知らない風景が、車窓から流れていく。 窓の外には、キラキラと太陽の光に照らされた大海。 やや離れた所には陸地が見える。 座席に深く腰掛けていた俺――六連佑斗は身体を起こして、座り直した。 「いやー、楽しみだなー」 「お前、出発してからそればっかりだな」 「そうか? いやでも、そうかもな。俺がどれだけこの日を心待ちにしていたことか!」 「心待ちにしてたのは俺も同じだよ」 「だったらもっとテンション上げようぜ! 折角の旅行だ、楽しくいい思い出にしたいじゃないか!」 俺の正面に座る、旅行の相方が元気にはしゃぐ。 その声に、少なくない乗客の視線がこっちに集まる。 「おい、気持ちはわかるがあんまり騒ぐな。目立つだろ」 「おお、悪い悪い」 「でもワクワクが止まらないんだよ、もうすぐ“楽園”に着くと思うとさ。旅行も久々だしな」 「俺なんて学校行事以外で遠出自体が初めてだ」 「相変わらず切ないな、お前の子供時代は」 「けどそれなら、ペアチケットの相方に選んだ俺に尚更感謝しろよ」 「それに関してはありがたいと思っている。自分では旅行に行こうなんて思わないからな」 そもそも事の発端は、年末に行われた地元商店街の歳末謝恩福引セールでのことだ。 なかなか豪華な商品で、テレビなどの電化製品、商品券、お酒、お米、百円玉掴み取りから、お決まりのポケットティッシュまで。 軽い気持ちでチャレンジした俺は、その気持ちが結果に反映されたかのように、残念賞のティッシュ×5。 だが、こいつは違った。 「特賞来い特賞来い特賞来い特賞来い特賞来い特賞来い特賞来い特賞来い特賞来い特賞来い特賞来い特賞来い特賞来い特賞来い特賞来い」 と、危ない世界に足を踏み入れるほど願い続けた結果、見事に特賞のペア旅行券を引き当てたのだ。 そして俺はそのペアに誘われ、息抜き気分でOKをして―― 今に至るというわけだ。 「でもお前、どうして俺を誘ってくれたんだ?」 「え? あー、それは、そのー」 「あっ、ああ! そろそろ着くみたいだ! 用意しなくちゃ!」 「……? まあ、別にいいんだが」 「それにしてもモノレールで30分とは。随分気軽な場所に楽園ってのはあるよな」 「その利便性も楽園たる一つと考えるべきだろ? それにその分、入口の門は重かったじゃないか」 「ああ、それは確かに。まさか、国内で審査を受けるとは思ってなかった」 俺たちが今乗車しているモノレール“エデンズライナー”はとある観光地として有名な人工島と繋がる、唯一の公共交通機関だ。 そのモノレールを利用するためには、切符を買う前にまず“入島審査”を受けなければならない。 名前、年齢を公的身分証で確認。他にも税関みたいな荷物検査。さらには簡易の血液検査まで。まるで外国に行くみたいな厳重さだ。 ちなみにモノレールの他には、本土と繋がっている道路が一本だけあるので、車で入島することも可能だ。 とはいえ、同様の審査がやはりあるらしい。 「まぁ、いいじゃねぇか。色々とあるんだろう。特別な島だからな」 「特別って部分は同意するが」 「そういえば、お前の名前はなんだっけ?」 「ん? 直太だよ。倉端直太。それがどうかしたのか?」 「やはり直太で合ってるよな。だが“入島審査”のとき『倉端健太』って保険証出してただろ? 年齢も違ってただろ?」 「うっ……気づいたか」 「気付かいでか」 「仕方ない、正直に言おう。ありゃ兄貴のだ。もう働いてるんだけど、今は有給取って家でゴロゴロしてる」 「……? 何故わざわざ兄弟の保険証を? 別に“倉端直太”の学生証でも認められるんだろ?」 「バッカ、お前、自分が学生だなんて語ってどうすんだよ? 今から“楽園”に行くんだぜ」 「そうだな。それが?」 「はぁ……前に言っただろ、いいトコ行こうぜ、って」 「お前もしかして、忘れてる? まさか貯金もしてないのか!?」 「いや。ちゃんと覚えているし、この日のために頑張って貯金もしてきた」 この旅行に誘ってきた直太が以前―― 「おい、折角行くんだから、いいトコ行こうぜ」 「いいトコ?」 「最高のサービスを[・]味[・]わ[・]うんだよ、こんなチャンス滅多にないからな。そのための金、ちゃんと貯めとけよ」 「おぉ、いいな。たまには贅沢も」 今までに味わったことないような[・]料[・]理のために、俺は4万円ちょっと貯めてきたのだ。 一流のレストランに行くには少々不安かもしれないが、学生には過ぎた金額だろう。 しかも俺は後ろ盾のない一人暮らしなので、これだけでもかなりの苦労をした。 どんなに旨いとしても、しばらくの間はもやしは食べたくない。 「おかげでここ二ヶ月ほど、我慢の日々だったよ」 「ににに二ヶ月ぅぅ!? 二ヶ月も我慢したのかっ!? お前、すげーな、大丈夫なのか? 爆発とかしなかったのか?」 「そうだな、すれ違う人からいい匂いがしてきたときはヤバかったな」 「我慢しきれなくて、思わずその場で欲望をぶちまけてやろうかと思ったぐらいだ」 「そっ、そこまで!? やっぱり、二ヶ月も溜めると大変なんだな。お前が犯罪者にならなくてよかったよ」 焼き肉の匂いが染み付いたスーツ姿の社会人を、あれほど羨ましく思ったことはない。 俺も焼き肉屋に! という欲望をこらえるのは本当に大変だった。 「でも、その我慢も今日で終わりだ」 「ああ! 何の遠慮もすることはない、望むままに貪り尽くすがいいさ!」 「そうさせてもらおう」 「それじゃ、行くか!」 「いざ、風俗店へ!」「いざ、レストランへ!」 『………』 「……え?」「……は?」 「お前、今なんて言った?」 「お前の方こそ」 『………』 「いざ、風俗店へ!」「いざ、レストランへ!」 やはり俺と直太の間には、非常に重要かつ途方もない齟齬があるようだった。 今日の日差しは桜が咲き始めるに相応しく、非常に心地いいものだった。 過ごしやすい気温も相まって、まさに春だと感じさせる暖かさだ。 こんな心地よい陽気に頭を打ちのめされては、春先に変わった人が出てくるのも全然不思議ではない。 むしろ少々気が緩み、たまには羽目を外したい気分になるのも当然のこと。 そこら中に変な人がいたって仕方ないじゃないか、だって春だもの。 そう、つまりは―― 「脱・童・貞ですよっ!!」 なんてことを叫ぶ変な人がいたとしても、春なんだから仕方ないこと。 ………………そう、仕方ないこと。 「さよなら、俺の童貞っ!!」 クソォ、友達じゃなかったら完全に無視してるのに。 「……いい処って、ソッチかよ」 「決まってんだろ、風俗だよ、風俗! 俺はこの島に童貞を捨てに来たんだよ! 他に何があるんだよ?」 「他にも沢山あるだろ。食事とか、普通に観光とか」 「バッカお前、そんなのワザワザこの島に来なくてもいいじゃん!」 「噂の楽園“《アクア・エデン》海上都市”ならではの楽しみ方ってもんがあるだろ?」 「どうしてそれが、エロに直結するんだ?」 「それが青春、思春期の男ってものだからさっ! 何でもエロい妄想にしてしまうのが、青春時代の男の特権なのだよ」 「だから、風俗?」 「そう、風俗」 「まず彼女を作ろうとは思わないのか?」 「はぁ? おい、おいおい、何を間の抜けたことを」 「いいですか、六連佑斗君、よく聞いて下さい。[わたくし]私は最近こんなことを考えるのです」 「なんでございましょう?」 「普段はツンケンした妹が『お兄ちゃん、しゅき、しゅきなのー』とか言いながらオナニーしてるのを目撃するのはいつだろう、と」 「なるほどな」 「で、そのお前の発言にドン引きな俺は、一体何をどう理解すればいいんだ?」 「いやそもそも、お前に妹はいたっけ?」 「いるよ、里美はいつでも俺の頭の中に」 「絶句ってこういうことを言うんだな、俺もうビックリだよ」 「つまりだな――」 「こんなこと常日頃から考えてる俺に、彼女なんてできるわけねぇだろうがっ!!」 「自覚してるならなんとかしろよっ!」 「だってだってぇ、アイツら俺を笑うんだもんっ!」 「『えーマジ童貞!?』『キモーイ』『童貞が許されるのは小学生までだよねー』『キャハハハハハハ』」 「って笑うんだぜっ! 許せるか? これだからリアルは嫌なんだ。リアルなんてクソだっ!」 「待て! それは本当に[リ]三[ア]次[ル]元の話なのか!?」 「まぁ、蔑むような笑みも、素敵と言えば素敵なんだけどさ」 「お前……Mだな」 「でもな、いつまでも笑われたくないんだ! だから、この島で風俗に行く決意をしたんだよっ!」 「……わかった。とりあえず、童貞の肩書きを捨てたい、というお前の気持ちは理解した」 「理解はしたから、少し落ち着け。周りの視線が痛い」 「おかーさん、変な人。知ってる、ヘンタイ! ヘンタイさん!」 「しっ、見ちゃいけません。あそこの人たちは次元が違うの、未来に生きてる人たちなの。見えてないふりをしなさい」 ……ひどいお母さんだった。 そもそも二次元をリアルに生きているのは直太だけですよ、お母さん。俺を巻き込まないで下さい。 「とりあえず移動しよう。まずは先にチェックインだけでも」 『《アクア・エデン》海上都市』-通称『歓楽都市』 国民の大半が知っているであろう海に浮かぶ都市。 未来都市モデルの巨大実験場でもあると同時に、政府によって定められた構造改革特別区域の一つ。 空港などに用いられるメガフロートを進化させ、街として機能するまで発達した、超巨大浮遊式海洋人工島である。 世界からも注目を浴びている実験都市であるが、それ自体は一般人の興味を惹くものではない。 だがしかし、この都市は一般の人間にも知れわたっている。それこそ、人生の盛りを過ぎたご老人から純真無垢な子供にまで。 その理由はこの島が構造改革特別区域であり、ギャンブルが合法化されているカジノ特区であることだ。 この国初にして唯一の合法カジノ―― すでにオープンして十年近く経っており、運営は快調。むしろ、今の政府に『海上都市』は欠かせない存在になってしまっているそうだ。 詳しい金額までは知らないが、兆単位が動くとか、動かないとか……。 「カジノ特区なんだから、やっぱりギャンブルでいいじゃないか」 「いやいや、わかってないね、お前は。ここは唯一の都市単位で遊べる場所だぜ? それも大人のための」 「そんな場所だからこそ、外の世界には無い、素晴らしいサービスを受けられる最高の店があると確信したわけよ」 「けど、本当にあるのか? この島は行政が管理しているはずだろ?」 「あるよ、さすがにパンフレットには載ってないけど。行政が管理してるお店なんだよ」 「マジで?」 「おうよ。政府公認のお店が建ち並ぶ都市、ここは本当に特別な場所なんだよ!」 「よくそんなことできるものだ」 「まぁ、楽しめる人間は一部に限られるし、そういう面でも『歓楽都市』に渋い顔をする人はまだまだ沢山いるらしいけど」 「今や国家予算の重要な柱の一部だからな。そう簡単には取り壊されたりしないだろ」 「つーわけで、ここはソッチを楽しむところでもあるんだが……どうやら学生の立ち入りは禁止されてるらしい」 「どうして学生はダメなんだ?」 「んー、多分学生が借金したりしないようにだろうな」 「なるほど。“倉端健太”名義で入島したのはそれが理由か。だとすると、俺をしつこく誘った理由も?」 「怪しまれないように。お前なら身分証は学生証じゃなくて、運転免許証を提示できるだろ?」 「そっちの方が信用され易いと思って。いやー、留年してくれてて助かったよ」 「留年言うな。まるで学力が足りなかったみたいじゃないか。手術による長期入院で、仕方なくなんだからな」 当時は小学生だったので、自分の意思による残留なのだが……まあ、大した違いではない。 「なんにしろ、これでついに、俺も新たなステージに上るんだ。さよなら童貞クン!」 「こんにちは、素人童貞クン!」 「うるっさいなっ! わかってるよ! でもいいの! 脱童貞によって自分の世界を広げることが重要なのだからっ!」 「俺さ、旅行チケットを手に入れたときにわかったんだ。あぁ……これは運命、子供の自分から卒業する日なんだって」 「年末からバイト頑張ってさ、高級店に入れるだけの金額を貯めたんだ~、15万も貯めちゃったよ、うふふ」 「運命というカテゴリでは、わりとお求めやすいお値段だよな」 「それにさ、この島にお前と一緒に来てさ、友情を深めたくて……」 「直太……」 「だって仲間なんだから。一緒の日に同じ場所で脱童貞、これって運命感じないか?」 「うわぁぁっ、気持ち悪っ!」 「ひっ、ひでぇっ! なんだよ、そんな言い方しなくてもいいだろ」 「スマン。あまりにもお前の言動が気持ち悪くて。さっきからドン引き続きだったから、反射的に口に出てしまったんだ」 「お前、実は謝るつもりが全くないだろう」 「まあいいけどさ……。それじゃお前は別の店にでも行くのか?」 「いや、その手の店にそもそも行くつもりはないが」 「え? なんで? お前だって童貞捨てたいだろ? 女の子の柔らかな身体の感触というやつを知りたいだろ?」 「………」 確かに。女の子ってどんな感触なんだろう……“マシュマロみたい”とか“ふかふか”とか聞くけど、本当なんだろうか? そもそもそれは、身体全体の情報なのか、それともおっぱい単体の情報なのか…… ああ、気になる、知りたい、是非とも知りたい――が。 「金が無い。てっきり食事だと思ってたから4万しか用意してない。これでもかなり頑張ったんだぞ」 「それに急に風俗と言われても………………不安だし」 「前々からちゃんと教えてくれてれば俺だって、心も金も準備できたかもしれないが……」 「なんだ、ムッツリヘタレか」 「違う、初心でちょっとシャイなだけだ」 「とにかく俺はいい、遠慮しておく。予定通り、食事とカジノで使ってくる」 「え!? ちょっ!? 待ってよ、俺一人で行くの? えー……一人じゃ不安だよ」 「おい、ムッツリヘタレ」 「頼むよ、初心なシャイボーイ」 「とーにーかーく! ついてきてくれよー。入口まででいいからさぁ~、友達だろ~」 「……はぁぁ」 まあ、それぐらいは付き合ってやるか。誘ってもらったわけだし、友達だからな、一応。 「わかったよ。で、その店はどこにあるんだ?」 「さぁ? この島のどこかなのは確かなんだけど」 「運命とか盛大に言ってたくせに、そういうことは調べてないのか?」 「ネットで値段とかは調べたんだけど、初めて来る場所だろ? 地図とか見ても、よくわからなくてさ」 「だから頼む。店のことを誰かに訊いてきてくれないか? 俺が童貞を捨てるために、お前が恥をかいてくれ!」 「お前、ぶっ飛ばすぞ」 「頼むよ、本当に。友達だろ~、俺の脱童貞のためにおーねーがーいー」 「今、すげーイラッとしたが…………わかったよ、乗りかかった船だ」 「ありがとう! 俺はいい友達を持ったよ!!」 だが、誰に訊くかな? 周りを見ると…………聞けそうなのは一人しかいない。 しかし問題なのは、それが女の子という事だ。 さすがに女の子にこんな質問をするのはセクハラになると思う。 なにより、そんな恥ずかしいこと、したいとは思わないんだが……他に人がいないのも事実なわけで……。 「うっ、うーむ……」 「……?」 悩む俺と少女の目が合う。 すると、その子が俺たちの方に近づいてきた。 「ねぇ、どうかしたの? さっきから私のことをジッと見ていたでしょう?」 「あ、いや、確かに見ていたんだが……」 「うわっ、近くで見ると、すっげー美少女だな……」 「……ナンパ?」 「いや、違うよ。ナンパじゃない。実は道に迷っていて――」 「おいっ! バカっ!」 「あっ……しまった」 「もしかして旅行者なの?」 「んっ、うん、まあそうだ。だから、土地勘が全然なくて」 「そう。なら、最初からそう言ってくれればよかったのに。道ぐらい教えてあげるわよ」 「それで、どこに行きたいの?」 「それは、その、だな……」 こんなに親切な美少女相手に……しかも直太のためだけに、俺が恥をかくのはやはり納得がいかない。 「…………やっぱり、自分で訊いてくれないか、直太?」 「え? 俺が? こんな可愛い女の子に? そんな恥ずかしいこと言ったら、冷たい眼差しにさらされるんじゃないか?」 「やっぱり……違う男の人に訊くか」 「でも、どうしよう……そんな冷たい眼差しを受けてみたい自分もいる」 「[わたくし]私、本日二度目の絶句です。まさか友達が、ここまでMだったなんて」 「いやでもよぉ、だって……」 「……ふっ、なるほど。そういうことね」 俺と直太の会話から何かを感じ取ったのか、目の前の女の子がしたり顔を浮かべた。 「……くふっ、どうかしたの? 道を訊きたいのでしょう? 一体、どこに行きたいのかしらねぇ」 「これは、まさか……」 「ほら、ハッキリ言ってくれて構わないわよ、さぁどうぞ。男の子二人でどこに行くの?」 「やっぱり気付いてる!?」 「あら、私は道案内のために目的地を訊いただけなのに、そんなに顔を赤くして、どうかしたの?」 「しかもドSだっ!」 「困ったわ。目的地を言ってくれないと、案内のしようがないのだけれど……もしかして、言えないような場所なのかしら?」 「そんな恥ずかしい場所を女の子に尋ねようだなんて、いやらしい」 「なんて嗜虐的な笑みが似合う子なんだろう……」 「……やっぱり、違う人に尋ねるか?」 「あっ、あの、僕……実は、童貞を捨てたくて……だから、風俗店にはどうやって行ったらいいか、教えて下さいっ!」 「えぇぇっ!? こっちはこっちでMが開花したっ!?」 「―――!?」 「そっ、そう、童貞を……そ、そうね。人生において確かに重要なことだものね、筆おろしは」 「言わせた本人が一番ビックリしてどうする」 意外と照れ屋なSっ娘だった。 「はぁ……ここまできたら全部言うが、こいつの脱童貞に相応しい店に心当たりはないかな?」 「そう言われても……残念ながら私もその手のお店の知識は潤沢ではないから」 「まぁ、そうだろうね」 「といっても、相手もプロ。正直に童貞であることを打ち明ければ、優しくしてくれるんじゃないかしら」 「………」 「初めてとわかれば、相手も悪いようにはしないでしょうし。むしろ思い出深い筆おろしになるはずよ、おめでとう」 見ているこっちがビックリするぐらい顔を赤くするくせに、言葉ではノリノリで直太をからかっていく。 ……恥ずかしい思いをしてでも、そんなに直太をイジメたいのか。 バランスの取れてないドSだな、この子。 「とりあえず、店じゃなく相手を選べってことだな」 「ただ、差し出がましいとは思うのだけれど……それは童貞を卒業するのではなく、いわゆる素人童貞じゃないかしら?」 「本当に差し出がましい意見をありがとうございますっ!」 「赤面するぐらい恥ずかしいなら、ワザワザそんなこと言わなくても」 「気のせいでしょう。“童貞”ごとき単語で恥じるほど、私は子供じゃないわ。バカにしないでくれる?」 「別に“童貞”と限定したつもりはないのだが?」 あと、大人だから恥じないというのもおかしいと思う。 「こんなに可愛い女の子が、真っ赤な顔で童貞童貞って言うのはドキドキするよな」 「………」 変態だな、直太って。 と思いつつも、ちょっぴり共感してしまう自分が悲しいな。 「……おい、アレ……」 「……ああ」 ……いかん。このままでは、先ほどのお母さんよろしく、周りから変な目で見られてしまう。 一刻も早く移動した方がいいだろう。 「とにかく、風俗店がある場所を教えてくれないかな?」 「わかった。それじゃ、ついてきてくれる?」 「……え?」 「わざわざ案内を? いやでも、それはさすがに申し訳ない」 「ご心配なく。わかりやすい場所まで行くだけよ。少し面倒な位置にあるから」 「お店にまで付き添うのは、私としても断らせてもらうわ」 「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらおう。助かる、ありがとう」 「あ、あの……俺としては凄く恥ずかしいんだが……でも、そういう羞恥心もいいかなって思えてきた」 「ほら行くぞ、当事者が遅れてどうする」 「ああ、わかってる」 「それから、直太もちゃんとお礼を言っておくべきだ。案内までしてくれるんだから」 「そっ、そうだな」 「あの……俺の童貞を捨てるために、風俗店へ案内してくれてありがとう」 「直太、お前ってやつは……もう少し配慮した言い方って物があるだろう」 「別に私は気にしてないわ。むしろ、もっと大きな声で、周りの人に宣言するように言ってもらっても大丈夫よ……くふっ」 「[わたくし]私の童貞を捨てるために、風俗店へ案内していただき、ありがとうございますっ!!」 「それも受け入れちゃうんだな、お前」 「そっ、そんなに感謝してもらえるだなんて、私も嬉しい限りだわ……ふふっ」 「さっきの命令、ちょっと後悔してない? 今、無理して笑ったでしょ?」 「していないわ、後悔なんて」 「なら、どうして顔を俯かせて、早歩きになってるの?」 「そういう気分だからよ。他に理由なんてない、別に周りの目が気になったわけじゃないからっ」 「……それならいいんだけど」 「ほら、早くついてきて」 「ああ、わかってる」 首まで真っ赤にして、早歩きで進む彼女に、俺と直太は大人しくついていくのだった。 「……はぁ」 「申し訳ない。こんな妙な頼みごとのために……」 「え? ああ、違うわ。別に案内が面倒で溜め息を吐いたわけではないの」 「ただ少し、この天気が恨めしいだけよ。鬱陶しい限りだわ」 「そうかな……いい天気だと思うけど? 少なくとも俺は、雨の日よりいいと思う」 「……アナタたちは、そうなんでしょうね。それよりも、はい到着」 「ここが……俺の運命の場所。新たな扉を開く場所」 「意外と閑散としてるんだな、もう少し派手なのかと思ってた」 人も少なく、建物も普通の感じで、なんかイメージと違うな。 もっとピンクの電飾がピカピカしてるのかと思ってたんだが……いや、そこまで派手にするのも変か。 「でも、なんか店が開いてないな。もしかして夜しかやってないの?」 「いいえ、ここは目的の場所ではないの。その手のお店があるのは、ここを真っ直ぐに行った奥の区画よ」 「ふーん……なら、ここは?」 「飲食街かしらね。食事よりもお酒が多いと思うけれど。奥に行けば行くほど、イメージに近い風景になると思うわ」 「なるほど」 「ここまで来れば、もう迷うことはないと思うわ。それじゃ、私はここで」 「ああ、ありがとう、助かったよ」 「[わたくし]私如きの童貞を捨てるために、風俗店へ案内していただき、ありがとうございましたぁっ!!」 「その羞恥プレイ、続けてたんだ?」 いくら人気が少ないとはいえ、そういうことを大声で叫ぶのはやめてくれ。 「………」 ほらぁ、また見られてる。変質者扱いだよ。 「それじゃ、よき一日を……あっ、いえ――コホン」 「よき筆おろしを、童貞君」 「………」 どうして赤面になってまで人をからかいたいのだろうか? やはり、生まれ持っての志向か? 「はいっ! ありがとうございましたっ!」 「お前はすっかり調教済みだな」 「気にするな。それよりもやっと来たぜ、ここまで」 「ああ、後は一人でも大丈夫だよな?」 「ちょっと待ってくれよっ、最後まで来てくれないの?」 「だって俺はそういう店に用がないから」 「ぐぬぬ」 「ぐぬぬ言うな」 「ええいっ、わかったっ! 俺も男だ、こうなったら一人で行ってくるさっ!」 「なぁに、ここまで来れば後は店に行くだけ。何かトラブルでも起きない限り、失敗するわけないよな」 「………」 「お前、失敗フラグっていう言葉を知ってる?」 「あ? 急に何だ?」 「いや、自覚がないなら別にいい。それじゃあな」 「ああ。いってきま――」 直太の意気込みを削ぐような、甲高いスキール音が響く。 「なんだ?」 「近いな」 「事故かな?」 「衝突音はしてないし、ただの急ブレーキじゃないのか?」 「やっぱりこいつで間違いないっ!」 「ちょっと、アナタたち――」 「大人しくしろっ」 「でも、なんか声がしてない?」 「人が飛び出しての急ブレーキか? もしかしたら本当に事故ったのかも」 「というか、あの角ってさ、さっきの子が曲がってなかった?」 「ああ、確かに」 「………」 「………」 「一応、確認しとく?」 「そうだな」 わざわざ道案内してもらったことだし。 何か困りごとなら、今度は俺たちが手を貸すのもやぶさかではない。 そんな軽い気持ちで角の奥を覗き込んでみると、想像以上に揉めていた。 というか、揉めているというレベルの話ではなかった。 複数の男が、俺たちを案内してくれた女の子を、力づくで拘束しようとしていたのだ。 「この手を離しなさいっ」 「騒ぐんじゃねぇっ!」 「おいっ、なにやってる、早く押し込め!」 「なあ……あれはどう見ても、知り合いってわけじゃないよな? とすると……誘拐か!?」 「とりあえず、お前の失敗フラグは早速回収されたみたいだな」 「んなこと言ってる場合か! 早く、助けないと!」 「わかってるが……お前、何か武器になりそうな物を持ってる?」 「いや、何も。あっても入島審査で没収されたと思うし」 「となると、素手か……」 正直なところ自信はないが、迷っている時間もない。覚悟を決めるしかない。 「とにかく、行こうっ」 「おうっ!」 俺たちは角から飛び出し、女の子の救出に向かう。 「お前らぁぁっ!」 「バカお前、大声出してどうする!」 「え?」 「誰か来たぞ! 早く乗せちまえっ!!」 「わかってるよ! いい加減大人しくしろぉっ!!」 「くそっ、気づくのが早いっ!」 「気付かせたのはお前だがな!」 「キャァッ」 俺たちが駆けつける前に、少女は無理矢理車の中に押し込まれてしまう。 そして男たちは、素早く車に乗り込んだ。 「そのガキ縛っとけ! 車出すぞっ!」 「わかってるよっ!」 ドアを開けたまま、動き出す車。 「ちょっと待て、このっ!」 足の回転数を必死で上げ、閉まる寸前のスライドドアに無理矢理片手をかける。 だが、急発進する車の加速に身体がついて行かない。 「くぅっ、うおぉぉっ!!??」 そのまま、なす術もなく身体を振り回され、指を無理矢理引きはがされた。 「チィッ!!」 車はスライドドアを閉め、けたたましいスキール音を響かせながら離れていく。 「お、おい、大丈夫か? 怪我は?」 「ない。それよりも、警察に電話。場所と誘拐のことを報告だ。車は黒のワゴン、ナンバーは――」 咄嗟に覚えたナンバーを伝えながら、辺りを見回す。あの車を追わないと。 だが、追跡に使えそうな物は……くそっ、何もない! 「お前、ここの住所わかるか? 住所、伝えないと――」 「そっちは任せたっ」 「おっ、おい、佑斗!?」 直太の声を背中で聞きながら、俺は車の後を追って走る。 上手くいけば、信号待ちとかで追いつけるかも。 とにかく、今はゆっくりしてはいられないっ!! とはいえ―― 「やっ、やっぱ、無理だぁーーー!」 一縷の望みにかけてみたものの、やはり人間の全力疾走で追いつけるわけがなかった。 「なっ、なにか他の方法を……ゼェ、ゼェ、げほっ、くそ……」 いっそ、停めてある車を盗んでやろうか――大事の前の小事ってことで。 そんなことを考えていた時、大きなチャンスは転がり込む。 「今日はありがとうございました」 「いやいや、しかし、ちょっとだけのつもりが、結構飲んじまったなぁ。こんな昼間だってのに、ひっく」 「今日は車じゃなかったんですか? 飲酒運転はダメですよ」 「仕方ない。運転代行でも呼ぶかな」 「ナイス酔っ払い様っ!」 「な、なんだ、君は?」 「ご利用ありがとうございます。呼ばれて参上、運転代行の者です。[わたくし]私が運転を代わりますので、お車はどこですか?」 「ん? 私の車はコレだが……」 「こちらですね、よかった。こんな近くに停めてあるなんて。路上駐車万歳でございます。ではキーを拝借いたしましょう」 「いや、しかし、私はまだ連絡してないのに」 「細かいことはどうでもよろしいっ!」 「緊急事態につき、さっさとキーを貸しやがれ! 早くしないと追いつけなくなってしまうのでございます!」 「お、追いつく……?」 「いいからキーはっ!!」 「は、はい! ここに!」 「よしっ! さっさと乗りやがれでございますっ!」 「うわわぁぁぁぁ」 酔っ払ったオッサンを無理矢理助手席に放り込み、俺自身もすぐさま運転席へ。 「くそ、もう見えないか。けど、距離はそんなに離れてないはず」 「き、君ねぇ、私は客だよ!? サービスがなっとらん!」 「申し訳ありません。サービスがなっていないついでに、シートベルトはご自分でお願いします。ちなみに、待っている暇はないのでご注意を」 ギアを入れて、ブレーキを解除。アクセルペダルを一気に踏み込む。 「ぐへっ!? ちょ、ちょっと、君ぃっ!」 「喋らない方がよろしいかと。舌を噛んでも知りませんよ、お客様」 「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 「ききき、君ぃ、運転が手荒すぎやしないかっ!?」 「そんなことよりお客様、こちらのお車は大変素晴らしいですね、どこまで踏めるかちょっとスペックを試させて下さい」 「たっ、試すって――うぎゃぉぅっ!??」 「なるほど、素晴らしい速度だ。安定性も十分。これならコーナリングもスムーズに行えます。さすがお客様のお車でございますね」 「うぐぅぅぅ……よ、酔う、こんな運転されたら酔ってしまうぅぅ」 「立ち上がりも申し分なし。なんという高速仕様の足回り、いやいや素晴らしい。これならまだ踏めそうだ。むしろ踏んだ方が最適です」 「というわけで、いっきまーす」 「気軽に踏むなぁぁぁっ!!」 Gで身体を振り回されながら、車の持ち主がわめき声を漏らす。 が、残念ながらここで止めるわけにもいかない。 ブレーキを踏んでギアを落とす。姿勢を作ってアングルを決めたら、アクセルはベタ踏みで。 「おっ、おぉぉぉぉぉ!? んごぉっ!?」 「お客様、しっかり踏ん張っていないと、頭をサイドウィンドウにぶつけてしまいますよ」 「忠告が遅いっ! もうぶつけたぞっ!」 「それは申し訳ありま――見つけた、黒のワゴン! よしっ、もう少し距離を縮めておきたいのですがお覚悟はよろしいですか、お客様?」 「よろしいわけあるかぁっ!!」 「おお。なんとお元気なご様子」 「まだまだ余裕ですね。その素晴らしい度量に、[わたくし]私感涙にむせび泣く思いでございます。ではお言葉に甘えて、レッツゴー」 「軽く言うなぁぁっ!! しっ、シートベルトだってまだ締めてないのにっ!」 「ええ? まだだったんですか? 仕方ありませんね、[わたくし]私が締めて差し上げましょう。さあ、金具をこちらに」 「うわー、うわーっ! カーブの途中でハンドルから手を離すなぁぁっ!」 「今なら大丈夫ですよ。姿勢は作りましたから、アクセルさえコントロールすればちゃんと曲がります。お客様は心配症ですねぇ、あっはっは」 「笑ってるんじゃなぁぁぁいっ!!」 「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 黒のワゴンが停止したのを見て俺は、少し離れた位置で車を止める。 停まった位置から考えて、用があるのはその正面の倉庫だろう。 「う、うぅぅぅぅ……吐くぅぅ……」 「しばらくここで休憩しますので、心ゆくまで存分にどうぞ」 「もうダメだ……壁が、壁がぁぁぁぁっ!?」 青い顔でシートに横たわる酔っ払い様。軽く幻覚まで見ているらしい。 どうやら飲み過ぎのようだ。酒に呑まれるなんて、悪い酔い方だな。 俺は車から出て辺りの様子を伺う。 ここがどこだかはわからないが、俺たちの他に人影もなく、非常に静かな場所で、風の吹く音だけが響いている。 「気づかれては……いなさそうだな」 ワゴンもわかりやすいところに停めたままなので、追跡を警戒している様子はない。 ………。 こうも無警戒だと、逆に心配になってくるな。 あの車のはずなんだが、一度見失ってしまっていたから…………確認だけしておくか。 警察を呼んだのに『やっぱり間違えてました』というのはかなり時間のロスになる。 「確認する程度なら、そんなに危険もないだろう」 とにかく、迷っているのが一番問題だ。 そう決意し、ゆっくりと、足音を殺しながら倉庫に近づく。 そして明りの漏れる小さな窓を発見し、ソッと中を覗き込んだ。 木箱やら、コンテナやらが積まれた薄暗い倉庫。 その中に目的の少女を見つける。 どこから手に入れてきたのか、手錠で拘束されているらしい。 その目の前で、誘拐犯たちが何かを話していた。 「今のところ、危害を加えられそうな様子はないが……」 このままずっと無事でいられる保証はないものの、今すぐに何とかしなければいけない事態ではなさそうだ。 俺は携帯を取り出し、直太の番号を呼び出す。 「警察はちゃんと動いてくれたんだろうか……」 そんな不安を胸に、俺はコール音が途切れるのを待つ。 『もしもし、佑斗か? お前今どこだ?』 「誘拐犯の拠点らしき場所。必死について行ったから、場所はよくわからないが」 『お前は大丈夫なのか?』 「ああ。気づかれた様子もないし、大丈夫だ」 『ならいいんだが』 「それより、そっちはどうなってる? 警察は?」 その時、俺は直太との電話に意識を集中させていた。 だから背後で音がするまで気づけなかったんだ。 誰かが近づいてきていることに―― 「――っ!?」 「あぁ、そうだ、それだよ! 聞いてくれ、実は――」 「って、おい、もしもし!? もしもし!? くそ、切れてる」 「なんでこの大事な時に」 「……かかってこないな。こっちからかけ直してみるか」 『お客様のおかけになった電話は、現在電波の届かない所に居られるか、電源が入っていない為、掛かりません』 「嘘だろ、まさか………………何かあったのか?」 「ちょっと、外にこんな子供がうろついてたわよ」 女は後ろ手に手錠をされたままの俺を乱暴に突き飛ばす。 おかげで受け身を取ることもできず、顔から地面に着地する羽目になった。 どうやら俺は殴られ、意識を失い、捕まったらしい……。 「ったく、しっかりしてよ。後をつけられてるじゃない」 「まっ、マジか!? それじゃもう、通報されたんじゃ!?」 「いいえ、それは大丈夫よ。通報しようとしているところを、取り押さえたから」 「そうか、助かった」 「しかしお前、よくわかったな。外に人がいるって」 「……まあね、そんな気がしたのよ」 「いい勘してるな。とにかく、誘拐は成功って考えていいんだよな」 「ええ、通報は邪魔したし、他の人間の気配はない。大丈夫だと思うわ」 「どんだけビビってんだよ、お前」 「うるせえな、依頼誘拐なんてヤバい仕事持って来やがって」 「あぁ? ヤバい分、払いもいいだろうが。金額聞いてお前も乗り気だったろ。今さら何言ってやがる」 「確かに何でもするとは言ったし、今までに色々やったけどよ……ここまでヤバいのは初めてだろう」 「まあいいじゃない。成功したんだから、それで受け渡しは?」 「クライアントにはもう連絡を入れてある。すぐにココに来る。だが、気を抜くなよ」 「わかってる」 「しかしそのクライアント様は、一体どうしてこんな女の子の誘拐を依頼してきたのかね? 普通の子なんだろ?」 「もらった資料には、特別なことは書いてなかったな。まあ、そういう趣味の人間なんじゃないのか?」 「どの道、誘拐の依頼なんてロクな理由じゃないでしょ。知らない方が身のために決まってる」 「そりゃ……そうかもな」 「クライアントが来るまでは休憩だ。お前はこいつらを見張ってろ」 「えー、俺がかよ? 面倒くせぇな」 「黙って働け」 「傷つけないでよ、大事な商品なんだから」 「わーってるよ。けどよ、こっちのガキはどうするんだ?」 「……わかりきったこと聞くな。始末するしかないだろ。こっちは商品じゃないんだから」 「今すぐにヤルのか?」 言いながら男が腰に手を伸ばす。 そして、鈍い光をギラリと放つ分厚いナイフを取り出した。 おいおいマジで俺のことを殺すつもりなのか? 「いや、もうちょっと後でいいだろう。取引が終わってからで」 「そうね」 「それじゃ、しっかり見張ってろ。油断するなよ」 「へいへい」 見張りを一人だけ残して、男たちは倉庫の外に出ていく。 とりあえず生き延びたことに安堵しながら、見張りの男の様子を伺う。 少し離れた位置で、荷物にもたれながら俺たちのことを適当に見張っている。 隙だらけといえば隙だらけだが……さっき腰から抜いたナイフが抜き身のままだ。 下手にヒーローみたいなことをすれば、テレビと違って、俺は簡単にあの世逝きだろう。 さっきの会話でも、俺を殺すことに全然抵抗はなさそうだったし。 「……はぁ、まいった」 「………」 呟く俺の視線が、拘束されたままの少女の視線とぶつかりあう。 「アナタ、あの時の……どうしてアナタがこんなところに?」 「どうしてって、そりゃ……」 「………」 「………………どうしてだろう? そもそも俺、何してるんだろうなぁ」 「今日会ったばかりの女の子が誘拐されたのを見て、気づいたら必死で追いかけてて、辿り着いた先で誘拐犯に捕まって」 「アナタは……私のことを助けようとして、こんな目に遭ったということ?」 「まぁ………………そういうことだ。なんとかここまで追跡して、無様にも捕まったけどな」 「本当に無様ね」 「情け容赦なしですね……」 「でも――」 「私を助けようとしてくれたこと、私のことを心配してくれたこと、それに関しては素直に嬉しい」 「………」 「だから、ありがとう。それと……巻き込んでしまってごめんなさい」 「いや……追ってきたのは俺の意志だし。結局、助けられなかったし」 「それどころか、自身の命が危ぶまれる事態になったのだけどね」 「………」 「嫌だわ、そんな“ドSか、この女”みたいな失礼な視線を向けないでくれない?」 「そう思うということは、自覚があるんだな」 「失礼なことを言わないで欲しいわね。私はSじゃないわ、どちらかというとMよ」 「バカなっ!?」 あの嗜虐的な笑みの自覚がないのかっ!? なんて恐ろしい娘だろう。 というか…… 「こんな状況だというのに余裕があるんだな」 「こんな状況だからこそ冗談でも言っていないと、恐怖で心が押し潰されてしまいそうなの。私だって無力な女の子ですもの」 「………」 「とてもそうは見えないが……」 「人のことばっかり言っているけれど、アナタも随分と余裕があるように思えるわよ」 「余裕なんて……あるわけない。すぐにでも殺されるかもしれないのに」 今だって、本当は心臓がバクバクだ。 けれど、俺と同じぐらい……いや、少し下だろうか? そんな少女が落ち着き払っているのに、俺だけオロオロするのは情けない。 そんな些細な男の意地で、ギリギリ恐怖心を抑え込んでいるだけだ。 「本当、どうなるんだろう、俺」 「………」 「そんなに心配することはないわ。大丈夫よ、私が守ってあげる」 「お互い、手錠で拘束されてるのに?」 「ええ。たとえ拘束された状態でも、アナタのことは私が守る。さっきも言ったでしょう? アナタには感謝しているのよ」 「それに、私のせいで巻き込んでしまった……殺させたりしない、ちゃんと無事に帰れるわ。だから、安心して」 「……そうか……。それは助かる、ありがとう」 ただの気休めの言葉でしかないとわかっていても、心を締め付ける不安と恐怖が緩んだ。 「――あっ」 「な、なんだ? どうした?」 「コホン――アナタは死なないわ。私が守るもの(キリッ)」 「………」 「やれやれ。これほどツッコミ易いネタをスルーするとは。鈍いわね、アナタ」 「呆れてるんだっ、わざわざ言い直してまで言うことじゃないだろう」 「この場で言わないでいつ言えるの、こんなセリフ。こんなチャンス、二度と来ないかもしれないでしょう」 「そりゃそうかもしれないが――」 「おい、うるせぇぞっ、いつまで呑気にベラベラ喋ってんだよっ!」 「………」 「よーしよーし、それでいいんだよ。いいから大人しくしとけ」 「ちょっと、どうかしたの?」 「別に。喋ってるのを黙らせただけだ。それより、そっちは?」 「ああ、クライアントのお出ましだ」 倉庫の外から車のエンジン音が聞こえてきた。 音が一番大きくなったところでエンジンは停止。ガチャ、バタンとドアを開閉する音が響く。 そして足音とともに一人の男が姿を現すと、誘拐犯たちが息を呑んだ。 「………」 ゆっくりと倉庫の中に入ってくる男。 この男がクライアント……つまり、この誘拐を計画したヤツなのか。 「それ以上は近づくな」 男は倉庫の中を見回してから、視線をこちらに向けてきた。 詮索するような目で、誘拐の加害者と被害者の両方を観察してくる。 「金は?」 「まだ本当に依頼した“商品”かどうか、ちゃんと確認してないんだが?」 「金は用意してあるのか? ないのか?」 「金ならある。ここにな」 依頼主の男は、手にしていたトランクを地面に置き、中を開いて見せた。 そこには一万円札の束があった。初めて見る厚さの束に、俺は思わず目が点になる。 依頼主は束の中から数枚引き抜き、ひらひらとちらつかせる。 「すげーな」 「二千万、女一人を攫っただけで二千万だ、フイにはしたくないだろう? さっさと女を確認させろ」 「……いいだろう、もう少しこっちに来い」 「おい、そこらへんで十分だろう」 「あー、確かに顔は似ているな。だが、本物か?」 「んだこら、いちゃもんつけるつもりか?」 「噛みつくなよ。そんなつもりはない。が、こちらも似ている別人を掴まされたら、たまったもんじゃない」 「なら、どう取引するの? そっちが用意した金、全部本物だって一枚一枚確認するまで取引成立を遅らせてもいいのよ?」 「こっちはどんな確認をしてもらっても構わないがな。依頼通り、本物をちゃんと攫って来たんだから」 「………」 「………………OK、わかった。発言は撤回しよう」 「こいつはビジネスだ、ビジネスには信用は欠かせない。“商品”と“金”、お互いに信用しようじゃないか」 「ちっ、最初からそう言えってんだ」 「ところで、そっちのガキはなんだ? 頼んだ覚えはないが、初回サービスのおまけでもつけてくれるのか? 商売上手なこった」 「些細なトラブルだ。気にするな。それよりも、早く済ませよう。[サッ]化[カー]物どもに気付かれると、お互い面倒だろう?」 「違いない」 依頼主はトランクを閉め、こちらに歩いてくる。 男たちは油断なく、男の動きに注目していたが、依頼主の方に怪しげな動きはない。 無造作に歩き、トランクを男に投げ渡す。 「ほら、持っていけ」 言いながら、依頼主は女の子の腕をとって、無理矢理立たせる。 これで取引は成立、か。となると、俺も殺されることに……。 ……いや、どうせ殺されるなら、せめて最後に足掻いてみるのもいいかもしれない。 そう思って俺は顔を上げて、男たちを睨む。 「―――」 が、俺に視線を返してきたのは、無理矢理立たされた少女だった。 そしてゆっくりと首を振る。 ……なんだ? 暴れるな、って言いたいのか? けど、このままじゃ――。 そう思った俺を、少女の鋭い視線が貫く。 恐怖でも諦めでもないその瞳に、思わず俺は呑み込まれてしまった。 先ほどの言葉が胸の中に蘇る。 「コホン――アナタは死なないわ。私が守るもの(キリッ)」 いや、こっちじゃない。 「それに、私のせいで巻き込んでしまった……殺させたりしない、ちゃんと無事に帰れるわ。だから、安心して」 あれはもしかして……ただの気休めじゃなく、何か考えがあってのことだったのか? だとしたら、本当に? 「しかし……手錠を無理矢理切るのは手間だな。鍵はもらっておこうか」 「コレよ。でも、ここで手錠を外すのは止めておいた方がいいわね」 「おい、素人じゃないんだ。それぐらいわかってる、お前は俺の母親か?」 「だがまあ、これで取引は成立だ。お互いにいいビジネスだったな。ママにプレゼントでも買ってやれよ」 「うぉぉ、マジで二千万だ、すげーっ!!」 「いちいち騒ぐな」 「け、けどよー、マジなんだぜ」 「嬉しいか? それならなによりだ。さて、それじゃ気分もいいところで本題に入ろうか?」 「取引は終了したはずだ。俺たちはもう引き上げる」 「いやいや、そういうわけにはいかないんだよ、これが。なんせコッチはお前らを捕まえなきゃいかんのでな」 「はぁぁ??」 「全員動くな! 抵抗は無駄だ、大人しくしろ!」 「貴様らを逮捕する! その場に膝をついて、手を頭の後ろに!」 「うおぉっ!? なっ、ななな、なんだぁ!?」 「動くな、大人しくするんだ!」 突然、倉庫の中に大勢の人が雪崩れ込んでくる。 まず、軍服みたいな格好の連中が突入してきたかと思うと、警察の制服を着た人たちも後に続いていた。 「罪状は誘拐だ。人身売買をおまけできるかどうかは……俺が決めることじゃないから知らん」 「ハメたわねっ!?」 「取引自体はちゃんとしたもんだったろ? それにだ、お前らが金額次第で何でも請け負うことは知ってる」 「訊きたいことは山ほどあるんだ。どの件から調べて欲しい? 希望があれば言っていいぞ、なるべく沿ってやる」 「……くそっ」 「お前ら、陰陽局の連中だな? [サッ]化[カー]物どもを守ろうなんて、どうかしてるぞ」 「そいつは差別用語だな。あんまり乱暴な言葉を使ってると、取り調べのときに痛い目をみるかも知れんぞ?」 「一つアドバイスしてやろう。心証は良くしておくにこしたことはない」 「死ねっ」 「やれやれ、元気がいいな。言ったそばからこれか。年長者の言うことにはちゃんと耳を傾けるもんだ」 男たちの身体検査を行い、手錠を嵌めていく。 俺はその光景を、ただ呆然と見つめるだけで……。 逮捕? ハメられた? 「よう、お疲れさん、矢来」 「無事に成功したようでなによりです」 「仕込みにかなり時間を使ったからな、これで失敗したら上がうるさい」 「《チーフ》主任、犯人確保。倉庫内には他に人影なし」 「そいつはいい。なら、この件はこれで綺麗スッパリ解決じゃないか」 「ただ、無関係だとは思うんですが……倉庫の付近に駐車している車の中で、気持ち悪そうにしている酔っ払いを発見しました」 「なんだそりゃ?」 「本人の証言によると、酒を飲んだ帰りに運転代行を使ったら、車が横を向いて壁が迫ってきたとか……私も話がよくわかりませんが」 「……とりあえず話だけはちゃんと聞かせてもらっとけ。無関係でも一応な。裏が取れたら帰ってもらえ」 「了解です。あぁ、矢来さん、お疲れ」 「お疲れ様です」 「これ、そこの彼の手錠の鍵。任せてもいい?」 「えぇ、大丈夫です」 「それじゃ、よろしく」 今だ茫然とする俺とは違い、その女の子は見事にこの場に馴染んでいるようで、すでに手錠も外されている。 な……ななな―― 「なんだそりゃぁっ!!??」 「ね、言ったでしょう? 『殺させたりしない、ちゃんと無事に帰れる、安心して』と」 「つまりキミは全部知ってたんだな? 取引相手のことも」 「いや、そもそもこの誘拐自体が仕組まれていたんだから……グル、なんだな?」 「グルだなんて人聞きの悪い。私はただの被害者役を押し付けられた、可哀そうな女の子なのよ。あー、怖かった」 「つまり、一般人じゃなく、警察の人間なんだろう?」 「私が所属しているのは特区管理事務局、通称-陰陽局の風紀班。治安維持のための特殊な組織であって、警察ではないわ」 そう言って彼女は、身分証らしきものを俺に提示してくる。 ――が、そもそもその組織のことがわからないので、それが本物がどうかもよくわからないが……。 「まぁ、細かいことはどうでもいいよ」 「とにかく、この騒動は全部仕組まれてて、脚本通りに進んでたってことなんだろ?」 「まあ、犯人も確保できたわけだし、そういうことになるかしら」 「俺は頑張って無駄に空回りしてた、愚かな男の子ってことか」 「愚かだなんて、そんなこと―――………まあ、否定はできないかしら。結局、何もできずに捕まりに来たようなものだったし」 「自分で言ったこととはいえ、認められるとさらに悔しい!」 「しかも、わかったぞ。『巻き込んで申し訳ない』って“犯罪”じゃなく“囮捜査”のことだな!?」 「理解が早くて助かるわ。正解のご褒美に甘い言葉をあげましょうか?」 「これ以上の追いうちは勘弁してくれ。正直、今にも心が折れそうだ」 「助けにきてくれたことは凄く嬉しかったし、格好はよかったかもね」 「という私の本心はどう?」 「………」 「改めて言うわね。危険を冒してまで私を助けようとしてくれて、ありがとう」 「別に。そんなに深く考えてたわけじゃない、身体が勝手に動いただけだよ」 「ただ、物語の王子様みたいにちゃんと犯人から救い出してくれたなら、もっと格好よかったのだけれど」 「慰めるか傷つけるか、どっちかにしてくれます?」 「ほら、後ろを向いて。手錠を外すわ」 言われた通りに後ろを向いた俺の手の拘束がようやく解かれる。 そうしてやっと、助かったという実感がわいてきた。 「おい矢来、ちょっといいか? 確認しておきたいことがあるんだが」 「了解」 そうして少女は、依頼人役の男の元に向かっていき、俺一人静かに溜め息を吐いた。 「はぁ……疲れた。まさか、全部捜査だったなんて……骨折り損のくたびれ儲け、か」 そんなことを呟く俺の目の前を、誘拐犯たちが通り過ぎていく。 「ほら、さっさと来いっ!」 「うるせぇっ! 自分で歩く、引っ張るな!」 「……ちっ……」 「………」 各々の反応を示しながら連行される中、女が顔をあげて、俺を見た。 そして、呑気に無防備を晒している俺の姿に、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。 「気易く触るなっ! 放せっ!」 「貴様っ! 大人しくしろ!」 連行していた男の腕を振り払い、女は手錠をされたままで走る。 俺に向かって―― 「うわっ――」 「こっちにこいっ!」 咄嗟に俺は女の身体を突き飛ばそうとするが、相手の力が予想以上に強い。 いや、予想以上どころか、どう考えてもおかしい。 華奢な身体つきから想像できないような力で俺は、思いっきり引き寄せられた。 「ぐっ!?」 「貴様っ!」 「撃つな! 人質に当たるっ!」 「近寄るな! こいつの首をへし折るよ!」 「ちっ、面倒なことに。おい、そっちの二人は逃がすな! お前らは早くそいつらを連れて行け」 「りょ、了解っ!」 「本当に人の話を聞かないな。さっきも言っただろ、心証はよくしておけと」 「無駄な抵抗は止せ!」 「無駄かどうか、試してみなきゃ分かんないだろ?」 「この囲まれた状態でどうするつもりだ? 何ができるんだ、お前に」 「そうね。例えば――こういう事ができるわ」 「……え?」 「――なっ!?」 首に鋭い痛みが走り、身体が勝手に震え出す。 「ンッ、ン、ンク、ジュルル」 何か、液体を啜る音。 すぐ近く、本当に耳元で、ずるずると女が音をさせている。 そして首筋に走り続ける鋭い痛み―― こいつまさか、俺の血を啜ってる! 「はなっ、放せっ!」 咄嗟に暴れ、女を引きはがそうとするが、やはり信じられない力で身体を抑え込まれる。 むしろ血を吸われれば吸われるほど、身体の拘束は強くなっていく。 「うっ、あっ、あっ」 引きつけのような声が漏れ、視界がグニャッと歪む。 手足から力が抜け、言葉にできない違和感が身体中を這いまわる。 「こ、こいつ! 血を吸ってる、血を吸ってるぞ!! 吸血鬼だっ!!」 「――ッ!?」 聞こえてきた異音。 その正体は金属が引き千切られた音だ。とても信じられないことに、女は手錠を引き千切ったらしい。 どう考えても人間の力でできることじゃない。 「この野郎!」 俺を助けようとした警察官が腰元に手を伸ばす。 素早く、安定した、訓練された動きで銃を構えた。 だが、女の方の反応も早い。 巧みに俺の身体で銃口から身を隠し、そのまま男に向かって突撃。 「なっ、卑怯な!?」 そのまま、戸惑う男から銃を奪い取り、その身体を蹴り飛ばして距離を取った。 「全員動くなっ! 動けば、この子の命はないよっ!」 「………」 「ほらね、無駄な抵抗じゃないでしょう?」 「吸血鬼が混じってるなんて、聞いてないぞ、くそ」 「別に珍しくもないでしょう、吸血鬼なんてこの都市じゃ」 ……珍しくない? 吸血鬼が? コレは映画の撮影か何かなのか? そんな疑問を他所に、俺の側頭部に硬い金属が押し当てられ、ゴリッと頭蓋を擦った。 「――ッ!?」 冷たい銃口に体温を奪われるように、俺の身体が凍りつく。 「それで、どうするつもりだ? このままじゃ、どうせジリ貧だぞ」 「言ったでしょう? この子の命を奪うって」 「そうしたらもう終わりだ、それこそ逃げ場がない」 「そうね。確かに完全に殺せば、この子の事は無視するでしょうね」 「けど、無視できない状況なら? これなら、足止めぐらいにはなるでしょう」 笑うように言いながら、女が少し俺から離れるのがわかった。 緩む拘束、そして突き付けられていた銃口が少し離れて―― 渇いた轟音が響き、血がまき散らされる。 だがそれは、俺の血ではない。女自身の血だ。 「……くぅぅ……さすがに痛いわね……」 右手に持った銃で、左手を掠めるように発砲。 見事に肉をえぐった手の甲から血が零れ、左手が真っ赤に染まっていく。 「な、なにを……」 不可解な行動に戸惑う俺とは別に、その場の空気が一気に張りつめた。 「まさか、お前っ!?」 「そうよ! これなら、助けざるを得ないでしょう! アンタたちが無視するわけないわよねぇっ!」 「ちっ、この野郎!」 男は素早く銃を構えて狙いを定める。 「ちょっ、まっ、待てっ」 「はんっ、撃てるの? この子ごと」 「――ちっ」 傷ついた腕で再び俺を拘束、楯にした女が脅しをかける。 くそ、俺が人質になっていなきゃ……なんとか逃げ出すことができたなら―― そんな俺の目の前に、血だらけの女の手があった。 どういう意図でこの傷を付けたのかは知らないが、これはチャンスなんじゃないか? 「撃てるなら撃ってみなさい。撃たないのなら、こっちからいかせて――」 「放せっ!」 「――っ!?」 俺は傷を抉るように、相手の手を掴み、思いっきり力を入れる。 「このガキっ、大人しくしてればいいものをっ!」 が、先ほど血を吸われたせいか、なんだか上手く力が入らない。 ダメだ、足りない。もっと痛みを与えないと! こうなったら、なりふり構っていられるかっ! 「このっ!!」 俺は大きく口を開けた。女の手に噛みつくために。 男としては格好悪いとは思うが、体裁にこだわっている時じゃない。 「――っ!? ダメ、止めなさいっ!!」 誰かが叫ぶ。 「その血に口をつけてはダメっ!!!」 聞こえはした。だが、その意味を理解する前に、俺はそのまま女の手に噛みついた。 血だらけの手に、噛みちぎるぐらいの気持ちで、思いっきり歯を立てて――。 「―――ッッ!?」 口内に鉄の味が広がったかと思った次の瞬間、衝撃が身体を駆け抜ける。 電流が流れたかのように身体が飛び跳ね、ガクガクと震えだす。 「カッ、ハッ――!?」 思わず口を放すが、身体の中の爆発は止まらず、俺は床の上に倒れ込む。 身体が、熱い。 細胞が沸騰でもしたような感覚に、意識が混濁し、世界がねじ曲がる。 鼓動はますます大きく、速くなり、轟音となって身体中に響き渡る。 まるで、本能が全力でサイレンを鳴らしているみたいだ。 細胞の一つ一つが暴れまわって、全身が痺れたように動かなくなる。 「ははっ、あはははっ! こいつは手間が省けたっ! まさか、自分から血を飲んでくれるだなんてねっ!」 「《チーフ》主任! あの子を助けないと!」 「そんなこと、言われなくてもわかってるっ! だが――」 「おっと、助けたいなら、アタシが逃げてからにしてもらえるかしら?」 「それまでは、ちょっと燃えてなさいなっ!」 ――パチンと、血を啜った女が指を鳴らす。 と同時に、倉庫の中が鮮やかな朱色の炎で照らされた。 「ほらっ、燃えろ燃えろっ!」 「きゃぁぁっっ!?」 空気を焦がし、鞭のようにしなる炎が唸りを上げ、積み荷を、壁を、窓を、倉庫の全てを焼きつくしていく。 襲いかかる熱波が、俺の髪や頬を撫で上げていくが、今の俺には動く余裕がない。 朦朧とした意識で、なんとか状況を把握するのが精一杯だった。 「いいわぁ、久しぶりの生き血。凄く気持ちいい、今ならなんだって出来そうよ、あはははは」 哄笑を上げる女の声に比例するように、倉庫を燃やす炎が凶悪なまでに膨らんでいく。 暴れまわる炎が触れた箇所全てが、勢いよく燃えあがっていく様に、俺は息を呑んだ。 「ああ、くそ! まさか吸血鬼が紛れ込んでるとは……始末書か、下手すら減給だな。これだから管理職は嫌なんだよ」 「言ってる場合ですか!? 早くあの少年の処置をしないと! このままじゃ、死んでしまうかもしれませんよ!」 「んなことはわかってる! だが、炎をなんとかしないと」 「《チーフ》主任、この炎、少々変だと思いませんか?」 「あ? 変だと? どこが――」 「――いや、確かにそうか……いくらなんでも、[・]燃[・]え[・]過[・]ぎだ」 「はい。しかもコレだけ盛大に燃えているのに、木箱が崩れる様子もない。何よりも、これだけの煙なのにむせていない」 「となると……お前、なんとかできるか?」 「条件次第でなら。本当に、なんとかして[・]い[・]い[・]ん[・]で[・]す[・]か?」 「当たり前だ。そのためのお前だろう、それにもう時間がない」 「《チーフ》主任……それは、まさか……?」 「仕方ないだろ。悪いが覚悟してくれ」 「……わかりました。矢来さん」 「すみません、それじゃアナタの“血”をいただきます」 「さて、大人しくなったみたいだし、そろそろ逃げないと」 炎の空間の中心で、女は冷静に辺りを見まわし、逃げる算段を立てる。 その間も、巨大な大蛇のように、炎はのたうちまわっていた。 炎は勢いが衰えることなく、むしろ激しさを増すようで―― 心臓が大きく跳ねた。 身体は動かないのに、意識だけは妙にハッキリしている。 そしてその意識の中、湧き上がってくるのは奇妙な確信。 ――嘘だ そう、コレは違う。この光景は違う、全部[・]嘘だ。 燃えてなんていない、これらは全部嘘、[・]幻。 [・]わ[・]か[・]る。ハッキリと理由はわからないけど、俺にはわかる。 炎も熱波も全て、偽物でしかない。これはそういう[・]能[・]力だと、まるで誰かが教えてくれているように……。 「あら、もう帰ってしまうの? 折角、アナタのエスコートを引き受けたところなのに」 その言葉と共に、コンテナの陰から少女が出てくる。 優雅に、堂々と、臆することなく、むしろプレッシャーを与えるような威圧感を発しながら炎の前に立った。 「そう、ありがとう、それじゃこれはチップだから、とっておいて」 先ほどまでと違い、響いた炸裂音は一つのみ。 正確な狙いで、飛び出した銃弾が無力な少女の身体を引き裂く。 いや、引き裂くはず“だった”が、その弾が届くことはなかった。 「なんっ!?」 狙いがそれたわけでも、少女がよけたわけでもない。 まるで時間が切り取られたかのように、弾丸がピタリと空中で停止しているのだ。 「チィッ、[・]お[・]仲[・]間ってわけね!」 舌打ちと共に、銃口が火を噴く。 飛び出した無数の銃弾は空気を穿ち、少女の身体に穴を開けようと殺到する。 が、その全てが、やはり空中で停止した。 そして、その銃弾の先で余裕の笑みを浮かべる、美しい少女。 「で? もうお終い? どうしたの? 銃なんて使わず、炎を使ってくれても構わないのよ? もっとも――」 「本当に焼けるのなら、だけれど」 少女の発する威圧感が、密度を増して溢れ出す。 ブワッと漏れる気配が、まるで実体を持っているかのように、倉庫の中を満たしていた熱波を吹き飛ばした。 同時に、炎に焼かれていない倉庫が姿を取り戻していく。 「この炎は幻、それがアナタの能力」 「実際には何の力もない炎。だから銃なんて使っているし、炎に焼かれても、木箱は崩れたりしない。でしょう?」 「くそったれっ! それだけの力があるくせに、人間なんか助けやがって!」 「人間との共生、それがこの都市に住む吸血鬼の原則のはずでしょう? 知らないとは言わせないわ」 「ふざけないでっ! [サッ]化[カー]物呼ばわりされて、いつまでも見下されたままで、黙ってられるわけないでしょっ!」 「なんともしまらない主張ね。それはね、ただの僻みと言うのよ」 「私に言わせれば、アナタのような《ファッキン・サッカー》下種な吸血鬼がいるから、いつまで経っても私たちは[サッ]化[カー]物扱いなのよ」 「うるさいっ、うるさぁぁいっ!!」 女の叫びをかき消すように、少女が腕を振るう。 すると空中で停止していた無数の弾丸が、再び飛び始めた。 ただし、逆方向、撃った本人に向かってだ。 「きゃぁっ!?」 一瞬の隙をついて、少女は地面を蹴って女に肉薄。あっという間に間合いを詰める。 懐に潜り込んだ少女が、ギラリとした眼光と共に手を振り払う。 少女の動きはそれだけだった。だが、たったそれだけのことで、密度のある《プレッシャー》圧力が倉庫の中で吹き荒れた。 その不可視の力に耐え切れず、まるで強風に吹き飛ばされた細い枝の如く、女の身体が宙を舞う。 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ」 叫びながら錐揉み回転する女は、そのまま地面に胴体着陸。 それでも勢いは殺し切れず、地面をバウンドしながら数メートル先の木箱に頭から突っ込んだ。 「――んがぉっ!!??」 「………」 女がようやく沈黙。 これでようやく、本当に事件が解決したってことだ。 俺も安堵の息を漏らした瞬間、フッと意識が飛び、視界が真っ白になっていった。 「対象は沈黙。人質の確保に――まずい、意識がありませんっ!」 「くそったれっ! とにかく声をかけ続けろ!」 「《チーフ》主任、感染者に対する緊急処置をっ!」 「わかってるっ! ワクチンの手配は!?」 「連絡済みですっ!」 「なら、今すぐ運ぶぞっ! 早く車をまわせっ!」 「了解!」 「量はそれほどじゃない。大丈夫だとは思うが……車はまだかっ!」 「しっかりしなさい! 意識をちゃんと持って!」 ……騒がしい声が、遠くの方で聞こえる。 身体は全く動かず、意識はどこかに浮いているみたいだ。 まるで神経と脳が分離してしまったような……そんな違和感が俺を支配していた。 「……ぉ……ぅ……」 ………? なにかが流れ込んでくる。 さっきまでの騒がしい声じゃない……よくわからない何か……。 「……お……ょう……」 そう、まるで自分の頭の中に直接、誰かが語りかけてくるような…… 「――おはよう」 そんな挨拶が聞こえた瞬間――俺の世界は[・]反[・]転した。 「――ハッ!?」 唐突に意識が回復した。 そしてまず目に入ったのは白い天井。……見たことのない天井だな。 身体を起こして部屋を見渡す。 やはり記憶にない部屋なのだが、知識としては知っている。 物が少なく、清潔感のある白を基調としていて、ベッドの脇には有線のボタン。 なにより決定的なのは、やたらと鼻につく消毒液の匂い。 「病院……か?」 間違っていないと思うのだが、俺の記憶は倉庫でブツリと途切れている。 まるであの誘拐事件が夢幻であったかのように―― 「そうか! 全部俺の妄想だったんだ!」 「そういうの、現実逃避っていうのよ。知ってる?」 「……もちろん、存じてます」 「キミがいるってことは、やっぱりアレは……現実、なんだな」 「昨日のこと、どこまで覚えているの?」 「昨日? もう昨日のことなのか?」 「今は16時5分。20時間弱は寝ていたことになるわね」 「そんなに……」 「ええ、ぐっすりとね。それで、記憶の方は?」 「そうだな、ハッキリと覚えているのは……」 「キミがファックファックと言ってた辺りまでかな」 「失礼なことを言わないで頂戴」 「だが、俺の記憶が本当に正しければ、ファッキンジャップ的な言葉を確かに使っていたと思うんだが」 「ファッキン・サッカー。“Fucking”はそのままよ。といっても、直訳のセックスということではなくて、最悪とか、そっちのことよ」 「あ、ああ、うん。顔を赤くするぐらいなら、そこまで説明しなくていいよ」 「こっ、これぐらい普通のことでしょう。子供じゃないんだから、セックスの単語ぐらい、気にしてる方が変なのよ」 「むしろ大人だからこそ発言には気をつけると思うが……まぁ、いいか。なら、サッカーの方は?」 「“Sucker”はこの場合“マヌケ野郎”ではなく“吸血鬼”のことのことをさすわね」 「………」 吸血鬼……。 つまり、昨日の吸血鬼騒動は、全て現実だったってこと。 ということは……目の前の少女も、やっぱり……。 「それで、俺が意識を失ったのは、血を吸われたから?」 「それは………………ええ、そう。その通りよ。詳しい説明は、先生を呼ぶからちょっと待って」 そう言うと、少女は枕元のナースコールを押して、スピーカー越しに話を始めた。 『はい、どうかしましたか?』 「304号室です。患者が目を覚ましましたので、先生を呼んでくれますか?」 『わかりました。すぐに』 俺は身体の調子を確かめようと、ベッドから起き上がる。 ふむ。少しダルイけど、体調には問題ない。 そして俺は、まだ明るいのに引かれていたカーテンを勢いよく開けた。 眩しいぐらいの陽光が降り注いだ。ああ、本当に眩しい……なんかもう、眩しすぎて、爆発しそうだ。 というか、爆発した。 「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!??」 いや、眼球が木っ端微塵に吹き飛んだわけではない、さすがにそれは盛り過ぎた。 だが、そう思ってしまうほどの衝撃に襲われ、視界は真っ白。 わけもわからず、俺はバタバタと暴れまわった。 「あーがー!! 目がぁ、目がぁーー! あ~あ~目がぁぁ~~!」 「なにをしてるのよ、アナタはっ」 引くことのない痛みに、俺はしばらく悶え続ける羽目になった。 「あー、本当に目が爆発したかと思った」 「もういいかい? ちゃんと見えるようになったかな?」 「ああ。もう大丈夫ですが……さっきの痛みは一体」 「それについては今から説明するけど……先に自己紹介をさせてもらうね」 「僕は“扇元樹”、この島で医者をやっている者だ、よろしく」 「よろしくお願いします」 「それで彼女は……いや、彼女とはもう知り合いだったかな?」 「いえ……そういえば名前すら聞いて無かった気が……。IDらしきものは見ましたが」 「そうだったわね。ちゃんとした自己紹介はまだだったわね。それじゃ、改めて」 「私は“矢来美羽”よ、“美羽”でいいわ。よろしく」 「俺は――」 「六連佑斗君、であってるかな?」 「あ、ああ。確かにそうですが……どうして?」 「申し訳ないけど、入島審査の記録を調べさせてもらったんだ」 「そうですか」 病院みたいなところなら、そういう公的な記録を要求できても不思議ではないか。 「さて、自己紹介も済んだところで、本題に入ろうか」 「………」 少し空気が重くなった……いや、緊張感が増したというべきなのか。思わず俺は、唾を呑み下す。 「君も、自分が意識を失い、この病院で寝ていた理由、そしてさっきの目の激痛について疑問に思っていると思う」 「そうだなぁ……それじゃ、単刀直入に言おうか。君の身体に何が起きたのかを」 「………」 「実は君は――」 「お疲れ様でーす」 「ん? お前か、どうした?」 「後片付けの応援ですよ。昨日は派手な騒ぎになったそうじゃないですかー」 「そりゃもう、銃弾が飛び交ったり、丸焼きにされそうになったり、なんとも刺激的なパーティーナイトだったよ」 「しかも、始末書を十枚近く書くというおまけ付き、いやはや楽しすぎて泣けてくるね」 「ほー、それはまた大変ですねぇ。でも騒ぎの割には、綺麗な倉庫なんですね」 「相手の吸血鬼の能力が“幻惑”だったからな」 「倉庫の被害は銃弾ぐらいなもんだ。うちの隊員から怪我人は出たが死者はなし。問題なく終われる……はずだったんだがなぁ……」 「それじゃ、倉庫の被害以外に問題が?」 「被害者が出た。一般の人間に」 「えぇ!? それじゃ、もしかしてその溜め息は、一般の人に吸血鬼さんの存在を知られたってことですか!?」 「それより性質が悪い。あー、悪夢だ悪夢」 「と言っても……当の本人の方が悪夢だろうけどな」 「え? それって、まさか――」 「きゅっ、吸血鬼っ!? 俺がっ、ですか!?」 「そう。まあ、そう簡単に信じられないかもしれないだろうが、君は吸血鬼なんだ」 「いや、そんなこと言われても、吸血鬼って……」 「昨日の事件、忘れたわけじゃないだろう? なら、見たはずだ、君は。吸血鬼という存在を」 「………」 「この島に来るまでは、君は確かに人間だった。それは間違いない。都市に入る際の血液検査がそれを証明している」 「あの血液検査、そういう意味で……でも、人間だった俺が……吸血鬼になった……?」 「例えば、こういう話を聞いたことはないかい? “吸血鬼に血を吸われた者は吸血鬼になる”」 「それは確かに、耳にしたことぐらいは……」 他にも、鏡に映らない。影がない。十字架やニンニク、流れる水が弱点。殺すには杭を心臓に打ち込む……ぐらいか、俺の知識としては。 「本当に、そんなことが? いやそもそも俺が吸血鬼っていうのが、未だにまだ……」 「実際、日の光を浴びて目に激痛が走ったろ?」 「それは……」 「吸血鬼に日光は天敵。それは、子供でも知っていることだ」 「君の目はもう、人間の範疇を越えてしまっている。特に今は、変化したてで過敏になっているはずだから、反応も強かったんだろう」 「なんだったら、もっと色々実験してみる? なぁに怪我をしても大丈夫、僕は医者だからね。じーーっくりと、治療してあげるよ」 「………。いや、結構です。遠慮します」 「残念だなぁ。怪我が増えたら、もっと入院することになって、一緒にいられるのに」 「一緒にいて、どうするんです?」 「僕は君に興味があるんだよ」 「なんだろう……さっきから背筋に悪寒が走るんですけど」 「え? 本当に? おかしいな、検査結果は正常値を示していたのに……念のために点滴でも打っておくかい?」 「いえ。やはり勘違いだと思うので、気にしないで下さい」 「とにかく、話の続きをお願いできますか?」 「わかった。昔から吸血鬼像には間違った知識も多いんだけどね、全てが嘘というわけでもないんだ」 「日の光に弱いのもそう。といっても、別に灰になることはない」 「流れる水が苦手――確かに海水は苦手だけど、水が全て弱点というわけじゃない」 「生きるためには血が必要だけど……だからと言って無差別に人を襲う様な欲求が生まれるわけじゃない。ちゃんと理性で抑えられる」 「量だって、それほど大した量じゃなくて大丈夫だ。人を失血死させるほど飲む輩はいない」 「あと、心臓に杭を打ち込んだり、首を落とせば死ぬっていうのも代表的だけど……大抵の生物はそういうものじゃないかな?」 「そして――」 「吸血鬼に血を吸われたら吸血鬼になる、というのも……事実……」 「いや、それは間違った知識だ。正しくは、“吸血鬼の血を飲んだら吸血鬼になる”」 「君も口にしたはずだよ、吸血鬼の血を」 「あっ……」 あの噛みついた時か。 だからあの時、『止めろ』って声が……。 「あの時、俺が血を飲んだから……」 「問題はそこなんだ。たしかに血を口にした者は吸血鬼になる。ただし、これには条件がある」 「最低でも数日間は吸血鬼の血を一定量、飲み続けること」 「いや、でも……?」 「いいかい? そもそも血を飲んで吸血鬼に変化するシステムは“感染”が原因だと考えられている」 「感染……それはウイルスとか細菌みたいな?」 「そう。僕らはヴァンパイアウイルスと呼んでいる」 「細かいことを言うと、ウイルスの定義から外れるんだけど、わかりやすいからね。便宜上で」 「ヴァンパイア、ウイルス……」 「ウイルスによって、身体に新たな免疫が構築、細胞が変革を促され、吸血鬼と呼ばれる存在になる」 「でも、これにはある程度のヴァンパイアウィルスが必要になるんだよ」 「だから、血を飲み続ける必要がある……」 「そういう風に言われている。個人差はあるとしてもだ、一口飲んだ程度で、吸血鬼になったなんて前例はない」 「それに、吸血鬼の感染に関しては、ワクチンが存在するんだ。早めにワクチンを接種すれば、人間のままでいられる」 「ちょっと待って下さい。だったら、俺はどういうことなんですか?」 「君には、ワクチンが効かなかった。ワクチンを接種しても、ウイルスの活動を抑えることができなかったんだ」 「ワクチンが、効かなかった?」 「そう! 実に興味深いよ、君は! だから一度、君の身体をジックリと、隅々まで検査させてくれないかな?」 「け、検査? あ、あー、なるほど、検査か!」 「やっぱりさっきの悪寒は気のせいだったんだな。知的好奇心から来る意味での興味だったのか、納得納得」 「身長体重はもちろん、足のサイズ、内臓、髪の毛、生活習慣、体力測定、好きな同性のタイプに至るまでの君の全てを」 「ん? 今のは……何かの言い間違い、ですよね? いや、俺の聞き間違い? 好きな“同性”のタイプ?」 「いいや、間違えてないよ。ちゃんと“同性”と口にしたよ。つまり、君の好みを知っておきたいんだよ」 「……そんなもの、知ってどうするんです?」 「僕、君のことが好きなんだよね、一目惚れってやつ? 好きな相手のタイプを調べたい欲求は当然じゃないか、あはは」 「爽やかに笑ってるんじゃないっ! 何故こんなところに運び込んだ!?」 「個人の趣味と仕事は全くの別問題。吸血鬼に関することで一番腕の立つ医者はこの先生だからよ」 「六連君は、仕事のできる男は嫌いかい?」 「仕事中にプライベートを持ち込む男は嫌いです」 「それは、すぐにでもプライベートタイムを愉しみたいと、遠回しにオネダリされているのかな? いけない子だね、全く」 「どういう思考回路なんだ……あと、俺を誘い受け扱いにしないでください」 「誘い受けがわかるのかい!?」 「思いっきり食いつかれたっ!?」 「やっぱり君もBLなんだね、これはもう運命ではなかろうか!!」 「なんたる失態、まさかここまでポジティブだとはっ」 「先生、まだ説明が残っているはずです。まずはそちらの説明を」 「ん? あっ、そうだったね」 「ともかく、今後も継続して原因の究明を行うけれど……キミの症状に関しては今のところ、お手上げ状態なんだ、申し訳ないけれど」 「それは……俺は、もう……」 人間には戻れない? と訊くのは怖かった。それを認められることが。 だから思わず、少し回りくどい言葉を口にした。 「太陽の下を歩けない……」 「額面通りに捉えるなら答えは“NO”だ。身体が安定すれば、日の光もある程度は大丈夫」 「今は変化した直後だから、過敏になっている部分もあると思うけど、すぐに身体は順応するはずだ」 「個人差はあるものの、長時間陽光を浴びると体調を崩すし、肌を火傷するかもしれない。だから、僕はオススメしないけど」 「ただ、比喩的な表現だとしたら……“YES”だ。残念だけど、人間に戻る方法が見つかっていない」 「もちろん、原因さえわかればその限りではないし、その努力はしていくつもりだから“暫定的には”だけど」 「………」 「う~ん、そのちょっと愁いを帯びた瞳もチャーミング♪」 「……あの、黙ってくれませんか?」 「これは手厳しい。だが、僕は黙らないよ! 君に愛を囁き続ける! それに、重要案件が残ったままだしね」 「……重要案件? まだ何か?」 「その……言いづらいのだけど、この街は……特別な都市なのよ」 「それは、カジノ特区とは別の意味でってこと?」 「この都市はね、吸血鬼という存在が居住することを国家に認められた、国内[・]唯[・]一の場所なんだ」 「昔で言うところの居留地みたいなところだね。だから自然と、大勢の吸血鬼が暮らしている」 「その言い方だと、他の土地には住めないみたいに聞こえるんですが?」 「その通り。吸血鬼はこの街以外には住めないんだ」 「そして、吸血鬼はココから、[・]出[・]る[・]こ[・]と[・]も許されていない。ここまで言えば予想がつくかな?」 「それはつまり、まさか……」 「……吸血鬼になった俺も、この島から出られない?」 「残念ながら、そういうことになる」 「………」 「でも、これは君にとっても必要なことだと思うんだ。今すぐには人間に戻れない、吸血鬼として生きる術が必要となる」 「それなら本土よりもこの海上都市の方がいい。なんせ、吸血鬼の街だからね」 「それは………………確かにそうかもしれませんが、だからと言って」 「………」 「ただ……君にはちゃんと人間の戸籍がある。僕たちが協力すれば、本土に帰れる可能性はある。それを僕たちに止める権利はない」 「でも、わかって欲しいのは、この世界は吸血鬼に優しくないということだ」 「本土で吸血騒ぎを起こせば、それだけで相応の機関に捕えられ、罪に問われる」 「………」 「だから、この島に残って欲しいんだ。そして……そして、僕と一緒にいて欲しいんだよ!」 「俺は、吸血鬼で……この都市から出れなくて……」 「ふぅ、スルーかい? なかなか刺激的だね」 「でも大丈夫、僕は受けもこなせる男だから! 放置プレイだって全然OKだよ! さぁ、こいっ!」 「やかましいわっ! そんなに欲しがるなら、ドライバーかジャガイモ辺りをブチ込むぞっ!」 「おいおい、さすがにそこまでキツイ対応をされると、温和な僕でもキレるんだよ? ただし、キレるのは尻の穴だけどねっ!」 「まさかのドヤ顔!?」 「もう嫌だ、こんな変態の相手はもう嫌だ……」 「とにかくっ、オマエ邪魔! 人がシリアスにしてる時ぐらい、ちゃんと考えさせてくれ!」 「そんなに怒らなくても。僕としては事が事だから、できるだけ明るい雰囲気の方がいいかと思って……医者の心遣いだったのに」 「見当違いな心遣いをありがとうございます」 「気を遣ってくれていたことには感謝しますが、俺も今は余裕がないんです。すみません、言葉を荒げてしまって」 「いや、仕方ないさ。簡単に受け入れるには大きすぎると僕も思う。でも、これだけはわかって欲しい」 「僕の六連君に対する気持ちは本物だよっ!」 「そこが一番偽物であって欲しいんですけどねっ!」 「もういいから。本当、静かに考えさせて下さい」 「……わかったよ。時間はあるからゆっくりどうぞ。どうするか決めたら教えてくれ。それじゃ」 「……あ、あの……」 「……? どうかした?」 そういえば、最初から部屋にいたのに、ほとんど喋ってなかったな。 話し出したかと思えば、言葉を詰まらせまくっていたし。 「………………やっぱり、何でもない」 「………?」 結局、何も言わずに病室を出て行く。 ……なんだったんだ? 「いや、今は自分のことだ」 「俺が吸血鬼……か……」 まったく実感の湧かない言葉に悩む。 嘘は……言っていないだろう。そんなことに意味があるとは思えない。 事実、日の光を浴びた時は人生で初めての衝撃を受けた。 ふむ………………。 正直、色々なことを一気に説明されて頭がついていっていない。結局、何をどう考えればいいんだ? 「……ん?」 その時、携帯のライトが点滅していることに気付いた。 メールか? 「うおっ!?」 軽い気持ちで開いた携帯には物凄い数の着信とメールが届いていた。 倉端直太から。 「あっ……アイツのこと忘れてた」 「お前ぇっ! 心配したんだぞぉっ! 連絡もよこさないで!」 「スマン、こっちも色々あってな。さっきメールに気づいたんだ」 「色々って?」 「あー、その、なんだ。お前と電話してるときに俺も誘拐犯に捕まって、助けてもらうまでに色々と大変な目に」 実際は現在進行形で、大変なことになっているが。 「今はちょっと、一時的に入院中だ」 「怪我でもしたのか!?」 「ん? んー……まぁ、ちょっとな。検査みたいなのを受けなきゃいけなくて。でも別にどっかを怪我したってわけじゃない」 「出歩いて大丈夫なのか?」 「一応。日も落ちてるから――いや、何でもない。検査待ちなだけだから、外出はできるんだ」 「そうか。とりあえず無事でよかった。電話切れたときはマジでビビったからな」 「あのときは俺もどうなるかと思った」 最終的に自分が吸血鬼になるだなんて、思ってもなかった。 「それで、お前の方は? アレからどうしてたんだ?」 「それだよ! 聞いてくれ、大変なことが起きたんだ! 俺も未だに信じたくないんだが――」 「大変なこと……だと? 一体どうした!?」 まさかとは思うが、こいつも吸血鬼の騒動に巻き込まれたなんてことは―― 「俺、警察に報告したとき、思わず本名を名乗ちゃったんだよっ!」 「………」 「で?」 「『で?』 じゃないんだって! 身分証が兄貴のだってバレて、学生だってこともバレた!」 「だからもう、俺は風俗店に行けないんだよおぉぉぉ!」 「知らんがな」 「しかも、身分詐称の罪で島外退去だしっ!」 「島外退去?」 「ああ。これでも人助けしたってことで、一応お目こぼししてもらったんだけどな」 「いつ出ていかなくちゃいけないんだ?」 「今晩、かなぁ。本当はすぐにってなりそうだったんだけど、せめてお前と連絡が取れるまでは! って粘ったんだ」 「そうか。心配掛けたみたいで悪いな」 「いいさ、最終的に無事だったんだから。本当安心したよ」 「けど、こうして連絡も取れて、無事も確認できたってなると……出ていかないとまずいだろうな」 「下手に拒否したら、処分が重くなるだろうし。うぅぅ……無念だ、非常に無念だよぉ~~」 「そんなに泣かんでも」 「そういうわけで……そろそろ荷物をまとめないと」 「そうか……もう、帰るのか」 「ああ、俺のことなら気にしなくていいぞ。折角なんだし、お前は楽しんで行けよ」 「俺の分までなっ! この野郎、一人で先に大人になりやがって!」 「だから俺は風俗店には行かないと言っているだろ」 「だったな。まあとにかく、お前まで退去することはないからさ」 「それじゃ、帰ってきたら連絡くれよ」 「帰ったら、か……」 「………」 「なぁ、直太」 「ん? なんだ?」 「もしかしたら俺、入院が長引くかもしれない。しかもこの都市の病院じゃないとダメかも」 「なんだ? やっぱり怪我してるのか?」 「んんー……怪我じゃないんだが、ちょっと特殊な検査で。時間がかかるかもしれないらしい」 「そりゃ難儀だな。てか、本当に大丈夫なのか? 突然死んだりしないよな?」 「それはないと思う。それなら外出も許されないと思うから」 「そっか。でもそうなると、いつ戻れるかもわからないのか?」 「みたいだ」 というか、下手したら一生この島から出られないかも。 「そっか。それじゃ、またこの島に来る口実ができるな、俺!」 「………………」 「は?」 「だってお前が外に出られないなら、俺が見舞いに来るしかないだろう! そしたら今度こそは……むふふ」 「お前、島外退去処分だろ? 今度は入ろうとしても拒否されるんじゃないのか?」 「そこはほれ、なんとかするさ! 友達に会うためにっ! なんて友達思いな、俺!」 「お前が思いを馳せているのは女体だろう」 「そっちはついでだよ、つ・い・で。俺は大事な親友のために言ってるだけだよ」 「なんか、真剣に考えてる自分がバカらしく思えてきた」 「いくら考えたって仕方ないことだろ? 入院が必要なら入院するしかないじゃないか」 「それに、病気なのか怪我なのか……それは知らないけど、検査してるってことはまだ悪い話って決まったわけじゃないんだろ?」 「なら、本格的に悩むのは検査の結果が確定してからいいじゃん。今から悩んだってどうしようもないだろ。それよりも考えることはあるだろ?」 「なんだ、考えることって」 「入院の期間をこの島でどう楽しむかってことだよ! 羨ましいなぁーっ! というか、代わってくれ! いや、俺も入院しようかな!?」 「………」 「お前って、本当に何も考えてなくて、なんでも前向きに捉える奴だよな」 「な、なんだよ急に。そんなに褒めるなよ、照れるだろ……ったく」 「遠まわしに“お前ってバカな奴だな”と言ったつもりだが、伝わらなかったようだな。申し訳ない」 「俺さ、お前のそのハッキリとしたところ、好きだけど嫌いだなー」 そんな直太のバカな言葉に、俺の心も落ち着いた気がする。 「……そうだな。俺も少し肩の力を抜いてみる。それで、お前が会いに来てくれるのを待つことにするよ」 「おう。それじゃ、俺は部屋に戻って荷物を取ってくる。あぁ、見送りはいらないぜ。すぐに戻ってくるつもりだから」 「それじゃ、またな」 「ああ、またな」 そう言って、直太はホテルの方に戻っていった。 薄々わかってはいたのだが、どうやらアイツはバカらしい。だが、今日ほどそんなバカに感謝した日はない。 「そうだな。別にもう会えないとか、そういうわけでもないんだよな」 心の中に“まっ、いっか”と軽い気持ちが広がっていく。 直太と話していたせいか、俺もバカになったのかもしれない。けど、それも“まっ、いっか”という気持ちで洗い流す。 今さら悩んでも、仕方ない。事実を受け入れ、“まっ、いっか”という言葉で誤魔化す。 正直なところ、まだ完全には受け入れきれていない。だが……いつか、受け入れることができたなら―― 「……ん?」 病院に戻ろうとした俺の視界に、一人の少女が映った。 「こんなところで何をしているんだ?」 「ちょっと、心配だったから見守っていたの」 「ちゃんと病院の人には言って出てきたが?」 「それでも心配だったから。何が起こるかわからないでしょう。だから……」 「別にこの世界に絶望したとかで、自殺するつもりはないから、安心していいぞ?」 「……っ」 俺の言葉に顔を歪める。 病室でも暗い表情のままだったが……これは、まさか……? 「もしかして責任を感じてる?」 「………」 「ごめん、なさい」 俺の言葉に対し、ゆっくりと頭を下げてくる。 やはり、俺が吸血鬼になったこと、かなり気にしているらしい。 「うーむ……」 折角“まっ、いっか”で流したのに、こんな暗い顔をされてはたまったもんじゃないな。 どうしたものか? 「………」 「なぁ、病院に戻る前に、ちょっと歩かないか?」 「おー、星がよく見えるなぁ」 見上げた空には、昨日倉庫付近で見たときよりも多い気がする……というか、確実に多い。 「俺が住んでいた所じゃ、こんな風には見えなかった」 「それは……もう、アナタの目が人間とは違うからよ」 「わかってるさ。こんなに夜目が利いて、視力も上がって、吸血鬼って凄いな」 「そう……かもしれないわね」 「そうなんだよな。俺、吸血鬼なんだよな」 「………」 「さっきは悪かった。嫌味ったらしいことを言って。軽い冗談のつもりだったんだ。本気じゃない」 「ううん。それはいいわ」 「決心がついた。この街に住む」 「……そう」 「まあ、吸血鬼になったものは仕方ない。それに、本土での扱いが悪いことも本当なんだろう」 「だから、ここに住むことにした。幸いにも親はいないし、軽い身だからな」 「ごめん……なさい」 「とりあえず、その“ごめんなさい”を止めてくれないか? そんなに謝られても気分が悪い」 「――ごめっ」 「だから、俺は別に謝って欲しいとは思っていない。そもそもキミに責任はないだろ」 「でも……私のせいで巻き込んだから。事態を軽く見ずに、しっかりと最優先で保護していれば、こんなことには……」 「責任を感じ過ぎだ。アレは……そうだな、事故みたいなもので、キミが何度も何度も謝る必要はない」 「そもそも、素直に警察に任せておけば、こんな事態にはならなかったんだから、どう考えても首を突っ込んだ俺の自己責任だろう」 「………」 「やれやれ……昨日俺の手錠姿を見て、楽しそうに笑ってたとは思えないな。とてもじゃないけどドSには見えない、拍子抜けだ」 「……だから言っているでしょう。私はSじゃなくてMなのよ」 「Mならなおさら楽しそうにしてもいいじゃないか? 言ってしまえば、お仕置きをされるチャンスだし」 「本当は……こんなはずじゃなかった。吸血鬼の事実について忘れてもらえれば、それで済む話だったのよ」 「それだけ特殊な事例だったってことなんだろう? 誰もこんなことになるって思ってなかったんだから、仕方ない」 「偉そうにふんぞり返られても嫌だが、そんなに謝られても困る。謝るとしても一度で十分だよ」 「……アナタは、どうして私を責めないの? 何も思ってないわけじゃ、ないのでしょう?」 「どうしてって……んーーー……そうだな、理由はいくつかある」 「その1-まだ吸血鬼の不便さを理解していない。そもそもまだ実感がない」 「その2-犯人は捕まって、俺もキミも生きている。つまり結果からみれば上々だ」 「その3-俺はやりたいことをやっただけ。俺はキミを助けようとして、自分の意思で首を突っ込んだ」 「その後のことは全て犯人のせい。キミを恨んでもないし、俺はあの時の行動に後悔もない。しても仕方ないしな」 実際には“その4-そんなしょぼくれた姿を見せられたら、何も言えなくなる”という気持ちもあるが、これは黙っておこう。 『こいつ、女の涙に弱いな』とか思われたら、ロクなことにはならない。 「これらの理由により別に責める必要がない、以上。それに、なんだかんだで俺はキミに助けてもらったから」 「全部ひっくるめて、チャラってことでいいじゃないか。それとも不満? もしかして罵って欲しいとか?」 「………」 「よしわかった。それなら罵ろうじゃないか。――コホン」 「このファッキン・サッカーめっ! よくも俺を吸血鬼にしてくれたな、絶対に許さないから覚悟しとけ、このメスブタが!」 「………」 「……この際よ、ファッキン・サッカーには目を瞑るわ。けれど、メスブタ呼ばわりされる意味がわからない」 「これだからエセMは。Mならここは『ありがとうございますご主人様』と涙を流しながら喜ぶところじゃないか」 「所詮はどど童貞の妄想ね。本当のMとはそんな安っぽいモノではないわ。その程度で悦ぶなんて、ただのイロモノキャラ」 「本当のMとは、もっと普通の言葉からシチューエションを想像して悦ぶものなのよ」 「いや、その発言は十分イロモノだと思うが。あと、童貞でいちいち詰まるのはどうかと思うぞ」 「でも、陰鬱な表情をされるよりは大分マシかな。いちいち申し訳なさそうな顔をしなくていい」 「ふん。折角、しおらしい態度で謝罪をしているのに」 「謝罪か……だったら、一つ答えてくれないか?」 「もし一つだけ何でも願いが叶うとしたら、何を願う?」 「……? 何の質問?」 「謝罪代わりの質問って言ったろ。これに真面目に答えてくれれば、もう謝る必要はないと思ってくれていい」 「わかった。それじゃ真面目に答えるけれど……願い、願い……願いねぇ」 「ああ、自分のこと限定で。俺を人間に戻すとか、他人のことは認めない」 「そんなこと急に言われても……」 「あっ、そうだ。本土の方で有名な洋菓子店があるの、そこのケーキを食べてみたい……かしら」 「ケーキ? それって高いの?」 「ええ。一番安いスフレでも、一つ450円もするのよ」 「ケーキ……450円……」 「ぷっ、ははは、そんなことでいいのか?」 「この島から出られないのよ? いくら食べたいと願っても、そう簡単には手に入らないの。それともなに? この答えではご不満?」 「いいや問題ない。その答えで十分だが、ははは、まさかケーキとは」 もし“人間になりたい”なんて答えられたら、この先俺も後悔するかもしれない。 だが、そんな下らない答えが出るのなら、吸血鬼生活も悪くはないかもな。人生前向きに生きた方がなにかと得だからな。 「まあ、とりあえず、不満が溜まるまではこの島で吸血鬼として生きてみるよ」 「なにぶんまだ新米吸血鬼だ。色々迷惑をかけると思うが、世話を焼いてくれ。よろしく、先輩」 「どうして上から目線なの?」 「それぐらいの責任を追及してもいいじゃないか」 「卑怯者。謝罪は必要ないって言ったくせに」 「まあ、面倒なことではあるし、できる範囲で構わないから、頼むよ」 「……わかった。それぐらいの責任は取るわよ。お世話を焼かせていただきます」 「よろしく、新人さん」 「こちらこそ、よろしく」 そうして俺の、新たな奇妙な人生が始まりを告げた。 いや、この場合[・]人[・]生と言っていいのか、わからないけど。 「んっ、んん……眩しい」 カーテンの隙間から漏れる[・]夕[・]日を浴びて、俺はベッドの上で目を覚ます。 「……今日もいい天気だな」 身体を起こした俺は窓に近づき、カーテンの隙間を埋めてしまう。 寝起きの気だるいときに、日光なんて浴びたくもない。 「日の光を浴びて、スッキリしていたころが懐かしい」 今となっては気だるさしか生まれてこない。 吸血鬼って思ってたよりも面倒だ。 「文句を言っても仕方がないことだとはわかっているんだが」 あれから3日経った。 その間、病院で検査を受け続けてきたのだが、やはり原因は判明せず、未だ人間に戻れる目処は経っていない。 「もう、無理だ。帰りたい……」 たったの3日かもしれない。 だがそれでも、俺は精神の限界に達していた、この生活に。 「やぁ、おはよう、六連君。今日もいい夜だね!」 「あー、もう! なんで白衣の下が裸なんだよっ!」 この男との生活、マジ限界です! 「ダメかい? これでも結構、肉体美には自信があるんだけどね」 「女の子の裸なら見たいけど、普通は男の裸は見苦しいだけだと思います」 「六連君、その言い分はどうだろう。それじゃまるで、女の子なら誰でもいいみたいじゃないか。それはあまりに失礼だ」 「そんな女の子を物扱いするような発言は止めておいた方がいい。せめて『好きな子の裸』という表現にすべきだよ」 「裸白衣のド変態に常識を諭されると、凄いイラっとするなぁ」 「さっきから、僕の服装を気にしているみたいだけど、医者なんだから白衣を着ることぐらい普通じゃないか」 「白衣のみってのが異常なんです」 「ところがぎっちょん、僕は吸血鬼だ! 白衣がマントの代わりと思えば、むしろ裸の方がより吸血鬼っぽいと思うんだよね!」 「うーん、ぶっ飛ばしたい」 「裸白衣はダメかい?」 「はいっ、見たくもありません」 「わかったよ……」 「君は裸の方がよかったのか」 「そういう意味じゃないですっ! 真逆っ! いいから服を着てっ!」 「もういい! わかった、OK。妥協しましょう、白衣だけでもいいからとりあえず、羽織って下さい」 「ふふ、やっぱり君はチョイ脱ぎの方が好きなんだね?」 「アナタのチョイはやたらと守備範囲が広いですね」 ……もう嫌だ、こんな生活。誰か助けてくれ。 目を覚ます度にこんなやり取りをしていれば、誰だって限界がくるだろう? 「まあ、愛のやりとりはこの辺にして、ここからは真面目な話。いつもの検査に向かおうか」 「了解です」 「それで、今日の予定は? 何かあるのかい?」 「検査が終わったら、美羽に会う予定です」 「へぇ。仲良くなったんだね」 「この街で唯一の知り合いですから」 「そっか、なるほど――って僕は!? 僕は知り合いじゃないのかい!?」 「あっ、そうか、なるほどね。僕は知り合いじゃなく、すでにステディなんだね、ふふふ」 「……だから、どうしてそんなにポジティブなんです、アナタ」 ……もう、ツッコミを入れるのも疲れた。 「しかし、そうか。外出予定なのか。わかっているとは思うけれど……」 「俺が吸血鬼になったのは、特異な例なので秘密にするように、ですよね?」 「そういうこと。わりと重要な秘密事項だから。誰彼構わず話すのはタブーだよ」 「わかりました」 「あと、今のうちにこれを渡しておこうか」 「コレは?」 「身分証だよ。君がこの都市に登録されている吸血鬼であることを示す、ID」 「何かあったときには必要になるから、常に持ち歩くように。あと、落とさないようにね。僕の愛情がいっぱい詰まってるから♪」 「てい」 「あーっ!? 落とさないようにって言ったそばから!?」 「勘違いしないで下さい、落としたんじゃありません。捨てたんですっ」 「自信満々に何言ってるの!? このIDは吸血鬼にとって、外国でのパスポート並みに重要なんだからね」 「かといって、アナタの愛は必要ありません」 「それは、もう十分すぎるほどに受け取っているからだね? 嬉しいことを言ってくれるじゃないか、ふふふ」 ……ここまで来ると、そのポジティブな思考だけは認めてもいいかもしれない。 「ということで、なんとかしてくれない?」 約束通りの待ち合わせ場所で、俺は心の底から疲れた声で助けを求めた。 「それは……扇先生を正しい道に戻したいという事?」 「残念ながらそれは手遅れよ」 「んなことはわかってるし、それに関しては俺も諦めている」 「そうじゃなくて、ゆっくりできる部屋が欲しいんだ。一緒に探してくれないか?」 「部屋を? それは……」 「今日は何か用事がある? それなら、不動産屋の場所さえ教えてくれれば一人でも」 「別に用事はないわ。ただ……」 「……ただ?」 「いいえ、わかった。確かに、いつまでも素っ気ない病室に住んでいるわけにもいかないものね」 「病室が素っ気ないとかどうでもいい。俺はただ静かな生活が欲しいんだ……」 「そんな、泣かなくても」 「わからないだろう。定期健診と称して、聴診器で俺の乳首をいじってくるような医者と過ごさねばならぬ、この苦しみ」 「それは……確かに理解しかねるけれど……野良犬に噛まれたと思って諦めてみるのは?」 「乳首限定で狙ってくる野良犬なんていない。いやむしろ、噛まれるだけで済むなら野良犬を選びたいよ」 「吸血鬼とか、海上都市から出られないとか、そんなことはどうでもいいんだ」 「とにかく俺には、あの生活が辛くて……そのせいで、後悔をしてしまいそうなんだ……」 「わかった。わかったから泣かないで。とにかく探してみましょう。それで、予算はどれぐらい?」 「そんなに高くなければ。今回の件で見舞金とか、色々くれるっていう話だし。ある程度は都合してくれるらしい」 「なるほど。確かに、佑斗ももう吸血鬼だもの。海上都市としても、同族を放置するようなことはないわ」 「………」 吸血鬼か……。 アレから俺は、色々な検査を受けた。 定期健診のような普通なものから、吸血鬼独特と思わるような検査まで。 まず一番驚いたのは身体能力だ。 体力測定を行ってみたところ、学生として年相応だったはずの俺の体力が、いつの間にか一流アスリートのような数値をたたき出すようになっていた。 だがそんな身体であろうと、弱点は存在する。 まず日光。と言っても、時間が経って身体が安定したのか、目玉が爆発するような痛みに襲われることはなくなった。 だがやはり、アレを浴びると気だるい。夜に活動するのと比べて、大分身体が重く感じる。 まあそれでも、吸血鬼の身体能力は人間の頃とは比較にならないが。 そしてもう一つは海水。これはかなりの弱点になるらしい。吸血鬼にとっては一種の酸のようなものらしい。 海に近づけば近づくだけ、やはり身体が重くなる。 扇先生の話では、日光や海水にはヴァンパイアウイルスの活動を鈍らせる何かが存在するらしい。 しかしそう考えると、吸血鬼という存在が、政府にどれだけ気に入られていないかがわかる。 海上都市――周囲を弱点の海水に囲まれ、本土に繋がる橋は一つで他には船も飛行機もない。 この都市のあり方に苛立ちを募らせる奴にすれば、ここは監獄と言っても差し支えないぐらいだろう。 「……ごめんなさい」 「ん? なにが?」 「気軽に吸血鬼だと口にしてしまって……」 「ああ、そういう事か」 俺が口を閉ざして考え込んでしまったことを、後悔か何かだと勘違いしたらしい。 下手すると、この子はまだ俺のことで気に病んでいるんじゃないのか? 責任感の強い奴はこれだから……。 「その暗い顔を止めてくれと言ったろ。それともまた罵って欲しいのか?」 「……結構よ。佑斗の罵りじゃ気持ちよくなれないもの」 「だから美羽は、そもそも罵られて気持ちよくなるタイプじゃないって」 「まあいいや。で、俺の部屋探しに付き合ってくれるってことでいいんだな?」 「勿論付き合うわよ。佑斗を一人にするのは心配だもの」 「助かるよ」 「それじゃ、行きましょうか」 「ああ、あそこに不動産屋があるな」 「待って。そっちはダメよ。マークがついてない」 マーク? 「えっと……あっちね。私たちのための不動産屋は」 「なるほど。俺たち用の不動産屋か」 「あー、君ら二人で住むのかい?」 「いいえ、住むのはこの人だけよ」 「学生さん?」 「ええ。今は事情があって病院暮らしですが」 「そうかい……保証人は?」 「……保証人か」 「本土の方ではどうしていたの?」 「孤児院の先生が引き受けてくれた。連絡すれば、引き受けてくれるとは思うが……どう説明したもんかな」 「孤児院?」 「まだ言ってなかったか。俺、孤児院育ちなんだよ」 「って、別に謝ってくれなくてもいいからな。気にしてないし。それよりも今の問題は、住居だ」 「最悪の場合、保証人は扇先生が引き受けてくれると思うけれど?」 「本当、最悪の場合だな、それは。でも、今の生活よりはマシか」 「で、保証人は?」 「ちゃんとした社会人に頼むことはできます。親族ではありませんが」 「そうかい。ああちなみに、君らはウチのマークを見て入ってきたんだよね?」 「ええ。そうよ」 「つまり、君は?」 「吸血鬼です」 「そうだよねぇー……でもそうなると、ちょっとねぇ」 「何か問題が?」 「んー、最近はね、大家さんが嫌がるんだよね。ほら、問題が起きてからじゃ遅いだろう?」 「勿論、問題を起こすつもりはありませんが」 「別に君を疑ってるわけじゃないけど、面倒事を嫌う大家さんは多いんでね。とくに吸血鬼の一人暮らしとなると……」 「とりあえず、吸血鬼の一人暮らしでも受け入れてくれる大家さんがいないか、探してみてもらえないかしら?」 「連絡はしてみるけどね、あんまり期待しないでよ」 「心の狭い大家どもね」 「まあ、そんなもんだろう、大家なんて」 「佑斗は妙なところで心が広いのね」 「別に。慣れてるだけさ。本土でも似たようなことがあったしな」 「本土でも? でも、本土なら人間と吸血鬼による区別なんてないでしょう?」 「まぁ、存在が知られてないからな」 「でも俺の場合、孤児院育ち、親なし、そういう意味で区別されていた。ああ、あと留年という点でも変な目で見られてたな」 「そういうものなの?」 「どこにだって社会的弱者は存在するもんさ」 「って、止めよう。こういう話は愚痴になるだけだ」 「確かにそうね。不幸自慢なんてしても意味がないもの」 「ああ。で、吸血鬼でも客扱いしてくれるマーク付きの店はあそこしかないの?」 「そんなことはないわ。まだあるから、次に行ってみましょう」 「思ってた以上に、吸血鬼の待遇って良くないんだな」 「そうでもないわ……と言っても、全部空振りした後では説得力はないわね」 「いや、実際に住んでいる奴がそう言うのなら、そうなんだろう」 「この都市は吸血鬼が住める街……まあ、言い換えると吸血鬼を閉じ込めるための街なのだけれど」 「ふむ?」 「見方を変えて見ればわかると思うけれど、別に私たちはこの島に強制連行されたわけではないということ」 「………つまり……自分の意思でこの都市で暮らし、留まり続けている」 「なるほど。多少不便だとしても、この都市に住んでもいいと思える程度の魅力はあるということか」 「そういうことよ。吸血鬼を人間と平等に扱うことはできない……でも、受け入れてくれる場所がないというわけではないわ」 「ちゃんと規則を守れば、吸血鬼にとってそれなりに住みやすい都市か」 「だからこの都市の統治、運営は基本的に吸血鬼主導で行われてる」 「その割には、少々風紀が悪いようだな」 結局のところ、不動産屋で俺が区別されてしまうのは、以前に厄介事を起こした吸血鬼が存在するからだろう。 「規則があれば、馴染めない者もいる」 「そういう連中がこの街から逃げ出さないのは?」 「海に囲まれ、本土と繋がるルートは一本で、その先には検問。不可能ではないけれど、そう簡単には逃げられない」 「ただ、それを除いたとしても、この都市は吸血鬼に必要な物が流通しているからかもね」 「規則は嫌いだが、この都市の恩恵にはあずかりたいってことか?」 「それこそ、どこにでもある話でしょう?」 「確かに。どこにでもある、面白くない話だ」 「しかしそうなると……一人暮らしは無理そうだな。あの医者とこれからも顔を合わさないといけないのか」 「……佑斗、ちょっとだけ待っていてくれる? 電話しておきたいところがあるから」 「ああ、それは構わないが」 美羽は俺から離れて、どこかに電話をかけ始めた。 受話器を耳に当てて、何かを話し……ボタン操作をして再び受話器を耳に。 複数の人間と話しているんだろうか? それを何度か繰り返したあと、ゆっくりと美羽が戻ってきた。 「ごめんなさい、待たせてしまって」 「いいや、俺の方こそ申し訳ない、無駄足に付き合わせて」 「私のことなら気にしないでいいわ。世話を焼くと約束したでしょう?」 「………」 「……約束?」 「………」 首を捻った俺を見た美羽の顔が、見る間に冷たい表情に変わっていく。 「覚えていないの? ソッチが言いだしたことでしょう、『俺の世話を焼け』と」 「それって、もしかして――」 「なにぶんまだ新米吸血鬼だ。色々迷惑をかけると思うが、世話を焼いてくれ。よろしく、先輩」 「……わかった。それぐらいの責任は取るわよ。お世話を焼かせていただきます」 ……アレか。 ちょっとした軽口のつもりで言っただけなんだが、まさかそこまで気にしていたとは。 さっきのことも考えると、やはり俺の吸血鬼化に関して、まだ色々と気にしているんだろうな。 とはいえ意識の問題だからなぁ……こればっかりは、本人が納得するしかないか。 「………」 「思い出してくれたようで、なによりね」 「美羽って、意外と根に持つタイプなんだな」 「秘密のノートに佑斗の名前を書いておくわ。私に恥をかかせた存在として」 「すまない、別に忘れてたわけじゃないんだが――」 「はい? すみません、聞こえなかったのでもう一度、お願いできますか?」 「………」 「すみません。正直、忘れておりました」 「もう一度」 「ごめんなさい。自分から言い出したことなのに」 「あと、敬語」 「申し訳ありません。深く反省しております。猛省しまくりです。お願いですので、許していただけませんでしょうか?」 「ダメね。その程度で許せると思う?」 「……ご希望は?」 「一杯ぐらい奢ってもらわないとね。近くにいい店を知ってるわ」 「お手柔らかにどうぞ」 「いらっしゃいませ、アレキサンドへようこそ」 「こんばんは、大房さん。席は空いているかしら?」 「あっ、矢来さん、こんばんは」 「いつもみたいにカウンターでいいですか?」 「いえ、今日は連れが一人いるから、テーブルでお願いできる? できれば、でいいのだけれど」 「はい。畏まりました」 ウェイトレスに案内されたテーブル席で、俺は美羽の隣に腰を下ろした。 「珍しいですね、矢来さんが誰かと一緒だなんて」 「ちょっとあってね」 「ご注文はどうしますか?」 「そうね……私はチャイナブルーを」 「チャイナブルーってのは?」 「ライチリキュールとグレープフルーツジュースにトニックを適量、ブルーキュラソーで綺麗な青色に仕上げたカクテルですね」 「それは、酒?」 「はい。お酒ですが……矢来さん、もしかしてこの方は普通の?」 「いいえ、彼も吸血鬼よ。ただ、お酒を飲むのは初めてなのよ」 「なるほど。そういう事ですか」 「……? どういうこと?」 「いいから、佑斗も飲んでみればわかるわ。それとも……ジュースにしておく?」 「むっ……安っぽい挑発だが乗ろうじゃないか、俺も男だからな。お子ちゃまジュースではない、大人のジュースを頼もう」 「店員さん、ドクター・ピッパーをお願いできるかな?」 「あ、あの……ドクターピッパーはちょっと……その、置いてありません」 「なっ、なんだと!?」 「そこまで驚くことなの?」 「歴史のある、由緒正しき飲み物じゃないか」 「申し訳ありません。需要がないもので……」 「じゃあ、この都市にドクピは?」 「売っているお店は……えーっと……見たことがないですね」 「そんな、バカなっ!!??」 「だから、そんなに驚くことなの? それって」 「そもそも、大人のジュースなんですか? ドクターピッパーは」 「もうダメだ、絶望した」 「彼には“スピリタス”を用意してあげて」 「……もういいよ、それで」 「“スピリタス”、畏まりました」 「あと、申し訳ありませんがIDの確認をさせていただけると」 「ID? ああ、アレか」 財布の中から、もらったばかりのIDをウェイトレスに提示する。 「O-Vですね。では、手を少々よろしいでしょうか?」 「手? 右手でいいか?」 「はい。結構です。少し、そのままでお願いしますね」 言いながら、店員さんが俺の手に何かの端末を押しつけた。 すぐにピッと鳴り、その画面を確認して、軽く頷く。 「はい、結構です、ありがとうございました。では、少々お待ち下さい」 軽く頭を下げて、ウェイトレスはそのままカウンターの方に向かう。 そこでバーテンらしき女と何やら話をしていた。 「O-V? Oって血液型だが……Vって? rhとかなら聞いたことがあるが」 「私たちはV、普通の人だとH。これでわかる?」 「………?」 「ああ、なるほど。わかった」 “Vampire”と“Human”の頭文字ね。 「そして“V”の場合は、あの端末で簡易検査をするの」 「どうして“V”であることの確認を? 不動産の時と違って、そこまでする必要ってあるのか?」 「お酒が来たら、答えはわかるわよ」 「ふーん……ちなみに、美羽は酒をよく飲むのか?」 「そこそこに。佑斗は酒を飲む女は嫌い?」 「アル中と悪酔いさえしなければ、別に気にしないが」 「そう。でも、その心配なら無用よ。アル中にも酔っ払いにも[・]な[・]れ[・]な[・]いから」 「へぇ、ザルなのか」 「そういうことではないけれど……まあ、すぐに佑斗にもわかるわよ」 「お待たせいたしました、矢来先輩」 「稲叢さん、こんばんは」 カクテルを持ってきたのは、注文を取ったウェイトレスの少女ではなかったが、やはり知り合いのようだ。 かなり常連のようだな。 「かなりの馴染みなんだな」 「事情があるのよ。あと彼女は、学院の後輩だから」 ……美羽って学生だったのか。 とすると、あの風紀班とかいうのは、アルバイトか? やたらと危険なアルバイトだな。 「稲叢さん、彼は六連佑斗君よ」 「初めまして、稲叢莉音です」 「初めまして」 「六連佑斗さん……ふふ、もう、矢来先輩ってば、そういうことはちゃんと言っておいてくれないと」 「……何のこと?」 「男の方と二人っきりでデートだなんて……言ってもらえれば、ちゃんとお祝いを用意したんですよ?」 「デートじゃないわよ。彼とはそんな関係じゃない」 「連絡したでしょう? 彼が、そうよ」 「あっ、この方がそうなんですか。なるほど」 「………」 ウェイトレスの稲叢さんが俺のことをジロジロと見てくる。 なんだ、この値踏みをするような視線は。 「グラス2杯ぐらいの金ならちゃんと持ってる。飲み逃げなんてしないぞ?」 「一杯5000円よ?」 「ぼったくりっ!?」 「いえいえ、そこまでは。平均で一杯1000円ぐらいですよ」 「あ、なんだ、1000円か」 ………………あれ? それでも一杯だと、やや高め設定のような気が……。 まあ、酒だとこんなものなのか? 大人の世界って大変なんだなぁ。 「とにかく大丈夫。それぐらいは払える」 「あっ、いえいえ。別にお金を心配して見ていたわけじゃないですよ」 「それで、稲叢さんはどう思う?」 「んーと……はい! わたしはいいと思います、悪い人じゃないと思いますから」 「いいの? 見た目だけで決めちゃって」 「だって、わたしは矢来先輩のことを信じてますから」 「だから、矢来先輩が大丈夫と思って相談したなら、わたしも大丈夫だと思います」 「そう。ありがとう、稲叢さん」 「いえ、お礼を言われるようなことはないです。それよりも、矢来先輩」 「佑斗は私の恋人ではないけれど、何か用?」 「……先輩、つれませんね」 「あのね、本当にデートだとしたら、知り合いが働いている店に来たりしないわ」 「わたしに彼氏さんを自慢しに来たのでは?」 「……稲叢さん、私のことをどういう目で見ているわけ?」 「彼氏がいる、というリア充っぷりを見せつけに来る悪趣味な女、という目だろうな」 「えぇ!? ちっ、違います、そんなこと思ってませんっ!」 「正直に言っていいんだぞ? この場で答えるならきっと彼女も怒らない。俺は応援している」 「へぇー、佑斗は私のことをそんな風に思っていたのね、覚えておくわ」 「少なくとも素直ではないのは事実だろ」 「……ふんっ」 「あっ、ダメですよ、六連さん。そんなこと言っちゃ。矢来先輩はこう見えて優しくて、いい人なんですから」 「こう見えて、ね……なるほどねぇ」 「あうわっ! 違う、違うんです、本当にそんなつもりじゃなくてぇ――」 「冗談よ。だからそんなに暴れないで、こぼれてしまうわよ?」 「あぐぅ、申し訳ありません。スピリタスのお客様は?」 「俺だ」 「こちらがスピリタス。こちらがチャイナブルーとなります」 「ありがとう」 「………」 「なに? 何か用?」 「あ、いえ。あまりこの付近ではお見かけしたことがないと思いまして」 「ああ。俺は――」 そういえば、吸血鬼に変化したことは秘密にするように言われているんだった。 しまった、言い訳を先に考えておくべきだった。 「ちょっとした理由があって、彼は最近この都市に入ってきたのよ」 「あぁ、だから……なるほど、そうなんですか。今後ともよろしくお願いします」 「あっ、ああ……よろしく頼む」 案外あっさりと納得してくれたな。 「それでは、ごゆっくりどうぞ」 「あっ、それから矢来先輩、わたしは今回のお話、特に問題ないと思いますから、頑張ってくださいね♪」 「ありがとう、稲叢さん」 「まったく、あの子は……」 「なんだか、素直な子だな。まさかアレだけの説明で納得するとは思わなかった」 「ここは吸血鬼の街、普通の素姓とは違う者が集うものよ。[・]ワ[・]ケありなのは、佑斗一人じゃないから」 「相手が言いたくなさそうなことには踏み込まない、という暗黙のルールとまでは言わないけれど、一種の礼儀みたいになっているわね」 「そういうものか」 その言葉に納得しながら、俺はスピリタスとかいう酒を口元に運ぶ。 ……ん? なんか、凄い匂いがするし、驚くほどキンキンに冷えてやがる。 「いただきます……んくっ、んくっ」 疑問に思いながらも俺はスピリタスのグラスを傾けた。 その液体を大した抵抗もなく喉に流し込み、一気に空にしてしまう。 「けほっ、けほっ……なんだこれ、変な味だな。少し喉がピリピリする」 「スピリタスはね、96度という高アルコール度数の世界最高純度の蒸留酒よ。飲む際は火気厳禁よ」 「96度!? 何の情報もなしになんてものを飲ませるんだ!?」 「でも、別に苦しくも何ともないでしょう? 普通の[・]人[・]間がスピリタスなんて飲んだら、喉が焼けるわよ?」 「……つまり、これも吸血鬼の特性?」 「ええ、そういうこと」 「吸血鬼はね、アルコールに酔う事ができない。まるで水みたいに受け入れてしまう」 「他にも煙草に麻薬といった中毒性のある嗜好品も用をなさないわ。全部、無効化してしまうのよ」 「ほぉー、そいつはなんとも健康的な」 「この都市を吸血鬼が統治できているのも、そういう理由があるのよ。少なくとも、覚せい剤は流行ったりしない」 「なるほど。買い手が少なければ、流通も上手くはいかないか」 「人間の住民がいないわけじゃないから、皆無、というわけではないけれど」 言いながら、チャイナブルーという名のカクテルを美羽が飲み干す。 「しかし、酒が楽しめないとなると、歳を取った時の楽しみが一つなくなったな」 「ふふ、それはそうかもしれないわね」 「とはいえ、俺がまず考えなければならないのは、今現在の不幸なんだけどな」 「あの医者の魔の手からなんとか逃げないと……乳首だけじゃなく、本格的に色々ヤバいかもしれん」 「……ねぇ、佑斗。佑斗は一人暮らしがしたいの?」 「ん? いいや。俺が望むのは安らかな暮らしであって、一人暮らしじゃない」 「そう。だったら、よければなんだけど……」 「私と、一緒に暮らさない?」 「………」 「酔ってる?」 「言ったはずよ、吸血鬼はアルコールに酔う事はない。それに私は大真面目よ」 確かにその目に冗談を言っている雰囲気はないが……。 い、一緒に住む? 俺と、美羽が? 同じ屋根の下、二人で? どこでそんなフラグが立ったんだ? 身に覚えがないのだが……。 「暮らすって、突然言われても……」 「ちなみに、実家?」 「いいえ、部屋を借りているわ」 「私は佑斗となら、一緒に住んでも構わない。そう思ってるわよ」 「それは……さすがにマズいんじゃないかなーと、思うんだが……?」 ――と言いつつも、 「来て……しまった」 「ここが……?」 「ええ。私が住んでいるところよ」 病院の暮らしから逃げ出したいのと、女の子の誘いを無下に断ることができなくて。 しかし……まさか、女の子に誘われるなんて。これからどうすればいいんだ? 「どうしたの、佑斗?」 「いっ……いや、なんでもない」 心臓が大きく跳ね、手先が震える。さすがに緊張が隠せないな。 実家じゃないということは、これから俺は美羽と2人で生活をするということだ。 いやいや、落ち着くんだ、六連佑斗。これは善意、あくまで善意のお誘いだ。 妙な期待なんて抱くのは、相手に対して失礼だろう。 美羽は俺のことを信じて、この誘いをしてくれたはずだ。 だったら、その善意を裏切るような真似をするわけにはいかない。 「それじゃ、入りましょうか」 「お、おう」 先を歩き始める美羽。 そんな彼女の背中の後を、ゆっくりと追う俺。 そして今、その未知への扉が開かれて―― 「ただいま」 「あっ、おかえりー」 「………」 「え?」 「いらっしゃーい」 これは、どういうことだ? 美羽に誘われたと思ったら、家には見知らぬ女の子が一緒にいて……。 「話は聞いてるよ、これからよろしくねー」 「………」 「……話? よろしく?」 「あれ? 美羽ちゃん? 例の人じゃないの?」 「いいえ、合っているわ。彼が紹介したかった、新たな入寮者よ」 「……入寮者?」 「この状況は一体? どういうことなんだ?」 「だから、言ったでしょう? 私と一緒に暮らさないって」 「それじゃ、この子は?」 「布良さんのこと? ここの寮長よ」 「なんだと? ……寮?」 「そう。ここは、私が通っている月長学院の寮なのよ」 「なら……一緒に暮らすというのは、この寮で生活をするということ、なのか?」 「そうよ。他にどんな意味があったと? まったく一体何を勘違いしていたのかしらね、くふっ。これだから童貞坊やは」 「……人をからかいたいなら“童貞”って言う前から顔を赤くするの、直した方がいいと思うぞ」 「見間違いよ、そんなの。どっ、童貞ぐらい、スッと言えるわ。子供じゃないんだから」 「言えてない、言えてない」 「むしろ私ぐらい大人になると、“《チェリーボーイ》童貞坊や”だってサラリと口にできてしまうのよ」 「それはむしろ、発情期の男子中学生みたいだぞ」 「それより、寮っていうのはどういう事なんだ? その……俺と美羽の、二人暮らしじゃないのか?」 「そんなことを考えていただなんて……本当、佑斗っていやらしい」 「そう仕向けた部分もあるだろ?」 「まぁ、それは確かに。でも、案外理性的に行動してくれてたみたいだから、少し安心したわ」 「もしかして……これから一緒に暮らすに当たって、そういう事を確認するために、隠していたのか?」 「え? あ、あー……そうね。そういうことよ」 「………」 実際は俺を騙して楽しんでいただけだな。 「それで、どうするの、佑斗? ここなら吸血鬼のアナタでも暮らすことができるわよ? それとも病院に戻る?」 「確かに助かるが……俺は男だぞ?」 「しかも、ここは学院寮なんじゃないのか? 俺が住んでも大丈夫なのか?」 「あれ? 六連君、編入しないの? 学院には通わないの?」 「いや、卒業はしておきたいから、できれば編入しておきたいんだが」 「だったら、大丈夫よ。吸血鬼が通えるのは月長学院だけだもの」 「そうなのか」 「それに性別のことも気にしないわ。嫌なら最初から誘ったりしない」 「性別に関しては若干気になるけど……まぁ、事情を考えると仕方ない部分もあるから。それに、プライバシーはちゃんと守れるしね、この寮」 「各部屋に鍵はもちろん、トイレ・バス、小さいけれど冷蔵庫も付いているわ。さすがにキッチンはこの部屋にしかないけれど」 「元々、宿泊施設として作られた建物なんだよ、ここ。でも人気がなかったみたいで。結局学院が買い取って寮にしたんだって」 「だから、その気になれば他の人とあまり接触しないことも可能なのよ」 「他にもこの寮で暮らしている子はいるけど、ちゃんと確認済みだよ。とりあえずみんな、暫定的に了解はくれたよ」 「暫定的とは?」 「んー、実際に会ってみて、あまりに変な人だったらNGだって。でも、私は大丈夫」 「NGが出るほど変な人じゃなさそうだし、他の人も多分NGを出さないと思うよ」 「他の住人にはさっき店で会った、稲叢さんもいるわ」 「あー……もしかしてあの店で稲叢さんがじろじろ見ていたのは?」 「新たな入寮者の品定め」 やっぱりそうか。 とすると、あの時の「私はいいと思います」という稲叢さんの言葉は、俺が入寮することを認めてくれたという事か。 「改めて自己紹介させてもらうね」 「私は布良梓っていいます。今後ともよろしくね」 「あ、ああ。俺は六連佑斗といいます、よろしくお願いします」 「ちなみに、私は美羽ちゃんと同じ風紀班に所属してるんだよ。だからね、六連君の事情も知ってるよ」 「そうなのか。だが、そのことは秘密にしておいて欲しいんだ。そう頼まれているし」 「あ、うん、わかってるよ。平気平気、誰にも言わないから」 「私が言いたかったのはね、何か困ったことがあったら、何でも相談してくれていいってこと」 「私は人間だけど、この都市では六連君よりも長く暮らしてるし、ここの寮長だから。お姉ちゃんだと思ってくれていいよ!」 ちっちゃい身体を精いっぱい大きく見せて、胸を張る少女。 きっと、背伸びしたい年頃なんだろう。 「そうか。ありがとうな」 ぽむぽむ。 「お礼の言葉はともかく……どうして頭を撫でるのかな?」 「頭を撫でられるのは嫌いだったか? ならば、謝るが」 「ううん、そんなことはないよ。別に嫌いじゃないんだけど……なんだか、子供扱いしてない?」 「いいや、子供扱いなんてしてないぞ」 「そっかー。それならいいよー」 「子供じゃなく、妹のように思っている」 「やっぱりダメだよ! そんな変な目で見ないで!」 「大丈夫だ、安心してくれ。俺は妹相手に欲情するような男ではない。至ってノーマルだ」 「そういう問題でもないよ!」 「私は子供じゃないんだよ! 男の子に欲情されても全然問題ないお年頃だよ! いや、本当に欲情されても困るけど!」 「そっかそっか。子供じゃないんだな。小学生じゃないもんな」 「うっ、うっ~~、違うのに、そんなバカにされる歳じゃないのにぃ……」 「背伸びしたい年頃だとしても、あんまり欲情とか言わない方がいいと思うぞ」 「にゃーーーー! まず、その思い込みを改めなさーーーいっ!」 「佑斗、言っておくけれど、彼女は私と同い歳よ」 「………」 「……マジで?」 「マジで」 「そうだよ。その通りだよ! まったく、失礼しちゃう!」 プンスカと怒るその様は、やはり歳不相応に見えた。 これで、美羽と同い年か……。 ………。 神様は理不尽であるっ! 「ねぇ、何か失敬なこと考えてない?」 「いや、そんなことは考えていない。俺はただ、この不平等な世界の理不尽さに嘆いただけさ」 「??? なんだかよくわからないけど……まあ、いっか」 とにかく、ここの設備を聞く限り、プライバシーはちゃんと守れそうだな。 最初にルールをハッキリとさせる必要はあると思うが、それさえしっかりすれば必要以上の問題は起きないだろう。 とはいえ素晴らしい! 期待したところでラッキースケベなイベントなんて起こり得ないのがリアルだろうが、それでも夢を抱かざるを得ない辺りが素晴らしい! 「それじゃ世話になってもいいだろうか?」 「うん、もちろんだよ! よろしくね」 「ええ、よろしく」 「それで、この寮の他の住人は? 早めに挨拶をしておきたいんだが」 「もしかしたら、誰かはNGを出すかもしれないし」 「この時間に、誰かいるかしら? みんな、仕事を抱えているから」 「そうだねー。まだ深夜の2時だし、絶賛営業中じゃないかな」 深夜の2時に仕事か……未だにこの時差だけは慣れない。 「あー、でも、エリナちゃんは今日お休みだったような」 「なら、部屋にいるかもしれないわね」 「どうだろ? とりあえず、確認しに行こうか」 「悪いけど、佑斗はひとまずここにいてもらえる?」 「ああ、わかった」 それだけ言って、二人は部屋を出て行く。 「なにはともあれ、これでようやくゆっくりと休める」 寝ている間も気が抜けず、物音にビクつく日々はこれで終わりだ。 「それに病院食は、薄味だったからな。そろそろ味の濃い物が食べたいんだよな」 「久しぶりに何か料理でも作ろうかな……と、まずキッチンを確認しておくか」 俺は部屋の奥に設置してあるキッチンに近づき、設備を確認。 コンロは3つ、普通の家庭並みだな。 スペースはわりと大き目で、これなら料理するのに困らないだろう。 鍋は……さすがに寸胴はないが、普通に料理する分には大抵の物が揃っている。 「これなら問題なさそうだな」 満足し、明日辺り早速何か作るか? と考えていると、背後で扉の開く音がした。 梓と美羽が、帰ってきたのだろうか? 「はぁー、いいお湯だったー」 振り返ったそこには、見知らぬ女の子がいた。 しかも、バスタオル一枚で。 湯上りで赤くなった肌はきめ細かく、張りがあり、乾ききっていない髪から滴る水滴を弾く。 実に素晴らしい風景である。 「あり? えーっと……」 「あー……叫ぶ前に話を聞いて欲しい。俺は決して怪しい者ではない」 「俺は六連佑斗という、吸血鬼だ。今日からこの寮に世話になることになったんだが……何か話を聞いたりしてない?」 「ムツラユート……? あー、わかった、思い出した、ミューがそんなこと言ってたね。寮に人を増やしていいかどうかって」 「………」 どうやら俺の話はちゃんと聞いてくれているらしい。 それは確かに助かるのだが……バスタオル一枚で男の前に立っても物怖じしないのは、どうかと思う。 「あり? ミューの紹介じゃないの? ヤライ・ミュー」 「いや、合ってる。矢来美羽の紹介で、ここに来たんだ」 「あっ、やっぱり。ワタシはエリナ・オレゴヴナ・アヴェーンって言うの」 「えっと……エリナ・オレゴヴナ・アヴェーン?」 「おー、この国だと、オレゴヴナは馴染みがないだろうし、気にしないでいいよ」 「そういうものか」 「エリナも吸血鬼だよ、よろしくね、ユート。えっと、ユートはこの発音であってる?」 「ああ、問題ない」 「ワタシのことはエリナって呼んで。エリナもユートのことユートって呼ぶから。いいよね?」 「それは勿論構わない」 「ところで、この都市は留学生も受け入れているのか?」 「うん。ほら、ここは吸血鬼が統治する初めての場所でしょう? だから、国籍とか関係なく、色んな人がいるんだよ」 「エリナはちょっと特殊な留学生ってことになってるけど……まっ、細かいことは気にしないで」 「なるほど。さて、本題なんだが……」 「どうしてエリナは裸なんだ?」 「お風呂上がりに肌を晒しながらアイスを食べるって最高だと思うから」 「確かに、その意見には同意する」 「というか、ユート、ツッコミ遅くない? 早いだけの男はダメだけど、遅いのもどうかと思うよ?」 う~ん……軽く下ネタなのは、日本語が不自由だからだろうか? 「あとね、ちょっと確かめておきたくて」 「なにを?」 「ユートが女の子だらけのこの寮に入ってダイジョーブな人かどうか。そこをちゃんと見極めた方がいいかなって」 「偶然、こんなシチュエーションになったから、ついでにと思って」 「ああ、なるほど。そういうことか」 と、納得してしまっていいのか? 意図はともかく、その方法は芸人並みに身体を張ってると思うんだが。 「ユートは合格。至って普通だったからね」 「合格はありがたいんだが……もし俺が女の子の裸に異常なまでに興奮して、襲いかかるような男ならどうするつもりだったんだ」 「いや、さすがにミューがそんな人を連れてくるとは思わないもん」 「なるほど」 どうやら美羽は、かなり信用されているみたいだな。 確かに普通にいい奴だと俺も思う、からかったりする部分以外は。 「で、確認が終わっても未だに裸なのは、どういうこと?」 「えー、だって髪が乾く前に着ると、服が濡れちゃうよ。ワタシ髪が長いから、ある程度乾かしてから着ないと」 「それでも普通は髪をタオルで覆って、触れさせないようにしながら服を着ると思うが」 「……ユート……もしかして、天才……?」 「いや、そこまで凄いことを言ってないから」 「ともかく服を着た方がいい。風邪を引くかもしれないし」 「……んー、でもなー……今服を着るのは、ちょっと悔しい」 「悔しいって、一体何が?」 そんな俺の言葉には反応せず、不思議そうに俺のことをジッと見つめてくるエリナ。 なぜ、そんなに俺を見つめてくる? 「ユートはエリナの裸を見ても普通なんだね。目を背けたりしないの?」 「ん?」 「男の人はこういうとき見るのを、遠慮したりするんじゃないかな?」 「あ、ああ、なるほど。確かにそうだ。申し訳ない、エリナがあまりにも堂々としているから……」 「そうだな、女の子なんだから、見られたら困るな」 「そんなことないよ、失礼な! 別に見られて困るような身体じゃないもんっ!」 「えぇぇー!? そっちで怒られたー!?」 「ちょっと背は小さいかもしれないけど……でもねでもね、肌はまだツヤツヤだし、おっぱいの形と感度には自信があるよっ!」 「そんなところを、自慢されてもな」 「触ってみる?」 「………」 くっ! わかったぞ、これはきっと入寮テストだな。なんて悪趣味な罠を仕掛けてくるんだ。 「えっ……遠慮させてもらう」 「おかしいなぁー……やっぱり、ユートの反応はちょっと変だよ」 「男は女の裸を見たら、前屈みで勃起を隠しながら『ごめんなさいー!』って逃げるんじゃないの?」 「女の子が勃起言わない」 「あり? エリナ、間違えた? 勃起じゃないなら、性器が硬くなることなんて言うんだっけ?」 「ほら、セックスとかオナニーするとき、海綿体に血が溜まって圧力が上昇し、それで大きく硬くなる生理現象のアレ」 「勃起で合ってる! ナニからナニまで、完璧に合ってるからそれ以上言うんじゃないっ、こっちが照れる!」 「そかそか、間違えてなくて安心した。それで、ユートは勃起しないの?」 「あのなぁ……そもそもエリナは、俺を勃起させてどうするつもりなんだ?」 「別になにもしないよ? でもね、そんなこと訊くだなんて、ユートは本当に礼儀知らずだよ」 「……なに? どういう意味?」 「裸を見ておいて勃起しないのは女の子に対して失礼だとエリナは思うの」 「スルーされると悲しいというか、自信をなくすと言うか……だから、ちゃんと勃起させるのが男の人の礼儀じゃないかな?」 「――ッ!?」 「な、なるほど……目から鱗が落ちた。いや、申し訳ない。確かに今の俺の態度は礼儀知らずだったかもしれない」 「だよね? そうだよね? やっぱり男の人の勃起は礼儀だよ」 「というわけで、ほら、勃ーて、勃ーて♪」 「だからといって煽るな! 年頃の女の子だろうっ!」 だが確かに、男の礼儀としては、女の子が感想を求めて来たらとりあえず褒めるべきだと、誰かが言っていた。 ここは俺も、礼儀として褒めるべきだろう。 「……ワタシの身体、魅力ない? ダメかな? 欲情しない?」 「いや、いいおっぱいだ」 「揉んでみる?」 「そこ、そういう部分がダメだ。恥じらいが足りない」 「やだなー、ジョークだよ、ジョーク」 「だとしてもだ、そんなに堂々とジョークを言われると、魅力的な肢体でも背徳感と言うべきドキドキ感がない」 「もっとしなを作らないと。そうすれば男はドキドキすると思うぞ」 「シナ?」 「“しなを作る”とはだな、女らしく媚びるとでも言うか……たとえば身体をくねらせるとか、非常に女性っぽい仕草のことだ」 「おー、なるほどー」 「それから、恥ずかしそうに視線をそらして“きゃっ、やだ、もう……”とバスタオルの胸元をキュッと掴む」 「この時、ひそかに腕で両側から胸を抑え込んで、谷間を強調させる。ココ、ポイント」 「“きゃっ、やだ、もう……こんな恥ずかしい姿、見ないでよ、ユート……”」 「こんな感じ?」 「うん、いい感じだ。あと下着は純白清純派。エロに関しては寛容ながらも、羞恥心は忘れない。女の子にはこれ大事」 早速実践したエリナが、しなを作って恥ずかしそうにバスタオルをキュッと掴む。 その瞬間、留めてあった部分が緩み―― 「わっ、きゃぁっ!?」 ハラリと身体から離れるタオル。 驚き、咄嗟に引き寄せるエリナ。 ぎりぎり大事な部分は隠せているものの、それでも先ほどまでとは違ってわき腹の辺りや、プルンと綺麗なヒップのラインが露出している。 「あぅ……バスタオルが解けちゃった」 「あっ、それだっ! それ、それこそが恥じらいだ」 「え? 本当? ユート、勃起した?」 「だから勃起で確認しようとするな」 「へぇ、随分と仲がよさそうなのね、2人は」 「六連君が、六連君がそんな人だったなんて………」 「………」 「随分とお楽しみのようで。どうぞどうぞ、構わず続けてくれていいのよ?」 「やっぱり……六連君のセクハラはこの寮には相応しくないかもしれないね」 「待ってくれ、落ち着こう。まず落ち着いて事情を聴こう。これは別に変なことじゃないんだ」 「礼儀の話、本人に確認してもらえればわかるはずだから」 『………』 「エリナ、今ここで一体何をしてたの?」 「えっと……挨拶をして、勃起について教えてもらったよ。どうやったら男の人を勃たせられるか、って!」 「クソぉ、間違ってるのに間違っちゃいねぇ!!」 「あっ、それ知ってるよ! なぞなぞ。クイズだよね!」 「違うわいっ! いいからもっとちゃんと説明してくれ」 「ニホンゴムツカシイ」 「さっきまで勃起や海綿体まで普通に言ってたくせにぃっ!?」 「ぼっ、ぼぼぼ――勃起とか、海綿体とか……破廉恥だよ! セクハラだよ!」 「違う、本当に礼儀の話なんだ。国なんて関係ない、人間の――大人の男と女としての礼儀」 「やっぱり女の子の裸を見たら、とりあえず男は興奮するべきじゃないかと――」 「むっ……それは、確かにそうかも……大人なら、裸ぐらい……」 「どうして納得しかけちゃうの!? “大人=恥じない”っていうのはおかしいからね!」 「あと六連君、本当にそんな風に思ってるわけ?」 「……よくよく考えてみると、やっぱりそんなことはない気がしてきたかもしれない」 「とりあえず、エリナは服を着てきなさい」 「そうだよ。いつまでもそんな服装でいちゃダメっ、これは寮長命令!」 「ほーい。それじゃユート、またあとでねー」 「ああ、うん。またあとで」 ……無事に生きていたら、だけどな。 「それじゃ佑斗、話し合いを始めましょうか」 「あー……何分初心者なもので、お手柔らかにお願いします」 こうして俺は、二人のプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、これから始まる寮生活に、ちょっとだけ胸を膨らませるのだった。 「もー、六連君があんな人だとは思わなかったよ」 「私もよ。ごめんなさい、布良さん。アナタにまで迷惑をかけてしまって」 「え? そんな、美羽ちゃんが気にする事じゃないよ。悪いのは六連君だもん」 「そっちじゃなくて。いえ、それも含めてなのだけれど……佑斗をこの寮で受け入れるようにしたこと」 「あっ、そっちのことね。でも、それこそ、美羽ちゃんが気にすることじゃないよ」 「六連君が編入するなら、寮を使う権利はあるんだし、この寮の部屋には余裕があるんだから」 「それに風紀班の仕事の面から考えても、六連君を助けるのは普通の処置だと思うよ? あとね、困ってる人を助けるのは当然のことだよ」 「……ありがとう」 「でも、訊いてもいいかな?」 「なに?」 「美羽ちゃん、六連君に対してやたらと親切と言うか、なんだか自分から世話を焼きたがってるように見えるよ?」 「そう……かしら?」 「もしかして~、好きなの~?」 「……違うわよ、そんなのじゃない。稲叢さんもそうだけど、みんなそんな風に思うのね」 「そりゃそう考えちゃうよ、やっぱり。ねぇねぇ、本当に違うのー?」 「布良さんも知っているでしょう? 彼が吸血鬼になったきっかけ」 「え? あ、うん。資料で読んだだけだけど、一応は」 「私には責任がある。佑斗は謝らなくていいって言ってくれるけど、やっぱりそういうわけにはいかないでしょう?」 「だから、こうして世話を焼いているだけ」 「ふーん……じゃあ美羽ちゃんの目から見て、六連君ってどんな人?」 「どんなって……そうね……変な人、かしら?」 「……そうなの? あっ、もしかしてっ、その変っていうのは、変態っていう意味なの!?」 「違う。そうじゃなくて佑斗は……………………」 「六連君は? なに?」 「やっぱり止めた」 「なにそれー! 気になる、気になるよー!」 「私の意見で先入観を持ったりせず、佑斗と接した方がいいと思うの。だから、秘密」 「えー、美羽ちゃんのケチー」 「(そんなに心配しなくても、すぐに布良さんも気付くはずだから)」 「(だって私が吸血鬼と知っても、吸血鬼になった責任がある相手とわかっていても、全く態度の変わらない人が、そうそういるはずないもの)」 「はい、ジッとしててね」 言いながら、先生が俺の身体に注射器を打つ。 「あの、これは?」 「吸血鬼のビタミン剤みたいなものだよ。疲れ気味のようだからね、顔色悪いよ」 「連日の風紀班の捜査でちょっと……それより、検診の方は?」 「ああ、もうOKだよ」 まだ太陽がさんさんと輝いている時間、いつもの定期検診も終わり、俺は開いたシャツのボタンを閉じていく。 そんな俺の前に座る先生はカルテに色々書き込んでいるようだった。 「悪いね、今日はこんな時間に来てもらって」 「最近、少し忙しくてね。君とゆっくり話す時間を作るためには、こんな時間しか空いていなくて」 「それはいいんですが………………ゆっくり話す時間とは、どういう意味で?」 「そんな疑わなくても……ただの問診だよ」 「問診は非常に重要なことなんだからね。問診を侮る医者は、信用しない方がいいというのが僕の持論だよ」 「ああ、なるほど。そういうことなら気にしないで下さい。祝日ですから」 「ということで、自分としてはどうだい? なにか、気になるような自覚症状はあるかな?」 「いえ、特には」 「それなら結構。検診はいつも通りだ。特に問題はないよ」 「ただ少し疲れてるみたいだね? 顔が少しやつれてるし、眼の下にも隈が」 「ああ……それは、仕方ないことなので」 仮採用の期間も終わり、本採用されたことで風紀班の仕事が忙しく、最近は睡眠時間も減りつつある。 それでも、新しいクスリの情報を一向に掴むことができないのだから疲れも溜まる。 「風紀班の仕事がキツイ?」 「仕事量もそうですが、目当ての情報が手に入らなくて。そのせいで、余計にしんどく感じます」 「正体不明のクスリか……今わかっているのは、どれぐらいのことなんだい?」 「淡路さんが調べ直した情報も総合すると……とにかく、今流通しているクスリとは一線を画す物らしいです」 「それから、今までの主な流通ルートでは手に入らない物とも聞いてます」 「大きなルートは潰したり、《プッシャー》売人を捕まえたりしたはずなのに、なにも情報を得られないと《チーフ》主任がボヤいてました」 「そうか。なんとも歯がゆいね。規模が小さいうちに潰せるといいんだろうけど……」 「医者として、何か噂を聞いたりしたことは?」 「そうだね……聞いたことないかな。どこかの病院から薬が盗まれた、なんて話もないし」 「そうですか」 「ただ……今流通しているブツとは一線を画す、というのが気になると言えば気になるかな」 「これが宣伝文句なら問題ない。でも、もし宣伝文句じゃないとしたら……妙だよ」 「妙とはなにが?」 「いいかい? この都市は確かに、大きな犯罪組織を台頭させていない」 「その手の人たちにすれば、荒らされていない魅力的な市場に見えてるのかもしれない」 「でもそれは、言い換えると、自分たちの力が大きく及ばないことを指している。そうだろう?」 「そうですね」 「そんな場所で、新しいクスリを試したりするかな?」 「……なるほど」 「新しい物を試すなら自分たちの力が及ぶ、何かあっても揉み消せる範囲で、まずは試さない?」 「いきなりルートも確立していないこの都市でっていうのは変じゃないかな? リスクが大きすぎる」 「確かに、そうかもしれません」 「もし本当に、それが一線を画すような新しいクスリなら、本土でも噂になっているはず」 その線で調べれば、何かわかるかもしれない。 《チーフ》主任に連絡しておくべきだろう。 「助かりました、ありがとうございます」 「いや、なに。君の役に立てたのなら、僕はそれだけで本望さ」 「あれ? ノック?」 誰だ? 今はもう、俺も入院していないし、誰かが見舞いに来るようなことはないと思うんだが……。 「失礼するよ」 そうして入ってきたのは車椅子の女性。 子供市長と会った時、一緒にいたアンナ・レティクルという女性だった。 「アンナ様、もうそんな時間ですか。お待たせしてすみません」 「いや気にしなくていいよ。それよりも、六連佑斗君じゃないか。君も定期検診? 結果の方は?」 「変わりなしです」 「そう。健康なのはいいことだよ」 「ただ、疲労は溜まっているんだから、ちゃんと休みは取るようにね。じゃないと、僕は心配で心配で……」 「そんなに忙しい仕事とは? 六連君は、どこで働いているんだったかな?」 「風紀班ですよ。ほら、今は例のクスリのことで」 「ああ、なるほど。私も報告は受けているよ。確かにそれなら、今は忙しいだろうな」 「目に見える進展もあれば、もっと人員を導入することもできるんだろうけど、正直今は手探りだからね」 「地道にやっていくしかないと、覚悟を決めてます」 それに新しい情報も手に入れたところだ。これからまた進展があるかもしれないしな。 「あの、話は変わりますが、ライカンスロープに関することで進展は?」 「いや、特には……申し訳ないが、こちらも進展と言えるほどのものはない」 「調べ直してわかったことと言えば、記録に残されているライカンスロープは全員、生まれついての吸血鬼である、ということぐらいだね」 「そうですか、わかりました。それだけでも十分です」 「気のせいか……以前よりも明るくなってないかい?」 「そうですか? でも……そうかもしれません」 「理由を尋ねても?」 あの時の告白。 美羽の気持ちを知って、俺は別に怯える必要がないと思った。 例え俺がライカンスロープであったとしても、きっと一人にはならない。 真剣に悩んでくれる友達がいるから。 「……いい友達を持った、そう思います」 「そうか。それは何よりだ」 「六連君……」 「そんな風に僕のことを考えていてくれただなんて、感激だよぉぉぉっ!」 「アンタのことじゃねぇっ!」 「あ……つまりそれは友達じゃなく、それ以上の存在っていうことかい? 照れるなぁ、もう♪」 「……本当……そのポジティブさだけは、頭が下がります」 『つまり、本土のクスリに関しても、情報を集めてみた方がいいんじゃないか、そう言いたいんだな?』 「はい。全く進展しないのなら、そちらからのアプローチもいいんじゃないかと」 『なるほど………………確かにそうだな。この都市から始めるのは確かに変だ。本土の方ではすでに試されていてもおかしくない』 『わかった。その件についてはこっちから手配をしておく』 「よろしくお願いします。それじゃあ――」 『ああ、少し待て。調子の方はどうだ?』 「体調は問題ありません。今日も検診に行ってきたところですが、なにか?」 『いや、お前の吸血鬼としての、じゃない。風紀班としてのだ。布良や矢来も含めて、疲れているか?』 「それは……疲れてないとは言えませんが」 『だろうな。連日のスケジュールと共に、本命がこうも空振りじゃあな』 「重要な仕事です。仕方ないと思ってますよ、多分美羽も布良さんも」 『重要な仕事だからこそ失敗はできん。そのためにもやはり、休養が必要だ』 「休養? でも……」 『元々考えていたことだ。とりあえず目星をつけていたルートは全て洗った。休むなら今のタイミングが一番いい』 『お前らは貴重な戦力だ。もし、新たな情報が出てきたら、また休めなくなると覚悟しておけ』 ……仕方ないこととはいえ、『わかった』とは答えにくい言葉だ。 『詳しい日付けは追って連絡を入れる。希望があるなら、なるべく沿うようにしよう。あの二人にも、そう伝えておいてくれ』 「了解です」 そうして電話が切れ、俺は携帯をポケットに戻した。 これで少しは進展するといいんだが……。 「しかし、今日もいい天気だな……身体が気だるい。早く部屋に戻って、少し休もう」 「ただいま」 と、一応言ってみるものの、寮の中は静かなものだった。 それも当然で、時刻はまだ15時16分。みんなが起き出すのは早くても16時過ぎだ。 「俺も検診がなければ、まだまだ寝てただろうし」 「とりあえず、部屋に戻ろう」 「ふぅ……」 倒れ込むように、ベッドの上に寝転がる。 「ああそうだ、洗濯物が溜まってるから、洗濯しないと……」 「けど……このまますぐに眠れそうで……」 真昼間に起きたのと、連日のハードスケジュールで睡眠不足気味だった俺は、睡魔に抵抗することもできずに―― 「うわっ!? な、なんだ、電話か……ビックリした」 「はい、もしもし?」 『ようっ、元気か?』 「なんだ、直太か。どうかしたのか?」 『どうかしたのかじゃないだろ! 前に電話した時、その……女の子と同棲してるって……どういうことなんだよ!』 『俺に何の断りもなしに、そんな不埒な真似なんて、お父さん許しませんよっ!』 「お前みたいな童貞の父親を持った覚えなどない」 『どっ、童貞をバカにするな! くっ、その余裕……や、やっぱり、お前……大人の階段を、登りやがったな?』 「勘違いするな。別にお前が考えているようなことはなにもない」 『それじゃ、まだ俺たちは童貞仲間なのか?』 「ああ、そうだよ。悲しいかな、まだまだ童貞の道を歩んでいる」 『はぁー、なんだよかった。それでこそ、俺の親友。童貞を捨てる時は一緒だよな!』 「だから気持ち悪いって、お前」 『この際だから、色々確認しておきたいんだけどよー』 久々に直太とバカな話をしていると、いつの間にか眠気がどこかに吹き飛んでいた。 今さら寝る気もしないし……仕方ない。溜まってる洗濯物でも片づけるか。 元宿泊施設とはいえ、さすがに部屋の中に洗濯機までおけるスペースはない。 そのため、洗濯機は共用で大浴場の方に一台設置してあるので、洗濯物を抱えた俺は、大浴場へ向かう。 『つまり、この前の女の子とは何でもないんだな? 彼女とかできたわけじゃないんだな?』 「しつこいぞ。違うって言ってるだろう」 「金銭面の事を考慮して、学院の寮に入ったんだ。一緒に暮らしてるってのは、そういう意味だよ」 『なんだ、そういうことなのか。あー、ビックリした』 『ん? でもそれって、お前の部屋に女の子が来たってことじゃねぇの!?』 「別に個人的な用じゃない。ちょっとした連絡があっただけだ」 『でもいいなぁ、女の子が部屋に来るなんて』 「あのな、一緒っていっても同じ部屋で寝起きしてるわけじゃないんだ」 「お前が期待してるようなことなんて、そうそう起きたりしないぞ、現実はな」 俺は、世の中男の欲望通りに進むことはないと、《じゅんじゅん》諄々と説き伏せながら大浴場の扉に向かう。 そしてドアノブを掴み、無人の脱衣所へ―― ――否、無人ではなかった。 ――しかも彼女は、肌色でした。 「……え?」 「……え?」 『ん? なに? どうかしたのか?』 洗濯物を入れた袋が、手の中から滑り落ちる。 携帯の位置はそのままのはずなのだが、何故か直太の声が遠くなっていく気がした。 その代わりに、俺の意識が目の前の肌色に集中していく。 それは見事としか言いようがなかった。 張りのよさそうな肌と、可愛らしいピンク色の乳首。 局部はギリギリのところで見えていないのだが、それでも十分過ぎるぐらいの破壊力だった。 対照的なのは、稲叢さんの不思議そうな表情だ。 その凶悪なまでのわがままボディとは裏腹に、まるで子供のようなあどけなさを窺わせている。 というか、おっぱいでかいな。服の上からでもわかってはいたが、まさかここまでとは……。 素晴らしい、眼福とはまさにこのこと。 などと、どれぐらいの時間考えていたのかは分からないが、脱衣所はその間ずっと凍りついたままだった。 『もしもし? あれ? 切れてないよな? なのに、どうして何の反応もないの?』 電話から聞こえる直太の声が、静まりきった脱衣所に響き渡る。 「………」 「……六連、先輩?」 予期せぬ突然の事態に稲叢さんは、そのままの状態で、不思議そうに俺のことを見つめてきていた。 ただ、本能が察したのか、脱ぎかけのパンツだけはスーッと上に戻ってくる。 「……ふむ」 それに対して俺は、慌てず騒がず、落ち着いていつも通りの冷静な気持ちで相槌をうつ。 まずは、落ち着くことが重要だ。 俺が慌てたら、稲叢さんも慌てることになり、事態はパニックになってしまう。ここは慎重な状況分析が不可欠。 改めて確認すると、柔らかそうで大きい胸。 綺麗な足と、その付け根が描くトライアングル。 肌の露出は98%と言ったところか? 唯一のパンツも今は下がっていることだし。 つまり、ここから導かれる答えは―― はい、俺死んだー! 「……こ、ここで、なにを……?」 「いやっ、違うんだ。ちょっと洗濯をしようと思ったんだが、タイミングが悪かっただけで……決して悪意があったわけでなく……」 どう言い訳したものかと、俺が悩んでいる間も、パンツだけはゆっくりと稲叢さんの足を昇っていく。 「タイミング……」 そして、肝心な部分が丁度隠れた頃になって、稲叢さんも思考能力が回復してきたらしい。 まずい、大きな声で叫ばれたら、さらに大きな事態に発展してしまうっ! できることなら、穏便に事故で処理をしたい。勿論、過失は10:0で俺が全面的に悪くて構わないので、とにかく死にたくない。 主に社会的な意味で! 「ひっ、ひっ、ひっ、ひっ……あ、あぃ、あぅ、あにょわ――」 「待って、待ってくれ! 叫ぶ前に、まず話し合おう! 落ち着いてくれっ!」 「人と人は分かり合える、言葉は大変優秀なコミュニケーションツールだ! つまり、叫ぶ前に話し合う事が重要だ!」 「はっ、はなっ、はなしっ――」 「そう。話し合いだ。とりあえず、服を着てくれるだろうか?」 「俺は共有スペースで待っている。そっ、それじゃ――」 それだけ言って、意思と身体の接続を回復させて、扉を閉めた。 「――~~~~~っ!!」 直後聞こえたそれは、まさに声にならない声と言えた。 彼女をそんな風に辱めた罪悪感と共に、稲叢さんも男に裸を見られるのは恥ずかしいという常識を持っていたことに、安堵する。 「その手の性知識がほぼ壊滅だからな」 「一緒にお風呂に入りますか、先輩? なんて言われたら、俺の理性もどうなっていたことやら……」 『ちょっ!? 一緒にお風呂って何? その前に、裸を覗くとも聞こえたんですけど!? お前、今の空白の時間に何があった!?』 「あっ、悪い、予想外の事故が起きた。今すぐ対応する必要があるから、切るな」 『え? あっ、おいっ!?』 『なにか欲望通りの事が起きたんじゃないか? 答えんかーーーーいっ!!』 ――数十分後。 俺は、共有スペースで、静かに稲叢さんと向き合って座っていた。 「………」 「………」 「六連先輩、えっちです」 「はい……申し訳ありません」 「今回のこと、全て[わたくし]私に問題がありました。言葉で足りなければ、なんなりと仰って下さい。謝罪をさせていただきます」 「いえ、わたしも六連先輩がワザとそんなことするだなんて、思ってませんから」 「今回のことは、事故なんですよね?」 「言い訳になりますが、脱衣所には洗濯のために向かっただけで、そういうつもりではありませんでした」 「この時間なら、全員寝ているだろうと思って、油断していました。ごめんなさい」 「油断していたのはわたしも同じですから」 「稲叢さんは、この時間によく風呂に入るの?」 「お風呂じゃないんですが……シャワーはよく」 「そうなのか」 「今までにこんなことなかったので、わたしも完全に気を緩めちゃってました」 「だ、ダメですよね、ちゃんと気をつけないと」 「ちなみに、せ、先輩は……その……あの……見ちゃいましたよね、わたしの、その……」 「申し訳ない」 「いえ、仕方ないです。あの距離でしたし……見えちゃいますよねぇ」 「………」 うーむ、非常に申し訳ない。 まさか、あんなほぼ全裸の姿を見てしまうだなんて……。 「もしかしてわたし……もう、お嫁にはいけないんでしょうか?」 「そんなことはないだろう。……いや、犯人の俺が言うのもなんなんだが」 「とにかく、悪いのは全面的に俺だ、稲叢さんに責任はない。だから、お嫁にいけないなんてことはないさ」 「そうですか、よかったです」 「それに、稲叢さんぐらい魅力的な女の子なら、引く手あまただろうとも」 「そそ、そんなことないですよ。わたし、これまでモテたりしたことなくて……告白なんてされたこともありませんし……」 「………」 高嶺の花と思われていた……いや、あまりの純粋で無垢な様子に、踏み込んではいけないと思わせたのかもしれない。 「それはともかく、今回のこと償わせてもらえないだろうか? そうでもしないと気がすまないから」 そうか……あの時、俺に殴って欲しいって言ってた時の美羽も、こんな気持ちだったのかもしれない。 謝罪したい内容には、天と地ほども差があるが。 「んー……償いと言われても……」 「なんでもいいんだ。俺には拒否する権利はない」 「そこまで申し訳なさそうにされると……わたしも困ります。別に実害があったわけじゃなくて、事故で裸を見られただけなんですし……」 「事故で裸……先輩に、裸を……お、おっぱいまで………………~~~~~っ!!」 「大丈夫っ! 稲叢さんの身体は凄く綺麗で、魅力的だったから。恥じるようなことなんて何もないぞ」 「は、はぁ……ありがとうございます?」 「でも、やっぱり恥ずかしいですよ、身体を褒められるだなんて。その……先輩のえっち」 「……ごめんなさい」 俺の本心は、稲叢さんをさらに辱めることになったみたいだ。……残念。 「とにかく、何でもいい。稲叢さんの気が済むような謝罪をするから」 「えっと、そう言われても……」 「本当になんでもいいから」 「わかりました。それじゃあ、先輩は今日のご飯、一食抜いて……」 「でもそれだと、お腹が空いて先輩が可哀そう」 「俺のことなら構わない。むしろ、その程度でいいの? と、確認したいぐらいだ」 「なら、こうしませんか? お詫びに、一度お料理を作って下さい。それで、この件はなかったことにしましょう」 「料理? 俺が?」 「はい、お任せします」 料理……罰としては軽いと思うが、あまり重いと稲叢さんも心苦しいのだろう。 ならば、ここら辺が落とし所か。 「わかったよ。それなら、腕によりをかけて作らせてもらう」 「もしかして六連先輩、料理に自信がある人なんですか?」 「自信はない。特に稲叢さんの料理は美味しいから。代わりになるような物を作れるとは思ってないよ」 「だが、謝罪の気持ちとして、精一杯作らせてもらう」 「はい、よろしくお願いしますね」 「それじゃ、この話はここまでということで。あんまり引っ張られちゃうと、わたしもまた思い出してしまうので」 「そうすると……さすがに恥ずかしいです……」 「わかった。だったら、料理するときは日頃のお礼、ということでさせてもらうよ」 「はい。よろしくお願いします」 ようやく話に決着がつき、稲叢さんがいつもの優しい笑みを取り戻す。 そのタイミングを計ったかのように、部屋の中に起きてきたみんなが入ってくる。 「おはよう」 「おっはよー」 「おはよう」 「やぁ、おはよう。今日もいい夜になりそうだね」 「おはよう」 「おはようございます、みなさん。すぐにご飯の準備をしますね」 「よろしく」 「あっ、そうだ、先輩。これ、洗濯物、落としたままでしたよ」 「そういえば、落としたままで、拾った記憶がなかったな」 「洗濯物? そんなのどこに落ちてたの?」 「うん、脱衣所のドアのところに。多分、さっきわたしの裸を見たときに、落としたんだと思う」 「そうか。あまりに衝撃的で、洗濯物のことをすっかり忘れてしまってたよ」 「おーーっ!」 「え? あの……2人とも、それってどういう意味?」 「どういう意味とは?」 「いや、だから――」 『さっき、裸を見たときぃ?』 狙ったように重なった声に、俺の身体が硬直する。 「――あっ」 気付いた時には、もう遅かった。 俺の背後から恐ろしいほどのオーラがこぼれ出していた。 「どういうことかしらねぇ、佑斗」 「うん。どういうことなのか、教えてくれないかな?」 「よし、2人とも落ち着こう。そんなピリピリしてもいいことはないぞ」 「何を言っているのかしら? 私は勿論、落ち着いているわよ」 「そうだよ。六連君ってば変なこと言うよねぇー。私も美羽ちゃんもこんなに落ち着き払ってるのにね」 「ええ、私も人生で何度あるかわからないぐらい、思考はクリアよ。安心なさい」 「そんなこと言いながら、銃を取り出すのを止めてくれないかな、布良さん……というか、寝起きになんで持ってるんだ?」 「布良さん、その銃の模擬弾ってどれぐらい痛いの?」 「聞いた話だと、へヴィー級ボクサーのパンチ並みだとか」 「それ、当たり所が悪かったら普通に死ぬからね」 「その程度じゃダメね。佑斗は身体を強化して、実弾にも耐えられるんだから」 「吸血してなきゃ完全に額に穴が開いてたことを忘れないでいただきたい」 「とにかく説明して! 私は寮長として、聞かなきゃいけないと思うの」 「………」 まあ、これぐらいの罰はあってしかるべきかもしれんな。 料理をするだけじゃ、やはり申し訳ないし。 俺は覚悟を決めて、静かに目を閉じた。 だが、今日のことが、後日であんなことになろうとは……この時の俺は知る由もなかった。 「なんなんだよ、チクショウ。さっきから全然繋がらないし」 「切れる前は前で、裸を覗くとか、夢が広がる言葉を言ってたし……まさかアイツ……本当に?」 「くそぉーっ! こうなったらぁぁぁぁっ!」 「……んっ、んん?」 「なんだ、こんな時間に……」 さっきからチャイムが、何度も何度も寮内に響き続けている。 「おいおい……まだ、12時半じゃないか。折角のゴールデンウィークに、こんな時間にチャイムを鳴らしまくるなんて、一体どこのバカだ?」 「きちゃった、てへっ♪」 「………」 よく見知ったバカだった。 俺は直太の前に、淹れたてコーヒーをおく。 と言っても、ただのインスタントだが。 「おっ、サンキュー」 「で、どういうことだ? どうしてお前が、ここに?」 「そりゃ勿論、また旅行しに来たんだよ。前回の風俗代、まるまる残ってるから旅行の資金は結構あるし」 「その風俗の件で、お前は島外退去処分になっただろ?」 「その件に関しては、初犯だったこともあって、何とか許してもらえた」 「ちゃんと、正面から正規のルートを通って来たから安心しろ」 「ならいいが……で、今日はどうしたんだ? ここには童貞を処分してくれるようなお姉さんはいないぞ」 「その手の店に行くつもりはない」 「どうした? この前はあんなに脱童貞にこだわってたのに」 「前回の身分詐称の件もあって、その手の店には近づけないんだよ。ブラックリストにも載ったらしいし」 「だから、今日は友達に会いに来ただけ」 「つーわけで、元気してたか? マイフレンド」 「おかげさまで。日々健康に過ごしてるよ」 「なんか、迷惑そうな顔だな」 「せっかく友達が会いに来たんだから、もう少し嬉しそうな顔をしてくれたっていいだろ」 「来るなら来るで、もう少しまともな時間に来い。こんな真昼間に来やがって……ふああぁぁ~~」 「はぁ? それじゃ真夜中に来いっていうのか? そっちの方がよっぽど迷惑だろう」 「………………ああ、そうか。そうだな」 ……こうして話すと、俺もすっかり吸血鬼になったんだなって思う。 いつの間にか、真昼間=迷惑という図式が、頭の中にあるなんて。 「昨日は夜更かししてな」 「いくら連休だからって、気を抜くのはよくないぜ」 「まあな。今度からは気をつける」 「で?」 「……なに?」 「だーかーらー、同棲してる女の子だよ。電話で声を聞いたぞ。それにこの前なんて裸を見たって言ってたじゃないかっ!」 「その子はどこに?」 「どこって……まだ部屋で寝てると思うが?」 「部屋で、ねっ、寝てる、だとっ!? まっ、まさかそれって……お、お前の部屋で、か? 一緒にいたのか!?」 「そんなわけないだろう。自分の部屋でちゃんと寝てる」 「そっ、そうか。ならいいけど、ビックリさせるなよ」 「ところで……この、立派な建物が本当に寮なのか?」 「元は宿泊施設だったらしい。それを買い取って寮にしてるんだと」 「へぇー。だから結構オシャレなのか」 「言っても、先月引っ越しを終えたところだからな。説明するほどのことは知らないが」 「今後の生活費の問題もあるし、あまりお金のかからない方法で暮らそうとすると、この寮に入ることになった」 まぁ、非常に大きな理由を省いてはいるものの、嘘は吐いていない。 よもや、吸血鬼の俺が住める場所がここしかなかったと言うわけにもいかない。 「なるほどねぇ……くぅっ、いいなぁっ! 女の子と一つ屋根の下で暮らせるだなんて!」 「だからな、世の中お前が思うほど、理想通りには――」 「でも、裸見たんでしょ? 言ってたの、電話で聞こえたよ?」 「………」 「見たんでしょ?」 「ああ、見た。事故であるのは間違いないが、見てしまった」 「いいなー、チクショウ」 「そうは言うけどな、実際目の当たりにすると凄く気まずいぞ」 「これからも一緒に過ごす仲間だし、他の寮生には白い目で見られるし、下手すりゃ犯罪者だ」 「あー、確かになー。一緒に暮らしてるってのは、メリットでもありデメリットでもあるよなー」 「だろう。色々と苦しいことも多い。共同生活というのはそういうものだ」 「そっかー。世の中そうそう上手い話なんて、ないんだなぁー」 「………」 「………」 「ちなみにその子、胸は?」 「超巨乳」 「やっぱりお前勝ち組じゃねぇかよっ! 頼むから、その立ち位置変わってくれ!」 「止めておけ。それほどいいものでもないから」 「勝ち組の余裕にしか聞こえねぇっ!」 コーヒーカップを机に叩きつけるほど興奮する直太。 俺はそんな直太との会話のノリに、懐かしさを覚えながら静かにコーヒーを啜る。 と、その時、部屋の扉がゆっくりと開いた。 「ふぁぁぁ~……ドーぶらエ・ウートら……」 「なぁにぃ~? さっきからなんだかうるさいよぉ~」 「こんな時間から騒がないで欲しいのだけれど」 「……六連先輩、どうかされたんですか?」 ぞろぞろと入ってきた女性陣を見た、直太の動きがピタリと止まった。 「この素晴らしく可愛い女の子たちは?」 「この寮で一緒に暮らしている学生たち」 「どう考えてもお前は勝ち組のリア充じゃねぇかよっ!!」 「倉端直太ですっ、よろしくお願いします」 「……よろしくー」 「どうも」 「よろしく、お願いします」 「あれあれ? みんなどうしたの? 元気ないねー」 まぁ、これだけの女子を前にして、気合いが入っているのはわかるが、こちらは寝ている最中に起こされたのだ。 テンションが上がるわけもない。 「ちょっと六連君」 「なんだ、布良さん」 「急に困るよ。彼、本土の人ってことは、吸血鬼さんのことを何も知らないんでしょう?」 「ああ。全く何も知らないはずだ」 「そういう人をお客さんとして呼ぶなら、せめて前もって連絡ぐらいは………………ふぁぁぁ、眠い」 「申し訳ない。だが、誓って言うが、俺も知らなかったんだ」 「直太が突然押し掛けてきて。かといって、さすがに追い返すわけにもいかなくて、つい」 「そうなの? まぁ、六連君も知らなかったのなら仕方ないけど……」 「でも気をつけてね。バレちゃうと、あの人にとってもよくないんだから」 「わかってる。とにかく、当たり障りなく、この寮からは出ていってもらうから」 「うん。よろしくね」 「いやー、こんなに可愛い女の子と一緒に暮らせるなんて、佑斗は本当に幸せな奴だな」 「あれ? そう言えば、ニコラは?」 「ニコラなら、まだ寝てると思うよ。眠りが深いタイプだから」 「なんだと、まだ寮の知り合いがいるのか!?」 意気込むように、直太が俺に顔を近づけ、小さな声で確認をしてくる。 「その子、可愛い?」 「可愛いかどうかと聞かれると、可愛い方だと思う」 「マジでか!?」 「男のわりには」 「なんだ、男かよ。男なら別にいいや」 「お前って、本当にわかりやすい奴だな。いっそ清々しいよ」 「で、お前はこれからどうするんだ?」 「俺? どうするって……?」 「俺の生活を確認するだけなら、もう終わっただろう」 「中に入ったし、ここの寮生もニコラを除けば全員紹介し終えたんだから」 「……なんか、俺に一刻も早く帰って欲しいような言い草だな、お前」 正直に言えれば楽なんだろうが……それは無理だ。 かといって追い出すために、ひどいことを言うのもどうかと思うし。 ……困ったな。 「別にそこまで言うつもりはない。だが、この寮にはゲームもないから、ゆっくりしても暇なだけだぞ」 「そうなのか? 折角、海上都市に来たんだから、ボーっとしてるのはもったいないよな」 「風俗に行くなら、一人で行ってくれ」 「おいぃっ! バッ、ばばば、バカなこと言うなよっ! もう!」 「あの、今の、冗談です、冗談ですからね。男同士だとこういう下品な冗談もあるだけなんで。俺はそんな人間じゃないですよ」 「あっ、思い出した。アナタ、佑斗と一緒にいた――」 「あぁ!? よくよく見たら、あの時のご主人様じゃないですか!」 「一度会っただけなのに、よく覚えてるな、お前」 「当たり前だろう。ご主人様は、俺の恩人だからな」 「……どこに恩を感じる要素があったんだ?」 「とにかく、前は満喫できなかった分、今日は色々遊びたいんだ」 「だから案内してくれよ」 「俺がか?」 「なんだよ、嫌なのかよ? せっかくゴールデンウィークを利用して来たってのに」 「嫌というわけではないが、俺も仕事があるからな。案内している時間があるかどうか……」 「えー、そうなのか?」 「人の予定も考えずに行動するから、こういう事になるんだ」 「……すみません」 「それに、俺も案内できるほどこの街に慣れ親しんだわけでもないからな。基本的な場所ぐらいなら、案内できなくもないが……」 「あっ、ならさ、よかったらみんなで一緒に遊びに行きませんか?」 「え? 私たちも?」 「そう。君たちは、この都市に慣れてるんでしょう? ほら、ご主人様はこの前も案内してくれたわけですし」 「まあ、そうね。確かに案内はできると思うけれど……」 「美羽も何の疑問もなく『ご主人様』を受け入れるなよ」 「私たちもお仕事があるから」 「わたしは実は休みです。よろしければ、わたしがご案内しましょうか?」 「あっ、エリナも今日お休みだよ。なんだったら、エリナも行こっか?」 「ほ、本当に!? 一緒に来てくれるの? ありがとう、嬉しいよ! いやー、いい人たちだなー」 「……うーむ」 さすがに、2人に任せて、「じゃ、俺は仕事があるから」とは言えないな。 直太は俺の友達で、稲叢さんたちは今日初めて会うんだから。 さすがに放り出すのは無責任すぎるだろう。 「わかった。ちょっと仕事場に電話して、今日休めるかどうか確認してみる」 と言っても、最近のスケジュールを見ていると、難しいだろうが―― 『ああ、構わんぞ』 「うん?」 『だから、仕事を休みたいんだろう? 構わないと言っている』 『前にも言ったはずだぞ。休養は必要だと。なのにお前らときたら、希望日すら言ってこない』 『大体、お前らがそんなに働き詰めだと、責任者の俺も休めないんだ。少しは年上を気づかえよ』 「……もしかして、本心はそこだけじゃないんですか?」 『やかましい。とにかく、休養も必要なことだ。受理しておく。ついでだ、布良と矢来も休みにしておくから、そう言っといてくれ』 「了解です」 『ゆっくり休日を堪能して来い。――っと、そうだ。もう一つお前らに伝えておくことがあった』 「それは仕事のことで?」 『ああ、例のクスリの噂だ。本土の方でも調べてもらった』 「それで、実りの方は?」 『ない。アッチでも、ぶっ飛ぶような新しいクスリは、噂すら聞いたことがないそうだ』 『つまり――やはり、この話には何か裏がある。この海上都市で試さなきゃいけなかった何かがな』 「裏ですか……」 『こいつはどうも、本土の組織が食い込もうとしてるだけじゃなさそうだ。何か起こっているのかもしれん』 『どこかに出かけるなら、お前らも気をつけろよ。まぁ、何もないとは思うがな』 「了解」 「一線を画すようなクスリ……しかも、この海上都市で流通させる意味、か……」 今の話を反芻しながら、俺はみんなが待つ共有スペースに戻っていった。 「OKが出た」 「おっ、マジか? よかった!」 「それじゃ、ユートも一緒に行くんだね?」 「ああ。それと、美羽、布良さん」 「なに?」 「え?」 「2人も今日は休みにしておくと、伝言を預かった」 「そうなの?」 「まあ、以前からそろそろ一度、休むようには言われていたものね」 「でも、急に休みにされてもなぁ……何の予定もないよ」 「私だってそうよ」 「なら、2人も一緒にどうだ?」 「……うーん、そうしよっか」 「それもいいわね」 「ま、マジで? まさか本当に、俺みたいな奴の案内をしてくれるだなんて……」 「コレはもしかして……一人ぐらい、俺に一目惚れしてるんじゃないか?」 「人の優しさを自分勝手に捉えると、痛い目を見るから気を付けろよ」 「あの、みんなで遊びに行くなら、ニコラ先輩とひよ里先輩をお誘いしてもいいですか?」 「いいんじゃないかな。だが、起きてるかな? ニコラはともかく、大房さんはこの寮にはいないし」 「でも、やっぱり知らなかったら寂しいと思うんです」 「こんな時間だもんね。とりあえずヒヨリには、メールだけして、返事が来たらでいいんじゃないかな?」 「そうだね。うん、そうする」 「ニコラにはあとで、俺の方から声をかけてみるよ」 「はい。よろしくお願いします。それで、どこに行くんですか?」 「みんなで楽しめる場所がいいよね」 「とすると……カラオケとかですか?」 「カラオケは本土にもあるから、もっと違う場所の方がいいんじゃない? もっと、この都市ならではの方が」 「それなら、オーソドックスにカジノかしら」 「あとボーリングとか、プールとか……でも、どっちも海上都市特有ってわけじゃないから除外かな?」 「そうね。その方がいいかも――」 「プール! 素晴らしい、プールに行こう、プール!」 「え? でも、プールは別に、この都市ならではの場所じゃないですよ?」 「いくら案内をしてくれるとは言え、やっぱりみんなが楽しめる場所の方がいいじゃないか。あと水着だし」 「それに、プールなんて久々だから、行ってみたい。あと水着だし」 「本心だだ漏れだな、お前」 「でも、そうかも。確かにプールだと、みんなで遊ぶことができるね」 「それに、ミューとアズサも、折角のお休みなんだから、息抜きしたいでしょう? プールならピッタリじゃない?」 「そうね……プールなんて、久しく行っていないし……いいかもしれないわね」 「一応、確認なんだが、俺たちって水は大丈夫なんだっけ? ほら、流れる水とかの伝説があっただろ?」 「ええ。海水じゃなければ問題はないわ。ホテルのプールなら、私たち用の対応もしているし」 「そうか、ならいい」 「年中オープンしてるって思うと、また今度でいいや、って思っちゃうんだよねぇ」 「わたしも、去年行ってからは」 「それじゃちょうどいい、プールで決定ということで!」 「やった! 提案してみるもんだなぁ」 「まあ、みんなが文句ないのならそれでいいんだが。直太、お前は水着を持ってるのか?」 「向こうに行って買うさ。観光地のプールなら、水着ぐらい売ってるだろ」 「お前は?」 「どっかにあったとは思うんだが……どこにしまったか、思い出せないんだよな」 「まあ、探してみるよ」 「あっ、そう言えば今年の水着ってまだ買ってなかった」 「わたしも。でも、買いに行ってたら、時間がなくなっちゃうよね」 「去年の水着じゃダメなのか? デザインが気に入らないとか?」 「いえ、そうじゃないんですけど、その……入るかどうか心配で」 「最近、また胸が大きくなってきちゃって」 「えーーっ! リオ、またおっぱい大きくなったの? とりあえず確認のために、揉んでもいい?」 「え? 揉むのは構わないけど……」 「………………不公平。私も、去年の水着が入らないかも、っていう心配してみたい」 「……ふんっ。大きすぎるのも、どうかと思うわ。もっと重要なことがあるんじゃない?」 「美羽ちゃんが怒ってるのは、なんか納得いかないなぁ。いやみだよ」 「でもその前に合成パックが飲みたくなってきちゃった」 「合成パック?」 「にょわっ!?」 「稲叢さん、ジュースは部屋で準備しながら飲む方がいいんじゃないか。時間もあまりないし」 「そうだよ、リオ。ほら、ここには他の[・]人もいるんだから」 「あっ! そうでしたね、ごめんなさい。思わずつい……本当にごめんなさい、これからは気をつけますから」 「本当、注意しなきゃダメだよ」 「ジュース飲むぐらいで何をそこまで気にしてるんだ?」 「まぁ、色々あるんだよ。年頃の女の子にはな」 まさか、直太の前で吸血鬼用の合成血液パックを飲むわけにはいかないからな。 いくら中身がジュースの味だとしても、あの真っ赤なパックはこの街以外じゃ考えられない。 ………………ん? なんだ? 一瞬なにか、変なことを考えたような……? 「……どうした? 急にボーっとして」 「ん? あ、いやなんでもない」 本当に必要なことなら、また閃くはずだ。 少し時間をおいて考えてみよう。 「それにしても……ああいう[ガー]女[ルズ]子トークって、いいよなぁ」 「そうか? 男がいる前では止めて欲しいと思うが」 「さて、俺はニコラに声をかけにいこうかな」 「さっき言ってた、ここにはいない寮生か?」 「そうだ。興味がないとは言っていたが、別に誘っても問題はないだろう?」 「勿論だ」 「それじゃ、ちょっと行ってくる。お前はここを動くなよ」 「ああ、わかった」 「ニコラ? こんな時間からすまないが、ちょっといいか?」 扉越しに声をかけるが、反応はない。 当然寝てるからだろうが、みんなで遊びに行くのに声もかけずに置いていくはひどすぎる。 「ニコラ?」 試しにドアノブに触れると……あっ、回った。 そうして、ゆっくりと扉を開けて、初めてニコラの部屋に入る。 おっ、おぅ……さすがの部屋だな。モノトーンの調度品に加え、このシャンデリア。 もう本当に、生活そのものが吸血鬼っ! って感じだ。 しかも部屋の中心には棺桶って、気合入ってるなぁ。 「が……なんだ?」 部屋の中を見渡して、異様なことに気づいた。 「ベッドが、ない?」 そもそもニコラの姿が見えないのだ。 でも、確かにここはニコラの部屋で、ちゃんと部屋で寝てるはずだよな……? まさか、風呂場で寝てる、なんてことはあるまい。 そう思いつつ、一応確認してみるが、当然そんなところに姿はない。 「となると……いや、だが、そんなことがあるのか?」 俺の視線が、異様な存在感を放つ棺桶に集中する。 ……まさかとは思うが……。 恐る恐る、棺桶の蓋をノックすると、中に空間が存在する音が返って来た。 「に、ニコラ? もしかしてこの棺桶の中なのか?」 「んっ、んぅ……誰?」 「俺だ、六連佑斗だ」 「佑斗君……? どうかしたの? ボク……まだ眠いんだけど……」 「すまない、こんな真昼間に。詳しい説明は省いて用件だけ述べるな」 「実は本土の方から俺の友達が突然遊びに来て、今からプールに行くことになったんだ」 「美羽に布良さん、エリナと稲叢さんも来る。だから、ニコラもどうかと思って」 「プール? うーん、パス……眠い……それに今日、仕事だから……」 「そうか、わかった。悪かったな、起こしてしまって」 「ボクの方こそゴメン、せっかく声をかけてくれたのに」 「いや、気にしなくていい。ゆっくり眠ってくれ。おやすみ」 「おやうみ……」 蓋の下から、再びニコラが眠る気配。 まあ、時間も時間だから、これも当然の反応だろう。 「しかし、棺桶で寝るなんて寝辛くないのか?」 拘りに生きるその様は、素晴らしいと思うが、そこまでする意味がさっぱりわからなかった。 「みなさん、お待たせしてごめんなさい」 「おはようございます、ひよ里先輩」 「おはようございます。今日はお呼びいただき、ありがとうございます」 「いや、こんな時間に……しかも急な話で申し訳ない」 「いえいえ、私のことなら気にしないで下さい。呼んでいただけて、本当に嬉しいです」 「でも、寝てたんじゃないの?」 「えっと……はい、寝てました」 「でも少し早めに寝ていたので、睡眠時間としては十分ですから、大丈夫です」 「そう言ってもらえると」 「それより、みなさんの方こそ大丈夫なんですか?」 「正直に言うと、少し眠い」 「だがアイツは、吸血鬼のことを知らない旅行者だから。深夜に遊んで不審がられると困る」 「そうなんですか。でも……」 「そんな人とどうしてお友達に?」 「あっ、それはワタシも気になってた」 「本土の人とお友達だなんて、六連先輩は顔が広いんですね」 「……まぁ、色々とな」 「あっ、ごめんなさい。別に深く尋ねる気はないですから」 「すまない」 「気にしない、気にしない」 こういう個人の事情に対して深入りしない部分は、凄く助かる。 「なぁ、早く行かないか?」 「そうだな」 「どこのプールに行くんですか?」 「いや、まだ決めてないんだが」 「おススメは『オーソクレース』にあるプールだよ」 「ほう、そのココロは?」 「他のところよりも、少し広いの。あと、プールも完全にレジャー用だから」 「他のホテルのプールだと、運動のために泳いでいる方もいるので、物静かな雰囲気なんです」 「『オーソクレース』ならそんなことないし、ぶつかったりする心配もないんだよ」 「なるほど」 「それじゃ、プールはここでいいよね」 「着替えて、中で集合ということでいいわよね?」 「ああ」 「それじゃ、またあとで」 「ねぇ、ユート。エリナの着替え、見たい?」 「バカなこと言ってないで、早く着替えに行け」 「ダー」 「しかし、いい天気だな」 「結構なことじゃないか。気温もあったかいし、絶好のプール日和じゃないか」 「……まぁ、そうなんだろうな」 俺が直太と話していると、向こうから着替え終えた女の子たちがこちらに向かって歩いてくる。 「……ノリで来てみたけど……やっぱり、少ししんどいわね」 「そう? 私は全然平気だよ! むしろ、ちょっと楽しみなぐらい。こんな風に遊ぶなんて、久々だもん」 「寝不足の上に、こうも晴天だとね」 「でも、ここの天井ってある程度、日光対策が取られた特別なパネルなんでしょう?」 「吸血鬼さんにも配慮されてるって聞いたけど?」 「確かに、外で直接浴びるよりはマシだけれど……それでもマシというだけよ」 言いながら小さく息を吐く美羽は、その気だるげな態度とは裏腹に実に健康的な素肌と言えた。 すべすべとしてそうな、きめ細やかな肌。 十分に女を感じさせる雰囲気。 それを隠そうともしない、小さめの水着。 というか、恐ろしいほどにローライズだな。大丈夫か? なんか、胸よりもそっちの方が気になる。 しかしまぁ、似合っている。もの凄く魅力的だ。 「思っていたよりも、露出が高いんだな」 「そうかしら? これでも、セクシーではなく、可愛さ路線で選んだつもりだったのに。似合ってない?」 「いや、そんなことはないぞ。よく似合っている。むしろ、似合いすぎているぐらいだ」 「………そっ、そう」 「………」 顔を赤くするぐらいなら、最初から聞かなきゃいいのに……。 そう思うが、そこは複雑な乙女心というやつか。 「ああ、素晴らしい。いいよいいよ、凄く似合ってるし、可愛い」 「布良さんも、可愛らしいな」 「え? 可愛らしいって……そ、そうかな? 去年のだし、ちょっと子供っぽくないかな?」 「そんなことはないと思うぞ。少なくとも、子供にはない色気がちゃんとある」 「本当に? 嘘、吐いてない?」 「ああ。勿論本当のことだ。可愛いぞ」 「そう言われると、照れるなぁー。へへへ」 布良さんの水着は、少し子供っぽい部分もあるものの、子供には出しえない女の魅力が確かに存在している。 「2人とも、凄く魅力的だ」 それを証明するかのように、周りにいる男たちの視線を釘付けにしていた。 そこにさらなる追撃がかかる。 「お待たせー」 「すみません、遅くなっちゃいました」 「着替えるのに手間取ってしまって……」 そうして出てきた3人も、これまた魅力的という他ない、見事な光景だった。 「急に水着を着たので……少し恥ずかしいですね、あはは……」 「でも、似合ってるよ。凄く可愛い」 「あの……男の方に褒められたの初めてです。こういうとき、どうすればいいんでしょうか?」 「俺に訊かれても……。とりあえず、無礼だと思ってないなら、普通にお礼を言えばいいんじゃないかな」 「そうですか。だったら、あの……」 「ありがとうございます」 「いや、本当のことだから。可愛らしいよ」 セクシーという点に関しては、大人し目なのだが、 「むーーーっ、ユートってばヒヨリばっかり」 「別にそんなつもりはない」 「それならユート、エリナの水着はどう? 去年に買ったやつなんだけど、結構お気に入りなんだよ」 「セクシーでしょう?」 「……セクシー?」 「あー! 何その反応! 失礼しちゃうよっ!」 「いや、すまない。別に似合ってないわけじゃない。むしろ、よく似合っていると思う」 「黒の水着に、ピンクのポイントが利いていて、可愛らしい」 「本当に? なんだか、今、微妙な反応をしなかった?」 「まあ、セクシーかどうかと聞かれると、困るが……似合っているのは本当だ。魅力的だぞ」 「そうでしょう? 常日頃から、身体のお手入れは怠ってないからね」 「そういう現実の苦労を見せるのは止めてくれ」 「ゴメンゴメン。でも、そっか……にひひ~、褒めてくれてありがとう、ユート」 黒の妖艶さと、ピンクの可愛らしさの二面性をよく着こなしていると思う。 そして、そんなエリナの後ろから真打登場。 水着自体はワンピースで、他の3人に比べると、そこまで肌の露出は大きくない。 ただ、やはりその胸元の存在感には、その場にいた男たち全員が息を呑んだ。 「やっぱりこの水着ちょっときついです……また買い換えないと」 「そうなのか?」 「あの、六連先輩。この水着、変じゃないでしょうか? 大丈夫ですか?」 「ああ。稲叢さんにピッタリだと思う」 「稲叢さんのお淑やかな感じが出ていて、凄く可愛いよ。あと、セクシーだ」 「そうですか、よかった。変だって言われたら、どうしようかと思いました」 張りのあるおっぱいを軽く揺らしながら、安堵の息を漏らす稲叢さん。 ……改めてみると、やはり凄い大きさだ。 「似合わないはずがない! いや、みんな凄く似合ってるよ!」 「俺、海上都市に来てよかったぁ~……絶景だなぁ」 その気持ちはわからないでもない。 学園に通って、バイトして、寝て、の毎日じゃこんなイベントは発生しなかっただろうだから。 「つかお前、よくそんなにポンポン、褒め言葉が出てくるね」 「見たままのことを口にしただけだぞ? あと、語彙も少ないしな」 「ねぇねぇ、ユート。エリナにオイルを塗ってくれないかな?」 「コレはまた、定番ネタで攻めてきたな」 「ここって屋内だぞ? オイルって塗る必要あるか?」 「あー、それは……女の子にはそういう日もあるんだ」 「うっそ、マジで!? そっか、生理って日焼け対策もしなくちゃいけないのか……本当、大変だな」 「まぁ、それでいいんだが……俺はお前のことがちょっと心配になってきた」 そんなに素直になんでも受け入れていると、詐欺とかに遭わないだろうか? 「エリナ、実は肌が弱いんだよ。でも、ムラができると困るし。だからお願い、ユート」 「別に、構わないぞ。日焼け対策は重要だからな」 「ありがとう、ユート」 「リア充めリア充めリア充めリア充めぇぇぇぇ」 「……怖いよ、お前」 「それじゃ、私たちはどうしよっか?」 「あの布良先輩、実はお願いがあるんですが……」 「お願い? なに?」 「わたしに泳ぎ方を教えてくれませんか?」 「もしかして莉音ちゃん、泳げないんですか?」 「はい、あんまり泳いだことなくて。苦手なんです……」 「そういうことなら、任せておいて。私が手伝ってあげるからねっ!」 「本当ですか? ありがとうございます」 「……俺も向こうに行こう」 「ねぇ、エリナ。あとでそのオイル、貸してくれない?」 「うん。全然構わないよ」 「美羽も肌が弱いのか?」 「強い方ではないわね。それに、今は少し身体も気だるいから。念のためにね」 「大丈夫か?」 「ええ。別に病気なわけではないわ。ただちょっと、天気がいいから」 「そういうことなら。だが、無理はするなよ」 「ありがとう。それじゃオイル、よろしくね」 「なんだったら、美羽の分も俺が塗ろうか?」 「え? それは……」 「遠慮しておくわ。変な期待をされても困るもの」 「失礼なことを言うな。別に何もしやしない。背中にオイルを塗るだけだ」 「と言っても、別にごり押しをするつもりはないが」 「あっ、そうだ。だったら、エリナが塗ってあげるよ、ミューの身体に」 「それこそ遠慮しておくわ」 「えー……どうして? 遠慮なんてしなくていいんだよ? 身体の隅々まで、エリナが塗ってあ・げ・る」 「そう言って、くすぐったり、変なところを触ろうとしたりしそうだから嫌なの」 「あり? バレてる?」 「わかり易いもの」 「てへ♪」 「ほら、早く佑斗に塗ってもらいなさい」 「うん、それじゃお先に。ユートお願いね」 「ああ。わかった」 そうして背を向けたエリナの身体に、ムラなくオイルを塗っていくのだった。 「ほら。こっちは終わったぞ。オイル、ここに置くから」 「うん? ありがとう、佑斗。エリナは?」 「稲叢さんが泳ぎの練習してるから、そっちに行った」 「そう。それじゃ、ありがたく借りるわね」 言いながら、美羽はオイルを手に取り、自分の身体に塗っていく。 脚から太ももへ、その後は手から鎖骨へ、細く綺麗な指先がきめ細やかな肌をなぞる。 そして、オイルが塗られた肌がキラキラと光る様は、どこかエキゾチックに思えた。 ………。 「佑斗の目、欲望まみれでいやらしい」 「それだけ美羽の身体が綺麗なんだ」 「………」 「まぁ、私は大人だもの。童貞坊やを魅了することぐらい、容易いものよ……ふっ、ふふ」 「………」 どうして美羽は赤面してまで、自らを追い詰めるようなことを言うんだろう? わけがわからないよ。 「ほら、見るだけならもっと見ていいわよ。お触りは厳禁だけれど」 「ふむ……」 「なら、お言葉に甘えて、じっくりと見させてもらおう」 「え? あ、ちょっ、ちょっと本当に……?」 「見るだけなら、いいんだろう? 美羽は大人だから、俺みたいな童貞の視線なんて気にしないんだろう?」 「もっ、もちろんよ。ふふっ、これだから童貞は」 「……ジー……」 「………」 「ジーーーーーーー」 「………」 「ジーーーーーーー」 「くっ、くぅぅぅ……」 俺の遠慮のない視線に晒された美羽は、身体を揺らして太ももの辺りを擦り合わる。 なんとか羞恥心をこらえているみたいだったが、ついに限界に達したらしい。 「い、いつまでみてるのよ、いやらしいっ」 「見ていいって言ったのは、美羽の方じゃないか」 「いつまでもとは言ってないでしょう。もうお終い。これ以上はお金取るわよ」 「おっぱいの谷間に千円札を挟もうか?」 「最低ね……その返しはないと思うわよ、佑斗」 「金を払ってでも見る価値はあるということで、納得しておいてくれ」 「にしても、美羽ってSのくせに、責め返されると弱いよな」 「だから前にも言ったでしょう? 私はSじゃなくてMよ」 「………」 今となっては、それも冗談に思えなくなってきた。 なぜなら、実は恥ずかしい言葉を言う事で、自分をイジメてるんじゃないかと思えてたから。 もしそうなら、恐ろしいぐらいのMだな、美羽って。 「そう言えば、佑斗はオイルを塗ったの?」 「いや、まだだ。美羽が塗り終わったら借りるつもりだ。その後、一緒に泳がないか?」 「それとも、体調があんまり良くないか?」 「そうね。やっぱり本調子とは言えない」 「そっか」 「でも……佑斗がせっかく誘ってくれたんだから、断ることはできないわね」 素直なような、素直じゃないような……まあいいんだけど。 「それじゃ、ユート。早速お願いしてもいい?」 「ああ、わかった。背中だけでいいだろう?」 「………」 ぬぅ……いつもはふざけてばかりのエリナだが、こうしてみると、意外と色っぽいな。 ブラのベルト部を除くと、完全に背中が露出しており、うなじが見えるのがなかなかGOODだ。 「ユート?」 「いや、すまない。すぐに始めるからな」 言いながら、俺は手の平にオイルを溜める。 そして手の平全体を包み、 「それじゃ――」 背中に手を……てっ、手を………………くっ! 別におっぱいを揉むわけじゃなく、平面に触るだけだ。緊張する必要なんてないんだっ! コレは背中、背中。全然気にすることじゃない。 よしっ! いくぞっ! 「とぅっ!」 「ひゃうぅっ!」 背中に手を這わせると、エリナが大きく身体を震わせた。 「なんだ? どうかしたか?」 「なんだじゃないよ。つーめーたーい」 「なるべく優しくしたつもりだったんだが」 「そういう意味じゃなくて。オイルが冷たいの。もっと、手の平でこねて、人肌に温めてから塗って欲しいな。それとも……」 「悶えさせるのが、ユートの趣味?」 「全然違う。謝るから許してくれ」 「女の子にオイルを塗るなんて初めてだからな。無知なだけだ、すまない」 そうか、まずはオイルを温めるのか。 手の平でこねるように、オイルをかき混ぜていく。 くちゅくちゅ……ぬっちゃぬちゃ……。 「ユート、なんだか変な音するよ? もしかしてユート、パンツ下ろしたりしてる?」 「下ろすか。オイルをかき混ぜていたら、こういう音が出るのは当然だろう」 「それに下ろしたとしても、男はこんな音は出ない」 「へー……そういうものなんだ?」 と言ってはみたものの、確かに凄く気になるな、この音。 目の前の綺麗な背中のせいもあって、血が下半身に集中しそうだ。 「これぐらいでいいだろう。それじゃ塗るからな」 「どんとこいっ」 「んっ、んん……ぬるぬるするよ、ユートのオイル。それに温かい……」 「妙な言い方をするな」 「せーえきみたいって思った?」 「……だから、濁した部分をワザワザ口にするんじゃない。もうちょっと気を使ってくれ。こっちの気持ちが萎える」 「ゴメンゴメン。でも、ぬるぬるするんだもん」 「オイルなんだから当然だろう」 エリナからは見えないかもしれないが、空気を含んで白くなったオイルは精液に見えなくもない。 