたかも……」 元々学校で店の話をしたかったのか、放課後に配るチラシにも気合いが入っている先輩。 これを本人が描いたと言えば、きっと先輩の同級生も無下には出来まい。 「わあ、キャベツ1個98円……!?」 「先輩のお店、それで採算取れるんですか?」 「うん、今日からするセール、すごく気合い入れるって言ってたから……」 「長ねぎ一本85円……ジャガイモ一袋120円……」 「あ、グレープフルーツも安い。私今日買いに行っちゃおうかな〜」 「………」 「ま、毎度あり……」 「もおおお!! 先輩ってば何でそんなに可愛いの!? あいつと別れて家に嫁に来ない!?」 おいやめろ。人の彼女を強奪するな。 「先輩、ちょっとそれ私にも見せてもらえますか?」 「うん、どうぞ」 「………」 「長ねぎ85円北海道産たまねぎ1パック100円白菜98円長野県産えのきだけ200g120円……」 「うわ安っ!!」 「大根一本58円から!? せ、先輩……! 私行きます、これ買いに行きます!」 「ま、毎度あり……」 「先輩、俺にも見せて下さい……!!」 「俺も俺もー!」 「ま、待てお前ら。後で大量にコピーするからそのときまで待ってくれ」 「ねね、先輩の店ってそんなに安いの?」 「僕キャベツなんて一個50円くらいだと思ってたよ」 桃、お前は一度親に任せっきりじゃなくて、自分でもスーパーへ行ってみた方が良いぞ。 大体キャベツが50円って、どんな価格破壊だよ。 「親戚が、みんな農家をやっているから……」 「無農薬野菜も、たくさん置いてある……」 「へえ、そうなんですか」 「うん」 「ニンジンとネギは、隣町の農家から直接持って来てもらうから」 「すごく……新鮮なの……」 「に、ニンジン……!?」 「ふふ、先輩先輩。ひまひまってニンジン食べられないんですよ?」 「そうなの……?」 「え、えっと……はい……」 「しかも味も匂いも形も存在も大嫌いらしくて、ニンジンを見るとめちゃくちゃ震え出すレベルで……!」 「ちょ、ちょっと智美、恥ずかしいから先輩には言わないでよ……!」 「好き……嫌い……」 「好き嫌いは……! 駄目……!」 「え?」 突然先輩が席から立ち上がる。 「ニンジンのβーカロテンは体内でビタミンAに変換され、体の抵抗力を高める他細胞を悪性化させる活性酸素も制御する……!」 「それらのニンジンの持つ抗酸化力は、風邪やインフルエンザ、ガンの予防にもつながり肌のシミやソバカスにも有効なの!!」 「あ、あの……」 「さらに造血作用があるから貧血や冷え性も直って、粘膜や皮膚も健やかな状態に保ち、目にも潤いを与えてくれる……!」 「とにかくニンジンは食べなきゃ駄目、どうしても駄目なら同じく抗酸化作用のあるリコピンを豊富に含んだトマトなどを……!」 「は、はい……!! わかりました、わかりましたから先輩落ち着いてくださいぃぃ……!!」 さすがガチの八百屋の娘。 先輩のこの迫力には、さすがの陽茉莉も頭が上がらない。 「ニンジンは苦手な人も多い」 「でも、野菜は料理の仕方で味も風味も食感も変わる……」 「だから、最後まで諦めないでニンジンを食べて……?」 「わ、わかりました……最初はキャロットゼリーから頑張ります……」 陽茉莉の頭を撫で、彼女のニンジン嫌いをサポートする姿勢を見せる先輩。 もし先輩と結婚することになったら、当然我が家の食卓には野菜達がたくさん並ぶことになるんだろうか。 「へえ、ニンジンって肌に良いんだ。私も頻繁に食べるようにしようかな〜」 「先輩、家族にピーマンが死ぬほど嫌いなやつがいるんですが、美味しい調理方法とか知ってます?」 「えっと……ピーマンは……」 「へー、柊って料理もするんだ」 「う、うるさいな!! 当たり前だろ!?」 (なぜそこでキレる!?) 「ピーマンは、煮ると苦みが減るからそれを意識するのと、野菜スープに入れる場合は……」 教室の中心で、自分の知っている野菜レシピをちょっぴり得意げに話し始める先輩。 これが本来の、先輩の自然な姿なんだろう。 こうして自分の好きな話を、自分の学年で積極的に出来るようにしてあげたい。 俺は先輩がチラシを書き終わるのを待ちながら、それを撒く放課後が今からすごく楽しみだった。 「先輩、とりあえず200枚ほど刷ってきました。これで足りますよね?」 「うん、たぶん……」 放課後になり、ジャスティスに協力してもらってチラシは用意できた。 別にクーポン券の配布バイトじゃないんだし、これでもかなり多いくらいか。 とりあえず100枚ずつに分けて校門前で配ることにする。 「学校側にはちゃんと許可もらってますから」 「もし誰かに何か言われても、ちゃんと先生も知っていますって答えて下さい」 「ありがとう」 刷ってきたチラシを胸元でギュッと抱える先輩。 俺もすぐに外履きに履き替え、校門の前へと移動する。 「沢渡青果店でーす!! 本日から3日間、夏の大売り出し開催中でーす!」 「ネギに白菜にトマトから! フルーツも大変お買い得なセールになっていますので、この機会に是非沢渡青果店を……!!」 「あ、あの……」 「よ、よろ……しく……」 大声を張り上げる俺の隣で恥ずかしそうにチラシを配る先輩。 みんな物珍しそうに、校門を通るときに何となくチラシを手に取っていく。 「結構みんなもらってくれますね」 (これだったら倍くらい刷ってきた方が良かったかな……?) 本気で集客を望むなら、丁度この時間に駅前で配ると良い。 でも今回重要なのは、先輩の店がちゃんと存在するというアピール。 なるべく3年生には手にとってもらえるよう、俺もこれまでのバイトの経験を活かしガンガン配っていく。 「お、やってるやってる」 「どうだ? 調子の方は」 「調子も何も、今始めたばかりです」 「こ、こんにちは……」 「俺にも一枚もらえるか? 嫁が帰りにきゅうりとタマネギ買ってこいってうるさいからよ」 「ど、どうぞ……」 先輩の描いたサッカーボールみたいなスイカが一際目を引くこのチラシ。 店までの地図も書いてあるので、初めて足を運ぶ人にも安心の設計だ。 「おお、こうして見ると本当に安いな」 「もちろんこのチラシには書いてない野菜も色々置いてあるんだろ?」 「はい、あります」 「うちは、品揃えが豊富……だから……」 「スーパーに置いていないような野菜も……色々ある……」 「へえ」 先輩、ジャスティスなんて放置でいいから、自分の同級生にアピールしましょうよアピール!! 「最近は、このわさび菜が……人気」 「ちぎってサラダに入れるだけでもボリュームが出るし……少し辛みもあるから……ドレッシングもいらない」 「へー、わさび菜か。それ初めて聞くな」 「ちなみに店は何時まで開いてるんだ?」 「えっと、うちは8時まで……」 「ちょっと先生、俺たち仕事中なんですから邪魔しないでくださいよ」 「ああん!? お前誰のおかげでここでチラシ配れると思ってんだ!」 俺の担任を恐怖し、明らかに近寄ってくる生徒の数が減ってくる。 おいおいこれじゃあこっちはチラシ撒いてる意味がないんですけど……! 「よし、俺も手伝ってやる。半分貸せ」 「いや、自分でやるんで結構です」 「ケッ、可愛くないやつぅー」 そのままいじけて職員室へ帰って行く担任。 ありゃ、ちょっと冷たくしすぎたか……? (それにしても……) やっぱり俺なんかより、みんな人気のある先輩からチラシを受け取っていく。 俺も残ったチラシを少しずつ先輩に渡し、開始から30分もした頃にはチラシもほとんど無くなってきた。 「あと30枚くらいですね」 「うん、もうちょっと」 「え……? 沢渡さん……?」 「ほ、ホントだ、こんなところで何をしているんですか……?」 「何かの……チラシ……?」 「………」 「チラシ……配り……」 「………」 やっと先輩の同級生だかクラスメイトの女子たちがやってくる。 彼女たちからすれば、俺が先輩を雑用にかり出しているように見えたらしい。 明らかに、すぐ隣にいる俺へその敵意を向け始める。 「ちょっとあなたね。もういい加減にしないさいよ」 「そうよ、こんな立ちっぱなしでチラシ配りなんて。沢渡さんが可哀想だと思わないの……!?」 「あ、あの……!」 「わ、わたし……」 どうも彼女たちを前にすると、先輩も少し萎縮してしまう。 まあ無理もないか、何を言ってもこの人たちこっちの話には聞く耳持ってくれないみたいだし。 「あのね、本当に沢渡さんはあなたが近寄って良い人じゃないの」 「わかるでしょ? どこまで説明しないと駄目なの? あなたもう少し空気を読んだ方が良いと思うんだけど」 「空気って言われてもね。俺と先輩ラブラブだし」 「ねえ?」 「うん」 「さ、沢渡さん……あなたまで……」 先輩は口下手かもしれないが、いつも俺にはその好意を態度で示してくれている。 付き合う前も何回かあったし、告白の時だってそうだ。 今もさり気なく俺の横にピタッとくっついてくるし、俺と先輩の仲だけは素直に認めてくれても良いと思うんだけど。 「沢渡さん、この人から変なことされたりしてない? 大丈夫……?」 「ねえ、あなたも沢渡さんがどんな人かはわかってるでしょ?」 「彼女の優しさを利用して、これ以上惨めなマネさせないであげてくれない!?」 「惨めなマネって何ですか?」 「先輩が俺とお弁当を食べることが惨めなんですか? 休日に俺と出かけたらそれだけで先輩は惨めに見えるって言うんですか?」 「な、何よ……」 俺自身は何を言われても全然平気だ。 ただ自分の彼女を一方的に惨めだとか言われると、さすがに少し腹が立ってくる。 「何がどう惨めに見えるのかはわかりませんけど、少なくとも先輩は、いつも俺と一緒にいたいって言ってくれてます」 「二人でいることの何がそんなに悪いんですか?」 「ハッキリ言っておきますけど、俺と先輩が付き合っているのは事実ですから。それだけはちゃんと理解して下さい」 「だから、それが間違ってるんだって……!」 「………」 ここで俺が喧嘩を売ってもしょうがない。 俺がこのタイミングで変なことして、先輩と引き離されたりするのも馬鹿らしいし。 「ねえ沢渡さん。本当に彼のこと……」 「そ、その……好きなの?」 「うん。好き……」 すぐにそう答えてくれる先輩。 あれ、やばい。 今の一言だけでも、俺にとってはかなりの自信になる。 「ねえ沢渡さん……本当に彼のどこがそんなに好きになっちゃったの……?」 「実はよくある勘違いだったとか、そういう可能性は全くのゼロなんですか?」 「………」 「い、一緒に……一緒にいたいから……」 「こうして、いつも側にいる……だけ……」 「沢渡さんなら、もっと彼よりもふさわしい相手がいますよ! 絶対にいますよ……!」 「うんいる。絶対にいるって沢渡さん……!」 「それに私、彼の噂色々聞いてるんだよね〜」 「春先に彼女が欲しい欲しいって、あなたずっと騒いでたらしいじゃない」 「え、そうなの?」 「それってつまり、彼女になってくれる相手なら誰だって良くて」 「それでたまたま話す機会のあった、純粋で素直な沢渡さんを……」 「ち……違う……」 「一緒にいたいのは、わ、私……」 「え……?」 「さ、沢渡さん……?」 「あ、あの……わ、私……と……」 「いっぱい……いっぱいお話ししてくれて……」 「さ、最初は……お財布……拾って……」 「そ、それ……から……!」 言いたいことが整理出来ていないのか、先輩がいつにも増して必死に自分の気持ちを口にする。 すべてを理解してもらえなくても良い。 でも俺と先輩が、本当に好き合っているというこの事実だけは、先輩もどうにかみんなにわかってもらいたいらしい。 「お、お家にも……来てもらって……」 「お弁当も……用意したら……」 「喜んで……くれて……」 「お昼休みは、一緒に学食へ行って……」 「こ、恋人……同士……」 「デートも、海へ行って……大通りのときは……お買い物も……して……」 「悪く……言っちゃ駄目……」 「どこにも……行って欲しくない……」 「悪く言っちゃ……絶対に駄目……なの」 少し気持ちが高ぶってしまったのか、俺の腕をいつも以上にギュッと掴んでくる先輩。 緊張で少し手は震え、それでも自分の気持ちを精一杯口にする。 俺は何を言われたって良い。全然平気だ。 でも先輩がもし他人から悪く言われるようなことがあれば、きっと俺は黙ってなどいられない。 今の先輩は、まさにそんな俺と同じ気持ちのようだった。 かすかな手の震えから伝わってくる、そんな好きな人を悪く言われたくないという気持ち。 本当は自分が普通の子だって、それをみんなに伝えるのが今日の目的だったのに。 今は自分のことなど二の次で、一生懸命俺のことを庇おうとしてくれている。 「………」 先輩、やっぱり俺。 そんな先輩のことが大好きです。 つまらない誤解や決めつけなんかとは、もうここで決別しましょう。 「あ、あの……さ、沢渡さん……」 「ご、ごめんなさい。別に私たちそんなこと言いに来たわけじゃ……」 「これ、受け取って下さい」 「先輩の家でやっている、八百屋のセールのチラシです」 「さ、沢渡青果店……?」 「え? さ、沢渡って……」 「先輩は、駅の向こうにある八百屋の、一人娘です」 「あまり自分から喋らない、そんな謙虚なお嬢様でもなくて……結構冗談を言ったり、からかうとちゃんと怒ったりもします」 「先輩は、普通なんです」 「あなたたちが考えているような、本当に特別な女の子なんかじゃありません」 「最近は海老天にハマって、人並みに恋をして彼氏とデートして……」 「そんな、どこにでもいる、あなたたちと同じ普通の女子なんです」 「ね? そうですよね? 先輩」 「うん……」 「普通……」 「………」 「………」 「今から少し時間をもらえませんか?」 「せっかくだから証拠を見せます。着いてきて下さい」 「はい! らっしゃいらっしゃーい!! 今日は特別セール実施中だよー!!」 「大根もキャベツもみんな安いよー!! うちも必死だからね! 今日は特別大サービスじゃああああ!!」 「すみませーん、グレープフルーツ2つください。あとバナナもー」 「へい毎度!!」 「すみませーん!! ニンジン10本ください!! この子が買います!!」 「い、一本で良いよ!! いきなりハードル上げないで……!」 「へい! こっちも毎度ありー!!」 セールの告知があったせいか、今日は今までに見たこともない混雑ぶりの沢渡青果店。 望月や陽茉莉も買いに来てるし、みんなおつかいも兼ねて足を運んでいる。 「すみません! タマネギと白菜ください!! あと長ネギも2本……!」 「はい、どうもありがとうございます。あなたも城彩の生徒さん?」 「あ、えっと……はい……」 「お、お父さん……!」 「おお岬!! やっと帰ってきたか!!」 「母ちゃんの方大変だからすぐに手伝ってやってくれ!」 「うん」 「………」 「………」 「ここが先輩の家です」 「ほら、俺の言ったこと本当だったでしょ?」 「な、なんで……」 「すごい……ホントに沢渡さんって八百屋の子だったんだ」 でも、だからといってこの人たちが先輩と距離を置くことはないだろう。 俺を睨んで、何かにつけて色々言っていたのはどれも先輩を想ってのこと。 俺も今は先輩が何よりも大事だから痛いほどそれが分かる。 でも俺たちのそんな気持ちなんてどうでも良くて、先輩自身はきっとただ普通の学校生活を送りたかっただけ。 本人はきっと自覚してないと思うけど、本当に今回の問題はただそれだけのことなんだと思う。 「俺、別に遊びで先輩と付き合っているわけじゃないんで」 「そろそろ俺たちのこと、ちゃんと普通のカップルだって認めてもらえませんか?」 「え、えっと……」 「うん、ごめんなさい。私たちなんだか馬鹿みたい……」 「ちゃんと沢渡さんの話を聞けば、誰も嫌な思いしないですんだのにね」 「何か私、今までよりももっと沢渡さんと仲良くなれる気がする」 「それ、たぶん先輩も喜びますよ」 「あの人は、おともだちって聞くと目をキラキラさせるので」 「はあ……はあ……!」 「こ、これ……大根とトマト」 「お母さんが、家に持っていってって」 「え? 良いんですか?」 「うん、今日は大繁盛って。お父さんもお母さんも喜んでる」 「よし、それじゃあ今日は俺も手伝いますよ。飛び入りのバイト参加は俺の得意技なんで」 「あの、俺も手伝います! 何すれば良いですか?」 「おお!! か、彼氏さんどうもすみません……! それじゃあ岬と一緒に配達の注文受けてもらえませんか?」 「はいこれ、メモ帳です」 「了解です」 「い、いらっしゃい。いらっしゃいませ〜!」 横に並んで、俺も先輩の仕事を見よう見まねする。 一度にたくさん買うお客には、後で家まで配達するサービスもやっているとのこと。 こうして賑やかな店先で先輩と一緒に汗を流せるのはすごく嬉しい。 「先輩、なんか嬉しいですね。こんなにお客さんが来て」 「うん……嬉しい……」 「それに、恭介くんも一緒にいてくれて……」 「それに、あなたも一緒にいてくれて……」 両親の目の前で満面の笑みをこぼす岬先輩。 俺は先輩が大好きだ。 そして先輩も俺と一緒にいたいと言ってくれる。 生まれて初めて、そして最初で最後になる俺の彼女は。 こんなに素敵で、ごく普通のどこにでもいるような女の子だった。 先輩との交際が始まって、あれから数年の月日が流れた。 先輩は城彩を卒業後、そのまま大学へ進学し栄養学の道へと進んだ。 野菜中心に自己流のレシピを次々と生み出し、俺がそれをネットに掲載したら一躍有名に。 俺は城彩を卒業後、特に進学はせずに沢渡家に八百屋の弟子入りをした。 流通に関する豊富な知識や、農家との繋がりをここ数年でたっぷり勉強し…… そして…… 「らっしゃいらっしゃーい!! 今日はメバルとサンマが安いよー!!」 「すみません、サンマ一匹下さ〜い」 ご覧の通り、俺と先輩は先月からこうして魚屋をオープンした。 おまけに店の場所は沢渡青果店の隣。 「いや〜、思ったよりお客さん来るなあ。これは初日からバッチリって感じ?」 「これからは、魚の時代」 現在婚約中の俺と先輩……いや岬は、途中まで自分たちの八百屋を持つことを夢に見ていた。 しかし沢渡家に弟子入りした際、俺は岬の両親の真似ごとをするだけでは絶対に自分のためにはならない…… そう思い岬と相談し、俺たちは新たな道へとこうして一歩を踏み出した。 八百屋と魚屋じゃ知識も流通も全然違う。 それでも二人一緒に新しい世界に挑戦することは、更に俺たちの絆を深めてくれた。 「あの、金目鯛を美味しく食べられるレシピ、教えてもらえます?」 「金目鯛は、煮付けにするのが一般的だけど、当店のオススメはしゃぶしゃぶです」 「え? しゃぶしゃぶ?」 「金目鯛のアラから出汁をとり、そこにエノキ茸や白菜も一緒に入れて煮立たせます」 「そこに薄切りにした金目鯛をしゃぶしゃぶにして、つけだれは醤油とポン酢にするのが美味しいです」 「ありがとうございます。早速今晩やってみますね」 地域密着型の俺たちの店。 ネット上でも可愛い料理研究家として岬の人気は今でも上がっている。 自分の彼女が有名なのは、もう出会った頃から慣れてしまっているのでむしろこうでなくちゃ俺も少々落ち着かない。 「さすが岬。今日もご近所さん達から大人気だなあ」 「そ、そうでも……ない」 「でも今度、料理本も出版するし、そろそろテレビ局からオファーが来たりするんじゃないの?」 「………」 「それは、恥ずかしいから断る……」 「ええ!? そうなの!? それってちょっと勿体なくない!?」 「いいの」 「今はずっと、このお店のことだけ……考えていたいから……」 「あ、後は……」 「あなたの……ことも……」 「うっ……ううっ……!!」 「岬ぃぃぃぃ!!」 「ふふっ、もう本当におしどり夫婦なんだから」 「はは、結婚はまだしてませんけどね」 「うん」 「でも、そろそろ……したい……」 全国各地の漁港から、ネットを使って直接店の近所に売り込むシステムを考えた俺。 なんとかそれも軌道に乗りそうで、残すところあとは俺たちの結婚だけ。 「俺たちの結婚式、どうする?」 「なんだったら、俺たちの店同様に地域密着型の披露宴でも……!」 「結婚式、お友達いっぱい呼びたい」 「学校のお友達も、近所の人も……」 「いっぱい、いっぱい……」 「はは、わかってますよ。そのために、まずはガッツリ稼いでお金貯めないとね」 これからも俺と岬は二人三脚で上手くやっていける。 仕事もプライベートも一心同体。 それでも不思議と、俺たちの間に喧嘩らしい喧嘩は今のところ一度も起こっていない。 「岬、次の野望は何にする? 店も開店したんだし、そろそろ次の目標もバッチリ決めよう」 「次の野望は……」 「お嫁さん……」 「はは、だから結婚はちゃんとするから大丈夫だって」 「立派な、奥さんになるの……」 「ずっとずっと……」 「あなたから好きって、言われたい……から……」 「………」 「岬」 「愛してるよ?」 「うん」 「私も、愛してる」 「ずっと……ずっと愛してる……」 「…………っ」 とさっと軽い音を立てて、先輩がベッドの上で仰向けになった。 「先輩、綺麗だ……」 「や……ぁ、そんな……ジッと見ないで……」 「す、すみません。でも、俺……」 先輩を見ているだけで、どうしようもないほどに股間が猛ってしまう。 だって、これから先輩と結ばれるんだぜ? このツヤツヤの黒髪も、ほんのり桜色になった肌も、可愛らしい唇も、全部俺のものに……。 「キス……しますね」 「あ……」 返事は待たない。 俺は先輩に覆い被さるようにしながら、唇を求めるために顔を近づけていく。 「う……ぅぅ……」 先輩は、恥ずかしげにギュッと目をつむっていた。 全身を強ばらせて小さく体を震わせる。 「っと……先輩、やっぱり嫌とか……」 「あ……ち、違う……よ。ただ、恥ずかしくて……ドキドキして……」 「嬉しいんだけど……私……」 小さく首を横に振る先輩。 怯えてるわけじゃなく、緊張してるだけみたいだ。 「えっと……嫌なら嫌だって言ってくださいね? 急には止まれないかもしれませんけど……」 今にも先輩に襲いかかりたいけど、どうせなら心も一緒に繋がりたい。 だから、出来るだけ先輩には優しくしてあげたいもんな。 「う、うん……頑張る……」 「俺も、頑張りますね」 俺は先輩に顔を寄せ、ちゅっと唇に軽くキスをする。 そのまま、改めて服の上から胸へと手を触れてみた。 「んっ……あ、んぅ……っ」 触れた瞬間、先輩は驚いたように体を震わせていた。 さっきまで閉じられていたまぶたが持ち上がり、恥ずかしげに揺れる瞳で俺を見つめてくる。 「はぁ、はぁ、先輩……」 「ふぁ、あ……や……ぁん、ん、ぁぁ……」 優しく撫でるように、何度もおっぱいをまさぐる。 あまり大きくないけど極上の触り心地だ。 「や……ぁ、そんな、おっぱい……ばっかり……ん、ふぁ、あ……」 「先輩の体、どこを触ってもめちゃくちゃ柔らかい……」 「んぅぅっ……! ふぁ、あ……太股、まで……っ」 太股を撫でられた感触に、先輩はますますきつく足を閉じてしまった。 だけど呼吸が少し荒くなって、顔の赤みも増してきた気がする。 先輩も興奮してるんだろうか? 「先輩、今度は服を脱がしても良いですか……?」 「……っ」 軽く息を呑むのが伝わってきた。 それでも、先輩は小さく頷き返してくれる。 「う、うん、いいよ……。恥ずかしいけど……かまわない、から……」 頷いただけで、先輩は耳まで真っ赤になっていた。 そんなに恥ずかしいんだろうか? だけど、それでも良いと言ってくれる先輩の気持ちがめちゃくちゃ嬉しい。 「じゃあ、脱がしますね」 「……っ、ぁ……ぅ……」 恥ずかしげにうめく先輩の体に手をかけ、ゆっくりと着ている物をはだけさせていく。 「や……だ、だめぇ……見ない、で……恥ずかしい……」 「すごい……先輩、めちゃくちゃ綺麗で、俺……」 「ぅ……ぁ、やぁ……だめ、だめぇぇ……」 先輩はこれ以上無いくらい顔を真っ赤にしていた。 でも、ダメと言いつつも体を隠そうとはしていない。 「先輩、好きです……」 「あ……」 「好きです、大好きです、先輩……」 「や……ぁん、そんな……耳元で、んっ……ふぁ、あ、あ……」 耳元で囁くと、くすぐったそうに身をよじる。 そんな仕草もめちゃくちゃ可愛い。 「ど、どぉ……かな……? 変じゃない……?」 「全然変じゃないです。完璧だ……」 張りのある肌。大きすぎず、形の良いおっぱい。この細い腰のくびれ……。 何から何まで、完璧すぎる。 でもどうせなら、先輩をもっと余すことなく見たい。 「先輩、足も開いて貰えますか?」 「ぇ……? で、でも、それは……」 「お願いします、先輩」 そう言いながら、俺は先輩の足に手をかけていた。 少し強引に足を左右へと開いていく。 「あ……や……ッ、み、見ないで……恥ずかしい……からぁ……っ」 「う……わ……」 足を開かせた途端、俺は思わず生唾を飲み込んでしまった。 先輩のパンツが、丸見えになっている……。 「あぅぅ……わ、私、男の人に、見られて……」 「その……えっと、もしかして、嫌ですか……?」 「……っ、ちが、う……。恥ずかしくて、死んじゃいそう……で……」 ぷるぷると可愛らしく首を横に振る先輩。 「さ、さっきのも……嫌だったんじゃなくて……は、恥ずかしい、から……」 「さっきの……って、あっ」 俺が先輩としたいと言ったらどうするか、聞いた時だ。 胸元を隠すようにしながら身を引いたのは、恥ずかしかったから……? 「先輩、可愛いです」 俺は可愛らしい先輩に、ちゅっちゅっとキスの雨を降らしていく。 「ひゃっ、あ……んぅぅぅっ……! ん、んぅ……ふぁ、あ……」 「はぁ、はぁ、先輩……」 「ん、んぅ……んぅぅ……! ふぁ、あ……キス……好き……」 「俺も、先輩とするキスは大好きです……」 少しでも緊張が解れるように、さらに俺はキスを重ねていた。 そうしながらも、俺の指先は先輩のブラジャーを探り当てる。 「これ、外しますね」 「……っ」 小さく頷く気配が伝わってくる。 少しでも外しやすいようにと、胸を反らすように背を浮かしてくれた。 俺は手探りで先輩のブラジャーを外していく。 「う……ぅ、ぁ、や……ぁ……」 「うわ……やばい、これ……」 ブラを外した瞬間、ぷるんっとおっぱいがこぼれ落ちた。 まさに美乳。 仰向けになっても型崩れせず、ツンッと上を向いている乳首が美しい。 「ぅ、あ……恥ずかしい……よぅ……。そんなジッと見ないでぇ……」 「す、すみません。でも……」 だめだ、どうしてもおっぱいから目を離すことが出来ない。 むしろ俺は誘われるようにして先輩の胸元へ顔を近づける。 「な、何……するの……?」 「あ、いや……ここにもキスをしようかなって思って……」 簡単にそう告げ、ピンク色の乳首にチュッと口を付ける。 「んぅぅぅ……っ!? ふぁっ、んっ、や……ぁん、な、なに……これぇ……っ」 「あんっ、んっ、おっぱいが……ふぁ、ぁあぁぁぁ……っ」 乳首を舐められ、先輩から戸惑ったような甘い声が漏れ出した。 ぴくんっと体を震わせ、身体をよじるように悶える。 「先輩のここ、すごく美味しいです……」 「んっ、あん……んっ、そんな、味なんてしない……よ……ひゃっ、ふぁ、あ、あ」 「だ、だめぇ……それ、何か変……だからぁ……っ。んっ、あ、あ、あっ」 乳首を舐められて感じているんだろうか? 先輩の反応が可愛らしすぎる。 「はぁ、はぁ、先輩……」 俺は唾液をたっぷりと塗りつけながら、舌先で乳首を転がし始めた。 「んっ、ふぁ、あ、んっ、んぅぅぅ……! ひゃ、あ、あ……っ」 少し、口に含んだ乳首の感触が変わってきたみたいだ。 コリコリと硬くなった乳首が、俺の舌の上で転がっていく。 「はぅぅぅ……ゃ、あんっ、んぅ……あ、あ、あ、そんな……わ、私……っ」 「変になっちゃう……ふぁ、あ、やぁん、ムズムズして……んっ、あ、あ、あっ!」 先輩の声が色っぽくて、聞いているだけでめちゃくちゃ興奮してしまう。 敏感に反応されると、ますます乳首を舐める舌使いにも熱が籠もってきた。 「はぁ、んぅぅ……ふぁ、あ、ひゃ……んっ、あん、だめぇぇ……っ」 「んっ、んっ、んっ……ふぁ、あ、ぁ……んぅぅっ……!」 先輩はひくんっと腰を震わし、切なげに内股を擦り合わせた。 つられるように視線をそちらに移すと、パンツにシミが……。 「あ……先輩、もしかして濡れてる……?」 「はぅぅ……わ、わかんない……よぉ……。こんなの、初めてだから……」 「心臓、どきどきして……お腹の奥が熱くなって……ぅぅぅ……」 そう言ってる合間も、どんどんパンツのシミは広がっていた。 「先輩、このままだとパンツが濡れて穿いていられなくなりますよね」 「ふぇ……?」 「脱がしますよ……」 「あ……ま、待って──んぅぅぅぅっ……!」 止める声も聞かず、俺は強引に先輩のパンツをずり下げた。 「う、ぁ、あ、あ、あ……や、やぁ……だめ、恥ずかしい……からぁ……見ないで……っ」 ツーッと、愛液の糸が垂れた。 先輩の股間はびしょ濡れになっていて、すごいことになってしまっている。 「な、なんだ、これ……すげぇ……」 ここまで濡れているなんて思わなかった。 俺は息を呑んで、マジマジと先輩の股間を見つめてしまう。 「や、ぁ、あ、ぅぅ……」 余程恥ずかしいんだろう、先輩は今にも泣き出しそうな表情で顔を真っ赤にしている。 「す、すみません、先輩。でも、すごく綺麗ですよ……」 「見てるだけで、俺……っ」 もう我慢が出来なかった。 俺は自分でも驚くくらいに興奮しながら、先輩の匂いが充満するその股間へと顔を埋める。 「んっ、ふぁ、あっ、んぅぅぅぅぅぅっ……!!!」 綺麗な割れ目にそって、わざと弾力が伝わるようにぬるぬると舌で愛撫していく。 唾液と唇も一緒に押しつけ、下から上へと何度も先輩がよがるように攻め立てる。 初めての女性器の味。 先輩の愛液は弾力があり、舐めれば舐めるほど奥からその濃い液がゆっくりと溢れてくる。 「は、ぁ、んぅっ、ひゃ、あっ、やぁ……だ、だめ、そんな、とこ……舐めちゃ……っ」 「んっ、ふぁ、あっ、んぅぅぅっ……! ふぁ、あ、やぁ……ん、なにこれぇ……だめ、だめぇぇ……っ」 先輩は恥ずかしげに、何度もいやいやと首を振る。 必死に足を閉じようとするも、先輩の股間はいやらしくこちらの愛撫を受け入れていた。 次第に溢れ出る愛液の量もどんどんと増えてくる。 「あんっ、んっ、ふ、あ、あ、ひゃぅっ……んっ、あ、あ、あ……っ」 「お腹、熱くて……んぅっ、ふぁ、あ、私、私……ふぁ、ああぁぁぁ……!」 また先輩の腰が震える。 無意識にだろうか、俺へと股間を押しつけてきた。 これは、ヤバイ……。 「はぁ、はぁ、はぁ……先輩、俺、そろそろ……」 興奮しすぎてペニスがこれ以上無いくらいに勃起していた。 ズボンを強く押し上げていてかなり苦しい。 「はぁ、はぁ……うん、いいよ……。恥ずかしいけど……私も……」 「私も、あなたと一つになりたい……から……」 「先輩……っ」 先輩にそんなこと言われたら、もう一瞬だって我慢できないっ。 俺はいそいそとズボンを脱ごうとベルトを外し始める。 「ま、待って……一つだけ、あの……お願いが、あるの……」 「な、なんですか?」 「恥ずかしいから……ぎゅって、して……? あなたに抱きしめられながらがいい……」 「わかりました。先輩……」 「んっ……ちゅ、んぅぅ……」 軽く唇を触れ合わせるだけのキスをする。 少しもどかしく思ながら、俺は服を脱ぎ始めた。 「良いですか、先輩?」 「ん……来て、私なら、大丈夫だから……」 「いっぱい、いっぱい、あなたを感じさせて……」 「先輩……っ!!」 「んっ、ふぁ、あ、あ、んぁあぁぁぁあぁぁっ……!!」 ペニスが軽い抵抗を突き抜け、ぎゅぅと締め付けてくる膣内へと突き刺さっていく。 「あ……痛……んっ、ふぁ、あ……これ、おっき……ぃ……お腹、奥まで……ふぁ、あ……っ」 「はぁっ、はぁっ、先輩……っ」 俺にしがみつく先輩の力がどんどん強くなって来た。 自然と体が密着し、ペニスも根本まで先輩の中へと埋まってしまう。 「んっ、んぅぅ……んぐぅぅぅぅぅ……っ!!」 「ふぁ、あ……はぁっ、はぁっ、全部、入っ……た……?」 「は、はい、全部……くぁ……っ」 驚くほど先輩の中は狭かった。 めちゃくちゃ熱くて、ヌルヌルしてて、すぐにイってしまいそうなほど気持ち良い。 「そう……なんだ、あうぅっ、痛いけど……嬉しい……な……」 「あ、あっ、奥にぐりって……ぶつかってるの、感じる……。何か変……これ……お腹、ムズムズして……」 痛そうに涙目になりながら先輩は微笑んだ。 この位置からじゃあまりよく見えないけど、シーツに赤いシミが出来ている。 「先輩、血が……」 「あぐっ……はぁ、はぁ、でも……んぅぅぅぅっ……!!」 また痛そうにうめいた。 その度に膣内がぎゅぅっと収縮し、さらに痛そうに眉を顰める。 「はぁ、はぁ……先輩、あまり無理はしないでください」 俺は先輩を抱きしめながら、勝手に動きそうになる腰をグッと押しとどめた。 「んぅっ……ふぁ、あ……どうしたの……? 動いて、いい……よ?」 「男の子は辛いんだよね……? んっ、はぁ、はぁ、それとも、私、何か……変……?」 少し不安そうに表情を曇らせる先輩。 心なしか俺にしがみついてくる力が強くなる。 「変な所なんてありませんよ! って、俺も比べられるような経験があるわけじゃないですけど……」 「じゃあ、あんっ、んぅ……どう、して?」 「先輩が痛いのを我慢してるみたいなので……」 どうせなら、俺だけじゃなくて先輩にも気持ち良くなって欲しい。 でも、ジッとしていてもかなり気持ち良かった。 狭くて温かな膣内でヒダが絡みついてくるので、このままでもイってしまいそうだ。 「はぁ、はぁ……んっ、そんなこと考えてたの……? あん、んっ……はぁ、はぁ……」 「いい……よ? 私は、大丈夫だから……」 「我慢しないで、あうっ、んっ……はぁ、はぁ、好きにして……?」 俺の内心を悟ったのか、先輩は小さく首を横に振った。 不安を和らげるように優しく微笑みかけてくる。 「でも……」 「私ね、すごく嬉しい……。好きな人と結ばれて……んっ、はぁ、はぁ……」 「だから、もっともっと、気持ちよくなって……?」 「先輩……」 やばい、耳元でそんなことを囁かれると、それだけで我慢できなくなってしまいそうだ。 それを示すかのように、俺のモノは先輩の中でますます硬くなってしまう。 「あぅっ……ふぁ、あ……中で、まだ……硬く、なってる……んっ、はぁ、はぁ」 「私は、こうしてギュッとしてるだけで、気持ちいいから……。ね? 大好き……」 ちゅっと、ほっぺたに軽く唇を押しつけられた。 頬ずりをするように強く、強く、俺へと体を押しつけてくる。 「先輩……っ、すみません、動きます……!!」 先輩が可愛すぎてやばいっ。 堪らずに、俺は自分から腰を揺すり動かしていた。 「んぅっ、ふぁっ、あっ、んぐっ、んっ、んっ、んぁぁぁっ……!」 先輩の太股からお尻の辺りを掴み、体全体を使うようにして腰を突き上げる。 ぐちゅっと湿った音が繋がった部分から漏れ出した。 ペニスに掻き出されて血混じりの愛液がシーツに垂れていく。 「はぁっ、はぁっ、先輩……っ」 「あんっ、んっ、ふぁ、あっ、んぅっ……! んっ、ふぁ、あっ、んっ、んぐぅぅっ、あ、あ、あっ」 「ふぁ、あっ、あぅぅっ、すご……ぃ、中で……んぅっ、ふあ、あぐっ、んぁあぁぁっ……!」 先輩から痛そうな、苦しげな声が漏れ出した。 でも一度動き出した所為か、俺は止まれそうになかった。 ギチギチと締め付けられ、ぬるぬるの先輩の中を勢いよく掻き回していく。 「んっ、あっ、あう……ど、どぉ……? 気持ちいい……? ひぁ、あっ、んうぅぅっ!」 「気持ち良いです、先輩……」 動く度に強烈な快感が這い上がってきた。 このギュウギュウなきつさも、ヒダヒダの絡みついて来る感触も、何もかもがすごく良い。 「ふぁ、あっ、んっ、あっ、ひゃっ、やんっ、んっ、あ、あ、あっ」 「んぁ、あぁっ、な、中で……んぅぅっ、ぐりぐりって、擦れ……ひぁっ、あぐっ……あ、あっ、んぁぁぁぁっ……!」 「はぁっ、はぁっ、熱いよぉ……っ、お腹、んぅっ、ひぁっ、あうっ……や、あぁぁっ、んぅぅぅぅ!!」 先輩が苦しげに強くしがみついてくる。 汗ばんでる所為か、触れ合う肌がヌルヌルと擦れていく。 「先輩、大丈夫ですか……?」 「だ、だいじょ……ぶ、だから……んぅぅっ、ふぁ、あうっ、う、あ、あ、あっ、そのまま続け……て……っ」 「ふぁ、あっ、んぅっ、んぐ……んぁっ、あんっ、んっ、あっ、はうぅぅっ……はぁっ、はぁっ、んぅぅ……っ」 「くっ……先輩、そんなにくっつかれると……うぁぁっ」 先輩のおっぱいが強く俺の胸に押しつけられる。 腰を動かす度にコリコリになった乳首が擦れていく。 「んっ、ふ、あ、あっ、んぅぅぅぅっ……! はぁっ、あ、あっ、や……ぁ、ああ、あ……っ」 「ま、まずい、もう……俺……っ」 熱いものが一気に込み上げ、射精感が膨らんでくる。 「はぁっ、はぁっ、先輩、もう少しだけ、激しくします……っ」 俺も先輩を強く抱きしめ返すと、ズンッと腰を突き上げた。 「んっ、んぁあぁぁぁっ……! あうっ、あんっ、やっ、あ、あっ、まだ、強く……ふぁ、あ、あっ……!」 「やぁんっ、んっ、はぁっ、あっ、激し……ふぁ、あ、あ、あ、あっ、んぅぅぅぅぅっ!!」 ぐりぐりと亀頭を子宮口に押しつける。 膣内を強く擦ると、先輩は全身を大きく震わせた。 「や、あっ、そんな、にっ、ふぁっ、んっ、あ、あ、あっ、いぐぅぅっ、んっ、あっ、うあぁ、あ、あっ!」 「くぅぅっ……はぁっ、先輩……先輩……っ」 「う、うんっ、いい……よ、そのまま来て……っ、ふぁ、あっ、だいじょうぶ、だから……っ」 かなり痛いだろうに、先輩は必死に痛みを堪えている。 だけど膣内はしきりにペニスに絡みつき、ぎゅうぎゅうと締め付けてきた。 「先輩っ、も、もう……イきそう……っ!」 「う、ん、んっ、ふぁ、あぐ……イッて……んっ、んぅっ、んっ、んぅぅぅぅぅっ!」 余裕のなさそうな表情で、先輩はただ俺へとしがみつき続ける。 その手が、まるで愛おしい物に触れるかのように俺の背中を撫でた。 「……っ!? や、やばい……出る……っ!!」 ぞくりとした感覚に、俺は一気に限界を迎えてしまう。 「んっ、ん……ふぁ、あっ、んぁあぁあぁああぁぁぁぁぁぁっ!!」 あっと思ったときには、俺は先輩の中で思いっきり射精してしまっていた。 「はぁっ、はぁっ、くっ……はぁっ、はぁっ……」 「ふぁ、あ、あ、あ……中で……びくんって、して……んっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「熱いの、出て……る……んぅぅっ、あ、あ……いっぱい……やぁん、なに、これぇ……」 「はぁっ、はぁっ、お腹の中、熱くて……んっ、ふぁ、あ、あ、あ……」 先輩は俺にしがみついたまま、全身をピクピクと震わせていた。 膣内が収縮し、精液をしぼり出すかのようにペニスを締め付けられる。 「はぁ、はぁ……んっ、終わった……の……? んぅっ……! はぁ、はぁ……」 目尻に涙をため、グッタリとした表情で囁きかけてきた。 かなり無理をしたのか辛そうだ。 「はい、終わりました……。その、中に出してしまいましたけど……」 「ん……いい、よ……。気持ちよくなってくれたんだよね……?」 「嬉しい……んっ、はぁ、はぁ……大好き……」 呼吸を荒げながら、甘えるように頬ずりしてくる先輩。 「すごく気持ち良かったです。俺も大好きですよ、先輩……」 俺は先輩をいたわるように、その唇へと口付けるのだった。 「くっ……先輩っ!!」 「んぅっ、ふぁ、あっ、ふぁあああぁぁぁっ……!!」 絶頂する瞬間、俺はとっさに腰を引いていた。 ペニスは引き抜かれるなり、激しく脈動しながら精液をほとばしらせ始める。 「はぁっ、はぁっ、あぐ……くっ、う、あ、あ……っ」 「う、あ、あ……ひゃ、ぁ……熱いの……出て、る……んっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「や……ぁん、これ……んぅぅっ、いっぱい……出て……はぁっ、ふぁ、ぁ、ぁ……」 精液が、先輩の下腹部にべったりと付着していた。 その感触がくすぐったいのか小刻みに体を震わせていく。 「はぁっ、はぁっ、んぅ……これ、が……精液……なの……?」 「あんっ、んぅ……はぁ、はぁ、気持ちよく、なってくれたんだ……」 目尻に涙をため、グッタリした様子で俺にもたれかかってきた。 呼吸が荒くなってかなり辛そうだ。 「はぁ、はぁ……大丈夫ですか、先輩……?」 「ん……痛かったけど、幸せ……」 そう言いながら、甘えるように頬ずりをしてくる。 やばいくらい可愛い。 「先輩、好きです……」 「私も……大好き……」 俺は脱力してる先輩を抱きしめ、そっと唇を寄せていく。 「うぉっ……!?」 「……!?」 「だ、大丈夫です、感触にちょっと驚いてしまっただけで……」 先輩のさらさらな髪がペニスにまとわりついてくる。 その感触に、つい声が出てしまった。 「そう……なんだ……」 心なしかホッとしたように呟く先輩。 「……ふしぎ」 恐る恐るといった感じでペニスに手を添え、ゆっくり撫で回してくる。 「う、ぁ……せ、先輩、それは……っ」 「……?」 「めちゃくちゃ気持ち良いです。もっとそのまま……」 「……(こく)」 「くっ……う、ぁ……」 別に強い快感があるわけじゃない。 だけど先輩に触られるだけで、これ以上無いくらい股間に血がめぐってしまう。 「せ、先輩、口でもお願いします……」 「……してみる」 頷くと、先輩はゆっくりと俺の股間に顔を埋めてきた。 「ん……ちゅ、ん、んぅ……ちゅ、ん……」 ぴとっと濡れた舌が押し当てられた。 何度か亀頭にキスをし、ちろちろと先っぽを舐めていく。 「んくぅっ……!」 思わず、ペニスをビクンッと反応させてしまった。 「ひゃ……すご……い……」 驚いたように一瞬目を見張り、また先輩は舌でペニスを撫で回す。 「ちゅっ……ん、んぅ……はぁ、はぁ、んぅぅ……」 ぴちゃっ、ぴちゃっといやらしい音が教室に響いた。 これ、めちゃくちゃ気持ち良い……。 「ちゅ、んっ……ちゅ、んっ……はぁ、はぁ、ど……お……?」 「もちろん、最高です……」 「ん、嬉しい……」 俺が気持ちよくなっているのが嬉しいのか、先輩はにっこりと微笑みかけてきた。 「……する、ね……」 集中するかのように目を瞑り、さらにペニスへと舌を這わせてくる。 「ちゅ、ぴちゃ……んっ、ん……んっ……ちゅ、んぅぅ……」 「くっ……ぅぁ……っ」 「はぁ、はぁ、ぴちゃ、ちゅ、んぅ……れる、んぅぅ……」 たどたどしい舌使いに背筋が勝手に震えてしまう。 唾液まみれになったペニスが敏感になり、ちょっとした感触でもかなり気持ち良い。 「ちゅ……んっ、んっ、なんか……出て……」 「はぁ、はぁ、それ、気持ち良いと出てくる奴です」 ペニスの先端からは、先走り汁がにじみ出ていた。 先輩は、それを舐め取るように舌を動かす。 「ん……ちゅ……んぅぅ……」 「うぁぁっ……! ちょ、先輩……っ」 「ん、はぅ……ん、んぅ……ぬる……ぬる……んぅぅ……」 舌が亀頭の上を滑りまくって、それだけで腰が痺れてしまう。 やばい、これ……良すぎだろ……。 「はぁ、はぁ……ん、んぅ……はぁ……」 「……(ちょんちょん)」 「くっ……せ、先輩、何ですか……?」 亀頭を突かれ思わず息を呑んでいた。 そんな俺に、先輩は小首をかしげる。 「して……いい……?」 何を……とは聞かない。 「はい……お願いします、先輩……」 「ん……ふぁ、あむ、んぅぅ……」 可愛らしい口を精一杯開けるとペニスの先端にあてがってきた。 そのまま、ゆっくりと飲み込んで行く。 「う、ぉぉ……」 「ん、んっ、んむぅ……ん、あむ、ん、んぅぅ……」 あまり大きく開けられないからか、唇でぎゅぅと強く締め付けられた。 ちろちろと舌が動き、稚拙ながらもペニスに絡みついて来る。 「ちゅ……んぅ……んっ、んぅぅ……ちゅ、んむ……んっ、んぅ」 「はぁ、はぁ、先輩……」 まだまだ動きはぎこちない。 でも一生懸命咥えてくれるのがめちゃくちゃ嬉しい。 「んっ、ふ……んぅぅ、ふぁ、んむ……ん、ん、ぅぅ……っ」 「くぅぅ……ダメだ……っ!」 興奮が強すぎて、ペニスがさらに膨らんでしまった。 予想外の大きさに、先輩は苦しそうに軽く涙目になる。 「あむ……んぅ、ぐ……んぐぅ……ふぁ、んぅぅぅ……っ」 「す、すみません、先輩。大丈夫ですか……?」 「ん、んっ、んむぅ……(こくこく)」 咥えたまま、小さく頷く先輩。 かなり辛そうだ。 だけど先輩はペニスを舐めるのを止めない。 「ちゅ、ん……んぐぅ……ふ、ちゅぱ、れるっ、んっ、んむぅ……」 「ん、ん……れるっ、ちゅ……ん、れる、んむ、んぅぅ……っ」 ゆっくりと、たどたどしく顔を前後に動す。 まるで口全体を使ってペニスを優しく愛撫されているようだ。 「ちゅぶ……ん、ふ……んぅっ……はむ、んっ、んぐ……」 「せ、先輩、そんなに無理しなくても……」 気持ち良いけど、苦しそうな先輩を見てると同時に申し訳なさが込み上げてくる。 でも、そんな俺に先輩はペニスから口を離して小さく首を横に振った。 「する……。がん……ばる……」 改めて、精一杯口を開ける先輩。 ゆっくりとペニスを根本まで咥え込んでいく。 「んっ、んっ、じゅる、んむぅ……んっ……んっ……」 「う……ぁ、あ……っ!」 先端がこつんっと喉元にぶつかるくらい、深く咥え込まれてしまった。 口の中の感触に勝手に背筋が震えてくる。 「んっ……ちゅ、じゅる……ん、んぅぅぅ……っ」 「はぁ、はぁ、これ、やばい……っ」 リスのように頬袋を膨らませてる先輩が、めちゃくちゃ色っぽい。 それにこれ、咥えられてるだけでかなり気持ち良い……。 「んぅ……ちゅっ、んむ……んっ……じゅる、ちゅぱ、んぅぅ……っ」 「じゅる、ちゅぱ……んぅ、ん……ろぉ……? ん、ん……んぅぅ……」 「くっ……さ、最高です、先輩……っ」 物問いたげな眼差しに、俺は素直にそう答えていた。 先輩が涙目なのは変わらないけど、さっきよりも激しくしゃぶってくる。 口の中に唾液を溜め、じゅぷじゅぷといやらしい音を響かせていく。 「じゅる、ん、んぶ……ん、んぅ……ふぁ、ん、んぅぅ……」 「はぁっ、はぁっ、先輩、そんなにされると、もう……っ」 「んぅぅ……んむっ、んっ、んっ、んっ、んぅぅぅ……っ」 懸命な先輩の奉仕に、どんどん我慢できなくなってきた。 射精感が膨らみ、今にも爆発してしまいそうだ。 「くっ……も、もう出る……先輩……っ!!」 「ん……ちゅっ、じゅる、ん、んっ、んむ……んっ、んぅぅぅぅっ……!」 俺の言葉に、先輩はさらに深いところまで咥えてきた。 舌が亀頭を撫で回していく。 「だ、ダメだ……う、あぁあぁぁっ!!」 「んっ、ん……ぅ、んむぅぅぅぅぅっ……!?」 とうとう俺は射精してしまっていた。 先輩の喉元に亀頭を押しつけるようにして、何度も精液を撃ち出していく。 「んっ、ふ、んむぅぅっ……。んぐ……じゅる、んっ、んむぅぅぅっ……」 「んっ、んっ、んく……!」 まだ射精が止まらない。 とうとう先輩は受け止めきれなくなり、大量に口元から溢れ出させてしまう。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「んん、んぐぅ……ん、ふ……んぅぅ……っ、ぷはっ」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……んっ、んぅぅぅ……あぅぅ……」 息苦しくなったのか、そっとペニスから口を離した。 口元を精液でベタベタにしながら荒い息をつく。 「どろ……どろ……。んっ、ふぁ、あ……はぁ、はぁ……」 「いっぱい……出た……」 先輩はちょっと満足そうにそう呟くと、軽く微笑みかけてきた。 そうしてる間にも、あごを伝って精液が流れ落ちていく。 「その……すみません。口の中で出しちゃって……」 「……(ぷるぷる)」 平気だと言うかのように軽く首を横に振る先輩。 そして何かに気付いたかのように、頬を赤らめながら俺の股間を見つめてきた。 「おっき……い……?」 「うっ……えっと、その……」 思いっきり射精したにもかかわらず、俺のペニスはまだ大きいままだった。 とっさに俺は腰を引いていた。 「んぅぅっ、ん、ふぁ……っ? あ……ん、んぅ……」 口からペニスが飛び出し、そのまま精液を吐き出す。 「はぁっ、はぁっ、先輩……っ」 「んぅぅぅっ……ふぁ、あ……んぅ……っ」 「はぁ……はぁ……いっぱい……んっ、はぅ……」 先輩の顔に大量の精液が飛び散っていた。 綺麗な黒髪にも付着し、まだら色に染まっていく。 「ん……ぅ、熱……い……」 「くっ……す、すみません先輩、つい……」 思わず先輩にぶっかけてしまった。 しかもこれだけ射精したにもかかわらず、まだペニスに萎える気配が無い。 そんな俺に、先輩は微笑みかけてくる。 「だい……じょうぶ……ん、はぅ……」 切なげに息をつき、口の周りに付いていた精液をちろりと舐める。 「せ、先輩、何も舐めなくたって……」 「……(ぷるぷる)」 「え……?」 「嫌いじゃない……かも……」 こくんっと喉を鳴らし、舐め取った精液を飲み込む。 「せ、先輩……っ」 やばい、そんなところを見せられたら……。 「……っ、すご……い……」 ふと、先輩の視線が俺の股間へと向いた。 勃起したままのペニスを見て、恥ずかしげに頬を染めていく。 「せ、先輩、続き……して貰っても良いですか?」 「……?」 俺の言葉に軽く首をかしげた。 「出した……のに……?」 「その……興奮し過ぎて……」 だって、先輩が俺のを口でしてくれたんだぜ? それだけでもう堪らなさすぎる。 「…………」 「ダメ……ですか?」 「……(ぷるぷる)」 「じゃ、じゃあ!」 「……(こく)」 先輩はめちゃくちゃ恥ずかしそうにしながら、小さく頷いた。 「あ……ぅぅ……」 先輩は綺麗なおっぱいを揺らしながら、もじもじと体をくねらせる。 「先輩、綺麗だ……」 「ぅ、ぁ……だ……めぇ……」 「まだ肌を見られるのは恥ずかしいんですか?」 「……(こくこく)」 さっきはフェラまでしてくれたのに恥ずかしいのは変わらないらしい。 でも、恥じらう先輩を見てると、ますます興奮を覚えてしまう。 「先輩……」 堪らずに俺はおっぱいへと手を伸ばしていた。 「んっ……あ、ひゃ……んぅぅん……」 触れた途端、先輩は切なげに声を漏らす。 「ん、んぅ……ぁ、あ……はぁ、はぁ……」 「先輩のおっぱい柔らかいです……」 「ん……かた……い、よ……?」 「え? あ……そ、それは、先輩がすごくエッチだから……」 俺のペニスは、さっきから先輩の股間にグリグリと押し当てられていた。 先輩はそれを見て、自分から恥ずかしげに腰をくねらせていく。 「ん……はぁ、はぁ……ん、んぅ……」 「くっ……うぁ……」 ストッキング越しとは言え、これは堪らない……。 先輩も同じなのか、羞恥心の中にもわずかに快感の色が見え隠れし始めた。 「んぅぅっ……! ふぁ、あ……あんっ、何か……変……」 グリグリと擦れる度に先輩はぴくんっと体を震わせていく。 次第に動きにも慣れてきたのか、さらに股間を強く押しつけてきた。 「あん……んっ、んぅぅ……はぁ、はぁ……」 「ちょ、せ、先輩、待って……くっ、そんなに動かれたら……」 ストッキングのざらざらとした感触が、敏感な亀頭に強く擦れる。 その感触に、俺は思わず待ったをかけてしまう。 「……?」 少しボーッとした眼差しで、先輩は俺を不思議そうに見つめてきた。 「いや、その……少し、痛いです」 「先輩の感触はめちゃくちゃ良いんですけど……」 気持ち良いからこそ、ストッキングのざらざらを強く感じすぎてしまう。 「ど、どう、しよう……?」 痛いと言われ、戸惑ったように瞳を揺らす先輩。 「えっと……それなら、こうするのはどうでしょう?」 「……?」 「このストッキングを……」 俺はそう言いながら、ストッキングに手をかけて一気に引き裂いた。 「……!?」 驚いたのか、先輩が息を呑むのが伝わってきた。 「こうすれば、直接触れられるので痛くありませんよ」 試しに、軽く腰を動かしてみる。 「んっ……ふぁ、あ……やん……」 「どうですか……? さっきと、違いますよね」 「……(こくこく)」 「俺ももう全然痛くないです」 まだ俺と先輩の間にはパンツ1枚分の隔たりがある。 でもストッキングと違ったさらさらした感触が、かなり気持ち良い。 俺は積極的に、先輩の動きにあわせて腰を動かす。 「んぅ……ぁ、や……ん、んっ、ふぁ、あ……」 「くっ……はぁ、はぁ……」 しっとりとした感触に、ムズムズが強くなって来た。 先輩に擦れるのがめちゃくちゃ気持ち良い……。 「先輩はこれ、気持ち良いですか……?」 「…………」 恥ずかしげに、もじもじと体を揺らす。 「教えてください、どういう風に気持ち良いんですか?」 「ぁ……ぅ……」 「こすれ……て……」 「どこが、ですか?」 「……えっちな……とこ……んっ、ふぁ……」 びくんっと先輩の腰が震えた。 亀頭がちょうどクリトリスに擦れるように、微妙な力加減で股間を押しつけてくる。 「はぁ、はぁ……んっ、ふぁ、あ……」 「熱い……よぅ……ん、ふぁ、あ……」 切なげな息をつきながら、先輩は色っぽく呟いた。 心なしかペニスに伝わってくる感触が変わってきた感じがする。 「先輩、パンツが濡れてきましたよ……教室で感じてるんですか?」 「や……ぁ……。だ……めぇ……」 「ん……ん、ぁ……んんぅ……っ」 快感で先輩の肌が赤らんできた気がする。 小さく肩を震わせながらも、気持ち良さそうに自分から腰を振り始めた。 「あん、んっ……ふぁ、あ……ん、んぅぅ……」 「うわ……っ」 腰を擦り付ける度に、どんどんパンツのシミが広がってきた。 ぐちゅぐちゅ湿った音を響かせ、受け止めきれなくなった愛液が太股を濡らしていく。 「はぁ、はぁ……んっ、あ……ひゃ……んぅぅ……っ」 先輩の口から色っぽい声が漏れ出してきた。 涙目になりながら、物欲しげにジッと俺を見つめてくる。 「もしかして、めちゃくちゃ興奮してます……?」 「……(ぷるぷる)」 「でも、こんなにエッチな所が濡れてますよ……」 「きゃっ……んっ、ふぁ、あ……っ」 ぐりぐりと股間を強く擦ると、思わずと言った感じで声が漏れ出した。 ますます呼吸を荒げながら、切なげな瞳を浮かべる。 「先輩はどうして欲しいですか……?」 正直なところ、ただの素股でもめちゃくちゃ気持ち良かった。 興奮しすぎて、もう我慢できないくらい辛い……。 「し……て……」 「エッチをですか……?」 「……(こく)」 控え目に……。だけど確かに、先輩は俺を求めて頷いた。 それを見た瞬間、俺の中の我慢が崩壊してしまう。 「せ、先輩……っ!!」 パンツの脱がすのももどかしく、布地を横へと強引にずらした。 「あ……」 丸見えになった割れ目にペニスを押しつけ、一気に奥まで貫く。 「あ……ん、んぅぅぅぅぅぅっ……!」 「ふぁ、あ……お……っきい……っ、はぁ、あぅ……」 「くっ……すげぇ……」 驚くほどあっさりと、先輩はペニスを受け入れてくれた。 先端が一番深いところにぶつかるなり、ぎゅうぎゅうと締め付けてくる。 「はぁ、はぁ、先輩の中、めちゃくちゃ温かい……」 挿れているだけで、そのままとろけてしまいそうだ。 収縮を繰り返すたびに、ペニスをしごかれていく。 「ん……ふぁ、あ……んっ……はぁ、はぅ……」 「はぁ、はぁ……い、い……?」 動いても良いかと、小さな声で聞いてくる先輩。 「もちろんです……俺も、ジッとなんてしてられそうに無いし……」 「……(こく)」 「ん……ぁ、ん、んっ……あ、ぁ……」 小さく頷くと、先輩は自分からおずおずと腰をくねらせ始めた。 ぐちゅぐちゅ音を立てながら、狭い膣胴でペニスが擦れていく。 「んぅ……ふぁ、あんっ……あっ、あっ、あっ……」 「や……ぁん、んっ……ふぁ、あ……だ、めぇ……出ちゃ……う……」 「んっ……ふぁ、あ……んっ、んぅぅぅ……っ」 ペニスが良いところに擦れるのか、何度も先輩の体が跳ねた。 そんな自分から声が出るのが恥ずかしくて、先輩は小さく首を横に振る。 「先輩、遠慮せずに声を出してください……」 「で……も……んぅ、教室……ふぁ、あ……」 そう言いながらも、ますます腰使いは激しくなっていた。 「あん……ん、ふぁ、あ……ん、んぅぅ……っ」 「あ、あ……だめぇ……とまん……ない……」 恥ずかしそうにしながらも腰を使う先輩。 めちゃくちゃ、興奮する……。 「先輩、最高です……っ」 「ん、んぅ……ふぁ、あ……ん、や……ぁん……っ」 「はぁ、はぁ……ダメだ、先輩……俺も動きます……っ」 興奮と快感がどんどん昂ぶってくる。 もう、先輩の動きだけじゃ我慢できなかった。 「……?」 先輩は、一瞬何のことだかわからず軽く首をかしげる。 そんな先輩をしっかりと掴み、俺は強く腰を突き上げた。 「ふぁぁぁぁ……っ!! んっ……んっ、あ……やぁ……っ」 「あんっ……ん、ふぁ、あ……あぅぅ……っ」 ひときわ強い刺激に先輩の膣内は大きくわなないた。 おっぱいの頂点で、乳首がツンッと硬くなっていく。 「んぅ……ふぁ、あ……あん、んぅ……や……ぁ、だ……めぇ……」 「はぁ、はぁ……も、もぉ……!」 先輩の体にぎゅぅぅと緊張が駆け抜けた。 ガクガクと全身を震わせ、痛いほどにペニスを締め付けてくる。 「くぅっ……先輩、そんなに締め付けられたら、俺……」 やばい、気持ち良すぎる……。 気持ち良すぎて、腰の動きがどんどん加速してきた。 「先輩、先輩……っ!」 「ふぁ……っ、あ、そんな……に……んっ、んぅぅ……っ!」 「あっ、あ、あっ……は……ぅ、んぅ……や、あ、あ……!」 奥を激しく掻き回すと、それだけで堪らさそうな声を上げる。 「先輩……どこが気持ち良いですか……?」 「……っ、や……ぁ、言え……ない……」 「俺に教えてください、先輩の気持ち良いところ……」 「はぁっ、はぁっ、んっ、んぅぅ……っ」 「お……く……。んっ、あ、赤ちゃん……の……お部屋、が……んぅぅぅっ……!」 恥ずかしげ俯き、快感にぎゅぅぅと全身を縮み込ませた。 「はぅぅ……っ、も……ぉ……んっ、あ、あ……」 「ふぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 全身を震わせながら、快感に大きな声を上げる先輩。 どうやら、先にイってしまったようだ。 痛いほどにペニスが締め付けられ、俺まで一気に快感が込み上げてくる。 「ぐっ……先輩、俺ももう……っ」 まだヒクヒクと震える膣内を、激しく突き上げる。 「ん、んぅぅ……ふぁ、あ……や、そんな……に……」 「はぅぅっ、んっ……あ、あっ……だ……めぇ……あ、あ、あ……っ」 「はぁっ、はぁっ、イク……っ!!」 強く、膣内が収縮し始めた。 ヒダヒダが絡みつく感触に俺も限界を超えてしまう。 「あ、あ、あっ、んぅぅぅ……っ!!」 「くっ……うぁぁっ!」 気が付けば、俺は膣内で思いっきり射精していた。 先輩の胎内へと白濁液を大量に吐き出していく。 「ん……ふぁ、あ、あ、はぁっ、はぁっ、はぁ……」 「や……ん、熱い……の……」 最後の一滴までしぼり出されそうなくらい、何度も締め付けてくる。 それこそ、気持ち良くて腰が砕けてしまいそうだ。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「ん……ふぁ、あ……いっぱい……」 膣内に出される感触に、先輩はグッタリとした表情を浮かべた。 息も絶え絶えになりながら小さく体を震わせる。 「はぁ、はぅ……ん……好き……」 「はぁ、はぁ……俺も気持ち良かったです、先輩……」 「ん……」 先輩は俺に体を寄せると、甘えるように抱きついてくるのだった。 「ふぁ……んっ、あ……あぁぁ……っ!」 「せ、先輩……っ!!」 慌ててペニスを引き抜き、思いっきり射精していた。 下腹部を中心に、先輩のいたるところへと精液が飛び散る。 「や……ぁ、ん、んぅ……はぁ……はぁ……」 「いっぱい……ん、あ、ぅぅ……っ」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 まだ、射精が止まらない。 ほんのり赤らんだ肌に、次々とエロい白のコントラストが描かれていく。 ようやく射精が止まるころには、先輩は精液まみれになっていた。 「はぁ……はぁ……ん、は……ぅ、どろどろ……」 「ん……はぁ、はぁ……ひゃ……や、ぁん……」 精液が、ゆっくりと肌を滑り落ちていく。 その感触がくすぐったいのか、先輩は小刻みに体を震わせた。 「も……だ、めぇ……」 とうとう力尽きたのか、脱力して俺に覆い被さってくる。 「はぁ……はぁ……ん、好き……」 俺にピタリと体をくっつけると、先輩は甘えるように抱きついてくるのだった。 「先輩……っ!」 胸に手を当て、強引に揉みしだく。 「きゃ……んっ、だ……めぇ……」 先輩は驚いたように体をすくめ、弱々しくダメだと首を横に振る。 「でも、こうやって求めて欲しかったんですよね?」 「…………」 「ほら、どうして欲しいかちゃんと言ってください」 耳元に口を寄せ、少し意地悪く囁きかけた。 先輩は目を伏せ、恥ずかしげに口を開く。 「あぅ……。して……欲しい……」 「痛くて、いい……から……」 「わかりました。こう……ですか?」 先輩の言葉を聞き、俺はもう一度強くおっぱいを揉みしだく。 「ひゃっ……ん、んぅぅ……」 ぴくんっと肩を震わせ、艶めかしい声を漏らす先輩。 俺は胸を揉みながら、そっと唇を寄せていく。 「ちゅ……ん、んむ……ふぁ、ちゅ、ん、んぅ……」 舌が触れ合い、唾液がいやらしく音を立てた。 そうしながらも胸をまさぐるのはやめない。 「んぅ……ん、んぅぅ……ちゅ……ん、んぅ……ふぅぅ……っ!」 「ん、んぅっ……ふぁ、あ……ん、ふぁ、あ……」 少し乱暴なのに、先輩は随分と気持ち良さそうだ。 「先輩、こうやってされるのが好きなんですか?」 「……(こく)」 「ん……どきどき……する……」 恥じらいながらも、しっかりと頷く先輩。 「もっ……と……」 「じゃあ次は……」 もう少しだけ指に込める力を強くしてみる。 膨らみを押しつぶすようにして、指が強く食い込んだ。 「ふぁぁ……っ! 、んっ、んぅぅぅっ……」 「はぁ……はぅ、ん、ふぁ……あ、あ……」 先輩は大きく肩を震わせ、色っぽい、どこかポーッとした表情で俺を見つめてくる。 「……っ」 これはヤバイ、先輩がエロ過ぎて俺まで興奮してきた……。 「このままじゃ、せっかくの服にシワが寄っちゃいますよね……」 「……?」 今日のデートにと着てくれた服だし、それはもったいない。 「上着、脱がしますね」 「あ……や、恥ずか……しい……」 可愛らしいブラジャーが露わになり、先輩の頬が赤く染まってきた。 「先輩、可愛いです……」 耳元で囁きかけながら、ブラジャー越しに美乳をゆっくりと揉みしだく。 「ふぁ……あ、んぅぅっ……! や……だ、めぇ……」 「あ……ぅ、ん、や……あ、あっ……」 可愛らしく吐息を漏らしながら、小さく身悶えた。 でも、どこかもどかしげな眼差しを向けてくる。 「……どうかしましたか?」 「だめ……」 「ブラジャーの上からじゃ物足りないんですか?」 「……(こく)」 「もっと……強く……」 心なしか胸を突き出しながら、先輩は小さく頷いた。 そんな仕草を見ていると、俺はますます興奮してしまう。 「まったく……先輩はいやらしいですね」 「ふぁ……ひゃ、ん……んぅぅっ……」 下からすくい上げるように乳房に触れ、強く指を食い込ませる。 むぎゅっと鷲掴みにするような揉み方に先輩は何度も体を震わせていた。 でも、ブラジャーをしたままだとワイヤーが邪魔して思うように揉めない。 「先輩、ブラジャーを外しますよ」 「あ……」 「良いですよね……?」 「……(こく)」 緊張したように、少しだけ体を強ばらせる先輩。 俺はブラジャーに手をかけると、ゆっくりとそれを剥ぎっていく。 「……っ」 おっぱいがこぼれ落ちてきた。 先輩は軽く息を飲み、めちゃくちゃ恥ずかしそうに頬赤らめる。 「うわ……先輩のおっぱい、エロすぎる……」 「あ……やぁ……恥ずか……しい……」 「これが初めてじゃないのに?」 「……(こく)」 頷き、先輩はますます身を縮み込ませてしまった。 真っ赤になった顔が可愛らしい。 それに恥ずかしがっている先輩を見てると、妙に嗜虐心が煽られてしまう。 「先輩は恥ずかしがり屋なんですね」 「でも、俺はもっと先輩の恥ずかしいところを見たいです……」 耳元に息を吹きかけ、再度先輩の胸へと手を伸ばしてた。 「ふぁっ……んっ、んぅ……っ!」 「うわ……先輩のおっぱい、ぷにぷにだ……」 生のおっぱいに、簡単に指が沈み込んでいく。 手のひらで包み込みながら、繰り返しおっぱいを揉む。 「んっ……ん、あ……はぁ、はぅ……」 「だ……めぇ……んっ、ふぁ……あ……っ」 人差し指と中指の間に乳首を挟みこみ、きゅっとつまんでみた。 そのままコリコリと弄りながら軽く引っぱってみる。 「んぅぅぅ……! ふぁ……あん、や……ぁ……」 「はぁ……はぁ……ん、やぁ……ん、ふぁ……ぁ、ぁ……」 甘い声が先輩から漏れ出した。 それを聞いてるだけで、頭の奥まで痺れてくる。 「先輩のおっぱいはすごいな。いくら揉んでも全然飽きない……」 こねても、引っぱっても、突いても良し。 先輩の反応も含めてクセになってしまいそうだ。 「だ……めぇ……んっ、ふぁ……あ、あ……っ」 小さく首を横に振りながら、びくんびくんっと体を震わせる。 切ないのか、さっきからもじもじと太股を擦り合わせていた。 「ね、ねぇ……も……して……?」 「はぅ……むずむず……する……の……」 何かを期待するような眼差しで俺を見つめてくる。 でも、まだダメだ。 もっと先輩のおっぱいを味わいたい。 「先輩……」 「ひゃっ、んっ……」 首筋にキスをすると驚いたように身をすくませた。 そのまま舌を肌に滑らせながら、おっぱいへと顔を近づけていく。 「先輩のおっぱい……ちゅっ、んぅ……」 「きゃ……あ、あ、だめ……それ……っ」 舌先を使い、乳首を転がしてみる。 「んぅぅぅっ……! はぁ、はぁ……ん、やぁ……」 「ん……ふぁ、あ……ん、あ、あっ……んぅぅ……っ」 驚くほど敏感に声を上げる先輩。 羞恥心と快感がないまぜになったような表情で、切なげに肩で息を繰り返す。 「先輩のここ、すごく美味しいですよ……」 乳首をくわえ、軽く吸い付いてみた。 「ん……んぅぅぅ……っ!」 「やめ……て……だめぇ……っ」 乳首がこりこりに硬くなって来た。 おっぱいばかり責められ、先輩は気持ち良さそうに震えていく。 「ふぁ……あ、ん、んぅぅ……っ、はぁ……はぁ……」 「乳首が硬くなってますね……そんなに気持ち良いんですか?」 「……っ」 「おっぱいの、どこが一番良いですか?」 「ん……ふぁ、あ……乳首……いい……」 「で……もぉ……ん、ふぁ、あ……っ!」 乳首を吸うと、どうしようもなさそうな様子で声を上げる。 もっと他のこともして欲しそうな、おねだりするような眼差しが堪らない。 「先輩、どうして欲しいかちゃんと言ってくれないと伝わりませんよ」 「もう止めた方が良いですか? それとも、このままおっぱいを続けますか?」 そう尋ねながらおっぱいを弄り続ける。 唾液をたっぷり塗りつけ、舌で乳首を転がしていく。 「んっ……あ、あぅ……ちが……う、ん、ふぁ、ぁ……」 「も……ぉ……我慢、できなく……て……」 「それで?」 「欲しい……」 先輩は、じっと俺を見つめながらそんなことを言う。 「何を、ですか?」 「おっきい……の……」 「はぅ……ん、だめ……なの、もぅ……」 切なそうに内股を何度も擦り合わせる先輩。 欲情に潤んだ瞳を向けられるだけで、俺まで我慢できなくなりそうだ。 「もう、おっぱいだけじゃ我慢できないんですね」 「……(こくこく)」 「ね……して……?」 「わかりました……ちゃんと言えたご褒美をあげますね」 やばい、卑猥な言葉で興奮してしかたない……。 俺はガチガチになったペニスを、ズボンの中から引っ張り出していく。 「布団の上で四つん這いになってください。たっぷりとかわいがってあげますから」 「あ……」 先輩は嬉しそうに声を上げると、恥ずかしげに自分の服を脱ぎ始めた。 「おっぱいを弄られただけで、こんなに濡らしてたんですか?」 「…………」 パンツ一丁になり、先輩は恥ずかしそうにお尻を突き出してきた。 四つん這いな所為かめちゃくちゃエロく見える。 「もうパンツもびしょ濡れですね」 「……えっち」 照れた様子で、ぷいっと顔を背けてしまった。 でも、そんな先輩も可愛らしい。 「おっぱいを弄られただけで、こんなに濡らしてたんですか?」 わざと羞恥心を煽るように言いながら、パンツの上から割れ目を突っつく。 「んぅっ……! ふぁ……あ……やぁ……っ」 「うわ……」 ちょっと突いただけで、シミがじわっと広がってきた。 どんどん愛液が溢れてくる。 「はぁ……はぅぅ、ん……はぁ、はぁ……」 「熱い……よぉ……」 呼吸を荒げながら、小さく身震いをする先輩。 我慢できないのか、自分から俺の指へと股間を押しつけてきた。 指先が擦れるだけで気持ち良さそうに息を漏らす。 「んぅ……ふぁ、あ……意地悪……しないで……」 さらに強く、指に股間を押しつけてきた。 淫らにおねだりをする先輩に、俺の理性ももう限界だ……。 「じゃあ、パンツを脱がしますよ……」 「……(こく)」 はやる気持ちを抑えながら、びしょ濡れなパンツをゆっくりと脱がしていく。 「んっ……ふぁ、あ……っ」 「うわ……」 脱がした瞬間、俺は息を呑んでそこを見つめてしまった。 大量の愛液が溢れ出し、パンツと股間を糸を引いて繋げている。 「や、ぁ……はぅ……っ」 「先輩のここ、すごいことになってますよ……」 とろとろになっていて、中の感触を想像するだけで背筋が震えてしまう。 やばい、思いっきりここに突き入れたい……。 早く先輩の中を味わいたくて、ペニスがギチギチに怒張してしまう。 「ふぁ、あ……すご……い……」 ペニスを見て、先輩が息を呑んだ。 挿入されるのを想像してるのか、腰をいやらしくくねらせる。 ダメだ、もう我慢できない……! 「先輩……っ」 堪らずに、ペニスを膣口へと押し当てた。 それだけでいやらしい音が聞こえてくる。 「ん……や……ぁ、あぁ……はぁ、はぁ……」 「ひゃ……ん、んぅっ……あぅぅ……」 割れ目にそわせて動かすと、それだけで堪らなさそうに声を上げる。 「挿れますよ……」 そう宣言し、俺はゆっくりと膣内へペニスを押し込んでいく。 「んぅぅっ……ん、ふぁぁあぁぁぁぁ……っ!」 「はぁ、あ……ん、ん、おっ……きい……っ」 奥に先端がぶつかると、先輩は嬉しそうに声を上げた。 ぎゅぅっと強くペニスを締め付けてくる。 「くっ……先輩の中、びしょ濡れだ……」 愛液が大量ですごいぬるぬるになっている。 温かく包み込まれ、すぐにでも精液をしぼり出されてしまいそうだ。 「はぁ、んっ……ん、あ……はぁ、はぁ……」 「……?」 ちらりと俺の方に顔を向け、小さく首をかしげる先輩。 「すごく気持ち良いですよ……。だから、先輩ももっと気持ちよくなってください」 しっかりとお尻の辺りを掴んだ。 「はぁ、はぁ……動きます、先輩……」 最初から少し激し目に、ぐちゅぐちゅと膣内を掻き回しはじめる。 「んぅ……ふぁ、あんっ……あ、あ……んぅぅ……っ!」 「はぁ、はぁ……ひゃ、ん、んぁ……ん、んぅ……んっ、ん……っ」 リズミカルに腰を打ち付ける。 繋がった部分が淫猥な音を響かせると、先輩も堪らなさそうに喘いだ。 膣内を収縮させ、もっとして欲しそうに腰を左右に揺らす。 「くっ……先輩、いきなり激し過ぎですよ……まだ足りないんですか?」 「……(こくこく)」 本当に今日の先輩はめちゃくちゃエッチだ……。 それに、今日はまったく遠慮する気はなかった。 「わかりました、まだまだ行きますよ……っ」 俺は徐々に腰の動きを速くしていく。 「ん……んぅっ、あっ、あ……ん、んぅぅ……っ!」 「はぁ、はぁ……んっ、や……ぁ、んっ、あんっ、あ、あ、あ……っ」 腰を打ち付ける音がどんどん大きくなってくる。 奥を強く突き上げると、それに反応してぎゅっとペニスを締め付けられた。 「ひゃ、あ……んぅぅっ、すご……い……はぁ、んっ、あぅぅ……っ」 「だ……めぇ……ん、んぅぅ……んぅぅぅっ……!」 気持ち良さそうに先輩が身悶える。 だけど、まだまだだ。 「はぁ、はぁ……くぅっ……!!」 歯を食いしばりながら、俺は思いっきり腰を突き出す。 「ん……ふぁ、あぁぁあぁぁっ……!! な……に、んっ、んぅぅぅっ……!」 「あ……あ、んっ、や……んっ、んぅぅっ、はぅっ、んっ、んあ、あぁ……っ」 激しくペニスが子宮口に突き刺さった。 何度も力強く、強引に膣奥を抉っていく。 「んぅ……んっ、あっ……ん、だ……めぇ……っ」 「や、あ……んっ、はぁ、あぅ……んっ、んっ、んぅぅ……!」 先輩は驚いたように身をすくませた。 いきなり、ここまで激しく突かれるとは思ってなかったみたいだ。 でも、まだ足りない。 「もっと行きますよ……っ!」 どうせなら、もっと深いところまで先輩と繋がりたい。 激しく、先輩を貪りたい。 俺は連続して膣奥をノックし、擦って行く。 「あんっ……んっ、あ、あ……やぁ……はぁ、はぅ……んぅっ、あ、あ、あ……っ」 「壊れ……ちゃう……んぅっ、や……ふあ、あ、あ、あ……っ!」 背筋を反らしながら大きく喘いだ。 いつも以上に膣壁がきゅぅぅとすぼまる。 「んぅぅっ……はぁ、ん、んっ……あっ、あっ……んぅぅぅっ……!」 「いい……の、ふぁ、んっ……はぁ、あぅっ……や……ぁ、あ……っ」 「くっ……なんだこれ……っ」 愛液の量がさらに増してきた気がする。 音を立てながらペニスに掻き出され、布団に大きな染みが広がっていく。 「どうですか、先輩……くっ、すごい締め付けてきて……」 「ふぁ、あ……っ! んっ、あぅぅっ、はぁ、んっ、あぅぅ……っ」 「激し……くて……んっ、や、あ……んっ、んぅぅっ、んぁぁぁあぁ……!」 先輩は完全に快感に身を委ねてしまってるようだ。 俺の質問にもまともに答えられず、快感に自分から腰を動かしていく。 「あ……ん、んぅっ……あ、あっ、んぅぅ……!!」 「うぉぉ……っ、これ、すげぇ……」 先輩の中が、まるで吸い付いてくる様にペニスから離れてくれない。 腰をピストンさせる度に、強い快感が込み上げてきた。 「はぁっ、はぁっ、先輩……くっ、奥が良いんですか……?」 さっきから反応の強い奥を、わざとグリグリと擦ってみた。 「んっ、ん……んぅぅぅぅぅっっ……!!」 コリッとした物を擦ると、先輩はビクンッと体を震わせた。 「ああ、先輩はここが好きなんですね……」 「ひゃっ、あっ、ふぁ、あ、んっ、ふぁ、あ、あ、あ……っ!」 切なげに声を上げ、快感に身悶える先輩。 ヒダヒダが絡みつき、動く度に強くペニスがしごかれる。 「はぁ、はぁ……奥を突かれて悦ぶなんて、先輩は本当にいやらしいですね」 「……っ、あ、あぅ……言わない……で……っ」 「や……ぁ、あっ、んぅ……んっ……ん、ふぁ、や……ぁぁ……っ!」 軽い言葉責めでも感じているのか、膣内がきゅんきゅんとわなないた。 こんな先輩もめちゃくちゃ可愛らしい。 もっと意地悪してみたら、どんな反応をするんだろうか? 「先輩、もっと膣内を掻き回して欲しいですか?」 「……っ」 「はぁ、んぅ……いっぱい……ん、あ、あ……して……」 先輩は、甘えるように続きをおねだりしてくる。 俺もここで思いっきり腰を動かしたいけど……。 「でも、腰が疲れてきたので少し休もうかと思うんですが」 「え……?」 俺の囁きに、先輩は一転して寂しそうな表情を浮かべた。 もっとして欲しそうに自分から必死に腰を動かす。 「だ……め……。んっ、はぁ、はぁ……もっ……と……っ」 「はぅ……ん、んぅっ……はぁ、はぁ……して……」 必死におねだりをしてくる先輩。 自分の動きだけでは物足りないのか、ぐいぐい腰を押しつけてくる。 「そんなにもっと動いて欲しいんですか?」 「……っ」 「いっぱい……いい……。激しく……んっ、はぁ、はぁ……」 「……しかたないですね」 正直、俺もそろそろ限界が来そうなくらい気持ち良くなっていた。 このままラストスパートをかけて、思いっきり快感をぶちまけてしまいたい。 「はぁはぁ……先輩っ……!」 歯を食いしばり、思いっきり腰を押しつける。 「んっ、ん……んぅぅぅぅぅぅっ……!! や……ぁ、んっ、あ、あ……っ」 「赤ちゃんの……お部屋……だ……めぇ……っ!」 びくんびくんと背筋を震わせ、先輩が大きく喘いだ。 「まだ、まだ……っ!」 一旦腰を引き、また強く打ち付ける。 何度も繰り返し、先輩の膣内をペニスで掻き回す。 「んっ……あっ、はぁっ、はぅぅ……や、あ……っ」 「だ……めぇ……んぅっ……あん、あ……ん、んぅ……はぁっ、はぁっ……」 息も絶え絶えになりながら、先輩はあられもない声を上げる。 全身に汗をかき、快感に完全に身を委ねたように激しく乱れていく。 「ん……んぅぅ、気持ち……いい……ふぁ、あ……んっ、あ、あ……っ」 「はぁ、んんぁ……や、あぁ……はぅっ……ん、んっ……あ、あ……も、もぉ……っ」 止めどなく愛液があふれてくる。 掻き回せば掻き回すほど、熱く、とろとろになっていく。 「はぁっ、はぁっ、く……俺、そろそろ……」 気持ち良すぎて射精感が込み上げてきた。 亀頭が、一回り大きく膨らんでいく。 「……っ!? あ……ぅ、や……な……に、おっき……い……っ」 「はぁっ、はぁっ、ん……ん、ぅ……だ……めぇ……これ……っ」 「くっ……もう、少し……っ」 「んぅぅっ……ふぁ、あ……んぅぅ……っ!!」 グリグリと子宮口の辺りをペニスでこね回す。 気持ち良いのか、先輩の声色が切羽詰まって来た。 「変……ふぁ、あ……これ……んぅぅっ、や……あ、あ……っ」 「そろそろイキそうですか……?」 「……っ」 「おかし……く……なる……ふあ、ぁ、だ……めぇ……!」 強く、先輩の中に緊張が駆け巡った。 一気に溜まった物を解放するかのように、大きく背を反らしながら声を上げる。 「ふぁ、あ……あ……んぁぁぁ……っ!!」 「うあぁぁぁっ……!!」 先輩が絶頂した瞬間、さざ波のような震えが伝わってきた。 膣内が激しく収縮を繰り返しながらペニスに絡みついて来る。 「はぁっ、はぁっ、先輩……く、あ、あ、あっ……!」 やばい、俺ももうイキそうだ……。 「んくぅ……っ! あ……や、動いちゃ……ん、ん……ぁぁあぁ……っ」 イッたばかりの先輩の膣内を、ラストスパートをかけて掻き回す。 「あぅ……ん、んぅ……あ、あ……あ……っ」 「先輩、イク……っ、出る……っ!」 熱い衝動が込み上げてきた。 快感が出口を求めて暴れ回る。 「んっ……ふぁ、あ……だ……めぇ……んっ、んぅぅっ……!」 「はぁっ、はぁっ、うぁぁぁっ……!」 強く、先輩へ腰を押しつけた。 「ん、んぅぅ……んぁあぁぁ……っ!!」 激しくペニスが脈動を繰り返す。 大量の精液が、先輩の子宮目掛けて吐き出される。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、くっ……う、ぁぁあ……っ」 「ん……はぁ……はぅ、ん……ぁ、あ……っ」 「ふぁ……あ、んぅ……いっぱ……い……ん、んぅ……!」 膣内が絡みつくようにしてペニスを締め付けてきた。 その感触から逃げるように、俺は腰を引いてペニスを抜いてしまう。 「んぅぅっ……! ふぁ……はぁ、はぁ、はぅぅ……」 ペニスと膣口を繋げるように、精液と愛液の混じり合った汁がツーッと糸を引く。 気持ちよすぎた所為で、まだペニスがヒクヒクと震えていた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、く……まだ、収まらない……」 「ん……はぁ……や……ぁ、はぅ……ん、んぅ……はぁ、はぁ……」 先輩は肩で息をしながら、ぶるりと全身を震わせていく。 「あ、ぅ……んぅぅぅっ……ふぁ、あぁぁ……!」 押し出されるようにして、中で出した精液が一斉に溢れ出してきた……。 とろーっとゆっくりと垂れ、先輩のパンツを汚してしまう。 「はぁ、はぁ、はぁ……先輩……」 「……?」 「いっぱい、えっちな穴から垂れてきてますよ……」 「あ……あぅぅ……」 俺の言葉に、恥ずかしげに身をすくめる先輩。 お腹が圧迫されたのか、ますます精液が溢れ出してくる。 「だ……めぇ……。ん、うぅ……出ちゃ……う……」 膣内から垂れてるのが気になるのか、小刻みにお尻を横に振り始めた。 それを見てると、何だかますます興奮が昂ぶってきた気がする……。 「ダメだ……まだ収まらない……」 一度射精したというのにペニスはまだ萎えていなかった。 むしろますます硬さを増し、反り返っていく。 「……?」 「……あ、まだ……おっき……い……」 俺の股間を見て、まだ勃起していることに気が付く。 「また挿れますよ……」 「……っ!?」 俺の言葉に、びくっと体を震わせた。 「……いやあっ」 慌てたように首を横に振るけど、もう遅い。 「先輩……っ!」 有無を言わさず、精液を垂れ流す膣口にペニスを押し込んだ。 「ん……ぅぅぅっ……!! ふぁ……ん、んぅぅ……っ」 「だ……めぇ……。あ、あ……ん、ふぁぁ……!」 続けてされるとは思っていなかったのか、先輩は驚いたように声を上げた。 だけど体は正直に反応し、すぐにペニスを締め付けてくる。 「はぁ……ん、はぅ……んっ、んぅぅ……っ」 精液の所為で、膣内はさっきまでよりもぐちょぐちょになっていた。 俺は精液を掻き出すようにしながら、激しく腰を動かし始める。 限界が来た瞬間、俺は勢いよく腰を引いていた。 「んぅ……あ、あっ……んぁぁぁ……っ!!」 一気に引き抜かれたペニスが、大量の精液を吐き出していく。 「はぁっ、はぁっ、くぅ……っ」 「ん……あ、ぅぅ……っ! ふぁ、ぁ……熱い……の……」 「ん、ん……はぁ……んぅ……はぁ、はぁ……いっぱ……い……」 ヤバイほど気持ち良い……。 自分でも驚くほど大量に出た精液は、余すこと無く先輩へとぶっかけられていた。 ようやく射精が止まった頃には、先輩はすっかりと精液まみれになってしまう。 「ふぁ、あ……ぬるぬる……」 「はぁ……はぁ……ぁ、んぅ……ふぁ……ぁ……」 ゆっくりと、精液が肌を滑り落ちていく。 精液にくすぐられる感触に、先輩は切なげに息をついた。 「はぁ、はぁ……先輩、めちゃくちゃエロい格好をしてますね……」 精液にまみれた先輩を見て俺は生唾を飲み込んだ。 射精したばかりなのに、全然ペニスに萎える気配がない。 「あ……おっき……い……?」 「ダメだ、全然収まらない……」 もっと先輩の中を味わいたい。 そう思うなり、俺はガチガチなままのペニスを先輩の膣口に押し当てていた。 「んぅっ……! あ……だ、だめぇ……ま……だ……」 「挿れます……っ」 言うが早いか、俺は強引にペニスを先輩の中へと押し込んで行く。 「あ……ん、あ……ふぁぁ……! いきな……り……ん、んぅぅ……っ」 「はぁっ、は……ぅぅ、だめ……ぇ……んっ、ん……あ、ぁ……!」 続けてされるとは思ってなかったのか、先輩は驚いたように声を上げていた。 それでもすぐに、ペニスを包み込むように締め付けてくる。 しかも一度イッた所為で、愛液の量も増してぐちょぐちょな状態だ。 「動きますよ、先輩……っ」 しっかり先輩の腰を掴むと、俺は激しく腰を使い始めた。 「ん……んっ、あ……あ……っ、やぁ……あ、んっ……んぅぅ……っ」 「はぁ、あ……ぅ、ん……激し……らめ……ぇ」 膣内を掻き回しながら、これでもかと腰を叩きつける。 先輩はいきなりの行為に泣きそうな顔をしながら喘いでいた。 「はぁ、はぁ……気持ち良いです、先輩……っ」 「んぅっ……あ、あぅ……あん、ん……あ、あ……あ……っ」 「ら……めぇ……ふぁ、あ、あ、あ……や……んっ、はぁ、は……ぅ、ん、んぁ、あ、ぁ……っ!」 気持ち良すぎて腰が全然止まらない。 俺はさらに、貪るように腰を打ち付ける。 「んぅっ、あっ……やんっ、ん……あう、あうぅ……あ、んぅぅっ……!」 「壊れ……る……ふぁ、あ……んっ……あ、あ、あ……らめ……ぇ……っ」 ガクガクと全身が震えはじめた。 愛液もダラダラと溢れ出し、滑りがますます良くなってくる。 「くっ……どうですか、先輩……奥を突かれてどうですか……?」 「あ、あぅっ……気持ち……いい……ふぁ、あっ……はぁ、はぁ、あ……ぐぅ……っ」 「も……もぉ、ん、ふぁ、あ……ん……んぁぁ……っ!」 「くっ……う、あ、あぁっ……」 擦れて溶けてしまいそうなくらい、先輩の中が熱い……。 快感が全身に広がり、頭の中が白く霞んで行く。 「んっ、ふぁ……や……あ、あ、あ……ん、あ、あ、あ、あ……っ!」 ぎゅぅぅぅと、先輩の全身に緊張が走り抜けた。 「らめぇ……っ、らめ……もぉ……っ、ふぁ、あ……あ……っ」 「ふぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 先輩の中で快感が一気に弾けた。 しぼり出すようにして嬌声を上げ、弓なりに背を反らしていく。 「はぁっ、はぁっ、先輩、俺ももう……っ」 膣内が強く収縮し、ペニスに食い付いてきた。 イッたばかりで激しく動いたこともあって、俺ももう限界だ……。 「ひゃ……あ……あっ……んっ、んぅぅ……っ、ふぁ、あ……っ!」 「先輩……先輩……っ」 「んっ、んっ……あっ……はぐ……っ、んっ、はぁっ、あ……うぁ……!」 呼吸もまともに出来ないかのように、苦しそうに口をパクパクと動かす。 膣内が激しく震え、その刺激に一気に熱いものが噴き出した。 「イク……くっ、う、あ、あ、ぁあぁぁぁあぁぁっ!」 「ん……ぅぅっ……! あ、あ……んぁぁぁあぁぁ……っ!!」 力強く何度もペニスが脈動を繰り返す。 「はぁっ、は……ぅ……んっ、あ、あ……ふぁ、あ、あ……」 「はぁっ、はぁっ、くぅ……!!」 二度目の射精とは思えない程、先輩の中へと大量の白濁液を流し込んでいく。 「んぅぅぅ……っ、出、て……あ、あぅぅ……や……ぁ……っ」 「はぁっ、はぁっ、ダメだ……っ」 射精するペニスにヒダヒダが絡みついて来る。 その感触が堪らずに、逃げるように勢いよく腰を引いていた。 「ん……ぅぅぅぅっ……!! ふぁ、はぁ……はぁ……っ」 淫靡な音を立て、ペニスが先輩の中から出て来た。 大量の愛液と精液の混じり合った汁がツーッと糸を引いて垂れる。 さらにその後を追い、中出しした精液が溢れ出した。 「ふぁ……ぁ、ん……いっぱい……はぁ……はぁ……はぁ……」 「んぅぅ……ぅ……ひゃ、あ……垂れ……て……」 二度も続けて膣内に出した所為だろうか、とんでもない量が溢れ出してきた。 精液は、そのまま太股を伝って垂れていってしまう。 「はぁっ、はぁ……ぽかぽか……してる……んっ、はぅぅ……」 先輩は今にも崩れ落ちそうになりながら、快感の余韻に浸るようにそう呟いた。 一回目に射精した分も合わせて、お尻や太股まで精液まみれになってしまっている。 「はぁっ、はぁ……ど……ぉ……? んっ、はぁ、はぁ……」 軽く首をかしげ、先輩がそんなことを聞いてきた。 「めちゃくちゃ、気持ち良かったです……」 「はぁ……ぁ、ん……はぁ、はぁ……嬉し……い……」 俺の言葉に、先輩は柔らかく微笑む。 「ん……ふぁ、あ……また……ん、んぅぅ……っ」 さらに膣内から溢れて来た精液の感触に、くすぐったそうに身体を震わせるのだった。 「くっ……う、あ、あ、あぁっ……!!」 引き抜いたペニスが、激しく脈動しながら精液を撃ち出した。 「んぅ……ふぁ、あ……はぁっ、はぁ……熱いの……ん、んぅ……っ」 「はぁ……いっぱい……。ん……あ……ぅぅ……」 とても二度目とは思えない量だ。 大量に精液を浴びながら、先輩はくすぐったそうに身体を震わせた。 「はぁ……ん……はぁ……。ふぁ、あ、ぁ……」 お尻にべったりと付いた精液が、ゆっくりと太股を伝って流れ落ちる。 ポタポタとシーツに滴ってる分も合わせると、本当にすごい量だ……。 「はぁっ、はぁっ……先輩……」 「ん……ふぁ、あ……っ」 ぶるりと先輩が小刻みに腰を動かした。 まだ膣内に残っていた精液が、ゆっくりと溢れ出してくる。 「あ……ぅ……。こんな……に……ん、はぁ……ん、あぅ……」 「くすぐ……ったい……はぁ、はぁ……」 今にも崩れ落ちそうになりながら、先輩は何度も精液の感触に悶えるのだった。 二度もぶっかっけた所為だろうか、全身が精液まみれになってしまっていた。 我ながらこれはビックリな量だ。 「はぁ、はぁ……ん、はぅ……。んっ……はぁ、はぁ……」 「すごい……量……」 「気持ち良すぎて、出し過ぎました……」 全身を精液に汚れた先輩に、俺は小さく頷く。 「んっ……はぁ、はぁ……。良か……った……」 俺が満足したのが嬉しいのか、先輩は弱々しく微笑むのだった。 「………」 「………」 「手、汗かいてるね……」 「ま、まあな……」 人生初の告白から20分後。 俺たちは自然と歩調を緩め、お互いの手の感触を意識しながらドキドキしている。 今こうして目の前にいる望月は、正真正銘俺の彼女。 (やばい……) 俺はさっきからずっとドキドキしっぱなしで、まだ告白の余韻を引きずっていた。 「………」 「も、もしかして、まだドキドキしてる……?」 「あ、当たり前だろ」 「でも今はドキドキが半分、感動が半分って感じだな」 「まさか人生初の告白が、こんなにすんなり成功するとは思ってなかったから」 「………」 「自信……なかったの?」 「………」 「じ、実は……」 「ちょっとだけあった……」 「そうなんだ。その根拠は……?」 「………」 「な、なんとなくだけどさ」 「なんかこう……断られる気が、あんまりしなかったというか……」 「………」 「うん、断る気なんて、全くなかったよ……?」 「むしろ、いつ告白してくれるんだろうって。待ってたくらい……」 「ま、待ってたのかよ」 「あ、あはは……ごめんね?」 「私こう見えて、自分から告白する勇気なんて全然ないタイプだから……」 「だから……」 「こうして、好きって言ってもらえて……」 「すごく……嬉しかった……」 「………」 「………」 (望月……) (お前、可愛すぎ……) そのまま、出来たばかりの彼女と手を繋いで歩き続ける。 俺が少し強く握ると、望月もおかえしとばかりに手を握ってきた。 いつもは笑ってばかりの俺たちだけど、今日の望月はなんだか本当に可愛い女の子そのものだった。 「………」 「もう……着いちゃったね……」 「ああ、そうだな」 「………」 時刻は夜の10時過ぎ。 正直もっと望月と一緒にいたかったが、さすがにそろそろ帰らないと俺の母ちゃんも心配する。 「そ、それじゃあ……」 「今日は俺、これで帰るから……」 「う、うん……」 「………」 「………」 「手、離すぞ……?」 そう言って、ゆっくりと望月の手を離す俺。 ただすぐにもう一度手を握られ、そのままギュッと掴んで離さない望月。 「ど、どうした?」 「も、もう少し……」 「もう少しだけ一緒にいたい」 「お、おう……」 「め、迷惑……?」 「い、いや、全然そんなことないぞ? むしろ俺の方こそもっと一緒にいたかったし」 「ほ、本当……?」 「ああ。当たり前だろ?」 「俺はお前が好きだからさっき告白したんだ。そりゃあ少しでも長い時間一緒にいたいに決まってる」 「………」 ただ母ちゃんに心配はかけたくないので、どれくらい一緒にいるとしてもメールくらいは一度送っておきたい。 まあでもあと一時間くらいなら、母ちゃんもそこまでうるさく言ってはこないと思うけど。 「それじゃあさ、公園にでも行くか?」 「少し来た道を戻るけど、ここに突っ立っているよりは良いと思うし……」 「………」 「あ、あのさ……」 「うん?」 「さ、最初のわがまま……言っても良い……?」 そう言うと、急に俺よりも緊張し始めた様子の望月。 珍しいな、こいつがここまでガチガチになるなんて。 「はは、早速彼女のわがままか」 「いいぞ? 俺に出来ることならなんでも言ってくれ。俺もその方が嬉しいし」 「う、うん……」 「それじゃあ……あ、あの……」 「良かったら、これから私の家に上がっていかない……?」 「え?」 「お、お茶も出すし、せっかくここまで送ってもらったから……」 「………」 こ、この時間に望月の部屋へ……? こ、これはさすがに紳士の俺でも、めちゃくちゃ色々なことを期待してしまうんですが……!! 「だ、駄目……かな……」 「………」 「い、いや。駄目なんかじゃないよ」 「でも本当に良いのか……?」 「うん、上がっていって……?」 「美味しいハーブティー、お母さんから送ってもらったの」 「そ、その……このまま外でぼーっとするのもあれだし、どうせ話すならゆっくり出来た方が良いでしょ?」 「わ、わかった」 「それじゃあ少しだけお邪魔するよ」 「………」 「うんっ」 そのまま望月と一緒に、マンションのロビーへと足を運ぶ。 以前来たときとは心境が全然違うので、建物の内部もどこか新鮮に見えた気がした。 「お、お邪魔しま〜す!」 「ふふっ、どうぞ? 誰もいないから気軽に座って?」 すぐにキッチンに立ちお湯を沸かし始める望月。 俺はそのままキョロキョロと周囲を見渡しながら、目の前にあるソファにゆっくりと腰をかける。 「………」 (な、なんか、やっぱり落ち着かないな……) 望月の部屋は、相変わらず内装も家具もどこか少し大人びている。 俺の部屋なんかとは違い、空気そのものが違うというか…… 言ってしまうと、どこもやけに大人っぽいイメージがする。 綾部や他の女子も一緒にいたら、こんな雰囲気もすぐにフッ飛ぶとは思うんだけど…… (いやいや、それじゃ意味ないだろ……) さすがに自分のチキンさに呆れてくる。 本当は今こうして二人きりでいられることに、死ぬほど喜んでいるはずなのに。 「お待たせ、少し熱いから気をつけてね?」 「おお、ありがとう」 カップのひとつを受け取ると望月は俺の隣に腰を下ろす。 レモンのようなハーブティーの香りに混じって、望月の髪からもふんわりと良い匂いがした。 「俺、ハーブティーなんて初めてだ」 「そうなの? けっこう綺麗な色してるでしょう? 香りもいいし」 「あとこれ、カフェイン入ってないから寝る前でも気軽に楽しめるの」 「はは、優雅だな。それじゃあいただきます」 「ふふっ、召し上がれ?」 言われるがまま、俺はゆっくりとカップに口をつける。 ……… 「おお……結構美味しいなこれ」 「レモンの香りがするから、ちょっと酸っぱいのかなって思ってたんだけど……」 「ふふ、どう? 美味しいでしょ」 「ああ、美味しい」 「ほのかに甘みもあって、紅茶とも少し違う感じだな」 「良かった、気に入ってもらえて」 なんだかすごく嬉しそうに笑っている望月。 俺は黙ったままもう一度ハーブティーを啜る。 お茶を飲んだら少しは落ち着くか? なんて思ったけど、やっぱりまだ少し緊張はしている。 「今日はありがとうね」 「それから、そ、その……ごめん……」 「ん? なんで謝るんだ?」 「ほら、今日は私のせいで全然まともにデート出来なかったし……」 「ああ、またその話か」 「俺は全然気にしてないから、もうその話はよそうぜ?」 「それにこうして結局会えたんだし、俺も告白が出来たからそれだけで満足だ」 「う、うん……」 やけに今日のことを気にしている様子の望月。 うーん、どうしたんだ。 一応これでも色々とフォローしてきたつもりなんだけどな。 最悪今日は会えなかったとしても、別に俺は怒ったりしなかったと思うし。 「あんまり謝ってばかりいると、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」 「それにデートならこれから先いくらでも出来るんだし、別に深刻に考える必要もないと思うけど」 「うん……そうだね……」 「あはは、駄目だ私。今日から彼女になったのに、彼氏に気を遣わせてばっかり」 「ほら、お前もお茶飲めって。冷めちゃうと美味しくなくなるぞ?」 「う、うん……」 俺にそう言われ、少し慌てたように再度カップに口をつける望月。 横から見る望月の綺麗な唇は、自然と俺の視線を釘付けにしてしまう。 (あ、アホか、何じっと見てるんだ俺は……) 「………」 「………」 ここで自然と会話が途切れてしまう。 望月もテーブルにカップを置き、そのままじっと無言で座っている。 「………」 (――ッ!?) 望月がそっと俺の手を握ってくる。 お、おい待ってくれ。 さすがにこの雰囲気はまずいだろ。 俺たちまだキスだってしてないし、おまけに付き合い始めたのもついさっきだし……! 「黙っちゃって、どうかしたの……?」 「あ、ああ……俺……」 「正直に言うと、今めっちゃ緊張してる」 「あはは、今日はお互い緊張しっぱなしだね。さっきの告白もそうだったけど……」 「望月」 「その……お前わかってるのか……?」 「こんな時間に男を部屋に連れ込んで、普通だったら何が起こってもおかしくない状況だぞこれって」 「………」 「な、何がって……何が……?」 「そ、そりゃお前……」 「そ、その……」 答えづらい質問を平気でしてくる望月。 さすがに俺の言いたいことはわかっているはずだと思うけど、それを敢えて口に出させる意図はなんだ。 「だ、だから……」 「………」 「私なら……平気だよ……?」 「え……?」 「私なら、大丈夫……」 そう言って、俺の手をそっと自分の胸元へ持って行こうとする望月。 お、おいおい!! マジかよ! お前物事には順序ってもんがさすがにあるだろ……! 「いやいやいやいや! ちょっと待て!」 「お前今自分が何言ってるのかわかってるのか……!?」 「あ、当たり前でしょ? 私だって子供じゃないんだしわかってるわよ」 「いいの。自分の初めてをあげたい相手は……もう絶対にあんた以外にはいないから……」 「も、望月……」 そんな目で見ないでくれ。 そこまで言われたら、俺だって本当に我慢できる自信がなくなるぞ。 「い、いいのかよ……」 「だって俺たちまだ、キスだってしてないし……」 「それじゃあ……」 「今からキス……してみる?」 そう言ってスッと俺の腕を引いて顔を近づけてくる望月。 そのまま少し顔を上げて静かに目を閉じる。 「望月……」 「うん……」 「ちゅ……」 「んっ……」 人生で初めて、自分の彼女にキスをする。 軽く望月の唇に触れ、少しキスの余韻に浸る。 「もう……いいの?」 「………」 「キス……」 「まだだ」 「んっ……ちゅ……」 再度目の前の彼女にキスをする。 というかもう我慢できない。 すぐに望月の腰へと手を回し、強引に彼女の体を抱き寄せる。 「へっ……!?」 「んっ……! んんっ……!!」 「ちゅっ……んんっ……ん、んふっ……!」 勢いだけでやってしまったディープキス。 軽く舌先で唇をつつくと、望月がそれを積極的に口内へ迎え入れて吸い付いてくる。 「っ……ちゅぱ……ぅうんっ……はぁっ」 「あっ……んっ、んんっ……ちゅっ……」 お互い積極的に舌を絡め合う。 俺が望月の舌を口内で転がすと、それに合わせるようにビクンと体を震わせる彼女。 「んんっ……ちゅ……」 「望月、ハーブティーの味がする」 「う、うん……」 「ねえ……キスしちゃったよ……? このあとはどうするの……?」 そう言って、潤んだ瞳で俺に聞いてくる望月。 このあとはどうするかなんて、一々口に出さなくても決まっている。 「ごめん望月。俺もう限界だ」 自分の彼女を強引にベッドの上に押し倒す。 「あ……! ま、待って、今日は汗かいちゃってるから、先にシャワーを……」 「んむっ……!」 望月の言葉を遮るように、上から強く被さってキスをする。 「んんっ……ちゅっ……んっ……」 「ん……んんっ……はむっ……はぁっ」 「望月……」 「電気、消すぞ」 「………」 「………」 押し倒した望月の顔をマジマジと見てしまう。 染まる頬、潤んだ瞳。 優しく香る彼女の匂い。 絹みたいに柔らかな髪、柔らかそうな唇、そして女子特有の華奢な肩。 すぐにでも抱きしめて、すぐにでもそのすべてを感じたい。 「いいよ……? 好きにして……?」 「………」 返す言葉すら思いつかない程、思考も緊張も吹き飛んでいた。 服の上からすぐに手でその胸の感触を楽しむ。 「ん……」 一瞬望月の体がビクッと震える。 服の上からでもハッキリとわかるこの感触。 その豊満な彼女の胸を、ゆっくりと円を描くように揉んでいく。 「脱がして……いいか?」 「う、うん……」 「私、好きにしていいって言ったよ……?」 「あ、ああ……」 理奈の着ているワンピースを脱がす。 顕になった白くて綺麗な肌、可愛らしいブラに包まれた望月の胸。 「う、うう……」 さすがに恥ずかしいのか、緊張でガチガチに体が固まってしまう望月。 でもごめん、そんな仕草までもが俺の欲望に完全に火を付けてしまう。 「ぶ、ブラも……取って……?」 「あ、ああ……えーっと……」 取ってみようとするものの、ぶっちゃけ外し方がわからない。 焦れば焦るほど混乱し、でもすぐに望月の胸が見たくてさらに慌てる。 「待って……今外すから……」 「ご、ごめん……」 「………」 望月が自らの手でブラを外してくれる。 (お、おお……!) 「………」 ブラを外した瞬間、それを抑えつけていた物がなくなり望月のたわわな胸が姿を見せる。 ほんのりと上気した肌、白くて綺麗な目の前の双丘。 服の上から見たときより、明らかに大きく感じるその胸に俺は思わず息をのむ。 「………」 「んっ……!」 直接望月の胸を触る。 柔らかいのに程よい反発を感じる張りのある胸。 今まで触ったことのない弾力に、俺は思わず感動してつい夢中になって揉んでしまう。 (すげぇ、これが理奈の胸……) 「んぁっ……ふぅ……んっ……」 次第に理奈が声を漏らし始める。 これって、感じてくれてるんだよな……? 「あっ……んんっ……」 (それならもっと気持ち良くして……) 「ああっ……!!」 望月の胸の突起を口に含む。 一度軽く吸い付き、口の中でコロコロとその突起を転がす。 「んく……んふぅ……んん! んはぁ……!」 室内に響く望月の甘く熱っぽいあえぎ声。 さらに彼女の乳首は膨張し、俺の舌の動きに合わせてヒクヒクと痙攣し始める。 (望月……! 望月……!!) 「んぁ……あっ……っん……ふぅ……」 夢中で望月の胸を愛撫する。 次第に彼女の胸は俺の唾液で濡れ、さらに俺の興奮を無意識に煽っていく。 このまま足を開かせて、もっともっと自分の彼女のすべてを見たい。 俺はさらに興奮しながら望月の顔を見つめ…… 「………」 「………」 「も、望月……?」 「あ、あれ……?」 そうしてやっと、自分の大事な彼女の異常に気がついた。 「だ、大丈夫か? お前……震えてるけど……」 「う、うん……」 「あ、あれ……おかしいな……わ、私……一体どうしちゃったんだろ……」 明らかに体が震えている望月。 これは間違いなく、恐怖や不安といった感じのものだろう。 ここまで一生懸命俺に体を許そうとしてくれた望月だけど、やっぱりまだ心の準備は出来ていないみたいだった。 「だ、大丈夫……本当に大丈夫だから……」 「だ、だから……続けていいよ? 私……全然平気だから……」 「………」 「ごめん望月。今日はもうやめよう?」 「え……?」 すぐに服を着せて、正面から理奈の頬に手をやる俺。 「ごめん、やっぱり怖かっただろ?」 「う、ううん……! そんなことない……! そんなことなかったよ……?」 「でもお前、まだ震えてるぞ?」 「……!?」 手だけじゃない、全身が恐怖で震えている望月。 こいつの気持ちは嬉しいけど、何もこんなに二人して焦る必要なんてないじゃないか。 「俺たち、もう少しゆっくりいこうぜ?」 「何も今すぐエッチしなくちゃいけない理由なんてないんだし」 「俺も無理して怖がるお前を、自分の都合だけで一方的に抱いたりは出来ない」 「………」 「ご、ごめんなさい……本当にごめんね……?」 理奈が強く俺に抱きついてくる。 「お、おい……本当にどうしたんだよ……」 「私……私ね……? 嫌われたくないの……」 「さっきは気にしないって言ってくれたけど……」 「やっぱり今日のデートは、私のせいで迷惑かけちゃったし……」 「おいおい、だから今日のことは全然気にしなくていいって」 「でも、私が連絡するまで、ずっと駅前で待っててくれたんでしょ……?」 「お店が混んでてメール出来なかったのは私の責任だし……」 「そ、それに……」 「はいはいストップストップ」 「何を不安がってるのか知らないけど、俺は別に怒ってもいないし謝れとも言ってないから大丈夫だって」 「それに嫌われたくないってなんだよ。俺はお前が好きだから告白したんだぞ?」 「………」 「何も不安に思うことなんてないって」 「そ、そう……かな……」 「そうだよ」 「まさかお前、俺の気持ちを疑ってる?」 「え!? う、ううん……! それは違う! 絶対に違う……!」 「じゃあどうして……」 「………」 「ごめん、自分でもわからないの……」 「ただ最近、ずっとあんたのこと考えてたら……」 「なんか……夜はここで一人でいるのが、急にすごく寂しくなって……」 そう言って俺の横にちょこんと座り直す望月。 「寂しい……?」 「う、うん……」 「………」 「あ、あのね……笑わないで聞いてくれる……?」 「うん? どうした?」 「あ、あのね……ほ、本当は……」 「こ、今夜は……ずっとそばにいて欲しくて……」 「でも……何か理由がないと……泊まってもらえそうになかったから……」 「だから……」 え……? 「お、お前まさか、そのために俺としようとしたのか……?」 「う、うん……」 そりゃあ怯えるのも当然だ。 一緒にいたいから頑張って俺の気を引いたって? 覚悟も出来ていないのに、無理に体を許そうとしたらそれは誰だってビクビクするに決まってる。 「あはは……!! な、なんだよそれ! 何かそれ聞いたら拍子抜けした」 「わ、笑わないでって言ったのに……」 「ごめんごめん、でもわかったよ」 「俺、今夜はここに泊まっていくから」 「え……?」 すぐにケータイを取り出し、母ちゃんに友達の家へ泊まるとメールをする。 「俺に帰ってほしくないんなら、最初から素直にそう言えって」 「俺たちもう付き合ってるんだぞ?」 「そんな可愛い彼女のわがままだったら、これからも喜んで聞いてやる」 「………」 「め、迷惑じゃ……ない……?」 「全然。全然迷惑じゃない」 「………」 不安そうにしている望月をここでギュッと一度抱きしめてやる。 「これからは甘えたくなったらすぐに言ってこい? 俺に出来ることならなんだってやってやる」 「だから無理して慣れないことすんな」 「怖いくせに無理して体を許すなんて、お前もう少し自分のこと大事にしてやれって」 「………」 「好き……」 「本当に大好き……」 「お、おい……」 今度はいきなり望月が俺を強く抱きしめる。 「私……さっきのが、ファーストキスなの……」 「男の人にこうして抱きつくのも、好きって言うのも全部……全部……」 「これから私の初めては、全部あんたがもらって……? ねえ……お願い……」 「わ、わかった」 「これから先、一生お前のすべてを俺がもらう」 「………」 「え、えへへ……」 「な、なんか今、強制的にプロポーズさせちゃったみたいだね……」 ここでやっといつもの笑顔を見せてくれる望月。 まいったな、俺はどうやら予想以上にこいつに好かれてしまったらしい。 「エッチしなくたって、可愛い彼女のお願いならなんだって聞いてやる」 「ただ……」 「うん? ただ……?」 「もう一回、キスくらいはさせてくれ」 「………」 「うん、いっぱいして……?」 「ん……ちゅ……」 そのまま俺たちは、長い時間キスを続けて眠りに落ちた。 やたら俺から嫌われたくないとかそんな不安ばかり口にしていた望月だけど…… そんな彼女も俺が後ろから抱きしめてやると、本当に安心したようにすぐに眠りに落ちていったのだった。 「んっ……」 重たいまぶたをゆっくりと開く。 見慣れない天井。 見慣れない照明。 (………) (ああ、そうか……) そういえば俺、昨日はあのまま望月の部屋に泊まったんだった。 まだ頭が寝ぼけているのか、どうも意識がぼーっとしている。 「ん……?」 なんか寝起き早々、キッチンからめちゃくちゃ美味そうな匂いが……。 「あ、起きた? おはよう」 「おう、おはよう」 「ちょっと早いけど、朝ごはん出来てるわよ。朝ごはん、食べるでしょう?」 「おお……! 食べる食べる」 「というか、一人で用意させてごめんな?」 「ふふっ、どういたしまして♪」 そう言って、上機嫌でキッチンへ戻っていく望月。 彼氏が自分で言うのもなんだけど、あいつは後ろ姿すらも綺麗に見えるからマジで困る。 「………」 (俺、本当に昨日……あいつとこのベッドで寝たんだよな……) 甘えて良いと言ったら、本当に一晩中俺の腕に抱きついたままだった望月。 学校ではお互い馬鹿だのあり得ないだの散々言い合っていただけに……。 な、なんていうか……その……。 「………」 (あいつ……マジで可愛すぎだろ……) 俺はもう、一晩であいつに骨抜きにされてしまった。 今もキッチンにある小さな鏡で、照れながら自分の前髪を気にしているあいつの姿に悶えている始末。 自分でもビックリだが、交際を始めたという事実一つで人間はこうまで変わるのか……。 「………」 無意識に自分の唇を触る。 (あああああああああああああああッッ!!) (昨日のキスの感触が!! あいつの胸の感触がァァァァ!!) 落ち着け俺、交際翌日からこの調子でどうする!! おまけに昨日はキスどころの騒ぎじゃなかっただろうが、マジで落ち着け。 「ごめんね、トーストと目玉焼きくらいしかなくて。今日の夕方買い出ししておくから」 「ありがとう、いただきます」 夕方に買い出し? まるで俺が今日からここに住むみたいな言い方だな。 (ま、まあ……! こっちは超大歓迎ですけどっ……!!) 動揺を隠すように、早速トーストを一口頬張る。 うん、美味い。 ただトースターで焼いただけなのに、望月が用意してくれたというだけで、味も風味も数百倍に増している気がする。 「どう? 美味しい?」 「ああ、超美味い。こんなトースト生まれ初めて食ったぞ」 さらに、彼女が淹れてくれたコーヒーを一口すする。 うん、こちらもトースト同様、ただのインスタントコーヒーが望月効果で欧州一のバリスタが淹れた高級エスプレッソに進化している。 「気持ちのいい朝だな」 「窓の外には、真っ青な空に白い雲……」 「そして目の前には、彼女の作ったシンプルかつエレガントに進化した朝食が一式……」 「ふふっ、そうね♪」 俺の軽いボケにつっこみを入れることすら忘れ、さっきからずっと俺をニコニコと見つめている望月。 「……♪」 「………」 「………♪♪」 「………」 「え、えっと……」 「なんか、俺の顔に付いてる……?」 「ううん、なにも♪」 「そうか……」 「もし何か顔についてたら正直に言ってくれ」 「朝から特大の鼻クソを顔につけたまま、彼女の目の前でトーストを頬張りたくはないからな」 言ったそばからマジで望月の視線が気になってくる。 な、なんだよ、用があるならパパッと言ってくれ。 「あのさ、ホントに俺……なんか今日顔おかしい……? 寝癖とか跳ねてる?」 「あ、そういうのじゃないよ? ただ見ていたいの」 「幸せだなあ〜♪」 「………」 ああ、そうか…… 「はは、お前、結構単純なところあるよな」 聞かなくても表情で分かる。 どうやら望月は、俺とこうしてただ朝食を食べているのがすごく嬉しいらしい。 それは俺だって同じで…… 「やばいな、俺たち、朝からお互いニヤけまくってるぞ」 こうしてしばらく、俺たちは二人だけの朝食の時間を楽しんだ。 「それじゃあ、またあとでね?」 「ああ、なるべくダッシュして教室行くから」 朝食を済ませた後、俺が制服を持っていない事実に二人で気がついた。 今日は普通に登校日なので、俺は一度制服を取りに家に帰らないといけない。 「はは、なんか望月の家でさ。起きてまた学校で会うって、なんか不思議な感じだよな」 「………」 あ、あれ……? 「お、おい。急にどうしたんだよ」 「……理奈」 「へ?」 「苗字で呼ばれるのやだ」 「私たち付き合ってるんだから名前で呼んでよ」 「な、名前で……?」 そ、そうか。 言われてみると、付き合ってるのにずっと苗字で呼ぶのも確かに他人行儀ではある。 「………」 「わ、わかった。ごめんな気がつかなくて」 「よし、わかった。これからはちゃんと名前で呼ぶようにする!」 「約束だからね?」 「おう、わかった」 「えへへ♪」 そう言って、すぐに嬉しそうな顔をする俺の彼女。 ああああああ!! もうマジで駄目だ!! 朝からこの場で全力で抱きしめたい!! 「と、とりあえず遅刻するとまずいから、とにかく一度家に戻るな」 「それじゃあ……えーっと……」 ……。 「理奈。また後で」 「うん! またあとでね♪」 すぐに背を向け、自分の家を目指す。 「……」 (ちくしょう……) (今日は朝から全戦全敗だ……) ただ名前で呼んだだけで、あんな風に笑ってみせる理奈。 普段はヒョウヒョウとしている、そんな涼しいあいつの表情も嫌いじゃないが…… 今はとにかく、理奈のあの嬉しそうに笑った顔に一々ドキドキしてしまう自分がいた。 朝の教室。 ホームルーム前のこの時間帯はどこのクラスもワイワイガヤガヤ。 自分のクラスも例に漏れず、クラスメイトたちが思い思いにホームルームまでの時間を過ごしていた。 「おはよー」 「今忙しい!!」 「挨拶くらい返せよ」 確かに、何やら忙しそうにノートを写してる元気。 なんだ、ついに勉学の道へと目覚めたのか。 「おい、朝からどうかしたのか?」 「あとでな!!」 「……?」 「ま、別にいいけど」 こういうとき、元気は基本的に絶対ロクなことはしていない。 まあ今日の俺は朝から上機嫌なので敢えて踏み込まないでおく。 「おはよう」 「おお、おはよう桃」 今日もごく自然に桃に挨拶する。 そして…… 「よ、よう」 「おはよう、望月」 「うん、おはよう」 こうして今日も、俺の隣の席に座る理奈に声をかける。 さすがにみんなの前で理奈とは呼べない。 いや、呼んでも別に良いんだけど、やっぱりまだどこかに抵抗が…… (抵抗がじゃねェェェェ!!) (さっき死ぬほど喜んでただろ!! 名前くらい軽く呼んでやれやああああ!!) 相変わらず己のチキンさ加減に絶望する。 ごめん理奈。学校で名前呼びはまだ俺にはハードルが高いみたいだ。 「あ、そうだ、今日の現社の宿題ちゃんとやった?」 「は? 現社の宿題?」 「あれ? 忘れたの? この前授業中に言われてたでしょ?」 現社……この前の授業……? 「ぬおおお!! た、確かにあったな。というか完全に忘れてた!!」 というか俺、ここ数日は告白のことで頭がいっぱいだったし。 「すまん桃。お前の無駄に複写しやすいノートを俺に貸してくれ」 「元気も今僕のノートを写してるところなんだよ」 は? 「元気!! てめェェ!! 道理で今朝は挨拶保留なわけだ! つーかそのノート先に俺に貸せ!!」 「このノートは早いもの勝ちだ! 欲しけりゃタイムワープして俺より先に桃から借りることだな! ふはははははっ!」 「よし、実行してやるからまずタイムワープとやらのやり方を教えろ」 「さあな、知ってたら実践してるわ」 「うぜえ……」 とはいえ、俺にとってはそれほど絶望な状況でもない。 なぜなら、俺にはこの事態を打開できる究極の女神の存在が……!! 「すまん!! 昼飯奢るから現社の宿題を写させてください!!」 そう、我が友人。 いや、既に恋仲の救世主たる女神がここに……!! 「うん、いいよ、現社ね? はい」 そう言って、気持ち良くノートを貸してくれる我が彼女。 「おおおお!!」 「サンキュー望月!! 恩に着るぜ!」 「やっぱダメ」 「ええっ!?」 光の速さで没収される。 「な、なんだよ! というか頼む! いえ、お願いします……!!」 「俺現社はいつも9割くらい聞いてないから、マジで宿題くらいは提出しないとまずいんだって!!」 「約束破る人には貸してあげないよーだ」 「や、約束ってお前……」 「名前の約束」 「望月って言ったからダメ。やりなおし。ありがとうからね」 マジかよ。 こんな教室のど真ん中で、早朝から俺に羞恥プレイだと……!? 試される彼氏。 俺。 「………」 (ま、まあ……別に不可能ってわけじゃないけどさ……) どうしても俺に名前で呼んでもらいたいらしい目の前の彼女。 仕方が無い、別に呼んだら死ぬわけじゃないんだし、さっきと同じく自然な感じで…… 「あ、ありがとう……」 「理奈……」 「はい、よろしい♪」 ちくしょうォォォォ!! 普段ならちょっとイラつくはずなのに、お前そんなに嬉しそうに笑うんじゃねーよ!! (く、苦しい。これが心のハアハアというやつか……!) もう駄目だ。 自分で何を言っているのかさっぱりわからん。 これが可愛い彼女を持った男の宿命か。 一々視線を向けられるだけで、頭がどうにかなりそうだ。 (やばいな、俺朝からどんだけ余裕がないんだ……) とりあえずノートを借りることに成功する。 さあ、次はこいつを急いで写さねば。 「なんだお前、望月に弱みでも握られたのか?」 「今、理奈って聞こえたけど」 「ふふっ、名前で呼ぶって約束したの。慣れるまではこうやって教育しないと。ね?」 「………」 「あ、ああ」 「なんだ、また二人してくだんねーことでも始めたのか」 「仲いいねー、二人とも」 「えへへ、当然よ♪ ね?」 そう言って堂々と俺にウインクしてくる理奈。 おいおいおい、ここまで露骨に態度に出しても交際ってバレないもんなのか……!? 「あ、ああ……」 「ま、当然だな」 再度元気たちの隙を突いてウインクしてくる理奈。 この様子から察するに、なるほど、まだ俺たちの関係をそこまで大っぴらにするつもりはないらしい。 (ま、特にカミングアウトする理由もないしな……) 俺がウインクを返すのも気持ち悪いので、その代わりにササッと短いメールを彼女に送る。 『理奈、お前可愛すぎ』 おお、送信してから気がついた。 教室にいるときは、メールで堂々とあいつに好き放題言えるじゃん。 すぐに理奈から返信が来る。 『ありがとう。あんたに理奈って呼んでもらえるの、私すごく嬉しいみたい』 すぐに理奈の方を振り向く。 ……。 「………」 (お前、マジで初日から少しは手加減しろよ……!) お互い、急に恥ずかしくなって顔を反らしてしまう。 駄目だな、男って余裕がないときはマジでエロより先に可愛いが出てくる。 もういい、今日は開き直ってずっとあいつの隣でニヤニヤしてやる。 「望月さーん、これ見てよ、これ!」 「なになに?」 他の女子に呼ばれて席を立つ理奈。 ふう、これで少しは俺にも余裕が出てくるか。 「元気、ノート写し終わったー?」 「まだだ! もうちょっと! もうちょっと待って!」 「ちゃんと授業始まるまでには返してよ?」 「任せろ! うぉおおおおおお!」 「………」 「俺も、さっさとこのノート写すか」 早速机にノートを広げ、未だに赤青鉛筆をぶち込んである自分のペンケースを取り出す。 ん……? 「こ、これは……?」 理奈から借りたノートに、一枚のピンクのメモ用紙が挟まっていた。 『どうせ宿題やってなかったんでしょ?』 『写させてあげるから、帰りにちゃんと人気のないところで、キス……してね……?』 「………」 「だ、駄目だ……マジで俺、今日フルコンボ食らって死んでる……」 手も足も出ないとはまさにこのこと。 俺は一人、朝から自分の机でプルプル震えながら…… (早くキスしてぇぇぇぇぇぇ!!) 愛しい彼女のノートを、真っ赤になりながら写していた。 「おーい、今日は学食行こうぜー」 昼休みに入るなり元気と桃が俺のところへやってくる。 まあそうだな、今日は急いでたからコンビニに寄る暇もなかったし。 「おう、それじゃあ行くか。今日はざるうどんな気分だ」 でも一瞬、理奈と二人きりでランチを食べたいと思ってしまう。 でも学食で二人きりってのもな、元気とかにジロジロ見られるのも微妙にムカつくし。 「理奈ー、お腹すいたー。早く食堂行こー」 「あ、うん! ちょっと待って」 「………」 (向こうも綾部と食堂か……) さすが初交際真っ盛りの俺、一々こんなことで寂しくなってしまう。 ノートの件で奢る約束したけど、あれはいいのか? 「どうかした? お昼いかないの?」 「ん……?」 「あ、ああ、すまん。さっさと行こうぜ」 「よっしゃあ! 食うぜー! 今の俺は相当食うぜー!」 ま、あいつのことばかり考えても仕方が無い。 今日は一日中意識しっぱなしだからな、少しはクールダウンも必要だ。 「相変わらずめちゃくちゃ混んでるな」 「お昼時だからね、仕方ないよ」 「ま、席も取れたんだしさっさと注文しよーぜ」 元気の言うとおり、何とか席は確保出来た俺たち。 後は食券を買って、さっさと厨房の前の列に並んでしまう。 「俺、チキンカツカレー。大盛りで」 「真夏によく辛いもの食べる気になるね」 「いや桃、こいつは季節関係無くいつもこれ食ってるだろ」 「カツカレーはな、華麗に勝つという験担ぎなんだよ」 「なんか勝負事あったっけ?」 「特にねーけどな!」 「無いのか。せめてオチを用意してから喋れよ」 「なんだと!?」 「つーかチキンカツカレー美味いじゃん! 好きなもん食わせろよ!」 「いや、別に食うなとは言ってないだろ。好きなもん頼めって」 「じゃあ、ボクはワカメそばにしよう」 「お前だって夏に暑いもん頼んでんじゃねーか!!」 「俺カツ丼、大盛りで」 「お前らよくそれで俺のことバカにできたな!!」 俺は暑い夏に鍋を食い、寒い冬にこそバニラアイスをこたつで食う男だ。 俺がもし胃腸の悪い人間だったら、今頃消化器官共々拷問に近い仕打ちを受けているに違いない。 「クーラー効いてるんだから、暑いものだって食べられるよ」 「元気くん。キミは一々細かい事を気にしすぎなのだよ」 「お前ら……泣くぞ? 俺泣くぞ?」 「あはは、ごめんごめん、ちょっとからかいすぎたかな?」 とりあえず元気のフォローは桃に任せて、俺はつい気になって理奈の姿を探してしまう。 アホだな俺。 あいつが中庭で綾部とパンでも食ってたらどうすんだ。 ……って。 (いた……) 景色の良い、それでいて直射日光が直接当たらない席に座っている理奈。 あそこはいつも綾部が陣取っている場所で、他にも数人の女子たちが理奈と楽しそうに食事を楽しんでいた。 「向こうはサンドイッチか……」 付き合っているからといって、四六時中一緒にいる必要も無い。 そんなことはわかっているつもりだったが、それでも少しだけ昼休みも一緒にいたいと思ってしまった。 「はあ、俺キモ過ぎだろ……」 (今からこんな調子じゃ、あいつに飽きられるのも時間の問題だな……) 一体いつから自分はこんなに女々しくなってしまったのか。 向こうはそんな俺とは対照的に、いつものように友達と楽しく食事をしている。 (やめだやめだ!! 俺もバシッと切り替えてメシだメシ!!) 無駄にネガティブになる必要もない。 俺はお茶を買いに行き、すぐにまた桃と元気に合流する。 「いただきまーす」 「いただきます!!」 「おう、いただきます」 腹は減っていたので、早速箸を手に取り目の前のカツ丼を食い始める。 うん、美味い。 この学食で不味いのは基本的にからあげ定食だけなので、他のメニューは割と生徒たちから人気がある。 からあげが一番不味いってのは、個人的にどうしても許せないところだけど。 「そういや、聞いてくれ、友よ」 「ん? どうした? またどうでもいい話か?」 「元気が真剣な顔する時ってだいたいどうでもいい時だよね」 「いや、マジで聞いて欲しいんだって」 「実はさ、この前出会い系でゲットしたメル友がよ、昨日から全っ然! 返事くれなくなったんだ」 「あぁ……」 「本当にどうでもいい話だな……」 桃と気持ちがシンクロする。 元気は年に50回ほど、出会い系とメールに絡んだどうしようもない相談事をもちかけてくる。 「最初は仲良くメールしてたのに、こっちの写メ送ったら一切返事をくれなくなったんだぜ?! ひどくねえか?!」 「まあ、確かにそれについては少し同情するな」 「だろう!? 結局男は顔かよ! もう女なんか滅んじまえ! でも彼女欲しい!!」 「まあまあ、ほかに可愛い子なんていくらでもいるし、次頑張ればいいじゃん。問題ないよ」 「俺分かったんだって! その可愛いってのが問題なんだよ!」 「ん? というと?」 「女って可愛いとすぐにつけあがるんだよ。マジでそれが許せねぇ!!」 「まあ気持ちは分かるけど、みんながみんなそういう感じでもないだろ?」 「そういうもんなんだって! マジで!!」 「まあまあ、そうじゃない子もちゃんといるよ? ねぇ」 「ああ、かなりのレア物だが、実際そういう女子もちゃんといるぞ?」 「案外お前が気づかないだけで、俺たちのすぐそばに普段からいたりしてな」 「どこにだよ! 教えてくれよ! この俺に!!」 根は優しく性格も明るくて、おまけに世話焼きの素敵女子なら約一名心当たりがある。 スポーツ万能なくせして、水泳だけは苦手なそいつ。 「例えばさ、ウチのクラスでいったら皆原さんもそうだし望月さんもそうだし」 「はあ?! 望月?!」 「望月なんてその典型だろ!? あいつなんて男が出来たら絶対自分の手玉にとって遊ぶタイプじゃん!!」 いや、実は全然そんなことなかったぞ元気。 というか下手をすれば真逆かもしれないし。 (あいつ、昨日は嫌われたくないとか言って、かなり必死だったしな……) 元気の話に耳を傾けながら、せっせとカツ丼を食べる俺。 人のことはあまり言えないが、元気は確実に女を見る目が無い。 昨日の理奈の態度を見たら、こいつなら俺以上にビックリして気絶するんじゃないだろうか。 大げさに言うつもりはないが、頬を染めて必死なあいつは本当に『女の子』という単語が似合うほど良い意味で弱々しかった。 「絶対付き合ったりなんかしたら振り回されるぜ? 好き放題遊ばれるに決まってるだろ!!」 (あいつになら、いくら振り回されても俺は良いけどな) 朝食だって現社のノートだって…… あれ? 俺付き合ってなくても普段からあいつに世話になりっぱなしだな…… 「NOOOOOOOO!! これじゃ早速彼氏失格じゃねーかああああァァァァ!!」 俺の奇声はいつものことなので、桃も元気も軽くスルーしてくれる。 おいおいキミたち、少しは彼氏失格という言葉に反応してくれても良くないですかね。 「………」 (はあ……) 桃の横で大人しくカツ丼の残りを食べる。 やっぱり、付き合ったばかりで浮かれてるのは俺だけなのか……? ただのランチでこの様だ、まったくこれじゃああいつの前でも全然格好がつかないな。 「ん……?」 「メール?」 「ああ」 「いやそんなことより俺の話をだな」 「はいはい、聞いててやるからそのまま続けてくれ」 元気を無視して、すぐにメールを確認する。 (あ……) 『放課後は一緒に帰ろうね? 先に黙って帰っちゃやだよ? 愛してる♪』 咄嗟に理奈の方を見てしまう。 (理奈……) 馬鹿だな俺は、俺たち何年の付き合いだと思っているんだ。 お互いの考えていることなんて、当然そのときの顔を見れば一発でわかってしまうというのに。 (は、恥ずかしい……!! これは恥ずかしい……!!) (あいつ絶対、今の俺の気持ちわかっててメールしてる……!!) 嬉しさ半分、恥ずかしさMAX。 これが彼女との学校生活の醍醐味か。 『先に帰るわけないだろ。絶対一緒に帰ろうな。俺も愛してる』 メールを送信した後、周囲にバレないよう軽く理奈に手を振ってみる。 「……♪」 するとあっちは、ケータイの画面をこっちに見せながらVサイン。 あの嬉しそうな表情を見る限り、どうも舞い上がっていたのは俺の方だけじゃないらしい。 なんか、こんな些細な出来事一つ取っても、自分の彼女と二人で気持ちが共有出来るのは素直に嬉しい。 「なぁ〜に、にやけてんだよ! 俺の話聞いてんのか!?」 「ん? ああすまん。なんだっけ?」 「だから、望月だよ、望月! 絶対アイツと付き合う男は幸せになれねえ!!」 「そうか? というか今からそんな不吉なこと言うんじゃねぇ」 「そうでもないと思うんだけどなぁ」 おお、さすが桃。 お前はどこぞのモテない男とは違って見る目があるな。 「いいや、そんなことはない! 断じてない!! わかってないなあ、桃は」 「でもさ、そう言って望月さんが告白してきたら付き合うんでしょ?」 「はあ!? んなわけねーだろ!! 俺はもっと素直に俺だけに甘えてくれるような、そんな純粋なアタリの女の子と付き合いたいんだよ!!」 (可哀相に……段々お前が哀れな男に見えてきたぞ元気……) 普段は元気で明るくて、でも彼氏の前だとドキドキしながら不安そうな顔を見せてくる俺の彼女。 『理奈、超愛してる』 (送信……っと……) 甘え方一つ取っても、絶対に嫌われたくないと言う理奈の本当の姿は…… 「……?」 「!」 「…………♪」 しばらくの間、ずっと俺が独り占め出来る。 そんな、恥ずかしくて他人には絶対言えないような…… 今はそんな気持ちで俺の胸はいっぱいになっていた。 「お……?」 『メール受信1件 理奈』 理奈からメールが届く。 『ああ、特に元気は気づく気配すらないな』 『あいつ今日ボロクソに言ってたぞ? 望月とか一番あり得ねー!! みたいに』 俺も少し前までは元気と同じ考えだった。 『望月とかあり得ねェェ!!』 とか、今思うとなんて見る目のない男だったんだ俺は……!! (ごめん理奈。俺も元気のことは強く言えないわ) 付き合って初めて分かる、相手の魅力。 こうしてしばらく、理奈が家につくまでの間俺はメールを楽しんだ。 『ちょっとドキドキするよな』 『今日は俺たち同じ部屋で朝起きたんだぞ? 少し前まではマジで想像出来なかった展開だ』 返信しながら今でも思い出す理奈の寝顔。 気を張っていたせいもあるのか、最後は安心して寝息を立てていた理奈は本当に可愛かった。 『これからももっと甘えてくれていいぞ?』 『だって俺は、もうお前の彼氏なんだし』 自分で彼氏なんて言うと少し照れる。 それがしかもあいつの彼氏だなんて、本当に人生ってやつは何が起こるかわからないのが面白い。 「………」 (ヤバい、超嬉しい……) 念願の彼女とのラブラブメール。 メール越しに理奈の気持ちが伝わって来る気がして、俺はしばらくそんな理奈のメールを何度も読み返すのだった。 『正直に言うと、俺もそれにビックリしてる』 『だから俺、これから先ももっともっとお前のこと、たくさん知りたい』 ここは本音を書いて返信する。 甘えられるのは嫌いじゃない。 むしろ理奈にはもっともっと俺にだけは全力で甘えて欲しいと心から思う。 「か、考えられないって……」 正真正銘、俺の生まれて初めての彼女は理奈だ。 当然別れる気は無いので、俺の彼女は理奈が最初で最後になる。 それでもこんなに自分を好きになってくれる相手に巡り会えて、俺は本当に幸せ者だと思った。 夏休みに入り、今日は授業もなく学校は休み。 俺も理奈もバイトが無いということで、今日は久しぶりにデートへ行くことになっている。 時刻は午前11時。 そろそろ理奈のやつも来る頃だと思うんだけど…… 理奈からメールが来る。 『あと10分待って!! おめかし中』 (ほう……) 「これは超期待しておこう」 女性の方が出かける準備に手間も時間もかかるのは常識。 ぶっちゃけ早く会いたい気持ちもあるが、こうやってデート前に少し待つのも個人的にはなんか嬉しい。 15分後。 「は・や・く! は・や・く!」 通行人がいないのを良いことに、無駄にその場でステップを踏む俺。 デートプランの確認も終わったし、ぶっちゃけやることがなくて全然落ち着かない。 「いや待て」 「一応最終チェックを……」 100円ショップで買った携帯用の鏡を取り出す。 うん、よかった。一応鼻毛は出ていない。 (昨日抜きまくったからな、鼻がスースーする) 最初は切ろうとして鼻の中にキッチンバサミを突っ込んだが、危うく死にかけたので抜く作戦に出た。 女子も女子で大変だが、デート前の男だって色々と大変だ。 「マジでそろそろ来ないかな」 もうすぐ20分になる。 待つこと自体は苦痛じゃないから良いけど、早くあいつの声を聞きたい。 (は・や・く! は・や・く!) 「ご、ごめん……! お待たせ!!」 「お、おう……! これくらいの待ち……」 「――!?」 「どんな服着ていこうかって悩んじゃって……」 「どう……かな? この格好……」 「………」 「………」 そう言って、すごく照れた顔をする理奈。 当然俺に可愛いと言って欲しいんだろう。 そんなことは俺にだってわかる。 わかってはいるんだけど……! (ああああああああ!! 俺の馬鹿!!) (今反射的に可愛いって言いそうになっただろ!!) こいつが可愛いのはもう当たり前だろうが!! おい俺!! たまにはここで気の利いた台詞の一つでも言ってやれ!! 「そ、その……」 「か、可愛いし……か、カッコイイ……」 「そ、それってどっちなのよ」 「カッコ可愛い!」 「いや、正直さ、俺がお前のセンスに駄目出しなんて出来るわけないだろ?」 「だから素直な感想を言わせてもらうとさ」 「そ、その……」 「やっぱりお前、可愛いしセンス良いよ。クラスの女子たちが憧れるのもなんとなくわかる」 「そ、そう……?」 「ああ」 「おまけに今日は、俺のためにオシャレしてくれたんだろ?」 「今日はこんなお前を一日独占出来るんだ。こっちとしてはこれほど嬉しいことはないって」 「良かった……って、それはおだてすぎじゃない? 別にいいけどっ!」 「はは、お前今めっちゃ嬉しそうな顔してるぞ?」 「じゃ、ということでそろそろ出発するか? 今日は全力で遊び尽くそうぜ?」 「うんっ!」 「……今日は一日中二人きりだから、いっぱい甘えていい?」 「ええ、そりゃあもう」 「じゃあ、早速甘えちゃお〜♪」 そう言って、無邪気な笑顔で俺の腕に抱きついて来る理奈。 当然その豊満な胸の感触がダイレクトに俺の腕に伝わって来る。 ちくしょう……!! お前その笑顔にこの感触は絶対に反則だろ……!! (おまけになんか超良い匂いするし……) 「それじゃ、エスコートよろしくね?」 「お、おう! まかせろ!! 俺なりにバッチリ考えてきたからな!」 「ふふっ、じゃあそれに期待させてもらいましょうかね〜」 俺に負けないくらい嬉しそうに笑ってみせる理奈。 こうして、今日の俺たちのデートが始まった。 「ねえ、今日はどこ行くの?」 「ちょっと待ってくれ、確かここら辺で今日はイベントがあったはず……」 すぐにケータイを取り出して確認する。 「えーっと、夏のマルクレール通りに全国からエンターテイナーが大集結……」 「あ、見て見て! あそこで大道芸やってる!!」 「お、おお! あれだあれ!」 「すごーい!」 「………」 (俺、マジで生きてて良かった……!!) 隣で元気にはしゃぐ理奈を見て、俺はついに自分の夢が叶ったと感動する。 このマルクレール大通りは通称リア充通りと呼ばれ、地元の学生の間では恋人と二人で歩くことがある種のステータスとなっている。 目の前ではジャグリングやパントマイム、バルーンアートを披露するピエロが登場するも…… (すげぇ、この状況で理奈にも注目が集まってる……) 俺の隣で楽しくはしゃぐいつもの理奈。 周囲の客の中には、男女問わずチラチラと俺ではなく理奈に視線を送っている。 やばい、俺嬉しすぎてマジ泣きしそう……!! (さようなら! 半年前のモテない俺……!!) 「ねえねえ、今度は箱を使ったやつみたいだよ!」 「って、どうしたの? どこか痛いの?」 「あ、いや、ちょっと感動しててな」 「感動? そんなにこの大道芸がすごいって思ったの?」 「そうじゃなくて、そ、その……」 「純粋にお前みたいな綺麗な彼女と、こうして大通りデートが出来てさ……」 「なんか、今更ながら嬉しくて、ちょっとじーんときただけだ」 「そ、そっか……」 「私も……彼氏と来られて、嬉しいわよ」 そう言って、さらにギュッと俺の腕に強く抱きついて来る理奈。 どうやら俺の彼女はスキンシップが好きなご様子。 俺と同じく、その嬉しそうに笑う顔は、学校じゃいつも見ることが出来ない特別なものだった。 「ほ、ほら! まだデートは始まったばっかじゃない」 「もっともっと楽しんで最高のデートにしよ♪」 「おう! もう既に最高だけどな!!」 既にズボンの下は臨戦態勢。 すみません理奈さん、男はいついかなる時もエロエロなんです。 「で? これからどこへ行くの?」 「フッフッフ……!」 「聞いて驚け、俺たちはまずあの店に入るのだ!」 「え? ブティック……?」 「ああ、なんかお前、ああいう店好きそうじゃん」 俺の彼女はオシャレ好き。 俺も出来れば普段は足を運ばないような店へ行きたかったのであそこをチョイスした。 ここから見ても女性客が多く足を運んでいるのが見えるので、まず外しはしないだろう。 「どうだ? それとも他の場所にする?」 「今日はエスコートしてくれるんでしょ?」 「私は彼氏さんについていくわよ」 「よく言った。それじゃあついてきてもらおうか」 俺の腕に抱きついたまま、終始笑顔の俺の彼女。 俺たちはそのまま真っ直ぐ、目的のブティックへと足を運んだ。 「いらっしゃいませ」 「おお……」 「うわぁ……すごいわね……」 店に入ってみると、思った以上に高級感が溢れていて少し緊張する。 常に閉店セールをかましてる怪しげな古着屋とは違い、放課後に学生が騒ぎながら入れるような雰囲気ではない。 (へえ、バッグとか小物まであるのか……) 店内で一際目立つガラスケース。 どうやらここにある商品のすべてが、このブランドのオリジナルらしい。 「はあ!? このバッグ20万もすんの!?」 なんて恐ろしい店だ。 俺の4ヶ月のバイト代が軽く消滅する……!! 「……大丈夫?」 「お、おう……!!」 「ご、5万まで……!! 5万までなら今日は大丈夫だぞ!!」 「金ならちゃんと銀行で下ろしてきたから心配すんな……!!」 「そ、そういうことを聞いてるんじゃなくて……!」 「金の心配ならするな」 「俺はこの日のためにバイトをしていたと言っても過言ではない!!」 「ふふっ、若いわねぇ……」 「彼氏頑張れ〜」 嬉しいことに、周りから思わぬ声援が飛んで来る。 フフフ、ここは数少ない男としての見せ場。 悪いが俺は一歩も引く気はないぞ理奈!! 「ちょ、ちょっと変にムリしないでいいから……! 自分で貯めたお金なんだから自分のために使いなさいよ……!」 「駄目だ。それだとここに来た意味がなくなる」 「というかわかってくれ!! 俺、昔から自分の彼女に何かプレゼントするのが夢だったんだよ!!」 「好きな女のために……」 「俺が自分の金を使って何が悪い!」 「うーん……そんなこと言われたら、断れないわよね……」 クックック、残念だったな理奈。俺はお前を溺愛している。 故にお前のためだったら、俺は一生分の稼ぎを貢いでも後悔はしない!! 「でも、買うものは私に選ばせてよ?」 「へいへい。ご自由に」 私に選ばせろと言ってきた時点で、理奈が今何を考えているのか大体予想がつく。 こいつのことだから俺の財布事情を考えて、絶対に安い物を選ぼうとしてくるはず。 (うっ、ううっ……!!) ううっ……!! お前は本当になんて良いヤツなんだ……! 「俺……!! お前のこと一生幸せにするからな……!! 愛してるぞおおお!!」 店内を回り、服を見る理奈を横目にちらっと近くにあった服の値段を見てみる。 (え、このワンピースだけで2万円近くするの!?) 他にも色々見てみたが、1万円以下の服は見当たらなかった。 肝が冷えるというか、この店を選んだことを少し後悔し始めてしまう。 (か、覚悟してたけどたけぇ……) 男物なんて安ければ3000円以下で全身揃ってしまうのに、女物は高いんだなぁ……と思う。 「あ、これなんて良いんじゃない?」 理奈が手に取ったのは服では無くちょっとオシャレなマグカップだった。 このお店は独自のブランドを持っているらしくオシャレな小物も置いてあったのだ。 「え、服とかじゃなくていいの?」 「えっと、私これが欲しいなぁ……なんて……」 「…………」 「うぉぉぉぉ! 理奈はなんて優しい彼女なんだぁぁぁぁ!」 「え、えぇっ!?」 「え、彼氏いきなり泣き出したわよ……」 「うわぁ……」 「ちょ、ちょっとしっかりしてよ……! みんな引いちゃってるじゃない!」 「俺に気を遣う必要なんてないんだぞ!? せめて1万円以上するものにしてくれェェェ!」 「そ、その気持ちは嬉しいけど……、プレゼントって額の問題じゃないでしょ?」 「そうはいうけどさ……っておい!」 理奈はそのまま持っていたマグカップをレジに持って行って精算してしまう。 店員にプレゼント用のラッピングまでしてもらっている。 そして、店員と何か話してからこっちに戻ってきた。 「あの……自分で買っちゃったら俺がプレゼントできないじゃん……」 「だってこれ私のじゃないもん」 「は……? どういうこと?」 「はい、これ私からのプレゼント」 「え……?」 「このマグカップ、ペアで買おうよ」 「私が黒いマグカッププレゼントしたから、あんたは白い方私に買って?」 「その方が恋人らしいでしょ?」 「お、おう……」 理奈の提案になるほどと納得し、白いマグカップを持って持ってレジへ向かう。 「お会計2000円になります」 「あ、はい……」 「ふふっ、彼女さんを大切にしてあげてくださいね」 「っ、も、もちろんです……!」 店員に冷やかされながらもプレゼント用に包んでもらい、理奈の元へ。 「お待たせ。……どうぞ」 「……っ」 プレゼントを受け取ると、大事そうに胸にギュッと抱きしめて本当に嬉しそうに笑いかけてくる理奈。 てっきり、笑顔でありがとうと言われると思っていた。 どうやら本当に喜んでもらえているようだ。 「マグカップ一つでそこまで喜ぶなんて大げさだなぁ……」 「大げさなんかじゃないわよ……」 「彼氏からの初めてのプレゼントだもん……嬉しいに決まってるでしょ?」 「そ、そうか……」 (理奈の彼氏になれて、本当によかった……) 飛びきりの笑顔で言われ、ハートを撃ち抜かれるような衝撃が俺の中を駆け巡る。 店員さんに言われたからというわけではないけれど、理奈のことをもっと大切にしようと思った。 「カップルさんお幸せにー!」 「初々しくていいわねぇ……昔を思い出すわ……」 「え、あ、あの……」 「ど、どうも……」 「…………」 「…………」 俺達は恥ずかしくなり、理奈の手を引いてブティックを後にした。 ブティックを出た後、オープンカフェでランチを済ませ次の行き先を決めかねていた。 「もうプランなんてどうでもいいや! 理奈、行きたいところないか!?」 「え、でもせっかくプラン立ててくれてるんだからそこに行こうよ」 「いや、いいんだ。俺が理奈の行きたいところに行きたい」 「そう……?」 「それならいいけど……」 「じゃあこっちついてきてくれる?」 どうやら行きたいところがあったらしいので、理奈についていく。 「ここよ!」 「え……? ここ?」 到着した先はよく俺も足を運ぶ駅前のゲーセンだった。 理奈が音ゲー好きなのは知っていたが、まさかデートでゲーセンに来るなんて思ってもいなかったのでちょっと驚く。 「はは、早速音ゲーやるのか? お前ホントにあれ好きだな」 「せっかくのデートなのにそんなものやるわけないでしょ。こっちこっち!」 理奈に手を引っ張られていった先はフォトプリコーナーだった。 男にとってフォトプリコーナーは女性同伴じゃないと入れないある種の聖域……。 「彼氏とフォトプリって、恋人同士って感じでいいでしょ?」 「そ、そうだけど……俺フォトプリ撮ったことないぞ?」 「そこは私に任せなさい! ほら、入ろ?」 理奈に手を引かれ、そのままフォトプリの機械に入る。 「今日は絶対にフォトプリ撮るつもりだったの」 「こういうの、嫌……?」 「全然! むしろ超嬉しい!!」 「ふふっ、良かった」 そうこう言っている間に撮影開始、最初は腕を組んだりお互いにピースをして撮影。 彼女との初めてのフォトプリは緊張したものの、段々慣れてきて楽しく撮影できた。 「さぁ、最後の一枚よ♪ 思いっきりラブラブな一枚にしちゃえ〜♪」 「最後だってさ、どう撮る?」 「んー、あんたはそのままでいて」 「? まぁいいけど……」 そして、撮影のカウントダウンが始まる。 「3……2……」 「ねぇ恭介、こっち向いて……?」 「ねえ、こっち向いて……?」 「ちょっ……んんっ……!」 「1……」 突然頭を掴まれ、理奈の方に強制的に顔を向けさせられると不意打ちでキスをされる。 所謂チュープリの完成だ。 「な……ちょ……」 「落書きするのはこれとこれと……」 「さ、早速落書きしよー! 落書き〜!」 「…………」 (こ、こんなのドキドキしすぎてやばいっつーの……) 『そのままでいて』という言葉に何かしてくるんじゃないかと予想はしていたが、まさかキスしてくるとは思わなかった。 理奈のアプローチはどれも積極的で自分がドキドキすることの方が多いんじゃないかと実感する。 半ば放心状態で落書きコーナーに入るが、せっかくの初プリなので楽しむことに。 「お、なんか面白いスタンプあるな」 「おぉ! なにこれすげー! 俺がイケメンになるぞ!」 「それだったらこんなことも出来るわよ」 「うわっ、瞳孔開いたみたいで超こえぇ……!」 「これで可愛く見えるとか言うんだもんねぇ……女の私でもちょっと信じられないわ……」 「って、制限時間あるんだからちゃんとやらないと変なのが出来ちゃうわよ!」 「ちょっ、それ早く言ってくれよ!?」 急いで遊んでいた部分を消して恋人っぽくなるように落書きしていく。 「カウントダウンスタート♪」 「やばっ、あと1分しかないわよ!」 「うおぉぉぉ焦るぞこれ……!」 残り10秒を切ったところで、なんとかすべてのフォトプリに落書きすることが出来た。 「フォトプリって、結構面白いのな」 「また撮りたくなった?」 「そうだな。また今度来ようぜ」 「うん……!」 落書きコーナーも周りから見えないようになっていたので、さっきの仕返しに不意打ちで理奈の頬にキスをする。 「んっ……」 「やっ、ちょ……! 何すんのよ……バカ……」 「さっきの仕返しだ」 「もう、どうせ仕返しするなら唇にしてよ……」 「お、おう……すまん……」 逆に反撃を食らいながら落書きコーナーを出ると、機械からプリントされたフォトプリが出てきた。 「おぉー、すげぇちゃんと出来てる」 「あっちにいって半分こしよ!」 近くにあるハサミが置いてあるテーブルへ行き、理奈が慣れた手つきでフォトプリを切り分ける。 「えへへ、フォトプリ撮っちゃったね♪」 「私、このフォトプリ……一生の宝物にするからね」 「俺も、宝物にするよ」 フォトプリを大事にしまい、ゲーセン内を歩きまわり色々遊んだ。 もっと遊んでいたいと思ったが、そろそろ暗くなってきたので俺達はゲーセンを出た。 夜になり、理奈を家の前まで送る。 「今日は楽しかった〜!」 「ああ、そうだな」 「でもブティックのアレは恥ずかしかったんだからね……?」 「そ、それはホントごめんなさい……」 「でも、ペアのマグカップ買えたから良しとしましょう!」 「ははー! ありがたき幸せ……!」 「ぷっ、あはははは! 何よそれ……!」 「ははは、なんだろな!」 「でも、ホント俺と付き合ってくれて嬉しいよ」 「私こそ、ありがとね」 「理奈、大好きだ」 「私も大好きよ」 「…………」 「…………」 次第にお互い口数が少なくなり、無言になる。 そろそろ帰らなきゃいけないけど、もっと一緒にいたい……そんな気持ちが頭の中で揺れ動く。 「恭介っ……」 「…………」 突然理奈が俺を抱きしめてくる。 揺れ動いていた気持ちがもっと一緒にいたいという気持ちに一気に傾き、理奈を抱き返す。 そして、少し強引気味に理奈の唇を奪う。 「理奈……」 「んんっ!? ……ちゅ、ちゅっ……」 しばらくキスを続けたが、お互い自然に唇を離し抱きしめ合う。 「今夜はまだ帰って欲しくない……」 「俺だって、帰りたくないよ……」 「ねぇ恭介……」 「ねぇ……」 「……この前の続き、して?」 「っ!?」 「ここ、この前のって……」 「え、エッチ……?」 「…………」 理奈は顔を真っ赤にしながらコクリと頷く。 (さ、誘われたー! ちょっと積極的過ぎじゃないですか理奈さん!?) 内心かなり喜んでいたが、前回そういう雰囲気になった時のことを思い出す。 また、理奈を怖がらせるのだけは嫌だ。 「だけど、その……平気、なのか……?」 「うん……大丈夫だから……」 「…………(ごくり)」 「私の部屋、行こ……?」 (うおぉぉおおあああああ! マジかー!) マジで!? これマジで!? 喜びを顔に出さないように必死に我慢しながら、理奈の部屋に向かった。 「さ、入って?」 「お、お邪魔します……」 普段ならさほど緊張しないのだが、今日は状況が違う。 (俺は今夜……卒業します!!) 「ち、ちょっと待っててね、今お茶入れるから」 「とりあえず、適当に座ってて……」 「おう……」 (お、落ち着け俺……) 出来る事なら今すぐにも抱きついたりしたいけど、それだとまた怖がらせちゃうかもしれないし…… だけど……。すごい生殺しだ…… マンション前のキスですでにギンギンになってしまっていた愚息。 理奈がこちらを見ていない隙に、愚息が痛くならないようにチンポジを直し座る。 「お待たせ」 「おう……サンキュ」 「…………」 「…………」 沈黙のせいで心臓の音がバクバクとうるさいぐらい聞こえる。 理奈もガチガチになってるし、緊張してるみたいだ。 でも、前の時のこともあるし緊張しない方がおかしいよな。 「な、なんか喋ってよ……」 「そうだな……」 「受験の問題で、松かなんかのおしべめしべはどっちですかって問題あったろ?」 「あー、なんかあった気がする」 「特徴覚えてないとどっちか分からなくなるから結構難しかったよね」 「あれな、実は結構簡単なんだよ」 「そうなの?」 「おしべはちょっと落書きするとチンコに見えるんだ」 「…………」 「んで、めしべの方が同じように落書きすると女の人が股を」 「あんたそんなこと考えながら勉強してたの!?」 「ち、違う! 俺だって真面目に覚えようとしてたんだよ!」 「んで、覚え方を担任だった小森谷いただろ? あいつに聞きに行ったら教えてくれたんだよ」 「あー、あんた達が崇拝してたエロ教師ね……」 中学の頃の担任だった教師なのだが、授業の合間合間にエロネタを混ぜてくるから男子には人気だった先生だ。 女子からは『キモい』『変態』と罵詈雑言だったけど、色々開き直った先生だった。 「ま、それから理科の問題だけは楽しく覚えられるようになったから感謝してるんだけどな」 「もう……『あんたなんか喋って』て言うんじゃなかった」 「私達……これから、その……するんだよ?」 「それなのにおしべめしべって……」 「ふと思い浮かんだのがそれだったんだからしょうがないだろ?」 「しょうがなくないわよ……バカ」 「えっ!? お、おい!」 「先にベッド潜ってるから、こっちきて……?」 急に電気を消され、理奈はさっさとベッドに行ってしまう。 まだ視界が暗闇に慣れてないので、理奈の声を頼りにベッドがあると思う方へ進んでいく。 「こっちか……?」 「うん、そのまままっすぐ……」 段々理奈の声が近くなってくる。 「理奈」 「な、なに……?」 「まだちょっと暗くてよく見えないから近くに来てくれないか?」 「う、うん……」 「…………」 「こうしたら、分かるよね?」 