精液を塗りたくっているとか変態すぎるし、ちょっと萎えてくる。 「それに、くすぐったいんだもん」 「もうすぐ終わるから」 エリナの背中の大半はもう塗り終わっている。 残りは……ブラのベルトの下だな。 って、これは一体どうすればいいんだ? 「なあ、エリナ」 「ん? なに? もう終わったの?」 「いや、まだなんだが……最後にベルトの部分が残っている」 「あー、ベルトを引っ張って、手を差し込んでくれていいよ?」 「え? 引っ張って大丈夫なのか?」 「心配し過ぎ。さすがにそれぐらいでブラはずれたりしないよー」 「なるほど。そういうものか」 言われて俺は、エリナのブラのベルトを引っ張ってみた。 意外と普通に伸びるもんだな。 おっぱいを固定してるから、もう少しキツキツかと思っていたが、意外と緩いんだな。 「じゃあ、続けるぞ」 「あぐぅ、ちょっと待って。ユート、痛いよ。もう少し緩めて」 「スマン。どれぐらい引っ張っていいのかわからなくて………………おわっ!?」 少し慌てて、俺は引っ張っていた力を弱めようとしたとき、指先がヌルっと滑った。 そして丁度指先が、ブラのホックに触れ――プツッ。 偶然にも指先が勝手にホックを外してしまい、固定を失いブラのベルトががはらりと宙を舞う。 「ふぇっ、ひゃうあっ!?」 こっ、これが伝説の高速片手ブラホック外しかっ! 今の感触を忘れないように覚えておけば、いつか役に立つかもしれん。 ――って、なんてバカなことを考えている場合じゃなかった。 「す、すまない、エリナ」 「も、もう、ユート、急に外すだなんて。外すなら外すで言ってくれないと、ビックリするよ」 「……俺が言うのもなんだが、まず外されたことを怒るべきだと思うぞ」 「とにかく、すまない。ワザとではなかったんだが……」 「本当に? 実は、エリナのブラを外してみたかったんじゃない?」 「いくら興味があったって、そんなことをするわけないだろう」 「そもそも、童貞の俺にブラのホックを外せると思うか? 否、できるわけがない」 「……ユートって、どうして童貞であることをそんなに自信満々にアピールできるの?」 「とにかく、本当に申し訳ない」 「んー……まぁ、ユートがそう言うなら。ユートは卑怯な嘘を吐いたりしないもんね」 「信じてもらえてなによりだよ」 「まあ、外れちゃったものは仕方ないから、そのままオイルを塗っちゃって。塗りやすいと思うし」 「わかった」 「で、塗り終わったら、またホックをつけてね」 「わかった」 「――って、なんだと!?」 「だって、エリナが手を後ろに回したら、おっぱい見えちゃうよ」 「さすがにワタシも露出して興奮するような性癖はないから。責任とってね、ユート♪」 「………」 「……わ、わかった」 外した俺にも責任があるからな。ここは大人しく従っておこう。 そうして俺は、宙をさまようベルトの両端をつまんで、ホックをかみ合わせるのだった。 「つ、疲れた……」 今の作業はなかなか精神的にくるな。 「やっぱり変なことを考えてたのね、佑斗」 「……だから違うって」 「エリナ、年頃の女の子が異性にそんなことを頼むものじゃないと思うぞ」 「えー、そうかな? ゲームとかなら、よくあるシチュエーションなんだけど」 「エリナ。あとで構わないから、そのオイルを貸してくれない?」 「ミューも塗るの?」 「天気がいいから、一応念のためにね」 「ああ。だったら、2人で塗り合えばいいんじゃないか?」 「同性だし、それなら問題はないと思う」 「あっ、そっか。それなら確かにアリだね」 「いえ、ナシでしょう。というか私、エリナにオイルを塗ってもらうのは、嫌な予感しかしないのだけど?」 「にっひっひ、身体の隅々までオイルを塗ってあげるね、ミュー」 「え? あ、ちょ、ちょっとエリナ、待ちなさいっ!」 「わー、ミューのお肌、スベスベだねぇ。触ってるだけで気持ちいいかも。うりうりぃ~」 「ひやぁんっ! ちょっ、ちょっとっ! ダイレクトに触らないでっ」 「にひひ~。可愛いのう、可愛いのう」 「いいからっ! そこは自分で塗れるからぁっ! ひゃぁんっ!」 「自分で濡れるだなんて大胆だねぇ。でもダイジョーブ、エリナが濡らしてあげる♪」 「それ、意味が違うでしょ!?」 「キッ、キマシタワー! 百合も全然アリだな。むしろ、もっとやれって感じだ」 「さてと、折角来たんだから、プールを堪能するか」 「お前も犯罪者みたいな目をしてないで、こっちに来い」 「え、えー……もっと見てたいのにぃ……」 「え? ちょ、ちょっと佑斗、エリナを止めて」 「あっ、ミューの弱点みーっけ。ココでしょう? ココがいいんでしょう?」 「よくない、よくないって言ってるでしょ、いい加減にしないと怒るわよ、エリナっ」 「あの、六連先輩」 「うん? どうかしたのか?」 「六連先輩は、ちゃんと泳げますか?」 「ちゃんとかどうかはわからないが、溺れない程度には」 「でしたら、わたしに泳ぎを教えてくれませんか?」 「あれ? 莉音ちゃん、泳げないの?」 「……はい、恥ずかしながら。苦手なんです」 「そうなのか? わかった。俺でよければ手伝おう」 「本当ですか? よろしくお願いします」 「でも、ちょっと意外ですね」 「うん。莉音ちゃんって、別に運動できないわけじゃないよね?」 「はい、そうなんですが……走ったり、泳いだりするのは、あまり得意ではなくて……」 「どうしてでしょう?」 「………」 『そりゃおっぱいのせいだろう』 と思いつつも、誰もそのことを口にはしなかった。 稲叢さんの場合、ツッコミ待ちとかじゃなく、本当にわかっていないみたいだしなぁ。 そもそも男が口にすると、ただのセクハラにしかならないし。 「布良さんは? 実は泳ぎが苦手、なんてことは?」 「ううん、平気だよ。こう見えても、スポーツは全般的に得意だからね」 「確かにそういう印象はあるな」 なにも水泳に限ったことじゃない。 風紀班に所属し、働いているのだから、運動神経は悪くないはずだ。 「なら、布良さんも手伝ってくれないかな?」 「泳ぎを人に教えるなんて初めてだから、あまり自信がないんだ」 「うん。わかったよ。私にできることなら」 「私もお手伝いします」 「それじゃあ、よろしくお願いします」 そうして俺は、布良さんたちと共に、稲叢さんの泳ぎの指導に入った。 泳げないわけではないのだが……やはり、たわわに実った二つの果実が結構邪魔をしているようだ。 そんな彼女の身体を支えたり、腕の動かし方を教えたり。 「………」 「やっぱハーレムじゃねぇか? お前の生活って」 泳ぎを教える俺を見て、直太はポツリと呟いていたが、俺は聞かない振りをした。 あと、ちなみに―― 「ふふ、ミューってば可愛い」 「だから、そこはリアルにダメって」 プールサイドの百合空間は、未だ衰えを知らずに繰り広げられていた。 俺たちの指示に合わせて、手足を動かす稲叢さん。 教え始めて2時間ほど経っただろうか? 形は結構様になってきた。 ゆっくりとしたスピードだが、危なげなく水をかき分けていく。 「その調子だ、稲叢さん」 「うん。泳げてる泳げてる」 「それじゃ、ここまでだ。ここまで泳いだら、休憩しよう」 「はいっ――けほっ、ごほっ、ごほっ!」 「泳いでる最中には返事をしなくていいから」 「とにかく、身体に意識を集中させて下さい」 「ふぁい、けほごほっ」 「だから、泳いでる最中に返事はいいから」 それでもいちいち返事をして、むせてしまうのが稲叢さんらしいといえばらしい。 苦しそうにむせながらも、彼女は手足を止めることはなかった。 大きく腕を回し、無理のない程度のスピードで、着実にこちらに近づいてくる。 そして―― 「――ぷぁ、はぁ……はぁ……」 「ほら、ちゃんと泳げたじゃないか」 「そうそう。綺麗に泳げてたよ」 「ほ、本当ですか? ありがとうございます、これもみなさんのおかげです」 「いいや、これは全部稲叢さんが自分で頑張ったことだ」 「そうですよ。私たちは普通のことを言っただけなんですから」 「いえ、教えてもらえなかったら、ここまで泳げなかったと思います」 「本当にありがとうございます」 「なんだか、そんなに言われちゃうと照れるね……へへへ」 「そうだな。別に礼を言われるほどのことでもないと思うが」 「とにかくおめでとう、稲叢さん」 「20mぐらい、綺麗に泳げてましたよ。あの分ならきっと、もっと長い距離でも大丈夫なはずです」 「私もそう思うよ!」 「みなさんのご指導のおかげです。でも、さすがにちょっと疲れちゃいましたね」 「そうだな、休憩しよう。疲れてフォームを崩しては、意味がないからな」 「はい」 「でしたら、飲み物でも飲みながらゆっくりしませんか?」 「そうですね」 「先に行っててくれ。直太と美羽とエリナにも声をかけてくる」 ちなみに、3人もプールで遊んでいたりしたのだが、今はプールサイドで休んでいる。 俺は水に入ったまま、3人に声をかける。 「楽しんでいるか?」 「まぁ、それなりに」 「ワタシは凄く楽しいよ、ミューの弱点も見つけられたしね。にひひ~」 「まったく……本当、最低……」 「その後、仕返しでエリナにもオイルを塗ったくせに。おあいこなんだから、もういいじゃない、ね? それよりユート、どうかしたの?」 「ああ、こっちは少し休憩することにしたから、一緒にどうかと思って」 「勿論構わないわよ」 「エリナもへーき。それじゃそっちに戻るよ」 「そうね。それじゃ、私たちはプールサイドを回っていくわ」 「なら俺は、このまま戻る」 そう言ってから俺は、稲叢さんたちが上がろうとしている場所に向かう。 まず最初に稲叢さんが梯子を使って、プールサイドへ。 続いて、布良さんが梯子に手をかけて登っていく。 そんな彼女に続いて、俺も上がろうと顔を上げると―― 「ふぅー……疲れた」 そこには、布良さんのお尻があった。 食い込んだパンツに指を突き入れ、そのままクイっと引っ張っている。 指が潜り込んでいることで、隠されているはずの部分が見え、一瞬だけ奥の方まで見えたような気がした。 実際ならば、その部分は黒い影で、ロクに見えるはずがない。 だが、こんなときでも吸血鬼の目はその特殊性を発揮し、丸みを帯びた綺麗な肌色のお尻を捉えていた。 意図せずして、ガン見してしまったのだが……この場合はどうした方がいいのだろうか? 謝った方がいいのか、それとも気づいていない振りをすべきなのか? 悩む俺の横を、誰かが泳いで行ったのか、少し大き目の波が起こる。 そして身体とぶつかった波が、パシャリと水音を響かせた。 「……え?」 「……あ」 目があった。 そしてそのまま硬直、俺の方も不用意には動けない。 「えっと……美羽ちゃんたちを呼びに行ったんじゃ?」 「声だけ掛けて、もう一度プールを横断したんだ」 「それじゃ、いつからそこに?」 「ここに着いたのは、ついさっきと言えば、ついさっきなんだが……」 「あわ、あわわ……もしかして……み、みみみ、見た?」 「………」 誤魔化すのは無理そうだな、これは。 仕方ない、正直に言おう。 「綺麗な尻だった」 「きっ、きき、綺麗なお尻って、それじゃやっぱり、み、見たんだ!? さっきの、見たんだね!?」 「スマン。もう少し注意すべきだった……だが、ワザとじゃないんだ。そして、これだけは言っておく」 「凄く魅力的だった」 「~~~~~っ!?」 「あのっ、そのっ、ごっ、ごめんね、見苦しいものを見せちゃって」 「いやだから、見苦しいなどとは全く思っていない」 「で、でも、私なんかのお尻を……お尻……」 「み、見られた……私の、お尻、見られた……~~~~っ!!」 「ごめんなさいっ! 私なんかのお尻を見せちゃって、ごめんなさぁぁぁぁぁぁいっ!」 「あっ、おい、布良さんっ!?」 謎の謝罪をしながら、そのまま走り去っていく布良さん。 被害者面ならともかく、加害者面して逃げていくなんて、初めてだ。 「六連先輩? 布良先輩はどうかしたんですか?」 「ハッキリとはわからないが、事態に困惑して逃げ出したみたいだ」 「個人的にはちゃんとフォローしたつもりだったんだけど」 「所詮、佑斗のフォローだものね」 「失敬だな」 「なら聞くけど、一体何をして、彼女に何を言ったの?」 「尻を褒めた」 「……は?」 「だから、はしごで上がっている最中に尻を間近で見てしまったので、その尻を褒めた」 「そしたら謝りながら逃げ出したんだ。わけがわからん」 「それは、えっと……本気なんですか?」 「いや、尻を見たと言っても、当然水着越しだぞ? なのにどうして布良さんが謝ってくるのか……」 「そうだね。身体を褒められたのに、逃げるなんて変だよね」 「あの、普通に恥ずかしかっただけなのでは?」 「だからといって、布良さんが謝る必要はないと思うんだが?」 「とにかく布良先輩を追いかけた方がよくないですか?」 「そうだな。とにかく、機嫌を直してくれるよう、もっと褒めてみる」 「……実は布良さんをイジメて楽しんでませんか?」 「というかだな、なんなんだ、アイツ。裸見たり、お尻見たり、ハーレム過ぎるだろ」 「あっ、そういえばエリナも半裸を見られたかも」 「私も胸を見られたわね」 「アイツ、それで文句言ってるの!? どんだけ贅沢なんだよっ! リア充爆発しろっ!」 なにか直太の叫びが聞こえてきたが、気にせずに俺は布良さんを迎えに行くのだった。 「わかった。俺でよければ」 「ありがとうございます」 「六連君は泳ぐの得意なんですか?」 「得意というほどではないが、少なくとも波があっても大丈夫な程度には」 「それなら安心ですね」 そう言えば、これからは海で泳ぐことはないんだよな……。 そう考えると、あの潮の感じが懐かしくなるから不思議だ。 「早速始めようか、稲叢さん」 「はい。よろしくお願いします、六連先輩」 「………」 「お前の生活、やっぱりどう考えても勝ち組じゃね?」 「先に確認なんだが、稲叢さんはどれぐらい泳げるんだ?」 「うーん、そうですね……上手く言えないんですが、いざ泳ごうとすると、上手く身体が動かせなくて……」 「なら、別に水が怖いというわけじゃないんだな?」 「それは大丈夫です。ちゃんと水に顔をつけることもできますよ」 「だったら、水の中で始めよう」 きっと、身体に動きを覚えさせれば、すぐに泳げるようになるだろう。 「そう、いい感じですよ。そのまま下半身が沈まない程度に、水を蹴って下さい」 「焦らなくていいからねー。リラックスして、リズムを崩さずにー」 「次は、顔を水につけてみようか」 「はい」 「それじゃ、俺が腕を引っ張るから。まず泳ぐ感覚を覚えていこう」 言いながら、俺は稲叢さんの腕を引っ張る。 無駄な力は入っていないのでちゃんと浮いており、補助ありながらも問題なく泳いでいく。 「そうそう、いい感じだ」 「そのまま、そのまま」 俺たちの声援に気を良くしたのか、稲叢さんは水を蹴る足を強くする。 「リズムは崩さないように」 「いい調子ですよ、莉音ちゃん」 「そのままの体勢だよー」 さらに強くなるバタ足。 元気なのはいいのだが……少々、バタ足が強すぎな気がする。 「稲叢さん、さすがにバタ足が強いと思う。もう少し落ち着いて」 「あっ、あの、もっとゆっくりで大丈夫ですよ」 そんな声は届かずに、稲叢さんの蹴りはどんどん強くなる。 しかもそれは吸血鬼の蹴りなので、かなりの水が飛び散って。 「ちょっ、ちょっと、稲叢さん、落ち着いて!」 「というか、六連君」 「なんだ?」 「莉音ちゃん、息継ぎしてないよ?」 「……うん?」 そういえば、稲叢さんの優しそうな笑顔を見ていない。 俺がそのことに気づくと同時に、突然稲叢さんのバタ足が止んだ。 そのまま、水面にプカーっと浮かび上がり、ピクリとも動く気配がない。 「あわっ、わわわっ! 六連君、莉音ちゃんを早く起こしてっ!」 「おい、稲叢さん、稲叢さんっ!?」 「しっ、しっかりして下さい、莉音ちゃん!?」 「稲叢さん!」 「けほっ、うぇほっ、あっ、はぁ……はぁ……」 「しっ、死ぬかと思いました」 「息継ぎしようよっ!」 「でも、布良先輩が“そのまま”と言ってくれたので、体勢を崩しちゃいけないと思いまして。そしたら、息が苦しくなって」 「悶えるほど苦しくなったなら、ちゃんと息継ぎはすべきだ」 「……あの、責任逃れじゃないんだけど……これって私が悪いのかな?」 「常識の範疇で考えるのなら……多分、無罪じゃないでしょうか」 生真面目にもほどがある。天然じゃなければ、軽い嫌がらせだ。 とにかく“これぐらいわかるだろう”ではなく、一からしっかり漏れなく教えなければ。 軽くOKしたのものの、責任重大な仕事だな、これ。 「いやー、楽しかったぁー」 「そいつは結構なことだ」 プールで遊んで数時間、夕方も過ぎて、ようやくいつも起き出すような時間となった。 「んふぅ……さすがに眠いかも」 「こんな時間に遊ぶだなんて、なかなかないもんね」 「そういう莉音ちゃんも眠そうだよ」 「ちょっと、頑張って練習しすぎたかもしれません」 「でも、ちゃんと泳げるようになってましたよ」 「楽しかったけど、今日は鬱陶しいぐらいに日差しが差し込んでいたわね」 「確かにな」 少し俺も疲れた。 いくら対策が取ってあったとしても、やはり吸血鬼に日光は毒だ。 「さてと、それじゃ少し早いけど夕食に行くか?」 「そう言えばお前、ホテルは?」 「ん? ああ、『グロッシュラー』に泊まってる」 「おー、リッチだねー」 「ふふん、まあな」 「大方、貯めてた15万円で、豪遊しているんでしょう?」 「ご主人様っ、それはわかっていても内緒にしておいて下さいよっ!」 「で、チェックインはもうしてるのか?」 「いや、荷物だけ送って、チェックインはまだだけど?」 「なら先に、チェックインしてきたらどうだ? 別に急いでるわけじゃないだろう」 「ああ、確かにそうかもな。それじゃ、ちょっくら行ってくるから、待っててくれよ」 「わかったから、早く行って来い」 「おうっ」 「さてと、俺は何か飲み物でも買ってくる。みんなはどうする? 何か買ってこようか?」 「え? いいの?」 「付き合ってくれたささやかなお礼だ」 「それじゃ、オレンジジュース」 「私は……コーラをお願いしてもいいかな?」 「私は大丈夫。気持ちだけでいいわ」 「わたしも大丈夫です」 「すみません。私も、オレンジジュースをお願いしても……」 「遠慮しなくていいよ。それじゃ、オレンジジュースが2つとコーラだな」 「わたしも一緒に行きましょうか?」 「いや、これぐらいの量なら一人で大丈夫だ」 言いながら、俺は近くの自動販売機に向かった。 そして、オレンジジュースとコーラ。それに自分の分のシュプライトを買う。 ただ、正直な気持ちで言えば、今はこういうジュースじゃなく血が欲しくなる。 と言っても、合成血液の話だが……。 「帰ったら飲むか」 「ふいぃ~、疲れた~」 「ねむぅいー」 「でも、今眠ったら、今度は中途半端な時間に起きて、面倒なことになりそうね」 「確かにそうかもです」 「みんな、今日はありがとう。付き合わせて悪かった」 「何言ってるの、行くって決めたのは私たちだし」 「そうそう。それに、楽しかったよ」 「はい。わたしも楽しかったです。それに、泳ぐ練習もできましたし」 「ちょっと疲れたけれど、リフレッシュはできたわ。こちらがお礼を言いたいぐらいよ。佑斗、ありがとう」 「そう言ってもらえるなら助かるよ」 「あと、連れ出したのは直太だ。機会があったら、アイツに礼を言ってやってくれ」 「んっ、んん~~……それじゃエリナは部屋に戻って寝ようかなぁ、スパコイナイ・ノーチ……」 「スパ? なんだって?」 「スパじゃないよ、スパコイナイ・ノーチ。おやすみってこと」 「あ、でもいいですね、スパ」 「わたしは先にお風呂に入っちゃいます。布良先輩と矢来先輩はどうしますか?」 「そうね……疲れた身体にはよさそうだし、入ろうかしら」 「それじゃ、私も一緒しようかな」 「え? みんな入るの? だったら……エリナも一緒に入ろうかな、折角だし」 「それじゃ、共同浴場の方を使いましょうか」 「ちなみに六連君、覗いたりしたら撃つからね。めっ! だよ」 「だから、アレは事故だと何度も言ってるじゃないか……」 「いっそ、その股間を撃ち抜いてみたら? そしたら性欲がなくなるかもしれないわよ」 「そんなことはしないから恐ろしいことを言わないでくれ、冗談とはいえ………………じょ、冗談……だよな?」 「そうだよ、そんなことしたら、ユートが可哀そうだよ」 「エリナ……ありがとう、俺のことを信じてくれて」 「まだ未使用の新品なのに、使えなくなるなんて可哀そうだよっ!」 「それは本当に庇ってくれてるのか微妙なラインだぞっ!」 「なっ、なにゃにゃにを言ってるの、エリナちゃんっ! そうじゃないでしょっ!」 「え? あ、そっか……ゴメン」 「いくら未使用でも、オナニーぐらいしてるもん。そうなると……新品じゃなくて、中古未開封って感じだよね」 「そういうことじゃないでしょ!?」 「えっと………………新古品?」 「言い方の問題じゃなくて、論点がそもそも違うってことでぇっ!」 「中古未開封? 新古品?」 「ほら、莉音ちゃんに変な知識を植え付けないっ! お終いお終いっ」 「莉音ちゃんは、お風呂をよろしく」 「え? あ、はい、わかりました」 「もぉー……みんなして、変なことばっかり言うんだから……」 「生物として、当然のことだと思うんだけどなぁ」 「だからと言って、TPOを無視していいことじゃないの」 「え~、でも最初はミューが……」 「どう考えても、エリナの拾い方がおかしいと思うのだけど?」 「とにかく!」 「俺は覗いたりするつもりはない。昨日の稲叢さんのは本当に事故だから」 言いながら、俺は冷蔵庫に近づき、中から血液パックを取り出す。 疲れた身体に栄養補給! それが合成血液なんて、直太には想像もつかないだろうな――。 「………」 まただ、何か引っかかる。 今朝の会話の時のように……なんだ、合成血液のパックがどうしてそんなに気になる……? 今までに何度も飲んできた物なのに。 「……? どうかしたの、佑斗?」 「いや、別になにかあったわけじゃないんだが……自分の中でもハッキリとしないことが……むぅ」 「先輩方、もうすぐ丁度良くなりますよ」 「あっ、うん。今行くよ。ほら、美羽ちゃんも」 「え、ええ。わかってる」 「佑斗、何か気になることがあるなら、何でも言ってくれていいから」 「そのときは頼りにさせてもらうよ」 そうして女性陣は、浴場の方に向かっていく。 一人残った俺は、再び血液パックとにらめっこ。 「吸血鬼のために作られた……合成血液のパック……この島でしか流通していない、特別なパック」 「………」 「……? この島でしか……?」 「最近、新しいタイプのクスリが流行ってるかもしれないの」 「ただ……今流通しているブツとは一線を画すというのが気になると言えば気になるかな」 『つまり――やはり、この話には何か裏がある。この海上都市で試さなきゃいけなかった何かがな』 「――あっ!」 思いがけない閃きに、頭の中で点と点が繋がり、一本の線がみえてくる。 「そうか、そういうことなのかもしれない……」 「もっと早くに気づくべきだった。そんなに難しい話じゃなかったんだっ!」 「だから、例のクスリの噂は、“吸血鬼用”のクスリじゃないかと思うんです」 「確かにそれなら、今まで奇妙に感じていた点も合致する」 「それに、こっちの網に引っ掛からない理由もわかります」 「今までずっと、“人間用”のクスリを探してたものね」 「まさか、吸血鬼用のクスリとはな……」 「この海上都市で試す必要は、そういうことか。他の都市ではできない……というよりも、他の都市では意味がないからな」 「……水を差すようなんですが、別に確証があるわけじゃないので」 「今さら弱気になるな。今ある考えの中では、一番説得力がある。そして……」 「一番厄介な事態だ」 「ですね」 「でも……吸血鬼さんには普通のクスリは効かないんでしょう? そういうの、興味ないんじゃないかな?」 「逆だ。むしろ、効かないからこそ、その効能に興味があるヤツが多い」 「酔えない人が、酔える人を羨むように?」 「そういうことだ」 「それに、本当に効くのかどうか、面白半分、罰ゲーム感覚で試したくなるヤツも多いだろう」 「そうですね。となると、グズグズはしていられませんね」 「ああ。蔓延すると厄介だ。すぐにでも対策が必要となる」 「とりあえず、萌香さんと連絡を取ってみますか」 「アイツには昨日のうちに連絡を取ってある。もう調べは進んでいるはずだ」 「なら、返事待ちですね」 「その間に、こっちもその方面でもう一度洗い直す」 「わかりました。それじゃあ、資料を集めます」 「俺も手伝うよ。どうすればいい?」 「そっちの席に座って。《アーカイブ》倉庫の場所を教えるから」 「過去の捜査資料から、今回の件に関わりがありそうな物を引っ張り出して。どんな些細なことも見逃さずに」 「ああ、わかった」 「六連、悪いな。本土からお前の友達が来ているんだろう?」 「いえ、俺が言い出したことですから」 「それにこの予想が正しいとしたら、何としても止めないと」 「そうだな、その通りだ。なら、そっちは任せるぞ」 「了解」 直太に付き合う事ができなくて悪いとは思う。 だが、この事態を解決することが、今は一番重要だ。 目の前の仕事に集中しよう。 「………」 そうしてPCとにらめっこを始めて数時間経つが、特に進展はなかった。 まず、捜査資料の数が膨大だ。 この都市と風紀班が設立してからの、捜査資料。薬物に限定しても、その数はかなりある。 「……泣き言を言ってる暇はないか」 とにかく、薬物関係。 あと、《プッシャー》売人関係だ。ひとまずクスリの使用者が捕まった件も除いていく。 そうして残った資料で気になる点がないかどうか、ひたすら読み漁る。 ……くぅ……目がショボショボしてきた。 「ねぇ、佑斗、ちょっといい?」 「ん? なんだ?」 「この資料を見てくれる?」 PC上に、美羽から回されてきた資料を表示させると、それは…… 「これ、俺が働き始めてすぐの事件じゃないか?」 「そうよ。あの犯人もクスリを取り扱っていたでしょう」 「そういえば確かにそうだな」 「確か、無修正DVDからクスリまで、その一部としてED治療薬も扱ってたんだよな?」 「そうよ。供述の部分を読んでみて」 「供述というと……これか」 「『観光客だけでは限界を感じていた。本土はともかく、この都市ではやっていけない。新たな客層が必要だった。だから、何でも取り扱った』」 「客層を広げる……そうか。こいつらなら、そっち方面にアンテナを張っていた可能性もあるってことか」 「えぇ。この都市で儲けるためには、どうしてもメインターゲットを吸血鬼にする必要がある。それなら、噂ぐらいは聞いたことあるかもしれない」 「すぐに《チーフ》主任に話した方がいいんじゃないか」 「佑斗の方はどう?」 「空振りだ、スマン」 「私もこれだけ時間をかけて、この一件だけよ。気にすることはないわ。それじゃ、すぐに《チーフ》主任に報告してくる」 「そうか、わかった」 電話を切った《チーフ》主任が、俺たちを見て軽く頷いてみせた。 「その反応は、当たりですか?」 「ああ。確かに、少し前にクスリを扱わないかと相談を持ちかけられたらしい」 「だが、相手と取り引きしたことがなく、吸血鬼相手のクスリという胡散臭さから、相手にはしなかったらしいが」 「取り引きした事のない相手に、そんなクスリを任せようとしてるんですか?」 「新規参入を狙っているのかしら?」 「確かに、吸血鬼を相手にできるなら、価値は十分にあるな」 「下手すりゃ《プッシャー》売人が吸血鬼の可能性だって……」 「まさかっ――……とは、言い切れませんね」 吸血鬼の全員が全員、この都市の理念に共感しているわけではない。 あの誘拐事件の時のような、正道を《ドロップアウト》踏み外した者も、確実に存在する。 だからこそ、事実を知る者からは吸血鬼は未だに[サッ]化[カー]物と罵られ続けているのだ。 「ひとまず、その《プッシャー》売人と連絡を取ってみるしかないだろう」 「《チーフ》主任が今から?」 「バカなこと言うな」 「『こちら風紀班の者です、そちら違法な物を取り扱ってませんか?』」 「なんて訊けるわけないだろう。相手はクスリの売人だぞ」 「なら、どうするんです?」 「《ウチ》風紀班が動くんだ。その方法は大体決まってくるだろう」 「……潜入捜査、ですか?」 「淡路に連絡して、怪しまれないで済むルートを探して接触を試みる」 「あっ、そうだ。たまには淡路さんを労わってあげて然るべきだと思うんですが」 「突然なんだ? 報酬でも支払えってのか?」 「金銭の問題じゃなくて、心遣いの問題として」 「あっ、それは私も思いますっ。《チーフ》主任、いっつも萌香さんに頼るのに、お礼も言わないでしょ?」 「確かに。そんな無粋なことをしてると、いつか背中を刺されますよ」 「なっ、なんだ、急に。別にそこまでする必要はないだろう。コレも仕事だ」 「なんとなく、《チーフ》主任と付き合って泣いた女性の顔が見えたような気がします」 「うんうん、確かに」 「私にも見えたわ」 「《チーフ》主任、記念日忘れて怒られるでしょ。しかもどっちかと言うと、忘れてたことに対するフォローを間違えて」 「………」 「買い物は一人で行かせて、後で怒られる。でも相手が怒った理由をいまいち理解できない」 「………」 「挙句、最終的には『疲れちゃった』とか『もう、ついていけない』って、別れ話を切り出される」 「………」 「黙ってるってことは、図星なんだぁ~」 「ちっ……男尊女卑とでもいいたいのか?」 「性別じゃなくて、人としての気遣いの話です」 「とにかく、今回の件で電話したら、お礼の一つでも言う事。いいですね?」 「あー、わかったわかった。言えばいいんだろう、言えば」 「アイツのことだ、連絡すれば何とかするだろう。だが、問題が他にある」 「というと?」 「誰が接触するかだ」 「全員、別件の捜査を複数抱えているからな。これ以上は比喩じゃなく寝る間もなくなる。そうなると、全ての業務に支障が出る」 「自由がきくとすれば……お前ら学生組なんだが……」 「もしかして、私の出番ですか?」 「……クスリの売人だぞ? お前じゃ無理だろ」 「その反応はいささか失礼だと思いますっ」 「事実だ。お前みたいな子供っぽいヤツ、誰が売人だって信じる?」 「信じますよ! 若いのにやんちゃな子、ってな感じで、みんな信じまくりですよっ! そうだよね、六連君!」 「………」 「……すまない」 俺は無言でソッと視線をそむけた。 「なっ!? う、裏切りもの―っ!」 「でも実際、どうするんですか? 《チーフ》主任は無理なんですか?」 「今は時期が悪い。大詰めのヤマが2つほどあるから、この件に集中できん。一応、《チーフ》主任の肩書きがあるからな」 「かといって、放置できるネタじゃない。すぐにでも動く必要があるんだが……」 「………」 「ん?」 「六連、お前、やってみるか?」 「はい? 俺が、ですか? でも俺は新人だし、学生だし」 「異議アリッ! 六連君だって、十分子供っぽいと思いますっ!」 「わかってる。だが、こいつは吸血鬼だ。それに学生なら学生で、売り込みようがある」 「若い奴の方が、火遊びをし易いってことですか?」 「それだけじゃない。学院でさばけるとアピールもできる。と言っても、勿論お前一人じゃ心配だからフォローは付けるが」 「今度こそ、私ですね」 「だからお前じゃ無理だって」 「……うぅーーー……」 「そう拗ねない。若いって言われてるんだから。オバちゃん臭いと思われてるわけじゃないんだぞ。いいことじゃないか」 「拗ねてませんー。私は大人だから、拗ねてませんー」 だから……そういう態度が子供だと言うんだ。 と言っても、火に油を注ぐだけだろうな。 「それじゃ、私が一緒に?」 「……いや、お前が一緒にいると、ちょっと上品過ぎるな。もう少しすれた感じが欲しい。六連の足りない分を補うぐらいじゃないとな」 「そんな人、いますか?」 「いるなら最初から頼んでる。まあ、そこに関してはこっちで考えておく」 「それよりも布良、矢来、六連に売人用の変装をさせろ。あと、可能なら顔の威圧感も出せるようにな」 「変装?」 「そう大げさな物じゃない。とりあえず、私服が普通すぎる。もう少し悪ずれした感じの服を着せろ」 「了解です」 「あと、基本的な知識もな。隠語ぐらいしっかり覚えておけよ」 「わかりました」 「こいつの変装については任せた。ああ、ちゃんと領収書をもらって来いよ」 「衣服は経費では落ちなかった気がしますけど?」 「……マジか?」 「で、大人っぽい服装が必要になった、と?」 「それで、スーツですか……」 「しかし、なんというか……」 『似合わない』 「………」 言われるまでもなく、自分でもわかっている。 なんというか、スーツを着ているのではなく、服に着られている感がハンパない。 「何故だ? 制服とそこまで違わないと思うんだが……」 「制服はどちらかと言うと、カジュアルよりだものね」 「やっぱり完全なフォーマルとなると違うからね」 「そもそも、こんな《フレッシュマン》新入社員な売人、いないと思うけど?」 「んー……そうだね。中途半端にきっちりしてる風に見えるから、これは違うと思うなぁ。そもそもユートには威圧感がないよ」 「そう言われてもな……あーん、やんのか、ごらぁ~」 「先輩、可愛いです」 「子供が背伸びして、粋がっているようにしか思えないわね」 「威圧感はともかく、街のチンピラ君みたいなのじゃ、クスリの売人には相手にしてもらえないんじゃないかな?」 「同感。相手が逮捕されたら、自分も危険になるんだし。あんまり調子に乗るようなタイプだと、怪しまれると思うよ」 「それなら、どうすればいい?」 「そうだなほら……やっぱりラインハルト様より、オーベルシュタインみたいな腹黒そうなタイプの方が合うと、ボクは思うんだよね」 「……何の話だ?」 「誰、それ?」 「外国の有名な方ですか? 俳優とか」 「疎外感……どうして、みんな見てないのかな? 普通、全部見てると思うんだけどなぁ……」 「でもやっぱり、見た目の雰囲気に違和感はないけど、普通じゃないオーラ的な物が欲しいよね」 「そうね。友達とはうわべの付き合いだけで、裏では……みたいな感じが一番現実路線じゃないからしら」 「ほらっ! やっぱりオーベルシュタイン路線だよ!」 「だから、誰なんだそれは」 「………………もういいよ」 「普通じゃないオーラか……あっ。ねぇねぇ、だったらこんなのはどうかな?」 「え? なになに?」 「威圧感がいらなくて、普通じゃない雰囲気を放つのにピッタリな服装があるんだよ」 「え、本当に?」 「勿論本当だよ! それじゃ、ユート、お着替えしよっか!」 「着替えるのは構わないんだが……一体どんな服装に?」 「じゃっじゃーん、かんせーい♪」 「あっ、終わったんだ。それで、一体どんな服装にしたの?」 「ちゃんと、オーダー通りだよ。威圧感が必要ないけど、普通じゃない雰囲気を放つキャラに仕上がってる。ほらユート、こっちに来てー」 「………」 「やっぱり、これ……何か違わないか?」 「そんなことないってば。ほらほら、恥ずかしがってないでっ」 そう言ったエリナが俺の背中を押して、みんなの前に押し出す。 「うわっ!?」 「ほら、似合うでしょう?」 やたらとフリルのついた袖やら襟、そして可愛らしいリボン。 上半身はそうやってゴテゴテしてるくせに、下半身は思った以上に不安定で股間がスースーする。 なんていうか、凄く落ち着かない。 この長さでこうなら、よく女の子はミニスカートなんて穿けるな……。 「だから、なんで女装なんだっ!?」 「だってほら、女の子だったら威圧感は別にいらないでしょう? でも女装だったら、普通じゃない雰囲気も有り余るから」 「そりゃ普通じゃないだろうさ! 俺みたいな女顔でもない奴が女装しても、違和感しかないからなっ!」 「そうだよ、エリナちゃん。こんなのダメだと思う」 「えー、そっかなぁ」 「ダメに決まってるだろ。こんな格好、さっきの《フレッシュマン》新入社員よりも怪しいぞ」 「やるならちゃんと、お化粧もしないと」 「怪しさ増量してどうする!? どうして乗り気なんだ、稲叢さんっ!」 「平気ですよ、六連先輩なら。お化粧も薄い感じでいけると思いますから。肌荒れの心配をするほどじゃないです」 「そういう事じゃなくてね」 「全く……何を言い出すのかと思ったら……」 「まず最初に、無駄毛の処理でしょう」 「アナタ、俺をイジメて楽しむつもりなんですね?」 「大丈夫よ、佑斗。天井のシミを数えていれば、すぐに終わることだもの。……くふっ」 「布良さん。助けてくれ。由緒正しき寮で、こんな行為は認められるべきじゃない、そうだろう?」 「んー……六連君に合うウィッグってあったかな?」 「もしかして、さっきの《チーフ》主任との一件、まだ拗ねているのか?」 「別に拗ねてないもんっ。それに六連君に女装が似合うと思うのは本心だよ」 「くっ……最後の頼みはニコラしかいないっ」 「え、えぇぇ……ここで振られても困るんだけど……多数決って一見、民主主義みたいだけど、少数派はバッサリ切り捨てるってことだから」 「……だから?」 「諦めよっか」 「ねぇねぇ、胸パットとかいらないのー?」 「どいつもこいつもブルータスっ!!」 「それじゃユート、一回脱ごっか」 「そうね。じゃないと、無駄毛の処理はできないものね」 「ゴメンね、六連君。でもほら、これもお仕事。非常に重要なお仕事だから、ね?」 「その割には、楽しそうですよね、布良先輩」 「言ってる莉音君も、もう化粧の準備を始めてるし」 「ニコラ先輩だって、ウィッグを用意してるじゃないですか」 「あっ、本当だ。どこにあったの?」 「ん? ボクのコスプレ用。最近はあんまり使ってないからあげるよ、佑斗君」 「そんなもん、いるかぁっ!」 「――って、ちょっ、ちょっと待てっ! そこまでする必要が――」 「ふぇるまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「………」 「おー! よく似合ってるよ、ユート」 「はい。可愛いですよ、先輩」 「ぷっ、くふ……い、いいわよ、佑斗。凄く、いい……ぷふっ」 「笑いながら言わないでもらえますか?」 いわゆる、ゴシックロリータファッションに身を包み、頭にはカツラ。顔にはスッピン風の化粧。 恥だ……末代までの恥だ。男がこんな格好をさせられるだなんて……。 どうして女子は、例え男であっても誰かを着飾るのが好きなのか……いや、一人は男だけどな。 「確かにこれなら、普通じゃないオーラがバンバン出てるね」 「そうですね。むしろ、不審者のオーラしか出てないと思えるぐらいですね」 「そんなことないよ。最近は多いんだよ、ファッションで女物を身につける男の子って」 「それ、完全に踊らされてるから。雑誌を鵜呑みにするとバカを見るぞ」 「あと、こんな化粧までガッツリしてるヤツはもう、ファッションじゃねぇっ! 生き様だっ!」 「とにかく、これで完成したら、写真を撮りましょうか」 「――っ!? どこまで嫌がらせをすれば気が済むんだっ!?」 「違うわよ、別に嫌がらせじゃなくて。この服装で《アンダーカバー》潜入捜査を行えるかどうか、《チーフ》主任に確認しないと」 「そうだね。ちゃんと、許可は取っておかないとね。それに《チーフ》主任は何度もこういう捜査を行ってるから」 「ダメならダメで、いいアドバイスをもらえると思うよ」 「………」 「わかったよ、もう好きにしろよ……」 もう俺は全てを諦め、捨て鉢になって携帯電話のレンズを受け入れるのだった。 ちなみに、枡形《チーフ》主任からの返信は当然―― 『遊ぶな、バカ野郎』 という、冷たい一言だけだった。 俺だって別にこんな格好したくなかったよっ、チクショウッ! 『なんだ、やっぱり明日は無理なのか』 「本当にスマン。どうしても抜けられそうにないんだ」 『そいつは残念だな』 「折角来てくれたのに、時間が取れなくて本当にすまない」 『いいさ。初日に付き合ってもらえたからな。けど仕事って、忙しいのか?』 「時期によるんだが、今はちょっと動けそうにないんだ」 『そっか。なるほど。よし、安心した』 「安心? 何が?」 『仕事でも必要とされてるみたいだし、なにより充実してるみたいだからな』 「直太……」 『このリア充めっ、しねっ!』 「……お前は本当、色々台無しにする奴だな」 だが確かに、今の俺は充実してるのかもしれない。 寮の生活も大変な部分もあるが、一人暮らしのころとは違って楽しい。 仕事も新しいこと、知らないことばかり。 そして、こうして俺のことを心配してくれる友達がいる。 不満を言ったら罰が当たりそうなぐらい、充実しているかもしれない。 「ありがとう、直太」 『いいさ。俺も旅行に来たかったのは本当だしな』 「風俗にはもういけないけどな」 『それならそれで旅先のアバンチュールっていう方法があるんだよ』 『お前が付き合ってくれないなら、俺はナンパでもしてるから気にするな』 そんな度胸はないだろ、お前。なんて言うのは野暮か。 「お前、いつアッチに戻るんだ?」 『一応、日曜日の予定だ』 『それまでは、そうだなぁ……普通に遊んだり、他にも街中をブラブラしたり』 『こう見えても俺、風景が好きなんだ。だから、この街を歩きまわって、いい景色を探してみるつもりだ』 「そうか。本当に悪いな、付き合えればよかったんだが……」 『だから、気にするなって言ってるだろう』 「先に言っててくれれば、食事ぐらいには付き合えるから」 『どうかな~。ほら、ナンパで声かけた子と、食事に行くと思うから』 「なら、この話はなかったことに――」 『でっ、でもでもっ! ほら、お前がどーしてもっていうなら……つ、付き合ってやらないこともないけど』 「………」 男のツンデレって面倒だよな。 でも、そんなバカな部分も含めて、俺は本当にいい友達を持ったもんだ。 その点には感謝してもいいかな。 『じゃ、またメールでもするから、空いてるかどうだかだけ返事してくれ』 「わかった。じゃあな」 『ああ、じゃあな』 「しかし直太も、タイミングが悪いときに来たな。どうして風紀班がこうも忙しい日に――」 「あり? ユート、こんなところで何してるの? もしかして、いけないDVDでも見ようとしてるのかなぁ?」 「変な嫌疑をかけないでくれ。直太と電話してただけだ」 「昨日の六連先輩のお友達ですね。もう帰っちゃったんですか?」 「いや、日曜までいるって」 「でも俺は今、風紀班の方が忙しいから」 「例の女装が役立つ日が来ましたか!?」 「……女装は却下」 「そうなんですか? 残念ですね、似合ってると思っていたんですけど……」 「……勘弁してくれ」 「そんなことよりも、2人は一体どうしたんだ?」 「ちょっと喉が渇いたから、お茶を飲みに」 「わたしは、血液パックの方を」 「エリナは、血液パックじゃなくていいのか?」 「ん? へーきだよ」 「ならいいんだが……ちゃんと血液パックを飲んでるか? 俺は、そんなところを見たことがないが」 「なはは……ダイジョーブ、へーきへーき。ちゃんと飲んでるから。体調崩したりはしないよ」 「そうか。それならいいんだが」 「それよりも、忙しそうだね、ユート」 「ああ、今、仕事の方が山場だからな」 「にひっ♪ ありがとうね、ユート」 「ん? どうしてお礼?」 「だって、ユートが頑張ってくれてるから、ワタシたちはこうして笑って暮らせてるんだよ」 「そうですね。先輩、いつもありがとうございます。お仕事、ご苦労様です」 「別に俺だけってわけじゃない。むしろ俺は足手まといになってる気がしないでもないぐらいだ」 「にひひ、ユート照れてる」 「先輩は足手まといになんてなってませんよ。むしろきっと、大事な位置にいると思いますよ」 「そんなことはないと思うが……でも、そう言ってくれてありがとう」 「あっ、そうだ! だったら、いつも街を守ってくれてるお礼をするよ!」 「それいいね、エリナちゃん。わたしも手伝う」 「……お礼?」 「もちろん、身体でサービスだよ♪」 「………」 「にひひ。今、エッチなこと考えたでしょう? ソーププレイごっことか。もー、ユートのエッチ~」 「エリナに言われたくないし、ソープなんて考えてなかったよ」 「むしろエッチなのはエリナだろう」 「エリナはエッチじゃないもん。ただのビッチだもんっ!」 「うわっ、下ネタの上にダジャレまでかけてきた!」 「どうせオチは肩たたきとか、そんな感じなんだろう?」 「ざんねーん。外れ」 「はい、はずれですね」 「……稲叢さんは、エリナのお礼が何かわかってるの?」 「予想ぐらいは。多分、間違えてないと思います」 「そうなのか」 稲叢さんでも予想が付くという事は、やはりエロいことではないだろう。 「うーん……降参だ。わからない」 「ユート、鈍いよー。話の流れでわかるよ、普通」 「六連先輩の代わりに、わたしたちが倉端さんを案内しますよ」 「エリナと稲叢さんが? でも、2人とも仕事があるんじゃないか?」 確かに、特殊な街だし、直太を一人で放置するのはいささか心配な部分がある。 二人とも親切で言ってくれているとはいえ、昼間に行動したりすることになるだろうし……迷惑がかかるのも事実で……。 「一日ぐらい休むことはできるよ」 「わたしも。その日に突然だと困りますが、今なら大丈夫です」 「………」 「なら、頼めるか、エリナ」 「ダー! まかせろぉいっ」 「すまないがよろしく頼むな」 「気にしない、気にしない。これはワタシたちが好きでやることなんだから。ね、リオ」 「はい、そうです。それに、困っている人を助けるのは当然の事です」 「こっちも、今の仕事を早く片付けるようにするから」 「あんまり無理はしちゃダメですよ」 「身体は大事なんだから。ユートだって、童貞のままで死んじゃったら、きっと後悔するよ」 「バカを言うな、“きっと”じゃない。確実に後悔する自信がある」 一度、車に突っ込まれたときに経験済みだしな。 「あの……すみません、ドウテイって後悔しちゃうものなんですか?」 「そりゃそうだよ。男に生まれた以上、やっぱり童貞は捨てなきゃ、悔やんでも悔やみきれないよ」 「そんなになの? そっか……男の人はドウテイは捨てなきゃいけないんだ」 「でも先輩は、まだドウテイを捨てられてないんですね? だから、後悔しちゃうんですね?」 「答えにくい質問だが……まあ、YESだ」 「わかりました。それじゃ、ドウテイを捨てましょう、六連先輩。わたしもお手伝いさせてもらいますから!」 「突然何を言ってるんだ!?」 「わたしにできることなら何でもします。さぁ、言って下さい。先輩がドウテイを捨てるために、わたしはどうすればいいですか?」 「股を開けばいいんじゃないかな?」 「その下ネタには、さしもの俺もドン引きだっ!」 「とにかく、稲叢さんは何もしなくていいですっ!」 「そう……なんですか? 残念です。わたしじゃ、先輩の力にはなれないんですね」 「そういう事じゃないんだが……だからといって、力になってもらうわけにもいかないんだ」 「あり? ユート、おっぱい嫌いなの? リオのおっぱい、綺麗だよ」 「おっぱいは大好きだし、稲叢さんも凄く魅力的だとは思う」 「だが、何も理解していない彼女を騙すような真似、できるわけないだろ。卑怯過ぎる、下手すりゃレイプ紛いだぞ」 「にひひ~。ユートってそういうことハッキリ言うよね。そういうところ、好きだよ」 「そりゃどうも。それより――」 「……先輩のドウテイ、わたしも力になりたかったなぁ」 「稲叢さんをなんとかしないと」 力になれないと知り、ひどく落ち込んだ様子の稲叢さん。 “童貞の捨て方”を説明するわけにもいかないし、どうやって励ましたものかなぁ……。 「申し訳ないが頼めるか、稲叢さん」 「はい、わかりました」 「エリナも悪いな」 「ううん、全然へーき」 「直太が何かしようとしたら、遠慮なく殴っていいから」 「そんなっ、六連先輩のお友達を殴るだなんて」 まぁ、アイツも俺に負けないぐらいヘタレだし。 女の子と喋るだけでも緊張するタイプだから、大丈夫だとは思うが。 「もし変なことをしようとしたりしたら、すぐに連絡してくれ。説教してやる」 「わかりました。困ったことが起きたら、すぐに先輩に相談させてもらいますね」 「ああ。待ってる」 「ナオタってそんなに変な人なの?」 「いや、別に変というわけじゃないんだが……エリナ、耳を貸してくれ」 「なに?」 「もし仮に――」 「やんっ、近いよユート。耳に息を吹きかけちゃダメ」 「別に吹きかけたつもりはなかったが……スマン」 「で、続きなんだが、もし仮に稲叢さんが勘違いで性的なお手伝いを申し出るかもしれない」 「そうなったら、直太は勢い余って乗ってくる可能性もある。そんなことにならないよう、エリナがなんとか止めてくれ」 「あっ、んん……んふぅ……」 「……人の話、聞いてるか?」 「はふぅ……も、もちろんだよ。ユートの声ってこうして聞くと、甘くてセクシーだよね」 「声だけじゃなく、ちゃんと言葉に耳を傾けろ」 「わかってるよ、へーき。リオだって誰にでもあんなこと言ったりしないもん」 「そうなのか?」 「そうだよ。この人には親切にしてあげたい、って思えるぐらいにまで仲を深めないと」 「……そういうものか」 「つまりリオは、ユートには優しくしてあげたいって思ってるんだよ。よかったね、にひひ」 「………」 稲叢さんの俺に対する印象は、わりいい感じと認識してもいいのだろうか? 「……? どうかしましたか、六連先輩」 「いや、別に」 「そんなに心配しなくても大丈夫です。ちゃんと案内してみせますから。安心して下さい」 「稲叢さんの心配はしてないんだけどね」 「へーきへーき、ちゃんとエリナも行くから。それにナオタは友達なんでしょ? ユートの友達ならダイジョーブだよ!」 「確かにアイツはいい友達で、俺も信頼してる」 けど、ちょっと、ほんの少しバカだからなぁ。 「まっ、直太にも電話で念押ししておけば大丈夫か」 ここは二人の言葉に甘えて、任せておこう。 「いや、やっぱりいい。また昼に行動することになると思うし。二人とも、仕事があるんだろう?」 「それは、そうだけど……」 「でも、六連先輩……」 「気持ちだけありがたくもらっておくよ。ありがとう2人とも」 「そうですか?」 「まぁ、ユートがそう言うなら……」 「行くなら自分で行くよ、なるべく事件を早く片づけて」 「……わかりました」 「それじゃ、頑張らないといけないね、ユート。他に手伝えることがあったら何でも言ってね。遠慮はいらないから」 「ああ。ありがとう」 「わたしも、できることがあったら何でもお手伝いしますね。本当、オナニーでもなんでも気軽に言って下さい」 「だったらまず、そのオナニーって言葉を忘れようかっ」 いきなりそんなこと言われたら、心臓に悪いよ、稲叢さん。 「はぁい、久しぶりね」 日が差し込む中、現場に到着した俺を迎えてくれた女性が、軽く手を挙げる。 「お久しぶりです。でも、どうして?」 「ワタリを付けたのがアタシだから。紹介役として一緒に行くんだけど……本当にアナタが取引相手として行くの?」 「そうだ。現状、それが一番食い付きがよさそうなんでな」 「《チーフ》主任……」 「よし、女装じゃないな」 「当たり前でしょう」 《チーフ》主任は俺の格好を見て、満足そうに頷いた。 俺の着ている服は、いつもの風紀班の制服ではない。 普段身につけないようなシルバーアクセサリーをアクセントに、ちょっとお高めのジーンズと趣味の悪いアニマル柄の上着。 ここら辺は、ニコラからの借り物だ。 そして、髪の毛もセットして、準備は万端。といってもデートではない。 「しかし、クスリの取引がこんな真昼間に行われるなんてな。こういうのって深夜、人気のないときじゃないのか?」 「この都市の深夜はわりと賑わってるからね」 「それに、人気がなさすぎるのも、逆に浮くものよ」 「なるほど。確かにそうかも」 「どう思う、この格好」 「んー……チャラい。でもまぁギリギリで。リクルートスーツを着てくるよりは、いくらかマシってとこね」 「仕方ない。まあ元々、荒々しい雰囲気は諦めていたからな」 「とはいえ昨日、女装の写真が送られてきたときは、どうしようかと思ったが」 「俺もしたくてしたんじゃありません。全ては民主主義がいけないんです」 「へぇ、女装ねぇ……なかなか面白そうじゃない」 「煽るな。そんなもん使えるわけないだろ」 「似合ってると思ったんですけど」 「普通じゃないオーラが溢れていたと思うんですが?」 「普通じゃなさすぎるんだよ。あんな奇妙な売人を見たことあんのか、お前? 客がつくと思うか?」 「そう言われると……」 「しかし、よくそんな趣味の悪い服、持ってたわね。買ったの?」 「いえ。友達が、コスプレ用に持っていたらしくて」 どういうコスプレをしたらこんなチャラい服を着るのか、若干謎は謎だが。 「それで六連、設定は頭に入っているな?」 「名前はムトウ・ユウト。学生相手にクスリを売っている吸血鬼です」 「よし。そろそろ段取りの確認をするぞ」 「まず、今回は顔見せでも構わない。とにかく、本命のクスリがあるかどうか、それが最優先だ」 「可能なら、他に流れているかどうかも引き出せるといいが……欲はかかなくていい。リスクはできるだけ回避しろ」 「はい」 「それで、相手の売人のことだが……」 「『《こうや》高野』という売人ね。完全な新顔で、横の繋がりはない。高野自身が吸血鬼かどうかは不明」 「吸血鬼用に商売を広げたいって噂を流したら、すぐに食いついてきたわ」 「接触は今から30分後だ」 「いいか、疑り深い態度でな。取引優先にして、食いつきすぎると怪しまれる」 「わかってます」 「悪いが今回の舞台は台本がない。ほぼアドリブになると思うが焦るな。落ち着いて対応しろ」 「発信機もつける。例え移動しても、俺たちが追ってるし、勿論警察と連携しているから安心しろ」 「わかりました」 「ここのボタン、小型の集音マイクになっているから、あまり触らないようにね」 「こんな小さなボタンが?」 「小型過ぎて、長時間の使用は不可能だけどね」 「はい、それじゃ口を開けて。歯に発信機を取り付けるから」 言われた通り口を開けた俺の歯に、小さな異物が張り付けられる。 「すっごい違和感があるんですが」 「我慢しろ」 「信号、問題ありません。マイクの方もばっちりです」 「違和感あっても不審な動きはするなよ。相手に気付かれるからな」 「とにかく、危なくなったら自分の身体に気をつけなさい」 「バックアップは任せてね」 「ああ。よろしく頼むよ」 「でも、心配ね……てっきりアタシは、慣れた人がすると思ってたから」 「今は丁度、他にできる人がいなかったそうで」 「あっ、そう言えばフォローを付けるって言ってなかったっけ?」 「確かに言っていたわね。あの時は“考えておく”って保留にしていたと思うけど……どうなったのかしら?」 「俺も聞いてないな……やっぱり、一人で行くのかな?」 「あら? ちゃんと相方さんがいるはずよ」 「そうなんですか? でも、相方って一体誰が……」 俺たちがそんな話をしていると、現場に一台の車が現れた。 「ああ、来たみたいだな」 黒塗りのゴツい車から現れたその姿は―― 「すまんのう、少々遅れてしまったか」 「しっ、市長!?」 「おぉ、久しいの小童。どうじゃ、元気にして居るか?」 「え、ええ、おかげさまで」 「市長ってまさか……この方が、荒神小夜様? こんな子供が」 「私よりも、年下に見えるよ……」 「2人とも、初めて会うのか?」 「うん。本当に、荒神小夜様なの、この方が?」 「そうだ。間違いない」 「名前だけは耳にしていたけれど……まさか、こんなお姿だったとは」 「まぁの。こんな[なり]形じゃから、表に顔を売るような真似はできん」 「ワシのような形の者が都市の頭に据えられておるなど、外から見れば冗談にもなっておらんからの」 「でも一体どうしたんですか? 小夜様が、こんな場所にいらっしゃるなんて」 「俺が応援を頼んだ。風紀班の人員だとやはり相応しい人物がいなくてな。誰か信頼できる吸血鬼を推薦してくれないかと」 「心配するな、今回の任務に最適な者がおる」 「それは頼もしいですね」 「で、その最適な人物は?」 「うむ、ワシじゃ」 「………」 「あの、今なんと仰いましたか?」 「じゃから、ワシじゃよ、ワシ」 「今回の潜入捜査、ワシが小童の手伝いをしてやろうと言っておるんじゃ」 『………』 「えぇぇぇぇぇっ!? それってっ、おかしくないですか? だって、私じゃダメなんですよね。だったら、市長さんだって」 「確かに。失礼ながら、とても佑斗のビジネスパートナーには見えません」 「荒神市長、いささかお頼みした条件と違うようですが」 「それに関しては……少々路線変更をしてみてはどうかのう?」 「と、仰いますと?」 「色々考えてみたが、この小童じゃとどうしてもパートナーが浮く。ならば、その路線を捨てるしかあるまい。そこでこの提案じゃ」 「それは、一体どのような?」 「小童は人間の学生相手に覚せい剤を捌いて小遣い稼ぎをしておる」 「それは、こちらの設定の通りですね」 「売るだけでなく、気に入った女はクスリ漬けにして、情婦にしてしまう《ファッキンサッカー》下種野郎じゃ」 「……なんという鬼畜設定」 「で、最近お気に入りなのは、初潮を迎えたか迎えてないかぐらいの女の子で遊ぶこと」 「しかも、ロリコンのオプション付き!? 本当に最低じゃないですかっ!」 「それぐらい鬼畜な方が、相手も信用しやすいという事じゃよ」 「なるほど、その手があったか」 「えぇっ!? 納得するところなんですか!?」 「確かに、無理に大人ぶるよりは、いい感じの鬼畜具合だと思うわよ」 「……勘弁して下さいよ、ロリコンの上に鬼畜だなんて」 「ワシとてロリータ情婦など勘弁願いたいところじゃぞ、小童」 「じゃが、全力で食い止めねばならぬ。そのためなら、グダグダ言っておる場合ではあるまい」 「それは……わかっています。申し訳ありません、ちょっと愚痴を言いすぎました」 「うむ」 「ですが、市長自ら現場に出なくとも。危険では……」 「海上都市を、この地に住む吸血鬼を守る今こそ、ワシが最前で働かんでどうする」 「ワシが市長の椅子に座っておるのは何のためじゃ? 交渉だけならば、アンナの方がよほど向いておるよ」 「それは……」 「それにワシも伊達に200年以上生きておるわけではない。相手が何かしてきても返り討ちじゃよ」 「………」 「それにじゃ、年端もいかぬ者に人を完全に騙すような演技はできまい? クスリ漬けの演技じゃぞ。ワシが適役じゃろう」 「大体、お主らも手に余らせておるから、ワシのところに人選を求めてきたんじゃろう?」 「より良い代案があるなら言え。納得できれば、ワシの案はすぐにでも引っ込める」 「……どうするの?」 「……はぁ……わかりました、お任せします」 「うむ、任せておけ。で、そのクスリの売人は?」 「向こうの駅前で待ち合わせの予定です」 「吸血鬼のルートを確立できると、相手は大いに期待しています」 「まず、吸血をしていって下さい。そして、もし事が起きた際には全力で」 「わかっておるよ」 「して小童、お主は一体どのような能力を使える? 銃弾やナイフに対抗する術はあるか?」 「それぐらいの武器なら、自分で身を守れると思います」 「結構。ならばお主のこと、信用させてもらうぞ」 「はい」 そうして俺は、ロリコン鬼畜野郎『ムトウ・ユウト』として、売人の元へ向かった。 「はぁい」 「……やっと来たか」 「あら、時間を間違えたつもりはないわよ。そっちが早く着きすぎただけでしょう」 「無駄話をするつもりはない。例の客は?」 「そんなに怖い顔しないで。ここにいるわよ」 「あぁ?」 そう言った取引相手らしき男は、不審な視線を俺と市長に向けてきた。 普通だったら萎縮してしまう様な、厚い胸板と太い腕。 どうやら、[・]商[・]品に手を出しているタイプじゃなさそうだ。 「初めまして。オタクが今回、俺に商品を卸してくれる人?」 「こんなガキ共が、俺たちの相手だって言うのか?」 「ご不満? ちゃんと言われた条件はクリアしてるのよ」 「商売に慣れていて、あまり大き過ぎない相手。それに、ちゃんと安定したルートも持ってる。間違いないわ」 「それとも、今さらご破算にするつもり? 言っておくけど、言われた条件にここまで該当する人なんて、なかなかいないわよ」 「まぁ、彼は人じゃないけど……でもだからこそ、アナタたちの新しい商品に相応しいとも言えるでしょう」 「うるせぇっ、黙りやがれ。お前みたいないかがわしいヤツの言う事、鵜呑みにすると思ってるのか?」 「アタシは橋渡しの責任者として、ちゃんと紹介しているだけでしょう」 「ふんっ。とにかく、こいつが客なら、もうお前は必要ない、失せろ」 「あら、つれないわね。実はその商品にアタシも興味があるんだけど」 「失せろと言ってるだろ。しつこいぞ」 「おー、こわ。はいはい、わかりました、仰せのままに。失せればいいんでしょう」 「それじゃ、今後ともごひいきに」 言いながら、淡路さんはこちらを振り返ることもなく、そのまま立ち去っていく。 「で、オタクがアイスを売ってるってことでいいんだよな?」 「まさかとは思うが……オシャレな喫茶店にでも入って、話し込むつもりじゃないよな?」 「そこの車に乗れ。中に袋を置いてある。頭に被れ」 「警戒厳重だねぇ」 「文句があるなら帰れ」 「わかった、被る、被るよ。ほら、行くぞ」 「……んふ」 言いながら、俺は市長の細い腰に手を回して軽く引き寄せ、黒塗りの車に向かう。 「ちょっと待て。そっちの女はなんだ?」 「俺の女、と同時に優良顧客。今じゃ粉だけじゃなくて白い液体まで欲しがるんだぜ、笑えるだろ? ここまで仕込むのに苦労したよ」 「そのせいで俺の傍を離れたがらなくて困ってるんだ。まっ、それだけの価値はあるけどな、こいつには」 意図を察してか、抵抗することはなく……というか、むしろノリノリで俺の胸に手を置き、色っぽい吐息を漏らしてくれた。 が、相手の男の反応がいまいちよろしくない。 ……軽すぎたか? いやだが、今さら路線変更もできない。もう少し踏みこんでみるしかない。 「いいもんだよ? なによりもまず締め付けが違う」 「“12歳過ぎたら、年増”ってマジ名言。なんだったら、アンタにもいい子を紹介しようか? 軽く飛んじゃってるけどね」 「ちっ、胸糞悪いガキめ」 「女のガキ一人ぐらい構いやしないだろ。それとも、俺みたいな変態とは商売できないって言うつもりかい?」 「……その女にも、袋は被せろ」 「そうこなくっちゃ」 ………。 なにが“12歳過ぎたら、年増”だよ、バカバカしいっ!! もういやだ。本当最低だよ、このキャラっ! ……なんだか、泣きたくなってきた。 そんな俺に、甘えるような仕草で市長が唇を耳に寄せ、色っぽい声で囁いてくる。 「ワシを相手にすると、変態になるのかのう?」 「……今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう」 「よかろう。この件に関しては、終わってからきっちり話を付けようではないか、なぁ、小童」 「コレは全てムトウ・ユウト君の思考です。実際の人物とは一切関係ありません」 「おい、さっきから何をぶつくさ言ってる?」 「いや、こいつがちょっとな」 「……んふ」 「おいおい、今は我慢しろって。お楽しみじゃないから、大人しくしろ」 「悪いね、躾がなってなくて。カーセックスだと期待させちまったみたいだ」 「………」 「最初はもっと淑女だったんだが、今じゃどこでも欲しがるようになって、俺も困ってるんだ」 「まっ、そう仕込んだのは俺なんだがね」 「ちっ」 盛大に大きな舌打ちをする男。 わかる、わかるぞ、その気持ち。 俺もきっと、こんなヤツとは友達にもなりたくないし、下手したら思いっきり殴ってしまうと思う。 本当、胸糞悪い奴だっ! ……まぁ、俺なんだけどな。 溜め息を吐きたくなる気持ちを抑え、俺は車に乗り込み、言われた通りに袋を頭にかぶった。 「むっ、六連君がこんな人だったなんて……し、信じられないっ! 最低だよ、こんなのっ!」 「このままじゃダメだよ! 年端もいかない女の子に、そんな、そんなこと……」 「落ち着け。仕事だ。ムトウ・ユウトを演じているんだ。仲間だろう、信じてやれ。コレは演技だ」 「やたらと演技が上手くて、言ってることにやけに真実味があるように感じられても、これは仕事上の演技なんだ」 「………………多分」 「実は本当に売人か、ロリコンなんじゃ」 「さっきの言葉も……し、締め付け、とか……12歳過ぎたら、年増とか……本心みたいに聞こえましたぁっ!」 「帰ってきたら、ちゃんと追及しないといけないわね、これは」 「とりあえず、あとを追うぞ。発信機に問題は?」 「問題ありません。今、駅前のロータリーを出発。南下中です」 「よし。全ユニット、動くぞっ」 『はい』 「それにしてもアイツ……失敗しても地獄、成功して帰ってきても地獄だな。可哀そうに」 「……武器は持ってない。怪しい持ち物もなしか」 「だから、疑いすぎだよ、アンタ」 「いいだろう、奥に行け」 身体検査も終わり、言われた通りに俺は倉庫の奥に向かう。 俺と市長を迎えたのは、思ったよりも意外と若い男だった。 木箱に座り、身なりもわりと綺麗にしているし、肌も健康的。 こいつも[・]商[・]品には手を出していないタイプか。 「ようこそ。アンタが例のヤツを買いたいって人? いや、吸血鬼か。確か、吸血鬼なんだろう?」 「ああ。そうだよ」 「適当に座ってくれ」 「なら、失礼して」 「初めまして、高野さん。俺はムトウ・ユウトだ。今回は――」 「あーあー、その手の口上はどうでもいいって」 「俺が知りたいのは、アンタが本当に物を捌けるのか、それだけだから」 「………」 お世辞にも友好的じゃないのは見てわかる。 問題なのは、全く信用していない部分だな。今の感じのままだと、ご破算にされかねない。 だが、涎を垂らしてこちらから食いつくのはマズイ。慎重に、対等の立場だとアピールすることが重要だ。 「で、どうなんだ? 捌けるのか?」 「さぁね、どうだろう」 「舐めてんのか、てめぇ」 「そう言われても、実物がなきゃわかんねぇよ」 「俺の《・,・,・》お友達には、上品な若い客が多い。あんまりハードだと自信がないね」 「需要がないってわけじゃないが、もっと若気の至りで済むようなカジュアルなヤツが人気でね」 「だったら安心してくれ。ピッタリな品だ」 「へぇ、そいつは結構」 「だが、どうして新しいのに手を出す? カジュアルなやつなら、今まで通りのブツで十分なんじゃないか?」 「俺だってそうしてたいさ。けど、世の中そうそう上手くいかねぇもんだ」 「オタクだって噂くらい聞いてるはずだ、例の風紀班が取り締まり強化をしたってな。その煽りだよ」 「おかげで周りも景気の悪い[ツラ]面ばっかり。しかも俺の場合は売り物だけじゃない、こいつらにも用意しなきゃいけないしな」 「……んっ」 「で、新しい仕入れ先を探してるってことか?」 「そういうこと。そしたら妙な噂があるじゃないか。なんでも吸血鬼も相手にできるって? そいつはすげー、って思ったね」 「市場を独占できるってことだろ?」 「だが、顧客も一から新規開拓だろう? 本当にきっちり支払えるのか?」 「問題ない。以前からその手の需要はあったんだ。試しに買ってみる連中もいたしな。まっ、効果はサッパリで、一回きりだったが」 「だから、歓迎はされるはずさ。もっとも、『本当に効果があるなら』だけどな」 「ほう」 「おいっ! 黙って聞いてりゃ、いつまでも調子に乗ってんじゃねぇぞ!」 「やめとけ」 一歩踏み出そうとした男を、高野は片手をあげて下がらせる。 「そいつは興味深い話だ。一体どんな販路を確保してるんだ?」 「別に大した話じゃない。若い頃に火遊びをしてみたいのは、人間も[サッ]化[カー]物も変わらないってことさ」 「俺はそういう連中の背中を、優しく、そっと押してやるんだ。そうすると……こんな具合になるわけ」 「あっ……ぅん……」 顎を指先でなぞると、市長はしだれかかるように甘えてくる。 見た目の年齢を遥かに超えた人生を歩んだに相応しい淫靡な雰囲気。 子供ならまずできないこの空気が、クスリ漬けという言葉に真実味を持たせていた。 「あとはそういう連中を窓口にすればいいだけだ。そして俺は、そういう若い連中にツテがある、人間、吸血鬼問わずな。簡単な話だろ?」 「確かに」 「カジュアルが売れ線なのもそれが理由だが……これ以上はさすがに企業秘密だ。こっちも生活がかかってるんでね」 「とにかく、初回分に関しては問題ない、捌く自信がある。もし不安があるとすればオタクだよ、高野さん」 「冷たくないアイスを買うバカはいないからな」 「どうする? お互いの生活を向上させたいと思わないか?」 「ふーむ……」 顎に手を当て、思案する様子の高野。 だが、口元の笑みが隠し切れていない。コレはただのポーズだろう。 俺は心の中でガッツポーズをしながらも、相手の言葉を静かに待った。 「いいだろう。アンタの事が気に入ったぜ」 「おいおい、悪いがそういう趣味はないぜ。俺のはこういう女専門なんだ」 「俺だってそんな趣味はない。俺が気に入ったのは、アンタのその用心深さだ」 「アンタは具体的な名前を口にしない思慮深さがある」 「はぁ? バカにしてるのか? そんなヤツいねぇだろ」 「ところがそうじゃない。今のガキ共はすぐにヤンチャ自慢したがって困るんだよ」 「へぇ~。そういうヤツは、俺の客だけだと思ってたけどな」 「最近は、買うだけじゃなく売る方にもちらほらいる」 「そんなバカに卸すとは、正気を疑うね。すぐにパクられるのがオチじゃねぇか」 「同感だ。だが、アンタは違う、そうだろ?」 「まあな」 とにかく、これで完全に釣れた。あとは、サンプルを手に入れれば―― 「……んん」 突然、市長が俺の首に腕を回して甘えてきた。 そして、その甘い魅惑的な動きとは対象的なひどく冷えた声が、俺の耳を打つ。 「気をつけよ。見た目とは違い、まだこやつは警戒を解いておらん。他に数人控えておる」 「まだ殺気はないが、銃を所持しておるとみるべきじゃろうな」 「………」 「さっきも言ったろ。お楽しみは帰ってからだ、我慢しろ。そういうプレイも好きだろう、お前は」 「……んんっ」 「いや、悪いな。飛び過ぎでね、最近はところ構わずこうなんだ」 「ほう、アンタのアイスはそんなに冷たいのか?」 「最初はそうでもなかったんだがな。刺激を求めるうちにハードコアな物にまで手を出して、この有様だ」 「それでも手元に置いておくのか?」 「身体の具合が最高でね。今までの中じゃダントツなんだ、締め付けも、形も」 「………」 市長の視線が痛いぐらい突き刺さる。 勘弁して下さい、仕事なんです、これぐらい見逃して下さい。 自分でも、言ってて悲しくなってくる。こちとら少女どころか、女の子自体知らないってのに……。 「随分鬼畜なんだな。いや、すまない。別にそっちの事情に深入りするつもりはない。今の言葉は取り消すよ」 「気にしてないさ。それより、具体的な話に入りたいんだが」 「ああ、わかってる。おいっ」 「はい」 後ろの男が、一旦物陰に引っ込む。 そして戻ってきたとき、その手には小さな袋に入った鮮烈なほど赤い粉。 もう片方の手には、まるで血のように赤い液体が詰まった注射器。 それらを高野に手渡してから、再び一歩下がる。 「俺たちはこいつを、“L”って呼んでいる」 「“L”?」 「ほら、売り物とサンプルだ。こいつをブチ込めば、不感症の吸血鬼でも一発で昇天だぜ」 「へぇー、そいつが」 「早速打ってみるか?」 「……俺がか?」 「決まってるだろ。おいおい、こいつは新作だぜ、試薬をぶっかけたって効果のほどはわかりゃしない」 「実際に身体で試すのが一番手っ取り早い。そうだろ、吸血鬼のムトウ君」 「悪いが俺は、商品に手を付けるつもりはない」 「ならどうやって効果を確かめる?」 「そんなに難しいことじゃない。そのサンプルを客に流して反応を見て、決めさせてもらう」 「そっちだって、物を大量に用意するには時間がかかるだろ?」 「それじゃあ困るんだよ。だって次に来るときには、仲間を呼んでくるつもりだろ」 「……なんのことだ?」 「俺は一人だ。仲間なんていやしない。おっと、可愛いペットならいるけどな」 「いいって、誤魔化さなくて。だってアンタら――」 「風紀班、だろう?」 「――なっ」 「てめぇっ!」 高野の発言から一瞬遅れて、後ろの男が銃を引き抜いた。 「――ッ!?」 咄嗟に俺も立ち上がろうとした直後――首筋に嫌な気配が走る。 「動くなっ! 動くとこいつを注入するぜ」 いつの間にか身を乗り出した高野が、俺の首元に針の部分を突き付けている。 あとほんの少し押し出せば、針の先端は俺の静脈に突き刺さるだろう。 「…………………」 「そっちの女も動くなよ。これだけの量を入れたらこいつ、中毒で死ぬかもな」 「言っとくが、俺は商売で嘘は言わない、アンタらと違ってな。こいつは正真正銘、[サッ]化[カー]物に効果がある。試してみるか?」 「………」 「ったく、ついてねぇな。ようやくクスリを卸せそうな相手に会えたと思ったら、マジで風紀班なのかよ」 「あー……なにか、誤解があるようだ、高野さん。まずは落ち着いて話し合わないか?」 「黙れよ。今のでハッキリした。そっちのガキ、ヤク中じゃないだろ」 「完全なヤク中を演じるには目に生気があり過ぎる。それに、この状況をハッキリと理解してるのはまずいだろ」 「ちっ……ぬかったか」 「いやいや、他の演技はかなりもんだった。実際、本物かどうかはかなり悩んだからな」 「最近は念のため、会うヤツ全員に風紀班かどうか訊いてるんだが……こうも大当たりとはねぇ」 「経験不足だなぁ、この程度で馬脚を現すなんて。そっちの女の子も惜しかったんだが、慌てるのが早すぎるぜ」 「なるほどのう」 「さて質問だ。正直に答えなきゃ、中毒死が待ってる。お好みなら、ドタマに鉛をたたき込んでやってもいいけどな」 「お前、俺たちのことをどこまで知ってる? どっから情報を得た?」 「………」 「ダンマリ……いや、時間稼ぎか? とすると、すぐにでも仲間が突撃してきてもおかしくなさそうだ」 「ちょっ、ちょっと、だったら早く逃げないと」 「車の準備をしろ、引き揚げるぞ。そっちの女も殺せ。下手に連れて行くと邪魔になる」 「了解」 「さて、これでお別れだな、鬼畜ロリコンのムトウ君。アンタのことは嫌いじゃなかったんだけどなぁ、残念だ」 「……一つだけ言っとくが、俺はガキの身体に興味なんてない」 「そいつが遺言ってことでいいな?」 咄嗟に俺は、針から逃れようと身を捻る。 だが、こちらの動きに対して高野の動きはあまりにも小さい。ほんの少し腕を押し出すだけでいいのだ。 どちらが有利かは言うまでもなかった。 「さよならだ」 慌てることなく注射器を押し出し、その先端が俺の肌を突き破る。 きっと、高野はそう思っただろう。 だが、針の先端が俺の首に刺さることはなかった。 「――なっ!?」 「こっちが大人しくしてる内に、刺しておけばよかったのになっ」 「くそっ! 銃を持たずに来れた理由はそういうことかよっ、面倒なっ!」 こちらが腕を振り払うよりも早く、高野は後ろに飛んで距離を取る。 「野郎っ!」 「させるかっ!」 「ぎゃごっ!」 引き鉄を引く前に、俺の拳が男を顔面を捉えた。 衝撃に耐え切れず、殴り飛ばされた男は、背後の壁と衝突。 頭を強く打ちつけたらしく、そのまま失神してしまう。 「こいつならどうだっ!」 その隙に懐から銃を抜いた高野が、躊躇うことなく俺に向けて発砲。 咄嗟に頭をかばった右腕に、鈍い衝撃が走るが――それだけだった。 多分これも、打ち身程度で済むだろう。 「ちぃ! これだから[サッ]化[カー]物はっ!」 「おいっ。なにボケッとしてるっ!? お前らも撃てよ、早く殺せっ!」 「このガキがっ!」 「ぶっ殺してやるっ!」 他の連中が服の裾を跳ね上げ銃を抜く。 「すっこんでおれっ!!」 市長はそれより素早く、椅子にしていた木箱を片手でぶん投げた。 中身がぎっちり詰まったそれを、山なりじゃなく直線的な弾道で。 「うおぉっ!?」 尋常じゃない速度で迫る木箱に、男たちはわたわたとその場から逃げ出す。 「このっ、このぉぉぉっ!」 「――ちっ」 乱射された中の一発が、市長の腕を突き抜ける。 小さな身体はその衝撃に一瞬ぐらつくが、すぐにその場で踏み止まった。 直後、銃弾に抉られた腕の傷が、見る間に綺麗になっていく。 「なぁっ!?」 「どうした? 豆鉄砲をくろうた鳩のような顔をして。心配するな、痛いものは痛い」 「ただこの程度の傷、すぐに治ってしまうだけじゃよ」 「ば、化け物……」 「くはっ、まさにっ! さて……まさか、そんな化け物を容易く殺せると思っておるまいな?」 市長はすぐさま身をひるがえし、男たちの元へ一気に踏み込んだ。 そして小さな拳が男の腹部に突き刺さり、フワッとその巨体が宙に浮く。 手首まで沈まされた男は、激しくえずきながら顔を歪ませた。 「ぐぅぇっ!?」 「大人しく寝ておれ。そっちの貴様もっ!」 「うわぁぁっ!?」 「これなら、どうだ!」 再び銃が引き抜かれるっ! かと思ったが、高野が手にしているのは銃ではなく……ボール? それを思いっきり投擲。 まさか爆弾っ!? いや、形が妙だっ!? とにかく投げ返してやるっ! そう思ってカプセルを手で受け止めた瞬間――ソレが割れた。 「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 しまった!! おそらく防犯用のカラーボールか、似たような素材だったのだろう。真正面から掴み取ろうとした俺の左手は、中の液体を思いっきり浴びてしまった。 肌が焼け、肉が傷む。これは……酸か? いやっ、この潮の匂いは―― 「海水かっ!?」 「今だ! 撃て撃て! そっちの女にも海水を投げろ!」 「――ッ!?」 「――くっ、さすがに海水はマズイっ!」 左手を痛みと共に抱えたまま、再び海水の入ったボールが投げられる。 周りもマシンガンを手にした売人が俺を取り囲み―― 「死にやがれっ、[サッ]化[カー]物めぇぇっ!!」 「――ッ!?」 耐えれるか? ハンドガンは大丈夫でも、マシンガンは……なら、他の能力を使うべきか? 俺は、どうすればいい? 悩んだのは一瞬、だが痛みもあって、明確な答えもです、身体の硬直が致命的な隙となって―― 「六連君、伏せてっ!!」 「っ!!」 考えるよりも先に、身体が指示に従ってその場に俺は倒れ込んだ。 「―――ッ!!」 狙い澄まされた射撃。 無数の特殊ゴム弾が、男の肩や胸を始めとした上半身に襲いかかった。 「――ぎゃっ」 着弾の衝撃に耐えきれなかった男は、引き鉄を引く暇もなく床の上に崩れ落ちた。 「このっ!」 そして海水は美羽の見えない壁によって受け止められ、空中でまき散らされ、俺には一滴もかかることはなかった。 そっか、単純なことだ。こうして受け止めればよかったのか。もっと冷静にならないと。 「大丈夫!?」 「佑斗、怪我は?」 「すまない、助かった! 左腕がちょっと焼けた程度だ」 「無事か、小童!?」 「問題はありません」 「六連君、六連君は本当にロリコンの人なの!? 幼い子にしか興味がないの!? そんなの、いけないことなんだよ!」 「いきなり何の話っ!?」 「だってだって、さっき言ってたでしょ。しかも凄くナチュラルに。だから……もしかしたら本当なのかなって……」 「それは私も気になるわね、どうなの? 佑斗はロリコンなの?」 「ロリコン設定は俺だって嫌だと言ったはず――というか、今する必要があるのか、この話っ!」 「《チーフ》主任! 一人逃げようとしています」 「なっ!?」 「小童、あそこじゃっ!」 高野はこちらに目をくれることもなく、倉庫の奥に向かって走っていく。 「まかせてっ!」 銃を構えた布良さんは、すぐに息を止める。 直後、相手が走っているにも拘らず、一瞬で狙いを定めた布良さんが引き鉄を絞った。 轟音が響き、模擬弾が空気を穿つ。 狙いは正しく、真っ直ぐに弾は高野に迫っていく。 が―― 「――ッ」 一瞬、視線をこちらに向けた高野は、素早く首を傾けた。 そして模擬弾は、高野の耳を掠めたものの、そのまま壁に着弾。 高野の足を止めることには失敗してしまう。 「外したっ!?」 「いや、違う! 避けおった」 「そんなことが、人間にっ!?」 「とにかく追うっ!」 「こっ、高野さんっ!」 「悪いが、ここは任せたっ」 「そんなっ!?」 仲間を犠牲に、高野はなんとか包囲網を突破していく。 「待てっ、高野!」 ここまで来て、主犯を逃すわけにはいかない。 俺は高野を追って、倉庫から飛び出した。 「ちょっと六連君、一人じゃ危ないよっ!」 「佑斗、私も――」 「チクショウっ、こうなったらぁぁぁっ!」 「悪あがきを――」 「銃弾は私が止める。布良さん、お願いっ!」 「急いでるのに、もーっ!」 「邪魔をしない、でっ!」 半ば狂乱している相手に数発。 容赦なく相手の身体に食い込んだ模擬弾で、最後の一人を眠りにつかせる。 「はい、お終いっ!」 「あぅ……完全に見失っちゃった。美羽ちゃん、わかる?」 「……いいえ、ごめんなさい。私でも見つけられない」 「ど、どうしよう……」 「悩む前に動かぬか、バカ[もん]者。手分けして探すしかなかろう」 「止まれっ、高野っ!!」 「――はぁ、はぁ」 その背中が逃げるのを辞めた時、最初は数十メートルあった距離も、すでに10メートルを切るまでに詰まっていた。 「逃げ切れると思うな」 「みたい、だな……はぁ、はぁ」 「ったく、しつこいんだよ……お前」 「こっちとしても、あんな新しい商品をバラまかれたら困るからな。必死なんだよ」 「ちっ……今回はマジで失敗したぜ……次からは、もっと気をつけないとな」 「次はない」 「そいつはどうかな?」 こちらを振り返った高野。 その姿は一人だけではなかった。 「ゆ……佑斗……?」 それはどう見ても直太だった。 こめかみに銃を突き付けられ、軽く震えている。 「直太? なんで、お前、こんなところに?」 「わ、わけわかんねぇよ。散歩してたら、こいつが突然……」 『それまでは、そうだなぁ……普通に遊んだり、他にも街中をブラブラしたり』 『こう見えても俺、風景が好きなんだ。だから、この街を歩きまわって、いい景色を探してみるつもりだ』 そう言ってはいたが……だからって、何もこのタイミングで出会わなくたって。 「ど、どういうことなんだ? これ、一体なんなんだよ?」 「なんだ、知り合いなのか?」 「ちょっ、だから、一体どういうことなのか、説明を――」 「うるさい。ちょっと黙ってろ」 「……はい、すみません。黙りますので、銃をゴリゴリさせないで下さい、お願いです」 「安心しろ。殺すつもりはねぇよ。ただし、今のところは、だ。それを忘れるな」 「わ、わかった」 「そいつを離せ。どの道、逃げられやしない」 「確かに。人質を一人取った程度じゃちょっと厳しいだろうな。俺もこれで逃げられるなんて思ってやしない」 「けどな、他にいい方法があるんだよ」 高野は、ニヤリといやらしく笑う。 そうして、上げられた口角の隙間から覗くのは白い牙―― 「まさか、お前……」 そうだ。いくら模擬弾とは言え、避けるなんて難しいことを可能にするなんて、まさかこいつも―― 「ああ、まだ言ってなかったか? 俺もお前さんの[・]お[・]仲[・]間だよ」 「ジュズ、ズズズ……」 「くあぁっ、な、なんだよ、これっ!?」 「高野っ!!」 「騒ぐなよっ! ちょっと血を吸った程度じゃねぇか」 「別に俺の血を飲ませたわけでもない」 「落ち着け、ムトウ君。今下手に動くと、指が滑って引き鉄を引いちまうかもしんねぇだろ」 「……くっ」 「そうそう。大人しくするのが一番だ。お前もな、大人しくしてろよ。死にたくないだろ?」 「は、はい」 「だったら口を開くな、いいな?」 「………」 「なぁ、ムトウ君。一つ相談なんだが、俺のことを見逃してくんねぇか?」 「なにをバカなことをっ」 「けどよ、このお友達のこと、大切なんだろ?」 「………」 「それに、聞いてくれ。仕方がなかったんだよ」 「生きていくのには金がいる。けどよ、この海上都市でも差別があるのは、アンタだって知ってるだろ?」 「俺だってこんなことはしたくなかったさ。けど、生きるためには、こうするしかなかったんだ。わかるだろ?」 確かに……いくら吸血鬼のための都市とは言え、この都市でも差別は確実に存在する。 俺だって不動産屋で経験した。何よりも“[サッ]化[カー]物”という言葉が、それを物語っている。 悪事に手を染めるのは、彼の責任じゃない。この吸血鬼を差別する、人間社会が悪いんだ。 ――待て、俺は何を考えてる? こいつに責任はない? 社会が悪い? そんなバカな話があるはずない。 「アンタだって差別されたはずだ。その時のことを思い出してみてくれ、ひどいと思ったはずだ」 「それは……」 「俺はな、その数倍はひどい目を見てきた。そんな俺が、世界を恨んだって仕方ないだろう?」 「情状酌量の余地はあるはずだ。なぁ、だから頼むよ。俺を見逃してくれ、ムトウ君」 「それともアンタも俺のこと責めるのか? こんな可哀そうな俺を、責めるのかよ?」 そうだ、被害者なんだ。これ以上、責めたって何も解決はしない。 社会を是正すべきなんだ、罪を憎んで人を憎まずとも言うじゃないか。 違う、そんなことはない。高野が捕まるのは当然なことのはず―― 「俺を捕まえるつもりか? それで本当にいいのか?」 「……い、いや、そんなつもりはない」 「確かにアナタは被害者だ。これ以上責めるだなんて酷な話だ。そんなひどいこと、俺には……」 「そうだよなぁ?」 「ああ。悪いのは社会……いや、差別している人間たちだ。こんなことになったも、全て人間が――」 「くっ――」 心臓が大きく跳ねる。 すると、頭の中にかかっていたモヤが薄くなり、自分の意識を取り戻していく。 「違う、そうじゃない。高野は被害者じゃない、加害者だ」 俺の言葉を肯定するような鼓動が、高野の言葉の輝きを失わせていく。 そうだ、俺は何を言ってたんだ? 高野は悪くない? 悪いのは社会? 差別している人間? 「そんなわけっ、あるかぁぁ!」 「なっ!?」 「はぁ……はぁ……俺に、何をした?」 「聞け! お前は普通だ、正常だ。間違っているのはこの世界だ!」 「黙れよっ! クソ……頭の中がグラグラする」 「そうか、言葉を使った暗示、催眠の能力、そんなところだろう」 「何を言ってるんだ? 違うだろ、俺は別に何もしちゃいない。それよりも、俺は――」 「無駄だ。その手の暗示は、不意打ちだからこそ意味がある。だからこそ、さっきみたいな使い方をしたんだろう?」 「ちっ……まさか、自力で能力に逆らうなんて。初めてだよ、アンタみたいなヤツ」 なるほど、ハッタリをかましてみただけだが……どうやらビンゴらしい。 おそらく俺にはもう、暗示はかからないとみていいだろう。 だが、この状況は…… 「うわぁぁぁぁぁっ!?」 「――!? 今の声はっ!?」 「エリナっ!?」 「ユート!? どうして、ここに? それにこれ、どういうことなの?」 「例のクスリの犯人を追ってるところだっ!」 「え!? そっ、それってあの人のこと……?」 俺とエリナの視線の先に高野はいた。 そして、その腕の中には直太の姿も。 「ゆ……佑斗……」 こめかみに銃を突き付けられ、軽く震えている。 「ど、どういうことなんだ、これは」 「ナオタがね、色んな景色を見たいっていうから、案内してたんだよ」 「で、少し休憩することにして、リオはジュースを買いに行って。そしたら突然、あの人が」 『それまでは、そうだなぁ……普通に遊んだり、他にも街中をブラブラしたり』 『こう見えても俺、風景が好きなんだ。だから、この街を歩きまわって、いい景色を探してみるつもりだ』 そう言ってたが……だからって、何もこのタイミングで出会わなくたって。 「どうやら知り合いらしいな」 「これ、一体どういうことなんだ、佑斗」 「話は後だ。とにかく大人しくしてろ、絶対に助けてやるから」 「あ、ああ……わかった」 「お友達を助けたいなら、話は簡単だぜ。俺のことを諦めな」 「ふざけるな」 「だろうな。そう言うとは思ってたよ。けどよ、お友達を見捨てるわけにもいかないだろ? そういう顔してるよ、アンタ」 「くっ……」 「……ユート」 「どうせ逃げられやしない、諦めて大人しくしろ」 「さぁ、そいつはどうかな?」 高野は、ニヤリといやらしく笑う。 そうして、上げられた口角の隙間から覗くソレは―― 「ユート、あれっ!」 「牙!? つまり、お前も……」 そうだ。模擬弾を避けたことを考えると……。 「ああ、俺も[サッ]化[カー]物の一人ってことさ」 「マズイよ、ユート。あの人、自信があるみたい。きっと何か能力を使うんだよ」 「みたいだな。そして、腕の中には能力を使うための人間もいる」 「なんとかしないと……」 「気付いたみたいだな」 「だが、アンタじゃどうにもできない。いくら自分の身体を硬化させても意味がないもんな」 「せめて他人の身体も硬化できたら、俺の牙を弾けたのになぁ」 確かに、身体を硬化させる能力は、直太を助けるのには役に立ちそうにもない。 だが他の能力なら、なにかこの危機を打破できる能力が使えれば―― 一体どんな能力なら……この状況を打破できる? どうすれば俺は、直太を救う事ができる? 「ユート、苦しそうな顔してる……ナオタを助けたいんだよね」 「もちろんだ」 「でも、ユートの能力は自分の身体を硬くすることなんだ? だから、ナオタを助ける方法が思いつかなくて、困ってるんだね」 「なにか方法があれば……俺に、もっと力があれば」 「……ユート……」 「うん、わかった。なら、エリナがなんとかする。ユートの苦しそうな顔は見てられないし、友達だからね」 「な、なんとかできるのか、エリナ」 「任せてくれていいよ。ただ、その……お願いがあるの。目を瞑って。お願い、ユート」 「それだけでいいのか? わ、わかった。それでナオタが助かるなら」 「うん。ダイジョーブ、ワタシに任せて」 「あと、もう一つだけお願い。あのね……」 「できれば、怖がらないでくれると……嬉しいかも」 「……え?」 それは、奇妙な感覚だった。 だが以前にも感じたことがある。コレは…… ……そうだっ、あの誘拐騒ぎの時と同じ、自分の首に牙が突き立てられた感触―― 「んっ……ちゅぅ、ちゅる、じゅずず……」 「え、エリナ、何を」 「は? は、はははっ! 気でも狂ったか!? 化物が化物の血を吸ったところで何があるってんだ?」 「そんなことに意味はねぇ。意味があるのは、化物が人間の血を吸う事さ! こんな風になっ!」 「うっ、うわぁぁっ!?」 「直太っ!?」 「――させないっ!」 直後、バチッっと空気の爆ぜるような音が響く。 そして音は連鎖的に膨れ上がり、耳を塞ぎたくなるような爆音へと変化した。 同時に視界を白い閃光が埋め尽くしていく。 「なっ、なんだっ!?」 「まぶしっ!?」 「ばっ、バカな、どうして人間の血じゃないのに能力をっ!?」 「――んっ!」 気合いの息と共に、俺の首筋からエリナの気配が消える。 焼かれた視界は未だ白いまま。 だが、幸いなことに耳は無事だ。 「ナオタを離しなさいっ!」 「なっ、なんなんだ、お前はっ! 化物――まさか、ライカンスロープとでも言うのか!?」 「ワルモノに教えることなんてないからっ」 『ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!』 「あれ? 今の叫びに直太の声が混じってなかったか?」 「ありゃ……やっちった」 「え!? やっちったって、どういうことだ!?」 徐々に視界が色を取り戻し、周りの状況を確認する。 足元には高野がうつ伏せで倒れていて、その隣にはエリナが立っている。 それはいい、エリナが直太を助けてくれたということだろう。 だが…… 「エリナ、どうして直太まで倒れているんだ?」 「あは、あはは………………ごめんなさいっ。ちょっと慌てて対応を間違えちゃって。つい、一緒に……」 「[や]殺っちゃったの?」 「こっ、殺してなんてないよ! ただちょっと……しばらく意識を失ってると思う」 「あの、ナオタってペースメーカーを入れたりしてないよね?」 「ああ。それは大丈夫だ。健康だからな、アレルギー系もなにもなかったはずだ」 「なら、ダイジョーブ。すぐに目を覚ますと思うよ」 「そうか。大丈夫なんだったら、それでいいんだ」 「ただ……目を覚ましても、頭痛や嘔吐、動悸や息切れ、倦怠感があるかもしれないけど……でも、本当死んだりはしないから」 「………」 「それ、本当に大丈夫なのか?」 「そういう後遺症も明日には引きずらないと思う。それぐらいの調整はしたつもりだから」 「……調整、ね」 「………」 「つまりそれが、エリナの能力なんだな」 「そしてその能力は……吸血鬼の血で?」 「………………うん」 「ワタシはね……吸血鬼の血を飲む吸血鬼なの。今まで、秘密にしててゴメンね」 そう言ったエリナの微笑みは、どこか寂しげな物に見えた。 「六連君!」 背後から聞こえてきたのは、その可愛らしい見た目とは裏腹に、頼りになる少女。 「応援も来た。奥の手も通じない。もう、諦めるんだ」 「そうだな……確かに、アンタに俺の力は通じない」 「だが、他の奴ならどうかな!」 「――ッ!?」 「聞いてくれっ! 俺は罪をなすりつけられようとしてるんだ! 犯人は俺じゃない、こいつだ! この男こそ、真犯人なんだっ!」 「悪あがきをっ!」 「さぁ、それはどうかな?」 「おい、お前はお友達を止めろ。なにがなんでも、命がけで止めるんだっ! アイツを止められるのは、お前しかいない」 「そうだな。俺が止めないと……」 「くっ!? なっ、直太、止めろ、正気に戻れ!」 俺の声には反応せず、高野の言いなりとなった直太が、腰にしがみついてくる。 無理矢理引きはがすか? いやだが、怪我でもさせたら……それに、高野が“命がけ”と言った。下手すると本当に直太の命が……。 「今回のことは全て、コイツがやったことだ。俺はただ、言われた通りに動いていただけなんだっ!」 「六連君がそんなことっ! そんなこと……ないはずだよ、だってだって、理由がないじゃない」 「そんなことはない。だってこいつも差別された! この都市に、人間に、恨みを抱いているっ! だから、復讐するつもりなんだ!」 「復讐って、そんな……」 「聞くなっ! 聞いちゃダメだ、布良さんっ!」 「本当だ、俺を信用してくれ。アイツは正気を失ってる、クスリをすでに常用してるんだよ」 「六連君が、クスリを常用って……そ、そうだったんだ……」 「だから俺じゃなく、アイツを捕まえる必要があるんだ。わかるだろう!」 「うん、そうだね……六連君、こうなったら仕方がないね」 「……布良さん」 ダメだ……高野の能力によって、完全に俺が犯人だと思いこんでしまっている。 「布良さん、頼む。元に戻ってくれ」 「捕まえなきゃいけないのは俺じゃない、高野だ」 「そんなわけないでしょう、六連君。高野さんみたいな可哀そうな人、捕まえる理由なんてないよ」 「無駄だ。その程度で俺の催眠から逃れられるわけがない」 「くそ……」 確かにそうだ。今の布良さんには、俺の声は届かない。 布良さんも直太も、信じているのは高野だけ。 言葉で惑わせ、動揺した隙をついて、心を掌握し、自身を完全に信じ込ませる高野の力に完全に呑まれている。 仮に同様の能力を使ったとしても、言葉が届かない以上はどうしようもない。 つまり、その安定を崩せばいい。そして、声を届かせればいいんだ。 「……くそっ、ダメだ」 俺の言葉を届かせる方法が……一つしか思いつかない。 気は進まない。本当にこれだけはやりたくなかったんだが………………仕方ない。 「……わかった。大人しく捕まろう」 「うん。ありがとう、六連君」 「そうだな。友達と争うなんてろくなことにならない。素直に捕まるのがベストだよ」 「さて、なら俺はそろそろ――」 「ただ、先に一つだけ、言わせて欲しいことがある」 「なに、何でも聞くよ。六連君は大切な友達だもん」 「ありがとう、布良さん。よく聞いてくれ、実は俺は……俺は……」 大きく息を吸って、覚悟を決める。 事件を解決させるにはこれしかないんだっ! 「ロリコンなんだっ!」 「…………………………え?」 「さっき言ったこと、本当は演技じゃないんだよねっ! 全て本心っ! 俺は、ちっちゃい女の子が大好きなんだっ!」 「巨乳なんてとんでもない! やっぱりおっぱいは膨らみかけが一番だよ!」 「なっ、なっ、なななな――」 「やっぱり自分の手で開発するっていうのが本当、最高。ロリ最高!」 「それから、直太っ! 実は俺、ロリコンであると同時に、ゲイでもあって、実はお前のことを昔から、ずっと――」 「は、はぁっ!? おっ、お前、突然何を……ほ、本気でそんなこと……」 「当たり前だろっ! 冗談でこんなこと、言えるかよっ!」 「まっ、マジかよ、お前っ!?」 「マジだって言ってるだろ! 俺は《バイセクシャル》両刀なんだよ、でも女の方は幼女しか相手にしないっ!」 「そして、男はお前が、直太のことが好きなんだっ!」 「そっ、そんなこと、急に言われてもっ!」 「にゃにを言ってるの、六連君! 変態だよ、最低だよ! 男の人が好きなのはともかく、ロリコンはいけないことなんだからねぇっ!!」 「えぇぇっ!? 男が好きなのは認めちゃうんだ!?」 突然の俺の告白に驚き、慌てふためく布良さんと直太。 その驚きようと言ったら、高野の言葉など完全に吹き飛んでしまっているぐらいだった。 その隙に、俺は2人を押しのけて、高野に向かって走る。 「まさか、俺の能力を不安定にさせるために、動揺させて!?」 「身を切った価値はあったみたいでなによりだっ!」 「こんな下らないことでっ!?」 「こんな下らないことで崩れるような能力を過信したのが、お前の敗因だよっ!」 「くっ、だ、誰か、こいつを止め――」 「のろーーーいっ!!」 高野の顔を思いっきり、力いっぱい殴る。 なぁに、相手も吸血鬼だ、死にやしない。そんな妙な確信に後押しされ、全力を以って殴り飛ばすっ。 反動で拳が痛んでも、血が吹き出ても気にしない。 今はここで、決めないとっ! こんな下らない奇襲は、一度っきりしか使えないんだから。 「おぉぉぉっ!」 「――ぎゃぶぼっ!?」 気合いに任せて拳を振り抜く。 高野の身体が宙を舞い、錐揉み回転しながら地面と衝突。 受け身も取れなかった高野は、身体を強く打ちつけて昏倒したらしい。そのまま動かなくなった。 だが、ピクピクと身体は痙攣してるから、ちゃんと生きてるだろう。 それを確認してから、俺は大きく息を吐く。 「はぁぁぁ……おっ、終わった。上手くいってよかったぁ~」 「あとは、目を覚まさないうちに拘束して、《チーフ》主任に連絡して――ん?」 「………」 「直太? どうかしたのか? そんなにモジモジして……まさかっ、どこか怪我をしたのかっ!?」 「悪い。お前のことは大切な友達だと思ってる。妙な偏見な目で見たくないんだ。だから――」 「もう少しゆっくり、ちゃんと考えさせてくれないかな? お前の告白のこと」 「………」 「俺は今までずっとノーマルだったから。けどさ、あんな情熱的な告白をしてくれたこと、嬉しいと思ってる自分もいて……」 「ちゃんと自分を見つめ直したいんだ。だから、もう少し待っててくれないか?」 「あー、スマン。さっきの告白を本気にされると、俺も困る。冗談ということで受け流してくれないか?」 「――ッ!?」 「ひどいっ、さっきはあんなに情熱的に告白してくれたのにっ! どうして、なにがいけなかったの? どうして心変わりしちゃったの、ねぇ!」 「なぜ、オネエ言葉?」 「六連君……」 「布良さん? どうかしたか?」 「私はね、本当に六連君のことを大切な友達だと思ってる」 「そんな友達が間違った道に進もうとしてるなら、止めてあげるのが本当の友達だと思う」 「……そうだな。俺もそうだと思う」 「だから、ロリコンなんて間違った道に進む六連君は、私が止めるよっ」 「なので六連君、こんなことしたくはないけど、検挙させてもらうから。大人しくしてくれる?」 「どうして、俺の心を弄ぶようなことしたの? ねぇ、教えてよっ!」 「………」 どうしてだろう? 事件は解決したのに、余計に面倒なことになったような気がするのは……。 「佑斗」 背後から聞こえてくる声に、俺は少し安堵する。 「さぁ、人質を放せ。奥の手も無駄に終わって、こっちには応援が来たんだ。諦めろ」 「そうだな、確かに応援が来たな……本当、ちょうどいいときに来てくれたもんだよ、俺の応援がっ!」 「――ッ!?」 「おいっ! 犯人は俺じゃない、こいつだ! 目の前にいるこいつがお前らを裏切った真犯人だっ!」 「高野、お前っ!」 「お前はお友達を足止めをするんだ。命がけでなっ! お前はそうしなければならない。そうだろう?」 「俺は、佑斗を止めないと……」 「くっ!? なっ、直太、止めろ、正気に戻れ!」 俺の声には反応せず、高野の言いなりとなった直太が、腰にしがみついてくる。 無理矢理引きはがすか? いやだが、怪我でもさせたら……それに、高野が“命がけ”と言った。下手すると本当に直太の命が……。 「クスリの首謀犯は、この男だ。捕まえるなら、こいつを捕まえろ」 「バカなことを。佑斗がそんなことをする理由なんてあるはずが……」 「こいつは、自分が差別されたことで都市に恨みを抱いていたんだっ! だから、この都市に復讐するつもりなんだ」 「だ、だからといって、佑斗がそんなこと……」 「よせ、聞くな! そいつの声に、耳を傾けるなっ!」 「本当だ。それにすでにアイツはクスリを常用してる。もう正気を失ってるんだ」 「佑斗がクスリを常用……そんなことをしていただなんて……」 「だから、今すぐにアイツを捕まるんだ、さぁっ!!」 「……残念だわ、佑斗」 「くっ……」 ダメだ、完全に高野の能力に呑みこまれている。 どうしたら、あの暗示を解ける? なにか方法を考えないと―― 「それじゃ、他の連中が来る前に、俺は退散させてもらおうか」 「待てっ! 逃げられると思うなっ!」 「逃げられないのはアンタだよ。そいつの中ではすでに、犯人はアンタだと思い込んでるからな」 「抵抗しないで、お願いだから」 「正気に戻るんだ、美羽っ! 高野を捕まえろっ!」 「何を言っているの、佑斗。この人を疑うなんて……やっぱり佑斗は正気じゃないのね」 「無駄だよ、無駄。いくら叫んだって、俺の能力を打ち消せやしない」 「そんなこと、わかってるっ!」 ……あれ? どうして俺は、それをわかってるんだ? まただ……また頭の中に奇妙な確信が生まれる。 「―――」 俺はこの能力のことがわかる。 言葉で惑わせ、心が揺らいだ隙をついて意識を掌握し、対象に自身を完全に信じ込ませる力。 なら、同じような催眠の力を使えれば、上書きできるかも―― そんな俺の考えを否定するように心臓が跳ねた。 ダメだ……美羽は完全に高野を信用してる。俺の言葉が届かない限り、上書きをすることはできないと教えてくれる。 なら、どんな能力なら……。 いや、能力を使わなくても、俺の言葉さえ届けられれば正気には戻るはず。 「諦めて大人しく捕まったらどうだ? 友達に怪我をさせたくもないだろう」 「………」 「……わかった。大人しく捕まろう。直太、もう暴れないから、離れてくれ」 「ああ。そういうことなら」 「わかってくれてありがとう、佑斗」 抵抗を辞めた俺に、美羽は安堵の表情を浮かべた。 操られているとはいえ、本当に俺のことを心配してくれているんだ。 そんな美羽のことを思うと、今から俺が行おうとしている行為は最低で、本当に申し訳ないと思う。 だが、高野を逃がすわけにはいかない。 「スマン、美羽。俺は本当にひどいことをしようとしてる。許してくれと言うつもりはないし、謝罪はあとでいくらでもする」 「ただ今は、こうするしか思い付かないんだ。俺の声を、美羽に届けるために。だから、すまない」 「――え?」 安堵しきった様子の美羽。 その一瞬の隙をつき、俺は腕を伸ばした。 美羽の程よく膨らんだそのおっぱいに向けて。 ――こっ、これは!? むにゅ。 言葉にすると、そんな感触が手の平を通して伝わってくる。 発育良好なおっぱい、上着越しだというのに、その柔らかさは十分すぎるぐらい伝わってきた。 「………」 美羽は呆然と、自分の胸を揉む手を見つめていた。 ……目に生気が戻っていない。まだダメか、仕方ない。 むんずと掴んだおっぱいを、そのままもにゅもにゅと揉みしだく。 「……な……」 「頼む、正気に戻ってくれ、美羽っ!」 「正気じゃないのは佑斗の方でしょうっ」 「――ごふっ!?」 突然、頭に突き抜けるような痛みが走った。 どうやら思いっきり叩かれたらしい。 「意味不明なことをのたまいながら、何をしてるわけっ」 「いだだだだだだっ! そこ、骨が痛い。手首に親指が食い込んで痛いから」 「ストップ、ストップだっ! 本当に痛いからっ!」 「私だって痛いわよ。胸をそんな力いっぱい揉まれたら」 「スマン。もう少し優しく揉むべきだったか。今度からは気をつける」 「そういう意味で言ってるんじゃないっ、あと今度もないわよっ」 「ああぁぁっ! 痛い、痛いですってばっ!」 「人の胸を勝手に揉んでおいて、なんの罰も受けなくて済むと思っていないわよね? あと、何か言うべきことがあるでしょう」 「えっと……ブラのサイズ合ってなくないか? ワンサイズ小さい気がしないでもない――いただだだだだっ!」 「何かっ、言うべきことがっ、あるでしょうっ」 「申し訳ない、申し訳ありません。だが、一つだけ頼みがあって、罰は後回しにして欲しい」 「……はぁ……わかってるわよ。おかげさまで、思考がクリアに戻ったわ。ただね、佑斗……」 「ほ・か・に・も・方法があるでしょっ、動揺させるだけなら。どうしてよりにもよって、こんな手をっ」 「思い付かなかったんだから、仕方ないじゃないっ!」 「偉そうに言わないで。こんな最低な方法しか思いつかないくせに」 「いだだだだっ! 申し訳ないっ! 本当、謝るので大人の対応を……」 「この人痴漢ですー、誰か警察に連絡して下さーい」 「確かに正しい大人の対応ですねっ!」 「でもこの場は、まず先に捕まえなくてはいけない奴がいると思うんですよ」 「はぁー………………そうね、そうだったわね。他に許せない奴がいるわね」 「バカな……そんなくだらないことで、俺の能力が」 「やってくれたわね。アナタのせいで佑斗に胸を揉まれたのだから、ただで済むとは思わないでね」 「くっ、おいっ! そこの人間、何してるんだ。さっさと止めろ!」 「ああ。佑斗を止めないと」 言いながら、再び直太が俺に突っ込んでくる。 俺は直太の身体を受け止めながら、不敵な笑みを高野に送る。 「おい、忘れるなよ。俺はもう一人じゃないんだからな」 「ひっ!?」 「絶対に逃がさないから、覚悟はいい? 私を操った罪、軽くはないわよ」 「――覚悟なさい」 「よせっ! 俺の言葉を聞くんだ、俺が悪いわけじゃない、全てはあそこの男が――」 「アナタが悪いに決まってるでしょっ!!」 「――ぎゃぶぼっ!!???」 いつにない怒声を上げながら、美羽は綺麗な回し蹴りで高野の首筋をとらえた。 骨が折れたのでは? と心配してしまうぐらい首を大きく曲げた身体が縦に回転。 四分の三ほど回ったところで、地面に叩きつけられ、何度かバウンドする。 そして、そのまま完全沈黙、ピクリとも動く気配がない。 いや、指がピクピクと痙攣はしてるかな。 「……生きてるん、だよな?」 「一応ね。この程度で死んだりしないわよ……ふんっ」 「そうか」 「なら、今回の事件はこれで解決だ。直太を正気に戻したり、事後処理がまだあるがな」 「いえ、他にも問題があるわ」 「なに? 一体、他にどんな問題があるっていうんだ?」 「佑斗、アナタ本当にロリコンってわけじゃないのよね?」 「……さっきの倉庫での話か? 当たり前だろう。幼女に興味はない」 「あともう一つ。私、まだスッキリしてないの。いきなり胸を揉まれたことに対して」 「あー……その件に関しては……寮に帰ってから、話し合おうじゃないか」 「リオっ!?」 「――!? 今の声はっ!?」 「なっ、これは――!?」 「あっ、ユート!?」 現場に駆け付けると、そこには意外な光景が広がっていた。 まず予想外だったのは、慌てた様子のエリナと、直太。 そして、俺が追いかけていた高野と、その腕の中にいた稲叢さん。 「どうして、高野が?」 「お、おい、佑斗? お前、なんでここに? もしかして、あの男と知り合いなのか?」 「知り合いってわけじゃない」 「おいおい、寂しいことを言うなよ。さっきまでは仲よさそうに話してくれたじゃないか、ムトウ・ユウト君」 「あ、あの……先輩、これは一体……」 「おっと。死にたくなければ、大人しくしているように。君だって、まだその年齢で死にたくはないだろう?」 「稲叢さん、とにかく今はそいつの言うとおりに」 「は、はい。わかりました」 稲叢さんの頭に銃を突き付けた高野がニヤリと笑う。 「それで、一体どうしてこんなことに」 「わかんない。ナオタがね、色んな景色を見たいって言うから、案内してたら、急にあの人が」 『それまでは、そうだなぁ……普通に遊んだり、他にも街中をブラブラしたり』 『こう見えても俺、風景が好きなんだ。だから、この街を歩きまわって、いい景色を探してみるつもりだ』 確かにそう言っていたが……まさか、このタイミングで出会うだなんて……。 「ちょっとした悪足掻きのつもりだったが、これはとんだ拾い物だったみたいだな」 「………」 「お、おい、佑斗……本当、コレは一体どういうことなんだ?」 「悪い、今は説明してる時間がない」 「ユート、これは前に言ってた?」 「ああ。今、丁度追ってたところだ」 「そっか。それじゃ、あの人が犯人なんだね」 「………」 どうする……事件のことはともかく、この場に直太がいるのはマズイ。 直太の前で大きな力を使うわけには……だが、高野の方には遠慮する理由がない。 「エリナ、ひとまず直太を連れて、ここを離れてくれないか?」 「え、でも……」 「ここに直太がいたんじゃ色々マズイ。だから……」 「……わかったよ。それじゃナオタ、行こう」 「行くって、どこに? 莉音ちゃんを助けなきゃ」 「だから、人を呼びに行くんだよ。ここはユートに任せて」 「佑斗……大丈夫なのか?」 「なんとかする、とにかくお前は人を呼んできてくれ」 「……わかった」 「エリナ、向こうの倉庫が現場だ。そっちに行けば、美羽か布良さんがいると思うから」 「うん。ユート……リオのこと、お願いね」 「わかってる」 「それじゃ、行こう。ナオタ」 「あっ、ああ」 「なんだよ、お友達に助けてもらわなくていいのか?」 「アンタに心配してもらう事じゃないよ」 「へぇ……どうするつもりだ? この状況を」 「……六連先輩」 「ほら、可愛い可愛い後輩ちゃんが、可愛らしい声を出してるんだから、助けてあげないと」 「………」 高野を逃がすわけにはいかない。 だからといって、稲叢さんを無視するわけにも……。 「いい顔で悩んでるじゃないか。そんなムツラ先輩に特ダネニュースのお届けだ」 「今なら俺を見逃すだけで、可愛い後輩の女の子を救えるというお知らせだが、どうする?」 「……稲叢さんを離せ」 「冗談だろ? この状況でこの子を離せるわけない」 「代わりに、俺が人質になる」 「はっ。お断りだね、お前みたいな[サッ]化[カー]物の人質なんて」 「勘違いしてます。残念ながら、わたしもその[サッ]化[カー]物の一人なんですから」 「なんだ、キミも吸血鬼だったのか。だが、どっちにしろ男の吸血鬼よりはマシだ」 「あの、六連先輩。この人、悪いことしたんですよね? 捕まえないといけない人なんですよね?」 「そうだが……」 「でしたら、ちゃんと捕まえないと」 「無茶なことを言うなよ、後輩ちゃん。君のことをなんとか助けようとしてるんだから」 「わたしのことなら、気にしないでも大丈夫ですから」 「そんなわけにはいかないっ」 「いえ、本当に平気です。これぐらいなんともありませんから」 「ほら、こんな風に――」 「……は?」 「……え?」 その瞬間、高野の身体が宙を舞う。 見ていた俺も、宙を舞っている高野も唖然としたまま。 そんな中、稲叢さんだけは意識をハッキリと持って、高野の身体を地面に叩きつける。 「げぶぼっ!?」 背中から落ちた高野が、息を詰まらせ、悶絶。 そこに稲叢さんが追い打ちが入る。 「んっ!」 「げぶ、ちょ、まっ」 「たしか、こうして、こんな風に――」 高野の身体を反転させ、うつ伏せ状態に。 さらに腕と手首を掴んで取り押さえてしまう。 「えいっ!」 「ぎゃいぃぃぃぃたたたたたっ!」 「あっ、やった。上手くいきました!」 「ふざけんな、いいからとっとと離せって――ごめんなさいごめんなさいっ、痛いですっ、許して下さいっ、お願いですぅぅっ」 「え、えーと……稲叢さん?」 「はい? あ、コレですか? 腕抑えっていうらしいです。合気道なんかの技らしくて」 「もしものために護身術を覚えなさいって、以前に矢来先輩が。わたし、どうも無用心らしくて」 「あー……それは納得」 「痛いっつってんだろっ! 離しやがれっ!」 「ダメです。悪いことをしたんですから、諦めてください」 「ぎゃぁぁっ、腕が、腕がぁぁ、このアマァっ!」 関節を極められたのとは逆の腕を持ち上げ、痛みに悶えながら高野が銃口を稲叢さんに向ける。 「危ないっ、稲叢さんっ!」 「……え?」 なんとか差し込むことが間に合った俺の手、鋭い痛みが走る。 「――くっ、くぅ……」 手の平で受け止めた鉛玉が、地面に落ちる。 同時に、真っ赤な血も滴り落ちていく。 「くそっ……能力が……」 「むむっ、六連先輩、血がっ!」 「邪魔しやがってっ!」 「アナタは黙っていて下さいっ!」 「げぶぼぉっ! ぐっ、ぁ……」 「…………」 稲叢さんが腕を極めたまま、相手の後頭部に肘鉄を入れる。 その見事な一撃により、高野は昏倒。 力なくその場に横たわった。 「六連先輩、手を、手を見せてください。銃を受け止めるだなんて」 「いや、平気だ。血は出たが、完全に能力が切れてたわけじゃないから」 能力が完全に使えなくなっていたらと思うと………………助かった。 「少し切った程度の傷で済んだから」 「大丈夫じゃないです。ちゃんと見せて下さいっ!」 「いや、本当に大丈夫で――」 「見せて下さいっ!」 「は、はい」 初めて見る稲叢さんの雰囲気に呑まれ、思わず俺は右手を差し出す。 「早く手当てしないと」 「ごめんなさい、本当にごめんなさい、六連先輩。わたしが油断したせいで……」 「いや、稲叢さんは無事だったんだ。これぐらいの傷で済んでよかったよ」 「でも……」 「元々、犯人を取り逃がしてしまったのは、こっちの不手際なんだから」 「申し訳ない、こんな危ないことに巻き込んでしまって」 「わたしのことなら気にしないで下さい」 「それから、犯人確保の協力、ありがとう」 「い、いえ、とんでもないです」 「それより、せめて傷口を縛るぐらいはさせて下さい。お願いです、六連先輩」 「……なら、お願いしてもいい?」 「はい。お任せ下さい」 「まず傷口を綺麗にしないと」 「でも、こんなところだと水は……」 「えっと……六連先輩、ちょっと我慢して下さいね」 「……え?」 全てを任せていた俺は、稲叢さんの行動を止める暇がなかった。 「れるれろ、れちょ、れる、れちゅちゅるちゅる……」 「あっ、あの……稲叢さん?」 「ふぁい? んはぁ、なんですか?」 「何してるんですか?」 「ですから、傷口を綺麗にしてるんです」 「あっ、平気ですよ。出かける前に歯磨きしてから、何も食べたりしてませんから。安心して下さい」 「いや別にそんなこと気にしてないよ」 「でしたら続けますね」 「れちゅ、ちゅぱちゅぱ、んっ、んん……ちゅ、れるんれろれろ、れちゅぱ」 俺の手から流れる血を、丹念に舐めとっていく稲叢さん。 少しくすぐったいんだが…… 「ちゅっ、ちゅっ、んはぁっ。れるれろ、れちゅぱ、れちゃぴちゅ、ぴちゃぴちゃ……らいぶ、ひれいになりまひたね」 「そうだね」 「もうすこし……れちゅぱ、ちゅくちゅぱっ、れるんれろれろ、ちゅるちゅる」 舌を出して手の平を舐めるその姿を前にすると、できればもっと見ていたいと思ってしまう。 うーん、どうしてこんなにエロく感じてしまうんだろう。 「ちゅぱ、ちゅっ、ちゅっ、れるれろ、れちゅぷ……んっ、んはぁ、れろれろ……」 ………。 あっ、ダメだ。思わず見とれてしまったが、今はそんな場合じゃなかった。 風紀班の仕事中なわけだし。 「稲叢さん、もうそろそろいいんじゃないかな? 綺麗になったと思うし」 「ちゅぱれる……んんっ、んはぁ、そうれすね、もうふゅうふんれすね」 そうしてようやく、稲叢さんの舌が離れる。 ……やはり、その温もりが離れると、ちょっと名残惜しいが、仕方ない。 「あっ、反対の手も、なんだかひどいことになってます」 「いやこれは違うんだ。犯人の反撃で、海水を浴びて……だから、これは病院で治療をしてもらうよ」 「わかりました。それじゃあ、病院まで付き添います!」 「………」 やけに意気込んでるし……ここは下手に逆らわない方がいいか。 とりあえず先に、高野をちゃんと捕まえておこう。 そうして、稲叢さんのハンカチで傷口を縛られた俺は、そのまま病院に向かうのだった。 「できれば倉端さんも一緒にできるとよかったんですが、吸血鬼のことを知らないでしょうから……」 「ああ、それは仕方ないよ。念のために気をつけるのは、当然のことだと思う。直太には本当に悪いと思うけど」 「で、みんなで準備して待っていたってことさ」 「すみません。私は寮と関係ないのに、お邪魔してしまって」 「でも、ひよ里先輩はクラスメイトじゃないですか。十分関係がありますよ」 「そうそう。それに、枯れ木も山のにぎわい、って言うでしょ」 「それ……全然、フォローになってないからね。使いどころを間違えてるから」 「あり? まっ、細かいことはいいじゃない、ね? 必要なのはユートをお祝いする心、だよ」 「そうです、エリナちゃんの言う通りだと思います。枯れ木はともかくとして、ですけど」 「というわけで、この《サバト》魔女の夜宴を用意したってわけさ」 「………」 「……え、えっと……あっ、あの……もちろん、サバトは冗談だよ? ほんの些細なパーティーって意味で捉えてね」 「別に不安にならなくていいって。サバトという単語に凍りついてたわけじゃないから」 「でしたら、どうしたんですか? ボーっとされて……」 「もしかして……眠いですか? 昨日のことを考えると、あまり寝られてないんですよね?」 「いや、違う。嬉しかっただけ。本当に嬉しくて、どうリアクションしていいのか、わからなくなったんだ」 「そうですか。よかった」 「みんな、本当にありがとう。俺のためにパーティーを開いてくれて」 「気にしないの。私たち、友達でしょ。大切な友達を祝うなんて、普通のことだよ」 「はい、その通りです」 「これでも、まだお祝いは足りないぐらいだよ。エリナなんて、巨大ケーキからバニーガール姿で登場しようとしたのに、アズサが止めるんだよ?」 「それは……当たり前だと思います」 「エリナはいつからストリッパーになったんだ?」 「でも、物足りなくない? やっぱりサプライズぐらいあった方が」 「いや、今のサプライズで十分だ。みんな、本当にありがとう」 みんながこんな風に俺のことを祝ってくれるなんて……いつの間にか、寝不足の気だるさが吹き飛んでしまった。 「さて、そろそろ始めないかい? 準備は整って、主賓もここにいることだし」 「えぇ、そうね。だったら佑斗、一言どうぞ」 「え? お、俺が?」 「はい。よろしくお願いします」 「そんな深く考えなくていいから、ちゃちゃっと。始まりの合図的なのを、ね」 「ユート、ファイトだよ!」 「あー……コホン」 「今日は、俺のために、集まってくれて……パーティーの準備までしてくれてありがとう。凄く嬉しいよ」 「もしかしたら、今後もみんなに迷惑をかけてしまうかもしれないけど……よろしくお願いします」 「それじゃ――」 「かんぱい」 「アーンド」 「おめでとう」 ……… …… … こうして俺はこの島で、吸血鬼として、平穏――とは若干違うながらも、素晴らしい日々を送ることになる。 当然、今回みたいな大騒動もあるし、自分が吸血鬼であることによって、不利益を受けるかもしれない。 そうだとしても、俺はきっと後悔することはないだろう。なぜなら―― こんな友人たちに囲まれていれば、そんな必要はないからだ。 「明日からも、頑張ろう!」 「世話になった」 「気にしなくていい。けどな、これからはちゃんと先に連絡を入れてから来いよ」 「わかってる。今回は急に来て、悪かったよ」 「でも電話で話してると、お前の生活が凄く気になってさ。勉強も手に付かないんだよ」 「お前、そんなに勉強を真面目にするタイプだっけ?」 「しないけど。それぐらい気になる、ってことだよ」 「で、納得したか?」 「ああ、勿論。安心もした。楽しそうにやってるじゃん」 「……直太」 「リア充爆ぜろっ! って思うぐらい、楽しそうでなによりだよ」 「そんな悔しそうに言わなくても……」 「だって、羨ましいんだもん。なんだよ、あの寮生活。本当、代わって欲しいよ」 「あの生活はあの生活で、本当大変なんだけどな」 「それより、そろそろ時間じゃないのか?」 「おっと、そうだった。そろそろ行くかな」 「ああ。元気でな」 「お前もな。また、こっちに戻ってこいよ」 「………」 「ああ、そうだな」 「俺も、また来るからよろしくな」 「わかった、歓迎するよ。事前に連絡くれれば、だけどな」 「スマン、今後は気をつける」 「じゃあな」 「またな」 そうして直太は軽い足取りで駅へと向かっていった。 そうして直太は軽い足取りで駅へと向かっていく。 その楽しそうな背中からは、高野を捕まえた時の人質事件のことなど、気にかけた様子もない。 ……本当、あのことを忘れてしまっているらしい。 「ったく……面倒なことになったもんだ」 「すみません」 「いや、お前が謝ることじゃない。それに捕まえる方が優先だ。吸血鬼用のクスリなんてバラまかれてたまるか」 「犯人を捕まえたことを考えると、些細な問題だ。お前は胸を張っていい」 「でも、どうやって誤魔化しますか?」 「それはお前が気にしなくてもいい。すでに工作班には連絡している」 「工作班、ですか」 「あの、具体的にはどんなことを?」 「心配するな、無茶なことはしないはずだ。催眠術で夢か幻でも見たことにするだろうよ」 「夢、ですか?」 「ああ。お前もあの誘拐事件の時に、幻覚を見せる能力は味わっただろ?」 「あの手の能力を持った吸血鬼を使って、記憶を誤魔化すんだ」 「それは……大丈夫なんですか?」 「問題ない。変なクスリを使ったりするわけじゃないからな」 「それに、吸血鬼なんて存在、普通は信じられないだろう?」 「まあ、そうでしょうね」 「疑わなければ、夢は夢だと思ってすぐに忘れていくもんさ」 「そういうものですか」 「今までにもその手の事後処理はしてきたが、廃人になったなんて話は聞いたことがない」 「お前の友達も、本土に帰ればすぐに普通にいつもの生活に戻るさ。安心しろ」 確かに、あの様子なら《チーフ》主任の言うように、すぐに忘れる……というか、すでに覚えていないかもしれない。 「まっ、基本的には前向きなヤツだからな。そこまで心配しなくても大丈夫だろう」 「さてと……それじゃあ、俺も行くか」 「はい、もういいよ」 「いつも通り、問題はなさそうだ。非常に健康的な身体だよ、左手も……うん。もう包帯もいらないね」 「そうですか……」 「……? どうかしたの? なにか、浮かない顔だね」 「俺の、吸血鬼の能力のことでちょっと」 「なにか、気になることでも?」 「昨日、犯人を捕まえるときに気になることがあって」 「例のクスリなら今、僕が作用と副作用を調べているけど……クスリそのものは関係ないのかな? あのクスリの販売の相手?」 「そうじゃなくて、その……また幻聴みたいなのが、聞こえてきたんです」 「それは、昨日の逮捕劇の時に?」 「ええ。犯人が吸血鬼で、捕まえるときに色々あって……そのときに」 「まるで俺に相手の能力を教えてくれるような感覚なんです」 「……教えてくれる、か……」 「精神的なものが原因の場合、幻聴っていうのは自分の心の声だったりするんだけど、それに関してはどう思う?」 「俺の心の声……」 「それはないと思います。俺に知らないことを、知っていたりするから」 そう、最初からそうだった。 あの炎を幻だと気付かせたのは、あの幻聴だった。 「それは、正しいのかい?」 「今のところ、間違えていませんでした」 「そう……とすると、それは幻聴じゃないのかもしれない」 「どういうことですか?」 「たまたま幻聴が聞こえて、たまたまその内容が自分の知らないことで、たまたま事実と合っていた」 「これって、かなり不自然なことだよね?」 「……はい」 「逮捕するときってことは、血を吸った状態だったんだよね?」 「はい」 「だとすると、君の能力に関係しているとみるべきかもしれない」 「たとえば、他人の心の声を拾う、とか」 「………」 「勿論、今のはパッと思いついたことだけどね。ちなみに、普段はその言葉聞こえないんだよね?」 「そうですね。聞こえるのは……全部、血を吸った時です、そう言えば……」 「なら、やっぱり能力に関係しているんじゃないかな」 「とにかく、君の心配はわかったよ。小夜様にも報告して調べておくから」 「お願いします」 「うん。とにかく、現段階で言えることは、あまり気にしないこと」 「あんまり気にしすぎると、また別の幻聴が聞こえて、混じっちゃうかもしれないからね」 「わかりました」 「そういえば、どうだい? そろそろ一ヶ月が経とうとしてるけど、海上都市での生活は」 「やっぱり、ちょっと大変です。生活は完全に変わりましたし、風紀班の仕事も重要なので」 「ただ……楽しいは楽しいです。この生活は」 「そう、それはよかった」 「つまり、僕との会話も楽しいってことでいいんだね!? 僕も楽しいよ、六連くーんっ!」 「どうしてシリアスのまま終われないかな、アンタって人はっ!!」 コレさえなければ、俺も素直に感謝できるのにっ! 「ふぁっ、あぁぁぁ~~……眠い」 昨日の騒動の事後処理、直太の様子見、そして帰る直太を見送る。 そして、ついさっきまでいつもの検診。 「あんまり寝てないんだよなぁ。早く部屋に戻って寝よう」 「ただいまー」 まだみんな寝てるだろうが、一応挨拶をしながら寮の中に入った。 「あっ、おかえりなさい、六連先輩」 「あれ? 稲叢さん?」 「……ふっ、莉音君だけじゃないよ」 「そうそう。おっかえりー、六連君」 「おかえり、ユート」 「おかえりなさい。どうだったの、検診の方は」 「それは問題なかった。いつも通りだって」 「そっかー。無事でよかったね」 「だったら、予定通りにできそうだね」 「予定?」 「こんな時間にみんなが起きていて、不思議に思わないの?」 「そりゃ不思議に思ってるさ。どういうことなんだ?」 「えっとですね……あっ、いけない。お鍋噴いちゃう」 そう言って稲叢さんはキッチンの方にパタパタと向かう。 「お鍋? それに、この料理の量……寝起きにしては、多くない?」 「そりゃね、折角だから楽しく、派手にやらないとねっ!」 「………?」 「まだ気付かないのかい?」 「でも、仕方ないかも。ユートには秘密にしてきたからね」 「確かにそうだね。気付かれてたら、それはそれで悲しいところだったよ」 「でも、ケーキがまだだし……」 「あっ、噂をすればっ! 私が行ってくるよ」 「エリナちゃん、ちょっとゴメン。後ろ通るね」 「ワタシも運ぶの手伝うよ」 「ああ、これは気が利かなかった。すまない」 そうして机の上に次々と料理が運ばれる。 「一体、どういうこと?」 「見ていればわかるわよ、くふ」 「こんばんはー」 「大房さんまで?」 「ごめんなさい、遅くなってしまって」 「どうしたの、一体」 「お待たせしました。ちゃんとケーキ、買って来ましたよ」 「ケーキ? 誰かの誕生日かなにか?」 「俺、プレゼントの用意なんてしてないぞ。すまない、言っておいてもらえたら……」 「違いますよ。誕生日じゃありません」 「もしかして、まだ言ってないんですか?」 「うん。驚かせようと思って」 「でも、どうだろう? そろそろいんじゃないかな? 主役も帰ってきて、ケーキも届いた。料理だって全部そろったんだよね?」 「はい。これで全部です」 「それじゃ、早速始めよっか」 「始めるって……これは一体何のパーティーなんだ?」 「それは勿論――」 「ユート、入寮して一ヶ月目――」 『おめでとう』 「俺が……入寮して、一ヶ月……?」 「そうだよ。もう一ヶ月経つんだよ」 「そっか。そんなに……」 「といっても、正確には一ヶ月ちょっとなんだけれど、前々から考えてはいたのよ。佑斗の歓迎会をしていないって」 「でもほら、最近は時期が悪くて。ナオタが来たり、クスリの件があったり」 「でも、その事件も解決しましたから。そのお祝いも兼ねて、どうかなって」 「クスリに関しては、別に俺の手柄ってわけじゃないんだが」 「そんなに謙遜をしなくてもいいんじゃないかしら。一番頑張ったのは、佑斗でしょう」 「そうそう。それに、今さらパーティーの理由を減らされちゃうと、困っちゃうよ。だから、ここは大人しく受け入れてくれること」 「………」 「そっか、わかったよ」 「んっ、うぅ……」 なんだろう? いい匂いがする。 食欲を誘う香ばしい薫りが俺の意識を覚醒させていく。 「これは……トーストの匂い?」 「……ここは……」 「そうか。俺、学生寮に入ったんだったな」 といっても、まだ荷物がないので、ソファーを間借りして寝たのだが。 「おはよう、佑斗」 「ああ、おはよう」 「気分はどう?」 「さすがにソファだと少し身体が痛いな。でも、気分はいいよ」 寝起きに力いっぱいツッコミを入れるのは本当に疲れるからな。 「顔を洗って、服を着替えてきなさい。トーストがちょうど焼けるところよ」 「俺の分も用意してくれるのか?」 「ええ。それほど手間じゃないもの」 「ありがとう」 食事か……起きたら誰かが食事の準備をしてくれてる生活なんて久しぶりだ。 昔、まだ孤児院にいたころには、当番制だったのでそんな日もあったな。 「それじゃあ……」 ソファから起きあがり、軽く窓の隙間から覗く夕日を見た瞬間―― 突然視界がぐらついた。 「っ!?」 「佑斗? どうかしたの?」 「……いや、なんでもない。大丈夫だ」 目まいは一瞬で治まったし、貧血だろうか? 鼻も喉も問題ないし、風邪を引いたとは思わないが……。 寝起きだからかもしれない。 「とりあえず、顔を洗うか」 身なりを整えて戻ってきた俺を、こんがりと焼けたパンが迎えてくれる。 「いい匂いだな、美味そうだ」 「トーストなんてオーブンレンジの功績であって、私はスイッチを押しただけよ」 「どうかしたのか? 不機嫌だな。美羽だって重要な仕事をしたじゃないか」 「重要な仕事? 私、何かしたかしら?」 「バターを塗った。トーストにとって、これは重要なことだぞ。ま、ジャムでもいいけど」 「それ、嫌味で言っているの?」 「そんなつもりはないよ」 その不機嫌そうな理由がわからないことにはなんとも……いや、もしかして―― 「生理か?」 「………」 「女の子が不機嫌な理由=生理、と直結するのはいかがなものかと思うわよ、佑斗」 「申し訳ありません。すみません」 「ついでに言っておくと、生理ならこの前終わったわ」 「………」 そうか、吸血鬼にもちゃんと生理があるんだ。 「あの、恥ずかしいなら答えなくていいぞ? そんなの、大人の女でも答えないと思うし」 「――ッ!? なら、最初から聞かないでっ」 「いや、普通に答えるとは思わなかったから」 ……どうも美羽は、大人の女=エロを受け入れる、と思ってる節があるな。 なんて感想はどうでもいい。生理じゃないとすると、機嫌を損ねた理由は一体……? 「あの……美羽さん?」 「……私の態度に問題があったわね、ごめんなさい」 「いや、俺は別に構わないんだが……大丈夫か? なにかイライラすることでも?」 「気にしないで。それよりも、冷めないうちにトーストを食べてしまいましょう」 「そうか。それじゃあ、いただきます」 「いただきます」 美羽と向かい合って朝食を食べる。 食事の準備もそうだが、こうして誰かと向かい合って食べるのも久々だな。 「うん、やはりトーストは焼き立てにかぎるな。美味い、美味い」 「ただのトーストよ。そんなに褒められるほどのことじゃない」 「あのな、そういう僻みみたいなことは言わない」 「嘘を吐いているわけでも、気を使ってるわけでもない。俺は不味かったらハッキリと不味いというタイプだぞ」 「でも、トーストなんて誰が作っても同じものでしょう?」 「ところがそうじゃないんだな、これが」 「嘘付き。そういうわかりやすい嘘を吐かれると、癪に障るわ」 「だから、嘘じゃないって言ってるだろう」 「少なくとも、自分で作るよりも数段美味い。一人暮らししてるときに何度もトーストを自分で作っていたが、それより美味い」 「朝起きると自分の分も食事が用意されている、他の誰かが自分のために食事を作ってくれている。あと、誰かと一緒に食事をする」 「それだけで味気ないトーストが、美味いトーストに変化する。不思議な物だと思うが、それが重要なことだと思う」 「………」 「本心だぞ」 「別に疑ってるわけじゃないわよ、いいからこっちを見ないで。朝からそんな爽やかな笑みで私を見ないで」 さらに不機嫌そうな顔でプイッとそっぽを向いてしまう。 だからなんでそんなに不機嫌そうなんだよ。 「まあいいや。とにかく、トーストありがとう」 「どういたしまして」 「あっ、おはようございます、矢来先輩、六連さん」 「いえ、六連さんも学院に通うんですから、これからは六連先輩と呼ぶべきですよね」 「俺は別にどちらでも。呼びやすい方でいいよ」 「とにかく、おはよう、稲叢さん」 「おはよう」 「……? あのぉ、矢来先輩? 顔が真っ赤ですが、大丈夫ですか?」 「私のことは放っておいて頂戴」 「はぁ、そうですか?」 稲叢莉音さん、昨日店で紹介してもらった女の子。 この子も吸血鬼らしいが、美羽とは全く雰囲気が違うな。 「六連先輩、ご自分で夕食を用意したんですか?」 「俺じゃなく美羽が用意してくれたんだ」 「作ったというほどではないわ。ただ食パンを焼いただけだもの」 「矢来先輩が? あの……わたしの料理に何か問題がありましたか?」 「そういう事ではないわ。突然佑斗が増えたから、念のために私が用意しておこうと思っただけ。ただそれだけよ」 「気を使わせて申し訳ない」 「そうですか、安心しました。それでは、明日からいつも通り、わたしが作るということでいいんでしょうか?」 「ええ。お願いするわ」 「あれ? 明日からは作ってくれないのか?」 「今日作ってみたけれど、早起きは辛いわ。毎日毎日起きる自信がないのよ。それに……魚が怖いから」 「……え? 魚?」 「……だから、魚が怖いのよっ」 「それって、食べるのじゃなく……捌く方だよな?」 「そうよっ。あの濁って焦点の合ってない目が不気味で……だから、料理はやっぱりしない」 「そうか、残念だな」 一種の照れ隠しなのか、話は以上と言う様に、美羽はトーストを齧り始めた。 「あのぉ……わたしの料理では、ご不満ですか?」 「いやいや、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。気に触ったなら謝罪する」 「それじゃあ、明日からわたしが夕食の準備をさせてもらいますね、六連先輩」 「それは助かるが……本当にいいの? なんだったら自分でも作れるが」 「いえいえ、全然大丈夫ですので。いつも、みなさんの分も作ってますから。簡単な物しか作れないですけど、六連先輩さえよければ」 「なら、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」 「はい、畏まりました」 「さてと、それじゃみんなの分の夕食を作っちゃお♪」 笑顔の可愛いらしい、優しい後輩だ。 あと、胸が大きいのもポイントが高い。 「おはよう」 「おはよー」 「おはよう」 「おはよう」 「おはようございます、もうすぐできますから、待ってて下さいねぇ」 「お腹空いた……って、あり? ニコラはまだなの?」 「さっき声をかけたら、返事はあったから、もうすぐ来ると思うよ」 そのニコラという奴が、俺がまだ挨拶をしていない寮生だな。 聞いた話では、そいつも吸血鬼らしい。 つまり、ここは寮長の布良さんを除けば、完全に吸血鬼の巣ということになるな。 「俺が様子を見に行こうか? ちゃんと挨拶をしておきたいし」 「ここで待っていれば、すぐに姿を見せると思うわよ」 「そういうわけにはいかないだろう。俺は新入りだしな」 「考え過ぎですよ。それを言うなら、わたしやエリナちゃんも新入りなんですよ。今年度入学なんですから」 「入寮したのだって、ついこの前の話なんですから」 「そーそー。ユートってお堅い考えなんだね。考えを堅くするより、エリナの裸を見たときに勃起で堅くして欲しかったよ」 「こんな時間から何言ってるの!? 変な話禁止!」 「そそっ、それに、挨拶をしっかりするのはいいことだよ。むしろ、エリナちゃんはもう少しちゃんとすべきじゃないかな」 「ロシアデハコレガフツーナノ」 「そうやって都合の悪い時だけ、片言のふりもしない」 「ダー」 「……こうしてみると、布良さんは寮長としてピッタリだな」 「え? そうかな?」 「ああ。しっかりしてるし、世話焼きだし、責任感も強い。立派だな」 「えへへ~、そんなに褒められると照れるよ」 ぽむぽむ。 「ぽむぽむしないの!」 「ダメか?」 「だって、また子供扱いしてるでしょう!」 「いいや、そんなつもりはないぞ」 「ただ、布良さんは撫でられるのは嫌いじゃないと言っただろ? だから、褒め称えるつもりだったんだが……気に入らないか?」 「うーん、別に気に入らないわけじゃ……いやむしろ、気持ちいいかも」 「そうか、ならよかった」 ぽむぽむ。 「んん~~~~」 こうしていると、本当稲叢さんよりも年下に見えくる。 「でもアズサはちっちゃいからねー」 「ちっちゃくないもんっ! というか、寮長と身長は関係ないでしょ! そもそも身長ならエリナちゃんだってちっちゃい方だよねっ!」 「いや、私はちっちゃくないけど! で、でも……エリナちゃんはちっちゃくて……身長同じぐらいで……ちっちゃくなくて……うっ、うぅぅ~」 「泣くな、寮長。ほら、頭を撫でてやるから」 「ワタシ、身長の話なんてしてないよ?」 「そっ、それじゃ……むっ、むむむむむ胸? 胸が、ち……ちっちゃいと、言いたいの? 貧乳だと仰られるか!?」 「違うよ? アズサは心がちっちゃいんだよ。今だって怒ってるし」 「あぅ、それは、その……」 「あんまり気にしない方がいい。上に立つ人間は、少しぐらい口うるさい方がいいんだ」 「そうかな? 本当にそう思う?」 「ああ。いつもは厳しく、時には優しく。必要なときに懐が深ければ問題ない」 「ありがとう、六連君っていい人だね。セクハラさえなければ完璧だよ」 「……反省はしている」 「はーい、お待たせしましたー」 「あっ、運ぶの手伝うね」 「六連先輩。ちょっとちょっと」 「ん? なにか用か?」 「ご報告しておきたいことが。実はですね、キッチンのゴミ箱に、昨日まではなかったゴミがあるんです」 「玉子の殻ですとか、ベーコンのパックなんかが。あと、結局失敗したらしい黒焦げの物体も」 「それが?」 「つまり、誰かが料理をしたんですよ。早朝から夕方にかけての間に、誰かが」 そう言った稲叢さんの視線が、静かに美羽に向けられる。 「なに? 二人で私のことを見つめて。何か用?」 「矢来先輩、もしよろしければ、明日から一緒に朝食を作りますか?」 「――あっ」 「……見たのね?」 「大丈夫です。矢来先輩なら、すぐに上達すると思いますよ」 「う・る・さ・い。余計な気を回さなくてもいいのよ」 「諦めるには早いと思いますよ?」 「いいから、もう放っておいて。こっち見ないで」 美羽は少し赤くなった顔を、そのまま隠してしまった。 「照れるってことは、やっぱり図星だったんですよぉ」 もしや……何かにつけて不機嫌だったのは、上手く作れなかったから? 「ほーぅ、そうだったのか」 「そんな生温かい目で見ないでくれる? 潰すわよ?」 「たまにおっかないよな、美羽って」 「……ふんっ」 とはいえ……なるほど。意外と女の子らしい可愛い部分があるんだな。 「報告は以上です」 「ありがとう。これで美羽をからかうネタが一つできた」 「えぇっ!? あ、あの、違います、違いますよ!? わたしは別にそんなつもりでご報告したのでは――」 「冗談だ。そんな意地の悪いことはしないから安心していいよ」 「さて、それじゃ私たちも」 「でも、ニコラがまだ来てないよ?」 「やあ、諸君、おはようっ」 「起きてきたみたいですね」 「今宵の月も美しい、いい夜だね」 そうして入ってきた奴は、やたらと派手な格好をしていた。 なんというか……小説の中から出てきた吸血鬼みたいな恰好だ。 俺、マントなんて実際には初めて見た。 「うん、おはよー」 「おはようございます。ご飯できてますよ、ニコラ先輩」 「おはよう」 「おはよう。って、もー、部屋の中でマントをバサバサしないの。埃がたつでしょ」 「マントではない、漆黒の[ヴェール]衣だっ!」 「はいはい、ヴェールね、ヴェール。いいから席について」 「布良先輩、その前に六連先輩の紹介をした方が」 「あっ、そうだった。ナイス、莉音ちゃん」 「えーっと、新しくこの寮で暮らす“六連佑斗”君。話はちゃんと聞いてるよね?」 「六連佑斗だ。挨拶が遅れて申し訳ないが、よろしくお願いします」 「ああ、彼が新たなる魔界の洗礼を受けし者だね。我が名はニコラ・ケフェウス、闇の住人だ」 「………」 「あー、その、意味がよくわからないんだが……何を言っているんだ?」 「要は『ユートが新しくこの寮に住む人か。ボクはニコラ・ケフェウス、吸血鬼だ』って言ってるだけだよ」 「ああ、そういうことね」 「同じ魔界の住人として、共に覇道の道を歩もうじゃないか。キミにはボクの[ま]真[な]名を呼ぶことを許可しよう」 「『同じ寮に住んでるんだから、仲良くしようね。ニコラって呼んでくれて構わないよ』だって」 「こちらこそ、仲良くしてくれると助かるよ」 悪い奴ではなさそうだが、少し面倒そうでもある。 「なあ、美羽。ニコラって一体なんなんだ?」 「そうね……ちょっと、不治の病にかかっていてね」 「重い病気なのか?」 「中二病」 「ああ、邪気眼系か……そいつは重病だ」 「さて、今日の生贄はなにかな?」 「あれ? ニコラ先輩、今日は目が普通ですね。設定変えたんですか?」 「え、ウソ!? あっ、忘れてた!」 「ふっ、吸血鬼たるもの、目を好きな色に変えることなど、造作もないことさ。べ、別にコンタクトをし忘れたわけじゃないからっ!」 「コンタクトなのか?」 「度なしのカラーコンタクトよ」 「何故、カラコンを?」 「本人曰く、『その方が吸血鬼っぽいから』」 「………」 「吸血鬼っぽいもなにも、吸血鬼なんじゃないの? 吸血鬼が吸血鬼のコスプレ?」 「それが中二病というものじゃないかしら」 「確かに」 まあ、別に悪い奴ではなさそうだから問題はないか。距離感さえ掴めれば、いい友達になれるかもしれない。 この寮内では二人きりの男だし。 しかしなんというか……なんか、えらく濃い住人たちの寮に住むことになったものだな、俺。 「ん? チャイム?」 「誰だろう? こんな時間に誰かが尋ねてくる予定なんて聞いてないんだけど」 「わたしが出てきますね」 心臓が強い鼓動を打った、まるで俺に警戒を促すかのように。 この嫌な気配は、まさかっ!? 「待てっ、ダメだっ! 扉を開けるな! もしかしたらこれは――」 「まさか、ボクを捕まえるために機関のエージェントがっ!?」 「脳内設定は黙っててくれっ」 「……しょぼん」 「ああ、違うんだ、申し訳ない。傷つけるつもりはなかったんだが、つい声を荒げてしまって」 「寂しかったよ、六連くーーーんっ!」 「やっぱりかぁぁぁぁっ!?」 「急に出ていくから、凄く心配したんだよーー」 「うわあぁぁっ、抱きつくなっ、抱ーきーつーくーなー!」 「で、今日は何の用ですか?」 「冷たい言葉だね。せっかく愛しい人の裸を見に来たというのに」 「はっ、はははっ、裸ぁぁっ!? もしかして、六連君と扇先生は……?」 「そっかー。エリナの裸を見てもあの反応だったのは、そういう理由なんだね、ユート」 「違うっ! 俺にそんな趣味はない! あれは検診のためだっ!」 「僕の裸だって見たくせに……ポッ」 「うーん、ぶっ飛ばしたい」 「そもそもアナタが勝手に脱いだんじゃないですか。こっちがセクハラで訴えたいぐらいです」 「ふ、2人が、そういう関係だったなんて……エ、エッチだよっ、破廉恥だよ! BLだよっ!」 「ちなみに、攻めはどっちなの?」 「その手の質問は止めてください。俺にそのケはありません」 「あっ、そっか。そうだよね、ゴメンね、失礼なことを訊いちゃって」 「ユートは受けだよね、見ればわかるよね。わかりきったことを訊いてゴメンね」 「世間の一般常識みたいに言われた!?」 「違うよ! そうじゃないよ!」 「えぇっ!? ユートが攻めなの!? ちょっと意外だよ。ユートはてっきり総受けだと……」 「“受けのケがない”って意味じゃねぇよっ! 俺が否定したいのは、この男との関係っ! ただの医者と患者、それだけだっ!」 「俺はノンケだとここに宣言する!」 「つまり、ノンケ受け?」 「そうなんですか? 先輩はノンケ受けなんですか」 「ところでエリナちゃん、ノンケ受けってなに?」 「えっとねー、普通に女の人が好きだった男の人が、ガチの毒牙にかかるっていう王道があってね」 「説明しなくていいっ! 無垢な稲叢さんまで、腐らせようとするんじゃない! 俺は、がっつりノンケだからっ!」 「うあっ……」 「?? ユート、どうかしたの?」 「いや、ちょっと目まい」 「……大丈夫かい?」 「とにかく、本題に移りましょう。今日は何の用です? 今度ふざけたことを言ったら、本当にぶっ飛ばしますよ?」 「わかったよ。今日は真面目な話があるから迎えに来たんだ、そんな怖い顔しないで」 「言っておきますが、入院生活には戻りたくないですよ?」 「ああ、わかってるよ。君もいつまでも病室だと息がつまるだろうからね」 俺が病院を出たいのは、目の前の医者が理由なんだが……放っておくか。言っても無駄だろうし。 「ただ、このまま放置はできない。君には今後も診察を受けてもらいたい。コレは君の身体に関することでもあるんだから」 「……わかりました。診察は今後も受けます」 「よかった。でも、君も来るのが面倒だろうから、毎日でなくていい。来て欲しい日は指示するから、その時はちゃんと来てくれるかい?」 「了解しました」 「そして、今日何よりも重要な話があるんだよ」 メガネをクイっと上げた扇先生は、そのまま真剣な様子で言葉を続ける。 「君には、吸血鬼として避けられない、業を背負ってもらわなければならない」 「……吸血鬼の、業……」 「それから、矢来君と布良君」 「はい?」 「なんでしょう?」 「一緒に来てくれるかな? 君たちにちょっと、仕事をお願いしたいんだ」 「はい、もう前を閉じてくれてもいいよ」 「で、どうなんですか?」 「ピンクで可愛い乳首がス・テ・キ」 「誰かメスを探して持ってきてくれないか?」 「冗談だよ、冗談」 「経過は良好……と言っていいのかどうかわからないけど、身体は安定しているよ。日の光にもある程度は抵抗できるはずだ」 「ただ、念のために、薬を注射させてもらってもいいかい? 大丈夫だとは思うんだけど、命を預かってるせいか、心配症なもんでね」 「それは勿論構いません」 「ありがとう」 注射器を取り出した先生に、俺は左腕を差し出した。 準備を整え、血管に差し込まれる極細の針。 「これでよしっと。しばらくの間、ここをしっかりと押さえていてね」 「先生、佑斗が人間に戻る方法は、まだ……?」 「………」 静かに頷く姿を前に、なんとも言えない雰囲気が部屋の中を広がっていく。 ……こういう雰囲気は苦手だ。 「で、他の報告は? 血液検査の結果もあるんでしょう?」 「そちらも特に変わったことはないかな。どれも平均的な値だったよ」 「それは当然、吸血鬼としてなんですよね?」 「……そうだね」 「すまない、悪いけどハッキリ言わせてもらう。僕が無力なこともあって、君を人間に戻せる算段は立っていない」 「そういう意味では、君が新たな住居を手に入れたことは、いい機会だと思っている」 「他に何か希望は? 色々と手配をしておくけれど?」 「そうですね、編入の手続きと、俺が住んでいた家から荷物を持ち込めませんか?」 「編入の手続きはすぐに済むよ。荷物は政府側の検査を通さないといけないから。まあ、順番を優先的にすることはできるかな」 「助かります」 「あと、それから仕事を探したいと思ってるんですが、問題はありませんか? そろそろ手持ちが……」 新たな住居、新たな学院、あと必要な生活基盤は収入だ。 「君には見舞金が支払われるはずだけど?」 「あとやっぱり、月々の安定した収入が欲しいんです、本土でもずっと働きながら学生生活をしてましたし」 「まあ、君が働きたいというのなら、身体的には問題はないと太鼓判を押させてもらうよ。ただ……」 「働けないわけではないんだけれど、少し問題もある」 「それは一体どんな?」 「この都市ではね、吸血鬼さんの仕事は、特区管理事務局から斡旋されるの」 「部屋探しでのこと、覚えているでしょう?」 まあ、住むところでアレなら、働く場所はもっと見つけにくそうだな。 「斡旋先は普通3~5ヶ所ぐらいは紹介してもらえるから、その中から選ぶことができるんだよ」 「問題はそこだ。彼は人間から吸血鬼に変化した」 「君たち風紀班は知っているだろうが、このことは秘密にするようにしている」 「その秘密を抱えたままだと、働ける場所も限られる、ということですね?」 「うん、そういうことになるね」 「具体的にはどういうところで働くことになるんでしょうか?」 「一応、斡旋先については、もう上と相談はしてるんだけど……やっぱり陰陽局しか、紹介できそうにないね」 「陰陽局?」 「特区管理事務局のことだよ。正式名称が長いからね、陰陽局って呼ばれることが多いの」 「覚えてない? 最初に会った時、私のIDを見せたでしょう?」 「ああ、そういえば」 「特区管理事務局はね、簡単に説明すると、この海上都市を管理、監督している政府直轄の組織よ」 特区管理事務局。 この海上都市を管理し、監視している政府直轄の組織。 とされているが実際のところは、吸血鬼の存在を認める数少ない組織で、彼らを管理、監視するのが仕事だと彼女は言う。 そして美羽や布良さんが所属している“風紀班”は文字通り、海上都市の治安維持と風紀の取り締まりが主な担当らしい。 「その風紀班は、警察とは違うのか?」 「んー……考え方としては、警察でも問題はないんだけど」 「この都市の治安維持のためには、必然的に吸血鬼に対抗する力が必要になるだろう?」 「でも吸血鬼なんて存在を警察官にできるか、という言い分でね」 「あんまり認めたくないんだけど……差別があるんだよ」 「[サッ]化[カー]物というスラングも、彼らが使い始めたものではないか、という話よ」 「なるほど。あり得ない話ではないか」 ただ、スラングというか隠語関係だろう。マル暴なんかは有名な用語だし。 「で、考え出された苦肉の策が、治安維持活動を行う自発的な住人を募って、警察とは別の組織を作るっていう案」 「雇用じゃなく、ボランティアの形で誤魔化してるんだって」 「ああ、勘違いしないで欲しいんだけど、危険手当という名目のお金は出るよ。要は体裁の問題だからね」 「この都市の治安維持は陰陽局が主体なんだよ。とはいえ、勿論警察と連携は取ってるはずだけどね」 「その陰陽局には風紀班以外の部署も?」 「もちろんあるよ。えっとね、管理班とか」 「この都市がカジノ特区であることは当然知っているわね?」 「ああ」 「正しくカジノの運営がされているか、金銭の動きは正しいか、そういうことを監督する仕事の人たちだよ」 「他にも風俗街の運営も監督しているわね」 「あと、交通班に総務班、観光班や工作班……細かく数えると結構あるんじゃないかな?」 「ただやっぱり、一番現実的なのは風紀班だと思うよ。矢来君や布良君もいるし、フォローもしやすいから」 「その他の仕事先となると……今すぐにはちょっと難しいかな。もう少し探すように頼むことはできるけど?」 「そうですね……」 「だったら、風紀班で働いてみるかな」 「六連君、案外軽く決めるんだね。少なからず、危険が伴う仕事だよ?」 「私と出会った時のこと、忘れたわけではないでしょう?」 「そうそう簡単に忘れられることじゃないさ、アレは」 「あんなことが毎日のように――とまでは言わないけれど、平穏な仕事というわけでもないわ」 「風紀を守るなら多少の危険はあるのはわかってる。頭の中だけで、だけど」 「どの道、仕事先が自由にならないのなら、美羽や布良さんが一緒の方が助かるし、嬉しい。だから文句はないよ」 「またそういうことを、真顔で……」 「六連君って……ナチュラルにセクハラをする人なんだね」 「……何故だ」 「嬉しいと言っただけでセクハラ扱いだなんて理不尽だ。俺はどれだけ変態扱いされているんだ?」 「もういいよ、気にしないで」 「とにかく、風紀班で働く、という事でいいんだね? よければ、報告して手続きを行っておくけど?」 「はい。それでよろしくお願いします」 「わかった。さて、それじゃ僕はそろそろ、アンナ様のご様子を見に行かないと」 「あの、先生?」 「ん? なにかな?」 「結局のところ、私と美羽ちゃんはどうして呼ばれたんでしょうか?」 「ああっと、そうだった。一番重要なことを忘れるところだったよ、すまない」 「布良君には大切なお願いがあるんだ」 「な、何でしょうか?」 「とりあえず、上着を脱いでくれるかな?」 「はい、わかりました」 「――って、えぇっ!? どどどどういう事ですか!? 私の裸目的のセクハラですか!? 悲しいような、でもちょっと嬉しいような」 「なっ、失敬なっ! バカにしないでもらおう! 僕は医者だよ! 医者である僕が、女の子の裸にいちいち興奮するはずないじゃないかっ!」 「僕が興味があるのは、男の身体だけだよっ!」 「だからそのドヤ顔は止めて下さい!」 「セクハラじゃないなら、どうして……服を、脱がないといけないんですか?」 「すまない、言い方が悪かったね。首元を晒す程度に、服を脱いで欲しかったんだよ」 「先生、それは……」 「医者の立場から言わせてもらうと、身体を安定させるためにも、一度は経験しておくべきだと思う」 「吸血鬼として、避けては通れない道だよ、これは」 「そう……かもしれないですが……」 「布良君は、どうかな? 勿論、今回のことはちゃんと許可ももらっているから、安心してくれていい」 「……えっと……」 「わかりました。そうですね、私も重要なことだと思います」 「後は任せるよ。許可証の書類は、後でこの部屋に届けてもらう」 「それから六連君」 「なにか?」 「2人にお願いしたことは、非常に重要かつ、必要なことなんだよ。君には抵抗があるかもしれないけどね」 「それだけはわかっておいて欲しい。それじゃあね」 「………」 それだけ残して、医者は病室から立ち去っていく。 雰囲気が微妙に重いのは気のせいではないだろう。 なにか、そんなに重い話をされるんだろうか? 「それで、その重要な話とは、ここでできることなのか?」 「話自体は可能だけど、その後のことを考えると……」 「そうね。だったら、学院の施設を借りるのはどうかしら?」 「そうだね、それぐらい広い方がいいかもしれないね。それじゃあ移動しようか」 「……ここが?」 「ええ、今度から佑斗も通う事になる月長学院よ」 「とはいえ、これから利用するのは、教室じゃないけどね。そういう楽しみは、新学期が始まるまで取っておこう」 「利用する場所はこっちだよ」 「私はここの使用を伝えてくるわ。風紀班にも関係があると言えば、断られないでしょうし」 「わかったよ。それじゃまず、先に必要なことを伝えておくね」 「ええ、よろしくお願い」 「さてと、それじゃあまず、六連君の知識を確認させてくれる? 吸血鬼さんとこの《アクア・エデン》海上都市に関して知っていることを教えてくれるかな?」 「わかった」 「そうだな、まず吸血鬼については――」 人が吸血鬼になるには、ある程度継続して血を飲まなければならないこと。 日光と海水が苦手。特に海水がわりと危ない。 これらは、ヴァンパイアウイルスが関係している、という説明をする。 「うん、あってる。他には?」 「あとは……そうだ、変な奴が多いな。Sキャラとか、中二病とか、エロ娘とか、同性愛とか」 「それは……ただの個性だよ。吸血鬼さんに関する知識ではありません」 「それじゃ、街についてだが――」 構造改革特別区域、この国唯一のカジノ特区であること(風俗もあるよ!)。 実は吸血鬼が暮らす人工島であること。 治安維持は特区管理事務局(陰陽局)が主体となっており、それを見張る政府の組織が色々目を光らせていること。 「俺が知っているのはその程度かな」 「なるほど、基本的な知識はあるみたいだね。それじゃ、今度は実際に住まないとわからない、ローカルルールを説明しよっか」 「ああ、よろしく」 俺の前に立つ布良さんは、いつもとは違うキリッとした表情を浮かべて指し棒を伸ばす。 というか、あれ? ホワイトボードとメガネは一体どこから? 「布良さんは目が悪いのか?」 「いいえ、これは伊達です。しかし、女教師には必要なのです、メガネは」 「そういうものか?」 「はい、女教師にはメガネと指し棒、そういうものです。他に問題がなければ、続けますよ?」 「お願いします」 「いいですか? 大原則として、この都市は人間と吸血鬼さんの共生というものがあります」 「人間であろうと吸血鬼さんであろうと、このルールを乱す人は罰せられます」 「俺が首を突っ込んだときの犯人なんかそうだな」 「あの人たちは、普通の法律でも罰せられちゃうようなことをしたからね」 「でもこの都市では、もっと違う事でも罰せられます」 「まず第一に、吸血鬼の存在を外に漏らしてはいけません。パニックになっちゃうからね」 「質問」 「はい、六連君。なんですか?」 「事故でバレた場合は?」 「その場合、色々ケースバイケースです。というか、実際にどういう処理を行うのかは、私も知りません」 「そちらは特区管理事務局-工作班の管轄となります」 「さっきの話の中にも工作班という単語を聞いたな、そういえば」 「工作班は吸血鬼さんの情報を隠ぺいするための部隊です。その行動範囲は広く、本土の方でも活動をしています」 「噂だと、情報操作を行ったり、催眠術なんかで記憶を封じ込めたりって……あんまりいい話は聞かないね」 「本土? それじゃ、その中に吸血鬼は?」 「存在します。ですが、本土での活動の場合、この都市よりもさらに厳しい監視下に置かれます」 「まあ、六連君は風紀班ですので、おそらく関係することはないでしょう。あの人たち、本当接触することないから」 「そうなのか?」 「影の部隊、またはNSSと呼ばれることがあるぐらい秘密裏に活動しています。まあ、隠ぺいが主な仕事だからね」 「NSSっていうのは何かの略か?」 「”No Such Squad”の略称。『アンタら本当に仕事してる? つか、存在してる?』という気持ちを皮肉にした呼び名かな」 「っと、話がそれたね。とにかく、工作班とは会わないと思うので気にしないで下さい。話を続けても?」 「どうぞ」 「吸血鬼さんの存在は隠す。下手に漏らすと国家機密の漏洩行為に相当する可能性もあります」 「了解。まあ、俺も吸血鬼側だから漏らそうとは思わないけど」 「では第二、吸血鬼さんは仕事をしなければなりません。これはこの都市に住む吸血鬼の義務です」 「仕事を? まあ、労働の義務なら普通だと思うが……それよりも重そうだな」 「はい。何か特別な事情でもない限り、学生でもちゃんと働いてます。このルールは市長さんが制定されました」 「この都市で働くことで、この都市に愛着を持ち、また自分も都市の一部であるという責任を持たせるため、決められたそうです」 「なるほど、ちゃんと考えられたルールなわけだ」 「そして第三、これが非常に重要な部分なんだけど、吸血鬼さんは人の生き血を、許可なく吸ってはいけません」 「それはそうだな。人の血を好き勝手に吸ってたら、無秩序で恐怖を与えて共生なんてできるわけない」 「それもあるけど、それだけじゃなくて、吸血鬼さんの能力の使用を制限するために必要なの」 「……能力……」 そうして思い出されるあの誘拐事件での出来事。 幻の火に焼かれた倉庫。 そして、その火を吹き飛ばし、銃弾を止めて見せた矢来美羽。 彼女らに共通することは、“吸血”。 誘拐犯の方は俺の血を吸った。美羽の方は見たわけではないが、同じく血を吸ったはずだ。人の生き血を。 「………」 ワザワザこんな話をしたこと、そしてあの時の『吸血鬼の業』という言葉を考えると……。 「つまり俺は、これから吸血を体験するんだな」 「……うん。少し言いづらいことなんだけどね……吸血鬼さんは定期的に人の血を摂取しないといけないの」 「……そうか」 「あんまり、驚かないんだね」 「まあ、まがりなりにも吸血鬼として生きるって決めたから。そういうこともあるかなとは考えてはいた」 「ヴァンパイアウイルスはね、吸血鬼さんが生きていく上で絶対に失えない存在なの」 「ウイルスが活動を止めてしまうと身体が弱って……いずれ、死んじゃうんだって」 「コレは人の血じゃないとダメで、吸血鬼さん同士だと意味がないって言われてる」 「弱るっていうのは、具体的な症状はあるのか?」 「一般に言われてるのは、高熱に浮かされたみたいになったり、目まいがしたり、身体が気だるかったり……」 とすると……俺が今日感じているこの目まいや虚脱感は……その入口ってことなのかもしれない。 「人の血を摂取することで、ヴァンパイアウイルスは活性化するんだけど……」 「ウイルスが活性化すると副作用……とは違うかな、一つ変化が起こるんだよ」 「それが、“能力”か」 「うん。ウイルスの活動がもたらす一種の超能力だって言われてる。人に幻を見せたり、見えない力を操ったり」 そういう能力が、俺にもあるのか。 人の血を吸う事で、俺にも奇妙な能力が……。 ……少し、怖いな。血を吸う事も、自分が変わったと再確認することも。 「………」 「やっぱり、抵抗あるよね、血だなんて」 「ん、まぁ……怖くないと言うと、嘘になってしまうな。情けないとは思うが……」 「そんなことないよ。仕方ないと思う」 「布良さんは、慣れていたりするのか?」 「慣れてるってほどじゃないけど……うん。風紀班の仕事をしてたら、相手の吸血鬼さんが能力を使ってくることもあるから」 「で、でも、美羽ちゃんだけだよ! 本当、美羽ちゃんだけで、他の人は勿論……お、男の人に吸われるなんて、初めてで……」 「そうか。初めてか……」 ……おかしい、吸血するのとはまた別の、奇妙な緊張感が張りつめだした。 なんだか、まるで付き合ったばかりのカップルが、キスに関して喋ってるように思うのは気のせいか? 「お待たせ。許可をもらってきたわ」 「うひゃうっ!?」 「……? どうかしたの?」 「ううん、別になんでもないよ! こっちも説明は終わったところだから! あは、あはは」 「……そう? それで佑斗、アナタは……」 「ああ、吸わせてもらおうと思う」 「……そう、わかったわ」 「それじゃ布良さん、いいかな?」 「うっ……ほ、本当に私の血を吸うの?」 「今さら何を言っているの?」 「だって……六連君に吸われるって改めて考えると、なんだか急に恥ずかしくなってきちゃって。だって、その、あのね……」 「感じちゃう? 布良さん、敏感だものね」 「もーー! そういうこと言わないでよ、美羽ちゃん!」 「とにかく、いつまでも駄々こねてないで。これも重要なことなのよ。申し訳ないけれど、この役目は人にしかできない」 「わ、わかってるんだけど……うっ、うぅぅー、わかった。わかったよ」 「それじゃ布良さんの許可も出たことだし、早速実践してみましょうか」 「布良さん、よろしく頼む」 「よよよろしく、お願いします」 俺に背中を向けた布良さんは、無防備にその首筋を晒す。 白くて艶があって……凄くきめ細かくて……ヤバい、凄いドキドキしてきた。 「それじゃ、失礼します」 「うっ、うん」 言われた通りに、俺はその細い首に顔を近づけて、その白い肌に口を―― 口をつけるぞ……よしっ、口を……首に、口を……。 「ふーっふーっふーっ」 「ひゃっ、ちょ、ちょっと、六連君、息がくすぐったいよ。それに、ちょっと怖い」 「え? あっ、ああ……申し訳ない」 「……佑斗、緊張しすぎ。首元で鼻息を荒くして、まるで変態みたいよ?」 「わかってる。わかっているさ」 「よし、行くぞっ!」 今度こそ俺は、布良さんの白い首筋に、口を付け―― 「ふーっ……ふーっ……」 「だから、六連君、少し怖いってば……」 「そ、そうか……すまない」 「それじゃ、いくぞ………」 いやだが、いきなり噛むのはやはり……。 ここはひとつ、まず舐めて、慣らしていこう。 「れるん、れろ」 「んひゃっ! んっ、んん……」 「れろ、れちゃ、れるれろれろ」 「はぅ、ちょっ、ちょっと、六連君……ひゃぅっ!?」 「れろれろ、れるん、れちゃれちゃ」 「いつまで舐めてるのよっ、いやらしい」 美羽のツッコミが俺の頭を叩く。 「痛いじゃないか」 「誰が首筋を舐めて、布良さんを感じさせろと言ったの。血を吸いなさい、血を」 「純情少年を舐めてるのか? いきなり首筋に口をつけるなんて、簡単にできると思うなよ」 「……なんのアピールをしてるわけ?」 「いや、覚悟はしたつもりなんだ。だが、実際牙を立てると思うとな……」 「私のことなら気にしないでいいからね、六連君」 「ほら、女にここまで言わせて、いつまでヘタレているつもり?」 「……わかった、俺もちゃんと吸おうと思う。だが……なにか、上手く吸うためのコツとかないのか?」 「そうね……例えば布良さんが緊張しないで済むように、もっと優しく、丁寧にしてみればいいんじゃないかしら?」 「優しく丁寧に……」 「……自信はないが、とにかくチャレンジはしてみよう」 「え? あっ、ちょっと美羽ちゃん変なこと言わないでよ」 「ほら、動くと危ないぞ、布良さん。いや、梓」 「うぇっ、えぇぇぇっ!? ああああ梓って、六連君?」 「力を抜いて。痛いのはほんの一瞬だ。それとも俺のことが怖いか?」 「こ、怖くはないけど……」 「だったら、もっと力を抜いて。俺に身を任せてくれればいいから」 「で、でも、そんなこと、言われても」 「可愛い子だな、梓は。とっても素敵だよ、凄く綺麗な首筋で魅力的だ」 「何も心配しなくていい。少しの間、目を閉じるだけでいい」 「ひゃんっ!? あっ、あっ……む、六連君……」 「佑斗って、呼んでいいんだよ、梓」 「ゆ、佑斗君……や、優しく……して」 「勿論だ。梓は可愛くていい子だな。それじゃ、吸うぞ――ちゅっ、ちゅぱ」 「ひゃっ、あぁぁっ、ゆ、佑斗君、そんなにくすぐられちゃうと……あっ、んあぁっ! んぁあぁっ!」 首筋に触れた唇の隙間から伸びた牙が、ズブっと布良さんの首筋に沈む。 「あっ、んっ、んんん……」 「ちゅる、ちゅっ、じゅず……ちゅる、ゴク、ゴク」 口の中に広がる、鉄の味。 少しねっとりとした血液が、口内で唾液と混じり合い、喉の奥に流れ込む。 意外と抵抗感も、嫌悪感もない。むしろちょっと美味しい。 ……これも、俺が吸血鬼になった証なのかもしれない。 「んっ、あっ、ぃぃ……だ、ダメ、こ、このままじゃダメだよ。何か違う事を考えないと……そっ、そうだ。1×1=1、1×2=2……」 布良さんの血が俺の身体にしみ込んでいくと同時に、身体が熱くなってくる。 だがそれは、高熱の時のような不快感はなく、むしろ調子がいい気がした。 「2×3=6、2×4=8、2×5=10……」 布良さんの血の温もりが、身体中へと駆け巡る。 自分の中に広がる他人の温もりに反応するように心臓が大きく跳ねた。 あの女に血を吸われた時とは違う違和感……まるで全身の血が騒ぎ立つみたいだ。 「3×2=6、3×3=9、3×4=12、3×5=15……だっ、ダメ。三の段じゃ無理っ! やっぱりここは二の段じゃないと、2×1=2、2×2=4」 布良さんの息が荒くなってきてる。 声が苦しそうに聞こえるし、やはり俺は下手なんだろうか? そろそろ吸うのを止めた方がいいのかもしれない。 「……ん、ぱっ、はぁぁ」 「2×8=16、2×9=18……」 「布良さん、大丈夫か? 布良さん、布良さんってば」 「ふぇ!? あ、ああうん、へ、平気平気。もういいの?」 「すまない。やっぱり、下手だったみたいだな。苦しそうだ」 「あっ、ううん、そんなことないよっ! 苦しくなんてなかったから!」 「むしろ、感じてたぐらいじゃない?」 「にゃ~~~~! 言わないで、言わないでぇぇ~~っ!」 「……布良さんはどうしたんだ? あんなに頭を抱えて」 「全部、佑斗の責任でしょう? このキザったらし。本当、佑斗っていやらしい」 「……理不尽だ。優しくしろと言ったのは美羽なのに」 「私は緊張を解すために言ったのよ。甘い言葉を囁いて、悶えさせろとは言ってないでしょう」 「むぅ、俺としては精一杯やったつもりだったんだがなぁ……難しいな。やっぱり経験が足りてないかも」 「……逆に上手すぎるのよ。あんなに布良さんを悶えさせるだなんて。そもそも本当に初めてなのかしら?」 「わ、私、そんなこと……血を吸われて、感じるだなんて、そんなこと……うっ、うぅぅ」 「~~~~~っ」 「ちょっ、ちょっと私、顔を洗ってくるーっ!!」 「あっ、ちょっと布良さん……行っちゃった。からかいすぎたかしら?」 「まあそのうち戻ってくるでしょう。それよりも佑斗、どうなの? なにか身体に変化は?」 「身体は……」 いつの間にか落ち着いていた心臓は、リズミカルに鼓動を刻んでいた。 が、いつもと違う点もある。 「……身体が熱い。でも、不快な熱さじゃない」 「身体能力もかなり向上しているわ。本気を出そうだなんて思わないでね。下手すると、自分で自分を傷つけることになるから」 「ああ、わかった」 「それで、どう? 能力は使えそう?」 「そう言われても……能力って一定の物なのか?」 「いいえ。各個人で特色の出る物よ。だから、使い方は自分しかわからないことが多い」 「そういうものか」 「ただ、あえて言うなら、これから起こすことをイメージしながら集中するのが、能力の基本と言われているわね」 「イメージと集中……まあ、とりあえずやってみるか」 「………」 ひとまず目を閉じ、イメージをしてみて……いや、待てよ。 そもそもイメージってなにをどう想像すればいいんだ? 俺の能力って、何ができるんだろう? 「――何でも」 そうだ、何ができる? じゃない。何でもできる気がする。 「――何を望む?」 例えば―― そう、例えば美羽の念動力みたいな力だって―― 意識した途端、強烈な光が意識を焼く。 その衝撃を受けるほどの光は、思わず身体が仰け反るぐらいだった。 「佑斗!?」 間近で聞こえた声に、俺は目を開いた。 その瞬間、光が弾けた。 同時に、美羽の服のボタンも弾けた。 まるで誰かが、美羽のカーディガンとシャツを、思いっきり左右に引っ張ったような勢いで、全てのボタンが飛び散った。 「……なっ、なんだとっ……!?」 思わずむせた俺の目の前で、プルンとおっぱいが揺れる。 白い肌と、少し大き目と思われるおっぱいを包み込む可愛らしい下着。 しかも露出したセクシーなブラと、残ったネクタイが、裸ネクタイを連想させるようだ。 思わず興奮してしまう。うむ、エロい。 「ひっ、ひゃんっ!?」 「………」 「あ、えーっと、その、あの……」 「………ゆ、佑斗……アナタは一体、何をしてくれているのかしら?」 「あー、そのなんだ……何が起こったのか、逆に教えて欲しいぐらいなんだが……こ、これはまさか、俺が能力で、した、のか?」 「……他に誰が、こんなことをするの?」 「いやだが、俺は別にそんなつもりでは――」 「言い訳の前に、先に言うべきことはないの?」 「あ、ああ、そうだな」 「ハラショー」 「セクハラッ」 「いや、女の子に感想を求められたら、とりあえず褒めるべきかと思って。形もきれいでいいおっぱいだと思うぞ」 「お褒めの言葉をありがとう。でも私が要求してるのは感想じゃなくて、謝罪なんだけど?」 「申し訳ない。だが、決してワザとじゃない、というか、コレは本当に俺の能力なのか? こんなことをするつもりでは――」 「この場で、血を吸ったのは佑斗だけでしょう?」 「そう……だな」 「私は今は能力は使えないし、自分でシャツを引き千切ったわけじゃない。さて、他に何か可能性はある?」 「ない……かな」 「言い訳あるなら聞いてあげるわ。先に仰い」 「コレは事故であります。多分慣れない力が暴走した結果なんだ。なので大目に見てもらえると……」 「今後もこういうことが続かないように、罰則って重要なんじゃないかしら?」 「犬じゃないんだから、そんな身体で覚えさせるような真似をしなくても」 「というのは言い訳で、私の胸を無理矢理見ておいて、タダで済むと思っているの? というのが本心なの」 「なら、仕方ないですねー」 コレは事故なのに。念動力でこんなことをしたかったわけじゃないのに。 とはいえ、結構なおっぱいを見せていただいたのも事実だ。 そのことで美羽が怒ったとしても仕方ない。 「なにか、言い残したいことはある?」 「言い訳が一つだけ」 「あー……俺はただ、あの時の……誘拐事件の時に見た美羽みたいにカッコよくできたら、と思っていたら、何故か力が変な風に発動してしまって」 「……カッコよく……そんな風におだてても、許してあげない」 「お世辞じゃない。が、美羽が怒る気持ちもわかる。だから――」 「手加減はしておいてもらえると助かります」 俺は覚悟を決めて、その場に正座をした。 「最低……まさか、こんなことになるなんて……はぁ。とりあえず、子供っぽい下着じゃなかっただけマシだけれど」 そう。わかりやすく、目で見える形でわかりやすいのがいい。 そう考えた途端、強烈な光が意識を焼く。 目を閉じ、真っ暗な視界だったはずが、衝撃を受けるほどの光に思わず身体が仰け反るぐらいだった。 「佑斗!?」 間近で聞こえた声に、俺は目を開いた。 その瞬間、光が弾けた。 「んっ、んん……んんっ!?」 その光景に、俺は思わず自分の目を疑った。 何故なら、どう考えても変だから。 「大丈夫、佑斗? 急に身体が跳ねたみたいだけど、どうしたの?」 「………」 「佑斗?」 「あっ、ああ。平気だ、大丈夫だ、うん、問題ない」 落ち着け、落ち着くんだ、俺。コレは何かの間違いに違いない。 まさかこの一瞬で、服を脱ぐなんて奇行をしたとは思えない。 つまりこれが、俺の望んだわかりやすい力なのだろう。 いや、確かにわかりやすいが……。 「――どうなんだ、これ」 いや、眼福には違いない。 目の保養になると言えばなるが……非常に心苦しい。 凄く卑怯なことをしているように思えて仕方なかった。 「それで、どう?」 「どうと言われても……綺麗なピンク色だな」 「……はい? ピンク色? それはどういう能力なのかしら? 身体に変化はないの?」 「俺自身に変化はないんだが……見える世界が大きく違っている」 「どういう意味なのかしら?」 「………」 このまま黙って見続けるのは卑怯。 そうわかっているのだが、かといって『裸が見えている』とハッキリ口にするのはなかなか度胸がいるな。 「とにかく、言ってしまうとだな、その……見えているんだ」 「それはもしや……幽霊? 本当にそんな存在が……?」 「吸血鬼が言うか? いや、そうではなく……なんというか、そのな……ピンクのポチリが、クッキリハッキリまる見えで」 「ピンクのポチリ………………………………っ!? まさかっ」 「いや、もう見てない。目はちゃんと逸らしている」 「でも、見たのね? 私の乳首、見たのね?」 「……実は現在進行形で」 「佑斗、人の裸を見ておいて、タダで済むとは思っていないわよね?」 「待ってくれ。一旦落ち着いて考えてみよう」 「子供じゃないんだ。大人なら、胸を見られたぐらい、騒ぎ立てるほどのことじゃないと思わないか?」 「むっ……それは……大人ならそれぐらい普通……よね」 「………」 「いっ、いえっ、その理屈はおかしいわ。騒ぎ立てるほどのことでしょう。むしろ、大人だからこそ騒ぎ立てるんじゃない」 「一瞬でも騙せそうになったことに、まずビックリだよ」 「黙りなさい。それで、他に言い残しておきたいことは?」 「綺麗なおっぱいだ」 「そんな感想いらないから」 「……本心から褒めたのに」 とりあえず、瞼を閉じると、視界が黒くなることに気付いた俺は、能力が治まるまでずっと目をつぶることになった。 「で、結局どういう能力だったの?」 「言いたくない」 「なにそれ?」 「んっ、うぅ……」 寝惚け眼で手を伸ばし、けたたましく鳴っていた目覚ましを止める。 「ふぁ、あああぁぁ~。もう朝……じゃなくて、夕方か」 徐々に慣れては来たが、やっぱり違和感があるな。 しかし、身体の方はもう吸血鬼としての生活に慣れ切ったようだ。 昼夜が逆転してるのにも拘らず、全然身体が辛くない。 「慣れというか、完全に吸血鬼のサイクルなんだろうな」 人間が日光を浴びて体内時計をリセットするという話が本当なら、吸血鬼は月光を浴びて体内時計をリセットするのかも。 「着替えて顔でも洗うかな」 俺は勢いよくベッドから立ち上がり、寝巻を脱いだ。 ふむ、アレ以来目まいは起きていない。 やはり、血を吸う事が重要だったんだろう。 「もう身体は安定しているんだし、それよりも今日のことだ」 俺は卸したての、今日から通うことになる学院の制服に手を伸ばす。 吸血鬼たちの通う学院って、どんな所なんだろう? ちょっと楽しみだな。 「あっ、おはようございます、先輩」 「おはよう」 「すまない、毎日飯を作ってもらって」 「いえいえ。それよりも、今日から編入するんですよね? よろしくお願いしますね、先輩♪」 「今日は始業式だけだけどな。よろしく、後輩」 「はい」 「夕食はもうすぐできますから、待っていて下さいね」 「ありがとう」 朝の挨拶を済ませて、俺はいつも使っている席に向かう。 「おはよう」 「おはよう、まだ佑斗一人?」 「みたいだな」 「そう。それで、今日の体調はどう?」 「ん? 問題ないと思うが。特に目まいもない」 「ならいいのだけれど。一応、これを飲んでおきなさい」 そうして俺の前に置かれたのは、真っ赤な液体の入ったパック。 「……何コレ?」 「見てわかるでしょう? 血液よ。といっても、人工の合成血液だけれど」 「ってことは、輸血用とかでもなく、人の血とは全然違うってこと?」 「ええ。ウイルスを停止させないために、人工的に作られた血液よ」 「コレは飲んでもいいのか? ほら、人の生き血の場合は許可が必要になったりするはずだが?」 「問題ないわ。人の生き血を吸えないからこそ生まれたのが、この合成血液なの。ただし、飲む量は生き血よりも多いけれど」 「これが……」 少し戸惑い気味の俺を余所に、美羽は慣れた様子で血液パックに手を伸ばした。 しかし、輸血パックみたいな容器をチューチューと啜る姿は、可愛いけど不気味だな。 「飲まないの? O型風味は嫌い? AB型風味ならまだあるけれど」 「それ、味が変わるの?」 「飲んでみればわかるわ」 「それじゃ、いただきます」 俺は血液パックを手にして、ストローを突き刺し、中の真っ赤な液体を啜る。 ――これはっ!? 「何ですのん、コレ? オレンジジュースの味がするんですけど? 思ってた以上にものすっごい爽やかなんですけど?」 「O型風味はオレンジジュースを再現しているの。ちなみにA型はアップル、B型はバナナ、AB型はトマト(食塩無添加)」 「B型とAB型、人気なさそうだな」 「AB型しかないと、大抵の人は残念そうな声を出すわね」 合成血液なんて言われてビックリしたけど、完全にジュースと変わらない。というか、美味いジュースだ。 「美羽は何味なんだ?」 「A型風味、アップル味ね。試しに飲んでみる?」 そう差し出されたパックには、ストローが刺さったままだ。 ……つまりこれは、間接キス、というやつか。 だが、俺だって子供じゃない。唇の当たる場所が同じだからと言って、騒ぎ立てるほどのことではない。 「佑斗はアップル味は苦手?」 「いや、そういうわけじゃない。それじゃ、遠慮なくもらうぞ」 パックを受け取り、ソッと唇をストローにつけ……つけ……つ、つつつ、つけ……。 くそぅっ、何故だ!? 何故、たかだかストローを共有するぐらいのことに、躊躇わなければならないんだ!? 「飲まないの? それとも、恥ずかしいのかしら?」 「そのニヤニヤした目を止めろ。飲むよ、今飲んでやるとも」 「それじゃ、私は代わりに佑斗のO型をもらってもいい?」 「好きにすればいい」 「そう。それじゃいただきます」 そうして美羽は、O型のオレンジ味の合成血液を、俺の使ったストローで吸い上げる。 ……顔を真っ赤にして。 恥ずかしいなら、止めておけばいいのに……そこまでして俺の反応で楽しみたいのか? なんか、俺だけ気にしてるのがバカらしい。 俺も間接キスを無視して、アップルジュースを啜る。 うん、美味い。ほら、所詮間接キスなんて、この程度だ。 ちょっと胸がドキドキして、罪悪感に似た気持ちになって、耳まで赤くなるだけじゃないか。 「……ふふっ。顔が赤いわよ、佑斗」 「お前が言うな」 「私は普通よ、別になんともないわ。こんなのストローを通して唇が触れ合って、唾液の交換をする程度じゃない、気にするほどじゃないわ」 「思いっきり気にしてるじゃないか」 俺よりも露骨な妄想力ですよ、アナタ。 「とにかく、もう返すよ」 もう一度入れ替えた合成血液。再び訪れる間接キスタイム。 ふん、二度目ともなれば気にするものか。 簡単に口をつけて……つけて……。 「……ふっ」 「余裕つけてるつもりかもしれないが、顔が真っ赤なのはそっちも同じだから」 「……ともかく、今度からはちゃんと定期的に飲むようにね。生き血は滅多なことがなければ吸う事はないはずだから」 「それはわかったが、どこで手に入れるんだ? 少なくともコンビニでは見たことがないぞ」 「この合成血液はちょっと特殊でね。特区管理事務局の認可した物しか販売が認められていないの」 「それで偽物なんかの横行や氾濫を防ぐために、卸されている店も指定され、手に入れるには吸血鬼のIDが必要となるわ」 「まあ、血液パック売ってるなんて話、観光地だとマイナスイメージになりかねないしな」 「合成血液のパックでしたら、お店の方で取り扱っていますよ」 「店って、俺が美羽に連れて行かれた、あの?」 「はい。わたしの働いているところです。あのお店、実はオーナーさんが特区管理事務局の方なんですよ」 「だから、もし必要になったらあのお店に来るか、わたしに言って下さい」 「わかった、ありがとう」 「やぁ、おはよう、諸君。今宵も素敵な夜だね」 「おはよう、ニコラ」 「……あれ? ニコラは私服でいくのか?」 「バカを言わないでもらおうか! コレはただの改造制服だよ! まったく……吸血鬼の制服なんだから、これぐらいのことはしてくれないと困る」 そんな制服の学生が集う学院は嫌だ。 「あれ? だが、まだ休み中に制服を着ていたような?」 「ああ、あの時はちょっと学院に用事があったんだよ。それよりも、2人はもう生贄を口にしているんだね」 「いつもの合成血液よ」 「そうか。ボクももらおうかな」 「今、AB型しかないですけど、大丈夫ですか?」 「無論。吸血鬼たるもの、トマトを飲んでこそ王道」 そうして血液パック(AB型風)に、マントをはためかせながらストローを付きたてるニコラ。 そして、赤い液体を啜った瞬間、思いっきり顔を歪ませていた。 「うぅ~~~、美味しくない……まるでトマトジュースみたいで癖が強いよぉ……せめて食塩ありならよかったのに……」 「でも、吸血鬼たるもの、これぐらい……くぅぅ、美味しくないよぉ………………ぐすん」 「美味しくないなら飲まなきゃいいだろうに」 「そういう“設定”なのよ。オッドアイも、マントも、トマトも」 「マンガかゲームがモデルだったと思うけれど、その方が吸血鬼っぽいって」 「……ある意味、その徹底ぶりは称賛に値するなぁ」 ただ、もっとマシなことに使えよ、と思うがな。 「さて、それじゃ行くか」 「おー、ユート、格好いいね」 「ありがとう。エリナも可愛いぞ」 「本当? ユート、ワタシの制服姿にドキドキする?」 「いや、よく似合っているとは思うが、別にドキドキはしないな」 「そっかぁ~、ユートは制服フェチじゃないのかぁ。やっぱり現役の学生が制服フェチになることはないのかな?」 「どちらかと言うと、青春を終えてから、という感じがするな」 「ところで、制服フェチってなんですか?」 「そうだなー……稲叢さん、そういう知識は毒だから知らなくていいことなんだ」 「そうなんですか?」 「そうなのです」 「それよりも早く行こう。式だけとはいえ、遅刻するのはまずい」 「うん、そうだね。六連君には学院までの道を覚えてもらわないといけないしね」 「それじゃ行きましょうか」 「………」 「……なに? どうかしたの?」 「いや、そういえば、2人の制服姿も初めて見たと思って」 「そういえばそうだね」 「2人ともよく似合っている。可愛いな」 「へへへー、そうかな」 「……ありがとう」 「………」 最近思うのだが、こういう場合の美羽は不機嫌そうに見えて、実はただたんに照れているだけな気がしてきた。 「なに見てるのよ」 「ふふふ、本当矢来先輩は素直じゃないですねぇ」 「ある意味、わかりやすくて素直だと思う」 「う・る・さ・いっ、二人して生温かく笑ってるんじゃないっ」 「わかったよ。ただ、似合ってるのは本当だからな」 「それはどうもありがとうっ」 「あっ、ちょっと待ってよ、美羽ちゃん」 不機嫌そうに、美羽は出ていく。 「似合っているんだから、美羽君も素直に喜べばいいのに。あー、そうそう、似合っていると言えば佑斗君もその制服姿、よく似合っているよ」 「そりゃどうも」 「似合っているついでにどうかな? ボクとおそろいの漆黒の[ヴェール]衣を羽織ってみるつもりはない?」 「今なら特別大サービスで、アスコットタイも一緒につけちゃうよ!」 「いや、俺はノーマルでいいよ」 「そっかぁ……しょぼん」 こいつも、悪い奴ではないんだけどなぁ……。 私立-[つき]月[なが]長[がく]学[いん]院 海上都市に存在する教育機関の一つであり、俺がこれから通う学院なのだが……。 この学院、本土で俺が通っていた処とはほんのチョッピリ異なる部分がある。 代表的な部分を上げるとすれば、授業の始まりが夜であるということ。 そして俺が通えることからもわかるように、ここは“吸血鬼が通うための学院”なのである。 もちろん、吸血鬼ではない普通の人間の学生も存在するそうだが、吸血鬼の存在を知らない人間はいない。 扇先生の言葉を借りれば、“人間と吸血鬼が共生できることを示す実験場の一つ”だそうだ。 だから、俺のような新米吸血鬼でも安心して通うことができる。 「というのが、ここ月長学院の簡単な説明かな」 「ちなみに、ここ以外にも教育施設はあるのか?」 「えっとね、あるにはあるんだけど、そこは普通の人用。お昼に授業を行うところばっかりだね」 「だから、吸血鬼の人に限定すると、ここしかないと言えるね」 「それじゃエリナちゃん、わたしたちは教室に行こうか」 「うん。それじゃユート、また寮でね」 「ああ、また」 「失礼します」 「それじゃ、教室に行こうか」 「いえ、佑斗は編入だから、どちらかというと職員室が先じゃないかしら?」 「ああ、確かにそうだな」 「ボクが職員室まで一緒に行こうか?」 「いや、場所さえ教えてもらえれば――」 「布良に矢来、こんなところで何をしてるんだ? 早く中に入れよ」 「あっ、《チーフ》主任、丁度よかったです。紹介したい人がいるんですよ」 「なんだ、女でも紹介してくれるのか? 悪いが乳臭いガキには興味がないぞ」 「残念ながら、紹介するのはこっちにいる男の子です」 「野郎かよ……」 そう言ってわかりやすいぐらいに顔を歪めた男。 あれ? そういえばこの[ひと]男、どこかで……。 「あっ! アナタは、誘拐事件のときの依頼人の……」 「んん? ああ、お前、あの時に巻き込まれた奴か」 「六連佑斗君です。私たちと同じ学年ですから、《チーフ》主任が担任ですね」 「学院では先生と呼べ」 「あい・さー」 「どういう事です? 教師は副業とか?」 「これも、風紀班の仕事の一環だ」 「実は――といっても、別に隠しているわけじゃないんだけど、私や先生はね、この学院の監視のお仕事があるんだよ」 「ほら、体裁を整える必要があるから。吸血鬼さんたちを放置してます、っていう状態は偉い人たちが嫌うから」 「それで、陰陽局の人間が、ちゃんと監視している、というポーズをとっているのよ」 「この学院には陰陽局の人間が沢山いる。学生の側にもな。布良も監視役の頭数に入っている」 「吸血鬼が通える学院がココだけなのは、それが理由さ」 「人手が余っているわけじゃないからな。他を開放するには、頭数が足りん」 「でね、この人が枡形兵馬さん。私や美羽ちゃんと同じ、風紀班に所属してる、上司なんだよ、一応」 「一応上司の枡形だ。ちなみに、この学院では教師をしている……といっても、監視役だから、具体的な教科は持っていないが」 「新人吸血鬼の六連佑斗です。よろしくお願いします」 「それじゃまずは職員室に行くか。手続きが残ってるからな、ほら行くぞ」 「これからこの学院に通うことになりました六連佑斗です。よろしくお願いします」 その俺の言葉に、クラスメイトの反応はそれぞれだった。 笑顔で手を振ってくる者。 興味深そうに、「それだけ?」という顔で見てる者。 そういえば、あの子どこかで見たような気が……デジャヴか? しかし、そんな中でも頭一つ飛びぬけて目立っているのがニコラだ。 やはりあの改造制服は、吸血鬼だらけの学院の中でも驚くべき存在感を示している。 あんなに目立って恥ずかしくないのか……って、この程度で恥ずかしがるようなら、最初からあんな格好はしないか。 初めて通う吸血鬼の学院だが、少なくとも始業式に関しては、一般的なところと大差はないように思えた。 みんなが並んで、壇上で偉い人が短い挨拶。 そして教室で《ホームルーム》HRという流れになる。 ここまで一緒だと、なんだか拍子抜けだな。 いや、変なことをされても困るんだが。 「あー、連絡事項については以上、これで始業式は終わりだ」 「わかっているとは思うが、明日からは通常授業だ。遅刻するなよ、それじゃ解散」 枡形教諭がそう言うと、教室の中の学生が明るく喋り出した。 「さて、俺は……」 「おい、六連」 「はい? なにか?」 「お前は確か風紀班で働く手続きをしていたな?」 