「お、おう……」 正面から抱きしめられて、理奈の温もりと香りを感じる。 ようやく視界も暗闇に慣れてきて、理奈の顔が見れた。 「んっ、ちゅ……んぅ……」 「理奈、好きだ……」 「あ……んっ、ちゅ、んぅ……」 キスを続けながらそっと理奈を押し倒す。 とさっと軽い音を立てて、俺達はベッドへと倒れ込んだ。 「ふふっ、なんか変な感じよね」 「この前までお互いに異性として意識してなかったのに……」 「だなぁ。今じゃ恋人になってエッチまでしちゃったよ」 あれだけ痛がってたのに、もう平気なのかな? 俺は気持ちよかったけど、最初すごい痛そうにしてたし…… 「なあ、もう平気なのか?」 「ん? ああ、もう大丈夫」 「まだ中にあんたのが入ってる感じするけどね」 「それに……」 「エッチしてる時のあんた、ちょっと可愛かったよ?」 「え? なんで可愛いんだ?」 「うーん、なんて言うんだろう……」 「一生懸命な顔してたっていうか、すっごい私のこと考えながらしてくれてるって伝わってきてさ」 「それが嬉しかったし、なんか可愛かった」 「…………」 嬉しかったって言われて、正直ホッとする。 俺なりに精一杯理奈のことを考えながらしてたから、それが嬉しかったって言われると良かったと思う。 自分だけ気持ちよくなっても後味が悪いだけだし。 「きょ〜すけ〜♪ ぎゅぅ〜♪」 「ぎゅぅ〜♪」 「ん〜? いきなり甘えてきちゃってどうした?」 「なんか今はこうやって甘えたい気分なの♪」 「私、あんたに大事にされてるんだなーって、実感出来て今すっごい嬉しいんだ♪」 「大事にするなんて当たり前だろ?」 「でも、初めてで色々不安だったけどなんとか上手く出来て良かったよ」 「さすがエロの帝王は日頃から勉強してるから実践で勉強が生かされてるわね」 「おい誰がエロの帝王だこんにゃろう」 「やー♪ 犯されるー♪」 今さっき犯したばっかだろ。 もしかしてまだしたりないのか……!? でも、今俺が思っている以上に理奈の身体が疲れているかもしれないから、冗談でも誘うのはやめておこう。 「まったく、そんなこと言う彼女とはもうエッチしません」 「そんなこと言っちゃってー♪ 我慢出来なくなるのはそっちでしょ?」 「俺は日頃の勉強をサボらなければ大丈夫だし」 「…………」 「……本気?」 「さあどうだろうね〜」 「そ、そんなのヤダ! せっかく一つになれたのに出来なくなるなんてヤダ!」 今の理奈はなんか子供っぽいな。 ちょっと可愛いけど、実際俺が我慢出来なくなるのは確実だしもうやめとくか。 家にあるAVも、下手したらもう使わないかもしれないしな。 「ははっ、冗談だよ」 「理奈のエッチしてる時の顔めちゃくちゃ可愛かったのに、それが見れないなんて嫌だしな」 「え!? わ、私どんな顔してたの!?」 「そうだなぁ……」 「最初はものすっごく痛そうだったけど、途中から段々気持ちよさそうな顔になってって……」 「最後の方は気持よすぎておかしくなっちゃいそうな顔って感じだったな」 「〜〜〜〜〜っ!!」 「は、恥ずかしすぎるからそれ以上言わないで!」 「どんな顔してたって聞いてきたのは理奈じゃんか」 「そ、そうだけどもういいから!」 そう言って『もう聞きたくない!』と言いたげに抱きついて俺の胸板に顔を埋める。 「…………」 だけど、またすぐ顔を上げて見つめてくる理奈。 「ねえ、恭介……」 「ねえ……」 「これからも、私と一緒にいてくれる……?」 「そんなに当たり前だろ?」 「これからずっと一緒にいるし、エッチも理奈としかする気ないからな」 「理奈、大好きだよ」 「私も大好き♪」 ああ、もうダメだ。 どんどん理奈のこと好きになっていく。 でも、多分この気持ちは理奈だから感じる気持ちなんだろうな…… 理奈の温もりを感じながら、そう考えるのだった。 夜、理奈の家から帰って来る。 母ちゃんは既に寝ているため、こっそり玄関を開けて自分の部屋へ。 「お……?」 『メール受信1件 理奈』 理奈からメールが届く。 やっぱり……ね? 「………」 こんなメールをされたら、俺もすぐに思い出してしまう。 なんて言ったら良いのか、理奈には悪いけど本当に俺の方は初体験ながら気持ち良かったし。 『大丈夫。寂しくなったらいつでもメールしてくれ』 『さすがに毎晩いない生活は母ちゃんが心配して色々言ってくると思うけど……』 『でも、本当に我慢出来なくなったら言ってくれ。すぐに自転車飛ばして会いに行くから』 ……。 ……。 俺的に、理奈は髪を下ろすと色気が増す気がする。 確かにあれも可愛いんだけど…… 『両方好きだけど、俺は普段の髪型が一番ツボだな』 『当然デート中の髪型も、あれはあれでめっちゃ可愛かったけど』 まあここは正直に自分の感想を送ってみる。 さてさて、理奈の反応はいかに。 「ぜ、是非エッチな意味も含めて欲しいィィ……!!」 こんな時間から自室で奇声をあげる俺。 こうして今日も、俺たちの一日が過ぎていった。 『髪下ろしてる理奈は、ちょっと色気が増して俺は好きだぞ?』 『髪や服もそうだけど、お前ってマジで俺の不意を突くのが上手いよな』 ここは素直に自分の思ったことをメールにする。 理奈は端から見ていても大人っぽく見えるので、マジで髪型一つで俺の心臓は跳ね上がるし。 (おまけにあのスタイルだもんな……) 理奈は間違いなく、俺には勿体ない彼女だと思う。 外見なんてマジで今となっては文句の付け所がないわけで…… 俺はそのままベッドでのたうち回りながら、今夜もずっと理奈のことを考えていた。 「あ、暑い……」 「夏だもん、仕方ないわよ」 「まあそうなんだけどさ」 「………」 (い、いつ言おう……) 明らかに俺のために髪型を変えてきてくれた理奈。 タイミング的に当然ただの気まぐれなんかじゃないし、嬉しい俺としてもちゃんと褒めてやりたい。 「あのさ……」 「やっぱ、その髪……可愛いわ」 「お前に告白したときのこと、思い出す……」 「ふふっ、そう? あんまり朝から恥ずかしいこと言わないでよね〜」 と言いつつ、明らかに嬉しそうに笑う理奈。 俺もなんか急に恥ずかしくなって来たので、なんとかして素に戻ろうと努力する。 「はは、お前ってやっぱり嬉しいときはすぐに顔に出るよな」 本格的に気温が上がり、外では当たり前のようにセミが鳴く。 今日は登校日ということもあり、いつものようにこうして二人で通学路を歩いて行く。 「やばい、暑いというか体が死ぬほどダルい気がしてきた」 「これが現代人特有の冷房病か……」 「もう駄目。エアコンない場所だと5秒で死ぬ」 「もう、しっかりしてよ」 「これでちょっとはやる気だしてくれる?」 「ん? これって……」 「ま、まさかっ!!」 「お弁当、早起きして作ったんだから」 「私の愛情たっぷり入ったお手製よ? 食べるときは一口一口私の愛を噛み締めて食べること♪」 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 「ま、マジで!? 人生初の彼女の愛情LOVE×LOVE弁当!?」 「どう? ちょっとはやる気でましたか?」 「出た! 超出た!! 200兆%くらい出た!!」 「今の俺のテンションなら、そこにいるセミよりも高い位置で鳴ける自信がある」 黄色い紐のついた、可愛らしい小さな猫柄のトートバッグ。 それを向けつつ嬉しそうに笑うこいつの笑顔が、さらに俺のハートを熱くさせる。 「ふふ、今日も一日頑張ってね♪」 「………」 「なんだかお前、俺の彼女みたいだな」 「いや、みたいじゃなくてそうなんですけど」 「そ、あなたたち。やっと付き合い始めたのね?」 「……!?」 「ん?」 「まひろ!?」 「おはよう」 「おはようございます」 「お、おはよう! 今日も暑いわね!」 「そうね、お二人のせいで余計暑く」 「なんのことかしら?」 「いや、なんのことって」 「なんのことかしら♪」 「いや、だからあなたたち付き合い始めたのねって」 理奈が超絶スマイルでこの場をゴリ押そうとしている。 なんだなんだ、何か問題でもあるのか。 「…………」 「…………」 「はぁ……」 「ま、いいけどね」 「とりあえず先に行くわ、それじゃまた後でね」 そう言って、いつもの怠そうな顔で先へ行ってしまう俺たちの綾部。 その背中から感じる学生にあるまじき落ち着きは、早くも独身OLに負けない風格を感じさせる。 「ふぅ……誤魔化せた……」 いや、超バレバレだっただろ。 「おいおい、相手は綾部だろ? 隠す必要なんてあるのか?」 「というか俺たちって、ただ周りから聞かれてないから答えてないってだけで……」 「ぶっちゃけオープンな関係なんだとばかり思ってたけど」 特に隠す理由もないし、個人的にはそういうスタンスでいた。 付き合いつつ周りの連中に言わないままでいるのは結構楽しいし、バレたらバレたでそれは特に問題ないつもりでいたけど。 「そうよ? 私だって他の人にはね」 「でも今、超誤魔化してたよな?」 「まひろだけは別なのよ……」 「いや、これは私のプライドの問題なんだけどね……」 「ほおほお」 そう言って、少し気まずそうに笑う理奈。 なんだなんだ? 何か俺の知らない恐ろしい事情でもあるのか……!? 「実はアンタと付き合う前のことになるんだけど……」 「おう」 「私アンタのことをね?」 『私より成績悪いし、運動神経はまあ認めるけど、なんかとんでもなくエロそうだしあいつと付き合う女子がいるとすれば相当なお人好しね〜♪ マジ意味わかんない〜♪』 「って」 「ほおほお、所謂一般的な女子の陰口ってやつですな……」 「テメェ!! もういっぺん言ってみろ!! マジでブッ殺すぞ!!」 「だ、だから付き合う前の話なんだから許してよ! あんただって男子の前では私のことボロクソに言ってたでしょ!?」 「ハハッ! このオレ様が可愛い可愛い理奈ちゃんの悪口を言うわけないナイジャン!」 「あ! とぼける気!?」 「喋らなければ可愛いってあんた元気に言ったらしいじゃない! じゃあ何!? 私喋ったらブスなわけ!?」 「お前だって世界中の性欲を集めて結晶化させた男とかホップステップウンコ野郎とか好き放題言ってただろ!!」 「だってその時はそう思ってたんだもん!!」 「意味わかんねーよ!! たまにお前俺の顔見ただけで爆笑したりしてただろうが!!」 「大体な、こっちはその……」 「いくらお前相手でも!! 付き合う前から多少はドキドキしてたんだYO!!」 「少しくらい照れ隠しで色々言わせてくれてもいいじゃねーか!! こっちはあのとき童貞だぞ!!」 「そんなの私だっておんなじよ!!」 付き合う前からある程度仲が良いと、過去の自分の過ちを死ぬほど後悔したくなる。 恥ずかしいのもあるけど、もっと早く素直になって告白しておけば良かったとか。 「待て。こればかりはお互い様だ」 「照れ隠しだろうが何だろうが、お互い過去のことは水に流そう」 「そういうこと! だいたいまさかアンタと付き合う事になるなんて思ってもみなかったんだもの」 「だからまひろにも好き放題言ってたのに、今更になって」 「今、あいつの彼女なの♪」 「なんて言えるわけないじゃない」 「まあそうだな。今更俺が理奈にゾッコンLOVEですなんて言ったら、あいつ爆笑して呼吸困難で死ぬぞ」 「でしょう? 絶対皮肉を言われるに決まってるわ……」 そうなると、確実に綾部から友達伝いに元気や桃の耳にも入る。 桃は別に良いとして、元気のやつは一体どんな反応をするのか…… 「だから隠す気はないんだけど、なんていうかまひろに対しては条件反射で誤魔化しちゃうのよ」 「わかった。まあ気持ちはわからんでもない」 「とりあえず俺も黙っておくけど、そっちは綾部にだけは恥ずかしくて絶対に言いたくないわけだな?」 「まあそれもあるけど、まひろのやつ私があんたとくっつくこと、以前から予言してたのよね」 「私とあんたって、まひろから見ると相性が良かったみたいだから」 「へえ、それは今となっては嬉しいご意見だな」 「だから賭けたの」 「は?」 「私があんたに惚れたら1万円。惚れなかったらまひろから私が一万円。期間は今年いっぱい」 おい。 「ま、結果はこのとおり私の惨敗なんだけどね」 「人を勝手に賭けの対象にしてんじゃねェェ!!」 「っていうか、あんたが私をここまでメロメロにしたんだから、彼氏としてあんたが責任とってよね!」 「よろこんで」 「お前のためなら、俺はどんな責任も取る覚悟がある」 「ほ、本当……?」 「はは、あんまり朝から恥ずかしいこと言わせるなって」 あの告白をした日から、劇的に変わった俺たちの日常。 でも最近思うのは、付き合っても付き合っていなくても…… 俺は理奈とこうしてギャアギャア言い合う日常が好きだった。 「あれ……? 髪下ろしたんだ」 「わあ、理奈ちゃんめちゃくちゃ可愛い……!!」 「ふふっ、どうも〜。たまにはね、気分転換にと思って」 校門前でいきなり女子たちに囲まれる理奈。 通りすがる他のクラスの連中も、次々と理奈に注目しては昇降口へと向かって行く。 「なんだよ望月のやつ。急に色気づきやがって。あれじゃまるで女子じゃねーか!」 「いや、普通に望月さんは女子だと思うけど」 「なんか最近、望月さん以前にも増して可愛くなってきたよな」 「まさか……男でも出来たとか……?」 「………」 彼女が人気ものというのも案外嬉しいもんだ。 そんなことを思いながら、俺も理奈の少し後から教室へ入っていった。 「キタァァァァーーーーッ!!」 いつもより100倍待った昼休み。 もう色々我慢出来なくて、無駄にシャープペンの芯を折りまくる。 「うおーい、飯食おうぜ飯〜」 「僕もお腹すいたよ」 そう言って、いつものように机をくっつけてくる元気と桃。 本当は理奈と一緒に二人で食べたい気分だったが、隣の理奈は既に女子グループに囲まれて脱出不可能なご様子。 (クックック……) (まあいい、今日はこの愛情たっぷり弁当があるだけで良しとしよう……!) 今日もコンビニ弁当な桃と元気を他所に、早速自分の机で理奈からもらった弁当を広げる。 「とう!!」 「うお!?」 「わぁ」 「………」 (こ、これ……ホントに俺が食べて良いの……?) 思わず手が震える。 「すげぇ! なんだよお前その弁当! 超美味そうじゃんか!!」 「いいなあ。ボクの弁当なんてコンビニのやつだよ……」 手抜きとは無縁の、彩りまですべて計算し尽くされた自分の彼女からのお弁当。 チーズが挟んであるハムカツに、プチトマトを中心にサニーレタスで飾った花。 ご飯の上には黄色い炒り卵が一面に敷き詰められ、さらにその上には鮭フレークで作った可愛いハートマークが…… 「お前、どうしたんだよ、これ!」 恥ずかしい!! これは恥ずかしい!! 「ん? どうしたって、何が?」 「どうみても愛妻弁当じゃねぇか! お前いつの間にこんなお弁当作ってくれる彼女が出来たんだよ! うぉおおおおおおお!!」 理奈が…… (理奈が作ってくれたんだよぉぉぉぉぉおおおおおお!!) ……って言ったら、こいつはどんな顔するんだろうか。 し、しかし…… (でも……これは本当に嬉しい……) どうしよう、桃も元気もいるのに、今すぐ理奈に抱きつきたくなってきた。 というかあいつ、やっぱり料理は上手なんだなあ……。 「見ろよ! 俺のこの茶色いお弁当!! 好きなもんばっか詰め込んでもらってるから文句はねーけどよ!!」 ん? ここで理奈からメールが来る。 『どう? 私が作ったお弁当』 「………」 (ど、どうって、お前……) 『おかず、全部勝手に選んじゃったけど、特に問題ないでしょ?』 さりげなく視線を送ってくる理奈。 俺もすぐにメールを送りつつ、つい自然に笑顔になってしまう。 『ビックリだぞ。超美味そうなうえに、俺の嫌いな物が何一つ入ってない』 『何を今更、あんたの嫌いな物なんて、全部知ってるに決まってるでしょ?』 『一体何年の付き合いだと思ってんのよ』 (………) 思わず返信を止めてしまう。 俺の彼女は卑怯だ。 料理も上手で世話焼きで、おまけにこんなに可愛い笑顔を俺だけに向けてくれる。 その気になれば、男なんていくらでも作れただろうに。 ホント、お前には完敗だ俺。 「理奈……」 「俺……」 「へぇー随分と頑張ったじゃない理奈」 「はい? 何か言いました? おほほほほ……」 この期に及んでまだ誤魔化す気満々の理奈。 隠すのはいいんだけど、綾部に嘘をつくのは至難の業だぞ。 「すごく嬉しそうな顔してるじゃない」 「そうみたいねー、美味しそうなお弁当だからじゃないかしら? おほほほほ……」 明らかに疑いの眼差しを向けてくる綾部。 すみません、彼女命令で俺の口からは何も言えません。 (さて……) まずはこのハムカツから……。 「いただきまーす!」 モグッ。 モグモグ。 「………」 (やべェェ!! めちゃくちゃ美味ぇぇぇぇ!!) ただのチーズハムカツと思いきや、ピリッと辛い黒コショウに刻んだバジルの葉まで入っていた。 チーズ系のおかずは冷めると美味しくなくなるのが一般的だが、この辛さと工夫によりその問題は解決している。 (ううっ……) (うめぇ……) 愛情補正抜きにしても、これは本当に美味しいぞ理奈。 「ふふ、本当に嬉しそうに食べるのね」 「またお願いしてつくってもらえば?」 「ああ、そうする」 「幸せそうな顔しやがって!!」 「ホント、嬉しそうだよね」 「実際嬉しいからな」 続いてプチトマトの下にあるサニーレタスを一口食べる。 おお、なんだこれ、ゼリー状のドレッシングか? 口の中にレタスとは違う食感と味が……! 「な、なぁ……」 「頼みがあるんだ」 「断る」 「まだなんにも言ってねぇ!!」 「言わなくてもわかる」 「この弁当は一口もやらんッ!!」 「いいじゃんか、一口くらい!!」 「匂いくらいならかがせてやる」 「……死ねぇ!!」 「おい何すんだ! 弁当がひっくり返るだろ!!」 「ぶっ壊す! っていうか食わせろ!!」 「他人の幸せ見るくらいならぶっ壊してやるわ!!」 「ふざけんな、お前も母ちゃんに作ってもらえばいいだろ!!」 元気との間で、血で血を洗う争いが勃発する。 というかこの弁当、理奈のいる手前母ちゃんからの手作りってことにしておいた方が良いのか? 「ご飯食べてるんだから大人しくしてよ」 「お前は気にならねぇのか! この幸せヅラ!」 「ふひひ!」 「いいじゃんか、幸せそうならそれを見守ってあげるべきだよ」 「ありがとう桃。お前やっぱり俺の友達だな!」 「うぉおおおお! 食わせろよ! 愛妻弁当食わせろよぉおおお!!」 残念だが、いくら駄々をこねられてもこればかりは譲れない。 今なら億単位で金を積まれたって、俺の心は微動だにしないだろう。 俺が笑顔で弁当を食べる様子を、理奈も嬉しそうに見てくれている。 「あのさー」 「そういうのってさ、自分のために作ってくれたっていうのが大事なんじゃないの?」 「もっともな意見だな」 「ぐっ……」 「でしょう? だからアンタが食べたところでただのお弁当よ」 「っ……うぅ……」 「俺は、俺はなんてことを……そんなことにも気づけないなんて……」 己の敗北に膝をつく元気。 可哀相に、ちょっと同情するが、でも理奈のこの弁当だけはやっぱり俺が全部食いたい。 「まったく、お昼くらいゆっくりしなさいよ」 「本当だね」 「大変お騒がせしました桃先生、綾部先生」 「いいのよ、私も騒がしいのが鬱陶しかっただけだから」 「ね、理奈」 「え、えぇ……」 不意に声をかけられて戸惑う理奈。 お前、案外考えてること顔に出るのな。 「ホント、強情だから困ったものね」 「でも、たまには強情になるのも良いもんだぞ」 弁当一つで何十分もギャアギャア騒いだ俺たち。 理奈も最後まで落ち着きがなさそうだったが、こうして今日の昼休みは過ぎていった。 昼休みが終わり、午後に入って最初の授業が始まる。 食後に体育はちょっと苦しいが、下手な授業よりは退屈しないので大歓迎。 「フットサルかー」 「試合が始まるまで暇だしよ、あっち見てよーぜ」 「女子はバスケか」 男女別に半分ずつ使っての体育の授業。 この時間は選択制なので、クラスメイト全員がここにいるわけじゃない。 でも桃以外は普段と変わらぬメンバーが揃っている気が…… (それにしても……) 「やっぱり、あいつすごいな」 探すまでもなく、女子側で大活躍中の理奈。 あいつの運動神経はかなりのものだが、それ以上にバスケとなるとその輝きが一層増す。 「ナイッシュー! 望月さん!!」 あれで何点目になるのか、あいつがシュートする度に確実に点が入っていく。 理奈の体操着姿にもかなり関心があるが、それ以上にあいつのプレイを見るのは退屈しない。 「アイツ運動はすげぇよなあ。特にバスケは文句なしだぜ」 「まああいつ、あれでも一応元バスケ部だからな」 「あとアイツ、綾部。あの二人が組んでたら勝てるチームないんじゃねーの?」 「あいつら、マジでバイトとか委員会とか辞めてバスケ部入ってやれよ……」 理奈と一緒にいる綾部も実はバスケが得意だ。 日頃の皮肉系スマイルも忘れ、今は理奈と一緒にコート内で汗を流している。 お互いスタンドプレイにならないよう、チームメイトのフォローもする二人。 あの様子じゃ、俺や元気が参戦してもあいつら二人には敵わなそうだ。 「またか、綾部のやつパスカット超上手いな」 「望月が完全フリーだな」 綾部がボールを持つ度に、既に最高の位置取りをしている理奈。 というかカットにせよリバウンドにせよ、あれは綾部がボールを持つと確信して動いているに違いない。 当然理奈は相手チームの女子にマークされているが…… 「また入ったな」 いくらマークしていても、普通の女子たちでは太刀打ち出来ない。 陽茉莉や野々村も壁際で理奈の応援をしているが、その声援にいつもの気持ちの良い笑顔で返す理奈。 汗を散らし、みんなに笑顔で答えるあいつの姿に、ついついこうして目がいってしまう。 「あーすぐボール奪われてんじゃん。また望月のシュートか?」 「はは、段々相手チームが気の毒に……」 「きゃっ……!」 「理奈っ?!」 「望月さん!」 突如ざわつく館内。 理奈が明らかにやばい転び方をして、コートの真ん中でうずくまる。 「おい理奈!」 「大丈夫か!?」 「あはは、ちょっとミスっちゃった……」 すぐに駆け寄り事態を把握する。 足首が痛いのか、ずっと手で押さえようとしている理奈。 「大丈夫? 望月さん……」 「あはは、ごめんね、ちょっと失敗しちゃった、大丈夫だから」 「っつ……!!」 「無理すんな。痛いなら下手に動かない方が良い」 「たぶん軽い捻挫だろ。とにかく保健室行くぞ」 「大丈夫、軽くひねっただけだし……」 「でも捻挫は捻挫、無理しない方がいいわ」 「……うん」 「カッコ悪いところ見せちゃったわね……」 「そんなことないって」 「逆に相手チームが気の毒なくらいだったぞ?」 軽く理奈に笑いかけてやる。 まったく、彼氏としては怪我をしたときくらい、自分の事を一番に考えて欲しいもんだ。 「大丈夫? 私たち保健委員だから保健室に連れて行くよ」 「肩貸すね?」 「待った」 「こいつ、俺の彼女だから」 「俺が保健室へ連れて行く」 「ふぇ?!」 「えぇええええええええ?!」 突然のカミングアウトに動揺する一同。 「っ……!!」 でも一番戸惑っているのはやっぱり理奈だ。 「ええ!? ホントに!? 超ビックリ!」 「びっくりだよ!」 「マジで? マジで?!」 「ああごめん。マジだ」 「え? いやいやいや、え?」 「マジで?」 「だからマジだって言ってるだろ」 「……はあ!? 嘘だろ!? 正気か!?」 「俺はいつでも正気だ」 「それよりもほら、こいつ連れて行くから道空けてくれ」 「あ、あぁ、早く連れて行ってやれ……え? マジで?」 未だに納得出来ていない様子の元気。 まあぶっちゃけそんなことはどうでも良いので、すぐに理奈の手を取る。 「ほら理奈、照れてないで俺の肩に手を回せ」 「え、えっと……こ、こう?」 「照れてないでもっとしっかり掴まれ」 「お姫様抱っこは、する方もかなり恥ずかしいんだからな」 「――ッ!!」 すぐに理奈を抱きかかえ、その真っ赤な顔を堪能しながら前へと進む。 「きゃーーー!!」 「マジだったぁあああああああ!!」 「ふふっ」 「わあ、お似合いだよ、二人共!!」 「あ、あのちょっと恥ずかしい……よ」 「………」 「ごめん」 「怪我をしたお前を、誰かに任せたくなかった」 「っ……うん」 「やっぱり今日は暑いわ。おめでとう、理奈。一万円ね」 「あの二人なら既にキスくらい余裕よね……?」 「ああ余裕だな」 「うぅううっ!!」 俺の腕の中で恥ずかしそうに震える理奈。 こんな感じでみんなに知られるのは不本意だったかもしれないけど…… 「ごめん、実はもう我慢出来そうになかった」 「今はもう、堂々と俺はお前の彼氏だって、みんなに言いたい」 了承してくれたのか、俺の首に両手を回して抱きついてくる理奈。 顔は相変わらず赤かったが、それがより一層可愛く感じた。 「足、本当にもう大丈夫なのか?」 「あ、うん。ごめんね、心配かけて」 放課後、軽い捻挫にもかかわらず理奈は自力で歩けるようになっていた。 俺は二人分の鞄を持ち、まだ足を引きずっている理奈はそれでも俺の腕に抱きついたまま歩いている。 「とりあえず、今日は絶対にバイト休めよ?」 「軽くても捻挫は捻挫だ、これ以上悪化したらお前のためにもならないし」 「うん、そうする、ありがとう。心配してくれて」 「心配も彼氏の仕事の内だからな」 理奈が俺の肩に頭を預けてくる。 なんかもう、こういう雰囲気も段々と俺たちの中で当たり前になってきた。 それがなんとなく嬉しくて、そして少し恥ずかしい。 「ラブラブだねえ!!」 「もう足大丈夫?」 陽茉莉と野々村がやってくる。 「あ、うん、大丈夫だよ! ありがとうね」 「うん、お大事にね」 「仲良くね!」 そう言って、すぐに俺たちの横を通り過ぎていく二人。 「今の、完全に冷やかしだったな」 「野々村なんて、まだこっちのこと見てるぞ」 「仕方ないよ、こうやって腕組んで歩いてるんだし」 そう言って、ふふっと笑って抱きついて来る理奈。 一体普段から何を食ったらこうなるのか、やけに上品でいい香りが俺の鼻をくすぐる。 「そういえば、綾部には本当に一万渡したのか?」 「ぶっちゃけみんなにバラしたのは俺だからさ、なんかちょっと気になってて」 「渡そうとしたけど嘘に決まってるでしょって、突っ返された」 「そっか」 「まあそうよね。私も半分冗談だったし」 冗談だったの!? 「あのね」 「うん?」 「私のこと、みんなの前で『こいつ、俺の彼女だから』って言ってくれたでしょ?」 「ああ、言ったな」 「私ドキッとしたっていうか……嬉しかった。なんていうか認めてもらったっていうか、そんな感じがして」 「みんなの前で彼女だって言ってくれて、ああ私、アンタの彼女なんだって実感したんだ」 「おいおい、何回実感したら気が済むんだ?」 「俺なんてもう実感どころか、普段からお前のことで頭一杯だぞ」 「あはは、でも私、そんな人に自慢できるような彼女じゃないでしょ?」 「そんなことないぞ。むしろ超自慢して回りたいくらいだ」 「ただ、今となってはもう少しみんなには内緒で、お前のこと独占しておけば良かったかも」 「……なんて思ってる」 「でもまあ、エッチ中の理奈の魅力は俺だけの秘密ってことで」 「……っ! もう、バカ」 「はは、お前また顔赤くなってるぞ」 余裕がなくなったときの理奈は可愛い。 なんていうか、それを見ている今の自分は、一番近い距離にいる人間な気がしてさらに安心する。 「これは意外だったわ。まさかもうそこまで彼にゾッコンだなんて」 「えっ!?」 「まあ、あんたって本来は人に甘えたい寂しい子だもんね。精々大好きな彼氏に十分甘えさせて貰いなさい」 「どこから聞いてたの!?」 「最初から」 「嫌ぁぁぁぁ!!」 「お前も色々大変だな、理奈」 理奈の悲鳴が木霊する通学路。 俺も綾部も、根底は変わらない理奈のキャラに思わず笑ってしまうのだった。 青い空、白い雲。 俺は一人、大海原で小舟に揺られる。 「やばい、この潮風マジ気持ち良い……」 「理奈も連れてくれば良かったぜ……」 都会の喧噪を離れ、一人水も食料もなく小舟に乗っている俺。 ああ、先のことを考えずに行動するのって、たまには良いもんだな。 (ふいー) しかしここで、海中からたくさんの元気と桃が登場して…… 「ぎゃああああああ!! お、お前らやめろっ!! 俺に何の恨みがあるんだ!!」 突如海の底に引きずり込まれる俺。 さらに海中にはたくさんのジャスティスの集合体が…… 「ぎゃあああああああああああ!!」 「理奈あああああああああああああああ!!」 …… 「うーん……理奈ぁぁ……」 「ヘルプミー……」 段々と意識がハッキリしてくる。 ここはどこだ? あれ? 俺、誰かに体を揺すられている……? 「お、おはよう……起きて?」 ん……? 「おわっ!! り、理奈!?」 「あ、おはよ……うなされてたみたいだけど、大丈夫……?」 「いや! 悪夢の件はどうでもいいが、何でここにいんの!?」 「え、えっとその、一緒に学校行こうと思って……迎えに来たんだけど……」 「そしたらおばさんにあって、奥で寝てるから起こしてあげてって……」 「それにしても……」 「ここが、あんたがいつも暮らしてる部屋、なんだ……」 そう言って、少し照れながら俺の部屋を見渡す理奈。 「あれ? 理奈って俺の部屋初めてだっけ?」 「乱れるJK〜体育教師と秘密の個人授業……」 「こ、コレ……見たの……?」 「ああ、当たり前だろ」 「俺も一応男だからな。理奈だって知ってるだろ」 サラりと当たり前のように返答する俺。 良かった、その横の幼児退行プレイよちよちフィニッシュ120分には気づかれていない。 「あ、あの、さすがに部屋の中をジロジロと見られるのは恥ずかしいんですが」 (というかいきなり部屋に理奈を通すとか、母ちゃんマジで何してくれてんの!?) 「ごめんなさいね、ウチの息子ってば根っからの変態で……」 「ほら、そこらへんの自分のDNAがくっついたティッシュ、さっさと片付けなさい」 ヒィィ!! 「ちょっと待て!! 他に言い方ないのかよ!!」 「………」 もう男の性事情については完全に把握している理奈。 あの夜を思い出しているのか、ここで完全に赤くなる。 「あえて言わなかったけど、女ってのはそういう匂いに敏感なの」 「だからそのティッシュがなんなのか簡単に予想つくのよ」 「え、マジで!?」 というかそれが本当でも、親なら気づかないフリしてくれ!! 「はいはい、とりあえず二人とも! 俺、今から着替えるから」 理奈には悪いが、一時退出してもらう。 ごめんな、とりあえず部屋中のやばげなアイテムだけは片付けさせてくれ。 「ほらー、あんまり女の子を待たせるんじゃないわよー!」 「へいへい、すぐに行くって」 部屋のドアを閉め、高速でエログッズを押し入れに放り込む。 いや、理奈に色々見られるのは良いんだけど、俺の性癖を変に誤解されるのはまずい。 俺はそのまま、部屋中を注意深くチェックしながら制服に着替えた。 「お待たせー」 「理奈、ごめんな? せっかくこんな時間から迎えに来てくれたのに」 「あ、うん……」 リビングには、無駄にニコニコした母ちゃんとガチガチに緊張している理奈。 おお、珍しいな理奈がここまで緊張しているなんて。 「今日は理奈ちゃんも一緒に朝ごはん食べるからね」 「おお、そうなのか。ちょっと嬉しい」 「うん……」 「迎えに来るのに慌てちゃってゼリーしか食べてこれなかったって言ったら、おばさまが……」 キッチンとテーブルを忙しそうに行き来する母ちゃん。 俺は人数分のコップと麦茶を用意するが、それを手伝おうとする理奈を強引に座らせる。 「お前は座ってろって、お客様はどーんと構えてりゃいいんだから」 「そ、そうは言うけど……気にするわよっ」 「はは、まあ気持ちはわかるけどさ」 今朝のメニューはフレンチトーストにゴボウとレタスのサラダ。 女子の理奈でも食べやすいようにと、フレンチトーストは母ちゃんが一口サイズに切ってくれている。 「いただきまーす!!」 「それにしても……」 「最近帰りが遅いと思ったら、あんたいつからこんなに可愛い彼女さんとお付き合いしてたのよ」 「いいだろ別に、少ししたら紹介しようと思ってたんだ」 「………」 「は、初めまして! 望月理奈と言います……」 「ご、ご挨拶が遅れてしまって、すみません……」 「あららご丁寧に……こんな良い子がうちの変態息子の彼女なんて……!」 「か、彼とはその……以前の学園からずっと同じクラスで……」 「ああ! あなたがあの理奈ちゃんなのね! いつも息子から聞いてるわよ〜?」 「え……?」 「クラスで仲の良い子がいるとか、あとは……」 「ストップ」 「やめろ、それ以上言うと俺の彼氏としてのイメージに関わるっ……!」 「別にいいじゃない。何? いっちょまえに恥ずかしがってんの?」 「あ、当たり前だろ! 俺だって恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ……!!」 「はいはい……。といっても、何度かあなたたちが二人で歩いてるの見たことあるのよね」 「だから前からちょっと気になってたのよ〜」 「そ、そうだったんですか……」 まあ付き合う前からゲーセンとか駅前でプラプラしてたからな。 目撃談だけなら別に何の問題もない。 「そういえば、理奈ちゃんってどちらにお住まいなの?」 「案外近くだぞ。学校へ行く途中にあるマンションで一人暮らし」 「あら、そうなの!?」 「はい……」 「一人暮らしって大変じゃない?」 「最初は大変でしたけど……段々慣れてきました」 「でもまだ大変なところ色々とあるんじゃない?」 「女の子だと男の子と違って気を遣わなきゃいけないこと多いし……」 「そう、ですね……。栄養が偏らないようにしたりとか、意外に大変で両親の大切さが身に沁みてます……」 「そうよねぇ……」 「いざ一人暮らししてみると寂しかったりしない?」 二人の話している横で黙々とフレンチトーストを食べる俺。 良かった、元々心配なんてしてなかったけど、母ちゃんは理奈のことを気に入ってくれたっぽい。 「そうだ! 今晩ウチにご飯を食べにいらっしゃい」 (おお……!) 「え、そんな悪いですよ! お気持ちだけで……」 「遠慮なんてしなくていいのよ? それに息子だけじゃなくて私とも仲良くしてもらいたいし」 「理奈、うちの母ちゃんはこう言い出したら後には引かないんだ」 「ま、俺も来てもらいたいし、ここはOKしてくれ」 「ではお言葉に甘えて……」 「やった♪ 学校から帰ってきたら色々とお話しましょ!」 そう言って、俺以上にはしゃいでみせる母ちゃん。 理奈もそんな母ちゃんの態度に釣られ、終始笑いながら朝ご飯を食べるのだった。 「ああ〜!! 緊張したあ……」 「俺だって少し緊張したぞ……」 朝食後、二人で母ちゃんに見送られ学校へと向かう俺たち。 理奈はあれでも最後まで緊張していたようで、今は少しホッとしている。 「というか、まさか起きたらすぐ隣に理奈がいるとは思わなかったからな」 「私だってただ迎えに行くつもりだったのに、おばさんと会っちゃってそのままあんたの部屋にだもん……」 「今日、初めてあんたの部屋入ったし……」 「そう! それ!」 「実は俺も気になってたんだ。やっぱり俺の部屋来たの初めてだったよな」 「いやー、我ながらそれにちょっと驚いてな。意外過ぎる」 「意外ってなによ」 「……でも、男の部屋は汚いって聞いてたけど、なんか納得したわね」 「ふふっ、まさかあんな風になってるとは思わなかったけどね」 「すみません! 今日はたまたま散らかっていただけです!!」 これからは油断は出来ない。 うん、今日から早速部屋の中は常に綺麗にしておこう!! 「……でも、おばさんとは仲良くなれそうで良かった」 「仲良くなってあんたの小さい頃の話とか聞きたいし」 「やめろ。一体何を聞き出す気だ」 でも、彼女と自分の母ちゃんが仲良くなるのは良いことだと思う。 俺も特に不満はないし、これからはもっともっと理奈が俺の家に溶け込んでくれれば…… (い、いずれは結婚……!?) 我ながらアホ過ぎるが、そういう妄想も個人的には嫌いじゃなかった。 このまま理奈と手を繋ぎ、放課後を楽しみにしながら学校へと向かった。 「ただいま帰りました!!」 「お、お邪魔します……」 時刻は午後4時過ぎ。 大丈夫、この時間ならまだ母ちゃんは余裕で仕事のはず。 「おかえりー♪ 待ってたわよー!」 え!? 「あ、あれ!? 母ちゃん今日仕事は……!?」 「今日はお休み。ずっと家にいて暇だったのよー」 「さて、二人が帰ってきたし……腕によりをかけて美味しいの作ってあげるからね!」 (チッ……) せめて母ちゃんが帰ってくるまで、二人で色々しようと思ってたのに!! 「あ、あの……、私にも手伝わせてください!」 「私も、おばさまと一緒に料理……作ってみたいです!」 「あらあら、じゃあ一緒に作りましょうか」 「今日はごちそうになっちゃうかもね……ふふっ」 よし。 「じゃ、じゃあ俺も、たまには手伝っちゃおうかなぁ〜!」 「あんたはそこらへんでテレビでも見て待ってなさい」 戦力外通告。 「へいへい、大人しくテレビでも見てますよ」 確かこの時間は、毎回必ず最後に崖から犯人が投身自殺する再放送のドラマが…… 「そ、それで……おかずは何を作るんですか……?」 「おろしハンバーグとサラダとお味噌汁にしようかなって思うんだけど、理奈ちゃん苦手なものある?」 「いえ……、特に苦手なものはないので……」 「うちの子と違って好き嫌いないのっていいわね〜」 「俺だってほとんどないだろ」 「ほとんどでしょ? さ、あの子はほっときましょ」 「それじゃ、始めましょうか」 早速俺の母ちゃんとキッチンで作業を始める理奈。 テレビよりそのレアな光景の方に興味があるので、俺はただひたすら理奈を後ろから眺める。 「こ、こうでいいんですか?」 「そうそう! 上手じゃない!」 「ありがとうございます……」 大根の皮むき一つで理奈を褒め称える俺の母ちゃん。 酷い、俺にはあんな風に褒めてくれたことないのに。 「それにしても夢が叶っちゃったわ〜♪」 「夢……ですか?」 「そ。私娘が欲しかったのよね〜」 「それで、こうやって一緒にお料理するのが夢だったの」 「わ、私で良ければ……その……」 「またこういう風にお料理したい……です……」 「キャー♪ ホント!? おばさん嬉しい!」 (俺も嬉しいィィーーッ!!) すみません神様。 俺は理奈の腰回りに目が釘付けです。 (だ、だって! 最後のエッチから結構経ってるし……!!) 不意にあの夜のことを思い出す。 ああ馬鹿だ俺、こんなときにムラムラしてどうする。 「あ、あの!! お母様!!」 「私にも何かお手伝い出来ることはナイデショウカ!!」 「理奈ちゃんが優秀すぎて特にないわよ」 しょんなー! 「ちょっと待て、俺も仲間に入れてくれよ!」 「なんかこう、後ろから見てるだけじゃソワソワして落ち着かないんだって……!」 「仕方ないわねぇ……じゃあたまねぎのみじん切りお願いできる?」 「了解しました!!」 待ってろタマネギ。 この俺様が貴様の体をミリ単位で刻んでやる! 「たまねぎを小さいサイコロ状にするのよ」 「え、それみじん切りじゃなくね!?」 とにかく俺の信じるみじん切りを実行に移す。 でも俺、普段は全然料理しないからな、軽く皮を剥いた後どこから包丁を入れればいいのか…… (とりあえず気合いで……) 「ちょっと、左手は猫の手にしないと危ないわよ!」 「へ?」 「あ、す、すみません! すぐに実行します」 「ニャー!」 頭を引っぱたかれる。 「おいコラ! こっちは包丁持ってるんだぞ! あぶないだろうが」 「なんで最初に半分に切らないのよ!?」 俺の美学です。 「……あんた、調理実習とか楽してたわね?」 「ああ、俺は専ら食う係だったからな」 「だから俺に包丁を握らせるのは非常にリスクが……!!」 「たしかにこれじゃ危ないわよ……」 「お、おい……」 「いい? 最初は半分に切るのよ?」 「次にまな板と水平になるようにたまねぎを切っていくの」 そう言いつつ後ろから俺の手に自分の手を重ね、ゆっくりと実演してみせる理奈。 背中越しに感じる理奈の体温と、その密着した胸の感触に一瞬気を取られる。 (母ちゃんの目の前で、これは恥ずかしいィィ……!!) 「この時に全部切らないで、ギリギリのところで止めておいて……」 「それを何回か繰り返したら次はまな板と垂直にどんどん切っていけば簡単にみじん切りになるわよ」 「おお、すげぇ!」 「ほら、あと半分あるから自分でやってみて」 「が、頑張ります……!!」 「あんた、今から理奈ちゃんの尻に敷かれそうね〜」 「ああ、俺はそれでも良いと思っている」 「ほらよそ見しないの! 包丁持ってるんだから!」 「はい! すみません!!」 「あらあら……ふふっ」 その後も、若干俺の母ちゃんに緊張していた様子の理奈。 それでも俺と一緒に料理出来るのが楽しかったのか、理奈は終始俺の横で嬉しそうに笑ってくれていた。 「それじゃいただきましょうか」 「いただきまーす」 「い、いただきます……」 ついに完成した、俺たちのスペシャル晩ご飯。 メニューはおろしハンバーグに、じゃこと大根のサラダ。 あとはほうれん草のおひたしに、わかめと豆腐の味噌汁だ。 「それにしても、料理も出来てお行儀も良くて……理奈ちゃんってホントいい子ね」 「早くお嫁さんに来てほしいわー♪」 「っ!? ……! んー……!」 「だ、大丈夫か、ほら水!」 突然の話にビックリしてむせる理奈。 お、おい、マジで喉に詰まったら洒落にならないから勘弁してくれ。 「いきなりだな、俺は大歓迎だけど理奈がビックリするだろ」 「私は思ったことを言っただけよ?」 「理奈ちゃん大丈夫?」 「ケホッケホッ……は、はい……」 「そ、そんな結婚なんて……」 「え? 結婚を前提に、とかそうじゃないの?」 「もしかしてあんた、遊びで付き合ってんじゃないでしょうね!?」 は? そんなわけないだろ……!! 「アホか、真剣に付き合ってるに決まってるだろ」 「というか告白したのは俺の方だ、これが遊びで付き合っている男の顔に見えるか?」 「じゃあお嫁さんは理奈ちゃんで決定?」 「うん。それはもう」 「ちょ、ちょっと……!」 「あらあら、これ以上はからかい過ぎちゃうからやめとこうかしら」 理奈と結婚……? この俺が……? (どうしよう、超したい) 多分俺、こいつのためなら一生働いていける自信がある。 これは冗談でもなんでもなく、最近理奈を今よりももっと幸せにしてやりたいと考える機会が増えてきた。 (そのためには、マジでもっと良い男にならないとォォォォ!!) 神様、これからはちゃんと将来を見据えて勉強に励みます。 「それより、三人で作ったハンバーグのお味はどう?」 「はい、とっても……美味しいです……」 「一人で作って食べるより……何倍も美味しいです」 「ふふっ、寂しくなったらいつでも来てね?」 「あんたも、理奈ちゃんのこと寂しがらせちゃダメよ?」 「大丈夫」 「そこについては超自信があります」 毎晩ちゃんとメールもしてるし。 「………」 「そういえば、この前ね……」 そのまま、俺の母ちゃんを中心に会話が弾んでいく。 普段は二人か一人で夕食を食べるので、こうして三人で食卓を囲めるのは俺もかなり嬉しかった。 もし仮に、このまま俺が理奈と結婚すれば…… そのときは本当に、いつか家族全員で食卓を囲める日が来るのかもしれない。 「ねぇ……ぼーっとしてるけど、大丈夫?」 「ふふっ、理奈ちゃんのことでも考えてたんじゃない?」 「え……?」 「正解だ」 「ちなみに俺は、いつだってお前のことばっかり考えてるぞ?」 当然エロい妄想も含めた話だったが、理奈はそんな俺の台詞に…… いつもどおりの笑顔を向けてくれるのだった。 夕食の片付けを終え、3人でゆっくりテレビを見ながら談笑する。 時刻は夜の9時をまわり、そろそろ理奈が帰る時間だ。 「あの……遅くなってしまったのでそろそろ帰りますね」 「あら、もうこんな時間?」 「じゃ俺、理奈送ってくるから」 「はいはい、いってらっしゃーい」 「ついでにそのまま、今夜は帰らないから」 「はーい」 「えっ!? ち、ちょっと……!」 「あれ、駄目?」 「無理なら今日は遠慮するけど」 「だ、ダメじゃないけど……その……」 「なら決定!」 そう言って、少々強引に理奈の手を取る。 「ごめんな?」 「でも俺、今夜はもう少し一緒にいたい」 「ふふふっ、気をつけてね〜」 顔を真っ赤にしつつも、俺の言葉に無言で手をギュッと握ってくる理奈。 何かこっちに言いたそうな顔をしていたが、それでも少し嬉しそうな顔をしていた。 「お邪魔しまーす!」 「はは、理奈には悪いけど、なんかこっちの方が落ち着くわ」 デートの時に買ったマグカップもあるし、自然にこの部屋にも俺の私物が増えてきた。 最初は遠慮していたものの、理奈的にはむしろ嬉しいとのことで最近は完全に甘えてしまっている。 「お邪魔しまーすじゃないわよ……」 「そこ、正座!」 「え、なんで?」 「いいから!」 「は、はいっ!」 瞬時に正座する。 「で? どうしたよ」 「どうしたよ、じゃないわよ! なんでおばさまの前であんなこと言うわけ!?」 「俺はもうリア充だからな、たまにはあんな台詞も言ってみたかったんだ」 「それに今日は朝からずっと一緒だっただろ?」 「だからさ、どうせならこのまま、今日は丸一日一緒にいたいなって思って」 「そ、それは嬉しいけど……恥ずかしいでしょ!?」 「そうか?」 「だいたいねぇ……!」 余程恥ずかしかったのか、どこか照れつつもプリプリと怒り出す俺の彼女。 ちょ、ちょっと待て、気持ちは分かるけど少しは落ち着こうじゃないか。 「はいはい!! 質問です!」 「それじゃあ今夜は普通に送るだけで良かったのか?」 「そ、そうは言ってないじゃない……」 「私も……こうやって夜まで一緒にいられて嬉しいわよ……」 「さすが理奈」 「超愛してる」 俺から全力で抱きつく。 「でも、よく自分の親の前で泊まってくるなんて平気で言えるわね……」 「こういうのは開き直りが肝心なんだよ。後で色々言われるよりは100倍マシだろ?」 「それにこの方が親公認って感じがして、なんかいいじゃん」 「もう……バカ」 そう言いつつ、今度は理奈が俺に抱きついて来る。 いつもこいつの腕が背中にまわると、釣られるように俺も理奈を抱きしめてしまう。 「………」 「今日は、ありがとな」 「俺の母ちゃんも喜んでたし……」 「それに……」 理奈を真っ直ぐに見つめて言う。 「お前が俺の家で楽しそうにメシ食ってるのが、なんか……嬉しかった」 「なんて言うか、本当にお前が……」 「俺の、特別な人になったような気がして……」 な、何急に変なこと口走ってるんだ俺。 こんなこと一々口に出さなくても、もう十分にこいつは俺の特別な人のはずなのに。 「は、はは……ごめん。なんか急に変なこと言って」 「と、とにかく! また今日みたいに、うちでメシ食おうな!」 「……うん!」 「私も、あんな風にご飯食べられて……嬉しかった」 「一人暮らしだと、食べててもつまんないし……」 「………」 (理奈……) 俺の頬に、理奈の細くて白い手が触れる。 間近に感じる、自分の彼女の甘えるような小さな息遣い。 「ねぇ……」 「キス、して?」 「ああ」 理奈の腰に手を回し、グッと力を入れ唇を重ねる。 「ちゅっ……んっ、……はぁっ、ちゅ……」 「……もっとぉ」 「いっぱい、しよ……?」 「どうした? 急に甘えたくなったのか?」 「……んちゅっ、ちゅ……ちゅっ……」 俺の質問に答えたつもりか、そのまま求める様にキスを続ける理奈。 さっきまで俺の方が強く抱きしめていた形が、今は逆転し完全に理奈に押される形になる。 「お、おい理奈……」 「胸……あたってるぞ……」 「我慢、出来なくなっちゃう?」 理奈の大きくて形の良い胸が、俺の意思も体も興奮させる。 「でも、もう少しキス……して?」 「もっと甘えたいの……」 「………」 「どうなっても、知らないからな?」 「ん……、ちゅ、んん……」 理奈が全力で甘えてくる。 俺もその期待に応えるよう理奈の歯を舌でノックし、その後は強引に彼女の口内に舌を侵入させる。 「ん……んん? んんっ!? ちゅ…じゅるる……ん……じゅるっ、ちゅ……舌……入って……」 「好き……恭介ぇ……ちゅっ、れる……じゅるる……」 「好き……ちゅっ、れる……じゅるる……」 もっとして欲しいという意思表示か、俺の舌の動きに合わせピクンと身体を震わせる理奈。 スカートの下に手を入れてみると、その熱く火照った秘部の上をショーツの薄い生地が俺の指に合わせてぬるりと動く。 「理奈、もう濡れてるぞ……」 「それに俺、もう我慢出来ない」 理奈の手を掴み、一度キスを中断させる。 「ねえ、今日はちょっとやってみたいことがあるんだけど……いい?」 「ん?」 やってみたいこと? 「良いけど、何するんだ?」 「とりあえず、あんたはベッドに座って待っててもらっていい?」 「あ、ああ……」 完全に勃起した俺をその場に残し、理奈が小さい鞄を持って脱衣所へ走って行く。 やってみたいことってなんだ……? いきなりロープで縛れとか言われても、俺やり方とか全然わかんないぞ? (ま、まさか……! 俺が逆に縛られるとか……!?) 俺の彼女は一体どんなプレイをご所望なのか。 股間を押っ立てたまましばしその場で考え込む。 「ねえ、そっちで電気消してもらっていい?」 「いいけど、暗くなってベッドまでちゃんと来れるのか?」 「私の家なのにそっち行けないわけないでしょ?」 「あと、電気消したら目つぶって! 絶対見ちゃダメだからね!」 「へいへい」 ここは言うとおりに目をつぶる。 理奈は勘が良いから薄目を開けてもどうせするにバレるだろうし。 「もうちょっとそのままつぶっててくれる?」 「へいへい」 「一体何する気……」 「こういうこと♪」 「俺の気のせいじゃなければ、理奈がどんどんエロい彼女になっていってる気がする」 「そうさせてるのはあんたでしょ?」 「それにエッチな私は嫌い?」 「超好き」 「むしろ嫌いな要素なんていくら探しても見つからない」 「えへへ……♪」 「一応って感じでフェラの特集とか見といてよかった♪」 「上手すぎてどうやって練習してるんだって思ったぐらいだったからな」 「まあバナナとかが典型的だけど、私の場合はイメトレかなー」 「……イメトレだけ?」 「うん」 さすが理奈、もしかしてこいつこっち方面の才能もあるんじゃ……! (イメトレだけであそこまで気持ち良くしてくれるとは……) やっぱり俺の彼女は、妙に器用というか何をやっても上手くこなせてしまうらしい。 「ブルマの効果もあったとはいえ、やっぱりお前はすごいやつだなあ……」 「あ、そういえばあのAVさ、最近見てたの?」 「………」 「別に見てても怒らないから正直に教えて?」 「は、はい……」 「お、一昨日使いました……」 「じゃあ、今度からしたくなったら私に言うこと!」 「AVに負けたみたいでなんか悔しいから」 「お、おう……」 理奈にしては、ちょっと意外なことを言ってくる。 付き合う前のこいつなら、そんなものいくら見たって構わないとか言ってきそうなものなのに。 「でも理奈、お前ブルマなんてどうやって用意したんだよ」 「あーあれ? なんか雑誌の付録についてきた」 「ブルマと体操服が!?」 「そ、私が買ったわけじゃないんだからね?」 すげえな! お前普段からどんな雑誌読んでるんだよ!! というか付録で体操着がついてくるってどんな雑誌だよ! 「でも、もし着て欲しいような服あるなら、一緒に見に行ってあげるよ?」 「マジで?」 今この瞬間、様々な夢が俺の脳内に広がる。 体操着だけでも大興奮なのに、これは非常にありがたいお言葉……!! 「ありがとう、でも理奈もちょっとそういうのに興味あるとか?」 「ううん、そうじゃないよ?」 「あんたの嬉しそうな顔が見たいからするの♪」 「今日だって、最初は驚いてたけど嬉しそうだったし」 「ははっ、たしかにそうやってやってくれるのは嬉しいけどさ」 「俺はこうやって理奈と一緒に居られるだけで幸せだから、無理してすることないぞ?」 「うん、無理な時は無理って言うわよ」 そう言ってぎゅっと抱きついてくる理奈。 まったく、俺の彼女はこうしていつも嬉しいことばかり言ってくれる。 「ホント、お前は最高の彼女だよ。理奈」 「耳に息かかってくすぐったいよ」 「ごめんごめん」 今も大事にしているけど、これからはもっと理奈のことを大事にしよう。 そう思いながら、今夜も大好きな理奈と抱き合った。 「ふんふんふーん♪」 今日は久しぶりに駅前で一日中バイトをしていた。 理奈も今日は夕方までバイトなため、仕事が終わったら一緒に帰る約束をしている。 それにしても…… (彼女がいるって、すげぇなあ……) 最近、改めてそんなことを実感している俺。 今日だって、理奈のためにせっせと働いたと思えば、今でも十分に体が軽く感じるから驚きだ。 実際のところ、最近は理奈の部屋で食事をすることが多くなった俺。 なので俺としては、あいつの負担にならないよう、食費だけはせっせと働いて多めに渡すようにしている。 これって冷静に考えてみると、ある意味同棲と何も変わらないんじゃ…… 「あれ? もうそっちは仕事終わったのか?」 「うん、そっちももうすぐ仕事終わりでしょ?」 「ああ、あと10分くらいかな」 「今最後の後片付けしてるところだから、すぐに終わると思う」 「ホント? じゃあ待ってるから一緒に帰ろ?」 「おう」 「じゃあ、私は向こうで待ってるから」 「ナンパには注意しろよ〜!」 そう言うと、笑顔で手を振り返してくる理奈。 その可愛い笑顔に癒やされつつも、周囲の人間までそんな俺の彼女の姿に注目し始める。 「お、彼女かい? 甲斐甲斐しく待ってくれるなんて良い子じゃないか」 「熱々だねぇ……。しかも可愛いじゃないか」 「ええ、俺には超もったいない、世界最高の彼女っす」 それなりに愛想を振りまき、俺も理奈に向かって手を振る。 「よし」 「それじゃああと10分。一気に終わらせましょう!!」 他のスタッフも巻き込み、せっせと仕事を片付けていく俺。 自分一人の生活とは違い、理奈がそばにいてくれるだけで何倍も仕事が捗った。 「ただいま〜」 「ただいまー。ふふっ、もうすっかりこの家の住人ね♪」 バイトが終わり、そのまま理奈の部屋に直行する俺。 初めは遠慮していたが、最近は理奈の可愛いわがままにより暇さえあればこうしてここに泊まって二人で過ごすようにしている。 (今月は、食費だけじゃなくて光熱費も出さないとな) 金の切れ目は縁の切れ目。 ここだけはいくら理奈が優しくしてくれても、俺は絶対に甘えるわけにはいかない。 「さ、早くお風呂入っちゃお?」 「いつも通り先に入っちゃって?」 「了解」 とりあえずこの場でシャツを脱いでしまう俺。 理奈は理奈でキッチンの奥で服を脱ぎ始める。 「なあ、いつも不思議に思ってたんだけどさ」 「どうせ一緒に風呂入るのに、何で毎回着替えだけは別々にしないといけないんだ?」 「恥ずかしいからに決まってるじゃない」 「裸は恥ずかしくないのか……」 「裸も恥ずかしいけど、着替えを見られるのは余計恥ずかしいというか……」 「も、もう……! いいから早く入っちゃって!!」 「へいへい」 俺の彼女には謎が多い。 一緒に寝食を共にするようになった影響で、最近は着替えの話以外にも不思議な理奈ルールを知る機会が増えた。 例えば寝るときや二人で外を出歩くとき、理奈は必ず俺の右側にいないと落ち着かないらしい。 デート中も常に右から俺の腕に抱きつき、夜も右から俺に抱きついて眠りにつく。 男としては外出時に車道側を彼女に歩かせたくはないのだが、ここに関しては頑なに拒まれ続けている。 (あと、夜は俺が先に寝ようとするといつもいじけるんだよな……) 人によっては面倒に感じるかもしれない、そんな理奈の様々な姿や一面。 でも俺はどれも嫌に感じるどころか、むしろ自分だけが知っているあいつの姿が増えたみたいで嬉しかった。 (よし……) 先に風呂に入ると見せかけて、こっそりと理奈の様子を窺ってみる。 今まで何度も理奈の裸は拝んでいるが、あいつの裸はいくら見ても飽きることはない。 「おーい、理奈ー! さっさとお前も来いよー!」 「フーン♪ フフンフフーン〜♪」 何やら楽しげに鼻歌を歌っている理奈。 可哀相に、やつはここから鏡越しに自分の裸を見られていることに気づいていないらしい。 玄関の横にある、縦長の大きな鏡。 普段はあいつが外出する前に服装のチェックに使う物だが、今は俺の邪な願望に付き合ってもらっている。 「理奈、実は今までずっと言ってなかったんだが……」 「んー? 何ー?」 「そこ、洗面所から鏡越しに丸見えなんだよね」 「おかげでお前の美しい裸体もここからバッチリ……」 「………」 「出来る事なら、鏡越しじゃなくて直接この目で拝みたいぞ?」 「………」 「………」 (うおっ……!?) なぜか突然、理奈に半立ちしたチンコを握られる。 「ちょ、ちょっと理奈さん……!? これは一体……」 「……今までなんで言わなかったのよ」 「いや、それは俺の私欲を満たすために決まってるだろ」 「ていっ!!」 「ヒギィィ!!」 さらに強く握られる。 「着替えのことは忘れなさい……! いい!?」 「さもないとコレがどうなっても……」 「って何硬くしてんのよ!?」 「しょ、しょうがないだろ! こんな状況で握られたりしたら、普通男なら誰だって大きくなるって」 「と、とにかく忘れなさいよ! ……もう」 な、謎だ……! エッチ中は好きなだけ触らせてくれるのに、着替え中は駄目とか意味がわからな過ぎる。 「あ、あの……理奈……?」 「申し訳ついでに俺のココ、完全にフル勃起状態になってしまったんですが……」 「……知らなーい。ふんっだ」 「そ、そこをなんとか……!」 「理奈様……! 理奈様ァァァァ!!」 「着替え見てた罰でおあずけね」 「今度から着替える時どうしようかな……」 (い、言わなきゃ良かった……!!) 彼女専用メンタルブレイク技、『エッチ拒否』 俺はこの日、自分の軽率な行為に対し、心の底から後悔した。 入浴後、いつものようにテーブルの上には理奈の手料理が並ぶ。 今夜のメニューは豚冷しゃぶサラダに大根とほうれん草の味噌汁、それから五穀米をブレンドした炊き込みご飯だ。 最近は理奈が料理をし、食後の後片付けは俺が担当している。 「おお〜! 今夜もまた美味そうなものがいっぱいだな」 「私の手料理だもん。美味しいに決まってるでしょ?」 「はは、まあな」 「でもさ、さすがにそろそろ俺にも料理の手伝いをさせてくれても……」 「たまねぎのみじん切りも見てて危なっかしい人に手伝ってもらえそうなことなんてないわよ」 「うっ……」 「そろそろ忘れてくれよ。俺だってみじん切りくらいならもうちゃんと出来るって」 先日、俺の家でハンバーグを作ったときの話を持ち出してくる理奈。 あのですね、俺も人間の端くれ、ちゃんと練習すればそれなりに上達はするんですが……! 「あ、あのさ、本当に俺に手伝えること、一つもないの?」 「うん」 バッサリ。 「あの、それでも何とか俺なりに手伝いたいんですが……」 「野菜洗うだけでもいいよ!? 冷凍した肉だって、俺レンジでちゃんと解凍出来るよ!?」 「うっ、そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでよ……」 「くぅ〜ん! くぅ〜ん!」 「………」 「……わ、わかったよ! 今度一緒になんか作ろ?」 よっしゃああああああああ!! 「さすが理奈様!! 話が分かっていらっしゃる!!」 「そうと決まれば、明日から早速神のごとく野菜を洗う練習を……!!」 「た・だ・し! 危ないって思ったら即待機させるからね!?」 「お、おう……」 俺の男の手料理デビューはいつになることやら。 俺は理奈に真面目に心配されつつ、将来は必ず料理が出来る男になろうと決意するのだった。 「ごちそうさまでした〜!」 時刻は夜の9時過ぎ。 食べ終わった食器を軽く洗い、理奈と一緒に一息つく。 「あ、もう始まっちゃってるじゃない!!」 「ん? なんだ? 見たいテレビでもあるのか?」 「早くこっちきて一緒に見よっ!」 「お、おう」 「わかったからそう急かすなって」 理奈に引っ張られ俺もソファに座る。 「へへー♪ やっぱこういう風にテレビ見ると落ち着くなぁ……♪」 そう言って、満面の笑みで俺の腕に抱きついてくる理奈。 個人的には理奈の笑顔と胸の感触が同時に楽しめて、男としては二度美味しい。 (恋愛トークバラエティ、男と女の本音道場……?) 「理奈って、こういう番組好きだよな」 理奈と付き合う前は、こういった番組にはまるで縁がなかった俺。 今となっては共感できる話もちょこちょこ出てくるため、全く面白くないという状況にはなりづらい。 バカップルのメールチェックコーナーや、修羅場を題材にしたショートコントは個人的にも結構面白いと思う。 「さあ、続きまして『ショック! 彼氏に……浮気されました!』のコーナーです」 「………」 「浮気かあ……」 なぜか『浮気』という言葉に反応する理奈。 「前はこれも笑いながら見てたけど……、今は笑ってられないのよね……」 「え、何でだよ」 「悪いけど俺、一度も浮気したいなんて思ったことないぞ?」 「というかそういう願望そのものも無いっぽくて、俺自身結構驚いてるくらいなんだけど」 「浮気されたら二度と立ち直れなそうね……」 「あの、人の話聞いてます!?」 勝手にマイナス思考が働き始める理奈。 俺の彼女は、一度こっち方面にスイッチが入るとなかなか帰って来られない。 「ねえ、絶対浮気なんてしないでよ……?」 「だからしないって言ってるだろ? というか俺、浮気する動機がそもそも無いんだって」 「こんなこと言うのもあれだけど、俺はもうお前とこうして付き合ってる時点でゴールしたも同然なんだって」 「この番組みたいに、浮気するとかしないとか……」 「なんかもう、そういうことを考える次元ですらない感じなんだ」 「ホントに……?」 「ああ、本当だ」 「お前、今よりもうちょっと俺に愛されてる自覚、持った方がいいぞ?」 そう言って、理奈を安心させるように軽く頭を撫でてやる。 「大体さ、なんでそんなに不安になるんだよ。俺からすればむしろそっちの方が不思議だ」 「彼氏はね、彼女の心を情緒不安定にさせる生き物なの。良くも悪くも」 「へえ」 「そういうもん……?」 「そういうもんなんです」 「ま、これは私の持論なんだけどね」 「ふーん、持論ねえ……」 まあそこら辺の話はわからなくもない気がする。 俺も本当にたまに、こいつのことが好き過ぎて、いつか嫌われやしないかとすごく不安に思うこともあるし。 「ん……?」 (落雷注意報……?) 「え……?」 「うわぁ、これから大雨らしいな……」 「……って、理奈?」 「………」 明らかに怯えている様子の理奈。 目が泳ぎ、かすかに体が震えている。 「ごめん、ちょっといいか?」 「え……、ち、ちょっとぉ……!」 空の様子を見るために、一度カーテンと窓の間から外の様子を眺める。 「ああ……こりゃあ本当に嵐が来そうだな……」 「というかもう雨も降って……」 「イヤァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」 「お、おい! 大丈夫か! どうした理奈……!?」 「……っ……っ」 「え、まさかお前……」 「雷ダメな人……?」 さっきよりも目に見えて体を震わせている理奈。 今度は俺の体にしっかりとしがみついてくる。 「む、昔から雷ホント駄目なの……! ひぐっ!!」 「もぉぉぉぉいやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 「お、おい! 部屋の中で走るとあぶないぞ……!」 「そ、そんなことはいいから!! こっち来てー!!」 部屋の隅で、そう叫びながら俺を呼びつける理奈。 「………」 「はは、なんかさ、お前って結構弱点多いよな。プールとか雷とか」 とりあえず、理奈が今にも泣きそうなので側に寄ってやる。 「いい!? 絶対に側にいてよ!?」 「わかったわかった」 そう言って、すぐに俺の腕にしがみついてくる理奈。 風呂上がりのせいか、一々良い香りがしてくるのでちょっと興奮する。 「なあ、雷のどこら辺がダメなんだ?」 「え……? 全部ぅ……」 「いや、音とか光とか色々とあるだろ」 「全部なのぉ!!!!」 「お、おう……そうか……」 プール同様、何かトラウマでもあるのか怯え方が尋常じゃない理奈。 あまりにも必死な感じなのでちょっとビックリした。 「ヤバいな。さっきよりも雨が強くなってきたぞ」 「これ、普通に台風なんじゃないか?」 「雨だけでいいよぉ……雷どっか行ってよぉ……」 「台風なんて知らないわよぉ……」 「ははっ、理奈、お前今小さい子供みたいになってるぞ?」 本人には悪いが、こんな理奈の姿も可愛く見えてしまう俺。 震える理奈に頼りにされるのも、これも彼氏の特権か。 「ま、またっ……!?」 「音の大きさからすると、まだまだ遠いんじゃないか?」 「そ、そうなの……? ホントに……?」 「ああ、多分だけど」 「………」 ……… 「ドーーーーーーン!!!!!」 「ニャアアアアアアアアアア!!!」 「うおおっ!?」 「ちょ、ちょっと待った! 今のは悪かった! 冗談だって冗談!!」 「ば、バカバカバカー!! こっちは本気で怖いんだからね!?」 「ヤァアアアアアア!!!」 「すげえ。今のは絶対近くに落ちたな」 「な……なんであんたそんなに平気でいられるのよぉ……!?」 「いや、だって雷楽しいじゃん」 「なんかこう人類の英知を超えた自然エネルギー万歳って感じでさ、無駄にワクワクしてくるんだけど」 「そんなワクワク、ゴミ箱にポイしなさい! ポイ!!」 「はは、男のロマンはそう簡単にはポイ出来ないんだなこれが」 もうバラエティ番組どころではないので、とりあえずニュースをつける。 天気予報では、このまましばらく悪天候が続いた後夜中には雨もやむらしい。 「理奈、これ台風じゃないらしいぞ?」 「このまま我慢すれば、夜中には雷雲もどっかに行くってさ」 「ほ、ホント!?」 「ああ、テレビ見てみろよ」 「では、現場からの中継です。現場の寺島さーん!」 「はい! こ、こちら現場です! 非常に発達した雨雲がうおぉっ!?」 「て、寺島さん!? 寺島さーん!! 返事してくださーい!」 「……え? おい嘘だろ!? わ、わかりました……」 「えっと……現場との中継が途絶えてしまいましたので、次のニュースに移ります」 「………」 「………」 「テ……テレビのバカー!!」 ここでまさかの寺島放置。 「おいおい、いくらなんでもタイミング悪すぎだろ」 「というか普通に救助隊呼べよ。今の完全に川縁だっただろ」 「そ、そっちもそうだけどなんで雷が映るのよぉ……」 「実はお前、雷に好かれてるんじゃないのか?」 「ここは空気読んで是非とも雷属性ガールに……」 「空気読んでないわよ!」 「もうテレビいやーーーー!!」 俺からリモコンを引ったくり、すぐにテレビを消してしまう理奈。 「はは、まあ落ち着けって。俺が側にいるから平気だろ?」 「うぅ……、なんで今日に限ってこんなに雷鳴るのよぉ……」 「まあ確かに、数だけならやたら多いな」 さて、とりあえずどうするか。 このまま気を紛らわすためにゲームでもして…… 「あ」 「お、おい理奈!! お前洗濯物出しっ放しだろ!!」 すぐに気がついて窓際に駆け寄る。 そうだそうだ、今日お互いバイトに行く前に洗濯をして…… 「へっ!? ちちちょっと何考えてるの!?」 「洗濯物取り込んでくる。もう手遅れだけど、野ざらしにしておくわけにもいかないだろ?」 「ほ……ホント無理だからやめて……? ね?」 「大丈夫だ! 音が怖いなら耳を塞げ、光が怖いなら目を閉じるんだ理奈!」 「うぅぅぅぅ……!」 すぐに俺の背中にしがみついてくる理奈。 俺が窓を開けないようにと全力で後ろから抵抗してくる。 「は、離せ理奈……! お前の下着が雷の直撃を受けたら大変だろ……!?」 「ついでに少し換気しようぜ、お前換気扇も止めてるから俺……」 「やぁだ! 絶対ヤダヤダ! 換気扇もダメー!」 「わ、わかったから洗濯物だけは取り込ませろ。気になってこのままじゃ夜も眠れん……!!」 「やぁぁぁー!! ホント、駄目ェェーー!!!」 「そ、そんなことしたら当分エッチなしにするからね!!」 「ええ!? それはマジで勘弁して欲しいんですけど!!」 「ひぅっ!?」 「お……?」 停電か。 こりゃ近くに落ちたな。 「ひっ、ヤダヤダヤダ!?」 「お、落ち着け、ただの停電だ」 「そんな事言ったって何も見えないんだよ!?」 「明かりがあったからまだいいけどムリムリムリ……!」 「これで雷なんて鳴ったら……!」 「ひぃっ!? もう……いやあああ……ぐすっ」 「ひぐっ、ぐすっ……雷どっかいってよぉ……」 「わかったわかった。もう洗濯物は諦めるから」 すぐにケータイを取り出し、その明かりで部屋を若干照らす。 ポケットから携帯を取り出し、液晶を明るめにして理奈を照らす。 「ほら、これで少しはマシになっただろ?」 「それに停電なんて、部屋の電気消したのと同じでそんなに怖がるようなもんでもないって」 「うん……」 「………」 「ほら、こっち来いよ」 「悪かったよ。もう怖がらせたりしないから、二人でここでじっとしてようぜ?」 「………」 「あと2時間もすれば収まるから、それまでずっと俺にくっついてろ」 理奈を安心させるように、その場でしっかりと肩を抱いてやる。 なんかこうしてると、不安げに水泳に挑戦していたあのときの理奈のことを思い出す。 「……こんなカッコ悪い彼女でごめんね」 「何言ってんだ、そんなこと言い出したら俺の方がよっぽどカッコ悪いだろ」 「それに、女子はいくらか弱点がある方が絶対に可愛いって」 「その証拠にほら、今俺、ちょっと嬉しそうな顔してるだろ?」 「うん……」 「俺たち、もう他人じゃないんだからさ」 「彼女は、無条件に彼氏を頼って良いんだ。だから俺の前でカッコ良いとか悪いとか」 「あんまり、そういうこと気にするなって」 「……ありがと」 やっと安心出来たのか、すぐに力を抜いて俺に体を預けてくる理奈。 料理も普段から任せきりな俺は、こういうときに頼って貰えるとちょっと嬉しい。 (よし、今日は雷記念日とでも名付けよう) 「………」 (ん……?) 今一瞬、カーテン越しに何か見えたような…… 「え……、どうかしたの……?」 「いや、気のせいか……」 「なに……? 怖いからちゃんと言ってよぉ……」 「ああごめん。何か今、ベランダに何かいたような気がしてさ」 「一瞬外が光ったとき、なんか変なシルエットが見えた気がして……」 「……嘘よね?」 「ま、まあ俺の見間違いだと思うけど……」 「………」 「………っ」 (か、カマキリ……?) 窓とカーテンを隔てた先に、雷をバックにしてカッコ良くポーズをキメているそのカマキリ。 「て、テメェェ!! カマキリの分際で脅かすんじゃねェェ!!」 マジでビビった、雷効果で理奈じゃなくてもアレにはビビる。 「お、おい、大丈夫か理奈」 「………」 ザ・放心状態。 「……っ、ひぅ……」 「お、おい。マジでしっかりしろ、今のはただのカマキリだカマキリ」 「ほら、もう大丈夫だから顔上げて……」 「ムリムリムリムリムリムリ……」 「はは……これは重傷だな……」 もう完全に怯えきってしまい、このまましばらく動けそうにない理奈。 そんな自分の彼女を抱きかかえ、ゆっくりと再びソファの上に座らせる。 「少し、雨も弱くなってきたな」 「うん……」 「この調子で、雷もすぐに止んでくれるといいんだけど……」 「もうややぁ……。おうちかえるぅ……」 お前の家はここだろ。 「ほらほら、そんなに怖いならもう今夜はさっさと寝るぞ」 「さっさとベッドにいったいった」 「うん……」 俺に諭され、すぐに寝間着に着替え始める理奈。 当然また雷が鳴ったらパニックを起こすので、今だけは特別に俺の横で着替えてくれた理奈だった。 「………」 「また私弱み見せちゃったね……」 「またその話か……?」 「誰だって弱みの一つや二つ、普通に持ってるもんだろ」 「そうはいうけどさぁ……」 「逆に恭介に弱点ってあるの?」 「逆にそっちは弱点ってあるの?」 「え? 俺の弱点?」 「うーん、そうだなあ……」 ギャグで返そうとも思ったが、ここは空気を読んで真面目に考えてみる。 弱点……弱点…… 俺のウィークポイント…… 「そうだな。俺に弱点があるとすれば、それはたぶん……」 「理奈、お前だ」 「私……? なんで私が弱点なの……?」 「理由は至って単純だ」 「俺、今お前に振られたら、絶対に立ち直れる自信ないし」 「仮にお前が誰かに誘拐されたり、重い病気にでもなったりしたら……」 「俺……たぶん本当にお前無しじゃ生きていけない気がする」 俺は本当に理奈のことが好きだ。 愛してる。 だからこそ今俺から理奈を取り上げたら、それはどんな弱点よりも俺の心を直接壊す要因になる。 「ちゅっ……」 「私があんたを振るわけないじゃない……」 「こんなに好きな人と一緒にいるのが幸せに感じてるのに、さ……」 「別れるとかありえないでしょ」 「ありがとう」 「俺、本当にお前に告白して良かった」 「私も同じよ……」 「恭介とは絶対に離れたくないから……」 「あんたとは絶対に離れたくないから……」 「ずっとそばにいるから安心して?」 そのまま、二人きりのこの部屋でしばらくキスをする。 気がつけば雷も完全に止み、俺たちは朝までいつものようにお互いの体を抱き合って寝たのだった。 とある登校日。 今は夏休み中にもかかわらず、こうして平日に登校日があるのが城彩学園の特徴だ。 「今って夏休みよね?」 「うん、そうだよね」 「なのに登校日多いし、こんな宿題も多いわけ!? 夏休みって何!?」 「俺も野々村の意見に同意するぞ!」 「夏休みなんて名ばかりで……」 「しっかり朝から授業してんじゃねーぞこのアホ学校ォォォォ!!」 ここで俺の不満も爆発する。 夏休みって長期休みだろ!? 間にちょこちょこ学校に呼ばれたんじゃ意味ないと思うんだが。 「面倒にもほどがある! こんなの夏休みと言えるのか!?」 「おかげでこっちは毎晩徹夜でゲーム出来ねーじゃねーか!!」 「それは仕方ないわよ。そういう学園なんだから」 「休ませろよー。学生だって休みたいんだよー」 「でも、お勉強だって大事だし……」 勉強なんて、夏休みが終わってから頑張れば良い。 俺たち学生は、もっと夏の間に経験しなくちゃいけないことがたくさんあるんだ! 「せめて宿題だけでも無くしてよ! なんで夏休みの宿題プラス登校日にも普通に宿題配ってるわけ!?」 「あー、それは私もちょっと同意」 「でしょう!?」 「たしかにちょっと多いよね……」 「学校に顔を出す度に増える、宿題の連鎖……」 「こんなんじゃ夏休みの宿題なんてできるわけないじゃん!」 まったくだ。 というかどんどん増えるこのシステムだけは勘弁して欲しい。 「でも普通に夏休みの宿題だけでも終わらないんでしょう?」 「うぐっ!」 「ま、まあそうなんだけどー」 「っていうか、だいたい夏休みの宿題って夏休み終盤に一気にやっちゃわない?」 「それはよく聞くわね。私はそれなりにやるけど」 「私も毎日ちょっとずつやってるかな」 「マジで!? 定番だよ!? なにやってんの!?」 「これだから真面目属性の連中は!」 俺なんて桃に金払ってやらせているというのに……! 「だって、ねえ?」 「うん、あとで苦しいのは自分だもん」 「うえー、私には無理だ!」 「俺にも無理だ。とてもじゃないがそんな真似は出来ん」 ちょっとづつ続けるのがどれだけ苦痛か。 似たような意味で日記すら満足に続いたことがない俺。 「そこで私は考えました! いっそみんなで一気に宿題を片付けちゃえばどうでしょう!!」 「はい?」 「そういうのって、みんなで集まったら結局勉強しないで遊んじゃうってオチにならない?」 「大丈夫! そのために綾部さんも呼ぶつもりなんだけど、望月さんから誘ってもらえない?」 「まひろ?」 「そうそう、綾部さんよくウチのクラス来るじゃん? それでそれなりに接点はあるし」 「なにより綾部さんって真面目だし勉強も出来るでしょ? 多分綾部さんがいてくれれば遊びに走ることはないはず!!」 「そういうもんかしら?」 残念だったな野々村。 綾部はサボると決めたら全力で遊びまくるやつだぞ。 何時ぞやの、理奈の部屋で勉強会したときもそうだったし。 「うーん……」 「大丈夫です! 絶対に!!」 「私は特に問題ないわよ?」 「綾部さん!」 「聞いてたの?」 「ええ、いいじゃない。協力するわよ?」 「そっか、じゃあ私もさんせーい。たまには大勢でワイワイ勉強するのも楽しいんじゃない?」 「はい決定!!」 「野々村、お前今日めっちゃテンション高いな」 集団勉強会に便乗して、他人の宿題を写す作戦か。 最近、こいつの性格も何となくわかってきた気がする。 「でもいいのかなあ……」 「どうかした? なんか用事でもあった?」 「ううん、そうじゃないんだけど……」 「大丈夫? 望月さんこのあと予定とかあるんじゃ……」 「うん、気にしないで♪」 そう言って、平気平気と笑ってみせる理奈。 ああなるほど、陽茉莉のやつ俺たちに気を遣ってくれてるのか。 一応付き合い始めではあるけれど、そこまで気にしなくてもいいのに。 「あなたもどう? 彼氏なんだし」 「彼氏かどうかは関係無いだろ」 「そうね、あんたどうせ宿題全然やってないんでしょ?」 「ええ、そりゃあもう」 「研究課題はおろか、数学の問題集にすら手を付けていないぞ!」 「自信満々に答えることでもないと思うんだけど……」 「それなら一緒にやっちゃおう?」 「そうね、一人でも多い方が早く片付くし!」 なんか流れで俺も参加することになってしまった。 まあ今日はバイトもないし、理奈とも一緒にいられるなら個人的に問題はない。 「それで? どこでやるのかしら?」 「望月さんの部屋とかは? たしか一人……」 「わ、私皆原さんの部屋とか見てみたいなー」 「ごめんね、私の部屋にはちょっと入らないかも」 「な、なら野々村さんの部屋は?」 「あ、私も無理。5人入れる程広くないもん」 「先に言っておくと私も無理よ」 「ってか望月さんって一人暮らしじゃなかったっけ?」 「うっ……えーっとその、そう! 散らかってるの!」 「ええ、散らかってるでしょうね、見られたくないものが」 「うぐっ……」 「……?」 「……?」 陽茉莉と野々村が同時に首をかしげる。 あの、見られたくない物って、間違いなく俺の私物のことですよね。 「ま、私たちもあなたの部屋へ行って、彼のパンツでも転がってたら反応に困るしね」 「………」 「………」 「そ、そんな物転がってないから!! というかそういう想像自体するの禁止!!」 「そういうことよ。だいたい彼氏持ちの部屋に行くのはデリカシーに欠けるからダメね、他の場所にしましょう」 「だから転がってないってばあ!!」 落ち着け理奈。 こういうときは変に慌てると余計に怪しまれるぞ。 「この人数で長時間ファミレスで席を占有するのもナンセンスね」 「え、えっとじゃあどうしよっか?」 「まだ一人だけ聞いてない人がいるじゃない?」 そう言って、綾部の言葉にみんな同時に首をかしげる。 「おい、残りの聞いてない一人って誰だよ」 「何惚けてるのよ、あなたよあなた」 「は!? 俺ん家!?」 「あ、そういえば聞いてなかった!」 「えっと大丈夫?」 「え、えっと……」 「まあ広さ的には何の問題もないけど……」 というかお前ら正気か。 男の部屋に集団で女子が押しかけるなんて、ぶっちゃけ何かの間違いだろ。 (でもまあ、今日は母ちゃんも仕事で夜遅いし……) 勉強するだけなら何の問題もないか。 それに理奈も一緒にいるんだから、他の女子が部屋に来ても問題はないっぽい。 「うん、よしわかった」 「OK。特別に許可を出してやろう」 「やーったあ! これで決まり!!」 「えへへ、お世話になります」 「それじゃあ、もうこのまま行っちゃおっか」 「そうね、勉強道具も揃ってるわけだし」 女子4人に対し男は俺1人というハーレム展開。 目的はただの勉強会とはいえ、元気辺りが聞いたらマジでブチ切れしそうなシチュエーションだ。 (理奈も楽しそうだし、まあ問題ないか……) こうして、今日の放課後は俺の部屋で勉強会をすることに決定したのだった。 (おお……) (こうして見るとすげぇ光景だな……) 放課後、早速俺の部屋に集まる四人。 俺の部屋にこんなに女子が遊びに来るなんて、おそらくこの先一生ないだろう。 「あっれー? この辺にあると思うんだけど……」 「ちょっと待て、何早速人の部屋漁ってんだ」 俺の部屋に来るなり、お決まりのエログッズを探し始める野々村。 良かった、マジでここが理奈の部屋だったらシャレになってなかった。 「あった!! ひまひまーコレコレ!!」 「ぶ、ぶっかけ……!?」 おい。 「露出プレイ……!?」 「巨乳モノ。ま、男の子なら当然持ってるわよね」 「ご奉仕メイド……」 「キミたち、わざわざベッドの下にエロボックスを用意してあるんだから、せめてそこから漁りなさい」 「珍しくって、つい」 野々村め、なんて恐ろしいやつなんだ。 俺のダミーエロボックスをいとも簡単にスルーするとは、こいつ間違いなく探索スキルはカンストしてるぞ。 「まったく……」 「それよりもほら、今日は宿題終わらせに来たんだろ? さっさと始めようぜ?」 「そう! これも平和な夏休みを過ごすため! みんな家探ししてる場合じゃない!」 お前が言うか。 「綾部さんは得意科目って何?」 「私は理数系全般なら」 「ひまひまは文系科目得意だよね!」 「うん」 「じゃあひまひまが文系の先生、綾部さんが理数の先生ということで!」 ちゃんとやる気はあったみたいで野々村がそそくさと教科書とノートを取り出す。 俺も色々と言った手前、ちゃんとやらないと格好がつかない。 「あんたは何の教科をやるの?」 「うーん、とりあえず数学からやろうかな」 「こればっかりは、詰まると一人でやるのは難しいし」 「じゃ、私も数学にしよっと♪」 「わかんないところがあったら聞いてね♪ それなりに私もできるし」 「おう、超頼んだ」 そう言って嬉しそうに俺の隣を陣取る理奈。 ただ勉強するだけなのに、俺の隣でものすごく嬉しそうに笑うところがいつも通り可愛い。 「あらあら、なんか個人レッスンが始まりましたよ〜」 「あの二人はその方が捗るんじゃないかしら?」 「ラブラブだね」 「あはははは……♪」 最近は野々村たちの冷やかしも心地良い。 (よし……!) この調子なら、今日はバッチリと宿題を片付けられそうだった。 …… …… 一時間後…… 「うぎゃー!! 死ぬ! 死ぬ!!」 「あ、そっちはさっきの敵が」 「ああああああ! 死んだあああああ!!」 俺の部屋に野々村の悲鳴が轟く。 テレビ画面の中では、野々村が使っていたキャラが血まみれになってゾンビに食われていた。 「この先にいけねぇええええ!!」 「まだ始めたばかりとはいえ、悔しいわね」 「お前ら勉強はどうした」 「休憩です!!」 「ふふ、そういうことよ」 お前ら、サボるにしても堂々とし過ぎだ。 「はあ……」 「やっぱりこうなると思った……」 「というかただ遊びたいだけなら、先にちゃんとそう言えよな」 「あははは……」 「まさか綾部さんまで……」 「まひろは気分屋だから……少しでも気分が乗らなくなったら全力でサボるのよ」 「結構意外だよな。外見だけなら勉強家っぽいイメージあるのに」 「もっかいだ! 行くぞ、綾部隊員!!」 「ええ、いいわよ」 俺たちの冷たい視線も何のその。 再びコントローラーを握り始めるサボり組。 おい、遊ぶのは良いけど少しは静かにしろ、こっちが勉強に集中できないだろうが。 「回復ってどうやるのかしら?」 「えっとね、スタートボタン押してアイテムリスト開いてから〜って説明してたらやられたあああああああああ!!」 「すっごい楽しそうだわ、まひろ」 「ああ、そうだな」 「というかあれはもう、端っから勉強する気ないっぽいな」 「まったく……」 「あはは……仕方ないよ」 ゾンビだらけになった宇宙船の中で、これでもかとレーザーライフルをブッ放すそのゲーム。 一応ジャンルはサバイバルアクションで、野々村たちは既に最初のステージで4回も死んでいる。 「ねえねえ、お茶もうないのー? あとお菓子も無くなったんだけど〜! きゃはは!」 図々しいにもほどがある。 「まったく、本当にしょうがないやつだな」 とか言いつつ席を立つ俺。 実際、さっき買ってきたお菓子はみんな野々村と綾部の胃の中に吸い込まれてしまった。 さすがにこのまま用意しないのも、理奈や陽茉莉が可哀相だし。 「お茶淹れに行くの?」 「ああ、ついでに何か食い物も持ってくる」 「お茶は……みんな緑茶でいいか? 一応コーヒーも用意できるけど」 「それなら私も手伝うよ」 「悪い、助かる」 「んー、なら私も手伝おっかな。ここにいてもすることないだろうし」 「はは、じゃあ理奈もこっち来てくれ」 野々村と綾部を放置し、とりあえず3人でリビングに移動する。 食い物なら昨日母ちゃんが買ってきた、エビせんべいやらチョコチップクッキーがまだ残ってるはず…… 「ほい、これがうちのヤカンね」 「今電気ポット壊れててさ、悪いけどこれで頼む」 「うん、じゃあお湯沸かすね? キッチン借ります」 「よろしく〜」 お茶は陽茉莉に任せ、俺はリビングの棚を片っ端から開けて食い物を探す。 エビせんべいはどこだ! チョコチップクッキーはどこだ! 「何か必要な物あったら、私買ってこようか? お菓子とか」 「いや、お菓子ならまだあるはずなんだ」 「ただ、俺の母ちゃんがどこにしまったのかわからなくてさ」 今度はふりかけやらだし昆布のしまってある戸棚を開けてみる。 「おお、あったあった」 イチゴ味の一口チョコまで発見する。 とりあえずこれを適当な皿に盛っていこう。 「………」 「なあ、理奈、理奈」 「ん? なーに?」 「……んむっ!」 陽茉莉がお湯を沸かしている間に、理奈の口にチョコを一つ放り込む。 「ははっ、驚いたか?」 「んー……」 そのままチョコを食べながら無言の抗議をしてくる理奈。 大方、陽茉莉のいる前で何恥ずかしいことしてんのよって感じか。 「あ、沸いた……よいしょっと」 「待った皆原。あぶないから後は俺が」 「きゃっ!」 「陽茉莉!!」 咄嗟に体を張って陽茉莉を庇う。 床には熱湯と陽茉莉の落としたヤカン。 一歩間違えれば、確実に大惨事に……! 「お、おい! 大丈夫か陽茉莉!!」 「ご、ごめんね! 怪我なかった!? や、火傷してない!?」 「アホ、俺の心配より自分の心配しろ。こっちは大丈夫だから」 「う、うん……ごめんね……」 「本当に大丈夫か? 体にはかかってないんだな……?」 「う、うん……」 「よ、良かった……」 マジであんな量の熱湯を浴びたら、火傷どころの騒ぎじゃない。 すぐに冷凍庫から氷を取り出し、ビニール袋に入れて陽茉莉に手渡す。 「ほら、手、熱かっただろ? とりあえず今はこれで冷やしとけ」 「っつ……」 「ほ、ホントにごめんな……? 後はこっちで片付けておくから」 「とりあえず、今はみんなのところへ」 「あ、ありがとう……」 「ご、ごめんね」 「大丈夫、お茶もちゃんと持っていくから」 陽茉莉が部屋に戻ったのを確認し、すぐに床だけ拭いてしまう。 半分以上は落とす前に流し台へと流れたので、拭くだけならそんなに時間はかからなかった。 (あぶねえ……! マジでケガ人が出なくて良かった……!) 「あ、あのさ……」 「さっき皆原さんのこと……」 「………」 「あ、ああ」 咄嗟に口にしてしまった陽茉莉の名前。 別に隠す必要もないから良いんだけど、ここはちゃんと説明しないと。 「ごめん、特に言う必要もないと思って、今まで黙ってたんだけどさ」 「俺とあいつ、実は幼馴染み同士なんだ」 「未だに親同士も仲が良くてさ、昔は家も近かったからよく一緒に遊んでたんだ」 「そ、そうだったんだ……」 「ごめん、理奈には最初に言っておくべきだったな」 「あ、ううん、別に責める気とかないよ? ただちょっとビックリして」 「でもそっか……全然そんな風には見えなかった」 「引っ越しの関係でさ、あいつとはしばらく疎遠になってたんだ」 「学区も変わったから、正直俺も城彩で一緒になったときには驚いたよ」 「うん……」 とりあえずお菓子だけ皿に盛り、先に部屋へと持っていく。 「ほら、とりあえず部屋に戻ろうぜ?」 「お茶はお湯が沸いたら俺が取りに来るから」 「………」 「ん……? どうした……?」 「理奈……って、言って?」 いつものように、人一倍寂しそうな声で俺にわがままを言ってくる理奈。 ドアの向こうからは、俺の部屋で楽しげに騒ぐまひろやみんなの声が聞こえて来る。 「どうした? また急に寂しくなったのか……?」 「いいから」 「………」 「理奈」 「………」 返事はせず、そのまま俺の背中にしがみつく理奈。 俺はただ、そんなこいつを安心させるようにゆっくりとその手を握ってやる。 「もう一回……」 「理奈」 ドアを一枚隔てたこの空間。 今の俺は、学校のみんなが知ることのない…… 「本当に、お前は手のかかる彼女だな」 理奈だけが知っている、優しい彼氏の顔をしていた。 (よし……) 「理奈、ちょっといいか?」 「………?」 持っていたお盆をテーブルに置き、理奈を正面から優しく抱きしめる。 「これで、少しはマシになっただろ?」 「………」 「ごめんね……」 「私……今やきもち妬いちゃってるみたい……」 「ごめんな? こんな思いさせるならもっと早く言っておけば良かったな」 「ううん……」 「ただ、これだけは信じてくれ」 「お前に告白したあの夜からずっと……」 「俺は、本当にお前に夢中なんだ」 「………」 「だから理奈」 「愛してる」 そのまましばらく、部屋に戻らずキスを続ける俺たち。 後は理奈の気の済むまで、ずっと安心させるように俺は彼女の頭を撫でていた。 「おっかしいなー。どうしてこんなことに」 「いや、こんなことじゃなくてお前ら最初から遊ぶ気満々だっただろ」 ゲーム大会という名の勉強会は終了し、各々帰る準備を始める時間。 結局野々村と綾部は最後まで遊びまくっていた。 というか野々村なんて、人の家で勝手に自分専用のアカウント作ってたし。 「綾部さん! 次こそ! 次こそアイツを倒しに行こうね!」 「ええ、いつでも協力するわ」 「お前ら、一切反省する気ないのな」 まあ、たまにならこうやって、みんなで遊ぶのも悪くはないけど。 「氷、ありがとうございました」 「おお、もう手は大丈夫なのか?」 「うん、もう大丈夫」 「そっか、陽子さんに何か言われたら、とりあえず全部俺のせいだって言っておいてくれ」 陽茉莉から水の入ったビニール袋を受け取る。 うん、まあ実際たいしたことないみたいだし、とりあえずこの件に関しては安心しておこう。 「それじゃあ、お邪魔しましたー!」 「お邪魔しました」 「またね」 「おう、じゃあな」 「うん、またね」 「ごめんな理奈。片付け手伝ってもらっちゃって」 「ううん、気にしないで……」 ずいぶんと散らかった部屋を俺と理奈で黙々と片付けていく。 陽茉莉と綾部は片付けよりも俺たちに遠慮して帰ったみたいだけど、野々村だけは結局最後までそんなことは気にしていない様子だった。 「………」 (理奈のやつ、何か大人しいな……) まださっきのことを気にしているのか、いつものテンションが戻ってこない理奈。 凹んでいるわけじゃなさそうだけど、どうもさっきからいつもと感じが違う。 「あのね? 聞いていい?」 「うん? どうした?」 「皆原さんと幼馴染だったんだよね?」 「ああ、うん」 「どんな事してたのかなって。二人のちっちゃい頃ってちょっと気になるから」 「はは、どんなってお互い普通の子供だったぞ?」 「性格とか中身だけの話なら、今とそんなに変わらないんじゃないか?」 「なんか思い出とかあったりする?」 「思い出……?」 「うーん、そりゃあ色々あるけど、特に理奈が喜びそうな話は……」 「あ、アレだ。ハムスター脱走事件とか結構面白かったぞ?」 「ハムスター?」 「ああ、あいつ昔からハムスター飼っててさ」 「一度ケージから全部のハムスターが脱走したことがあって、そのときは本当に一大事だったんだ」 「陽茉莉はずっと泣いてるし、俺はなぜか母ちゃんに怒られるし」 「今となっては、当時散々な目に遭ったことだけはハッキリと覚えてる」 「ふふ、なんか可愛いね、二人共」 「まあ、あの頃はお互いまだ小さかったからな」 「……なんだか羨ましい」 「羨ましい?」 「うん、皆原さんが」 「私の知らない恭介を知ってるでしょ? それが羨ましくて、ちょっと悔しいなー、なんて」 「私の知らないあんたを知ってるでしょ? それが羨ましくて、ちょっと悔しいなー、なんて」 「………」 「理奈……」 そう言って、ちょっと寂しそうに笑って見せる俺の彼女。 自分の知らない子供の頃の相手の記憶。 俺がもし今の理奈と同じ立場ったら、きっとこんな風に笑っていられる自信はない。 「これでも私、あんたのことは一番知ってる! って思ってたんだから」 「何言ってんだ」 「俺のことを一番よく知ってるのは、間違いなく理奈、お前だって」 「えへへ、ありがと」 ちょっと照れ隠しに理奈の頭に手を置く俺。 告白したときの必死な俺も、初めてキスをしたあのときの表情も…… そう、ここにいる理奈は間違いなく、今の俺のすべてを知っていると言っていい。 「……ねえ、もう一つ聞いてもいい?」 「ああ、なんでもいいぞ」 「もしも、もしもだよ? 皆原さんとずっと同じ学校に通ってたら、皆原さんと付き合ってた未来もありえたと思う?」 「ないな。それだけは」 即答する。 当たり前だ、そんな未来は有り得ない。 「…………」 「自分でも不思議なんだけどさ」 「俺、今思うとやっぱり……」 理奈の目を見て、真っ直ぐに正面から言ってやる。 「自分に今まで彼女が出来なかったのは」 「たぶんお前と初めから付き合うことが決まっていたからなんじゃないかって……」 「そんな風に、今なら自然と思えるんだ」 「あはは、ごめんな? 何か急にキモイこと言って」 「嘘でも、そう言ってくれて嬉しい……」 「理奈……」 「んっ……」 どちらからともなく自然にキスをする。 もうこの部屋には俺たち以外誰もいない。 「ありがとう……」 「もうちょっと、強く抱きしめて欲しい」 「OK、お安いご用だ」 理奈に言われ、さらに理奈の華奢な体を抱きしめる。 「………」 目の前には理奈の潤んだ綺麗な瞳。 彼女の透き通るようなその白い肌に、俺は自然と意識が吸い寄せられる。 「んっ……ちゅっ……」 「ん……っはあ……ちゅっ……」 「理奈」 「愛してる」 いつもより積極的に舌を入れ、後は言葉を交わすことなく自分の気持ちを前面に出していく。 「んはぁ……ちゅぱっ……んっ……」 「んんっ……ちゅっ……ぅん……」 理奈もさらに強く俺に抱きつき、若干背伸びをしつつ俺にその唇を押しつける。 「んちゅっ……っはぁ……」 「理奈……」 「いいか……?」 「待って、今日は私が……」 理奈は俺に体をもたれ掛けさせ、甘えるように擦りよってくる。 「今日は私に全部させて……? いっぱいいっぱい、気持ち良くするから……」 そして、またキス。 「ちゅ……んっ、んぅ……ちゅぱ、んっ、ちゅ……ぅんっ……」 (……何だかんだ言っても、やっぱりまだ不安なのかな?) 本当に陽茉莉とはなんともないのに。 でも理奈が不安に思ってるならば、俺も行動でこの想いを伝えたい。 「理奈の気持ちは嬉しいけど、今は俺にさせてくれないか?」 「俺が理奈のことしか見てないって、証明してみせるからさ……」 「あっ……ひゃ、んっ……」 俺は理奈をドアへと押しつけるようにして、そっと体を押しつけた。 「あー、ヤキモチ焼いちゃったの恥ずかしい……」 「なんでだよ? 別に恥ずかしいことじゃないだろ?」 「そ、その……」 「皆原さんにもしかしたら取られちゃうんじゃないかって思ったぐらいだし……」 「おいおい、さすがにそれはないって」 そう言って、軽く理奈の頭を撫でる俺。 笑ってはいるけど若干不安そうなこいつの表情。 本人に言うと怒られるかもしれないが、俺は理奈のこういうちょっと自信なさげな顔も好きだったりする。 「昼間の続きだけどさ、俺たちはこれからたくさんお互いのことを知っていけば良いと思うんだ」 「出会った時期なんて関係ない、俺たちは俺たちのペースで、それぞれまだ知らない一面を見つけていこうぜ?」 「私はあんたの全部が知りたいの」 「あんたの彼女の理奈ちゃんは、独占欲も強くてワガママな女の子なの」 「はいはい、最近俺もなんとなくわかってきたから安心してくれ」 「ただ言わせてもらうと、俺はお前のそんなところも大好きだから安心しろ」 「ホント……?」 「ああ。本当だ」 「大体な、俺はお前のこと死ぬほど好きなんだぞ? ご覧の通りもう完全にゾッコンだ」 「こっちとしては、そろそろこんな俺の気持ちもしっかり理解してもらいたい感じなんだが」 「あんたのそういうとこ、大好きだよ♪ ありがとね♪」 「あはは、やばい」 「俺、未だに理奈から大好きって言われると、自然に顔が笑うんだが」 理奈がいつものように俺の腕に抱きついてくる。 俺は理奈が好きで、理奈もこんな俺を大好きだと言ってくれる。 こんな当たり前の日常を、俺はこれからも理奈と一緒に大事にしていこうと素直に思うのだった。 理奈を家まで送ってから少し経った。 今頃、理奈のやつちゃんと寝ているだろうか。 さっきからそんなことばかり考えている俺。 「お……?」 『メール受信1件 理奈』 理奈からメールが届く。 『俺も好きだ。愛してる』 『だから安心してくれ、俺はどんなことがあってもお前だけは絶対に離さないから』 他人には絶対に見せられないこのメール。 うぉぉ!! 俺はなんて恥ずかしいことを平気で言っているんだああああ!! とは全然思わない。 今の俺は自分でもビックリするくらい冷静に、理奈の全部を受け止めてやりたい。 そう心の底から思っている。 「………」 俺も最後におやすみとメールを送る。 今日は風呂には入らない……か。 それは名案だと思い、俺も今夜は理奈と同じ気持ちで寝ることにした。 『俺も理奈がいないと、もう生きていけない気がする』 『あれだな、好きになりすぎると離れたときのことなんて怖くて考えられないぞ』 理奈はもう俺の人生の一部にさえなっている気がする。 他人から見ればキモイとか言われるかもしれないが、今思うとこれが本当に相手を好きになるということなのかもしれない。 『嫌じゃないに決まってるだろ。めちゃめちゃにするぞ?』 『俺はお前の全部を受け入れる。だから安心しろ』 わざと口調が強めのメールを送ってやる。 優しく言うだけじゃ理奈は簡単には安心出来ない。 だからこうやって、これからも何度も自分の本音を伝えていく必要がある。 「………」 すぐに嫌いになんてならないと返信する。 むしろ嫌われないか心配しているのは俺の方なのに。 今夜はこのまま、理奈の気のすむまで俺はメールを続けるのだった。 『大丈夫、俺たち似た者同士だって』 『俺の愛も超重いぞ? そっちがイケメンと会話してるだけで多分荒れ狂う自信がある』 再度返信した後、今のメールに自分で勝手に納得する。 うん、俺は今それくらい理奈に溺れている。 畜生、俺たちが社会人ならすぐにでも金貯めて同棲するのに……! 「変態ねえ……」 (大丈夫、俺も変態だから安心しろ理奈!) なぜか急に笑いがこみ上げてくる俺。 今夜はこんな調子で、お互い眠くなるまでずっとメールをするのだった。 「オラァ! ゴミ袋まだ受け取ってない奴はさっさと取りに来ーい!」 「場所はアデール橋付近だから、しっかり綺麗にして来いよー!」 「こんなクソ暑い日にゴミ拾いとかふざけんなよ……」 「ねえ、ゴミ拾い終わったらどっか行かない?」 「今月ピンチだから奢ってくれたら行くー」 「良いわよ。あ、私優しいから利子は十一で良いから」 「それ奢ってくれてないじゃん!!」 今日は城彩学園のボランティア活動の一環として街中のゴミ拾い行事。 全校生徒が地域のゴミ拾いをするので、割り振られる範囲が結構広い。 午前中で終わるけど、ゴミ拾いってだけでもちょっと面倒だ。 せめて曇ってくれればまだ楽だったかもな…… 「そういえば望月さんって最近彼とどうなの?」 「どうって何が?」 「何がって進展具合に決まってんじゃん〜♪」 「多分あんたが想像してるより進展してないわよ」 「ねえねえ、望月さんってあの男子と付き合ってるんでしょ? いつから?」 「うん、最近から〜」 (相変わらず理奈は人気だなぁ……) 聞かれてる内容がアレだけど、理奈を中心に軽く人だかりが出来ている。 クラス合同で一箇所を掃除するこの行事だけど、出来れば理奈と二人で回りたい。 「たしか、噴水公園あたりって一年のクラスが担当してたよな」 「あー、たしかそうだってジャスティスが言ってたな」 「場所も近いし、下級生の女子たちとお近づきになれるチャンスが……!」 「ボク、ゴミ拾いがスタートしたら即行仮病で倒れて先に帰るよ!」 「せめて仮病使うならもっと病人っぽくしてろよ」 笑顔で言ってくる桃にせめてものアドバイスをする。 元気はいつも通りなのでまた玉砕して帰ってくるだろう。 このボランティア活動は内申点に影響するという噂が前から存在していて、当日欠席する生徒は滅多にいない。 「橋とかサボれそうな場所ないじゃん……」 柊ですら出席するぐらいだしな。 「ねえ、あなた望月さんと付き合ってるんでしょ?」 「この間、望月さんを保健室に連れて行った時、私たち『キャー♪』ってテンション上がっちゃって!」 「あー、そんなこともあったな」 体育のバスケ中に理奈が着地に失敗して捻挫したんだっけ。 あの時は理奈が心配で周りのことなんて見えてなかったけど、結構見られてたんだな。 ま、その件で周りに俺たちが付き合ってるってのが広まったわけだし、見られてるのは当然か。 「良かったわね。あの一件であなたの株、女子に爆上がりみたいよ?」 「すげぇ……そんなことってあるもんなの?」 「何気ないことでも、周りから見たら良かったってことがあるのよ」 「それにお姫様抱っこなんて、結構憧れてる子多いからね」 「ちょっと! 何話してるのよ!」 「あ、おい……!」 綾部たちと話していると、理奈が急ぎ足で来て俺の腕を引っ張って女子たちと引き離される。 「どうした? 何かあったのか?」 「他の女子と話しながらデレデレしないの!」 「え? 俺デレデレしてたか?」 「多分?」 多分で怒られるってどういうことなの。 「ねえ、あんたは私の何?」 「彼氏です」 「つまり?」 「ここでキスしても良いということです」 「人前でそんなことしたらキレるからね?」 「もー、理奈ちゃんは照れ屋でちゅねー」 「あの、照れとかそういう問題じゃないの、分かってるでしょ?」 「へいへい」 理奈はこう見えて非常に独占欲が強い。 これは付き合ってから初めてわかったことだけど、これが案外面倒を通り越して非常に嬉しかったり。 「理奈ちゃん彼氏に厳しい〜♪」 「そんなんじゃないって」 「こいつ、私以外の女子と話すと恵比寿様みたいにいやらしい顔するからみんな気をつけてよ?」 「おい、神様をいやらしい顔ってひどいな」 「じゃあおかめ」 「いやそれ全然いやらしくないよな!? てか能面とほとんど変わんねーじゃん!!」 恵比寿様とだいぶ違うじゃないか。 あれ? でもおかめって想像してみるとちょっとやらしい顔してるかも。 「とにかく、デレデレしないでよ?」 「へいへい、了解しましたよ〜」 「よーしお前ら! これから移動するけど、ふらっとどっか行くなよー!」 でも、ちょっとだけ理奈と話せて嬉しい。 ジャスティスの声と共に、俺たちはアデール橋の近くに向かう。 「ねえねえ、俺らと一緒に缶拾いながらお話しない?」 「え、えっと、結構です……」 「ぷー! 振られてやんのー!」 「あ、そこの君! 俺と一緒にゴミ拾いデートしようぜ!」 「そんなデート嫌ですよ! サイテー!!」 「くっそぉぉぉ!!」 「俺より誘い方ひどいなお前……」 ボランティア清掃が始まり、橋の見える通りでゴミ掃除を始めるクラス一同。 一部の男子はナンパして玉砕してるけど、ほっとこう。 「望月さん、これって燃えるゴミ?」 「んー、多分そうじゃない?」 「エロ本は燃えるゴミ確定ね」 「まあ雑誌だし、よくこんなところに捨てていくわよね」 「な、なんでこんなとこにあるんだろう……」 「り、理奈がエロ本に反応しないなんて……」 「私そういうのには耐性あるから」 理奈の周りには相変わらず女子たちがコバンザメのようにひっついている。 あの中に単独で突っ込むのはさすがに難易度が高い。 でも、せめて一緒に回りたかったな。 「はぁ、5連敗するしマジで掃除なんてやってらんねーよ」 「まだ掃除始まって10分経ってないのに玉砕するペース早いな」 「つーかさぁ、ここって有名なデートスポットじゃん?」 「ボランティアとは言え、なんで俺が掃除しなくちゃいけないんだ?」 「なあ、お前もそう思うだろ!? 俺たちが必死で綺麗にしたこの通りで、後日ムカツクカップルがイチャイチャしにここに来るんだぜ?」 「ありがとう元気、俺と理奈のために掃除してくれて……」 「お前もか!! もうカップルなんて滅べ!!」 掃除の担当場所は担任に文句言えよ。 って言っても、清掃場所の約9割がデートスポットで紹介されている場所ってところが学校から悪意を感じる。 「ねえねえ、ちょっといい?」 「ん?」 「野々村智美の、突撃! インタビュー♪」 「彼女の望月さんのことで色々聞いちゃいまーす♪」 「はぁ……」 「彼女の一番魅力的なところは?」 理奈の話しているグループから智美がやってくる。 少し距離があるけど、理奈とその周りの女子は俺の回答に興味津々な様子でこっち見てるし…… まあ、そんなの聞かれても答えるのは1つだけだ。 「胸」 「他には?」 「足」 「他には?」 「…………」 「顔」 「うわぁ……」 「ねえ、あれマジで言ってんの?」 「た、多分冗談で言ってるんじゃないかな……?」 「あいつ何を答えてんのよ……」 女子たちの会話が聞こえてくるが、そんなの知ったこっちゃない。 本音なんて言ってたまるか。 「んんっ」 「じゃあじゃあ、いつか彼女と二人で行ってみたいところは?」 「エロいところ」 「あいつ、ある意味男らしいな……」 「バーカ、普通あんな風に答えたらドン引きもいいところだろ」 「でも、男としては尊敬出来るよな」 「うわぁ……」 「あれはさすがにないわ……」 「あ、あははは……」 「ったく、あいつ……」 「野々村さーん、そんなバカな質問してないでさっさと行くよー!」 「あ、待ってよー!」 そう言って理奈のグループはさっさと先に行ってしまい、一人ポツンと残される。 男子たちはいるにはいるけど、理奈が遠くに行ってしまうようで置いていかれたような寂しさが胸の中で渦巻く。 「あなた、本当に素直じゃないわねぇ……」 どこにいたのかわからないが、綾部が肩を叩いてくる。 素直じゃないのは自分が一番分かってるっての。 たしかに理奈は女子からの人気が高い。 いつもその中心にいるから学校で理奈と二人で過ごす時間が少ないのだ。 (今日はいつも以上に一緒に居られないな……) 質問も、適当に答えたけど、もうちょっとマシな答えにしとけばよかったか? 理奈のどこが魅力的かなんて、いくらでも言えるんだけどな。 (なんか俺、女子相手に嫉妬でもしてんのかね) 「ちくしょう……20連敗とかさすがに笑えない……」 「元気出せよ、お前のその行動力だけは褒められてもいいレベルだぞ」 「何出せっていうんだよ! 金か!? 金で女の子が手に入るのか!?」 「名前呼んだんじゃねぇよ! 励まし辛ぇな!!」 でも、このバカさ加減が今は少し助かったな。 元気たちといればこのモヤモヤした気持ちも晴れるだろう。 とりあえず、さっさと終わらせて帰りに放課後デートでも誘ってみるか。 「わっ、これおいしー♪」 「新商品って当たりハズレあるけど、今回は当たりだったみたいね」 「…………」 「どしたの? さっきから黙っちゃって」 「恵比寿様みたいないやらしい顔になりたくないからな」 「あはは、アレ冗談だって」 清掃活動が終わり、理奈と合流して駅中のフードコートまでやってきた。 放課後デートのはずなのになんで他の女子たちも一緒にいるんだよ! (俺は理奈だけを誘ったはずなのに……) 陽茉莉たちは新作のハンバーガーを買って美味しそうに食べている。 理奈に放課後デートしようとメールで送ったらOKと返ってきたのに…… 当然俺と理奈は隣同士に座って、正面には野々村たちが座っている。 ……どうしてこうなった。 「それにしても今日掃除した場所結構ゴミあったよねー」 「あんたのトコも結構あったんじゃない?」 「ああ、そうだな」 「綾部が見つけたエロ本は元気が興奮しながら持って帰ってたけど」 「えぇぇ……キモッ」 「…………」 ゴミ袋にあるものを取り出して持って帰ったし、当然の反応だよな。 それより、早く解散になってくれ……そんで理奈と二人きりにさせてくれ。 二人きりになってどうしたいとかは特にないけど、ただ、二人きりの時間が欲しい。 「もうすぐで夏休み終わっちゃうけど、みんな宿題終わった?」 「ふふふ、そんなもんラスト3日で終わらせるに決まってるじゃない!」 「え……? 数学だけで30ページ分もあるのに大丈夫?」 「……そうだっけ?」 「野々村、お前あの勉強会の後もずっとサボってたのか?」 「あと、英語が20ページに現国が15ページ……」 「現社の『現代における公害』についてのレポートもあったんじゃない?」 「ひまひまぁ! 私に御慈悲をぉぉぉぉぉ!」 「い、今からやればきっと間に合うから頑張って! ね!?」 「ハッハッハ!」 「やっぱり俺と野々村は同じタイプだったんだな。俺も宿題は後から片付ける派だし」 「その割には余裕そうじゃない」 「フッ、俺にはこの夏から、スパルタ女帝の彼女様がいるんだぞ?」 「既に半分だけは終わってるぜ!!」 「う、裏切り者ー!」 「誰がスパルタ女帝だって?」 「久々にポテト食ったけどこのジャンクフードっぽさたまんねー」 8月に入ってから、理奈に協力してもらって少しは宿題も片付いてきた。 そうは言ってもあと半分も残っている俺の宿題。 うーん、後は気合いで何とか出来るレベルだが、提出日に間に合うかどうかはまた別の話になりそうだ。 「まったく、少しは感謝しなさいよね?」 「本気で感謝してるって、ありがとな」 「はいはい」 「……そう言いながらふとももを思いっきりつねるのやめていただけません?」 「ほほほ、なんのことかしら」 ズボン越しだからあんまり痛くないけど、無理やり取ろうとすると逆に痛くなるから困る。 もう少し内股あたりつねられてたらヤバかったかもしれない。 「でもさぁ、キミが理奈ちゃんの彼氏ってのが未だに信じられないんだよなぁ」 「んなこと言われても理奈の最初で最後の彼氏ですが?」 「なんていうか、もったいない!」 「私もそう思う! なんで彼氏にしたの!?」 「なんでって言われても……ねぇ」 「ま、まあまあお互い好きになったんだし、それにもったいないとかそういう問題じゃないんじゃないかな?」 「えー、でもさぁ……」 「そうそう、価値観は人それぞれでしょ?」 前々から影で似たようなこと言われてきたから、なんか段々慣れてきたな。 理奈や陽茉莉の言う通り、価値観は人それぞれだしお互いに好きなんだから別にどうだっていいじゃないか。 「まあ望月さんがそう言うなら……」 「でも、ホントにラブラブなのかな?」 「そんなの別にどうだっていいだろ?」 「えー、でも性格とか相性あるじゃない?」 「そういうのは大丈夫なのかなーって」 (エッチの相性とか色々と問題ないぞ) なんて言ったら理奈に殺されかねないのは目に見えているので言わない。 それに、言ったところでこいつらの質問攻めが始まるかもしれないし。 でも、特に問題もないから相性はいいはずだ。 「よし、これからみんなでカラオケ行かない!?」 「適当に歌いながら二人の愛がどれほどのものか、デュエットしてもらってみんなで確認しようじゃない!」 「あっ!!」 「ど、どうしたの?」 「すまん! 俺と理奈これから用事あるの忘れてた!」 「え?」 「すまん! カラオケは別の機会で!」 「ほら、早く行かないと間に合わなくなるぞ!」 「あ、ちょ、ちょっと!」 戸惑う理奈の手を引っ張り、フードコートを出る。 カラオケに行ってもいじられるなんてゴメンだ。 用事なんて嘘だけど一刻も早くあの空間から抜け出したかった。 無言のまま、昼間掃除した橋の見える通りまで理奈を連れていく。 無理やり連れ出したせいもあり、理奈の機嫌がちょっとよろしくない。 「ねえ、何が気に食わないのか知らないけど、さっきの態度はみんなに失礼でしょ?」 「……ごめん」 「なんかあったの?」 「…………」 「バカな事言ってるのはわかってるんだけどさ」 「俺、今日理奈がずっと女子たちと喋ってて寂しかったんだよね」 「それに、理奈の魅力的なところとかたくさん言えるのに適当なこと言ってさ」 「あれ、あの場で聞かれてちょっとイラッとしてたんだ」 「そうなの? 全然そうは見えなかったんだけど……」 「あそこでキレても仕方ないしな」 「で、本当に理奈の魅力的なところなんだけど」 「俺にだけ甘えてくれるところとか、意外にメンタルが弱くて守ってあげたくなるところ……」 「それと雷が苦手だったり泳げないのを恥ずかしそうに隠すところとか」 「でもさ、それをなんでわざわざみんなの前で言う必要があるんだ……?」 感情が溢れるように、言い出したら止まらない。 今まで我慢してたものが一気に流れ出るように口が動く。 「俺、本当の気持ちは……理奈と二人だけの時に言いたい」 「一緒に行きたい場所だって、今はあんまり金無いから無理だけど、いつかはハワイとかグアムに二人で行きたいって思ってる」 「海外だと日本じゃ想像出来ないぐらい広いレジャープールがあってさ」 「そこに連れて行きたいって思ってたんだ」 「……どうして?」 「付き合う前に理奈とプール行っただろ?」 「あの時見た理奈の恥ずかしそうな笑顔が忘れられなくてさ……」 「俺の、すっごい大事な思い出の一つなんだ」 「本当はいきなり旅行行こうぜって言って驚かせたかったんだけどな」 「…………」 計画も練り直さないとな…… サプライズにこだわる必要もないけど、やっぱり驚かせたいって気持ちもあるし。 「今日の午後だって、二人で居たかったから放課後デートしようってメールしたんだよ」 「多分、あいつらが来たってことはもともと先約だったからなんだろうけどさ」 「うん……」 「それで、あんな風にいじられて、更にカラオケでいじられるんだろ?」 「そんなことに付き合うなら、無理やりにでも連れ出して理奈と二人だけの時間を過ごしたかったんだ」 「こんな子供みたいなことで不貞腐れてごめんな」 「ううん、そんなことないよ……」 理奈のご機嫌メーターが良くなるどころかどんどん下がっていく。 機嫌の悪さは消えたんだけど、テンションが下がりまくってる。 このままじゃまずいな……少しでもこの空気なんとかしないと。 「ははは、いやー自分でも今気付いたけど、どうも俺は理奈を独占したくてしょうがないみたいだわ!」 「女子に嫉妬しちゃうなんてどうしようもない彼氏だよな!」 これじゃ俺がワガママで拗ねてるだけだよな。 ガキみたいでちょっと情けないかも。 「……ごめん」 「え?」 「彼女のくせに、あんたの本心に気付けなかった……」 「それに、さっきまであんたの言葉に半分呆れてた自分が恥ずかしい……」 「皆原さんの時とか、他の女の子にヤキモチとか嫉妬することあったけどさ」 「まさか私がヤキモチ妬かれるなんて今までなかったしこれからも無いって思ってた」 「でも、そんなことなかったんだね」 「喜んじゃいけないと思うんだけど、あんたに私を独占したいって気持ちがあるのがわかって嬉しいって思ってる」 「理奈……」 「今度からもしそういうことで不快な思いすることがあったら、その時はすぐに言って……?」 「私もなるべく気をつけるけど、私だけじゃ全部気付けないから……」 「…………」 「俺も言うようにするけど、理奈も遠慮なく言えよ?」 「うん……」 泣きそうな声で言われて、思わず抱きしめてしまう。 理奈がそんな風に思ってたなんてな…… 俺も理奈も、長い付き合いだけどやっぱり直接こういう風に言わないと分からないことがある。 でも、付き合いが長いってだけでお互いのすべてを知ることなんて出来ないしな。 「ははっ、なんか俺達ってある意味超初心だよなぁ」 「当たり前でしょ」 「私の初恋はあんたなんだから、ちゃんと大事にしてよね?」 「ああ、もちろんだ」 「ねえ、もうあんまり時間ないけど……」 「今からでも……放課後デートしてくれる?」 「いいさ。少ない時間でも、理奈と二人きりの時間があれば」 ああは言ったけど、あんまり気にされすぎるのも困るからな。 いつもはここまで強く思ったことはないけど、今日はちょっと状況が違ったし。 「今日、さ。ウチ……泊まってってよ」 「いいのか?」 「良いも何も、泊まってくれないとヤダ……」 「んじゃお言葉に甘えて理奈の家でいっぱい理奈を愛でるとしよう」 「うん、今日はもうずっとあんたに独占されたいっていうか……」 「一緒に居たいの」 「…………」 ヤバイ、何この『私、あなたがいないと寂しくて死んじゃうの……』みたいな感じ。 いつも以上に理奈が可愛く見える。 でも、どうせなら理奈には笑って欲しいし、どこか盛り上がれそうな場所に行って騒ぐか。 そう考えながら、俺たちは放課後デートに出発するのだった。 「うへー、やっと授業終わった……」 古典の授業という眠気と戦う時間が終わり、脱力していた。 机に突っ伏し、理奈の方を見ていると理奈と目が合う。 「随分疲れてるみたいだけど、夏バテ?」 「いや、さっきの授業が俺に睡眠魔法をかけてきてて、それに対抗するのに疲れた」 「あはは……、たしかにあの先生の授業は眠くなるけどね……」 「って、あれ? 結構髪伸びてきたんじゃない?」 「ん、そうか……?」 前髪をいじってみると、たしかに少し伸びてきている感じがする。 (もう少しで目に入ってきそうだし、ちょうどいいから切るか……) 「なら適当に床屋行って切るかなー……」 「いつもどこでカットしてるの?」 「マチマチだなー。家の近くの時もあるし、そこら辺も適当に決めてる」 「んー……」 「何なら、オススメのヘアサロン紹介してあげようか?」 「へ……ヘアサロンだと……?」 (ガクガクぶるぶる……) 「え、ちょっとどうしたのよ」 たしかにこの街は女性に人気があるだけに、そういった店が数多く存在する。 (へ、ヘアサロンだけは……、ダメなんだ……!) 「お、お前は……、俺に死ねというのか……!?」 「へ? 何で?」 「俺のようなモテない男には異世界とも表現されるヘアサロン……!」 「場違いなほどオシャレな店内!」 「床屋よりも少ない客席! そして完全予約制……!」 「いい香りのするシャンプー……」 「更には店員が髪を切っている最中無駄に話しかけてくる……!」 「あんなところ、俺の行く所じゃない。髪なんて最悪1000円カットで十分だ」 「ええ……さすがに1000円カットはちょっと……」 ここで自分の彼女に若干引かれる。 「てか、いい香りのするシャンプーは別にいいでしょ」 「いや、まあ……、うん……」 「だけどなんか落ち着かなくてさ……」 「こういう風に言うのはアレだけど、私のために少しは自分の髪にも気をつかってよ」 「す、すみません……!!」 「これでも最近は、結構気を遣うようにはしてるんですけど……!」 たしかに理奈と付き合うようになってから自分の容姿にも気を配るようになった。 だけど…… 「ヘアサロン……か」 「ああああやっぱ無理だ!!」 「ヘアサロンだけは……!! どうか御慈悲を……!」 「どうしてそんなにヘアサロンが嫌なのよ?」 「それはな……」 理奈に昔起きたことを話す。 俺は過去に一度母ちゃんに連れて行ってもらったことがあった。 その時に普段どおり得意の寒いギャグを言ったりしたが失笑と共に封殺。 さらにはわけの分からないことを聞かれたりとパニックになったのだ。 「あんな場所にまた連れて行かれたら……自我が保てなくなって精神崩壊するぞ……!」 「いやいや、わからなかったら素直に聞けばいいじゃない」 「それは……その、ちょっと恥ずかしいというか……」 「はぁ、しょうがないわねぇ……」 「……1000円カットでいい?」 「ダメ」 「むぅ……」 「今日の放課後、予定空けておいてね」 「おう、空けておくわ」 「ていうか、俺の予定はすべて理奈で埋まってるぞ」 「なら決まりね」 「え、突っ込んでくれないの……?」 元々理奈と過ごすつもりだったので、予定は空いていたのだ。 (放課後どこか床屋に連れてかれるのか……?) そんなことを思いつつ、俺は素直に放課後を待った。 「なあ理奈。床屋の件、いつになったら行くんだ?」 放課後になり、いつものように理奈の部屋へとやってくる。 とりあえず出かける気はあるので、俺は一度制服を脱いで私服に着替える。 「私のオススメするヘアサロンで良ければ今からでも連れて行くけど?」 「すみません。せめて1000円じゃない普通の床屋で許して下さい」 「……てか、バイトの方は良いのか?」 「8月中は……恭介と、遊びたいからシフトは少なめにしてるのよ」 「8月中は……あんたと、遊びたいからシフトは少なめにしてるのよ」 「そ、そっか……」 「ふ、ふ〜ん。俺と遊びたいからねえ〜」 やばい。ニヤニヤが止まらない。 こいつはたまに平気でこういう可愛いことを言ってくるから困る。 「じゃ、さっさと済ませちゃいましょうか。ベランダ出てー?」 「え、な、なんで?」 「いいから、早く出るの」 「ま、まさか……こんな日の明るいウチからベランダで擬似野外プレイ……!?」 「あんたの頭の中にゃセックスしかないのか」 「しょうがないだろ! 俺だって男の子なんだから!」 「はいはい。椅子出してあげるから早く出て?」 「お? おう……」 理奈に促されベランダに置かれた椅子に座る。 何をするんだろうと考えてると、理奈が首からしたにバスタオルを巻いてきた。 バスタオルからは理奈の匂いがしてちょっぴり幸せ気分。 「ようこそー♪ 彼氏専用ヘアサロン『Rina』でーす」 そう言って上機嫌に俺の髪を弄りだす理奈。 左手にはクシ、右手にはハサミを持っていて『これから切るわよ〜』とハサミをチョキチョキ。 「ま、まさか理奈が切ってくれるのか!?」 「私だったら緊張しないでしょ?」 「そりゃそうだけど……、パッツンとかにならないよな?」 「失礼ねー。これでも実家にいた頃はお父さんの髪切ってたし自信あるんだからね?」 「そうなのか……なら安心だな」 「それに彼氏の髪だもん。丁寧に時間かけて仕上げちゃうんだから」 「料金もタダだしこの方がお得でしょ?」 「そう、だな……」 「でもなんか緊張するんだけど……」 「そこは我慢しなさいよ」 「さて、彼氏様? 今日はどのようなカットにいたしますか〜?」 「モヒカンで」 「ダメ。却下。彼女の理奈さんが許しません」 「じゃあドレッドヘアで」 「……せめて似合うかどうか想像してから言いなさいよ」 「ダメに決まってるでしょ?」 「客に厳しい店だな……」 「ふふっ♪」 「んー、じゃあ俺の彼女が喜ぶ感じの髪型でよろしく」 「了解♪」 そのまま自分の好きなようにハサミを入れていく理奈。 彼女に髪を切られるのは少し緊張したが、床屋で切るよりも気持ちよかった。 理奈はあくまで店員という設定らしく、色々話しかけてきてくれる。 「そういえば、もう夏休みの宿題全部やった?」 「すみません。残り半分、今日まで一切手を付けていません!」 「さすが俺!」 「そろそろ片付けておかないとまずいんじゃないー?」 「そうだな。俺も野々村みたいに残り3日でヒイヒイ言いながら終わらせたくないしな」 とか言いつつ、未だに危機感を抱いていない俺。 油断してると、このまま残り3日まで俺も野々村と同じ運命を辿ることになるかもしれない。 「そういう理奈はもう終わってるのか?」 「私もあとちょっとって感じかな」 「この前の勉強会で全然進まなかったからね……」 「まあ……あれは野々村と綾部が半分以上悪いからな」 勉強会とは名ばかりで、ひたすら遊びまくっていた野々村と綾部。 特に野々村は用意したお菓子を半分以上一人で食べていた。 その遠慮のなさにもビックリだが、俺はあいつの胃も最近はどこかおかしいんじゃないかと疑っている。 「あのときはごめんな?」 「なんかこう、俺のせいで寂しい思いさせちゃってさ」 「もういいって、私と付き合うのは決まってたんだとかカッコイイこと言ってくれたし」 「恥ずかしいセリフ思い出して言うのやめて!?」 「ちょっと! いきなり頭動かさないの!!」 恥ずかしすぎて頭を振ってしまい、理奈に頭を掴まれホールドされてしまう。 「後頭部の一箇所だけ絶壁みたいになってもいいの!?」 「そ、それは困る!!」 「じゃあ動かさないでよ?」 「おう……」 「……嬉しかったんだからね?」 「あんたは恥ずかしいって思うかもしれないけど、私からしたらカッコイイセリフなのよ」 「あ、あれは本心だけど、今思うとかなりクサいこと言ったなぁ……って思うからさ」 「そういうクサいと思う言葉でも、気持ちが伝わればいいものなの」 「中二病発言でも?」 「……それは多分なんか違う」 「っと、次は前髪ね」 そう言っている間に後ろの方が終わったらしく、前髪を切るために俺の斜め前に移動する理奈。 「うーん、もう少し短くてもいいかな……」 そんなことを言いながら前髪の微調整をするために顔を近づけてくる。 (おお! 理奈の胸が目の前に……!) 俺の視界いっぱいに広がる理奈の胸。思わず生唾を飲み込む。 理奈の顔も近いし、微かに吐息も感じられる……。 それと同時に理奈の匂いが鼻先をくすぐり、すっかり興奮してしまった。 (やべぇ……、今のポジションだときつくて痛ぇ……) 理奈にバレないようにチンポジを調整する。 「ん? どこか痒くなった?」 「いっ!? いやいや、そんなことはナイデスヨ?」 理奈の視線がもぞもぞしていた股間部分を見る。 「でもなんかもぞもぞして……?」 「………」 「………」 理奈の視線を辿ってみると中途半端にずらした状態だったテントが見える。 「……いやん♪」 「え、ちょっと何に興奮したの……?」 「そ、それは……」 「色々と……!!」 「もー、盛りのついた中学生じゃあるまいし……」 「彼女が側にいたら色々と興奮するんだよ!」 「ちなみにキスだけでも勃つからな」 「いや、そんな情報いらないから……」 そんなことを言っていると、理奈が話題を変えてきた。 「そうだ、また今度おばさまと一緒に御飯作りたいんだけど……」 「お、母ちゃんも聞いたら喜ぶと思うぞ」 「今度休み聞いとくよ」 「うん、ありがと」 「こんなヘアサロンだったら毎回通いたいなぁ」 「彼氏専用だから、いつでもご利用くださいね♪」 それからしばらく世間話をしながら髪を切ってもらった。 学校のことやバイトのこと、親の話などいつも以上に話していた気がする。 (でも、こういう風に切ってもらうと思い出すなあ……) (小さい頃は、こうやって母ちゃんに切ってもらってたっけ……) そんなことを思い出しながら、彼女と過ごす至福の時間を楽しんだ。 「よし、完成〜!」 理奈が手鏡を手渡してくる。 「どう? ちょっと夏っぽくサッパリさせてみたんだけど……」 「お、おぉ……!」 朝自宅の鏡で見た自分とは別人に見えるほど変わっていた。 「なんかカッコよくなってる気がする……!」 「気がするんじゃなくて、カッコよくしたのよ」 すげーすげーとテンション上がってる俺を見て、理奈が微笑んでくる。 「ね? 髪型一つでここまでカッコよくなれるんだから、髪にも気を遣ってよ?」 「うん。すげー実感してる」 髪を触り、改めて髪型のカッコよさを実感。 理奈になにかお礼をしたくなったので、改めて今日の予定を聞いてみる。 「なあ、今日バイトないんだよな?」 「そうだけど?」 「なら飯食いに行こうぜ」 「今すっごく出かけたい気分なんだ」 「いいけど、まずは切った髪の掃除しなきゃね」 「おっけー」 二人で後片付けをしていると、ちょうど夕飯時になった。 俺達は服を着替え、そのまま大通りへと出かける。 大通りにはファミレスから高級レストランまで色々とあるので、食べるところには困らない。 逆に店がありすぎて迷ってしまうぐらいだ。 俺はどの店に入ろうか考えながら、理奈と歩いていた。 「いやー、髪型一つでここまで気分良くなるとは思わなかったよ」 「おおげさねぇ……」 「今日はお礼をかねてご馳走するよ」 「い、いいよお礼なんて。私が好きでやったことなんだから……」 「そういうわけにはいかないぞ」 「というか、正直理奈に髪を切ってもらって少し自分に自信が出たというか……」 「この頭で理奈と外を歩きたかったんだ」 「そ、そうなの……?」 「気に入った服を買ったら、すぐにでもチャンスがあれば着て外を歩きたくなるだろ?」 「あれと一緒だ」 「……そっか」 「その髪、気に入ってくれたんだ」 「もちろん」 「彼女オススメの髪型だし、気に入らないわけがないだろ」 「良かったー……」 「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」 「お、この店にしようか」 「え、このお店って高級レストランじゃない!?」 「こ、こんなとこじゃなくていいからもっと普通のとこ行こっ!?」 「いいからいいから、ほら行くぞ!」 「あっ、ちょっと引っ張らないでよー!」 理奈の手を取り、高級レストランに連れていく。 入ったお店は『ヴァレニアン・ラ・ロシェル』というレストラン。 お店の見た目は紳士・淑女の方々が社交場として使われそうな感じの超セレブリティーさ溢れる場所だ。 昼にはバイキング形式のランチもやっているらしい。 入った時は緊張したが、席についてしまえばちょっと雰囲気がいいレストランという感じだった。 「ち、ちょっとこんなとこに来てお金は大丈夫なの?」 「たまにはこんな風に贅沢するのも良いだろ?」 「そうは言うけどねぇ……!」 理奈は緊張しまくりでメニューを見るのもガチガチになっていてちょっと面白い。 「金なら去年まで彼女なんていなかったからバイトすればそれだけ貯まってったんだよね」 「それに、夏休み過ぎたらこうやって平日にゆっくり出来る機会も減っちゃうし……」 「理奈と付き合う最初の夏くらい俺の好きにやらせてくれ」 「そう……?」 「そうなの。だから理奈は遠慮なんかしないでいいからな?」 「わかったわよ……」 「ほら、早く食べるの決めちゃおうぜ」 「う、うん……」 「…………」 「…………」 「なあ、これ見方分かる?」 「わ、私が分かるわけ無いでしょ!?」 何かヒントがないかメニューを細かく見ていると、『ご注文の仕方』と丁寧に書かれていた。 メニューには料理名と値段しか書いてなかったのでどれが美味しそうなのかとかがわからない……。 どうやらコースが2種類あり、その中のオードブルやメイン料理を選ぶものらしい。 「結構種類あるんだなぁ……、理奈は何食いたい?」 「この鴨のテリーヌってやつ美味しそうな気がしない?」 「んじゃオードブルはそれでいいな」 「次はメイン料理だな……」 「あんたは食べたいのないの?」 「うーん、牛ほほ肉の赤ワイン煮と、和牛のステーキアッシェってやつで迷ってる」 ステーキアッシェというのはハンバーグのように刻んだステーキのことらしい。 「さすが男の子……肉好きねぇ……」 「理奈は? なんか気になるやつある?」 「鴨の骨付きモモ肉と冬根菜のポトフが気になってるなぁ……」 「あとはあんたの言ったステーキアッシェってやつ」 「お前って鴨好きなの?」 「ん? 全然? 好きでも嫌いでもないかな」 「オードブルでも鴨選んでたからてっきり好きなのかと思ったけど違うのか」 「たまたま鴨だったってだけよ」 「んじゃ俺らの意見が合ったステーキアッシェで」 「はーい」 「さて……、残りはでせー……る?」 「デザートっぽいわね」 聞きなれない単語に首を傾げるが、内容を見るとデザートのことみたいだ。 「これはお前が選んでくれ。俺はなんでもいいから」 「じゃあこのガトーショコラで♪」 「オッケー」 注文するものが決まったので俺は他の人を真似て手を上げてウェイターさんを呼ぶ。 「お呼びですか?」 「えっと、ディナーコースBというのをお願いします」 「オードブルなどはお客様にお選びいただいておりますが、いかがなさいますか?」 「オードブルはこの鴨のテリーヌってやつで」 「フランス仕込みの田舎風、鴨のテリーヌ。それぞれに味をかえた野菜のマリネとタマネギの赤ワイン煮添えでよろしいですか?」 「は、はい……」 (え!? ここって全部言わないとダメな感じなの!?) (で、でも通じてたから多分大丈夫な……はず!) 心の中で緊張して焦りそうになっているのを理奈にバレないように必死で顔に出ないよう隠す。 理奈の方を見てみると、同じように緊張しているようだ。 目で『ホントに大丈夫!?』と訴えかけているようにも見えたが、きっと大丈夫。 「メイン料理の方は豊味和牛のステーキアッシェで」 「豊味和牛のステーキアッシェ、ポルチーニ茸とオニオンの茶色のソースでよろしいですか?」 「はい」 「Bコースですとデセールの方もお選びいただくのですが、どのように致しますか?」 「このガトーショコラでお願いします」 「くるみを入れて焼き上げたガトーショコラでございますね? かしこまりました」 そう言ってウェイターはお辞儀をし、キッチンの方へ歩いていった。 注文を終え、一気に息を吐き出した。 「はぁぁぁぁぁ……。き、緊張した……」 「こ、こういうとこ初めてなんだけど、他もそうなのかな……?」 「お、俺もここが初めてだからわかんねぇ……(ヒソヒソ)」 「私たち思ったよりすごいところに来ちゃったみたいね……」 「だな……(ヒソヒソ)」 「…………」 「…………」 「ぷっ、っははははは」 「あはは、私たちなんでこんなにパニクっちゃってるんだろうね」 「ホントだよな」 「しかも無駄に小声とか何やってんだろ」 「ねー」 理奈はだんだんと緊張が解けてきたようで、いつものテンションが戻ってくる。 「メニュー見た時は驚いちゃったけど、よく見たらちょっとオシャレなレストランって感じよね」 「だな。ただ、ファミレスみたいな席じゃないからちょっと緊張するけどな」 「こういうとこってもっと大人になってから来るもんだと思ってた……」 「別に学生だから来ちゃいけないってわけじゃないだろ」 「まあ、ちょっと背伸びはしてるけどな」 「こういうとこ来るならもっとオシャレしてくれば良かった」 「まあ、最初は行き先なんて決めてなかったんだけどね」 「だけど、この店見たらいいなーって思ってさ」 「行き当たりばったりだったんだ……」 「でも、理奈のおかげで俺も少し服とか気にするようになったから、こういう店に入っても大丈夫かなって思えたんだ」 「それにあんまりオシャレしすぎても逆に浮いちゃいそうだしな」 「ふふっ、それもそうね」 「周りの人見てみると案外私たちとそんなに変わらないような気もするし」 「お待たせ致しました」 「オードブルのフランス仕込みの田舎風、鴨のテリーヌ。 それぞれに味をかえた野菜のマリネとタマネギの赤ワイン煮添えでございます」 ウェイターさんが注文した料理を持ってきてくれる。 「え……!?」 「……どうか致しましたか?」 「い、いや、何でもないっす」 どうかしましたかじゃねえ。この人完全にキャラ変わってるんだけど……! 「ど、どうもありがとうございます……」 「…………」 理奈はポカーンとした顔で固まっていた。 しかし…… 「ぷぷっ、なんだよ今の巻き舌……」 「ち、ちょっと失礼でしょ……?」 「いや、でも何か妙にツボに入ってさ」 「理奈だってそう思うだろ?」 「……そりゃ思うけど、そこは頑張って堪えるのが紳士淑女ってもんじゃない?」 「俺頑張って紳士目指すわ……ぷふっ」 「もう笑っちゃってるからダメじゃない……ふふっ」 「ま、まあいいや、食べようぜ」 「それより、今日は割り勘じゃなくてちゃんと奢らせてくれよ?」 「ヘアサロンで髪を切る代金と額はそんなに変わらないし」 「もう……私に無駄遣いなんてしなくていいのに……」 そんなことを言いつつも凄く嬉しそうな顔をする理奈。 「なあ、メイン料理はどんな風に言ってくると思う?」 「んー、さっきは巻き舌だったから今度は芸者風とか?」 「続きましてぇ……、豊味和牛のぉぉぉぉ!? ステェェェェェキアァァァァァッシェ!! で、ございます」 (最後だけまともなのかよ!!) 「ふふっ、ここって結構面白いね」 「ここ面白いからなんかの記念日とかにまた来ようぜ」 「うんっ♪」 その後も、理奈と楽しいディナータイムを過ごす俺。 この日はちょっとだけ背伸びをした、今までとは少し違うデートになった。 「ん……?」 『メール受信1件 理奈』 理奈からいつものようにメールが届く。 『そのときは安いところでいいからな?』 『そうだな、俺一度彼女連れて牛丼屋に入ってみたかったんだ』 これは半分本音で半分嘘。 気持ちは嬉しいけど、一人暮らしの彼女から奢ってもらうなんて俺的にはNGだ。 「よっしゃ!」 理奈の手料理はマジで美味い。 さっき食べたディナーより、俺にとってはその100倍くらい理奈の手料理の方が嬉しかった。 『いや、俺は理奈が食べたいから奢らなくていいぞ?』 『そうだな、たまには突然後ろから襲うのも悪くない』 俺は正直者なので、欲望のままに返信する。 うん、突然後ろからか、我ながらなかなか良い案じゃないか……! 『理奈とのエッチに飽きるわけないだろ』 『というか俺、エッチしなくても一緒に寝れるだけでそもそも嬉しいし』 そりゃあ出来ることならエッチはしたいが、理奈に抱きついて寝るのはエッチに勝る至福の一時。 ああ駄目だ、こんなメール送ったらまた急に会いたくなってきたぞ……! 『いや! むしろお前を俺の抱き枕に!!』 アホな返信をしてベッドに寝る。 こうして今夜もお互いが眠くなるまで、しばらくメールをするのだった。 『いや、俺の方が飽きられないか不安で……』 『もう少し自分に自信が持てるように修行してみる』 修行ってなんだ。 返信しておいてなんだけど、エッチの修行か? アホか俺! マジで俺の頭ん中にはエロのことしかないのか!! 「………」 「ちくしょぉぉぉぉ!! もうホントにマジで可愛いなああああ!!」 ヤバい、嬉しいやら恥ずかしいやらでとにかく飛び跳ねたくなってきた。 こうして今夜も、俺は呆れるくらい理奈とのメールの時間を楽しんだ。 「ん……」 太陽の光が眩しい。 カーテンの隙間から微妙に入り込む光が、俺の目を開かせた。 朝である。 今日もいつものように、俺は理奈の部屋で寝ていた。 うん、快適快適。 相変わらず理奈の部屋は学生が住むような部屋と思えないほどの高級感。 それもあってか、睡眠はしっかりとれる。 体を倒したまま、頭を覚醒させていく。 (ぼーっ……) 寝たままじゃ無理があるな……。 うわぁ……遅刻確定だ……。 「朝よ、起きなさい」 「ん……」 理奈の声がかかる。 「おはよ」 「おはよう。早く起きてご飯食べよ?」 「もう出来てるのか。さすがだな」 「そんなことないわよ。ほら」 理奈のパジャマ姿はいつ見ても可愛い。 寝起きにもかかわらず、いつもこうして見ていると無性に抱きつきたくなってしまう。 理奈に腕を引っ張ってもらい、起きる。 「ありがと」 「んっ……」 そして軽くキスを交わす。 やばい、最近本当に挨拶感覚でキスしてる気がする。 「顔洗ってきちゃってね」 「OK〜」 洗面所へ向かい、洗顔することに。 しかしまぁ朝からキスとはアメリカンだよなぁ。 いやアメリカで朝からキスをしてるのかどうかはわからんけど。 「いただきます」 「いただきまーす」 いつも通り、二人で朝食。 理奈の料理は、ごく当たり前のように超絶美味い。 今朝のメニューはスクランブルエッグにサニーレタスとプチトマトのサラダ。 それから豆腐とわかめの味噌汁に白米と煮物というスペシャルコンボ。 いつ見ても思うが、理奈は絶対に結婚したら有能な主婦になれる気がする。 「起きてる? 何かぼーっとしてるような気もするけど」 「起きてる起きてる。さっきのキスでしっかり目が覚めました」 「ふふん、ならいいわ。私がキスしても起きないなんてことがあったら、彼氏失格ね」 「そうならないようあり続けます」 「ふふっ♪」 こんなどうでもいい会話がすごく和む。 まだまだ恋人という間柄なのに、どこかその壁を越えているような気がしないでもない。 朝を二人で迎えてるからだろうけど。 今日も今日とて美味しく朝ご飯をいただいた。 「ごちそうさまでした」 「ごちそうさまでした」 適度にお腹がふくれた。 これで今日も一日元気に過ごせるな。 「それじゃ、流し台に置いてくるから」 空いた食器を持って流し台へ向かう理奈。 それ自体は何の問題もない日常だが…… (はあ……! はあ……!) なぜか今日に限って、俺はその後ろ姿にムラムラしてしまう。 (許せ理奈!!) (今日もお前が無駄に綺麗なのがいけないんだ……!!) 俺は椅子から立ち上がり、ゆっくりと理奈の背後に迫る。 「〜〜〜♪」 「理奈……」 「ん? なに――んんっ!?」 振り返ったところで無理矢理チュウ。 本日2度目にもかかわらず、理奈も理奈で積極的に俺の舌を受け入れてくれる。 「ん……んっ……」 「んっ……はぁ……」 「ごめん、我慢出来なかった」 「そ、それにしても……いきなりすぎ……」 「食器落としたら危ないでしょ……?」 「ごめんごめん、でもどうしても我慢出来なくてさ」 「んもぅ……支度しておいてよ」 「………」 「なあ、理奈……」 「なに?」 「俺……やっぱり我慢出来ない」 「え? ちょ、ちょっと……嘘でしょ?」 「嘘なわけないだろ。そばでお前の匂いを感じてたら……もう……」 「駄目、今からここでしたら学校に遅刻しちゃう……」 「ダメだ」 「許してくれ理奈……」 「んあっ……だ、ダメ……」 理奈に軽く抵抗されるが、当然俺はそのまま自分の欲を抑えることが出来なかった。 朝からしっぽりいってしまった。 しかも結構激しく。 「んもぅ……朝から元気ねぇ……」 そういう理奈の表情は苦笑い。 俺もそう思う。元気だな。 「こんな調子で続けて大丈夫なのかしら」 「だ、大丈夫だ。なんとかなる」 「全く説得力がないわね……」 「まぁでも……悪くはないじゃん?」 「そ、そりゃ……悪くはないわよ。そうじゃなかったら断るし……」 「理奈が俺を受け入れてくれてるってことじゃないか」 「私のことも、もう少し考えてくれると嬉しいんだけどね」 笑いながらそう言う理奈。 さて……結構情事にいそしんでしまったわけだが……。 「うわ……時間……」 「え……」 時計を確認。 おお、これは確実に間に合わないな。 「今から全力で走ったとしても間に合わないわよ」 「なるほど、そいつは大変だ……!」 「とうっ!」 「んっ!?」 もう一度キスをしてやった。 「んっ……んぅぅ……」 「ふぁ……はぁ、はぁ……」 「もう、今日はサボろうぜ。一日くらいいいだろ?」 ここまで来るともはや学園に行って授業、なんて考えは捨てたくなった。 今日はこのまま家にずっと二人でいたい。 理奈の体全体を撫でるように触る。 突き出たお尻や胸、なめらかな腰のラインをなぞっていく。 そしてまた理奈の唇を求めた。 「んんん……ちゅ……んは……」 「んぁ……だ、ダメ……が、学校には……行かないと……」 「一日くらい行かなくたって問題ないって」 「で、でも……」 理奈の体をまさぐり続ける。 うぅむ、理奈の体触ってるだけで気持ちいいな。 「遅刻してでも学校には行かないと、先生から実家の方に連絡されちゃうよ?」 「大丈夫。母ちゃんもう仕事先に行ってるから、家には誰もいない」 「んっ……そ、そんな……」 「それよりも今日はずっと理奈とこうしていたい」 「あぅ……あっ、やっ……」 「………」 「だ、駄目か……?」 「嫌なら無理にとは言わないけど」 「んぅ……わ、わかったわよ……もう、しょうがないわねぇ……」 よっしゃぁ! 「俺の勝ちだな。それじゃもう一回キスしよう」 「もう一回って、どうせ何度もするくせに……んっ……」 そしてまた理奈とキスをする。 一旦こうなってしまうと、感情を抑えるのは難しい。 「んっ……はぁ……い、いつまで……こうしてるつもり?」 「んー」 まぁこの高揚感はしばらく収まらない。 となると……。 「午前中ずっとかな」 「長すぎよ……」 「でも仕方ないんだ。理奈が可愛いから」 「そ、そんなこと言われても……」 「せっかく家にいることにしたんだ。存分に楽しまないとさ」 「そうかもしれないけど……」 理奈を強く抱きしめる。 女の子の体はすぐにも壊れてしまいそうだ。 でも、ずっと抱きしめていたい。そう思わせる何かがあるんだ。 「続きしよう」 「え? 続きって……」 「さっきの、続き」 「お、終わったでしょ……?」 「じゃあリスタートってことで」 「んもぅ……」 理奈はややあきれ顔だが、否定はしなかった。 「あっ……」 俺はまた、理奈を激しく求めた。 結局宣言通り、午前中はずっとエッチをしてしまった。 「張り切りすぎよ、まったく……」 「ごめんごめん」 時計を見てみると、すでに昼近く。 たしかに理奈の言うとおり、かなり張り切ってたな。 「今頃みんなは四限目の授業受けてるんだね」 「そうだなぁ」 俺に裸のままもたれかかる理奈。 体の温かさが伝わってくる。 「なんだか俺たち、いけないことしてる不良学生みたいだな」 「ふふっ……そうだね」 「でも言い出したのはあんただからね。何かあったら責任取ってよ?」 「ははっ、もちろんもちろん」 「せ、責任って言っても、そっちの意味じゃないけどね」 「そっちって、どっちのことだ?」 「う……じ、自分で考えなさいよっ……」 少しからかっただけで真っ赤になる理奈。 ああ、俺はこんな自分の彼女が本当にどうしようもなく可愛く見えて仕方がない。 「でも、ちょっと気になることはあるのよね」 「気になること……?」  「ま、まさか生理が来ないとか!?」 「バカ。違うわよ」 「普通、学生時代から付き合って結婚した夫婦は、一生でどのくらいエッチするのかなって」 「ほう」 何だか統計学の話みたいだな。 「どうしたんだよ。急にそんなこと言い出して」 「あんたと付き合うようになってさ、エッチがだいぶ身近に感じられるようになったから」 「えへへ、そりゃどうも」 「別に褒めてるわけじゃないんだけど」 「すみません」 「ま、まぁ……って、そんな話じゃなくて」 「そういうわけで、私達はもう結構しちゃってると思うから……ふと気になったわけ」 「そっか」 でもたしかに言われてみれば、かなり身近になったな。 俺だって少し前までは童貞だったわけだし……。 「童貞……」 「どしたの?」 「いや……少し感慨深くなっちゃってな……」 俺、本当に童貞を捨てたんだなあ。 巷じゃ三十歳まで童貞守るとどうのこうのって話もあるけど。 今となっては妙に感慨深く感じる。 「私たち、相性良いのかな……?」 「俺も理奈もちゃんと毎回イッてるんだから、実はめちゃくちゃ相性良いんじゃないのか?」 「そ、そうなのかな」 「いや、俺も実は詳しく知らないけどさ」 「それでも、やっぱり相性が良くなきゃ、毎回そうはならないと思って」 俺も理奈もお互いが初パートナーだからな。 当然俺はこの先もずっと理奈といたいけど、そうなると色々な好奇心も自然と湧いてくる。 「ちょっと調べてみようよ」 「そうだな。俺も似たようなこと考えてた」 「やっぱり相性いいのかもね♪」 「あはは、もうこれは確定だな」 ということで、白昼堂々男女の営みについて調べてみることにした俺たち。 俺は傍にあったケータイで、理奈は自分のパソコンで調べることにする。 「なあ、ところで俺たちいつまで裸でいるんだ?」 「別にあんた以外に見られることないし、このままでもいいわよ」 「それに、いつ襲われるかわからないしね♪」 それは誘ってるのか? と言いたくなる俺。 ただ、本当に襲いたくなったらまた襲うと思うので、その台詞は敢えてこの場では言わないことにした。 「さてと」 理奈がパソコンを起ち上げる。 「何かあったら言ってね」 「おう、了解であります理奈隊長」 俺もさっそく検索をかけてみることに。 さてさて、検索ワードは何にするか。 (適当に生々しい単語を入れて……と) 「結構出てくるな……」 不倫、浮気、マンネリ…… (おいおい! さっきからネガティブなもんばっかりじゃねーか!!) 冗談じゃない。付き合いたてからこんな縁起でもない記事なんて読みたくないぞ。 とりあえず無難にエロテクのサイトでも…… 「世の中には結構嘆いてる人が多いのね」 「そうだな」 「ラブラブで結婚しても、体の相性が悪いなんてことは珍しくないらしい」 恐ろしい……! 理奈とのそんな結婚生活なんて考えられない。 俺はセックスレスとは無縁な、いつまでもラブラブな夫婦でいたいぞ……!! 「実は私ね、初めてエッチしたあとに少し調べてみたことあったんだけど」 「ほう」 「子供が出来ると、セックスレスになる傾向が日本では強いんだって」 「マジで!?」 「でも、私達はマンネリとは縁遠い生活をしたいわよね」 「あ、当たり前だ。子供が出来たらはいさよならなんて……」 「俺は絶対にそんな結婚生活はごめんだぞ!!」 ただここで、不意にとある事実に気がついた。 「ふっふっふ……」 「理奈ってさ、今からちゃんと結婚まで視野に入れてくれてるんだな」 「っ……!」 ちょっとわざとらしく言ってみる。 近々俺の趣味リストに、理奈の顔を赤くさせるが追加されそうな気がする。 「そっかあ……理奈と結婚かあ……」 「う〜ん、どうしよっかな〜♪」 「別に結婚してくれなくてもいいですー!」 ええ!? ガチギレ!? 「ま、待て! 冗談に決まってるだろ……!」 「俺だって理奈とは結婚したいと思ってる。というか当然だろ!?」 「本当にぃ?」 「本当だよ。ただ……」 「ただ?」 「はは、さすがにまだ気が早いとは思う」 「結婚に憧れるのも良いけど、俺はこうしてお前と恋人期間をエンジョイするのも好きだぞ?」 「そうよね。それは私も同じ」 普通に付き合って、同棲して、結婚して…… 俺はこの先、そういったすべてのイベントを理奈と一緒に経験していきたい。 その理由は単純明快。 俺はただ、こうして理奈の嬉しそうな笑顔をずっと見ていきたいから。 「でも、いくつになっても二人でいたいな」 「いつまでも離れないで、愛のあるエッチをしたい」 「そしていっぱい愛してもらいたい」 「でも、いつか私の何かに飽きて愛してもらえなくなったら……嫌だな」 「こらこら、またいつもの勝手に不安病か?」 「大丈夫だって。俺がお前に飽きるなんてこと、絶対にあるわけないだろ」 「本当に? 絶対?」 「絶対だ。仮にそうなったら俺のこと全力で押し倒していいよ」 「それ結局エッチしたいってことじゃないの?」 「それもある」 「ただ逆に考えてみてくれ」 「俺だって普通に考えたら、お前に相手にされなくなったら死ぬほど寂しいぞ」 「それならいいけど」 「あ、でももし押し倒して欲しいような時があったら言ってね。