「確かに頼んでましたが」 「吸血は? 能力は?」 「一応経験はしてますが……能力の方はまだ上手く使えません」 「……まあ、布良か矢来がいれば、十分か」 「よし。お前、今日から出勤しろ」 「いきなりですね」 「能力に慣れるまで待って欲しいのか? それは構わんが、いつの話になる?」 「当然、その間の手当ては出せないぞ」 「それはそうだと思いますが……」 「安心しろ、別に一人前に働くことを期待してるわけじゃない。だが、習うより慣れろという言葉もあるぐらいだ」 「本当に風紀班でやっていくつもりがあるなら、とりあえず出勤しておけ」 「了解です」 「ああ、それからこの資料に目を通しておけ。風紀班の仕事で必要になる知識だ」 そうして何やら分厚いマニュアルのような物を渡される。 その見た目に違わず、ずしりと重い。 「あの、今からこれを全部、ですか?」 「今日中には言わんが、近日中にな。あと、ある程度の訓練も受けてもらうことになる。いずれ確認試験もするから、真面目にな」 「それと並行して、実務を覚えていけ。まっ……仮採用ってところだ。しばらく様子を見て問題もなく確認試験に合格すれば、本採用になる」 「ちなみに、本採用にならなかった場合はどうなるんですか?」 「他の仕事を斡旋することになるだろうな。お前の場合、事情が特別だからどんな仕事になるかまではわからんが……」 「とにかく、ウチでやっていくなら、その資料は覚えろ、いいな?」 それだけ言い残し、立ち去っていく。 「どうかしたの、六連君?」 「今日から風紀班に出勤しろと言われた」 「えっ、急だね。そんな連絡は受けてなかったのに」 「習うより慣れろ、だって」 「あー、確かにあの人なら言いそうかも」 「というわけで、支部とやらに一緒に行って欲しいんだが」 「うん、もちろんだよ。それじゃ早速行こうか。っと、その前に美羽ちゃんも」 「あら、似合っているじゃない」 「なんか窮屈だな、この格好」 「慣れれば気にならなくなるわよ」 「しかし美羽もよく似合っているな」 まるで女王様みたい。あと鞭を持てば完璧だな。 「またなにか、よからぬことを考えたようね」 「別によからぬことじゃないさ」 「あっ、2人とも着替えるの早いね」 「普通だと思うが――」 「布良さんのその格好を見ると、確かに時間がかかりそうだ」 「でしょう? わりと面倒なんだよね、コレ」 「だが可愛い。制服とは違う感じだが、両方ともよく似合っている」 「へへへー、そっかな」 「美羽もな」 「布良さんのついでで褒めるぐらいなら、言わないで欲しいのだけれど」 「別についでのつもりではないが、怒ったのか?」 「まあ、別に……怒ってはいないわよ……」 ふむ、不機嫌そうなのはいつもの照れか。 「しかし……どうして布良さんは巫女服なんだ?」 「周りは基本的にこの軍服みたいな服だし……というか、そもそもどうしてこんな軍服?」 「ここは観光都市でしょう? だから、こうしてコスプレ的な制服であまり物騒な感じを出さないようにしているのよ」 「……軍服って、かなり物騒な雰囲気だと思うけど」 「そりゃ、治安維持のためには、多少の威圧感は必要だもの。かといって、警察の制服は着れないでしょう」 「アミューズメントの警備員と同じようなものよ」 「一見してわかるようにしながらも、多少の遊び心か?」 「そんなところね」 「ならどうして、布良さんだけ巫女服? いや、その服は凄く似合ってはいるが」 「そうだよね、そこは私も凄く気になるんだけど、サイズがないんだよね」 「……作ってやれよ」 「あとね、上の人の命令なんだよね。本当、変な命令でしょう?」 「命令?」 首を捻る俺に、そっと耳打ちをしてくる美羽。 「あのね、佑斗、こう言っては失礼だと思うのだけれど……彼女、軍服が似合うと思う?」 「………」 本当に失礼ながら、それほど背も高くなく、体型はどちらかと言うと子供っぽい。 顔立ちも可愛い系で、笑顔が愛らしい。 「似合わないな。ある意味、見ていて微笑ましいとは思うが……お子様ギャングみたいかも」 「むしろ、巫女服が似合いすぎて、他には考えられない」 「実はそれが理由らしいわ。上にその手の趣向を持っている人がいるらしくて、彼女には巫女服しかない、って」 「その方が萌える、観光に来たお客さんも喜ぶって。ちょっとしたマスコット的な扱いかしら?」 「………」 「大丈夫なのか、この組織。そんな人が権力を握っていて」 「いやまぁ、ある意味判断としては間違えてないと思うが」 確かに、彼女には軍服よりも巫女服がよく似合っている。 だが、それが個人の趣味となると……。 「……? どうかしたの、六連君?」 「いや、別になんでもない」 本人が本当に嫌なら、何らかのアクションをしているだろう。 俺も別に巫女服は嫌いではないからな。 しかし、そう考えると……。 こっちの女王様には、巫女服とか似合わなそうだな。 「よし、揃ってるみたいだな」 「遅いですよ、《チーフ》主任」 「こっちはお前と違って、色々大人の仕事があるんだ」 「さて、六連佑斗。この支部では俺が《チーフ》主任で、お前は俺の下につくことになっている」 「よろしくお願いします」 「風紀班の仕事はその名の通り、この海上都市における風紀の取り締まりだ」 「今日からお前にも、仕事をしてもらう。欠かすことのできない非常に重要な仕事だ、いいか?」 真剣なその口調に、思わず俺は唾を飲み込み、背筋を伸ばした。 欠かすことのできない非常に重要な仕事って……。 「その仕事とは、一体……?」 「巡回だ」 「巡回?」 「ああ、そうだ。まずお前には、この都市の見回りをしてもらう。その風紀班の制服を着て、街中をうろつくだけでいい」 「新人が仕事を覚えるには、丁度いい内容だろう?」 「そうですね」 ほっとしたような、ほんの少し肩透かしを味わったような……。 「犯罪を未然に防ぐためには、巡回は欠かせない重要な仕事だが心配するな、一人で行って来いとは言わん。教育係が必要だからな」 「しかし……かといって、新人の教育に2人はもったいない」 「それは、つまり?」 「お前、矢来と布良だと、どっちと一緒に仕事をしたい?」 「嫌な質問の仕方を……」 「とにかく、片方を選べ」 「……それなら、美羽にお願いしたいです。仕事もそうですが、吸血鬼としても半人前なので」 「まあ、その方がいいだろうな」 「おい、矢来。お前もそれで問題ないな?」 「私は問題ありません」 「それじゃ後のことは任せる。いつものルートを回りながら、適当に説明してやれ」 「わかりました」 「それじゃ行くぞ、布良」 「あい・さー。それじゃ六連君、頑張ってね」 「ああ。そっちも頑張って」 布良さんはそのまま部屋を出て行った。 「それじゃ、私たちも行きましょうか、佑斗」 「わかった」 「それで、これからどうする?」 「そんなに緊張しないでもいいわよ。ただ巡回するだけなんだから」 「緊張とまでは言わないが、それでもやはり何かあるんじゃないかと思うとな」 「考え過ぎよ。この制服で、ある程度威圧感を与えながら歩いているだけで、それなりに効果はあるの」 「そういうものか?」 「本土でも警察立寄り所っていうシールみたいなのを貼っている場所があるんでしょう? それと同じようなものよ」 「そう聞くと、少し安心できるな」 事件を未然に防ぐために、必要なことだと考えれば確かに納得がいく。 「できるだけ、注意深く周りを見ること。不審者がいたりしたら、私に言ってくれる?」 「それはわかったが、不審者とは一体どうやって判別すればいい?」 「雰囲気の問題かしら。必要以上にキョロキョロしていたり、そわそわと落ち着きがなかったり」 「わかった。普通に挙動不審なやつを捜せばいいんだな」 「あと、暗がりでなにか変なことがされていないか、というところね。今の佑斗なら、普通は見落とすような暗がりも見えるでしょう?」 「ああ、まあな」 自分でも吸血鬼の目とは恐ろしいと思うほどに、暗闇を見通すことができる。 「だからと言って、暗がりの公園で覗きなんてしちゃダメよ」 「誰がそんなことするか」 「あら? それは倫理的な観点で?」 「いや、《ひとさま》他人様の行為を見るだけだと、欲求不満になる一方で虚しい」 そうして俺は美羽と共に、街を巡回したのだが……思っていたよりも、静かなものだった。 この前みたいな誘拐事件に遭遇することもなければ、不審者を見かけることもない。 「案外、落ち着いているんだな」 「これでも観光地だもの。歩いているだけで事件が起こるほど治安が悪いと、観光客が来ないわよ」 「それはそうだが……俺は来て早々、誘拐事件に巻き込まれたぞ?」 「アレは特別な事情。あの規模の事件が、毎日起こるわけないでしょう」 「そういうものか」 「そうよ。問題が起こるとしたら、せいぜい――」 「おいっ、こらぁ兄ちゃん、人にぶつかっておいて、謝りもしねぇってのは、どういうつもりだ?」 「ぶつかってきたのはそっちだろう」 「酔っ払いの喧嘩ぐらい?」 「そんなところね」 「ちなみに、アレは止めないといけないのか?」 「当然。そのための巡回でしょう。ということで、私は酔っ払いの相手をするから、若い方は任せてもいい?」 「俺が?」 「この程度のことができなくてどうするの?」 「了解、とりあえず頑張ってみるよ」 気乗りはしないものの、風紀班で働くと決めたのは俺だ。 怖がって駄々をこねても仕方ないので、とりあえず突撃。 「はいはい、ストップ、ストーップ。そこまでにして下さい」 「なんだ、お前……ひっく」 「いいから関係ない奴は引っ込んでろ」 「そうだ、お前らは関係ない」 そう言った酔っ払いの方が、相手の身体を突き飛ばした。 荷物を落とすほどの強い力に、男は思いっきり不快そうに顔を歪める。 「なにすんだ、こらぁっ!」 「だから止めなさいってば。2人とも落ち着いて」 「うるせぇなっ、いいからすっ込んでろ」 「そういうわけにもいかないの。ほら、離れなさい」 ひとまず俺が2人の間に身体を割り込ませた。 相手も抵抗はしたものの、本気で暴れているわけでもないので、吸血鬼にとっては大した障害ではない。 思った以上に軽い力で、相手の身体を押し返す。 「な、何なんだよ、お前」 「なんだ、特区管理事務局の連中か」 「風紀班の者です」 「――ッ」 「揉め事は困ります。落ち着いて下さい」 「うるせぇな、集まってくんなよ、うざったい」 「それなら、集めるようなことはしないで欲しいのだけれど」 とりあえず、酔っ払いの方は美羽に任せて、俺は若い方に集中する。 「おっ、俺は別に何もしてない。そっちのオヤジがぶつかってきただけだぞ」 「アナタは素面のようですね」 「ああ、別に酒は飲んでない。ここには、その……人と待ち合わせしていて」 「それなら酔っ払いを真面目に相手にせず、ここから立ち去ってくれませんか?」 「相手がいなくなれば、喧嘩も起きないでしょうし」 「わ、わかった。こっちだって、酔っ払いを相手にしたいなんて思ってないからな」 「よろしくお願いします」 「ああ」 素面だったからか、男は案外アッサリと引き下がってくれる。 「はい、荷物」 「どうもっ」 俺が拾い上げた荷物を奪い取るようにして、男はそのまま立ち去っていく。 「さて、後は酔っ払いの方か――ん?」 見ると、足元に小さな袋が落ちていた。 パスケースや二つ折りの財布よりも一回り大きい程度の袋。 「あの、ちょっと待って下さい。とまって下さいっ」 「い、急いでるんでなっ!」 そんなことを言いながら、小走りで男は雑踏の中に消えていく。 そしてすぐにその姿は見えなくなってしまった。 あれだけ勇ましくオッサンと揉めていたくせに、突然震えるような声で走って行った……これは、もしかして……。 「……逃げたのか?」 少なくとも俺の声が聞こえなかったということはなさそうだ。 「とりあえず、美羽に相談してみるか」 「なぁなぁ、嬢ちゃん。よく見りゃ可愛い顔してるじゃないか」 「それはどうも。ほら、喧嘩相手もいなくなりましたよ」 「せっかくの気分が台無しなんだ。これから飲み直そうと思ってるんだがどうだ? 一緒に飲まないか?」 「お誘いはありがたいのですが仕事中ですから。お断りさせて下さい」 「つれないこと言うなよー。オジさんの奢りだよ? それにもしお金に困ってるんだったら、その先だって――」 「はい、そこまで。いい加減にして下さいね」 酔っ払いが言葉を続ける前に、俺は美羽を隠すように、二人の間に割り込んだ。 「なんだ、邪魔すんのか?」 「あのですね……」 「どれだけ酔っていても、言っていいことと悪いことがあるでしょう。今の発言がどれだけ失礼なのか、わかってます?」 「それから、私たちは風紀班です。ご自分が言おうとした言葉の意味、考えてみて下さい」 言葉は丁寧ながらも、睨むような……というか、俺は完全に相手を睨んで威圧する。 「お、おい、本気になるなよ。ちょっとした冗談じゃねーか」 「わかったわかった。もう行く、それでいいんだろう? ったく……これだから冗談の通じない奴は」 ぶつくさと文句を言いながら立ち去っていく酔っ払い。 「大丈夫か?」 「……ええ、平気よ。あの程度の酔っ払いは、慣れているから。中にはもっとひどい酔い方をする人だっているもの」 「そうなのか」 「あれぐらいでいちいち腹を立てていたら、この風紀班はやっていけないわ」 「相手が酔っ払いなら、佑斗もあまり真面目に取り合わない方がいいわよ」 「覚えておくよ」 「でも……ありがとう、佑斗。その優しさには感謝してる」 「お、おう」 こいつ、謝るときや礼をいうときは割と素直だな。 こっちが褒めたりすると、意固地になるくせに。 「それで、佑斗の方はどう? ちゃんと問題なく治まった?」 「こっちは素面だったからな、楽だったんだが……一つ困ったことが。コレを落として、まるで逃げるみたいに走って行ったんだ」 「落し物?」 「そうだな……だったら、布良さんに頼みたいかな」 「おい布良、お前は問題ないか?」 「はい。私は別に構いませんよ」 「それじゃあ、お前は六連を頼む。いつものルートを回りながら、適当に説明してやれ」 「はい、了解です」 「矢来はこっちだ。行くぞ」 「わかりました。佑斗、しっかりね」 「そっちもな」 美羽はそのまま部屋を出て行く。 「さて、それじゃ行こっか、六連君」 「ああ、よろしく」 「それで、これからどうするんだ?」 「基本的には、巡回ルートを歩いて犯罪の芽を潰すこと。それから、揉め事があったら大きくならないうちに収めること」 「まあ地道なお仕事だけど、頑張ろうね、六連君」 事件を未然に防ぐための仕事か。 大変だけど報われなさそうな職業だな。 「巡回中に気をつけることは?」 「そうだねー、あんまり細かいことはないけど、例えば挙動不審な人がいたらチェックすること」 「他にも、雰囲気が変な人とかも。場合によっては声をかけて確認することもあるよ」 本当、まるっきり警察だな。 「さてっ。それじゃ行こうか。まずは経験しないと身につかないだろうし」 「ああ、そうだな。頼りにしてるぞ」 「うん、任せて」 そうして俺は、布良さんに街の説明を受けつつ、巡回ルートを歩いていたのだが……。 「思ったより、騒ぎはないんだな」 「そりゃね、観光地で毎日毎日騒ぎは起きたりしないよ」 「ただ、ここを除けば……だけどね」 「ここは確か飲食店の店が立ち並んでるんだよな」 「そうだよ。お酒を取り扱ってたりもするから、毎日酔っ払いの人がいるんだよね」 「ほら、ここってカジノ特区の観光都市でしょう? だから、平日とか関係なくお酒飲む人が多くて」 「羽を伸ばしに来た人も多いだろうから、それも当然かもしれないな」 「いや、飲むのはいいんだよ? ただ、もうちょっとマナーを考えて飲んで欲しいなぁーって」 「なるほど。確かに」 「おいっ、こらぁ兄ちゃん、人にぶつかっておいて、謝りもしねぇってのは、どういうつもりだ?」 「ぶつかってきたのはそっちだろう」 「ああいう連中が多いと大変だな」 「そうなんだよー」 「って、冷静に見てないで! ああいうのを止めるのが、私たちの仕事なんだから」 「いや、それはわかっているんだが具体的にはどうやって止めればいい?」 「そうだね……よし、わかったよ。まずは私がお手本を見せるから。六連君はここにいて!」 「……大丈夫か?」 「勿論だよ! 私は先輩、六連君に教える立場だもんっ! この程度のこと、軽いもんだよ」 「それじゃ、行ってくるね」 「ああ、気をつけて」 俺を残し、言い合いを始めている男たちに布良さんは近づいていく。 「人にぶつかったら謝れ、ひっく。親にそう教わらなかったのか?」 「だから、ぶつかってきたのはオッサンの方だって言ってんだろ」 「ストーーープっ!」 「ああ? なんだ、お前。子供はとっとと家に帰って寝る時間だぞ、ひっく」 「お前みたいな子供は引っ込んでろ」 「そういうわけにはいきません。喧嘩を止めてください」 「お譲ちゃん、小学生が夜遊びはイカンぞ。ほれ、家に帰ってミルクでも飲んでな」 「なぁっ、失敬な! 私は小学生じゃありません」 「ほら見ろ。まともな思考能力がないぐらい酔ってるじゃないか」 「この子はどう見ても中学生だろ」 「中学生でもないよ!?」 「うるせー、人に文句言う前に、謝れってんだ」 「しつこいオッサンだな。悪いのはそっちだって言ってんだろ」 「なにおうっ!」 「やんのか!?」 「お前みたいなガキには負けんぞ」 「………」 揉み合う2人に無視され始めた布良さんは、トコトコと俺の方に戻ってくる。 「ううう~~~」 「泣かない泣かない、頭撫でてあげるから、ほら」 「六連君。あの人たち、私のことを子供扱いするし、話を全然聞いてくれないよぉぉ~~」 「酔ってるからな。酔ってると、人は思い込みが強くなるもんだよ」 「……そうかな?」 「そうだよ。だから泣かない」 「うん……ありがとう」 「それじゃ今度は俺が行ってみる」 「大丈夫? 酔っ払いさんたちは話を聞いてくれないよ?」 「とりあえず、頑張ってみるさ」 布良さんにそう告げ、俺はそのまま揉める2人の元へ。 「いい加減にしとけよ、オッサン」 「とにかく謝れよっ」 そう言った酔っ払いの方が、相手の身体を突き飛ばす。 荷物を落とすほどの強い力に、男は思いっきり不快そうに顔を歪めた。 「なにすんだ、こらぁっ!」 「はいはい、ストップ、ストーップ。そこまでです」 腕を割り込ませ、俺は2人の身体を無理矢理引きはがす。 いともあっさりと2人が離れたのは、おそらく吸血鬼の力が強いからだろう。 「今度はなんだ……ひっく」 「さっきからなんなんだよ、一体」 「んー? その制服、風紀班の奴か?」 「――ッ!?」 「理解してもらえてなによりです。これも仕事なので、見過ごせないんですよ」 「お前らには関係ないだろう、いいからすっ込んでろ」 「………」 「おい、なんだ? そんな急に黙り込みやがって。さっきまでの勢いはどうした? あぁ?」 「うるせぇオッサンだな。とにかく、ぶつかってきたのは、オッサンがフラフラしてたから」 「なんだと、このガキ」 「だから止めなさいって」 「そっちの人、素面なら絡まずに立ち去ってくれませんか?」 「おいこら、風紀班、お前そっちの味方すんのか?」 「どっちの味方でもないです。いいからほら、相手がいなくなれば、落ち着くだろうから」 「あ、ああ。わかったよ」 男は軽く舌打ちをしながら落とした荷物を拾い上げ、そのまま足早に立ち去っていく。 「逃げるのか、おい、こらぁ」 「煽らない。折角、無事に解決しそうなのに」 「――ん?」 見ると、足元に小さな袋が落ちていた。 パスケースや二つ折りの財布よりも一回り大きい程度の袋。 「あっ、おい、ちょっと待って。止まって下さいっ」 「わ、悪いが急いでるんだっ、これ以上の揉め事はゴメンだしな!」 「いや、そうじゃなくて――」 俺の言葉から逃げるように、男は振り返ることもなく、小走りで雑踏の中に消えてしまった。 アレだけ喧嘩腰だったくせに……しかも、声を震わせて……。 「……まさか、俺から逃げた?」 「ちっ、逃げやがって、根性無しがー、ひっく」 「だから煽らない。アナタもせっかくのお酒を不味くはしたくないでしょ?」 「そりゃまあそうだが、ひっく」 「それじゃ解散ってことでいいですね?」 「……余計な真似しやがって」 相手がいなくなったおかげか、オッサンはそれ以上は何も言わずに引きさがってくれた。 「ふぅ。ひとまずこれで大丈夫かな」 「すっ、凄いよ、六連君。こんなに簡単に解決させるなんて」 「今回は片方が素面だったから」 「私なんて、いつも子供扱いされて……まあ、そのおかげで場が和んで喧嘩を止めてくれることも多いんだけどね。あはは………………はぁ」 「そんなに落ち込まないでもいいって。使える武器が多いのはいいことだぞ」 「武器ならもっと違う、女の子らしいのが欲しいよ」 「女の子の武器で言うなら、布良さんは十分武器になっている。少なくとも俺はそう思うよ」 「え? そ、そうかな、へへへー、そう言われるとぉー」 「威力は十分、破壊力は抜群だ」 ロリ的に。 ……本人が嫌ってる部分が、一番の武器ってのも皮肉な話だな。 「そういえば六連君、さっきの人をどうして呼び止めようとしたの?」 「ああ、ほら。さっきのヤツが袋を落としていったから」 「ゴミ……ってわけじゃないよね。捨てるほど汚れたりしてないし」 「多分、荷物を落としたときに袋も落ちたんだと思う。呼び止めたんだが、そのまま走り去ったんだ」 「聞こえなかったのかな?」 「いいや、返事もあった。そして逃げるみたいに走って行ったんだ」 「逃げるみたいに? それって間違いないの?」 「多分、としか言えないが。少なくとも声は震えていたし、逃げるように走り去ったのは事実だ」 「そんな人が落とした物……これ、もしかして……?」 「で、これがその怪しげな男が落としていった袋か」 「そういえばこっちが風紀班だと気付いたときに、一瞬驚いた……ようにも見えました。気のせいかもしれませんが」 「喧嘩を止める方に注力していたので、最初はあまり気にはしてなかったんですが」 「中身は……錠剤か?」 袋から取り出された物、それはクリアパックで小分けされたタブレット状の白い塊だった。 パックの表面には何も記されておらず、見ただけでは中身はわからない。 「なんのお薬だろうね」 「ただのサプリなら問題はないけれど……違法ドラッグという可能性もありうるわね」 「ふむ……」 「なあ、この街でもドラッグって流行っているのか?」 「んー、流行るというほどのことはないかなぁ。吸血鬼さんには、覚せい剤とかって効果がないみたいだから」 「そういえば、前に美羽からそんな話を聞いたような気もするな」 「市場としては、リスクが大きいくせに、メリットは少ないんじゃないかな?」 「でも、ここにも普通の人は住んでるし、旅行に来た人が羽目を外して……ってこともたまにあるみたい」 「だから、完全になくなることもない、というわけか」 「それに[私]吸[た]血[ち]鬼も、全てのクスリに耐性がある、と言うわけではないの」 「だから、そのうち吸血鬼に合わせて精製されたドラッグが出てきたりしたら……どうなるかはわからないわね」 「不審な薬物として、調べられるだけ調べてみるか。既存のドラッグかどうかだけなら、すぐに判明するだろう」 「成分分析と同時に、その落とし主を探すぞ」 「さすがに《プッシャー》売人がそこまで間抜けだとは思えないが、下手すりゃ盛大なパーティーが計画されてるかもしれんし」 「あっ、《チーフ》主任、拾得物として警察への連絡、どうします?」 「逃げたんだとしたら取りに来るわけないと思うが……一応報告しておくか。もしかしたら取りに来るバカがいるかもしれんし」 「そういう落し物とかは、警察がやってくれるのか?」 「基本的にはね。陰陽局の存在なんて、この都市だけの特殊な存在だもの」 「別に存在を秘密にしているわけではないから、特殊な治安部隊がいるのはわかることだけれど、普通の人はまず最初に警察を頼るでしょう?」 「ああ、確かに」 「とにかく、このまま放置はできん。新人には多少荷が重いかもしれんが、六連も調査に参加しろ」 「了解です。やれるだけやってみます」 「俺は警察に連絡をつけてくる。新人に色々基本から教えておけよ」 「あい・さー」 気軽な初出勤が、重要な任務になってきたな。 「で、これからどうするんだ?」 「そうだね……まず現場に戻って、対象の聞き込みかな」 「おそらく歩き回るだろうから、足が棒になる覚悟はしておいた方がいいわよ」 「最初はただの巡回のはずだったのになぁ……俺、まだ訓練とか受けてないんだぞ?」 「佑斗は面倒事に巻き込まれる運命の[ほ]宿[し]命の元に生まれたのかもしれないわね」 「嬉しくないなぁ」 結局、美羽の言ったとおり足が棒になるまで歩いたものの、有用な情報を得ることはできなかった。 「んっ、んん?」 こんな夕方に電話? 誰だ一体、はた迷惑な。 「……はい、もしもし?」 『おっ、佑斗か?』 「なんだ、直太か。どうしたんだよ、こんな時間に電話なんてかけてきて」 「少しはこっちのことも考えてくれよ。ふあぁぁぁ~~」 『はぁ? こんな時間って、もう夕方だぞ? なんでそんなに眠そうなの、お前』 「え? あっ、ああ、そうか。そうだったな、スマン。ちょっと昼寝して寝惚けてた」 『はぁー、気楽なもんですなぁ』 「ちょっと、仕事が大変だったんだよ。身体が疲れて疲れて……ふぁぁぁぁ~~」 「んで、何か用か?」 『いや別に大したことじゃないけど、本格的にそっちで暮らすことにしたんだな』 『今日から新学期が始まって、そこで転校したって聞かされて少し驚いた』 「悪い。ドタバタしていて連絡を忘れていた」 「色々あって、長居することになりそうだから。生活基盤を完全に移すことにしたんだ」 『そうか。んで、身体の調子の方は?』 「一応問題ない。退院はしてるんだが、通院の必要はあるみたいだ」 『そっか。けど、退院したって、住むところはどうしたんだ?』 「色んな人に助けてもらって、新しい部屋にもう住んでる」 『そうか。また住所とか連絡してくれよ、遊びに行くからよ!』 「ああ、わかった。連絡するよ」 『おう』 「っと、悪い。そろそろ時間だ」 『どこか出かけるのか?』 「ちょっとな」 そろそろ着替えないと、ご飯を食べる時間がなくなってしまう。 そんな時、ノックの音が響いた。 と同時に、部屋のドアノブが静かに回る。どうやら鍵をかけ忘れていたらしい。 「あ、開いてる。もう、ユートってば不用心なんだから。でもコレはいいチャンスかも」 「失礼するよー」 「悪い直太、ちょっと待ってくれ」 「あのですね、小声で俺の部屋に忍び込んできて、一体何をするおつもりですか?」 「あっ、なんだ、ちゃんと起きてるのか、残念」 『んん? あのよぉー、何か今、女の子の声みたいなのが聞こえた気がしたんだが?』 「後輩の女の子だ」 『今、外なの?』 「いや、新しく住んでいる家だが?」 『なにぃぃっ!? どどどどどどういうことぉぉっ!? 家に後輩の女の子ぉぉっ!?』 「どうもこうも、一緒に暮らしてる」 『いっ、いっしょぉぉぉっ!?』 「それで、どうかした? 俺の部屋にまで来て」 「ご飯だよ。ユートも早くおいでよ」 「ああ、すぐに行くよ」 「というわけで、悪いな。もう時間だから」 『ちょっと待て! なんだその新婚設定!? 女の子と同棲ってどういうことっ!? 説明、ぷりぃぃぃず!』 『佑斗お前まさか、すでに童貞を捨て――』 「じゃ、そっちも元気でなー」 「よかったの? 電話の人、まだ何か言ってたよ?」 「いいんだ。どうでもいい勘違いだから」 「そうなの? それにしても……にひひ。ユートも油断ならないね。こんな時間から話したい人がいるんだ?」 「電話の相手は男だ」 「えっ!? それってやっぱりユートは――」 「BLじゃないっ! 俺に男の恋人はいないっ!」 「と言っても……女の恋人も、まだいないがな」 「そうなの? ユートならいてもおかしくないのに。ユート、格好いいよ?」 「そりゃどうも」 「それよりエリナ、さっきドアの前で『いいチャンスかも』とか言ってなかったか? それって何のこと?」 「おー、アレね。実はワタシ、本当に男の人が朝勃ちするのか知りたいんだよ。あっ、でも朝じゃないから……夕勃ち?」 「夕勃ちだと雨みたいだね。おっと、どっちにしろ、パンツはグッショリに濡れることもあるかもね♪」 「アナタ本当にド下ネタですね。ドン引きですよ」 「とにかく、実物を見るチャンスだと思ったの。でもユートってば、もう起きちゃってるんだもん」 「エリナ、しょんぼりだよー」 「……見てどうするつもり?」 「どうってこともないけど……例えば、ユートは女の子のおっぱいに興味ないの?」 「あのなぁ……バカな質問をするんじゃない」 「おっぱいが嫌いな男なんていませんっ!(大小好みはあれど)」 「でしょう? 女の子だって、エッチなことに興味あるんだよ? 学術的好奇心から見てみたかっただけ」 「あっ、そうだ! なんだったら、お互いの興味のあるところ、見せっこしてみる?」 そう言ったエリナが、舌なめずりしながら上目遣いで俺を見る。 年下のくせに、妙に色っぽいな。 「ちなみに……ちなみにだが、タッチはありなのか?」 「にひひ~、やっぱりユートも男の子なんだね。そういう正直な反応は大好き♪」 「でも冗談だよ、さすがに見せられないよ。それにお触りもダメかなぁ。エリナってほら、《おぼこ》未通娘だから。一線は守っていかないとね」 「日本人でもいまどき使わない言葉をまた……どうしてそういう語彙だけは豊富なんだ」 「あとエリナ、それで一線を守っているつもりだったのか? 完全に越えてしまっている気がするぞ?」 そうやって性的に挑発してくるのは、おぼこ娘ではなくビッチではなかろうか? とりあえず、今後は勝手に入ってこれないように、ちゃんと鍵をかけておこう。 学院、2日目。 ついに始まる吸血鬼の授業―― 「こうして、政府はカジノ特区を設立させることに踏み切ったわけです」 「また、実験都市として、風俗特区としても一緒に設立させ、今の海上都市の構造はスタートしました」 「当時は、内閣支持率UPのための人気取り政策だと揶揄されておりました」 「実際、一部の政治家の間では“悪例”としての前例を、ここで作り上げようとしていた節も見受けられます」 「それでも海上都市が成功し、こうして今日があるのは、ひとえに皆さんと、皆さんのご家族の努力の賜物と言えるでしょう」 「そうして、観光業を昇り詰めるまでに、発展してきたわけであります。なお、現在海上都市だけで約――」 あんな格好で、キャラを演じつつも、授業は真面目に受けるのか。 やっぱり、基本的にはいい奴なんだろうな。 「ああ、もう時間ですか。それでは今日はここまで」 教師が出ていくと、昼休みとなった教室の中が少し騒がしくなる。 いや、この学院では深夜休みだろうか? なんせ午前0時、新たな日に突入したところなので、少なくとも『昼』というのは相応しくないだろう。 「あっ、ニコラ」 「ん? 何か用かい?」 マントをバサバサさせながら、相変わらずの仰々しい動き。 「返事するぐらいで、マントをバサバサさせない」 「マントではない! 暗黒の[ヴェール]衣だっ!」 「漆黒の[ヴェール]衣じゃなかったのか?」 「あうっ!? そっ、それは……………………」 「ごくごくたまに、そういう不備も無きにしも非ずなので……細かい部分には目を瞑ってもらえないかな……」 意外と詰めが甘い奴だな。 「目を瞑るから、仰々しい動きを止めて、もっと普通に喋ってくれないか? その方が俺も話しやすいし。頼む」 「そうかい? まあ、それが望まれているのならば、やぶさかではない」 「助かるよ」 「それで佑斗君、ボクに何か用?」 「寮のみんなは食事をどうしているんだ? 弁当は作ってないんだろ?」 「ああ、それなら学生食堂があるよ。寝る前の朝食が残った時は、莉音君がお弁当を作ってくれる日もあるけどね」 「そうなのか」 「じゃあ、ボクが食堂に案内するよ。あっ、そうだ、美羽君も一緒にどうだい?」 「そうね。邪魔でなければ、ご一緒させてもらおうかしら」 「一緒に行くぐらいで邪魔になるわけないだろう。ほら、行こう」 「ここが食堂。ジュースの自動販売機はあの端っこ。注文はあのカウンターで」 「なるほど」 「それじゃ、注文に行こうか」 「おススメはあるのか?」 「そうだねー、ボクのおススメはやっぱり、聖なる金色の雪原かな。あっ、ver.は夕日差し込みたる、かな」 「……なげぇよ。どういう料理だ?」 「確か……カレーだったと思うわ」 「おっと、すまない。コレは《ナラカ》幽界での料理名だったよ」 「面倒な奴だな」 「そのうち慣れるわよ」 「個人的には中辛がおススメなんだよね。こう仄かに広がるピリ辛がたまらないんだよ」 「なら、今日はそのおススメにしておくか」 「はい、次の人ー」 「ニコラ、お前順番だぞ」 「あっ、うん。――コホン。Ms.ケイト! 夕日差し込みたる聖なる金色の雪原をよろしく頼む」 「Ms.ケイトって誰なんだ」 「はい、カレー中辛。400円ね」 「全て通じているっ、だと……っ!?」 「アンタ、新入生かい? これぐらいのことできなけりゃ、食堂のおばちゃんは勤められないんだよ、覚えときな」 食堂のおばちゃん、格好いいっす! 「しかしいつもいつもわかりづらいね、マント君は」 「マントではないっ、漆黒のヴェ――」 「はい、次の人ー」 「……ぐすん」 「意外と打たれ弱いよな、お前」 どこかの医者も、これぐらい打たれ弱かったら、まだ対処の方法があるのに。 「俺もカレー中辛で」 「あいよ。400円ね」 「席は……」 「六連くーん。こっちこっち」 「大房ひよ里です」 カレーを持って席に向かった俺を出迎えたのは、そんな自己紹介の声だった。 「同じクラスで……よかったよな?」 「はい。大丈夫ですよ」 「六連佑斗だ。今後ともよろしく」 「こちらこそ、よろしくお願いしますね」 「………」 「すまない、この学院以外でもどこかで会っていないかな?」 「へぇ、前世設定でナンパかい? なかなかベタな選択だね」 「前世持ち出すのは宗教の勧誘だろう」 「そうじゃなくて、他のどこかで……」 「はい。一度、矢来さんと来ていただいた、カフェ・バーでお会いしています」 「ああ、そっか。あの店で働いていた……あれ? なんて店だっけ?」 「アレキサンドです。その節はどうも。ドクターピッパーを置いてなくて、ごめんなさい」 「いや、別に謝ってもらうほどのことじゃないから」 「ひよ里ちゃんもね、私と同じで吸血鬼さんじゃないんだ」 「しかし、この学院にいるということは吸血鬼の存在は知っているんだろう?」 「はい、一応は」 「もしかして、大房さんも陰陽局に所属してるのか?」 「いえいえ、私には荷が重いです。お父さんは局員ですけど」 「ああ、だからこの都市にいるんだ?」 「はい。家族みんなでここに」 「六連君は、学院の寮に入ったんですよね? 布良さんたちと同じ」 「ああ、ついこの前から世話になっている」 「佑斗は、最近までは入院していたんだけど、退院するってなった時に住む場所に困っていたの」 「それで、美羽ちゃんが寮を紹介してあげたんだよね、六連君」 「ん? ああ、そうだった……かな」 まあ、嘘は言っていない。ところどころ隠してはいるが。 「もう身体は大丈夫なんですか?」 「基本的には。まだ定期検診に通ったりする必要があるが」 「そうなんですか」 「あっ、ユートみーっけ」 「先輩たちもお揃いで。よければ、ご一緒していいですか?」 「うん。もちろんだよ」 「それじゃ、お邪魔します」 「2人は……うどんと、サンドイッチか。小食なんだな」 「これでも女の子だからね」 「六連先輩はカレーですか」 「ニコラのおススメで」 「やっぱりボクは、この食堂で一番おいしいのはカレーだと思うね。しかも中辛」 「んー、私は甘口の方がいいかな」 「そうですか? 私は激辛が一番おいしいと思いますけど」 「……ひよ里ちゃん、意外と辛党だもんね」 「でもワタシはやっぱり、リオのカレーが一番好きかな」 「そこは私も同感」 「そんな気を使ってくれなくてもいいですよ~」 「お世辞じゃないよ。本当に、リオのカレーが好きなの」 「そ、そう? それじゃ……ありがとう、エリナちゃん」 「ちなみに、エリナは料理とかしないのか?」 「エリナちゃんは食べる専門だよね」 「え? 何言ってるの、アズサ。エリナは別に食べる専門じゃないよ」 「え、そうなんだ? 全然知らなかった」 「うん、夜はちゃんと食べられる女だよ? 草食系女子……ううん、マグロ女と呼ばれるぐらい美味しい女だと自負しているよっ」 『………』 「………………は? 今、なんて?」 「だからマグロ女だってば」 「マグロ女?」 「あり? 知らない? あえて言うなら、そうだね……草食系に続く、魚類系女子という新カテゴリーかなっ」 「そいつは……なんとも生臭そうなカテゴリーだなぁ」 「マグロ女とは、聞いたことのない二つ名だ。どんな能力を持っている設定なのかな?」 「相手の気力を萎えさせる能力、じゃないか?」 「つまり『えりなは ふしぎなおどりを おどった!』みたいな感じ?」 「どっちかというと『えりなは いてつくはどうを はなった!』だと思う」 「というか……美羽」 「なに?」 「エリナは正気を失っているのか?」 「いいえ、彼女は正気よ。ただ……そろそろわかったと思うけど、あの子はちょっとビッチなのよ」 「ビッチか。美羽にまでビッチ扱いされるとは……そいつは残念な感じだなぁ」 「ちょっと。今、なにか聞き捨てならないことを言わなかった?」 「いや別に。気のせいだろう」 まさか自慢げにマグロを自称する女が存在するとは思っていなかった。 「そっか、エリナちゃんは魚類系女子なんだ。なんだか格好いいね、わたしも目指そうかな、魚類系女子」 「ちょっ、莉音ちゃんっ!?」 「……止めておいた方がいいんじゃないですか?」 「え? ひよ里先輩も知ってるんですか? もしかして、先輩も魚類系女子なんですか?」 「ひょぇっ!? ち、違う……かな。でもどうだろう、そういう経験ないし……わ、わかりません」 「でも、あんまり自信もなくて……きっとその時がきたら、魚類系女子になっちゃいそう……です……」 「ダイジョーブだよ、ヒヨリ。そういう時は、男がちゃんとリードしてくれるから。ね、ユート」 「俺に振られても困るんだが……まぁ、普通はそうなんじゃないか」 「あんまりこなれた感じでも困るだろうし、大房さんはそのままでいいと思うぞ?」 「そういうものですか? よかった……エッチな勉強なんて自信がないですから」 「というか、稲叢さんは本当にマグロのことを知らないのか?」 「彼女、純朴だから」 「それにしても、年齢に見合った知識ぐらいは知っておくべきだと思うが」 「なら、佑斗が教えてあげれば? 懇切丁寧に、一から。まず、セックスから説明が必要になりそうな気がするけど」 「さすがにそれは……なかなかの難題だな」 「というか本当、恥ずかしいならセックスとか言わなくてもいいぞ? 顔、真っ赤だぞ?」 「子供じゃあるまいし気にしたりしないわよセックスなんてただの単語じゃない。セックスセックスセックス、ほら、何度でも言えるわ」 「そうだな。言えてるな。さらに顔が赤くなったけど」 「う・る・さ・い」 「結局、マグロ女ってどういう人のことを言うの?」 「決して積極的にならず、男の人にリードしてもらう、清純な淑女のことだよ」 「うーん、一概に間違いとも言えないな」 「もーーー! いつまで変な話をしてるのー!」 「そういうエッチな話は禁止ー! 寮・長・命・令っ!」 「え? 魚類系女子はエッチなんですか? そっか、マグロ女はエッチなんですね……やだもう、わたしってば」 「だったら、わたしにはちょっと無理かなぁ。エッチなことなんて、恥ずかしいし」 「いや、むしろエッチじゃない人間の方が、マグロになりそうな気がするが」 「そうそう。リオならきっと一流の魚類系女子、マグロ女になれると思うよ」 「それって………………褒めてるんですか?」 「もぉー! だからエッチな話は禁止なのっ! 六連君、いちいち反応しないのっ、めっ!」 「スマン、了解した。魚類系女子の話は終了だな」 「そう! 終了なの。みんな、こんな時間から変な話ばっかりして……」 「というか、布良さん。ちゃんとアダルトな内容を理解していたのね」 「え? あっ!? だ、だだだ、だってそれはその、あにょ、普通知ってることだし……だから、だから……」 「だ・け・ど、稲叢さんは全然理解していなかったみたいだし。布良さんって、意外と耳年増なのね?」 「~~~~っ!?」 「にゃ~~~~!! もー、知らない! 私、違う場所で食べてくるっ!」 「あっ、布良さん?」 「アズサー、なに怒ってるのー?」 「落ち着け布良さん、もうそういう話はしないから」 「本当に?」 「本当だ。エリナもそれでいいだろう? 人が嫌がる話はしない」 「ダー。わかったよ」 「すみませんでした、布良先輩」 「わかってくれたならそれでいいんだけどね」 「あと、美羽ってやっぱりSだろ?」 「……くふ、なんのことかしら?」 「その割には、セックスっていうだけで顔を赤くするけど」 「黙りなさい。私はそんな言葉ぐらいで動揺する子供じゃないわよ。せ、性の知識ぐらい、ちゃんとあるわっ」 何でも受け入れるのが大人ってわけでもないと思うんだが。 「それじゃ、話を変えて……そうだ。佑斗君はもう仕事をしているのかい?」 「ああ。風紀班で働くことになった」 「へー、なら美羽君や梓君と同じところだね」 「そういうニコラは?」 「ボクはカジノで働いているよ」 「エリナもカジノだよー」 「そうなのか。それは、ディーラーで?」 「まだ未熟だから、基本的には雑用ばっかりだよ。そろそろ本格的に経験を積みたいとは思ってるんだけどね」 「修行中、って感じかなぁ」 「そういえば、俺はまだカジノに行ったことがないな」 「そうなのかい? この都市の目玉なんだし、一度は遊んでみた方がいいよ」 「うん。来て来て、いーっぱいサービスしちゃうから♪」 「エリナが言うと、変な意味に聞こえるから不思議だな。まあ、時間ができたら行くよ」 「わたしは六連先輩もご存じだと思いますが、ひよ里先輩と一緒にアレキサンドで働いています」 「機会がありましたら、また来て下さいね。お待ちしています」 「そうさせてもらうよ」 「でも、風紀班はいつも忙しそうで大変ですよね。もう実際に出ているんですか?」 「昨日、初出勤だったんだよね」 「なにか事件に遭遇したりしましたか?」 「昨日は、酔っ払いの喧嘩を止めて、拾得物を届けたぐらいだな」 そういえばあの錠剤……結局なんだったんだろう? まだわかってないのかな? 「おい」 「枡形先生?」 「はい? なんですか?」 「ちょっと来い、頼みがある。例の話だ」 「もしかして、風紀班の話かな?」 「だったら私たちは、席を外させてもらいますね」 「悪いな」 「先に教室に戻ってますね」 「またあとで」 「ああ」 「それで、どうしたんですか?」 「今日の放課後、こいつを持って“アレキサンド”に向かってくれるか?」 そう言って、渡されたのは……。 「これは、昨日の錠剤ですね。なにか、進展が?」 「ひとまず、有名どころのドラッグではなさそうだった」 「だが、正規に販売されている薬ではないらしい。少なくとも、病院で出される物ではないそうだ」 「となると、まだ捜査は必要ですね」 「やっぱり落とし主は、取りには来ていないんですか?」 「ああ。姿を現していなければ、その手の問い合わせすらないそうだ」 「カバンの中にクスリを入れっぱなしだった場合、取りにくる奴も稀にいるんだが……今回は袋をそのままだからな」 「カバンなら、何かしら身分を証明する物が入っている可能性があったんですけどねぇ」 「もう諦めていると考えるのが普通では?」 「かもしれん。が、もしこれがドラッグなら流通ルートを放置もできん」 「それで、萌香さんのところに?」 「連絡はしてあるから、授業が終わったらそのまま向かってくれ」 「あい・さー」 「わかりました」 「それじゃあ、よろしく頼んだぞ」 「萌香さんというのは?」 「アレキサンドのオーナーさん。お店に行った時、いなかった? よくチャイナ服を着てる、背の高い女の人なんだけど」 「チャイナ服?」 「ああ、そういえばいた気がする。カウンターの中に」 「その人も陰陽局に所属してるんだけど、お店を開いているおかげか、色んな事を妙に詳しく知ってるんだよね」 「噂話から企業の秘密まで本当にもう、色々ね。もちろん、この都市の裏事情にも」 「それで、この錠剤を調べるために、訊いて来いと?」 「そういうことだね。というわけで、放課後は予定を入れちゃダメだよ」 「わかった」 とは言うものの……。 「いくら情報に詳しいと言っても、さすがにヒントが少なすぎないか?」 「確かに普通ならそうなんでしょうけど、あの人は手掛かり一つで本人が忘れているようなところまで調べ上げるから」 「本当、怖いよねぇ。あっ、六連君も、萌香さんは敵に回さない方がいいよ。脅迫されちゃうよ」 「……脅迫?」 「うぅぅ~、本当、思い出しただけでも恐ろしい……」 「とにかく、必要以上に自分の情報を漏らさない方がいいってこと」 「うんうん。自分が何歳までオネショしてたかで、からかわれる羽目になるよ」 「そんなことでからかわれたのか?」 「ふわっ! ちちちっ。違うよ! 例えばだよ、例えばの話!」 「べ、別に……小学生のときまで……なんて、脅されたりしてないもん!」 「……そうなのか」 「まあ、そんなことまで調べ上げても不思議ではない相手ということよ」 「肝に銘じておくよ」 「いらっしゃいませー。あっ、早速来てくれたんですか?」 「すまない。今日は飲みに来たわけじゃない、仕事なんだ」 「そうなんですか?」 「この店のオーナーに会いに来た。枡形教諭が約束を取っているはずなんだが」 「わかりました。今、オーナーは事務所の方でお仕事をされてるので、呼んできますね。ちょっと待っていて下さい」 「申し訳ないが、よろしく頼む」 「はい」 「みなさん、いらっしゃいませ。六連君は律義な方なんですね。言ったその日に来てくれるだなんて」 「いや、そう言うわけじゃないんだ。すまない」 「??? それはともかく、ご注文はお決まりでしょうか?」 「今日は――」 「いいじゃない、飲み物ぐらい。風紀班の制服を着ているわけでもないし」 「そうだね、少し喉が渇いちゃったよ。私、シュプライト」 「それじゃ俺は、ドクピ――はないんだった。コーラで」 「私はブルームーンを」 「シュプライト、コーラ、ブルームーンですね、畏まりました。少々お待ち下さい」 「美羽ちゃんってば、またお酒なんて飲んで」 「酔えないし、依存症もないのだから、ジュースもお酒も変わらないでしょう」 「佑斗は飲まないの? どうせ酔えないことは体験済みでしょう?」 「それは確かにそうなんだが、酔えないからこそジュースの方が安くて美味い」 「そう? 私はお酒の方が美味しいと思うのだけれど」 「アタシもどちらかと言えば、お酒の方が好みかしらね」 「いらっしゃいませ、矢来さん、布良さん。それから……」 「俺は――」 「初めまして、六連佑斗君」 「……会うのは初めてだと思うんですが」 「例の事件で、君のことは噂になっているから」 「その噂、風紀班の中でも一部にとどめられてるはずなんですけどね」 「そうらしいわね」 「事も無げに言わないで下さいよぉ。情報漏洩の疑惑があるじゃないですか」 「ちなみに、名前以外に知ってることがあったりしますか?」 「あはは、特筆するようなことは知らないわよ。知っているのは精々名前と……」 「本土では石英学園に通っていて、成績は平均よりやや上、運動神経は良し」 「O型で人付き合いは悪くないけど、アルバイトが忙しいせいか、仲の良い友達はそこまで多くない。代表的な友達は倉端直太君」 「所持している免許証は中型自動車免許。ワザワザ《マニュアル》MTを取ったのは趣味かしら?」 「………車はわりと好きなので。金がかかるから、所持はしてませんけど」 「ああ、そうそう。小学生の時に大きな手術で長期入院したから、他のみんなよりも年上なのよね?」 「え、そうなんだ? もしかして、六連さんって呼んだ方がいいのかな?」 「別に“君”で構わない。“さん”だと気を使われているみたいだしな」 「というか……どうして布良さんが見落としている情報まで知っているんですか?」 「内緒♪」 「陰陽局で情報班にでも所属してるんですか?」 「陰陽局にそんな班はないわよ。アタシが働いているのは、監督班。主に風俗街の監督を受け持ってるわ」 「なんでそんな人が、俺の情報を持ってるんです?」 「ちょっとした趣味? ほら、近所の事情にやたら詳しい人って、昔からいるものでしょう?」 「ね? 怖いでしょう?」 今、この人が口にした情報自体は、わりとオープンな物だ。 ただ、初めて会う人間がここまできっちり調べているという時点で、目の前の人の恐ろしさを垣間見た気がする。 「改めて、初めまして。私は“淡路萌香”、さっきも言ったように陰陽局の監督班で働いているわ」 「六連佑斗です。初めまして」 「飲み物はもう頼んでる?」 「ええ。大房さんに」 「大房さーん」 「はい、オーナー。なんですか?」 「今日は特別サービス。この子たちの代金は店持ちで構わないわ」 「はい、わかりました」 「それではこちら、シュプライト、コーラ、ブルームーンとなります」 「ありがとう」 「ごゆっくりどうぞ」 「それで、稲叢さんから話があるって聞いたんだけど、何の用かしら?」 「うちの《チーフ》主任から連絡がいってませんか? 調べて欲しいことがあるって」 「ああ、何かの薬のこと?」 「それです。なにかわかりました?」 「とりあえず、現物を見せてくれる?」 「これです」 「んー……MとかSとか刻んであると、わかりやすいんだけど……」 「有名どころのドラッグではない、って話だそうです」 「なにか新しいドラッグについて、心当たりはありませんか?」 「そういえば、新作を流したがってる奴がいるっていう与太話なら、聞いたことがあるかも……」 「もっとも、そっち系の話はそんなに詳しくないから」 「そうなんですか?」 「知っていたら報告してるわよ。コレでも陰陽局に所属してるんだから」 「その噂にしたって、ちょっと前に耳にしたけど、言う人全員が胡散臭い話って相手にしてなかったわよ」 「そうですか。ならやっぱり、成分分析を待つしかないか」 「ただこれ、ちゃんとした製造ラインを通ってそうな感じがするわね。見た目的に」 「一概には言えないけど、覚せい剤の錠剤ってお菓子のラムネみたいな感じだったりするから。綺麗に作られてるし……って、あら? どうかした?」 『………』 「……どうしてそういう事、知ってるんですか?」 「この店、徹底的に調べた方がいいかしら?」 「ちょっとちょっとそんな怪しげな視線を向けないでくれる? 証拠品なんかを見たことあるだけよ」 「個人的に使ったりしたことなんて一度もないから」 「それならいいんですけどね」 「“使っていても不思議じゃない”という視線を止めてもらえないかしら?」 「とりあえず、噂の線を追ってみましょうか。何かわかったらまた連絡するわね」 「お願いします。それじゃ、私たちは報告に向かいましょうか」 「そうだな」 「また今度、時間ができたら、ゆっくりいらっしゃい」 「それから、さっき言った通り代金は結構よ。私からのサービス」 「ごちそうさまでした」 「どういたしまして」 「情報待ちか……」 「仕方ない、こちらはこちらでできることをやっていこう」 「できることと言うと?」 「六連はクスリを落とした男の顔、まだ覚えてるか?」 「顔は……どうでしょう?」 目はそんなに大きくなくて、髪は黒髪、ワックスでセットしてたな。 鼻は……あれ、鼻はどうだっけ? 口も別に特徴はなかった気がするし……。 「どうなんだ、おい」 「おぼろげには。ハッキリ思い出せと言われると、自信がありません」 「おぼろげでも覚えてるなら、見ればソレっぽい奴を見つけることは出来るだろう。それで十分だ」 言いながら、《チーフ》主任が[パソ]P[コン]Cに向かい、何かのファイルを出してくる。 「入島審査の時の防犯カメラだ。昨日の条件に入りそうな相手を抜き出してもらっている」 「カメラの位置的におそらくお前の見た角度とは違うだろうが、ある程度ならわかるだろう」 「《チーフ》主任はあの落とし主を、旅行者だと思っているんですか?」 「聞き込みで情報がなかった以上、あまり出入りしている奴ではないんだろう」 「なら、可能性は十分にある。それに、手慣れている奴なら、ワザワザ目立つ場所で揉めたりしないだろうからな」 「根拠としては弱くないですか?」 「だが、捜査の基準を決める判断の一つにはなる。例のクスリさえハッキリすればもう少しやり方もあるんだろうが、今は情報が少なすぎる」 「聞き込みは続けるとしても、他の方面からアプローチは必要だ。旅行者がダメなら、また他の方法を考えるさ」 「とにかく、お前はビデオ鑑賞だ、六連」 「了解です」 「ファイルはこれだな。ん? ちっ……プレイヤーはデフォルトのままか」 「おい。勝手にフリーソフトとか入れたら、始末書書かせるぞ。私物ではなく公務で使う物だと心がけておけ」 「……了解」 仕方ないのでそのままファイルをダブルクリック。 関連付けされたプレイヤーが立ち上がり、すぐに映像が流れ始めた。 思っていたよりも鮮明な画像で、映っている人の顔もわかりやすい。 「これならちゃんと判別がつきそうだ」 流れる画像を真剣に見つめる。 黒髪の若い男が映る度に、 「違う、こいつじゃない」 と呟きながら、次の男が映る個所まで飛ばす。 「こんなやつでもなかった」 「こいつでもない。次だ」 「違うな、クリックして次に」 「クリックして次……クリックして次……クリックして次……クリックして次……クリックして次……クリックして次……クリックして次」 「な、なんだかさっきからちょっと怖いんだけど……六連君の目が虚ろになってない? 大丈夫かな?」 「ダウナー系のドラッグをきめてないか、検査した方がいいのかしら?」 「言ってないで、昨日一緒にいたんだから少しぐらいは顔を見てるんだろう? お前も一緒に確認しろ」 「了解」 「クリックして次……クリックして次……」 「佑斗、ちょっとスペースを空けてくれる?」 「え? ちょっと、急になんだ?」 突然、俺の隣に無理矢理割り込んできた美羽。 「一緒に確認しろと言われたのよ、私もあの男の顔を見ているでしょう?」 「動画ファイルなんだから別のPCでもできるじゃないか?」 「同時に映像を見た方が手間も減るでしょう。ほら、よそ見しない」 「……まあ、別に構わないけど」 言いつつ、ディスプレイに注目。 防犯カメラに映る男に視線を集中させるものの……なんだろう、なにかいい匂いがする。 匂いの元を目で辿ると、そこには真剣な様子で、ディスプレイを見つめる美羽。 “女の子”ではなく、“女”を感じさせる匂い……。 ふん、こんなものはただのいい香りだ。アロマみたいなものだな。そう、アロマだ、アロマ。 「………」 チクショウっ! なんで心を落ち着けるはずのアロマで、こんなにドキドキせねばならんのだ! 「佑斗? どうかしたの?」 「いや、別に大したことじゃないけど……近いよ、距離が」 「?? これぐらいでないと見づらいでしょう? それとも問題ある?」 「問題はないが、匂いが……じゃなくて、胸が当たりそうだぞ?」 「実はギリギリで当てない計算をしているから大丈夫よ。私はそこまで軽い女ではないわ」 「そこは、当ててるのよ、っていう場面じゃないのか?」 「実際、言われるような状況になったら、対処に困る童貞のくせに」 「………」 「童貞っていうだけで顔を赤くする処女には言われたくない」 「う・る・さ・い」 ふむ……やはり処女か。 「佑斗だって、女の子に慣れてるのかと思ったら、実際に触れ合ったりするときにはヘタレよね」 「放っといてくれ」 別に女の子と話すことは苦手じゃない。 ただ、友達ではあり得なかった行動を取りそうになったとき、ちょっと対応に困るだけだ。 「おいこら、青春ごっこやりたいならホテルにでも行け。ここは仕事場だ」 「青春=ホテルという構図はどうかと思いますが? 《チーフ》主任、一体どんな青春を過ごしたんです?」 「そう……よね。やっぱり、青春を謳歌するならホテルよね、大人なら常識よね」 「ほら、美羽の変なアンテナに引っかかった」 「いちいち冗談を真に受けなくていいから。ほら、仕事に集中するぞ」 「わかっているわ。仕事中に行くわけないでしょう、それぐらいの分別はあるわ。子供じゃないんだから」 「……分別の箇所をまず改めようか」 言いながら、美羽は改めて視線をディスプレイへ。 「じゃ、違うと判断したら飛ばしていくからな」 なんとか匂いを忘れようと、俺は作業に没頭するように努めた。 「あい・さー」 「クリックして次……クリックして次……」 「私も一緒に確認するね、六連君」 「ああ、よろしく頼む。クリックして次、クリックして次」 隣に座った布良さんと並んで、俺は監視カメラの映像をひたすら眺めた。 「布良さんは、あの時の男の顔をどれぐらい覚えてる?」 「んー……あんまり。人の顔を覚えるの、苦手なんだよねぇ……」 「そうか」 「あの人、ひげが濃いとか顔に傷があるとか、そういう特徴もあんまりなかったし」 「どこにでもいそうな学生って感じだったからな」 「うん。……あっ、この人はどう?」 「え?」 ビデオを一時停止して、俺たちはディスプレイに顔を近づけて、じっくり見た。 「わりと身体つきは似てると思うんだけど?」 「確かに身体は似てるけど……目はもう少し小さかったように思う」 「確かに……顔の印象が、もう少しきつかったかも」 「ゴメンね、止めちゃって」 「いや、この際、気になる部分は全てチェックすべきだ。気にせずどんどん言って欲しい」 「俺も絶対の自信を持っているわけじゃないし」 「うん。わかった――って、あっ、うっ……顔、近っ……」 「ん? 顔が赤いぞ? 大丈夫?」 「へ? あっ、うん、大丈夫。全然平気だよ。気にしないで」 「別に、男の子と顔をこんなに近づけることなんてなかったから、ちょっとドキドキするとか、そういうわけじゃないんだよ、ホントだよ!?」 「そうか? なら、いいんだが……体調が悪いなら、ちゃんと言った方がいいぞ」 「ううん、そういうわけじゃないから。平気だよ、本当、気にしないで、はは、あははは」 「おいこら、そこ。イチャコラしてないでちゃんと確認しろ」 「ベべべ別にイチャラブなんてしてませんよぅ!」 「俺はイチャコラと言ったんだ。それはいいから、ディスプレイから視線をそらすな」 「うぅー……了解です」 「それじゃ、ビデオの再生をするから」 「クリックして次……クリックして次……クリックして次……クリックして次」 「――に行かないっ!」 一時停止のボタンを押して、俺はディスプレイに顔を近づけてみる。 「こいつ……似てる」 服装は違うが、顔立ちの印象は酷似している。 「《チーフ》主任、ちょっとこれを」 「なんだ? もう見つけたのか?」 「この男が、かなり印象が似ています」 「……ふむ」 「……確かに面影は重なるわね。調べてみる価値は十分にあると思います」 「確かに似てる。絶対とは言えないけど……可能性は高いと思います」 「あの場にいた2人が揃って言うのなら、調べてみる価値は十分にある。六連、その映像の日時は?」 「4月6日14:47」 「わかった。その時の相手を問い合わせておく。お前は引き続き、映像を確認しろ」 「その間に他に似ている人物がいないかどうか。いなければ、さらに可能性は高くなりそうだからな」 「了解」 「警察にも連絡を入れて、応援の手配をしておけ」 「了解しました」 「各自、写真には目を通しているな? 対象は『金脇健介』、4月3日に二十歳を迎えたばかりだ」 「昨日の昼に入島、ホテル『グロッシュラー』に宿泊中。あのホテルだ」 《チーフ》主任が指し示したのは、かなり豪華そうなホテルだった。 安くても1泊1万円以上しそうだな、ありゃ。 結局防犯カメラの映像を全て見ても、他に落とし主に似ている奴はいなかった。 俺が見終わるまでの間に、対象の名前などの基本的なプロフィールは勿論、宿泊ホテルまで一気に調べ上げられていた。 そして、現場には警察の応援も駆けつけ、俺を含めて総勢で10人。 防犯ビデオもそうだが、この都市内部に限定するなら連携はよさそうだ。 「20歳の若者が『グロッシュラー』にご宿泊とはね……俺だって泊ったことがないのに」 「安ホテルばかりじゃ、女に愛想を尽かされるぞ? たまには贅沢させてやったらどうだ?」 「あのホテルに似合うような女と付き合ったら、その時は考えますよ」 「まあ、そんな金持ちのお坊ちゃんが、下手な遊びに手を出したかも知れん。ソレを叱ってやるのが大人の勤めってもんだ」 「それで、どうするんですか?」 「一気に踏み込む」 「と、言いたいところだったんだが、まだ対象が落とし主だと決まったわけじゃない」 「そういうわけで六連、まず部屋を訪ねて対象の顔を確認しろ。俺も一緒に行く」 「了解」 「で、もしもの際に備えて、他は全員配置についてくれ。よろしく頼む」 《チーフ》主任の声と共に、それぞれが決められた持ち場につき始めた。 「あの《チーフ》主任、私たちは?」 「配置場所、聞いてないんですけど?」 「お前らも一緒に来い。もし荒事が起きた時には、誰かが六連の面倒を見ることになる。俺にそれだけの余裕があるとは限らん」 『《チーフ》主任、予定外の事態です』 突如無線から聞こえてきた声に、俺たちの身体は強張る。 「どうした?」 『対象が部屋の外にいます。どこかに移動するようです』 「こんな時間にか? 朝の5時前だぞ?」 『エレベーターを降りて、正面口に向かっています。服装はチェックシャツにジーパン』 「確認した。ひとまず全ユニット、いつでも動ける準備をしておいてくれ、台本を変更する」 「台本変更って、どうするつもりなんですか?」 「問題はそこだな。しばらくアドリブで繋ぐしかない。だがまぁ、幸いにも相手は徒歩だ」 「《チャーリー》C班はそのまま対象の尾行を。他は車を使え。気付かれないようにな」 「それで、俺たちは?」 「当然追う。こんな時間に移動するとなると、例のドラッグの取引の可能性もある。気を引き締めていくぞ」 「………」 対象―金脇健介を尾行し始めて約15分か。 「どこに行くんでしょう?」 「知らん。とりあえず言えることは、こんな時間になると、さすがにどの店も開いていないという事だ」 「あっ、止まった」 「でもこんなところ、なにもないわよ」 ゆっくりと歩いていた対象が、なにもない場所で立ち止まり、辺りをきょろきょろと見渡している。 「タクシーでも探してるのか?」 「いや、この場合はおそらく……」 『南から灰色のセダンが近づいてきます』 「ちっ、やっぱりか。車の中で取引をするつもりだろう」 俺たちが見守る中、静かに車が止まる。 そして対象がその車の後部座席のドアを開けて、中に乗り込んだ。 「対象が車を降りたら、売人はそのまま立ち去ろうとするはずだ。その前に現行犯で押さえる」 「車で相手の進路を塞げ。準備はいいな?」 『問題ありません』 『いつでもいけます』 「誰か、車内の様子を確認できる位置へ移動できるか?」 『自分がいけます』 「よし、後は実際に何かを渡す瞬間さえ見えれば」 『車が3台きりなのは、少し不安ですね。せめてあと1、2台あると、前と後ろをきっちり防げるんですが』 「ない物ねだりをしても仕方ない」 「それよりも、車内の様子はちゃんと見えてるか?」 『ええ。手元までハッキリ、とは言えませんが、それでもブツのやり取りぐらいなら問題ありません』 「そいつは結構。全ユニット、突撃の準備を始めておけよ」 そう言って交信を終えた《チーフ》主任の視線がこちらに向けられる。 「で、お前さんたちなんだが」 「ここを動くな、という命令ですか?」 「いや。ここはお前たちにも動いてもらう、と言ってもさすがに新人を投入させるつもりはないがな」 「それじゃ?」 「私たちですか?」 「ああ。この前の二の舞はゴメンだからな。予備戦力でも出し惜しみはなしだ」 「矢来はいつでも“吸血”する準備。布良も準備しておけ」 「え? それって……こっ、ここで吸われるってことですか?」 「決まってるだろう? それとも不満か?」 「いえ……そういうわけじゃないんですけど……あの、できれば場所を移動して、吸って欲しいなぁ~、と」 「お前、何言ってんだ? そんな無駄なことして何になる?」 「……うぅぅ……その、あの……」 チラチラと探るように俺を見つめてくる布良さん。 一体なんなんだ? 「恥ずかしいんでしょう? この前、血を吸われたときに感じちゃったから」 「にょわーっ! だから、言わないでよ、もーっ!」 「でも、恥ずかしがって犯人を取り逃がすわけにもいかないでしょう?」 「……はぁ、わかった、わかりましたよぅ」 「この前、何かあったのか?」 「……まあ、ちょっと」 「何でもいいがな」 『金銭を確認。パックを代わりに受け取った模様っ!』 絡み合う女の子の百合を目の前にしていた空気が一変。 一気に、刺々しい雰囲気となって、俺の肌を刺してきた。 「よしっ、なら――」 『いや、待って下さい。売人の方が誰かと電話を始めました』 「さらに追加の取引でも行うつもりか?」 『わかりませんが、何かを話しこんでいるようで……っ!? ヤバい! こっちを見た! 気付かれたか!?』 「くそっ、見張りがいたか! ええい、このまま突っ込むぞ! 全ユニット突入だ、GO、GO、GO!」 派手にサイレンを鳴らす車と共に、俺たちは現場へ飛び込んだ。 咄嗟に売人も車で逃げ出そうとするものの、こちらの行動の方が早い。 進路に割り込みながら、3台の車で身動きを取れないように固めてしまう。 「動くなっ! 警察だ!」 外に飛び出した警察が、拳銃を手にして大声で叫ぶ。 「車を降りろ! 降りるんだ!」 「ひっ! うっ、撃つなっ! 今、降りる!」 「ひっ、ひぃぃっ!?」 すぐさま恭順しようと車の外に出た金脇を、売人の放った銃弾が凍りつかせた。 続けて外に出た売人は動けない金脇を人質に、警察に向けて発砲を続ける。 「銃を捨てろ、捨てるんだっ!!」 「車をどかせろ、こいつがどうなってもいいのか! 本当に殺すぞ? いいのか? ほら、いいのかっ!?」 「ちっ、興奮してやがる。売りもんに手を出してた口か。マズイな」 「こんなときに対するマニュアルは?」 「臨機応変がウチのモットーだ。おい矢来、お前の能力でなんとかできるか?」 「距離があり過ぎます、私の能力の範囲外です。余波なら届くとは思いますが……近づきますか?」 「下手に動くより……布良は? この位置から狙えるか?」 「気を引いてもらえれば、いけると思います」 「え? 布良さんが?」 「[アル]A[ファ]班、聞こえるか? 犯人の意識を集めろ。こっちで狙う」 「完全に包囲されてる、無駄だ。大人しく投降するんだ! 落ち着いて、銃を捨て、人質を離せ」 「この場にお前ら以外いないことは知ってんだよ! こいつを殺したくないなら、早く車をどけろ!」 「たっ、たすけて」 《チーフ》主任の指示が届いたのか、一人の警官が売人の説得を始める。 売人はそちらの方に顔を向け、こちらには、人質では隠しきれていない自分の半身を無防備に晒す。 「――っ」 自分たちが意識の外に置かれたと感じた次の瞬間、布良さんが素早く銃を抜き去り、構えを取っていた。 いつもの少し子供っぽい雰囲気は消え失せ、鋭い視線を売人に向ける。 そんな彼女の姿に、俺は思わず息を呑んだ。 「……布良さんが……」 「こいつも、マスコットだけで風紀班に所属してるわけじゃないってことだ」 「いいからどけっつってんだよーーっ!」 「止せ――」 引き鉄にかかった指に力がこもる。 撃つ気だっ! その瞬間――銃声。 「―――ッ!!」 だがそれは、売人の銃ではなかった。 俺の鼓膜を叩いたのはもっと耳の近く、それこそすぐ隣だ。 「ぎゃっ!」 着弾した腕から血が出ていないところを見ると、模擬弾か何かだったのだろう。 だが、それでも威力としては十分なものらしい。 突然襲い掛かったサイドからの衝撃に、売人は身体をよろめかし、手から銃を落とす。 「やったっ!」 「よしっ! 確保しろっ!!」 すぐさま、《チーフ》主任の怒声が響き渡る。 言われるまでもなく、先に動き始めていた面々が殺到。 だが、売人も諦めが悪かった。 銃も人質も諦めて車に乗り込んだ男は、ドアを閉めることもなくスロットルを踏み込んだのだ。 だが、売人は片腕。運転する体勢も十分とは言えない。 そのまま進路を塞いでいた車に激突。 派手な衝突音とスキール音を響かせ、車がスピンしながらアスファルトの上を滑る。 布良さんが立っている方向に向かって―― 「――え?」 「布良さんっ!」 「六連君っ!?」 手を伸ばした俺は、彼女を抱きしめ、迫る鉄の塊に自分の身体を楯にする。 考えた上での行動じゃない。そんな余裕はなかったし、考えてもきっと答えは変わらないだろう。 きっとあの時、吸血鬼となった時と同じ、俺の悪い癖だ。 考えるよりも先に身体が動く。自分の危険を考慮するよりも、やりたいと思った事をやってしまう。 今回も布良さんが危なくて、助けなきゃと思った。 ただ、それだけだ。俺がやりたいことなんだから後悔はない。後悔はない―― ――わけあるかぁっ! 童貞のまま死んでたまるかっ! 心の叫びに反応するように、一つの閃きが俺の頭を駆け巡る。 ――そうかっ! くそっ、間に合えぇぇぇっ! 「あっ……あぁぁ……佑斗、布良さん……」 「なんてこった……くそったれっ!」 「すぐに救急車を! 手の空いている奴はすぐに来いっ!」 「おい、矢来! ボーっとするな! すぐに助け出さないと――」 「へ、平気です、ちゃんと生きてますから」 「佑斗!?」 「お前ら、無事だったのか」 口元を血で濡らした俺が返事をすると、すぐに美羽と《チーフ》主任が駆け寄ってきた。 そして俺と、俺の腕に抱かれた布良さんの姿を見て安堵の息を吐く。 「布良さん、大丈夫?」 「む、六連君、血が……口から、血が……」 「落ち着け、これは俺の血じゃない。布良さんの血だ」 「わ、私の……?」 「悪いが血を少しもらった。その時の血だ」 「え? あ、そっか。噛んだんだね」 自分の首筋に流れる血を確認した布良さんは、ようやく少し落ち着きを取り戻した。 「俺は大丈夫だ。布良さんの方は? 大丈夫なのか?」 「あ、う、うん。平気だよ、ありがとう六連君」 「ならよかった」 「六連!? お前」 「それより、犯人は?」 「派手にぶつかってノックアウト状態だ」 「それより2人とも、本当に大丈夫なの?」 「わ、私は、六連君がかばってくれたから……まだ、心臓がドキドキいってるけど……」 「すみません。許可はなかったんですが、勝手に血を吸いました。緊急避難って事にしておいてもらえると……」 「お前なぁ、下らないこと言う前に自分の身体を心配しろ。本当に大丈夫なんだろうな?」 「そっ、そうだよ! 本当に大丈夫なの? 私なんかをかばって、こんなことして」 「大丈夫だ。能力のおかげでなんとかな」 「ったく、いくら吸血鬼が尋常じゃないからって……無茶をする」 本当なら、美羽の能力のように、見えない力によって止めたかったのだが、間に合わないと[・]わ[・]か[・]っ[・]た。 まるであの倉庫での時と同じように、頭の中で誰かが教えてくれた。 だから俺は衝突に耐えられるように、もっと単純に、身体を硬化させて、右腕を思いっきり車に叩きつけた。 結果、俺の渾身の一撃は、暴走する車を上回ることに成功した。 「しかし、本当に死ぬかと思った……」 「お前の能力が、身体を硬化させるものじゃなければ、普通は死んでる」 「え? 身体の、硬化……?」 「そうだろう? 車の突進を右腕一本で受け止めたんだから」 「それは……そうですが……」 「確かに、そう……でも佑斗は以前…………………まさか、吸血鬼喰い……いや、そんなこと、あるはずが……」 「……美羽?」 「――っ!?」 「………」 今、俺を見て……怯えた、のか? 「おい? 矢来、お前どうかしたのか?」 「あっ、いえ、その……何でもありません。事態に動揺してしまっていて……すみません」 「仕方ない。俺もビビったからな」 「……あんなの、ただの言い伝えに過ぎない……でも……」 「六連、お前こんな無茶をしてたら、いつか死ぬぞ?」 「かといって、あのまま布良さんを放っておくわけにもいかないでしょう」 「そりゃまぁ、そうなんだが……」 「ご、ゴメンね。私のために……」 「気にしない。仲間を助けるのは当然のことだ」 「助けるのもいいが、ちゃんと自分の身体も気づかえよ」 「了解」 「だがまあ、2人とも無事ならよかった」 「ええ……本当に」 「???」 美羽の少し浮かない表情は、一体何なんだ? それにさっきの言葉、『吸血鬼グイ』ってどういう意味なんだ? 「本当にありがとう、六連君」 「ん? ああ、本当に気にしなくていいから。当然のことだ」 「あの、助けてくれて、本当に嬉しんだけど、その……も、もう大丈夫だから」 「すまない。ちょっと強くしすぎたか?」 言いながら、俺は布良さんを抱きしめていた腕を解く。 そして、俺も車から手を抜いて、その場で立ち上がった。 「ひとまず、これで事件は解決だ」 「うん。そうだね……って、あの、六連君、その腕は……」 「え? 腕?」 言われて布良さんを抱き留めていた左腕を見る。特に問題なし、擦り傷も何もない。 ついで右腕、こちらは車と接触した部分が少し赤くなっているが、外傷と呼ぶほどの物はない。 ただ、肘から先がぷらーんと、関節の可動域を超えた動きで垂れ下がっていた。 「なっ、なんじゃこりゃぁぁぁっ!?」 「あわっ、たた大変だっ! 六連君の腕が折れたぁぁっ!?」 「こういう時はどうすればいいんだ!?」 「とととにかく、腕を引っ張ったり、ブラブラさせてみるのがいいんじゃないかな?」 「[とど]止めをさしてどうするつもりだ、お前」 「それは突き指のときにやりそうなことだろう。しかも処置として間違ってるぞ」 「で、でも、なら一体どうすればっ」 「暴れるな。あんまり動かすと、悪化するぞ。落ち着いて、静かにしてろ。それが一番だ」 「やっぱり救急車は呼んだ方がよさそうですね。布良さんも、検査は受けておいた方がいいでしょうし」 「六連君、ごめんね、ごめんねぇぇぇ!」 「全治2週間、ってところだね」 「……そうですか」 懐かしい病院のベッドの上、俺は疲れきった声でそう答えた。 ようやく脱出したはずなのに、また戻る羽目になってしまった。 「残念ながら骨折だ。そんなにひどくはないし、吸血鬼なら治りも早いとは思うけど、念のために様子を見ないとね」 「しかし、無茶なことをしたもんだね。まさか、突進してくる車を右腕一本で止めるだなんて」 「あの時は必死だったから。特に何も考えてなくて」 「でも、布良さんを助けることはできた。それがこの程度で済んだなら、上々です」 「まあ、結果的にはね。でも、あくまで“結果論”でしかないことだけは、肝に銘じておいて欲しい」 「とはいえ……ふふっ。人の危機には自分の命すらいとわないその姿は格好いいけどね、キュンキュンするよッ!」 「はいはい、ありがとうございます。でも本当に、今回はたまたま上手くいっただけなんですよね」 ギリギリのところで閃き、布良さんから血を吸い、なんとか激突に耐えられる能力を発動できた。 これらのうち、どれか一つでも違っていたなら、運が良く生きていたとしても、この程度では済まなかっただろう。 「で? 結局事件の方はどうだったんだい? 骨折り損ってわけでもないんだろう?」 「ええ。犯人はもちろん、仲間の見張りの方もちゃんと捕まえました。今は裏付け調査をしてるとか」 「それで、やっぱりその旅行客が買ってたクスリってドラッグだったの?」 「いや、それが……ドラッグじゃなくて、クエン酸シルデナフィルって薬らしくて」 「シルデナフィル? あれ? それって確か……」 「そう、ED治療薬、勃起不全なんかのための薬よ、あれは」 「調べてみると、それらしい連中の話があったわ。なんでも風俗街に出入りする人間に、ED治療薬を販売しているらしいのよ」 「しかも、この国では未承認の製造元の薬を格安で」 「あと、勃起不全以外にも、ちゃんとした薬を取り扱ったりしていたらしいわ」 「そうやって入りやすい入口を設けて、後々に本物のドラッグに手を染めさせるらしいのよ」 「旅行者を相手にする場合は、本土での流通先を紹介したりね」 「え? 今回の事件が無駄骨? そんなことないわよ。色々手広くやってたみたいだから」 「さっきも言ったように、本物のドラッグを取り扱う事は勿論、無修正のエッチなDVDなんかも取り扱ってたみたいよ」 「証拠の品の中には、ちゃんと違法なドラッグの類も見つかってるって聞いてるわ」 「あははっ! それがこんな大騒動にまでなったの?」 「………」 「っと、ゴメンゴメン。笑っちゃダメなんだろうけど……でもなんだか、力が抜けるような真相だね」 「そこだけ聞くと。俺も最初は唖然としました」 「でも、売人自体は他に犯罪性の高い薬も扱っていたので、全くの無駄だとは思ってません」 「お疲れ様。でもそうすると、旅行者の彼は?」 「詳しくは聞いてませんが、初犯で違法なことも知らなかったみたいなので、ある程度恩情があるんじゃないかって」 「まあ、特許法なんかが関わってくるから、普通の人は知らないよね。その手の薬が違法なのか、どうかなんて」 「ってことはあれかい? その旅行者は風俗街に出入りしてたのかい? でも若いんだよね? 確か20ぐらいって聞いてるけど」 「童貞捨てに来たのに、緊張して勃たなくて。落ち込んでるところに声をかけられたらしくて……」 「あー……なるほどねぇ。納得すると同時に、ちょっと切なくなる話だねぇ」 「とはいえ、路上で売ってる薬に手を出すのは、危機感が足りないと言わざるを得ないけどさ」 「同感です。きっと……ショックだったんだろうなぁ」 一大決心をして風俗街に行ったにも拘らず、緊張で勃たず、情けない思いをしながら店を後にする。 その気持ちは、推して知るべし、だろう。 俺から逃げたのも『本当の事を知られるのが恥ずかしかったから……』というのが金脇本人の供述らしい。 「でも大活躍だね。経過はどうあれ、初事件でクスリの流通を一つ潰すなんて」 「んー、あまり素直には喜ぶことは……。この都市の治安がよくないことを証明してるみたいですから」 「そう言われると、何も言えないんだけどね」 「とにかく、別に誇るようなことじゃないです」 「わかったよ。それはともかく、怪我の話に戻そうか」 「さっきも言ったように、いくら吸血鬼といえど、完治には2週間はみてもらうことになる」 「はい」 「で、入院の措置なんだけど……」 「あの、思うんですが、腕の骨折に入院の必要はあるんですか?」 「そりゃあるよ。骨が折れるっていうのはね、そこまで単純な物じゃないんだよ」 「下手したら感染症を起こして、違う病気を引き起こし、命に関わる危険性だってあるんだから」 「それに、君は特異な存在だ。一応、念には念を入れて、様子はしっかりと見た方がいい」 「……それを言われると、反論はできないんですが」 「あと六連君ってば、寮生活が始まってから、僕の方には全然会いに来てくれなくて、寂しいんだもんっ!」 「それが本音かっ!?」 「ウソウソ、冗談。いや、寂しいのは本当だけど、様子を見た方がいいのも本当。医者として譲れないね、そこは」 「………」 医者としてって言うなら、入院中もずっと医者の姿勢でいて欲しい。 「……わかりました。医者がそう言うなら、入院をします」 「うんうん! 入院中の世話は僕に任せてくれたまえ! 片腕だと何かと不便だろう? ふふ、ふふふふふ」 「どうせお世話になるなら綺麗な女の看護師さんがいいですね」 「なっ、そんな不埒な事、僕の眼の黒いうちは許さないよ!」 「絶対変だよっ! 女の子にお世話をしてもらって嬉しいのかい? そんな人、普通はいないだろう!?」 「世界の基準が自分と同じだと思わないでくれませんか!?」 「はぁ……もういいです。それより布良さんの方は? この病院に一緒に運ばれたはずですが」 「彼女のことなら心配はないよ」 「君が骨を折ってまで助けただけあって、本人も車とは接触してないと言っている」 「診る限りでは彼女には傷一つないし、本人も痛みを訴えるようなことはなかった」 「そうか。なら、安心しました」 「でも、よかったね、君の能力が身体の硬化で。もし他の能力だったら、こんな結果じゃ済まなかっただろうからね」 「他の能力、か……」 身体の硬化……確かにあの時はそうだ。車の衝突にも負けないような身体に強化するように、能力を発動させた。 ……あの時から、美羽の怯えを孕んだような視線と、『吸血鬼グイ』という言葉が俺の心を縛り付けていた。 「実はその……少し相談があって。他には広めたくない、秘密の相談が」 「そっ、相談? 六連君が、僕に相談だってっ!? うわー、なんだろう?」 「好きな人がいるんだ。その人に告白したくて……」 「え? そんな、ひどいよ、僕の気持ちを知りながら、そんな悩みを打ち明けるだなんて……」 「違う、お前だ。俺が好きなのは、お前なんだ」 「え? そ、そんな、そんなの……」 「なんちゃって、なーんちゃってーー!」 「……あっ、寸劇は終わりました?」 「盛り上がっているところ悪いんですが、真面目な話です」 「僕だってこの想いは真剣だよ?」 言いつつも、先生は佇まいを正して、俺に向き直った。 「それで、なにかな?」 「吸血鬼の能力で……複数の能力が使える、というのは変なことなんですか?」 「複数の能力?」 「実は、その……」 「今回は身体の硬化でしたが、以前に違う能力を使ったこともあって」 「それは……本当に? 間違いないのかい?」 「はい、事実です。そして俺は、意図的に能力を使い分けました」 「そう……複数の能力を……」 「………」 今までの雰囲気が一変し、真剣な表情で考え込むその様子が、否応なく俺を緊張させる。 「どう、なんですか?」 「そうだね……普通は能力は一つが限界だ。確かに異例なことだと言える」 「でも君の場合、もともと感染自体が異例なことだから」 「申し訳ないけれど、僕も今ここで回答することはできそうにない」 「……そう、ですか」 「それに僕は医者だから。医学的じゃないこととなると、そこまで詳しいわけじゃないからね」 「ただ――その答えを持っていそうな人を知ってはいる、かな」 「本当に? それは一体?」 「荒神小夜様。君は初めて聞くかもしれないけど、この海上都市を統括している市長様だよ」 「吸血鬼の歴史なんかに関することは、あの方が詳しいんだ。生き字引と言われたりしていてね、あの方ならもしかしたら……」 「もし会いたいなら、連絡を取ってみるけど……どうする?」 「本当ですか? できるのなら、是非お願いしたいです」 「ただし、お忙しい方だから、いつになるかは僕にもわからないけど」 「会えるなら、問題はありません」 「わかった。それじゃ早速連絡をしてみるよ」 「よろしくお願いします」 「それじゃ僕は――」 「いや、待って下さい。聞きたいことは他にもあって……」 「なんだい?」 「あの……幻聴が聞こえるときって、どんな時ですか?」 「幻聴? 聞こえるの?」 「いえ、正確には聞こえるというか、頭の中に言葉が浮かぶというか……」 「うーん……そうだね……」 「一般的には統合失調症か麻薬などの服用が考えられる。あとは、精神的な問題かな」 「もし何か幻聴が聞こえたなら、突然吸血鬼の生活に放り込まれたストレスが、一番可能性としては高いと思う」 「今も聞こえる?」 「いえ。特に条件があるわけじゃないんです。ごく稀に、自分の意識していない言葉みたいなのが……ふっと」 「……そう。やっぱり、ストレスかな? あんまりにもひどいようなら、報告してくれる?」 「わかりました。あと………………」 「『吸血鬼グイ』という単語に、聞き覚えはありませんか?」 「その言葉、どこで?」 「俺が複数の能力を使うことに気付いた時、美羽が」 「そうか……そう思ってしまうのも無理はないか……」 「どういう意味なんです?」 「すまないけど、その説明は小夜様と会った時、一緒にした方がいいと思う」 「あと、それまで、他の人にこの話は口にしないように」 「……それは、どうして?」 「君にとって、よくない結果になるからさ」 よくない結果……。 それは美羽の視線と、今の先生の態度から考えても、十分考えられることだ。 「いいね、口外しないように。なるべく早くセッティングをするから」 「……はい、わかりました」 俺の確認を取ってから、先生は病室を出て行った。 一人になった俺は、横になって天井を見上げる。 「……吸血鬼、グイか……」 発音のニュアンスから考えると“喰い”が当てはまるのか? “吸血鬼喰い”……。 「どう考えても、いい意味じゃなさそうだな」 「はい?」 誰だろう? 入院の見舞いにしては早すぎる気がすんだが―― 「六連君っ! ごめんね、本当にごめんね、私のために」 「布良さん、それに美羽まで……こんな時間まで、ずっと待っていたのか?」 「ええ、当たり前でしょう。怪我をした同僚を放置するほど、冷血のつもりはないわ。それに……」 「心配で、落ち着かなかったから……」 そう答える美羽の視線は落ち着かず、俺を見ようとしない。 「美羽……」 「………」 「……いや、何でもない。ありがとう、心配してくれて」 俺を避けるような美羽に、何と言っていいのかわからず、結局口にしたのはそれだけだった。 「布良さんもありがとう。どこにも怪我はなかったんだろう? 安心したよ」 「もーっ! こんなときまで何言ってるの、六連君っ!」 「六連君、優しいのは凄くいいことだと思うけど、ちゃんと自分の身体も心配しないとダメだよ」 「助けてくれたのは凄く嬉しかったし、私一人じゃあの車からは逃げられなかったけど……でも、でもね……」 「あの時、まるで血を吐いてるみたいで、腕もぷらーんってしちゃって、凄く、凄く凄く、心配したんだからぁ~~」 そう言って、涙を目に浮かべる布良さん。 拭っても拭っても、流れる涙が止まりそうな気配はない。 「うっ、うぅぅ~……」 「えーっと、んー……」 これって、俺が泣かしたってことなのか? 「………………参ったな」 「うっ、うぅぅ~、ちゃんと自分のことも大切にしないとダメなんだよぉ、ぐすっ……ぐすっ」 どう対応したものか……。 とりあえず俺は、孤児院で下の連中が泣いてたときと同じように、泣いている布良さんの頭を優しく撫でてみた。 「申し訳ない。ちょっと無茶をした」 「これからは、できるだけ気を付けるよ。相手は勿論、自分の身体にも」 「うん。本当に、気をつけないとダメだからね」 「心配をかけて悪かった」 「ううん、私の方こそ助けてくれて、ありがとう~、ぐす、ぐす」 「どういたしまして。だからもう、泣き止んで」 「それは無理~。だって、安心したら、また涙がぁ……うぅ~」 「そうか。なら、頭は撫でてた方がいい?」 「……できれば、よろしくお願いします」 「わかった」 そうして俺は、泣いている布良さんの頭を、泣き止むまで撫で続けるのだった。 「んっ、んん……」 「ふぁ、ああぁぁ~」 ベッドの上で目を覚ました俺は、身体を起こして大きく伸びをする。 が、右腕の重さに違和感を覚えて……あっ、徐々に意識がハッキリとしてきた。 「特に痛みはないな」 寝相で腕を痛めるという様な事はなかったようだ。 再び始まった入院生活は今日で3日目。 学院も始まったところなのに休んでばっかりだと、子供の頃の入院生活を思い出してしまう。 「ただ、あの頃より辛いのは――」 「やぁっ! おはよう、六連君。今日もいい夜だね」 「だから、裸白衣は止めろって言ってるでしょうがァーっ!」 腕の骨折なのに頭が痛い……。 「俺はまだ退院できないんですか?」 「んー……経過を見る限り、異常はない。それどころか回復が早いみたいだから、退院も前倒しできるかもしれないね」 「ギプスを外すのも、そう遠くないと思うよ」 「そうですか。それは何より」 頑張れ俺、早く、一刻でも早く、腕を回復させるんだ。 じゃないと、ストレスで他の病にかかりそうだ。 「ん? こんな時間に?」 「どうぞ、入っても大丈夫です」 「失礼します」 「やっほー、ユート。来ちゃったー」 「ああ、2人とも」 「荷物を持ってきました……って――え?」 「っ!?!?!? そ、その格好は、なに? や、やっぱり2人の関係は、そういうこと……なの?」 「違う。あっちが勝手に変態をしてるだけだ」 「きゃっ、きゃぁぁぁぁっ!? 誰かお見舞いに来るなら先に言っておいてよ、もう! そしたらこんな恥ずかしい格好しなかったのに!」 「恥ずかしいという気持ちはあったんですね、そこに驚きです」 「とっ、とにかく着替えてくるからっ!」 「び、ビックリしたぁ……」 「この国のお医者さんは変わってるんだね。あんな格好で診察をするだなんて」 「止めてあげて。アレを医者の平均にするのは、他のお医者さんに申し訳なさすぎる」 「それより、2人はこんな時間にどうした? 学院には行かないのか?」 「その前に、六連先輩の荷物を持ってきました」 「はいこれ、着替えね」 「ああ、そうか。ありがとう」 「六連先輩の言ったとおり、シャツを持ってきましたけど……本当に下着はいらなかったんですか?」 「使い捨てがあるから大丈夫だ。病院の購買で買った」 「なーんだ、てっきりエリナはユートは匂いが濃い方がいいのかと思ったのに」 「自分の体臭を濃くしたって嬉しくないだろ……いやそもそも、俺は別に体臭フェチじゃねぇよっ!」 「それじゃ、ユートはなにフェチなの? おっぱいの好みは?」 「むぅ、胸の話か? 好みで言うなら……」 「やはり、大きさ重視だな」 「おー、大きさか。エリナのおっぱいは?」 「よい形である。だが、ボリューム感には欠けるな。それはそれでいい物だとは思うが」 「そっか……足りないんだ……」 「でもそうすると、リオのおっぱいなんかはどうなの?」 「稲叢さんか……」 「はい? あの、一体なんでしょう?」 「……ふむ」 制服越しにでもわかる圧倒的なその膨らみ。 シャツとリボンを押し上げるほどの存在感は、まさに圧巻っ。 不思議そうな表情を浮かべている稲叢さんは、知ってか知らずか、まるで自分の胸を強調するようなポーズをとる。 しかもちゃんと張りがあるようで、垂れている気配はない。かといって、硬そうなわけでもなく、ふにふにと柔らかそうだ。 いや、これらは全部イメージであって、実際に直で見たわけでも触ったわけでもない。 だが……なるほど。改めて見ると、非の打ちどころのないおっぱいの気がする。 「……?? あの、六連先輩? わたしの胸元に何かついてますか?」 「ああ、素晴らしいモノがついている」 「は、はぁ。ありがとうございます……?」 「やはり、大きさ重視だな」 「おー、大きさか。そっか、ユートは大きいのが好きなんだね」 「早とちりしてもらっては困る。俺は小さい方が好みだぞ」 「そうなの? それじゃ、エリナのおっぱいは?」 「悪くはない。だが、いい感じで膨らんでしまっている。それはそれでいいとは思うが」 「そっか……もうおっきいんだね……」 「でもそうすると、アズサのちっぱいなんかは?」 「布良さん?」 制服姿を見る限りだと、別にツルペタというわけではない。 かといって、大きすぎることもなく、男の手にすっぽりと収まりのよさそうな大きさ。 布良さんは感じやすいらしいから、あのおっぱいも感度がいい可能性が高い。 といっても、実際のところは知らないが。 だが……なるほど。確かに、可愛らしさと色香という矛盾した二つの要素を孕んだ、素晴らしいおっぱいの気がする。 「……アリだな」 「……?? あの、一体なんのお話なんですか?」 「いや、別に人に言うようなことじゃないんだ。全ては自分の心の中に答えがあればいいことで――」 「やはり、美しさだろう」 「大きさについてはどっちでもいいの?」 「ああ。大きくても、垂れていたりすると萎えるな」 「それじゃあ、エリナのおっぱいはどう? どう?」 「いいと思う。実際に全てを見たわけではないが、なかなかだ」 「ホント? やったー、ユートに褒められたー」 「あっ、あと美しさで言うならミューも綺麗だよ」 「美羽か……」 ふむ、そうだな。 布良さんの血を吸わせてもらった時、美羽のおっぱいを事故で見てしまったが、確かによかった。 大きすぎず、小さすぎず、張りもあって、程よい柔らかさを兼ね備えている美乳。 文句の付けどころがない、限りなく正解に近いおっぱいだろう。 と言っても俺は、それほど沢山のおっぱいを見てきたわけでもなければ、未だ童貞だがな。 「確かに、良き逸品である」 「まるで見たことあるみたいな言い方だね」 「……?? あの……結局、どういう事なんでしょうか?」 「いや、人に言うようなことじゃなくて、全ては自分の心の中に答えがあればいいことで――」 「そもそも女の子をおっぱいで判断しようとするのは間違えている」 「え? そうなの? でも、男の子っておっぱいが好きなんじゃないの?」 「確かに、大好きだ。だが、この国には古来よりこういう言葉がある」 「おっぱいに貴賎なし」 「そうなの? そっかー、昔からそんな言葉があるだなんて……この国の人がHENTAIっていうのは、今に始まったことじゃないんだね」 「へぇ~、そんなことわざがあるんですね、今まで知りませんでした。わたし、無知ですね」 「どういう意味なんですか? おっぱいに貴賎なしって。職業に貴賎なし、なら聞いたことがあるんですが……あとで辞書を引いてみよう」 「………」 いかん、妙な知識を埋め込んでしまったかもしれん。 正直に思いついただけ、と言うべきだったかも。 「なら、どこで女の子を判断するの?」 「無論、脚だ」 「そっかー、ユートは脚フェチ派なんだね。ちなみに、エリナの足はどうかな?」 「そうだな……」 少々細身だが、肉付きはそこまで悪くはない。 それに、惜しげもなくガーターを見せつけている部分は、加点の対象だな。 綺麗で色気もあるし、なかなかの逸品だ。 「いいな。魅力的だ」 「本当? にひひ~、ユートに褒められた」 「――って、俺は一体何を言いだしてるんだっ!」 女の子を前にして、思い悩むようなことじゃないだろう。 「コホン。申し訳ない、今の話は忘れてくれ」 「それよりもそっちは? 何か変わったことはないか?」 「はい、特には。六連先輩がいなくて、ちょっと寂しいぐらいですね」 「元々俺は住んでなかったんだ。大したことじゃないと思うが」 「そんなことありませんよ。だから、早く戻ってきて下さいね、先輩」 「努力はする。ちなみに……」 「美羽は、どうしてる?」 「矢来先輩は、最近部屋に籠り気味です」 「暗い表情でね、元気がないの。あと、忙しそうにしてる」 「……そうか」 「先輩は何か知りませんか?」 「なんとか励ましてあげたいんですけど……どうしたんでしょう?」 「生理かな?」 「普段はそこまで重そうには見えなかったよ?」 「じゃ、便秘かな? 詰まってるのかな?」 「あ、それなら可能性はあるかもしれないね」 「とりあえず、生理と便秘の2種類の薬をミューにプレゼントしてみれば完璧じゃないかな?」 「エリナちゃん凄い! それなら手抜かりはないね」 「ちょっといいかな? そもそも美羽の悩みは、生理と便秘以外にもあると思うんだが……」 「あー……そっか、そうだよね。一応、妊娠検査薬もプレゼントした方がいいね」 「気遣いの方向がひどすぎるっ!」 女の子の話に割り込むのは止そうと思っていたのに、美羽の名誉のためにもツッコミを入れずにはいられなかった! 「でも、だったらどうしてミューは暗いの?」 「それは………………」 「それは?」 「………」 「個人的なこと……かもしれない。本人が相談してきたりするまで、もう少し様子を見た方がいいんじゃないか?」 「そうなのかな?」 「でも確かに、人には言えないようなことなのかも。そしたら、わたしたちはいつも通り接する方がいいんじゃないかな?」 「そっかー。確かにそうかもしれないね」 「やっぱりユートは頼りになるね。早く寮に戻って来れるといいのに」 「それなら近いうちに。順調に回復してるから、早めに退院できるかもしれないそうだ」 「そっか! よかったね」 「ああ、本当よかった。早く……できることなら、今すぐにでも退院したい」 「わたしは入院したことがないんですが、やっぱり病院生活は不便ですか?」 「不便というか、落ち着いた生活に戻りたいんだ」 「そうだよねー。利き腕が使えないと不便だよね。オナニーだってできないんだから」 「……俺をどういう目で見てるんだ?」 「若者の日常なんて、ご飯食べて、オナニーして、寝る。そんなもんじゃないの?」 「恐ろしいぐらいの偏見だな」 「あっ、そっか。お風呂を忘れてたよ、ちゃんと綺麗にしておかないと、いざってときに困るもんね」 「そういうことじゃねぇよっ!」 「オナニー?? エリナちゃん、オナニーってなに?」 「一人Hのことだよ? オナニーは確かドイツ語で、英語だとマスターベーション、日本語だと自慰っていうんじゃないかな?」 「?? ますたーべーしょん? じい?」 「なんだかよくわからないけど、六連先輩はオナニーができなくて困ってるんですか?」 「いや、困ってないから」 「わかりました。わたしに任せてください。不肖、稲叢莉音、精一杯オナニーをさせていただきます」 「おーっ! リオってばだいたーん」 「困ってないって言ってるのにっ! 人の話を聞いてくれ!」 「それで、オナニーってどうやってするんですか? 実践も交えて教えてもらえると、助かるんですが」 「できるかぁっ!」 それはもうオナニーではなく、まったく別のプレイに発展してしまっている。 金を取れるレベルじゃないだろうか? 「稲叢さん、気持ちだけで十分だ。ありがとう」 「あと、エリナは自重。変な発言は控えるように」 「えー……エリナはエリナで、ユートを心配したんだよ? ほら、オナニーができないと苦しいかなって。爆発するかもしれないでしょ?」 「ばっ、爆発するんですか? それは大変です、早くオナニーしましょう、できることなら今すぐ、ここでオナニーを!」 「だからできないってばっ! というか、本当はわかっててやってない?」 「………???」 そんなに可愛らしく小首を傾げられると、怒るに怒れない。 「とにかく、落ち着いて欲しい。爆発したりしない、大丈夫だから」 「遠慮しなくても大丈夫ですよ?」 「本当に大丈夫。別に左手でもできるし。最悪、床でだってできるから。やったことないけど」 「――って、この話はもういいっ! とにかく、心配されるようなことじゃないから忘れて」 「はっ、はあ……そうですか?」 「わりと重要だと思ったんだけどなぁ」 「まったく……純粋無垢が過ぎるっていうのも考えものだな……」 「そこがリオの可愛いところなんだよ」 「反論はしないが……だからといってからかうのはダメだ。外で変な発言をしたら、冗談じゃすまないかもしれないんだから」 「ダー。わかったよ」 「やぁ、なんだか盛り上がっているようだね」 「あっ、今度は服着てる」 「当然じゃないか。僕を変態みたいに言わないでくれ。あんなはしたない姿、特別な人以外に見せられるはずないだろう」 十分変態だと思うんだが……。 「それで、わざわざ戻ってきたのには、何か理由が?」 「ああ、そうそう。六連君に用があってね」 「ところで……2人とも、そろそろ学院に行った方がいい時間じゃないかい?」 「え? あっ、ホントだ。そろそろ出ないと遅刻しちゃうかも」 「それじゃお暇しようか、エリナちゃん。先輩、また来ますね」 「ああ。今日はありがとう」 「ううん。今日はゴメンね。てへ♪」 「それに関しては、今後は気をつけるように」 「ほーい。それじゃ、またね」 そうして2人は、手を振って病室を後にした。 短い時間ではあったけど、こうして見舞いに来てくれたことは、凄く嬉しい。 「……二人っきりだね」 「やかましいわっ」 「そんなに怒らないで。用事があるのは本当だから」 「その用事の内容によります」 「一つは治療。注射をさせてもらいたい」 「わかりました。それで、二つ目は?」 「例の約束の話。アポが取れたよ」 「アポっていうと……市長の?」 「うん、そうだよ。スケジュールの調整がついたって連絡があったんだ」 「今から行くかい?」 「勿論。入院していると他にすることもないですし……というより、外出しても問題は?」 「ないよ。僕もついていくしね。一時外出の手続きは僕がしておくから、君は着替えておいてくれるかい?」 「いや、僕としたことがっ! やはり僕が君を着替えさせるから、一時外出の手続きは共同作業と言う事で――――――ぎゃんっ!」 話を全部聞かず、俺は先生を病室の外に放りだし、病室の扉をピシャリと閉めた。 「ちょっと待って。注射がまだなんだってばぁぁぁーーー」 荒神小夜――《アクア・エデン》海上都市の設立に尽力し、特区設立の際に多くの吸血鬼たちをまとめ、参加させたらしい。 その後もその功績と、他の吸血鬼たちから怖れと尊敬を集める存在として、設立以来ずっと都市のトップに立っている吸血鬼。 そう、その女性も吸血鬼らしいのだ。 この吸血鬼たちが差別される都市で唯一、政府に認められた存在。 しかも、人の常識を越えた吸血鬼の中でも別格視されるほどの、凄まじい力を秘めているらしい。 睨むだけで相手を失神させるような迫力だったらどうしよう。 なんだか、ちょっと怖くなってきた。先にトイレに行っておくべきだったかもしれない。 「この扉の奥に、小夜様はいらっしゃる。くれぐれも失礼のないようにね」 「できるだけ心がけます」 「それじゃ行くよ」 「扇です。六連佑斗君を連れてまいりました」 「どうぞ、お入りなさい」 「よく来てくれたね」 扉が開くと女性がいた。 余裕と優しさを感じさせる落ち着いた笑みを浮かべながら、真っ直ぐに俺を見据えている。 背は高い方なのかもしれないが……よくわからなかった。 何故ならその人は車椅子に座っていたから。 「君が、六連佑斗君でいいのかな?」 「え、ええ、初めまして」 「初めまして。どうしたんだ? 部屋に入ってくれて構わないんだよ?」 「……では、お言葉に甘えて」 車椅子に座っているせいか、あまり力強い印象は受けない。 人を呑みこむような威圧感もあるとは思うが……他の吸血鬼から怖れられる存在にまでは見えない。 「………」 あと、よくわからないのは、後ろで静かに立っている小柄な少女だ。 「………」 静かに佇むその姿は、和服ということもあってか、可愛いというよりは綺麗に見えた。 あの子は一体……? この[ひ]女[と]性の世話役かなにかだろうか? ………。 いや、そうじゃない気がする。違和感を覚える。 自分でもまだハッキリとはわからず、言葉にできないものの……何かが違っている気がする。 この感覚は……そうだあの時、炎が幻であることを確信していた時のようだ。 「どうかしたかな? ボーっとして」 「あ、いや、なんでもありません」 「申し訳ないね、椅子に座ったままの挨拶で」 「それは別に。失礼でなければお訊きしたいんですが……足が?」 「別に気を使ってもらう様な事情はないよ。これはただの老衰だ」 「老……衰?」 「そんな単語が似合う様な歳には見えないか? ちなみに、君は私のことがいくつに見える?」 「いくつって、それは………………26歳?」 「ははは! それはちょっとサービスをしすぎじゃないかな。甘言だとわかっていても、嬉しくなってしまうじゃないか」 「怒らないから正直に言ってみなさい。本当はいくつだと思った?」 「正直なところだと、34歳」 「8歳もサービスしてくれていたのか。でも、あんまりサービスだとわかり易いのも問題だね」 「今回だと、29歳ぐらいにしておくのが一番いいんじゃない?」 「ぷっ! 随分とっ、ご自分のことをっ、若く見積もるんですね、ぷふふっ!」 「うるさいよ。少し黙っていてくれ」 「はい。ぷふふ」 「それじゃあ、本当は年齢は?」 「女性に年齢を訊くのは失礼だと思うが……まあ、クイズを出したのはこちらだからね」 「正解は、34歳を3倍したぐらいかな。自分でもハッキリとは覚えていないけど」 「3倍? 34×3だと……102になるんですが?」 「それでも少ないぐらいかもしれない」 「ほら、どうだい? 老衰という言葉が似合う女に見えてきたろう?」 「いえ、やっぱり見えませんが……もしかして、吸血鬼ってそういうものなんですか?」 「訊いたことがなかったが、美羽たちもああ見えて、実は60歳だったり!?」 「――むっ!」 「どうしたの、美羽ちゃん?」 「いえ、大したことではないのだけれど……何か失礼なことを言われた気がしたわ」 「なにそれ?」 「噂されるとくしゃみをする、みたいなことですか?」 「多分、それに近いと思う。なんとなくなんだけど」 「……ふっ、魔界の風を感じたというわけだね」 「全然違うから。邪気眼と一緒にしないで頂戴」 「じゃっ、邪気眼言うなー!」 「泣かない、泣かない」 「それにしても………………ふぅ」 「……? どうしたんです? なにかお悩み事?」 「え? あ、いいえ。別になんでもないわ。心配させたのなら、ごめんなさい」 「そうですか?」 「いやいや、君の周りの女の子たちは、見た目通りだから安心してくれていいよ」 「見た目と実年齢に差があるのは、僕らの中でもかなり特殊な存在でね。再生系の能力が強いと、たまにそういう事が起きるらしい」 「……能力が強い……」 改めて、目の前の女性を見る。 確かにこれで100歳を超えているのなら、吸血鬼としても異常なのかもしれない。 だとしたら……そうか。さっきから感じてる違和感の正体がわかってきた。 さっきから一言も話さず、まるでお付きのように傍に佇んでいるこの子………………。 「一つ、質問があります」 「なにかな?」 「自分は今日、ここで市長の荒神小夜様に会えると聞いてきました」 「失礼ながら、アナタは本当に市長なんでしょうか?」 「それは、どういう意味かな? 私では市長になり得ないと?」 「いや、そういうことではなくて、なんというか……」 「この海上都市の市長は、他の吸血鬼から畏敬の念を集めるほど強いと聞いています」 「……それが、どうかしたのかい?」 「実際に会ってみて思ったんですが……そちらの後ろの子の方が強いんじゃありませんか?」 「ほぉー。面白いことを言うじゃないか。どうしてそう思うんだい?」 「なんとなくわかります。なんというか、威圧感みたいなものを感じて」 「威圧感ね」 「だそうですよ、小夜様」 「くはは、面白いことを言いよる小童じゃのう。そうか、なんとなくわかる、か」 「お主の考えておる通りじゃ。ワシがこの都市を治めておる市長、荒神小夜じゃよ」 「それじゃ、アナタは?」 「私はアンナ・レティクル。この都市の吸血鬼の代表兼市長の手伝い役、といったところかな」 「ワシは市長という役職柄、自由が利かぬ身なのでな。皆のまとめ役はアンナに任せておる」 「とはいえ、そろそろ後釜を決めてもらわないと困りますね」 「私も、もう足の自由が利かないほど身体が弱っている老婆なんですから」 「また自虐的な事を……」 「けれど事実だろう、元樹君。私のことを一番知っているのは、君なんだから」 自嘲の笑みを浮かべたアンナさんは、その笑みを扇先生に向けた。 「僕はいわゆる、この人のお抱えの医者ってやつなんだ」 「べっ、別に、一番知っているというのは変な意味じゃないからねっ! 勘違いしないでよねっ!」 「別にそんなことは聞いていないし、興味もありませんよ」 「ツンデレにはツッコミをくれない辺りが、鬼畜だね」 「しかし、あっさりバレてしまいましたね、小夜様」 「ちょっとした戯れじゃし、別に気にしてはおらんよ」 「違うんだよ、六連君。勘違いしないでくれ、僕は反対したんだよ、こんな騙すような真似は……」 「騙すとは人聞きが悪いのう。別に嘘は言っておらんじゃろう? 自己紹介はしておらんかったが」 俺の予想が間違いじゃなかったという事は、この子も……いや、この人も、と言うべきか。 「アナタも見た目通りの年齢ではないんですね?」 「ああ、もちろんじゃ。どれだけ力が強かろうとも、子供を市長に据えるはずがなかろう」 「この方はね、こんな[なり]形をしておられるが、この都市一番の老婆でいらっしゃるんだよ」 「そうとも。ワシより長生きな者などおらぬわ。って誰がババアじゃっ! しばき倒すぞっ!」 「おっと失礼、口が滑りました」 「お主、謝るつもりがあるのか? まあよいが……」 「話を戻すと、ワシはこう見えても200年近く生きておる」 「に、200年っ!?」 「小夜様、私と出会った時に、すでに200歳と仰ってませんでしたか?」 「ん? そうじゃったか? 細かいことはもう忘れてしもうたわ」 「サバを読むにもほどがあるでしょうに」 「200歳……」 コレが噂に聞く、ロリババアという存在か。 「おい、小童。お主今、ロクでもない考えを巡らせたじゃろう?」 「とんでもない。勘違いでしょう」 「……まったく、どいつもこいつも」 「そう仰いますが、政府との協議の時に私や、威圧感を持った吸血鬼を同席させるのは、ご自分の見た目を理解しているからでしょう?」 「ふんっ、わかっておるとも。それぐらい」 「若いとみられるんです。世の女性が聞けば、羨ましがられる、憧れの存在だと思いますがね」 「若いと子供は同義ではあるまい?」 「もう少し発育がよければ、違ったんでしょうがね」 「ワシだって好きでこんな身体でおるのではない。できうることなら、大きくなりたいわい」 「『ぶらじゃー』もしたいし、自分で乳を揉んでもみたい……こうムニュムニュ――って、誰が無乳じゃっ! ぶち殺すぞ!」 「いいノリツッコミですね。キレがある」 「やかましいっ!」 叫ぶ姿を見る限り、威厳を感じるようなことはない。 だがこの人の前にいると、吸血鬼の本能と言うか……威圧感みたいなものに圧倒され、背筋を悪寒が走りっぱなしだ。 見た目と雰囲気からでは計り知れない力が、俺の身体を縛り付けていた。 「調子が狂う小童じゃのう。そんなことよりも、ワシに会いたいと言ったのは、他に本題があるからなんじゃろう?」 「ならば、とっとと本題に入れ」 「……実は、訊きたいのは、自分のことです」 そうして俺は、自分の吸血鬼としての能力が安定していないことを打ち明ける。 その場に応じて、色んな能力がつかえることを、これまでの事件を含めて。 「なるほどのう。複数の能力か……」 「………」 「………」 この重苦しい空気と、俺を取り囲む[あん]暗[たん]澹とした表情に、俺も息を呑むしかなかった。 「小夜様、複数の能力というと……」 「まず思いつくのは、『吸血鬼喰い』じゃろうな」 「その『吸血鬼グイ』とは一体なんなんです?」 「ライカンスロープじゃよ」 「複数の能力を使えるのは、ライカンスロープの大きな特徴じゃ」 「ライカンスロープって確か……狼男とか獣人なんかの言い方の一つだったように思いますが?」 「それは色々混ざってしまった伝承だよ。本当のライカンスロープっていうのは、僕ら吸血鬼の中でも特別視される伝説の存在」 「吸血鬼の王にして『吸血鬼殺し』、『能力喰い』、そして『吸血鬼喰い』の異名を持つ存在だよ」 「何故そんな異名がついておるか、それは簡単じゃな。考えるまでもない、名が体を表しておる」 「ライカンスロープはな、喰らうんじゃよ」 「……喰らう?」 「[おう]応。別に比喩でもなんでもない。その言葉通り、同胞を喰らい、殺すと言われておる」 「そうして自身の身体に取り込む、相手の能力をな。それが伝説の吸血鬼、ライカンスロープじゃよ」 ……やっぱり『グイ』は『喰い』なのか。 「本来、吸血鬼といえど、特殊な能力は一種類しか使えんものじゃ」 「じゃがその枠をはみ出したライカンスロープは複数の能力が使える。そしてそれは――」 「同胞を喰らったことがあることを意味しておる」 「………」 冗談を言っている雰囲気ではなかった。 かといって、「そうなのか」と納得できる事でもない。 『吸血鬼喰い』 この言葉が、吸血鬼となった俺に重く圧し掛かってくる。 何も変わらない。日光と海水が嫌いだったり、身体能力が高かったりするが、人間とそこまで大きな差があるものじゃない。 少なくとも、本の中にあるただの悪の存在じゃない。 そんな吸血鬼を喰らい、殺す……それが俺だって言うのか? 美羽のあの視線は、だから……。 「まあ落ち着け。小童の気持ちはわからぬでもないが、それは早計と言うものじゃ」 「別に君がライカンスロープだと決まったわけじゃない」 「ですがっ、複数の能力を使うのは、その証拠なんでしょう?」 「証拠ではない。当てはまる、というだけじゃ」 「少なくとも人間からライカンスロープに成った者など、聞いたこともない」 「もし可能性があるとすれば、吸血鬼化する原因となった相手がライカンスロープであったということだが」 「彼女はすでに逮捕され、僕自身が検診しています」 「数値上では、普通の吸血鬼でした。それに現場の報告書を読む限り、使った能力も『幻覚』だけですし」 「となると、君がライカンスロープである方が不自然だ。そうは思わないか?」 「………」 「そもそも小童、お主は吸血鬼を喰ろうたことがあるのか?」 「……え?」 「じゃから、誰ぞ吸血鬼を喰らったのか、と訊いておる。もしくは吸血鬼としらずに、人を喰ろうたことでも?」 「そんなこと、あるわけないですよっ」 「ならばそれこそが、ライカンスロープではない証拠じゃろう?」 「あ……」 「『能力喰い』は相手を喰ろうて成立するものじゃ。喰らうことなく複数の能力を使うのは、もっと別の能力のはずじゃよ」 「そうか、確かにそうだ」 「例えば……見ただけで他の吸血鬼の能力をコピーしたり、君が願った力を作りだす能力の方が条件に合わないか?」 「でっ、でも――っ」 「勿論、それらも可能性の一つだ。確定したわけじゃない」 「ただ君の場合、ライカンスロープでない証拠の方が多い。違うかい?」 「………」 ……落ち着いて考えよう。 確かに言われた通り、否定する事実の方が多い。 「……わかりました。ライカンスロープの件は一旦忘れます」 「それがよかろう」 「お主の能力に関しては、もう少し調べてみる必要がありそうじゃな。こちらで動いておこう」 「よろしくお願いします」 「ハッキリするまでは自身の能力のこと、口外せぬようにな」 「そうした方がいいよ。順序を立てて考えれば、君がライカンスロープでないことはわかるけど……」 「“複数の能力を使う”という部分だけでみれば、条件に当てはまってしまうからね」 「異名からもわかると思うけれど、ライカンスロープの印象はよくない」 「異端の存在である我々、吸血鬼の中でもさらに化物扱いで、嫌悪の対象とされている。理由は小夜様が仰った通りだ」 「誰かを“食べた”、なんて勘違いを受けないように、口にはしない方がいい」 「……わかりました」 「素直で結構」 「まぁ、割り切ってしまえば、夜の世界もそう捨てたものではない」 「200歳が言うと、重みが違いますね」 「じゃろう?」 「せいぜい、《ヴァンパイアライフ》吸血鬼生活を楽しむがよい。そのための手伝いならば、ワシらは労を惜しまん」 「はい、ありがとうございます」 「それじゃ、六連君。帰りも僕が送って行くから、先に車に戻っていてくれるかい?」 「僕は少し、アンナ様の身体のことで話すことがあるから」 「わかりました」 ……… 「それで、小夜様。実際のところ、どう思われますか?」 「可能性は低い。少なくともワシは、小童に嘘は吐いたつもりはない。じゃが……」 「複数の能力を使える吸血鬼など、ライカンスロープ以外に聞いたこともないのも、また事実」 「彼の身体はもう調べてあるんだろう?」 「はい。ですが、特に数値に異常は見られません」 「そうか。となると……突然変異としか、言いようがないですね」 「確かに。感染者の実験データなどは、持ち合わせていませんし」 「当然じゃろう。ワシは吸血鬼を実験動物にさせぬために、この都市を築いたのじゃから」 「失礼しました」 「とにかく、もう少し調べてみるしかないですね」 「ですが、彼が本当にライカンスロープだった場合は?」 「ひと騒動起こる可能性が高いじゃろうな。どれほどの騒ぎになるかは……ワシとてわからん」 「下手をすれば、役人共が強引に動いてくるほどの大きな騒ぎになる可能性もある」 「では……どうなさいますか?」 「まだわからぬが……内密に調べるしかあるまい。政府は当然、住人にもばれぬように」 「ですがそれは、裏切り行為と取られる危険がありませんか?」 「では君は、彼を差し出すべきだと?」 「いえ、そうは言いませんが」 「同胞を差し出すなど……海上都市は、吸血鬼を守るために作ったはずです」 「わかっておる。が、かと言って政府を無視しては、我々は潰されるぞ?」 「ワシら吸血鬼に比べ、人間の社会は途方もなく大きい。個々の力でどうなるものでもない」 「それがわかっておるからこそ、お主もこの都市の繁栄に尽力してきたはずじゃ」 「………」 「……申し訳ありません。少々、冷静さを欠きました」 「いや、お主の考えも正しい。この都市を守るために、同胞を犠牲にしては、目的と手段が入れ替わっておるからのう」 「ワシとて言いなりになるつもりはないが、無謀な行為は都市に住む全員を危険にさらすことになる。慎重に動かねばならぬ」 「はい、わかっています」 「畏まりました」 「はい、ユート。あ―んして」 器用に箸を使いこなすエリナが、唐揚げを俺の方に差し出してくる。 「食堂の唐揚げ定食は美味しいんだよー。ほらほら、遠慮しないで」 「あのな、自分で食べられるって言ってるだろう?」 「嘘ばっかりー。ユートの利き腕は右でしょう? それとも左手でお箸、使えるの?」 「……使えないが」 「だったら、誰かに食べさせてもらうしかないよね?」 「世の中にはフォークという便利な道具がある。むしろエリナはそっちの方が使い慣れてるんじゃないのか?」 そもそも、こんな人目の付く学食で食べさせてもらうだなんて……恥ずかしいどころか、身体がむず痒くなってくる。 そんな様子に気づかないエリナは、俺の頬を突くように、唐揚げをグイグイと押しつけてきた。 「はい、あーん」 「稲叢さん、エリナを止めてくれないかな?」 「はい、六連先輩。サラダもどうぞ」 「……こっちもかよ」 「2人とも、何してるの。もっと考えないとダメでしょ」 「そうだ、布良さん。ここは寮長として、先輩として、ビシリと言ってやってくれ」 「まずは温かいお味噌汁からが基本っ! はい、六連君、熱いから気をつけてね」 「順番が問題なわけじゃないっ!」 「それじゃ私はご飯担当ということで」 「大房さんまで……勘弁してくれ」 「あはは、ごめんなさい。参加した方がいいのかと思って」 「でも、まるで王様みたいですね。両手どころか、あたり一面お花畑じゃないですか」 「そうだよ、ユート。こんなに可愛い女の子たちが甲斐甲斐しく『あーん』をしてくれるシチュエーションなんて、なかなかないんだから」 「そんなに恥ずかしがる前に、もっと喜んでいいんだよ?」 「だからといって、こんな人目の付く場所で」 「人目が付くのはむしろ、食べないからじゃないでしょうか?」 「……え?」 言われて、軽く食堂の中を見回す。 確かに人目を集めているのだが、その視線の大半は―― 『食べるなら、さっさと食べろよ! 食べないなら自分で食べればいいのにっ!』 『くっそ、いちゃつきやがって! 我がまま言ってないでさっさと食いやがれっ!』 『あんなに可愛い子たちに奉仕されるだなんて、チクショウ、俺だって画面の中でならっ!』 うーん……こういうところは、人間も吸血鬼も関係ないらしい。 「食べるのが、一番早く済むんじゃないでしょうか?」 「そうだよ、ユート。恥ずかしがるのもいいけど、そろそろ空気読んだ方がいいよ?」 「エリナが空気を読んでくれ」 「あの……迷惑でしたか? こんな風にするのは」 「ダメ、かなぁ? こういうの、鬱陶しい?」 「………」 そういう言い方はズルいだろう。 しかも、そんな悲しそうな顔まで浮かべられると、男としては逃げ場がない。 「はぁ……わかった。あ……あーん」 「はい、どうぞー」 「ユート、エリナのも食べてー」 「だから、最初は温かいお味噌汁だよ」 意を決して、口を開けて俺は、その行為を受け入れる。 うむ、確かに美味い唐揚げだ。みそ汁も申し分ない。あのおばちゃんたち、なかなかやるな。 さて、これで少しは周りも治まるだろう。 『結局食うのかよ! リア充死ね、爆ぜろ、リア充は爆ぜて死ねっ!』 『見せつけてんのか、あの野郎。ブチ殺してあの席を奪いたいっ!』 『可愛いよ、あの子たち、本当に可愛いよ。ぺろぺろしたいよぉぉ~』 ……全然、治まる気配はなかった。 あと、なんか一人変な視線をしているような気もするが……きっと俺の勘違いだろう。 「あはは……視線、全然変わりませんね」 「もういい。とりあえず、今日のところは諦める」 「はい、もう一個~♪」 「今度はご飯をどうぞ、先輩」 「あっ、ご飯は私がやるよ」 「……ん、んむ……ありがとう」 「こんなハーレムみたいな状態を味わえるだなんて、ユートは本当に幸せ者だね。なんだったらもっとサービスして、口移しをしてあげよっか?」 「なっ、何言ってるの! そんな破廉恥なことダメだよ、エリナちゃん!」 「いつもの冗談だろう。あんまり本気にしない方がいいぞ、布良さん」 「はい、先輩。どうぞ」 「ああ、ありがとう」 「あっ、リオ、ずるいっ! エリナも、はい、あーん」 まだギプスの外れていない右腕の原因に責任を感じ、俺の世話を焼きたがる布良さん。 稲叢さんも困っている人に優しくするのは当然と、生真面目に救いの手を伸ばしてくれる。 そしてエリナが面白そうという理由で、その場をかき乱す。 病院……というか、あの医者との胃が痛くなる暮らしよりは気が楽なのだが、こっちはこっちで溜め息を吐いてしまう。 それに、溜め息を吐く理由はもう一つ―― 「………」 「なにかしら? どうかしたの?」 「いや。別になんでもない」 「そう。それならいいのだけれど……はい、これ。今日のノートの写し」 「助かるよ。ありがとう」 「それじゃあ、私は先に戻るわね」 静かな面持ちの美羽は、この騒動に参加することはなく食堂を後にする。 一応、今まで通り、ちゃんと会話はできる。 でも、どこか距離を感じる……いつの間にか、俺と美羽の間に深い溝ができているようだった。 「最近の矢来さん、少し変な感じですね」 「だねー。本当、どうしたんだろう?」 「訊いても、別になんでもないと言うばっかりですし……」 「六連君は何か知らない? 美羽ちゃんのことで」 「ん……さぁ、どうだろう?」 『………』 「はぁ……」 一人で教室に戻った俺は、机の上に突っ伏す。 「随分疲れているみたいだね」 「過剰接待は疲れる。俺みたいな小心者には特に」 「お疲れ様」 「それで、どうなんだい? そろそろ右腕の封印も解かれるんじゃないの? それともまだ邪神が騒いでるの?」 「………………………………………………………………ああ、ギプスと骨折の痛みのことか」 「……ふっ、すまない。つい《ナラカ》幽界の頃の癖が――」 「腕はもう大丈夫。ギプスも明日には外せると言ってたかな」 「それならいいけど……せめて最後まで聞いてくれてもいいじゃないか、ぐすん。もしかして、佑斗君ってボクのこと嫌い? ウザいって思ってる?」 「そんなことは思ってない。今のは俺が悪かった。素直に謝る」 「なら、いいんだけどね」 「今や俺の心の安らぎはニコラだけだよ」 「――え゛っ!? そっ、それって……その、どういう意味、で?」 「……何故頬を染める?」 「いや、それはだって……急にそんなこと言われたら驚くじゃないか」 「言っておくが、気を使わないで済むという意味だぞ」 「世話を焼いてくれるのはありがたいが、やっぱり俺も気を使うから」 「ニコラは過剰じゃないから楽、ただそれだけの意味だ。頬を染められるような理由は持ち合わせてない」 「そ、そっか。あー、ビックリした」 「ビックリしたのはこっちの方だ。まさか同性にそんな感情を抱くわけがないだろう。俺はノーマルだ」 「まさかとは思うが……あの医者との事、勘違いしてるんじゃないか?」 「いや、扇先生とのことは一方的な愛と思ってるよ。そうじゃなくて佑斗君、キミはもしかして……」 「それよりも、ニコラ。美羽がどこにいるか、知らないか?」 「え? あっ、あぁぁ……いや、ボクは見てないね。美羽君がどうかしたのかい?」 「いや、見てないならいいんだ」 いつまでも、この微妙な距離のままってわけにもいかないよなぁ。 「今日の授業はここまでだ。お疲れさん」 「仕事のあるヤツは遅れないようにな。ないヤツ、気を抜くのはいいが、騒ぎだけは起こしてくれるなよ。以上だ、解散」 美羽はまだ教科書をカバンにしまっている途中だ。 声を、かけるべきか―― 「おい、六連」 「え? あ、はい?」 「風紀班のことだ。その腕、いつ頃治る?」 「明日には外す予定ですが」 「明日か……よし。なら、お前の復帰は明後日からでいい」 「利き腕が使えないんじゃ、書類仕事もできないだろうからな」 確かに。 ただでさえ文字が汚いのに、判別不能なレベルにまでなるからな。 「そういうことだ。明後日から、また頼むぞ」 そうして立ち去る枡形教諭と入れ替わるように、布良さんが近づいてくる。 「六連君、どうかしたの?」 「怪我もあるし、復帰するのは明後日からでいいと言われた」 「そっか。骨折、利き腕だもんね」 「そういうことみたいだ」 言いながら、改めて美羽の方を見るが、そこに姿はなかった。 またタイミングを逃してしまったらしい。 まいったな……。 「2人ともどうしたんです? もしかして、これから風紀班の仕事ですか?」 「私はそうだけど、六連君はお休みだよ。ほら、この腕だから」 「あっ、そうですよね。ちゃんと治るまで無理はできませんよね」 「特に佑斗君は風紀班なんだし、身体が資本の部分があるからね」 「大房さんとニコラは、今から仕事?」 「はい。今日は確か、莉音ちゃんも一緒のシフトで」 「そうなのかい? となると……ちょっと、心配だな」 「心配、ですか?」 「いや、別に莉音君が心配なわけではなくて、佑斗君のことがだよ」 「俺?」 「今日はたしか、エリナ君もカジノの方のシフトに入っている。梓君も風紀班だし、美羽君は……どうなんだろう?」 「美羽ちゃんも今日はお仕事だね」 「となると、佑斗君が一人きりになってしまう。いつ、邪神が復活してしまうかわからないのに、一人にするのはよくないんじゃないかな?」 「確かに。少し心配だね」 「そこまで大きな事は起きないと思うが? ほとんど治っているし」 「腕が大丈夫だとしてもギプスがあるわけですし、いつも通りというわけにはいかないと思います」 「何か起こったり、困ったりしてからじゃ遅いんだよ」 「だからといって、わざわざ仕事を休んでもらう必要はないよ」 「なら、こういうのはどうだい? 今日はボクらの仕事場で一緒に過ごす、というのは」 「あっ、それはいいかもしれない! そしたら、何かあっても対応できるし」 「………」 例え一人でも、大人しくしてれば心配されるようなこともないと思うが……誰かに心配されるのは、悪い気はしない。 それに、意固地になってもいいことがないのは、学食で体験済みだしな。 「……わかったよ。そこまで心配してくれるのなら、今日は世話になろう」 「じゃあ、私が立候補するよ。六連君が怪我をしたのは、私のせいだしね」 「でも、風紀班は忙しいんじゃないですか?」 「そうだな。俺が行くと邪魔になるだけだと思う」 「だからこそ、枡形教諭は“来る必要はない”って言ったんじゃないのか?」 「あぅ……確かに、そう言われると……」 「よければ、カジノの方に来ないかい? カジノならボクもエリナ君もいるから、色々対応し易いと思うんだけど」 まだ、カジノに行ったことがないから、それもいいかもしれないな。 「考えておくよ」 「今日は、ひとまず先にアレキサンドの方に顔を出そうと思う」 「なにかご用が?」 「オーナーに、時間ができたらゆっくりしに来いって誘われてるから」 それと事件が解決したこともあるし、一応挨拶もしておきたいからな。 「それじゃ、一緒に行きましょうか」 「六連先輩、今日は何を飲まれますか?」 「……そうだなぁ、合成血液ってここでも飲める?」 「えっと、基本的に合成血液のパックは、人目につくところでは飲んではいけないんですが……」 「気にしないでいいさ。そういう可能性もあるとは思ってた」 あちこちで血液パックをチューチューしてたら不審がられるからな。 「でも、合成血液用のカクテルならご用意できます。そちらでも構いませんか?」 「あるんだ? なら、それで十分だよ」 「カクテルの種類はどうしましょう?」 「種類……そうだな、稲叢さんのおススメで。稲叢さんが一番美味しいと思うのを頼むよ」 「はい、畏まりました。少々お待ち下さい。すぐに戻ってきますので」 「ゆっくりで構わないから」 注文を受けた稲叢さんは、そのままカウンターの奥へ。 そして、他のテーブル客に呼ばれれば、そちらに向かう。 なかなか忙しそうだ。 「あら、いらっしゃい」 「どうも」 「来てくれたんだ? ありがとう」 「俺も話したいことがあったので」 「聞いたわよ、例の事件の話。布良さんを助けるために、身体を張ったんだって?」 「ええ、まあ一応」 「格好いいわねー。女の子のために自分の身体を張れる人間なんて、そうはいないわよ」 「そうでもないでしょう。俺だって深く考えてたわけじゃない、身体が勝手に動いた結果です」 「そういうバカな奴なら沢山いるでしょう」 「ふふ、残念ながら。少なくともアタシが今まで生きてきた中では、そんないい男に出会えたことないわね」 「そういうものですか……」 「それで、今日はどうしたの?」 「怪我もあって今日は風紀班が休みなので、ゆっくりしに。ああ、あとお礼に」 「あら素敵。約束を守ってくれるのも、男の子として凄く重要な部分よ」 「でも、お礼って?」 「例のドラッグのこと、調べてくれてありがとうございます」 「ふふ、ありがとう。そうやってねぎらってもらえると、嬉しいものね」 「お待たせしました。六連先輩。こちらがご注文のカクテルです」 「ありがとう、稲叢さん」 「あの、大丈夫ですか? 飲むお手伝いをしましょうか?」 「あら、甲斐甲斐しいわねぇ」 「困っている人がいたら、お手伝いするのは当然のことですから」 「さすがにそこまで気にしてもらわなくても大丈夫だよ」 言いながら、左手でグラスを口元に運ぶ。 真っ赤な液体を口の中に含むと、柑橘系の爽やかな香りが広がった。 「うん、美味い」 「それでは、ごゆっくりどうぞ。あっ、もしどこかに出かける際は、一声かけて下さいね」 「あらあら~、盛大に世話を焼かれているわね~」 「そこまでされるほど、大層な怪我じゃないと思うんですが、心配してくれているのをムゲにするのは心苦しくて」 「そういう気遣い、いいことだと思うわ。モテる男の重要なポイントよ。六連君は本当にいい男ね」 「情報を提供してもねぎらい一つよこさない、どこかの誰かさんにも見習って欲しいぐらい」 「それは……もしかして、《チーフ》主任ですか」 「当たり。『調べろ』とはすぐ言ってくるくせに『ありがとう』は言わないのよねぇ、あの人」 「《チーフ》主任とは、仲がいいんですか?」 「別に。普通よ……いえ、やっぱり普通以下かもしれない。私が一方的にこき使われ、利益を貪られるだけだから」 「ご苦労様です」 「そうやって、言葉が一つあるだけでも印象って違うのにね。そっちの頼みで調べ物をしてるんだから――」 「あー、そうそう、忘れちゃうところだったわ。例のクスリの噂を調べてる内に、伝えなきゃいけないことが出てきたの」 「なんですか? あの事件に、まだ続きがあったり?」 「いいえ、あの件とは完全に別件」 「ほら、最初に言った噂の方、覚えてる?」 「最初に言った噂……? ああ、新しいドラッグを流通させようとしてる連中がいるって話ですか?」 「そう、それ。噂を聞かなくなったから、与太話かと思ってたんだけど、実はそうじゃなかったみたいなのよ」 「それはつまり、すでに出回っている?」 「もう少し調べてみないとハッキリとは言えない。一応、調査は続けるけど、先にあの人に伝えておいてくれない?」 「まだ可能性の話だけど、そっちでも調べてみるようにって」 「わかりました」 「よろしくね」 「で、この後はどうするの?」 「予定は別に」 「だったら、デートでもしてきたら?」 「デート?」 「デートっていうのは言い過ぎかしら? 世話を焼いてくれたお礼に、どこかに連れて行くの」 「……それは、礼になってるんですか?」 「もちろんよ。莉音ちゃんだって年頃の女の子だもの。男の子に誘われて、嫌なはずがないわ」 「………」 そういうものか? いやしかし、デートと言われてもなぁ……。 いつかは経験したい人生のイベントだとは思うが、こんな急に言われても緊張してしまう。 ……だが、確かにこの後の予定もない。 この店の居心地はいいが、それでも数時間も居続けるのは辛い。 「それで礼になるのなら……誘ってみましょうか」 「さすが! 男は度胸よ、早速誘ってみたら?」 「いや、まだ仕事中でしょう?」 「何言ってるの。そういう理由なら、お休みにしたって問題ないわよ」 「……経営者としてどうなんですか、そういうの」 「経営者よりも、同じ女としての気持かしら。ひよ里ちゃんもそうだけど、真面目なのよねぇ。だから、ガス抜きが必要だと思ってたの」 「それに青春時代には、色鮮やかな思い出を作るべきよ。こういうことに、人間も吸血鬼も関係ないでしょう」 「それは確かにそうかも」 「はい、決まり! となれば、莉音ちゃーん」 「あっ、はい、すぐに行きます」 俺が覚悟を決めきる前に、淡路さんが稲叢さんを呼び寄せる。 この人、なかなか強引だな。 「はい、お待たせしました、なんでしょうか?」 「ごめんなさいね、用があるのはアタシじゃなくて、こっち」 「六連先輩?」 「よければ、この後一緒に遊びに行かないか?」 「遊びに、ですか?」 「どうかな?」 「六連先輩のお誘いは凄く嬉しいんですが……すみません。お仕事の方がありますし」 「お店のことなら気にしなくていいわよ。陰陽局での今日の仕事はもう終わってるから、アタシもお店の方に集中できるし」 「莉音ちゃんの穴なら埋められるわ。だから、行ってきなさい。ここのところ、働き詰めだったでしょう?」 「でも……」 「………」 スッと俺に近づいてきた淡路さんが、肘で俺のわき腹をつつく。 あと一押しだから、何とかしろということだろう。 「俺はこの都市に来てまだ日も経っていないし、街を見て回りたいんだ」 「一人で散策してもいいんだが、できれば案内をして欲しくて」 「案内ですか……」 「頼めるかな、稲叢さん」 「わかりました。オーナーの許可もいただきましたし、六連先輩が困っているのなら」 「そうか。よかった」 「それじゃわたしは着替えてきますから、少し待ってて下さいね」 「ああ」 笑顔で応えた稲叢さんは、小走りにならない程度のスピードで奥に戻っていく。 「もう、なんだかんだであんなに楽しそうにしちゃって」 「期待されてるわよ、六連君」 そう言われてもな、デートなんて初めてだから……自信がないなぁ。 「それじゃ先輩、どこを案内しましょうか?」 「そうだな……」 一応、風紀班の巡回で案内してもらった個所もあるから、それとは違うところがいいか。 「普段、みんなが遊ぶような場所はどこにある?」 「そうですね、うーん……基本的に、大人の遊び場の方が多いですし」 「わたしたちは仕事もありますし、遊ぶところを紹介と言われても……むむむ……」 「稲叢さん、休みの日は何をしてるの?」 「えっとわたしは、洗濯したり、お部屋の掃除をしたり、ちょっと凝った料理を作ったり、でしょうか」 「……そう、なのか」 なるほど。確かに淡路さんの気遣いもわかる。 俺よりも年下のはずなのに、まるで子供を持った主婦のような生活だ。 いや別に、主婦の生活が荒んでいるとか、花がなさそうだとか、そういった意味では決してないのだが。 「だったら……そうだな、映画館はないの? 水族館とか、ボーリング場とかカラオケとか」 「それならわかります、中央広場の付近に集中していますよ」 「ホテルの施設として、有名な物もありますから」 「それは、ホテルの客じゃなくても利用できるの?」 「そのはずです。確か……宿泊客なら、少し割引サービスがあったとは思いますけど」 「ならまず、広場の方に向かおう」 「はい、道案内はお任せ下さい。こっちですよ」 言いながら、稲叢さんは俺を先導して歩き始める。 おそらく街の案内を頼んだから、自分が案内しないとっ! と考えているんだろう。 「生真面目な子だな」 思わず顔がゆるんで、小さな笑みを零してしまうほどに。 「え? 今、何か言いました?」 「いや、なんでもない。案内、よろしく頼む」 「はい、任せて下さい」 「水族館はむこうの『グロッシュラー』にあります。ボーリング場やカラオケも備え付けられていたはずです」 「それから、映画館はこっちの『オーソクレース』にあります。『オーソクレース』にはプールもついてますよ」 「それって温水?」 「はい、一年中入れるみたいです」 「とりあえず、レジャーはこの広場に来ると大抵揃うってことだ」 「はい。あ、あと有名なのは、やっぱりカジノですね」 「確か、カジノもホテルの施設だったか?」 「はい。『グロッシュラー』と『オーソクレース』ですね、あと『シトリン』にもあったかな」 「ちなみに、エリナちゃんたちが働いているのは『オーソクレース』ですよ。今から行ってみますか?」 「そうだな……んー……稲叢さんはよくカジノで遊ぶのか?」 「わたしはあまり。ギャンブルは得意じゃないですし、ルールもよくわからないので」 「なるほど」 なら、今日のところは止めておくか。 せっかく案内してもらっているんだから、稲叢さんも楽しめる場所の方がいいだろう。 「カジノは別の日でいい。今日は他のところにしておこう」 と言ったものの、何がいいだろう? 2人でカラオケとかは少しハードルが高いか? かといって、水族館やボーリングでもそこまでハードルが低いというわけでもない。 「むぅ……」 いかん、このまま無言でいるのはマズイ。早く決めねば―― そんなことを考えていると、不意に稲叢さんの声が耳に届いた。 「あっ、もう公開してるんだ……」 「ん?」 見ると、映画のポスターが貼られている。 どうやら雰囲気的には恋愛物のようだが……知らない映画だな。 「その映画、気になるのなら、今から見ようか?」 「え? いえいえ、そんな。別に大丈夫です。また別の機会のときに見ますから」 「それはつまり、見たいということじゃないかな?」 「確かに興味はあるんですけど……でも、今日は先輩を案内するためにここにいるんですから。そういうわけにはいきません」 本当、生真面目だな。 俺の方に希望があるわけじゃないから、気にしないでいいんだが。 「ということで、六連先輩、次はどこを案内しましょうか?」 「そうだな……」 「だったら、映画館の中を案内して欲しい、というのはどうだろう?」 「………」 「……六連先輩……いくらわたしでも、それは気を使われているってわかりますよ」 「わかりやすいとは自分でも思ってるよ」 「でも冗談じゃない。映画を久しく見てなかったことを思い出した」 「あと、お礼だと思ってくれればいい。こうして街の案内してくれたことに対する、礼。ダメかな?」 「………」 「そういうことで、どう? 映画館の中を案内してくれないか? できれば、あの恋愛映画が見たいんだが」 「……もう、六連先輩ったら、強引なんですね」 「わかりました。そういうことなら……お言葉に甘えさせていただきます」 「いや、こちらこそ、映画館の案内をよろしく頼む」 「先輩は、映画はよく見たりするんですか?」 「テレビで放映しているのなら。映画館で見ることは、ほとんどないな。そういえば、こんな深夜でもやっているのか?」 「はい。どんなタイプの人でも楽しめるように、オールナイトでよくやってますから」 「確かにそうじゃないとな」 昼だけだと、吸血鬼たちはほとんど見ることができないだろう。 そう考えると、この海上都市のスタッフって大変だろうな。 などと思いつつ、俺は稲叢さんと共にホテル施設の映画館に向かった。 「ちょっと、どうして赤や黄色のタクシーがこんなに多いの? 絶対に変よ」 「変なのはそっちだろ。どうして黒いタクシーばっかりなんだ。他の車と区別がつきにくいじゃないか」 「大体、初乗りが安すぎるっ」 「そっちが高すぎるんでしょう!」 映画はやはり恋愛物らしい。 序盤から察するに、価値観の違う2人がどうくっつくか、という物語だろう。 ただ気になるのは、俺たちの他にはほとんど客がいないことと、このシアターだけ他に比べて妙に小さいことだ。 もしかして、つまらない映画なのか? 「………」 そんな疑問を持つ俺とは違い、隣で稲叢さんはこの映画に没頭している。 ふむ。とりあえず、気合いを入れて見よう。 後で稲叢さんが感想を訊いてくるかもしれないしな。 「どうして!? 私が関西だから? 大阪出身だからなの!? 納豆が食べられないから……」 「だから……私のことを愛せないって言うのっ!?」 「違う……そうじゃない、そうじゃないんだっ!」 「俺は、君が納豆を食べられない人だとしても、君の事が好きだっ! 愛している!」 「だったらどうしてよっ! どうして……私のことを受け入れてくれないの……マコト……」 「俺は……納豆をかき混ぜるのを止められないんだ。だって混ぜれば混ぜるほど、美味しくなるんだからっ!」 「それにネギも入れるタイプだし……そんな俺が、君のことを愛してるだなんて……笑っちゃうよな」 「バカっ! それぐらいなによ! いいじゃない、ネギと醤油を混ぜたって、鰹節や卵を加えたってっ! そんなの気にしないわっ!」 「だって私は食べないものっ!! アナタが何を混ぜようと私にはどうでもいいことよ!」 「え、エミ……ほ、本当に……いいのか?」 「エミっ!」 「マコトっ!」 「もう、もう君を離したくない。納豆のようにネバネバと君のことを捕まえておきたい」 「うん。一緒、ずっと一緒よ」 「納豆……パンにはさんで、サンドイッチにしてもいいかな?」 「アナタが一人でちゃんと食べるなら」 「味噌汁に混ぜたりしても?」 「白味噌を使ってもいいわよ」 「それじゃ、餃子の具として使ってもいいんだね?」 「私はチョコでも大丈夫……」 「恥ずかしいことまで言わせないでよ……バカ」 「ゴメン、ゴメンよ、エミっ」 力強く抱き合う2人。 カメラは徐々に引いていき、窓際のかき混ぜられている途中の納豆を映す。 日の光を浴びた納豆の糸はキラキラと輝き、本当にとても綺麗だった。 「ぐすっ、ぐすっ、うぅぅ……」 スクリーンを見ながら、俺の隣で鼻を啜りつつ、ハンカチで涙を拭う稲叢さん。 俺は無言で、そんな彼女を見ながら天井を見上げた。 しかし……なんなんだ、この映画は。 いい話過ぎる! まさかこれほど感動できるとは。 こうして天井を見上げていないと、俺も涙を零してしまいそうだ。 だが、ここは男としてグッとこらえたいところ。 そんな俺に追い打ちをかけるように流れてくるエンディング曲。これもまたいい曲だ。 『納豆に砂糖を混ぜると意外と美味しい』とか、映画の内容に沿った歌詞で、聞いているだけで涙を誘う。 どうしてこんなに観客が少ないのだろう? もったいない。 「よかった、よかったよぉ。マコトもエミも納豆も、みんな幸せになってよかったぁ」 俺は静かに心の中で、稲叢さんの言葉に頷いた。 今実際に頷くと、涙がこぼれてしまうからな。 「六連先輩、今日は本当にありがとうございました。見れてよかったです」 「いや、礼を言うのは俺の方だ。こんないい映画を教えてくれてありがとう」 「でもよかった、先輩に気にいってもらえて。凄く嬉しいです! 感激です!」 「大げさだよ」 「そんなことありません。だって、こんなこと初めてなんです」 「わたしの映画に付き合ってくれる人は、いつもいつも微妙な反応で……次に誘っても渋られたりするんです」 「それは妙な話だ。俺はこんなに感動した映画は初めてだよ」 「そっ、そうですか? 本当ですか?」 「勿論。どうしてこんないい映画が話題になっていないのか、不思議で仕方ない」 「ですよね、ですよね! はぁー、幸せです。六連先輩とこんな風に語り合う事が出来て」 「もし、稲叢さんが他にも素晴らしい映画を知ってるなら、もっと教えてくれないか?」 「はいっ、もちろんです! オススメの映画、凄く沢山あるんです。今日と同じぐらい感動できますよ」 「それは楽しみだ」 今回と同じぐらい感動できるなら、それは名作に違いない。 「さて、それじゃあ、次はどうしようか?」 「案内してくれている礼だ。何か行きたいところや、してみたいことがあるなら、希望に沿うよ」 「あの、先輩……映画に付き合ってもらった上に、厚かましくお礼を望んでもいいのなら……その……」 「一つお願いがあるんですが、聞いてくれますか?」 「俺に出来ることなら」 「矢来先輩と、仲直りしてくれませんか?」 「………」 「いや……別に俺は美羽と喧嘩はしていないが」 「でも、矢来先輩の様子が変だと思うんです」 「それに六連先輩も……なんだか距離を置いている様に見えます」 「………」 普通に接しているつもりだったんだが……やっぱり傍から見ていると違和感があったか。 「今日、先輩と一緒にいて。映画を見れて、凄く楽しかったです」 「でもできれば、今度はみんなで一緒に楽しくなりたいです。一緒に暮らしている仲間なんですから」 「稲叢さん……」 「明日は、みんなで美味しいご飯が食べられるといいですね♪」 「………」 そうだな。タイミングが合わないとか、自分に言い訳してるだけだ。 逃げてても仕方ないんだから、ちゃんと話をしないとな。 「すまない、心配をかけたみたいだな」 「大丈夫だ。ちゃんと美羽と話すよ」 「先輩の嘘吐き、やっぱり喧嘩してたんですね?」 「嘘じゃない、喧嘩はしていない。だが、ちょっと距離があったのは事実だ」 「とにかく稲叢さんのお願いはわかった。ちゃんと、その望みを叶えられるよう、頑張ってみるよ」 「はい、よろしくお願いします」 まずはメールをして、話したいことがあると伝えてみよう。 話はそれからだ。 確かに予定はないのだが、折角だから行ってみたい場所がある。 「いえ、行ってみたい場所があるので、今日はそっちを優先しようと思います」 「あらあら、もしかして風俗街? アタシのコネでいいお店、紹介しましょうか?」 「………………………………………………………………………………」 「遠慮しておきます」 「本当に? 今、かなりの時間考えてたくせに」 「確かに考えはしました、興味もあります。けど、いきなりそういう店に行くのはどうかと……」 「それに最初はやっぱり、好きな相手の方が……」 「……乙女みたいなこと言うのね。その癖、恥ずかしげもなく童貞宣言するし」 「まあいいわ。それなら、行きたいところってどこ?」 「カジノ特区に来ているのに、まだカジノに行ったことがないので」 「あら、もしかしてギャンブル好き?」 「別に好きなわけじゃありませんが、興味はあります。どんなところなのか」 ニコラとエリナに誘われたことだし、いい機会だから一度行ってみよう。 「あのホテル、『オーソクレース』ですよ。エリナちゃんとニコラ先輩が働いているのは」 「アレか」 カジノがあるに相応しい、なかなかの豪華ホテルだ。 同時に、俺の人生には全く関係なさそうな場所でもある。 「それじゃ、行きましょうか」 「いや、さすがにここまでくれば、一人でも大丈夫だぞ」 「そういうわけにはいきません」 「わたしは今、みなさんを代表して六連先輩のお世話をさせてもらっているんですから。最後までちゃんと責任を持たないと」 真面目な子だな。 そうやって意気込むような姿を見ていると、心が和んでくる。 「わかった。それじゃ、最後までよろしくお願いします」 「はい♪」 「へぇ、これがカジノか」 意外とそこまで騒がしくはないな。 パチンコ屋みたいなものを想像していたから、ちょっと意外だった。 「稲叢さんは、よく出入りしたりするの?」 「いえ、わたしはギャンブルは得意じゃないですし。エリナちゃんに会いに来たりする程度ですね」 「六連先輩は、ギャンブルがお好きなんですか?」 「好きとか言う以前に、賭け事はあまりやったことがないかな」 そんな金があるなら、もっと他に必要な使い道があるのが、学生の一人暮らしだ。 「だから、ここに来たのは興味本位」 「ちょっと遊ぶぐらいはするかもしれないが、多分のめり込むことはないと思う」 「そうですか。でも、その方がいいと思いますよ。ギャンブルは熱くなると怖いですから」 「確かに。ロクな話を聞かないな」 「おや、その右腕の封印は佑斗君じゃないか?」 「あっ、本当だ! ユート、来てくれたんだ?」 「一度は来てみたいと思っていたから」 「ニコラ先輩、エリナちゃん、わたしはまだお仕事がありますから、六連先輩のこと、お願いしても大丈夫ですか?」 「平気だよ」 「うん。お任せあれ」 「それじゃお願いするね。では六連先輩、また寮の方で」 「案内ありがとう」 「いえいえ。それでは」 稲叢さんは小さく手を振って、そのままエレベーターの方に向かっていく。 「わざわざ送ってくれたんだ?」 「大丈夫と言ったんだが、責任があると言って」 「莉音君らしいね」 「さて、せっかく来たんだから、まず何かで遊んで――」 「その前にっ! ねぇ、ユート、何か言う事なぁい?」 「……ふむ」 言われて俺はエリナを服装を改めて見やる。 いわゆるバニー服だな。美脚を包む黒ストッキング、なかなか色気があるな。 股間部の切れ込み具合も結構鋭いし、何よりも胸の谷間も見えてしまっている。 年頃の男としては、若干直視しづらい服装だ。 だが、そこが素晴らしいとも言える。 「似合っている。可愛いと思うし、色っぽくもあるな」 「にひひ~、ユートにそう言ってもらえると、ちょっと嬉しいね」 「そうか?」 「そうだよ。初めて会った時のお風呂上がり、あの時の態度は本当に悔しかったんだもん」 「あれか。あの時もそれなりにドキドキはしていたんだぞ?」 「女の子として、半裸を見られてあの態度はプライドに関わるからね。不能かと思っちゃったよ」 「エリナはプライドの前に、羞恥心を持つことをオススメする」 「でも今日はちゃんと褒めてくれたから、嬉しい♪」 「ねぇねぇ、佑斗君」 「なんだ?」 「エリナ君は褒めたくせに、ボクには何もないの?」 「………」 「いやまあ、よく似合ってるとは思うぞ。格好いい」 「そうかい? ふっ、ありがとう」 「……男に褒められて嬉しいか?」 「男でも女でも、褒められるとやっぱり嬉しいよ?」 「そう言われると、確かに悪い気はしないか……」 いかんいかん。扇先生の所為で、少し被害妄想が強くなっているのかもしれない。気をつけよう。 「だが、学院の制服に比べると、少々地味だな」 「そう思う!? ボクもそう思うんだよね。もっとマントを羽織ったりして派手に決めたいんだけどね」 「……接客業だからダメだって、フロアーチーフに怒られたんだよ。別にいいじゃないか、ちょっと派手なディーラーがいたってさ」 「マント羽織ったディーラーなんて、イカサマしそうで嫌だよ」 「確かに。手品師っぽいやつがディーラーをしてるカジノなんて敬遠されると思う」 「……しょぼん。どうして誰も、ボクの趣味をわかってくれないんだろう。最高に格好いいのに」 ……格好いいかなぁ? 「ねぇ、ユート、折角来たんだから遊ぼうよ」 「佑斗君はカジノゲームで遊んだことは?」 「友達とポーカーぐらいはしたことがあるが……」 「そもそもここは、何を扱ってるんだ?」 「基本的な物は揃ってると思うよ。ルーレット、ポーカー、ブラックジャック、バカラ、スロット」 「でも、ダイス系はないよね」 「その中だと、やっぱりポーカーだけだな」 「バカラなんかはルールも単純で、人気のあるゲームだよ」 「でもアレ、駆け引きを楽しんだりするものだから、実際に賭けてみないと楽しくないんじゃないかな?」 「それは確かにそうかも」 「それじゃあブラックジャックでもしてみる? エリナがディーラーをやるよ」 「俺としてはありがたいが、いいのか? 今は仕事中だろう?」 「それを言うなら、ユートはお客様でしょう? だからこれも、初めてのお客様にお楽しみいただくための立派なお仕事だよ♪」 「だが、俺みたいな初心者が入ると、場の空気が白けないか?」 「それは平気だよ。向こうに初心者用のテーブルがあるんだよ。あんまり賑わってないスペースだから、ゆっくりできると思うよ」 「エリナが色々教えてあ・げ・る」 「よろしく頼む」 「うん。まかせろい♪」 「そういうことなら、エリナ君に任せておこうかな。さすがに1人のお客様に2人のディーラーは多いからね。サボってるって思われかねない」 「すまない、時間を取らせて」 「気にしないでくれ。それじゃ」 「こっちだよ、ユート」 「基本的には今言った、ヒットとステイ。降りるときはサレンダー、保険はインシュランス」 「同じ数字の時のスプリット。最初の2枚を見るダブルダウン。だな?」 「そう。あとは、21にどれだけ近づけるか、簡単でしょう?」 「おいちょかぶと似たようなもんだな。細かいルールはこっちの方が多いが」 「おいちょかぶ?」 「日本版のブラックジャックみたいなもんだ、気にするな」 「それより、ルールを忘れないうちに早速やってみたいんだが」 「ダー」 軽く応えたエリナが、カードシューターとかいうやつから、慣れた動きでカードを引いていく。 そして俺に表向きのカードを二枚、自分の方には表と裏、各一枚ずつ配置。そして、挑戦的な目で俺を見てきた。 「6と7の13、か……エリナの方は10か」 「さぁ、どうするユート?」 問いに対する答えは、テーブルをコツコツと指先で叩くというもの。 それを見たエリナは、笑みを浮かべてカードを引いた。 「だよね」 配られてきた数字は再び6。合計で19か……。 とりあえずここで、手を水平に振る。 「ステイ、まあ当然かな。でもねユート、そんな安全策ばっかりじゃギャンブルは勝てないんだよ」 言いながら、エリナが伏せられていたカードをめくるとそこに描かれていたのはスペードの[エース]A。 「なっ、いきなり、21!?」 「ナチュラルブラックジャックだね、残念♪ ビギナーズ・ラックは来なかったね」 「くっ。もう一回だ」 「勿論。何度でもいいよ」 言いながら、再度配られるカード。 今度は俺のカードは[エース]Aと9、今度は20か……悪くないはずだ。 「ステイ」 「それじゃ今度はエリナだね、6と8の14。となると、もちろん行くしかないよね」 シューターから一枚抜き取り、表を向ける。その数字は―― 「……7」 「合計21、またエリナの勝ちだね」 「エリナは、強いな」 「そりゃね、ディーラーの勉強もしてるから。今日ルールを聞いたユートには負けられないよ」 「もう一回だ」 「にひひ、ユートってばギャンブルで熱くなるタイプなんだね。あんまり入れ込んじゃうと、冷静な判断ができなくなるよ」 「わかっている」 「今度こそ勝てるかなぁ?」 「………」 「これでワタシの11連勝だね、ユート弱いよー」 「……解せぬ」 こんなはずではなかったのに。 踏み込めばバースト。踏み止まれば、ディーラーに届かない。 ……俺は基本的に何か間違えているんだろうか? 「やっぱりあれかな、賭けないと真剣味が足りないのかも」 「賭ける……金を?」 「でも友達同士でお金を賭けるなんて、あんまり良くないと思うし、これはゲームだし……服を賭けるのはどうかな?」 「それとも……もっと具体的な方がいい?」 「むっ!」 チラリと谷間を見せつけてくるエリナ。 俺を挑発するような動きで……もう少しで乳首が見えそうだぞ、おい。 いや、落ち着け。これで負けたら、俺はかなり恥ずかしい目に合う気がする、 ここは冷静な判断が必要なところだ。 「んっ、コホン。そんなことはしない。負け続きの中、勝てる気もしないしな」 「えー、でもそれだと面白みに欠けるし……あっ、そうだ。だったら罰ゲームは?」 「罰ゲームって、内容は?」 「それはまだ決めてないけどー、でも無理のない範囲、っていう条件で」 「その条件にエロ系、脱衣系もなしを付け加えるなら、受けて立とう」 「決まりだね♪」 「それじゃ――」 『いざ尋常に、勝負っ!』 シューターからカードを引き、配っていくエリナ。 手元に来たカードの合計は12。 「ここはもちろんヒットだ」 「ダー」 きたっ! カードは8。合計20。 後はディーラーのカードが低い事を願うだけ。 が、場の流れには逆らえないのか、エリナのカードは―― 「『A』と『J』のブラックジャック。おしかったね、ユート。もう一枚引いていれば『A』がきたのに」 「でも、勝負はお終い。エリナの勝ちだね」 「……まさか、一回も勝てないだなんて」 自分がここまでギャンブルに弱いとは思っていなかった。 「だが、負けは負けだ。素直に自分の負けを認めよう」 「基本的にブラックジャックのルールはディーラー側に有利だとか言い出さない」 「俺は初心者で、エリナは熟練者っていうのは卑怯じゃないか、なんて言い訳もしない」 「俺がディーラーをしてたら勝てたかもしれない、なんて“たられば”話もしたりしないさ」 「わかってる、素直に負けを認めるよ」 「素直って、不満を垂れ流すってことだっけ? まあ、いいんだけどね」 「それで、負けた俺に対する罰ゲームは?」 「んー、そうだねー罰ゲーム、罰ゲームは……うん、決めた」 「罰ゲームは、ミューに謝ること。OK?」 「美羽に謝る? それが、罰ゲーム?」 「そうだよ。ユートはミューに謝る、それで仲直りするの。最近、2人とも少し変なんだもん」 「ミューはお見舞いに乗り気じゃなかったし、雰囲気が暗いし。ユートもミューとあんまり話そうとしてないし。みんな心配してるよ?」 「みんな?」 「リオもアズサもニコラも、きっとクラスの他の人も。2人が変なの、みんなわかってるんだよ」 「……そうか」 「どっちが悪くて喧嘩してるのかは知らないけど、こういうときはね、器の大きい男の方から謝った方がいいの」 「その方がスムーズに解決するんだよ。これ、エリナからのアドバイス」 「だから、謝ってこいと?」 「そういうこと。ちなみに、拒否は許さないんだからね。賭けに負けちゃったのはユートなんだよ」 「………」 「わかった、罰ゲームだしな。仕方ないから謝ってくるよ」 そうだな。タイミングが合わないとか、自分に言い訳してるだけだ。 逃げても仕方ないんだから、ちゃんと話をしないとな。 「実行はなるべく早くね。約束だよ、ユート」 「ああ、了解した」 エリナに背中を押してもらえたせいか、少し気が楽になった。 「ちょっとトイレに行ってくる」 「一緒に行こうか?」 「来てどうする?」 「雉を撃つお手伝い♪」 「左手で十分だから。それより、トイレは?」 「右奥に真っ直ぐだよ」 「わかった」 まずはメールをして、話したいことがあると伝えてみよう。 話はそれからだ。 「ああ、そうだ、エリナ」 「ん、なに?」 「ありがとう」 「……うん♪」 「にひひ~、ユートにお礼を言われるのも悪くないね」 「楽しそうだけど、何かいいことでもあったのかい?」 「うん。ユートは罰ゲームを受けることになったんだよ」 「罰ゲーム? もしかしてさっきのブラックジャックで?」 「そう。最後に賭けてみたの」 「はぁ……佑斗君も可哀そうに。チラッと見たけど、キミ、カードを下から引いてただろ?」 「あり? そうだったっけ? 指が滑っちゃったのかもー」 「カジノでそういう事はしちゃダメだって言われてるだろ。他のお客様に見られたら信用問題だよ」 「ごめんなさい。謝るから、今回だけは内緒にして、お願いっ!」 「……本当、今回だけだからね」 「うん、わかってる」 「それにしても意外と鈍いなぁ。常識的に考えて12連勝するわけないのに」 「ゴメンね、ユート♪」 「んっ、んん……」 日が沈もうとしている時間に起きた俺は、ベッドから身体を起こす。 そしてまず第一に、携帯のメールをチェック。 「……返信はなし、か」 昨日、送信したメール。 俺の『話したいことがある』という事に対し、美羽は沈黙を続けている。 「届いてない、なんてことはないと思うんだが……」 気づいてない、なんてこともないと思う……多分。 「とりあえず、もう少し様子を見よう」 「朝方になっても、まだ反応なければ、その時に考えよう」 「よっと」 ペンチみたいなものを使って、扇先生がギプスを無理矢理広げていく。 そして大した時間もかけずに、ギプスを取り、ようやく俺の腕が解放される。 「どうだい? 腕の調子は」 「そうですねぇ……少し、臭うかも?」 「あはは。まあ、10日近くも閉じ込めてたからね」 「でも、普通の人間だと一ヶ月や二ヶ月の期間だってある。それよりはマシなはずだよ」 「そうですね」 「それより、僕が聞きたいのは腕の調子。臭いじゃないよ」 「いや、特にはなにも、痛みもないし、指もしっかり動いて力も入ります」 「この分ならリハビリも必要なさそうです」 「そうか。ならよかった。もう大丈夫だとは思うけど、どの道身体の検診もあるんだし、ついでに腕の様子もみていこうか」 「よろしくお願いします」 「それじゃ今日は採血をさせてもらえる? いくつか、確認しておきたい検査があるから」 「了解です」 「じゃ、左腕出して」 左腕の袖をまくると、細い針が血管に差し込まれ、ホルダーの中がすぐに真っ赤に染まっていく。 「いやー、しかし君は血液まで美しいねぇ。ドキドキしちゃうよー」 「……異常性癖もここまでいくと、もう意味が分かりませんね」 「ところで話を変えますが……ライカンスロープの件、何か進展したりは?」 「すまない。さすがにまだ何も……」 「いえ、気にしないで下さい。確認したかっただけなので」 「調べるといっても手探りだからね。そう簡単には進展しないと思う」 「……そうですか、わかりました」 「話をする前に、ちょっと自分を安心させられたらと思っただけなので」 「話? 安心?」 「なんでもありません」 「さてと……」 採血も終えた俺は、自由になったばかりの右腕で携帯を確認するが―― 「やっぱり連絡はなし……か」 「仕方ない、学院に行くか」 この時間なら、2時限目の途中に行けるだろう。 そうして歩き出した俺だったが、不意に後ろから声をかけられる。 「ちょっと、いいかしら?」 「……美羽?」 「学院はどうしたんだ?」 「サボったのよ」 何のために? って聞くまでもないか。 「話、あるんでしょう?」 「メールはちゃんと読んでくれたんだな」 「返事をしなくて、ごめんなさい」 「いや、それは別に構わないんだが……で、今なら話を聞いてくれるのか?」 「ええ。私も……話したいことがあるから」 「なら、場所を変えようか」 「うん。一緒に来て」 先に歩き出した美羽の後ろを、俺は静かに歩いていった。 道中、俺と美羽は一言も話すことなく、無言のまま歩き続けた。 そうしてどれぐらい時間が経っただろう? 不意に前を歩いていた美羽が足を止めた。 「美羽?」 「ここでいいわ。ここで話しましょう」 「こんなところで? 確かに人はいないが……もっと落ち着ける場所じゃなくていいのか?」 「ええ、構わない、むしろ、ここがいい。ここじゃないとダメなの」 「……わかった」 美羽は、思いつめたような表情で、俺を真っ直ぐ見つめてきた。 そしてその真剣な様子に、俺は思わず息を呑む。 「………」 「その、美羽……あのな――」 「『吸血鬼喰い』のことでしょう?」 「……ああ。ライカンスロープって言うらしいな、俺みたいに複数の能力を使える奴の事は」 「吸血鬼の王にして、『吸血鬼殺し』、『吸血鬼喰い』、『能力喰い』、そういう異名がある伝説の存在」 「だろう?」 「……うん。その話、誰に聞いたの?」 「扇先生と、市長」 「小夜様に会ったの? そう……それならきっと、佑斗の方が私よりも詳しい知識を持ってると思うわ」 「俺だって、そこまで詳しい話を聞けたわけじゃない」 「ただ、ここ最近、美羽の態度が変だった理由だけはわかったけどな」 「そう……わかっちゃったんだ……」 「複数の能力を使えるのは、誰かの能力を喰ったことを意味している。美羽もそこに気付いたんだろ?」 「………」 「ええ、そうよ。ライカンスロープの伝説は、吸血鬼の間では常識なの」 「しかも、幽霊みたいな曖昧な存在じゃない。同族を喰らって、災厄をもたらす、奇異の存在として」 「らしいな。実際、記録にも残ってるんだって?」 「そう。だから、佑斗が複数の能力を使った時……すぐに、思いついた。ライカンスロープのこと……」 「だから、少し距離を作ってた……違うか?」 「ううん、そうじゃない。確かにあの事故現場では『吸血鬼喰い』のことを思い出したけど、すぐに違うって思った」 「だって佑斗が、そんな人だとは思ってなかったから」 「実際、感染してからのことを調べてみても、誰かが死んだなんて事はなかったもの」 「……わざわざ調べてくれたのか、そんなこと」 「信用してないって思われるかもしれないけれど……でも、ちゃんと根拠のある方がより信頼できるから」 「いや、怒ってない。そうしてくれた方が、俺も安心できる」 とすると、エリナが前に美羽が忙しそうにしていると言ったのは、そのことを調べていたからなのか? 「結局、佑斗の能力についてはわからなかったけど……でも、ライカンスロープというのもおかしいと思う」 「それは俺も言われたよ、あの子供市長に」 ……ん? いやでも待て。 だとしたら、今までずっと距離を作っていた理由はなんだ? 「俺がライカンスロープでないと思ってたなら、どうしてメールの返事をしてくれなかったんだ?」 「それは………………」 その質問に黙り込む美羽。 俺は静かに美羽の返事を待ち続ける。 沈黙がしばらく続いていたかと思うと、不意に美羽が顔を上げて俺を見た。 「私を、殴って」 「………………なに?」 「だから、私を殴りなさい、佑斗」 「突然殴れと言われても……そういう肉体的なMの人はちょっと困ります」 「………」 「スマン。真面目な話だよな」 「だが、やはり殴れない。理由もなく友達を殴れるはずないだろ」 「理由ならちゃんとある。私は、佑斗の事を怖れた」 「怖れたって……それは、仕方ないことだ。自分と同じ生物を食べて、殺すなんて……怖くても仕方ないと思う」 「そうじゃないのっ。そうじゃなくて……私が怖がったのは、周りの目なのっ」 「………」 「ライカンスロープのことは、さっきも言った通り、吸血鬼なら誰でも知っている」 「だから、誰かにこのことを知られたら、確実に噂が広がる……よくない噂が……」 「……ああ、そうだな」 「そうなったときのことを考えると、怖くなったの。佑斗のこともそうだし……それに、自分や周りの人ことが」 「美羽……」 俺はまだ吸血鬼になって日が浅いので、詳しいことはわからない。 だが、同族を食べるような存在が喜ばれるはずがないし、嫌悪の対象だとも聞いている。 そうなると周囲の視線は厳しく、俺はもちろん、寮のみんなにも火の粉が降りかかるかもしれない。 それは当然の心配だと言えるだろう。 「そうして、そんな心配をする自分に嫌悪して……佑斗に申し訳なくて……そしたら、どんどん何も言えなくなって……」 「つまり……今のこの状態は恐怖ではなく、自分の行動に負い目を感じていたから、ってことか?」 「………」 「でも、その心配も当然のことだよ。俺は気にしていない。だから、殴る理由はない」 「理由はなくても、権利はあると思う。だって佑斗は恨み事を言わなかったわ、決して」 「突然吸血鬼になっても、事故に巻き込まれた時だって……恨み事をこぼしたり、人のせいにしなかった。それに……」 「私が吸血鬼とわかっても、怖がったりしなくて……普通だった」 「それはただの勘違いだ。あの時の俺は、吸血鬼の事を全然、実感していなかった」 「だから文句が思いつかなくて、美羽のことも不思議な力を使える、普通の可愛い女の子としか思えなかったんだ」 「不思議な力を使える時点で普通とは言えないでしょう。それだけで奇異の目で見られるのには十分よ」 「それは………………確かにそうかも?」 「でも佑斗はここで、怯えることなく私に接してくれた」 「ここで?」 そういえばここは、謝ってくる美羽を罵った場所だ。 だから、ここがいいって、こいつは……。 「だから……だからね、佑斗……」 「自分を殴れって?」 「悪いが俺にそんな趣味はない。女の子を殴る趣味はもちろん、誰かを殴ってスッキリする趣味も」 「わかっているわ」 「だが美羽は、自分が許せない。だから、俺に殴れって言うんだな?」 「……うん」 「………」 「わかった。美羽がそれでスッキリするなら、殴ってやる」 俺は一歩前に出て、美羽の正面に立った。 「歯を食いしばって、力を入れろよ」 「……うん。思いっきりよろしくお願いします」 「それじゃ、遠慮なく。せーのっ!!」 右腕を引いて、大きく腰を捻る。 覚悟をしながらも思わず目を閉じた美羽。 そんな彼女の頬に俺の手が触れて―― ペチ。 ふむ……美羽のほっぺって、なかなかいい感触してるな。 こう、指先で突っ突きたくなる柔らかさと張りがある。 「美羽って感触がいいな。ついでに、引っ張ってみてもいい?」 「……佑斗、どういうつもり? 思いっきり、と私は言ったでしょう?」 「言ったよ。だから、思いっきりいった」 「それが、この程度? ペチって音がしたわよ? これならまだ子供の方が痛いわ」 「かもな。でもほら、俺はたった今、ギプスを外したところだから」 「リハビリをしてないと、これぐらいが限界だ。力が入らない。すまないな」 「気に入らないなら、もう数発殴っていいが……多分、またペチペチするだけだと思うぞ?」 「………」 「……臆病者。女の子一人、殴れないの? ヘタレ」 「だから殴ったじゃないか。骨折から回復したばっかりの、力の入らない右腕で」 「それに、俺が臆病者なら美羽は卑怯者だろ?」 「……わかってる、わかってるわよ、そんなこと。卑怯なことをしてるって、自分が軽くなりたいだけだって」 「でも私には、他に思いつかなかったんだもの。考えれば考えるほど……何も言えなくて……」 「気にしすぎだ。自慢じゃないが俺はバカなんだ。バカは、細かいことは気にしないし、人の機微にも疎い、気づけない」 「俺が相手の時は気にするだけ損するぞ。だから、笑って水に流そうぜ」 「……本当、自慢になってない。佑斗はバカよ……バーカ………………バカで、優しい……もっと怒っていいのに」 「でも、それよりバカなのは………………怒られなきゃいけないのは、私だと思う」 「かもな」 「……そこで認められると、ムカつくわ」 「どうしろって言うんだ」 言いながら、美羽の頭に手をポンと置いて、子供をあやす様に頭を撫でてやる。 そんな俺の手を受け入れた美羽は、顔を隠すように俯いてしまった。 「……くさい……」 「なに?」 「佑斗の腕、くさい……」 「自覚している、家に帰ったらすぐに洗って綺麗にするつもりだ」 「こんなくさい腕で悪いな」 「……くさいけど……でも、撫でたままでいい」 「そうかい」 「もう少ししたら、学院行くか?」 「行かない。今日はもう全部サボる。こんな顔で行けるわけないでしょう、佑斗のバカ……」 「それは申し訳ありませんでした」 「そんなバカタレの佑斗だけど……私は味方だから、ずっと佑斗の味方。アナタを守る。もう、迷ったりしないから」 「美羽が味方でいてくれるなら安心だ、ありがとう」 「……うん」 「俺も、美羽の味方だ。何でも言ってくれて構わないぞ」 「……うん」 「まっ、今回みたいな自虐的なお願いは勘弁だけどな」 「佑斗、優しい……優し過ぎると思う」 「もう少し厳しい方がいいか?」 「かもしれない。でも……今はこのままがいい」 答える美羽の小さな肩が震え、声は鼻声になっているような気がした。 決して俺に顔を見られぬように俯き続ける美羽。 俺は改めて、そんな彼女を守ってやりたい、笑っていて欲しい。 そんな気持ちを込めながら、優しく頭を撫で続けた。 「冗談じゃない。言っただろ、俺には女の子を殴る趣味はないって」 「俺は気にしても、怒ってもないんだ。なのに殴れるわけがない。常識で考えくれ」 「……佑斗」 「むしろ、そうやって俺がライカンスロープでないことを調べてくれて、ありがたく思ってる」 「だから俺には殴れない。特に、今にも泣きそうな顔をしてる奴を殴れるわけがない」 「なによ、それ……この女ったらしのナルシスト」 「そうやって挑発したって、今回は乗らないからな。殴らないと言ったら殴らない」 「いくじなし」 「美羽が言うか、それ。意気地がないのはお互いさまと思うがな」 「それは……確かにそうかも」 「だから……スマン。申し訳ないが、お前の期待に応えることはできない」 「俺も悪かった。美羽が悩んでいることを勘違いしていた。もっと早めに話すべきだったんだ」 「……ううん。私も、ごめんなさい」 「距離を自分で作ったくせに、相手に埋めて欲しいなんて、卑怯だと自分でも思う。だから、ごめんなさい」 そうして俺たちは、頭を下げて謝罪をし合った。 「お互い謝ったんだから、今回の話はこれっきり。水に流して終わりにしないか?」 「……わかったわよ。私も、蒸し返すつもりはない。今回はこれで終わりにしておくのが一番いいと思う」 「同感だ」 そうして俺たちは軽く笑い合った。 といっても笑いかけるのではなく、悩んでいたのがバカバカしくて、思わず漏らした自嘲の笑みだったが。 それでも、こうして笑い合えるのは、元に戻った証拠だろう。 「それじゃ、学院に行くか」 「そうね。私は遅刻の理由を考えないと」 「あっ、そうだ。みんなにも謝っておかないと」 「なぜ?」 「今回のこと、かなり心配をかけたみたいだぞ」 「美羽と俺が喧嘩してるんじゃないかって。俺が退院する以前から、雰囲気が暗かったみたいだし」 「俺たちが変なこと、みんな気づいてたみたいだ」 「そう、そんなに心配をかけたのなら、確かに謝らないといけないわね」 「でも……そんな風に周りに謝るだなんて、まるで恋人同士の痴話喧嘩みたいだと思わない?」 「いや、別に」 「……即答でフラグをバッキバキにしてくれるわね、この男は」 そうして俺は、美羽と一緒に学院に向けて歩き出す。 しかし、謝るってどれぐらいの範囲だろう? 寮の連中はともかく、クラスは……まぁ、大房さんぐらいまででいいだろう。 そうだ、このことをまず第一に連絡すべき相手がいたんだった。 まずは稲叢さんにこのことを報告しておくべきだろう。 昨日の事がなければ俺もメールできずに、もう少し事態は長引いていたかもしれない。 『昨日の約束、稲叢さんの願いはちゃんと叶えられた。ありがとう、世話をかけた』 ……少し簡素かもしれないが、意味はちゃんと伝わるはずだ。 「送信、っと」 「なに?」 「いや別に。メールをしてただけだ」 「それより、早く行こう」 「そんなに焦っても、今さら遅刻なのは変わらないわよ」 「そりゃそうだがな――っと」 今さっきしまった携帯が、ポケットの中でブルブルと震えだした。 相手は当然、先ほどメールをした稲叢さんだ。 『また、みんなで美味しいご飯が食べられますね。先輩が頑張ったみたいに、わたしも頑張って作りますね♪』 驚くほど早く返ってきたメールの文面からも読み取れる稲叢さんの優しさに、俺は思わず笑みをこぼしていた。 やはり最初の報告は、まずエリナにしておくべきだろう。 俺が一歩踏み出すことができてたのは、エリナとの罰ゲームのおかげだ。 『罰ゲーム完了。ちゃんと謝って、元通りだ。改めて、ありがとう、エリナ』 とりあえずの報告ということで、必要最低限のことだけだが、十分伝わるだろう。 「送信、っと」 「なに?」 「いや別に。メールをしてただけだ」 「それより、早く行こう」 「そんなに焦っても、今さら遅刻なのは変わらないわよ」 「そりゃそうだがな――っと」 今さっきしまった携帯が、ポケットの中でブルブルと震えだした。 相手は当然、先ほどメールをしたエリナだ。 『よくできました! ご褒美に頭ペロペロしてア・ゲ・ル(ハート)』 「……コレは、判断に苦しむな」 頭をナデナデするの間違いなのか、ペロペロするで間違いないのか……。 エリナなら、別にペロペロと言っても不思議はないからなぁ。 「矢来、連中に動きはあるか?」 「いえ、特には」 「[・]ブ[・]ツの確認はできたか?」 「いえ、まだ見えません」 「そうか。わかった、ブツを確認した時点で突っ込むぞ。全ユニット準備しておけ」 「あっ!」 「なんだ、どうした?」 「いえ、その、あの……み、見えちゃいました」 「見えたって、ブツか?」 「……はい、そうです」 「確かなんだろうな? お前、恥ずかしくてすぐに目をそらしたりしてないか?」 「うっ、あ、あんなの直視なんてできませんよぅっ!」 「こっちからも見えました。情報通り、間違いありません」 「よしっ、全ユニット、突入だっ!」 《チーフ》主任が怒鳴ると同時に、待機していた全員が動いた。 応援に来ていた警察のパトカーがサイレンを鳴らしながら、倉庫の出入り口を塞ぐ。 こちらの動きとは対照的に、中にいた男たちは狼狽しきっている。 「警察だ! 全員、武器を捨てて投降――」 警告の声を無視、というよりも遮るようにして、パトカーめがけて発砲。 パトカーのボンネットで火花が飛び散る。 「くそっ、本気か!? 撃ってきやがった! 罪が重くなるだけだろうにっ」 「情報通り、本土の暴力団関係だろう。使ってるのはマカロフだし」 「応戦しますっ!」 すぐさまハンドガンを構えた布良さん。 いつもの明るい表情とは一味違う、鋭い視線で狙いを定めて―― 「――ッ!!」 無言の気合いと共に、引き鉄を三度絞る。 『――っ!』 飛び出した模擬弾は、見事に命中。 しかし、男たちはそれでも諦めなかった。 着弾個所を庇いつつも、応戦する発砲が続き、現場が銃撃戦と様変わりする。 「くそっ、タフな連中だな。これだから脳筋は。さっさと眠りゃいいものを」 「布良、こっちが囮になるから隙を見つけたら確実にヒットさせろ」 「了解っ!」 布良さんが一旦発砲を止め、身をひそめる。 代わりに弾幕を張って相手の気を引く風紀班の面々。 そんな弾丸が飛び交う渦中から、這うようにして一人の男が脱出を試みた。 「《チーフ》主任っ!」 「なんだ? こっちは今、忙しいっ! トイレに行きたいのなら、一人で行って来い!」 「そうじゃなくてっ、犯人の一人が逃げます! こっちで追いかける許可を!」 「待てっ! 矢来と一緒に行け! それから、お前ら血は?」 「準備段階ですでに吸血済みです」 今回の相手は暴力団という情報があった。 そのため、銃撃戦となる可能性も考え、俺と美羽の吸血鬼組もすでに臨戦態勢となっている。 「なら行け! 逃がすなよ、逃げられたら今日も残業だ」 「了解」 「ああそれから、[・]や[・]り[・]す[・]ぎ[・]る[・]な!」 「隠ぺい工作は面倒だし、取り調べはしておきたいからなっ」 《チーフ》主任の言葉を背中で聞きながら、外に飛び出した俺と美羽は、すぐさま付近に目を配った。 街灯も少なく、月明かりに頼るような夜道では遠くが見えにくい。 逃げる男はそう思っているのだろうが、残念ながらそれは人間の眼ならだ。 吸血鬼ならば、この暗さであろうとも遠ざかる男の背中がハッキリと見える。 「あそこだっ!」 「追うわよっ!」 吸血済みの吸血鬼から、走って逃げ切るのは難しく、すぐさま俺たちは男の前方に回り込んだ。 「止まれっ! もう逃げられな――」 止まるどころか、挨拶代わりに撃ってきやがった。 暗闇を照らす派手なマズルフラッシュと共に、不快な轟音が耳を叩いた直後――視界が真っ白に染まった。 額をハンマーで殴られたような衝撃が走り、一瞬意識が飛んだような気さえする。 軽く吹き飛ばされた俺は、そのまま背中から地面に倒れ込んだ。 「ハッ、ハハ、やった、やってやったぞ。は、ははははっ! ほ、ほら、お前も死にたくなかったらそこをど――」 「危ないじゃないか、いきなり撃つなんて! 死んだらどうするつもりだ!?」 「……え? え? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」 「しかも、能力を使っててもちょっと痛いし」 「当然でしょう。佑斗のそれは、衝撃に耐えるものであって、衝撃を殺すものではないんだから」 「そうは言うが、しょうがないだろ……マジで痛い」 「は、はぁっっ!? ななな、なんで、なんで生きてるんだ、このガキ!? 今確かに、弾が、弾が、お前の頭に――」 「あー……そりゃ、見間違いだな。クスリのやり過ぎだよ」 「うっ、うわぉぉぉっ!」 「もう撃たれてたまるかっ!」 叫びと共に、銃弾が支配する空間を飛び越え、そのまま相手の懐に飛び込む。 そして男の襟と首を掴んで、身体を回転。 うろ覚えの背負い投げを使って、相手をそのまま地面へ叩きつけ―― 「――んがっ!? ……ぅっ……ぁ……」 「はぁ……確保終了っと」 「佑斗、柔道なんてできたのね?」 「中学校の頃に授業で」 とはいえ、上手く投げれたのは、吸血鬼の腕力があってこそだろう。 思いっきり力だけで投げたからな。 「おでこ、赤くなってる」 「銃弾を受けて、肌が赤くなる程度で済むとは……ありがたいような、人間じゃないと再確認させられるような」 「痛いの痛いの飛んで行け、ってしてあげましょうか?」 「そこまで子供じゃないよ。あー……でもどうせなら、銃でも痛くない能力がよかったかも」 「仕方ないでしょう。あのシルデナフィル事件の時、身体を硬化する能力を、《チーフ》主任たちに見られたんだから」 「今さら他の能力を使ったら、複数の能力が使えることが広がってしまうじゃない」 「わかってるよ。だから、こうして銃弾にも耐えたんじゃないか」 「私に任せてもらえれば、もっと簡単に捕まえることもできたのに」 「能力で銃弾を止めるところを見られたら、犯人に言い訳のしようがないじゃないか」 「それを言うなら、銃弾を受け止めるっていうのも似たようなものだと思うわよ?」 「あと、そういうときのために工作班がいるのだし」 「まぁ、そういうことを抜きにしてもだ」 「今はもう吸血鬼っていう同じ立場なんだから、さすがに女の子の後ろに隠れてるわけにはいかないだろ」 「……そう。まぁ、そういう男の見栄も嫌いじゃないけれど」 「とにかく、こいつを連れて戻ろう」 「そうね。向こうも静かになっているようだし、もう全員確保したんでしょう」 「そっちも終わったか?」 「ええ。逃げたのは一人きりでしたし。そっちはどうですか?」 「問題ない、こっちの被害は軽傷者のみだ」 見ると犯人は意識が完全にないようで、グデーンとだらしなくその場に倒れこんでいる。 「あれは、全部布良さんが?」 「ああ、そうだ。射撃の腕はウチでも一番だからな。重宝している」 「へぇー、布良さんは本当に凄いんだな」 「えへへー。そんな風に言われると、照れちゃうね」 「それに、六連君だって犯人をちゃんと確保したじゃない。新人さんなのに偉いよ」 「まあ、俺は吸血鬼だから。スペックが違う部分が大きいんだよ」 「そうだお前ら、能力は使ったのか? もし見られたなら、工作班に連絡しなきゃならん」 「すみません。相手がいきなり発砲してきたもので」 「どっちの能力だ」 「俺が銃弾を身体で受け止めました」 「周りは暗かったし、着弾をハッキリとみられたわけじゃないと思うので、誤魔化せるとは思いますが……」 「見られたなら報告はしておく。後で問題にされると面倒だからな。支部に戻ったら早めに報告書を提出しろ」 「了解」 「さてと、撤収の準備だな。おっと、その前にお前ら、ブツの確認をしておけよ」 「えっ、えぇぇぇっ!? か、確認って、アレをですか?」 「仕事だ。わかったな?」 「了解」 「……わかりました」 「はぁ……やだなぁ、もう……」 深いため息を吐く布良さんの顔はほんのりと赤い。 まぁ、気持ちはわからないでもない。 「とにかく、確認しましょう。これも仕事のうちよ」 「うん。そうだね」 「………」 俺は無言で、歩き出した2人の後に続く。 こんな場所で下手な事を口にしたら、セクハラ扱いされかねないからな。 静かに俺は、ダンボールの前に立った。 連中が取り引きしようとしていたダンボール、そのうちの一つを開けて中を確認。 そこには大量のDVDが敷き詰められている。 一枚手にとって確認してみると、そこに載っているサンプル画像には女性の裸の写真。 男との絡みは勿論、多人数プレイもある、わりとどぎついタイプ。 そしてなにより問題なのは局部が無修正、と言う事だった。 「情報通り、無修正のDVDだな、全部」 「……本当に無修正の違法な物ばっかりなのね」 「SMにお尻……こっちにはスカトロまで……理解できない趣味だわ……緊縛まであるし」 「いちいちプレイ内容を声に出して確認しないでくれませんか?」 「あぅあぅあー……は、はだかの、男の人の……にゃ、にゃーーー!?」 「落ち着け、布良さん。これは証拠品だから、ディスクを割ろうとするな」 「だってだってぇっ! こんなの破廉恥で、エッチで……しっ、信じられない!」 「確かに、布良さんの気持ちがわからないわけじゃないわ」 「でも、男が異性の裸に興味を抱くのは、仕方ない部分だと思うわ。それが性的行為に繋がってしまうもの」 「むしろ気にならない方が変だと思うわ、そうよね佑斗」 「俺に同意を求めてくるな」 「むむっ、六連君っ! お、押収品を勝手に持って帰るなんて、ダメなんだからねっ!」 「寮長として命じますっ! 月長学院第二寮ではこんな破廉恥な物禁止ーーっ!」 「持って帰るつもりなんてないから。寮に持ち込む気もさらさらない」 「そもそもDVDを再生する機械がないし」 「共有スペースにあるテレビなら再生機も繋がってるわよ?」 「………………それ、マジか」 「美羽ちゃんっ! 六連君を誘惑しないのっ!」 「六連君も、めっ! 甘言に乗っちゃダメなんだよっ!」 「わかっている。そもそもだ、個室ならともなく、共有スペースでそんなことする度胸は――」 「六連君っ!」 「あー……申し訳ない。結局セクハラをしてしまったな」 「もぉー………………どうして美羽ちゃんは、そんな普通な顔で見れるの、コレ」 「中身はともかく行為事態を否定しても仕方ないでしょう。いずれ、布良さんだって通る道だろうし」 「そっ、そんなことっ! そんなこと、にゃい……とは言えないかもしれにゃいけど……そりゃ、好きな人とは……でも、でもぉぉ」 いや、尻もスカトロも、経験しないヤツの方が多いんじゃないか? SMは……プレイとして軽くあるかもしれないが。 「それに、さすがに見慣れているわけじゃないわ。でも、この程度で騒ぎ立てるほど、お子様でないだけよ」 「細かくチェックを入れる興味津々っぷりは、男子中学生みたいだけどな」 「う・る・さ・い。これも仕事なだけよ」 「それに、こんなのは普通のことでしょう? 大人なら余裕のプレイ内容に興味なんてない、騒ぎ立てるほどのことじゃないわよ」 「……大人ならスカトロぐらい普通の社会って、なんか嫌だなぁ」 「もーーっ! これ以上見てらんないっ! とにかく、確認はもういいでしょっ! 撤収しようよっ!」 「了解」 「そもそも女の子がこんなむむむ無修正DVDの捜査をするなんて変だよ! こんなの絶対おかしいよ!」 「コレも風紀班の立派な仕事だ。仕方がないと言えば仕方がない」 「そういうことね。えーっと、これは動物で、こっちはぶっかけもの……うわっ、ドロドロしてる……」 「一つだけ忠告させてもらうと、いきなりそういう妙な知識から覚えていくようなことは止めた方がいいと思うぞ?」 その後、支部に帰った俺たちは、押収品のDVDを確認していった。 といっても、全部見る時間などないので、タイトルやサンプル画像だけだが。 無修正以外に問題がなさそうなのは、後回し。 先に調べるのは、明らかに未成年であろう少女や虐待、レイプなどの犯罪性のありそうな物だ。 その手のDVDを旅行のついでに、買って帰る人間も少なくないらしい。 退島するときの審査も、パッケージなどがなければスルーされる事が多いと聞いた。 こういう観光地だからか、財布の紐も緩いらしく、多少高くても違法な物の方が人気があるらしい。 「もうやだー……最近、あの手のセクハラまがいのお仕事が多いよぉ……」 「そうなんですか?」 「今は取り締まりを強化している時期だから」 「季節の変わり目なんかにはよくやってるように思うけど、どうしてこの時期に取り締まりの強化を?」 「最近、あの手の《マーケット》市場が大きくなりつつあるらしいのよ」 「だから、早めにルートにダメージを与えておこうってことらしい」 「政府の方からも、要請があったらしいよ。暴力団の資金が流れているからって」 「忙しそうで大変ですね。お疲れ様です」 「忙しいのよりも、内容が嫌だよ」 「こういうのを野放しにしてたら、犯罪の温床になることはわかってるよ。わかってるけどぉ……」 「でも、そうかもしれないです。そんなの確認するだなんて、恥ずかしいですよね」 「それでそれで、一体どんな内容のDVDがあったの?」 「普通にしてるだけの物から、お尻、SM、動物、ぶっかけ……それから、ああ、実写の触手も――」 「――ごほっ、ごほっ!」 「わっ!? どうしたのニコラ、急にむせたりして」 「あの……人が食事してるときに、そういう話題はあまりしないで欲しいな」 「ごめんなさい。ちょっと、気が回っていなかったわね」 「気遣い以前に、そもそも女の子が口にする内容じゃないと思うんだが……というか、チェックし過ぎ」 「だからチェックなんてしてない。仕事で確認してただけ。失礼な嫌疑をかけないでくれる?」 ワザワザ、パッケージの裏までジックリ確認してたくせに、よく言う。 「あの、すみません。それってどういうDVDなんですか? 動物はなんとなくわかるんですけど……」 「え? 莉音君、わかるの?」 「はい。それぐらいは、わたしだってちゃんと知ってますよ」 「可愛いワンちゃんとかネコちゃんが撮られているんですよね? 前にも、ネコちゃんが箱に入った『ねこ箱』ってありましたし」 「まぁ……リオだと、そんなものだよねぇ。確かに、犬が登場するのは間違いないけどさー」 「いいえ。押収されたのはヤギだったわ。題名は確か……『ヤギ対ロシア男』だったかしら?」 「え、ヤギって本当に!? なにそれ、中身が想像できない! 見たい見たい♪」 「食い付きすぎだろ」 「ヤギさんと男性が戦うDVD……プロレスですか? しかもそれが無修正となると……きっと、大怪我をしちゃったんですね。可哀そう」 「………」 「アレだな、俺たちってそうとう歪んでる、って認識させられるな」 「確かに、タイトルだけ聞くと、意味不明だよね。その手のモノだとは普通思わないよ」 「それでもリオは純朴過ぎる気もするけどね」 確かに。年齢に見合った性知識というものも、かなり重要だと思う。 「でも、本当に大変ですね。逮捕する度に銃撃戦をしてるだなんて」 「確かに。だからこそ、射撃の上手な布良さんが駆り出されるわけなんだが……」 「うぅ~、必要とされてるのはちょっと嬉しいけど……内容がこれじゃぁ、素直に喜べないよぉ~」 「そんなに銃撃戦があるの? だって結局は無修正のDVDでしょう?」 「みんなを前に言うのは悪いんだけど、罪としては軽い方でしょう?」 「それだけじゃないんだよ。小規模でやってるならそうなんだけど、今回みたいに本土と繋がってるとね」 「暴力団に繋がってることもあるし、そもそも向こうは大きな騒動を起こしたいんだ」 「それは、どうしてですか?」 「この都市にも、自分たちのルートを作っておきたいんでしょうね」 「年中色んな人が出入りしてるからね。一度食い込んだら美味しいシマだって、枡形先生も言ってたよ」 「今なら競争相手もそれほどいないわけだし」 「で、本格的に食い込む前に、潰しておくのも重要な仕事、というわけだ」 「どんな物にしろ、一旦ルートができ上がっちゃうと大変だから」 「そうなんですか。色々、難しい問題があるんですね」 「あと、もう一つあるのが、クスリの噂なんだよね」 「クスリ、ですか?」 「最近、新しいタイプのクスリが流行ってるかもしれないの」 「それはやっぱり、違法な物なのかい?」 「だと思う。詳しいことはまだわかってなくてね。本格的にはまだ流通してないみたいで、情報がないんだよ……」 「かといって、本格的に流通されると困ったことになるでしょ。後手に回るしかないって、本当にもどかしい」 「でも、その話って間違いないの? 噂の段階なんでしょ?」 「確かにまだ噂の段階なんだけど……でも、この情報のソースは萌香さんなんだよね」 「あー。それは間違いないね」 みんながみんな、納得と言った表情で頷く。 ここまで同じ反応が返ってくるなんて、なんて安定感のある人なんだ。 「布良さん、少し喋り過ぎかもしれないわ」 「うっ、確かに。ゴメン、この話は秘密ね、秘密」 「……ふっ、わかっているさ」 「はい。誰にも言いません」 「私もちゃんと秘密にしておきます」 「エリナも他の人に言ったりしない。信じてくれていいよ」 「クスリのことを秘密にするのもそうだけど、何か妙な噂を聞いたりしたら教えて頂戴」 「わかりましたっ」 「だからといって、調べたりしなくてもいいんだぞ、稲叢さん。そんな危ないことをする必要はないから」 「裏社会の噂は風紀班が調べているから。あくまで普通の生活の中で、噂を聞いたら、の範疇で」 「あっ、そういうことなんですか。はい、わかりました」 ……今の反応、もしかすると本当に自分で調べようとしていたのかもしれない。 一応、釘をさしておいてよかった。 「よし、全員揃ってるな。今日は第3ブロックの方に向かうぞ」 「あのー……今日は一体何を?」 「ああ、違法売春の取り締まりだ」 「またそんなのですかー!? 私、違う捜査がいいです……」 「ダメだ。わかってるだろう、この都市での違法売春は重罪だ」 「それはそうなんですけど……」 「そうなのか?」 「この《アクア・エデン》海上都市ではカジノは勿論、風俗関係も売りの一つとなっているわ」 「政府公認のこの都市で、非合法の売春を見過ごすわけにはいかないでしょう?」 「ああ、それはそうだな」 「だから高レートの違法カジノや違法売春は、この都市では本土よりも重罪に課せられる」 「じゃないと、ちゃんと申請してくれているお店がなくなってしまうもの」 「風紀班の中でもかなり重要な仕事ってことだな」 「お前にも参加してもらわないと困る」 「ううぅ……どうして最近、その手の捜査しかないんですか? 取り締まり強化にしても、もっと他のお仕事があると思うんですけど」 「噂のクスリに繋がりそうな事件を探すと、どうしてもこういう場所になるんだ。文句言うな」 「お前は重要な戦力なんだよ。悪いが、他に回すわけにはいかない」 「そういう言い方は卑怯だと思います……」 「正当な判断だ。お前の射撃には期待をしている」 「……はぁ……わかりました、わかりましたよぅっ。行きますよ」 「ああ、頼りにしているぞ」 「……いいのかしら?」 「なにが?」 「だって、今日は違法売春なのよ? つまり、そういう最中の男女を捕まえるという事でしょう?」 「それは……確かに危ないかも。DVDの時点であの反応なのに、実際に目の当たりにしたら……」 「そのためのお前らだろう。頼んだぞ、無抵抗な一般人に発砲させるなよ」 「まぁ、努力はしてみますが……」 「よしっ、準備はいいな? そろそろ行くぞ!」 「了解」「はい」「わかりました」 その後、突入した違法売春では予想通りの光景が繰り広げられていた。 とはいえ至ってノーマルで、無修正DVDよりも随分マシな内容だったと思うのだが…… それでも布良さんには受け止めきれない光景だったらしい。 「ひっ、ひっ、ひにょわぁぁぁぁーーーっ! エッチ、スケッチ、ワンタッチぃぃぃぃぃっ!」 などと叫びながら、銃を引き抜こうとする彼女を、俺と美羽で抑え込むのが大変だった。 しかも、例のクスリに関する情報は相変わらず出てこない。 そのことが、布良さんをさらに落胆させていた。 「今日はご苦労だった。次はこのバーの摘発に行くからな。それまでに資料に目を通しておけよ」 「バーですか……それなら普通かな。あっ、もしかしてここもクスリの密売に関係あるとか?」 「ああ。この店は実はハプニングバーで、行為のオプションとしてドラッグを扱っているらしい」 「ハプニングバー?」 「確か……様々な趣味を持った客が集って、会話や突発的行為を楽しむお店だったはずよ」 「突発的行為とは?」 「佑斗……いやらしい」 「なに?」 「女の子にそんなこと言わせて楽しいの?」 「あー……了解。その反応で理解した。そういう店ね。申し訳ない、変なことを訊きました」 「まぁ簡単に言うと、出会った男女がその場で性行為をしたり、大人数が混じって乱交パーティ状態となったり、SMを楽しんだり――」 「結局言うのかよっ!」 「ほう、矢来は詳しいんだな」 「――え?」 「もしかして、その手の店に興味があるのか?」 「違うわ。失礼なことを言わないでくれる?」 「ハプニングバーなんて……お、大人の社交場じゃない。常識、エチケット。子供じゃなければ普通知ってるわよっ」 「初めて出会った男女がいきなり性行為をするのが常識だなんて、もうその社会は終わってるぞ」 「にょわぁぁーー! どうしてそういうお店ばっかりぃぃぃーーー!!」 「だが実際にドラッグを扱っているなら、可能性は否定できないだろう?」 「ぐっ……もぉー! 行くよ行きます、行けばいいんでしょうっ!」 ちなみに、そのバーは確かに違法だったのだが、やはりというか……残念ながら本命の情報を手に入れることはできないのだった。 そうして病院に向かおうと、踵を返すと―― 「……あっ」 「……エリナ?」 「えっ、えっと、えーっと……奇遇だね、に、にひひ」 「………」 「あの、えーっと……ゴメン」 「いや、待て待て。逃げるな」 「別に、逃げてるわけじゃ……ない、けど……」 「……ふむ」 「どこか、喫茶店でも入ろうか」 「……え?」 「なにか、話があるんだと思ったんだが……違うのか?」 「……うん。確かに話はあるんだけど……喫茶店はいい、止めとく。できればもっと安心できる場所の方がいいから」 「そうか」 不安そうなエリナの顔を見れば、なんとなくわかる。 凄く大切なことを俺に説明したいのだろう。 「この時間なら、アレキサンドも開いたばかりで客は少ないだろう。あそこに行くか?」 「……うん」 「じゃ、行こう」 「いらっしゃい」 「こんにちは」 「あら? 今日は二人だけ? しかもこんな時間から、一体どうかしたの?」 「うん。ちょっと……」 「エリナと大事な話があるんです。できれば、すみませんが……」 「………」 「あぁ、そういうこと? 了解了解。あたしは奥にいるわ。どうせ、この時間にお客は来ないしね」 「何かあったら、呼んでくれる?」 「はい、ありがとうございます」 「でも、最初の一杯ぐらいは飲むんでしょう? 何にする?」 「えっと、俺はコーラで」 「ワタシは、紅茶でいい……」 「え? 紅茶、飲むの?」 「……ダメ?」 「ダメじゃないけど……カフェインは妊娠初期にはあんまり良くないわよ?」 「若気の至りで妊娠させたわけじゃありませんからっ!!」 「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。大丈夫よ、寮のみんななら、子育ても前向きに手伝ってくれると思うわ」 「そんな心配をしなくても、俺はまだ童貞ですよ」 「そ、そう……あたしの管理してるオススメのお店、紹介しましょうか? 優しく奪ってくれるわよ?」 「……いえ、結構です。最初はやっぱり、好きな人と――」 「――って、そんな話はどうでもいいんです! とにかく、妊娠とか、堕胎とか、そんな話じゃありませんから」 「でも、真面目な話ではあります」 「………」 「……アヴェーンさんが、全く乗ってこないなんて珍しい。かなりマジなお話?」 「……おそらく。俺も詳しい話は知りませんが、落ち着いて話せる場所として、ここを利用させてもらおうと思ったんです」 「わかった。茶化してごめんなさい」 「ううん。エリナの方こそ、お邪魔してゴメンね」 「気にしないでいいわよ」 さすがにそれ以上踏み込まず、手早く注文の品を置いていく。 「それじゃ、ごゆっくり」 そうして淡路さんが奥に戻ると、店の中が静まりかえった。 「で、話って?」 「……わかってると思うけど、ワタシの能力のこと」 まぁ、そうだろうな。エリナがこんなに真剣な様子になることに、他に心当たりはない。 「やっぱり、気になるよね?」 「……まあな。気にならないと言ったら、嘘になるな」 「うん、だから……ちゃんと説明しておこうと思って」 「そうか」 エリナにしてみれば、面白い話でないことは、その雰囲気から伝わってくる。 ふむ……。 「エリナ、その前にちょっといいだろうか? 先に言っておきたいことがあるんだ」 「……それ、ワタシより先じゃないとダメ?」 「できれば。後から言っても、意味はないからな」 「それなら……わかった、いいよ。何でも言って。覚悟は……できてるから」 「すまない。それじゃ、勘違いせず最後まで聞いて欲しいんだが――俺は別に、エリナのことを無理矢理聞こうとは思っていない」 「正直に言うと、確かに気にはなる。吸血鬼が吸血鬼の血を吸って、能力が使えるなんてことは」 「だが、俺は寮に入ってまだ一ヶ月というところだ。エリナに関して、知らないことも多々ある。隠し事だってあるだろう」 「だから、もし何も聞かずにそっとしておいて欲しいなら、俺はそうするつもりだ」 「他の誰にもあのことは喋らないと誓う。決して口にはしない」 「ユート……」 「ここに来たのはな、必ずしもエリナの秘密を知りたいからじゃない。知りたかったのは、エリナの気持ちだ」 「こういうとき、もう少し気が利くヤツなら、もっと上手く立ちまわれるんだろうが……すまん、俺はどうにも不器用なんだ」 「だから、ハッキリと言わせてもらうが、俺はどうすればいい?」 「今まで通りの生活の中で、忘れてしまえばいいか? それとも、なにかして欲しいことがあるか?」 「………」 「今、俺の気持ちは一つだけだ。エリナを苦しめるつもりはない」 「エリナの意思を尊重する。だから、教えてくれないか?」 「……にひっ♪ ユートはアレだね、いい男だね」 「そうか? 人からは、鈍い、鈍感、と言われることも多いが」 「確かに、わざわざ本人に確認を取らなくても、もっとスマートな方法はあるとは思うけどね」 「……すまん」 「いいの、いいの。そういう不器用で真っ直ぐなところ、ユートのいいところだから。あっ、これ、褒めてるんだよ?」 「ああ、それはわかるが……」 「うん。でも、聞いて欲しい……かな。さっきユートは“忘れる”って言ったけど、あんなこと、そう簡単には忘れられないでしょ?」 「……忘れる努力はできるさ」 「いいよ、その気持ちだけで。気になるなら聞いて欲しい」 「聞いてくれた方が……エリナも、ちょっと楽だから」 「わかった。なら、聞こう」 「ただ、さっきも言ったが、今重要なのはエリナの意思だ。別に一から十まで、全て話さなければいけないわけじゃない」 「どこまで話して、どこからは踏み込んで欲しくないかは、ちゃんと決めて欲しい」 「うん、ありがとう、ユート。その言葉だけでも、ちょっと楽になった」 「そうか」 「それじゃ、何から話そうかなぁ……んー……長い話でもないし、本題から行くね」 「その……あの時も言ったけど、ワタシはね……吸血鬼の血を飲む吸血鬼なの」 「……ああ」 「ワタシの身体って、普通の吸血鬼とは違うみたいでね……人間の血液だと、反応が薄いんだ」 「むしろ、吸血鬼の方が反応をする、と?」 「うん。子供の頃からずっと……」 「吸血鬼の中でも、特異体質……なのか? ちなみに、そんな吸血鬼が他にもいるのか?」 「絶対にいない、とは言えないけど……会ったことはないかな」 「なはは……変な身体でしょ? 不気味だよね……でも、今回は変な身体が役に立ったけどね」 「そのことは感謝している、ありがとうな」 「気にしないでいいよ。っと、話がそれちゃったね」 「とにかく、ワタシは昔からずっとこう……吸血鬼の血を吸う必要があったの」 「でも、こんなの変でしょう? まるで……“吸血鬼喰い”」 「――ッ!?」 その単語に、俺の心臓がドクンと跳ねた。 「――ライカンスロープ、みたいだよね」 あ、ああ……そういうことか。別に自分のことじゃないが、思わず身体が反応をしてしまった。 「エリナは、その……ライカンスロープ、なのか? 本物の」 「んー、多分違うと思う。少なくとも、能力は一つだけだし」 「あの電気を操る能力か」 「うん、他の能力は使えない。それに……昔、身体を調べた時は、ライカンスロープじゃないって言われたよ」 「そうか」 「でも、他の人からすれば、それほど違いはないよね。自分たちの血を吸うなんて……怖いよね」 「……むぅ、んー……どうだろうなー……」 「どんな人でも、エリナのことを受け入れてくれる、とは言えない」 「だが少なくとも、俺は大丈夫だぞ。おそらく、寮のみんなもエリナのことを受け入れてくれるだろう」 「そういえばこの秘密、他のみんなは知っているのか?」 「んーん。知らない。言えないよ、こんな変な身体のことなんて」 「打ち明けろ、なんてことを強制するつもりはないが、みんななら大丈夫だと思うぞ、俺は」 「……そうかな?」 「ああ、そうさ。間違いない」 「そっか。にひひ……うん、気を使ってくれて、ありがとうね、ユート」 そう言ってエリナは笑顔を浮かべる。 ただそれが、無理をした笑顔であることは、童貞の俺にだってわかった。 「ユートがお願いを聞いてくれただけで、エリナは満足だよ」 「お願い?」 「ほら、エリナがユートの血を吸うときに、言ったでしょう? 怖がらないでくれると嬉しいって」 「ああ、言っていたな」 「だからね、今こうして普通に話してくれるだけで、十分嬉しいんだよ」 「………」 エリナはおそらく、俺の本心は別にある、それを必死に隠している、と思っているのだろう。この疑いは、どれだけ説明したところで払拭できない。 きっと、自分のために優しい言葉をかけてくれている。そう思うだけに違いない。そんな風に思わせるわけには……しかし―― 「まいったな、一体どうすればいいんだ? むぅー……こんなこと、童貞の俺にはややレベルが高すぎる気がするぞ」 「……ユート? どうかしたの?」 「ちょっと待て。今、考えをまとめているところだ」 「おー……何を考え込んでるのかわかんないけど、了解だよ」 「そうだな……んー……」 「………」 「よしっ、決めたぞ、エリナ」 「なにを?」 「悪いが俺は、エリナに気など使っていない。正直な気持ちを言わせてもらうとだな――」 「興味がない、というのが一番近い」 「え? それって……どういうこと?」 「だからだな、俺からすれば……そう、血を吸う相手が人間であろうと吸血鬼であろうと大差はない、ということだ」 「……え? で、でもっ、そんなことないでしょ? だって、変だよ!? 吸血鬼が吸血鬼の血を吸うなんて! 同族の血を飲むんだよ!?」 「まあ、落ち着いてくれ。話にはまだ続きがある」 「う……うん」 「どうしてこんなことを俺が思うのかと言うとだな、コレは今まで秘密にしていたことだが、実は――――――俺は、元々人間なんだ」 「………」 「……シュト?」 「え? なに?」 「あっ、ううん、そうじゃなくて、どういうこと? 元、人間って……」 「そっか、ゴメン、ユート。エリナってば、驚きすぎてリアクション間違えちゃったよ」 「ネタにマジレスしちゃった。ユートが折角、場を和ませようとしてくれたのに、ゴメンね、なはは」 「いいや、別に冗談を言った覚えはない」 「え? で、でも……」 「本当のことだ。俺は、元々人間。つい一ヶ月ほど前に、吸血鬼に感染した」 「え……えぇぇぇぇぇぇぇっ!? それ、エリナに話を合わせようとしてるとかじゃなくて、本当に!?」 「風紀班の事件に巻き込まれてな、その時に犯人側の吸血鬼の血を飲んだんだ」 「で、でも、ワクチンは? 海上都市なら、ワクチンぐらいあるでしょう?」 「色々あって、効果がなかった。結局俺は、その時の事件がきっかけで、吸血鬼となって、今に至るわけだ」 「なんだったら、美羽に確認してみるといい。本当のことだと教えてくれる。免許でいいなら、見せようか? 本籍は移動させていないから本土のままだ」 「ユートが……元々、人間……」 「まぁ、それ自体は別に大した秘密じゃない。隠しているのは――」 ……いや、正直にライカンスロープの話をするのはマズイか。 隠さなきゃいけないと言うよりも、今は俺が聞くべきだと思う(童貞でもそれぐらいはわかる)。 だから、エリナが話し易くなる秘密は問題なくとも、エリナが重く感じてしまうことは言うべきじゃないだろう。 「風紀班の事件にも関わることだから、あまり詳しくは言えないんだ」 「おー……そっか。うん、わかった。それに関しては、詳しくは聞かないよ」 「でも、それじゃ本当にユートは……」 「人間だ。間違いない」 「そこで一つ確認しておきたいんだが、俺は寮で吸血鬼のみんなを差別しているように見えたか?」 「ううん、全然そんなことない。むしろ、自然だったように思う。元々人間だなんて、思ってもみなかったよ」 「そういうことだ。元々人間の俺が吸血鬼の存在を受け入れたんだ」 「だから、吸血鬼の血を飲む吸血鬼がいたって、今さらなんとも思わない。どちらかというと、吸血鬼という存在の方が、正直衝撃が大きかったぞ」 「……ユート」 「だから、さっき言ったことは、俺の嘘偽りない本心だ。その程度の秘密はなんとも思っていない」 「素直に言葉通りに受け入れてくれ。そうしてくれた方が、俺としても嬉しい」 「……うん」 「それから、俺が元人間であることは、秘密にしておいてくれ。エリナにはお返しで打ち明けたが、風紀班との兼ね合いもあるからな」 「……うん」 「さて、これで互い秘密を打ち明けあった仲だ。これからも今まで通り……いや、今まで以上に仲良くしようじゃないか」 「それって、もしかして……今まで通りでいいの? 今まで通り、あの寮で一緒に暮らして、いいの?」 「今まで以上に仲良くしようと言ったところだぞ? というかエリナ……まさか、寮を出るつもりだったのか?」 「えっと……もし、ユートが、一緒に暮らしたくないって……一緒に暮らすのが怖いって言うなら……そういうこともあるかなって」 「何言ってるんだ」 「もし仮にだ、何かあって出ていく必要があるとしても、出ていくのは後から入った俺の方だろう」 「でも……ユートは出ていかないんだよね?」 「今のところ、そんなつもりはない。吸血鬼の一人暮らしは、部屋を見つけるのも大変だからな」 「エリナも……一緒にいて、いいんだよね……?」 「これからもよろしく頼むよ、エリナ。友達だろう?」 「………」 「うっ、うぅぅ……ユート……」 「なんだ?」 「ユートぉぉ~~~」 「だから、なんだ?」 「ありがとぅ、ありがとうぅ……ぐすっ、ぐすっ……うっ、うぅぅぅぅ……ユート、ありがとうぅぅ~~」 「何を言ってるんだ、エリナは。礼を言いたいのは俺の方だ」 「俺の友達を助けてくれて、ありがとうな。本当、感謝してるよ」 「エリナも、エリナも……うえぇぇぇぇぇぇんんっ」 「そんなに泣くな。淡路さんにエリナの泣き声を聞かれたら、俺が泣かしたみたいじゃないか」 「下手したら“堕胎”を無理矢理迫って、泣かせたと思われるかもしれないだろう」 「そっ、そんなこと、言われても……ユッ、ユートが泣かしたんだもん。ぐす、ぐす……ユートが優しいから、泣かされたんだよぉ~」 「むぅ……なら、厳しく突き放すべきだったか」 「ぐすっ、それもやだ~……えっぐ、えっぐ……」 「……だったら、泣きやむように。なるべく早く」 「……努力はしてみる……えっぐ、ぐすっ……うぐぅぅぅ」 「うぐぅ、言うな」 エリナは肩を震わせながら、必死に涙を止めようとしていた。 溢れる涙を拭い続けるエリナ。俺は彼女の頭を優しく撫でてやる。 「よしよし」 「そんなに優しくされたら……涙、止まらないよぉ~~~」 「そうか、スマン」 「でも、撫で続けてくれなきゃ、いやぁ~~」 「………………結局、どうして欲しいんだ?」 多少困惑しつつ、エリナの頭を撫で続けた。 涙をポロポロと零し続けるエリナの姿はまるで、小さな子供のようにも見える。 “元人間”であること、“ライカンスロープ”の疑惑があること。 そんな秘密を自分も持ってみて、わかったことがある。 誰かの懐に踏み込むのが怖くなることだ。 秘密を抱えたまま、誰かと深く繋がるのは辛い。 いつかは打ち明けるべきだと思いながらも、もしかしたら相手が裏切られたと感じるかもしれない。 そこまでいかなくとも、相手との繋がりはそれで切れてしまう可能性だってある。 幸い俺には、美羽という存在がいてくれた。だから、一人きりで背負い込まないで済んできた。 だが、エリナにはそんな相手がいたんだろうか? 少なくとも、寮の中にはいない。エリナの日常は、みんなの中に居ながらも一人だったのかもしれない。 たったの一歩、でもその一歩が絶望的なまでに重く感じていたのだとしたら……どんなに辛く、またエリナは強い子なのだろう。 そう思うと、自然と頭を撫でる手も優しくなっていった。 「これからは、何かあったら俺を頼ってくれてもいいからな」 「本当に?」 「勿論だ、友達だろう? しかも、秘密を打ち明け合った特別な。それぐらいのこと、問題ない」 「うっ、うわぁぁぁぁ~~~ん、ユートぉぉぉ~~~」 「やれやれ……これは、泣き止むのに時間がかかりそうだな」 苦笑いの俺と、盛大に涙を流し続けるエリナを、甘くふわっとした紅茶の柔らかな香りが包み込んでいた。 「……ぐす……ぐす……」 「どうだ? そろそろ落ち着いたか?」 「うん、ゴメンね。泣いちゃったりして」 「誰かに見られたわけじゃないからいいさ」 「もし見られたら、別れ話がもつれてるように見えちゃったかもね、にひひ」 「まったくだ。俺がひどい男みたいじゃないか」 「本当は素敵で、いい男なのにね~」 「……ふむ。そういってもらえると……なんだか、照れるな」 「にひひ♪」 そう言って笑うエリナの顔からは、寂しげな様子は見えない。 よかった。 「そういえば……俺、病院に行く途中だったんだよな」 「そうなの? ゴメンね、わざわざエリナの話に付き合ってもらっちゃって」 「気にしないでいい。病院といってもいつもの検診だ。多分、日にちも変えてもらえると思う」 「それなら、いいんだけど……」 「仕方ない、今日はもう帰ろうかな。エリナも一緒に帰るか?」 「そうだね。それじゃ、一緒に………………あっ!? ダメだよっ!」 「なにか、用事でもあるのか?」 「そうじゃなくて、ユートが帰っちゃダメなの!」 「……? どういう意味だ?」 「え? あ、うーん……それはその……とっ、とにかく、ダメったらダメっ」 「そう言われても……やっぱり俺は、寮を出ていかなければいけないのか?」 「そうじゃないよ! 今更ユートが出ていくなんて言ったら怒るよ!」 「なら――」 「でーもーっ! 今はダメ。もう少し経ってからじゃないと!」 「だからユートは、病院に行って! それで、ちゃんと検診を受けてから帰ってきて。いい、わかった?」 その必死な様子から考えて、エリナは別にイジワルなどで言っているわけではないらしい。 何か大きな理由があるんだろう。 寮は女の子のほうが多いんだから、俺に言えないような何かがあっても不思議はない。 「わかった。とりあえず、病院に行ってくる」 「もし、検診を受けることができなくても、何とか時間を潰してから帰ることにする。それで大丈夫か?」 「うん。全然OK。そういうことで、よろしくね!」 「わかった」 「それじゃ、エリナは先に帰ってるからね。じゃーねー」 「あっ、そーだ」 「今日は、本当にありがとうね、ユート♪」 「俺が人間だったことは、秘密だからな」 「りょうかーい!」 そう言いつつ、エリナは店を後にした。 「さて、俺も行くか。淡路さーん、話は終わりましたよー」 『僕との約束をすっぽかすだなんて、一体どういうことなんだい!?』 電話口から聞こえてくる大きな声には、若干涙が混じっているような気がする。 「落ち着いて下さい。ちょっと事情があったんです」 『事情? 僕との約束をすっぽかすほど、重要な約束だったのかい?』 「ええ、かなり重要な約束です」 「検診に行けないこと、連絡しなかったことは謝ります。すみませんでした。でも、それだけ大事な用だったので」 『……そっか。まぁ、六連君がそんなに言うなら……わかったよ。それで、どうするんだい?』 「可能なら、今からでも検診を受けたいんですが……勝手なことを言っているとは思いますが、よろしくお願いします」 『わかった。今ならこっちのスケジュールは大丈夫だよ』 「そうですか、わかりました。それじゃ、早速行きますから。よろしくお願いします」 『うん。さてと、急いでシャワーを浴びないと――』 「………」 電話が切れる間際に聞こえてきた不穏な声は、聞かなかったことにしておこう。 「ふぁっ、あぁぁぁ~~……眠い」 昨日の騒動の事後処理、直太の様子見、そして帰る直太を見送り、エリナと会話。 そして、ついさっきまでいつもの検診。 「さすがに疲れた。早く部屋に戻って寝よう」 「そういえば……エリナが帰ってきちゃダメだと言っていたが……まぁ、さすがにこの時間なら大丈夫だろう」 十分時間は潰したはずだ。 「ただいま~」 『おかえり』 「……な、なんだ? どうかしたのか、みんな勢揃いで。しかも……豪勢な料理もたくさん」 「大房さんまで……なにか、お祝い事でもあるのか? 誰かの誕生日とか?」 「……ふっ、何を言ってるんだか」 「それじゃあ、早速――」 「ユート、入寮して一ヶ月目――」 『おめでとう』 「俺が……入寮して、一ヶ月……? そのために、これを?」 「はい、前々から考えていたんです。六連先輩の歓迎会をしていないって」 「だけどほら、色々な事件が重なって、タイミングが合わなかっただろ?」 「でも、事件も解決したそうじゃないですか。ですから、そのお祝いも兼ねてということで」 「それで、このパーティーを……」 「そうか、エリナが言っていたのは、このパーティーのためか」 「にひひ~、そういうこと。あと、お礼だよ」 「お礼?」 「なんでもなーい。気にしないで」 「そう? まぁ、いいんだけどね」 「にひ♪ にひひ~~~♪」 んー、ダメ、笑いが止まらない。 嬉しい気持ちがどんどん溢れて、顔が緩んじゃう。 「ユートがあんな風に、受け入れてくれるなんて思わなかったよ」 「正直に話してみてよかった……にひひ」 あんなに優しい反応をしてくれたのは………………うん、多分初めてだ。 憐れむわけでもなく、怖がるわけでもなく、研究の好奇心で見るわけでもない。 そう……ワタシを、ただの女の子として見てくれてた。 自分のことをそのまま受け入れてくれることが、こんなに嬉しいだなんて思わなかった。 「あー……どうしよう、今日は嬉しすぎて、眠れないかもしれないよ」 いい加減、そろそろ寝ないといけないのに……困ったなぁ~。 このままじゃ、一人で悶々としてそうだよ。 ん~……ん~……。 「おー! そうだ、いい案があるよ、にっひっひ~♪」 「んっ、んん~~……」 なんだろう……あ、暑い……寝苦しいぐらいに暑い……。 おかしいな……確かに日中は十分暖かいが、いくらなんでもこんな、暑いと思うほどではないと思うんだが……。 「んっ、んん……」 「………」 「はふ……むにゅむにゃ……んっ、はふぅ……」 「なんだ、これは?」 暑くて目を覚ましたつもりだったが……俺はまだ夢を見ているのだろうか? 目を開けると、俺と一緒のベッドで可愛らしい女の子が眠っている。 しかも、布団の中で触れている部分は生暖かく、やたらと柔らかいではないか。 あっ、いい香り……。 「じゃなくて、だ……おいおい、これはやばいだろ」 主に下半身が。 ただでさえ、朝は固くなりがちだというのに、この香りと、肉感と、あどけない寝顔。 「こうしてみるとエリナって、結構……いや、かなり可愛いな」 いつもは下ネタがひどいせいもあって、そんなに気にしたことはなかったのだが……。 間近で見ると、透き通るような白い肌は、張りもあって、スベスベとしていそうだ。 思わず実際に触ってみたくなりそうだが……。 いやいや、いかん。落ち着け、ちゃんと冷静にならないと。 いつまでもマイ・サンが起立し続けるのはマズイ。なんとかエリナが起きる前に眠ってもらわねば。 というか…… 「そもそもエリナは一体ここで何をしているんだ?」 「今朝はちゃんと、一人で寝たはずだし……そういえば、ちゃんと部屋の鍵もかけておいたはずだ」 以前、エリナが朝勃ち(夕勃ちと表現すべきなのか?)に興味を持ち、部屋に侵入して来ようとしてきて以来、施錠は寝る前に確認をしている。 「だというのに……これは一体、どういうことだ?」 ……考えれば考えるほど、謎が深まってきた。 まぁ、その疑問のおかげで、マイ・サンも徐々に力を失ってきた。 「んふぅ……すぅー……すぅー……」 「ふぅー……よし、もういいか」 「おい、エリナ。いい加減に起きないか。寝る場所を間違えているぞ」 「んっ、んん? おー……?」 「おー? ではなくて、ここは俺の部屋で俺のベッドだ。眠る場所を完全に間違えているぞ」 「んみゅ……おー、ユート……ドーブらエ・ウーとラ」 「ああ、おはよう……で、いいんだよな? 確か、その単語は」 「うん。んっ、んんーーー……改めて、おはよー、ユート」 「おはよう。で、エリナはここで何をしている?」 「何をしているって……寝てるんだよ?」 「だから、どうして俺のベッドで寝ているんだ? もしかして、エリナのベッドで問題でも起きたか?」 「飲み物を零して、使えなくなったとか」 「ううん、ベッドには問題はないんだけど……エリナに問題があったの」 「問題、とは?」 「昨日のユートの言葉が嬉し過ぎて、眠れなくなっちゃったんだよ♪」 「………??? すまん。それと俺のベッドに潜り込んできたことに、何の関係があるんだ?」 「だからね、一人だと悶々としちゃって眠れないからぁ、誰かと一緒に寝たくなっちゃったってこと」 「……普通、そういう時は仲のいい女の子に頼まないか? 稲叢さんではダメだったのか?」 「だって、リオはエリナの体質、知らないんだもん。もし寝ぼけて、噛みついちゃったら大変なことになるでしょう?」 「でもユートだったら……ダイジョーブ……なんだよね?」 「………」 「もちろん大丈夫だ。大丈夫だから、そんなに不安そうな目で見るな」 「にひひ。よかった~♪」 「それで、ぐっすり眠れたのか?」 「うん。なんだかね、こう……秘密を知ってくれてるせいか、ユートと一緒にいると凄く安心できるの」 「だから、ぐっすりと眠れたよ」 「なら、結構」 「ところで……どうやってエリナはこの部屋に入ってきたんだ? 俺はちゃんと鍵をかけたはずだぞ?」 「それなら簡単。これぐらいの鍵なら、ピッキングで開けられるから」 「………………どうして、ピッキングなんてできるんだ?」 「まだロシアにいた頃にね、知り合いの元[カー]K[ゲー]G[ベー]Bのおじさんに教えてもらったの」 「どんな生活を送っていたんだ、エリナは……」 やはり吸血鬼の生活は普通とは違うのかもしれない。 KGBなんて単語が出てくるとは……おそらく、人には言いにくいこともあるはずだ。 「いやまぁ、それはいい。起きたなら、そろそろ自分の部屋に戻ってくれないか?」 「えー……もう? まだ、二度寝できるよー」 「俺はもう起きて、着替えたいんだ。だから、早く自分の部屋に――」 「六連君? 起きてる……よね?」 「――め、布良さんっ!?」 ノックとともに聞こえてきた声に、俺は一瞬身体を竦ませる。 これはマズイな……寮長である布良さんが、この状況を良しとするはずがない。 「おー、アズサ、おは――」 「待ってくれ、エリナ! この状況を布良さんに見られるのはマズイ」 「え? ダメなの?」 「決まっている。もし見つかったら、こんな夕方から説教されてしまうだろうからな」 「起きてすぐにお説教は、いやだね……」 「そうだろう?」 とはいえ、どうしたものか……エリナを隠せるようないい場所は―― 「ねぇ、起きてるんでしょう? 六連君――あっ、鍵が開いてる」 「くっ、マズい――」 「こうなっては仕方がない。エリナも説教が嫌なら、喋るんじゃないぞ!」 「了解だよ」 言いながら、エリナはさらに布団に潜り込む。 同時に、ゆっくりとドアが開かれ、布良さんが部屋の中に入ってきた。 「……?」 「お、おはよう、布良さん。どうかしたかな?」 「あ、うん、おはよう。……ねぇ、さっき誰かと喋ってなかった? 通りかかったとき、声が聞こえてきたんだけど……」 「いや、気のせいじゃないか?」 「そうかな? 確かに声がしたと思ったんだけど」 「俺の寝言じゃないか……? この部屋には俺しかいないわけだし」 「それはそうなんだけど……」 「――むっ!?」 「……? どうかしたの?」 「い、いや……別に」 「おいこらっ、何をしてる、密着するんじゃない!」 「でも、身体が離れてたらアズサに気づかれちゃうよ」 「それはそうかもしれんが……そんなに密着されたら……」 「にひっ、ドキドキする?」 「……色んな意味でな」 もっと余裕のある状況での密着なら、もっと素直に楽しめたのに。 もったいない! 「六連君? やっぱり誰かいるの?」 「何を言ってるんだ、だから誰もいないと言ってるじゃないか」 「そうなんだけど……」 「ひゃぅっ!?」 「え!? な、なになに? 急にどうしたの?」 「い、いや、ちょっと足を攣りそうになって」 「痛い? 大丈夫?」 「完全には攣ってないから大丈夫だ、ありがとう」 「エリナが密着してるのに、全然固くなってないねぇ」 「変なところを触るんじゃないっ! 声が出ちゃうだろ」 「でも、密着するためには、こうしないと……むぎゅ~~♪」 「こらこらこらっ! どこに顔を押し付けてるんだっ!?」 「……六連君?」 「いや、本当に何でもない。とにかく、布良さんが聞いたのは俺の寝言だと思う」 「………」 「………」 「そっか、寝言だったんだね」 「ああ、すまない。心配させたみたいで」 「ううん。それはいいんだけど、六連君って大きな声で寝言を言う人なんだね」 「そうらしい。自覚は全くないんだが」 「それで、いつまでベッドで寝てるの? そろそろ起きないと、遅刻しちゃうよ?」 「もちろん起きる。だが……布良さんにそこにいられると、困るんだ」 「……? どういうこと?」 「だから、その……言いにくいんだが、俺もそこそこ若くて元気なんだ。その上、寝起きともなると……ほら、色々とな」 「………………………」 「……にょわっ!? そっ、そそそ、そういうこと!? ゴメン! ゴメンね! すぐに出ていくよ! そ、それじゃ」 「………」 「ふぅ……行ったか……」 布良さん、顔が赤かったなぁ。 きっと勘違いした……というか、俺が勘違いをさせたんだが、仕方ないとはいえ、非常に恥ずかしい。 共有スペースに行くのに、ちょっと照れる。 「それはともかく――」 「にひひ、嘘吐き~。ユート、全然夕勃ちしてないじゃん♪」 「残念ながら、この状況で勃起できるほど俺の精神は図太くない」 「そっか、それは残念……今日も夕勃ちを見ることができなかったよ」 「さぁ、もういいだろう? 早くベッドから出てくれ」 「こっちが壁側なんだから、エリナが出てくれないと俺も出られない。エリナもそろそろ部屋に戻って着替えなきゃいけないだろう?」 「んー、そうかも」 「おいしょ……っと」 「……ふぅ、やっと落ち着いた」 「頼むからこんな心臓に悪い寝起きは、今日限りにして欲しい」 「おー、ドキドキさせすぎちゃった? にひひ」 「そんなところだ。とにかく俺は着替えるから。エリナも、遅刻すると布良さんに怒られるぞ」 「うん、そうだね。それじゃ、またあとでね」 「ああ、またあとで」 「はぁ……やれやれだ。まさかこんなことになろうとは……」 というか、ピッキングまでされると、一体どうすればいいのやら。 「おはよう」 「おはようございます、六連先輩」 「……ふっ、おはよう」 「おはよう、佑斗。今日は少し遅いのね」 「ああ。ちょっとあって」 「……おっ、おおおおお、おは、よう……六連君……」 「………」 「うぅぅぅぅぅぅ~~~~」 完全に意識してるなぁ……。 真っ赤な顔で、もじもじと身体を揺らす布良さんは、俺と目を合わそうとしない。 いや、正確には俺の身体を見ようとしていない。 「……くふ、なに? 二人とも、そういうことなの?」 「にゃっ、にゃにが!?」 「何がって……決まっているじゃない。説明させたいの、布良さんったら……いやらしい」 「??? 何のことですか、矢来先輩」 「稲叢さん、お赤飯を炊いてあげてくれないかしら?」 「お赤飯ですか? それは別に構わないんですが……一体どうして?」 「布良さんったら、一足先に大人の階段を登ってしまったということよ、くふふ」 「あぁ! シンデレラですね! でも、それとお赤飯に何の関係が?」 「えっ、えぇぇぇぇっ!? そういうことなの!?」 「にょわわ~っ! 変なこと言わないでよ、もうっ! 違うからね! 別に変なことじゃないからっ!」 「でも確かに、何もないという割には態度が変だよ、梓君。その……初めてのエイレイテュイアの契りを済ませたような雰囲気だ」 「え、英霊……? 今、なんて言った? というか、どういう意味だ?」 「エイレイテュイア! 意味はだから、その……せ、せ、せっーーー……コホン、やっぱり何でもない」 「………」 「それは……朝ちょっと、六連君とお話しすることがあったんだけど……そのとき、ぼ、ぼぼぼ……うぅぅ~~、言えないよっ!」 「やっぱり、言えないようなことをしたのね」 「だからしてないってばぁーー!」 「美羽、俺と布良さんはそういう関係じゃないぞ」 「そうそうっ!」 「そうなのかい? その割には、いつもと態度が違いすぎる気がするけど?」 「寝起き姿を見られて、その時にちょっとな」 「これ以上は、察してくれるとありがたい」 「………」 「あっ! ああ、そういうことなんだね。なるほど、それなら梓君の態度にも納得だ」 「なんだ、それぐらいのことなの?」 「それぐらいじゃないよ。そりゃ、その……生理的な問題? だから……六連君を責めるつもりはないけど……だけど、だけどぉ~~」 「……本当にすまない」 「うっ、ううん。仕方ないよね、男の子なんだから。私の配慮が足りなかったんだよ」 「そう言ってもらえると助かるよ」 「ふーん、どうやら別に二人の仲が特別親密になったというわけじゃなさそうだね」 「みたいね」 「………? 結局、どういうことなんですか?」 「いつも通り、ということだ。稲叢さんが気にするようなことは何もないよ」 「そうなんですか?」 「ああ。それより、問題なければそろそろ食事にしないか?」 「そうですね。あっ、でもエリナちゃんがまだ……」 「それなら、そろそろ着替えてくる頃だと思うが――」 「おっはよー、ユート―♪」 「げふっ!?」 突然、俺の背中に何かが勢いよくぶつかってくる。 背中から腹部を突き抜ける衝撃に倒されそうになる寸前、俺は足を踏み出し、腹筋をフル稼働。 ぎりぎりのところで、なんとか踏みとどまることに成功した。 「あ、危ないところだった」 「エリナ、いきなり飛びついてくるんじゃない。もう少しでこけるところだったぞ」 「にっひー、ゴメンね」 「改めておはよう、エリナ」 「おはよー」 『………』 「……こうして、政府はカジノ特区を設立させることに踏み切ったわけです」 「えー、では、キリがいいので今日はここまでとします」 教壇に立つ先生が教科書と出席簿を整え、教室から出ていく。 すると、クラスメイトたちも楽しげなお喋りを始め、教室から出ていく者もいる。 普通の人間が通う学校でいうところの、昼休みに当たる休憩時間だ。ご飯を食べる者も多い。 「んっ、んーー……さて、俺も食堂に行くかな」 今日は何を食べようかな。 「ユート」 「エリナも、食堂に行くのか?」 「最終的には食堂に行くけど、それより先に、ユートの教室に行くところだったんだよ」 「俺の? 何か用か?」 「もー、そんなの決まってるじゃん。ユートと一緒にご飯を食べるためだよ」 「俺と?」 「……ダメ?」 「いや、そんなことはない。問題はないんだが……珍しいと思って」 食堂で顔を合わせれば、そりゃ一緒には食べるが……迎えに来るなんてこと、初めてじゃないだろうか? まさか……なにか不測の事態でも? 「エリナ……ちょっといいか? 耳を貸してほしいんだが」 「なになに? こんな場所で、他の人に聞かれたくないお話?」 「もしかして――」 「ひゃぁんっ♪」 「――ビクッ!?」 「突然、そんなにエロい声を出されたら、ビビるじゃないか……」 「だって、耳に息を吹きかけられたら、誰だって感じちゃうでしょう?」 「知らんがな」 「それにユート、やっぱり甘くてセクシーで、子宮に響く……」 「どうしてこう……コメントし辛いことを言うんだ、エリナは……」 「とにかく、話を続けていいか?」 「ゴメンゴメン。それで、一体何の話?」 「もしかして、何か困ったことでも起きたのか? 秘密を共有する俺に、助けを求めるような、何かが」 「はぁ……はぁ……」 「………」 「一応、真面目な話をしてるんだが……そんなに悶えるような内容だったか?」 「……ご、ごめんね。そんな甘くてセクシーな声で囁かれると、つい……耳が感じやすいから」 「いや、そんなことは聞いていないが」 だが一応、心のメモにしっかり書き込んでおこう。 “エリナは耳が弱点”っと――いや、それはともかく…… 「で、何か困っていることでもあるのか?」 「は、はふ……そんなこと、ない、よ……はぁ、はぁ……」 「本当に? もし、何か困っていることがあるなら、正直に言っていいんだぞ」 「俺は、エリナの助けになりたいと思ったからこそ秘密を共有したんだ。今更、無理をすることはない」 「へ、へーき……ユートを、迎えに来たのは……はぁ、はぁ……ち、違うの、た、ただ……一緒にご飯を食べたかっただけで……はぁ、はぁ」 「……本当に?」 「ほ、本当に……あっ、ひゃぅっ……本当に……はぁ、はぁ……それだけ、なの……はぁ、はぁ……」 「………」 「……ふーーーー」 「ひゃぁぁぁぁぁぁ~~~っっ、はぁ、はぁ……ユート……息、吹きかけちゃダメぇ、あっ、あぁぁっ……背中ゾクゾクしちゃうぅぅ~~」 「……冗談で、ワザと感じたふりをしてるわけじゃなさそうだな」 「も、もちろんだよ。いくらエリナだって、こんな場所で、こんなに感じるだなんて……はぁ、はぁ」 「そうか。すまない」 「もぅ、ユートってば意外とSなんだから……」 「でも、ダイジョーブ。エリナ、基本どMだから! 相性はバッチリだよ!」 「いや、そんなことも聞いていないが――」 “エリナは基本どM”この項目も、心のメモに追加っと。 「まぁ、問題がないのならそれでいいんだ」 「にひひ、心配してくれてありがとうね、ユート」 「気にしなくていいさ。それじゃ、食堂に行くか」 「はい、ユート。“あーん”ってお口を大きく開けて」 「大丈夫だから。気持ちはありがたいが、ちゃんと自分で食べられるから」 「え~~、いいじゃん。遠慮しなくても、ほらほら~」 「いや、遠慮しているわけではないから」 「え? それってもしかして、むしろ物足りないってこと? “あーん”じゃなくて口移しをして欲しいの?」 「や~ん♪ ユートってば、大た~~~ん♪」 「誰もそんなことは言っていない」 「そうなの? それじゃあ、はい、“あーん”」 「だから、あのな……」 「もしかして……エリナの“あーん”してる物なんて、食べたくない?」 「そっか……そうだよね。ワタシ、化け物だもんね……こんな化け物に“あーん”なんてして欲しくないよね」 「ごめんなさい。なはは……ワタシ、鈍かったね……」 「あのなぁ、そういう卑怯な言い方は止めてくれ」 「え? 違うの?」 「違うに決まっているだろう。そういう自分を卑下した言い方は止せ、冗談でも性質が悪い」 「それじゃ、はい、“あーーーーーん”」 「………」 「……ユート……やっぱり……」 「絶対ワザとだ、その態度」 「……ダメ?」 「はぁ……わかった、わかった。食べればいいんだろう、食べれば」 「ただし、一つ条件がある。一回だけだ。その一口を食べたら、もうやらないからな。それで納得してくれるか?」 「うん♪ それで、十分だよ。それじゃあ、はい、“あーん”」 「あ、あーん……あむ、もぐもぐ……」 「美味しい?」 「んっ、んん……うん、美味い……んぐんぐ……」 「よし、食べきった。約束は果たしたからな。エリナも約束は守ってくれよ」 「おー、わかってるよ。これ以上、ユートに食べて欲しいなんて言わない」 「だ・か・らー、今度はエリナが食べるね♪」 「――なんっ、だとっ!?」 「約束を守って、ユートにこれ以上“あーん”はしないよ。でも、“あーん”させないっていう約束はしてないよね? ね? ね♪」 「むっ、むぅ……それは、確かに」 「それとも……ワタシみたいな化け物には“あーん”なんて……」 「あぁ、もう……わかったわかった。食べさせればいいんだろう? 食べさせれば。でもそのやり口は、今回だけにするんだぞ、まったく」 「うん♪ それじゃ、“あーーーーん”……」 「………」 「ユート? なに? そんな『大きく口を開けてまるでフェラ顔みたいだな』なんて、思ってないで早く~」 「そんなドン引きな発想、俺は持ってねぇよっ!」 「あり? 違った? まぁ、いいや。ねぇユート、早くお口に突っ込んで、好きにして~」 「それもさすがにワザとだろ!?」 「にひひ、バレた?」 「よく自分のことを、そんな風に言えるもんだな……」 「これ以上、変なこと言ったら“あーん”はしないからな」 「え!? それって、変なこと言わなかったら、してくれるんだよね!」 「仕方ないからな」 「それじゃ、“あーーーん♪”」 「あーん」 『………』 「ねぇ、エリナ君ってあんな子だっけ?」 「え? いつも通り、元気なエリナちゃんだと思いますが」 「いや、元気がないと言ってるわけじゃなくてね」 「いつもよりも気安くなったんじゃないか、って言いたいんでしょう」 「そうですか? わたしにはよくわかりませんが……」 「エリナ君って尻ごみなんかはしないけど、あんなに積極的に甘えるような子じゃなかったと思うんだよね」 「そうだよね。いくら六連君が年上って言っても、あんなに甘えてるなんて」 「それは、ダメなことなんですか?」 「いえ、別にダメなわけじゃないけれど……突然距離が縮まったことが少し不思議なだけ」 「なんだかんだでエリナ君って、誰かに頼るなんてことはしなかったから、ああして甘えるのはいいことだと思うよ」 「そうですよね。誰かに甘えられるって、素敵なことですよね」 「………………いいなぁ“あーん”……」 「くふ……ああいう、甘ったるいのが好きなの?」 「はっ!? あっ、それはその………………うん。ちょっと、憧れちゃう」 「わたしも憧れます。素敵ですよね、そういうの」 「そういうものかしら? まぁ、それはともかく……今後、私たちはどうすべきだと思う?」 「そうだねぇ、もし二人が本当に付き合っているのなら……お祝いしてあげるべきなんだろうけど、今はまだ見て見ぬふりをしてあげるか……」 「あー、それは確かにそうだね」 「え? お二人が付き合うのは、喜ばしいことですよね? でしたら、お祝いしてあげるべきなのでは?」 「稲叢さんの言いたいことは、わかるのだけれど……実際、付き合っているのかどうかは、まだわからないでしょう?」 「かといって、本人たちに直接尋ねたりして、雰囲気が微妙になっても困るからねぇ」 「んー……やっぱり、もう少し様子見するのがいいんじゃないかな?」 「そういうことでしたら。お二人もわたしたちに打ち明けるタイミングを計っているかもしれませんしね」 「そうね。それじゃ、私たちの当面の方針としては、しばらく様子見ということで。下手につつかない」 「賛成」 「僕もそれで文句ないよ」 「わたしも構いません。エリナちゃん、幸せそうですしね」 「にひひ~~♪」 「はぁ~~……楽しかったぁ」 今日もいっぱい、ユートに甘えちゃった。 “あーん”なんてしたのも、されたのも初めてで……にひひ、こんなに嬉しいことだなんて思ってなかった。 「んー……でも、ちょっと抑えないと。このままだと、さすがにユートも迷惑だと思うようになっちゃうかもしれないし」 「ユートにそんな風に思われて、話せなくなったら怖いもんね」 「ワタシの秘密を受け入れてくれて、あんなに甘えさせてくれる人……二度と出会えないような気がするもん」 嬉しくなりすぎて、ちょっと調子に乗りすぎたかも。反省反省。 「でも、ユートと一緒にいると、ついつい嬉しくて忘れちゃうんだよねぇ~」 「それに、なんだかいい匂いもして、身体も熱くなって……こうして考えただけでも……」 「……あり? なんだろう?」 なんだか、身体がちょっと変かも。嬉しいはずなのに……少し苦しい。 なんだろう、これ。胸……かな? ううん、やっぱり違う。もっと奥の方が苦しい……身体の芯が熱くて、疼くみたいで……なんだろう? 「ん……んん……のどが、乾くかも……」 「ユート……大好き……」 「っ!? な、なんだ? 急にどうした?」 「気づいてるくせに、エリナの……き・も・ち♪」 「………」 「ふふ……ほら、大切なところも固くなってきてるよ」 「そっ、それは……」 「正直になっていいんだよ、ユート。エリナは、もう……覚悟を決めてるから……エリナの初めて、もらって欲しいな、ユート」 「えっ、エリナ!!」 「――はっ!?」 「なんだ……夢か……そうだよな。いくらエリナだって、突然俺にそんなことを言うはずがない」 しかし、こんな夢を見るなんて……やっぱり溜まってるんだろうか? 「というか――」 「んみゅ……んっ、んん……はみゅ~……」 「一番大きな理由は、やっぱりこの温もりとか匂いとか……そういうのだよな」 「昨日に続いて今日も潜り込んでくるとは……」 「んんっ……んふぅ、すぅー……すぅー……」 「……昨日、もっとハッキリ忠告しておくべきだったかな」 とはいえ、こんなに気持ちよさそうに寝息を立てている姿を見ると、怒る気もなくなってしまうのだが……。 「それにこの状況じゃあな……」 布団の下で、愚息が見事なまでに敬礼をしている。 「こんな状況をエリナに見られたら――」 「にひひ、ユートだって嬉しいくせに~♪」 なんてことを言い出しかねない。 「落ち着け、落ち着け」 「んっ、んん……オーチン……ハラショー……にゃもにゃも……」 「ハラショーじゃねぇよ。ハラショーなのは、エリナの柔らかな身体と、甘い匂いだ」 「んみゅ……んふぅ……はぁ……はぁ……」 「しかも、なんだが寝息がエロいし……まいったな」 このままじゃ、勃起が治まらないっ! 「んにゃ……んっ……ユート、おはよう」 「おはよう、エリナ」 「今日もいい天気だね」 「そんなことよりも、どういうつもりなんだ? 二日も連続でベッドに潜り込んでくるなんて」 「今日も眠れなかったとかじゃないだろうな?」 「おー、大正解だよ」 「あのなぁ……わかっているとは思うが、俺も男だぞ。しかも元気な若人だ」 「夕勃ちはしない程度の元気だけどね、にひひ」 「………」 ちゃんとしてますけど!? というツッコミも入れると、見せて! って言ってきそうなので、やめておこう。 「とにかく、ベッドから出てくれ。そろそろ起きる時間だ」 「はぁ~、今日もユートのおかげでぐっすり眠れたよ、ありがとー」 「それはいいことだが……若い健康的な男のベッドに、女の子が潜り込んでくるというのは、如何なものだろうな?」 「んー……でも、眠れなかったんだもん」 「だからと言って、男のベッドに潜り込んでいい理由にはならないだろう」 「少しぐらい寝苦しい夜があったとしても、一人で眠れるようにするべきだ」 「ユートは……ワタシみたいな女の子と一緒に寝るのは――」 「――ストップ」 「それを脅迫の材料に使うのはナシ。それを持ち出されると、俺にはもう反撃することができない」 「にひひ、ちょっと卑怯だったね、ゴメンナサイ」 「とにかく、最初に会ったときにも言ったと思うが、女の子には慎みが重要だ」 「男のベッドに潜り込んでくるのは、慎みが欠けると言わざるを得ないな」 「そっか……ユートの好みは慎みだったね。すっかり忘れちゃってたよ」 「思い出してくれてなによりだよ」 「いいか? 明日からはちゃんと、一人で寝なきゃダメだ。年頃の女の子が、勝手に男のベッドに潜り込んでくるなど、言語道断だ」 「………………でもね、その……」 「……なんだ? なにか、気になることでもあるのか?」 「その、実はね……なんだか喉が渇いて、身体が熱くなるの」 「ふむ……冷たいお茶を淹れてこようか?」 「ありがとう、でもいいよ。実はね……昨日の夜からずっと水分は取ってるんだけど、ずっと乾いたままで……」 「風邪か? そもそも吸血鬼が風邪を引くのかどうかは知らないが」 「んー……多分、違うと思う」 「吸血鬼もね、ヴァンパイアウイルスの活動が鈍くなると、風邪に似た症状が出ることがあるけど、そういうのじゃないと思う」 「というと?」 「別に、体調が悪いわけじゃないの。ただ、身体の芯の方が変っていうか……んー……身体が渇くっていうのかなぁ?」 「上手く説明できないよ、ゴメンね」 「いや、それは別に構わないんだが……それと、俺のベッドに潜り込んできたのと、一体何の関係があるんだ?」 「その渇きがね、ユートの傍にいると楽なの」 「こうしてユートの傍で、ユートの甘い匂いを嗅いでるとね、すごく気持ちが楽になるから……だから……」 「だから、俺のベッドに潜り込んできたのか?」 「……うん」 叱られた仔犬のようにションボリした姿を見ると、適当なことを言って誤魔化そうとしているわけではないようだ。 「あと、その……ワタシね、こんなの初めてなの」 「異性と同じベッドでねることが、か? 自慢じゃないが、俺だって初めてだぞ。記憶にないような子供の頃を除けば、だが」 「にひひ、ユートの初めてゲット~♪ ワタシも男の子と一緒に寝るのは初めてだけど、そういうことじゃなくてね」 「うん?」 「エリナはね、この都市に来てからずっと、自分の体質は秘密にしてきたから、なんて言うのかな……」 「何も気にせず一緒にいられる相手がね、初めてできたの」 「………」 「だからかな、ユートと一緒にいると楽というか……凄く嬉しいの。一緒にいられるだけで、幸せなの」 「その、あの……何が言いたいかって言うとね……ありがとう、ってこと………………なんだか、照れるね、にひひ」 「どういたしまして……で、いいのか?」 思わず頬が赤くなってしまったが、このままではいけない。 「――コホン。それはともかく……俺を困らせるために潜り込んできたわけじゃないことはわかった」 「だが、日本には“男女七歳にして席を同じうせず”という言葉もあってだな」 「セキをドウジュセズ?」 「ともかく、年頃の男と女がそう簡単に一緒に寝るもんじゃない、ってことだよ」 「そうなの?」 「まぁ、病気で苦しいのなら仕方ない………………のか?」 むっ、むむぅ……苦しんでいるのなら、助けてやりたいとは思うが……。 朝起きたら、可愛い女の子が横にいるこの状況は心臓に悪いし、誰かに見られたら体裁も悪い。 「それで、その渇きっていうのは、どうなんだ?」 「うん、今はもうへーき。ダイジョーブだよ、心配かけてゴメンね」 「それならいいが……病院に行った方がいいんじゃないか?」 「でも、別に体調が悪いわけじゃないの。ちょっと、身体が渇いてる感じがする以外、問題はないんだよ」 「だから、病院になんて行くほどじゃないと思う。心配してくれてありがとう♪ でも本当にダイジョーブだから」 「……そうか?」 「うん♪ それじゃ、服を着替えちゃわないといけないから部屋に戻るね」 「ああ、それじゃあ」 笑顔を浮かべるエリナは、いつも通りに見える。 本人が大丈夫とも言っているし、無理強いするほどでもないか。 しかし、渇くってどういうことなんだろう? 吸血鬼特有の病気とかなんだろうか? 「ちょっと、エリナの様子には注意しておいた方がいいか」 「……ふぅ……おっかしいな」 部屋に戻って制服に着替えようとすると、どうしてかな……身体が熱いや。 「さっきまでは普通だったのに。部屋に戻って来たら、また変になっちゃったよ」 「なんだろう、これ……ちょっと苦しい。なんだか、もっと身体が渇いてきたかも……」 この感覚、なんなんだろう……こんなの初めてだよ。 「血が足りてないのかなぁ? 普通に考えるとそれしかないんだけど……」 でも、ユートの血を飲んでから、そんなに時間が経っていないのに……今までのサイクルより、ずっと短い。 こんなに短時間で体調が悪くなるなんて初めてだよ……なんでなんだろう。 「やっぱり……喉が……ううん、身体が渇くなぁ……」 「………」 「六連君、どうかしたんですか? なんだか、難しそうな顔をしてますが……」 「ちょっと、気になることがあって」 「もしかして、今朝のエリナ君の態度かい?」 「確かに、ちょっと気になるわね」 「体調が悪そうだったもんね」 「やっぱり、みんなもそう思ったか」 「アヴェーンさんがどうかしたんですか?」 「本人は大丈夫と言っていたが……ちょっと、体調が悪そうだった」 「具体的には、どんな風にですか?」 「んー……本人も具体的なことはあまり言いたがらないんだが、身体が熱くて喉が渇くとは言っていたな……」 「なんだか風邪みたいですね。あ……そもそも、吸血鬼さんは風邪を引くんですか?」 「人間と同じ風邪になるなんて話は聞いたことがないかな」 「ただ、体内のヴァンパイアウイルスが弱って、バランスが崩れたりすると似たような症状が起こるらしいよ」 「長期間、血を飲んでいない時にも、似たような症状が起きるわね」 「エリナちゃんが喉が渇くって言うなら、単純に血が足りてないんじゃないかな?」 「でしたら、合成血液を飲めば解決するんですよね」 「そうだと思う……けど、あれ? そういえばエリナちゃんって、ちゃんと合成血液飲んでたっけ?」 「そりゃ飲んでるはず……じゃないの? でも、飲んでる姿をあんまり見たことないね」 「そういえば……私もないわね」 「あ、あー……俺はあるかな、血を飲んでるところ最近も見たぞ」 「そうなの? でも、最近飲んだんだとしたら……血が足りてないっていうのも変な話だね」 「心配は心配だけれど……ここはひとまず、佑斗に任せましょうか」 「そうだね、それがいいかも」 「……え? なんで、俺? いや、エリナが心配なのには同感なんだが」 「だって、最近エリナ君と一番仲がいいだろう? ほら、昨日だって食堂で“あーん”してたくせに」 「そっ――それは確かにそうなんだが……」 「そうなんですか? 凄いですね、学院でそんなことするなんて……もし私だったら“あーん”なんて……」 「ひぇ……想像しただけで、恥ずかしくって無理です……」 「勘違いしないで欲しいんだが、俺も凄く恥ずかしかったんだぞ」 「でも、エリナの症状に関して、佑斗なら強いコネもあるでしょう?」 「コネ?」 「あっ、そうだね、優秀なお医者さんが知り合いにいるもんね」 「………」 優秀なのかもしれんが、あまり連絡は取りたくないなぁ。 とはいえ、俺が堪えることでエリナの体調がよくなるなら……。 「……仕方ない、連絡を取ってみるか」 「………」 コール音が響く携帯を耳に当て、相手が出てくれるのをじっと待つ。 「……今は忙しいのか?」 相手は腐っても医者な上に、一応優秀らしいから、忙しくても何ら不思議はないのだが……。 『もしもし? 六連君かい? 君の方から電話をくれるなんてどうしたんだい? いや、嬉しいよ? 嬉しいんだけど、ちょっと驚いちゃってね』 「あの、落ち着いて下さい。早口過ぎます。テンション高過ぎです」 『おっと、これは申し訳ないね。つい』 「……あまり、深いことは確認したくないので、本題に入ってもいいですか?」 『そりゃもう、一体どうしたんだい? まさか、なにか体調に問題でも?』 「いえ、俺の話じゃないんです。寮で一緒に住んでいる、エリナの話です」 『なんだ……他の女の子の話か』 「あの、すみません。真面目な話なので、ちゃんと聞いてくれませんか?」 『ふむ。わざわざ電話してまで確認したいことなんだから、重要なことなんだろうね。それで、一体なんだい?』 「吸血鬼の病気かなにかで、喉が渇き続けるという症状はあったりしますか?」 『喉が渇き続けるって……それは、ちゃんと飲み物を取っていても?』 「取っていても、です」 『うーん……一応確認するけれど、それは吸血鬼なんだよね?』 「えぇ。そうです」 『だったら、血は? ちゃんと合成血液のパックを取ってるの?』 「ちゃんと血は取っています。それでも、様子が少し変なんです」 『そうなると……ちょっと難しいね。実際に診察してみたら、何かわかるかもしれないけど、電話で症状を聞くだけじゃ……』 「そうですか」 「わかりました。すみません、お忙しいところ」 『それはいいんだけど……どうする? こっちに来るなら、ちゃんと診察をするけど?』 「そうですね……改めて本人にも確認して、体調が悪いようなら、お願いしてもいいですか?」 『うん。いつでも連絡してくれていいよ』 『あっ! もちろん、別に用事がなくても連絡してくれて構わな――プッ』 先生の声に耳を傾けることなく、そのまま会話を終了させる。 「やっぱり、吸血ぐらいしか思いつかないのか……でも、エリナは俺の血を吸ったはずなのに……」 吸血鬼が相手だと、そんなに頻繁に吸わなくちゃいけないのだろうか? 「いや、そもそも……エリナは血を一体どうしてるんだ?」 少なくとも市販の合成パックでないことは間違いないわけだし……後で確認してみるか。 「あのー、六連先輩」 「稲叢さん? どうかしたのか?」 「実は、エリナちゃんのことでちょっと、お話が……」 「なにか、問題が? まさか、倒れたなんてことが!?」 「いえ、そこまでの話じゃありません。ただ……やっぱり見てる限り、辛そうなんです」 「授業にも集中できていないみたいで」 「そのことに対して、エリナはどう言ってた?」 「はい。そのことをエリナちゃん自身に尋ねると……」 「エリナちゃん、大丈夫?」 「にひひ……へーきへーき。ゴメンね、心配かけちゃって」 「でも、さっきから辛そうだよ?」 「んー、ちょっとだけね、頭がボーっとするけど、へーきだよ」 「……エリナちゃん」 「もー、リオは心配しすぎだよー。本当にダイジョーブだから」 「って、無理して笑うばっかりで」 「そうか……エリナの様子は稲叢さんの目から見て、心配なんだな?」 「はい。なんだか、時間が経てば経つほど、症状がひどくなってるように見えるんです。だから……」 「そんなにひどいのか……わかった。伝えてくれてありがとう、稲叢さん」 「どうしましょう、六連先輩」 「……そうだな……エリナのことは俺に任せてくれるか?」 「お願いできますか?」 「勿論だ。エリナのことが心配なのは、俺も同じだから。伝えてくれてありがとう、稲叢さん」 「はい。よろしくお願いします」 様子見なんて言ってる場合じゃないな。多少強引にでも、休ませた方がいいだろう。 「美羽」 「なに? どうかしたの?」 「今日は俺、非番で合っていたかな?」 「えぇ。佑斗は休みだったはずだけれど……どうかしたの?」 「さっき稲叢さんと話したんだが、エリナの様子がやっぱり普通じゃないらしい」 「だから、今日は無理矢理にでも早退をさせた方がいいんじゃないかと思って」 「そう、そういうことなら、それがいいでしょうね」 「それで、俺も今日は早退しようかと思ってる。枡形《チーフ》主任……じゃなかった、枡形先生に伝えておいてくれないか?」 「わかった。ただ……私も布良さんも、今日は風紀班の仕事があるから、佑斗に任せてしまうことになると思うけど……」 「そんなことなら気にしないでいい。それじゃ、あとはよろしく頼むな」 「それから、ニコラー」 「ん? 何か用かい?」 「エリナは今日、カジノのシフトに入ってたりするのか?」 「今日? えーっと……ああ、うん。確か今日はシフトに入っていたと思うよ」 「悪いが、今からエリナを早退させて、寮で大人しくさせようと思う。だから、シフトの調整と、カジノの連絡を頼めないか?」 「ああ、任せておいてくれ。フロアーチーフにはボクの方から説明しておくよ」 「すまない。よろしく頼む。何か問題があったら、携帯に」 よし、これで下準備は済んだ。エリナの教室に向かおう。 「稲叢さん」 「あっ、六連先輩」 「エリナは、教室の中?」 「はい。さっきからぐったりした様子で……」 「んっ……はぁ……はぁ……」 教室の中でエリナはと机に突っ伏し、ぐったりとしている。 「あんな感じで、ずっと調子が悪そうなんです」 「これは確かに心配だな」 「稲叢さん、エリナは俺が寮に連れて帰る。そして大人しく寝かしておくよ」 「お願いできますか? エリナちゃんもきっと、六連先輩の言うことなら大人しくしたがってくれると思います」 「稲叢さんは、先生に早退のことを伝えておいてくれるかな?」 「はい、それぐらいのことはさせていただきます」 「エリナ」 「……あり? ユート、どうかしたの?」 「どうかしたの、じゃないだろう。そんなに辛そうにして」 「今だって机に突っ伏したままで……しんどいんだろう? 稲叢さんが心配して、わざわざ報告までしに来たんだぞ」 「……なはは、リオってば心配性なんだから。ダイジョーブだよ」 「そんな状態で、大丈夫なわけないだろう。ほら、早退しよう」 「え? 早退?」 「そうだ。そんな体調のまま、放っておけるわけないだろう。ほら、帰る準備を」 「稲叢さんにはもう、早退することを先生に伝えてもらうように頼んだから」 「でも、今日はカジノの仕事もあるし……」 「そっちも、ニコラに頼んである。ちゃんとシフト変更をしておいてくれるそうだ」 「……ユート、根回しがいいね」 「そうでもしないと、ずっと頑張り続けそうだからな、エリナは」 「それと、それだけみんながエリナのことを心配しているってことだ」 「………」 「さぁ、そういうわけで早く帰ろう。俺が看病するから」 「……それ、本当? 本当に、ユートがワタシを看病してくれるの?」 「勿論。一緒に帰って、寮で看病をするために、俺が今ここにいるんだから」 「でも、風紀班の仕事は?」 「今日は非番だ。仮に仕事があったとしても、エリナのためになら休んだよ」 「わかったなら、早く帰って、大人しく寝ること。いいか?」 「そっか。ユートが看病してくれるんだ……だったら、帰るのもいいかもしれないね」 「それがいい」 「よかったぁ、さすが六連先輩です。こんなに簡単にエリナちゃんを説得するだなんて」 「あっ、エリナちゃん、何か持って帰らなきゃいけない、大切な物はある?」 「え? ううん、普通に授業の準備だけだよ」 「でしたら、エリナちゃんの荷物は、わたしが持って帰りますから。荷物は少ない方がいいでしょうし」 「そうか? なら、お願いしてもいいかな?」 「ゴメンね、リオ」 「気にしないで。そんなことより、エリナちゃんは早く身体の調子を元に戻してね」 「うん。ありがとう」 「それじゃ、行こうか。立てるか?」 「えっと……ちょっと待って」 自分の身体の動きを確かめるように、エリナはゆっくりと椅子から腰を上げる。 「あっ、うん。へーきみたい。立つぐらいなら」 「そうか。だが、一応、俺が身体を支えるから。苦しくなったら早く言うんだぞ、なんだったら背負うからな」 「えー、できればお姫様抱っこがいいなぁ~」 「考えておこう。それじゃ、稲叢さん、すまないがあとは頼む」 「迷惑かけて、ゴメンね」 「迷惑なんかじゃないよ。それに、心配するならまずは自分の身体の心配だよ」 「それじゃあ」 「はい。お気をつけて」 「さてと……本当のところはどうなんだ、エリナ?」 「本当のところ?」 「教室には他の人も沢山いたから、あまり訊けなかったんだが……もしかすると、エリナの体質が何か関係してるんじゃないのか?」 「うーん……ワタシもよくわかんない。こんなこと初めてだから」 「そうか。それなら、寝起きで言っていた例の渇きについてはどうだ?」 「んと、その……正直に言うと、やっぱり渇いてる」 「それは、夕方に起きた時よりも?」 「……うん。なんだか、どんどんひどくなってるような気がするよ」 「エリナ、どうしてもっと早くに言ってくれなかったんだ。そんなに無理をして……」 「ごめんなさい」 「あ、いや……俺の方こそすまない。別に強く責めるつもりはなかったんだ」 「体調が変だと気づいていたのに、今まで様子を見ていた俺の方が悪い、ダメだな」 「ううん、そんなことないよ。だって、ユートはちゃんと今、ワタシを助けてくれてるから」 「だから……ダメとか言わないで。ワタシは、みんなが心配してくれて凄く申し訳ないけど……でも、嬉しいよ」 「もう少し、早めにしておけばよかったと後悔してるよ」 「エリナも、ちょっと後悔してる。こんなにみんなに心配をかけるなら、最初から休んでおけばよかったって」 「でも……それ以上に、嬉しいよ」 「そうなのか?」 「だって、ユートが看病してくれるんだもん。だから、嬉しい、にひひ」 「エリナが望むなら、最初から看病してやったぞ?」 「本当に?」 「勿論だ。病人に優しくするのは、当然のことだろう」 「だったら……今日は甘えてもいいの?」 「構わないぞ。俺にできることなら、なんでも」 「それじゃ、お姫様抱っこ♪」 「考えてみたが、それは恥ずかしい」 「えー……甘えてもいいって言ったはずだよー」 「それに、いくらエリナが女の子とはいえ、寮まで両腕で抱えていける自信がない」 「それはユートの思い込みだよ。吸血鬼なら普通にできるよ、それぐらい。普段の身体能力だって上がってるんだから」 「なるほど。言われてみると、確かにそうかもしれないが……さすがにそれはなぁ」 「にひひ、冗談だよ。看病してもらえるだけでも嬉しいんだから、これ以上わがまま言わないよ」 そう言って笑うエリナの前で、俺はゆっくりとしゃがみこんで、背中を向ける。 「どうしたの、ユート? もしかして、気分でも悪い?」 「違う。ほら、乗っていいぞ」 「お姫様抱っこは無理だが、おんぶならしてもいい」 「………」 「どうかしたか? おんぶだと、世話になるつもりにはなれないか?」 「にひひ♪ ユートってばイジワルなんだから~」 「むっ……意地悪か……スマン。やはり、お姫様抱っこの代案にもならないか」 「違うよ、全然違う。そうじゃなくて……そんな不意打ちをされたら、ドキッとするってこと――とぅ」 「――ぐっ」 「エリナ、乗っていいとは言ったが、勢いをつけるんじゃない。危うく、転びそうになったぞ」 「ゴメンナサイ。ダイジョーブ?」 「ああ。問題ない。エリナ一人ぐらい、軽いもんだ」 俺は勢いよく立ち上がる。 別に無理をしているわけでもなく、吸血鬼の体力ならば小柄な女の子一人ぐらいなら何の問題もない。 「この分なら、お姫様抱っこでもできたかもしれないな」 「今からでも変更可能だよ?」 「いいや、残念ながら今日はこのままだ。お姫様抱っこはまた別の日……誰かに見られたりしないときに、気が向いたらな」 「そっかー。それじゃあ、今日はユートの背中で我慢しておくね。乗り心地も悪くないしね」 「乗り物扱いか……まぁ、いいんだが」 「それではお嬢様、寮までノンストップですのでお気を付けを」 「うん♪」 「にひ……にひひ……」 「どうかしたのか? さっきから耳元で不気味な声がしてるんだが」 「むー、失礼なユート。不気味な声じゃないもん。エリナの漏れ出る嬉しい笑いだもん」 「それは失敬」 「だが、どうしてそんな不気味な声……ではなく、笑いをこぼす?」 「だって、ユートの背中、温かいんだもん♪」 「……それだけで?」 「それだけでも、十分嬉しいんだよ。……こんな風に優しくされてるんだから」 「そういうものか」 「そういうものだよ。ユートはあれだね、自分がどれだけ優しいことをして、フラグを立てちゃってるか、理解すべきだよ」 「フラグ、立ってるのか?」 「にひひ、そりゃもうビンビンに。こうして胸を押し付けちゃうぐらいにね、うりうり~~」 「――ッ!?」 こ、こやつ、結構胸がありおる!? そういえば、バニー姿の時に谷間ができていたが……バニー服の補整というわけではなさそうだ。 「――コホン。エリナ、胸が当たってるぞ? さっきから驚くほど柔らかい感触が、背中でムニュムニュしてるぞ」 「そんなの説明されなくても知ってるよ。だって、当ててるんだから~、にひひ♪」 「いや、俺としては『きゃっ、やだもう、ユートのエッチ~』という感じで、離して欲しかったんだが……」 「おー、そっか。ユートのエッチ~♪」 「それなんか、ニュアンスが違う」 「――あふぅ」 「じゃなくて、誰がさらにこすり付けろと言った?」 「にひひ~、ユートだって気持ちよさそうな声を出してたじゃん」 「それは………………それとこれとは、話が別だ」 「頼むから、あまりこすり付けないでくれ」 「そうなの? ユートがそんなに言うなら……わかったよ」 「代わりに耳を甘噛みしてあげるね♪ あむあむ」 「――ひゃんっ」 「っておい! 胸をこすり付けるよりも、感じさせてどうする」 「あり? これでもダメ? もー、だったらエリナにどうしろっていうのさー」 「何もしなくていい! 病人は大人しく、俺の背中でじっとしているんだ」 「でも……それじゃ、どうやってお礼をすればいいの? 胸を擦り付けるのも、耳を甘噛みするのもダメなんて……」 「……どうしてそう、自分の肉体を使ったお礼しか思いつかないんだ、エリナは」 「病人を気遣うのは当然のことだ。お礼なんて考えずに、素直に甘えておけばいい」 「……日本では、そういうものなの?」 「人を気遣う気持ちに国は関係ないだろう。全世界共通だ。病気の時は、誰かに甘えていいんだ」 「……そっか。じゃ、お言葉に甘えて……ユートに甘えちゃうよ?」 「任せろ。エリナ一人に甘えられるぐらい、問題ない」 「にひ、にひひ。ありがとう、ユート」 「どういたしまして」 「ユートの背中、おっきくて温かいね」 「まぁ、男だからな。それぐらいは普通だ」 「それに……なんだか、いい匂いがする」 「そうか? 別に香水なんてつけていないぞ。汗臭いとか、加齢臭がすると言われた方が、まだ理解できる」 「くすくす、なにそれ。変なの」 「そんな変な匂いじゃないよ。もっといい匂い……凄く、凄く、いい匂いだよ。甘くて、美味しそうな匂い……」 「そんなこと言われたのは初めてだな。やはりエリナは熱で――」 「――美味しそう?」 「うん……美味しそう。この甘い匂いを嗅いでると、胸の奥の方がドキドキして……ユート……れるん」 「――ひにゃ!?」 「くっ、首を舐めるんじゃない。さっきも言っただろう、病人は大人しくするように、と!」 「んっ、れる、れろれろ……ユート、ユートの匂い……ダメ、かも……はむはむ」 「ちょっ、舐める代わりに噛むのもなし――」 「あむ、あむ……はぁ、はぁ……ユート……」 「……エリナ?」 俺はエリナの様子に、違和感を覚えた。 なんだ? 別に悪乗りしているわけではなさそうだ。というか……様子が変じゃないか?。 「おい、エリナ、しっかりしろ。ちゃんと意識を持てっ!」 声を荒げ、背負った身体を揺する。 するとようやく、うなじから首筋にかけて感じるエリナの唇の温もりが、離れてくれた。 「あ、あり? ユート、どうかしたの?」 「……もしかして、覚えてないのか?」 「覚えてないって……なにを?」 「さっき、自分がしたことを、だ」 「エリナがさっきしたことって……ユートの背中に、甘えてただけだよね?」 「………」 やはり、覚えていないのか……。 熱で浮かされている………………にしても、疑問は残るな。 「……ユート?」 「いいや、なんでもない。ほら、ちゃんと捕まっていろ。ペースを上げるぞ」 「うりゃぁっ」 「わっ、わわ……はやい、はやーい。ゴーゴーゴー!」 はしゃぐエリナを背負ったまま、俺は一気にペースを上げる。 様子が変だ、早くベッドに寝かした方がいいだろう。 ただ……ベッドに寝かせただけで、体調が戻ってくれるかどうかはわからないが……。 「………」 なんだろう……身体がどんどん熱くなってきてる。 起きたとき、ユートと一緒にいると、凄く安心できたのに……。 今はユートが近くにいればいるほど……ユートの匂いを嗅げば嗅ぐほど、胸のドキドキが激しくなる。 「(それに……身体、疼く)」 全力疾走ではないものの、ワタシを背中に乗せたまま、小走りで進んでいくユート。 その顔は、斜め後ろからしか見えないけど……ちょっと、心配そう。 「(ゴメンね、ユート。心配させて……迷惑かけちゃって……)」 ワタシの声は、風に流されたのか、ユートには届いていないみたい。 ……でも、大きな声で言い直す余裕は、今のワタシにはなかった。 「エリナ、部屋の鍵は?」 「……ここ……はい」 「俺も入って大丈夫か? 変なところに触るつもりはないし、見ないように心掛ける」 「にひひ、ダイジョーブだよ。ユートなら全然入ってくれて」 「そうか。それじゃ、ちょっと失礼するぞ」 「………」 初めて入ったエリナの部屋は、綺麗に整頓されて、思ったよりも女の子らしい部屋だった。 っと、あんまりジロジロ見るものじゃないな。 「エリナ、ベッドに降ろすぞ」 「……うん。よろしく」 「よっと……」 「さて、改めて様子は」 「ん……」 「……やっぱり、熱が酷いな。大人しく寝るんだ」 「おー、了解だよ」 「それから、普段エリナは血の摂取はどうしてるんだ? 吸血鬼の血を吸っているんだろう?」 「あっ、それは特別なパックをサヨに用意してもらってるの」 「サヨ? それって市長にか? 知り合いなのか……いやそれより、今この部屋にあるのか?」 「うん。そこの冷蔵庫に入ってるはずだよ。まだ……2つぐらいは残ってたと思う」 「そうか。ちょっと、開けさせてもらうぞ」 言いながら、部屋に備え付けの冷蔵庫の中を確認。 確かに血液パックが保存されている。 パックの表面から判断すると、やはり流通している合成血液パックとは違うようだ。 「エリナ、それじゃまず、これをちゃんと飲むんだ」 「うん」 「それから……どうすればいいんだ?」 「人間の風邪なら、色々考えることはあるんだが……とりあえず、同じ対応をしてみるか」 「人間の風邪の時は、一体どうするの?」 「まず、これ以上熱が上がらないように汗を拭いて、着替えだな」 「なるほど。それじゃちょっと、その準備を」 「待て待て。エリナはまず血を飲んで、ウイルスを活発に。準備は俺がしてくる」 「言っただろ、俺が看病する、と。頼むからエリナは、俺の言葉に素直に甘えてくれ」 「そっか。そうだね……うん。ごめん、それじゃ今日は、ユートに甘えさせてもらうよ」 「それでよし。では、大人しくしておくように」 「ダー、りょうかーい」 「身体を拭くタオルはエリナの部屋にあるだろうから……まずはお湯だな」 他には冷蔵庫の食材を見て、作れそうな病人食を考えて……吸血鬼にも、冷却シートは効果があるのかな? 試しに後で、買いに行ってみるか。 「エリナ、入るぞ」 「……はぁ……はぁ……」 「……エリナ?」 「おー、ユート……おかえりー。エリナ、ちゃんと大人しくしてたよ、にひひ」 「その調子で、身体がよくなるまで大人しくしているように」 「……わかったよ」 「………」 マズイな……確認するまでもなく、エリナの症状は悪化しているようだ。 見る限り、血液パックは空になっていて、ちゃんと飲んでくれたみたいだが……効果が出るまでは、少し時間がかかるのかもしれない。 「はぁ……はぁ……」 「早めに寝た方がよさそうだな。ちゃっちゃと身体を拭いてしまおう」 「……よろしくお願いするね」 「いや、待て待て! いきなり服を脱ごうとするんじゃないっ、落ち着けっ!」 「でも、服を着たままじゃ身体は拭けないよ」 「だからと言って、俺の前で脱ごうとするんじゃない。着替えの準備も終わったら部屋を出ていくから」 「そうなの? でも……今日はユートに甘えていいんじゃないの?」 「確かにそうは言ったが、それとこれとは話が別。身体は自分で拭くこと」 「ちぇー……ユートの嘘吐きー……はぁ……はぁ……」 「………」 「とにかく、早く汗を拭いて、寝た方がいい。タオルはどこにある? あと、着替えのパジャマの場所も」 「えっと……そこの、棚に、入ってる……はぁ……はぁ……」 「わかった」 「あと、替えの下着は自分で準備すること。俺は手伝わないからな」 「……はぁ……はぁ……」 「………エリナ?」 「大丈夫……じゃないのはわかってるんだが、平気か? ちゃんと意識はあるか?」 ベッドに座るエリナに視線を合わせ、汗に濡れた顔を覗き込む。 若干、目の焦点が怪しい。熱がひど過ぎて、意識を失う直前と言われても納得してしまいそうなくらいに。 「エリナ……しっかりするんだ、エリナ」 「はぁ……はぁ……」 「体調を教えてくれ。熱以外の症状は? 身体のどこかが痛いとか、苦しいとか」 「身体、熱くて……胸が苦しくて……はぁ、はぁ……身体が、疼く……」 そう言ったエリナの身体が傾き、俺の方へ倒れてくる。 「エリナっ!?」 「はぁ……はぁ……」 ちゃんと受け止めはしたものの、エリナの意識は朦朧としており、触れ合う肌もさっきよりも熱くなっている。 「ゆ、ユート……はぁ……はぁ……」 「俺はちゃんとここにいる。だからほら、しっかりするんだ」 「はぁ……はぁ……ユート……ユートの匂い……がする」 「やっぱり、病院に連れていった方が――」 「ユートの、匂い……甘い匂い……本当、美味しそう」 「……え?」 「エリ……ナ……?」 いつか感じた奇妙な感覚が、再び俺を襲ってきた。 これで三度目となる、自分の首に牙が突き立てられた感触―― 「んっ……ちゅる、ずずず……ちゅっ、ちゅず……」 「お、おい、エリナ? 一体何を――」 「んく、んっ、んん……ちゅるちゅる……」 エリナは俺の声に反応することなく、血を吸い続けている。 ただひたすら、蜜を舐めるように、俺の血を飲み下していた。 「ユート……あむ、ちゅる、じゅる……ユート……あむ、ちゅるる……」 なんだろう……俺の名前を呼びながら首筋に顔を埋められると、ちょっとドキドキして、緊張してくる。 それが場違いな感想であることは、当然わかっているのだが……。 最初は驚いたものの、俺は抵抗することなくエリナの好きにさせる。 「………」 「んっ、んっ……んんっ……」 どうしてエリナが突然俺の血を吸っているのか、それはわからない。 だがこんなに必死になって吸っているのだから、きっと必要なことなんだろう。 意識が朦朧としている可能性もあるので、ウイルスを活発化させるために、本能が求めていた、なんてこともあり得る。 俺の血でエリナの体調がよくなるのならば、提供することに躊躇いはない。 死ぬまで血を搾り取られることもないだろうしな。 ……な、ないよな? 「んっ……んん?」 俺の不安はやはり杞憂だったようで、首筋でエリナが声を上げる。 「大丈夫か、エリナ」 「んっ!? ぱぁっ――ゆ、ユート、これは? ワタシ、ユートに何を……?」 「やっぱり意識がなかったのか」 「え? え? も、もしかしてワタシ……ユートの血を?」 「体調の方はどうだ? 俺の血を飲んで、少しは落ち着いたか?」 「う、うん……身体が熱いの、少し治まった気がする」 「そうか。それなら何よりだ」 「でも、でも……ワタシ、ユートの血を……」 「気にしなくていい。大した量じゃないし、俺の方も身体に影響はない」 「俺の血でエリナの体調がよくなったのなら、何も気にすることはないだろ」 「ち、違う、ワタシ、そんなことをするつもりは全然なくて……ご、ゴメン、ゴメンね、ユート……ワタシ」 「大丈夫、大丈夫だから。エリナも少し落ち着くんだ」 俺は小さく震えるエリナの身体を軽く抱くようにしながら、可能な限りの優しい声を出す。 「エリナは熱で苦しんでいて、身体が勝手に俺の血を求めたんだろう」 「こういうことは、初めてなのか?」 「うんっ。ワタシ、今までにこんなことなかったのに……こんな、勝手に血を吸っちゃうだなんて……」 「それだけ苦しかったということだ」 「体調が戻ったならよかった。それじゃ、身体を拭いて、パジャマに着替えるんだ」 「う……うん」 「お湯はそこに……って、冷めてしまったか。すぐに入れ直してくるから――」 「い、いいよっ、全然へーき。その冷めたお湯で十分だよ。だからお願い、早くユートは出て行って……」 「わかっている、覗くつもりは全くない」 「……ううん、違うの。そうじゃない……そうじゃないけど、ゴメンね」 「今は……一人にして欲しいの」 「エリナ……」 「わかった。それじゃ、出ているが何かあったらいつでも呼んでくれ。無理せず甘えていいんだからな」 「何度も言うが、俺は気にしていない。秘密を共有した、特別な友達だろう?」 「……ユート、ありがとう。何かあったら、呼ばせてもらうね」 「そうしてくれ。それじゃあ」 ……かなり、動揺しているみたいだな。 エリナが、下ネタの一つも言わずに、出て行って欲しいと言うなんて。 「いや、下ネタを言われても困るんだがな」 「それにしても……」 ゆっくりと首筋に触れる。 少しヌルッとした感触は、俺の血だけでなく、エリナの唾液も混じっているのだろう。 「……エリナの唾液か」 ………。 いやいや、何を思い耽る必要がある? 別に何もするつもりはないんだから、こんなにドギマギする必要はないだろう。 「さて、今はエリナのために食事作るか。えーっと……ネギはあるが、肉はなし。魚もなしか。となると……」 「エリナ、食事に雑炊を作ったんだが、体調はどうだ?」 「……うん。へーき、一人で食べられるよ」 「料理、ありがとう。とりあえず、置いておいて」 「わかった。ちゃんと食べるんだぞ」 「ちゃんと食べる。だから、ユートは……もう戻ってくれていいよ」 「……そうか」 「……わかった。器はまたあとで取りにくるから」 「うん……ゴメンね、ユート」 「………」 体調は元に戻ったようだが……その分、元気がないように思える。 しかも、俺のことを遠ざけようとしているようにも。 やはりさっきのことが影響しているか……参ったな。 「しかも、こんなことが続くのもマズイ」 俺のことじゃない。 場所とか関係なく血を吸われてしまったら、誰かにバレてしまう可能性は十分ある。 「しばらく様子を見て……なんて、呑気なことを言ってる場合じゃないかもしれないな」 「……うん、ユートが近づいても離れても、何の反応もなし。もう、大丈夫みたいだね」 意識を失っている間に、勝手に血を吸うようなことはなさそう。 「でも、勝手にユートの血を吸っちゃうなんて……それにその時のこと、何も覚えてない……」 パックの血を飲んでも、何も変わらなかったのに……ユートの血を飲んだら、嘘みたいに……。 「ユート……気にしてないって言ったけど、やっぱり驚いたよね」 「それに……怖かった、よね……」 また、急に血を吸ったりして。 しかも今回は、意識がない状態でユートの血を吸ったりして……。 「こんなこと……ユートだって怖いに、決まってるよね……」 「もしまた、体調が変になって……ユートを襲うようなことになったら……さすがにユートだって、ワタシのこと……」 「こんなこと、今までに一度もなかったのに……ワタシ、どうしちゃったんだろう……」 ちょっと…ううん、凄く怖い、怖いよ。 自分の体調が変になることが……そして―― このままだと、ユートが離れちゃうことが。 せっかくユートが優しくしてくれたのに……離れるなんて…… 「そんなの、絶対にイヤ……うん、イヤだ」 「ユートを襲うのイヤだし……そのせいでユートが離れちゃうのも、イヤだ……考えただけで、怖いよ」 そのためにも、今後は血に飢えるようなことが起きないようにしないと。 ……ちゃんと血を摂取して、規則正しい生活で体調の管理もしないと。 「まずは、ちゃんと食事を取ることだよね。せっかく、ユートが作ってくれたんだから」 置かれたゾウスイを引き寄せ、一口食べてみる。 ……美味しい。まるでカーシャみたいだけど、これはお米を使ってるみたい。 砂糖やミルクはないのに……それでも、すごく美味しい。 「それに、凄く温かい……ご飯、凄く美味しくて温かいよ、ユート」 やっぱり、一緒にいたい。 ワタシのことを知っても、そのまま受け入れてくれる優しくて温かい人とは、もう二度と出会えないかも知れないから。 「頑張らないと……」 ユートに嫌われないように。 ユートと一緒にいられるように。 「はぁぁ~~~……」 「あれ? エリナちゃん、どうかしたんですか? そんな深いため息を吐いたりして」 「うん。実は、ちょっとアンニュイな気分なの」 「アンニュイ……なんだか、アダルティな言葉ですね」 「私なんかじゃ、力にはなれそうにないかも……あっ、オーナー! オーナー!」 「ん? なぁに、突然大きな声を出したりして」 「エリナちゃん、悩み事があるみたいなんですが……私じゃダメそうなので、ここは大人のオーナーにお願いできないかと」 「んー……今は他にお客さんもいないことだし、別に構わないわよ」 「それで、どうかしたの? アヴェーンさん」 「うん。えっとねぇ……最近、ユーに我慢させてるんじゃないかって心配なの……ふぅ」 「なにか、そういう雰囲気があるんですか?」 「態度が冷たいとか?」 「ううん。おはようとおやすみのちゅーはしてくれるし、ユーはいつも優しいよ」 「だったら……デートしてくれなくなったとか?」 「ううん。お互いの仕事のスケジュールを合わせて、デートはよくしてる」 「この前もね、ショッピングモールの観覧車に乗って、またあの時みたいに………………きゃ~~~! これ以上は言えないよぉ~~♪」 『………』 「あのさぁ、ノロケを自慢されてるようにしか思えないんだけど?」 「そうですねぇ……私も実際に聞いてみて、ため息が出そうです」 「でも実は……《アクア・エデン》海上都市に戻ってきてから、夜の生活の方が……ちょっと……」 「よ、夜の生活って……つまり、そういうことですよね? ひょわぁぁ~~!」 「へぇ。それは確かに倦怠期かもしれないわね。でもさっき、観覧車がどうとか言ってたのに」 「ないわけじゃないんだけど……あんまり応えられてないの」 「がっ、我慢って、やっぱりそういうことなんですかっ!?」 「なるほどねぇ。相手は若い男だもんねぇ。回数が少ないと欲求不満になるかもしれないわよね」 「実はエリナも、ちょっと欲求不満気味かも……」 「そっ、そうなの!?」 「……エリナちゃんも欲求不満だなんて……せ、せせせせせ、セックス……て、そんなにいいの?」 「うん。ユーのキス、気持ちいいからね、上の口も下の口も♪」 「ひょえぇぇっ!?」 「それに好きな相手の温もりと一つになれるから、すっごく素敵だよ! あり? ヒヨリは違うの?」 「そそそ、そういう経験は、ないので……ちょっと、わからないかも……」 「でも……好きになったらそういうものなのかなぁ?」 「別に女の子からそういうの求めるのは変じゃないと思うわよ? ひよ里ちゃんの恥ずかしい気持ちもわかるけどね」 「そういうものですか……なんだか話してるだけで、ドキドキしてきちゃいます」 「それで話を戻すけど、回数っていうのはワンプレイの回数? それとも、全体的な回数?」 「そっ、そそそそんなことまで訊く必要ってあるんですか!?」 「そりゃあるでしょう。ワンプレイの回数は体調や年齢にもよるでしょ? それを責めるのは酷じゃない?」 「いやでも、六連君はまだまだ若いわよね?」 「あっ、ワンプレイは大丈夫。ユーがノリ気になったら凄いから♪」 「うっ、うぅぅぅぅ~~~……な、なんだか聞いちゃいけないことを聞いてるような気持ちになります」 「はっ……恥ずかしいです」 「ということは、そもそもの回数が減ってるってことね?」 「実は……アズサに怒られちゃって。寮の中でしちゃダメっ! って」 「あー、それはそうでしょうね」 「寮の中でできないのなら、外ですればいいじゃない?」 「でも……外はユーが嫌がるし……エリナもユー以外の人には裸を見られたくないよ」 「誰も青空セックスしろとは言ってないでしょう。外のホテルとかを利用するってことよ」 「それって……ラブホテル、ってことですか?」 「そうそう」 「ホテルはねー……ほら、本土でホテル暮らししてる時に色々と、淫靡な生活を送ってたから……ちょっとマンネリかも」 「そっ、そんな生活を……すっ、数ヶ月も……ふわぁぁぁ」 「にっひっひー♪ この都市の生活も凄く幸せだけど……ユーと二人っきりで淫靡な生活を送るのも、楽しかったよ♪」 「でも、向こうでそんな生活を送ってたなら、マンネリ化しても仕方ないかもしれないわね」 「そうなんだよー……特にユーはアブノーマルだから、普通にしてるだけじゃ飽きちゃうんじゃないかって……心配で」 「あ、アブノーマル……六連君がアブノーマル……しかも、ノリ気になったら凄い……あわわわ」 「ひっ、ひよ里ちゃん!? 血が! 鼻血が出てる!」 「え? ひょえぇ!? わわっ!?」 「おー、ヒヨリのえっち~♪」 「ティッシュ、ティッシュ」 「――ッ!?」 「ん? 佑斗君、どうかしたの?」 「いやちょっと……嫌な予感がして」 「それって、何かよくないことが起きそうってこと?」 「そうじゃなくて、よくない噂をされたような気がして……」 「そう? んー、でもボクの目から見ても、佑斗君は誰かに嫌われてるなんてことはないと思うよ?」 「そうか? だったら少し安心なんだが」 しかし……さっきの嫌な感じは一体? 誰かが俺の秘密をバラしたような、この気持ち悪さは一体なんなんだろう? んんー……なんだか、本当に嫌な予感がしてきた。 「はぁ……ようやく止まりました。私にはちょっと刺激が強すぎたみたいです」 「落ち着いたならなにより」 「とにかくね、そういうことで……ユーが我慢とかしてないかなって、ちょっと心配なの」 「だったら、いつもはしてなかったプレイをしてみたら?」 「それって、たとえば?」 「そうねぇ……コスプレで違う気分を味わうとか」 「あっ、それもうやった」 「じゃあ、ちょっと大胆に緊縛とか」 「それもやった」 「じゃー、やっぱり青空セックス?」 「んー……青空はないけど、夜空なら……ほら、観覧車で……きゃー♪ 言っちゃったー♪」 「………」 「おー? どうかした?」 「お手上げ。あたしでも手が余るわ、それ」 「うぅぅぅぅ……また血が出そうです……」 「そっかー。あっ、じゃあじゃあ、ヒヨリは何かアイディアとかない?」 「わっ、私ですか!?」 「大好きな人ができた時に『こういうことをしてあげたいなぁ~』とか『こういうことして欲しいなぁ~』とか」 「そっ、そんなこと、急に言われても……で、でも……い、一緒に……お風呂、に入ってみたいです」 「お風呂ねぇ……」 「うん、アレはいいよね。なんていうか、密着できるのが好きかも♪」 「……当然の如く、経験済みなんですね」 「あっ、そうだ。それいいんじゃない? 一緒にお風呂」 「でも……お二人は、その……もう経験済みなんですよ?」 「だから、こういうのはどう?」 「で、さっきの寒気は治まったのかい?」 「治まったような続いているような……なんか寒気より、胸がザワザワする。これから何か起こるような……」 「えぇ!? 以前みたいな事件はもう止めてよ?」 「そう言われてもなぁ……あれも、巻き込まれたのは俺が悪いわけじゃないと思うんだが」 「おっ、メールだ」 「もしかして……何か嫌な報告とか?」 「いや、エリナからだ。えーっと……」 『今日は一緒にお風呂に入ろ♪ ここにきてね☆』 「……? なぜ風呂? しかも外の風呂とは……これいかに?」 「エリナ君、なんだって?」 「ただの個人的なメールだ」 「あー……いつものイチャイチャしたいってメールね」 「そんなところだ。すまないが、俺はちょっと出てくる」 「やれやれ。嫌な予感って言うから何かと思えば……心配して損した」 「どうせまた、エリナ君が奇妙なことでも思いついたんだろうなぁ……」 そうして俺は寮を出て、メールで連絡を受けた場所に向かう。 すると―― 「ユー! こっちこっち」 「エリナ、急にどうしたんだ?」 「うん? メールに書いた通りだよ、今日は一緒にお風呂にはいろ♪」 「それはまぁ、構わないが……だが、何故外なんだ?」 「だって、寮のお風呂だと、またアズサに怒られちゃうかもしれないでしょ? だから、今日は外のお風呂で……にっひっひ♪」 「……それじゃ、レッツゴー!」 そうして俺は、エリナに連れられてお風呂に向かった。 ――って……、 「風呂は風呂でも、[ソ]泡[ー]風[プ]呂かよっ!?」 「おー、裸になってからツッコミを入れても遅いよー」 そう言いながら、俺にワレメを見せつけるような体勢のエリナが、俺の身体の上を滑る。 にゅるにゅると滑るのは当然、ローションのせいである。 「嘘は言ってないよ? だって、ここだってお風呂だもん」 「そりゃそうなんだが……で、この部屋、どうしたんだ?」 「モエカがね、管理班の立場を利用して、貸してくれたの。こうすれば、気分も違うから燃えるんじゃないかって」 「……どうして淡路さんがそんな提案をしてくるんだ?」 「エリナが相談したから」 「ということは、俺たちの性生活を暴露したということか!? なんてことをっ!!」 あの時の嫌な予感はソレかっ! 「でも……相談してみてよかった。だってユー、こんなにビンビンにして……やる気満々だね。にひひ」 「そりゃ……こんなことされたらな」 「お客様~、こういうお店は初めて~? どう? 気持ちいい? にっひっひ~」 目の前ではエリナの、ローションでベトベトになったワレメが踊り、身体が前後する度に肌が擦れ合って奇妙な快感を生んでいく。 今まで経験したことのない感触に、興奮しないわけがない。 「それじゃ、続けるからね。ジッとしてなきゃダメだよ、滑ると危ないからね」 そう言ったエリナは、身体を前後に滑らせ続ける。 このローションというものは、俺が想像していたよりもかなり滑るらしく、擦れる肌に抵抗はない。 「にひひ、凄いね、これ。こんなにヌルヌルしてると、肌が擦れてるだけで気持ちよくなりそうだよ」 「ああ、俺も同感だ。エリナの身体、柔らかくて温かくて……凄い気持ちいい」 「エリナも……敏感なところが擦れちゃいそう……んっ、んんふぅ……んんっ」 擦れちゃいそうと言うよりも、エリナ自身が俺の腹に押し付けているような気がする。 「はっ、はぁぁ……あっ、やぁん……あっ、はふぅ……はっ、はぁぁ……んっ、んん……」 そうしてエリナの白いお尻が動く度に、ヌッチョヌッチョと粘ついた水音が響いていく。 「んんっ……あひっ……ひゃっ、はぁ……はぁ……あっ、あぁぁぁ……はっ、はっ……んはっ、んんッ」 「エリナ、もう凄い濡れてる。そんなに興奮してるのか?」 「あん、それは違うよ……今濡れてるのは、ローションだよ。それに……興奮してるのは……」 そこからは言葉ではなく、行動で示すように、エリナが硬く勃起した俺の肉棒を優しく握る。 ローションでヌルヌルの手だと、握られただけでも驚くような刺激が生まれ、思わず俺の愚息が震えてしまった。 「にっひっひ~……今、ビクンって震えたよ。ローションで擦ると気持ちいい?」 「気持ちいいぞ、ローションまみれのエリナの手、凄く気持ちいい」 「それじゃもっとしてあげるね。んふふ、どうですか、お客様~」 「ぅぁ……凄い、気持ちいい……」 エリナの蜜に包まれたときとは違う滑りと温もりが、未知の刺激を与えてくる。 しかも目の前には、エリナのおま●こがあって……俺の興奮は滾る一方だ。 「にひひ、気持ちよさそうな顔……可愛い。それに、こんなに硬くしてるところも可愛い。もっとしてあげるね、お客様」 「くっ……ぁっ……え、エリナ、サービスしてくれるのは嬉しいんだが……そのお客様って止めないか?」 「あり? ダメだった? いつもと違う雰囲気を出してみようと思ったんだけど」 「それにしても、お客様はちょっとな。恋人なんだから、もっと距離が近い呼び方の方が、俺は嬉しい」 「距離が近い呼び方……じゃぁー……おにーちゃん」 「なっ、なに? お兄ちゃん?」 「だって、恋人より近いなんて、もう家族しかないでしょ? だから、ユーのことを今だけは、おにーちゃんって呼ぶね」 「おにーちゃんか……まぁ、それで」 「うん。じゃあ、おにーちゃんのいやらしいおち●ちん、もっとシゴいてあげるね」 エリナは腰をクイックイッと動かしながら、連動させるように肉棒を包み込んでいる手の平を動かしていく。 その度に俺の股間とエリナの股間で、ヌチュヌチュとローションが糸を引き、俺の興奮がさらに高まっていった。 「んひぃっ……はっ、はぁー……はぁー……んんっ、はぁぁ、おにーちゃんのここ、凄い熱い……はぁー、はぁー……」 息を荒くしながら、エリナは俺の愚息をこね回す。 ぬちゅぬちゅ……ちゅるんっ、と滑るエリナの手の刺激に、俺の下半身は痺れていくようだ。 「ぅっ、あっ、あぁぁ……」 「おにーちゃん、気持ちいい? エリナにこんな風にされて、そんなに悶えるぐらい気持ちいいの?」 「あっ、ああ……気持ちいい。エリナの手、凄いよ」 「にひひ、もっとしてあげるね。んんっ、んふぅ……くぅ……んっ、んひっ……はっ、はぁー……んふぁぁ……」 エリナの手の動きが早くなると同時に、腰の動きは大きくなっていく。 自身の股間でローションを伸ばすようにしながら、俺との擦れ合いを楽しんでいるようだ。 「んひゃぅ、あっ、あんっ……はっ、はぁ……はひぁ……んっ、んぃ……はふぅ、んっ、んん……」 尻を丸出しにして、股間を必死にこすり付けてくるエリナ。 淫猥に腰を振るその様は、発情した牝犬を俺に連想させた。 「あひっ、んっ、んん……ふぁっ、あぁ……あふ……はっ、あっ、あぁぁぁぁんん……」 「エリナも、感じてるんだな? さっきから、可愛い声が漏れてる」 「ん、んふぁ……だって、これ……ヌルヌルして、気持ちいいんだもん……」 「そんなに感じてるってことは……やっぱりエリナのココの濡れてるの、ローションだけじゃないんじゃないか?」 ――ぬちゅり。 俺は確認するように、エリナのワレメに指を突き入れた。 「ひぁッ!? あっ、あっ……ああぁぁ……ひぁぁんッ、指、挿れちゃ、ダメぇぇ……あっ、あっ、あァァーーーッッ!?」 「やっぱり濡れてる。凄く熱くなってるよ、エリナのココ」 「んひゃぅッ! あぁぁ……ダメ、だよ、おにーちゃん……エリナがサービスするのに、そんなところ……あ、あぁ、あぁッ、ひァぁッ!」 「俺は、エリナと一緒に気持ちよくなりたいんだよ」 そう言って、指でその膣穴をいじくりまわす。 中のザラついた肉壁を指で撫で上げ、ワレメをくすぐるように素早く指を上下にこすり付ける。 「はぁぁッ……んッ、くぅぅ……はッ、はぁ、はァ、あッ、あァァぁーー……指ぃぃ、あぁァァ、それダメ、上手く動けなくなっちゃう……あひぃンッ」 「だったら、それでもいいよ。俺がエリナを気持ちよくして、サービスするよ」 「ひゃぁんッ! ンぁッ、あッ、あぁぁ……ダメぇ……今日は、エリナがおにーちゃんに、サービス、するのぉ……あひッ、あっ、あっ、あァぁーーッ」 「エリナはもう、十分サービスしてくれた。こうして、いつもと違うシチュエーションを考えてくれただけでも、俺は嬉しい」 「だから、せめてものお返しだ。気持ちよくなってくれ、エリナ」 ヌチュヌチュ……俺の指が動く度に、エリナの股間からそんな音が漏れ響く。 指には、ローションとは熱が確実に違う、ドロドロの粘液が絡みついていた。 「あッ、あぁーぁぁ……ダメだよぉぉ……うぅぅぁぁッ、な、中……中、擦っちゃダメ……あ、あーーッ」 「指がダメなのか? だったら……舌でするな」 「ひあぁぁぁッ! ひゃッ、あ、あっ、あァァーーーッ!」 甲高い、悲鳴のような声が上がる。 おま●この刺激に耐えるエリナは、すでにモノを擦る手を止めてしまっていた。 「はぁぁッ……待って……待って、おにーちゃぁぁあッ、あッ、ああぁぁーーーーっ、キスしちゃダメぇぇ……ンッ、んひぃぃんッッ!」 「じゅるる……んっ、どうしてだ? エリナ、キスされるの好きだろう?」 「それは、好きだけど……はぁ、はぁ……ローションで滑るだけでも気持ちいいのに……ペロペロされたら、エリナ、エリナぁ……」 「エリナが俺のために頑張ってくれた分、俺も頑張ってエリナを気持ちよくするから」 「あっ、あひぃンっ! はひッ、はひッ、んっ、んンン……くひィィぃッ! キス、凄いィィ……あぁあァァ……ペロペロされたら痺れるぅぅ……」 そう言いつつも、エリナは擦れ合う腰を止めようとはしない。 むしろ、もっと刺激を求めるかのように、俺の目の前でいやらしく尻を振り続ける。 その期待に応えるように、俺は舌の動きを激しくさせていった。 「ひゃぁッッ、あッ、はァぁァーーァぁ……挿って……挿ってくるぅ、おにーちゃんの舌が、エリナの中グリグリしてるぅぅ、あ、あァぁァーーぁぁ」 「じゅるっ、ちゅるる……んっ、あと、エリナはこっちも好きなんだよな。ちゅぅぅぅーーー」 「んッ、ンひィィっ!? あッ、あッ、ああァぁァ……そこ、敏感だから……今、キスされたら……あひッ、あひぃィぃィんンッ」 エリナの尻が前後ではなく、小刻みにカクカクと震えだす。 俺はしっかりホールドしながら、エリナのおま●こに口でキスをし続けた。 「ひぁァあぁあァッ、あっ、あぁァ……おにーちゃん、おにーちゃんっ! クリトリスにキスしちゃダメなのぉぉっ……ンぁッ、あッ、あぁーーッ」 「ちゅっ、ちゅぅぅ……っぱぁ。そっか、エリナは中にディープキスをして欲しいんだな。んっ、ちゅる、じゅるる……ぺちゃぺちゃ」 「やぁぁぁッ、違うッ、ひょれ、違うぅぅ……ンひぃィんッ! あ、あひィぃ、ひッ、ひィ、ひぃッ、ンィぃ、いっ、いィぃッッ」 「きひゅらめぇ……エリナのおま●こにきひゅしちゃらめなのぉぉ……はひッ、はッ、はァぁぁ……キス、きんし……あ、あァあぁァァぁ」 「じゅるる……ンッ、んん……ぱぁぁ……はァ、はァ……だったら最初みたいに指で擦るかな」 グプグプと湧き出る愛液から口を離し、俺は蜜壺に指で栓をしてしまう。 そして、ニュルンと呑み込まれた指を中で曲げ、ザラついた柔肉を擦る。 「ンあッ、んひッ、あッ、あっ、あァぁ……擦っちゃらめ……はひッ、あッ、あァァ、擦っちゃらめぇぇ、ンあ、んあッ、あぁァぁッッ!」 指の刺激からエリナは逃げようとするが、そうはさせない。 尻を捕まえるのはもちろん、曲げた指をひっかけるようにして、柔肉に強く擦りつける。 「ひァぁぁああァーーーぁぁッ……ムリ……ムリムリムリぃーッ、出るぅ、出ちゃう、出ちゃうよぉぉぉ……ッッ!」 「いいよ、エリナ、そのままイって」 「くひぃぃ……はッ、あぁーッ、あァぁ……くひィぃィ……あッ、あっ、あィ、あぃッ、あひィぃーーーッッ!」 逃げることを諦めたのか、エリナは身体を震わせながら、そのまま指の刺激に耐え続けてた。 だが、柔肉を撫で上げ、擦り、ほじくる動きに加え、クリトリスを親指で弾いたところで、ついに限界が訪れる。 「はァああぁあぁーーッ! あぁァ……おにーちゃん、ムリだよぉ……もうエリナ我慢できない、出ちゃう、おにーちゃんの身体に出しちゃう」 「ここが風呂でよかった。変なのが出ても、すぐに洗えるな」 「やっッやぁァァぁ、あ、あッ、あぁッ! おにーちゃんのバカバカ、そんなの……んひィぃッ、あぁァぁあッ……でっ、出ちゃうぅぅぅーーッッ」 「ひゃぁァァぁぁァあぁぁっぁァァあッぁぁアっァぁッ!」 ぷしゃぁぁ……。 指を咥え込んだまま限界を迎えたエリナの恥部から、飛沫があがる。 「ひッ、ひぃィぃぃ……止まらない、止まらないよぉぉ……あ、あァ、あぁッ、あぃィぃぃ……ぃぃィいいィぃッッ!」 震えるエリナは、断続的に透明な粘液を飛び散らせた。 「はッ、はぁッ、はァ、はぁ、はァァぁ……見られたぁ、おにーちゃんに見られちゃったぁぁ……恥ずかしいぃぃ……はぁ、はァ、はぁァァあ……」 「今さらだろう? もう色々見てるじゃないか」 「そうだけど……でも、やっぱり恥ずかしいよぉ……はぁ……はぁ……ドロドロになっちゃってる……」 「だったら俺が綺麗にするよ」 「はひッ!? あ、あッ、あはぁぁ……ぁぁ……ひぃあァァっ、らめっ……今イっちゃってるから、きひゅしちゃらめぇぇーーッ!」 ヒクヒクと淫らに震えるエリナの膣穴に、俺は再び舌をねじ込んで、中の粘液をすすり上げていく。 「じゅる……じゅるる……れろれろ……んっ、ちゅるちゅる」 「あッ、あひッ、あひィぃぃッ……んっ、ンあッ、ンぁっ、あああァァぁぁァ……ひぃっ、はひィっ、はひィッ、ああぁぁーーぁッッ!」 「んぱぁっ、はぁ……はぁ……エリナのおま●こ、綺麗にしても、どんどん奥から溢れてくる」 「らって、おにーちゃんのキス、きもひいいの……ペロペロひゃれると、もうらめ……ンひッ、んひッ、はひぃィぃィぃッッ!」 「キスだけじゃなくて、指でも止まらないみたいだぞ」 「ひぃァぁンッ! ゆッ、指もひゅごい、気持ちいい……ろっちもっ、ろっちも、しびれちゃって……あッ、あッ、ああァァぁーーーぁァッ」 エリナの膣肉が、ギュウウウッ……と俺の指を強く抱きしめてきた。 その圧迫に負けないよう、俺は曲げたままの指を、中で回転させる。 「ひィぃあァァぁーーッ! ぐにって……ぐにってしちゃらめぇっ……あッ、あひぃッ、んンんッ、ンぃィィ……ぃぃィィぃいいいィっッ!」 「はひぃィぃッ……また、くるぅ……キちゃう、キちゃうよぉぉ……んンンッ、ンひぃッ……はひッ、はひッ、ひぁァぁァッ!」 「ひああアああァぁあぁァァぁァぁあぁぁァァぁァぁーーーーーーーーーぁぁァぁあアぁあァッ!」 再び、エリナの身体が痙攣し、粘液の飛沫が降り注ぐ。 「んンンッ、はッ、はぁぁーー……はァぁーー……はひッ、はッ、はぁーッ……はぁーッ……」 「エリナにサービス、できたか?」 「んひぃぃ……サービス、し過ぎだよぉ……ひゅごすぎて、おつりがでるくらい……はひッ……はッ、はぁー……はぁー……」 「気にせず、全部受け取ってくれていいぞ」 「そういうわけにはいかない……はぁー……はぁー……らって、おにーちゃんのここ、まだ大きいままだもん」 にゅるん。にゅちゅにゅちゅ……。 「ぅっ……くぅ……」 膨張具合を確認するように、エリナの指が俺の愚息を撫で回す。 「ほら、苦しそうな声も出してる。だから、今度こそ、エリナがサービスしてあげるね、おにーちゃん♪」 「はぁ……はぁ……おにーちゃん、こんなに熱くしてる……凄い……はぁ……はぁ」 「エリナだって、グショグショにして、凄く熱いぞ」 「これは、おにーちゃんがエリナをイジメるからだよぉ……エリナがダメって言ってるのに、何度も何度も……はぁー……はぁー……」 「そう言いながら、エリナだって興奮してるんじゃないのか? さっきから、息が荒いぞ」 「う、うん……さっきのことを思い出したら……エリナの奥が、ジンジンしてくるの……はぁ……はぁ……」 相棒と触れ合う蜜壺が、早く挿れたいと訴えるように、奥からトロトロの粘液を垂れ零す。 「はぁー……はぁー……もう、挿れるね、おにーちゃんのこのおっきなおち●ちん、エリナの中に挿れちゃうからね……はぁー、はぁー」 「ああ。早くエリナの中に、挿れたい」 俺の言葉を聞いたエリナが腰を持ち上げ、俺のモノに手を添える。 そして―― 「んぃぃぃぃいぃぃぃぃぃーーーーーーッ」 ヌルルルッ……と、愚息を膣穴で呑み込むエリナは、そのまま一気にペタンと俺の腰にお尻を付けた。 「あッ、ひっ、はッ、はぁー……はぁー……はいったぁ、おにーちゃんの、エリナの中に全部挿ってるぅ……はぁーッ、はぁーッ」 「大丈夫か? なにも一気に挿れなくても……」 「だって……おにーちゃんの、早く欲しかったんだもん。早く挿れないと、切なくておかしくなりそうだったんだもん」 「それともおにーちゃんは、もっとゆっくりの方がよかった?」 「いや、俺は別にどっちでも。エリナの温もりを感じられるなら、それで」 「にひ、それじゃ、もっとサービスするね……んっ、んんんーーーーッッ」 そうしてエリナが力を入れて、咥え込んだ肉棒をギュウギュウと締め付けてきた。 「くっ……あっ、あぁぁ……」 エリナのおま●こが抱きしめてくるの、気持ちいい……。 もう何度も性行為を重ねているのに、驚くほどの締め付けで、俺のペニスを抱きしめてくる。 「おにーちゃんのおち●ちんにサービス、おもてなしだよ……んっ、んんんーっ……気持ちいい?」 「ああ、凄いよ、この締め付け。こうして締め付けられてるだけでも、イきそうだ」 「そんなのダメだよ、ここからがサービスの本番なんだからね! んッ、ンーーーッ、んひッ、んンンっ!」 ぬっちょぬっちょ。 「ぅぅあぁっ!?」 締め付けを維持したまま、上下運動を始めるエリナの膣穴に、俺は思わず声を漏らしてしまった。 「んァ、ンァぁっ、んッ、んンンーーーッ……はひッ、お、おにーちゃん……おにーちゃんのいっぱい感じる……はひッ、ンッ、んひィぃィッ!」 「俺も、エリナの温もり、感じてる。締め付けが、凄くて……くぅぁっ、こっ、これは、ヤバいかも」 「ひゃぅンッ! はッ、はっはっ、んンぃィーー……え、エリナも、ダメ、かも……このおもてなし、エリナも凄く、感じちゃうッ……ンッ、んァぁッ!」 ぬっちょ、ぺちゃ。ぬっちょ、ぺちゃ。 エリナがその柔らかな尻を持ち上げるたびに、ローションと愛液の混ざった液体が糸を引いていく。 そしてその糸が切れないうちに、再び尻が腰とぶつかり、粘液をこね回していった。 「はッ、はひッ……はっ、はァぁ、はひぃぃ……こ、これ、ホントにダメ、かもぉ……ひぁぁッ、はッ、はぁあァァぁ……」 「お尻、下げるたびに、奥に……エリナの奥に、キスされてる……あッ、あァぁあァァぁ……トントンキスがまたぁぁ……あッ、あひィぃンッ!」 「エリナは本当に、キスが好きなんだな」 「うん、うんッ! 好き、おにーちゃんのキス、気持ちよくて好きぃぃ……だからもっと、もっとして欲しい……はッ、はあアぁァァぁ」 「エリナがサービス、してくれるんじゃなかったのか?」 「そ、そうなんだけど……あッ、あッ、あぁァァあァぁ……トントンって、されると……欲しくなっちゃう……んンッ、あッ、あっ、ンあァァぁーッ」 「ワガママな子だな、エリナは」 上下するエリナにタイミングを合わせて、俺は腰を動かし、たまにグニッとひねりも加える。 「んひぃィッ! あッ、あひッ、あひッ、ひぁァぁーーぁッ! グリグリキスまでぇぇ……おにーちゃんのキス、好き、大好きぃぃ……ンひぃぃッ」 「エリナが好きなのは、俺のキスだけか?」 「うっ、ううん。キスだけじゃない、おにーちゃんが、おにーちゃんが好きぃっ! あッ、あっ、ひぁァンッ!」 「俺もエリナのことが大好きだよ」 「ンんッ、あァぁ……あッ、あッ、キスいっぱい、嬉しい……ひァんッ! はひッ、き、きもちいいィぃぃッ」 「エリナも、エリナの中も、締め付けてきて、凄い、気持ちいい……ぅぁっ」 俺の肉棒のキスに必死に耐えながら、エリナのおもてなしは続く。 「ンあァぁーーッ……エリナも、負けない……ギューってする、おち●ちん、ギューって抱きしめるの……はッ、ンひッ、んひッ、ンんァーー……ッッ」 「くぅぅぅぅ……エリナに抱きしめられながら動かれると……凄い、気持ちいい……」 「もっと……もっともっと、おもてなしするからね、おにーちゃん……ンひッ、んッ、んンンーーーッッ!」 「―――うぁぁぁッ!」 エリナがさらに強く、ギュゥゥーーーッと肉棒を抱き締めてくる。 こっ、このままじゃ……すぐにイかされる……。 俺はザラついた肉壁をかき分けながら、最奥の子宮を亀頭で叩き続ける。 「ひィぃあぁァぁッ! あひッ、あひッ、それ、ダメ、らめッ! はひぃぃぃ……ひょれ、きもち、よひゅぎて……あッ、あッ あひィぃィィンっ!」 「ま、負けちゃうッ、エリナ、おにーちゃんのきひゅに負けちゃうぅぅッッ!」 ついに、子宮へのキスの刺激に耐えきれなくなったエリナが、逃げるように腰を上げようとするが―― 「ひゃんッ!?」 ローションのせいで足を滑らせたのか、そのまままっすぐ、俺の上に落ちてきた。 ――ずちゅんっ! 「ひぃィぁァァぁあぁアぁァァぁッ!?」 「あッ、あひィィぃぃ……ズンッて、ズンッて、子宮に響いてるぅぅ……はひッ、あッ、あッ、あぁァァあぁァぁッ!」 「ディープキスもおまけだ」 「ひッ、くひぃィぃィッ!? あッ、あッ、あァぁぁ……らめ、今はらめ……ひッ、ひぃィィあンっ!」 「グリグリきひゅ、らめぇっ! 今、ひょんなの、されたらぁァァぁ………ぁァぁッ、あィ、あィ、あっ……あぁァアぁぁンンッッ!」 未だ力を入れられないエリナの奥の肉壁を、ほじくるように亀頭でキスをしていく。 「はッ、はひッ、はひッ……あッ、ぁァァっ、イッっちゃう……おにーちゃんにグリグリされたら、エリナ、イっちゃうよぉぉッ!」 「あッ、あッ、あァァぁア……ンひぁッ、あッ、あっ、あぁぁァぁーーッ、エリナがおもてなし、しないと……でも、でもぉ、イく、イッちゃうっ!」 「いいよ、このままイッても。いや、俺は、エリナがイくところを見たいんだ」 「くひぃぃーーー……あッ、はァ、はァ、そ、それ、おもてなし? おもてなしに、なる? はひッ、はッ、はッ、ぁぁァァぁあアぁッ!」 「ああ、なる。俺が望んだことなんだから」 「あひぃぃンっ! あッあッあッ、ああァァぁアぁァ……イく、それならエリナ、イくよ……はァ、はァ、はぁッ、ああァぁアぁァンんッッ!」 「見て、おにーちゃん、エリナがイくところ、ちゃんと見てて、ンァっ、あーッ、ああアぁあァぁ………ぁァァぁ、イくイくイくッ!」 俺が望んでいると知って、歯止めが利かなくなったのか、今度はエリナの方から腰を素早く動かして、おま●こでキスをしてくる。 「あひッ、あッあッあッ、ンぃぃぃーーぃイくイく、きひゅでイッ……ちゃうぅぅっ! エリナがイくところ見て、おにーちゃん見てぇぇぇッッ!」 「ンンんンぁァァぁあああアあぁァぁァぁァァッッ!!」 ビクンビクンッ! エリナの身体が肉棒を咥え込んだまま、俺の上で激しく痙攣をする。 その痙攣はダイレクトに俺の方にも伝わり、言葉では言い表せないような快感を生み出していく。 「はひぃぃ……はッ、はッ、はッ、はああァぁーーー……ンッ、んはァ……はぁーッ、はぁーッ、はぁー……」 絶頂したエリナは、身体を痙攣させたまま、大きく息をして酸素を貪っていた。 「い、イッたぁァぁ……エリナ、きひゅでひゅごいイッちゃったァァぁ……はひッ、はぁー……はぁー……」 「おにーちゃん……エリナがイくところ、ちゃんと見ててくれた?」 「ああ、見てた。凄い可愛かった、エリナ」 「はぁぁーー……はぁぁーー……おにーちゃんのセックス、気持ちよひゅぎるよぉぉ……はひッ、はぁあぁぁぁ……」 「俺も、エリナとのセックス、凄い気持ちいい……だから、最後まで、いいか?」 確認するように俺は、絶頂の余韻に浸るエリナの身体を軽く突き上げた。 「ひゃぁぁンンッ!? ンッ、はッ、はぁァ……あぁアぁァぁ……おにーちゃんの、おち●ちん……硬くて、苦しそうなまま……はッ、はァぁ」 「もうすぐ、イけると思うんだ、エリナ。だから……」 「うん、いいよ、おにーちゃん……ううん、違う。イッて欲しい、エリナがイくところ見たいから、セーエキ出して、おにーちゃん……ンっ、んンッ!」 まだ震えも収まらないまま、エリナは身体を上下に揺すっていく。 再び、にゅるん、ぺちゃ……っという水音と共に、肉棒から刺激が駆け上がってきた。 「んひぃぃンっ、はひッ、はッはッ、あァあぁァァ……ひゅごいッ、しびれてるぅ……あ、あ、あァァぁぁッ」 「だ、大丈夫か、エリナ?」 「らめ、らめかもぉぉ……はひィィぃぃ……とけちゃう、エリナ、ドロドロにとけちゃうぅぅゥッ!」 「おかひくなりそうだよ、おにーちゃん……ああッ、あひッ、あひィぃぃンッ! 気持ちよぎゅぎて、おかひくなるぅぅ……ンッ、んひィィぃッ!」 「ぅっ、あぁぁぁ……もう少し、もう少しで、イくっ」 「あッ、あッ、ああァァぁ……ふ、ふかいぃぃ、いつもより、深いところにグリグリきひゅされて……あ、あ、アッ、あァッ、ひょこらめぇぇ……ッッ!」 力が入らないのか、上手く動けないエリナに変わって、俺が主導権を握る。 エリナの柔らかな身体を掴み、子宮の入り口を強くこね回すキスで快感を生み出していく。 「ひッ、ひァぁーーーーッ! ひょこ……グリグリきひゅされると……あッ、あァァあぁ……開いちゃうッ、子宮が開いちゃうよぉぉ……」 「開くの、嫌か? 気持ちよくない? 痛い?」 「う、ううんッ、い、いい……きもひいい……よひゅぎるから、らめぇぇぇ……あひぃンッ、んッ、ンあぁあアあぁァァぁぁッッ」 「気持ちいいなら、このまま。一緒に、一緒にイこう、エリナ」 「うん、イく……エリナ、おにーちゃんと一緒に、イくぅぅ……あ、あァ、あッ、あァぁーッ、あひぃィィンんッ」 「あッ、あぁァ……まッ、またくる……くるくる、きちゃうぅぅぅーーーッ! ひゅごいのくるぅぅぅーーー……ッッ!」 震えるエリナの顔が快楽に歪む。 それと同時に、緩みかけていた膣肉が再び力を取り戻し、ギュウゥゥーーっと壁を狭めてくる。 「くっ、ぅぅ……ァぁぁぁ、イく……エリナ、俺はもう、イきそうだっ!」 「エリナも、エリナもイッちゃう……トントンきひゅと、グリグリきひゅでイくぅぅ……あッ、あッ、ああぁァァあァ……ひぃィぁァアぁぁーーーーッ!」 「おにーちゃんのきひゅ……気持ちよひゅぎて、ガマンれきない……はひッ、はひッ、あッ、あァァぁ……ァぁぁィく、イくイくッ、イッちゃぅー!」 「エリナ! 俺も、俺もイくぞっ!」 「きてぇ、おにーちゃんのセーエキ、欲しいッ! はひッ、はひッ、あッ、あッ、あィあィ、あぁァああアアぁあァぁッッ!」 「ひあぁァあアアぁぁァぁぁぁぁァぁァァぁあアあぁぁぁァァぁぁぁっ!!」 ドクッ! ドクッ! と、今まで我慢してきた全てを、エリナの中に流し込む。 「はひッ、はッ、はぁァあ……れてるぅ……おにーちゃんのせーえき、エリナの中にドクドクれてる……はぁぁーーっ、はぁぁーーっ……」 「一緒にイけたな……」 「う、うん。イッちゃった……おにーちゃんのせーえき、中出しされてイっちゃったぁぁ……」 「ひあぁァあアアぁぁァぁぁぁぁァぁァァぁあアあぁぁぁァァぁぁぁっ!!」 ドチュッ! ドピュドピュッ! 飛び散る精液がエリナの身体の上で、ローションとまじりあっていく。 「はッ、はぁぁーーっ、はぁぁーーっ……エリナ、イっちゃったぁ……おにーちゃんのせーえき浴びながら、イっちゃったぁ……はっ、はぁぁー……」 「イッた……凄い、イッたぁ……」 「はひっ、はひぃぃ……おにーちゃんの匂いがひゅる。せーえき、おにーちゃんの匂いで……エリナ、大ひゅき……はぁーっ……はぁーっ……」 「エリナ……もう、らめ……身体に、力、入らないぃぃ……はぁー……はぁー……ごめんね、おにーちゃん……もっとおもてなししたかったのに……」 「十分だよ、エリナ。凄い気持ちよかった」 「それに、エリナの気持ちが伝わってきた。ありがとう」 「うん。でもね……今日、この部屋貸切なんだって。だから……休憩したら、またできるよ」 「………」 「マジか?」 「今日は、今まで減ってた分、いーっぱい、しようね、おにーちゃん♪」 「んっ、んん……」 目を覚ました俺は、まず自分のベッドを確認。 どうやら今日は、エリナの侵入はなかったようだ。 もちろん、侵入してくる方がおかしく、俺の隣が空なのは至極普通のことなのだが……。 「少し、心配だな」 エリナの様子が気になる。 起きたらまた、熱が上がっていた、なんてことは……ないだろうか? 「……着替える前に、確認をしておくか」 「エリナ? 起きているか? エリナ?」 「……反応は、なしか」 「スマン、ちょっと確認させてもらうぞ」 試しにドアノブを回してみるが、ちゃんと施錠はされているようだ。 「………」 耳を澄ましてみるが、部屋の中の反応はない。 ここまで静かとなると、寝ている可能性も十分にある。 「ぐっすりと眠れているなら、それでいいんだが……」 ひとまず俺は、部屋に戻ることにした。 「先に着替えてしまうか」 「おはよう」 「おはようございます、佑斗さん(キリッ)」 「………」 「……? どうか、しましたか?」 「いや、お、おはよう……」 「はい、おはようございます。もうすぐ、夕食ができるそうです」 「……そ、そうか」 「先に、何か飲まれますか? なんでしたら、ワタシが準備させていただきますが」 「い、いや、結構だ。自分でやる、から……」 「そうですか。遠慮など、なさらなくてもよろしいんですよ」 「大丈夫だ。大丈夫だから、エリナはまず、そこに大人しく座っていてくれ、頼む」 「ここに、座ればよろしいのですか? 承りました」 「………」 「あ、おはようございます、六連先輩」 「稲叢さん、ちょうどよかった。今すぐ救急車を呼んでくれ。エリナの病気は、どうやら脳細胞にも影響を及ぼすものらしい」 「え? あ、あの……六連先輩?」 「俺もこんな病気は初めてだが……とにかく、何かしらの悪い病気に違いない」 「そ、そうなんですか? でも、別に辛そうには見えませんが……」 「辛そうに見えなくても、おかしいじゃないか。あのエリナの態度は」 「エリナが、真面目な顔で、丁寧な口調で喋っているんだぞ」 「可愛いですよね、そんなエリナちゃんも」 「………」 「いやだが、下ネタ一つ言わないなんて変じゃないか! そんなのはエリナじゃない! これが病気じゃなくて、なんだというんだ!」 「失敬だよ、ユート!」 「ダメじゃないか、エリナ。ちゃんと大人しく席に座っていないとっ! 病人は大人しくするんだ。すぐに医者のもとに連れて行ってやるからな」 「だから、違うよ、全然違う! エリナ、別に病気じゃないもん! 昨日、ユートのお世話になったおかげで、身体の調子はもう元通りだよ!」 「だが、今度はお脳の調子が――」 「だから失敬だよ!? そんなこと言われたら傷つくよっ!」 「頭もヘーきなのっ! 本当、失礼しちゃう」 「いや、スマン。だが、心配で……問題ないのか? 本当に?」 「本当に!」 「なら、一体どうしたんだ? 突然、喋り方を変えたりして……そもそも、エリナが早起きなのも珍しい気がするんだが……」 「エリナはね、決めたの。昨日は体調を崩して、その……ユートにも、凄い迷惑をかけちゃったから……」 「だから、あんなことがもう二度とないように体調を管理するの。その一歩として、生活態度を改めることにしたんだよ」 「だから、口調を丁寧に?」 「はい、そうなんです」 「それで、下ネタも封印か?」 「そうです。慎みを持つことにしましたので」 「まぁ、そういうことなら………………い、いいのか?」 「体調管理はいいことですよ」 「今後は、失礼なことは言わないで下さいね」 「さっきは、すまなかった。確かに失敬な事を言ってしまったな。思わず動揺してしまって」 「いいえ、わかっていただければ結構ですので」 「ふぁっ、あー……おはよう……」 「おはよう」 「……ふっ、おはよう。今宵もよい月が出そうな夜だね」 「おはようございます、布良先輩、矢来先輩、ケフェウス先輩」 『………』 「た、大変! まだ熱が下がってないよ!」 「いえ、むしろひどくなっている可能性もあるわ」 「とにかく、はやく病院に連れて行ってあげないとっ!」 「だから、みんな失敬だよっ! エリナが丁寧な口調で喋るのがそんなにおかしいの!?」 『うん』 「みんな揃って即答!? ひどい人種差別だよ! ロシア人差別だよ!」 「個人の問題を国レベルに上げるんじゃない。差別されてるのはエリナだけだ」 「むぅぅー……そんなに変かな……」 「別に下ネタを言わなければいけない、というわけではないが……いつもの調子と違うと、やはり気になるだろ」 「体調管理はともかく、喋り方は今まで通りでいいんじゃないか?」 「……ユートは、どっちの方がいい?」 「ん? 俺か? そうだな……」 「やっぱりエリナは、いつもの楽しそうな笑顔で喋っている方が、いいと思うぞ」 「丁寧な口調で話すのが悪いとは言わないが……だが、エリナは笑顔の方が可愛いと思う。だから、いつも通りの方が好きだな」 「……そっか。ユートはいつも通りの方が好きなんだ……」 「つまり、下ネタが大好きなんだね」 「そこを強調した覚えはないがっ!?」 「――と、言いたいところだが……そういう調子の方が俺は好きだ」 「ユートがそう言うならそうしよっかな」 「エリナは、楽しそうに笑っている方が魅力的だからな。俺はそっちの方が好きだ」 「え? に、にひ、にひひ、そんなこと言われると照れちゃうね、あはは……」 「――――――ッ!?」 「エリナ? どうかしたのか?」 「ううん、気にしないで。ちょっ、ちょっとトイレッ」 エリナはそう言って、慌てて部屋を飛び出した。 そうして残ったのは俺と―― 『―――』 何やら生温かい視線×4。 「なんだ? そんな笑みを浮かべて、みんなで見つめてきて……」 「別にー。気にしないでいいよ。二人はそのままで」 「とはいえ、早めにハッキリさせてくれると、こちらとしては楽なのだけれど」 「まぁまぁ。今はまだ、蜂の巣をつつく時期じゃないよ」 「それじゃ、食事にしましょうか」 「………?」 本当、なんなんだ? 「はぁ……はぁ……なんだろう、身体が熱い……もしかして、また……昨日みたいに……?」 「やだ、やだやだ、そんなのダメ。ちゃんと我慢しないと……」 急にどうしたんだろう? 昨日、ユートに襲い掛かっちゃってからは、何もなかったのに。 どうして急に……? 「エリナは、楽しそうに笑っている方が魅力的だからな。俺はそっちの方が好きだ」 ――ドキンって、胸が鳴る。 それと同時に、身体が熱くなって……身体が、渇く。 「ううん。そんなことない、ダイジョーブ。ワタシはダイジョーブ。落ち着けばへーき」 ………。 「……うん。ほら、落ち着けばやっぱりダイジョーブ。さっきのはきっと、昨日のことを思い出してただけだよ」 でも、念のために……そう、念のためにパックを…… 「……あっ」 開けた冷蔵庫の中に血液パックはなくて……そっか、飲み切っちゃったんだった。 「サヨのところに行って、もらってこないと……」 「ニコラー」 「ん?」 「エリナ、どうかしたのか?」 「大したことじゃないんだけど、ニコラにちょっとお願いがあって」 「お願い? まさか……また、暗黒面の力が噴出しそうとか、そういうことかい?」 「暗黒面の力?」 「体調のことを心配してるんじゃないのか?」 「おー、なるほど。さっすがユートだね」 「学院でも寮でも一緒だからな。それぐらいは簡単に理解できるようになってきた」 「そんなに難しい言葉、使ってるかなぁ……まぁ、いいや。コホン」 「それで、我に望みとは?」 「ニコラ、今日のお仕事、休みだったよね? 悪いんだけど……ちょっとだけ代わってくれないかな?」 「それって……やっぱり体調が戻ってないんじゃ?」 「ううん、そうじゃないんだけど、ちょっと急用ができちゃって」 「あっ、ニコラに代わって欲しいのも、1、2時間でいいの。それぐらいで済む用だから」 「まぁ、ボクは別に構わないんだけど……ちなみにその、用事って?」 「ちょっと、サヨに会わなきゃいけなくて」 「サヨって……小夜様のこと? エリナ君、小夜様に呼び出されたのかい!?」 「市長に……?」 「呼び出されたんじゃなくて、会いに行くんだよ。ちょっと、大切な用事があるから」 「小夜様に用事って……凄いね、エリナ君。小夜様とそんな軽く会えるだなんて」 「ちょっとしたコネがあってね。とにかく、そういうわけで、お願いできるかな、ニコラ」 「ああ、そういう事情なら。小夜様相手なら凄く大事な用だろうし、約束の日時を変えてもらうのも難しいだろうからね」 「ありがとう。なるべく早く、お仕事に向かうから」 「いいよ、無理はしなくて。なんだったら、シフトごと変わってあげてもいいんだよ?」 「それはさすがに悪いよ。それじゃあ、ニコラ、よろしくねー」 そう言って、エリナは踵を返して小走りで立ち去ろうとする。 「あっ、ちょっと待ってくれ、エリナ」 そうして俺は、エリナの手を掴み―― 「――ッ!?」 だがエリナは、慌てた様子で手を胸に引き戻し、俺の手から逃げた。 「あっ……」 「………」 「ご、ゴメンね……急に手を掴まれたから、驚いちゃって。あは、なはは」 「いや、急に掴んで悪かった」 「ううん。それで、何かな? エリナに何か用事?」 「いや、もしエリナさえよければなんだが、俺も一緒に行っていいか?」 「え? ユートも……一緒に?」 「俺も小夜様に会いたいんだが……俺が一緒に行くのはマズイ用件だったりするか?」 「ユートなら別に構わないんだけど……でも、やっぱりユートだから困ると言うか……」 「………」 「そうか。わかった。なら、今回は諦める」 「う、うん。それじゃゴメンね、ユート」 「いや、気にしなくていい」 エリナは今度こそ、小走りで走り去って行く。 たしか、エリナの血液パックは小夜様の世話になっているという話を聞いたことがある。 おそらくその手の用件だと思ったんだが……それだと、俺が一緒に行っては困る理由がわからない。 「むぅ……」 「佑斗君……キミ、小夜様に会ったことがあるのかい?」 「ああ。この前も風紀班の仕事で、会う機会があって」 正直に『ライカンスロープの件で』というわけにはいかない。スマン、ニコラ。 だが実際、この前は一緒に潜入捜査を行ったので、嘘を言っているわけでもないからな。 「へぇー……あぁ、でも、カジノに視察に来られることもあるね。ボクは自分の仕事で手一杯だったけど」 「で、佑斗君は一体、小夜様に何の用事なんだい?」 「それは……以前にちょっと、調べごとを頼んだんだ。なにか進展がないかどうか、確認をしたくて」 「ふーん。まぁ、お忙しいし……友達感覚でお会いできる方じゃないから、またの機会を待つしかないかもね」 「そうするよ」 と答えたものの、俺が今一番気になっていることは別にある。 やっぱり……エリナの態度が変だ。 俺が腕を掴んだ時の反応が―― 「やん♪ ユートってば、強引なんだから~。女の子はもっとや・さ・し・く♪」 なんて感じだったら、俺も気にはしなかったんだが……。 「やっぱり、どこかいつも通りになりきれてないな……」 何か、俺で力になれることがあるならいいんだが……。 「………」 心臓は……大丈夫、落ち着いてる。熱も高くない。 それに渇きは……うん、大丈夫。いつも通り。昨日みたいに、血に飢えるなんてことはない。 「はぁ~……よかった、特に変化はないみたい」 安堵の息を吐きながら、ユートに掴まれた腕を改めて見る。 温もりがまだ神経を刺激していて、掴まれてる感触が残ってる……。 「ちょっと、態度が悪かったかな……」 振り払うつもりなんてないのに。むしろ、ユートと触れ合うことができるのは嬉しい。 嬉しいけど……同時に、ちょっと怖い。 渇きを覚えてしまうことが……そして脳裏をよぎる、あの光景が。 特に今は、血液パックが切れてる状態だから。 「ゴメンね、ユート。でも今日、サヨからパックをもらえれば解決するから」 「これで今日の学院は終わりだ。仕事のある者は仕事へ、その他の者も問題は起こさないようにな」 「それでは、解散」 枡形先生の言葉と共に、クラスメイトたちは教室から出ていく。 俺も行くか、今日は風紀班の仕事があるし。 そうして人波に乗って教室から出ようとした俺に、声がかけられた。 「おい、六連」 「はい? なんですか?」 「お前、今日は出勤だったな?」 「はい。今から行くところですが……何か問題が?」 「問題はない。だが、出勤したら巡回には出ず、俺が行くのを待っていろ。今日は頼みたい仕事がある」 「なにか……特殊な仕事ですか?」 「特殊といえば特殊だが、危険はない。ただのお使いみたいなもんだ」 「とにかく、支部で俺を待て。いいな?」 「了解」 「……なんだろう、頼みたい仕事って」 「佑斗、どうかしたの? こんなところでボーっとして」 「今日は出勤でしょう? 行かないの?」 「ああ、今行くよ」 「さてと……それじゃ、佑斗、行きましょうか」 「いや、スマン。今日は俺、巡回じゃないらしい」 「……どういうこと? 今日は、どこかに踏み込むなんて仕事はなかったよね?」 「そうなんだが、学院で《チーフ》主任に言われたんだ」 「巡回以外の仕事があるから、支部で待機するように、と」 「なんだろう……特殊なお仕事なのかな? 内容は聞いてないの?」 「具体的な話は何も。ただ《チーフ》主任は“危険はない”、“お使いみたいなもんだ”とは言っていたな」 「そう、だったら心配する必要はなさそうね」 「みたいだね。それじゃあ美羽ちゃん、私たちで行こっか」 「そうね。そうしましょう」 「佑斗、大丈夫だとは思うけれど、何かあったらすぐに連絡をして頂戴」 「すぐに駆けつけてあげるからね」 「わかった。ありがとう、二人とも」 「それじゃ、行ってきます」 「ああ、気を付けて」 「佑斗もね」 二人がいつもの巡回に向かい、俺は椅子に腰かけた。 「今頃、エリナは市長と会ってるのかな……?」 そんなことを考えつつ、ぼんやりとしていると、5分もせずに《チーフ》主任が現れた。 「悪いな、遅くなって。思ったよりも時間がかかった」 「いえ。それで、俺の仕事は?」 「ああ、こいつを荒神市長に届けてくれ」 そう言った《チーフ》主任が、俺の方にA4の封筒を突きつける。 「これは?」 「忘れたわけじゃないだろう? 例の吸血鬼用のクスリ、“L”に関する報告書だ」 「事件の重要度や、潜入を手伝ったこともあって報告書を直接確認したいそうだ」 「ちなみに訊きますが、こういうのは普通、ネットワーク上のやり取りなのでは?」 「普通はそうなんだが……市長はあんな[なり]形でも、数百年生きているからな。紙媒体じゃないと嫌がるんだよ」 「あー……歳を感じさせますね」 「それにお前のことを気にして、可能なら顔を見せるように、とも言われている」 「それで、この書類を俺に?」 「いい機会だからな。ああ、お前は免許を持っていたな?」 「はい。本土にいた頃、アルバイトのために取りました」 「なら、鍵の貸し出しの手続きをして、班の車を使え。その方が早い」 「わかりました」 「あと2時間ほどは、公務室で書類整理をしているそうだから、その間に行ってこい」 「それじゃあ、行ってきます」 「さて……車を運転するのも久しぶりだな」 それじゃ、行くか。 『小夜様、アヴェーン様がいらしています』 「おお、もうそんな時間か。そのまま通せ」 『かしこまりました』 「おじゃまするねー」 「久しいのう、エリナ」 「久しぶりだね、サヨ。相変わらず、ツルペタだね、サヨってば」 「はっはっは~、来て早々いきなりそれか。頭かち割るぞ、この小童が」 「やだなー、ジョークだよ、ジョーク」 「まったく……お主というやつは、本当に礼儀を知らんのう」 「にひひ。ほら、エリナって日本の世情に疎いから」 「それだけ堪能に日本語を喋っておいて、よく言うわ」 「まぁ、それはよい。それで? 今夜はどうした?」 「聞かなくてもわかってる癖に。いつものアレ。血液パックが欲しいんだけど……」 「いつもより、少々スパンが短くないかのう?」 「それは……最近暖かくなってるせいか、いつもよりも飲むペースが早かったみたい」 「もしかして……問題、ある?」 「いいや、問題と言うほどのことはない。すぐに準備をするので、少々待っておれ」 「うん、りょうかーい」 「待っておる間……少々話をせぬか?」 「エリナは全然かまわないよ。それで何のお話?」 「あの小僧についてじゃ。言ったのか?」 「言ったって……なんの話?」 「隠すでない。例のクスリの売人、スタンガンで逮捕したと報告を受けたが……あれはお主じゃろ?」 「そして状況から考えると、血を吸った相手の吸血鬼は、あの小僧……六連佑斗ではないのか?」 「ちゃんと説明はしたのか? それとも……隠したままか?」 「……ちゃんと、説明はしたよ。ユートもちゃんと聞いてくれた」 「で、あやつの反応は?」 「うん、受け入れてくれた。同情じゃなく、好奇心でもなく……友達として受け入れてくれたよ」 「ほぅ、そうか。それはなかなか面白い」 「そう! ユートってば面白いんだよ、吸血鬼の血を飲む吸血鬼より、吸血鬼の存在の方が衝撃が大きかったんだって――」 「――あっ!? い、今のナシっ! ユートはそんなこと言ってないよ!」 「……? ああ、もしやお主、あやつがワシらみたいなタイプとは違うことを聞いたのか?」 「それじゃ……サヨも知ってるの? ユートがその……元、人間ってこと……」 「勿論じゃよ。どうしてそのようなことになったか、その経緯も把握しておる」 「しかし、そうか……お主の秘密を、そのまま受け入れよったか」 「ちなみに、打ち明けたのはどこまでじゃ?」 「えっと、体質についてだけ」 「では、ロシアでのことは、まだ……?」 「……うん。特に何かあるわけじゃないし……別にあの当時のこと、そんなに気にしてないから。わざわざ言うようなことじゃないかなって」 「ワタシがなんとも思ってなくても、聞かされた方には面白くない、暗い話にしか聞こえないだろうからね」 「……まぁ、お主がそう言うのであれば、ワシは何も言わんが」 「それにね……ワタシは、体質を受け入れてもらえただけで十分なんだよ」 「あの時は、嬉しかったなぁ……凄く凄く嬉しくて、夜も眠れないぐらいに」 「ふむ……お主のその笑顔には、あそこを出ただけの価値があった、ということでよいのか?」 「うん。ワタシ、ユートと出会えてよかった……こんな幸せ、あそこにいたままじゃ味わえなかったはずだもん」 「ありがとう、サヨ」 「くはは、まさかお主のような者が、素直に礼を言うとはのう。そこまで幸せか?」 「そうだね。サヨにあそこから連れ出してもらえた時も嬉しかったけど……今の方が、もっともっと嬉しい」 「そうか。少々、妬けるのう、くっくっく」 「嬉しかった、本当に嬉しかったのに………………」 「……今は、ちょっと怖い」 「怖い? あの小僧、何かしたのか?」 「え? あ、ううん。サヨに心配されるようなことはないよ」 「本当、ユートは面白くて、優しくて、温かくて、本当に――」 「――――――ッ!?」 「……? どうかしたのか?」 「う、ううん、なんでもないよ。全然平気、ユートもすっごく優しいしね」 「………」 「そ、それより、パックはまだかな?」 「そろそろ整うと思うが――」 『小夜様、風紀班から以前に所望されていた報告書が届けられていますが……如何なさいますか?』 「そうか。では、しばらくしてから通してくれ。ああそれから、例のパックは応接室に届けるように」 『畏まりました』 「お客さん?」 「済まぬが、お主は応接室に移動してくれぬか? パックもすぐに届ける」 「うん、わかった。いつもありがとうね、サヨ」 「気にするでない。ワシはお主がここで幸せな時間を過ごしてくれれば、それでよい」 「では、お入り下さい」 「ありがとうございます」 受け付けで必要な手続きを済ませた俺は、その大きな扉をノックする。 「六連です。“L”に関する、報告書をお持ちしました」 「うむ。入れ」 「失礼します」 「これが、報告書です」 「ご苦労」 「で、その後はどうじゃ? 身体の調子は」 「大丈夫です。特に問題は起きていません」 「そうか、ならばよい」 「あの……それで、俺に関することで、なにか続報といいますか……判明したことはあるんでしょうか?」 「その件に関してはすまぬが、なかなか進展しておらぬ」 「そうですか」 「一応、ライカンスロープに関する研究を行っておった者がおったんじゃが……行方知れずとなっておってのう」 「今はその者を探しておる最中じゃ。こやつが見つかれば、少しは進展すると思う」 「わかりました。すみませんが、引き続きよろしくお願いします」 「うむ。全力を尽くそう。ところで……話は変わるんじゃが……」 市長の口調が、申し訳なさそうな雰囲気から、真剣な雰囲気に変化していく。 「お主、エリナに何かしたのではあるまいな?」 「エリナに……ですか? いえ、何もした覚えはありません」 「本当に? 滾る欲望に任せてガバッと襲ったり、弱みを握って脅したり、そのようなことはしておらんのじゃな?」 「……市長は俺を、そんなヤツだと思っていたんですか?」 「まぁ、そんなことはないと思っておったのじゃが」 「……だったら、どうしてそんなことを? もしかして、エリナが何か言っていたんですか?」 「今日、吸血鬼の血のパックを取りに来たはずですよね?」 「うむ。まぁ、はっきりと何かを言ったわけではないんじゃが……ただ、一言……怖い、と」 「怖い? 俺が?」 「そこまでは知らぬ。主語もなにもなく、呟いた言葉だったのでな」 「……怖い……か」 あの時――学院でエリナの腕を掴んだとき、俺から逃げようとしたのはやっぱり……気のせいじゃなかったのか。 「お主が変なことをしたのではないのなら、何も知らぬワシが口を挟むことではないと思っておるが……」 「できることならば、エリナには元気で楽しく生きていて欲しいものじゃ」 「……あの、訊いてもいいですか?」 「なにか?」 「俺にエリナのことを教えてくれませんか?」 「ふむ……なぜ、ワシに尋ねる?」 「エリナは、自分が吸血鬼の血が必要な存在であることを隠しています」 「ですが、市長はその事実を元々……というより、最初からご存じだったんじゃないですか?」 「ほう、その根拠は?」 「最初から小夜様が手を貸していなければ、エリナの存在は問題になっていたはずです。吸血鬼が吸血される事件が起きるはずなんですから」 「ですが俺は、風紀班でそんな事件は聞いたことがありません」 「それに、あんな特殊な存在のエリナが、そう簡単にこの都市に住めるとは思えません」 「旅行で入島するだけでも御大層な検査を行っているんです。他国の吸血鬼が住むともなると、厳しいものになるはずです」 「だったら、誰か権力を持った存在に守られている、と考える方が自然でしょう?」 「必然的に、一番の候補は荒神市長、アナタです。アナタはエリナの秘密……吸血以外のことに関しても、何か知っているんじゃないですか?」 「ふむ、その推察は間違っておらん」 「じゃが、本人が口にしておらぬことを、他人の口から聞くというのは如何なものかのう」 「わかってます。卑怯なのは」 「でも俺は、卑怯と罵られることよりも、エリナの力になれない方が悔しい」 「もし俺が卑怯者になる程度でエリナの力になれるなら、卑怯者でいい。それぐらいのことでいいなら、いくらでも受け入れます」 「………」 「俺は、エリナには笑顔が似合うと思っています。でも、今のエリナの笑顔はどこか無理をしてるような気がして」 「だから元の笑顔に戻って欲しい」 「ですがそのためには、俺はエリナについて知らないことが多すぎるんです」 「だから……」 「ワシに教えよ、と申すか」 「できるならば」 「ではお主、なぜそんなにまでして、あの娘に笑顔でいて欲しいと思うんじゃ?」 「それは………………」 「当たり前のこと、なのでは?」 大切な友達だから、同じ寮で暮らす仲間だから。 確かにそうだ。その言葉に嘘はない。だが―― しっくりこない。 小夜様の質問に対する答えとしては、相応しくない……そんな気がする。 そうして、言葉を失った。 いくつかの単語が頭をよぎっていくものの、欠けたピースとして、俺の心に嵌まる言葉は見つけられない。 「……どうかしたか?」 「いえ、とにかくその……その方が、俺も嬉しいですから。それに、笑顔で暮らせるに越したことはないでしょう?」 「……ふむ、なるほど。そのような答えか」 「………」 「まぁよい」 「しかしじゃな……市長という立場のワシが、住人のプライバシーをそう簡単に教えるわけにもいかん」 「そう、ですか……」 「あー……コホンコホン。しかし、あれじゃな……ワシも歳をとったものじゃ。知っておるか、小童」 「吸血鬼もな、歳を取ると昔の思い出に耽り、独り言が多くなるものなんじゃよ。ワシとて例外ではない」 「こうして目を閉じると、思わず昔のことを思い出してしまう」 「そう、あれは寒さが厳しい季節じゃった……ワシはな、ロシアに視察に行ったんじゃよ」 「………」 俺は大人しく市長の言葉に耳を傾ける。 「ロシアは昔から……ソビエト連邦と呼ばれておった頃から、超能力の研究を国家で行っておってのう」 「超能力……」 「それは人間が新たな力に目覚めるための研究じゃったが……当然、吸血鬼の力についても、研究されておった」 「その研究所こそ、ワシがエリナと初めて会った場所じゃよ」 「………」 「エリナは親とも死別しておっての、一人じゃった」 「周りは研究対象としか見ぬ人間ばかり、他者との繋がりの絶たれた研究所の中で、あの娘は数年を過ごした」 「幸いじゃったのは、非人道的な研究ではなかった、ということかのう。その手の精神的な傷は負ってはおらぬ」 「詳しい話は省くが、ワシはロシアの高官とちょっとしたやり取りを行い、その研究所にいた[はら]同[から]胞たちを自由にすることに成功した」 「じゃが、エリナはあの特異な体質じゃ。その上、子供であったことを考えると、その苦労は目に見えておった」 「そこで、ワシの管理するこの都市に招き、留学生ということにしておる、というわけじゃ。あー、懐かしい、懐かしい」 「そうだったんですか。エリナが、そんな場所に……」 「あぁそれから、さっきも言ったがエリナは別に研究に対することでの精神的な傷は負っておらぬ」 「そのことでエリナに同情でもしようものなら……そちらの方がエリナを傷つけることになるであろうな」 「でも、その研究所にいたせいで、エリナはずっと一人だった……」 「いくら非人道的な実験でなくとも、エリナの体質は、ワシらの目から見ても異端の存在じゃ。ちやほやされていたわけではあるまい」 「………」 それなら、話が徐々に繋がってきた気がする。 秘密を共有してからというもの、エリナが妙に子供っぽく甘えてきたこと。 「だからかな、ユートと一緒にいると楽というか……凄く嬉しいの。一緒にいられるだけで、幸せなの」 その言葉に込められた意味も。 「そっか……そうだよね。ワタシ、化け物だもんね……こんな化け物に“あーん”なんてして欲しくないよね」 以前、食堂でエリナが口にした自虐的な冗談は、また一人になるかも知れないという恐怖から口にしたことなのかもしれない。 「ワシはのう……エリナとはそこそこの付き合いじゃ。そんな中でも初めて見たのう……あやつの、あのような笑顔は」 「研究所から出た当初は、もっと無表情で無感情の可愛げのない小童じゃったよ」 「今ではああして……ややおかしな性格ではあるが、しっかりと感情を取り戻しておる」 「昔のエリナを知っておるせいもあってか……ワシはな、エリナには笑顔でいて欲しいと思っておる。そう、お主と同じ気持ちじゃよ」 「……市長……」 「ワシの独り言は、こんなもんじゃ」 「何が言いたいかと言うとじゃな、エリナを泣かせたら承知せぬぞ、この小童が! それだけは覚えておけ」 「……はい、わかりました」 「それからな、一つお主にアドバイスをやろう」 「エリナにあれだけ幸せそうな笑顔をさせたのはお主が初めてじゃ。もう少し、自信を持ってよいぞ」 「お主はエリナにとって、大切な繋がりを持った存在じゃよ、おそらくな」 「努力、してみます」 「うむ。では、あとはよろしく頼む」 「はい」 市長との話を終えた俺は、車で風紀班の支部まで戻った。 車に乗っている間……いや、市長の部屋を出てからずっと、エリナのことを考えたまま。 「話を聞けて、よかった」 心の底から、そう思う。 俺なんかじゃ、エリナの気持ちは想像することぐらいしかできない。 それでも、何も知らないよりはマシだ。 「それに、エリナが怖がっていたことが……ようやく分かった気がする」 エリナはおそらく、繋がりが切れることを怖がっている。 俺がエリナのことを嫌いになってしまうのではないかと。 「だから……血に飢えて、俺の血を吸ってしまわないかどうか、心配でたまらないのか……」 どうすれば、その不安を取り除くことができるだろう? エリナを安心させるためには、俺は一体どうすればいいんだろう? ただそれだけを、俺は考え続けた。 「はぁ、今日もしっかり働いたねぇー、お腹空いたよ」 「お疲れ様。仕事の方はどうだった? 何か大きな事件があったりは?」 「ううん。いつも通り、平和なものだったよ」 「そうか。ならよかった」 「佑斗の方はどうだったの? なにか特別な仕事だったんでしょう?」 「ああ、アレか。別にそんなに大したことじゃなかった。荒神市長に“L”の報告書を届けに行っただけだ」 「あのクスリの報告書を、わざわざ届けに?」 「一応、俺の顔を見ておきたかったそうだ」 「でもよかったよ。俺の方も市長に話があったから」 「……佑斗……それは、まさか……」 「ん? ああ、違う違う。別件だ」 「?? なに? 何の話?」 「いや、気にしないでくれ」 「それよりも中に入って朝食にしよう。俺も空腹だ」 「そうね。それがいいわね」 「あっ、ちょっと、二人ともー」 「ただいまー」 「ただいま」 「ただいま」 「おかえりなさい」 「おかえり」 「もうすぐ、朝食の準備ができますから、もう少々お待ちください」 「いつも悪いわね、稲叢さん」 「いえいえ。好きでやっていることですから」 「莉音ちゃんのご飯、美味しいから凄く助かってるよ」 「そう言われると、照れてしまいますよ」 「みんな、食事の前に着替えてきたらどうだい?」 「そうだな。そうさせてもらうか」 「ああ、そうだ、エリナはもう帰ってきているのか?」 「ああ、戻っているよ。今は部屋で服を着替えているはずだ」 「そうか……」 なんとかしないと……とは思っているものの、まだ答えは見つかっていない。 とりあえず、エリナを受け入れるスタンスであることだけはハッキリしているのだが……。 どうすれば、それがエリナに伝わるだろう? うーむ…… 「……ユート」 「ただいま、エリナ」 「お、おかえり。今日もお疲れ様、ユート」 「エリナの方もお疲れ様。仕事は途中からちゃんと行ったのか?」 「うん、ニコラに押し付けてるわけにはいかないから」 「そうか。約束を守るのはいいことだ」 言いながら俺は、エリナの頭を優しく撫でてみる。 「――あっ」 驚きつつも、エリナは俺の手を受け入れた。 ただし、身を竦めて、少し硬直しているようにも見える。 ……無理はしない方が、いいか。 「それじゃあ俺も着替えてくるよ」 「うん」 「……ユート……」 「……なんだか、今日の佑斗君はいつも以上に優しい気がするねぇ」 「そうですね」 「……だ、だよねぇー、ちゃんと仕事に行ったぐらいで頭を撫でるなんて、変だよねー」 「もう、ユートってば女の子に触りたい年頃だからって、気安く触っちゃセクハラだよ」 「さっきの佑斗君をセクハラにするのは、ちょっと可哀そうな気がするけど」 「でもいいなぁ~……頭を撫でてもらえるなんて」 「羨ましいのなら、莉音君も頭を撫でてもらえばいいじゃないか」 「――え?」 「でも、わたしは褒めてもらえるようなことなんて、ありませんし……」 「そんなことはないと思うけどね。莉音君はしっかりと仕事をしている上に、ボクらの家事までやってくれているんだ」 「撫でてもらうには十分過ぎる理由だと思うけどね」 「そうなんでしょうか?」 「食後にでも試してみるといい。まず間違いなく、撫でてもらえるはずだ」 「そうですね……」 「ああ、だったらいい案を教えてあげよう。どんな男もコロっと転がせる、必殺技を」 「………………」 「ふむ……やっぱり、すぐに元通り、というのは無理か」 「というより、今のは少しやりすぎたかもしれない」 いい案が思いつかず、焦っていたのかもしれない。 「とりあえず当面は、何があっても同じ態度で接し続けよう」 今までずっと考えてきて思ったことは、エリナに足りないのは俺への信用だ。 「何があっても俺はエリナの傍を離れたりしない、ということさえ伝われば……」 きっとこの事態は解決に向かってくれるはずだ。 「ご馳走様、稲叢さん。今日も美味しかったわ」 「うんうん。凄く美味しかったね」 「ありがとうございます」 「あっ、お風呂はもう少しすれば、ちょうどいい温度になると思います」 「そう。それじゃあ、ありがたく入らせてもらうわ」 「それじゃ、片付けちゃおっか」 「わたしがやりますよ」 「いいわよ、片付けるより作る方が大変なんだから。せめてこれぐらいわね」 「うんうん。ということで、莉音ちゃんの分は私がやるね」 「すみません。ありがとうございます」 布良さんは自分の分と稲叢さんの分を片付け、流し場へと運ぶ。 「ご馳走様でした」 「お粗末様でした」 「美味しかったよ、稲叢さん」 言いながら俺は席から立ち上がり、食器を片づけようとするが……稲叢さんが何やら俺をジッと見つめてくる。 な……なんだ? こんな反応を示す稲叢さんは初めてだな。 「あの……六連先輩……さっきの言葉、本当ですか?」 「さっきの? ああ、勿論本当だ。凄く美味しかったぞ」 「美味しい料理を毎日作るわたし、偉いですか?」 「……偉いと思う。俺も感謝している。日ごろから世話になって、すまない。ありがとう」 「その感謝は、もしかしてわたしを褒めたいぐらいですか?」 「褒めたいんだったら、褒めさせてあげてもいいんだからね。具体的には、頭を撫でたりですとか。さぁ、どうぞ!」 「さぁ、どうぞって……」 「~~~~~~」 「………」 「うむ、いい感じのツンデレだ。もう莉音君に教えることは何もないっ」 「やっぱりお前か、ニコラ。一体なにを教え込んでいるんだ」 「何を言ってるんだい? 男の子の夢とロマンが詰まったツンデレセリフじゃないか」 「どう考えても、稲叢さんに対してツンデレは、対極する肩書きだろう。絶対あの子、デレデレだぞ」 「だからこそ、ツンデレっぽい言葉を使うことで魅力がUPするんじゃないか」 「………」 「ど、どんと来いです」 「……可愛い」 「だろう? ボクのやったゲームの中に、こんなキャラがいたんだよ」 「とはいえ、純真無垢な稲叢さんに妙なことを教えるのはまずいだろう」 「ちょっと待ってくれないかな。確かにボクは、ツンデレに関してはアドバイスをしたけど、頭を撫でて欲しいのは、莉音君の希望だよ?」 「そ、そうなのか?」 「……はい。じゃなくて、べ、別に、エリナちゃんが撫でられてるのが羨ましかったわけじゃないんだからね!」 「うむ。十分使いこなせている。これはいい武器になるよ、莉音君」 「ありがとうございます……じゃなくて、別に褒められても嬉しくなんてないんだからね」 「とにかく、六連先輩!」 「は、はい?」 「わたしのこと、褒めさせてあげてもいいんだからね!」 「………」 ……とりあえず、稲叢さんは頭を撫でて欲しいってことでいいんだよな? 「それじゃあ――」 「――あっ」 「ん? どうした、エリナ」 「え!? あ、ううん……なんでもないよ。気にしないで」 「そうか?」 稲叢さんに向き直り、差し出されている稲叢さんの頭を撫でてみる。 「よしよし」 「ふぁ……あっ、あ……んん……」 「いや、あんまり変な声を出さないで欲しいんだが」 「すみません。でも、六連先輩に撫でられると、なんだか声が……あぁっ……」 「………」 「あの……稲叢さん、そろそろいいだろうか?」 「え? あ、はい、十分です。ありがとうございます」 頷く稲叢さんの頭から、手を離す。 むぅ……まさか頭を撫でるだけで、稲叢さんを悶えさせられようとは。 俺はもしや、意外とテクニシャンなんだろうか? 童貞だけど。 「とにかく、俺は稲叢さんが家事をしてくれていることに感謝している」 「ちゃんと伝わっただろうか?」 「はい、ありがとうございます。わたし、これからも頑張りたいと思います」 「そうか。無理のない程度によろしくお願いできるかな? 手伝いが必要なときは、勿論手伝うから」 「はい」 「……ジー……」 「な、なんだ、ニコラ」 「いや、佑斗君の頭を撫でるテクニックはそんなにすごいのかなぁーと思って」 「自分では普通のつもりだが?」 「ねぇ、よかったらボクの頭も撫でてみてくれない?」 「……イヤだよ」 「ちぇ、ケチー」 ……お前は同じ男の俺に頭を撫でられて嬉しいのか? ちなみに俺は、なんかイヤだ。 そんなやり取りをしている俺の背に、何やら視線が突き刺さる。 「………」 「エリナ? どうかしたのか? さっきからボーっとしているように思うが……」 「まさか、また体調が悪いなんてことが?」 「う、ううん。違う違う、そうじゃないから」 「それならいいんだが……何かあったら、無理せずなんでも言ってくれ」 「ありがとう……でも、へーきだよ」 「さてと~、ご馳走様、リオ。すっごく美味しかったよ」 「ありがとう、エリナちゃん」 「パパッと片付けちゃうね」 「あっ、そこに置いておいてくれれば、私が洗っておくよ」 「本当? それじゃ、お願いしてもいいかな、アズサ。ごめんね」 「いいよいいよ、大したことじゃないから」 「それじゃエリナ、部屋に戻ってるからね」 エリナは食器をおいて、パタパタと小走りで部屋を出ていく。 その小さな身体が、慌てているように見えたのは……俺の気のせいだろうか? 「………」 「……はっ、はぁ……はぁ……」 なんだか、おかしいな。 また、身体の調子が変になってきたかも……。 「仕事をしている最中も……家に帰ってきてからも、へーきだったのに……どうして……」 「そうか。約束を守るのはいいことだ」 そうやって、ユートに頭を撫でられたら、心臓がドキドキして―― 「よしよし」 「ふぁ……あっ、あ……んん……」 リオが撫でられているところを見たら、身体が熱くなって―― 「――――――ッ!!??」 「はぁ、はぁ、はぁ……あっ、また……」 身体が変になっちゃいそう……このままじゃ……このままじゃまた、ワタシ……。 「血を、飲まないと。血を飲んで、身体を落ち着けないと……」 冷蔵庫を開けて、今日もらってきたばかりのパックに急いで口をつける。 そうして一気に中の血を吸い上げる。 でも―― 「は、はぁ……はぁ……あれ? おかしい……全然身体、落ち着かない。ちゃんと飲んだのに……んく、んく……」 「はぁ……はぁ……まだ、ダメなの……? どうして……ちゃんと飲んでるのに、どうして……」 飲んでも飲んでも、身体の熱が治まることはない。 それに……渇きが……身体の渇きが、潤わない。血に飢える感覚が、身体を襲ってくる。 「ダメ、ダメなのに……こんなこと、ダメなのにっ……くっ、うぅぅぅ………」 助けて、助けてユート……。 「―――ッ!」 ユートのことを考えただけで、また心臓が跳ね上がる。 そして、身体の渇きが、飢えがひどくなる。 「……ユートぉ……」 「エリナのやつ、大丈夫かな?」 ベッドに横になったものの、まったく眠気が襲ってこない。 今、俺の頭の中は眠気よりもエリナの心配でいっぱいだった。 結局、朝ご飯を食べ終えてから、エリナは部屋から出てこなかった。 無理をしてなければいいんだが……。 「………」 「ダメだ、やっぱり気になる」 寝ることを諦め、俺はベッドから起き上がった。 すでにエリナも寝ているだろう。熟睡していて、声をかけても返事はないかもしれない。 「だが……やはり気になる。一応、声をかけるだけでも……」 そうして俺がエリナの部屋に向かおうとしたとき―― 俺の目の前で、勝手にドアの鍵が開いた。 「………」 とはいえ、何も起きていないのに、鍵が勝手に開くはずがない。 となると答えは一つ―― 誰かが、外から開けたんだ。 「………」 「……エリナ」 「……ユート……」 フラフラとした様子で、俺の部屋の中に、一歩……また一歩と入ってくるエリナ。 「その様子は、ただ添い寝をしに来た、ってわけじゃなさそうだな」 「ユート……ユート……」 うわ言のように俺の名前を呼び続けながら、ゆっくりと俺に近づいてくるエリナ。 「心配した通りの状態か……」 事態は何となく把握できてきた。 また、トランス状態になったエリナが、俺の血を吸いに来た、ということだろう。 市長から血液パックを受け取っていたはずだが……飲んでいなかったのか? それとも、効果がなかったのか? どちらなのかは、今は重要じゃない。 今重要なのは、エリナを受け入れるべきか、どうか。 もちろん、最終的にエリナに血を吸わせることは問題ない。 だが―― 「ち、違う、ワタシ、そんなことをするつもりは全然なくて……ご、ゴメン、ゴメンね、ユート……ワタシ」 あの時、動揺し、身体を震わせていたエリナの姿を思い出す。 このまま素直に血を吸わせてしまうと、またエリナを傷つけることにならないか? 気にすべきなのは、その一点のみだ。 「エリナ、俺の血を吸いたいのか?」 「《血》クローフィ……ユート、《血》クローフィ……」 ゆっくり、フラフラしながらも一歩ずつ、エリナは俺に近づいてくる。 俺は逃げることなく、意思の瞳を失った彼女を正面から見据えていた。 「ユート……はぁ……はぁ……」 肩を強く掴み、そのまま床に俺を押し倒すエリナ。 「はぁ……はぁ……ユート……《血》クローフィ……」 「――つっ!?」 ぎりぎりと締まり、食い込んでくるエリナの指。 激しい痛みが俺を襲い、思わず抵抗しそうになる身体を、必死で抑え込む。 「この力……エリナ、もしかして吸血状態なのか?」 見ると、口の中が若干赤い。 先ほどまで、血液パックを飲んでいたのだろう。 「……はぁ……はぁ……」 苦しそうに息を荒げるその様子から考えて、ずっと我慢してたんだろう。 俺の血が欲しくなって、耐えて、血液パックを飲んで……自分を忘れてしまうほどにまで、ずっと我慢して。 「頑張ったんだな、エリナ。ずっと、一人で戦ってたんだな」 「ユート……ユート……」 「わかった。だったら俺は……」 「今のエリナに、血を分け与えることはできない」 「う、くぅッ!?」 俺はエリナの腕を掴み、力いっぱい締め上げる。 当然、吸血状態のエリナと比べれば分は悪いのだが、それでもこのまま、大人しく血を吸わせるわけにはいかない。 「エリナ、目を覚ませ! このまま、血を吸って、あとで後悔しないのか!!」 「ずっと我慢してたんだろう! この前だって、凄く後悔していたじゃないか! なのに、このまま吸っていいのか!?」 「エリナ!!」 「――ッ!?」 むっ、俺の呼びかけに若干の反応あり……か? 「エリナ、俺の血が欲しいなら……俺の血を飲みたいのなら、ちゃんと自分の意思で飲め」 「エリナが望むのなら、俺は逃げない。俺なんかの血でいいなら、飲んでいいから」 「だがそれは、あくまでそれがエリナの意思の話だ」 「飲みたいのなら、ちゃんと意識を取り戻せ。じゃないと――また、後悔するぞ、あの時みたいにっ」 「あっ……あっ、あぁぁ……や、ヤダ……ワタシまた、ユートに……」 「気が付いたのか? エリナ」 「ご、ゴメン……ゴメンナサイ、ユート。ワタシ、またユートのこと、襲っちゃって……」 「そんなつもりはなかったんだよ、本当に。でも……苦しくって、我慢できなくて」 「耐えなきゃって思って、血液パックを飲んだの。ちゃんと、飲んだのに……」 「身体の渇きが、治まらないのか?」 「……ゴメン……本当にゴメンナサイ。ワタシ、そんなつもりじゃなくて……と、とにかく部屋に戻るね!」 「待てっ!」 逃げ出そうとしたエリナだが、掴んだ俺の腕が邪魔をする。 「――んッ!?」 思わぬ抵抗を受け、机にぶつかってペン立てが倒れたらしく、床の上を文房具が飛び散った。 「逃げるな、エリナ」 しっかりと握った腕を、俺は決して離さない。 ここで離してしまうと、何かが終わってしまう気がするから。 「ヤダ、ヤダよ、離してよ……じゃないと、じゃないと、ワタシ……」 上から雫が落ちてくる。 小さな水滴、どこか温かく、寂しいその水滴は、エリナの目から溢れ出していた。 「お願い、離して……じゃないとワタシ、このままじゃ負けちゃいそうだよ」 「ユートの血を飲みたくって、襲っちゃいそうだよ……だから、離して、お願い、ユート」 「ダメだ。離さない」 「苦しいなら、飲んでいい。俺はエリナに血を吸われることは、別に何とも思っていない」 「いや、むしろエリナに苦しい思いをさせたくない。だから、苦しいのなら、吸って欲しい」 「ダメ、できないよ、そんなこと」 「どうしてだ? 俺がさっき拒絶したのは、エリナが正気を失っていたからだ」 「あの状態で血を吸って正気に戻ったら、エリナはまた自己嫌悪と後悔をすると思った。だから、必死で拒絶した」 「だが、ちゃんと意識を持っている今なら、俺は構わない。なのに、どうして吸いたくないんだ?」 「だって……ユートに嫌われたくないもん」 「どんな理由があっても、血を吸う存在なんて……化け物、だよ。今はよくても、いつかは嫌になるかもしれない」 「こんなワタシだけど……ユートと一緒にいたい、離れたくない。ユートに、“化け物”なんて目で見て欲しくない」 「だから……飲めない、飲みたくないよ。ユートは大切な……大切な、友達だから。ずっと、一緒にいたいから……」 エリナの手は震えていた。 ポタポタと落ちる涙の雫も、どんどん増えてくる。 見た目とは裏腹に下ネタばかり言う明るい少女は今、俺の上で孤独という恐怖に震えていた。 思いがけず得た理解者である俺を、唯一の繋がりである俺を、失いたくないと……その小さな身体で、必死に堪えている。 涙を流すその顔に、いつもの笑顔は影も形もない。 「……エリナ」 その顔を見て、ズキッと胸が痛むのと同時に、不意に、あの時の――荒神市長との会話を思い出した。 「ではお主、なぜそんなにまでして、あの娘に笑顔でいて欲しいと思うんじゃ?」 「それは………………当たり前のこと、なのでは?」 「いえ、とにかくその……その方が、俺も嬉しいですから。それに、笑顔で暮らせるに越したことはないでしょう?」 違う、やっぱりそうじゃなかった……今、ハッキリとわかった。 俺は……エリナの笑顔を守りたいとか、そんな優しさじゃない。 もっと自分勝手な気持ち。 俺が、エリナとの楽しい日々を失いたくないんだ。だから、この子を守ってあげたいんだ。 それはきっと……エリナと一緒にいるのが楽しくて、甘えられるのが嬉しいから。 あぁ……そうか、俺は……エリナのことが、好きなんだ。 その瞬間、心がフッと軽くなる気がした。そして“好き”という単語が、欠けていた部分にしっかりと嵌まる。 そうか……そうだよな、他に答えなんてあるわけない。 俺はなんてバカなんだろう。 「お願い、ユート……離して……」 「苦しいんじゃないのか? だったら気にせず、俺の血を吸っていい」 「………」 「ユートは本当に優しいね。ワタシ、嬉しい……凄く嬉しいよ」 「俺は本当に構わない」 「……ありがとう、ユート。でも――」 「これは、俺の自分勝手な願いなんだ。俺が、苦しそうなエリナを放っておきたくない」 「だから頼れ。そんな苦しそうに泣くぐらいなら、俺のことを頼ってくれ」 「ユート……」 「最初にも言ったと思うが、“吸血鬼”という存在を受け入れた俺にとって、エリナの体質は別に大した問題じゃない」 「そんなことよりも俺は、エリナの泣き顔を見たくないんだ」 「だから、教えて欲しい。エリナの本心を」 「苦しいんじゃないのか? 俺の血が飲みたくて、凄く苦しんでいるんじゃないのか?」 「………」 「俺のことを大切な友人だと思ってくれているなら、正直に答えてくれ。お願いだ」 「……うん。身体、熱くなってて……息も苦しいかも」 「でもね、友達を傷つけたり、怖がらせたりしないよ。大切な友達だもん……って、今更かもしれないけどね」 「……それだけ、俺のことを大切に思ってくれて嬉しいよ、エリナ。俺も同感だ、大切な友達は苦しめるもんじゃない。だから――」 「だから俺は、エリナに俺の血を飲んで欲しいと思ってる」 そう言って俺は、エリナの腕から手を放し、代わりに転がっていたカッターナイフを握る。 そして―― 「え? ユート……一体、何を……」 「くぅぅぅ……いっ、つぅぅぅ……」 「ゆっ、ゆゆゆ、ユートっ!?」 カッターの刃が、俺の首元の皮を引き裂く。 鋭い痛みとともに、俺の身体から流れる温かな液体が、首と肩を赤く染めていくのが感覚でわかった。 「ユート、何をしてるの!?」 「手元が狂って……ちょっと首筋を、切ってしまった」 「手元が狂ったって――ううん、そんなこと、今はどうでもいいよ。それより早く、手当しないとっ!」 「そうだな。まずは消毒しないと」 「だからエリナ、舐めてくれないか?」 「……え?」 「悪いが俺の傷口を、舐めて消毒してくれないか?」 「……ユート……そんなことのために……自分を切ったの?」 「そんなことなんて言うな」 「俺にとってエリナが泣いているというのは、それだけ重要なことなんだ」 「いいか、俺にとってエリナはエリナだ。俺は絶対にエリナを怖がったりしないし、離れたりしない」 「まぁ……もし仮にだ、何か予想だにしないことが起きて、万が一に離れることがあったとしても、それはエリナの体質とは関係ない」 「だからエリナ、無理しなくていい。自分一人で抱え込まなくていい」 「俺が一緒にいる。俺のことを大切だと思ってくれているのなら、俺にも少しは甘えていいんだ」 「遠慮して、互いの距離を作ってるようじゃ、友人とは言えない」 「ましてや、大切な友人ともなれば、多少の迷惑ぐらい笑って受け入れられるもんだろ? 違うか?」 「………」 「これが今、俺が考えられる中で思いついた、一番気持ちが伝わる方法だ。ちょっと乱暴だったかもしれないが」 「……ユート……」 「どうして、どうしてユートが謝ったりするの……ユートは悪くない、全然悪くないのに……」 「いや、エリナを泣かしてしまったから」 「そんなの、気にしなくていいのに……ユートの、ユートのバカァ~~~」 「バカとはなんだ? 突然失礼なヤツだな」 「どうしてユートはそうやって、エリナのことを泣かそうとするの~」 「それは……それに関しては、すまないと思っている。だから、謝っているんだ」 「それに、これはちょっと自分勝手なことを言うが……エリナは少し泣き虫過ぎるんじゃないか?」 「だって、だってぇぇ~~……ぐす、ぐすっ……」 「そんなことよりもほら、早く血を舐めて消毒してくれ。このままじゃ床が血だらけで、えらいことになる」 「………」 「……どうした? まさかまだ、できないなんて言うつもりなのか?」 「違う、そうじゃないよ。でも……消毒じゃない。そういう言い訳で、吸いたくない。吸っちゃダメだよ。だから……」 「今からワタシは、自分のために、ユートの血を飲ませてもらう」 「消毒なんて卑怯なことは言わずに……ワタシの意思で、ユートの血を飲ませてもらうからね」 「……そうか。ああ、それでいい」 「それじゃユート、ゴメンね。それから……ありがとう」 「いいさ。これで、俺の気持ちが伝わったのなら」 「うん、凄く……凄く嬉しかった。ユートの気持ち、温かくて、優しくエリナを包んでくれて……凄く気持ちいいよ」 「それはなによりだ」 「それじゃ、ユート……吸わせてもらうね」 そうして俺は、ようやく握っていた腕を緩めた。 けれどエリナは逃げたりしない。 そのまま俺に覆いかぶさり、首筋に顔をうずめた。 「ちゅ、ちゅぅ……ペロペロ……じゅる、じゅるる……ぐす……ぐすぐす……」 「………」 エリナが血をすする音とともに、何やら鼻をすするような音も聞こえてくる気が…… 「エリナ……もしかして、また泣いているのか?」 「だって、だってぇぇ~……」 「泣くんじゃない。傷口に染みるだろう」 「……えっぐ、ぐすっ……努力する……ぐす」 「とりあえず、鼻水を傷口に垂らすんじゃないぞ」 「うん、わかった」 そうして泣く子供をあやすように、エリナの背中をポンポンと軽く叩いて安心をさせた。 「……やれやれ」 漏らす言葉とは裏腹に、心の中には満足感が広がっていた。 「少しは落ち着いたか?」 「うん。体調もバッチリだし、涙も止まった」 「それはなによりだ」 「それで、あの……ユートの傷の方は?」 「ん? ああ、問題ない」 いくら吸血鬼といえど、傷が一瞬で治るようなことはない。 しかしながら、人間の時に比べればビックリするような速度で血は止まっていた。 「痛みも引いたし、血も止まっている。ちゃんと手当てもしたし、問題ない」 「そっか。よかったぁ~……でも、無茶し過ぎだよ、ユート! 自分の身体を傷つけるなんて!」 「……って、エリナが言えることじゃないよね」 「いやだが……確かに、今回のことはやり過ぎたと思っている」 「どうにかしなければ、ということばかり考えて、バカなことをしたと反省している」 「嫌な思いをさせてしまったか?」 「ううん、そんなことないよ、全然だよ。気にしないで」 「そうか、それならいいんだが……」 「でも……床、血だらけになっちゃったね」 「本当だな」 綺麗な床の一部に、小さいながらも血の水溜りが出来上がっている。 「まるで、初体験を終えたばっかりみたいだね♪」 「いきなり、ソレか……」 「あり? 違った? おー、そっか、生理中のセックスと思われちゃうかも♪ の方がよかった?」 「どっちでもいいわいっ」 あんなに懐かしく思っていた下ネタではあるが、やはり強烈過ぎて実際に復活すると、それはそれで微妙な気分になるな。 だがまぁ、いつもの調子に戻ったと思えば、嬉しくないわけではないのだが……。 「とにかく、床のことは気にしなくていいから、それよりもエリナ」 「なーに?」 「今後はもし血が欲しくなったら素直になってくれ。そしたら、俺もこんな真似をしないで済む」 「いちいち、自分の首を傷つけるのはイヤだし……結構痛いからな」 「でも……」 「それから、俺と一緒に病院に行ってみよう」 「これまで、そんなことがなかったのなら、きっと変化が起きた理由があるはずだ」 「それがわかれば、エリナだってもう、こんなことで悩まなくて済むかもしれないだろう?」 「大丈夫だ。一人が不安なら、俺も一緒について行く。一緒にいるから」 「ユート……」 「おっと、これ以上泣くのは、勘弁だぞ」 「うん。ありがとう。ユートありがとう……」 「それじゃ、約束だ。今後は無理をしない、いいな?」 「………」 「……エリナ?」 エリナは俯いたまま、何の反応も示さない。 「あ、あの……ユート……」 「うん? なんだ?」 「その、えっと……―――ッ!」 伏し目がちに言葉を濁していたエリナが、勢いよく顔を上げる。 その顔に真剣な表情を浮かべているものの……どこか不安げな様子は隠しきれない。 「どうした?」 「……ちょっと、先に聞いておきたいんだけど……ユートは……」 「ん?」 「ユートはどうしてそんなに優しいの? ワタシなんかに……どうしてそんなに優しくしてくれるの?」 「だから、そういういい方はダメだ。そんな風に自分を思うんじゃない」 「だからどうして? どうしてユートは、そんなこと思うの?」 「それは、だな……」 少し……悩む。 俺の気持ちはすでにハッキリしている。 そのことを打ち明けるのも、やぶさかではない。やぶさかではないのだが…… エリナのことを、傷つけてしまわないか、心配だ。 「むぅー……」 「俺が、エリナに優しくするのは、そんなに変な話か?」 「変じゃないよ。全然変じゃないし、ユートらしいとも思う。でも……ワタシはユートにどんな気持ちで甘えればいいの?」 「どんな……とは?」 「あのね、ワタシはね……こんなに甘えさせてくれる人、初めてだから……よくわからないんだけど……」 「その……友達だったら、これぐらい優しくされるのは、普通なのかな?」 「……エリナ」 「ユートが優しいのは、友達だからってことで、いいのかな? って……ちょっと、思っちゃって……」 「………」 「なはは……ダメだね、ちゃんとした友達付き合いをしてないと。こういう時に困ったことになっちゃう」 どこか寂しげに笑うエリナの顔に、俺は胸が痛んだ。 エリナの質問を適当に答えて、誤魔化すのは簡単だ。 だが女の子が勇気を振り絞っているのに、それに応えないのは、男がすることじゃないっ! 「エリナ」 「え? あ、なに?」 「あー、そのー、なんだー、えーっと……」 「………?」 くっ、くそぅ……“男がすることじゃないっ!”とか、意気込んでみたものの、やはり緊張するものは緊張する。 そもそも、どう伝えればいいのかまだ、心の整理もついていないのだが―― ――えぇいっ、ままよっ! 「エリナっ!」 「ひゃいっ!?」 「俺もさっき、自分の気持ちにハッキリ気づいたんだが……」 「好きだ、エリナ」 「………」 「こんなにエリナに優しくするのは、友人というだけじゃない」 「俺は、エリナのことが好きだ。だから、一緒にいたくて、笑っていて欲しくて、優しくしたんだと思う」 「いや勿論、全部が全部、下心というわけじゃない。だが、そういう気持ちがあったのも間違いない事実だ」 「……え、えーっと、好きって……好きっていうのは……」 「言っておくが、友人としてじゃないぞ。一人の女の子として、エリナのことが好きだ」 「………」 「――――――ッ!!??」 「………」 意外なことに、エリナは顔を真っ赤にさせて、まるで初心な女の子のように頬を染めていた。 ……あれだけ下ネタを人前で躊躇いもなく披露するくせに、俺の言葉に照れているらしい。 「ユ、ユ、ユート、それって……ほ、本気、なの? エリナが迷惑かけちゃったから、それに対する仕返しの冗談……とかじゃなくて?」 「この状況でそんな悪趣味な……いやそもそも、俺がその手の冗談を言ったことがあったか?」 「こんなこと、本気じゃなければ言うもんか」 「それって、つまり……」 「何度でも言うぞ。俺は、エリナのことが、好きだ」 「エリナの泣き顔はもちろん、苦しむ姿も見たくない。だから、さっきはあんなことまでした」 「だが本当は……言うべきじゃないと思っていた。今この状況で気持ちを打ち明けるのは、卑怯な気がして」 「……卑怯って?」 「そうだろう? 俺の血液の件もあるのに、まるで脅迫してるみたいじゃないか。……そのことを盾にとっているみたいで」 「でも、言ってくれたんだ?」 「まぁ……な。ただの友人と思っていると気持ちに嘘を吐くのも嫌だったし……俺も、一応男だからな」 「男として、ここは誤魔化してはいけない気がした」 「……そっか、そうなんだ……にひ、にひひ♪ でもユートは“一応男”じゃない」 「なに?」 「すっごくいい男だよ」 「そ、そうか? だがやはり……卑怯じゃないだろうか?」 「卑怯でもなんでもいいよ。どんなことでも武器にしてくれた方が、女の子としては嬉しいんだよ?」 「そんなこと気にしてグジグジされたり、嘘吐かれたりする方がよっぽどヤダよ」 「……そういうものか?」 「そういうものだよ、にひひ」 「エリナはアレだな、男らしいな」 「女の子に向かって失礼な、男らしいなんて」 「それはスマン。いや、それはともかく、だな」 「俺はまだ、エリナの気持ちを聞かせてもらってないんだが」 「えーー……いるの?」 「勿論いる」 「もう、わかってることを言わせるだなんて……やっぱりユートはSだね」 「そこは別にSとかMとか関係ないと思うんだが」 「打ち明けた気持ちに対して、はっきりと答えが欲しいのは、当然のことだろ」 「それは、そうだと思うけど……でも先に、教えて欲しいことがあるの」 「俺に、答えられることなら」 「本当に、いいの? ユートへの気持ちを我慢しなくても……いいの?」 「………」 「ワタシはこんな体質だし、今以上に甘えることになっちゃうかも……ううん、絶対に甘えちゃうと思う」 「後悔しても……しらないよ?」 「後悔か………………よし、後悔させられるものならさせてみろ」 「ユート………………ユートは本当に、いい男すぎるよ、エリナにはもったいないぐらい」 「もったいないと思うなら……やめておくか?」 「ヤダ。今さらダメって言っても、もう遅いよ、エリナもユートが好き、だーい好きなんだから」 そう言ったエリナが、俺の胸に飛び込んできた。 そして俺の胸に、自分の顔を押し付けてくる。 「にひひ~、後悔させてあげるから覚悟してよね、ユート」 「別に、無理矢理後悔させて欲しいわけじゃないんだが……まぁいいか」 「今の俺は、エリナと恋人になれた幸せで胸がいっぱいだからな」 「エリナも! エリナも嬉しくって、凄く幸せだよ。こんなに嬉しい気持ちを失いたくないって思うぐらい」 「だから、ユートのこと離さない。ユートはもうエリナのモノなんだからね」 「所有物扱いなのか?」 「その代り、エリナもユートのモノだから」 「それならまぁ……よしとしておこう」 「大好きだよ、ユート」 「俺もエリナのことが好きだ」 互いの気持ちを打ち明けながら、俺たちは安堵の笑みを浮かべる。 「ユートの心臓、ドキドキしてるね」 「告白するのに、緊張しない男はいない」 「女の子だって緊張するよー。でもユートは、そんなに不安になるような要素はなかったと思うけど?」 「大体、あんなにフラグを立てておいて、女の子が好きにならないはずないじゃん♪」 「……そんなにフラグを立てていたのか、俺は?」 「もう立てまくりの天然ジゴロだよ。立てすぎでエリナの乳首まで立っちゃうぐらい♪」 「……だから、どうしてこんな時までそんな下ネタを絡めるかなぁ」 「こういう時ぐらい、もっと普通でいいんだぞ?」 「そう言われても……普通なんてわかんないもん。エリナには秘密があるから……それを隠して会話しようとするとこれぐらいしか……」 「……もしかして、そうして行き着いた先が、ソレなのか?」 「うん。こういう風に言うと、みんなツッコミ役になるから。でもいつの間にか、コレが地になっちゃったけどね、にひひ」 「………」 意外と重い理由だった。 「しかし俺としては、普通に接しているつもりだったのだが……」 「そっか。でも……それがいいんじゃない? 普通に暮らしていて、フラグを立てるからこそ“いい男”なんだよ」 「………」 「にひひ。ユート、顔が赤いよ。照れてるでしょ~?」 「そりゃ、自分が好きな女に“いい男”なんて褒められたら、照れるに決まってるだろう」 「そっか。にひ、にひひ……好きな女かぁ~」 「ああ、大好きな女だ」 「それじゃ……いいんだね? 甘えて」 「勿論、いいに決まってるだろ」 「その……友達じゃなくて、大切な……恋人として、甘えても……いいんだよね?」 「そういう遠慮はしなくていいから。好きなだけ甘えてくれていい」 「エリナ一人ぐらい受けきってみせるから、任せておけ」 「うん。ありがとう」 「その代わり、俺もエリナに甘えさせてもらうからな」 「了解だよ! 甘えて甘えて! エリナもそうしてくれた方が嬉しいよ」 エリナがさらに強く、俺の身体を抱きしめてくる。 その力に負けないように、エリナの小さく温かい身体を抱きしめ返した。 「ありがとう……ユート、本当にありがとう」 そうして、また身体を震わせ始めたエリナが落ち着くまで、俺は優しく抱きしめ続けるのだった。 「んっ……」 「いたた……」 首元の鋭い痛みに声を漏らしながら、俺はゆっくりと目を開けた。 痛みの元に触れてみると、若干湿気を感じる。 まだ傷口は完全に閉じたわけではなさそうだ。 「まぁ、得られた結果のことを考えれば、これぐらいの痛みはなんでもないが」 「すぅー……すぅ……」 隣には、幸せそうに眠るエリナの姿がある。 深夜に俺の部屋に忍び込んできたときとは全く違う、安心しきった寝顔。 「本当に、よかった」 「んっ……んみゅ……んっ、んん……ふぁぁ」 「あっ、ユート。おはよう」 「おはよう、エリナ」 互いに笑顔で挨拶を交わす。 ちなみに説明しておくと、今日は一緒に寝ただけで、特に何かしたわけじゃない。 首元の傷もあるし、部屋の掃除も大変だったので、エロいことは何も起こっていない。 以前のように、二人で一緒に眠った。ただ、それだけだ。 それだけなのだが…… 「こんなに気持ちのいい寝起きは初めてだよ」 「エリナも、こんなに起きるのが嬉しい夜は初めてだよ、ユート♪」 「できればこのまま、もう少し二人でゆっくりしてたいな」 「それはダメだ」 「もうすでにいつもよりも遅い時間になっているのに、これ以上ゆっくりしてたら、誰かが起こしに来るかもしれないだろう」 「おー……そっか。二人っきりの時間は、もう終了なんだね。残念だよ」 「残念なのは、俺も同じだが仕方がない」 「その前に、ユート……ちょっといい?」 「なんだ? まさか……もう血が足りなくなったのか?」 「ううん、それはへーき。ユートのおかげで体調はすこぶる好調だよ」 「ならいいが……それなら、どうした?」 「えっと……抱きしめて、欲しいな。ユートの温もり、感じたい……昨日のことだけじゃなくて、今この時間も夢じゃないって教えて欲しい」 「それは、抱きしめないと体調がまた悪くなるとかではなく?」 「ううん。そうじゃないよ。そうじゃなくて……ワタシが、ユートに抱きしめて欲しいんだけど……」 「あっ、抱くって言っても、セックスじゃないよ? 抱擁、抱きしめるだけだよ?」 「……そんな勘違いをするほど、空気が読めないつもりはない」 「ユートが望むならエリナは別にいいんだけどね。だって、エリナはユートのモノだもん♪」 「………」 「……いやいや、だから、そんな時間はないんだって」 「にっひっひ~、でも今、悩んだ~」 「そりゃ……正直に答えるなら、俺も男だからな」 「とはいえ、俺にも理性はあるし……時間がないだろう」 「つまりユートは早漏じゃないってことなんだ? もしかして、遅漏なの?」 「本当……下ネタが快調なようでなによりだよ……」 「にひひ♪ でも、抱きしめるぐらいの時間は……あるよね?」 「それとも……抱きしめる理由がないとダメ……かな?」 「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だ……理由ならちゃんとあるから」 「……え? そうなの?」 「俺たちは恋人同士なんだ。抱きしめる理由なんて、それで十分だろう?」 「そっか……そうだね、うん」 「それに後悔させるぐらい、甘えていいんだよね?」 「男に二言はない」 「それじゃ……お願い♪」 目を閉じて、俺の反応を待つエリナ。 緊張はするが……そう、俺とエリナは恋人なんだ。これぐらいのことは普通。 いやむしろ抱擁ぐらい、その程度と言えるようにならなければ、男として情けない。 「それじゃ、いくぞ」 ゆっくりと手を伸ばし、その柔らかな身体を――小柄な身体を抱き寄せ、腕で力強く受け止め、背中に手を回して、その温もりを全身で感じる……。 くっ……想像しただけで手が、手が震える。 「……ユート?」 「いや、問題ない。今、抱きしめるからな」 よし、覚悟を……覚悟を決めて―― 「ていっ」 「あぅっ……ちょ、ちょっと痛いよ、ユート」 「そっ、そうか、すまない」 言われて、ゆっくりと腕の力を緩める。 だが、緩めすぎてもエリナの反感を買いそうなので、ちょうどいい力加減を見極めながら……。 「これぐらいで、どうだ?」 「うん。