そういうプレイも歓迎だから」 「はは、それじゃあそのときはよろしくお願いするわ」 再び色々と検索してみる。 うーん、さっきから妙に恐ろしい単語や記事が目につく。 『夫 嫌い』だの『彼氏 ウザイ』だの…… (ひィィ……!) まったく近頃の女性らは、こういう恐ろしいことを平気でネットに書き込むのか。 「あのさ、俺もなんか急に不安になってきたんだけど……聞いてもいい?」 「理奈ってさ、現状俺に不満とか無いの?」 「私は不満はないわよ。今までもこれからも」 「マジで!? これからも!? ホントに!?」 「本当に。絶対。あり得ない」 「そ、そっか。なんか超安心した」 人から見たら、馬鹿にされるようなこんなやりとり。 でも俺と理奈にとっては、こういう愛情確認も大事なことの一つだったりする。 「学園じゃもうお昼休みかな」 理奈が時計を見ながら言う。 「お、そうだな」 「みんなお昼ご飯食べてるのかな」 「昼休みだからな。そうだろう」 「私達もご飯食べる?」 「そうするか」 「理奈は何か食べたいものあるか?」 「んふふ〜♪ これ……はむっ……」 「お、おい……」 理奈が急に俺の目の前にしゃがみこんで、俺のそれをくわえこむ。 「するのか?」 「ダメ?」 「そんなわけないだろ」 「ふふ……じゃあ続きするね……」 今日だけで、何日分ものエッチをした気がする。 さすがに体力的にも厳しいので、今日はこんなところでエッチはお開きか。 「相性バッチリね♪」 「ああそうだな。俺たちの場合、変に調べる必要なんてなかったな」 「ん……」 そしてまたキスをする。 飽きることのない行為。これからもずっとこうありたい。 「それにしてもお腹減っちゃった」 「昼ご飯がこれだったもんなぁ」 「し、仕方ないでしょ……あんな話してたら、欲しくなるのは当然よ……」 「この超絶甘えん坊め」 「う、うるさいわね……」 「満足?」 「こ、心の方はね」 「それじゃあそろそろお腹の方も満たそうか」 「だからそう言ってるじゃない……んもぅ……」 こうしてふてくされる理奈も可愛くて仕方が無い。 これを見るために、わざと普段から冗談を言っているのは内緒にしておく。 「買い物行かないと何もないわよ」 「おお……それじゃ買い物ついでにデートしようぜ」 「そうね♪ 準備して行こ♪」 「とりあえず、この体中についた理奈のエロい匂いはシャワーで落としていかないとな」 「私は別に構わないんだけど?」 「マジで? なんかまた興奮してきそうなんだけど俺」 「ふふ」 「まあ冗談はいいとして、とりあえずシャワーくらいは浴びてから出かけようぜ」 「ずっとベタベタしっぱなしじゃ、さすがにちょっと困るだろ?」 「そうね。私先に浴びるから」 「あいよー」 こうして、午後は買い物ついでにデートすることになった。 学校をサボるのは褒められたことじゃないが、こうして一日理奈を独占出来ると思うとあまり反省はしなかった。 一時間後、サクッと着替えも済ませて駅前へとやってくる。 「〜〜〜♪」 もちろん理奈と腕を組みながら。 こうして見ると、平日の昼にもかかわらず駅前にはカップルの姿が目につく。 まあ昼といってももう3時半だけど、やっぱりこの街はデートスポットとして人気なのか。 「二人とも、今日は学校サボってデートでもしてたの?」 「うおおっ」 「な、なんだ桃か。ビックリした」 「お前らサボりか!! 一日中どこで何してやがった!!」 「野暮なこと聞かないでよ、いやらしい」 「い、いやらしい……!? ってお前らまさかいかがわしいことを常日頃から平気でしてるんじゃ……!?」 「この際だから言っておくけど」 そう言って理奈が突然身を乗り出す。 「私、恭介のこと大好きだから。もうずっと離れたくないほどにね」 「私、この人のこと大好きだから。もうずっと離れたくないほどにね」 「ずっとくっついていたい、お互いを感じていたい。そういうレベル」 「うっ……こ、こいつ……」 「だからね……これからは私達のこと、素直に応援してください」 「なっ……」 そう言って、その場でペコっと頭を下げる理奈。 「はっはっは、おめでとおめでと」 「よろしくね」 「こちらこそ」 「お前ら、本当に好き合ってたんだな……」 「当たり前じゃない。私もうこの人の女よ?」 「そうだな。もうラブラブだし」 「お前らだけ幸せになりやがって、ちくしょォォォォ!!」 「あっ、おい」 余程悔しかったのか、元気はまだ見えない夕日に向かって走り去っていった。 元気……そうだな。夕日の下には誰か運命の人がいるかもな。 幸運を祈るぜ。 byすでに幸運を味わってる人。 「あらら。ちょっとかわいそうだから追いかけてあげよう」 「それじゃあね、お二人さん。明日からはちゃんと学校来なよ」 「おう」 「うん」 「じゃ」 桃と手を振って別れる。 あいつもあの性癖さえなければ、普通にモテそうなんだけどな。 「なんか私が悪いみたいな感じだったけど、ま、いいか」 「それにしても、ちょっと今のは俺もビックリしたぞ」 「そう? ビックリしちゃった?」 「ああビックリだ。まさか理奈が元気にあんなこと言うなんてさ」 「当然でしょ? 私の彼氏を、これ以上普段から悪く言われたくないもの」 「おおなるほど、それは彼氏冥利につきるな」 「だから、これから私の友達にも『こいつ、俺のコレだから』みたいなこと言ってね♪」 「そこまでいくとちょっとキザっぽいけど、言えるような彼氏になれるよう努力するよ」 「うん♪」 「それじゃ、早く買い物行こ♪」 「そうだな、行こうか」 こうして今晩の献立を考えながら理奈と歩く。 俺の隣を歩く理奈は終始嬉しそうに笑うので…… 俺もこの日はずっとそんなこいつの横で笑っていた。 「いらっしゃいませー」 「………」 (今年はどうしようか……) ケータイでカレンダーを見つつ、今週末の予定を考える俺。 次の日曜日は、この夏から俺にとってもかなり大事な一日となる。 周囲は女性客ばかりだが、今俺の隣に理奈はいない。 あいつは今同じモール内の店でバイト中で、それを知った上で今俺はこの店にいる。 「で? 何にするか決まったの?」 「いや、まだだ」 「というかいきなり指輪とか重すぎるよな。だったらまだ無難にストラップか何かの方が……」 「だから何だって平気だって。あの子あなたからのプレゼントなら絶対に喜ぶでしょ?」 「う、うるさいぞ。そんなことはわかってるんだよ」 「でもどうせ渡すなら、やっぱりあいつが一番喜ぶ物にしたいだけだ」 次の日曜は理奈の誕生日だ。 去年は学校の友達も含めてカラオケに行って遊んだが、今年はやっぱり二人だけの誕生日にしたい。 「おい綾部。あいつキャラ物のぬいぐるみなんてもらっても喜ばないよな?」 「たぶん爆笑しながら受け取るんじゃない? あなたのそういうチョイスって絶対おかしい気がするし」 「誕生日プレゼントで爆笑はされたくないんだが」 しかしリアクションとしてはかなりリアルだ。 お、俺としては感激させるくらいのアイテムじゃないとちょっと嫌だし。 「あの子の場合、物じゃなくても全然いい気がするんだけど」 「例えば?」 「うーん……」 「彼氏の愛とか」 お前ベタ過ぎだろ。 「そんなもんこっちは毎日やってるんだよ」 「そうじゃなくて俺としてはもっと形になるものがいいんだ」 「はあ、男って何でそう形にこだわろうとする生き物なのかしら」 「別に誕生日プレゼントが日帰りの旅行だって良いのよ? それで写真でも一緒に撮れば形にだって残るじゃない」 「うっ……」 「それにね、彼氏の愛とか恥ずかしいこと言っちゃったけど、結局何にしたって気持ちが大事なのよ」 「大体あなたね、そんな大事な彼女へのプレゼントを、私なんかと一緒に決めて良いわけ〜?」 「いや、そこはちゃんとわかってるんだけど、念には念を入れて考えようと思って」 「だってあいつ、本当に俺が適当に選んだ物でも喜ぶ気がするからさ」 「だったらその中でも、一番喜びそうな物をやっぱりプレゼントしたいじゃん?」 「ふーん」 「じゃあ聞くけど、自分の誕生日にあの子からプレゼントをもらえるとしたら何が良い?」 え? 「あいつからのプレゼントならなんでも喜ぶに決まってるだろ」 「というか俺のことなんて今はどうでもいいんだよ。綾部も真面目に考えてくれ」 「あなた、やっぱり馬鹿でしょ」 「ああ馬鹿だよ。進学先すら考えるのが恐ろしいわ」 「………」 「まあ、そこが良かったんでしょうけど」 「何か言ったか?」 「なんでもありませーん」 そう言ってめちゃくちゃだるそうな顔をして、綾部がお菓子コーナーの方へ歩いて行く。 あいつ、マジで真剣に選ぶ気ないのか。 「コレなんてどう? プレゼントが食べ物でも別に悪くはないわよね?」 「ん? どれどれ?」 『牛カルビキャラメル・醤油ダレバージョン』 「ジンギスカンキャラメルの親戚ね、最近はこういうネタのお菓子が増えてるのよ? カレー味のラムネとか知ってる?」 「いや知ってるけどこんなもんプレゼントしてどうするんだよ」 「あの子を爆笑させる」 だからあいつを爆笑させてどうすんだよ! 誕生日プレゼントまでネタに走りたくないんですけど!? 「もういい、自分で考える。綾部には期待しない」 「あらそう、でもそれが一番正解ね」 この店にはたまにバイトで足を運ぶこともある。 棚卸しのときなんかはガッツリ稼がせてもらったけど、今日は店に店長はいないらしい。 (いたらちょっとアドバイスもらいたかったんだけどな……) 考えれば考えるほど深みにはまっていく。 ぬおおおお!! やっぱり無難にアクセサリー類の方がわかりやすくて良いんじゃねーの!? (ピアスって、買ったらあいつつけてくれるのか……?) でもピアスって耳に穴開けるんでしょ? 痛くない!? 血とかめっちゃ出て死ぬほど痛くない!? 「あら、ピアスにするの? それなかなか可愛いじゃない」 「いや、やめとく。理奈に地獄の苦痛を与えるわけにはいかん」 「は?」 もっと安全な物にしよう。 指輪だって俺あいつのサイズ知らないから無理だしな。 アクセサリー類は諦めて他の路線に変更しよう。 「うーむ……」 「しゃ、写真立て……とか?」 「良いんじゃない? それに二人で撮った写真でも飾れば?」 「は、恥ずかしいィィーーッ!!」 「はよ決めろ」 「すみません」 結局理奈への誕生日プレゼントは写真立てにした。 値段もそんなに高くないし、綾部の言うとおりこれに俺たちの写真を飾ればそれっぽくはなるだろう。 「綺麗にラッピングしてもらったし、これで一応なんとかなりそうだな」 「今更だけど、もっとあの子が喜ぶ物教えてあげましょうか?」 「は!? そんな物あるの!? だったらもっと早く言ってくれよ!」 「下着」 「へ?」 「あなたが選んだ下着をあの子にプレゼントするの」 「可愛いデザイン、際どいTバック」 「どれを選んでも、プレゼントした男の方にもメリットがあるってわけ」 「な、何……!?」 それは大変魅力的過ぎる……!! 「でも男一人で買いに行くのはさすがに勇気がいるから、買うならあの子と一緒に行きなさいね?」 「それじゃあプレゼントがバレるだろ」 でも来年のプレゼントはそれでいこう。 理奈には悪いけど、ランジェリーショップって男からすれば未開の地だし。 「あの子、まだバイト終わらないのね」 「ん? でももうすぐ7時だしそろそろだろ?」 綾部に言われて、フードコートの端にあるアイス屋へと目を向ける。 今日は平日なので店が大忙し……ってわけじゃないにしろ、ここから見ても理奈が一生懸命働いている姿が見える。 『ごめん、もう後は着替えて帰るだけだからもう少し待ってて?』 ここで理奈からメールが来る。 「あの子、店から手振ってるわよ?」 「おお、ホントだ」 俺も反射的に手を振り返す。 どうも本当に仕事は終わったみたいで、そのまま店のバックヤードへと消えていく理奈。 「予想はしていたけど、本当にあなたたち上手くいっているみたいね」 「ああ、まあな」 「自分で言うのもなんだけど、俺たちかなりラブラブだと思うぞ?」 「ええ知ってるわ。だって二人とも、一緒にいるときの表情が目に見えて違うもの」 「私からすれば、数年前まで頭の堅かったあの子が、今はこうして彼氏持ちだなんて信じられないくらい」 「頭が堅い? あいつが?」 本当かよ、そんな理奈の姿なんて今の俺からは想像出来ない。 俺が知り合ったときから、理奈は元々あんな感じだった気がするけど。 「堅物だし臆病だし、あなたが知り合う前のあの子はもっと色々と面倒だったわよ?」 「私たち、元々住む家が近かったから昔は帰り道が一緒でよく話すようになったんだけど……」 「綾部さん。私学校って苦手、だって授業中なのにみんなうるさいんだもん!」 「とか」 「教室にゲーム持ってくるなんて、一体みんなどういうつもり!?」 「とか」 「まあ言うなれば典型的な真面目系女子って感じだったわね」 「はは、それあいつじゃなくて綾部のことじゃないのか?」 「あの子があなたと知り合った直後なんて、私帰りに愚痴ばっかり言われてたんだから」 「私のクラスに信じられないくらい無神経なヤツがいる」 「宿題忘れたとか言って勝手に人のノート写そうとするし、給食のデザートは狙ってくるしで死刑にしてやりたいって」 「し、死刑って……」 出会った当初は、俺も理奈もあまりお互いに関心はなかった。 俺はいつも遊ぶことばかり考えていたし、放課後あいつが何をしていたかなんて一々記憶に無い。 (でも席はずっと隣同士だったという……) 「そう考えると、今こうしてあなたたちが付き合っているのは、ある意味奇跡としか言いようがないわね」 「やばいな、その奇跡がなかったら今頃俺は……」 「一人悲しい夏を、今年も過ごしていたということになるわね」 嫌だァァ!! マジでそんなの絶対に嫌だァァ!! 「もしあいつと今頃付き合っていなかったら、俺は華麗に自殺していた自信があるぞ」 「それ、あなたが好きになってからの話でしょ?」 恐ろしい、理奈と付き合っていない未来なんて、今は想像するだけで寒気がしてくる。 夜はメールももらえない、気軽に手を繋いでデートも出来ない。 こうして考えると俺、結構精神的にもあいつに依存しているような気さえしてくるぞ。 「やっほー! お待たせ〜♪」 「理奈、愛してるぞ」 「え!?」 「なっ、ど、どうしたのよ急に……」 「愛してる」 「も、もう……まひろの前なんだから今はちょっとやめてよ……」 でも言いたくなったものはしょうがない。 だってこうして口にしないと、マジでちょっと寂しくなってくるし。 「で? どうしたの? あんたはともかくまひろまで一緒だなんて」 「はいはい、邪魔者はさっさと消えるから安心して?」 「え、ちょ、ちょっと別に邪魔だなんて言ってないじゃない」 「ふーん、じゃあごめんなさい。正直に言うわね」 「さっきまで、そこの彼と二人でデートしていたの」 はあ!? 「ちょ、ちょっと先生! そういう笑えない冗談はやめていただきたいんですが!」 ぎゅっ。 「………」 「ね、ねえ……本当……?」 ほ、ほら!! 早速こいつ本気にしてるし……!! 「で、デートなわけないだろ! ちょっと買い物に付き合ってもらっただけだ」 「だったら、私と一緒に行けばいいじゃん……」 そう言って目に見えて凹んでいく理奈。 お、おいおい、気持ちは分かるけどもう少し俺を信用してくれ……! 「ふふ、冗談よ。誰もあなたの彼氏は取らないから安心しなさい?」 「ちょっとね、そこの彼にプレゼント選びのアドバイスをくれって頼まれたの」 「え?」 「おい、普通にバラすなよ」 「いいじゃない、プレゼントの中身は言ってないんだし」 「………」 「そっか、私の誕生日……」 「あなたの彼、結局自分でプレゼント決めてたわよ?」 「良かったわね理奈、あなたちゃんと愛されてるから安心しなさい?」 「じゃ、そういうことで、私はお先に失礼するわね」 そう言って、ひらひらと手を振り一足早くモールを出て行く綾部。 一応買い物には付き合ってもらったんだし、後でちゃんとお礼のメールはしておこう。 「あ、愛されてるって、それくらい言われなくてもわかってるっての……」 「おーい、バイトで疲れてるだろ?」 「途中で何か食い物買って帰ろうぜ?」 「う、うん……」 そのまま理奈と地下の食品売り場へと足を運ぶ。 夕飯に何を食べるのか相談しながらも、俺の彼女はずっと家に帰るまで俺の手を離そうとはしなかった。 「ご馳走様ー!」 「たまにはこうして二人で弁当食べるのもアリだな」 「うん、私もお腹いっぱい」 「あそこの地下、お総菜も結構美味しいし夜は値引きされるからお得なの」 時刻は夜9時過ぎになり、理奈と一緒に食後のお茶をすする。 さて、今夜はどうするか。 このまま俺は家に帰ってもいいけど、理奈が寂しがるならこのままいてもいいし。 「そうだ、日曜日どうする?」 「去年みたいに今年も他の連中呼んで騒ぐなら、クラスのみんなにも声かけておくけど」 「………」 「それ、本気で言ってる?」 「もちろん俺は二人きりの方が良いぞ?」 「でもやっぱり主役の意見は聞きたいからさ」 「そっか、ありがとう」 「………」 「………」 気のせいか、目の前にいる理奈が少し寂しげな顔をする。 どうしたんだ、買い物中もそういえば少し元気がなかったけど。 「大丈夫か? バイトでいつもよりお疲れな感じ?」 「え……?」 「なんか今日は元気ないじゃん。具合でも悪いのか?」 「あ、あはは……ごめん心配させちゃった?」 「大丈夫、ちょっと考え事してただけから……」 「考え事?」 「う、うん……」 妙に煮え切らない反応をする俺の彼女。 何か心配事があるなら何でも俺に言ってくれればいいのに。 「何かお困りですか? 一応俺たち付き合ってるんだし、少しはこっちを頼ってくれよ」 「………」 「じゃ、じゃあ……言っちゃうけど」 「日曜日は、私の両親と会ってくれないかな」 「………」 「………」 え? 「ま、待て、会うのは別に良いけど、何かめっちゃ急じゃないか!?」 「う、うん……だからなんて言おうか迷ってたんだけど……」 「日曜日、私の両親が一度この街に帰ってくるの。久々に私の顔を見たいらしくて」 「ま、まあ娘の誕生日だしな……」 「うん、だからどのみち、日曜日は二人きりにはなれそうもなくて……」 「そ、その……ごめんね?」 なぜかここで申し訳なさそうに俺に謝ってくる理奈。 おいおい、自分の誕生日なんだから別に俺のことなんて気にしなくていいのに。 「でも会うとなると、今からめちゃくちゃ緊張するな……」 「大体俺、どんな顔してお前の両親に会えば良い? 無理矢理スーツとか用意した方が良い系!?」 「ふふっ、スーツなんていらないわよ。ただ私の彼氏ですって普通に会えばいいと思うけど」 「無理無理無理!!」 「大体普通にってなんだよ、そんな席でいきなり余裕かませるほど俺精神強くないぞ……!!」 「へえ、誰かさんも恋人の両親には緊張するのね〜」 「当たり前だ」 下手すりゃ告白した時以上に緊張するんじゃないか? 目を合わせた途端、理奈のお父様から平手打ちをくらう可能性も!? 「やばいな、理奈の親父ってどれくらい戦闘力ある人? 俺普通に生きていられる?」 「何想像してるのよ。人の父親をゴリラか化け物みたいに言わないでくれる?」 でも相手の力量は知っておかないと! いざ会ったとき、俺どう反応したらいいのかわからないし! 「でもマジで理奈の両親ってどんな感じなんだ?」 「さっき一度、この街に帰ってくるって言ってたけど……」 「俺、実はお前が今一人暮らししてる理由とか詳しく知らないし」 「あれ? 話したことなかったっけ?」 「私の両親、今は海外に住んでるの」 「え? 海外?」 「うん、フランスのパリ」 「お父さんはアパレルメーカーの社長で、お母さんはその秘書」 「私が城彩に入る前、独立してあっちで会社起こしたんだけど」 社長!? 秘書!? 「え!? 何!? お前社長一家のご令嬢だったの!?」 「あ、あはは……まあ形だけならそうなるかな。そんなに大きな会社じゃないけど」 なるほど、こんな良い部屋に一人で住んでいる時点で、何となく裕福な家庭じゃないかと想像はしていた。 でもいきなりパリだと!? 社長だと!? 「おい! どうしてくれんだ! 今ので俺の緊張が10倍増しになっただろ!!」 「えー、だって自分が教えてくれって言ったんでしょー?」 マジでどうしよう!! 俺スーツ用意するどころじゃ駄目なんじゃないの!? 「そっちはそっちで何で余裕そうなんだよ!」 「こ、これでお前との交際を反対されたら、そっちだって色々問題が出てくるだろうに……!」 「ああ、それはないから安心して?」 「むしろ二人とも喜んで私たちを祝福してくれると思うわよ?」 「え? そうなの……?」 「そんなに簡単にいっちゃうものなの……?」 「じゃあ聞くけど、そこまで反対されるようなこと今まで私にしてきたの?」 「エッチ」 「あ、あの……さすがにそこまでは突っ込まれないでしょ。というか私、自分の親とそんな話したくないし」 「じゃあ……」 「お前から借りたゲーム、何本か借りパクしたのが俺の部屋に……」 「いや、それは普通に返しなさいよ」 とにかく何も問題が起きないのは意外だ。 俺なんて見た目はマジでどこにでもいる凡人だし、親父の方も俺みたいなやつが娘の彼氏で良いっていうのか!? 「そもそも俺の存在は知ってるわけ? そっちの両親は」 「うん、知ってるわよ? 電話じゃ普通に話題にしてるし」 「ええ!? マジで!?」 「うん、むしろ会ってもいないのに気に入ってるみたいよ?」 「だから顔合わせくらい楽勝だから、あんまり緊張しなくても良いと思う」 「そ、そうか、そういうもんなのか……」 「そうそう、そういうものよ」 「むしろ私の方が怒りたいくらいよ。誕生日くらい彼氏と二人きりにさせて欲しいわー」 そう言って本当に不機嫌そうな顔をする理奈。 「おいおい、久しぶりに親が会いに来るんだろ?」 「そこはお前、娘としてはちゃんと歓迎してやれよ」 「あー、平気平気。うちの両親そういうの全く気にしないから」 「根本的に娘への関心が薄いのよ。あの二人お互いと仕事のことしか頭にないから」 「ふーん、望月家にも色々ありそうだな」 「まあね。でも大した問題じゃないから大丈夫でしょ」 そのまま風呂のスイッチを入れて、お茶を冷蔵庫にしまう理奈。 娘への関心が薄い親なら、わざわざ誕生日に会いに来たりはしないと思うんですけど。 「ねえ、それより今夜はどうするの?」 「うーん、今日は帰ろうかなって思ってたけど」 「駄目」 「今夜は泊まっていって? 私寂しい……」 「お、おう」 「それなら別に、このまま泊まるけど……」 「キス」 「ん……ちゅ……」 そのまま背中に腕を回され、妙に積極的にキスを求められる。 「んっ……んんっ……」 「どうしたんだ? いきなりこんなキスされたら普通に興奮してくるんですが」 「いいじゃない。したくなったからしたの」 「はいはい、理奈は甘えん坊さんですね〜」 「………」 まあ理奈の両親がどんな人でも、やっぱりあいさつだけはしておかないとな。 そんな風に考えると、俺も緊張ばかりしてはいられない。 俺に理奈を任せておいても大丈夫だと、少しでも安心してもらう必要はあると思った。 「ヒッ……! ヒッ……!」 「フゥゥー!」 「ヒッ……! ヒッ……!」 「フゥゥー!」 「な、なんで男子がラマーズ呼吸法知ってるの……?」 理奈の誕生日当日。 やっぱりどう足掻いても緊張している俺は、こうして彼女の両親を深呼吸して待っている。 ただでさえこんな調子なのに、今日は望月家のおごりで例の高級レストランへ行くとのこと。 「な、なあ。本当に良いのか? あの店普通に高いだろ?」 「いいんじゃない? 向こうがご馳走したいって言ってるんだから。素直に甘えちゃって良いと思うけど」 「何だったらフォアグラ食べ放題とか……」 「食べ放題!?」 「す、するとキャビアなんかも当然……」 「食べたかったら頼んでいいんじゃない? 私はキャビアよりいくらの方が味は好きだけど」 テーブルマナーも全く知らない俺が、いきなり彼女のご両親とそんな店で食事が出来るのか…… 俺としてはジャパニーズフードを食べ続けてきた経験を活かし、箸でメシを食う店に行きたいんですけど。 「ヒッ……! ヒッ……!」 「フゥゥー!!」 「ヒッ……! ヒッ……!」 「フゥゥゥゥ!!」 「も、もうしょうがないんだから……」 「どう? これで少しは落ち着かない?」 理奈が正面からギュッと抱きしめてくれる。 「お、落ち着かない」 「え? これでも駄目?」 「ああ、全然駄目」 特に俺の股間周りが。 「もう、だからうちの両親に緊張するだけ無駄だってば」 「別に全然怖くないし、むしろ気に入られてるって言ってるでしょ?」 「ううっ、ごめんな理奈。俺芸能人級のイケメンじゃなくて……! 一流IT企業の若社長じゃなくて……!!」 「いや、私だって凡人だし。というか芸能人級のイケメンだったら緊張しないの?」 理由は何でもいいけどとにかく緊張するものは緊張する。 理奈の母ちゃんなんて絶対美人だろうし、それだけでもなんとなくビクビクしそうだし。 「あ、二人とももう来たみたい」 「え?」 「こっちこっちー! お父さんお母さーん!」 そう言って、ケータイ片手に駅の改札の方へ手を振る理奈。 どうやら本当に向こうの両親がここへ着いたらしい。 「こんにちわ。待たせちゃったから」 「ううん、今来たところ」 「どうも初めまして、理奈の母です」 「ひぃぃぃ!!」 「ど、どうも彼氏の主人公(姓) 主人公(名)といいます」 「いきなり悲鳴あげてどうするのよ」 「ふふ、話に聞いてたとおりの男の子ねえ」 俺の緊張は余所に、理奈のママ様はそれはもう美しい笑顔で俺に笑いかけてくる。 や、やっぱりさすが理奈の母ちゃん。 この人絶対学生時代はモテモテだった気がする。 「ずっと理奈とは同じクラスだったのよね? どちらが先に告白したのかしら」 「え、えっと……」 「俺です」 「あらあらそれは緊張したでしょ? 私も自分で告白して結婚したからすごく気持ちわかるわ」 「え、えへへ……どうも……」 「ちょっと、なに人の母親見てデレデレしてるのよ」 待って!! 気持ちはわかるけど緊張するよりはいいじゃん! 遙かにマシじゃん! 「あなた、こっちよ! 理奈も彼もいるわー!」 !? 「どうもどうも、お待たせして申し訳ない」 「はじめまして、理奈の父です。いつも娘がお世話になっているみたいで……」 「あ! いえ! こ、こちらこそ普段からお世話になりっぱなしで……!!」 「あれ? ガチガチじゃないか。どうしてそこまで緊張しているんだい?」 「いやお父さん、恋人の両親相手にしてるんだから緊張くらいするでしょ」 「そうよあなた、逆にこっちがもっと気を遣ってあげないと」 「ご、ごめんよ? それは申し訳ない」 「むしろ今日は僕の方が緊張していると思って……」 「え……?」 「もうわかったでしょ? うちのお父さんいつもこんな感じなの」 「今日は生まれて初めて私の彼氏に会うって、電話越しにブルブル緊張してたんだから」 「お、おい理奈……! そういうことは内緒にしておいてくれよ」 「ふふっ、いいじゃない、どうせすぐにバレるんだし」 そう言って三人で笑い合う望月家。 あ、あれ? なんか俺の想像してた空気とかなり違うぞ? む、向こうが俺に緊張するなんて、そんなこと普通有り得ない気が…… 「さ、ご飯食べに行きましょう? 二人ともお腹空いてるでしょ?」 「はーい」 「ほら、行こう?」 「う、うん……」 そのまま当たり前のように俺と腕を組んで歩き始める理奈。 まさか両親の目の前で、こんな風に理奈と腕を組んで歩くとは思ってもみなかった。 「あの、すみません。ドリンクのメニュー見せてもらえますか?」 「はい、少々お待ち下さい」 「あんたもおかわりいるでしょ? どれが良い? ソフトドリンクは炭酸系ないけど」 「お、おい理奈……」 以前この店で俺と一緒に緊張していたやつとは思えないこの態度。 目の前にいる両親は上品に食べているというのに、理奈は親の前で気が大きくなっているのか余裕たっぷりだ。 「あ、いや、俺は水で良いよ」 「駄目よ、何でも良いからすぐに頼んで? 今日はお互い遠慮はなしにしましょう?」 「そうそう、今日は僕達がご馳走するから、何も気にせず楽しんで欲しいな」 「ま、そういうこと。それじゃあ私と同じオレンジジュースで良い?」 「わ、わかった。じゃあそれで」 「すみません、オレンジジュース二つ。あ、ブラッドオレンジじゃない方でお願いします」 「かしこまりました」 店の雰囲気とは関係なく、この圧倒的なアウェイ感。 望月家三人対俺一人のこの場は、さすがにリラックス出来るような感じはない。 (うぉぉ……く、食いづらすぎる……!) 皿の端に残ったクレソンとかいう謎の草が俺のフォークから逃げる。 畜生、ここが家なら平気でこんな草手で掴んで食べてるのに……! 「食べづらいなら手で掴んじゃえば?」 「はい口開けて? あーん」 「ちょ……! お前……!」 無邪気に俺の口へその草を放り込む理奈。 (モグモグ……!) 「はい、投下完了」 「というかテーブルマナーなんて今日は気にするだけ無駄じゃない?」 「美味しく食べられればそれでいいと思うし」 よく言うよ、お前この間は俺と一緒にガチガチになってたくせに。 「私なんてお箸が欲しいくらいだわ。でもさすがに割り箸くださいなんてお店に対して失礼かしら……」 「ふふ、あなたたち本当に仲が良いのね。お母さん安心しちゃった」 「キミ、毎日理奈を相手にするのは大変じゃないかい?」 「あ、いや……毎日とは言っても、そんなに頻繁に会っているわけじゃ……」 「あ、無駄。ほぼ同棲状態ってもう言ってあるから」 はあ!? マジで!? 「お父さんお母さん、私、彼とは本気でこの先も付き合っていく予定だから」 「だから、卒業後も日本から出て行ったりはしないからね?」 え? 「ふふ、わかってますよ」 「よし、言質とった。後で撤回しても無駄だからね」 「はいはい、もうこの子ったら……」 「………」 そうか、親が海外に住んでるんじゃ、そういう話もあり得るのか。 何かの事情で理奈が海外へ引っ越したら、そのとき俺は一体どうすればいいのか…… 「ちょっと、急に不安そうな顔してどうしたのよ……」 「あ、いや、ちょっとビックリしてさ」 「海外なんて俺には縁の無い話だから、もしお前が外国へ行ったらって……」 「ちょっと一瞬想像しちゃって」 「はは、大丈夫だよ。別にキミから理奈を取ったりはしないって」 「ふふ、そうよ? 第一私たちが連れて行こうとしたって、この子絶対に言うこと聞かないだろうから」 「当たり前です。恋人置いて海外へなんて、あり得ない選択なんだから」 (ほっ……) その話を聞いて本当に安心する。 でもあれだ、こうして話をしていると本当に子供に理解のあるご両親だ。 普通だったら大事な娘を男に取られて、文句の一つくらい言って来そうなものだけど。 「理奈、何か俺段々緊張が解けてきた気がする」 「でしょー? 私の両親相手に堅くなる必要なんてないんだから」 「はは、全くその通りだよ」 「ささ、ほらどんどん食べて食べて」 「ど、どうも……」 そのまま4人でランチを楽しむ。 彼女の両親とこんな風に打ち解けてする食事は、何だかすごく嬉しいような気がした。 「そろそろデザート? フロマージュが来るんだっけ?」 「慌てないの。あなたの彼まだ食事の最中でしょ?」 「す、すみません」 「私が食べさせてあげようか……?」 「結構です」 そ、そんな恥ずかしい真似、ここで出来るはずないだろ……! さっきだってあーんとか簡単にやっちゃって…… 「お母さん、お誕生日おめでとう〜!」 「おめでとう〜!」 「こちら当店からのバースデーサービスになります」 「あ、あらあらどうもわざわざすみません」 (お……) この店あんなサービスもやってるのか。 理奈も今日は誕生日だし、それを見越してここを予約したのかな? 「あらあら、あれ見て? すごく大きなバースデーケーキ」 「はは、本当だね、あれでサービスなんてすごい店側も頑張ってるな」 「そうね、ここが普通のファミレスだったら潰れてるかも」 窓際の席にいる家族4人が、運ばれてきたバースデーケーキに目を輝かせる。 理奈も久しぶりに両親と会ったんだ。 俺も少しくらい気を利かせて、今日は家族だけの時間も作ってあげた方が良いか。 「でもすごいな。こっちも誕生日だし」 「なあ理奈、お前あんな大きなケーキまだ腹に入るのか?」 「あら、あなた今日お誕生日なの?」 え……? 「おお、おめでとう。なんだ早めに言ってくれれば何か用意したのに」 「え、あの。ちょっと待ってください」 「今日は俺の誕生日じゃなくて、理――」 「あはは、ちょ、ちょっと〜? 何自分の誕生日間違えてるのよ恭介」 「あはは、ちょ、ちょっと〜? 何自分の誕生日間違えてるのよあんた」 「ごめんね? たまにこの人突然変なこと言うの」 「私たちが初デートした日も、日付間違えるようなところあるし」 「あらら、そうなの? それじゃあお父さんと似てるところあるわね〜」 「誰かさんなんて、去年は結婚記念日すら忘れてたのよ? もう本当に失礼しちゃうわよね」 「はは、おいおい今日は彼の前なんだから、あんまり僕を攻撃しないでくれよ」 「ふふ、もうお父さんしっかりしてよね?」 「私そのとき、電話越しにずっとお母さんの愚痴聞かされてたんだから」 そう言って、明らかに自分から話をそらしていく理奈。 そのまま何事もなかったように、理奈の両親も昔話に花を咲かせる。 「大体、結婚前からずっとそうだったのよねえ……」 「時間にもルーズで、始めてデートしたときも1時間以上遅刻して来たし」 「だ、だからあれは、そっちが時間を間違えて知らせてきたんじゃないか」 「さすがの僕でも、初デートで遅刻なんてしないよ」 「あれ? そうだったかしら」 「でも初デートなら、男性は女性の一時間前には待ち合わせ場所にいないと」 「あはは、それお母さん厳しすぎ」 「会社起こすときだってそう」 「私から毎回背中を押さなきゃ、本当に自分から何も決められない人なんだから」 「お、おいおい。本当に勘弁してくれよ、恥ずかしいじゃないか」 そのままずっとお互いの過去話で盛り上がる二人。 待ってくれ、ちょっとこれはおかしいだろ。 今日は娘の誕生日で、それを祝うために二人とも帰ってきたんじゃないのか……? さっきからお互いの話ばかりで、一切昔の理奈の話は出てこない。 今の理奈の表情からなんとなく察する。 もしかしてこの二人、本当に娘の誕生日を覚えてないのか…… 「あ、あの……」 「確認したいんですけど今日って……」 「いい、平気」 理奈が俺の手をギュッと握ってくる。 これは何も言わないでという意味だ。 娘とその彼氏の目の前で、ずっと仕事の武勇伝や自分たちの出会いについて語る二人。 二人とも悪い人ではないのは事実だ。 でもこんな風に理奈の寂しそうな顔を見ていると、それだけで何となくこの三人の親子関係がわかってしまう。 「お待たせ致しました、こちらレモンムースとイチゴのフロマージュになります」 「あら美味しそう。理奈の分も食べていーい?」 「ちょ、ちょっとやめてよ、私だって食べたいんだから」 「はは、それじゃあ僕のを半分あげるよ」 そのまま望月家とのランチタイムが続いていく。 食事を終えた後は軽く大通りでショッピングをし、日が暮れるまで俺は理奈の両親たちと一緒に歩いた。 「それじゃあ、今夜も戸締まりはしっかりして寝るのよ?」 「今月の生活費はもう振り込んであるから、後でパソコンで確認して?」 「うん、ありがとうお母さん」 「でも私バイトしてるし、もうそんなにお金いらないから」 「何言ってるのよ、学生のうちは働かないで勉強に集中なさい」 「ねえ、あなたもそう思うでしょ?」 「あ、ああ。学生には学生にしか出来ないことがあるからね。母さんの言うことも一理ある」 「はいはい。わかったからそろそろ行った行った」 「明日も朝早いんでしょ? 寝坊して飛行機に乗り遅れたら、取引先の人も怒るんじゃないの?」 「おっと、もうこんな時間か。確かにそろそろ行かないとな」 「キミ、今日は色々と付き合わせてしまって悪かったね」 「これからもうちの娘のこと、よろしくお願いしますね」 「あ、いえ、こちらこそどうも……」 「これ、私たちの連絡先だから、何かあったときは頼ってくれて構わないからね?」 「あなたの親御さんにもよろしくお伝えして頂戴?」 「はい、今日は本当にお世話になりました」 「お二人ともお気をつけて」 理奈と一緒に彼女の両親を見送る。 二人は途中で何度も振り返りながら、こちらに手を振って笑顔で改札を通っていった。 理奈の親父さんからもらった名刺をまじまじと見つめ、それからそっと理奈の手を握ってやる。 「………」 「帰ろっか」 「ああ」 「でもちょっとだけ寄り道しようぜ? 帰るにしてもまだ8時だし」 「途中でケーキも買っていこう」 「………」 「うん……」 駅前のケーキ屋に寄り、二人じゃ食い切れないのを覚悟でホール一つ買ってくる。 ローソクも飲み物もしっかり買い、後は涼むようにこの通りへと足を運ぶ。 「今日は、ごめんね……? 色々とうちの両親に付き合わせちゃって」 「いや、良いさ。俺も美味しい物ご馳走になったし」 「娘をよろしくって言われたのも、実はかなり嬉しかったし」 「ふふ、そうなんだ」 理奈の横に並んで、何となく橋を見つめる。 今日は緊張したり驚いたりで色々と忙しい一日だった。 理奈の両親には悪いけど、後はたっぷり二人だけの時間を堪能したい。 プレゼントもまだ渡していないし、今日は日付が変わるまで、俺は誰よりもこいつの誕生日を祝ってやりたかった。 「もう、わかってると思うけど」 「私の両親、昔からああなの」 「………」 「二人とも、いつまでも新婚みたいに仲良くて……」 「同じ大学を出て、同じ会社に入って……」 「最後は娘のことなんてほっぽり出して、夢中で自分たちの事業始めちゃうんだもん」 「子供の頃からずっとそうだった」 「いつも二人は私に優しくしてくれて、欲しい物も言えばなんでも買い与えてくれた」 「私がどんなにわがままを言っても怒らないし、わざと困らせても全然気にしてない様子だった」 「私の両親ね、いつもお互いを一番大事にし合ってて、娘のことは二の次なの」 「私はいつも自分のことを見て欲しくて、小さい頃から勉強も運動も自分で出来ることはなんだって頑張った」 「常に二人から気にかけてもらいたくて、ちゃんと私のことを見て欲しくて頑張ったの」 「でも、結局私への接し方はずっと変わらなかった……」 「一人暮らししたいと言えば、お金も一緒に渡して即OK」 「口癖は、私たちはいつでもあなたの一番の理解者だから、いつもあなたのことを応援してるって……」 「酷いよね……本当に一番の理解者なら、娘の誕生日くらい忘れずに覚えといてよ……」 「うっ……ううっ……」 「………」 目の前で泣く理奈をそっと抱きしめる。 今理奈が言ったことには同感だ。 今日こいつの両親に会ったことで、今まで気になっていたことがなんとなく全部理解出来た。 俺の彼女は、多分人一倍愛情に飢えた女の子。 人から嫌われることに極度に恐怖し、常に自分から積極的に友達の輪に入る。 以前、こいつが学校で告白されたとき、すごく寂しそうな顔をしていたのを今でも強く覚えている。 俺の彼女は、ただ好きと言われてもきっと感情は動かない。 綾部も何となくこいつのことを心配していた気持ちが、今になってようやくわかった。 理奈は、本当に自分のことを一番に想ってくれる相手を探していたんじゃないか。 学生同士のお遊びみたいな恋愛や、周りと同じような交際じゃきっと気持ちなんて続かない。 俺が初めて理奈をベッドに押し倒したときもそうだ。 寂しいから、今夜は一緒にいて欲しいから体を無理矢理許そうとしたこいつ。 そんなの、いつもの調子で今夜は泊まっていきなさいって言えば良かったのに…… きっとそれすらも嫌われないかと不安で、それで男の俺が喜びそうなことに飛びついた。 本当は怖いくせに、最後は震えながら俺に体を許そうとしたあの夜。 俺の彼女はなんでも器用そうに見えて、実は甘えるのが少し苦手なやつだったのかもしれない。 陽茉莉に名前を呼ばれたときもそう。 本当に寂しくなったのなら、あの場ですぐに俺に抱きつけば良かったのに。 それでも律儀なこいつは、みんなが帰るまでずっとその気持ちを我慢していた。 普段は笑ってて、皮肉の一つも平気でスルー出来るほどのやつなのに…… それでも俺の彼女は、今こうして俺の腕の中で泣いている。 「私……ずっと両親が羨ましかった……」 「いつもお互いのことばっか考えてて……」 「私だってそんな風に、自分のことを一番に見てくれる人が欲しかったの……!」 「だから私、本当にあんたから告白されたとき……嬉しかった……」 「だって付き合う前から、ちゃんと本当の私のこと見ようとしてくれてたんだもん……」 「そりゃあ……好きになっちゃうよ……もう私、本当に恭介無しじゃ生きていけない……」 「そりゃあ……好きになっちゃうよ……もう私、本当にあんた無しじゃ生きていけない……」 「ごめんね……? 本当に私、こんな面倒な彼女でごめんね……?」 そのまま俺にしがみつき、何度も俺に謝る理奈。 こいつは何も悪くない。 悪くないのに、勝手に自分から不安になってこうして嫌われたくないから必死に謝る。 「お前は謝る必要なんてない」 「彼女は、面倒なくらいが丁度良いんだって」 「ほらコレ、誕生日プレゼントだ」 「中身はそんなに高いもんじゃないけど、喜んでもらえたら俺も嬉しい」 「………」 「あ、ありがとう……ここで開けても良い?」 「もちろん」 そのまま包みを開いて、早速俺のプレゼントを見つめる彼女。 「わあ、可愛い写真立て……」 「良かったらさ、それに二人の写真でも飾ろうと思って」 「うん、賛成……」 「理奈……」 もう一度、今度は理奈の顔にそっと触れじっとその瞳を真っ直ぐに見つめる。 「俺はふて腐れてるお前も、泣いてるお前も、それから笑ってるお前も全部好きだ」 「これから先、学校を卒業した後もお前は俺にベッタリして良い」 「どんなにわがままを言ったって、どんなに俺を困らせたって構わない」 「ほ、本当……?」 「ああ」 「この世界に一人くらい、お前のことを一番に考えてる男がいたって良いだろ?」 「もう安心しろ、来年も再来年もその先ずっと……」 「お前の誕生日は、ずっと俺が隣で祝い続けてやる」 「約束だ」 「うん……うん……」 「ありがとう……」 「私、あなたに出会えて……本当に良かった……」 「これからもずっとずっと……私の横でアホなことしててね……?」 「はは、おいおい、このタイミングでその台詞はないだろ」 「えへへ……」 誰しも孤独を感じるとき、一番の自分の理解者を強く求める。 それは親なり兄弟なり、または親友がその対象になるかもしれない。 人の心のより所は様々だが、俺はこいつのそんなたった一人の理解者になりたい。 なぜならずっと、俺は誰よりも近くで理奈のこんな風に笑う顔を見ていたいから。 城彩学園卒業後。 俺も理奈も同じ大学に進学した。 正直理奈と同じ大学に行くのは俺の成績じゃ超苦労したけど、それでもなんとか愛と気合いで乗り切った。 学費も母ちゃんの全額負担じゃ申し訳ないので、今は以前よりもバイトの時間を増やしまくって自分で払っている。 「あ、そこの信号左ね〜」 「はいはい、わかってるって」 「ふふっ、どう? 彼女のナビがあると運転も楽しいでしょ」 「せっかく免許取ったんだし、たまにはこうしてドライブデートも悪くないでしょ?」 「あの、俺マジで今運転に集中してるから話しかけないで欲しいんですけど……!!」 「じ、事故る……!! お前マジで危なくなったら脱出しろよ!!」 「大丈夫だって、そうなったらたぶんお互いどうにもならないし」 「不吉なこと言うな。マジでそうなったら洒落にならないだろ」 「ふふっ、ほらほら、脇見運転は事故の元よ?」 「ひぃぃぃぃ!! あのトラックセンターラインはみ出てんだけど!!」 今日は取り立ての免許を持って、理奈とレンタカーでドライブデート。 俺と遠出出来るのがすごく嬉しいようで、理奈はさっきからずっと俺の横でニコニコしている。 「というか俺、初心者マーク貼ってるうちはお前を乗せて運転したくなかったんですけど」 「ま、マジで事故ったら色々と洒落にならないし」 「はいはい、そうやってず〜っと先延ばしにされたら、いつまで経っても乗せてくれないでしょ?」 「だったらもう最初から腹くくって、今から私を乗せた方が良い練習になると思うんだけど?」 「そ、そうは言うけどな……! こっちはマジでドキドキもんなんだぞ!!」 「ふふっ、はいはい」 「お昼は私の手作りサンドイッチをご馳走してあげるから、それまでなんとか頑張れ〜♪」 理奈は最近ますます綺麗になった気がする。 今年の春から同棲を始めた俺たちだけど、大学で出来た友達からは本当に羨ましいと毎日色々言われている。 元々理奈は料理も上手いし、一人暮らしが長かったせいか家事スキルは完璧。 大学を卒業したら籍を入れるつもりだけど、本当に俺は人生で最高のパートナーと巡り会えたと思う。 「ねえ、いつか家族全員でこうして車で旅行に行きたいね」 「ああ、そうだな」 「でもお前の両親にそれ言ったら、普通に海外の方へ連れて行かれるんじゃないか?」 「何言ってるのよ。両親とは別に、私たちがこれから作る家族のこと」 「あと何年くらい先になるかはわからないけど、私立派な母親になりたい」 「昼間は働きに出て、夕方には子供迎えに保育園まで自転車漕ぐの」 「もちろん夕飯は毎日ちゃんと用意するからそこは安心して?」 「はは、子供とかさすがにちょっと気が早いだろ」 「今は自分の学費のことだけでもいっぱいいっぱいなのに」 「そう……? でも何かの拍子に先に子供が出来ちゃったらどうするの?」 「そ、それは……」 「まあ、そのときは俺もバッチリ責任取るけど」 「ふふっ、まあ当然ね」 「でも安心して? そのときは私も協力するし」 「あんたと私なら、絶対に良い家庭を築ける気がする」 人一倍、親からの愛情に飢えていた理奈。 でもそれも昔の話で、俺との交際が始まってからは理奈も素直に自分の気持ちを両親に打ち明けるようになった。 一時は娘のために本社を日本に移すとまで言ってきた理奈の両親だったけど…… でも今は、こうして二人で頑張っていけるから平気とその申し出を断った。 「なあ理奈。俺大学出たらバリバリ働くからな」 「何年か先、俺が歳食ってもじいさんになっても、絶対に捨てないでくれよ?」 「はいはい、あんたがおじいさんになったら、私もそのときはおばあちゃんよ」 「いくつになっても、ずっと溺愛しちゃうからそこはバッチリ安心しなさい?」 「理奈、超愛してる」 「うん。私も」 「世界で一番愛してる」 「そんなにジッと見ないで……見つめられると、すごく恥ずかしい……」 頬を染め、緊張したような表情で俺を見返してくる理奈。 いつか見たような光景が目の前に広がっていた。 (やばい、緊張して心臓がめちゃくちゃドキドキしてる……) 「えへへ……何だか緊張しちゃうね……?」 「ああ、俺もそう思ってたところだ」 「こうやってベッドに押し倒されるの、初めてじゃないのに……」 先日のことを思い出したのか、ますます頬の赤味が強くなってきた。 思わず、俺達はこの体勢のまま見つめ合ってしまう。 「…………」 「…………」 「な、何か言ってよぉ。そんなジッと見つめられると、私……」 「ご、ごめん。えっと、触っても……?」 「うん……いちいち、聞かなくても良いから。聞かれた方が恥ずかしいし……」 「そ、そっか。じゃあ……触るからな?」 俺は恐る恐る、理奈の胸へと手を伸ばしていく。 「んっ……あ、んっ……」 「うわ……やっぱり、理奈のおっぱいはすごいな」 軽く手を押し当てただけで、むにゅっとした感触が伝わってきた。 「あん……もしかして、おっぱい好きなの……? この前も真っ先に触ってきたし」 「いや、そこまで好きってわけじゃないが……」 でもこの双丘を見ると、どうしても触ってみたくなるのだ。 「好きな人の胸だから触りたいんだ。少しでもその鼓動を感じたいから」 俺は耳元で囁きながら、膨らみをゆっくりといたわるように触れていく。 「バカ……何言ってるのよ。でも、嬉しい……あんっ、んっ……はぁ、はぁ……」 「それに、そうやって触られると……何か変な感じがするかも……」 「ムズムズして……あっ、ひゃ……んっ、くすぐるのはだめぇ……っ」 「いや、でも……あんまり激しくして怖がらせても……」 「そんなこと、考えてたの……?」 「そりゃあ、まぁ」 理奈が大丈夫だと言っても、前回のことがどうしても頭から離れない。 欲望に任せて荒っぽくするのはどうしても躊躇ってしまう。 「もっと好きに触っても良いよ……? 遠慮されると逆に何か切なくて……」 「良いのか……?」 「うん……。私、さっきも平気だからって言ったわよ?」 「今はね、好きな人とようやく結ばれるんだって緊張はしてるけど、すごく嬉しいの」 「だから好きな様に触って……。って、は、恥ずかしいわね、こういうの」 俺は少し遠慮しすぎたんだろうか? そう言って微笑む理奈が、愛おしくてしかたない。 「じゃあ、嫌だったりしたら正直に言ってくれな? 途中でも止めるから」 「だから平気だってば。でも、その……キスして貰っても良い? そうすれば、きっと怖くなくなるから……」 「わかった。もっとも、お願いされなくてもキスはするけどな」 「あ……ちゅっ、んぅ……んんっ……」 覆い被さりながら、そっと理奈の唇を求める。 「ちゅっ、ん、ちゅ……ふぁ、んぅっ……ん、んぅっ……」 キスを続けながら手を動かし、理奈の胸をさらにまさぐっていく。 「んぅ……ふぁ……あんっ、うぅぅぅ……」 「うわ……」 服を一枚はだけるだけで、俺は思わず声を上げていた。 ほんのり肌がピンク色に染まっており、妙に艶めかしくて……単純に言えばすごくエロい。 「うぅ……ドキドキするぅ……」 そっとカップをすくい上げるようにして、その丸みを手のひらで感じていく。 「あんっ……んっ、ふぁ、あ……」 まだ軽く触ってるだけなのに、理奈からは甘い声が漏れ出した。 「んぅ……ひゃ、あん……んっ、あ……はぁ、はぁ……」 感じてるのを堪える理奈の表情や喘ぎ声が、俺をどんどん興奮させていく。 もっと理奈の胸を感じたい。もっと柔らかさを堪能したい。 「変な顔してる。すごいエッチな顔……」 「えっ!? あ、いや、その……」 「もう……我慢しなくて良いから。ブラも取って……?」 「恥ずかしいけど、直接おっぱいを触りたいんだよね? 私なら大丈夫だから」 「……理奈は何でもお見通しなんだな」 「だって、好きな人の考えてることだもん。それにジーッとおっぱいばかり見てるし……」 どうやらバレバレだったようだ。 でも理奈がこう言ってくれてるんだし、遠慮する必要はなさそうだ。 「じゃあ、ブラを取るからな」 「ん……良いよ」 恥ずかしいのか、かすかに視線を逸らす。 そんな仕草だけで俺は強く興奮を覚えてしまう。 「外すぞ……!」 前回は理奈が自分でしてくれたため、女の子のブラを外すのは初挑戦だ。 手探りで留め金を探し、外そうと引っぱってみる。 「んっ……待って、そこ、そんなに引っぱっちゃダメ……」 「ご、ごめんっ。これって、ここのホックを外せば良いんだよな?」 「うん……焦らないで、ゆっくり……ね?」 「わ、わかってる」 何だかめちゃくちゃ恥ずかしい。 だが気を取り直して、俺は理奈のブラを外しにかかった。 「ここをこうして……」 「あ……」 小さな音が聞こえたかと思うと、押さえられていた双丘がぷるんっと目の前で震えた。 この前も触れた、たわわな膨らみ。 手に余るサイズの果実に、俺は完全に視線を奪われてしまう。 「すごい、揺れてる……」 「変なこと言わないでよぉ」 「やだ、どうして……? この前よりずっと恥ずかしい……」 理奈の顔はもう真っ赤っかだ。 余程恥ずかしいのか目をギュッと瞑り、かすかに震えてさえいる。 「大丈夫か? 体が震えてるようだけど……」 「うん、大丈夫……」 「あ、ああ。それなら良いけど……」 触って良いものか悩んでしまう。 「すぅ……はぁ……。うん、もう、大丈夫……触って良いよ……?」 何度か深呼吸すると、理奈の震えも収まってきた。 「じゃあ、早速……」 大丈夫そうなのを見て、むき出しになった膨らみへそっと手を這わせていく。 「んっ……ふぁっ! あんっ、ひゃ……あ、あ……」 「お、おぉぉ……!」 手のひらに吸い付くような感触に、俺は思わず歓声を上げていた。 理奈はピクリと体を揺らし、甘く切なげな吐息を漏らす。 「ど、どう……かな? 私のおっぱい、変じゃない……?」 「変なもんか。俺は今、すごく感動してる……」 手のひらで包み込むようにしながら、ゆっくりとおっぱいを揉みしだく。 「ひゃ、んっ……んっ、やんっ、んんぅぅぅっ……!」 「うわっ、乳首が硬くなってきた……」 コリッと硬い感触が現れた。 俺は乳首をつまむようにして、優しくこねてみる。 「ひゃっ!? んぅ……あんっ、や、な、なに……!?」 「あっ、んっ……あ、あっ、っん、ふ……ぁ、やぁん、だめぇ、そんなにしちゃぁ……っ」 理奈の声が大きくなった。 鼻にかかるような甘い声を上げ、色っぽい表情で身悶える。 「もしかして気持ち良いのか?」 「うん、気持ち良いんだと思う……。んっ、ふぁ、あっ、ぞくぞく、しちゃって……っ」 「ふぁ、んっ、あっ……んぅぅぅっ……!」 びくんびくんと理奈の腰が震えた。 理奈の反応を見て、俺はゴクリと喉を鳴らす。 「はぁ、はぁ……ひゃ……んっ、んぅぅぅ……っ」 つまんだ乳首が更に硬さを増したような気がする。 「気持ち良いか、理奈……?」 「うん……んっ、はぁ、はぁ……私、こんなの……はじめてで……んっ、あ、あっ……」 甘い声を上げ、理奈が小さく頷いた。 (理奈、俺で感じてくれてる……やばい、これ、めちゃくちゃ嬉しい……) 「どうか、した……の?」 「……あ、いや。その……すごく嬉しいと思って…………」 ふと、とある考えが頭をよぎった。 「……理奈、今度は舐めてみるな」 「え……? どういう、こと……?」 どこか熱に浮かされた様な表情で、小さく首をかしげる理奈。 俺はそれ以上説明せず、おっぱいへと顔を埋めていく。 「ひゃっ……んぁあぁぁっ……! やぁんっ、や……それ、んっ……あ、あっ……!」 「んぅぅっ……! それ、だめぇぇ、口で、なんて……ひゃっ、あっ、んぅぅぅ……っ」 「はぁ、はぁ、理奈……んっ……」 「やぁん、お、おっぱい、切ない……のぉ……っ。んっ、あっ、あ、っん……」 今までで1番大きな反応だ。 それに気分を良くしながら、俺は舌先で乳首をゆっくりと転がすように舐める。 「あっ、んっ……ふぁ、あ、んっ……ひゃ、あっ、んぅぅぅ……!」 「やだぁ、これ……ふぁ、あっ、私、んぅぅぅっ、やっ、あ、っん、あ、あ、あ……っ」 感覚に我慢できないのか、ますます理奈は体をくねらせる。 しっとりと汗をかいて、ちょっとだけ理奈の香りが強くなってきた。 「はぁ、はぁ……理奈……俺、もう……」 こんな理奈を見せつけられて我慢できるわけがない。 ペニスはズボンの中で今にも昇天しそうな勢いでいきり立っている。 「もっと続けても大丈夫か……?」 「はぁ、はぁ、はぁ……あん、んっ……うん……いい、よ……」 「私は平気だから……。それに、えと……そこをそうしてると、辛いんだよね……?」 「うっ、ま、まぁ……」 どうやら理奈も俺の股間に気が付いていたらしい。 「私も胸をいっぱい弄られて、お腹の奥の方がムズムズして……変な感じなの」 「その、だから……私も、あなたと一つになりたい……」 「理奈……」 可愛らしく微笑む理奈に、俺は軽く口付けた。 「んっ……ちゅ、ん、んぅ……ふぁ……はぁ、はぁ……」 「それじゃ、このまま……」 「ま、待って、お願いが一つだけ……あるの……」 「お願い? なんでも言ってくれ」 ズボンからペニスを取り出そうとしていた俺は、理奈のその言葉に一旦動きを止める。 「その……やっぱりちょっとだけ怖いから、後からぎゅって抱きしめて欲しい……」 「ダメ……かな?」 「わかった、それくらいなら問題ないよ」 俺は理奈を安心させるように微笑み、もう一度触れ合うだけのキスをする。 「んぅぅっ……な、何か、すごく硬いの、押しつけられてる……」 股間に擦り付けられるペニスの感触に理奈は小さくうめいた。 少し怖いのか、体は緊張で強ばっているようだ。 「大丈夫か?」 「まだ、入り口に当たってるだけ……だよね? んっ……なんか、押し拡げられてて……」 「あうっ……少し、痛いかも……。でも、平気だから……」 必死に耐えようとする理奈に、愛おしさがどんどん増してくる。 「理奈……」 俺は思わず、理奈を強く抱きしめた。 「な、なぁに? そんなに強く……んっ、や……ぁ、まだ大きくなって……っ」 「好きだよ、理奈。愛してる」 「うん……私も大好き……。だからきて? 早くあなたと一つになりたい……」 「耐えられなくなったらちゃんと言ってくれよ? その時は途中で止めるから……」 でも、正直我慢しきれるか自信はなかった。 触れているだけでどんどん興奮が募ってきて、今にも爆発してしまいそうだ。 「んっ……大丈夫。私、最後まで我慢するから。だから……ね?」 「出来るだけ優しくするから」 「うん……」 後から、首筋にちゅっと唇を押しつけた。 「よし……行くぞっ」 腰に力を入れ、ゆっくりとペニスを理奈の中へ押し込んでいく。 「んぐぅっ、ふぁ、あ……あ、んぅぅぅっ……!!」 びくんっと理奈の体が震えた。 初めてだからか、すごく入り口の辺りがキツイ。 何か侵入を阻む物があって、それを先っぽで突く度に理奈の体に緊張が走り抜ける。 「ふぁ、あ……入ってきて……んぅっ、あ、あっ……あぐっ、う、ぅぁ……っ」 「お願い、一気にして……? はぁ、はぁ、このままの方が、ちょっと辛い……から……」 「わ、わかった」 理奈に言われ、慌ててさらに腰を押しつけた。 「んっ……あ、あっ、ふあぁあぁぁぁぁっ……!!」 何かを突き破るような、そんな感触が伝わってきた。 同時に理奈が辛そうに声を上げ、ぎゅぅっと体を縮み込ませる。 「あ、あ……奥まで、入ってる……。んぅっ、んっ、あぐ……はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「初めてって、こんなに痛いんだね……? あうっ、お腹……ジンジン、して……んぅぅっ……!」 「くっ……な、なんだ、これ……」 理奈が体を強ばらせているからだろうか、ペニスが痛いほどに締め付けられていた。 それとも初めてだから? (や、やばい、理奈の中……めちゃくちゃ気持ち良い……っ) 「ひゃっ……あ、ぐっ……中で、ぴくぴくって……動いて……んぅっっ……!」 「ご、ごめん、痛いよな? 反射的に、つい動かしちゃった……」 だって、下腹部に力を入れてないとあっという間にイってしまいそうだから。 でも初めて一つになれたのに、すぐにイってしまう気にはなれない。 「はぁ、はぁ、はぁ、私は平気……。んぅっ、ねぇ……動きたい……?」 「い、いや、さっきのは反射みたいなもので」 「動いても、平気だから……んっ、良いよ? 気持ち良くなって……」 「でも、かなり痛いんだろ?」 見るからに呼吸が荒くなっていた。 表情はあまり見えないが、目尻に光るものが浮いてるのだけはわかる。 「うん……正直に言うと、かなり、痛い……。私、こんなに痛いなんて思わなかった」 「それなら──」 「でもね? それ以上に嬉しいの。心が温かくて、痛みなんて全然苦にならないの」 「だって……好きな人と結ばれることが出来たんだもん。お腹の中に、好きな人を感じるから……」 理奈はそう言うと、そっと自分から腰を揺らした。 途端、めちゃくちゃな快感が走り抜ける。 「うぉっ……!? やばい、気持ち良い……っ」 「ね……? 動いて……お願いだから……」 「わ、わかった」 理奈がこう言ってくれてるんだ、応えなきゃ男じゃない。 でも出来るだけ優しくなるよう、理奈をしっかりと後から抱きしめ、小さく腰を前後に動かす。 「ひゃ……んぅ、んっ、あっ、んぅぅ……っ。はぁ、はぁ、ひゃっ、んっ、あぐぅぅぅっ……!」 痛いところに擦れたのか、理奈は苦悶の声を上げた。 全身に汗をかき、密着した部分が熱を持ち始める。 「ど、どう……かな、んぅっ、私の中、気持ち良い……?」 「あ、ああ、すごく良い……」 「良かった、嬉しい……ひゃっ、あうぅっ……! はぁっ、はぁっ、んっ、んぅぅっ……!」 ぎゅぅぅと膣内が激しく収縮した。 理奈は全身を強ばらせながら、喘ぐように呼吸をする。 見てるだけで痛々しい反応に、俺は腰の動きを止めてしまった。 「はぁっ、はぁっ、どう……したの……? もう、イッちゃった……とか……?」 「んっ、違うよね、まだこんなに大きいし……んっ、はぁ、はぁ……んぅぅっっ……!」 「確かにまだイってはいないけど……」 「じゃあ、どうして……?」 「理奈が痛そうだから。もう、止めて抜いた方が良いんじゃ無いかと思って……」 ここで止めてしまうのは俺としてもかなり辛い。 でも、これ以上好きな人を苦しめるのも、辛い。 「だ、ダメッ! 抜いちゃイヤよっ!」 軽く腰を引いたのに気が付いたのか、理奈は慌てたようにそう叫んでいた。 多分意識してだろう、きゅっと膣内を締め付けて、逃がすまいとペニスを圧迫してくる。 「う……くっ、でもさ」 「はぁ、はぁ、お願い……抜かないで、このまま続けて……? んっ、あぐ……はぁ、はぁ……」 「せっかく、ここまで出来たのに……中途半端は、やだよ……」 すがるような眼差しを浮かべ、理奈がそう哀願してくる。 「この前も、ダメだったから……。だから、今度は、絶対に最後までして欲しいの……」 「でも、理奈の体も心配だから」 「私なら平気……はぁ、はぁ、心配しないで。女の子だったら、誰もが経験すること、なんだよ……?」 「たった一度の経験を、大好きな人と出来るんだもん。私、幸せ……」 「理奈……っ」 理奈の健気さと献身的な想いに、心臓が鷲掴みにされるような衝撃を受ける。 ダメだ、こんなことを言われたら我慢できるわけがない。 理奈のことが愛おしくてしかたない。 俺はせめてもと、ぎゅぅっと力強く理奈を抱きしめる。 「あんっ……嬉しい、こうギュってされるだけで、私……」 「動くからな……? もう、理奈が痛いって言っても止まらないぞ」 「良いよ……いっぱい、気持ち良くなって……」 「理奈……理奈……っ!」 俺は滾る想いを全て理奈へとぶちまけるように、腰を強く使い始めた。 「んぐっ、あっ、んっ、んぅっ、や……あっ、あんっ、んっ、んぅぅぅっ……!」 「ふあっ、やっ、あ、すごい……お腹、中……んぅぅっ、掻き回されてる……っ、んあぁぁぁっ……!!」 ぐちゅぐちゅと湿った音が強く聞こえてきた。 ペニスで理奈の中を掻き回すようにして、何度も激しく往復させていく。 「はぁっ、んぅっ、あっ、あぅ、ひぁ、あっ、んぅぅ……っ! はぁ、はぁっ、んぅぅっ……!」 「ねぇ、気持ち良い……? 私の中、んぅっ、どうかな……? んっ、あ、あっ」 「すごく良い……理奈の中、めちゃくちゃ気持ち良い……っ」 「う、嬉しい……んっ、あっ、ああ、んぅぅぅっ……!」 一度動き出したら、もう止まれそうになかった。 理奈はまだ痛そうだが、俺はさらに快感を求めて腰を動かしてしまう。 「んぅっ、ふあっ、んっ、んんぅっ、っん、あぐ……はぁっ、はぁっ、あ、あ、あっ……!」 「理奈……理奈っ、俺、そろそろ……っ」 ギチギチにキツイ理奈の中を動いていると、快感が高まるのもあっという間だった。 気持ち良すぎてもう出そうだ。 射精を堪えるのに腰に力を込めるが、それじゃあ全然追いつかない。 「ふあぁっ……! 中で、膨らんで……んぅっ、あっ、あ、あっ、んぅぅぁぁぁっ……!」 「理奈、もう、イク……ッ」 「あっ、あ、あっ、や……私、んっ、ふぁ、ああ、あぁぁっ……!」 「んぅぅっ、やっ、あっ、ああ……も、もう、もう……っ!!」 理奈がいっそう強く膣内を締め付けてきた。 この感触に、俺は一気に限界を超えてしまう。 「くっ……理奈……っ!!」 「あ、あ、っ、ふあぁぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!!」 全身をさざ波のように小刻みに震わせ、声を張り上げる理奈。 それを聞きながら、俺は膣内へと思いっきり射精してしまう。 「んぅぅぅぅっ……!! ふぁ、はぁっ、はぁっ、んぅっ……はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「あ……ぁ、何か……熱いの、中に……ひぁ、あ……んぅぅぅ……!」 ドクドクと脈打ちながら、理奈の中へとどんどん精液が放出されていく。 理奈は荒い息をつきながら黙ってそれを受け止めていた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「んくっ……はぁっ、はぁっ、ふぁ、あぁぁ……お腹の中……いっぱい……だよぉ……」 「はぁ、はぁ……理奈、抜くぞ」 「ふぁ……んっ、んぅぅぅぅぅっ……!!」 理奈の体を押さえながら、ゆっくりとペニスを引き抜いた。 太いところが痛いところにでも擦れたのか、息を呑むように声を上げ、全身を震わせる。 「っと……ごめん、大丈夫か?」 「あ、ぁ……んぅぅ……や、あぁぁ……出ちゃ……う、はぁ、はぁ、んぅ、あぁぁ……」 「理奈……?」 ぎゅぅっと理奈に緊張が走り抜けた。 とろりと、ペニスを抜いたばかりの穴から精液が溢れ出してきた。 「はぁっ、はぁっ、んっ……はぁ、はぁ、はぁ……んっ、やぁ……くすぐたい……」 「うわっ……これは……」 思わず、息を呑みながら理奈の股間をマジマジと見つめてしまう。 「思わず中で出しちゃったけど、これ……めちゃくちゃエロい眺めだ……」 好きな人が、俺の子種を股間から垂れ流している。 それだけで興奮が収まらなくなりそうだ。 「んっ……えへへ、しちゃった、ね……?」 疲労の色を浮かべながらも、理奈は柔らかく微笑んだ。 「はぁ、んぅっ……お腹の中から、熱いの……いっぱい溢れてきちゃってる……」 「こんなに出すくらい、気持ち良くなってくれたんだよね……? 嬉しい……」 理奈を抱きしめたままの俺の手に、自分の手を重ねてくる。 「んっ……はぁ、はぁ……。ねぇ、キス……して欲しい……」 「理奈……」 俺は求められるまま、理奈へと唇を寄せていく。 「も、だ、だめぇ……んっ、あ、あ、あっ、んぁあぁあぁぁぁあぁぁぁっ!!」 理奈の体に緊張が駆け抜ける。 それを感じるのと同時に、俺は勢いよく腰を引いていた。 「くっ……う、うぁぁぁ……っ!」 びくんっ、びくんっと激しくペニスが脈打つ。 大量の精液が放出され、辺りへ飛び散っていく。 「ふぁ、あ、あ、あ……はぁっ、はぁっ、んぅぅっ……はぁ、はぁ、はぁ……」 「う……ぁ、すごい……いっぱい……出てる……んぅっ、はぁ、はぁ……んっ、あぅ……」 力尽きたのか、理奈はグッタリしながら荒い息を繰り返していた。 気怠げに顔を上げ、自分の下腹部を汚す精液を見て小さく声を漏らす。 「男の子って……こんなに出るんだ……」 「はぁ、はぁ……理奈……」 「んぅっ、ふぁ……これ、熱い……よぉ……」 肌に付いた精液がくすぐったいのか、理奈は小刻みに体を震わせる。 「えへへ、エッチ、最後までしちゃったね……?」 かなりヘトヘトだろうに、理奈は嬉しそうに微笑んだ。 「私、すごく幸せ……。まだ少し痛いけど……中に、あなたの感触が残ってるみたいで……」 「ちゃんと気持ち良くなってくれた……?」 「ああ、すごく良かった……」 俺も、こんなのは初めてだ。 こんなにも好きな人と肌を重ねることが気持ち良いだなんて。 「んっ……キス、して欲しいな……」 「理奈……」 俺は軽く体を起こすと、覆い被さるようにして唇を重ねていく。 「えっ!? ちょっ、ぶる……ふぇ……えぇぇ!?」 「ま、まだ目開けていいなんて言ってないのに……」 「いや、そう言われても無理だろ……」 「どう? 似合うでしょ?」 ファスナーを開けられてびっくりして目を開けると、ブルマ姿の理奈がいた。 しかも、器用に俺のチンコを出している。 「ああ、似合ってるし、こういうの着てくれるとは思わなかったな」 「しかもチョイスがブルマなんて……」 「今朝のDVD……ああいうのが好きなんでしょ?」 それでこのブルマ……? やばい、AVを非難されるどころかそれを参考にしてくれるなんて…… 俺は理奈のこと侮ってたみたいだな。 「それで、フェラしてみたいなーって思ったんだけど、いい?」 「お、おう……」 「ちゅっ……すごい、もうこんなに大きくなってる……。カチンコチンですごく硬い……」 「うわっ、理奈っ……」 いきなりペニスに口づけをされ、驚きの声を上げてしまった。 両手で包まれるように触られると、何だかムズムズしてきてしまう。 「もしかして痛かった……? ごめん、こうやって触るのは初めてだから……」 「い、いや、それは大丈夫。いきなり舐められて驚いただけで……」 「そうなの? ふふ、んっ、ちゅ……んっ……」 「うぉっ……んっ、くぅ……!」 さらにペニスへ舌が押し当てられた。 アイスキャンディーを舐めるように、先端を丹念に舐め回してくる。 「ん……ちゅぱ、ん、ちゅ……んんっ……」 「うぁぁぁ……っ!」 強い快感が背筋を這い上がり、声をこらえることが出来ない。 「ちゅぱ、んっ……どぉ、気持ち良い? んっ、ちゅ……んっ……声、出てる……」 「い、いや、驚いただけだ」 嘘だ。本当は舐められた途端、イキそうになってしまうくらい気持ち良かった。 その証拠に、ペニスはピクピクと震えてしまっている。 「そうなんだ……これじゃまだ足りないってことかな? ここ、すごくピクピクしてるけど」 「うっ……」 「先っぽからも、何かヌルヌルしてるの出てるけど……?」 「…………」 悪戯っ子のような笑顔で言われ、俺は言葉を失ってしまった。 多分、理奈は俺が感じていることをわかってる。 「んっ……ちゅぱ、ちゅむ……んっ、じゅる……ふぁ、んっ……」 「じゃあ、もっと気持ち良くしてあげるね? ちゅ……ぢゅる、んっ……ちゅ、んぅぅっ……」 「くっ……うぁぁ……っ」 さらにペニスへとしゃぶりついてきた。 唾液を舌で塗りつけられ、何とも言えない感触に身震いしてしまう。 「んっ……ちゅ、ちゅぱ、んむ……んっ、れるっ……ちゅ、んくっ、んぅっ……」 「ふぁ……んぅぅっ……ちゅ、んんぅ……はぁ、ぴちゃっ、ちゅぱ、ちゅ……ん、んっ……」 「ちょ、理奈……くぅぅっ……!」 ちろちろと先っぽから裏筋を集中的に舐め回してくる。 吐息が濡れたペニスをくすぐっていく。 これだけで、もう堪らなくなってしまいそうだ。 「わ、わかった、わかったから理奈っ、もう少し手加減を……っ」 「ちゅぱ……んっ、だって、さっきのじゃ足りなかったんでしょ?」 「だからこうして……じゅるっ、んぅっ……いっぱい、してるんだから……」 やっぱり、理奈はわかってやってるみたいだ。 「わ、悪かった、気持ち良い……っ。理奈にして貰ってめちゃくちゃ気持ち良いよ!」 「……ちゅっ、んっ、本当……?」 「そんなにされたら、すぐにでもイッちゃいそうだ……」 「んっ……そう言って貰えると嬉しいな。やっぱりこうされると気持ち良いんだ?」 理奈は一旦ペニスから口を離し、大人っぽく官能的に微笑む。 「この前はあまり良く見られなかったけど、これが私の中に入ってきて、赤ちゃんの素をいっぱい出したんだよね……?」 「そうだけど……ふぅ……。あのさ理奈」 「ん……なぁに?」 「いや……こんなの、どこで覚えてきたんだ?」 いきなりしゃぶられて、とにかく驚いてしまった。 「んー……本とか女友達から? 男の子ってこうされると喜ぶんだよね」 「初めてにしては上手でしょ?」 「確かに……」 言われれば手探りのようなたどたどしさも感じる。 しかしツボを捕らえたような舐め方は、本当に気持ち良い。 「ふふっ、もっともっと気持ち良くしてあげるからね……? 色々試してみたいし」 「だから、気持ち良くなったら遠慮せずに出しちゃって良いから……んっ……」 目を瞑り、またペニスへと口を付ける理奈。 「ちゅぱ……んっ、あむ……ぢゅる……ちゅ……ん、んっ……はあ、んぅぅ……」 「くっ……」 「んっ……ん、はぁ、れるっ……ちゅぱ、んっ……ふぁ、美味しいかも……んっ……」 ちろちろ先っぽを舐め、先端からぱくりと咥えられてしまう。 唇できゅっと締め付けながら、ゆっくり上下に動き始めた。 「んふ……んっ、んむぅぅっ……ふ、んっ、んぅっ……ちゅぱ、んっ、んっ」 「はぁ、はぁ、くぁぁっ……!」 「ふあっ!? な、なに? いま、すごいぴくんって……」 突然ペニスが震えて驚いたのか、理奈はとっさに口を離していた。 またすぐに舌を這わせ始めるが、驚いた表情でちらりと俺の顔を見てくる。 「ちゅっ……今の、気持ち良かったの? びくんってして……んっ、ちゅ……んんっ……」 「すごく良かった……気持ち良くて、イキそうになった……」 睾丸がきゅっとなるあの感覚の所為で、つい腰が動いてしまったのだ。 「そうなんだ……ちゅっ、んっ……イキそうなときって、あそこまで強く動くんだね」 「じゃあ、もう少しで白いのをどぴゅってしちゃう……? あむ……んっ、んぅぅ……」 再度、ペニスを咥えられてしまう。 「ちゅぱ、んっ、んっ……ふぁ、ちゅぶ……んっ、はぁ、はぁ……んむぅっ……」 「れるっ、ちゅ……んっ、じゅる、んっ、んっ……ちゅ……じゅるっ、んっ、んぅ……」 「う……ぁぁ……」 理奈の口の中が温かくて、めちゃくちゃ気持ち良い。 舌の触れる感触だけで、どんどん射精感が募ってくる。 「じゅる、んっ……ちゅぱ、んっ、んむっ、ちゅぱ……はぁ、んぅぅっ……んっ、んっ」 「んんんんぅぅ……んっ、じゅる……んっ、んぅぅ……っ」 「うあぁっ、そ、そんなに……っ」 夢中になっているかのように、一心不乱でしゃぶられる。 「ちゅっ、んっ、んっ、んぐ……ふ、んっ、んむぅ……じゅるっ、ちゅぱ、んっ、んっ」 「んっ、んぐ……ふ、ちゅぶ、んっ、んぅ……ちゅぱ、れるっ、じゅる……んっ、はむぅ」 「ちょ……激しいって、それ……っ」 気が付けば俺は快感を堪えて歯を食いしばっていた。 「んっ……ちゅ、んっ、ふぁ……あむっ、んっ、んっ……ふぁ、おおきい……んっ、んぅぅっ……」 「さっきより、ひくひく……ちゅ、んぅっ、して……んっ、んっ、んっ……」 「くっ……理奈、舐めながらしゃべられると……」 「んっ……ちゅ、気持ち良いんだ……? んっ、ちゅぶ……んっ、あむ、んっ、んっ……」 「うぁあぁあっ……!」 声の振動がペニスに響く。 これ以上、我慢するのが辛い。 「んぅっ……ちゅ、あむ……んっ、んっ……はぁ、はぁ、いい、よ……? んっ、んっ……」 上目遣いになり、「我慢しないで?」と目で訴えかけてきた。 「ちゅ、気持ち良く、なって……んっ、いっぱい出して、いいから……んぅっ……」 俺をイかせるために、理奈の動きが激しくなっていく。 「ちゅっ、んっ、んっ、ぢゅる、んぅぅぅっ……んっ、あむっ、んぅ……んっ、んっ、んっ」 「やばい……もう出る、イク……っ」 「んっ、んっ、んぅぅっ……じゅるっ、ぴちゃっ、んぅぅぅ……っ!」 さらに深くペニスが飲み込まれた。 舌がくびれたところに絡みつき、舐め回される。 「ふ……んむぅっ、んっ、んっ……ちゅ、んぶっ、じゅる……んっ、んっ、んっ、んぅっ」 「理奈……理奈っ……!」 もう、限界だ。 俺はとっさに理奈の頭を押さえ、込み上げる衝動を解放する。 「んぐっ……んっ、んむぅぅぅっ……!? んっ、んぅぅっ、ふ、ぐ……んっ、んぅぅっ……!」 「ふ……んむぅっ、んぐ……んっ、んぅぅっ……!」 理奈の口内で激しくペニスが脈打った。 急に精液を出され、理奈は驚いたようにうめく。 ペニスからは口を離さず、黙って精液を受け止めていた。 「んっ……ふ、んぅぅ……んぐ……ふ、んぅっ……ん、んっ……」 「んくっ、こくっ……ふぁ、んぅっ……んくっ……んっ、んむ……」 「り、理奈……?」 亀頭を舐めるように舌が動き、喉が上下する。 「まさか、飲んで……?」 「んくっ……んっ、ちゅっ……ん、ふぁ、んくっ、んむぅっ……ちゅ、んっ……」 「くっ……待った! イッたばかりだから舐めるのは……っ」 「じゅる……んくっ、んっ……ん、んっ……れるっ、じゅる……んぅぅ……ちゅ」 「ふぁ……はぁ、はぁ……何か、不思議な味……。どろっとして、喉にへばりついて……」 「でも、嫌いじゃないかも。これが精液の味なんだ……?」 ペニスから口を離し、理奈は色っぽく微笑んだ。 「な、何も飲まなくたって……」 「せっかく口の中に出してくれたんだもん。でも、まだまだ元気だよね、これ……?」 そう言うと、ツンッとペニスを指で突っついてきた。 ペニスはまだ硬いままで、理奈に握られてヒクヒクと震えている。 「し、しかたないだろ、理奈がイッたあとも舐めてくるから」 「そうなんだ? じゃあ、もう一回してあげようか?」 嬉しそうな顔をしながら、理奈はまたペニスに口を付けようとしてくる。 「う、ぐ……あぁぁっ……!」 「ひゃっ!? んぅぅぅっ……!! ふあっ、や……熱い……っ」 俺はとっさに腰を引き、理奈の顔目掛けて思いっきり精液をとばしていた。 瞬く間に理奈の顔が俺の精液で汚れていく。 「んっ……はぁ、はぁ、すごい、いっぱい出て……んぅっ……!」 「はぁっ、はぁっ、顔……ベタベタ……だよ……」 射精が収まると、理奈はうっとりしながら息をついた。 口の周りに付いた精液を舐めとり、飲み込む。 「いっぱい出したね……気持ち良かった……? あんっ、すごい匂いがしてる……」 「はぁ、はぁ……悪い、思わず顔にかけて……」 「良いよ、それだけ感じてくれたってことだもんね……んっ、はぁ、はぁ……」 「でも……まだ硬いままだよ……?」 「うっ……それは、まぁ……」 だって、まだ理奈に握られたままだから。 イッたばかりのペニスには、それだけの刺激でも強すぎる。 「もう、しかたないんだから。もう一回……する?」 理奈は誘うようにそう言うと、もう一度ペニスへ口を付けようとする。 「ちょ、ちょっと待った!」 「んっ……どうしたの? もう出ちゃう…?」 「いや、今度は俺が理奈にしてあげたいと思ってさ。だから……」 「きゃっ!?」 俺は理奈の体を掴むと、そのまま強引に体勢を変えていた。 「な、なに? この格好でするの……?」 「嫌か?」 「嫌ではないけど……恥ずかしいよ。丸見えになっちゃうし……」 「丸見え、か」 その言葉のエロさに、俺は思わず生唾を飲み込んだ。 すでに胸ははだけているが、もっともっと理奈のことを見たい。 「なぁ理奈、お願いがあるんだけど……」 「このまま、オナニーをして見せてくれないか?」 耳に息を吹きかけるようにして、そう囁きかける。 途端、理奈は恥ずかしそうに身を強ばらせた。 「ほ、本気で言ってるの、そんな恥ずかしいことっ」 「ダメか? どうしても理奈が自分でしてる所を見たい」 「……う、ん、わかった。そこまで言うなら……」 理奈自身すでに興奮しているからだろうか、少し迷いながらも俺の言葉に頷いてくれる。 「あまり、ジッと見ないでね……?」 そう言い、おずおずと自分の股間へと指を這わせ始めた。 「んぅっ……んっ、あ……や……ぁん、んんっ……」 軽くワレメを撫でるだけで、理奈は押し殺したような喘ぎ声をあげる。 「へぇ、理奈はオナニーはいつもそうやってやってるんだな」 「理奈はずっとそうやって撫でてるだけなのか?」 「うぅぅ……違う……。いつもはここを、こうして……弄って……」 指先が、ゆっくりとクリトリスの辺りへと移動していった。 円を描きながらそこを集中してまさぐりはじめる。 「んぅっ……ふぁ、あん……んっ、んんぅっ……!」 「あんっ……んっ、や……んっ……! はぁ、はぁ、はぁ……」 理奈の腰がぴくんと跳ねた。 今まで見たことのなかった理奈の痴態に、俺は生唾を飲み込む。 「んっ……はぁ、はぁ、あん、んっ……」 「ブルマが湿ってきた……。理奈、そんなに良いのか?」 「それは……んっ、さっき舐めてたから……。そのときから、ぬるぬるになって……」 「そ、そっか、俺のを舐めて興奮してたのか……」 それが指で圧迫されて染みてきたようだ。 でも理奈の顔を見ると、オナニーで感じているのも間違いはないと思う。 「んっ……あん、んぅぅ……はぁ、はぁ、やん……見られてるから……?」 「私、どうしてこんな……んぅっ、ふぁ、あ……」 ひくんひくんと太股の辺りが震える。 切なげに揺れるその動きは、妙にいろっぽい。 「ちょっと待った」 「ふぇ……? な、なに……どうしたの……?」 「ブルマ、脱がすからな……?」 俺は理奈の返事を聞く前に、ブルマへと手をかけて強引にずり下げていく。 「や、やだ、恥ずかしい……っ」 ブルマが脱げて、理奈のパンツが惜しげもなく露わになった。 ブルマの中で蒸れていたのか、いやらしい香りがたちこめてくる。 「これで、もっと指を感じられるようになっただろ? ほら、オナニーを続けて」 「う、うん……」 促され、理奈は怖ず怖ずとパンツの上から股間を弄り始める。 「あ……んっ、んっ……あ、あ……んぅぅぅっ……!」 「はぁ、はぁ……んっ……あんっ、ふぁ、あ……」 心なしか、理奈の声が甘くなってきた気がする。 股間に触れる指に力が入り、パンツが割れ目に食い込んでいた。 「な、なんか、すごいな……」 理奈の痴態から目を離すことが出来ない。 先程射精したばかりなのに、すでに俺の物はギンギンに怒張してしまっていた。 「ん、っん、ふぁ、あ……あん……ん……やだ、大きく……なってる……」 「あんっ、ふぁ、あ……んぅぅっっ……!」 また、理奈の腰がぴくんっと震えた。 愛液の量が増したのか、パンツから染み出て太股にまで垂れてくる。 「理奈、こんなにエッチな汁が溢れてる……」 「だってぇ……っ。んっ、んぅぅっ……見られながらなんて、初めてだし……はぁ、はぁ……」 「ドキドキが強くなって……ひゃ、あんっ、いつもより、感じちゃうから……」 理奈の恥ずかしそうな表情が堪らなく興奮してしまう。 もう、見てるだけじゃ我慢できない。 「理奈……こんなにぐちょぐちょだとパンツなんて穿いてられないよな?」 「あ……な、何……するの?」 「決まってるだろ……?」 俺は興奮のおもむくままに、ゆっくりと理奈のパンツを脱がし始める。 「うわ……すごいとろとろになってる……」 「あ……ぁん、やだ……恥ずかしいから、ジッと見ないで……っ」 興奮が全然収まらなかった。 それどころか、理奈の股間を見てますます激しく膨らんでくる。 「理奈、このまま良いか?」 俺は我慢できず、ペニスを理奈へと押しつけた。 触れただけで湿った音が響き、理奈は身をすくめる。 「ひゃっ……や、あ……すごい、熱い……。んっ、はぁ、はぁ、はぁ……」 「良いよ、私も我慢できない……。欲しくて、お腹の奥が疼いちゃってるの……」 熱い吐息を漏らし、俺を誘うように腰をくねらせる理奈。 「入れるぞ……っ」 しっかり理奈の腰を掴み、一気に根本までペニスを突き入れた。 「んぅぅぅぅっ……!! あ、やぁ……んっ、深いの、これ……んっ、あ、あ、あっ……!」 「うわっ、やばい……理奈の中がめちゃくちゃ熱くて、溶けそうだ……っ」 オナニーをしていたからか、濡れてすごいことになっている。 入れた瞬間からぐいぐい締め付けてきて、堪らなく気持ち良い。 「はぁ、はぁっ、大きすぎて……んぅっ、赤ちゃんのお部屋に、こつんってしてる……」 「動くからな……?」 ジッとしてるだけで精液をしぼり取られそうだ。 俺は負けじと腰を力強く打ち付ける。 「んっ、あっ、ふぁ、あぁぁ……あんっ、んっ、んっ、んぅぅっ……!」 「はぁ、はぁ、理奈、理奈……」 ぬるぬるの膣内が気持ち良すぎる。 驚くほど滑りが良くて、どんどん俺の腰は加速してしまう。 「あんっ、あっ、あっ、待って……っ、それ、強い……あっ、んっ、んぁぁぁっ……!」 「ふぁ、あっ、激しいからぁっ、あんっ、んっ、あ、あ、あっ、だめぇぇっっ!」 奥を突き上げると、それだけで理奈は堪らなさそうに喘いだ。 愛液がダラダラ溢れ出して太股を伝っていく。 「だ、だめだ、止まらない……っ」 「んっ、あっ、あんっ、んっ、んぅ、ふぁ、あっ! はぁっ、はぁっ、んぅぅ……っ!」 「な、なんだこれ……気持ち良すぎる……っ」 激しい快感が全身を駆け巡る。 射精感がどんどん募り、俺はさらに理奈を求めて腰を打ち付けてしまう。 「だめっ、だめぇっ、激しいの……んぁぁっ! あんっ、んっ、あっ、あっ、あっ、壊れちゃ、ふあ、あぁあぁぁっ!」 「あんっ、あ、あ、あっ、待って……だめぇぇぇっ、そんな……んぁあぁぁっ……!」 奥をゴツゴツと突く度に、理奈は切なげに身をよじった。 ぎゅっ、ぎゅっとペニスを締め付けてくる感触も堪らない。 「理奈、気持ち良いよ……もう、俺……っ」 「ふぁ、あっ、や……んぅぅぅぅっ……! 私、もぉ……んぁぁぁっ! だめ、だめ、だめぇぇっ」 「もぉ……イク、イッちゃうのっ、あっ、んっ、んっ……ふあ、あ、あぁあぁぁぁぁ……っ!!」 ぎゅぅぅと理奈の体に緊張が走り抜けた。 「イクぅ……んっ、ふ、あぁ、んぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 背筋を反らしながら大きく声を上げる理奈。 膣内が小刻みに震え、ペニスにヒダヒダが絡みついて来る。 「くぅっ……り、理奈……俺も、イク……っ」 俺も限界を感じ、ラストスパートをかけて絶頂したばかりの理奈の中を掻き回していく。 「んぅぅっ、あ、ああ、ああ、あ……っ、や、まだ、動いてぇ……っ!」 「理奈、出すぞ……っ」 快感が、一気に出口を求めて暴れ始める。 「理奈ぁぁっ……!!」 ペニスを膣奥へ押しつけると、俺は思いっきり射精してしまう。 「んぅぅっ……ふぁああぁぁぁぁぁっ……!! はぁっ、はぁっ、んんぅぅ……っ!」 「ふぁ、あ……すごい、びくんびくんして……熱いの出て……んぅっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「熱い……よぉ……。んぅぅっ、お腹、中で……んぅっ、暴れて……だ、だめぇぇぇ……」 膣内で精液を受けながら、理奈は何度も全身を震わせていく。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……くっ……!」 絶頂したばかりの理奈の中が、ひっきりなしにペニスへと絡みついてきていた。 しぼり出されるような感触が断続的に続いている。 「り、理奈、抜くぞ……っ」 「んぅぅっ……ふぁ、あぁぁっ……!」 ぬるりと滑りながら、ゆっくりとペニスが引き抜かれる。 「ふぁ、あ……はぁっ、はぁっ、や……ぁ、出ちゃう……んっ、あ、あ、あ、あ……」 「はぁ、はぁ……んぅぅっ、だ、だめぇ……出ちゃう……っ」 体を震わせながら、小さく声を上げる理奈。 「出るって、何が……」 「んっ……ふあ、あぁあぁあぁあぁぁぁぁあ……!」 とろりと、理奈の膣穴から精液が溢れ出してきた。 それはそのまま太股を伝ってゆっくりと流れ落ちていく。 「うわ……」 お尻を突き出すような格好だからだろうか、めちゃくちゃエロい眺めだ。 「はぁっ、はぁっ、んぅ……はぁ、はぁ、はぁ……も、もぉ……だめぇ……」 「もぉ……激し過ぎるよぉ……。ばか……」 「わ、悪い。興奮しすぎてさ」 「……許す。だって、気持ち良かったし」 「でも、もぉへとへとだよぉ……。んっ……はぁ、はぁ……」 荒い息をつきながら、理奈は柔らかく微笑みかけてきた。 「ねぇ、キス……して……?」 可愛らしくキスをおねだりする理奈に、俺はそっと覆い被さっていく。 「う、あぁあぁぁっ!!」 イク寸前、俺は勢いよく腰を引いていた。 ペニスが飛び出し、勢いよく精液をほとばしらせていく。 「ひゃっ……んっ、んぅぅぅぅぅっ……! ふぁ、あ……はぁ、はぁ、はぁ……」 「熱いの、いっぱい……出て来たぁ……。はぁ、はぁ、ひゃ……んぅぅっ……」 お尻で精液を受け止め、くすぐったそうに腰を揺らす。 でも、まだ俺の射精は止まらなかった。 「はぁっ、はぁっ……くうぅぅぅ……っ」 派手に精液が飛び散り、理奈の全身にべっとりと付着していく。 「はぁ、はぁ……んっ、も、もぉ……出しすぎ、だよ……。ひゃ、んっ……はぁ、はぁ……」 「体中から、エッチな匂いがして……んっ、あん、ふぁ、あ……くすぐったい……っ」 お尻に付着していた精液がつーっと肌を滑り落ちた。 「はぁっ、はぁっ、んぅ……ふぁ、あ……も、もぉ、私……だめぇ……」 へとへとになった様子で理奈は大きく息をついた。 ちらりと俺を見て、小さく微笑む。 「もう……んっ、はぁ、はぁ、こんな激しくして……えっちなんだから」 「はぁ、はぁ……しかたないだろ、理奈があんな風に誘うから……」 「だ、だって……気持ち良かったから……。うぅ、恥ずかしい……」 「可愛かったよ」 「も、もう、変なこと言わないでよ。ばか……」 ちょっとだけ拗ねたようにそう言い、理奈はそっと唇を寄せてきた。 「私に、させてくれないの……?」 「それよりも、俺が理奈を可愛がりたいんだ……んっ……」 「ちゅ……ふぁ、んぅぅ……ちゅぱ、ん、んっ……はぁ、はぁ……」 軽くキスをして、じっと理奈の目を見つめる。 「うん……あなたがそうしたいなら、私は……良いよ……?」 まだ寂しそうな表情をしている。 でも俺の気持ちを少しはわかってくれたのか、小さく頷いてくれた。 「ありがとう、理奈。好きだよ……」 「あ……んぅぅ……!」 俺は理奈の胸に手を当て、ゆっくりと揉み始める。 「んっ……ふぁ、あ……んんっ……」 軽く指を食い込ませた途端、理奈は切なげに小さく声を漏らした。 体を軽く強ばらせ、頬を恥ずかしげに赤らめる。 「な、なんか、触り方がいやらしいよ……っん、あ……あん……」 「気持ちよく無いか?」 「気持ち、いい……。んっ、そうやって触られると、すごくドキドキしちゃうから……」 「心臓が、喜んじゃってるの……。あんっ、んっ……はぁ、はぁ……」 時折ぴくんっと体を揺らしながら、甘く俺を見つめてくる。 「理奈……」 「んっ……ちゅ、んっ……ふぁ……はふ……好き……大好き……」 「もちろん、俺も愛してるよ」 「ちゅ……ん、んっ……ちゅ、んぅぅ……」 何度も触れるだけのキスを繰り返し、理奈の胸をまさぐり続ける。 でも、ブラウスの上からじゃちょっと物足りない。 俺は次の行動に移ろうと、一旦理奈の胸から手を離した。 「あ……」 「ん? どうかしたか?」 「な、何でもない。もう、終わりかなって思って……」 そう言う理奈は、もっとして欲しそうに俺のことを見つめてきた。 切なげにもじもじと体を揺らし、頬を上気させていく。 「心配しなくてもちゃんと続けるよ。その前にこれを……な?」 俺はブラウスに手をかけると、ゆっくりとそれを脱がし始めた。 「んっ……や、やだ、恥ずかしい……」 理奈の可愛らしいブラジャーが露わになった。 それを見て、思わず俺は生唾を飲み込む。 「理奈のおっぱいは相変わらず大きいな」 「大きいのは嫌い……?」 「大好きだ。理奈のおっぱいは触り心地も最高だし」 耳元で囁くようにしてそう言い、今度はブラの上から胸を揉みしだく。 「んぅぅぅっ……! ふぁ、あ……んっ、あんっ、んっ……」 触れた途端、ぴくんっと理奈の肩が震えた。 「理奈は可愛い声を上げるんだな」 「だって、気持ち良いから……。もっと、おっぱい触って……?」 「もちろん……」 手のひらで包み込むようにして指を食い込ませる。 とても手のひらに収まりきらない膨らみを、思う存分に揉みしだく。 「んっ……んっ、あ、んっ……ひゃ、んっ、んぅぅっ……」 揉まれる度に理奈から堪えたような甘い声が漏れ出す。 「理奈、声は我慢しなくて良いんだぞ? もっと可愛い声を聞かせてくれ」 「う、うん……恥ずかしいけど……」 「あんっ、んっ、ふぁ、あ……んぅぅ、はぁ、はぁ……ふぁ……っ」 小さく頷き、恥ずかしげに口を開いた。 さっきよりも少しだけ大きな声を上げ、俺へともたれかかってくる。 「はぁ、はぁ、理奈……」 理奈の喘ぎ声が頭に響く。 堪らなく興奮してしまい、ますます理奈の胸を揉む手に熱が籠もっていく。 「あんっ、あっ、気持ち良い……気持ち良いよぉ……んっ、あんっ、んっ、あ、あっ」 「もっとぉ……もっと、ぎゅってして……んっ、強くても、いいから……あんっ、あっ、んぅぅ……!」 おっぱいが指の形に大きくひしゃげた。 それが気持ち良いのか、理奈は声を上げながら身悶える。 「はぁ、んぅぅっ……好き……大好き、好き……っ」 「理奈のおっぱいは気持ち良いな……」 「う、うん……あんっ、んっ、そう言って貰えると、嬉しい……んっ、はぁ、はぁ……」 「でも、ブラの上からじゃ……んっ、物足りないよぉ……」 「そっか、じゃあ外しても……?」 「うん……」 おねだりするような眼差しで、ジッと俺を見つめてくる。 (何だろうな、これ……今日の理奈は、何かすごく興奮する……) 従順な態度の所為だろうか? 俺はもう、我慢できないほどに股間の物を膨らませていた。 「理奈、ブラを外すぞ」 耳元で囁き、少しもどかしく思ながらブラジャーをはぎ取っていく。 「んっ……あん……。はぁ、はぁ……」 「……っ」 おっぱいがこぼれ落ちてきた。 ブラジャーという束縛をなくし、俺の目の前で魅惑的にぷるんっと震えている。 「理奈のおっぱい、可愛いな……」 乳首を指先でくすぐるようにしながら、そっと生のおっぱいへと手を触れてみる。 「ひゃっ……んっ……やん、手……すごく温かい……んぅっ、はぁ、はぁ……」 「理奈も興奮してるのか? しっとり汗をかいてる……」 その所為で、まるで理奈の肌が俺の手に吸い付くような感覚だ。 これはいくら揉んでいても飽きそうに無い。 「んっ、ふぁ、あっ、ひゃ……んっ、あ、あっ……はぁ、はぁ、っん、あんっ……」 「気持ち良い……やだ、感じちゃう……っ」 「どこが一番気持ち良い……?」 「乳首が……んぅっ、指で、こりこりされるのが……ひゃっ、んぅぅっ、感じちゃうの……」 「んっ、あっ、あ、あっ、んぅぅぅぅっ……!」 ちょっと強めに乳首をつまむと、理奈は堪らなさそうに声を上げた。 俺は更に指の腹で転がすようにして乳首をいじり回す。 「んっ、ふぁ、あ、んぅぅ……! はぁ、はぁ、はぁ、あんっ、んぅぅ……!」 「ね、ねぇ、キス……して欲しい……あんっ、んっ……あ、あ……」 「わかった……」 俺は求められるままに理奈へとそっと口付ける。 「んぅぅっ……ちゅ、んぅっ、ぴちゃっ、んむぅ……っ、ちゅぱ、んっ……」 唇が触れ合うなり、理奈の方から積極的に舌を絡めてきた。 お互いの唾液が混ざり合い、くちゅくちゅといやらしい音が響く。 「ちゅ、んぅ……んっ、んぅぅ……! ふぁ、ちゅ、んむぅ……ん、んっ……」 キスをしながらも、俺は理奈の胸から手をはなさい。 「んぅっ……ん、ちゅ……んぅ、じゅる、んむ……んっ、んぅぅ……っ! ふぁ、はぁ、はぁ……」 「理奈……んっ……んぅぅ……」 「ちゅっ、れるっ、ちゅぱ、んぅぅ……ちゅぱ、んっ、ちゅ……んっ、んぅぅ……んっ、んっ、んぅっ……」 指で乳首を弾く度に、理奈はキスをしながらくぐもった声を漏らした。 どうやらかなり感じているみたいだ。 その証拠に、さっきから落ち着きなくもじもじと太股を擦り合わせている。 「おっぱいだけで感じちゃってるのか……?」 俺は一旦唇を離し、舌を這わせながらゆっくりと顔を理奈の胸元へと近づけた。 その先端を口に含むようにして舐め上げる。 「んっ……ふぁ、あ……っ、やん、おっぱい舐めちゃ、だめ……んっ、んぅぅぅっ……!」 「理奈の乳首、すごくこりこりして美味しいよ……」 「や、あ、歯を立てちゃ……んっ、ふぁ、ああっ、だめ、だめぇっ、それ、感じちゃ……んぅぅぅっ……!」 乳首を中心に胸を舐め回す。それだけで、理奈は堪らなさそうに反応していた。 乳首がますます硬く立ち、舌の上でころころと転がっていく。 「んっ、あんっ、んっ、あ、あ、あっ、ほ、ほんとに、ダメ……だからぁっ、んっ、あんっ、あ、あ、あっ……!」 「気持ち良いの……あんっ、んぅぅっ、それ、良いの……ふあ、あ、ぁっ……!」 ますます甘い声をあげ、理奈はビクンビクンと何度も体を震わせる。 「んっ……理奈、乳首をどうされるのが一番気持ちいい……?」 「そ、そのまま舌で……ひゃっ、あ、あっ、されるの……んぅっ、い、良いのぉ……っ」 「はぁっ、はぁっ、んっ……ふぁ、あ、あっ、んっ、あっ、あっ、あっ、んぁあぁっ……!」 どんどん理奈の声が切羽詰まってきたようだ。 表情がとろけ始め、体にも緊張が巡り始める。 「もぉ……い、イッちゃう……んっ、ふぁ、あ、あっ……!」 理奈が息を呑んだ。 体を支えていられないのか、太股がガクガクと震えている。 「あっ、あっ、んぅぅっ、ふぁ、あぁっ、はぁっ、んぅぅぅ……! あ、あっ、やぁんっ、んっ……だ、だめ、だめぇぇっ……!」 本当に、胸だけでイク寸前になってるみたいだ。 乳首もこれ以上ないくらいに膨らんで、より舌で転がしやすくなっている。 でも、このままイかせてしまうのももったいない。 「んっ……待った、理奈」 「ふぁ……はぁ、はぁ、はぁ……どうして……? もう少しで、イクのに……」 乳首から口を離した俺を見て、理奈は息も荒くそう聞いてくる。 「理奈だけ気持ち良くなってないで、俺も頼むよ」 理奈の喘ぎ声を聞いて、俺の方ももう限界だ。 ペニスがズボンを痛いくらいに押し上げてしまっている。 「服を脱いで、ベッドに行こうか」 「うん……」 素直に頷く理奈の手を引き、俺達はベッドへと移動する。 「んぅっっ……ふぁ、あ、やぁん……お、大きい……よぉ……!」 ガチガチに怒張したペニスは、いともあっさりと理奈に飲み込まれてしまった。 しかも、いきなりぎゅうと締め付けてきて、めちゃくちゃ気持ち良い。 「くっ……うあ……理奈、締めすぎだ……」 「だ、だってぇ、大きいし、気持ち良いから……んっ、ふぁ、あっ、んぅぅぅっ……!」 「ま、また……っ、くぅぅぅっ」 余程興奮しているんだろうか、今日はいつも以上に膣内がキツい。 それに下から見上げる理奈の姿が、ものすごくエロい。 「はぁ、はぁ、んぅぅぅっ……あっ、すごい……硬いのに、赤ちゃんのお部屋をぐいぐい押されてる……」 「んっ、はぁ、はぁ……ねぇ、気持ち良い……?」 「ああ、すごく良いよ。理奈の中、温かくてとかされそうだ……」 「うん、嬉しい……あんっ、んっ、はぁ、はぁ、んんぅっ……もっと、いっぱい気持ち良くしてあげるね……?」 「はぁ、はぁ、んっ……んぅぅっ……!」 繋がった部分から、くちゅっと湿った音が聞こえてきた。 理奈は自分から腰を動かしながら、切なげな色っぽい吐息を漏らしていく。 「んっ、あんっ、んっ、あ、あ、あっ……はぁ、はぁ、あんっ、んっ、んぅぅっ……!」 「ふぁ、あああ……お腹の中……いっぱい、擦れて……んっ、あんっ、んっ、あ、あっ……」 いやらしく理奈の腰が左右にくねる。 それだけじゃ物足りないのか、円を描くように何度も腰を振り立ててくる。 「はぁ、はぁ、あんっ、んぅっ、んっ、あ、あっ、あんっ、んっ、あ、あ……っ」 「うぁ……っ、やばい、これ……っ」 元々理奈の中がぐちょぐちょだったこともあって、気持ち良すぎる。 きゅうきゅう締め付けてくる膣内も、それだけでイってしまいそうだ。 「ひゃっ、あ、すごい……私の中で、ぴくんって動いた……あんっ、んっ……はぁ、はぁ」 「んぅっ、あんっ、気持ち良いの……ひゃっ、あっ、腰の動き、とまらない……よぉ……!」 今度は、亀頭が膣奥に擦れるような感じで腰を押しつけてきた。 奥の奥までペニスが届き、グリグリと擦れていく。 「んぅぅぅぅっ……! あっ、んっ、これ……これが良いのぉ……!」 「奥で、ごりごりこすれて……ふぁ、あっ、やぁんっ、頭まで、響いてぇ……っ! んっ、あっ、あ、あ、あっ」 目を瞑り、理奈は色っぽく声を上げる。 いつの間にか、腰の動きは上下に跳ねるような物に変わっていた。 「すごい、いやらしい眺めだ……」 大きなおっぱいが、理奈の動きにあわせて淫靡に踊っている。 思わず掴みかかりたくなる誘惑に、俺はぐっと堪えていた。 せっかく理奈が自分から動いてくれてるんだから、今はそれを感じていたい。 「あんっ、んっ、んっ、あっ、あっ……はぁ、はぁ、ひゃ、んぅぅっ、ふぁ、あ、あっ」 「はぁっ、んぅぅ……んっ、あっ、あんっ、あ、あ、あっ、んぁぁぁっ……!」 特に良いところに擦れるのか、ビクンッと何度も体を震わせる理奈。 愛液の量も先程より増してきたのか、淫靡な音も大きく聞こえてくる。 「はぁっ、はぁっ、あんっ、んっ、あ、あっ、これ深いの……っ、ふぁ、あぁあ、奥、壊れちゃう……やっ、あ、あ、あっ……!」 「あんっ、んぅぅっ、あっ、あっ、あ、あ、あ、あっ、んぅぅっ……!!」 「うあぁぁっ……ちょ、理奈……それ、やばい……っ」 理奈が体を起こして、グリグリと腰を押しつけてきた。 手での支えがないせいだろうか、ペニスが理奈の奥の奥まで届いてしまう。 「んっ、ふぁ、あ……やぁん、すごい……赤ちゃんのお部屋に、硬いので……ひゃ、んぅっ、キスされちゃってる……」 「ずんっ、ずんってして……あぁんっ、や、あっ、気持ち良い……気持ち良いよぉ……!」 ぐっちゃぐっちゃと水音も大きくなってきた。 理奈の大胆にくねる腰が全然止まらない。 「あんっ、はぁ、はぁ、はぁ、んっ、んぅぅぅぅ……っ!!」 「や……んぅぅっ、こ、これ、良いところに擦れてぇ……んっ、ふぁ、あ、あっ、んぁぁぁっ……!」 ぴくんっと理奈の背筋が快感で震える。 膣内がしきりに震え、ぐいぐいとペニスを締め付けてくる。 「良いよ、理奈……そのまま、もっと動いて……っ」 理奈の中が気持ち良すぎて、どんどん射精感が込みあげてきた。 このままであれば、もう少しでイケそうな気がする。 「んっ、あっ、はぁっ、あんっ、あ、あ、あっ、こ、こうで良いの……?」 「あんっ、んぅぅっ、ひゃ、あっ、んっ、はぁ、はぁ、、んぅぅぅっ……!」 ますます俺の上で理奈が激しく腰を振る。 乳首が膨れあがり、動きにあわせて大きく上下に跳ねる。 「あっ、んっ……ふぁ、あ、あっ、やぁんっ、んっ、あんっ、んっ、あっ、あっ」 「な、なんか……んぅっ、ふぁ、あっ、お腹の中で、んぅっ、お、大きくなって……んっ、ふぁ、あっ……!」 「ああ……理奈の中が気持ち良すぎて、俺も、もう……っ」 膨れあがってきた射精感が、今にも溢れ出してしまいそうだ。 でも、このまますぐにイってしまうのはもったいない。 ここまでエロエロに理奈がしてくれてるのだから、もっと、もっと、このまま味わっていたい。 「んっ、嬉しい……んっ、あっ、もっと気持ち良くなって……? いっぱい、精液出して……っ!」 跳ねるようにして、ペニスが抜けるギリギリまで腰を浮かせる。 かと思えば、その次の瞬間には一気に根本まで咥え込んでいた。 「はぁ、はぁ、くっ……!」 俺は必死に射精感を飲み込んでいく。 「ひゃっ、ふ、あ、あっ、んぅっ、こりこりして……ふあ、あ、あぁっ……!」 亀頭が膣奥にゴリゴリ擦れると、ますます膣内の締まりが強くなってきた。 溢れ出した愛液はすでにベッドシーツに染みを作り出している。 「はぁっ、んぅぅっ、あんっ、んっ、あ、あ、あっ……」 「ねぇ……んっ、私のエッチ、どう……? んぅっ、はぁ、はぁ、私が一番、だよね……? んぅぅ……っ」 「気持ち良い……? ひゃっ、ふぁ、あっ、んっ、あんっ、良い……? わ、私、私……っ」 どこか寂しそうな眼差しを浮かべると、理奈はそんなことを聞いてきた。 って、まだあのことを気にしてるんだろうか? 「バカ……俺は、理奈としかしたことないから、比べられるわけないだろ……」 「それに、めちゃくちゃ気持ち良いってさっきから言ってるだろ?」 「でも……んっ、はぁ、はぁ、まだ、イッてないし……んっ、あんっ、ふぁ、あ、あ……っ」 「それは……」 ただ、少しでも理奈の中を味わっていたかっただけだ。 でもそれが理奈に不安を与えてるなら、変な遠慮は無用だ。 「理奈……俺も、動くからな……? 一緒にイこう」 俺はそう宣言すると、下から激しく腰を突き上げた。 「ふ、あ、んぁぁあぁぁぁっ……! やんっ、んっ、あっ、あっ、すご……ぃ、それ、んっ、ふぁ、ああぁぁっ……!」 「あんっ、激しくて、ふぁ、あっ、赤ちゃんのお部屋、壊れ、ちゃう……っ!」 ずんっ、ずんっと力強く理奈の子宮口を叩く。 それが気持ち良いのか、理奈は堪らなさそうに声を張り上げた。 「んっ、あんっ、あんっ、んっ、あっ、あっ、あっ、んっ、んぅぅぅっ……ふあっ、っん、あ、あっ……!」 「あんっ、激しいのぉっ、だめ、だめぇっ、これ……んぅっ、あんっ、わ、私、イッちゃう、イッちゃうからぁぁっ!」 「良いよ、イッても……っ。はぁ、はぁ、俺も、すぐにイクから……!」 「うんっ、うんっ……んぁっ、はぁっ、はぁっ、んっ、んぁっ、あ、あ、あっ……!」 どんどん理奈の声が切羽詰まってきた。 連続してペニスを締め付けられ、ヒダヒダが小さく震えながら絡みついてくる。 「んっ、ふぁっ、あんっ、あ、あ、あっ、ひゃ……んぅぅっ、い、イッちゃう……っ」 「あんっ、ふぁ、あぁっ。も、もぉ、私……もぉ……っ」 ぶるりと、大きな波が理奈の中を通り過ぎた。 「俺も、もうイク……っ」 「う、うんっ、イクぅ、わ、私も、んぅっ、ふぁ、あ、あ、あっ……!」 もう、我慢できないほどに快感が膨らんでいた。 俺はラストスパートと言わんばかりに腰を強く突き上げる。 「イクぅっ、イクっ、イク……んぅぅっ、ふぁ、あっ、もぉ……っ」 きゅぅっと今までで一番強く膣内が収縮した。 「ふぁ、あ、あぁっ、んぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「ぐぅぅぅっ……!」 強い快感に、俺は理奈の一番深いところで思いっきり射精していた。 「んぅぅぅぅぅっ……! ふぁ、あっ、はぁっ、はぁっ、や……んぅっ、ふぁ、あ、熱いの……出て……っ」 「はぁっ、はぁっ、んぅ……ふぁ、あ、いっぱい……だよぉ……んっ、あ、あ……」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 まだ射精は止まらなかった。 理奈の中で暴れながら射精し続ける。 「んっ、ふぁ、あっ、びくんびくんして……んぅぅっ、あ、あっ……」 理奈はまだ感じているのか、膣内は小刻みに震えていた。 「はぁ、はぁ、抜くぞ、理奈……」 「はぁっ、はぁっ、うん……んっ、ふぁ、あ、あ、あ、ああ……」 理奈は俺の言葉に、ゆっくりと腰を浮かせていく。 「んぅぅぅっ……! はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 にゅるんっとペニスが理奈の中から抜け出る。 途端、理奈はぶるりと体を震わせ始めた。 「はぁ、んぅっ、ふぁ、あ……やぁん、出て来た……んぅぅっ……」 まるで糸を引くようにして、とろりと膣内から精液が溢れ出す。 精液はそのまま太股を伝い、シーツへと垂れていく。 「んっ……いっぱい、出してくれたんだ……はぁ、はぁ、んっ、嬉しい……」 ちらりと自分の股間を見てそう呟いた。 「赤ちゃんのお部屋でこんなに濃いのをいっぱい出されたら、私、妊娠しちゃうかも……」 「はぁ、はぁ、はぁ……大好き……」 そう言うと、理奈はキスをしようと俺に覆い被さってくる。 「くっ……うぉぉっ……!」 思いっきり突き上げた勢いで、俺はペニスを引き抜いた。 盛大に精液をほとばしらせていく。 「んっ、んぅぅぅ……! ふぁ、あっ、はぁっ、はぁっ、や……んっ、んぅぅっ……」 「はぁっ、はぁっ、熱いの……んぅっ、いっぱい、出てる……はぁ、はぁ、はぁ……」 「く……う、あ……っ」 ペニスは激しく脈動を繰り返していた。 理奈の下腹部は、どんどん俺の精液でまみれていってしまう。 「んぅっ……ふぁ、あ……はぁ、はぁ……や……ん、すごい……」 「赤ちゃんの素が、こんなにいっぱい……。んっ、はぁ、はぁ、はぁ……」 精液の感触がくすぐったいのか、小さく身震いをする理奈。 体中に精液を付けながら荒い息をついている。 「はぁ、はぁ……気持ち良かったよ、理奈……」 「うん……んっ、嬉しい……んっ、はぁ、はぁ……。大好き……」 理奈は色っぽい表情でそう言い、ちゅっと俺に口付けてくるのだった。 「ダメだってば、朝から……んんぅぅっ……!」 後からおっぱいを鷲掴みにすると、理奈は驚いたように声を上げた。 俺は有無を言わせずに上着をまくり上げると、ブラジャーも強引にずらしてしまう。 「今朝も理奈のおっぱいは触り心地が良いな」 「なにバカなことを言って……んぅぅっ、や、やだ、乳首をつままないでっ」 「ひゃっ、くりくりしちゃだめぇ、もう、悪戯なんて……んぅぅっ……!」 乳首をちょっとつまんで弄っただけで、理奈はぴくりと肩を震わせていた。 何だかんだ言っても、ちょっと触るだけで反応してしまうらしい。 「乳首を触られて気持ち良かったのか? 理奈は朝から敏感だな」 「あ、朝とか、関係ないでしょ? 誰だって、急に乳首を弄られたら反応しちゃうんだから……」 「でも、ダメだとか言いながらも全然抵抗してないだろ?」 「それは……だって……」 「ほら、理奈だって期待してるんじゃないか」 「ち、違うわよ。でも本当に学校に遅刻しちゃうよ……?」 「そんなことは心配しなくても大丈夫だ」 「あ……んっ……ちょ、ちょっと、お尻に硬いのが当たってる……」 俺が股間をぐいぐいと押しつけてることに気付き、理奈はジッと俺を見つめてきた。 次第にその頬が、薔薇の花びらが散ったように赤らんでいく。 「もしかして、本気でするつもりなの……?」 「当然だろ? 冗談でこんなことしないって」 そう言いながら、今度は優しく包み込むようにしておっぱいを揉みしだく。 「きゃ、あんっ……んっ……やだ……あんっ、んっ……」 理奈はくすぐったそうな声を上げながら、小さく身じろぎをした。 でも、やはり抵抗はしない。 頬を染めながらもされるがままになり、俺のことを見つめてくる。 「本当は理奈も期待してるんだろ?」 「そんなこと……ないよ。んっ……あんっ……」 「とか言って、こっちは正直なんじゃないか?」 一旦おっぱいから手を離す。 そのかわり、今度は目の前の可愛いネグリジェ越しに、俺は自分の指を理奈の股間へと押し当てた。 「んぅぅっ……! やん、どこを触って……っ」 「ここ、触られて気持ち良いんだろ?」 グリグリと指を押し込む。 形をなぞるように上下に動かすと、それだけで理奈は身震いをしていた。 「ひゃ……っん、ちょ、だ、だめぇ、グリグリしちゃ……あんっ、んぅぅっ……!」 「さすがにまだ濡れてないかな……?」 残念ながら、指先には湿り気をまだ感じない。 でも理奈の頬はますます上気し、色っぽさを増している。 「ね、ねぇ、もうやめよ……? 遅刻しちゃうから……」 「理奈……」 「んぅぅっ……!? ちゅ、んっ、ん……っ」 まだ何か言おうとするのを、俺はキスで封じ込めた。 軽く唇を舐めてから顔を離し、改めて理奈の股間を弄っていく。 「はぁ、んっ……あんっ、や……だめぇ……キスなんかじゃ誤魔化されないんだから……」 「理奈、好きだよ……」 「そんなこと言っても、だめ」 「じゃあ、実力行使する」 なかなか素直にならない俺の彼女。 なのでこちらは理奈の服の裾を大きくめくり上げ、大胆にもいきなり脱がしにかかる。 「あ……っ」 可愛らしいパンツが丸見えになった。 「今日は随分可愛いのをはいてるんだな……?」 俺はパンツを割れ目に押し込むようにしながら、執拗に指先で撫で回す。 「ひゃ……っん、や、あんっ……だめ、そんな弄っちゃ……んっ、んぅぅぅ……っ」 「指が入っちゃう……あ、あ、あっ……んぁぁぁっ……!」 ぷっくりと膨らんだところに触れた途端、理奈は大きく腰を震わせて喘いだ。 思わずと言った様子で内股を擦り合わせていく。 「ここが気持ち良いのか? それともこっち?」 俺はパンツの上からクリトリスを弄り、さらに割れ目を伝いながらお尻の方も撫で回す。 「ふぁ、あ、そこ、違……んぅぅっ、ひゃ、やだ、指当たって……ふ、ぁあ……っ」 「おっ、お尻を触られて反応したな。ここが良いのか?」 「ち、違う……あんっ、そこはだめぇ……んっ、あんっ、んっ、んっ」 「じゃあ、やっぱりこっちだ」 もう一度指を割れ目にそわせながらクリトリスの方へと移動する。 「ん……? もしかして、クリトリスを大きくしてるのか……?」 さっきよりも突起をより感じられるようになってる気がする。 俺はそこを重点的に撫でるようにして、繰り返し指先でまさぐり続ける。 「ふぁ、あ、んっ……やん、だめ、だってばぁ……んっ、そんな、しちゃ……っ!」 「そんなに触られたら、感じちゃう……っ、んっ、あんっ、あ、あっ……」 ぴくんっと理奈の腰が震えた。 「うわっ……理奈、濡れてきたぞ……?」 弄られて感じたのか、じんわりとパンツにシミが広がってくる。 それも、いきなりすごい量だ。 「んっ、あんっ、んっ……やだ、くりくりしないで……ふぁ、あっ……」 「朝から股間を弄られて濡らすだなんて、理奈はエッチだな」 「好きで濡らしてるわけじゃ、ないんだから……んぅっ、ひゃっ、んぁぁっ……!」 理奈の声にもどんどん艶が増してきた。 頬を染めた恥ずかしそうな表情で、妙にそそる。 「……こんなにパンツが濡れてるんだし、もう穿いてても意味はないよな?」 「え……や、ま、待って……」 「いや、待たない。脱がすぞ……」 「んっ……あ、あ……っ」 理奈が緊張に身をすくませた。 俺はその隙に、理奈のパンツを一気にずり下ろす。 「おおお、やっぱりぐちょぐちょになってるじゃないか」 「や、やだ、そんな近くで見ないで……っ」 「理奈のここ、すごく可愛いよ」 目の前で濡れそぼった理奈の性器が露わになった。 俺の愛撫で感じたのだろう、パンツと股間の間で愛液が糸を引いている。 「はぁ、はぁ、あんっ……んっ、はぁ、はぁ……」 「理奈の匂いがいっぱいする……」 「んぅっ、や、やだ、匂いなんて嗅いじゃ……んぅぅぅっ……!」 鼻を蠢かすと、理奈は恥ずかしげに身をくねらせた。 見られて興奮しているのか、ますます膣内から愛液が溢れ出してくる。 「理奈……」 俺はそのまま顔を近づけ、理奈の割れ目へとキスをする。 「ひゃっ……んぅぅっ……! や、やぁ……そんなところ、汚いから……っ」 「汚いもんか……すごく美味しいよ」 「んぅぅっ……ふぁ、あっ、んっ、あ、あっ……! やんっ、んっ、んぁぁぁぁっ……!」 ピチャピチャ音を立てて割れ目を舌先でなぞる。 ちょっとだけ押し込む様にして舌先で膣口を突く。 「ふぁ、あぁっ……! だめっ、だめぇっ……んっ、あっ、んっ、んぅぅっ……!」 「はぁ、はぁ、舌が、中に入って……ひゃっ、んっ、ふぁ、あぁっ……!」 甘い声を上げ、理奈は腰を震わせた。 モジモジと内股を擦り合わせ、ちらりと俺に切なげな眼差しを向けてくる。 「んっ、あん……はぁ、はぁ……も、もう、そんな意地悪しないで……」 「はぁ、っん、あ、あっ、もう、欲しいの……。んっ、お腹の奥、切なくて……あんっ……」 「こんな朝から自分からおねだりするなんて、理奈はいやらしいな」 「だ、誰の所為よぉ。朝から、こんなことしてぇ……」 今度は、少しだけ恨みがましい眼差しを向けてきた。 俺はもう一度、理奈の股間へとキスをする。 「んぅぅぅっ……! ふぁ、あ、あ……っ」 「そろそろ入れても良いか……? 俺も、我慢できなくなりそうだ」 「う、うん……いっぱいして……。激しくしても良いから……」 俺は早速、もどかしく思ながらペニスを取り出した。 ガチガチに勃起しているそれを理奈の濡れそぼった股間へと押し当てる。 「行くぞ……っ」 そう言うなり、俺は深々と理奈の中へとペニスを押し込んで行く。 「んぅっ……ふぁ、あっ、んぅぅぅぅぅっ……!!」 ズンッとペニス先端が理奈の一番深いところに突き刺さった。 理奈はそれだけで背筋を仰け反らせながら甘い声を上げる。 「や……ぁん、深い……これ、んっ、あ、あ、あっ……!」 「うわっ……理奈の中とろとろだ……もしかして、いつもより感じてるんじゃないか?」 「そ、そんなこと、無い……んぅっ、ふぁ、あっ、あんっ、んっ……」 「はぁっ、はぁっ、やだ……お腹の中で、ぴくんぴくん動いて……っん、ふぁ、あ、あ」 ちょっとした動きでも理奈は敏感に反応していた。 きゅっ、きゅっとペニスを締め付け、自分から小さく腰を揺らす。 「くっ……理奈、いきなりそんなに締め付けるなって……」 あまりの快感に、ちょっとだけイキそうになってしまった。 「ひゃっ、んぅっ、だって……んっ、はぁ、はぁ、これ、深すぎるからぁ……んっ、あ、あ、あっ……」 「深くて、大きくて……んぅぅっ、赤ちゃんのお部屋に、ぐりぐりしてて……っ」 大きく息をつき、ぶるりと身震いをする。 ますます愛液があふれているのか、繋がった部分からつーっと垂れてきた。 「動くからな、理奈……」 「う、うん……んっ、んぅぅっ……」 俺はしっかり理奈のお尻を掴み、前後へと腰を動かし始める。 「あっ、んっ、んっ、あっ、あっ、あ、あ、あ、んぅぅぅっ……! ふぁ、あんっ、んっ、ふぁぁっ……!」 後から子宮をノックすると、それだけで理奈は堪らなさそうな声を上げていた。 「あんっ、んっ、それ、良いの……ひゃ、あっ、深くて……んっ、あんっ、んっ、あ、あ、あっ!」 「やだ、気持ち良い……んぅっ、はぁっ、はぁっ、やぁんっ、んっ、んっ、ふぁ、あ、あ、あ……っ」 じゅぶじゅぶ膣内を掻き回す音が大きく部屋に響いた。 ぬるぬるの膣内は優しくペニスを包み込み、絡みついてくる。 「くっ……はぁ、はぁ、理奈の中、気持ち良いよ……」 「う、うん、私も……んっ、ふぁ、あっ、気持ち良い……っ。やんっ、んっ、あっ、んぅっ……!」 「ねぇ、もっとしてぇ……んっ、強くて良いから、奥……奥がいいのぉ……っ」 「ああ、すぐに突いてやるからな……っ」 求められるままに俺は腰の動きを早めた。 力強く、ずんっ、ずんっと何度も膣奥を突き上げる。 「んぁぁぁっ……! んっ、あっ、やんっ、んっ、あっ、あっ、あっ、あっ」 「はぁっ、んぅぅぅっ、ふぁ、あっ、激しい……ひゃっ、んっ、あっ、んっ、あっ、あっ、んぁあぁぁっ……!」 快感に理奈の膣内が大きくわなないた。 きゅうきゅう俺を締め付けては、ヒダヒダを絡みつかせてくる。 「んっ、やんっ、あっ、んっ、あんっ、それ良いのぉ……ふぁ、っ、ねぇ、もっとぉ……んっ、あ、ああぁぁっ……!」 「赤ちゃんのお部屋、ぐりぐりってぇ……っ、ふぁ、あっ、んっ、あっ、やぁぁっ、気持ち、良い……っ」 突き上げる度に体を震わせる。 快感に悶える喘ぎ声が、俺の頭に強く響く。 「はぁ、はぁ、はぁ、理奈……理奈……っ」 「うんっ、んっ、あっ、それ、激し……ふぁ、あ、んああぁぁぁぁっ! あんっ、んっ、あっ、んっ、あ、あ、あっ」 「そんなしちゃ……ひぁっ、わ、私、イッちゃう、イッちゃうぅぅぅっ!」 「良いよ、好きにイッて……俺も、イクから……っ」 激しく動けば動くほど、理奈の膣内は俺を締め付ける。 それに、この俺のモノにフィットした感触が堪らなく良い。 かすかな凹凸やヒダヒダの動きさえも、強い快感となって返ってくる。 「ふぁ、あっ、んっ、あんっ、や、あっ、イクのぉ、や、だめっ、だめ、だめぇっ!」 「んっ、あっ、あっ、あっ、あっ、んんぅぅぅぅぅっ……!」 徐々に理奈の声が切羽詰まってきた。 乳首がピンッと硬く尖り、繋がった部分から大量の愛液が止めどなくあふれる。 「く……ぅぁ、やばい、もう……っ」 「はぁっ、はぁっ、んぅぅぅぅっ、ふぁ、あっ、んっ、あ、あ、あっ、また奥ぅ……ひぁ、あっ、んぁあぁぁっ……!」 もうイキそうなんだろうか? 理奈は息を乱しながら、激しく身悶えていく。 「理奈……理奈……っ」 俺はラストスパートをかけるように、激しく腰を打ち付けた。 「んっ! あっ! あんっ、やっ……ふぁ、あっ! そんな、しちゃ、壊れちゃう……っ!」 「んっ、ふぁ、あ、あっ、ひゃ……んぅぅ……っ! あっ、あんっ、んっ、あっ、あっ、あ、あ、あ、あっ……!」 ガクガクと理奈の太股が震えてきた。 全身に緊張がみなぎり、きゅっとすぼまった膣内が痛いほどにペニスを締め付けてくる。 「も、もぉ……イクぅ……っ、ふぁ、あ、あ、んあぁぁぁっ……!」 「俺ももう、限界だ……っ」 理奈の中が気持ち良すぎて、もう耐えられない。 「はぁっ、んぅぅ……やっ……まだ、大きく……んっ、ふぁ、あ、あぁっ……!」 「イッちゃう、んぅっ、イクぅ、だめ、あ、あ、あっ──」 ひときわ強く膣内が収縮した。 「く……ぅ、ぁ、で、出る……っ!!」 「ふぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁっ!!」 理奈が大きく声を上げながら全身を震わせ始めた。 同時に俺は、膣奥深いところに目掛けて思いっきり精液を撃ち出していく。 「はぁっ、はぁっ、く……ぅ、ぁ……っ」 「んっ、んぅぅぅ……!! ふぁ、あっ、はぁっ、はぁっ、や……ぁ、出て……る……」 「あ、あ、ぁ……はぁっ、はぁっ、んぅ……やぁ、んっ……中で……ぴくぴく動いて……」 まだ絶頂の快感が続いているのか、背筋や太股が切なげに震える。 膣内も小刻みに蠕動し、射精を続けるペニスへと絡みついて来る。 「はぁ、はぁ、はぁ……ま、まだ……出て……っ」 「熱い……の……っ、んぅぅっ、ふぁ、あ……でも、これ……好きぃ……」 「子宮が、きゅぅんってして、気持ち良くて……ふぁ、あ、あぁあ……」 再度理奈の体が震える。 感じすぎた所為か、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだ。 「はぁっ、はぁっ、抜くぞ……っ」 膣内の感触が気持ち良すぎて、入れているだけでも辛い。 理奈のお尻を掴みながら、ゆっくりとペニスを引き抜いていく。 「んっ……ふぁ、あ、んぁぁぁあぁぁぁ……!」 ちゅぽっと軽い音を立てて、ペニスが蜜壷から抜け落ちた。 「うわ……」 ペニスの太さに合わせ、パックリと開いた膣穴がめちゃくちゃエロい。 俺は思わずマジマジとそこを見ながら、生唾を飲み込んでしまう。 「はぁっ、はぁっ、ぁ、んっ……やだ、そんなとこジッと見ないで……」 「いや、すごくエロい眺めだと思ってさ……」 ふと、その膣穴から何かが垂れてきた。 重力に引かれ、朝一番の特濃の白濁液がゆっくりと太股を伝って流れ落ちていく。 「んっ……ぁ、あ……赤ちゃんの素……出ちゃう…」 「はぁっ、はぁっ、んっ……はぁ、はぁ……もぉ……だめぇ……」 そして、足に力が入らなくなってしまったのだろう。 理奈はそのまま床へと崩れ落ちてしまうのだった。 「んぅぅぅぅっ……! ふぁあ、い、イクぅ……んぁああぁぁぁあぁぁぁぁぁっっ!!」 「ぐっ……理奈……っ!!」 絶頂の瞬間、俺は強引に理奈の中からペニスを引き抜いていた。 精液が派手に飛び出し、理奈のいたるところへと散っていく。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、んっ……あぁ……ん、熱いの、いっぱい、出て……」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「んぅっ……ふぁ、あ……はぁ、はぁ、や……すごい、んぅっ、ふぁ、あぁ……まだ……っ」 射精はなかなか止まらなかった。 ペニスが脈動する度に、理奈がどんどん汚されて行く。 「理奈……理奈……っ」 「はぁ、はぁ、んぅぅっ……はぁ、はぁ、はぁ……」 「はふぅ………熱い……。赤ちゃんの素、んっ、お尻にかかってる……」 「こんなに出すくらい気持ち良かったんだ……? んっ、あん……」 お尻に付いた精液がつーっと肌を滑り落ちた。 理奈はくすぐったそうに声を上げ、身震いをする。 「はぁ、はぁ……もぉ、私……力、入らないかも……」 ぼそりとそう呟くと、そのまま理奈はその場にへたり込んでしまうのだった。 「んふふ、やだ、もうこんなに大きくなってる……ちゅっ、んぅ……」 「うわっ……いきなりだな、理奈」 「だって、こんなにガチガチになってるんだもん。ちゅぱ、れる……ちゅ、じゅる……」 つーっと根本から上に向かってゆっくりと舐め上げられた。 ちろちろと先っぽをくすぐられ、ムズムズした快感が込み上げる。 「くっ……んぅっ……」 「あん、ぴくんって動いた……気持ち良いんだ? こんなにするなんてエッチなんだから」 「しかたないだろ、目の前にこんな光景が広がってるんだし」 俺はそう言いながら、目の前にある理奈の股間をちょんっと突いた。 「ひゃっ、んっ……やだ、突っつかないで……ちゅっ、んっ……」 「もしかして俺のを舐めながら興奮してるのか? ヒクヒクしてるぞ」 「ちゅぱ、んっ……それはお互い様、でしょ……? んっ、ちゅ……」 「でも、不思議な感じだよね? みんな、今頃学園でご飯を食べてる時間なのに……」 「理奈はこんなところで俺のを美味しそうにしゃぶってるんだもんな」 「もう、バカ……。ちゅ、んっ……あむぅ……」 ゆっくりと、理奈がペニスを飲み込んでいく。 目を瞑り、唇をすぼめながらゆっくりと上下にしごき始めた。 「ちゅっ、んっ……んっ、あむ……んっ、んっ……ぢゅる、んぅっ……」 「うぉっ……!?」 「んっ、ちゅ……ふぁ、んっ……ちゅぱ、んぅ……あむ、んっ、んふ……んっ、んっ」 リズミカルにペニスをしゃぶる理奈。 これがめちゃくちゃ気持ち良い。 「んぅ……ぷは、んっ、んふふ、ぴくぴくして可愛い……気持ち良いんだ?」 「理奈にして貰ってるんだから当たり前だろ?」 すっかり、ペニスは理奈の唾液で濡れてしまっている。 話すときに漏れる吐息が、妙にくすぐったくて良い。 「学園のみんなはどう思ってるかな? 私達が二人して休んだこと……」 「少なくとも、こんなことをしてるとは思ってないだろ」 指先でゆっくり理奈の割れ目を撫でる。 「んっ……ふぁ、あ……」 グリグリと指を押し込む様にして、膣口付近をまさぐった。 「ちょ、ちょっと、指入れちゃだめ……んっ、あ、あっ……」 「もう……悪戯なんてして……ちゅっ、んっ……んっ、んっ……」 「くっ……理奈こそ、なんだよ、その舌使いは……」 まるで俺を焦らすかのように、何度も何度も裏筋を舐め回してくる。 くびれた部分に舌先を差し込むと、そこをくすぐってきた。 「くっ……う、うぁ……」 「ちゅ、んぅ……れるっ、ちゅ、んっ、んっ……んぅぅ……ちゅ、ぴちゃっ、んっ」 「うぐ……やばい、気持ち良すぎる……」 「んん……ふぁ、んっ、んぅ……もっと気持よくなって良いよ……? ちゅっ、んぅ……」 色っぽく微笑み、理奈はさらにフェラチオを続けてくる。 このままだと、あっさりとイかされてしまいそうだ。 こうなったら、俺も反撃するしかない。 俺は直ぐさま理奈の股間へと顔を埋め、舌を伸ばす。 「んぅっ……ふぁ、んぅぅ……!!」 舌先でちょんっと膣口を突いただけで、理奈は切なげな声を上げた。 ペニスから口を離し、きゅっと太股を震わせる。 「や、やだ、そんなところ舐めて……んっ、あぁんっ」 「ちゅ……んっ、俺のを舐めてくれてるお返しだよ」 「お返しって……んっ、んぅぅっ……! 舌、中に入れないで……感じちゃう、からぁ」 「むしろ、感じて貰わないと困る」 俺は何度か割れ目を舐め、膣内へとグイグイ舌を押し込んだ。 「んぅぅぅぅ……っ! ふぁ、あっ……やぁん、やだ。そんな強引に……っ」 「もう、エッチなんだから……んっ、はぁ、はぁ……」 ますます理奈の香りが強くなってきた気がする。 まだ舐め始めたばかりだけど、膣内からは透明な蜜が溢れ出してきた。 「んっ……いきなり俺のモノを咥えた理奈にだけはそう言われたくないな」 「それは、こんな大きくしてるから……ひゃんっ、んっ、あ、あっ……」 「や、やだ、そこは……っ」 膣穴を弄っていた舌先を、今度はクリトリスへと移動させる。 その気配を感じ取ったのだろう、理奈はきゅっと体を強ばらせた。 「ちゅ……んっ……」 俺は吸い付くようにして、そこに口を付ける。 「んぅぅっ、ふぁ、んっ、んぅぅぅぅっ……!」 ぴくんっと理奈の腰が跳ねた。 愛液の量が増し、俺の顔を濡らしていく。 「すごい、びしょびしょだ……んっ……」 「あんっ、んっ、あっ、ひゃ……だ、だめぇ、それ……んぅっ、ふぁ、あぁぁっ……!」 「そこ、弄られたら……んぅっ、ふぁ、あ、イッちゃう……からぁ……っ」 「良いぞ、イッても……」 「んっ、やっ、あんっ、んっ、んぅぅぅぅっ……! はぁっ、はぁっ、ひゃ……んっ、んっ」 立て続けに舌で突くと、まるで楽器のように敏感に声を響かせる。 「だめだってば……んっ、ふぁ、あ、感じ過ぎちゃう……ひゃっ、んぅぅっ……!」 「も、もう……それなら、私だって……んっ、はぁ、はぁ、んっ……」 「あむ……んっ、んぅぅ……ちゅっ、んっ、んっ……」 気持ち良さそうに腰を揺らしながら、理奈は俺のペニスを咥え込んだ。 舌を絡ませ、深々と飲み込んでいく。 「くっ……うぁ……ちょ、それ深い……っ」 「んぐ……んっ、んふ……ちゅぶ、じゅるっ、あむ……んっ、んぅぅっ……」 唾液をいやらしく鳴らしながらペニスをしゃぶる理奈。 「はぁ、はぁ、くぅっ……気持ち良い……」 俺の感じるところを重点的に責めてくるようなフェラに、どんどん射精感が込み上げてくる。 「ちゅぱ、んぅ……んっ、ふ……んっ、んっ……ちゅぱ、んっ、ふ……」 「んぐっ……り、理奈……っ」 このままではマズイと思い、俺は理奈の股間へとしゃぶりついた。 思いっきり音を立てながら愛液をすする。 「んむぅぅっ……!? ふ、ちゅ……んっ、んっ、んっ……ふ、んぅぅっ……」 ペニスを咥えながら、理奈は驚いたようにうめいた。 ぴくんと腰が震え、俺の舌から逃げるように泳いでいく。 だが、俺は逃がさない。 「んっ、ふ、ちゅぶ……んっ、ふ……ふぁ、あっ、やんっ……ちょ、そんなに音を立てて……っ」 「はぁっ、はぁっ、ちゅ……れるっ、ちゅ、んっ、ぴちゃっ、ちゅぱ、んぅぅっ」 「んぐぅっ……!? ふ、う、ぁ……っ」 負けじと、理奈はペニスを唾液まみれにしながら舌を這わせてくる。 しかもどんどんその舌使いも激しくなって来た。 「んっ、ふ……ちゅ、んっ、んぅぅっ……ふぁ、んっ、んぅ……っ」 「ふ……んぅぅっ……! んぅっ、ちゅぱ、んぅ……れるっ、ちゅっ、んぅっ……」 ひくひくと陰唇が誘うように震えていた。 かなり感じているのか、漏れ出す声も色っぽい。 「理奈、無理せずにイッて良いんだぞ……?」 「ちゅっ……んっ、ふぁ、そっちこそ、んっ、我慢しなくて、良いよ……?」 「んっ、ふぁ、あっ……! はぁっ、はぁ、ちゅっ……んっ、あむ、んっ、んっ……」 「はぁ、はぁ、く……まずい……っ」 このままだと、我慢できなくなってしまいそうだ。 理奈のフェラが熱心すぎて、一気にイキそうになってしまう。 「くぅ……あむっ、ちゅ……んぅっ……」 俺は理奈の割れ目を指で押し開くと、そこに舌を差し込んだ。 「んぅっ、ふ、んぅっ、んうぅぅぅ……!! ちゅぱ、んっ、ふぁ、あっ!」 「やっ、んぅっ、あ、あっ、中に……入って……ふぁ、あ……っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」 ガクガクと太股が派手に震えはじめる。 「や……ぁ、も、もう、イッちゃう……んっ、ちゅ、んっ、んっ、んっ……!」 「んっ、んぅぅっ……ふぁ、あ、だ、だめぇ……っ」 理奈はペニスから口を離すと、誘うような眼差しを俺に向けながら荒く息をついた。 「ね、ねぇ、もう、私……んぅっ、はぁ、はぁ……我慢、出来ない……」 「このガチガチに硬いの……お腹の深いところで感じたい……」 ちゅっとキスをしながら、愛おしむようにペニスを撫でてくる理奈。 「俺も、理奈のここに入れたい……」 俺もそれに応えるように、理奈の股間へと指を押しつけた。 「んぅぅっ……はぁ、はぁ、あんっ……ねぇ、しよ……?」 「理奈……」 こんないやらしくおねだりされては、我慢できるわけがない。 俺は身体を起こすと、理奈をベッドへと組み敷いていく。 「……良いよ、入れて♪」 ベッドで仰向けになると、理奈はそう言って自分から足を開いた。 股間はすでにびしょ濡れになっており、こうして見てるだけでも新たな蜜が溢れ出している。 「まったく、理奈はいやらしいな」 「な、なによぉ。だって、あんなことされたら我慢できるわけないでしょ」 「それに、そこ……そんなに大きくしながらそんなこと言われても、ね」 ちらりと俺の股間を見る。 確かに俺もこれ以上ないくらいガチガチに勃起していた。 すぐにでも理奈の中に挿入したくて堪らない。 「それじゃあ入れるからな……?」 「うん……♪」 先端を理奈の中心にあてがう。 「ひゃ……んっ、やだ、硬い……はぁ、はぁ、ねぇ早くぅ……このまま入れてぇ……」 軽く腰をくねらせておねだりをする理奈。 俺はそのまま、一気に根本までペニスを突き入れる。 「んぅぅっ……ふぁ、あぁっ……! はぁっ、んっ、あんっ、入って、来たぁ……っ」 「あんっ、んっ、奥にこつんってして……これ、気持ち良い……」 すでに十分濡れていた所為で、ぬるっと奥まで飲み込まれてしまった。 胎内がすごく熱くて、ヒダヒダが絡みついて来る感触が堪らない。 「理奈の中、すごく熱いな……」 「んっ……ずっと、我慢できなかったから……ひゃっ、んっ、ねぇ、動いて……?」 「お腹の奥、ムズムズして切ないの……もっといっぱい、感じたいから……」 「わかってる……」 俺だって、このままジッとしていられない。 「理奈……んっ……」 「ちゅ、んっ、んぅ……」 覆い被さるようにして理奈に唇を触れ合わせた。 ゆっくりと、感触を味わうようにして腰を前後に振っていく。 「あんっ、んっ、んっ、んっ……ふぁ、んぅっ……あ、あっ……」 「お腹の中で、動いて……る……んぅっ、あっ、ひゃん、んっ、あ、あっ……」 ペニスがぐちゅぐちゅ水音を響かせながら動き始めた。 掻き回すだけで新しい愛液があふれ、シーツに染みを作る。 「んっ、ふぁ、あ……なんか、いつもより、んぅっ、大きい……かも……っ」 「あ、あ、あっ、赤ちゃんの部屋に、こつこつぶつかって……んっ、あ、あ、あっ……」 理奈が気持ち良さそうに声を漏らす。 奥を突くと、それに反応してぎゅぅっとペニスを強く締め付けて来た。 「もっと激しくいくぞ……っ」 理奈を押さえながら、俺は腰を打ち付ける力を強くしていく。 ずんっと、強く膣奥を突き上げた。 「んっ、あっ、んっ、んっ、んぁぁあっ! ちょ、やんっ、んっ、そんな、いきなり……っ」 「あんっ、んっ、あっ、ふぁ、あっ、んぁぁぁぁっ……!」 全身に緊張をみなぎらせながら、理奈は大きく声を上げる。 「理奈、こんなのはどうだ……?」 腰を振りながら、理奈の感じるポイントを探していく。 そして、そこはすぐに見つかった。 こりこりしたスポットを連続して突くと、それだけで理奈は堪らなさそうに身悶える。 「んぅぅぅっ、ふぁっ、んっ、あっ、あっ、あぁっ……! やんっ、そ、そこ、だめぇっ、そんな……っ!」 「あんっ、あっ、んっ、んぅ、ふぁ、んぁぁぁぁぁっ……! はぁっ、はぁっ、はぁっ」 理奈の腰がビクンビクンと震えた。 うねるような膣内の動きがめちゃくちゃ気持ち良く、俺はさらに腰の動きを早めていく。 「んっ、あっ、あっ、ひゃっ、んっ、んっ、んぅっ、ふぁ、あ、あぁ……!」 「はぁっ、んぅぅっ……ふぁ、あ、あっ……! や、ぁん、激し過ぎ……だからぁっ!」 「そんなに、されたらぁ……んっ、あ、あ、あっ、んぁぁぁぁっ……!」 快感にとろけるような表情を浮かべる理奈。 全身がしっとりと汗ばみ、口からはだらしなくよだれが垂れている。 「んっ、あっ、あっ、ふぁ、あ、あっ、や、やだ、もぉ……私、んぅっ、ふぁ、あ、んぅぅっ……!」 「締め付けが……くぅっ……!」 ぎゅぅぅと強く、理奈の中が収縮した。 ガクガクと全身が震え始める。 「理奈、イキそうなのか……?」 「う、うんっ……ふぁっ、んっ、あっ、い、イッちゃう……のっ、あ、あぁっ……!」 「激し過ぎて……ひゃっ、やっ、も、もぉ……もぉ……っ」 苦しげに喘ぎながら、切なげな眼差しを俺に向けてきた。 俺もさっきのフェラチオで昂ぶっていた分、早くも射精感が募ってきた。 「んぅぅぅぅっ、ふぁ、あ、や……んっ、んぅぅっ、あ、あ、あ、あっ……!」 「も、もぉ……だめぇぇぇえぇぇぇぇっっ!!」 理奈は大きく叫びながら激しく体をひくつかせる。 乳首がピンッと大きくなり、繋がった部分から大量の愛液が溢れ出してくる。 「んぅぅっ、ふぁ、あっ、んぅぅぅぅっ……はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「はぁ、はぁ、はぁ……あぅ……んっ、だ、だめぇぇ、イッてる、から、動いちゃぁ……っ」 膣内が収縮し、これでもかと強くペニスを締め付けてきた。 それでも俺は動きを止めない。 「もう少しで俺もイクから……っ」 息を詰め、絶頂に向けてがむしゃらに腰を振っていく。 「やぁっ、んっ、あっ、ふぁ、あっ、ふぁ、あ、あっ、んぁぁあぁぁっ……!」 「くっ……出すぞ、理奈……っ!」 「う、うん……出してっ、んぁぁっ、いっぱい、どぴゅって……んっ、ふぁ、あ、あっ……!」 熱いたぎりがじわりと這い上がってきた。 強い快感に突き動かされて俺は理奈の一番深いところを思いっきり突き上げる。 「ぐっ……うあぁあぁぁっ……!!」 どくんと心臓が強く脈打った。 俺は堪らずに、理奈の膣内に向けて思いっきり精液を撃ち出す。 「んぅぅぅぅぅっ……!! あっ、あっ……んっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「や、あぁ……奥に熱いの……当たって……っ、あんっ、んっ……あ、あ、あ……」 ぶるりと理奈は体を震わし、熱い息をついた。 射精したばかりのペニスを強く締め付け、精液をしぼり出そうとしてくる。 「はぁ、はぁ、はぁ……くぅっ……」 俺は理奈の膣内の感触を味わいつつ、ゆっくりとペニスを引き抜いた。 「ふぁ、あぁ……んぅぅっ……!」 精液が糸を引きながら、つーっと垂れていく。 ペニスが抜けるなり、理奈は惚けたような表情で荒い息をついた。 「はぁ、はぁ、はぁ、んっ……はぁ、はぁ……や、んっ、溢れちゃう……」 「ひゃっ、んっ……ふぁ、あ、あぁ……はぁ、はぁ、はぁ……」 「うわ……エロいな理奈……」 とろりと溢れて来た精液を見て、俺は生唾を飲み込んだ。 我ながら随分と出したものだ。 「はぁ、はぁ……もう、いっぱい出しすぎ……んっ、今日はもう何回もしてるのに……」 理奈は快感の余韻に浸るように、そっと自分の下腹部に手を押し当てる。 「くっ……う、ぁぁっ……!」 突き上げた勢いを利用して、俺は一気に腰を引いていた。 「ひゃっ……んっ、んぅぅぅぅぅっ……! ふぁ、あ……はぁ、はぁ、はぁ……」 「ふぁ、あ……熱いの……いっぱい出て……んっ、あんっ……はぁ、はぁ……」 勢いよくペニスが脈動し、精液が理奈に向かって飛び散った。 どろりとした固まりが次々に理奈の下腹部に付着し、ツーッと肌を滑っていく。 「んっ……はぁ、はぁ……もう、出し過ぎだよぉ……。ひゃ、んっ、熱い……」 「やぁん、垂れてる……んっ、はぁ、はぁ……」 肌を滑る感触がくすぐったいのか、理奈は肩で息をしながら小さく身震いをする。 指で精液をすくい取り、気持ち良さそうに指でこね回し始めた。 「もう……いきなり激し過ぎ……。気持ち良かったけど……」 「理奈、もう終わったとか思ってないだろうな?」 「え……?」 理奈はすっかり終わった気でいるみたいだが、まだ俺は収まらない。 精液にまみれた理奈を見るだけで、俺のモノはたぎりきっていた。 射精したのにもかかわらず、まだ硬いままだ。 「あ……や、やだ、まだそんなに大きい……」 「入れるぞ……」 もう一度理奈の中心に先端をあてがい、また一気に押し込んで行く。 「んぅぅぅぅっ、ふぁ、あっ、んぁあぁぁぁっ……!」 「や、んっ、そんな、また……いきなり……っ、ふぁ、あっ、んぅぅぅぅっ……!」 こつんっと膣奥に先端がぶつかった。 続けてするとは思わなかったのか、驚いたように声を上げ、ぎゅぅっと膣内を締め付けてくる。 「うくっ……すごい、ぬるぬるだ……」 「んっ、ふぁ、あ、あ、当たり前……でしょ……イッたばかり、だから……んぅぅっ」 「や……あっ、あんっ……あっ、あっ、あっ、んぁああっ……!」 最初の時よりもぐしょ濡れの膣内を、少し荒々しく動く。 「ひゃっ、んっ、んっ、ふぁ、あっ、んぅぅぅ……っ! はぁっ、あっ、だ、だめ……待って、それ、激し……んぅぅっ……!」 「んっ、あっ、あっ、ひゃっ、んっ、あっ、んぁあぁぁっ……!」 ペニスが出入りするたびに、愛液がどんどん掻き出された。 理奈は快感に全身を震わせながら甘く喘ぎ続ける。 「あんっ、んぐぅっ、ふぁ、あっ、や……激し、から……だめ、んっ、あっ、ふぁあぁぁっ……!」 「んぅぅぅっ、ふぁっ、あ、あっ、ひゃっ、んぅっ、んぁぁぁっ……!」 俺が腰を打ち付ける度にガクガクと全身を震わせる。 痛いほどに膣内が収縮し、ペニスを締め付けてくる。 「はぁ、はぁ、理奈……っ」 「だめっ、ふぁ、あっ、壊れちゃう、からぁぁっ、んっ、あっ、んっ、んんぅぅっ!」 「ふぁ、あぁっ、またイッちゃうっ、イクぅっ、だめっ、んぁっ、あぁぁっ!」 泣きそうな表情で激しく喘ぐ理奈。そして、ふいに鋭く息を呑んだ。 「ふぁ、あ……っ」 「あああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 四肢をぎゅっと縮み込ませて理奈は絶叫していた。 膣内がうねるように動き、ヒダヒダが絡みつく。 「くっ……う、やばい……俺まで……っ」 「ひゃっ、まだ動いて……んっ、だ、だめ、だめ……またイクぅぅぅぅっ、ふぁ、ああっ!」 「だめっ、だめっ、んぅぅぅっ、壊れ、ちゃう……からぁぁ……ふぁ、あっ、んぅぅぅっ……!」 「俺も、もうイク……っ」 理奈の膣内の感触に、射精感が限界まで膨らんでいた。 「んぅぅっ、あんっ、あっ、あっ、あっ、あ、あ、あぁっ……!」 震え続ける理奈の中にペニスを何度も突き入れ、俺も一気に絶頂してしまう。 「あ、あ、あっ、ふあぁあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」 「くっ……理奈……っ!!」 「んぅぅぅぅっ……! ふあっ、あ……んっ、あっ、あっ、ふぁ、ああ……」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、出てる……んぅっ、熱いの、お腹、中……で……」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 理奈の中で何度も何度もペニスが脈動を繰り返す。 見なくとも、大量の精液が出ているのがわかった。 「んぅぅ……はぁ、はぁ……ぁ、あ……まだ、出て……はぁ、はぁはぁ……」 「理奈、抜くからな……」 「ひゃっ……ん、んぅぅぅぅっ……!」 にゅるっとペニスが理奈の中から抜け出た。 ペニスの形に広がってしまった膣穴から、精液がつーっと糸を引く。 「はぁ、はぁ、はぁ……も、もぉ……だめぇ……」 理奈は立て続けに絶頂して疲れ果てたのか、全身から力を抜いていた。 とろーっと大量の精液が零れ出す。 「んぅっ、まだ、溢れて……はぁ、はぁ、はぁ……出し過ぎよ……ばか……」 「二度も、中で出して……んっ、赤ちゃん、出来ちゃう……」 「その時は、ちゃんと責任取るさ……」 「も、もう、バカ……」 息も絶え絶えになりながら、理奈はそっとキスをねだるように唇を差し出してくる。 「体中……精液で、いっぱいになっちゃった……」 ちらりと自分の体を見て、深く息をついた。 確かに理奈の下半身だけじゃなく、上半身まで精液だらけだ。 「匂い、染みついちゃうかも……」 理奈はそう呟きながら、そっと自分の下腹部を撫でるのだった。 イク寸前、俺は理奈からペニスを引き抜いた。 「んぅぅぅぅっ……! ふぁ、あっ……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「やぁ……ん、熱い……ふぁ、あ、精液……こんなに……っ」 ペニスが激しく脈動を繰り返す。 理奈の下腹部だけじゃなく、全身に精液が飛び散っていた。 「はぁ、はぁ、はぁ……んぅっ……はぁ、はぁ、はぁ……」 「くっ……さすがに、続けては辛い……」 ようやく射精が収まった。 しかし自分でも驚くほどに出してしまった。 「んっ……いっぱい……出た……。もう、出し過ぎよ……」 「悪い、つい……はぁ、はぁ……」 俺は荒い息をつきながら、ベッドへと腰を押しつける。 さすがに、張り切りすぎただろうか。 「んっ……ふぁ、あ……すごい……いっぱい、精液の匂いしてる……」 「お腹の中も、全身も、もうどろどろ……。んっ、はぁ、はぁ……」 理奈はそっと自分の下腹部を撫でた。 「続けて、中でも良かったのに……」 「また今度、いっぱい注ぎ込んでやるから……」 「ばか、エッチ……」 息も絶え絶えになりながら、理奈はそう言ってキスを求めてくるのだった。 「もう……ヘンタイなんだから……。んっ、はぁ、はぁ、でも、これ……好きかも……」 二度の外出しで、理奈は完全にどろどろになっていた。 さすがに、出し過ぎた気がしないでもない。 「ん……はぁ、はぁ……あんっ、くすぐったい……」 肌を滑るように流れていく精液の感触に、理奈は体を震わせるのだった。 「ふあ……」 「おはよ〜っす……」 「おはよう。随分眠そうねぇ……」 今日はいつもより寝られなかったのかやたらと眠かった。 (昨日の告白のせいかな……?) そう考えると寝ぼけている顔が更にニヤけてしまう。 「お、おお……おはよう……」 「はいお茶、コレ飲んでシャキッとしなさい」 「うぃー……」 「多分ウチの子…………てないわよ」 「そ、そうなん……ですか?」 母が何か喋っているが、熱いお茶を飲んで眠気を取る。 眠気が取れると同時に、味噌汁の良い香りがしてきた。 腹が栄養をよこせと唸りをあげる。 「サンキュー母ちゃん、目ぇ覚めたわ」 「そっ、あんたも早くご飯食べちゃってね」 「ん……? あんた『も』?」 「おはよう」 「………」 え!? 「ちょ、ちょっと待て! なんでこんな時間にウチにいんの!?」 ビックリした! これは夢!? 付き合った翌日から彼女が自分の家に! 「えっと……」 「それは……その……成り行きよ!」 「どういう成り行きだ」 嬉しいけどマジで心臓が飛び出るかと思ったぞ。 「てか、ホントに気づいてなかったんだ……」 「でしょ? ウチの子ったら昔っから朝はボケボケだから……」 「ゆずゆちゃんね、あんたのこと迎えに来てくれたのよ?」 「え、そうなの……?」 「たまたま燃えるゴミを出しに行った時に見つけたのよ。ねー♪」 「は、はい……!」 とりあえず椅子に座り、ゆずゆと一緒に朝メシを食う。 「えーっと……」 「昨日のこと、もう俺の母ちゃんには言った……?」 「……うん」 「そ、そっか……」 「ねえねえ、あんたから紹介はないの?」 当然とも言うべきか、さっきから色々と聞きたそうな顔をしている俺の母ちゃん。 付き合うことになった報告は、すぐにするつもりではいたけど…… (まさか翌日の朝からいきなりこんな事態になるとは……!) さすがにちょっと緊張というか、正確に言うとかなり恥ずかしい。 「コホン……!」 「え、えっと……改めて紹介する」 「昨日から俺の彼女になってもらった、柊だ」 「まあ面識はあるし、今更母ちゃんに紹介するのもちょっとあれかもしんないけど」 「き、昨日から! か、かの……じょになりました。柊……ゆずゆです……」 「ふ、ふつちゅかっ……ふちゅつかものですが! よ、よろしくお願いします!」 柊さんや、噛み噛みですよ。 「あらあら、そんなに緊張しなくてもいいのに……ふふっ♪」 「昨日からだなんて随分タイムリーじゃない♪」 「一回ウチに上がってもらった時もそうだったけど、礼儀正しくて良い子じゃない」 「そ・れ・に♪ どこが好きになったのって聞いたら顔真っ赤にしながら教えてくれたし」 「私のこと最初あんたのお母さんだと気付かなかったみたいでね」 「学生がこんな朝からマンションの前にウロウロしてるなんておかしいから声かけてみたら……」 「『あ、青葉君を待ってるんでお気になさらず!』って言われてビックリしちゃったわよ」 「『か、彼氏を待ってるんでお気になさらず!』って言われてビックリしちゃったわよ」 「その後少し話してあんたに彼女が出来たって分かったわけよ」 「なるほど」 母ちゃん、楽しそうに話すのは良いんだけど、そろそろやめないとゆずゆの顔面が恥ずかしさで沸騰するぞ。 「それにね、朝食の準備を手伝ってくれたの! お母さんゆずゆちゃんがお嫁さんになった時のこと想像しちゃったわ〜♪」 「よっ、嫁!?」 「はぁ……、そういう反応とか可愛いし……」 「すっごい初々しくていいわぁ……!」 「はいはい、からかうのもそのくらいにしといてくれ」 「柊……」 「いや、ゆずゆはまだこういうことに人一倍慣れてないんだからさ」 つい最近まで他人にギャアギャア言ってたくらいだし。 はは、ゆずゆも朝からちょっとした災難だったな。 「まあ、そうだと思うわよ」 「ゆずゆちゃんもいきなり私とバッタリ会っちゃってびっくりしたでしょうしね」 「は、はい……。それに、朝ごはんまでいただいてしまって……」 「いいのいいの♪ 私が食べてもらいたくて誘ったんだから」 「……でもあんた、自分の彼女……ちゃんと大事にしてあげなさいよ?」 急に真剣な顔つきで言われる。 なるほど、母ちゃんは俺からゆずゆに告白したことは知らないっぽい。 「安心してくれ。俺既にゾッコンLOVE状態だから」 「言われるまでもなく大事にするに決まってるだろ。というかこんなに可愛い彼女が出来て大事にしない方がどうかしてる」 「……っ!」 「ふふっ、ベタ惚れなのねぇ……」 「………」 なんかさっきから平然と喋ってるけど、実は手のひらは超汗をかいている。 何が大事にするに決まってるだ。 (ひぃぃ!! 気持ちは本当だけどマジで俺キメェェェェ!!) 歯の浮いた自分の台詞に、心の中でのたうち回る。 すまん! ゆずゆ……!! 俺はまだ彼氏レベル1なんだ! だからせめて自分の母ちゃんの前では最低限カッコつけさせてくれ……!! 「母ちゃん、醤油とって」 「………って、急にどうした?」 突然、なぜか遠くの空を見るようにボーッとし始める俺の母ちゃん。 「おーい……」 「……お母さんの若い頃を思い出してただけよ」 「あなた達は知らないかもしれないけど、ボディコン着てお立ち台に立って踊ったりナンパされたり……」 「ボディコン……?」 「簡単に言うと下着丸見えなんじゃないの? ってぐらい短いキラキラなドレスね」 ヤバい。すごくどうでもいい。 「ほら、早く食べちゃわないとゆっくり学校行けないわよ」 「こ、ここから学校までってどのぐらいなの?」 「んー、20分くらいだからまだ結構余裕はあるな」 ゆずゆに聞かれ、時計を見ながら答える。 「そっか」 「よし! 5分で食うからちょっと待っててくれ」 「いただきます!!」 超高速で茶碗の中身をかきこむ俺。 理由はもちろん、少しでも早くゆずゆと一緒に登校したいから……!! 「ご飯相手にがっつくんじゃなくてゆずゆちゃんにがっつきなさいよ……みっともないわねぇ……」 「ゴフッ!! ゴハァァ!!」 米つぶが気管に入る。 「あ、朝から急に何言ってんだ……!」 「そ、それはちょっと……」 「お、お茶……! お茶をくれェェェェ!!」 すぐにテーブルの端に置いてあるポットを手に取る。 ふぅ、サッパリ系ウーロン茶が俺の気道をすぐさま確保してくれる。 「あっ、だ、大丈夫!? そこまでして急がなくていいのに……」 「ご、ごめん……」 「でもさ、こうして早く食えば、二人でこの後ゆっくり登校出来るだろ?」 「え……?」 「俺、結構楽しみにしてたんだぞ?」 「ゆずゆと付き合ってから、初めて二人で登校するのをさ」 「………」 「あれ? まさか俺だけ?」 「う、ううん……私も……」 「はは、そっか」 「あらあら、もしかして私が思っていた以上にラブラブだったり……?」 母ちゃんの冷やかしに、またゆずゆが顔を赤くし俯いてしまう。 それでもチラチラと横目で俺を気にする彼女に、俺は精一杯の笑顔を送るのだった。 「………」 「………」 おかしい…… (家の中だとあんなに自然に話せたのに……) な、なんだ……? なんだこの空気は……!! 二人っきりになった途端、ぶっちゃけ何を話したらいいのかわからなくなったぞ……! (ゆずゆは相変わらずあの距離だし……) なぜか俺の後ろを、距離を開けて歩いているゆずゆ。 彼氏的には恥ずかしいとかそういう以前に、せめて俺の隣を歩いて欲しいところ。 「あのさ」 「な、なによ」 「どうしてさっきから俺の後ろばっか歩いてるんだ?」 「い、いいでしょ別に……」 「良くない。隣に来てくれよ。なんか初日から寂しいじゃん」 「は……!? ま、まさか……実は俺の隣を歩くのが超絶嫌とか!?」 「は? なんでそんな風に思うわけ?」 「じゃ、俺の隣来てくれよ」 「……ヤダ」 やっぱり嫌なんじゃん。 「う、ううっ。俺の彼女は初日から冷たいなあ……やっぱり俺のこと、実はそこまで好きじゃないんだ……」 「だ、だから違う!!」 「ほお、それじゃあ何が違うのか説明してもらおうか」 「……ぃ」 「ん?」 「恥ずかしいの!!」 「ととと隣なんて恥ずかしすぎて無理……!」 そう言って、いきなり近くの木の裏に隠れる柊。 俺に何を訴えたいのか、全力で首を左右に振っている。 「ははっ、なんか今日の誰かさんは子供みたいだな」 「こ、子供じゃねーし!!」 「へいへい」 (さて……) ゆずゆの反応を見ていたせいか、俺の方はここに来て落ち着いてきた。 はは、自分より緊張しているヤツを見ると、案外自分のメンタルなんてなんとかなるもんだ。 「よし、それじゃあこうするぞ?」 「ひぅっ!?」 問答無用でゆずゆの手を握る。 「ちょっ……ああああの」 「手を握っただけだ。何か問題あるか?」 「な、なんでも……ない」 そう言って、すぐに頬を赤らめて黙ってしまう俺の彼女。 ぬぉぉ……!! ニヤけるな……! ここで俺がニヤけたら、せっかくかっこつけてるのにすべてが台無しに……! (それにしても……) ちょっと握った手元に注目してみる。 ゆずゆの手は白くて細い。 おまけに普段から手入れしてあるのか、その指先の爪は微かに光沢を放っていた。 こうして見ても、やっぱりゆずゆはちゃんとした可愛い女の子なんだと関心する。 「あはは、まただんまりか?」 「もしかして本当に俺と手繋いで歩くの……嫌?」 「……っ! ……っ! 嫌じゃ……ない、けどぉ……!」 「よし、ならこのまま学校へ行こう」 「ごめんな……? これでも俺……」 自分の耳が赤くなるのがわかる。 「ゆずゆとこうして学校へ行くの、本当に楽しみにしてたんだ」 「……うん」 俺が少し強く握ると、ゆずゆも同じくらいの強さで握り返してくる。 そんなちょっとしたやりとりが、今は本当に言葉に出来ないくらい心地いい。 しかし…… 「……ち、ちょっと引っ張るなよっ」 「いや、だって引っ張らないとお前隣来ないじゃん」 再び振り出しに戻る。 「だ、だから恥ずかしいんだってば……!」 「そ、そっか……そうだよな……」 「俺、別にイケメンでもなんでもないし、やっぱりこんな俺の隣を歩くのは恥ずかしいよな……」 「え……ちょ……」 「ご、ごめん!! ごめんよォォォォ!!」 「俺クズだし頭悪いし金もないしきっとエロだし!! あと、どちらかといえば変態だし!!」 「それでも!! それでもこの愛だけは本物だから!! だから!! そこだけは信じてくれェェェェ!!」 「わ、わかったから!! わかったからこんなところで大声出さないでよ!!」 「じゃ、俺の隣歩いてくれる?」 「あ、歩くわよ! 隣歩けばいいんでしょ!?」 よっしゃ!! 「はーい! 俺の勝ちー!」 「ハッハッハ!! やっぱゆずゆはチョロいなあ!」 「殺す」 「冗談だって、まあそう怒るな」 「こうして並んで歩くだけでも、少しは彼氏彼女っぽく見えるだろ?」 「……ふんっ」 そのまま真っ直ぐ学校へと向かう俺たち。 途中知り合いがいないか、俺よりもさらに警戒しながらゆずゆは歩いていた。 「よし、とうちゃーく!」 何の問題もなく、やっと教室までやってくる俺たち。 「なあ、このまま手繋いだままで教室入ろうぜ」 「は!? 何いってんの!?」 「ゆずゆ! これも修行の一環だ!」 「ここまでは問題なく来たんだから、せめて席に着くまで頑張ろうぜ!」 「何その変なやる気!? 私は絶対イヤだからな」 「残念、これは強制です」 「は、離せー!!」 彼氏権限でこの場は強引に教室へ入る。 「おはようございます皆の衆!!」 「……っ!」 「おー、おは……よう!?」 「お、おはよ……」 「はい、おはようございます」 教室に入った途端、明らかに俺とゆずゆを見て困惑する一同。 さらにここでゆずゆの肩を抱き寄せる。 「っ!? ち、ちょ……離せ……!!」 「無理です」 「……っ!? ううっ……」 テンパるゆずゆの頭を数回ポンポンと軽く叩いてやる。 少し落ち着いたのか、今度は俺の背中にまわって周囲を警戒し出すゆずゆ。 (ヤバい。なんかコレ可愛い……!) そして俺の心境とは裏腹に、明らかに困惑した目で注目してくる我がクラスメイトたち。 「はいはい皆の衆。揃いも揃って一体どうしたそのしけた面は」 「いや、どうしたって……あんたこそどうしたのよ」 「フフフ……! 俺はいつも通りだ……」 「い、いつも通り……?」 「お、おぃぃ……」 「大丈夫だって。気にした方が負けだぞ?」 少し名残惜しいけど、ここで俺からゆずゆの手を離す。 「あ……」 「ごめん、まだ繋いでた方が良かったか?」 「うん……」 「それじゃあまた後で繋ごう。とりあえず今は席に着こうぜ」 調子に乗って、ここで一回ゆずゆを軽く抱きしめてみる。 うおおお!! 今日の俺すげェェ!! 今なら何だって出来る気がする……!! すぐにそれぞれの席に着く俺たち。 ゆずゆは俺の横で、ものすごい早さで鞄の中身を机の引き出しに入れていく。 「え、今柊さんあいつに抱かれたけど……」 「嘘だろ……? 俺らがあんなことしたら普通に殴り飛ばされてるぞ……?」 「……あの目、恋してる女の子のする目よ!! 間違いないわ!」 すぐに周囲の反応が耳に入ってくる。 フッフッフ、そうなんですよみなさん! ついに俺、自分の努力が実を結んだ日が来たんですよ!! (しかもゆずゆはお世辞抜きにして可愛いし) 「……ぁぁぁぁぁぁ!」 「………」 「だ、だいじょうぶか?」 鞄で自分の顔を隠し、耳まで真っ赤にして小声で叫ぶゆずゆ。 いや、うん。気持ちはわかるけど、お前の場合これくらいしないとダメだと思って。 「ゆずゆ、ちょっと顔上げてくれ」 「……やだ」 「いや、気持ちは分かるけど、そのままだと確実に変人扱いされるぞ……?」 頭隠して尻隠さず。 今のゆずゆは俺もビビるくらい足を高速でバタバタさせている。 うん、さすが水泳部。陸上でも見事なバタ足だ……! 「ねえ、二人とも付き合ってるの?」 (キタ!) 「ええ、それはもう遙か昔からと言いたいところだけど昨日から」 「え、付き合ったの昨日なの!?」 突然教室内がざわめく。 「嘘!? 昨日からとか超初々しいじゃん!!」 「え……? 嘘だろ……? 全然そんな雰囲気なかっだろ……」 「あの柊さんが男と交際するなんて……!」 「…………!」 鞄を掴み、今度はその恥ずかしそうな視線を全力で俺に向けてくるゆずゆ。 ごめんなさい。 でも俺、お前とはオープンで付き合いたいんだよ。 「へえ、まさかホントに付き合ってるなんてビックリだよ〜」 「ははっ、まあ俺自身も彼女が出来てビックリしてるけどな」 「柊さんって『男なんて全員ぶっ殺す!!』なんて言ってそうだったけど違ったんだ」 「彼氏作るとは思わなかったなぁ……」 「わ、私に彼氏が出来て可笑しいかああああああああああ!!」 「ひィィィィィィィ!!」 「お、おいゆずゆ!?」 ゆずゆが急に立ち上がり智美の胸ぐらを掴んで前後に揺すり始めた。 どうやら恥ずかしいとかそういう感情が爆発したみたいだ。 「お、可笑しくない! 全然可笑しくないよ柊さん!!」 「そうだぞ! 一旦落ち着け!」 「はあ……はあ……!!」 (でも、柊が周りに自分の感情をストレートにぶつけるのって珍しいな……) 「柊さんだって女の子なんだもん! か、彼氏だって作るよね!?」 「そ、そうだよ……! なんか文句あんのか!?」 「もも文句だなんてとんでもない!?」 「だ、だいたいねぇ……!」 「ば、バイトしてる時にナンパ野郎にしつこくされた時、助けてくれたし……」 「ちょ、あの……柊さん? 何を言おうと……?」 「へえ……、カッコイイことしてるじゃない」 「お前はちょっと黙っとけ」 「私のこと暴力女とかじゃなくて、普通の女の子としてみてくれたり……」 「ちょ、あのそれ以上は俺も恥ずかしくなるから……な!?」 「あいつは、他の男たちと違って私のことをちゃんと見てくれた!!」 「そんなことされたら惚れるに決まってるだろ!?」 「イヤー!! ちょっとホントマジ勘弁して!?」 そのまま智美に『自分だって恋はするんだ』など暴走発言をしていて、聞いてるこっちが恥ずかしい。 このままだと俺の恥ずかしいセリフを言われるのも時間の問題だ。 逆襲も兼ねて止められないだろうか…… (ん? ここでちょっとドキッとさせたらどうなるんだろう……) ふとそんなことを考えてしまい、さっきの仕返しというわけではないが俺の中でいたずら心がむくむくと沸き上がってきた。 「ゆずゆ、もうそのくらいにしといた方がいいぞ?」 「っ!?」 「…………うん」 ぎゃいぎゃい言っていたゆずゆがピタッと喋らなくなり、頬を染めもじもじしながら自分の席に戻っていく。 名前で呼んでみたらどうだろうと思ってやってみたが、どうやら余程嬉しかったみたいだ。 「あー……恥ずかしかった……!」 「すごい。柊さんが一言で静かに……」 「あれ? 柊さんがめちゃくちゃ乙女に見える…いや、実は前から乙女だったオチ!?」 「可愛い……♪」 ゆずゆの可愛い一面に驚くクラスメイト一同。 ゆずゆはそれも恥ずかしいらしくさっきからずっと顔が赤いままだった。 「あはは、俺も名前で呼んでみようかな」 「ゆ・ず・ゆ♪」 「おいコラてめぇ調子にのってんじゃーぞ。表出ろ」 「何この温度差!! 名前くらい別にいいじゃねーか!!」 「他の男に名前で呼ばれるとムカツクんだよ死ね!!」 「ギャアアアアアアア!!」 ゆずゆに殴られ悲鳴をあげている元気を放置し、ゆずゆに話しかける。 「俺はいいんだよな?」 「…………」 「う、うん……もちろん。だって……その、好きだし……」 「うわぁ……柊さん可愛い……」 「彼氏以外の男はゴミか!?」 「は? 当たり前だろ死ね」 「優しくない!! この世界は俺に優しくない!!」 「多分、性格変えないとこの世界は元気に優しくならないと思うよ」 「さらっと俺の性格否定しないでくださいませんかねぇ!?」 「私も……恭介って、名前で呼んでいい?」 「ああ、もちろんだ」 「恭介……」 「私のこと、名前で呼んで良いのは……あんただけなんだから……」 「ありがとう、ゆずゆ」 女子たち「キャー!」 「こうして見るとお似合いのカップルだよね」 「そうだね……」 「それにしても柊さんがここまで可愛いなんて知らなかったわ……」 それからホームルームが始まるまで、俺とゆずゆはクラスの連中から祝福の声やら嫉妬の声を浴びせられた。 放課後、ゆずゆは水泳部の練習があるのに俺を優先してくれて一緒に帰っている。 「ねえねえ、明日も……さ、あんたの家行ってもいい?」 「あ、でも家の前までだから!! 今日みたいなのは悪いし!」 「それは全然構わないしむしろ嬉しいけど大変じゃないのか?」 「そ、そういうのは気にしないでいいの!」 「でもゆずゆんちからウチまでって結構遠いだろ? 途中で合流とかじゃダメなの……」 「あんたの家から一緒に学校に行きたいの!」 「お、おう……、そうか……」 ゆずゆの気迫が凄まじくちょっとビビってしまった。 でも、それだったら俺もゆずゆの家から一緒に学校行ってみたいな…… ……寝坊する確率が高いから言わないでおこう。 「それに、放課後もこうやって一緒に帰るから」 「え、それじゃあ部活はどうすんのさ?」 「放課後毎日部活に出るより、あんたと一緒にいる方がいいに決まってるでしょ」 「うーん……」 部活より自分を優先してくれるのは嬉しいが、それは何か違う気がした。 ゆずゆの泳いでいる姿も好きだし、今まで続けていたものを俺が原因でやめるというのも寂しい。 「そう思ってくれるのは嬉しいけど、俺は泳いでるゆずゆも好きだぞ」 「じゃあ練習はちゃんと出る」 「ホントか? そうしてくれたら俺も嬉しいよ」 「そっ……」 まるで子供みたいな反応をする自分の彼女がいつも以上に可愛く感じる。 「……ん?」 「どうしたの?」 「あそこにカップルで一緒に帰ってる奴らがいる」 「……っ、そ、そうね」 カップルという言葉に反応したのか、また照れているゆずゆ。 ほんと、どうしてこう一つ一つの行動が可愛いんだろ…… 目の前のカップルは腕を組んで歩きながらラブラブオーラ全開でキスをしていた。 「…………」 「…………」 俺らもあんな風にキスをするんだろうな…… 「キス……してるな」 ゆずゆの方を見ると指先で唇を押さえ、ほのかに頬が赤くなっていた。 キスか…… (期待……してるよな) もうすでにあのカップルたちは姿が見えないが、ゆずゆは指先を唇に置いたまま固まっている。 「……なぁ、ゆずゆ」 「はっ、はい!?」 「あ、あのカップルすごかったな……」 「う、うん……。あんな風にイチャイチャなんて恥ずかしくないのか……?」 「ど、どうなんだろうな……」 「…………」 「…………」 あああああ良い雰囲気なのに踏み出せねぇ!! 目の前に彼女様の唇があるんですよ!? それにいい雰囲気! イケメンならここでさらっとキス出来るんだろうけど、ドキドキしちゃってムリ!! 「な……何よ……」 「…………」 「ゆ、ゆずゆ、動くなよ……?」 「っ、な、何する気だよ……。まあ、いいけど……」 ここで行かなきゃ男じゃねぇ!! いざ……! 「…………ちゅっ」 「っ!! ちゅっ……」 あのカップルを真似をしてキスをする。 うおああああ! なんだこの唇!? 超モチモチしてるんだけど!! しかもなんかふにって!! ふにってした!! (キスだけでこんなにテンション上がるものなのか……) 柔らかい唇の感触がたまらない。 キス一つだけでこんなにも幸せな気持ちになれるとは思わなかった。 ゆずゆの髪から香るシャンプーの匂いがまるで媚薬のように全身を快感で満たす。 キスが終わるとゆずゆは夢を見ているようなポーッとした表情をしていて、自分の胸に倒れてきたので慌てて抱きしめる。 「おわっとと……、ふらついたのか?」 「ふぇっ……? た、多分……」 「キス……しちゃったね……」 「ああ、ファーストキスってやつだな」 「うん……」 「よし、今日を初チュー記念日として来年になったらまたたくさんチューしような!」 「何よその記念日って……、ていうか来年?」 「そ、来年も、再来年もずーっとだ」 「……うん♪」 「それにしても……」 「キスだけでこんなに幸せな気持ちになるなんて……、いっぱいキスしたらどうなるんだろ……」 「そ、それは恥ずかしくてムリ……!」 「……だな、俺もこれ以上キスしたら心臓が飛び出そうだわ」 「ゆずゆ、愛してる」 「うん……」 そう言って愛しの彼女を更に抱きしめると、ゆずゆも手を回して抱きついてくれた。 「……さっきあんな事言ったけど、またキスしたくなってきた」 「はぁ!? ちょ、今はムリ!! 私これ以上……したら、心臓発作になる!!」 「えぇ!? そりゃまずい!!」 と言いつつ、抱きしめているのはやめない。でもこのままだとどんどんキスしたくなってくる不思議。 ゆずゆも同じようにキスしたくなるのか、俺から逃げようと身体を動かしている。 「ホント、ちょっと離して……!」 「……やっぱ離さないで。でもキスはダメ……」 何この子……俺を萌え殺す気か!? 「そうだよな。せっかくの記念日だもんな」 「これからたくさんキスできるけど、初めては今日しかないから大事にしようか」 「……うん!」 元気に頷いてきたゆずゆが可愛くて頭を撫でると、顔を真っ赤にして胸元に顔をうずめてしまった。 「そ、そういうのいきなりやるの反則!!」 「反則ってなんでだよ? しちゃダメなのか?」 「その……嬉しくなりすぎて、おかしくなっちゃいそうだから……」 「…………」 「…………」 余程恥ずかしいのか更に顔を押し付けてきて俺の制服を握りしめてくる。 あああああもおおおお何この娘!? ゆずゆだってそれ反則だよ!! そんな恥ずかしそうに言われちゃったらマジでこっちがノックアウトだっつーの!! 恥ずかしくなり照れ隠しに頬を掻く。 「さ、さーて! 送ってくからほら、行こうぜ!」 固まっているゆずゆの手を引きゆっくりと歩き出す。 「おい……」 「ん?」 「…………ちゅっ」 「っ!?」 「へへっ、朝の仕返しだ♪」 真っ赤になりながら嬉しそうに言ってくるゆずゆ。 ああもう……ホントこいつはどんだけ俺を萌え殺す気だよ…… 今日という初チュー記念日は最高に幸せだ…… ゆずゆという最高の彼女といる幸せを噛み締めながらそんなことを思った。 「お……?」 『メール受信1件 ゆずゆ』 ゆずゆからメールが届く。 そりゃあビックリするのも当然だ。 俺が外野だったら、たぶんみんなと同じ反応してたと思うし。 『確かに今日はめっちゃ注目集めてたよな』 『元気なんか驚きと戸惑いで色々面白かったし』 ゆずゆに彼氏が出来た事実もそうだけど、相手が俺という点にもみんなビックリしていた。 でもこっちとしては、結構前からゆずゆにはちょっかい出してたわけだし、そこは意外だと言われるとちょっと首を傾げたくなる。 劇的に変わったゆずゆの日常。 今朝の母ちゃんとの一件もそうだけど、これから俺とゆずゆはこんな生活を続けていくことになる。 でも、ちょっとした不安や戸惑いも含めて、俺はゆずゆのそばにずっと居続けたいと素直に思うのだった。 『ファーストキスももらったしな』 『俺、やっぱり嬉しそうに笑うゆずゆの顔が好きだ。照れた表情も好きだけど』 ゆずゆは何をしても一々リアクションが面白いところが個人的にはツボだ。 最近は良い意味で色んな表情を見せてくれるし、俺も彼氏としてゆずゆとの交際は楽しくて仕方がない。 『おいおい! 俺もキスは始めてたぞ!?』 『というか俺だってそんなに余裕があるわけじゃなかったし、その辺は安心してくれ』 こればかりは真実なのでそのまま返信する。 今でも思い出す、今日のゆずゆの柔らかな唇の感触。 うん、やばい、ちょっと思い返しただけでかなり興奮してきた。 「はは、面白いヤツ」 すぐにどんどん俺のせいにしてくれと返信する。 こうして今夜は、ゆずゆと楽しいメールの時間を存分に楽しんだ。 『あのさ、俺が今まで全然モテなかったこと忘れてないか?』 『ゆずゆさん? あなたが俺の彼女第一号なんだぞ? わかってます?』 そう、俺は今まで壊滅的にモテない人生を歩んできた。 既にキスの経験があったなら、俺ももう少し違う人生を歩んでいたような気がする。 「………」 ゆずゆのメールを見て複雑な気分になる俺。 (大丈夫! 俺にはもうゆずゆがいるんだからそれで良いじゃないか!!) そのまましばらくゆずゆとメールを続ける俺。 こうして今日も一日が平和に過ぎていった。 ゆずゆと交際が始まって数日後。 放課後にゆずゆが部活に出るというので、部員全員分の差し入れを持って女子水泳部の練習にやってきた。 「おはようございます」 「どうもー」 「あら、いらっしゃーい」 「彼氏も一緒とか、彼女の水着姿を見に来たの?」 「それもありますけど、今日は差し入れもあるんでよかったらどうぞ」 「み、水着姿見に来たっていうのは否定しないのかよ……」 「そこを否定したら男としてどうかと思うしな」 「あらあら悪いわねぇ。こんなにジュースいっぱいなんて、ありがとね」 女子部員たちに歓迎され、差し入れを顧問に渡してプールサイドに移動する。 俺達が付き合っているということは結構周りに広まっているようだ。 女子水泳部の中でもそうらしくて、当然一年生の真子ちゃんも二人が付き合っているという情報は既に人伝に聞いているらしい。 「でも、柊さんもなかなか隅には置けないわね〜」 「全然男っ気ないって感じだったのにね」 「あーはいはいそうですね」 いつものように愛想のない態度でプールに入ろうとするゆずゆの手を引いて止める。 「こらこら、部の先輩に対してその態度はないだろ」 「……ふん」 「なあ、せっかくだし俺のこと部の人たちに紹介してくれよ」 「な、なんでよ……!」 「そっか………そうだよな。俺はみんなに紹介したくなるような彼氏じゃないもんな……」 「ごめんな、こんなゴミ屑野郎が彼氏で。俺がもう少しイケメンに生まれていたら……」 「ううっ……」 「わ、わかったわよ! わかったからそんな泣かないでよ……!」 (……よし!!) 泣き真似が成功し、紹介してもらうためゆずゆの隣に立つ。 部員の人たちも、ゆずゆが彼氏を紹介してくれるということでどこかワクワクしているように見える。 「こ、こいつが……私の、か……かか彼氏、です」 「キャー♪ どもっちゃって可愛いー♪」 「柊さんが真っ赤になるなんて初めて見たかもしんない……」 ゆずゆが顔を真っ赤にしながら紹介をすると、部員たちは俺たちを軽く冷やかす。 顔を真っ赤にしながら彼氏を紹介するゆずゆが可愛く見えたらしく、みんな興奮したのかもしれない。 「こ、これで……いいでしょ! ふんっ! 私泳ぐ……!!」 「こら! 柊さん! 泳ぐのは良いけどちゃんと準備運動しなさい!!」 顧問の話も聞かずにプールに飛び込み泳ぎ出すゆずゆ。 「ははは、きっと照れてるんですよ」 「改めまして、ゆずゆの彼氏です。よろしくお願いします」 「結構振り回されてるんじゃないの?」 「いえいえ、むしろ振り回す方なので結構楽しいですよ」 「はいはい! みんなもそろそろ練習始めるわよ!」 先輩たちと話していると顧問が手を叩き、部員たちの注目が先生の方へ向く。 「はーい」 部員たちはそれぞれ準備運動をして、プールに入り練習を始める。 練習の邪魔にならないようプールサイドに移動し、ゆずゆの練習姿をチェック。 「へぇ……、あいつって練習しだすと別人みたいだな……」 見てて一生懸命さが出ているというか、泳ぎに集中しているのが伝わってくる。 こうして見ていると、水泳が大好きなんじゃないかと思う。 (それにしても、水着かぁ……) ゆずゆの素敵なボディにフィットした水着、水を弾く肌…… 一生懸命練習をしている中、こういう風な感情を抱くのはすごく申し訳ないが…… (競泳水着姿、最っ高っです!!) 特殊な加工がされているのか、鱗みたいな模様が身体のラインを引き立てていて、なんというか……エロい…… だけど、競泳水着だけではこの良さは出てこない。 ゆずゆと競泳水着が相重なって初めてこの魅力が引き立つと、心から思う。 「柊先輩が泳いでいる姿、見るの好きなんですか?」 真子ちゃんが隣にやってきて話しかけてきた。 「ああ、前にも少し見たことあるけど、今じゃずっと見ていたいぐらいだよ」 「それに競泳水着っていうのが最高だね」 「スクール水着だと味わえない、大人な魅力がひしひしと伝わってくるよ」 「真子ちゃんにはわからないかな? この競泳水着への情熱が……」 「あ、あはは……。私にはちょっとわからないです……」 おっと、少し語りすぎたか。 「まあ、俺はあいつが泳いでいる姿が一番好きなんだ」 (特に脇がエロくてイイ!! 競泳水着万歳!!) 「わあ、彼氏らしい台詞ですね〜」 邪な本音も知らずにそんなことを口にする真子ちゃん。 俺も男だ。正直に言うとゆずゆの水着姿はたまらない。 しかし、そんな本音を晒せばここにいられなくなる可能性もあるので、内心思っていることを上手く表面には出さないでおく。 「ねえ、あなたも見ているだけじゃなくて泳いだら?」 「柊先輩の泳ぐ姿もいいと思いますけど、一緒に泳いだらもっといいかもしれないですね!」 「ちょ、えっ、いいんですか!?」 ここって女子水泳部ですよね!? 男の俺が入ってもいいの!? 「当然水着が無いと入れないけどね」 「即行で買ってきます!!」 せっかくのチャンス、逃すわけにはいかない!! 俺は急いで購買に水着を買いに行く。 途中でトイレに入り水着を履き、再度制服を着てプールへと向かう。 「買って来ました! もう中に履いてます! 俺も泳ぎます! 泳がせてください!!」 「え、ちょ……さっき出ていってから3分経ってないわよ……!?」 「それだけ泳ぎたかったんです!!」 「えっと……、他の男子に見つかることは無いと思うけど、一応女子水泳部以外の人間には内緒よ?」 「はい! 絶対口外しません!!」 「じゃあ、念のためプールサイドで着替えてね。更衣室に行く途中に他の先生に見られたら怖いし」 「了解です!」 (よっしゃぁぁぁぁ! これラッキーとかそういうレベルじゃないっしょ!!) 女子しかいないプールに男である俺が一人混ざれるなんて……!! そう思うと自然とテンションが上がってしまい、頭の中がお祭り騒ぎだ。 プールサイドの端っこに行き、いそいそと水着に着替える。 「よいしょっと……」 (っ!?) な、なんか寒気がしたぞ……? ワイシャツを脱ぎ、上半身裸になると後ろからすごいオーラのようなものを感じてゾクッとする。 後ろを振り返ると、ほとんどの部員の視線がこちらに向いていた。 「へぇ……結構しっかりとした肉付きしてるんだね」 「えっ、何……怖っ!!」 どうやら筋肉を見られているようなのだが、目が真剣過ぎてヤバイ。 これが視姦されてる気分なのか……!? 俺にそんな属性はないぞ!? 部員からの視線に怯えていると顧問が手を叩き注意を促す。 「ほらほら彼氏君が怯えてるでしょー? 男子の裸なんて珍しくないだろー」 「ま、眼福には変わりないけど」 「あんたもかよ!!」 「それよりほら、練習に戻りなさーい!」 顧問の気怠そうな言葉に『はーい』と答え、部員たちは練習に戻った。 危機が去ったので急いで下も着替え、顧問の元へ行く。 「着替え終わりました!」 「じゃあ準備運動忘れずにしてから入ってね?」 「はい!!」 俺は言われた通りしっかりと準備運動をしてからプールに入る。 ちょうどゆずゆが端の方でプールサイドの方を見ながら休憩していて、俺に気付いていない。 これは……チャンス! ミッションスタートだ……! 俺は潜水しながらターゲットに見つからないように徐々に距離を縮め…… 「ばぁっ!!」 「ひぅっ!?」 後ろから抱きしめ、ドッキリ成功だ。 「な!? なな、なんであんたがプール入ってるんだよ!?」 「てか、ビックリするだろ!?」 「顧問から許可もらって急いで水着買ってきた」 「そ、そう……もしかしてわざわざ買ってきたの……?」 「って、問題はそこじゃないよ!」 「えーだってゆずゆがなんでプール入ってるのかって聞いてきたんじゃん」 「それより、クロールで勝負しようぜ!」 「勝負? 私に勝てると思ってるの?」 「じゃなきゃ勝負しようなんて言わねぇっての」 運動にはそれなりに自信があるし、水泳も苦手じゃない。 それに以前から、ゆずゆがどれくらい速いのか気になってたんだよね。 「50mでいいか?」 「いいわよ」 「真子ちゃん、スタートの合図お願いしていい?」 「は、はい!!」 俺達は2レーン借りてそれぞれスタート位置につく。 他の部員達も俺達のレースを興味津々に見ている。 ゆずゆの方は先に泳いでいたのでウォーミングアップも終わっていて、軽くストレッチをしていた。 俺はさっき水に入ったばかりだったので入念にストレッチをして身体を温める。 「よし、準備オッケーだ」 「ふん、いつでもいいわよ」 「誰か、一応二人のタイム測っといて!」 「はい!」 (ふふん、男と女の差があるんだ。負けっこないだろ) 自信満々な態度を見せながら対戦相手の彼女を見ると、すでに戦闘モードのようで自分の世界に入っているようだ。 そして、合図用の布を持った真子ちゃんがスタート位置付近にやってくる。 「それでは……いきます!」 「い、位置について……よーい」 「どん!」 「ふっ!!」 「はぁっ!!」 真子ちゃんの掛け声を聞き同時に飛び込む俺達。 蹴伸びからドルフィンキックで距離を稼ぎ、徐々に水面へ移動し息継ぎと同時にクロールへ移り全力で泳ぐ。 彼女相手だからって容赦しないぜ! 負けたら悔しいからな! 勝負は勝負。負けたくない一心で泳いでいると周りの声援が聞こえてくる。 「彼氏がんばれー! 離されてるぞー!」 えぇ!? 俺負けてるの!? 前を見てみると、ゆずゆらしき足が隣のレーンからチラチラと見えた。 それなりに自信があったのに、スタートダッシュの時点で負けてしまっていて急に焦りが俺の心を支配する。 そのせいで一瞬リズムを崩し、息継ぎを微妙に失敗し口の中に水が入る。 (くそっ、落ち着け……焦ったらペースが乱れる……!) 負けたくないという気持ちが俺の身体を動かす。 だが、それが焦りの元となってしまいリズムがずれてしまって速度が落ちてしまう…… 自信が打ち砕かれ途中で投げようかと一瞬思ったが、真剣勝負なのを思い出し気を引き締め再度全力で泳ぐ。 (はぁ……、はぁ……) せっかくゆずゆと一緒に泳げて、勝負とはいえ本気になってくれているんだ。 ここで投げたらゆずゆに悪いし、そんな自分は情けなくて見たくもない……! もっと、もっと速く動け! 俺の身体ぁぁぁぁぁぁ!! 今の自分の出せる力をフルで使い、必死にゆずゆを追いかける。 しかし、ゆずゆの速さは本物でバテることもなくどんどん差が開いていく一方。 とうとうゆずゆが俺の視界から見えなくなってしまった…… 結果、5秒も差がついてこの勝負は俺の敗北となった。 「だぁっ!! はぁ……はぁ……! くっそ……はえぇよ……!」 「ま、負けたくなかった……からね……! はぁ……はぁ……」 「そういう彼氏も一般男子よりはかなり速い部類よ? 自信持っていいわ」 「むしろ、柊さんにあそこまでついていけたのがすごいぐらいよ?」 「はぁ……はぁ、へぇっ? そ、それどういう意味、ですか……」 「だって、非公式記録だけど彼女全国大会レベルだもの」 「は、はぁ!?」 「公式記録だとインターハイ出場レベルよ」 「マジで……?」 「……そうらしいわよ」 「それならあの速さは納得だな。ちょっと自信はあったんだけどなー……!」 「悔しいけど、ゆずゆ……マジですげーよ」 「ま、まあね! 小さい頃からやってたから自信あるからな!」 「ははっ、水と友達みたいなもんか」 どうやら褒められたのが余程嬉しかったのか、珍しく得意げに話すゆずゆ。 「泳ぎ終わってから少しあんたの泳ぎ見てたけど、腕に力が入り過ぎなのよ」 「フォームも無茶苦茶だし、膝も曲がっててちゃんと水蹴れてないし……」 「よくあんな泳ぎ方で速く泳げたわね」 「ちょっと見ただけでそんなに分かるもんなの!?」 やっぱ全国大会レベルの速さになると、なんかコツとかやり方があるのかね? 俺のいるレーンに入ってきてゆずゆが手取り足取りクロールのコツを教えてくれる。 「いい? 水を掻く時はちゃんと後ろまで掻き切って、手のひらが水面と平行になるようにするの」 「手のひらが水面と平行になった時に息継ぎもして、手を戻すタイミングと一緒に顔も戻す」 「ちょっと意識してやってみて」 「お、おう……。こうか?」 「腕を戻す時に肘が曲がってる! こうやって弧を描くようにやるんだよ」 「ひぃぃぃぃぃ!!」 「あぁぁもう! こうだよ!」 「え、ちょ……!?」 俺との距離感を忘れ俺の腕を取ったり身体を密着させながらレクチャーを続けるゆずゆコーチ。 せ、背中に胸らしき柔っこいのが当たってる……! (水着姿でそんなに密着されたらヤバイって……!!) 競泳水着越しに伝わる胸の感触や、耳元から聞こえるゆずゆの吐息のせいでレクチャーどころじゃなくなっている。 しかしゆずゆは俺の精神状態の危うさに気付いていないようで、相変わらず胸を押し付けてきながら水の掻き方を教えてくる。 このまま意識してしまうとまずい……。何か話題を……! 「ど、どうしてこんなに熱心に教えてくれるんだ……?」 「フォーム良くしたらもっと速くなりそうだからよ」 「それに、その……」 「一緒に泳ぐの……楽しかったから……」 「浅いプールで遊ぶより競争とかした方が楽しい?」 「うん。普段から泳いでるってのもあるけどね」 「ただ泳ぐことに集中して思いっきり泳ぐのが楽しいんじゃない」 「なるほどね」 なんでゆずゆがあんなに速くなっていったのかが、ちょっとだけ分かった気がする。 「俺もこうやってお前と一緒に何かやれて嬉しいよ」 「それに、あんなに差をつけられちゃ男として悔しいから勝ちたいし」 「ふふんっ、いつでもリベンジ待ってるわよ」 「それで、さっきの続きだけど次はバタ足ね。手ぇ持ってあげるからバタ足してみて」 「分かった」 「ほら、膝曲げない!! 太ももから力を入れて蹴るの!」 「こうか!?」 「そうそう! その調子!」 「ははっ! なんかこういうのいいな! 楽しくなってきた」 「ホント? じゃああんたも水泳部入っちゃいなよ」 「男子と女子で練習場所違うのに水泳部入ってもしょうがないだろ」 「あ、そっか……」 「だから、今度プール行こうぜ。その時に遊びながら泳ごう」 「……っ!」 「うん!!」 その後も色々熱心に泳ぎ方をレクチャーしてくれる彼女。 熱心すぎて密着しているのがわからないのか、距離が近すぎる…… 今までなんとか意識しないようにしていたけど、おかげで下腹部がビンビンになってしまっていた。 「……ん? ちょっと、なんでさっきから前屈みになってるの?」 「お、泳ぐ練習なんだから前屈みになったって問題ないだろっ」 「ふーん、ま、いいけど」 「そのままちょっとクロールの腕だけやってみて」 「わかった」 「ちょっと水中から見てみるからそのまま続けてー」 「え、ちょ……おい!」 咄嗟にそれはまずいと言おうとしたが、言う寸前潜ってしまうゆずゆコーチ。 そして、すぐに勢いよく水から飛び出してくる。 顔を真っ赤にしてこっちを睨んできた。 「な……! こ、こんなところで何大きくしてんのよ……!」 「しょうがないだろ! 俺だって男なんだから……!」 「ってかあんたサポーターどうしたのよ!?」 「水着買うことしか頭に無くて買い忘れた。てか売ってたの?」 「水着の側になかったの? 水着売ってればちゃんとサポーターも売ってるはずなんだけど」 ブリーフなら置いてあるの見たけど、サポーターは見なかった気がするな…… 「サポーターってポロリ防止のためじゃないの?」 「ボクサータイプの水着だから別にいらないかなーって思ったんだけど……」 「ポロッ!? ち、違うわよ!!」 「じゃあなんでサポーターつけるんだ?」 「そ、それは……その、えっと……わ、分かるでしょ!?」 「すまん、マジでポロリ防止のためだと思ってて本当に知らないんだ」 「〜〜っ、こ、こ……」 「股間部分を目立たなくさせるためよ……」 「そうだったの!?」 「え、でもサポーターって女子がつけるもんじゃないの!?」 「学校の水着販売カタログみたいのでセットになってるの見たからてっきり……」 「男子だってつけるに決まってるだろ!?」 「水着と一緒に白い下着っぽいの売ってなかった……?」 「え、あ、あれってサポーターだったの!?」 なんでブリーフが購買に売ってるんだろうって思ったけど、あれがサポーターだったのか……! サポーターってポロリするぐらいデカいやつがつけるもんだと思ってた…… 「なになに? サポーターつけ忘れたの?」 「まあ男子からしたらあのレクチャーはちょっと刺激が強かったかもねー」 「あぅ……」 「…………」 ゆずゆはどうしたらいいのか分からない状態のようで、顔を半分ぐらいまで水につけて真っ赤になっている顔を隠す。 俺は俺でフル勃起しているのが遠まわしに部員全員に知れ渡り恥ずかしさがこみ上げてくる。 「…………」 「あ……」 ゆずゆはそのままプールを出て行ってしまい、気まずい空気が流れる。 「まずい……、やらかした……」 「あー……、柊さんにはウチらから言っとくから彼氏も着替えちゃいな」 「男ならしょうがないもんね……うん」 「ははは……、そうですね」 ゆずゆが無言でプールを出ていってしまった事がショックすぎて、先輩達の慰めにも当たり障りのない返事になってしまう。 「せ、先輩……タオルです」 プールから上がり、自分の荷物がある場所へ向かうと真子ちゃんがやってきてタオルを渡してくれる。 「ああ、ありがとな……」 「ま、男女でプールを分けてるのはこういうことがあるかもしれないからなのよ」 「次来る時はサポーター忘れないでね?」 「はい、すいませんでした」 「あの、多分俺の方が先に着替え終わっちゃうと思うんで、先に校門で待ってるってゆずゆに伝えてもらえませんか?」 「いいわよ。ただし、柊さんに会うまでにその弱々しい顔なんとかしときなさいよ?」 「はは……頑張ります」 「…………」 「…………」 部活が終わり二人で通学路を歩く。 気まずいな…… 隣のゆずゆは合流してからずっと黙ったままだし、俺もさっきのことを引きずってて上手く言葉が出てこない。 (せっかく彼女と楽しく泳げてたのにフル勃起させるなんてバカか俺は……!) ゆずゆが純粋な気持ちで水泳を楽しんでいるのが分かっていたから余計にこの状況が辛い。 彼女の大切にしていた部分を汚してしまった感じがするし、ちゃんと謝んないと…… 「あ、あの……」 「今日は、ごめんね」 「え……?」 俺の言葉を遮り、ゆずゆがポツポツと話し始める。 「私さ、今まで家族以外……特に男とはほとんど接点持たないで生活してきてさ」 「男はバカでエロくて最低!! ってそういう偏見っていうのかな……そんな風に思ってたんだよね」 「……正直、今日みたいに直接私で興奮されてどうしたらいいのかわからなくなっちゃって……」 「そう、だったのか……」 ゆずゆは俺に性的に見られて、混乱してしまったらしい。 「私……さ、この身体がコンプレックスだったんだ」 「周りの女子たちよりも早く成長しちゃって、女子からは妬まれるし男子はエロい目で見てくるし……」 「女子の方はまだ良かったんだけど、男子の視線が嫌で嫌で仕方がなかったんだよね」 「好きでこんな身体に生まれてきたわけじゃないし……」 「むしろ胸なんて無くて良かったって思う。泳ぐのに邪魔なだけだし……」 そんなことを思ってたなんて…… 「……ごめん、今日の俺も他の男連中と同じような目でゆずゆのこと見てたような気がする……」 ゆずゆの話を聞いて、今日一日ゆずゆの水着姿に喜んでいたことが申し訳なく思えてしまう。 もし時間を巻き戻せるなら自分を殴り飛ばしてでも、そんなことを考えるなと怒鳴りつけたいぐらいだ。 「謝らないでよ、悪いのは私なんだから……」 しかし、俺の言葉を聞いてゆずゆは怒るどころか困ったような複雑な表情をしていた。 無理して笑っているように見えて、胸が締め付けられる。 「そんなこと……ないだろ……」 「こうして彼氏が出来てさ、改めて気が付いたけど……私、やっぱり男子のこと全然わかってないみたい」 「今まで男子に偏見しか持ってなかったけどさ……」 「私、これからはもっと男子のことが知りたい」 「ゆずゆ……」 「彼女に興奮するのは当たり前なんだから、あんまり怒ると嫌われるよって……」 「さっきね、更衣室で着替えている時に先輩に言われたんだけど……」 「怒ってるわけじゃなかったんだけど、そうなんだーって思った」 ゆずゆを嫌いになるなんてあり得ないが、ゆずゆには嫌な気持ちになって欲しくない。 むしろ俺がゆずゆに愛想を尽かされるかと思って不安になってたぐらいだ。 「あんたはさ、最初に出会った時から今の今まで、私をちゃんと女の子扱いしてくれた……」 「だから私もさ、あんたがちゃんと男だって理解して付き合っていきたいなって思うの」 「まだまだわからないことだらけで迷惑かけちゃうかもしれないけど……」 「私のこと、嫌わないでほしい……です」 ゆずゆが『男を理解したい』なんて言ってくると思わなかった。 知らない人が聞けば『どういうこと?』と首を傾げるかもしれない。 だけど、ゆずゆの本心を聞いた今、その言葉がすごく嬉しい…… 「バーカ、嫌うわけないだろ?」 「ひゃっ!?」 不安そうな顔をしているゆずゆと向き合いおでこをくっつける。 「彼女は彼氏に迷惑かけていいんだぞ?」 「それに、俺だってゆずゆに迷惑かけちゃうかもしれない……」 「だから、お互い様だ」 「一緒に勉強してこうぜ。お前が俺という男を理解するまで、徹底的に付き合うからさ!」 「俺にも、ゆずゆという彼女を徹底的に勉強させてくれ」 「うん……ありがとう……」 そのまま無言でハグをするが、互いの心臓の音が分かるぐらいドキドキしていた。 「……ぎゅぅ」 「ん?」 「もっとぎゅうって、して……?」 「ああ、いいぞ」 ちょっと強く抱きしめて彼女の温もりやプール上がりの独特の匂いを堪能する。 「えへへ……気持ちいい……」 「あ、そうだ」 「コンビニ行ってアイス買って……?」 「いいけど、どうせなら二人で分けられるやつ買おうぜ。俺も食いたい」 「棒付きアイスが食べたい! それじゃなきゃヤダ……」 「分かったよ。棒付きアイス好きなのか?」 「うん。急いで食べちゃうと頭にキーンときちゃうけど、あのシャリシャリしたのが好き!」 「じゃあガリゴリ野郎買いに行きますか」 「どうせならこのまま抱き合ったまま行く? ちょっと面白そうじゃね?」 「そういう発想はどこから出てくんだよ……」 「でも、離れたくないから良いかも知んない……」 「はは、そうしたいけど店員がビックリしそうだから腕組むぐらいにしとこうか」 「お、早速仲直りしてますなぁ〜?」 「これはお邪魔しちゃった感じ?」 「せ、先輩!?」 声のした方を見てみると、女子水泳部の先輩たちがニヤニヤしながらこっちを見ていた。 「はぁ〜い♪ 仲直りおめでとー♪」 「ひ、柊先輩が人前で彼氏さんと抱きしめあってるなんて……!」 「ヒィィィィィィ!!」 そう叫んでゆずゆは俺の身体を盾にするように小さくなるが、抱きついたままなのがちょっと可愛い。 「ま、ああいうアクシデントはこれから先たくさんあるだろうから、頑張りたまえよ若人たち!」 「そ、そんなアドバイスいりませんから!!」 「てか立ち止まって見ないでくださいよ!」 「って言いながらもずっと抱きしめあってるじゃない〜♪」 「わ、わぁ……!」 真子ちゃんは両手で顔を隠しているが、指の間からしっかりと俺達を見ている。 「べ、別にいいじゃないですか恋人同士なんですから!!」 「この前だって教室で抱き合ったし、なー?」 「っ!?」 「……そ、そうね! わ、私たちこんなに仲良いんですから!!」 「え、お、おい……!」 そういって腕に抱きついて先輩達にアピールするゆずゆ。 教室では顔を真っ赤にして何も出来なかったのに今日はどうしたんだ……!? 「キャー♪ ノロケよー!! ノロケビームに犯されるー♪」 「水澄さんも逃げましょ! あのノロケは人を嫉妬の嵐に巻き込むわ!」 「へっ? あ、ひ、引っ張らないでくださいー!!」 「あ、せ、先輩! ジュースありがとうございましたぁぁぁ!」 先輩達は真子ちゃんの手を取り冗談半分に笑いながら去っていく。 ゆずゆは『なんだったの……?』と言いたげに先輩達を見ていたが、俺は先輩達を逃がす気はない。 「ゆずゆ、先輩たちを追うぞ!」 「へっ!? なんでよ!?」 「クックックッ……、本当のノロケはまだ始まってないということをじっくり教えてやるためだ……!」 「ちょっ!? そ、それはマジでやめて!」 「た、多分私が耐えられなくなる……」 (こういうところが可愛いんだよちくしょおぉぉぉ!!) 「おし、絶対先輩達を捕まえてゆずゆの可愛いとことか全部話す!!」 「そ、それよりアイス! ノロケなんていつでも出来るだろ!?」 「さっきからちょっと思ってたけど開き直りすぎてません!?」 まあ、たしかに先輩達へのノロケはいつでも出来るしな…… 今は今しか出来ないことを優先しますか。 「そうだな。じゃ、アイスを求めて出発しますか!」 「おー!」 今日は色々なゆずゆを見れて、俺の中でとても濃い一日になった。 もっと彼女のことをもっと知りたいし、俺のこともたくさん知ってほしい。 俺の知らないゆずゆはどんな感じなのか、期待を膨らませながら俺達はコンビニへと向かった。 「ど、どこもおかしくないよな……?」 日曜日。普段ならまだ寝ていそうな時間に俺は鏡の前で何度も何度も身だしなみをチェックしていた。 寝癖も直したし歯も磨いた。一応シャワーも浴びておいたし、服装だって悪くはないはず。 「よし! 大丈夫だ! 大丈夫なはずだ!」 本日、ゆずゆと駅前広場で待ち合わせをしている俺。 この時間に出たら三十分前には到着出来るはず。 (は、早く……!) 「早くゆずゆに会いてェェェェ!!」 「幸せそうねぇ、アンタ。ゆずゆちゃんとデート?」 「ぬぉ!? 母ちゃん!?」 いつからそこに?! と言いそうになったけど、よく考えたら今日も仕事だよな。 「あんな可愛い子とデートなら浮かれるのも仕方ないわね。しっかりエスコートするのよ?」 「もちろん! んじゃー、ちょっと早いけどそろそろ出るよ」 「はいはい、いってらっしゃいな」 にこやかな笑顔を浮かべる母ちゃんに見送られて俺は家を出た。 「清々しい朝だな、めちゃくちゃいい天気だ」 「これはもう天気が俺のテンションに呼応しているとしか思えない」 「じゃあ、今日晴れたのは恭介のおかげなんだ」 「そう言っても過言ではない!」 「……って、ゆずゆ?!」 「おはよ、恭介」 「じゃあ、今日晴れたのはあんたのおかげなんだ」 「そう言っても過言ではない!」 「おはよ」 「あぁ、おはよう……じゃなくて、あれ? なんでうちの前に?」 「それは……」 珍しくゆずゆが少し顔を赤らめて俯いている。 「なんか朝から待ちきれなかったし、ここで待ってたら驚くかなーと思ったのよ」 そうか、ゆずゆも俺と同じ気持ちだったのか。 なんかめちゃくちゃ嬉しい。 しかも待ちきれなくて来ちゃった、なんて可愛すぎるだろう!! 「それにしても……」 「な、なによ……」 思わず今日のゆずゆの服装をまじまじと観察してしまう。 ひらひらした可愛らしいデザイン、いつもとは違うリボンをつけた姿がすごく新鮮だ……! 「似合ってるな、その服。ゆずゆらしくて可愛いよ」 「え、そ、そうかな? そう言って貰えると嬉しい……かも。そのあ、ありがと……」 褒めてもらえたのが嬉しかったらしいゆずゆは顔を赤くして目をそらした。 その仕草が可愛すぎて思わず抱きしめたくなる。 春にはこんな可愛い彼女ができるなんて想像もできなかった。 幸せだ。これを幸せと呼ばずに何を幸せと呼ぶのです!! いいんですか、こんな幸せで俺。今なら幸せのおすそ分けとか出来そうなレベル。 思わず泣きそうになるくらいには今幸せです。 「あ、そうだ。今日、お弁当作ってきたの。だからお昼に公園で食べよ?」 「オベン……トウ?」 「な、なんでカタコトなの?」 「て、手作り……?」 「う、うん……あんたに食べてもらいたくて」 ぶわっ 思わず涙腺が崩壊した。 「へ!? ななななんで泣いてるの!?」 「まさかお弁当作ってきてくれるなんて思いもしなくて……嬉しすぎてつい」 「もう、そんなことで泣かないでよ。びっくりするじゃん」 「そんなこと……? 否! 彼女の手作りお弁当とは男にとって特別なんだ!」 「……そ、そうなの?」 「お金では買えないお弁当、愛でしか得られないお弁当だからな」 「そっか……そう言われてみたらそうなの……かな?」 「そうなんだよ、しかもサプライズでお弁当作って来ちゃった☆ なんて言われたら、大抵の男は泣く」 「そこまで嬉しいもんなんだ、手作りのお弁当って」 「嬉しい、超嬉しい。だから泣く」 「あー、だからって泣かないでよ!」 なんて言いつつゆずゆはどこか嬉しそうに俺の涙を拭ってくれた。 「もう、ふざけてないで早く行こうよ」 別にふざけてるわけじゃないんだけどな。 と言う前にゆずゆが手を取って歩きだそうとする。 「あ、ストップゆずゆ」 「ん? なんか忘れ物?」 「いやそうじゃなくてさ」 せっかく恋人同士なんだ、どうせなら手を繋ぐよりも…… 「ラブラブのカップルは手を繋いで歩くより腕を組んで歩く方が自然なんだぞ?」 「う、腕を……」 途端に頬を染めるゆずゆ。 「そう、腕をだ」 「わ、わかった。頑張る……」 どうやら彼女には努力がいることらしい。 どこかビクビクとしながらもゆずゆが俺の腕に自分の腕を絡めてくれる。 「こ……こんな感じ?」 ちょっとぎこちないながらもきゅっと腕に抱きついてくる感じがたまらない! 「あぁ、こんな感じだ! どっからどうみてもラブラブ!!」 「……ちょっと恥ずかしい」 「けど、こうすると嬉しいの?」 「超嬉しい!!」 「よかった、私も嬉しい」 そう言って微笑んだ彼女の表情にちょっとドキッとした。 「よ、よし、とりあえず大通りの方にでも……」 なんかちょっとドギマギしつつ歩きだす。 「いってらっしゃーい」 不意に背後から母ちゃんの声が聞こえてきた。 「ふぇ!?」 絡めていた腕を解いたゆずゆが勢いよく振り返る。 それに倣って俺も後ろを振り返ると母ちゃんが手を振ってくれていた。 「母ちゃんはこれから仕事だな、いってきまーす!」 「い、行ってきます!」 顔を真っ赤にしつつも丁寧に腰を折って頭を下げるゆずゆ。 頭を上げたあとはまた腕を絡めてくれた。 あぁ、挨拶するから腕を離したんだな、と納得。 チラッとゆずゆを見てみると、まだ顔は赤いし照れているのが目に見えて分かる。 けどなんだかすごく嬉しそうでもあって思わず俺も顔がほころぶ。 「それじゃー、行くか!」 「うん!」 こうして母ちゃんに見送られつつ、俺たちは大通りへと歩き始めた。 「見て見て! あの魚すんごく可愛い!!」 「おー綺麗な色してるな」 「あ、あれちっちゃい! ちっちゃいのがたくさんいるよ!!」 大きな水槽にへばりつくようにして中を覗き込むゆずゆ。 場所は駅の地下にある水族館。 駅の地下とは思えないくらいしっかりした水族館で、生き物大好きなゆずゆは子供みたいにテンションが跳ね上がっている。 「本当に生き物全般好きなんだな」 「うん、お魚も好きだよ。前からここの水族館に来てみたかったんだ」 「ほら、水族館って親と行くのもなんかなーって気がするし……」 「かと言って一人で来るのもちょっとなーって思うじゃん?」 「まーたしかにな」 「でしょう? だから行きたいとは思ってても来れなかったんだよ」 「じゃあ今日はここを選んで正解だったな」 「うん!!」 「それに……」 「……水族館でデートってなんかドラマチックだし……好きな人と一緒に来れるって嬉しいなーって」 「ああ、俺もゆずゆと一緒に来れて嬉しいよ」 「うん……♪」 「あ、あれ可愛い! 見てあれ!!」 ゆずゆが目の前を通り過ぎて行ったオレンジ色と黒が特徴的な魚を指差す。 「なんか観賞用とかでよく見るな、えーっと?」 俺は前にある看板でさっきの魚を探してみる。 「へーあいつクマノミって言うんだ。あれ食えるのかな?」 「いや食べないでよ。っていうかあんな可愛いのに食べる気?」 「食いでがなさそうだし、食べられないか」 「食いでがあっても食べないでよ。可哀想じゃん」 「そういや日本人だけなんだってな、あれ食べれんのか!? って思うの」 「可愛いのに食べれるのか? なんて思う日本人がおかしいんだよ」 「食べちゃいたいくらい可愛いって言うじゃんか」 「比喩だからね? それ」 ……え? マジで? てっきり女の子に『食べちゃいたいぐらい可愛いぞ』って言ってエッチな展開になると思ってた。 「わ、わかってるって」 「ホントに〜?」 「お、あそこに綺麗な魚いるぞ!」 「えっ!? どこどこ!?」 「ほら、あの岩陰にいるやつ」 「えー、ウツボしかいないじゃん」 「ウツボって顔怖いよな。海のギャングって言われてるんだっけ?」 「たしかそんな風に言われてたよね」 「でも、さっきのやついなくなっちゃったな……」 「えぇぇ! 見たかったのにー!」 「ま、この水槽めちゃくちゃデカいから奥に行って見えなくなっちゃったかもしれないしさ」 「そのうち見れるさ」 「見つけたら言ってよ?」 「おう、任せとけ」 ふう、疑われてたけどなんとか誤魔化せた。 しかも、魚じゃなくてカニだったなんて今更言えない。 「わぁ……!」 「見て見て! 小さいお魚が大群で泳いでる!」 「おぉ……! これすげぇな!」 ゆずゆに言われ、少し水槽を見上げると、まるで1匹の魚のように小さな魚が大群で泳いでいる。 テレビとか映像でしか見たことなかったけど、直接見てみるとすげぇ……! 「生で見るとすごいね……」 「だな。なんか感動する」 「なんか、小さい頃の絵本思い出すなぁ……」 「絵本?」 「うん、私ももうあんまり内容は覚えてないんだけど」 「一匹の小さいお魚が少し大きいお魚にいじめられちゃうの……」 「でもね、小さいお魚の仲間達と協力して、あの大群みたいになって大きいお魚を脅かすの!」 「へえ、そんな絵本あったんだ」 「思い出したら読みたくなってきたから、帰ったら探してみようかな〜」 俺もちょっと気になるから帰ったらネットで調べてみるか。 それにしても、水族館を全力で楽しんでもらえてるようで嬉しい。 さっきから子供みたいな無邪気な笑顔で魚を見ているゆずゆを見ると、本当にそう思う。 「あ、この子たち可愛いかも」 ゆずゆがそう言ったので俺も水槽の中を見てみると、二匹の薄いピンク色した小さな魚がやってきた。 ひょっとこみたいな顔してるなーと言おうとしたけど怒られそうな気がしたのでやめておこう。 なんて思っていると、その二匹は急にキスをし始めた。 「魚がキスしてる!」 「すごーい、魚でもキスしたりするんだ……」 二人して衝撃を受ける。 こんな魚いたんだな、初めて見たよ。 「やっぱりこの二匹もカップルだったりするのかな?」 「そうじゃないか?」 魚だって生き物なんだし夫婦になったりするんじゃないのかな? 「やっぱり魚でもキスする時緊張したりするのかな……」 「ふふふっ……」 「なっ! なんで笑うんだよ!」 「いやぁ、やけに可愛いこと言うんだなと思ってさ」 「うっさい! いいじゃんか! 悪いか!」 「悪くはない、むしろ可愛いと思うぞ」 「うー……」 俺の言葉に顔を赤くしたゆずゆはぷいっとそっぽ向いてしまった。 そんな仕草が可愛くてやっぱり笑ってしまう。 「それにしてもこの二人、何度もキスしまくってるな」 「私たちも、これくらいラブラブになれるかな……?」 「なれるさ、俺たちなら」 「うんっ!」 嬉しそうに笑った彼女と腕を組んで、俺たちは他のところへと向かった。 水族館を一通り見回った俺たちは公園へと足を運んでいた。 目的はもちろん…… 「お弁当!!」 「な、なんで叫びだしたの?」 「嬉しすぎて、つい」 ちょっとテンションが跳ね上がってたな。 ひとまず落ち着いて、目の前のお弁当に視線を落とす。 「にしても本当に美味しそうだな」 可愛らしいお弁当箱の中は綺麗な色合いで、すごく食欲をそそる。 からあげに卵焼き、プチトマトにウインナー。ちゃんとサラダなんかも入ってるし、小さなおにぎりがいくつか詰められている。 「口に合うといいんだけど」 そう言ってゆずゆが俺にお箸を渡してくれる。 違う、違うんだ、ゆずゆ。ラブラブカップルなら忘れてはないらないことがあるだろう! 「はい、あーんってしてください!」 「なっ!」 「カップルで手作りお弁当を食べるならあーんは必須!」 「そ、そうなの?」 「そうなんです! こういうのは定番だからな!」 「じゃ、じゃあ、えーっと……何が食べたい?」 「なら、まずは卵焼きでも」 「うん……」 ちょっと緊張しているような雰囲気のゆずゆは卵焼きを取ると俺に差し出してくれる。 「は、はい、あーん……」 「あーん……」 ぱくっ もぐもぐもぐもぐ…… 「ど、どう?」 ごくん。 「……うまい!」 「ほ、ほんとに?」 「あぁ、ほんとにうまい!」 「えへへ、よかった」 「口に合うかどうかは食べてもらうまで分からなかったから、ちょっと不安だったんだ」 「馬鹿だなぁ、ゆずゆは」 「え?」 「ゆずゆの手料理が俺の口に合わないわけないじゃんか」 「あはは、でも美味しいって言ってもらえて安心した」 「いやぁ、本当に美味しいよ。そうだな、次はからあげが食べたいです!」 次のリクエストをして俺は親鳥からエサをもらう雛みたいに口を開けて待つ。 「はい、あーん」 だいぶ緊張もほぐれたらしいゆずゆが俺にからあげを食べさせてくれる。 「はむっ……もぐもぐ、これもうまいなぁ……毎日食べたくなる美味しさだ」 「なんなら毎日お弁当作ってあげよっか?」 「へ? マジで?」 「恭介が食べたいって言うならだけど」 「あんたが食べたいっていうならだけど」 「食べたい!! 食べたいです!!」 「えへへ、じゃあ今度から学校にお弁当作って行ってあげるよ」 「マジか! ありがとう!!」 これでお昼一緒に過ごせるし、手作りお弁当も食べられる! 学校が楽しくなりそうだ!! 「あ、でも面倒だったりしないか?」 「ううん、大丈夫だよ、いつも弟のお弁当作ってるし」 「へ? ゆずゆが弟のお弁当も作ってるのか?」 「うん。あとお母さんのお手伝いで朝ごはんなんかも作ってる」 「へぇー、じゃあ毎日料理してるわけか」 「そういうこと。だからお弁当作るのも面倒なんかじゃないよ」 「そっか、ありがとうな、ゆずゆ」 毎日お弁当作ったり、お手伝いしたりゆずゆって結構家庭的というか主婦スキル高かったんだな。 納得の美味しさなわけだ。 「こうやって公園でのんびりお弁当もいいなー」 「私たち以外にもけっこうカップルいるね」 そう言われて見ると確かにちらほらカップルらしき男女が並んで歩いていたり、ベンチに並んで腰掛けている。 「昔はカップルなんてって思ってたけど……今ならあのカップルたちの気持ちもちょっとわかるかも……」 「さっき見た魚にも恋心ってあるのかな?」 「あるとしたら、人間も魚もあんまり変わらないんだね」 そう言ってゆずゆが優しく笑顔を浮かべた。 「そういや、さっきの魚はなんて魚だったんだろう?」 「あ、私も気になるかも」 「よし、ちょっと調べてみるか」 俺はポケットから携帯を取り出してウェブ検索してみる。 『キス』『熱帯魚』とかで検索かけたらヒットするかな? 「お、一番上に出てきた」 「なんて書いてある?」 「えーっと、キッシンググラミー」 「オス同士が出会うと威嚇行動のため口でつつきあうのが特徴」 「……え?」 「……ん? オス?」 「ちょ、ちょっと待って」 「じゃ、じゃあさっきのあの二匹は……」 「ホモだったんだな」 「嫌ァァァァァァァァァ!!」 「しかも喧嘩するときにチュッチュするらしい」 「人間で例えるなら、元気と桃が喧嘩しながらチュッチュしてる感じかな」 「うえ、ゲロ吐きそう」 「あの二人がお互いを罵り合いながらキスする姿は凄まじいな、ホモでツンデレ?」 「なんか想像しちゃった……」 「元気のバカ……チュッ、桃が悪いんだろ、チュッ……的な」 「うわあああああああああ!!」 「……すまん、なんか自分で言っておきながら気持ち悪くなってきた」 「うぅ、せっかく可愛い魚だと思ってたのに!」 「だいたいあの二人で例える必要なくない?」 「ごめん、ちょっと悪ノリしすぎた」 「むー……意地悪する奴には残りのお弁当お預けだ!」 「ちょ、待って! それだけは!!」 「ふんだ、知らない」 「すいませんでしたぁああああ!!」 その後、そっぽ向いてお弁当を食べ始めたゆずゆに土下座してなんとか許して貰い、楽しいお弁当タイムは過ぎていった。 「もうだいぶ暗くなっちゃったな」 ゆずゆとのデートが楽しくて、気づけば夜の九時をまわっていた。 「なんか今日はあっという間の一日だったよ」 「あぁ、俺も気づいたら一日終わっちゃってたなぁ」 さすがにそろそろ帰る頃合か? 欲を言えばもうちょっと一緒にいたんだけど、遅くなりすぎてもいけないだろうし。 「そろそろ帰ろうか。家まで送るぞ」 俺がそう言うと腕を組んで歩いていたゆずゆが腕をほどいて急に立ち止まった。 「どうした? ゆずゆ?」 「…………やだ」 「へ?」 「……まだ一緒にいたい」 「でもあんまり遅くなると親が心配するだろ」 「それは大丈夫。大丈夫だから、ね?」 いつもの雰囲気とは違い、露骨に甘えてくるゆずゆに心が揺れる。 正直、俺だってゆずゆとまだ一緒にいたい。 この雰囲気ならゆずゆを俺の部屋に誘うことすら出来そうな気がする。 そうなると母ちゃんは仕事で遅くなるし、ゆずゆとの初エッチも…… でも今から家に来ないか、なんてストレートすぎてひかれないか? うぉおお、誘いたい、けどひかれるのは怖い! 「ねぇ……恭介」 「ねぇ……」 「お、おぉ? なんだ?」 「今日はまだしてもらってない……」 「えっと……」 「キス……まだしてもらってないよ?」 それだけ言って真っ直ぐゆずゆが俺の目を見つめてくる。 「あぁ、そうだな」 俺はゆずゆの体を引き寄せると、そのままキスをする。 「んっ……ちゅっ……」 柔らかい唇の感触。 ふわっと香るゆずゆの匂いとわずかな汗の匂い。 ゆずゆにまで聞こえてるんじゃないかと思う程、心臓が音を鳴らす。 「……っん、はぁ……」 「……恭介……下が……その……」 「……ねえ……下が……その……」 「悪い……つい」 さっき初エッチのこととか考えたのがいけなかった。 期待やドキドキ感のせいで愚息に全力が注がれている状況。 そりゃー抱きしめてたらバレるよな。これはもう誘えないかなぁ…… 「大丈夫……」 「この後……私はどうすればいい……?」 少し震えた声で俺の腕の中にいるゆずゆがたずねてくる。 ゆずゆは俺が何を考えてるか分かった上で聞いてるんだよな…… ちょっと不安そうな顔してるし、多分俺の気持ちに応えたいとか思ってくれてるんだろう。 だから俺も遠まわしな言い方なんてせず、打ち明けてしまおう。 「俺はゆずゆとエッチしたいと思ってる」 「それでするとしたら、俺の部屋でってことになるけど、それでもいいか?」 「…………」 顔を真っ赤にしたゆずゆは黙ったまま小さく頷いてくれた。 「…………」 (よっしゃああああああああああああああああああああああああああ!!) 「なら、その……行くか」 「うん……」 二人並んで俺の家へと歩き出す。 とうとうゆずゆとすることに…… なんか嬉しいの半分緊張でどうしていいかわからなくなってるの半分って感じだ。 「…………」 隣を歩くゆずゆも緊張してるのか、腕を組むのも忘れて歩いている。 ここは緊張を解すためにも他愛もない会話とか必要な気がする。 「あ、うちの母ちゃん今日遅くなるって言ってたよ。11時半くらいかな?」 「そ、そっか……」 「…………」 セリフのチョイスを誤った気がする。 余計緊張させてるじゃないか、何やってんだ、俺!! 「あ、私も今日は遅くなるって言ってあるから……」 「そ、そっか……」 「うん……」 そしてまた無言になる俺たち。 「そ、そうだ、今度お弁当にはハンバーグとか入れて欲しいな」 「ハンバーグ?」 「そうそう、ハンバーグ。ゆずゆの作ったハンバーグが食べてみたいって思ったんだ」 「分かった、覚えとくよ」 「あぁ、頼んだ」 「…………」 「…………」 会話が続かない!! いつもなら意識しなくても会話なんてできてたのに、緊張するだけでこんなにギクシャクするもんなのか。 なにか! なにか話さないと……! なんてあれこれ考えているうちに家に着いてしまった。 並んでベッドに腰掛ける俺たち。 「と、とりあえずシャワー浴びるだろ? 案内するよ」 「えっと、でも……」 「ん?」 「あんまりゆっくりしてても、お母さん帰ってきちゃうかもだし……」 確かに遅くなるとはいえ、さほど時間があるわけでもない…… 「じゃ、じゃあこのままでいいか?」 「…………」 顔を真っ赤に染めたゆずゆが頷く。 「あ、あの、せめて電気だけは、消して……」 「わかった。その……ゆずゆはベッドにでも座って待っててくれないか?」 「ん……」 小さく頷く。だが恥ずかしいのか、俺と目を合わせてくれない。 電気を消してっていうのも、多分そう言うことなんだろうけど。 「これで良いか?」 「…………」 返事はない。 暗くなったため、表情もよく見えないけど……。 「隣に座るからな?」 俺も緊張に心臓をどきどきさせながら、ゆずゆの隣に腰を下ろす。 「私、今すごい幸せ……」 「ああ、俺もだよ」 「その……すごい痛そうだったけど、もう平気なのか?」 「んー、まだちょっと痛むかな」 「マジか……」 俺だけ気持ちいい思いしたようで申し訳ない気持ちになる。 出来れば、ゆずゆにも気持ちよくなって欲しかった。 「でもさ……」 「私、これであんたの物にされちゃったんだよね♪」 「そう考えると、この痛みも嬉しいんだよね……」 「それと同時に、俺はゆずゆの物にされちゃったんだな」 「えへへ〜♪ また宝物が増えちゃった♪」 「…………」 ゆずゆの無邪気な笑顔がいつも以上に可愛くてドキッとする。 まるで子供の頃に誕生日プレゼントで欲しかった物をもらったような……そんな笑顔に見えた。 「宝物だって言って、大事にしまわれたらグレちゃうぞ?」 「私宝物は毎日お手入れするっていうか、大事に大事〜にするから、安心して?」 「そっか、俺は宝物は飾っておきたいタイプだからなー」 「ゆずゆのこともそうやってやっちゃうかもしれない」 「え……? じゃあ構ってくれないの?」 「いんや? 今考えてみたら絶対そんなことしないわ」 「むしろ毎日撫でまくったり抱きついたり、スカートの中に頭突っ込んでスーハーするかもしれない」 「……うわぁ」 しまった、ちょっと引かれてる。 おちゃめ成分を入れたのがまずかったか。 「まあ、最後のは冗談だ」 「それにしても……今日のゆずゆは一段と可愛かったなぁ……」 「胸舐めたときもさ、すごい気持よくなってくれてたみたいだし」 「最後は痛い思いさせちゃったけど、次は最後まで気持ちよくさせてやるからな?」 「ばっ、バカ……!」 「恥ずかしいから、そういうこと言わないでよぉ……」 「でも、気持ちよかっただろ?」 「……いじわる」 「気持ちよかったって、絶対分かってるでしょ?」 「はは、ごめんごめん」 「むぅーっ」 「……………」 「ねえ、恭介……」 「ねえ……」 「これからも、私の彼氏でいてくれるよね?」 「当たり前だろ? なに不安になってんだよ」 「俺はこれから先ゆずゆの彼氏にしかなるつもりないから、安心しろって」 「……っ! うん♪」 エッチの最中も俺に気を使ってくれたりして、尽くしてくれようとするゆずゆ。 彼女のためにも、次にエッチ出来るチャンスがくるまでに、どうやったらゆずゆに気持ちよくなってもらえるか…… 俺なりに調べておこう。 (でも今は……) 隣で幸せそうに笑っている彼女との時間を、精一杯味わおう。 俺はゆずゆと抱き合いながら彼女の頬にそっとキスをした。 ゆずゆを家の前まで送り、帰りはちょっと寄り道して橋の方までやってくる。 ここはこの街の有名なデートスポットだけど、俺にとっては人生で初めて女子に告白した場所だ。 相手はゆずゆだし、当然俺にとってこの場所は、一生忘れられないほど大切な場所になっている。 「ん……?」 『メール受信1件 ゆずゆ』 ゆずゆからメールが届く。 (………) 『俺も同じ気持ちだ、何か急に寂しくなってきたぞ』 俺もすぐに返信をする。 さっきはゆずゆと一緒に歩いたこの道を、今はこうして一人で歩いている。 すぐにまた会えるのに、今は一分一秒でも一緒にいたい。 自分でも呆れるほど、やっぱり俺はゆずゆが好きだ。 「おお……」 ここで意外な質問を振られる。 ここは…… 『俺もポニーテールは好きだぞ?』 『それにゆずゆのポニーは、俺が告白した日のことを思い出す』 ゆずゆって、服もそうだけど結構センスが良いと思う。 付き合う前から薄々気がついていたとはいえ、やっぱり俺の彼女は女子力が高い。 (俺の人生をかけた、一大イベントだったからな) このまましばらくゆずゆとメールを続けていく。 こうして今日も、俺たちの一日が過ぎていった。 『両方可愛いと思うけど、敢えて選ぶなら普段の髪型かな』 『見慣れてるせいもあるけど、個人的にはすごく好き』 ここは思ったことを素直に返信する。 普段、学校で付けてるあのリボンも結構可愛いと思うんだよなあ。 「………」 (そうです、俺の愛はダダ漏れなんだぞゆずゆ……!!) 今では会う度に表情が緩んでしまう俺。 ゆずゆの言うとおり、今の俺はどうしようもなく彼女のことが好きで好きでたまらなかった。 お決まりのチャイム音。 「やっと終わったー」 グーっと伸びをして、一回ため息。 「なあ、お前柊に声かけてこいよ」 「はあ!? あいつもう彼氏持ちだろ? 今頃動いたって無駄無駄」 「盲点だった……柊があそこまで化けるなんて……」 「恋は魔法ね〜。あの柊さんが、今じゃクラスの男子から色々な意味で大注目されてるんだから」 俺が気に入っているとメールしたあの髪型。 ゆずゆには当然似合っていて、俺もじっと見ているとつい顔がほころぶ。 「ゆずゆ、ありがとな」 「似合ってるぞ?」 「………」 「う、うん」 「恭介」 「ねえ」 「ん?」 「おぉ、ゆずゆ、どうした?」 隣の席にいるゆずゆの方を向くと、何やらちょっと照れている様子。 「えっと……お昼、だよね」 「おー、そうだな」 そういやもうお昼なんだよな、あんまお腹空いてなかったから…… 「…………ん、これ」 これ? ……ってその可愛らしい袋はあの公園でも見た…… 「お、お弁当様……」 「いやそんな様づけしなくても」 「お弁当様は大切な存在なんだ!」 「な、なんかお弁当に対してスゴイ思い入れがあるよね」 「彼女の手作りお弁当だからな、思い入れない彼氏なんて存在しない!」 「そういうものなんだ……」 「そういうもんだ!」 俺のためにゆずゆが朝、お弁当を作る姿を想像するだけで胸がいっぱいになる。 そう、ゆずゆが俺のために作ってくれたものだ! 大事にしない方がおかしいだろう! 「…………」 「…………」 今急にお腹が鳴った。 さっきあんまお腹空いてなかったとか言ったの誰だ? 「あはははは! お腹空いてたんだ」 しかもガッツリ聞かれてるし、恥ずかしい! 「な、なんかゆずゆのお弁当見たら急にお腹が空いたみたいで」 正直自分でもびっくりした。 「今日はちょっと多めに作ってきたからいっぱい食べれるよ」 「マジで! やった!!」 「ふふふ、アンタは素直に喜んでくれるから作り甲斐あるよ、ホントに」 めちゃくちゃ嬉しいからな。 声に出して喜びますとも!! 「でも、本当に作ってきてくれたんだな、ありがとう」 「うん、毎日作るって約束したからね」 「中庭にでも行って一緒に食べよ?」 「おう!」 いやぁ、夏休みなのに学校に来た意味があったってもんだ。 美味しく頂かせてもらいませう。 「でもあれだな、こう作ってもらうだけじゃなんか申し訳ないというか……」 「んー、いいよ別に」 「私だって……その……アンタに食べてもらいたいだけだし」 「ゆずゆ……」 この子はなんていい子なんだ。 マジでゆずゆが彼女でよかった。心底そう思う。 「けどそれならやっぱり尚更奢らせてくれないか?」 「いや、ホントに気にしなくていいって!」 「そうはいかない、俺だってゆずゆの気持ちが嬉しいからそれにお返ししたいんだ」 「うぅー、そう言われると……」 「まぁ遠慮すんなって。ほら、何がいいか言ってくれ、すぐ買ってくるから」 「いいのかな……」 「あぁ、気にすんな」 「……じゃあ、麦茶がいい」 「麦茶だな、んじゃーちゃちゃっと買ってくるから中庭で待っててくれ」 「うん、わかった」 「その……ありがと」 「あぁ、俺も、ありがとうな」 俺たちは教室の前で一旦分かれる。 よっしゃ、さっさと食堂にでも行って麦茶買ってこよう! そしてゆずゆの手作りお弁当を堪能しようじゃないか!! 「えーっと、麦茶麦茶……」 とりあえず購買へと足を運ぶ。 麦茶って言ってたよな。俺は何にしようかな? 「……ん?」 購買にジャスティスの姿を確認。 なんかお財布の中を睨みながら渋い顔している。 「先生何してるんです?」 「……ん? おぉ!」 「先生もお昼ですか?」 「あぁ、そうだな! いつもは水筒持参してるんだけど、忘れちまってな」 「だからなんか飲み物でも買おうと思ってな、安いやつを」 あぁ、ジャスティスのお財布事情は相変わらずジリ貧なのか。 通りで渋い顔していたわけだ。 「……麦茶とかどうです?」 「あぁ、夏はやっぱ麦茶だよな! 紙パックのなら……うん、買えるな!」 なんかちょっと泣きそうになってきた。 先生真面目に働いてるのに、奥さんにお財布を握られているばっかりに…… 「よし、ちょっと待っててください」 「ん? おぉ?」 なんか不思議そうな顔している先生を余所に俺は購買の中へと入っていった。 ………… …… 「お待たせしました」 「はい、これ先生の分です」 「おぉ、悪いな……ってこれボトルじゃないか!」 「ついでですから、夏ですし、小さいのよりは大きほうがいいでしょうし」 「……ま、マジでいいのか?」 「えぇ、お世話になってますし」 っていうかあまりにも不憫で…… 「すまない、恩に着る」 「いえいえ、どういたしまして」 「……そうだな、お礼といっちゃなんだが、お前最近調子はどうだ?」 「へ? 調子?」 「あぁ、柊とのだよ」 「特に問題はありませんよ? っていうかむしろ幸せ過ぎてやばい! ってレベルですね」 「おー途端ににやけた顔しおって」 とか言いつつ、先生もなんか嬉しそうな笑みを浮かべてくれるのは素直に俺とゆずゆの恋愛を祝福してくれてるからだろう。 「昨日だって初デートもしましたし、これから二人でゆずゆの手作りお弁当食べますし、問題なんて微塵もありません」 「ふむ、いい具合に恋愛しているようだな、一安心って感じだ」 「けどな、それで油断しちゃいかんぞ」 「油断……ですか?」 「あぁ、そうだ。だいたい付き合い初めってのはうまくいくもんだ」 「けどな、付き合ってから2週間、その次は一ヶ月、その次は三ヶ月後とカップルには試練があったりするもんだ」 「試練ですか……」 「あぁ、今は楽しいかもしれないけどな」 「この先ちょっとしたことで喧嘩をしたり、ずーっと仲が良いってだけじゃ刺激が足りなくてどちらかの愛が冷めてしまう……」 「いやそんな……」 「そういうのがありえるのが恋愛だ」 「まさか俺たちに限ってそんな」 「今はそう信じてるかもしれないが、未来のことだ、ないとは言えないだろう?」 「それは……まぁ」 ないとは言い切れない…… ジャスティスの言うとおり、未来はわからないのだから。 「おっと、別に脅すつもりで言ってるわけじゃないんだ」 「お礼だって言ったろ? だから、俺が対処法を教えといてやる」 二カッと快活な笑みを浮かべるジャスティス。 「対処法ですか」 「あぁ、それはな、そういう事態に備えて普段からなんでも言い合える仲になっておくことだ」 「なんでも……」 「そうだ、お互いなんでも言い合える仲になっておけば、たいがいは乗り切れる」 「でも俺たち割と素直に言い合ってきた気がするんですけど」 「まぁ、柊とお前だしな、けどな、根本的な事を忘れてる」 「根本的なこと?」 「お前は男で、柊は女だ。女には女にしか相談できない話も愚痴もある」 「女にしかできない話……」 「そういうのは話してもらえないだろうし、もらったところで男に解決はできんだろうが聞かないよりはましだ」 「もっとも、それを聞くまでもなく察してやるのもまた必要なんだけどな、それが男の子の辛いところだ」 「……はぁ」 「ま、どうあれ、そういう話もできるような関係を築いておけってこった」 「はい」 「ん、それじゃ、そろそろ戻るな。お茶ありがとよ」 そう言ってジャスティスは先に行ってしまった。 (女の子にしかできない話……って……何だ!?) 「気になる……超気になる」 ゆずゆにもうそういう悩みがあったりするんだろうか。もしゆずゆにも何かあるなら相談して欲しい。 そんなことを思いながら、俺はゆずゆの元へと向かった。 「えーっと、ゆずゆは……いたいた」 あたりを見回すと、ベンチに座るゆずゆ。 と、もうひとり。 (お、真子ちゃんも一緒か……) 傍から見た感じ、二人で楽しそうにお昼ご飯を食べている。 ホント、真子ちゃんはゆずゆに懐いてるよな。 「…………」 (待てよ……これはいい機会なんじゃないのか?) さっきジャスティスからも言われたばっかだし、ちょっと二人の会話が気になる。 もしかしたら二人は俺に話せないようなことを話しているかもしれない。 「…………」 よし、決めた。 なんかちょっと良心が痛むけれど、こそこそと木陰へと身を隠して盗み聞きすることにした。 「先輩遅いですねぇ〜」 「そうだね、お茶買いに行っただけなはずなんだけど……」 すまない、ゆずゆ。 すぐ隣に行きたいけれど、今の俺には大事な任務があるんだ。 「でもすぐ戻ってきますよ」 「……うん、そうだよな」 そう言って笑うゆずゆ。 「先輩たちって、本当に仲が良いですよね〜」 「あはは、そ、そうかな? そう見える?」 「見えますよ〜」 「すごく好き合ってるっていうか、お二人みたいな関係いいな〜って思います! 憧れちゃいます!」 「そっか、そうなんだ……ふふっ、よかった」 「あのさ、私って彼女としてちゃんと出来てると思う?」 「完璧です(小声)」 「柊先輩は完璧ですよー」 おぉ、シンクロした。 「そのお弁当先輩のために作ってきたんですよね?」 「うん、食べたいって言ってくれたから作ってきた」 「なかなかいませんよー、学校にまでお弁当作ってきてくれる彼女って」 やっぱりそうだよな。ゆずゆはホントにいい彼女なんだよ。 「そ、そうなのか?」 「だと思います。だから柊先輩はしっかり彼女してますよー」 「じゃ、じゃあさ、その……私たちってちゃんと恋人同士に見えてる?」 「見えます! すっごく恋人です!」 「あはははは、ありがと」 「見えるに決まってるじゃないですかぁああああああああ!(小声)」 思わず小声で叫ぶという器用な真似をしてしまう。 なんかもう今すぐ飛び出して思いっきり抱きしめてやりたい。 全力で変な心配してるんじゃないって伝えてやりたい。 「えへへ、いいカップルだと思いますよ、柊先輩」 笑顔でゆずゆにそう伝える真子ちゃん。 あの子は本当に素直というか、まっすぐした子だな。 ゆずゆは少し照れたように笑いながら、隣でパクパク自分のお弁当を食べる真子ちゃんを見ている。 「あーん……ん? どうかしましたか? 先輩」 「あ、私ご飯粒とかついちゃってます?」 慌てて真子ちゃんがぺたぺたと自分の頬を撫で回す。 「あ、えっとさ……そうじゃなくてさ」 「…………?」 不思議そうに首を傾げる真子ちゃんとなんだか知らないが顔を真っ赤にして俯くゆずゆ。 「あ、あのさ……水澄って……」 「だ、男子とエッチしたことある?」 「…………」 「ぶはっ! えっ……エホッエホッ!!」 「え……!? ええええっ!?」 (えぇええええええええっ!?) 「そ、そんなのしたことあるわけないじゃないですか!?」 「かかか彼氏だってできたことないんですから!!」 何を言い出すんだ、ゆずゆさん!! ってか、なんでそんなことをいきなり真子ちゃんみたいな子に聞いちゃってるんですか!! 「そ、そっか……」 「ま、まさか先輩……もうそこまで……!?」 「…………」 無言のまま顔を真っ赤にしてゆずゆが首を縦に振った。 なんだろう、これから真子ちゃんと顔を合わせ辛い気がする。 「え、えっと、えっと……」 なんとか会話を続けようとしてか、言葉を探しているようだ。 この会話一体どこに向かっていくんだろう。 「やや、やっぱり最初ってその、い、痛かったりするんですか?」 「うん、想像以上に痛かった」 「ふぇー……」 すっかり手が止まっている真子ちゃん。 つーか、これはご飯時にする会話なのか? これが女の子の会話なのか? 教えてジャスティス!! 「でもあれでよかったのかなーって思うんだよな」 「ふぇ?」 「その……エッチ……自体、やり方っていうかどうするものなのかわからなくてさ」 「なんかずっとアイツにリードされっぱなしだったんだ」 「……先輩は経験あったみたいですか?」 「ううん、お互い初めて」 「じゃ、じゃあなんでリードできたんですかね?」 何を言い出すんだ、あの子は。 そんなところに引っかからなくていい。エロ本とかで仕入れた知識で頑張ってたんだから。 俺だっておっかなびっくりだったんだから! 「男はみんなエロいみたいだ」 「ふぇー……そ、それなら別に彼氏ができるまでに勉強する必要はないですよね……リードしてもらえるなら……」 勉強っていうあたり真子ちゃんっぽい。 「うーんそれがさぁ……」 「終わってみると、あれでよかったのかな? って思うんだよなぁ」 「はぁ……」 「一応私なりにデートの後だったから身だしなみはしっかりしたつもりなんだけど……」 「し、下着もホントにあれで良かったのかな? そもそも恭介はちゃんと満足してたの? って」 「し、下着とかホントにあれで良かったのかな? そもそもあいつはちゃんと満足してたの? って」 「そ、そこは私に聞かれてもわかんないですよ〜!」 「ほら、あいつって変なところで気を遣うからさ……」 「せ、先輩優しい人ですもんね!」 俺の知らないところで優しい評価いただきました。 なんだろう、自然にやってるのが褒められるって嬉しいな。 「だろ? だからあのときの優しいセリフも、もしかしたら私を傷つけないためになのかもしれないって考えるとさ……」 (本音です) 「うあー、私ホントにあれでよかったのか!? もうわっかんないよー……」 さっきから頭を抱えては唸るゆずゆ。 見てて楽しいけど、彼氏としては今すぐにでも気にすんなって声をかけてやりたい。 けど、ゆずゆ、あんなこと思ってたんだな、確かにこれは俺に相談しづらい話だ。 「きっとそのうちさ、またああいうことをする雰囲気になるだろ?」 「た、たぶんあると思います!」 「そんとき、自分もなんかしないと嫌われたりしないかな……!?」 「大丈夫だと思いますけど……」 「でも男ってエロいだろ?! エロいからこそ、その期待に正しく答えるって難しいと思うんだよ、うあぁああ!!」 「ちょ、ちょっと落ち着いてください、先輩!」 「はっ……! ご、ごめん」 「もう、大丈夫ですよ、柊先輩」 テンパりまくっているゆずゆを優しい声で諭す真子ちゃん。 「あの先輩はそんな人じゃないです」 「あの人は柊先輩のことを大事に想っていると思います」 「その証拠に、プールに来た時もそうだったけど、ずーっと先輩のことを優しい目で見てましたよ?」 「…………」 真子ちゃんの言葉にゆずゆが、何かを考えるように押し黙った。 そっか、ジャスティスが言ってたのはこういうことだったのか…… ゆずゆも俺の知らないところでいろいろ考えているんだなぁ……! なんだか一生懸命になってくれているのがちょっと嬉しかったりもする。 それだけ真面目に俺と付き合ってくれてるってことなんだし。 「にしても……」 (真子ちゃんいい子だなぁ……!) なんて内心感動しつつ、俺はちょっとその場から離れる。 さすがに木陰から出て行ったらなんか言われそうだし。 さも今来ました風を装い、俺は二人に混じってお昼を過ごした。 「えー、夏休み中にあるボランティアについてだが……」 帰りのホームルーム。 黒板の前で何やらジャスティスがボランティア活動について説明していた。 教卓の上には、昼間俺があげたお茶が置かれていた。 大事に飲んでいただけてるようで……また今度ジュースをご馳走しよう。 「……ねぇ」 「ん?」 次はジャスティスに何をあげようかなんて考えていると隣のゆずゆから声をかけられる。 「どうした? 今ホームルーム中だぞ?」 「あのね、ちょっと聞いて欲しいんだけど」 「んー? なんだ?」 「やっぱ水澄のやつ、あんたのこと好きなんだと思う」 「え、どこ情報それ」 「私情報」 「それはないだろ……」 うわあ、胡散臭え。 ゆずゆ情報を一蹴する。 「それだけは絶対にゆずゆの気のせいだ」 「気のせいじゃないよ」 「いやいや気のせいだって。つーか、むしろ俺よりお前の方が気に入られてるんじゃないか?」 「そうかな?」 「あぁ、そもそも俺、好かれるほどあの子と接点なんかないし」 「でもそんなこと言ったらわたしだってそうだったじゃん」 「んー俺がイケメンだったらなぁ……そういう可能性もあったかもしれないけど」 虚しいー、自分で言ってて虚しくなってきたー。 ついつい窓の外の空なんか仰ぎ見てしまう。 いやぁ、綺麗な青空だぜ。 なんかあの広く大きな空を見てたら、自分がイケメンじゃないことがちっぽけな事に思えてきた。 でもイケメンに生まれたかったー。たはー。 「ちょ、どこ見てんの、帰ってきて」 「あ、すまん、ちょっと空に心を奪われていた」 「っていうかアンタはカッコイイよ!」 「いやいや、そんな」 「そんなことあんの! もっと自信持ってよ! 持たれすぎても困るけど」 あまりに真剣な表情で諭してくるな、ゆずゆ。 「それに……アンタはいいとこいっぱいあるもん」 「そりゃー私だって最初はただの変態かと思ってたけど……」 やっぱり変態だと思われていたのか、そんな気はしていた。 「でも初めてアルバイトしたときにはいろいろ助けてくれたでしょ?」 「私あの時すごく嬉しかったんだから。真剣に私のこと考えてくれて、私を庇ってくれて、でも全然迷惑そうな顔も嫌そうな顔もしなくて……」  「ゲーセンにだって連れて行ってくれて、パンダのぬいぐるみも取ってくれたし……!」 「おまけにその……一緒にフォトプリも撮ってくれたし……!」 「それに! デートだって私すっごく幸せだった!」 「とにかくあんたはイイ奴なの! 本当に優しくてかっこよくて、すっごくすっごく素敵な人なんだ! わかったか! バカ!」 「ゆ、ゆずゆ……お前、声が大きいぞ!」 必死に俺のいいところを伝えようとしてくれるゆずゆ。 それは嬉しい。すごく良く思ってくれているってこともしっかり伝わった。 だけど、必死になりすぎてだんだんと声量が大きくなっていた。 「あっ…………」 恐る恐る辺りを見回すゆずゆ。 当然クラス中の視線を集めているわけで。 「――――っ!!」 「も、もしかして今の全部……」 「聞こえてたわよー!」 「ラブラブですね! お二人さん!」 二人の冷やかしの言葉にゆずゆがキレた。 「うるせぇ!! 好きな人出来たら誰だってこうなるんだよ!!」 「ま、まぁまぁ、とりあえず落ち着いて席に着こう、な、ゆずゆ」 「うぅーーーっ!」 なだめてはみるものの、イマイチ収まらないみたいだな。 ただこの怒り方は冷やかされたのより、恥ずかしくて怒ってるって雰囲気だな。 「ほら、そうお前らも冷やかしてやんな。柊の言うことはもっともなんだから」 不意にジャスティスが口を開いた。 「人を好きになるってのは、そういうことだ。相手のことで一生懸命になれるってことだ」 「教師としてはホームルーム中に何してんだ。とも思うが」 「俺としては柊の気持ちも理解してやりたいし、二人ともいい関係を築けてるみたいでホッとした」 「とにかく、お前らも恋人ができればあいつらの気持ちもわかるようになるさ。その時冷やかされたくはないだろう?」 「それはまぁ……」 「そういうことだ。まぁ、柊も時と場合は考えるようにしろよな」 「……はい」 「うっし、それじゃあ話戻すぞー」 ゆずゆが大人しく席に着く。 さすがジャスティス。俺たちに恋愛を奨めるだけはある。 「うぅー……」 チラッと横を見ると、怒った様子はなくなっていた。 けれど、顔は真っ赤なまま。相当恥ずかしかったと見た。 「早く終われぇ……帰らせろ……帰らせてくれ……」 その後、ホームルームが終わるまでゆずゆはぼやき続けていた。 ゆずゆからお誘いがあり、今日初めて彼女の家に行く事になった。 家の場所は送って行ったりしたおかげで知っていたけど家の前に来てみると、どうしたら良いのかよくわからなくなってしまっている。 友達の家に遊びに行くのとは違い、すごくドキドキする…… 「すぅぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁぁ」 「…………」 (……め、メール送ればきっと気付くよな?) インターホンを押す勇気が出てこなくて、メールで『家の前に着いた』と打ちゆずゆに送信。 今日は家にゆずゆしかいないって聞かされてたけど、万が一ってこともあるし…… えーどうせチキンですよ! だってお母さんとか出てきたらビビるじゃん!! 「お、お待たせ!」 「いやいや、さっき来たところだから」 「わ、わざわざ呼んだのはこっちだし、むしろ来たのに気付けなくてごめん!」 「いやいや、来たのに連絡なしに気付いたらエスパーか何かだろ」 「そ、そっか! そうだよね!! 私ってば何言ってるんだろね!」 「でも、それなら私しか家にいないんだからインターホン押してくれても良かったのに……」 「な、なんか恥ずかしかったんだよ!」 「そうなの……?」 「だってお前の家に上がるの初めてだし……」 「う、うん……私もちょっと緊張しちゃってさ……」 「とととりあえず入って!」 「お、お邪魔します……」 家の中に通され、ゆずゆの部屋に案内される。 「えっと、麦茶か紅茶、あとお菓子と梨だったらどっちがいい?」 「んー、麦茶と梨で」 「わかった、ちょっと待っててね」 「あ、あんま部屋の中見られると恥ずかしいからジロジロ見るの禁止ね!」 「おう、わかった」 (これがゆずゆの部屋か……!) 言葉とは裏腹にゆずゆの部屋を観察してしまう。 ゆずゆの部屋は赤やオレンジなどの暖色系の色で統一されていて、野菜をモチーフにしたクッションやぬいぐるみなどが置かれていた。 本人には申し訳ないが、少し男っぽいというかサッパリした感じの部屋を想像していたんだけど、全然そんなことはなくて可愛らしい女の子の部屋だ。 (あれ、なんかいい匂いする……) なんとなく柑橘系の匂いがするけど……これがゆずゆの部屋の匂い……! 「お待たせ。麦茶と梨剥いてきたよ」 「お、サンキュー」 「なんかいい匂いするけどこれなに?」 「アロマキャンドルのオレンジの匂いだと思う」 「もしかして嫌いな匂いだった……?」 「全然、むしろいい匂いだ!」 「そっ、良かった♪」 「見てて思ったけどゆずゆの部屋って可愛いな」 「ジロジロ見るの禁止って言ったでしょ?」 「やー、やっぱ彼女の部屋って気になっちゃってさ」 「ちょっとテンション上がっちゃってる」 「別に、面白いものなんてないと思うけど……」 「面白いとかじゃなくて、なんていうのかな……」 「俺の彼女はこの部屋で生活してるのかーって考えると夢が膨らむというか……」 「そ、そういうの考えるのやめて! 恥ずかしいから!」 「えーっと……」 「コレ、使って?」 お茶などが乗ったプレートをテーブルに置き、UFOの形をしたクッションを手渡してくる。 「おう、サンキュ」 「ピギャァァァァァァ!!」 「っ!?」 え、なに今の!? クッションから悲鳴が聞こえたんだけど!? 「あっ! ご、ごめん! それシャルロットの大好きなクッションだった!」 「こっちのなら音鳴らないから!」 「お、おう……」 くそっ、ゆずゆにしてやられたわ……す、少しだけびびったんだからね!? てかポメ太郎こんなの好きなのか…… 代わりにくれた大きなトマトのクッションに座る。 そういえばゆずゆの飼っているポメ太郎が見当たらないな…… 玄関から入ってきてから一度も見てない気がする。 「なあ、今日はポメ太郎いないの?」 「その呼び方なんとかならない? シャルロット」 「で、そのポメ太郎は今どこにいんの?」 「呼び方変える気ないんだ……。あの子♀なんだからせめて女の子の名前にしてよ」 「1階のリビングにあるハウスで寝てるわよ」 「あとであの子が起きたら遊んであげてくれない?」 「おう、任せておけ。犬は好きだからな!」 「…………」 「…………」 (こ、この沈黙どうしよう……) さっきまであんなに楽しく話せてたのに話題尽きるの早いよ俺! ゲームとかがあれば一緒にそれで遊ぶとかも出来るんだけど…… この部屋にはテレビやゲームなどの娯楽品が全くと言っていいほど見当たらない。 女の子の部屋ってそういうもんなのか……? 「あれ? このマンガって俺ん家にあるやつじゃん」 「ああ、それあんたの家で読んで面白かったから買っちゃったんだよね」 「言ってくれればしばらく貸したのに……」 「そ、それは流石に悪いわよ!」 「俺は別に気にしないけどな」 ……ん? (この部屋にあるマンガほとんど俺の持ってるやつばっかじゃん!!) もしかしてこの子ホントにマンガ読まない子だったの!? え、これってもしかしてリア充用語の一つ、『俺色に染めている』ってやつか!? 俺と出会ってからゆずゆの好みに俺の趣味が混ざってきましたーみたいな? ヤバイ、なんかちょっと嬉しい。 「あ、これって……」 「ああ、これ? 私の宝物よ」 宝物と言ってくれたものは、以前ゲームセンターのUFOキャッチャーでゆずゆに取ってあげたパンダのぬいぐるみだ。 すごく大事にしてくれているようで、ホコリ一つ被っていないパンダにちょっと感動。 「そっか。大事にしてくれてたんだ」 「お、男の子からプレゼントもらったのって初めてだったし……」 「あの時はゲーセンとか全然知らない子だったもんなぁ……」 「一人でフォトプリ撮ってた時はホントにビックリしたわ」 「そ、そういうの思い出さないでよ! あの時はホントにそうだと思ってたんだから!」 「ははは、いいじゃん。今じゃいい思い出だよ」 「ああいう事があったからこうやって付き合えたのかもしれないしさ」 「……それは、否定出来ないけどさ」 なんか、今日のゆずゆはいつもと違って大人しいな…… こう、保護欲をそそられるというか……なんか守りたくなるようなオーラが出てる気がする。 「お、これってアルバム?」 パンダのぬいぐるみのすぐ側に置いてあったアルバムを見つける。 「そうよ。でも、見せたくないからダメ」 「なんで!? 小さい頃のゆずゆちゃん見てみたい!!」 「恥ずかしいからに決まってるでしょ!? てかゆずゆちゃんって何よ!?」 「その恥ずかしい顔を見ながらイチャイチャしたいんじゃないか!!」 「あと、小さい頃のゆずゆだからゆずゆちゃんだ」 「ぜ、絶対ヤダ! そんなの聞いたらよよ余計に恥ずかしいわよ!」 「仕方ない……」 「俺ん家来たら俺のアルバムを見せる。この交換条件でどうだ? 悪い取引じゃないはずだ」 「入学式やお遊戯会の写真、個人的に恥ずかしい写真はいっぱいあるぞ」 「わ、私は屈しないよ……! 絶対見せないもん!」 「やれやれ、仕方ない」 「そいやっ!!」 「なっ、ダメ〜っ!! みみ、見ちゃヤダァー!」 「おぉ、お宝じゃあ……!」 ゆずゆの攻撃を受け流しつつ、手に入れたアルバムを開く。 七五三でおめかししてる写真、公園を元気に走り回ってる写真などなど…… ゆずゆの可愛らしい写真がいっぱいだ。 「ヤバイ……可愛すぎてゆずゆ限定でロリに目覚めそうだわ」 「むぅ……! 見たらヤダって言ったのに……」 「ああ大丈夫だぞ、ロリに目覚めても俺が愛してるのはゆずゆだけだから」 「ふ、ふーんだ」 パラパラとアルバムをめくっていると、段々男の子が混ざって写ってくるようになった。 「なあ、これって弟?」 「か、彼女をほっといてアルバム見る彼氏の言葉なんて聞こえないもーん」 あれ、拗ねちゃった? なんか今日は子供っぽくて可愛いな。 「ごめんごめん、じゃあアルバムはこれでおしまい」 アルバムを閉じてゆずゆに近寄る。 「これからはイチャイチャタイムだ……!」 「ホント!? 恭介ー♪ 恭介ー♪」 「わーい♪ やった♪」 「ぎゅって、して欲しいな……?」 彼女の要望に答え前から優しく抱きしめる。 「抱かれ心地はどうだい、お嬢様?」 「き、急にどうしたの!?」 「んー? なんとなく。気に入らなかったならやめるけど」 「抱かれ心地なんて良いに決まってるでしょ……?」 「あと、お嬢様じゃなくてお姫様がいい……」 「お姫様か、りょーかい」 「んふー♪」 抱きしめたまま頭を撫でると気持ちよさそうな声を出すゆずゆ。 (なんだこの可愛い生き物!?) って、俺の彼女か。 「さっきのアルバムに写ってたんだけど、あれ弟だよ」 「へえ、やっぱそうだったのか」 「なあ、兄弟がいるってどんな感じだ?」 「どんな感じって言われてもなぁ……」 「可愛くないしお金貸してーって言ってくるし、お菓子の取り合いとかもあったりでちょっとメンドくさいかも」 「小さい頃は一緒に遊んだりもしてたけど、小学校あたりから生意気になっちゃってさー」 「へぇ……。でも、そういうの憧れるなー」 「俺一人っ子だからそういうことしたことないんだよね」 姉がいたなら多分甘えちゃうと思うし、妹がいたらめっちゃ可愛がると思う。 って、これじゃシスコンみたいじゃね? いや、でも多分そうなるな…… 「ま、今いきなり妹か弟が出来ましたって言われても年離れすぎてそんな風に遊んだり出来ないけどな」 「そうだよねー」 「…………」 「じゃ、じゃあさ! 姉弟ごっこしよ!」 「……え? どういうこと?」 俺から離れて『良いこと思いついた!』と言いたげな顔で言うゆずゆ。 「おままごととかと一緒で、私がお姉ちゃんであんたが弟って設定で遊ぶの」 「そ、そんなこといきなり言われても弟ってどんな風なのかわかんないぞ?」 「んー、そうだなぁ……」 「思いっきり甘えてくればいいんじゃない? 私もよくわかんないし」 「お姉ちゃんがいたらこうしたい! っていうのやってきていいよ」 「さ、おいで?」 両手を前に出し『抱きしめてあげる』と言わんばかりに優しい目をしながらこちらを見るゆずゆ。 「お、お姫様にそんなこと出来ないって! てか恥ずかしいわ!」 優しい目に誘われてゆずゆの胸に抱かれたくなったが、頭を振って理性を保つ。 甘えたいけど、甘えたらだらしなく見られちゃいそうだし…… 出来ればカッコイイ彼氏でいたい! 「お姫様命令! 弟になって甘えてきなさい!!」 「そういうの無茶ぶりって言いませんか!?」 「もう……しょうがないなぁ……」 そう言って座ったまま後ろからゆずゆに抱きしめられて頭を撫でてくれる。 「っ!? ゆ、ゆずゆ……?」 「こーら、今はお姉ちゃんでしょ……?」 姉らしく振舞っているのか、少し大人びた声で話しかけてくる。 なんだ……? いつものゆずゆより色っぽく見えて…… さっきはあんなに甘えん坊モードだったから余計にそう思う。 「今のあんたは私の弟なの……。だから、甘えたいことを遠慮無く言っていいのよ……?」 「ま、実際弟が甘えてきたら殴り飛ばしてると思うけどね」 くっ、こ、こんなこと言われたら甘えたくなっちゃうじゃないか……! 「ほ、本当に甘えていいんだな……?」 「いいわよ」 「可愛い弟のためなら何だって言うこと聞いてあげる」 「まあ、弟じゃなくて彼氏だとしても甘えてきていいんだから……ね?」 ゆずゆのその言葉にカッコイイ彼氏でいたいという見栄みたいなものが一瞬で吹き飛んだ。 「じゃあ……」 「抱きしめて舐めていい?」 「良い……舐め?」 「ゆっずゆ〜! ハァハァ! お姉ちゃんお姉ちゃん!!」 「ペロペロペロペロ!」 「えっ!? ちょっ、もう……くすぐったいわよ♪」 「いい匂いだよー! ふかふかのふにふにでめっちゃ気持ち良い!」 「ふふっ、そんながっつかなくてもお姉ちゃんは逃げませんよ〜♪」 胸に顔を埋めてスリスリしている俺の頭を優しく撫でてくれる。 ヤバイこれ興奮しすぎておかしくなる!! 「姉御、大好きだ。結婚しないで俺と一緒に居てくれ!」 「そんなこと言われてもお姉ちゃん困っちゃうな〜」 「大好きな彼氏がいるから、ごめんね?」 「え、弟になったら彼氏として扱ってくれないの!?」 「お、弟が彼氏でもいいと思うんだ!」 「今のは冗談だから、彼氏じゃなくて弟として楽しんでってば」 「それに、そういうのはちゃんと彼氏の時に言ってよ……」 「す、すまん……」 じょ、冗談で良かった! マジで凹むところだったわ。 「そうだ、膝枕してあげるよ」 「マジで!?」 「ほら、おいで?」 そう言ってベッドに腰掛け、太ももあたりをポンポン叩いているゆずゆ。 初めての膝枕……どんな感じなんだろう。 「し、失礼します……!」 「太ももに挨拶してないで早くおいでってば」 「お、おう……」 恐る恐るゆずゆの太ももに頭を乗せると、柔らかさの中に弾力がある素敵な感触が伝わってくる。 「お、おぉぉぉ……!」 「マジヤバイってぇ……、気持ち良すぎてずっとスリスリしてたい……」 「ちょっ、いきなり頭動かさないの! くすぐったいでしょ?」 「そ、そうは言ってもマジでヤバイって!」 「さっきからヤバイしか言ってないじゃん」 (だって太ももの感触が気持よすぎるんだよ!) これはクセになるわ…… 「へへ、気に入った?」 そう言いながらゆっくりと、まるで小さな子供をあやすように頭を撫でてくるゆずゆ。 普段からあんまり頭を撫でられることがないから、なんだか不思議な気分になる。 「こ、これは気に入らない方がおかしいだろ……」 「よかった♪」 「でも、私の太もも硬くない? 水泳やってるから筋肉ついちゃってるでしょ……」 「全然? むしろこの弾力が良いというか、ベストな気がする」 「そんな風に褒めても何も出ないんだから……」 膝枕の感触を今までどうして知らなかったんだろう…… 本気で後悔しそうなぐらい心地良い。 「ちょ、そろそろやめようぜ。色々と耐えられない」 「ん〜? 何が耐えられなくなっちゃうの〜?」 「わ、分かるだろ! 察してくれると助かる……」 「あれあれ〜? もしかして照れちゃってるの?」 「もー強がっちゃって可愛いな〜♪」 「うぶっ!?」 め、目の前からおっぱい隕石が降ってきた!! 「ぷはっ、び、びっくりした……」 「ふふふ、ねぇ……」 「お姉ちゃんと、イケナイこと……したい?」 ちょっ、視線と言葉が卑怯すぎる……! これ以上はマジでヤバイって……! 俺が身体を起こせばキス出来そうな距離でささやいてくるゆずゆ。 「ふ、フォォォォォォォ!! ウピャァァァァァ!」 「キャッ、ちょっとどうしたの!?」 「は、恥ずかしすぎてムリ! てか、それ卑怯!!」 「ウチのおとーとは一体何を想像したのかな〜? ん〜?」 「くぅ……!!」 「せいっ!!」 「やっ、ちょっとなにすんの!?」 「ねーちゃんが意地悪だからいたずらしてる」 「ったく、やんちゃな弟ねー」 「ダメでしょー? そんなことしちゃー」 「動じないだと……!」 普段だったらパンチが飛んできてもおかしくないのに…… これはチャンスかもしれない。 「ねえねえ、なんで仕返ししてこないの?」 「んー? 小さい弟だったらこんなことされても別にいいかなーって」 「ほう……」 「おっぱいぽろーん♪」 「ちょっ!?」 「うわっ! ぽろんなんてレベルじゃねぇ!」 ポロンじゃなくてドーン! って感じ!! ブラに包まれていたゆずゆの胸が、ブラを下ろした瞬間弾けるように揺れる。 胸の揺れ具合を、思わず眺めてしまう。 「……すげぇ!」 「……ねえ、なんでこんなことしたのかな?」 「ねーちゃんのおっぱい見たかったから」 「ストレートに言い過ぎ」 「あうちっ」 ゆずゆに軽く頭を叩かれるが、加減をしてくれたのか全然痛くない。 本当に子供をあやすような感じに接してくれている。 この際だから俺も思いっきり楽しませてもらおう。 「えっちな弟なんだから……」 「俺、ねーちゃんの弱点知ってるよ!」 「ホントかな〜? 私弱点少ないのにあんたに分かるの?」 「……それはねー」 「ここだぁ!」 「やっ、んんぅっ……」 「ちょ、ちょっと……何揉んできてるのよ」 「なにって、おっぱいだけど?」 「そういうことじゃ……あっ、なくてぇ……」 「こうやって揉むと感じちゃうんでしょ?」 「い、言うなぁ……!」 いやらしい笑みを浮かべながら聞いてみる。 目を閉じてイヤイヤと首を振っているが、揉んでいる手をどけようとはしてこない。 「こ、これじゃ弟じゃないよぉ………」 「んじゃ彼氏に戻っていい?」 「もう……戻ってるじゃん」 「そりゃあこんな風になったら男になりますとも」 「さっきのあんた……可愛かったのに」 「でも、揉まれている手はどかさないと……」 「だ、だって……」 「気持ちいいから続けて欲しいんだもん……」 「…………」 ゆ、ゆずゆからエッチなおねだりだと……!? これはもう期待に答えるしかないな。 「ちゅぱっ、ちゅ……」 「んぁっ!? やっ、ちょっ……んんぅっ」 「手だけじゃ物足りなそうだったからやってみたけど、どっちがいい?」 「ぜ、絶対分かってて聞いてるぅ……」 「いや、ゆずゆの気分によって違うかもしれないから聞いておきたいんだ」 もちろん分かっていますとも。 乳首もコリコリと硬くなってきたし、感じてるみたいだな。 「…………」 「な、舐めて欲しいけど……」 「オッケー」 「やっ、んぁぁ……ちょ、ちょっとまって……」 「どうした?」 「わ、私だけ気持ちよくなるのヤダ……」 「ねえ、男の人ってさ……一人でする時って」 「その、手で……してるんでしょ?」 「ん? あ、ええ、まあ……」 「でも、女の人にされるともっと気持ちいいって本当……?」 「そうらしいな」 「でも、どこでそんな情報を……?」 「…………」 「ファッション雑誌の、特集……」 「それ本当にファッション雑誌なのか?」 「ホントなの! ホントにファッション雑誌なの!」 (その雑誌特集するジャンル間違ってない!?) 「そ、それに、口でするともっと気持ち良いんでしょ……?」 「されたことないからそうらしいとしか言えないわ……」 「だけど、やってもらえるなら超嬉しいぞ」 「そ、そっか……」 「なら……試してみても……いい?」 「い、いいのか!?」 「うん……だから、その……」 「ソレ、出してみてくれる……?」 「えっと……出すだけで良いのか?」 俺はいそいそとベルトを緩めながらそう確認する。 「あ、えと、そこまで考えて無かった。どうしよう……」 「その……ベッドで仰向けになって寝るのは……どう?」 「わ、わかった」 改めてこういう事をするとなると、妙に緊張してしまう。 しかもゆずゆは俺が脱ぐところをマジマジと見ていた。 「……ええいっ、男は度胸だ!」 どうせ口でして貰う時には至近距離から見られるのだ。 ならば、いさぎよく脱ぐまで! 「恭介ぇ〜、私、上手く出来てた?」 「ねえねえ、私、上手く出来てた?」 「ああ、上手すぎておかしくなるかと思ったよ」 「良かった……♪」 「まさかゆずゆがあんなに積極的になるなんて……!」 「せ、積極的にってわけじゃないよ!」 「た、ただちょっと興味があったっていうか……」 「ははっ、いいじゃん別に積極的でも」 「俺は嬉しかったし、ゆずゆにも気持ちよくなってもらえて少し安心したし」 「うん……全然痛くなかったし、すっごい気持ちよかった」 「ゆずゆ、愛してるよ」 「私も……」 「ちゅっ」 軽いキスをして抱き合う。 ゆずゆの汗の匂いや女の香りというのか、興奮する匂いがしてまたちょっと元気になりそうだ。 「俺、もうゆずゆなしじゃ生きられないかもしれないな……」 「それを言ったら私もだって」 「私がエッチになったのも、こんなにあんたのこと好きになっちゃったのも……」 「全部あんたのせいなんだから、責任取ってくれなきゃヤだよ?」 「責任重大だな」 「それなら、俺もゆずゆがいないと寂しくて死んじゃうぐらい好きになってるから責任とってもらわないとな」 「っ!? な、なんだこの音!?」 「ふふっ、シャルロットだよ」 「キャンキャン!!」 ゆずゆが部屋の扉をあけるとシャルロットが飛び込んできた。 シャルロットは尻尾をブンブン振り回しながら楽しそうに部屋を走り回る。 「よーし、じゃあポメ太郎と遊んでやりますか!」 犬と遊んであげてと言われてたのを思い出し、遊んでやろうと思い立ち上がる。 「え、何する気……?」 「あと名前シャルロットだってば!? 直す気無いよね!? あとソレもしまう!」 「まあまあ、ペットに見せても恥ずかしさとかないし、もうちょっと彼女の素肌の感触を感じたいのだよゆずゆさん」 「それでもせめてパンツ履いてよ……」 「ポメ太郎〜? こっちおいでー?」 「『チンコプター!!』」 俺は腰に手を当て、膝と腰を駆使してふにゃチンをぐるぐると回す。 「ち、ちょっと何してんの!?」 「わぅっ!? キャンキャン♪」 シャルロットは目を爛々と輝かせ俺の足元へやってくる。 「へっへっへっへ……! キャン!」 「おー、これが気に入ったか! ほれほれもっと回るぞ〜♪」 「わぅわぅ!!」 「え、あんなに硬かったのになんでそんなにふにゃふにゃなの……!?」 「っと危なっ!? このチンコプターはお触り厳禁!!」 どうやらかなり気に入ってくれたらしくチンコプターを触ろうと前足を伸ばしてくる。 気分良く回していると前足が当たりそうになったので必死にシャルロットの前足からチンコを遠ざける。 「ちょ、シャルロット駄目! それ私のなんだから!!」 「わぅ……? キャンキャン!」 「あんたも早くしまって!! シャルロットが興奮しちゃってるじゃない!」 「そ、そうは言うけどな……!」 床に落ちているトランクスを取ろうと膝を折ろうとすると、それを狙っているかのようにシャルロットが襲ってくる。 「こらポメ太郎!! 足に捕まってくるなマジで怖いから!!」 「わぅ? わぅわぅわぅ!!」 「ひィィィィィィィ!!」 「もうシャルロット! 駄目だってばー!!」 シャルロットの猛攻撃から逃げるため俺は部屋中を逃げまわる。 ゆずゆがシャルロットを捕まえようとするが華麗に避けて捕まえられない。 「せ、せめてトランクス履かせてくれー!!」 こうして慌ただしくも一日が過ぎていった。 夏の風物詩といえば、海、花火、風鈴……。 (そしてプール!!) 今日は念願のゆずゆとレジャープールデートだ。 天気にも恵まれて絶好のプール日和。 水着はすでに装着済みだし、準備はバッチリ! さて、ゆずゆを迎えに向かいますか。 「あっ、恭介!」 「やっほ!」 「あれ、もしかして待たせちゃったか?」 「ううん、そんなことないよ」 「ぎゅう〜♪」 「っと、すっかり甘えん坊だな」 会っていきなり抱きついてくるなんて、前のゆずゆじゃ想像も出来なかったな。 「だって今日楽しみだったんだもん」 「俺も楽しみすぎて寝てないぞ」 「そこはちゃんと寝ようよ……」 「ま、冗談だけど」 「あー、ゆずゆ柔らけぇ〜……」 ゆずゆに触れてるとすごい落ち着く。 (多分もうゆずゆなしじゃ生きてられないな……もうすっかりゆずゆ病患者だ) 「どさくさに紛れて変なとこ触んないでよ?」 「チッ、バレたか」 「なんとなくそんな気がしたけど」 「じゃ、今日は思いっきり遊びますか!」 「うん!」 そのまま腕を組み、べったりくっついた状態で歩き出す。 「今日さ、前の競争のリベンジしていい?」 「思いっきり遊んでやることなくなったらいいわよ」 「せっかくのデートだもん、楽しまなくちゃ♪」 「違いないな」 「キャンキャン!」 「ほらほら、もうすぐ家だからってそんな慌てるんじゃないの!」 「げっ! い、急いで行こっ! このままじゃ見つかる!」 「は? おい、いきなり引っ張るなって!」 「ん……?」 「ゆずゆー! あんたどっか行くのー?」 「うぁ……見つかった……」 「え、もしかしてお母さん?」 「……うん」 犬を連れたお母さんを見て嫌な反応を見せたゆずゆ。 よく見るとゆずゆに似ているというか、ゆずゆがもう少し大人になったらきっとこんな風になるんだろうなと思えるような綺麗な女性だ。 って、お母さんなら挨拶しないと! 「は、はは初めまして!」 「ゆずゆさんとお付き合いさせていただいている主人公(姓) 主人公(名)って言います!」 「はい、初めまして。ゆずゆの母です」 「ウチの娘がお世話になってるみたいね」 「人前でこんなにベタベタしてるとこ今まで見たことないわよ」 「い、いいじゃない別に……!」 「どうも最近様子がおかしいと思ったら……あんたにもとうとう彼氏が出来るとはねぇ……」 「な、何よ……!」 「おめかししてそんなに仲良く腕組んじゃってるし、帰ってきたらいっぱい話聞かせてもらわないと♪」 「う、ぐうぅ……!!」 「もしかして、付き合ってたの言ってなかったの?」 「……うん」 (ああ、それでさっきの反応だったのか) 俺の時はいきなりバレたけど、もしかしたら同じ状況になってたかもしれないんだよな…… 「彼氏くん、ウチのやんちゃ娘と付き合うのは大変でしょ?」 「いえいえ! そんなことないです!」 「そのやんちゃな部分も可愛くて、俺にはもったいないぐらいの彼女ですよ!」 「ウチの子をそんな風に言ってくれるなんて嬉しいわね〜♪」 「外だとむすーっとしてるし、男ウケ悪いと思ってたけど……」 「君みたいな彼氏がひょこっと出てくるとは思わなかったわよ」 「お、お母さん! もういいでしょ! これからデートなの!」 「プール行ってくるから、帰りは多分夕方になると思う……!」 「はいはいわかったからピーピー泣かないの」 「二人とも、お金はちゃんとあるの?」 「大丈夫です。しこたま貯めたバイト代があるんで……!!」 「彼女のために使うのもいいけど、ちゃんと貯金もしといた方がいいわよ?」 「はい! そこら辺も色々考えて使ってます!」 「しっかり考えてるのね、偉い偉い」 「じゃあすみませんが電車の時間もあるのでそろそろ俺達は……」 「ああーごめんね? 引き止めちゃったみたいで」 「これからもウチの娘をよろしく、機会があったらゆっくり家に遊びに来てね?」 「はい、その時は是非!」 そう言って、シャルロットと一緒にゆずゆのお母さんは家に入っていく。 「やばい、絶対帰ったらお母さんたちに冷やかされる……」 「そしたら逆にノロケて開き直っちゃえよ」 「そんなことしたら逆にお母さんたちのノロケ聞かされてこっちが恥ずかしくなるのよ……」 めちゃくちゃ仲いいんだな、ゆずゆのお母さんたち。 「俺達のことに気を遣ってくれたし、いい母ちゃんじゃん」 「そ、そう?」 「私、お母さんみたいになりたいって思ってるんだよね」 「ちょっとからかってくるのは恥ずかしいけど、良いお母さんなんだ……」 「あれ? まだ家の前にいたの? 電車間に合う?」 「お、おおお母さん!?」 「あ、一本ずらすことにしたんで大丈夫です。それより今ゆずゆさんから……」 「い、行くよ! ほら走る!!」 「なっ、走らなくてもいいだろ? ゆっくり行こうぜ」 「お母さんに見られると恥ずかしいの!」 「ん〜? よく分かんないけど、気をつけてねー」 ゆずゆに背中を押されながら、駅までの道を歩いた。 レジャープールに到着し、更衣室で水着に着替えるためにゆずゆとしばしのお別れ。 (さてと、コインケースにゴーグルに〜♪) あ、あれ? ………… (やべぇ、パンツ忘れた) か、帰りどうしよう……! ゆずゆにバレたら変態とか罵られそう! ま、まあきっと大丈夫だよね。アクシデントに動じないのが真の男ってやつですよ。 何事もなかったように水着のポケットに防水仕様のコインケースを入れ、プールへ向かう。 「おぉー、結構おっきいな……!」 超大型ウォータースライダーに波の出るプール、子供用プールなどもある。 波の出るプールなんてどっかのビーチみたいで海に来てるようだ。 (うわぁ……、公共の場であんな大胆な水着着てくる人いるのかよ……) ほとんど紐みたいな水着で歩く女性を見かけたが、あれは思春期男子じゃなくても思わず見てしまう。 あれ着てゆずゆが現れたら鼻血どころの話じゃないけど、他の人見てもピンとこねーな。 「何見てるの?」 「紐水着の人見て前屈みになってる野郎ども」 「あんたは前屈みになってないんだ?」 「ゆずゆが着れば前屈みどころじゃないけど、他の人見てもな……」 「……そろそろこっち向いてくれてもいいんじゃない?」 「こ、心の準備がいるんだい!」 だって彼女の水着ですよ!? 競泳水着かもしれないけど、こういう場所だから余計にドキドキするんだよ! 「でも、思ったより早かったな。もう少し時間がかかると……思って……」 後ろを振り返るとビキニ姿の天使がいた。 「……水着、買ってみたんだけどどう……かな?」 「…………」 「さ、最高……! 超似合ってる!!」 「ビキニ着てくるなんて思ってなかったからすげービックリしたよ」 「あ、あんたが気に入ってくれるかなぁ……って思って」 「ちょっと頑張った」 発育の良さがコンプレックスだって言ってたゆずゆがビキニを選んでくるなんて……! 少し頬を染めてもじもじするから、胸が更に強調されてヤバイ。 引き締まったお腹や太もも……しかし胸やお尻はしっかり出てる。 ビキニって下着と変わんなくない? と思っていたが、そんなことはないな。 下着にはない魅力があると……今はっきりと思う。 「そ、そんなじっくり見ないでよ……」 「じっくり見ないなんて無理だろ」 「もうね、今まで俺に彼女が出来なかったのは、ゆずゆと付き合うためだったに違いないね!!」 「マジ最高! さすが俺の彼女!」 「ほ、褒め過ぎだって」 「気に入ってくれたみたいで良かった♪」 「気に入るとかじゃなくてもう……なんというか、最高としか言えないわ」 「でも、やっぱちょっと恥ずかしい……ね」 ゆずゆは周りの男どもの視線が気になるのかなんとなくビクビクしている様子。 だけど、他の男の視線を釘付けにするようなゆずゆが俺の彼女だと思うと、ちょっと自慢したくなる。 「あー、なんだ、その……」 「今日は一日俺がゆずゆを独占するんだから、他の男なんて気にすんな」 「さ、目の前のプール全部制覇する勢いで遊ぼうぜ!」 「お、おー!」 「おし、じゃあまずは波の出るプールだ!」 そう言ってゆずゆの手を握ると、キュッと握り返してくれる。 「……私は告白されたあの日から、彼氏に独占されてるけどね♪」 「っ!! お、おう……」 嬉しいこと言ってくれるじゃない……! ドキッとして思わず足が止まってしまう。 「なーに立ち止まってんの? ほら、早速泳ぐんでしょ!?」 「い、今のわざとだろ!? こっちが恥ずかしくなるわ!」 「あはは、知らなーい♪」 「タイミング見計らって仕返ししてやるからな!」 「やれるもんならやってみなさいよー!」 お互いに笑いながら目の前に広がる波の出るプールに向かった。 奥を見ると波を出す装置があってちょっと雰囲気に欠けるけど、そこさえ見なければ本当に海みたいだ。 ちょっとワクワクしてきた……! 「へぇ……砂浜っぽくなってるんだな!」 「ねえねえ、あの波の出るトコまで泳いでみようよ!」 「オッケー、どうやって波出してるのか気になるしな」 ああいうでっかい機械見ると気になっちゃうのが男ってもんだよね。 「只今から本日のサプライズイベント『荒波フェス』を開催致します」 「その名の通り荒波が発生しますので、泳ぎに慣れていない方やお子様は十分ご注意ください」 「へえ、なんか良いタイミングで来れたみたいね」 「なんでこう男心をくすぐるようなサプライズをしてくれるんだろな……」 台風が来ればワクワクして、風が強い日は無駄に外出したくなるのは俺だけじゃないはず。 「波に飲まれて溺れないでよ?」 「そっちこそ、普段泳いでるからって油断してると危ないからな?」 「じゃあお互い危なくないようにくっついて行かない?」 「そうだな。そこまで深くないみたいだし、泳いだほうが逆に危ないかもな」 ゆずゆと腕を組んでゆっくりと荒波に向かって進んでいく。 「おぉ、思ったより進むのきついな。下手すりゃ足すくわれそうだ」 「ねー。他の人達も結構慎重にいってるみたい」 周りを見てみると同じようにくっついて荒波に入っている。 「巨根パパ〜! れっつ進軍〜♪」 「ソレを言うなら巨塔ね!? どこでそんな言葉覚えたの!?」 「あの子肩車なんて考えたわね」 「ゆずゆもやるか? 大丈夫、俺は多分軽いほうだから」 「なんで私があんたを肩車するの!?」 「冗談だよ。でもやるならあの子より高くなるぞ」 「……恥ずかしいからパス。こうやってくっついてた方があんたを近くで感じれるし」 チッ、ゆずゆの太ももの感触を味わえると思ったのに…… 「皆さん注意してください! 暴君が現れました!」 「ハッハー! このプールに熟女はいねーかー!!」 (なんか変な暴君キター!) 暴君はボートに乗ってプールの端から端まで往復してきて、更に波を荒くしてくる。 「わ〜♪ 楽しくなってきたね!」 「キミと海の藻屑になれるなんて、俺は幸せものだな」 「サラッと不吉なこと言わないでよ!?」 「んー、思ったより荒れないわね」 「そうか? でも事故とか起きたらまずいから少し抑えてるんじゃない?」 「ちょっと残念ね」 周囲には家族連れや自分たちと同じようなカップルがいて大はしゃぎ。 荒波というシチュで俺はちょっとはしゃいでいたが、ゆずゆはどこかつまらなそうな顔をしていた。 「どうした? もしかしてあんまり楽しくない?」 「ううん、楽しいっちゃ楽しいんだけど、ちょっと物足りないっていうか……」 「なんて言うか、不完全燃焼?」 どうやら普段から水の中を泳ぎまくっていたゆずゆにとって、浮き輪でプカプカ浮かぶだけでは少し刺激が足りなかったらしい。 まあ、あの暴君もちょっと微妙だしな…… 「じゃあさ、せっかく波が出てるんだからここを海だと思えば、まだいくらか楽しめないか?」 「海は海藻とか気持ち悪いし、クラゲがいるからとてもじゃないけど泳げないわよ……」 「え、もしかして海苦手なの……?」 「だ、だって海藻が足に絡み付いてきたら超気持ち悪くない!?」 「クラゲだってグニュッってするし……」 「あー……たしかに気持ち悪いっていうか、ビビるな」 「プールだとあんなに泳げるのに……」 「そう考えるとゆずゆって淡水魚だよな」 「私が泳ぐのはプール限定よ。川だって藻とか気持ち悪そうじゃない……」 ゆずゆは川や海とかの自然界では泳げないキャラだという意外な弱点が判明。 「じゃあこの波とかもアウト?」 「そんなことないわよ? だってここプールだし」 (雰囲気とかじゃなくてプールだって分かればいいんだ……) ゆずゆの刺激になるような物って何かあるかな……そう考えながらあたりを見渡す。 「ならアレ行ってみようぜ」 「アレって、ウォータースライダー?」 「おう。アレなら刺激ありそうだと思ったんだけど」 「あんな滑り台面白いのかな?」 「結構流れ速いみたいでスリルあるらしいぞ?」 「へえ、それなら楽しそうね」 「ほら、結構並んでるかもしれないから早くいこっ!」 あっという間にプールサイドに上がるゆずゆ。 「お、おい! 走るとコケるぞ!」 「早く早く!!」 「慌てなくても大丈夫だって」 興味を持ってくれたみたいで嬉しいけど、テンション高すぎませんかゆずゆさん…… でも、俺もちょっとわくわくしてきたので少し小走りになってしまう。 さっきのイベントのおかげか思ったより早く順番がやってきた。 「もうすぐだけど、心の準備はいいか?」 「ふん、良いに決まってるじゃない! いつでもオッケーよ!」 『いつでも来い!』と自信満々なゆずゆ。 「次の人どうぞー」 「へぇ、これ二人乗りなんだな」 「ホントにスリルあるのかなぁ……」 そう言いながらも楽しみな気持ちを隠せていないゆずゆ。 こういうのって意外としょぼいのもあるけど、ここは多分大丈夫だろう。 「……え? こ、これ思ったより……」 座った途端に少し震えてるように見える。 顔も少し強張ってないか? 「どうかしたか?」 「や、やっぱやめない? 思ったより水の流れ速いんだけど……」 「だから言っただろ? スリルあるっぽいぞって」 「たしかに言ってたけど……そういうのって大抵デマカセとかがオチじゃない?」 「ここの紹介に『ジェットコースター級のスリルを味わえる』って書いてあったけどな」 「なんでも、途中で滑り台の部分が透明になってたり、急にカーブしたり直角にジャンプしたりして大人でもビビるらしい」 「ほら、さっさと出発しようぜ」 「な、なにを言ってるのかな!? ちょっと待ってよ!?」 スタート地点にある手すりを震えながら必死に掴むゆずゆ。 その後ろから抱きしめるようにしてゆずゆにぴったりくっついて座る。 「はい、どーぞー!!」 「ほら、行くぞ!」 「ちちちょっとタンマ! ムリムリ! てかなんで私が前なの!?」 「その方が面白そうだから」 「や、やっぱりやめる!! ねえ滑るのやめるから立たせてー!!」 「わがまま言うんじゃありません!!」 「えーっと……」 顔を真っ青にして叫ぶゆずゆに『どうすんのこれ……』と言いたげにしているスタッフさん。 「あの、俺が手すりから彼女の両手を離すんで、その隙に押してもらっていいですか……?」 「はぁ……、いいですけど」 スタッフさんに小声で相談し、少し戸惑っていたがOKしてくれた。 「わかった、わかったから!」 「ほら、立たせるから両手離して!」 「う、うん……ごめ」 「はい、レッツゴー!!」 「んィィィィィィィヤァァァァァァ!!」 スタッフさんが勢い良く押してくれたおかげでスタートダッシュがメチャクチャ速えぇ!! 「アッハッハッハー! あの人良い人だわー!」 「イヤァァァァァ! は、速いって! ちょっ!? ホントァァァァァ!!」 「おー! 速い速い!」 「やぁぁぁぁ!」 「ぜ、絶対! 絶対離さないでよ!?」 「わかってるって」 どうやら本気で怖いらしく、身体を捻って俺に抱きついてくる。 ここまで怖がってるゆずゆは見たことなかったし、なんか可愛いな。 「そんなに怖いか? 結構面白いじゃん」 「そうやって油断させといてさっきみたいに押すんでしょ!?」 「あれは仕方なくだからな!?」 そのままギャイギャイ騒ぎながらどんどん下へ滑っていく。 「ぷはっ、あー楽しかった!」 「え、あ、終わった?」 「そうだよ」 ぽけ〜っとしているゆずゆの手を引き後ろから来る人とぶつからないようにプールサイドに移動する。 「最初はすまんかったな」 「後ろの人がつっかえてたからああしないと迷惑かけちゃうからさ」 「…………」 「あ、あれ? もしかしてマジでお怒り?」 流石にやりすぎたか……? マジでビビってたもんなぁ…… 「もっかい」 「ん?」 「もっかい乗りたい! これおもしろーい!」 「えぇ!? あんなにビビってたのになんなの!?」 「あ、あれは速さにちょっと驚いただけよ……!」 「もう大丈夫だもん!」 「ねえ、もう一回滑ろう? 今度はあんたが前ね」 「ははっ、しょうがないなー怖がりのゆずゆに代わって前になってあげようじゃないか」 「じゅ、順番! かわりばんこ!」 「結構並んできちゃってるから急ご!」 良かった。楽しんでもらえてる。 こうして楽しそうに笑うゆずゆを見れて本当に良かったと思う。 ゆずゆに手を引かれながら、つい笑顔になってしまう自分がいる。 「な、なにニヤニヤしてるのよ?」 「ん? やっぱゆずゆは笑顔が超似合うなーって思ってさ」 「私はあんたが側に居ればすぐに笑顔になるわよ♪」 「俺もゆずゆが一緒に居ればハッピーだ」 「次もスタッフさんに押してもらうか?」 「ヤダ! 今度は自分のタイミングで滑りたい!」 そんなことを言いながら再び俺らはウォータースライダーに向かう。 その後も無邪気にはしゃぐゆずゆを見ながら、俺は心の底から今日のデートを楽しんだ。 「わぁー! 見て見てすっごい綺麗だよ!」 「ちょっ、そ、そんなにはしゃぐなって……!」 夕方になり、プールを出て橋の見える通りまでやってきた俺達。 プールの疲れもあるけど、今日は本当に楽しかったしゆずゆの色んなところが見れて嬉しい。 (あぁぁぁぁズボンの下フルチンとかめっちゃ怖ぇ……!!) だけどパンツを忘れた代償は思ったよりデカかった。 下に一枚履かないだけでこんなにもヒヤヒヤするもんなのか…… コンビニで買うって選択肢もあったけど、ゆずゆと離れたくなかったしパンツ買うとこ見られたらバレちゃうしな。 「今日は楽しかったね」 「そ、そうだな。ゆずゆの水着も堪能出来たし、満足満足」 「私もあの水着気に入ってもらえたみたいでホッとしたよ」 「いつもみたいに泳ぐのもいいけど、今日みたいに遊ぶのも楽しいね」 「もっとウォータースライダー乗りたかったなー」 「ははっ、もうすっかり気に入っちゃったな」 最初は不完全燃焼とか言われて少し不安だったけど、今日のデートは楽しんでもらえたみたいだから結果オーライだ。 近くのベンチに座り、少し休憩する。 「ふぅ……」 「ねえ、プールから出てからなんか落ち着きないけどどうかしたの?」 「ん? なんもないよ?」 ズボンの中がな! ズボン越しの感触がいつも以上に強くて色々とまずい…… 「ふーん……なんか怪しい……」 「そんなことないですよ?」 「まあいっか」 「ねね、膝貸して? ちょっと疲れちゃった」 「え、膝?」 「うん、お邪魔しまーっす」 「ちょっ……!?」 「ん〜♪ あんたの膝気持ち良い〜♪ そんなに硬くないし最高の枕かも」 「あ、あの出来れば恥ずかしいので膝枕は……カンベンして頂けないでしょうか?」 それ以前にパンツ履いてないから余計に意識しちゃうんだって……! 「今日一日私を独占してくれるんでしょ? だったらこのままがいいな〜♪」 「あ、あぁぁぁ……!」 膝に頭スリスリするのやめて……! 太ももじゃないとこが硬くなるから! 俺の気持ちなんてお構いなしに太ももを堪能してる彼女。 (意識するからダメなんだ! 別のことを考えて誤魔化せばやり過ごせるはず……!) 「な、なあ、今度デートで行くとしたらどこ行ってみたい?」 「んー、遊園地とか動物園行ってみたい!」 「いいね。遊園地ならお化け屋敷行こうぜ」 「え、ジェットコースターとかコーヒーカップに決まってるでしょ」 絶対こいつコーヒーカップで思いっきりグルグル回すタイプだろ。 でも、なんだかんだで面白そうだな。 「…………」 「ねえ、後ろから頭が押されてるんだけど、私の彼氏さんは一体何を想像したの?」 (やっぱバレますよねー……) 「想像したんじゃなくてゆずゆの頭の感触が気持ちよくてベビーが成長期を迎えました」 「……エッチ。こんなとこで大きくしてどうすんのよ……」 「しぼむまで動けないから身体を起こしていただけたら大変ありがたいのですが」 「名残惜しいけどしょうがないか……」 「俺だって出来ればずっとしてあげたかったけど、成長しちゃったものはしょうがないんです……」 「……ちゅっ」 「っ!?」 「今日は、これでカンベンしてあげる」 「これ以上しちゃったらあんたが我慢出来なくなりそうだしね」 「ぐ、ぬぅぅ……」 もうすでに我慢出来なくなりそうだよちくしょう! 身体起こしてくれてホッとしてたらこのザマだよ…… 「それにしても、やっぱ俺の彼女の水着姿は破壊力抜群だったな」 「可愛い彼女を持つと自慢したくなるっていうか、不思議な気分になるな」 「……よし、俺もゆずゆが自慢出来るようなそんな男を目指す!」 こんな可愛い彼女がいるのに彼氏の方が残念……なんて言われたら嫌だしな。 そうならないためにも、カッコイイ男にならないと! 「……何言ってんの?」 「あんたの素敵なところは、私たくさん知ってるよ?」 「そんなあんたの一面を独り占め出来てる時点で、私は十分幸せだよ」 「だからあんたは私の最高の彼氏で、自慢出来るんだから♪」 「ゆずゆ……」 「ああああああもう可愛いなぁこいつぅ!!」 「ほ、ホントのこと言っただけだし……!」 あまりにも嬉しいことを言ってくるので思わず抱きしめてしまう。 そんな風に想ってくれる彼女がいるなんて俺は幸せ者だなぁ…… 俺の腕の中で幸せそうな顔をしているゆずゆを見ながら、そう思った。 「ん……?」 『メール受信1件 ゆずゆ』 ゆずゆからいつものようにメールが届く。 『次は海なんてどうだ? ゆずゆの海嫌いを克服しに』 『今の季節だったら、ちゃんと場所を選べば海藻やクラゲも回避出来るぞ?』 ちゃんと整備されたビーチだと、プールと変わらずに泳げる場所もある。 沖に出るとすぐに岩やら海藻のある場所は厳しいけど、波しかこないシンプルな浜辺も調べてみると結構あるし。 (ど、毒クラゲ……?) そこまで海にトラウマがあるのか、俺の彼女は結構不思議な弱点が多い。 とりあえず毒クラゲに刺される確立は極めて低いというメールをしながら、今日も俺たちの一日は過ぎていった。 『やっぱりゆずゆはプールに行くと活き活きして見える』 『ゆずゆってもしかしたら前世は魚だったんじゃないか?』 前世が魚だとしたら、種類は何だ? いや、泳げる=魚とも限らないか。アザラシとかペンギンとかもいるわけだし。 『確かにマグロは泳ぐのやめると死ぬしな』 『ゆずゆの母ちゃんって、結構面白いこと言うタイプ?』 今日ちょっとだけ話すことが出来たゆずゆの母ちゃん。 俺もこの先交際を続けて行けば、もっと話す機会も増えそうだ。 「………」 (ゆずゆって、メールでも本当に可愛いこと言うよな……) もちろんずっと隣にいて欲しい。 そうすぐに返事して、この日もゆずゆと楽しいメール時間を満喫した。 『母ちゃんもせめて人魚とか言ってやればいいのに』 『マグロはさすがにシュール過ぎるだろ、俺口をパクパクしてるゆずゆとか怖いぞ』 養殖マグロならぬ養殖ゆずゆ…… ああ、俺は頭がおかしい。 なんか養殖ゆずゆってちょっとエロい気がしてきたぞ……! 「な、なに……!?」 そ、そうか、人魚って足ないからエッチ不可能じゃん!! 『人魚は撤回する。うん、ゆずゆは人間のままがベストだ!』 すぐにこんなアホみたいなメールを送る俺。 こうして今日も、ゆずゆとの楽しいメールの時間が過ぎていった。 とある平日、午前十時頃。 今日は学校も登校日ではなく夏休みらしく一日お休み。 家でまったりと普段見れないワイドショーなんか見ながらゆずゆに会いたいな〜なんてゴロゴロしているところ、 「今日ゆずゆちゃん来ないの? ゆずゆちゃん」 と、母ちゃんに声をかけられた。 そういや今日母ちゃんも仕事ないんだっけ? 「んー、特に来る予定はないなー」 「最近私ゆずゆちゃんに会ってないんだけど」 「まあだいたい外で会ってるしな」 「たまには家にでも呼びなさいよ、私だってゆずゆちゃんに会いたいんだから。あんな可愛い子そうそういないわよ」 どうやら母ちゃんはゆずゆを大層気に入ったみたいだ。 なんか自分の彼女を好いてもらえているのは普通に嬉しい。 なにより家にゆずゆを呼べるってだけでなんか楽しくなってきた。母ちゃんも会いたがってるって言ったらゆずゆも喜びそうだし。 「よっし! ちょっと電話でもしてみる!」 俺は身体を起こすと、机の上に置いてあった携帯を手に取る。 ゆずゆは通話履歴の一番上にあるからすぐに電話をかけられる。 「もしもし?」 「お、ゆずゆ、ちょっといいか?」 「うん、どうかした?」 「お前今日暇か?」 「う、うん、暇! すっごく暇!」 な、なんだかすごく暇を強調してくるな。 「ならよかった、ゆずゆ今日家に来ないか?」 「恭介の家? そ、それってそのえ、エッチな……」 「あんたの家? そ、それってそのえエッチな……」 「違う! そういうんじゃない! 母ちゃんが会いたいから呼べって言うんだよ」 「え、おばさんが?」 「ああ、なんか相当気に入られてるみたいだぞ」 「おばさんに……えへへへ」 おーおー、嬉しそうな笑い声が聞こえてきたぞ。 「どうだ? 来るか?」 「行く!」 「よっしゃ! ならそうだな……」 何時くらいがちょうどいいだろう? とちょっと思案していると母ちゃんが口を挟む。 「そうだ、どうせなら一緒にお昼食べない?」 「ああ、それがいいかもな」 「じゃあ、ゆずゆ、昼飯はウチが用意するから一時くらいに来てくれるか?」 「うん、一時だね。分かった」 「それじゃあまたあとでな」 「うん、またね♪」 ゆずゆの返事を聞いてから電話を切る。 「ふふふ、今日は腕によりをかけて作るわよー! 夏野菜カレーなんかいいかしらね!」 「待った!」 腕まくりをしてキッチンに向かう母ちゃんを止める。 「あら? もしかしてゆずゆちゃんカレー嫌い?」 「違う! そのカレー! 俺に作らせてくれ!!」 つい鼻息荒くしながら挙手までする俺。 「たまには俺がゆずゆのためになんかしたい! いきなり料理は無謀かもしれないけど、カレーなら!」 「あらあら、意気込んでるわね〜」 「ゆずゆを驚かせてやりたいんだ!」 「ふふ、そういうことなら可愛い息子のためにも協力してあげようかしら」 「いいのか!? ありがとう母ちゃん!」 「それじゃあまずは、足りない材料メモするから買ってきてもらっていい?」 「即行で行ってくる!」 こうして俺は母ちゃんのメモと財布を手に家を飛び出す。 ゆずゆと一緒に過ごせるだけじゃなく、家にも呼べるなんて……! 母ちゃん、ありがとう! 絶対美味しいカレーを作ってみせるぜ!! 俺は期待に胸を弾ませながら炎天下の街を走り始めた。 「ただいま! 外暑い!!」 あまりのワクワク感に走り出したい衝動を抑えられず行きと帰りで走り続けたのが間違いだった。 けど衝動だったので仕方ない。 「お、おかえりなさい……」 「おかえりー」 「あれ?! なんでゆずゆがもういるんだ?!」 「えっと、お昼ご飯ご馳走になるなら何か手伝いをしたほうがいいんじゃないかと思って」 「あぁ、それで早く来たわけか」 よかった、あまりの会いたさと夏の暑さで幻覚でも見え始めたのかと思ったぜ。 ……まあ幻覚でもゆずゆが現れてくれるなら悪くはない気もする。本物には劣るけど。 「けどな、ゆずゆ。今回は座って待ってるだけでいいぞ」 「でもご馳走になるだけじゃ悪いし」 「今回は特別なんだ。なんせ今日のお昼を作るのは俺なんだからな」 「え、恭介料理できたっけ?」 「え、あんた料理できたっけ?」 「ちょっと頑張ってみようと思ってな」 予想通りゆずゆのやつ、ビックリしてるな。 これは美味しいカレーを作って尚更驚かせてやりたいところだ。 「ちなみにメニューは夏野菜カレーな」 「ちゃんと作れるの?」 「が、頑張る……!」 「そういうわけだから、お茶でも飲みながら見てるとしましょう?」 いつの間にやらお茶を淹れてくれていた母ちゃんがゆずゆにお茶を渡す。 「ありがとうございます」 軽く頭を下げながらそれを受け取るゆずゆ。 「よっしゃあ! やるぞ!!」 意気込みながらキッチンに立つ。 「じゃあ、まずは材料を水洗いしちゃってね? じゃがいもとか特に」 「水洗いだな」 俺は言われた通りに野菜を水洗いしていく。 「それが終わったら野菜の皮を剥いて、食べやすい大きさに切るのよ」 水洗いして、皮むき、切る作業か。 一通り水洗いを済ました俺はまな板と包丁を用意する。 「で、野菜の皮むきだな」 なんかじゃがいもは凸凹してて剥きづらそうだし、人参から行ってみよう。 「えーっと、とりあえず包丁でガッと!」 左手に持った人参の表面に包丁を当てる。 これで表面を削ればいいんだよな? 「ガッとは出来ないからね? 気をつけてね?」 「マジで? でもこれ意外と固くて……!」 母ちゃんとかスルスルやってた気がするんだけどっ……! 「あ、あぶない…………」 「はあ、あんた料理の才能、ぶっちゃけまるで無いんじゃないの?」 「うるせぇ!! やってやる!!」 な、なんとか不格好ながらにも人参、じゃがいもと皮をむいていく。 ちょっとガッ! ってなるたびにゆずゆがびくっとするからちょっと申し訳ないなーなんて思いつつも、ひとまず皮むきを終える。 たまねぎは包丁使わなくていいから楽だった。 「そして次は食べやすいサイズに刻むのか」 とりあえず皮むきも人参からやったし、これも人参からいこう。 皮むきに比べたらどうってことないだろう! 「行くぜ!」 力を込めて人参を切り分ける。い、意外に硬いぞ、コイツ。 「こ、こわい……指切らないでね?」 「大丈夫!」 多分。 とはいえ、これ結構硬いし…… ダンっ! と音を立てつつも人参を刻んでいく。 ま、まだ残ってるけど次はじゃがいもにいこう。 「てや!」 「野菜切るのに掛け声はいらないと思うんだけど……」 「いやでもこいつら結構固くて……」 「我が息子ながらここまで不器用だとは思わなかったわ」 のんびりゆずゆの隣でお茶をしながら俺を見ている母ちゃん。 (協力してくれるんじゃなかったっけ?! お母様?!) 「よ、よし! じゃがいも攻略!」 次はたまねぎだけど、こいつは余裕だろう。 だいたい人参なんて地中の中で鍛え上げられてるんだから固くて当然だよな。 ……あれ? 玉ねぎも球根だっけ? まあいいか。 「サクサクっと切っていくぜ」 「し、慎重にね?」 「大丈夫だって、たまねぎはよゆ……」 余裕と言おうとした矢先、グサッ! と人差し指が包丁の餌食に。 「っ痛!!」 玉ねぎに裏切られたぁあああああああ!! 「だ、大丈夫?!」 ゆずゆが急いで駆け寄ってきてくれる。 「あらあらまったくもう」 母ちゃんは母ちゃんで救急箱の置いてある棚の方へと向かってくれていた。 「だから慎重にって言ったのに……」 「ご、ごめん。ちょっと油断してた」 玉ねぎだけは信用してたのに。 まさか丸っこいが故にうまく抑えられなくて指を切るとは…… 「アンタ大丈夫?」 「ああ、そんな深くは切ってないし」 幸いかるーく血が出ているくらいで済んでいる。 ガッツリ刺さった気がしたんだけどな。 「あ、私が手当します」 「そう? じゃあお願いするわね」 そう言って母ちゃんから救急箱を受け取ったゆずゆが俺の指の手当をしてくれる。 「大丈夫? 痛くない?」 「あぁ、そんなには」 「気をつけてよね? 心配するんだから」 「ごめん、なんか格好つけようとして失敗した」 「もう、料理も技術なんだから、気合だけでつくれるわけないでしょ?」 「面目ない」 「……っと、これでよし」 「すまない、ありがとう、ゆずゆ」 丁寧に包帯まで巻いてくれるとは。 「いい? 野菜を切るときはこうやるの」 そう言ってゆずゆがキッチンに立ち包丁を握る。 「包丁を真下に下ろそうとするから切りづらいんだよ。野菜はこうやって向こうに押すようにして切るの」 トントントントンと小気味いい音を立てながら、俺があんなに苦戦した人参が刻まれていく。 その姿がめちゃくちゃ様になっていて、いつも料理をしているということがよく分かった。 「おぉ、すげぇ……」 「ね? 力なんて入れなくていいんだから」 「分かった、やってみる……」 「うん、あ、野菜を抑える手は丸めてよ? じゃないとまた指切るかもだし」 (抑える手は丸めて、包丁を向こう側に押し出すようにしながら……) 「おぉ……!」 さっきまでの半分も力を入れていなかったのに簡単に刻めてしまった。 「ね? 簡単に切れるでしょ?」 「そうか、こうやって野菜を切るんだな」 同じように人参も切ってみる。 「そうか、包丁ってこうやって使うのか……」 そうして残りの野菜もすべて刻み、冷蔵庫から取り出した牛肉も食べやすいように刻んでいく。 「うん、そうそう」 ゆずゆに一つ一つ丁寧に教わりながらだったため、そのあとは怪我することもなく無事に終える。 「……ふぅ、なんとか切り終えた」 食材を切るってだけでこんなに四苦八苦するとは思わなかったけど、ゆずゆのおかげでなんとか乗り切れた。 頑張ってこの調子で美味しいカレーを作りたい……! 「ふふっ、二人とも本当に仲がいいのね」 それまで俺たちのやりとりをのんびり眺めていた母ちゃんが口を開いた。 「付き合い始めたばかりのカップルには見えないわよ?」 「…………」 母ちゃんにからかわれて真っ赤になるゆずゆ。 俺はというとぶっちゃけそれどころじゃない。結構いっぱいいっぱいだったりする。 「俺とゆずゆだからな、当然だろ」 「ふふっ……♪」 「あらあらムキになっちゃって♪」 そんな必死な俺を見てゆずゆも母ちゃんも同じように笑みを浮かべた。 残すところ鍋の底でカレーが焦げないようにかき混ぜるだけのところまでやってきた。 (ぶっちゃけもう終わったようなものだろう! よくやった、よく頑張った俺!!) 俺は自分で自分を褒めながらリビングで一息付いているゆずゆと母ちゃんの方に視線を移す。 ゆずゆと母ちゃんが並んでバラエティー番組を見ていた。 ちょっと不思議なというか、当然なんだけど見慣れない光景だ。 「あ、そうだ、ゆずゆちゃん」 「は、はい!」 唐突に口を開いた母ちゃん。 それに驚いて一瞬背筋が伸びたゆずゆ。 「あの子、彼氏にしてみてどう?」 「え!?」 「ゆずゆちゃんすごく可愛いから、前の彼氏と比べてうちのどうしようもない息子はどうかと思って……」 「ま、前の彼氏ですか!?」 「そうそう、ウチの冴えない息子よりいい彼氏とかと付き合ってたんじゃないの?」 「いえ! そんな! 私、彼が初恋の相手ですから……!」 「ええええぇ!?」 どうやらめちゃくちゃ意外だったらしい。 「本当に?! うちの子が?!」 「はい……」 ちょっと赤くなりながらも頷くゆずゆ。 「ちょっと、アンタ奇跡じゃないのこんなの……」 「いやまったく」 俺もおんなじことをよく思う。 「あ、あんた、こんなに可愛くてよく出来た女の子が初めての彼女なんて、ちょっと恵まれすぎじゃない? ちゃんと大事にしなさいよ?」 「ああ、自分でも恵まれすぎなことくらい自覚してるよ」 しょっちゅう思うことだしな、幸せすぎる! って。 「だから、これから先もずっと俺はゆずゆを大事にしていくよ、絶対に」 「…………」 「…………」 俺の言葉を聞いた二人が急に黙り込んで固まった。 俺なんか変なこと言ったか? 「あんた、それって将来はゆずゆちゃんと結婚するってこと……!?」 なんか驚いているみたいだな、母ちゃん。 確かに初彼女で結婚を意識って早いのかもしれないけれど…… 「ゆずゆが嫌じゃなければ」 「…………」 俺はゆずゆと結婚したいと思っている。 とはいえ、さすがにこの場でゆずゆの答えは聞けないだろうと思っていたが、当のゆずゆは俺の予想に反してゆっくりと口を開いた。 「嫌じゃないよ……」 「…………!」 「だって私も、ずっと一緒にいたい……ずっと一緒にいたいんだもん……」 「あらあらまあまあ……!」 そっか、ゆずゆもそう思ってくれていたのか…… 「同じ気持ちだったってことか」 「うん……」 「ならもしこの先お前が嫌だって言っても、俺はずっとゆずゆのそばから離れる気なんてないからな」 「うん、私だってそうだよ……?」 「私だって、なにがあっても側から離れないよ? 嫌だって言われてもずっとくっついてるからね?」 「あはは、そうか、そうなのか」 「そ、そうだよ! もう、何がおかしいの……!?」 顔を赤らめながら恥ずかしそうに怒るゆずゆがものすごく可愛い。 「さあな? 何がおかしいんだろうな?」 「うーっ……もう、バカ……!」 「やめて……!! いい歳したババアの目の前で桃色時空展開させないで!!」 あ、母ちゃんの存在を忘れていた。 「耐えられない……! これ以上は心が保たないから……!!」 「…………」 どうやらゆずゆもついつい自然に答えてしまっていたようで、今更ながらに恥ずかしくなってうずくまり出す。 「これが青春……もう、戻れないのよね……」 「えーっと……母ちゃん?」 「私だって若い頃はもっとこう……」 「ダメだ、やられてしまったようだ……」 俺たちのせいで。 それから母ちゃんの心が回復するのには、それなりの時間が必要だった。 「すー……すー……」 「よいしょ……っと」 安らかな寝息を立てるゆずゆを俺は自分の部屋のベッドまで運んで寝かしつける。 母ちゃんの前だったし、結構緊張したりしてたのかな? どうやら疲れてしまって本格的に寝入ってしまったみたいだ。 「んっ……すーすー……」 「おやすみ、ゆずゆ……」 優しく頭を撫でてタオルケットをかけてやると、俺はゆずゆを起こさないようにゆっくりと部屋をあとにする。 「ゆずゆちゃん、ぐっすり寝ちゃった?」 「うん、あんまり遅くならないよう後で送っていくよ」 「そうね」 俺は母ちゃんの隣に腰を下ろす。 「はあ…………」 ついさっきのカレーを思い出してため息をついてしまった。 「……カレー、あとちょっとだったわねー」 「正直、焦がすとは思ってなかったから結構悔しい」 「まあ、それでも少しだけだったじゃない。よく頑張ったわよ」 「でも、ゆずゆの為にできるだけ美味しく作りたかったんだ……」 「…………」 「詰めが甘かった。それが悔しい……」 もう大丈夫だと油断したのが甘かった。悔やんでも仕方ないとは思うけど、それでもどうしても心残りだ。 「…………」 「……ゆずゆちゃんが寝ちゃって暇があるんだし、お菓子でも作ってみる?」 「お菓子?」 「そうねぇ〜……マフィンなんてどうかしら? 生地さえ作れば20分もあれば焼けるしちょうどいいと思うわよ?」 「ほんとか!?」 「ええ、お土産に持たせるにもちょうどいいと思うし、どう? やってみる?」 「やる!!」 「ふふっ、本気で凹んでたかと思えばすぐにイキイキしちゃって、全く」 「ま、可愛い息子のためにも今度はちゃんと教えてあげるわ」 「ありがとう、母ちゃん!」 母ちゃんがソファーから腰をあげたのに合わせて俺も立ち上がる。 (やった! これでさっきの挽回ができる!) 早速俺と母ちゃんはキッチンに立ち、あれこれと教わりながら生地を作り始めた。 基本的に作るのは俺、母ちゃんは後ろから指示をしてくれる。 「卵は一気に入れちゃダメよ」 「分かった……」 「あと生地はよく混ぜるの、ふんわりするかどうかはそれにかかってるんだから」 「ああ、よく混ぜるよ」 言われた通りにしっかりとこなしていく、今度は失敗しないように注意しながら。 「それにしてもゆずゆちゃんのためだとすごく真剣になるわね」 「……いつもはゆずゆに甘えっぱなしだったから、俺も何かしてあげたかったんだ」 「ゆずゆちゃん本当にいい子だものねぇ」 「ああ、すごくいい子だよ。俺のために弁当作ってきてくれたり、恥ずかしいのに人前で水着を披露してくれたり……」 「あいつもいろんなコンプレックスとか悩みがあるのにさ」 「俺は彼女が出来たってことに浮かれてばかりだった気がするんだ」 「そう……」 「本当は俺さ、最初はただの好奇心からゆずゆによく話しかけてたんだ」 「あらあらこの子は……」 「もちろん今は違うぞ? っていうか、だんだんとアイツを知っていくうちに……」 「気づいたら純粋にアイツと会いたい、できることならゆずゆにそばにいて欲しいって思うようになってた」 「彼女が欲しいなんて最初はバカみたいに騒ぎ回ってたけど……」 「本当に相手を好きになると、もうそんなことどうでもよくなるくらい……」 「相手のことしか考えられなくなるんだな」 「これが誰かを好きになることなんだ、ってゆずゆと出会って実感した。だから俺はあいつに告白したんだ」 「そう、それじゃああんたは本当に良い恋に巡り会えたのね」 そう言って俺を見る母ちゃんの目はなんだか優しく感じた。 