ちょうどいい感じだよ」 「そうか、よかった」 「嬉しい。ユートは本当に温かいね。身体もそうだけど、心も温かい」 「そういってもらえたなら、俺としても嬉しい限りだ」 「にひ……にひひ……」 「どうした? そんなにニヤニヤしたりして」 「だって、大好きなユートに抱きしめられてるんだよ? 顔がにやけちゃうのも当然のことだよ、にっひっひ~」 「ユートは嬉しくないの? エリナを抱きしめてるんだよ?」 「そりゃ嬉しいさ。エリナの温もりを感じて、嬉しくないわけない」 それに……こうして密着していると、温もりだけじゃなく柔らかさまで感じられて……マズイな。 胸と胸が密着し、伝えてくるムニュムニュとした柔らかい感触に、意識が奪われる。 「――くっ」 「おーー……本当だ。ユートの嬉しさ、今ダイレクトに感じられるよ」 「………」 「それはまさか……」 「にひ♪ ユートが温かいのは、心と身体だけじゃないみたいだね。もっと熱いのがお腹に当たってるよ」 「それは、だな……なんと言うか……スマン」 「ううん、謝らなくていいってば。ユートが興奮してくれてるのは、凄く嬉しいことだから。でも……」 「コレ……凄い……思った以上に固くて、熱いよ。やっぱり本物は凄いんだね」 「も、もういいな? もう十分抱きしめただろ?」 勃起状態を見抜かれ、思わず俺はエリナの身体を離した。 さすがにこれ以上は恥ずかしいし、押し付けているみたいで、なんかイヤだ。 「あり? もうおしまいなの?」 「もう着替えないと、本当に誰かが来るかもしれない」 「そっか。残念だけど、仕方ないね……」 「それじゃあユートに、着替えさせて欲しいなぁー」 「それは甘え過ぎだ。そんなことまで、できるわけないだろう」 「ちぇー、ユートのケチー。あっ、そうだ! じゃあ、エリナが着替えさせてあげる!」 「それも遠慮させてもらう。いいから早く、着替えて来るんだ」 「あっ、ちょっと、ユートぉー……」 残念そうな声を漏らすエリナの背中を押して、部屋から追い出す。 声とは裏腹に、エリナはすでに満足しているようで、抵抗することなく自分の部屋に戻っていった。 「……ふぅ」 「抱き締めただけでこの様なのに、着替えもなんて話になったら、俺の心臓がどうなることやら……」 さて、俺も早く着替えよう。 「いやでも、その前に……」 携帯電話を取り出し、とある番号を呼び出す。 「あんまり、こっちから連絡したくないんだけど……仕方ない、これもエリナのためだしな」 「………」 『はい、もしもし? 六連君から電話をくれるだなんて、嬉しいなぁー。どうかしたのかい? なにか、体調に変化でも!?』 「いえ、俺の体調なら大丈夫です。いつも通りですから」 『それならいいんだけど……あっ、もしかして、で、デートのお誘いかな?』 「それも違います、全然。これからも、そんな誘いの電話をかけることはあり得ません」 『そんなに力いっぱい否定しなくても……でもだったら、一体どうしたんだい? まさか――僕の声が聞きたかったとか!?』 「そうじゃなくてですね! 先生に……医者としての先生に、お願いがあるんです」 「ちょっと、診察の時間を作ってもらいたいんです」 「~~~~♪」 「エリナちゃん、機嫌がいいみたいだね」 「そうかな?」 「今、気持ちよさそうに鼻歌を歌っていたの、気づいていないの?」 「え? 本当に?」 「エリナ君がそんなに浮かれているなんて珍しいね」 「やっぱり、何かいい事があったんじゃないの?」 「ん? んー……んふ、ふふふふふ♪ 別に何もないよ」 「……そんなに笑顔を浮かべて、誤魔化すつもりがあるのかしら?」 「それだけ嬉しいことなんだろうね」 「エリナちゃんの幸せそうなのを見てると。なんだかわたしまで嬉しくなりそう」 「まっ、嬉しそうなのなら、心配することはないよね」 「はい、その通りだと思います」 「それじゃ、今日も頑張って勉強しよう」 「そうだね!」 布良さんと共に、元気いっぱいのエリナが教室に向かって歩き出す。 そのあとにニコラと稲叢さんも続いていくのだが……何故か美羽だけは、俺の傍に寄ってきた。 「佑斗、エリナのあの幸せそうな顔……曇らせないようにね」 「………」 「もしかして……気づいてる?」 「二人の関係を調べたわけじゃないわよ? でも、見ていれば気づくこともあるわ。一緒に暮らしているんだし」 「エリナがあんな嬉しそうな顔をしているのを見るのは私も初めてだから。そんな顔、曇らせたらみんなに責められるわよ」 「心しておきます」 「ならよし。それから……今は秘密でも、いずれは教えてくれるんでしょうね?」 「みんなにも、ちゃんと説明する時がくると思うが……今はまだ他に大きな問題があるんだ」 「解決……とまでは言わないものの、ある程度の目途がつくまでは、待って欲しい」 「ん、わかった。そういうことなら、みんなにもそれとなしに伝えておくわ。今は無理に聞く時期じゃないって」 「そうしてくれると助かる。すまないが、よろしく頼む」 「でも、なるべく早くね」 「努力はするよ」 その言葉に軽く頷いた美羽と共に、俺はみんなの後を追って教室に向かった。 「さてと、それじゃそろそろ食事に行こうかな。佑斗君はどうするんだい?」 「ああ、俺も行く」 「今日は久々に聖なる金色の雪原を食べに行こうかなぁ」 「………」 「あぁ、カレーのことだな。すっかり忘れてた。確か、中辛が好きなんだよな」 「そうそう。あのピリッと辛いのが癖になるんだよね」 「なに? カレーの話?」 「美味しいですよね、食堂のカレー」 「そうだよね! わかってくれるよね! いやー、同志が多いと、心強いなぁ」 「なんかさ、カレーって強力だよね。そういう話をしてたら、私もカレーが食べたくなっちゃったよ」 「それじゃあ今日は、みんなで聖なる金色の雪原を一緒に食べようじゃないか!」 「あのー、六連先輩はいらっしゃいますか?」 「ん? 稲叢さん? どうかしたのか?」 「莉音君もよかったら、一緒に食堂に行かないかい?」 「あ、はい。ご一緒させていただきますが、その前に……六連先輩、エリナちゃんが……」 「エリナが、どうかしたのか!? まさか、倒れたなんてことは――」 「ううん、そこまでじゃないから、ダイジョーブだよ」 稲叢さんの後ろから現れたエリナの姿に、俺は胸を撫でおろす。 「そうか、よかった」 だが……顔色があまりよくないな。 「その……あのね、ユートにちょっとお願いがあるんだけど……でも、ここじゃダメなことで……」 頬を赤らめつつ、もじもじしながら、俺の背後に視線を向けるエリナ。 振り返ってみると、今から一緒に食堂に行こうとしていたクラスメイトたち。 『………?』 「あー……そういうことか」 「うん。だから、悪いんだけど……」 「わかってる」 「すまない。食堂には後から顔を出す。ちょっと所用ができた」 「ゴメンね、みんな」 「いや、それはいいんだけど……どうしたんだい? ボクらも手を貸した方がいいこと?」 「そういうわけじゃない。気持ちだけで十分だ」 「そうかい? ならいいけど……エリナ君、元気がなくない?」 「そうかな? でも、へーきだよ。すぐに治ると思うから」 「それじゃ、また後で」 「ああ、うん。わかった」 みんなにそれだけ説明すると、俺はエリナと一緒に教室を出た。 「さて、それで用事というのは、例のアレでいいんだな?」 「うん。大丈夫かな?」 「俺は問題ない。いや、正直に言ってくれて嬉しいぐらいだ」 「それで……どこでする?」 「えーっと、そうだねー……体育館の方なんてどうかな? 今なら人もいないだろうし」 「わかった。それじゃ行こう」 ………。 「どうしたんだろうね?」 「さぁ? 最近仲がいいから、二人だけの秘密もあるんじゃないかな?」 「そうなんですか? あのお二人が……」 「しばらく様子を見るって決めたでしょう。ほら、私たちは普段通りにしていましょう」 「そうですね。それじゃあ、先に食堂に行っていましょうか」 俺とエリナが体育館にたどり着くと、そこには誰もおらず、静かなものだった。 「ここなら、誰にも見られずに済みそうだな」 「うん。そうだね……ゴメンね、ユート。学院でこんなこと、お願いして」 「気にするな。俺は、エリナに頼ってもらえてうれしいんだ。それに甘えていいと言っただろ?」 「うん♪ ありがとう、ユート」 「それじゃ、早速……いやだが、今は人がいなくても、誰かがくるかもしれない。空間が広すぎる」 「だったら、倉庫の中は?」 「ああ、それがいい」 「なんだか、こんな風に密会してると……学院内でエッチなことしてるみたいだね♪」 「バカなこと言ってないで。体調、きついんだろう? ほら」 「うん。ありがとう、ユート」 そうして俺たちは、そのまま備え付けの倉庫に入っていくのだった。 「ちゅー……ちゅるちゅる……んっ、んっ……」 「あっ、帰ってきた」 「おーい、こっちこっちー」 「にひひ、ちょっと遅くなっちゃった」 「みんな、さっき言っていた通り、カレーなんだな」 「あれだけ話していると、やっぱり負けてしまいますね」 「そういう佑斗もカレーじゃない」 「エリナもカレーだよ! みんなと一緒!」 「よかった……エリナちゃん、元気に戻ったんだね。さっきの顔色が嘘みたいに、元に……というより、もっとよくなってる気がするかも」 「確かに。それに、なんだかお肌もつやつやしてない?」 「それに対して……佑斗は少し、顔色が悪いわよ?」 「本当ですね。なんだか二人の様子が、さっきとは反対の印象を受けます」 「気のせいじゃないか?」 「さぁ、それよりも冷めないうちにカレーを食べよう」 『………』 「では、今日はこれで終わりだ」 エリナの病院のことを考えていたせいで、今日の授業は全然身に入らなかった。 それどころか、もう授業が終わったのか、と思ったほどだった。 「もう緊張してきたな」 だが、俺が不安になるわけにはいかない。 まずは落ち着いて、エリナに話をしてみないと。 「………」 「六連君、一緒にお仕事に行こう」 「いや、俺は今日非番だから」 「あっ、そうだったっけ? ゴメンね、忘れちゃってたよ」 「気にしないでいいさ」 「………」 「……? 六連君、ちょっと変だよ? 大丈夫?」 「大丈夫だ。心配させてすまない」 「それは全然いいんだけど……よかったら、そこまで一緒に行こうよ」 「おーい、美羽ちゃーん。美羽ちゃんは出勤だよね? 一緒に行こー」 「えぇ、構わないわよ」 「あっ、ユートー、一緒に帰ろー」 「……エリナ」 「みなさんご一緒ということは、今日は風紀班のお仕事ですか?」 「いや、俺は今日非番なんだ」 「出勤なのは私と布良さんだけよ」 「せっかくだから、門まで一緒に帰るところなの。莉音ちゃんとエリナちゃんは?」 「今日はお仕事ですね」 「エリナは今日、お休みだよ」 「………」 「それじゃ、みんなで一緒に門までいこっか」 「あっ、エリナ、ちょっと待ってくれ。しておきたい話があるんだ」 「ん? なに?」 「………」 「私たちは、先に行ってましょうか」 「え? でも――」 「いいからいいから。ほら、行くわよ、布良さん」 「稲叢さんも、先に行っててくれるかな?」 「え? あ? はい、わかりました」 「………? どうしたの、ユート? 何か、大切な話?」 「ああ。今日、時間はあるか?」 「なになに? もしかして、デートのお誘いかな?」 「そうだ――と言いたいところなんだが、その前に……二人で一緒に行っておきたい場所があるんだ」 「おー、ユートってばだいたーん♪ にっひっひ~、こんなところでホテルに誘うだなんてぇ~、順番が逆だよ、もぅ~♪」 「……ホテルじゃなく、病院に行きたいんだ」 その言葉に、エリナの表情から冗談の色が消えて行く。 「ナースのコスプレ……ってわけじゃなさそうだねぇ……なはは」 「実は、扇先生に連絡をしてみたんだ。そしたら、連絡すれば診察時間を調整してもらえる、という話だったんだが……」 「エリナの気持ちはどうだ? やっぱり、嫌か?」 「……えっと……」 「ううん……嫌じゃないよ? このままじゃいけないから、必要なことだと思ってる」 「でも……ちょっぴり、怖いかな」 「……そうか。なら無理をせず、もう少し時間をおくか?」 「……ううん、へーき。問題なければ、今日行きたい」 「本当に? 俺としては、エリナの気持ちが一番大切だと思ってるんだが……」 「エリナは本当にへーき。だって……ユート、一緒にいてくれるんだよね?」 「そのつもりだ」 「だったら……だったら、ダイジョーブ。ユートが一緒にいてくれさえすれば、怖いものなんてないもん」 「そうか。そう言ってもらえるなら」 「あのね、ワタシも、このままじゃいけないと思う。だから……」 「お願いします。ワタシと一緒に、病院に行って下さい」 「勿論だ、エリナ。一緒に行こう」 応えた俺は、エリナに向けて手を伸ばす。 そして、できる限り手の平を大きく広げて、エリナの反応を待つ。 決してこの手を下すことなく、エリナが握ってくれるのを待ち続けるつもりだったのだが……意外と早く返事は返ってきた。 「ユート……手が、震えてるよ?」 「これは、別に不安なんじゃないぞ?」 「ただ、これから女の子と手を繋ぐかもと思ったら、ちょっと緊張してきただけだからなっ!」 「そんなこと自信満々に言われても、恰好よくないよ」 「そうか……スマナイ、情けない恋人で」 「確かに、恰好よくはないけど……でも、やっぱりユートはいい男だよ。それに、最高の恋人♪ 情けなくなんてない」 言いながら、エリナはしっかりと俺の手を握りしめた。 まるで俺の震えを抑え込もうとするかのように……強く。 ……いや、違うかも。 もしかしたらこれは、エリナが自分の震えを止めるために、強く握りしめているのかもしれない。 「それは光栄だ」 俺は強くエリナの手を握り返す。 エリナが震えなくて済むように。エリナが安心できるように。少しでも俺の温もりが伝わるように。 「それじゃあ、行くか」 「うん」 「こんばんは」 「六連くーんっ! お久しぶりだね、待ってたよー」 「おじゃましまーす」 「おっ、女連れ!?」 「……今日はエリナの診察をお願いしたいって、最初からお願いしてましたよね?」 「それはそうなんだけど、ついね。ところで六連君、その首元はどうしたんだい?」 「あっ、これはちょっと、手元が狂って……首を切ってしまって」 「首を!? 六連君が怪我をするだなんて! どうしてすぐに言ってくれなかったんだい、もうっ!」 「今すぐ治療をするから、早く脱いで。服もズボンもパンツも脱いでっ!」 「首の治療に下半身を露出する必要はないですよね!」 「ちぇっ……やっぱりダメ?」 「ダメに決まっているでしょう。というか……ちゃんと話を聞いてくれてました?」 「勿論! 僕が六連君の言葉を聞き逃すわけないだろう。一言一句残らず、ちゃんと覚えているとも」 「それなら、今日は真剣な話ということも、覚えてくれてますよね?」 「えー、もう少し、六連君との会話を楽しみたかったのに……まぁ、仕方ないか」 「それで、たしか……アヴェーン君の体調に、普段は見られない変化がある、ということだったね」 「はい、そうです」 「それであの……本題の前に、確認をさせていただきたいんですが……扇先生は、エリナのことを知っているんですか?」 「その……どうしてこの都市に、留学生として住んでいるのかを」 「アヴェーン君の過去……というか、体質についてならちゃんと知っているよ。この都市に住む際、検診を行ったのは僕だから」 「そういえば、そうだったかも。あんまり覚えてないけど」 「医者ということもあって、もしもの際に困らないように、特別な体質の子については事前に小夜様から知らされることも多いしね」 「ワケありの子は、僕が管理させてもらうことが多いんだよ。吸血鬼の医者は、珍しいからね」 「六連君の主治医が僕になったのも、そういう理由だよ」 「なるほど」 「それじゃ、エリナとユートはお揃いの主治医なんだね」 「そういうことになるが……主治医がお揃いっていうのも、変な話だな」 「いいじゃん、ユートとのお揃いが増えるのは、エリナ嬉しいよ」 「俺も別に嫌ではないが……」 「………」 「あっ、すみません。それでは話を元に戻させてもらいますが――」 「待って、ユート。それに関しては、ちゃんと自分の口で言うから」 「……そうか?」 「うん、言わせて欲しい。自分で言わないといけないって、思うから」 「………」 まっすぐに俺を見つめてくるエリナ。 ……なんというか……エリナは事実を受け入れて、俺に頼るだけでなく、自分の足でちゃんと立とうとしているのかもしれない。 だったら俺は恋人として傍にいつつ、必要となった時にエリナを支えられるようにしてやろう。 「わかった、任せるよ」 「ありがとう、ユート」 「………」 「待たせちゃってゴメンナサイ」 「それはいいんだけどね……で、どうしたんだい?」 「モトキに調べて欲しいことは……その……エリナの身体が変になっちゃったみたいなの。それを何とかして欲しくて」 「変、とは? 確かエリナ君の体質は……“吸血鬼の血を吸う吸血鬼”だったね?」 「もしかして、吸血鬼の血が必要じゃなくなった……とか?」 「ううん。どっちかって言うと……逆、かなぁ」 「実は最近、定期的にユートの血を吸いたくなっちゃうみたいなの」 「六連君の血を? その言い方だと、六連君の血でなければいけないということ?」 「……うん。血を飲んでないと、体調が変になるのは普通のことだと思うんだけど」 「それが最近、ユートの血じゃないと……身体が元に戻らなくなっちゃったみたいで」 「吸わないと、自分の意識を失っちゃって……無理矢理ユートに襲い掛かっちゃうぐらい、身体が変なの」 「――なっ!? なんだってっ!?」 「そうか……そういうことだったのか……わかった、わかってしまったよ」 「扇……先生? 一体何がわかったんですか……?」 「つまりアヴェーン君は、六連君のことを押し倒して、色仕掛けで誘惑したということなんだねっ!」 「真剣な話だって何度も言ってるのにぃーーっ!!」 「おー……でも、あながち間違えてないかも」 「あのときエリナが押し倒さなかったら、今みたいにはなれなかったと思うしね、にひひ♪」 「ほら、やっぱりーっ!」 「くそぅっ、この二人が絡むと厄介すぎる!」 「とにかくっ! 真面目に話を聞いて下さい。体調がおかしいのは、冗談じゃないんです」 「そうは言うけど、二人の雰囲気がおかしいんだもんっ!」 「このままじゃ二人の関係が気になって、ちゃんとした診察ができそうにないんだよ」 「……どういう言い訳なんですか」 「とにかく俺はエリナと恋人になったので、今までみたいなことは止めて下さい。俺はアナタの所有物ではないんです」 「そーだよ! ユートはモトキのモノじゃない。エリナのモノだもんっ!」 「だから、エリナも煽るんじゃないっ!」 「でも、ユート……こういう縄張りの問題は、一番最初にしっかりしておかないと」 「縄張りって……いやまぁ、別にいいんだが」 「それはつまり――」 「ムツラユートはワタシ、エリナ・オレゴヴナ・アヴェーンの恋人になったので、手を出しちゃダメなんだよ!」 「―――ッ!!??」 「そこまで驚くようなことですか?」 「そりゃ驚くよ、いきなり恋人宣言なんてされたら! し、しかも、相手が女の子だなんて!!」 「なぜそこに疑問を持つ!?」 「しかも、もうすでに、一緒に寝た仲なんだからね!」 「な、なんだってぇっ!? ほほほ、本当なのかい、六連君」 「え? あ、まぁ………………そうですね」 一緒のベッドで寝ただけであって、特にそれ以上の特別な行為はなかったのだが……。 別にそこまで事細かに説明することもあるまい。 「そういうことだから! 今後はワタシのユートに変なことしないでね、モトキ」 「まさか、こんなことになるとは……。いやでも、処女なら……処女ならまだ可能性は……」 「………」 なんか、おかしな単語が聞こえた気がする。 「いやもう、言っても無駄だと思うので諦めますから、ひとまず話を本題に戻らせて下さい」 「それじゃあひとまず、症状について、改めて聞かせてもらえるかい?」 「突然、六連君の血を吸いたくなって……吸わないと正気を失う、ということでよかったかな」 「うん。そうだよ」 「六連君の血じゃないとダメ、か……」 「何か思い当たるようなことは、ありますか?」 「うーん……現段階での仮説は差し控えさせてもらっていいかな?」 「アヴェーン君の身体に関わることだ。君たちも、不確定なことを聞いて、不安になりたいわけじゃないだろう?」 「それは、そうですね」 「なんとか解決したいと思ってるの……じゃないと……このまま、ユートの血を吸い続けるってことになっちゃうから」 「調べるにしても……しばらくはそうせざるを得ないね」 「でも……それってダイジョーブなのかな? 血を吸われちゃうユートのことも心配だし……」 「気持ちはわかるけど、現状では維持しか方法がない。仕方がないよ」 「こちらとしても、大急ぎで調べてみるから。少なくとも、血を吸うことで問題が起こるかどうかだけでも」 「よろしくお願いします」 「とはいえ……アヴェーン君、正気を失うのもマズイけど、吸血に関してはできるだけ必要最低限でお願いできる?」 「うん、わかったけど……検査ってどれぐらいかかりそう?」 「ん? そうだね……正直なところ、わからない。アヴェーン君は吸血鬼の中でも特殊な体質だ」 「まず、データが足りない。基礎から調べるしかないんだよ。だから……気の長い話になる可能性は高いね」 「そうですか」 「でもそれって、エリナのデータがあれば解決するんだよね?」 「確約はできないけどね、可能性は十分にあるよ」 「データならあるよ。多分、今もロシアの研究所の方に」 「しかしアヴェーン君、それは……」 「ワタシに気を使ってるなら、そんなことしなくていいから。それよりも、解明する方が重要だもん」 「そのせいで、もしユートに影響があったりしたら……ワタシはきっと、自分のことが許せないと思うの。だから……」 「……エリナ……」 「もし、データが手に入るなら、僕としてもありがたい。ありがたいけど……本当にいいのかい?」 「うん。だって……エリナにはユートがいてくれるから」 「ユートが隣にいてくれるなら、それだけで頑張れる! それに……守ってくれるんだよね?」 「ああ、任せろ」 「だから、何があってもへーきだよ♪ にひひ」 「そう……そういうことなら、よかったね」 「本当に……幸せそうで、羨ましい限りだよっ! いいなぁ~、羨ましいなぁ~……」 「あげないからね、ユートはエリナだけのものなんだよ」 「それから、エリナはユートだけのモノ♪ なんだったら、好きにしてくれてもいいんだよ?」 「……考えておく」 「にひひ、照れてる~」 「……あのさ、見ていて悔しいから、イチャイチャはそれぐらいにしておいてくれないかな?」 「すみません。そんなつもりはなかったんですが」 「とにかく、調査はしておくよ。ああ……それから、ついでと言ってはアレだけど、六連君の検診も行っておくから、血ももらえる?」 「わかりました」 「そうそう。その首の怪我も診ておこうか。あんまり素人判断で決めつけるのもよくないしさ」 「はい。わかりました」 「ゴメンね、エリナのせいで怪我をさせちゃって」 「それはもういいって。エリナが恋人になってくれたなら、それだけの価値は十分あったんだから」 「……ユート……」 俺はエリナと互いの顔を見て、微笑み合う。 「だから、イチャイチャしないでくれないかなー」 そんな俺たちに向けられる、泣き出しそうな声は聞こえないふりをした。 「それじゃ、後は調べておくから」 「よろしくお願いします」 「あと、アヴェーン君」 「なに? 研究所のことなら、本当にへーきだから、連絡してくれていいよ」 「そっちじゃなくて。何か変化があったら、すぐに僕に報告すること」 「どんな些細なことでも、気になることがあったら即連絡、だからね」 「うん、わかった。大切なことだし、ちゃんと連絡する」 「それから……これが一番重要なことなんだけど――」 「な……なに?」 真剣な表情で、重い口を開く先生。 「そんなに重要なことって、一体……」 「まだ僕は、諦めたわけじゃないんだからねっ! 絶対に、絶対に、六連君の処女は僕がもらうんだからねっ!」 「それが一番重要っておかしくないですか?」 「そんなことさせないもんっ! 奪われるぐらいなら、エリナが奪うもんっ!」 「えぇぇぇぇぇぇっ!? 何言ってんの!? いくら好きな女の子相手でも、処女はあげませんよ!?」 「とにかく、勝負はこれからだからねっ!」 「ふっふ~ん♪ ユートはもうエリナにメロメロなんだから無駄だもん」 「……くぅぅぅっ」 「エリナも張り合わなくていいから! 煽らなくていいからっ」 「先生も! エリナのことしっかりとお願いしますね」 「そっちはちゃんと調べておくよ。個人的にも、興味深い症状だしね」 「約束、忘れないように。こっちも何かわかったら、すぐに連絡するから」 「わかってる。ちゃんと連絡するよ」 「嘘吐いたり、誤魔化したりするんじゃないぞ」 「うん、わかってる。そんなことしないけど……でもユートの方こそ、秘密にしてたことあるでしょう?」 「秘密? それは……」 「だって、ユート……エリナの過去、知ってたよね?」 「……え? 吸血鬼の血が必要なことは、エリナの口から……」 「その体質のことじゃなくて。モトキがロシアの研究所の話をしてきたとき、全然驚いた様子がなかったもん」 「あっ……」 「それは……その……」 「……ジーーーーー……」 「……スマン。勝手に調べるなんて失礼なことだとはわかっていたんだが……どうしてもエリナのことを知っておきたくて」 「市長に教えてもらった」 「まぁ、その手の秘密を知ってるのは、限られた人だけだからね」 「……そっか」 「ちなみに……それって、いつから知ってたの?」 「昨日だな。多分、エリナが血液パックをもらいに行った時と、そんなに変わらないと思う」 「ふーん……なら、いっか」 「……いいのか?」 「だって、そのこと知ってても、エリナのことを好きって言ってくれたんだもん。だったら、この話題をわざわざ蒸し返さなくってもいいかな、って」 「隠すつもりはなかったけど、聞いて面白い話でもないから……それに、本当にエリナはあの頃のこと、別に気にしてないんだよ」 「まぁ、基本的には厳しくて変な人たちばっかりだったけど、中には優しいお姉ちゃんもいたからね。でも……やっぱり、言った方がよかった?」 「いや、そんなことはない。別にエリナが隠していることが気になって、調べたわけじゃないんだ」 「言い訳に聞こえるだろうが……エリナの力になりたくて、つい」 「本当に申し訳ない」 「……ユート……」 「なになに? 喧嘩? 早速痴話喧嘩かな? 二人は別れたりとか」 「そんなことするわけないよ。ユートがエリナのことを思ってしてくれたことなんだから。だったら、怒れない」 「それはつまり、許してくれるということか?」 「許すもなにもないってば。あのね、ユート。むしろエリナはもっと、もーっとユートのことが好きになっちゃった」 「そ、そうか」 「そんなにハッキリ言われると、照れるな」 「僕もね、男らしい六連君のこと見て、もっと、もーっと好きになっちゃったよ」 「そんなにハッキリ言われると、気持ち悪いですな」 「なにそれ!? ひどいや! 僕とアヴェーン君で態度の差があり過ぎだよ、差別だよ!」 「当たり前でしょうっ!!」 「そもそも、エリナは恋人なんだから。エリナと比べれば、誰にだって態度に差が出るに決まってるじゃないですか。差別ではなく、区別です」 ましてや、同性と比べれば当然の対応だと思う。 「にひひ、ユートってば男らしいんだから、もう。エリナの方こそ照れちゃうよ」 「くぅぅぅぅ……イチャイチャして、イチャイチャして……」 「でもそんな男らしい六連君の姿に惚れ直しちゃう!」 「だから、そうやって何かにつけてアピールしてくるの、本当に止めてくれません?」 「六連君って、結構ハッキリした性格だよね……」 「だって、それぐらい言わないと先生には通じないでしょう」 「とにかくエリナの症状のこと、よろしくお願いします」 「よろしくお願いします」 「なんか、恋のライバルのために骨を折るのって、ちょっとやる気が削がれるけど……」 「でも……医者の責任は果たすから、心配しないで。そこはちゃんとするから」 「はい」 「それじゃ、行こっか」 「あー、その前にちょっと先生に話があるんだ、エリナ。ちょっと、待ってくれないか?」 「やっぱり、僕にも一縷の望みが残ってるのかい!?」 「そうじゃなくて、真面目な話があるんですよ」 「だから、ちょっとだけ向こうで待っててくれないか?」 「……? なんだかよくわからないけど、ユートがそう言うなら」 「………」 「……それで、話って何かな?」 「今回のエリナの症状なんですが……やっぱり、普通に考えると俺の所為、ですよね?」 「俺の血にしか反応しなくなった。そして俺は奇妙な体質を持っている」 「まぁ……それは考えちゃうよね。現状、他に大きな要素はないんだし」 俺の特殊なヴァンパイアウイルスが、エリナの身体に影響を及ぼした。 ということは、もし俺の血を飲まなければエリナは……。 「六連君、あまり考えすぎない方がいいと思うよ。細かいことは今から調べるんだ」 「それに昨日には戻れない。僕らにあるのは明日だけだ。だったら、明るい明日を選びたいだろう?」 「それは……そうですが……」 「とにかく君が責任を感じるべきかどうかも、まだわかっていないんだ。その結果が出てから、考えても遅くはないと思うよ?」 「……先生……」 「こっちはちゃんと調べておくから安心していいよ。六連君が今考えることは、アヴェーン君に不安を与えないことだ」 「そうですね、わかりました。ありがとうございます」 「何かわかったら、また連絡するから」 「はい。よろしくお願いします」 若干軽くなった心で俺は、エリナと一緒に寮に戻った。 「………」 「しかし……六連君の血を吸ってか………………いや、決めつけはよくない」 「とにかく、例の研究所に連絡してみるか……まず、小夜様に許可を取らないと」 「はぁぁ~~~……幸せぇ~~……」 今まで我慢してたからかな? ユートに何の遠慮もなく甘えられるなんて、幸せすぎて怖いぐらいだよ。 「避けなくていいって、こんなに幸せなことだったんだぁ~」 本当、素敵なことだよね。 「ユートはいつでも優しいし、格好いいし……にひ♪ あんないい男が、エリナの恋人だなんて……んん~~~♪」 思い出すだけで、悶えちゃう。それに、胸がドキドキしてくるしね。 「でも、もっとエリナに触って欲しいなぁ……ユートの温もりで、もっとドキドキしたい」 「ユートと一緒にいればいるほど……ユートの温かみを知れば知るほど、もっと欲しくなっちゃう」 欲しい……もちろん、血じゃなくてユートの温もりが。 前みたいに、本能に動かされるわけじゃなくて……身体が、気持ちが、ワタシの全てが欲しいって言っちゃってるみたい。 「んー、でもなぁ、ユートは真面目だからなぁ……なかなか手を出してこない気がする」 「そこがいいところなんだけど……もう少し、軽く考えてくれてもいいのになぁ」 好きな人のことを求めるのは男も女も変わらないと思うんだけど、違うのかなぁ? もしかして、エリナだけなの? 「んー……これってワガママなのかなぁ? ユートを困らせるのは嫌だし……迷惑をかけるのも悪いしね」 「甘えさせてくれるなら、もう少しこのままでもいいっか。これもお預けプレイの一環だと思えば、エリナも楽しいし。にっひっひ~」 「それに、失礼のないように、ちゃんと勉強もしなくちゃいけないからね!」 「ちゅー……ちゅるちゅる……んっ、んっ……」 「はぁー、スッキリしたよ、ユート。ありがとう♪」 「あれぐらいの量で大丈夫なのか?」 「うん、へーき。ほら、こんなに元気でしょう?」 「無理をしてないなら、それでいいんだ」 「心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫だから」 「エリナが言うのもなんだけど、授業に遅れちゃうから、早く教室にもどろ」 「そうだな」 「……ふぅ……」 「佑斗君、どうかしたのかい? 疲れた息を吐いたりして。それに……少し顔が赤くないかい?」 「そうか? 特になにかあったわけではないが……」 もし赤くなるとしたら、体育館倉庫でのことが原因かもしれない。 エリナが俺の血を吸うのは問題ないのだが……吸血する際は、かなり密着するからなぁ。 あの温もりも……柔らかさも……どこか甘く、爽やかな香りも……。 ………。 「佑斗君?」 「あっ、いや、スマン。俺は平気だから、気にしないでくれ」 「そうかい? まぁ、それならいいんだけど……無理はしない方がいいよ。保健室になら付き合うし」 「ありがとう。なにかあったら、相談させてもらうよ」 ニコラにそう返し、俺は教室に戻る。 「………」 「今日もエリナちゃんと一緒だったみたいだよ、六連君」 「食堂の時と同じね」 「そうですね。六連先輩がやけに疲れた顔をされて、エリナちゃんが妙に元気になって」 「でも六連君の顔色、以前の食堂の時よりも、悪いように見えます」 「あ、みんなも見てたのかい?」 「はい。少し気になって」 「ここの所、毎日だからねぇ。二人がああして姿を消すのは」 「なんなんだろうね、一体?」 ――また別の日 「……ユートー……」 「あれ? エリナちゃん? どうかしたんですか?」 「ちょっと、ユートに用事があって……今、いるかな?」 「はい。六連くーん、アヴェーンさんがいらしてますよー」 「エリナ?」 「とすると……?」 「うん。あの……また、お願いできないかな?」 「今日も? いや、俺としては全然構わないんだが……大丈夫か? 他に体調の変化は?」 「へーき。ちょっと身体が気だるいだけだから……でももう、我慢が出来なくて。ユートが……欲しいの」 「――ッ!?」 いや待て、落ち着け。これは医療行為だ。 ちょっとエロく聞こえたかもしれないが、エリナにそんなつもりはない………………はず。 邪な気持ちを抱くわけにはいかない。エリナは苦しんでいるのだから。 「わかった。それじゃあ、人目のないところへ……」 「うん。ありがとう、ユート」 少しふらつくエリナの身体を支える。 すると、ふわッ……っと、エリナの香りが鼻孔をくすぐって……あぁ、また変な欲望が……。 いやいやっ、落ち着け、俺。紳士だ、紳士な対応をするのだ。 体調の悪いときに付け込むなんて、卑怯だろう。 「よし、落ち着いた」 「それじゃ行くか」 「……今日も、みたいですね。皆さんは、なにか聞いてないんですか?」 「んー、残念ながら。詳しいことは私たちにもわからないんだよね」 「何かのきっかけで、仲が良くなったみたいなんだけど……」 「ひとまずボクらも様子を見て、二人からの説明を待とうってことで、詳しいことは聞いてないんだけど……やっぱり、気になるよね」 「というか、さっき『ユートが……欲しいの』と口にしていなかった?」 「その前に『もう、我慢が出来なくて』って言葉もついてたね」 「そして、いつも通りなら帰ってきたときには、六連君は疲れた顔」 「エリナちゃんは元気になって。やたらと肌がツヤツヤに………………って、あれ? もしかしてそれって……」 「~~~~~~っ!!??」 「エッチだよっ、破廉恥だよ! アブノーマルだよっ! 学院内でそんなこと……しかも、こんな時間から……りょっ、寮長として止めないと!」 「どーどー、落ち着いて。興味があるのはわかるけれど、さすがに覗きはよくないと思うわ」 「にょわ!? しょんなんじゃないもんっ! 二人を覗きたいわけじゃなくて――」 「でもやっぱり、今から追いかけるのは、まずくありませんか?」 「その……なんと言いますか……なにか、見ちゃいけないものを見ちゃうかもしれなくて……あぅ、あぅ、あわわわ~」 「見ちゃいけないものって………………はっ!? はわ、はわわわ~~~っ!」 「くふふ……二人してそんなに顔を赤くして、一体何を想像していたのかしら?」 「しょ、しょれは……」 「いっ、言えませんよっ! そんなことぉー!」 「それに、いくらなんでも、学院内でそんなことするとは思えません」 「そそ、そうだよっ! 六連君が、そんな常識知らずなことするとは思えないよ」 「まぁ確かに……佑斗にそんな度胸はなさそうよね」 「とにかくさ、他の人には見られたくない用件なんだと思うよ、あんなにこそこそするってことは」 「だからやっぱり、ボクらは見て見ぬふりをすべきじゃないかな? 必要があれば、その内教えてくれるだろうし」 「う、うん、そうだね。そうするよ」 「でも……他の人たちも、気になってるみたいですよ?」 「あの二人、怪しくない?」 「ここのところ、連日だよね? 一体どこに行ってるんだろ?」 「そんなの……どう考えても……むふふ」 「え、嘘、やだ、本当に?」 「だって六連君、帰ってきたらやたらと疲れてるみたいだし……女の子の方は、つやつやしてるし」 「やっぱり、そうだよねー」 「でもでも、連日……だよ? そんなに毎日? しかも学院の中で?」 「そりゃ、若けりゃそんなこともあるでしょうよ」 「きゃー、だいたーん♪」 「まぁ……やっぱりそう思われちゃうわよねぇ」 「ただ、ボクらが騒いで騒動を大きくするのもマズイよねぇ」 「人の噂も七十五日と言いますしね。その内、噂もなくなるんじゃないでしょうか?」 「だといいんだけど……」 そうしてさらに、数日が過ぎたある日のことだ。 それは、いつも通りの夜……のはずだった。 いつも通りの時間に起き、稲叢さんが用意してくれた夕食を食べ、いつも通りの時間に出発。 いつもの道を通り、そのまま学院に到着。 しかしそこで、いつもとは違うことが起きた。 「おはよう」 「きゃっ、六連君が来たわ」 「本当だ、きゃー!」 「それじゃ、あの子ももう来てるのかしら?」 「………?」 教室の中に入った瞬間、俺に集められる視線。 なんなんだ、この好奇の視線は? 「佑斗、なにかしたの?」 「心当たりはない。俺の方こそ説明して欲しいぐらいだ」 「でも、みんな六連君のことを見てるよ?」 「えっと……別におかしな寝癖もついてないし、顔に落書きされてるわけでもない。服も……ちゃんと着てるね。特におかしな点は見当たらないけど」 「となると、やっぱり……佑斗がなにか変なことをしたんじゃないの?」 「そう言われてもな……本当に心当たりがない」 「ここ最近の生活なんて寮と学院、それから風紀班の仕事だけだ。問題を起こした覚えはないぞ?」 「だとしたら……一体なんだろう?」 「………」 みんなは好奇の視線を向けてきて、時には含み笑いをしている者もいる。 ……あまり、気分のいいものではないな、これは。 「直接聞いてくる」 そうして俺は、一番近くにいたクラスメイトの正面に立つ。 「ちょっと、いいかな?」 「え? あ、六連君……」 「さっきから俺を見て、笑っていたようだが? 一体、どういうことなんだ?」 「いや、それは、噂があって……その、私の口からはちょっと、言い難いんだけど」 「……どういうことだ? 本人には言えないような、悪い噂なのか?」 「別に悪い噂ってわけじゃないけど、教室の中で口にするにはちょっと……」 「………?」 わけがわからん。 「あのっ、六連君」 「大房さん」 「あっ、大房さん、ちょうどよかった。噂の説明、お願いしてもいい?」 「ひょぇっ!? わ、私がですか!?」 「よろしくお願いねー」 「ゴメンね」 「あっ、ちょ、ちょっと待って下さいーっ」 「……?」 「こ、困りますよ……そんなことお願いされても……」 「どういうことなんだ、大房さん。何か知っているなら、教えてもらえないだろうか?」 「それは、だからあの……ちょっとこちらに」 「え? な、なに? なんだ?」 困惑する俺の腕を取り、大房さんは教室の隅っこに連れていく。 「あの……最近、六連君が学院内で、アヴェーンさんとその……あの……」 「エリナと?」 「まっ、まさか! エリナのことが、バレたのか!?」 「ばっ、バレたと言うことは、やっぱりお二人はせせせせせせ――セックチュ、を!?」 「………」 「え?」 「え? ですから、あの……お二人はせ、せ、せ……セックス……というか、エッチなことをしてるんじゃないんですか?」 「エッチなこと? それが、つまり……セックスということか?」 「わっ、わざわざそんなこと、確認しないで下さい!」 「あ、いや、すまない。そんなつもりはなかったんだがつい……」 「しかし、どうしてそんな噂が突然?」 「それは……」 「知らぬは本人ばかりなり、ってことかな」 「学院中の噂になってるみたいです。毎日、その……お二人が……ゴニョゴニョしてると」 「まぁ、噂になるのも仕方ないでしょうね」 「確かにそうだけど……でもまさか、こんなことになるなんて」 突然のことに困惑する俺とは対照的に、みんなは『然もありなん』とばかりに頷いている。 「ちょっ、ちょっと待ってくれ、どうしてみんな納得してるんだ?」 「だって」 「ねぇ」 「来る日も来る日も、人気のないところに消えていく二人」 「帰ってきたとき、六連君はひどくお疲れの様子」 「対してエリナちゃんは、スッキリした様子でお肌もツヤツヤ」 「あとですね、他にも噂がありまして……」 「まだ、あるのか? 一体どんなことが……」 「実は……アヴェーンさんが、その……妊娠……してるんじゃないか、という噂まで……」 「に、妊娠!?」 「それはさすがに話に尾ひれがついただけなんじゃないの?」 「でも、お二人が病院に出入りしているのを見たという方がいて……その時、処女がどうのこうの、という話題を耳にした、なんて噂がありまして」 「あー……あれか」 「心当たりがあるみたいね」 「妊娠じゃない。ただ、扇先生に診察をしてもらっただけだ」 「だが、あの人はほら……いつもあの調子だろう? だから、その流れで処女が云々の話はした気がする」 と言っても、俺の処女の話なのだが。 「とにかく……これらの情報を総合的に考えると、周りからはどう見えると思う?」 「………」 「なるほど……納得だ」 吸血する姿は、誰にも見られないように気を付けていたのだが、その前後の姿が周りにどう見えるかまでは全く考えてなかった。 病院に行ったときも、バカな話を大声でしてしまったし。 「ちなみに……一応、寮長として。寮長としてっ! 確認するんだけど……ほ、本当にしたの?」 「その、あの……せ、セックス……」 「いいや、そんなことはしていない。誤解だ」 「そっか、そうなんだ。そうだよね、そんなことするはずないよね」 「ああ。恥ずかしながら、俺はまだ童貞だ」 「そんなことまでは聞いてないよっ!」 「そうか、すまない。身に覚えのない罪のせいで、思わず」 「まぁっ、そのセッ……じゃなくて、エイレイテュイアの契りを交わしてないのなら、いいんだけどね」 「騒ぎが大きくなると、下手すると学院側から怒られるかもしれないから」 「もし、呼び出されたら……マズイわね」 「……そうだな」 「え? でも、事実と違うんですから、否定すればいいだけなのでは?」 「たとえ事実無根だったとしても『じゃあ何をやってたんだ?』と訊かれたときに、どうするかよ、問題は」 「あっ、そっか……」 「佑斗君、キミがエリナ君としていたことって、事実の説明は……」 「……無理だ。ちゃんと人を選べば説明はできると思うが……こんな噂が広まっている状態では……」 下手すると、エリナの体質のことが広まってしまうかもしれない。 「とにかく、今は学院側が問題にしないように祈りつつ、今後は噂にならないように気を付けて――」 「――あ」 「……佑斗、残念ながら手遅れみたいよ」 「え?」 振り向くとそこには、景気の悪そうな顔をした枡形先生が立っていた。 「六連、呼び出しだ。用件はわかってるか?」 「噂は今、聞きました」 「ったく、面倒くさい問題を起こしやがって」 「それはただの噂なんですが……ここで言っても無駄ですよね」 「物わかりがよくて助かる」 「《チーフ》主任、ひどいですよ! 六連君は違うって言ってるのに!」 「俺だって六連のことは多少なりとも知っている」 「こいつがそう言うなら、嘘をついているとは思わんが……放置することもできん。あと、学院内では先生と呼べ」 「でも、先生……」 「いいんだ、布良さん。仕方ないさ」 「先生、ちなみに処分は?」 「まだ決まっていない。噂の真相も確認していないからな」 「仮に、噂が本当だったとしても……退学にはならんだろう。謹慎か、ボランティア活動か……といったところだ」 「そうですか」 なら、少しは安心だ。 できることなら謹慎も避けたいが、真実を説明できない以上、何かしらの罰は受けるかもしれない。 「わかりました。それじゃ、行きましょう」 「……ゴメンね、ユート。エリナのせいで、こんなことになっちゃって」 「そんなに気にするほどのことじゃない」 「念のために改めて訊いておくが、学院内での不健全性的行為の噂の真実は?」 「事実無根です」 「そうだよっ! あんな短時間で終わるほど、ユートはきっと早漏じゃないよっ! まだ知らないから、多分だけど」 「おいっ! 廊下で変なことを叫ぶんじゃないッ! 噂がさらに広まるだろ!」 「え? 早漏だったの……? ゴメン……でもへーき! エリナ、気にしないからね。そんなの些細なことだよ」 「そういうことじゃねーよっ! 否定するなら、一言でいいんだ。無駄な補足は必要ない」 「……とにかく、噂は噂、ということでいいんだな?」 「うん。エッチなことなんてしてないよ。むしろ、ユートが手を出してこなくて、エリナがちょっと欲求不満気味なぐらい」 「だから、廊下で変なことを言うなってば」 「えー、訊かれた事実を正確に答えただけなのに」 「だが、お前らが人気のないところに移動し、何かをしていたのも事実なんだな?」 「それは……うん。嘘じゃない」 「なら、人気のない場所で、何をしていた?」 『………』 先生の問いかけに対し、俺とエリナは口を閉ざす。 「言えないことか。だがまぁ、犯罪行為ってわけじゃないんだろう?」 「はい」 「ならいいが……事実を言えない以上、ある程度の処分は仕方ないと思えよ」 「わかりました」 「あの、その処分ってエリナだけじゃダメなの?」 「それは無理だろうな。噂になっている二人を平等にしなきゃ、示しがつかん」 「でも、ユートは何も悪くないんだよ? エリナのために頑張ってくれただけで、怒られるようなことは何もしてないのに」 「真実を口にできないのなら、噂が事実だと考えられても仕方ない。だとしたら、ある程度の処分は必要になるだろう」 「でも……」 「エリナ、これは仕方ない。理由を言えない以上、俺たちに非があるんだから」 「それはそうかもしれないけど……だからって……」 「言えないには言えない理由があることはわかっているつもりだ」 「はい、すみません」 「学院としても、別に付き合っている程度で目くじらは立てないが“学院敷地内で性行為”なんて噂には、動かざるを得ない。妊娠の噂もあるしな」 「わかっています」 「なるべく、軽く済むようには俺も掛け合ってやる。とにかく、言えることだけでも、ちゃんと学院長に説明をしとけよ」 「それからアヴェーン」 「……うん?」 「お前は、あんまり興奮するなよ。興奮しすぎて処分の対象になることをするのもバカらしいだろう」 「うー……りょーかいだよ」 「さて、なら行くか」 そう言った先生が、目の前の扉をノックする。 「枡形です。六連とアヴェーンの二人を連れてきました」 「お入りください」 「では、噂の内容は事実無根で、学院内でそのような性行為はしていないし、妊娠もしていない、と」 「はい」 「ですが、二人が何をしていたのかは説明ができない……そういうことでよろしいですか?」 「はい」 「妊娠の方は、病院に問い合わせればすぐに確認が取れるので、問題はないのですが……」 「二人が人気のない場所にいたこと。こちらに関して、話を聞かせてもらわなければ、学院側としては何らかの処分を考えねばなりません」 「それでも……ですか?」 「それでもです。説明はできません」 「……そうですか。わかりました」 「では、処分の内容につきましては、後程――」 「あの……処分ってやっぱり、ユートも受けるの? エリナだけじゃダメ?」 「それは難しいですね。その内容はわかりませんが、隠しているのはお二人とも、ですからね」 「はい、わかっています」 「むぅーー……」 「ではひとまず、二人とも謹慎。詳しい処分は後程お伝えします。下がってくれて結構ですよ」 「それでは失礼します」 「……失礼します」 「あっ、六連君」 「どうだったの?」 「詳しい処分は後で連絡が来るらしい。ひとまず寮に戻って謹慎になった」 「やっぱり、何をしていたのかについては……」 「説明していない。できるなら、先にみんなに話しているさ」 「そっか……まぁ、学院としては仕方ないのかなぁ」 「俺もそう思う。だから、納得もしている」 「納得している割には……少し心配そうな顔ね」 「俺は納得しているんだが、エリナが気にしているみたいで」 「そうなのかい? それは……でも、二人で話し合ってもらうしか、解決方法はないかもね」 「そうだね。どっちかが遠慮した状態が続くのはよくないし、そういうのはちゃんと解決しておくべきだよ」 「幸いにも寮で謹慎なら、話し合う時間はゆっくりあるのだし」 「そうだな。そうさせてもらうよ」 「それじゃ、お先に」 「ちゃんと連絡があるまで大人しくしてなきゃダメだよ?」 「授業のノートはちゃんと取っておくから、心配しないで」 「私もお手伝いしますので」 「すまないが、よろしく頼む」 そうして俺は、みんなに見送られる形で、寮に戻ることになった。 「しかし、平日のこんな時間に学院から帰ってくるなんて、やっぱり気分が違うな」 ……といっても、真夜中近いので、人間の頃ならとっくに帰宅していなきゃいけない時間なのだが。 「……んー……」 ちなみにエリナは、学院を出てからというもの、口を閉ざしたまま何かを一生懸命に考えているようだった。 「まだ、不満なのか?」 「だってやっぱり納得がいかないよ。セックスなんてしてないのに! それに、ユートまで一緒にこんなことになるなんて」 「納得がいかないとしても、納得するしかないだろう」 「俺たちの勝手な言い分だけで、処分を無しにして下さい、なんて言えないわけだから」 「でも……納得するしかないって言っても……………おー?」 「そっか。納得すればいいのか、うん、確かにそうだね。とってもいい案だよ、それ!」 「………?」 「ユート、ちょっと大切な話があるんだけど、いいかな?」 「急にどうした?」 「うん。今回のこと、納得しなくちゃいけないから。そのためには、ユートの協力が必要なんだよ」 「そうか。まぁ、俺もエリナに話があったから、ちょうどよかった」 「とりあえず、中に入って話そうか」 「ねぇねぇ、ユート♪」 部屋に入るなり、エリナは甘えるような声を出した。 なんだか、今まで悩んでいたのが嘘のようだ。 「雰囲気が一気に変わったみたいだが……どうかしたのか?」 「ん? うん、いいことを思いついたんだよ。この状況に納得するためのい・い・こ・と♪」 「……そ、そうか」 「元気になったならいいんだが……先に、俺の方から話しても、大丈夫か?」 「うん、いいよ。エリナの話はちょーっと、長引くかもしれないから」 「長引くって……そんなに重要な話なのか?」 「重要だよ。でも、実際にどれだけ長引くかは……ユート次第かな。にっひっひ」 「なんだかエリナ、捕食者の目をしてるぞ? 本当に大丈夫か?」 「へーき。それで、ユートの話って?」 「あっ、ああ。うん、今回の処分のことだ」 「エリナは随分と気にしているようだが、俺は全然気にしていない」 「エリナを守るために、俺がしたくてしたことなんだから。エリナがそれを気にすることなんてないんだ」 「だから、笑っていてくれ、エリナ。俺は、笑顔のエリナが大好きなんだ」 「……ユートの話は、それで終わり?」 「ん? うん、そうだな」 「ユートの気持ちはわかってたよ。ずっと、エリナのことを気にしてくれてたことも……」 「でも、ユート……やっぱりワタシは、納得できないよ。それに、ユートをこんな目に遭わせてる自分に……ちょっと腹が立つ」 「だから……だから……」 「今からセックスをしよ、ユート♪」 「………………」 「……なに?」 「だから、セックスだよ、セックス」 「スマン、エリナ。ちょっと待ってくれ」 「あり? どうしたの?」 「若干パニックになりかけているんだが―――セックス?」 「セックス。もう、何度も確認してエリナにセックスって言わせようだなんて、ユートって意外とムッツリなんだね」 「いや、そういうわけじゃないのだが……完全にパニックになっているな」 「ちょっと、考えをまとめさせてくれ」 俺はエリナに血を提供していた。それが元で、学院側に不純異性交遊の疑いをかけられ、謹慎を言い渡された。 それはいい。そこについては納得しているし、不満もなければ後悔もない。 ただ、一緒に謹慎を言い渡されたエリナが、寮に帰ってくるなり『セックスをしよう!』と言い放った。 ………………。 これ、どう理解すればいいんだ? 「あっ、ボケか。いつもの下ネタの一つだったんだな。すまない、ちょっと動転してツッコミが遅れてしまった」 「ううん、違うよ。エリナ、本気だし、真面目に言ってるんだよ?」 「真面目に? セックスをしようって?」 「そう。エリナは本気だから、ユート……しよ……」 「ボケにツッコミを入れるより、エリナに突っ込んでみない? ユート……」 「………」 「ないわー……いくらなんでも、下品すぎるだろ。その誘い文句は引くわ、ドン引きだわー」 「えー……そうかな? でもでも、ユートとセックスがしたいのは、本気だよ(キリッ)」 「キリッとすればいいってものでもない」 「もぅっ! ユートってば“きかん坊”なんだから! ワガママなのは下の“きかん棒”だけで十分だよ」 「だからそういう下ネタを止めんかいっ!」 「いや、それよりも……どうして、突然……その……セックスなんだ?」 「だってほら、ユートが言ったんだよ、『納得するしかない』って」 「それで、納得するためにセックス?」 「今回言われた“フジュンイセイコウユウ”って、要はエリナたちがセックスしたんじゃないかって疑われたってことでしょう?」 「……まぁ、そういうことだな」 正確には学院敷地内での性行為についてだが。 「でも、実際にセックスしてないのに、謹慎処分だなんて……ワタシだけならまだしも、ユートまでなんて、納得できないよ」 「そこで、エリナは発想を逆転させてみたの。つまり……」 「ユートとエリナがセックスをして、“フジュンイセイコウユウ”を事実にしてしまえば、今回の処分にも納得できるってことだよ♪」 「………………」 「どう? このアイデア凄くない? ヤバい、エリナ天才かもしれないよ!」 アホの子だ! 俺の大切な恋人はアホの子でした! 「というかエリナ、もっと他に納得する方法はないのか?」 「ない!」 「……えらい元気に断言してくれたな」 「エリナ、念のために一応、確認させて欲しいのだが……本気で“する”気なのか?」 「おうともさ!」 「くっ、決してブレない。なんて男らしいんだ」 「むぅー……もしかしてユートは、エリナとセックスするのイヤなの?」 「いや、勘違いしないで欲しいんだが、その……俺も男だ。それなりの性欲はあるし、エリナのことが好きなのも変わらない」 「だから、そういうことに誘ってもらって……俺はかなりドキドキしている。正直に言うなら嬉しいぐらいだ」 「だがこれは、いくらなんでも急過ぎないか?」 「初めての時はこう……なんというか、夜景の見えるホテルでロマンティックな一夜、みたいな方がいいんじゃないか?」 「ううん、別に」 「さっぱりしてるなぁ」 「そりゃね、ロマンティックも大事だよ。大事だけど……それよりもやっぱり、タイミングの方が大事だよ」 「タイミングか……」 「そう、タイミング。納得した?」 「できるかっ」 「あり? おっかしいなぁ」 「おかしくねぇよ」 「いや、エリナの言いたいことは理解できた。理解はできたんだが……本当にこんな勢いで受け入れてしまっていいのかと、不安で……」 「ユートはエリナに興奮するんだよね? エッチな気持ちになるんだよね?」 「それは……恥ずかしながら勿論だ」 「エリナもね、ユートのことが大好きだから。女の子にだってね、性欲ぐらいあるんだよ」 「そうなのか?」 「そうなんだよ。エリナはもっと前から、こんな気持ちだったんだよ?」 「全然気づかなかった……」 「ユートは色々考えすぎじゃないかな? 恋人同士なら……好きなら、お互いを求めることも普通だとエリナは思うけど」 「そう言われると……確かにそうかもなぁ」 「でしょ? エリナはユートのこと、好きだよ。大好き。大大だーいっ好き♪」 そう言って嬉しそうに笑うエリナ。その純粋な笑顔には、冗談やからかう様子はない。 ただの思いつきで、軽く言っているだけなのかと思ったが……どうも、そういう雰囲気でもなさそうだ。 エリナとしても、考えた上での発言であって……………… ……考えた上で、あの誘い文句ってどうなの? 「エリナの気持ちは嬉しいし、否定をするつもりもない」 「だがその気持ちは勢いとかじゃないのか? 処分に不満だから……という気持ちなら、もう少し落ち着いて考えてみた方がいいんじゃないか?」 「んー……そりゃね、エリナも初めてだし……正直言って、本物を見るのも初めてだし……不安だよ? 緊張だってするよ?」 「でも、でもね! ユートのこと、好きなのは間違いないから。それは勢いでもなんでもない、決して色褪せたりしない、ワタシの気持ち」 「だったら、いずれはこういう関係になるのも自然なことでしょう? ユートは、そう思わない?」 「……そうだな。正直に答えるなら、俺だってエリナと……したいと、思ってる。好きなんだから」 「だったら、何の問題もないよね? それとも……やっぱり、こういうのはイヤかなぁ?」 「んー………………」 「ちなみに、エリナってマグロな魚類系じゃなかったのか?」 「そのつもりだったんだけど……やっぱり、本当に好きな人ができると違うよね。触れたいって思っちゃうの」 「ユートは、エリナに触れたいって……セックスしたいって、思わないの?」 「そりゃ、俺も男だ。その手の欲望は――ある」 こうして考えると何も問題はない……ような気がするなぁ。 ………。 確かに俺、色々と考えすぎかもなぁ。 女の子にここまで言わせておいて、自分勝手な理屈で場違いな気取った態度をとったら、逆にエリナを傷つけるかもしれない。 というか、こうしてウダウダ考えてるのは、言い訳を探して逃げてるだけのような気がしてきた。 「………」 「じゃ、ヤるか?」 「おー! ヤろう♪」 「………」 「あり? どうしたの、ユート?」 「改めて、ロマンティックの欠片もねぇ、と思っただけだ。なんだ、このやり取り……」 「そうかな? あー……でも、そうかも」 「だがまぁ、無理に気取るよりも、この方が俺たちらしいかもしれないな」 「言っておくが、俺は童貞だからな。不慣れで優しくはできないと思うが……よろしく頼む」 「そんなに自信満々に言わなくてもへーきだよ、エリナも処女だから。誰かと比較なんてできないから、安心してくれていいよ」 「……別に、そういう意味で言ったわけじゃないんだが」 「それに、エリナならダイジョーブ。だって、基本どMだから。少しぐらいひどいことされてもへーきだよ、にっひっひ♪」 「………」 「そんなことを打ち明けられても、興奮はしないのだが……まぁ、生粋のサドよりはいいか」 俺は改めて、エリナを見つめる。 「お、おー……ユートにそんなに見つめられると、胸がドキドキしてくるよ」 「俺も緊張している。だがこれから、それ以上に緊張することをするんだから」 言いながら、俺はエリナに手を伸ばし、その身体を抱き寄せ――ようとして、手が震えた。 くぅ……だが今さら、ここまで来て引けるか! 緊張を無視し、震える手でエリナの柔らかな身体に触れた俺は、そのまま強く抱きしめる。 「ユートってば、意外と強引」 「そういうエリナの顔、赤いぞ? それに徐々に余裕がなくなってきてる」 「それは、だって、その……実際にこんなに風に抱きしめられたら、緊張するよ。さっきも言ったでしょ? 初めてなんだから」 「……あんなに男らしく、ハッキリとセックスに誘ったくせに」 「そうなんだけど、でも……でもね、実際にユートに触れられて、こうして抱きしめられると、やっぱり凄く緊張してきて」 「こ、困ったなぁ……こんなの予定と違う。エリナが主導権を握って、もっとリードできると思ってたのに……ど、どうしよう?」 どうしようと、言われても……童貞の俺にスキルはないんだが? 「……とりあえず、緊張を解すか」 そうして俺は、腕の中で縮こまるエリナに顔を近づける。 俺の薄っぺらい性知識によるとだ、こういう場合はキスでもすれば、流れに乗れるはず。 ということで、エリナの唇に自分の唇を重ねようとするが―― 「あっ……き、キス……」 「な、なんだ? どうした? キスは……嫌だったか?」 「うっ、ううん。そんなことないよ、イヤじゃない! したい、したいよ! でも……その……」 「キスする覚悟、まだできてなかったから……」 「……セックスは誘ったくせに?」 「だから、セックスの覚悟はできてたの! でも、キスのことすっかり忘れてて……だから、そっちはまだ準備不足なの……」 「………」 赤面したエリナは、もじもじしながら、視線をあちこちに泳がせる。 落ち着かない小動物のような雰囲気は、いつものエリナと全く違っていて……気弱な様子に俺の興奮が高まる。 もっと、おろおろさせてみたい。 「エリナ」 「ふぇ? なに?」 「ファーストキス、俺にくれ」 「んんーーーーーーーー!?」 「ん……んっ、ん………」 無理矢理エリナの顔を上に向かせ、その唇を奪ってしまう。 想像以上に柔らかで、フワッとしたエリナの唇。 なにこれ? これがキスってやつなのか……この女の子の唇の感触、くせになりそうだ。 「んぅ、ん……ん……んん……んっ、ん」 エリナを驚かす気持ちもあったのだが、今はそれよりもキスをし続けたい。 もっとこの柔らかな唇の感触を味わいたい。 「ん……んん……んむ、んっ、んむぅぅ……んん」 最初は動揺していたエリナも、徐々にその顔がトロンと蕩けていくようだ。 「んふぅ、んん……んむぅ、んっ、んむちゅ、んっ、んん……」 それと同時に、腕の中で身体を硬直させていたエリナの反応が、徐々に柔らかくなっていく。 「んむっ、んっ……んふぅー、んっ、んふぅぅ……ちゅっ、ちゅっ、んっ、んんん……」 女の子特有の香りだろうか? 爽やかで甘い、いい香りがする。 凄い……弾力のある唇も、甘い香りも、柔らかで温かいエリナの身体……全身で感じる全てが俺の胸を熱くさせた。 そして、熱が俺の興奮に火をつける。 「んんっ、んん……んふぅ、んっ、んっ、んー」 「――んっ!? んちゅ、ちゅ、んっ、んふぅぅ……んっ、んっ、んんんーー!?」 蕩けきっていたエリナが、今度は驚きで目を見開く。 それほどまでに、俺は激しくエリナを求めて、舌を滑り込ませる。 その唇と、香りを、熱を。そして……快楽を求めて……。 「んむ……ん、ん、んふーーぅ……ちゅ、ちゅぅぅぅー……んちゅ、んんっ」 「んっ、んーーーーー……んぱっ、はぁ……はぁ……はぁ……」 「……はぁ……はぁ……」 「ユート……はぁ、はぁ……エリナのファーストキス、美味しかった?」 「女の子がそういう感想を求めるのは如何なものかと思うが……正直、気持ちよかった。クセになりそうだ」 「にひひ、そっかぁ。ユートのえっちぃ~」 「うむ、エッチで構わない。だから、セカンドキスももらっていいか?」 「ダメ。今度は、エリナがもらうから♪」 「――んっ!?」 「んっ、ん、ちゅ、ちゅっ……んむぅ、んっ、んんんーーー」 顔はまだ赤いものの、身体の緊張は解けたのか、今度はエリナの方から唇を塞いでくる。 重ねて、互いの感触を確かめるだけでなく、軽く甘噛みするようなキスを交わす。 「はむ、んっ、んちゅ、ちゅぅ、ちゅー……んっ、んん……んふぅ、んむっ、んっ、んんちゅぅぅーー」 「んっ、んぅむ……んっ、んふぅ、んちゅ、ちゅ」 エリナの温もりと、唇の弾力を唇で十分に味わってから、顔を離す。 「はぁ……ユート……」 「エリナも人のこと言えないな。十分エッチだ」 「にひ、そうだね、エリナもえっち。でも……ユートには敵わないかも」 「え? ……あっ」 今まで唇に意識が集中していたせいで忘れていたが、密着しているせいで、俺の股間とエリナの腹部が触れ合っている。 当然、これだけのキスをしておいて、興奮しないわけもなく……。 俺の固く反りたった愚息は、エリナの腹部を押し上げていた。 「ユートってば、本当にえっちなんだから~。ちょっと意外かも。こんなに素直に反応するなんて」 「好きな女の子とキスして、興奮しない方がおかしいだろう」 「にひひ、確かにそうだね。エリナもユートの気持ちがわかるよ。だって……」 「エリナも、キスで興奮しちゃってるもん」 「……(ゴクリ)……」 エリナのその言葉に、俺は思わず唾を呑み込んでしまう。 「ユート……確認、してみたい?」 「……確認?」 「そう、確認。エリナがどれだけ興奮してるか……見てみたい?」 「………」 「エリナの女の子の部分……お……おま●こ……見たい?」 「──────ッ!?」 「はぁ……はぁ……いっ、言っちゃった……えっちなの、言っちゃった……」 「そう、言うんでしょ? 凄くえっちな感じのする言葉だよ……はぁ……はぁ……」 「エリナでも恥ずかしいんだ?」 「ちょっと……恥ずかしい。それに……興奮してるからかな? 本当に凄くドキドキしてきて……はぁ……はぁ……」 「それでユート……み、見たい? エリナの……おま●こ」 「……見たい。凄く、見てみたい」 「にひ……にひひ、うん。いいよ、ユートになら……見せてあげる」 顔を真っ赤にしながらも、エリナは躊躇うことなく、自分のスカートに手をかけた。 そしてゆっくりと……俺を焦らすように、エリナはスカートを持ち上げ、その白い太ももを露出させていった。 「……ユート、ちゃんと見てて……ね?」 「ああ……もちろん、ちゃんと見てる」 持ち上がったスカートの裾からは、いつもよりもハッキリとガーターのベルトが覗いている。 その黒いベルトと対照的なまでの白い肌。 そしてゆっくりと持ち上がっているスカートの奥には……エリナの秘密が隠されている。 普段は決して見ることのない、秘密の部分。 一体、どんな風になっているんだろう? もう濡れているのだろうか? 濡れているとしたらどれぐらい? そんなことを頭の中で思い浮かべながら、生唾を飲んで凝視し続ける。 「はぁ……はぁ…………ユートが、見てる……エリナのこと、ジッと見てる」 俺の視線を受け止めるエリナは、さすがに恥ずかしいのか、真っ赤に染まっている。 だが、やはりスカートを持ち上げる手の動きには躊躇いはない。 キスの時は、小動物みたいだったくせに……。 キスでスイッチが入ったのか、もしくは言っていた通り、性行為の覚悟は決めていたからか……その明確な理由まではわからない。 だが、今のエリナの妖艶な雰囲気に、俺の意識はすでに呑み込まれてしまっていた。 「はぁ……はぁ……」 スカートを上げていくだけでも、エリナの興奮は高まっているのか、徐々にその息が荒くなっていく。 そして白い太ももの露出面積が増えていき、もうすぐ付け根が見えそうな位置まで昇る。 「エリナの太もも、凄く綺麗だ」 「……はぁ……はぁ……綺麗な、だけ?」 「綺麗なだけじゃなくて、色っぽくて……凄く、興奮する」 「エリナも……エリナも、見られてるだけで、ドキドキする。興奮して……もう、恥ずかしいことになっちゃってる」 「どんな風に? まだスカートで見えないから、直接教えてくれないか? エリナの恥ずかしい状態」 「そ、そんなこと……い、言えない……恥ずかしいもん」 「セックスに対する覚悟はしてたんじゃないのか?」 「そうだけど……でも、覚悟しててもやっぱり……うぅぅぅ……それに、そんなことしなくても、もうすぐ見れるよ」 「それでも、もうすぐ見れるとしても、まずはエリナの口から聞きたいんだ」 「どんな風になっているのか、教えてくれないか?」 「ユートのイジワル……そんなことさせるなんて、凄くえっちだよ、ヘンタイみたい」 「エリナは、俺が変態だとしたら嫌うか?」 「ううん。そんなことない、ないよ。うん……わかった、ちゃんと聞いててね」 「ワ……ワタシ、ユートに見られて……濡れちゃってる……はぁ……はぁ……」 「キスの時からずっと濡れてたのに……今はもっともっと……濡れちゃってる、と思う……はぁ、はぁ……言った、言っちゃったぁ」 「思う? ハッキリしないんだな」 「だって、エリナもこんなになるの、初めてで……はぁ……はぁ……やっぱり、本番だとすごいね。思ってたよりも、ずっと興奮しちゃって……」 「それじゃ俺が、自分の目で確認をするから。もっと見せてくれないか、エリナのスカートの奥を……」 「エリナの、恥ずかしそうな顔、凄く可愛い。だから、もっとその顔を……そして、スカートの奥を……俺に見せて欲しい」 「はぁ、はぁ……ユートのえっち……こ、こんなの見せるの、ユートだけだだよ? いくらエリナでも恥ずかしいんだから……ユートだけ……はぁ、はぁ」 すでに恥ずかしさを飛び越えているかのように、エリナの顔は蕩けているようだった。 そして時折、太ももを擦り合わせる仕草を行う様が、さらに俺の興奮を滾らせていく。 「んんんんッ」 「――――――ッ!?」 そしてついに、エリナの下着が……その股間が、俺の目の前に現れる。 同時に俺は、何度目かの生唾を飲み下した。 「見せちゃった、恥ずかしいことになってるところ、見せちゃったぁ……」 「これが……エリナの……」 「はぁ、はぁ……見たかったんでしょ? ど、どう? どうなってる?」 「濡れてる、見ればわかるぐらいエリナの下着、濡れてる」 エリナの白い肌に、ぴったりと張り付いた黒いショーツ……。 そのせいか、ショーツの上からでも、ワレメらしき線が確認できた。 「……凄い……いやらしい……」 「はぁ、はぁ……うっ、うぅぅ……はぁ、はぁ」 「エリナ、また濡れてきた」 「だって……だって、ユートがジッと見るからぁ……」 「濡れちゃってるのに……恥ずかしいことになってるのに、見られてると……ワタシ、ワタシ……はぁ、はぁ」 「見られるのは、イヤか?」 「イヤじゃないけど……でも、恥ずかしくて、ドキドキする。濡れるの、止められない……どんどんお汁、溢れちゃうよ……あぁぁぁ」 「……本当だ。こうして話してると、もっと濡れてきてる」 下着では吸いきれなくなったのか、止まる気配のない愛液が、内もものあたりをトロッと、滑り落ちていく。 「やっぱりダメっ!」 「エリナ? 見せてくれるんじゃなかったのか?」 「だって……はぁ……はぁ……ユートに、ユートに見られてると、ダメ……止められない……はぁ……はぁ」 「俺はそんなエリナの姿を見たいんだ。見せてくれないか?」 「はぁ、はぁ……どうしても、見たいの? エリナの、恥ずかしいところ……」 「見たい。エリナだからこそ、見たいんだ」 「わ、わかったよ……はぁ、はぁ……んっ、んんんーーっ」 そうして再び、エリナの濡れた下着が俺の視界に広がる。 「あぁぁ……やっぱり、見られると恥ずかしくて……濡れちゃう、エリナのお汁、止まらないよぉー……はぁ、はぁ」 「これ、脱がしてもいいか?」 「え? ぬ……脱がすの? 脱がしちゃうの?」 「……覚悟、してたんだろう?」 「……うっ、うぅぅぅ……イジワル~……」 「そんなこと言ってるくせに、もっと濡れてきた。ジッとしててくれればいい。俺が脱がすから」 「はぁ……はぁ……うん。わ、わかった。ユートが……そうしたいなら……い、いいよ……はぁ……はぁ」 俺はたくし上げられたスカートの中に手を伸ばす。 指先にむわっとした湿気を感じ、その空間だけ他と比べて若干熱が高いようにも思う。 それだけ、エリナが興奮しているってことなんだ……。 「………」 ショーツに指をかける。 汗でじっとりと濡れた感触が伝わり、心臓がバクバクと跳ね上がっていく。 だが、今さら俺も引くつもりはない。 震えそうになるのをこらえつつ、指先に力を入れて、俺は秘部に張り付く濡れたショーツを太ももまで下した。 「……ぁぁああぁあぁぁぁ……」 ぽたぽたっ、と、奥から熱い液体が零れ落ちる。 それほどまでに愛液を分泌していた秘密のワレメに、俺は目を奪われた。 「あっ、はぁ……はぁ……お漏らししたみたいになってるのに……恥ずかしくなってるところ、直接見られちゃってる……はぁぁぁ」 現れた性器は、ぴっちりとその口を閉ざしていた。 そしてヌルヌルの液体に包まれながら、濃厚な女の匂いを放つ女性器に、俺の鼓動がますます速くなる。 まるで、エリナの興奮が伝染してきたかのように……。 「……エリナ、凄く綺麗だ……ここ」 「はぁ……はぁ……興奮、する?」 「ああ、興奮してる。凄くいやらしいよ、エリナのおま●こ」 「このままずっと見ていたい……いや、見るだけじゃなくて……もっと……」 「……うん……いいよ、触って。エリナも……触って欲しいから……直接、触ってみて、ユートの指で……」 「――ッ!」 エリナの言葉に、俺の胸が詰まったようになり、大きな衝撃が脳を揺さぶる。 愛液で濡れながらも、しっかりと閉じられた秘密の扉……ここに触れたら、エリナはどんな声を上げるんだろう? 今ですらこんなに濡れているのに……これ以上、感じることがあるんだろうか? そんな欲求に駆られた俺は、あらわになったエリナの股の付け根に触れてみた。 「ひぃぅぅっ!?」 想像以上に熱い液体に触れると同時に、エリナの身体がビクンと跳ねあがる。 そんなエリナの反応を気にしながらも、俺の意識は粘液に奪われていた。 こ、これが、愛液……エリナの愛液か。こんなに熱いんだ……。 「はっ、はぁ……はぁ……ご、ゴメンね、ビックリした?」 「ん……ちょっとだけ。このまま、続けて大丈夫か?」 「うん、続けて欲しい。むしろ、今止められたらエリナ……自分に魅力がないのかって、思っちゃうよ」 「そんなことはない。エリナは可愛いし、凄く魅力的な女の子だ」 「それに……ここも、凄く綺麗だ……」 改めて、そのワレメを指でなぞり上げた。 ぬちゅ、ぬちゅる……ワレメに残っていた愛液が、いやらしい水音を立てる。 「あっ、やぁ……あっ、はぁ……はぁ……んっ、んん……変な音、してる……はっ、はぁ、あぁぁ……」 太ももをプルプル震わせながら、エリナはスカートを掴む手に力を込める。 俺はそのまま指を動かし、ワレメの奥……愛液を垂れ流す膣の形を確かめていく。 前の方から奥に向かってゆっくりと、その柔らかな肉の感触を、一欠けらたりとも逃さず、記憶するために。 「んっ、んひぃ……はっ、はっ、あっ、あぁぁぁ……はぁ、はぁ……んっ、んんッッ」 目を瞑り、必死に快感に耐えていたエリナだが、不意にその目が大きく開かれる。 「ひぃあぁっ! あっ、はあぁぁぁ……あっ、そ、そこ……そこは……あっ、あっ、ああぁぁっ」 「エリナ、ここ? ここが気持ちいいの?」 「い、いいぃ……そこ、クニクニされたら、カラダ、痺れちゃって……あひぃんっ、あっ、はっ、はっ、ああぁぁーーーぁぁっ」 エリナが大きく震えるそこは、他と比べて若干指に引っかかる突起があった。 俺はそれを、指の腹で優しく……丹念にこね回す。 「ひぃあっ! あっ、あっ、ああぁぁぁ……そこっ、あ、あ、あぁぁーーーっ!」 「エリナ、凄い反応だ」 「だって、そこは……あひぃんっ、きっ、気持ちよくなっちゃうところだから、そんなにしちゃダメなのーっ! はひぅ、んあーーっ!」 「そんなに気持ちいいところなのか?」 「うんっ、気持ち……気持ちいいのぉ……そこ、く……クリッ、クリトリス、だからぁ……あっ、あぁぁっ、あひぃんっ」 「よく聞くが、そんなに気持ちいいのか……」 敏感らしいクリトリスを、俺はこねるだけでなく、軽く摘まんでみる。 「ひッ、んぃィぃ……あ、あッ、ああァぁぁー……つまんじゃ、ダメ、ダメダメ……あッ、あぁァ、まって、ユートまってぇ」 「いいいィィぃ! んィ……いッ、くひぃィ……ッッ!! そこは、そこは……今、ダメぇ……あ、あ、あ……はァぁァっ!」 電流でも流れたように身体をのけぞらせながら、エリナはいやいやと大きく頭を振っていた。 「どうして、ダメなんだ? さっきは、触っていいって言ったじゃないか」 「だって、だってぇぇーッ、わ、ワタシ、ずっと見られて、興奮して……だから、だからぁっ」 「もしかして、もうイきそう……とか?」 「わっ、わかんかいっ! わかんないけど、身体ッ、痺れるの……ビリビリッてして……はァっ、はァっ、ンあァ、んッ、あぁぁァンッッ」 そこに無邪気に笑うエリナの姿はなかった。 俺の指で快楽に顔を歪ませながら、愛液を溢れ続ける、女としてのエリナがいる。 その姿と震える声に、俺の身体の熱が上がっていく。 「んひぃっ!? ユッ、ユー、トォォ……あ、あっ、ああァぁ……な、なんか、すッ、すご……いィィっ……はッ、はッ、あッ、んンンっッ!!」 「身体ッ、よくわかんないけど、すごッ、いッ、いィィィぃッ! んッ、んひィッ、はァっ、はァっ、はァァぁーーーァぁッ!」 ヌルヌルの愛液が指を滑らせ、逃げ回るクリトリスが、俺の指の中で踊り狂う。 「あはァっ……あっ、ああァぁァっ、ンっ、あッ、あッ、あーッ、ユート……んっ、うぅぅぅーー……んあァっ、はッ、はッ、ああァぁンンッ」 「はっ、はひィっ、んッ、あぁっ、はぁァーッ……そ、そんなに、弄られたらァぁァー……あッ、あひィィんッッ!」 こんなに悶えて……指に感じる愛液の量も熱さも凄くて……ワレメの奥は一体どうなってるんだろう? 指じゃなくて、直接……見てみたい。 「はぁぁーーー、はっ、はぁぁーーー、はーーっ……ゆ、ユート? んっ、んぅぅぅん……はぁー……はぁー……」 指を離した俺を、肩で息をしながらエリナがぼんやりと見つめてくる。 その声には答えず、俺はエリナの最深部に顔を近づけてみた。 奇妙な匂いを発するソコは、透明な液体を身にまとった肉の壁が、ヒクヒクと収縮を繰り返している。 「やぁ、はぁー……はぁー……ああぁぁ……エリナ、奥の方まで見られてる、見られちゃってるよぉ……はぁー……はぁぁ……」 俺の視線に反応してか、エリナの奥から粘り気のある液体が垂れ落ちてくる。 「何もしてないのに、溢れてくる。見てるだけなのに……」 「あっ、あああぁぁ……そんなに説明しちゃヤダぁ、恥ずかしいよ、ユート」 「でも、もっと溢れてきた」 俺は、そのエリナが零す雫に口を付けてみた。 「んちゅ……ちゅる、じゅる……ん、んん……」 口の中に広がるエリナの味と匂いに戸惑いつつも、もっと確認してみたくなり、そのまま蜜が零れる穴に移動していく。 「はひぃっ!? あっ、ああぁぁーーーーっ、そ、そんな……それ、指じゃないよ、ユート……あっ、あっ、あぁぁっ」 「俺はエリナのことが好きだから。好きならどこにだって、キスをするもんだ。ちゅっ、ちゅぅぅぅ……じゅるるる」 「あっ、あひぃンっ、はッ、はッ、ひッ、くひィィぃっ! キス……これも、キスなの? はァ、はァ、んあァぁァ」 「キスさ、エリナはキスされるの、嫌いか?」 「んッ、んぅぅーーッッ、あ、あ、はァぁァーっ、す、好きぃ……ユートのキス、凄く気持ちよくて、好きぃ……あ、あ、あァァぁ……ッッ」 「なら、続けても問題はないな」 粘液を舌で舐めとりながら、丹念に舌先で愛撫を続ける。 しかし、さっきとは違って、まだクリトリスの方には触れないままで。 「す、凄いィ……はァ、はぁ、本当に凄いの……ユートの上のお口と、エリナの下のお口がキスして……はァ、はァ、はぁぁァァッ」 「だから……そういう表現は出来れば止めてくれません? ……萎えるから」 「はぁーっ、はぁーっ……そ、そうなの?」 「そうなの」 そうして俺は、舌の動きを激しくする。 エリナがおっさんっぽい下ネタを言えなくするために、そんな余裕なんて奪ってしまうために。 「あっ、あぁぁッ、はあぁぁあぁぁ……あぁァ、あァ……ッ、ユート、今度は中にっ……そんなの、されたら、あっ、あっ、あひぃっ」 「くひィっ、あっ、はァぁァーーァぁ、中、ぐりぐりしてる、ユートの舌、舌ぁァーっ、あ、あ、あァぁぁーーぁぁ」 俺はエリナの悶えに負けないように、零れる汁を音をさせながらすすっていく。 零れる蜜の甘さと香りを堪能しつつも、漏らすエリナを恥ずかしめるように、ワザと大きな音を響かせて。 「えっちな音、してる……はっ、はっ、ユート、エリナのお汁で、えっちな音、しちゃってる、あ、あ、ひィっ、はァぁァァッ」 「じゅるる……んっ、それだけじゃないぞ、エリナ」 「んァっ!? んッ、んひィィっ! あァぁァ……クッ、クリトリスにキス、ダメぇ……あっ、あっ、ああぁァーーァッ」 目の前のエリナの足が震えだすが、俺は舌の勢いを緩めない。 むしろ舌だけでなく、唇や歯も利用して、エリナの敏感な部分を攻め立てた。 「ひぁァあぁあァッ……し、痺れる……身体、痺れて……ンぁッ、あッ、あぁッ……ほっ、本当に、変になっちゃうぅ……ッッ」 「そんなエリナの顔も見たい。きっと可愛いと思うから。んちゅ、ちゅぅぅーーっ」 「んァぁぁああァーーーぁぁッ……もう、もう、ムリムリぃーッ、が、我慢できないっ、んぁ、んぁ、あっ、あぁぁーーーぁっ!」 「きっ、気持ち、いいからぁぁァぁぁ……あ、あ、あひィ、ンっ……もう、好きにしてぇ、エリナのこと、好きにしてッッ」 じゅわっ、と湧き出る愛液を啜り、敏感な突起を舌先で擦る。 何度も繰り返してきたおかげか、エリナの下半身はもうカクカクと、痙攣を起こしたようになっていた。 「んっ、んひぃンッ、あ、あぁぁあ……とけちゃう、エリナ、とけちゃうよぉぉーーー……あひぃっ、あぃっ、あぃっ、あひぃぃーーーッッ!」 俺はそんなエリナを逃がすまいと、腰を掴んで何度も何度も敏感な肉蕾と肉穴を、舌でなぞり、ほじくり続ける。 「はひぁああァァ……も、もうダメ、変になって……あッ、あッ、あァあぁァーーッッ、くる、おっきいの、くるぅ、きちゃうーーっ」 「エリナ、そのまま、そのままイッて……じゅるじゅる……んっ、んじゅずず」 「んぁあァああァァーーっ、はひぃぁァァぁ……ユート、くる、くるくるくる、んんっ、んっ、んひいィぃィぃッッ」 「あッ、あッ、ああァぁァァぁああァぁーーーーーァぁッッ」 エリナが大きく身体を跳ねさせると同時に、俺の舌にドプッと大量の愛液が零れてくる。 唇を離すと、せきを切ったように溢れる粘液の洪水が、エリナの太ももと床を濡らしていた。 「はぁぁぁーーーっ、はぁぁーーっ、はぁーっ……ぁっ……あひぃんっ!?」 垂れ落ちる蜜に誘われ、俺はもう一度エリナの秘部に口づけ。 そして、その蜜を一気に吸い上げていった。 「じゅる、じゅるるっ」 「ひぃあぁぁっ、ダメ、ダメダメッ! そんなの、飲んじゃダメッ、ダメなのーーぉぉっ!」 エリナの叫びを聞きながらも、俺は丁寧にエリナの柔肉を舌でなぞり、からめ、べとべとの蜜を吸い上げていく。 「ん、ちゅ、ちゅ……んちゅぅぅ、じゅるじゅる」 「あっ、あッ、あィっ、あひぃンッ……そッ、そんな、あッ、あああァァぁぁァ……ンぃっ、ひィっ、ひィッ、ンィぃィッッ!」 「はひッ、はひィ、し、しひれる……またしひれへるぅぅーーぅ……あ、あァあぁァァぁ、またくる、くるよぉぉぉ」 頭上から降り注ぐ声が、再び甘く蕩けきっていく。 「いッ、いッ、いぁ、ああぁァァあアぁァァぁ……らめ、我慢できない……また、またきちゃうきちゃうーーッッ」 ビクンビクンと跳ね上がり、エリナの身体が必死に快楽をアピールするが、俺は腰を抑えて逃がさない。 舌と唇で、そのままクリトリスを強く挟み込む。 「あッ、あひァァ……もっ、もう、ムリ……ワラヒ、我慢できないよぉぉ……あ、あひぃぃ、ひッ、ひィ、ひぃッ、ンィぃ、いっ、いィぃッッ」 「はァっ……はぁァあァァぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーァぁッッ」 「んんんッ……はぁぁ……はぁぁ……はぁぁ……あひっ、はぁーっ……はぁーっ……」 快楽に蕩けきった顔で、エリナは声を搾り出す。 「はっ、はひぃ……はぁー……はぁー……もう、ダメぇ……やぁ、ゆるして、これ以上は、らめになるよぉ……もう、ムリ、キスはムリぃ……」 ヒクヒクと収縮を繰りかえす肉壁を俺は、ねろねろと丹念に舌先でなぞっていく。 「あ、あ、あはぁぁ……ぁぁ……らめぇ、ムリって言ってるのにぃぃ……はひっ、あっ、あぁぁーーっ」 「気持ちよくないか、俺のキスは?」 「ちっ、ちがッ……ちがうぅぅ……ひ、ひもちいいッ、いいから困ってるのぉぉぉ……はァぁーーーッッ」 「それに、どMだから、いじめられるのも好きだって言ってただろ? じゅるじゅる」 「やぁんッッ、んッ、んひィっ……あぁァあッ、そ、そうらけど……そうなんらけどぉぉ……こ、こんなに気持ちいいなんて……あひィぁァ」 「も、もうらめ……これ以上、キスはらめぇぇ、はひっ、はぁっ、はぁーー……そ、それより、ユートぉ……はっ、はぁーっ、はぁーっ」 快楽に溶かされたエリナが、俺のことを誘うような瞳で見下ろしてきた。 視線も声も甘く、漂う香りが俺の本能を刺激してくる。 このままエリナを責め続けるのもいいのだが……そろそろ俺も、滾る欲望を抑えきれなくなって―― 「それならエリナ……挿れても、いいか?」 肩で息をしながら、エリナはゆっくりと……大きく頷きを返してきた。 「お、おー……それが、ユートの………………なんだか、凄いね……格好いいかも」 「……そうか?」 格好いいという気持ちはいまいちわからんが……。 「エリナの方は、相変わらず綺麗だ。それに……凄い濡れてる」 「だって……ユートがイジワルするんだもん……しかも、2回も身体がビリビリってさせられて……」 「あれがイくってことなのかな?」 「俺は男だし、童貞だからハッキリとはわからないが……多分そうじゃないか?」 「痙攣したみたいだったし、愛液もいっぱい出てたし」 「……そっか、あれがイくってことなんだ」 「気持ち、よかったか?」 「もぅ、そんなこと決まってるじゃん。わざわざ、聞かないでよー」 「気持ちよすぎて……凄く、恥ずかしいんだから」 「そうか、そんなに気持ちよくなってくれてたんだ……でも確かに、まるでお漏らししたみたいに濡れてたもんな」 「……ユートって、意外とSだよね。そんな風にして、エリナのことをまだ辱めるつもりなんだ?」 「いや、そんなつもりはなかったんだが……スマン、ちょっと配慮が足りなかったかも」 「そうだよ。エリナはどMだから喜んじゃうけど、他の女の子なら傷ついちゃうかもしれないんだよ?」 「なら問題ない。エリナ以外と、こんなことはしないからな」 「にっひっひ、それもそうだね」 「それに、凄く濡れているのは事実だろう?」 「……うん。ユートに舐められて、凄く感じちゃったから……ユートは、エリナみたいないやらしい女の子は……イヤ?」 「バカを言うな。そんなことは関係ない。俺はエリナのことが好きなんだから」 「そっか、よかった……にっひっひ。初めてで、エリナも恥ずかしいけど……頑張るからね」 「こんなに濡れてるなら……すぐに挿れても、平気か?」 確認するように、相棒の先っぽをエリナの濡れた穴に擦りつけてみる。 それだけで、ぬちゅっ、ぬちゅっ……と粘ついた水音が俺の耳をくすぐった。 「ぅぁっ……くっ……」 擦り合わせるだけで、まだ挿れてもないのに、痺れるほどの快感が突き抜けてくる。 「んっ、んん……エッチなお汁の音、してる……こんなに濡れてるなら、きっとへーきだと思う」 「それにエリナは処女だから。細かいことは、実際にヤッてみないとわかんないよ」 「……本当、そういうところは男らしいな」 「舌であんなに感じちゃったから……ユートに、お……おち●ちん……挿れられたら、どうなるんだろ……想像しただけで、ドキドキしてきちゃう」 俺は、想像しただけでイッてしまいそうだ。 先っぽを擦るだけでこれなら、実際にエリナの肉壺に包まれたら……ちゃんと我慢できるだろうか?。 「でも、ユート……一つだけお願い。エリナのこと、ちゃんと捕まえててね。ユートの温もりを、ちゃんと感じておきたいの」 「わかった。大丈夫、俺はエリナのことを離さないから」 俺はエリナと身体を密着させながら、改めて先っぽを蜜壺の入口にあてがう。 「……ここか?」 「んひぁぅっ!?」 「すっ、スマン! なにか、おかしなところに当たったか?」 「もうちょっと下の方……あっ、んっ、んんん……」 「こ、ここか?」 「あっ……んっ、んん……そこ、そこだよ、ユート」 「そうか。ちょっとこの角度じゃよく見えなくて……すまない」 「それじゃ……挿れるぞ、エリナ。力を抜いてくれ」 「ちょっ、ちょっと待って……はぁ……はぁ……すぅー、はぁー……すぅー、はぁー……」 「う、うん。いいよ、挿れて……ユート、エリナに挿れて……」 肉棒を包み込んでいる愛液が潤滑油となって、抵抗なく呑み込んでくれるだろう。 俺はじわじわと体重をかけながら、閉じられた穴をほじくり、無理矢理広げていく。 ――にちっ 「ひっ、いぎぃぃっ!?」 肉を押し広げると同時に、思ったよりも滑らかに、にゅるんと肉棒の先端が呑み込まれた。 「んっ、んんあぁぁーーーーっ、はっ、挿ってる……挿ってくるっ……んっ、んんん……ッッ」 自分の身体を拡張される苦痛に顔を歪ませながらも、エリナはそのまま俺を受け止め続けた。 「あっ、熱い……」 「んっ、んぁぁっ……エリナも、熱い……あ、あ、あっ、んっ、んん」 「こんなに濡れてても、やっぱり痛いか?」 「ちょ、ちょっと、痛い……でも、へーきだよ。エリナのお腹、今凄く熱くなってる……はぁ、はぁ」 「それじゃあ、このまま奥まで挿れるぞ」 「んぁっ、あっ、あっ、あはぁ! んぎっ……あ、あぁぁ……エリナのおま●こ、広がってる……広げられてるぅっ、くあっ……あぁっ!」 俺の肉棒はゆっくりと……だが着実に、奥へ奥へ進んでいく。 抵抗を突き破り、肉壁を引き裂くように広げながら、一番奥を目指し続ける。 「あ、あ、はぁぁーーっ……熱い、エリナの中、熱いぃぃ……あーっ、あーっ、お、おっきいぃ……んんっ!」 そうして俺の肉棒が半ば以上、エリナに咥え込まれたときにトン、と何かにぶつかる。 これ以上は……挿らないのか? 確認するように俺は、グイグイとその何かを押し上げてみた。 「ひぃぁぁっ!!」 「ここが……エリナの一番奥なのか?」 「ひっ、ひァぁっ! はッ、はァぁーーッッ……そ、そう、奥……エリナの一番奥で……あ、あ、ああァぁァッッ」 「ぐっ、グリグリ……グリグリしちゃダメぇ!! あっ、あひぃっ、はぁっ、はひっ、あっ、あぁぁぁーーぁっ!」 「す、すまないっ」 慌てて腰の動きを止めると、エリナは茫然とした瞳で俺を見上げてくる。 「はっ、はぁーっ、はぁーっ……や、やっぱり、ユート、イジワル……はぁーっ、はぁーっ……苦しくて、死んじゃうかと思った……」 「そっ、そうなのか? それは本当にすまないことを」 「ううん……ダイジョーブ……はぁ……はぁ……苦しかったけど、でもね、気持ちも……よかったから」 「とにかく、ゆっくりやっていこう」 今度は、ゆっくりと……奥の壁ではなく、包み込む肉壺全体の感触を確認するように腰を揺する。 「ひっ、あっ、はっ……んっ、んんん……あっ、あひぃぁっ……はっ、はひっ、ああぁぁっ……んっ、んあぁぁっ」 「これぐらいなら、大丈夫か?」 「う、うん。それぐらいなら……き、気持ち、いいよ……んっ、んひぃっ、ああぁぁ……」 「でも、ユートは? ユートは、気持ちいい?」 「ああ、勿論。気持ちよすぎるぐらいだ」 エリナの中はヌルヌルで、しかもやけに熱い。 こうして軽く動かしただけでも、下半身が痺れてくる。 世の男性の方々は、よくこんな快感に長時間耐えられるなぁ……俺、その気になればもうイケそうな気がする。 ………。 こっ、これってもしかして、俺って早漏なのか!? 「ユート……?」 「あっ、いや、スマン。幸せすぎてボーっとしてた」 「にひひ、エリナもね、凄く幸せだよ」 「慣れてきたから、もうちょっと動いてもへーきだよ」 「そ、そうか」 それじゃ、まだイかないように気を付けながら…… 「オッ、オー、イエー……ハァっ、ハァっ……イエスっ、イエスっ……オー、イエスっ、カモン、カモーンっ!」 「………」 「なぁ、エリナよ」 「オー、イエスッ……って、なに? はぁ、はぁ……」 「今まで普通だったのに、どうして突然、西海岸風の喘ぎをする?」 「だって、エリナはロシア出身だから。ユートのためにも、本場の方がいいかなって思って。ちゃんと、勉強したんだよ」 「……意外と余裕があるんだな」 一体何の勉強をしてんだか……。あと、エリナの本場はロシアだろう。 「気持ちはありがたい、ありがたいんだが……出来れば喘ぎは普通の方がいい」 「オー、イエー?」 「そんな演技よりも、エリナの素直な声が聞きたいんだよ、俺は。こういう時、そういうサービス精神はいらないから」 「そっか、それじゃ、普通にするね」 「そうしてくれ。一瞬、萎えそうになったぞ」 「あっ、あとね、喘ぎ以外にも、実は勉強したことがあってね……えっと、んっ、んんんんーーーっ」 エリナが何やら力を入れ始めた――かと思うと、俺の肉棒が突然、ギュウウゥっと締め付けられる。 「くっ……あっ、あぁぁ……」 元々キツい締め付けだったのに、さらに肉壁が絡みついてきて―― 「な、なんだ、コレ」 「はぁ……はぁ……にひひ、ユートにおもてなし~♪ どう、かな?」 「こっ、これは……気持ちよすぎる……」 「それじゃあ、もっとしてあげるね♪ んっ、んっ、んーっ……んっ、んんーーーっ」 キュッ、キュッ、ギュウ、とリズミカルに締め付けてくるエリナ。 ま、マズイ……このまま締め付けられたら、それだけでイッてしまいそうだ。 「このままじゃ、マズイかも……」 収縮するエリナの膣に対し、俺は腰をひねって抵抗をする。 「んぁぁッ! あッ、あッ……ダメぇ、んッ、んぁあ、はぁあぁぁあ……気持ちよく、されたら……お、おもてなし、できなくなるぅ」 締め付けが弱まった隙を突くように、エリナの肉壺を擦り上げていく。 「んひッ、はぁァ……あ、あ、そんな、あはァぁ……こ、擦れ、擦れて……うっ、あッ、あっ、あぁああぁぁ……ぁぁ……」 「エリナ、大丈夫か? 痛いなら、一回抜いてもいいんだぞ?」 「だっ、ダメだよ、ユート! 抜いちゃダメぇっ!」 慌てた様子で、エリナは足に力を入れ、さらに強く俺の腰に絡ませてくる。 少し引いていた腰が引き寄せられ、ズンッと強くエリナの中へ突き下ろされた。 「ひぁぁっ、ああぁーっ!? はっ、はっ、はぁーっ、はぁーっ……はひぃ……奥、グリって、はぁ……はぁ……」 「お、おい、大丈夫か? 急にそんなことしたら……」 「へ、へーき。へーきだから、最後まで……ちゃんと最後までして、ユート。じゃないと、ヤだよ……んっ、んぁっ、あぁ……」 「……わかったよ、エリナ」 俺は再び小刻みに腰を振りながら、エリナの様子をうかがう。 「はぁぁ、んっ、んっ……んひ、はっ……あ、あ、あ、あぁあぁぁ……お腹、いっぱいだよ、ユート……にひ」 感じつつも、エリナの顔には若干苦痛の色が見え隠れしている。 どうすれば、この苦痛の色を消すことができるだろう? 童貞の俺にテクニックがないのは承知だが……何か、マシになる方法だけでもあれば……。 意識が他に向けば……少しくらいは、マシになるかな? 「あっ、あひぃんっ、はっ、はっ、はぁあぁあ……ぁぁ……あっ、あぃっ、はぁ、はぁ」 「エリナ、口を開けて」 「え? あ、んっ、んちゅ、ちゅ……ん、んっ……んちゅっ、ちゅぅぅぅっ」 自由になる口で、エリナの唇を塞いでしまう。 「ん、んくちゅ……んっ、んっ……ちゅぷ、んちゅ、んっ、ちゅるっ……」 少し驚きつつも、エリナが拒絶するようなことはない。 むしろ、自分から口を動かして、さらなるキスをねだるようだった。 「んっ、んんっ、んちゅぷ、んん。んぱぁ、はぁ……はぁ……ユートの、キス……甘くて、大好き」 「もっと、もっと、キスして……あっ、んっ……ちゅ、ちゅ……ちゅぷ、んちゅ、ちゅぅぅ……んっ、ちゅっ」 「ちゅく、ちゅる……んっ……んんん」 俺はエリナの口を押し割って、舌をねじ込ませる。 「んくっ!? んっ、んふぅ……んじゅる……ちゅるじゅる……んっ、んじゅる……ふぅー、ふぅー……んっ、んちゅ、じゅちゅる」 蹂躙するように、俺の舌がエリナの口内をねぶっていく。 色んなところを舐め、絡め、唾液を奪い、代わりに自分の唾液を流し込んだ。 「じゅぷ、くちゃくちゅ……じゅるん、じゅぷっ……んっ、んんん……コクッ、コクッ……んふぅー……じゅるじゅるる、んふぅ、んっ、んんっ」 「んっ、んんーー……ぱぁぁっ! はぁ……はぁ……」 「はぁー……はぁー……ユート、キス、もっとキスしてぇ……そしたら、へーきだから。もっと動いてもヘーきだから……はぁー……はぁー」 「……そんなことしたら、もう止まれないぞ?」 「うん。むしろ、最後まで続けないと、ダメ。だから、キスして、ユート」 「わかった。もう一回、口を開けて」 「あーー……んっ、んちゅ、じゅる、じゅぷじゅる……んふぅ、じゅぷ、ちゅく……んっ、ゴクッ……んちゅ、じゅるじゅるる……」 エリナの口を再び塞ぎ、舌と唾液を送る。 まるで甘い蜜を飲むように、エリナは俺の唾液をゴクゴクと飲み下した。 激しく絡まり合う舌の刺激に、ギリギリ耐えていた俺の理性が溶けていく。 「んんっ……じゅる、じゅぷくちゃ……ん、ちゅっ、ちゅぅぅぅ……コクッ、コクッ……んっ……んんっ!? んんんんーーー!?」 キスしながら、腰の動きを大きくする。 「んっ、んんーーーーぱぁっ!? はっ、はッ、ああァぁーーッ……あィっ、あィッ、あひぃィんッッ!」 ぬちゅ、ぬちゅ、と粘液の爆ぜる音をさせながら、抜き挿しのスピードを加速させていく。 「あ、あっ、ああぁぁあぁーーっ、えっちぃ……おっ、おち●ちん、出たり入ったりして、凄く、えっち……んあぁっ、あ、あ、あぁあ……ァァっ!」 「ああ、エッチだな。俺も、凄く興奮するよっ」 「あん、あンっ、ひッ、ひああァぁ……はぁ、はァ、あッっ、ああァーーっ……奥、奥に、当たる……んっ、んひィっ!」 「奥に当たるの、い、嫌か?」 「はっ、はひッ、ひっ、ひィぃんッッ……はッ、はッ、いっ、イヤじゃない、イヤじゃないっ、けどぉ……ンっ、ンああァぁァぁーーッ」 「はず、かしいっ、あ、あ、あーーッ、奥っ、当たって……あんっ、あんっ、あっ、あっ、えっちで変な顔に、なっちゃいそう、で……あッ、ああッ」 「変な顔じゃない、エリナの顔、凄くかわいい。それに今は、凄く色っぽい。大好きだ、エリナ」 「あんっ、んむぅ……んちゅぅぅぅー、んっ、じゅるじゅるる……んちゅ、ちゅぷ、じゅる、ちゅっ、ちゅぅぅ」 気持ちを示すような、濃いキスを再びかわす。 その間も腰は抜き挿しを繰り返し、エリナの入口から最奥までの肉を、擦り続ける。 「んぱぁーっ、はァ、はァ……す、好きぃ、ワタシも、大好きー……あッ、あッ、あッ、あひぃぃンッ、はあぁぁあぁぁ」 「ひぃぁンっ……あんッ、あん、あっ、あぁぁあぁぁ……はひっ、あっ、あっ、ああぁーーーっ!」 下半身にまとわりつく痺れに身を任せ、俺は腰を打ち付けていく。 「んっ、んひぃっ、はっ、はぁぁっ、す、すごい……すごくて……あっ、あっ、ああぁぁーーぁっ」 「溶けちゃうっ、エリナ、このままじゃ溶けちゃうぅーー、あ、あ、あ、ああぁぁぁぁあぁぁぁ」 「俺も、溶けそうだ。エリナのおま●こに溶かされそうなぐらい、気持ちいい……っ」 「もっ、もっとぉ……もっと、気持ちよくなって、んっ、んんんーーーーーっ!」 エリナが再び力を入れると、ギュウゥゥッ、と肉が絡みついてくる。 「エリナ、それ……マジで、ヤバいって」 思わず刺激から逃げるように俺は、入口部分を何度も擦るような、浅い動きに切り替える。 「んひぃっ、あ、あ、あァぁーーーッ!? そ、それ、それ、すごいッ、あァぁッ、ンっ、んひぃィぃッ!」 まるで感覚が入れ替わったように、今度はエリナの声が裏返った。 「あひィぃンっ、あぃ、あぃ、あッ、ああァァぁァぁ……小刻み、ダメぇぇ……あッ、あひッ、あっ、あァぁあアぁァァあ……」 「すごい、すごい……それッ、しびれるゥゥ……エリナ、初めてなのに、こんなにえっちになっちゃうよ……あッ、あッ、んあァーーぁッッ!」 「俺はエッチなエリナも大好きだよ」 結合部から漂う蜜の匂いと、全身から昇る汗の匂いが混じり合い、いやらしい女の匂いとなって、俺の脳を揺さぶってくる。 「はひっ、はぁ、はぁ……い、いい? このまま、気持ちよくなって、いい?」 「勿論いいさ。俺も、このまま……」 「んっ、うんっ、うんっ、ユートも、このままもっと、気持ちよくなってっ……はひっ、あっ、あっ、ひゃぅんっ、あぁぁぁっ!」 一段と高くなった喘ぎ声を聞きながら俺は、エリナに包み込まれた肉棒に意識を集中させていく。 「身体、しっ、しびれる……ジンジンするぅぅぁぁ、ああァぁーーーっ……あひぃッ、ひっ、ひぃァぁーーッッ!」 「おっ、俺も……もう、我慢が……」 「んひィっ、はッ、はッ、あッ、んンンーーーっ、も、もう、ダメ、これ以上は、ダメなの……あっ、あっ、んンッ、ああァぁーーッ!」 「ひゃぅぅンっ! はひィ、はァっ、はァッ……まっ、また、また、きちゃう、きちゃうぅッ、今度はユートの番なのにっ!」 「あぃッ、あぃッ、あ、あぁァ……お、おかひく、なる……エリナ、またおかひくなるぅ……あぁ、あぁ、あァぁーーーァッッ」 「俺もっ! 俺も、そろそろイくから、エリナ」 我慢することを諦めた俺は、快感を求め、エリナの身体を貪り尽くす。 小刻みな動きと、奥を突き上げる動きを繰り返しながら、ひたすらエリナの肉を擦り上げていく。 「あひぃぃっ! もう、ムリぃ……ダメ、ダメダメ、わらひ、もうダメぇぇーっ! くる、きちゃうぅーーっ」 「おひ●ひん、今度は、おひ●ひんに、イかされちゃう……はひっ、はぁ、はぁ、あっ、あああぁぁっ!」 さらに強く力を込め、俺にぎゅーーーっと抱きついてくるエリナ。 俺も足がつっぱりそうになるのをこらえながら、そのまま絶頂に昇っていく。 「えっ、エリナ、俺も、俺もイくからっ!」 「んあぁっ! う、うんっ、きて、きてきてっ! あ、あ、あはァァぁあぁーーっ!」 「はひっ、はひっ……ビリビリ、すごいぃ、あっ、あっ、ああぁぁーーーぁぁ」 「エリナ、好きだ、大好きだ」 「エリナも、エリナも好きっ! らい好きぃ! あっ、あっ、くぅあぁぁっ!」 「んっ、ひっ、ひっ、ひぃぃんっ! あっ、あぁぁあ……いッ、イくぅーーッ! エリナも、イッちゃぅっ! はひぃっ、あっ、あっ、あぁッッ!!」 「で、出るっ!」 「んあぁああぁぁああぁーーーーーーッッ!」 どくんっ、どくんっ、とエリナの中に、精液が流し込まれていく。 「あっ、ああああぁぁああぁあ……はっ、はぁ……はぁ……はひぃ……んっ、んん……はぁ、はぁぁーーー……」 その全てを受け入れながら、エリナは必死に空気を貪っている。 そして絶頂で痙攣するエリナの蜜壺は、精液を絞り取るよう締め付けてきた。 そうして俺はエリナの中から肉棒を引き抜こうとするが―― 絡まった足が俺の動きを阻んだ。 「あっ、んぁぁぁーーっ! もう、くるっ、くるくるっ、あっ、あっ、ああぁぁぁーー!」 「えっ、エリナ、足っ! 足がっ」 「あ、あィ、あぃ、いィぃッ、いいッ! イくっ、イくイく、イっちゃうっ、んひぃッ、ひァっ、あィっ、あィッ、ああァぁアぁぁーーぁッッ」 「んあぁあああぁぁぁあああーーーーぁぁっっ!」 エリナの叫びと同時に、中の肉の締め付けが一気に強まり―― 「あぁっ、はあぁぁぁぁあぁぁぁぁ……」 我慢しきれず、中で弾けた欲望が、ドクドクとエリナの蜜壺に流れ込む。 「はっ、はひぃ……はぁー……はぁ……中ぁ、エリナの中に、熱いのドクドクって……はぁ……はぁ……」 「エリナ、足に力を入れ過ぎ……抜けなかったじゃないか。中には出さないつもりだったのに……」 「だって……気持ち、よかったから……それに、エリナはお腹にユートの熱を感じた方が幸せなんだもん」 「………」 そんな風に言われると、何も言えなくなってしまう。 そんな俺をよそに、エリナは結合部から溢れる精液を、じーっと見つめていた。 「ひああぁぁぁああぁぁあぁーーーーーーーーーーーーーッ!」 限界を迎える直前、絡まった足を引き剥がすような勢いで腰を引き、モノをなんとか抜く。 同時に爆発した欲望の種が、元から白いエリナの肌を、さらに白く染め上げていった。 「んひぃっ、あっ、あっ、はぁぁ……あぁぁ……熱い、ベトベト、いっぱいだぁ……はぁ、はぁ……」 自分の肌に降り注いだソレを、エリナは茫然とした瞳で見つめていた。 「はひぁ……あっ、はぁーっ……はぁーっ……はぁぁぁ……また、イッちゃったぁ……」 「スマン、ちょっと……やり過ぎたか?」 「はぁぁ……う、ううん、へーき……それに、嬉しいから……はぁ、はぁ……」 「お腹、すっごく熱い……ユートったら、元気なんだから」 「まぁ……若いからな」 「にひ……これが精液なんだ……本当に、真っ白で、ネトネトしてるんだね」 「沢山出たってことは、気持ちよかったってこと?」 「そういうことになるか……とにかく、凄く気持ちよかった」 「にひひ、そっか。エリナも、すっごい気持ちよかったよ」 「知ってる」 「そっかそっか、そうだね。あんなに何度もイッちゃったら、言わなくてもわかっちゃうよねぇ……にひひ、ちょっと恥ずかしいね」 「確かに。落ち着いてくると、ちょっと恥ずかしいな」 「でも、それ以上に嬉しいよ。エリナとこんな風に一緒にいられて。凄く凄く幸せだ」 「あっ! もぅ、エリナが先に言いたかったのにぃー」 「エリナだって、凄く凄く幸せだよ。また、しようね♪」 「………」 「今から?」 「にひ、ユートってば元気なんだから~」 「でも、ちょっと待って欲しいなぁ。エリナの身体、力が入らなくて……」 「そうか。だったら、ムリはしなくていい。そうだな、最初だもんな」 「……いいの? ユートの方こそ、ムリして我慢しなくていいんだよ?」 「そんなことはしてないさ」 「それに、焦らなくても、これから何度でも、抱いていいんだろう?」 「うん、モチロン! エリナも、ユートとのセックスにはまっちゃいそうだもん。おっと、ハメられたの間違いかなぁ?」 「だーから、そういう下ネタは止せと言ってるだろ」 「とにかくね、エリナもこれから何度でもユートに抱いて欲しいってこと♪」 「………」 「その時は、よろしくお願いします」 「にっひっひ、正直になってくれて嬉しい♪ こちらこそ、よろしくだよ」 どれぐらい時間が経っただろうか? ハッキリとは覚えていないが、少なくとも10分やそこらではないはずだ。 それほど長い時間ではあるものの、俺もエリナも服を着直すこともなく、初体験の余韻に浸るようにその場でボーっとし続けていた。 「おー……小っちゃくなっちゃったね。エリナの中に入ってた時は、もっとガチガチだったのに」 「普段からあんなに膨張してるわけないだろう。それと……恥ずかしいから、あんまりジロジロ見ないで欲しいんだが」 「だってぇ、結局ユートのあんまり見れなかったんだもん。それにその……エリナだって、恥ずかしいんだよ? やっぱり、こういうのは……」 「でももう、奥の奥まで見せちゃったから……今度はユートのを、ちゃんと見せて欲しいの。じゃないと、卑怯だよ」 「見ただろ。なんか、格好いいとか言ってたじゃないか」 「でも、まだ間近で見てないよ。位置的にハッキリ見えなかったし、すぐにエリナの中に入っちゃったから。ちゃんと見せて欲しいの!」 「……はぁ……そんなに面白いものでもないだろうに」 なんかもう今更なので、俺は諦めて股間をエリナの視線にさらす。 とはいえ、さすがに勃起状態ではないが。 「ふぁぁ~、これが……でも、さっきと全然違う。ふにゃふにゃしちゃってるねぇ……つんつん」 「こらこら、つつくな」 「柔らかい……本当に、こんなに違うものなんだ……あんなに格好良かったのに、今は可愛いね」 「……そういう感想を言われると、妙に照れるな。こんな時、どう反応すればいいのかわからなくてちょっと困る」 「笑えばいいと思うよ♪」 「……苦笑いしかできねぇよ」 「ねぇねぇ、またあんなに格好良く勃起するの? 一回だけってことじゃないんだよね? さっき、続けてしようとしたぐらいなんだから~」 「ん? そりゃ……まぁ……な」 「刺激を与えたり、俺が興奮してきたら……また硬くなるとは思うが」 「おー、そっか……つんつん」 「だから、つつくな……というか、もしかして続けるのか? 身体が少し変だから、今日はもうしないんじゃないのか?」 「んー……ゆっくりしてるとね、痛みが少しマシになってきたから」 「エリナの身体がユートの形を忘れちゃわないうちに、もう一回チャレンジしてみるのもいいかなぁ~って」 「最初はあんなに恥ずかしがってたくせに」 「裸どころか奥まで見られちゃったから。もういいかなぁーと思って」 「まぁ、そういう気持ちはわからないわけでもない。俺も裸だが、もうそんなに恥ずかしいと思ってないしな」 「それともユートは、もう飽きちゃった? エリナの身体」 「そんなことあるわけないだろう。むしろ、エリナの身体に夢中だ」 「飽きることがあるのかどうか、わからないぐらいだ」 「だったらちょうどいいね! にひひ、ユートが枯れ果てちゃうまで搾り尽くしてあげる」 「………」 「……昼までかかるかもしれないぞ?」 「それだけ、ユートと一緒にいられるってことだね♪」 「……マジで?」 「初めてでそんなにして……壊れても知らないぞ?」 「にひひ、とか言いながら、ちょっと硬くなってきてる~♪ つんつん」 「………」 裸のエリナが、俺の性器を柔らかな指先でつつく。 もう、ダメだ。スイッチが入って、止められなくなる。マジで枯れるまで続けてしまうかも―― 「――ッ!? び、びっくりした……」 「もー……いいところなのに、誰から電話?」 「ちょっと待ってくれ」 「えーっと……あっ、学院からだ。多分、処分のことが決まったんだろう」 「そっか……処分、受けなきゃいけないんだったね」 「だが、後悔はないだろ? それに、納得もしてる」 「うん! そうだったね、にっひっひ」 笑い合ってから、俺は通話ボタンを押す。 「はい、六連です」 『枡形だ。ちゃんと寮で謹慎してるんだろうな?』 「ええ、ちゃんと寮にいますよ」 大人しくしているかどうかは、微妙なんだが……。 「ねぇ、ユート、まだ? 長くかかりそう?」 「ちょっと待ってくれ。今、電話に出たばっかりだろ」 「でもぉ~、せっかくユートもその気になったのに……そうだ。にひひ」 『学院で話し合った結果、今回二人に下す処罰が決まったぞ。これはその連絡の電話だ』 「はい、わかっています。それで……結局処分は――」 「ツンツン……シュッシュッ」 「――ひゃんっ!?」 『ひゃ……ひゃん? お、おいなんだ? どうかしたのか?』 「いっ、いや、なんでもありません。す、すみません、ちょっとだけ待って下さい!」 「エリナ! 一体何を!?」 「にひひ、さっきのつ・づ・き♪ エリナがこの可愛いの、格好良くしてあげるね……シュッシュッ……」 「うっ、あっ……」 「ユートは電話を続けてていいよ」 「そういうわけにも――」 「シュルシュル……にひっ」 俺のモノを軽く握ったエリナは、そのまま滑らかな動きで前後にシゴいていく。 「こっ、こら、エリナ……今は、ダメだ」 「とか言いながら~、しっかりと硬くしてるくせにぃ~♪」 柔らかで温かな手の平に包まれたら、そうなるだろうさ! 『おいっ、六連!? どうした!? なにかあったのか!?』 「いっ、いえっ! なんでもありません。だ、大丈夫です」 『本当か?』 「はい。問題、ありません」 『ならいいが……』 「くっ、くぅぅぅ……え、エリナ、電話中にそれはダメだ」 「エリナは気にしなくていいよ? ほらほら、電話を続けて。シュッ、シュッ」 「だから、そんなにされたら電話に集中できなくて……うっ、あぁぁぁ……」 『様子が変だぞ、お前』 「いや、そういうわけじゃないんですが……」 『やはり、念のために様子を見に行かせて正解だったか』 「本当に、問題はなく――え? 今、なんて言いました? 様子を見に行かせて……?」 『ああ。授業も終わったからな。風紀班の仕事は遅刻しても構わないから、布良と矢来に頼んだ』 「そ、それって……まさか……」 「エリナ、本気でマズイ! 早く、部屋にもど――」 「六連くーん、ちゃんと大人しくしてるー?」 「今日の授業のノート、持って帰ってきた……わ、よ……?」 「気分はどうですか? 落ち込んだり……なんて……」 「………」 「お、おーーー……?」 お、遅かった……。 素っ裸で電話をしている俺。股間は絶賛勃起中。 そんな俺の股間に手を伸ばし、勃起したモノを握りしめている、これまた素っ裸のエリナ。 それに対峙するように部屋に入ってきた面々は、一応にポカーンとした表情を浮かべていた。 「にょわぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!??」「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!??」 「な、なに? 今の叫び声はって――くぁwせdrftgyふじこlp!!!!????」 「……? みなさん、どうかしたんですか? さっきから叫び声が――」 「ちょっ! 莉音君は見ちゃダメだっ!」 「あっ!? ニコラ先輩!? 目を隠されたら、真っ暗で、何も見えないんですが」 「だから、見ちゃダメなんだってば! 莉音君には毒だ! 部屋に戻るよ!」 「え? あ、あの、ニコラ先輩? どういうことなんでしょうか?」 「気にしちゃダメだ。気にしたら負けだから。ほら、行こう!」 「ひょぇ、ひょぇぇぇ~~~! お、おおお、お元気そうで何よりなので、わ、私も失礼しますぅぅ~~~っ!!」 「……はぁ……何やってるのよ、バカタレ」 「わっ、わわっ!? どうしよう、見られちゃったよ、ユート!」 「見られちゃった、じゃないだろう……」 「それはこっちのセリフ! 二人とも、一体何をやってるのぉぉぉぉっ!!」 「そんなの訊くだなんて、アズサのえっちぃ、わかってるくせにぃ~。もちろん、セック――」 「にょわぁぁっ! ハッキリ言わなくていいよーーっ!」 「えーー……アズサの方から訊いてきたくせにー」 「質問じゃなくて、怒ってるの!」 「……こ、これが……アレなのね……うわっ、グロ……パッケージでも見たけど、本物はこんななのね……ふ、ふーん……」 「あの……人の股間を興味津々に凝視しないでもらえませんか?」 「べっ、別に興味津々じゃないわ! こんな粗末なの、見慣れてるんだから。今さら、勃起を見た程度でドキドキしたりしないわよ」 「顔、赤いぞ?」 「大体、そんなグロテスクなのを見て、ドキドキなんて……す、するわけないでしょう!」 「グロテスクじゃないよ、ユートのは格好いいよ!」 「妙な対抗心を燃やすんじゃない!」 「そんなことより早く服をきなさーーーーいっ!!」 『あー……なんか、わやくちゃだから、あとでかけ直すわ』 そうしてこの混乱は、朝まで続くことになるのだった。 「失礼します、小夜様。なにか、僕をお呼びと聞きましたが?」 「ああ、例の頼まれていたことじゃ」 「それは……アヴェーン君のデータですか?」 「うむ。ロシアに頼む際に……少々調べてみたんじゃよ」 「調べてみたとは?」 「データを所持しておる研究所のこと」 「ですが……あの研究所は、形が残っているだけで、事実上は解体しているはずでしょう?」 「その筈じゃったが……未だ研究に固執しておる者がおるらしく、どうやら再編されておったようじゃ。随分前から、再開しておる」 「でしたら、吸血鬼の研究はまだ?」 「おそらく。とはいえ、またワシらに横やりを入れられたくないのじゃろう。基本的には秘密裏に動いておる」 「そのため、あの時研究所から自由になったものには手を出しておらぬ。じゃから今までエリナにも何もなかった」 「じゃが……」 「データを要求したことにより、アヴェーン君に変化があったと考えられた。となると……連中の興味も惹いた可能性がありますね」 「うむ。一応データの開示は了承された、条件付きながらな。となると……何かしら、行動を起こしてくる可能性もある。お主も気を付けてくれるか?」 「わかりました。注意しておきます。それで、その条件とは?」 「それなのじゃが……」 「………」 夕方を迎えた俺は、ゆっくりとベッドから起き上がる。 「今日もいい天気だなぁ……」 カーテンの隙間から差し込む日光にかげりはなく、今夜はいい月が見れそうだ。 だが、それに対して俺の心は、ややどんよりとしている。 「とはいえ、いつまでも部屋に閉じこもってるわけにもいかないんだよな、はぁ……着替えるか」 「おはよう」 着替えを終えて共有スペースに顔を出すと、まずいつも通りの笑顔で稲叢さんが迎えてくれる。 「おはようございます、六連先輩」 その笑顔にホッと一息ついたのも束の間、すぐに心配していた視線が突き刺さってくる。 「お、おはよう……佑斗君……ポッ」 「顔を赤くするなよ」 「そっ! そんなこと言ったって無理だよ! そっ、そんな、そんなの……~~~っ!?」 「……まぁ、そうだよな」 俺だって、全裸を見られたことを思い出すと、恥ずかしくて顔から火が出そうだし。 「……ぷいっ」 「………………」 布良さんがこんな態度をとるのも仕方がないか。 心配して帰ってきたら、全裸でイチャイチャしてたんだから。 「おはよう、変態」 「ただし、美羽には言われたくない。昨日は人の股間を散々ガン見したくせに」 「だっ、だからあれは! 興味津々で見てたわけじゃなくて……その……」 「とにかく、こんな場所で全裸でいた佑斗とエリナが悪いんじゃない」 「……そこに関しては否定できないし、申し訳ないと思ってる。だから改めて、謝罪をさせてもらう」 そう、これから夕食前に、俺とエリナの謝罪会見が行われるのだ。 俺の気分が重いのは、そういう理由だ。 ただ…… 「おはよー」 そんな俺とは対照的に、いつも通り……いや、いつもよりも明るい様子のエリナが入ってくる。 「あり? みんな、どうかしたの? ちょっと空気が変だよ?」 「昨日のことを考えたら、当然だろう」 「……むしろ、エリナはよく普通でいられるな。俺なんてかなり恥ずかしいのに」 「そりゃ、エリナだって恥ずかしいよ……あんな姿を見られて、ユートには奥の奥まで見られちゃったんだから……」 「でも……でもね、それ以上に、嬉しいんだよ。ユートが特別だって、改めてわかったから」 「あの時、感じたの。ユートの温もりも、優しさも、愛情も、全部全部、全身で感じることができたの。それが凄く嬉しいんだよ」 「……そういう言い方をされると、さらに照れるな」 「いや、俺だって嬉しいのは同じだぞ」 「にっひっひ、そっか。よかった~」 そうして俺とエリナは笑いあう。 周りのやや冷たい視線に囲まれたままで。 「……あー、コホンコホン。いい加減にしてくれないかな?」 「二人とも、昨日のことを全然反省していないでしょう?」 「……申し訳ない」 「……で? 昨日のアレはどういうことなのかね?」 「だからセックスをね――」 「にょわ!? わっ、私が聞きたいのはそういうことじゃなくて!」 「とにかく、二人はその……エイレイテュイアの契りを交わしたってことだよね?」 「エイ、レイ……なんとかの契りが何かはよくわからないが……とりあえず俺は、エリナを抱いた」 「随分ハッキリと、男らしく言うのね」 「そりゃな。今さら隠しても仕方ないだろう。言い触らすようなことじゃないとは思うが、絶対に隠さなきゃいけないことでもない」 「ななな、何言ってるの! 隠すべきだよ! というか、隠さなきゃおかしいよっ!」 「そ、そういう……誰かに見られながら……とか……露出プレイ……とか……外で大胆に……とか、そんなの変だよ! ちゃんと隠さなきゃ!」 「どーどー、落ち着きなさい、布良さん。考え方がエリナみたいになってきてるわよ。深呼吸でもしてみて、ほら」 「え? う、うん。わかった、すー……はー……」 「で、とにかく、二人はちゃんと付き合っているということでいいのかしら?」 「ああ。エリナは俺の大切な“恋人”だ」 「やん♪ ユートってば、男らしいんだから」 「そうなんですか? おめでとうございますー」 「まぁ、付き合い始めたんじゃないかとは思ってたけど」 「それじゃ、今流れている学院内でのせっ、セックス、をしたという噂も本当ということ?」 「あの……矢来先輩、顔が真っ赤ですが、大丈夫ですか?」 「平気よ。べっ、別にセックス程度の単語で照れたりしてるわけじゃないんだから」 「そうなんですか? ところであの、せっくすってなんなんですか?」 「あー、細かい内容はまた今度。とにかく学院内……というか、所構わずスルのはいけないこと、って覚えておいてくれればいいから」 「はぁ……わかりました。話の腰を折るのもよくないですしね。それで、お二人はそのせっくすというのをしちゃったんですか?」 「いや、学院で言った事は嘘じゃない。噂は事実無根だ。あれはそういうことじゃなく、もっと大切なことなんだが――」 「………………」 俺の言葉がそこに差し掛かったとき……エリナの顔が一瞬曇る。 ふむ……やっぱりまだ、体質の話をするには早いか……。 「とにかく、学院でそんなことはしていない……というか、抱いたのは昨日が初めてだから、噂の後だ」 「うん、それは嘘じゃないよ。その証拠に、ソファーにはエリナの血が――」 「そんなことまで聞いてない! というか、ソファーに座れなくなりそうだから、やめてよ、もう!」 「いや、ちゃんとしみ抜きして、綺麗にしておいたが?」 「……そういうところだけには、気が回る男っていうのも……なんだか微妙ね」 「エリナちゃん、怪我をしたの? なんだったら、わたしが手当てしようか?」 「え!? んと……その気持ちだけで。さすがにエリナでも、リオにそんなところを見せるのは恥ずかしいし……」 「そもそも手当ては必要ないから。これはね、ユートがくれた証……みたいなものだからね、にっひっひ」 「……? なんだかよくわからないけど、エリナちゃんは嬉しそうだし……気にしなくていいのかな」 「でもまさか、こんな場所で繋がるとは思ってなかったわね」 「俺としてもかなり意外な展開だったんだが……まぁ、そういうタイミングになったもので」 「……タイミングねぇ……まっ、まぁ、二人が納得して、後悔してないなら私たちが文句を言うことでもないと思うけど……」 「でもさ、もう少し配慮がね、あってもいいんじゃないかな? ほら、ここは共同生活の場所なんだからさ」 「そこに関しては、申し訳なく思ってる。反省もしている」 ……多分。 一応、後悔と羞恥心があるので反省していると思うのだが……今度、同じような状況になって、その反省が活かされるかどうかはまた別ってことで。 「とにかく、少し遅くなったが……謝罪と共に報告しておきたいのは、俺とエリナは恋人同士になった、ということだ」 至って真面目に、その言葉を口にすると、意外とみんなは笑みを浮かべていた。 「そう。おめでとう」 「おめでとう、二人とも」 「おめでとう」 「おめでとうございます。よかったね、エリナちゃん」 「うん、ありがとう……にひひ、なんだか改めて言われると、結構照れるね、こういうの」 「そうだな」 「しかし、意外にあっさりと認めてくれるんだな」 「そりゃ、私たちが反対したって仕方ないでしょう?」 「確かにそうなんだが……ちょっと拍子抜けというか、なんというか……」 「別に異論はないよ。ただ、その……さ、節度っていうの? そういうのさえ、守ってもらえれば……ね」 「正直、スマンかった」 「そうだよね。その……イチャイチャするなとは言わないよ? 言わないけど、共同生活の節度は考えてくれないと」 「本当に申し訳なかった。ほら、エリナも」 「ゴメンナサイ」 「わかってもらえれば、それでいいんだけどね」 「別に見せつけたりするような趣味はない。昨日のは完全な事故だから」 「それなら、いいんだけどさ」 「とにかく、喜ばしいことなんですよね? わたしはまだ、よくわかっていない部分もありますが」 「まぁ、そうね。めでたい話だし、暗くなる要素は何もないわね」 「でしたら、もういいじゃないですか。早く夕食にしましょう」 「……そうね。これからは気を付けてもらうということで。それ以上は私たちが口をはさむようなことじゃないものね」 「着地点としてはこんなところだろうね」 「今後はちゃんと気を付けてよね、もぉー」 「了解だ」 まぁ、確かに昨日の一件は、まずかったからなぁ。 「そういえば、エリナ」 「ん? なにー?」 「身体の調子はどうだ? なんだかんだで、あまりエリナの身体を気遣うことができなかったからな」 「その……どこかに不調はないか? 俺も初めてで、少し無茶をし過ぎたかもしれないから……」 「心配してくれてありがとう。でもへーきだよ」 「ちょっと、広がったアソコがジンジンして、今もユートのが入ってるみたいな感じになるけど、ダイジョーブ」 「……それは本当に大丈夫なのか? もしなんだったら、病院に行った方がいいんじゃないか?」 「心配し過ぎだよ~、これぐらい普通だと思う。それにね、この痛いのが、ちょっと幸せなんだよ」 「本当にどMなんだな……」 「そうじゃなくて、この痛みがね、事実だって教えてくれるから。ユートがくれたものが全部現実だって。夢じゃないって」 「だからエリナは、幸せなんだよ」 「そうか。まぁ……そう言ってもらえるなら」 「しかし……今朝のことには、少し驚いた。もう少し、異議を唱えられたりするかと思っていたけど」 「おー? もしかして、恋人宣言のこと?」 「ああ。みんな、思っていたよりもあっさりと認めてくれたからな。もう少し、説得が必要かと思ってたが……」 「んー、ミューも言ってたけど、こういうのって、周りが反対しても仕方がなくない?」 「それはそうなんだが……」 「ユートはいい男だもん! 相手がユートなら反対されるような理由がないよ」 「それに、誰に反対されたって、エリナはユートが好きだから。もう、離れられないぐらいに好きだよ♪」 そう言って俺の腕に絡みついてくるエリナの頭を、俺は優しく撫でてやる。 「俺も、エリナのことが大好きだ。何があっても離したりしない」 「そっか。にひひ、よかった」 「でもユート、もしみんなに反対されたら、どうするつもりだったの?」 「ん? どうするって……あんまり考えてなかったな」 「えー、反対されたらエリナと一緒に駆け落ちする! ぐらいの意気込みはなかったの?」 「いや、駆け落ちなんてことは、全く考えていなかった」 「むぅ……ユートのエリナに対する気持ちって、その程度なんだ?」 「エリナはユートさえいてくれれば、どこにだって、どこまでだって行けるのになぁ……」 「気持ちの面だけで答えるなら、俺だってエリナが一緒にいてくれればどこにだって行ける」 「だが、逃げても仕方がない……というか、逃げる必要がない」 「俺たちが恋人になるのは、逃げなきゃいけないようなことか? そうじゃないと、俺は思ってる」 「反対する意見があるだろうが、その時は立ち向かえばいい。なにも、俺たちが逃げる必要はないだろう?」 「確かに、そうかも」 「エリナと一緒なら、どこにだって行ける。だったら、その気持ちでどんなことにも立ち向かっていけるはずだと、俺は思う」 「違うか?」 「ううん。違わない……そうだね、ユートの言うとおりだよ」 「にっひっひ。本当ユートは格好いいんだからぁ~、もぅ。エリナを惚れ直させて、一体どうするつもりなの?」 「そうだな……俺の傍から二度と離れられなくする」 「つまり調教だね♪ もう調教プランを考えてるなんて……いけないご主人様♪」 どうして、そういう発想になるんだろう? もう少し、普通の受け取り方をして欲しいんだが……。 「……まぁ、いいか」 「え? いいんだ? てっきり、ツッコミが入ると思ったのに……」 「一部事実を含んでいるからな」 「そうなの?」 「そうだ。俺は、今後もエリナのことを抱く……と思う。それを調教と言われると……まぁ、否定はできん」 「正直な話、まだまだ俺はエリナとセックスをしたいと思っているし……多分、我慢もあまりできないと思う」 「そっか。にっひっひ、うん。ダイジョーブだよ、ユート。エリナもね、またユートとセックスしたいと思ってるから」 「イヤだなんて思ってないから、欲しくなったらいつでも言ってね、えっちなご主人様♪」 「エッチなのはお互い様だろう」 なんか、妙な宣言をしてしまったが……まぁいいか。 「それじゃ行こう」 そうして俺はエリナの手を握りしめる。 指と指を絡ませ合うようなその繋ぎ方に、若干顔が赤くなってきた。 だが、そんな俺の羞恥心を、嬉しさで上書きするように、エリナが優しく握り返してきてくれる。 「こういうのも……いいね。手の平から、ユートの温もりが伝わってくるみたいだよ」 「そう言ってもらえて、なによりだ」 そうして俺たちは、二人で一緒に歩き出すのだった。 「おはようございます」 「ちゃんと来たか、六連。なによりだ」 「そりゃ来ますよ。これが学院側の処分なんですから」 「いや、昨日はなんだかゴチャゴチャしてるみたいだったから、忘れてるんじゃないかと思ってな」 「……まぁ、ゴチャゴチャはしていましたが」 「アヴェーンの方も、ちゃんと向かったんだろうな?」 「はい。途中までは一緒にいましたし、今回の件をエリナは結構気にしてましたから」 「エリナはあれでも結構真面目なので、サボったりはしてないと思いますよ」 「そうか。ならいい」 『そういうわけで、学院側の処分を下させてもらいます』 『二人とも一週間のボランティア活動で、朝までみっちりと働いてもらうことになりました』 そんな電話連絡を受けたのが昨日の深夜、興奮した布良さんとの話し合いの最中だった。(ちなみに、この頃にはさすがに服を着ていた) その処分に文句があろうはずもない俺たちは、素直に従うことになったのだが―― 「しかし、ボランティア活動って通常業務じゃないですか……いや確かに、風紀班はボランティア扱いですが……」 普通、掃除とかそういうやつじゃないか? 「よくよく考えると、お前らは一緒の寮に住んでるんだから、謹慎させてもあまり意味がない」 「かといって、他の処分にするにしても、何かしらの監視が必要となる」 「だから、いつもの仕事をさせておくのが一番効率的、という結論になってな。お前もその方がいいだろう?」 「一応処分だから減額はされるが、ちゃんと“謝礼”の方にも反映されるはずだ」 「まぁ、そうですね。謝礼に関しては非常にありがたい話ですし」 正直、無償でも仕方ないと思っていたから、嬉しい誤算なのだが……働き通しだと、エリナと会う時間が作れないのが、少し寂しい……。 まぁ、だからこそ処分になるんだが。 「ちなみに、最近大きな取り引きなんかの仕事はあるんですか?」 「そうだな……お前が関わりそうなのは、ないな。もしかしたら応援で来てもらうかもしれないが」 「ちょっと前に“L”の件で、取り締まりの強化を行った時期があっただろう?」 「えーと、確か無修正のDVDやら、違法なハプニングバーを摘発した頃ですよね?」 「あの時、色んな所にダメージを与えたからな。今は大人しくしているやつが多い」 「そうですか。だったら……エリナに会いに行く時間を作れないこともなさそうですね」 「あのなぁ、自分が処分を受けている立場だって忘れてるのか?」 「勿論覚えています。ですが、もしかしたら必要になるかもしれないんです」 「正直、会いたいと思う気持ちがないわけじゃありません」 「ですが、それとは関係なく、会う必要があるかもしれないんです」 「そこに関しては、絶対に譲れないことなんです」 「二人きりで会っていた理由に関することか?」 「はい」 もしエリナが血に飢えることがあったとしたら、放置はできない。恋人という立場を置いて考えたとしても。 いざとなったら、小夜様に事情を説明してでも、なんとか特別扱いしてもらうことも考えねばならない。 と思っていたのだが―― 「やれやれ……わかった。その事情に関するときだけは認めよう」 「……え? いいん、ですか?」 「なんだ? 必要なことなんだろう?」 「いえ、不満なのではなくて……思っていたよりも、あっさりと認めてもらえたのが意外だったので、つい……」 「まっ、ほぼ毎日顔を合わせてるからな。お前が必要って言うなら、必要なんだろ」 肩を竦めながら《チーフ》主任は何気なく口にするが……これって結構、信頼されてるってことじゃないか? 美羽以外にも、こうして俺を認めてくれている人がいる……改めてそのことを実感すると、少し胸に響くものがあった。 「だが、悪用はするなよ? 本当に必要なときだけだからな」 「はい。ちゃんとわかっています」 「だったらいい。このことはお前の《バディ》相手にも、臨機応変に対応するように伝えておく」 「あっ……そうか。フルで働くってことは、いつもみたいに美羽や布良さんとってわけにもいかないんですね」 「だったら、俺の《バディ》相手は一体誰になるんです?」 「お前の場合、ある程度事情がわかっている相手の方がいいからな」 「私が、これから1週間、六連君の《バディ》相手をさせてもらうから。よろしくお願いね」 「あ、はい。よろしくお願いします」 「処分者の監視役も兼ねているからな。勝手な行動をしたら、それも処分の対象になることを覚えておくように」 「わかってます」 「それじゃあ早速、今日の業務に向かいましょうか」 「ちなみに一体何をするんですか? いつもの巡回とか?」 「巡回するにしても、場所はホテルやカジノ方面を回ることになるから、いつもとは少し違うかしら」 「そういえば、俺たちは飲み屋街の方ばっかりですね」 「賑わう時間の問題もあるからね。カジノはわりと、ずっと賑わっているから。何度も巡回しているのよ」 「なるほど」 「あと、気を付けることだけど……ちゃんと訓練は受けたのよね? 確認試験にも合格してるはずだし」 「はい、もちろんです」 「だったら、そんなに気にするようなことはないと思うわ。何かあってもフォローするから。とりあえず、行きましょうか」 「はい、よろしくお願いします」 そうして始まった巡回は、特に問題が起きることもない。 こちらには泥酔した人もいないので、むしろ繁華街よりも問題が少ないような気がする。 「酔っ払いもいませんし、揉め事もなさそうですね」 「そうね。まぁ、定期巡回で犯罪を見つけることって、そうそうないわ。それにカジノも多いから、ここら辺のホテルには警備員もいるしね」 「ああ、そっか。そうですね」 「どちらかと言うと、もっぱら道案内の方が多いかもしれない………………と言っても、問題が起きるときは起きるんだけどね」 「そうなんですか」 「昔にカジノを襲おうとした強盗もいたらしくて、その時は大変だったって《チーフ》主任がぼやいてたわね」 「そうなんですか。そんなに大きな事件が……――ん?」 「……? どうかしたの? 六連君?」 「あそこの外国の人、わかりますか?」 「あの黒塗りハイヤーの前に立ってる? あの人がどうかしたの?」 「……あのスーツの男……おそらく銃を所持してます。懐が膨らんでいます」 「えっ!? あそこの? 見た目はロシア風みたいね……でも、この海上都市に銃を持ち込むなんて、そう簡単にはできないはず」 「この距離だと、私には見えないけど……間違いない?」 「はい、前に訓練で教わった通りです」 「……そう……」 「無茶な質問はできませんが、一応、声をかけるだけかけておきます」 「あっ、ちょっと、六連君」 俺はゆっくり、その黒塗りハイヤーに近づいていく。 車の扉はまだ開いたままで、スーツの人たちが乗り込んでいる。 そして、扉の前には懐に銃を隠しているであろう、ガッシリとした護衛のような男が周囲の様子を窺っていた。 その男の背後に近づき―― 「あの、すみません」 「――っ!」 男の反応は早かった。 懐から拳銃を抜きながら、俺の方を振り返る。 「やっぱり――っ!?!?」 相手の構えが完成する前に、俺は拳銃を手にした腕を絡め捕った。 発砲できないように、手首を極め、相手が暴れる前に肩を使って体当たり。 停まっているハイヤーを壁代わりに、相手の身体を押し込める。 「なっ、何事かね!?」 「外に出ないで、危険です!」 「危険なのはそっち――」 「あっ! マズイ! ちょっと待って、六連君! ストップ! ストップ! それ、マズイ!」 「え!? いや、でも――」 「その車、青地に白抜きの外ナンバーだから! ダメなの! 離れて、お願いだから!」 「外、ナンバー?」 言われて俺が力を抜くと、男は俺の身体を振り払った。 俺は慌てて後ろに下がって、車から離れ、銃を構える男に注意を払う。 「何をするんだ、貴様!」 「申し訳ありません! 我々は特区管理事務局―風紀班の者です。怪しいものではありません」 「その風紀班とやらが、一体何の用だ?」 「本当にすみません。拳銃の携帯に気づき……ナンバーを確認する前に、声をかけさせていただいたのです」 「あのー……すみません、どういうことですか?」 「外交官車両というのを知らないのか?」 「それって……つまり、この車は外交特権を有している?」 「そういうことなの……」 「私を捕まえるつもりか?」 「そんなつもりはありません。早合点をして、大変失礼いたしました」 「ですが、だからと言って……いきなり銃を向けようとしなくても」 「それは、キミが背後から気配もなく声をかけてくるからであって――」 「申し訳ない、その点に関してはこちらの不手際です」 「大使……」 「今回は互いの誤解ということで終わらせてもらえないかね? 我々も、これ以上大事にするつもりはない」 「それは勿論。ですが、一つだけ……車を降りてまで所持されるのは、少々困ります」 「今後は気を付けよう。では、もう行っても?」 「はい。ご協力に感謝します」 「それでは」 そうして、俺が茫然としている間に、その車は走り去ってしまった。 「……はぁ……なんか俺、ヤバいことしましたか?」 「かなり。でも、今回は大丈夫……じゃないかなぁ? ああ言ってたし、いきなり銃を向けたのはあっちの非だし……でも《チーフ》主任が何て言うか」 「……なんか、大目玉を食らいそうですね」 「まさか、相手が外交官だなんて……」 「たまにね、そういう人も訪れるのよ。接待なんかもあるらしいわ」 「そうなんですか。しかし、外ナンバーなんて初めて見ましたよ」 あれがブルーナンバーか……。 ちなみに、俺は支部に戻ると予想通り、《チーフ》主任に怒られることとなるのだった。 「キミ、困るよ。面倒事を起こされては。目立つのはマズいんだ」 「申し訳ありません。あの少年、気配もなく近づいてきたので、つい身体が動きまして」 「それだけ有能な護衛という証拠。よいことです。それに……あの少年も、只者ではなさそうだ」 「は、はぁ……そうなんですか? それでアナタは、この都市で一体何を?」 「貴君の仕事に比べれば、小さくてつまらない仕事です」 「ただ……これ以上のことは聞かない方が貴君のためでしょう。知りたがりは疎まれます。貴君の仕事は、この島に私を連れてくる事だけです」 「そっ、それはもちろん! さっきの言葉は、なかったことにしていただきます」 「それでよろしい」 「んっ、んん……」 「ふぁっ、あぁあ~~~……んっ、んん……」 俺は一人、ベッドから起き上がって、大きく伸びをする。 「はぁ……ねむい」 時刻はまだ午後に差し掛かったところ。 ベッドに入ってから数時間しか経っておらず、いつもならば間違いなく寝ている時間。 とはいえ、処分というか……風紀班の仕事があるから、起きなければならない。 「だが、何なんだろう? こんな昼間から仕事だなんて」 特別な仕事があるので、早めに出勤するように《チーフ》主任から言われているが……。 だが、ここ数日は基本的な巡回と書類仕事ばかりで、そんな大きな仕事が動いているようには思えなかったのに……。 「行けばわかるか」 「まずは着替えて……あっ、そうだ、晩ご飯を作らないと。いや、こんな時間だから、昼食か?」 どっちでもいいが、俺一人のために、稲叢さんにそこまで甘えるわけにはいかない。 それに、それぐらいなら自分でもできるしな。 「さてと……まぁ、簡単にトーストでも……って、あれ?」 俺が共有スペースに入ると、まずパンの焼けるいい匂いが漂ってきた。 「これは……」 「ユート、おはよう」 「あ、ああ……おはよう、エリナ」 「もぉー、ユートってばしっかり者なんだから。お寝坊さんならエリナが起こしに行って、ついでに夕勃ちを見ようと思ってたのに」 「こんな時間にどうしたんだ、エリナ。それに、これは……」 テーブルの上に用意されたトーストと紅茶を見て、俺は目を丸くする。 「どうしたもなにも、ユートのために作ったんだよ。今日は早起きだって聞いてたからね」 「わざわざ、俺よりも早起きして?」 「だってエリナ、ユートと一緒にご飯を食べたいもん」 「それに、旦那様を見送るのは、お嫁さんの仕事でしょう? まだ結婚はしてないけど、それぐらいの気遣いはできるぞアピールだよ、にひひ」 「そっか。ありがとう、エリナ。凄く嬉しい」 「もっとちゃんとした料理ができればよかったんだけどね……苦手だから」 「それに、リオより美味しい料理を作れる自信なんてないし……でも、電子レンジの使い方ならマスターしてるから! トーストには自信があるよ!」 「――って……誰でもできるから、自慢にならないよね?」 「いいや、そんなことない」 言いながら、俺は強くエリナのことを抱きしめた。 「自慢していい、エリナは最高に素晴らしい恋人だ」 「誰かに『天使はいると思う?』と尋ねられたらこう答えよう、『抱いたことがある!』と」 「それはさすがに言い過ぎだよ~。嬉しいけど、そんなに言われると照れちゃう」 「俺のためにありがとう、エリナ」 「にひひ。したくてしてるんだから、気にしなくてもいいのに」 俺の身体にゆっくりと腕を回してくるエリナ。 そうして俺たちは、互いの温もりを分け与えるように、優しく抱きしめ合った。 同時に俺は、首を傾けてエリナに首筋を差し出す。 「それから、血を吸っていいぞ」 「今日は特別な仕事と言われている。もしかしたらすぐには駆けつけられないかもしれないから、念のために」 「そっか。それじゃ………………甘えさせてもらうね。ありがとう、ユート」 「カプ、ちゅぅぅぅ~~~」 「それじゃ、エリナ」 「うん、いってらっしゃい、アナタ」 「―――ッ!?」 「あり? どうかしたの、ユート?」 「もう一回、言ってみてくれないか?」 「いってらっしゃい、アナタ」 いってらっしゃい、アナタ……なんか、いい響きだな。やる気が出る。 「ああ。いってくるよ」 「えー……それだけ?」 「それだけって……他にどうしろと?」 「だから……んっ……」 エリナは目をつむり、俺に向かって軽く口を突き出す。 「んーーーー……」 そうして何かをねだるように、甘い声で俺を誘ってくるエリナ。 これはまさか……伝説の、いってきますのチュウというやつではないか? なんだろう、セックスしたんだから今さらキスぐらい……とは思うものの、妙に気恥ずかしいぞ、これ。 とはいえ……嫌いじゃないぞ、こういうの。 「………」 ……時刻は昼。付近には人影なし。 外ではあるが……これぐらいなら……。 「……んっ」 「んふっ……んんっ、んちゅ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅうぅうぅ……んっ、んっ、んんん……んぱっ、はぁ~……」 「やっぱり、ユートのキスは大好き♪ 気持ちよくて、あったかいもん」 「俺も、エリナとのキスが癖になりそうだ」 「それじゃ、もう一回する?」 「いや、今回はもうやめておこう。これ以上キスして、止まらなくなったら困る。仕事に遅刻してしまうからな」 「……そっか。それじゃ、残念だけど仕方ないね」 「でも、こういうのアレだね、まるで新婚プレイみたいだね」 「新婚っぽいのには同意するが、プレイをつけるんじゃない。それは意味が違う」 「にっひっひ。お仕事前に一発抜いちゃう?」 「だから……そうやって、仕事に行けなくなりそうな誘惑をしないでくれ。休むのはもちろん、遅刻もするわけにはいかないんだから」 「とにかく、いってくる」 「うん、いってらっしゃい、アナタ!」 そうして俺は、エリナに見送られつつ、風紀班の支部に向かうことになった。 「おはようございます」 「遅刻せずにきたか、なによりだ」 「それで、わざわざこんな時間に呼び出すだなんて……一体何なんですか?」 「いや、俺も詳しい話は知らないんだが……市長からの勅令でな」 「荒神市長の?」 「心当たりはあるか?」 「いえ、まったく……個人的な用件ならともかく、仕事となると……」 「そうか。聞いている範囲だと、とある人物の出迎えと、護衛の仕事らしい」 「護衛? 俺が?」 一体どういうことなんだろう? 「久しぶりだね、六連くーーーーんっ!!」 「落ち着かんか、バカ[もん]者がっ」 「あぐぉっ!?」 「き、気を抜いてるところに、いきなりボディはやめてください……」 「お主がバカなことをしようとするからじゃろう。此度の件、お主がしっかりせねばならぬこと、ちゃんとわかっておるのか?」 「それはわかっていますけどね、六連君の魔性の魅力が! 六連君への愛が! 僕を狂わせるんです!」 「そんなことは聞いとらん」 「げぶぼっ!?」 「だ、だから……いきなりボディは止めて下さい……ご自分の力の強さを考えて下さいよ」 「お主がいつまでもふざけておるからじゃろう」 「わかりました、わかりましたよ。頭を仕事モードに切り替えますから……はぁ、まだ六連君と触れ合ってないのに」 「あん?」 「いえ、もう大丈夫です。ちゃんと頭を切り替えましたから」 「あの~、漫才は終わりましたか?」 「そのようなことはしておらぬ! そもそも、こやつが勝手に暴走しただけであって、ワシは至って真面目じゃぞ」 「それはまぁ……わかりますが」 「それで市長、俺に出迎えと護衛の特別な仕事があるとか……」 「うむ。そうなんじゃが……その前に……」 言いよどむ小夜様が、《チーフ》主任に視線を向ける。 「あー、すまぬが、少々離れてもらえぬか? ちと厄介な話でのう」 「はい、わかりました」 「それで、あの……」 「実はのう、今ワシらがここにおるのは、他国からのゲストを迎え入れるためじゃ」 「他国からの? つまり俺は、そのゲストの護衛をすればいいんですか?」 「焦るでない、一からちゃんと話す故」 「すみません、わかりました」 わざわざ小夜様が出迎えに来るなんて……もしかして、政治的に重要なゲストなのか? 「今回のゲストなんじゃが、別に護衛が必要なわけではない。じゃがしかし……お主らにとっては、非常に重要な人物となるじゃろう」 「お主“ら”……ですか? それってまさか」 「うむ。お主とエリナの二人にとって、という話じゃ」 「今回のゲストってね、ロシアからの来訪でね……向こうではとある研究機関で研究員として働いている」 「――ッ!? それって、まさか……」 「うむ。お主の考えておるとおり、吸血鬼の研究を行っておる者じゃ」 「……やっぱり、そうですか」 「ロシアの方にアヴェーン君のデータの開示を、小夜様を通してお願いしたんだ」 「連中、データの提供にはあっさりと応じたんじゃが……一つ条件を出してきよった」 「そのデータの使われ方を、確認させよとな」 「それってつまり……」 「ロシアの方には具体的な不調の症状は伝えていないよ。当たり障りのない理由を作って、向こうの興味を惹かないようにはしたんだけど……」 「データを欲する理由が、そんな普通であるわけがないと、向こうも気づいたんじゃろうな」 「ロシアから研究者が一人、この都市に来て、治療に参加することになっている。おそらくは、調査員の役目も兼ねて」 「それって……まさか、エリナの身体でまた実験するつもりなんじゃ!?」 「一応、向こうはそんな下心はなく、同郷の困っている者を助けるためと言っているけど……まぁ、鵜呑みにするのは危険だと思っている」 「じゃからこそ、こうして警戒をしておるんじゃよ」 「なのに、この男と来たら……このっ! しっかりせぬか! お主しか、相手の話す内容についていけんのじゃぞ!」 「蹴らないで下さい。わかってますから、僕だって治療に対しては個人の感情抜きでやってますから」 「とはいえ……若干不安ですが」 「それって……」 「僕は研究者じゃないし、研究医とも違う。何かを誤魔化されても、気づけない可能性もないわけじゃない」 「………」 「そこで、お主をここに呼んだんじゃよ。よいか? ワシはロシアの研究所本部の動きを見張る」 「そして僕は、今からくる研究者を見張る」 「だとすると俺は……エリナを見張る?」 「うむ。その通りじゃ。つまりお主の護衛対象は、エリナということじゃ」 「………」 エリナを守る……その言葉に、俺の身体を緊張の糸が張りつめていく。 「そう緊張する必要はない――というのも無理な話かのう」 「エリナは俺にとって大切な存在なんです! 守るってなると――」 「じゃから、そこまで気負うでないと言うに。確かに護衛として、エリナに注意を払う必要はあるが、念のためじゃ」 「目の前に差し迫った危険があるわけではない。気を抜くのはよくないが、張りつめすぎてもすぐに限界が来る」 「いいかい、六連君。今回研究者が一人でくることになってる。そしてエリナ君の治療は、僕が主導で行う」 「そしてこの都市とロシアの方はワシが見張っておる。そう簡単に連中を自由に動かすつもりはない」 「お主はな、もし万が一にも、裏をかかれた場合の予備策じゃ」 「24時間監視など、張り付く必要はない。周りで変なことが起きぬかどうかを見ていて欲しい、ということじゃ」 「もしかしたら、何か強硬策を行ってくるかもしれない、ということですね?」 「可能性としては低いがのう。ロシアとしても、正面切って揉め事を起こすつもりはあるまい」 「普通に考えれば『あわよくば貴重な検体のデータを』、と言ったところじゃろうな」 「ただ、決めつけで気を抜いて、裏をかかれるわけにはいかぬ、と用心じゃよ」 「それに、ロシアからの研究者が来たとなれば、アヴェーン君も不安に思うかもしれない。だから、気にかけた方がいいということだよ」 「そうですね……連絡を取るだけと、実際に研究員が来るのは違いますね」 「ワシらとしては研究員は断るつもりじゃったが……向こうがかたくなでな。おそらく、拒否したところでココに来ることは目に見えておった」 「ならばと、監視しやすい方を選び、この話を受け入れることにした」 「お話はわかりました。お気遣いありがとうございます。なるべく、エリナの様子を見て行こうと思います」 「うむ、そうするがよい」 「いいなぁ……羨ましいなぁ……僕も六連君に気をかけてもらって、優しくして欲しいなぁ――――――キャンッ!」 「だからあんまり蹴らないで下さい、痛いんですから」 「お[ふ]巫[ざ]山[け]戯も大概にせよと言うておるじゃろう」 「市長、ゲストがいらっしゃいました」 「うむ、そうか」 「小童も相手の顔も覚えておけ」 「わかりました」 頷き、緊張しながら俺は、モノレールの駅から出てくる相手に注視する。 降りてくるのは家族連れや、友達同士の若者……スーツを来た人たちも若干いるが、やはり旅行者の方が多いだろう。 そんな中から、若干毛色の違う女性がこちらに向かって歩いてきた。 綺麗な淡い金髪と、女性にしてはやや高めの長身。大きなスーツケースを転がしながら歩く姿が、やけに目立って見える。 「あの、もしやアナタが……サヨ様でよろしいですか?」 「いかにも。ワシがこの街を治めておる、荒神小夜じゃ。そういうお主が……?」 「初めまして。私はソフィーヤ・イヴァーノヴナ・ヂェーヴァです」 「今回の協力には感謝しておる」 「いえいえ、そんな。こちらとしても、人助けに協力できるなら、これくらいは当然のことです。どうか、お気になさらずに」 「……よろしく頼むぞ」 流暢な日本語で、ヂェーヴァさんは挨拶をかわす。 少なくともコミュニケーションに困ることはなさそうだ。 「早速じゃが、お主に紹介しておきたい者がおる」 「初めまして、扇元樹です。アヴェーン君の治療に当たっています。本業は医者ですから至らない点もあるとは思いますが、よろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 「Dr.オウギ、アナタの噂は我々でも知っています。そんな謙遜は必要ありませんよ」 「吸血鬼でありながら、医者になる偉業を遂げ、今も吸血鬼に関する分野では比肩できる者はいないと」 「いえ、そんなことは。僕はただ、仲間を助けたいだけですよ」 「それに、もしかしたらアナタ方の方が吸血鬼に関しては詳しいかもしれない。その結果を、表に公表していないだけで……」 「あら、そのような隠し持っている結果はありませんよ。疑り過ぎですよ、ふふふ」 「そうなんですか? すみません。ついつい邪推してしまう性格なもので、あはは」 「ふふふふふふ」 「あははははは」 「………」 何やら目に見えない《プレッシャー》圧力で、応酬はすでに始まっているらしい。 これが、社会の大人の凄味か……こうしていると、いつもふざけている扇先生も、ちゃんとした大人に見えるな。 「それで、そちらの方々は? もしかして扇先生の助手かなにか……でしょうか?」 「枡形兵馬です」 「初めまして。六連佑斗と申します」 「この都市の特殊な治安維持については、把握しておるかな?」 「概要だけは。要は、吸血鬼を組織に組み込んだ、特別な治安維持部隊が存在するということでよろしいですか?」 「うむ。その通りじゃ。この二人は、その特殊な治安維持部隊に所属をしておる者たちじゃよ」 「そうなのですか。では、お二人も吸血鬼なのかしら?」 「自分は吸血鬼をまとめる立場の者なので、人間です」 「俺は、吸血鬼です」 「ではちなみに、私が何のためにこの都市に訪れたのかはご存知ですか?」 「詳しい話までは。何か医療に関する研究の手伝いとは聞いていますが……」 「なるほどなるほど。では、そちらの、えーっと……ムツラ君? でよかったかしら? アナタは?」 「………」 チラリと俺は、市長と扇先生の方を確認すると、二人とも小さく頷いて見せる。 「はい、知っています。どのような用件で入島されたのかは」 「そう。つまり、何かしらの関係者と言うわけね?」 「………」 鋭いな。だが考えてみると、エリナの治療が始まれば、いずれは血を吸わせた相手として、俺の存在はバレてしまう可能性が高い。 それを考えると……今この場で誤魔化しても仕方ないか。 「ミズ・ヂェーヴァ」 「遠慮なさらず、ソフィーヤで結構ですよ」 「では、ミズ・ソフィーヤ。その件につきましては、このような公の場ではご遠慮願えませんか?」 「あっ、そうですね。申し訳ありません、少し焦っていたようです」 「ひとまず移動せぬか? いつまでも立ち話をしても始まらん」 「そうですね。では、私はどこに?」 「研究に関しては、僕が勤めている病院に。本業の方には物足りないかもしれませんが、ある程度の機材はありますので」 「不足があれは、報告してくれ。物にもよるが、できるだけ応じよう。宿泊の方はホテルを用意しておるが……それで構わぬかの?」 「あまりにも長期になるようであれば、ホテル以外の場所も考慮するが」 「はい、ひとまずそれで問題はありません。ありがとうございます」 「では、車を回してきます」 「よろしくお願いします」 「あっ、それから……一つお願いがあるんですが」 「なんです? 何か、治療に関わることでしょうか?」 「関わると言えば、関わるのですが……エリナ・オレゴヴナ・アヴェーンさん本人と、お会いすることは可能ですか?」 「……会って、どうする?」 「別に大したことではありません。少々、話をしてみたいのと、どれくらい成長したか、この目で見てみたいだけですよ」 「お主、エリナと面識があるのか?」 「はい。研究所にいた頃に少々」 「気持ちはわかりました。それに関しては……今は、遠慮させていただけませんか?」 「それは何故、ですか?」 不意に視線と声が鋭くなり、場の空気が緊張に包まれる。 「本国から研究員が来たとなれば、アヴェーン君が自分の体調を深刻にとらえてしまうかもしれない」 「[クラ]患[ンケ]者を不安にはさせたくない、心配性の医者の配慮だと思って下さい」 「せめて顔見知りでなければ、肩書きを誤魔化す手段も取れたんですが……」 「………」 「わかりました。そういうことでしたら」 「………」 そうして、この場の雰囲気は元に戻ったものの……やっぱり、この人はただの研究員じゃなさそうだ。 「では、車も来たようじゃし、参ろうか」 「なんだか、見た目は人当たりのよさそうな人でしたね」 「まだ安心はできないけどね。六連君も見たろ? あれは間違いなく本性を隠しているよ!」 「これだから女は信用できないんだ。まったくっ!」 「それ、絶対に私怨ですよね? もっと違う部分が理由で言ってますよね?」 「そっ、そんなことはないよ! 別に、これを機に女に対する疑念を植え付けようだなんて、思惑は全然!」 「……はぁ……。まぁ、それは別にいいです」 「それよりもエリナのこと、よろしくお願いします」 「うん、わかってる。そこに関しては、医者としてちゃんと取り組むことを約束する。僕も気を抜けない状況になってきたしね」 「それよりも、心配なのはアヴェーン君の方だよ」 「あのソフィーヤという女性と接触させることは考えていないんだけど……絶対に出会わない、という確約はできない」 さっきあの人が望んだエリナとの面会は、ひとまず無理と答えたものの……素直に諦めたとは思えない。 監禁できるわけもないし、無理矢理会おうとすれば、もしかしたら止められない可能性もある。 そうなったら……エリナは一体、どんな反応を示すだろう……まったく想像がつかない。 それにあの時の妙に緊迫した空気。 何かを隠してる。そんな怪しい人物を、絶対に会わせるわけにはいかない。 「……そう、ですね。はい、その通りだと思います」 「わかりました。エリナには、俺の方から話をしてみます」 「うん。よろしく頼める? 六連君には面倒を押し付けることになると思うけど……」 「大丈夫です。俺は、エリナの恋人ですから。エリナは、俺が守ります」 「……ちぇ、ラブラブだなぁ。やっぱり狙い目は倦怠期か」 「もう恋人ができたんだから、素直に諦めてくれればいいのに……」 「とにかく、検査の方はよろしくお願いしますね」 「任せておいて。近いうちにまた、連絡をするから」 「はい。よろしくお願いします」 ――とは言ったものの…… 「エリナには、なんて説明したものかな?」 「んー……」 ひとまず風紀班の通常業務に戻った俺は、机の前で呻く。 業務自体はなんの問題もなく済ませることができたのだが……やはり、あの研究者、ヂェーヴァさん――やっぱり言い難いから、ソフィーヤさんでいいか。 あの人のことばかり気になってしまう。 いや、勿論俺が本当に気にしているのはエリナの方なのだが…… 「こんな大切なこと……隠し続けるわけにはいかないよな」 「あら? なに? 何か隠し事をしてるの? ダメよ、それだと可愛い恋人ちゃんが泣いちゃうから」 「やっぱり、そう思いますか?」 「それはそうよ。しかも付き合いたてなんでしょう? 下手に隠し事をして、信用されなくなったら後々大変よ?」 「それは、恋愛の話に関係なくても?」 「男の人って下らない嘘をよく吐くでしょう? 見栄を張るとかじゃなくて、何の意味があるのかもよくわからない嘘を」 「は、はぁ……そうなんですか?」 「そうなのよ。でね、いくら下らない嘘とはいえ、そういうのは積み重なっていくの」 「だから、素直になれる時には素直になってる方がお互いのためだと思うわよ」 「……なるほど。さすが、社会経験のある大人は言うことが違う」 「……それ、褒めてるの? 軽くババア扱いされた気もするんだけど」 「いえ、そんな! 凄く参考になりました、ありがとうございます」 そうだ、下手に隠して猜疑心を持たれたくない。 これは俺の問題じゃなければ、エリナだけの問題でもない。 俺たち二人の問題なんだ。だからちゃんと、二人で話し合って決めなくちゃいけないんだ。 「素直に伝えようと思います。それで、ちゃんと話し合っていきます」 「それがいいと思うわよ」 「アドバイス、ありがとうございました」 「いえいえ」 「おい六連、今日はもう上がっていいぞ。出勤が早かったからな、その分だ」 「わかりました。それじゃ、お言葉に甘えてお先に失礼します」 「お疲れさん」 「お疲れ様、しっかりね、六連君」 「はい、ありがとうございます」 「……さてと」 付近はまだ暗いものの、夜明けもそう遠くない。 いつもなら、このまま真っ直ぐ寮に戻るのだが……今からなら、ちょうどエリナも仕事を終えるような時間かもしれない。 「よしっ、迎えに行ってみるか」 大切なことは、いつまでも先延ばしにすべきじゃないし、しても仕方がない。 こういうことは勢いが大事だし、攻めの姿勢でいこう。 「久々に来たが……こんな時間でも、賑わってるな」 この都市を支える重要産業なのだから、賑わってないと困るのだが。 「それよりエリナは……」 「あれ? もしかして佑斗君?」 「ニコラか、お疲れ様」 「お疲れ様。どうしたの? 処分の一環で、風紀班の仕事だったんじゃないの?」 「サボりじゃないから安心してくれ。今日のシフトはもう終わったんだ」 「そっか。それならいいんだけどさ。それで、仕事終わりに遊んで行こう……なんてわけじゃないよね? エリナ君の出迎えかい?」 「そんなところだ」 「まったく、これだからリア充は。イチャイチャするのも、程度を考えてくれないかな? 見てて羨ましいというか……妬けてくるから」 「すまない。だが、今回はちょっと大事な用件があって」 「そんなに真面目に謝らないで、ちょっとした冗談だから」 「それよりエリナ君なら、もうそろそろ上がるはずだよ。何か用事があるなら早めの方が……ああ、いたいた、エリナ君!」 「おー? おー! ユート!」 「どうしたの、こんな時間に? 急にカジノで遊びたくなったとか?」 「いや、そうじゃないんだ。今日は……エリナを迎えに来た。一緒に帰ろう」 「そうなの? でも、まだ少しシフトの時間が残ってるから……待ってもらうことになるよ?」 「それぐらい問題ない。恋人を待つ時間っていうのも、楽しいものだからな」 「にっひっひ~、男らしいんだからぁ~」 「はいはい、好きにやって下さい。僕はもう仕事に戻るから」 「ああ、また寮で」 「それでエリナ、体調の方は?」 「ん? へーきなんだけど……バニー服って食い込むから、ちょっとジンジンして痛いかな。でも、心配してもらうほどじゃないよ?」 「そっちじゃなくて……いや、そっちも心配と言えば心配だが」 「それよりも、血のことだ。必要にはなってないか?」 「うん、へーきだよ、安定してる。心配してくれてありがとうね」 「ならいいんだが」 「それじゃユート、どうしよっか? 待つ間に何かゲームする? 今ならエリナが相手をしてあげられるから、お金も賭けなくていいよ?」 「そうだな……」 ソフィーヤさんのことを考えると、ゲームに集中できそうにないんだが……いやでも、ゲームをしながらと言うのもいいかもしれない。 「なら、お願いできるか?」 「うん、任せて♪ それじゃ、向こうのカードテーブルに行こ!」 「こうして、勝負するのは二度目だね。前と同じブラックジャックでいいの?」 「ああ、構わない。よろしく頼む」 「それじゃ、さっそく」 相変わらず慣れた手さばきで、シューターからカードを引くエリナ。 「ルール、忘れてないよね?」 「勿論だ。エリナが教えてくれたことだからな。忘れるわけがないだろう」 「にひひ。嬉しいけど、手加減はしないからね」 「ああ、勿論だ」 「それじゃ、ヒット? ステイ?」 「ヒットで」 「ほほぅ、強気だねぇ。それじゃエリナはステイで」 楽しそうにエリナは俺の分のカードを引く。 この笑顔がまた曇ってしまうかもしれないことを考えると、心苦しくはあるのだが……ちゃんと話し合おうと決めたんだ。 「それじゃ、オープンで……19対19。初戦は引き分けだね」 「よし、次はちゃんと勝つからね。あっ、そうだ、お金は賭けないにしても、また罰ゲームを賭けて勝負しよっか?」 「今度はもちろん、脱衣もありで。なんだったら……その先でも、エリナは別に構わないよ? にひひ」 「……そういうのも悪くないな」 「おー、ユートが乗り気だなんて珍しいね。えっちなんだから、もぅ~。でも、えっちなのはエリナも同じだけど。それじゃ成立だね」 「ああ。だがその前に、エリナに話しておきたいことがあるんだ」 「ん? なーに? 手加減ならしないよ~?」 エリナは答えながら、次のゲームのカードを配り始めた。 「そうじゃなくて、実は……例のロシアにデータの問い合わせをするっていう件で話があるんだ」 「あり? あれはもう、連絡したんじゃなかったの?」 「そうなんだが、実は少々事情が変わって……今日、ロシアの研究所の方から、スタッフが海上都市に来た」 「………」 「あっ、あー……やっぱり、来ちゃったんだ?」 「やっぱり? エリナは、こうなることを予想していたのか?」 「んー……ハッキリとじゃないけど。研究所に連絡したら、そういうこともあるかなぁー……とは、最初から考えてたかな」 「そうなのか」 「……すまない」 「あり? どうしてユートが謝るの?」 「俺は……研究所にデータを提供してもらうことを、甘く考えてた。ロシアから研究員が来るなんてこと全然考えてなくて……」 「だから、考えが甘くてすまない」 「別にそんなこと謝らなくていいよ。だって、そんなの想像するのは難しいと思うし」 「それにね、ユートはそれでいいんだと思う。そういう甘くて優しいところが、ユートのいいところなの♪」 「それに、エリナはそういうユートが大好きだから! 気にしなーい、気にしない」 「そう言ってくれるなら……」 「しかし……それなら、当時を知る研究所の人に会うことも、別に何とも思ってないのか?」 「んー……前も言ったかもしれないけど、別に嫌な思い出はない……というより、いつも検査ばっかりで、そもそも思い出自体がそんなにないぐらい」 「だからかな……会うってなっても、特に何も思うことがないのが、本心なんだよ」 「そういうものか?」 「そーいうものなの♪ だからユート、そんなにエリナのことを心配しなくてもヘーきだから、安心してくれていいんだよ」 「迎えにまで来てくれた気持ちは、もの凄く嬉しいんだけどね、にっひっひ~」 ……俺の心中はバレバレか。 まぁ、打ち明けるつもりだったから、それはいいんだが……今後はもう少し、上手く立ち回れるようになりたいものだ。 「それにね、今のエリナの胸の中にはあたたか~い、大切な言葉があるんだから。それさえあれば、エリナはどんなことでもへーきなんだよ!」 「ほぅ、そんな言葉が」 「あーっ、ユートってばわかってないでしょ? エリナに大切な言葉をくれたのは、ユートなんだからね」 「お、俺?」 「むむぅ、そんなに普通の態度でいられると、ちょっと腹が立つ」 「そ、そうか……申し訳ない」 「あのねぇ、ユートがあの時言ったんだよ?」 「ユートが隣にいてくれるなら、それだけで頑張れる! それに……守ってくれるんだよね?」 「ああ、勿論だ。任せろ」 「って、ユートが言ってくれたから、エリナは頑張れたのに……なんだか、悲しいよ。そんなに軽い言葉だったなんて……。他にも――」 「ゴメンね、エリナのせいで怪我をさせちゃって」 「それはもういいって。エリナが恋人になってくれたなら、それだけの価値は十分あったんだから」 「って、断言もしてくれたくせに。忘れちゃうようなことなんだ?」 「いや、それは……」 不満そうに唇を尖らせるエリナ。 しまったな……なかなか怒らないエリナが、こんなに不機嫌になるだなんて……。 「これは、言い訳に聞こえるかもしれないが……あの時の言葉に嘘はないし、心変わりをしたわけでもない」 「忘れてたくせに」 「だからそれは、忘れていたわけじゃなくて……」 「俺にすれば、当然なこと過ぎたんだ」 「当然なこと?」 「そう。俺はエリナのことが好きだ、大好きだ。そんな相手を守るのも、一番近くで支えるのも、当たり前のことだと思ってる。恋人なんだから」 「だから、当たり前のこと過ぎて、つい思い当たらなかっただけなんだ」 「……本当に? 今、考えた言い訳じゃない?」 「違う。俺は本心からそう思っている。そういう嘘は言わないぞ」 「確かに……ユートはそうだね。そういう嘘で誤魔化したりはしないね」 「だったら、許してもらえるか?」 「んー……どーしよっかなぁー」 「そうだ! わかった。それじゃあ、このゲームでユートが勝ったら許してあげる」 「ふむ……その場合、負けて許してもらえないとなったらどうなるんだ?」 「そりゃもちろん、謝罪をしてもらうよ?」 「謝罪か……」 まぁ、それぐらいなら問題はないか。 俺にしては当然のことでも、エリナの不興を買ってしまったのは事実なんだし。 「わかった。その条件でいい」 「だがエリナ、悪いとは思っていても、ワザと負けるつもりはないぞ?」 「にひひ、エリナに一度も勝ったことがないくせに。それじゃ改めてゲームの続きをしよっか」 「それじゃあユート、どうするの? ヒット? ステイ?」 「ヒットだ」 「今回はエリナもヒットで」 言いながら、エリナはカードを引く。 「………」 ふむ、エリナの可愛らしい笑顔はいつも通りに見えるのだが……あの美しいカード捌きに若干差があるように感じた。 「ステイ」 「エリナは、もう一枚っと……これでステイ」 「――っておい、ステイも何もそれは……」 「にっひっひ、エリナは《ブラックジャック》21だよ。あっ、ちなみにイカサマなんてしてないからね」 「また……俺の負けか」 「やっぱりエリナの勝ちだね!」 「わかった、約束通り、ちゃんと謝罪をする」 「それで、具体的にはどんな風に謝ればいい?」 「えと、そーだねー……んー……後で指定してもいい?」 「それはもちろん構わないが、それは後日ということか?」 「ううん、そんなにかからないよ。今日のシフトが終わってから。それまでは、ナイショだよ、にっひっひ」 「……わかった。どのみち、最初からエリナの仕事が終わるまで待つつもりだったからな」 「それじゃあ、えーっと……あと一時間もないから」 「なら俺は、ここら辺で待ってるよ」 「うん。それじゃ、また後でね」 言いながらテーブルの上を片づけたエリナは、そのまま立ち去って行く。 足取りはしっかりとしているし、表情や言葉もいつも通り。 だが、しかし―― あの時見せた、カード捌きの鈍りが気になる。 ………。 気にしていないと言っても……いや、本人も本当に気にしているつもりはないのかもしれない。 だが、何も感じていないというわけではないのだろう。 「……とりあえず、あの時の言葉をしっかりと果たすか」 俺が今できることは、エリナを安心させることだと思うから。 「お待たせ、ユート」 「もう終わったのか?」 「うん。終わったよ」 「なら、着替えて来たらどうだ? 一緒に帰ろう」 「その前に。さっきの勝負のこと、忘れたわけじゃないよね?」 「謝罪のことならもちろん覚えているが……もしかして、今すぐか? せめて着替えるぐらいはしてもいいんじゃないか?」 「ダーメ。それだと、二度手間になるから」 「二度手間?」 「とにかくこっちに来て、ユート」 「あ、ああ……」 俺の手を引いて歩き出すエリナ。 一体どこに行くんだろう? 「こっちだよ、ユート」 「ここは……プールか。前に直太も含めたみんなと一緒に来たな。こんな時間でも開いているとはしらなかったが」 「吸血鬼用に深夜もオープンしてるの。真夜中ぐらいは結構賑わってるんだけど、朝が近づくにつれて少なくなるから」 なるほど。つまり、この人気のない場所で、謝罪をしろと言うことか……。 「わかった。それでエリナ、俺は一体どんな謝罪をすればいいんだ?」 「えっとねー……コホン。あの時のユートの言葉が嘘じゃないことを、証明してもらおっかな」 「あの時の言葉とは……もちろん、エリナの傍にいる、俺が力になる、エリナを支える、そういう言葉だよな?」 「《その通り!》ダー!」 「言葉にも気持ちにも嘘はないんだが、証明と言われても……どうすればいいのやら」 「だから、ユートのその温かくて優しい気持ちをね、またエリナの身体にね、教えて欲しいなぁ~……って」 「……ん、んー……つまり、それって」 「セックス……しよ♪」 「相変わらず、ド直球の速球を投げてくるな、エリナは」 「最初の時もそんなこと言ってたけど……エリナだって恥ずかしいんだよ? こんなこと言うの」 「……そうなのか?」 確かに多少は頬が赤いものの、そんなに恥じているようには全然見えないのだが……。 「でも、回りくどく言っても仕方ないことだし……それにね、初めて一つになったあの時、ユートのことを凄く感じられたから」 「優しくしてくれて、その指先の動き一つ一つからユートの温かい気持ちが伝わってくるみたいだった」 「……そうか? 初めてだから、かなりテンパっていたんだが……」 「凄く気持ちよかった……あっ、性的な意味じゃないよ? いや、もちろんあんなにイッちゃったんだから、性的にも気持ちよかったんだけど」 「それだけじゃなくて、ユートの気持ちに直接触れてるみたいで……凄く気持ちいいというか、心地がよかったから」 「そう……なのか?」 かなり息も荒くて、見ている分には心地がいいなんて程度ではなかったように思うのだが。 だが、先ほどのカード捌きの鈍りを考えると……やはりエリナも不安なのかもしれない。 とするなら、俺がすべきことはエリナを支えて、安心させること! なのだが…… 「だからって、そこで肉体に直結する考えが如何なものかと思う」 「ダメ?」 「普通に考えると、ややおかしい気もするが……」 「………………まぁ、いいか」 「今日のユートはなんだか素直だね」 「前にも言われたが、ゴチャゴチャ考えすぎなのかもしれないと思ってな。グダグダいうよりも、行動だ」 「それに、エリナは俺のことを求めてくれてるということだろう? それは嬉しいから、素直に受け入れようかと思って」 「あと、勝負に負けたから。その約束はちゃんと守らないとな」 「にっひっひ。色々言ってるけど、ユートもセックスしたいってことだよね?」 「まぁ、間違ってない」 「じゃ……ヤルか?」 「おー! ヤろう♪」 相変わらずロマンの欠片もねぇな………………まっ、その方が俺とエリナっぽいと言えばそうなのかもしれない。 軽く苦笑いを浮かべながら、エリナの身体を抱き寄せる。 その肩が、若干震えたように思ったものの、その震えを押さえるようにエリナの身体を抱き締める。 「だがエリナ、これは本当に謝罪になっているのか? これだと俺も嬉しいばっかりで、全然罰にも何にもなっていないが」 「いいの。ユートは負けたバツとして、エリナに温もりをくれればそれで」 「エリナは願いが叶って嬉しくて、ユートも気持ちよくて嬉しい。これぞ、正しいWin-Winの罰ゲームだね♪」 「不満だったら、そうだね……ユートを縛っちゃう? そしたら罰ゲームっぽいし」 「スマン、俺が悪かった。両者が得をするWin-Winの関係サイコー! ということで、このままでいこうじゃないか」 エリナの気が変わらないうちに、俺はエリナに顔を近づける。 「それじゃ、エリナ……」 「う、うん……よろしく、お願いします」 キスであることを理解したエリナは、嫌がるような素振りを見せるはずもなく、そのまま静かに目を閉じた。 俺は彼女の肩を抱き、そのまま自分の唇を寄せて―― 「んっ……んくっ、んん……んむぅ、んっ、んちゅ、ちゅっ、んちゅ、ちゅぅ……」 キスにはまだ気恥ずかしさが残っているのか、それとも慣れていないからか? 若干、身体が固いな。 俺はそんなエリナを、前の時のように蕩けさせるために、キスを激しくさせていく。 「んふぅ、んっちゅ……ちゅっ、ちゅっ……んっ、んん!? んーーーーっ、んちゅ、じゅる、ちゅぷじゅるん……んっ、んじゅぷ」 突然舌が浸入したことに驚きながらも、エリナは口内が蹂躙されるのを受け入れた。 「ん、んじゅる……んっ、んっ……ちゅぷ、じゅちゅ、んっ、ちゅるっ……ちゅくちゅく……んっ、んん」 「んちゅ、ちゅぅ、ちゅぅ……んっ、エリナ、もっと口、開けて……んっ」 「じゅぷ、くちゃくちゅ……じゅるん、じゅぷっ……んっ、ほ、ほう? ん、んちゅる、ちゅぅ、じゅるちゅる」 指示に従って、少し大きめに口を開いたエリナ。 俺はそんな彼女の可愛い唇を汚すように、自分の唾液を流し込んでいく。 「じゅぷ、ちゅるちゅる……んっ、んふぅ……んんん……コクッ、ゴクンッ……んふぁ、はぁ……はぁ……」 「はぁ……はぁ……なんだろう? ユートのツバを飲むと、身体が熱くなっちゃう……凄いよ……甘くて、本当に大好き……はぁ……はぁ……」 「俺もエリナとのキス、大好きだよ」 「にひ、そうだね。また……硬くなってるよ」 「興奮してるから。エリナだって、そうなんじゃないのか?」 「うん、そう……ユートのキスで、凄く興奮しちゃってる。ま、また……濡れてきちゃったかも」 「だが、エリナ……本当に場所は、ココなのか?」 「へーきだよ。エリナ、たまにプールに入りに来るけど、独り占めだもん。前みたいに、誰かに見られちゃう心配はないよ」 「そうだといいんだが」 この広い空間が若干落ち着かない。 「だったらこうすればいいんじゃないかな?」 「ほらー、こうして入口には背を向けて、二人一緒に座ってれば気づかれないよ」 確かにパッと見ただけではわかりづらいかもしれない……とも思ったが、俺の身体だけじゃ隠しきれてないだろ、コレ。 とはいえ、俺もすでにスイッチが入ってしまっているので、今さら止められそうにないんだが。 「誰も来ないって思ってても……やっぱりドキドキするね、ユート」 「でも、もう俺……お預けができそうにない」 「にひ♪ ユートっていざ本番になると、凄くえっちになるよね?」 「エリナの身体、いい匂いがするからな。こんなのを嗅いでたら、我慢なんてできない」 ほんのりと香る甘い匂いに、俺の気持ちがますます高まっていく。 「やんッ、全然いい匂いじゃないよ。仕事終わりだし……きっと汗臭い」 「そうかな? 俺には凄く甘い匂いに思えるが……すぅぅーーー……」 あらわになっている首筋に鼻を近づけ、その香りを肺一杯に吸い込む。 「うん。やっぱりいい匂いだ。それに、汗だとしても大丈夫……れろん、れろ、れろ……」 「んひゃっ!? あっ、舐めたら、汚いかも……んっ、んん……」 「平気だ。そんなこと、全然ない、れろれろ……」 「んっ、んん……あっ、はぁ……はぁ……やっ、んん……にひ、くすぐったいよ」 「そっか。なら、こっちは?」 スーツの上から、エリナのおっぱいを手で包み込む。 前回は下半身の方に集中していたせいもあってロクに触っていなかったのだが、想像以上に柔らかな、むにゅりという感触が返ってきた。 「ん……ん……んんッ……あっ、そこ……ん、んッ……ん、ん……」 手の平の向こうからドキドキと、激しい心音が伝わってくる。 だがそれ以上に、例え様のない柔らかな感触と温もりに、俺の意識は夢中になっていった。 「あっ、はぁ……んっ、んぁっ!? あ、あ……あ……はぁ……はぁぁぁ、ん、はぁ……はぁ……」 少し力を入れただけで、柔らかで弾力のあるおっぱいが、手の中で踊る。 「エリナのおっぱい、すごい柔らかい」 「んぁ、はぁ……はぁ……んっ、んん……あっ、あっ、はぁ……ユートの手、凄い、凄いよ」 「どんどん鼓動が速くなってる」 「だって……おっぱい揉まれてるだけで……はぁ……はぁ……どんどん興奮してくるんだもん……はぁ……はぁ……」 おっぱいを揉むごとにエリナの身体から力が抜け、俺の身体に寄りかかってくる。 すると、感じる温もりの面積が増えてきて……ダメだ。この状態だけじゃ、我慢できそうにない。 「んっ……あっ、あんっ!」 バニースーツを掴み、そのままベロンと引き下ろしてしまう。 そうして現れたエリナの白いふくらみは、凄く大きく見える。 少し汗の滲んだおっぱいと先っぽのピンクの尖りが、恥ずかしそうに上下していた。 「はぁ……はぁ……今度はおっぱい、見られちゃってる……そんなにジックリ見ちゃダメだよ、ユート……」 「どうしてだ? 凄く綺麗なのに。俺はもう、エリナのおっぱいに夢中だぞ」 「だって、そうして見られてると、ドキドキして……身体震えちゃう……」 その言葉通り、エリナは身体を小さく震わせ、先っぽのピンクの蕾が俺を誘うようにぷるぷると揺れる。 誘いに抵抗することなく俺は、再びエリナのおっぱいを手の中で弄ぶ。 「はぁぁっ、あっ……はぁ……はぁ……んっ、んん……」 「凄い、やっぱり生の感触は違うな」 「んふぁっ、あっ、あっ、はぁぁ……はっ、はっ、はぁっ……エリナのおっぱい、そんなにおっきくないけど……いいの?」 「十分あるだろ。それに俺は、エリナのことが好きなんだから。エリナもワザワザそういうことを言わない」 「きゃあぁぁんンんッ……んぁっ、んぁっ! あ、あっ、ご、ゴメン、ゴメンナサイぃぃっ!」 キュッと乳首を摘まんでみると、思った以上の反応で、エリナは背中をのけぞらせた。 「やぁぁっ、んっ、んぁっ! あぁぁぁんっ!」 そんなエリナの反応を楽しむように、俺は強弱をつけながら指先で乳首をもてあそぶ。 「はぁっ、はぁっ、あ、謝ってる、謝ってるのにっ! やぁっ、ダメぇ、そんな、あっ、あぁぁぁっ」 「もう言わないか?」 「い、言わないっ、もう言わないから、乳首ぃ、そんな、こと、しちゃダメ……はぁ、あっ……んんっ!? んああぁぁーーーっ!」 軽く乳首を引っ張ると、エリナの身体が大きく跳ねる。 「はっ、はぁ、はぁぁぁ……ん、んん、言わないって、言ってるのに……どうして、あ、あ、あっ、ああぁんっ……ッ!」 「でもエリナの声、凄くとろけてきてる。気持ちよくない?」 「そ、それは……あっ、あひぃん……んくぅ……はっ、はっ、はふん、んんっ、ひぃっ、ひぃぃんっ」 「気持ち、よくないのか?」 「き……気持ちいい、よ……んっ、んんぃっ……ああぁっ、ち、乳首、ピリピリする……身体、ピリピリして、気持ちいい……あっ、ふぁぁぁっ」 「だったら、いいじゃないか。痛かったり、嫌なら止めるが」 「そ、そんなこと……ない、けどぉ……んっ、んふぁっ、ああっっ」 「だったら、もっと気持ちよくなって欲しい。エリナ」 そうして俺はさらに激しく、ピンクの蕾をこね回し、弾き、摘み、引っ張り続ける。 「ひぃぁっ! あっ、あっ、ああぁぁぁ……からだ、痺れちゃうよぉ……はっ、はひっ、んっ、んあぁぁっ」 「エリナの乳首、凄くかわいい。こんなに尖がらせて」 「ダメ、ダメぇ……へ、変になるぅ……また、エリナ、変になっちゃいそう……んっ、んふぁぁっ、ああっっ!」 そう言いつつも、指の動きが激しくなると、エリナの声のボリュームも上がっていく。 「気持ちよくなるのは、嫌か?」 「んっ、はひっ……んっ、んんぁぁあっ! んん……イヤじゃない、けど……おかしい、おかしいぐらいに、感じちゃってて……あっ、あっ、あぁっ」 「自分の、身体じゃないみたい……ひぃぅっ、あっ、あっ、はぁぁーっ! 身体、ピリピリ、痺れるぅぅっ、ンぁ、ぁァ……あアァぁッッ」 「感じてるエリナ、凄く可愛い。尖がった乳首も、とろけた声も、震える身体も、全部可愛いよ」 「あっ、あッ、ああぁァぁァ……ダメぇ、そんなこと、囁かれたら……んァぁっ、んッ、ンっ、ひィぃんッ!」 そういえば、エリナって耳が弱点だったっけ。 試しに、指の動きはそのままで、息を吹きかけてみる。 「ふぅぅぅぅーーー」 「ひぃィぁァァああンッッ! ダメ、それダメぇッ、み、耳に、息は、あッ、あっ、あひぃィんッ!」 「身体の、しっ、痺れぇ……す、すごい、すごいからぁぁっ、は、はひぃ……ん、ンッ、んひィぅっ!」 「そっか、息がダメなら……キスにするよ、はむっ……ちゅっ、れろれろ……」 「んあァァっ、あッ、あッ、ああァぁッ! だ、ダメ、耳と、乳首、ダメぇ……はぁッ、はァッ、ンはァぁーーぁッッ」 「ひッ、ひァッ、あッ、あァぁァぁ……はひっ、はひぃ、すっ、ひゅごいっ、ダメ、もうダメぇ……はひっ、はひっ」 「本当にエリナ、可愛いよ……あむ、むぐむぐ……んちゅ、れろれろん」 「んひぃッッ! はっ、はぁ、ああァぁァぁ……し、しびっ、しびれるぅ……からだ、しびれて……あっ、あっ、あぁぁ」 乳首に強い刺激を、耳には甘く溶けるような刺激を送り続ける。 そうすると、エリナはもう限界間近と言わんばかりに、身体をガクガクと震わせていた。 「んっ、んンンーーっ! んんはぁ、はぁ……ァぁ……熱いぃ、身体がひゅごく熱いよぉ……はひッ、はァ、はァ、はァ」 口をパクパクさせながら、少し苦しそうに喘ぐエリナ。 だが、今の俺には、そんな姿が可愛くて仕方ない。 そして、彼女をそんな風にしたのが自分の指と口であることが、妙な興奮を呼び起こしていく。 「とけちゃうっ、エリナっ、とかされちゃうよ……ひっ、ひぁっ! あっ! あぁぁっ!」 「そのまま、もっと感じてくれていいから」 欲望に逆らえず、俺はエリナの股間に手を伸ばし、指で股間をストッキングの上からなぞる。 「ひぁァっ、今、そこは……んひぃッ、はッ、はッ、あひンっ! んッ! あッ! はひッ、あっ、あァぁァーーっ」 くちゅ……ぬちゅ、ぬちゅ……。 「本当だ。エリナが溶けたみたいに、ここが凄く濡れてる。もうグショグショだ」 「はァーっ、はァーッ、だって……だって、きもち、いいんだもん……エリナは、ダメって言ったのに……はぁーッ、はァーッ」 「エリナの感じる姿を見てると、凄く嬉しくなるんだ。もっと感じて欲しいぐらいだよ」 言いながら、俺は股間を擦る指の動きを複雑にしていった。 熱くとろけた秘部を、優しく撫でたり、すこし強めに弾いたり、その度にエリナが声を奏でる姿に俺の興奮はどんどん昂ぶっていった。 「んっ、ンひぃッ! あッ、あッ、あっ、あァぁァァっ! んぁッ、あぁァ、はああァぁァァぁぁッ」 「エリナのおま●こ、熱くて本当に凄い。ストッキング越しにでも、愛液を感じるよ」 「ひっ、くぅぅ……あッ、はッ、はひっ、はひィ! くッ、くひィぃッ、ぃッ、ィぃィっ、いィッッ!!」 「気持ち、いい?」 「んっ、うんっ、うんっ! いっ、いいィっ、おま●こ気持ちいいッ、はふっ、はっ、はぁっ、あああぁぁーーーぁぁっ!」 「それじゃ一緒に乳首も、気持ちよくするから」 「んひィぃぃッ! あっ、あっ、あひぃん……はっ、はっ、らめ、らめらめ……一緒はらめぇぇー! ひゅごいの、ビリビリひゅごいーっ!!」 呂律が回らなくなるほど激しく身悶えるエリナを見て、俺の興奮が絶頂に達する。 こうなったらもう、好奇心を抑えることはできず、俺は再び耳に唇を寄せていった。 「イきそうになったら、我慢しなくていいから。あむっ、んむんむ……れるん」 「ぃィィぃっ! んはァぁぁァァぁっ! はぁっ、み、耳までっ、されたら、もう、らめっ、おかひくなるっ、あッ、あっ、ンはァぁぁっ」 「まってっ、ほっ、ほんとに、おかひくなるからっ、はふッ、はぁッ、はァっ、んっ!? んひィィぃぃーーっ!!」 「れるれろ……んっ、いいよ、イッて。エリナの可愛い姿、もっと見せて……れる、れろれろ」 「んッ、んンくぅゥゥぅぅっ……はッ、はッ、イジッ、ワルッ……イジワルーっ! はっ、はひィっ、あ、アっ、あィぃィーーぃィっ!」 エリナの懇願する声を無視するように、俺の指も舌も、その動きが緩まることはない。 「ひぃィッ! ンッ、くっ、くひィぃ……ンあっ、はあッ、はひッ、んっ、んンーーーッ……んアァぁッ!」 「こっ、このままじゃ、らめッ! ムリぃ……我慢、できないぃぃぃ、はひッ、ひッ、ンぁッ、あッ、あィ、あィ、あァぁァぁーーッッ」 俺の腕の中で、エリナの痙攣がますます大きくなっていく。 「おっ、おかひく、なるっ! 頭、真っ白で、とっ……飛んじゃうぅぅ、あィ、あィ、あひぃィぃィッ!」 身体の震えに合わせるようにしながら、さらに動きを激しくして、エリナを快楽に突き落としてしまう。 「あっあっあっ、ひぅんっ! んっ、んはぁっ、はぁーっ、はぁーっ、あっ、いィィっ……はッ、はッ、あッ、んンンっッ!」 「れろれろ……そのまま気持ちよくなって、エリナ……あむ、ちゅるん」 「はっ、はひぁあァぁぁ、あひッ、あぃッ、あぃっ、くっ、くるぅ、きちゃう、きちゃうっ、もう我慢できないぃぃ……ッッ」 「あァぁアあァァーーぁァッ! はひぃぃ……イく、イくぅぅ……あたまも、からだも……おかひくなって――あっ、あっ、あひぃっ!」 「見せて欲しい。エリナのイくところ、目の前で見せてくれ」 「あひァァ、らめっ、くる……くる、くるくるッ、もうわらひ、らめ……おっきいのがきちゃうぅぅ、あひぃぃ、ひッ、ひィぃンィぃッッ!!」 「んァっ、あァッ、はぁァアぁァぁぁァァあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ」 だらしなく大きく口を開けながらエリナは、ビクンッ! ビクンッ! と身体を激しく震わせている。 「はひぁぁっ……はぁーっ、はぁーっ……ら、らめ……あたま、真っ白になってるぅ、とけちゃった……エリナ、とけちゃったぁ……はぁー……はぁー」 ストッキングの股間部分は、まるでお漏らしでもしたように、ジワーっと湿り広がっていく。 そのことを気にするようすもなくエリナは、茫然とした様子で脱力していた。 「はぁー……はぁー……ユートのイジワルぅ……はぁー……はぁー……」 「すまない。エリナの可愛い姿を見たくて、つい……バニーガールっていうのも、なんだか興奮してきて」 「こんなのじゃ、温もりが全然足りないよぉ……」 「――ゴクッ」 蕩けきったまま口にするその言葉に、俺は思わず唾を呑み込んでしまう。 「だからユート……もっと優しいの……お願い……」 「………」 辺りを見回してみるが、人がくる気配はない。 だとしたら……我慢をする必要もない? 「そうだな。今度は優しくするよ」 ただ興奮してくると、その優しさも吹き飛んでしまうんだが……頑張ろう。 椅子の上で横になったエリナは、自らワレメを開くようにして、ぐじゅぐじゅになったおま●こを見せつけてくる。 「はぁー……はぁー……ユート、どうしよう……」 蕩けきった声のまま向けられるトロンとした瞳に、俺は思わず息を呑む。 「はぁ、はぁぁ……エリナ、凄くえっちになっちゃってる……お汁が止まらないよ……全然、止まらない……はぁ、はぁ……」 「本当だ。エリナの粘液、トロトロって溢れてきてる」 「だってまた……奥の方まで見られて……こ、興奮しちゃうの……はぁー、はぁー」 ゆっくりとだが、エリナの肉壺からトロトロの粘液が滴り落ちていく。 「あぁ、はぁー……はぁー……どう、ユート……エリナのココ、ユートの形になってる?」 「どう……かな? こうして見てるだけだと、よくわからないが」 「だ、だったら……確認してみて。直接、ユートのソレで、どんな形になってるかを確かめて……はぁー、はぁー」 確認したい……その思いと共に俺の意識は、エリナ自身が広げた穴に吸い込まれていく。 「はぁ、はぁ……ユート、エッチな顔をしてる……はぁ、はぁ」 「エッチな顔してるのは、エリナも同じだよ」 「うん、知ってる。はぁー、はぁー……だってエリナ、凄く興奮して、いやらしい気持ちになっちゃってるから……」 「俺も同じだ。凄く興奮して、エッチな気持ちになってる」 「だったら、挿れて……はぁ、はぁ……もうダメ、我慢ができないよ」 アソコを広げたまま、切ない声でおねだりをするエリナに惹かれるように、俺はズボンからモノを取り出す。 「凄い……ガチガチになってて、やっぱり格好いいね……はぁー、はぁー」 「これが今から、エリナの中に挿るから」 「うん、早く、早く挿れて……じゃないと、我慢できなくて、頭が変になっちゃいそうだよぉ……はぁ、はぁ」 「お預けのままだと、俺もおかしくなりそうだ」 俺は硬くなった先っぽを馴染ませるように、濡れたエリナの穴の付近を何度も何度も擦っていく。 「ああっ、はぁぁん……はぁ、はぁ……そんなの、足りない、はぁぁぁ……また、イジワルするの?」 「そうじゃない。ちゃんとこっちも濡らしておかないと、痛いだろう?」 「そうかな? これだけ濡れてたら、もうダイジョーブじゃないかな? はっ、はっ……んっ、んん……ちゃんと、挿れて……お願い……」 「わかった。今、ここに挿れるぞ」 「う、うん……来て、来て……あ、あっ、あぁっ……んっ、んんんーーーーーーーッ!!」 少し体重をかけただけであっさりと、先っぽがヌルンッとエリナの中に呑み込まれる。 「あっ、あーー……はぁ、はぁ、はぁぁ……挿ってきたぁぁ……はぁーっ、はぁーっ……」 「エリナの中、熱いよ……というか、凄い……気持ちいい……」 「んんっ……ンんンンッ、んはぁ、はぁ……ど、どう? エリナ、ちゃんと形を覚えてたかな?」 「最初の時よりはスムーズだが……もう少し奥の方まで確認しないと、わからないかも」 言いながら、俺はさらに体重をかけて、エリナの肉壁を広げながら、奥深くを目指して腰を押し出す。 「ひぃぃっ、あっ! あぁぁっ! はひぃっ、す、すごいぃ……また、広がってるぅぅ……んっ、んんあぁぁーーーーっ」 前回より少しマシとはいえ、やはりキツいことに変わりはない。 とはいえ、蜜壺は十分過ぎるほどに濡れており、広げられることの苦痛はあっても、擦れ合うことの痛みはなさそうだ。 「あ、あ、はぁぁーーっ……んんんっ、はぁーっ、はぁーっ……お、おっきい……おっきいよぉ」 「エリナ、苦しい?」 「く、くるひぃ……かも……んっ、あっ、あぁぁっ……でも、いい……奥の方に当たるの、好きぃ……はぁーっ、はぁーっ」 「奥の方って……こういうことか?」 俺は一気に奥まで突き入れ、行き止まりの壁をねじるようにグイッと腰を捻る。 「ひぃぃぃんっ! あっ、あっ、あひぃぃっ! あっ! あっ! あっあっあっ、あぁああぁぁーーーぁぁっ!」 さらに小刻みな動きで、素早くその壁をノックする。 「あっ! ひっ! んっ、はぁ、あっ、あひぃんっ! そっ、それっ、すごいっ! おま●こ、トントンって! あっ! あっ! くひっ!」 「こういうの、気持ちいい?」 「いっ! いぃっ! 気持ち、いいっ! ビリビリって、しびれてくるっ、んっ、んはぁっ、あ、あ、あ、あひぃっ!」 「嬉しいよ、気持ちよくなってくれて」 「んあっ、あっ、あっ、あぁぁーっ! うっ、うん、気持ち、いいよ……んっ、んんっ! 痺れちゃうぐらい、気持ちいいっ!」 「続けるから、もっと気持ちよくなってくれ、エリナ」 穴を肉棒が出入りするだけでも、信じられないような快感が下半身に絡みついてくる。 だが俺の頭を支配しているのは、どうやってエリナを気持ちよくさせるか? そのことだけだった。 「んひぃ、あっ、あっ、んっ、んんん……ひゃふぅっ、はぁ、はぁ、はぁぁぁ……あっ、ああぁーーっ」 ここだと、反応は変わらないか……それじゃ、こっちは? そうして俺は、腰の角度を変えながら、突き上げる箇所を探っていく。 「はぁーーーっ、はぁぁ……はぁ、はぁぁ……んっ、んっ、んひっ! あぁぁっ、はぁぁぁぁッッ」 こっちの角度でも、そんなには変わらないか……。 どこが一番気持ちいいのか? それは優しさというよりも、もっとエリナの感じている姿が見たいという、俺の欲望のような気がする。 「んッ、んひぃィィぃっ……あッ、あひァっ、はぁ、はぁ、はァァぁ……あっ、ああァーーっ!」 その時、ようやくエリナの声が一段と高くなるという、大きな変化を見せた。 「ひッ、んッ、んンああァぁっ……そっ、そこッ、そこそこッッ! あっ、はァ、んひィっ、あッ、あっ、はァぁァっ!」 「ここか?」 「そ、そこぉぉ……んひぃィっ! あッ、はッ、はッ、あっ、あアあァぁ……そこ、しびれるぅぅ、くひィぃッッ!」 「エリナの声、気持ちよさそうになってる」 「らっ、らって……はァぁ、あッッ! あァぁッ! す、すごいのォぉォ……そこ、すごいッッ、ンひィぃィーーィぃっ!」 不慣れな動きながらも、ようやく見つけたその点を、俺は何度も何度も突き上げていく。 「あッ、あぁァっ、くひぃィっ! あ、あたってるッ……しびれる、ところあたって……あッ、はァッっ、あッ、ひゃぁァぅンんッッ」 「あっ、あァッ! らめッ、んふァっ! らめらめぇッッ! おかひくなるっ、トントンされると、また、おかひくなっちゃうよッ!」 激しく悶え、頭を振りながら、身体を巡る快感を否定するエリナ。 だが、肉棒が出入りする度に、ビクンッビクンッと身体を痙攣させて……あぁ、なんてエロいんだろう。 「ほ、ほんとに、おかひくなるぅぅ……んあッ、あひぃ、あィ、あィ、あっ、ああぁーーーーッッ!」 「いいよ、そのまま気持ちよくなって。それで、さっきみたいに、エリナのイくところを俺に見せて」 「ヤダぁ、まだイきたくない……はっ、はひっ、はひっ……もっとユートの温もり、欲しいぃ、からぁァぁァっ、あッ、あァぁーーッッ!」 「ゆるひて、ゆるひてぇぇぇ……まだヤダ、イくの、ヤダぁぁ……もっと一緒、このままがいいっ、ぃぃぃっ、んひっ、あっ、あひィぃッっ!」 「わかってる、止めたりしない。だから俺に、エリナの可愛い姿を見せてくれ。そうしてくれた方が、もっと興奮できるから」 「はッ、はひぁぁ……いっ、いいよ……それなら見てっ、エリナのイくところ、見てて……あ、あ、あッ、あアーーーァぁっ」 俺の興奮を促すためか、素直に快楽を受け止め始めたエリナが、声のギアを上げていく。 「あ、アっ、あひッ、あひッ、あひィんッ、んぃィぃィッ、んぁ、あッ、あぃ、あぃ、あぃぃぃっ!」 「くぅ……うぁ……はぁ、はぁ……エリナ、中が締まってきてる」 「あひッ、あっ、あィ、あィ、ぃぃぃぃあッ、はあァぁァッッ! らって、らってぇぇ……おひ●ひん、すっ、すご……ぃぃぃッ!!」 「エリナのおま●こも、凄いよ」 「ああッ、あ、あァぁァ……とろける、わらひ、またとろけちゃうぅぅゥ……あ、あ、あアぁあァァぁッ」 エリナの熱く滾った肉がまるで抵抗するように、ギュウーーーッとモノを締め付けてくる。 「はァ、はぁァ、あアぁァァっ……あ、あ、あひィィぃンっ、あぃ、あィ、クるクるッ、キちゃうよぉぉーー………ッッ!」 「見てる、エリナのイくところ、ちゃんと見てるから」 「はっ、はっ、ひゅごいのくるぅぅ……もう、もうっ、らめ! いっ、イく……イくイくイくっ、イッ……ちゃうッッ!!」 「んああぁーーーーーーーーーーーーーーーーぁァァぁぁァああアぁァッッ!!」 俺の目の前で、エリナの身体がガクガクと震え、締め付けていた粘膜が痙攣を起こしながら、大量に愛液を漏らしていく。 「はっ、はぁぁぁーーーぁぁ……はぁーー……はぁぁーー……すごい、またとけちゃったぁ……はぁぁーー、はぁぁー……」 「くぅぅ……エリナ、凄い締まってる……」 「らって、きもちよかったから……はぁーー、はぁーー……見てくれた? エリナのイくところ」 「ああ、見た。凄く可愛かった。興奮もした」 「に、にひひ……そっか、よかったぁ……はぁー、はぁー……」 そうしてうっとりとした表情を浮かべながらも、エリナの中がキュッキュッと俺のモノを締め続ける。 その刺激は、俺の我慢を削り取っていくようだった。 「エリナ、このまま続けてもいいか?」 「はぁー……はぁー……このまま、って――んッ、ひィぅッ!? んあっ、あッ、あッ、ああっ、ああぁーーーっ!」 エリナの膣口がネッチョリと咥えたままのモノで、再び抜き挿しを始める。 「んっ、んっ、んひぃっ、まって! はぁっ、はぁーーぁっ、まってまってっ、身体しびれてるのに、そんなのぉぉ……あっ、あっ、ああぁーー」 「今のエリナを見てたら、我慢ができそうになくて。だから、このまま俺もイきたい」 「そんな、のっ……んッ、んアぁァっ! らめぇぇ、おかひくなるぅぅ……あたま、おかひくなって、なにも考えられなくなる……はッ、あひィンっ!」 「もう、おひ●ひんのことしか、考えられなくなるぅぅ……おひ●ひんの虜になっちゃう……はひッ、はひぃッ、ああァァあァーーァぁ」 「俺はもう、エリナのおま●このことしか、考えられなくなってる、虜になってる」 強く締めつける肉壁に負けないよう、俺はひたすらエリナの奥を貫き続ける。 「また、エリナのイくところが見たいんだ」 「あぅン、あッ、ああーーーァっ! え、エリナも、エリナもイくところ見たい。ユートの気持ちよさそうな顔、みたいのにィぃッ」 「だったら、このまま、続けていい?」 「んっ、んあァッ! くひィぃーッ、はぁーッ、はァーッ、い……イく? すぐに、イく?」 「ああ、イく。エリナの中、気持ちよすぎて、すぐにイくと思う」 「だっ、だったら……あッ、あッ、んァっ! エリナ、もうだめ……また、イっちゃう、我慢れきない……このままじゃ、すぐにまた……」 「あ、あ、あ、あっアッあッ、ああァァーーッ! や、やっぱり、らめぇぇ! いっ、イくぅ、イっちゃう、イっちゃうッッ!」 汗と愛液を混じらせた匂いをまき散らせながら、エリナは蕩けきった表情で訴えてくる。 「ひぃィぃッ、あっ、あァっ、あィ、あィっ、ぃぃぃぃ……ぃぃイくっ! 動いちゃらめ、おひ●ひん動いたら、また、わらひイっちゃうっ!」 「くっ、くぅぅ……俺も、すぐにイく、から」 「このまま、イくから。もうちょっと」 「れも、れもれもッ、エリナはもうムリっ、ムリなのぉぉ……ゆるひて、ゆるひてぇ……あっ、あっ、あひィ、アぃ、あぃぃイッ……くぅッッ!!」 「んんんんーーーーーーーーーー!!」 再び絶頂を迎えたエリナが、身体を大きく震わせながら、快感の波に呑まれていく。 「はひっ、はひっ、はぁーっ、はぁーっ……あっ、あっ、あぁぁぁっ!? ま、またぁぁぁあっ、あっ、あーーぁあぁっ、おかっ、おかひく、なるっ」 「ビリビリ、ひゅごくて、とまらなくて……おかひくっ、あっ、あひっ! あっ、あぁぁっ! ヒくぅぅ……もう、らめぇぇ……ッッ!」 何度も身体を痙攣させるエリナの身体の中で、俺はついにその柔らかな肉壁の快感に負けてしまう。 下半身を駆け上る快感に身を任せて、腰を打ち付けていった。 「んひィっ、ひッ、ひッ、ひィぃんッ! また、またヒく、こんなに続けてヒったら……あッ、あッ、あぁッッ!」 「俺も、もうイく! あ、あ、あぁ……出す、出すぞ」 「んンッ、あッ、ああァぁァッ、う、うん、うんっ! イって、イくところ、エリナに見せてッ! あィ、あぃ、んあッ、ああァぁーーぁァァっ!」 「あ、ああ。もう、出すから……くぅ……エリナの、イくところも」 「みてっ、イくから、すぐにイッちゃうから……あ、あ、あ、くぅあァぁッ!」 「エリナ、好きだ! 愛してる!」 「エリナも、エリナもらいしゅき! あいしてるっ! あっ、あっ、くぅあぁぁっ!」 「あ、あ、あーーぁアァ、またくるぅ……おっきいの、くるぅぅ……はひぃィィッ、あッ、あっ、あぁッ、わらひ、わらひっ、イっ、イくぅぅッッ!」 「んぁぁぁぁあああぁぁあぁーーーーあぁあぁぁッッ!!」 ついに弾けた俺の興奮が、精液となってドクンッドクンッとエリナの身体に流れ込んでいく。 「はっ、はぁぁーーっ、はぁぁーーっ……出てる、エリナの中、バシャバシャでてるぅ……はぁーっ、はぁーっ……」 我慢に我慢を重ねたせいか、爆発した欲望はエリナの蜜壺では収めきれないほどの量が溢れ出る。 ドクッドクッ……と、俺のモノはこれでもかというほどに白い粘液を吐き出し続け、エリナの肉に染みこませていく。 「はぁー、はぁー、んっ、いっぱい……はぁぁ、はぁぁ、いっぱい……」 「はぁー、はぁー……い、イった……凄いエリナの中に出てる……はぁー、はぁー……」 「はぁ、はぁ、はぁぁぁ……あたまの中まで、せーえきでまっしろにされちゃったみたいだよ……はぁ……はぁ」 「ああぁぁあああぁぁぁぁあああぁぁあぁぁーーっ!」 ドピュッ! ドピュッッ! と、エリナの身体に向けて、俺の精液が弾け飛ぶ。 「はっ、はひっ、あっ、ひゃぅっ! せーえき、熱いせーえき、いっぱい……はぁ、はぁ……匂いも、すごくて……はぁ、あっ、あぁぁあぁぁ」 自分の身体に精液が注がれる様を、エリナはトロンとした瞳で眺め続けていた。 そんな姿がさらに俺を興奮させ、自分でも驚くほどの量がぴゅっぴゅっと、飛び散っていく。 「まだでてる、せーえき、いっぱい……はぁっ、はぁっ、ああぁぁ……」 「はぁー、はぁー、止まらない、気持ちよすぎて、止まらないんだ」 「すごい……エリナのからだ、ドロドロにされてる……せーえきでドロドロだよ……はっ、はぁぁ……はぁぁ……」 「はぁ……はぁ……ようやく、止まった……はぁ……はぁ……」 自分でも初めて経験するような射精に、思わず茫然としてしまう。 「凄く、気持ちよかった。こんなに気持ちいいのは初めてだ」 「はぁ……はぁ……エリナも、エリナも初めて……あたまも、からだも、もうとけきっちゃったよ……ドロドロ……はぁ……はぁ……」 「でも、一番ドロドロしてるのは、ユートのせーえきだけどね……はぁぁぁ……」 「そういうことを言う余裕だけはあるんだな」 「にひ、だって嬉しいもん」 「それはつまり……今回は、エリナにも満足してもらえた、ということでいいのか?」 「んー、でも……最後の方はちょっと減点かな」 「……申し訳ない。やはりまた、興奮してしまって」 「だからね、今からその分、もっともっと優しくして欲しいな」 「わかった。優しくだな?」 しかし、今さらどう優しくすればいいんだろう? ぬぅ……。 「とりあえず、ティッシュで拭くか?」 「……そういうことは、いちいち口にしなくてもいいよ」 「そっ、そうか。スマン」 「それに拭くよりも、洗い流した方が早いと思う。だからユート、一緒にシャワーを浴びよ♪ それで、身体の洗いっこをしよう!」 「洗いっこか……恥ずかしいな」 「だが、わかった。勝負で負けたからな、命令はちゃんときくよ」 「あとね、シャワー室までお姫様抱っこで運んで欲しいなぁ」 「お、お姫様抱っこ!? 誰かに見られたら――」 と思ったが、今さらだな。 今の時点で、お姫様抱っこを見られるよりもヤバいし。 「わかった。それじゃ早速……」 俺はエリナの身体をチェアから持ち上げ、自分の胸に抱き寄せてみた。 「んひゃっ!?」 「なっ、なんだ? どうかしたのか?」 「う、ううん。なんでもないよ。ただ、急に動いたから……ユートのせーえきが床に垂れちゃいそうになって」 「やっぱり、拭くか?」 「ヤだ。もう抱っこしてもらったんだもん、このまま。垂れちゃう前にシャワー室にゴーゴー!」 「了解だ」 「んっ……んん?」 俺が目を覚ますと、部屋が若干薄暗かった。 ……もう、夕方か。 「……でも、もう少し寝てようかな」 「すぅぅー……すぅぅーー……」 「もう少しこの寝顔を見てるのも、悪くない」 俺の隣ですやすやと眠る少女の寝顔。 ……可愛い。 「いや、そういうことじゃなくて」 こんなに気持ちよさそうにしてるのに、起こすのは忍びない。 というのはただの言い訳かもしれないが。 「んっ……にゃもにゃも……にひ、にひひ、ハラショー……」 「しかし、一体どんな夢を見て、こんなにニヤけてるんだろう?」 「もぉー……ゆーとぉー……」 「……? 俺の夢か?」 なんか……照れるな。いくら恋人とはいえ、夢の中にまで出てしまうだなんて……。 「こんな時間から、硬くしてぇ……ん、もう出すの?」 「………………そういう夢かよ」 「おっ、おー……べとべとに濡れちゃったね……にっひっひ、これが、本当の[夕]夕[立]勃[ち]ちだぁ~……にゃもにゃも……」 「どうして夢の中でまでオヤジ臭いんだ……よくそんなダジャレが出てくるな」 「んっ、んんぅ……ゆーとぉーのえっちぃ~……にひひ」 「……まぁ、幸せそうだからいいか」 なにより重要なのは、俺の傍でこんなに幸せそうな顔をしてくれるということだ。 今日のことを考えると、若干気が重くなっても不思議はないのに、笑ってくれている。 「しっかり支えないとな。これからも、笑ってもらうために」 「んっ、んん……んみゅ? ここは……」 「おはよう、エリナ」 「ユート。おはよう」 「本日の気分はどうだ?」 「ん? んー……起きたらユートの笑顔があったから、とっても素敵な気分だよ」 「そっか。それはなによりだ」 「もう、起きる時間?」 「そうだな。そろそろ起きないと、また誰かが心配して様子を見に来るかもしれない」 「だったら起きないといけないね。でもその前にぃ~、ちょぉーーっと確認しておきたいことがあるんだけど」 「先に言っておくが、勃起はもちろん、夢精もしてないぞ? だから『これが本当の[夕]夕[立]勃[ち]ちだね♪』なんて言おうとしても無駄だから」 「え? どうして、エリナが言おうとしたこと知ってるの? これが以心伝心ってやつかな? 素敵だね♪」 「……本当に言うつもりだったのか」 普通、思いついても言えないと思うのに。 「ユート、健全な男の人なのに、どうして勃起してくれてないの?」 「エリナの寝言に萎えた」 「寝言? なんのことかわからないけど、なんだかんだでユートが見せてくれないから、エリナは夕勃ちを見たことないんだよ?」 「だから見てどうするんだ? そもそも、勃起したところなら見たことあるじゃないか」 「それとこれとは話が別。全然違うの。寝てるのに勃起してるっていうところが見たいの」 「ついでに、寝ているユートをフェラで起こしてあげたいの♪」 「……エリナよ、それはちょっと二次元の媒体に触れすぎているんじゃないか?」 「そうかな? だったらユートは、お目覚めフェラって嫌い?」 「そんな経験したことがないものを、好きか嫌いかと尋ねられてもなぁ……」 「あえて答えるならば、多分好きっ」 「にっひっひ、ユートってエリナのことを言えないぐらい、えっちだよね。そんなところも大好き」 「俺だってエリナのことが大好きだぞ。エッチに寛容な可愛い女の子というところも、ポイントアップだな」 正確には『エッチに寛容』と言うよりも『エッチを推進』って感じだが。 「さて……名残惜しいが、そろそろ起きよう」 「はぁ……本当に残念だけど仕方ないね」 「別に一緒に寝るのは今日だけじゃない。これからも、一緒に寝る機会はいくらだってある」 「だったら、今日で満足するのは勿体ないだろう? 俺は、もっと何度も何度も幸せを味わいたいと思ってる」 「そっか。だからユートはエリナに夕勃ちを見せてくれないんだね?」 「そういう話じゃねぇよ」 せめて寝起きぐらいはもう少し落ち着いてくれないかなぁ……。 「二人って、今日はどうするの?」 「ん?」 「ほら、あの……不純異性交遊……の謹慎、昨日で終わったんだよね? それで、久しぶりにお仕事がお休みなんでしょ?」 「あー、そういえばそうだったね。今日は《サターン》土曜日で学院も休みだし、二人で出かけたりするのかい?」 「一応、出かける予定ではあるな」 「わー! デートですか?」 「いや、病院に顔を出す必要があるんだ」 「でも二人で一緒に行くから、デートと言えばデートだね♪」 「はいはい、ご馳走様」 そう、俺とエリナは今日、とある人と会うことになっている。 それはもちろん、俺が迎えに行ったロシアの研究者“ソフィーヤ・イヴァーノヴナ・ヂェーヴァ”と会うためだ。 扇先生に聞いたのだが、エリナ本人の様子を確認しないことには、データを提供できないと言っているそうだ。 向こうの言い分としては、本当にデータが必要な様子なのかどうかを確認をしたい、ということらしい。 「向こうは絶対に譲らないつもりだ。おそらく、なんとしても治療に食い込もうとするだろう」 「そうなったら、今のアヴェーン君の症状も知られてしまう」 「相手を信用できないこの状況では……データを諦めるのが一番の安全策なんだけど……」 「でも……それだと、治療が遅くなっちゃうかもしれないんだよね?」 「ねぇ、こうしない? エリナがその人と会って信用できるかを確認する。その人、エリナと面識があるって言ってたんだよね?」 「ああ、確かに言っていた」 「なら、多分秘密を話しても大丈夫な人かどうか、わかると思うから」 「ふむ……それは、僕としては助かるけど……本当に大丈夫なのかい?」 「うんっ! だって、エリナの傍にはユートがいてくれるもん」 「俺が絶対エリナのことは守りますから」 「くっ……僕の知らない間に二人の仲が深くなっちゃって」 そういうことで、実際に会う約束をしたのが今日、というわけだ。 「まぁ、そういうわけで、ちょっと留守にするから」 「何か用事があったら、携帯によろしくね」 「了解、わかったよ」 「それじゃエリナ、俺たちはそろそろ」 「おー、もうそんな時間? それじゃ、いってくるね」 「うん。気を付けていってらっしゃい」 ………。 「でも……二人とも元気そうだったわよね? なのに病院?」 「六連君の、いつもの検診じゃないのかな?」 「いつものことなのに、二人揃って?」 「素敵な関係だと思いますよ。好きな人の傍にずっといたいだなんて」 「それを受け入れてくれる寛容な男性、いいなぁ~」 「ならいいのだけれど」 「なにか、気になることでもあるのかい?」 「気になるというほどじゃないけれど……例の噂のことよ」 「不純異性交遊のことかい? だがそれは、本人たちが否定してたじゃないか」 「学院の中では、ね。実際付き合っているのだから、否定できない部分もあるんじゃないかしら?」 「私たちも、目撃してしまったでしょう?」 「あぁー……あれはねぇ……」 「……? あの、一体何のお話ですか?」 「莉音君は知らなくていいことだからね」 「えぇー……わたしだけ、いつもそうですね」 「だって……」 「……ねぇ」 「なんか、子育ての苦労がほんのちょっとだけわかる気がする」 「それより美羽ちゃん、一体何に気が付いたの?」 「だから――」 「それじゃ、エリナ」 俺は隣に立つエリナの手を優しく握りしめる。 若干ながら自分よりも冷えた手に、俺の温もりを分けるように強く、優しく、ギュッと。 「行くか」 「うん、行こ♪」 嬉しそうな笑みを浮かべるエリナが握り返してくる。 互いの指と指をしっかりと絡ませ合い、絶対に離したりしないと語り合うように、俺たちは相手の手を包み込んだ。 「いい加減にしてくれませんか? 今までのデータはすべて、偽物ですよね?」 「だから、それはですね」 「エリナ・オレゴヴナ・アヴェーンのデータの開示を要求してきたのはそちらのはずです」 「ですから私は協力しようとしているのに、どういうことなんですか? それに、本人との面会もかなわない」 「それには色々とありまして。とにかく、この海上都市では我々の指示に従っていただきます」 「……何を隠しているんですか? エリナと会わせられない理由でもあるんですか?」 「………」 俺たちが部屋に近づくと、何やら言い合い……というより、扇先生が責め立てられる声が聞こえてくる。 ……今、入って大丈夫かな? 「あり? この声って……?」 「……エリナ?」 「とにかく、中に入ってみよう」 「あ、ああ。わかった」 手は繋いだまま、俺は部屋をノックする。 「六連です」 「どうぞ」 「アナタは……確か、私を出迎えてくれた……――――――ッ!?」 『―――』 部屋に入った瞬間、固まる二人。 エリナは茫然と女性を見つめ、女性はエリナを驚いた瞳で見つめていた。 「あっ、あぁ……もしかして、エリナ……?」 「やっぱり、ソーニャだ!」 「え? え? 何事? どういうこと?」 「さ、さぁ? 俺にも……知り合いみたいですけど……」 それは扇先生だってわかっているだろう。 だがなぜ、研究所の頃の知り合いに会ったというのに、エリナはこんなに笑顔なんだ? 「アナタ、拘束されてるんじゃないの?」 「拘束? 何のこと? あっ、でも~、愛の鎖でなら束縛されてるかもぉ~」 「愛の鎖? いえ、それよりも身体は? 大丈夫なの? 何かの実験を受けたなんてことは」 「実験? さっきからソーニャは一体何を言ってるの?」 「だって、データの開示を要求して来たかと思えば、本人に会わせられないって言うから、てっきり何かの実験を受けているんだとばかり……」 「そんなの受けたことないよ? あ、でも、拡張実験はされちゃったかもぉ~」 「やめんかいっ!」 「でも嘘は言ってないよね? にっひっひ~」 「それはそうだが……拡張実験だと、まるで俺が尻に興味を抱いたみたいにも……」 「えぇいっ、とにかく下ネタはちゃんとタイミングを考えること!」 「………………はぇ?」 『………』 「あー……どうも予想していた事態とは、逆方向に進んでるみたいですね」 「みたいだね。まっ、好転したって考えていいかも知れないね」 「あのー、申し訳ありませんが、これは……一体……?」 「ええ、わかっています。我々はお互いを誤解しているようです。ここはひとつ、落ち着いて話し合いましょうか」 「というわけで……お分かりいただけましたか?」 「つまり、私はエリナのトラウマかもしれないと、心配されていたわけですね?」 「そして今回の治療の参加も、本国に新たなデータを持ち帰るためかもしれない、と」 「そういうことになります」 「そしてミズ・ソフィーヤ、あなたは我々がアヴェーン君を使って、何か実験を行っているんじゃないかと、疑惑を抱いた」 「だから自らが現地に赴き、問題があれば助けだし、ロシアに連れて戻るつもりだった、と」 「その通りです」 「悲しい擦れ違いだったね」 「それが自分のことで起きていると、まずは理解をしようか」 「ソーニャ、心配し過ぎだよー。サヨはそんなことしたりしないよ?」 「だって、そうとしか考えられなかったんだもの! 今さら昔のデータの開示だなんて……どう考えても、なにか実験をされてるって思うでしょ!」 「似たような立場として、気持ちはわかりますよ」 「そうですよね!? なのに、この子ったらアッケラカンとした表情で……人がどれだけ心配したと思ってるのよ」 「ごめんなさい。でもまさか、ソーニャがこっちに来てるとは思ってなかったんだもん」 「まぁ、正直に報告したら色々と揉めたけどね。でも、この件は私で止めて勝手に来たのよ」 「持っていたカードを切って、知っている人間は無理矢理納得させたわ。エリナを救うためなら、私はどこにだって行くわよ」 「そっか……ありがとう、ソーニャ。にひひ」 「………」 「あの~」 場が一区切りついたところで、俺は恐る恐る手を挙げてみた。 「あり? どうかしたの、ユート」 「それで結局、エリナとソフィーヤさんの関係は?」 「ロシア時代、この子が研究所にいたとき、私は研究員としてそこに勤めていました。聞いていませんか?」 「それは聞いてます。ですが、今みたいに親しげな話をするほどの関係がいたのは初耳だったので……」 「おー、そっか。そういえば、ソーニャのことについては話してなかったね」 「ソーニャはね、私と遊んでくれたり、お菓子をくれたり、他の人たちとは全然違ってたの」 「そのせいで、よく怒られたけどね。被検体に感情移入をするなって」 「二人とも覚えてないかな? モトキに最初の診察をお願いした時に言ったようが気がするんだけど――」 「まぁ、基本的には厳しくて変な人たちばっかりだったけど、中には優しいお姉ちゃんもいたからね」 「あー、確かに! 言われるとそんなことを言ってた気がする」 「つまり、その優しいお姉さんというのが……」 「ソーニャだよ。エリナ、ソーニャとの思い出だけは、沢山あるの」 「エリナに日本語を教えてくれたのもソーニャだし、たまに湖に連れて行ってくれて、ボートに乗せてくれたり」 「あの時はちょうど、免許を取り立てで、使いたくて仕方なかったから」 「あとね、元[カー]K[ゲー]G[ベー]Bのおじさんも、ソーニャの知り合いなんだよ」 「[カー]K[ゲー]G[ベー]B?」 「私の叔父が昔。研究所内には娯楽はなかったので、暇つぶしになるような面白い話がないかと叔父に尋ねたところ……」 「では私が色々と教えてやろう、と言い出して……それで……」 「鍵開けとか、尾行の仕方とか、スパイの心得とか、モールス信号とか、いろいろ教えてもらったんだよ」 「あー……なるほど」 「すっごく楽しかったことを覚えてる!」 「ソフィーヤさんは元から、エリナのことを大切に思っていたんですね」 「私は吸血鬼の研究の仕方に反対をしていました。特にエリナのような子供を閉じ込め続けることには」 「吸血鬼の力で、人を助けられるのではと思ったのですが……現実には人助けの研究はされず、上層部は私の意見を認めようとはしません」 「まぁ、あり得る話だね」 「そんなときですよ、大物吸血鬼が、仲間を合法的に助けようとしていると聞いたのは」 「その動きに連動して、同じ考えを持つ者たちで、エリナたちに自由を与えることができました」 「そうだったんですか……」 「ですから、私には責任がある。この子を自由にした、外の世界を与えた責任が」 「ソーニャ……そんなこと考えてたの?」 「そうよ。優しいお姉ちゃんだけじゃなくて、責任ある大人だもの。だから私は、アナタを幸せにする。絶対に」 「そっか。でも、それは……残念だけど無理だよ、ソーニャ」 「だってエリナを幸せにしてくれるのは、ここにいるユートだもん♪」 「……おい、このタイミングでか?」 「……? どういうことですか、ムツラ君」 「あー………………その……」 えぇいっ、付き合っているのは事実なんだし、秘密にしておく必要もない。 この人はエリナのことを大切に思い、エリナにとっても大切な人だ! だったら、逃げちゃダメなんだっ! 「俺は今、エリナと付き合っています。いわゆる、恋人の関係です」 「……はぇ? エリナ、アナタ……本当に?」 「うん、そうだよ。ユートはね、エリナの大切な、たいせーつな人なの。恋しちゃってるんだよ♪」 「改めて、自己紹介させて下さい」 「エリナの恋人の、六連佑斗と言います」 くぅぅ……やっぱり、こんな改まって“恋人”なんて口にするのは恥ずかしいな。 「その愛人の扇元樹です」 「すみません、すっこんでて下さい。真面目な話をしているので」 「……僕だって真面目に言ってるのに……でもごめんなさい」 「恋人……エリナの恋人……エリナが、恋……」 俺とエリナを交互に見ながら、言葉を反芻するソフィーヤさん。 今まで“実験を受けているのかも!?”なんて心配をしてたわけだし、唐突過ぎたかな? だが、そんなことはなかったらしく、ソフィーヤさんはフッと優しい笑みを浮かべた。 「あのエリナが、恋ねぇ……ふふ」 「な、なに? 何がそんなにおかしいの?」 「別に。ただ嬉しいだけよ。恋をして、そんな風に嬉しそうに笑ってくれて……本当に嬉しいの。私のしたことが間違いじゃなかったから」 「うん、ありがとう、ソーニャ。エリナ、今すっごく幸せだよ」 「そう。それなら私からは何も言うことがないわ」 二人は優しい笑顔で笑い合う。 そこには俺や扇先生には割り込むことのできない、過去を知りあうからこその特別な雰囲気があった。 ………。 ちょっと、悔しいな。 「はぁ~、安心した。まさかエリナが恋をして、幸せって笑ってくれるなんて……でも待って。ならどうして、データの開示なんて……」 「………」 「それは……」 「ミズ・ソフィーヤ、そちらに関しては僕が説明します」 「今の彼らの発言に嘘はありません。ですが……それとは別の問題が生じているんです」 その言葉に、優しい表情だったソフィーヤさんの顔に再び緊張が走る。 「問題、ですか?」 「はい。今さらアナタに、アヴェーン君の体質について説明する必要はないと思うのですが……彼女は、吸血鬼の血を吸う吸血鬼です」 「その体質に若干の変化が現れたんです」 「それで、変化というのは?」 ソフィーヤさんの言葉に対し、扇先生はこちらに視線を向けてくる。 このまま、説明してしまっていいか? おそらくはそんな最終確認だろう。 「うん。いいよ、ソーニャなら、大丈夫だから」 「わかったよ。ではミズ・ソフィーヤ、結果から述べさせてもらいますが……」 「彼女はもう、六連君なしでは生きていけない身体になってしまったんです!」 「なっ――なんですってぇっ!!??」 「何故そんな言い方を!? 誤解を招くので止めて下さい!」 「なっ、アナタ! エリナに一体何をしたんですか!? いくら恋人だとしても、やっていいことと悪いことがあるでしょうに!」 「誤解です。別に、変なことなんて――」 「でも確かに、エリナはもうユートなしでは生きていけないかもぉ~。あの夜の快感が忘れられないのぉ~」 「だから、煽るな!」 「とにかく、落ち着いて下さい。先生もっ! もっとちゃんと説明して下さい」 「ごめんごめん、二人の関係が羨ましくって、つい………………ゴホンッ」 「改めて説明するとですね、アヴェーン君は今、六連君の体液がないと生きていけない体質になったんです!」 「絶対ワザとですよね、それ!」 「なっ!? そのような非人道的な調教技術が……? 恐ろしい……これがHENTAIテクノロジーですか」 「そんな技術があるかっ!」 「そうじゃなくて、体液っていうのは血のことです。精液じゃないっ! エリナの体質が変化して、他の吸血鬼の血では反応しなくなったんです」 「……ムツラ君の血でしか?」 「うん。血が足りなくなるとね身体が熱くなって……いくらパックの血を飲んでも、渇きが満たされなくて……」 「でも、ムツラ君の血を飲んだら、身体の渇きが解消される……それは、いつから? その……好きになってから?」 「んーー……ゴメン。よくわかんない……時期としてはそんなに離れてないと思うけど」 「ハッキリと恋を自覚した時期を覚えろというのも、難しい話だろうからね」 「……恋の可能性……いえ、ダメね。私は研究者、まずは科学的アプローチで詰めないと」 「Dr.オウギ、アナタ方が慎重になっていたわけがわかりました。確かにこれは、おいそれと口にできることではありませんね」 「ご理解をいただけたなら、助かります」 「その上で、改めてお願いします。今回の治療に、私を参加させて下さい。エリナの力にならせて下さい」 「私は、この子の幸せを守りたい。それが私の責任であり……一人の友人としての、本心です」 「ソーニャ……」 「わかりました。ご協力頂けるなら、こちらとしても助かります。ただ――」 「えぇ、わかっています。この件と本国は、なんの関係もありません。データなどを持ち帰るつもりもありません」 「たとえ本国を裏切ることになろうとも……エリナのためですから」 「そうですか。でしたら、こちらからお願いします」 「ありがとう、ソーニャ、ワタシのために」 「気にしないで、エリナ。私は今、幸せなんだから。自分が今までしてきたことで、エリナの幸せを守れるかもしれないと思うと、凄く嬉しいわ」 「そっか……それじゃソーニャ、よろしくお願いします」 「ありがとうございます、ソフィーヤさん」 「ふふ、そんな改まられると恥ずかしいわね。任せておいて――と、言い切る自信はまだないけれど、全力は尽くします」 「ではまず、今後はロシアへの連絡は絶って下さい。もし本国の者が興味を持てば、エリナを捕まえようとする可能性もあるでしょう」 「私が連絡を入れ、誤魔化しておきます。決して、悟られる事はしないで下さい。でなければ……エリナに危険が迫ります」 「わかりました」 「そして、改めて血を採らせてもらえますか? 過去のデータは、保存してあるんですよね?」 「ええ、もちろんです。一応、こちらでも色々と試してみているんですが、あまり芳しくないのが現状です」 「わかりました。では、そちらのデータも後で確認させて下さい」 「おー……ソーニャ、なんだかしっかりした大人みたいだね」 「あのねぇ、私は昔からしっかりした大人だったわよ」 「そうだったかなぁ? 何もない廊下でよく転んで、おパンツ丸出しにしてたくせに。どっちかっていうと抜けてなかった?」 「あっ、あれは、だから……もう! それとこれとは関係ないでしょ! はい、それよりも採血!」 「にひ、ソーニャに採血されるのも久しぶりだね」 「そりゃそうでしょう。それよりエリナ、最後に一つだけ確認させて欲しいんだけど……その、彼のこと……本当に?」 「ヤ リュブリュー!」 「……そう。それならもう、私が言うことは何もないわ」 「……? 今、なんて言ったんだ?」 「にっひっひ~、な・い・しょ♪」 「………」 今までに聞いたことのないロシア語だったが……別に文句を言われた雰囲気じゃないし、そこまで気にしなくてもいいか。 昔からの知り合いなら、色々とあるんだろうし。 「さっ、六連君も採血をしておこうか」 「……わかりました」 「それから先生、エリナの体質についてわかったことは?」 「すまない、報告できるようなことは何も。全く進展してないわけじゃないんだけどね……なんせ、手探りだから」 「だが、これからは進展すると思うよ。彼女の協力を得られるならね」 「すみません、よろしくお願いします」 「うん、わかっているよ。でも………………信頼するのは、まだ早いけどね」 「それって」 「いや、アヴェーン君との過去が嘘だとは思わないよ? ただ……二人が会っていない時間が長すぎる」 「過去が嘘じゃないにしても、今の気持ちが本心とは限らない……」 「残念ながら、そういうことだね。我ながら疑心暗鬼な性格にうんざりするよ」 「確かに、そういうことも言えるかもしれませんが……でも……」 俺にはどうしても、ソフィーヤさんのエリナに対する優しい視線が、嘘だとは思えなかった。 「いや、六連君はそのままでいいんじゃない? これは僕が心配性なだけだし」 「彼女はアヴェーン君には大切な人だろうし、君はあんまり疑うようなことはしない方がいいと思う――」 「――ってぇ! どうして僕がこんなアドバイスをしなきゃいけないんだいっ!」 「………」 いい人だなぁ~って思った瞬間にコレだ。 もう少し自分を抑えられたら、もっといい人になれそうなのに……非常に残念だ。 「Dr.オウギ。ではまず、今の状況を教えていただけますか?」 「……わかりました。今、資料をお持ちします」 「エリナに問題がないとわかった以上、私もデータをお渡ししましょう」 「――こっ、この資料に、間違いはないのですか?」 「間違いありません。現状、最新のエリナ君のヴァンパイアウイルスですよ」 「確かに体質の変化を考えるならば可能性としてはありましたが……まさか、本当にこんなことがあるなんて」 「僕も驚きました、こんなことになっているなんて……これは資料を頂けないと、わからなかったかもしれません」 「先生?」 「ソーニャ?」 「エリナ……アナタのヴァンパイアウイルスが、変異しているわ」 「変異? それって……」 「言葉通りだよ。ウイルスの形状や性質が変化しているんだ」 「もともと、エリナが人間ではなくヴァンパイアの血を必要とする理由は、そのウイルスが特殊だからこそなの」 「ううん、エリナに限ったことじゃない。吸血鬼は全員ヴァンパイアウイルスを保有してる」 「個人の能力に差があるのは、そのウイルスの差だと言われているわ」 「つまり、そのアヴェーン君のウイルスが、何らかの理由で変化し、六連君の血でしか反応をしなくなった」 「そうなると……やっぱり、原因は俺にありそうですね」 「……え? ユート?」 「アナタに対する恋心が理由――だったら、ロマンティックでいいけれど……残念ながら私は現実的なアプローチをしなければならない」 「エリナのウイルスは、いわば捕食型なの。他のヴァンパイアのウイルスを自分の中に吸収していく。変異はおそらく、その性質のせいだと思う」 「つまり俺のヴァンパイアウイルスには……吸収しきれないような、強力な何かがあった………?」 「現状、それが一番可能性としては高いわね」 「前例がないことだから他の可能性も考えられないこともないよ。たとえば……お互いのウイルスの相性とかね」 「ですがこれは……まるでウイルスが、浸食されているみたい……やはりこれは、相性よりも疑うべき点があるのでは?」 「………」 「Dr.オウギ、まだ私に隠していることはありませんか?」 「………」 「まだ私を信用していないのはわかっていますし、当然のことだと思います。同じ立場なら私もそう考えるでしょう」 「ですが、この現象を解決するためには、手持ちの情報だけでは足りません。ですが、アナタなら心当たりがあるのでは?」 「おそらくはそこに、この変異を解明できる秘密があるはずです」 「どういう……こと? ユート……?」 「………」 「……六連君、これは僕が勝手に言えることじゃない。だから、君が決めてくれないか?」 「私は、エリナのことを救いたい。エリナの幸せを守りたいという気持ちに嘘はないわ。どうか……話してくれない?」 「………」 「……約束、してくれますか? 裏切らないと」 「わかってる。勿論、アナタの秘密は誰にも漏らさない」 「いえ、そうではなくて……俺じゃなく、エリナを裏切らないと、約束してくれますか?」 「………」 「……わかりました……エリナに誓いましょう」 まっすぐにその顔を、正面から見つめる。 ソフィーヤさんは、俺の視線から一瞬たりとも目をそらすことはなかった。 「わかりました。信じます、エリナに対するアナタの気持ちを。そして、アナタを信じているエリナのことを」 「……ありがとう」 「先生、すみませんが、先生の方から説明してもらえませんか?」 「そのことについては、俺よりも先生の方が詳しいと思いますから」 「わかった。六連君がそう言うのなら……この資料に、目を通してもらえますか?」 「これは……?」 「僕が今まで調べてきた、六連君の血液に関する資料です」 「……お借りします」 そうして手早く俺の資料に目を通していくソフィーヤさん。 枚数が進むごとに、その目が大きく開かれていく。 「これは………………これが、ムツラ君の血ですって? この特徴は――まるで……」 「まるで……なに? なんなの?」 エリナの質問にソフィーヤさんが答えるより先に、俺はエリナの正面に立った。 「エリナ、その質問には俺が答える」 「これは俺が、自分の口で伝えなきゃいけないことだから」 「本当はもっと前に……恋人になる前に、打ち明けなくちゃいけなかったことが……あるんだ」 「ユート……うん、わかった。ワタシ、ちゃんと聞くよ」 俺の雰囲気に引っ張られるように、エリナの表情が真剣な物に変化していく。 「………」 ……怖い……俺の能力のことを知ったら、エリナは俺を怖がるかもしれない。 エリナの温もりを失ってしまうことを考えると……想像したくないぐらい、怖い。 だけど……いくら怖くても…… 「なに? ユートが隠してたことって」 「それは……」 エリナもこんな風に怖かったんだろうか? こんな恐怖に立ち向かって、俺に秘密を打ち明けてくれたなんて……やっぱり俺の恋人は凄いな。 だったら俺も、エリナの恋人として、逃げるわけにはいかない。 「俺は――――――複数の能力が使えるんだ」 「……え? そ、それって……ラ……ライカンスロープの特徴……だよね?」 「そう。伝説で言われている“吸血鬼喰い”のライカンスロープと同じ特徴だ」 「エリナも……やっぱり、俺が怖いか? 嫌悪、するか?」 「え? え? でも……でも、ユートはもともと人間なんでしょ? 感染した吸血鬼なのに、ライカンスロープ?」 「確かに、その点に関しては僕も疑問に思っている」 「元人間の感染型。感染した時にはワクチンも通用せず、そのまま変化した。確かにこれは、不思議な現象ですね」 「それに六連君は、今までに吸血鬼を[た]喰べた、なんてことはない。なのに、複数の能力を使える」 「不審な点が多いから、僕はずっとライカンスロープじゃない可能性を探してきた」 「ですが、この資料を見る限り……私にはライカンスロープとしか思えません」 「………………ライカン、スロープ……」 「興味深い……こんなことは、初めて見る現象です。こんなデータは、既存の研究では存在しません」 「既存の研究……ミズ・ソフィーヤ、アナタは僕も知らないようなライカンスロープのデータをお持ちのようですね」 「……誠意をお返しするつもりで、正直にお話しましょう。ロシア本国では、ライカンスロープに関する研究もおこなわれていました」 「私は直接関与していたわけではありませんが、それでもある程度のデータは閲覧できますので」 「へぇ……ライカンスロープの研究を」 「もし必要とあらば、可能なデータはお渡ししましょう。ただし、本国が許可するわけがないので秘密をお約束いただけるなら、ですが」 「よろしいんですか?」 「私を信用し、秘密を明かしていただいた代わりですから。ですが、今はエリナのことに集中させていただけますか?」 「それはもちろん。興味はありますが、物事の優先順位は大切です」 「助かります……あっ、ごめんなさい。こんな話は、後ですべきだったわね……」 「いえ。気にしないで下さい」 「それより……やっぱり、ソフィーヤさんの意見としても、俺はライカンスロープ……ですか?」 「……残念ながら。このデータを見る限り、そうとしか考えられないわ」 「ただ、勘違いしないで欲しいんだけど、伝承にあるライカンスロープ像というのは、ある種作られたものであるの」 「別チームの研究だから詳細までは知らないけれど、ライカンスロープが実際に同胞を[た]喰べることはなく、あれは一種の比喩らしいの」 「だから仮に、ムツラ君がライカンスロープだとしても、特別な危険がエリナにあるわけじゃないわ」 「そう……なんだ?」 「やっぱり、怖いか?」 答えてから俺は、再びエリナに向き直る。 先ほどから沈黙したままのエリナの視線から逃げないように。 「え? あ、ううん。怖くなんてないよ、ちょっと驚いちゃっただけで」 「無理はしなくていいぞ? 怖いなら怖いと言ってくれて――」 「……無理はしてない、本当に。怖くはないんだけど……ちょっと待ってもらっていいかな? 考えをまとめたいから」 「ああ、勿論だ」 「……ユートが、ライカンスロープで……だから、エリナの体質が変化して……むっ、んんーー……」 「………」 エリナは戸惑いつつ、色んなことを考えているようだ。 俺にはまだわからないが……やはり、吸血鬼にとって“ライカンスロープ”はそう簡単に受け入れられることじゃないんだろうな。 「うっ、むっ、んんーーーー……もうちょっと待ってね」 「あ、ああ」 何をそんなに考えているんだろう? 俺としては、すでに覚悟は決めている。あの時の美羽のような視線を向けられることも……。 だが、たとえ怯えられたとしても、今さらエリナのことを諦めたりはしない。俺は、エリナのことが大好きだから。 「……エリナは今、ユートのライカンスロープに浸食されてるってことで……そっかっ!」 「つまりエリナの身体は今、ユートの血でできてるってことなんだね! ちょっと嬉しいかも♪」 「………」 「考え込んだ末に……そんなヤンデレみたいなこと言われても……」 「あのね、さっきからずっと考えてみたんだけどね……やっぱりエリナはユートのことが好きだよ」 「ありがとう……だが、ライカンスロープは普通の吸血鬼からしたら、嫌悪するものなんだろう?」 「んー……そうかもしれないけど……でもほら、エリナは普通の吸血鬼じゃないから」 「それはそうかもしれないが……そんな、軽く言っていいのか?」 「もし俺のことがバレたら、エリナまで巻き込まれる可能性だってあるんだぞ?」 「そんな時こそ愛の逃避行だね♪」 「あのな、エリナ……」 「ワタシ、真面目だよ。ユートがライカンスロープだとしても、ワタシは本当にユートのことが好き、大好き」 「それにユートはさっきから“いいのか?”って訊いてくるけど、ユートだってこれぐらい軽い感じで受け入れてくれたじゃん」 「そうか? 俺としては、かなり考えた結果だったんだが」 「エリナだってちゃんと考えたよ? 考えたけど、どうしても恋愛感情で考えちゃうんだよ」 「一緒にいることを前提にして、これからのことを考えちゃうの。ユートだって別に、ワタシとお別れしたいわけじゃないんだよね?」 「勿論だ。そんなことは微塵も思っていない。だが、この秘密で、エリナが俺のことを嫌いになっても仕方ないとも……」 「ユートは……ワタシに温もりをくれた。ユートが温もりをくれたからこそ、一人じゃないんだって思えて、凄く嬉しくて、幸せになれた」 「格好よくて、男らしくて……でも、それより重要なことは、ユートはワタシみたいな子を優しく受け入れてくれたこと」 「それが凄く凄く嬉しかった。だからワタシはユートのことが大好き。この気持ちは、絶対に変わらない」 「だからね、ユートの過去に何があったとしても、どんな秘密を抱えていたとしても、ユートが大好きなまま」 「エリナ……」 「いくら考えても、ユートのことが大好きっていう気持ちは変わらないんだもん。ワタシには、その気持ちが一番大事なんだよ」 「ユートは、違うの? 他に大事なことある?」 「いや、そんなことはない。俺もエリナのことが大好きだ。その気持ちが一番大事だと思ってる」 「だったら、これで十分だよね♪」 「………」 「もぉー、まだ不満があるの?」 「いや、違う。そうじゃない。不満じゃなくて、嬉しくてな。幸せを噛みしめてた」 「にひひ、その気持ちはね、エリナも味わった気持ちなんだよ」 「ね? 嬉しいでしょ?」 「ああ、そうだな」 なんだろう……? 最初から諦めるつもりはなかったが……それでもこうして受け入れてもらえると、凄く嬉しいというか……ちょっと泣きそうになる。 そうか、あの時“アレキサンド”で泣いていたのは、こんな気持ちだったからなのか……。 「ありがとう、エリナ」 「ううん、気にしないでいいよ。ユートと離れたくないのは、エリナの方なんだから」 俺たちは互いの気持ちを表すように、笑顔を浮かべ合った。 その笑みに俺の心がホッと温かくなっていく。 そして同時に、こちらに向けられる若干冷えた二人の視線も……。 『………』 「イチャイチャして、イチャイチャして……」 「まぁ、幸せそうだから、私は別にいいんだけど……本当に、好きな人ができたのね。おめでとう、エリナ」 「うん♪ ありがとう、ソーニャ」 「あー、コホンコホン。とにかく、話を戻そう。このままイチャイチャされるのは悔しいから」 「とにかく、今後はミズ・ソフィーヤと協力して、アヴェーン君の体質について調べていくよ」 「よろしくお願いします」 「それからミズ・ソフィーヤ、くれぐれも今回のことは」 「もちろん、先ほどの約束はちゃんと守りますので、安心して下さい」 「ありがとうございます」 「今はまだムツラ君の身体に疑問もありますが……ひとまず、ライカンスロープという前提で、調べてみましょう」 「よろしくお願いします」 「えぇ、できる限り力は尽くすわ。その代わり……ムツラ君の方こそ、よろしくお願いするわね、エリナのこと」 「はい」 ソフィーヤさんにそう答えると共に、エリナの手を優しく握った。 その決意を、言葉ではなく行動でエリナに伝えるために。 そんな俺にエリナは、躊躇うことなくその手を握り返して、笑みを浮かべていた。 『どうした? 定時連絡には早い時間だが』 「はい。ソフィーヤ・イヴァーノヴナ・ヂェーヴァの動向ですが、データを持ち出した目的はそれほど大したことではなさそうです」 「今さら興味を惹くものではないかと思われます。無理をして手に入れる必要はないと、私は判断します」 『そうか』 「ですが……意外なものが釣れました。おそらく、こちらには興味を惹かれるかと」 『ほぅ、それは面白そうだな』 「~~~♪」 「上機嫌だな、エリナ」 「うん! だって、まさかソーニャが来てくれるなんて思ってなかったから」 「よかったな」 俺が頭を撫でると、いつもの女の子らしい笑顔とはまた別の……まるで純真な子供みたいな笑みを浮かべて大きく頷いた。 「しかし……“ソーニャ”か」 「……? どうかしたの、ユート」 「いや、別に大したことじゃないんだがな……ソーニャって愛称だよな? 外国ではよく聞くけど」 「うん。ソーニャの方は、エリナのことを愛称で呼ぶと怒られるから、そのままだったけどね」 「……ふーん」 「あり? ユート、不機嫌? なんか……怒ってる?」 「いや、別に怒ってない」 「えー……でも、なんだか、声がトゲトゲしてる。エリナ……なにか、怒らせるようなことしたかな?」 「そんなことない。怒ってるとか、そうじゃなくて……そんなのじゃなくて、だな……その……」 「思ってた以上に、二人の仲がよかったから」 「つまり、それって………………焼きもち?」 「………………」 「焼きもちなんだ? にっひっひ~」 「……はぁ……うん。まぁ、そういうことなんだろうな」 「相手は同性で、エリナも別にそんな目で見てるなんて思ってない。それでも……仲がよさそうなのが、ちょっと悔しい……かもな」 「にっひっひ。そんなことを言ってくれるなんて、ちょっと意外。まさか、ユートが嫉妬してくれるなんて……嬉しいかも♪」 「そうか?」 「そうだよー。ユートっていつも余裕を持ってるから、もしかしてエリナばっかり好きなのかもって思ってた」 「……そんな不安を与えてたのか? ちゃんと好きだと口に出していたつもりだが……」 「確かに、わかってるんだけど……それでもやっぱり、不安にはなっちゃう。ユートが今、エリナに焼きもちを妬いてくれてるみたいにね」 「なるほど。そういうものか」 相手のことが好きだからこそ、どんどん不安になってしまうものなのかもしれない。 「だが、こういう嫉妬って、どうすればいいんだろうな」 「んー……そうだねー……試しにユートもソーニャみたいに呼んでみよっか?」 「それって愛称で呼び合うってことか?」 「うん。そういうこと♪ そしたら、ユートも安心できるし、エリナも嬉しいもん♪」 「愛称か……確かに、羨んでた部分は解消できるかも」 「でしょ? それにエリナたちはもう恋人なんだから、むしろそれぐらいした方がいいんじゃないかな?」 「ふむ……そうだな。確かにエリナの言う通りかも。俺たちは元々名前で呼び合ってるから、その方が親密になった気がするしな」 「うん! そうしよう!」 「しかし、なんて呼ぶ? その“ソーニャ”みたいな感じで、俺のことを呼ぶなら、どんな風に呼ぶ?」 「そうだね、んと……やっぱり“ユー”かな? 他にはあんまり思い浮かばないや」 「ユー……うん。それでいいんじゃないか?」 「それじゃあ、俺はエリナのことを……この感じだと、エーちゃん、とか?」 「それはあんまり可愛くないからヤだ」 「だろうな。言っておいてなんだが、俺も全く違うROCKな人物を想像してしまうから嫌だ」 「だが、そうすると……“エリー”とか? 若干、違和感を覚えるなぁ。ちょっと別人を呼んでるみたいだ」 「それなら別にユート……じゃないや、ユーはエリナのままでもいいよ?」 「いや、だがそれはお互いに呼び合うからこそ、意味があるんじゃないか?」 「そうかもしれないけど……今まで、そんな風に呼び合う関係の人っていなかったから……ちょっと気恥ずかしいかも……」 「ふむ、そうか……」 「エリー」 「ちょっ、ちょっと、ユート」 「ユートじゃなくて、ユーだろう?」 「ゆ、ユー……」 「なんだ、エリー?」 「だから、エリーは恥ずかしいんだってば……ゆ、ユー……」 「わかってるよ、エリー」 「~~~!? わかってて言うなんて……ユーのイジワル」 「だって、エリナをそんな風に初めて呼ぶのが、俺以外になったら嫌だかなら。エリナの初めては、全部俺がもらう」 「おー……ユーのえっち。お尻の穴まで奪う宣言を、こんなところでするなんて」 「そういうことを言いたいわけじゃねぇよっ!」 「とにかく、エリーは禁止。エリナはユーって呼ぶけど、ユーはエリナのことを、今まで通りエリナって呼ぶこと、いい?」 「………」 不機嫌そうな様子からして、ちょっと冗談が過ぎたかもしれない。 「スマン。エリナの可愛い顔が見たくて、イタズラし過ぎた」 「むぅー……ユーってそういうところがあるよね。可愛い姿を見たいって、エリナのことをイジメてくる」 「あんまり自覚はないが……そうかもしれない」 エリナが上擦った荒い息で、『もうダメ~』とか言ってるときは特に。 ……それで言うと、かなり前科があるな、俺。 「だから“エリー”は禁止。OK?」 「わかった、俺が悪かった。エリーがそう言うならそうしよう」 「……全然わかってない。本当にイジワルだよね」 「もぉー、エリナがどMなことに感謝してよ? エリナだから、ユーがイジワルでも喜んでるんだから」 「……結局、喜んでるんじゃないか」 「だが、ありがとう、俺と付き合ってくれて。俺はエリナと恋人になることができて、凄く幸せだ」 「エリナも、ユーと恋人になれて幸せ♪」 「本当に、エリナの方だけでいいのか?」 「いいの♪ そんなの気にしないで。ユーにエリナって呼ばれるの、ワタシは大好きだから」 「エリナがそう言うなら……これでいっか」 「あっ、でも……その代り、一つお願いがあるんだけどぉ~」 「夕勃ちなら見せないぞ?」 「ケチー。でも、お願いはそうじゃなくて……キス……して欲しいな」 「……キス?」 「そっ。チュー、キス、パツィェルーイ、ベサメ・ム~チョ♪」 「ここで?」 「ううん、時間はいつでもいいんだけど……最低でも一日一回はキスしてちょーだい」 「愛称で呼び合う代わりに、そっちの方がいい!」 「……キス……ねぇ」 「イヤ?」 「いや、全然嫌じゃない。嫌じゃないんだが……改めて、エリナは変わらないと思ってな」 「……変わらない? あっ、まだ自分の体質のこと、気にしてるんだ?」 「そんなつもりはないっ」 「と、言いたいところなんだが……正直に言うと、やはり心のどこかで引っかかってる部分があると思う」 だからこそ、エリナの気持ちが嬉しくて嬉しくて……。 そして、あまりに呆気なく受け入れてくれたことに、若干の不安を感じている気がする。 「そっか……わかった。それじゃあ、ユーが安心できるように、エリナの気持ちを証明してあげる。きーめたっ!」 「証明?」 「早速、寮に戻ろ、ユー!」 「い、一体何をするつもりなんだ?」 「にっひっひ、すぐに教えてあ・げ・る♪」 ――で、俺はエリナに言われて、ソファに座っているのだが……。 「準備ができたらメールするから、それまでは大人しくしててね、にひひ」 「と言っていたが……一体何の準備だ?」 「あれ? 六連先輩、どうしたんですか? 朝食はまだできてませんが」 「ああ、ちょっと。エリナと話があって」 「エリナちゃん、もう帰ってるんですよね?」 「そうなんだが、何やら準備があるとかで」 「準備? お茶の用意でもしてるのかな?」 「稲叢さんは今から準備?」 「はい。皆さんの帰宅も考えると、一時間後ぐらいに出来上がるように作りますが……先輩は早めに食べますか?」 「いや、他のみんなと一緒でいいよ」 「そうですか、わかりました。さてと、それじゃあ始めようかな」 「手伝おうか?」 「いえ、エリナちゃんとお話があるんですよね? そっちを優先させて下さい。きっと大事なことだと思いますから」 「そうか? なら、甘えさせてもらうよ」 「………」 「しかし、エリナは本当に何をしてるんだろう?」 話し合いの結果は出て、エリナは俺を受け入れてくれると言った。 これ以上一体何を証明するというんだ? 「おっ、ようやくメールだ」 『部屋に来て☆』 準備とやらが整ったらしい。 「さて、それじゃ行ってみるか」 「エリナ? メールを見て来たが――」 エリナの部屋に入った俺は、目の前の光景に愕然とする。 というか、予想外過ぎて、ちょっと頭が痛くなりそうだった。 「いらっしゃ~~い」 「………」 「なに、してるんだ?」 「あり? 見てわからないかな? 裸リボン♪」 「いや、それは見ればわかる。それはわかるんだが……何故、裸リボン?」 「だから、ユーへのプレゼント。エリナの気持ちを証明するための」 「……裸リボンが、気持ち?」 わけがわからないよ。 「スマンが、どういうことなんだ?」 「あり? わかんない? だから、身体をリボンで結んで、エリナ自身をプレゼントしてあげる、ってこと♪」 「ライカンスロープって吸血鬼喰いなんでしょう? だから、エリナのことも食べちゃっていいよ、もちろんえっちな意味でね、にひ♪」 「……それは意味が違うだろう?」 「だって、本当に食べられちゃったら一緒にいられないでしょ? でもえっちな意味でなら、いくらでも食べていいよ♪」 「………」 自分の身体をリボンで飾ったエリナが、そう言って笑う。 その笑顔に無理をしている様子はなく、いつもの無邪気な笑顔で……あまりにも変わらない雰囲気に、俺の身体から力が抜けていく。 「……はぁ……時間をかけて何をしているのかと思ったら」 「え、ため息? あ、あり? ダメだった? 裸リボンはユーの趣味じゃない? エプロンの方がよかったかな?」 「そうじゃなくて……裸リボンが俺の趣味かどうかはこの際おいておくとして、俺が言いたいのは……」 「……言いたいのは?」 「………」 「いや、なんでもない……ありがとう、エリナ。凄く嬉しいよ」 そうだな、脱力はしてしまったが、エリナがこうして俺を受け入れてくれたことは、正直に嬉しい。 だったら別に、文句を言う必要なんてないじゃないか。 素直にエリナの気持ちを受け入れればいい、その嬉しさを噛みしめればいいんだ。 「にっひー♪ やっぱりユーは裸リボンが好きなんだね」 「初めて見たが……嫌いじゃないな。エリナの白い肌によく似合っていて……なんというか、興奮する」 「そうでしょう? できればもう少し、縛られてる感じがよかったんだけど……自分で結ぶのはこれが限界だったの、ゴメンね」 「何の謝罪だ、それは。俺は別に緊縛して喜ぶようなSじゃないぞ」 「今の裸リボンで十分、興奮してるし、感謝もしてる」 「もぉ~、コスプレにお礼を言うなんて、ユーはえっちなんだからぁ~」 「いや、俺が礼を言ったのは、俺のことを受け入れてくれてありがとうということなんだが……」 「別にいいか。その姿を見ていると、興奮してるのも事実だしな」 「にっひっひ」 「とにかく、エリナの気持ちは十分伝わった。本当にありがとう、だから、もう服を着てくれてもいいんだぞ」 「え? どうして?」 「……どうしてって、俺のためにそんな姿になったんだろう? だったらもう、エリナの気持ちは十分伝わったから」 「でもエリナには、ユーの気持ちがまだ伝わってきてないよ?」 「俺の、気持ち?」 「うん。ユーが秘密を抱えてたのはわかったよ。そのことをワタシは気にしない」 「だから、その気持ちは十分に伝わったよ。エリナがここまでしてくれたから」 「でもここで終わったら、ユーの気持ちがわかんないよ。ワタシはね、いつも通りに過ごしたい」 「ようやくお互いの秘密を知り合ったのに、遠慮し合うなんてイヤだよ。いつもみたいに……ううん、これまで以上に、ユーと一緒にいたい」 「俺も同じ気持ちだ。ずっと、エリナと一緒にいたいと思ってる」 「そのためにはね、ユーがライカンスロープのことを気にして、ワタシと距離を取っちゃダメなの」 「……そう、だな」 「だから、ユーもライカンスロープのことは気にしないって、そのことでワタシに遠慮したりしないって、証明して欲しい」 「エリナ……」 「それはつまり――」 「襲っていいよ♪」 「やはり、この流れか……テンドンも大概にしておけよ」 「にひ、これが一番だよ。肌を重ね合わせるとね、相手の気持ちに凄く触れられると思うの」 「……まぁ、ごまかしのきかない部分が出やすいとは思うが」 「だから~、今のユーの気持ちを~、エリナの身体に教えて欲しいなぁ~」 「………」 ……はぁ……本当、俺とエリナの関係ってロマンチックとは無縁だな。 もっとこう、甘くてうっとりするような雰囲気というのもたまにはあってもいいんじゃないだろうか? 「ユー、エリナのことイヤ? 女の子をこんな姿にしたくせに~」 「裸リボンは自主的に行ったんじゃないか」 「でも、嫌いじゃないでしょ?」 「無論」 「にっひ~♪ それに今日の分のチューをしてもらわないとね。だ・か・ら~」 「エリナのアソコとユーのアソコでチューしよう♪」 「………」 やる気が出るような、削がれるような……。誘うにしても、もう少し可愛らしい感じがいい……オッサンでも言わないぞ、そんなこと。 だがしかし、ここまでエリナにさせておいて、ここまで言わせておいて、拒絶するわけにはいかない。 9割裸の魅力的な女の子を目の前にして逃げようものなら、エリナの女のプライドにも関わるだろう。 そしてなにより、不安を与えてしまいそうだ。そうなると、今後の恋人の関係にも亀裂が入りかねない。 「……女に恥をかかせるものでもないしなぁ」 「それじゃ、エリナからのプレゼント、もらうぞ」 「いいよ……美味しく、食べちゃって♪」 「……ちなみにさ、プレゼントってリボンも含めていいんだよな?」 「……やっぱり、ユーはSだよね」 「そうか? でも……そうかもな?」 エリナの身体を彩っていたリボンで、今度はその綺麗な身体を縛り、腕を拘束してしまう。 もっと緊縛の知識を手に入れておけばよかった。だが―― 「うむ、エロい。ハラショー」 「うぅぅ……やっぱりこれ、ちょっと恥ずかしいよぉ。エリナのアソコ、丸見えになってる……」 「いや、心配しなくても、ちゃんとリボンで隠してあるから」 「それは、そうなんだけど……はぁ……はぁ……むしろ、少しだけ隠れてるのが、余計に不安だよ」 「男にはそれがエロく見えるものなんだ。それに、プレゼントはリボンも含めてなんだろう?」 「確かにそう言ったけど……だからって、こんな恰好……はぁ……はぁ……」 「興奮する?」 「ちょっと……ううん、凄くドキドキしてるよ……はぁ……はぁ…」 「俺も、すごい興奮してる。エリナの身体、凄く綺麗でエロくて……釘づけだ」 「本当? 嬉しい? ユー、嬉しいの?」 「ああ、嬉しい。凄く嬉しいよ」 「だったら……このままでいいよ。ううん……もっと、もっとエリナの身体を見て。それで、興奮して……ユー……」 遠慮するのはよくないと思って緊縛してみたものの、さすがに全開にし過ぎたか? とも思ったが……エリナはあっさりと受け入れてくれたようだ。 さすが、自称ドM。 「はぁ……はぁ……見られてる、エリナの身体……リボンで縛られた身体、見られてる……」 「ああ、丸見えだ。リボン越しでも、エリナのワレメがよくわかる。それに、乳首が立ってるのも」 俺はリボンで強調され、ピンと天井を向いて自己主張する乳首に指を伸ばす。 尖った乳首をキュッとつまむと、エリナの身体がブルッと震えた。 「んあっ、あっ、あぁああぁぁ……急に、そんなところ、摘まんじゃ……あ、あ、あっ、はぁぁぁ……」 エリナのリズムを崩すように、ふにふにと強弱を付けながら、俺は丹念に乳首を弄ぶ。 「あっ、あっ、はっ、はぁぁぁ……はひっ、はっ、はぁ……はぁ……」 「痛い? 気持ちよくないか?」 「はふぅ、はっ、はぁ……い、いたくない、けど……おっぱい、ピリピリする……はぁ、はぁ……あっ、あっ、ああぁぁ」 「それって、気持ちいいってことだろう?」 「んっ、んはっ……はっ、はぁぁ、あ、あんっ、ユー、あっ、あっ、引っ張っちゃダメ……あっ、んんっ……あぁーーーっ!」 おっぱいを引っ張るようにしながら、指で乳首を転がしていく。 クニクニと小気味いい感触と共に、エリナの声と瞳に少し潤いが増したような気がする。 「エリナの顔、とろけてきてる」 「だって、だってぇ、ユーがエリナのおっぱいで、遊ぶから……んっ、んあぁっ、あっ、ああぁぁーーーぁぁんっ!」 「おっぱい、弄られるのが気持ちいいんだ?」 「んっ、あっ、はぁっ、はぁぁぁーー……わ、わかんない……おっぱいピリピリするばっかりで、よくわかんない……あっ、あひんっ、はぁぁぁ」 「ピリピリするのは、こっちだけ? もっと……こっちの方は?」 「――んひぃぃぃぃっ!? や、ヤダぁぁ……く、食い込む……エリナに食い込んで……あっ、あぁぁっ!」 俺がリボンを引っ張ると、エリナのワレメがリボンをいやらしく挟み込む。 俺は引っ張るリボンを上げ下げしながら、その様をマジマジと見つめる。 「こ、こすっ、擦れてるっ! ユー、それ、擦れて……あっ、あっ、あっ、ああぁぁぁーーっ!」 「擦れると痛いか? 痛いなら、言ってくれ」 「そういう……わけじゃない、けど……でもぉ、はっ、あひんっ、んっ、あっ、あぁぁーーっ! く、食い込む、食い込んでるぅぅぅ!」 「あっ、あっ、ひぃぃんっ! ダメぇ、ダメダメ、引っ張っちゃダメなのーーっ! あひっ、ひぃっ、ひぃっ、あぁぁぁああぁぁあぁぁ」 「でもこうして引っ張ると、エリナの反応、凄くいい。表情も声も身体も、どんどん蕩けてる――ほら」 「くひぃぃぃぃ……っっ、はひぃ、はっ、はっ、し、痺れるぅぅっ……あーっ、そこそこっ、あっ、あっ、痺れちゃうのっ、はぁぁぁーーっ」 「エリナ、リボンが濡れてきた」 ワレメに締め付けられたリボンの色が濃くなると共に、奥からトクトクと透明な粘液が溢れ出した。 「んあっ、あひぁっ、ひぁぁぁ……そこばっかり、ダメぇーーっ……あひっ、あひっ、あっ、あぁぁぁぁぁー」 「それじゃあ、エリナ……あっ……んんっ」 「ユーっ!? あっ、あっ、んあっ……き、キス……今、そこに……キスされたら……んあっ、あっ、あひっ、ぃぃぃぃぃぃッッ」 「キス、して欲しかったんだろう?」 「そうだけど……そうだけどぉーっ、んあぁああぁッ、あ、あ、あぁぁーーーッ!」 エリナに構わず俺はワレメを、その濡れたおま●こを開き、唇を付けた。 熱を帯びた匂いがムワッと広がり、口の中はエリナの味でいっぱいになる。 「ん、んあぁぁぁーーッッ! ペロペロ……ペロペロしちゃ、ダメぇぇっ、はッ、はッ、はひぃっ……あぁァあ……」 「じゅるるる……んっ、ちゅっ、ちゅぅー」 「あァぁっ、ペロペロっ……そんなに、ペロペロしゃれたら…………くひぃィっ、あ、あ、あッあッあッあぁァーーーッ!」 「俺のキス、嫌か?」 「い、イヤじゃないッ、けどぉ……んァっ、あひぃンっ、はッはッはッ、キスで……おま●このキスで、とろけちゃいそうなのぉぉ……ッッ」 「あぁぁァ……身体、ピリピリって、しびれて……おかッ、おかひくなりそう……ッ、はぁッ、はァぁ……はァァーーーーぁ」 「なら、このまま……じゅるっ、じゅるる……んっ、んちゅぷ」 震えるエリナの奥から溢れるトロトロの蜜を、丹念に舐め取る。 そして、さらなる蜜を求めて舌をピンク色の粘膜に擦りつけていく。 「れるれる……んっ、じゅるん、じゅるる……」 「ひあぁァぁッ! はぁーッ、はぁーッ……らめぇ……おま●こ、ペロペロしちゃ、らめぇぇ……はひッ、はぁーッ、はぁぁーー……ァァッ!」 「でも、凄く気持ちよさそうだ、エリナ。ちゅっ、ちゅぅぅ……れるれるれる……ちゅ、ちゅっ」 「そうらけどっ、はっ、くひぃぃぃ……あっ、ひぁぁんっ! はひっ、はひっ、ホントに、あたま、おかひくなるぅ……ッッ」 口ではダメと喘ぐエリナだが、腰をカクカクと震わせている様は、もっとして欲しいと懇願するようだった。 どれだけ綺麗にしても、奥からジワ……ッと溢れる粘液が止まる気配はない。 「ひぁァあぁあァッ、キス……キス、ひゅごいぃぃ……あ、あ、あーッ、キスばっかりらめ、んンッ、んあァーーーァぁ!」 「んんっ……じゅる、れるれろ……ちゅっちゅぅぅぅ……じゅるん」 「くひィぃッ、あ、あッ、あぁァァあアぁァあァ……吸っちゃ、らめぇぇ……らめらめッ、あひッ、あひッ、あッあッあッ、ひあぁァァあァン!」 それならばと、俺はリボンをもう一度ひっぱり、ワレメにリボンを食い込ませる。 さらに、その奥に隠された、敏感な突起の方に舌を伸ばした。 「あ、あ、ああァーーッッ! そこッ……しびっ、れる、一番ビリビリしゅるぅ……あァぁッ、そこそこそこッ、はひッ、はッ、はあァァーっ」 「まっ、前より……前にクリトリス、キスされたより……きもひいいッ、ひゅごいぃぃッ……はッはッはッ、ああーーァァぁッ!」 リボン越しにクリトリスを舌先で転がし、吸い上げる度に、エリナの身体がビクンッビクンッと跳ねる。 その反応をもっと楽しみたい気持ちもあるのだが……不意に、ここが寮の一室であることを思い出す。 「エリナ、声がちょっと大きい」 「らって……はァ、はァぁ、あアぁーーァァ……キスも、擦れるのも、ひゅごいからぁぁ……はァ、はぁ、あッ、あひィィぃッ」 「あ、あーーッ、ひんじゃうっ……エリナ、しびれすぎて、エリナひんじゃうぅ……はひッ、はぁッ、はァっ、あぁァァぁァッッ!」 エリナが蕩けきった顔で、俺に非難の目を向けているようだが……そんな表情も、可愛くて仕方ない。 そんなことでは、俺の行動を阻むどころか、さらに興奮させる材料にしかならなかった。 「ユー……きひゅ……これ以上、きひゅしちゃらめっ、ああァっ……はぁァあアぁァァっ、イジワルっ、ユーのイジワルぅぅーーっ!」 「キスをねだってきたのはエリナの方なのに。じゅるん、じゅるるる……ちゅぅぅぅ」 「あっ、あアぁあァァ……ホントにらめッ……おかっ、おかひくッ、おかひくなるぅぅッッ……ンあぁッ、あッ、あッ、あッ、ああーーーーっ!」 ベッドをギシギシ鳴らしながら、エリナの足がビクビクッと痙攣し始める。 「ユーのきひゅ、きもちいいぃぃ……あアぁァァ……とろけるぅ……エリナ、ユーのきひゅで、とろけちゃうぅぅ……ッッ!」 「じゅるる……んっ、もう、イきそうか?」 「ンんッ……うんッ、うんッ、イく……イくイく、イッちゃうーーッ、あ、あ、あーーーぁァァっ」 「もうらめぇぇ……がまん、れきない……ユーのキスでイかされちゃうっ、ンひぃッ、はッはッ、きもち、いいぃィぃ……ィィぃッ!」 俺の舌の動きに連動するように、エリナの身体が大きく跳ね、背中がピーンッと仰け反る。 「きひゅ、らめぇ……いい、気持ちいいぃぃ……らめらめッ、イくぅゥぅ、イッちゃうゥゥぅッ……おかひくなるくらい、気持ちいい……ッッ!」 「もう、ゆるひてぇ……きひゅ、気持ちよすぎるからぁ……あ、あ、あァーーッ、もう、ゆるひてぇぇーー……」 股間に顔を埋め、こじ開けたピンクの粘膜を舌先でくすぐる俺に、エリナは頭を左右に振りながら懇願してくる。 「らめっ、らめぇぇーー……もうきひゅ、らめぇぇー……はひっはひっ、はあぁぁーーーー……ぁぁッッ!」 「じゅるんっ、んんっ、わかった。キスはやめて、こっちに」 「――んあァァぁァーーーーーッ! くっ、食い込むぅ……エリナの、奥で、こしゅれて……あッあッあッンああァぁーーーーーぁァッ!」 代わりにとばかりに、俺はリボンをひっぱり、もう一度エリアのワレメに挟み込ませた。 濡れたリボンがエリナの奥に食い込んで、クリトリスとおま●こが同時にリボンに擦られる。 「ひぁァァぁーーー……らめぇ、らめらめッ、きもちっ……いいィぃッ……はひィっ、はひッ、はッはッはッ、イヤぁァあァァ……ァぁ」 「がまん、れきないィぃーーーッ! イっちゃうッ、イちゃうぅぅぅ……からだ、しびれて……もう、ガマン、ムリぃィぃーーィぃッッッ!」 「いいよ、エリナ……イッて、イくところをまた見せて」 「あひィぃン、はッ、はァーッはぁーッ、きもちいいの、とまらなぃィィぃぃィッ!」 「このまま、イッてくれ、エリナ」 言いながら、さらに強くリボンを引き上げた。 「しっ、しびれっ、身体、しびれて……あッ、あッ、ああァぁアぁァァっ、でる、でちゃうぅぅーーっ! あッ、あッ、ひぁァぁァァぁッッ!」 「イくぅぅ……イっちゃうぅぅ……ああぁーーぁ……イくイくイくッ、イッ……くぅぅぅ………………ゥぅッッ!!」 「あああァァぁぁアぁァあアぁァァぁあァぁアあぁーーーーーッ!!」 リボンを挟み込んだワレメの隙間から、プシャァァァッ! と、透明な飛沫が吹き出す。 「はっ、はっ、はぁぁぁぁーーーーー……はぁぁぁーーー……イッちゃった……すごく、イッちゃったぁ……はっ、はぁぁーー……」 絶頂したエリナの粘膜はヒクヒクと震えているらしく、濡れたリボンが小刻みにキュッキュッと締め付けられていた。 「はぁーっ……はぁーっ……やっぱり、ユーってイジワル……はぁーっ……はぁーっ……」 「エリナが可愛くて、つい……」 「でも……それって、遠慮してないことだから……嬉しい……にひ、はぁー……はぁー……」 ガクガク震えていたエリナの身体が、ようやく落ち着きを見せ始める。 「また、ユーに見られちゃった……エリナのイくところ、はぁー……はぁー……」 「凄くエッチだった」 「はぁ……はぁ……ユーは、凄くイジワルだったよ……」 そう言いつつも、その視線に怒った様子はない。 「でも……そんなユーのことが、エリナは好き……大好きだよ」 「……俺も、エリナのことが大好きだ。俺のことを受け入れてくれて……本当に、嬉しかった」 「うん。でも……まだへーき。ユーのこと、受け入れられるよ、にひー♪」 そうして笑うエリナの視線が、俺の股間をとらえていた。 そこには当然、ズボンを押し上げようとしている俺のイチモツがある。 「………」 ここまで正直になっておいて、今さら隠しても仕方ない。 「それじゃ、エリナ」 頷くエリナの身体を、俺はゆっくりと抱え起こした。 「はぁ……はぁ……エリナのお尻に、ユーの熱いの、当たってる」 「ああ、エリナの可愛い姿を見てたら、我慢ができなくなって」 位置的に見えないであろうエリナに、どれぐらい膨張しているのか教えるように、モノを股間に押し付ける。 「うわぁ……エリナのおま●こ、もうヌルヌルだ」 「だって、さっきユーがキスしてきたから。ダメって言ってるのにキスしたから、こんなになっちゃったんだよ」 「俺のキス、そんなに気持ちよかった?」 エリナの耳に息を吹きかけるように、俺は優しく、できるだけ甘い声で囁く。 「ひゃぁぁ……んっ、んはぁ……はぁ……う、うん、気持ちよかった、ユーのキス、すごく気持ちよくて、こんなになっちゃった」 ヌチュ、ヌチュ……俺が腰を前後に揺らす度に、エリナの股間からネットリとした水音が聞こえてくる。 「この濡れは、さっきのだけじゃないと思うが……?」 「んんっ、あっ、はぁ……はぁ……だって、耳元でそんな風にささやかれたら……」 「相変わらず、耳が弱いんだな、エリナ。ふぅぅぅ~」 「あぁあぁぁ……そんな、甘い声で囁かれてるのに、息まで吹きかけられたらぁぁあっ、お汁、止まらなくて……あっ、あひぃんっ」 エリナが身体を震わせるのと同時に、股間から聞こえる水音がグチュッ、グチュッと大きくなる。 「あぁぁ……ユー、お願い、欲しい、欲しいの……そんなことされたら、我慢できない……はぁ……はぁ……」 「俺も、エリナの感じてるの見てたら、挿れたくて我慢できない」 「だったら、早く……あぁぁぁ、早く挿れて……して、してして……ねえ、早く欲しいからぁ」 「すっかりエッチになったな、エリナ」 「エリナは元々えっちだもん。むしろユーの方こそ……えっちで、イジワルになった」 「それは全部、エリナが可愛いからいけないんだ」 「エリナのことが大好きで、可愛いから……もっと感じてる姿が見たいと思ってしまう」 「んんっ、んっ……はぁー……はぁー……エリナも、ユーのこと好き、大好き。だから……早く、早くぅ……ここ、欲しい……」 悶えるような声を出しながら、お尻を振るエリナ。 ニッチニッチとワレメとモノを擦れ合わせ、粘液と温もりと、妖艶な動きで俺を誘ってくる。 「エリナのここ、熱くて気持ちいい……」 「あっ、あぁぁ……ちゅーしてる、今度はおち●ちんがキスしてる……はぁ、はぁ、はぁぁぁあぁぁ……」 肉壺の入口と、肉棒の切っ先が、触れては離れてを繰り返す。 その間にも俺のモノは、エリナの粘液でドロドロに汚されていく。 「あっ、あっ、あぁっ、さっきの思い出しちゃう。そんなにキスされたら……ユーのお口のキス思い出しちゃうよぉ……はぁー、はぁー」 何度も何度も、エリナの湿ったワレメと肉棒でキスをし続けるが……それも、そろそろ限界だ。 この温もりとドロドロの愛液を感じたまま、堪えられるわけがない。 「エリナ、もう我慢できない。挿れるからな」 耳元でささやきながら、ズブズブとエリナの肉穴にモノを差し込んでいく。 「んひっ! あっ、あっ、ああぁぁああぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁっっ!!」 もう十分すぎるほどに濡れた蜜壺は、抵抗することなく肉棒を根本まで咥え込んでしまう。 「はっ、はぁーっ、はぁーっ、き、きたぁぁぁぁぁ……奥まで、挿ってきたぁぁ……はぁーっ、はぁーっ……」 「エリナの中、熱くてヌルヌルだ。そんなに感じてたんだ?」 「う、うん。だって、気持ちいいんだもん……はぁー……はぁ……ユーのキス、凄く気持ちいいから……はぁー……はぁー……」 「ふーん。だったら、キスってどっちの方が気持ちいい? さっきみたいに、口でキスしてるのと……」 確認するように、俺は腰をゆっくりと、大きく動かしていく。 ジュブッ、ジュブッと愛液をかき出しながら、子宮の奥にペニスの先っぽでキスをするように。 「あっ、あっ、あぁあぁぁぁァぁ……奥、エリナの奥ぅ、トントンされてるぅぅ……はっ、はぁぁ……あっ、あっ、あひぃんっ!」 「こんな風に、身体でキスするの。どっちが好き?」 「はひっ、んっ、あっ、あぁぁぁぁぁ……く、口……口でキスする方が好きかも……ん、んぁ、あ、あ、あ、あぁぁ……ぁぁっ、はぁんんっ」 「それなら、どっちが気持ちいい?」 「んあッ、んあッ、んぁぁ……そっ、れは……あひっ、んん……はぁ、はぁ……こっちの方が、いい……かも……はひっ、あっ、はぁぁぁあぁぁ……」 「おち●ちんで、奥にちゅーされる方が……気持ちいいかもぉ……はっ、はひっ、んっ、はぁぁーー……ッ、それっ、それそれっ、んっ、んひぃぃっ!」 すでに理性のタガが外れているのか、エリナがとろけきった声で答える。 ヤバい……元から危ないところなのに、そんなこと言われたら理性をなくしそうだ。 「んあッ、んあッ、んんっ、はあぁぁ……すごい、奥にトンットンッて……響いてくる……はっ、はひっ、はひっ、ひ、響いちゃってるよぉぉー……」 俺は身体を密着させ、さらに強く押し込むように腰を突き出してみた。 「んひぃぃぃっ!? あっ、あっ、あっ、あぁぁぁぁ……すごっ、すごぃぃぃ……今度は、ぐりぐりって、キスされてるぅぅ」 「グリグリされるのと、トントンされるのなら、どっちが好き?」 「あひッ、あっ、あッ、あッ、どっちも、どっちも好きぃ……グリグリキスされるのも、トントンキスされるのも、子宮に響くから、好きぃ」 「そうか。それじゃあ、エリナの好きなキス、もっとあげるよ」 「んんッ、んぁ、ンっ、んんンーーーッ! ひァっ、はァァぁ……ひゅごい、またイっちゃう……このままじゃ、またイっちゃうぅぅ……あーーッ」 小刻みに軽いキスをするように、先っぽで子宮の壁を素早く何度もノックする。 そしてたまに腰を止め、エリナの肉穴を拡張するように、腰をグルングルンと回しながら、最奥の肉壁を先っぽで優しくひっかく。 「んッ、ンッ、んァっ、あッ……あァァーーッッ、ひゅごい、それひゅごいぃィーーッ、はひッはひッ、ンっ、はあァァぁーーーッッ!」 「はぁ……はぁ……エリナ、凄く締まってるッ」 「らって……んァぁッ、らって、きもちいい……ゆ、ユーは? ユーは、エリナのおま●こキス、気持ちいい?」 「あ、ああ……いいよ、すごい、気持ちいい。凄く締まって……エリナのおま●こに抱き締められてるみたいだ」 「んひッ、はッ、はぁァ……じゃ、じゃぁ、もっとする。キスのお礼に、もっと抱き締めるね……んッ、んンンーーーっ」 下半身のキスの快感に耐えながら、エリナは太ももに力を入れて、キュゥゥゥッと肉壺を締め上げた。 ちょうど、小刻みに壁をノックしていた俺と、エリナの肉の間で素早く擦れ合い、うねるような快感が生み出されていく。 「ひぃィィあンっ! あッ、あぁァあァァ……感じる、さっきよりも、ユーのおち●ちんを感じて……あッ、あッ、あひィッ、擦れてるぅぅーッ」 「え、エリナ……これはさすがに、キツい……キツすぎて、気持ちよすぎる……」 「んくッ、くひィぃィ……ぃぃ、はッはッはッあアぁァ……らめ、ひゅごい、これ……お礼なのに、エリナも、エリナも、きもちいいっ」 「はひッ、はひッ、これでキスされたら、頭がまっしろになっちゃうかも……はァ、はァ、はぁッ、ああァぁアぁァンんッッ!」 むしろその快感を望んでいるのか、粘つく音をさせるエリナの肉穴は、決して締め付けを緩めようとしない。 「んァ、んッ、はァァぁ……はひッ、あッ、あひィぃンっ! い、いい? ユーも、きもち、いい?」 「あ、ああ……むしろ、負けそうなぐらい……」 とはいえ、まだ負けるわけにはいかない。 エリナの身体を突き上げるようにモノを深く差し込み、痺れるような摩擦に耐えながら、壁を押し上げていく。 「あ、あッ、あーーーーっ、それひゅごいっ、んァッ、あッ、あァぁーーッッ、まっしろ、まっしろになっちゃうーっ」 「たひゅ、たひゅけて、たひゅけて、ユー……あひッ、あッあッあッ、また、イく、イっっちゃう、グリグリされたら、いッ、イくーーっ!」 エリナの言葉を聞きながらも、俺は腰の動きを緩めず……むしろ、さらに激しくエリナの中を抉っていく。 「くひィぃんッ、あッ、はァ、はァ、はぁぁァァぁあアぁッ! らめ、らめなのぉ……おかひく、おかひくなっちゃう、またイっちゃう……ッ!」 「エリナ、声が大きい……そんなに叫んだら、稲叢さんに聞こえるかも」 「はひッ、はひッ、らってムリ……そんなにしちゃ……あっ、あっ、グリグリらめぇッッ、しびれる、子宮がしびれるの、くひっ、ひぃィンっ!」 エリナは手足に力を入れて、なんとか持ちこたえようとする。 だがそんな力を奪うように、俺は子宮の壁をノックし、抉っていく。 「はァ、はァ、ああァぁァ……あィ、あィ、あひィぃィんッ……もうドロドロ……エリナ、頭の中がドロドロにとけちゃう……ンんあーッ」 「俺も、もう蕩けそう……」 「あ、あ、ああァァぁ……しょこ、押しちゃらめっ……あ、あ、アッ、あァッ、押しちゃらめぇ、広がる、こじ開けられちゃうッ」 どこが? と訊く余裕は俺にもない。 俺はエリナとドロドロに絡み合いながら、快楽をむさぼっていく。 「ひッ、ひァぁーーーーッ! くッ、くるぅ……くる、くるくるッ、ひゅごいのきちゃうぅゥゥーー……ッッ!」 何度も腰を前後に打ち付けながら、子宮の入り口を強くこね回す。 エリナの肉壺は、俺のペニスを抱きしめたまま、ビクッビクッと痙攣をし始めた。 「あっ、あぃ、あぃ……い、イく、エリナ、またイっちゃう……あっ、あっ、イっ、イっちゃ……ぅぅぅううーーーーッッ!!」 「んひぁァァぁぁあアぁァーーーーーーーーーァァぁッッ!」 快感に負けたエリナの股間から、再び透明な汁がベッドの上に飛び散っていく。 「はっ、はっ、はああぁぁーーーぁぁっ……はひっ……はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……」 酸素をむさぼるように、口を開けてたエリナは、二度目の絶頂の余韻に浸っている。 「はぁーっ、はぁーっ、やっぱり、ムリぃ……声、でちゃう……気持ちよすぎて、声、出ちゃうぅ……」 「そう言ってくれるなら、俺も嬉しいよ」 「でも、ユーはまだ、イッてないから、続けて……もう一回、エリナのおま●こに、おち●ちんでちゅーしてぇ……はぁー……はぁー」 「だが、やっぱり声が……」 「じゃあ……ユーが、エリナのお口、塞いで。下のお口だけじゃなく、上のお口も塞いで……はぁー……はぁー」 「だから、その言い方……いやそもそも、どうやって俺が、エリナの口を塞げば……」 「あむっ、んちゅる……んふぅ……ちゅるちゅる……んっ、んん……これなら、声もれないから……はむっ、んちゅ……れるれろ」 突然、エリナが俺の指を咥え込み、丹念な舌づかいで舐めはじめた。 まるでフェラをするみたいにヌチュヌチュと、ヨダレを零しながら、激しく舐めまわす。 「ちゅ、ちゅるん……じゅるる……んっ、れる、れろれろ……じゅるっ、れるれろ……ちゅぅ、ちゅぅぅーーー」 飴を舐めるよりも激しく、いやらしいエリナの舌づかいに、俺の興奮は最高潮に達する。 エリナの口内に指を突き入れたまま、肉壺をグチョグチョにかき混ぜるようにして、快楽をむさぼっていく。 「んひぃぃンっ、じゅるっ……んっ、んふぅーー……じゅる、んっ、ンぁ、ふぁふ、んっ、んふぅぅーーっ」 今度は肉壺の摩擦だけじゃなく、エリナの舌にも愛撫を行う。 優しく撫でるようにしたり、指で挟んだり、引っ張ったり。 二度イったことで、全身が性感帯になっているのか、その度にエリナの身体はビクッビクッと震えていた。 「んッ、じゅるんッ……んッ、ンぁっ、らめ、らめらめっ……んちゅ、ちゅる、ンっ、んんーーー……ンン」 「エリナ、このまま、イくからな」 「んじゅる……んッ、んンー……きて、きてきて、れる、れろれろ……んちゅぅ、んろッ、ンっ、んンあァッ、あッ、んンンーーーッッ!」 指に舌をからませるエリナの姿が、下半身とは別方向の快感で俺の脳を揺さぶる。 「ちゅッ、んちゅ、じゅるる……ん、ンんッ、んふぅーーッ、ンっ、んふぅぅぅぅーッ、ン、んッ、んーー……ンンッッ!」 まるで舌と蜜壺が連動でもしているかのように、口蓋に刺激を与える度に、敏感にキュッキュッとおま●こが喜悦の収縮を繰り返す。 同時に、子宮へキスするのも忘れない……というより、快楽を求めて勝手にエリナの肉壁を押し上げ続ける。 「んァッ、んァッ、んッ、んンーーーッ……れる、れるるッ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ……んッ、ンんーーーーーンン」 「はひっ、ンッ、んちゅぅ……ンぁ、あッ、あァぁッ……らめ、しょこをクリクリされたら、また、また、わらひ……あッ、あッ、あひぃィィンんッ!」 「また、イきそう?」 「はっ、はぁーッ、はァーッ、イく、イっちゃぅぅ……おち●ちんのきひゅ、きもちよすぎて……ン、んじゅる、ンッ、ンンーーっっ」 エリナは、襲い来る快感に耐えようと、俺の指を必死で舐める。 俺の方は昇ってくる快感にその身をゆだねて、力強く最奥の壁をノックし続ける。 「んひっ、じゅるっ……ンッ、ンんーー……ぱぁっ、もうらめっ、わらひ……わらひ、やっぱり、我慢れきないっ、あひィ、アひぃ、あひぃぃイッ!」 「はっ、はぁ、はぁ……俺も……エリナのおま●この抱擁が気持ちよすぎて、もう我慢できそうにないッ!」 「もうすぐ、もうすぐ、イくぞ、エリナ」 「あっ、あっ、あぁぁああぁぁーーー……しゃきに、エリナ、イっちゃう、きひゅでイっちゃうっ! あッ、あッ、あぁッッ!」 「はっ、はっ……イってもいいけど、声を上げるのは禁止」 そう言って、先ほどみたいにエリナの口の中を指で犯す。 唾液にドロドロにされながら、その舌を指でくすぐり、刺激を与えて、凌辱していく。 「んッ、れるる、んッ、んじゅる……んぁ、んッ、ンッ、んンンーーーーーーっ! ンっ、んァっ、ンぁっ、んぁァァぁーーーぁァッッ」 「俺の指にもキスをして」 「らめっ、ムリぃ……べろ、うごかない……きひゅ、できない……はひッ、はひッ、あじゅるッ、ンッ、んじゅぷ、じゅるるッ、んひッ、ンひぃィっ!」 できないと言いつつも、エリナは必死に俺の指にディープキスをしてくる。 そんな彼女の舌を、しっかりと挟み、少し強く引っ張った。 「くひぃィィーーーぃッッ! しょれ、らめ、らめらめッ! ンひっ、ひッ、ひぃィぃィィぃぃィーーーーぃぃンッ!」 まるで舌がスイッチだったかのように、引っ張った瞬間にエリナの身体がガクガクッと震える。 「くぅぅぅっ……」 同時に、エリナの肉穴がキュー―ッと締まり、俺を快感の波に引きずり込んでいく。 「んんーーーーッ! んじゅぷ、んっ、んーーっ、ムリ、ムリぃぃぃ……また、イくぅぅぅ……ひッ、くひィ、いぃッ、いいいィィぃッッ」 「俺も、俺も出すぞっ」 「んっ、ンッ、んひィぃっ、んッ、ンじゅるっ、ンッ、んァっ、じゅぷっ、じゅるるぅぅ……んッ、んンぃぃィぃーーぃぃッッ!!」 「んィぃッ……はやく、はやくらしてっ! ピュッピュッて、ドロドロお汁らしてぇぇ……じゃないと、わらひ……あ、あぁッ、イくイくイくッ!」 「ああ……出す、出すから、エリナも指にキスしながら」 「イくぅぅ……指、舐めながら、イくぅぅ……あじゅるッ、ンっ、じゅるじゅる……んっ、ンッ、んひッ、ンひっ、ひぃィぃィィーーーーッッ!」 「んンんンぃィィぃーーーーーーーーーーーーーーィぃぃィィッッ!!」 溜まっていた欲望が弾け、エリナの中をドロドロの精液で白く染めていった。 「んふぅぅぅーーー……ふぅーっ、ふぅーっ、んんっ、んんふぅぅーー……」 「はっ、はっ……イった、すごいイった……精液、止まらない」 ドクドクッと、いつまでも放出される精液が、エリナの蜜壺を満たしていく。 「んじゅる……ぱっ、はぁぁぁーーっ、でてる、ばしゃばしゃセーエキでてる……もう、ムリ、これ以上はムリぃぃー……はぁーっ、はぁーっ」 「おなかも、あたまもドロドロにとろけちゃって、もうこれ以上はムリぃぃ……ゆるひて、ゆるひてぇぇ……はぁーっ……はぁーっ」 息も絶え絶えで、肩を大きく揺らしているエリナの中からモノを抜くと、収まりきらなかった精液がドボッとシーツに零れ落ちた。 締め付けから解放されたモノから、ドピュドピュ! と、エリナの身体を汚していく。 「ひっ、ひっ、んっ……ふぅぅぅーーーッ……ふっ、ふぅぅぅーーーっ……ふぅぅーー……」 「くっ、くぅぅ……」 俺の意思とは別に、快楽に負けたモノからは、いつまでも精液が飛び出し、次々にエリナの身体に降り注いだ。 「じゅる……じゅぷッ、んふぅー……ンッ、ぱぁぁぁーーッ、はぁーっ、はぁーっ……イった、またイっちゃった……はぁーっ……はーっ」 「もう、おかひくなるくらい、イっちゃった……もう、ムリ……これ以上はムリぃぃぃ……はぁー……はぁー……」 肩を大きく揺らし、息も絶え絶えのエリナは、俺が手を放すと倒れてしまうように思えた。 「はっ、はぁー……エリナ、食べられちゃった……いっぱいいっぱい、食べられちゃった……はぁぁーー……」 「ああ、ありがとう、エリナ。エリナの気持ち、十分受け取ったから」 「エリナも、ユーの気持ちをちゃんと受け取ったよ……でも、さすがにちょっと、疲れちゃった……はぁ……はぁ……」 「……それは、素直にすまない」 「ううん、遠慮しないで欲しいって言ったのは、エリナの方だから……凄く、嬉しい」 「でも……そろそろ、解いて欲しいな」 「ああ、わかった」 「それから……キス、して」 「……え? また? だが、さっきは」 「そうじゃなくて、エリナとユーの上のお口で、ちゅーしたい。今度こそ、優しいちゅーが欲しいの」 「ああ、普通のキスってことか」 「もちろん。そういうことなら、喜んでさせてもらうよ」 「――んっ、んちゅ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅうぅうぅ……んじゅるっ、じゅるる……んっ、んんん、じゅぷじゅる」 「んっ、んっ……エリナ、好きだ、大好きだ……じゅる、ちゅく、じゅるん」 「んっ、じゅぷじゅぷ……エリナもしゅき、ユーがらいしゅき……んっ、じゅるっ、じゅるる、んっ、ちゅぅぅぅぅっ」 互いが満足するまで続くそのキスは、愛を確かめあうような激しいキスとなった。 「これでもう、元通りだね」 「ああ、そうだな。これもエリナのおかげだ。本当俺の恋人は凄い女の子だよ」 「にひひ、ユーだって凄いよ。ちょっと不安になっちゃうぐらい」 「不安? 俺、何かダメなことをしたか?」 「ちょっと、腰が痛いかな」 「……それは申し訳ない」 「あとね、幸せすぎて不安かな。こんなに幸せなの初めてだから、本当にこれでいいのかなって」 「いいんだよ。幸せなのはいいことだろ」 「そうなんだけど……でも、幸せになればなるほど、ちょっと不安になる瞬間があるっていうのかな……」 「あぁ、そういうことか」 今が幸せだからこそ、失った時のことが不安になってしまうんだろう。 だが……。 「大丈夫だ、この幸せは無くならない。俺は、ずっとエリナと一緒にいる」 「エリナの幸せは、俺が守ってみせるから」 「にひ、ありがとう、ユー」 「それじゃ、ご飯を食べに行くか」 「ああ、もうみんな揃ってたのか」 『………』 「なっ、なんだ……この雰囲気」 俺とエリナが部屋の中に入ると、そこには神妙な顔つきのみんなが待ち構えていた。 「あり? みんな、どうしたの?」 「二人とも、ご飯の前に話があります。そこに座って下さい」 「なんだか、やけに真剣だな……何かあったのか?」 「いいから座って。話はそれから」 「……? まぁ、わかった」 大人しく指示に従い、俺とエリナは目の前の椅子に座る。 ……本当に何なんだろう? 「それで、一体何の話?」 「コホン……まずね、みんなで話し合ってみたんだよ」 「なにを?」 「だから、二人のその……ことだよ」 「二人のこと? エリナとユーの?」 「ユー? もしかして、もう名前を付けたの?」 「そりゃ、それぐらい普通じゃない? むしろ、遅すぎたぐらいだよ」 「そうだね、ユーちゃんだったら、どっちでも変じゃないもんね。可愛くて格好いいし」 「そっか。それじゃやっぱり……間違いないんだね」 「……どういうこと? それに、どっちでも変じゃないってどういう意味?」 「気にしないでいいのよ。わかっているから」 「だから、なにを?」 「みんなで話あった結果、これを二人に渡すことになりました」 そうして布良さんが、机の上に封筒をスッと差し出してくる。 「なにこれ?」 「ボクら全員からの気持ち。お祝いだよ」 「気持ちって……プレゼントってこと?」 「お祝い? 開けてみても?」 「どうぞ」 「それじゃ……」 「なになに? みんなからのプレゼントって」 「えーっと……なんだ、これ? お札?」 「わっ……大金だねぇ。30万ぐらいありそう。どうしたの、これ?」 「みんなで出しあったの」 「いや、こんなのもらえないって」 「気にしないでいいのよ。みんなで話し合ったことなんだから。ムリしたわけじゃないしね」 「そうそう。色々考えたんだけどね、結局みんな応援しようってことになって」 「でも……そうなると、色々お金もかかるだろうからね。これぐらい気にしないでいいよ」 「わたし、編み物を覚えますね。あ、あと、食べやすい料理も覚えますからね」 「……お金がかかる?」 「……編み物?」 『………』 なんだこの違和感。 そしてみんなの心温まる視線が……こう言っちゃなんだが、凄く気持ち悪い。 これってまさか、もしかして……。 「ターイム!」 「へ? タイム?」 「エリナ、集合っ!」 「ウィ」 「この話の流れ、おかしくないか?」 「うん、そうだね。さすがにエリナもちょっと変だと思う。最初はユーと恋人になれたお祝いかと思ったけど」 「それにしては、豪華すぎるもんな」 もっと些細な物ならともかく、30万なんて大金……付き合ったお祝いとしては異常だ。 「これってやっぱり……」 「完全に誤解してるな」 「そうみたいだね」 こうして、みんなが受け入れてくれたことは、ものすごく嬉しいんだが……ちょっと重いぞ。 「二人で一体何を話しているんだい?」 「ああ、すまない。もう済んだ」 「とにかく、私たちは二人のことを応援する、ということよ」 「できる限りのサポートはするから、なんでも相談してくれ。まぁ、ボクらも経験があるわけじゃないけどね」 「でも大丈夫ですよ。わたし、そういうお世話は好きなので、任せて下さい」 「まぁ、学生という身分を考えると不本意なんだけど……こうなった以上、仕方ないからね」 「私も力いっぱい応援させてもらうよ」 「……その優しい笑顔が、心苦しい」 「? どういうことなの?」 「あー……だからそれは……」 「先に確認をしておきたいんだが、みんなは俺とエリナの間に何があったと思ってるんだ?」 「それは……天使ガブリエルが言葉を告げに舞い降りたんでしょう?」 「それは普通に意味が分からんのだが」 「だから、佑斗の精子がエリナの卵子と結び合って、受精して、着床して――」 「もっと簡単な単語で言えるのに、なぜわざわざ……」 「とにかく、はっきり言うなら……こ、子供でしょ?」 「そう、妊娠ですよね!」 「あぁーー……やっぱり?」 「……あれ?」 「なんだか微妙な反応?」 「あのー、皆様の気持ちはありがたいんですが……別にエリナは妊娠しておりません」 『……え?』 「いやでも、二人で病院に行ってたよね?」 「俺は定期検診があるから」 「エリナも今はちょっと通院する必要があるの」 「それはつまり……片方が付き添いなどではなく、二人とも自分の体調の問題で病院に行ったの?」 「そういうことになります」 「なら、お二人の子供は?」 「全然まだです」 「そ、そうなの? な、なんだ、そうなんだ? あー、ホッとした」 「そうです。というか、二人で病院に行ったぐらいで、妊娠は考えすぎじゃないか?」 「普通ならそうなんだけどー……」 「二人の場合はほら……例の噂があったからさ」 「あの時の噂は間違いだったけれど、ほら……二人が付き合っているのは本当のことでしょう?」 「それに、その……あの……二人とも、裸かで……ごにょごにょ……してたから」 「あの……布良先輩、今一体なんと仰ったんですか?」 「え!? それは……しょっ、しょんなこと言えないよ、もぉーっ! そういうのは訊いちゃダメだよ、メッ!」 「え? あ、はぁ……すみません」 「それはともかく、つまり……全ては勘違い、ということ?」 「ダー。エリナは妊娠なんてしてないよ」 「でも、さっき言ってた“ユー”というのは?」 「今日から、ユートのことをユーって呼ぶことにしたの! 恋人だからね♪」 「あー、はいはい。つまりそれは、ただのノロケってことだね。子供の名前じゃなくて」 「とにかく、その妊娠疑惑は誤解だ。そういうわけで、この金は受け取れない」 「あ、うん。わかった。それじゃ受け取っておくね。みんなにちゃんと返しておくよ」 「すまない。だが……嬉しかったよ、みんながそんな風に言ってくれて」 「うん、エリナもすっごい嬉しかったよ! 普通に受け入れて、お祝いまでくれて。ありがとうね、にっひっひ」 「とくに、アズサが怒らないのはちょっと意外だったかも」 「んっ……まぁ、ね……今さら怒っても仕方ないし……それに、同じ寮の仲間だもん」 「うんうん。今回は勘違いだったけど、何か困ったことがあったら、なんでも言ってくれていいからさ」 「はい、ニコラ先輩の言う通りです。お二人の力になれるなら、わたし頑張っちゃいます!」 「とはいえ、ノロケ話を聞くのは御免こうむるけれど」 「わかってる。ありがとう、みんな」 「本当、嬉しい……みんなの気持ち、凄く嬉しい……だから、だから……」 「みんなの期待に応えて、頑張ってガンガン子作りするね!」 「それとこれとは話が違うよっ! 別に推奨してるわけじゃないからねっ! 学生の本分は勉強なんだからねっ!」 「というわけでユー、今度は全部中出し希望だよ♪」 「こらーっ! なななな、何言ってるの、もぉーーっ! こんなところでそんな話するなんて、メッ!」 「あのさ……彼氏として、エリナ君のあの下ネタ、注意しないのかい?」 「注意なら何度もしてる」 「ねぇねぇユー、どうかな? 出玉無制限の出し放題だよ♪ おっと、出すのはユーの方だけどね、にひひ」 「なのに、こんなド下ネタをアドリブで即座に言うんだぞ? 俺は一体、どうすればいい?」 「……こりゃお手上げだね」 「俺も恋人以前に、女の子としてどうなんだと思うことがよくある」 「佑斗も苦労してるのね」 「もっと可愛げのある苦労なら頑張れるんだけどなぁ」 「ところで、あの……“中出し”って、中に何を出すんですか?」 「――えっ!?」 「いやだから、それは……」 「に、ニコラ、何か稲叢さんの気をそらすような説明はないか?」 「えぇ!? そんな無茶振りをされても……えっと……えーーーっと……」 「つまり……万物の源であるガイヤが存在するわけだ。同時にタルタロスとエロースが存在していたとする」 「タルタルソース? わたしはよくわかりませんが……“中出し”はなにやら難しいお話なんですねぇ」 よかった。なんとかニコラの誤魔化しが成功したみたいだ。ナイス、ニコラ! 「ユー、早速今から、もう一回どうかな? にっひっひ」 「だーかーらーッ! そういう話は寮の中では……え? も、もう一回? そっ、そそそそ、それって―――ッ!?」 そのまま俺たちは、騒がしい朝を迎えることになるのだが……これほど心地よい優しさに包まれた朝は初めてだ。 そして、そのことに、幸せを感じずにはいられなかった。 「そういえば、あの時のアヴェーン君、なんて言ったんですか?」 「え? 何の話ですか?」 「ですから、ロシア語で何か言ってましたよね? 嬉しそうな顔をして」 「ヤ リュブリューのことですか?」 「ああ、それです」 「大したことじゃありませんよ。“大好き”って言っただけですから」 「……あー、そうですか。浮かれちゃって、まぁ」 「……? なにか、怒っていらっしゃいます?」 「いえ、気にしないで下さい。それよりも……お訊きしたいことがあるのですが」 「はい、なんでしょう?」 「アナタの所属する研究所のことです。以前、確かに解体されたはずですね? なのに何故、研究が再開するまでに再編されたんですか?」 「それは………………本国では未だ、とある研究を諦めていないんです。そのための研究者が迎えいれられて……」 「とある、研究……?」 「軍部が兵器開発の一種として推し進めているもので……最終的には、吸血鬼の能力を人間の兵士に分け与えるという研究です」 「なんてバカな研究を……」 「いわゆる超人を作り出す計画なのですが……まぁ、上手くいっているわけもありません」 「ですが、軍部はあきらめていません。無理矢理推し進めようとして……」 「それじゃ、ライカンスロープに関する資料があんなにあるのは……まさか?」 「ええ。“吸血鬼喰い”の他人の能力を自分の物にする、という部分をなんとか利用できないかと調べているのでしょう」 「そのために、ライカンスロープの因子についても色々と調べています。例えば、人工的に作る研究などがありました」 「……だとしたら……危険なのはアヴェーン君ではなく、むしろ……」 「はい。もしムツラ君のことが知られれば、ロシアは是が非でもムツラ君を捕えようとするでしょう」 「定時連絡。対象、動きはありません」 「そうか。では、まだ気づかれていないということだな?」 「おそらくは。そのような素振りはありません」 「手を打つならば今か……しかし、アラガミサヨの支配下で、下手にことが大きくなると面倒だな」 「あまり大きくは動けないが……部隊を送り込む間に事態が変化しかねないか……」 「動くのでしたら、少々面白い手があります。偶然ですが、利用できそうな物がありまして」 「ほぅ、では聞こう」 「まず、我が国の大使を銃で撃っていただけないでしょうか?」 「お疲れ様です」 「お疲れ様、佑斗」 「巡回どうだった? なにか、問題が起きたりなんかは?」 「いや、ここ暫くは同じだ。特に問題は起きてない」 クスリの捜査をしていた時に比べると、拍子抜けするぐらい平和だ。 もちろん海上都市としては、平和なのはいいことなのだが……最初が最初だけに、ちょっと違和感を覚えるなぁ。 「いやいや、平和に文句を付けちゃいけない」 「そうね。それにおそらく……平和なのは今だけよ」 「それは……どういう意味だ? 何かが起こる気配があるのか?」 「そういうわけじゃないけれど……取り締まりを強化したあとは、しばらくみんな大人しくなるものなのよ」 「でもね、少ししたらまたいつもの騒ぎが起こったりするから」 「また、小さい事件も含めて色々忙しくなると思うわ」 「うん、私もそう思う。休んじゃダメとは言わないけど、気を抜き過ぎたりしない方がいいと思うよ」 「そうね……ねぇ、布良さん。よかったら、久しぶりに訓練をしない?」 「あー、それもいいね。あんまり勘が鈍るようなことがあったら、怪我をしちゃうかもしれないし」 「六連君も一緒にどう?」 「訓練?」 「研修期間中に受けたよね? 本採用になった後でも受けられるから、基本を思い出すために、たまに参加してるの。射撃とか、体術とかね」 「そうなのか……なるほど」 「確かに俺も受けた方がいいかもしれないが……すまない、今日はちょっと用があるんだ」 「そういえば、今日のシフトは早番だったわね?」 「今日は土曜日だし……なにか用事があるの? あっ、もしかしてデートとか?」 「残念ながらそうじゃない。今日はまた病院だ」 「また? 最近、多いね。以前はもう少しゆっくりしたスパンだったのに」 「なにか……問題でも起きたの?」 俺の特殊な体質(ライカンスロープではなく、複数の能力のことだけだが)について知っている美羽が、真剣な様子で俺を見てくる。 「いや、そういうわけじゃないから心配しないでくれ」 「本当に?」 「本当だ」 「それならいいのだけれど……何かあったら、相談してくれていいのよ?」 「ああ、ありがとう」 「私にも相談してくれていいからね。お姉さんにまっかせなさい!」 「その時は、よろしく頼むよ」 「それじゃ、俺は着替えてお先に」 「はい、それじゃあ、採血させてもらえる?」 「うん、わかったよ」 「ムツラ君の血液も」 「はい、わかりました」 「それじゃあ、六連君の採血は僕が」 「………」 ライカンの秘密を知られた今、別に採血もソフィーヤさんで問題ないと思うのだが……まぁ、いいか。 医者としては、ちゃんと働いてくれる人だし。 「それじゃあ、よろしくお願いします」 「うん。はい、ちょっとチクっとするけど、我慢してね~」 「あー……出てる、ドクドクって出てるぅ~」 「……その卑猥な言い方、止めてくれません? 寒気がするんで」 「だって、《スピッツ》真空管に血液がドクドク出てるんだもん。それを表現しただけなのになぁ」 「それよりも先生、エリナの体質についての研究って、どうなってるんですか?」 「そのことなら、ちゃんと進んでいるよ。やっぱり、研究が本業の人は違うね」 「それに、見ている限り、僕が心配していたようなことはなさそうだ。彼女は本当に、アヴェーン君を心配してるだけだよ」 「そうですか。それはよかった」 「で、治療に関することで、なにか進展は?」 「明確な一歩はまだ……だけど、道筋が少しは見えてきた。思ったよりは早く進みそうだよ」 「本当ですか!?」 「本国でのライカンスロープの研究にね、今回のことに利用できそうなデータがあったから。それのおかげなの」 「へー、そうなんですか」 「でも、もう少し調べなきゃいけないこともあるから。今度は、血を吸った状態を採らせてもらえる?」 「はい、わかりました」 「俺はいつでもいいぞ、エリナ」 「それじゃちょっと、失礼して………………んっ」 首元を大きく開けて、俺はエリナを待つ。 エリナはゆっくりと俺の腕の中に移動して、その牙を首筋に立てる。 「――ズブッ、んっ……ちゅるっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅぅぅーーーー……」 首元に感じる柔らかな唇の感触が心地いい。 だがそれと共に、俺の中の熱が、エリナの中に移動していく。 「……んん……」 別に痛みはないのだが……ほぼ抱き合っている姿を見られるのは、若干恥ずかしいな。 「んっ、んん……ちゅぅぅぅぅ……ぱっ、はぁーーー……ありがとう、ユート」 「いや、気にしなくていい」 「それじゃあ……もう一度採血させてね」 「うん。はい、どうぞー」 「一応、念のために六連君も採血させてもらえる? 吸血された方を調べるためにも」 「わかりました」 再び採血が行われ、新たな《スピッツ》真空管が俺とエリナの血液で満たされていく。 「ありがとう。早速、血液を調べてみるわね」 「よろしくお願いします」 「ああ、そうそう。それからちょっと、気になることがあるのだけど」 「なにか治療に関すること?」 「今までエリナは苦しくなると、ムツラ君から吸血してきたのよね?」 「うん。そうだけど……問題あった?」 「そうじゃなくてね、それって血じゃないとダメなの? もっと……汗とか、唾液とか……そういう体液での代用は無理かしら?」 「そういうのはー……うん、試したことないかな」 「なるほどっ! 確かにそれは気になる部分だね、医学的見解として。これは一度、確認してみるべきだ、医者として!」 「ということで六連君、早速汗と唾液を採取させてくれないかい!」 「アナタ絶対に今、医者の立場を忘れてますよね? すっごい目をキラキラさせてますよね?」 「そんなことはないよ! 医学、これはアヴェーン君の治療のため、引いては医学の進歩のためなんだ! だから、さぁっ!」 「さぁっ、じゃないっ!」 「――じゅるっ、おっと……ヨダレが出ちまったぜ」 「欲望がダダ漏れですね」 「まぁ、覚えていたらでいいから。機会があったら、ちょっと試してみてくれない?」 「わかった。今は吸ったばっかりだから渇いてないけど、チャンスがあったら試してみるね」 「もし何か変化があったら、すぐに連絡を頂戴」 「うん、了解だよ………………ふぅー……」 「……? エリナ、もしかして……どこか体調が悪いのか?」 「……え?」 「今、ため息みたいなのを吐いたよね? 僕も体調が悪そうに思ったけど」 「もしかして、なにか変化が!?」 「うっ、ううん、違うの。心配させてゴメンね、でも本当にへーきだから」 「そうなのか?」 「エリナ、無理はしないで。体調は正直に話して、お願い」 「んーと……正直に言うと、ちょっとだけ頭が痛いというか……変な音が聞こえるというか……ノイズが走るというか……」 「ノイズ?」 「上手く言えないんだけど……ユーの血を吸ったときから、頭の中でザーザーって……」 「今までにも、こんなことがあったのか?」 「たまに、こんなこともあったけど……でも前は、もっと軽かったのに……今日はちょっとだけ、重い……かも」 「どういうことかしら? もしかして、ここにきて新しい変化が?」 「いや、違うんじゃないかな?」 「先生にはなにか、心当たりが?」 「アヴェーン君は確か……電気系の能力を持っていたね?」 「う、うん。そうだけど……」 「だったら、その能力じゃないかな?」 「どういうことですか?」 「電気系の能力を有している分、他の人よりも電波、電磁波なんかの影響を受けやすい可能性がある」 「つまり……エリナの頭痛は、電波が原因で起きてる?」 「でも、こんなにノイズがひどいのは、初めてだよ?」 「ここは病院だ。さまざまな医療機器が色んな所に配置されている。起動する物もその日によって違うからね」 「病院を出ればその頭痛は消えるかどうか、確認してみよう。それでこの仮説があってるかどうか、わかるよ」 「なるほど、賛成です」 「それじゃエリナ、外に行こう」 「おっ、おー……本当だ、ノイズが治まったよ」 「それじゃあやっぱり、その……ノイズ? は、電波や電磁波の影響ってことですか?」 「その可能性が高いだろうね」 「個人の携帯電話ぐらいでは、問題ないということかしら?」 「どうだろうね? 能力覚醒中に電話で話をしようとしたら、また頭痛が起こる可能性もあると思うけど」 「そっか。それじゃあ、気を付けないとね」 「でも、体調がよくなったならよかった。安心したわ」 「それじゃ私は、戻って血を調べてくるわ」 「よろしくお願いします」 「それじゃ僕も戻るよ、またね」 「ええ、また」 「……さてと、それじゃあ帰るか、エリナ」 「えー……もう帰るの?」 「どこかに、寄りたい場所でもあるのか?」 「どこかに用事があるわけじゃないけど……せっかく二人きりなのに……最近、あんまり一緒にいられなかったし」 「なら、お茶でもして帰るか?」 ……待てよ。 そもそも、エリナの不満はもっと違うところにあるのではないか? 一緒にいると言うだけなら、寮の中でゴロゴロしてるのと変わりやしない。 「いや、そうじゃなくて……」 「デート、するか?」 「………………え?」 「あれ? そんなに意外な提案だったか?」 「う、うん。ちょっと……エリナはてっきり“セックスをするぞ!”って言うと思ってたから……」 「前から言っているが、頼むからド直球な言い方、止めてもらえないか?」 「というか……俺ってそんなに“セックス”ばっかり求めてるか? 一応、ある程度は理性を働かせているつもりなんだが」 「ユーはね、あんまり積極的には誘ってこないけど、いざスルってなると遠慮がないかな」 「………」 「それについては心当たりがある。誠に申し訳ない」 「でも、激しく求められるの、エリナは好きだから、いいけどね」 「……エリナが器の大きい女で助かったよ」 「ともかく、俺が提案したいのは、セックスではなくデートだ」 「………………デート」 「そう、デート。まぁ、順序がおかしいとは俺も思う。すでにセックスを何度もしてるからな」 「もちろん、二人っきりで過ごした時間はいくらでもあるが……やはり、それとデートは違うと思うんだ」 「二人で映画見たり、ウィンドウショッピングをしたり、カフェでお茶したり、オシャレな店に行ったり……こう、イチャイチャしたいんだ」 「デート……映画……ウィンドウショッピング……カフェ……オシャレなお店……イチャイチャ……」 「セックスでネットリというのも悪くはないし、エリナとのセックスは……その非常に気持ちいいから、好きだ」 「勿論それは、エリナのことが好きな気持ちがあってのことこそで……あー……なに言ってるんだ。別にセックスについて語りたいわけじゃくて」 「……とにかくだな、俺が言いたいことは一つ」 「俺と、デートをして欲しい」 「デート……いいかも………………デート、する」 「うん。デート、エリナもしたいっ!」 「ほ、本当か? そうか、よかった」 “デートなんていいから、セックスしよう”なんて男らしいことを言われたら、どうしようかと思った。 「言われるとそうだね、セックスもしたのに、デートはまだだったんだね」 「スマン、俺がもっと早く気が付いていれば」 「ううん、そんなことない。だってエリナなんて、言われるまでずっとセックスのことしか頭になかったもん」 「……それはそれでどうなんだろうと心配になるな」 「でも……したい、ユーと一緒にデートしたい! 凄く素敵な提案だよ、それ!」 「そうか、よかった。ちなみにエリナ、カジノのシフトはどうなってる? 実は俺は明日が休みなんだが」 「ナイスタイミング! エリナも明日休みだよ」 「ならデートは、明日でいいか? 突然の話だが……」 「ううん、全然へーき。むしろ、嬉しいよ。明日、ユーとデートできるなんて」 「喜んでもらえてなによりだ。そして、受け入れてもらえて俺も凄く嬉しい、ありがとう」 嬉しさを表すために、俺はエリナの身体を抱きしめようとする。 ――が、ふとした思いつきで、俺はエリナを抱きしめようとしていた腕を止めた。 「あり? ユー? その腕は……抱きしめようとしてくれたんじゃないの?」 「そのつもりだったんだが……ちょっと止めてみようかと思って」 「勘違いしないで欲しいんだが、別にエリナのことを抱きしめるのが嫌なわけじゃないぞ?」 「だったら、どうして?」 「明日、エリナとデートだから、今は抱きしめられない」 「……どういうこと?」 「明日のデートで俺は、エリナと触れ合うことになると思う。とすると、今ここで触れ合いたい気持ちを満足させるのは勿体ないと思わないか?」 「つまりユーは焦らしプレイで、調教をしたいんだね!」 「違う!」 「お預けプレイ?」 「だからそういうことじゃなく………………」 いや……しようとしていることは、エリナが言ったことで間違いないかもしれない。 「とにかく、デートでイチャイチャするために、今日は我慢しようってことだよね?」 「うん。そういうことなら、わかった。ちょっと寂しいけど……でも、ユーの言うとおり、これでデートがもっと楽しくなりそう!」 「これもデートの下準備だ」 下手に一緒に暮らしている分、あまり触れ合いを我慢したことなどなかったからな。 こういうことも、必要かもしれない。 「そういうことなら、エリナも明日のデートは気合を入れるね!」 「あっ、でもでもっ! いくらエリナと触れ合えないからって、オナニーもしちゃダメだよ? めっ! なんだよ」 「だから……そういうことを言うのはやめて欲しいんだが……」 正直なのはいいが、あまりにドストレートなのはどうかと思う。 まぁ……そんな部分も、エリナの可愛いところといえば、そうなんだが……。 「とにかく、明日までエリナの温もりはお預けだ」 ……デートまで、体感時間が凄く長くなりそうだな。 「………」 「はぁ……やっぱり長い……」 俺はベッドの上でゴロゴロしながら、ぼんやりと天井を見上げていた。 よく考えると、こんなにエリナと触れ合えないのは、初めてじゃないだろうか? いつもはエリナがベッドに潜り込んで来たり、二人っきりの時にキスしたり、手を繋いだり、抱き締めたり……。 一つ屋根の下だといつでも会えるせいで、好き勝手にその温もりに触れ合っていたからな。 「そこまで夢中になっているつもりはなかったが……実はかなり嵌まってるみたいだな、俺」 近くにいるのに触れられないことが、さらに俺の欲望をくすぐる。 エリナの温もりがなければ、落ち着かない身体になっているらしい。 きっとアルコール中毒やニコチン中毒もこんな風に、知らず知らずのうちに身体の奥底まで染みこんでしまうんだろう。 「さながら、エリナ中毒……ってところかなぁ」 ダメだ……考えれば考えるほど、エリナの温もりが欲しくなる。 そういえば……このベッドでエリナも寝たことがあるんだな。 もしかすると、エリナの温もりとか、残り香とかなんてことは……………… 「――スゥーーーーー……クンクン……」 「ゴホッ! ゴホッ、ゴホッ! うぇっ! うぇっ!」 「だ、ダメだ……やっぱりこのベッドからは、男の匂いしかしない……コホッ、コホッ……」 当然、温もりも自分の物しか存在していない。 ……あー……悶々とする。 というか、悶々を通り越して、若干ムラムラし始めてきたかも。 「………」 「いや、ダメだ。我慢だ、俺が言い出したことなんだし、エリナにもオナニーを我慢するように言われてるんだから」 「こういう時は寝てしまおう。そうするのが一番だ」 俺は頭まで布団で覆って、寝る努力をし続けた。 「にひ♪ にっひっひ~~~♪ ユーとデートかぁ……」 そんな基本的なことを忘れてるだなんて、迂闊だった。 でも、今からでも遅くないよね。 ううん。こんなに好きになってから、初デートができるなんて、ある意味幸せなことだよ。 「どうしよう、楽しみ過ぎて眠れないかも」 早く寝ないと、デートを楽しめないかもしれないのに。 でも、デートかぁ………………。 「んーー……想像しただけで、ドキドキしちゃう。どうしよう、こんなにドキドキしてたら眠れないよぉー」 眠れない時はいつもユーのベッドに忍び込んでたから、前までどうしてたのか忘れちゃったよ。 「まず、この胸のドキドキを抑えないといけないんだけど……どうすればいいんだろう?」 「ユーのことを想像してオナニーすれば、このドキドキも少しは収まるかな?」 「でも……オナニー禁止ってエリナの方から言っちゃったし。ここで発散してたら、我慢した意味もないだろうし……」 「うぅぅ~~……あんなこと、言うべきじゃなかったかも」 確かにデートがすごく楽しみになるし、我慢した分嬉しさも倍増すると思う。 「でもこんなの、辛すぎるよぉぉ~~~……こんなことなら、もっと触ってもらっておけばよかった」 うぅぅ……苦しいから、もう寝ちゃおう。 せめて、夢の中ではユーに触れ合えるように、お願いしながらね♪ 「にひひ、おやすみ、ユー」 「……おはよう」 結局、悶々……というか、ムラムラを抱えて寝不足のまま、俺は共有スペースに顔を出した。 するとそこには―― 「……おはよう、ユー」 俺と同じような、寝不足そうなエリナがいた。 「おはようございます。もうすぐ、夕食ができますから待っていて下さいね」 「ああ、ありがとう。稲叢さん」 「しかし……元気のない顔だな、エリナ。俺も人のことは言えないが」 「もしかして……ユーも、なの?」 「ああ。寝不足だ」 「エリナも今日のことが楽しみ過ぎて、あんまり眠れなかったよ」 「俺だって、色んなことを考えてたら、全然眠れなかった」 「ユー……こんなことも一緒だなんて、嬉しい……」 「でも、ダメっ! まだ我慢っ! 寮の中じゃデートじゃないもん、だから……抱き着きたくても、我慢なの!」 「……それは確かにそうだな」 「俺も、エリナのことを抱きしめたいが……今は我慢しよう」 せっかく、ここまで我慢したんだから、最高の状態でエリナの温もりを感じたい! 「……二人で何を言ってるの?」 「そんな大声で“我慢我慢”って言うぐらいなら、さっさと抱き合っちゃえばいいのに」 「みんな、ドーブラエ・ウートラ!」 「おはよう。それで、どうしたの? イチャつくのを見せつけるぐらいなら、さっさと抱き合ってくれない?」 「美羽ちゃん、ここは共有の場なんだからそれはダメだよ。そういうことはせめて、二人っきりの時にすべきだよ」 「そうだな。そういう点から考えても、今はやっぱり我慢だ」 「おー……目の前にいるのに触れ合えないなんて、辛い……辛いけど、これが悦びに変わっていくんだね」 「ああ、そうだな。今は触れないこの苦しみこそが、喜びを倍増させることになる」 「……布良さんの言いたいことはわかるけれど、だからって目の前でこんな風にイチャイチャされたら、もの凄くイラつくのだけれど?」 「……それはまぁ……確かに」 「というか、二人は一体何をしてるんだい? 抱き合いたいとか、我慢とか」 「焦らしプレイだよ! エリナ今、ユーに調教されてる途中なの♪」 「だからその言い方を止めんかいっ!」 「ちょっ、調教!? 何してるの、もぉーっ! 寮内での調教は禁止ーーーっ!」 「……寮の外ならいいの?」 「ちょ、調教って……本当にそんなことするカップルがいるんだ?」 「それってやっぱり、アレなの? こう、普段から……め、メギンギョルズを入れて、我慢させたりとか……」 「メギンギョルズってなに?」 「え!? だ、だからメギンギョルズは……その、えっと……ば、バイブとかローター……みたいなもので」 「それはさすがに、同人誌の読み過ぎでしょう」 「というかすまない、よく聞こえなかったから、もう一度言ってくれないか?」 「えぇぇ!? いっ、言えないよ! あーーーっ、もうっ! やっぱり何でもない」 「そうか?」 「それより、もっとちゃんと説明してくれない? じゃないと、本当に調教扱いされるわよ?」 「それはマズイ」 「だからね、ユーとエリナは、一つ屋根の下で暮らしてるから、今まですぐに触れ合えてたの」 「だがそれは、あんまりいいことじゃない。たまにはちゃんと我慢した方がいいんじゃないかと思ってな」 「その方が、お互いのありがたみを再確認できるしね」 「なるほど」 「そういうことか。あー……ビックリした」 「調教というのはやや語弊がある。焦らしプレイと言われると……まぁ、否定はできないんだが」 「でも、急にどうして、そんな焦らしプレイ――じゃなくてっ! ――コホン、そんな我慢をすることにしたのかな?」 「今までは注意しても、全然気にした様子はなかったのに」 「そういえばそうだね。やっ、やっぱり、二人の仲が進んで調教プレイに!?」 「だから違うっ!」 「そうじゃなくて……実は今日、エリナとデートをすることにしたんだ」 「みなさん、夕食の準備ができましたけど……なんだか、賑やかですね。一体何の話なんですか?」 「今日、初デートなんだよ、にひー♪」 「え? そうなの? おめでとう、エリナちゃん」 「ありがとう、リオ」 「それで、デートをより楽しむためには、普段から満足するぐらい触れ合っていてはダメなんじゃないかと思ったんだ」 「だから、我慢することにしたんだが………………」 『………』 「な、なんだ? どうしてみんな、そんなに驚いているんだ?」 「今、なんて言った?」 「だから、よりデートを楽しむために、普段から満足するぐらい触れ合っていては――」 「そうじゃなくて、その前!」 「今日、エリナとデートをする……?」 「そのあとの、エリナ君の言葉」 「初デート?」 「初デート!? 今まで、デートしてこなかったの!?」 「うん。二人っきりの時間は沢山あったけど、テレビであるようなデートは、一回もなかったよ。だから、初デートなんだ~」 「でも……二人が付き合い始めてもう……一ヶ月以上経っているわよね?」 「んー……多分、それぐらいは経ってるかな?」 「なのに、今さら初デート? エイレイテュイアの契りまでかわしておいて?」 「………」 「甲斐性なし」 「……はい」 「それはさすがに、エリナちゃんが可哀そうだよ」 「……仰る通り」 「そんなことしてたら、身体目当てと勘違いされても文句は言えないと思う」 「……返す言葉もございません」 「えーっと……ごめんなさい。これはさすがに、六連先輩がいけないと思います」 「いいんだ、稲叢さん。今回のことは俺も反省している。忘れていたことに対しては、自分でもどうかと思っているんだ」 「だが、それぐらい幸せだったということで」 「そうやって幸せの上に胡坐をかいていたら、ぼろ雑巾みたいに捨てられるわよ?」 「うんうん。いくら恋人同士で幸せの絶頂だったとしても、最低限の気遣いは必要だよね」 「無粋もここに極まり、だね」 「……そこまで言われることなのか?」 「言われることよ、どう考えても」 「わたしも、初めてのデートは大切だと思います」 「女の子にとって、初デートは非常に重要な儀式なんだから。そこを無視して、いきなりエイレイテュイアの契りだなんて……」 「………」 セックスについては、俺じゃなくエリナの方から誘ってきたんだけどなぁ……。 なんて口答えをしようものなら、どんな仕打ちをされるかわかったものじゃない。大人しくしておこう。 「とにかく、初デートに行くなら、早く行かなきゃダメ。これは寮長命令です」 「いやしかし、まだ稲叢さんの夕食も食べてないのに」 「今までデートをしてこなかった分、今日は時間を目一杯使って、埋め合わせしなきゃダメなの」 「だが――」 「ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと行くっ!」 「りょっ、了解っ」 これはダメだ。大人しく従うしかない。 「莉音君の食事は、ボクらが食べておくから、心配しないで」 「わ、わかった。それじゃ……行くか、エリナ」 「うん、行こうー!」 「それから……えっと、ありがとうね。エリナのために、ユーのお尻を叩いてくれて」 「いいから早く行きなさい」 「今までの分を取り返すぐらい、甘えてくるといいよ」 「あっでも、変なことはしちゃダメだからね」 「いってらっしゃい、エリナちゃん」 「うん。いってきます、にひひ♪」 「まったく……世話の焼ける二人ね」 「今回は二人じゃなくて、佑斗君が問題だったんじゃない?」 「そうだね。でもまぁ、上手くいってるみたいだし。いいことなんじゃないかな」 「そうですよね! わたしもそう思います」 「とはいえ……一体どうしよう?」 実は、夕食を食べた後にエリナと今日の予定を話し合うつもりだったから……現状、かなりノープラン。 ……困ったな。 「突然追い出されたが……エリナの方は、準備はいいのか?」 「うん。へーき、準備万端、気合は十分♪」 「……昨日も気合を入れると言っていたが、もしかしてデートプランがあるのか?」 「ううん、そういうのじゃないよ。エリナが気合を入れたのは……今はちょっと見えないところかなぁ、にっひっひ♪」 「………」 「それは、つまり……いわゆる勝負下着を身に着けている、とか?」 「ううん。パンツを穿いてないぐらいの気合なんだよ♪」 「今すぐ穿いてきなさいっ!!」 「えー……どうせ脱がすくせに~♪」 「……そうと決まったわけじゃないだろう。それに、もしスカートが捲れたりしたらどうする? 誰かに見られるかもしれないだろう?」 「エリナの、そういう姿を見ていいのは……俺だけだ。だから、穿いてきなさい」 「にっひー♪ うん、そういうことならわかったよ。確かに見ていいのはユーだけだもんね。今穿いてくるから、ちょっと待ってて」 「………」 エリナのまっすぐな気持ちはありがたいんだが、どうしてこう奇妙なベクトルに向かうんだろう? 「エリナ、どこか行きたい場所とかあるか?」 「んー……そうだね、えーっと……あっ、行ってみたい場所ならあるよ」 「そうなのか? よし、ならそこに行こう」 「うん。でもその前に、まずはやっぱりご飯かな。お腹空いちゃった」 「そうだな。わかった」 まずは食事をとって、エリナの行きたい場所に行って……そのあとはまた、その時に決めればいいか。 行き当たりばったりというのも、俺とエリナらしくていい気がする。 「それじゃあ行こう、エリナ。デートの始まりだ」 そうして俺は、エリナに手を差し出したのだが…… 「まだダメ。ここだと食事で、すぐに離しちゃうことになるから、もったいない」 「それは確かにそうかもな」 「だから、もう少し我慢ね」 「わかった。楽しみはもう少しとっておこう」 そうして俺たちは、まずは軽い食事をするために、喫茶店に向かった。 「ここが……エリナが来たかった場所か……」 無事に食事を終えた俺たちが向かったのは、この海上都市で一番大きいショッピングモールだった。 中には海外ブランドなどの高級品はもちろん、もっとお手頃なお土産や日常品も売っている。 しかも、騒ぎたい盛りなお子様や、思い出を作りたがるカップルたちのために、観覧車まで設置されていたりと、至れり尽くせりだ。 「さすが観光都市だけあって、こういう店の規模は凄いな」 一部は免税店でもあるそうなので、それ目当てで来るお客もいるらしい。 「なにか、買い物があるのか?」 「それはまだナイショ♪ まずは、ここでウィンドウショッピングでデートしたい」 「わかった。俺は全然構わない」 「それじゃあ……行くか」 そうして俺は手を差し出して、エリナの反応を待った。 「今度こそ、いいだろう? ずっと我慢してきて、もうそろそろ限界だ」 「にっひー♪ ユーっては凄くえっちな言い方してる」 「それぐらい、我慢してたってことだよ」 「エリナも……ずっと我慢してきて、もう限界かも……ユーに触れたい、そのおっきな手の温もりを、感じたいよ」 ゆっくりと、エリナが手を伸ばしてくる。 最初は指先と指先が触れ合い、まるで指でキスするように、チョンチョンと触れ合う。 さらに指のキスがディープへ発展し、指が絡まり合い……ついに、俺の手とエリナの手が重なった。 「おっ、おぉ……」 たかだか一日触れなかった程度だが……それでもこの温もりが懐かしくて、嬉しくて、思わず顔がゆるんでしまう。 「ユー、顔が笑ってる」 「エリナだって、そうじゃないか」 「にひ……にひひ……だって、嬉しいんだもん。やっぱりあったかい。ユーの手、凄くあったかいよ」 「エリナの手は、ちょっとだけ冷たいかもな」 「ちょっと冷え症気味なの。だから……ユーの手であっためて」 「ああ、わかってる」 俺はエリナの指先まで温めるように、指を組み合わせる。 今まで触れ合えなかった分を取り戻すように、しっかりと。 「はぁぁ~~……繋がってる、ユーと繋がってるよ……あったかくて、凄く気持ちいい……はぁぁあ~~……」 「さすがにその言い方はわざとだろう?」 「あり? バレた? でも……気持ちいいのは本当だよ。ユーの温もり、凄く気持ちよくて、安心できる」 「今まで我慢してきた甲斐は、あったかな?」 「うん♪ 凄いね、焦らしプレイって。こんなに気持ちいいだなんて!」 「だからっ! こんな場所で大声でそんなことを言うんじゃない!」 家族連れの方々からの冷たい視線が痛い痛い。 「とにかく、エリナは今、すっごい幸せだよ」 「そう言ってもらえたなら、なによりだ」 「ユーは? ユーも幸せ?」 「もちろんだ。幸せに決まってるだろう」 そう言って、再びしっかりと握り直す。 もう離さないとアピールするように。 「にひー♪ そんなに強く握られたら、ちょっと痛いよ」 「そうか、すまない」 「でも、それぐらい握ってくれた方が、ユーの温もりが伝わってきて……あのね、ユー」 「ん?」 「好き、好き好き好き、だーい好き♪」 「知ってたよ」 「俺も、エリナのことが大好きだ」 「うん。それ、エリナも知ってた」 「ははは」 「にひひ」 「じゃあ、デートを始めるとするか」 「うん! よろしくお願いします!」 そうして俺は、エリナと共にモールの中に入っていった。 そこからは、ただただ楽しい時間が過ぎて行った。 色んな店を冷かし、商品を見て回る。 それだけのことなのに、楽しすぎて、感じたことのない速度で時間が過ぎていく。 同じ物を見て、感想を言い合って、くだらないことで笑い合う。 分かり合える相手がいることは、こんなにも幸せなことなのか。こんなにも密度の違う時間が流れるものなのか。 目的のない二人の時間が、その幸せを俺に再認識させて、これ以上ない素晴らしい時間を過ごすことができた。 「それでエリナ、結局何も買わなかったが……いいのか?」 「うん。別に欲しい物はなかったしね」 「だが、行きたい店があったんだろう?」 「おー、そうだった。つい、楽しくて忘れちゃってたよ」 「あれ? もしかして、まだ目的の店には行ってないのか?」 「うん、まだだよ。だってエリナが行きたいお店は、モールの中にはないもん。ここの近くにはあるんだけどね」 「そうか。それじゃ、次はそこに行ってみるか」 「うん! それじゃこっちだよ。5分くらい歩くけど、いいよね?」 「歩くのは構わないが……一体どんな店なんだ?」 「おもちゃを売ってるお店だよ。にっひっひ♪」 「おもちゃ?」 その怪しげな笑みに、若干嫌な予感がしたが……今さら引き返す道などなかった。 「いらっしゃいませぇ」 「……で、エリナの行きたい店って、ここか?」 「そーだよ! なんとも楽しそうなお店でしょ?」 「楽しそうってコレ……」 「おもちゃはおもちゃでも、大人のおもちゃかよっ!」 「前から興味があったんだけど、一人で来るのはちょっと恥ずかしくて……」 「ほら、寂しい女みたいに見られるのは不本意だし。ちゃんと素敵な彼氏のユーがいるんだから」 「だからって、だからって……」 なにも初デートでこんなところに来なくても。 そりゃ、順番を間違えたのは俺のせいだ。そこは謝るさ。 だが、俺たちの関係がロマンチックにならないのは、エリナにも責任があると思う。 普通来るか? 初デートでこんな店に……。 「すごーい……いっぱい色んなものを売ってる」 「そうだな」 でもまぁ……来たものは仕方ない。 開き直って、俺は商品の陳列棚を眺めてみる。 「………」 「やっぱり無理! 恥ずかしい!」 凄く卑猥な物が所狭しと並べられており、直視することができそうにない。 俺ですら結構恥ずかしいんだから、エリナだって―― 「ユー、見て見て。これすっごいよ」 めっちゃ楽しんどる!? なにを当たり前みたいに、バイブとか手にしてるんだ!? 「ユーとどっちが大きいかな? んー……見た目じゃよくわかんないけど……エリナの中に挿れてみたら、わかるかも♪」 「何言ってるんだ、落ち着け。ちゃんと自分の発言について考えるべきだぞ、エリナ」 「そっか……ゴメン、そうだよね……テンション上げ過ぎちゃった」 「せっかくエリナの中、ユーの形を覚えてきたところなのに、違うのを挿れたら崩れちゃうかもしれないもんね。もうエリナ、ユー専用だもんね」 「あーもー! そういう意味じゃねぇ!」 そういや、こういう子だったね、俺の彼女は! 最近の甘ったるい空気で忘れてたけど、羞恥と慎みが若干足りない女の子だったよ! 「それじゃ、バイブはダメだから……おー、媚薬を売ってるよ」 「媚薬、か……」 「にひー♪ 興味ある? エリナに飲ませて楽しんでみたい?」 「いや、そういうわけじゃないが……欲しいのか?」 「もしかして……俺のセックスに不満とかあったりするのか?」 「ううん、そんなのないよ。心配しすぎだよ。エリナはユーにメロメロなんだから。心も身体もね♪」 「でもそっか、そうすると確かに媚薬はいらないかも。えーっと他には……あっ、ローション見っけ」 「……エリナはそんなにアブノーマルに興味があるのか?」 「え? んー……ちょっとあるかな。というより、ユーがアブノーマルなんだもん。エリナも、それに負けないようにしないと」 「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 俺がアブノーマル?」 「そうだよ。だってプールで、バニー服で興奮したって言ったよね? あれってコスプレだと思うけど」 「――ぐっ、それは……」 「あと、この前はエリナの身体、リボンで縛ったし」 「………」 「アブノーマル、好きじゃないの?」 「確かに……改めて言われてみると、好きかもしれん」 あまり自覚はないが。 「でしょう? だから、エリナも色んな事にチャレンジしてみようかなって。ほらほら、バニー以外のコスプレで、こんなのはどう?」 「メイド服だよー。しかもミニじゃなくて、ロングスカートの正統派。どうどう?」 「………」 エリナが、あの服に身を包む…… 「……いい」 「にひ♪ やっぱりアブノーマルが好きなんだ?」 「あ、いや、それは………………そうだな。好き、かも」 「気にしないでいいよ、エリナも嫌いじゃないから。それにエリナ、ユーのためなら頑張れるよ。たとえば……」 「本来はどMのエリナだけど、ユーのためなら女王様にだってなっちゃうよ」 「その気持ちだけで十分だから、鞭をピシピシいわせるんじゃない!」 「というか、そもそも店の中で装備するのはNGだっ! 俺がそういう趣味だと思われる!」 「でもなんだかこの鞭、手にしっくりくるかも。女王様とお呼びー♪」 「あの、お客様……店内でそういったプレイは困るのですが」 「あぁぁぁ、申し訳ない、本当に申し訳ない!」 もうこの子いやーーーー!! 「あー……疲れた」 結局、俺とエリナは何も買わずにアダルトショップを後にした。 「今度は何か買って帰ろうね♪」 「……遠慮しておく」 「えー、遠慮しなくてもいいのに。でも……あー、楽しかった」 そう言ったエリナは嬉しそうに笑う。 だが……その笑顔の眩しさが、若干衰えているような気がする。 ……そう言えば、俺もエリナも少し寝不足気味だったんだ。 楽しすぎて忘れていたが、エリナもここにきて疲れを思い出したのかもしれない。 「エリナ、少し疲れただろう? 休憩して行こうか?」 「え? 休憩? んー……でも、ここらへんにホテルってあったかな?」 「ラブホテル限定にするな!」 「と言っても、二人っきりの空間に誘ってるのは間違いないんだが」 「それって……もしかして……?」 「多分、エリナの考えてることであっていると思うが――」 「観覧車!」「観覧車!」 自然と重なり合った言葉に、俺たちは思わず笑みをこぼす。 「少し、子供っぽいかもしれないが……」 「乗りたい! 初デートの思い出に、ユーと一緒にあの観覧車に乗りたいよ!」 「どちらかというと、初デートでアダルトショップに行った方が印象的だが……まぁ、喜んでもらえてなによりだ」 「それじゃ、乗ろうか。きっと夜景が綺麗だと思う」 「うん♪」 そういうわけで、観覧車に向かう俺たち。 深夜に近い時間では家族連れも少なく、付近には観光客らしい男性がいるだけで、観覧車に並んでいる人は誰もいない。 「タイミングもちょうどいいみたいだな」 「一周、30分弱となりますので、《アクア・エデン》海上都市の夜景をごゆっくりお楽しみください」 そうして乗り込んだまではよかった。 よかったのだが―― 「なぜ、こうなるんだろう?」 「んっ、ちゅるん、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅぅーーー……ごめんね、ユー。でも、急にまた血が欲しくなっちゃって」 「それは別に構わない。血を吸われるのは、いいんだ」 「だがな――」 「どうして、フェラチオをする必要がある?」 椅子に座る俺の目の前で、膝の間に身体を入れたエリナ。 彼女は今、所構わず大きくなった俺のモノに、丹念に舌を伸ばしているところだった。 ――というか、正確にはエリナの舌で、大きくさせられたんだが。 「んんん……ちゅるっ、れろれろ……んっ、れるん……らって、れる、はぁ……確認しなくちゃいけないことがあるから」 「確認しなくちゃいけないこと?」 「うん。ほら、ソーニャが言ってたでしょ?」 「そうじゃなくてね、それって血じゃないとダメなの? もっと……汗とか、唾液とか……そういう体液での代用は無理かしら?」 「確かに、そんなことを言っていた気はするが……ちょっと待て。今からそれを確認しようというのは、つまり」 「せーえきだって立派な体液だよね♪」 「やっぱり、そうくるのか……いやそりゃ確かに体液ではあるが……」 「苦しいの、身体が疼いちゃうの……だから、せーえき欲しい……お願い……んっ、ちゅるん、れろれろ、んっ、れちょれちょ……」 「そういう言い方、少し卑怯だ」 「そんなこと言われたら……我慢できなくなる。ただでさえ、我慢しっぱなしだったのに」 「にひひ。いいよ、お願いしてるのはエリナだもん。せーえきの味、教えて……れろっ、れろ……ちゅ、ちゅ、れるれろ」 エリナは先っぽの感触を確かめるように、ゆっくりと舌でねぶっていく。 「ちゅるちゅる、ちゅるん……ん、れろっ、れろれろ、んっ、んふぅ……はぁぁぁ……凄い、凄い熱くてかたいよ……れる、れろれろ」 「な、なんだかエリナの舌づかい……やけに、上手くないか?」 「にひ♪ ユーの気持ちよさそうな顔が見れて嬉しい、勉強した甲斐があったね、ちゅるちゅる……んっ、れりゅ、れるんっ」 「勉、強……?」 「んっ、ちゅるちゅるっ、れるんっ……れろれろれるる……そうだよ。ユーのこと、気持ちよくしてあげたくてね……んちゅ、ちゅ、れろれるん」 俺の反応を楽しむように、エリナの舌が積極的に俺の肉棒を舐めまわす。 カサの部分や先っぽの切れ込みの部分を抉るように舌先をねじ込んできたり、唾液を染みこませるように、ねっとりと舌で包み込んできたり。 「ちゅぅ、にゅるる……どう? エリナのフェラ、気持ちいい? れろれろれろ、んちゅるっ……れろんっ、れるれる」 「それは、もちろん……き、気持ちいい……というか、上手すぎ」 「にひひ、よかった。んふっ、れろれろ……ちゅるん、ねちゃれちょ……んっ、ちゅる、ちゅっ、ちゅるちゅる、れろんっ」 「うあっ、そ、それ……」 「れろれろっ、ちゅちゅ、ちゅ……れろれろれろれろんっ……今、ビクンってなったね」 思わず腰が浮いてしまいそうになるほどの舌使いに、俺は無言で耐える。 「隠しててもわかるよ、ココは……正直だもん。凄く熱くて、硬くて……びしょびしょに濡れてる……はぁぁぁ……凄い、これ」 「濡れてるのは、エリナの唾液のせいだからな?」 「でも、気持ちいいんだよね? そのまま気持ちよくなって……せーえき、エリナに飲ませて……んっ、ちゅるん、れろれろ」 「だから、そういう言い方は……」 ただでさえ、舌の刺激に負けてしまいそうなのに、上目づかいでそんなこと言われたら……。 「れるんっ、れろれろっ……ちゅっ、ちゅっ……れるれろ、れろれろれろれろれろれろ……んんっ」 「……ぅ……ぁぁっ……凄い、エリナの舌、本当に凄い……」 「にひ……れるれろれろ……ちゅるっ、でもね、勉強したのは、これだけじゃないんだよ? はぁぁぁ……あむっ……」 ぱくっと、愚息をエリナが呑み込んでしまう。 なんだこれ、熱い……エリナの口の中、すごく熱くて……気持ちいい。 「ん、んぐっ……おくちへさーひす、おもてなひらよ……んちゅ、ちゅる、じゅるるる……んっ、んっ、じゅるるーーーーっ……じゅぶじゅび」 エリナの口撃は止まらない。根元の方までずっぽりと咥え込み、音を立てながら吸い上げてきたのだ。 「んじゅぶ……じゅるんっ、じゅるるーーーーっ……んふっ、んふっ、じゅるじゅぽ……くちゅねちゅ……じゅるるっ」 「す、すごい……エリナ……」 「じゅぽじゅぽ、じゅるんっ……ぬちゅぬちゅ……ひゃんとれきてる? おもてなひ、れきてる? んぷっ、んぷっ、じゅずずず……」 「できてるどころじゃない、それ……凄すぎで、ヤバい」 「ほれのこほ? んちゅ、ちゅっ、ちゅぅぅぅー…………ぅぅぅ、じゅずっ、じゅるるるーーーーっ!」 さらに強くなる吸い上げに、俺は慌ててしまうものの、しゃぶりついたエリナがモノを離す気配がない。 むしろ、俺を逃がさないというように舌を絡め、指でしごき、吸引で拘束する。 「じゅぽっ、じゅっぽっ……んっ、ぬちゅっ、じゅずずず……んっ、んふぅ、ぬちゅぬちゅ、じゅゅるるるるるっ! じゅぽじゅぽっ!」 「ぅぅっ、ああぁぁぁ……えっ、エリナ、本当に、それは……ッッ」 「んふぅーっ、きもひよくなって……エリナのおくひれイって、せーえき……じゅるっ、せーえき、らして……ぬちゅっ、ちゅぶぶぶ……」 「じゅずっ、んちゅっ、じゅるんっ! ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅぅぅぅ……じゅるるっ、ちゅぽじゅぽっ! んっ、じゅぶ、じゅぶっ、じゅるるるっ!」 精液を吸い出そうとするようなエリナの吸引に、俺の身体に電流が駆け巡る。 下半身に力を入れてギリギリ我慢していたのに、快感のしびれが、俺から感覚を奪っていく。 「ぬちゅぬちゃっ……じゅるん、じゅるるっ……んふぅー、んっ、んっ、んっ、んじゅる、じゅぷぷぷぷっ」 「ぁ……ぁっ、あぁっ、くっ……ぅぅぅ……エッ、エリナッッ!!」 「んむっ!? んっ、んんんんーーーーーーっ!?」 エリナの刺激に負けた俺は、自分でも制御できないまま、思いっきり精液をエリナの口の中で吐き出す。 「んっ、んん……んふぅーっ、ふぅーっ、んっ、んん……ちゅる、ぢゅるる……んっ、んん……」 何度もドピュドピュと流し込まれる精液に驚きつつも、エリナはその可愛らしい口で、全て受け止めきってしまう。 「んんん……ちゅっ、ちゅるん……コク、んくっ、んんーーーー、コク……ゴクンっ」 「ぱっ、はっ、はぁーっ、はぁーっ……せーえき、いっぱい……いっぱいれたぁ……はぁーっ、はぁーっ」 トロンとした瞳で、精液を飲みきったエリナは嬉しそうにそう言う。 「んぱあぁっ!? あっ、あぁぁぁぁーーーーーーぁぁっ!?」 思わず腰を引くと、エリナの拘束から逃れたモノが、ニュルンと顔を出す。 それと同時に絶頂を迎え、勢いよく精液がエリナの顔に飛び散った。 「ひゃっ、あぁぁぁ……せーえき、ピュッピュッて、あっ、あっ、ら、らめっ――はっ、あむっ!」 精液を顔に浴びながらも、エリナは射精途中の肉棒に再びしゃぶりつく。 そして最後の放出は口で受けてしまった。 「んんっ……ちゅるんっ、ぱぁぁ、はぁーっ……はぁーっ……せーえき、もったいない……ちゃんと口に出してくれないと、飲めないよ」 「あ、ああ……スマン。つい……コントロールができなくて」 「でも……いっぱい出たね。気持ちよくなってくれて、嬉しい」 「それでエリナ、体調の方は……?」 「んっ、えーっと……まだ、ダメみたい。もしかして、量が足りないのかも……? れろん」 言いながら、エリナが精液まみれになった俺の相棒を、再び舐め始める。 「れるん、ぬちゅ、ぬっちゅ……れちょ、れちょ……はぁぁぁ……凄い匂いだよ、せーえき……はぁ、はぁ……れる、れろれろ」 「くっ、ぁぁぁ……だったら別に、舐めなくても……というか、今舐められると、非常にヤバいんだが」 「らめ、なめる……れるれる、んちゅ、ちゅるちゅる……はぁー、はぁー……せーえき、おいひい……クセになちゃう、れろん、んんっ」 「そ……そうなのか?」 「変な味らけど、おいしい……はぁー、はぁー……匂いも好きらから……お掃除……ねろん、ねちゃねちゃ……んっ、コク、コク」 ゆっくりと舌を這わせ、ドロドロの精液を舐めとっては、飲み下していく。 恍惚の表情のまま、甘い蜜でも舐めるように何度も何度も、しつこいくらいに舌で精液を剥ぎ取っていった。 「もったいない、ことしちゃった……れるん、ねちゃねちゅ……もっと早くから知ってたかったな……れる、れろれろれろれろ」 「ぅっ……くっ……ぁぁぁぁ、すまないエリナ。出したばかりだから、今そんなにされたら……」 「また、せーえきでちゃいそう? れろん、にちゅにちゅ……れるる、れろれろ」 まるで俺の反応を楽しんでいるようなエリナの視線に、俺の心臓がドクンと跳ねる。 「あ、ああ……だから、今はマズイんだ」 「そっか……いいこと聞いちゃった♪ あーーーーーーむ……んっ、じゅるんっ、じゅるじゅる……ちゅぷぷぷぷっ!」 突然、今まで精液を舐めとっていたエリナが、再び肉棒にしゃぶりついた。 「ちゅるん、じゅぽじゅっぽ……ちゅる、ちゅぷ、ちゅるるっ……んふーぅっ、んじゅ、んじゅ……じゅず、ちゅぅぅぅ……ぅぅぅ、じゅるるっ」 「うっ、あぁぁ……!? エリナ、な、何を……」 「らって、もっとせーえき、欲しい。まら、調子、もろらないから……じゅる、せーえき、ちょーらい……ぬちゅぬちゃ、くぽっくぽっ」 「だから、それは……量の問題じゃなく、やっぱり血じゃないとダメってことなんじゃ……ぅっ、あぁぁ……」 「んんっ、んじゅるる……ちゅ、ちゅ……れも、ユーもきもひよさそうらよ? ん、ちゅぅぅぅぅぅぅーーーっ」 「確かに、気持ちはいいが……だからと言って――くあっ!?」 モノを咥え込んだエリナが、身体を震わせる俺を見て、嬉しそうに笑う。 「んふ、じゅぷぷ……きもひよさそう……おひ●ひんもこんなに硬くて、すごくえっち……じゅるん……ぬちょぬちょ、んむっ」 「エッチなのは……エリナの方だろ」 「うん、ほうかも……エリナ、えっちらから、せーえき欲しいの。らして、せーえきもう一回、エリナのお口でらして……ぐぽぐぽっ、じゅずず」 再び、痺れるほどの刺激が俺の下半身に襲い掛かってきた。 そんな俺の状況を知ってか知らずか、エリナは口撃を緩めず、のたうちまわる肉棒を押さえつけるように、丁寧に舌を絡ませてくる。 「じゅる、くちゅぬちゅ……じゅるんっ……ぐじゅ、ぐぽぐぽ、んっ、んちゅぅぅぅぅぅーーーっ」 「――!? え、エリナ、それは本当に、マズイ」 「それじゃあ、もっと……んじゅる、ちゅっ、ちゅぷぷっ、ん……んちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅぅぅっ!」 「くっ……ぁっ、ぁっ、ぁっ……そっ、それは……!」 「いつほ、イヒワルらから、今日はおかえひ……じゅるんっ、くぽっぐぽっ……んちゅ、ぢゅるるる」 敏感なカリの部分を執拗なまでに舌先でくすぐり、エリナは口の動きと視線で“早く出せ”と訴えかけてくる。 「あむ、じゅる……ほれなら、ほう? んっ、んんんーーーー……ぱっ、ぢゅぷ、ぢゅるん……じゅぽ、じゅぽっ、じゅぽじゅぽっ、ぢゅるん!」 今までよりも唇をしっかりと引き締め、さらに強く吸い上げ始めたエリナに、俺の快感が無理矢理引きずり出されていく。 「あ……あっ、エリナ……ッ!?」 「じゅぷ……ぢゅるん、んっ、イひほう? イっへいいよ、エリナのおくひで、イっへ、いっぱいイっへ……じゅる、ちゅぷ、ぢゅるるるるッッ」 「も、もう無理だ。また、また出る」 「ぢゅるん……んっ、らして、いっぱいいっぱい、せーえきエリナにちょーらい……ぢゅるるる……んっ、ぐじゅっ……ぐぽぐぽ」 「あ、あぁ……イく、イくッ!」 「んじゅる、あむあむ……んっ、んじゅぷ……くぽ、ぐぽ、じゅぽじゅっぽ……んっ、じゅるん、ぢゅる……ちゅぅぅぅぅーーーーッッ!」 俺の言葉を聞いたエリナの吸引が激しくなり、俺の感覚が凌辱されていく。 「じゅるる……んじゅっ、じゅるんっ……ぢゅぽ、ぢゅっぽ……あむっ、んむんむ……ぐじゅ、じゅるるるる!」 「うあぁっ、こ、ここで……そんな、甘噛みまで、されたら……ぁぁぁっ」 「イっへ、早く……はやくはやく、せーえきはやくぅ……じゅるちゅぶ……ぢゅびび、じゅるん、じゅぶじゅぽじゅぽッ!」 エリナの凌辱により、再び俺の下半身が快感に支配されていく。 「んむんむっ、ぢゅるっ……ぢゅるるるっ、じゅぽちゅぽ、ぬちゅぬちゃ、ちゅぅぅぅぅーーっ! じゅぽじゅぽ、んっ、ぢゅるるーーっ!」 「――くっ、エ、エリナ!」 「んじゅっ、んっ……んんん!? んんんんんーーーーーーーーーーッッ!!??」 そのまま俺は、駆け上ってくる精液を、エリナの口の中に放出する。 「んっ、んふぅーぅ!? んくぅ、んっ、ふぅーっ、ふぅーっ、んっ、んん……ッッ!?」 ドクッドクッと、止まる気配のない射精で、二度目とは思えない量の精液がエリナの口に注ぎ込まれていった。 「んっ、くぅぅぅぅ……んんっ、ふぅーっ……ふぅーっ……ぢゅる……ゴク、ゴク……ゴクン」 驚きつつも、エリナはそのまましっかりと唇を引き締める。 そして、俺の精液を苦しそうながらも、必死に喉に流し込んでいく。 「ゴクゴクッ……んっ、んんーー……ぱっ、けほっ、けほけほっ……はっ、はぁ……せーえき、いっぱい……ひゅごい、濃い……はぁーっ、はぁーっ」 俺を見上げながらエリナは呟く。 口の端を白い粘液で汚しながらも、蕩けきった表情で呟くその姿に、思わず俺は見とれてしまった。 「――うっ、うあぁぁっ!」 「んちゅるっ!? ぱっ、ああっ、あああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ……ッッ!」 快感から逃れ切れなかった俺のイツモツから白い粘液が飛び、エリナの顔に降り注ぐ。 「んはぁ、んはぁ、でてる、いっぱい出てる、あっ、あぁぁぁ……せーえき、熱い、凄い熱くて、ユーの匂いがするぅぅ……」 茫然と精液を浴び続けるエリナに、二度目とは思えない量の精液がドピュドピュと溢れ続けた。 「はっ、はぁーっ、はぁーっ……ひゅごい匂い……はぁぁ……もったいない……あむ、れる、ちゅぷちゅぱ……ンク、ゴクン」 蕩けきった瞳のまま、エリナは顔に浴びた精液を舌で舐めとり、喉に流し込む。 「はーっ……はぁーっ……せーえき、いっぱい……溺れちゃいそう……はぁーっ……はぁーっ……」 「はぁ……はぁ……自分でも、この量には驚いてる」 「それで……量も増えたわけだが、体調の方は?」 「はぁー……はぁー……えっと、まだダメみたいだよ」 「そうか。だったらやっぱり、素直に血を飲んだ方が――」 「やっぱり、せーえきは下のお口じゃないとダメなのかもしれないね♪」 「………」 「あのな、決して俺はエリナとのセックスを嫌がるわけじゃない。わけじゃないが……そろそろ素直に血を吸っておさめないか」 「ダメだよ、これも実験。エリナの身体を治すために必要な実験なんだよ。ね?」 「ね? って言われても……そもそも、さすがに残り時間が少ない。観覧車はもう少ししたら、一周してしま――」 『大変申し話ありません、ただいま強風のため一時観覧車を停止させて頂きます』 おいぃぃぃ、スタッフーーーーッ!? エリナのフェラに夢中で気づかなかったが、そんな強風なんて吹いていただろうか? というか……もしかして、止まってるのは俺たちのせい? 「おー……カミカゼだね、天のお導きかもしれないよ」 「神様に見られてるとか、なんか嫌だなぁ……」 「でもこれで時間ができたよね、ユー……」 そう言って俺を誘うエリナの顔は赤く……わかりやすく表現するなら、発情してしまっている。 その潤んだ瞳と、甘えるような声、精液でドロドロに汚れた姿を見ていると、俺のスイッチも再び…… 「………」 「こうなりゃ自棄だ」 「はぁ……はぁ……誰も、見てないかな?」 「多分、大丈夫だと思う。少なくとも前後には人がいなかったし………………というか、今さらエリナが言うか?」 「だって、フェラチオはしゃがんでたから……周りが気にならなかったんだもん」 「でも、この状態だと……見えてる、夜景が見えてる……もしかしたら、エリナも見られちゃってるかも……はぁ……はぁ……」 「この距離と位置じゃ見えてないはずだ」 「そ、そうかな? そうだといいけど……はぁ……はぁ……」 真っ赤な顔で外に視線を向けるエリナは、自分の状況を改めて認識してか、徐々に息が荒くなっていく。 それと同時に、目の前の下着のシミも、大きくなっていくような気がした。 「こんな恰好……誰かに見られるのはイヤだよ?」 「俺はもっとエッチな格好も見たことあるが?」 「ユーは特別だよ。ユーになら、見られていい……ううん、見て欲しい。どんなに恥ずかしくったって……エリナの全部を、見て欲しい……」 「俺も見たい、エリナの全部。綺麗なところも可愛いところも、恥ずかしいところだって全部見たい」 「うん。見て……エリナの全部、見てぇ……はぁ……はぁ……」 エリナが突き出したお尻を、俺を誘うようにクイックイッと揺らす。 その踊りに魅入られたように俺は、薄生地に守られた白い丸みに手を這わせた。 「ひゃんっ……あっ、あっ、あぁぁぁ……ユーの手が、エリナのお尻を撫でてる……」 「柔らかくて、張りがあって……凄い気持ちいい。触ってるだけで、興奮してくるよ」 「んっ、んんん……エリナも、あったかい手の平に、撫でられて……んん……興奮しちゃう……はぁー……はぁー」 「本当だ。ここ、こんなにもう、濡れてる」 くちゅ、くちゅ……そんないやらしい水音が、ショーツのシミを擦る度に聞こえてくる。 「あっ、あっ、ふあぁぁぁぁ……だってだって、お尻、撫でられたら気持ちいいんだもん……あっ、んっ、んあぁぁぁ……」 「それだけ? それだけで、こんなに濡らしたのか?」 確認するように、俺はシミの部分を強くくすぐる。 「あっ、ああぁぁぁああぁぁぁ……ち、違う、違うのぉ……ふぇ、フェラチオ、してる時から……濡れちゃってた……あひっ、ああぁぁぁぁ」 「お、おち●ちんが……お、美味しくて……気づいたら、濡れてて……あぁぁんっ……はぁ、はぁ、はぁぁぁ……ぁぁ……」 「俺が何もしてないのにこんなに濡らすなんて、エリナはエッチだな」 「んぁ、んぁぁ……だって、アレがいつも、エリナの中に挿ってると思ったら……ん、んっ、んんっ、はぁぁぁ……ぁぁ」 「しかも、こんなにエッチな下着を穿いてるなんて」 「えっちじゃないもん。これぐらい、普通だもん……はぁ……はぁ……」 「そんなことないと思うぞ? こんな細くていやらしい下着、普通は身に着けないもんだ」 「はぁ、はぁ……そうなの? でも、みんなこれぐらい……」 「本当に? 寮で他のみんなの洗濯を見たことはないか? その時、みんなこんないやらしい下着を身に着けてたか?」 「そう、言われると……みんなは、いつも大人し目の下着ばっかりだった……かも……はぁ、はぁ……」 「ほらやっぱり。こんないやらしい下着は、エリナくらいじゃないか」 「うっ、うぅぅ……ヤダ、見ないで、見ないでぇぇ……エリナ、そんなに変だと思ってなかったから……見ちゃヤダよぉ……」 もじもじと尻を振って逃げようとするエリナだが、この狭い空間に逃げ場なんてない。 俺はその魅力的な尻を掴んで、固定してしまう。 「あっ、あぁぁぁ……見られてる、エリナのいやらしい下着、見られてる……」 「さっき、全部俺に見て欲しいって言ったじゃないか。だから、見せて……エリナの恥ずかしいところ」 「いやらしい下着を、穿いてるところ。ちゃんと見せて」 「うぅぅぅ……はぁーっ、はぁーっ……そんなに、じっと見ちゃヤダぁ……はぁーっ、はぁーっ」 実際には少々セクシーなだけで、そこまでおかしな下着というわけではない。 だがそれでも、俺の言葉によって辱められたエリナは、股間を濡らし、息をどんどん荒くしていった。 「……エリナのおま●こ、凄く濡れてきた」 「あっ、あぁぁ……言わないで、言われたらもっと濡れちゃう、濡れちゃうからぁ……」 「本当だ、もっと濡れてきた。いやらしいのは下着じゃなくて、エリナの方みたいだな」 「だって……だってぇぇ……ユーに見られてるって思うと、疼くから……疼いて、お汁が止まらなくなっちゃうの……はぁーっ、はぁーっ」 「こんなに濡らしてたら、もう脱いだ方がいいんじゃないか?」 「だっ、だったら……脱がして……エリナのいやらしい下着、ユーが脱がして……はぁーっ、はぁーっ」 エリナの言葉に従い、俺はショーツの両端を掴んでゆっくりと引き下ろす。 姿を現したワレメは糸を引くほどにびしょ濡れで、いやらしい匂いを立ち昇らせながら、ひくひくと震えていた。 「凄くいやらしい……さっきの下着なんて比べ物にならないくらい、エリナのおま●こ、いやらしいよ」 「それに綺麗な尻だ。凄く触り心地もよくて……クセになりそうだ」 「あっ、あぁぁぁ……そんな、なでなでされると……あっ、あっ、あぁっ!」 「エリナ、どんどん濡れてくるな。撫でてるだけなのに」 「だって……疼くの、身体が疼いて……勝手にお汁が出ちゃう……はっ、はぁっ、はぁっ、ああぁぁああぁぁぁ……」 こうしている間にもトロトロの愛液は、ポタポタとワレメから滴り落ちていく。 「……ゴクッ……凄くエロいよ、エリナの尻は」 「はっ、はぁーっ、はぁーっ……でも、いやらしいのは、ユーもそうだよ。また……硬くなってるもん」 「ああ。俺だって興奮する。こんなにエリナが濡れてるところを見たら……」 「はぁっ、はぁっ……だって、ユーと繋がりたいんだもん……はぁ、はぁ……早く、早くおち●ちんでちゅーして欲しい」 俺の興奮も激しくなって……もうダメだ。これ以上は、俺の方が限界だ。 「いくぞ、エリナ」 びしょびしょの穴を塞ぐように、俺は一気にモノを突き入れた。 「くっ……くるっ、くるっ、挿ってくるぅぅっ、あっ、あっ、んぁああぁーーーぁぁっっ!」 大きな抵抗もなくエリナのおま●こは、ぐぷぷと肉棒を呑み込んでいく。 「んっ、くぅぅ……くひぃぃぃ……はっ、はぁーっ、はぁーっ……もっと、もっと奥まで、きてぇぇ……あっ、あっ、あぁぁぁ」 「ああ。今日も、エリナの一番奥に、キスするから」 「う、うん。お願い、お願い……キス、好きぃ……エリナの奥に、ちゅーして……あっあっあっ」 エリナの熱く濡れた肉壁の感触を楽しむように、ゆっくりとねじ込ませる。 膣肉をかき分け、擦れ合う度に襲いくる快感に、エリナは身体を震わせながら耐えていた。 「んん……んぁ、んぁぁぁ……はっ、はっ、はっ……あっ、あぁぁぁぁぁあっ!?」 「今、奥にキスできた?」 「うっ、うんっ、キスしてる……トンってキスしてる……はっ、はああぁぁぁ……」 「もっと、キスをするからな」 「んぃぃっ!? あっ、あっ、あひぃっ……すっ、すごいぃ……トントンって、キス、ひゅごい……んあッ、んあッ、んあぁぁーーッ!」 にゅるにゅるした熱い蜜壺の中を、俺は素早い腰の動きでかき混ぜていく。 タンタン……と肉と肉のぶつかり合う単調な音が、やけに大きく聞こえ、俺の脳を揺らし続けた。 「はひッ、ンっ、あッ、あぁァァ……やっぱり、これ好き……キス、だい好きぃ……んッ、ンぁ、あッ、あッ、あァぁッ、はぁンんッッ」 「でもエリナは、こっちのキスも好きなんだよな?」 「くひぃィっ! あひッ、あひッ、ひぁぁーーぁッ! グリグリキス、響くぅぅ……子宮まで響くから、好きぃ」 「じゃあ、もっといっぱいするから」 「んんッ、あァぁ……うん、うんッ、嬉しい、キスいっぱいで嬉しいから、もっとぉぉぉ……ひァっ! あッっ、それ、きもちいいぃぃぃっ」 ぬちゅっぬちゅっ――と、水音を響かせながら、俺は抜き挿しを繰り返す。 だが、おま●こを亀頭で撫で回すことも忘れない。 「あぁぁーーっ……いっぱい、いっぱいキスされてる……はッ、はひッ、はひッ、ンンんッ、はぁぁーー……ッッ!」 「んッ、んンッ、ひァぁァーーッッ! あー、そこっ……くっ、くひぃィィぃ……そこ、ひゅごいぃーーッ、はひッはひッ、はあァァぁ」 「エリナも、締め付けが凄くて……気持ちいい……くぅっ……」 「もっ、もっと……もっと、気持ちよくするね。おち●ちんにおもてなし……するからね……んひッ、んッ、んンンーーーッッ!」 「――っ!?」 エリナが息を止めて、俺の肉棒をギュゥゥッ、と強く抱き締めてくる。 その刺激に負けそうになりながらも、子宮へのキスを止めたりはしない。 「ひぁァぁンッ! あひッ、あひッ、感じる……やっぱり、これ、感じちゃう……くひぃぃぃ……きもち、よすぎるぅ……ひッ、ひぃィィあンっ!」 「エリナ、ちょっと緩めて。じゃないと、すぐに、イきそうだ……」 「じゃ、緩めない♪ んっ、んっ、んっ、んんんんんーーーーーっ!」 「――うぁぁぁっ!?」 締め付けにリズムまでつけ始めたエリナの責めに、思わず俺は苦悶の声を漏らしてしまう。 だが、ここでやられっぱなしになるわけにはいかず、俺も反撃に出る。 「はァっ、はァーーッ!? らめぇ、そこに、グリグリキスしちゃ……あィ、あィ、あっ……あぁァアぁぁンンッッ!」 「はひッ、はひッ、そこはぁぁ……ぁぁぁっ、らめらめっ……あっ、あっ、子宮まで痺れちゃぅぅっ、ひぁッ、あひぃィンっ!」 今までのセックスで発見した、エリナが一番震えた弱点らしき箇所を、肉棒でグリグリとキスしてく。 快感に震えるエリナが、リズミカルな締め付けをできなくなったところで、俺は一気に責めたてた。 「ンあッ、あ、あッ、あァぁァァぁ……ひゅごい、キスひゅごい、あィ、あィ……ィィッ……そこ、あ、あ、そこそこそこ当たってるっ!」 「やっぱり、ここが弱いんだ?」 「んあァぁッ……ムリぃ……もう、もうらめぇぇ……とけちゃう、おま●ことけちゃうッ……はァぁーーぁ、あ、あッ、ああーーーッ」 抉られる快感に、すでにエリナは自分の身体を支えるのに手いっぱいとなり、されるがままだ。 「ひぁァッ、あぃ、あィぃぃ……いいッッ、もう、らめ……おかひくなる、きもひちよすぎておかひくなっちゃうぅぅ……ッ!」 その言葉には答えず、俺はさらに小刻みに奥の壁をノックするトントンキスも、腰の動きに加えていく。 「はひッ、はひッ……あぁぁぁ……ムリ、ムリぃぃ……もう動かしちゃらめ……じゃないと……あ、あ、あ、あァーーーーーーぁァ!!」 「イきそうなら、そのままイって」 「れもッ、せーえき、らしてくれないと……あッ、あァァぁ……実験……実験がっ、ンひぁぁァああァぁッ!」 「ここまで来たら……お、俺も……俺もすぐにイくから……はぁ、はぁ」 俺がそう言ったとき、頭上から声が聞こえてきた。 『大変お待たせして申し訳ありません。ただいまより、観覧車の運転を再開します』 このタイミングでぇぇぇっ!? 俺の動揺をよそに、観覧車は再びゆっくりと動き出した。 「エリナ、問題発生だ」 「ヤっ、ヤダヤダぁ、こんなところで止めないでぇ……んッ、このまま、このままっ!」 「このままって……一周したら、スタッフの人が」 「見られるのもヤダぁ! 見ていいのは、ユーだけ、ユーだけだからっ」 「はやく、イって……せーえき出してぇ……はぁーっ、はぁーっ」 「………」 こうなったら、悩んでいる時間すら惜しい。 俺はさっきよりも激しめに腰を振り、エリナの肉壁を抉っていく。 「あーーぁあァァぁアぁ……はひッ、はひッ……はげっ、ひぃ……キス、はげひくなったぁぁ……んッ、んあッ、ンぁああァァぁッ!!」 「いっ……痛いか?」 「はっ、はひぃぃ……へーき、痛くない、けどぉぉ……あ、あ、アッ、あァッ、とけちゃう! エリナ、ドロドロにとけちゃうぅっ!」 「俺も溶けそうなぐらい、気持ちいい……だから、このまま、イく。すぐに、イくから」 「ンはぁあァぁーー……きてッ、きてきてきてきてッ! エリナもイく……もう、イっちゃうッッ!」 エリナの柔らかい尻に腰を打ち付けていると、中の膣肉がビクッビクッと痙攣をし始める。 それと同時に肉穴が、ペニスを握り潰すみたいに、キューッと狭まってきた! 「くぅぅぅ……もう、イくぞ、エリナ」 「んっ、んぁぁああぁぁっ! うん、うんっ、せーえき、ピュッピュッてらして! ンっ、んンあァッ、あッ、ああァぁーーーァぁッッ!」 膣穴の締め付けに溺れながら、俺は必死に腰を振って快感を貪っていく。 「ひゅごい、ひゅごいぃ……エリナの奥に、トントンって……あッ、あッ、あァーーぁァッ、グリグリになったぁぁ……ひぃぁァァああッ!」 「あひっ、あひぃぃっ! もうらめ、もうらめ……おかひくなってる、エリナおかひくなってるぅぅ……」 その言葉が示すように、エリナの痙攣が激しくなっていく。 「あっ、あぁっ、あぁぁーーぁっ! こんなおかひくなったらムリぃ……我慢、れきない……すぐにイっちゃう、おま●このキスでイっちゃぅ」 すでにエリナの声は蕩けきって、俺を絶頂に誘うようだ。 「あぁぁぁ……もうすぐ、着いちゃうぅぅ……はやく、はやく、せーえきはやくぅぅぅーーっ!」 「わかってる。もう、イく、イくから」 「んぁ、あっ……ああぁぁぁ……イく、イッちゃう! はひっ、はひっ、あっ、あィ、あィあィ、イくイくッ、イッ……くぅぅ……ッ!」 「ああァァぁぁァあアあぁァァぁああーーーーーーッッ!」 ドクンッ! ドクンッ! と、三度目の射精をエリナの中に注ぎ込んでいく。 「……はっ、はぁぁぁーーー……れてる、せーえきいっぱいれてるぅ……はぁぁーーっ、はぁぁーーっ……」 「はぁー……はぁー……さすがに、もう無理……」 「はひっ、はぁぁー…はぁぁー……エリナもムリぃぃ……身体に、力入らないよぉ……」 そんなエリナの中から肉棒を引き抜くと、脱力してるせいか、中から精液がドロドロと零れ出た。 「あっ、零れちゃう……拭かないと……はぁ、はぁぁ……」 ドピュドピュッ! そんな音が聞こえて来そうなほどの勢いで、精液がエリナのお尻に飛び散っていく。 「はぁぁーーっ、はぁぁーーっ……エリナ、イっちゃったぁ……はぁぁーーっ、はぁぁーーっ……」 「俺も。3回イったから、もう無理……はぁーっ……はぁーっ……」 「でもユー……外に出したら、実験にならないよ、もう……はぁぁー…はぁぁー……」 「どの道、絶対ないから」 「どうしても確認したいなら、また今度確認しよう」 「そういうことなら……いいかなぁ……はぁーっ、はぁーっ……そうだ、早く拭かないと」 「俺が拭くから、ジッとして」 俺はウェットティッシュを取り出し、エリナの尻を綺麗に拭う。 「んひっ、ふぁ……あっ、あぁぁ……く、くすぐったいよぉ」 「我慢だ。このままってわけにもいかないだろ」 急がないと、一周してしまう。 未だ力が入らないのか、肩で息をするエリナには動く気配がない。 そのまま俺は、最後まで身体を綺麗にする。 「よし、これで終わり」 「ありがとう、ユー。それじゃ今度は、エリナがユーを綺麗にしてあげるね」 「いや、自分でできるが?」 「いいから、いいから。にっひっひ」 「だから、エリナ……時間がないんだって」 「わかってるよ……れるっ、れろれろん。らから、お掃除だけ……ねちゅ、んちゅくちゅくちゅ……」 「絶対、普通に拭いた方が早い」 「そんなこと言いつつ、嫌いじゃないくせに~、れるん。ねろねろ……ぬちゅ……れろん」 「そりゃ……な。正直言って、嬉しい。こんなにしてくれて」 「にっひー♪ それじゃ、最後までエリナが綺麗にせーえきを取ってあげる……ねちょぬちょ……んっ、ねろねろ……あーむ、じゅぷじゅぽ」 嬉しそうに俺の精液を舐めとり、綺麗にしようとするエリナはまたずっぽりと咥え込む。 そして精液を味わうように吸い取っていくのだが……そんなにしたら、また唾液でべとべとになる気がする。 「んじゅる……じゅるじゅる……んっ、んんーーー……んじゅっ、じゅぷぷ」 「え、エリナ、そろそろ」 『ご利用ありがとうございました。間もなく到着いたしますので、くれぐれも忘れ物のないようお願い申し上げます』 「エリナ! ほら、もう無理だって!」 「んっ、んんじゅぅぅぅぅーーー……ぬちょんっ」 「ご利用、ありがとうございました。お足元にお気を付け下さい」 「んっ、んん……ふぅー……ふぅー……」 「……? お客様?」 「ああ、気にしないで下さい。そっ、それじゃ」 「んん……コク……コク……んっ、んふぅ……」 舐めとった精液をゆっくりと喉に流し込むエリナを連れて、俺は観覧車を後にした。 「ふっ、ふぅー……んんっ、ゴクン……ぷぅぁっ、はぁー……はぁー……人前でせーえきを呑んじゃった……はぁ……はぁ……」 「危うく見つかるところだったぞ」 「でも……ユー、そんなエリナを見て、ドキドキしたでしょ?」 「………」 「若干な」 「にっひー♪ やっぱり、ユーはアブノーマルだね」 「………」 残念ながら、この状況では否定できないか。 「それよりエリナ、体調の方は?」 「それは……やっぱりダメみたい。せーえきだと体調が戻らないかな。まだ、意識を失うほどじゃないけど」 「苦しいんだろう? 無理はしなくていい。ほら、向こうならきっと誰にも見られないから」 辺りは相変わらず人が少なく、隠れれば見られることはないだろう。 俺はそうして、エリナに吸血させるために、近くの物陰に向かった。 「はぁ……ありがとう、ユー。身体、落ち着いたよ」 「ならよかった」 「やっぱり、せーえきじゃ無理なんだね」 「みたいだな」 「一応、このことは報告しておいた方がいいのかな? 実験した結果だし」 「んっ、む? ど、どうだろうな?」 一瞬俺はためらった。なぜならこの先の会話がわかる気がしたからだ。 体液では無理でした→具体的にはどんな体液では無理だったの?→せーえきだよ! 恥ずかしいから、さすがにそれは勘弁して欲しい。 「いや、報告は俺の方からしておくから」 エリナに任せたら何を言うか、わかったもんじゃない。 「とにかく、今の吸血も誰かに見られた様子はなさそうだな」 見ると、こちらを意識している人はおらず、やはり男性がいるだけで――――――え? あの人……俺たちが観覧車に乗る前からいたよな? 上で止まっていた時間も含めると……下手すると一時間弱ぐらいあったんじゃないだろうか? なのに、同じ場所に……待ち合わせか? ――ッ! 「24時間監視など、張り付く必要はない。周りで変なことが起きぬかどうかを見ていて欲しい、ということじゃ」 「いや、アヴェーン君との過去が嘘だとは思わないよ? ただ……二人が会っていない時間が長すぎる」 不意に、以前の言葉が頭をよぎる。 ソフィーヤさんがエリナの知り合いで、信用できそうな人だから今まで忘れていたけど……。 油断をするより、心配し過ぎと思われるぐらいの方がいい。 「………? ユー? どうかしたの?」 「ああ……いや、ちょっとな。ひとまず、扇先生に連絡をしておこうかと思って」 言いながら、俺はポケットから携帯を取り出し、扇先生の番号を呼び出す。 『はい、もしもし? 六連君かい? どうかした?』 「ちょっといくつか報告しておきたいことがありまして」 「まず昨日、血液を体液で代用できないかと言われていた件です」 『あー、ミズ・ソフィーヤがそんなこと言ってたね。で、その結果は?』 「無理でした。渇きは血を飲まないと、治まらないそうです」 『やっぱり? ヴァンパイアウイルスは血中に存在するものだから、無理だとは思ってたんだけど……ああ、そういえば、代用した体液って何?』 「……え? どうして、そんなことを?」 『どうしてもなにも、検査結果としては必要な項目だから。で、代用した体液って?』 「それは、まぁ……汗……とか、そこら辺です」 『汗ね、なるほど……で、そこら辺っていうのは? 具体的には?』 エリナが報告しなくても、結局こうなってしまうのか……。 「……ね、粘液、です」 『粘液? なるほど、粘液か……――粘液だってっ!? そそそ、それってだ、だだだ唾液?』 「………」 『その無言はまさか、精液って言いたいんじゃないだろうね!?』 「あー………………まぁ、そういう感じです」 『つっ、つつつ、つまり……つまりっ、六連君は精液を出したということで……はわっ、はわわっ』 「あのですね、それに関してはこれ以上、ツッコミは不要です。スルーしてください」 『いやだがね、僕にとっては非常に大切なことで――』 「それよりも! もう一つ、報告して起きたいことがあるんです」 『これ以上に大切なことがあるわけないだろ!?』 「ありますよっ!」 「真面目な話で、ちょっと気になる男の人がいるんです。もしかしたら、俺とエリナを見張ってるんじゃないかと思って」 『見張ってるって……ちょっと待って。具体的に、見張ってると感じたのはどういう理由で?』 「俺はさっき、エリナと一緒に観覧車に乗りました。途中で停止したこともあって、かなりの時間が経過したはずです」 「なのに乗る前にいた人が、降りた時にもいて。ずっと同じ場所にいるように思うんです」 「勿論、考えすぎかとも思いましたが……油断するよりはと思って」 『なるほど……わかった。なら、六連君たちは何も気づいてない素振りで寮に戻って。くれぐれも気を抜かないように』 『その間に僕の方で、小夜様と風紀班に連絡をしておくから』 「……あの、もしかして本格的にヤバいことですか?」 『わからない。考え過ぎだといいんだけど……とにかく寮についたら、また連絡をして。連絡がないと、何かあったとみなすからね』 「はい、わかりました」 「ユー? どうしたの、そんなに真面目な顔で……なにか言われたの?」 「ちょっとな。詳しくは帰ってから話すよ。まずは寮に戻ろう」 「う、うん。わかった」 頷くエリナの手を握り締め、周りから怪しまれないような速度で、俺たちは寮へと戻った。 「……監視、考え過ぎならいいんだけど……もし、六連君の心配が的中しているとなると、以前より監視をされていたとなるか」 「いや待てよ、そう言えばアヴェーン君がこの部屋で……」 「ああ、ここにいらしたのですか、Dr.オウギ。実は相談したいことが――」 「その話は後にしてもらってもいいですか? 先に、ちょっと気になることがありまして」 「え? あ、はぁ……それは構いませんが……」 「あと、テレビをつけてもらえます? 見たい番組があるので」 「あ、はぁ……わかりました」 「すみません、聞こえないので、もう少し音量を上げて。もっと、もっと音を大きくしてください」 「ここまでになると、うるさくありませんか? それに……何をしていらっしゃるんですか? そんなところにしゃがみこんで」 「こっちじゃない……ここにもない……ベッドの下にも……ないか。となると……上か?」 「……あの……Dr.オウギ」 「ちょっと、椅子を押さえててもらえますか? あと、これを持ってください」 「本当に何なんですか? 今度は蛍光灯を外したりして」 「僕の取り越し苦労だといいんだけど……」 「………………くそっ! やっぱりあった!」 「あったって一体………………それは、まさか……盗聴器?」 「全部で3つも……盗聴器が?」 「先日、アヴェーン君が頭痛を訴えていたのは、おそらくあれが原因でしょう。まさかとは思ったけど……もっと早くに気づくべきだった」 「こうなると、六連君の心配もどうやら気のせいってわけじゃなさそうだ」 「これは一体、どういうことなんですか?」 「それはこちらがお尋ねしたいことですね、ミズ・ソフィーヤ。六連君たちについている監視といい、何か知っているんじゃないですか?」 「か、監視ですって!?」 「そうなると……おそらく、私の動きを見張っていたんでしょう。その盗聴器もおそらく軍部の人間が……」 「目的は? やはり、アヴェーン君を回収することですか?」 「詳しくはわかりませんが、おそらく研究に利用できるかどうかを調べるためだと……だとしたら……」 「いけない! 秘密はもうバレている! 早く、二人を保護しないと手遅れになるかもしれません!」 「しまったっ! そうか! あの部屋に盗聴器があったということは――」 「ムツラ君がライカンスロープであることが、すでに露見していると考えるべきです!」 ――同時刻 「ふぅ……疲れた」 「お疲れ様です。ですが、まだ書類が残っていることもお忘れなく」 「そう小言みたいなことを口にせずとも、わかっておるわ」 「おっ! 電話じゃ!」 「私がでましょう。小夜様は、そのまま仕事をお願いします」 「くっ……電話で気分転換くらい、構わぬじゃろうに」 「こちら、執務室」 『その声、レティクル代表ですか!?』 「そうだが……もしかして、枡形《チーフ》主任か? どうしたんだ、そんなに慌てて」 『どうしたじゃありません! これはどういうことですか!?』 「……? すまないが、君が一体何を言っているのかわからないんだが?」 「ん? 今度は携帯か……やれやれ、千客万来じゃのう」 「もしもし?」 『小夜様ですか!? 僕です、実はお話があって――』 「すみません、小夜様」 「元樹、しばし待て。なんじゃ? どうかしたのか?」 「枡形《チーフ》主任からの電話なのですが……どうにも要領を得なくて」 「ふむ……ワシが換わろう。お主は元樹の話を聞いてもらえるか?」 「わかりました」 「もしもし、枡形か? どうした?」 『まさか……お二人とも知らないんですか? なにも連絡が入っていないと?』 「……? どういうことじゃ? お主、一体何を言っておる?」 『実は――』 ………。 「――なんじゃとっ!?」「――なんだってっ!?」 「アンナ!」「小夜様!」 「そっちも、問題か?」 「では、そちらも?」 「ちっ! 一体何が起きておるんじゃ?」 「………」 「……誰か、つけてきてるかな?」 「わからない。俺は誰も後ろにはいないと思うが……エリナの方はどうなんだ? 俺の血を飲んだ効果はまだ続いているんだろう?」 「んー……ちょっと待ってね」 歩く足は止めず、エリナは辺りの気配を探る。 「多分、誰もつけてはいない……かな? 少なくとも、すぐわかるような傍にはいないと思う」 「そうか。とりあえず、このまま寮に戻ろう」 「でも……ダイジョーブかな? このまま寮に戻ったりしたら、他のみんなを巻き込んだりなんてことは……」 「それは……わからない」 「だが、ひとまずだ。相手も今すぐ動くと決まったわけじゃない。態勢を整えるまでだ」 「うん。それならきっと、大丈夫だよね」 確かに、みんなに迷惑をかけるのは本意じゃない。 帰ったら、すぐにでも移動すべきかもしれないな。 そんな不安を抱きながら歩いていた俺たちの前に、不意に誰かが立ちふさがった。 「すみません、ちょっとよろしいですか?」 「――ッ!?」 一瞬身構えたものの、目の前にいるのは警察官だった。 にこやかな笑顔を浮かべて俺に近づいてくる。 「どこに行くのか、簡単な確認をさせていただきたいので、ご協力願えませんか?」 「今から、帰るところですが」 「なるほど。では、そちらの女性との関係は?」 「……その質問はかなりプライベートなことだと思うのですが、答えなければいけませんか?」 「ああ、申し訳ない。まだ説明してませんでしたね。実は、付近で痴漢騒動がありまして、今はその聞き込みをしているんです」 「それで……俺に?」 「一応。いや、キミが犯人だなんて、そんなことは思ってないよ? ただ、本当に確認のためにね」 「……この子は、俺の恋人です。それから俺は、痴漢なんてしてません。さっきまでショッピングモールの方にいましたよ」 「そうか。それじゃあ、怪しい人物はみなかったかな? 誰かが走り去る姿とか」 「見てません。言ったように、さっきまでショッピングモールの方にいましたから」 「ああ、そうだね。あと、確認させて欲しいんだけど、ショッピングモールでは一体何をしてたのかな?」 「………」 なんだろう、この警察官……質問の意図がわからない。 一体俺に、何を尋ねたいんだ? こんな無駄な質問をせずに、早く痴漢を探しに行った方が………………無駄な質問? 俺が疑問を抱いたとき、服の袖がクイッ、と引っ張られた。 「ユー……なにか、変だよ」 「ああ。俺もそう思う。この人、一体何の質問をしてるんだか」 「それだけじゃなくて……周りに人が集まってきてる。多分、囲まれてる」 「――ッ!?」 囲まれてる? だとすると……目の前で意図不明な質問をしてくる警察官はただの偶然か? 少なくとも、目の前の警察官の制服は偽物ではなさそうだが……どちらにしろ、逃げないとまずそうだな。 「囲まれてるって、どれぐらいかわかるか?」 「多分……十人以上」 「……多いな。走って逃げるには、ちょっと厳しそうだ」 吸血鬼の身体能力が高いと言っても、限界がある。特に、吸血していない状態だと……。 だが、この状況で大人しく捕まると、事態は最悪になる危険がある。 どうする……力に訴えるか? それにしても、成功する可能性があるかどうか……。 「ユー、ワタシがきっかけを作るよ。合図したら目をつむって」 「エリナ……?」 何をするつもりなのか、真意を問いたいところなのだが……今は、そんな時間がなさそうだ。 俺は軽く頷いて、覚悟を決める。 「どうか……したのかな? 一体何の話だい?」 「………」 俺が訝しむように視線を送っても、警官の笑顔は崩れない。 だが、右手はそうじゃなかった。 スッと持ち上がると、腰に携えた警棒の柄に軽く触れる。 「ショッピングモールでのことまでは話す必要はないでしょう。とにかく俺たちは痴漢なんて知らない」 「エリナ、行こう」 「うん」 返事をしたエリナが、握っていた俺の手を離して歩き出した。 そのまま警官の横を素通りしようとするが、慌てた様子で警棒が引き抜かれる。 「動くなッ!!」 警棒を突きつけながら、目の前の警官が大声を上げると、それが合図だったかのように付近から同じ制服に身を包んだ男たちが飛び出してきた。 「すでにここは包囲されてる。無駄な抵抗は止めて、大人しく投降するんだ!」 「どういうことですか? 俺がどうして逮捕されなきゃいけないんです? その容疑は?」 「ロシア大使を銃撃……いや、その護衛か? とにかく、暗殺未遂の容疑に決まっているだろう!」 「――は? ロシア大使? 一体何のことですか?」 「証拠は揃っている! 詳しい話は署で聞く! いいか、今ここで暴れたら、罪が重くなるぞ」 「だから、俺は知らないと――」 「ユーッ! 今ッ!」 「――ッ!」 ギュっと目を瞑った次の瞬間――瞼越しにでも感じることができるぐらいの、光の瞬きが巻き起こる。 激しく放電する音が俺の耳に届いた。 そうか! エリナの電撃で、目くらましを! 「なっ、なんだ!? 眩しい!?!?」 「くそっ、目が! 目がっ!」 「走って、ユー!」 「待てっ! 逃げるな、六連佑斗! 罪が重くなるぞ!」 「応援だっ! 応援を呼べ!」 「くそっ! 一体何が、どうなってるんだ!?」 「もしもし、警察か? 六連佑斗の件で、話がある。対策本部に繋げ! よいか? 至急じゃぞ!」 「……まさか、ロシアがここまで強硬策に出るとは」 「迂闊じゃったが、考えられぬ事態ではない。ライカンスロープのことがバレておるともなればな」 「どう、動かれますか?」 「当然、あの小童を渡すわけにはいかん。どんな背景があろうとも、アヤツはワシの庇護下にある吸血鬼じゃからの」 『荒神市長、本部とお繋ぎします』 『もしもし?』 「お主がこの捜査の指揮を執っておる者か? どうなっておる? ワシはこのような話は聞いておらぬぞ」 『そう言われましても……我々も、上からの命令ですので。それにですね……』 『あー、よろしいですか? 市長殿』 「……貴様は?」 『イヴァン・ニコラエヴィチ・アドロフと申します。