「それなら、大切な事を教えてくれたゆずゆちゃんにその恩返しも兼ねてしっかり美味しいお菓子を作ることね♪」 「ああ、今度は絶対に最後まで油断しない……!」 こうして俺は再びマフィン作りに集中する。 今度こそ、少しでも美味しく……! ゆずゆを喜ばせるために……! 時刻はすでに夜の七時をまわっていた。 「送ってくれてありがと♪」 「ああ、少しでも一緒にいたいしな」 「うん、私も送ってくれて嬉しい」 そう言って微笑むゆずゆ。 「でだな、これ……」 「ん? これは?」 小さな箱に詰めたマフィンをゆずゆに手渡す。 「あのあと、ちょっと挑戦してみたくなって作ったんだ。味見もしたから大丈夫。良かったら家族で食べてくれ」 「ありがとう、みんなで食べるね」 そう言ってゆずゆは大事そうに箱を抱えたかと思うと、すこし恥ずかしそうに顔を伏せた。 「今日は寝ちゃってごめんなさい……それと」 「ちゅっ」 「……っ!?」 ついばむようなキス。 あまりにも突然だったせいで驚きを隠せない。 「私に甘えっぱなしだなんて、そんなこと気にしないで良いんだからね……?」 そう言って彼女は微笑んだ。 「お弁当だって私が好きで勝手に作ってるんだし、水着だってあんたに見てもらいたいから選んだんだもん」 「だから、もっと素直に私に甘えて……?」 「なんだ、起きてたのか」 「ごめんね、偶然目が覚めちゃって……でもなかなか出るタイミングがつかめなくて……」 いつの間にか俺の気持ちは全部ゆずゆにバレていたのか。 「私もね、本当に良い恋に巡り合えたと思ってるよ」 優しい笑顔を浮かべたゆずゆが、もう一度キスをしてくれる。 「ちゅっ……」 「えへへ、またね」 ゆずゆは俺の返事を聞く前に家の中へと入っていってしまった。 「良い恋……か」 普段なら良い恋なんて言葉、恥ずかしくて鼻で笑ってるところだけど…… 「ゆずゆのことしか考えられなくなってる俺じゃあ、何も言えない、か……」 「柊さんおはよー」 「お、おはよ……」 「おぉ! ひまひま! 柊さんが挨拶返してくれたよ!」 「その言い方だと柊さんに失礼だよ?」 「おはよう柊さん、良かったらあとで一緒に更衣室まで行かない?」 「え? 朝から体育なんてあったっけ?」 「…………」 「あいつ、最近丸くなったなぁ……」 「柊さん、最近よく女子と話してるの見かけるよね」 (あれがゆずゆの本当の性格なんだけどね) 後ろで桃たちと話していたらゆずゆたちの会話が聞こえてきた。 たしかにゆずゆは前より話しかけられることが多くなった気がする。 「そういや今日は大掃除だったな」 「掃除場所どこになるかわかんないから楽なとこ当たって欲しいな」 「おめーら席つけー! これから担当場所を書いた紙回すから各自手抜きがバレないように頑張れよ」 「バレなきゃ手抜きしていいなんて教師としていいのかよ!」 「良いに決まってんだろ。んじゃ解散! 昼に教室に集合して、その後解散になるから勝手に帰るなよー」 形だけのHRが終わり体操服に着替え、紙に書いてあった担当場所へ向かう。 「秘技、砂かけジジイ!!」 「ごはっ! てめっ、こっち向けてフルスイングしてくんじゃねぇ! 目に砂が入ったじゃねーか!」 「ゆずゆは砂かかってないか? 危なかったら俺を盾にしていいからな?」 「大丈夫よ。もし砂かかったらあいつ許さないから」 「俺を指さして言わないでくれません!?」 「あんたが私達に当たるとこにいるのが悪い」 「何その理不尽!?」 「でも、掃除場所がここで良かったよな」 メンバーも俺とゆずゆ、元気に桃の4人だから気楽にやれるし。 昇降口掃除もただ砂を外に掃き出せばいいだけだしな。 「まあ、元気を狙ったおかげで大抵の砂は外に出せたからもうほとんど終わったな」 「は?」 「おぉ! マジだ!」 ほとんど遊んでたようなもんだけど、もう終わったも同然だろう。 掃除終わる時間までまだ結構あるんだよな…… 「なあ、一応ここにいないとまずいんだっけ?」 「ちょっと待ってね」 「……あと5分ぐらいで見回りの人が来るから、その人さえ誤魔化せちゃえば大丈夫みたい」 「え、何その情報網!?」 「ちょっとジャスティスに貸しがあってね」 そういえばジャスティスってよくゲームとか借りてたもんな。 昇降口じゃ遊べる道具もないし…… 「なあ、なんか面白いもんない? 先生いなくなったら遊べるようなやつ」 「じゃあこれはどうかな?」 「この前面白いアプリ見つけたんだけど恭介たちやってみない?」 「この前面白いアプリ見つけたんだけどそっちの二人でやってみない?」 「なんで俺とゆずゆ?」 「それがそういうアプリだからだよ」 「へえ、ちょっと見せてくれよ」 桃からケータイを借りてアプリの操作方法を確認する。 どうやらこのアプリはツーショット写真を撮ると、その二人の相性が出てくるものらしい。 「これ面白そうだな。ちょっとやってみようぜ」 「あんたがやりたいなら私はいいけど?」 「よし、じゃあ桃頼む」 「じゃあ撮るよ。二人とも寄ってー」 「えへへ……♪」 「な、なんか恥ずかしくなるな……」 腕を絡めてきて擦り寄ってきたゆずゆが可愛すぎて今すぐ抱きしめたい……! でも抱きついてるとこ撮られるのは恥ずかしいから我慢だ。 「はい、結果が出たよ」 「二人の相性は100%!! ずっとずっとお幸せに! このラブラブカップルめ!!」 「お、やったじゃん100%だってよ!」 「やった♪ やっぱり私たち最高だったんだね!」 低い数値が出たら信じなきゃいいと思ってたけど、こういう風に最高値が出ると嬉しいな。 余程嬉しかったのか、抱きついてきて無邪気に喜んでいるゆずゆ。 「俺達って、やっぱり結ばれるべくして結ばれたんだな」 「うん! 絶対そうだよ!」 「相変わらず仲が良いんだね」 「こっちは独り身だっていうのに……なんか怒り通り越して呆れてきたわ」 「あーあ、俺も彼女欲しいー!!」 「ほら、こういうアプリって恋人専用みたいなものだし……」 「でも、100%ってありきたりっぽくてつまんねーよな」 「まあ、面白みとしてはそうだね。こういうアプリって100%とか出やすそうっていうか……」 「ありきたり……?」 「ほう……?」 「ならお前ら撮ってやるよ」 俺らの相性をありきたりだなんて……許せん! 「いきなり撮るなよ! しかもなんで桃と!」 「それはこっちが言いたいよ……」 ちょうど桃たちが二人並んでいたのでパチリ。 「まあまあいいじゃん」 「相性180%!! 前世も二人はカップルだった!? 視線だけで会話出来ちゃうほど超ラブラブ!」 「……え?」 「180%……?」 俺達よりも相性が高い……? これって上限100%じゃないのかよ。 ゆずゆも同じように思ってるのか驚いているみたいだ。 「そうか、俺はもともと異性とは縁がなかったんだな……」 「は……? 元気何を言って……」 「危ない目してるんだけど頭大丈夫?」 「俺は平気だよ。同性と縁があったって悟っただけだ……」 「うわ、勘弁して……! こっちくんな!! 死ね!!」 桃は自分のキャラが崩壊しながらも全力で元気を突き放す。 俺も元気にあんな風に寄られたら全力で逃げるな…… 「痛てーな! そんなに邪険にしなくてもいいだろ? 冗談だっつーの」 「さっきの元気はマジにしか見えなかったよ……うわぁ鳥肌が……」 「これって人以外でも反応するのか?」 「んー、流石に反応しないか?」 「待って、出てきた!」 「相性250%!! 気付けば相手のことを想っている!? 相思相愛カップル♪ ラッキースポットは屋上。ムードのある雰囲気を大事にして!」 「すげぇ! 元気、鳥の糞と相性250%だってよ!!」 これ250%以上だとラッキースポットとか出てくるのか。 人以外の方が相性高い元気って…… 「に……250%」 「せめて人間にしろよ!? このアプリの方がクソじゃねぇか!!」 「なんで鳥の糞で相性出るんだよ!?」 「クソはこの鳥の糞だからな?」 「誰が上手いこと言えと……。このアプリマジなんなの?」 「まあ、こういうアプリってジョーク品みたいなものだからね」 「そうそう。真面目に捉えたら疲れるだけだぞ?」 「…………」 「ん? ゆずゆ、どうかしたか?」 「ねえ、相性って普通100%じゃないの?」 「このアプリだと違うみたいだけどな」 「私とあんたの相性より、こいつとうんこの方が相性良いとかマジでショックなんだけど……」 「俺らはうんこカップルより低かったけど、ラブラブなのは確かだろ?」 「認めたくないけどせめて元気カップルって言って!」 「もしかしたら私以外の女子とあんたがこのアプリで撮ったらさ」 「私と撮った時よりいい結果が出たりするかもしれないんだよね?」 「まあ、可能性はあるかもしれないけど……」 それ以前に他の女子と俺がツーショット撮ってあなたは平気なんですかゆずゆさん。 俺だったら絶対に他の男子と撮らせたくないんだけど…… 「やめといた方がいいと思うぞ? こういうの本気になったらドツボにハマる気がするし」 「……気になるから撮りに行こ!」 「……俺の話聞いてた?」 「うん。でも気になって寝れなくなりそう」 「うーん……」 これは無理にでも止めるべきか……? でもそれだとこいつの気が収まらないだろうし…… 「僕はついていくよ。柊さんの気も済まないと思うし」 「桃がついていくなら俺も行くぞ」 「え?」 「ここは大人しくついて行った方がいいんじゃない?」 「そうだな……」 ゆずゆの目がマジだからやめさせようとしてもそっちの方が骨が折れそうだ。 「ゆずゆ、本当に俺と他の女子がツーショット撮っても平気なんだな?」 「……だ、大丈夫! 絶対私の方が相性高いんだし!」 「わかった。じゃあついていくよ」 今一瞬考えたみたいだけど、やっぱり気になるんだ…… 「あれ? あんたたちもう持ち場終わったの?」 どうやら最初のターゲットは望月らしい。 「パパっと終わらせてきたぞ」 「もう少し担当場所にいないと先生に見つかったら怒られるわよー?」 「ねえ、ちょっとそこに立っててもらっていい?」 「へ? どしたの?」 「すまん、こいつの気が済むまでちょっとだけ協力してくれ」 「俺とアプリでツーショット撮るだけだからさ」 「えぇ……なんであんたとツーショットなんて撮らなきゃいけないのよ」 「アプリの相性判定で俺とゆずゆの相性が他の女子より高いかどうか見たいんだってさ」 「ふーん、まあいいけど」 「……なんか面白くない」 「でもこうしないとツーショット撮れないからね」 理奈の隣に並ぶとゆずゆの機嫌が少し悪くなった気がする。 「じゃあ撮るよー?」 「ねえ、これ腕とか組んだ方がいいの?」 「余計なことしないでいいからね?」 「んじゃ手繋ぐだけにしとくわ」 「なっ……!」 「おい、あんまり煽るなよ」 「余計なことすんなって言ったでしょ!?」 「あれってフリじゃなかったの?」 (どう見ても絶対フリじゃなかったろ……) 「…………」 結果が出たみたいだけど、桃の顔がだんだん引きつっていく。 すごく嫌な予感しかしないんだけど…… 「結果は!? 私のとどっちが高い!?」 「こ、これはあくまでジョークだからね!? アハハハ……」 「相性は300%!! いますぐ二人は結婚しても問題無し!! 何も言わずともお互いのことを理解しているので、もはや二人の間に言葉はいらない!」 「相性300%ボーナス♪ 結婚後のことまでアドバイスしちゃうよ♪」 結婚後はこういう夫婦になる……みたいな診断結果が続いて、桃が黙った理由がわかった。 「いやいや、こんなボーナスいらないから」 「さ、3倍……」 「抱きついて撮ればよかったかな……」 「柊さんはいくつだったの?」 「う、うっさい! 私のことはいいの!」 「あぁ……なんとなくわかったから言わなくていいよ」 「ぐぬぅ……!」 ゆずゆの反応で理奈は大体予想出来たみたいだ。 「………………たのに」 「あ、あの……ゆずゆさん?」 「次、次行こう」 スタスタと歩き始めてしまうゆずゆ。 意固地になっちゃってるよ……。他のやつらで同じ結果にならないといいけど。 「ひ、柊さんちょっと待って!!」 「……あんたも大変ね」 「おう……」 理奈の一言に『お気の毒に……』って言葉が混ざってた気がしたけど、今はゆずゆを追いかけないと。 「俺の魂の叫び、今解き放つ!」 「ソウル・雑巾スプラッシュ!!」 「ふっ、返り討ちにしてくれる! 奥義! ちりとり返し!!」 「…………」 (めっちゃ遊んでるー!?) え、先生何してんの!? めっちゃ楽しそうなんだけど! 「ちょ、ジャスティスちりとりとか卑怯だろ!」 「ぎゃあああああ!! わざと牛乳こぼして拭いた雑巾がぁぁぁ!!」 「さっきからなんか牛乳クサいと思ったらあんたか!!」 「男子ー! あんまり遊んでるとその汚い雑巾洗ったバケツの水ぶっかけるわよ!!」 「あ、青葉くんたちもう掃除終わったの?」 「あれ? もう掃除終わったの?」 「あ、やっほー。あんた達って掃除場所昇降口だっけ? あそこって結構面倒そうだけどそんなに早く終わるの?」 「おう、桃のおかげでな」 さっき注意してた智美も俺達に気付いてこっちにやってくる。 この状況で普通に掃除をしている陽茉莉達を見るに、男子はもう数に入れてないんだな…… 「ねえ、二人ともちょっとそこに並んでくれる?」 どうやらハンターゆずゆのターゲットはこの二人らしい。 「え? うん……」 「こうでいい?」 「並んだよー♪」 「で、俺があいつらの間に入ればいいのか?」 「うん……」 「すまん、邪魔するぞ」 「え、ちょっとなんであんたが割り込んでくるのよ」 「ああ、俺とツーショット撮られて欲しいんだ」 「えぇ……? 瀬野君との罰ゲームかなんか?」 「彼女様がアプリのせいでヤケになっちゃってな」 「アプリ……?」 二人にアプリについて説明すると、『それで柊さんがいいなら……』とOKしてくれた。 「嫌な気持ちにさせたらすまんな。あのゆずゆを止められれば良かったんだけど……」 「私たちを両手に花状態なんて、大丈夫なの〜?」 「彼女さんは大丈夫そうじゃないんだよな」 「…………」 ほら、めっちゃ機嫌悪そうに睨んでらっしゃる。 「こ、これはまずいんじゃないかな……?」 「ゆずゆ、本当に皆原達とツーショット撮ってもいいんだよな?」 「うん。だけど、スキンシップ一切なしね」 ああ、彼女の言葉が冷たい…… 陽茉莉達も『本当に大丈夫なの……?』って言いたげな顔してるし。 「まず野々村さんからね〜」 「あ、柊さん結果出たよ!」 「50%……! 私より下が初めて出た! やったー♪」 「野々村智美敗れたり! ひゃっほー♪ いぇーい♪」 「ねえねえ、私こいつよりあんたと相性いいよ! 褒めて褒めて!」 「ああ、良かったな」 「どんだけ喜んでんだよ……」 その場で跳ねて全身を使って喜んでるゆずゆ。 嬉しかったんだろうけど、彼氏としては彼女との相性だけ分かればいいんだけどな。 「え、これって喜ぶとこ? それとも凹むとこ?」 「良かったねって言ってやってくれ……」 「じゃあ次皆原さんね」 「……ひっ!!」 「結果出たんでしょ? 見せてよ」 「いや、もうこういうのやめない? これはまずっ……!」 「見・せ・て?」 「こ、こちらでございます……。どんな結果でも携帯だけは壊さないでくださいお願いします」 恐る恐るゆずゆに携帯を渡す桃。 反応から見るに、相当見せたくない結果だったんだろうな…… 「すまん……、そのアプリ持ってるのお前だけだから……」 「それならそっちもインストールしてよ!」 「あとでやっとくわ」 「相性は500%!! もう相性なんか気にしてる場合じゃない! あなた達は最高の夫婦です!」 「このアプリで表示できる最大値のため、あなた達へアドバイスは特に必要ないと判断しボーナスは発生しません」 「500%……? しかも最大……?」 「すっげー! 最大かよ!」 「げ、元気! 少し空気読んで黙ってて!」 「…………」 「なんで私より5倍も相性いいの!? 彼女より相性いいとかやめてよ!」 「えっ、えっ!?」 「だ、大丈夫だよ! 柊さんたちの相性は私たちから見ても最高だから!」 「そう言って私が振られたら『私たち相性良かったんだから付き合ってみない?』とか言って言い寄るんでしょー!」 「いやいや、そんなのあり得ないからね!?」 ああ、うん……。悪気はないんだろうけどグサッとくるものがあるな…… このままゆずゆが言いたいこと言ってると俺の心まで大変なことになりそうだからなんとかしないと…… 「ゆずゆ落ち着け! こんなおもちゃアプリに本気になってどうすんだ!」 「おもちゃでも負けてるのが悔しいのー!」 「と、とりあえずもうアプリ使って写真撮るのはやめよう、な?」 「うぅぅぅぅ……」 そうしているうちにチャイムがなり掃除の時間が終わった。 (こりゃ気にするなって言ったらダメそうだな……) ゆずゆの機嫌が悪いところなんてあまり見たくないしな…… どうしようか頭を悩ませていると、HRが終わり放課後を知らせるチャイムが鳴った。 「どうしたもんか……」 放課後、一人黙々とプールで泳ぐゆずゆを眺める。 途中で出くわした真子とも撮ったら相性が200%と出て余計にふてくされているご様子。 500%が出た時点でアホらしくなったけど、ゆずゆはそうならなかったみたいだ。 「……ふぅ」 「お疲れ」 ちょうどゆずゆがプールから上がってきたところで声をかける。 「俺とお前の相性なんて俺らにしかわからないんだからさ、他のやつの相性なんて気にすんなよ」 「…………」 「うぅ……」 「ゆ、ゆずゆ!? どうした?」 俺なりの言葉でゆずゆを励ましていると、ゆずゆは人前にもかかわらず抱きついてくる。 「恭介ぇ〜……私たち、相性いいよね……?」 「ねぇ……私たち、相性いいよね……?」 「当たり前だろ? めちゃくちゃ相性いいぞ!」 「だって相性が良くなきゃ好きになったりしないし、良さなんてわからないだろ?」 濡れた水着で抱きつかれたので制服が濡れちゃったけど、そんなことを気にしていられる余裕がない。 人前で甘えてくるタイプじゃなかったゆずゆが、部員たちのいる前でこうして抱きついてきたことに思わずドキッとする。 「……あんたはさ、私の初めての彼氏でしょ?」 「おう、俺達はお互い初めて同士の彼氏彼女だぞ?」 「これまで私なりにあんたへの好きな気持ちは隠さずに出してきたんだけど……」 「初めての恋で、彼女としてどんな風に振る舞えばいいかとか……そういうのも必死に考えたんだよ?」 「頑張って頑張って……好きって気持ち伝えてきたつもりなの」 「でもさ、不安にもなっちゃうんだ……」 「私よりあんたにふさわしい人がいるんじゃないかとか……」 「そういう風にたまに思ってたんだけど、あのアプリで余計に思っちゃったんだよね」 「それであんなに気にしてたのか」 「うん……」 そこまで俺のこと考えててくれたなんて…… 嬉しさもあるけど、それなら余計に理奈達とツーショット撮らなきゃ良かったと思う。 そう思うと、自然とゆずゆを抱きしめる力が強くなってしまう。 「今日……、ずっと他の人に嫉妬してた」 「他の人ってのはツーショット撮ったやつら?」 「そうよ」 「それなら他の女子とのツーショットなんて撮らせなきゃ良かったのに」 「それは、私の方が相性高いんだって、思ってたから……」 ゆずゆを元気にしてあげたいけど、このままプールにいても何もしてやれないな。 気分転換で、放課後デートした方がゆずゆの気晴らしになるかもしれない。 「じゃあさ、今日はもう部活さっさと切り上げてどっか行こうぜ?」 「そんで、そんな沈んだ気持ちなんてどこかに吹き飛ばしちゃえ」 「……うん」 ゆずゆは俺の手を握って先輩のところへ歩いて行く。 「先輩、今日は先に帰ります」 「へ? あ、あぁうんわかったわ」 「ねえ、彼氏さん」 「何ですか?」 「今日の柊さん見てて危なっかしかったから、ちゃんと見てあげてね?」 「はい、わかりました」 先輩はそう言うとゴーグルをつけ、プールに飛び込んでいく。 部員のことをよく見ているというか、ゆずゆのことを心配しているようにも見える。 いい先輩に恵まれてるんだな…… 「行こ?」 荷物を持ってゆずゆと一緒にプールを出るために入り口へ向かう。 「……あの、ゆずゆさん? このままだと俺男子禁制の場所に入ってしまうのですが」 「うん……あんたも私のせいで濡れちゃったよね」 「ん? ああ、こんなの外にいたら乾くだろ」 「風邪ひいちゃうかもしれないから一緒にシャワー浴びよ?」 「脱がせてあげるからさ」 「ちょっ、そういう問題じゃ……」 耳元で囁かれドキッとしてると個室シャワー室に押し込められる。 「んふふ〜♪」 なんとかバレずにシャワー室を脱出しすることが出来た。 こっちは学校を出るまでヒヤヒヤしてたけど、ゆずゆはシャワー室出てからすごい機嫌がよくなってる。 「ははっ、随分嬉しそうだな」 「だって私たちが最高だって実感出来たんだもん。嬉しくて当然じゃない」 放課後までの不機嫌はどこに行ったのやら…… でも、やっぱりこうして嬉しそうなゆずゆの方が可愛いな。 「積極的すぎてビビったたけど、ああいうゆずゆもいいな……!」 「だからって嫉妬するようなことしたらヤダよ?」 「するわけないって。ゆずゆは笑ってる方が可愛いし、ゆずゆの辛そうな顔なんて見たくない」 「俺の彼女枠はゆずゆしか入れないんだから、自信持っていいんだぞ?」 「それって、奥さん枠にはなれないの?」 「んー、残念だけど奥さん枠はないんだよなぁ……」 「え……!? 嘘……だよね?」 「ただし、結婚枠とお嫁さん枠がある」 「彼女枠に入るのが前提条件なんだが……」 「うぅ……っ、ぐすっ」 「あ、あれ? ゆずゆさん!?」 「バカァァァァ!! そんな不安になること言わないでよぉぉぉ!!」 「本気で……本気で遊ばれたのかもって思ったじゃんよぉぉぉ!」 「んなことするわけないから!」 「ごめんな? 流石に冗談とは言え不安にさせちゃって……」 「バカぁ……意地悪言うあんたなんか嫌いだぁ!」 「マジか……」 冗談とは言えタチ悪かったよな……。マジ泣きっぽいし…… 後悔で胸が締め付けられて息苦しくなる。 「そう……だよな、すまん……」 「でも……」 「でも好きだから離れちゃヤダァァァァ!」 「……っ?」 「……こんな意地悪な俺だけど、好きでいてくれるのか……?」 「ぐすっ、好きなんだからいいの! 一緒に居てよ!」 「一緒に居てくれないとあんたの家に押しかけちゃうんだから!!」 (それはそれで嬉しいような……) でも、こんな大泣きするぐらい好きでいてくれるのに泣かせたらダメだよな…… 「ごめんごめん、もうあんな冗談二度と言わないから」 「これからも、俺の彼女でいてくれますか?」 「うん……」 「こんな風に大泣きしちゃうめんどくさい彼女だけど、あんたも私の彼氏でいてくれる?」 「当たり前だろ。今別れるなんて言われたらさっきの冗談を後悔しすぎて死んでも死に切れないわ」 「いつだってゆずゆの側にいたいと思ってるのに、さっきのが原因で振られたらマジで死にたくなるぞ」 「そ、それは絶対にダメ! 別れるなんてあり得ない!」 「ねえ、好きって言って?」 「めちゃくちゃ大好きだ。愛してる」 「私もだよっ」 「ちゅ〜っ、ぺちゃっ、ちゅっ……」 「こ、こらキスしながら舐めてくるな!」 気持ちいいけどなんかゾクゾクする……っ!? 「ぷはっ、よし、完成♪」 「は? 何したの?」 「キスマークだよ♪ なんか大人っぽいでしょ?」 「お、おまっ、なんで首筋に!? メチャクチャ見える場所じゃん!?」 「だからいいんじゃない♪ あんたは私の彼氏っていう目印♪」 「ったく……しょうがないな〜」 「俺にもつけさせろ」 「わ、私はいいよ! 別に目印なくても分かるでしょ!?」 「それを言うならゆずゆもだろ!? あっ、こら逃げるな!」 「へへ〜捕まえてみろ〜♪」 さっきまでの雰囲気が吹き飛び、いつも通りになる俺達。 これからはもっとゆずゆを大切にしないとな…… そう思いながら俺はゆずゆを追いかけるのだった。 今日はゆずゆとデートだけど、気分を変えて公園に来てみた。 俺は刺身を、ゆずゆはシャルロットの散歩も兼ねての公園デートだ。 ゆずゆがフリスビーを取り出すと、犬たちも嬉しそうにはしゃいでいる。 「じゃ、いくわよー……?」 「それ!」 「キャンキャン!」 「アウアウ……!」 ゆずゆがフリスビーを遠くに投げると、喜んで走って取りに行く刺身とシャルロット。 「刺身っていつもヨボヨボで死にそうなのに、フリスビーは元気に追いかけるのね」 「あいつ、命削って取りに走ってるんだよ。察してやれ」 「い、命がけ……」 ゆずゆは心配そうに刺身を見つめるが、突然ポックリ逝くようなやつじゃないから心配ない。 「アウ……!」 刺身がフリスビーを咥えてゆずゆの足元へやってくる。 「刺身が取ったのね? 良い子良い子ー♪」 「アウン♪」 「きゅ〜ん……」 「シャルロットも次は頑張ろうね〜?」 「キャン!」 「それっ!!」 ゆずゆがもう一度フリスビーを投げると、再び嬉しそうに取りに行く犬2匹。 (フリスビーを取ってきたらゆずゆが撫でてくれるわけか……) 今度はシャルロットがフリスビーを取ってきて撫でられてる。 (俺もゆずゆに撫でられたい……!) 「いくわよ〜? それっ!!」 「俺がもらう!!!」 「えぇっ!?」 「わぅっ!?」 「キャンキャン!」 ゆずゆがフリスビーを投げたと同時に俺もフリスビーへと全力ダッシュ。 刺身たちも最初驚いていたが負けじと追いかけてくる。 最初に刺身たちが出遅れてくれたおかげであいつらは少し距離が離れているし、身長は俺の方が高い! 「っしゃああ! ゲットォォォ!!」 刺身達よりも先にフリスビーを取ってゆずゆのもとに走って戻る。 「ゆずゆ! 取ってきた!」 「あんたが取ってきてもしょうがないでしょ……」 「俺もゆずゆに撫でてもらいたかったんだ!!」 「そ、そうなの……?」 「仕方ない子ねぇ……」 そういって頭を撫でてくれるゆずゆ。 「あぁ〜……♪ 幸せだわぁ……」 「ふふっ、良い子良い子〜♪」 撫でられてデレデレになっている俺を見て、ゆずゆも幸せそうに顔を緩める。 頭を撫でられるだけなのに、めっちゃ落ち着くんだよな…… 「ワンワン!!」 「ガルルルルルゥ……!」 幸せな気分に浸っていると後ろから威嚇にも似た鳴き声が聞こえてきた。 どうやら俺にフリスビーを取られて憤慨しているご様子。 「ふっ、羨ましいか! 悔しかったら俺に負けないようにするんだな!!」 「キャンキャン!!」 「ガゥゥゥゥ……!」 「よーし、シャルロットたちも次は負けちゃダメよー?」 「それっ!!」 「今度も負けねぇ!!」 刺身たちも全力で追いかけるが、速さは同じぐらいだ。 若干刺身たちが速いが、フリスビーはまだ高い位置にあるからまだ勝算はある! 「ふふっ、この勝負もいただいたな!」 「わぅっ! わぅわぅ!」 「キャゥ? キャン!」 「なっ、妨害か!?」 「そこまでしてお前らフリスビー取りたいのか!? 姑息な奴らめ!」 突然刺身たちが吠え始めたと思ったら、俺の前を交互にクロスし始める。 「キャン!」 「わぅ!」 刺身たちもゆずゆに撫でられたいらしい。 だけど、俺もゆずゆに撫でられたいから負けられないんだ……! 「みんな頑張れー! あんたも負けないでよー!」 ゆずゆの応援に応えるためにもなんとしてでもフリスビーをゲットしたい。 「また……ゆずゆに撫でられるのは……!」 「俺だぁぁぁぁぁ!!」 刺身たちの妨害をなんとか切り抜け、フリスビーをジャンピングキャッチ。 もう一度ゆずゆに頭を撫でてもらいに行く。 「ゆずゆ! 俺……やったよ!」 「もう……少しは手加減してあげなさいよ?」 (そう言いながらも頭を撫でてくれるゆずゆさんが大好きです) 「いやぁ……こうやって撫でてもらえるのに手加減とか出来ないわぁ……」 「ギャウギャウ!! ウゥゥゥゥゥゥ……!」 「ガルルルルル……!!」 「このフリスビーが欲しいのか? ん?」 その光景を見て更にブチ切れて発狂しまくりな刺身たち。 見せびらかすようにフリスビーをぷらぷらさせると、相変わらず威嚇するような声で鳴かれる。 「よし、じゃあ今度は俺が投げてやる」 「取ってきたらゆずゆが撫でてくれるぞ」 「んで、ゆずゆが取ってきたらキスとハグな」 「え、あたしも!?」 「なんとなくな。まあ取って来ないでもいいけど」 「そら、行ってこい!!」 フリスビーを構え、思いっきり投げる。 「加減しないで思いっきり投げたわねぇ……」 (え!? ゆずゆ追いかけてくれないの!?) ああは言ったけど、ゆずゆが追いかけてくれなかったのがちょっと寂しい。 ゆずゆは来ないだろうと思ったのか、刺身達は俺が走った時より明らかに追いかけるスピードが遅い。 「あ、やべっ! 斜めに投げすぎた!」 結構高く上がってしまい刺身たちもとりあえず追いかけている感がしてちょっと申し訳なくなる。 「なあ、なんで追いかけなかったの?」 「さっきからあんたに取られてシャルロット達が可哀想だからねぇ……」 「良かった、てっきり俺とキスとかするのが嫌なのかと思った」 「そんなわけないでしょ? って、あれ……?」 「ねえ、こっちにフリスビー戻ってきてるんだけど」 「うそん!?」 フリスビーから目を離してたけど、もう一度フリスビーを見てみると本当に戻ってきてる。 「おぉ! 俺すごくね!?」 「すごーい……! フリスビーって戻ってくるんだ」 こっちに戻ってくると同時にだんだん高度も落ちてきて、刺身達も躍起になって追いかけてきている。 「このままだとゆずゆのとこに戻ってくるな」 「まさかこうなるのを狙って待ってた!?」 「そんなわけないでしょ!」 そう言いながらも飛んでくるフリスビーをキャッチしようとちょっとソワソワしているゆずゆ。 「バウバウ……!」 「キャゥ!? アンアンアン!!」 刺身達が『とっちゃヤダー!』と鳴いてそうな鳴き声が聞こえるが、その声も虚しくゆずゆの胸元へフリスビーが吸い込まれていく。 「ゆずゆ……策士だな……!」 「はい、ご褒美のチューとハグ」 「んっ、ちゅ……」 「い、いきなりとか聞いてないわよ!!」 「他の人に見られてたらどうするのよ!」 「そこはさっきチラ見で確認したから大丈夫」 「チラ見じゃなくてちゃんと確認してよ……もう」 「くぅ〜ん……」 「キャウキャウ!」 刺身は『そんなんアリかよ……』みたいに落胆しているようで、シャルロットはちょっと怒っている感じに見えた。 今のはまぐれだとしても流石にちょっと可哀想だったな…… 「すまんなー。次からまたゆずゆが投げるから、勝負だ!」 「あいつみたいなスゴ技出来ないから安心していいわよー♪」 「でも、次だけはあんた抜き」 「あんたまで走って言っちゃうと一人で寂しんだもん……」 「ははっ、そう言われたらもう勝負してあげられないな」 (あいつらと勝負するのも楽しいんだけどなぁ……) 「それっ! とってこーい!」 「…………」 「フリスビーなんてなくても撫でてあげるんだから……」 「そんな寂しそうな顔しないでよ」 「……ね?」 フリスビーを投げて、刺身達が追いかけるのを見た後、ゆずゆは俺の頭を撫でてくれる。 急にお姉さんぽく接してくるゆずゆは反則だ。 「き、急にそんな風に言うの反則だろ……」 「私に撫でられるの嫌?」 「フリスビー取りに行かないからもっと撫でてくださいお願いします」 「ふふっ、よしよし……♪」 そういう風に言われてしまうと、なんでも我慢出来そうなぐらいゆずゆの姉モードはヤバイ。 ゆずゆの言う通り待っていると撫でてくれたので、そのままフリスビーキャッチに参加しないでいた。 「くぅん?」 「あぅ〜ん、アゥアゥ!」 何回かそのまま参加せずにいると、刺身達が俺を見て『一緒に遊ばないの?』という顔で見てくる。 「なんか、最初と違うけどあんたも一緒の方が楽しかったみたいね」 「だな。俺もフリスビーキャッチやっていい?」 「そだね、この子達といっぱい遊んであげて」 「おし、俺が参加するからには絶対フリスビー取らせないからな! 覚悟しろ!」 その後も何回かゆずゆにフリスビーを投げてもらい、刺身達と熱いバトルを繰り広げた。 「ほら、おやつよー♪」 一通り遊び終わり、芝生の上でおやつタイム。 刺身たちに水を飲ませた後、持ってきたビーフジャーキーを2匹にあげるゆずゆ。 「キャンキャン♪ わふわふわふっ」 「……あぁ〜ふ」 「あれ、刺身はビーフジャーキー嫌いなの?」 「いや、そんなことはないと思うけど……」 「大抵のワンちゃんは好きだと思うのになぁ……」 シャルロットはビーフジャーキーが大好きらしく喜んで食べているが、刺身は匂いも嗅がずにビーフジャーキーには見向きもしない。 そう言いながら刺身を不思議そうに眺めるゆずゆ。 刺身って何が好きなんだっけ……と考えていると、空からセミが飛んでくる。 (そう言えばメスのセミって鳴かないんだよな……) どうやって会話してんだろ。 「っ!? バウッ!!」 「ハゥっハゥっハゥ!!」 「ぎゃああああああああああああああ!!」 「うわぁ……」 「刺身ってアグレッシブっていうか、狩りに生きるやつだったんだな……」 突然セミの方を見て走りだしたかと思うと、ものすごい反応速度で捕まえその場でバリバリと食べ始めた。 小さい子が見たら絶対トラウマになるだろ…… 隣でゆずゆはガチな悲鳴あげてるし。 「そういえば、飼い主さんに好物が昆虫って聞いたことあった気がするな……」 『特にセミが好きで夏は散歩に行きたがるぐらいなのよ〜』って昔言われてたのを、今さっき思い出した。 「セミが好物って普通ありえるの……?」 「さぁ……?」 「キャゥ? ワンワン!」 「はぐはぐっ……、アウ?」 「キャンキャン♪」 「っておい刺身やめとけ! シャルロットにはまだ早過ぎる!!」 「イヤアアアアアアア! シャルロットも絶対食べちゃダメぇぇぇぇぇぇ!!」 シャルロットが刺身の方を見て鳴くと、刺身が食べかけのセミをあげようと近づいていく。 俺は必死にセミをあげようとしている刺身を引き離し、ゆずゆはシャルロットを抱きかかえる。 尻尾の方から食べられたのか、まだ手足がピクピク動いてて必死に逃げようとしてる…… 「しゃ、シャルロットはこっちを食べましょうね〜?」 「お願いだからセミなんか食べちゃ嫌よ?」 「きゃぅ……?」 シャルロットは『どうしてダメなの……?』と言いたげに鳴くが、大人しくゆずゆのいうことを聞いてくれた。 刺身はそんな二人のことをお構いなしにバリバリとセミを食べ続け、とうとう全部食べてしまう。 「わふっ……♪」 「おぉ……、ま、満足したか?」 「わふん!」 「へっへっへっへ!!」 「うぅ……!」 満足した顔で鳴き、ゆずゆに駆け寄るがさっきの光景がかなり衝撃的だったらしくゆずゆは後退りをしている。 「わぅ!」 「いやぁぁぁぁぁぁぁ! こ、来ないでぇぇぇぇ!」 「わぅわぅ!」 「なんで今だけこんなに元気なのよぉぉぉぉ!!」 「セミ食って元気になったのか……」 さっきのフリスビーで疲れ果ててもいいはずなのに、刺身があんなに元気になっているのもすごいけど…… ゆずゆが絶叫しながら必死に刺身から逃げる光景ってレアだな。 犬好きのゆずゆが逃げるなんてあり得ないと思っていたけど、セミを食べるのが余程きつかったんだろうな。 「っははははは! そんな逃げなくてもいいだろ!」 「ちょ、ちょっと! 笑ってないで助けてよ!!」 「ははは、ごめんごめん!」 「ほら刺身! こっち来い! そんなバリバリしたもの食べたら喉乾くだろ!」 「わぅ……?」 ゆずゆを助けるために刺身をこっちに来させる。 トコトコと足元までやってきて、水の入った容器を不思議そうに見つめる刺身。 しばらく水を見つめた後、ゆっくりと水を飲み始めてくれた。 「なんとかなったか……」 「はぁぁぁ……こ、怖かった……」 刺身も落ち着き、シャルロットももらったビーフジャーキーを大事そうに食べていて一件落着だ。 刺身たちが気持ちよく寝れるように木陰に移動させてリードを木に縛りつける。 「ふふっ、気持ちよさそうに寝てるわね」 「だな。俺達ものんびりしようぜ」 2匹がお昼寝タイムに突入して、ちょうど公園に来ていたクレープの移動販売車がきてたのでおやつはクレープに決定。 ゆずゆはストロベリークリーム。俺はチョコホイップを選び、刺身たちを縛った木の側にあるベンチに移動する。 「あの移動販売っていつもあるのかな?」 「多分ないんじゃない? 散歩に来る時もそんなに見かけたことないし……」 「じゃあ今日はラッキーだったな」 「だね♪」 普段クレープなんてあまり食べないけど、彼女と一緒に食べているからかすごく美味しく感じる。 「なあ、そっちって美味い?」 「うん、甘酸っぱくて美味しいわよ」 「一口くれない? 俺のも一口あげるからさ」 「いいよー」 そう言って俺にクレープを向けてくれるゆずゆ。 「サンキュー。あむっ」 「お、ホントだ。いちごうめぇ!」 名前からストロベリーソースと生クリームだと思ってたけど、更にいちごの果肉も入っててメチャクチャ美味い。 生クリームでくどくなりそうと思ってたけど、全然そんなことはなかった。 「だよね♪ じゃあ今度はあんたの一口ちょうだい?」 「おう、思いっきりかぶりついてもいいぞ?」 「そんなことするわけないでしょ!」 「……あむっ」 「あ、意外に美味しい♪」 「意外にって……チョコって王道じゃないの!?」 「チョコ系ってあんまり食べたことないから王道とか知らないわよ」 口をもぐもぐしながら言うゆずゆ。 唇の端っこにホイップをつけながら言ってるからちょっと子供っぽく見える。 「ゆずゆ、こっち向いてそのままじっとしてろよ?」 「ん? どうかしたの?」 「んっ……」 「んんっ!? んっ……ちゅっ……」 ホイップを舐めとると同時にキスをする。 最初はちょっとくすぐったかったみたいだけど、キスもすんなり受け入れてくれた。 「口の端っこにチョコついてたぞ」 「……もう、こういうことするなら先に言ってよ!」 「そしたら反応楽しめないだろ?」 「こうやってキスされるの嫌か?」 「そ、そういう聞き方ずるいよ……」 「嫌じゃ……ないけどさ」 「でも、キスする時言ってくれれば……その……」 「もっと積極的に、なれるよ……?」 「ほう……?」 恥ずかしそうにこっちを上目遣いで見上げてくる。 (これはおねだりサイン……?) 「そっかー。積極的なゆずゆも見てみたいな」 「そ、そう……?」 「なあ、ゆずゆ」 「何……?」 「クレープもう一口いただきっ!」 「あああああ! 最後の一口だったのにー!」 「もぐもぐ……ごちそうさまでした」 「むぅ……! あんたの寄越しなさい!」 「さて、キスするぞ」 「え?」 「んんっ!? んっ……」 「……ちゅっ、これでゆずゆも最後の一口味わえただろ?」 「……うん」 「言われてからが速すぎて積極的になりたくてもなれないじゃん……ばか」 頭を俺の肩に乗せてきて肩から伝わるゆずゆの重みを心地良く感じながら、まったりとした時間が過ぎていく。 「……初めて出会ったのも、この公園だったわよね……」 「そういえばそうだな」 「あの時はこうやってゆずゆと付き合えるなんて考えたこともなかったなぁ」 「それは私のセリフ」 「って言っても、私の場合は男と付き合う事自体考えられなかったし」 「偏見すごかったもんなぁ……」 「あんな本持ち歩かれて、更に書いてある事そのままやられたら誰だってキレるよ」 「あー……うん、あの時はすまん」 雑誌のせいでゆずゆからマジギレされたのを思い出す。 あの時は雑誌通りの女の子がいるなんて思わなかったからついついやっちゃったんだよな…… 彼女を作りたい一心で実践してみたけど、そんなテンプレをやられたら多分俺だってキレるかもしれない。 「でもさ、この公園で出会えたのって……その、運命の出会いみたいな感じがしないか?」 自分で言っておきながら歯が浮くようなセリフに少し恥ずかしくなる。 「ふふっ、たしかにそうかもしれないね」 「学校は1年の頃から一緒だったから、別の場所で顔くらいは見たことあるはずなのにね」 「この公園で会って、さらに一緒のクラスになって……」 「そこから色々話すようになって、彼氏彼女になったんだもんな」 この夏休みまでの間、ホントにあっという間に時間が過ぎていった。 きっとゆずゆと一緒にいる時間が楽しすぎるせいなのかもな…… 「ねえ、あそこにおじいちゃん達がいるわよ」 「え!? 死ぬのはまだ速いぞ!? 三途の川から帰ってきなさい!!」 「まだ死ぬ気ないよ!! そうじゃなくてあそこ見てよ!」 ゆずゆが指差した方向を見てみると、老人夫婦が仲睦まじく散歩をしているのが見える。 「ああいう風にずっと仲良くいられたらいいなぁ……」 「……それ、まさか遠まわしにプロポーズ?」 「プロポーズは俺からしたいと思ってたんだけど……」 「べ、べ別にプロポーズなつもりなんてなかったわよ!!」 「ただ……その、将来的にはああいう風になれたらなぁ……って」 「たしかに、あんな風にずっと仲良くなれたら幸せそうだよな……」 老人夫婦は俺達と同じようにベンチに座っておしゃべりをしている。 二人とも笑顔が素敵で、見ているこっちもほっこりした気分になっていく。 「まあ、俺達も多分そうなれるだろ」 「先のことなんてよくわかんないけど……さ」 「俺だってゆずゆとそうなりたいよ」 「……うん」 こんなに可愛い彼女と離れるなんて考えられないし考えたくもない。 衝突とかがあるかもしれないけど、和解しながら一生懸命ゆずゆを大切にしていこう。 そんなことを思いながらゆずゆとのんびりとした時間を過ごした。 お互い芝生に寝そべり手を繋ぐ。 運命の出会いなんて思っちゃったりして、ちょっと恥ずかしいけど嬉しい。 そんな幸せの余韻に浸る。 「…………」 「…………」 特に会話はないが、こうやって二人並んで座って手を繋いで…… たまに目を合わせて笑って……ただ、そうしているだけで幸せがこみ上げてくる。 刺身たちの方を見てみると、どうやら起きたようでじゃれて遊んでいる。 「刺身たちも起きたみたいだな」 「そうねぇ……」 「ん? 眠たくなってきたか?」 「ちょっとだけ……でも、寝たらもったいないから寝ない……」 「せっかく一緒にいるんだもん……」 そんなことを言いつつもウトウトしているようで必死に眠気をこらえてるみたい。 「まあ、蚊に刺されたりするかもしれないから気をつけないとな……」 「ふぁ……ぁふ、やべ……俺も眠くなってきた」 「ふふっ、あんたも結構眠いんだね」 「ああ……、なんか刺激ないとマジで寝ちゃいそうだ……」 「ハッハッハッハッハッ!!」 「きゃうん♪ きゃうん♪」 「ん……? 刺身たちが急に鳴き出したけどどうしたんだろ……」 「このままいたら本当に寝ちゃいそうだし、ちょっといってみよ?」 いつもとは違う鳴き方をしてたけど……なんかあったのか? 「え、おいあれって……」 「え……シャルロッ……ト?」 「ハッハッハッハッハッ」 「ヘッヘッヘッヘ」 (こ、交尾してるー!) 刺身お前歳考えろよ! そんなハッスルして大丈夫なのか!? あまりにも衝撃的な光景に眠気は一瞬で吹き飛んだけど、口が思うように動かない。 「イヤァァァァァ! シャルロットが……シャルロットがぁ……!!」 「刺身……お前ってやつは……」 「男の鑑だな!!」 (こんなヨボヨボになっても交尾するなんて……。どんだけ頑張るんだよ……!) 「そんなこと言ってないで早く止めるよ!!」 「いや、そんなこと言われても……なぁ?」 「してる最中に無理矢理やめさせられたら余計に酷くなるんじゃないか……?」 「うぅ……」 自分に置き換えてみても、そんなことされたら絶対ブチ切れる。 ゆずゆもそう思ったみたいで止めないけど、ものすごく止めたいという気持ちが顔に出ている。 俺らがどうしようと考えているうちに刺身たちもヒートアップしていく。 しかし、初めて犬の交尾を見たけど…… 「犬の交尾って、あんまり鳴かないんだな……」 「観察してる場合じゃないでしょ!?」 猫だとかなりうるさいんだけど、パコパコしてる時はお互い鳴いてないし。 パコパコして一旦抜いて、ちょっとじゃれてまた挿入。 そんなのを何度か繰り返しているうちに突然刺身の腰振りスピードが激しさを増す。 「わぅっ!! アオォォォォン!!」 「きゃ……きゃふ……ん♪」 「あ、イッた」 「イヤアアアアアアア!!」 とうとう最後まで見てしまったのが嫌だったのかまた叫んでしまうゆずゆ。 「なんというか……リアルというか、シャルロットってマグロだったんだな……」 「なっ、か、考えるのはそこじゃないでしょ!?」 『チワワとポメラニアンのミックスって可愛いのかな……』そう思いながら刺身たちの交尾をしみじみ見てしまったのだった。 「お……?」 『メール受信1件 ゆずゆ』 ゆずゆからメールが届く。 (はは、今日はまたストレートなメールが来たな) 『俺も超好き』 大量のハートマークと一緒に送信する。 うん、こんなメール元気が見たら卒倒するだろうな。 「よし、それじゃあ俺からゆずゆの部屋に……!」 さすがにそれは不法侵入になるのでやめておく。 というかゆずゆの両親にはいつか改めて挨拶したい。 彼女の家と家族ぐるみの付き合いというのも、俺の憧れの内の一つだった。 『え? ゆずゆの愛ってその程度なの!?』 『俺なんて一日中発情出来るくらい好きだぞ。もうこれはゆずゆ病だなゆずゆ病』 ゆずゆ病か、個人的には何も間違ってはいないと思う。 たぶんゆずゆが目の前からいなくなって、引っ越しでもされたら気が狂うのは間違いない。 まあそうなったら絶対俺もくっついて行くから良いけど。 (彼氏病……!?) 『具体的な症状を教えてくれ』 『そんな病気初めて聞くから興味津々だ』 咳が『彼氏! 彼氏! 彼氏っ!』とかだったら狂気を感じる。 うん、まあもちろんそんな恐ろしい病気なわけないだろうけど。 「え!? いつの間に俺の写真なんて撮ったんだ!?」 以前撮ったフォトプリ以外に写真なんてないはず。 よし、俺も今度学校でゆずゆを盗撮しよう。 (俺のケータイのフォルダもゆずゆの写真で一杯にしてやる!!) こうして今日も、俺とゆずゆの一日が過ぎていった。 『ごめん、なんかエロい症状だと俺的にテンションが上がる』 『ちなみに俺のゆずゆ病は当然エロいことも考えてしまう症状だってあるぞ!』 ゆずゆには悪いが、これだけ好きだと抱きついたり手を繋ぐだけで欲情するレベル。 ダメだな、俺ゆずゆには絶対嫌われたくないし、少しはこの辺の感情もコントロールしないと。 「………」 (喜んで責任を取らせていただきます……!!) 俺のエロ妄想とは違うかもしれないけど、ゆずゆもそうやって思い出したりするんだな。 俺だけが一方的に意識するんじゃなくて、向こうも同じ気持ちでいてくれるのは素直に嬉しい。 こうして今日もゆずゆとの一日が過ぎていった。 太陽が恨めしい……。 相も変わらず暑い日差しが突き刺してくるようだ……。 首筋と額には汗が溢れるし、あごからは滴り落ちる。 むわっとしていて、外に出るのすら億劫だった。 でもまぁそんな気分も、あることを頭に思い浮かべれば問題ない。 今日もゆずゆの家に向かっている。もちろん一緒に学園に行くためだ。 日課となりつつあるけど、面倒でもないし楽しい。 ゆずゆと一緒に話しながら歩くっていうのは、俺だけに許された特権じゃなかろうか。 それくらいには舞い上がれる。 気分を高められるんだ! 太陽かかってこいよ! 来いよアマテラス! というレベルだ。 しかし実際にアマテラスが俺の目の前に来たら、それはそれで心が揺れそうだ。 絶世の美女だろ、たしか。 まぁ雲上に住んでる時点で『絶世』と言うのも何だかおかしいような気もするが。 揺れる俺、睨むゆずゆ、隠れるアマテラス、暗くなる天下。 地球の未来は俺達にかかってるというわけだなこりゃ。 ははっ、罪な人間だぜまったく。 とかどうでもいいことを考えているうちに、ゆずゆの家の前に着いた。 立ち止まってゆずゆの部屋の方を見る。 ちょっとドタドタと騒がしい音が聞こえてきた。おそらく俺が来たことに気がついたんだろう。 それで準備を急いでいるというわけだな。 それにしても、いつもは遅れないのにな。 何かあったんだろうか。 ドアが開き、中から人が。 ゆずゆかなーと思ったら、違ったようだった。 「あ、おはようございます」 「おぅ、おはよう。ゆずゆは?」 「いますぐ来ると思います。それじゃお先に」 「サンキュー。行ってらっしゃーい」 手を振って見送る。彼の方もそれに応えて手を振りながら去っていった。 さて、すぐ来るらしいけど……。 「ごっ、ごめん、遅くなった」 「おはようおはよう」 「う、うん、おはよう……」 ちょっと息を切らしている。よっぽど急いでいたみたいだ。 「それじゃ、学園向かうか」 「そうだね。うん」 「そんでアマテラスがさー」 「…………」 ゆずゆと並んで歩いていたのだが、何だか上の空の様子。 と言うより、じーっとと言うかぼーっとと言うか。とりあえず見られてる。 黙ったまま。 俺の話がつまらないか、それとも単に何か考え事をしているか、だと思うけど……。 前者はやめてほしい。俺がつらい。 後者の場合だけど……何だろ? 俺に関係してることかな? 俺に何か言いたいことがあるとか。 『もの申す!』的な? ちょっと怖いけどドンと来いだ。せっかく恋人同士なんだし、言いたいことは言い合える仲でありたい。 聞いてみた方が早いな。 「なぁ、ゆずゆ」 「…………」 「おーい、ゆーずーゆー!」 「はっ! な、何!?」 「ぼーっとしちゃってるからさ。何かあったの?」 「な、なんでもないっ……!」 「…………」 「なんでもないからっ……!」 何かソワソワした様子のゆずゆ。 マジで何か隠してることでもあるのかな? 「そう言えば昨日は夜遅くに寝たのか? 珍しく今日は寝坊したみたいだけどさ」 思い当たるところを聞いてみる。 「うん、ちょっと……」 「ちょっと……?」 「そう、ちょっと……」 煮え切らない返事。言いたくないんだろうか。 聞き出しておきたいところだけど、無理強いはよくない。 ゆずゆが自分から話してくれるといいんだけど……。 あと、妙にソワソワしてるのは何なんだろう。 色々と気になるところが多いけど……。 ひとまず学園に行こう。 トコトコと歩いて行く。 ゆずゆの歩く速度がそんなに速くないので、合わせる形で。 「…………」 「…………」 会話がない。 しかもゆずゆは俺の方を見てる……気がする。 じっと見られてるような……。 何があったんだろう……。 そう思いつつも歩いて行く。 「…………」 今度はチラチラと俺を見たり下を向いたり。 何なんだ一体……。 「…………」 「お?」 するとゆずゆが俺に密着してきた。 未だにソワソワしてるけど。 そっと腕を組んでくる。 体の密着具合も、本当に軽くだった。 何というか、さりげなくといった感じだった。 ゆずゆの表情も、さっきまでとは一変。 嬉しいというか安心したような表情になっていた。 「どうしたんだ急に」 「ん……」 「甘えたくなっちゃった?」 「うん……」 そう答えると腕の力を強くした。 可愛いやつめ! まぁ、気持ちはわかるかも。 俺だってたまには、今のゆずゆみたいな気持ちになるときがある。 今日のゆずゆは特別、俺に甘えたいのかもしれない。 だとするなら、受け止めてあげるのが彼氏の努めってやつだ。 「歩きにくくない?」 「別に……歩きにくくてもいい」 「そっか。それならいいんだけど」 俺は歩きにくいんですがね。 でもそれでゆずゆが落ち着いてくれるなら、別にいいか。 このまま学園へと向かってしまおう。 ずっとこの状態だったら注目されること必至だろうけどな。 授業が始まっても、ゆずゆの様子はどこかおかしい。 隣の席から、ずーっと視線が向けられている。 少し目を向けると、ちょっとだけ頬が赤くなっている。 「あんまり見られると照れるんだけど」 「ご、ごめん……! それじゃあほどほど見る……!」 何かおかしい。 見られるのは別に悪いことじゃないんだ。 むしろ見てくれていいし、その時に目が合ってにっこり笑顔を見ると何だか元気も出るし。 でも今日は、ゆずゆの様子が違うから違和感があるんだ。 どうしたものか……。 その後、授業が終わるまでゆずゆは俺のことをチラチラ見続けていた。 休み時間になった。 これはやっぱりゆずゆに聞いてみるしかないだろう。 「ゆず……おわっ」 「へへ……」 俺がゆずゆに向かうよりも早く、ゆずゆが俺に密着してきた。 朝よりもぴったりとくっついている。 「ゆ、ゆずゆ……ここ教室だぞ」 「関係ないしー」 「でも俺は恥ずかしいっていうかさ……その……」 「おっ、お前らっ……不純異性交遊か!?」 「そうよっ、絶対そうだわっ!」 決めつけ早いなー。 「っかー! 恋人いないやつだっているんだぞ! 見せつけてんのか!」 「いや……そういうわけじゃないんだけど……」 「何よ! 見せつけ以外の何ものでもないじゃないのよ!」 「とりあえず落ち着いてくれ……あ、あとゆずゆもほら、離れて……」 「ヤダ、離れない……」 「ゆずゆ〜……」 むしろ更に力がこもってしまった。逆効果だった! 「ぐぐぐ……こいつぅ……」 「よし! 俺達も恋人同士になろうぜ!」 「え、何で? いや」 「…………」 「なーにしてんの……って、うわっ!」 「うわってお前……」 「いやいやいやいや、当然の反応だろ。トイレ行って戻ってきたら友達が女と抱き合ってるんだぞ!」 「ちょっと違うんだけどな……」 厳密に言えば抱きつかれてる。 「違くないだろ!」 「じゃあまぁそういうことにしておく」 「まったく……FPSをわきまえろってんだ!」 「FPS?」 銃撃戦でも始まるのか? 「TPOのことじゃない?」 「あぁ、なるほど。よくわかるな」 「ははは、どうも」 「もも! お前はいいのか!?」 「何が?」 「こいつらのことだよ! こんなところで抱き合っててさ!」 「別に、いいんじゃない? 同じ人間なんだし」 「あー」 そうかこいつはそういうところに興味なかったな、みたいな顔してる。 俺も同感だが。 「ゆずゆ……俺たち目立っちゃってるぞ……」 「知らない。別にいいでしょ?」 「はぁ……」 休憩時間の度にこれやられるのか? 嬉しいんだけど……参っちゃうな……。 昼休みだ。 しかし結局休み時間ごとにゆずゆに抱きつかれるはめになっていた。 今だってそうだ。 中庭に移動してくる間も、ずっと俺にべったり。 気分は悪くない。悪くないけど、周りの目は気になる。 その辺は考えて欲しいんだけど……。 ともあれゆずゆが作ってきてくれた弁当を食べる。 「んぐんぐ……」 「…………」 「…………」 食べている間もじーっと見られている。 なんだ、何なんだ? 食べてる俺を見て面白いのか!? わからない……。 やっぱりここは俺から何かしかけてみた方がいいのかもしれない。 「ゆずゆ」 「どうかしたの? お弁当、おいしくない?」 「いや、そんなことないぞ。すごく美味しい」 「そっ、良かった♪」 「…………」 「…………」 その後もなおゆずゆは俺のことを見つめ続ける。 俺の顔に何かついてるのかと問いたくなるくらいに。 ちょっと軽くスキンシップでもとってみるか……。 ゆずゆの体のどこかに触れれば、何かしら違った反応を見せてくれるかもしれない。 俺は弁当箱を太股の上に置き、ゆずゆの顔に手を伸ばした。 「ひょあっ!」 「うぉぅ」 頬に触れた瞬間、飛び跳ねるようにして驚くゆずゆ。 こっちがビックリしてしまうくらいだ。 やっぱり何だかおかしいな。 「ゆずゆ、お前今日なんか変だぞ……?」 単刀直入に聞いてみる。 「気のせい気のせい、気にしないで?」 しかし返ってくる言葉は変わらず。というか何の変哲もない。 苦しい言い訳のようにも聞こえるが……。 何だ? ゆずゆに何が? ここまでくると隠し事の線が強いような気がするが……。 だとしたら何のためだ? 何で俺に隠し事なんかする? 何か後ろめたいことでもあるのかな? 俺には何でも気兼ねなく聞いて欲しいけど……。 せっかく恋人っていう、友人の垣根を越えてるわけなんだから……。 とは言っても、無理に聞き出すのも……。 まぁこれ以上はやめておくか……。 弁当の味にまで影響はしてないからな。 そんなに深く気にすることでもないのか……? 放課後になり、みんな部活へ向かったり帰路へついたり様々だ。 俺はゆずゆと一緒に帰ろうと思っているのだが……。 「ごめんね? 今日はミーティングがあるんだよね……」 「そっか。部活だし仕方ないよな」 「うん……早く終わるといいんだけど……」 「気にすんなよ。待ってるからさ」 「うん♪ じゃあ行ってくるね」 「おう。行ってらっしゃい」 部活に向かうゆずゆを見送る。 さて、ゆずゆが戻ってくるまで暇だな……。 適当に漫画でも読んで待つか。 「……………」 っと……いつの間にか寝てたみたいだな……。 外を見れば、夕焼け色に染まりかけている。 ゆずゆは……戻ってきてないな。来た形跡も見られない。 まだかかってるのか。結構長いな。 「お」 「やっと終わった……」 ちょうどゆずゆが戻ってきたところだった。 「お疲れ、ちょっと寝ちゃったよ。これからどっか遊びに行く?」 「うん。遊びに行きたい!」 「でも、ちょっとだけ休憩したいな……」 そう言ってゆずゆは自分の席に座る。 そして机に突っ伏した。 「泳ぐだけならいいんだけどなあ……」 「やっぱりミーティングは疲れる?」 「うん、すごく。話聞いてるだけって案外しんどい……」 「それに体動かすことが出来ないから、退屈だし……」 はあ、とため息一つ。 相当お疲れの様子だった。 突っ伏したゆずゆの腕が俺の方に伸びてくる。 そしてそのまま俺の手を握ってきた。 俺も軽く握り返す。 するとゆずゆもほんの少しだけ力を入れてくる。 「…………」 可愛いな……。 ふとそう思った。健気な感じがしてとてもいい。 俺はそのままゆずゆの方に体を寄せて、キスをした。 「ふわ……な、何……」 「ゆずゆが可愛かったからさ……」 「……バカ」 気分も良くなってきてしまったので、調子に乗ってゆずゆの体に手を回す。 放課後の教室で、キスをし体に触れる。 それだけで条件は整っていた。 俺はゆずゆの柔らかい体をゆっくりとなで回していく。 今すぐにでもゆずゆが欲しかった。 「んぅ……」 「ゆずゆ……」 このまま流れでエロいことにいきそう……。 と思った矢先。 「だ、ダメっ……」 ハッと我に返ったような表情になったかと思いきや、手で振り払われた。 ゆずゆの顔は真っ赤っかである。夕日のせいじゃない。 そしてまた机に突っ伏してしまう。 ちょっとやり過ぎたかな……? 「ごめん、嫌だった?」 俺も我を忘れそうになっていた。 放課後の教室とは恐ろしいものだ。 だとしても少し寂しい。要は断られてしまったわけで。 かといって無理強いなんて出来ないしな。たとえ彼女だとしても。 「ごめんな」 「ううん、嫌じゃない、嫌じゃないんけど……」 「???」 「今日は……特別恥ずかしいの」 何か事情があるようだ。 しかし特別恥ずかしい、とは……? 「何が恥ずかしいの?」 これくらいなら聞いても大丈夫だろう。 「…………」 するとゆずゆは立ち上がって俺の傍に寄り添った。 「んっ……ちゅ……」 そして再びキス。ゆずゆの方から求めてきた。 しかもさっきみたいに軽いものじゃない。少しディープ。 ちょっと舌が口の中へ侵入してきていた。 「んっ……はぁ……何も言わないでね?」 「ん……な、何が……?」 「いいから……何も、ね?」 「わ、わかったよ」 俺が応えると、ゆずゆは俺の手を取った。 そして、その手をゆっくりとスカートの中へと導いていく。 (えっ!? ちょっ……どういうことだ……!?) さっき俺からやったときは断られたのに……。 どういうことなのかさっぱりだった。 ゆずゆの手は、ゆっくりと俺の手を引いていく。 スカートの中をさまよい、少し温かい布製のものに触れた。 俺の心臓の鼓動が早くなっている。 こんなことは……初めてだ……。 そりゃ緊張もする。 言いようのない緊張感と期待感で胸がいっぱいだった。 「んっ……」 手がパンツを撫でるように誘導され、ついに割れ目の部分へと伸びていた。 そこはもうすでにびしょびしょに濡れていた。 (ゆずゆ……こんなに……) 触れるとどんどん濡れてくる。 とめどなく溢れ出る感じだった。 ぐちゅぐちゅと水の音もしそうなくらい。 ゆずゆの吐息も、ねっとりとしていて艶めかしかった。 「私……最近おかしいの……」 「え……どうしたんだ? やっぱり体調とかが……?」 「違う……ここ、こんなになっちゃう……すぐに……」 ゆずゆの言う『ここ』とは、今まさに俺が触れている部分のことだろう。 そしてそれが『こんなに』というのは、濡れてしまうということだろうけど……。 「すぐにって……ずっとこうなってるのか……?」 「そう……二人でいると……いつも……」 「…………」 「生理が近いからなのかな……? でも、体触られるだけでも……こうなって……」 「き、キスなんてされたら……すぐに……」 「私どうしたんだろ……でもこんなこと、相談なんて出来ないから……」 そういうことだったのか。 だから俺のことを、若干避けるようにして…… 「まったく、ゆずゆはいやらしいな」 「し、しかたないでしょ、勝手にこうなっちゃうんだから……」 俺にそう言われ、ゆずゆは顔を真っ赤に染めていく。 「どうせだから、もっと見せてくれよ」 「え……?」 「ゆずゆのエッチな所をもっと見たい」 「ど、どうやって……?」 「そうだな、例えば机に載ってオナニーしてるところとか……」 その言葉に、ゆずゆはハッと息を呑んだ。 「……うん、わかった」 興奮した様に小さく頷くと、おずおずと机の上に腰を下ろす。 気がつくと、辺りはもう暗くなっている。 いくらゆずゆが発情してエロかったとはいえヤり過ぎたな…… 「ゆずゆ……大丈夫か?」 「うん……大丈夫」 少し惚けたような声を出す。 力が抜けてしまっているようだった。 「落ち着いたら……ちょっと外歩こう」 「うん……」 本当だったら、これですぐに帰宅。という流れなんだが……。 なぜか誘ってしまっていた。 とりあえず、ゆずゆの回復を待つことに。 来る途中はあまり言葉を交わさなかった。 なんというか、変な気まずさみたいなものがあった。 でも、ゆずゆが打ち明けてくれて良かった。 肩にかかっていた何かが降りた気がした。 噴水広場は見事にライトアップされていて、心が洗われるようだった。 「うわーすごい! 綺麗だねー!」 噴水がライトアップされるのと同時に、俺の目の前で元気にはしゃぐゆずゆ。 今日のあの様子はどこへやら、今はとにかく元気に俺の前で笑顔を見せてくれる。 「はは、やっぱりゆずゆはこうでなきゃな」 実はライトアップの時間は事前に調べていた。 俺の彼女は人一倍乙女チックな、純粋に笑顔の似合う女の子。 無理に背伸びをする必要もない。 俺はそんな自然体のゆずゆが一番好きだ。 「おぉぉぉ……ホタルみたいだよ!」 「見て見て! すごいすごーい!」 健気で純粋で、そしてどこか不器用で…… 「おい、あんまりはしゃぎ過ぎると転ぶぞー?」 俺は、そんな彼女の全部が大好きだった。 (童心に返ってるみたいだな) そう思わせるくらい、ゆずゆの表情は晴れやかだし、明るかった。 ふと、初めてゆずゆと会話したときのことを思い出した。 あのときは散々だったような気がする。 『死ね』とか言われたような気も……。 まぁ今となってはいい思い出だ。 あのときは、まさかゆずゆと付き合うことになるなんて思わなかったからな。 ビックリだ。 もし俺が、あのときの俺のところに行って今のことを話したとしたら、どう思うんだろ。 案外信じてしまうかもしれない。というか、嬉しがるかもしれん。 それだけあのときから俺の中に、ゆずゆという人物は濃い人間として存在していたわけだ。 「ゆずゆー」 「ん? どうしたの? 一緒に走る?」 「ははっ、ゆずゆにはついて行けないから勘弁ってことで」 「何だ、つまんないのー」 水泳とは言え、バリバリ運動してるゆずゆと一緒に走ったら、体力がもたない。 「その代わりさ、今度また休みの日にデートしてよ」 「あー、えっと……」 「お金が勿体ないし、今みたいに私はあんたのそばにいられるだけで満足かな」 「そ、そっか。それならそれでもいいんだけど……」 そういうこと言われると、エロい方面に思考がいってしまう。 ま、まぁ俺も男だし、ゆずゆとするのはすごく楽しい。 魅力的だし、今日みたいに激しいのをやったらどんどん夢中になってしまいそうだ。 でも……なんか、それ以上に、ゆずゆを喜ばせるようなことをしたい。 それで喜んでくれるゆずゆを見てると、俺も幸せな気持ちになれる。 俺とゆずゆの関係はまだ始まったばかりなんだから、色々出来ることをやっていきたい。 今日以上に、ゆずゆを喜ばせることをね。 帰り際、走り回ったせいかゆずゆはコックリコックリしていた。 そんなゆずゆもたまらなく可愛かった。 「水澄さん頑張って! 残り後一往復!」 「真子ちゃん、春より明らかに泳ぎ方上手くなってるな」 「うん、先月からタイムも積極的に計ってるし、秋まではクロール一本で頑張ってみるって」 もう見慣れてしまった女子水泳部の練習風景。 このシーズンは記録会や大きな大会も多く、部員達はみんな積極的に部活に参加している。 「おおっ! 水澄さんおめでとう! 今日だけでタイム1秒も縮まったよ!」 「ほ、本当ですか……!? よ、余計な力が抜けたからでしょうか……」 真子ちゃんがプールサイドに上がってくる。 この様子からすると、どうやら自分の記録を大きく更新したらしい。 「先輩! 見ててくれましたか!?」 「私クロールで50メートル、ここまで早く泳げるようになりました」 「春と比べると段違いの差だな。体力をつければきっともっとタイムは縮まると思うぞ?」 「でもそろそろクロール以外にも挑戦した方が良いかも。というかクロールってバタフライの次にキツいはずなんだけど」 「私! 先輩のクロールに憧れてこの部に入ったので、まずはクロールを極めたいんです……!!」 「そ、そう……まあ別に止めはしないけど……」 そのまま照れを隠すように、次は自分がプールへと入っていくゆずゆ。 後輩に尊敬されるのがそんなに照れるのか、やたらいつもよりハイペースで泳ぎ始める。 「先輩って、クロール以外もそうなんですけど、本当にフォームが綺麗ですよね」 「見とれちゃう?」 「はい、尊敬します」 「自分もいつか、あんな風に自信満々にプールの中を泳いでみたいです」 そう言ってじっとゆずゆの泳いでいる姿を見つめ続ける真子ちゃん。 (うーむ……) ただ先輩としてゆずゆを尊敬しているだけなら良いんだけど。 も、もしかしたら真子ちゃんって…… 「あ、あの。もしかしてあいつに惚れてたりします……?」 「先輩、変なマンガの読み過ぎですよ。もしかしてオタクの人ですか?」 普通にどん引きされた。 「いや、俺ってまともに部活に入ったことないからさ」 「先輩とか後輩とか、そういうプチ縦社会の構図に慣れてなくて良くわからないんだよ」 「へえ、そうなんですか? 尊敬する先生とか先輩とか一人もいません?」 「うーん、それがいないんだよ」 「ま、一人いるとすれば、それはこの俺様自身ってやつかな?」 「先輩って、時々すごく子供っぽいこと言いますよね……」 (あれ!? なんかキミ今日は俺に冷たくない!?) でも先輩というわかりやすい目標があると、部活にもやっぱり熱心になるんだろうか。 真面目にあのゆずゆからフォームの指導を受けてきたし。 いつも放課後のプールには、必ず一番にここへ来ている真子ちゃん。 「私、最初は水泳じゃなくてもなんでも良かったんです」 「え?」 「入学してからすぐ、とにかく運動部に入る気ではいました」 「私、元々体が弱い方なので、少しでも体力をつけたかったのもあるんですけど……」 「部活紹介の時、柊先輩体育館ですごいこと言ってたじゃないですか」 「私の泳ぐ時間が減るから、新入部員はいらない……みたいなこと」 「あー」 確かにそんなことも言ってたような。 「そのとき思ったんです。この人がそこまで夢中になれる水泳って、そんなに楽しいのかなって」 「私、それまで何か一つのことに夢中になった経験がなかったから……」 「だからプールに行って先輩が一人で黙々と泳いでいる姿を見て、すごくカッコ良いと感じたんだと思います」 「………」 「まあ分かるよ」 「ゆずゆのやつ、泳いでるときはまるで別人みたいなところあるからな」 俺も何か一つ、あんな風に夢中になれる物があったら変われるんだろうか。 ゆずゆと付き合うようになってから、たまに俺もそんなことを思うときがある。 「何か一つでも自分の自信になることを身につけたい」 「そんな、入部する前の私の気持ちを奮い立たせてくれたのが柊先輩なんです」 「はは、あいつもそこまで言われたらさすがに照れるだろうな」 「本人はきっと……」 「ただ趣味で泳いでるだけだし――!」 「とか言って、そっぽ向きそうな気がするけどな」 「ふふ、そうですね」 「あとこれは内緒にして欲しいんですけど、今年中に柊先輩が出した1年の頃の記録を抜こうと計画中なんです」 「へえ、それは大きく出たな」 「はい、目標は大きいほど燃えるものなんです!!」 「おお、よく言った水澄さん! これで次期部長の座は決定ね!」 「インターハイ出場もよろしく、柊さん興味持ってくれないから」 「あ、あはは……さすがにそれは……」 こうして、今日も平和な城彩学園女子水泳部。 俺もゆずゆの部活が終わるまで、いつものように教室でマンガでも読んで待つことにした。 「ほいお待たせ、ジャーマンポテトクレープ」 「ありがと」 放課後、部活が終わりゆずゆと公園へやってくる。 俺のバイトが無い日は、こうして放課後はここでのんびりすることが多い。 「クレープならもっとデザートっぽい方が良くないか? 総菜系のクレープって基本的に男が食べるものだろ」 「いいの、いっぱい運動して今お腹減ってるんだから」 「太るぞ〜?」 「うっ……」 「別に良いし、どうせ部活でカロリー消費出来るから」 「はは、ゆずゆでも体重のことは気にするんだな」 「あ、当たり前でしょ」 「だ、だって……太って恭介に嫌われるのは絶対嫌だし……」 「だ、だって……せっかく出来た彼氏に、嫌われたくないし……」 「………」 「ば、馬鹿言うなよ。そんなことで一々嫌いになるわけがないだろ」 「う、うん……」 「嬉しい……」 そう言ってゆっくりと俺の肩に寄りかかってくる彼女。 もう何の抵抗もなく、ゆずゆはこうして俺に甘えてくれるようになった。 この数ヶ月間、俺たちの間には本当に色々なことがあったけど…… それでもこうして今一緒にいられるのは、やっぱり俺から頑張ってゆずゆに声をかけた成果なんだと思う。 「ゆずゆ、イチゴいる?」 「うーん……」 「く、口移しでなら食べたい」 「よし」 お互いに顔を近づける。 「んっ……ちゅ……」 「ん……んん……」 「………」 「ね、ねえ……イチゴは?」 「ごめん、キスに夢中だった」 「ふふっ、ごめん私も」 イチゴを軽く噛んでゆずゆの口の中に入れてやる。 「もぐもぐ……」 「うっ、これ酸っぱすぎ……」 「そうか? イチゴなんてこんなもんだろ」 「まるで私のお父さんの脱ぎたての靴下のような香りが……!」 やめて!! 「ふふっ、冗談冗談」 「私結構イチゴ好きなんだよね。あとはフルーツだったらパイナップルも」 悪戯な笑みを浮かべて自分のクレープを頬張るゆずゆ。 俺の彼女は口が小さいので、何か物を食っているときは見ているだけでも可愛いと感じる。 「なんかこの数ヶ月間で、俺たち色々ありすぎたよな」 「最初はここでゆずゆと出会って、学校に行ったら同じクラス、席も隣ってすごい偶然だったと思うし」 「それから俺がゆずゆにストーキングしまくって、今では当たり前のようにプールへ顔を出せる学校生活……」 「す、ストーキングって、一応そういう自覚あったんだ」 「まあね、だって最初の頃は俺が声をかける度にすごく迷惑そうな顔してただろ?」 「うん、してた。こいつ何? 勘弁してよって本気で思ってた」 「それが今じゃ、こんなに彼氏にベタベタしてるんだもんな」 「これが勝負ならまさに俺の圧勝! 少しは誰かさんに罵倒されてきた甲斐があったってもんだぜ」 「ううっ……」 今更になって色々と恥ずかしくなってきたのか顔を赤くするゆずゆ。 でもこの短い期間で本当に彼女は変わった。 いや、変わったというよりも、これが本来のゆずゆの姿なんだと思う。 それはこうして付き合う前から何となくわかっていた。 口が悪く他人を拒絶していても、時折見せるふとした寂しげな表情が今でも印象に残っている。 「ゆずゆ、聞いてもいいか?」 「うん? なに?」 「あのさ……」 「何で俺と付き合う前は、あんな風に毎日他人を拒絶するようなマネしてたんだ?」 「………」 「そ、そんなこと聞いて……どうするの?」 「いや、実は前からずっと気になってたんだ」 「俺、お前はなんとなく悪い奴じゃないって、付き合う前から直感でわかってた」 「だから仲良くなってみたくて、俺から色々とアプローチかけてたんだけど……」 「………」 「こうして付き合うようになってもさ、どうしてもそこだけちょっと気になってて」 別に無理に聞く必要はないし、ゆずゆが言いたく無いなら俺ももう聞かない。 ただこいつは、何かちゃんとした理由がなければあそこまではやらないと思う。 わざわざ自分から周りに嫌われるような真似して、本当に平気でいられるはずがない。 俺は少なくとも、目の前のいるゆずゆはそういう女の子なんだと心の底から思っている。 「言いたくないならいいよ」 「ただ、もし理由があるんだったらさ、ちょっと一度聞いてみたくて」 「………」 「別に良いけど……大した内容でもないし」 「そうなのか?」 「うん……」 「私ね、最近はみんなに変わった変わったって言われるけど……」 「正確には、ただ肩の力が抜けただけなんだと思う」 そう言って、ゆずゆはクレープを食べ終える。 そっとこちらの手を握り、いつものように俺にピッタリとくっついて話し出す。 「私ね? 元々はすごく臆病だったんだ」 「小さい頃から、公園で一人で遊ぶのも怖くていつもお母さんの側から離れないような子だった」 「でもそのままじゃ駄目って言われて、習い事を始めたのが水泳だったの」 「それまで自分に何一つ自信が持てなかった私だけど……」 「一通り泳げるようになった頃には、それがずいぶんと自分の中で自信になってた」 「元々体を動かすのは好きだったから、それからは学校でもいっぱい友達が出来て……毎日放課後はみんなと遊んで……」 「ふふ、今の私からは想像も出来ないほど普通でしょ」 「ああ、そうだな」 「私も教室で、女子のみんなと交換日記や可愛い文房具なんかも集めて一緒に遊んでた」 「これは今でも変わらないけど、休日はお母さんと一緒に買い物に行って……夕方になると夕飯の支度を手伝って……」 「それからしばらくしてかな、私に生まれて初めての親友が出来たの」 「その子は私よりも一回り体の小さな女の子だった」 「途中から転校してきた子なんだけど、家も近かったからそのまま自然に仲良くなって……」 社交的とは言い過ぎかもしれないけど、以前のゆずゆは本当に普通だったらしい。 昔のことを話しながら、つい恥ずかしくなったのか照れながら色々と話してくれる。 「性格はね、お互い正反対だったの。趣味も成績もそうだったかな」 「私は活発な元気っ子って感じで、その子は本を読むのが大好きな、自分でも小説を書くような大人しい子だった」 「成績はもちろんあっちの方が良くて、テスト前なんかはよく助けてもらってたっけ……」 「なんか話を聞いてると、本当に普通だったんだなゆずゆは」 「うん」 「ただ……」 「もちろん良い思い出だけじゃ、なかったんだけどね……」 「あれは、何度目の春だったか、その子が突然学校に来なくなっちゃったの」 「所謂登校拒否ってやつで、理由はいじめが原因だった」 「私、馬鹿だからそれまで全然気がつかなくて、その子も私にはずっと隠していたみたいだった」 「いじめか……」 「最初は、その子の通っていた塾で始まって……」 「それが日に日にエスカレートしていって、学校でも色々、陰で酷いことをされるようになったんだって」 「最初は物を隠されたり、ちょっとした無視程度のレベルだった」 「でもその子が登校拒否をする頃には、塾ではもう本当に酷い状態だったらしくて……」 酷い状態と聞くと、いくらでも悪い想像が出来てしまう。 男子のいじめは最終的には取っ組み合いになるものだが、女子のいじめとなると少し事情が違ってくる。 親にも先生にも相談できないケースは珍しくないし、きっとその子もそういうタイプだったんだろう。 「私は塾とか行ってなかったから、学校でその話を先生から聞かされたときすごくショックで……」 「自分にも何か出来ることはないかって、当時は私なりに色々考えたの」 「それで私を含めた、その子と仲の良かったグループを作って、もう一度学校へ来るように彼女を説得した」 「最初はずっと首を横に振っていたその子は、最終的に私の説得に応じて学校に来てくれるようになった」 「私たちのグループは、塾に通っている他の子たちを、彼女に近づかせないよう毎日頑張った」 「最終的には塾と学校が連携して、先生の協力もあっていじめは終了」 「私も一安心して、またその子と学校で毎日遊べるようになったんだけど……」 「けど……?」 「最終的に、その子はまた他の学校に転校しちゃったの」 「本人からは家庭の事情だって聞いてたから、最初は寂しかったけど私もその事実を受け入れて……」 「でもそれから数ヶ月後、私は彼女が転校した本当の理由を知った」 「うわ、あんたそれまだ捨ててなかったの!?」 「いや、これ案外面白くて、やっぱり私たちが改造した後の方が絶対に面白いって」 「全然面白くないファンタジー小説から、一気に大衆向けのギャグコメディに……!」 「ねえあんたたち、それ……何持ってるの……?」 「え!? ひ、柊さん……!?」 「やばっ……!!」 「それ、あの子が小説書いてたノートじゃない……!! なんで? 何であんたたちが今持ってるのよ……!!」 「おまけにこんなに落書きして!! これ、あんたたちが書いたの!?」 「え、えっとですね……これには深い訳が……」 「いいじゃん、あいつもういないんだし」 「ふざけんなああああ!!」 「キャアア!! だ、誰か先生呼んできて!! 柊さんが……!!」 「なんで!? なんでこんなに酷いこと平気な顔して出来るんだよ!!」 「人が好きで書いてた小説をぐちゃぐちゃにして、まさかこれ真紀から取り上げたんじゃないだろうな!?」 「ちょ、ちょっと待って!? 落ち着いて柊さん!!」 「ま、待ってよ、取り上げたって、私たちだって真紀の親友だったんだよ!?」 「あの子が登校拒否したときも、私たち柊さんと一緒に説得して……」 「ひ、柊さん……! 信じちゃ駄目……!!」 「私見たもん! その二人真紀ちゃんの前でそれを朗読して、酷いことばっかり言ってた!!」 「なんで……!! なんで今更になってそういうこと私に言うんだよ!!」 「知ってたんなら真紀が転校する前に言えば良いだろ!!」 「ご、ごめん……なさい……」 「ちょ、ちょっと柊さん……!? これは一体……!」 「どいつもこいつも!! 普段は友達だ親友だって軽々しく言うくせに!! 肝心なときにはみんなして黙りかよ!!」 「知ってたのに言わなかった奴も同罪だ! 気づかない振りしてたやつも同罪だ!!」 「大体お前ら何なんだよ!! 休みの日だって私や真紀と一緒に遊んでたじゃん!! 本当に友達だったんじゃなかったのかよ!!」 「塾でもいじめてたって、もしかしてお前たちか!?」 「どうなんだよ!! ここで全部隠さずに言えよ!!」 「じゅ、塾は違うし……」 「じゃあ何で……!!」 「た、ただ私たち、あの子が気にくわなかったっていうか……」 「ずっと柊さんと一緒にいるから、それが何かムカついてたっていうか……」 「ちょ、ちょっと……!」 「気にくわないとかムカつくとか! そんな理由でここまで酷いことしたのかよ!!」 「最低だ……! みんな最低だよ……!!」 「何が友達だよ……何がみんなで真紀ちゃんを説得しようだよ……」 「普段は友達ぶってて、みんな裏では笑ってたのか……!?」 「あの子がどれだけ辛い思いをしていたか、お前ら一度でも真面目に考えたことあるのかよ――!」 「結局その日は最後まで一人で暴れて、クラスメイトと大喧嘩したのもそのときが初めてだった」 「転校しちゃった子は、真紀っていうんだけど……」 「もう自分のせいで私に迷惑をかけるのが、すごく嫌だったみたいで……」 「それで、私に嘘をついて転校したんだって。それも全部後になってから知ったんだ……」 「………」 「もう……本当に馬鹿みたいだよね」 「私だって親友とか言っておきながら、ずっと気がつかなかったなんて頭悪すぎ……」 そう言って、珍しく涙ぐむゆずゆ。 当時は悔しさと悲しさで胸がいっぱいだったのか、そんな気持ちの断片が今の表情から少し窺える。 「それからなの。何か友達とかグループとか」 「そういうものが全部馬鹿らしく見えてイライラするようになったのは」 「口ではなんとでも言えるからね。私からすれば他人はみんな嘘つきだって思い込むようになった」 「でも、今はそんなことないだろ?」 「少なくとも俺、お前にはつまらない嘘はつきたくないし」 「うん。ありがとう……」 「そんなことがあったから、城彩に入学したときはすごく怖かったんだ」 「周りはみんな酷いやつだって、思い込むようにしてたから……」 「少しでも相手になめられたら終わり。気を許せば絶対に酷いことされるって……」 「なるほどな、ゆずゆにとってはある種の威嚇行為だったのか」 「あ、でも実際にイライラはしてたよ? 男子は下ネタしか話さないし、あんたは人のことおちょくるし……」 「はは、ごめんごめん。でもあれくらいしないとお前まともに俺と話してくれなかったじゃん」 「………」 「まあでも……今ではちょっぴり感謝してるけどね」 「感謝?」 「うん」 「あんたがそういう性格じゃなかったら、たぶん私今頃ここにはいなかっただろうし」 「本当に……ありがとう……」 「私、恭介がこうしてそばにいてくれて本当に良かった……」 「私、あんたがこうしてそばにいてくれて本当に良かった……」 そう言ってゆずゆが抱きついてくる。 周囲には悪い人間しかいない。 そんな風に思ったら、俺もゆずゆみたいに一度は他人から距離を置こうとするんだろうか。 「俺はゆずゆの彼氏だから良いけど、ちゃんとお礼を言わなきゃいけない相手は他にもっといるんじゃないのか?」 「………」 「俺以外にも、水泳部のみんなはゆずゆに良くしてくれてるだろ?」 「真子ちゃんなんて、いつも一生懸命なお前を尊敬してるって今日俺に熱く語ってきたし」 「………」 「うん、本当は……ちゃんとみんなにも感謝してる」 「いつか一度は謝りたいと思ってたけど、何かタイミング逃しちゃって……今更言うのも恥ずかしいし……」 「まあ、謝るってどれくらいのレベルで言ってるのかはわからないけど」 「いつもありがとうくらいの言葉は必要かもな」 「うん……」 俺は、みんなより人一倍ゆずゆのことを知っている。 そう今は素直に思いたいけど、それでも現実的に考えればまだ知り合って半年程度だ。 その間水泳部では俺の知らないことや、みんなの苦労もあったかもしれない。 それにゆずゆが謝りたいと考えているのなら、俺もそれを頭ごなしに否定するつもりはなかった。 「もしあれだったら、みんなにお菓子でも作って持って行ったらどうだ?」 「ゆずゆ料理得意だろ? 日頃の感謝ついでに一発みんなで騒ぐのも悪くないと思うけど」 「お、お菓子……? 具体的に何作ればいいの? ケーキとか?」 「俺も料理下手くそだけど手伝うよ。まともに卵すら上手く割れない自信あるけど」 「あ、あはは……それって足手まといにしかならないじゃん。それだったら私一人で作っちゃうよ」 戦力外通告。 「待って!! そこを何とか!! 俺にも何か手伝わせてください!!」 「あはは、それじゃあ少し考えておくね」 「でもお菓子か……みんなケーキだったら喜んでくれるかな?」 「俺、シンプルだけどイチゴショートが良い」 「あはは、自分が食べたいもの言ってどうするのよ」 どうやら本気でケーキ作りを考えている様子のゆずゆ。 一人で材料をぶつぶつと言いだし、必要な器具も全部学校で借りられるはずと俺も助言する。 「そ、それじゃあ作ってみようかな。うちの部、たぶん甘いもの嫌いな人いないよね……?」 「わかんない、それじゃあそこは俺が確認しておくよ」 「うん」 こうして日頃のみんなへの感謝を込めて、ゆずゆのケーキ作戦が実行される。 俺のためだけに色々と頑張ってくれるゆずゆも可愛いけれど…… 俺はこうしてゆずゆ本人が安心して笑える空間が増えるのが、純粋に嬉しかった。 「はいこれ、全員分の皿ね。先生の分もあるから」 「え? なになにー? 今からミーティングするんじゃないのー?」 「あれ? 柊さんは?」 「はい先生、これグラスです。みんなここから一つずつ取っていってください」 「あら、どうもありがとう」 「はいコレ、真子ちゃんも」 「あ、はい」 あれから数日後、みんなに時間をもらって食堂を貸し切った。 オーブンも調理器具も家庭科室にあったので、ケーキ作り自体は割とすんなりいった。 デコレーションも済ませて、ケーキは既に冷蔵庫の中で冷やしてある。 「みんな揃った? 食器とか全部足りてる?」 「ああ大丈夫。全部確認して揃えたから」 「そっか、ありがとう」 調理場にある冷蔵庫から、ケーキを持って登場するゆずゆ。 俺も今朝買って来たジュースを冷蔵庫から全部持ってくる。 「わあ、ケーキ!」 「あれ? 今日って誰かの誕生日だっけ?」 明らかに普段のミーティングとは違う空気。 先生も一緒になって、みんなゆずゆの持っているケーキに釘付けになる。 「あ、あのさ……何か今になって緊張してきたんだけど……」 「緊張してどうする。普段のお礼を言うだけなんだから、もっと肩の力抜けって」 「い、いきなりこんなことして、みんなキモいとか言わないかな……」 「言うわけないだろ。むしろみんな突然集められてきょとんとしてるぞ?」 ゆずゆがケーキに型崩れがないか最後のチェックをする。 ケーキは俺のリクエストで決まったイチゴショートで、既にその甘い香りが俺たちの鼻へと届いている。 「あ、あの、このケーキどうしたんですか?」 「こいつが作った」 「え?」 「ちょ、ちょっと……! まだ言わないでよ……!」 「良いじゃん別に、隠す必要なんてないんだから」 「え!? これ柊さんが作ったの!?」 「すごい……! お店で売ってるやつみたーい……!」 「わかった、今日は彼氏の誕生日とか!?」 みんな皿を片手にテンションが上がり始める。 俺もハンドミキサー片手に生クリームを混ぜる作業を手伝った。 それ以外はまるで役に立たなかったので、ゆずゆの隣でそこまで偉そうな顔は出来ない。 「………」 「ん? どうしたんだ?」 「や、やっぱり、あんたから言って……?」 「おいおい、主催が逃げ腰でどうするんだよ」 「俺から色々言っても意味ないだろ? ここはちゃんと自分の口からみんなに伝えなきゃ」 「う、うん……」 「わかった……」 一度ナイフを置き、みんなの前に一歩踏み出るゆずゆ。 「あ、あの……」 「今日は、私から……みんなに言いたいことがあって、ここに集まってもらいました」 「普段は練習してる時間なのに、みんなごめん……」 「あの、先生もごめんなさい……」 「……? どうして私に謝るの? みんなむしろ喜んでるみたいだけど」 「ケーキ! ケーキ!!」 「あ、あの……食べる前から騒いだら行儀悪いと思います」 「水澄さんはホントに真面目ねー」 ゆずゆの緊張とは裏腹に、みんな笑ってしまいたくなるほどラフな感じで席に座っている。 先生も一緒になってニコニコしていて、どう転んでも不穏な空気にはなりそうにない。 「それで? 柊さんどうしたの? 言いたいことって?」 「まさか学生結婚の報告じゃ……」 「………」 「きょ、今日は……私からみんなに、色々とお礼を言いたくて……」 「それで……突然だけどここに集まってもらいました……」 「お、お礼……?」 「私たち何かしたっけ……?」 「……?」 真子ちゃんも含め、みんなゆずゆの突然の申し出に首をかしげる。 先生も一緒になって不思議そうな顔をしているので、俺から見るとそれがちょっとだけ面白い。 「私……」 「今までずっと自分勝手でした」 「気に入らないことは気に入らない。自分の機嫌や都合だけで……」 「一方的に怒鳴ったり、練習中にみんなを無視したり……」 「………」 「………」 「みんなには、本当に悪いことをしたと思ってる」 「入部初日から先生にも迷惑かけちゃったし。だから、それを一度みんなに謝りたくて……」 「柊さん……」 「先輩……」 「私、この学校に入学する前……色々あって……」 「少し周りの人たちが信用できなくなっていたの」 「明るく声をかけられても、何か裏があるんじゃないかって疑ったり……」 「人に親切にされても、素直にお礼の一つも言えなくなってた」 「怒鳴ったり、嫌味を言ったり無視したり……」 「一度そんな態度を取り始めたら、それが私の中で当たり前になっちゃって……」 「気づいたときには、もう自分ではどうしようもなくなってた」 「本当はタイムが縮まって先生から褒められると嬉しかった」 「私が泳いでると、みんなすぐにストップウォッチ片手に計ってくれて……それもすごく嬉しかった」 「素行が悪くても、先生は注意はしても私に酷いことは何一つ言わなかったし」 「春になって、まさか自分を慕ってくれる後輩が出来るなんて、本当に思いも寄らなかった……」 「普通こんな無愛想な先輩に、自分から話しかけてくるやつなんている……?」 「私だったら絶対に無理」 「最初は全く理解出来なかったし、どちらかと言えばすごく動揺してた」 「それでも水澄は……」 「ううん、真子が私に良くしてくれたのは、きっと偏見とかそういうの抜きにして」 「私を、しっかりと一人の人間として見てくれてたからだと思う」 「水泳部のみんなも、私が教室や廊下で色々言われてるのに……嫌な顔一つしないで……」 「こうやって今みたいに、私のわがままに付き合ってくれてる」 「これって今だから実感できるんだけど、すごく……幸運なことだと思うの」 「だから、みんなに改めてお礼が言いたいの」 「こんなどうしようもない私と、仲良くしてくれてありがとう」 「大したお礼は出来ないけど、今日はケーキ作ったからみんなに食べて欲しくて……」 「あ、あはは……ごめん、やっぱり何か急に恥ずかしくなってきた……」 そう言って、みんなの前で顔を赤くして照れるゆずゆ。 部員のみんなも、最初はポカーンとしていたけど今ではみんな何か言いたそうに笑っている。 「あのさ、私たち別にお礼言われるようなことしてないよ?」 「むしろお礼を言いたいのはこっちの方」 「柊さん、いつも備品の後片付けしてくれるでしょ? コースロープだって重いのに率先して持ってくれて」 「うん、それに放課後は一番早く来て、週末なんかはプールサイドの掃除までしてくれてるでしょ?」 「私たち、ちゃんと見てたよ? 柊さんって口は悪くても部活動は真面目にやってたじゃない」 「おまけに100メートル自由形、一番早いのは柊さんだし」 「私たち、これでもちゃんと柊さんのこと認めてるんだよ?」 「別にやることちゃんとやってれば、みんな普段から咎めたりしないって」 「それに……」 「先輩? お礼を言うなら、私たちにじゃなくて自分の彼に言った方が良いと思いますよ?」 「私、以前の先輩がどういう人なのかは知らないけれど……」 「でもみんな、先輩が付き合うようになってから、すごく楽しそうな顔をするようになったって言ってます」 「う、うん……まあ……」 「私、水泳に関してもそうですけど、純粋に柊先輩が羨ましいです」 「私もいつか好きな人が出来たら、お二人みたいに仲の良いカップルになりたい」 「本当に、最近はずっとそんなことを考えるようになりました」 「………」 「恭介……」 「あ、あの……」 「俺、お礼なんて言われても困るからな?」 「だって俺、ゆずゆに惚れてからはずっとくっついてただけだし」 「告白して、二人きりでデートして……」 「基本的に俺、お前にデレデレしてただけだろ?」 「ふふ、そうね。ウチの部に顔を出すのも柊さんの水着目当てだもんね」 「そうそう」 「俺みたいな男がこんなに堂々と女子水泳部に出入りできるなんて、マジで全部ゆずゆのおかげだ」 「うわあ、完全に開き直ってる」 「ふふ、先輩らしいです」 全部事実なので開き直って言う俺。 彼女が出来ると交友関係も広がるって聞いたことがあったけど、最近はそれを強く実感するようになっていた。 「もう、そうやってすぐに茶化そうとする」 「人が真面目にやってるんだから、そっちも告白してくれた時みたいにしっかりしてよね?」 「私、あの告白がなかったら、きっと今もつまらない顔して学校生活送ってたと思う」 「だから、こんな私を好きになってくれて、本当にありがとう」 「私……もうあんたに嫌いって言われても、たぶん絶対離れられないと思うから……」 「………」 「大丈夫だって」 「俺の方こそ、逆にお前に振られないよう頑張るよ」 「………」 「好きだ。ゆずゆ」 「まだこれを言うのは絶対に早い気がするけど……」 「でもいつかは……!」 「いつかは! 俺と結婚してくれェェェェ!!」 「キャー!」 「だ、駄目! 今絶対ふざけて言ってるから無効!! 冗談でプロポーズしてくるの禁止!!」 「待って!? 俺割と本気なんだけど!!」 「だったらまず私のお父さんに会ってからにしてよ!」 そのままいつものようにギャアギャア言い合う俺たち。 ゆずゆの目を盗んで、既に何人かはケーキを食おうと狙っている。 「あ、ま、待ってください! 食べる前に写真撮りませんか?」 「いいわね〜。私が撮ってあげるから真子ちゃんも入って?」 「はい」 「私も私もー!!」 「ちょ、ちょっと待って! 急に押さないで……!」 「はいはい、先輩は彼氏の隣にピッタリくっついてくださいね〜!」 みんなに押されるように、ゆずゆが俺の横にピッタリとくっついてくる。 「なあ、ゆずゆ。お願いがあるんだけど」 「え……?」 「ええっ……!?」 軽く彼女の横で耳打ちする。 「はい、それじゃあみんな撮るわよー」 「3……」 「2……」 「1……」 「はい、チーズ……!」 城彩学園2年の夏。 今年こそ彼女を作ると奮闘した俺は、見事その目標を達成。 今ではこうして友達も増え、この先もずっとずっと……今隣にいるゆずゆと…… 「ずっと、好きだよ……?」 「ああ」 これ以上無いくらい、俺は最高の学校生活を送り続けるのだった。 ゆずゆとの関係が続き、あれから数年後。 俺とゆずゆは城彩学園を卒業後、それぞれ別の進路を選択した。 俺はそのまま大学へと進学し、彼女が出来てからというもの割と勉強を真面目にするようになった。 ゆずゆの方は卒業後、調理師の専門学校へと通い…… 学費は社会勉強も兼ねて自分で払うと、俺同様に休みの日はやたらとバイトを入れて働くようになっていた。 そして…… 「ゆずゆ、この皿でいいのか?」 「うん、ありがとう。そこに置いておいて?」 今日は俺たちの、交際がスタートしてから4回目の記念日。 俺からゆずゆに告白したあの日から、この日だけは毎年お互い予定を空けてこうして一緒に過ごしている。 「ゆずゆちゃん? もういいから座って?」 「二人のために今日はケーキも買って来たの」 「あ、すいません。でももう少しで全部終わるので……」 「ほら、そっちも早く席に座って?」 「あ、ああ。ありがとう」 「あんた、本当に幸せ者ねえ……」 「今時ここまで世話焼いてくれる子、本当に滅多にいないと思うわよ?」 「ああ、知ってる」 俺とゆずゆは来月から同じアパートで同棲することになっている。 ゆずゆの親父さんから許可をもらうのは正直に言うと骨が折れたけど…… それでも今は、俺もゆずゆも来月から始まる新しい生活に胸を躍らせている。 「はいお待たせ。彼女特製デミグラスハンバーグでーす」 「ええ!? これゆずゆちゃんが作ったの!?」 「はい。今ソースを何通りか練習中なんです」 「すげぇ、最近また腕が上がったんじゃないのか?」 「ふふっ、当たり前でしょ? こう見えて昔から料理だけはめちゃくちゃ頑張ってたんだから」 「それに来月から一緒に住むわけだし。これからは毎日美味しいもの食べさせてあげる」 「うっ……ううっ……」 「本当に、本当にゆずゆちゃんは良い子ねぇ……」 「こんな馬鹿息子のどこに一体、そこまで惚れ込んでくれたのやら……」 「正直に言うと、俺も不思議でしょうがない」 「あはは、えー、何それ〜」 ゆずゆは俺と交際してからと言うもの、目に見えて男子からの人気が急上昇していった。 もともと笑えば可愛いやつなので、俺の後にその魅力に気づいた男子たちはみんな例外なく後悔していた。 まあそのぶん、ゆずゆは相変わらず俺にベッタリなので優越感にはバリバリ浸れたんだけど…… 「ゆずゆ、本当にお前今の学校にはイケメンはいないんだな!?」 「もう、またその話ー?」 「安心しなって、うちの学校ほとんど男子いないから。全校生徒合わせても男子1割もいないよ〜?」 「いや! その1割も油断ならない!」 「お前マジでそろそろ自分の可愛さに気づきなさい! 将来お前と結婚する気でいる俺は……今から心配で心配で……!!」 「じゃあ、今から私と結婚してくれる?」 「もちろん!!」 「よし、さっさと籍入れに行くぞ!」 「あはは、冗談だって。お互いちゃんと同棲して、上手く生活出来たらってうちのお父さんと約束したでしょ?」 「いや、もう良いじゃん。こっそり籍入れるくらい……」 「こらこら、今からそんなことやってたら、向こうの親御さんから永遠に信用してもらえなくなるわよ?」 「うっ……」 「そ、そうだよな」 「ふふっ」 俺の彼女は日に日に可愛く、そして綺麗になってゆく。 最近じゃ、そんなゆずゆに釣り合う男になりたくて俺も色々と苦労が絶えない。 「でも嬉しい。そうやって毎日結婚したいって言ってもらえて」 「ああ、だってしたいもんはしたいからな」 「俺、お前のためだったら、どんなに辛くても一生身を粉にして働けるぞ?」 「うん……ありがと」 「それじゃあ私、今からもっともっと頑張って花嫁修行するね?」 「おう、愛してるぞゆずゆ」 「うん、私も超愛してる」 出会った頃の思い出も、今こうして楽しく笑っている思い出も。 俺はこの先もずっと彼女と共有していきたい。 俺たちはもう、他の夫婦には負けないくらいずっと強い絆で結ばれている。 「……っ!」 ギシッとベッドが音を立てた。 ゆずゆは緊張したように息を呑み、体を震わせる。 「わ、悪い、驚かせたか?」 「な、何でもない……大丈夫。ただ胸が張り裂けそうなくらい苦しくて……」 「ゆずゆ、好きだ」 少しでも緊張を和らげようと、耳元で囁くようにしてそう口にする。 「……ぅ、私も、好き……」 「ゆずゆ……」 「ん……」 たどたどしく、キスをおねだりするように目を瞑る。 俺は誘われるままに顔を近づけていた。 「ちゅ……ん、うっ……ふぁ、んぅぅ……んっ……」 唇がそっと触れ合った。 ゆずゆから切なげな吐息が漏れる。 「はぁ……んっ……」 「んぅ……ちゅ、んぅ……ん、んっ……ふぁ……ん、ちゅ……んぅ……」 キスだけなのにヤバイくらい気持ち良かった。 興奮が昂ぶり、さらにゆずゆを求めたくなってくる。 でも、ここでがっついたらダメだ。少しでも緊張してるゆずゆをリラックスさせてあげたい。 「ふぁ……キス……好きかも……。何か、すごく安心する……」 「一部だけとはいえ、好きな人と繋がっていられるからかな……?」 ゆっくり唇を離すと、ゆずゆは照れ臭そうに微笑んだ。 「俺も、ゆずゆとのキスは大好きだよ……」 「うん……もう一回、キス……」 「ああ……」 俺はもう一度、ゆずゆと唇を触れ合わせる。 「ちゅ……んっ、ん……ふぁ、ちゅ、んぅぅ……」 今度のキスは先程のよりもちょっとだけ深かった。 ゆずゆは口を開き、おずおずと俺に舌を押しつけてくる。 俺も舌を差し出すと、ゆずゆの舌に触れ合わせた。 「んっ……ちゅ……んぅっ、んぅぅ……!? ふ、んぅ……ちゅぱ、んっ……」 「んっ、んっ、んぅ……ちゅ、んぅ……んっ、んぅぅぅ……」 触れ合う度に、ゆずゆの肩がぴくぴくと震えていく。 「んっ……ちゅ、んぅ……はぁ、はぁ、はぁ……」 「う……ん、大丈夫……。ドキドキも、少し収まって来たから……」 唇を離すと、もう一度ゆずゆは真っ直ぐに俺を見つめてきた。 まだまだ緊張しているはずなのに、小さく頷いてみせる。 「良い……よ。私ならもう大丈夫だから、続きして……」 「……無理はしなくても良いんだぞ?」 そうは言っても、めちゃくちゃこの先をしたくて堪らない。 だってさ、せっかくの機会なんだぞ!? でもゆずゆのことも大切にしたいため、俺は自分の興奮を必死に抑え込む。 「ありがと、でも本当に平気だから。私だって、好きな人を受け入れたい」 「だから、お願い……」 彼女にここまで言われて我慢できる彼氏がいるだろうか? いや、いない。それだけは断言出来る。 「ゆずゆ、触るからな……?」 そう断りを入れ、俺は恐る恐るおっぱいへと手を伸ばした。 「んっ……」 「おぉぉ……!」 服越しに触れた途端、ゆずゆは体をすくませながら小さく息を漏らす。 「なんだ、これ……すごすぎる……」 驚くほどに柔らかかった。それに手に余るこのサイズ……。 まさに感無量とはこのことだ。 俺は手のひらに広がる幸せに、ただただ感動してしまう。 「ひゃ……ぁん、んっ……ど、どう……変じゃ、ない……?」 「全然変じゃない。むしろ、最高過ぎる……」 「そ、そう……? んっ……あ、ん……」 指を動かすと、その度にゆずゆは肩を震わせた。 ゆずゆは少し不安そうだが、本当に最高の触り心地だ。 「なぁ、ゆずゆ……」 「ん、なぁに……?」 耳元で声を掛けると、切なそうにしながらも俺を見つめてきた。 俺は一旦胸に触るのを止め、その目を真っ直ぐに見つめ返す。 「服を脱がしても良いか? どうせなら、直接ゆずゆのおっぱいを触りたい……」 「ちょ、直接……? あぅ……」 頬を染め、少し視線を彷徨わせる。 「良い……よ。恥ずかしいけど……うん、大丈夫だから」 「本当に?」 「な、何度も言わせるな、バカ。あんたのしたいようにして良いから……」 「それとも、私が自分で脱いだ方が良いとか……?」 「あ、いや、それは……俺が脱がしても?」 「…………っ」 良いと言うかのように、ゆずゆは小さく頷く。 や、やばい、マジで興奮するって、これ。 俺は生唾を飲み込み、震える手でゆずゆのシャツを脱がし始めた。 「っん……あ……見られて……る……」 ブラジャーが露わになった途端、ゆずゆは恥ずかしげに目を潤ませた。 それでも胸は隠そうとはせず、俺の視線に晒されながらジッとしている。 「やだ、恥ずかしい……うぅ、何か言ってよ……」 「あ、いや……可愛いブラジャーだな。今にもおっぱいがこぼれ落ちそうだけど……」 めちゃくちゃエロい光景だ。 見てるだけで、ズボンの中が突っ張って痛くなってくる。 「そ、それで、これで終わりで良いの……? その、ブラも外すとか……」 「……良いのか?」 「ん……」 「じゃあ、外すからな……?」 さすがに、下着を脱がせるとなると緊張する。 「これ、どうやって外せば……」 「そこにホックがあるから……。焦らないで、丁寧に外して……」 「お、おう、こうか?」 手探りでホックを探し出し、震える指でゆっくりと外していく。 「うわ……っ!」 悪戦苦闘しながらブラを外すと、そこには桃源郷が広がっていた。 柔らかそうなふたつの膨らみが、束縛から解放されてぷるぷると震えている。 「う……ぁ、これ、恥ずかし過ぎる……おっぱい見られて……」 ますます恥ずかしくなったのか、ゆずゆの瞳が潤んできた。 湯気が上がりそうなほど顔が真っ赤になっている。 「すごい……ゆずゆのおっぱい、綺麗だ」 「や、やだ、そんなジッと見るな……うぅぅぅ……」 恥じらう表情も色っぽくて妙に興奮してしまう。 「ゆずゆ、顔を上げて……」 言われるまま顔を上げるゆずゆ。 俺はすかさず、そんなゆずゆへとキスをしていた。 「んぅ……っ!? ちゅ、んっ……ふ、んっ、ん、んぅ……ん、んっ……」 唇を触れ合わせ、そのまま啄むようにして何度もキスを繰り返す。 「んっ、んっ……ちゅ、んぅぅ……ふぁ、ん、んぅぅぅっ……」 ゆずゆもそれに応えて、おずおずと舌を絡ませてくる。 その間に、俺はむき出しになったふたつの膨らみに指を這わせていた。 「ふむぅ……! んっ、んぅ……ちゅぱ、んっ、んっ、んぅぅっ……」 いきなり胸を触られ、ゆずゆはぴくんっと体を震わせた。 だけど半ば夢中になって俺にキスをしてくる。 (でも、すげぇ……これがおっぱいの感触なのか……) 手のひらに吸い付くような感触がすごい。 めちゃくちゃ柔らかくて、軽く掴もうとしただけで指が食い込んでしまう。 「ちゅ……ん、んぅぅ……ちゅぱ、んっ、ふ……んぅぅっ! ふぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 ゆっくりと唇が離れた。 ゆずゆはとろんとした眼差しで、色っぽく息をつく。 「はぁ、はぁ……んぅぅっ、おっぱい、ピリってして……あんっ、先っぽがむずむずする……」 弄られて感じてるんだろうか? 「ゆずゆ、もっとしても良いか?」 「ん……良いよ。私は大丈夫だから……」 「じゃあ……」 指先で乳首をつまむようにして、ゆっくりと弄ってみる。 「ふぁぁぁっ、んぅっ……あ、っん、あ、あ、あっ……!」 「それ……変な感じ、するぅ……。あっ、あっ、ん、あ、あ、あっ」 めちゃくちゃ敏感に反応してる。 俺はゆずゆが感じてくれるのが嬉しくて、つい大胆に行動してしまう。 おっぱいから手を離すと、そこに顔を近づけた。 「ひゃぁんっ! んっ、あっ、や……な、なに、して……んぁあぁぁっ!」 ぺろっと先っぽを舐めただけで、ゆずゆは声を上げて身悶えた。 無意識に内股を擦り合わせてる様子が可愛らしい。 「ゆずゆのここ、美味しいな……」 「んぅっ、あっ、や……そんなとこ、舐めちゃ……んっ、んぅぅっ……!」 「ふぁ、あ、あっ、だめぇ、なんか変……先っぽがジンジンして……ふぁ、あっ……!」 ぴちゃぴちゃ乳首を舐め回してると、どんどん硬くなって来た。 つんと尖って舌先で転がしやすくなっていく。 「んっ、んっ、んっ……ふぁ、あ、やぁん、あ、あっ……!」 ゆずゆの喘ぎ声が頭に響く。 めちゃくちゃ興奮してしまって、乳首を舐めるのを止められない。 「はぁ、はぁ、ゆずゆ……」 「あんっ、んぅっ、はぁ、ふぁ、あぁぁあぁぁ……!」 「ねぇ、そんな舐めちゃだめぇ……。わ、私、んぅっ、あんっ、あぅ、んぁぁぁっ!」 切なく声を上げて体を震わせる。 どことなく物欲しげなゆずゆの眼差しが、俺をさらに興奮させていく。 「はぁ、はぁ……。ゆずゆ、次は下も良いか……?」 「え……?」 「ベッドの上で足を開いて……」 乳首から口を離すと、俺はもう一度ゆずゆの唇へとキスをする。 「う……ぁ、だ、だめ、こんな格好、恥ずかし過ぎるから……っ」 パンツ一枚だけになり、ゆずゆは身を縮み込ませていた。 さすがに恥ずかしいのか、手で股間を隠している。 「ごめん。嫌ならここで止めるか? ここならまだ、俺も我慢できそうだし」 「うっ……そ、それもだめ……。でも、恥ずかしくて……」 もう顔はこれ以上ないくらいに真っ赤だ。 涙目なのが妙にそそるけど……少し、抑えないと。 せっかくの初体験なんだから、ゆずゆが嫌がることはしたくない。 「そうやって手で隠してたら続きができないんだが……」 「うっ……」 俺の言葉に、ゆずゆは恥ずかしげにギュッと目を瞑った。 「どうする、ゆずゆ……?」 「わ、わかった。良いよ……我慢する、から。でもあまりジッと見ないで……」 「わかった、約束する」 出来るだけ、ゆずゆの希望は叶えたい。 俺はゆずゆの股間を見ないようにしながら、手をゆっくりと退けていく。 「あ……っ」 「……っ」 ゆずゆが恥ずかしげに声を上げるのと俺が息を呑むのはほぼ同時だった。 魅惑的な下着が丸見えになってしまった。 しかも良く見ると、中心部分にシミが広がっているようだ。 「これって、濡れて……」 「うわぁぁぁっ、見るなってばぁ……! ぅぅ、恥ずかしすぎる……死んじゃう……」 「ごめん。でも、可愛いよ」 慰めるように頬にキスをする。 「んっ……あぅ……」 ちょっと照れたように身をすくませるゆずゆ。 でも少しだけ緊張が弛んだ感じがする。 「ゆずゆ、触るからな……」 頬に唇を触れさせながら、俺はゆずゆの股間に手を伸ばした。 「ふぁ、あ……っ、ひゃ……んっ、んぅぅぅ……っ」 つーっと割れ目を指先でなぞってみた。 何だかぷにぷにして不思議な感触だ。 「ひゃ……あ、あっ、そんな……くすぐらないで……っ」 「ご、ごめん。触ったのは初めてだから……」 もっと感触を味わってみようと、俺はゆずゆの股間をまさぐっていく。 「ひゃ、ふ、んぅっ……ふぁ、ああ……あんっ、や、そんなにぐりぐりしちゃ……」 「んぅ……あ、あ、あっ……やぁん、指が、食い込んできて……んっ、んぅぅ……っ」 切なげにゆずゆが喘ぐ。 指で弄っているからか、パンツのシミがさっきよりも大きくなっていた。 「すごい、どんどん溢れてきてる……」 生唾を飲み、つんっと股間の中心を突いてみた。 「ひゃっ……や、そこ……んっ、ふぁ、あ、あ……指がグリグリって……っ」 「入っちゃうから……だめっ、んっ、あ、あ、あっ……!」 パンツを押し込みながら指先が温かいところに埋まっていく。 押し出されるようにして、いやらしい汁が溢れ出した。 「うわ……」 透明な液体が太股を伝って垂れていく。 「だめっ……押し込んじゃ……はぁっ、はぁっ、んぅぅっ……」 「まるでお漏らししたみたいだな」 女の子って、ここまで濡れるものだとは全然知らなかった。 驚きを飲み込みつつ、俺はちょっと意地悪くゆずゆに声を掛ける。 「だって、しかたないでしょ……んっ、はぁ、はぁ、私だって、女の子なんだから……」 「好きな人に弄られて、気持ち良いんだから……」 「そ、そっか……」 少し怒ったように言われ、俺は素直に頷いた。 それにやっぱり、俺の愛撫で感じてくれてるのがすごく嬉しい。 「ごめんな、ゆずゆ。お礼にもっと気持ち良くするから」 「な……っ、ちょ、パンツを掴んで何を……」 「脱がすぞ……」 「やっ、ま、待って、まだ心の準備が……っ」 慌てたようにそう言うゆずゆ。 だが俺は、びしょ濡れになってしまったパンツをさっさとずり下げてしまう。 「う、わ……すごい、これがゆずゆの……」 「……っ! う、ぁ、あ……み、見ないで、恥ずかしい……っ」 びしょ濡れになった秘部が露わになった。 濡れたパンツと性器の間を、愛液がいやらしく糸を引いている。 「はぁ、はぁ……だめ、だめぇ……そんなに見られたら……私……」 「ゆずゆのここ、すごく綺麗だ。ピンク色して……」 「ばかぁ……口に出して説明しなくて良いから……はぁ、はぁ……あうぅぅっ……」 恥ずかしさのあまり、ギュッと目を瞑って体を強ばらせる。 でも、本当にゆずゆの性器は綺麗だった。 そのまま口づけしたくなるくらいに……。 「……ゆずゆ、好きだよ」 俺はそう囁きながら、思ったままに行動をする。 ゆずゆの股間に顔を近づけると、そっとキスをしてみた。 「んぁあぁあっ……! やっ、何それっ、んっ、ふぁ、あっ、んぅうぅぅぅっ……」 「あんっ、あっ、やだ……んぅっ、気持ち良い、それ……ふぁ、ああぁぁっ……!」 大きく腰がくねった。 思わずと言った様子で喘ぎ、すぐに恥ずかしげに頬を赤らめる。 「ゆずゆは、ここを舐められると気持ち良いんだな」 ならば、さらに重点的に責めるまでだ。 俺はぴちゃぴちゃ音を立てながらゆずゆの股間を舐め続ける。 「ひゃ、んっ、んぅ、んぅぅぅぅっ……はぁっ、はぁっ、あぅ、ん、あぁっ……」 「だめ、そんな……んぅぅっ……! そこ、敏感だからっ、ひゃっ、んっ、んぅぅぅっ!」 ますます濡れてきたようだ。 舐めるそばから新しい愛液が湧き出し、溺れそうなくらい俺の口元を濡らしていく。 「んんぅぅぅぅ……っ、はぁ、はぁ、やぁ……お腹、熱くて、むずむずして……」 「私……もぉ……んぅぅっ……! ひゃっ、あっ、んっ、あ、あ……っ」 ヒクヒクといやらしく陰唇が動いた。 快感に身をゆだね、どこか惚けた表情を浮かべている。 「はぁ、はぁ……ゆずゆ、そろそろ良いか……?」 これだけ濡れていれば大丈夫なはずだ。 俺はパンパンになっていたズボンから、いそいそとペニスを取り出す。 「う……ぁ……挿れる……の……?」 「ゆずゆが大丈夫なら、だけど」 「うん、大丈夫……。私も、欲しいから……」 恥ずかしげに小さく頷いた。 それに呼応するかのように、また陰唇がヒクヒクと震えていく。 「じゃあ、挿れるぞ……?」 これから、ゆずゆの中に入る……。 それを想像するだけで、興奮でどうにかなってしまいそうだ。 はやる心を抑えつつ、ガチガチに屹立したペニスをゆずゆへと押しつける。 「んっ……う、ぁ……熱い……これが、そうなんだ……」 「わ、私は大丈夫だから、一気に……来て……」 「ああ、わかった」 ゆずゆの言葉にグッと腰に力を込め、一気に突き出した。 「んぅぅっ……う、あ、ぐっ……んぁぁぁああぁっ……!!」 何かを裂くような感触が伝わってきた。 ゆずゆは大きく背筋を反らしながら、苦悶の声を張り上げる。 「ぐっ……な、なんだ、これ……っ」 「はぁっ、はぁっ、んぅぅ……い、痛……う、あぁっ……!」 「うぉぉ……っ」 ぎゅぅぅぅと強く膣内が収縮し、ペニスを痛いほどに締めてくる。 「ゆずゆ、大丈夫か?」 「へ、へーき……あぐっ、はぁ、はぁ、痛いのは、最初からわかってたし……んぅぅっ」 「それに、嬉しい気持ちの方が、大きいから……っ」 繋がった部分から血が流れ出していた。 見るからに痛々しいその光景に、つい俺は腰が引けてしまう。 「んぁあっ……! あ、あっ、んぅぅぅっ……!」 「はぁっ、はぁっ、なに、これ……お腹の、中で……んぅぅっ、動いて……あ、あっ、擦れて……っ」 かすかな動きが伝わってしまったようだ。 痛みで顔をしかめながら、未知の傷みに悲鳴を必死に飲み込んで行く。 「んっ、あっ、あぐぅぅっ……! はぁ、はぁ、んっ……はぁ、はぁ……」 「う、あ、あぁっ、こんな、痛い……なんて……っ」 びくびくっと何度も体を震わせる。 相当痛いのか、体中に緊張がみなぎっている。 「やっぱり抜いた方が……」 「だ、だめ……んっ、抜いちゃ……はぁ、せっかく……一つに、なれたのに……」 まるで俺を逃がすまいとするかのように、ぎゅぅっとペニスを締め付けてくる。 「私なら大丈夫だから……あんっ、んぅぅっ……! ひゃ、はぁ、はぁ……」 「だから、我慢しないで……ん、動いて、気持ち良くなって……」 「ゆずゆ……」 健気に微笑みかけてくるゆずゆに、俺は胸が苦しくなって来た。 やばいくらいに愛おしくてしかたない。 「本当に良いんだな?」 「もちろん……んっ、はぁ、はぁ、いっぱい、この初めてを感じさせて……」 「わかった……」 女の子にここまで言われてるんだ、応えなければ男じゃない。 俺はそっとゆずゆにキスをする。 「ちゅ……んっ、ん……」 しっかりとゆずゆの体を押さえつけ、腰を前後へと揺すり始める。 「んぅぅっ、んっ……ふぁっ、あっ、んんぁあぁぁぁっ……!!」 「あぐっ……や……あっ、中で、擦れ……て……んっ、んぅぅぅっ、あ、あ、あっ……!」 「くっ……気持ち良すぎる、これ……っ!」 温かかくて、きつくて、動くだけで痺れるような快感が込み上げる。 「ど、どう……? 私の、中……んぁっ、あっ、あぐ……気持ち、良い……?」 「ああ、最高だ、ゆずゆ……」 気持ち良すぎて腰の動きが止まらない。 ゆずゆが苦しそうにうめいているのに、腰を打ち付ける力が強くなっていく。 「んっ、あっ、う、あっ、あ、あっ、んぐぅぅっ、ふぁ、う、あ、あ、あっ」 「や……ぁ、奥、ずぅんって……んっ、ぐっ、ふぁ、あっ、あぁあぁっっ……!」 ぐちゅぐちゅと膣内から血混じりの愛液が溢れ出してくる。 突けば突くほど快感が込み上げ、射精感が膨らんでいく。 「ゆずゆ……はぁ、はぁ、ゆずゆ……っ」 「んぁぁぁっ! ひゃっ、んっ、あぐぅっ、何か……んぁぁっ、変な感じ、して……っ」 「うあ、あ、中で……まだ大きく……っ、んぅぅぅっ……! ふぁ、あ、あっ……!」 「くっ……もう、イキそうだ……」 初めてってこともあるけど、気持ち良すぎてもう限界が来てしまった。 甘い疼きが背筋を這い上がり、我慢できないくらい心臓が締め付けられる。 「んぅぅぅっ、ふぁ、あっ、あぐ……イって……私の中で、気持ち良くなて……っ」 「ゆずゆ……う、あ、あっ、出る……出る……っ!!」 「ひゃっ、ふぁ、あ、んぅぅぅぅっ……! あっ、あぐっ、う、あ、あっ……!」 何度も何度も強く腰を打ち付ける。 強くゆずゆの中が収縮し、とうとう俺も限界を突破してしまう。 「くっ……う、うぁあぁぁぁっ……!」 気が付けば、ゆずゆの一番深いところで思いっきり射精してしまっていた。 「んぅぅっ、ふぁ、あっ……はぁっ、はぁっ、あぐ……ぅ、ぁ、あぁ……っ」 「中で……ビクビク動いて……んぅぅぅっ、ふぁ、んぅぅぅ……あ、あ……」 激しくペニスが脈打つ。 ドクドクと勢いよく精液が流し込まれていく。 「はぁっ、はぁっ、くぅぅ……っ!」 こんなに大量に出すのは、多分初めてだ。 心臓が苦しくなり、俺は荒々しく肩で呼吸をする。 「ダメだ……抜くからな、ゆずゆ……」 「んん……ぅ、ぁ……んぁぁあぁぁぁっ……!」 ずるりとペニスが抜け落ちた。 精液と愛液の混じり合った汁が、つーっと糸を引いて垂れていく。 「はぁっ、んぅぅぅ……はぁっ、はぁっ……」 ゆずゆはグッタリしながら荒い呼吸を繰り返していた。 膣内から、出したばかりの精液がとろりと溢れ出してくる。 「ひゃ……ぁ、んぅぅっ……ふぁ、あぁぁ……」 ゆずゆはくすぐったそうに腰をくねらせた。 「うわ……すごい……」 破瓜の血だろう、赤いモノの混じった精液が流れ出てきて、俺は生唾を飲み込む。 「はぁ、はぁ……終わった……の……?」 「あ、ああ、気持ち良くてすぐにイッちゃったから……」 「そう、なんだ……はぁ、はぁ……んっ、はぁ、はぁ……」 ゆずゆは脱力した表情で荒い息を繰り返す。 「ゆずゆ、お疲れ様……」 俺はゆずゆに顔を寄せると、軽くキスをするのだった。 「んっ、くあぁぁぁっ……!」 爆発する寸前、強引にゆずゆからペニスを引き抜いた。 激しく精液が飛び出し、まき散らされていく。 「ひゃっ、んぅぅぅぅっ……!! ふぁ、あっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 激しく脈動するペニス。 ゆずゆの下半身を中心に、体中が精液まみれになっていく。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……熱いの……いっぱい、出て……はぁ、はぁ、はぁ……」 ようやく射精が収まってきた。 「ゆずゆ……」 「終わった……の……? なんか、いっぱい……出て来たけど……」 「ああ、めちゃくちゃ良かった……」 「そう、良かった……」 まだ痛みを引きずっているのか目尻に涙が溜まっていた。 肩で呼吸を繰り返し、ぐったりと脱力している。 「ゆずゆ、好きだよ……」 「私、も……大好き……」 覆い被さるようにして顔を近づけ、俺はちゅっとキスをするのだった。 「わ……これが男の子なんだ……」 下半身丸出しでベッドに寝転んだところで、ゆずゆは早速ペニスに手を這わせてきた。 それだけで勃起し、ガチガチに硬くなってしまう。 「カチンコチンだ……。熱くて、ピクピク震えてる……」 「やっぱり珍しいものなのか……?」 「あ、当たり前だろ! こんな状態のなんて、家族のだって見ることはないし……」 「触るのなんて、初めてなんだから……」 そう言いながら、形を確かめるようにペニスを撫で回してきた。 くすぐるような感触がなかなか気持ち良い。 「くっ……」 「ご、ごめん、痛かった?」 「いや、痛いんじゃなくて、敏感だから……」 「そっか。何か不思議な感じ……これが、私の中に入ってきたんだよね……?」 しげしげと、それこそ裏返しながらペニスを隅々まで見つめてきた。 「ゆずゆ、さすがにそれは恥ずかしいんだが……」 「この前、私のをじっくり見たでしょ……? だから、そのお返しだよ」 「私も、どんな形してるのか興味あったし」 「でも、見られるだけとか生殺しなんだが……」 触り方も遠慮して掴んでいるだけなので、もどかしくてしかたない。 「そ、それじゃあ、手でしてみるから……」 怖ず怖ずとそう言い、ゆずゆはゆっくりと手を動かし始めた。 「わっ、わ……硬くて、ビクビク震えて……まだ大きくなってる……」 「くっ……う、あ……」 優しくペニスを上下に擦られる。 その感覚に堪らず声を上げてしまった。 「これが気持ち良いの? 声なんて出して……」 「ああ、良いよ、ゆずゆ……」 「そうなんだ……じゃあ、こんなのはどう?」 少しだけ強めにペニスを握ってきた。 長めのストロークで根本から先っぽまで、まんべんなく撫で回してくる。 「うぉっ……!」 自分でするのとは全然違う。 ゆずゆに握られてると思うだけで、身震いするほどに気持ちが良い。 「へぇ……なんか楽しいかも。男の子って。こんな風に感じるもんなんだ?」 上目遣いで反応をうかがいながら笑顔を見せるゆずゆ。 手の動きも少しだけ熱が籠もってきたみたいだ。 「あはっ、ぴくぴくしてる。それに、先っぽが少し濡れてきたかも……?」 「気持ち良いからな……くっ……」 「ぬるぬるしてる……それに、少し匂いもする……? 味はどうなのかな」 「そ、それじゃあ、次は口でするね?」 ゆずゆはそう言い、軽く深呼吸を繰り返した。 ペニスを手でしごきながら、ドキドキした表情でゆっくりと顔を近づけてくる。 「ん……」 ちろっとピンク色の舌が蠢いた。 くすぐるように亀頭を優しく舐め上げる。 「くっ……うああぁぁっ……!」 触れられた途端、電気のような快感が駆け抜けた。 初めての感覚に俺は声を上げてしまう。 「ひゃ……なんか動いた……ちゅっ、んっ……それに、へんな味がする……」 「気持ち良い……? んっ、私、ちゃんと出来てる……?」 「ああ、気持ち良いよ……くぅぅ……っ」 ぴちゃぴちゃ舐められる度に腰が動いてしまいそうになる。 「ちゅ、れる……んっ、んっ……ちゅ……んぅぅ……」 つーっと舌が裏筋をなぞるように動いた。 くびれに差し込まれ、れろれろと何度も舐め回される。 「ちゅぱ、んっ……んっ、んぅ……れるっ、じゅる……んっ、ちゅ……」 「んぅぅっ……んっ、何か、アイスキャンディーみたいだ……」 ペニスを唾液まみれにしながら楽しそうな声を上げる。 どんどん興が乗ってきたのか、舌使いも大胆になってきた。 「れるっ、ちゅ……んっ、じゅる、んぅっ……ん、んっ……はぁ、はぁ……」 「これ、咥えてみたら……多分もっと気持ち良いよね……?」 「それは……まぁ……」 「じゃあ、やってみる……」 ゆずゆは頷くと口を大きく開けた。 そのまま先端からゆっくりと飲み込み始める。 「んんぅ……ちゅ、んっ……ふぁ、んぅぅぅ……あむぅ……んっ、んっ……」 「くぉぉぉ……っ!? な、なんだこれっ」 ペニスが、とろけるような温かさに包み込まれた。 唇をすぼめられると、ペニスを締めつけてきてめちゃくちゃ気持ち良い。 「んぅぅ……ふ、ちゅむ、んっ、んっ……んっ、んぅぅっ……」 「ちょ、ちょっと待った、ゆずゆ……うあぁぁっ……!」 「じゅる……んぅっ、ちゅぷ、んむ……んっ、あむ……ん、んっ……」 一気に根本まで飲み込まれた。 あまりに気持ち良すぎて、俺は必死に射精感を堪える。 「ちゅぱ、あんっ、びくんってした……んっ、あむ……んっ、んぅぅ……」 「ちゅ……れるっ、んぅ……なんか、慣れてきたかも……んっ、んっ、んっ」 ちゅるんっと唾液で滑らすようにペニスを舐めてくる。 「くぅぅっ……ゆずゆ、どうしてこんな上手いんだ? 気持ち良すぎる……」 「あむ、んぅ……そうなの……? んっ、あむ、ぢゅる……んっ、んっ、ちゅぱ……んっ……」 「よくアイスとか……んんっ、食べるからかな? なんか、似てるから……」 「特に棒キャンディーとか……んっ、こんな感じだし……ちゅっ、あむっ、んっ、んっ……」 そう言うと、ゆずゆはますます激しくしゃぶり始めた。 唾液をたっぷりペニスに絡みつけ、音を立てながら舐め回す。 「ちゅば、んっ、ふ……んっ、んぅっ、あむ……んっ、んぅぅ……っ」 「はむ……んぅうっ、ちゅ、れるっ、じゅぶ……んっ、んっ、んっ……」 ペニスに吸い付いたまま、夢中になってしゃぶってくる。 気持ち良すぎて腰から下がとろけてしまいそうだ。 「じゅる、んむ……んっ、ぴちゃ、じゅぶ……んっ、んっ、ふぁ……れるっ……」 「んっ、んぅ、じゅる……ちゅぱ、あむ、んっ、んぅぅっ」 舌が絡みついてくる。 時々ちゅうちゅう吸われると、そのまま腰が浮き上がってしまう。 「はぁっ、はぁっ、ゆずゆ、もうイキそう……」 「ちゅ、んっ……いい、よ……んっ、いっぱい、出して……んぅぅっ、あむ……」 「じゅる、んむっ、んっ、あむ……ぴちゃっ、んぅっ、んぅぅぅっ……」 「うあ、あっ、くぅ……も、もう……うあぁあぁぁぁっ!」 激しい快感に、もう我慢できない。 俺は反射的に腰を動かしてしまう。 「んぐぅっ、ふ……んっ、んぶぅぅぅっ……!?」 ゆずゆの口の中で、激しくペニスが脈打った。 大量の精液が一気に注がれていく。 「はぁっ、はぁっ、く……う、あぁぁ……っ」 「んくっ……ふ、んむぅ……んっ、んぅぅぅっ……! ふぁ、んっ、んぐぅ……」 「ん、ふ……んっ……んく、んぐぅ……ん、んっ……」 ようやく射精が収まってきた。 受け止めきれなかった精液が、ゆずゆの口元から溢れてくる。 「んぐっ……ん、ふ……ちゅ、んむぅ……ん、んぅ……ふ、んぅぅっ……」 「くぅぅっ……! ゆずゆ、舌を絡ませないでくれ……っ」 イッたばかりで敏感なため、その刺激はキツイ。 「はぁ、はぁ、抜くからな……」 「んぅぅっ……ちゅ、んっ、んぅぅっ……!」 ゆっくりと腰を引き、口の中からペニスを引き抜く。 「ちゅ……んっ、ふぁ……はぁ、はぁ、はぁ……んぅっ、零れ、ちゃ……んぅぅっ……」 とろりと口元から大量の精液が垂れ始めた。 あごを伝い、首筋のラインまでツーッと滑り落ちていく。 「んんぅぅ……ちゅ、んっ……はぁ、はぁ……不思議な味がする……」 「いっぱい出しすぎ……んぅぅっ、ちゅ……でも、そんなに気持ち良かったんだ?」 うっとりした表情でそう呟くと、ちろりと舌を動かし、口の周りの精液を舐め取る。 「うあぁあぉあぁっ……!」 とっさに腰を引いていた。 ゆずゆの口から抜けたペニスは、激しく脈動しながら精液をほとばしらせる。 「ふあっ……んっ、んぅぅぅ……! はぁっ、なんか、いっぱい……出て……っ」 「はぁっ、はぁっ、んぅっ……ひゃ、ん、んぅぅぅっ……」 精液はすごい勢いで飛び出し、ゆずゆの顔は精液でベタベタになってしまう。 「んぅぅ……ふぁ、はぁ……これ、精液……だよね……?」 「どろってしてるし、匂いがすごいし……んっ、はぁ、はぁ……」 うっとりした表情で、ゆずゆはゆっくりと息をついた。 唇の端についた精液をちろりと舐め取る。 「んっ……ちゅ、んくっ……はぁ、変な味してる……でも、嫌いじゃないかも……」 「それに、こんだけ出したってことは、気持ち良かったんだ……?」 「ゆ、ゆずゆ、何も舐めなくても……」 でもそんなゆずゆの行動に、俺は強い興奮を覚えてしまう。 「それにしても、一回出したら小さくなるんじゃないの……?」 ちらりと俺の股間を見て、ゆずゆはそう聞いてくる。 一度イッたにもかかわらず、ペニスはギンギンに硬いままだ。 「そんなの決まってるだろ」 フェラだけじゃ収まらないほど、俺は興奮していた。 もっと、ゆずゆを求めたくてしかたない。 「ゆずゆ……っ!」 「ひゃっ!?」 気が付けば、俺は我慢出来ずにゆずゆへと飛びついていた。 「あんっ……ちょっと、硬いの太股に当たって……んぅぅっ……!」 ゆずゆを後から抱きしめると、そのまま後に倒れ込む。 ガチガチなままのペニスを、上に乗ったゆずゆの内股へと滑り込ませた。 「うわっ……これは……っ」 「や、あっ……んぅぅっ、ヌルヌルして……んっ、はぁ、はぁ……」 「も、もう、やんっ、これ……ひゃ、くすぐったい……んぅぅっ……」 太股にペニスがヌルヌルとこすれていく。 ゆずゆの唾液とさっき出した精液で、驚くほどに気持ち良い。 「んっ、あ……や、んっ、あそこに、擦れてる……んっ、あ、あ……」 「何でこんなに熱くなって……んぅっ、ふぁぁんっ」 気持ち良いところに擦れたのか、甘い声を上げながらぴくんっと肩を震わせた。 そんな反応がますます俺を興奮させる。 「ゆずゆ、俺のに擦られて気持ち良いのか?」 「ば、ばか、変なこと聞かないでよ……んぅっ、ひゃ、あんっ……んっ……」 「ちょっと、ムズムズするだけだから……んっ、ふぁ、あ……」 またぴくんっと体を震わせる。 切なげに腰を揺らし、内股を擦り合わせるようにモゾモゾと動かす。 「くっ……そんなに動かれると……」 「ひゃっ、ぁんっ、嘘……まだ大きくなって……んっ、ふぁ、あ……」 「だ、だめぇ、そんな……んっ、グリグリしちゃ……あんっ、んっ、あ、あ、あっ……!」 じわっとゆずゆのパンツにシミが広がってきた。 濡れた布地がペニスに張り付き、感触が変わってくる。 「はぁ、はぁ、んぅぅ……も、もう、そんなに……押しつけて……」 「悪い、ゆずゆの太股が気持ち良いからさ」 口でして貰ったのとは別の快感が、じわりと背筋を這い上がる。 「ゆずゆだって気持ち良いだろ? パンツをこんなに濡らしてるんだし」 そう囁きかけながら、グリグリとペニスを股間に押しつける。 「そ、それは……んっ、しかたないでしょ……こんなされたら、誰だって……」 「それに、その前から興奮してたから……」 「と言うことは、俺のをしゃぶりながら濡らしてたってことか?」 「……っ、そうよ、悪い?」 恥ずかしげに頬が染まっていく。 そんな可愛らしい反応に、俺の方もますます大興奮だ。 「んぅっ、ひゃ、あ……あんっ、な、なに……? また硬くなって……」 「ゆずゆ……っ」 「んぅぅっ、あんっ、あ……そ、そんなにしちゃ、パンツが脱げる……っ」 下着を引っぱっていることに気付いたようだ。 慌てて制止の声をあげるが、俺はそのまま強引にぱんつを脱がしてしまう。 「……っ、や、あん……う、ぁ……っ」 股間が外気にさらされた途端、ゆずゆは身をすくめていた。 パンツという受け皿がなくなり、膣内からとろーっと愛液が溢れ出してくる。 「うわ……もうとろとろじゃないか……」 「ば、ばか……いきなり脱がせるな……ひゃっ、んっ、やっ、擦れて……」 「はぁ、はぁ、ゆずゆ……」 むき出しになった性器に直接ペニスを押しつける。 「やっ、やめ……んぅぅぅ……! そんな……ひゃっ、んっ、あ、あっ……」 もどかしそうに小さく震えるゆずゆ。 切なげに声を上げ、物欲しげに俺を見つめてきた。 「ゆずゆ、もう挿れるからな……?」 俺も、股間に擦り付けてるだけじゃもう我慢出来ない。 「はぁ、はぁ……良いよ……あんっ、んぅ……」 ゆずゆは軽く腰を持ち上げた。 ペニスの先端を膣口へとあてがい、そのままゆっくりと腰を下ろしてくる。 「んぅぅぅ……ふぁ、あ……んぁあぁぁぁぁぁっ……!!」 「くぅぅ……すごい、めちゃくちゃ熱くなってる……」 「はぁっ、はぁっ、んっ、あ、あっ、大きい……お腹の中、いっぱいに……ふぁあぁっ!」 驚くくらい容易に根本まで飲み込まれてしまった。 すぐにきゅぅっと締め付けられ、何とも言えない快感が込み上げてくる。 「ひゃっ……んっ、んぅぅ……っ! はぁっ、はぁっ、奥まで届いてる……」 「ゆずゆ……」 堪らずに、俺は小さく腰を突き出した。 「んぅぅっ……! や、あ……そんな、ずぅんって……んっ、あ、あ、あっ……!」 「痛くないか……?」 見る限り、初めての時みたく痛がっている様子は無い。 それどころかめちゃくちゃ気持ち良さそうだ。 「大丈夫……んぅっ、はぁ、はぁ、違和感はあるけど……ひゃっ、あ、あっ」 「なんか、じわーって気持ち良いの、広がって……はぁ、はぁ……」 ヒダヒダがペニスに絡みついてくる。 愛液もどんどん溢れてシーツに染みを作り出していた。 「動いても大丈夫そうだな……。ゆずゆ、行くぞ……っ」 俺は後からゆずゆの腰を抱きながら、リズミカルに腰を突き上げる。 「んぅっ、あっ、あっ、あんっ、んっ、ひゃっ、んぁあぁっ……!」 「やんっ、奥に……んぅっ、あ、あ、あっ、ぶつかって……ひゃ、んっ、んぅぅ……!」 ビクンッとゆずゆが体を震わせた。 突き上げられた感覚に喘ぎ、強く膣内を締め付けてくる。 「あんっ、あっ、やぁっ、だめ……急に激しい……からぁあ……っ」 「はぁっ、はぁっ、んぅっ、あっ、あ、あっ、奥に、ずんずんって……んぁぁぁ……!」 「くっ……これ、めちゃくちゃ気持ち良い……」 ちょっと動いただけで痺れるような快感が脳天まで突き抜けた。 甘いゆずゆの声を聞くだけで、ぎゅっと心臓を鷲掴みにされるような気分だ。 「ゆずゆ、どこが気持ち良い?」 「そんなこと、わからない……んぁぁっ、ずぅんって、奥まで響いてぇ……ふぁ、あ、あっ……!」 「んっ、んっ、あっ、奥……グリグリされると、んぅぅっ、変に、なっちゃう……っ」 呼吸を荒げ、色っぽく声を上げるゆずゆ。 どうやら奥がお気に召したみたいだ。 「手を離してみたら、もっと深くなるんじゃないか……?」 「はぁ、はぁ、んっ、こ、こう……?」 ゆずゆは恐る恐る両手を持ち上げた。 途端、亀頭が一番深いところに押しつけられる。 「んぅううぅ……っ! そ、それ、深すぎるぁ……っ、んっ、あ、あ、あっ……!」 「んっ、あっ、あっ、あ、あっ、やんっ、だめ……これっ、んっ、んぅぅぅっ……!」 ぎゅぅっと膣壁が収縮を繰り返した。 背筋をさざ波のように震わせ、ゆずゆは快感に身悶える。 「あんっ、んっ、あっ、あっ、あっ、やだ……ひゃっ、んぅぅぅ、奥……奥で、擦れてるからぁ……」 「嘘……こんなの、知らない……ひゃんっ、んっ、あっ、ふぁ、あぁぁ……っ」 どんどん声が淫らさを増していく。 腰の動きも、どんどん大胆になってくる。 「はぁ、はぁ、これ、やばい……っ」 ほとんどゆずゆのペースなため、少しもどかしさもある。 でもそれ以上に膣内が気持ち良かった。 先程出したばかりなのに、どんどん射精感が込み上げてくる。 「あんっ、や……ぁ、腰、止まんなくて……んっ、はぁっ、んっ、んぅぅぅっ!」 「や、あっ、んっ、あんっ、あっ、あ、あ、あっ、ふぁ、あ、あぁっ……!」 ぐちゅぐちゅと淫靡な音が部屋に響いた。 「ゆずゆ……ゆずゆ……っ」 俺もゆずゆの動きにあわせて腰を突き上げる。 さらに深いところへ、ペニスをグリグリと押しつけた。 「はぁっ、はぁっ、んっ、んぅぅぅ……あっ、あっ、そこ……だめぇ……っ」 「奥、ぐりって……んっ、あっ、んっ、ひゃ……んっ、んぁぁぁぁっ……!」 びくん、びくんと何度も背筋が震える。 「う……くっ、締め付けが、きつくて……っ」 「あ、あっ、や……ぁん、ふぁ、中で、まだ……んぅっ、大きく、なって……っ」 強い快感が込み上げてきた。 射精感が一気に膨らみ、俺は必死にそれを飲み込む。 「ふぁ、あ、あっ、大きすぎる……あ、あ、あっ、だめ、そんなっ……んっ、ふぁ、あ、あっ……!」 切羽詰まった声を上げ、くっと息を呑むゆずゆ。 「何か……来るぅっ、あぁっ、んっ、これ……ふぁ、あっ、んっ、あ、あ、あっ……!」 「はぁっ、はぁっ、ひゃっ、んぅぅぅぅ……っ、あ、あっ、んぁぁぁあぁっ……!」 「やばい、もう……っ」 ゆずゆの動きに、もう我慢できないところまで快感が膨らんでいた。 自然と俺の腰を突き上げる動きも激しくなっていく。 「やっ、あっ、そんなにぃっ、んっ、ふあ、あぁっ、ふあぁあぁっ!!」 「私、もう、んぅぅぅっ、ふぁ、あっ、ひゃうっ、あんっ、んっ、あ、あ、あっ!」 「はぁっ、はぁっ、ゆずゆ……っ!」 腰の動きが止まらない。 ゆずゆを跳ね上げながら、ずんずんと膣奥を突き上げる。 「ふぁ、あっ、んぁぁぁっ……! 激し……だめっ、ふぁ、あ、ぁぁっ!」 「もう、もう……だめっ、来るぅぅぅ、んぁ、あ、あっ、んぅぅぅぅぅぅぅっ!!」 ぎゅぅぅとゆずゆの中が強く収縮した。 同時に、俺も一気に限界を突破してしまう。 「んぅぅぅ、ふぁ、あ、あっ、んぁあぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!!」 絶頂の波にさらわれ、ゆずゆの体が跳ねた。 緊張が駆け巡り、膣内が痛いほどにペニスに絡みついて来る。 そして俺も盛大に精液を吐き出していた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、くぅぅっ……!」 「ふぁ、あっ、ひゃ……んぅぅっ、や、あ……中、で……はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「いっぱい……出て……んぁぁっ、や……んっ、熱いの……あ、あ、あっ……」 ペニスの脈動はなかなか収まらなかった。 膣内で受け止めきれなかった精液が結合部から溢れ出してくる。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……んぅぅ……はぁ、はぁ、出し過ぎ……あんっ、多すぎて、溢れてる……」 荒い息をつきながら小さく腰をくねらせた。 ぐちゅっと音がして、押し出されるようにさらに精液が溢れ出す。 「ゆずゆの中が気持ち良かったからな……」 「ばか……恥ずかしいこと、言うな……はぁ、はぁ……んぅぅぅっ……!」 ぶるりと身震いをしながら、ゆっくりと腰を浮かせる。 ベッドへと倒れ込み、しばし快感の余韻に浸るのだった。 「ひ……んぅっ、んぁああぁああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 ゆずゆを強く跳ね上げた所為で、ペニスが抜けてしまった。 「うぁあぁっ……!!」 抜けるなり、俺は思いっきり精液をほとばしらせてしまう。 「んぅぅぅっ、ひゃ、あ……んっ、んぅぅぅぅ……! はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「熱いの、いっぱい出て……はぁ、はぁ、はぁ……」 勢いよく精液の固まりが撃ち出される。 二度目の射精とは思えない量だ。 「はぁ、はぁ、はぁ……こんなに出すなんて……んっ、はぁ、はぁ……」 体中に精液を浴びて、ゆずゆはくすぐったそうに身震いをした。 肩で息をしながらグッタリとした表情を浮かべる。 「そんなに気持ち良かったんだ……?」 「ああ、すごく良かった……」 射精はもう止まったが、快感が続いてペニスがヒクヒクと動いてしまっている。 「はぁ、はぁ……匂い、いっぱい……」 下腹部についた精液を指でのばしつつ、ゆずゆは力尽きたように倒れ込むのだった。 「待て、落ち着け、ゆずゆ。何故俺を脱がすっ」 「だって、シャワーを浴びるのに服を着たままなのはおかしいでしょ?」 そんなことを言いながら、ゆずゆは期待するような眼差しで俺を見つめてきた。 しかも、その大きな胸を誇示するかのように突き出してくる。 「ね、しよ……? あんただって、ここをこんなにしてるんだし……」 そっと、撫でるようにペニスに触れてきた。 「くっ……こ、こら、握るなっ」 「もうこんなに大きくなってる……カチンコチンにしたまま帰れないでしょ?」 「それは、まぁ……」 「だから、ね? ほら……」 甘えた声を出し、俺の股間を撫でてくる。 それだけで堪らなくなってしまいそうだ。 「まったく、ゆずゆはエロいな」 「そんなことない……私がこんな気分になるのは、相手があんただから……」 「ゆずゆ……」 これはもう観念するしかないようだ。 俺はそっとゆずゆにキスをする。 「んぅっ……ちゅ、んぅ……好き、大好き……」 「俺も、ゆずゆだけだ……」 耳元でそう囁きながら、大きな胸へと手を押し当てた。 「んっ……あんっ、ん、んっ……」 触れた瞬間、甘い声と吐息を漏らし、ぴくりと肩を震わせる。 「ゆずゆ、声はもっとひそめてくれ……」 ここはシャワー室だ。 いつ誰がくるかわからないし、何より声が響く。 「ん、わかった……誰かに邪魔されるのも嫌だし……」 「いや、そう言う意味で言ったんじゃ……まぁ良いか。同じようなものだし」 それよりも、今はおっぱいをもっと堪能したい。 水着の上から形を確かめるように、ゆっくりと指を食い込ませながら揉みしだく。 「んぅぅ……っん、あん、んっ……んぅぅ……」 今度は大分押さえた喘ぎ声が漏れ出した。 「あん……んっ、ねぇ、直接して……」 「ああ、じゃあ……」 ゆずゆの水着を掴むと、引っぱって胸元をはだけさせていく。 「な、何か、恥ずかしいかも……。そんなジッと見られると……あん」 「ゆずゆのおっぱいってデカイよな……」 「ひゃっ……んっ、あぁん、指が食い込んで……んっ、んぅぅっ!」 むぎゅっと生乳を掴むと、ゆずゆは堪らなさそうに身悶えた。 「やだ……これだけで感じちゃう……。んっ、あんっ、んっ……はぁ、はぁ……」 「あぁん、んっ、はぁ、はぁ、んぅぅぅっ……」 可愛らしく肩を震わせ、潤んだ瞳を俺に向けてくる。 そんなことが堪らなく俺を興奮させていく。 「ゆずゆ……んっ……」 ゆずゆの胸に顔を埋めると、そっと自己主張をしてる乳首に舌を這わせた。 「ひゃっ、んっ……あんっ、ふぁ、あっ、んぅぅぅぅっ……! はぁはぁ、んぁ……っ」 ちろちろと乳首を舌先で転がすと、それだけで堪らなさそうに声を上げた。 「あんっ……おっぱい、気持ち良い……んっ、あ、あっ、痺れちゃう……」 「んっ、あっ、あっ、ひゃっ、んぅぅ……!」 乳首に口を付けると、唾液をたっぷりと塗りつけながら音を立てて吸いつく。 「ひゃっ、んぅぅぅぅっ……! はぁ、はぁ、んっ、んぅぅぅっ……」 「だめ……感じちゃう、それ……んぅっ、あっ、あっ、あっ……」 ゆずゆのおっぱいは、すっかり俺の唾液でぬるぬるになってしまった。 感じている証拠に、どんどん乳首が硬く立っていく。 「ゆずゆ、どんどん乳首が大きくなってきてるぞ?」 「だって……先っぽ、そんなに舐められたら……あんっ、んっ、あ、あっ、気持ち良くて……」 「まったく、ゆずゆはエロいな……」 でもそうやって反応されると、俺の方まで興奮してしまう。 ペニスはもう反り返るほどにガチガチになってしまっていた。 「そっちだって、そこ……そんなに大きくしてるし……」 「当たり前だろ、ゆずゆのおっぱいを弄って、興奮しないわけがない」 「……ねぇ、その……おっぱいで、してみる……?」 「……は?」 「その、カチンコチンなの、むぎゅって……。そういうの、気持ち良いんでしょ?」 ちょっぴり上目遣いになってそう聞いてくるゆずゆ。 つまり、ペニスをおっぱいで挟むってこと、だよな? 「良いのか?」 「ん……気持ち良くしてあげる」 ゆずゆはそう言うと、嬉々として俺のモノを胸で挟み始めた。 「あんっ、ガチガチですごく熱い……」 「うぉ……っ、すげぇ柔らかい……なんだこれ……っ」 ペニスを挟むおっぱいの柔らかさに思わず感動してしまった。 手や口なんかとも全然違う快感に、ぞわりと背筋が震えてしまう。 「あん、ぴくって動いた……私のおっぱい、気持ち良い……?」 「ああ、すごく良いよ……」 「じゃあ、もっと気持ち良くしてあげる。んっ、あん……んっ、んっ……」 ゆっくりと、ゆずゆは自分の体を上下に揺すり始めた。 しっかり谷間に挟まれたペニスは、柔らかく包まれたまましごかれていく。 「うあぁっ……! くっ……」 「んっ……あん、いっぱい、擦れてる……んっ、はぁ、はぁ……」 「ちゅっ……れるっ、ちゅぱ、んんぅっ……」 「くぉぉっ……!? そ、そんな、口でまで……っ」 不意打ちのように亀頭を舐められた。 途端に強い快感が込み上げ、俺の腰は勝手に突き出されてしまう。 「ふふ、気持ち良いんだ……ちゅっ、んぅ……んっ、はぁ、はぁ……んっ、んぅぅっ……」 「いっぱい、んぅっ、ちゅ、ぬるぬるになってる……んっ、んぅ……」 ゆずゆの唾液でペニスがびちゃびちゃになってしまった。 おっぱいの谷間までぬるぬるになり、しごかれる感触が堪らなく気持ち良い。 「くぅぅ……!」 「ちゅ……んぅっ、ぴちゃ、んっ、あむ……んぅぅ……」 「ひくひく震えてる……ちゅっ、良いよ、好きなときにイっても」 ゆずゆが動く度に、くちゅくちゅいやらしい音が響いていた。 おっぱいも舌も、気持ち良すぎてどんどん射精感が込み上げてくる。 「ふぁ……んっ、先っぽ、膨らんでる……んっ、ちゅ……んっ、んっ……」 「ゆずゆ、そんな激しくされたら……っ」 「ちゅぱ……んっ、ぴちゃ、んっ、んっ、れるっ……ちゅ、んっ……んっ、んっ……」 俺の反応に気を良くしたのか、ゆずゆは夢中になってペニスに舌を這わせてくる。 裏の筋をチロチロ舐め回し、糸を引く先走り汁を丹念にすする。 「ちゅば、んっ、んっ……ちゅ、れるっ、んむぅっ……んっ、んっ、んむぅ……っ」 「ふぁ……んっ、はむ……んっ、おいし……ちゅ、んぅぅっ……」 「はぁっ、はぁっ、く……っ、やばい、気持ち良すぎる……っ」 「れる……んっ、我慢しないで、いっぱい……んぅっ、出して……んっ、はぁはぁ……」 「あむ、んっ、んっ……精液……ちゅ、んっ、欲しいの……んむっ、ちゅっ、んぅっ……」 俺の射精を促すように、ゆずゆの動きはどんどん激しくなってきた。 「ちゅむ、んっ、あむ……んっ、んっ、んぅぅ……じゅる、ちゅぱ、れるっ……んっ、んぅぅぅ……っ」 「く……ぁ、あ……っ、や、やばい、出る……っ」 「んぅ……出して……ちゅ、んっ、んっ、んっ、じゅる、んむぅ……!」 「ん、んっ、んぅぅ……ふぁ、あむ、んっ、じゅる……んっ、ん、ふ……んぅぅっ……!」 「イクっ……ゆずゆ、うぁぁあっ……!!」 我慢できない程の感覚に、俺は思いっきりイってしまった。 「んくっ、んむぅぅぅぅっ……!!」 ビクンッと激しくペニスが脈動し始める。 亀頭を咥え込まれたまま、俺は大量の精液を吐き出した。 「はぁっ、はぁっ、くぅ……っ」 「んうぅぅ……んっ、ぐ……んくっ、ん、んぅっ……ふぁ、んむぅぅぅっ……」 さすがに量が多すぎて受け止めきれないのか、ゆずゆの口から精液が溢れ出してきた。 それでも、まだ射精は止まらない。 「んっ……う、んぐぅっ……ちゅ、んむ……んっ、んぅぅぅっ……ん、んっ……ぷはっ」 「はぁ、はぁ、はぁ……んくっ……んぅっ……いっぱい出てる……んぅっ、んぅぅ……」 ペニスから口を離し、喘ぐようにそう呟いた。 射精は止まったが、大量の精液がゆずゆの口から零れている。 「んくっ……いっぱいすぎて、全部飲めない……んっ、んくっ……はぁ、はぁ……」 「でも、おいしい……ちゅ、んぅぅ……」 ゆずゆは荒い息をつきながら、懸命に精液を飲み込む。 「ひゃっ……んっ、んむぅぅぅぅっ……!!」 とっさに腰を引いた瞬間、俺は思いっきり射精していた。 ゆずゆの顔へと大量に浴びせかけられる。 「はぁっ、はぁっ、くぅぅぅ……っ!」 「んっ、ふぁ、あ……やん、すごく熱い……はぁ、はぁ、んぅっ……ふぁ、あ……」 「はぁ、はぁ、んぅぅ……どろどろ、して……あぁ、んぅ……あん……」 「もう、いっぱい出し過ぎ……ひゃ……んぅっ、垂れてきた……」 うっとりとした表情を浮かべながらゆずゆは大きく息をつく。 つーっと頬からあごに向けて精液が伝い、ポタリと落ちる。 「すごい濃い匂い……はぁ、はぁ……それに、美味しい……ちゅっ、んっ……」 ちろりと口の周りの精液を舐め取り、喉を鳴らす。 「はぁ、はぁ……ゆずゆ、まだ良いか……?」 「ま……だ……?」 口元を精液で汚しながら、ゆずゆは惚けた眼差しを向けてきた。 ちらりと俺の股間を見る。 「あん、出したばかりなのにカチンコチンだ……」 ごくりと、音を鳴らして息を呑むゆずゆ。 「良いか……?」 「私も、これ欲しい……。お腹の奥でいっぱい感じたい……」 小さく頷くと、ゆずゆは一旦立ち上がった。 「行くぞ……ッ」 俺はゆずゆの腰を掴むと、強引に膣内へとペニスを押し込んで行く。 「んぅぅぅぅぅっ……ふぁ、あ、や……ぁぁぁ、大きい……っ!」 「はぁっ、はぁっ、ひゃ……んっ、んぁあぁぁっ……! 奥に当たってる……っ、やんっ、すごい……っ」 「ゆずゆの中、すっかりぐちょぐちょになってるじゃないか……」 何の抵抗もなく、あっさりと根本まで飲み込んでしまった。 熱く濡れ濡れな膣内が、ぎゅうぎゅうと締め付けてきて離してくれない。 「だって……んっ、精液の匂いだけで、私……はぁ、はぁ……んぁぁぁっ!」 「だめぇぇっ、奥、コツコツしちゃ……ふぁ、あっ、感じ過ぎちゃう……んっ、あんっ、んっ、あ、あ、あっ」 奥を突いただけで何度も背筋を震わせていた。 甘く切ない声がシャワー室の中に響き渡る。 「ゆずゆ、もっと声を小さくしないと誰かに聞かれるぞ」 「そんなこと、言っても……んぅっ、あんっ、んっ、気持ち良いから……あ、あ、あっ」 堪らないと言うかのように、ゆずゆは大きく体を震わせた。 俺の動きにあわせて腰を振り始める。 「ひゃんっ、やだ……っ、声、止まんない……んっ、ふぁ、あっ、んっ、んぅぅっ……!」 「はぁっ、はぁっ、これ、気持ち良い……っ、あんっ、あんっ、んっ、あっ、んぁぁっ」 粘膜の擦れるいやらしい音が響く。 大量の愛液がゆずゆの太股を伝って床に落ちていく。 「自分から腰を動かして、ゆずゆは本当にいやらしいな」 「だ、だってぇ……んっ、んぅ、あっ、はぁ、はぁ……気持ち良すぎて……っ」 「これって、相性が良いってことだよね……? んっ、あんっ、はぁはぁ」 腰の動きは休めず、ゆずゆは甘えるように流し目を送って来た。 膣内がすぼまってペニスをぐいぐい締め付けてくる。 「まだそんなこと言ってるのか?」 とはいえ、ここまで俺のことを思ってくれるのは単純に嬉しい。 「よし……俺にはゆずゆしかいないってところ、見せてやるよ」 俺は耳元でそう囁くと、強く腰を突き出した。 「んぁぁぁぁっ! やっ、そ、それ、深すぎぃ……んっ、あっ、ふぁあぁぁぁっ……!」 亀頭が膣奥に擦れ、ゆずゆは驚いたように声を張り上げた。 俺はリズム良く、何度も膣奥を突き上げる。 「んっ、あんっ、んっ、やっ、そんなに……んっ、ふぁ、あっ、んぁぁぁっ……!」 「気持ち良い……それ……んっ、あっ、コリコリってして……んっ、ふぁ、あ、あ、あっ!」 ゆずゆの全身に緊張が走り抜けた。 もっと奥を突いて欲しいのか、ぐいぐいと腰を押しつけてくる。 「んぅぅぅぅっ……! 赤ちゃんのお部屋、いっぱい、キスされてる……っ」 「やぁんっ、あっ、お腹、奥まで響いて……んっ、あ、あ、あ、あ、あ、あっ……!」 「くっ……締め付けがキツ過ぎる……っ」 動く度に激しくしごかれ、すぐにでも射精してしまいそうだ。 だが、このままイってしまうのはもったいない。 俺は必死に奥歯を噛みしめ、込み上げてくるものを飲み込む。 「はぁっ、んっ、あんっ、ね、ねぇ、もっとぉ……もっと、激しくしてぇ……っ」 「奥、ごりごりって、んぅっ、あっ、して欲しいのぉ……っ」 俺をジッと見つめながら、いやらしく声を上げる。 もっとして欲しいと、きゅっ、きゅっと何度も膣内を締め付けてくる。 「ゆずゆ、そんなに気持ち良いのか?」 