この度、ムツラユウトを逮捕する指揮権を与えられた者です』 「ほう、ワシは何も聞いておらぬが?」 『その必要はないでしょう。すでにこの国の上層部には話を通してあります。今さら、一都市の市長の許可は必要ないかと』 「ワシの都市で、好き勝手できると思うておるのか?」 『先ほども申しましたが、これは認められたことなのです。何かご不満あらばそちらにお願い致します』 『ワタシは命令された、ただの小役人にすぎません。ですから、政治的なお話には応答しかねます』 「……チッ。そもそも、どうしてロシアの役人が出張ってくる?」 『ムツラユウトにかかっている容疑は、ロシア大使の襲撃です。これは我が祖国の沽券に係わります』 「じゃが、事件が起きたのはロシア国内ではなかろう? この土地に住む、ワシらで捕まえるのがスジというもの」 『やれやれ……同じことを何度も言わさないで欲しいですね。よろしいですか?』 『今回の事件はすでに我々の手に主導権が渡り、警察の協力も得ています。これは外交で決まったことなのですよ』 「……なるほど。そういうことか。どうあっても、ワシを蚊帳の外に置きたい、ということじゃな?」 『ワタシのような下っ端にはわかりかねることです。ともかくアナタが何を言おうとも、捜査は止められません。祖国の誇りにかけて』 「誇り? くはは、笑わせる。ただの欲望を誇りとぬかすか!」 『解釈はご勝手に。話はそれだけですか? でしたら、我々も暇ではありませんので――』 「待て! お主の言いたいことはわかった。ならば、海上都市としても手を貸そう」 『特区管理事務局ならば結構です。ムツラユウトの捜査は警察だけで十分ですから』 『お気持ちだけいただいて、特区管理事務局の皆様方はいつものように治安維持をお願い致します。それではごきげんよう、市長殿』 「待て! おい、こら! 待たぬか!」 「小夜様……」 「一応、警察の方に人をやってくれ。おそらく門前払いになるであろうが……」 「わかりました。しかし……どうなさいます、これから?」 「今考えておるが……ヤツの言う上層部とやらがどこまでなのかはわからぬが……ワシらが文句を言ったところで、今回の決定が覆るとは思えん」 「小童にかかっておる嫌疑、それについての資料を集めよ! 今すぐに! 疑惑を晴らせば、少しは可能性も見えてくる!」 「わかりました。今すぐに」 「あと、元樹をすぐにここにっ!」 「はい、連絡しておきます」 「そうですか……いえ、わかりました。では、また何かわかれば」 「どうでした?」 「ダメだ。市長でも警察を止められなかったらしい」 「そもそもこれは一体どういうことなんですか!? どーして、六連君が捕まえられることになるんですか!」 「俺だってわからん。六連はロシア大使を襲撃したという罪で、捕まえられそうになっている、わかるのはそれだけだ」 「それで、今の状況は?」 「警察が一度包囲したそうですが、取り逃がし、現在も捜索中」 「そうか、まだ大丈夫か………………しかし、ロシア大使の暗殺未遂、その際に護衛の者を傷つけた暴行の容疑か」 「そもそもロシア大使の暗殺って、そんなことできるわけないじゃないですか!」 「ロシア大使は先日この海上都市を訪れている上に、証拠が上がっている。監視カメラの映像がな」 「そんなバカなことが……」 「ああそうだ、バカなことだ。おそらく六連は嵌められたんだろう。動き出した時期もおかしすぎる」 「嵌められたって誰にですか?」 「そこまでは知らん。だが……ここまで大掛かりなことをして、警察まで動かしたとなると……」 「普通に考えると……ロシア側の自作自演でしょうか? その場合、連中は佑斗をそれほど欲しがっているということになりますが……」 「一体何がどうなってるのやら……」 「《チーフ》主任、そもそも荒神市長ですら口を挟めないというのは、どういうことなんでしょうか?」 「国がロシアの要請に応じたらしい。警察は国家機関だ。つまり市長でも止められないところから、命令が下っているんだろう」 「政治的取引……そう考えるしかありませんね」 「でもまさか、そんなでっち上げで他国に引き渡すなんて」 「六連はすでに吸血鬼だ。ただの一般市民ならともかく、吸血鬼となれば……政府の中には、邪魔者扱いしかしない連中も多い」 「そんな……だったら、もしこのまま捕まったら?」 「冤罪のまま、裁判もなく連れて行かれることも考えられますね」 「だったら警察よりも先に、見つけるしかないですね」 「ちなみに言っておくが、俺たち風紀班はいつものように治安維持に勤しむように言われたそうだ」 「でしたら、今日は休みます。理由は生理痛にでもしておいて下さい」 「……体育の授業じゃないんだぞ」 「とにかく、佑斗を探してきます」 「あっ! 私も一緒に行くよ! 私は体調不良ってことでお願いします」 「あっ、ちょっと二人とも――」 「いいんですか、《チーフ》主任? もし警察と揉めたりしたら……下手すれば、特区管理事務局にまで事が及ぶ可能性もありますよ?」 「その手の心配は後でいい。とにかく今は、他にやるべきことがある」 「……それじゃ我々も六連君を?」 「いや、言われた通りに、いつも通りの治安維持活動をするさ。そういう命令だからな。大人まで面倒を起こすと組織が崩壊する」 「まずは、市長のところに行くぞ」 「え? 荒神市長のところに?」 「例の六連の冤罪の件について、レティクル代表が証拠集めをしてくれているそうだ」 「ではやっぱり調べるんですか?」 「治安維持だよ、治安維持。なんといっても、ロシア大使が襲撃されたなんて事件、この海上都市の治安を大きく揺るがしかねないからな」 「今後のVIP客の対応にもかかわる問題だ。これを見過ごすわけにはいかん。そうだろう?」 「そりゃまぁそうですが……こういうのも、ツンデレって言うのかしら?」 「はぁー……はぁー……疲れた」 「ユー、へーき?」 「ああ、全然平気だ。エリナの方こそ、大丈夫か?」 「うん。エリナは吸血した力が残ってるから全然へーき」 「俺も、どこか怪我をしたわけじゃないから、大丈夫なんだが……問題は、今のこの状況だ」 まさか、警察が動くとは思っていなかった。 無理矢理誘拐されたりするかも……とは考えていたが、まさかこんな手で来るとは……。 「エリナ、これってやっぱり……?」 「……うん。多分、ロシアの研究所が手を回してるんだと思う」 「だよなぁ。襲われたのは、ロシア大使って話だし……だが指名手配ともなると、もっと上の……政府とかが絡んでいるとみるべきか」 「事件を無理矢理作って、ユーを捕まえようと……」 「現状は何となくわかってきた。だが……」 どうして俺を手配する? 連中の目的は、エリナじゃないのか? 俺を捕まえて間接的にエリナを連れて行くつもりか? 「ご、ゴメン……ごめんなさい、ユー……エリナのせいで」 「エリナのせいと決まったわけじゃない。とにかく今は、状況を正確に掴むことが重要だ」 そんな時、ポケットの中でけたたましく携帯が鳴り響く。 「ッ!? び、びっくりした……」 「ユー? 誰から?」 「心配しなくてもいい。扇先生だ」 「もしもし?」 『もしもし! 六連君、無事なのかい!? 連絡がなかったけど!』 「無事です、今のところ。今はエリナと一緒に開発地区の倉庫に隠れてます」 『そうか、よかった。話は小夜様から聞いた。警察に追われているそうだね』 「はい。一度包囲されましたが、エリナのおかげでなんとか」 『少し安心したよ』 「それで……この状況は一体? 先生は事態を把握してますか?」 『おそらく六連君も想像していると思うけど……例の研究所が互いの政府を通じて、手を回したんだと思う』 「でも、どうして俺を?」 『病院内に盗聴器が仕掛けてあった。まず間違いなく、ライカンスロープのことが相手にバレている』 『ライカンスロープは貴重な存在だ。六連君を捕まえて研究するつもりだろう』 「それじゃ、エリナの方は?」 『ちょっと待ってくれるかい?』 『小童、ワシじゃ。無事なようでなにより』 「今のところは、ですが」 『エリナの扱いはわからぬが、おそらく重要視はしておるまい。一番の目的は、お主で間違いない』 「そうですか」 『すまぬ、本来ならばワシが何としても止めるのじゃが……直接命令が下されておるようで、ワシではすぐにどうこうできそうにない』 「そうですか……だったら、やっぱり逃げるしかないですね」 『せめて警察の追跡の手を緩めることができればいいのじゃが……本部にはロシア側から送り込まれた者がおる』 『そやつが指揮を執っておる以上、ワシの関与は難しいかもしれぬ』 「それはでも、つまり……そのロシアの人を何とかできればいいんですか?」 『おそらくな。いくらなんでも他国の圧力で警察を好きにできるとは思わん』 『となると、ロシアと繋がりの深い政治家が個人の力で、この島限定に圧力をかけておるんじゃろう。じゃから動きも限定的なはず』 『じゃから、お主の情報も一般には公開されておらぬ。警察内部だけじゃ』 『であれば、そやつさえいなくなれば、手の打ちようはあるが……相手は捜査本部におる。力ではどうにもなるまい』 「そうですか……」 『まさかお主……出頭して、相手を説得しようなどとは思っておらぬじゃろうな?』 「話が通じるならいいんでしょうが……最初から警察を使ってくるとなると……」 『そうじゃのう。よいか? 何があっても逃げよ。もし捕まったりすれば、お主はそのままロシアに連れて行かれる』 「そして、研究所で一生を過ごすことになりますか?」 『そうならぬように何とかする。とにかく今は、時間を稼ぐんじゃ』 「わかりました」 『うむ。では、元樹に変わるぞ』 『六連君? 大丈夫だよ! 僕が六連君の嫌疑を晴らしてみせるからね! 僕に任せて! 大切な恋人を引き渡したりしないよ!』 「いや、俺の恋人はエリナだけです」 『それはどうかな? ふっふっふ、今回のことが終わったら、僕がそれを証明してみせるからね。絶対に、また会おう』 「……わかりました。その際には、しっかりと否定させてもらいます」 『おっと、僕のこの気持ちを否定しきれると思わないでくれよ、ふふ。それじゃまたその時に』 「はい、よろしくお願いします」 「ユー、モトキはなんだって?」 「事態は俺たちが想像した通りで間違いない。俺が追われている理由は、ライカンスロープのことがバレたからだろうという話だ」 「そう……なんだ」 「エリナ、俺がライカンスロープであることと、エリナの過去は関係ない。だから気にするな。それよりも今は、逃げることを考えないと」 「……うん。そうだね。よし、気持ちを切り替えないと」 「………」 俺はエリナと別れて行動すべきかどうか、一瞬悩んだ。 だが、エリナが完全にターゲットから外れたという確証もない。 まだ決断するには早すぎるな。 「エリナ、付近に人の気配はあるか?」 「んー……さっきみたいに、取り囲まれてる気配はないけど……誰もいないってわけじゃなさそうかも」 「そうか。しかし……この状況、どうするか」 扇先生や市長が尽力してくれているとしても、この容疑が解けるのは、いつになるか分かったものじゃない。 その間に警官に包囲されたら、いつまでも逃げ切る自信はない。 ここは海上都市なんだ。 徒歩での移動はこの都市の中だけで、外に出るには本土と唯一繋がっている連絡橋のみ。 モノレールにしろ道路にしろ、まず監視されてるだろう。 逃げる場所なんてありゃしない。 人海戦術で来られたら、この倉庫もすぐに見つかるだろうし……そうなったら終わりだな。 「とすると……」 考えろ、もしこれが風紀班の仕事だとしたら……どう動く? 聞き込み、関連場所の捜索……寮はもちろん、風紀班の支部、月長学院……それに、アレキサンドも見張る。 だが、手配はまだ警察の中だけだから、一般の人に関しては考えなくていい。 この状況で捜査されてるなら……どう逃げれば時間を稼げる? ………。 「……とりあえず、携帯の電源は切っておくか」 「エリナ、場所を移動しよう」 「移動するならこっちだよ、ユー。そっちからは人の気配が近づいてくるから」 「………」 「オーナー? 難しい顔をして、どうされたんですか?」 「ちょっと困ったことになっててね」 「困ったことですか? 何か、お手伝いをしましょうか?」 「いや、気持ちはありがたいけど……本当に困ってるのは、あたしじゃないのね」 「とりあえず……大房さん、悪いけど店の看板をしまってくれる? 今日はもう、閉店するわ」 「わ、わかりました」 「お店、休んじゃうんですか?」 「えぇ。呑気に開けていられる場合じゃなくなったの」 「そ、そんなに……ですか?」 「看板、仕舞ってきました」 「それでオーナー、一体誰が困ってるんですか?」 「それは………………アナタたち、六連君の友達よね? 彼のこと、大切?」 「六連先輩ですか? はい、大切な先輩ですよ。勿論、六連先輩だけじゃなくて、他の皆さんも同様ですが」 「私も大切だと思ってます……あわっべべっ、別に変な意味じゃないですよ? 友達です。私なんかが六連君のことを特別だなんて、そんなことは……」 「もし、困ってるのが六連君なら……助けたい?」 「はい。わたしにできることがあるのなら」 「もちろんです」 「……もしかして、六連君に何かあったんですか?」 「……そのことを聞いたら、後悔するかもしれないけど……」 「そ、そんなに大きな事が? もしかして……風紀班関係で?」 「わたしは、知りたいです。むしろ、そんな大変なことだからこそ、力になれることがあるなら、力になりたいです」 「私、争いごとは苦手ですけど……そんな私でも力になれるなら」 「わかった。それじゃ、まずこれを……」 「このノート[パソ]P[コン]Cが……どうかしたんですか?」 「音量を上げるから、よく聞いてみて」 『ムツラユウトは、まだ捕まらないのですか?』 『……申し訳ありません……』 『この国の警察は有能だと聞いていたのですがね』 『目下、捜索中でありまして……先ほど、開発地区の倉庫にいることは突き止めたのですが』 『どの倉庫にいるかは、まだわからないということですか』 『どうやら携帯の電源も切ったらしく……聞き込みでしか探せなく……もう暫くお待ちください、遠くには逃げていないでしょう』 「あの、オーナー……この声は、一体誰なんですか?」 「警察と、ロシアの偉い人」 「それじゃ、六連君を捕まえるとか、っていうのは……?」 「彼、犯罪者として追われてるのよ」 『――えぇっ!?』 「どうやらアヴェーンさんも一緒に逃げ回っているみたいよ」 「それって、どういうことですか? 何か、いけないことをしちゃったんですか?」 「ロシアの偉い人を襲撃した、暗殺未遂っていう嫌疑がかかってるわ。でも、冤罪だけどね」 「冤罪ってわかってるのに、どうして手配なんて?」 「つまりこれは仕組まれていることなの。六連君をどうしても捕まえたい人たちがいるってこと。どうやら、大変なことに巻き込まれてるみたいね」 「そ、そんな……」 「六連君が……捕まるだなんて……」 「淡路さん、いますか!?」 「大変なことが起きてるんです! お願いです、力を貸して下さい!」 「その慌てた様子だと、二人とも状況を把握してるみたいね」 「えぇ、わかってる。市長から連絡をもらって調べてたの。今こっちも、その話をしていたところよ」 「二人とも、なにが一体どうなってるんですか?」 「私たちにも、詳しいことはわかっていないのよ」 「突然、六連君が手配されてて……なんとか助けたいんだけど、携帯も繋がらなくて」 「おそらくGPS対策だと思うのだけど……淡路さんなら突き止められるんじゃないかと思って」 「残念ながら、あたしには突き止められないわ」 『[マ]被[ル]疑[ヒ]者は第7ブロックでは発見できず。引き続き、第6ブロックの捜索に移ります』 『藤堂班、第6ブロックの捜索に移行、了解しました』 『見つかりませんね……彼はもう、倉庫街にはいないのでは?』 『いえ、彼の性格については報告は受けています』 『プロファイリングによれば、おそらく彼は大胆な行動をとらず、人目を避け、一か所に隠れる可能性が高いとのことです。ですから……』 『まあ、土地勘がないのでこの場はお任せしますが……』 『……おい、まだか? まだ、発見の報告は上がってこないのか!?』 『そう言われましても……』 『関係の深い場所に、顔を出していないのか?』 『そのような報告も上がっていません』 「ただ、連中も六連君の居場所を掴めていないことが……不幸中の幸いかしらね」 「あのー、これって、警察の?」 「えぇ、捜査本部の様子。あと、無線も傍受してるわよ」 「どうしてそんなことが、できるんですか……淡路さんは……」 「あら、無線の傍受なんて簡単よ? 警察ってそこら辺のセキュリティーがザルだから」 「自分たちが捕まえる側だからか知らないけど、部屋の中を盗聴されてるなんて、考えたこともないんでしょうね……うふふ♪」 「……この人をまず捕えた方がいいんじゃないかしら?」 「気持ちはわかるけど、後回しだよ。今は六連君とエリナちゃんの方が重要だから」 「そういうこと。二人を助けたいなら、利用できるものは全部利用していかないと」 「でも……これだと後手に回りませんか?」 「情報が入った時には、逮捕された後……なんてこともあり得るのでは?」 「確かにそうだけど……さすがにあたしも、何の手がかりもなく二人の居場所を掴むことはできないわ」 「いくらここが、閉鎖されているとはいえ、その広さは広大な都市なのよ? 当てもなく探すなら、人海戦術には勝てない」 「一応、街灯カメラの映像はリアルタイムで調べてるけど……反応はナシね」 「街頭カメラって……警察が取り付けて、管理も警察が行っていたものよね?」 「ほら、セキュリティがザルだから。それに色々と便利だから、コレ」 「……美羽ちゃん、今はほら……緊急事態だから」 「せめて、先輩の方から連絡が来ればいいんですが……」 「誰のところにも連絡が来ていないなんて……」 「………………あのバカタレ」 「矢来さん?」 「とにかく、私たちも移動しましょう」 「そうだね。萌香さん、六連君たちの動きになにかあったら連絡をしてもらえますか?」 「わかった」 「オーナー、わたしも行ってきます!」 「もうお店は閉めたから、問題ないわよ」 「私も行きます、待って下さい!」 「……さてと、あたしはあたしにできることをしないとね」 「おっと、来た来た」 「はい、もしもし?」 『お前のことだ、どうせ状況はわかってるんだろう? 頼みたい仕事がある』 「そっちにはいたか?」 「いや、いない。この倉庫で間違いないのか?」 「そのはずだが……もう移動したのかもしれない。だとしても、遠くには行っていないだろう」 「付近の捜索を続けるか、応援の要請はどうする?」 「報告だけしておいて、判断は本部に任せよう」 「そうだな」 「まずいな……捜査の範囲が狭まってきてる」 「エリナもそろそろ能力が切れちゃいそうだよ。ユー、血をちょーだい」 「それは構わないが、どこかに隠れてからの方がよくないか?」 「でも、移動の間に見つかっちゃうかもしれないし……」 「それは……確かにそうだな」 「わかった」 俺が首筋が晒すと、エリナの柔らかな唇が肌にソッと触れる。 その温もりが首から広がっていくような感触と同時に、鋭い痛みが走り、ゆっくりと俺の中の熱が奪われていった。 「んっ、んっ……んん………………んぅッ!?」 「エリナ? どうかしたのか?」 「まっ、まずいよ、ユー。挟まれちゃってる」 「気づかれたのか!?」 「まだ気づいてはないと思う! 囲んで来てるわけじゃないし……でもこのままだと、逃げ場がないよ」 「くっ……そこの物陰に隠れよう!」 隠れ場所としては心もとないが……何もないよりはマシだ。 俺とエリナが身を潜めると同時に、暗闇の向こうから歩いてくる人影を目にした。 「やはりこっちにもいないな」 「本部の指示は?」 「ここら辺を徹底的に探せの一点張りだ」 「仕方ない。もう少し回るか」 「もっと細かく調べるべきかもしれないな」 息を殺し、ほんの数メートル前で会話をしている二人の動きに集中する。 今のところ気づかれてはいないが……こちらに気づく可能性は十分ある。 「……エリナ、今から逃げるとしたらどう動けばいい?」 「えっと……んー、難しいかも。そこら中に人がいて――ッ!? 後ろにいる!?」 「なにっ!?」 「なんだ!? 今、声がしたぞ!」 「誰かいるのか? 大人しく出て来い!」 「眩しいから懐中電灯を向けないでもらえない?」 「あー……なんだ、風紀班じゃないか」 「どうかしたのか? 今回、風紀班の応援はないって聞いているが」 「あー、その件じゃないです。ウチはウチの仕事で密輸品があるって情報で、そこの倉庫を調べていたんです」 「無駄足だったけれどね。で、そちらは? 例の犯人、ここら辺にいるの?」 「そっちとコンタクトを取るなと言われてるから、悪いが教えられないんだ」 「そっちの仕事は終わったのか? だったら早く、ここから立ち去った方がいいぞ。上の連中はもっとうるさいだろうからな」 「仕方ないわね。それじゃ《チーフ》主任にそう報告して、他の調査に向かうわ」 「ご忠告どうもです」 『………』 「はぁぁぁ……よかった。バレなかったみたいだね」 「出てきてもいいわよ」 「ミュー、それにアズサも……どうして、ここに?」 「どうしてじゃないよ。心配したんだからね、エリナちゃん! それに六連先輩もっ」 「でも、まだ捕まってないみたいでよかったです」 「稲叢さんに大房さんまで……どうしてここが?」 「淡路さんから情報を回してもらって、必死に探し回ってたの。一言、言っておきたいことがあってね」 「言っておきたいこと?」 「とりあえず、話は人目のつかない場所で」 「本当、心配したんだからね」 「すまない。だが、俺も突然巻き込まれて、なにがなんだかわからなくて――」 「事情はある程度知ってるよ。でも……それでも、連絡ぐらい、してくれてもいいじゃない」 「布良さんの言う通りだと思います」 「わたしも、凄く心配したんですよ。こんなに心配させるだなんて……いくらわたしでも、怒るときは怒るんですからねっ!」 「もっ、申し訳ない!」 「………」 「ねぇ、なにか言うことはないの?」 「ゴメン……ミュー……」 「本当にすまない」 「矢来さん……あの――」 「黙って。今言わないと、気が済まないの」 「二人とも、そうやって謝ってるけれど……何に怒ってるのか、本当にわかってる?」 「……え? それは、だから……」 「突然のことで、心配をかけたから……だろう?」 「違うわよっ。全っ然、違う」 「私たちに頼らず、自分たちだけで逃げようとしているところに腹が立ってるのよっ、少なくとも私はねっ!」 「美羽……」 「以前、妊娠を疑った時にもちゃんと言ったはずよね? 何か困ったことがあったら、なんでも言ってくれて構わないと」 「そしたら佑斗は、私たちの気持ちに“嬉しい”と言った。なのに、どうして誰にも連絡をしてこないの? あれは嘘だったということ?」 「いや、嘘じゃない。本当に嬉しかった」 「だったら! だったら……頼りなさいよ、バカタレ。今、困っているんでしょう?」 「そうだよ、美羽ちゃんの言う通り。私たち……仲間だよね? 仲間なら、困ったときは助け合うのが普通なんだからさ」 「ほら、言ってみて。困っていること」 「わたしも、お二人の力になりたいです。同じ寮で暮らしてる仲じゃないですか」 「それとも……深い仲だと思っていたのはわたしだけで、本当は違うんでしょうか?」 「そんなことないよ! とっても大切な存在だよ」 「わたしも、エリナちゃんが大切だよ。だから、助けたい」 「私は、一緒に寮には住んでませんが……それでも、友達の力にはなりたいです」 「といっても……私なんて、些細なことしかできませんが……それでも、何もしないでいるよりは、って思います」 「ダメでしょうか?」 「そんなことはない。ダメじゃない」 「みんな……ありがとう」 「ここにはいないけれど、きっとニコラも同じことを言うと思うわよ」 「うんうん、そうだね。それは間違いない」 「頼って下さい、じゃないとわたしの方まで悲しいです」 「六連君、エリナちゃん……もしかして迷惑かも、なんて思ってませんか?」 「そういうのは、気にしたらダメですよ」 「迷惑かどうかは自分で決める。勝手に佑斗が決めないで頂戴」 「………」 「ユー……どうしよう、エリナちょっと泣きそうだよ」 「心配するな。俺も泣きそうだから」 「で……私たちは友達ってことでいいのかな? 相談してくれるのかな?」 「………………それは……」 「この期に及んで、まだ躊躇うわけ?」 「いや、みんなの気持ちは嬉しい。本当、泣きそうなぐらいに嬉しいが……」 「今回のことを相談するなら……打ち明けなければいけない、秘密があるんだ」 「秘密……ですか?」 「ユー、それって……」 「いいんだ。状況を正しく判断するには必要なことだ。それに……このまま頼ったら、一方的に利用していることになる。そんなのは友達じゃない」 「俺はみんなと友達でいたいからこそ……打ち明けなきゃいけないと思うんだ」 「それは、そうかもしれないけど……でも……」 「それに俺には、エリナがいてくれる」 「いつでもエリナが隣にいてくれるから、俺は……勇気を持てるんだ」 「……わかった。安心して、エリナはずっと傍にいるからね」 「ありがとう、エリナ」 エリナから笑顔をもらった俺は、自分に気合を入れて、みんなと向き合う。 「それで……秘密って?」 「俺がどうして、今回のことに巻き込まれたか。そのことだ」 「確か、ロシアの人たちに狙われてるんですよね?」 「その理由はオーナーも知らないみたいでしたね」 「それは、俺が……俺が……ライ――」 思わず、言葉に詰まる。 この告白は、一度エリナで経験したとはいえ……やはり緊張に慣れることはなく、吐き気を覚えそうなぐらい、俺の身体を締め付ける。 「……俺の体質が原因なんだ」 「佑斗の体質………………それって、まさかっ!?」 さすがに美羽は気づいたらしく、その表情が驚愕に変わる。 そして次の瞬間には、嫌悪の眼差しになるかもしれないと考えると……怖くて仕方がない。 足元からは、冷たい冷気が俺の身体を昇ってくるような感覚に陥る。 ――が、その冷たさが、上半身にまでは昇ってこなかった。 それを阻止してくれたのが、エリナの温もりだ。いつの間にか繋がっていた手の平から、エリナの温もりが伝わり、俺の身体を包み込んでいくようだ。 「ダイジョーブだよ、エリナはここにいる。ちゃんといるから」 なんて温かい言葉なんだろう……。 その言葉に支えられるようにして、俺は口を開いた。 「俺が狙われる理由、それは俺がライカンスロープだからだ」 「――ッ!」 『………』 「ライカン……スロープ?」 「それってあの……わたし、詳しくは知らないんですが、伝説の“吸血鬼喰い”のこと……ですか?」 「そう。吸血鬼喰いのライカンスロープだ」 「ちょっ、ちょっと待って。でもそれは、別に決まったわけじゃないんでしょう? 複数の能力を使えるだけで――」 「いや……色々あってハッキリしたんだ」 「そんな……」 「え? ちょっ、ちょっと待って。だとしたら……六連君は、その……誰かを喰べるってこと……なの?」 「違うっ! 俺は誰かを食べたことなんてない。そんなことは、ないんだが……」 「俺はなぜか、複数の能力を使うことができる」 『――ッ!?』 「………?」 「どうして俺が、そんな体質なのかはわからないが……俺はライカンスロープの因子を保有しているんだ」 「俺が狙われているのは、そういう理由だ」 「……それについては、美羽ちゃんも知ってたの?」 「複数の能力が使えるところまではね。そのことを知って、私も調べてみたの」 「だけど、佑斗が誰かを喰べたなんて事実はない。ライカンスロープであることはありえないと思った」 「私はよくわからないんですが……六連君は、その……ライカンスロープ? の因子を保有しているだけで、身体的には変わらないってことですか?」 「……おそらく」 「俺も本物のライカンスロープのことは知らないから、ハッキリとは答えられないが」 「六連先輩が……ライカンスロープ……、それってエリナちゃんは知っていたの?」 「うん。ちゃんと、知ってたよ。ユーが打ち明けてくれたから」 「知ってて、そのことを受け入れたの。だって、エリナも……受け入れてもらえたから」 「エリナちゃんも……? それってどういう意味?」 「エリナも、みんなに隠していることがあるってことだよ」 「……エリナ、いいのか?」 「うん、いいの。友達だもん。だから……エリナもちゃんと言わないといけないと思う」 「それにエリナもね、ユーが傍にいてくれれば頑張れるから、ちゃんと言うよ。こういうのはタイミングが重要だと思うから」 「……わかった」 エリナはさっき、その温もりで俺を助けてくれた。 今度は俺の番だ。その気持ちを伝えるためにも、繋いだ手をしっかり握り直す。 「ワタシね、生まれた頃から体質がちょっと変で……人間の血を飲んでも反応しないんだよ」 「でも、エリナちゃんは吸血鬼さんなんだよね? 人間じゃないなら、まさか……」 「うん。ワタシはね、人間じゃなく……吸血鬼の血を飲む吸血鬼なんだよ」 「それって……まさか、エリナもライカンスロープってこと?」 「ううん、ワタシは違うよ。信じてくれないかもしれないけど、使える能力も一つだけだし……研究所の人は、かなり特殊な体質だって」 「人間じゃなく吸血鬼の血に反応する以外は、基本的には普通の吸血鬼と変わらないって言われてたから」 「はぁぁ……二人にそんな秘密が……」 「詳しいことは分からないんですが……とにかく、お二人はちょっぴり特殊な吸血鬼ということなんですね?」 「そういうことになる」 「それに……ライカンスロープが、どういう目で見られるのかも……聞いてる」 「こんな大事なことを隠して、一緒に暮らしていたことを謝らせてほしい。本当にすまない」 「ワタシも……ゴメンナサイ。隠し事してて……」 「皆の気持ちは本当に嬉しいが、そういうことなんだ」 「だから……」 「………」 「それで? だから、なに?」 「ライカンスロープが、友達を作っちゃいけないなんて話、聞いたことがないんだけど?」 「というか佑斗は鳥頭なの? さっき言ったことをもう忘れているなんて……いい? もう一回だけ言うから、ちゃんと覚えなさい」 「迷惑かどうかは、自分で決める。勝手に佑斗が決めないでっ、――以上!」 「……美羽」 「それからエリナ!」 「うひゃい!?」 「友達だからって、秘密を全部打ち明けなきゃいけないことなんてない。その程度で裏切られたなんて思っていないから、申し訳なさそうな顔をしない!」 「お、おー……了解だよ」 「わたしも気にしませんよ。だって、六連先輩は優しい人です」 「エリナちゃんだって、そう。人となりを知ってるからこそ、友達なんだよ」 「私は、詳しいことはよくわかりませんが……莉音ちゃんと同じですね」 「肩書きは肩書きです。友達であるかどうかは、その人の内面の方が重要だと思いますよ。じゃないと、この都市で暮らしてませんよ」 「まぁ、大きな秘密だと思うよ。だから、今まで言えなかった気持ちも理解できるしね」 「ただ、なんだかこう、突然すぎて……全部をきっちり受け入れきれたわけじゃないんだけど……別にだからって怒ってるわけでもなくて……」 「あー……もういいや! とりあえず、難しい問題は後で考える」 「いいの? そんなので」 「いいの。女は度胸! 一度言った言葉に二言はありません! 不肖、布良梓、微力ながら友達の力になります!」 そう言って、みんなは俺とエリナに笑顔を向けて来た。 それは凄く温かい笑顔で……だからヤバいって、泣いちゃうって、そんなこと言われたら! 「で、何かお困りなの?」 「ああ。困ってる。困ってるので、助けて下さい、友達のみなさん」 「よろしい」 「うん! もちろん」 「わかりました」 「私なんかに何ができるかわかりませんが……よろしくお願いします」 「ありがとう、みんな」 「本当に嬉しいよ」 「ほらほら、そんな泣きそうな顔してないで。今は前向きに」 「それで、今後はどうするんですか?」 「それについては、色々考えてみたんだが……開発地区はダメだ。逃げ方を間違えた」 「人は少ないが皆無じゃない。誰かに見られたら、しっかりと覚えられる危険もある」 「確かに。今も外は警察の人が沢山いるしね」 「私と布良さんがいれば、バレずに逃げられるでしょうけど……問題はその後ね」 「あの、木を隠すなら森の中、っていいますよ」 「あっ! そうですね」 確かに今なら、人ごみに紛れた方がいいだろう。 しかし……いつまで俺はこんな風にこそこそ逃げ回ることになるんだ? 海上都市から脱出する方法もなく、このままジリ貧で追い詰められて……ダメだ、どう考えても限界がすぐに来る。 ………………。 というか……なんだ、これ? そもそも、どうして俺たちが追い回されるんだ? なんか、だんだん腹が立ってきた。 「ユー? どうかしたの?」 「………」 隣で不思議そうに首を傾げているエリナ。 ……俺はこの子と一緒にいたい、エリナを守ってあげたい。 だが、守りたいのはエリナだけじゃなくて……エリナの居場所も守ってやりたい。 寮で一緒に暮らすみんなと笑い合って、カジノで働く、そんな笑顔に満ちた生活を送るエリナを守りたいんだ。 そのためには……。 「このまま逃げ回ってても仕方ない」 「だったら……どうするつもり?」 「だから……反撃に出ようと思う。このまま逃げ回っても、すぐに限界はくる」 「でもそんなの……どうやって、ですか?」 「それについては……考えてることがあるんだ。かなり乱暴な方法で、賭けになると思うが……」 「考えてることって、具体的にはなんですか?」 「それは………………いや、まだ言えない」 『………?』 「それより先に、エリナ……ちょっといいか? 話があるんだ」 「ん? なーに?」 「確認をさせて欲しい。エリナは本当にいいのか?」 「この先、どうなるかわからない。エリナは狙われていない可能性もある。もしかしたら、寮でみんなと一緒にいることだって――」 「ユー、怒ってもいい?」 俺の言葉に、エリナはいつにないほどの静かな怒りを、俺に向けてきた。 「どうなるかはわからないけど……ユーとは一緒にいられる。ワタシには、それが重要だよ。それさえわかってれば、いいんだよ」 「エリナ……」 「えっとね、その……正直に言うと、やっぱり不安もあるよ? こうなった以上……今まで通りにはいかないから」 「でも……それでも、ユーがいてくれる方がいい。ずっと一緒にいたい。だからへーき。ユーのためのなら、どんなことでも受け入れられる」 「………」 「あのねユー、この際だからハッキリと言っておくね。ワタシ、ユーのことが好き、大好きだよ」 「それは、俺だって……」 「ううん、ユーはわかってない。ユーはね、エリナに光を見せてくれたの」 「……光?」 「ワタシはずっとね、怖かった。自分のことを知られて、みんなの目が変わっちゃうことが」 「みんななら……そう信じたいけど勇気が出なくて、自分の中に閉じこもって秘密を抱えてた。でも、ユーは躊躇いなく手を伸ばしてくれた」 「だから、希望が湧いた。みんなも受け入れてくれるかもしれないって……そして実際、受け入れてくれた」 「これはね、凄く凄く嬉しいことなの。きっと、ユーが思ってるよりもずっとね」 「エリナ……」 「ユーのおかげで、ワタシはこうして殻の外に出ることができた。でも……外で生きていくには、やっぱり一人は寂しいし、不安だよ」 「だからワタシには、ユーの手が必要なの。考えるだけでも身体が熱くなるような、ユーの温もりがないと生きていけない」 「別にね、苦しいことは構わないの。でも一人で寂しいのはイヤ。だから――ワタシの手だけは、離さないで」 「ワタシの気持ちを信じて。ワタシが愛してるってこと、怖がらないで」 「ユーと一緒にいられることが、ワタシの一番の幸せ。ユーと一緒にいられないことが、ワタシの一番の不幸せ」 「ワタシに光を見せちゃった責任、ちゃんと取ってね――ちゅっ」 俺の唇に、エリナの唇が軽く触れる。 その確かな温もりによって、身体が熱くなり、冷めていた気持ちに熱が入る。 「にひひ……はい、今の言葉の証拠のキッス。改めてこういうことするのって、結構照れるね」 「はは、そうだな」 何を弱気になってるんだろうな、俺は。 決めたんだ、エリナと二人で生きていくって決めたんだ。 「エリナにあれだけ幸せそうな笑顔をさせたのはお主が初めてじゃ。もう少し、自信を持ってよいぞ」 小夜様だってああ言ってた。今さらここで、ヘタレになってる場合じゃない。 そうだ、エリナは俺が幸せに――いや、幸せにできるのは俺だけなんだ! 絶対に離したりしない! だから今考えるべきことは、どうやったらこの状況を打破できるか、それだけだっ。 「そうだな、すまない。今さらの話だった」 「うんっ! 後悔させるぐらい甘えていいって言ったこと、忘れてないからね♪」 「ずっと、ずっと一緒だ、エリナ。それに、責任はしっかりと取らないとな」 「にひひ、よかった♪ でも、言ったところでエリナは離れないけどね。だって、ユーがいないと、生きていけないんだもん。肉体的にも、精神的にも」 「俺も、エリナがいないと生きてけそうにない」 「俺の方から頼む。一緒にいてくれ」 「おー♪ まかせろいっ!」 少しぐらい苦しいことがあっても、不自由なことがあってもいい。 そんなことより重要なのは、自分のこの手が誰と繋がっているかだと、エリナが言ってくれた。 だから、もう迷わない。この手を離さないですむ方向に、俺は全力で歩いて行くんだ。エリナと一緒に……。 「で? イチャイチャは終わったの?」 「もう少し、状況を考えてくれないかなぁ」 「まっ、まぁまぁ」 「それであの、六連先輩、結局どうするんですか?」 「それなんだが……美羽、布良さん、頼みがある。エリナは周りを見張ってくれ。稲叢さんと大房さんには、ニコラに連絡を取って欲しい」 「俺は市長に連絡を取る」 「なんじゃと!? 小童、お主正気か!?」 『今回の事件、冤罪が晴れたとしても、俺が狙われることには変わりません。だったら……やるしかないじゃないですか』 「……じゃがお主、それは……」 『時間が経てば経つほど、こちらは不利になります。動くなら今しかないんです』 『進むか、諦めるか……俺に取れる選択肢はこの2つしか思いつきません』 『だったら俺は、進むことを選びます。どんなに辛い道だとしても、俺はエリナと一緒にいることを選びたい』 「………………」 「お主の気持ちはわかった。……ならばワシも、覚悟を決めよう。選べる手段は限られておるしな。詳しいことはまた連絡する」 『はい、よろしくお願いします』 「……小童、本気か、お主……いや、本気なのじゃろうな。くそ、ワシはなんて無力なんじゃ……」 「小夜様、例の証拠の件ですが、風紀班に調べてもらっています………………小夜様?」 「どうかされたんですか?」 「エリナとムツラ君はどうなっているんですか?」 「未だ逃げておる。じゃが……このままではジリ貧じゃ。元樹、お主には証拠を調べて欲しい」 「僕に調べられることなら」 「銃撃を受けた大使の診断書を手に入れた。医者の目から見て、妙なところがないか、探して欲しい」 「わかりました」 「そして、ソフィーヤ。お主には、重要な仕事を頼みたい。あの二人を助けるために」 「……わかりました。あの二人のためでしたら」 「それで、どうだ? 映像は本物か?」 「そうね、見る限り……本物、かしら。少なくともよくできてる。工作箇所は見ただけじゃわからないわね」 「以前、《チーフ》主任に報告した、外ナンバーと揉めたときの映像ですね」 「六連君が護衛に声をかけ、銃を抜かれる、腕を絡めて揉み合い、ここで発砲。そして護衛が六連君を振り払い、フレームアウト……」 「これに間違いはないのか?」 「発砲以外は、私が見た光景と変わらないと思います」 「ってことは、犯人が整形って可能性もないのね? まぁ、このカメラの映像で整形を証明するのは不可能だけど」 「整形の場合、かなり前から計画していたことになる。そこまで準備していたなら、六連をもっと段取りよく捕まえられるはずだ」 「なるほどね。となると、この監視カメラは偶然を利用した物……なら映像に工作の跡があるはずだけど……見た感じだと穴はなさそうね」 「だとしたら、他の証拠で探すしかないんですか?」 「決定的な証拠はコレだからな、こいつを否定するのが一番手っ取り早いんだが……」 「ちょーっと待ってくれる? 確かに映像はムリだけど……もう一つ調べられる物があるでしょう?」 「もったいぶらずに、早く言え」 「音よ、音。音も調べてみるから、ちょっと待って」 「急いでくれ。もう、見つかっている可能性だってあるんだ」 「それはないんじゃない? だってほら――」 『やはり、まだ見つからないようですね』 『……くっ』 『方針を変えましょう。その開発地区は最低限の人数だけ残し、他を探すべきです』 『……わかった。そのようにしよう』 「って言ってるから」 「……お前なぁ」 「はいはい。その手のお説教はあの娘たちにもされたから。それよりも、今は監視カメラの音でしょう?」 「で、どうなんだ? 何か、工作してるのか?」 「ちょっと待って……一番気になるのが、この銃声のところで……」 「……俺には、ただの銃声に聞こえるが?」 「そりゃ銃声は銃声だけど……問題はこれ、この銃声……ほらここの波形を見て。これはね、反響している証明なの」 「他の音だと……ほら、こんな風に。違うでしょう?」 「反響? だが……これは屋外だろう?」 「そう。だからおかしいって言ってるのよ」 「つまりこの発砲時の画と音は別物、ということになるわ。おそらく音は四方を囲まれた空間……そんなに狭くはないでしょうけどね」 「おいっ、それは科学的に証明できるのか!?」 「十分可能だと思うわよ」 「……しかしお前、よくそういうことを調べ尽くせるな」 「まっ、この手のお仕事にはちょっとね。詳しいことは、女の秘密だから言えないけど♪」 「でもこの映像、オリジナルじゃないでしょう? 否定するためには、オリジナルが必要。目途はついたから、そう時間がかからないと思うけど」 「だったらお前も一緒に来い、その方が早い。早くしないと、六連が――」 『山村班より至急報。[マ]被[ル]疑[ヒ]者を発見、現在追跡中』 『――ッ!?』 『彼はどこにいるのですか?』 『連絡橋モノレールの駅前を徒歩で移動中』 『海上都市を出るつもりか?』 『でしたら好都合です。改札には人を配置しています、何よりモノレールに乗れば緊急停止で閉じ込めることも可能だ』 『待って下さい! その場合、一般市民を人質に取られる危険もあります』 『ワタシの目的は、大使を襲った犯人を捕まえること。ただそれだけですから』 『――なっ!?』 『それに先ほどのプロファイリングでは、大胆な行動はないと言っていませんでしたか?』 『それは……』 『待って下さい。[マ]被[ル]疑[ヒ]者は北上しています。改札には向かっていない模様』 『では、どこに向かっている……?』 『そんなことはどうでもよろしい。彼を確保して下さい』 『いやダメです! 一般市民が多い! 下手に刺激をせず、応援を回して包囲する方がいい! 山村班だけでは少ない!』 『石塚班、島班をバックアップに。それぞれ西と東から、囲んでいけ』 『逃げられては意味がありませんが?』 『ほんの数分でバックアップは到着します。すでに袋の鼠ですよ』 『……まぁ、いいでしょう』 「どうして……そんな人の多い場所にいるのよ」 「一般の人間には、六連の手配は知られていない。木を隠すなら森の中……ということを考えたのかもしれないが、これは……」 「完全に裏目に出てるわよ! なんとか、このことを伝えないと!」 「だが、携帯は繋がらないだろう!」 「あー、そうだった! でもこのままだと――」 「くそっ、せっかくねつ造の尻尾を掴めそうになったってのに!」 『あ、あれ? おかしいな……』 『………?』 『もしもし? もしもし、山村班? 山村巡査部長、応答してください!』 『どうした?』 『山村班と通信も途絶えました』 『電波が届かない地下に降りたということは?』 『あり得ません。駅前一帯に、そのような箇所は……』 『どうなってる!? 石塚班と島班はまだか?』 『もうすぐ現場に着くはずです。石塚班、聞こえますか? 石塚班?』 『……まさか……』 『島班、応答願います。島巡査長……島さん! 野崎さん! 早見さん! 誰か返事をして下さい』 『どうなってるんだ! ちゃんと説明しろ!』 『そんなこと言われても……とにかく、各班連絡が取れなくなって……無力化されたとしか』 『えぇいっ! 今すぐに他の班を回せ! 開発地区の全員を戻せ!』 『《いいえ》ニェット、その案は却下です。今はまたムツラユウトをロストしているんです。倉庫に戻ってくる可能性もある』 『全員を戻すというのは非常によろしくない作戦だ。認められません』 『……では、最低限の者は残して捜索を続行。モノレールに連絡、一時運行を停止させろ。逃げるつもりでもまだ乗っていないはずだ』 『了解』 「まさか……打って出たのか? 無茶なことを……」 「でもこれで、逮捕までの時間は稼げそうね。今のうちに、この証拠を調べ尽くしましょう」 「こちら、柴田。[マ]被[ル]疑[ヒ]者を発見」 『応援が着くまで尾行を続行。気を付けてください』 「了解」 「しかし、あんな子供がロシアの大使を本当に襲ったんですか? だったらどうして、公にしないんです?」 「面子の問題だろう。ロシアとしては、自国の大使が襲われたんだ。自分たちの手で何とかしたいんだろうさ」 「ですが、だからってこっちの取り調べも何もなく、無条件で引き渡しなんてありえませんよ」 「仕方ないだろう。お上の命令だ。逆らったら減給……悪けりゃ、どっかに飛ばされるぞ?」 「その点も不審で仕方ないんですけどね、僕は」 「とにかく、俺たちはあのロシア人の指示に従うだけ――くそっ、やられた! 団体客だ!」 「あっ、紛れた!? どうします、あれじゃ誰が誰だかわかりませんよ」 「[マ]被[ル]疑[ヒ]者じゃない、一緒にいた少女の方を探せ! 黒髪の[マ]被[ル]疑[ヒ]者を探すより、見つけやすいはずだ」 「わかりましたが……ここは外国人の客も多くて……くそっ! もしかして尾行が気づかれてたんですかね?」 「わからんが、あの少女を探せ――」 「あり? もしかしてエリナを探してる?」 『―――ッ!?』 「ダメだよー、対象を見失ったのに、ホイホイ深追いしちゃ」 「――ギャゥッ!?」 「こんな風に反撃されちゃうからね。ということで、ゴメンね」 「貴様ッ!?」 「おっと、まだ意識があるみたいだな」 「なに――ゲフェッ!?」 咄嗟に銃を引き抜こうとした刑事が、俺の声で振り返ったところに当て身を入れて、一発で眠らせる。 「エリナ、無線機を」 「うん!」 そして素早くエリナの能力を使って無線機を破壊。 「あーあー……先輩、こんなところで酔いつぶれないで下さいよ」 「ダメだよ、こんなところで寝ちゃ。仕方ないなぁ~」 なんてワザとらしい演技をしながら、意識を失った二人の身体をその場から運び出した。 「はぁ……しかし手馴れたもんだな、エリナも」 「にっひっひ、実はこの手の訓練は元[カー]K[ゲー]G[ベー]Bのおじさんに教えてもらったことがあるから」 「本当、色んなことを教えてもらってるんだなぁ……」 「エリナのこと言う前に、ユーだって手馴れてるよ?」 「俺も風紀班で色んな訓練は受けたからな。まさか、自分の逃亡に役立つとは思ってなかったよ」 「これも愛の共同作業だね♪」 「警察を無力化していくことが初めての共同作業だなんて嫌だなぁ」 そう言いながら、俺は眠らせた刑事のポケットを漁っていくのだった。 「ダメです。柴田、三上ともに連絡が途絶えました」 「くそ! なんなんだ、一体! いくら相手が吸血鬼といっても、これはそれだけの問題じゃないだろう!」 「練度の低さが問題でしょうね」 「なんだと!? これは、オタクのためにやっていることだろう! それをなんだ、その言い方は!」 「これは失礼。日本の警察は優秀と聞いていたのですが、あまりに拍子抜けなものでして。つい、本音が」 「……ぎりっ……そもそも、アンタが横からしゃしゃり出てこなけりゃ、私の指揮ですでに捕まえることができたんだ!」 「それは否定させてもらいます。アナタの《プラン》作戦には、穴がありました。私の判断は間違えていません」 「アナタも、私の案の方が有効だと思ったからこそ、採用したのでしょう? ではやはり、練度の問題では?」 「くっ……この……」 「は、はい? なにそれっ」 「今度はなんだ!? また、どこかの班の通信が途絶えたか!?」 「はい、西條さんとも連絡が取れなくなって……いえ、それもそうなんですが……その……連絡が入っています」 「誰だ! この忙しいときに!」 「それが、その……目下捜索中のムツラユウトからです」 「はぁー? どういうことだ? 間違いないのか?」 「本人がそう言っているそうです。携帯の番号は、先ほどロストした柴田警部補の物ですから……おそらく……」 「繋いで下さい」 「もしもし! 君がムツラユウトか!? 私の部下をどうした!?」 『ちょっと眠ってもらっているだけです。他に危害は加えていません』 「そっ、そうか……ならよかった。それで、君は一体何を考えているんだ!」 『俺は冤罪で捕まりたくないだけです』 「冤罪だと? 言いたいことがあるなら、司法の場で証明すればいい」 『すみません、アナタは警察の方ですよね?』 「そうだ」 『では、電話を代わってもらえませんか? 俺は、そこで指揮を執っているロシアの方と話がしたいんです』 「ほぅ、私かね」 『ああ、よかった。日本語で通じるんですね』 「どうだね? そろそろ諦めて、投降するつもりはないのか?」 『こんなでっち上げの事件が認められるわけないでしょう』 「でっち上げとはどういう意味かな? 君が行った行為については、ちゃんと証拠もある」 「でなければ、こんなことをするわけがないだろう」 『政府がその気になれば、一般市民一人の罪を作ることぐらい簡単でしょう?』 「……それは、どういう意味だ?」 「追い詰められた犯人が言っていることです。真面目に取り扱う必要はありません」 『やはり……俺に司法の場は用意されそうにないですね』 「………」 「ではこのまま、延々と逃げ回る気かね? いつまで、こんなゲリラ戦法が通じると思っているんだ?」 『そう長くは通じないと思っています。ですが、今のところは有効でしょう? 実際、そちらの数は確実に減っている』 『で、ここで相談です。今のうちに、提案があるんです』 「ほう……君が投降してくれるなら、多少の融通はしようじゃないか」 「こちらとしても、これ以上この件に時間をかけたくないのでね」 『こちらの提案は一つだけ、話し合いで解決しませんか?』 「なんだと!? 自首するということか!?」 『いえ、自首ではなく、話し合いです。今回の件、他の人に聞かれちゃマズイ話もあるでしょう?』 『だから、直接会って、二人きりで話をしませんか? それとも……電話で話し合いますか? 他の人に色々と聞かれながら』 「………」 『長引かせたくないのは、そちらも同じ。色々、突貫で工作をしたはずです。時間をかければそれがどうなるか……』 『長引けば長引くほど、融通を効かせてくれた人にも迷惑がかかりますよ? そうなると、ますますそちらが不利なのでは?』 「……よろしい。その提案、受け入れよう」 『それはどうも』 「それで、直接会うには一体どうすればいい?」 『ひとまず駅前まで。その後また連絡しますよ。携帯の番号、教えてもらえますか?』 「わかった」 「ユー……どうだった?」 「乗ってきた。直接会うそうだ」 「おー! それじゃあ、ついに本番だね」 「ああ。今なら外部からの応援もきていない。捜査員の数を減らした分だけ、こっちが有利だ」 「それじゃあ、ニコラにも連絡を入れておくわね」 「その前に、ニコラにもライカンのことを説明しておかないと……」 「それなら私がしておくわ。今は誰かを挟んだ方がいいと思うから」 「そういうものか……なら、すまないが頼む」 「私は風紀班に連絡するよ」 「急いで準備をしないと」 「はぁー、ドキドキしてきちゃいました」 「すまないが、よろしく頼む、みんな」 「あと大房さんには申し訳ないが、直前に吸血させて欲しい」 「はい。それぐらい構いませんよ」 「ありがとう」 さて、後は小夜様に連絡だな。 「どういうつもりですか? あんな約束をするだなんて!」 「このまま鬼ごっこを続けるよりもよっぽど有効でしょう。あちらから出てきてくれるんですから」 「どう考えても罠でしょう!」 「勿論、その可能性は考えています。ですが、現状こちらが不利なのは間違いない。頭数をどんどん減らされているのですから。違いますか?」 「それは、まぁ……」 「それに向こうの狙いは逃走です。で、あるならば、裏をかこうとする彼を、さらに出し抜けばいいだけの話ですよ」 「一応、もし本当に現れた時を考えて、何チームか貸していただけますか?」 「それは構いませんが……さすがに人手が足りない。風紀班に連絡を取らせていただきたい」 「《いいや》ニェット、その案は却下です。風紀班はムツラユウトの同志です。向こうから協力すると言ってきても無視していただきたい。よろしいですね?」 「……わかりました」 「では、私は駅前に移動しますので、あとのことはよろしくお願いします」 「………」 「あの……先ほど被疑者が言っていた、冤罪とかでっち上げとはどういうことでしょう?」 「俺が知るかっ! そもそも何なんだ、この仕事は! いきなり現れたと思ったら、指揮権をもっていきやがって」 「上に確認を取っても、イヴァン……なんとかに従えと言うばかりだ! なにがどうなってる!?」 「そんなこと、自分に言われましても……」 「わかってる! ただの愚痴だ! いいから、何班かヤツのバックアップに回るように連絡しろ!」 「どの班にするのか、ちゃんと指定してもらえないと困りますよぉ……」 「で、ここでいいのかね?」 『ああ。目の前のホテルの『オーソクレース』のカジノ、そこで待ってる。あと無線は外してきてくれ』 「ふむ……各チーム、今の言葉は聞こえたかね?」 「ええ。現状、3チーム。この場所なら状況に応じて、さらに2チームがすぐに駆けつける準備をしています」 「なるほど、了解した。では、もし彼が現れれば、私はなるべく時間稼ぎをしましょう」 「よろしくお願いします」 「無線は指示通り切るので、あとはよろしく頼む」 「………」 エレベーターが開くと、いかつい顔の男が降りてくる。 目的の男で間違いはなさそうだ、普通の人とは雰囲気からして違う。 身体つきもがっしりとしていて……多分、既製品のスーツじゃなさそうだ。 どこからどうみても、一般市民ではなく……完全に肉体派だな、こりゃ。 「無線は?」 「指示された通り外してある。ボディチェック、するかね?」 「いや、不用意に近づくのは止めておくよ。その太い腕で抱きしめられたらかなわないからな」 「ほぅ……話し合いを提示されたときはバカかと思ったが」 「一応言っておくが、俺は今吸血して覚醒状態だ。暴れたら一般市民を巻き込む上に、アンタもただじゃすまないと思ってくれ」 「なるほど、客が多ければ多いほど人質となるわけか。しかも、人の目が多ければ、我々も取れる行動が限られる」 「よろしい。話をしようじゃないか。それで、一体何を言いたいんだね?」 「俺の罪をでっち上げた件についてだ」 「それに関しては私に言われても……証拠はあるんだ。どうしても無実を証明したいなら、この場で言う言葉ではないな」 「司法の場に出すつもりはないくせに、よく言う」 「望むなら、司法の場を用意しても構わない。我が祖国の司法だがな。そこで好きなだけ歌えばいい」 「……確認したいことがある。俺が狙われるのはライカンスロープだから……で合っているのか?」 「そのために、俺を暗殺未遂なんて無茶苦茶な容疑者に仕立て上げたのか?」 「……何を言っているのかわからないな」 「俺は事実を知りたい。ただ、それだけだ」 「そう言って、私の証言を録るつもりか? どこかにICレコーダーでも忍ばせているのかね? それを証拠に……とでも思っているのだろう?」 「残念だが、君は我が祖国の大使を撃った。事実はこれ以外にない………………が、少しなら君の妄想に付き合ってやってもいい」 「妄想だと?」 「妄想、想像、戯言、言い方はなんでも構わないが。もし、君の容疑が作られた物だとして、それでどうする?」 「君はさっき自分が狙われる理由を挙げた。それはつまり、狙われる心当たりがある、ということだ」 「ならば仮に、あくまで仮にだが……目的の本質は君を犯罪者にすることではない。捕まえることにあるんじゃないかね?」 「………」 「ここまで言えば理解しただろう? 万が一、君の罪が作られた物だったとしても、今後も狙われ続ける可能性がある」 「そうなれば……君の周りにも被害が及ぶかもしれない。まぁ、これらは全て可能性の話だが」 「脅す、つもりか?」 「言ったろう、これは仮の話だ。私の妄想を口にしたに過ぎん。信じる必要はない」 「とにかく私は、君に大人しく投降することを勧める。君だって周りを巻き込むことは望んではいないんだろう?」 「……くっ……」 俺は無言でポケットからICレコーダーを取り出し、目の前で録音を停止させる。 ここからは腹を割って話そうということを、態度で現す。 「つまり、ライカンスロープの俺がこの場にいると、みんなを巻き込むことになる……と、脅すつもりか?」 「《いいや》ニェット、そんなつもりはない。ただ、私はアドバイスをしているのだよ。どちらの方が幸せなのか、と」 「君の事情は少しは知っている。自身が特別であることを知ったのは極々最近だろう。どんな気持ちだった?」 「恐怖を感じたんじゃないか? 自分が異質な存在であることが誰かにバレることを心配しなかったか?」 「そして……その異質な自分自身に、恐怖を覚えたんじゃないのかね?」 「………」 「その種の恐怖は別にライカンスロープに限ったことではない。程度の差があれ、生きていれば人は誰でも感じるものだ」 「だからこそ、人生の先達者である者として、さらにアドバイスを送らせてもらおう」 「一緒に来るんだ。いいかね? 私たちのところに来れば、君という存在は受け入れられるんだ」 「だが、研究対象として……だろう?」 「君は勘違いをしている。貴重な存在である君は、特別な待遇で受け入れよう。もちろん、いい意味でだ。不自由は感じさせない」 「この都市で、恐怖と隣り合わせで暮らすよりも、快適で素晴らしい生活を送ることができる。約束しよう」 「ただ、血液や細胞を提供してもらうことはあるだろうが、君自身の身体で実験などは行わない」 「冷静に考えてみてくれないか? 君にとっても悪い話ではないだろう? 君自身も、君の周りも、平穏な生活を得ることができるのだから」 「………」 「即答は難しいだろう。だが、こちらにもあまり時間はない」 「折角だ、カードでワンゲーム遊ぶぐらいの猶予はある。その間に、決断を下してもらえるかね?」 そう言って男が、カードテーブルの椅子に腰かけ、手を挙げる。 俺も黙って、隣の椅子に腰を掛けた。 すると、どこからともなく、バニー姿のディーラーが現れる。 「勝負はポーカー。それで、いいかね?」 「……ああ、問題ない」 「ポーカーだ。よろしく頼む」 「はい。畏まりました」 そうしてディーラーから、5枚のカードが配られる。 俺はそのカードをめくる前に、相手のロシア人に真剣な表情を向けた。 「そちらの話が本当なのか……俺にしてみれば、賭けになります」 「だから……自分の運を試してみたい」 「ほう? それはつまり?」 「勝負をしましょう。アナタが勝てば信じます。だが負ければ……アナタを信じない」 「掛け金もなにもない、単純な役の勝負。どうです?」 「面白い、いいだろう。ルールはどうするんだね?」 「クローズドポーカー。チェンジは一回のみ。役は手札のみで構成する」 「よかろう。では私は……2枚チェンジだ」 「俺は3枚チェンジ」 「ドキドキするじゃないか。これで全てが決まるというわけだ」 「そうですね」 「では、覚悟はよろしいか?」 「そっちの方こそ」 「オープン、フルハウスだ。どうだろう? 約束通り、信じてもらえるのかな?」 「いや、残念ながら……ストレートフラッシュ。そちらの負けです」 「ほぅ、これはすごい。この土壇場でそんな強力な役を引き込むとは……キミはどうやら、強運の持ち主らしいね」 「俺の勝ちです。つまり、アナタを信じることはできない」 「なるほど。では仕方ない………………やはり、無理矢理連れて行くしかないか」 「ムツラユウト! 大人しくするんだ!」 「きゃーーー! 銃を持ってますーっ!」 「撃たれちゃいますー!」 「落ち着いて下さい、我々は警察です!」 ポーカーテーブルを囲むように並んだ、スーツの男たちが俺を銃口で囲い込んだ。 「すでに君は包囲されている! 抵抗をすれば撃つことも辞さないぞ!」 「………」 じりじりと包囲を狭めてくる警察の数は十人を超えているようだ。 最終手段としてだろうが、中には海水が入っているであろう、ボールを用意している者もいる。 ポーカーで時間をかけたせいか……おそらくチームのほとんどがこのフロアーにいると考えていいだろう。 つまり、[・]予[・]定[・]通[・]りだ。 「先ほどの言葉に嘘はない。君は特別待遇で受け入れられる、心配しなくともいい。君も、その方が幸せだろう? この街で恐怖を抱えているよりも」 「人生の先達者ね……はは、アナタ、本当の幸せって感じたことがないんじゃないのか? いや、人を愛したことがないんじゃないか?」 「なんだと?」 「俺は、愛している人がいるからわかる……いや、教えてもらったんだ。だから、もう迷わない」 「どれだけ優遇されたところでそんな場所に、俺の幸せはない」 「幸せは“どこで生きるか”じゃない。“誰と笑いあえるか”が重要なんだ」 「恐怖と隣り合わせだとしても、それ以上の幸せがここにはある。それは、他人に与えられるものじゃない」 「自分で、自分たちで作り上げるものなんだ。その意味がわからないような奴が、俺の幸せを勝手に決めるなよ」 「人が優しく言っているからといって、つけあがるのはよろしくない。非常によろしくない」 「俺は事実を述べてるだけだ。俺の言葉が理解できないのなら、やっぱりアナタは人を愛したことがないんだな」 「……もういい。包囲は終わっているんだ、交渉が決裂した以上、これ以上は無駄だ」 「人の話は最後まで聞いて欲しいもんだな」 「下らない話に付き合うつもりも、その必要もない」 「気が短い……だがそう言うのなら、最後に一つだけ」 「………?」 「愛する人ができて……その人と一緒に笑っていられるのは凄く素晴らしいことだ。そうは思わないか?」 「なぁ、エリナ?」 「《その通り!》ダー!」 俺の言葉に、今まで静かにカードを配っていたバニーガールのディーラーが、笑顔で答える。 「なっ!? しまっ――」 「今だ!」 「《りょーかい》パニャートナ!」 エリナの身体が激しい放電を起こすと同時に、フロアーが暗闇に包み込まれた。 「くっ!? こんな時に停電か!!」 同時に、何事かとギャンブルを楽しんでいた客たちがざわめき始める。 「撃つな! 全員撃つんじゃない! 一般客に当たるぞ!」 「停電です! 真っ暗です! 大変です!」 「ちょっと、どういうこと!? なんなの、これは!? さっきからなんなの、一体!」 「落ち着いて、落ち着いて下さい。すぐに予備電源が動きますので、どうか落ち着いて行動してください!」 「そんなこと言ったって、こっちはもう少しで当たりそうだったのよ!?」 「このカジノには爆弾を仕掛けた! 早く逃げないと、全員吹き飛ぶぞ!」 「ばっ、爆弾っ!? このカジノに爆弾が!?」 「はぁっ!? 一体何を――」 「バカな! そんなこと、できたはずがない!」 「あぁ、点いた」 「くそっ、いない! [マ]被[ル]疑[ヒ]者は!?」 「今の暗闇に乗じて逃げた模様!」 「なんてこった! つまり、さっきの停電は意図的に起こしたってことか、くそっ! すぐにホテルを封鎖しろ!」 「だっ、ダメですよ、そんなことしちゃ! 爆弾ですよ? 爆発するんですよ? みんな逃げないと!」 「そうですよ! ここから逃げないと、爆発しちゃうかもしれないんですよ!」 「じょ、冗談じゃないわ!」 「ぐあっ、ちょっ、ちょっとどいて! どいて下さい!」 「うわっ!? た、田口さん、これじゃ身動きが……ぐぇ!」 「なんてこった! 人の多いところに逃げ込んだのはこういうことか!? おいっ、早くホテルを封鎖しろ!」 「今の人数では無理です! 穴を塞ぎきれません! それに爆弾は!?」 「ブラフに決まってるだろ、そんなもんっ!」 「どうしてそう言い切れるんですか!?」 「爆発したら、取り返しがつかないんですよ!?」 「そーよ! そーよ! もし嘘じゃなかったら、どう責任をとるつもりなの!?」 「俺たちに死ねってのか!?」 「あー……くそっ! とにかく落ち着いて! 落ち着いて我々と一緒に避難を――」 「……田口さん」 「お前もゴチャゴチャ言ってないで、この混乱を何とか――」 「田口さん! アドロフがいません!」 「はぁぁぁっ!? そんなバカな! 彼ならそこに……こんな時に、どこに行った!?」 「知りませんよ!」 「まっ、まさか……まさかまさかまさかっ!」 「はぁぁ!? ムツラユウトと共に、あのいけ好かないロシア人が消えた~!?」 「被疑者に連れさられた可能性もあると、田口巡査部長はそう言ってます」 「被疑者から要求は何かないのか?」 「今のところはありません。柴田警部補の携帯も繋がりませんし……どうしますか?」 「だから罠だと言ったのに……誘拐……被疑者……アドロフ……爆弾………………」 「あの~……」 「あー、もう! 知るかー! 今まで指揮を執っていたくせに、責任も取らずに消えやがって!」 「そんなキレられても、私だって知りませんよ……」 「ひとまずホテルを封鎖。ロシア人はあの巨体だ。連れて逃げようとしたら目立つに決まっている」 「誘拐だとしても、ホテルから出さなきゃいいだけの話だ! それから全員をロビーに集めろ! 一応念のために、爆弾も疑っておけ」 「現場は混乱し、封鎖には人手も足りませんが?」 「被疑者はホテルにいるんだ。他の捜索はすべて打ち切り! 捜査員をホテルに集結させろ!」 「了解」 「ねぇ、ニコラ。さっきからフロアの方が大騒ぎだけど、どうかしたの?」 「さ、さぁ? ボクにはサッパリ……もう今日は上がりですし」 「あと、エリナって今日は休みじゃなかった?」 「――ギクゥゥっ!? ちょ、ちょっと急なシフト変更で」 「そうなの? で……二人とも、そのカゴはなに? シーツ?」 「さ、先ほど、知り合いの人に頼まれまして。帰るついでに業者に渡しておいてくれないか、と。急な腹痛だそうで」 「エリナも、頼まれちゃったの」 「ふーん。それじゃ二人ともお疲れ様」 「はい、お疲れ様です」 「お疲れ様ー」 『………』 「……はぁ……ドキドキした」 「まったく、無茶苦茶して……でも、これでいいんだね?」 「すまないな、ニコラ。このまま裏口までよろしく頼む」 シーツにくるまれ、カゴに入ったまま、俺はニコラに謝る。 いきなり事情も分からず、こんなことに協力させられたら、愚痴の一つや二つは当然だろう。 「ゴメンね、ニコラ」 「……話は美羽君から聞いてる。ライカンスロープだって」 「そうか……」 「あと、吸血鬼の血を吸う体質っていう話も」 「……うん」 「正直言って気にならないって言ったら嘘になる……というか、まだ頭が混乱してる」 「いきなり伝説の“吸血鬼喰い”って言われたかと思ったら……職場で停電起こして、予備電源がつくのも遅くなるように細工、最後には爆弾騒ぎ」 「そしたらこんな誘拐までして……もうわけがわからないよ。バレたらどうしよう……てか、この人だれ?」 ニコラはエリナが押している方のシーツのカゴを視線で示す。 「悪い人だから、気にしないでいいよ」 「そうなんだ? ……まぁ、深くは聞かない方が身のためっぽいね」 「……でも、協力をしてくれるんだな」 「まぁ……ねぇ……こんな滅茶苦茶するぐらい追い詰められてるんでしょう?」 「それに美羽君からは、友達を救うための悪者退治って聞いてるから。助けるしかないよね、そりゃ」 「すまない」 「いいってば、別に。決めたのは僕だ。友達を助けたいって、思ったことに、迷いはないよ」 「でも……あとでちゃんと説明してくれるかい? その体質のこととか。二人の口から直接、改めて」 「……ありがとう、ニコラ」 「……ああ、わかった」 「ほら、頭を引っ込めて。誰かに見られると危ない」 「それと……本当に大丈夫なのかい? 外に出ても、警官がいるんじゃないの?」 「そっちも一応、手は打ってある」 「おーい、こっちこっち」 裏口から出た俺たちを迎えてくれたのは、布良さんだ。 「はい、コレ。車の鍵ね」 「ありがとう」 逃走用の車の鍵を受け取った俺は、すぐにトランクを開ける。 「そいつを車に移す。手伝ってくれ」 「本当に警察は大丈夫なのかい? こんなところを見つかったら……」 「今、美羽ちゃんが足止めしてくれてるから」 「風紀班の協力は必要ない。通常業務を行えって命令だろう?」 「だから、通常業務でしょう。《アクア・エデン》海上都市のカジノで爆弾騒動、これを無視して、どんな治安維持をしろと?」 「そもそも停電による業務妨害の通報も受けているんです。れっきとした通常業務です」 「そりゃそうだが……いや、待て、爆弾と業務妨害は“風紀”じゃないだろ!」 「カジノに関わることは、風紀班の範疇に入っています」 「そりゃ屁理屈ってもんだ」 「そう言われてもねぇ……私も上司から命令を受けただけだもの」 「こっちだって、そうだよ。とにかく、上から陰陽局の手はかりるなって言われてて……」 「それじゃ一度、その上に連絡を取ってみたらどうなんですか?」 「それがなぁ……さっきから本部の方もゴチャゴチャしてるみたいで……」 「ほら、今のうちに! 早く行って行って! 応援が来るまでが勝負なんだからさ!」 「扇先生からの“贈り物”も、車に積んであるから。でも……何に使うの?」 「ケリをつけるんだ……すべてのケリを」 「とにかくありがとう。それじゃあ」 「約束、忘れないでよ?」 「わかってる。エリナ、車に乗って。すぐに出る」 「うん、了解!」 「あっ、それから六連君」 「ん?」 「ちゃんと、帰ってくるんだよ」 「……全力を尽くす」 それだけ言って、俺は運転席に乗り込んだ。 「小夜様、証拠のビデオのねつ造を証明しました。こちらがその資料になります」 「オリジナルの方も、やはり音がおかしいですね。ちょっとその手の知識がある者なら、同じ見解になると思います」 「大使の傷口の診断書も調べました。明らかにおかしいですね」 「監視カメラでは揉み合って、車の中に撃ちこんでいましたが、実際の傷は水平に近い形です。これでは角度が違いすぎる」 「車内に跳弾の痕跡もありませんし、これは矛盾点として挙げられるかと」 「うむ、ご苦労。ではこれを警察とロシア側に“めーる”しておいてくれ。さすがに反論はないと思うが、交渉はアンナに任せる」 「小童に掛けられた容疑を晴らすには十分なはずじゃ」 「畏まりましたが……小夜様は一体どうするおつもりですか?」 「………」 「誰かが幕を引かねばならんじゃろう。じゃからワシが幕を引きに行く。この海上都市の市長としてな……」 「……んむっ、んん……」 「あー、はいはい。今、猿ぐつわを取るから、大人しくしてくれ」 「んっ、んん……ぱっ! はぁ……はぁ……それで? これはどういうことだ? 私を拘束して、どうするつもりだね?」 「そのことだけど……色々考えたんだ。本当に色々と……」 「俺はエリナと一緒にいたい。エリナの幸せを守りたいんだ」 「でも、エリナの幸せはユーと一緒にいることだから……だから、オジサンたちがいたら、エリナは幸せになれないんだよ」 「アナタたちの元では、俺とエリナは心から笑うことができないんだ」 「だから、誘拐したというのか?」 「話し合いで解決できればって思ってたんだが……カジノのことを考えると、やっぱり無理みたいだな」 「だからね、二人で話したの。いっぱいいっぱい話して……決めたの」 「排除するしかない、って」 言いながら、俺は布良さんに用意してもらった銃を構える。 そして銃口を、手足を縛られたまま横たわる男に向けた。 「ちょっ、ちょっと待て! 落ち着け! 本気か!?」 「すでにライカンスロープのことは本国にも知られているんだ! 私を殺しても、何の意味もないだろう!」 「その時は……同じように排除すればいいだけだろ」 「……なっ……」 「もっと上手く解決する方法がないか、考えた。考えてみたんだ。だが……」 「やはりダメだと確信した。きっとアナタたちは諦めない。だから、俺が取れる選択肢は……逃げるか、戦うか、どっちかしかない」 「それで……戦うと!? 周りを巻き込むというのか!?」 「言ったはずだよ、考えたって。考えて考えて……考え抜いて、決めたことなの」 「き……貴様ら……」 「たとえば、アナタに研究所には虚偽の報告をしてもらうなんてことも考えた」 「だがそんなの……すぐに裏切れるだろう? ここまで追い回された上に、カジノで話してそう確信した。だから、これしか手はない」 「お、おいおい! いいのか!? 本物の犯罪者になるんだぞ!?」 「エリナはユーと一緒にいたい。ユーと一緒なら、どんなことでも頑張れる」 「それがたとえ、犯罪者として追われることになっても……一緒にいられるなら、別にいいよ」 「俺もエリナと同じ気持ちだ。二人で戦うって決めた」 「というわけで、悪いとは思う。そこそこ恨みはあるが……正直、殺すほどのものじゃない」 「だっ、だったら――」 「だが、俺とエリナのために、死んで欲しい」 「お、脅しだ。そんなのはただの、脅しだ。本物のわけが――」 「――ヒッ!?」 俺は男の言葉を遮るように引き金を引く。 男の顔の傍のコンクリートが鉛で抉られ、欠片が飛び散る。 「悪いが、本気なんだ。冗談でこんなことはしない」 「ほ、本物……本当に、私を殺すつもり……なのか」 「こっちの都合で殺すんだ、謝るつもりはない。恨んでくれていいから」 銃の引き金に指を掛けた。 男の顔が引きつる。エリナもそっとを顔をそむける。 だが俺は視線を逸らさない。まっすぐに男を見下ろしたまま、指に掛けた銃爪を―― 「待て小童! 引き金を引くな!」 「サヨ……」 「そやつを殺す必要はない! 他に手があるんじゃ! この事態に収拾をつける方法が!」 「じゃがその方法は、その引き金をお主が引いては不可能となる! じゃから、まずは落ち着いてワシの言うことを聞け!」 「………………」 倉庫の中に現れた市長は、躊躇う様子もなく俺に近づいてくる。 そしてゆっくりと、俺の方に手を伸ばしてきた。 「その銃を渡せ。お主が罪を背負う必要はない。今回はお主を守りきれなんだワシの責任じゃ」 「頼む。その銃を、ワシに渡してくれ」 「……方法って一体どんな? ここから、どうやったらコレ以外の方法で解決できるんですか?」 「まずはその銃を渡せ。撃ってしもうては、全てが終わってしまう」 「もう一度言うぞ。銃を、渡せ」 「………」 「……わかりました」 そのまっすぐな瞳を受けて、俺は銃を下し、市長の手に渡す。 「うむ」 「それでサヨ……収拾をつける方法って一体どんなの?」 「それについては……ここではマズイ。場所を変えよう」 「ああ。それから、そこのロシア人……お主も一緒に連れて行く。じゃが、その前に言っておくことがある」 「な……なんだ?」 「死にたくなければ大人しくしておれ。ここで逃げては、ワシとてかばいきれぬぞ?」 「わ、わかった。大人しくしている」 「では、行くか」 俺たちは、市長の案内に従い、倉庫を出た。 そうして歩いて行く先は……街の中心部ではない。 外縁に向かっているようで……その先は海しかない場所だ。 そんな場所をゆるゆると歩き続ける市長。 潮の香りが何やら身体の力を奪っていくみたいで……肌がピリピリしてきて、若干気だるくもなってきた。 「………」 「ねぇ、サヨ、どこまで行くの?」 「市長、そろそろ、教えてくれませんか? そいつを殺す以外の収拾の方法を」 「ん? そうじゃの。ここら辺でよいか」 「では、ワシが考えた今回の事態の終結方法を教えよう」 「その身体にのう……」 市長が、俺が先ほど渡した銃を構える。 その銃口はピタリと俺に向けられていた。 「……市長? なにかの、冗談ですか?」 「これが、ワシが考えた事態を収拾する方法じゃよ」 「すまぬが、六連佑斗よ……お主、死んでくれぬか?」 「………」 「さ、サヨ!? う、嘘……だよね? そんな銃を向けてくるなんて、ジョークだよね」 「冗談ではない。この状況で多くの者を守るには、これしか方法が思いつかぬのじゃよ」 「し、市長殿!? これはどういうことですか!?」 「このままでは、どちらにしろ……大きな被害を生んでしまう」 「小童がここに住み続ければ、今後もお主らの国からの干渉は続く。さりとて小童を引き渡せば、吸血鬼を守るというこの都市の機能が果たせぬ」 「そんな同胞を売るような真似をしては、不満がありつつもギリギリこの都市で大人しくしておった吸血鬼たちが暴れ出す可能性もある」 「仮に暴れ出すことはなくとも……同胞を裏切るような都市を、誰も信用できなくなってしまう」 「かといって、俺がその人を殺しては……海上都市は本格的に政府と対立することになる……ですか?」 「そういうことじゃな。ワシの肩にはのう、この都市に住む吸血鬼はもちろん、理念に賛同してくれた人間の思いもかかっておる」 「その“思い”と俺一人の“命”……とるのは」 「ワシは、海上都市の市長じゃ。一人の命と大勢の者の生活ならば……後者を取らざるを得ん」 「そっ、そんなのおかしいよ! ユーに犠牲になれだなんて!」 「わかってくれとは言わんよ。ワシの都合で殺すんじゃ、恨んでくれて構わぬ。これはワシが背負わねばならぬことじゃ」 「はは……さっき言ったばかりのことを、こんなにすぐに言い返されるとは……」 「まさか、アナタに銃を向けられるとは思っていませんでしたよ」 俺の冷たい声に、市長は俺の顔から視線をそらした。 だが、銃口は揺れもしない。 それだけ……本気ってことだ。 「ワシも……この都市の住人にこんなことをするなど考えたこともなかった」 「じゃが、この街の責任者として……こうせねばならぬ」 「………」 「待って下さい、市長殿! 彼は貴重なライカンスロープの検体なんですよ!? それを殺すだなんて!」 「黙れッッ!! こうせねば、お主が死んでおった! それとも、今からでもそちらの道を取るか!?」 「自分の命と引き換えに、本国にライカンスロープの情報だけでも差し出すと!」 「そ、それは……」 「本国にはこう伝えておけ。六連佑斗は追い詰められた果ての自殺で死んだと。そして、その身は海に落ちた」 「……ライカンスロープの火種は消えて、その死体も引き渡す必要がない……つまり、この都市は守られるってことですね」 「そういうことじゃ。よいか? お主には証人になってもらうぞ、小童が海に消えたという証人に」 「………」 「……任務と、自分の命、どちらが大事じゃ?」 「わかりました。それで、命が助かるのでしたら、ですが、ここでの話は」 「ワシとて表には出せんよ。では、交渉成立でよいな?」 「………」 「エリナ、こちらに。そちらにおっては――」 「ヤダっ! エリナはユーと一緒にいるもん!」 「そうか……わかった。では小童、エリナ、言い残すことはあるか? 最後の晩餐代わりに吸血がしたければ、この男の血を吸ってもよいぞ?」 「――なッ!?」 「案ずるな。ワシが本気を出せば、小童の二人程度など、相手にもならぬ」 「遠慮します。最後がそんな男の血なんて勘弁です。そんな心配は不要ですよ」 「エリナにも必要ないよ」 「ならば……」 「どうか、[と]永[わ]遠に幸せにのう」 渇いた火薬の音が、海風の中に響く。 「――グァァッ!!」 俺の左胸を激しい衝撃が突き抜け、鮮血が飛び散る。 その見事な射撃に足元から力が抜け、倒れる俺は、背後の手すりに背中を強く打ちつけた。 それでも着弾の衝撃は殺しきれず、俺の身体はさらに背後へと押しやられた。 さらに襲いかかる衝撃に、俺は身体をのけぞらせる。 そして手すりの向こう……吸血鬼が苦手とする、海水しかない暗闇の世界へ……。 「ユー!」 咄嗟にエリナが飛びついてくる。 しかしそれでも俺を引き留めることはできず、そのままエリナの身体も手すりを飛び越え―― 暗く冷たい海の中へ、俺と一緒に落ちた。 「………」 「………」 「終わった、な……これで終いじゃ。本国にはそう報告せよ。あと、今回の件、ワシは決して忘れぬことを伝えておけ、よいな?」 「わかりました……しかし……本当に……」 「銃弾の一発は左胸、少なくとも心臓の近くじゃ。それに、吸血鬼が海に入ればどうなるか、お主らの研究所ならば嫌となるほど知っておるじゃろ?」 「浴びる程度ならばともかく、海に落ちたともなれば……回復することもできずに全身が火傷のようになり……」 「そのまま死ぬ。そして、間違いなく二人は落ちた。それはお主も見たばかりであろう?」 「………」 「この辺りは、潮の流れも早い。おそらく死体が上がることはないじゃろうて」 「……わかりました。では、本国にはそのように」 「そうしろ。ああ、そうじゃ。お主も手ぶらでは帰れんじゃろう? そこに飛び散った小童の血を回収していくがいい」 「そうすれば、少しは面目が保たれよう?」 「そっ、それは助かる!」 「……チッ、このように胸糞悪いことをすることになるとはのう……」 「すまぬな、小童……許せとは言わんよ」 ……… …… … 『はい、もしもーし』 『おー! 久しぶり、元気してたか?』 『俺? 俺はいつも通りだよ。それでどうした?』 『え? 俺の家に泊めて欲しい? そりゃ別にかまわねぇけど……』 『はぁっ!? しかも恋人と一緒に!? おいちょっと待て! そりゃ一体どういうこった!? とりあえず、リア充は死ね!』 ――その少し前…… 「小夜様、おかえりなさいませ」 「それで……」 「ああ。終わった、全てな。終幕じゃよ」 「そう……ですか……」 「ああ、そうじゃ。その者を手当てしてやれ。大切な証人じゃから丁重にな。あと、警察にも連絡を」 「はい。ではこちらに」 「ああ」 「………」 「………」 「小夜様、もうあのロシア人はいません。だから、本当のことを教えて下さい」 「……本当に、撃ったんですか? 六連君を」 「ああ、撃った。この手で、あやつの左胸を……」 「………」 「………」 「くくく……」 「くっくっく……」 「あーはっはっはっ! いやいや、なかなか面白かったぞ、この茶番。なにより、ほれ。射撃がなかなか楽しい」 「うわっ!? ちょっ、当たったらどうするんですか!?」 「いや、スマンスマン」 「それで、あの人は信じてましたか?」 「ああ、完全に。まず間違いなく疑っておらぬじゃろうな。ロシアの方にも、確実に“死亡”の報告が行くはずじゃ」 「なら……」 「うむ。これで小童とエリナは、死んだことになる。少なくとも、ロシアの研究所ではのう」 「しかし、あの血は本当に渡して大丈夫なのか?」 「ええ。あの血液は六連君の物じゃありません。血のりのパックを渡してあって、その中には僕が手を加えた特製の血液を入れましたから」 「じゃが、偽物ならバレるであろう?」 「いえいえ、ご心配なく。あの血はね、アヴェーン君の変異したヴァンパイアウイルスを利用していますから」 「検査してもライカンスロープの因子の反応も出るはずです」 「まぁちょっと特殊な反応にはなるでしょうが、見抜けないはずです。しかも、本物ではないので――」 「研究しても無駄……いやむしろ、今までの検査と別の結果が出たことにより、混乱するやもしれぬな」 「そういうことです」 「ですが、本当に大丈夫ですかね? 海に落ちたのは間違いないんですよね?」 「……上手くいけば、今頃拾えておるはずじゃよ」 「さて、ワシらはワシらでやることがある。あやつらを戻って来させるためにもな」 「えぇ、そうですね」 「……おかしいわね。計画通りなら……そろそろ……もう一回、信号を飛ばしてみようかしら?」 「このモールス、ちゃんと届いているといいんだけど……えいっ」 「ちゃんと聞こえてるってば、ソーニャ! こんなに近くで強力な電波を飛ばされたら、頭が痛くなっちゃうっ!」 「きゃぁぁ!?」 「って……エリナ? エリナなの?」 「もちろん、そうだよ」 「よかった! よかった、無事で!」 「あのすみません……感動の再会は後にして、早くボートに上げて下さい」 「念力で海水をカバーするのも、そろそろ限界です。集中力が切れそうです」 「ああ、ごめんなさい」 謝りつつソフィーヤさんは、慌てて俺たちをボートに引き上げてくれる。 そこでようやく俺は、集中させていた意識を緩めることができた。 「ぷっ、はぁぁぁ……こんなに長時間、しかも四方八方に壁を作ったのなんて、初めてで、疲れたぁぁ……」 「ダイジョーブ、ユー?」 「ああ。疲れたけど……平気だ」 「ということは、上手くいったの?」 「ええ、それは。多分上手くいきましたよ」 「にっひっひ~、ユーの演技力は凄かったね。エリナ、ちょっと怖かったもん」 「実際、腹が立っていたからな。それにエリナの演技もよかったぞ」 「だがやっぱり、銃を向けてきた市長の方が怖かったよ」 「おー、それは本当にそうだね」 あの銃は確かに本物だ。 だが、俺の能力を使えば、弾丸を受け止めることはできる。 血は服に忍ばせていた特別な血のりで演出。 そして撃たれた後は、エリナと一緒に海に落ちる。 その際に、俺はさらに能力を発動、四方を念動力の壁で包み込む。 そして海水に触れないようにしながら移動。 ちょっとでも海水に触れたらアウトというのが、これまた緊張して非常に疲れた。 空気の入れ替えもあったし。 「でもよかった、ちゃんと電波が届いて」 「ボートに合流するために電波のノイズを頼りにするのはわかるよ? でもさすがにこれはうるさすぎだよ~」 「でもそのおかげで、こうして無事に合流できたんだから、いいじゃないか」 「それはそうだけど……まだちょっと頭が痛いかも……うぅぅぅ……」 「しかし、この都市にどうしてボートが?」 「詳しくは知らないけど、アラガミ市長が用意してたみたいよ」 「市長が?」 一体何のためだろう? そもそも港もないのに……。 「でも、ここまでする必要ってあったの? ヴァンパイアの能力の……幻術とかで、何とかできたんじゃない?」 「あの手のまやかしは完璧じゃないんですよ。何がきっかけで記憶が戻るかわからない。暗示みたいなものですから」 俺自身、自分の意思だけで一度、まやかしを破っているしな。 「簡単な偽装にはいいんですが完全に騙すには、これしかありませんでした。死を偽装するしか」 「そう……でも、上手くいったならそれでいいわ」 「それで、これからどうするの? しばらく身を隠すにしても、当てはあるの?」 「ええ、本土には俺の友達がいますから。そいつに頼ろうかと」 「それじゃ、本土側に向かうわね。小型艇だから悪いんだけど、また念力の壁を張っておいてくれる?」 「了解しました」 そうしてボートが海の上を走り出す。 海上都市とは逆側に向かって。 あの街で色々なことがあった……。 吸血鬼になったり、クスリの売人を捕まえたり……そして、大好きな恋人と出会ったり。 「ユー? 何考えてるの?」 「ん? 海上都市でのことだ。色々あったなぁって」 「なんだかお別れみたいだけど……そんなこと心配しなくてもいいんじゃないかな?」 「だって、すぐに戻ってくるでしょ?」 「……ああ、そうだったな」 「果たさなきゃいけない約束もあるしな」 「約束?」 「ニコラとしただろ? ちゃんと説明するって約束を」 「おー! そう言えばそうだったね」 「だから、戻って約束を果たさないと」 「あと、みんなにお礼も言わないとね」 「そうだな」 色んな人にお世話になった。 全てが解決したら、改めてちゃんと言わないとな。 「ねぇ、ユー……ワタシ、ちょっと気持ちが変わってきたかもしれない」 「ん?」 「最初はね、ユーさえいればいいって思ってた。それだけで十分幸せだって。ユーと一緒ならどこにでもいけるって」 「俺も、エリナと同じ気持ちだぞ」 「うん。ありがとう♪」 「でもね……今日、その気持ちがちょっと変わったの」 「ユーと一緒なら凄く幸せなのは変わらないよ? でも……でもね……」 「ミューもアズサもリオもニコラもヒヨリも……他のみんなとも一緒にいたい。そっちの方がもっと、もーーーっと幸せだから」 「そうだな。俺も、エリナの気持ちに賛成だ」 俺は……俺たちは、凄くいい友達に恵まれたと思う。 まだまだ短い人生だが……こんな出会いは二度と起きないのではないかと思ってしまうぐらいに。 「だから、帰ってこようね、ユー。もう一度、ここに」 「ああ、勿論だ。帰ってこよう、二人で一緒に。また、この都市に」 「でもどうしよう、お葬式とかされちゃってたら、エリナたち幽霊みたいだね」 「大丈夫だろう。みんなならきっと、幽霊となって枕元に立ったって、受け入れてくれるさ」 「どうだろう? アズサとヒヨリは怖がりそうじゃないかな?」 「確かにな」 俺たちは笑いあった。 こうしている間にもボートは進み、たった数ヶ月だが、沢山の思い出を作った場所から離れていく。 「ちゃんと……待っててくれるかな?」 「待っててくれるさ。だって、みんな友達だからな。きっと、待っていてくれる。エリナの居場所は決してなくなったりしないさ」 「……そう、だね。状況が逼迫してたことを差し引いても……みんなちゃんと、受け入れてくれた」 「ずっと隠してたのに、みんな受け入れて、エリナたちを助けてくれた」 「それが友達ってもんだよ」 「だから、ワタシはまたここに戻ってきたい。みんなには助けてもらってばかりだから……今度はエリナがみんなの力になりたい」 「貸し借りの問題じゃなく……大切な友達の力になりたいって、今は思えるよ」 「二人でもう一度この場所に帰ってこよう。約束だ」 「うん。約束!」 「ユー、それじゃ約束の証をちょーだい♪」 エリナはそう言って目を閉じ、口を俺の方に向けてくる。 「こ、ここでか?」 「ダメ?」 「……しかし……」 「ソーニャならダイジョーブだよ! 大人だもん、この程度気にしないよ」 「はいはい。ワタシは進行方向しか見てないし、モーターの音で何も聞こえません」 「だって♪ にっひっひ」 「……わかった」 「それじゃ……はい。ちょーだい♪」 「んーーーー……んっ! んちゅ、ちゅぅ、ちゅー……んっ、んん……んふぅ、んむっ、んっ、んんちゅぅぅーー♪」 「ちゅっ、ちゅぅぅ……ちゅっちゅっ」 「んっ、ちゅく、んっ、んん……じゅる、ちゅるじゅるん……ちゅ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ……ちゅるる」 「んっ、ぱっ、はぁ……はぁ……これで、証になったか?」 「うん。ありがとう、ユー」 「でもぉ……ドキドキが治まってきたからかな? 今度は下のお口が切ないかもぉ~」 「おいっ! いくらなんでもここでそこまでは!?」 「エリナ!? 目を瞑るにも限度ってものがあるわよ!?」 「ジョークだよ、ロシアンジョーク」 「それはロシアンジョーク=最低な下ネタ、の誤解を与えかねないぞ」 「でも……約束は冗談じゃない。絶対に、戻ってこようね、ユー」 「ああ、勿論だ。それで、改めてお礼を一緒に言おう、友達のみんなに」 「うんっ!!」 俺たちは手を重ねて、離れ行く海上都市を見つめていた。 また、二人であそこに戻る日のことを思い描きながら……。 「おはよう」 「あっ、おはようございます、矢来先輩」 「おはよう」 「もう起きていたの?」 「たまにはね。本能がヒュプノスに打ち勝つこともあるもんさ」 「おはよう、みんな」 「おはようございます」 「おはよう」 「おはよう」 「あれ? 今日は早いんだね」 「みんなして、ボクがお寝坊みたいな言い方して」 「でも実際、一番遅く起きるのはニコラが多いじゃない」 「そりゃまぁ……そうかもしれないけどさ」 「はい、みなさん、夕食ができましたよ」 「ああ、ありがとう」 「いつもありがとう、稲叢さん」 「本当、悪いね。お任せしちゃって」 「いえいえ、全然気にしないで下さい。お料理は楽しいですよ」 「何か困ったことがあるなら、手伝うから何でも言ってね」 「別に困ったことなんてないんですよ。あっ、でも……たまに量を間違えて作っちゃうことがありますけど」 『………』 「……あっ、すみません」 「しかし、あれだね……会話に下ネタがないことに、こんなに寂しさを覚えるなんて、思ってもみなかったね」 「あー、それは確かにそうかも。ないと寂しい……のかなぁ? 別に下ネタが恋しいわけじゃないと思うんだけど」 「お二人とも、元気なんでしょうか?」 「一応、無事に逃げられたって話だよ?」 「事情が事情だ、連絡してくるわけにはいかないんだろうけど……どうしてるんだろうねぇ」 「………………あのバカタレ」 「はぁぁ~~……」 「なんだ? どうかしたか?」 「えぇ、実はここの所、体調が悪くてですね……」 「医者の不養生というやつ?」 「いえ、どうも不治の病で………………恋煩いというやつです」 「あっ、そう」 「うわっ、冷たいですね」 「だったら新しい恋でも見つければいいじゃないか。どうせ、彼には愛しい彼女がいるんだろう?」 「それはそうなんですけど……それでも諦められない。簡単に諦めていい……そんな出会いじゃ、無かった……」 「そんな雰囲気出されてもねぇ……気持ち悪い。それに、いくら思ったところで、戻ってくるのを待つしかないんじゃない?」 「そりゃそうなんですけど……もう少しこの風化しない気持ちを、恋する《おとめ》乙男の気持ちを、わかってくれてもいいでしょうに」 「そんな気持ちはとっくの昔に廃れたよ。それよりも、あっちの方はどうなんだい?」 「え? ああ~……あっちですか? あっちなら、彼女が頑張ってくれてるはずですが――」 「Dr.オウギ! ついに、ついに完成しました! 例の薬が!」 「本当ですか!?」 「ええ。これでようやく、あの子の身体も落ち着くはずです」 「やりましたね」 「あと、《ドクター》Dr.にこちらの資料を見て欲しいのですが……」 「これは……何の資料ですか?」 「この薬を開発する際に、生まれた副産物の薬なんですが……これ、画期的な治療薬になる可能性があります」 「ぜひ、医者の視点で《ドクター》Dr.の意見を聞かせていただきたいのです!」 「それは興味深い! 一体どんな薬が――」 「人の気持ちは風化せずとも、時間は確実に流れて行くか」 「二人の気持ちも、風化してないのかな?」 「はぁ……」 「あら? ひよ里ちゃん、ため息なんて吐いて、どうしたの? 体調でも悪い?」 「いえ、そうじゃないんです。ただ、莉音ちゃんたちの元気が最近ないんです」 「あー……二人がこの島からいなくなって、半年近いものねぇ」 「なんとか励ましてあげたいんですが……どうすればいいのやら……私も寂しい限りです」 「あの二人が戻ってくれば、すぐに解決するでしょう」 「でもそれは……いつになるかわかりませんし……」 「あら? もしかして……聞いてない?」 「……はい? なにを……ですか?」 「お疲れ様です、報告書をお持ちしました」 「うむ。ご苦労。どうじゃ? 最近の風紀班は」 「別に変りませんよ。年中人手不足です。しかも、学生とはいえ、一人頭数が減ってしまいましたからね」 「そうじゃったな」 「ですがまぁ、何とかやっています。アイツがいない程度のこと、言い訳にも使えませんしね」 「そうじゃのう。ワシも、頑張らねばならぬ」 「矢来と布良も、頑張っていますよ。二人が帰ってくるまで、ちゃんとこの都市の治安を守るって」 「若い者が頑張るのは、いいことじゃな」 「そう思います。で、市長……実際のところ、あの二人はどうなんですか? いつ、戻ってくるんですか?」 「………」 「え?」 「ワシ、言っとらんかったか?」 「………え?」 『え~~~~~っ!?』 ――そのちょっと前 知らない風景が、車窓から流れていく。 窓の外には、キラキラと太陽の光に照らされた大海。 やや離れた所には陸地が見える。 ……いや、前に一度だけ見たことのある風景だ。 「………」 「ん? どうかしたの、ユー」 「いや、懐かしいと思っただけだよ」 「あと……嬉しいんだ。こうして、あの都市にもう一度戻ることが」 「うん。エリナも嬉しいよ」 「エリナ、体調は大丈夫か? 日が結構強いが」 「へーきだよ、ありがとう」 座席に並んで座りながら、俺たちは窓の向こうに見える人工島に目をやった。 アレから数ヶ月が経ち、秋も深くなりそろそろ冬を迎えようとする季節。 ボートで脱出劇を演じたのが思い出に変わるほどの時間が経った。 あの後、本土に着いた俺は、しばらく直太の家で大人しくして、その後ちゃんとホテルを取った。 いつまでも世話になるのは心苦しいのと、もう一点―― 「頼むよ、もう出て行ってくれよ! お前らのいちゃいちゃっぷりを見せつけられると泣けてくるんだよ!」 「お前らが出ていかないなら、俺が出てくよーーー!」 と、本気で涙を流しながら言うのだ。 そこに関しては、正直すまなかったと思っている。 そして俺とエリナは、ひそかに海上都市の援助を受けながら、ホテル暮らしで大人しく過ごした。 万が一にも目立つわけにはいかないので、二週間ほどで場所を変えつつ、一定の場所にとどまらない。 かといってむやみに遊びに行くこともできない生活は少々辛かったが、エリナがいれば大した苦痛じゃない。 荒神市長からの連絡では、ロシア側は完全に俺の死を信じたらしい。 その後の動きはないらしく、むしろ海上都市の騒ぎを取引交渉にして、相手をかなり不利な状況に追い込んだと、楽しそうに言っていた。 そのおかげで、例の研究所の影響力をかなりそぎ落としたとも言ってたかな。 今後は、あんな大規模な作戦ができないそうだし、諜報能力も皆無に等しいとか……。 そのおかげで、ようやく俺とエリナはあの都市に戻れることになった。 「しかし……あの検問がないって楽だなぁ」 市長の権限で、俺たちはなんとノーチェックでモノレールに乗ったのだ。 俺たちがあの都市から出た記録がない以上、入島にも名前を晒すわけにはいかない。 そのため、権力を振りかざしてなんとか、資料に名前を残すことなく乗ることに成功した。(まぁ、恨み言も言われたので、結構大変だったんだろうな) ちなみに列車に乗り込む際には、俺のさまざまな能力をフル活用して、映像記録にも残っていない。 「住んでたのも、ほんの数ヶ月だけど……ちゃんと思い出せる。どこに何があって、どんな風景だったのか。それに……」 「エリナと、どんな思い出を一緒に作ったのかを」 「おー、ユーのえっち~♪ こんなところで思い出して、勃起しても知らないぞ~♪」 「別にエロに限定した話じゃない! というか、そもそもこんなところで勃起とか言うんじゃない!」 ……でも、あれ? ちょっと待てよ? デートは観覧車でアレだし……大人のおもちゃを見に行くし、プールでも……。 ………。 「よく考えると……確かに俺たちエロい思い出がほとんどだな」 「だから、戻ったらまずデートしよう。もっと普通のデート♪」 「普通じゃなくしたのは、エリナのせいだった気がするがな」 「でも、俺もデートがしたいよ」 「うん♪」 徐々に近づく海上都市。 俺の心臓がドクンドクンと強くなり、繋がっているエリナの手が小さく震えている。 「………」 アレからどうなったんだろう? 特に問題が起きたという話は聞いていないが……みんなの気持ちが知りたい。 そして、できることなら……。 「デートの前に、みんなに会わないとな」 「うん。そうだね」 「でも……ワタシ、思うんだけど、きっとダイジョーブだよ、ユー」 「ん?」 「ソーニャのこと、ユーだって覚えてるでしょ?」 「そりゃもちろん」 「ワタシもソーニャとは何年も会ってなかったけど、ソーニャはちゃんとワタシのことを覚えててくれた、ずっと考えてくれてた」 「だから友達を大切に思う気持ちは風化しないって、思うの」 「現に、ワタシたちの気持ちは薄れたりしてない。今も、みんな大切な友達だよね?」 「ああ、その通りだな」 「だから、へーきだよ。うん、へーき」 自分だって不安がないわけじゃないのに……俺のことを励ましてくれる。 ………。 「すまん! ちょっと情けなかった。励ますのは、男の俺の方だったのに」 「いいよ、エリナは普段、ユーに頼ってばっかりだったから」 「こんな時ぐらい、エリナが力にならないとね! 恋人はお互いを支え合ってこそだよ」 「ありがとう、エリナ」 「もういいの? まだやる気が出ないんだったら……しちゃう?」 「しない。どこにやる気を出してるんだ」 「その気持ちはありがたく受け取っておくが、そういうのは……全部終わらせた後だ」 「みんなに謝って、お礼を言って、普通のデートして……そのあとのお楽しみにしていこう」 「うん、わかったよ! なんだかんだで、ユーも好きなんだから~」 「う~む……あながち間違えてないから、否定しづらいんだよなぁ……」 そんな風に、いつもの調子を取り戻す俺たちを乗せて、モノレールは走っていく。 海上都市へ向けて……。 そうして降り立った、日も沈んだばかりの海上都市の光景は、記憶の中と同じものだった。 観光客が楽しそうな笑顔を浮かべている。そう、観光客の人たちが……。 「……本当、いつも通りだな」 「そーだねぇー……何も変わってないねぇー」 「何も変わらな過ぎて、涙が出るよ」 「ちょっと、期待しちゃってたもんねぇ……」 「誰か一人ぐらい、いてくれてもって思ったんだけどなぁ」 「でもほら、みんな騒ぐのが好きだし、もしかしたらパーティーの準備をしてるのかもしれないよ?」 「それは確かにあり得ることだが……」 「そっちに期待し過ぎると、また泣きそうになるだろうからなぁ」 あんまり、過度な期待をするのはしないようにしよう。 傷が大きくなるのは避けたいところだ。 「とりあえず……どうしよっか?」 「そうだな……寮に向かうか、先に小夜様に挨拶しに行くべきか……」 「先に寮に行くべきじゃないかな? ほら、皆の反応次第では……どうなるかわからないから。下手すると、寮を出ていくことだって……」 「……確かに」 誰か一人でも気になったとしたら、以前と同じようにはいかないのだから。 「それじゃあ、ひとまず寮に行ってみるか」 「そうしよっか」 「こらこら、勝手にどこに行こうとしているのよ? そこのバカタレ×2」 「……え?」 「……あり?」 「はぁー……はぁー……何とか間に合ったぁ……」 「疲れましたよ、わたし」 「まさか、こんな大事なことを忘れてるだなんて……」 「あの人、ボケてきてるんじゃないかしら? もう歳でしょうし」 「それはさすがに、不敬じゃないかな? けほっ……はぁ……はぁ……」 「で、でも……なんとか間に合って、よかった……はぁ……はぁ……」 「みんな……」 「あり? みんな……どうしたの?」 「どうしたのじゃないでしょう? お出迎えに決まってるじゃない」 「連絡が回ってなくて、ついさっき聞かされて……急いで駅まで走ってきたんですよ」 「寝起きにこんな激しい運動は、ボクの設定にはないんだけどね。でもまぁ、久しぶりに帰ってくる友達のためだから」 「私も今しがた聞きまして、慌てて準備をしてきました」 「準備?」 「はい。“アレキサンド”で、帰島のお祝いを準備して――」 「あっ! ひよ里ちゃん、それを言ったらサプライズにならないよ」 「え? あっ、ひょぇ!? あっ、違うんです、お祝いじゃなくて………………き、聞かなかったことにして下さい」 「いや、それはさすがに無理……かなぁ?」 「バッチリ聞いちゃったもんねぇ……」 「はぅぅ……すみません」 「でもまぁ、どうせバレてただろうから、いいんじゃないかな?」 「そうですよ。それにバレたとしても、別に中止にするような事じゃありませんし」 「何はともあれ、そういうことなんだけど……二人とも、調子はどう? 身体が疲れてるとか、お腹が痛いとか」 「ううん、そういうことはないよ」 「だったら、このまま《サバト》魔女の夜宴ができそうだね」 「あっ、でも……お店を萌香さん一人で準備されてるので、まだ終わってないかもしれません」 「でも、主役の二人はもう来てしまったのだし……とりあえず、手伝いに行きましょうか」 「そうだね。もし準備が終わってなくても、みんなで準備すればすぐに済むだろうし」 「それじゃ、行くとしようか」 「そうですね」 『………』 「なに? どうかしたの、二人とも。そんなところでボーっとして」 「いや、あまりに普通だから……」 「ちょっと、拍子抜け」 「なに? ずっと連絡が途絶えてたから、怒るとでも? もしくはまた会えて感涙するシーンでも想像してたの?」 「うーん、でも……あの作戦が上手くいって、生きていることはわかっていたんだから、別に泣くほどのことじゃないかなぁ」 「無事でよかったとは、心の底から思ってるけど」 「連絡できないことも、わかってましたしね。そんなことで怒ったりしませんよ」 「それに、無事にこうして会えましたから」 「本当によかったです、二人とこうしてまた会うことができて」 「私本当に嬉しいです」 「というか……もしかして二人とも、あの時のことで何か気になることがあるとか? それで気まずいと思ってるとか?」 「もしそうなら、それこそ杞憂……というか、逆に失礼な話だよね?」 「そうね。全くもって、ニコラの言う通り。相変わらずのバカタレちゃんね」 「友達を、疑うんじゃないわよ」 「美羽……」 「ミュー……」 「顔、真っ赤だよ?」 「うるさいっ。仕方ないでしょ、自分から“友達”アピールなんて恥ずかしい真似……素でできるはずないでしょうが」 「同感」 「確かにそうかもしれませんね」 「えー、そうかな?」 「そう言えば、布良さんってあの事件の時も“仲間”ってハッキリ断言してましたね」 「普通のことじゃない? だって事実なんだもん」 「それはそうなんだけどね……実際に口にするのは躊躇われるというか、恥ずかしいと言うか……」 「中二病のニコラには言われたくないわね」 「ちゅっ、中二病って言うなーーっ!」 『………』 帰ってきた……そう、俺たちは帰ってきたんだ、本当に。 この海上都市に。 そして、みんなの元に。 「はは……」 「ぷっ……」 「はははは」 「ぷぷっ」 「あははははは」 「帰ってきた……俺たち、本当に帰ってきたんだな、エリナ」 「そうだね、ユー。本当に、昔のままだよ、あはは」 「こっちもね、たまにはエリナ君の下ネタを聞かないと調子が出ないんだ。あっ“たまに”だよ? フリじゃなく」 「結局みんな、二人がいないと寂しいんだよ」 「みなさん、ため息を吐いたりしてましたからね」 「やっぱり食事は、みんなで食べたいです」 「ほら、行くわよ。アナタたちの友達が、盛大なパーティーを開いてあげるから」 「うんッ!」 「ありがとう、みんな」 「あっ、その前に。忘れていたことがあったわ。エリナ、佑斗――」 『おかえりなさい』 「おう」 「ただいまーっ!!」 「にひひ。よーし、今日からはバンバンエッチなことを言うからねー」 「やっ、だからたまにだってば!」 「あんまりひどいと怒るからね!」 「今日は久々に、たくさん料理を作れそうですね」 「お店のキッチン使う?」 「で、二人とも……向こうではどんな暮らしだったの?」 「えっとねー、えっとねー……ユーと二人でホテル暮らしで…………それはもうドロドロの淫靡な生活をねー」 「スー……ピー……スーー……ピーー……」 「気持ちよさそうに寝てるな」 「なんだか、最近忙しいみたいですよ、ニコラ先輩。なんでもディーラーの勉強を本格的に始めたらしくて」 「へぇ、そうなんだ?」 「みたいですよ。最近は、練習で帰るのが遅くなることも多くて」 「頑張ってるんだな」 まぁ、寝かせておいてやるか。 「さて、それじゃ片付けますか」 「あっ、ダメですよ。今日は六連先輩のお祝い、主賓なんですから。片付けなんてさせられません」 「いや、それにしてもこの量は大変だろう? 俺も手伝うよ」 「ダメです。今日はそのお言葉に甘えられません」 「そうですよ、六連君。今日はそういう仕事をしちゃダメです。私たちにさせて下さい」 「………」 そう言われると、俺としても強引に手伝うわけにはいかないか……。 パーティーを催してくれた、相手の顔を立てた方がいいだろうし。 「わかった。それじゃ、この場はお言葉に甘えさせてもらうよ」 「はい。そうして下さい」 「ここはわたしたちに任せて下さい」 「わかった。それじゃ……俺は……」 「おい、ニコラ。寝るなら、ちゃんと布団で寝た方がいいぞ? 風邪引くぞ?」 「んっ、んみゅ……あふぅ……んんっ、んん……」 「……やれやれ、本当に疲れてるんだな」 だが……そんな疲れてる身体で、俺のパーティーをしてくれたのかと思うと、やはり嬉しい。 「仕方ない。運んでやるか」 男を抱きかかえるのは趣味ではないが、普段から世話になっていることもあるし、たまにはこれぐらいいいだろう。 「よいしょ、っと………………あれ? 案外軽いな」 細い身体だとは思っていたが……身長もそこそこあるのに、わりと楽にニコラの身体を持ち上げることができた。 いや、人の身体だからそれなりに重いのだが、別に苦になるほどではない。 「吸血鬼化したからかな? こういう時は便利だな。んっ……っと」 いわゆるお姫様抱っこの形で、落とさないようにしっかりと持ち直した俺は、そのまま共有スペースを後にした。 「おい、ニコラ、部屋の鍵は? 鍵をくれないと、部屋を開けられないぞ」 「んっ、んむぅ……うん、ここぉ~……」 「んっ、よっと……この体勢、なかなか厳しいんだが……」 「よし、開いた」 「ふぅ、あとは……ああ、そうか。そう言えばニコラの部屋って、ベッドがないんだった」 「……一時的にでも、ニコラを置く場所が」 仕方ない。 俺はなんとか足で棺桶を開けようとするが……。 「くっ、この……やっぱり、さすがに足で開けるのは無理か? 少し固いし……参ったな」 「んっ、んん……」 「ちょっと、一時的に下すぞ、ニコラ。棺桶を開けないと、ニコラも寝るところがないだろう?」 「棺桶やだぁ……硬いから……んんっ、ベッドがいい……んむぅ」 「嫌だと言われても……ベッドはどこにあるんだ?」 「……ない……んっ、すー……すー……」 「なら諦めろ」 「すー……んっ、んん……ベッド、貸して……」 「貸してと言われてもなぁ……俺の寝る場所がないじゃないか。棺桶は嫌だぞ?」 「……スー……スー……」 「あっ、こら。寝るんじゃない、寝るならせめてちゃんと棺桶で……」 「………」 「はぁぁ~……仕方ないなぁ」 「よいしょっと」 抱えていたニコラの身体を、俺のベッドに下す。 「ほら、ご希望のベッドだ。これでいいのか?」 「ありがとう……んっ、スー……プー……」 「今日は特別だからな。今後はあの棺桶で寝ろよ? それが嫌なら、自分でベッドを買え」 「……うん……そうするね……」 「本当にわかってるのか? まぁ、いいが……」 「ほら、奥に詰めてくれ。俺の寝るスペースがない」 何が悲しくて、男と一緒に寝なければいけないのか……。 「こんなことなら、あのまま共有スペースに寝かしてる方がよかったかもしれん」 かといって、俺が共有スペースで寝るのは納得がいかない。 ここは俺の部屋、これは俺のベッド、なのにどうして明け渡さねばならぬのか。 「ったく……男二人で寝たこと、後悔するなよ? そっちの責任だからな」 「おーけー……おーけー……んむぅ、おやすみ……」 「はいはい、おやすみ」 「………」 「なんかコイツ、いい匂いがするな……」 「って、俺は一体何を言ってるんだ!?」 自分で自分が気持ち悪くなってしまった。 「ああ、もう……早く寝てしまおう」 「スー……スー……」 「んっ、んん……んむぅぅ……服、苦しい、暑い……ぬ~ぐ~……んっ、よっ……ほっ、はっ……はぁ……楽になった」 「スー……スー……」 「んっ、んん……んんん……」 「……今、何時だ?」 ベッドの上から、時計に視線を向ける。 起きるには早いが……二度寝するにはやや微妙な……。 ――ぐにゅ。 「……ん? ベッドがやたら温かい……それに何かいい匂いが……」 「ああ、そうか。昨日はニコラと一緒に寝たんだったな」 思い出したら、ちょっとテンションが下がってきた。 男をいい匂いと思うなんて……いくら寝ぼけていたとしても、あまり感じたい思いではない。 「おーい、ニコラ。もう夕方だ、起きる時間だぞ」 「おいったら――」 「……スー、ピー……スーー……プーー……」 「………」 「………?」 とりあえず、シーツを戻し、顎に手を当てて考える。 「おかしいな、疲れてるのか、俺。今、何か奇妙な物が見えたような気が……」 落ち着け、よく考えろ、そんなこと、あるわけがない。 昨日はパーティーをしてもらい、片付けは稲叢さんと大房さんに任せて部屋に戻ったんだ。 その際、共有スペースのソファーで眠りこけていたニコラを部屋まで運んでやろうと思って……そしたら、ベッドで寝たいとニコラが言い出した。 もう面倒だったので、俺はそのまま自分のベッドにニコラを寝かして、一緒に寝た。 「そう、そこまではきっちり覚えている。アレは夢じゃない」 現実の出来事だった。まず間違いない。 となれば、俺の隣で寝ているのはニコラで間違いないはず。 「………」 なのに、隣で寝ているのは知らない女の子。 「……スー……スー……」 「そしてこっちも……夢じゃない?」 「……ふむ」 ベッドから起き上がり、そのまま部屋の外に向かう。 「やはり間違いなく、ここは俺の部屋だよな?」 「誰かの部屋と、間違えてない……よな」 部屋の外も、室内の様子も、見慣れた俺の部屋。 ――だというのに、俺のベッドの上には見慣れぬ物体が……。 なんだ? なにが起きている? 俺の隣で寝ているのは、ニコラだった。 だが、ニコラは男だ。 だから……だから、こんな色っぽい下着を身に着けているわけがない。 いや仮に、仮にだ、ニコラに女性の下着を身に着ける趣味があったとしてもだ、何も言うまい。 個人の趣味に、そこまで首を突っ込む必要はないのだから。見て見ぬ振りをするのは構わない。 だが…… 「この胸はなんだ?」 目の前の下着姿の金髪女性には、たわわな肉の実りが二つほどあり、その可愛い下着でしっかりと包まれている。 やっぱりアジアとは、スタイルが根本的に違う気がするな……。 「………………」 白い肌、見事に作られた谷間。 とても偽物とは思えないのだが……というか、直視してたらかなりドキドキしてきた。 「落ち着け。まず冷静に状況把握することが大事だ」 「とにかく問題は、これが誰で、ニコラがどこに消えたのか」 そう。俺は自分のベッドで寝ていただけなのだから……。 「おい、ちょっとそこの人」 「んっ……んみゅ、すー……んっ、んん……」 「起きてくれ。おい、起きてくれって。起きてくれないと胸揉むぞ?」 「んんん……ふっ、あっ、あああぁ~~~……あれ? 佑斗君? おはよう?」 「………」 「その声、やっぱりニコラ……か?」 「んー……何言ってるの? というか、どうしてボクの部屋に……あれ? 棺桶じゃない?」 「というか、ボクの部屋じゃない?」 「昨日、疲れて眠ってしまったんだよ、ニコラは。で、棺桶じゃなくベッドで寝たいと言うから、俺のベッドを貸したわけだ」 「あ、そっかー、それはゴメンね。ワガママ言っちゃって……――クシュンッ!」 「うっ、うぅー……今日はちょっと冷えるね」 「いやそれは……多分、ニコラの恰好のせいだと思うぞ?」 「……え? ボクの、恰好……?」 「………」 「………」 「えっ、えっ、えぇぇぇぇっ!? なにこれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」 「それはこっちのセリフなんだが……」 「どうしてそんな、女性用の下着なんて身に着けてる? いやそもそも、その胸は本物なのか?」 「女性用の下着って……本物って……――――――ッ!?!?!?!?」 「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」 「むむむっ!? 今確かに、絹を裂くような女性の悲鳴が!?」 「聞こえたのは佑斗の部屋の方ねっ」 「――ッ!!??」 扉の向こうの方から聞こえる声に、俺は思わず身構える。 マズイマズイマズイッ! この状況はかなりマズイッ! いつかの稲叢さんの裸を見た時よりも、状況がヤバい気がする! 「何かあったんでしょうか!?」 「えー、行くのは止めておかない? だって、こんな時間に男の部屋から女の悲鳴だよ? 今はきっと賢者タイムだと思うし」 「賢者タイム?」 「――ッ!? りょりょ、寮内でそんな破廉恥行為、認めませーーんッ!」 「というよりも、さっきの悲鳴はその手の悲鳴とは違っていたと思うのだけれど?」 「ととと、とにかく確認しないことには! というわけで、突撃!」 「……実は、アズサが興味津々なだけだったりしてぇ~」 「しょしょっ、しょんなことないもんっ!」 「とにかく、確認してみましょう」 「六連先輩、大丈夫ですか? さっき、悲鳴が聞こえてきましたが、なにかあったんですか」 「あ、鍵が開いてます――」 「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 今はマズイ」 「やっぱり何かあったみたいですね!」 「佑斗、さっきの悲鳴はなに?」 「とにかく確認を――」 「おっ、おぉぉーー……これは……」 「……うあー……泥沼」 「……ヒック……ヒック……見られた、見られちゃったぁ……ヒック」 「えぇぇぇ……しかも、俺のせいなのか?」 「六連君、どういうことなの? いきなり下着姿の女の子を泣かしたりして!」 「まさか、無理矢理っ」 「違う! そんな酷い事はしていない」 「ユート……男がひどいと思ってないことで、いくら和姦のAVが普通にしてることでも、リアルだとドン引きな場合もあるんだから、優しくしないと」 「なんっ……だと……っ!? AVが資料としては不完全だなんて……」 「いやそもそも、俺は本当に酷いことはしていない。というか、何もしていないんだっ! 本当に!」 「それでも泣いてるじゃないっ! むっ、むむむむ、無理矢理何かしたんじゃないの?」 「そもそも誤解があるっ! まず、状況から説明させてくれないか!?」 「あの……とりあえず、ニコラ先輩に服を着てもらった方がいいんじゃ?」 「そっか、そうだね。っていうか、六連君は外に出る!」 「あー、了解だ」 状況はどうあれ、確かに下着姿のままというのは問題か。 「……ヒック……ヒック……」 しかし……本当にこの子、ニコラなのか。 みんな当然のように受け入れているみたいだし……もしかして知らなかったの俺だけ? 「六連君! 寮長命令!」 「わかってる。今出ていく」 俺の部屋なんだがなぁ……。 「でぇ? あれは一体、どういうことなのかな?」 「むしろ俺の方こそ、どういうことなのか教えて欲しいんだが――」 「ニコラはくしゃみをすると女の子になってしまうのか?」 「何バカなこと言ってるわけ?」 「……だろうなぁ」 「というか……あれ? ユートは知らなかったっけ?」 「ニコラは女の子だよ?」 「……だろうなぁ」 あの下着とおっぱいを間近で見た者としては、そう判断せざるを得ない。 「大丈夫ですか? ニコラ先輩、もう落ち着きました?」 「う、うん……ヒック……違うんだよ、悪いのはボクなんだよ」 「どういうこと?」 「昨日ボク、パーティーの途中で寝ちゃってさ……それで佑斗君が、部屋に運んでくれようとしたんだよ……多分」 「あんまり記憶にないけど、棺桶に入れようとしてくれたことは、何となく覚えてるんだ」 「そこまでわかってるなら……さっきはどうして泣いてたんだ?」 「それはだって! 気付いたら下着姿だったし……恥ずかしいじゃないか」 「そりゃそうかもしれないが……」 「で、どうしてニコラは下着姿だったわけ? 佑斗が女の子の興味を抑えきれなくて、脱がしたの?」 「全然違う。俺が起きたら、すでにニコラは下着姿だった」 「多分、ボクが自分で脱いだんだと思う。暑いか、苦しいかで……たまに夏場とかは脱いだりしちゃってるから」 「でも、あの……どうして棺桶じゃなくご自分の部屋に? その説明はまだされてないと思うんですが……」 「もう、リオったらそんな野暮なこと聞いちゃダメだよ~。ユートはきっと、女の子と一緒に寝てみたいから、自分の部屋に運んだんだよ」 「そうなんですか?」 「全っ然、違うっ。そもそも、俺はさっき起きて下着姿を見るまでずっと、ニコラを男だと思っていたんだ」 「うん。そこも……ボクの責任。きっと、そうなんじゃないかなぁ~と思ってたんだけど、ムリに訂正しなくてもいいかと思っちゃってて」 「おー! つまり、ユートは同性愛者なんだね?」 「それも違うっ! 俺の部屋に運んだのは、ニコラが寝ぼけながら棺桶で寝たくないとワガママを言い始めたんだ」 「それで仕方ないから、俺のベッドの一部を貸すことにした」 「で……多分寝ている間に、ボクが服を脱いじゃって……夕方に起きたときには混乱しちゃって、泣き叫んじゃったんだよ」 「なーんだ、そういうことか……はぁ、ビックリした」 「騒がせてゴメンね」 「……ちなみに、俺からも確認したいことがあるんだ」 「なんだい?」 「ニコラ、お前って本当に女の子なんだよな? ついでに確認するが“ニコラ”って別に、偽名でもなんでもないんだよな?」 「うん、そうだよ。ボクの地方では“ニコラ”って男の子でも女の子でもつけられる、中性的な名前なんだよね」 「つまり、あのおっぱいは本物ということなんだな!?」 『………』 「訊いてどうするわけ?」 「触ってみてもいいか?」 「だっ、ダメだよ! そんなの困るッ!」 「というか、今の発言はセクハラよね……どう考えても」 「……セクハラする人は撃っちゃってもいいかな?」 「いや、ちょっと待ってくれ。別にセクハラじゃないんだ、いや発言はそうなってしまったんだが……」 「一応、確認しておきたくて」 「結局……おっぱいが本物って訊いて、なにを確認したかったの?」 「だって、どう見てもおかしいだろうっ! なんだあの胸! ほら、今は全然胸がないじゃないか!」 「なのに、服を脱いだらあのボリューム! どう考えても妙だっ、おかしいっ!」 「別にサラシを巻いているわけでも、小さいサイズで締め付けているわけでもないはずだ」 「さっきの下着を見た感じだと、サイズはぴったりだったからな」 「……どうして見ただけでわかるんですか?」 「あー、コホン……」 「やっぱり撃っておく?」 「とにかくっ! どうしてその服装だと、そんなにぺったんこなんだ?」 「そう言われても……ボクは別に、特別なことはしてないから……」 「だから、本当にあのおっぱいが本物なのか、特別なことは何もしていないのか、確認させてくれないかなぁ……という思いつき」 「……いくら普段男装してるからって……そういうのはちょっと……困る……恥ずかしいし」 「まだ誰にも、触られたこともないし……」 「まぁ、そういう反応だろうなぁ。スマン、言ってみただけだから、本気にしなくていい」 「とりあえず……くどいようだが、本当に女の子ってことなんだよな?」 「そう、だよ。おっぱいも……本物、だよ。触らせることはできないけど」 「その件はわかった。が……まさか、女の子だとは……」 こうしてみると、確かに男にしては華奢な身体つきだ。 顔も中性的……というか、あの姿を見てしまうと、女の子の顔にしか見えない。 そう言えば、運ぼうとした時もやけに軽く感じたなぁ。 そうか。女の子だったから、いい匂いがしたのかもしれない。 「とりあえず、すまなかった」 「いや、こっちこそ……ゴメン。それと、運んでくれてありがとう」 「今後はちゃんと、女の子として接することにする。今まですまなかった」 「それは説明しなかったボクの責任だから。騙すようなことして……ゴメン」 「………」 「………」 ダメだな。気にしないようにとは思うが……やはりこうして見ると、先ほどの光景を思い出してしまう。 あの綺麗で艶やかな下着姿を……。 しかし……今の今まで男だと思っていた相手に、こう……軽く興奮すると言うのも、妙な気分だ。 「六連君、エッチなこと考えてるでしょ?」 「――ッ!? いや、別にそんなつもりは……」 「にっひっひ~。ニコラの下着姿、思い出してたんでしょ?」 「え、えぇぇぇぇっ!?」 「そーだよねー、ニコラって脱ぐと凄いもんねぇー。オパーイがバイーンってしてて、ポローンだもんね」 「もう止めてよー、そういうこと言うのは! はっ、恥ずかしいからさぁ……そっ、それよりも、早く食事にしよう、ね? 誤解も解けたんだからさ」 「そうですね。早くしないと遅刻しちゃいますもんね」 「まぁ、今回のことは事故ってことでいいかしらね」 「それでいいよ。ボクとしては、もうこの話題は終わらせて欲しいんだ。忘れよう、このことは」 「まぁ、被害者がこう言ってるなら、終わらせましょう」 「仕方ないね。それじゃ食事して、学院に行こっか」 「六連君、今回はこれ以上何も言わないけど、今後は気を付けないとダメだよ?」 「了解だ」 実のところ、俺の過失ってあまりないような気がするのだが……。 まぁ、下着姿をマジマジと見たのは俺が悪いので、仕方ない。 ここは黙って、大人しく反省しておこう。 ――だが…… 「……チラっ……」 「………」 「~~~~~ッ!?」 俺とニコラの関係が元通りになるのは、なかなか難しそうだった。 「なぁ、美羽」 「どうかしたの?」 「ニコラの様子が変で……どうにも、いつも通りに戻れていないみたいなんだが」 「まぁ、下着姿なんて見られたら、そう簡単には戻らないのが普通じゃない?」 「その理屈は当然わかるんだが……できれば、早めにいつも通りに戻りたいんだ」 ああも意識されてしまっては、俺も下着姿を忘れることができそうにない。 「そう言われてもね……まぁ、一度話してみるのがいいんじゃない?」 「話す? それは……アレか?」 「素晴らしいおっぱいだったぞ、照れる必要などない。お前は誇っていい、とか?」 「一遍死ねば?」 「うわー……冷たいツッコミだな」 「もっと普通に、いつも通りに会話してみれば、って言ってるのよ」 「いつも通りの会話ねぇ……」 とりあえず、その戦法でタイミングを計ってみよう。 「……はぁ~……」 「ここ、いいか?」 「あぅわっ!? ゆ、佑斗君……ど、どうぞ」 「そんなに怖がらなくてもいいだろうに」 「ゴッ、ゴメン。別に怖いわけじゃないんだけど……やっぱり、寝起きのことを思い出すと……うっ、うぅぅぅ……」 「忘れようって言ったのはそっちだろう? だから、俺としてはいつも通りに話しかけたつもりなんだが……無神経だったか?」 「すまない。俺はやや疎い部分があるから、もう少しソッとしておいた方がいいなら、ハッキリとそう言って欲しいんだが」 「あっ、ううん。そんなことない。気にしないで。話しかけてきてくれて……ありがとう」 俺はニコラの正面の椅子に座る。 少し照れているみたいだが……嫌悪や恐怖ではなさそうだな。 この分なら、話もできるだろう。 「今日もカレーか、本当に好きなんだな」 「うん。この食堂のカレーは本当に美味しいから」 「そうか……」 「なぁ、さっきも言ったように俺は疎い部分がある。だから、答えたくないなら、沈黙でも構わないんだが……」 「どうして、そんな恰好をしているんだ?」 「……まぁ……普通、気になるよねぇ」 「本当に、言えないような理由なら、答えなくていいぞ?」 「ああ、そうじゃないけど……そんなに大した理由はないんだよね。オチも何もない、ツマンナイ話だから期待はしないでね」 「ということは、話してもらえるんだな?」 「ボクの家は……ヨーロッパの片田舎にあってね、まぁその……昔は貴族と呼ばれてたりしたんだよ」 「へぇ、貴族?」 「田舎の貴族なんて、そんな大したものじゃないし、派手な物じゃないよ」 「だが吸血鬼は普通……」 「うん。普通は排斥されるものだけど……ごく稀に、受け入れてもらえる場合もあるんだよ」 「たとえば、小夜様みたいに長寿だと、その特異性から神様って崇められたりすることもあるからね」 「吸血鬼が神様ねぇ……まあ、悪魔は堕天使だとかいう説もあるし、考えられないことじゃないか」 「特に田舎の方だと知らない知識を持ってきた者に感謝もしてね、それが特殊な存在ならなおさら」 「神秘性が増す……か。そこら辺が理由で貴族に?」 「ただの没落貴族だよ。で、その片田舎でずっと過ごしてきた。おかげでボクの家は、土地の人たちに受け入れられたんだけどね」 「……ますます妙な話だ。だとしたら、どうしてこの都市にいるんだ?」 「別にそんなに不思議な話じゃないだろう? この時代、田舎に引っ込んで暮らしていくのは限界があるしね」 「それにボクには兄と弟が5人いるんだ。だから、家のことは皆に任せて、ちょっと自分の道を探してみようかと思って」 「それが……男装?」 「違う違う。男装は……なんていうか……昔からしてたことだから。いや、子供の頃は男装のつもりはなかったんだよね」 「そうなのか?」 「男兄弟が多くて、ボクも子供の頃から色々と外で遊んだりしてて……そんなとき、スカートは邪魔だろう?」 「だから機能重視のパンツスタイルだったんだよ。でも親にはよく、女の子っぽい恰好をしなさいって言われたかなぁ」 「だが、結局はそのままだったと?」 「うん。パンツスタイルの方が楽だし、動きやすいし。ずーっとそんな恰好してたら、親は何も言わなくなってね」 「ああでも、おじい様はいつも言ってたかなぁ……せっかく可愛いんだから、女の子らしくしろって」 「ちなみにそれが完全な男装になったのは?」 「それは、この国の音楽に触れて、感化された結果かな」 「音楽?」 「そう。知ってるかな? ジル&ニレっていうバンド」 「それって確か……いわゆる、ビジュアル系のバンドだよな? なんだっけ? 有名な曲は……アクレロの丘とか、[かげ]蜻[ろう]蛉とか?」 「そうっ! 知ってるんだね!」 「ああ、一応な」 派手な化粧と、お茶の間を凍りつかせるようなテレビでのパフォーマンスで、話題になった時期があったな。 確か直太は、あっち系のバンドにも詳しかったはずだが……残念ながら、俺はそこまで詳しいわけじゃない。 「生家を出て、ジルの曲を聞いたとき、ボクの神経には衝撃が走ったね! いわゆるバンギャと化してたねっ!」 「ば、バンギャって……都市伝説じゃなかったのか。いやそれよりも、つまり……今の服装はもしかして、ただのコスプレ?」 「うん! ジルに憧れて、始めて……そこからアニメの方にも手を伸ばして」 「で……気づいたら設定厨になってたってわけか?」 「せっ、設定厨ゆーなっ!」 「だが、だからと言って、四六時中コスプレしなくてもいいだろうに」 「それはそうかもしれないけど……この恰好の方が落ち着くんだよね。スカートとかって、スースーするし。ボクはやっぱりパンツじゃないと」 「ふーん……つまり、話をまとめるとだ」 「ニコラはそもそも男装をしているわけでなく、ただ単に好きなキャラのコスプレをしているだけ?」 「そういうことになるね。田舎じゃ娯楽は少なくてねー、外の刺激は本当に面白くてハマっちゃって」 「……ちょっと、ハマり過ぎだとも思うが」 「だがなるほど、そういうことか。別に女を隠している理由があるわけじゃないんだな」 「うん、隠してるつもりはないよ。でも、ワザワザ言ったりはしてないから、クラスにも誤解してる人はいるかも知れないけど」 「俺も誤解した一人だったしな」 吸血鬼の能力高いから、この学院は体育とかないからなぁ。 「それに関しては……本当にゴメン。一緒に暮らしてるんだから、ちゃんと言っておくべきだったと後悔してる」 「俺も軽率だった。ちゃんとニコラのことを見ていれば、気付くこともできたはずなんだ」 「いいや、説明しなかったボクの責任だから。佑斗君がそんなに気に病む必要はないってことで、この件は本当に終了」 「ボクも意識し過ぎたと思う、今後はもっといつも通りを心掛けるよ。ゴメンね、気を遣わせて」 「………」 「なぁ、ニコラ。謝るのも止めよう。こう何度も何度も謝ってちゃ、いつまで経っても元通りにならない」 「事件の発端である俺が言うべきことじゃないとは思っているが……」 「あっ、いや、そうだね。うん、佑斗君の言う通りだと思う。ボクももう謝らないから、佑斗君も謝らないこと。約束だ」 「わかった。俺としても、それで何も問題はない」 「今後とも、よろしく頼む」 「こちらこそ。よろしくね」 そう言って笑ったニコラは……その服装にも拘らず、俺には女の子に見えた。 「………」 「ん? どうかした?」 「いや、スマン。夕方の時にも思ったんだが、お前って……可愛いな」 「は、はいぃっ!? なっ、なななな、何言ってるんだよ、もう! またボクをバカにして!」 「ボクはもう行くからね! バーカ、バーカ、佑斗君のバーカッ!」 そうしてニコラは、食べきったカレーの皿を持って、そのまま立ち去ってしまった。 「………」 「……やっぱり、言わない方がよかったんだろうか?」 むぅ……褒めたつもりが、怒らせてしまうとは……乙女心は難しい。 「佑斗……それで、その後はどう?」 「なにがだ?」 「ニコラのことよ、悩んでいたでしょう」 「ああ、それなら食堂でちゃんと話した」 「それじゃ、もういつも通りなの?」 「どうだろうなぁ……まだ若干、しこりが残っているかもしれん」 「その根拠は?」 「食堂で話している最中、妙な設定の単語を口にしなかった。極々普通の単語しか使ってなかった」 以前ならカレーは確か……黄金なる雪原……いや、金色だったかな? とにかく、そんな変な単語を使っていた。 つまり、それほど動揺していたってことなんだろう。 「へぇ……一応、ちゃんと見ているのね。もっと鈍感抜け作バカタレちゃんかと思っていたら」 「酷い言われ様だな。まぁ確かに、強く否定できない部分もあるんだが……」 「一応、今回の一件に関するケリはつけたつもりだ。今後は元通りの関係……だと、いいなぁ」 「ハッキリしないわね」 「こればっかりは、一瞬で解決はできないだろう。もう少し時間が必要かもしれない」 「だが、その内解決すると思う」 「そう。それならいいけれど」 「あっ、そうだ、美羽」 「なに?」 「お前って……可愛いよな」 「……は? 何言ってるの? バカじゃないの?」 また、バカ扱いか……。 「むぅ……やっぱり、女の子は怒るものなのか? 褒めたつもりなんだが……」 「……やっぱり? それはもしかして、他の誰かに言った言葉なの?」 「ああ。実はニコラに向けて」 「そしたらアイツ真っ赤になって怒って、俺のことをバカだってさ。最近は可愛いと褒めただけでセクハラで怒るものなのか?」 「そう、ニコラが……なるほどねぇ」 「………?」 「安心なさい。別に怒っているわけじゃないから」 「それならいいが……」 「それはそれとして……ふんっ!」 「あっ、痛っ!? な、なんだよ、いきなり尻を蹴るなんて」 「他の女に向けて言った言葉を、聞かされるこっちの身にもなりなさい、この童貞っ」 「……ス、スマン……」 なんか、真っ赤な顔で怒られた。 それは童貞って言ったからなのか、怒っているからなのか……確認したら、また怒るだろうなぁ。 しかし……。 「わけがわからない……本当、乙女心とは複雑なんだなぁ」 きっと男には一生かかっても理解することはできないだろう。 「………」 「おー? ニコラ、どうしたの? 自分の胸を触ったりして」 「え? あっ、いやっ、これは別に……その……」 「ボクの胸って、そんなに変かな?」 「にひひ、もしかしてユートに言われたことを気にしてる?」 「そりゃ、あんなこと言われたら……気になるでしょう。気にしたことなかったけど……そんなに変なのかな?」 「んー……そうだね。とっても不思議なおっぱいではあるね。あのボリュームがそのシャツでぺったんこになってるなんて」 「えぇぇぇっ!? そうなの!? そっか、ボク……おかしかったのかぁ……」 「いや、ニコラじゃなくて、ニコラのおっぱいが不思議な存在だってこと」 「……その、おっぱいってストレートに言うの、止めてくれないかな? 恥ずかしいから」 「じゃあ、乳袋?」 「それはそれでなんかイヤだなぁ……というかソレ、胸の形がハッキリわかる服を表すものだからね?」 「そうじゃなくて、もっとほら、こう………………アルテミスの祝福を受けし場所……とか」 「えー、それはそれで、意味が分かんないよ」 「それはそうかもしれないけど……」 「さってとー、今日もお仕事頑張ろうかなぁ」 「あっ、あともう一つだけ、いいかな?」 「ん? なに?」 「ボ、ボクって……その……可愛いの?」 「……え? 自画自賛?」 「そうじゃなくって! その……今日、初めてそんなこと言われたから……」 「……にっひー。それ言ったの、ユートでしょ? そっかー、ユートにそんなこと言われて、気になってるんだぁ~?」 「うぇぇっ!? べっ、べべべべっ、別にそういうわけじゃないけど!」 「ただ、この海上都市に来て……そんなこと、初めて言われたから」 「そりゃねぇ……ニコラ、この都市に来た頃には、もうずっとコスプレしてたから、最初は誰でも男と勘違いするよ」 「でもね、ニコラは凄く可愛い女の子だと思うよ? ユートの言葉に嘘はないはず」 「あと、おっぱいが大きいところも、凄く魅力的だとも思うよ♪ にっひっひー」 「そっ、そんなことまでは聞いてないよっ! まったくもうっ!」 ……でも、そっか。 あの言葉は冗談でもなんでもない、感想だったんだ……。 「にひひ♪ ニコラ、顔が赤くなってる~」 「うるさいよっ! ボクは仕事に行くからね」 「あっ、エリナも行くってばー」 うーーー……なんか、心臓がドキドキする。 あんな言葉一つでこんなこと……いつも通りにするって約束をしたんだから、しっかりしないとっ! 「よしっ、頑張ろう」 「ただいまー」 「ただいま」 「みなさん、お帰りなさい」 「ただいま、稲叢さん」 「もうすぐ朝食ができますから、少し待って下さいね」 「エリナとニコラは?」 「二人とも今日はお仕事のはずですから、もうすぐ帰ってくると思いますよ」 「たっだいまー」 「お帰り、エリナ」 「あら? ニコラは? 一緒じゃなかったの?」 「あー、ニコラは今日もまた遅くなると思うよ」 「今日もディーラーの練習?」 「そうだと思う。あっ、ご飯は先に食べてていいってさ」 「そっか。それじゃ悪いけど、先に食べちゃおっか」 「遅くなるのなら、ニコラも待たれてると気にするでしょうしね」 「そうだな。それじゃ先に食べるか」 しかし大変だな、ニコラも。 俺を祝ってくれたあの日からそれなりに日が経つが、ほとんど休むことなく毎日残業とは……。 「はぁ……いいお湯だった」 備え付けの風呂から出た俺は、タオルで頭を拭きながらベッドの上に座る。 「あとは頭を乾かして、寝るだけだな」 「………」 「そういえば、ニコラはもう帰ってきたんだろうか?」 もう、日も高くなる。 寝不足や疲れた身体で日光を浴びるのは、あまりよくない……。 「こんなこと、男だと思っていた頃には考え無かっただろうな」 ………。 「ちょっと様子を見に行っておくか」 「どうせ喉が渇いて、合成血液を取りに行く途中だったしな」 「ふぁっ、あぁぁ……」 俺が共有スペースに入ったとき、眠そうなニコラがソファに座っていた。 「よう、おかえり、ニコラ」 「あぁ。うん、ただいま。どうしたの? もうそろそろ寝るんじゃないの?」 「合成血液を取りに。ニコラは、食事は取らないのか?」 「取りたいとは思うんだけど……ちょっと、面倒でねぇ。このまま寝ちゃおうかとも思ってる。ふぁっ、あああぁぁ……」 「毎日そんな調子じゃ、ちゃんと食べないと身体がもたないぞ。食べた方がいい」 「面倒なんだったら、俺が温めてやるよ」 「え? いいよ、悪いし」 「気にしなくていい。疲れてるんだろう? こういう共同生活では、互いを助け合うのが重要だ」 「そして友達の親切は遠慮せず、素直に受容することが大切だ。OK?」 「……OK、ありがとう。それじゃ、お願いするよ」 「心配しなくてもいい。こう見えても、料理は少しぐらいならできるからな」 「と言っても、稲叢さんの作ってくれたのを、温め直すだけだが」 俺は白米をレンジに入れ、フライパンにはクッキングシートを引いて、鶏肉を火で軽く焼き直す。 「そう言えばニコラ」 「ん? なに?」 「どうしてそんなに頑張るんだ? ディーラーになることが夢だったのか?」 「別に夢ってほどじゃないよ。ディーラーになりたいって思ったのは、この都市に来てからだしね」 「だが、今はかなり頑張っているみたいだな。こんな時間になるまで」 「……ボクが田舎から出てきたのはさ、他に生きていく道を見つけたかったから、って言わなかったっけ?」 「………」 「もしかして故郷のこと、嫌いなのか?」 「別に嫌いじゃないよ。居心地はよかったし。でも……ここでの生活みたいに、面白い! とは思わなかった」 「両親がいて、兄弟がいて、友人もいて……優しい場所だったよ。だから嫌いじゃない、でも比較するなら……この都市の方が好きかな」 「………」 「この都市にいるとさ、生きてるって実感できるんだ。一日一日を生きてるって」 「きっとこの気持ちを味わったら……もう戻れないと思う。戻っても、きっと何かが欠けた日常が過ぎていくと思うんだよね。だから……」 「だからボクは……この大好きな場所で、見つけたいんだよ。ボクが歩く道を」 「………」 「――ってぇ、何か反応してくれないかな? 恥ずかしいんだよ、こういうこと言うの」 「あっ、ああ……スマン。ちょっと驚いたんだ。俺も、同じ気持ちだったから」 「ボクと同じ気持ち?」 「そうだ。俺も……この都市に来てからの日々は、生きてるって……面白いって思うようになった」 「別に、元の暮らしが嫌いなわけじゃないんだが……ここでの生活が、やたらと色鮮やかな気がするんだ」 「うん、そう! そうなんだよね! この都市での暮らしって、騒がしくて大変なこともあるけど……むしろそれが楽しいよね」 「俺もそう思うよ」 「そっか……ボクと同じ思いの人がいたなんて……ちょっと嬉しい」 「俺もちょっと驚いた。本当に、同じ気持ちだったから」 「でも……佑斗君も外から来たんだ?」 「え? あっ! あぁ……その……」 しまったっ、そうか……俺がこの都市に来るきっかけになったことは秘密にしてるんだったな。 「ああ、気にしないでいいよ。別にその理由まで訊きたいわけじゃないから。この都市の住人は色々あるからねぇ……特に、吸血鬼には」 「ボクみたいな呑気な理由の方が珍しいと思う。だからかな、みんなのことが……たまに眩しく見える。こんな言い方、失礼に感じるかもしれないけど」 「いや、俺は別に失礼だとは思わないが……眩しく?」 「みんなここで、精一杯頑張って生きようとしてる。それが眩しく見えるときがあるんだよね。だから……ボクも目標が欲しいなって」 「そしたらボクも、少しは輝けるかもって」 「その目標が、ディーラーなんだな?」 「そうなんだけど……恥ずかしいなぁ。まさかこんなことを打ち明けることになるなんて……忘れて! 今の言葉は忘れて!」 「そんなに恥ずかしいことじゃないと思うぞ。それに……目標なんだろう?」 「だったら恥ずかしがることはない。むしろ胸を張って言うべきことだ」 「……あ……う、うん」 「っと、できた。ほらこっちに座れ。ソファーじゃ食べ辛いだろう」 「………」 「どうかしたか?」 「ああ、いや……なんでもない。それじゃありがたく、いただこうかな」 「しっかり食べろよ、身体は資本だ。その目標をかなえるためにも、倒れるわけにはいかないだろう」 「うん、そうする」 「俺は応援してる、ニコラの目標。いやきっと、話せばみんな応援してくれると思う」 「……うん」 「さてと、俺はそろそろ寝るよ。ああ、その前に合成血液を飲んでおかないと。明日辺り、そろそろきついかも知れないからな」 「それじゃあ、お先」 「……ありがとう、佑斗君」 「食事の礼なら俺じゃなく稲叢さんだろう。俺は温めただけなんだから」 「いや、そうじゃなくて……まぁ、いいや。恥ずかしいし」 「………?」 「なんだかよくわからんが、おやすみ」 「おやすみ」 「応援、か………………あ、あれ? なんか、熱い。身体が熱いかも……風邪ひいたのかな? ぬぅ……ちゃんと食べて早く寝よ」 「えー……では、今日はここまでとします」 教科書を閉じ、先生は教室からゆっくりと出ていく。 「んっ、んんーー……あの人の授業、なんか苦手だなぁ」 「そんなこと言っちゃ、メッだよ!」 「この学院の教師を引き受けてくれる人は、結構少ないんだからね。こうしてちゃんと授業してくれてるだけでも、感謝しないと」 「いや、別に文句があるわけじゃない。ただの感想だよ」 「いくら感謝しているとしても、授業の内容がわかり易い、わかり難い、という感想を持つことぐらい普通だろう?」 「それは……確かに。そうかもしれないね」 「さっきの俺の発言もただの感想だ。あの先生の喋りを聞いていると、なんだか眠くなってくるんだ。布良さんは、そう思ったことがないか?」 「あぁー……うん、そう言う意味なら実は私も……ちょっと」 「だろう? だからといって、別にあの人を代えて欲しいとは思ってない」 「そういうことならいいんだけど」 「あの……ゆ、ゆぅ………………コホン。六連君」 「ニコラ? どうかしたのか?」 「うん。今日は放課後に、時間とかあるかな?」 「放課後? いや、悪いが今日は仕事だ」 「そっ……そっかぁ……風紀班の仕事か」 「ニコラは休みなのか?」 「ううん。ボクもカジノで仕事なんだけど……今日は、実は、その……あの……さ……」 「……? なにか大事な用があるのか?」 「ああ、いや全然! やっぱりなんでもないから気にしないでくれ、あは、あは、あははは。それじゃ!」 ニコラはそうして、不自然な笑みを浮かべながら、立ち去っていく。 「なんなんだ?」 「さぁ? というか今、違和感があったんだけど……六連君って“佑斗君”って呼ばれてなかった?」 「ん? そういえば……」 確かにニコラは俺のことを名前で呼んでいた。 「また、何かしたの? 嫌われちゃうような何か」 「また、とは失礼な言い方だな。俺はそんな酷いことをしない」 「下着姿を見て泣かせたくせに」 「それがあったかぁ~」 「だがあれ以来、泣かせるようなことはもちろん、ロクな会話すらできていないぞ」 「そう言えば、ディーラーになるって忙しそうだもんね」 「そういうことだ」 俺が気持ちを聞いたあの日からもう一週間。 その間もずっとニコラは頑張り続け、毎日朝日が昇るような時間まで練習を続けていた。 寮に帰ってくる時間も遅く、ニコラを傷つけたりするほどのコミュニケーションが、そもそも取れていない。 「だから、俺には特に思い当たる節はないんだが……布良さんは、なにか気づいたことがなかったか? ニコラの変化について」 「別に何もないかなぁ。六連君と一緒でここ最近、あんまり話せてないし」 「他のみんなにしても、同じだろうしなぁ」 「さっきの様子だと、何か相談事でもあるんじゃない? ちゃんと話してみた方がいいんじゃないかな?」 「……そうだな、気を付けておくよ」 もしかしたら、目標のことで悩んでいるのかもしれない。 少し気にかけておくか。 「じゃあ今日は、いつも通りの巡回を頼む」 「あい・さー」 「すみません」 「なんだ?」 「巡回の場所なんですが……カジノ方面の巡回ってできませんか?」 「確かにそっち方面も巡回しているが……どうした、急に?」 「ちょっと気になることがありまして」 「あー、なるほど。《チーフ》主任、私からもお願いします。せめて今日だけでも」 「まぁ、俺は別に構わないが……あんまり私的な理由を持ち込むなよ」 「すみません。ちょっと、気になることがありまして」 「今は、なにがなんでも吸血鬼の力が必要というわけでもないからな。おいっ」 「はい? なんでしょうか?」 「今日の巡回は《バディ》相棒の変更だ。六連をカジノの方に連れて行ってやれ」 「え? あ、はぁ……それは問題ありませんが、急にどうして?」 「なにか気になることがあるそうだ。この時期なら問題ないだろう。それにまぁ……クスリの一件では頑張ったわけだしな」 「ありがとうございます」 「無理を利いてもらったんだから、ちゃんとしないとダメだよ」 「わかっている。仕事はキッチリとする。その上で、様子を見てくるよ」 「うん。いってらっしゃい」 「で、カジノの巡回をしたい私用ってなに?」 「いえ、まぁ……それは……」 「……言えないの? なにか、悪いこと?」 「そういうわけじゃないです。そうじゃなくて……些細なことなんですが、ちょっと気になる友達がいまして」 「今日の別れ際、なんだか態度が変だったんです。で、その子はカジノで働いているので、可能なら……」 「様子を見に行こうと思った?」 「そうです」 「それって、何か悪いことをしてそうな雰囲気だったってこと?」 「あっ、違います。そういう後ろめたい感じではなかったです」 「そう。それならいいんだけど……六連君、もしかしてその女の子のこと、好きなの?」 「え? いや、そんなことは、別に……というか、あれ? 俺、相手が女の子だって言いましたっけ?」 「いいえ、でもさっき“その子”って言ったでしょ? 男友達なら普通、“子”はつけないでしょ?」 「あー……細かいことに気づくんですね」 「取り調べの調書から矛盾点を探すためにね。これもある意味、職業病かしら。で、好きなの?」 「友達としては好きな部類に入りますけどね、別段特別な気持ちじゃないですよ」 「そう? おかしいなぁー……さっきの六連君、優しい顔してたわよ。あんな顔、普通の友達にはしないと思うけど」 「考えすぎですよ」 そもそもつい最近まで、ずっと男だと思ってたんだ。 ノーマルな俺が、ニコラを好きになるなんて……そんなバカな。 ディーラーになろうと頑張っているひたむきな姿を、確かに応援したくなった。 それに下着姿がセクシーで、おっぱいも魅力的で、笑顔が可愛いとしてもだ……惚れるなんて……。 ………。 あ、あれぇぇぇぇぇぇ!? 否定しようと思ったのに、思いつく言葉が全部否定材料じゃないような……。 「ほら六連君、早く行くわよ」 「あっ、はい」 いかんいかん、今は仕事に集中しないと。 ニコラにばかり、気を取られるわけにはいかん。 「しっかりしよう」 心配しすぎて気を取られているようじゃ、ニコラに顔向けできないしな。 「今日も賑わってますね」 「この街の一番大切な産業だもの。寂れてたら困るわよ」 「それで……どこなの? その噂のお友達は」 「だから、そんな期待されるような関係じゃないですって」 「おー? ユート、来たんだ?」 「ああ、エリナ」 「もしかして、その子?」 「いえ、違いますから」 「ふふっ、私はフロアチーフと話してくるから、六連君はしばらく適当に巡回してて」 「了解」 「やっぱり気になるの?」 「気になる? 何がだ?」 「何がって……あり? もしかして、話を聞いてここに来たわけじゃないの?」 「だから、なんの話なんだ?」 「ここには、風紀班の巡回で訪れただけだが……」 「ニコラ、言ってなかったんだ? 実は今日ね、ニコラがデビューする日なんだよ」 「デビューって……もしかして、ディーラーの?」 「そう。てっきり、ユートはニコラに呼ばれたんだと思ってたんだけど……そっか、違うんだ」 「ディーラーのデビューか……なるほどねぇ、そういうことか」 教室で言おうとしたことは、そのことだろうな。 だが、俺が仕事だから、無理をしないようにと……? 十分にあり得る話だな。 「で、その初めてのディーラーはどこにいるんだ?」 「あっちのルーレット……なんだけど……」 「……? もしかして、何か問題が起きているのか?」 「問題と言うか、その……」 その時、エリナの示したルーレットの辺りで、『おぉー』っとどよめきが上がった。 「《ノワール]黒の[サーティーン》13。お客様の、勝ちです」 「………」 「んー……実はニコラ、負けちゃってるんだよね」 「ルーレットで負けることは、そんなに珍しいのか?」 「基本的にディーラーが完全に負けるってことは少ないね。その場合、まずイカサマが疑われる」 「それじゃ、今回も何かのイカサマが?」 「んー……まだわかんない。一応、相手も負けてるから。100%的中させるわけじゃない。でも……当たるときに限って、賭け金が大きいんだよね」 「しかも、当てる人は一定じゃないの。特定の順番があるわけでもなくバラバラで……全体としては負けちゃってて……」 「デビューの日にこんなことになったら……もしかしてニコラのディーラーの道は閉ざされる?」 「ううん、そんなことはないと思う。でもね、遠ざかることはあるかもしれない。それに何よりも……」 「………」 「ニコラの自信が、もたないか」 「普段からコスプレしてたりするけど……ニコラって意外とそういうところは繊細だから」 「………」 「イカサマされている可能性は?」 「高いと思うよ。でも……その仕組みが分からないの。どうしてボールの落ちるところを読まれているのか……読めるはずないのに」 「チェックは?」 「水平チェックはちゃんとしてる。台の周りに正確な時間を計れる物もないから、ボールの速度を計測もできない。ニコラには問題ないはずだし」 「………」 「早くしないと、ディーラーチェンジしちゃう……そしたら、もう……」 「ニコラの自信はボロボロ……か」 ルーレットで連続して的中する確率は低い。 実際、こうして見ていても、連続して的中しているわけではない。 ただ、そういう時は最低金額の掛け金で―― 『おぉぉぉぉーー』 当たったときは、金額が高い。 「やっぱり、何らかのイカサマがあると見るべきだな……」 「ユート、こういうイカサマに詳しい?」 「ギャンブルは素人だ。エリナたちが見抜けないなら、俺にはまず無理だろうな……」 だが……吸血鬼もいる中で、そんなに高度なイカサマができるだろうか? カジノ側に裏切りがなく、エリナの言う通りボールの軌道を読んでいるわけでもないとしたら………………一体どんな可能性がある? どうやって、当てている? そもそも、いくら低いチップだとしても、どうしてワザワザ外すんだ? ………………こんな風にボロ勝ちするなら、イカサマを疑われることはわかっているはず。 だとしたら当て続けたって変わらない気が……いや、待てよ? 「……もしかしたら、もっと単純なことなんじゃないか?」 「単純なこと?」 「さっき、エリナは言ったな。“どうしてボールの落ちるところを読まれているのか”って」 「そもそもそれが、勘違いという可能性は無いのか?」 「……え? でも、そしたら一体どうやって、高額のベッドだけ当ててるの?」 「確認したいことがある。もう少しテーブルに近づこう。コートは脱いだ方がいいか……あと、あの安いチップを貸してくれ」 「……? よくわからないけど、わかったよ」 「次のゲームを始めます」 ニコラがホイールにボールをセットし、弾く。 そして始まるベットタイム。 次々にプレイヤーの手が行きかい、テーブルの上にチップが積まれていく。 積まれているのは、一番安いチップばかりだ。 そしてノーモアベットと告げて、テーブルを撫でるような素振りを見せた。 するとプレイヤーの手がテーブルから離れるのだが、熱中した人たちの手が完全に離れるには多少のロスが存在し、まだ数人の手が行きかう。 ボールがホイールから落ちる頃になれば、その数人の手もテーブルから完全に離れ――観客の目がボールの挙動に集中する。 だが俺はボールではなく、テーブル上のチップに目を配り―― 「――ッ!」 やっぱりッ! いつの間にか、積まれたチップの一番下の一枚が、超高額チップにすり替えられている。 あのイカサマは、ボールの落ちるところを見抜いて当てる物じゃない。 当たった箇所のチップをすり替えるという、極々単純な物だ。 ボールが落ちるともなれば、みんなの目がルーレットに集中して当然。その隙をついたイカサマだ。 俺はすぐさまテーブルに近づき、エリナから借りたチップを手に忍ばせて―― 「[ルージュ]赤、[ナイン]9」 『おぉぉぉぉーー?』 「当たったけど、これは……」 「掛け金が少ない。こんなの初めてじゃないのか?」 「え? あ……お、おめでとうございます、お客様」 「あ、あれ……ありがとう? ……おい」 「いや、俺は確かに……」 「………」 「ユート、一体何をしたの?」 「大したことじゃない、すり替えられたチップを元通りにしてきただけだ」 「あとこれ、借りてたチップ」 「おー? なんだか、凄い高額になってるんだけど?」 「利息ってことで……というか、イカサマで使われたチップだから問題ないだろ」 「そっか、すり替えかぁ……単純な手を忘れちゃってたよ」 「何人かがグルだとは思うが、すり替えを行っていたのは一人だと思う。あそこのヤツをフロアチーフに連絡してくれ」 「それから、もう少しニコラにチャンスを与えて欲しいって」 「《りょーかい》パニャートナ♪」 「次のゲームに入ります」 「お疲れ様、六連君。なにか、イカサマを見抜いたんだって?」 「ええ、まぁ。巡回の仕事には、こういうのも含まれるんですよね?」 「本業じゃないけど、一応ね。それにしても……気になる子って、あの子だったんだ? ディーラーのデビュー日だったんだって?」 「らしいですね」 「でも……まさか、お相手が男の子だったなんて……意外だわ、六連君にBLの趣味があったなんて」 「いえ、違います。それは色んな意味で違います」 「アイツ、女の子ですから」 「ああ……つまり、あのディーラー君の方がネコで、自分はタチって言いたいの? やだもう、そんなことまで訊いてないわよ、恥ずかしい~」 「俺だってそんな変なことを言った覚えはないですよ!」 「ニコラの性別が女なんです、ただ男装してるだけなんです」 「……二人はそういう設定でいつも楽しんでるの?」 「だから違うって言ってるのにっ!」 「平気よ。私、そういうことに偏見なんてもってないから」 「でしょうねっ! 楽しそうですもんね!」 「はぁ……とにかく、俺はノーマルであいつは女の子です。そんな期待してる方向とは違いますから」 「それよりも、巡回に戻りませんか? いつまでも、ここにいるわけにもいかないでしょう」 「あら、もういいの?」 「ええ。もう、心配ないと思いますから」 「頑張れよ、ニコラ」 未だ仕事に集中しているニコラを遠目で見ながら、聞こえないのを承知でエールを送る。 「さて、行きましょうか」 「あり? 行っちゃうの?」 「仕事中だからな。いつまでもいられないさ」 「ニコラに会っていかないの? さっきのイカサマの件だって……」 「頑張ってる姿が見れただけで十分だよ。それに、知り合いの俺が下手に声をかけて、緊張で失敗しても可哀そうだし、俺も申し訳ない」 「折角、しっかりとディーラーをしてるんだから。……凄く様になってて、格好いいしなぁ」 「声をかけるぐらいならそんなことないと思うけど……直接励ましてもらった方が嬉しいと思うよ?」 「それに、俺は別にニコラに呼ばれて来たわけじゃないからな」 「イカサマの件にしても、巡回の仕事を果たしただけだよ。だから、エリナも余計なことは言わなくていいからな」 「大したことしたわけじゃないし、こんなことで妙に恩を感じられても困るからな」 「……わかったよ。余計なことは言わない」 「かーっこいいわねー。六連君ってば」 「茶々入れてないで、早く行きましょう、ほら」 「はいはい」 「次はどこに行くんですか?」 「隣の『シトリン』に行きましょう。まぁ、今回みたいなイカサマ騒ぎがあるとは思わないけどね」 「ハァー……緊張したぁー……」 「お疲れー。デビュー、おめでとう」 「ああ、うん。ありがとう、エリナ君」 「で、どうだった? デビューしてみた感想は」 「ん? そうだねぇ……今まで練習してきた努力が実るっていうのは、嬉しいものだよ」 「これでボクも、セフィラのステージが上がったかな、ふっふっふ」 「最初の方はイカサマ喰らって、泣きそうになってたのにね」 「うっ、うるさいなっ! もう! そりゃ確かに、見抜けなくて……テンパっちゃったけどさ……」 「あっ、そうだ。あのイカサマを見抜いてくれたのってエリナ君?」 「ううん、違うよ。残念ながら、エリナも見抜けなかったの」 「え? でも……確かチーフがエリナ君から報告を受けたって言ってたと思うんだけど?」 「連絡したのはエリナだけど、あの手口を見抜いたのはユートだよ」 「え? それって……ゆっ、ゆう――~~~っ。むっ、六連君が、ここに? え? なんで? どうして?」 「風紀班の巡回だって。わざわざ、普段の場所とは変えてもらって、カジノに来たらしいよ。ニコラのことも気にしてた」 「ぼ、ボクのことを……? そ、それって……それって……」 「そ、それで……今はどこに?」 「帰っちゃった。というか、風紀班の仕事の途中だったから、仕事に戻ったって言うべきかな」 「そ、そうなんだ……帰っちゃったんだ?」 「そっ。颯爽と現れたかと思うと、ニコラを苦しめるイカサマを見抜いて、そのまま何も告げずに帰って行く」 「まるで王子様みたいだよねぇ。ユートって自分で演出をする、意外とナルシストなのかもね、にっひっひ」 「何も言わずに……そんなこと……?」 「しかも、余計なことを言わないようにって、エリナに念押しまでして」 「……でも、キミ……今全部、ボクに言ったよね?」 「余計なことは言ってないよ? それとも、この事実ってニコラにとっては余計なことだった?」 「いっ、いや、教えてくれてありがとう」 「ね? 余計なことじゃないでしょ?」 「……そうだね。うん、本当にありがとう」 「そっか……来て、くれてたんだ。しかも、ボクを助けてくれて………………ちっ、ちなみに、ちなみになんだけど……何か言ってた?」 「ユートが? うーん………………ディーラー姿が様になってる、格好いいって言ってたかな?」 「さっ、様になってる……そっか。そんなこと言ってくれたんだ……」 「女の子を褒めるのに、格好いいは如何なものかと思うけどね」 「でも、ディーラーの褒め言葉としては嬉しいよ、ふふ」 「ニコラ、本当に嬉しそうだね~。格好いいって言われたから? それとも……ユートに褒めてもらえたからかな~?」 「えっ!? なっ、なななっ、なにを言ってるんだい!? ボクは別に、むっ、六連君のことなんて、全然っ、なんともっ」 「ボボボボ、ボクは休憩に行くから、あとよろしくね!」 「格好いい……格好いい……かぁ……」 「しかも、助けてくれたことを隠すなんて……何なんだよ、もう。助けてもらったお礼ぐらい、言わせてくれてもいいじゃないか……バカ……」 「おはよう」 俺が共有スペースに入ると、いつものように夕食を準備している稲叢さんがそこにいた。 「おはようございます」 そして、もう一人―― 「お、おはよう……今日も、いい夜だね」 「ああ、そうだな」 つい昨日、念願のディーラーデビューを迎えたニコラが、そこにいた。 「珍しいな、ニコラが早くに起きてるなんて。いつもはもう少しギリギリまで寝ているだろう?」 「うん。今日は、ちょっと……ね」 「何か用事か?」 「そういうわけじゃないんだけど……あ、あの……むっ、六連君」 「あっ、そうだ。気になっていたんだが、最近俺のことを“六連君”って呼ぶようになったよな?」 「前は“佑斗君”だったのに。どうしてだ? 俺は何か、悪い事でもしたのか?」 「そっ、そんなことないよ! 全然悪いことなんてしてない。むしろ……ボクがお礼を言わなくちゃいけないようなことをしてくれたのに……」 「……お礼? それはともかく」 「ならどうして、突然呼び方が変わったんだ?」 「それはっ、だから………………特に、深い意味はないんだけど……気になる?」 「もし俺が何か悪いことをしたなら、謝っておこうと思ったんだが」 「本当にキミが悪いわけじゃないんだよ。ただ、あの、名前で呼ぶのって、恥ずかしくない?」 「……訊かれても……今までずっと呼んでただろう?」 「そうだけどっ、そうなんだけどっ! なんか気になっちゃって。キミは……な、名前の方がいい?」 「どちらでも構わないが……そうだな。俺はニコラって呼んでいるし……前は名前だった事を考えると、名前の方がいいな」 「今さら苗字に戻されると違和感があるし、以前よりも距離を感じるからな」 「そっか。わかった、キミがそう言うなら……コホン。ゆ………………佑斗……君」 「おう。やっぱり、そっちの方がしっくりくるな、ニコラ」 「………」 「……? どうした?」 「べっ、別にっ!? なんでもないよっ!」 「ならいいんだが」 「そ、それで……あのね、佑斗君、その……キミに言っておきたいことがあるんだけど」 「ん? なんだ?」 「き……昨日のこと――」 「ドーブラエ・ウートラ」 「――うひゃぅぅぅっ!?」 「……? こんな時間から元気だね」 「というより……少し変よ? 顔も真っ赤だし」 「いっ、いや、なんでもないよ! あは、あはは」 「それでニコラ、言っておきたいことって?」 「あ、やっぱり何でもないや。気にしないで……ぅぅぅ」 「………?」 一体何なんだろう? 「えー……こうして、政府はカジノ特区を設立させることに踏み切ったわけです」 「………………はぁ……」 授業が全く身に入らない。ボク、なんだかおかしい。 月を見上げて考えてみる。 今日だってちゃんとお礼を言うつもりだった。 昨日は助けてくれてありがとう、って。 なのに……それだけのことで心臓がドキドキしてくる。 いや、違うかな。六連君……じゃなくて……ゆ、佑斗君と真正面から向き合うと、ドキドキしてくる。 今だって、声に出したわけじゃないのに、“佑斗君”という呼び方で考えようとしただけで、心臓が跳ねた。 「うっ、うぅぅぅ……ボク、本格的に変だなぁ」 思いながら視線を……佑斗君、に移してみる。 ………。 真面目に授業を受けいる横顔……真面目で格好いい。 「――!?!?」 ちょっ!? ボク、彼に見とれてなかった!? しかも何考えた!? か、格好いいだなんて……。 「ダメだ。これ以上、見てられないよ」 再び視線を月に向けるけど、心臓の高鳴りは一向に収まる気配がない。 し、深呼吸! こんな時は深呼吸っ! 「すー……はぁー……すー……はぁ……」 ………。 うあぁぁぁっ!? 全然ダメだー! 落ち着かないやっ! ボク、一体どうなってるの!? 身体が本格的におかしくなっちゃったよ! まさかこれはヘーラーの呪い!? 「あーーっ!? どうしよう!? どうしよう!?」 「あー……ケフェウス君。どうしたね? わからないことでもあったかな?」 「――え?」 「なにが……どうしようなんだね?」 「あっ……す、すみません。なんでもないです……」 「あー……顔も赤いようだが、保健室に行かなくて平気かね?」 「平気です。お騒がせしてすみません。どうぞ、授業を進めて下さい」 うぅぅ……恥ずかしい……。 「………?」 うわぁぁ、佑斗君も笑ってる~~っ! 失敗しちゃったよ、はぁぁぁぁ……恥ずかしいところ見られちゃったよぉぉ……。 「……ニコラのヤツ、どうしたんだろう?」 「様子が変よね……佑斗は何か知らないの?」 「いや、心当たりはない」 昨日のディーラーデビューも、最終的には成功したはずなんだから。 凹む理由はないと思うんだが……。 「本当にどうしたんだろう?」 「はぁぁぁ……」 「また、ため息。何かあったの? ディーラーの仕事で失敗したとか」 「いや、そうじゃないけど……でも、このままだと仕事も失敗しそうなんだよね……はぁぁ」 「気になることがあるなら聞こうか?」 「ほっ、本当!? 実はボク……ヘーラーの呪いにかかったみたいで……」 「おー……日本語でおKー」 「実はその、身体が変なんだよね。妙に落ち着かないというか、身体が熱くなるというか、心臓がドキドキするというか、息が詰まるというか」 「ほぅほぅ、それってどんな時に?」 「佑斗君のことを考えたときとか……佑斗君のことを見たときとか……こうして、佑斗君のことを話してるときとか」 「それって………………発情してるだけじゃないの?」 「そっ、そんな言い方止めてよっ! は、発情だなんて……」 「でも……やっぱり、これって……そういうこと、なのかな?」 「好きってこと、なのかな?」 「そういうことでしょう。どう考えても」 「私もそう思うよ。きっと、六連君のことが好きなんだよ」 「わっ、素敵ですね! おめでとうございます、ニコラ先輩!」 「うっ……おめでたいのかな? これって」 「勿論です!」 「ニコラは、嫌なことだと思っているの?」 「六連君のこと、嫌ってたわけじゃないよね?」 「うん、それはもちろん。ちょっと鈍いところもあるけど、人間性は魅力的だし……それに、格好いいし、王子様みたいで………………~~~~ッ!!」 「あー、はいはい。落ち着いて」 「とにかくボク……こんな気持ちになるのは初めてで………………自分でも、どうすればいいのかわからなくって」 「ねぇ、お願いだよ、助けてくれないかな?」 「そう言われても………………好きなら、告白してみたら?」 「ムムムムリムリムリ! 今日なんて、普通に話すだけでも心臓が爆発しそうだったんだから!」 「それに……つい最近まで、佑斗君はボクのことを男だって認識してたんだよ? なのに、急に告白されても……向こうだって困ると思う」 「んー……確かに。困るかどうかはともかく、女の子としてハッキリ認識してもらってからの方がいいかもしれないね」 「……こうして悩んでると、男の子が同性を好きになったって、悩んでるようにも見えるしね」 「でしたら、六連先輩にちゃんと、女の子として認識してもらいましょう!」 「どうやって?」 「なにも難しいことはありません。ニコラ先輩は可愛いんですから、ちょっといつもと違うことをすれば……例えば――」 「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇ!?」 「ボクがそんなことするのかい!? はっ、恥ずかしいよぉ……今さら、そんなの……」 「でも確かに、いい案だと思うよ」 「それじゃまず最初は、佑斗を誘うことが重要ね」 「というわけで、いってらっしゃーい」 「いっ、今から!? ちょっと待って、心の準備が――」 「で、いつになったらその準備が整うわけ? 今ですら、まともに話せてないんでしょう?」 「こういうのって、時間をおけばおくほど、ハードルが高くなっていくと思うよ? とりあえず、世間話だけでもしてきたら?」 「思い立ったら吉日といいますし、ニコラ先輩もこのままじゃ困るんですよね?」 「ちょっ、ちょっと、押さないで、押さないでってばーっ! というか、キミたち、ボクで楽しんでない? おもちゃにしてないかな?」 「純粋に応援してるだけだってば。ということで、とりあえずいってこ~い♪」 「……今日のニコラ、本当に様子が変だったな」 学院でのこともそうだが、カジノから帰ってきた後も、態度が変だった。 俺とあまり話そうとしてくれない。 「それに……女性陣が集まって、なにを話してるんだろう?」 男が混じってはいけない女子の会話も存在することは理解できる。 だが……こうしてハブられてると、自分の文句が言われてるんじゃないかと、ヒヤヒヤしてくる。 「……心臓によくないなぁ、こういう状況は」 そんなときだった、部屋の扉が叩かれたのは。 「はい?」 遠慮がちなノックに返事をするも、扉の向こうからの返事はなし。 ………………? なんだろう? 住んでいる者が限られる寮で、イタズラってこともないだろうし。 「鍵なら開いてるぞ?」 もう一度声をかけると、ようやく反応が返ってきた。 「あ、あの……ボク、ニコラだけど……ちょっといいかな?」 「どうぞ」 「お邪魔、します」 ……これは、意外な。 微妙に避けられていると思っていたのに……向こうから来てくれるとは。 「どうかしたのか?」 「うん。ちょっと……は、話がね、あって……」 「なんだ? 長くなるなら、そこの椅子に座ってくれていいぞ」 「あっ、いや、大丈夫、平気。座ると……余計に落ち着かない気分になりそうだから」 「……もしかして、体調が悪いのか?」 「大丈夫か? せっかくディーラーデビューしたところなのに、体調を崩したらもったいないだろ」 「本当に知ってるんだね……昨日のこと」 「え? あっ……しまったな……」 「あー、ちょっと風紀班の巡回の途中にな。エリナから話を聞いた」 「というか、ニコラこそ、俺が昨日カジノに行ったことを知ってるのか? まさか……エリナが喋ったのか?」 「うん。“余計なことじゃないから”って、ボクに教えてくれたんだ」 「それは歪曲だと思うが……まぁ、ギリギリグレーゾーンということにしておこう」 「それじゃ、ボクを助けてくれたって言うのも、本当なんだ?」 「助けたなんて大層なものじゃない。偶然、イカサマに気づいただけだ」 「……どうして、そのことを黙ってたんだい?」 「そう訊かれても……その方がいいかと思って。ワザワザ、イカサマを見抜いたのは俺だ! なんて、水差す必要もないだろう?」 「あぁ、そうだ。昨日の俺の行動がバレたなら、もう気にせずに言ってもいいよな?」 「ディーラーのデビュー、おめでとう。凄い格好良かったぞ、ボールを弾いてる姿」 「―――!?」 「あっ……ありがとう。それから……ボクを助けてくれて、ありがとう」 「そんな気にしなくていい。あれも風紀班の仕事のうちだ」 「……でも、ワザワザ巡回先の変更を申し出てまで、来てくれたんでしょう?」 「そんなことまで、バレてるのか……参ったな」 「だがそれも、本当に大したことじゃないんだ。《チーフ》主任もあっさりと、変えてくれたから」 「それって、ボクのことが……心配だったから?」 「教室での態度が変だと思ったからな」 「で、行ってみたら、デビュー日だって言うじゃないか。最初からちゃんと、教えてくれればよかったのに」 「だって仕事の邪魔するのは悪いし……それに、失敗するかもしれなかったから、もっと慣れてからの方がいいかなって思い直して」 まるで怒られた子犬のように、ショボーンとうなだれるニコラ。 ……本当、こういうところでメンタル弱いなぁ。 「……はは」 「え? なに? ボク、何か変なこと言ったかな?」 「いや、そうじゃなくて、可愛いなと思って」 「ひぇっ!? かっ、かかか、可愛いって……可愛いって……―――ッ!?!?」 「へっ、変なこと言わないでくれないかな!」 「いや……変なことを言った覚えはないが……す、すまん。一瞬、ニコラの態度が可愛いと思えたから、思わず口に出してた」 「思わずく、口に出してたって……可愛いって………………~~~~~っ!?」 「佑斗君……キミはボクを殺す気だ、そうなんだね!? 不意打ちでそんなこと言うなんて、ショック死したらどうするつもりなんだよ! もうっ!」 「え? いや、その……なにがなんだかよくわからないが……とりあえず、すまない」 「謝らないでよ、もう!」 「……えぇぇぇぇぇ……」 怒ってるみたいだから、謝ったのに……ニコラは俺にどうしろと言うんだろうか? 「とっ、とにかく! 昨日は本当にありがとう。助かったよ」 「本当に気にしないでくれ」 「そんなことよりも俺は、笑顔でデビュー報告をしてくれた方が嬉しいぞ」 「うん。おかげさまで無事、デビューすることができました。今後も、ディーラーの機会を設けてくれるって」 「そっか、よかったじゃないか」 「無様なところもあったけど……それは本当によかったと思ってる。これも、佑斗君のおかげだよ」 「それは違うだろう。全てはニコラの努力が実っただけだ。俺は何もしていない」 「それに、卑屈になる必要もない。無様なんかじゃなかった、俺の目には格好よく見えた。眩しいぐらいに輝いてたよ」 「………」 「だから……そんなこと言われたら、ショック死しちゃうって言ってるのに……絶対ボクを殺すつもりだよ……」 「それに、ボクはやっぱり……ゆ、佑斗君のことが……~~~~~~ッ!」 「ん?」 「ぬぁっ、なんでもない! それで……それでね、ちょっとお願いがあるんだけど」 「難しいことでなければ、なんなりと」 「その……今度、一緒に出掛けないかな?」 「出かけるって、それって……」 「でっ、デートじゃないよ!? 別にデートに誘ってるわけじゃなくて……えと、えーっと……おっ、お礼!」 「イカサマの件のお礼をしたいんだ! どう……かな?」 「お礼か……別にそういうのをして欲しくて、助けたわけじゃないしな」 「さっきの感謝の言葉だけでも十分なんだが……」 「そ、そっか……そうだよね……」 「だが、そうだな。デビューのお祝いも含めて、ということなら付き合おう」 「ほ、本当に!? ジョーク、とかじゃないよね?」 「ああ、冗談で言ってるわけじゃない」 「あっ、でも、その……みんなの休みが重なる日はいつになるかわかんないから、多分……なんていうか……」 「二人で行くということか? 俺は別に構わないが?」 「そ、そっか……問題ないのか……」 「………」 ……なぜニコラは一瞬前まで喜んでおきながら、『断ってくれてもよかったのに……』という雰囲気を突然醸しているだろう? 「嫌なら、止めておくか?」 「ううん、そんなことないよ! い、行こう! お礼をさせて欲しいから」 「わかった」 「そっ、それじゃ詳しい日程はまた後で。ゴメンね、時間を取らせちゃって。ボクはこれで――」 どこか慌てた様子でニコラは、俺に別れを告げて扉の方に向かう。 だが―― 「あっ、あれ? 開かない、この扉、開かないよ!? 鍵がかかってる!?」 「誰か、助けて! これ以上この場に居たら、ボクは緊張で本当に死んじゃうってばー!」 「落ち着け。部屋の扉は引き戸だ、押したら開かない。そもそも鍵がかかっていても、室内から開けられるだろ」 「あっ、そっか、そうだね。あはは、なにしてるんだろう、ボク。じゃ、じゃあっ、そういうことでっ!」 そして今度こそ、ニコラは部屋から飛び出していく。 「どうしたんだろう、急に」 「しかし、二人で出かけるのか……」 まるでデートみたい……いやいや、友人のお礼とお祝いなんだから別にデートじゃないだろう。 「それにニコラはどうせ、いつもの派手な私服だろうしな。デートには見えないだろう」 「しかし……ニコラの態度は妙だったな」 まるで仔犬みたいな反応を示したり、 顔を真っ赤にしたり、 扉を開けられないぐらい慌てたり…… やっぱり、可愛かった……かもな。 「……しかし、なにをそんなに慌てていたんだろう?」 「うわ~~~んっ!」 「あっ、帰って来た」 「どどどど、どうしよう? 二人で出かけることに、OKされちゃったよぉ~~っ!」 「わぁ! よかったじゃないですか!」 「デートだよ! 女をアピールするチャンスだよ!」 「まぁまぁ、一旦落ち着きましょう。それでニコラ、ちゃんと話ができたということでいいのね?」 「う、うん。ちゃんと話せたよ、お礼も言えたし……」 「で、どうだった? 話してみた感じは」 「えっと……その……やっぱりボク、佑斗君のことが好き……なんだと思う」 「話してるとドキドキして、褒めてもらえると嬉しくて……こんな気持ち初めてだよ」 「それに、可愛いって言ってくれて……できれば、もっと言って欲しい。佑斗君に、可愛いって……褒められたい」 「……ヤバい、ニコラ可愛い」 「確かにね。あの男装コスプレ娘の中身が、こんなに乙女だったとは」 「それで、デートに誘ったんですよね?」 「別にデートじゃないけど……一緒に出掛ける約束はしてきた。快諾してくれたよ」 「それって二人っきりで?」 「う……うん。佑斗君も、それで問題ないって、一緒に出掛けてくれるって」 「おー! それじゃやっぱりデートだね」 「でもボク、デートじゃないって否定しちゃったけど……」 「それは心配ないわ、くふ。佑斗は童貞だもの、デートじゃないと思っていても、女の子と出かけることに意識をしてしまうに違いないわ」 「そっ、そういうものかな?」 「そういうものよ。もし思っていないのなら、無理矢理にでも意識させる。そうすれば童貞の佑斗はドキドキよ」 「今現在ドキドキしてるのは顔を真っ赤にさせてるミューだけどねー」 「いちいち言わなくていいのっ」 「でもでも、それなりの雰囲気って? ボク、男の人と出かけるなんて初めてで……ど、どうすればいいの?」 「そんなこと訊かれても……私だって、男の人と出かけたことなんてないし……」 「恥ずかしながら……わたしもそういう経験はないですね」 「美羽君も顔真っ赤にしてるから、経験ないだろうし……」 「……失礼な決めつけね。まぁ、事実なんだけれど……」 「にっひっひ、ここはエリナの出番だね!」 『えーー……』 「一同揃って、その失礼な反応はなに!?」 「わー、エリナちゃん! そういう経験があるの!?」 「ないよ? でも、知識はちゃんとあるから心配しないで! エリナにどーんとまかせろいっ!」 「それじゃ、まずどうすればいいのかな?」 「ではまず、新しい下着を用意します。あと、無駄毛の処理を忘れずに」 「はいはい、それじゃ真面目にちょっと話し合おうか」 「あれー? エリナだって真面目に言ってるのに」 「でも確かに、女をアピールするなら、ちゃんとした服を買った方がいいかもしれないわね。スカートとかで生足を見せつける感じで」 「スッ、スカート!? そんなの穿くの、恥ずかしいし、生足だなんて……そんなの……」 「いいから任せておくの。寮・長・命・令!」 「ここで寮長を持ち出すのは卑怯じゃないかなぁ」 「可愛いって言われたいんでしょう?」 「それは………………うん。佑斗君に言ってもらえると、凄く嬉しかったから」 「だったら、任せておきなさい。ちゃんと可愛くしてあげるから」 「それじゃ……よろしくお願いします」 「あと、デートのプランを考えて……告白についても考えないとね」 「だから、告白なんてムリだってばー!」 「でも、ちゃんと言わないと気持ちは伝わりませんよ?」 「それはそうかもしれないけど……でも、告白なんて早すぎるよ。それに失敗したら……この寮で暮らしにくくなるし」 「そんな後ろ向きはダメだよ。今から失敗したことを考えても仕方ないでしょ」 「ニコラ、もやもやした気持ちのまま、佑斗と一緒に暮らしたい? 佑斗の前で、このまま男の姿のままで立っていたい?」 「え? いや、それは……こんな気持ちになるのは初めてで、何とも言えないけど……やっぱり、嫌かな。女の子として、見て欲しい……」 「だったら、告白ですよ、告白!」 「エリナたちが、万全のプランを立ててあげるからね!」 「あの……ありがたいはありがたいんだけど……キミたち、やっぱり面白がってない?」 「んっ、んん……」 「ふぁっ、あーぁ……もうこんな時間か……」 すでにこの生活習慣に馴染んできたのか、学院や仕事がなくてもほぼ同じ時間に目を覚ましてしまう。 あんまり遅くなると、夕食を準備してくれている稲叢さんにも迷惑がかかるので、寝坊をするわけにはいかないしな。 「それから、今日はニコラと一緒に出掛ける日だ」 あの約束をしてから三日後。 今日は学院も互いの仕事もない上に、天気もいいようなので、出かけるには絶好の日だ。 「さてと……着替えて、夕食を食べに行くか」 「おはよう」 「おはようございます、すぐに夕食ができますからね」 「ありがとう、よろしく頼むよ」 「おっ、おはようっ! ゆ、佑斗……君」 「……顔が少し赤いみたいだが、大丈夫か? もしかして体調が悪いか?」 「い、いや、そんなことはないよ」 「無理はしない方がいい。もし体調が悪いようなら、今日の外出は止めておいた方が――」 「だっ、ダメッ!!」 突然、弾けたように、大声を出すニコラ。 び……ビックリした……。 「あっ、ご、ゴメン……大きな声出して。でも、本当に大丈夫だから。予定通りでお願いします」 「そ、そうか。わかった、了解だ」 そんな必死になるぐらい、行きたい場所でもあるんだろうか? 「そ、それじゃ行こうか」 夕食も済み、俺は約束通りニコラと共に出かけることにしたのだが…… 皆がやけに、ニヤニヤとしていたのが気になる。 あの表情は一体なんだったのだろうか? 「それでどこに行くんだ?」 「え? あっ、そ、そうだね……確かまずは……そう! ショッピングモールに行くんだよ!」 「……どうしてそんな、誰かに言われたみたいな言い方をするんだ?」 「それは……こ、細かいことは言いっこなし! とにかく、行こう!」 「まぁ、ここに突っ立っていても仕方ないし、行くか」 俺はニコラに連れられ、巨大なショッピングモールを訪れた。 なんだかんだ忙しい日々が続いたので、ここに来たのは初めてなんだが…… 「凄いな、こりゃ」 「来るの、初めてだっけ?」 「ああ。買い物に便利な場所って噂は聞いたことがあるが……まさかこんなに大きいとは。観覧車まであるし」 「ここには観光用の免税店、海外ブランド直営店はもちろん、もっとお手頃な日常品も売ってるからね。便利だよ、色々と」 「食事するお店も沢山あるしね。ということで、ここでブラブラしながら、食事をするのが最適なんだって」 「だから、なんで伝聞?」 「こっ、細かいことはいいじゃないか! それよりも文句はない? あっ、心配しないで。今日はボクの奢り。お礼だからね」 「この場所で過ごすのには文句ない。だが、奢りという部分には文句がある」 「忘れてないか? 今日は、ニコラのデビュー祝いでもあるんだ。俺にも祝わせて欲しい」 「でも、そんなの悪いよ。ボクがお世話になりっぱなしで」 「まぁ、そう言うと思ってたよ。だから、こうしよう」 「俺がニコラの分を出すから、ニコラは俺の分を出す」 「それって……結局、ワリカンってこと?」 「違う。全然違う。気持ちが違うだろ? 自分の分を出すのと、相手の分を出すのなら」 「それは……まぁ、そうかもしれないけど」 「じゃあ、そういうことで決定だな」 「それじゃ早速行くか」 「ちょっと待って!」 「ん? どうした?」 「その……ちょっと、ここで待っててくれないかな?」 「それは構わないんだが……どうしたんだ?」 「それは……その……やっぱり、こういう時は……待ち合わせとかしてみたいから」 「待ち合わせ?」 「とっ、とにかく! ここで待ってて! すぐっ、すぐに戻ってくるから!」 「……? よくわからんが、わかった。とにかく俺は、ここでニコラの帰りを待っていればいいんだな?」 「そう。すぐ、すぐに戻ってくるから。どこにも行っちゃダメだよ!」 「………」 ニコラはそう言って、モールの方に小走りで向かっていく。 小脇に大きなカバンを抱えて。 「………?」 そういえば、寮を出たときから持ってたな、あのカバン。 何が入ってるんだろう? そうしてかれこれ、15分ほどが過ぎただろうか? 「遅いな」 トイレにしても若干不自然だ。 込んでいる可能性もあるが……テーマパークってわけでもないんだから、そこまで込むだろうか? 「まさか迷ったってこともないだろうし……どうしたんだろう?」 「一応、携帯に連絡を入れてみるか……?」 迷いつつ、俺は携帯電話を取り出したその時だった―― 俺が怪しい人物を発見したのは。 「………」 まず目に入るのは、やたらと表面積の大きい黒。 あれは……まさか、マントか? 全身を包み込む様はまるで、子供がカーテンに丸まっている姿を思い起こさせる。……いや、バラエティ番組の芸人とかかな? そしてその黒とは対照的なまでの美しい金髪。 まさかとは思うが…… 「あれ、もしかしてニコラか?」 この都市は観光都市だ。別に外国人が珍しいわけじゃないので、金髪だけで判断はできない。 しかも髪の毛を下しているらしく、いくら吸血鬼の目があるとはいえ、この距離ではハッキリとはわからない。 だが…… 「あんなマントを羽織った相手に心当たりなんて、一人しかいないしなぁ」 マントで身体を包んだ怪しげなソイツは、歩きにくそうにしながらこちらに向かってくる。 「歩きづらいなら脱げばいいのに……」 当然、そんな恰好をしていれば目立つことは言うまでもなく……俺だけでなく、周りの家族連れやカップルの衆目も集めている。 そして、警察の方々の視線も……。 「あの……すみません、ちょっとよろしいですか?」 「え!? な、なにか?」 「その恰好は一体……何なんだい?」 「別に……至って普通なマントですけど?」 「いやいや、マントの時点で普通じゃないからね? とりあえず、マントの下を見せてくれる?」 「えぇぇっ!? 無理ですっ、ダメですっ、そんなことできません!」 「なにっ!? そのマントの下には、見せられない危険物でも!?」 「そうじゃないです! そうじゃないですけど……恥ずかしいから……」 「マントの下が恥ずかしい!? まさかキミ、露出狂かね!?」 「そういう意味でもなくてぇぇぇーーーっ!」 「とにかく君、署までご同行願おう。署にまで行けば、女性職員もいるから言い逃れはできないよ」 「いえ、本当にそうじゃなくて……困ります、本当に困ります。うわぁぁぁぁ、どうしてボクがこんな目に!?」 「………」 そりゃ、マントにくるまってりゃ、怪しさ爆発だ。 職質されるのも当然だろう。 「さっ、一緒に来て」 「人と待ち合わせしているので、困ります。本当に困るんですぅぅーー」 「はぁ……」 ただでさえ目立っていたのに、警察との問答でざわめきまで起きている。 あんまり目立つ中に入っていきたくはないが……放置もできない。 「あの、申し訳ない」 「あぁ、佑斗君!? 助けてぇ!」 「君は……普通の恰好のようだが、この子の友達?」 「そうです。あと、風紀班で働いています。以前、何かの事件の時にお会いしたことがありませんでしたか?」 「ん? んんー………………あぁ、思い出した。君はアレだ、車を受け止めていたね」 「すみません、この子には自分の方から言っておくので、署に同行させるのは見逃してもらえませんか?」 「怪しい者じゃないことは、自分が保証します。同じ学院の寮で暮らす仲間ですから」 「そうそう。だから、ボクは全然怪しくありません!」 「……危険物や露出ではないんだね?」 「ちっ、違います! そんな、軽犯罪法に触れるようなことはしてません。ただ……見られるのが恥ずかしいだけで……」 「わかったよ。では、風紀班の方に身柄は引き渡した、ということでいいかな?」 「えぇ。それで問題はありません」 「そういうことなら。……だがキミ、あんまり目立つようなことは困るよ?」 「はい。すみません」 「お手数おかけしました」 そうしてようやく、警察の人は立ち去っていく。 胡散臭そうな視線をこちらに向けながら……。 「はぁ……で、なにしてるんだ? その恰好は?」 「ちょっと、お出かけ用におめかしを……みんなに、しなきゃダメだって言われて」 「おめかし?」 ふむ……そう言えば、若干顔の印象が違うな。 いつもよりも柔らかい気がする。 「なんだか今日は、女の子っぽくて可愛いな」 「ふわぁぁっ!? ぼっ、ボクなんてそんなことないと思うけど………………ほ、本当?」 「ああ。本当にそう思う。やっぱり化粧の効果か?」 「そ、そうかもしれない。いつもの方がもう少し濃いから……今日はナチュラルメイクの方が効果があるって言われたんだけど……」 「本当だった……効果抜群だよ、凄い……やっぱりプラン通りにすべきなんだね、ありがとう、みんな!」 