「気持ち良い……んぅぅっ、あんっ、んっ、あ、あ、気持ち良いの……っ」 「だからもっとぉ……奥、グリグリってしてぇ……ひゃっ、んっ、強くても良いからぁ……っ」 甘くおねだりする声に背中がゾクゾクしてくる。 興奮しすぎてやばい……。 「あ……すご……ぃ、中で、まだ大きくなって……んぅぅっ、はぁ、はぁ、はぁ……」 「もっと激しく行くぞ……っ」 もう、ここがシャワー室なのもどうでも良くなって来た。 もっと強い快感を求め、俺はがむしゃらに腰を突き出していく。 「んぅっ、あっ、んっ、あんっ、あっ、あっ、やんっ、んぅぅっ、はぁっ、あ、あ、あっ」 「すご……それ、んぅっ、あ、頭まで、響いて……ふあぁあぁあぁぁぁっっ……!」 「ゆずゆ……ここか? ここが良いのか……?」 「うんっ……んぅっ、あ、あぁっ、良い……そこ、そこ良いのぉ……っ」 「あんっ、もっと赤ちゃんのお部屋、こつんこつんしてぇ……んっ、あ、あ、あ、あっ!」 「くっ……これで、どうだ……っ!」 ゆずゆのリクエストに応えるために、俺はいっそう強く腰を突き上げた。 亀頭が一番深いところに突き刺さり、内臓を持ち上げるように押しつけられる。 「んぁああぁぁぁぁっ……!! やっ……あ、それ……深いぃぃ……っ!」 「んっ、あっ、あんっ、んっ、あっ、あっ、あっ、あっ、ふぁああぁあぁぁぁっ……!」 あられもない声を上げ、大きく背筋を反らした。 体中に緊張をみなぎらせながら、きゅぅっと膣内を収縮させる。 「はぁっ、はぁっ、や……ぁ、それ……気持ち良い……っ、あんっ、んっ、あっ、あっ、あぁぁぁっ!」 「んんぅぅっ、ひゃっ、あっ、あんっ、んっ、あっ、んっ、あ、あ、あ、あっ!」 膣内はきつくなり、ますますグチュグチュに濡れてきた。 ペニスで掻き回すだけで、次から次へと新しい愛液が溢れ出してくる。 「気持ち良いよ、ゆずゆの中……」 「んっ、あっ、あっ、わ、私、もう、イッちゃう……んっ、ふぁ、あっ、んぁあぁぁぁっ……!」 「イッて良いよ、ゆずゆ……くっ、俺も、すぐにイクから……っ」 腰を一突きするたびに強い衝動が込み上げてくる。 快感で頭の中が霞んできた。 「あ、あ、あっ、んんぅぅぅっ!! はぁっ、はぁっ、ひゃっ、んぅっ、あっ、だめぇぇっ、も、もう、もぉ……っ」 「イッちゃう……イクぅぅっ、ふあ、あ、あ、あぁっ……!」 息苦しそうに喘ぎながら、くっと背筋を逸らす。 「お、奥……だめぇっっ、それ以上はっ、私、私ぃいぃぃっ」 「くっ……ゆずゆ……ゆずゆっ……!」 「んっ、あんっ、イクぅぅぅっ、あ、あ、あ、あっ、あっ、ひ……ぁ、あ……!」 ぎゅぅっと強く膣内が収縮する。 次の瞬間、ゆずゆは全身を震わせながら大きく声を張り上げた。 「ふぁ、あ、あ、ぁあああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「うわっ……!!」 絶頂したのか、膣内のヒダヒダが一斉に絡みついてきた。 ひくんひくんと腰が震え、その動きに俺まで一気に絶頂に向かって駆けのぼっていく。 「んぅぅっ、やっ、あっ、んぐぅっ、ふぁ、あ、あ、っ、まだ……動いて……ひ、あ、あ、あ、あっ……!!」 イッたばかりの膣内を掻き回され、ゆずゆは苦しげにうめいた。 「イクぞ、ゆずゆ……っ!」 「う、うんっ、イッて……んぁっ、ドピュッて、出して……んっ、あ、あ、あっ!」 乱暴なくらい激しく腰を打ち付ける。 「くっ……出るっ、イクぅぅっ……!!」 「ふ、あ、あ、んぁぁあぁぁぁぁ……!! あ、あ、あっ……!」 「ぐっ……ゆずゆ……う、あ、あぁあぁぁぁっ……」 ゆずゆの一番深いところで思いっきりペニスが脈動した。 ドクドクと勢いよく精液が溢れ出していく。 「はぁっ、はぁっ、んぅぅぅっ……あ、あ、あっ……熱いの……出て、る……っ」 「ぴくぴく、動いて……んぅぅっ、ひゃ、あ……あ、ああ……いっぱい、すぎて……はぅぅぅぅっ……」 ゆずゆは膣内で精液を受けながら、小刻みに腰を震わせた。 何度もペニスを締め付けては、精液をしぼり出すように絡みついて来る。 「はぁっ、はぁっ、く……ぅぁぁ……っ」 「はぁ、はぁ、はぁ……んっ……はぁ、はぁ……まだ、ドクドクッって出てる……」 まだ射精は止まらない。 俺は亀頭を膣奥に押しつけるようにして、しばらくその感覚を味わい続ける。 「ゆずゆ、そろそろ抜くぞ……」 「んぅぅっ……! ふぁ、あ、んぁぁぁあぁぁぁ……!」 カリの太いところを擦り付けながら、ゆっくりとペニスを引き抜いた。 ゆずゆは切なそうな声を上げて大きく身震いをする。 「はぁっ、はぁっ、んっ……や……ぁ、抜け、ちゃった……はぁ、はぁ……」 精液と愛液の混じり合った粘液が糸を引いて垂れていく。 その後を追うようにして、ゆずゆから大量の精液が溢れ出してきた。 「あん……溢れちゃう……んぅぅ……もう、こんなに出すなんて……」 膣内から溢れた精液が床へと垂れていく。 ゆずゆは呼吸を荒げながら微笑みかけてきた。 「はぁ、はぁ、はぁ……そんなに、気持ち良かったの……? あんっ、んっ……まだ溢れちゃう……」 「やっぱり、相性は最高だね……。大好き……」 そう囁くと、ゆずゆはキスをおねだりするように目を瞑るのだった。 「んぅぅっ……ふ、んぅぅぅぅぅぅぅぅっ……!!」 打ち付けた反動で思いっきり腰を引いていた。 ゆずゆの膣内からペニスを抜き、思いっきり精液をまき散らしていく。 「くっ……う、うぁぁぁっ……!」 びくんっ、びくんっと何度もペニスが脈動する。 どろどろの精液が大量にゆずゆへと降りかかる。 「ふぁ、あ……んっ、熱いの……いっぱい……んぅっ、はぁ、はぁ、はぁ……」 「二度目なのに、まだ……こんなに出るんだ……んっ、あん……垂れて……んぅぅぅっ……」 すでに1度出してるとは思えない程の精液がべっとりと付着していた。 お尻や太股の精液が、ゆっくりと床に垂れていく。 「出し過ぎだよ……。でも、それだけ気持ち良かったんだよね……?」 「あ、ああ、すごく良かったよ、ゆずゆ……」 まだ快感が持続しているような気がする。 さすがにもう射精は止まってるが、ペニスは小刻みに震えていた。 「これも、相性が良いから……だよね……? あは、嬉しいな……」 「大好き……」 微笑みながら、甘えるようにそう囁いてきた。 そしてキスをおねだりするようにそっと顔を上向かせるのだった。 「さすがに、教室でこの格好は恥ずかしい……」 大きく足を開くと、ゆずゆは恥ずかしげに呟いた。 スカートを自分でまくり上げているため、パンツが丸見えになっている。 「大丈夫、俺たちの他には誰もいないから」 「そうだけど……んっ、ふぁ、あ……」 恐る恐る、ゆずゆの指が自分の股間を撫でた。 切なげな吐息を漏らしながら、俺の視線に恥ずかしげに身をくねらせる。 「だ、だめ、そんなにジッと見ないで……」 「とか言って、興奮してるんじゃないか?」 「……うん」 ますます恥ずかしそうな表情を浮かべながら頷いた。 「ほら、続けて。もっと俺に見せてくれ……」 「んっ……ふぁ、あ……んっ、ん……はぁ、んぅぅ……」 言われるままに、ゆずゆは再度指を動かし始める。 パンツの上から割れ目の形を確かめるように、何度も指先で上下に擦っていく。 「ふぁ……んっ、あん……んっ、んっ……ふぁ、あ……」 時々良いところに触れるのか、ぴくんっと腰が震えていた。 漏れ出す声も色っぽいものに変わり、見ているだけで俺まで興奮してしまう。 「やだ、だんだん気持ち良く……なってきて……ふぁ、あ……んっ、あ、あ……」 「はぁ、はぁ、んっ……あん、んっ……あ、あ……んぅぅっ……!」 指先がクリトリスの辺りを続けてノックした。 パンツの布地が食い込むくらい、少しずつ指に力が籠もってくる。 「どんどんパンツにシミが広がってきたな……」 じわっと広がるそのシミを見て、俺は生唾を飲み込んだ。 「や……ん、そんな見ないで……恥ずかしいから……」 小さく首を横に振る。 でも、股間を弄る指は休みなく動き続けている。 「はぁ、はぁ、んっ……あん、んっ、あ、あ、あ……」 「んんっ……や、あ……ここ、すごく気持ち良い……んっ、あ、あ、んぅぅぅぅっ……!」 「だめ……ここ、教室なのに……んっ、んっ、んぅぅくっ……ふぁ、あ……っ」 くぐもった嬌声をあげ、ぎゅぅっと全身に緊張をみなぎらせた。 弄っていたクリトリスは大きくなってきたのか、パンツにちょっとした膨らみが出来ている。 「ふぁ、あっ、んっ、んぅぅぅ……! はぁっ、はぁっ、声、出ちゃう……っ」 「そんなに気持ち良いのか?」 「うん……これ、気持ち良い……。どうして? こんなの、初めてで……」 「見られてるから……? 視線を感じて……やぁん、んっ、あ、あ、あ……っ」 俺の視線を意識しながら、ゆずゆは鋭く息を呑んだ。 ぐちゅっと湿った音が聞こえ、パンツの端から愛液がにじみ出してくる。 「はぁ、はぁ……やだ、すごい……溢れてる……んっ、はぁ、はぁ……」 「見られて興奮するなんて、ゆずゆはどれだけエロいんだ?」 「ち、違う……誰にでもってわけじゃ、ないんだから……。見てるのが、あんただから……んぅぅぅっ……!」 「だ、だめ、気持ち良いの……ひゃ、あ、あ、あ、指、止まんない……っ」 俺に触られただけで濡らしてしまうゆずゆは、見られることでいつも以上に感じているらしい。 膣口の辺りに指を押し当てると、ぐいっと第一関節くらいまで沈み込ませた。 強めに弄りながら、同時にクリトリスも擦っていく。 「そのままだと、パンツを穿いて帰れなくなるんじゃないか?」 すでにパンツは愛液を吸ってぐちょぐちょな状態だ。 ゆずゆもそれがわかってるのか、小さく頷き、パンツを横にずらしていく。 「はぁ、はぁ……んっ、ふぁ、あ、あ、んぅぅぅぅぅぅっ……!!」 直接股間に触れた瞬間、ゆずゆは痺れたように足を痙攣させた。 腰がヒクヒクと動き、すごく切なげな表情を浮かべる。 「だめぇ、これ……直接じゃ、感じすぎて……んっ、んぅぅぅぅっ……!」 指先がわずかに膣内へと沈み込んだ。 押し出されるような形で大量の愛液が溢れ出してくる。 「んっ、んっ……あん、んっ、あ、あ、あっ、はぁ、はぁ、はぁ……」 「うわ……すごい、な……」 ゆずゆの股間はこれ以上ないくらいに濡れそぼっていた。 パックリと開き、陰唇がヒクヒクと震えている。 クリトリスは包皮が剥けた状態になっており、ゆずゆがそこに触れると気持ち良さそうな喘ぎ声が漏れ出してくる。 「んっ、ふぁ、あっ、んっ、や……んっ、んぅぅぅぅ……!」 「はぁっ、はぁっ、だめ……だめぇ……声、出ちゃう……っ」 まだ教室でしているという意識が残ってるのか、ゆずゆは恥ずかしげに身をくねらせた。 でもそんな動きさえも、俺の興奮を煽ってしかたがない。 「ゆずゆ、パンツを脱がすぞ」 もっとじっくりとゆずゆのいやらしいところを見たい。 その一心で、俺はパンツに手をかけて強引に脱がし始める。 「あ……や、やだ……私、教室でこんな……かっこ……」 「可愛いよ、ゆずゆ……」 完全にゆずゆの性器が露わになってしまった。 愛液がツーッと糸を引いてパンツと股間を繋げている。 俺はゆずゆのオナニーを手伝うようにして、ツンッと指でクリトリスを突っついた。 「んぅぅぅっ……! ふぁ、あ……急に、触っちゃ、だめ……っ」 「やぁん、気持ち良い……あ、あ、あ、感じちゃう……んっ、ふぁ、あ、あっ……!」 俺に触られ、気持ち良さそうに腰をくねらせた。 すでに羞恥心はなくなってるのか、もっとして欲しげに俺を見つめてくる。 「ね、ねぇ、もっとぉ……。いっぱい、ぐちゅぐちゅってしてぇ……」 「ゆずゆは本当にいやらしいな……」 そんなことを言われると、俺まで我慢出来なくなりそうだ。 「ゆずゆ……」 俺は興奮に生唾を飲み込んだ。 物欲しげなゆずゆに顔を近づけると、そのまま股間へと口を付ける。 「んぅぅっ……ふぁ、あっ、んぁぁあぁぁぁぁっ……!!」 舌先が触れた瞬間、ゆずゆはあられもなく声を上げ、腰を震わせた。 そのまま何度か割れ目を舐め、クリトリスへと舌先を押しつける。 「ひゃっ、あんっ、だめ、そんなとこ舐めちゃ……んっ、んぅぅぅぅぅっ!」 「あんっ、あっ、あっ、気持ち良いの……っ、それ、んっ、ふぁ、あぁぁぁっ……!」 ぴちゃぴちゃいやらしい音が教室に響いた。 舐めても舐めても、どんどん新しい愛液が湧き出してくる。 「ゆずゆの、すごく美味しいな……」 「んぁ、だめ……そんな、ひぅぅっ、感じ過ぎちゃう……んっ、あ、あ、あっ!」 つんっとクリトリスを突けば、それだけで大きく腰をくねらせた。 膣口に舌先をねじ込もうとすれば、入れる前からギュウギュウと締め付けてくる。 「はぁっ、はぁっ、ま、待ってぇ……それ、切ないからぁ……んぅっ、はぁ、はぁ……」 「もう、挿れて欲しいの……。はぁ、はぁ、硬くて大きいの、奥まで欲しいの……」 肩で息をしながら、いやらしくおねだりをしてきた。 テントを張ってる俺の股間をジッと見つめてくる。 「良いでしょ……? そんなに、カチンコチンになってるんだから……」 「本当にゆずゆはいやらしいな。教室でおねだりなんてして」 「だって、もう、我慢できないから……んっ、はぁ、はぁ……」 甘えた表情を浮かべ、切なげに腰をくねらせる。 性器は濡れそぼり、準備はもうすっかりと整っているようだ。 「そんなエロい子にはおしおきしないとな」 「おしおき……?」 そう言われ、わずかに期待するような眼差しを向けてくる。 「抱え上げるぞ」 ゆずゆの背後に回って持ち上げると、俺は一気にペニスを突き立てた。 「んっ、んぅぅぅぅぅぅっ……!」 「あんっ、あ、あっ、すごい……奥まで一気に……あ、あっ、大き過ぎて、あ、あ、あああ……っ!」 すでにグチャグチャに濡れていたため、一息で根本まで埋まってしまった。 俺のモノをギュッと締め付けながら堪らなさそうに声を上げる。 「すごいな、絡みついてきてる……」 「だって、これ、欲しかったから……んぅぅっ、あんっ、奥に当たってる……っ」 気持ち良さそうに身じろぎをするゆずゆ。 むき出しになったおっぱいが、これでもかとプルンプルン震えていく。 「まったく、教室でこんな格好をしながら感じるなんて、ゆずゆは変態だな」 耳元で、息を吹きかけるように囁く。 しっかりとゆずゆを抱きかかえたまま、俺は窓際に移動し始めた。 「だって……んぅっ、ふぁ、あ、やぁんっ、だめ、歩いちゃ……んぅぅっ、振動で、感じちゃう、からぁぁっ」 「そんなことを言ってる場合か? ほら、窓の外から誰かが見てるかもしれないぞ?」 「う……ぁ、ぁ、い、いやぁぁぁぁっ……!」 俺の言葉に、ゆずゆは恥ずかしがるようにいやいやと首を横に振った。 体に緊張が駆け抜け、ペニスを痛いほどに締め付けてくる。 「だめぇぇ、恥ずかしい……っ、外から見られちゃう、んっ、あっ、あんっ、あ、あっ」 「だめ、だめぇぇ、んっ、はぁ、はぅんっ……や、あ、あ、見られちゃうからぁぁ……っ」 「そんなこと言って、本当は気持ち良いんだろ?」 ゆずゆの体を上下に揺するようにして、力強く膣奥を突き上げる。 「んっ、あっ、あっ、や、だめぇ、それ深くて……んぅっ、んぅぅぅっ……!」 「ゆずゆの中、すごく熱くなって気持ち良いよ……」 「そんなこと言わないで……んぅっ、あんっ、あっ、あっ、あ、あ、あっ……!」 リズミカルに何度も膣内を突き上げる。 「あんっ、んっ、あっ、あっ、あっ、んぁあぁぁっ……!」 「やだ、すご……い、それ……っ、んっ、あ、あ、あ、あっ!」 ゆずゆの全身に緊張がみなぎった。 気持ち良さそうに喘ぎながら、自分からもゆっくりと腰を使い始める。 「自分からそんなに腰を動かして、そんなに気持ち良いのか?」 「誰かに見られるかもしれないっていうのにな」 「だって、んっ、あ、あっ、さっきから、気持ち良いとこ、擦れて……んっ、ふぁ、あ、あっ」 「んぅぅぅぅっ……! あ、あっ、赤ちゃんの部屋、ごりごりってぇ……っ」 ゆずゆは淫らに大きな声を上げる。 痛いほど締め付けてくる感触が堪らなく良い。 「はぁ、はぁ、ゆずゆ……っ」 俺はしっかりとゆずゆを抱え、ズンズン腰を突き入れていく。 「んっ、あんっ、あ、あ、あっ、はぁっ、はぁっ、これ、すごい……っ」 「教室なのに……誰かに、見られるかもしれないのに……んっ、あんっ、気持ち、良くて……っ」 我慢できないという表情で、ゆずゆは肩で呼吸を繰り返していた。 膣内からどんどん新しい愛液が溢れ出してくる。 「ふぁ、あ、あっ、んぅっ、あんっ、あっ、んぁあぁぁぁっ……! はぁっ、はぁっ、ふぁ、あ、あ」 「や、ぁん……んっ、痺れ、ちゃう……っ、あんっ、んっ、あ、あ、あっ」 むき出しの乳首がツンッと硬く尖り、腰の動きにあわせていやらしく揺れていく。 「ほら、あそこの人がこっちを見てるんじゃないか……?」 「んぅぅぅぅぅっ……! や、あ、そんなこと、言わないで……っ」 「あっちの通行人もこっちを向いたら丸見えかも……」 「……っ、ふぁ、あ、あ、ああ……」 俺の言葉に、ぎゅっと強く膣内が収縮する。 しかし恥ずかしがりながらも、その表情はすっかり快感にとろけきっていた。 「はぁ、はぁ、んっ……も、もぉ、良い……見られても、良いからぁ……はぁ、はぁ」 「もっとしてぇ……。ずんずんって、奥まで硬いので突いて欲しい……っ、んっ、あんっ、はぁ、はぁっ」 呼吸を乱しながら俺に流し目を送ってくる。 おねだりをしながら、何度もペニスを締め付けてきた。 「しかたないな、ゆずゆは……」 こんなことを言われては、俺も我慢なんてできない。 それに気持ち良すぎて、このままだとしぼり取られてしまいそうだ。 「もっと奧……ずぅんって、お願い……してして……っ」 「……っ、行くぞ、ゆずゆ……!」 おねだりをするゆずゆがエロすぎる……。 俺は奥歯を噛みしめると、反動を付けながら強く腰を突き上げた。 「んっ、あっ、んぁぁあぁぁぁぁっ……! んぅっ、や、んっ、んぅぅぅぅ……!」 「あ、はぅっ、それ、激し……んっ、あっ、んぁあぁぁぁっ……!」 ずんっ、ずんっとリズミカルに膣奥を抉る。 ゆずゆはますます大きな声を上げ、あられもなく乱れていく。 「あ、あっ、お腹、響く……んぅぅっ、ふあっ、あんっ、んっ、あっ、あっ、あっ、あっ」 「すごい、これ……んぅっ、あっ、壊れちゃう……っ、んぁぁっ、ひゃ、あっ、んぅぅぅぅっ……!」 「ゆずゆの中、めちゃくちゃ気持ち良い……」 とろとろな膣内に包まれ、そのまま溶けてしまいそうだ。 ジッとしてても強烈な快感が込み上げてくる。 「気持ち良いの……私も、んぅぅっ、あんっ、ふぁ、あ、あ、気持ち良いよぉ……!」 気が付けば、いつの間にかゆずゆは全身にじっとりと汗をかいていた。 いやらしい匂いがたちこめ、頭がクラクラしてくる。 「はぁ、はぁ、ゆずゆ……っ」 興奮のまま、俺はグリグリと腰を押しつけた。 何度も何度もペニスを膣奥に擦り付ける。 「んっ、ふぁ、あっ、んぁあぁぁっ! それ、強い……からぁっ、んっ、あ、あ、あっ!」 「んっ、んぅっ、激しくて……ふぁ、あっ、んぅぅぅっ、あんっ、だめっ、だめぇぇっ!」 ゆずゆの声が切羽詰まって来た。 「そろそろイキそうなのか……?」 「うんっ……んぅっ、イキそう……ふぁ、あっ、んっ、んぅぅぅっ……!」 「はぁっ、はぁっ、私、気持ち良くて……も、もぉ……っ、ふぁ、あ、あ、あっ……!!」 ビクビクッと腰が大きく跳ねる。 膣内も痛いほど俺のモノを締め付けてくる。 「んぅぅぅっ、ひゃっ、んっ、あっ、だめぇっ、イッちゃう、私……んっ、ふぁぁっ、ん、んぅぅぅっ!」 ゆずゆは強く息を呑んだ。 次の瞬間、背筋を反らすようにしながら大きく嬌声をあげる。 「ふぁ、あ、あっ、んぁあぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!」 「くっ……!!」 膣内が激しく蠕動する。 愛液が大量に溢れ出し、ポタポタと床に滴っていく。 「はぁっ、はぁっ、ふぁ、あっ、はぁっ、んぅぅぅぅぅぅ……っ、あ、あ……っ」 快感の波が連続して襲いかかって来るのか、ゆずゆは何度も体を震わせていた。 「はぁ、はぁ、はぁ……教室でイッちゃうなんて、ゆずゆはエロいな……」 「はぁっ、はぁっ、だ、だってぇ……気持ち、良いから……ひゃうっ……」 「ふぁ、あ、ああ……まだ、奥に……んぅぅっ、ぐりぐりって……あ、あ、あ、あ……」 「まだ、こんな大きい……なんて……んっ、はぁ、はぁ……んぅぅっ……!」 ペニスを締め付けながら、ゆずゆは俺の顔を覗き込んできた。 ぐったりしてるものの、まだその表情は興奮に彩られている。 「しかたないだろ、俺はまだイッてないんだからさ」 「そっか……じゃあ、まだまだしたりないよね……?」 「まぁ、な」 「それなら、もっとしよ……? ね、良いでしょ……?」 甘く誘うような声で、ゆずゆはおねだりしてくる。 もちろん、俺としては願ったり叶ったりだ。 「どうせだし、服脱いじゃおっか? もっといっぱい、エッチしたいし……」 すでに、ここが教室だって意識はないみたいだ。 だが、どうせ誰も来ないのなら、脱いでも同じか。 「そうだな、裸になっていっぱい可愛がってやるよ」 俺は耳元でそう囁き、ちゅっとゆずゆの頬にキスをする。 服を脱ぐため、ゆずゆの中からペニスをゆっくりと引き抜いた。 「こうで、良い? 私の大事なところ、よく見えるかな……?」 ゆずゆは机の上で大胆に足を開いた。 股間の割れ目を自分で広げながら、誘うような眼差しを向けてくる。 「ああ、よく見えるよ、ゆずゆ。奥の奥まで見えそうだ」 ゆずゆのエロい格好を見て、俺は生唾を飲み込んだ。 さっきイキそびれたこともあって、ペニスはもうこれ以上ないくらいガチガチになってしまっている。 「早く、その太くて大きなのを挿れてぇ……。もう我慢できないのぉ……」 「おつゆが垂れて来ちゃう……んっ、お腹の奥がむずむずして……切ないよぉ……」 ゆずゆの言葉どおり、見ているだけでどんどん愛液が溢れ出ていた。 一度イッた所為もあるだろうけどすごい量だ。 「よし、挿れるぞ……」 ガチガチになったペニスを押しつけた。 「ふぁあぁぁっ……! はぁ、はぁ、や……ん、硬いの、ぐいって……当たって……」 「そのまま奥まで来てぇ……。ねぇ、早くぅ」 「はぁ、はぁ、くっ……!」 軽く腰を押し出してみる。 「んぅぅぅっ……ふぁ、あっ、んぁあぁぁぁぁっ……!」 湿った音を立てながら、ペニスはあっさりと根本まで飲み込まれた。 先端が膣奥に当たり、それだけでゆずゆは背筋を震わせてよがり始める。 「ふぁ、あ、あ、あ、入って……る……。んぅぅっ、あっ、大きいの……あ、あ、あ、あっ……!」 「さっきと違うとこ、当たってる……っ、大きすぎ……だよぉ……!」 「はぁ、はぁ……ゆずゆこそ、締めすぎだ……っ」 「だってぇ……んっ、ふぁあ、あっ、これ良い……っ、気持ち良いのっ、奥に当たって……ふぁ、あ、あ、あ、あぁっ」 ぎゅぅぅと膣内がわなないた。 ゆずゆは甘く切なげな声を上げ、自分からモゾモゾと腰を揺らす。 「はぁ、はぁ、んぅぅっ、あんっ、んっ、まだ入って来ただけなのに、気持ち良い……っ」 「あんっ、動いて……ねぇ、ぐちゅぐちゅってしてぇ……」 「まったく、しかたないな、ゆずゆは……」 だが実際問題として、ジッとしててもしかたない。 このままでも十分に気持ち良いが、もっとゆずゆを感じたい。 「行くぞ……っ!」 奥歯を噛みしめ、ゆずゆの足を掴んだまま力強く腰を打ち出す。 「ひ……んっ、んぅぅぅうぅぅぅぅっ!!」 強く膣奥を叩くと、ゆずゆは驚いたように声を上げた。 膣壁がキュッとすぼまり、ヒダヒダが絡みついて来る。 「はぁっ、はぁっ、まだまだ……っ!」 俺は連続して腰を打ち出した。 肉を叩く音を響かせながら、激しくゆずゆを突き上げる。 「んぅぅっ、んっ、あっ、あんっ、んっ、あ、あ、あ、あっ、そんな、いきなり……んぁっ、ふぁぁ、あ、あっ!」 「激し……んぅっ、ふぁ、あっ、んぁあぁぁぁっ! ひゃっ、んっ、あんっ、んっ、あ、あ、あ、あっ!」 「やぁんっ、んっ、あっ、これ、すごい……のぉおっ、んぅぅっ、あ、あぁっ、ふあぁぁあぁあぁぁっ!!」 激しく膣内を掻き回され、頭を左右に振りながら快感に身悶えるゆずゆ。 愛液が掻き出され、机の上に水溜まりを作っていく。 「ゆずゆ、ゆずゆ……っ」 「んぅぅっ、あんっ、あっ、んっ、あ、あ、あっ、良いよぉ……気持ち、良い……ひゃっ、ふあぁ、あっ、んぅぅぅぅぅぅっ!!」 「ねぇ、もっとぉ……っ、奥、奥が良いのぉ……ズンズンって、もっとしてぇ……っ」 快感に酔ったように、ゆずゆはさらにおねだりをしてきた。 自分からも腰をくねらせ、グチュグチュいやらしい音を教室に響かせる。 「はぁっ、んっ、あんっ、あ、あ、あっ、やぁんっ、あ、あ、あっ、ふぁあぁぁっ……!」 「んぅっ、あんっ、あっ、赤ちゃんのお部屋、良いよぉ……っ! ふぁ、あ、あっ、んっ、んぁあぁぁぁっ!」 強く子宮をノックすると、ゆずゆは堪らなさそうに声を上げた。 背を反らし、全身に汗をかきながら喘ぐ。 「くっ……そろそろ、イキそうだ……っ」 ゆずゆの中が気持ち良すぎる。 先程イキそびれてることもあって、あっという間に射精感が込み上げてくる。 「ふぁ、あ、あ、中でまだ大きく……なって……んっ、あんっ、んっ、あ、あ、あっ!」 「もぉ……私、イッちゃう……ふぁ、あ、あ、ああ、あ、あっ!」 ゆずゆも極まってきたのか、全身に緊張がみなぎり始めた。 「だめぇっ、だめ、だめ……っ、もう……もう……っ!!」 「イク……ふぁ、あっ、んぁああぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 「うぉぉぉっ……!?」 ゆずゆが絶頂したのと同時に、痛いほど膣内が収縮した。 ペニスに絡みつき、しぼり取ろうと蠢く感覚がやばすぎる。 「くっ……も、もう……出る……っ」 「あ、ああ……まだ、動いて……んぅぅぅっ、ふぁ、あ、あっ、んぁ、あぁぁあぁ……っ」 絶頂したばかりのゆずゆの中を、俺は荒々しく掻き回した。 「はぅっ、んっ、あっ、や、あ、あ、あっ、だ、だめぇっ、イッたばかりで、激し……ふぁ、あ、あ、ああ」 「ゆずゆ、出すぞ……っ!!」 今までで一番強く腰を打ち付ける。 込み上げてくるものを、ゆずゆに向けて爆発させていく。 「んぁあ、あぁあぁあぁぁぁぁあっ!!!」 「くっ……ゆ、ゆずゆっ!!」 「んぅぅぅぅぅっ……!! ふぁ、あっ、んっ、はぁっ、はぁっ、や……ぁ、ああ……っ」 「どくどくいって……んぅっ、出てる……熱いの……いっぱい……」 亀頭を子宮口に押し当てながら、俺は思いっきり射精していた。 ペニスは激しく脈動を繰り返し、大量の精液をゆずゆの中へ注ぎ込んでいく。 「はぁっ、はぁっ、んぅぅぅっ……はぁ、はぁ、はぁ……」 「くっ……やばい、しぼり尽くされる……っ」 さっきから震えてる膣壁がペニスを掴んで離してくれない。 堪らずに、俺は腰を引いていた。 「ふぁ、あ、あ……んぁぁあぁあぁぁあぁ……!」 ずるりとペニスが引き抜かれる。 ペニスの先端からツーッと精液の糸が伸び、ゆずゆの膣口と繋がっていた。 「はぁ、はぁ、はぁ、んぅぅ……はぁ、はぁ、はぁ……」 「ふぁ、あ……溢れ……ちゃう……んっ、あ、あ……んぅぅぅぅぅっ……!」 大きく体を震わせた。 ペニスの形に開いていた膣口がきゅっと収縮し、押し出すようにして精液を溢れ出させる。 「あ、んぅっ、ふぁ、あ、くすぐったい……はぁ、はぁ……」 とろーっと大量の精液が机の上に落ちていく。 その眺めが、めちゃくちゃエロい。 「うわ……すごい量だな……」 「はぁ、はぁ……もう、出し過ぎ……だよ……。こんなに……んっ、や、あ……まだ出ちゃう……っ」 さらに精液が溢れ出してきた。 その光景を見て、俺は生唾を飲み込む。 まずい、ゆずゆを見てると全然興奮が収まらない。 出したばかりのペニスも、全然萎える様子がない。 「ゆずゆ、もう一度入れるぞ」 「ふぇ……? な、何を……」 肩で息をしながら、どこか惚けたように問い返してくるゆずゆ。 俺は問答無用でゆずゆの股間にペニスを押しつけていた。 溢れてくる精液を掻き分け、一気に根本まで押し込む。 「んぅぅっ、ふ、あ、あっ、んぁあぁあぁぁぁぁぁっ!!」 「ま、また入って……んぅっ、ふぁ、あ、嘘、さっきより大きい……んっ、あ、あ、あっ……!」 「はぁ、はぁ……すごいな、中がぐちょぐちょだ……」 愛液と精液が混じり合い、少し動くだけでどんどん掻き出されてくる。 それでもキツキツなゆずゆの中は、ペニスを痛いくらいに締め付けてきた。 「あ、あ……また……する、の……?」 「もちろん……。動くぞ、ゆずゆ」 俺はそう宣言すると、まだ絶頂の余韻に浸ってるゆずゆの膣内を、乱暴に掻き回しはじめる。 「んぅぅぅっ、ふぁ、あっ、んぅぅぅぅぅぅぅっ……!!」 とっさにペニスをゆずゆから引き抜いた。 次の瞬間、ゆずゆに向かって思いっきり精液を飛び散らせる。 「くっ……う、あ、あっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「ひゃ、あっ、んぅぅ……! ふぁ、あ、あ、あっ、熱いの……出て……はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「あ、あっ、すごい……びくんびくん、してる……んっ、ふぁ、ああ……」 精液がゆずゆの全身を汚していく。 その感触に、ゆずゆはくすぐったそうに体をくねらせた。 「んぅぅ……ふぁ、あ、はぁ、はぁ、はぁ……」 「すごいいっぱい……出したね……。体中が、精液まみれになっちゃった……」 肩で息をしながら自分の体を見る。 ゆずゆの下半身を中心に、いたるところに俺の精液が飛び散っていた。 机にまで付着していて、その脚をツーッと伝って流れ落ちるほどだ。 「はぁ、はぁ、はぁ……ゆずゆの中が、気持ち良かったからな」 そう答えながら、俺はゆずゆの姿を見て生唾を飲み込む。 射精したばかりなのに、全然勃起が収まらない。 「いっぱい、精液の匂いしてる……はぁ、はぁ……んっ、こんなところにも付いて……」 「ゆずゆ……もう一回、良いか?」 「……へ?」 一瞬、俺が何を言ったのか理解出来なかったようだ。 だがガチガチのままのペニスを押しつけると、すぐに何をするのか理解する。 「ちょ、ちょっと、待って、イッたばかりだから……」 「挿れるぞ……っ」 ゆずゆの返事を待たず、俺は思いっきり腰を突き出した。 ほとんど抵抗なく、するりと根本までゆずゆの中へと飲み込まれてしまう。 「んぅぅぅっ、や、あ、あっ、そんな、いきなり……っ!!」 ペニスに押し出され、愛液が溢れ出していた。 さっきまでよりも中はぐちょぐちょだ。 「ふぁ、あ、あっ、そんな……んぅっ、ふぁ、あ、全然、小さくなって、ない……っ」 「待って、私、まだ……っ」 「動くぞ……っ」 我慢できず、俺は早速腰を動かしていた。 まだ絶頂の余韻に浸ってるゆずゆの膣内を乱暴に掻き回しはじめる。 「あんっ、あっ、あっ、あっ、あぁぁあっ……! やっ、んっ、あっ、あっ、あっ!」 「そん、なっ、激し……んっ、ふあっ、だめっ、だめ、だめ、だめっ、だめぇぇっ!!」 叫ぶように声をあげ、泣きそうな表情を浮かべる。 俺はそんなゆずゆをさらに責めてたてていく。 「ふあ、んっ、あっ、あ、あ、あ、あっ、はぁっ、んっ、んぅ、ふあぁ、あ、あぁっ!」 「らめぇっ、そんな、しちゃ……んぁぁっ、んっ、あ、あ、あっ、はうっ、おかしく、なっちゃう、んぅっ、んぁあぁぁっ!」 ガクガクと全身を震わせる。 しきりに膣内が収縮し、ペニスに絡みついてきた。 愛液の量がかなり増して次から次へと溢れ出してくる。 「ゆずゆ、ゆずゆ……っ!」 力強く、膣奥を突き上げた。 「ふあぁ、んぁああぁぁぁぁっ!! そんな、らめっ、壊れちゃう……っ!」 「奥、ずぅんって……ふぁ、んっ、あ、あ、あっ、激しいのぉぉっ、や、あ、あぁっ!」 息が詰まり、苦しそうに口をパクパクと動かす。 でもまだ腰の動きを止めない。 「あっ、ふぁっ、やっ、ああ、あっ、らめぇぇっ、また、イッちゃう……私、またぁぁっ!」 「らめっ、らめっ、らめぇぇぇっ、も、も、もぉ……っ!!」 ぎゅぅっとゆずゆの全身に緊張が駆け抜けた。 そんなゆずゆの子宮を、俺は思いっきり叩く。 「んぐぅぅっ!! ふぁ、あ、あっ、も、も……らめ……っ」 「イクぅ、あ、あ、あっ、んぅぅっ、ふぁああぁあぁあぁぁぁぁぁあぁぁっ!!」 ゆずゆの中を大きな快感の波が通り過ぎた。 グチュグチュになった膣内が、ペニスをこれでもかと包み込んでくる。 「くっ……う、また、出る……う、うあぁあぁぁぁっ!!!」 「んぅぅぅぅぅぅぅっ!!! ひ、あ、あっ、中……れ……あ、あ、ああ、あっ……!」 我慢できず、俺は思いっきり絶頂していた。 心臓が激しく脈動し、大量の精液がゆずゆの膣内へと注ぎ込まれていく。 「あ、あっ、熱い……のっ、んぅぅっ、いっぱい、んっ、ふぁ、あ、あ、あっ……」 「はぁっ、はぁっ、あぐぅっ……う、あ、あっ、ら、らめぇぇぇ……っ」 今にも崩れ落ちそうな表情で荒い息を繰り返す。 きゅっ、きゅっと動く膣内の感触が、めちゃくちゃ堪らない。 「くっ……だ、ダメだ……っ」 断続的に続く強い快感に、俺は逃げるように腰を引いていた。 「ふぁ、あ、んぁぁぁぁああ……! はぁっ、はぁっ、あ、ぐ……っ」 「ぅ、ぁ……抜け、て……はぁっ、はぁっ、ひゃ、あ、あ、あ、あ……」 ちゅぽんっと小気味いい音を立てて、ペニスがゆずゆから抜ける。 ペニスの抜けた膣穴は、ゆずゆの快感を示すかのようにヒクヒクと震えていた。 そして、ゆずゆの中から大量の精液が溢れ出す。 「ふぁ、あ……垂れて……る……んっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 一度目の精液と合わさり、まるで雪崩のように流れ出してきた。 ゆずゆの肌を滑り落ち、机の上に精液の池を作っていく。 「はぁ、はぁ、これ……出しすぎ……んぅっ、はぁ、はぁ」 「お腹の中……熱い……よぉ……。赤ちゃん、出来ちゃう……」 ゆずゆは下腹部に手を当てると、切なげに体を震わせた。 「もぉ……体中、どろどろ……」 体中を精液でベタベタにし、膣内からも溢れ出させている。 ゆずゆはグッタリとしながら荒い息を繰り返す。 「匂い、いっぱいになっちゃった……んっ、はぁ、はぁ……」 惚けたように呟くと、愛おしげに精液を指で拭うのだった。 「んぅぅっ……ふぁぁっ……! あ、あっ、んぅぅぅぅっ……!」 とっさにペニスを引き抜くと、俺はゆずゆに向かって思いっきり射精していた。 激しくペニスが震え、精液が飛び散っていく。 「はぁっ、はぁっ、く……う、ぁぁ……っ」 「ふぁ、あっ、出て……る……んぅぅっ、いっぱい……ふぁ、あ、あ、ああ……」 「熱い……んぅっ、や、あ……こんなに……」 二度目とは思えないほど大量に精液が噴き出す。 ゆずゆは全身で精液を浴びながら、切なげに息をついた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ふぁ、あ、あ……熱い……の、すごい……」 「んっ……はぁ、はぁ、あん……んぅぅっ、どろどろぉ……それに、匂いもすごい、してる……」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 一気に射精したからだろうか、腰が辛くてしかたない。 「はぁ、はぁ、はぁ……んっ……はぁ、はぁ、はぁ……」 「もぉ、精液、出し過ぎ……。んっ、べたべたしてる……」 気怠げに身じろぎしながら、ゆずゆは自分の体を見下ろした。 「赤ちゃんのお部屋からも、いっぱい出て来てるし……」 先に中出しした精液もあいまって、ゆずゆは精液にまみれていた。 「はぁ、はぁ……ほんと、出し過ぎよ、ばか……」 ゆずゆは甘くそう囁くと、そっと自分の下腹部に付いた精液を指で撫でる。 「こんなに、いっぱいかけて……はぁ、はぁ、んぅっ、もう、変態なんだから……」 「んっ、はぁ、はぁ、全身、精液でどろどろになっちゃった……」 「はぁ、はぁ、悪い、ゆずゆ……」 さすがに、二度もぶっかけたためすごいことになってしまった。 机や床に飛び散った量も相当なものだ。 「でも……これ、好きかも……。ふふ、精液、いっぱい……」 ゆずゆは肩で息をしながら、精液の感触に体を震わせるのだった。 (お……?) 望月が一人で歩いているのを発見する。 よし、こっちから声かけるか。 「望月」 「うん……?」 「ああ、あんたか。何?」 「いや、特にこれと言って用事はないんだが……」 さてどんな話をしよう。 (ん……?) おお、前方に望月を発見。 早速こっちから声をかける。 「望月〜」 「んー? 何? どうしたー?」 「いや、ちょっと暇だから声かけてみた」 さて、どんな話をしようか。 「お……」 前方に望月を発見する。 こっちから声をかけよう。 「おーい、望月ー」 「はいはーい」 「なになにー? 私に何か用事ー?」 「いや、別に大した用事は無いんだけど……」 さて、どんな話をしようか。 「あ、いたいた」 (ん……?) 「やっほー。丁度あんたを探してたところなのよ」 「ほう、珍しいこともあるもんだ」 「ふふっ、私から声かけてもらえるなんて、光栄に思いなさい?」 「へいへい」 さて、どんな話をしよう。 「はあ、なんかつまんない。私もう教室戻るわね-」 (全然話が盛り上がらなかったな……) うん、次はもっと頑張ろう。 「ねえ、そろそろ教室に戻らない? 授業始まっちゃうわよ?」 「ああ、そうだな」 (まあこんなもんだろう) 「なんか、あんたと話してると良い意味で気が楽になるのよね〜」 「フッフッフ、俺様に感謝するがいい」 よし、良い感じだった気がするぞ。 「ふふっ、あんたって意外と話し上手よね。もしかしたら聞き上手なのかもしれないけど」 「そ、そうか?」 やった! 今日は調子が良いみたいだ。 「あ、チャイム鳴っちゃった。つい時間を忘れて話し込んじゃったわね」 「この続きはまた今度。ね?」 「ああ、俺からも是非お願いしたいぜ」 最高だ! なんかテンション上がって来たぞ! 「俺、今日から善良な一般男子学生になるわ」 「いつも悪さしてるってわけでもないんだけどさ」 「今のままでも、充分普通の学生じゃない?」 「普通だとつまらないじゃないか。どうせなるなら目立ちたいだろ?」 「あんたってそんなに目立ちたがり屋だったっけ? まあアホな奴ではあるけど」 「ふふふ、俺もデビューをする時が来たのだよ!!」 「なんかもう、目立ちたいとか言っている時点で善良な男子かどうか怪しいわね……」 「どうせ何か企むなら、入学初日から頑張れば良かったのに」 「分かってないなぁ、敢えて2年になってからやる事で普通じゃなくなるんだよ!」 「はあっ、訳わからん。 で、あんたの言う善良な一般男子学生って一体何なのよ」 「日本の政治に介入するんだ」 「……もうそれ学生のすることじゃないわよ」 「総理大臣でも目指すの?」 「そうなるまでに男子学生じゃなくなるだろ?」 「でもそのぐらいの気持ちでいたら面白いかもな」 「へぇ……。じゃあさ、今のうちにサインちょうだい?」 「ビッグになったらオークションに高値で出すから」 「俺で金儲けしようとするなよ! つか、そこまでいく前に学校卒業しちまうだろ!?」 「でも、生徒会長になって、学校の政治に介入するっていうのも面白そうじゃない?」 「っ!? それだ! 望月頭良いな!」 「お褒めに預かり光栄です……なんてね?」 「やるのはいいけどあんまりバカやって怒られないようにね?」 「学内の風紀を正すんだ。そうすれば一般男子学生から善良な一般男子学生へ昇進できるぞ」 「それって風紀委員になるって事?」 「真面目君にならないと風紀委員って大変だと思うんだけど……」 「風紀を正すっていうと風紀委員のイメージがあるけど、俺は生徒会長を目指そうと思ってるんだ」 「生徒会長ねぇ……? なれたとしても、他のメンバーが同じ考えをしてくれるとは限らないわよ?」 「だったら、お前も一緒に生徒会やろうぜ! 二人で学校の風紀を変えていこうじゃないか!」 「私は同好会もあるからパスかなー」 「せっかくのお誘いなのにごめんね? 同好会がなかったら一緒にやってもよかったかも」 「最近のテレビってさ、深夜の方が面白い番組多いよな」 「うーん、私深夜はテレビ見ないからなー」 この話題は盛り上がらなそうだ。 「可愛い一年生がたくさん入学してきたご感想は?」 「感想ねぇ……」 「もうちょっとカッコいい子や大人っぽい子が来てくれたら嬉しかったんだけどね」 「それって、男に向けてだよな?」 「女子でそんなやついたら男としてなんか負けた気になってくる……」 「女子でもたまにいるけどね?」 「でもやっぱ、可愛い子の方が多いよねぇ……」 「声かけて手取り足取り、色々と学校の事教えたら俺に懐いてくれるかな?」 「手取り足取りは逆効果だからやめた方がいいけど……」 「可愛いからって、いっぱい声をかけたら一瞬で噂が立つわよ?」 「それでも俺は声をかける!」 「『キャー! 女たらしの異名を持つあの人よー!』……なんて言われても?」 「そ、それは嫌だけど……。てか、声かけるだけでその反応はひどくないか!?」 「でもさ、女の子の噂って尾ひれどころか背びれもついてくるんだから、これぐらいは覚悟しないと」 「そこは『あの先輩って色々親切に教えてくれるの』とか期待してもいいだろ!?」 「そうなるためにはまず下心見え見えで近寄るような事はしないことね。女子ってそういうの結構敏感なんだから」 「そんなつもりはないから大丈夫だ。あわよくばお近づきになりたいだけで……」 「それがアウトだって言ってんの」 「まああんたが惨敗して帰ってきたら慰めてあげるから砕け散ってきなさい」 「保身のためにやめておくか。どんな噂が立つか想像出来ないし」 「いやいや、そこは突っ込んで粉々に砕け散るところでしょ」 「ヘタレ認定でもされたいの?」 「なんで砕け散る前提で突っ込まなきゃいけないの!?」 「だってその方が私的にはおもし……コホン、楽しいから♪」 「言い直して上手くまとめたつもりだろうけど、言い直してる意味がほとんどねぇからな!?」 「でも、保身に走ってせっかく年下の女の子と会話するチャンスを見逃すの?」 「そういう聞き方はずるいぞ……」 「俺はやらん! そう決めたんだ!」 「まああんたがそれで良いって言うならいいんだけどね」 「たんぽぽってさ、実は漢方薬らしいぜ?」 「たんぽぽって、公園とかで見かけるあのたんぽぽ?」 「おう、なんでも葉っぱに利尿作用があってむくみ解消効果があるらしいぞ」 「へぇー、でもそれどうやって処方……だっけ? 使うの?」 「なんかお茶になってるらしいぞ。味は飲んだことないから知らん」 「結構味って重要だと思うんだけど……、効果が期待できても美味しくなかったら続けられないし」 「まあ一部の人には評判いいらしいから、不味いってことはないんじゃないか?」 「どこでそういう情報見つけてくるの?」 「生まれた時から知ってるんだ」 「そんなにたんぽぽ茶って昔からあるの? 発祥はどこ?」 「ち、中国かドイツだったかな。あんまり気にしてなかったから忘れた」 「ふーん……、じゃあたんぽぽコーヒーっていうのがあるの知ってる?」 「え? そんなのあるのか? それは知らなかったな」 「ふっ、生まれた時から知ってるといえど、知識が浅いわね」 「たんぽぽコーヒーっていうのは別名たんぽぽ茶で、戦時中にコーヒーの代用で飲まれてたらしいわよ」 「そ、そうだったのか……」 「って、知ってるのに騙したな!?」 「まあね〜♪」 「てか、一時期にブームになったんだけど知らなかったの?」 「テレビの特集で見かけたんだ。お茶だけじゃなくて食べられるらしいぞ?」 「ホントなの? 天ぷらとかおひたしにするのかな?」 「天ぷらは苦みが強くてダメらしい。おひたしぐらいが苦みちょうどいいらしいぞ」 「そうなんだ……。でも、道端のたんぽぽ摘んで食べるってのも衛生面が怖いよね」 「犬がションベンひっかけてるかもしれないって考えると食べたくなくなるよな」 「そういう事思っても言わないのがマナーってやつじゃないの?」 「でも、むくみが取れるっていうならちょっと試してみたいかも。今度お店で探してみよっと」 「人口甘味料って不味すぎだよな」 「私もあの味はきついけど……」 「カロリー控えないといけない時、決戦の時なんかは飲まなきゃいけないのよ……」 「美味しくないけど、その味に耐えなきゃいけない時だってあるの……!」 「け、決戦……?」 大人しく水とかお茶飲めよって突っ込みはしたらいけないよな…… 「最近無性にカラオケ行きたい気分なんだよね」 「そういえば私も最近カラオケ行ってないなぁ……」 「大声で熱唱したりノリノリになって歌うとスカッとするよな」 「だよね〜!」 「自分の世界に入るとまでは言わないけど、人の目気にせずに思いっきり歌うとすごい気持ちいいよね!」 「人の目気にせずって、お前ヒトカラって行くのか?」 「行かないわよ?」 「てか、カラオケもそういう風に歌っても気にしない人としか行かないし」 「なるほどな。そういうやつらと行かないと相手に余計な気遣いとかして疲れたりするもんな」 「そゆこと♪ あとは歌ってる曲のジャンルが似てる人だと更にいいわね」 「友達の歌ってる曲で良いのがあって友達がCD持ってたら借りれるしな」 「あんたもそういう経験あるんだ?」 「周りのやつらも皆やってると思うけどな? ネタ曲とか皆で共有すればかなり盛り上がるしな」 「ああ〜!! 私もめちゃくちゃ行きたくなってきたー!」 「よし、アニソン縛りな! メドレーは基本だろ」 「メドレーって長いやつだと30分ぐらいあるから嫌よー!」 「そんな事言って、知らない曲があったらどうしようって思ってるんだろ?」 「アニメにもよるけど、メドレーって一部しか歌えないのに長いから不完全燃焼になっちゃうんだよね」 「そうか? そのフレーズごとに熱唱してればあっという間だけどな」 「それだったら一曲一曲を思いっきり熱唱したい!」 「熱唱っていうからには、当然熱い曲なんだろうな?」 「あったりまえじゃない! テンション上がる曲じゃないと熱唱なんて出来ないわよ」 「お前はホントに話が分かるな。マジで今度カラオケ行こうぜ」 「絶対行こうね! あぁ〜! 今からすっごい楽しみになってきた!」 「フフッ、俺のしっとり系ボイスでラブソングを……!」 「……は? あんたがしっとり系ボイス……?」 「な、なんだよその反応は? 俺だってそういう声出せるんだぞ!」 「悪い事は言わないから、熱い曲を熱唱してた方があんたには合ってるわよ」 「な……っ! 聴いてもないのにそんな風に言うなよ!」 「あんたのイメージに合わないのよねぇ……。しかもラブソングでしょ?」 「アップテンポなやつだったらいいけど、バラード系だったら微妙ね」 「くっ、今度絶対一緒にカラオケ行くぞ! 俺にもラブソングが歌えるって教えてやる!」 「じゃあその時は採点つけて、点数が高かった方がデザート1個奢るってことにしましょ?」 「その方があんたも燃えるでしょ?」 「いいぞ。今のうちにせいぜい練習しておくことだな!」 「負けフラグ立ててるって、気付かないのかな……」 「今シーズンのアニメチェックしてるか?」 「チェックっていう程しっかりはしてないけどね」 「あんたがチェックしてるので、何か面白いのある?」 「今のところ俺が気になってるのは3つあるな。あとは全部微妙だ」 「私は2個かなぁ。どれもあんまりパッとしないんだよねぇ……」 「やたらおっぱいアニメ増えてるし、終わり方が微妙だったりするアニメも増えてるんだよなぁ……」 「そうなのよねぇ……、二期狙ってる感バリバリのとかあるし」 「そのおかげで二期ありそうだなーって思うヤツはチェックから外しちゃうし」 「というと、めぼしいのだけチェックしてあとはチェックしてないとか?」 「全部チェックはしてるけど、ツボに入る番組って少ないのよね」 「お前のオススメがあれば教えてくれ」 「んー、さっきあげた2つのうちだと、『アックスソルジャー次郎』ってやつかな?」 「お、それ俺もチェックしてたんだ。結構面白そうだよな」 「だよね! 1話目から分かりやすい伏線絡めてきて、どうなるか気になっちゃう」 「バトル物っぽい感じになりそうだし、萌えじゃなくて燃えな展開が待ってそうで期待してるわ」 「まあ名前からしてバトル物だけどね」 「ちょっとシリアス入るかもしれないけど、早く続きが見たいなぁ……」 「待ち遠しくなるアニメって最近なかったから楽しみだわ」 「今期の当たりだったらいいなぁ……!」 「1話目がつまらないと見なくなるよな」 「逆にインパクトありすぎてもその後の展開が微妙だったら一気に見なくなるけどね」 「1話目でそこそこ面白くしておいて、5話目ぐらいで熱い展開とかシリアス展開させるといいよな」 「ループしたり、似たようなパターンばっかあると何これ? ってなっちゃうし」 「あー、そんなのあったなぁ。無理やり引っ張った感があった気がするけど、結構人気出てたんだよな」 「あれって何期まで出たんだっけ? 2期までしか覚えてないんだけど……」 「さあ? 俺もあんまりチェックしてなかったからわからん」 「2期も続編みたいに作ってくれたりすればいいんだけど、一気に路線変えたりするからなぁ……」 「チラリズムについて一言お願いします」 「スカートめくりで起こるチラリズムはチラリズムじゃない!」 「…………」 「……な、何よ」 「俺よりチラリズムに熱い想いを抱いてるってのがよく分かったわ」 「だって意図的にチラッと見えてもチラリズムの価値下がるし……」 「突風が吹いてチラッ! って見えるのが良いんじゃない!」 「女でそこまで分かってるなんて……」 「少年漫画でよくそう言うのあるじゃない」 「あ、あとパンモロってあるじゃない?」 「あるにはあるけど……」 「あれは良いものだ」 「ワイシャツにパンティー1枚は鉄板よね」 「お前本当に女か!? 何でそこまで良さがわかるんだよ!」 「グラビアとかでよく見ない? 水着の方が多いけど」 「男子ってそういう恰好が好きだもんね〜」 「パンモロとパンチラだったらどっちが良いの?」 「パンチラに決まってるだろ!」 「あのチラッと見せる曲線を描く三角形……」 「絶景じゃないか」 「絶景って……後ろから見たら男も女もあんまり変わらないんじゃない?」 「全然違うだろ! 男の場合ゴツゴツしてるというか……ブリーフじゃないとライン見えないし」 「え、うそ? もしかしてあんた男のパンチラも見てるの!?」 「うっわ引くわぁ……」 「んなわけねぇだろ!? むしろ男子は腰パンしてるぐらいだからパンチラってレベルじゃねぇよ!」 「モーホー族の人だったら距離を置いてたわ……」 「俺はノーマルだっつの……」 「とりあえず、パンチラの方がテンション上がる」 「でもさ、そういう視線が気になるから階段上がる時に後ろ手で隠したりするんだよ?」 「だったら見られないぐらいスカート伸ばせよ……って言いたくなるんだよな」 「俺もラッキースケベ派だし」 「夏はラッキースケベがいっぱい期待出来る季節だしね」 「女子って、扉開けたら男が上半身裸になってるの見たらラッキースケベになんの?」 「あー、人によってなるかも」 「望月は?」 「上半身裸よりワイシャツ一枚羽織ってボタン全部開いてたら最高ね」 「パンモロに決まってるだろ!」 「えぇー? どうしてよ?」 「パンチラの方が絶対良いじゃない」 「パンチラは一瞬しか見えないけど、パンモロはじっくり見れるじゃないか!」 「人がいるところでやったら絶対通報されるよね……?」 「それにじっくり見られる前に隠すと思うけど……」 「まあ実際写真集とかでしか見た事ないしな。ビキニだってある意味パンモロと一緒じゃないか?」 「水着は水着でしょ? 水着が大好きな人が聞いたら多分怒られるわよ?」 「形だけで見れば下着と一緒なのに……」 「あんたは水着の良さが分かってない!!」 「えぇ〜……」 「トウキョウトガリネズミって知ってるか?」 「何それ? とがってるネズミ?」 「昨日テレビで特集やってたんだけどさ、世界最小哺乳類で絶滅危惧種らしい」 「大きさも1円玉2枚分ぐらいですっごい小さいんだよ……!」 「でも生息地は東北とか北の方で、あとはシベリアあたりにいるらしいぞ」 「名前に地名ついてるだけで寒いところに住んでるんだ……」 「そのネズミって可愛いの?」 「テレビ見た後にケータイで画像調べて保存したんだけど、……ほら、こいつだ」 「これがそうなの? ……鼻がとがってるっぽいけど、ちっちゃいだけじゃない」 「わけわかんない。ハムスターの方が100倍可愛いし」 「ハムスターって美味そうだよな。あんなに丸々と太っててさ」 「美味そうって……、その発想がおかしいと思うんだけど」 「友達がハムスターのお仕置きって言って、おにぎり握るように握ってたの見てそう思ったんだけど」 「それ虐待じゃない……?」 「優しく包んであげて、軽く握って手からヒョコッて顔を出させると可愛いよねぇ……♪」 「……でも食べようとしても食べるところ少なそうだよな?」 「この鬼畜! いい加減食べようとすることから離れなさいよ!」 「本気で食べようとしてるわけじゃないんだから別にいいだろ? そこまで猟奇的な性格してねーよ」 「まったく……なんでハムスターをそういう風に見ちゃうかなぁ……」 「俺がやつの魅力について語ってやろう」 「いいか? まずはこの小さくてつぶらな瞳だ。もうこの時点で可愛いじゃないか」 「次にこの手足。これでちょこちょこ素早く動くのを想像してみろ? 可愛さがこみ上げてこないか?」 「最後にこの尻尾だ。人差し指にこいつを乗っけて、尻尾を指に絡めてきたらどうよ?」 「全部可愛いっていうのはどうかと思うけど、顔はたしかにちょっと可愛く見えてきたわね……」 「この細長い鼻をヒクヒクさせて餌を探すんだぜ?」 「へぇー、ちょっと可愛いかも……!」 「同好会って楽しい?」 「それなりに楽しいわよ?」 「男子からすれば女子と仲良くなれるチャンスもあると思うけど」 「下心全開で寄ってきたら気持ち悪いだろ……」 「分かりやすいのはちょっとねぇ……? でも、中にはちゃんとした人もいるよ?」 「私のとこは女子だけだからそういう人はいないけど」 「全員が下心全開だったらある意味面白い事になりそうだけどな」 「私の同好会でそんなことあったら即行辞めてやるわよ」 「……それに、それじゃ同好会の意味がないでしょうが……」 「ま、おしゃべりだけになっちゃう時もあるんだけどね」 「そうなのか。結構楽しそうだな」 「あんたは同好会入らないの?」 「時間取られるのが嫌なんだよね」 「時間取られるって……その時間はどんな風に使ってるのよ?」 「ある時はゲーセンへ行き、またある時は帰宅してゲームをしたり……」 「……つまり自由気ままに遊びたいってこと?」 「おう、毎回同じ活動っていうのもなんか飽きそうでさ」 「あんたって絶対同好会とか部活長続きしなそうだよね……」 「それが面白いって言うなら続くかもしれないけど、今のままだと多分続かないな」 「あんたのそういうところ、もったいないと思うんだけどなぁ……」 「メテオストライク同好会でも作ろうかな」 「それってどういうことやるのよ?」 「さあ? 名前カッコよくしたかっただけだし」 「両手をあげて『メテオー! ストライクゥゥゥゥ!』とか叫べばいいんじゃないか?」 「UFOを呼ぶような危ない集団と似たようなことじゃないのそれ……」 「名前の方を気にしすぎて活動内容まで考えてなかった」 「それでよく作ろうなんて思ったわね……。でも、面白そうだったら混ぜてもらおっかな?」 「まあ本当に作る時になったら声かけるよ」 「よーし、その時までにちゃんと活動内容考えておきなさいよ?」 「午後の授業ってめっちゃ眠くなるよな」 「分かる分かるー! 窓側だと授業が拷問だよね」 「そうそう、窓際の席なんてぽかぽか陽気が当たってきて眠ってくれと言ってるようなもんじゃないか……!」 「でも、そこで眠気に負けちゃったら後々ひどい事になっちゃうからねぇ……」 「今の時期はいいけど、夏は日差しが暑そうだし冬は冬で辛そうだよね」 「でも、午後の授業って昼飯の後だから眠くなるんじゃないかって思ったりもするんだよな」 「少ししか食べてなければそれほど眠くならないと思うんだけど……」 「お腹いっぱい食べるから余計に眠くなるんじゃない?」 「よし、俺明日から昼飯食うのやめるわ。んで、放課後あたりに食べるようにする」 「それまでお腹が持つと思う? 授業中にお腹鳴ったら恥ずかしいわよ〜?」 「小さい音だったらバレないだろうけど、デカい音だったら開き直って不貞寝するわ」 「それじゃ根本的な解決になってないでしょ……」 「じゃあどうすればいいんだよ。ガムだって噛んでたら怒られるだろ?」 「食べる量をちょっと物足りないってぐらいに抑えておいて、授業が終わった後に残りを食べればいいじゃない……」 「そうやってるやつ周りにいないし、一人で飯食ってるなんてなんか恥ずかしいぞ……」 「別に教室じゃなくても良いんじゃない?」 「お腹もそうだけど、授業がつまらないのも問題だと思うんだ。あれはもう一種の催眠術だろ」 「教え方の下手な先生だと催眠術になるわよね……」 「あと、苦手な教科も分からなくなるともうダメね……」 「しっかり教えてくれてるんだけど、真面目過ぎても眠くなるだけなのに……」 「そうなのよねー。たまに息抜きで小話とか話してくれると休憩した気になって集中力出てくるのに」 「そういう先生滅多にいないんだよな。あ、現国とかは朗読させられるやつは起きてないと怖いから起きてるぞ?」 「当てられた時に寝てたら起こされてすぐ読んでってなるもんね」 「周りも似たような状況だったら絶望的よね……」 「そうそう、それで先生に余計に怒られるんだよ」 「せめてページ数教えてくれっての」 「いつも以上に喋っちゃいけない雰囲気になってるもんねぇ……」 「寝てる人には悪いけど、あの状態は助けてあげられないわよ……」 「私があんたと席近かったら、教えてあげられる時は教えてあげるんだけどね」 「図書室にエロ本があったら最高だと思うんだけど、望月はどう思う?」 「うーん、かなりマニアックなのはやめてほしいけど、普通のだったら置いてあったら面白そう」 「普通のってコンビニで売ってるようなエロ本だよな?」 「そそ。中にはマニアックなのもあるけど、それ以外だったら大丈夫そうじゃない?」 「二次元のやつとかはアリ?」 「アリじゃないかな? 多少偏見があるかもしれないけど」 「ただ、もし置くとしたら結構大量な数が必要だよな」 「貸し出ししたらしばらく返ってこなそうだものね……。同じのが3冊ぐらいあれば足りるかな?」 「そうだな。それぐらいにしておいて種類を豊富にすれば十分じゃないか?」 「でも、そんな事やったら男子がずっと図書室にいそうよね」 「それは分からないぞ?」 「人前で読むのが恥ずかしかったり、席から立てなくなったりするからな」 「あー……、うん……」 「そ、それだったら借りるだけになりそうだね」 「意外に女子たちにも人気が出たりしてね」 「女子が関わってくるとBL系に浸食される恐れが……」 「そんな事言ったら男子だけだと百合系が出てきたりするでしょ?」 「それと同じようなもんじゃない」 「男からしたら表紙を見かけただけでうわぁ……って思うんだよな」 「女子から見た百合も一部を除いてはそんな感じじゃない?」 「私はどうも思わないけど」 「お前って女子からも人気あるから、端から見たら百合っぽく見える時があるかもな」 「そんなのあるわけないでしょ?」 「そういう風に見えるって言うなら、あんたの脳内が百合に犯されてるだけよ」 「男子だってやたら顔近い状態で話してたり、スキンシップが多かったりするとそんな風に見られてるかもよ?」 「……結局男も女もそれっぽいこと考えるのは一緒なんだな」 「そういう目で見なけりゃいい話なんだけどね……」 「よし、俺のコレクションをいくつか寄付しよう」 「え、何? コレクションがあるぐらいいっぱい持ってるの!?」 「ある程度数は持ってるぞ?」 「てかその食いつきは何なんだよ!」 「いやー、あんたもなんだかんだ男の子してるなーって思ってさ」 「で、寄付する前にそれがマニアックじゃないかどうか見てあげるから一回貸して?」 「なっ!? ダ、ダメだ! 直接貸すなんて恥ずかしいだろ!」 「いいじゃん減るもんじゃないんだからー!」 「多少の理解はある方だと思ってるから、素直に渡しなさい? ね?」 「絶対いーやーだ! それが俺の性癖じゃないかって疑われたら最悪じゃないか」 「またまたー、私がそんな事思うわけないじゃない?」 「ただ、単にあんたがどんなの好きか気になってるだけよ」 「それどんな趣味か知りたいって言ってるようなもんですよね!?」 「強炭酸のジュースがこの学校には必要だ!」 「私は弱い炭酸じゃなければそれでいいからあんまりこだわりないんだよね」 「弱い炭酸だと普通に一気飲み出来るから、炭酸のシュワシュワするイメージがないんだよな」 「炭酸ってあの喉を通った時のシュワシュワを楽しむのがいいのよね」 「望月も炭酸強いジュース飲むのか?」 「私も炭酸は好きな方だからね。弱い炭酸は何か物足りないんだよね……」 「そうそう。かといっていつも強い炭酸を飲みたいってわけでもないんだよな」 「強い炭酸ってたまに飲みたくなるのよね」 「本気で学校側に申請してみようか。もしかしたら通るかもしれないぞ」 「申請って何か必要な物あるんじゃないの?」 「ちょっと待って、今生徒手帳見るから」 「たしか申請書かなんかを生徒会からもらって、それ書けば学校と掛け合ってもらえるんじゃなかったっけ?」 「えーっと……、あったあった」 「申請書を受理してもらった後に職員会議の議題に出されて、通ればいいみたい」 「その申請書の書く内容がめんどくさくなければいいんだけどな」 「してほしい事を書いて、その後になんでそれが必要かって理由を書くだけじゃない?」 「連名書かなきゃいけなかったらそこに望月の名前書いてもいい?」 「良いわよ? てか、なんか協力できることあったら手伝うから言ってね?」 「鼻から吹き出すぐらい強力なのが良いよな」 「そこまで強いのは嫌」 「そんな強いの女子が飲めるわけないでしょ?」 「でもそこまで強力なのって見かけた事ないんだよなぁ……」 「人前じゃなければ、そこまで強いのがあったら私も飲んでみたいなぁ……」 「女子が鼻から炭酸吹き出す姿を晒したら公開処刑だもんな……」 「男子でも似たようなもんでしょ?」 「炭酸水なら強いのあるんだけどそこまでキツくはないよね」 「新しい友達出来たか?」 「そこそこね。友達作り苦手ってわけじゃないし」 「望月って誰とでも仲良くなれそうだよな。あんまり人見知りしなそうだし」 「うーん、私でも苦手な人はいるけど、そうじゃない人とは普通に話せるよ?」 「望月の苦手な人ってホントにいるのか?」 「全然そう見えないんだけど」 「ダメな人はホントにダメからねー」 「じゃあうちのクラスだけじゃなくて他のクラスのやつらとも仲良くなれたりするのか?」 「楽勝よ、100人くらい新規開拓出来そうだわ」 「すごいな、半分くらい俺に分けてくれ」 「友達って分けられるものでもないでしょ……」 「私と一緒についてくれば仲良くなれるかもしれないけど」 「金魚の糞かよ……」 「それは嫌でしょ?」 「だから友達作りのアドバイスみたいなのはできるけど、実際作るのは自分で頑張りなさい」 「わ、わかってるし! 冗談で言ってみただけだし!」 「でもあんたって友達少ない方じゃないでしょ?」 「無理に多く友達作らなくてもいいと思うんだけどなぁ……」 「クラスで孤立しない程度には欲しいんだよ」 「それはわかるけど、前のクラスが一緒の子だっているじゃない」 「まあお前なら当然だな。100人とかあっという間にいきそうだ」 「……そこ素で返されても、ちょっと恥ずかしいんだけど」 「でもお前って人当たりいいし、すぐ仲良くなれるだろ?」 「そりゃ……、たしかに結構話かけられるし、いろんな友達いるけどさ……」 「お前のそういうところ尊敬してるんだよね。俺には真似出来ないからさ」 「そうは言うけどあんたも友達少なくないじゃない? 私とあんまり変わらないと思うんだけど?」 「俺の場合は仲良くなった奴としか一緒に居ないからな。でも、お前は普段一緒にいない奴とも話してるからさ」 「なんか、そこまで持ち上げられると照れくさくなっちゃうじゃん……」 「別に持ち上げたつもりはないんだけどな」 「そんな風に言ってきても、何も出てこないんだからね?」 「今日から『ちゃん』付けで呼んじゃうぞ♪ りーなちゃん♪」 「あははっ♪」 「キモいからそれやめようか?」 「はい……」 本気で拒絶された……ショック。 「机の引き出しって、ちゃんと整理してる?」 「一応ちゃんと整理してるわよ? 綺麗にしておかないと教科書とか変に曲がっちゃうし」 「教科書丸めてチャンバラごっこしてたら教科書が丸くなったみたいな感じか?」 「例えが子供ね……」 「まあそれをちょっとひどくした感じ?」 「ああなるのが嫌でちゃんと整理してるのよ」 「どんな風に整理してるんだ?」 「右側は教科書で、左側がノートやプリント入れるファイルで、真ん中にスペースあけてそこにペンケース入れてる」 「きっちり区分けして整理してるんだな。辞書はロッカー?」 「カバンに入れておくと重いし、取りに行くの面倒だけどロッカーに入れてるよ」 「辞書を机の中に突っ込むとそれだけで埋まっちゃうから困ったもんだよな」 「……普通机の中に辞書は入れないと思うんだけど……」 「てか、整理しないとプリントとかぐちゃぐちゃにならない?」 「まさに俺の机の事だな。奥の方にクチャったプリントたちが埋まってるぞ」 「あーぁ……」 「保護者に見せないといけないプリントとかあるんじゃないの?」 「それはちゃんと避けておいて持って帰ってるから大丈夫だ」 「そういうところは抜け目ないのね……。あんたらしいっちゃらしいけど」 「でもあんまプリント多くなってくるとノートとか教科書がはみ出てくるんだよな」 「それはさすがに詰まりすぎじゃない?」 「そうなる前にいらないんだったら捨てなよ……」 「それが案外気付かないんだ」 「はみ出てきてから気付くっていう感じ」 「今も結構詰まってるんじゃない? この機会に整理しちゃわない?」 「お、手伝ってくれるか? 正直そろそろはみ出しそうな気がしてたんだ」 「どんだけ古いプリントが出てくるか気になるし、テストとか出てきたら面白そうだからね」 「学年変わってからテストやってないから流石にテストは出てこないだろ」 「それもそっか、でもなんか宝探しみたいでワクワクしてきた♪」 「整理しようにもどのプリントが大事なのかわかんないんだよな」 「そこは広げてみれば分かるんじゃない?」 「それが破れたりしてるのがあるから、上手く広げられないというか……」 「どんだけ無理やり詰め込んだのよ……」 「提出期限過ぎてるプリントはもういらないんじゃない?」 「だな。あとはクシャクシャになりすぎて良く分からなくなってるやつは、とりあえず捨てるしかないよな」 「そうなってたらもう捨てた方がいいわね。そうなっちゃったらただのゴミじゃない……」 「そうなっちゃいますよねー」 「見つけた時になんだこれ? って思うし」 「でもさ、プリント類って気付かないうちに奥へ押し込まれちゃわないか?」 「それはちゃんとファイルとかに挟んどかないからじゃないの?」 「今時鉛筆使ってるやつって滅多に見ないよな」 「皆シャーペン使ってるもんね」 「使ってるやつが居たとしても美術部あたりか? ほら、絵を描くときに使ったりさ」 「絵画用の鉛筆ならそうかもね。選択で美術取ってる人なら持ってるかも」 「鉛筆って小さい鉛筆削りだと削るの大変なんだよな」 「あー、木くずがボロボロ落ちるし芯も削れるから触ると黒くなっちゃうしで、あんまりいいイメージないわね」 「俺はそうなるのが嫌で下にティッシュ引いて削ってたわ。今使ってるやついるのかな?」 「いるんじゃない?」 「鉛筆は購買にはちゃんと売ってるし」 「セットでちゃんと鉛筆削りも売ってるんだろうな?」 「鉛筆削りは見なかったなぁ……見えてなかったのだけかもしれないけど」 「鉛筆だけ売ってても削れなかったら意味ないよな……。どうやって削れっていうんだ……」 「美術室とか職員室あたりにいけば電動の鉛筆削りあるんじゃない?」 「鉛筆削るだけのために職員室は入りたくないな……」 「シャーペンの方が便利だから、買われてるとこ見た事ないけどね……」 「誰が買うんだ? 美術部か?」 「あとは先生あたりも使う人は使ってるんじゃない?」 「1ケース単位で売られてたし」 「……バラ売りされてた方が買われると思うのは俺だけ?」 「私もそう思う」 「でもケースで売ってるって事はそれでも需要があるからなんじゃない?」 「なるほどなぁ。あ、そういえば出席簿つける時担任のやつ鉛筆使ってなかったか?」 「……あ、そういわれればたしかに使ってたかも!」 「シャーペンよりも消しやすいのかな? 鉛筆って中で芯折れてたりするから使いにくいと思うんだけど」 「あれって落としたりするとなるよね……。消しやすさはあるんじゃない?」 「先生たちがお得意様だったら購買に売っててもおかしくないもんね」 「物理実験室ってなんかワクワクするよな」 「そう? 私はあんまり好きな雰囲気じゃないかな……」 「ワクワクするのは男だけじゃない?」 この話題は興味がないようだ 「休みの日にバイトって辛くない?」 「そう? てかあんたってバイトしてたっけ?」 「日雇いのやつならやってるぞ」 「休みの日は遊びたくならないか?」 「休みの日にいっつもバイト入れてるってわけじゃないし、遊ぶ予定が入ってたらその日はあけておくわよ」 「シフト出す時までに予定入ってなかったらガンガンバイト入れるのか?」 「あんまり入れすぎても調整されてカットされるから、全部入れるってわけじゃないよ?」 「いっぱい入れてたら忙しくて大変そうだな」 「楽しいからそうでもないよ?」 「でもちゃんとバイト続けてるやつは偉いと思う」 「自分に合うバイトが見つかれば長続きすると思うけどね?」 「まあそれを自分の生活スタイルにあった状態で見つけられるかってところだろうな」 「でさ、バイトやらないの? 日雇いじゃないやつ」 「んー、日雇いの方が色んな人と会えて面白いからそっちにはあんまり興味ないかな」 「日雇いって例えばどんなのやってるの?」 「ティッシュ配りとか、イベントの誘導係とかだな」 「慣れると結構面白いんだぞ」 「へぇ……、それ、私にも出来るかな?」 「そりゃ出来ると思うけど、今のバイトに不満でもあるのか?」 「そういうわけじゃないけど、ちょっと面白そうだなぁって思ったの」 「俺もゲームだけをするバイトがあれば……!」 「そういうバイトもあるって聞いたことあるよ?」 「マジで!? それなら俺楽しくバイトできると思うぞ」 「でも、ゲームのバグ探しとか、操作性のチェックが仕事内容だから、あんたの考えてるような楽しい作業じゃないと思うよ?」 「バグ探しって、あのずっと壁に当たり続けたりするやつか?」 「そんな感じかな? あとはちゃんと指定したコマンドを打って技が出るかとか」 「うわぁ……」 「どう? やれそうなら友達に聞いてみてあげてもいいけど」 「楽しく出来ないどころか壁やコマンドが怖くなりそうだからやめとくわ」 「ま、ゲームが嫌いになりたくなかったらその方がいいかもしれないわね」 「休日にカップルの姿見ると凹みそうになるわ」 「それって嫉妬? それとも羨ましくて?」 「んー、両方かな?」 「爆発しろって思うし良いなぁ……とも思う」 「一緒に居るだけでそこまで思われたらそのカップルも可哀そうね」 「イチャイチャしてたら羨ましさなんてないし、こっちの身にもなれって思うだけだしな」 「ただの八つ当たりじゃない……」 「そんな事してると男として価値が下がるよ?」 「そんな事言われても思っちゃうもんはしょうがないだろ?」 「彼女作れば凹まずに済むわよ?」 「あー、どこかに野生の彼女でもうろついてないかな」 「野生の彼女って……、誰かと付き合ってるから彼女じゃないの?」 「んー、そう考えると野生の彼女って未亡人?」 「どうな風に考えたら未亡人に繋がるのよ……」 「自分から行動しないと彼女なんてできないわよ?」 「そうは言ってもなぁ……。声かけまくったらナンパ男の称号もらっちゃうし動き方がわからないんだよな」 「しつこくない程度に一人の相手に話しかければいいじゃない。多数の女子に話しかけるからいけないのよ」 「そういうもんか?」 「上手くいかないと思うけど、それで上手くいったら今度何か奢ってね?」 「アドバイス料として受け取るから♪」 「上手くいかないと思うアドバイスされても困るんですけど!?」 「そっちはどうなんだ? 凹んだりしない?」 「凹みはしないけど、いいなぁって思うかな。私も一応気にはしてるし」 「好きになれる相手見つかってないのか?」 「そこは想像にお任せ〜♪」 「ま、今の私を見てなんとなくわかるでしょ?」 「いいなぁって思ってるなら相手探したりしないのか?」 「今は同好会とかバイトでいっぱいいっぱいで、とりあえずいいかなって後回しにしちゃってるのよね」 「それ、もったいない気がするけどな」 「でも望月に彼氏がいたらこういう風に話せなくなるかもしれないから俺的には嬉しいけど」 「彼氏出来たからって友達関係壊さないから安心してよ」 「『俺以外の男と話すな』なんて言ってくる男だったらこっちから願い下げだし」 「予定のない日曜って勿体なく感じるよな」 「そうなんだよねぇ……なるべく予定入れたりするけど、どうしても予定入らなかった時は部屋の掃除したりしてるわ」 「一人暮らしだとやる事あっていいじゃないか」 「掃除や洗濯を定期的にやるって結構大変なんだからね?」 「それはそうだろうけど、やる事なくて時間を持て余すよりかはいいだろ?」 「ゴロゴロしながらマンガ読んでたら、気が付いたら夜で……」 「その時は一日無駄にした感がハンパなかったわ……」 「マンガにすっごい集中してたんだね……。その集中力がすごいわ」 「何もせずに夜になったらショックよね……」 「俺、これから毎週日曜に予定がある男になろうかな」 「無理やり予定作っても、それはそれで勿体ないと思うんだけど……」 「でも予定がなくて家に引きこもってるよりかはマシだろ?」 「そりゃそうだけど……」 「土曜日はどうするの? 休日っちゃ休日だよ?」 「……考えてなかった」 「土日とも予定があったら疲れちゃいそうだけどね」 「お前と遊ぶっていうのもアリだよな? 土曜日遊ぼうぜ」 「せっかくのお誘いは嬉しいんだけど、今度の土曜日はバイトが入ってるのよ」 「ごめんね? 遊べる時は私もあんたと遊びたいからさ」 「寝て起きたら夜ってパターンが一番悲しいよな」 「やったことないから分からないけど、やるせない気持ちになりそうね……」 「昼寝してたら夜になった時の絶望感はヤバいぞ?」 「それだけでもキツイのに、更に夜寝れないからな」 「それ最悪なパターンじゃない……」 「次の日学校だったら絶対起きれないでしょ?」 「その時はいつもアラームとか目覚まし増やして悪あがきしてるよ」 「それで、たまに遅刻してくる……と」 「アラームが知らない間に止まってたんだよ! 俺のせいじゃない!」 「それ、多分あんたが無意識のうちに止めてるだけだと思うわよ?」 「早く夏休みにならないかな……」 「なんかこう、規則正しい生活を強制されると、人間って駄目になると思うんだ」 「ああ……マジで早く夏休み来い。俺は全力で毎日休息しまくるぞ」 「どんだけ休みたいのよ……」 呆れられてしまった…… 「俺に有意義な休日の過ごし方を伝授してくれ」 「有意義な休日の過ごし方ねぇ……? どうして私に聞いたの?」 「なんとなく」 「ははは、あんたらしいわ」 「でも有意義に過ごせたらなんか休日が充実しそうだろ?」 「あんたは何か思いつかないの?」 「ちょっと考えたんだけど、いまいちパッとしなくてな……」 「うーん、友達と出かけたり趣味に没頭したりとか?」 「それは俺も思ったんだけど、なんか物足りない気がしちゃってさ」 「やっぱりそういうのって人それぞれじゃない?」 「そうだなぁ……俺なら一日中アニメ見る」 「見たいのが溜まってるんだったらそれもアリだね」 「だろ? ついこの前消化したばっかりなんだよ」 「どうせ深夜にやってるおっぱいアニメでしょ?」 「深夜=おっぱいアニメって決めつけるなよ!」 「……深夜アニメなのは合ってるけどさ」 「深夜アニメは次の日学校だと見てると寝坊しそうだもんね」 「そうなんだよなー。おかげで休みの日に平日の溜まった分一気に見ないといけないんだ」 「そんなに見てるアニメあるの!?」 「お前を誘ってどこかへ行くのも手だな」 「へぇ、私と遊ぶのが有意義な休日になるんだ」 「ち、ちげーよ! と、友達とどこかへ行くって意味だよ!」 「どもっちゃってかわいーんだから♪ そんなに恥ずかしがる事なくない?」 「そんな反応されるとは思ってなかったからビックリしたんだよ!」 「でも、普通に遊びに行くなら全然誘ってくれてもいいんだけどね?」 「ん、そうなのか?」 「なら今度から適当に誘うけど」 「ただし、その日にバイトが入ってなければね?」 「わかった、じゃあその時は遠慮なく誘うわ」 「ふふっ、待ってるわよ」 「今度の休みデートしようぜ」 「あんた暇だから適当に誘ってるでしょ……?」 「いやいや、俺は本気で誘ってるぞ?」 「あはは、寝言は寝てからいいなさいよ」 相手にしてくれなかった…… 「女子って、友達の家には行ったりしないの?」 「外で待ち合わせしてそのままゲーセンとかカフェに行くから、あんまり行かないかなー」 「やっぱりそういう感じなんだな。全然家で遊んでるイメージないし」 「中にはよく友達の家に行って遊んでる子もいるけど、ほとんどいないかなぁ」 「ああ、そういうやつも少しはいるんだな」 「私の周りにはいないから、多分だけどね?」 「男子も外で遊んだりもしてるよね?」 「この年で公園で缶けりとかはしないぞ?」 「行ってもゲーセンとかカラオケだけど、友達の家に遊びに行くのが多いな」 「そう考えると男子よりは行かないんじゃない?」 「女子は男の悪口で持ち上がりそうだな」 「そんなことないよ?」 「てかそれすっごい偏見だと思うんだけど」 「だってなんかそういうの好きそうじゃん?」 「女子のグループってドス黒いオーラありそうだし」 「そんなことないですー! 大体化粧品とか、洋服の話したり、テレビの話とかだし!」 「意外に普通なんだな」 「あんたは女子をなんだと思ってるのよ……。その偏見は絶対直した方が良いわよ?」 「俺が女子だったらお前の家に遊びに行ってそう」 「あんたが女子だったら呼んで一緒にゲームとかしてもいいんだけど、男だからねぇ……」 「そう思ってくれてるなら普通にゲームするだけだったら別にいいんじゃないか?」 「女子には女子なりの見せたくない部分っていうのがあるの!」 「そこを分からないようじゃウチには呼べないわね」 「そんな事いって全く呼ぶ気ないだろ?」 「あ、バレた? でも、そうやすやすと女の子の家に上がるもんじゃないよ?」 「女子の家っつったらお前の家ぐらいしかないけどな」 「そうなの? まあ私があんたをウチに呼んでもいいかなって思えたら考えるだけ考えてあげるわよ」 「休日に雨降ると萎えるよな……」 「ホントよねー……」 「平日に降るのも嫌だけど、休日に降られるよりはマシだものね」 「学校来る時は止んでて学校入ったら降ってくれるとちょっといい気分になれるよな」 「あー、それあるある! 間に合って良かったーって思うよね!」 「小雨ぐらいなら傘ささなくてもいっかーって思うんだけど、ある程度降ってくると傘も持ち歩かないといけないからなぁ……」 「小雨でもちゃんと傘ささないと濡れちゃうでしょ……」 「ズボンは濡れるんだから上もあんまり変わんないかなーって思ってさ」 「それに女子と違ってワイシャツだけになっても平気だしな」 「男子のそういうところすっごい羨ましい……」 「でも私服だとそうもいかないでしょ?」 「そうなんだよなぁ。かといって予備の服持ち歩くのも面倒だし、傘は邪魔になるしで良い事ないわ」 「湿気で髪の毛がクルッってなったりする人もいるよね? あれって天パなのかな?」 「どうなんだろな? でも女子の中じゃそれって結構致命傷じゃないか?」 「雨に濡れるとセットが乱れるーみたいな感じでさ」 「そうなんだよねぇ……。だからヘアアイロンで乾かしながら梳かしたりするのよ」 「服も肌に吸い付くぐらい濡れちゃったら気分も台無しだし」 「髪の毛もベタつくからそこも気になっちゃうんだよね」 「それ考えると午後からの急な雨とか勘弁して欲しいよな」 「ホントよね……。午前中は晴れてたのにー! っていうことがあるからホントイヤ……」 「そういう時に限って重い荷物持ってたりしてすぐ雨宿り出来ないんだよな」 「その時は諦めて雨が弱くなるの待ってから家に帰るわ……」 「そのまま遊ぼうにも濡れて気持ち悪いし、人に会うとなったら相手に悪いもんな」 「そうなんだよねぇ……。あー、思い出しただけで凹んできた……」 「前に凹むような事でもあったのか?」 「ちょっと……ね」 「メイクも含めて女子は大変そうだな」 「そうなのよー! メイク落ちちゃったり髪の毛も重くなるからもう最悪!」 「化粧が濃いと中途半端に落ちるからホラー映画に出れそうだよな」 「その人なりにメイク頑張ってるんだからそういう事言わないの」 「否定はしないけどね?」 「それに比べて望月はメイク薄いよな」 「……ナチュラルメイクっていうんだっけ? そんな感じだよな」 「濃すぎると気持ち悪くなるの自覚してるし、本来このぐらいで充分なのよ」 「でも自分でそういうのが分かっててメイクを使いこなしてるのはすごいよな?」 「そう? 多少知識つければこんなもんじゃない?」 「そうなのか? 綺麗にメイクできててすごいと思ったけど」 「いきなり褒めてきて、私になんかお願いごとでもあるの?」 「全然? 普通に思ったこと言っただけなんだけど……」 「そ、そう……」 「休日も自己申告制なら最高なんだけどな」 「『この日私休日にしまーす』って感じ? それって学校休み放題じゃない」 「そこで出席点が生きてくるわけだ。何回休んだら単位が出ないとかさ」 「でも出席取らない先生もいるんじゃない? 出席取るのってめんどくさそうだし」 「そこら辺はもう休み放題ってことでいいんじゃないか? 最後のテストだけ出ればいいみたいな感じでさ」 「それ絶対単位落とすわよ? 授業の内容わからないのにテストができるわけないじゃない」 「そこはほら、周りに頼ったら助かるかもしれないだろ?」 「周りも同じ考えだったら完全に詰むわね……」 「休みまくって単位落とす人いっぱい出てきそう」 「俺が単位落としそうになったら助けてくれ、約束だ!」 「それが人に頼む態度なのかなー? もっとお願いの仕方が他にあるんじゃない?」 「くっ……、理奈様、購買のデザート3つでいかがでしょうか?」 「うーん、購買のだったら、1教科につき3つならいいわよ?」 「そ、それは俺のお財布事情が氷河期を迎えちゃうんですけど……」 「冗談よ。ちゃんと助けるけど、その代わりもしかしたら私があんたを頼るかもしれないから、その時は助けてよ?」 「も、もちろんだ! その時は任せろ!」 「うむ。くるしゅうない♪」 「そういうやつは何やっても単位落とすもんだ」 「じゃああんた卒業出来ないじゃん」 「俺は違うだろ!? 俺はちゃんと調整してギリギリまで休む頭脳派だ!」 「それで、祝日とかで計算が狂って自滅するのよね?」 「祝日……!? そうか、祝日で普通に休みなのもあったのか……」 「その反応でもうアウトじゃないの……。墓穴掘りまくりじゃない……」 「大丈夫だ。祝日を知ったから完璧だ!」 「そんな事言って風邪で休んだりするのよね」 「ゲームって趣味に入ると思う?」 「ゲームって、格ゲーとか音ゲーの方?」 「そうそう。あれってやり込んでる人はすっごい上手かったりするだろ?」 「凄い人だと音ゲーは降ってくるキーの配置覚えてるし、格ゲーだとキャラの癖を全部覚えてるよね」 「あれってスゲーよな。見てる分にはスゲーって思うけど、相手になったら絶望しか待ってないわ……」 「一応趣味なんじゃない? RPGとかのコレクターもいるだろうし」 「コレクターか、確かにそうだな」 「シリーズ物を全部やっていたり、RPG系のゲームならありそうじゃない?」 「格ゲーのシリーズもありそうだな。でもシステムが変わったりするから慣れるの大変そうだけどな」 「そこはきっとやり込むんだと思うよ?」 「見てて歓声が出るレベルの人もいるぐらいなんだから」 「その域まで行くまでにどれほどの苦労があったんだろな……。CPU戦じゃ絶対出来ないよな」 「ゲーセンで鍛えたり、家庭版出てるならそれでネット対戦とかしてるんじゃない?」 「ああ、その手があったか。ガチ勢はやる事が違うなぁ……」 「対戦映像やプレイ動画を見るならすごいって思うけど、操作してる人の指先を見るとガチャガチャやってて凄いよね」 「本人は無意識なんだろうけど、見てみると結構動きヤバイんだよな」 「そのせいでゲーセン行ってすごい人見ると、まず手先見ちゃうのよね」 「それなら習い事でゲーム教室があったら楽しそう」 「格ゲー教室とか音ゲー教室って事?」 「そうそう。格ゲーならコンボの組み方とか、ガードの崩し方とかそういうのを教えてくれるんだ」 「それってガチ勢のための教室じゃないの……」 「初心者の人たちにはキツくない?」 「そういう人たちにはキャラの特徴や相性を教えるんだ。そうすれば初心者も安心できるだろ?」 「それはそうだけど、チートキャラとかはどうするのよ?」 「そこは一応説明はするけど、使うと嫌われますとしか言えないな」 「キャラの相性で強さが分かれるならいいけど、バランスブレイカーがいると一気につまらなくなるよね」 「最近ハマってる物ってある?」 「最近ねぇ……駅前のカフェにある杏仁豆腐の抹茶ソースがけかな」 「杏仁豆腐のほんのりした甘さと抹茶ソースのほろ苦さが絶妙なのよね〜!」 「駅前のカフェにそんなデザート出てたんだ。全然知らなかったわ」 「期間限定だからしょうがないんじゃない?」 「好評だったら正式にメニューに加えるって話だよ」 「へぇー、今のところ好評っぽいのか?」 「私の周りにはかなり良いわね。お店でも結構出てるみたいだし」 「あんたも食べてみたら?」 「でも、それって抹茶か杏仁かハッキリしろよって感じだな」 「分かってないわねぇ……」 「どっちも味わえて、味が喧嘩してないんだから気にしたら負けよ?」 「いやぁ……一度気にしたら気になっちゃってな。想像だとあんまり美味しそうに思えないんだよな」 「食べてみたら絶対美味しいよ〜? それとも抹茶か杏仁苦手?」 「苦手じゃないけど、その組み合わせが納得出来ないな……」 「そんなの食わず嫌いじゃない。ちゃんと食べてから合わないっていうなら分かるけどさ」 「まあ、気が向いたら食べてみるよ」 「好きな物をそうやって言われるとムカッとするなぁ……」 「美味いなら今度探して食ってみるよ」 「美味しくなかったらハマらないわよ〜」 「甘すぎないから多分平気じゃないかな?」 「甘すぎると食べられなくなるから助かるわ」 「なあ、女子って何でケーキとかたくさん食べられるんだ? 俺2個が限界なんだけど」 「なんでって言われても……、好きだからとしか言えないような……」 「めっちゃ食べる人だと、見てるだけで胸やけするんだよな……」 「そうなんだ……。でも、杏仁抹茶はそんなに甘くないから大丈夫なはずよ」 「店の場所が分かんないから、今度場所教えてくれないか?」 「それだったら一緒に行こうよ?」 「私も話してたら食べたくなっちゃったし」 「気軽に始められる趣味って、何かないか?」 「うーん、写真とかは? ケータイで撮るだけだし気軽に出来るでしょ」 「写真かぁ……風景写真とか良さそうだな。綺麗なの撮れたらケータイの待ち受けにしてもいいだろうし」 「写真もこだわり出すとカメラとか色々お金かかるみたいだけど、気軽にって言うならそういうの気にしなくていいしね」 「だな。風景だけじゃなくて周りの友達連中を撮ってもいいかもな。思い出にもなるし」 「写真撮る時に動かれてブレてるのが写ったら面白そうね」 「あえて皆に動いてもらって、ネタ写真っていうのもアリだな」 「盗撮とかしてみたら〜? ケータイのカメラ一つでできるわよ?」 「既に盗撮はしている……と言ったらどうする?」 「おまわりさーん! 犯人はここでーす!」 「おまっ!? 冗談って気付けよ!!」 「…………」 「そんな疑いの目で見ないで!?」 「さすがにその冗談はタチ悪いわよ……。冗談も選んで言わないと……」 「す、すまん……。つかそんな犯罪行為やるわけねーだろ」 「やってたら心の底からあんたの事嫌いになるわよ?」 「女子からゴミを見るような目で見られながら一生を過ごさせてあげる」 「そこまで言われるとする気がなくても震え上がるな……」 「ま、犯罪行為なんだからそれぐらいの覚悟があるのよね? って感じだよね」 「よし、今日からお前を盗撮しまくるわ」 「そうやって宣言したら盗撮にならないんじゃない?」 「バレないように色んな写真を撮れば盗撮になるじゃないか」 「別に撮られるのは構わないけど、あんまりにも変な写真撮ったらメモリー全部消させてもらうからね?」 「え、撮ったやつ見せないといけないのか?」 「検閲よ。私にもプライバシーがあるんだからね?」 「たまたま変顔になったやつはセーフ?」 「そ、そんなのダメに決まってるでしょ!?」 「じゃあ消されないように超綺麗な望月を盗撮しまくろう」 「そ、それも恥ずかしいからやめてくれる……?」 「望月って趣味にどれだけ金使える?」 「うーん、どうだろう……」 「使う時は結構使っちゃうからなぁ」 「そんなに金かかるような趣味やってるのか?」 「テニスのラケットとかシューズって買うと結構するから、そういう時ってことよ」 「ああ、なるほどな。じゃあ3万ぐらいいくのか?」 「そこまで良いの買わないわよー。合わせて1万ぐらいかな?」 「買うタイミングとかどうしてるんだ?」 「その場その時のお財布事情で決めるわね」 「バイク弄りが趣味のやつは毎月万単位の金が飛ぶらしい」 「パーツがそれぞれいい値段したり工具とかも必要だからじゃない?」 「え? そうなのか? なんでそういうの知ってるんだ?」 「お母さんの実家が車の修理工場で、バイクも修理したりするって聞いてたから知ってるってだけよ」 「へー、そうなんだ。お前が改造バイクで夜道を走り回ってるんじゃないかと思っちゃったよ」 「んなことするわけないでしょ? 私に対してどういうイメージ持ってるのよ……」 「冗談だよ。そんなことされたらマジでショックだわ」 「良かったー。そんな風に思われてたらって思ったら結構ショックだったよ?」 「望月はバイクとかよりスイーツ食べてたり、スポーツしてる姿の方が似合うからな」 「な、何よいきなり……」 「そう考えると貯金が趣味のやつって最強だよな」 「貯めて何かを買おうっていうわけじゃないし、欲がないっていうか……すごいとしか言えないよね」 「大人になって『ははっ、ついに1億貯まったぞー!』とか言われたらポカーンってなっちゃうだろうな」 「その貯めたお金は何に使うんだろうね?」 「将来のために取っておくんじゃないか? もしくは更なる目標を作ってみるとか」 「すごいわねぇ……」 「で、貯金に目が眩んだ雌ライオンたちがやってくると……」 「そう考えると怖いな……。金の切れ目が縁の切れ目っていうのを体感しそうだ」 「お金って人を変えるから魔性のアイテムって言ってもおかしくないしね」 「趣味がないやつってどう思う?」 「つまらない人……っていうか、ちょっと可哀そうな人?」 すっごい辛口なコメントだけど……話題を間違えたか? 「海も近いし釣りに挑戦してみようと思うんだが」 「へぇ、あんたにそういう趣味があったんだ」 「やった事ないから始めてみようかなって思ってさ」 「そうなんだ。でも結構難しいらしいよ? 釣り堀だとすぐ釣れるけど、海だとなかなか釣れないみたい」 「ルアーだと難しいのかな? やっぱり生き物を餌にした方がいいんだろうか……」 「え……、それってミミズとか何かの幼虫って事よね……?」 「そうだな。あいつらを餌にしたら釣れるんじゃないか?」 「私、餌つけるのは絶対にやりたくない……」 「まあ気持ちはわからんでもない。気持ち悪いし触りたくもないよな」 「それに針で刺すのよ? 液体がぶにゅって出てくるのを想像しただけで……」 「うえぇ……」 「お、落ち着け! そういうのは想像したらダメだ! 冷静になれ!」 「うぅ……」 「でもなんで釣りなんてやろうと思ったの?」 「え、単に海が近いから釣れるんじゃね? って思ってな」 「ホントにそれだけなんだ……」 「あぁ、釣竿とかレンタルがあればいいんだけど、壊したらって思うと怖くて手が出せないんだけどな」 「だったら川とか池の方が大人しいって聞くから、そっちの方がいいんじゃない?」 「いきなり海は無謀か……」 「餌に幼虫とかつけないんだったら着いていってもいい?」 「別にいいけど、多分暇だぞ?」 「暇なら話し相手が欲しくなるでしょ?」 「ならドッグフードで釣ろうぜ」 「あんた、釣り馬鹿にしすぎ……。ドッグフードで釣れるわけないじゃない」 「そうか? 意外といけそうな気がするんだけど」 「多分、海の中で針から抜けちゃうか、水でふやけて溶けちゃうと思うよ?」 「あー、そっか。そこらへん考えてなかったわ」 「もー……、私もあんまり詳しいわけじゃないけど、普通に考えれば分かりそうなことじゃない」 「そうは言うけどなぁ……じゃあさ、練り物タイプのドッグフードならいけるんじゃないか!?」 「まずドッグフードから離れなさいよ……」 「部屋の掃除って週何回してる?」 「結構マメにやってるよ?」 「気付いた時にやってないとすぐ汚れちゃうからね」 「お前の部屋ってそんなにすぐ汚れるのか? 普通そんなにすぐ汚れないだろ」 「失礼ねー。目に見えないけど、ホコリって一日で結構たまるんだからね?」 「そうなのか? そこまで意識するような事でもないと思うんだけどな……」 「意外とホコリってたまるもんなんですー」 「ホコリが原因でぜんそくになっても知らないんだから」 「で、マメにやってるっていうけどどのぐらいのペースなんだ?」 「最低でも週3回はしてるわね」 「綺麗好きか! さては綺麗好きだなお前!」 「多少自覚はあるけど、掃除しないで部屋が汚くなるよりはいいでしょ?」 「なんか、友達の部屋が汚かったらいきなり掃除始めそうだな……」 「そんな失礼な事するわけないでしょ?」 「やるならちゃんと許可取ってからやるわよ」 「許可取ればやるのかよ……」 「そういうのって相手からしたらありがた迷惑かもしれないぞ?」 「だからもしやるならって話よ。私はそこまでおせっかい焼きじゃないよ?」 「でも、そうやって部屋を綺麗にしてるって気分良さそうだな」 「あんまり掃除好きな方じゃないけど、清々しい気持ちになったりするのか?」 「結構気持ちいいわよ? 掃除する時は徹底的に綺麗にするからね」 「よし、ついでに俺の部屋の掃除もしてもらおうか」 「あんたの大事なコレクションが全てなくなってもいいなら掃除してあげるわよ?」 「何のコレクションかは敢えて言わないけど」 「ふっ、どうせ隠し場所なんて分かるわけがないんだ。絶対にバレない場所に隠してるからな」 「まああんたの部屋に上がった事ないし、上がる気もないんだけどね」 「え、掃除してくれないの!?」 「彼女でもないのになんで男の部屋掃除しないといけないのよ」 「あくまで自分の部屋を綺麗にするのが好きなわけで、人の部屋まで綺麗にしたくないよ」 「ちっ、そうすれば俺が部屋を掃除する手間が省けたのにっ!」 「あんたってやつは……」 「ブログとかやってる?」 「更新が面倒だしやってないわよ?」 話のネタを即行で折られた……! 「望月ってバイトしてるのに手、綺麗だよな」 「手が荒れると痛いし見た目も悪くなっちゃうから色々気にしてるのよね」 「気にしてるっていうけど、どんなことしてるんだ? ハンドクリーム?」 「ハンドクリームもそうだけど、ハンドクリームを塗る前に化粧水塗ってるの」 「自分で手を触った時にカサついてたら嫌だし、見られる場所なら尚更綺麗でいたいしね」 「へぇ……、化粧品を先に塗るだけで効果が違うのか?」 「ハンドクリームの馴染み方が違うのよ。つけるのとつけないのとじゃ結構違うわよ?」 「手だけでそんなにこだわりがあるっていうのもすごいよな」 「これも日頃の努力の成果よ♪」 「望月ならハンドクリームのCMに出られそうだな」 「え? それは褒めすぎじゃない? あれって相当綺麗じゃないと出られないよ?」 「それぐらい綺麗に見えるんだけどな」 「……ちょっと触ってみてもいいか?」 「別にいいけど……、はい」 「うわっ、何これすっごいスベスベじゃん! これホントに俺と同じ手なのかよ……」 「積み重ねって大事よね。こうやってケアするだけでこんな風になるのよ?」 「……ってそろそろ手を放してくれないかな?」 「あ、あぁすまん。あんまりにも触り心地が良すぎてな……できるならずっと触っていたいぐらいだ」 「触られる方は恥ずかしいんだからね?」 「……そんなに触り心地良かった?」 「ああ、お前なら本当にCMぐらい余裕で出れそうだよ。むしろ賞とかあったら受賞できるんじゃないか?」 「それは流石に褒めすぎでしょ〜? でも、おかげで自分の手に更に自信がついたわ」 「お前の手はマジで自慢していいレベルだと思うぞ?」 「あんまりおおっぴらにいうもんでもないけどね。でも、ありがとう」 「さてはお前、毎日新品の手に取りかえてるな!?」 「私は人造人間かっ! アホらし」 「だってお前めちゃくちゃ綺麗すぎるだろ。そんなにスベスベしてそうな手とか見た事ねぇよ」 「だから日頃からケアしてるからこうなったって言ってるでしょ?」 「あり得ないと思うからって突飛な想像しないでよ」 「そうは言うけど信じられないんだよなぁ……。ちょっと触ってみてもいいか?」 「断・固・拒・否! あんたのことだから絶対何かしようとするでしょ!?」 「そ、そんなことないぞ! ホントに新品じゃないか触って確かめようと……」 「その発想をしてる時点でアーウート! 絶対に触らせてやるもんですか!」 「最近何かゲーム買った?」 「んー、1本買ったわよ? あんたは何か買ったの?」 「俺は街にいる人たちの服を脱がしていくやつ買ったわ」 「あれって面白いの? ストーリーが一応あるみたいだけどいまいち面白そうじゃなったのよね」 「面白いぞ? 色んな人を脱がせられるんだけど、警官とかホントに誰でも脱がせられるからな」 「もうそれ正真正銘の変態じゃない……。羞恥プレイもいいとこよ……」 「んで、そっちはどういうゲーム買ったんだ?」 「タッチペンで女の子の体さわりまくるやつ、結構面白いわよ」 「俺の乳首もタッチペンで触ると面白いぞ」 「へぇ、どんな風に面白いのよ? 『俺がセクシーな声を出す』とか言ったらネタとして最低だからね?」 「…………」 「……右の方を押すと突っ込みを入れて、左の方を押すとボケをかますぞ」 「それ、絶対今考えたでしょ? あんたのボケってなんとなく分かるのよねー」 「お前がネタ殺しするからだろ!? セクシーボイスで笑わせようとしたのにさ!」 「あんたが考えそうなことを言っただけじゃない。そのうちまた聞くかもしれないからちゃんとネタ考えておいてね?」 「え、このネタもっかいやるの!? 色々と辛くね!?」 「忘れた頃にやったら面白そうだけど、私が忘れるかもしれないけどね」 「お前もなかなかの変態だな」 「私はあんたみたいにいやらしい部分をタッチしないし」 「頭撫でたりして、その反応を見て楽しむのがいいんじゃない」 「そうは言っても絶対制作側はそういう部分狙ってやってるだろ」 「それはあるかもしれないけど、あんまりそういうところタッチ出来ないんだよ?」 「そうなのか!? でも特集記事見たけどあれは色々アウトだろ……」 「あれはギリギリセーフよ。悪い子にお尻ペンペンするだけじゃない」 「いやいやアウトだろ! お前絶対洗脳されてるだろ!」 「あんな小さくて可愛い子たちの……お尻をペンペンするなんて……」 「…………」 「……ふふっ、ようこそ、こちらの世界へ♪」 「お、俺はロリコンじゃないぞぉぉぉ!」 「ゲームなんだし別にいいじゃん♪ やったらハマるわよ〜?」 「普段何時頃まで起きてる?」 「大体11時ぐらいかな? あんまり夜更かしはしないよ?」 「じゃあ深夜は寝てるんだ?」 「夜中に起きてても良い事全然ないからねぇ……」 「そうか? 普段寝てる時間よりも遅くまでゲームできるじゃないか」 「それはそうだけど、その分失うものも大きいのよ」 「失うもの……」 「睡眠時間か?」 「それもだけど、あんまり夜更かしすると肌荒れとかしちゃうからね」 「そっか……じゃあ望月の分まで夜更かしするかな」 「へ? なんで私の分まで夜更かしするのよ?」 「だって望月は肌とかに影響が出るのが嫌なんだろ? 俺はそこら辺気にしない」 「望月の分まで俺が夜更かしして、その楽しみを望月に伝える」 「これなら望月の肌に影響は出ないけど、楽しめるだろ?」 「間接的には楽しめるけど……あんたはいつ寝るのよ?」 「授業中に決まってるだろ」 「そこまでしてくれなくても、ちゃんと楽しんで生きてるから大丈夫よ」 「もしかして、夜更かしの口実に私を使おうとしたんじゃないの?」 「ハッハッッハ、マサカソンナ……」 「ま、いいけどね」 「その気持ちだけ受け取っとくわよ。ありがと♪」 「女子は夜でも大変ですな」 「スキンケアも欠かせないからねー。やる事いっぱいよ?」 「そんなのやらなくても肌綺麗なやつは綺麗なんだけどな」 「そういう人たちは影ながら努力してるの」 「それか肌にダメージが残らない生活をしてるかのどっちかね」 「望月の観察眼ってすごいな……」 「化粧とかスキンケアに関しては誰にも負けなそうだ」 「そこらへんにプライド持ってるからね。それに綺麗な自分でいたいし」 「パソコンないともう生活できないよな」 「パソコンって便利だもんねー。今じゃテレビも見れるし、やろうと思えば何でも出来るんじゃない?」 「通販も出来るしな、通販使って買った方が安くなる時もあるし」 「ネット割引とかあるし、商品も写真で貼ってあって見やすいし説明も書かれてるしね」 「それにレビューも見れるからホントに使える物かって分かるから助かるよな」 「便利だけど、それに頼りすぎちゃってもね……」 「買い物って、やっぱり実物見て買いたいよな」 「うん、雑貨とかだと手触りとかもあるし、ネットだとサイズがどのぐらいあるかとかパッと見わからないものね」 「一応サイズ表記はあるけど、そこらへんまで詳しく見ないもんな」 「一々計るのも面倒だしね……。それに、写真じゃわからない部分もあったりするし」 「写真ってその角度からしか見えないからな。手に取って色々見れるなら、見れた方がその物の良さがわかるよな」 「そうそう、だからあんまり通販は使わないかなー」 「俺はここら辺で置いてなかったら使うって感じだな」 「あとは値段が店で買うよりだいぶ安かったらな」 「そういうのもアリね。でも動物のぬいぐるみとかはそれぞれ顔とか違うから、私はその場で買っちゃうかな」 「通販便利過ぎ、これからはネットの時代だろ」 「通販ばっか使ってると、本当に家から出なくなるわよ?」 「そこはネットバンキングで先払いにしてコンビニで払えば問題ない」 「それって解消できたって言っていいのかなー……?」 「だって家からはちゃんと出てるだろ? マジでネット最強すぎだろ」 「誰かー! ここにダメ人間がいますよー!」 「ダメ人間とは失礼な。便利な物に頼って何が悪いんだ」 「何でもかんでもそうやってネットに頼っているとそのうち痛い目見るわよ?」 「ダイエットってしたことある?」 「……あら? 今何か言いました?」 「っ!? い、いやなんでもない!」 なんだあの笑顔!? 怖すぎてちびっこが見たら泣くぞ!? 触れちゃいけない事だったみたいだ…… 「テニス以外のスポーツに興味あるか?」 「うーん、あるにはあるんだけど、なかなか手が出ないんだよね」 「新しく始めるってなると道具揃えたりやれる場所探さないといけないもんな」 「そうなんだよねぇ……」 「楽しめるかどうかわからないから道具もあんまり高いのは買いたくないし」 「買って実際にやってみたら自分に合わなくて、無駄になったりするから困るわ」 「でしょー? 2つ気になってるのがあるんだけど、1つはボールだけなんだけど、もう1つがプロテクターとか色々必要なのよ」 「プロテクター……? 望月はどんなスポーツを始めようとしてんだ……」 「ラクロスかハンドボールって面白そうよね」 「ラクロスって結構過激だぞ……?」 「それでプロテクターとか必要だって言ってたのか……」 「そうよ? 過激なのはもちろん知ってるわよ」 「でも過激だからこそ熱いものがあるんじゃない」 「それは分かるけど……。偏見になるかもしんないけど、女子のやるスポーツじゃないだろ……」 「そ・れ・が! 女子ラクロスは存在するんだなーこれが」 「マジで!? 女子でもあんな激しいのやるのか!?」 「男子のやつほど激しくないけどね? でもそれなりに激しいかな」 「女子の場合はキーパーだけプロテクターして、他はゴーグルぐらいしかしないの」 「へぇ……。でもそれって危なくないのか? 男子のだって危ないからプロテクターしてるわけだし……」 「男子のやつ程タックルとかないから大丈夫なんじゃないかな?」 「何? もしかして心配してくれてんの?」 「当たり前だろ? 下手したら簡単に骨折しそうな事やろうって言ってんだからさ」 「まあそうなんだけどね。でも多分なんとかなるんじゃないかな?」 「何かあってからじゃ遅いだろ!?」 「やるなとは言わないけど、やるならホントに気を付けてくれよ……?」 「う、うん……」 「そんなに心配してくれてたんだ……」 「痛々しい望月なんか見たくないしな……」 「楽しそうに輝いてる望月ならいっぱい見たいけどさ」 「そ、そっか……」 「ハンドボールって男がやってるイメージが……」 「そう? 女子ハンドボールも結構やってるところあると思うんだけど」 「そうなのか? まあ俺もニュースとかテレビの特集で見ただけだから詳しく知らないんだけどさ」 「ハンドボール自体あんまりテレビで取り上げられないもんね……」 「でも、大会とか開かれてるんだよ?」 「へぇ、知らなかったな。でも、ハンドボールって見てると目が離せないんだよな」 「ゴールが決まるのが一瞬だし、かく乱してからのシュートが選手たちしか読めないものね」 「スタートからシュートまでが速いから気を抜けないんだよな」 「そうなのよねー! で、そのハンドボールをやってみたいなって思ってるのよ」 「でもあれってチームスポーツだろ? 他にやってるやつが周りにいるのか?」 「いないから手が出せないんじゃない……」 「同好会立ち上げるにしても人数集まらないだろうし……はぁ」 「ストレッチって続けると体に良いらしいな」 「ちゃんとした方法でやれば効果が期待出来るけど……」 「そういう知識がないのにやると、かえって逆効果になる場合もあるんだよ?」 「え、じゃあ体育の授業の時にやるやつは大丈夫だよな?」 「あれもやり方間違えると逆効果になっちゃうのよね」 「じゃあどうやればいいんだ?」 「ゆっくり引き伸ばすようにやれば良いだけよ」 「アキレス腱の時に弾みをつけてやる人がいるけど、あれって最悪アキレス腱切れるから危険なのよ?」 「マジかよ……これから気を付けないと……」 「しっかりした方法でやれば効果あるんだよな」 「体も柔らかくなるし、怪我の防止にもなるよ」 「脳のストレッチがあったらいいのに」 「どうして? ストレッチしたら頭が良くなるってわけじゃないわよ?」 「だけど頭の回転は速くなりそうだろ?」 「……なんかそういうのなかったっけ?」 「パズルとかクロスワードやれば良かったんじゃい?」 「あとは指先を日常的に使ってればいいっていうのも聞いた事あるけど……」 「パズルかぁ……。ジグソーパズルとか苦手なんだよなぁ……」 「私も苦手だけど、得意な人はパパッてあっという間にやっちゃうよね」 「苦手な俺らからしたら不思議で仕方ないんだけど……」 「……よし、今度一緒にジグソーやろうぜ。1人だと心が折れそうだ」 「えー? 私も苦手だって言ったでしょ?」 「俺ら2人ならなんとか出来るかもしれないだろ?」 「しょうがないなぁ……」 「どうせやるなら絵は選ばせてよ?」 「あんたが選ぶとホワイトジグソーとか選びそうだし」 「苦手なのになんて真っ白なジグソー選ぶんだよ!」 「下半身のストレッチなら毎晩やってるんだが」 「……なんか、あんたが言うと卑猥に聞こえるんだけど気のせいかな?」 「気のせいだろ? やってるのは普通のストレッチだしな」 「むしろ望月が卑猥な事考えてたからそういう風に聞こえたんじゃないか?」 「なっ……! んなわけないでしょ!? あんたが普段からエッチな事言ったりしてるからそういう風に聞こえるんじゃない!」 「だからといって早合点されても……なぁ?」 「なぁ? ってあんた……」 「別に早合点なんてしてないわよ」 「まあいいけどな。そっちも毎晩じゃないけどやってるし」 「結局やってんじゃないのよ!!」 「筋トレやってる男ってどう思う?」 「ガリガリな人よりはいいんじゃない?」 「あと汗臭くなければ」 「汗臭さは筋トレやってる最中とかそういう場面に出くわさなきゃ感じないだろ……」 「まあそこは冗談なんだけどね? でも、思いっきり筋トレしてる人はちょっとなぁ……」 「え、なんで?」 「だってムキムキすぎても気持ち悪いわよ? ボディビルダーぐらいまでになってくると完全にアウトね」 「いや、そこまで本気でやるやつもいないだろ……」 「程よく筋肉あった方が今はモテるわよ」 「よし! 今日から俺も毎日筋トレする!」 「モテるって言葉に反応したわね?」 「う、うるさい! 理由は何だっていいだろ?」 「でもあんた太ってるわけでもないし、今のままでもいいんじゃない?」 「もうちょっと筋肉あった方が良い気がするんだ。腹筋とか割りたいしな」 「あー、腹筋は割れてる方がいいわね。割れてると触りたくなる子いるし」 「望月は触りたい派? それとも他の場所を触る派?」 「んー、綺麗に腹筋が割れてたら触ってみたいかも。あとは二の腕とか硬かったら触ってみたいかも」 「ほう、じゃあその2つを重点的に鍛えてみようかな」 「私好みの身体にしても他の子がどうだか分かんないわよ?」 「一番仲良い女子は望月だから」 「……え?」 「そういう理由じゃだめか?」 「だ、ダメってことないけど……」 「スポーツジムでも通ってみるか」 「ジムなんて通っても続かないと思うよ?」 「普段運動とかしてない人なら余計にね……」 「でも、続けていけばいい感じに筋肉つきそうじゃないか?」 「そりゃ、設備整ってるし色々効果的に鍛えられると思うけど……」 「家にあるもので筋トレしたい時にやった方が手軽だし続くと思うんだけどなぁ」 「スポーツジムに行くまでの移動も筋トレって考えればいいんじゃない?」 「あんたがそういうならまあいいけどさ。そう言って3日坊主になったら大笑いしてあげるからね?」 「じゃあ1か月続いたら何か奢ってもらおうかな」 「いいわよ? 結果が楽しみね」 「エアロビクスって楽しいのかな?」 「うーん、1回だけ体験でやった事あるんだけど……」 「楽しいかは人によるけど、かなりいい運動になったわよ」 「望月的にはどうだったんだ?」 「私は楽しかったわよ? 体動かすのは別に嫌いじゃないしね」 「男でやってる人いるかな? ちょっと興味あるんだよね」 「私がやったとこは女性限定だったから見かけなかったけど……」 「ある程度運動出来る人じゃないと辛いわよ?」 「そんなにきついのか?」 「意外にきついわよ? 長時間出来るもんでもないし」 「あれって、最初はただ遊んでるだけだと思ってた」 「それは勘違いしすぎじゃない? せめて踊ってるって感じでしょ」 「まあ実際踊ってるんだけどさ」 「でも振付とかちゃんとあるんだよな? それを曲に合わせて踊るんだろ?」 「おおまかな決まり以外は特にないらしいよ? ただ難しさとかあるから初級〜上級って分かれてるだけみたい」 「へぇ、じゃあそれさえ覚えればあとは踊るだけなんだな」 「そういう事。だから簡単に始められるっちゃ始められるわよね」 「って、まさかレオタード着るなんて言わないわよね?」 「え、エアロビってレオタードじゃないの?」 「…………」 「…………」 「うわぁ、ないわぁ……」 「全身運動だしカロリー消費多そうだよな」 「やったあとはすっごい汗出てくるしねー。それなりには消費出来てるかもね」 「それだったら結構シェイプアップ出来そうだな」 「腕やお腹なら結構効果が期待できそうかな?」 「足は筋肉つきすぎて太くならないように気にしないとダメかもしれないけど」 「あー、ステップ踏んでるから太ももとか結構鍛えてられちゃうのか」 「そうなのよ。だから足を細くしたいって言うなら違うのやった方がいいかもしれないわね」 「女子は運動にも色々気を使わなきゃいけなくて大変だな……」 「男子はそういうの全然考えなくていいから羨ましいわね」 「むしろ少しは鍛えないと見た目悪くなるからな」 「そういう意味では女子と変わらないかも」 「お互い気にするトコ似てるんだね」 「汗を流して運動している男性について一言お願いします」 「勝利のためか己のためかよくわかんないけど、頑張れ!」 「うーん、いまいち! もう1回だ!」 「いきなり振ってきてリテイクとかひどくない!?」 「望月ならもっと素敵なセリフが言えると思うんだ。だからもう一発!」 「素敵ねぇ……。ん、決めた。いつでもいけるわよ」 「汗を流して運動している男性について一言!」 「汗を流したあとの牛乳は格別よ!」 「プロテインもご一緒に!」 「運動直後に摂取出来ればあなたの筋肉が喜ぶわよ!」 「以上、プロテイン推進委員会がお送りしましたー」 「って、これ何なのよ! なんかのCM!?」 「ノリで望月のネタについてった結果がこれだ」 「自分で言っといてなんだけど、筋肉が喜ぶって何なのよ……」 「俺はそのフレーズちょっと好きだぞ? なんか面白いし」 「私は恥ずかしいの!」 「牛乳は風呂上りに限るだろ」 「え? ボケにマジレスとかカッコ悪いんですけど……」 「そこは『スポーツドリンクだろ!?』とか突っ込んでくれないとダメじゃない」 「え? 俺が怒られんのこれ!? 好みの問題だよね!?」 「ちなみに私はフルーツ牛乳派ね。なんでお風呂上りってあんなに美味しく感じるんだろ♪」 「んなこといったら俺はコーヒー牛乳だし! つか汗を流した人たちどこいった!?」 「銭湯で汗を流してるんじゃないの?」 「たしかに運動した後のお風呂は気持ちいいけどさ!」 「でしょ? シャワー室もいいだろうけど、やっぱり熱いお風呂に入りたいわよね〜」 「学生時代にやっておきたいことは?」 「学生時代、ねぇ……。優等生っぽく勉強って答えておいたらいい?」 「別になんかのアンケートってわけじゃないから本音をぶちまけてくれていいんだからな?」 「本音って言われてもあんまり突飛すぎるのもダメじゃない?」 「望月のやっておきたいことってそんなにぶっ飛んでるのか?」 「そうじゃないけど、もしそうだったらどうなのかなーって思って」 「あまりにもネタって分かるようなものだったら笑い飛ばしてやるけどな」 「うーん、貯金はしつつもしっかり遊ぶことかな」 「それ矛盾してないか? 貯金したら遊ぶ金どこから出るんだよ」 「そんなの月にいくら貯めるって決めておけば作れるじゃない? 変なとこで頭硬いわね」 「そうか? でも生活費だって結構かかってるんだろ?」 「まあそれなりにかかってるけど、貯金して遊べるぐらいにバイト入ればそれで良くない?」 「バイトばっかになって遊ぶ時間がなくなったりしないのか?」 「そうかもしれないけど、そうしたら遊ぶのを来月に回せば良くない?」 「俺だったらその時に遊びたいからそういう風にはしたくないかなぁ……」 「私は時期的にアウトっていう感じじゃなかったら回せるかも」 「望月らしいな。将来の事考えつつ今もしっかり楽しむって、この欲張りめ」 「欲張って何が悪いのよ? 人生楽しんだもの勝ちじゃない?」 「まあつまんない人生送ってても楽しくないだろうしな」 「そうそう。でも、ただ楽しんでるだけだと今が楽しいだけになっちゃうからね」 「それで将来の事も考えて貯金ってことか」 「そゆこと♪ 遊びもしつつバイトしてお金貯めて、充実した学生生活をするの!」 「カップルとは違う意味でリア充だな望月」 「ふふふ、嫉妬乙とでも言っておけばいい?」 「いいなぁって思うんならあんたも何かやってみたら?」 「私で良ければ協力してあげるからさ」 「学力テストってどう対策すればいいんだ?」 「勉強すれば対策になるんじゃない? だってどの範囲が出るのかもわからないんだからとりあえずやっておけばいいでしょ」 「それでやった範囲が出なくてやれなかった範囲が出てきたらどうするんだ!?」 「そこはドンマイって感じで、やれるだけやるしかないでしょうね」 「それで学力テストって言われるのもおかしくないか? 公正な評価が出来ないだろ」 「この学年の生徒なら分かるだろうって範囲を出してるんだから、一応しっかりしてると思うけど」 「そんなの学校によって進み方違うだろ……テストがこんなに運任せでいいのかよ……」 「運ねえ? それこそ日頃の勉強が物を言うんじゃない?」 「遊びのテストもあれば良いのに……」 「遊びって、鬼ごっことかそういうやつ?」 「そういうのでもいいし、格ゲーとか音ゲーのテストでもいいんじゃないか?」 「あったら面白そうって思うけど、モノによってはそういう機能ついたゲームなかったっけ?」 「音ゲーだと何級とかって表示されるやつか? あれってやり込めば経験値であがれなかったっけ?」 「違うわよ。最初はそうだけど、高い級になってくると課題曲をクリアしないと次にいけないのよ」 「でも、そういうのってやってる人しか受けれないよな」 「まあ全員強制でやらされるよりかはいいんじゃない? あの検定って結構燃えるし」 「進級したら遊べる曲増えるのか?」 「そうよ♪ 最近また新曲入ったみたいでさ、今課題曲頑張ってるとこなの!」 「へえ、そしたら今度一緒にゲーセン行こうぜ」 「望月のプレイまた見てみたいからさ」 「良いわよ〜♪」 「くそぅ……学力テストを考えた奴は恨まれても仕方ないよな」 「勉強出来ない人から恨まれても仕方ないと思うけど、出来る人には何とも思われないんじゃないかな?」 「なんでだ? 出来ない範囲がテストに出たらどうするんだ」 「あれって、問題選べるからそういう事にはならないでしょ? 去年受けたのに忘れちゃった?」 「え、あれって選べたのか!? 俺必死に鉛筆転がして選択肢決めてたのに……」 「選択肢じゃなかったらどうしてたのよ……。てか、ちゃんと問題っていうか文章見なさいよ」 「でも、選べるんだったら簡単そうなのからやっていけばいいよな」 「それだと虫食いみたいになって解答欄で記入ミスしやすくなるわよ」 「資格って、やっぱり色々取った方が良いのかな」 「まああった方が便利なんじゃない? 使える資格はあった方がいいってお父さん言ってたし」 「でも使える資格ってなんなんだろな? 車の免許?」 「車の免許なんて今じゃあ身分証明書みたいな物でしょ?」 「英検とか漢検とかもさ、あれって今考えると取った意味あるのか?」 「ココを受験する時にちょっと有利になるって聞いたけど、実際どうなのかな」 「他にも結構色んな資格があるけど、ホントに使えるやつあるのか?」 「結局は物によるんじゃない?」 「金で買えれば楽なのにな」 「そしたら大金持ちの人がたくさん資格もって面接とか有利になって、貧乏な人は不利になるじゃない」 「お金で買えるようにってのは私反対かな」 「そこまでは考えてなかったな……。じゃあ持てる資格の数を制限したらどうだ?」 「それはそれで資格いっぱい持ってる資格マニアの人たちからブーイングきそうじゃない?」 「さっきから反対意見ばっかじゃないか。そんなにダメか!?」 「ダメっていうか、お金で買えたら知識とかも身につかないし、資格が名ばかりなものになりそうじゃない」 「俺は資格なんて無くても立派な男になってみせる……!」 「資格を持っていれば立派ってわけでもないから、そういうの気にしなくてもいいんじゃない?」 「え、でも資格たくさん持ってた方が立派に見えないか?」 「そういう風に見る人もいると思うけど、少なくとも私はそう思わないけど」 「それに、目標を持つのって結構大事だと思うよ?」 「そんなもんか。ま、やれるだけやってみるよ」 「今のうちから立派な男になれたらモテモテの学校生活が待ってるんじゃない?」 「モテモテの……学校生活!」 「ふふ、エンジンかかった?」 「んー、たしかにハーレムは男の夢だけど、そこまではいいかな……」 「あれ? てっきり喜ぶと思ったのに」 「俺は望月みたいにこうやって話したり出来るだけでも嬉しいから」 「そういうやつに好かれたいな」 「ふ、ふーん……」 「卒業後の自分って、今からじゃ想像も出来ないよな」 「そう? なりたいものが決まってれば想像しやすいでしょ?」 「進学か就職かも決めてなかったら想像なんて出来ないだろ?」 「それはさすがに決めておきなよ……」 「でも、それが決まってたらあとは簡単じゃない?」 「そうだけど、夢とかやりたいことが決まってないと具体的な想像が出来ないんだよな」 「そこは夢を持つしかないんじゃない? あとはやりたい事を見つけるとかさ」 「私は夢があるから、それ目指して頑張ってるわよ?」 「ずるい! 俺も仲間に入れて!」 「仲間って言われても……」 「夢ってそれぞれが持つものでしょ?」 「でも望月と一緒に仕事っつーか、色々出来たら楽しそうだからさ」 「それだけの理由? もうちょっとカッコいいセリフとか理由が欲しいな〜?」 「俺と望月は一心同体だ。だから夢を一緒に追いかけるのは当然だろ?」 「ぷっ、あっはははははは!」 「な、何そのクサいセリフ……! 恥ずかしー!」 「ちょっ、俺なりに考えて言ったんだぞ!? その反応はねーだろ!」 「っくくく、ごめんごめん」 「……あー笑った! あんたと一緒に仕事したら楽しそうだよね」 「でも、気持ちだけもらっておくわね」 「嬉しかったわよ」 「夢は、叶わないから夢っていうんですよ……」 「何厨二病全開な発言してんのよ」 「夢は追い求め、掴み取るものでしょ」 「望月カッコいい事言うなー」 「誰かの受け売り?」 「誰か忘れたけど似たようなのは聞いた事あるかも」 「へぇー、でも、夢は見るもので叶えるものではないっていう言葉もあるよな」 「それはもう個人の解釈次第って感じじゃない? 私は後ろ向きな事は考えたくないし」 「夢を持ってるならそうだよなぁ。俺は夢持ってないから悲観的になってるのかも」 「そんなあんたにこの言葉を送ってあげましょう」 「人の夢は儚い!」 「漢字はたしかにそう書くけどさ!? 少し後ろ向きじゃない!?」 「職業適性検査って面白いよな」 「あれって心理テストみたいなもんだよね?」 「どうやってジャンル分けしてるんだろうね?」 「統計でもとって、このタイプの人はこれを選びやすいとかそういう風にやってるんじゃないか?」 「でも、出てくる職業の中で全然知らない職業とか出てきて、そっちの方向も考えてみようって思うと視野が広がるよね」 「だな。外交官とかが相性良さそうですとか出るとちょっと優越感が出そうだよな」 「私の友達それ出てたよ?」 「結構真面目な子だったからたしかに合いそうだなって思ったけど」 「俺もこの前やってみて今日その結果が来たんだけどさ、結果見てビックリしたよ」 「どんな職業が相性良かった?」 「犬」 「…………」 「……は?」 「ごめん、全然職業とは全く別なものが聞こえたかもしれないからもう一回教えてくれない?」 「だから犬だって」 「恥ずかしいからあんまり言わせんなよ……」 「いやいやいやいや、犬ってなんなの!? 職業で犬っておかしいでしょ!?」 「それがちゃんと書いてあるんだよ。ほれ、これが証拠だ」 「どれどれ……うわ、ホントだ」 「立派なご主人様を見つけましょうとか書いてあるけど絶対職業じゃないでしょ……」 「てことで俺はご主人様とやらを探さないといけないんだけど……」 「望月、俺のご主人様になってくれないか?」 「はぁ!? 色々とおかしいから! 友達を飼うとかどんだけ私を鬼畜にさせる気なのよ!?」 「内緒だ」 「え、だって結果もう知ってるんでしょ? 教えてくれてもいいじゃない」 「知られるの恥ずかしいんだよ」 「相性良かったの教えたら性格まで色々見られてるような気がしちゃってさ……」 「変なところで恥ずかしがるわね……」 「あんたにしちゃ珍しいじゃん」 「う、うっせ!」 「こんな風に考えたら恥ずかしがるの普通だろ?」 「普通そこまで考えないと思うから、あんたの普通は普通じゃないと思うよ?」 「心理テストって考えると自分の知らない自分まで暴かれそうで……」 「ちょっと顔が赤くなってるわよ? そんなに恥ずかしいんだ?」 「そ、そんなにジロジロ見るなよ!」 「せっかくのあんたのレア顔を見ないなんて損じゃない、もっと見せてよ?」 「卒業しても俺に彼女が出来なかったら笑ってくれ」 「そこまで自分を追い込みたいの? 別にいいけど、今のところ彼女は出来そうなの?」 「まだだなぁ……」 「色々動いてはいるんだけど、進展してるとは言えないかもしれない」 「じゃあまだ相手にはお友達状態って思われてるってことでいいのかな?」 「だろうな。それに都合のいい方向に勘違いしてたらヘマしそうだからさ」 「へぇ、結構慎重に考えてるんだ」 「でも、なんで彼女作りたいなんて思ったの?」 「せっかくの学校生活を彩りたいっていうのと、彼女がいたら楽しそうって思ったからだな」 「それだったら別に今じゃなくても良くない? 進学してから頑張ってもいいと思うんだけど」 「今頑張っておかないと一生彼女が出来ないような気がするから必死になってるのかもしれないな」 「ふーん……」 「ねぇ、今から笑っていい?」 「笑いごとじゃねぇんだよ! こっちは真剣に悩んでんだ!」 「だってあんたが彼女が出来なかったら笑ってくれって言ったんじゃん」 「言ったけど今笑う事ないだろ!? 俺に彼女が出来ないって言ってるようなもんだぞ!?」 「少なくともそうやって簡単にキレたり慎重すぎな部分があるなら彼女なんて出来ないだろうね」 「そりゃ、こっちだって笑ったのは悪かったけど、そんなマジ切れされたら気分悪いわよ」 「それは真剣に悩んでる事を笑った望月が悪いだろ」 「それならもっと深刻そうに相談してきなさいよ」 「いつもの調子だったからこっちもいつものように返したんじゃん」 「女の子って男の人の怒鳴り声をすっごい怖く感じる子だっているんだからね?」 「……すまんかった」 「まあ私がそうだってわけじゃないんだけど、そういう子がいるっていうのは覚えておきなさいよ?」 「もう少し女の子を理解したらあんたのこと気にする子も出てくるんじゃない?」 「そんな……っく、決めつけっなくたって……いいじゃないか……」 「え!? ち、ちょっと何で泣いちゃってるのよ!? そんなに悩んでる事だったの!?」 「っく……俺だってさ……、頑張ってないわけじゃいんだよ……」 「どうやって……っ、女の子と仲良くなれるか調べたり……」 「話題になりそうなのチェックしたりとか……色々やってんだよ……」 「え、えっと、ごめんね? あんたは良くやってるよ! 普通そういう事やる男子ってそうそういないもん!」 「気休めな励ましだったらやめてくれよ……」 「どうせ彼女出来ないだろうって思ってるんだろ?」 「さ、さっきはそう思ってたけど、あんたのその努力を聞いたら彼女出来そうだって思ってきたの!」 「ホントゴメンってば! あんたなら絶対に彼女が出来るよ! 私が保証する!」 「……ホントか?」 「当たり前じゃない! 女の子の事一生懸命理解しようとしてるやつに彼女が出来ないわけないじゃない!」 「だから、これからも頑張って! ね!?」 「女性の一般的な恋愛観を教えてくれ」 「一般的な恋愛観? なら雑誌とか見た方が早いと思うよ?」 「デマもあるけど、それなりには分かると思うし」 「雑誌に書かれてるのって一部に特化してるからあんま参考にならないんだよな」 「雑誌に投稿してるやつらに限っちゃうから、どうも胡散臭くて……」 「どうしてそういうのが知りたいの?」 「彼女を作るための知識として知っておこうと思ってな」 「なるほどねぇ、だったらちょっと面白い事を教えてあげる」 「ドキッとしたら、案外女はそのまま意識しちゃうものよ?」 「吊り橋効果ってやつ?」 「そうそう、それで意識させてみたら?」 「やっぱお化け屋敷とかジェットコースターに一緒に行くのが定番か?」 「定番だけど、それだけ効果があるって事だからやってみる価値はあるんじゃない?」 「じゃあ理奈、付き合ってくれ!」 「……へぁ!?」 「な、なんであんたと私が付き合わなくちゃいけないのよ!?」 「は? だから、お化け屋敷とだよ」 「ドキドキしたかどうかだけで教えてくれればいいからさ」 「もしかして天然なの……?」 「は?」 「……なんか、吊り橋効果っぽい事上手く使えてる気がしてむかつく……」 「じゃあドキッとさせたらこっちのもんか」 「んなわけないでしょ?」 「いつもビックリさせてたら警戒するし、そこからいい雰囲気に持っていかないとダメよ」 「そのぐらいは分かってるよ!」 「だけど、ドキドキさせたら意識してくれるんじゃないの?」 「ドキドキの種類にもよるでしょ」 「この人がいるからドキドキしてるのか、それとも怖い映画を見てるからドキドキしてるのか……」 「それで、この人がいるからドキドキしてるんだって勘違いするのを吊り橋効果って言うのよ?」 「勘違いしてなかったら全く効果がないんだから」 「じゃあそのドキッとしてる時に良い雰囲気にすればいいんだな!?」 「……もうちょっと噛み砕かないと分からなそうね」 「理想の男性のタイプってある?」 「内緒♪」 「お、おう……」 な、なんだあの笑顔は……『これ以上聞いたら承知しない』的なオーラがやばい……! 「うちのクラスで付き合うとしたら誰を選ぶ?」 「死んだ方がマシね」 「そんなにうちのクラスの男子嫌なの!?」 この話題はやめておいた方がよさそうだ。 「男の浮気についてどう思う?」 「しちゃう人もいるだろうけど、バレるのが怖いならやらなければいいのにね」 「浮気とか考えた事もないけど、気の迷いってやつなのかな?」 「考えるだけ修羅場が待ってるだけだと思うよー? 女ってそういうの敏感な人多いし」 「それだと隠し事とか絶対に出来なそうだな……想像してちょっとビビったわ」 「普通に考えればしない方が平和よね」 「一夫多妻制だったら浮気じゃなくなるのかな?」 「その代わり平等に接しないと裁判沙汰になるって聞いた事あるわよ?」 「マジで!? 下手したら平等に接してるつもりでも相手が不満に思ったらアウト?」 「アウトでしょうね。そう考えると複数の女性と関係を持つのって大変だと思わない?」 「もともと浮気する気なんてなかったけど、余計にする気失せたわ」 「まあここは一夫一妻制だから、しないのが普通よ」 「浮気するやつってある意味勇者だな……」 「そんな勇者は魔王にボッコボコにされちゃいなさい」 「まあ、浮気なんて俺とは無縁の話だろうな」 「わかんないわよ? 彼女いるけど、可愛い後輩に言い寄られてしちゃうかもしれないじゃない」 「まず彼女がいないのにどうやって浮気するんだよ? そう考えると浮気なんて無縁だろ?」 「今はそうだけど、彼女が出来てからはどうだろうねぇ……? 浮気しないって胸を張って言える?」 「当たり前だ。彼女が出来たらその人を大切にするに決まってるだろ」 「ふーん、そこまで言うなら浮気しなそうだね」 「俺ってそんなに信じられないの……?」 「なんか色々と不安になってきたんだけど……」 「ごめんごめん、初めのうちはそういう風に言うけどいざ付き合ったら変わる人っているらしいからさ」 「あんたの場合ちゃんと彼女のことしっかり考えそうだし、大丈夫でしょ」 「女子から見た俺の印象を一言で頼む」 「タダで教えたらつまらないわね……」 「ここは取引しない?」 「取引……? そんなにこの情報って価値があるのか?」 「あんたにとってはかなり価値があるんじゃない? で、教えるだけじゃ私にメリットがないじゃない?」 「望月のメリットになりそうなものが思い浮かばないんだけど……」 「じゃあ取引やめとく? こっちから希望出していいなら出すけど」 「……わかった」 「そっちが希望するものはなんだ?」 「いくらくれる?」 「クソっ! この魔性の女め! お金で買えないものだってあるんだぞ!?」 「まあ冗談なんだけどね? 今度なんか奢ってくれたらいいよ?」 「取引はやるんだな……」 「ショートケーキ1個でどうだ」 「タダで教えるのはつまらないって思うのは本当だしね。そんなんじゃピクリとも動かないわよ?」 「…………」 「山下屋のうす塩醤油煎餅。俺のとっておきだ」 「……オッケー。それでいきましょう」 「対価がでかいけど、これで俺の印象が聞けるなら安い方だと思いたい……」 「じゃあそのお煎餅もらってからね? 楽しみだなー♪」 「そういえば望月って煎餅好きだったもんな」 「ケーキも良いけど、お煎餅も好きだからね♪」 「か、体で……払うから……」 「ち、ちょっと何で頬を染めながら上着脱いでるのよ!?」 「何でって……体で払う為に決まってるじゃないか……」 「ちょっ!? ほ、本気なの!? 男の人がそうやってすぐ肌を見せるのは良くない事だと思うわよ!?」 「そういうなら普通女子がだろ?」 「俺は望月だからそういう手段でもいいかなって思うだけで、誰にでもやるわけじゃないんだからな?」 「む、無理無理無理! 私が無理だからちゃんと早く服着てよー!」 「じゃあ払わなくていいのか?」 「払わなくていい! 普通に教えてあげるからー!」 「うっし! タダで情報ゲットだ!」 「これは卑怯でしょ……」 「告白はされたい派? したい派?」 「ふふっ、そんなこと聞いてどうする気なわけ?」 「なんとなく参考にしてみようと思ってな」 「他の人と私を比べても意味がないじゃない」 この話題はこれ以上続かなそうだ 「なんか意外な趣味ないのか?」 「意外な趣味? 例えば?」 「ロッククライミングとかお菓子作りとか……」 「なんかこだわりを感じるようなやつだ」 「こだわりねぇ? ……あ、いやいやこれは違うわね」 「ん? なんかそれっぽいのがあったのか? 意外かもしれないから言ってみ?」 「ちょっと子供っぽいし、恥ずかしいわよ……!」 「絶対笑ったりしないし、すげぇ意外かもしれないだろ?」 「大丈夫だからレッツ暴露!」 「んと……お、お風呂グッズ収集……」 「望月……可愛いな」 「もー! やっぱり言うんじゃなかった……!」 「こういう風に言われると思ったから言いたくなかったのよ!」 「全然いいと思うぞ? お風呂グッズ収集」 「もちろんアヒルのおもちゃは必須だろ?」 「何そのプププーみたいな顔!? あんた今絶対にバカにしたでしょ!?」 「あひるのおもちゃだってサイズとか色々あるんだからね!?」 「マジで!? バカにしたつもりはなかったんだけど、サイズまでこだわってんの!?」 「あっ、ち、ちがっ!」 「ただ種類がいっぱいあるってだけで、遊んでるとかそういうのじゃないからね!?」 「別に恥ずかしがる事ないだろ?」 「シャンプーハットとあひるのおもちゃがあれば風呂が楽しそうだけどな」 「……た、楽しいわよ? でも、おもちゃだけ集めてるわけじゃないんだからね!?」 「意外でもなんでもないぞ……」 「あ、そう? なら意外って思われるような趣味はなさそうかな」 「お風呂グッズっていってもメイク落としとか軽石とかの美容関係だろ? 別に普通じゃないか?」 「そ、そうだよ!? 私それが意外だと思われるって思っちゃっててさ!」 「望月らしくないなー。でも、風呂に浮かべるおもちゃとか集めてたら意外だったかもな」 「そ、そそそーね!? 私もそれはちょっと自分のキャラじゃないなーって思うわね」 「ん? もしかして、おもちゃ集め……」 「んんなわけないでしょ!? 何言っちゃってるの!?」 「入浴剤ってちゃんと効果あるの?」 「あるわよ? でも入れない人の方が多いと思うけどね」 「入浴剤に興味でも湧いたの?」 「入れてみようかなってちょっと思っててな」 「効果が特にないなら香りとか色で決めようかなって思ってたんだ」 「入浴剤使うほど体疲れてるの? あれって美容とか疲れ取るために入れる人が多いと思うんだけど」 「なんとなくだな、入れてみたくなったってだけ」 「ふーん……まあ、物にもよるけど、ちゃんと効果がある物もあるわよ?」 「効果の無いものもあるってことか? それじゃあ入浴剤って気分の問題なのかな」 「ご当地の温泉の元とか、そういう類のやつならそうかもしれないわね」 「だったらそういうの選んで温泉気分を味わってみるかな」 「温泉って気持ちいいから多分リラックス出来ると思うわよ」 「でも、どうせ味わうなら本物の温泉行きたいな……」 「それじゃお金溜めて旅行でも行ったら?」 「よし、効果のある入浴剤を教えてくれ」 「効果のあるって言われても、とりあえず売ってるやるは全部色々効果があるわよ?」 「じゃあ体が温まるような効果のやつで」 「だったら炭酸ガス系かな? 結構長い時間体が温まるから、寒い時期とかに入れると結構変わるよ」 「へぇ、そうなんだ。じゃあそこらへんをよく見て買ってみるよ」 「炭酸ガス系っていってもいっぱい種類があるから、好きな色とか香りで選んでも面白いかもよ?」 「ただ入れるだけじゃつまんないって事か。そこらへんも考えてみるわ」 「好きな香りに包まれてお風呂にゆっくり入って疲れ癒したらぐっすり寝れるわよ」 「銭湯って行ったりする?」 「あんまり行かないかなー。お風呂沸かすのがすっごいめんどくさくなった時ぐらいかも」 「そういう時って大抵疲れてないか? シャワーだけで済ませたりしないのか?」 「疲れてるなら尚更湯船に浸かった方がいいじゃない……」 「シャワーだけだと疲れ抜けてくれないし……」 「それで疲れてるけど銭湯へってことか」 「そゆこと。疲れが出てきて帰ってくる頃にはへろへろになってるけど、そのまますぐ寝ちゃえるしね」 「たまに行くと気持ちいいのよね」 「泳ぐと超気持ちいいよな」 「それマナー違反って注意するところなんだろうけど……」 「人があんまりいないとやってみたくなっちゃうのよね」 「だよな。俺なんてわざわざ泳げそうな時間に入りに行く時あるし」 「それはやりすぎじゃない? そんなに泳ぎたいのならプールとかいけばいいじゃない」 「バッカ、銭湯だからこその楽しみじゃないか。プールでやっても冷たいだけだし」 「その基準が良くわからないわ……」 「まあわざわざその時間に入りに行くってのは冗談なんだけどな」 「だと思ったわよ」 「でも、人が少なかったりすると泳ぐけどな」 「学生なんだからもう少し大人になれないの?」 「学生でも、童心に帰ることだって必要なんだよ」 「ま、そういう子供っぽいとこがあんたらしいんだけどね」 「あの解放感がたまらないよな」 「そうねー。ああいう広い浴場ってなかなかないからね」 「でもやっぱ少し恥ずかしいわね」 「自分の裸に自信がないってか? でも望月ってスタイル良いからむしろ見られるんじゃないか?」 「そうなんだよねぇ……」 「周りの人に見られて恥ずかしいのか」 「そ、同性だからってじろじろ見られて平気ってわけじゃないんだからね?」 「だよなぁ。俺だって同性からじろじろ見られたら引くわ……」 「私もそんなもんよ。それがあるからあんまり行かないのよね」 「女性向けの化粧品って、ビンが可愛いよな」 「え? あんた化粧品使ってるの?」 「しかも女性向けってどうしたのよ」 「洗顔とか探しに行った時に、近くに女性向け化粧品のコーナーがあってさ」 「そこでサンプルとか見かけたんだ」 「でもビンが可愛いってよく見えたわね。サンプルって別の容器に入ってたりするのに」 「俺が行ったとこだとサンプルのビンがそのままだったな……」 「でも大抵ビンが可愛いのって質が良くなかったりするんだよねぇ……」 「化粧品の質が良くて可愛いのがあればベストなんだけど、それがなかなか無いのよね」 「化粧品の質はよくわからないけど、可愛いのがあるだけ良いと思うぞ?」 「使い切っても飾れそうだもんな」 「そういう風に使ってても可愛くて、使い切ってからも愛用出来るようにして欲しいって要望があったんでしょうね」 「そういう細かなところでも、しっかりと女性の要望に応えてくれてるのよね」 「でも死ぬほど高いよな。桁がおかしいぞって目を疑ったわ」 「それは多分ブランド物じゃない? 安いのもあるけど、安すぎても肌に良くなかったりするから問題だけど」 「女ってこういう部分で金が飛ぶから大変だよな」 「大変っていえば大変かもしれないけど、その分自分に合ったお化粧しておけば色々幸せになれるじゃない?」 「男ウケも良くなりそうだし、いくつになっても若々しくいられるかもな」 「おばさん臭くはなりたくないからねぇ……」 「肌の手入れも化粧水使ったりしてしっかりしておかないとね」 「化粧水って使うと結構違うのか?」 「結構違うわよ? 男でも化粧水使う人いるみたいだし、あんたも使ってみたら?」 「どの化粧水がいいかも分からないし、つけるのめんどくさそうだな……」 「あんたも少しは肌の手入れとか気にしたらいいのに……」 「俺も一つ買ってみようかな」 「どうせビンのデザインで良いの買うなら化粧品も使えるやつの方が良いわよね? どんなの買うの?」 「星型のやつがあったんだけど、それにしようかなって考えてる」 「もしかしてそれってコンページュの化粧水かな?」 「えっと……こんなの!」 「おぉ! これだこれ! よく星形のやつって言って出てきたな!」 「これ私も気になってたのよー! 星形のケースって珍しいし、可愛いんだもん!」 「へぇ、じゃあ今度一緒に買いに行くか?」 「望月も買おうと思ってたなら俺のついでに買っちゃおうぜ」 「うーん……、そうね。値段も普通ぐらいだし、買っちゃおうかな」 「実をいうと一人で買いに行くのはちょっと勇気がいるっていうか……」 「ちょっと恥ずかしくてな……」 「まあ女物の化粧水買うんだし、そりゃ恥ずかしいわよね」 「ちゃんとついて行ってあげるから大丈夫よ」 「女子のゲーセン事情を教えてくれ」 「ゲーセン事情ねぇ……」 「行く子は行くし、行かない子は全然行かないわよ?」 「たしかにゲーセンで女子見かけたりするなぁ……」 「見かけても大抵同じ人でしょ? それに男子ほど何時間もいたりしないし」 「そうなのか? そこまで見てないかったけど」 「逆にそこまで見てたら警察に通報されてたかもね」 「それシャレになってないんだけど……?」 「音ゲーとクレーンゲームやる子以外はあんまり行かないんじゃない?」 「フォトプリは? 写真撮るやつ」 「あー、そんなのもあったわね。あれだけやりに来る子もいるだろうけど、いつも撮るから忘れてたわ」 「女子っていっつもフォトプリ周辺にいて道がふさがってる時あって困るんだよな……」 「それはバカな子が道をあけてないだけよ。でも、今じゃフォトプリコーナーがあるからそういうのはないんじゃない?」 「たしかにそうかもな」 「あれって楽しいのか?」 「男子でもたまに撮ってる子いるよ? ペンで落書きしたり、写真映り良くなるから結構面白いわよ?」 「へぇ、でも女子集団の中に単身で突っ込む勇気は俺にはないな……」 「単身で突っ込んだらある意味勇者でしょ……」 「素直に友達と行きなよ……」 「音ゲーって、やるときちょっと恥ずかしいよな」 「そう? 私はそんな事ないけどなぁ……」 「『ぷぷっ、あいつあんな速度でやってるぜ。おっせー』とか思われたらイヤだろ?」 「あんたどんだけ被害妄想してるのよ……」 「自分のペースでやればいいんだし、好きな曲やればその曲に集中できるでしょ?」 「そうなんだけど、なんか周りに人がいるとそんな風に考えちゃうんだよな」 「そういうのは気にしない方がいいよ? ゲームも楽しめなくなっちゃうし」 「そうだな。練習してても自分のペースでやればいいんだよな」 「あんまり気になるようだったら私が一緒に行ってあげようか? そしたら気にしなくなるかもよ?」 「おお、それは名案だな」 「今度行って、望月のスーパープレイを見せてもらおうか」 「良いけど、スーパープレイってもんじゃないでしょ」 「最近オススメのアニメとかある?」 「ちょこちょこあるけど、アニメだったらあんたの方が詳しいんじゃないの?」 「俺の方が色々見てるかもしれないけど、新境地を開拓したいというか……」 「女子の見てる物も見てみようかなって思ってさ」 「でも、私が見てるのだと男寄りっていうか、男子も良く見てるやつだと思うんだけどなぁ……」 「身近な女子でアニメ見てそうなのが望月しかいないんだ。だからあくまで参考に教えてくれ」 「まあいいけど……」 「カスタネットエレクトと野菜フェスティバルかな」 「野菜フェスティバルって聞いた事ないぞ。子供向けアニメか?」 「子供向けっていうか、幼児向けかな? たまたまやってたのを見たんだけど、結構面白いのよ」 「野菜たちが過ごす世界で、主食もなぜか野菜なのよ」 「それってともぐ……」 「無粋な事言っちゃダメよ?」 「まあ、そこに子供の野菜が気付いちゃって『なんで自分たちと同じ野菜を食べてるの?』って聞くわけよ」 「……それで、どうなるんだ?」 「お母さんの顔が劇画調っていうか、ショックなリアル顔になって色々説明しだすの」 「それ幼児向けアニメとして良いのか……?」 「私もそれ思ったけど、教育番組でやってるからね……」 「カスタネットエレクトって昔やってたやつだよな?」 「うん。それのリメイクっていうか、OVAで出たからそれ見てるの」 「マジで!? 俺も結構好きだったけど、OVA出たの知らなかったわ……」 「私もたまたま雑誌で見かけて知ったから、あんまり知ってる人いないかもしれないわね」 「でも、あんたもあれ好きだったんだ。日和ちゃん可愛いよねー!」 「日和ちゃんが猫と一緒に日向ぼっこするシーンさ、ほのぼのしてて良いよな」 「私もあのシーン大好き! 和むよね〜!」 「俺もレンタルで見てみようかな、話してたら見たくなってきた」 「私もレンタルで借りてるから、返す時連絡するね」 「そしたらすぐ借りられるかもしれないし」 「CMが多いと、どんな番組でも萎えるよな」 「続きが気になるところでCM入るだけでも萎えるのに、それが何度もあったら見る気失せちゃうよね」 「そうなんだよなぁ。映画とか2時間スペシャルはCM挟みすぎだと思うんだ」 「スポンサーが多いとそれだけCM挟まないといけなくなるのかな?」 「そうじゃないか? 他の会社のCMは流してどうしてウチのCMは流さないんだ! ってクレームきそうだし」 「そう考えるとテレビ業界も大変だよね」 「スポンサーと視聴者からの板挟みなんて……」 「まあ難しい事は分からんけど、俺ら側としてはCMを少なくするかもう少し工夫が欲しいよな」 「どうせ流すなら、爆笑出来るCMたくさん作ればいいのに」 「よし、100万で制作してやろう」 「出世払いでよろしくね♪」 「お客様、まことに残念ながら現金一括でのお支払いのみです」 「じゃあこの話はなかったことにしましょう」 「まあ本当に100万用意されても困るんだけどな」 「でも、それだけあれば爆笑できるCMが作れるんでしょ? 何か考えあるの?」 「まあどういう風に作ればいいのか分かんないし、これぐらいあれば作れるだろうって思って言った金額だからな」 「動画で実況とかやってる人の真似してみたら? あれってCMみたいなの挟んでるの見たことあるよ」 「じゃあそれ見て面白半分に作ってみるか」 「でも、一人だと面白さが俺の好みになっちゃうから、手伝ってくれないか?」 「良いけど、編集の仕方分からないから作業は全然手伝えないわよ?」 「ただ見てくれるだけで十分だよ」 「それに話しながらやればいい案出るかもしれないし」 「オッケー、じゃあバイトない日に声かけてくれれば付き合えるわよ」 「たまに番組そのものがCMのときもあるよな」 「シャベルットゴウダの事? あれって通販番組じゃない」 「あれはちょっと違うな……、CMがドラマ風っていうかストーリーがあるやつだな」 「コーヒーのCM?」 「そうそう。日常ドラマ風なんだけど、最後に商品の宣伝してるやつ」 「あれって結構面白いのよね。続きはウェブでって言うけど、本当にウェブ専用の続編あるし」 「マジで!? あれって商品のための釣りじゃなかったのか!?」 「釣りのためにわざわざCMに入れないでしょ……」 「今だともう次の章始まってて前のやつが見れなくなっちゃってるけどね」 「ウソだろ……? あのCM好きだったんだけど……」 「説明してあげてもいいけど、どうせなら動画見たいよね」 「見せパンはよくないと思うんだ」 「なんで? テニスウェアとか色々あるし、男子からすればご褒美みたいなものじゃない?」 「ご褒美って言われてもなぁ……」 「あんなに見せびらかされると何か違うんだよ……」 「でも、興奮しないとは言い切れないでしょ?」 「まあそうなんだけどな?」 「ラッキースケベ的なシチュエーションがあった方が興奮するんだよ」 「あんたもなかなかの変態ね……でも、見せパンもチラリズムするじゃない」 「あれはチラリズムしても気にしない用のパンツだろ? それじゃ違うんだよ」 「じゃあスパッツは?」 「あれはあれでかなり魅力的だ」 「男子で筋肉ある人が履くとすごいよねぇ……!」 「でも女子が履いてるの見てどう魅力的なの?」 「考え方的には望月とそんなに変わらないぞ?」 「腰から太ももまでのラインがくっきり見えるし、たまにパンティーラインまで見えるからな」 「あんた……よくそこまで観察出来るわね。でもライン見えちゃうのかぁ……」 「気になるならつ……」 「『つけなければいい』なんて事言ったらこれからド変態って呼ぶわよ」 「…………」 「…………」 「ま、まあそのおかげでこっちも色々妄想できるんだけどな」 「妄想もほどほどにしなさいよ?」 「わかった、望月のスパッツ姿で妄想するわ」 「はぁ!? な、なんで私なのよ!」 「だってスタイル良いし、魅力的だし?」 「そんなこと言われたら恥ずかしくてスパッツ履けないじゃない……」 「いや、それよりもブラチラも捨てがたい」 「ブラチラって……、パンチラより見られる確率低いんじゃない?」 「意外とそうでもないぞ? 無防備な子は結構見えちゃってるし」 「ちょっと! そこは見ないようにしてあげるのが男ってもんでしょ!?」 「男だからこそ見ちゃうんだよ!」 「それに、男子から『ねえ、ブラチラしてるよ』なんて言われたら殴られるわ」 「まあ、そうよね……」 「じゃあその無防備な子の名前教えなさいよ、私から言っとくから」 「別にいいぞ。無防備すぎてだんだん見るのが申し訳なくなってきたし」 「その子どんだけ無防備なのよ……」 「プラスチックの教材ケースってすぐ壊れるよな」 「あれって早いと1週間もたないもんね……。でも、あると便利だよね」 「そうそう、移動教室の時に教科書とか持ち運ぶのに助かるんだよな」 「なのに教科書入れすぎたり重いのが入ると取っ手が取れちゃうし……」 「あと机にぶつけて側面が壊れちゃったりするんだよな。壊れやすさと値段が合ってないから高く感じるし」 「そうそう。500円ぐらいだけど、簡単に壊れるから高く感じるのよね」 「あの壊れやすさだったら200円とか300円ぐらいでいいよな」 「結局消耗品ってことよ、何度も買わせる気満々ねあれは」 「酷いよな、狙撃されたらあれでどう防げばいいんだか」 「あれじゃ防ぎようがないから教科書とか目いっぱい詰め込むしかないんじゃない?」 「でも教科書たちは紙だからすぐ貫かれちゃうだろ? オリハルコン製のペンケースでも用意するか……」 「用意するのはいいけど、それを持ち歩くの前提で用意するのよね?」 「……も、もちろんだぞ! いきなり何を言い出すんですかー全くもー」 「その反応は絶対考えてなかったでしょ?」 「オリハルコン製のペンケースなんて入れたら取っ手がすぐ取れちゃうよ?」 「そもそもオリハルコン製のペンケースなんてどこで手に入れるのよ……」 「じゃ、じゃあどうやってあれで防げって言うんだ!」 「そろそろ狙撃に対して突っ込み入れても良いよね?」 「あれで安くなかったら絶対みんな買わないよな」 「でしょうねー。今でもちょっと高いかなって思う子の方が多いんじゃない?」 「そうか? 結構持ってるやつ見かけるけどな」 「って言っても3割ぐらいでしょ? まあ私も持ってるけど買う時高いなーって思っちゃうし」 「俺も1回買ったんだけどあの耐久度でこれかぁって思って買わなくなったんだよ」 「せめてもう少し耐久度が上がればなぁ……」 「もしくはもう少し値段を下げて欲しいよね。そうすれば買う人がもっと増えると思うなぁ」 「俺達が使い方をもう少し気をつければいい話なんだろうけど……」 「ついつい詰め込み過ぎたり落としたりしちゃうんだよな」 「そうそう、意識してても結局壊れちゃうからね……」 「今度安いとこ探しに行くか? もしかしたら100均とかにあるかもしれないし」 「良いわよ? 壊れやすさも変わらないだろうし」 「最近、勉強の方はどう?」 「今まで通りやってるけど? なんか分からないところでもあった?」 「そういうわけじゃないんだけど、勉強しっかりやってるんだなーって感心しててさ」 「ある程度良い成績とるにはこういう積み重ねが大事だからね」 「どっか良いとこ目指してるんだっけ?」 「んー、専門だから良いとこかどうかは分からないけど、いい成績だった方が合格しやすいでしょ?」 「そっか、俺もそうやって勉強出来ればいいんだけどな」 「勉強はダラけるとすぐ忘れちゃうからね」 「すべての教科書にエロ要素入れたら成績上がると思うんだ」 「ムッツリな人だとエロ要素の部分だけ見て勉強しなそうじゃない?」 「ムッツリじゃなくても見るだろ」 「脳内に焼き付けるから公式とかも覚える! なんて幸せな教科書だ!」 「でも、そんなことしたら興奮して席から立てなくなるんじゃない?」 「…………」 「1、女子の私から指摘されて恥ずかしい、2、それを考えるのを忘れていた。どっち?」 「り、両方……」 「盲点だったし指摘されて想像したらヤバい恥ずかしかったんだけど……!」 「そういうとこもしっかり考えないとねー?」 「女子はそういうことなくて良いよなぁ」 「んー……そうでもないかもね」 「マジで!?」 「エッチな気分になったりしたら大変かもよー?」 「って、変な気分になってくるからもうこの話やめよ!」 「……想像しちゃったじゃない、バカ」 「興味無いものを勉強するのは苦行だよな」 「苦手ならまだ頑張ろうって思えるけど、興味なかったらそういう気も起きないし」 「苦手でも頑張ろうとは思えないなぁ……。そういうとこ望月すごいよな」 「苦手が克服出来るうちにやっておかないと、どんどんひどくなるからちゃんと克服しておいた方が良いよ?」 「だな。ちょっとだけ頑張ってみようかな」 「頑張らないと赤点とって追試になっちゃうかもしれないし」 「マイナスイオンって信じる?」 「信じるもなにも存在してるでしょ」 「あ、そうなんだ……」 「目薬さすときって、思わず目閉じちゃうよな」 「分かる分かる! 別に怖いってわけじゃないのに閉じちゃうのよね」 「あれって目に何か入ってくるのを防ぐための反射行動らしいぞ」 「本能みたいな感じなの?」 「でもそれって納得いくわね。目に何か入ってきたら怖いし」 「だよなー。あと、目を開けてようとすると口まで開いちゃうし」 「あれって不思議だよね。なんで口開いちゃうんだろ」 「あれは俺にもさっぱりわからん。あと目薬が冷えてると冷たくてビクッとしちゃうんだよな」 「目に入ってくるだけでもビクッとしちゃうもんね」 「飲む目薬が出たら売れないかな」 「目の疲れをほぐすっていうのなら出てるけど、効果が出るの遅いのよね」 「飲んだらすぐ効果が出てきてくれれば最高なんだけどな」 「でも、目薬ってさすと眠気が飛ぶっていうかシャキッとするから良いと思うな」 「ビクッとしちゃうのちょっと恥ずかしくないか?」 「人に見られるとちょっと恥ずかしいけど……見られないところでやればいいじゃない」 「でも、飲んで似たような効果が出ればそっちの方が手軽だよな?」 「人がいないとこに行かなくて済むし、同じ効果が出るならちょっと欲しいかも」 「女子が目薬でビクンッ……なかなかエロいな」 「それのどこら辺がエロいのよ」 「ビクンッてするところに決まってるじゃないか」 「口まで開いちゃって目薬がいつ落ちるか不安でいっぱいな時に、ポタッと目薬が目に落ちた瞬間……!」 「そこまで具体的な説明しなくていいわよ……」 「てか、目薬だけでそこまで想像出来るなんてすごいわね」 「こういうの想像するの面白いからな。厨二病的な想像も得意だぞ!」 「いや、そこらへんはいいから」 「周りから痛い目で見られるよ?」 「恋愛に関する授業があっても良いと思うんだ」 「いやいや、それ胡散臭すぎるでしょ」 テンプレが学べると思ったんだけどなぁ…… 「告白して振られたら男はどうすりゃ良いの?」 「どうすりゃ良いのって……難しい話持ってきたわねぇ……」 「色々考えたんだけど、女子側の意見も聞いておこうと思ってな」 「うーん、告白する前の状態が仲が良かったかあんまり知らなかったかにもよると思うわよ?」 「仲が良かったらそのまま仲良くしたいと思うだろうし、知らない人だったら気にしないと思うし」 「そうか……結構サバサバしてるというか、極端だな」 「でも諦めきれない奴とか撃沈のショックがデカかったらどうなるんだろ」 「それは人それぞれじゃない?」 「俺ならレベルアップしてもう一度トライだな」 「へぇ、諦めないんだ。また振られるかもしれないのに?」 「振られる可能性を低くするためにレベルアップするんじゃないか」 「変わった俺を見てくれ! みたいな感じでさ」 「それだったら告白する前にその変わった部分を相手に見せた方が効果があるかもよ?」 「『あの人ってこういう部分もあったんだ……』って思って、告白の時に君の為に変わったって言われたらドキッとするもの」 「なるほど、そんな風に見せるのも一つの手なんだな」 「参考にするかしないかは任せるけど、私はそういうの好きだよ」 「振られ方にもよるか。ビンタされて『サイッテー!』とか言われたらもう一回告白とか出来ないだろうし」 「そんな振られ方されるのはそうそういないんじゃない?」 「てか、どういう告白したらそういう反応されるのよ……」 「まあそこは置いといて、友達でいましょうって言われたら普通に話しかけてもいいんだよな」 「うーん、普通に話しかけてみて、相手の雰囲気が軽く拒絶してるようなら身を引いた方がいいわね」 「でもそれってひどくないか? 友達として話しかけてるのに拒絶されるっておかしいだろ」 「全く眼中になかったり、ちょっと嫌だなっていう相手にも使う言葉だから、そこら辺の差よね」 「初恋は実らないってやつ……本当なのかな」 「どうしたの急に? まさか初恋がまだなんて言わないでしょうね?」 「んなわけねーだろ? 小学校の頃に済ませたわ」 「で、ホントは?」 「恋と呼べるぐらいのって……したことないかもしれん」 「ウソでしょ……? 恋って大体小学校とか中学校でしちゃうもんじゃない!?」 「……う、うっさい! 俺だってよく分かってないんだよ!」 「で、実らないってやつは本当なのか!?」 「私の友達、初恋だったけど今普通に彼氏とラブラブしてるよ?」 「いいなあ。俺も初恋実らしてぇ……」 「じゃあまずあんたは初恋の相手探さないとね」 「初恋の相手ねぇ……」 「それが見つかれば苦労しないんだけどな」 「てことはまだ相手いないんだ?」 「そういう事になる……かな」 「でも、多分身近なやつがそういう相手になりそうな気がする」 「身近っていうと、皆原さんとか柊さんあたり?」 「あと望月もな。ちゃっかり自分を抜くなよ」 「……はっ!? え、ちょっ!? わわわ私も入ってるの!?」 「だって身近な女子って言ったら当然望月も入るだろ」 「いや……まあそうなんだけど……え、ちょっと何この展開!?」 「あと野々村もいたか」 「…………」 「どうかしたか?」 「な、なんでもない……」 「結局顔か……そうだよな……」 「決めつけるの早すぎ。彼氏の顔見た事ないでしょ?」 「そりゃ見た事ないけど、どうせイケメンだろ?」 「私から見たらフツメンぐらいだったよ? あんたの方がちょっと上かもしれないし」 「っしゃー! 希望が見えてきた! 俺にも初恋成就のチャンスが!」 「あんたも単純っていうか、見てて面白いわね……」 「俺も頑張って初恋を実らせるわ!」 「空回りしない程度に頑張りなよー。お菓子食べながら応援してあげるから」 「それ応援する気全くないよね!?」 「お金で成立する愛はあると思いますか?」 「知らないわよそんなの」 この話題はこれ以上続きそうがないようだ。 「付き合うなら一緒にいて楽しい人と付き合いたいよな」 「そうだよね。付き合ってて楽しくなかったら気持ちも冷めちゃいそうだし」 「だよな。付き合ってるのに疲れたら会うのが苦痛になりそうだし、一緒にいても楽しくないだろ」 「そういう意味では友達から彼氏彼女の関係になっていった方が相性がいいかもしれないわね」 「むしろそれ以外で付き合おうって思うのって結構難しくないか?」 「先輩後輩だったらあるんじゃない? 友達ほど親密じゃなかったりとか……」 「でも一番自然なのは同級生よね。先輩後輩だと部活とか委員会が絡んできちゃうし」 「だな。まああくまで理想だからあんまり多く望む気はないんだけどな」 「そう? 私は理想は理想なんだから多少多く望んだっていいと思うけどな」 「ほう、一緒にいて楽しい事の他に何を望むんだ?」 「そうね……、安心出来る人だったら文句無いかな〜♪」 「よし、今日から俺、隣にいて安心出来る男目指すわ」 「……え?」 「ん、どうした」 「話の流れからして……あ、私の隣にいてってこと?」 「他のやつでもいいけど、望月と一緒にいて楽しいし、いいかなぁって思ってさ」 「じ、冗談だったらこの辺でネタばらしした方がいいわよ? これ以上騙すと後が怖いわよ?」 「ふう、わかったよ。ホントに後から怖い目にあいそうだからやめとくわ」 「もー! ビックリしたじゃないのー! そういうタチの悪い冗談やめてよね!」 「悪い悪い、たまにはこうやってからかってみるのもアリかなって思ってさ」 「あんたねぇ……今のやつ、遠回しに告白してるようなもんだったわよ?」 「マジ? そんなに決まってたか」 「少しは反省しなさい! 冗談で言う事じゃないよ!?」 「冗談じゃなくて本気だったらどうする?」 「し、知らないわよ! バカ!」 「一緒にいて楽しくなかったらそれ以前の問題だよな」 「付き合ってる事自体に疑問が浮かぶわよね」 「友達と一緒にいた方が楽しいってなったらおしまいな気がするよな」 「彼氏彼女と一緒にいる時と友達と一緒にいる時じゃ感覚は多少違うけど、楽しさは一緒だろうしね……」 「こう考えてみると彼氏彼女ってハードル高くね?」 「相性もあるから多少ハードルは上がっちゃうでしょうね」 「彼女が出来たとして満足させられるか不安になってきたぞ……」 「何弱気になってんのよ。まだ彼女すら出来てないうちから不安がってもしょうがないでしょ?」 「これからは俺、知的クールキャラでいくわ」 「あんた自然のままでいなさいよ……もう……」 「もうってなに!? もう何か手遅れなの!?」 「…………」 ウソだろ!? 俺なにやらかした!? 「俺の趣味について何か質問あるか?」 「あんたの趣味? そうね……、ゲーセンでいつもどういうのやってる?」 「そうだなぁ……、格ゲーとか対戦ゲーが多いけど音ゲーとかもやるな」 「音ゲーもやってるんだ? 格ゲーとかはやり込んでそうね」 「ガチ勢ってわけじゃないんだけど、それなりにやり込んでるかな」 「でもガチ勢レベルで上手いじゃん」 「ガチ勢さんはマジでレベル高いから勝てないの!」 「ふーん……」 「じゃあさ、音ゲーの曲で激しい曲と明るめな曲だったらどっちが好み?」 「明るめの曲かな。あんまり騒がしい曲になるとリズム取りにくくなっちゃうからな」 「そうなんだよね……」 「それに、明るめの曲なら周りで聴いてても一緒に楽しめるしね」 「騒がしいのとかになると好み分かれてくるし、明るめの曲ってメジャーなやつ多いしな」 「そうそう。だから聴いた事あるやつをプレイしてる人がいると、ついつい見に行っちゃうのよね」 「わかるわかる。自分がプレイしてる時もさ、プレイし終わって後ろ振り返るとギャラリーいたりするからな」 「あれって気付いたらいっぱいいるからちょっと恥ずかしいよね……」 「あそこで開き直れたらカッコいいんだけど、恥ずかしくて、そそくさとその場から離れちゃうよな」 「でも、それだけ見てくれるってことは自分のプレイが上手いってことだから嬉しいかな」 「激しい曲かな。結構ノリノリになれるやつ」 「激しい曲って遠くから聴いてると騒音みたいじゃない?」 「そんなことないぞ? 分かる人には分かるからな」 「でも激しい曲って結構好み割れない? 私はあんまり好きじゃないし……」 「ノリノリになれるのに好きじゃないのか……。オススメ教えようか?」 「んー、今知ってる曲で満足できてるから別にいいかな」 「俺の私生活についてなんか質問あったら答えるぞ」 「私生活かぁ……それって結構プライベートな事も聞いちゃって良いの?」 「あんまり過激なモノや恥ずかしいのは答えないぞ?」 「じゃあそのギリギリのラインを狙ってみようかな……」 「そういうつもりで聞いたんじゃなかったんだけどなぁ……」 「冗談よ」 「朝食ってパン派? ご飯派?」 「ご飯だな。炊きたてのご飯だと最高」 「えーご飯なの? パンの方がすぐ食べられるし美味しいじゃない」 「ご飯の方が腹持ちがいいし、炊飯器に予約タイマー入れておけば朝炊けてるじゃん」 「パンだと朝に焼いてジャムとかマーガリン塗って食べるだけなんだからすっごい楽なんだから!」 「楽かもしれないけど、俺はしょっぱいものが食べたいんだ!」 「パンだったらバターぐらいじゃないとしょっぱくならないだろ?」 「塩コショウ振った目玉焼き作って、焼いたパンの上に乗せて食べれば解決じゃない?」 「…………」 「…………」 「くっ、完敗だ……。ここまで熱く語られたら俺もパン派になってしまう……!」 「更にいうとパンだと行儀悪いけど食べながら歩けるしね〜♪」 「パンだな。カリッカリに焼いてバター塗って食べるのが好きなんだ」 「私はそのままでジャム塗って食べるのがいいかな。ふわっふわで美味しいよ?」 「ホントか? ジャムはあんまり使わないんだよな。味にしょっぱさが欲しくてさ」 「そうなんだ。でも私の食べ方も美味しいから今度試してみてよ」 「そうだな。明日あたり試してみるよ」 「でもさ、しょっぱさが欲しいならベーコンエッグ作ってパンに乗せたらいいんじゃない?」 「何度かやってみたんだけど、ベーコンエッグ作ってるのに集中しすぎてパンが焦げたりしたんだよ……」 「あらら……タイマーとかないの?」 「トースターで焼いてるからないんだよね」 「それだったら温める時間減らせばいいじゃない……」 「ついついいつもと同じようにやっちゃうんだよな……」 「でも、あんたって料理出来たんだ?」 「いや? 集中しないとベーコンエッグが炭になるからな」 「不慣れでも台所に立つだけいいと思うよ?」 「男の子の作る料理ってちょっと食べてみたいかも」 「俺の学校生活について何か意見とかある?」 「全体的にもうちょっとシャキッとしたら? そんなんじゃ彼女出来ないわよ?」 「シャキッとしろって言われてもなあ……」 「てか、シャキッとするのと彼女が出来るのって関係あるのか?」 「しっかりしてるとこ見せれば、そこを好きになる人が出てくるかもしれないよ?」 「かといっていつも気を張ってたら疲れそうだな」 「それに、具体的に何を頑張ればいいんだか」 「そういえばあんたってテストの成績真ん中らへんだったよね?」 「もうちょっと勉強頑張ったら?」 「少しやってみるか。別に望月に言われたからってわけじゃないからな」 「ツンデレ発言なんて似合わないわよー? そこまでして彼女欲しいの?」 「そんなことねーし。成績は上だった方が進学とかに便利だろ?」 「で、実際の本音をどうぞ」 「そりゃ彼女欲しいよ! 今しか作れる余裕ないと思うしさぁ……!」 「相変わらずすぐ本音漏らすのね。まあそこは嫌いじゃないんだけど」 「ま、とりあえず勉強少し頑張ってみるわ」 「上位になるの難しいけど頑張ってね」 「分からないとこあったら教えてくれないか?」 「私が分かれば良いよ?」 「特に目標もないから頑張る気力が湧かないんだよな」 「え、じゃあ彼女出来なくてもいいの?」 「勉強だけ出来ても彼女は出来ないだろ? そう考えると勉強頑張ってもなーってさ」 「まあ勉強だけとは言わないけど、何かに頑張ってる姿って魅力的に見えるもんよ?」 「それは分かってるんだけどな。まあ適当に頑張ってみるよ」 「そんなやる気がないと何やっても長続きしなそうね……」 「なあ、得意技って持ってるとカッコ良くないか?」 「得意技? 『じゃーんけーんグー!』で思いっきり相手を殴るとかそういうの?」 「それが得意技とか怖くてじゃんけん出来なくなるわ!」 「もう、ちょっとしたお茶目なジョークじゃない。で、あんたは得意技持ってるわけ?」 「ふふふ、実は得意技を持っているのだよ!」 「へぇ、どういう得意技なの?」 「傘を使う得意技で、結構サマになってると思うんだ」 「傘って装備すると結構万能よね」 「刀にして居合切り! みたいにな」 「侍とか忍者って小さい頃の男子って憧れるもんね。居合切りー! ジュバー! とかいって遊んでそう」 「昔はそうだったぞ? 今でもたまにやってるしな」 「さすがにそれは恥ずかしくないの……? 隣にいたら他人のフリする自信あるわ……」 「童心を忘れてないと言ってくれ。それにやるとしても学校の中だけだしな」 「うーん……それもそれで痛いような……?」 「でもそうやって無邪気に遊べるのってあんたらしいわよね」 「よせやい、そんなこと言っても何も出てこないぞ?」 「私あんたのそういうとこ好きだけどね」 「槍にして突進! みたいにな」 「槍って結構珍しくない? フェンシングみたいにやるなら小さい頃いたけど」 「狩りゲーの影響だな。自分のスタミナが切れるまでひたすらに走り続けるんだ!」 「アレって前見て走ってないからすっごい危ないと思うんだけど……」 「ああ、実際アレの真似して壁に突っ込んだ奴いたな」 「お腹の前に傘突き出してたもんだからお腹にささってゲホゲホいってたっけ……」 「その子大丈夫だったの?」 「一応大丈夫だったみたいだぞ? 次の日突進しながら学校来たし」 「懲りないんだ……」 「他の男子には聞けないような恥ずかしいエッチな質問とかじゃんじゃん受け付けてやろう」 「何その上から目線……」 「てか、そういうの女子から聞いたら普通引かない?」 「そうか? むしろ色々妄想して興奮するんだけど……」 「うわぁ……、そっちの方が引くわぁ……」 「冗談だって。あんまり生々しいのだと困るけど、そうじゃなければ全然平気だぞ?」 「じゃあさ、ちょっと答えるのが難しそうなことなんだけど、質問していい?」 「おう、どんどん来い。なるべく答えられるようにしようじゃないか」 「あ、あのさ……ど、童貞って……男からするとそんなに恥ずかしい事なの?」 「は、恥ずかしいに決まってるだろ!」 「そ、そうなんだ……。でも、なんで恥ずかしいの?」 「一度も攻略された事のない城よりも、一度も城を攻略出来ていない兵士の方が情けないだろ?」 「つまりそういう事だ」 「それってよく使われる例えよね……。別に操を立てるって考えにすればいいと思うんだけどな……」 「望月だったら彼氏になったやつは童貞の方がいいのか?」 「その質問にはノーコメントでお願い。そこまで生々しいのは無理……」 「お、おう……」 「…………」 「…………」 気まずい空気になっちゃったな…… 「自分のブツに自信がないやつはそうなんだろうな」 「へぇ、じゃああんたは自信あるの?」 「当たり前だろ。だって自分の分身だぞ? 自信がなかったらそれは自分に自信がないのと同じだ」 「カッコいい事言ってるはずなのにネタがネタだけに微妙な気持ちになるわね……」 「でも、実際そういうもんだと思うぞ? それか開き直っちゃえばいいんだし」 「開き直って暴露されても困るけどね……」 「そういうやつはいないだろ。一般的には恥ずかしがるやつの方が多いんだから」 「それなのにあんたは結構落ち着いてるのね……」 「恥ずかしがると思ってたけど、聞けて良かったかも」 「男子の恋愛事情について知りたければ俺の知ってる範囲で答えるぞ」 「それってこのクラスの範囲? それとも一般的な男子の恋愛事情?」 「一応一般的なってことにしておこう。クラスだと特定されたら可哀そうだ」 「そうねぇ……彼女が出来たら一番最初にやりたいことは?」 「デートとか一緒の時間をゆっくり過ごすって感じだな。あくまで個人的な統計だけどな」 「ふむふむ。じゃあ純粋な質問なんだけどさ……」 「男子って相手を好きになるとまず何するの?」 「とりあえずメールなり会話なり仲良くなる努力をするぞ」 「へぇ、小さい頃って好きな子をいじめる子がいたじゃない? それみたいにちょっかい出すのかと思ってた」 「それは素直になれないガキンチョがやる事だ。スマートな紳士になれば自然と仲良くなろうとするはずだ」 「スマートな紳士ねぇ……?」 「でも、そういう風に歩み寄ってくれないと、女子側も気になってたとしても動けなかったりするのよね」 「両想いだったら自然と仲良くなれると思うけどな」 「そうね。話題に困ったりしないだろうし、一緒にいるだけで楽しそう」 「で、あんたはスマートな紳士なの?」 「おう、だからこうやって望月と話してるんだろ?」 「…………」 「…………」 「ははは、何いってんのよ」 「冗談もほどほどにしときなよ?」 「望月とは仲良くしてたいからな」 「……そっか」 「オナニー」 「…………」 「……は? ごめん、よく聞き取れなかったみたいだからもう一回言ってくれない?」 「だからオナニー。相手を妄想してするんだよ」 「うわぁ……」 「好きになるって性的な目で見るっていう部分もあるし仕方のない事だと思うんだ」 「へー……」 「あ、あの……なんでそんな急にそっけなくなってるんでしょうか?」 「別に? いつもこんな感じじゃない? 何でそんなビクビクしてるのよ?」 「な、なんかごめんなさい……」 「謝ってる理由もわからないのに謝られても意味わかんないんですけど」 「この間風呂入った時にシャンプーと間違えてリンスで髪洗っちゃってさー、全然泡立たなくて焦ったわ」 「そういうのって見た目とかで分かるもんだったりしない? その時見分けつかなかったの?」 「ぼーっとしてて気が付かなかったんだよなぁ。そんで、少しわしゃわしゃしてから気付いたんだわ」 「ドジねぇ、でも疲れてたりぼーっとしてるとそういう事ってあるわよね」 「そうそう。……ん? 望月……」 「ん? どうかした? 何かついてるの?」 「…………」 「え? な、何……?」 「頭に……虫がくっついてる……」 「ひっ!? ちょっ、ヤダヤダヤダ! お願い取って取って!!」 「……なんていうのは冗談で、望月の髪の毛ってサラサラだよなー」 「……はぁ?」 「……ねぇ、私、世の中にはついていい冗談とついちゃいけない冗談があると思うの」 「あんたがさっきついた冗談はどっちだと思う……?」 「それは当然ついていいジョウダ……」 「んなわけないでしょー!? 本っ気で怖かったんだからね!? もうサイテー!」 「抱きしめても良いか?」 「へ!? ダメダメ! 絶対にイヤ! なんで普通の会話してたはずなのに暴走してんのよ!」 「なんか望月を見てたらこう……ギュッと抱きしめたくなってきてな……」 「ギュッて……! ダメダメ! 抱きしめて来るなら全力で叫び声あげるわよ!?」 「そこまで拒否することないだろ? そんなに俺に抱きしめられるのが嫌なのか?」 「彼氏彼女でもないのに抱きしめるとか何考えてるのよ!? 今正気じゃないよね!?」 「俺は全然正気だぞ? てか、さすがにそこまで拒絶されると凹んでくるわ……」 「ご、ごめん……。でも、そういうのは付き合った相手にやってあげなよ?」 「私なんか抱きしめても面白く無いよ?」 「でも望月以外でこんな気持ちになったことないんだよなぁ……」 「へ、へぇ……そうなんだ」 「さり気ない微笑みってドキッとしないか?」 「さり気ないっていうか、何気ない時にする笑顔がドキッとするかも」 「何気ない時の笑顔か……意識しちゃうとそういう笑顔って出来ないもんな」 「自然体の笑顔っていうのかな? その笑顔を見るとすごい嬉しそうとか思えてくるよね」 「自分の好きな食べ物とか想像したらそういう笑顔出来るかな?」 「あんまりだらしない笑顔だとアレだけど、出来るかもしれないわね」 「そっか、それはちょっと気を付けないとな」 「ん……? ふふっ、何よ」 「今ナチュラルスマイルの練習をしているんだ」 「もしかして早速練習してるの? 突然にっこりしてきたからちょっと驚いたわよ」 「でも、良い感じなスマイルだったろ?」 「まあまあかな? ちょっとさり気なさが足りなかったかも」 「なかなか辛口なコメントですな」 「どうせなら辛口の方が質のいい笑顔が出来るようになるんじゃない?」 「違いないな。じゃあこれからたまにやるかもしれないから、その時にまた教えてくれ」 「気付かないかもしれないからやったらちゃんと教えてよ?」 「あんまりいい笑顔になられても困るけどね」 「トイレ行きたい」 「なら早く行ってきなさいよ……! なんで我慢してるのよ!?」 「せっかくこうやって話してるのにその話の腰を折ってまで急いでるわけじゃなかったからな」 「……ってことは?」 「今、一分一秒を争う事態になってる……」 「な、なんでそんな我慢してるのよ!?」 「我慢って、峠を越えると笑顔になれるんだな……」 「違うから! それは諦める方向に悟り開いちゃってる顔だから!? まだ間に合うから急いでいってきなさいよ!」 「お、おう……。すまんがちょっといってくる……!」 「ったくもう……」 「と思ったらたった今便意が消失した」 「すごい、さっきまでの地獄の便意が、嘘みたいに消えてなくなった!」 「顔の体操って小顔になるっていうけど、望月やってる?」 「元々顔が大きいってわけでもないからやってないわね」 「てかあんたから言われるまで気にした事なかったかも」 「へぇ、でもなんで顔の体操やると小顔になるんだ?」 「顔の筋肉が引き締まってシェイプアップみたいになるんじゃない?」 「じゃあ小顔ローラーみたいのって顔の脂肪を耕してるだけで効果ないのか?」 「ローラーやった後にその顔の体操をするんじゃないの? やった事ないから分からないけど」 「へぇ、結構知らないようで知ってるんだな(変な顔をする)」 「ふふっ、何それ。新手の顔芸か何か?」 「実は……俺の整形前の顔なんだ……」 「ウソ……、中学の時はもうその顔だったって事は……そんな小さなころに整形しちゃったの!?」 「あぁ……、この顔がどうしても嫌で嫌で仕方なくて親にお願いしまくって整形させてもらったんだ」 「家の人は反対しなかったの……?」 「ものすっごい反対されたよ。大きくなればイケメンになれるかもしれないだろって……」 「で、本当はどうなの? 整形してないでしょ?」 「顔にメス入れられるの想像しただけでも怖いわ!! 誰が整形なんてするか!」 「そんな分かりやすいウソついてどうするのよ……」 「顔の筋肉を動かして表情を豊かにしているのさ」 「あんた普段からよく笑ったりしてるからそういうことしなくても表情が豊かなんじゃない?」 「気まずい雰囲気になった時に、ぎこちない笑顔じゃなくて普通の笑顔を振りまきたいんだよね」 「笑顔でその雰囲気を吹き飛ばそうっての? あんたもごり押すわねぇ……」 「でも、苦笑いとかぎこちない笑顔よりは普通の笑顔の方が見た目いいだろ?」 「まあそうだけどね……」 「俺は雰囲気にも勝る素敵な笑顔を手に入れてみせる!」 「雰囲気はとりあえずおいとくけど、素敵な笑顔ってのは良いかもしれないわね」 「はぁ……。参ったなぁ……」 「随分気が滅入ってるみたいだけど、どうしたの?」 「なぁ、助けてくれよ……実はさ……」 「あ、そんな顔しても宿題見せないからね」 くっ、先を読まれた!! 「放課後になると寂しい気持ちになってくるよな」 「そう? 部活やってる子の声とか聞こえてくるし、寂しい気持ちにはならないと思うけど……」 「夕焼けの時間になると一気に何ともいえない寂しさがこみ上げてくるんだ……」 「そうなの? そんな時間まで教室に残った事ないからよくわかんないけど……」 「まあこの良さは分かる人に分かればいいのさ……ふう……」 「ん?? まああんたがそれでいいならいいけど……」 「どうしたの……? 何か悩み事でもあるの……?」 「いや、なんとなくこうするとカッコ良いかなって思って」 「じゃあさっきまでなんか雰囲気違ったのも演技っていうか、『俺カッケー!』って思いながらやってたの?」 「そこまでは思ってないけど、『キメてやったぜ……!』ぐらいにしか……」 「…………」 「それでも十分痛いわよ? 厨二病が再発した?」 「馬鹿な!? もう症状は治まっているはずなのに……!」 「それは一時的なものよ! あんたの厨二病はこれからもずっと続いて行くのよ!」 「俺は……厨二病から解き放たれることはないのか……!」 「んー、なんか厨二病ってつまらないっていうか、飽きるわね」 「勝手にノッておいてその反応!?」 「心配してくれてありがとう。ちょっと気が滅入ってたかな」 「ホントにそれだけ? それだけには見えなかったんだけど……」 「大丈夫だって、望月に心配されて、しっかりしなきゃって思ったら滅入ってた気持ちも吹き飛んだからさ」 「それならいいけど……、あんまり溜め込まないでよ?」 「あんたが落ち込んだりしょんぼりしてると周りもそんな雰囲気になるんだから」 「俺ってそんなに周りに影響力ある?」 「あんたはそう思ってなくても、結構そんな感じなんだよ?」 「だったら尚更しっかりしねぇとな! うし!」 「私に出来る事があるならやれる時してあげるからさ、ファイト!」 「イケメンってさ、常にカッコいい表情してると思わないか?」 「そう見えてるだけで普通の顔してるじゃない。イケメンに対してどういう想像してるのよ……」 「イケメンって何してもカッコいい気がしてさ、どうやったらイケメンに近づけるのかを考えてるんだ」 「そうやって真似てみても、結局は真似にしかならないから自分の良さには繋がらないんじゃない?」 「真似てコツを掴んで自分の物にするっていうのもアリだと思うんだけどな」 「それはそれでいいと思うけど、イケメンって限定してる時点で自分とは違うって言ってるようなもんじゃない?」 「イケメン……かぁ……(クールな表情をしている)」 「あれ? どうしたの……? 下痢……?」 「望月の想像力には脱帽するわ。どうやったらこの表情で下痢になるんだよ」 「急にお腹が痛くなるとフッと冷めた表情になる人いない? てっきりそれかと思ってさ」 「それって限界突破して諦めた顔じゃないか!?」 「痛みの波が引いた時になると思ってたけど、そういう場合もあるのね……」 「それだったら気持ち分かるな……。波が引いた瞬間の安心感がヤバいからな」 「でも、そこで油断するとまた波がやってくるのよね」 「そうそう。あの波は怖いよな……。でも、クールな表情をしたつもりが下痢って……」 「あれってそうだったんだ!?」 「ごめんごめん、ああいう顔もちょっと良かったけど、そう見えちゃったんだもん」 「俺、下手にこういう顔しない方がいいのか……?」 「あんたは普段通りにしてた方がいいと思うよ?」 「私も普段のあんたの方が良いし」 「そこまで俺、クールが似合わない男なの……!?」 「え、クールってもしかしてさっきのクールなキメ顔してたの?」 「そのつもりだったんだけど、下痢って……」 「少なくとも女子が発言しちゃまずい単語だろ……」 「お腹下したーとかっていうより下痢って言った方が文字少なくて伝わりやすいと思わない?」 「でも下痢って言われたら男からしたらちょっと幻滅するぞ……?」 「そんな事言われてもねぇ……」 「とりあえずこれからは気を付けるわよ」 「その方が良いと思うぞ。俺も下痢って言ってた事は忘れるから」 「で、トイレ行かないの?」 「だから下痢じゃねーって!」 「休日はどれくらい店に客来るの?」 「うーんとね、5万人くらい♪」 真面目に答えろよ……。これ以上話を振っても冗談で流されそうだ。 「時給ってちゃんと努力すれば上がるのか?」 「昇給制度があれば上がるんじゃない? そういう制度がないところは上がらないけど」 「その違いって、求人情報誌にも載ってるかな?」 「大体は書いてあると思うよ?」 「あとはそういう説明がなくて気になってるなら面接とか応募する時に聞いてみるといいかも」 「なるほどなぁ、やっぱバイトするなら時給アップとかあった方がやる気出ると思うんだ」 「短期だったら時給アップは難しいかもしれないけど」 「望月のところは時給上がるのか?」 「上がるわよ? まあ経験とか実績が考慮されるけど」 「きっと理奈様は高給取りに違いない。なんかそんな気がする」 「高給取りって、バイトなのにそんなに差が出るわけないじゃない」 「でも、望月って結構バイト入ってるみたいだし、スキルも高そうなんだよな」 「そんなことないわよ? 普通よ普通! 周りの子と同じタイミングで時給アップしてるし!」 「ちなみに今時給おいくらなの? 言いにくいなら言わなくてもいいけど」 「別に言いにくいってことはないけど……」 「最初はこのくらいで……今はこんな感じ」 「なっ!? やっぱ高給取りじゃないか! 理奈様スゲー!」 「り、理奈様ってなんなの!?」 「高給取りだから望月から理奈様に昇格しました」 「そんな風におだてても、奢ったりしないからね!?」 「ま、悪い気はしないけどね♪」 「でも上がるって10円単位だろ?」 「10円単位だけど結構大きいわよ? 月になんだかんだで60時間とか働くんだから」 「じゃあ50円上がったらかなり大きいな……。ちょっと甘く見てたわ」 「まあ一気にそれぐらい上がるのはあんまりないけど、ちょっとずつ上がっていくと嬉しいもんよ?」 「それもそれで良さがあるかもしれないけど、やっぱり一気に上がって欲しいなぁ」 「あんまりお金お金言ってるとイメージ悪くなるわよ?」 「バイトって、時々嫌にならない?」 「そりゃ嫌になる事はあるけど、そこでへこたれてても仕方ないでしょ?」 「そんな事言ってたらバイトなんて出来ないわよ?」 怒られてしまった。 「勤務時間ってどれくらい?」 「平日と休日で結構差があるのよねー。でも、そんなに長くは入ってないわよ?」 「大体何時間入ってると長時間って感覚になるのかな?」 「6時間以上働いてたら長時間じゃない? 学校通いながらそれぐらい働いたらすごいと思うけど」 「22時以降は働いちゃいけないって決まってるからなー。休日ぐらいじゃないとそのぐらい働けなさそうだな」 「そうね。私も休日で入る時は6〜7時間働いてる時あるからね」 「平日は大体どのぐらい働いてるんだ?」 「大体4時間ぐらいかな?」 「立ち仕事は辛いだろうに」 「たしかにちょっと辛いかなー。終わる頃には足がパンパンになってるし……」 「立ち仕事をすると足が太くなるっていうけど、望月はそんな事ないよな」 「ちゃんと帰ってからマッサージしてむくみをとってるからね〜♪ 足が太くなったらヤダし」 「一回太くなったらすらっとした足に戻すのって無理なのか?」 「無理ってわけじゃないけど大変だと思うよ? あと、そんな太い太い言わないの!」 「望月だって太くなったらヤダとか言ってたじゃないか!? 俺だけってひどくないか!?」 「男子の言葉と女子の言葉じゃ重みが違うのよ!」 「4時間って、結構長く感じるよな」 「暇だと長く感じちゃうけど、忙しいと結構あっという間だよ?」 「楽しかったりすると時間が経つのが早く感じるのと似たようなもんか」 「でも、忙しいと色々考える余裕ないし、気が付いたら時間が経ってるって感じかな」 「そんなにあのクレープ屋って混むのか?」 「全然そんなイメージないんだけど……」 「休日とか平日の学校帰りに寄ってく人が多いから、その時間だけはすごい混むわね」 「あとはたまに忙しくなるくらいかな」 「忙しくなると愚痴とか言い出すやつがいるけど、望月はそんな事ないんだもんな。スゲーよ」 「時間があっという間に過ぎるから私は好きなんだけどね。忙しいと愚痴る余裕もないし」 「それだけバイトが楽しいってのもあるんだろうけどな」 「そうだねー、結構楽しいし、愚痴もあんまりないかな♪」 「クレープって家で作れないの?」 「そんなことないわよ? フライパンで出来るし、オリジナルトッピングとかして楽しめるし」 「フライパンで出来るのか? クレープ屋にある専用の鉄板みたいなのじゃなくてもいいのか」 「トンボっていう器具さえあれば簡単だよ」 「トンボってあのグラウンドの土を平らにするやつだろ?」 「それの超小型バージョンが調理器具であるの」 「それがあればササッと出来ちゃうわよ」 「へぇ、結構作るの楽しそうだな」 「簡単だし、材料さえあれば作れるよ?」 「あの薄く伸ばす作業難しくないのか?」 「あれは下手に力を入れずにくるっとすれば出来るから全然難しくないよ?」 「初めてやる時に力加減が分からなくて変な風に固まりそうだなぁ……」 「あんまり難しく考えないでその場のノリでパパッとやっちゃえば案外出来るもんよ?」 「綺麗な円を描くのは結構大変なんじゃないか?」 「なんでそんなに自信ないかなぁ……?」 「フライパンだって丸いし、外にはみ出したりしない分安心してトンボ回せるじゃない」 「挑戦してみようかな……」 「そうすれば食べたい時に家で食べれるし、わざわざ買いに行かなくていいしな」 「実際家で作った方がたくさん食べれるし安上がりになったりするからね」 「たくさんトッピング乗っけて、人の目気にしないで口いっぱいに頬張れるしね」 「さては望月、家でも作ってだろ!?」 「バイト始めた頃は練習もかねて作ってたよ? 今は慣れてきちゃったからあんまり作らないけど」 「練習って、もしかして食べきれないぐらいの量を練習したりしたのか?」 「そんなこともあったわねぇ……」 「でもアイスクレープにして次の日に回したりしてたよ」 「なんでその時に俺を呼んでくれなかったんだ! アイスクレープとかすっごい美味しそうじゃないか!」 「良いでしょ〜♪ 自分で言うのもなんだけど、めちゃくちゃ美味しかったわよ♪」 「失敗したクレープってその後どうするの?」 「どうするって、あとで処理するんだけど?」 「処理って捨てちゃうのか? もったいないなぁ……」 「んー、あんまり多いと捨てちゃうわね……」 「新人の子が入ってくると結構失敗したのが出てきちゃうのよ……」 「やった事ないから仕方ないんだけど、失敗したのを持ち帰るにしても量がありすぎても食べきれないし……」 「てか、そんなに失敗したら怒られるんじゃないのか?」 「そりゃそうよ。新人のうちは多少おおめに見てくれるけど、あまりにも多いとすごい怒られるわよ?」 「失敗作が多すぎると処理が大変なのよ……」 「呼んでくれれば食べに行くぞ」 「一応従業員だけって事になってるから直接は渡せないのよ……ごめんね?」 「そうなのか……形が歪でも、クレープはクレープだから美味しいと思うんだけどな」 「でも失敗作ってほとんとが生地だけで、トッピングミスはそんなにないわよ?」 「それはそれであとあと自分でトッピングすればいいだろ? 捨てるぐらいなら俺が食べてやる!」 「じゃあ今度持って帰ってくる事になったら連絡するね? 私の分引き取ってくれる?」 「全然いいぞ? てか、もらっちゃっていいのか?」 「食べ過ぎて太りたくないし、バイト後ってクレープの匂いに飽きちゃってるから引き取ってくれたら私も嬉しいの」 「それなら遠慮無くもらうよ、ありがとな」 「私も助かるからお互い様よ」 「その時は私がトッピングとかしてあげるからさ」 「でも食べられるだけ良くないか?」 「そうはいうけど、実際大量のクレープ生地を食べるのってキツイのよ?」 「そうか? 味を変えればイケる気がするんだけどな」 「それにバイトの後だとクレープの甘い匂いでお腹いっぱいになっちゃってるのよね……」 「ああ……、それはちょっとキツそうだな」 「慣れてる子が一緒だったら失敗作もなくていいんだけど、新人の子と一緒だったらいっぱいお裾分けが来るのよ……」 「それはなんというか……頑張れ!」 「頑張りたくないわよー! どうせならもらったのを食べてもらいたいぐらいよ!」 「誰かさんと話してると最近楽しくてさ」 「へえ、良い感じじゃない。もちろん相手は女子だよね?」 「当たり前だろ……。なんで野郎と話してて楽しいとか悲しい事を暴露せにゃならんのだ」 「ごめんごめん。でも、それなら結構いい雰囲気になってるんじゃないの?」 「相手も話してて楽しいって思ってくれていれば嬉しいんだけど、いい方向に考えすぎかな?」 「でも自分が楽しいって思ってるなら相手も楽しいって思ってくれてるんじゃない? 少なくとも悪い印象はないと思うけど」 「そうかー。それを聞いてちょっと安心したわ」 「変にぎこちなくなってなければ全然良いと思うし、向こうもきっと楽しんでくれてると思うよ?」 「ねぇ、その相手って誰なの?」 「名前言うなんて恥ずかしいに決まってるだろ?」 「なによー、もったいぶらずに教えなさいよー!」 「…………」 「……望月だよ」 「……え!?」 「な、なによ……急に……」 「そっちは楽しくない?」 「えっと……、た、楽しいわよ?」 「でも、あの……なんか照れちゃうね……アハハハ」 「良かったぁ……」 「これで楽しくないって言われたらどうしようかと思ったよ」 「うわぁ……さっき自分が言った事がすごい恥ずかしくなってきた……」 「向こうもきっと楽しんでくれてるよ? ってやつか?」 「あー! もう、恥ずかしいって言ってんのに蒸し返してくるな!」 「悪い悪い、でもそうやって恥ずかしがってるのってあんまり見た事ないからさ」 「ついついからかいたくなっちゃってさ」 「そんなことするともう一緒におしゃべりしてあげないからね!?」 「そ、それは困る! 最近マジで楽しみにしてるんだから!」 「いや、素直にそう思ったから言っただけだ」 「素直にそう思ったからって言っても、本人に直接言うのは素直過ぎるというか……」 「望月が聞いてくるからだろ!? 俺だって恥ずかしいって言ったよな!?」 「い、言ってたけどまさか私だって思わないわよ!!」 「……まずかったか?」 「まずかったなら謝るけど、望月と話してて楽しいって本気で思ってたし」 「そ、そっか……。全然嫌じゃないんだけど、心の準備が……ね?」 「どうして心の準備が必要なんだ?」 「だって、最近話してると楽しいって聞いて、いい雰囲気そうだったから……」 「てっきりそれが好きな人だと思ってて話聞いてたらさ」 「いきなり私だって言うんだもん。そりゃ驚くわよ!」 「驚くのは分かるけど、心の準備とはあんまり関係ないと思うんだが……」 「か、関係あるの! 恥ずかしいからあんまり細かいところに突っ込まないで!」 「でも、私もあんたと話してて楽しいから……」 「嬉しかったよ♪」 「束縛してくる男ってどう思う?」 「束縛かあ……。程度にもよるけど、あんまり束縛が強いとイヤね」 「俺も監禁とか『あたし以外の女を見ないで!』とか、そういうレベルは無理だな」 「それ、ゲームのやり過ぎじゃない?」 「リアルでやってる人いたら犯罪だしドン引きするわよ?」 「あー、でも私以外の女を見ないでっていうのはたまにいるか……」 「いるの!? ゲームの中でだけだと思ってたのに……」 「彼が大好き過ぎて他の女に取られたくないって思う子は、いるにはいるからね」 「そんな事言ったら女友達と一緒に居ただけで難癖つけられそうだな……」 「相手の友人関係まで束縛してくるのはちょっとね……」 「束縛される側を少しは信用して欲しいよな」 「束縛するって事は、相手を信用してないって思われちゃっても仕方ないと思うし」 「どうして束縛なんてするんだろうな」 「そんなに激しく束縛されたら相手は辛いだけなのに」 「きっと相手が大好きすぎて周りが見えなくなっちゃってるんじゃない?」 「かもしれないな。軽い嫉妬ぐらいなら嬉しいけど、それが束縛に変わったらキツイな……」 「付き合う相手がそうじゃない事を祈るわね」 「でも、望月と付き合ったら束縛とかしなそうだよな」 「まあ、私は束縛する気はないけど……」 「って、そ、それって例え話……だよね?」 「そこまでいくと最後は刺されそうだよな」 「痴情のもつれってやつ?」 「でも、そういう事件最近増えてるわよね」 「そうなのか? ストーカー被害なら聞くけど刺すだのって話は聞いた事ないんだが」 「ニュース見てると結構見かけるよ? 殺傷事件で交際していた相手を逮捕とか」 「マジで? ニュースって聞き流してたから全然気づかなかったわ……」 「まあ、そういう相手と付き合ったのに、浮気するからそういう目にあうのかもしれないわね」 「でも、束縛がひどかったら純粋に女友達と話したい! とかは思うかもしれないよな」 「そこら辺は彼女を同伴させたりとか、色々手段を駆使してやるしかないでしょうね……」 「好きな人が出来ると、着ていく物にも意識しそうだ」 「男子もそうなの? そういうところ無頓着な人が多そうなイメージあったけど」 「無頓着なやつはあんまりいないんじゃないか?」 「普段から服に気を使ってるやつならそれもあるかもしれないけどさ」 「でも、自分好みの服とかを持っていればその服を着たりしないの?」 「その服を好きな人が良いと思うかは別だろ?」 「だからどうしようもなかったら無難そうなのをチョイスするな」 「考えるものは男も女も一緒みたいね……。デート前とか一緒に遊びに行くとなったら服選びに時間かかっちゃうし」 「どんな服が好みとか分かればあんまり悩まないんだけどな。最初にビシッとキメすぎても引かれるし」 「それはあるわね。明らかに場違いな恰好とかされたらうわあ……ってなっちゃうかも」 「引かれない程度に、相手に気に入られるような服をチョイスしたいな」 「男女関係なく、好きな人の前ではオシャレでいたいもんね」 「よし、俺明日からスーツで来るわ」 「どうして? てか、学校にスーツで来たら怒られるわよ?」 「好きな人に俺のスーツ姿を見てもらって、似合ってるか見てもらおうと思ったんだけどダメか?」 「学校からダメって言われるわよ」 「どうせやるなら遊びに誘ってからやりなさいよ」 「それが……、遊びに誘うきっかけとして使おうと思ってたんだ……」 「そ、そうなんだ……」 「でも……あんたスーツ似合いそうよね」 「マジで!? ホントにそう思う!?」 「白スーツとかはあり得ないけど、ビジネススーツなら良いと思うな」 「って、なんでそんなに笑顔なの?」 「見せる前から似合いそうって言われたらそりゃ嬉しくもなるだろ」 「え、そ……それって私に見せようとしてたって……こと?」 「そう考えると制服って便利だよな」 「えー、そう? 制服ってその場しのぎ感があるから私は嫌だなー……」 「そうか? あ、でも休みの日まで制服着るのはダルいな……」 「女の子で可愛い制服ならアリかもしれないけど、男子でそれはちょっと……ってなるかも」 「女子からそういう風に見られるのか……」 「それにさ、制服だと相手のプライベートの服が分からないからどんな服着てるんだろうって思うよ?」 「見た目普通の人がパンク系の服装してたり……はないと思うけど、そんな風にギャップあったら嫌だなって思う子もいるからね」 「でも、それなら女子の服装に対して思う事は男子も一緒だな」 「一緒に遊びに行こうってなって、いざ集合場所に行ったらゴスロリ着てました」 「なんて事になったらどうしたらいいか分からないし」 「男も女も自分のスタイルに合わせた無難なのを着るのがいいのかもね」 「女から見てダメな男って例えばどんなやつ?」 「……大丈夫、私から見てあんたは別にダメな男じゃないから安心して?」 「え、何その残念な人を見るような目!?」 「俺はダメな男にならないようにどこを気を付けたらいいのかを知りたいだけなんだけど!?」 「急にそんなこと聞いてきたから、自分がダメな男なのか心配になってるんじゃないかなって思って言ってあげたのに……」 「いや、あの、それはありがたいんですけど……」 「急にそんなこと言われたらこっちもびっくりだよ!」 「で、ダメな男の例だっけ? 私の偏見になっちゃうけど、それでもいい?」 「おう、参考に出来るものなら色々参考にしたいんだ」 「清潔感のない人かな」 「俺の匂い……嫌い!?」 「え? ……えっ!? なんで!?」 「俺の匂いが臭いって言いたいんだろ!? ちゃんと毎日風呂入ってるのに!」 「だ、だから何であんたの匂いが関係してくるのよ!? ちゃんとお風呂入ってるなら気にしなくてもいいじゃない!」 「そうは言っても自分の匂いって気になるだろ? 遠まわしで俺の匂いどうなのか聞いてたんだけど……」 「遠回しすぎるでしょ!? 分かるわけないじゃないの!?」 「じゃあ聞くけど、俺の匂いは好きか? それとも嫌いか?」 「そ、そう聞かれると答えにくいわね……」 「俺、ちゃんと風呂入ってるよ!」 「それなら大丈夫じゃない? あとは部屋がちゃんと綺麗にしてあれば文句は言われないでしょ」 「部屋は……、まあ一応綺麗にしてるから大丈夫だろ」 「いつでも人を呼んでも平気なようにはしてあるし」 「ならいいんじゃない? まあ、私の基準だから他の女の子はどう思うかは分からないけど」 「でも望月の基準をクリアしてるなら自信つくよ」 「そう? そういわれるとちょっと嬉しいかな……」 「でも、他の女の子ならもっとダメな男の条件あるかも」 「その時は直すけど、今仲良いのって望月ぐらいだしな」 「そうなの?」 「……ん?」 「……え? そ、それって? 今の会話の流れって……え?」 「恋愛にも上手い下手って絶対あるよな」 「そりゃあると思うけど、あんまり上手すぎても恋愛慣れしてるみたいで微妙かも……」 「そうなのか? その方がリードしてくれていいんじゃないのか?」 「リードしてくれるのは良いと思うんだけど、あんまり手馴れてると女たらしみたいに見えちゃうのよね……」 「難しいんだな……」 「下手すぎてもダメなんだろ?」 「女性からすると、下手でも精一杯頑張ってくれればキュンときちゃうかな」 「母性本能ってやつか」 「そんな感じかも」 「でも他の事もダメだったりすると幻滅しちゃうけどね」 「ある部分だけダメだったら良いのか?」 「そういうわけじゃないけど、頼ってくれたりしたら嬉しいじゃない? そんな感じよ」 「あんまり頼られ過ぎてもイラッとくるってことか。難しいな」 「完璧な人だと自分はいらないんじゃないかって思ったりもするからねー」 「かといってダメダメすぎるともっとしっかりしろよ! ってなるんだろ?」 「そうね。贅沢とまでは言わないけど、その加減が分かってる人ならいいかもね」 「手っ取り早くキュンキュンビーム送って良い?」 「別にいいけど、全然効かなそうな名前ね……」 「理奈ちゃん……、お願い……! 理奈ちゃんじゃないと出来ない事なんだ……!」 「……っ、な、何が私じゃないと出来ない事なの?」 「この宿題なんだけど……俺だけじゃ分からないんだ……!」 「し、しょうがないわね……解き方でいいなら教えてあげるわよ」 「ふっ、どうだ俺のキュンキュンビームは!」 「なっ!? 全然気付かなかった……」 「キュンキュンした?」 「キュンキュンっていうか……なんか、守ってあげたくなるような……」 「てか、さり気なく下の名前で呼んでたよね!?」 「さあ、何のことかな? キュンキュンビームやるとその時のことあんまり覚えてないんだ」 「そ、そうなんだ……」 「付き合ったら結婚まで考える方?」 「そう考えるのは社会人になってからじゃない?」 「私は考えないかな。だって、そんなの男の人からすれば重いでしょ」 これ以上会話が続かなそうだ。 「容姿って結局運だよな」 「運っていうか、顔の形は生まれ持ったものだから、無理やり変えようとしないと変わらないわよね」 「だろ? イケメンとか美人に生まれるだけで初期ステータスが違うなんて羨ましいよな」 「でも、学生デビューで一気に変わる女子や男子いるじゃない?」 「あれだって成功すれば綺麗になれるじゃない」 「失敗したら自分の黒歴史に新たな1ページが刻み込まれるだけだけどな」 「学生デビューも背伸びみたいなモノだし続けて行くのが難しいよね」 「その場でどう取り繕ってもボロが出るってか。そうなるとやっぱり容姿は運じゃないか?」 「自分の努力で変えられる部分もあるけどね」 「なんか、望月が言うと説得力あるな」 「それって。もしかして遠回しに私が綺麗って言ってる?」 「ん? あー……、そういう事になるか。実際望月綺麗だしな」 「そ、そう? そんなつもりで言ったわけじゃないけど、そうやって素で返されると恥ずかしいわよ……」 「俺もそんなつもりで言ったわけじゃなかったんだけど、望月に言われて納得しちゃったからな」 「ま、まあ! 私はこのプロポーションを維持するのに努力してるからね!」 「努力してなかったらどんな風になってるか想像出来ないけど、今の望月はすっごい輝いてると思うぞ」 「なんかクッサいセリフねぇ……」 「……照れ隠しなんだろうけど、ちょっと嬉しいな♪」 「その努力が出来ればいいんだけどな」 「努力は才能だって言う人もいるからね。私はそんな事ないと思うけど」 「努力って出来る人と出来ない人がいるからなー」 「それも良い方向に限ったら更に出来る人は減るしな」 「そうだけど、努力してる人って色々頑張ってるから、その頑張りが周りに見えて評価されれば努力も続けられるわよ」 「そういうもんかね? 良い評価だったらそれもあり得るけど、悪い評価だったら挫折しそうじゃないか?」 「そこは性格とかの問題じゃない? 綺麗になったとか可愛くなったって言われたら結構頑張れるもんよ?」 「実際に望月がそうだったのか?」 「そうじゃないとは言えないわね。もともと気を使ってた部分が褒められたらもっと気にするようになったし」 「整形したいって思った事ある?」 「整形かあ……、まあ確かに綺麗な顔にはなりたいとは思うけどね」 「やっぱそういう願望ってあるもんなのか?」 「女の子なら一回くらいは思うんじゃないかな? 誰だって可愛くなりたいし」 「男子がヒーローに憧れるようなもんか?」 「んー、それに近いのかな?」 「望月は整形したいって思った事ないと思ってたんだけどな」 「無いって言ったら嘘になるけど、軽い気持ちでは出来ないかな」 「親からもらった大事な体だしな」 「そうそう。それに整形なんてしなくても綺麗になれるしね」 「女子の場合は化粧で化けるからな。美人にも化け物にもなれるし」 「化けるとか化け物って言わないの! その人なりに頑張ってるんだから」 「でもさ、一部だけど男子から見てその化粧はないだろ……ってやついるからな」 「男ウケする化粧の仕方もあるからね」 「ま、今は私整形したいとは思わないわね」 「まあ今の望月って充分綺麗だしな」 「え!?」 「あ、ありがと……」 「手術して失敗したらマジで笑えないもんな」 「ホントにねー。失敗した人の体験談とか見ると怖くて出来ないわよ……?」 「マジで……? あ、整形とは違うかもしれないけど、昔おっぱいが爆発する事件なかったっけ?」 「あー、飛行機に乗ったら豊胸手術で入れたシリコンが爆発したってやつ?」 「そうそう! あれニュースで見た時はゾッとしたわ……」 「豊胸手術も整形みたいなものだと思うけど、あれは怖いわよね……」 「今思い出しただけでもブルッたわ……。いきなりパーン! だもんな」 「そういう危険性も含めて整形って怖いわね……」 「古着屋って行くことある?」 「行くわよー? たまに掘り出し物があったり安くていい物があるしね」 「そうなのか? でも、古着屋って誰かが着てたやつなんだよな」 「まあそうだけど、お店に並んでるのはちゃんと洗ったり手入れしてあるやつなんだから」 「そうなんだろうけど、知らない人が着てたって思うとちょっと抵抗があるんだよな……」 「そこは気にしたらずっと気になっちゃうよ? ジーンズとかは年期が入れば値段高くなるしね」 「へえ、そうだったんだ」 「古着屋って、結構いい物あったりするのよ?」 「古着って……なんか臭そうじゃん……」 「それは完っ璧に偏見ね。さっきも言ったけどそんなことないわよ?」 「でもなんか匂いって染みついてそうじゃないか?」 「そんなことないわよ? ちゃんとクリーニングかけてお店に出してるんだから」 「うーん……。気になってはいるんだけど、やっぱり手が出ないな……」 「あんたってそんなに潔癖症だったっけ?」 「そうじゃないんだけど、古着屋って安いって聞くからどんなもんかって知りたかったんだ」 「知った結果があんまり良くなかったみたいね」 「安くて良い品揃えの古着屋を教えてくれ」 「男物で良い品揃えかあ……。私がよく行く所だとそこそこあると思うんだけどどうかな?」 「ホントか? じゃあそこの場所を教えてもらってもいいか?」 「どうせだったら一緒に行かない? 私も服見てみたいし」 「お、それはデートの誘いと受け取ってもいいのかな?」 「ばーか、そんなんじゃないわよ。どうせならあんたの服をコーディネートしに行くって感じでもいいかもね」 「望月のセンスで俺をカッコよくしてくれるか?」 「冗談で言ったんだけど……」 「まあ、あんたがお願いしてくるんなら頑張ってみるわよ……」 「カッコ可愛い系って何? カッコ可愛い系男子とかそういうの聞くんだけど」 「何だと思う? 結構色んな所で使われてるけど」 「分からないから聞いてるんだけどな……。教えてくれたっていいだろ?」 「どうしよっかな〜? 自分で調べた方がためになると思うんだけどなー」 「勉強みたいに今後使うならそれもアリだけど、ただどんなのかを知りたいだけなのに自力で調べてたまるか!」 「じゃあなんで私に聞くのよ?」 「望月なら知ってそうって思ったからだ」 「人に聞く前に自分で想像してみたら〜? ふふっ♪」 「目だけ少女マンガのグロフェイス男子が……」 「そんなグロフェイスだったらカッコ可愛いじゃなくて別の呼ばれ方してるんじゃないかな?」 「だよなー。うーん……ダメだ、イマイチ想像が出来ない」 「もうちょっと粘ったらどうなの……? 別にあんまり悩まないと思うんだけど……」 「……カッコいいんだけど可愛さも持ち合わせているとか、こんな感じか?」 「うん。そんな感じで合ってるわよ」 「まんまじゃねぇか!? 悩んで損したわ!」 「てか、普通呼び方でなんとなく想像出来るでしょ……」 「カッコ可愛いって、どっちかにしろって感じだよな」 「実は私もそれ思ってたのよね。どっちかにした方が良さが際立つじゃない?」 「カッコよさと可愛さって真逆とまでは言わないけど、方向性が違うからどうなんだよって思うんだよな」 「そうそう。両方兼ね揃えてると中途半端な感じになってる気がするのよ」 「俺も望月と同じ意見だな」 「それならちょっと安心かな」 「似たように考えてる人いないと思ってたからちょっと心細かったんだよね」 「女子の中だったらそうかもしれないけど、男子の中では話してみれば多分大半のやつは同じ意見だと思うぞ?」 「そうなの? 女子の意見ばっかり見てたら誤解したままだったかも……」 「教えてくれてありがとね」 「ワックスでガチガチに固めた髪ってどう思う?」 「あんまりガッチガチだとヘルメットみたいに硬くなりそうよね」 「ふわっとした感じのやつだと湿気でベタベタになったりするから、ハードタイプのやつで固めたのを想定してくれ」 「ベタベタになると本人も気持ち悪いだろうし、人によってはナヨナヨした感じに見えちゃったりするものね」 「アフロをワックスでガチガチに固めたらヘルメットの代わりになるかな?」 「防御力が高そうね」 「ウニみたいにしたら凶器だよな」 「満員電車に乗ったら刺さる人がいっぱい出そうね……」 「んで駅員さんに何でこんな髪型なんだ? って聞かれて『自己防衛です』って答えたらカッコいいな」 「この髪で自分に近寄る脅威から身を守ってるんです!」 「だからって周りの人たちから苦情が来てるからここにいるんだよ? 分かるかい?」 「そ、それは……僕に近づく人が悪いんです! 僕はただ自分を守りたいだけなのに……!」 「……ぷっ、くっはははは! な、なんだよその厨二臭いセリフは……!」 「ふふふっ、なんとなく思いついたから言ってみたんだけど、ツボったみたいね!」 「まさかノッてくるとは思わなかったからビックリしたよ」 「あー、面白かった!」 「リーゼントみたいにしてドリル!」 「リーゼントならドリルよりは鈍器じゃない?」 「そうか? 敢えてドリル状態にしてオラオラって突っついたら強そうじゃないか」 「それじゃもうクチバシみたいじゃない……!」 「想像したらすごいシュールなんだけど……ちょっと面白いわね」 「そういう望月の鈍器だってフーンフーン! って頭振ってるの想像したら笑えてくるぞ?」 「そっちの方がまだいいと思うわよ。ヤンキーがクチバシみたいにオラオラ相手を突っついてたらおかしいでしょ?」 「……ぷっ、た、たしかにおかしいな……!」 「もう……自分で言ってたのに想像してなかったの?」 「リンスってすぐ洗い流さないと肌荒れるって本当?」 「本当よ? もしかして、知らなかったの?」 「え、結構常識だったりする……?」 「常識みたいなんじゃないかな……? 普段リンスを使わない人はどうだか分からないけど……」 「マジで……? お、俺普段リンス使ってないから分からなかったわー!」 「その動揺っぷりでバレてるわよ? じゃあリンスの正しい洗い流し方知ってるわよね?」 「い、勢いよく洗い流す……か?」 「勢いよく洗い流すの見てみたいわね……。まあ洗い流すのは合ってるんだけど」 「リンスはつけてからサッと洗い流すといいのよ」 「リンスってパックみたいに少し髪に馴染ませるのかと思った……」 「リンスの中にはそういうタイプの物もあるけど……」 「一般的に出回ってるリンスはそれやると地肌を痛めるだけよ?」 「そうだったのか……俺いっつも馴染ませてから洗い流してた……」 「帰ったらどういう使い方をしているか確認した方がいいわね。でも、頭皮にデキモノあったりはしないんでしょ?」 「……うん。今確認してみたけどないな」 「それなら大丈夫じゃない? ちゃんと洗い流せてるってことだし」 「それにしてもちゃんとそういうの知ってるんだな……」 「大抵モノを買う時って使用方法とか見ない? 普通に書いてあるわよ?」 「勉強になるわ……。他にはどういうところに注意したらいいんだ?」 「洗い流す時は念入りに洗い流すことかな」 「簡単に洗い流すだけだと、髪についたままでそれが頭皮についちゃう事があるから」 「そうなのか。でも、念入りに洗い流したらリンスの成分が髪に浸透してないんじゃないか?」 「頭を洗う感じにわしゃわしゃっとした後に洗い流せばちゃんと成分は髪に馴染んでいくから大丈夫よ」 「へえ、どうやってそういう知識知ってるんだ?」 「美容師目指してる友達がいて、その子が教えてくれたのよ」 「一応私も地肌につけちゃいけないってのは知ってたけど」 「念入りに洗い流すってやつは知らなかったからね」 「じゃあその友達に感謝だな。俺の髪にも平和が訪れるよ」 「若いうちから手入れしておかないと若ハゲになるっていうし、平和っちゃ平和かな?」 「セロリの漬け物って食ったことある?」 「セロリかあ……お店に行ってもあんまり進んで手に取らないけど……」 「美味しいわよね」 「独特の味で結構好き嫌い分かれるから敬遠される野菜だもんな」 「セロリの漬け物なんて随分マイナーなもの知ってるわね」 「え? セロリの漬け物のことを美味しいって言ってたんじゃなかったのか?」 「セロリの事を美味しいって意味で言ったんだけど……」 「マジか……。てっきり食べた事あるのかと思ったぞ」 「食べたことないわよ」 「うん、俺も食べたことないんだ」 「そうなの? 話題持ち出してきたからてっきり食べたことあると思ったのに」 「俺もセロリは嫌いじゃないんだけど、漬け物って美味いのかなって思って聞いてみたんだ」 「そっか。じゃあ今度作ってみるから一緒に食べてみる?」 「お、マジで? 作り方分かるのか?」 「多分他の漬け物と作り方一緒だと思うけど、一応調べてみるわよ」 「行動力すげぇ……! どんな味になるか楽しみだな」 「ねー! 美味しかったらハマっちゃうかも♪」 「え!? マジでそんな食い物あるの!?」 「俺適当に言ってたんだけど……」 「え? あるの知ってて聞いてきたんじゃないの!?」 「一部の人には結構人気なのよ? それに料理サイトに結構レシピも載ってるわよ?」 「適当に言ってた事が実在して俺スゲー! って気分?」 「スゲーっていうか、ないと思ってたから……」 「浅漬けとか漬け物のレシピっていっぱいあるから、結構侮れないわよー?」 「ちょっと漬け物のこと舐めてたわ……。漬け物すげえな……」 「いくらなんでも驚きすぎじゃない? そんなに意外だったの?」 「石けんって、手作り出来るもんなの?」 「出来るわよ? ちょっと手順とか色々あるから男子からしたら面倒臭いかもしれないけどね」 「望月は面倒に感じないのか?」 「作ってる時って結構楽しいからね」 「オリジナルの物を作れるのって良くない?」 「オリジナルねえ、例えばどんな香りのする石けんを作るんだ?」 「ミントとかハーブ系が多いかも」 「あと香料使わないから肌にもやさしいのよね」 「へえ、結構奥が深そうだな」 「自分好みの香りの石鹸が作れて楽しいわよ」 「今度俺をモデルにした石けんを作ってくれよ」 「あんたをモデル? それってさ……あんたの匂いがする石けんを作れって……こと?」 「匂いじゃなくて等身大サイズの石鹸もしくはプチサイズの俺みたいなやつがいいな」 「えぇー……、プチサイズはともかく、等身大サイズの石鹸なんて使わなくない?」 「部屋に飾ったら溶けるかな?」 「夏場は溶けるかもよ? それに、型取る時どうするのよ? あんたが全裸になって型取らせてくれるの?」 「ぜ、全裸!? ぐ……望月になら、恥ずかしいけど……」 「え? ちちちょっと本気!? やらないからね!?」 「適当にデフォルメ考えてプチサイズの作ってあげるから!」 「え、マジで作ってくれんの?」 「それぐらい別に良いわよ」 「ただ、そういう風に作るの初めてだから上手く出来なかったらごめんね?」 「脱ぎたての靴下の香り石けんとかも作れるの?」 「作れない事もないと思うけど、誰の靴下の香り作るの?」 「せっかくだから望月の靴下の香りがいいな」 「50万円くれたら作ってきてあげてもいいわよ?」 「た、高いぞ!? それに冗談で言ったのにその怖い笑顔はやめてくれ!」 「冗談にも程度ってもんがあるでしょーよ……。その冗談はドン引きレベルよ?」 「俺にそういう変態的な趣味趣向はないからな!?」 「どーだか……。さっきのセリフ聞いたら信じられないわよ」 「カロリー計算ってやっぱり毎日してるの?」 「毎日はさすがにしないわよ。するとしてもシェイプアップ期間ぐらいかな」 「でもさ、どれがどのぐらいカロリーがあるのかとか全部把握できないよな」 「まあ本当に細かくやるならカロリー表みたいなのを持ち歩くんでしょうけどね」 「望月はそういう風にはしないの?」 「そこまでしちゃったら美味しい物も美味しく感じなくなっちゃうからね」 「でも、ある程度は計算してるわけか」 「すべては、勘よ! 女の勘ね」 「女子ってすげぇな……」 「女の勘は結構鋭いからね〜! ビシバシ当てちゃうんだから」 「このくらいなら食べても大丈夫とか、これならセーフとかそんな感じで当ててるのか?」 「そうね。たまに失敗しちゃう時もあるけどその時はいつもより運動すればいいしね」 「失敗の誤差がひどい時ってあるのか?」 「私はないけど、友達がかなり失敗しちゃった時は人生終わったみたいな顔してたわね」 「そ、そこまで気にするもんなのか……」 「男子にとってはどうでもいいかもしれないけど、女子にとっては死活問題なのよ」 「なるほど、その勘とやらで自らのスタイルを維持して……」 「ち、ちょっと舐めるような視線をこっちに向けないでよ!」 「改めて見ると望月の身体ってかなりプロポーション良いよな」 「そ、そりゃ……色々頑張ってるからね……!」 「ほうほう、でもやっぱ運動してるから全体的に引き締まってるよなぁ……」 「そ、そういうの考えててもいいけど口に出さないで……! そんな風に分析されると恥ずかしいから!」 「えー? じゃあ口に出さないよ。……ふむふむ。ああ、多分あそこは運動で引き締まってるのか……」 「口に出さないって言っておきながらポロポロ漏れてきてるわよ! ホント恥ずかしいんだから……もー!」 「最近オススメの煎餅を教えてくれ」 「お煎餅? あんたってお煎餅好きだったっけ?」 「大好きって程じゃないけど好きだぞ? 堅いやつよりはサクサクな方が好きだ」 「えー? あの噛み応えがあるのがいいんじゃない。分かってないわねぇ……」 「そこは個人の好みにも寄るだろ? おじいちゃんとか食べれないだろ?」 「まあ、それもそうね……。オススメかぁ、味は何でもいいの?」 「おう、特に嫌いな味とかないしな」 「色々あるけど、今はたまり醤油煎餅ね」 「かき餅はどうだ? この前母ちゃんが餅が余ったからって言って作ってたんだけど美味かったぞ」 「手作りのやつは美味しいけど、お店で売ってるのだとちょっと微妙なのよね……」 「それにあれって、シケちゃうのが早いから早く食べないといけないのよ」 「そこは乾燥剤とかいれればいいんじゃないか?」 「そうなんだけど、あとちょっとってなったら食べちゃおうって思わない?」 「あー、元々小さいから気が付いたら結構な量食べてたりするもんな」 「そう。そこがかき餅の怖いところなのよ! 油でテカった自分の顔なんて見たらもう……!」 「そ、そんなに恐ろしいのか? かき餅の油って……」 「すっごいヤバいわよ? アレを食べるぐらいなら普通のお煎餅食べた方が量をセーブ出来るぐらいね」 「そんなにヤバイの!?」 「なかなか渋いな」 「そうかな? お煎餅って結構身近なおやつじゃない?」 「そうだけど、普通はポテチとかスナック系じゃないか?」 「あっちも美味しいけど、私はお煎餅の方がいいかなー」 「じゃあお煎餅大使の理奈様がオススメしている煎餅を今度食べてみようかな」 「あれはすっごい美味しいからホントに一回は是非とも食べて欲しいわね!」 「そこまでいうならホントに期待しちゃうからな?」 「ええ、思いっきり期待していいわよ♪ 私の大好物だしね」 「ヒアルロン酸って何?」 「化粧品に使われているやつだけど、それがどうかした?」 「この前CMでやってたのを見たんだけど、結局なんなのかよくわからなかったんだ」 「あー、今ヒアルロン酸って名前だけをガンガン前に出して宣伝してるCMあるものね……」 「あれ見たんなら結局何なのかわからなくても仕方ないわね……」 「結局ヒアルロン酸って化粧品に使われてるものって事でいいんだよな?」 「化粧品の保湿成分だけど、最近は飲むヒアルロン酸っていうのもあるわね」 「飲んでも効果があるのか?」 「一言で言っちゃうと、ないわよ? 効果があるって言っているところは詐欺ね」 「そんなにバッサリ言えるのか? 実際に試したの?」 「試してないけど、ちょっと調べれば分かる事よ?」 「ホント望月って、美容とかそういうことに関しての知識すごいよな」 「綺麗な自分でいたいし、情報に流されて無駄な事はしたくないもの」 「そうやって正しい情報だけ身に着けていった結果が今の私よ!」 「……プロポーションもいいしパッと見無駄なお肉も見当たらない素晴らしい身体だな」 「え、ち、ちょっ!? どこ見てんのよ!? エッチ!」 「そんな風に言われたら誰だって見るだろ!?」 「恥ずかしいからあんまり見ないでよ!」 「保湿成分って飲んで大丈夫なのか? 保湿成分って聞くとちょっと怖いんだけど」 「飲んでも害はないけど、効果もほっとんどないからあんまり意味ないわね」 「そうなのか? じゃあ飲むヒアルロン酸って宣伝してるところって詐欺じゃん!」 「そうね。でもそれで売れちゃうんだから販売してるとこからしたらいい思いしてるんでしょうね」 「会社のブラックな部分を見た気分だ……」 「まだ学生なのに何言ってるんだか。ちゃんと情報は調べないとだめよ?」 「そうは言っても情報がいっぱいありすぎて上手く選別が出来ないんだよな」 「そこは周りに聞いたりネットで調べてみるなりしてまず情報集めないと!」 「情報に流されて痛い目に合うのは自分なんだからしっかりしないとね」 「きゅうりの浅漬けはシンプルで安定してるよな」 「自分で作っても失敗しにくいし、美味しいのよね〜!」 「きゅうり切って塩とダシ入れてもみもみして冷蔵庫に放置すれば出来るんだよな」 「そうだけど、あんたがもみもみっていうとちょっと卑猥に聞こえるのはなんでだろ……」 「俺は普段もみもみなんて言わないだろ? 揉んだって言った方がよかったか?」 「いや、もうもみもみとかそういうのから離れよ? なんか恥ずかしくなるから……」 「そ、そうか……。浅漬けの他にきゅうりで出来る簡単なやつないかな?」 「一本漬けって簡単に出来てオススメよ」 「一本漬けをかじってる望月の姿が想像できないんだが」 「一本漬けって言っても、丸かじりなんてしないわよ?」 「ちゃんと切ってから食べますー!」 「だ、だよな!? 望月がそんなワイルドに食べるわけないよな!」 「まったくもう……。作る時に一本漬けにするってだけで、そんな丸々一本食べたりしないわよ」 「悪い悪い。でもさ、一本漬けと浅漬けってどう違うんだ?」 「対して変わらないんじゃない? 変わるとしたら漬ける方法じゃないかな?」 「切って漬けるか、切らずに漬けるかってことか?」 「多分そうじゃない?」 「今度親に言って作ってもらおうかな」 「そんなの親に頼むものでもないでしょ? 簡単なんだからあんたが作ってみればいいじゃない」 「あんまり料理した事ない俺でもできるのか?」 「むしろ、出来なかったら色んな意味で天才になれるから安心しなさい」 「マジか……。で、どんな風に作るんだ?」 「きゅうりにお塩を適量すり込んでラップでくるんで、冷蔵庫に放置して完成よ」 「え、それだけ!? 簡単すぎだろ……」 「ね? 塩の濃さで失敗するかもしれないけど、そこはお母さんに聞きながらやれば大丈夫だと思うわ」 「それで、作ったやつを食べさせてくれたら嬉しいな♪」 「どうしてだ? 一本漬け好きなの?」 「ほら、あんたって料理あんまり得意じゃないでしょ?」 「だから、あんたの初めて作った一本漬け食べてみたいな〜って」 「それ、怖いもの見たさな感じじゃないか?」 「そんなことないわよ? 普通に楽しみにしてるし」 「警察にお世話になったことある?」 「あるわけないでしょ? 悪い事してるわけじゃないんだし……」 道案内とか、財布落としたとかあるじゃないですか……。 「テストで学年順位を出すのはどうかと思うんだ」 「でも、点数をつけるとそれに伴って順位が出ちゃうのは仕方ないと思うけどね」 「じゃあ点数なんてつけなければいいんだ! ただ問題が出来ているかどうかを見ればいいじゃないか!」 「○×にしてもその正答率がランク付けになるわよね?」 「くそっ! 俺らは順位から逃げることはできないのか!?」 「別にそこまで全力で逃げようとしないでもいいんじゃない?」 「じゃあなんで順位なんて出すんだろ……」 「順位を出せば競争意識が高まるっていうんでしょうね」 「周りに負けずに頂点を目指せってか?」 「そうそう。頂点に立てたらきっと気持ちいいわよ〜?」 「そのために地獄のような勉強を強いられるわけだな……」 「地獄って……、そんなに勉強嫌いなの?」 「好きで勉強をしようと思わないぐらい嫌いだな」 「私が勉強教えてあげるって言ったら?」 「それなら頑張れると思う……」 「望月って教え方上手いし」 「そういわれると私も頑張り甲斐があるわね」 「じゃあ教えてあげるから頑張りましょ?」 「俺の実力はランキングでは計れないぜ……!」 「そうやって現実から逃げないの」 「名無しで出したら最下位確定よ?」 「え、名無しで出しても掲載されるの!?」 「当たり前じゃない……。テストは受けてるんだから、0点扱いになるわよ」 「マジかよ……。どうやっても順位から逃げることは出来ないのか……」 「テストを欠席しても別の日にやらされるし、絶対に逃げ切れないと思うよ?」 「あーあーテストなんてなくなればいいのにな!」 「学校が休校になればなくなるけど、結局は後回しなのよね……」 「俺が敵だったらどうする?」 「敵? 例えるなら私が王国の騎士であんたが魔界の騎士みたいな?」 「そうそう。んでこれから一騎打ち! みたいな状態なんだ」 「へえ、それって何でもアリなの?」 「そうだなあ……何でもアリの方が面白いかもな」 「何でもアリかあ……。うーん、どんな風に相手してあげようかしら」 「早く決めないと俺の一撃が望月にお見舞いされるぞ〜? さあ、どうする!?」 「装備するわね」 「わけわからん、頭大丈夫か?」 「そこで素に戻らないでよ。何でもアリなんでしょ? 私は世界を装備するわ!」 「せ、世界をだと!? そんなもの装備できるわけがないだろ!?」 「何を言っているの? 何でもアリなら可能でしょ?」 「くっ、だったら俺は宇宙を装備する!」 「宇宙ですって? そんな後出しじゃんけんみたいなネタ通用すると思ってるの!?」 「なんだと!? どんな返しを仕掛けてくるつもりだ!」 「宇宙はただ惑星を浮かべているだけであって世界とは全く関係がないのよ!」 「そ、そういわれれば……! くそっ、勝てねぇ……!」 「何者!? ていうか、何を装備する気!?」 「装備するのはあんたよ! 二人羽織みたいにしてね!」 「そ、それはどっちが前だ!? それによって俺が主力か望月が主力かが変わるぞ!」 「もちろん私が後ろに決まってるじゃない。あんたを裏から操ってやるわ!」 「望月が後ろ……。いいだろう! 装備されてやろうじゃないか!」 「何でそんな簡単に……」 「って! や、やっぱ後ろはなし! 前! 私前!」 「何をそんなに焦っているんだ? 俺は喜んで前になって盾となってやろうじゃないか……!」 「い、いくらあんたとはいえ二人羽織で抱きしめるような感じにするのは恥ずかしいわよ!」 「チッ、バレたか」 「あんた分かってたからあっさりOKしたんでしょ!? お願いだからなしにして〜!!」 「やっぱ男も下着にこだわりを持つべきかな?」 「うーん、さすがに学生でブリーフっていうのは気持ち悪いかな……」 「それは男でも思ってるから安心しろ」 「むしろ、この年でブリーフの方が珍しいぞ……」 「てか、ブリーフ以外だとトランクスとボクサーパンツだっけ?」 「そうそう、どっち派になるかって感じなんだけど、どっちも良さがあるからさ」 「ふーん……」 「でも、こだわりがあった方が良いと思うわよ?」 「俺もボクサーパンツ履くか」 「なんでボクサーパンツにするの?」 「大抵の男ってトランクスに流れるんだよね」 「その中でボクサーパンツなら目立つし、柄にもこだわればいい感じになりそうだ」 「ボクサーパンツとトランクスの違いってよく分かんないんだけど、どんな風に違うの?」 「うーん、トランクスは海パンみたいな感じで隙間があるんだけど……」 「ボクサーパンツはスパッツよりピッチリしないけど、隙間がないんだよね」 「なるほどねー、ボクサーパンツは運動に向いてるかもね」 「あ、だからボクサーパンツって言うのかな?」 「ノーパンも一つの選択肢だよな」 「いや、その選択肢はないでしょ」 「あえて履かない! そうすればトイレもわざわざパンツずらしたり窓から出さなくて済むし」 「うわぁ……マジで引くわ……」 「なんで!? 開放的な気分になれるかもしれないじゃん!?」 「プールでパンツ忘れたりしたことない?」 「多分一日も耐えられないと思うわよ……?」 「女子に惚れてしまった経験は?」 「変なマンガの読みすぎじゃない?」 「で、ですよねー! あ、あはははは!」 え、笑顔が怖い……これ以上は触れない方が良さそうだ。 「普段ラジオって聞いてる?」 「ラジオ? 聞いてないけど、なんか面白い番組でもあったの?」 「そういうわけじゃないんだけど、最近ちょっと聞き始めてさ」 「それで、望月も聞いてたらどうかなーって思って」 「へえ、ラジオってたまに聞くとハマっちゃうのよね」 「望月も前は聞いてたのか?」 「一時期聞いてたわよ」 「ラジオって結構芸能人がぶっちゃけトークするよな」 「私は音楽を垂れ流してるやつしか聞いてなかったけど、そうなんだ?」 「ああ、それにテレビでは見えない素顔みたいな感じがあるな」 「素顔って、ラジオだから見えないでしょ?」 「そうなんだけど、なんていうか……芸能人の素が見えるっていうのかな。とりあえずそんなのが聞けるんだ」 「へえ、そういうの意識して聞くとなんだか面白そうね」 「望月もこの機会にまたラジオ聞いてみたら? 面白い発見があるかもしれないぞ?」 「うーん、私はいいかなあ……。ラジオ聞いてたのも音楽プレーヤーが家になかった頃に音楽聴きたくて聞いてたって感じだし」 「そっか、結構面白いと思うんだけどな」 「面白いのは面白いかもしれないけど、あんまり興味が湧かないわね」 「今はネットで自分の番組配信できる時代だもんなぁ……」 「あれって自分の番組っていうか、配信サイトから枠借りて自宅から配信してるのよね?」 「そうだと思うぞ? 俺も配信した事ないから詳しい事は分からんけど」 「もし私が自分の番組持って配信したらネットアイドルとかになれるかな?」 「……なれるかもしれないけど、俺はなって欲しくないな」 「なんで? 知り合いがネットアイドルってすごいじゃない」 「そうなんだろうけど、それで望月が変わったら嫌だし、今の望月がいいんだ」 「え……? そんな急に変わったりしないって」 「分からないぞ? ネットは色んな意味で怖いところだからそんなところに望月を行かせたくない」 「そ、そっか……。そこまで心配してくれるなら、やめとくね?」 「顔が近い状態で見つめられると照れるっていうか、恥ずかしいよな」 「そんな状況になったことあるの!? 普通そういう状況にならないよね……?」 「お、俺だって実際なった事はないぞ!? マンガの展開とかでよくあるだろ? それを想像したらって話だ!」 「てっきりなったことあるかと思っちゃったじゃない」 「でも実際は無理やりそういう状況を作ろうとしない限りならないよなー」 「まあしょっちゅうそういう状況になっても困るしね……。で、そのシチュエーションがどうかしたの?」 「どうかしたってわけじゃないんだけどさ」 「じーっ…………」 試しに望月に顔を近づけてみる。 「え……? ち、ちょっと……?」 「…………」 「…………」 「俺ににらめっこで勝とうなどとは1000年早いわ……!」 「……はぁ」 「てぃっ」 「ってぇ!? いきなりほっぺつねる事ないだろ!?」 「うーるーさーいー! あんたは黙ってつねられときなさい!」 「いててて! ま、マジで何なんだよ!? そりゃ驚かせたかもしれないけど、怒ってるのか?」 「えぇ、今ものすっごーく怒ってるわよ? あんなこと冗談半分でやるんじゃないの!」 「す、すまん……。いつもの望月ならやっても大丈夫かなって思ったんだけど……」 「いつもの私でもアレはアウトよ。このヘタレ!」 「へ、ヘタッ!? ヘタレとさっきのは関係ないだろ!?」 「ふんっだ! 人の気持ちも知らないで……」 「何か言ったか?」 「なんでもないですよーだ!」 「な、なんか喋ってくれよ……」 「あ、あんたが急に近づいてきたんでしょ……?」 「何かネタでやってるんなら最後までそのネタを貫きなさいよ……」 「……すまん、こういうのはネタとかでやるような事じゃないよな」 「そ、そうよ……。誰かに見られてたら色々誤解されちゃうじゃない……」 「俺は……望月となら誤解されてもいいんだけどな」 「っ!? な、何言っちゃってるのかな!? あんた正気!?」 「正気ってひどくね!? た、たしかに俺もガラにもない事言ったかもしれないけど……」 「あーあー! やっぱさっきのなし! きっとこの変な雰囲気のせいだ! 忘れてくれ!」 「わ、忘れてくれって言われても……忘れられるわけないじゃない……バカ」 「はー、腹減った……。なんかお菓子とか持ってない?」 「飴ならあるけど……はい、お昼あんまり食べられなかったの?」 「サンキュー♪ 一応食べたんだけど何かすっごい腹減ってるんだよな……」 「おかげでテンションもだだ下がりだったってわけさ」 「育ちざかりってことなのかね? でも運動しないと太っちゃうかもよ?」 「ガリガリになるのも嫌だけどマッチョになるのも嫌だなあ……」 「まあある程度引き締まってるぐらいがちょうどいいかもしれないわね」 「だなー」 「……へへへっ」 「どうしたの? 何か良いことでもあった?」 「まあちょっとな。思い出し笑いだ」 「なになに〜? 思い出し笑いでそんな幸せそうな顔するって事は結構いい事だったんじゃない?」 「そうでもないぞ? 人によってはそれだけかーって感じだし」 「そうなの? 一体どんな事思い出してたのよ」 「つっても、今さっき起きたことだぞ?」 「さっきって、もしかして飴あげたこと? あれだけでなんでそんな幸せそうな顔になるのよ?」 「んー、ちょっとした幸せってやつかな? 飴美味しかったし」 「あんたが幸せそうなら私はそれでいいんだけどね」 「これから良い事がある気がするんだ」 「空から鳥の糞が降って来たりしてね」 「ま、そんな滅多に襲撃されないけど」 「おいおい、言葉を言い換えても女子がいうセリフじゃないだろ……」 「あはは、まあ冗談だから気にしな……」 「……ウソだろ?」 俺の頭の上に鳥のフンが落ちる。 「あー……うん、なんか、ごめん……」 「こんのクソカラス! 狙い澄ましたかのように頭に落としてくるんじゃねぇ!」 「というかなんでこんなところにカラスがいるんだよ!」 「あ、あははは! は、早く頭洗ってこないと匂い取れなくなっちゃうよ!」 「にらめっこってさ、笑わった方が負けだろ? 睨むはずなのになんで笑ったら負けなんだろ?」 「そう言われてみればそうよね? でもまあそういうルールなんだから深い意味はないんじゃない?」 「と、言うことで変な顔を研究しようと思う」 「今時にらめっこなんてしないでしょ?」 「いや、あるかもしれない! そのために俺は研究をするんだ!」 「で、私にそれを言ってくるって事はなんか手伝わされるのよね?」 「さすが理奈様、話が分かってらっしゃる」 「はあ、そういうところは本当に子供なんだから」 「俺はずっと子供のままでいたいんだ」 「あんまり子供っぽくても良くないと思うわよ? 少しは大人にならないと……」 「身体が大人になっていれば大丈夫だ! 少年の心を忘れないって素敵じゃないか」 「少年の心を忘れないのと子供のままでいるのは違うと思うけどね」 「そうはいうけど、俺が立派な紳士みたいなキャラになったら変だろ?」 「……考えてみたけど変っていうか、小洒落た紳士みたいになったらあんたじゃないわね」 「じゃあ今のままの方がいいだろ? 俺だってそんな自分想像したら気味悪いわ」 「まあ、そういう子供っぽい部分が可愛かったりするんだけどね」 「そっちも大して変わらないだろ?」 「え、私そんなに子供っぽい!? 自覚なかったんだけどなぁ……」 「そうか? 俺から見たらそういう部分あるんだけどな」 「どこら辺が子供っぽいの? 教えて!」 「ちょ、なんでそんなに食いつきがいいの!?」 「だって自覚してないのに子供っぽいって言われたら気になるじゃない! 教えてよー!」 「じ、じゃあ敢えて言わない!」 「身体は全然子供っぽくないから安心しろ」 「そこでセクハラ混ぜてくんな! 変態!」 「はー……、彼女出来るか不安になってきた」 「どうしてよ? まだ不安になるのは早くない?」 「だって2年になってからもう結構経ってるんだぞ!? そろそろいい雰囲気出てもいい頃じゃないか!」 「それはあんたがそうなれるように頑張って来れなかったんでしょ?」 「これでも頑張ってきてるんだぞ? もうちょっとなんか労ってくれてもいいじゃないか」 「労いって言われてもねぇ……?」 「ダメか……。しょぼーん……」 「なーに? 理奈お姉さんに慰めて欲しいのかな?」 「うん。ちょっと心が折れかけてるんだ……」 「即答!? って、そんなに不安なの……?」 「俺って一生彼女出来ないのかな……?」 「うわっ、めんどくさい思考入ったわね……。大丈夫だって、もうちょっと頑張れば彼女できるって!」 「ホントにそう思うか? 気休めじゃない?」 「ホントにそう思ってるって! だからほら、シャキッっとしなさい!」 「いつから望月、俺より年上になったんだ?」 「精神年齢的には上かもしれないわよ?」 「んなことないだろー? きっと俺の方が年上だ」 「そういってる時点で子供じゃない? ま、いつもの調子が戻ってきたみたいね」 「まあ、なんか望月と話してたら考えてるのがバカらしくなってきてな。悩むよりまず動けってな」 「そうそう、考え込まない方が良い方向に繋がる事だってあるんだからさ」 「ありがとな、そういうのこぼせる相手って望月ぐらいしかいなくてさ……」 「私でよければ聞いてあげるから……、頑張ってね?」 「部活とか入ってたら俺も女友達出来てイチャイチャ出来たのかな……?」 「まあ可能性はあったかもね」 「その分こうやって会話する時間もなかったと思うけど」 「そっか、部活やってると時間とられるもんな」 「そ、一緒にやってるならまだ話したり出来るけど、違うやつに入ってたら話せないじゃない?」 「それだったら部活終わった後に待ち合わせして一緒に帰りながら話せばいいんじゃないか?」 「それだと彼氏彼女みたいでしょ? 言った後に気付かなかった?」 「……ふっ」 「あんたねぇ……」 「そういう表情は一人でする方が絵になるわよ?」 「黄昏れる俺も、なかなか良いもんだろ?」 「図星突かれて目線そらしただけにも見えたけどね?」 「そ、そこは気付いててもスルーしてくれるところじゃないか!?」 「はいはい……」 「でもさ、あんたと私なら待ち合わせしてもそういう風には見られないかもね」 「俺ら結構一緒にいるもんな。すでに彼氏彼女に見られてるかもな」 「えっ!? そ、それはないでしょ〜? 仲の良い友達ぐらいにしか見られてないでしょ〜?」 「ま、でも俺が部活とかやってないからそういうこともできないけどな」 「そこは……ほら、私を待ってくれたりしてくれたら……出来るかもよ?」 「実は……今腹痛いんだ俺」 「え、じゃあいきなりイチャイチャ出来るかなって言い出したのって辛さを紛らわすために……?」 「お、おう……まだ波が引いてくれなくてな……。何か話してないとうめき声しか出なそうだ……」 「ち、ちょっとそれ結構まずいんじゃないの!? トイレまで間に合う?」 「だ、大丈夫だ……俺はこの苦難を乗り越えたら望月にありがとうっていうんだ……」 「今目の前にして言われちゃったよ!? そんな変な死亡フラグ立てなくていいから!」 「……お、波が引いてきた。今のうちにダッシュで行ってくる!」 「はいはい行ってきなさい! ったく、どういう意味のありがとうなのよ……」 「あ、ごめん。今この瞬間便意が消失した」 「すげえ、これ望月効果だろ。お前実はすごいやつ!?」 「カッコいい表情ってさ、どういう風にやれば出来るんだろ?」 「鏡の前で練習してみればいいんじゃない? 俺カッコいい! みたいに浸れるかもよ」 「そんなナルシストみたいなことはやりたくないな……」 「あとは雑誌のモデルとか参考にしてみたら? 結構勉強になるかも」 「そうだなあ……。じゃあ帰る途中に雑誌買って研究してみるか」 「こうやって……振り向きざまに、クールフェイス!」 「え、なにそれ、つっこみ待ち?」 「望月、たまにボケに対して残酷なときあるよな」 「スルーすべきか突っ込むべきかで悩んじゃって、敢えて聞いてみたの」 「それ、ネタを分析される並に恥ずかしいというかひどいからな!?」 「そう? 普段が突っ込み役みたいな感じだからそっちの感覚分からなくなっちゃってさ☆」 「分からなくなっちゃってさ☆ じゃねーよ! 何可愛い子ぶってんだよ!」 「失礼な! 私は自分で言うのもなんだけど可愛い方だと思うわよ!?」 「そのボケに優しくないところを除けば可愛いんだけどなぁ……」 「またまたそんな事言っちゃって〜。ホントは楽しんでるくせに」 「もう二度とやんない! ぷんぷん!」 「ちょっ、何その可愛い怒り方……! 冗談だから本気にしないでよー!」 「ぷーんだ! もう知るか! もう一回やってって言われても絶対やらないからな」 「ごめんってば〜! さっきのはスルーした方が良かったんだよね? 今度からそうするから、ね!?」 「スルーもタチ悪いわ! もうちょっとボケに優しく出来ないの!?」 「あんたの場合こうやった方が面白くなるかなーって思ってやってみたんだけど、ダメだった?」 「そういうの大丈夫だから! とりあえずもうやんないからな!」 「機嫌直してってば〜! ほら、飴あげるから!」 「飴で俺が篭絡出来ると思ってるのか……?」 「……これ美味いな」 「気に入ったならもっとあげようか?」 「……しょうがないからもらってあげようじゃないか」 「あんたってなんだかんだで可愛いんだよねぇ……」 「流行ってどうやって調べるもんなの?」 「雑誌とかテレビの特集かな? 普通ならそういうところから情報収集してるんじゃないかな?」 「普通ならって、普通じゃないとどういう調べ方するんだよ」 「自分のセンスで身に着けたものが周りに広がるパターンもあれば、芸能人が身に着けたのが流行になったりするわよ?」 「流行って結構何でもアリなんだな。自分で流行を作るってのも面白そうだな」 「まあ流行って作ろうと思って作れる物でもないから難しいんだけどね」 「望月はどんな風に調べてるんだ?」 「自分の嗅覚かな。メディアに踊らされているようじゃ三流ね」 「俺の嗅覚だとそろそろアフロが流行ると思うんだが」 「あ、アフロ……? どうしてアフロが流行ると思ったの?」 「アフロはセットが大変だしペタンコな部分があったら恥ずかしいような髪型だ」 「だがしかし! 素敵なアフロは友達から触らせてーと周りが寄ってきて有名人気分になれる!」 「た、たしかに立派なアフロとかなら触りたくなる……のかな?」 「ああ、きっとなるはずだ。そうすれば皆人気者になりたくてアフロにするだろう! これが流行になっていくのだ!」 「でも彼氏がアフロだったら私は嫌だなぁ……。それに一緒にいたらちょっと恥ずかしいわよ」 「なんかそこまでいくと自分で流行すら作れそうだな」 「無理無理、一般の学生が流行の最先端になるなんて出来っこないわよ」 「でも、雑誌にこういうのが流行ると思うんですよ! って持っていったらもしかしたらイケるんじゃないか?」 「そこまでして自分のセンスを周りに広げたいって思わないし……」 「自分なりの流行を見つけられたらそれでいいんじゃないかな?」 「自分なりの流行かぁ……。周りから見て引かれない程度ならそれもいいかもな」 「周りから引かれたらそれはもうやめた方がいいって気付くから流行にはならないでしょ?」 「そうだな。でも望月のそういう考え方なんかカッコいいな」 「そう? ただ周りに流されないで自分の中で流行を見つけるってだけじゃない」 「大抵の人だと周りに流されちゃうだろ?」 「そんな中自分を貫くって難しいと思うんだ」 「なんか、そこまで言われると照れるわね……」 「今年は深緑系の色が流行ると思うんだ!」 「その自信はどこからくるのよ……」 あれ? 結構自信あったのに…… 「流行って、メディアが生み出してるって本当?」 「本当よ? この話が事実かどうかは分からないけど……」 「今年は何を流行らすかっていう会議もあるらしいわよ」 「マジで!? それって色んな服のブランドから圧力とかかからないのか?」 「むしろこういう服を売りたいからこのデザインを流行らせてくれってお願いするんじゃないかな?」 「うわぁ……。なんか裏取引を見たような気分だな……」 「だよね……。私も聞いた時はショックだったもん……」 「でも、流行の全部がそうやってメディアに作られてるのかな?」 「ま、8割方そうじゃない?」 「メディアに踊らされてるのってムカッとしないか?」 「まあムカッとはしちゃうけど、みんな流されちゃうのよね」 「日本人の性格ってやつかね?」 「周りの人がそうするから自分もしようってやつ? まあそれに近い物があるかな?」 「日本のメディアはそれを巧みに使って流行を操ってるのか……」 「そういうのに流され続けると、それがなくなった瞬間に一気にパニックになっちゃうんだけどね」 「流行が分からないからどんな服を着ればいいか分からない! みたいにか?」 「そうそう、そんな風な人間にはなりたくないわね」 「それって流行って言えるのか? ただの情報操作じゃないか」 「メディアが流行って言葉を使っているんだから、流行になっちゃうんでしょうね」 「それが流行っていうなら俺は自分のセンスで服を着こなしたいな」 「そうやらないと自分っていうのがなくなっちゃうもんね。みんな同じだったら個性がないし」 「友達と着ていく服が被った時の気まずさってすごいからな……」 「分かる分かる! こういう服持ってないだろうって思って着て行ったら……なんてこともあったわね」 「まあそういうのも含めて流行に敢えて乗らずに自分のセンスを磨いた方がいいかもしれないな」 「私も見る目を鍛えないと!」 「望月はもう十分センス良いと思うぞ?」 「そ、そう……?」 「俺が流行を作ってやるぜ!」 「どんな流行作るの? ちょっと想像ができないんだけど……」 「そうか? 服なり小物なりやろうと思えば出来る気がするぞ」 「でもあんたってたまにすごい事言ったりするからそれが流行語になったりするんじゃない?」 「流行語って結局はニュースとか芸能人が言った言葉が選出されるから狙えるかどうかわからないな」 「へえ、そういうとこしっかり分析してるんだ? ちょっと意外だわ」 「今の俺はやる気モードだからな。普段やらない事だってやっちゃうぜ」 「え、冗談じゃなかったの!? 冗談だと思ってたのに……」 「冗談だけど? 流石に一般学生が流行なんて作れないだろ〜」 「でも、あんたならもしかしたらやれるかもしれないわよね」 「最初は冗談でも、なんかホントにやっちゃいそうで恐いわね〜」 「よし、まずは何を流行らせるのか教えてくれ!」 「さっきのやる気モードは冗談じゃなかったの?」 「なんか、考えてみたら結構面白そうだからやる気出てきた」 「そうなんだ。うーん、小物とかなら女子ウケがいいんじゃないかな?」 「小物か……。よし、それでいこう! ストラップやキーホルダーあたりはどうだ?」 「いいんじゃない? どんなキャラをストラップとかにするの?」 「俺のオリジナルキャラクターの切り株君だ!」 「え……? どんな感じなの? 女子目線で見てみるからちょっと描いてみてよ」 「切り株の年輪の部分に顔を描くだけだぞ? それで顔にバリエーションをつけるんだ」 「…………」 「ごめん、ハッキリ言っちゃうけどこれはないわ」 「え、どどどどうしてだ!? 結構自信作なのに……」 「肝心の顔が可愛くないのよね……。個人的には結構いいんだけど、一部の女子にしか人気がでなそうね」 「マジでやるなら独創的な発想が必要になってくるな」 「その独創的な発想ってやつを、あんたは持ってる気がするけどね」 「そんな風に持ち上げられちゃうと調子に乗って頑張っちゃうからやめてくれ……」 「なんで? いいじゃない調子に乗っても」 「私はあんたのそういうとこすごいって思ってるし」 「あー、そういう風に言われんのすごい恥ずかしいんだよ」 「思ってくれるのは嬉しいんだけどな」 「へえ、その照れた顔可愛いじゃん。もっと見せてよ〜」 「ば、バカ! そんなに見せられるかっての! まあ、ちょっと本気で挑戦してみるわ」 「望月の言葉を信じて俺なりに動いてみるよ」 「その時は私も一緒にやっていい?」 「あんたをその気にさせたのは私だし、側に居た方がモチベあがるでしょ?」 「そうだな、そうしてくれた方がいいかもしれないな」 「……へへっ、やったね♪」 「最近の子供たちの間では何が流行ってんの?」 「さすがに私も想像がつかないわね……。多分普通にゲームとかじゃない?」 「ゲームって言っても色んなジャンルとか物があるだろ?」 「カードゲームとかTVゲームってこと?」 「そうそう。それにボードゲームだってあるだろ? そういうのも含めるといっぱいあるよな」 「どういうのが流行ってんだろ? やっぱTVゲームかな……」 「カードゲームじゃない?」 「俺らの時に流行ってたカードゲームってまだあるのかな?」 「この前コンビニで似たようなのが売ってたけど、マンガはもう終わってるわよね」 「てことは新シリーズって感じなのか? あれは結構ハマってたからなぁ……」 「小さい頃って、男子の中でカードゲームやってない子ってほとんどいなかったもんね」 「学校に持ち込んで没収された時は帰ってこなかったらどうしようって本気で悩んでたなぁ……」 「あー! そういう子いたー! 懐かしいなぁ!」 「家に帰ったらちょっと漁ってみようかな。もしかしたら見つかるかもしれないし」 「もし見つかったら私にも見せて! 一緒に懐かしい気分になりたいなー!」 「ケータイゲーに客取られてそうだけどな」 「あーそっか、今の子供たちって普通にケータイ持ってるんだっけ?」 「多分そうじゃないか? それで架空請求とかにひっかかって親にこっぴどく怒られるんだろ?」 「ネットが良くわかってない子ならやらかしそうね……」 「ケータイでもカードゲームあるもんね」 「カードを合成して強化するとかだから、ネットでしか出来ないからな」 「それにネットは定額制のに入ってれば普通にやってりゃカード買うより全然安上がりだろうしな」 「でもさ、カードのパックを買ってめちゃくちゃレアなのを当てた時ってすっごい嬉しくない?」 「あの感動は忘れられないだろ……。今の子供はそれを味わってないとなるともったいないな……」 「もったいないわよねぇ……」 「じいちゃんばあちゃんにも流行ってあるのかな?」 「どうしたの? 敬老の日はだいぶ先だけど、おじいちゃんとかにプレゼントでも送るの?」 「いや、なんとなくあるのかなーって思っただけなんだけどさ」 「俺的にはないと思うんだよね」 「ゲートボールとかは趣味になっちゃうだろ?」 「そうだけど、ご年配に人にもちゃんと流行ってあるのよ?」 「マジで!? ホントにあるんだ……」 「そりゃあるわよ。失礼じゃない」 「流行最先端の入れ歯とかあったら面白そうだよな」 「入れ歯より入れ歯洗浄剤ブームとかあったら面白そうじゃない?」 「今はこの洗浄剤がブームじゃ! みたいなさ」 「おぉ、なんかそっちの方が流行っぽい! あれだろ? 洗浄するだけじゃなくて香りもついたりしちゃうんだろ?」 「そしたら口の中がいい香りで包まれそうね。もちろん香りにも種類があって……」 「そうそう、5種類ぐらいあって今月はこの香りが当たりなんじゃ! とか言ってさ」 「あははっ! 何その当たりってー!」 「適当に言っただけなのにここまで面白くなるとは思わなかったわよ」 「俺と望月の想像力の豊かさが成したネタだから秀逸だな」 「あはははは! これだからあんたとの会話って楽しいのよねー!」 「今度電話でばあちゃんに聞いてみようかな」 「最近そっちで流行ってるものある〜? って? 急にどうしたのって驚かれちゃうわよ?」 「いや、ウチのばあちゃんのことだから結構適当に言ってきそうだな……」 「適当って、例えばどんな?」 「金髪で髪の毛をパフェみたいに盛ったのが流行ってるんだーとかそんな感じだな」 「……随分と発想が若いおばあちゃんね。その感じだと結構お元気そうね」 「全然ピンピンしてるからな。もうすぐ80歳ぐらいだっけな?」 「えぇ!? それでその若い感じって……すごいわね……」 授業の合間の空き時間。 お、望月だ。 なんだあいつそわそわして、トイレか? 「よっ、もうすぐ授業始まるぞ?」 「へっ!?」 「あ、うん……」 「すぐ行くから、先に教室戻ってて……?」 「え?」 「あ、おい……!」 なんか明らかに俺に動揺している望月。 「………」 そろそろ俺も、覚悟を決めて告白した方がいいのか…… 「よし」 俺も男だ、そのために春から頑張って来たんだし。 そのまま教室に戻って、どう告白しようか真剣に考える。 こうしている間にも、俺の頭には今の望月の表情がずっと離れずにいた。 (まだ早いかな) こういうのはタイミングが重要だ。 一度ミスると致命的な問題になりかねないし。 ここはもっと慎重に行動することしにた。 (お……?) 柊が一人で歩いているのを発見する。 よし、こっちから声かけるか。 「柊」 「ん……?」 「何だお前か。私に何の用だよ」 「いや、特にこれと言って用事はないんだが……」 さてどんな話をしよう。 (ん……?) おお、前方に柊を発見! 早速こっちから声をかける。 「柊〜!」 「お、お前な、そんな大声で人のこと呼ぶなよ……」 「すまんすまん。ちょっと暇だったから声かけてみた」 さて、どんな話をしようか。 「お……」 前方に柊を発見する。 こっちから声をかけよう。 「おーい、柊ー!」 「はあ……なんかもう慣れてきたな」 「で? なに? 何か用事か?」 「いや、別に大した用事は無いんだけどさ……」 さて、どんな話をしようか。 「あ……」 (ん……?) 「なあ、ちょっと良いか? お前のこと探してたんだ」 「ほう、珍しいこともあるもんだ」 「うっ……まあ確かに珍しいな」 せっかく柊が話しかけてくれたんだ。 さて、どんな話をしよう。 ゆずゆ「はあ……だる……」 (全然話が盛り上がらなかったな……) うん、次はもっと頑張ろう。 「お、チャイム鳴ったな」 「このまま俺と学校サボってどっか行くか?」 ゆずゆ「はいはい」 (まあこんなもんだろう) 「柊ってアレだよな。話してみると案外お喋り好きなタイプだよな」 ゆずゆ「そ、そうかな……」 「な、なんか文句あるか!?」 「いや、別に。むしろ褒めてるんだけど」 よし、良い感じだった気がするぞ。 「お、もうこんな時間か」 「最近、お前と話してると体感時間が超早くなった気がするんだ」 ゆずゆ「ふふ、何それ」 「ま、テンションが上がるってやつ?」 ゆずゆ「あはは……! バーカ!」 やった! 今日は調子が良いみたいだ。 ゆずゆ「あ……」 「チャイム鳴っちゃったな。やっぱり俺、お前と話してると楽しいわ」 「そっちはどうだ?」 ゆずゆ「私もお前とこうやって話してるの楽しいよ」 「マジで!?」 最高だ! なんかテンション上がって来たぞ! 「今日もいい天気だな」 「ふーん」 「で……?」 「あー……、いや、なんでもない」 これ以上この話題は続きそうにないな…… 「味噌汁の味噌は赤だし派? それとも白?」 「は? 何でいきなり味噌の話?」 「ほら、家によってこだわりがあったりするだろ?」 「それで、お前の家はどうなんだろうって思ってさ」 「それこそあんたの言った通り、家によって違うんだから別にどっちでもいいだろ?」 「いやいや、教えてくれたっていいじゃないか。減るもんじゃないし」 「んー、まあいっか。私なりにちょっとこだわってるんだけどね」 「ウチは白一択。それ以外は邪道」 「合わせ味噌はどうなんだ?」 「あんな中途半端な存在は許されないね」 「どうしてだ? あれって赤と白の良いとこ取りなんじゃないのか?」 「赤味噌の良さが分からないから、白味噌の良い部分を邪魔してる感じがするんだよ」 「そういうもんか? じゃあ赤味噌の良さが分かれば考え方が変わるかもしれないか?」 「まあ、そうかもしれないけど今はありえないね」 「いや! 味噌といったら赤だろ!」 「はぁ? 分かってないわねぇ……これだから赤味噌厨は……」 「赤味噌厨ってなんだよ……!」 「いいか? まず赤味噌ってのはな、白味噌より栄養価が高い」 「そして、長期間熟成させて作るから味噌にコクが生まれるんだ」 「白みそよりしょっぱいから、少しの量で白みそと同様の味噌汁が作れるから経済的にも助かるぞ!」 「へぇ……栄養価高いんだ? でも、味にクセがあるよな?」 「そこは好みになっちゃうけど、好きになってしまえば気にならないぞ」 「ふーん……。邪道でも……ないのか?」 「ちょっと試してみようかな……」 「炭酸ジュースはお好きですか?」 「炭酸? まあ嫌いじゃないけど……」 「別に好きでもない……という感じでございましょうか?」 「そうだけど……、その変な喋り方なに?」 「この方が面白いかと思ったんだけど、ダメか?」 「ダメっていうか、気持ち悪いしつまんない」 「くっ、ダメだったか……」 「別に炭酸ジュースが好きでもないならそんなに飲まないのか?」 「たまに飲むけどそれがどうかしたのか?」 「人工甘味料ってゲロ不味だよな」 「ゼロカロリーの飲み物に入ってるやつの事か?」 「そうそう。あれが入ってるだけで美味しい物も台無しになると思うんだ」 「あれはなんで入れてるのか分からないわね……」 「クッソ不味いし……」 「お、柊もそう思うか? 大体なんでゼロカロリーなんてものを出したんだろうな」 「どうせカロリーを気にしている人向けに出したって感じじゃないの?」 「まあそうなんだろうけど、柊はカロリーを気にしたりしないのか?」 「いちいち気にしてたら頭おかしくなるから気にした事ない」 「かき氷のシロップを炭酸で割ると美味いぞ」 「市販の炭酸ジュースじゃなくて自分で割って飲むんだ?」 「おう。自分で濃さを調節出来るし、カラフルだから目でも楽しめる」 「そんな風に考えたことも、したことなかったけど面白そうじゃん」 「シロップを何種類も混ぜてオリジナルも作れて楽しいからやってみるといいぞ」 「じゃあ今度やってみようかな……」 「で、でも! 美味しくなかったら承知しねーからな!」 「オリジナルを作るなら自己責任だけど、1種類のやつだったら味は保障できるだろ?」 「そ、そっか……。でも、面白いこと教えてくれてありがとな」 「こんなのでよければいつでも教えてやるよ」 「ははっ、そんな機会があるかもわからないからほんの少しだけ期待しておくわ」 「普段テレビでどんな番組見てるの?」 「え? 別になんでもいいだろ」 「どんなの見てるかちょっと気になったんだけど、教えてくれたりしない?」 「何でお前にそんな事教えなきゃいけないんだよ」 これ以上この話題は続きそうにないな。 「刺身が俺的に超可愛くてさ」 「は? 刺身が超可愛いとか頭おかしいんじゃないの?」 「切り身をどんな目で見てるのよ」 「ああ、すまんすまん。刺身っていうのは、あの近所に住んでる老犬チワワの事だ」 「なんで飼い主はまたそんな変な名前つけたんだよ……」 「もっと他につけようがあったでしょ……」 「まあ俺がインスピレーションでつけたんだが」 「どんな風に可愛いんだ?」 「まあチワワってだけで可愛いけど、じゃれてくる姿が可愛いな」 「ごめん、それならうちのシャルロットの方が超可愛いから」 「たしかに人懐っこくて可愛かったな」 「でしょ? あの可愛さに勝てる子はそうそう居ないわね」 「シャルロットってさ、丸まったり出来ないの?」 「丸まったりは出来ないけど、一通り芸は覚えさせようって思ってるけど」 「じゃあチンチン」 「それは覚えさせないからな? 普通に伏せとかお座り!」 「あのポーズ可愛いと思うんだけどな……」 「言うのが恥ずかしいからって教えないのは良くないと思うぞ!」 「チンチンを別の呼び方で覚えさせればチンチン覚えるよな」 「そんなに連呼すんなよ!!」 「でも、たしかにあのポーズ可愛いんだよなぁ……」 「プルプル震えてるところが可愛いんだ」 「それだったら冬になれば皆可愛くなるじゃん」 「そうだな。寒空の下に居てプルプル震えながらこっちを見られたらもうノックアウトだ」 「そのぐらいで可愛いっていうなら、ウチのシャルロットなんて一発でノックアウトだよ」 「てか、刺身が震えるのって老衰じゃないの……?」 「え、年取るとプルプル震えんの?」 「足腰弱くなるんだから当たり前だろ……」 「可愛いって言ってるけど、それ結構笑えないわよ」 「ムカつく先生っている?」 「私にそれを聞く? 全員ムカつくに決まってんだろ?」 この話題は長く続けない方が良さそうだな…… 「午後からの授業は眠くなるよな」 「昼食後なんだから当たり前だろ? 寝ぼけてる?」 これ以上この話題を続けるのは辞めておこう…… 「お前にあだ名をつけてやろう……!」 「はぁ? いきなり何言ってんだ?」 「ほら、柊って呼ぶのだとありきたりでつまらないだろ? だからとっておきのあだ名をつけようと思ってな」 「それならあんたのも考えてやろうか?」 「ひどいあだ名にならない保証ないけど」 「いや、俺はあだ名いっぱい持ってるから別にいいや。柊のあだ名をつけられれば満足だ」 「自己満で私のあだ名つけるのかよ! そんなのであだ名つけられるこっちの身にもなれよ!」 「まあいいじゃないか。お、ひらめいた! こんなのはどうだ?」 「ふーん、い、言ってみろよ」 「ウンコ」 「てめぇ、ふざけんなよ! 殺すぞ!?」 冗談で言ったつもりが本気にとられ胸倉をつかまれた。 「ま、まあまあ落ち着け! 今のはほんの軽〜い冗談じゃないか! お茶目って大事だろ!?」 「冗談でもお茶目でも、限度ってもんがあるよな? なぁ!?」 「す、すんませんっした! さすがに女子相手にあれはなかったっす!」 「ったく……」 「ふざけんのもいい加減にしろよ。これだから男は……」 「な、なんかすまん……。期待してたみたいなのに空気ぶっ壊して……」 「き、期待なんてしてねーよ」 「てか謝ってくんなら初めからそういうことやんなよ」 「ゆずピー。俺的に可愛いと思うんだけど、どうだ?」 「ゆ、ゆず……ピー? そ、そんなあだ名私に似合うわけないだろ!? 却下だ却下!」 「えー? 可愛いからいいじゃんよー?」 「似合う似合わないじゃないと思うよ? ゆずピー?」 「て、てめっ!? いきなりそのあだ名で呼んでるんじゃねーよ!!」 「我ながら結構気に入ってしまってな、普通にいいじゃん。ゆずピーって」 「本人が嫌だって言ってんだろ!? 絶対に教室とかでそのあだ名で私の事呼ぶんじゃねーぞ!?」 「え、ってことはゆずピーは認めてくれるんだな!?」 「ダーメ―だっつってんだろ!? ……ったく」 「俺と一緒に現実逃避しようぜ」 「は? いきなり現実逃避とか、そんなに現実が嫌なのか?」 「テストとか宿題とか忘れたいんだ」 「で、一人で現実逃避してもつまらないからお前もやろうぜ」 「んなの勝手にやってろよ。なんで私が付き合わないといけないんだよ……」 「それは、お前が俺の視界に入ったからさ!」 「うっわー……何その俺様ルール……」 「どうせ付き合わないと付きまとってくるんだろ?」 「すごいな、そうするつもりだったのによくわかったな」 「なんとなくな。で、具体的に何するんだよ」 「変形合体だ」 「……悪い、言ってる意味が全っっ然分かんない」 「うーん、組体操で高度な技に挑戦するような感じかな」 「あ、じゃあパス」 「嫌な予感しかしないし、そんなのやりたくないわ」 「ちょ、さっき付き合ってくれるって言ったじゃないか!」 「誰がそんなもんやりたがるかよ!! あぶねーし男女で組体操とか嫌だよ!」 「じゃあ何なら一緒にやってくれるんだよ!?」 「なんでお前が逆切れしてんの!? 意味わかんねーよ!」 「クマさんごっこだ。俺がクマさんやるから柊は適当にノッてくれ。いくぞ!」 「は? え、ちょいきなり始めるの!?」 「ボク、クマサン。コウバシイヨ!」 「こ、香ばしい!?」 「じ、じゃあクマさんはもしかしたら誰かに食べられちゃうかもね!」 「キャー! ボク、タベラレチャウノ? コワーイ!」 「その誰かから逃げないとダメだねー? 私がその誰かだったらどうする?」 「ヒイラギオネーチャンガ、ソンナヒトナワケナイヨー!」 「分からないわよ〜? こうやって……」 「食べちゃうぞー!!」 「……お前、結構ノリノリだな」 「っ!? き、急に素に戻んなよ!? 恥ずかしくなるだろ!?」 「いや、ここまでノッてくれるとは思わなくてちょっと嬉しいんだ」 「た、たまたま気分が乗っただけだからな! 勘違いするなよ!?」 「学食に塩ラーメンが無いのはあり得ない!!」 「え? 別に普通じゃん? しょうゆか味噌あれば充分だろ」 「な……!? お前塩ラーメンって言ったらしょうゆ、味噌、塩でラーメンの御三家だろ!?」 「それを言うならしょうゆ、味噌、とんこつでしょ?」 「いやいやいや、塩ラーメン美味しいのになんでそんな仲間外れにするの!?」 「あ、そういえばラーメンで思い出したんだけどさ」 「塩ラーメンは超美味しいってか?」 「違うから」 「最近はつけめんが欲しいって人も多いらしいぞ」 「えー……? つけめん? つけめんは社会悪だろ……」 「は? 社会悪とか言い過ぎじゃねーか?」 「だってさー、つけ汁っていうの?」 「あれは濃すぎてしょっぱいし、具がつけ汁の中に混ざっててしょっぱいじゃん」 「味が濃くて食べてる途中で飽きちゃうんだよなぁ……。あれって絶対他のラーメンより塩分濃度たけーよ」 「大体なんで麺とスープを分けたの? 一緒にしていればつける手間が省けるし楽じゃん」 「あと、ラーメンと違ってメンマとかチャーシューがつけ汁に合わない」 「よって具を楽しめない。もうこれで社会悪だっていうのが分かるだろ?」 「お前どんだけつけめんが嫌いなんだよ!! 存在自体否定してるじゃねーか!」 「つけ麺は神だろ。だしの味がしっかり出るし、風味も味わえる麺類で最高の食べ物だろ」 「さっきさんざん塩ラーメンを推してたのに、この変わり様はなんなの……」 「塩ラーメンも好きだけどつけ麺は大好きなんだ。つけ麺同好会とかあったら入りたいぐらいにな」 「そんなに好きなのか? 私はあんまりつけ麺って食べた事ないから、好きでも嫌いでもないって感じなんだけど」 「……なんだって?」 「もったいない……もったいないぞ!」 「うわっ、な、なんだよ急に!」 「つけ麺の美味しさを知らないとは人生の大半を損しているぞ! 今度おススメの店教えるから食べてみろよ」 「へえ、私結構味にはうるさいよ? そこまで推すなら食べてみようじゃない」 「放送室でカラオケしたことある?」 「放送室って、そもそもカラオケするような場所じゃねーだろ……」 「あれは一度やったら病みつきになるぞー? 防音だからいくら叫んでも問題ないからな」 「そもそも放送室って、放送委員とかにならないと入れないんじゃないの?」 「そこは放送委員の友人に鍵を貸してもらえば問題解決だ」 「……もしかして、やったことないのか?」 「あるわけないだろ、逆に聞くけど普段からそんなことしてんの?」 「サッカーもできるぞ。人数そろってボール持っていけばな」 「ウチの放送室ってそんなに広いの!? 冗談でしょ!?」 「ミニサッカーぐらいなら出来る広さはあるぞ?」 「でも、機材とかあるから危ねーじゃん。つか、それ以前に室内でサッカーなんかしてんなよ」 「たまたまボールを持った奴が放送室に入った。ただそれだけだ」 「それだけでサッカーやろうって話には普通ならねーだろ!?」 「そうか? その場のノリでなる時はなるぞ?」 「ダメだこいつ……人として大事な部分がイカれてやがる……」 「テレビも見れるぞ。放送室内にテレビがあるからたまに見させてもらってる」 「へえ、テレビあるんだ? 放送委員って昼休みとか贅沢だな」 「まあ俺も放送委員の友達についてって一緒にテレビ見たりするんだけどな」 「そういうのって平気なんだ? 普通放送委員だけしか入れないんじゃないの?」 「悪さしなきゃ問題ないだろ。ただ単にテレビ見に行ってるだけだし」 「ふーん……」 「テレビかぁ……」 「なんだ、柊もテレビ見たいのか? 今度鍵借りて放送室入ってみるか?」 「べ、別にいいわよそんなの! ちょっといいなぁって思っただけだから気にすんな!」 「柊って遅刻は多い方?」 「私にどういうイメージがあるのか知らないけど、お前の想像に任せるわ」 「柊自身としてはどうなんだ?」 「知るかそんなの」 これ以上会話が長続きしなそうだ。 「遊ぶのが勉強……! みたいな授業が欲しいよな。そうすればもっと授業が楽しくなるだろ」 「どうせあんたは苦手な授業とか難しいのが嫌なだけでしょ?」 「まあ、それは否定しないけど、でも楽しい授業があればもっと勉強するようになると思わないか?」 「それは……まああるだろうけど、でもそれとこれとは別じゃない?」 「むしろ俺は大事だと思うけどな。遊んで童心に戻るというか、そういうのって大事だと思うんだ」 「でも私達って、遊ぼうと思えば遊べるじゃん。大人はそうはいかないと思うけど」 「まあお前みたいなタイプっていつも遊んでそうなイメージあるけどな」 「でもさ、遊びを学ぶのって実は結構大事だと思うんだ」 「なんで? てか、遊びって学ぶものじゃないと思うんだけど」 「そう思ってると、息抜きが上手く出来なくなるらしいぞ」 「勉強ばっかで息抜きや遊びをしてこなくて育った人は、息抜きが上手く出来なくなって精神的に参っちゃうらしいんだ」 「へえ、でもお前はもちろんなんだけど、多少なり遊んでるじゃん」 「俺らは良いとして、問題は他のやつらだよ」 「大人になってから、精神的に参ったせいで仕事がクビになったら嫌だろ?」 「そういうやつらを増やさないためにも、遊びの授業っていうのはあるべきだと思うんだ」 「授業で遊びたいっていう本心が隠れているんだろうけど、すごく納得できるわね……」 「そうは言うけど、いつも遊ぶのもやってみるとつらいぞ?」 「どんな風につらいのよ? 結構楽勝な気がするけど」 「まず、段々やることがなくなってくる。ゲームしても攻略しちゃったらあとは作業ゲーになるしな」 「次に、ゲーム自体に飽きてくる。ずっと同じものをやってると飽きてくるのと同じ現象だ」 「そして最後に、『俺、何やってるんだろう……』って凄まじい虚無感に襲われる」 「な? いつも遊ぶのってつらいんだぞ」 「それって、単純にゲームばっかしてるからじゃない?」 「他に遊ぶもの見つけてやればそうならないし」 「勉強ってたまに超楽しく感じることない?」 「へえ、お前でもそういう風に感じることあるんだ?」 「普段は思わないぞ? たまにだからな」 「たまにでもだよ」 「勉強が嫌いそうなイメージあったから意外って思ったんだよ」 「まあ勉強は好きじゃないけどな。楽しく感じてる時はちゃんとやるぞ?」 「柊だってそういう風に感じる時あるだろ?」 「まあ調子良いときはね。数学みたいにパズルやクイズに近いやつなら」 「今の日本には勉強中の演出が必要だ」 「演出って……、正解したらファンファーレがなったりとかそういうの?」 「それじゃあ面白さが足りないじゃないか。もっと面白みがあった方がいいだろ」 「授業に面白み、ねぇ……?」 「例えば! 正解するたびにポイントが溜まり、一定のポイントが溜まったら景品が出るんだ」 「景品と共にフラガール達がやってきて花のネックレスとほっぺにキスをくれるんだ」 「ほっぺにキスはいらないけど、景品っていう発想はいいかもね」 「堂々と授業サボれる権利とか、そんな感じだったら勉強頑張るかもな」 「楽しい勉強だけ存在すればいいのに。そうしたら誰でも楽しく勉強出来るだろ?」 「そういう意味ではどの勉強も当てはまるじゃん。当たり前な事言ってんじゃねえよ」 「え、そんな事ないだろ? 誰が好き好んで苦手な勉強なんてしなきゃいけないんだよ」 「それはあんたにとっては苦手なだけで、他の人には楽しいかもしれないだろ?」 「……おお、そう言われてみればそうかもしれないな」 「そう考えれば、楽しい授業だけ存在してるんじゃない?」 「柊頭良いな! 全然気づかなかったわ」 「お前はどんだけ自分中心に考えてんだよ……」 「先生によって授業の質ってかなり変わるよな」 「だったら先生無視して勉強すれば良いじゃん」 「そうすれば質の違いなんてないし」 それじゃ先生のいる意味ないじゃん…… 「今勉強してることって、将来役に立つのかね」 「役に立つから勉強してるんだろ? じゃないと完全に無駄じゃん」 「そうは言うけど、シグマとか将来どこで使うんだよ?」 「そっち系の仕事に就いたら使うだろ? まあ一般的には使わないだろうけど」 「そうやって一般的に使わないような勉強の方が多いと思うんだ」 「でもさ、そういうのを習っているから将来の選択肢が増えるっていう見方も出来るじゃん」 「じゃあ聞くけど、どんな授業だったら役に立つと思うわけ?」 「暗殺術だ。それを習うことで犯行をする側の行動が読めるから、自己防衛も出来るようになるだろ?」 「それって、犯罪者を増やすだけじゃない?」 「力も使い方によって正義にも悪にもなるんだし」 「教え方を徹底すれば悪にはならないんじゃないか? もしくは法律で公共の場では使えないようにするとかさ」 「法律まで出てくるなら教えない方がいいじゃん」 「それに、そのせいで治安が悪くなったらどうすんだよ」 「うーん、俺的には良いと思ったんだけど、そういうの考え出すと穴がありすぎたな」 「将来役に立つわけでもないし、それこそ覚えても無駄でしょ」 「む、無駄は言い過ぎじゃないか!? ちゃんと自己防衛って名目があるだろ!」 「それなら大人しく護身術でも習っとけってことだよ」 「童貞学だ。帝王学でも皇帝学でもないぞ?」 「うわぁ……名前からしてサイテーな勉強だな」 「思春期男子の思考やこうしたら好感度があがるなど、女子にとってもタメになる授業だぞ」 「そういう名前だからてっきり下ネタな勉強かと思ったけど、ちゃんと思考とか理論的に勉強するんだ?」 「おう。童貞ならではの哲学とか、一般的な趣向に関しても学べるんだ」 「そして学んだ結果、男女間で仲が悪くなるという問題を防ぐ事が出来るんだ」 「へぇ……、名前はひどいけどあったらおもしろそうね」 「だろ? こういう授業があってもいいと思うんだ」 「せめて違う名前だったら勉強したいと思う人増えるんじゃない?」 「道徳って授業、昔なかった?」 「あー、そんな授業たしかにあったわね。今のあんたに一番必要な授業じゃない?」 「はっはっは、またまたご冗談を……!」 これ以上会話を続けてもストレスがたまるだけな気がするな…… 「音楽の時間ってちょっと解放された感じしない?」 「全くそんな感じしないわね」 「マジで? 数学や現国みたいに難しく考える必要なくて解放された〜! ってならない?」 「全然……むしろ苦痛」 「そ、そうか……」 この話題はこれ以上続きそうにないな…… 「普段休みの日は何してるんだ?」 「別になんだっていいだろ? そんな事聞いてどうするわけ?」 「いや、何かするってわけじゃないけどさ……」 これ以上会話は続きそうにないな…… 「スポーツセンターってたまに行ったりする?」 「それなりにって感じ? 気軽に身体動かせるしね」 「柊が行くのってジムみたいな場所か? それともプールがあるとこ?」 「どっちも、気分によって変える」 「そうなんだ。結構身体動かすの好きなんだな」 「まあ行くって言ってもたまにだけど……なんで?」 「市営プールは幼女天国だ。可愛らしい天使たちが無邪気に遊んでいる姿が微笑ましいじゃないか」 「へえ、あんたって小さい子を眺める趣味があったんだー」 「おい、そう言いながらおもむろに携帯取り出して何する気だ?」 「ん〜? 気にしないで大丈夫よ。ちょっと3ケタの電話番号にかけるだけだから」 「おま、全然大丈夫じゃないよね!? それ絶対警察だよね!?」 「細かいこと気にすんなって、お前の趣味はちょっと世間様には理解されなかったってだけだから」 「俺に幼女眺める趣味ねーから! 冗談を真面目にとるなよ!?」 「なら最初からそう言えよ……あんたが言うと冗談に聞こえないから」 「俺ってそんなに犯罪しそうな顔してるの!?」 「それは鏡見て自分で判断しな」 「男が一人で行っても笑われない?」 「そもそもなんで笑われるのかが理解できないんだけど……」 「ほら、『あの人って一人で来てるのかな? もしかして友達いないんじゃない? プークスクス』みたいな感じでさ」 「それ、被害妄想がひどいだけじゃないか? 普通そこまで他人を意識して見ないだろ?」 「そういうもん? 実はひっそり思われてたりしない?」 「なんでそんなに不安になってんだよ……」 「街で噂されるぐらい変態なら別だけど、そういうわけじゃないだろ?」 「まあ、悪名はないけど……。なんか不安になっちゃうんだよなぁ」 「堂々としていれば誰もそんな風に思わねーから気軽に行ってみれば?」 「休日ってどこへ行っても割高だよな。カラオケとか電車のグリーン車とかさ」 「そんな風に言うならどこも行かなきゃいいじゃん」 「それ言われたらそうなんだけどさ……」 これ以上この会話は続かなそうだ。 「柊の家って旅行とか行く方?」 「んー? まあ、それなりにだねー……」 「随分とまあ適当な返しだな……」 「別に家族と旅行とか普通だろ?」 そうだけどさぁ……これ以上会話は続かなそうだ。 「休日を満喫するコツって知らない?」 「満喫するコツ? 普通に運動とかしてりゃいいんじゃねーの?」 「それじゃあ物足りないんだ。もっとこう……楽しいというか、充実感が欲しいんだよな」 「運動もしていれば楽しいし充実感も出てくるじゃん。それじゃダメなのか?」 「それって結局は自己満足だろ? そうじゃなくて周りも同じような感じになって欲しいんだ」 「ってことは、自分も楽しめて周りも楽しめるようにするコツを知りたい」 「そういう事か?」 「おう。柊ならなんか知ってるかなーって思ってさ」 「私はそこまで休日を思いっきり楽しむって考えはしなかったから、そういうの求められても困るんだけど」 「まあその時はその時ってことで、候補として何か言ってくれると助かるかな」 「そしたら親孝行でもすれば? 遊ぶだけが休日じゃないだろ」 「普段からしてるぞ? 風呂洗ったり母ちゃんの肩揉んだりしてるし」 「それなら充分充実してるんじゃない? それにお母さん喜んでくれてるんでしょ?」 「まあな。でも、普段から世話になってるから小さい事でもこうやって親孝行しないとって思ってさ」 「考えたくはないけど、急にいなくなったりしたら親孝行出来なくなっちゃうからな……」 「それもあるけど、甘えてばっかりじゃいけないだろ?」 「そういう意味も兼ねてやってるな」 「へえ、てっきり遊んでばっかりだと思ったけど、そんなことはなかったんだな」 「俺ってそんなイメージあったのか? まあ遊んではいるけど、ちゃんと家事手伝ったりするんだからな」 「ちょっと見直したかも。ちゃんと親孝行してるんだ」 「まあ、家にいる時くらい母ちゃんにはゆっくりしてもらいたいしさ」 「私たちが学校に通えているのも両親のおかげだしね」 「そういう事。自己満で休日を満喫するより、このまま親孝行してた方が良さそうだな」 「その方が良いかもね。周りの奴らから見てもそっちの方が好感が持てると思うし」 「休日に遊ばないなんて損だろ。だってせっかく丸一日遊べるんだぞ?」 「それを少しは家族の為に使おうとか考えないわけ……?」 「家族には一応色々やってるからいいんだよ。ゲーセンもずっと行くと飽きるしなぁ……」 「本当に遊ぶことしか考えてねーよこいつ……」 「ん? 何か言ったか?」 「べっつにー? ただあんたが親孝行もしないサイテーなやつだって思ってただけよ」 「だから、色々やってるって言ってるだろ!? 親孝行してないとは一言も言ってないじゃないか」 「色々ってなんなのよ? 具体的に何をやっているか言ってみなさいよ」 「い、色々は色々だ! 言うのは、なんか恥ずかしい……」 「言うのが恥ずかしいようなことしてるの!? うっわー……」 「ちょ、なんでそこで引くの!?」 「いや、普通に引くでしょ……」 「学校によって秋休みってのがあるらしいぞ。柊は知ってたか?」 「そのくらい誰でも知ってるでしょ? 二期制のところがそうだろ?」 「マジで!? 最近知った俺って遅れてる……?」 「遅れてるも何も、受験の時に二期制の学校とか調べなかったの?」 「ああ……、特になんも考えてなかったからな……」 「それでここに来たっていうのもすごいわね……」 「いやぁ……そんな褒めんなって」 「褒めてねーから」 「でもそういうところって、夏休みが少なかったりするんでしょ」 「え!? そうなの!? 休みが増えるんじゃないのか……」 「私もそこまで調べたわけじゃないけど、夏休みが少し削れて、10月に1週間ぐらい秋休みがあるらしいわよ」 「ええー……、それじゃあなんか損した気分になるじゃないか」 「でも、二期制だからテストの回数は減るわよ?」 「あ、そっか! 中間があったとしても4回しかないのか! それなら楽ができる!」 「って、思うだろ?」 「その代わり範囲が広いから一夜漬けなんて出来ないわよ」 「……マジ?」 「残念だったな♪」 「まあその代わり広く浅くしか出ないらしいけどな」 「それでも範囲広いのはきついなぁ……」 「ま、ウチの学校は三期制だから関係ねーんだけどな」 「俺休みもあったら良いのに……」 「何その俺休みって? 自主休校みたいな感じ?」 「俺の、俺による! 俺のための休みのことだ! 決して自主休校なんかじゃないぞ!」 「……ぷっ、あっははははははは!」 「ちょっ!? なんでそんな笑うの!? そんなにおかしいこと言ってないよな!?」 「だ、だって……くくく、そ、それ自主休校とどうちげーんだよ……」 「呼び方だ! あと、事前に申請するからそこも違う!」 「ぷっ! 自分で自主休校とは違うって言ってたのに、申請するかしないかだけって……」 「でもユーモアあっていいだろ? そんな休みがあったら俺は最高だな」 「あー……笑った笑った! お前おかしすぎるよ……!」 「日曜日に一日中寝ると損した気分になるよな」 「あー、身体が疲れていたりするとたまーにやっちゃうんだよな」 「そうなんだよな。あとは知らないうちに疲れていたりする場合もあるよな」 「肉体的な疲れは分かりやすいけど、精神的な疲れって意外に分からないものだしね」 「しかも、日曜日にそれやっちゃうと次の日学校だから遅刻しそうになるんだよな」 「夜寝れなくなっちゃって朝まで起きちゃってたりしてるってことか?」 「それもあるけど、損した分を取り返そうと思ってゲームを朝までやったりして自滅するんだ」 「それ、完全に自業自得じゃん……。無理やり身体を疲れさせたりすればいいじゃん」 「そ、そんなことしたら枯れちゃうだろ!?」 「は? 枯れるまで汗かけなんて言ってないだろ? 走ったり筋トレすりゃいいだけじゃん」 「あ、ああ……そっちね。筋トレねぇ。今度から試してみるか」 「でも、あんたが一日中寝て損してる気分になるって思わなかったわ」 「そうか? だって一日が無駄になってるんだぞ? 損したーってなるだろ」 「へぇ、あんたでもそんな風に感じるんだ」 「やらかした時は時間を巻き戻したいくらいだ」 「巻き戻せたとしても、あんただったら同じこと繰り返しそうだけどね」 「ふふふ、甘く見てもらっては困るな。目覚ましのアラームを増やしたりするから同じ目には合わないさ!」 「対策しょぼっ! 疲れないようにすれば根本の解決になるだろ!?」 「おお、その発想はなかったわ。そっちの方が効果ありそうだな」 「でも、時間を巻き戻したら記憶まで巻き戻っちゃったりしてね」 「それは困るな……。同じことの繰り返しになっちゃうじゃないか」 「まあ、実際は出来ないからどうなるか分からないわよね」 「分からないから妄想が膨らんで楽しいんだけどな。答え知ってたらつまらないこともあるしな」 「へえ、テストの結果覚えて時間巻き戻してテスト100点取るとかそういうこと考えないんだ」 「少し見直したかも」 「お互いの日曜と交換しようぜ」 「日曜を交換って、意味分かんないんだけど」 「お互いの日曜の予定を交換するんだ」 「なんか面白そうだろ?」 「まあ人によってはそう思うかもしれないけど……」 「あんたは日曜どうやって過ごすの?」 「そうだなあ……」 「まず、昼前に起きてちょこっとゲームをするだろ?」 「そのあと昼飯食って、昼ドラ見て部屋に戻ってゲームの続きをする」 「…………」 「ゲームの後漫画を読んで、晩飯食べて風呂入って漫画読んで一日が終わりだ」 「……あんたとは絶対に日曜交換したくないわ」 「な、なんでだよ!? 素敵な休日の過ごし方だろ!?」 「単にグータラしてるだけじゃねーか! くだらなすぎて嫌だわ!」 「休日になるとこの街めっちゃ人が集まるよな」 「人ごみって変なやつらとかうろつくからうぜーんだよな……」 「まあ人が多いってことはその分色んなやつがやってくるってことだからな」 「そういう意味ではあんまり休みの日は街に出たくないんだよな……」 「だからって、引きこもりになってたら休みがもったいないだろ?」 「そうなんだよねー……。あー、思い出したらイライラしてきた」 「なんかイラつくことでもあったのか?」 「まあ……な。ナンパ見かけたりしてさ」 「駅前のチャラチャラしてるやつら全部消えて欲しい」 「無双しようぜ。柊なら思いっきりやれば簡単だろ」 「私を暴力女に仕立て上げようとすんなよ!」 「それに疲れるからヤダ」 「疲れなければ無双するのかよ」 「まあ、今のは冗談だけど、ゲームで大量の雑魚をバッタバッタと倒していくやつとかやればストレス発散になるんじゃないか?」 「そんなゲームあんの?」 「雑魚無双っていうゲームな。そういう意味で無双しようぜとも言えたわな」 「ゲームなぁ、私あんまりそういうのやったことないから操作覚えるのでイライラしそうかも」 「お前どんだけストレス溜まってるんだよ……」 「まあ、そんなストレス解消方法もあるってだけだ」 「なるほどな。ちょっとだけ考えてみるよ」 「バカップルもきついよな。周りのことも考えてイチャつけよって思う」 「あれはもうスルーするしかないと思うぞ? 自分たちしか見えてないんだから」 「そうするしかないって言うのも悔しくないか?」 「『俺には彼女がいないっていうのに見せびらかすのか!』みたいな感じでさ」 「だったらあんたも彼女作ればいいだけの話だろ?」 「そんな簡単に彼女が出来ればこんなこと言ってねーよ!」 「んな風に逆切れするなら、もっと自分を磨いてモテ男になればいいじゃん」 「不特定多数にモテるよりは一人の女性にめちゃくちゃモテたいぞ」 「……まずは、その妄想から変えないとダメじゃない?」 「予定の無い連休って鬱になるよな……」 「『あぁ、今日は俺ボッチか……』って感じでさ」 「だったら予定入れればいいじゃん」 「そ、それはそうだけど……」 これ以上会話が膨らみそうにないな…… 「柊ってスキューバダイビングとか好きそうだよな」 「え、一応知ってるってくらいの知識しかないんだけど」 「ほら、水泳も得意だし! 同じ要領でやれちゃうんじゃない?」 「同じ要領でなんて出来るわけないじゃん。シュノーケルとかボンベ背負ったりするし」 「それに水かきつけなきゃいけないなんて、装備するだけでも大変じゃん」 「でも泳ぐのは一緒だろ? そんなに違うのか?」 「水泳とスキューバダイビングは完全に別物でしょ」 「でも一度くらいやってみたくない? 広い海の中を見ながら泳げるんだぞ?」 「サンゴ礁があって、魚たちが泳いでてさ! 魚たちを一緒に泳いでみたくない!?」 「そうね……。それはちょっと体験してみたいかも……」 「想像しただけですっげー楽しそうなんだよなー! ウツボとか生で見てみたいぜ!」 「ウツボって……随分マニアックなもの見たいんだな」 「え、だってウツボって海のギャングって呼ばれてるんだぞ? 見てみたいさ!」 「私だったらイルカやクジラと一緒に泳いでみたいなぁ……」 「あいつらと一緒に泳げたらすっごい楽しそうだよな」 「あれ、事故が洒落にならないほど怖いよな……」 「酸素がなくなって、息が出来なくて苦しいのになかなか上にあがれないでやがて意識がなくなって……」 「ううっ、自分で言っててゾッとしたわ」 「や、やめてよ! あんた私を怖がらせたいわけ!?」 「そんなつもりはなかったんだけど、ふと思い出してな」 「そういうのは思い出しても言うなよ……」 「それで、溺死体で上がってきた姿は……!」 「だからやめろっつってんだろ!? 物理的に黙らせるぞコラァ!!」 「柊の隠れた趣味みたいなやつを教えてくれ」 「それ教えたら隠れた趣味にならないだろ……」 「そこをなんとか! 俺も秘密にするから隠れ度は低くならないぞ」 「あんたに言った時点で隠れなくなるからイヤだ」 どうしても教えてくれないようだ…… 「勉強が趣味のやつって得してるよな」 「そうか? 根暗なやつになってそうじゃない?」 「それはそいつ次第だけどさ」 「だって色んな知識を持っているんだぞ?」 「学校の授業だけじゃなくて雑学とかも勉強してたりしてな」 「でも雑学って、無駄な知識多くない? 知らなくてもいいようなこととかさ」 「そうとも限らないだろ? 俺は雑学ってすごいと思うけどな」 「遊ばずに勉強だけなんてもったいないような気もするけどね」 「逆に考えて、遊んでる時間がそのまま勉強時間だったら今頃……」 「確実に5万時間は勉強してたな」 「5万時間とか想像出来ないぐらい多く感じるわね……てか、なんで5万時間?」 「なんとなくだな。1年で8760時間っていうのをこの前テレビで見て、そこから適当に考えた」 「それだったらもっと多いかもよ? あ、でも赤ちゃんの頃は勉強出来ないもんな」 「時間で換算するとめちゃくちゃ時間経ってるんだなーって思うよな」 「でも、その時間を勉強だけっていうのも、もったいない気がするな」 「遊びも多少はやらないと頭が固くなりそうだしな。ま、遊び過ぎも良くないけどな」 「そうそう、遊び過ぎず適度に勉強すればバカにならずに済むんじゃない?」 「それはもしかして俺に向けて言ってるのか?」 「冗談だよ」 「勉強の話で友達と盛り上がるのも嫌だな」 「自分で話を振っておいて自分でぶったぎりやがった……」 「だって勉強の話で盛り上がったら真面目系男子に見られるだろ? 俺そこまで真面目じゃないと思うし」 「テストの時期以外だったら真面目に見られるかもしれないけど、お前は見られないから大丈夫だろ」 「それってつまり、俺が普段からバカっぽく見えるって遠回しに言ってる?」 「さあ? そういう風に思ったって事は自覚でもあるの?」 「そうは思わないけど、なんかそういう言葉のトゲがあるように聞こえたぞ」 「きっと気のせいだって。あんまり色々気にしてるとハゲになるぞ」 「まだふさふさだ!」 「最近のスナック菓子って量少ないよな」 「値上げしない代わりに量が減ったりしたもんねー」 「逆に量は変わらないけど値段を上げましたっていうのもあったし、どっちにしろ育ち盛りの俺らには辛い現実だな」 「お菓子ってなんだかんだ結構買っちゃうからね」 「そうなんだよな。なのにお菓子の量と値段が釣り合ってないからぼったくられてる感じがしてさ」 「もうちょっと安くてもいいんじゃないのって思うよ」 「135円も取っておいて100gしか入ってないのはありえないわ」 「チョコ系も高いよな。200円ぐらいで10個入りとか少なすぎだろ」 「チョコ系って美味しいけど、高いから他のお菓子に目がいっちゃうんだよね」 「そうなんだよ。チョコの気分だったとしても20円ぐらいのちっこいやつ1個でいいやって妥協しちゃうわ」 「チョコって溶けちゃうから夏場とかはあんまり持ち歩きたくないよね」 「分かる分かる。あの触った瞬間のうわぁ……ってなるよな」 「そうそう。なんか、損した気分っていうか一気にテンション萎えるよね」 「だな。かといってチョコのためにクーラーボックス持ち歩くわけにもいかないしな」 「どんだけチョコの為に頑張るんだよ……」 「アイスも高いよな。ちょっと前まで100円あれば買えたのに……」 「そうなんだよなー。今は126円が普通になっちゃってて、高く感じちゃうんだよね」 「たかが26円って思う人もいるだろうけど、俺らにとってはその差も切実になってくるんだよな」 「そうそう……」 「だってさ、100円と126円のアイスを10個買ったとしたら差額で100円のが2個も買えるんだよ!?」 「それを考えたら負のスパイラルから抜け出せなくなるぞ! 気をしっかり持て!」 「アイスってさぁ……美味しいじゃん?」 「だからいっぱい食べたいんだけど、高いからさ……」 「わ、分かった! 今度2つ分けられるやつ買って、半分分けてやるから元気出せ!」 「……ありがと」 「わ、分ける時失敗するなよ!」 あ、復活した。そんなにアイスが好きなんだな。 「ゲームが趣味のやつってどう思う? おかしいとか思ったりする?」 「別におかしいとは思わないわよ。好きな物を趣味にすればいいじゃない」 「偏見とかはないんだな。オタクだとか偏見的な目で見るやつもいるんだけどな」 「私はそういうのは全く思わないわね。好きなことをやってるんだから別にいいじゃない」 「でも、あえて言うならもうちょっと他になかったのかなって感じ」 「他になかったっていうのは、趣味になるようなものがってことか?」 「そう。ちょっと可哀相だと思う。自分の体動かした方が絶対良いって」 「最近は体動かすゲームもあるぞ。健康的っちゃ健康的だろ」 「うーん、それとはまた違うような……でも、そういうのあるんだ?」 「おう、実際やってみると面白いぞ。だけどやるには広いところじゃないと危ないけどな」 「そりゃそうでしょ……」 「まあ、そういうのが趣味なんだったらいいんじゃない?」 「本当は外で運動した方が良いんだろうけど、そういう場所とか時間が取れない人には助かるだろうしな」 「それにしても、ゲームって言っても色々あるんだな」 「太鼓にダンスにギターにドラム、身体動かすって言うのだったらもっとあるかもしれないな」 「へぇ……、面白そう……だな」 「でもさ、運動はスポーツでもしなきゃ飽きるだろ」 「一人でやっててもつまらないっていうかさ……」 「それは人によるだろうけど、体動かした方が絶対良いって!!」 「体の抵抗力落ちたりして怪我とか病気しやすくなるかもしれないぞ」 「まぁそうかもしれないけど、運動が趣味っていうのも……なぁ?」 「趣味って人の好みだから強制するつもりはないけどさ」 「少なくとも私は運動とかして体を動かした方が良いと思ってるよ」 「最近体動かしたいんだよね。なんかオススメとかない?」 「適当に動いていればいいじゃん。スポーツとかでもいいわけだし」 「スポーツって始めるのに道具揃えたりして金かかるだろ? できれば金がかからないようなのがいいんだ」 「なら部活の体験入部したら? それなら道具貸してもらえるし動けるじゃん」 「そのあとの入部させようとする勧誘を逃げるのがめんどくさいだろ……? だからパス」 「こ、こいつ……」 「じゃあ自分で考えろよ!」 「いや、いい線いってるんだ。ただ後々を考えるとめんどくさくてな……。柊だけが頼りなんだ!」 「はぁ……」 「あ、じゃあ外走ればいいじゃん。タダだしオススメ」 「走るのはパス。自動で体動かせる方法を教えてくれ」 「……それはどんな手段でもいいんだな?」 「おう、あるなら試してみたいしな」 「じゃあ、まず結構急な坂道を探す。長ければ長い程ベスト」 「近くに坂なんてあったっけな……」 「それで坂の上まで行って、下り坂と並行になるように寝転がる」 「あとは転がれば自動で体が動くだろ?」 「おぉーなるほど……ってなるか!! それじゃあただ転げ落ちてるだけじゃねーか!!」 「でも自動で体動いてるだろ? 文句あるなら自分で探せ」 「なわとびでもするか。やり始めると結構ハマるんだよな」 「じゃあ最初からなわとびすれば良かったじゃねぇか!!」 「やり始めたらハマるけど、やるまでが問題なんだよ」 「でも、三重跳びとかハヤブサとか出来るようになったら楽しくなってくるな」 「たしかにそれだけ飛べたら楽しくなりそうよね」 「柊はなわとび出来る方か?」 「私はそれなりにって感じね。でも、ハヤブサは出来ないから凄いと思う」 「ふふふ、勝った! 俺ハヤブサ出来るもんねー!」 「私本気でなわとびなんてしないから別に悔しくないけどね」 「くっ、なんだこの煽ったはずなのにこみ上げてくる悔しさは……!」 「どうせならハヤブサやってるとこ見せてよ」 「普段何時頃起きてるの?」 「適当」 「え?」 「て・き・と・う!」 ああそうですか…… 「柊ってぬいぐるみとか持ってる?」 「持ってるけど、それがどうかした?」 「えっ!?」 「何その反応……どうせ私にはぬいぐるみなんて似合わないわよ!」 「似合う似合わない以前に持ってると思わなかっただけだ。別に持ってても良いと思うぞ?」 「それに持ってくれてた方が俺的にも助かるし」 「なんであんたが助かるのよ?」 「俺のぬいぐるみやる」 「これだ。妖怪ケツ丸出し」 「……まあ、あんたのことだからこんな感じだとは思ったわよ」 「え、喜んでないみたいだけど、これ好きじゃない?」 「なかなか愛嬌のあるやつだと思うんだけど……」 「どこに愛嬌があるんだよ……。ただの変態親父のぬいぐるみじゃない……」 「この親父の開き直れてない表情とか良くないか?」 「『ワ、ワシのケツを見てくれ! あ、でもそんなジッと見たらいかん……!』みたいな」 「それ、あんたが今考えたの? それともその妖怪の設定?」 「ケツ見せてくる妖怪だからな。設定に俺が付け加えた」 「結構キモいな。悪いけどいらないわ……」 「ちょっと小さいんだけどさ、これ……」 「お、ゲロゲロゲロッピィじゃん。しかも鳴き袋が膨らんでるし!」 「ゲーセンでたまたま取れたんだけど、家にあってもなぁ……って帰ってから気付いて、貰い手を探してるんだ」 「……私がぬいぐるみ持ってるイメージなんて他のやつらにないだろ?」 「他のやつらは他のやつらだ。俺はお前がぬいぐるみをたくさん持っててもおかしくないと思うぞ」 「むしろ、俺を助けると思ってもらってくれると助かるな」 「うぅ……、わ、わかった。そういうことなら……もらってやるわよ」 「ありがとな、マジで助かったわ」 「ふ、ふん!」 「柊流ストレス解消法を教えてくれ」 「それって私なりのストレス解消法ってこと?」 「そうだ。柊流って言うとなんかカッコ良くない?」 「うちにそういう流派みたいのないし、そういう言い方されるとハードルあげられてる感じがするんだけど」 「呼び方がカッコいいってだけで別にハードルあげたつもりはないんだけどな」 「そ。ストレス解消法ねぇ……」 「柊の事だからどんな解消法があるか気になるんだよね」 「……そうね。あんたを殴る」 「やってみろよ。俺がそう簡単に殴られると思うなよ?」 「やってやろーじゃん」 「オラァ!」 「ふっ、甘い甘い! おにゃのこパンチなんて野郎からすれば余裕でかわせるわ!」 「っざけやがって! このぉ! くっそ! 当たれよぉ!」 「よっ、ほっ! 誰が好き好んで当たるか!」 「それに、なんか必死になってかかってくる姿ちょっと萌えてきた」 「っ!? 〜〜〜!!! ぜぇってぇぶん殴ってやるー!」 「そうやってムキになるなって、なんというか、猫が必死にねこじゃらしおっかけてる感じで可愛いわ」 「〜〜〜っ!!」 「か、可愛いなんて言うんじゃねぇ!」 「オレ防御力9999だけど? それに受け止めてカウンターとかしちゃうかも」 「ってことは、殴っても効かないってことだよな?」 「ああ、その代わりお前が色んな意味でダメージを食らうかもしれないけどな」 「んなもんやってみなきゃわかんねー……だろっ!!」 「腹かー、女子もそうだけど男だって鳩尾付近食らったらシャレにならないんだぞー」 「……ウソでしょ? 全力で殴ったはずなのに痛くねーの!?」 「さて、ここから仕返しが始まるんだけど、手首らへんってくすぐってみると結構くすぐったいんだよね」 「ほら、ここらへんとか」 「やっ、ちょ……っはははは! やめ……やめて……! ご、ごめんさっきのあやま……ひぃ……!」 「まあ、これぐらいで勘弁してやろうじゃないか」 「ふー、ふー……! マジで何なの……」 「柊は小腹空いたら何食う人?」 「ん、大体いつもこれ舐めてるけど」 「お、それってチュッパキャンディーだよな!? 俺も一時期ハマってたんだよなー」 「これって手軽な値段だし、美味しいからついつい買っちゃうんだよね」 「わかるわかる。色んな味があるから飽きが来ないんだよな」 「一時期ってことは今はハマってないんでしょ?」 「学校帰りに寄ってたコンビニで置かなくなっちゃってさ。それで自然と離れていっちゃったって感じだ」 「なるほどねー。プリン味って食べたことある? あの味ってどう思う?」 「食べたことあるけど、あれは甘すぎるだろ……。カラメル的な苦さがちょっと欲しかったな」 「私もそう思ってたんだよね」 「チュッパキャンディーって新しい味が何出るか分からないのも楽しみのうちよね」 「偽物が結構ある分味で差別化しようとしてるんじゃないか? まあハズレがないから嬉しいけどさ」 「どういう味が出たら美味しいと思う?」 「明太子&納豆味が面白そうだな。菓子パンの中に惣菜パンがあるみたいな感じでさ」 「面白そうじゃなくて美味しそうで考えろよ……」 「でも、そういうしょっぱめな味があっても良さそうじゃないか?」 「あとは抹茶とか渋めなやつとかも良さそうだな」 「しょっぱめは微妙だけど、抹茶はアリね」 「だろ? って、なんでしょっぱめは微妙なんだよ」 「だって、キャンディーだぞ? 大抵甘いのを想像するだろ!」 「でも、塩キャラメルとか肉野菜キャラメルがあるじゃないか」 「塩キャラメルは良いけど、肉野菜キャラメルは絶対ネタだろ!」 「平気な人は平気なんだけどなぁ……」 「ミルク系の味が増えると嬉しい」 「ミルク系って美味いよな! ミルクコーヒー味とかあるけど、そんな感じのやつ?」 「そうそう。抹茶オレとかミルクティーなんかもあったら美味しそうだな」 「どっちもモノによってはハズレになるから怖いな……」 「そうか? まあ甘すぎたりっていうのはあるかもしれないけど、大抵美味しいだろ」 「まあそうなんだけどな。私はそのまんまのミルク味が特に好きだから、危ない橋は渡らないわよ」 「もし新商品見かけて美味かったら教えてやるよ。美味かったら食べるだろ?」 「まあな。ミルク味に勝る物はないと思うけど」 「ミルク味って濃厚で甘さもちょうどいいもんな。俺も好きだったよ」 「…………」 「じゃあ、いる?」 「お、マジで!? もらっていいんだったらもらうわ」 「わ、私が好物をあげるなんて滅多にないんだから、感謝しろよ!」 「ああ、ありがとう」 「『突撃! 隣のパパラッチ』って知ってる?」 「何それ? 聞いた事もないわね」 「番記者の親父と雑誌編集者の母を持った主人公が、カメラ片手に色んな日常スクープを撮っていくというマンガだ」 「へえ、それってドキュメンタリーマンガ?」 「ドキュメンタリーっていうよりはパロディに近いギャグマンガだな」 「そうなんだ。で、それって面白いの?」 「俺は面白かったぞ? 時事ネタもあって新聞の代わりとまでは言わないけど情報入ってくるし」 「それって面白いか面白くないかの判断がシビアそうだな……。あんまり興味は湧かないわね」 「読まず嫌いは良くないぞ。面白くなかったら謝るから試しに読んでみてくれ」 「別に謝らなくてもいいけど、そんなに面白いの?」 「俺は面白いと思うんだけど、周りが共感してくれないんだよな……」 「それって、一般的にはつまらない作品ってことじゃないの……?」 「……柊も皆と同じか」 「いいんだ、こいつの面白さが分かるのは俺だけで……」 「んな露骨に凹まなくたっていいだろ。それに、誰が読まないなんて言った?」 「え……じゃあ読んでくれるのか!?」 「そ、そんな顔されたら……読んであげたくなるしな。それに面白いかもしれないし」 「マジでありがとう! 読んでくれるだけでも心が救われる!」 「わ、わかったからそんな大げさに言うな!」 「じゃあどういうマンガなら興味湧くんだ?」 「んー、面白かったりバトルが熱いのがいいかな」 「へえ、恋愛系は読まないのか?」 「まあそもそもマンガ自体あんまり読んでないから、どういうのがいいとかイマイチわからないんだ」 「なら『突撃! 隣のパパラッチ』も読んでみないか!」 「時事ネタ入ってるって時点で興味湧かないからパス。どうせ読むなら読んでる時間が楽しい方が良いし」 「あれも面白いんだけどなぁ……」 「自分の好みを相手に押し付けるのはあんまり良いとは言えないから気を付けた方が良いぞ」 「好きな音楽かアーティスト教えてくれ」 「特にこれといって好きなのがないんだけど」 「じゃあ普段聴いてる曲とかないのか?」 「あるにはあるけど、CMで流れてる曲だとか有名なやつしか聴いてないわよ」 「ニュースとか特集で流れた曲で気に入ったのがあればって感じか」 「まあ、そんな感じかな」 「聴く音楽にこだわりがあるってわけじゃないんだな」 「そうね。まあ敢えてあげるならKEMETOか極道スペードXかな」 「KEMETOって不思議だけどカッコいい人だよな」 「そうなの? 曲しか知らないからどんな人か分かんないんだよね」 「超イケメンで声もカッコいいんだけど変態なんだよ」 「あんたに変態って言われたらおしまいね……」 「おいそれどういう意味だ。結構有名な話なんだぞ?」 「へえ、でも私はそういうのは気にしないって言うか、スルーするから」 「曲が好きなだけであって歌ってる人には興味がないって事か?」 「ま、そんな感じね。曲が良ければいいのよ」 「極道スペードXって最近流行り始めたグループだよな」 「そうらしいわね。最初は変なグループだなって思ってたんだけど、曲が結構気に入っちゃってさ」 「へえ、俺まだ曲聴いたことないんだけどいい感じなんだ?」 「私的には結構好みよ。アップテンポな曲もあるし、おバカな曲もあるからね」 「それなら俺も好きかもしれないな。CDとか持ってる?」 「いつもレンタルで借りてるから手元にはないわね」 「そっか、じゃあ今度俺も借りて聴いてみるわ。ありがとな」 「もし聴いて良かったら、私のオススメも紹介してやるよ」 「柊って毎朝5キロとか走ってる人?」 「スポーツ選手じゃあるまいし、そんなわけないでしょ?」 「なんか走ってそうなイメージあったけど違ったか」 「お前は私にどういうイメージを持ってるのよ」 これ以上会話が長続きしなそうだ。 「去年のスポーツテストの成績どうだった?」 「成績? そんなん聞いてどうすんの?」 「去年は別のクラスだったから運動出来るのかどうか知らなくてさ」 「純粋に興味ってわけ? まあ運動神経は良い方だとだけは言っておくわよ」 「ほう、その反応からするに相当自信があるようだな」 「まあね。何? 今度のスポーツテストで競ってみる?」 「それも面白そうだけど、男女でポイントの基準が違うから勝負にならなそうだからパスで」 「残念だな。あんたの成績はどうなのよ?」 「俺、反復横跳びだけは最強だぜ?」 「そんなに自信があるの? 他はどのぐらいなの?」 「他は平均ぐらいだな。だけど反復横跳びだけはいつも満点だ」 「私も満点とってるけど、私より出来なかったら最強じゃなくなるよな?」 「お、勝負するか? じゃあちょっと待ってろ。準備するから」 「準備って、あんたもしかして裸足派? ラインは引けばいいだけだしすぐ出来るけど」 「おう。じゃあ二人で一緒にやろうじゃないか」 「その方がどっちが早いか分かりやすいだろ?」 「オッケー、じゃあいくわよ?」 「レディー……ゴー!」 「ふぅぅぅぅおぉぉあぁぁぁちゅぁあぁぁぁあ!!!!」 「へ!? な、ちょ……ウソでしょ!?」 「ほらほら、どうした! 俺の速さに見惚れて動けないか!!」 「お、追いつけない……」 「ふふふ、どうやら俺の勝ちのようだな」 「くぅ……! 悔しいけど、お前マジですごいよ」 「そんな事よりジグザグドリブルって知ってる?」 「うわ、露骨に話そらしやがった……。まあ知らないけど、何それ?」 「昔のスポーツテストに組み込まれていた種目なんだけどな、新体力テストって名前変わってから削除されちゃったんだ」 「シャトルランが入ってきた頃に消えたってこと?」 「そんな感じだ。サッカーやってる連中に有利だとかで公平性に欠けたんだと」 「あんたはその情報をどこから持ってきてるのよ……」 「スポーツテストの全国トップ成績をネットで調べたら出てきたんだよ」 「どんだけスポーツテストに本気なんだよ……」 「フィットネスクラブとかにご興味は?」 「何その変な聞き方。まああんまり興味はないわね」 「どうしてだ? そういう体を動かせるような場所に通った方が運動出来るじゃないか」 「運動系の部活もあるのにどうしてそんな場所まで行って運動しなきゃいけないのよ」 「専用の筋トレ器具とかあって効率的に鍛えられるかもしれないぞ?」 「本気で運動してる人はいいかもしれないけど、私は嫌ね」 「そういうとこって高いし人多いしアホくさい。市営で充分じゃない」 「お前んち……貧乏なの?」 「はぁ!? 無駄に金かけたくないって思うだけでなんで貧乏になるんだよ!?」 「いや、そんだけ節約というか、お金気にしてるからそうなのかなって……」 「人に面と向かって貧乏とか、失礼にも程があるでしょ? 侮辱もいいとこだよ!」 「そ、そんなつもりはなかったんだが……。すまん」 「あー、マジで気分萎えたわクソが」 本気で怒らせちゃったようんだ。 「時間に追われるサラリーマンには好評らしい。通勤帰りに寄って体を動かしてから帰宅したりするらしいぞ」 「へえ、少ない時間でも運動しようとする人が通うんだ」 「大人になると運動する機会って結構減るらしいからな。そういう意味でフィットネスクラブは人気らしい」 「なるほどねー。そういう見方もあるってことね」 「そういう風に考えると、俺たちみたいなやつが行くような場所じゃないかもしれないな」 「そうかもしれないな。でも、本気で運動しにいくなら良いんじゃない?」 「喋りながらやったり器具を占領したりしなければ運動してる事には変わりないけど……」 「うちらみたいな学生ってそういうの気が付かないうちにやってたりするだろ?」 「そういうことしたら他の人に迷惑になるからあんまり行きたくないかな」 「…………」 「お前ってたまに良いこと言うよね」 「ゲートボールって意外と難しいらしいぞ」 「ゲートボールっておじいちゃんおばあちゃんが公園でやってるやつだよな?」 「おう、なんか金属を地面に突き刺してゲート作って、そこに玉をハンマーみたいので打って通過させるアレだ」 「説明がなんかテキトーだけど、まあそれで合ってるような……」 「それが見てる分には難しそうに見えないけど、やってみると結構難しいらしいんだ」 「ふーん、例えばどんなところが難しいの?」 「水属性のじいさんが相手だと詰む。地面をグチャグチャにして玉をうまく転がせなくなるんだ」 「水属性のじいさんってどんなやつだよ!? それもう反則行為だろ!!」 「そりゃきっとあれだ、雨男かずぶ濡れのじいさんだな」 「雨男ならまだいいけどずぶ濡れのじいさんは帰って着替えて来いよ! 身体に障るぞ!」 「きっと体が丈夫なじいさんなんだよ。まあそんな感じのじいさんが相手だと勝てないんだよ」 「そんなじいさんいたら絶対中止なり色々やるだろ!?」 「ずぶ濡れの状態でやってきたじいさんの気持ちも考えてやれよ!! 楽しみにしてたかもしれねーじゃん!!」 「なんであんたはそこで逆切れしてくんの!?」 「チーム戦だし結構頭使う」 「へえ、具体的にどんなとこに頭使うのさ?」 「上手く玉を打ってゲートを通過させないといけないし、次の打者が打ちやすいような場所に玉を送らなきゃいけないからな」 「だから運動の技能面と頭脳面でめちゃくちゃ難しいみたいなんだ」 「あんなシンプルなのに結構考える部分いっぱいあるんだなー……」 「シンプルだからこそ奥が深いっていうのもあるのかもしれないな」 「なるほどねぇ。玉を打つのも実際打たないと感覚がつかめないもんね」 「面白い話してくれてありがとな」 「バッティングセンター行ったことある?」 「行ったことないけど、それがどうかしたか?」 「柊が好きそうな場所だから行ってると思ったんだけど」 「あんまりそういうところに興味湧かなかったっていうのもあるかもしれないけどな」 「行ったら絶対ハマると思うぞ」 「へえ、どんなところ?」 「バット片手に殺し合うデスフィールドだ。返り血とか浴びるから白い服は着て行ったらダメなんだ」 「何そのバイオレンス!? お前私が知らないからって適当なこと言ってんだろ!?」 「そ、そんなことないぞ? とりあえずそんな場所だからお前が好きそうだなぁって思ったんだ……」 「ふーん……でも、あんたをそこでブッ叩けるなら面白そうね」 「あ、ちなみに木製バットと金属バットしかないから威力は本人次第だからな」 「釘バットはないの? あれがあったら素敵だと思うんだけど」 「そんなのねーよ!! お前はどんだけ俺のことブッ叩きたいんだよ!!」 「それはもう……全力で♪」 「バットで淡々とボール打ち返す場所」 「その説明に全く面白みを感じないんだけど」 「まあ実際機械から飛んでくる球を打つだけだからなー」 「で、それを私が好きそうだと?」 「フルスイングしたら気持ちいいだろ? そういうスカッとするのは好きそうだと思ってな」 「まあそういう意味では良さそうだけど、あんまり楽しそうとは思わないかな」 「スポーツドリンクって体に良いの悪いの?」 「飲む人によって違ってくるだろうけど、水代わりに飲むのは体に悪そうじゃない?」 「でも運動したあとの水分補給とか病気の時はすぐ吸収されるから体に良いんだよな」 「そうは言うけど実際はどうなんだろね。普通の人が飲んだから体に悪影響出るのかな」 「なんか頭がごっちゃになってきたな……結局体に良いのか悪いのかどっちなんだ……」 「悪いんじゃない? 結局は水以外みんな体に悪そうだけど」 「水飲んでも死ぬぞ。水中毒って知らないか?」 「ウソ!? 水にも中毒とかあんの!?」 「水の飲みすぎると血液のナトリウムイオン濃度が下がって中毒症状を起こすんだ」 「っていっても、7.6リットルとか大量に飲んで死亡事故が起きてるから」 「水中毒ってそうそう起きない……って思うだろ?」 「さすがにそんな量は飲めないけど、他にも起きやすいの?」 「実は風邪とかの状態で脱水症状になった時にスポーツドリンクを大量に飲むのも危ないんだ」 「特に幼児が危険らしいぞ」 「マジかよ……。脱水症状には気を付けとかないと……」 「柊は水泳やってるからな。泳いでても汗かくみたいだし、気をつけたほうが良いな」 「ちょっとこまめに水飲んだりするようにする……」 「教えてくれてありがとな」 「体に良い美味いジュース発売しないかな」 「だったら野菜ジュース飲めよ」 「あれってしょっぱくてクソ不味くないか?」 「それは果汁が入ってないのか塩分調整されてるやつしか飲んでないからじゃない?」 「ちゃんと甘いのもあるから美味しいと思うわよ」 「じゃあ俺が今まで飲んできた野菜ジュースはみんなしょっぱいのだけだったってことか……?」 「まあそうだろうけど、それって逆に珍しいわよ。良かったじゃん」 「よくねーよ! 俺は美味い野菜ジュースを飲みたかったのに毎回しょっぱいのとかガッカリ感半端なかったんだぞ!」 「うーん、あれはあれで美味しいと思うけどね」 「卒業後の事とか考えてる?」 「全然。適当に進学でもするんじゃない?」 「それだと進路相談とかの時色々言われそうじゃないか?」 「なんであんたに私の進路相談のこと心配されないといけないのよ」 これ以上は会話が長続きしなそうだ。 「もし未来にタイムスリップ出来たら何したい?」 「未来かー、何したいっていうのは何でも出来るって解釈でいいの?」 「おう。その方が夢が広がって面白いだろ」 「そしたら青い猫型ロボット探す!」 「それってドラザえもん?」 「そうそう! もちろんポケット付きでな!」 「お前、結構お茶目だな。てっきり宝くじの当選番号控えてこっちに戻ってくるとか言ってくると思ってた」 「そんな夢のないことしねーよ。そんなことするよりドラザえもん一匹いればいいじゃん」 「でもあいつの好きな食べ物をいつも用意しないといけないぞ?」 「それぐらい別にいいじゃん。可愛いし」 「ほう、ドラザえもん好きだったのか」 「な、なんか文句あるか!?」 「いや、ちょっと可愛いなって思っただけだ。俺らの年でドラザえもん好きなやつってなかなかいないと思うからさ」 「そ、そうかな?」 「……そんなことないと思うけど」 「は? あれタヌキだろ?」 「はぁ!? タヌキなわけねーだろ!? なんでタヌキになるんだよ!」 「だって耳ないしタヌキっぽい体型じゃないか」 「耳がなくなってる理由知らないの!? お前ドラザえもん全然見てないな……?」 「その話って多分マンガ読んでないと知らないと思うぞ……」 「映画で見た気もするんだけど……、とにかく! あれは猫型ロボットなの!」 「猫かタヌキの違いでそこまでキレなくてもいいと思うけどな」 「あんたの好きなキャラが違う生き物だって言われるの嫌でしょ? それと一緒」 「進路相談って楽しくはないから憂鬱だよな」 「学力次第ではお通夜状態になり兼ねないし、嫌な人にとってはかなり嫌だよね」 「かといって学力高いやつでも選択肢が増えるだけで楽しくなるってわけじゃないだろ?」 「まあ、高いからって行きたいところに確実に入れるってわけじゃないんだけどな」 「まあな。もう進路相談ってだけで嫌になるやつもいるだろ」 「せめて楽しく進路相談受けられれば違うんだろうけどな……」 「同感。もっと楽しい進路相談があればいいのに」 「野球型進路相談とか? ピッチャーが生徒でバッターが先生な。んで俺が実況やるから」 「どんな進路相談よ……」 「ピッチャー第一球投げた!」 「俺は、医者になりたいんだ!」 「現実を見てから、可能な夢を語りなさい!」 「そ、そんな……夢を追いかけて何が悪いんだ!」 「おおっと! 連続投球をするが先生に打ち返され、2本ホームランをとられたぁ!」 「ピッチャーは何も言い返せないようで両膝をついているようです……」 「解説の柊さん、今の進路相談はどうだったでしょうか?」 「へっ!? あ、あぁ……バッターの正論が反論の余地を与えず、ピッチャーを引退させる勢いですね……」 「……とまぁ、こんな感じなんだけど面白そうじゃないか?」 「突然解説振ってくるなよ!! ビックリしたじゃねーか!」 「でもまあ、結構楽しめたしこういうのはアリかもな」 「RPG風進路相談とか?」 「RPG? 何それ?」 「コマンドで進学、就職、夢、対策があってそれを選ぶことによって先生の対応が変わってくるってやつだ」 「コマンド? そもそもRPGって何よ」 「え、もしかしてお前RPGゲームやったことないの?」 「ないわよ」 「うーん、どう説明すればいいかな……。まさかやったことないとは……」 「どんな風かを説明出来ないんだったら無理があるんじゃない?」 「柊は資格とか取ったりしないの?」 「必要なら取るし、必要ないなら取らない。資格ってそんなもんでしょ」 これ以上この話題は長続きしなそうだ。 「俺の10年後ってどうなってると思う?」 「あんたの10年後? 多分死んでるんじゃない?」 「俺の寿命短すぎるだろ!? それ絶対考えるのめんどくさくて言ったよな!?」 「え、割と本気で言ったつもりだったんだけど」 「タチ悪いなおい! 割と本気とか結構傷つくぞ!!」 「なんかあんたって、気付いたらいなくなってそうな感じするからなー」 「俺は迷子か!!」 「……ふふふ、そうか……」 「残念だな。俺はそう簡単には死なないぞ!」 「そうだなぁ……きっと俺のことだ、10年後の俺は……!」 「第二形態になっている。その名も、スーパーロンリネスだ!」 「うっわー……、独り身っていうか、すごいガッカリ感のある名前だな……」 「う、うるさい! 俺の第二形態は色々と強いんだからな!」 「具体的にどう強いんだよ? どうせろくでもないんだろ」 「パソコンなどの機械面に強くなり、相手を社会的に抹殺できるんだ」 「それ機械面強くなくても出来るっちゃ出来るから! つか、考えることが姑息というかしょぼいなぁ……」 「どうせやるなら世界征服とかこの世の悪になるとか言ってみればいいのに」 「最終形態までなれれば出来るだろうけど、最終形態は120歳ぐらいだから無理だな」 「お前はあと何回進化すれば気が済むんだよ……」 「カッコ可愛いパパになっている」 「へえ、そうはならなそうだけどな」 「あの、もしかして柊、俺のこと本気で嫌いか……!?」 「というか今から俺の明るい未来に水を差さないでくれます!? 毎日家と仕事先の往復だけで人生終わらせたくないぞ俺は!!」 「そうなっても人生失敗とは言わないんじゃない? 一応生計立ててるんだから」 「そうじゃなくて、俺は可愛いお嫁さんと結婚して、子供も授かって幸せな家庭を築くんだ」 「家庭円満で頼りになって、ちょっとお茶目なパパって、カッコ可愛いパパって感じだろ?」 「有言実行出来るといいけどな。お茶目っていうかあんたがバカやるだけでしょ?」 「そうなるかもしれないけど、笑顔って大事だろ? つまんない家にいたら家族までつまんなくなるからさ」 「へえ、なるほどね。その考え素敵じゃん」 「ちょっと見直したよ」 「空飛ぶ車っていつ世界に誕生するんだろうな」 「え? たしかもう誕生はしてたんじゃない?」 「マジで!? いつの間に誕生してたんだよ……」 「乗ってみたいなぁ……」 「やっぱ車に翼が生えてたりするのか!?」 「そ、そこまで覚えてないわよ! なんでそんなに目をキラキラさせてるんだよ!」 「……たしか日本以外のどっかの国で発売してたはず。ただめちゃくちゃ高いけどね」 「マジで!? 夢が広がるなー。それって何で見かけたんだ?」 「ネットのニュースだったかな」 「バイト代貯めて買うか。何年かかるか分からんけど」 「多分就職して30歳ぐらいまで必死に貯めても買えないと思うけどな」 「でも、やっぱロマンがあるだろ! だって車が空を飛ぶんだぜ!?」 「手に入れられなくてもいいから乗ってみたいなぁ……」 「へえ、そういう子供っぽい部分もあるんだな」 「子供っぽいか? でも男はこういうのに憧れたりするもんだからな」 「すっごい目がキラキラしてて、宝物を持った子供みたいだったよ」 「ネットの情報に踊らされるな。きっとそれはデマカセだ」 「な、どうしてデマカセだって言えるんだよ? 証拠はあんのか?」 「まず、ネットだけじゃなくてTVでも報道していいレベルだろ!? それなのに見かけた覚えがない!」 「次に、実際に飛んでる車見かけないじゃないか!! 買ってる人いるなら日本にも飛んで来いよ!!」 「最後のは思いっきり自分の願望じゃねーか!? それだけじゃデマカセってはっきり言えねーだろ」 「そうか? まあ実際見てみないと実在するなんて思えないんだよ」 「まあもし日本で販売しても買う人いねーだろうけどな。めちゃくちゃ高いから」 「ケッ、世の中結局金か……」 「うわっ、いきなりひねくれやがった……」 「一目惚れって本当にあると思う?」 「さあ? 人によってはあるんじゃない? 私は無理だけど」 「そ、そうか……」 これ以上この話題は長続きしなそうだ…… 「俺が柊をナンパしたらどうなる?」 「どうなるって、断るに決まってんだろ。気持ち悪い……」 冗談半分で言ったのに気持ち悪いって…… 傷付くぞコノヤロウ。 「俺、彼女からラブラブメールもらうのが夢なんだ」 「なんかそれ、死亡フラグっぽいセリフだけど大丈夫?」 「死亡フラグなんぞへし折ってラブラブメールをもらうフラグをビンビンにしてやるわ!」 「そうは言うけど、相手の性格にもよるから必ずしももらえるとは言えないんじゃない?」 「そこはほら、文面から照れ隠しとかそういうのを読み取れば普通のメールもラブラブメールに大変身だ」 「そこまでしてラ、ラブラブメール欲しいの……? ぷふっ」 「おい、どうして笑いをこらえてるんだ!」 「い、いやだって……に、似合わないってぶふっ、いうかさ……ふふっ」 「あはははは! お前じゃ無理無理。あーおかしいっ!」 「そんなに変かな? 好きな人から大好きって気持ちが書かれるメールもらうのってさ」 「い、言い方が変なんだよ……! バカップルじゃないんだからさ……」 「でもさ、バカップルって幸せの最高潮な気がするから、そう考えると場所さえ考えれば被害はなくなると思うんだ」 「めちゃくちゃラブラブになったら、メールでもイチャイチャできるようになると思うんだ」 「それで自分も相手もさ、幸せな気持ちになるんだ。そんなメールをもらうのが、おかしいのか?」 「う……、ごめん。そういうのだったら、全然変じゃないかもな」 「だろ? あんなに爆笑されたからちょっとカチンときて思わず語っちゃったけど、すまんな」 「まあその語ってくれたので私も変じゃないって分かったから、むしろこっちがありがとうって言うべきなのかも」 「お互い、そういうメールがもらえるような恋愛が出来るといいな」 「わ、私はいいよ! そんなのこっ恥ずかしくて無理!」 「男の妄想力をなめるな。そっけない文章でも脳内変換ですぐさまラブラブメールになるぞ」 「じゃあ、『今日はありがとう。また今度でかけようね』を妄想で変換してみろよ」 「いいぞ」 「今日はありがとう! とっても楽しかったよ! 君といると胸がドキドキしちゃって隠すのが大変だったよ……」 「でも、そんな君といると安心するの……。君の包容力に虜にされちゃったのかなぁ……?」 「また今度もデートしようね! 誘ってくれないと、泣いちゃうんだからね!?」 「うさぎさんは寂しいと死んじゃうから、私を寂しがらせないでね?」 「こんな感じでどうだ?」 「……うわー、うん。ゴメン無理ちょっと半径10mぐらい離れてくんない?」 「ドン引きっていうか拒絶!?」 「駆け落ちってどう思う?」 「馬鹿だと思う。一時の感情に身を任せて人生を台無しにするなんて」 「でも、それだけ相手のことを好きだったらその先も頑張れるんじゃないか?」 「そういう人たちが上手くいくのはマンガとかドラマの世界だけよ」 これ以上この話題は長続きしなそうだ。 「恋愛弱者の俺に一言ください」 「そんなこと私に言われてもね……他のやつに聞けよ」 「そこをなんとか!」 「しつけーよ! 知るか!」 柊も恋愛弱者なのか? 「ラブレター書いたことある?」 「ない」 「書く気は?」 「ない」 「じゃあもらったことは?」 「ない」 「ないない尽くしだな……」 「んなこと言われても、ねーもんはねーんだよ」 「俺が書いてやろう。そうすればないない尽くしから脱出できるぞ」 「なっ!? ば、バカヤロウ! んなもんいらねーよ!」 「なんでだよ? 嬉しくないのか?」 「ラブレターって、お前それ意味分かってて書いてやろうって言ってんのか!?」 「まあ意味は分かってるけど、何がおかしい?」 「そ、そういうのは……ちゃんと好きなやつに書いてやれよ……」 「まあまあそうそう言わずにもらってくれよ。心を込めてしっかり書くからさ」 「な、尚更いらねーよ! そんな……恥ずかしいもん……」 「そこまで拒否られたら……ショックだぞ」 「あう……す、すまん。でも、冗談とかで送る物じゃないからな!」 「ネタで勝負するラブレターとかないのかな?」 「ラブレターってネタで勝負するもんじゃないだろ……。気持ちを伝えるためにあるんじゃねーの?」 「いや、敢えて笑いを提供しそこから相手の気を惹くことも可能なんじゃないか……?」 「それが出来たとしてもかなり可能性は低いだろうけどな」 「相手のギャグセンスを把握するところから始めるから入念な調査が必要になるな」 「はいはい、ストーカーって勘違いされる前にやめとけよー」 「そこは普通に会話から聞き出すとかっていう発想できませんかね!?」 「あんたなら普通の聞き方しないと思ったんだけどな」 「格ゲー、あれからやってる?」 「あの格ゲーさ、実は弟が持ってたんだよね」 「マジで? じゃあ弟もやってるのか」 「一緒に対戦とかやってんの?」 「うん。あいつも結構やり込んでたみたいでいい練習相手よ」 「だからたまにって感じだけど練習してるわよ」 「よし、今度ネット対戦するか!」 「ネット対戦? そんなの出来るの?」 「ネット回線につないであれば出来ると思うんだけど、弟が知らない相手と戦ったりするの見たことはあるか?」 「そういえば、沖縄の人が強いとか東北の人が手ごわいとか言ってたような……」 「じゃあ多分ネット対戦出来るな。ネット対戦は家に居ても知らない人とかと対戦が出来るシステムなんだ」 「へえ、じゃあお前とも家に居ながら対戦出来るってこと?」 「そうだ、身内対戦だったら話しながらやれたら楽しいんだけどな」 「そんな事も出来るんだ? たしかにただ戦ってるだけじゃ味気ないかも」 「そうなるとパソコンが必要になってくるんだけど、色々面倒なんだよな」 「じゃあとりあえずそのネット対戦だけやろうよ!」 「もちろんだ。弟とも対戦してみたいしな」 「あいつも私もお互いボコしあってるから負けないわよ!」 「柊と格ゲーするとリアルファイトになりそう」 「は? なんでそうなるんだよ?」 「だって連勝したら八つ当たりしてきたりしそうだし……」 「そんなことしねーよ!」 「たしかに熱くはなると思うけど……、そんな風にするわけないじゃん……」 あ、あれ? なんかいつもと様子が違うけど…… 「まあ、そういうのをしないっていうなら今度対戦しようぜ」 「……やーめた。あんたと対戦しなくていいや」 「え? どうしてだよ? あんなにハマってやり込んでたのに」 「お前に八・つ・当・た・りしてブーイング食らいたくないからな」 「ふんっ!」 「い、いや、ブーイングはしないぞ? 実は柊との対戦楽しみにしてたんだけど……」 「それはお前の都合だろ? 知らねーよ」 どうやら機嫌を損ねてしまったみたいだ…… 「柊、チュッパキャンディーに新しい味が登場したらしいぞ」 「マジ!? 何味!?」 「どんな味だと思う?」 「も、もったいぶらないで教えてくれたっていいでしょ!?」 「まあまあ、結構意外な味だったから分からないかなーって思ったから聞いてみただけだから」 「意外な味!? それって今までにないチュッパキャンディーってこと? それとも味が意外ってこと?」 「今までのチュッパキャンディーとは違う方向性だな」 「違う方向性……、ライチ……はあった気がするし」 「味噌!? いやいや、それは意外なだけだし……」 「別に回答権が一回しかないなんてことないから思い浮かぶだけ言ってみろよ」 「ん〜……、みかん! 紅イモ! 栗きんとん! モンブラン! ティラミス!」 「ティラミスはもう出てたような……。紅イモや栗きんとんが近いかもしれないな」 「うぅ〜〜、ダメ、分かんない」 「答え教えろー!」 「実はな、今回の味のチョイスが和風なんだ」 「黒ゴマ&白ゴマ味だそうだ。ほんのり甘みを聞かせて上品な味わいになってるらしいぞ」 「ゴマ……ゴマかぁ……、なんか微妙ね」 「そうか? 結構美味しそうかなって思うけどな」 「てかそもそも黒ゴマと白ゴマで味って違わなくない? 色の違いだけでしょ」 「……そう言われてみればそうかも」 「でしょ? それにゴマの風味が強すぎたら多分美味しくないわよ」 「柊的には今回の新作は微妙かぁ……」 「一応買っては見るけど、リピーターになるかどうかは微妙ね」 「きなこ味だ」 「きなこかぁ……それだけだったら微妙じゃない? 味が単調というか、もう少しアクセントが欲しいような……」 「ふふふ……」 「それがなんと! 黒蜜も混ざっているらしく和風デザートを食べているような感覚になるらしいんだ!」 「っ!! マジで!?」 「それきっと当たりだよ! 絶対美味いって!!」 「だろ!? 俺も見た瞬間ちょっとテンション上がったからな!」 「多分品揃えが良いとこだともう置いてあるんじゃないかな」 「帰りにコンビニとか探してみようかな……早く舐めてみたいー!!」 「俺も一応探してみるけど、見つけたらお互いの分も買っておこうぜ」 「そうね! はぁ〜♪ もう今から超楽しみ!!」 「今回の新作は柊的にかなりアタリだったみたいだな」 「和風な味が欲しいな〜ってちょっと思ってたのよ。ホント教えてくれてありがと!!」 「男らしい趣味って例えばどんなやつがあるかな?」 「男らしい人がやってれば何でも男らしい趣味になるんじゃない?」 「それは違うと思うけどな……」 「だってダンディーな男が趣味は料理ですって言っても男らしいとは言えないだろ?」 「なんかこう……、女子から見て男っぽいとか、そんな感じの趣味ないかな?」 「じゃあ腹筋。筋トレとかそうじゃねーの?」 「筋肉ネタかよ……。脳筋だな」 「じゃあ他に何があるんだよ」 「アダルトサンプル動画漁りだ。好みのサンプルが見つかるとテンションあがるぞ」 「そ、そういうの普通女子の前で言うか!?」 「男の趣味ってそんなもんだぞ? 大抵のやつは隠すだろうけど、俺は隠す気ないしな」 「そうなんだ……」 「や、やっぱりあんたも……そういうことするの?」 「まあ健全な男子だからやらないわけがないんだけどな」 「へ、へぇー! ででででもやっぱりカミングアウトは良くないと思うぞ!」 「なんだ、そっち系の話はダメか。まあ異性で話す会話じゃないもんな」 「そ、そうだよ!」 「それにそんな目で見られたら……嫌だし」 「やっぱ男らしい趣味と言えば喧嘩だろ」 「うわぁ……それ、いつの時代の人間よ……」 「そもそもあんた喧嘩出来るほど強いわけ?」 「それなりには出来ると思うぞ?」 「まあ喧嘩なんてしたことないから根拠はないんだけどな」 「なら喧嘩が趣味なんて絶対に言わない方がいいわよ? 喧嘩慣れしてる人って容赦ないから」 「何その経験者は語るみたいなの……。そうか、慣れてる人がこんなに身近にいるなんて……」 「それは、完全に私に喧嘩売ってるって意味で……良いんだよな?」 「っ!? なんか怖いですよ柊さん!? す、少し落ち着け!? なっ!?」 「はあ……、あんたじゃ絶対喧嘩勝てっこないわよ」 「ゲーセンのクイズゲーはカード作ってからが本番だ」 「え? ゲームするのにわざわざカード作らないといけないの?」 「別にカードを作らなくてもプレイ自体は出来るんだけどな」 「自分の正答率や階級が出てくるからモチベーションも上がってくるんだ」 「でもさ、それっておかしくない?」 「おかしい? 別におかしい部分なんて無いと思うけど……」 「だってさ、別にモチベーションとかその場だけで良くない?」 「ゲームするのにお金が必要で、カードにもお金必要なの? おかしくない?」 「でも対戦成績残るぞ? 知らない相手と競い合った記録で更に競い合いが出来るじゃないか」 「クイズってそもそも、自分の知識比べでしょ?」 「得意不得意もあるのにそれをいちいち競い合うのってどうなの?」 「うーん、俺は知らない奴と競い合うのが楽しいと思ってるから、疑問には思わなかったな」 「それに、対戦モードだけじゃなくてただクイズを解いていくだけのモードもあるからそれをやればいいんじゃないか?」 「そんなモードもあるんだ? まあ私はやる気ないんだけどな」 「昇級試験で全国対戦があるんだけどな」 「結局は知らない人とやらなきゃいけないってことなのね……」 「元々興味なかったけど、更に興味なくなったわ」 「確かに柊の言う通りかもしれない……。カードを作ったら色々競いたくなるからな……」 「かなり面白い特典とかあるなら別だけど、別にクイズの種類が増えるわけでもないでしょ?」 「それなのにカードをわざわざ作るのってどうなの?」 「記録を作ったって結局は自己満足で終わりそうだよな……それに上には上がいるしな」 「頂点に立つためにやり込む人の事を廃人っていうんだよな……」 「そこまでやらないで、自分が楽しいって思える範囲で楽しめればいいんじゃない?」 「だな。クイズも結局は覚えゲーだしな。これからは適度に楽しめる程度に遊ぼう」 「複数人でワイワイしながら遊べれば楽しいかもね」 「いつか一人旅を趣味にしてみたいぜ……」 「一人旅? 誰かと旅行とかじゃなくて?」 「一人旅の方が自由気ままに出来るだろ?」 「それに気に入った場所に長い時間いても文句言われないし」 「まあそういう考えなら一人旅の方が良いかもしれないけど……」 「でも、楽しさはあんまりないかもしれないけどな。風景を楽しんだりする意味では楽しみがいっぱいだけど」 「友達と楽しむとは違う別の楽しさがあるって感じ?」 「そうそう、きっと楽しいと思うんだよね」 「もし旅行くとしたらどこ行きたいの?」 「ムー大陸。いつか行ってみたいんだよなー」 「ムー大陸って、幻の大陸って呼ばれてるとこ……だっけ?」 「おう。絶対存在してると思うんだ」 「あーはいはい。じゃあそこ目指して潜水艦でも作って行ってくれば?」 「おい、なんでそんなに投げやりなんだよ。もっと応援してくれたっていいだろ?」 「存在してるかさえ曖昧な大陸なんて、何で行こうと思ったのよ?」 「そこにロマンがあるからだ!」 「……うん、こいつに何言っても無駄だね」 「パリだな。あの英国の建物やエッフェル塔を直接見てみたいんだ」 「へえ、それ私も見てみたいな。風情があるっていうか、すごい綺麗なとこだよね」 「柊も一人旅行ってみたらどうだ? 俺は一人で行きたいって思ってるからすまんが一緒に行けないぞ」 「どうしてよ? 同じ場所に行きたいって思ってるのにわざわざ別々に行くわけ?」 「柊……、ホテルとか別々の部屋で取れれば問題ないけど、もし一緒の部屋になったらどうするんだよ……」 「あんたが私に何かしてこようなんて思わないけどな」 「そういう問題じゃないだろ……。ラッキースケベイベントがあったら責任は持たないぞ?」 「ラッキースケベ?」 「……っ!? な、スケベ!?」 「だから別々にって言ってんだよ……」 「……で、でも、一人じゃちょっと心細い……かも」 そんな寂しいみたいな感じに言うなよ…… 心揺らいじゃうだろ……! 「ゴミクズ戦隊カスレンジャーって知ってる? あれ面白くない?」 「日曜の朝やってる下品な番組でしょ? 私あれ超嫌い」 「え? あ……、そ、そっか……」 これ以上この話題は長続きしなそうだ。 「ポメ太郎元気?」 「ポメ太郎? そんな犬のことなんて知らないわよ」 「ほら、柊ん家のポメ太郎だよ。あの全身毛玉っていうかポメポメしてるやつ」 「ポメ太郎じゃねーよ! シャルロット! ポメ太郎とか言うな!」 「なんでポメ太郎って可愛くない名前で呼ぶかなぁ……」 「見た目がポメポメしてるからだな。ポメ太郎だって可愛いだろ?」 「あんた、全然シャルロットの可愛さが分かってないわね。あんたも飼ってみれば可愛さが分かるはずよ」 「よし、じゃあ俺をペットにするんだ!」 「ペットの可愛さを分かるならまず自分がペットになればきっと分かるはず!」 「はぁっ!? いきなり変なこと言ってんじゃねぇよ!」 「自分をペットにとかおかしいだろ!?」 「俺、柊にならペットにされてもいいぞ……」 「ひっ!? ききき気持ち悪いから照れるな頬を染めるな!!」 「なんだよ、俺がペットじゃ不満なのかよ!? 俺がペットになれば一緒にゲームし放題だぞ!」 「っ……、 で、でもあんた可愛くないし」 「可愛くないからってペットにしないなんて差別だ!」 「んな事言われても……」 「あ、でもペットにすればゲームだけじゃなくてマンガとかもいっぱい読めるかも……?」 「柊が望むなら俺のマンガを全部貸すことも可能だ」 「……アリかもしれない」 「ポメ太郎とかゴメスに改名しようぜ」 「嫌だよそんな名前! てか、シャルロットは♀なの! その名前って♂につけるものでしょ!?」 「名前なんてねぇ……識別するだけのただの飾りなんですよ……」 「へえ……、じゃあお前を『ゴメス』って呼ぶのも問題ないわけ?」 「問題はないけど、そう呼ばれたら柊のこと『きゃるーん柊』って呼ぶぞ?」 「な、私は問題あるから嫌だよ! ゴメス!」 「どうしたきゃるーん柊? そんなにぷりぷりしてたらカルシウム不足だと疑われるぞ?」 「キレさせてるのは誰だよ!?」 「……こいつと話してると疲れるな」 「アボカドってモンスターの名前みたいだよな」 「どの辺が?」 「ファイアーアボカドとか、アボカドスとかなんかそれっぽくない?」 「それつけたしてるからアボガド自体がモンスターみたいな名前とは言えないわよね」 「そ、そうか……?」 これ以上この話題は長続きしなそうだ。 「海外旅行ってしたことある? 一度でいいから行ってみたいんだよなぁ」 「どっか行ってみたい国でもあるの?」 「行ってみたい国はたくさんあるぞ。無限に行けるなら全世界を制覇したい勢いだ」 「そんなに行ってみたい国あるのかよ!?」 「外国語喋れるようにならないといけないけど、それがなければ行ってみたいな」 「ふーん、そうなんだ」 「私は海外旅行は行ったことないけど、沖縄には行ったことあるわよ」 「ププッ、沖縄は海外じゃないよ。そりゃ飛行機には乗るけどさ」 「だ、だから海外旅行は行ったことないって言ってるじゃねぇか! 人の話を聞け!」 「まあでも大昔は沖縄って別の国みたいなもんだったんだっけ?」 「たしか琉球王国っていって別の国みたいだったんでしょ?」 「そう考えると外国……なのか? それとも元外国?」 「日本で良いと思うわよ。昔はそうだったかもしれないけど今は日本に分類されてるわけだし」 「なるほどな。ちょっと地理というか、歴史について勉強になった気がする」 「でも、これって結構どうでもいいことよね」 「北海道は? 夏と冬で楽しさが違うらしいんだけど」 「行ったことないわね。季節で楽しさが違うってどういうこと?」 「夏は緑が豊かで避暑地にも最適だとか。景色がスゲー綺麗らしいんだ」 「逆に冬は寒さがちょっときついけど、雪まつりとかイベントが多いみたいだぞ」 「そして共通して言えることは、海鮮系の食べ物が美味い!」 「へえ、それであんたは北海道行ったことあるの?」 「いや、ないぞ。ツアーのパンフで得た知識だ。北海道行ってみたいんだよな」 「あんたの話を聞いてたら私も行きたくなって来ちゃったじゃん!」 「ハンバーガーって高いよな。パンに肉とレタス挟んだだけで100円もするんだぜ?」 「ホントよね。もっと安くても良いと思う」 「値段相応の美味しさがあれば納得できるんだけど、値段に釣り合ってないんだよな」 「まあ手軽さとかそういうのをウリにしてるんだろうけど、それにしたって高いわよ」 「モノによっては値段以上の美味しさがあったりするんだけど、それも極稀だしな」 「なかなかそういうのに出会えないもんね。大抵のやつが高すぎる」 「あんなの、10円で十分よね」 「それはさすがに……。柊って、もしかしてハンバーガー嫌い?」 「好んで食べようとはしないわね。そもそも、買い食いとかあんましないし」 「そうなのか? 家でしっかり食べてるからそんな体に……」 「って冗談だからその振り上げてるコブシを下ろそうか」 「ったく……。買い食いにお金使うぐらいなら他のことに使った方がいいって思っちゃうからな」 「それはあるかもしれないな。ずっと使えるものを買った方がいいかもしれない」 「でも、それとハンバーガーが嫌いっていうのは繋がらないんだけど……」 「なんだろう、安っぽい味があんまり好きじゃないのよね」 「むしろ千円だったら良いな。リッチなハンバーガーって感じでさ」 「千円とかおかしいでしょ!? なんでそんな高いハンバーガーなら良いわけ!?」 「超高級素材で、さらに味わい深いソースがレタスと絡んでさ」 「挟んである肉もすごいジューシーで、肉汁とソースが絡むとまだ一層美味しくなる」 「そんなハンバーガーが千円だったら、俺は迷わず買うぞ」 「…………」 「す、すごい美味しそうね……」 「柊もこんな感じのハンバーガーなら千円しても買っちゃうかもしれないだろ?」 「うん、すっごい美味しそう! うぅ、想像しただけでちょっとお腹減ってきちゃったじゃない……」 「コンビニの店員で一番嫌いなタイプは?」 「自分の接客に酔ってるやつ。私ああいうタイプめっちゃくちゃ嫌い」 「っしゃせー。こっちゃどぞーっす」 「とか言いながらレジ打ってるやつか?」 「そうそう。あんたのおかげで今すっごいイライラしたんだけど、どうしてくれようかしら……」 本気で嫌いなようだ…… 「100円ショップの品揃えって実はすごいよな」 「実はっていうか、量がありすぎて分からない時ってない?」 「大きい店だとなかなかお目当ての品が見つからなかったりするんだよな」 「あとは物がありすぎて気付かなかったりとか」 「そういう意味では品物がありすぎだよね。絶対売れない物もあるでしょ」 「あるかもしれないけど、種類が豊富だと便利なんじゃないか?」 「ゴミみたいないらない物も多いけどね」 「AVも売ってるんだぞ? まあ売ってるところはさすがに少ないけどな」 「そ、それってオーディオ系の装置よね? そりゃ売ってるところ少ないでしょー!」 「何を言ってるんだ? 18禁の方のAVに決まってるだろ」 「……はぁぁ!? え、ウソ冗談でしょ!? なんでそんなところに売ってるのよ!?」 「まあ100円じゃなくて200円〜300円ぐらいで売ってるんだけどな」 「売ってるだけでも衝撃的よ……」 「う、売ってるところにはちゃんと仕切りとかはあるんでしょうね!?」 「ん? あー、たしか仕切りなかったんじゃないか?」 「ただ20禁とかそういう風に書いてあるだけだったような」 「へ、へぇ……そうなんだ」 「でもああいうとこで買うお菓子が安いのはお得だよな」 「あんた、それ本気で言ってる? だとしたら大馬鹿よ」 「な、なんで大馬鹿になるんだよ!? 普通に安いだろ」 「ああいうところで買うとコンビニよりはほんの少し安いけど、業務スーパーとかの卸売りの店で買った方が安いわよ」 「そうなのか? でもそういう店って近くにないよな?」 「まあそこが問題なのよ。移動も面倒だし近場で済ませたくなるからね」 「安さを取るか疲れを取るかだな……」 「買い置きするにしても大量に買っちゃったら持ち運び大変だからねー」 「お互いの身分が違い過ぎる恋って今時あるのかな?」 「それって、ロミオとジュリエットみたいなやつ?」 「そうそう。普通だったら絶対叶うはずのない恋っていうやつ。女子ってそういうの結構憧れない?」 「憧れるやつはいるだろうけど、私はそうでもないかな」 「へえ、そうなんだ。でもさ、今もそういう恋があったら、ちょっとはロマンチックだよな」 「する本人たちは大変だろうけど、すごく応援したくなるっていうかさ」 「まあもしかしたらあるんじゃない? 未だに王制の国もあるんでしょ?」 「俺が王様だったらどうする?」 「もちろん拉致して身代金をたくさん請求するわよ」 「テロリストか柊は……。そんなんじゃ俺と柊の間に恋なんて生まれないぞ!」 「なっ!? べ、別にそんなもん生まれなくていいだろ!」 「王様と誘拐犯の恋愛劇、なかなか熱い展開になると思うんだが……どうよ?」 「そ、それは確かに展開的には良いと思うけど、そうじゃなくて!」 「どうした? 王様を誘拐するっていう妄想だからそういう妄想をしても問題はないだろ?」 「そ、そうだけど……。なんでそういう事を平然と言ってくるんだよ……」 「プリンセスゆずゆは見てみたいな。真っ白なドレス着ておめかししてる姿」 「キモいキモい……変な妄想してんなよ」 「そうか? 結構似合うと思うけどな」 「もし似合ったとしても、絶対あんたには見せないけどな」 「何でだよ。減るもんじゃないし見せてくれたっていいだろ」 「絶対嫌だね。それに私はお姫様ってガラじゃないしさ」 「柊みたいなお姫様が居ても全然良いと思うんだけどな」 「一応それは褒め言葉として受け取っておくよ。まあお姫様になんてなる気もないんだけどね」 「柊から見た俺の印象を教えてくれ」 「あんたの印象? 別にいいけどどうして?」 「女子からどんな風に見られてるかってちょっと気になってな。身近な女子って言ったら柊が思い浮かんでさ」 「なるほどねぇ、オブラートに包んで優しく言うか、ダイレクトに言うか、どっちがいい?」 「何その選択肢!? それってひどいこと言ってくるフラグだよね!?」 「もしかしたら傷ついちゃうかな〜? って思った私なりの優しさで選ばせてあげるって言ってんの」 「なら敢えてのダイレクトで頼む。さあバッチコイ!」 「うーん、アホでバカで異常者」 「おい変態が抜けてるぞ。まだまだ俺を見る目が足りないようだな」 「あーごめんごめん、忘れてたわ。変態と言えばあんただもんね」 「まったく、忘れん坊だなぁゆずぴーは☆」 「いやそれキモいからやめろ」 「悪ノリしたのは謝るからホントにそれ気持ち悪いからやめて」 「すっごい拒絶反応……。そこは敢えてノッてきて欲しかったな」 「鳥肌立つぐらい気持ち悪いこと言われたのに出来るかよ!!」 「……これは精神攻撃として使えるかもしれないな」 「そんなことやってみろ。二度と喋れないようにしてやるからな!」 「柊、俺のこと良く見てるな。知らないやつだと面白い人だとかそんな感じに言われるんだよ」 「あんた、自分が貶されてるって気付いてる?」 「もちろんだ」 「だけど、それは俺のことをよく見てくれている人じゃないと気付けないと思ってる」 「だから、柊が俺のことをよく見てくれてるって思ったらなんかちょっと嬉しくてさ」 「……べ、別にあんたのことそんな風に見た覚えはないけど、そう見えたのよ」 「ってとは、自分でも気付かぬうちに俺のことをよく見ていたってことになるな」 「ば、ばっかじゃないの!? なんでそうなるのよ!?」 「俺としては出来ればそんな感じに見てくれてたらって思うけどな。その方が嬉しいし」 「……ふんっ、勝手にすればいいじゃない」 「お見合いって堅苦しそうだよな。写真と簡単なプロフィールしか知らないでご対面だし」 「あとはそれに親がセットでついてくるから、余計に堅くなるんじゃない?」 「親同士の探り合いとかあったりして、結構ドロドロなイメージがあるけど……」 「お見合いってそんな怖えーの!? 当人同士の問題じゃないのか……」 「あくまで私の中のイメージだから実際どうなのかは知らないわよ」 「俺は互いに緊張しまくって、上手く聞きたいことを聞けなくてギクシャクするようなのを想像してたわ……」 「そもそも堅苦しくないお見合いってあるの?」 「そうだなぁ……」 「プロレス風お見合いとかあったら多分全然堅苦しくないと思うぞ」 「……ごめん、まっっったく想像が出来ないんだけど」 「質問ごとにお互いが技をかけあってプロレスを経て絆を生まれさせるお見合いだ」 「下手すればそれ死人が出るわよ……。ムキムキな人が相手だったら恐ろしいわね」 「まあそこはお見合い写真という名の対戦相手表からマッチングするのを避ければいいさ」 「でも、これなら堅苦しくないし、本気のプロレスじゃなくてじゃれ合い程度でも楽しめそうじゃないか?」 「まあ堅苦しいのよりかは良いと思うけどね」 「そういう意味では柊とプロレス風お見合いしてもいいかなと思ってる」 「……へっ!?」 「いやいやいやいやちょっと待って、なんで!?」 「柊となら良いバトルが出来そうだからさっ!」 「そ、そういうことね!」 「そ、それなら私も負けないし!!」 「お見合いバトルロワイヤルだ。複数人で相手を奪い合う、ハンターたちの宴だ!」 「ねえ、それって合コンじゃない?」 「…………」 「…………」 「反論は?」 「ございません……。そう言われたら納得してしまった自分がいた」 「発想は面白いけど、すでに存在してたわね」 「どういう男に彼女が出来ると思う?」 「お前みたいじゃないやつ」 「俺のことどんだけ嫌いなんだよ……。そうじゃなくて、具体的な男性像が欲しいんだ」 「それを私に聞く? 男自体あんまり好きじゃないってのに」 「まあこういうの聞けるのって柊ぐらいしかいないから、参考に出来たらなって思ってさ」 「ふーん、でも全然参考にならないと思うわよ?」 「まあとりあえず言ってみてくれ、参考にするかどうかは俺が決めるわ」 「そうね……、優しくて面白くて気遣いが出来る人とか……」 「なんだ、俺のことじゃないか。最初は俺みたいじゃないとか言っといて、ツンデレですか」 「は? 何馬鹿言ってんの? 全然違うだろ」 「そんなことないぞ! ちゃんとジェントルメン並の気遣いとヤギのような優しさを兼ね揃えてるぞ!」 「ヤギのような優しさってなんだよ!? たとえが想像しにくいわ!」 「ふふふ、想像しにくいものをあえてあげたのだ。想像に苦しむがいい!」 「や、別にどうでもいいんだけどね」 「俺の渾身のネタがどうでもいい……どうでもいいって言われた……」 「そもそも私ツンデレじゃねーし、あんたに彼女出来るとも思わないしね」 「結構普通だね。柊も女だったってことだな」 「おいちょっと待て、今まで私のことなんだと思ってた」 「え? 一般女子学生。あとは水泳が結構速い子って感じか」 「な、なら良いけど……。でも、他の女子だともっと理想高いんじゃない?」 「そうか? あくまで俺のイメージだけど、大体は柊と変わらないと思うけどな」 「それになんだかんだで柊の上げたやつも理想が高いっちゃ高いんだけどな」 「まあ気遣いとか出来るやつなかなかいないしな」 「ま、そういう男になれるように頑張るわけですが」 「え、ちょっと……それってどういう……こと?」 「世の中には恋愛依存症って病気があるらしいぞ」 「恋愛依存症? 何よその変な病気」 「その名の通りずっと恋愛していないと不安になったり情緒不安定になる病気だ」 「寂しがり屋の人だったり、恋に恋する乙女がそんな感じらしいぞ」 「ふーん、そうなん」 「それって何が良いんだろうね。別れたらまた誰かとすぐ付き合うんだろ?」 「そんなのただのビッチじゃん。軽い女って見られても仕方ないだろうしな」 「まあ何度も付き合って別れたらってのを繰り返してたらな……」 「私には理解できないわね。依存症とかそもそも心が弱いだけで病気じゃないわよ」 「そう思うやつに限ってなったりするらしいぞ」 「まさか、私はそんな風に絶対ならないわよ」 「だけどな、本人が自覚するまで時間がかかるから、すっげー厄介なんだ」 「自覚してないけど自然とやっちゃってて、周りがヒソヒソ話し始めるけど自分は気付かない」 「そして何度目かの告白で『いや、だってお前ビッチじゃん』って振られてようやく気付く……」 「そんなの嫌だろ? 俺だったら即行家帰って枕濡らすわ」 「うわぁ……それは嫌だな……てか最悪じゃん」 「生々しいっていうかちょっとリアルだな」 「俺は柊依存症だけどな。二日以上柊が近くにいなかったり話していなかったら発狂してしまうんだ」 「なんでそんな変なもんにかかってんだよ……。お前も心弱ってるんじゃない?」 「かもな。だから柊、俺の心の弱さを救ってくれ!」 「救うも何も、自分で何とかするしかないんじゃない?」 「んー、じゃあ柊とずっと話してようかな。そうすれば発狂しないし」 「それじゃ何も解決してないじゃん。私離れすればいいだけじゃない」 「そんな……俺はただ柊と話したり一緒にいたいだけなのに……!」 「よ、よくそんな恥ずかしいこと言えるわね……」 「でも、お前と話してるの嫌いじゃないから少しならいいよ」 「優しすぎる男ってどう思う?」 「正直言って怖い。ちゃんと話す前までは何考えてるかわからないし……」 「……そっか」 この話題はあまり深入りしない方が良さそうだ。 「柊、俺の趣味について何か質問あったら答えるぞ」 「あんたの趣味? そういえば気にしたことなかったわね」 「そこはちょっとくらい気にしてくれたってバチは当たらないと思うぞ」 「とは言っても、ありきたりな趣味しかなさそうに思えるのよね」 「それはどうだろうな。もしかしたら柊が驚くような趣味があるかもしれないぞ」 「ま、ないかもしれないけどな!」 「どっちだよ!?」 「ねえ、何か隠れた趣味とかないの?」 「露出だな。あれってなかなか解放感があって良いんだよ」 「うわー……、ここにド変態がいる」 「は? これで変態って言われたら夏になればみんな露出狂になるぞ」 「一体どこを露出させてるんだか……」 「そりゃあ柊……あれだ、言わせんなよ恥ずかしい…」 「何その反応!? 恥ずかしくなるような部分晒してるんじゃねぇよ!!」 「マッチョでもない筋肉晒したってムキムキの人には勝てないからな」 「……ああ、お前ってそういうやつだったわね」 「柊いじりだ。最近ハマってるんだよな」 「それって、もしかして私いじり?」 「俺はこの学校で柊以外柊って苗字のやつ見たことないけどな」 「……はぁー、はいはいそうですか。勝手に私で遊ばないでくださいー」 「勝手にじゃないぞ。柊がノッてくれないと出来ないわけだし」 「何その好きな子にちょっかい出すような感じ。結局は構ってほしいわけ?」 「ん? ……うーん」 「そうなる……のか?」 「……へ? え、ちょっとどういうこと!?」 「俺にも良くわからん。だけどそうじゃないとも言えないかもしれないような何というか……」 「へ、変に考えるな!」 「こ、こっちまで……もやもやしてくるじゃねーか!」 「俺のプライベートに質問があったら答えるぞ」 「プライベートねぇ、例えばどんなことを質問してもいいの?」 「恥ずかしいのはパスだけど、好きなマンガとか朝起きたらまず何をするとか、そういうのなら応えられるぞ」 「ふーん。あ、そういえばあんたってたまに遅刻してきたりするけど、夜更かししてんの?」 「ああ、してるぞ? たまにマンガを深夜まで見ちゃったりゲームで徹夜とかしちゃうからな」 「うわぁ、夜型っぽい気がしてたけどやっぱりそうだったんだ」 「じゃあいつもあんたって何時に寝てんの?」 「いつもは0時前には寝てるぞ。夜更かしした時は次の日辛いからな」 「でも夜更かしする時はするんだろ?」 「する時はなるべく金曜の夜とか、次の日が休みの日にすることにしてるから大丈夫だ」 「へえ、そういうのちゃんと考えたりするんだ?」 「まあな。朝飯食い損ねたら作ってくれた親にも悪いし、昼までの時間が地獄になるからな」 「だったら早弁すればいいじゃん。放課後遅くまで遊んでるってわけでもないでしょ?」 「そうなんだけど、夕飯まで待てなかったりするから逆効果なんだよな。それ以降ちゃんと0時前に寝るように気を付けてるんだ」 「失敗あってこその今ってことね。偉いじゃん」 「俺は寝たことがないんだ。ずーっと起きてるからな」 「そんなの出来るわけないじゃん。絶対寝なきゃいけないように体が出来てるのにさ」 「でも実際寝てないしな。たまに気絶する時があるけど、それは寝たうちに入らないだろうし」 「それ、寝たうちに入るわよ。てか、寝てるのを気絶と言い換えてるだけじゃないの?」 「そ、そんなことないぞ! 寝るのは大体7〜8時間だろうけど、俺の気絶は半日とかだぞ!」 「全然寝てない人は平気でそれぐらい寝たりするのよ。変な冗談はやめた方がいいわよ」 「今まで寝てなかったと思ってたのに、寝てたという新事実を突きつけられてショックだ……」 「新事実というより、それが事実なわけだしね。素直に現実を認めたら?」 「俺の普段の学校生活についてなんかある?」 「お前が真面目なのかアホなのか分かんない。授業をちゃんと受ける時は受けるけど騒ぐ時は騒いでるわよね」 「真面目なアホ、それが俺だ!」 「一応授業はちゃんと受けてるつもりだぞ?」 「体育とかそういう授業だとめちゃくちゃ騒いでるくせに……」 「バッカ、体育は遊ぶための授業だろ。だから騒いでいいんだよ」 「まあその考えはいいんだけど、たまにどうしようもないバカやるわよね」 「その方が面白かったりするからな」 「ねえ、学校好き?」 「柊がいるから好きだな。こうやって話してると楽しいしさ」 「はぁ……どうせ他の子にもそう言うこと言ってんるんでしょ……」 「え、俺は本気でそう思ってるけど?」 「はいはい、大体みんなそういう風に言うの分かってるから」 「え、ちょっとなんでそんなに急に冷たくなるの!? 俺なんか悪いこと言った?」 「そういうセリフはもう少し相手を考えて言った方がいいわよ。私に言っても無駄無駄」 「な、俺は本心からそう思ってるのに……」 「そんな風に言ってきても全然本気に聞こえないわよ」 「みんながいるから楽しいな。俺は友達に恵まれてると思うわ」 「私から見てもあんたは友達に恵まれてると思うわよ。毎日すっごい楽しそうだもんな」 「ああ、おかげで退屈しない日々を過ごせてるよ」 「良かったわね。私もお前のおかげで少しは退屈しないけどね」 「そう思ってくれてるなら嬉しいな。俺も柊がいるおかげで退屈してないからな」 「柊が休んだりすると退屈になるから学校休むなよ?」 「そ、そっか……。お、お前も学校休むなよ!」 「私だって……退屈したくないんだから」 「おう、お互い皆勤賞で退屈を回避していこうぜ」 「ま、まあお前はバカだから風邪とか引かないだろうし! 心配はしなくても良さそうね!」 「でも……もし体調とか悪くなったらあんま無理するなよ?」 「柊、俺の得意技に興味はないか? もし興味あるなら答えてやろう」 「なんでそんな上から目線なわけ……。それで私が全く興味なかったらどうするの?」 「その時は聞いてくれるように駄々をこねまくる」 「うわぁ……お前ってすっごい厄介だね」 「ふふふ、これで柊は聞くしかなくなったわけだ」 「まあ別にいいけどさ。その得意技ってすごいの?」 「……今考え直してみたら得意技って言えないかもしれないけど、多分すごいぞ」 「なんなんだよもう……。じゃあ得意技教えて。あったらでいいから」 「おかず無しで2分でイける。多分他のやつらには出来ないことだぞ」 「……?? よくわかんないけど、すごいことなの?」 「もちろんだ。妄想力がないと絶対に出来ないからな」 「へえ、でも妄想だけで満たせられるもんなの?」 「そこは訓練された人間なら満たされるんだ。俺はすでにその域まで達している」 「なんか仙人みたいね……。でもそれで調子悪くなったりしないの?」 「ん? まあ一応亜鉛とかちゃんと摂ってるからな。調子悪くなったことはないぞ」 「?? おかずなしで調子悪くならないってすごいわね……!」 「柊に大声を出させることだ。これはちょっと自信があるんだ」 「それが得意技っていうのもどうなの……?」 「まあまあ、そういう風にツンになるゆずぴーも可愛いけど、ゆずぴーのデレたところが見てみたいな!」 「なっ、気持ち悪い呼び方で呼ぶんじゃねぇ!」 「え? どうしたのゆずぴー? 気持ち悪い呼び方ってどんな呼び方?」 「ねぇねぇゆずぴー? ちゃんとハッキリ言ってくれないとわからないでちゅよー?」 「だぁぁぁ! あったまきた! てめぇぶっ飛ばす!!」 「ほら、大声出しただろ?」 「っ!? ……くぅ、なんかうまく乗せられた感じでムカつく……!」 「今だけ18禁な質問をいくらでも受け付けるよ!!」 「誰が好きこのんでそんな話題振るか。バカじゃねーの?」 「バカじゃねーし!」 「ほら、俺らってエッチに興味津々なお年頃だろ? だからそういう会話をしてもいいと思うんだ」 「しねーよ!!」 これ以上この話題は長続きしなそうだ。 「男子の一般的な恋愛事情で質問あったら答えるぞー」 「男子ってなんでガツガツしてるやつが多いわけ? ウザがってる女子多いんだけど」 「まあそこは本人たちにしか分からない熱意があるんだよ。みんな彼女欲しがってるしな」 「彼女が欲しくなる理由が分からないわね。別に友達と遊んでりゃいいじゃん」 「そうか? 俺も彼女居たことないから良くわからんけど、違う楽しさがあるんだと思うぞ」 「それに、バカップルじゃなければ良い物だと俺は思ってるぞ」 「ふーん。まあそういうのはあるかもしれないけどさ」 「まずなんで男って彼女欲しいわけ?」 「性欲があるからだと思うぞ。やっぱり人間の三大欲求には勝てないだろ」 「……サイッテー。結局男ってそういう事しか考えてないやつばっかなんだね」 「おいおい、誤解しないで欲しいけど、ちゃんと愛がないとそういうこともしちゃいけないと俺は思ってるからな」 「お前はそう思ってても、他のやつはどうなのよ? お前と同じって言いきれる?」 「そ、それは……言い切れないけどさ」 「でしょ? 下半身直結野郎って言葉聞いたことあるけど、まさにそいつらのことよね」 「そこはほら、男は上半身と下半身で考えることが違うとか、そういうの聞いた事ないか?」 「そんなの聞いたことないわよ! 変態! 死ね!」 「彼女に甘えたいんだよ。普段から兄弟とか仲間内で甘えられるような相手がいないからな」 「そういうもんなの? 男子が甘えたがりっていうのもちょっと気持ち悪い気がする……」 「別に甘えたがりってわけじゃないぞ。本当に疲れてたり、心が折れそうな時に側に居てくれるだけでいいんだ」 「そうやって側に居てくれるだけでも心が癒されるし、頑張る力が湧いてくるんだ」 「へえ、その言い方だとあんたもそういう相手いるんだ?」 「いないぞ? 全ては俺の妄想だ。でもそんな感じで甘えたい願望はあると思うぞ」 「なるほどねぇ……。そのくらいだったら私でも……」 「ん? 何か言ったか?」 「な、なんでもねーよ!」 「遠いところを見ると目が良くなるって話あるだろ? あれって本当なのかな?」 「近いところばっかり見てると目の筋肉が固まっちゃうからそれを防ぐためにたまには見ろってことじゃないの?」 「ああ、それなんて言うんだっけ? なんとかフリーズ現象って言うんだよな」 「ピントフリーズ現象。なんでそんな微妙な部分しか覚えてないんだよ」 「フリーズって言う単語はゲームでよく見かけるからそれで覚えてたんだと思う」 「なるほどね、まあ遠くばっか見てるやつには逆に近くを見ろってことなんだろうけどな」 「ふむ、近くをね」 「…………」 「? どうかしたのか?」 「柊を見つめているんだ……!」 「なんで私を見るんだよ? 意味わかんないんだけど」 「近くにいたのが柊だったからそれで見たんだけど、ダメだったか?」 「たしか動くものを見てもあんまり意味なかったんじゃない?」 「そうなのか? じゃあ机とか椅子を見るしかないか。なんか味気ねーけど」 「ぼーっとする時なら良いと思うけど、そうじゃない時に同じ景色や物をを見るのって退屈よね」 「だな。まあ目が悪いわけでもないから別にやらなくてもいいか」 「気付いた時にさりげなくやるぐらいでいいんじゃない?」 「近くって言ってたから側に居た柊を見てたんだけど、柊って綺麗なまつ毛してるね」 「え? そ、そう?」 「あ、ありがとう……」 「他の女子とかにそう言われたりしないか?」 「褒めすぎるのも変かもしれないけど、よく見るとめちゃくちゃ綺麗なんだけど」 「みんな私のことなんてじっくり見ないでしょ? だからそんな風に言われたの初めてよ」 「そうなのか? もったいない……」 「柊って普通に可愛いと思うけどな」 「な、何よ急に……おだてたって何も出ないわよ」 「そういうつもりじゃなくて素直な感想を言ってるだけだから気にするな」 「そ、そう……」 「ありがと……」 「笑う門には福来るっていうけどさ、どの程度の笑いで福が来るんだろう」 「どの程度っていうより笑うことに意味があるんじゃないの? 笑顔が大事っていうかさ」 「だったら苦笑いはアウトだな。嘲笑とかも当然なしっと……」 「笑いっていうキーワードでいきなりその二つをあげるお前って……」 「意味がなさそうな笑いを上げただけだよ。大笑いと微笑みだとどっちがいいんだろう」 「そこはやっぱり大笑いの方がいいんじゃない? よくわかんないけどさ」 「ま、おいおい調べてみるかな」 「…………」 「……どうした? 下痢か? ならトイレ行って来いよ」 「ちげーよ! なんで微笑んだら下痢になるんだよ!? 普通そういう時って苦しそうな顔するだろ!?」 「ほら、諦めた瞬間って悟りを開くような顔するっていうじゃん? そんな顔してたからさ」 「言わねーよ! 絶望した顔にしかなんねーから!」 「でもなんで微笑んだんだ? なんか思い出し笑いでもしたの?」 「…………」 「まあそんなところだ」 「あ、今なんか隠してるだろ? 変な間があったぞ」 「気のせいだろ。はい、この話題終了! さぁ別の話をしようじゃないか!!」 「絶対なんか隠してるって! あからさますぎるだろ! 教えろよー!」 「ふっ……、良く分かったな。実はさっきから腹が荒れ狂う波のようにゴロゴロ唸ってるんだ……」 「んな厨二病的なこと言ってないでトイレ行けよ!!」 「……って、今は痛みの波が来てるのか?」 「おう……、ちょっと動くのは辛いな」 「とりあえず、座れるなら座ってな。んで、お腹に手を当てて暖めとけ」 「すまんな、波が引いたらダッシュでトイレ行ってくるわ」 「急ぐ気持ちも分かるけど、走ったら振動でヤバくなるかもしれないから気をつけろよ?」 「なんか、すっごい柊が優しくしてくれてる……! めっちゃ感動……!」 「はいはい、痛みを紛らわすために会話するなら付き合ってやるから変なこと言ってんじゃねーよ」 「柊、柊! こっち向いてー!」 「ん? なんだよ?」 「ばぁっ!!」 「……はぁ。なあ、お前、いつもそんなことしてて楽しいか」 「い、いつもじゃねーし! たまたまだし!」 このアクションは微妙だったようだ…… 「最近格ゲーで新しいの買って練習中なんだけどさ、前作と違ってちょっと仕様が変わってて慣れるまできついんだよね」 「そうなの? ねえ、タイトルはなんて言うの?」 「ソニックヴォルケイノ3って言うんだけど、もしかして知ってるか?」 「あ、それなら弟がこの前買ってきてたわね。同じようなこと言ってたからもしかしたらって思ったけど」 「マジで!? 周りに持ってるやついなくて身内戦出来なくて練習出来なかったんだよ! 今度弟とやらせてくれ!」 「それは別にいいけど、私はやらないわよ? あのゲームコマンド難しいんだもん」 「え? またまた御冗談を……」 「っ……」 「……はぁ」 「ん? どうしたんだよ急にブルーになって」 「実は突然記憶が……くっ、そうだ……俺の中には魔物が……! うあぁぁぁぁ!」 「何いきなり厨二病発動してんのよ。思いっきり蹴っ飛ばせば治るかな」 「や、やめろ……そんなことしたらヤツが余計に暴れだすぞ!」 「被害があるのはあんただけでしょ? なら私は構わないかな」 「……なあ、もうちょっとノッてくれても良くないか?」 「急に厨二病発動されたこっちの身にもなれよ。全力で他人のフリしたくなったわ」 「そんなことしたら追いかけまわしてやる」 「そうなったら全力で叩きのめすから覚悟しとけよ?」 「柊が仲良くしてくれないから……ショックでさ」 「え、ちょっと待ってよ。なんでそうなるわけ?」 「たしかに格ゲーをよくやってるのは弟の方だけどさ、俺は柊とも一緒にやりたいんだよ!」 「でも私弱いしあんた結構容赦ないじゃん。……だからやりたくないのよ」 「柊を鍛えるために敢えて手加減しなかったのが逆効果だったのか……」 「じゃあ今度から純粋に楽しむためにやるから一緒にやろう!」 「それに、チームバトルがあるから使うキャラ分けてCPUと戦ってもいいしな」 「……それなら、やってもいいわよ」 「お前と一緒なら心強いし……」 「なあ、軽く身体を動かしたくないか?」 「別に〜? それに私は身体動かしたくなったら部活に出ればいいだけだし」 「じゃあ俺の身体動かすのに協力してくれないか?」 「んー、別にいいけど何やるの?」 「柊、いくぞ! 準備は良いか!?」 「ウラァッ!!」 「ん? おっと」 軽く不意打ちで回し蹴りをお見舞いしたのだが、あっさりかわされてしまった。 「……あまいな」 「実は俺可愛い子には当てない主義なんだ」 「当てない主義っていうか、それをするなら最初から攻撃するなよ」 「そこはほら、一種のコミュニケーションだよ。会話だけだとマンネリになるかもしれないし」 「でもさ、お前が私以外にこうやって攻撃仕掛けるのって見たことないんだけど」 「そりゃ俺だって相手を選ぶさ。避けてくれそうなやつにしかやらねーもん。万が一当たったらシャレにならんし」 「それなのにその主義を掲げるのはどうなの……?」 「別に問題ないだろ。柊に当てるつもりがないのは変わらないし」 「そ、それって私が可愛いっていうのか!?」 「今更気付いたか」 「まったく柊はエッチだなぁ……。おにーさん照れちゃうよ」 「なんでかわしただけでエッチって言われなきゃいけねーんだよ! わけわかんねーよ!」 「もし、俺の穿いているズボンのお尻部分が破れていたら、俺のトランクスが柊に見られていたんだぞ!」 「攻撃を避けるためとはいえ俺の脚を……いや、下半身を! じっくり見た柊はエッチだと思う!」 「それお前のズボンが破けていたらの話だろ! 実際は破けてねーじゃん!」 「ちっちっち、それだけじゃないのだよゆずゆ君」 「俺の下半身には分身がついている! その部分を見ていたってエッチになるんだぞ!!」 「もうお前わけわかんねーよ! なんでそんな堂々と説明するんだよ!」 「…………」 「ん? なにしてるんだ?」 「クールにきめてるんだ」 「あっそ」 うーん、反応が薄いなぁ…… 「柊、キリンって日本でも飼えるらしいぞ。なんか国内で飼える最大の陸上哺乳類らしい」 「ええっ!? それほんと!? あのでっかいキリンをでしょ!? すごいすごい!」 「まあ条件が色々あるみたいだけどな。各自治体の許可とか輸入する時の検疫とか」 「でもさ、あんなおっきい動物が飼えるんだよ!? 夢みたいじゃない!」 「キリンを飼いたいって小さい頃に思ったりしたのか?」 「キリンだけじゃないけど、動物園にいる動物を飼ってみたいって思ったことはあるわよ」 「って……、ゴメン、ちょっとはしゃいだ」 「おう、小さい子供見てるみたいで微笑ましかったぞ」 「っ! わ、忘れろ! そうやってからかってくるんだろ!?」 「別にからかったりしないから落ち着け。そういう風に思ったことって誰でもあるんじゃないか?」 「そ、そう……? ならいいけど……」 「でも、飼ってみたらすっごい大変そうじゃないか? エサとかトイレとかさ」 「広大な土地とか必要かもしれないわね。そんな場所この辺にないわよね……」 「そうなると気になる事が出てくるよな」 「気になる事って?」 「キリンってウンコでかそうだよな。猫や犬サイズのをボットンボットンしてそう」 「糞って言いなさいよ! まあ……あの巨体から小さいのが出てくるとは思えないわよね」 「だろ? となると、トイレもかなりデカいのを用意してやらないといけないよな」 「そうね。大きすぎても掃除が大変だから考え物ね」 「あ、キリンの糞を肥料に畑とかやれたらうまく処理できるんじゃないか?」 「それはそうだけど、そうなるとやっぱりここら辺じゃ飼えないわよね……」 「まあ今は飼えないだろうけど、柊がこれから金貯めたりすれば飼えるようになるんじゃない?」 「うーん、現実的に考えて無理ね。仕方ないけど諦めるわ」 「そこで諦めていいの? もしかしたら将来飼えるかもしれないのに」 「手続きとかめんどそうだし、一人じゃ絶対育てられないしね」 「自分のワガママで飼ったらキリンも可哀そうだし」 「キリンって米とかパンは食わないのかな?」 「一応雑食だけど、穀物はどうだろう……」 「でも、その発想は可愛いわね」 「どうしてだ? 可愛い要素なんてどこにもないと思うけど……」 「だって、それって小さい子供がお母さんに犬や猫にご飯やパンを食べるのかなって聞くのと同じよ?」 「あー、そう言われてみればそうか。でも何食べるか分からないんだよな」 「基本的に葉っぱだけど、ハトとか動物も食べるから草食動物とは言えないのよね」 「そうなんだ! 柊結構詳しいな」 「キリンって結構好きだったのよね。あ、もちろん今でも好きよ?」 「それで飼えるって話をしたらあんなテンションになったのか」 「う……、それを蒸し返してくるなよ……。ちょっと恥ずかしいんだから……」 「別に恥ずかしがることないんじゃないか? 動物好きなんて結構いるんだし」 「少なくとも俺はキリンが好きってだけで柊を見る目が変わったりすることはないよ」 「そ、そっか……。ちょっと気が楽になった。……ありがと」 「昆虫は好きじゃないの?」 「昆虫? 好きな物は好きって感じね。見た目でアウトなやつとかいるでしょ? そういうのは無理」 「あー、蜘蛛とか生理的に無理なやつとかいるもんな。俺も得意な方じゃないな」 「でも蜘蛛って、節足動物って言って虫には分類されてないのよね。私も蜘蛛は無理」 「そうなのか。あれって動物だったんだ……」 「見た目じゃ動物か虫かなんて分かりっこないわよね」 「じゃあどういう昆虫なら好きなんだ?」 「カブトムシとかクワガタは好き」 「へえ、じゃあカマキリは? 威嚇のポーズちょっと怖いけどクワガタとかみたいにカッコいいよな」 「カマキリかぁ……。手で触るのは痛そうだよね」 「そうでもないぞ? ただ、気を付けないと威嚇された後に攻撃されるからな」 「あのカマすっごい切れそうよね……。捕まえるのも命がけね」 「実はあのカマって切れないんだぞ?」 「ギザギザになっててそこに獲物をひっかけて捕まえるんだ」 「へえ、そうなんだ! でもあのフォルムはカッコいいわよね……!」 「人間サイズになったら怖いけど、クワガタとかと似たようなカッコ良さがあるよな」 「うんうん! でもやっぱ触るのはやっぱり怖いから見てるだけでいいかも」 「フンコロガシは? あいつらもなかなかカッコいいと思うけど」 「フンコロガシとか論外でしょ。名前からしてあり得ない」 「柊、フンコロガシバカにすんなよ! めっちゃ力持ちなんだからな!」 「でもクワガタとかの方が名前もカッコいいじゃない! ヘラクレスとかノコギリとか!」 「たしかにフンコロガシには角があるやつは少ない……だけど! 角があるやつはめっちゃカッコいいんだぞ!」 「見たこともないのにカッコいいって言われても想像できねーよ!」 「くそっ、画像がすぐ検索出来ればいいけど名前が思い出せない……!」 「どんなにカッコ良くても、私はクワガタやカブトムシ派よ!」 「爬虫類って可愛いと思う? ヘビとかイグアナとか」 「わ、私……爬虫類はちょっと……」 「そうか……、カナヘビの顔とか超可愛いのに……残念」 これ以上この話題は長続きしなそうだ。 「熱帯魚って飼うのが難しそうだよな。色々設備用意してあげないといけないんだっけ?」 「熱帯魚って綺麗だけどすごく繊細な生き物だから育てるのは大変なのよね」 「そうなのか? 例えばどんな風に繊細なんだ?」 「これは金魚とかにも言えるんだけど、塩素を抜いた水を使わなきゃいけなかったり」 「水温が少し違うだけでも死んじゃうから凄くデリケートなんだよ」 「そんなにデリケートなんて……、まるで俺のようだ……!」 「はぁ? あんたがデリケート……? ふっ」 「ちょ、なんだよその反応! こう見えてもお腹弱いんだからな!?」 「へえ、それにしては学校休んだりはしてないわよね」 「主に夜になると疲れが蓄積するせいか腹を下すんだよ」 「それが次の日に影響しないって、そこまでお腹弱くないんじゃない?」 「ていうかそもそもウソじゃない? あんたがお腹弱いなんて聞いた事ないし」 「…………」 「……沈黙は肯定と一緒だからな」 「チッ、騙されなかったか」 「だと思ったよ……」 「へえ、それってなんか柊みたいだな」 「私? なんで熱帯魚が私みたいなのよ」 「柊って結構デリケートな部分ありそうだからさ」 「なんで私がデリケートなんだよ!? デリケートとは全然かけ離れてるだろ」 「そうか? 俺にはそう見えないんだけどな。それに、自分でそういうのは言っちゃダメだろ」 「柊が自分で思ってる以上にデリケートだと思うぞ。あ、一応言っておくと褒めてるからな」 「そ、そんな風に言われたってどういう部分がそうだとか分かんねーよ!」 「でも、一応……デリケートだっていう部分、これから考えてみる……」 「ワニとかライオンとか飼ってみたいよな。番犬みたいな感じでいたら防犯ばっちりだろ」 「防犯っていうか、下手したら殺人事件が起きるよね」 「そこは俺の超絶飼育テクニックで猫のようにしつけてくれるわ!」 「あんたにそこまで飼育テクニックがあるように思わないけど。実際今までペット飼ってたの?」 「実はだな……」 「まだ一度もないんだ」 「それでワニとかライオン飼ってみたいとかバカなの!? マジでバカなの!?」 「二回言わなくてもいいじゃないか! 別に育てるのをなめてるわけじゃないぞ!」 「十分なめてるだろ……。最終的に食われるぞお前……」 「俺を食べようとしてきたら逆に食ってやるわ!」 「え、ワニって食べれるの……?」 「てか、ペットとして飼うのに食べちゃうんだ……」 「そこはほら、弱肉強食の世界だからやつらも覚悟の上だったのさ」 「ワニはステーキにして、ライオンはライオン焼きで食べよう」 「へえ、ステーキに……ライオン焼き? ライオンをそのまま焼くの?」 「ライオン焼きはライオン焼きだ。それじゃ丸焼きじゃないか。ライオンをライオンのように焼くんだ」 「ぷっ、ライオンのようにってどんなよ……! あっははははははは!!」 「ライオンのようにしなやかに、そして大胆に焼くんだ!」 「そうすればライオンだって喜んでライオン焼きになってくれるだろう」 「ひー、ひーっ、も、もうダメ……お腹イタイ……!」 「そうなったら柊を生け贄にするしかないな。俺まだ死にたくないし」 「もしお前がワニとか飼い始めたら絶対に見に行かないようにするわ」 「そんなこと言っちゃってー、きっと見たくてウズウズして見に来ちゃうと思うよー?」 「お前が食われる光景も見たくないし、わざわざ自分から危険なとこにいきたがる人なんていねーよ」 「俺が食われる時は柊も一緒だからな……!」 「さりげなくフラグ立ててんじゃねーよ!? そもそも飼わなきゃいい話だろ!?」 「そうは言うけど、やっぱり飼ってみたいじゃないか! 猛獣を飼うとかロマンじゃん!」 「そんなロマンどうでもいいから! 自分の命とロマンを天秤にかけんなよ!」 「柊、突然だが俺のペットになってみないか?」 「…………」 「そんな『何意味わかんないこと言ってんのこいつ』みたいな目で見るのはやめてくれ」 「いや、急にあんなこと言われたら誰だって同じような顔すると思うわよ」 「俺のペットになったら特典がいっぱいで幸せなペットライフを約束するぞ」 「何その通販みたいなセールストーク……。ますます怪しいわよ」 「そうは言っても本当のことだからな。どうだ、俺のペットになってみる気が湧いてこないか?」 「湧いてくるわけないだろ? 嫌だよ」 「三食昼寝付きでお得だぞ? ちなみに飯は超美味いからな」 「……へえ、でもなんでそんなに自信満々なわけ?」 「ウチの母さんの料理が超絶美味いんだ」 「昔幼馴染がうちに来て飯食った時に、自分のお母さんが作るご飯より美味しいって言ったくらいだ」 「小さい頃の話とはいえ、それはちょっと気になるわね……」 「もしペットになってくれればその料理が三食食べられるんだぞ?」 「そ、それは……いいかも……しれっ!?」 「…………」 「や、やっぱいい! 絶対あんたのペットにはならないからな!」 「ちっ、もう少しだったのに……!」 「……はぁ、危なかった」 「可愛がってあげるのに……」 「しょぼーん」 「そんな落ち込んだ風に言われてもキモいだけだから」 「どこぞの動物王国の王様のごとく可愛がってあげるのに!」 「だからキモいっつってんだろ!?」 「一体何が不満だって言うんだ! 俺がキモいからか!?」 「論点まずそこじゃねーから! 人をペットにするなよ!」 「柊ならペットにしたらすっげー可愛くなりそうだからつい……」 「つい……でペットにしようとするんじゃねーよ! 私をなんだと思ってんだよ!」 「なあ、彼女が出来たら何すれば良いと思う?」 「は? そんなの本人同士の問題なんだから、決まったことをしなきゃいけないっていうのはないだろ」 「今そのことで真剣に悩んでてさ、冗談半分じゃなくて真剣に答えて欲しいんだ」 「え? 別に冗談半分ってわけじゃないけど……」 「なんでそんなこと私に聞いてきたわけ?」 「そうだな……。他に聞くと笑われるかもしれないけど、柊だったら笑わずに聞いてくれると思ってさ」 「……それなりに私を信用してくれてるってわけか」 「わかった。……今改めて考えてみたんだけどさ」 「難しいこと考えずに自分の好きなことをすればいいじゃん」 「何すりゃいいっていうルールなんてないし」 「自分の好きなことか……。じゃあ一緒に寝たいかな」 「一緒に寝る……か」 「…………」 「えっ!? いいい一緒に寝るってマジで!?」 「ん? ああ、夏は微妙かもしれないけど寒い季節だったらぬくもりで幸せになれると思うんだ」 「それにベッドの中でイチャつけたら幸せそうだろ?」 「ベッドの中でイチャイチャ……ぬくもり……?」 「エッチ!! 最初から飛ばし過ぎだろ!!」 「え、添い寝もダメなのか!? てか、添い寝ってエッチな部類に入るわけ!?」 「え? 添い寝……?」 「え……?」 「……おや? おやおや?」 「柊さん、何を勘違いしていたんですか?」 「う、うっせ! 勘違いさせるような単語ばっか言ってくるからだろ!?」 「あー、恥ずかし……」 「そしたら二人きりで旅行へ行きたいな。最初は日帰りで、最終目標は海外!」 「旅行かあ、観光名所みたいなとこ巡ったりするの?」 「そういうのより、下町とか、マイナーな場所で食べ歩きしたりぶらついたりしたいんだよね」 「観光名所ってどこも混んでるし、ツアー客と被ったらあんまり楽しめないしな」 「いっぱい人がいるとお土産もなかなか見れなかったりするもんね」 「そうそう。で、お互い付き合い始めで泊まりだと色々困るかもしれないから最初は日帰りなんだ」 「お前って堅実なのかチキンなのかよく分かんないわね」 「柊ってさ、キスはされたい派? それともする派?」 「い、いきなり変な質問してくんなよ! どっちでもいいだろそんなの!」 「いや、軽く考えちゃダメだ。小さいストレスが段々溜まって爆発するとケンカになるしな」 「なんでキスをするかされるかでストレスが溜まっていくんだよ」 「例えば、キスしたい派なやつが相手からずっとキスされてたらこっちだってキスしたいのに! ってなるだろ?」 「それなのに自分からキスさせてくれなかったら、それがストレスになるってこと?」 「そうだ。それが原因でイライラしてしょーもないことでケンカになるんだ」 「夫婦喧嘩は犬でも食わないってやつだっけ?」 「まさにそんな感じだよな」 「で、そういうのを回避するためにも、女子の参考として柊のタイプを聞きたいんだ」 「私はサンプルかよ!? んな恥ずかしいこと簡単に言えるかよ!」 「そもそも! な、何でお前にそんなこと教えなきゃいけないんだよ……」 「柊にだけ聞くのはフェアじゃないから先に言っておくと、俺はしたい派なんだ」 「へ、へー、そうなんだ!」 「で、私の退路をなくしてくれたと……」 「そんなに恥ずかしいことでもないだろ? 実際にするわけじゃないんだからさ」 「そうは言うけど、どっちか答えたらそれで想像するだろ!? それが嫌なんだ!」 「まあそこは仕方ないだろ。シチュエーションはともかくこんな感じかー程度には想像するし」 「そうやって想像されるのが嫌なの! あーも―恥ずかしい!」 「柊もなんで答えてないのに顔赤くなってるんだ?」 「そ、それは……なんだっていいだろ! あんまこっち見んな!」 「ええー……何なのマジで……」 「とーにーかーく! 私は絶対に教えないからな!」 「じゃあ別の話題にしようか」 「キスのイメトレって大事だと思うんだ」 「〜〜〜っ!!」 「き、キスから離れろー!!!!」 「教えてくれないか? 頼む! あ、ちなみに俺はされたい派ね」 「さり気なく自分のタイプ喋ってんなよ! いーやーだ!」 「教えてくれないと変なあだ名でこれから呼ぶぞ! いいんだな!」 「何その脅し!? どうせ誰にも分からないような変なあだ名なんでしょ?」 「……ゆずぴょん、ゆずゆず」 「え? 何?」 「俺も鬼じゃない。ゆずぴょんかゆずゆず、どちらか選ばせてやろう」 「ど・っ・ち・も・い・や!! なんで教えないだけでそんな風に呼ばれなきゃいけねーんだよ!」 「だって知りたいからさー、教えてくれよー」 「……まさかとは思うけど、私のこと気になってるの?」 「ん? んー……そういうことにしておこう」 「今ので絶対に言わないって決めたわ」 「はぁ!? なんでだよ!?」 「女心なめんなよ! ふざけんな!!」 「なぁ、婚活ってどう思う? あれってやらなきゃいけないのかな?」 「別にやらなくても結婚出来る人はいるでしょ。あれって一種のアピールなんじゃない?」 「『私結婚願望あります★ 誰か私を拾って!!』みたいなさ」 「うわぁ……それっぽい人さが出ててビックリだわ」 「まあそんな感じで、結婚って言うものに縛られちゃってるような気もするんだよね」 「相手との相性よりもまず結婚を! みたいな感じか?」 「そこまでとは言わないけど、結婚しなきゃって焦ってる感じがして引かれるような気もするのよね」 「だから、必要だと思う人はすれば良いんじゃない?」 「じゃあさ、友活ってないのかな?」 「友活? それって友達作りたいアピールするってこと?」 「そうじゃなくてさ、知ってる人が誰もいない時って、近くにいるやつに話しかけて友達になろうとするだろ?」 「そういう時のことを友活とかって呼び方しないのかな?」 「多分さ、友達は作ろうと思えば出来るけど、結婚は色々問題があるから難しさの違いで話題にされないじゃん?」 「友達作りが苦手な人だっているのにな……」 「ま、なんだかんだで友活って単語がニュースとか特集で出てくることはないんじゃん?」 「俺は婚活しなくても良い人になりたいな。相手に焦ってるって思われたら嫌だし」 「相手もそうだけど、自分も自然と焦ってるように振る舞っちゃうかもしれないからね」 「普通に恋愛して、ちょっと喧嘩とかもしちゃうけど、仲が良いカップルになってさ」 「それでめでたくゴールイン、そういうのを目指したいな」 「良いんじゃない? 皆そう思ってるだろうし」 「…………」 (うわぁ……) なんとなく柊とそういう風になるの想像したら…… 恋愛感情とカップルになってる事以外割と当てはまってるんじゃ……? 「ん? 顔赤いけどどうした?」 「な、何でもない! 決して柊で想像してたとかそういうのはないんだ!」 「……は、はぁ!?」 「ななななな何変な想像してんだよお前!!」 「わ、私とお前が!? じょ、冗談……だろ?」 「柊はいくつになったら結婚したい?」 「結婚? 突拍子もない話を振ってくるわね」 「俺らも段々そういうのを考える年に近づいてきたからな」 「だから今のうちから考えてもいいかなって思ってさ」 「そうかもしれないけど、全然考えた事もなかったわね」 「あくまで自分の理想だから難しく考える必要もないんじゃないか?」 「そうかな? でも、考えるだけ無駄な気もするんだよね」 「どうしてだ? それによって人生プランを組み立てたりできるんじゃないか?」 「うーん、でも結婚話って突然出てきたりするんでしょ?」 「結婚は勢いって言うしな。慎重になりすぎたら出来なくなるって聞くし」 「でもその勢いで失敗したら災難よね。心の傷だけじゃ済まなそう」 「それで浮気に走ったりしたらもう色々と終わるだろうな」 「でも、結婚できなくなるってどういう状況なんだろ」 「うーん、同棲はしてるけど籍を入れてない状態で何年も……とか?」 「何年も一緒にいたら結婚してもいいだろ……」 「その人たち次第だけど、私もそんな感じで良いと思う」 「……結婚ってよくわかんねーな」 「ホントね……。どういう基準で決めたりとかよく分かんないし」 「結婚は人生の墓場って言うけどホントかな」 「私はそんなことないと思うわよ。実際に親を見て墓場だと思う?」 「そう言われてみればそうだよな。まあウチには今母ちゃんしかいないわけだが」 「え……」 「ご、ごめん」 「知らなかったんだし気にするなよ。別にそれがなんだって話だし」 「それに親が二人でも一人でも、幸せそうに見えてればいいんじゃないの?」 「……そっか、そうだよな」 「私も両親みたいに幸せそうな……結婚……したいな」 「じゃあそうなれるような彼氏見つけないとな」 「候補とかいるの?」 「……へ!? い、いないわよそんなの!」 「…………」 「恋人と年の差は何歳まで許せる?」 「年で恋人がどうとかって決まるの? なんかそれって変な感じ」 「年齢を基準に考える人もいるんだよな」 「きっとその人なりの考えがあるんだろうけど」 「ふーん……」 「柊はそういうの考えたことある?」 「そんなの考えたこともないわよ」 「やっぱさ、恋愛に年は関係ないよな。お互いに好きになったらそれでいいし」 「うん……私もそう思う」 「どうした? なんか暗いぞ。嫌な事でも思い出したか?」 「そんなんじゃねーけど……、うん。関係ないよ」 「もしかして、好きな人が年離れてるのか?」 「好きな人自体いないし」 「気にしないで」 「ならいいけど……、あんま抱え込むなよ? アドバイス出来るかどうかはわかんないけど、聞くだけならできるからな」 「ありがと。……好きになったら関係ない! うん! オッケー吹っ切れた!」 「暗くなったり急に元気になったり忙しい奴だな」 「私はこういうやつなんだよ!」 「……さっきの言葉ちょっと嬉しかったよ」 「お? おう……」 「恋愛は同い年が一番かなぁ……やっぱり年が離れすぎると価値観とか違ってくると思うし」 「価値観って育った環境っていうのが一番じゃない? 年齢はあんまり関係ないと思う」 「うーん、ジェネレーションギャップとかあるかもしれないぞ? それで気まずくなったら嫌じゃん」 「そこはお互いに興味持ってみればいいじゃない。ある意味話の種になるんじゃない?」 「そういうもんかねぇ……。でも10歳ぐらい離れてたらそれも難しいんじゃないか?」 「そうやって年齢差で自分を縛ってると出会いすらなくすと思うけどね」 「結局お前も年齢で人を見る人なんじゃない。そういう人もいるって言ってたけどお前のことだったんだね」 「うーん、自分ではそう思ってなかったけど、そうっぽいな」 「どんなにいい人がいても、年が違うから……って見ないようにするんだろうね」 「バカップルについてどう思う? たまにひどいやついるけど」 「あれって周りの人たちが見えてないのかな?」 「周りにたくさん人いてもイチャついてるわよね」 「自分たちの世界に入って周りなんて気にしてないんだろ。滅びればいいのに……!」 「そこまでは言わないけど、目に毒よね。場所を考えて欲しいっていうかさ」 「柊はイラッとしたりしないのか? 余所でやれよとか爆発しろとかさ」 「しないとは言わないけど、人前でイチャつくのはどうかと思う」 「人前じゃなければ良いの? 例えば路地裏の陰でイチャイチャとか」 「それはそれで嫌ね。近道しようとしてそっちに行ったら見たなんて、なんでこんな場所でイチャついてんだよって思うし」 「じゃあどこでならイチャついていいんだ?」 「大人しく自分たちの部屋とか二人だけの時にイチャつけばいいじゃん」 「なんで外でイチャつこうとするの?」 「さあ? 自分たちは幸せですよアピールとか?」 「本気でそうだったらお前の滅びろって気持ち、すごい分かるわ……」 「だろ? 柊もリア充爆発同盟に加盟するんだ……!」 「なにその怪しげな団体!? 入るわけねーだろ!?」 「柊は固いなぁ……」 「そうか? ああいうのって人に見せるものじゃないと思うんだけど」 「まあ鼻の下伸ばしまくってる自分や相手を他の人に見られたくないよな」 「そういうのもあるけど、そういう部分をお互いにだけ見せるようにしたら特別っていうか、そんな感じするだろ?」 「だから人目があるとこでイチャつくのはどうかなって思う」 「……柊の考え聞いてたら俺もそんな気がしてきたぞ」 「お互いの特別になれた方がもっとイチャつけるかもしれないし、恥ずかしさとかもあるだろうからな」 「俺に彼女が出来た時、バカップルにならないように気を付けよう」 「どっちかが気を付けてればならないと思うわよ」 「てか、お前の場合なんだかんだでそういう部分しっかりしてそうだもんね」 「なあ、イケメンってやっぱり得なのかな?」 「得って? 私からしたら得とかないように思えるけど」 「そうか? だってさ、話すだけでモテるし愛想よくしていれば人が寄ってくるだろ?」 「でもそれって人が苦手な人だったら得じゃなくて損よね」 「あー、それはあるかもしれないな。対人恐怖症の人は苦痛になるんだろうな」 「まあ、俳優とか、そういう職種目指すなら得なんじゃない?」 「俺イケメンじゃなくて良かった! 多分イケメンになってたら色々とバカやってたかもしれないし」 「そうね、お前がイケメンだったらもっと調子に乗りそうだし」 「え、今でも調子乗ってるって思われるの?」 「……お前自覚なかったの?」 「ウソだろ……? 俺はちょっとお茶目などこにでもいる学生じゃないのか!?」 「そのお茶目が調子乗ってるって言ってんの」 「お前みたいな学生がいっぱいいたら学級崩壊もいいとこだよ」 「でも、俺みたいなやつがいた方が楽しいだろ?」 「……そうね、そこは否定しないわよ」 「じゃあ俺には関係無いな! だってイケメンじゃないし! 別に俳優とか目指すわけでもないしな」 「お前の場合芸人とかの方が向いてるんじゃない? 突然謎なボケするし」 「俺はそんなつもりはないんだけどな。でも、但しイケメンに限るって言葉があるから、やっぱりなんかしら得なんだろうな」 「得か損なんてその人個人の問題なんだから、それにこだわるのもどうかと思うけどな」 「自分らしくいればいいってことか。気にしだしたらキリがないもんな」 「そゆこと。細かいことばっか気にしてるとハゲになるわよ」 「地味に怖いこと言うなよ!? 俺の人生プランでは60歳まではフッサフサでいる予定なんだから!」 「今みたいに細かいこと気にしてたらきっと若ハゲになってるわね」 「人の印象って髪型一つにしても大きく変わるよな」 「例えば、ポニーテールの子だと元気っぽさがあるけど、その髪を下ろしたらちょっと大人しそうな子に見えるよな」 「あとはロングの子が前髪を垂らしているかしっかり整えてるかでもイメージ変わるわよね」 「そう考えると髪って結構面白いよな。そんで、普段は髪垂らしてる子がポニテとか短くまとめたりするとギャップがヤバい」 「印象ガラっと変わるもんね。そういうギャップってドキッとするもんなの?」 「多少その子のこと意識してれば、ドキッとしない男子はいないと思うぞ」 「……ふーん」 「俺モヒカンにしようかな! んで、めっちゃパンクっぽい恰好すんの」 「ふーん…………ぷぷっ。あ、ごめん何でもない……くくくっ」 「柊さんや、人の顔見ていきなり笑い出すのはどうかと思いますぞ」 「ご、ごめ……ぷっ、ほんと……なんでも……くくっ、ないから……」 「全然何でもなくないですよね!? 俺のモヒカンでも想像したの?」 「ぷふっ!」 「ビンゴかコノヤロウ! えーえーどうせ似合いませんよ!!」 「想像したモヒカンのお前が……パンクの格好でスタンドマイク持って歌ってて……ぷっ!」 「想像力が豊かというか……俺でもその発想はなかったわ」 「俺丸坊主にするよ! 袈裟とかどこで手に入るか分からないから、服装はいつものにするけど」 「別に丸坊主だからって服装にそこまでこだわらなくていいと思うけどな」 「……あれ? 丸坊主ってとこに突っ込みはないの?」 「え、突っ込む部分あった?」 「丸坊主ってダサくない? 悪ガキって感じもするしさ……」 「そう? 別にダサいとか考えたことないけど?」 「マジで? ダサくないの!?」 「その人に似合ってればそれでいいんじゃない? 結局は中身の問題でしょ」 「なるほどな。で、俺の丸坊主は似合いそう?」 「うーん……良いんじゃない? 結構似合うかもよ?」 「スーツ着た男ってカッコ良いと思う? 俺的にスーツの似合う男子ってカッコ良いと思うんだけど」 「ちゃんと似合っていればいいんじゃない? でも着方によるわよ」 「着方って言うと?」 「ちゃんとビシッと着こなしている人だったらカッコ良いけど、ホストみたいな人は嫌だ」 「ホスト嫌いなの?」 「うん。だってホストって浮気しそうじゃん? 軽い男っぽくて嫌」 「中には真面目な人もいると思うけどな。見た目で判断しちゃダメだろ」 「見た目っていうか、仕事的にも八方美人しなきゃいけないっていうか、変なノリが多そうじゃない?」 「そういうのも考えて嫌だって言ってんの。だから別に見た目で判断してるってわけじゃない」 「仕事は仕事で割り切ってる人もいるだろうけどな。俺はそういう人もいると信じてる」 「あっそ」 「それはお前の考えであって私の考えじゃないわよね? 自分の意見を相手に押し付けんなよ」 これは相当ホストに嫌悪感持ってるんだな…… 「俺スーツ似合うかなぁ……」 「ああいうの着たことないんだよね」 「ジャケットとか持ってないの? 上着ならそれっぽいの結構あるじゃん」 「なんか堅苦しいようなイメージがあって手を出さなかったんだよね。それに似合うか分かんなかったし」 「そこは試着してみれば良いのに」 「でも……」 「な、なんだよそんなに俺の身体をじっと見て……」 「ちょっと動くな。イメージが崩れる」 「……おう」 「はっ、まさか俺のナチュラルボディを脳内変換で……!」 「んなわけねーだろ。似合いそうかどうか想像してみたんだよ」 「どうだ? 似合いそう?」 「……結構、似合うんじゃ……ねーの? 私は良いと思ったよ」 「お、マジで? じゃあ今度カジュアルジャケットでも見てみようかな」 「……うん。買ったら見せてくれよ?」 「整形したいとか思ったことある?」 「え……、んなのあるわけないじゃん」 「なんで?」 「なんでって……母さんが産んでくれた体をいじるっていうのは……ちょっとね」 「……そっか」 これ以上この話題は長続きしなそうだ。 「城彩の制服ってデザイン良いよね。可愛いし大人っぽさもあるし」 「結構このデザイン目当てでココ狙う子多いみたいよ?」 「男子の中でもデザイン良いって話だったけど、やっぱ女子の間でもそういう話になるんだな」 「私の場合は又聞きなんだけど、まあ周りがそんな感じだったからね」 「んで、そいつらを押しのけて城彩に入ってきたと」 「そいつらが受かったか落ちたかなんて知らないし」 「柊らしいな……」 「でも、柊だってココの制服可愛いって思うだろ?」 「うん、可愛いとは思う」 「女子って制服可愛いから羨ましいよなぁ……」 「……えぇっ!? まさか女装願望あるの!?」 「んなわけねーだろ!? 良く考えてみろよ! 男子はブレザーか学ランしかないんだぞ!?」 「制服で選ぶなんて贅沢なこと出来ないわ」 「そう言われてみればそうね」 「ビックリしたー、女装願望あるんだったらちょっと引いてたわ」 「と、言いつつさっき距離あけたよな柊」 「あ、あははー何のこと?」 「そ、それより学ランだってカッコいいじゃん」 「ここはブレザーなんだけどな……」 「ぶ、ブレザーにも良いとこはあるよ! ……うん!」 「なあ、男子の制服着てみる? 女子が着るとまた違って見えてくるんだよな」 「着てみるっていっても誰のを着るのよ? 知らないやつのなんか嫌だし」 「んなの俺のに決まってるだろ。ほら、試しに着てみ」 「い、いいよ! 着ない! 別に私が着なくても他の誰かに着せればいいだろ!?」 「俺は柊が男子の制服を着た姿を見たいんだ……!」 「っ! で、でも無理! た、多分サイズ合わないしさ! ねっ!?」 「多少ぶかぶかでも大丈夫だって。むしろその方が萌える」 「あ、あの……ホント、恥ずかしいから……な?」 「これから日差しが強くなるけど、柊は帽子かぶったりしないの?」 「うーん、たまにかぶるけど、日差しはそこまで気にしないかな」 「そうなのか? 女子ってめちゃくちゃ気にしてるイメージなんだけど」 「気にする子はかなり気にするだろうけど、あんまり気にしすぎたら外出れなくなるだろ?」 「だから私はそこまで気にしてないってだけ」 「なるほどなー、女子って色々気にすることあって大変だな」 「そういうお前は帽子かぶるの?」 「赤白帽子ならかぶるぞ。あれかぶるだけで小さい頃に戻れる気がするんだ」 「かぶってなくてもいつでも子供じゃない」 「そうじゃないんだよ。気分の問題なんだ。いつもの3割増しぐらいはしゃぐぞ」 「不思議と元気になってはしゃぎまわりたくなるんだよな」 「ふふっ、お前子供ねぇ……。でも、その姿見てみたいかも」 「お、じゃあ今度かぶってやろうか? ただし、その時は柊もかぶれよ」 「その時は私は保護者役として日陰でお前を眺めてるわ」 「よし、俺の母ちゃんということでいっぱいワガママを言ってやろうじゃないか」 「私の教育は鉄拳制裁だから気をつけろよ?」 「いつもかぶってるぞ。実は俺、ズラなんだ」 「へぇー……、そうなんだ……!」 「おい、ニヤニヤしながらこっち来るな。何考えてるのか丸わかりだぞ」 「だって、そんなの聞いたら確かめるしかないじゃない!」 「てゃっ!!」 「くっ、させるかぁ!! 絶対に確かめさせたりなんかしないからな!!」 「減るもんじゃないしいいだろ!? おらっ、観念しろっ!」 「数少ない髪の毛戦士たちが減るわ! おわっ、マジであぶねぇ!!」 「くっ、手ごわいわね……」 「いつか忘れたころにリベンジしてやるわ」 「なあ、カバって実は超強いらしいぞ。柊知ってたか?」 「え、何それ知らないんだけど!? そんなに強いの!?」 「あいつら皮膚が硬いうえに突進がめちゃくちゃ強いらしいんだ。それでライオンより獰猛らしいぞ」 「ウソ……。あんな愛くるしい動物がそんな凶悪だなんて……!」 「俺も知った時はかなりビビったわ……。あいつの突進って1tトラックが時速40kmで突っ込んでくるのと同じらしい」 「こわっ!! 人間なんて絶対勝てるわけないじゃない!?」 「だよな……意外な真実に驚きが隠せないぜ……」 「でも、カバよりゾウとかワニの方が強いイメージあるけど、あとゴリラとか」 「カバはキレると覚醒するんだ。縄張り意識とか強いらしくてな」 「『俺の領土に入るとは何事じゃおんどるぁぁぁぁ!!』って感じで突進するらしい」 「うわぁ……真正面から突進してくるのを想像すると、なんて間抜けな絵面……」 「いや、きっとカバの目つきとかも変わるんだと思うぞ」 「やつらは……本気だ!」 「お前の話聞いて可愛いだけなイメージがぶっ壊されたじゃない……」 「でも、知っておいて損はなかっただろ? 動物園行った時に豆知識として披露すればちびっこから人気が出るぞ」 「そういうのは別にいらないけど、カバの意外な一面を知れて良かったかも」 「え、ゴリラ? ゴリラは俺の舎弟だけどなんか問題ある?」 「お前の場合ゴリラっぽいやつのこと言ってるんじゃないでしょうね?」 「野生のゴリラに決まってるだろ。あいつら手なずけるの大変なんだからな」 「どうやって手なずけるのよ?」 「バナナで釣って、取引に持ち込んでそこから脅して舎弟にするんだよ」 「それただの強迫じゃん!? つかゴリラと話せるのかよ!?」 「んなわけないだろ? 物理的に脅すんだ」 「ゴリラに謝れ! 動物虐待なんかすんじゃねーよバカ!! 冗談でもそういうこと言うんじゃねぇ!!」 「お、おう……すまん」 「柊って最近映画見てる?」 「それなりに見てるわね。映画館では見ないけど」 「じゃあレンタルとかロードショーで見たりしてるのか」 「そうだね。あんまり面白そうなタイトルも見かけないからちょっとマンネリ気味だけど……」 「お前のオススメって何かある?」 「そうだなぁ……、『エイリアンVS隣のおばあちゃん』かな」 「何そのB級全開なタイトル……面白いの?」 「スッゲー面白いぞ! まあタイトル通りエイリアンと隣の家に住んでるおばあちゃんが戦うんだけど」 「おばあちゃんがめちゃくちゃ強いんだよ!」 「常時プルプルしてる感じのすぐにもやられそうなおばあちゃんがエイリアン倒すんだぜ!?」 「それってエイリアンが弱いだけじゃないの? 特撮のやられ役みたいなさ」 「違うって! エイリアンめちゃくちゃ本気で攻撃も速いんだけど、おばあちゃんが回避しながら攻撃しかけるんだよ!!」 「……想像力が追い付けないわ。一体どんな映画なの……!?」 「気になるなら、見ちゃえばいいじゃない!!」 「……ちょっと今日借りて見てみる」 「『ペド戦記』これしかないな」 「うわぁ……タイトルからして期待出来ないわね……」 「バカヤロウ! タイトルはくだらないけど結構熱いバトルが広がってるんだぞ!」 「ただ幼女たちを愛でたい、その思いが強くなりすぎて手を出してしまった……」 「世間と……そして国と! 自分たちを認めて欲しいために今、立ち上がる!!」 「って言うのがプロローグなんだけど面白そうだろ?」 「私にはそれがなんで面白そうなのかがサッッッパリ分からないわ」 「たまには小説も良いもんだぞ。違った世界が広がって面白いし」 「それって伝記とかラノベ?」 「んー、伝記はともかく、ラノベもたしかに近い物があるけど小説の方が深いぞ」 「ふーん、深いってどういう部分が? ミステリーとか?」 「ミステリーも面白いな、他には……」 「ファンタジー戦記モノだな。熱い展開も待ってるし、シリアス部分も綺麗に書かれてるんだ」 「でもそういうのって恋愛も混ざってたりするんじゃないの?」 「確かに混ざってる場合が多いけど、そこがシリアスなポイントになったりするんだよ」 「読んでて先の展開が読めないとか結構あるし、めちゃくちゃ感動するぞ」 「へえ、じゃあお前のオススメ教えてよ。ちょっと気になる」 「コールドストーリーってやつだ。タイトルに反して中の展開が熱くていいぞ。今度持ってこようか?」 「マジで? お願いするわ」 「サンキュー!」 「ずばり、サイコホラー小説だな。あの狂気じみた怖さがヤバい」 「うわぁ……私そういうのパス」 「なんだ、怖いのダメなのか?」 「ダメって言うか、いくら架空の人物とはいえ、人間でしょ?」 「実は本当にそういう人が実際にいるんじゃないかって考えちゃうからさ」 「そっかぁ……、俺的には面白かったけど柊には合わなそうだな」 「ごめんな、わざわざ教えてくれたのに……」 「気にすんなよ。俺が薦めたのがたまたま柊がダメだったってだけなんだからさ」 「今のゲームも面白いんだけどさ、昔ながらのボードゲームも地味にハマるよな」 「人生ゲームとかそういうのよね?」 「そうそう。あれは多人数になればなるほど面白いし、将棋とかチェスも相手の戦略考えるから奥が深いんだよな」 「私オセロ得意なんだよね。結構自信あるわよ」 「へえ、そうなのか」 「ふふふ、でも俺には勝てないぞ?」 「なに!?」 「俺のオセロは2回連続攻撃が出来るんだ」 「おかしいだろそれ!? そんなのオセロじゃねーよ!」 「ただし連続攻撃出来る回数が決まっているから、それをいつ使うかが問題なんだ」 「あれは交互に戦略を読んでやるのが良いのに……その良さが分からないなんてダメね」 「そんな卑怯な手を使うやつに私が負けるわけないわね」 「どうだろうな。勝負なんてその時の運もあるだろ」 「でも、お前っていきなりそういうことやってきそうよね……勝負するの嫌かも」 「俺、将棋の方が出来ないけど、きっと将棋でも勝てないと思うぞ?」 「私の強さも知らないで、よくそんなこと言えるわね」 「大した自信じゃない、いつか勝負よ! 絶対逃げんなよ!!」 「いいぞ、俺の自信と柊の自信……どっちが砕けるか見ものだな!!」 「じゃあ、オセロと将棋で1回ずつ勝負にしよ。絶対負けねーからな!」 「おう、あとで悔しいからって3回戦ずつなんて言ってくるなよ?」 「そっちこそやってくるんじゃねーぞ!」 やっぱり柊って単純で面白いなあ…… 「柊っていつもチュッパキャンディー舐めてるけど、グミは食べないの?」 「え、どうしてよ? グミ美味しいじゃん」 「チュッパキャンディーの印象が強くてずっとそればっか食べてるのかなぁって思ってさ」 「そんなわけないじゃない。私だってお菓子好きだし色々食べるわよ」 「すまんすまん、でもチュッパキャンディーより好きってわけでもないんだろ?」 「チュッパキャンディーは持ち歩くのにちょうどいいって言うのもあるけど、まあそうね」 「じゃあグミはどのぐらい好きなんだ?」 「うーん、とりあえず新作が出てるとついつい買っちゃうのよね」 「すっぱいパウダー系は美味しいよね」 「美味しいかな? あれってすっぱいだけじゃない? 私あんまり好きじゃないのよね」 「マジで? あとああいう系のグミって固すぎないでちょうどいい感じじゃないか?」 「あれがちょうどいい……?」 「ふっ」 「おい、なんだよ。グミってそういうもんじゃないか?」 「固すぎるのだとおじいちゃんとか食べれないだろ!!」 「あの固さの良さが分からないなんて可哀相に……! 柔らかいグミなんて論外よ!!」 「もっとちびっことかおじいちゃんたちも食べれるように配慮してやれよ!! お菓子を平等に食べさせてあげようよ!」 「キレるとこそこなの!? お前の主観はねーのかよ!?」 「やっぱ、グミは食感が命だよな」 「だよね!? お前もそう思う!? 固くないと美味しさも半減しちゃうわよ」 「最近ハードグミとか出てるから嬉しいよな。俺的にはもうちょっと固さが欲しいけど」 「私もそう思う! でも、これ以上固くなるとグミじゃなくなりそうな気もするのよね」 「そうなんだよ……そこが難しいとこだよな、グミとして食べたいんだけど……って悩むわ」 「それに比べてふにゃふにゃのグミときたら……グミって感じがしなくて嫌いなのよね」 「小さい時はそれで良かったけど、今じゃかなり物足りないよな」 「グミでここまで共感出来たやつ初めてだよ! 話しててすごい楽しかった!」 「なあ、柊ってドッグカフェって行ったことある?」 「行ったことないわよ。行ってみたいとは思ってるんだけどね」 「そうなんだ。なんか行けない理由でもあるのか?」 「理由っていう理由がないんだけど……、ちょっとな」 「ふーん。なあ、ドッグカフェって楽しいの?」 「楽しいわよ!! ちっちゃいワンちゃんからおっきいワンちゃんまでいるし!!」 「その子たちと触れ合えるのよ!? 楽しくないわけがないじゃない!!」 「お、おう……」 「柊ってそんなに犬好きだったの?」 「当たり前じゃん。じゃなきゃシャルロット飼ってるわけないじゃない」 「だよな。ドッグカフェって、店の犬がいっぱいいるのか?」 「そういうわけでもないかな。お客さんが連れてくる子の方が多くなるんじゃないかな」 「じゃあ店がたくさん飼ってるってわけじゃないんだな」 「なかにはそういうお店もあるだろうけどね」 「あれって犬飼ってなくても行って良いの?」 「柊の話聞いたら行ってみたくなったんだけど、犬飼ってないからさ……」 「全然大丈夫よ」 「犬と触れ合えるカフェって感じのお店が多いから、犬がいる以外は普通のカフェとあんま変わらないわよ」 「へえ、そうなのか! じゃあ俺でも行けるのか!」 「そうね、きっと楽しめると思うわよ。私行ったことないけど」 「そうだな。今度時間見つけて行ってみるかな」 「私行ったことないけど、行ったら感想教えろよ! 絶対だからな!!」 「お、おう……」 さっきから行ってないアピールがすごいけど、もしかして一緒に行きたいのか……? 「…………」 うわー! すっげー目をキラキラさせてこっち見てる! 超期待されてる!! 「あー……、その、なんだ」 「その時に柊も暇だったら……一緒に行くか?」 「っ!? 良いの!? ウソつくなよ! 絶対だからな!」 「意地でも予定空けてやる!!」 「なるほどなぁ。でもやっぱ男にはメイド喫茶の方が魅力的に感じるな」 「はあ? あのぼったくり喫茶のどこが良いんだよ」 「たしかに値段は高い。飯もあんまり美味しくない」 「だけど! メイドさんたちにご奉仕されるんだぞ!?」 「その場の照れやニヤニヤハプニングを体感出来るだけで、幸せじゃないか!!」 「……うわぁ、熱弁とかキモい」 「柊だってドッグカフェの良さを熱弁してたじゃないか!!」 「ペットは可愛いし、ドッグカフェの食事は美味しいわよ? 犬用のメニューもあるし」 「そういうところと比べないで欲しいわね」 「柊って曲聴くときイヤホンで聴いてる?」 「イヤホンとヘッドホン両方使ってるわよ」 「そうなの? 両方使うこだわりがあるのか?」 「別にこだわりって程じゃないけど、どっちかだけだと耳が悪くなりそうな気がするし」 「ヘッドホンは外で使うには重いっていうか、ブレそう」 「へえ、じゃあ使い分けてるってことか」 「そうそう、外はイヤホンで、家だとヘッドホン」 「柊って曲聴きながら歌いだしそうだよな。実際どうよ?」 「歌うわけないじゃん。私は聴き専なの」 「そうなのか。激しいの聴いてヘドバン決めながらシャウトしてそうだったのに……」 「……なんでガッカリしてんの? そんなの聴かないしやらないから」 「そういう柊の意外な一面あったら面白いのに……」 「お前は私に何を期待してんだよ……」 「別に曲どう聴こうが私の勝手だろ?」 「そうだけどな……ちょっとがっかりだ……」 「勝手にガッカリしてろバカ」 「イヤホンのインナー系は耳痛くなるよね。あれって耳に合わないからなのかな……」 「あれって人によっては痛くなるのよね。長時間つけてるときついわよね」 「柊は平気なのか?」 「私も合わなかったわね。で、耳にひっかけるタイプは音漏れがひどくて嫌だったからカナル型で落ち着いたわ」 「あれって密閉されるから音漏れの心配ないもんな」 「自分の耳の大きさに合ったサイズを買えばいいし、分からなかったら付け替えられるやつ買えばいいと思うわよ」 「マジか。じゃあ今使ってるイヤホンダメになったら考えてみるわ」 「音質にそこまでこだわらないんだったら、安めのを買って様子見した方が良いわよ」 「競泳用の水着って高そうだよな。なんか加工がしてあるんだろ?」 「水の抵抗をなるべく減らすためにされてる加工よね? あれってサメ肌加工っていうのよ」 「サメ肌? サメってそんなに速かったっけ?」 「さぁ? まあ速く泳ぐために軽量化もされてるから色々不便なんだけどね」 「水泳に軽量化とかあるんだ……」 「でも、その加工があると違うもんなの?」 「結構変わるみたいよ? ウソかホントか知らないけど、タイムが2秒縮んだって人いるし」 「そんなに変わるの!? サメ肌すげぇ……」 「あと、プロ用だとすぐに破けるから扱いが大変なのよね」 「マジで!?」 「よし、俺も競泳水着買おう。って言っても、競泳水着っていくらぐらいするんだ?」 「まあ安いのだと2500円ぐらいからあるだろうけど……なんで?」 「それは……破けるか?」 「っ……死ね!! 破けるかどうかで判断すんじゃねーよ!」 「だって水着が破けるとか聞いたことねーし! だから確かめてみたいんだよ!!」 「そんなくだらねーことやるぐらいならもっと別のことに金使えよ!」 「それに、自分が水着穿いて破くんだろ? お前どんだけ変態だよ」 「……言われてみれば、俺だいぶ変態的なこと言ってたんだな……」 「今更気付くなアホ」 「女子も大変だな。隠さなきゃいけない部分がたくさんあるから破けたら一大事だろ」 「ホントね。そういう部分では男子が羨ましいわよ」 「とはいえ男もそんな場面に陥ったら色々水面下で大変なんだけどな」 「ふーん」 「でも、お前の反応にちょっとビックリしたわ」 「なんでだ? だって大変そうだし、恥ずかしい思いは誰だってしたくないだろ」 「でもさ、男子だったら『競泳水着が破けたら女子の胸が見えるかも』とか考えるのが普通じゃない?」 「……まあ、そういう風に考えるやつが大半だろうけど、俺をそこら辺のやつと一緒にしてもらっては困るな」 「そっか。そういうとこちょっと見直したかも」 「禁煙のゲーセンがあったら良いと思わないか?」 「そうね。絶対あった方が良いと思う」 「煙がひどいと喉が弱い人だと咳き込むし大変だよな」 「ホントよね。周りの人のことも考えろっつの」 「せめて分煙とか出来ないかな……。制服で行った時に匂いがつくの嫌なんだよな」 「あそこってちょっとでもいると髪の毛がタバコ臭くなるから嫌」 「フローラルな香りだったら良いのにな。そしたらまだ耐えられる」 「それだったらまぁ……良いかも。ただ、色んな匂いが混ざるのはキツいわね」 「それはあるな……。香水も色んな匂いが混ざると気持ち悪くなるし」 「そうなるのは嫌だけど、香りを楽しめるタバコだったらまだ許せるかも」 「あとは煙が少ないといいな。そしたら喉の弱い人にも安全になるだろ」 「でも、煙少ないタバコってそんなにないんじゃない?」 「ひどいとこだとすっごい煙たいし……」 「だなー。でも、こういう発想をしないときっとそういうタバコも生まれないと思うんだ」 「じゃあ頑張ってお前が開発してよ、そしたら褒めてあげるから」 「でもゲーセンってそういうところだからなあ。しょうがないだろ」 「そうやってしょうがないで済んだら良いけど、私は耐えられないね」 「じゃあゲーセン行かなきゃいいだろ。もしくはマスクするとかさ」 「マスクしても髪に匂いつくだろ? それに相手の勝手で嫌なことされんのがスッゲー腹立つんだよ」 「そうはいうけど、分煙程度なら多分あるんじゃないか? それを探すしかないな」 「ああー、タバコなんて滅びればいいのに。あんな煙吸って何が良いのよ」 「さぁな。俺たちには分からない良さがあるんだろ。俺も吸いたいとは思わないけどな」 「百害あって一利なしって言うぐらいなのに吸う人の気がしれないわね」 「柊って尊敬している先生とかいる?」 「尊敬している先生……?」 「いるわけないじゃん」 「てか教師がそもそも嫌い。結局口だけだし」 「そ、そっか……」 これ以上はこの話題を続けない方が良さそうだ。 「好きな季節とかある?」 「うーん、どれも良さがあって悩むわね」 「春はお花見、夏はお祭り、秋は食べ物、冬は雪とかあってどれもいいもんなぁ」 「ねえ、お前のあげた例えって雪以外全部食べ物関係じゃない?」 「秋なんてそのまんま食べ物って言ってたし」 「だって美味しい物食べれた方が良いだろ。まあ他にも楽しみ方あるけどさ」 「お前ってそんな食欲キャラだったっけ? うーん、そうだなぁ……」 「私は秋かな。お前につられたわけじゃないけど、栗ご飯が好きだから」 「そっかー。俺は、キミと出会った春かな(キリッ)」 「…………」 「…………」 「あの、ジト目でこっち見るのやめてもらえませんか? ちょっと恥ずかしいんですけど……」 「お前が頭のネジ吹っ飛んだようなこと言ってきたからとうとう壊れたのかと思ったわ」 「ひどくねっ!? 本心なんだけどなぁ……」 「だって、春に柊と出会えてなかったら多分こうやって話してないぞ」 「まあ、そりゃそうでしょうね」 「俺さ、最近柊と話してるのがすごく楽しいんだ」 「春は出会いと別れの季節だとか言うけど」 「俺はこういう風に楽しく話せるやつと出会える素敵な季節だと思ってるぞ」 「な、なんかこっ恥ずかしくなってくるから……そういうのいうのやめろよ……!」 「秋は秋刀魚も美味しいよね。秋の味覚はヤバいね」 「何言ってんの。栗ご飯こそ秋の味覚で最高の一品じゃない」 「は? いやいや、秋刀魚も負けてないだろ! あれこそ秋の風物詩にふさわしいぞ」 「分かってないわね。ご飯に染みた栗の風味、そしてご飯と一緒に食べる栗の甘みがお米の甘さを引き立てるんじゃない」 「そんな合わせ技をしている栗ご飯に秋刀魚が勝てると思ってんの!?」 「秋刀魚だって大根おろしと醤油があれば最強じゃないか! ご飯何杯でもいけちゃうぞ!」 「だけど、大根おろしと醤油という引き立て役がいないと本領発揮出来ないでしょ?」 「栗ご飯はそんな引き立て役なんていらないの! 栗ご飯こそ至高よ!」 「……くっそ言い返せない。なんかすっごい負けた気分だぞチクショウ!!」 「なあ、ゼリー飲料って本当に腹の足しになるの? 効果があるとはあんまり思えないんだよな……」 「あれって手軽さとかそういうので売ってるんじゃないの?」 「『10秒チャージ!』とか言うけどそんなに早くのめねーよ!!」 「あれ試したの!? 普通に飲みなさいよ……」 「やってみたくならないか?」 「まあやった時思いっきり握りつぶして中身が勢い良く口の中に入ってきてむせたんだけどな」 「バカだ……バカがここにいる……」 「でも腹が膨れることはなかったんだよなー。ホントなんなんだろ」 「たくさん食べたらなるんじゃない?」 「焼肉定食味とかあれば良いのに。そしたらいっぱい飲んでもきっと飽きないだろ」 「ゼリーで焼肉定食って……」 「おぇっ、絶対美味しくなさそうじゃない……」 「なんでもやってみないと分からないぞ! 別に本物をゼリーにしようなんて言ってないんだし」 「北海道の方で似たような感じのキャラメルあったわよね。あれから学びなさいよ……」 「……あぁ、あの甘いんだか肉汁のような変な味がするキャラメルか……」 「あれで想像すると、絶対美味しくないでしょ? だから悪いことは言わないからその想像はやめとけ」 「おう……、なんかテンション下がってきた」 「自業自得だろ……私まで巻き込みやがって……」 「でもさ、飲むゼリーって可哀相だよな……」 「……は? なんでよ?」 「だってさ、普通のゼリーって噛めるぐらいぷるぷるしてるじゃん」 「それで噛んだりして味わってもらってから飲み込まれるだろ?」 「だけど飲むゼリーはそこまで味わってもらえないんだぜ?」 「ゼリーの気持ちを考えたら可哀相だなって思えてきてさ……」 「お前もたまに面白いこと考えるわよね。ゼリーの気持ちねぇ……」 「きっとさ、飲むゼリーは別のことを考えてるんじゃない?」 「別のこと……?」 「『自分は身体に吸収されやすいように生まれたんだ。だから早く飲み込まれて吸収されよう』とかさ」 「そしたら、可哀相なんて思わないでありがとうって気持ちになるだろ」 「柊……、俺今スッゲー感動した。思わずドキッとしたわ」 「べ、別にお前が……可哀相だっていうから、そういう風に思ったらって思った……だけだ……」 「…………」 「俺さ、実はバイトの面接とか、一対一で話すのって苦手なんだよね」 「え? 冗談でしょ? 全然そんな感じしないけど」 「いや、ホント苦手なんだって、こうやって柊と話すのも最初の頃緊張してたんだからな?」 「そうなの? 全然そんな風には見えなかったんだけど……」 「だって話さないと相手がどんなやつか分かんないし、何も知らない状態で話すなんて結構怖いんだぞ?」 「……周りの噂とかあったでしょ? それを参考にしてどんなやつが考えればいいじゃん」 「俺は自分で確かめないと納得しないクチでな。柊のこと気になってたし、それに……」 「な、なによ……」 「柊って、結構乙女だよね。話してみると分かるけど、可愛い一面あるし」 「なっ……バ、バッカじゃねーの!? 私そんな一面ねーし!」 「そうか? 今までこうやって二人で話してた時の話題を思い返してみると結構あるような……」 「気のせい……だろ? そうやって私が慌てるのを楽しんでるんだろ!?」 「そんなことないって、普通に乙女な部分とかあったはずなんだよ……えーっと……」 「あーもーこの話やめ! 無理に思い出そうとすんな!」 「もう少しで思い出せそうなんだが……残念だ」 「うっせ! 絶対に思い出すんじゃねーぞ!」 「い、いや……、やっぱいいや! なんでもない……」 「そ、そこまで言ったら、ちゃんと……最後まで言えよ……」 「あー……、いや、やめとく! 念で飛ばすから感じ取れ!」 「は、はぁ!? そんなの無理に決まってんだろ!?」 「やってみなきゃ分からんぞ! この変なピンク色な空気を元の空気に戻すためにも! 俺は飛ばす!!」 「ば、バッカ変な意識してんなよ……! あと口に出すな!」 「こ、こっちだって……考えちまうだろ……」 「……ぷっ、くくく……何してんだろな俺ら……」 「ふふっ、ホントだよな。でも、面白いから良いじゃん」 「この前コンビニ行ったら新作のお菓子がたくさん出てて30分ぐらいどれを買うか悩んじゃってさー」 「マジで? パッと見で当たりかどうか見極めて買わないと、失敗した時に泣くぞ」 「だけどさ、やっぱり怖いもの見たさというか、味見してみたくなるだろ?」 「5個ぐらいあっていつもならコンビニ滞在時間3分もない俺には過酷な試練だったぜ……」 「試練っていうほどのもんじゃないだろ……。で、どんな新作があったの?」 「コメコメしてんじゃねーよ! ってのと、カラシ三姉妹ってのとか、小さい頃に食べてたようなお菓子だな」 「へえ、懐かしいわね。カラシ三姉妹とか名前だけで想像出来るわね……」 「本来は梅なんだけど、カラシ三姉妹はレモン味のガムなんだ……」 「それで……当たりにはカラシがたっぷり……?」 「うわぁ……考えただけでも組み合わせ悪いでしょ」 「でも、結構売れてるみたいで少なくなってたぞ」 「きっとお前みたいに好奇心で買う人が大半じゃない……?」 「『コメコメしてんじゃねーよ』は米をペースト状にして焼いたって書いてあったけど」 「『それって煎餅じゃね?』って思ったのは俺だけじゃないはず」 「たしかに……、コメコメは何味なの?」 「たしか塩味だな。コメコメって分かりやすいけど、なんか卑猥に聞こえちゃうのはなんでだろ」 「知らねーよそんなの……」 「まあいっか」 「……ふふっ」 「ん? 何か楽しいことでも思い出した?」 「お前ってたまにそういう子供っぽい顔するわよね」 「なんか、こう……最近柊と話すのが楽しくてさ」 「私もお前とこうやって話してるの楽しいよ」 「っ、お、おう……」 柊は純粋に楽しいって言ってくれてるだけなんだろうけど、胸にクるものがあるぞ…… 「……っ、……なあ」 「っ、ど、どうした?」 「人の話ちゃんと聞いとけよ……。てか、なんでお前顔赤くなってんの? 風邪でも引いた?」 「や、やー! なんでだろうなーでも熱っぽくないから風邪じゃないと思うなー!」 「じゃあなんでそんな風に慌ててんだよ。……どれどれ」 「っ!?」 柊の手が俺のおでこに…… すげぇすべすべしてるし、少しひやっとする。 「な、お、おい! 顔が更に真っ赤になってるぞ!? 若干熱そうだし……ホントに大丈夫か?」 「柊が……、急におでこに手ぇ乗っけるから恥ずかしくなったんだよ……」 「ご、ごめん、弟が小さいときにこうやってたから……」 「ま、まあすべすべした気持ちいい感触を楽しめたから役得だけどな!!」 「か、顔真っ赤にして言われたら……こっちまで恥ずかしくなるだろ!!」 「俺はいつもこんな顔だ。爽やかフェイスだろ?」 「言ってろバーカ。ま、自分で言うと価値が下がるけどな」 「柊にしか見せないから安心しろ。価値は下がらん」 「はいはい。そういうの軽く言ってくるから信じられないわよね」 「俺ってそんな風に見られてるの? あんまりそういうこと言ってないと思うけど……」 「自分で気付いてないなんて……可哀相ね……」 「そんな風に思うならいつ言ってるか教えてくれよ」 「えー、めんどいからパスで」 「柊って結構ひどいよな。このままだと俺、気になって夜寝れなくなっちゃうよ」 「じゃあ寝不足になるしかないんじゃない? あとは自分で気付くしないでしょ」 「笑顔って大事だよな。笑ってる時って楽しくなるし」 「それは言えてるかも。つまんない生活してると自然と顔にも出るらしいわよ」 「マジで!? 目つき変わったりするのか?」 「どうだろ、でもなるかもしれないわよ? 普段からイライラしてる人は近寄りがたい風に見えるらしいし」 「なるほどねぇ、それで普段から笑っていれば自然と良い顔になるってか」 「本当にそうかは知らないけど、そんな話を聞いたことあるわよ」 「じゃあ、こんな顔したら笑えるか?」 「ぷっ、あっははははは! ただでさえ変な顔なんだから……余計酷くなるぞ?」 「誰かさんの顔マネをしたんだけど……」 「誰かさんって誰のことかなー? 包み隠さず実名晒してみようか?」 「いやー、言わずともわかっちゃうでしょー? 俺今の結構自信あったよ?」 「残念だけど私には分からなかったなー? だから教えてくれるかなー?」 「ふっ、目の前にいる柊に決まってるだろ(キリッ)」 「全然似てねーし何をマネたのか分かんねーよ!」 「えー、柊もっと自分の顔鏡で見ろよ」 「少なくともお前よりは見てるわ!!」 「柊に笑って欲しかったからやったんだけど、上手くやれたみたいだな」 「っはははは、まんまとやられたわ〜! それ一発芸でやってもいいと思うわよ」 「いや、多分やるのは柊の前だけかな。柊ってさ、クラスだと結構ぶすーっとした顔してるだろ?」 「だから俺とこうやって話してる時ぐらい、笑って欲しくてさ」 「っ……」 「お、お前今すっごいこと言ってるって気付いてる?」 「すごいこと? 俺は本心を言ってるだけで純粋な気持ちでいっぱいだぞ」 「そ、そう……。純粋に……ね……」 「どうしたー。顔赤くなってるぞー」 「う、うっせ!!」 「ふあぁ……段々と夜も暑くなってきたせいで寝不足なんだよね……」 「タオルケット一枚とか、風邪引かない程度に薄いのかけてればいいんじゃないの?」 「そうなんだけど、それだと明け方に寒くなった時に寒くて起きちゃうんだよなぁ……」 「まだ夜冷える時あるもんね……」 「そうなっちゃうと疲れも抜けないよな」 「そうなんだよな……。おかげで眠くて眠くて……」 「それに朝から嫌なこともあってさぁ……」 「はぁ……」 「そんな顔するなんて、お前らしくないぞ」 「じゃあどうすれば俺らしいの? 俺らしいってそもそもなんだ?」 「元気でバカやってる方がお前らしいよ。見てて面白いしな」 「いつもそんな風にやれる元気はないんんですよ……」 「そ、それに……面白いって言ったけど、そういうお前を見てると楽しいんだ」 「だから、今みたいな顔されると心配になるんだよ……」 「元気出してもらおうと言ったんだけど……ごめん」 「……そっか、ありがとな」 「おし! 柊の言う俺らしさってのをやってやろうじゃん!!」 「柊にまで凹んだ顔させるのは悪いし、な!」 「お、おう! そうだそうだ!」 「私は……そうやってお前に笑ってて欲しいからさ」 「いやー、柊先生の観察眼は流石ですね。俺のことを良く分かってらっしゃる」 「べ、別にお前のこと良く見てるってわけじゃねーからな」 「またまた〜、柊からの視線を結構感じることあるんだぞ?」 「う、ウソだ! そんなのありえねーし!」 「そうか? なんか獲物を狙うような視線を感じるのは気のせいだったか」 「なんでそういう視線が私になんだよ!!」 「え、だって柊ってハンターみたいじゃん?」 「意味わかんねーよ!」 「なんだよ……クソッ」 「柊、ゲームしようぜ」 「ゲーム? ゲームって言っても、ゲーム機ないじゃない」 「俺と言ったらそっちのゲームなのか……。ゲーム機とか使わないゲームだよ」 「へえ、どんなゲーム? 面白いのだったらやってもいいわよ」 「俺が30秒間攻撃するからそれを延々と避けていくゲームだ」 「うわー、それ絶対面白くないじゃん。嫌よそんなの」 「はい、開始―」 「そらっ!!」 「っと、いきなり始めんなよ!」 「お前って他の子にもこんなことしてるわけ?」 「柊にしかやらないぞ。こんなのやってキレないのって柊ぐらいだしな」 「まあ私もやり返したりするし、ストレス発散出来てるしな」 「そうそう。ちょっと本気でやってもちゃんと避けてくれるし」 「思いっきり身体動かせる分スカッとするのよね」 「だな。こういうこと出来るのってすっごい貴重だよな」 「そうね、多分お前がいないと物足りなくなっちゃうかも……」 「……え? それって俺がいないと寂しいとか……?」 「そ、そんなことねーからな! ストレス発散の相手がいないってだけだからな!」 「みんなにやってるぞ。だけどなかなか相手してくれなくてさ……」 「それ嘘だろ? お前が他に人にやってるの見たことないし」 「てか、同じクラスなのにそんな嘘つくなんてすぐバレると思わなかったの?」 「バカな……。柊は俺のことなんて見てないと思ってたのに……」 「一応、見てるっちゃ見てるからね」 「そんなに見られたら……おにーさん恥ずかしくなっちゃう……!!」 「あー……、うん。キモい」 「冗談じゃないか、そんな本気にすんなよ」 「お前の場合本気なのか冗談なのか判断しずれーんだよ!!」 「俺ってそんなに難しいキャラかなぁ……」 「柊、このクールな表情、最高に良いと思わないか?」 「表情だけクールになろうと頑張っても無駄じゃない?」 「そもそもクールなやつって、カッコつけなくても自然にクールなものだぞ」 クールな表情はダメだったか…… 「平泳ぎってスタミナ減りにくいって本当? 結構疲れそうなんだけど」 「本当だよ。平泳ぎって、速さよりも遠泳向きの泳ぎだからやり方を間違えなければ全然楽だし」 「結構疲れるのは力が入りすぎてたり上手く水をかけてないからじゃない?」 「そうだったのか……。でもそう考えると平泳ぎってめっちゃ難しくないか?」 「バタフライとかクロールの方が難しいと思うわよ? フォームで速さ全然変わるし」 「基本的な泳ぎが4つしかないのに、それぞれ奥が深いんだな」 「基本が少ない分、技術が必要なんだよね。ま、そういうわけでクロールとかに比べれば平泳ぎは持久性あるよ」 「そういえばさ、平泳ぎってカエルっぽいよね。足とかまんまカエルだよな」 「平泳ぎの別名ってカエル泳ぎって言うんだよね。だから間違っちゃいないよ」 「へえ、そんな呼び方もあるんだ。でもさ、他の泳ぎに比べて蹴られたらシャレにならないくらい痛そうだよな」 「あー……、結構痛いね」 「え、蹴られたことあんの!?」 「平泳ぎって、一瞬開脚する感じになるから、その時に足の付近に人がいると当たっちゃうことがあるのよね」 「まあ、1つのレーンで往復や狭いプールでやらない限りないんだけどね」 「蹴られた方はたまったもんじゃないな……」 「そ。泳ぎで鍛えられてる足で蹴られるわけだから、女子の一発もシャレにならないわよ?」 「プールって密かに危険があるんだな……。教えてくれてありがとな、結構面白かったよ」 「私も詳しい話までは出来ないけど、これくらいの話だったらいつでもしてやるよ」 「でもやっぱ犬かき最強だろ。あれに勝る泳ぎはないな」 「犬かきって、たしかにスタミナの減りの速さ、移動速度の遅さは最強ね」 「そ、それ最弱ってことじゃないか!」 「逆に言えばってことよ。あと、泳いでる時のフォームも結構ひどいわよね」 「え、どうしてだ?」 「もし今度犬かきしてる人がいたら潜って泳いでる恰好見てみるといいわよ」 「下手すると溺れてるようにも見られちゃうし」 「最強だと……最強だと思ってたのに……」 「最強はカッコ良くないといけないかもね〜」 「遠泳ってしたことある?」 「あんましたことないかな。それに私短距離専門だし」 「そうだったのか?」 「うん、それにタイムアタックしかやる気ないしな」 「そっか……」 これ以上この話題は長続きしなそうだ。 「柊って、今までで溺れたことある?」 「んー……、1、2回あったかないかぐらいだな」 「それって海で波に飲まれたとか、お風呂で寝ちゃって……とか?」 「海はまだ納得できるけど、お風呂で寝るのは疲れてる時シャワーで済ませてるからないわよ」 「……で、どんな風に溺れたんだ?」 「えっと……、たしか大型のボード板……って言って分かる? でっかいビート板みたいなやつ」 「ああ、あのデカくて上に乗ったりできるやつだろ」 「そうそう、あの下に入っちゃって溺れかけたことあるのよ」 「マジで!? ビート板って超怖いな……。あれって押しあげても動かせないの?」 「持ち上げようとしても、端っこの方じゃないと空気の隙間が出来ないのよね」 「それに水がビート板に吸い付いてる感じになって、すっごく重いのよ」 「うわ……それじゃあ結構危なかったんじゃないか?」 「さすがに私もパニクっちゃって途中までは覚えてるんだけど、どう助かったのか覚えてないのよね」 「でも、助かってよかったな……。助かってなかったら今こうやって話せてないし……」 「あの時は怖かったけど、今じゃ平気で泳げるようになったしな」 「そっか。昔の話とは言えすっごい心配になったぞ」 「心配してくれてありがとな」 「へえ、柊でも溺れることってあるんだな」 「子供の頃の話だしね。今じゃ溺れることはないと思うわよ」 「そうやって言ってると足攣って溺れるぞ」 「お前じゃないんだし、ちゃんと準備運動もしてるから大丈夫よ」 「またそんなフラグ立てるようなことを……」 「そんなフラグへし折ってやるわよ」 「フラグの魔力は恐ろしいからな。抗えないかもしれないな……!」 「お前がそういう風に言ってくるから、余計にフラグが立つんだと思うんだけど……そこんとこどう思う?」 「俺ビート板の上に正座出来るよ」 「出来るって言っても、どうせ一瞬だろ?」 「それがだな……、10秒はイケるぞ」 「へえ、結構意外ね。あれって案外難しいのに」 「ふふふ……、水泳の授業を全て特訓に費やした俺に不可能はないぜ……!」 「お前ってどうでもいいことに全力でやるわよね……」 「出来た時の達成感がすごいしな。楽しいことに全力で挑んで何が悪い」 「別に悪くないけどさ。でもバランス取ったりするの難しいのによく出来たわね」 「俺の先祖はクラゲだからな。海だったらもっとやれると思うぞ」 「先祖がクラゲなのに、10秒ビート板の上に座るのに授業1時間分使わないと出来ないんだ」 「そ、それは水の感覚を取り戻さないといけなかったからだ! ずっと地上の生活だからな!」 「へえ、じゃあずっとプールにいればいいじゃない。そうすればビート板にずっと座っていられるかもよ」 「ずっと座ってたら寂しいわ! しかも夜の学校のプールとか怖えーじゃん!!」 「つか、先祖がクラゲっていう設定が無理あるだろ」 「じゃあ何だったら良いんだよ!!」 「そこで逆ギレかよ!? もっとなんか考えろよ!!」 「もしかして柊ってビート板の上に正座で座れない? 俺柊より水泳の才能あるかもしれないな」 「そんなので水泳の才能が測られたらオリンピック選手なんて1時間ぐらい座れんじゃないの?」 「それにあれってバランス感覚の問題だから水泳と全く関係ないと思う」 「おや? それは自分に出来ないからって僻みですか?」 「そんなんじゃねーよ。水泳にそこまで執着してるわけじゃないし」 「才能があるかどうかでキレたりしねーよ」 「……へえ、柊って結構プライド高いのかなって思ったけど違ったな」 「なんかこう……頑張ってるけど自分の技量をちゃんと把握出来てるというか、無駄に争わないというか」 「な、なんだよ……いきなりそんな風に言ってきても何も出ねーぞ……」 「柊って何分ぐらい水中の中に潜っていられる?」 「1分半」 「マジで!? 結構すごくないか?」 「まあ潜水なんてやらないからそんなにやったことないけど、多分そのくらいはイケるわね」 「すげぇ……でもやっぱ男として負けてられねぇ……」 「水中の息止めに男とか女って関係あるのか……?」 「と、とりあえず挑戦してみる!!」 「でもプールにいけないからここで息止めでいいか?」 「まあ、あんまり変わらないだろうしいいんじゃない?」 「とは言え、あんまりやったことないからな……」 「無茶すると危ないし、ヤバくなったら無理やりでもやめさせるからな」 「おう、タイムとか頼むわ。すぅーーっ、んっ」 「…………………」 「…………」 「…………………ぷっは!! ぜぇー、っけほ、はぁっはっはぁた、タイムは!?」 「惜しい、50秒ね」 「くっそー!! あと10秒とか悔しすぎるだろ……!」 「でも結構長くもった方だと思うぞ? すごいじゃん」 「そ、そうか……? でもやっぱ悔しいなぁ……」 「ははは、ドンマイ! まあリベンジする時は付き合ってやるからさ」 「ここは柊より勝たないと面白くないから思い切って3分に挑戦だ」 「3分!? それ、かなり無理があると思うけど、本気でやるの?」 「俺は本気だ! いくぞっ! ちゃんと計ってろよ! すぅーーーーーーっ! んっ!」 「………………」 「ったく……、危なかったら助けてやるか……」 意気込んだまでは良かったけど思ったよりヤバいな…… なんとか空気が逃げないように口を手で塞ぐか…… 「……ん? あっ、このバカっ!!」 「っ!? ぷっは、いきなり何すんだ!!」 「お前が危ねーことするからだ!! いくら長く息止めたいからって口を塞ぐバカがいるか!!」 「バカな見栄張って溺れたらどーすんだ!!」 「す、すまん……でもやっぱ勝ちたくてさ……」 「例え勝ったとしても、そんな勝ち方されても悔しくもなんともねーよ」 「ホンットにバカなことすんだから……心配かけんなよ」 「なあ、背泳ぎってたまに頭打たない?」 「あれってすっごい痛いのよねぇ……! 一回ぶつけちゃうとちょっと背泳ぎ怖くなるし」 「またぶつけちゃうんじゃないかって不安になっちゃうんだよな」 「あれってなんでぶつかっちゃうんだ?」 「多分片方の手が水面に近い場所にあって壁をスルーしちゃうんでしょ」 「でもなるべく水平にっていうか、水面の方に手をやらないと顔沈まないか?」 「そうなんだよね。あれは慣れないと壁をタッチできないんだよ」 「その慣れるまでに何度頭をぶつければいいんだ……」 「まあ背泳ぎって苦手な人がやると途中で曲がったりするから結構難しいんだよ」 「そういう意味では背泳ぎって一番難しい泳ぎかもれないな」 「柊はちゃんとまっすぐ泳げるの?」 「一応泳げるけどやっぱたまに頭ぶつけるんだよね。だからあんまり泳ごうとは思わないね」 「柊でも頭ぶつけるんだなぁ……」 「そういえば背泳ぎって鼻に水入るよね」 「あるある! 水しぶきで入ったり下に潜りすぎて入ったり大変なんだよな」 「下に潜りすぎる? なんで下に潜るんだ?」 「スタートの時に最初から背泳ぎすればならないけど、大抵潜水してから泳ぎ始めるんだよ」 「その時に下に潜りすぎたり、鼻から出す空気の配分間違えると即行入ってくるんだよ」 「そうなんだ。でもなんで潜水するんだ? 普通に泳ぎ始めた方が速いんじゃないの?」 「壁蹴りの力もあって下手にバタ足するよりはドルフィンキックの方が速くなるんだよ」 「それで勢いがなくなったら背泳ぎを始めるってわけ」 「へぇ、あれ、でも柊って泳いでる種目って自由形だったよな? なんでそんなことまで知ってるんだ?」 「一応全種目泳げるからな。知識として知ってるってだけ」 「柊は博識だなぁ……。柊に泳ぎ習ったら上達も速そうだな。泳げるけど」 「へへへ……そう? ま、もし教えるとしてもスパルタになるけどね」 「なあ、頭打たない方法を教えてくれ」 「背泳ぎをしない」 「それ方法じゃなくて最後の手段じゃないか! そもそも背泳ぎしないって諦めてるじゃん!!」 「えー、じゃあ指をピンッと伸ばして、水面が近いって思ったら下に潜るようにイメージして泳ぐの」 「ほうほう、たしかにそうしたら壁に頭をぶつけないかもしれない」 「その代わり突き指するかもしれないけどね」 「怪我しない方法ってないの!? 背泳ぎってそんな危険な泳ぎなわけ!?」 「冗談だよ。必ずどちらかの手を頭の上に置いてから水をかくと確率は減るわよ」 「それでも確率の問題なんだ……」 「慣れてくるとそろそろ壁だって分かるからターンしようとして壁に当たらないからね」 「壁だって分かるってエスパーかよ……」 「いつも使ってるプールだったら大体ここら辺で壁だってのが分かってくるだろ……」 授業の合間の空き時間。 お、柊だ。 相変わらず一人廊下をブラブラしている。 「よっ、一緒にジュースでも買いに行くか?」 「……!?」 「な、なんだよ……」 「ジュースくらい、一人で買いに行けばいいじゃん……」 「え?」 「あ、おい……!」 なんか明らかに俺に動揺している様子の柊。 「………」 そろそろ俺も、覚悟を決めて告白した方がいいのか…… 「よし」 俺も男だ、そのために春から頑張って来たんだし。 そのまま教室に戻って、どう告白しようか真剣に考える。 こうしている間にも、俺の頭には今の柊の表情がずっと離れずにいた。 (まだ早いかな) こういうのはタイミングが重要だ。 一度ミスると致命的な問題になりかねないし。 ここはもっと慎重に行動することしにた。