「……どういう意味だ?」 「ううんっ、なんでもない。それじゃ――コホン」 「待った? ゴメンね。ちょっと手間取っちゃって」 「ああ、それは別に構わないが……」 「ダメだよ、プランと違うことをされちゃ」 「そこは『いや、全然。俺も今来たところだから』って言ってくれないと困るよ、気を付けてよね」 「………」 「……いや、全然。俺も今来たところだから」 「これ、何の意味があるんだ? ここまで一緒に来たんだから、待ったも何も……というか、プラン?」 「あっ、いや……ううん、なんでもない。やっぱり気にしないで」 「それじゃ早速、行こっか」 そう言ってニコラはモールに向かって歩き出す。 マントにくるまったままで。 「待て待て、落ち着け」 「うん? なんだい?」 「なんだい? じゃなく、そのマントを脱げ」 「そんなっ!? 佑斗君はボクを辱めるつもりなのっ!?」 「マントにくるまってる方が恥ずかしいだろ!」 「全然? むしろ、心が落ち着くけど?」 「……そういうところは無駄にメンタル強いな、お前」 じゃなきゃ、コスプレで生活はできないと思うが……。 「とにかくマントを脱げ。じゃないと、一緒にいる俺が辱められる」 「うっ、うぅぅぅぅ………………わかった、わかったよ、もう! 脱げばいいんでしょっ! 脱げば!」 「そんな半ギレにならなくても……」 「えぇーーいっ!」 ――バサッとマントを脱ぎ捨てるニコラ。 その下には黒の水玉ワンピースに身を包んだ、可愛らしい少女がいた。 いや、もともと可愛らしい少女だったんだが……これは……。 とんだ危険物を隠し持っていたものだ。 「………ど、どう……かな? 変? 変かな? 変だよね? ボクがこんな恰好するなんて。だから嫌だったのに~~~」 「い、いや……そんなことない。凄く、可愛い……見違えた」 「……ほ……本当? 嘘、吐いてない?」 「ああ、嘘でもお世辞でもない。俺の……正直な気持ちだ」 「そ、そっか……。ありが、とう……」 「……どういたしまして」 こうして女性服に身を包んだニコラは、どこからどう見てもただの女の子にしか見えない。 いや、かなり可愛らしい女の子だ。 だが、しかし……。 やっぱりおかしいだろ、そのおっぱいッ! なんだそれ! どうやったらその存在感のあるおっぱいを隠しきれるんだ? 質量保存の法則に反してないか、これ。 俺はニコラに、新たな宇宙の可能性を見たかもしれん。 「あ、あの……褒められるのは嬉しいけど……ジロジロ見られるのは恥ずかしいよ」 「ああ、すまない、そうだな。あんまり見ては失礼だな」 「つい見惚れてしまって……その、変化に。いや、変化と言うのもおかしいか?」 「女の子の姿が……ニコラ本来の姿なんだから」 「ううん、自分でも今の恰好の方が違和感を覚えるから……それに、スカートってスースーして……落ち着かないんだよ」 「足を晒すなんて、何年振りだろう……やっぱりパンツの方がいいのに」 そう言って足をもじもじさせるニコラは、肌も若干赤くなっており……妙な色気があるな。 ……ダメだ、完全に俺はニコラに対し、異性としての魅力を感じてしまっている。 その存在をアピールするおっぱいや、白く輝く太ももを見ていると……胸がドキドキしてきそうだ。 「しかし……どうして、そんな恰好を?」 「勘違いしないで欲しいんだが、似合っているという言葉に嘘はない。それに……凄く、可愛いと思ってる」 「う……うん」 「だが、そんな真っ赤になるぐらい恥ずかしいことを、どうして……?」 「それは、その……見て、欲しかったから。佑斗君に、ボクの女の子の姿を……見せて……女子、アピール……」 「そ、そうか」 「ちゃんと、女の子に見えてるかな?」 「あ、ああ……勿論見えてる。多分、今後男の恰好をしても、もう男には見えないと思う」 「そっ、そっか。よかった……」 「………」 「………」 「とりあえず、行こうか」 「う、うん……」 そうして俺が、ぎこちない動きでショッピングモールに向かおうとした時――不意に俺の身体が後ろに引っ張られた。 「……え?」 見ると、顔を真っ赤にしたニコラが、服の裾を引っ張っている。 「あ、その……に、ニコラ?」 「こっ、これは違うの、その……は、はぐれないように! はぐれないように掴んでるだけなの!」 「だ……ダメ……かな?」 「いっ、いや、別に俺は大丈夫だが……」 「そっか、よかった。それじゃ、このままで行こう。はぐれると、大変だからね」 「ああ、わかった」 ぬぅ……心臓がバクバクする。この緊張、ニコラにバレてなきゃいいんだが……。 しかしなんというか……まるでデートだな、こりゃ。 そうして俺と、可愛らしい女の子となったニコラとの、二人の時間が始まった。 今回の目的は、俺に対する礼と、ニコラのお祝いのはずだったのだが……その内容は“まるで”ではなくデートそのものだった。 「これ可愛いね。佑斗君は、ボクに似合うと……思う?」 と、モールの中の服屋(勿論、女性物だ)でウィンドウショッピングをしたり。 「これ美味しそう、一緒に食べよ?」 と、ケーキをお互いで奢りあったり。 しかもケーキを食べてる最中には―― 「あっ、ほっぺにクリーム……ついてるよ?」 「え? いや……ついてないみたいだが?」 「ついてるの! ついてないとボクが困るの!」 「そ、そうなのか? じゃ、じゃ……つけるよ、ここら辺でいいか?」 勢いに負けて、自分で自分の頬にクリームを付けることになったかと思うと……。 「うん。それじゃ……ボクがとってあげるね」 「んっ――れるん……あっ、舐めちゃった……」 と、俺の頬についていたクリームを指ですくい取り、そのまま口の中に含むという荒業までやってのけた。 その後も―― 「あの……今日はお弁当を作ってきたんだ。た、食べてくれる?」 と言い出し、ニコラの手料理を初めて味わったり。 ただし、その弁当の御飯部分には、桜デンプンで思いっきりハートが描かれていて―― 「うっ、うわぁぁあ!? なにこれ見ないで!」 「ニコラ……今の、は?」 「ちっ、ちちち、違う! 違うよ? ボク、こんなハートマークなんて書いてないのに!?」 「いやだが、ハッキリと――あっ、手紙が付いてる」 「ニコラのお弁当、可愛くしておいたからね♪」 「………」 「うわぁあぁぁぁ……冷ましてる時だ、きっとお弁当を冷ましてる時に、イタズラされたんだぁぁ……」 「だがまぁ、別に食べられなくされたわけじゃないだろう? 食べてもいいか?」 「……う、うん。そう言ってくれるなら。それじゃ……はい。あ、あーん」 「なっ、何をっ!?」 「だから“あーん”……ほら、今日は佑斗君にお礼、するから」 「いや、だがそれは……さすがに恥ずかしいし……」 「……だ、だったら……ボクのお祝いってことでも、いいよ? だから……は、はい、あーん」 「………」 「あ、あーん……もぎゅもぎゅ……」 「お、美味しい……かな? 莉音君のには負けるのはわかってるんだけど……」 「いや、十分だ。美味いよ、本当に」 「そっかぁ~。よかったぁ~」 というような、やり取りをしたり。 ……今日のニコラは、ちょっと変だな。 こんなワザとらしいことまでするなんて……中二病の代わりに、女の子の恰好に戻ったときは、ベタな展開をしたくなるのだろうか? だが……ワザとらしいと思っていても、ニコラが可愛く見える。どんどん魅力的に見えてくる。 しかもニコラ自身も恥ずかしそうにしているのって卑怯だ。 そんなことを思いつつも―― 「た、楽しいね、佑斗君」 ニコラの無邪気な笑顔を向けられると、俺は静かに頷くことしかできなかった。 俺もまた、この時間が本当に楽しいと思えたから……。ニコラと二人でいることに、幸せを感じられたから……。 こんなに幸せなことなんて、今までにあっただろうか? 楽しいことはそれなりにあったし、寮とみんなといると笑っていられる。 けど、それとは違っていて……楽しいというよりも幸せなのだ。 これは……。 ああ……そっか、俺はいつのまにか……。 「さてと……そろそろ帰るか?」 「ちょっと待って。えーっと……」 「待ち合わせはした、服の裾は持った、服屋さんにも行った、クリーム舐めるのもしたし、お弁当は食べて、“あーん”もしたから……あとは……」 何やら指折り数えているニコラ。 ……そう言えば、最初の方に“プラン”とか言ってたし……色々と考えてきたのかもしれない。 「あぁっ! そうだ! ペットボトルがまだだった!」 「ペットボトル?」 「ゆっ、佑斗君! 喉、渇かない?」 「いや、今は別に」 「ちょっと待っててね、すぐにボクがペットボトルのお茶でも買ってくるよ」 「……いや、だから今は別に渇いてないと――」 「お金のことは気にしないで。ボクが出すから、すぐに戻ってくるからちょっとだけ待ってて」 「……人の話はちゃんと聞こうぜ」 俺の言葉は届かず、ニコラはそのままお茶を買いに走っていく。 そして自動販売機でお茶を購入し、また小走りでこっちに戻ってくる途中――不意にニコラが男に呼び止められた。 「………………?」 何か話しているようだが……若干ニコラが困っているようにも見える。 「あの様子だと……知り合いじゃなさそうだな。……ナンパとか?」 ニコラはあれだけの見た目だ。 ナンパする連中にすれば、放っておかない手はない。 ………………ムカッ。 「そんな気軽に声をかけるなんて、ちょっと腹が立つな」 ……ちょっと行くか。 「キミ、本当可愛いよねぇ。俺たち旅行で来たんだけど、案内してくれないかな?」 「だから、そう言うのは困るんだ。そもそもボクは、その……友達……と一緒だから」 「友達って女の子? ちょうどいいじゃん、その子も一緒に遊ぼうよ」 「じゃなくて、その人は男だから……こういうの、困る」 「え? 男連れなの?」 「すまない。彼女は今、俺と一緒なんだ」 「佑斗君!」 「あっ、なんだ、早く言ってくれればいいのに」 「まっ、こんなに可愛いならフリーなわけないけど……仕方ない。行こうぜ」 思ったよりもあっさりと、ナンパは引き下がっていった。 「大丈夫か? ニコラ」 「う、うん。ありがとう、助けてくれて」 「助けたってほどじゃないだろう。ニコラだって自分の口で、ちゃんと断ってただろう」 「というか、いつものニコラならもっと普通に対処できそうなものだが?」 「うん、なんだろうね……もしかしてこの服のせいかも。これを着てると、いつもの調子が出なくて……」 中二っぽい単語もそうだが、喋り方も若干変化してるしな。 形から入るタイプなんだろうな、きっと。 「そんなことより、佑斗君。はい、お茶」 「あっ、ああ……ありがとう」 「………」 「……ジーーーーー……」 「な、なんだ?」 「飲まないの?」 「後で飲む、じゃダメか?」 「できれば今飲んで欲しいな。そうじゃないと、その……困る、から……」 「……わかった。それじゃ」 ゴクゴクッ……と、軽く口を付ける。 「……ジーーーーー……」 そんなマジマジと見つめられると、恥ずかしいんだが……。 「ぷぁ……飲んでみたが、これでいいのか?」 「う、うん。あー、佑斗君のお茶を飲んでるところを見てると、ボクもなんだか喉が渇いてきたなー」 「………」 ……ひどい棒読みだった。 「でも、一口ぐらいでいいから、新しく買うのはもったいないかもー」 「………」 「……ジーーーーー……」 「……飲みかけてよければ……コレ、飲むか?」 「い、いいの? 佑斗君がそんなに言ってくれるなら、断るのも悪いし……もらおうかな」 「ど、どうぞ」 俺からペットボトルを受け取ったニコラは、両手でそれを受け取ると…… 「……うっ、うぅぅぅぅ……」 「……飲まないのか?」 「のっ、飲むよ! 今、飲むから! それじゃ……えいっ! んくっ、んくっ……んっ、んん……はぁぁ……美味しかった」 「あっ……これって、間接キス、しちゃった……ね」 「………」 ……ど……。 ドキドキしねぇっ! 演技はするにしても、もう少し自然にしてくれ、頼むから。 しかし…… 今の棒読みで確信した。これは明らかに、誰かが入れ知恵をしている! 濃厚なのはエリナ辺りか……美羽も大人ぶって参加しているかもしれない。 「よし、これでプランは全部OK。そっ、それじゃあ、そろそろ帰ろうか?」 「もういいのか? なら……帰るか」 「あっ、ゴメン。先に着替えを取ってこないと」 「………」 「………」 そうして俺たちは、寮の前まで戻ってきた。 無言のままで。 別に何かキッカケがあったわけではないのだが、何も話題が見つけられない。 ……ぬぅ、こんなにギクシャクするのは初めてだな。 ニコラの方も、妙に緊張しているみたいだし……もしかして、まだ入れ知恵プランが残っているのだろうか? 「………」 入れ知恵プラン、かぁ……別に、騙されてるってわけじゃないだろう。 稲叢さんじゃないんだから、ニコラは自分の意思で、今日のプランを実行したんだ。 つまり、それなりの目的があるということだ。 そして思い出すのは―― 「それは、その……見て、欲しかったから。佑斗君に、ボクの女の子の姿を……見せて……女子、アピール……」 どうして俺に女子アピールを? その理由を考えると………………もしかして、ニコラって俺のこと? 「……チラっ」 「っ!? ~~~~~っ!」 視線を向けてみると、思いっきり恥ずかしそうに視線を逸らした。 この反応……俺の自意識過剰ってわけじゃない……と、思いたい。 恥ずかしいと言いつつも、ワザワザ俺のために女の子らしい服を着て、今日のためにプランを立てて、弁当まで作ってくれて……。 頑張ったんだろうなぁ。あのプランを実行するために、勇気を振り絞ってくれたんだと思う。 こんなかわいい女の子が、俺のために……。 そのおかげで、俺も気づいたことがある。 だったら……今度は俺が、勇気を振り絞る番じゃないだろうか? 女の子に頼ったままで……いいのか? このまま、今日を終わらせていいのか? 「もう、着いちゃった……ね……」 「……そうだな」 ………。 心臓が、バクバクと破裂しそうなほど跳ねる。 ニコラだって、緊張したに違いない。だがそれでも、今日という時間をあんなにも色鮮やかにしてくれたんだ。 だったら――最後ぐらい、俺が頑張るべきだと思う。 だから……だから、俺はっ! 「ニコラっ!」 「ふあっ!? な……なに?」 「今日は、本当に楽しかった。誘ってくれてありがとう。弁当も美味しかったよ」 「あ、うん。気にしないで。ボクも、凄く楽しかったから……」 「おかげで、俺……気づいたことがある」 「気付いたこと?」 「ああ。大切なことに気付いたんだ。できれば……ニコラに知って欲しいんだが、聞いてくれるか?」 「え? あ、うん……聞くよ。一体なに?」 「――コホン」 緊張を一旦リセットするために、ワザとらしい咳をする。 そして改めてニコラの顔を真正面から捉えて―― 「好きだ、ニコラ」 静かに俺は、自分の気持ちをぶつけた。 「俺は、ニコラのことが、好きだ」 「………………………………………………………………………………………………………はっ?」 「勿論友達じゃなく、一人の女の子として。恋愛対象としての好きだ」 「ちょっ、ちょっと待ってっ!」 「すまないが、俺もいっぱいいっぱいなんだ。だから、一気に言わせてくれ」 「今日、ニコラと一緒にいられて、凄い嬉しくて、幸せだった。それて……自分の気持ちにハッキリと気づいたんだ」 「俺はニコラのことが、好きだ。できれば俺の恋人になって欲しいと思っているっ」 その言葉に、ニコラはポカーンとした様子で俺を見上げていた。 「どうだろうか?」 「そそそそんなこと、急に言われても……困る。困るよ、ボク……」 「そっ、そうか……困るのか……やっぱり、俺の勘違いだった、のか」 「だって、こんなの……こんなの……」 「想定してたプランとちがーーーーーーーうっ!」 「………………え?」 「プランだと、ボクが告白するはずだったのに! 佑斗君が告白してくるなんて、想定外だよ!」 「またこんな不意打ちをするなんて、佑斗君は本気でボクを殺す気なの!? ショック死させたいの!?」 「え? いや、そんなつもりは……全然。す、すまない……困らせるつもりはなかったんだ、うん。全然、そんなつもりはなかった」 ……あれ? 何となく謝ってしまったが……俺は別に、悪くなくね? 「まったく……ちゃんと反省して? すごく反省して? いきなり好きなんて言い出す……なん、て………………」 「………………――ッ!? ~~~~~~っ!?」 ようやく俺の言葉がしっかりと届いたのか、ニコラは顔を真っ赤にして、その場で悶え始めた。 「ちょっ!? い、いきなり何を言い出してるの!?」 「急だとは思うが……俺は本気だ。ニコラのことが、一人の女の子として好きなんだ」 「だから、そういうプランにないことをされると困るんだってば……」 「じゃあ、プランを変更しよう。ニコラの次の行動は、俺の気持ちに返事をする。このプランで、どうだ?」 「どうだって……そっ、そんなの……急に提案されても……」 「だが……そのプランとやらでは、俺に告白をしてくれるつもりだったんだろう?」 「そっ、それは、その……」 「その告白を、返事にしてくれるだけでいい。ダメか?」 「……わ、わかった。ボクも、覚悟を決めるよ」 「ボクも、佑斗君のことが好き……です。一緒にいると胸がドキドキして、可愛いって言ってもらえると、嬉しくて……こんな気持ち、初めてで……」 「好きなんだ、キミのことが……だから、だから……ボクとっ、付き合って下さい!」 「喜んで。よろしく頼む」 「ふっ、ふぁぁぁぁ~~~……これ、夢じゃない? ボク、変な夢を見てるとかじゃないよね?」 「ああ、違う。今日のデートは現実で、この告白も現実だ」 「その証拠に……」 俺はニコラの手を握り締めて、自分の温もりをしっかりと伝える。 「あっ……手、温かい」 「わかるか? 現実だろう?」 「う、うん。そうだね……この温もり、本物だ……あは、あははは。佑斗君、顔が真っ赤だよ?」 「それは……女の子の手を握るなんて、初めてだからな。顔だって、赤くなるだろ」 「ニコラだって顔が赤くなってるじゃないか」 「それはだって、ボクも恥ずかしいんだもん。好きな男の子に手を握られるなんて……」 「でも、それ以上に嬉しい。本当にありがとう」 「俺の方こそ、ありがとう、ニコラ」 俺とニコラの視線がぶつかる。 ニコラはゆっくりと目を閉じて、顔を俺に向けてきた。 そしてまるで磁石が引くように互いの顔が近づき合い…… うわ……改めて、本当に可愛いと思う。 こんな子が、俺のことを好きと言ってくれて……そして、今からキスをするんだ。 ファーストキスが……俺の初めての彼女が、こんなに可愛い女の子……本当に、こんなに幸せでいいんだろうか? 「ニコラ……」 「……佑斗、君」 そしてその、プルプルのみずみずしい唇に、俺の唇が触れ―― 「ニコラーーーーーー!」 「うわっ!? な、なんだ!?」 「え? この声……」 「ようやく見つけたぞ、ニコラ!」 「え? な、なんだ? 誰だ? そもそもどこから?」 突然の声に辺りを見回してみるものの、付近に人の気配はない。 真っ暗な夜の帳の中に見えるのは、見慣れた住宅の屋根と……蝙蝠が飛び交うばかりで……。 「むっ、なんだ貴様は!? まさか、ニコラを狙う痴漢か!?」 「えっ? えっ? もしかしてこの声……あの、蝙蝠……か?」 「ど、どういうことだ? どうして、蝙蝠が喋ってるなんて……」 「まっ、まさかこれ……おじい様ですかっ!?」 「久しいな、ニコラよ。安心せよ、痴漢は今すぐ我が何とかするからな!」 「いえ、この人は痴漢ではなくて――」 「お、おじい様……? それって蝙蝠が親族ってこと……なのか? いやでも、そんな……」 「痴漢、死すべしーーーっ!」 そうして、暗闇に乗じて俺に突撃してくる蝙蝠。 だが、そこは俺も吸血鬼。夜の住人だ。 この暗さであっても、蝙蝠の動きを見切り、目で捉えることはそう難しくない。 「うわっと」 蝙蝠が顔にぶつかる直前に、俺は手の平を盾にしてその突撃を防ぐ。 直後、ベチッと音がしたかと思うと―― 「ぐっ、ぐぅぅ……む、無念……」 蝙蝠は力尽き、地面に落ちる。 ニコラはそんな蝙蝠を慌てて拾い上げ、呼びかけ続けた。 「おっ、おじい様っ、 大丈夫ですか、おじい様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 「………」 本当、なにが一体どうなってるんだ? 「はい、どうぞ。合成血液です」 「ああ、こりゃどうも。[かたじけな]忝い」 「………」 ……蝙蝠が血を飲んでいる。 その光景に、昨日の告白が夢でなかったことの嬉しさとともに、目の前の蝙蝠が本当にニコラのおじい様なのか? という困惑を覚えた。 「おはようございます」 「むっ、お前か。痴漢の小僧」 「だから、痴漢じゃありません」 「あはは……」 「おはよう」 「おぉ! ニコラ、昨日はロクな挨拶もできんで、悪かったな」 「いえ、こちらこそ。突然おじい様が現れて、動揺してしまいまして。まずはボクの方から、ちゃんと挨拶をしなければいけないのに」 「いやいや、気にしなくともいい」 「ニコラ、改めて確認しておきたいんだが……この蝙蝠は、本当にお前の祖父なのか?」 「おじい様は祖父じゃないよ。もっともっと、ケフェウス家のご先祖様だよ。多分、500年近くは生きてるんじゃないかな?」 「ごっ、500年!? それって、市長みたいに再生能力を持った吸血鬼ってことか?」 「ううん。おじい様はもっと特殊な《ギフト》能力を有していてね、自分の意識を移すことができるんだ」 「それって……」 「つまり、蝙蝠の身体の中に自分の意識を《ムーブ》移動、そして操ってるんだよ。昔は使い魔って言われてた能力らしいよ」 「そ、そんな能力まであるのか?」 「かなり《レ]希[ア]少な[ギフト》能力だと思うよ」 「しかし、喋ってるぞ?」 「蝙蝠に声帯があるわけじゃないから多分……実際の声じゃないんだと思う。ボクも、おじい様に関しては詳しいことは知らないんだ」 「とりあえず、身体を失っても仲間の吸血鬼を助けてくれてる、偉い人だと教えてもらったかな」 「それじゃあの人は、実体のない意識だけで数百年も?」 「ボクはそう聞いてる。おじい様の身体はもうないって」 「それは凄いな……」 「ちなみに、その子孫のニコラの能力も凄いのか?」 「ボク? ボクは凄くないよ。獣化の一種でね、獣みたいな能力を発動できる程度」 「獣みたいって……たとえば?」 「まぁ、言ってしまうと身体能力の向上だね。聴覚や嗅覚が敏感になって、匂いで人を判別できたり、数十メートル先の小さな音も聞こえたり」 「あと、爪を伸ばして武器に使ったり……多分、オオカミの系統だと自分では思ってる」 「へぇ……なんか吸血鬼というより、狼男みたいな能力だな」 「それ、気にしてるからあんまり言わないで欲しいなぁ。あと……ボクはもう、男じゃないよ?」 「ああ、すまない。男じゃないのはわかってる。ニコラは凄く可愛い女の子だ」 「~~~~~っ!? だ、だからって可愛いとか言われると、困るんだけど……」 もしかして、吸血鬼らしくこだわるのは、その能力が原因なのかもしれない。 「話を戻すけど……ボクの家は一応貴族をやってたって言ったでしょう? その階級を勝ち得たのがおじい様らしくて」 「今でも当主の身体を借りて、人間との交渉の場に赴くこともあったりで……ボクの家だけじゃなく、付近の吸血鬼からも崇められる存在なんだよ」 「なるほど。この都市で言う、小夜様みたいなものか」 「はぁ、飲んだ飲んだ。馳走になったな、娘よ」 「いえいえ、お気になさらず」 「それで……おじい様、本日は一体どのようなご用件で?」 「どのようなも、このようなもあるか。ずっとお前を探していたんだぞ」 「え? ニコラ、もしかして家出なのか?」 「ううん、違うよ。ちゃんとお父様とお母様には話してきた。でも、おじい様には……」 「どうして我には内緒で出て行ったりしたんだ!」 「いやだって、おじい様は反対するでしょう?」 「当たり前だ! 我が一族に故国を離れることを禁ずる戒めを作ったのを忘れたか!?」 「それは理解していますが、だからといって、いつまでもあそこに閉じこもっていたくはないのです。あのままでは一族も衰退してしまいます」 「だからこそ、お父様もお母様も、それにお兄様たちも、ボクの願いを聞き入れてくれた上に、応援してくれたんです」 「だからといって、お主のような可愛い娘を、我の目の届かぬところに置くなど……何かあったらどうするつもりなんだ?」 「しかも……よりにもよって海上都市? そんなもの、認められるはずがないだろう! あのババアのところになんぞ……」 「……ババア?」 「ほぉー、本当にまだ生きておったのか、驚いた。いや、その状態じゃと、まだ死に続けておったのか、と言うべきか? すでに成仏したと思っておったが」 「市長? どうしてここに?」 「私たちが連絡しておいたのよ、一応」 「蝙蝠の身体とはいえ、この都市に未登録の吸血鬼さんが現れたことになるから。確認のためにね」 「ああ、なるほど」 「ふん。出たか、化け物ババアめ」 「貴様に言われとうないわ。幽霊め」 「え? え? 小夜様は……おじい様とお知り合いなのですか?」 「昔、ちょっとのう」 「“ちょっと”? 今、“ちょっと”と申したか?」 「他人の土地で好き勝手暴れて、領主を叩き潰したことが“ちょっと”? 我が人間との関係を直すのにどれだけ苦労したと思っている!」 「やかましい。貴様が貴族の肩書きを得たのは、その時のことがキッカケであろう? 知っておるぞ。むしろワシを崇めてもいいぐらいじゃろうが」 「たまたま帳尻があっただけで偉そうに! 一歩間違えれば人間に潰されてもおかしく無かったことを忘れるな!」 「……何してるんですか、市長」 「ん? いやなに……ワシにもちょっとヤンチャな時期があってのぅ。若気の至りじゃよ、若気の至り」 「お前あの頃、すでに100歳を超えておっただろう? 普通はもう少し落ち着くぞ」 「なるほど。小夜様も200年以上生きているわけですし、確かに知り合いでもおかしくはないのか」 「200年? バカを言うな、小僧。このババアが騒ぎを起こしたのは、我の身体が在った頃だぞ? コヤツはすでに――」 「くはははーっ! 女子の歳をバラすなど、失礼なヤツじゃのう? その身体をひねり潰すぞ?」 「……どれだけ経っても、暴力的で粗野なヤツだな、お前は」 「蝙蝠に言われとうはない。で、なんじゃ? この都市に何をしに来た?」 「決まっているだろう? 我の子孫を取り返しに来た。こんなところに置いておけん」 「この都市を出る。帰るぞ、ニコラ」 「え? ちょっっとおじい様!? 急に何なんですか?」 「故郷を出るにしても、この場所はイカン。なにより、治めておる者がイカン」 「随分な言いようじゃのう。まぁ、待て、落ち着け。どのような思いで言っておるかは知らぬが、この娘がここにおるのは自分の意思じゃろう?」 「この子はこの都市の危うさを知らんのだ。いや、この子だけではない、ほとんどの同胞が知るまい? この都市の現状を」 「………?」 「……なるほど。お主の言いたいことはわかった。じゃが、それを決めるのは、娘自身の問題ではないか?」 「とにかく、この娘は我がつれて帰る」 「しかしどうして今さら? この娘がこの都市に登録したのは随分前だったと思っておるが?」 「それが謎でな。以前にもこの付近は調べたことがあるのだが……何故か、その時は見つけることができなくてな」 「いや、非常によく似た者は見つけたんだが……けったいな服装をする男だったのだ」 『ああ~………』 コスプレだ、絶対あのコスプレのせいだ。 あそこまでの服装になったのは、こっちで音楽に触れたせいだと言ってたしな。 「お主の言い分は分かった。じゃが、とりあえず、《ルール》規則に従って、記録を残させてもらおう」 「といっても、お主には身体がないからのう。特別な書類が必要となる、一緒に来い」 「……いくら意識だけとはいえ、勝手に吸血鬼を出入りさせるわけにはいかない、ということか。わかった、我もそれぐらいならば応じよう」 「だが、無用な時間稼ぎをしようとするならば――」 「あー、わかったわかった。とにかく[ゆ]行くぞ」 「ぐぇっ!? ちょ、ちょっと待て、そんなに乱暴に掴むな。行く、ちゃんと行くから」 「では、小童。こやつはワシが一時的に預かっておく。じゃが……あくまで一時的であることを、忘れるでないぞ?」 「………」 「……わかりました」 「ニコラ、お前は身支度を整えておくように。必要とあらば、お前の親には我の方から連絡を入れておく」 「いえ、おじい様、ボクは……この都市にいたい。出ていきたくないです」 「ここには、大切な物があります。そして……大切な人がいるんです。だから、だから……ボクは帰りたくありません」 「ニコラ……お前は昔から、我の言うことを聞いてくれる子ではなかったな。我が何度言っても、女らしくはならなかったくらいだ」 「だが、今回ばかりは引くつもりはないぞ」 「……まぁ、待て。ここで言い争っても仕方あるまい。とにかくお主は頭を冷やせ。いきなり現れて、帰るぞ、ではこやつも困るであろう」 「……わかった。では少し時間をおこう。だが、明日だ。明日には帰る準備を整えておくようにっ!」 「ではな、皆の衆」 手短に言った市長は、そのまま寮の部屋を出ていく。 残された俺たちは、その後ろ姿を見つめながら、残された言葉を反芻してみる。 「帰るって……」 「ニコラ先輩……ご実家に帰っちゃうんですか?」 「……ど、どうしよう!? どうしようぅぅぅーーーーーっ!?」 「はぁぁ……困ったなぁ、まさかおじい様にあんなことを言われるなんて……」 「そんなにマズイことなのか? 親の了解はあるんだろう?」 「そうなんだけど………………さっき、説明したでしょう? おじい様の発言には今でも権力があるって」 「つまり……親の了承があっても覆る可能性が高い……ってことか?」 「うん、多分。おじい様がダメって言ったら、本当にボク、呼び戻されちゃうかも」 「そんなことが……」 「あっ、勘違いしないで欲しいんだけど、別に普段のおじい様は、人の生活に口を挟むようなことはしないんだよ?」 「ボクたちが困ったり、人間側との交渉の際に知恵を貸してくれたりするお優しい方なんだ」 「だったら……どうして、そんな縛り付けるような戒めを?」 「昔は、今よりもずっとずっと吸血鬼は酷かったそうだし……今もなくなったわけじゃない。そういう心配して……なんだと思う」 「……なるほど」 「でもボク、嫌だよ。折角、佑斗君に告白できたのに……佑斗君もボクのことを好きって、言ってくれたのに……こんな気持ち、初めてなんだ」 「別にね、自分が女の子であることに疑問を抱いたりしてたわけじゃないんだ。ただ……好きなコスプレをしてる方が楽しくて、好きだった」 「でも、今は違う。ううん、コスプレは好きだし、楽しいのは変わらない。だけどね……ボク、キミの前では女の子でいたい」 「男って勘違いされずに、ちゃんと女の子って認識して欲しいって思うんだ」 「……だから、今日もちゃんと女の子の恰好なのか」 「生足は恥ずかしいけど……男の子の恰好のままで、キミの前に立つのも恥ずかしいんだ、ボク」 「それに、女の子として見てもらえてるのは、恥ずかしい以上に嬉しいから」 「俺も、ニコラの女の子の姿を見せてもらえて嬉しいよ」 「離れたくない……ずっと、一緒にいたい。ボク、キミのことが……すっ、好き! 大好きっ! だから……」 「俺も好きだ、大好きだ。離したりしないと誓う」 真っ赤な顔で俯くニコラの頭に手を置いて、なるべく優しく撫でて落ち着かせる。 しかし……参ったな。 今回の件、一体どうしたら解決できるのやら……。 「なぁ、ニコラ。俺、明日あの人がまた来た時に、しっかり話してみたい」 「この先のことを考えると……いつかは、あの人を超えなきゃいけないだろうし、ちゃんと挨拶をしておきたい」 「この先って?」 「そうだな……例えば、結婚とか」 「けっ、けけけけ、結婚!? そっ、それはさすがに気が早いんじゃないかな……?」 「う、嬉しいよ? 勿論、そこまで考えてくれてるのは嬉しいんだけどさ! キスも、まだだし……その先だって……その、せ、せ、せ……」 「……エイレイテュイアの誓いとか……色々あるわけじゃない?」 「エイレイテュイアの誓い? なんだ、それは? 初めて聞くんだが……なにか、特別な儀式なのか?」 「えぇっ!? そ、そんなの訊かれても……だ、だから……せ、セックス……のことだよ、もう! エッチ! 言わせないでよ!」 「あ、ああ、そのことか。スマン……本気でわからなかったから、つい」 「とっ、とにかくね、ボクたち昨日ようやく気持ちを確かめ合ったわけじゃない? だから、親族の挨拶は気が早いような……」 「俺としてはニコラとは無責任に付き合っているわけじゃないと、言うつもりだったんだが……まぁ、気が早いとは俺も思う」 「で、でしょう?」 「だが、遅かれ早かれ通る道だ。だったら付き合い始めたのを機に、ちゃんと話をしておくのも変ではないと思うが」 「……佑斗君、意外と男らしいんだね」 「どうだろう? 俺は、おそらくもっと小さな男だと思うぞ? 小さいからこそ、男の責任について考えてしまう」 「特に、俺はニコラのことが本気だ。本気で異性として大好きだ」 「まだまだ現実感はないとしても、結婚もちゃんと視野に入れて……と思ったんだが……」 「やはりこういう考えは、重いだろうか?」 「佑斗君………………ううん。そんなこと無いと思うよ。というより、そんな風に考えてくれて嬉しいよ」 「そうか、よかった……。もし重いと言われたら、どうしようかと思ったんだが」 「真面目に考えてくれてるっていうのは、凄く嬉しいことだよ」 「そう言ってもらえると助かる」 「でもやっぱり、親族の挨拶は早いと思うな」 「だっ、だから……だからね、挨拶すべき段階になった方がいいんじゃないかなぁ……っと、思うんだけど………………どう、かな?」 「それは……子作りか?」 「ちちちち、違うよっ! こ、子作りって……エイレイテュイアの誓いの前に、すべきことがあるでしょ?」 「それはそうだが……」 「正直に言って、キスをしたら……そのまま暴走してしまう可能性が高い」 「それって……ボクと、したい……ってこと? その、エイレイテュイアの誓い……というか、せ、せせせ、セックス、をしたい……の?」 「したいっ」 「うっ、うぅぅぅぅぅ……さっきよりも男らしい……なんだか気合の入り方が違う」 「それぐらい、俺はニコラにメロメロなんだ」 「メロメロ……そ、そっか、メロメロなんだ……」 「ニコラは、怖いか? その……俺とセックスするのは」 「正直に言うと、ちょっと怖いかな。でも、大丈夫だよ。覚悟は昨日のうちにしてたから」 「それはまさか……もしかして、例のプランに組み込まれていたのか?」 「う、うん。エリナ君が……『男は狼だから、ここまで計画を練らないと』って。あっ、そうだ! そのための、準備があるんだよ」 「あの……もうちょっとだけ、待ってもらえる? すぐに準備するから、時間はそんなにかからないよ」 「……エリナのプランねぇ」 「あっ、そこは大丈夫。あんまりにも変なのは、先に弾いておいたから。取捨選択はしてるよ」 「そうか。ニコラが俺のために考えてくれたことなら……俺はありがたく受け入れさせてもらう」 「う、うん。ちょっと待ってて! 今、部屋から取ってくるから」 そうしてニコラは、そのまま俺の部屋を出ていった。 「………」 しかし、取捨選択しているとはいえ、エリナが提案してきたことだからな。 なんて考えていると、ニコラは一分もしないうちに戻ってきた。 小さな荷物を手にしているので、準備に関係するものだとは思うが……。 「本当にすぐだったな。もう、準備はできたのか?」 「ううん、まだ。今からだけど……ちょっと、後ろを向いててくれないかな? 見られるのは、恥ずかしい……から。あと、電気も……」 「………」 赤い顔で、身体をもじもじさせる様に、俺は思わず息を呑む。 本当に可愛いな、ニコラは……。 「わかった」 言われた通り、部屋の電灯をOFFにして、俺はニコラに背を向けてジッと待つのだが―― シュルシュル……と、不意に聞こえてきた衣擦れの音に、思わず俺は身を震わせる。 なっ、なんだ!? 脱いでる!? 脱いでるのか!? いやいや待って欲しい。そりゃ確かに俺は童貞だ。女性服の構造には詳しくない。 だが、世の中には初めて女性物の服を脱がせるドキドキ感というものも、存在すると思うんだ。 だから、一人で脱がれると若干寂しいというか、もっとドキドキ感を味わってみたい。あのブラのホックというものを、この手で外してみたいのだ。 しかしそんなこと、この状況下で言えるわけもない。 第一、俺のためにしてくれることなら受け入れるって言っちゃったし……もしかして俺、早まったか!? 「あ、あの……いいよ。こっちを向いてくれても」 「あのな、ニコラ……実は――」 そうして振り返った俺は、言葉を失った。 「――なっ、これは、まさか……」 「ベビードール、かっ!?」 そうか、だから服を脱いでいたのか! おいおいまさかこんな方法を取るとは……ぬかった。初めてであえて、ブラを外し、可愛らしさと色っぽさを演出してくるとは……。 意外とやるじゃないか。 この全体的なスケスケのレース、その大きなおっぱいの先端の乳首もハッキリと視認できるほどに、見えてしまっている。 そして下半身は……これまた、ちょっとエロめのショーツのみ。 その豊満な身体と、ベビードールという若干幼さを醸し出す組み合わせのアンバランスの妙。 そして、この半透明感が扇情的で……俺の興奮は一気に最高潮に達する。 「ど、どう……かな? へ、変?」 「いや、変じゃない。むしろ、よく似合ってる。見惚れてしまった……」 「ほっ、本当に!? よ、よかった……ドン引きされたらどうしようかと思ってたから」 「いや、引くどころじゃない。むしろ、俺の気持ちは完全に盛り上がっている」 ブラを外してみたい気持ちはまだあると言えばあるが……後悔はしていない。 それほどまでの破壊力が、ニコラの下着姿にはあった。 「そっか。それじゃ、このままでいいかな……? んっ……」 そうしてニコラは、目を閉じ、顔をあげて、俺にその可憐な唇を向けてくる。 自分が鈍いとは思っているが、さすがに今の状況が意味するものがわからないほどバカじゃない。 「……それじゃ、するぞ?」 「そっ、そういうことを、いちいち確認しないでよ! ぼっ、ボクだって……恥ずかしいんだからね」 「スマン。了解した」 俺はニコラの肩を抱くようにして、自分の唇を近づけていく。 「初めてなので……よっ、よろしくお願いします」 「………」 「あのな……始めに言っておくと、俺も初めてなんだ。だから緊張もしている」 「なので、ニコラも挨拶とかして、俺を緊張させないで下さい」 「ご、ゴメン。そんなつもりじゃなかったんだけど……」 「とっ、とにかくボクはね、昨日できなかった続きを、今日こそしておきたくて……だって、その、途中のままだと、なんだか生殺しみたいで……」 「ああでも変な意味じゃなくって、告白が上手くいった証拠というか、確信が欲しくて、それであの期待してた分、肩透かし的な――」 「ニコラ、ちょっと黙って」 「――んっ、んんんーーーーっ!?!?」 「……んんっ」 慌てるニコラの唇を塞ぎ、俺はその感触を味わった。 「ん、ん……んっ、んン……ンン……」 すぐ目の前に、ニコラの顔がある。 綺麗な肌と、大きな瞳、サラサラの金髪。 それ以上に感じるのは、この甘い匂いだ。 「ん、ンんん……んむっ、んっ、んんん……」 身体の力が抜けていくような感覚を覚えながら、俺はニコラの唇を貪っていく。 「んっ、んふー……んっ、んん……んふぅ、んっ、んんー……んっ、んっ、んんんーー――ぱっ、はぁ……はぁ……」 「これが、キスでいいはずだが……平気か?」 「はっ、はぁー……はぁー……ダメ、かも。胸が、もっとドキドキしてきちゃったよぉ……このままじゃ、心臓止まっちゃうかも」 「じゃあ、人工呼吸――んむっ」 「んっ――んふぅ!? んむぅ……んっ、んっ、んふぅ……んちゅ、んっ、んンンんっ」 驚きつつも、ニコラが俺を拒絶するような気配はない。 むしろ、積極性が増したようにも思える。 「んっ……んふぅーーっ、んっ、んくっ、んんん……んん」 「んっ……んじゅる」 「んむっ!? んっ、んじゅっ、ちゅっ、んじゅる……んっ、んぱっ、し、舌、佑斗君の舌……あっ、んじゅ、ちゅ、ちゅ、んちゅぅぅ」 「んちゅるる……んっ、もっと、口を開けて」 「んあ、こう? じゅるる……ンんッ、ん、んっ、んちゅぅぅ……れる、れろれろ……ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅぅ」 開かれたニコラの口の奥に、舌を滑り込ませた。 驚きつつも受け入れたニコラは、そのまま恥ずかしそうに舌を触れ合わせてくる。 「ん、ちゅ、ちゅぅぅ……れろ、れるれろ……ちゅ、ちゅ、じゅるる……んっ、んんんぱぁっ」 「はぁ……はぁ……これが多分、ディープキスだ」 「凄い、二次元ではこんなことをしてたんだ……凄く、ドキドキするけど……キス好きかも」 「キスが、好きなのか? それとも……」 「ディープキス。ボク、キミのディープキス、大好きかも……はぁぁぁぁ……」 「じゃあ、もう一回」 「あっ、そんな――んじゅるっ、じゅるる……んっ、ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅぅ……じゅるん、んっ、ん……」 俺の舌からヨダレが流れ落ち、ニコラの口元を汚していく。 一部は確実にニコラの口内に染み込んでいった。 「ん、んふーっっ……ちゅっ、ちゅぅぅ……んっ、コク……ゴクン……んっ、ちゅっ、ちゅっ、じゅるるる……」 ニコラの口の中を唾液でぐしょぐしょに汚し、混ぜ合わせ、吸い上げるようにして唾液の交換を行う。 俺の唾液はニコラの中に、ニコラの唾液は俺の中に、そんな単純な行為が、激しい興奮を生み出していく。 「んじゅる、んっ……コクコク……んっ、ぱっ、はぁぁ……佑斗くっ、んっ、んんん……んれる、れろれろっ、ちゅぅぅぅぅっ」 「んっ……んん……ニコラ……んんっ、ニコラ……じゅる、じゅるる」 「ちゅっ、じゅるる……んじゅっ……んンンッ……ん、ん、ん……ちゅぅぅーーーーーんぱぁぁぁっ、はぁーっ……はぁーっ……」 「も、もうダメ……息、苦しい……胸も、ドキドキしてて……はぁーっ……はぁーっ……」 「だが、ディープキスが好きなんだろう?」 「うん。大好きぃ……はぁー……はぁー……それに、佑斗君のことも好き」 「俺も、ニコラのことが好きだ、大好きだ……んじゅる」 「んふぅぅ、んっ、んーーーー……はっ、はぁぁ、れるる……ちゅるちゅる……れるん、佑斗君、佑斗君……んっ、じゅる、れるれろれろ……」 指を絡めるように強く、俺とニコラの舌が絡まり合う。 ニコラ……好きだ……。この気持ちを身体に染み込ませるように、俺は唾液をニコラの中に送り続ける。 「んっ、んちゅ……ちゅ、ちゅ……じゅるる……んんん……コク、コク……んっ、れるれろ……じゅるじゅる……んん」 俺はひたすらいやらしくキスをし続けた。 「んぅ、ちゅるちゅる……んっ、んじゅる……ちゅぅぅぅぅ、ぱっ、はぁーっ、ちょっ、ちょっと待って、はぁーっ……はぁーっ……」 「はぁー……はぁー……どうした?」 「本当に、凄い。ディープキス……こんなこと続けてたら、ボク……ダメになっちゃう。だから、先に……佑斗君、横になってくれる?」 「ん? わ、わかった」 言われる通り、俺がベッドの上に横になる。 するとニコラは俺の上に覆いかぶさるようにして、ベルトに手をかけた。 「よいっしょ……っと。ふわぁ……す、凄い……胸の真ん中が、凄く熱くなってる……」 「ニコラ、コレは……」 「え? だ、ダメだった? 気に入らない? 一応、プランではボクの……お、おっぱいで挟んで、その魅力でメロメロ……ってことなんだけど」 「いや、ダメなんてことはない。むしろ……その、凄い。ニコラのおっぱいの感触も……見た目も、凄くエロい」 「そ、そんな風に言われると恥ずかしいなぁ……でも、そっか。気持ちいいんだね? なら、嬉しいな」 そう言いながら、笑みを浮かべるニコラ。 今の恰好も相まって、それはいつもとは違う妖艶な表情にしか見えなかった。 「い、今からボクの……お、お、おっぱいでし、しごいて……あげる、から……」 「―――ッ!? な、何言ってるんだ、ニコラ」 「えっ!? こっ、これはダメなの!? だって、エリナ君がいやらしいことを言った方がいいからって……同人誌とかで、よくこんな言葉があるし」 「……そりゃまぁ……エロいことを言われたら、興奮はするが……そんなに無理はしなくていいんだぞ?」 「気持ちは嬉しいが、どっちかが無理をすることはない。二人で一緒に、だ」 「う、うん。わかった……でも、無理はしてないから。ボクが、佑斗君を喜ばせてあげたいんだ。だから、気にしないで」 「そ……そうか? だったら……でも本当に、無理はしなくていいからな」 「うん。ありがとう」 少し安心したような吐息を漏らしつつ、ニコラは改めて目の前の、俺の愚息に意識を向ける。 「でも、本当に熱い……佑斗君の熱が……ボクのおっぱいを温かくするみたいだよ……はぁ……はぁ……」 「凄い……ニコラのおっぱいの温もりと、柔らかさが凄くて……こんなの初めてだ……凄く気持ちいい」 「そう言ってもらえると、ちょっと嬉しいね。でも、本番はこれからだよね」 「んっ、じゅる……れろ~~~……」 ニコラは、先っぽだけ覗かせた俺の肉棒に、自身の唾を垂れ流していく。 「んじゅる……これぐらいで、いいかなぁ? どうかな? もう少し、濡らした方がいい?」 「どうと訊かれても……そもそも、どうしてヨダレなんて……」 「だ、だって、こうしないと気持ちよくないんでしょう? ちゃんと滑りをよくしないと、気持ちよくないって聞いたけど……」 「そうなのか? 俺は、ニコラのおっぱいの温もりを感じているだけで……凄い気持ちいいが……」 「はぁ、はぁ……それなら……こうすれば、もっと気持ちよくなるってことだよね? じゅる……れろ~~……じゅる、じゅる……」 泡立った粘液が、おっぱいの隙間に流れ込み、俺の愚息もベトベトに汚していく。 「うぁっ……ぁぁ……なんか、凄い」 ニコラが身じろぎする度にぬちゅっぬちゅっ……と、空気と粘液が混ざり合っていく。 それと共に、おっぱいが擦れ合い、俺の肉棒を柔らかく擦る。 「はっ、はっ……ほ、本当? 気持ちいい?」 「ああ……凄い、気持ちいいよ。ニコラのおっぱい、凄く気持ちいい……こんなに気持ちいいのは、初めての快感だ……」 「ふ、ふふふ……本当だぁ、佑斗君、凄く気持ちよさそうな顔をしてる」 「そんなこと言うなら、ニコラはエッチな顔をしているぞ」 「だっ、だって……こんないやらしいことしてたら……顔が赤くなるよ」 「赤いことを言ってるんじゃない。エッチだって言ってるんだ。ほら、乳首だって、こんなにビンビンになってる」 肉棒を挟み込むおっぱいの先っぽ、透けたレースの向こう側で自己主張している乳首を、俺は軽く指で摘まんでみた。 「ひぃぃんぅぅぅんっ!?」 ニコラは身体をビクンと大きく震わせながらも、肉棒を拘束するおっぱいを緩めたりはしない。 ぬちゅぬちゅっと音をさせながら、左右のおっぱいを強く擦り合わせていく。 「やっ、やぁぁぁ……あっ、くっぅぅんっ、ひ、ひぃ……ち、乳首、い、弄っちゃダメだよ……し、痺れる……あっ、あっ、ひゃぁっ!?」 「ダメ、ボクが……ボクがするんだから……んっ、んっ、んぃぃっ……そういう、プランなんだから」 乳首の刺激に耐えながら、ニコラはおっぱいを上下に動かしていく。 擦れる度に、思わず逃げ出したいほどの快感が生み出され、乳首をこねる動きが鈍っていった。 それに反するように、おっぱいの擦れ合いが激しくなり、ますます俺の意識は快感の痺れに意識を奪われる。 「ふ、ふふふ……どんどん気持ちよさそうな顔になってる。ボクのおっぱい、気持ちいい?」 「あ、ああ……いい、凄く気持ちいいよ。ニコラのおっぱいの感触、病み付きになりそうだ」 これが巨乳の魅力なんだろうか? 見た目はもちろん、柔らかな肉感、そして包み込む温もり、肉と肉が擦れ合う快感に、俺は思わず息を呑んだ。 「あふっ……あっ、んっ、んぁっ、はぅっ、ひっ、ひっ……んっ、ひぃ……」 「ニコラもエッチな声を上げてるじゃないか」 「う、うん。さっきから、おかしいんだ……ボク、おっぱいで擦ってるだけなのに、どんどん気持ちよくなってる……はっ、はっ、はぁぁぁ」 熱い吐息を吐きながら、しゅっしゅっ、と激しくおっぱいを擦り上げる。 間近に見るいやらしいおっぱいと、左右から押し付けられる柔肉が生み出す快感……凄い破壊力だ……想像していたよりも、ずっと気持ちいい。 そして重要なのは、先ほど垂れ流されたニコラの唾液だ。 この粘液が潤滑油となり、オナニーでは決して得られない刺激を生み出している。 「凄い……ニコラのおっぱいもそうだけど……さっきのヨダレが、凄くいいよ」 「本当? それじゃあ、もっと汚してあげるね。んっ……じゅるん、れちょ~~~……」 再び舌を出し、ネットリとしたヨダレをおっぱいに垂らしていたかと思うと……。 「んっ、今度は直接、塗ってあげるね。んっ、んちゅ……ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ……」 ニコラはさらに身体を乗り出し、先っぽの部分に口づけをして、直接唾液をこすり付けていく。 「に、ニコラ!?」 「ヨダレ、いっぱいの方がいいんでしょう? だから、もっとボクのヨダレ、付けてあげる」 「んちゅ、れちゃ……れちょれちょ、れるん。じゅるる……れちゃ、れちゃ……んっ、んん……どう? 気持ち、いい?」 赤黒い肉棒に、何度も何度も口づけを行い、ついにはその可愛らしい舌でくすぐり始め、直接唾液を染みこませていく。 「じゅるん……じゅるる……はっ、はっ、んん……ねるねろねろ……」 「あ、ああ……ニコラ、凄い。おっぱいだけじゃなくて、口も凄い気持ちいいよ」 「よかった。んっ、れろれろ……はれ? なんらか、変なお汁は……れる、れろん、これが、先走り汁、なのかな……れるん、ぴちゅ、んじゅる」 唾液とは違う、俺の先っぽから溢れた汁を、ニコラはそのまま唾液と交換するように舐めとってしまう。 「に、ニコラ、それは――」 「じゅるじゅる……んっ、え? な、舐めちゃダメだったの?」 「いや、ダメと言うことはないんだが……ニコラは平気なのか?」 「ん……ちょっと変な匂いがするけど……苦くないし、大丈夫だよ。れる、れろれろ……じゅるる……んっ、うん、やっぱり平気」 俺は抵抗がないのか? と尋ねたつもりだったのだが、どうやらニコラは味の事だと思ったらしい。 特に害はないとわかってか、ニコラは先っぽから溢れる汁をすすり上げた。 「ちゅっ、ちゅぅぅぅぅ……じゅるるっ、んんっ、んはぁ……はぁ……匂い、濃くなってきた、それにお汁も……じゅる、れる、れろれろ」 「うっ、あっ……それは、ニコラのおっぱいも、口も、舌も、気持ちいいから……」 「んっ、嬉しい。ちゅぴちゅぱ……もっと、お汁らして……お汁、エッチなお汁……れるん、れる、れちゃ、じゅるる」 先走り汁を吸い上げ、その代わりに唾液が俺の肉棒に塗りたくられていく。 その唾液は、柔らかなおっぱいが擦れ合う潤滑油となり、大きな快感を生み出していった。 「れちゃ、れちゅ……んんっ……凄い匂い……はぁ、はぁ……れろれろ…んっ、じゅるる」 「ニコラの唾液も凄い量だ。それに、顔もいやらしくて……興奮する」 「んっ、ほんとうだ……興奮しすぎてお、おち●ちん、ビクビクしてる……んっ、んじゅる、れちゅ、れろれろ……」 「それに、ボクも……ボクも興奮して、止まらない……もっと、もっと舐めたくて仕方ないよ……れるれる、れるん」 ニコラはおっぱいでサオをシゴきながら、飛び出た亀頭部を丹念に舌先でくすぐってくる。 動きとしては単純なものだが、その刺激が組み合わさると、驚くような快感を生み出していた。 だが……足りない。もっと、もっと刺激が欲しい。ニコラのおっぱいを味わいたい。 「んじゅるっ、んっ、んん……こし、動いてる? もしかして、きもちよくない? れちゃれちょ、れちゅん、れろれろ」 「いや、気持ちいい。本当に気持ちいいんだが……もっと、気持ちよくなりたいんだ。もっと、ニコラのおっぱいを感じたい」 「れる、れろれろ……じゅるる、んっ、いいよ。動いて、ボクのおっぱいを……お、犯して。いっぱい犯してっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ」 恥ずかしさを隠すように、ニコラは赤黒い先っぽにディープキスを行う。 激しく唇で吸いつけながら、尿道から溢れる先走り汁をまるで蜜のように、吸い上げていく。 「んっ、んん……じゅる、れじゅぷ、れちゃれちょ、れちゅん、れろれろ……ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅぅ」 ――じゅぷじゅぷ。 肉棒とおっぱいの間で、唾液の音が響き、俺の理性をゆっくりとはぎ取っていく。 「んちゅる……んっ、えんりょ、しないれ……じゅるる、いいよ、ボクのおっぱい、犯し尽くして……じゅるるっ」 それも同人誌で得た知識なのか? と聞く前に、完全に理性が剥ぎ落ちた。 俺はビンビンのニコラの乳首を摘み、おっぱいをしたから突き上げ始める。 「んひぃぃぃっ!? あっ、あじゅるっ、んっ、んん……ちくひ、ちくひ、らめぇぇ……んっ、れるじゅる」 「おっぱい、犯し尽くしていいって言ったじゃないか」 「それは……れも、れもぉぉ、んじゅる、じゅちゅ、ちゅる、ちゅるる、ちゅぅぅぅぅ……ちくひは、しひれちゃうぅぅ……」 乳首の刺激に悲鳴を上げるニコラの瞳は、まるで先走り汁に酔ったように蕩けきっていた。 俺はそんなニコラのおっぱいを、口を、凌辱するように腰を突き上げた。 「んっ、んん……じゅるぷ、乳首だけじゃなくて、おっぱいもいい……擦れてるだけで、気持ちいいよぉぉ……はっ、んっ、んじゅる」 子供の頭を撫でるように、ニコラはその舌で、俺の愚息の頭を撫でる。 「ちゅっ、じゅる、じゅるぅぅ……んっ、れろれろ……お汁、エッチなお汁、もっと出して……ちゅるちゅる」 さらに激しくなる、肉と肉の擦れ合い。 今や、先走り汁の量はニコラでも舐めきれないほどになり、俺の下半身は快感に痺れきっていた。 「くっ、ぅぅ……にっ、ニコラ、俺はもう、い、イきそうだ」 「んっ、れるれろ、じゅるる……んん……んじゅ、ちゅるるっ、ちゅ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅ」 「――っ!? うぁぁぁぁっ」 「じゅぷ、ぱっ、このまま、このままおっぱいで、ボクのおっぱいに、もっと濃いお汁を頂戴、んっ、じゅる、ちゅるるっ」 ニコラの言葉が、最後の一押しとなって俺の脳を揺さぶる。 そして、唇と舌の刺激と、おっぱいの擦れる快感に、俺はついに限界を迎える。 「ぅっ、あっ、あっ、で、出る、ニコラ、出る!」 「うんっ、うんっ、じゅるっ、ねちゅねろねろ……らして。お汁を、濃いのを、ボクにらしてっ! んじゅるっ、れろれろ、れるん」 「うぁっ、いっ、イくッ!! ニコラッ!」 「ひゃっ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」 我慢しきれず、絶頂を迎えた俺のモノが、ニコラのおっぱいに包まれたまま果てる。 垂直に飛び出した精液は、ニコラの顔やおっぱい、そのベビードールをドロドロに汚していった。 「はっ、はぁぁーっ……はぁぁーーっ……凄い、匂いも、ベトベトも、凄い濃いのが出てる……はぁっ、はぁーーー……」 「さっきのお汁が比較にならないくらい濃くて……あぁ……頭がボーっとしてきちゃうよぉ……はぁ……はぁ……」 「ニコラのおっぱい……凄い、気持ちよかった……」 「あんっ、動いちゃダメだよ。今、綺麗にしてあげるからね。れるんっ、れろれろ……ちゅるる……ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ」 「ぅぁっ!? に、ニコラ?」 「れる、れろれろ……じゅるん。ん? 舐めるの、らめ?」 「いや、そうじゃないが……大丈夫か?」 「んっ、ちゅるる……はっ、はぁ……苦くはないよ? 凄くネトネトで絡みつくみたいだけど……佑斗君の、味がする」 「………」 だから、別に味を聞いたわけじゃないんだが……。 しかもそんなことを言われたら……俺の興奮が冷める暇がない。 「んっ、じゅる、れろれろ……んっ、じゅるる……ねろねろ、れるん、んっ、ぱぁぁ……綺麗になったね」 「その分、元気にもなった」 「え? ……それって……つ、続けたいって……こと?」 「そうだ。だが、今度はおっぱいじゃなく……ニコラ自身が欲しい。ニコラとちゃんと繋がりたい」 「……う、うん。ボクも……ボクも、繋がりたい。これ……ボクの中に、い……挿れてみたい、です」 「それじゃ……」 「はぁぁぁ……これから、は、入ってくるんだね……佑斗君が、ボクの中に」 「ああ。入るぞ。今から、ニコラの中に入れる」 「はっ、はっ……う、うん。で、でも、最初に言っておくけど、ボクは初めてだから……その、上手くできないかもしれないけど……ゴメンね?」 「謝ったりしなくていいよ。俺だって初めてだ」 「そういう意味で言うなら、俺の方こそ先に謝っておく、すまない。上手くできなくて、痛いかもしれないが……」 「ううん、気にしないでいいよ。ボクは嬉しいから……痛みだとしても、それが佑斗君との繋がりで与えられるものなら、嬉しい」 「それにこれが夢じゃないってわかるしね。だから、ボクの身体に佑斗君の気持ちを……刻んでくれないかな?」 「ニコラ………………わかった。だが、本当にムリはしなくていいからな」 「それと……さっきからその、エッチな言葉なんだが、そんなにムリして言わなくていいんだぞ?」 「え? でも……嬉しいんじゃないの? 男の人は、その……こういうこと言うと」 「……二次元を参考にするんじゃない」 「口にするとき、言葉に詰まったりしてるんだから、言い難いんだろう? なら、無理して言わなくていい」 「それよりも、いつも通りのニコラがいいよ、俺は」 「う、うん。わかったよ……それで、あ、あの……」 ニコラの視線が、反り立った俺の愚息をマジマジと見つめる。 「うっ、うぅぅ……大きいなぁ……だ、大丈夫かな? ちゃんと入るかな?」 「多分、入ると思うぞ? できるだけ優しくはするつもりだから」 そう言いながら、俺は大きく開かれたニコラの股間に、自分の肉棒をこすり付ける。 すべりのいい生地を感じると共に、若干の湿りもあるような……。 「ひっ、あっ……んっ、んんっ……はぁー……はぁー……やっぱり凄く熱いね、それ……」 「それだけニコラが可愛いってことだが……ニコラ、もしかして濡れてる?」 「―――ッ!? だ、だだだだってっ! さっきの佑斗君のお汁を舐めてたら……凄く興奮して、なんか身体が変だとは思ってたんだけど……」 「ボク……そんなに濡れちゃってる、の?」 「そうだな……下着が湿ってるのがわかるぐらいには。ちなみに、冷たくないか?」 「え、えっと……正直に言うと、ちょっと冷たい……かも」 「じゃあ、脱がしてしまおうか」 「えぇぇぇぇぇっ!? ちょっ、ちょっと待って! 急にそんなこと言われても――」 ニコラの声を聞かず、俺はセクシーなショーツを剥がして、その下のワレメを露出させる。 「あっ、あぁぁぁ……見られちゃった、濡れてるところ、見られちゃったぁぁぁ……はぁ、はぁ」 「ニコラのココ、凄く綺麗だよ。ピンクで、ちょっと濡れてるのがまたエロくて……凄いな……」 「ヤダぁ、言わないで、そんなこと言わないでよぉ……恥ずかしくて、ボク、死んじゃいそうだから」 「それはすまない」 そして俺は、腰の動きに意識を集中させる。 ワレメから零れる愛液に擦りつけながら、愚息をコーティングしていく。 「ひゃっ、んっ、ふぁっ! あっ、あぁぁ……はぁ、はぁ、はぁぁぁ……凄い、凄いよ……こうして擦れてると、身体がどんどん熱くなってきちゃう」 「俺も、ニコラの可愛いおま●こに擦りつけてると、身体が熱くなってくる」 「あぁぁぁ……ヤダヤダぁ、そんなこと言われたら恥ずかしいってば……はぁ、はぁ、んっ、ひぁぁっ!?」 「そうだったな」 「そ、それで、あの……いつまで、擦りつけてるの? ぼ、ボク……そうやって焦らされたままだと、心臓が破裂しちゃいそうなんだけど……」 「俺も実は……これ以上、我慢できそうにないんだ。だから、そろそろいいか?」 「う、うん。来て……ボクの中に、頂戴」 愛液で十分に濡れた愚息を、そのまま穴に突き立てる。 入口に亀頭が触れただけで、ぬちゅっ……と音がして、舌のときとはまた違う快感が、身体に走った。 「それじゃ、いくぞ、ニコラ」 ――にちゅっ。 「ひぃぃぁぁぁぁぁああぁぁっ!」 ――にゅるんっ! 蜜壺は十分すぎるほどに濡れており、俺が想像していたよりもあっさりと、先っぽがニコラの体内に呑み込まれる。 それと共に、今までに味わったことのない快感が、赤黒い亀頭を包み込む。 「ぅぁ……凄い……これが、ニコラの中……」 「ひっ、はっ、はっ、はぁぁぁ……今、挿ってるの? ボクの中に」 「ああ、ちゃんと入ってるぞ。まだ、先っぽだけだが……」 「そっか。それじゃ……ボクはまだまだ佑斗君のことを……もっと、奥の方で感じられるんだね?」 「だったら、最後まで挿れて。ボク、できるだけ身体全体で、感じたい……この温もりを、もっともっと感じたいんだ」 「わかった。それじゃ、奥までいくからな」 ――にちにちッ。 「んぃっ、ぃっ、ぃぃぃぃぃぃっ!?」 狭い肉の穴を無理矢理広げながら、俺はニコラの奥を目指す。 「ひっ、あっ、あぁぁーっ……は、挿ってくぅぅぅ……ふーっ、ふぅーっ、ああぁぁ……ボクの中に、熱いのが……」 「まだ全部じゃないんだが、平気か?」 「うんっ、うんっ……いいよ、もっと挿れて……ボクの身体に、佑斗君の温もりを刻んで……んふぅーっ、はっ、はっ、はぁぁ」 苦しそうな息を吐きながらも、ニコラの身体はズブズブと呑み込んでいく。 肉穴の締め付けは強いものの、モノと擦れ合う壁は粘液でじゅるじゅるになっており、挿入自体の抵抗はなさそうだ。 「あっ、あっ、あぁぁあぁぁ……痛い、けどっ、いいよ……嬉しい、佑斗君の熱が、奥まで来るの、凄いいぃぃ……んぃぃっ!」 「くっ、くぅぅ……」 そうして、肉棒をねじ込む俺は、その奥の壁に触れたところで、ようやく腰を止めた。 「ニコラ……挿ったぞ。ニコラの中に、今俺のが全部挿ってる」 「そ、そっかぁぁ……よかったぁ……ボク、ちゃんと受け入れられたんだね……はぁー、はぁーっ……嬉しい」 「ああぁぁ……ニコラの中、気持ちいい……締め付けてきて、挿れてるだけでもニコラを感じられて、凄く気持ちいい……」 「ボクも、感じる。感じるよ……今、ボクの中に、佑斗君の……佑斗君の、お……」 「佑斗君のエクスカリバーが、ボクの中に納まってるの感じる、あぁぁぁぁ……エクスカリバー、凄いよぉ……」 「――ぶっ!!」 「え? あ、あの……どう、したの? 急に吹いたりして」 「いや、あのな……そのエクスカリバーって、なんだ?」 「え? だっ、だから……佑斗君の、せ……性器の、名称……ほら、いつも通りでいいって言ってくれたから」 「………」 うーむ……確かに、いつも通りといえばいつも通りなんだが……ニコラは俺のやる気を削ぎたいんだろうか? 『エクスカリバーいい!』とか言われるのは、なんか冷や水をぶっかけられたみたいな気持ちになる。 「悪いんだが、さすがにエクスカリバーは止めてくれないか?」 「え? そう? わかったよ」 「あぁぁ……佑斗君のグングニールが……ボクのエルドフリームニルを貫いてる……はぁぁあぁ、凄い、グングニール、熱くて凄いよぉ……」 「伝承の種類にダメ出ししてるんじゃない! 北欧神話もダメ!」 「じゃあ……ゲイ・ボルグも?」 「ケルトも却下っ! 頼むから……いつも通りも止めて、普通にしてくれ」 「ふ、普通って、やっぱりその……お、おおおおお、おち●ちんってこと?」 「……ああ、ならもうそれで」 「そ、そっか……もう、佑斗君は素直じゃないんだね。最初から言ってくれればよかったのに」 「………」 ニコラは素直すぎる。 誰だって、最中にエクスカリバーやらグングニールやら言われたくないと思う。 まぁ、それはともかく…… 「ニコラ……そろそろ、動いてもいいか?」 ニコラの予想外の攻撃に、若干気持ちが萎えそうになったのだが……。 相棒を包み込む肉壺のヌルヌルと、締め付けを前にしては、一瞬で昂ぶりを取り戻す。 「動いてみたいんだ……ニコラの温もりをもっと感じて、味わいたいんだ」 「あ、味わいたいって……でも、うん。ボクも……して欲しい。ボクもこのまま最後まで……ちゃんとして欲しい」 「だから、動いて。ボクの身体が……佑斗君のことを忘れられなくして、下さい」 「ああ」 ゆっくり腰を引き、肉壁を擦る角度を変えながら、ゆっくりと突き入れ直す。 「ひっ、あっ、んぁーっ、ひっ……ひあぁぁ……はっ、はっ、んっ、んぃぃっ、はぁっ、あっ、あぁぁぁ」 俺の動きに合わせて、ブルッと大きく震えるニコラは、肉棒を強く締め続ける。 だが、ニコラの蜜壺は熱く滾っており、その締め付けが動きを阻害するようなことはなく、むしろ新たな快感を生み出していく。 まるで生き物のように快感が身体中を這い回っているようで……凄い、これがセックスか……気持ちいい、何も考えられなくなりそうだ。 「あっ、あっ、あぁぁーーっ……んっ、んひっ、はっ、はっ、んぃっ、んぃっ、あっ、あぁぁぁーーっ!」 「す、凄い……せ、セックス、すごぃぃ……身体から、力が抜けちゃう……はひっ、んっ、あっ、はぁっ、はぁぁぁっ」 「そっ、その割には、締め付けが凄い……」 「そっ、それはボクの、意思じゃなくて……んはッ、んはぁーっ……い、ぃぃっ……はぁぁぁーー……ぁぁっ」 ぬっちゅ、ぬっちゅ、ぬっちゅ。 俺の腰が動くたびに、肉棒にしゃぶりつくニコラの膣口から、水音が響き渡る。 「あ、あああっ……はぁ、はぁ……んっ、ひっ、んぁっ、あぁっ……はぁぁっ、あ、あ、あ、あぁぁーーぁっ」 ヤバい……締め付けも、溢れる愛液も……モノを通して感じられる全ての温もりが気持ちよくて……本当にマズいかも。 「ひっ、ひぃっ、はぁぁーぁ……凄い、本当にわかる……はぁ、はぁ、はぁ、ボクの中で動いているの、わかるよ……あっ、あっ、ひぁぁぁんっ!」 「に、ニコラ……痛く、ないか?」 「い、痛いっ、けど……でも、き、気持ちもいいよ。それに嬉しいから……痛さよりも嬉しさの方が大きいから、平気だよ」 「俺も、嬉しい。ニコラの温もりをこんな風に感じることができて……凄い、嬉しいよ」 「あっ、あぁぁぁ……うん、うん。凄い……一つになれるって、凄く気持ちいいね、んあっ、はっ、はっ、ふぁァァぁ……」 粘液でヌトヌトに濡れた柔壁を擦り、奥にある小部屋をノックする度に、ニコラの可愛らしい顔が歪む。 同時に、肉穴がうねりを上げるように、ギューーーッと締めつけてくる。 「はっ、はっ、はあぁぁーー……凄い、凄いよぉぉぉ……そっ、それ、そこ、そこに、当たると……あ、あぁ、あぁっ、あぁぁぁーー……ぁぁっ!」 「うぁぁあっ、に、ニコラ……ニコラの中、凄い……締め付けが……」 「い、痛い? ダメ? ゆ、佑斗君は、気持ちよく、ない?」 「違う、そうじゃない。むしろ、気持ちよすぎるぐらいで……俺、ニコラの身体でおかしくなりそうだ」 「ぼっ、ボクはもう、おかしくなってる……ゆ、佑斗君のおち●ちんで、おかしくなってるよっ、ンッ、はっ、はぁっ、ふぁァァぁ」 「あっ、あっ、あぁぁ……っ、もう、ボク……キミしか見えない、キミのことしか考えられないっ、んっ、んぁっ、んぁっ、あぁぁぁーーっ! 」 ニコラの奥を突き上げ、ひたすらその肉壁をひっかいていく。 「んぃぃぃっ、はっ、はぁぁあ……そっ、それ、身体が痺れる、ビリビリッてするぅ……はっ、はっ、はぁぁあっ」 「あぁぁ……いい、ニコラの中、気持ちいい」 「あっ、あっ、あぁっ、んひぃぃぃ……ぼ、ボクも、ボクもきもち、いいぃぃ……あっ、あっ、あァぁーーーっ」 「ど、どうしよう、どうしよう……ボク、凄くエッチかも……いやらしいのかも……知れない……あっ、あっ、ひぃぃぃんっ」 「ど、どうしてだ?」 「だって、だってぇぇ……初めてなのにっ、気持ち、いいの……はぁ、はぁ、ボク、気持ちよくなってる……ぁぁぁぁ」 「んっ、んひぃぃ……初めてなのに、こんなに感じるの、変、だよね? ボク、いやらしい子だよ……ヤダヤダぁぁ……嫌われる、嫌われちゃうよ」 俺に貫かれたまま、ニコラは子供の様にイヤイヤと首を振る。 だらしないぐらいに顔を歪ませたニコラが首を振る様子は、俺の興奮をさらに滾らせていく。 「大丈夫だ、ニコラ。俺はいやらしいニコラも大好きだから」 「あひぃぃ……本当に、エッチなボクでも……初めてなのに、気持ちよくなっちゃうボクでも……いいの? あっ、あっ、あぁぁぁぁーーぁぁ……」 「もちろんだ。むしろ、気持ちよくなってくれて、嬉しいぐらいだ。だから、もっと気持ちよくなって欲しい」 ――ヌチュっ、ヌチュっ、ヌチュっ。 愛液がシーツの上に飛び散るのを気にすることなく、さらにニコラが顔を歪ませるポイントを探して腰を振った。 「あっ、あっ、あっ、あひぃィぃ……んっ、んぁっ、んぁぁっ……い、いい……気持ちいい……そこっ、そこそこそこっ、あぁぁぁぁ」 「ここか?」 「んひぃぃぁぁぁ! そこ、感じる、ビリビリ、感じるぅぅぅっ…んくぅぅ、あっ、あっ、くひぃぃぃ……ぁぁぁぁ、ああーーーぁっ」 ニコラの身体がベッドの上で大きく跳ねる。 そして口を大きく開けて喘ぐほどに顔の歪みが大きくなった。 「うっ、あっ、あぁぁぁ……」 「んぁぁっ、はっ、はっ……き、気持ちいい? エッチなの、ボクだけじゃない? んんっ、あっ、あっ、あひぃぃんっ」 「ああ、俺も。俺もエッチだ、凄くいやらしい。ニコラの身体で気持ちよくなってる。このままじゃ、俺……」 「い、イくの? さっきみたいに……今度はおっぱいじゃなく、ボクのお、おま●こで、イくの?」 「ニコラの身体、気持ちよすぎて、俺はもう……」 「うんっ、うんっ、我慢しないで、出して。また、ネトネトしたお汁、ボクに頂戴……んっ、あっ、はっはっ、はぁぁぁぁ………ぁぁぁっ!」 言われるまでもなく、この快感に我慢は通用しそうにない。 頭の奥が、興奮の熱で焼けたみたいに抑えが利かず、俺は本能に任せて欲望を解き放つ。 「ひぃぃぁぁぁぁっ!? んっ、んぁっ、んぁっ、は、激しいっ、よぉぉ……そこ、激しく、されると……んっ、んっ、んぃぃっ!」 「に、ニコラ、イきたい。このままイきたいっ」 「はぁぁ、はっ、はっ、あ、あ、あっあっあっ、すごい、変な感じ、だよ……熱いの、擦れて、んぁ、んぁ、あああぁぁぁぁ」 「あっあっあっあっ、くっ、くひぃぃぃぃ……く、苦しい……息、苦しくなるくらい、気持ちいい、はっ、はっ、はぁっ、はぁぁぁっ」 「い、痛くないか? このまま、続けていいか?」 「んひぃっ、んっ、んんーーっ……うんっ、このまま、このままでっ、あっ、あっ、あっ、ああぁぁぁーーーぁぁぁぁっ」 ギュウギュウに締め付ける肉穴の中で、絶頂に向けて快楽を貪り続ける。 「あっ、あぁぁぁ……ニコラ、気持ちいい……俺、イく、このままイく」 「うんっ、うんっ、きてぇぇ……出して、ボクの身体に、いっぱい出してぇぇ……んひっ、はっ、はっ、はひっ、ひぁぁぁぁっ!」 ニコラの身体が、痙攣したように大きくガクガクッと震えだす。 その震えすら、今の俺には快感を生み出していて……。 「くぅ……もう、ダメだ。我慢、できないっ!」 「んっ、んっ、んひぃぃぃんっ! あっ、あっ、あぁぁーーぁぁ……凄い、凄いぃぃぃっ」 「ニコラ、出るっ!」 「出して出してっ! 精液、出してっ! はひぃっ、あっ、あっ、あぁぁぁぁっ、好きだよ、大好きぃぃ……ぃぃぃっ、あひぃ、あひぃぃんっ」 「俺も、大好きだっ!」 「あ、あぁ、あぁっ、あァァぁーーーーぁぁっ、ふあああ、んっ、ンんッ、ああァァぁぁーーーぁぁっ」 「で、出るっ!」 「ふぁぁぁっ、あッ、あッ、あっ、あっあっあっあっ、ああァァぁーーーーぁぁ」 「ああぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁーーーーーーーっ!」 ドクンッ、ドクドクッ――限界を迎えた俺は、ついにニコラの中に精液を注ぎ込む。 熱い粘液は、そのままニコラの肉壺を勢いよく満たしていく。 「はっ、はひっ、はひっ、はっ、はぁぁぁーーーっ……出てる、熱いの、今度は中に、いっぱい出てるぅ……はぁーっ、はぁーっ」 「ひあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!」 限界を迎えた俺は、モノを引き抜き、溢れる欲望をそのままニコラの身体に振り掛ける。 白い体液は、ベビードールごとニコラの身体をドロドロに汚していった。 「んっ、んひぃっ、はっ、はぁーっ、はぁーっ……また、ドロドロ、いっぱい、出てる……はぁーっ、はぁーっ……」 「はっ、はぁーっ、はぁーっ……これが、セックス……凄いね……はぁーっ、はぁーっ」 「はぁ……はぁ……同感だ。凄い、気持ちよかった」 「でも、それだけじゃなくて、一つになれた嬉しさも凄い……」 「ああ、本当にそうだな」 「これで……親族に挨拶できるぐらいになったか?」 「うん、そうだね……ボク、頑張るよ、佑斗君と離れたくない。絶対に離れたくないから」 「俺も、ニコラのことを離さない。絶対に離さないからな」 「好きだ、ニコラ」 「うん、ボクも大好きだよ」 「――なっ、これは、まさか……」 「ベビードール、かっ!?」 そうか、だから服を脱いでいたのか! おいおいまさかこんな方法を取るとは……ぬかった。初めてであえて、ブラを外し、可愛らしさと色っぽさを演出してくるとは……。 意外とやるじゃないか。 この全体的なスケスケのレース、その大きなおっぱいの先端の乳首もハッキリと視認できるほどに、見えてしまっている。 そして下半身は……これまた、ちょっとエロめのショーツのみ。 その豊満な身体と、ベビードールという若干幼さを醸し出す組み合わせのアンバランスの妙。 そして、この半透明感が扇情的で……俺の興奮は一気に最高潮に達する。 「ど、どう……かな? へ、変?」 「いや、変じゃない。むしろ、よく似合ってる。見惚れてしまった……」 「ほっ、本当に!? よ、よかった……ドン引きされたらどうしようかと思ってたから」 「いや、引くどころじゃない。むしろ、俺の気持ちは完全に盛り上がっている」 ブラを外してみたい気持ちはまだあると言えばあるが……後悔はしていない。 それほどまでの破壊力が、ニコラの下着姿にはあった。 「そっか。それじゃ、このままでいいかな……? んっ……」 そうしてニコラは、目を閉じ、顔をあげて、俺にその可憐な唇を向けてくる。 自分が鈍いとは思っているが、さすがに今の状況が意味するものがわからないほどバカじゃない。 「……それじゃ、するぞ?」 「そっ、そういうことを、いちいち確認しないでよ! ぼっ、ボクだって……恥ずかしいんだからね」 「スマン。了解した」 俺はニコラの肩を抱くようにして、自分の唇を近づけていく。 「初めてなので……よっ、よろしくお願いします」 「………」 「あのな……始めに言っておくと、俺も初めてなんだ。だから緊張もしている」 「なので、ニコラも挨拶とかして、俺を緊張させないで下さい」 「ご、ゴメン。そんなつもりじゃなかったんだけど……」 「とっ、とにかくボクはね、昨日できなかった続きを、今日こそしておきたくて……だって、その、途中のままだと、なんだか生殺しみたいで……」 「ああでも変な意味じゃなくって、告白が上手くいった証拠というか、確信が欲しくて、それであの期待してた分、肩透かし的な――」 「ニコラ、ちょっと黙って」 「――んっ、んんんーーーーっ!?!?」 「……んんっ」 慌てるニコラの唇を塞ぎ、俺はその感触を味わった。 「ん、ん……んっ、んン……ンン……」 すぐ目の前に、ニコラの顔がある。 綺麗な肌と、大きな瞳、サラサラの金髪。 それ以上に感じるのは、この甘い匂いだ。 「ん、ンんん……んむっ、んっ、んんん……」 身体の力が抜けていくような感覚を覚えながら、俺はニコラの唇を貪っていく。 「んっ、んふー……んっ、んん……んふぅ、んっ、んんー……んっ、んっ、んんんーー――ぱっ、はぁ……はぁ……」 「これが、キスでいいはずだが……平気か?」 「はっ、はぁー……はぁー……ダメ、かも。胸が、もっとドキドキしてきちゃったよぉ……このままじゃ、心臓止まっちゃうかも」 「じゃあ、人工呼吸――んむっ」 「んっ――んふぅ!? んむぅ……んっ、んっ、んふぅ……んちゅ、んっ、んンンんっ」 驚きつつも、ニコラが俺を拒絶するような気配はない。 むしろ、積極性が増したようにも思える。 「んっ……んふぅーーっ、んっ、んくっ、んんん……んん」 「んっ……んじゅる」 「んむっ!? んっ、んじゅっ、ちゅっ、んじゅる……んっ、んぱっ、し、舌、佑斗君の舌……あっ、んじゅ、ちゅ、ちゅ、んちゅぅぅ」 「んちゅるる……んっ、もっと、口を開けて」 「んあ、こう? じゅるる……ンんッ、ん、んっ、んちゅぅぅ……れる、れろれろ……ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅぅ」 開かれたニコラの口の奥に、舌を滑り込ませた。 驚きつつも受け入れたニコラは、そのまま恥ずかしそうに舌を触れ合わせてくる。 「ん、ちゅ、ちゅぅぅ……れろ、れるれろ……ちゅ、ちゅ、じゅるる……んっ、んんんぱぁっ」 「はぁ……はぁ……これが多分、ディープキスだ」 「凄い、二次元ではこんなことをしてたんだ……凄く、ドキドキするけど……キス好きかも」 「キスが、好きなのか? それとも……」 「ディープキス。ボク、キミのディープキス、大好きかも……はぁぁぁぁ……」 「じゃあ、もう一回」 「あっ、そんな――んじゅるっ、じゅるる……んっ、ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅぅ……じゅるん、んっ、ん……」 俺の舌からヨダレが流れ落ち、ニコラの口元を汚していく。 一部は確実にニコラの口内に染み込んでいった。 「ん、んふーっっ……ちゅっ、ちゅぅぅ……んっ、コク……ゴクン……んっ、ちゅっ、ちゅっ、じゅるるる……」 ニコラの口の中を唾液でぐしょぐしょに汚し、混ぜ合わせ、吸い上げるようにして唾液の交換を行う。 俺の唾液はニコラの中に、ニコラの唾液は俺の中に、そんな単純な行為が、激しい興奮を生み出していく。 「んじゅる、んっ……コクコク……んっ、ぱっ、はぁぁ……佑斗くっ、んっ、んんん……んれる、れろれろっ、ちゅぅぅぅぅっ」 「んっ……んん……ニコラ……んんっ、ニコラ……じゅる、じゅるる」 「ちゅっ、じゅるる……んじゅっ……んンンッ……ん、ん、ん……ちゅぅぅーーーーーんぱぁぁぁっ、はぁーっ……はぁーっ……」 「も、もうダメ……息、苦しい……胸も、ドキドキしてて……はぁーっ……はぁーっ……」 「だが、ディープキスが好きなんだろう?」 「うん。大好きぃ……はぁー……はぁー……それに、佑斗君のことも好き」 「俺も、ニコラのことが好きだ、大好きだ……んじゅる」 「んふぅぅ、んっ、んーーーー……はっ、はぁぁ、れるる……ちゅるちゅる……れるん、佑斗君、佑斗君……んっ、じゅる、れるれろれろ……」 指を絡めるように強く、俺とニコラの舌が絡まり合う。 ニコラ……好きだ……。この気持ちを身体に染み込ませるように、俺は唾液をニコラの中に送り続ける。 「んっ、んちゅ……ちゅ、ちゅ……じゅるる……んんん……コク、コク……んっ、れるれろ……じゅるじゅる……んん」 俺はひたすらいやらしくキスをし続けた。 「んぅ、ちゅるちゅる……んっ、んじゅる……ちゅぅぅぅぅ、ぱっ、はぁーっ、ちょっ、ちょっと待って、はぁーっ……はぁーっ……」 「はぁー……はぁー……どうした?」 「本当に、凄い。ディープキス……こんなこと続けてたら、ボク……ダメになっちゃう。だから、先に……佑斗君、横になってくれる?」 「ん? わ、わかった」 言われる通り、俺がベッドの上に横になる。 するとニコラは俺の上に覆いかぶさるようにして、ベルトに手をかけた。 「よいっしょ……っと。ふわぁ……す、凄い……胸の真ん中が、凄く熱くなってる……」 「ニコラ、コレは……」 「え? だ、ダメだった? 気に入らない? 一応、プランではボクの……お、おっぱいで挟んで、その魅力でメロメロ……ってことなんだけど」 「いや、ダメなんてことはない。むしろ……その、凄い。ニコラのおっぱいの感触も……見た目も、凄くエロい」 「そ、そんな風に言われると恥ずかしいなぁ……でも、そっか。気持ちいいんだね? なら、嬉しいな」 そう言いながら、笑みを浮かべるニコラ。 今の恰好も相まって、それはいつもとは違う妖艶な表情にしか見えなかった。 「い、今からボクの……お、お、おっぱいでし、しごいて……あげる、から……」 「―――ッ!? な、何言ってるんだ、ニコラ」 「えっ!? こっ、これはダメなの!? だって、エリナ君がいやらしいことを言った方がいいからって……同人誌とかで、よくこんな言葉があるし」 「……そりゃまぁ……エロいことを言われたら、興奮はするが……そんなに無理はしなくていいんだぞ?」 「気持ちは嬉しいが、どっちかが無理をすることはない。二人で一緒に、だ」 「う、うん。わかった……でも、無理はしてないから。ボクが、佑斗君を喜ばせてあげたいんだ。だから、気にしないで」 「そ……そうか? だったら……でも本当に、無理はしなくていいからな」 「うん。ありがとう」 少し安心したような吐息を漏らしつつ、ニコラは改めて目の前の、俺の愚息に意識を向ける。 「でも、本当に熱い……佑斗君の熱が……ボクのおっぱいを温かくするみたいだよ……はぁ……はぁ……」 「凄い……ニコラのおっぱいの温もりと、柔らかさが凄くて……こんなの初めてだ……凄く気持ちいい」 「そう言ってもらえると、ちょっと嬉しいね。でも、本番はこれからだよね」 「んっ、じゅる……れろ~~~……」 ニコラは、先っぽだけ覗かせた俺の肉棒に、自身の唾を垂れ流していく。 「んじゅる……これぐらいで、いいかなぁ? どうかな? もう少し、濡らした方がいい?」 「どうと訊かれても……そもそも、どうしてヨダレなんて……」 「だ、だって、こうしないと気持ちよくないんでしょう? ちゃんと滑りをよくしないと、気持ちよくないって聞いたけど……」 「そうなのか? 俺は、ニコラのおっぱいの温もりを感じているだけで……凄い気持ちいいが……」 「はぁ、はぁ……それなら……こうすれば、もっと気持ちよくなるってことだよね? じゅる……れろ~~……じゅる、じゅる……」 泡立った粘液が、おっぱいの隙間に流れ込み、俺の愚息もベトベトに汚していく。 「うぁっ……ぁぁ……なんか、凄い」 ニコラが身じろぎする度にぬちゅっぬちゅっ……と、空気と粘液が混ざり合っていく。 それと共に、おっぱいが擦れ合い、俺の肉棒を柔らかく擦る。 「はっ、はっ……ほ、本当? 気持ちいい?」 「ああ……凄い、気持ちいいよ。ニコラのおっぱい、凄く気持ちいい……こんなに気持ちいいのは、初めての快感だ……」 「ふ、ふふふ……本当だぁ、佑斗君、凄く気持ちよさそうな顔をしてる」 「そんなこと言うなら、ニコラはエッチな顔をしているぞ」 「だっ、だって……こんないやらしいことしてたら……顔が赤くなるよ」 「赤いことを言ってるんじゃない。エッチだって言ってるんだ。ほら、乳首だって、こんなにビンビンになってる」 肉棒を挟み込むおっぱいの先っぽ、透けたレースの向こう側で自己主張している乳首を、俺は軽く指で摘まんでみた。 「ひぃぃんぅぅぅんっ!?」 ニコラは身体をビクンと大きく震わせながらも、肉棒を拘束するおっぱいを緩めたりはしない。 ぬちゅぬちゅっと音をさせながら、左右のおっぱいを強く擦り合わせていく。 「やっ、やぁぁぁ……あっ、くっぅぅんっ、ひ、ひぃ……ち、乳首、い、弄っちゃダメだよ……し、痺れる……あっ、あっ、ひゃぁっ!?」 「ダメ、ボクが……ボクがするんだから……んっ、んっ、んぃぃっ……そういう、プランなんだから」 乳首の刺激に耐えながら、ニコラはおっぱいを上下に動かしていく。 擦れる度に、思わず逃げ出したいほどの快感が生み出され、乳首をこねる動きが鈍っていった。 それに反するように、おっぱいの擦れ合いが激しくなり、ますます俺の意識は快感の痺れに意識を奪われる。 「ふ、ふふふ……どんどん気持ちよさそうな顔になってる。ボクのおっぱい、気持ちいい?」 「あ、ああ……いい、凄く気持ちいいよ。ニコラのおっぱいの感触、病み付きになりそうだ」 これが巨乳の魅力なんだろうか? 見た目はもちろん、柔らかな肉感、そして包み込む温もり、肉と肉が擦れ合う快感に、俺は思わず息を呑んだ。 「あふっ……あっ、んっ、んぁっ、はぅっ、ひっ、ひっ……んっ、ひぃ……」 「ニコラもエッチな声を上げてるじゃないか」 「う、うん。さっきから、おかしいんだ……ボク、おっぱいで擦ってるだけなのに、どんどん気持ちよくなってる……はっ、はっ、はぁぁぁ」 熱い吐息を吐きながら、しゅっしゅっ、と激しくおっぱいを擦り上げる。 間近に見るいやらしいおっぱいと、左右から押し付けられる柔肉が生み出す快感……凄い破壊力だ……想像していたよりも、ずっと気持ちいい。 そして重要なのは、先ほど垂れ流されたニコラの唾液だ。 この粘液が潤滑油となり、オナニーでは決して得られない刺激を生み出している。 「凄い……ニコラのおっぱいもそうだけど……さっきのヨダレが、凄くいいよ」 「本当? それじゃあ、もっと汚してあげるね。んっ……じゅるん、れちょ~~~……」 再び舌を出し、ネットリとしたヨダレをおっぱいに垂らしていたかと思うと……。 「んっ、今度は直接、塗ってあげるね。んっ、んちゅ……ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ……」 ニコラはさらに身体を乗り出し、先っぽの部分に口づけをして、直接唾液をこすり付けていく。 「に、ニコラ!?」 「ヨダレ、いっぱいの方がいいんでしょう? だから、もっとボクのヨダレ、付けてあげる」 「んちゅ、れちゃ……れちょれちょ、れるん。じゅるる……れちゃ、れちゃ……んっ、んん……どう? 気持ち、いい?」 赤黒い肉棒に、何度も何度も口づけを行い、ついにはその可愛らしい舌でくすぐり始め、直接唾液を染みこませていく。 「じゅるん……じゅるる……はっ、はっ、んん……ねるねろねろ……」 「あ、ああ……ニコラ、凄い。おっぱいだけじゃなくて、口も凄い気持ちいいよ」 「よかった。んっ、れろれろ……はれ? なんらか、変なお汁は……れる、れろん、これが、先走り汁、なのかな……れるん、ぴちゅ、んじゅる」 唾液とは違う、俺の先っぽから溢れた汁を、ニコラはそのまま唾液と交換するように舐めとってしまう。 「に、ニコラ、それは――」 「じゅるじゅる……んっ、え? な、舐めちゃダメだったの?」 「いや、ダメと言うことはないんだが……ニコラは平気なのか?」 「ん……ちょっと変な匂いがするけど……苦くないし、大丈夫だよ。れる、れろれろ……じゅるる……んっ、うん、やっぱり平気」 俺は抵抗がないのか? と尋ねたつもりだったのだが、どうやらニコラは味の事だと思ったらしい。 特に害はないとわかってか、ニコラは先っぽから溢れる汁をすすり上げた。 「ちゅっ、ちゅぅぅぅぅ……じゅるるっ、んんっ、んはぁ……はぁ……匂い、濃くなってきた、それにお汁も……じゅる、れる、れろれろ」 「うっ、あっ……それは、ニコラのおっぱいも、口も、舌も、気持ちいいから……」 「んっ、嬉しい。ちゅぴちゅぱ……もっと、お汁らして……お汁、エッチなお汁……れるん、れる、れちゃ、じゅるる」 先走り汁を吸い上げ、その代わりに唾液が俺の肉棒に塗りたくられていく。 その唾液は、柔らかなおっぱいが擦れ合う潤滑油となり、大きな快感を生み出していった。 「れちゃ、れちゅ……んんっ……凄い匂い……はぁ、はぁ……れろれろ…んっ、じゅるる」 「ニコラの唾液も凄い量だ。それに、顔もいやらしくて……興奮する」 「んっ、ほんとうだ……興奮しすぎてお、おち●ちん、ビクビクしてる……んっ、んじゅる、れちゅ、れろれろ……」 「それに、ボクも……ボクも興奮して、止まらない……もっと、もっと舐めたくて仕方ないよ……れるれる、れるん」 ニコラはおっぱいでサオをシゴきながら、飛び出た亀頭部を丹念に舌先でくすぐってくる。 動きとしては単純なものだが、その刺激が組み合わさると、驚くような快感を生み出していた。 だが……足りない。もっと、もっと刺激が欲しい。ニコラのおっぱいを味わいたい。 「んじゅるっ、んっ、んん……こし、動いてる? もしかして、きもちよくない? れちゃれちょ、れちゅん、れろれろ」 「いや、気持ちいい。本当に気持ちいいんだが……もっと、気持ちよくなりたいんだ。もっと、ニコラのおっぱいを感じたい」 「れる、れろれろ……じゅるる、んっ、いいよ。動いて、ボクのおっぱいを……お、犯して。いっぱい犯してっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ」 恥ずかしさを隠すように、ニコラは赤黒い先っぽにディープキスを行う。 激しく唇で吸いつけながら、尿道から溢れる先走り汁をまるで蜜のように、吸い上げていく。 「んっ、んん……じゅる、れじゅぷ、れちゃれちょ、れちゅん、れろれろ……ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅぅ」 ――じゅぷじゅぷ。 肉棒とおっぱいの間で、唾液の音が響き、俺の理性をゆっくりとはぎ取っていく。 「んちゅる……んっ、えんりょ、しないれ……じゅるる、いいよ、ボクのおっぱい、犯し尽くして……じゅるるっ」 それも同人誌で得た知識なのか? と聞く前に、完全に理性が剥ぎ落ちた。 俺はビンビンのニコラの乳首を摘み、おっぱいをしたから突き上げ始める。 「んひぃぃぃっ!? あっ、あじゅるっ、んっ、んん……ちくひ、ちくひ、らめぇぇ……んっ、れるじゅる」 「おっぱい、犯し尽くしていいって言ったじゃないか」 「それは……れも、れもぉぉ、んじゅる、じゅちゅ、ちゅる、ちゅるる、ちゅぅぅぅぅ……ちくひは、しひれちゃうぅぅ……」 乳首の刺激に悲鳴を上げるニコラの瞳は、まるで先走り汁に酔ったように蕩けきっていた。 俺はそんなニコラのおっぱいを、口を、凌辱するように腰を突き上げた。 「んっ、んん……じゅるぷ、乳首だけじゃなくて、おっぱいもいい……擦れてるだけで、気持ちいいよぉぉ……はっ、んっ、んじゅる」 子供の頭を撫でるように、ニコラはその舌で、俺の愚息の頭を撫でる。 「ちゅっ、じゅる、じゅるぅぅ……んっ、れろれろ……お汁、エッチなお汁、もっと出して……ちゅるちゅる」 さらに激しくなる、肉と肉の擦れ合い。 今や、先走り汁の量はニコラでも舐めきれないほどになり、俺の下半身は快感に痺れきっていた。 「くっ、ぅぅ……にっ、ニコラ、俺はもう、い、イきそうだ」 「んっ、れるれろ、じゅるる……んん……んじゅ、ちゅるるっ、ちゅ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅ」 「――っ!? うぁぁぁぁっ」 「じゅぷ、ぱっ、このまま、このままおっぱいで、ボクのおっぱいに、もっと濃いお汁を頂戴、んっ、じゅる、ちゅるるっ」 ニコラの言葉が、最後の一押しとなって俺の脳を揺さぶる。 そして、唇と舌の刺激と、おっぱいの擦れる快感に、俺はついに限界を迎える。 「ぅっ、あっ、あっ、で、出る、ニコラ、出る!」 「うんっ、うんっ、じゅるっ、ねちゅねろねろ……らして。お汁を、濃いのを、ボクにらしてっ! んじゅるっ、れろれろ、れるん」 「うぁっ、いっ、イくッ!! ニコラッ!」 「ひゃっ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」 我慢しきれず、絶頂を迎えた俺のモノが、ニコラのおっぱいに包まれたまま果てる。 垂直に飛び出した精液は、ニコラの顔やおっぱい、そのベビードールをドロドロに汚していった。 「はっ、はぁぁーっ……はぁぁーーっ……凄い、匂いも、ベトベトも、凄い濃いのが出てる……はぁっ、はぁーーー……」 「さっきのお汁が比較にならないくらい濃くて……あぁ……頭がボーっとしてきちゃうよぉ……はぁ……はぁ……」 「ニコラのおっぱい……凄い、気持ちよかった……」 「あんっ、動いちゃダメだよ。今、綺麗にしてあげるからね。れるんっ、れろれろ……ちゅるる……ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ」 「ぅぁっ!? に、ニコラ?」 「れる、れろれろ……じゅるん。ん? 舐めるの、らめ?」 「いや、そうじゃないが……大丈夫か?」 「んっ、ちゅるる……はっ、はぁ……苦くはないよ? 凄くネトネトで絡みつくみたいだけど……佑斗君の、味がする」 「………」 だから、別に味を聞いたわけじゃないんだが……。 しかもそんなことを言われたら……俺の興奮が冷める暇がない。 「んっ、じゅる、れろれろ……んっ、じゅるる……ねろねろ、れるん、んっ、ぱぁぁ……綺麗になったね」 「その分、元気にもなった」 「え? ……それって……つ、続けたいって……こと?」 「そうだ。だが、今度はおっぱいじゃなく……ニコラ自身が欲しい。ニコラとちゃんと繋がりたい」 「……う、うん。ボクも……ボクも、繋がりたい。これ……ボクの中に、い……挿れてみたい、です」 「それじゃ……」 「はぁぁぁ……これから、は、入ってくるんだね……佑斗君が、ボクの中に」 「ああ。入るぞ。今から、ニコラの中に入れる」 「はっ、はっ……う、うん。で、でも、最初に言っておくけど、ボクは初めてだから……その、上手くできないかもしれないけど……ゴメンね?」 「謝ったりしなくていいよ。俺だって初めてだ」 「そういう意味で言うなら、俺の方こそ先に謝っておく、すまない。上手くできなくて、痛いかもしれないが……」 「ううん、気にしないでいいよ。ボクは嬉しいから……痛みだとしても、それが佑斗君との繋がりで与えられるものなら、嬉しい」 「それにこれが夢じゃないってわかるしね。だから、ボクの身体に佑斗君の気持ちを……刻んでくれないかな?」 「ニコラ………………わかった。だが、本当にムリはしなくていいからな」 「それと……さっきからその、エッチな言葉なんだが、そんなにムリして言わなくていいんだぞ?」 「え? でも……嬉しいんじゃないの? 男の人は、その……こういうこと言うと」 「……二次元を参考にするんじゃない」 「口にするとき、言葉に詰まったりしてるんだから、言い難いんだろう? なら、無理して言わなくていい」 「それよりも、いつも通りのニコラがいいよ、俺は」 「う、うん。わかったよ……それで、あ、あの……」 ニコラの視線が、反り立った俺の愚息をマジマジと見つめる。 「うっ、うぅぅ……大きいなぁ……だ、大丈夫かな? ちゃんと入るかな?」 「多分、入ると思うぞ? できるだけ優しくはするつもりだから」 そう言いながら、俺は大きく開かれたニコラの股間に、自分の肉棒をこすり付ける。 すべりのいい生地を感じると共に、若干の湿りもあるような……。 「ひっ、あっ……んっ、んんっ……はぁー……はぁー……やっぱり凄く熱いね、それ……」 「それだけニコラが可愛いってことだが……ニコラ、もしかして濡れてる?」 「―――ッ!? だ、だだだだってっ! さっきの佑斗君のお汁を舐めてたら……凄く興奮して、なんか身体が変だとは思ってたんだけど……」 「ボク……そんなに濡れちゃってる、の?」 「そうだな……下着が湿ってるのがわかるぐらいには。ちなみに、冷たくないか?」 「え、えっと……正直に言うと、ちょっと冷たい……かも」 「じゃあ、脱がしてしまおうか」 「えぇぇぇぇぇっ!? ちょっ、ちょっと待って! 急にそんなこと言われても――」 ニコラの声を聞かず、俺はセクシーなショーツを剥がして、その下のワレメを露出させる。 「あっ、あぁぁぁ……見られちゃった、濡れてるところ、見られちゃったぁぁぁ……はぁ、はぁ」 「ニコラのココ、凄く綺麗だよ。ピンクで、ちょっと濡れてるのがまたエロくて……凄いな……」 「ヤダぁ、言わないで、そんなこと言わないでよぉ……恥ずかしくて、ボク、死んじゃいそうだから」 「それはすまない」 そして俺は、腰の動きに意識を集中させる。 ワレメから零れる愛液に擦りつけながら、愚息をコーティングしていく。 「ひゃっ、んっ、ふぁっ! あっ、あぁぁ……はぁ、はぁ、はぁぁぁ……凄い、凄いよ……こうして擦れてると、身体がどんどん熱くなってきちゃう」 「俺も、ニコラの可愛いおま●こに擦りつけてると、身体が熱くなってくる」 「あぁぁぁ……ヤダヤダぁ、そんなこと言われたら恥ずかしいってば……はぁ、はぁ、んっ、ひぁぁっ!?」 「そうだったな」 「そ、それで、あの……いつまで、擦りつけてるの? ぼ、ボク……そうやって焦らされたままだと、心臓が破裂しちゃいそうなんだけど……」 「俺も実は……これ以上、我慢できそうにないんだ。だから、そろそろいいか?」 「う、うん。来て……ボクの中に、頂戴」 愛液で十分に濡れた愚息を、そのまま穴の突き立てる。 入口に亀頭が触れただけで、ぬちゅっ……と音がして、舌のときとはまた違う快感が、身体に走った。 「それじゃ、いくぞ、ニコラ」 ――にちゅっ。 「ひぃぃぁぁぁぁぁああぁぁっ!」 ――にゅるんっ! 蜜壺は十分すぎるほどに濡れており、俺が想像していたよりもあっさりと、先っぽがニコラの体内に呑み込まれる。 それと共に、今までに味わったことのない快感が、赤黒い亀頭を包み込む。 「ぅぁ……凄い……これが、ニコラの中……」 「ひっ、はっ、はっ、はぁぁぁ……今、挿ってるの? ボクの中に」 「ああ、ちゃんと入ってるぞ。まだ、先っぽだけだが……」 「そっか。それじゃ……ボクはまだまだ佑斗君のことを……もっと、奥の方で感じられるんだね?」 「だったら、最後まで挿れて。ボク、できるだけ身体全体で、感じたい……この温もりを、もっともっと感じたいんだ」 「わかった。それじゃ、奥までいくからな」 ――にちにちッ。 「んぃっ、ぃっ、ぃぃぃぃぃぃっ!?」 狭い肉の穴を無理矢理広げながら、俺はニコラの奥を目指す。 「ひっ、あっ、あぁぁーっ……は、挿ってくぅぅぅ……ふーっ、ふぅーっ、ああぁぁ……ボクの中に、熱いのが……」 「まだ全部じゃないんだが、平気か?」 「うんっ、うんっ……いいよ、もっと挿れて……ボクの身体に、佑斗君の温もりを刻んで……んふぅーっ、はっ、はっ、はぁぁ」 苦しそうな息を吐きながらも、ニコラの身体はズブズブと呑み込んでいく。 肉穴の締め付けは強いものの、モノと擦れ合う壁は粘液でじゅるじゅるになっており、挿入自体の抵抗はなさそうだ。 「あっ、あっ、あぁぁあぁぁ……痛い、けどっ、いいよ……嬉しい、佑斗君の熱が、奥まで来るの、凄いいぃぃ……んぃぃっ!」 「くっ、くぅぅ……」 そうして、肉棒をねじ込む俺は、その奥の壁に触れたところで、ようやく腰を止めた。 「ニコラ……挿ったぞ。ニコラの中に、今俺のが全部挿ってる」 「そ、そっかぁぁ……よかったぁ……ボク、ちゃんと受け入れられたんだね……はぁー、はぁーっ……嬉しい」 「ああぁぁ……ニコラの中、気持ちいい……締め付けてきて、挿れてるだけでもニコラを感じられて、凄く気持ちいい……」 「ボクも、感じる。感じるよ……今、ボクの中に、佑斗君の……佑斗君の、お……」 「佑斗君のエクスカリバーが、ボクの中に納まってるの感じる、あぁぁぁぁ……エクスカリバー、凄いよぉ……」 「――ぶっ!!」 「え? あ、あの……どう、したの? 急に吹いたりして」 「いや、あのな……そのエクスカリバーって、なんだ?」 「え? だっ、だから……佑斗君の、せ……性器の、名称……ほら、いつも通りでいいって言ってくれたから」 「………」 うーむ……確かに、いつも通りといえばいつも通りなんだが……ニコラは俺のやる気を削ぎたいんだろうか? 『エクスカリバーいい!』とか言われるのは、なんか冷や水をぶっかけられたみたいな気持ちになる。 「悪いんだが、さすがにエクスカリバーは止めてくれないか?」 「え? そう? わかったよ」 「あぁぁ……佑斗君のグングニールが……ボクのエルドフリームニルを貫いてる……はぁぁあぁ、凄い、グングニール、熱くて凄いよぉ……」 「伝承の種類にダメ出ししてるんじゃない! 北欧神話もダメ!」 「じゃあ……ゲイ・ボルグも?」 「ケルトも却下っ! 頼むから……いつも通りも止めて、普通にしてくれ」 「ふ、普通って、やっぱりその……お、おおおおお、おち●ちんってこと?」 「……まぁ、そんなに恥ずかしいならエクスカリバーでもいいけど」 「そ、そっか……もう、佑斗君は素直じゃないんだね。最初から言ってくれればよかったのに」 「………」 おっ、おぉ……本当に受け入れてしまった。 だが俺も男だ、二言はない。 「ニコラ……そろそろ、動いてもいいか?」 ニコラの予想外の攻撃に、若干気持ちが萎えそうになったのだが……。 相棒を包み込む肉壺のヌルヌルと、締め付けを前にしては、一瞬で昂ぶりを取り戻す。 「動いてみたいんだ……ニコラの温もりをもっと感じて、味わいたいんだ」 「あ、味わいたいって……でも、うん。ボクも……して欲しい。ボクもこのまま最後まで……ちゃんとして欲しい」 「だから、動いて。ボクの身体が……佑斗君のことを忘れられなくして、下さい」 「ああ」 ゆっくり腰を引き、肉壁を擦る角度を変えながら、ゆっくりと突き入れ直す。 「ひっ、あっ、んぁーっ、ひっ……ひあぁぁ……はっ、はっ、んっ、んぃぃっ、はぁっ、あっ、あぁぁぁ」 俺の動きに合わせて、ブルッと大きく震えるニコラは、肉棒を強く締め続ける。 だが、ニコラの蜜壺は熱く滾っており、その締め付けが動きを阻害するようなことはなく、むしろ新たな快感を生み出していく。 まるで生き物のように快感が身体中を這い回っているようで……凄い、これがセックスか……気持ちいい、何も考えられなくなりそうだ。 「あっ、あっ、あぁぁーーっ……んっ、んひっ、はっ、はっ、んぃっ、んぃっ、あっ、あぁぁぁーーっ!」 「す、凄い……エクスカリバー、すごぃぃ……身体から、力が抜けちゃう……はひっ、んっ、あっ、はぁっ、はぁぁぁっ」 「そっ、その割には、締め付けが凄い……」 「そっ、それはボクの、意思じゃなくて……んはッ、んはぁーっ……い、ぃぃっ……はぁぁぁーー……ぁぁっ」 ぬっちゅ、ぬっちゅ、ぬっちゅ。 俺の腰が動くたびに、肉棒にしゃぶりつくニコラの膣口から、水音が響き渡る。 「あ、あああっ……はぁ、はぁ……んっ、ひっ、んぁっ、あぁっ……はぁぁっ、あ、あ、あ、あぁぁーーぁっ」 ヤバい……締め付けも、溢れる愛液も……モノを通して感じられる全ての温もりが気持ちよくて……本当にマズいかも。 「ひっ、ひぃっ、はぁぁーぁ……凄い、本当にわかる……はぁ、はぁ、はぁ、ボクの中でエクスカリバー、動いてる……あっ、あっ、ひぁぁぁんっ!」 「に、ニコラ……痛く、ないか?」 「い、痛いっ、けど……でも、き、気持ちもいいよ。それに嬉しいから……痛さよりも嬉しさの方が大きいから、平気だよ」 「俺も、嬉しい。ニコラの温もりをこんな風に感じることができて……凄い、嬉しいよ」 「あっ、あぁぁぁ……うん、うん。凄い……一つになれるって、凄く気持ちいいね、んあっ、はっ、はっ、ふぁァァぁ……」 粘液でヌトヌトに濡れた柔壁を擦り、奥にある小部屋をノックする度に、ニコラの可愛らしい顔が歪む。 同時に、肉穴がうねりを上げるように、ギューーーッと締めつけてくる。 「はっ、はっ、はあぁぁーー……凄い、凄いよぉぉぉ……そっ、それ、そこ、そこに、当たると……あ、あぁ、あぁっ、あぁぁぁーー……ぁぁっ!」 「うぁぁあっ、に、ニコラ……ニコラの中、凄い……締め付けが……」 「い、痛い? ダメ? ゆ、佑斗君は、気持ちよく、ない?」 「違う、そうじゃない。むしろ、気持ちよすぎるぐらいで……俺、ニコラの身体でおかしくなりそうだ」 「ぼっ、ボクはもう、おかしくなってる……ゆ、佑斗君のエクスカリバーで、おかしくなってるよっ、ンッ、はっ、はぁっ、ふぁァァぁ」 「あっ、あっ、あぁぁ……っ、もう、ボク……キミしか見えない、キミのことしか考えられないっ、んっ、んぁっ、んぁっ、あぁぁぁーーっ! 」 ニコラの奥を突き上げ、ひたすらその肉壁をひっかいていく。 「んぃぃぃっ、はっ、はぁぁあ……そっ、それ、身体が痺れる、ビリビリッてするぅ……はっ、はっ、はぁぁあっ」 「あぁぁ……いい、ニコラの中、気持ちいい」 「あっ、あっ、あぁっ、んひぃぃぃ……ぼ、ボクも、ボクもきもち、いいぃぃ……あっ、あっ、あァぁーーーっ」 「ど、どうしよう、どうしよう……ボク、凄くエッチかも……いやらしいのかも……知れない……あっ、あっ、ひぃぃぃんっ」 「ど、どうしてだ?」 「だって、だってぇぇ……初めてなのにっ、気持ち、いいの……はぁ、はぁ、ボク、気持ちよくなってる……ぁぁぁぁ」 「んっ、んひぃぃ……初めてなのに、こんなに感じるの、変、だよね? ボク、いやらしい子だよ……ヤダヤダぁぁ……嫌われる、嫌われちゃうよ」 俺に貫かれたまま、ニコラは子供の様にイヤイヤと首を振る。 だらしないぐらいに顔を歪ませたニコラが首を振る様子は、俺の興奮をさらに滾らせていく。 「大丈夫だ、ニコラ。俺はいやらしいニコラも大好きだから」 「あひぃぃ……本当に、エッチなボクでも……初めてなのに、気持ちよくなっちゃうボクでも……いいの? あっ、あっ、あぁぁぁぁーーぁぁ……」 「もちろんだ。むしろ、気持ちよくなってくれて、嬉しいぐらいだ。だから、もっと気持ちよくなって欲しい」 ――ヌチュっ、ヌチュっ、ヌチュっ。 愛液がシーツの上に飛び散るのを気にすることなく、さらにニコラが顔を歪ませるポイントを探して腰を振った。 「あっ、あっ、あっ、あひぃィぃ……んっ、んぁっ、んぁぁっ……い、いい……エクスカリバー……そこっ、そこそこそこっ、あぁぁぁぁ」 「ここか?」 「んひぃぃぁぁぁ! そこ、感じる、ビリビリ、感じるぅぅぅっ…んくぅぅ、あっ、あっ、くひぃぃぃ……ぁぁぁぁ、ああーーーぁっ」 ニコラの身体がベッドの上で大きく跳ねる。 そして口を大きく開けて喘ぐほどに顔の歪みが大きくなった。 「うっ、あっ、あぁぁぁ……」 「んぁぁっ、はっ、はっ……き、気持ちいい? エッチなの、ボクだけじゃない? んんっ、あっ、あっ、あひぃぃんっ」 「ああ、俺も。俺もエッチだ、凄くいやらしい。ニコラの身体で気持ちよくなってる。このままじゃ、俺……」 「い、イくの? さっきみたいに……エクスカリバー、イッちゃうの?」 「ニコラの身体、気持ちよすぎて、俺はもう……」 「うんっ、うんっ、我慢しないで、出して。また、ネトネトしたお汁、ボクに頂戴……んっ、あっ、はっはっ、はぁぁぁぁ………ぁぁぁっ!」 言われるまでもなく、この快感に我慢は通用しそうにない。 頭の奥が、興奮の熱で焼けたみたいに抑えが利かず、俺は本能に任せて欲望を解き放つ。 「ひぃぃぁぁぁぁっ!? んっ、んぁっ、んぁっ、は、激しいっ、よぉぉ……そこ、激しく、されると……んっ、んっ、んぃぃっ!」 「に、ニコラ、イきたい。このままイきたいっ」 「はぁぁ、はっ、はっ、あ、あ、あっあっあっ、すごい、変な感じ、だよ……熱いの、擦れて、んぁ、んぁ、あああぁぁぁぁ」 「あっあっあっあっ、くっ、くひぃぃぃぃ……く、苦しい……息、苦しくなるくらい、気持ちいい、はっ、はっ、はぁっ、はぁぁぁっ」 「い、痛くないか? このまま、続けていいか?」 「んひぃっ、んっ、んんーーっ……うんっ、このまま、このままでっ、あっ、あっ、あっ、ああぁぁぁーーーぁぁぁぁっ」 ギュウギュウに締め付ける肉穴の中で、絶頂に向けて快楽を貪り続ける。 「あっ、あぁぁぁ……ニコラ、気持ちいい……俺、イく、このままイく」 「うんっ、うんっ、きてぇぇ……出して、ボクの身体に、いっぱい出してぇぇ……んひっ、はっ、はっ、はひっ、ひぁぁぁぁっ!」 ニコラの身体が、痙攣したように大きくガクガクッと震えだす。 その震えすら、今の俺には快感を生み出していて……。 「くぅ……もう、ダメだ。我慢、できないっ!」 「んっ、んっ、んひぃぃぃんっ! あっ、あっ、あぁぁーーぁぁ……凄い、エクスカリバー、凄いぃぃぃっ」 「ニコラ、出るっ!」 「出して出してっ! 精液、出してっ! はひぃっ、あっ、あっ、あぁぁぁぁっ、好きだよ、大好きぃぃ……ぃぃぃっ、あひぃ、あひぃぃんっ」 「俺も、大好きだっ!」 「あ、あぁ、あぁっ、あァァぁーーーーぁぁっ、ふあああ、んっ、ンんッ、ああァァぁぁーーーぁぁっ」 「で、出るっ!」 「ふぁぁぁっ、あッ、あッ、あっ、あっあっあっあっ、ああァァぁーーーーぁぁ」 「エクスカリバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」 ドクンッ、ドクドクッ――限界を迎えた俺は、ついにニコラの中に精液を注ぎ込む。 熱い粘液は、そのままニコラの肉壺を勢いよく満たしていく。 「はっ、はひっ、はひっ、はっ、はぁぁぁーーーっ……出てる、熱いの、今度は中に、いっぱい出てるぅ……はぁーっ、はぁーっ」 「エクスカリバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」 限界を迎えた俺は、モノを引き抜き、溢れる欲望をそのままニコラの身体に振り掛ける。 白い体液は、ベビードールごとニコラの身体をドロドロに汚していった。 「んっ、んひぃっ、はっ、はぁーっ、はぁーっ……また、ドロドロ、いっぱい、出てる……はぁーっ、はぁーっ……」 「はっ、はぁーっ、はぁーっ……これが、セックス……凄いね……はぁーっ、はぁーっ」 「はぁ……はぁ……同感だ。凄い、気持ちよかった」 「でも、それだけじゃなくて、一つになれた嬉しさも凄い……」 「ああ、本当にそうだな」 「これで……親族に挨拶できるぐらいになったか?」 「うん、そうだね……ボク、頑張るよ、佑斗君と離れたくない。絶対に離れたくないから」 「俺も、ニコラのことを離さない。絶対に離さないからな」 「好きだ、ニコラ」 「うん、ボクも大好きだよ」 ――そうして翌日を迎えた俺たちの前に、再び蝙蝠のおじい様が現れた。 そしてそこには、美羽や布良さん、稲叢さんにエリナと、寮のみんなも同席していた。 「ほぅ、これは盛大なお迎えじゃのう。で、どういうことじゃ?」 「みんな、ニコラがつれ戻されることに反対なんです」 「うんうん。だから、一緒に同席させて下さい」 「初めてお会いした方に言うのは失礼だと思いますが……それでもやっぱり、ニコラ先輩を無理矢理連れて帰るのはひどいと思います!」 「エリナも同感。せっかく、ユートといい感じになってるのに」 「いくら偉い先祖とはいえ、口を出すにも限度があると思います」 「おじい様、ボクはやっぱり、帰りません」 「……ならん。ニコラはこの都市から避難させる。それがお前のためだ」 俺たちを前にしても、その声に怯むような素振りはない。 「やれやれ……これだから長生きした老害は困る。頭ごなしに否定せず、若者の話を聞くのも、年長者の務めじゃろうに」 「お前のようなババアには言われたくない!」 「あの……どうして、そんなにニコラを連れて戻りたいんですか?」 「この都市なら、吸血鬼の差別はない……とは言えません。ですが、吸血鬼にとっては、そう暮らしにくい場所でないのも事実です」 「……それはな、この都市が危険だからだ。お前が思っている以上に、この都市は危うい」 「それは確かに、観光客も多いですし……警察とは別の治安維持部隊もいますが……」 「我が気にしているのは、そういうことではない」 「それじゃあ……」 「この都市は……いや、そこの女はやり過ぎたのだ。わかるか、小僧。古今東西、このような都市が存在したためしはない」 「そりゃ……吸血鬼のための街なんて」 「そうではない。吸血鬼が人間に取り入り、定住の地を得たことはある。我の故郷もそうだからな」 「そういえば、昔は貴族の称号を持っていたとか……」 「うむ。だが、その領地は微々たるもので田舎も田舎のド田舎じゃ。貴族の称号もただのお飾り。しかし、それに比べてこの都市はどうじゃ?」 「開発も進み、観光客を得て、人間社会で確固たる地位を築いてしまっている。こんな話は、今までにない」 「羨ましいか?」 「はっ、冗談を。我には正気とは思えんよ」 「それは、どういう意味ですか?」 「大きすぎるというのは、我には問題にしか思えぬな。そうではないのか?」 「さてな。どう考えるかは、その者の勝手じゃよ」 「では、我の考えを言わせてもらおうか。わかりやすく言うならば、出る杭は打たれる」 「………」 「いいか? 人間はそう甘くない。欲すれば、潰される。これは今までに繰り返されて来た歴史と言えよう」 「だが、この都市は潰れなかった。それが何を意味するか、さすがにわかるな?」 「……目を付けられ、潰す機会を窺われている」 「この都市は吸血鬼の生活に発展をもたらしたかもしれん。だがその発展は、危険の上に成り立っている」 「この都市の危うさは、些細なきっかけで、一気に天秤が傾むいてしまう不安定な部分にある」 「だから……避難、ですか」 「はっ、詭弁じゃのう。お主の土地とて、気まぐれで潰されてもおかしくはなかろう?」 「大人しくしておれば、この都市のように一方的に潰しにかかることはあるまいよ」 「そうして、引きこもっておっては、衰退するのは目に見えておる。ワシらが生きてゆくには、どこかで踏み出せねばならぬ」 「貴様と種族の未来について論ずるつもりはない。我とて、貴様の気持ちがわからぬわけではないからな」 「でしたら――」 「だが、ここは些か性急過ぎる。言っただろう、“やり過ぎた”と」 「人間社会に対する権力を持ちすぎ、疎まれる存在となっている。これは純然たる事実だ。危険の意味はわかってもらえたか?」 「………」 「でも……安全のためならば、ニコラの幸せはどうなってもいいって言うの!?」 「なに? それは、どういう意味だ?」 「言葉通りの意味だよ。ほらこの恰好、見えてないの?」 「恰好? そういえば……はっ、ど、どういうことだ!? に、ニコラがスカートを穿いている、だとっ!?」 「ニコラ先輩は、つい先日まではもっと男らしい服装をしてました」 「でもっ! とある人のおかげで、女の子らしくなったんですっ!」 「ばっ、バカなっ!? あの娘が、我が命じても一向に男のような恰好をし続けたあの娘が、女の恰好をするとは!?」 「昨日、ニコラはこう言いました。『大切な人がいるんです。だから帰りたくはありません』と。女の恰好、大切な人、これが指し示す事実は一つです」 「それはまさか……まさかっ!? ニコラ、お、お前、まさか――っ!?」 「え? あっ、それは……その………………うん。そうです」 ニコラは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、ゆっくりと頷いた。 そして、その視線の先には俺がいて―― 「お、お前か……お前が、あの娘を……」 「え? あ、いえ、それは……」 小さい蝙蝠から発せられるプレッシャーに俺は思わず息を呑み、一瞬言葉に詰まる。 が、ここで意地を張らなきゃ、今までの言葉が嘘になる。 「そうです。俺は、ニコラと恋人として、お付き合いをさせてもらっていますっ!」 「なっ、なななな……お前が……お前が……ニコラを……なんということだ」 「よくやった! 褒めて遣わす!」 『………』 「………………え?」 「この娘にはなぁ、ずっと昔から女の子らしい恰好をするように言っていたのだが……どうにも、男装を止めてくれなくてなぁ」 「いくつになっても異性に興味を示さず、ずっと男の服装をしていた。もしかしたら心は男なのでは? と思うぐらいでな……」 「だが、まさか、ここに来てニコラが女に目覚めるとは! いや、めでたい!」 「あの……反対、とかしないんですか? いえ、認めてもらえるのは非常に嬉しいことなんですが」 「反対してどうなる? あの娘が選んだのだろう? 自分の意思で、お前のことを」 「いや、でもですね、もっとお約束ってあるじゃないですか。『貴様、どこの馬の骨だー』的な」 「『ニコラとお付き合いさせてもらっています』、『いや、認めん!』的な」 「そう言われてもなぁ……我は小僧のことをよく知らんから、反対する材料が……おい、そこのババア。この者はそんなに問題があるのか?」 「真面目で責任感のある者だという評価を受けておる。今どき少ない優良物件だと思って問題ないじゃろうな。あと、ババア言うな、絞め殺すぞ」 「ふむ。それでニコラが選んだ者なら、我が反対する理由がない」 「我はあくまで、幽霊みたいなものだ。親ではないからな、そのやり取りがしたければニコラの両親とするといい」 「はぁ……そういうものですか」 「おじい様……」 「ニコラよ、そこの小僧は、お前が一人の女として選んだ、大切な男なのだな?」 「はいっ! その通りですっ!」 「そうか、そうか。恋に興味がなく、女としての自覚がなかったニコラの恋人になるなど……我には量れないほどの愛情があったのだろう」 「小僧は我にできなかったことをしてのけたのだ。それを否定するなど我にはできん」 「というか、そういうことは早くに言ってくれれば、こんなに面倒なことにはならなかったんだ」 「そ、そうだったんですか?」 「そうだとも。いやぁ~、めでたいめでたい。そういうことなら、お前も我の故郷にくるといい」 「……え?」 「一緒……に?」 「それってつまり……連れて帰ることに変わりはない……?」 「当然だ。要は、その小僧と離れるのが嫌だったのだろう? ならば、もっと安全な場所で一緒に暮らせばいい。何故、この都市に拘る?」 「違うんですっ、ボクがここにいたいのは、勿論佑斗君も離れたくない重要な理由です」 「でも、でもっ、それだけじゃなくて、ボクはこの海上都市が好きなんです」 「ニコラ……」 「聞いてくれませんか? ニコラは、この都市で夢を見つけているんです」 「自分の意思で、見つけた夢なんです。応援をしてあげてくれませんか?」 「ニコラは、俺が守ります。この都市で何があったとしても、俺がニコラのことを守ってみせます。ですから……」 「では、どうしても我の命には従えぬと?」 「はい。申し訳ありません」 「そうか。では、仕方がないな……無理矢理にでも、連れて帰るとするか」 「――なッ!?」 「――――ッ!!」 ――瞬間、おじい様の気配のような物が大きくなった。 同時に脳に、激しく揺さぶられたような衝撃が走る。 「くっ、これは――」 「うぁっ、なにこれ?」 「あ、頭が……痛い、です」 「……キーンってする」 「一体なにが……」 どうやら衝撃に苦しんでいるのは、俺だけは無いらしい。 みんな、苦悶の表情を浮かべている。 「お、おじい様の、超音波を利用した攻撃、だっ」 「超音波って、言ったって、これは蝙蝠が出すレベルじゃないだろっ」 とはいえ、声が聞こえる時点で異常なのだから、これぐらいのことをやってのけても不思議はない。 それよりも、今は―― 「さて。海上特区の明主に申し上げる。我の一族を保護し、返還してもらいたい」 「これがなされぬ場合、我は政府を通じて、正式な抗議をさせてもらうが、よいか?」 「……ちっ、厄介じゃな。政府に難癖をつけられるのはマズイ」 「市長!?」 「さっき、話にあったじゃろ? こやつも、国家と繋がりのある吸血鬼じゃ。抗議をするぐらいなら、容易く応じるじゃろう」 「つまり……ニコラを引き渡すと?」 「客観的に見て、親元に帰せと言う親族の言葉に対抗できる正当性がない。違うか? 冷たく思うかもしれんが、これは家族の問題じゃろう」 「そ、それは……」 「さっき言ったことに嘘はない。別に小僧と引き離すつもりはないから、安心するがいい。それでは……」 「……くっ」 「ふざけないで、もらいたい」 脳を軽くシェイクされ、視界はぐらつき、まだロクに動けない。 それでも俺は、足に力を入れて、その場で立ち上がる。 「ほう、なかなか活きがいい。ますます気に入った、だが……今はその心意気は不要だな。――――――ッ!」 「うあぁぁぁぁあっ!?」 再び聞き取れない波が、俺の脳を揺さぶった。 激しい吐き気を覚え、力が抜け落ち、膝が折れそうになる。 だがそれでも、屈しない。屈するわけには、いかないんだ。 「はぁ……はぁ……」 「小童、お主……」 「……何故、お前がそこまで拘る? 我はニコラに危害を加えるつもりはもちろんない。そしてお前を恋人として認めているというのに」 「はぁ……はぁ……男が、そんな簡単に、言ったことを翻すのは、まずいでしょう?」 「なんだと?」 「俺はさっき、ニコラを守ると言いました。俺が守るのは、ニコラの安全だけじゃない」 「ニコラの持っている夢や希望、その全てを守ることだっ! 好きな人を守るっていうのは、そういうことでしょう?」 「だから、連れて行かせるわけにはいかないんです。ここには、ニコラの全てがある」 「おじい様、ボクはこの都市に来て、変われました。自分のやりたいことを見つけ……大好きな人もできました」 「ここには、今のボクを作った全てがあるんです。だから、申し訳ありませんが、帰りたくはありません」 そうして、ニコラも立ち上がる。 俺はそんなニコラを背中でかばうようにして、目の前の二人と対峙した。 「……そう言うことですから、お帰り願えませんか?」 そんな俺を後押しするように、美羽も立ち上がる 「美羽君……」 「最近のニコラ、本当に楽しそうなんだよね。だから……エリナも反対、だよね」 「エリナ君まで……」 「そうです。それに、ニコラ先輩と六連先輩がいなくなったら……寂しいですから」 「寮長として、嫌がる友達を、連れて行かせるわけにはいきませんっ!」 「莉音君……梓君……」 みんな、力を振り絞るようにして、その場に立ち上がる。 おじい様を阻み、ニコラを守るように取り囲みながら。 「……のう、お主。若人がここまで頑張っておるのに、老人のワガママをまだ押し通すか?」 「要請に変わりはない。この子は連れて帰る」 「頑固者め」 「させません。絶対に」 「ではどうする? 我の超音波でロクに動くこともできず、こちらには市長までいる。この状況で、お前に何ができる?」 「それは……」 「精神論は嫌いではない。だが、それだけでは立ち行かぬこともある。そんなとき、お前はどうするんだ? どうやって、ニコラを守るつもりだ?」 「………」 どうやってでも! なんて気合いだけの答えは、この状況で口にすることはできない。 すでに俺は、敗北寸前なのだから。 だが、何とか……何とかこの不利な状況を覆さないと。 そのためには、被害を受けていない市長をなんとかしなければいけない。 吸血状態になれば、それも可能か? 少なくとも今よりは可能性がある。 だが、全員が血を吸うことはできない。おそらく吸えて一人ぐらいだろう。 となると、誰が吸うべきか……いっそ、ニコラが吸ってなんとかこの場から逃げるというのは? 獣化能力というのなら、逃げ切れる可能性はある。 ――いやだが、それでは解決にならない。ただのその場しのぎだ。 なにか……なにか、ないのか? 「時間切れ、だな。市長、よろしく頼む」 「………」 「……くっ」 市長が一歩ずつ、近づいてくる。 やはり俺が吸血し、複数の能力のことを露見させても全力でやるしかないか。 可能なら市長と敵対しないことが一番――――――敵対…… 「ニコラ! 血を吸うんだ! 布良さんの血を! 早く!」 「わっ、わかったっ! 梓君!」 「え? あ、う、うんっ! どうぞ!」 「はむッ、ちゅる、じゅるるーーーー!」 「ふんっ、吸血させてこの場から逃がすつもりか? その程度のこと、考えておらぬと思っているのかっ! 愚か者が!」 「――くぅっ!?」 グワンッと視界が大きく揺れる。 「止めて下さい、おじい様!」 「ならば、我の命に従うということか?」 「それは――」 「ニコラ!」 俺の叫びに、ニコラはビクッと身体を震わせる。 「目標が、あるんだろう? だったら諦めるな」 「俺が守るから。絶対に、どんな卑怯な手を使ってでも、守ってみせるから」 「……佑斗、君……」 「おじい様、ボクは、戻りません。この都市で、みんなと一緒に過ごして、自分の夢を叶えます!」 「そうか。残念だ、無理矢理連れて行くことになるとはな」 「ところがそういうわけにはいかないんです、残念ながら」 「ニコラはこの都市を出ることはできません。少なくとも暫くの間は」 「どういうことだ?」 「布良さん、最初に俺に教えてくれたこと、あるだろう? この都市独自のルールってやつが、さ」 「それって……」 「その1・吸血鬼の存在を外に漏らさない」 「その2・吸血鬼は仕事をしなければならない」 「そして、その3――」 「吸血鬼さんは人の生き血を、許可なく吸っては……いけない」 「……あっ」 「それってつまり――」 「勝手に布良さんの血を吸ったニコラは、ルールを乱した違反者となる」 「荒神市長! 今、ニコラを海上都市から出すのは、ルールの違反者を逃がすことになります」 「これは、ニコラがこの都市にいなければいけない、正当な理由なはずです」 「小僧……お前……」 「こういう場合、どんな処分が妥当なんだったかな?」 「確かに勝手に吸血はしたけれど、この場にいる者はすべて、吸血鬼の存在を知っている。一応本人の了承もあったわけだから……」 「保護観察処分。特区管理事務局の人間の庇護下で、一定期間過ごすっていうのが妥当かな」 「それじゃあ、ニコラ先輩は……」 「この都市から連れ出すことができない?」 「本当なら、自分の力で格好よく守れればいいんですが……難しそうだったので、ちょっと裏ワザを使わせてもらいました」 「卑怯と罵られても構いません。それで、ニコラを守れるのなら」 「くははっ! なるほどな、ワシを味方に引き入れたか。うむ、よいよい」 「おい、この場は諦めるしかないな。ワシはこの都市の規律を守らねばならんので、手は貸せぬ。いや、むしろ邪魔をすることになる」 「………」 「おじい様。本当に申し訳ありません。ですが、ボクはもう、おじい様に守られなければいけないほど、子供のつもりはありません」 「……ニコラ」 「自分のことぐらい、自分で何とかします。それに……」 「ボクの隣には、心強い人がいてくれますから」 「……お願いです。ニコラとこの都市で、過ごさせて下さい」 「で、どうする?」 「はぁ……やれやれ………………本当に、我の言うことを聞かぬ娘だな」 「長期の休みの際には、顔ぐらい出しに戻るように。それぐらいの命令は聞け。ああ、そっちの小僧も一緒にな」 「おじい様、では――」 「好きにしろ」 「はいっ、好きにさせてもらいます。ありがとうございます、おじい様!」 「よかったね、ニコラ!」 「これからも、一緒に過ごすことができますね!」 「こういう騒ぎは、これっきりにしてくれる?」 「美羽ちゃんって、本当に照れ屋だよね~」 「うるさいっ」 「みんな……みんな、本当にありがとう。ありがとう」 「それから、佑斗君。ありがとう、ボクはキミがいたから、頑張ることができたんだよ」 「一緒にいたいのは俺も一緒だし、ニコラのディーラーの夢を聞いたからな」 「佑斗君を好きになってよかった。本当に、大好きです」 「俺も、大好きだ」 そうして俺とニコラが見つめ合い―― 「……あの~、イチャイチャするなら席を外そうか?」 「うぇっ!? ち、違う、これはただ、お礼を言いたかっただけでっ!」 「はいはい、お熱いことで~……一気に気持ちが冷めるわね」 「そんなことないですよ! 幸せそうなのはなによりです!」 「まぁね。幸せそうなのはいいことだけど……あんまり人前じゃない方がいいんじゃない? そっちの方が興奮するなら話は別だけど」 「そっ、そそそそんな趣味ないよっ! そんなことじゃなくて――」 「とにかくみんな、本当にありがとう!」 ニコラのお礼の言葉に、俺たちは全員笑顔を返すのだった。 ――が、その笑顔はすぐに曇ることになる。 「うぇっ……さっきの超音波で気持ち悪い……」 「実は、わたしも……うぅぅ……」 「あー……なんだか車酔いしたみたい」 「とりあえず……水」 「俺、実は吐きそうなんだ。頭グワングワンしてて……」 「うわぁぁっ、みんなゴメンね! それから、本当にありがとうね!」 「やれやれ……とんだ茶番に付き合わされたもんじゃな。お主、あの娘が自分の意思を口にしたときに、すでに諦める覚悟はしておったじゃろ?」 「……あの子は、いい友達を持ったものだな。あの子のために身体を張ってくれる友人がいる……これは、故国では得られなかったことだ」 「あの友人がいるようなら、この都市で手に入れた幸せを、疑うべくもない」 「これも、ワシの作り上げた都市のおかげじゃな」 「調子に乗るな。この都市が、危険の上に成り立っていることに変わりはない」 「それについては認めよう。じゃから頼みがある。お主の力も貸してくれぬか? お主の子孫のために、な。ココを平和で成り立たせたいのじゃよ」 「……ふんっ。お前と手を組むなど、寒気がするわ」 「くくく、お主も相変わらず、素直ではないのう」 「お前とて同じだろう。長い年月を過ごしてきたのだ。今さら性格は変わらん」 「それに関しては同意じゃな。ともかく、今後は協力してくれるということでよいのか?」 「……ニコラのためならば仕方ない」 「ふむ、十分な答えじゃよ、助かる」 「……どう? 佑斗君。頭痛と酔いの方はもう治まった?」 「ああ、何とか」 「ニコラの方は、大丈夫なのか?」 「ボクはほら、梓君から吸血したから。元気になって、大丈夫」 「そっか。それならいいんだが……悪かったな」 「え? な、なにが? どうして謝ったりするの?」 「いや、咄嗟のことで他に手がなかったとはいえ、ニコラを違反者にしてしまうような手を使って」 「ああ、なんだ、そんなこと? 別にいいよ、監視役が梓君なら今の生活と変わらないし。それに……」 「格好、よかったよ……もの凄く……その、ほ、惚れ直しちゃうぐらいに」 「そ、そうか。それは嬉しいな」 「そうやって顔を赤くしているニコラも、可愛いよ。思わず惚れ直すぐらいに」 「……むっ、むぅぅぅ……」 「な、なんだ? どうかしたのか?」 「前から思ってたんだけど、佑斗君ってそういうところがあるよね? こう、妙に女の子慣れしてるというか……なんというか」 「そうか? 俺は別に普通のつもりなんだが……」 「そ、それにほら……昨日の、エイレイテュイアの契りだって……あんまり困ってるような様子もなかったし」 「それは………………」 「それは?」 「男は大抵、ちょっとした人生の予習をしているものだ。ということで、納得をしてもらえないだろうか?」 「……? あっ、それってもしかして……A、A……エロースの記憶……?」 「その例えはわかり難いが……多分、合っていると思う。いわゆるソロプレイなどで、その手の映像を見たこともある」 「正直に打ち明けるが、恋人ができたのも、セックスを体験したのも、ニコラが初めてだぞ」 「そ、そっかぁ~……あっ、ボクも! ボクも、キミが初めて……だよ」 「それは知ってる」 そうして俺は、ニコラの身体を抱き寄せて、胸に抱く。 「――あっ……佑斗君の匂いが、する」 「ニコラの匂い、甘くていい匂いだな。俺の好きな匂いだ」 「そ、そうかな? あんまり意識したことないけど……ボクも、キミの匂い、好きだよ」 ニコラは完全に俺の胸に体重を預けてくる。 そうすると、自然とニコラの身体の柔らかな感触と、温もりが伝わってきて……ヤバイな。結構興奮してしまう。 「ねぇ……」 「ん? な、なんだ?」 「確認しておきたいんだけど……い、今でも、エロースの記憶とか見てるの?」 「いや、最近は全然……私的には見てない」 「じゃあ、公的には見てるの?」 「それは……証拠品の確認が必要な仕事があったりするんだ」 「でも、見たんだ?」 「……まぁ、見たな」 「興奮した?」 「……多少」 「ぐぬぬ……映像に興奮するなんて……ちょっと悔しい」 「……悔しい?」 「そんな映像に興奮するなんて、悔しい! だから、だから……ボクも、する……もっとエッチなこと」 「す、するって……セックスを?」 「そ……そう。佑斗君が、浮気とかしないように……映像なんかじゃ、興奮できなくしちゃうんだ」 「なんか、凄い大胆なことを言ってること、ちゃんとわかってるか?」 「わ、わかってるよ、自分の発言の内容ぐらい。それぐらい、ボクは佑斗君のことが好きなの! だから、ちょっとぐらいいやらしくても平気なの!」 「その意気込みは嬉しいが……」 無理しなくていいのに……そう思いながらも、心の中ではもっとニコラの可愛い姿が見たくなっていて―― 俺は不意に思いついた言葉を、そのまま口に出してしまった。 「……もしかしたら、ニコラの言う“ちょっとぐらい”では済まないことを、してしまうかもしれないぞ?」 「え、えぇぇっ!? ゆ、佑斗君って……そんなにハードなことが、好きなの?」 「それは、ニコラの中の判断基準によるだろう」 「は、ハード……ハードかぁ……二回目からハードは、なかなか厳しいかも……」 顔を真っ赤にして、もじもじとするニコラ。 うむ、ちょっとイジワルだとは思うが、女の子のこういう困った姿って可愛いなぁ。 「同人誌とかだと……お、お尻、とか……そういうのだよね。だから、きっと佑斗君も……」 何やら、自分の中の知識をフル動員して、俺のハードっぷりを想像しては、さらに顔を赤くするニコラ。 予想通り可愛い。 だが、これ以上はやり過ぎになるだろう。 そもそも俺の性癖を勘違いしてそうだし、そろそろ冗談だと―― 「うーー、うぅぅぅ……で、でも、これも佑斗君のためだもんっ! ボク、頑張るよ!」 「……え?」 「さ、さぁ、なにがしたいの? 言ってみて。ボク、頑張るからね」 「………」 ほ、本気にされてしまった。参ったな、ほんの冗談のつもりが……。 そんなこと言われたら、俺も本気になってしまうじゃないかっ。 とはいえ、さすがに二回目からそんなにひどいことをするわけにもいかない。 というか俺のテクニックの問題もあるしな。 「ありがとう、ニコラ。その気持ちは凄く嬉しい。だが、さっきのは冗談だ。そんな酷いことを、ニコラにしたりしない」 「え? でも……それって、ボクの身体は映像より魅力がないってこと?」 「違う。ニコラは最高だ。魅力がないわけない。そうじゃなくて……まだ、二回目だろう? だから、もっと慣れていこうと言いたいんだ」 「そ、そう? そういうことなら……でも、今日はどうするの?」 「そうだな……昨日は、ニコラに攻められたから……攻守交替で、今日は俺に攻めさせて欲しい」 「あ、あの……今日はベビードール着なくてもいいの?」 「ああ。気にしなくていいよ」 今日こそは、服を脱がすという手間を楽しみたいのだからっ! 「それじゃあニコラ、ジッとしてて」 「う、うん」 俺はニコラのおっぱいに這わせた手で、その乳肉を揉みしだく。 ブラの上からでも、フニフニとした柔らかさが十分に伝わってきて、俺はおっぱいの虜になる。 「凄い柔らかい、ニコラのおっぱい。こんな感触……初めてだ……」 やはり、愚息を通してと、実際にこの手の平で味わう感触とでは全く違う。 俺は子供の様に、ニコラのおっぱいの感覚に夢中になっていった。 「んっ、んんんっ……ふぁっ、あっ、んっ、んん……あんまり、強くしないで、欲しい……」 「あ、ああ。すまない、つい」 いかんいかん、落ち着け。ニコラに痛みを与えるつもりはないんだから。 「これぐらいなら、大丈夫か?」 確認するように、俺はニコラのおっぱいを優しく揉み解す。 「ふぁっ、あっ、あぁぁぁ……んっ、うん、それぐらいなら、平気かな……ひゃっ、んんっ、く、くすぐったいけど……気持ちいい」 「恥ずかしい?」 「ちょ、ちょっと、こうして揉まれてると、どうすればいいのかわからないし……それに昔、ボクのおっぱい、変だって言ってたし……」 「変? ああ、もしかして、男装の時はペッタン過ぎるって言ったことか?」 「気にしてたなら謝る。そういうつもりで言ったわけじゃないから」 「それじゃ……ぼ、ボクのおっぱい、好き?」 「大好きだ」 その気持ちを込めて、俺はニコラのおっぱいをひたすら揉み続ける。 「んひゃっ、あっ、あっ、あぁぁ……んっ、んひぃっ、はっ、はぁっ……んっ、んふぁっ」 「ニコラは、どうだ? こうして、俺に胸を揉まれるの、嫌じゃないか?」 「嫌じゃない……全然、嫌じゃなくて……好き。おっぱい揉まれるの、好きかも……」 「そっか。それじゃ……今度は直接揉むからな」 ファスナーをおろし、白い背中があらわになると同時に、ブラのベルトが見えた。 よ、よし。行くぞ! 俺は震える手で、念願のブラのホックに手をかけて、ゆっくりとそのかみ合わせをずらす。 成功したっ! ……あぁ、これがブラを外す感触か。 「あっ、や、やんっ!」 「隠しちゃダメだよ、ニコラ」 ブラが外れ、咄嗟に手ブラ状態になろうとしたニコラだが、それよりも先に俺の手がニコラのおっぱいを支える。 まるで俺の手を吸いつけるような張りと弾力を持った乳房。 俺は夢中で柔らかなおっぱいをこね回す。 「はっ、はっ、はぁぁぁ……あ、あぁ……佑斗君の手、凄い……」 「佑斗君におっぱい揉まれてると……ボクの身体、ふわふわしてくる……んっ、んん……」 「俺も、ニコラのおっぱいを揉んでると、気持ちがふわふわしてくるよ。本当に揉み心地がいい」 「それって……褒めてるの?」 「もちろんだ。もっと、揉んでもいいか?」 「う、うん。どうぞ……ボクのおっぱい、もっと気持ちよくして、下さい……」 「精一杯、させていただきます」 揉み心地抜群のニコラのおっぱいは、俺の手の中でムニュムニュと形を変えて踊る。 その度にニコラはピクピクと身体を震わせて、熱のこもった吐息を漏らした。 「ふぁ……あっ……あっ……んっ、んふぅ……はっ、はっ……んんっ」 しかも、ニコラの身体の熱を表すように、その先端がツンと尖ってきている。 ……乳首は前のパイズリの時に触ったな。その時はニコラの反応がやたらよかった気がするな。 試しに、その固くなった乳首を指で挟んでみると―― 「んひぃぃぃぃっ!? ひっ、ひっ、あっ、あぁぁぁぁ……」 「やっぱり、ニコラは乳首の反応がいいんだな」 「やっ、やぁぁ……エッチぃぃ、ち、乳首触っちゃダメぇぇ……触り方、凄くエッチだよぉ」 「エッチな触り方って、こういうの?」 「ひっ、ひぃぁぁぁぁぁ……はっ、はひっ、はひっ、ぃぃぃ……こっ、コリコリするの、ダメだよぉ……あっ、あっ、あぁぁ……」 「こういうの、イヤか?」 「んっ、ふぁっ……はぁぁぁ……い、嫌じゃない……だって、気持ちいい、から」 「だったら、このまま触っていいだろう?」 俺は確認するように、改めて乳首をこね回す。 挟み込んだ指で、強弱をつけながらもてあそび、身体を震わせるニコラの鳴き声を楽しむ。 「ひぁっ、ひぁっ、ああぁぁあっ! んっ、んぃ……んぃ……乳首、凄いぃ……はっ、はひっ、はぁぁ……」 「それにさっき、ニコラが言ったんだ。『気持ちよくして下さい』って。だから……エッチな触り方をしてもいいだろう?」 「んっ、そ、それは……でも……き、気持ちよすぎるから……だ、ダメなの……んっ、んぁっ、ああぁぁあーー……」 「それは俺の触り方じゃなく、ニコラが感じやす過ぎるんだと思うが」 「はぁっ、はぁっ、そ、そうなのかな? でも、そうなのかも……あっ、あぁぁあ……」 「だって、あのね……昨日、おっぱいで擦ってるだけでも、凄く気持ちよくなっちゃったから……はぁ、はぁ……ボクって、感じやすいの、かも」 「こ、こんな感じやすいボクだけど……いいの?」 「もちろん。むしろ、最高なぐらいだ」 答えつつ、固く尖った乳首と共に、乳房全体も揉みしだく。 コリコリの乳首の感触もいいのだが、やはりこのふわふわのおっぱいの感触もたまらない。 「ひぁっ、はっ、はっ、あぁぁぁ……そっ、それじゃ、我慢しなくてもいい? 気持ちよくなるの、我慢しなくていい?」 「我慢なんてしなくていい。そのまま、もっと気持ちよくなってくれ」 「んっ、ひぃぁぁぁぁっ!?」 俺はニコラの快感を押し上げるように、今までよりも強く、キュッと乳首を摘まむ。 「くっ、くひぃぃぃぃ……つ、つまむの、凄いっ、しびれるぅぅぅ……」 「どうだ? おっぱいの感触は?」 「ひっ、あっ、あぁぁぁ……凄い、凄いぃ……触られると、身体が、痺れて、嬉しくて……あっ、あっ、あぁぁぁ、頭の中、真っ白になっちゃう」 「俺も、ニコラのおっぱいに触れて嬉しい。おっぱいのことしか考えられなくて……もっともっと、ニコラを気持ちよくさせたい」 「ひゃんっ! あっ、あっ、あひぃんっ! な、なってる、気持ちよくなってるぅぅ……んっ、んひぃぃ」 快感に身を震わせるニコラが、俺の腕の中で激しく悶える。 こんな姿に、俺の指がさせているかと思うと、それだけで俺の愚息が力強く勃起していった。 それと共に……さらにニコラを悶えさせたいという欲望も。 「あっ、ふぁぁぁ……はっ、はっ、はぁぁぁぁ……んっ、んぃぃ!? ひっ、ひぃぃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 俺は摘まんだ乳首を、激しく擦り、軽く引っ張ったり、と新たな刺激を与えていく。 「あっ、ああぁぁぁぁああぁぁ……ま、まだまだ、気持ちよくなっちゃうよぉ……凄い、乳首、凄いぃぃ……」 「ニコラは本当に可愛いな。上擦った声も、感じてるその姿も。だから、もっともっと感じてくれ」 「ひゃ、あっ、あぁぁぁ……ダメ、ダメダメ、これ以上はダメぇぇっ」 「さっきと言ってることが違うじゃないか」 「だ、だって、これ以上、気持ちよくなっちゃったら……は、恥ずかしいもん」 「それって……」 もしかして? と、思った俺は、ニコラの足に直接触れてみる。 「ひぁっ!? ダメぇっ! 今、そこ触っちゃダメぇぇぇっ!」 ……ぬちゃ。 ニコラの下着に触れると、予想通り、指に湿りを帯びた感触が返ってくる。 「あっ、あぁぁぁぁ……ダメって言ったのに……今は、濡れてるから、ダメって言ったのにぃぃ……はっ、はぁぁぁ」 「どうしてだ? 言っただろう? 俺は感じているニコラが可愛いと。だから、ニコラが濡れてるのは、俺にとって嬉しいことだぞ」 「でも、こんなに濡れて……まるで、お……お漏らししたみたいで、恥ずかしいよぉぉ」 顔を真っ赤にしたニコラは、今にも泣きそうな顔で訴えてくる。 「だが……この前は、触るどころじゃなく、挿れたのに?」 「そ、そうだけど……そうなんだけど……でも、下着が濡れてるのは、ヤダぁ……」 「ニコラ……わかった。俺は、ニコラに気持ちよくなって欲しいが、イジメるつもりはない。だからその分、おっぱいを楽しませてもらう」 「ふぁっ! ああぁぁぁ……んっ、んひぃぃ……ち、乳首、また、乳首がぁぁぁ……んぁっ、あっ、んぃ、んぃっ、ひぃぁぁぁっっ!」 股間には触れず、再びニコラのおっぱいを堪能していく。 全体を揉み、乳首を挟み、こね回し、引っ張り、再びこね回す。 そうして、思いつく限りの方法で、そのおっぱいを堪能していく。 「あ、あ……んっ、んひぃぁっ、あぁぁぁ……くひぃっ、はっ、はっ、んっ、んんん……」 「おっぱいなら、好きにしてもいいか?」 「う、うん。おっぱい、触って……おっぱい、好きにしちゃっていいから。佑斗君の手で、いっぱい触って欲しい」 「それじゃあ……」 俺はそのおっぱいに、自分の指を食い込ませる。 今にも零れ落ちそうなおっぱいと、いやらしく膨らんだ乳首に、ニコラの吐息。 その全てがたまらなく、俺の股間を刺激していった。 「ひっ、あっ、あっ、あぁぁぁ……ぁぁぁ……んんっ、んひぃっ、はっ、はっ、あっ、あぁあぁぁぁあぁ……ど、どうしよう、どうしよう」 「どうかしたのか?」 「んっ、身体、ちょっと変かも……んっ、んひっ!? あっ、あぁぁあ……身体の、痺れ、がっ、全身に……広がるみたいで」 「もしかして、イきそう?」 「わっ、わかんないっ、わかんないっ! こっ、こんなの初めてで……あ、あ、あっ、あっ、あぁっ、あぁぁッ!」 腕の中で、ニコラの身体がカクカクと震えだす。 だが俺は、指の動きを弱めることなく、丹念に、熱心に、乳首を擦り上げ、少し強めに引っ張る。 「んっ、んんんぁぁぁーーーっ! あっ、あっ、あぁぁぁぁぁ……ダメ、んっ、んひぃっ! ダメ、こんな、凄いの、んっ、んああぁぁぁっっ!」 ニコラの言葉を無視するように、乳首を擦る指を止めることはない。 むしろ、震えを大きくするために、優しくイジワルに刺激を強めていく。 「んんっ、あっ、あぁぁぁ……止まらない、痺れが止まらない……あ、あ、あ、あ、あッ! ち、乳首、引っ張っちゃダメぇぇ……」 「ひぁっ、あぁあぁぁっ、ダメなのっ、身体、痺れてる、ビリビリしてるぅぅっ! ダメなのに、あ、あ、あ、あ、あ……ぁああぁあぁああぁッ!!」 「あああぁぁぁぁぁぁーーーーーーー……………………ぁぁッッ!」 ついにおっぱいの刺激だけで、ニコラが昇りつめたらしい。 身体をビクビクと痙攣しながら、俺の腕の中でクタァと力尽きる。 「はっ、はぁぁーー……はっ、はぁぁーーーーーっ、はぁぁーーーっ……んっ、はっ、はぁぁーーー……」 「今、イッた?」 「わかんない……わかんないけど、こんなの初めてで、頭真っ白になっちゃった……はぁーー……はぁーー」 「とにかく、気持ちよかったってことか?」 「うん、うん……凄く、気持ちよかったぁ……はぁーっ、はぁーっ……やっぱり、佑斗君の指、凄いぃぃ……」 「俺の指というより、やっぱりニコラが感じやすいんだと思う。今から、それを証明しようか?」 「え? あっ……凄く……硬くなってる……」 「ニコラが感じてる姿が可愛すぎて、俺はもう我慢できそうにないんだ。だから……」 不意に当てられる突起物に、ニコラの顔が赤くなる。 だが、その場から逃げるようなことはせず、恥ずかしそうにゆっくりと頷いて見せた。 「ニコラ、すごい濡れてるな」 「あぁぁ……だって、さっきのおっぱい、凄く気持ちよくて……はっ、はぁぁー……あんまり見ないで、グショグショになっちゃってる……から……」 「恥ずかしそうなニコラも可愛いよ」 「んっ、あっ、あぁぁ……も、もう……バカなことばっかり」 「本当のことだ。凄く可愛くて、俺も凄く興奮してる」 「え? あっ、ほ、本当だ……ゆ、佑斗君のも……お汁で濡れてる」 「ニコラを見てると、我慢ができなくなったんだ」 俺は硬く反り立ったモノの先っぽで、ニコラの濡れた入口にキスをする。 ヌチュヌチュと音をさせながら体液が触れ合い、混ざり合い、お互いの性器を包み込んでいく。 「ひっ、ひゃっ!? あっ、あぁぁ……こ、擦れてる……いま、すっごく熱いのが擦れてるよ……」 「ああ……すぐにでもニコラの温もりに挿れたい」 言いながら、その欲望を行動で示すように、粘膜のキスを続ける。 ぬちゅ、ぬちゅ……と触れては、糸を引きながら離れ、その糸に引かれ合うように再び触れ合う。 これを繰り返しながら、ニコラを引き寄せて、身体を密着させる。 「んっ、んぁぁ……あっ、あっ、はぁぁぁ……んっ、凄く熱くなってるの、感じる……はっ、はっ、はぁぁ……」 「俺も、ニコラの熱を感じるよ。こんなにドロドロになって……凄いよ」 「ひゃんっ!? そ、そんないやらしいこと、言わないでぇぇ……んっ、んっ、んひぃ……はぁぁ」 「ほら、わかるか? 俺のち●こが、ニコラの垂らす汁で、ドロドロになってるのが」 愛液でコーティングされた肉棒を、さらに強くニコラのワレメに押し付ける。 そして、スマタのような感じで、前後に腰を振ってワレメを擦る。 「ひっ、ひぁぁっ!? あっ、あっ、あぁぁぁ……滑ってる、ボクのお、おま●こで滑って……擦れて……はっ、はっ、はぁぁぁ」 ――ぐちゅ、ぐちゅ。 腰を振るたびに聞こえる音と共に、俺の下半身に快感が絡みついてくる。 「はっ、あぁぁ……擦ってるだけでも、凄く気持ちいいぞ、ニコラ」 「んっ、ひっ、あっ、あぁぁぁ……ぼ、ボクも、ボクも、擦れてると気持ちよくて……あっ、あっ、あぁぁぁーー」 「それに、どんどん滑りがよくなってきてる。ニコラの汁の量、凄い」 「やだぁぁ……いやらしいこと、言わないで。ただでさえ、恥ずかしいのに……ひんっ、あっ、あっ、んひぁぁぁ」 「だが、それだけ気持ちいいってことだろう?」 ――グチョッ! グチョッ! 俺はより大きな音を立てながら、ニコラを追い詰めていく。 「ほら、こんなに大きな音がするのは、ニコラも感じているからだろ?」 「そっ、それは……んっ、んひっ! あっ、あっ、あぁぁあぁぁ」 「俺はニコラの正直な気持ちを聞きたい」 「だから、それは……き、気持ちいい……擦られてるだけで、ボクまた、変になっちゃいそうだよ……あっ、あっ、あぁぁぁ」 「言っちゃった……いやらしいこと、言っちゃったぁぁぁ……」 「そんなに恥ずかしそうにしなくていい。俺も、こうして擦ってるだけで気持ちいいから。いやらしいのは俺も同じだ」 「いや、俺の方がいやらしいかもな。十分気持ちいいはずなのに、まだ足りない。もっと、ニコラのことを感じたいんだ」 「そ……それって……ん、ん、んんっ……あっ、はぁ、はぁ……また、ボクの中に、挿れたい……ってこと?」 「ああ。挿れたい。ニコラの温もりをもっと感じたい。ニコラと一つになりたいんだ」 「もう……本当にエッチなんだから。でも……ボクも、エッチだから……いいよ……はっ、はっ……ううん、そうじゃない」 「はぁーっ、はぁーっ、挿れて、下さい……ボクも、一つになりたい。また、身体で直接感じたいから……早く来て、ここに来て」 言葉にすることで、ニコラ自身興奮してきたのか、性器によるソフトキスで盛り上がってきたのかはわからない。 だが、その眼はすでに蕩け始め、その表情からは羞恥の色が消え、いやらしい牝のような顔に変化し始めていた。 「それじゃ、今挿れるからな、ニコラ」 「あっ、あんっ……はっ、はぁぁぁ……いいよ、挿れて、早く……早く、早く早く早く――」 じゅちゅじゅちゅと、入り口をかき混ぜてから、俺は一気に腰を突き出し、ニコラの身体を貫いた。 「はっ……あぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁああぁぁッッ!?」 ニュルンと先っぽが呑み込まれ、そのまま一気に肉棒の根元まで咥え込む。 ヌルルルッと苦も無くしゃぶりついたニコラは、その綺麗な足をピンッと跳ねさせ、身体を硬直させていた。 「ひっ、あっ、ああぁぁぁ……挿いって、きたぁぁぁぁぁ……はぁぁぁーっ、はぁぁぁーっ」 「ニコラ、もしかして今、イッた?」 「わ、わかんない。で、でも……凄く、気持ちよくて……身体、上手く動かなくなっちゃった……はぁぁぁーっ、はぁぁぁーっ」 「それ、多分イッたんじゃないかな?」 「そうなの、かな? でも、そうだとしたら……それはきっと、佑斗君のせいだよ。キミが擦って、焦らしたり、するから……」 「焦らすってことは……そこまで、ニコラは挿れて欲しいと、ずっと思ってたのか?」 「え!? あっ、そ、それは……その……う、うん。おっぱい、揉まれてるときから……なんだか、奥の方が疼いてるみたいで……」 「そっか。ニコラはエッチな子だなぁ」 「~~~~っ!? あぁぁ……ゴメンナサイ、エッチでゴメンナサイ……いやらしいボクを、嫌いにならないで……」 「嫌いになんてなるもんか。もっと好きになったよ」 「だから、正直に言ったご褒美に、もう焦らしたりしない」 そう言って俺は、少し遠慮気味だった腰の動きを本格化させる。 柔壁を擦り、えぐるようにして、色んな角度から激しく肉壺をかき混ぜていく。 「んひぃぃっ!? ひっ、あっ、あっ、あぁぁあぁぁ……凄い、凄いィィ……中で暴れ、擦れてるぅぅ……んっ、んっ、んンンッ!」 「ニコラの中、凄く熱くて……気持ちいい……あぁぁ……」 「佑斗君も、硬くて、熱くてっ、あぁっ!? んっ、ひぃぃぃんっ! あぁぁ……は、はげっ、激しいぃぃぃ……んっ、んひぃぃぃっ!」 「ああ……ニコラ、ニコラッ! 気持ちいいっ、気持ちいいよっ」 「ボクも、ボクも突かれるの、好きかもっ! お、おっぱいより、気持ちいいっ」 理性が働かなくなり、牝となったニコラが、激しく乱れ始めた。 ぐじゅッ! ぐじゅッ! と粘液の飛沫を散らせながら、悶え叫ぶ。 「んっ、んぁッ! んあッ! す、すごぃぃ……奥まで、当たってる……んっ、んひっ! グニッて当たってるぅぅ……はっ、あぁぁぁっ!」 夢中で俺の肉棒にしゃぶりつく肉穴からは、次から次に、白く濁った粘液が潤滑油として溢れ出てくる。 「ひっ、ひぁぁぁっ! はっ、はっ、あっ、あぁぁぁぁ……また、変になる、ボク、変になっちゃいそう……んっ、んぃぃっ!」 「はぁ、はぁ……ニコラの中、凄い締め付けだ。まるで、抱き締められてるみたいだ……」 「はっ、はっ、だって……ん、んあぁぁっ、だって、気持ちいいんだもんっ! あっ、ああーっ、突かれてる、ずぽずぽ突かれてるっ」 俺は欲望に従って、ひたすらニコラの身体を突き上げた。 肉棒と蜜壺が摩擦する度に、ぷるんぷるんとニコラのおっぱいが揺れて、俺の意識のすべてはニコラに集中する。 「あ、あっ、あぁぁぁぁぁーーっ! ひっ、ひぃぃんっ、ボク、おかしくっ、おかしくなっちゃうよぉぉぉ……」 「ニコラ……いいぞ、そのまま、どんどんおかしくなっていいから」 「はっ、はひっ、はひっ、はひぃぃぃ……ずぽずぽ、ダメぇぇ……真っ白、頭が真っ白になる……助けて、助けてぇぇぇ」 「突き上げるの、嫌か? 強すぎて、痛いか?」 「う、ううんっ、イヤじゃない。でも、でもぉぉ……あっ、あっ、あぁぁぁーーーーぁぁぁっ! 気持ちよすぎるのっ!」 「気持ちいいの、嫌いか?」 「嫌いじゃっ、ないっ……でも、あっ、ああーー……頭の中、蕩けて、真っ白になっちゃう。おち●ちんのことしか、考えられなくなっちゃうぅぅーー」 ニコラは手足に力を入れて、何とか刺激に耐えようとする。 だが俺の腰の動きは弱まらない。 むしろ、激しく腰を振って、ニコラの抵抗を突き崩していく。 「ぅぁっ、うぁっ、うあぁっ……ずっ、ズポズポ、ダメぇぇ……本当に、本当にボク、ダメになっちゃうっ、おかしくなっちゃぅぅぅっ」 「俺はもう、おかしくなってる。ニコラのおま●こにメロメロで、ダメになってる」 「あっ、あっ、あぁぁっ! ほ、本当? ボク、にっ、メロメロ? はっ、はっ、はひぃぃんんっ!」 「本当だ。もう、ニコラの事しか考えられない。ニコラなしじゃ、生きていけないぐらいだ」 「それじゃあ、ボクも……ボクもメロメロになっていい? おち●ちんのことしか、考えられない、エッチな子になっていい?」 「ああ、なってくれ。俺と一緒に、いやらしくなろう、ニコラ」 「はっ、はっ、はぁぁぁぁーっ! なる、えっちになるぅー……はひっ、はっ、はひぃぃぃ……好き、好き、大好きぃぃ」 「大好きって、俺のち●このことが?」 「好き、おち●ちんも、好きかも……でも、やっぱり佑斗君が好きぃぃっ! んっ、んぁっ、んぁぁっ! はっ、ひぁぁぁっ!」 「俺も、ニコラが好きだ。大好きだ、ニコラの全部が好きなんだ!」 「ボクも、ボクも好きぃぃぃ……ボク、もう離れられないよっ、んンンッ、あっ、んあーッ、ああぁぁぁーーーッ!」 「俺だってニコラから離れられない!」 俺たちは、深く絡まり合うようにして、快楽の渦に沈んでいく。 貪るように互いの身体を味わいながら、駆け巡る刺激に集中していった。 「あっ、あっ、あぁぁぁっ! 好き、好きだから、もっとかき回して……もっと、ズポズポしてぇっ!」 「お願い、お願いぃぃ、エッチなこと、もっとエッチなことして、奥まで、突いて、もっとぐちゃぐちゃにしてっ!」 俺の言葉に従い、自分の中の淫らな気持ちをオープンにして、ぶつかってくるニコラ。 こんなエッチなおねだりに、応えないわけにはいかず、俺は腰を激しく打ち付け、こね回す。 「ひっ、あっ、あぁぁぁぁぁ……きた……きたきたきたぁぁっ、んっ、んぁっ、んぁぁっ! 凄い、これ、凄いィィっ!」 色んな刺激が混じり合い、ニコラの表情がぐちゃぐちゃに歪む。 そしてその身体が、ビクビクと痙攣を繰り返し始めていた。 「ニコラの顔、エッチだ」 「あっ、あっ、あぁぁっ! だってだってぇっ、凄い、コレ凄いからぁぁっ、はっ、はっ、はひぃぃっ!」 「ゆうっ、佑斗っ君は? えっちになれない? いやらしくなれない?」 「いいや、俺も、凄くいやらしくなってる。気持ちよすぎて、イきそうなぐらいだ」 「はっ、はっ、はああぁぁ……ボクも、ボクも、多分、イきそうだと思う。もう、頭の中が真っ白で、おかしくなってるから……あっあっあっ」 「だったら、見せて。俺にニコラが俺のち●こでイくところ」 「うん、うんっ、見て、イくところ見ててぇぇぇ……あ、あ、あぁぁぁぁぁ……もう、ダメぇぇ我慢できない、イッちゃう、イッちゃうっ!」 その瞬間、元々締まりのよかったニコラの肉穴が、悲鳴を上げるようにギューーッと締め付けを強くする。 「うっ、あぁぁぁぁ……コレ、俺もイく、もう、イくっ!」 「うっ、うあぁぁっ!」 「来て、来て来て来てっ! あっ、あっ、あっあっあっ、イッ……くぅぅぅぅぅ……ぅぅぅっ」 「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーぁぁぁぁっ!」 ――ドクドクッ! と、俺の叫びに応えるように、勢いよく精液がニコラの身体に侵入する。 流れ込む精液は、ニコラの蜜壺をすぐに満たしていった。 ドクッ、ドクンッ! それでも勢いが衰えない射精は、ニコラの中から逆流するほどの量と勢いだった。 「ひあぁぁぁァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァッ」 ドピュドピュッ! 重力に逆らい垂直に飛び散る白濁が、ニコラの白い肌を汚していく。 今まで溜め込んでいた刺激を全て放出する射精は、自分でも驚くほどの量で、まだまだ止まらない。 ドピュ! ドピュドピュッ! そして俺の精液を浴びる度に、ニコラの身体はビクンビクンと痙攣していた。 「ひっ、あっ、はっ、はぁぁぁーーーー……はっ、はぁぁぁーーっ、はぁぁぁーーっ……」 「はぁー……はぁー……イッた、凄いイッたぁぁ……」 「はひっ、はひぃぃ……そっ、それって、気持ちよかったってこと? ボクにメロメロ?」 「もちろん、メロメロだ。俺は本当に、ニコラなしじゃ生きていけないよ」 「はっ、はぁーー……はぁーー……それじゃ……今度、ボクが故郷に帰るときには、一緒に来てくれる?」 「……このタイミングで、そんな真面目な話をするか?」 「え? あ、ゴメン……卑怯、だった?」 「そういう意味じゃない」 「故郷に一緒に行くのなんて、こっちからお願いしたいぐらいだ。そんな当たり前のことを聞くよりも、今は余韻を味わっていたいってことだ」 「そっか……そうだね。ボクも……もうしばらくこのまま、佑斗君と一緒にいたい」 「だが……場所、変えようか? さすがに、二人一緒に棺桶、ってわけにもいかないだろう?」 「うん。それじゃあボク……佑斗君の、ベッドに……行きたい」 「了解だ」 ――そうして、二人で気持ちを確認しあってから、数ヶ月が経ち……ついに長期の休みを俺たちは迎えることになった。 「それじゃあ、準備はいい?」 「ああ。パスポートも持ったし、海上都市からの一時外出の許可も取った。何の問題もない」 「忘れ物は何もない」 これから俺たちは、ニコラの故郷に向かうことになる。 基本的には出ることを許されない海上都市ではあるが、市長やニコラのおじい様の口添えもあって、なんとか特別許可を取ることができたのは幸いだった。 そこまで苦労して出ていく理由はもちろん、ニコラは家族に会いに。そして俺は……彼女の家族に許しを得るために。 まだ学生の身分なので、正式な話はまだ先となるだろうが……すでに俺とニコラの気持ちは、結婚で固まっている。 その気持ちを打ち明け、許しをもらわねばならない。 「はぁ~、緊張するなぁ。まだ都市すら出てないのに、心臓がバクバクいってる」 「ふふっ、おじい様が許してくれたなら大丈夫だよ。少なくとも、肩書きとかで見られることはないよ。佑斗君の中身で勝負だと思う」 「中身で勝負と言われてもなぁ……どっちにしろ、あまり自信はない」 「そう? ボクは、佑斗君なら大丈夫だと思ってるよ。それとも……やっぱり、止めておく?」 「いや、そういうわけにはいかない。自信はないが、逃げるつもりもない」 「俺はニコラを守るって決めたし、ニコラのことを手放すつもりもないからな」 「うん。ボクも、佑斗君と一緒にいるよ」 「よし。それじゃあ行くか」 そうして俺は、駅に向かって足を踏み出した。 「――あっ」 「え? な、なんだ? どうかしたのか?」 「忘れ物」 「忘れ物って寮にか? 大切な物なら急いで取りにいかないと――」 「すごーく大切な物だけど……寮に忘れたわけじゃないよ。あと……忘れてるのは佑斗君の方だから」 「……俺?」 必要な物は全て持っているはずだが……なんだろう? そうして悩んでいる俺を、拗ねるように睨みつけてくるニコラ。 「………」 「……あぁっ! もしかして――」 俺は荷物を持っていない方の手をニコラの方に差し出してみる。 「一緒に行こう、ニコラ」 「……もう、本当に鈍いんだから」 そう呆れ顔で呟きながらも、ニコラは恥ずかしそうに俺の手を握ってきた。 「ボクを、忘れて行っちゃダメだよ?」 「もちろん。忘れたりしないさ。ニコラは、俺の大切な存在なんだから」 「じゃあ、ちゃんと捕まえてなきゃダメなんだからね?」 「と言っても……ボクももう、佑斗君から離れられないんだけどね」 「俺だって離れられない。ニコラがいないと、俺はもう生きていけない」 「うん。ボクも……もう、一人じゃダメだよ。女の子として見てくれる、キミがないないと……ダメみたい」 「俺たちの、この気持ちが伝われば大丈夫なはずだ」 「そうだね。ボクたちのこの気持ちを、引き裂くことなんてできないよね。あのおじい様ですら納得させたんだから、大丈夫だよ。ボクが保証する」 「心配するな。たとえ何の保証もなかったとしても、俺はニコラのことを離したりしない。ずっと一緒にいるから」 「ボクの手、離したら許さないんだからね」 「了解だ」 「それじゃあ、行くか。大切な物を手に入れに。ああ、そうだニコラ、覚悟しておいてくれよ」 「覚悟って……なんの?」 「もし許されなくても、俺は手を離したりしない。奪い取ることになってでも、俺はこの手を離したりしないからな」 「うん! ボクも離したりしないんだからね。そっちこそ、覚悟しておいてよね!」 「あ、あの……今日はベビードール着なくてもいいの?」 「ああ。気にしなくていいよ」 今日こそは、服を脱がすという手間を楽しみたいのだからっ! 「それじゃあニコラ、ジッとしてて」 「う、うん」 俺はニコラのおっぱいに這わせた手で、その乳肉を揉みしだく。 ブラの上からでも、フニフニとした柔らかさが十分に伝わってきて、俺はおっぱいの虜になる。 「凄い柔らかい、ニコラのおっぱい。こんな感触……初めてだ……」 やはり、愚息を通してと、実際にこの手の平で味わう感触とでは全く違う。 俺は子供の様に、ニコラのおっぱいの感覚に夢中になっていった。 「んっ、んんんっ……ふぁっ、あっ、んっ、んん……あんまり、強くしないで、欲しい……」 「あ、ああ。すまない、つい」 いかんいかん、落ち着け。ニコラに痛みを与えるつもりはないんだから。 「これぐらいなら、大丈夫か?」 確認するように、俺はニコラのおっぱいを優しく揉み解す。 「ふぁっ、あっ、あぁぁぁ……んっ、うん、それぐらいなら、平気かな……ひゃっ、んんっ、く、くすぐったいけど……気持ちいい」 「恥ずかしい?」 「ちょ、ちょっと、こうして揉まれてると、どうすればいいのかわからないし……それに昔、ボクのおっぱい、変だって言ってたし……」 「変? ああ、もしかして、男装の時はペッタン過ぎるって言ったことか?」 「気にしてたなら謝る。そういうつもりで言ったわけじゃないから」 「それじゃ……ぼ、ボクのおっぱい、好き?」 「大好きだ」 その気持ちを込めて、俺はニコラのおっぱいをひたすら揉み続ける。 「んひゃっ、あっ、あっ、あぁぁ……んっ、んひぃっ、はっ、はぁっ……んっ、んふぁっ」 「ニコラは、どうだ? こうして、俺に胸を揉まれるの、嫌じゃないか?」 「嫌じゃない……全然、嫌じゃなくて……好き。おっぱい揉まれるの、好きかも……」 「そっか。それじゃ……今度は直接揉むからな」 ファスナーをおろし、白い背中があらわになると同時に、ブラのベルトが見えた。 よ、よし。行くぞ! 俺は震える手で、念願のブラのホックに手をかけて、ゆっくりとそのかみ合わせをずらす。 成功したっ! ……あぁ、これがブラを外す感触か。 「あっ、や、やんっ!」 「隠しちゃダメだよ、ニコラ」 ブラが外れ、咄嗟に手ブラ状態になろうとしたニコラだが、それよりも先に俺の手がニコラのおっぱいを支える。 まるで俺の手を吸いつけるような張りと弾力を持った乳房。 俺は夢中で柔らかなおっぱいをこね回す。 「はっ、はっ、はぁぁぁ……あ、あぁ……佑斗君の手、凄い……」 「佑斗君におっぱい揉まれてると……ボクの身体、ふわふわしてくる……んっ、んん……」 「俺も、ニコラのおっぱいを揉んでると、気持ちがふわふわしてくるよ。本当に揉み心地がいい」 「それって……褒めてるの?」 「もちろんだ。もっと、揉んでもいいか?」 「う、うん。どうぞ……ボクのおっぱい、もっと気持ちよくして、下さい……」 「精一杯、させていただきます」 揉み心地抜群のニコラのおっぱいは、俺の手の中でムニュムニュと形を変えて踊る。 その度にニコラはピクピクと身体を震わせて、熱のこもった吐息を漏らした。 「ふぁ……あっ……あっ……んっ、んふぅ……はっ、はっ……んんっ」 しかも、ニコラの身体の熱を表すように、その先端がツンと尖ってきている。 ……乳首は前のパイズリの時に触ったな。その時はニコラの反応がやたらよかった気がするな。 試しに、その固くなった乳首を指で挟んでみると―― 「んひぃぃぃぃっ!? ひっ、ひっ、あっ、あぁぁぁぁ……」 「やっぱり、ニコラは乳首の反応がいいんだな」 「やっ、やぁぁ……エッチぃぃ、ち、乳首触っちゃダメぇぇ……触り方、凄くエッチだよぉ」 「エッチな触り方って、こういうの?」 「ひっ、ひぃぁぁぁぁぁ……はっ、はひっ、はひっ、ぃぃぃ……こっ、コリコリするの、ダメだよぉ……あっ、あっ、あぁぁ……」 「こういうの、イヤか?」 「んっ、ふぁっ……はぁぁぁ……い、嫌じゃない……だって、気持ちいい、から」 「だったら、このまま触っていいだろう?」 俺は確認するように、改めて乳首をこね回す。 挟み込んだ指で、強弱をつけながらもてあそび、身体を震わせるニコラの鳴き声を楽しむ。 「ひぁっ、ひぁっ、ああぁぁあっ! んっ、んぃ……んぃ……乳首、凄いぃ……はっ、はひっ、はぁぁ……」 「それにさっき、ニコラが言ったんだ。『気持ちよくして下さい』って。だから……エッチな触り方をしてもいいだろう?」 「んっ、そ、それは……でも……き、気持ちよすぎるから……だ、ダメなの……んっ、んぁっ、ああぁぁあーー……」 「それは俺の触り方じゃなく、ニコラが感じやす過ぎるんだと思うが」 「はぁっ、はぁっ、そ、そうなのかな? でも、そうなのかも……あっ、あぁぁあ……」 「だって、あのね……昨日、おっぱいで擦ってるだけでも、凄く気持ちよくなっちゃったから……はぁ、はぁ……ボクって、感じやすいの、かも」 「こ、こんな感じやすいボクだけど……いいの?」 「もちろん。むしろ、最高なぐらいだ」 答えつつ、固く尖った乳首と共に、乳房全体も揉みしだく。 コリコリの乳首の感触もいいのだが、やはりこのふわふわのおっぱいの感触もたまらない。 「ひぁっ、はっ、はっ、あぁぁぁ……そっ、それじゃ、我慢しなくてもいい? 気持ちよくなるの、我慢しなくていい?」 「我慢なんてしなくていい。そのまま、もっと気持ちよくなってくれ」 「んっ、ひぃぁぁぁぁっ!?」 俺はニコラの快感を押し上げるように、今までよりも強く、キュッと乳首を摘まむ。 「くっ、くひぃぃぃぃ……つ、つまむの、凄いっ、しびれるぅぅぅ……」 「どうだ? おっぱいの感触は?」 「ひっ、あっ、あぁぁぁ……凄い、凄いぃ……触られると、身体が、痺れて、嬉しくて……あっ、あっ、あぁぁぁ、頭の中、真っ白になっちゃう」 「俺も、ニコラのおっぱいに触れて嬉しい。おっぱいのことしか考えられなくて……もっともっと、ニコラを気持ちよくさせたい」 「ひゃんっ! あっ、あっ、あひぃんっ! な、なってる、気持ちよくなってるぅぅ……んっ、んひぃぃ」 快感に身を震わせるニコラが、俺の腕の中で激しく悶える。 こんな姿に、俺の指がさせているかと思うと、それだけで俺の愚息が力強く勃起していった。 それと共に……さらにニコラを悶えさせたいという欲望も。 「あっ、ふぁぁぁ……はっ、はっ、はぁぁぁぁ……んっ、んぃぃ!? ひっ、ひぃぃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 俺は摘まんだ乳首を、激しく擦り、軽く引っ張ったり、と新たな刺激を与えていく。 「あっ、ああぁぁぁぁああぁぁ……ま、まだまだ、気持ちよくなっちゃうよぉ……凄い、乳首、凄いぃぃ……」 「ニコラは本当に可愛いな。上擦った声も、感じてるその姿も。だから、もっともっと感じてくれ」 「ひゃ、あっ、あぁぁぁ……ダメ、ダメダメ、これ以上はダメぇぇっ」 「さっきと言ってることが違うじゃないか」 「だ、だって、これ以上、気持ちよくなっちゃったら……は、恥ずかしいもん」 「それって……」 もしかして? と、思った俺は、ニコラの足に直接触れてみる。 「ひぁっ!? ダメぇっ! 今、そこ触っちゃダメぇぇぇっ!」 ……ぬちゃ。 ニコラの下着に触れると、予想通り、指に湿りを帯びた感触が返ってくる。 「あっ、あぁぁぁぁ……ダメって言ったのに……今は、濡れてるから、ダメって言ったのにぃぃ……はっ、はぁぁぁ」 「どうしてだ? 言っただろう? 俺は感じているニコラが可愛いと。だから、ニコラが濡れてるのは、俺にとって嬉しいことだぞ」 「でも、こんなに濡れて……まるで、お……お漏らししたみたいで、恥ずかしいよぉぉ」 顔を真っ赤にしたニコラは、今にも泣きそうな顔で訴えてくる。 「だが……この前は、触るどころじゃなく、挿れたのに?」 「そ、そうだけど……そうなんだけど……でも、下着が濡れてるのは、ヤダぁ……」 「ニコラ……わかった。俺は、ニコラに気持ちよくなって欲しいが、イジメるつもりはない。だからその分、おっぱいを楽しませてもらう」 「ふぁっ! ああぁぁぁ……んっ、んひぃぃ……ち、乳首、また、乳首がぁぁぁ……んぁっ、あっ、んぃ、んぃっ、ひぃぁぁぁっっ!」 股間には触れず、再びニコラのおっぱいを堪能していく。 全体を揉み、乳首を挟み、こね回し、引っ張り、再びこね回す。 そうして、思いつく限りの方法で、そのおっぱいを堪能していく。 「あ、あ……んっ、んひぃぁっ、あぁぁぁ……くひぃっ、はっ、はっ、んっ、んんん……」 「おっぱいなら、好きにしてもいいか?」 「う、うん。おっぱい、触って……おっぱい、好きにしちゃっていいから。佑斗君の手で、いっぱい触って欲しい」 「それじゃあ……」 俺はそのおっぱいに、自分の指を食い込ませる。 今にも零れ落ちそうなおっぱいと、いやらしく膨らんだ乳首に、ニコラの吐息。 その全てがたまらなく、俺の股間を刺激していった。 「ひっ、あっ、あっ、あぁぁぁ……ぁぁぁ……んんっ、んひぃっ、はっ、はっ、あっ、あぁあぁぁぁあぁ……ど、どうしよう、どうしよう」 「どうかしたのか?」 「んっ、身体、ちょっと変かも……んっ、んひっ!? あっ、あぁぁあ……身体の、痺れ、がっ、全身に……広がるみたいで」 「もしかして、イきそう?」 「わっ、わかんないっ、わかんないっ! こっ、こんなの初めてで……あ、あ、あっ、あっ、あぁっ、あぁぁッ!」 腕の中で、ニコラの身体がカクカクと震えだす。 だが俺は、指の動きを弱めることなく、丹念に、熱心に、乳首を擦り上げ、少し強めに引っ張る。 「んっ、んんんぁぁぁーーーっ! あっ、あっ、あぁぁぁぁぁ……ダメ、んっ、んひぃっ! ダメ、こんな、凄いの、んっ、んああぁぁぁっっ!」 ニコラの言葉を無視するように、乳首を擦る指を止めることはない。 むしろ、震えを大きくするために、優しくイジワルに刺激を強めていく。 「んんっ、あっ、あぁぁぁ……止まらない、痺れが止まらない……あ、あ、あ、あ、あッ! ち、乳首、引っ張っちゃダメぇぇ……」 「ひぁっ、あぁあぁぁっ、ダメなのっ、身体、痺れてる、ビリビリしてるぅぅっ! ダメなのに、あ、あ、あ、あ、あ……ぁああぁあぁああぁッ!!」 「あああぁぁぁぁぁぁーーーーーーー……………………ぁぁッッ!」 ついにおっぱいの刺激だけで、ニコラが昇りつめたらしい。 身体をビクビクと痙攣しながら、俺の腕の中でクタァと力尽きる。 「はっ、はぁぁーー……はっ、はぁぁーーーーーっ、はぁぁーーーっ……んっ、はっ、はぁぁーーー……」 「今、イッた?」 「わかんない……わかんないけど、こんなの初めてで、頭真っ白になっちゃった……はぁーー……はぁーー」 「とにかく、気持ちよかったってことか?」 「うん、うん……凄く、気持ちよかったぁ……はぁーっ、はぁーっ……やっぱり、佑斗君の指、凄いぃぃ……」 「俺の指というより、やっぱりニコラが感じやすいんだと思う。今から、それを証明しようか?」 「え? あっ……凄く……硬くなってる……」 「ニコラが感じてる姿が可愛すぎて、俺はもう我慢できそうにないんだ。だから……」 不意に当てられる突起物に、ニコラの顔が赤くなる。 だが、その場から逃げるようなことはせず、恥ずかしそうにゆっくりと頷いて見せた。 「ニコラ、すごい濡れてるな」 「あぁぁ……だって、さっきのおっぱい、凄く気持ちよくて……はっ、はぁぁー……あんまり見ないで、グショグショになっちゃってる……から……」 「恥ずかしそうなニコラも可愛いよ」 「んっ、あっ、あぁぁ……も、もう……バカなことばっかり」 「本当のことだ。凄く可愛くて、俺も凄く興奮してる」 「え? あっ、ほ、本当だ……ゆ、佑斗君のも……お汁で濡れてる」 「ニコラを見てると、我慢ができなくなったんだ」 俺は硬く反り立ったモノの先っぽで、ニコラの濡れた入口にキスをする。 ヌチュヌチュと音をさせながら体液が触れ合い、混ざり合い、お互いの性器を包み込んでいく。 「ひっ、ひゃっ!? あっ、あぁぁ……こ、擦れてる……エクスカリバーが擦れてるよ……」 「ああ……すぐにでもニコラの温もりに挿れたい」 言いながら、その欲望を行動で示すように、粘膜のキスを続ける。 ぬちゅ、ぬちゅ……と触れては、糸を引きながら離れ、その糸に引かれ合うように再び触れ合う。 これを繰り返しながら、ニコラを引き寄せて、身体を密着させる。 「んっ、んぁぁ……あっ、あっ、はぁぁぁ……んっ、凄く熱くなってるの、感じる……はっ、はっ、はぁぁ……」 「俺も、ニコラの熱を感じるよ。こんなにドロドロになって……凄いよ」 「ひゃんっ!? そ、そんないやらしいこと、言わないでぇぇ……んっ、んっ、んひぃ……はぁぁ」 「ほら、わかるか? 俺の聖剣が、ニコラの垂らす汁で、ドロドロになってるのが」 愛液でコーティングされた肉棒を、さらに強くニコラのワレメに押し付ける。 そして、スマタのような感じで、前後に腰を振ってワレメを擦る。 「ひっ、ひぁぁっ!? あっ、あっ、あぁぁぁ……滑ってる、ボクのお、おま●こで滑って……擦れて……はっ、はっ、はぁぁぁ」 ――ぐちゅ、ぐちゅ。 腰を振るたびに聞こえる音と共に、俺の下半身に快感が絡みついてくる。 「はっ、あぁぁ……擦ってるだけでも、凄く気持ちいいぞ、ニコラ」 「んっ、ひっ、あっ、あぁぁぁ……ぼ、ボクも、ボクも、エクスカリバーで擦られると気持ちよくて……あっ、あっ、あぁぁぁーー」 「それに、どんどん滑りがよくなってきてる。ニコラの汁の量、凄い」 「やだぁぁ……いやらしいこと、言わないで。ただでさえ、恥ずかしいのに……ひんっ、あっ、あっ、んひぁぁぁ」 「だが、それだけ気持ちいいってことだろう?」 ――グチョッ! グチョッ! 俺はより大きな音を立てながら、ニコラを追い詰めていく。 「ほら、こんなに大きな音がするのは、ニコラも感じているからだろ?」 「そっ、それは……んっ、んひっ! あっ、あっ、あぁぁあぁぁ」 「俺はニコラの正直な気持ちを聞きたい」 「だから、それは……き、気持ちいい……エクスカリバーのせいで、ボクまた、変になっちゃいそうだよ……あっ、あっ、あぁぁぁ」 「言っちゃった……いやらしいこと、言っちゃったぁぁぁ……」 「そんなに恥ずかしそうにしなくていい。俺も、こうして擦ってるだけで気持ちいいから。いやらしいのは俺も同じだ」 「いや、俺の方がいやらしいかもな。十分気持ちいいはずなのに、まだ足りない。もっと、ニコラのことを感じたいんだ」 「そ……それって……ん、ん、んんっ……あっ、はぁ、はぁ……また、ボクの中に、挿れたい……ってこと?」 「ああ。挿れたい。ニコラの温もりをもっと感じたい。ニコラと一つになりたいんだ」 「もう……本当にエッチなんだから。でも……ボクも、エッチだから……いいよ……はっ、はっ……ううん、そうじゃない」 「はぁーっ、はぁーっ、挿れて、下さい……ボクも、一つになりたい。また、身体で直接感じたいから……早く来て、ここに来て」 言葉にすることで、ニコラ自身興奮してきたのか、性器によるソフトキスで盛り上がってきたのかはわからない。 だが、その眼はすでに蕩け始め、その表情からは羞恥の色が消え、いやらしい牝のような顔に変化し始めていた。 「それじゃ、今挿れるからな、ニコラ」 「あっ、あんっ……はっ、はぁぁぁ……いいよ、挿れて、早く……早く、早く早く早く――」 じゅちゅじゅちゅと、入り口をかき混ぜてから、俺は一気に腰を突き出し、ニコラの身体を貫いた。 「はっ……あぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁああぁぁッッ!?」 ニュルンと先っぽが呑み込まれ、そのまま一気に肉棒の根元まで咥え込む。 ヌルルルッと苦も無くしゃぶりついたニコラは、その綺麗な足をピンッと跳ねさせ、身体を硬直させていた。 「ひっ、あっ、ああぁぁぁ……挿いって、きたぁぁぁぁぁ……エクスカリバー、ボクの中にぃぃ……はっ、はぁぁぁーっ、はぁぁぁーっ」 「ニコラ、もしかして今、イッた?」 「わ、わかんない。で、でも……凄く、気持ちよくて……身体、上手く動かなくなっちゃった……はぁぁぁーっ、はぁぁぁーっ」 「それ、多分イッたんじゃないかな?」 「そうなの、かな? でも、そうだとしたら……それはきっと、佑斗君のせいだよ。キミが擦って、焦らしたり、するから……」 「焦らすってことは……そこまで、ニコラは挿れて欲しいと、ずっと思ってたのか?」 「え!? あっ、そ、それは……その……う、うん。おっぱい、揉まれてるときから……なんだか、奥の方が疼いてるみたいで……」 「そっか。ニコラはエッチな子だなぁ」 「~~~~っ!? あぁぁ……ゴメンナサイ、エッチでゴメンナサイ……いやらしいボクを、嫌いにならないで……」 「嫌いになんてなるもんか。もっと好きになったよ」 「だから、正直に言ったご褒美に、もう焦らしたりしない」 そう言って俺は、少し遠慮気味だった腰の動きを本格化させる。 柔壁を擦り、えぐるようにして、色んな角度から激しく肉壺をかき混ぜていく。 「んひぃぃっ!? ひっ、あっ、あっ、あぁぁあぁぁ……凄い、凄いィィ……エクスカリバー、中で暴れてるぅぅ……んっ、んっ、んンンッ!」 「ニコラの中、凄く熱くて……気持ちいい……あぁぁ……」 「佑斗君も、硬くて、熱くてっ、あぁっ!? んっ、ひぃぃぃんっ! あぁぁ……は、はげっ、激しいぃぃぃ……んっ、んひぃぃぃっ!」 「ああ……ニコラ、ニコラッ! 気持ちいいっ、気持ちいいよっ」 「ボクも、ボクも突かれるの、好きかもっ! お、おっぱいより、気持ちいいっ」 理性が働かなくなり、牝となったニコラが、激しく乱れ始めた。 ぐじゅッ! ぐじゅッ! と粘液の飛沫を散らせながら、悶え叫ぶ。 「んっ、んぁッ! んあッ! す、すごぃぃ……奥まで、当たってる……んっ、んひっ! グニッて当たってるぅぅ……はっ、あぁぁぁっ!」 夢中で俺の肉棒にしゃぶりつく肉穴からは、次から次に、白く濁った粘液が潤滑油として溢れ出てくる。 「ひっ、ひぁぁぁっ! はっ、はっ、あっ、あぁぁぁぁ……また、変になる、ボク、変になっちゃいそう……んっ、んぃぃっ!」 「はぁ、はぁ……ニコラの中、凄い締め付けだ。まるで、抱き締められてるみたいだ……」 「はっ、はっ、だって……ん、んあぁぁっ、だって、気持ちいいんだもんっ! あっ、ああーっ、突かれてる、ずぽずぽ突かれてるっ」 俺は欲望に従って、ひたすらニコラの身体を突き上げた。 肉棒と蜜壺が摩擦する度に、ぷるんぷるんとニコラのおっぱいが揺れて、俺の意識のすべてはニコラに集中する。 「あ、あっ、あぁぁぁぁぁーーっ! ひっ、ひぃぃんっ、ボク、おかしくっ、おかしくなっちゃうよぉぉぉ……」 「ニコラ……いいぞ、そのまま、どんどんおかしくなっていいから」 「はっ、はひっ、はひっ、はひぃぃぃ……ずぽずぽ、ダメぇぇ……真っ白、頭が真っ白になる……助けて、助けてぇぇぇ」 「突き上げるの、嫌か? 強すぎて、痛いか?」 「う、ううんっ、イヤじゃない。でも、でもぉぉ……あっ、あっ、あぁぁぁーーーーぁぁぁっ! 気持ちよすぎるのっ!」 「気持ちいいの、嫌いか?」 「嫌いじゃっ、ないっ……でも、あっ、ああーー……頭の中、蕩けて、真っ白になっちゃう。エクスカリバーしか、考えられなくなっちゃうぅぅーー」 ニコラは手足に力を入れて、何とか刺激に耐えようとする。 だが俺の腰の動きは弱まらない。 むしろ、激しく腰を振って、ニコラの抵抗を突き崩していく。 「ぅぁっ、うぁっ、うあぁっ……ずっ、ズポズポ、ダメぇぇ……本当に、本当にボク、ダメになっちゃうっ、おかしくなっちゃぅぅぅっ」 「俺はもう、おかしくなってる。ニコラのおま●こにメロメロで、ダメになってる」 「あっ、あっ、あぁぁっ! ほ、本当? ボク、にっ、メロメロ? はっ、はっ、はひぃぃんんっ!」 「本当だ。もう、ニコラの事しか考えられない。ニコラなしじゃ、生きていけないぐらいだ」 「それじゃあ、ボクも……ボクもメロメロになっていい? エクスカリバーのことしか、考えられない、エッチな子になっていい?」 「ああ、なってくれ。俺と一緒に、いやらしくなろう、ニコラ」 「はっ、はっ、はぁぁぁぁーっ! なる、えっちになるぅー……はひっ、はっ、はひぃぃぃ……好き、好き、大好きぃぃ」 「大好きって、俺の聖剣のことが?」 「好き、エクスカリバー、好きかも……でも、やっぱり佑斗君が好きぃぃっ! んっ、んぁっ、んぁぁっ! はっ、ひぁぁぁっ!」 「俺も、ニコラが好きだ。大好きだ、ニコラの全部が好きなんだ!」 「ボクも、ボクも好きぃぃぃ……ボク、もう離れられないよっ、んンンッ、あっ、んあーッ、ああぁぁぁーーーッ!」 「俺だってニコラから離れられない!」 俺たちは、深く絡まり合うようにして、快楽の渦に沈んでいく。 貪るように互いの身体を味わいながら、駆け巡る刺激に集中していった。 「あっ、あっ、あぁぁぁっ! 好き、好きだから、もっとかき回して……もっと、ズポズポしてぇっ!」 「お願い、お願いぃぃ、エッチなこと、もっとエッチなことして、奥まで、突いて、もっとぐちゃぐちゃにしてっ!」 俺の言葉に従い、自分の中の淫らな気持ちをオープンにして、ぶつかってくるニコラ。 こんなエッチなおねだりに、応えないわけにはいかず、俺は腰を激しく打ち付け、こね回す。 「ひっ、あっ、あぁぁぁぁぁ……きた……きたきたきたぁぁっ、んっ、んぁっ、んぁぁっ! 凄い、これ、凄いィィっ!」 色んな刺激が混じり合い、ニコラの表情がぐちゃぐちゃに歪む。 そしてその身体が、ビクビクと痙攣を繰り返し始めていた。 「ニコラの顔、エッチだ」 「あっ、あっ、あぁぁっ! だってだってぇっ、凄い、コレ凄いからぁぁっ、はっ、はっ、はひぃぃっ!」 「ゆうっ、佑斗っ君は? えっちになれない? いやらしくなれない?」 「いいや、俺も、凄くいやらしくなってる。気持ちよすぎて、イきそうなぐらいだ」 「はっ、はっ、はああぁぁ……ボクも、ボクも、多分、イきそうだと思う。もう、頭の中が真っ白で、おかしくなってるから……あっあっあっ」 「だったら、見せて。俺にニコラが俺の聖剣でイくところ」 「うん、うんっ、見て、イくところ見ててぇぇぇ……あ、あ、あぁぁぁぁぁ……もう、ダメぇぇ我慢できない、イッちゃう、イッちゃうっ!」 その瞬間、元々締まりのよかったニコラの肉穴が、悲鳴を上げるようにギューーッと締め付けを強くする。 「うっ、あぁぁぁぁ……コレ、俺もイく、もう、イくっ!」 「うっ、うあぁぁっ!」 「来て、来て来て来てっ! あっ、あっ、あっあっあっ、イッ……くぅぅぅぅぅ……ぅぅぅっ」 「エクスカリバーーー!」 ――ドクドクッ! と、俺の叫びに応えるように、勢いよく精液がニコラの身体に侵入する。 流れ込む精液は、ニコラの蜜壺をすぐに満たしていった。 ドクッ、ドクンッ! それでも勢いが衰えない射精は、ニコラの中から逆流するほどの量と勢いだった。 「エクスカリバーーー!」 ドピュドピュッ! 重力に逆らい垂直に飛び散る白濁が、ニコラの白い肌を汚していく。 今まで溜め込んでいた刺激を全て放出する射精は、自分でも驚くほどの量で、まだまだ止まらない。 ドピュ! ドピュドピュッ! そして俺の精液を浴びる度に、ニコラの身体はビクンビクンと痙攣していた。 「ひっ、あっ、はっ、はぁぁぁーーーー……はっ、はぁぁぁーーっ、はぁぁぁーーっ……」 「はぁー……はぁー……イッた、凄いイッたぁぁ……」 「はひっ、はひぃぃ……そっ、それって、気持ちよかったってこと? ボクにメロメロ?」 「もちろん、メロメロだ。俺は本当に、ニコラなしじゃ生きていけないよ」 「はっ、はぁーー……はぁーー……それじゃ……今度、ボクが故郷に帰るときには、一緒に来てくれる?」 「……このタイミングで、そんな真面目な話をするか?」 「え? あ、ゴメン……卑怯、だった?」 「そういう意味じゃない」 「故郷に一緒に行くのなんて、こっちからお願いしたいぐらいだ。そんな当たり前のことを聞くよりも、今は余韻を味わっていたいってことだ」 「そっか……そうだね。ボクも……もうしばらくこのまま、佑斗君と一緒にいたい」 「だが……場所、変えようか? さすがに、二人一緒に棺桶、ってわけにもいかないだろう?」 「うん。それじゃあボク……佑斗君の、ベッドに……行きたい」 「了解だ」 「佑斗君、佑斗君」 「ん? ニコラ、どうかしたのか?」 「今日は、その……仕事なのかな?」 「いいや、今日は非番だが」 「そっ、そうなの!? 奇遇だね、ボクも今日は休みなんだよ! だから、その……一緒に帰らない?」 「別に構わないぞ。それじゃ行くか」 「うん!」 「あの二人、最近ずっとべったりだね?」 「仲がいいというか……それぐらいでは済まない雰囲気と言うか……」 「あっ! 手を繋いで歩いてるところ、見たことあるよー」 「えっ!? そ、それってデート?」 「デートって……つまりそれって……あの二人はもしかして、付き合ってる? お、男同志なのにっ!?」 「わっ、わぁぁぁ! 知ってる、こういうのBLっていうんだよね!」 「ニコラ君は美形だし……六連君も、結構イケてるよね?」 「きゃーっ! 不潔よ、不潔! それで受けはどっちなのかしら!?」 「見た目だとニコラ君が受けだと思うけど……あっ、でも六連君って、中身が結構受けっぽいかも」 「……ねぇ、ニコラのこと知ってるのって、私たちだけだったかしら?」 「……あー……何かのキッカケで気づいた人以外には、ワザワザ説明してないと思うよ?」 「なんにしろ……騒動の尽きない二人ねぇ……」 「ふふっ……本当に幸せだよね、ボクって。こんな風に、好きな人と帰れるなんて」 「そういう意味なら、俺も凄く幸せだぞ。いつでも大切な恋人が傍にいてくれて」 「そういえばニコラ、普段は女の子の服の方が多くなってきたのに、制服は男のままなんだな?」 「うーん……男の制服でキミの隣を歩くのも恥ずかしいんだけど……学院ではボクの本当の性別を知らない人も多いから」 「それに、他の男の子に見られるのはイヤだもん。ボクの、あの姿を見ていいのは、キミだけなの。そう、決めてるの」 「そ、そうか。俺だけの姿か……そう言われると、ちょっと嬉しいな」 「ボクはキミに理解してもらえれば、それでいいんだ。キミだけで十分」 「俺も、ニコラさえいてくれれば十分だよ」 「えへへへ」 ……付き合い始めてから結構な時間が経った。 こうしてみると、女の子のニコラは結構子供っぽくて、甘えたがりな性格をしているらしい。 今の無邪気な笑顔を見て、そう思う。 「それで、今日は帰ったらどうしよっか?」 「んー、そうだなぁ……どうしようか」 「にゃぁ?」 「ん? にゃぁ?」 「あっ、佑斗君、アレ……」 ニコラが指差した先……そこには、黒い子猫がダンボールから身を乗り出して、こちらを見ていた。 「ということで、ウチに?」 「一応、飲食店だから、動物は困るのよねぇ」 「すみません」 「うにゃ?」 「ああ、こら。顔を出すな」 「わぁ~、可愛いですね~」 「そうだろう?」 「可愛いのは同意するけど……ココでは飼えないわよ?」 「あっ、私の家もペットはちょっと無理かもしれません」 「全員学生だから、寮で世話もできませんし……そこで、淡路さんにお願いがあるんです。その顔の広さで飼い主を捜してもらえませんか?」 「里親? そんなネットワークは持ってないんだけど……」 「でも、こんなに可愛ければ、親になってくれる人もいると思うんです」 「確かに。飼えるなら、私の家で飼いたいぐらいですよ」 「んー、そうねぇ……とりあえず、ダメ元で探してみるから、写真を撮っていい?」 「わかりました」 「おい、お前の人生がかかってるからな。目一杯可愛く撮ってもらうんだぞ」 「にゃー」 「ふふふ、本当に可愛いですねぇ~」 「でも、探している間は、そっちで面倒をみてくれる?」 「わかりました。でも、なるべく早くにお願いしますね」 「努力はしてみるわ。それで……」 「……ブーー……」 「……だから、猫に嫉妬をするなってば」 「――ぷいっ!」 「あらあら、愛されてるわね~」 「それに関しては、非常に嬉しいんですけどね」 いくらなんでも、猫に嫉妬しなくても。 むしろ一緒に可愛いと愛でるぐらいでいいだろうに。 「とにかく、里親探し、よろしくお願いしますね」 「わかった。なるべく、早くに見つけて連絡するわね」 「それで……この子、どうするんですか?」 「とりあえず、見つかるまでは俺が何とかするしかないだろうな」 ネコは嫌いではないし、こんなに愛らしい子ならばむしろ望むところだ。 「とりあえず、猫用のミルクを買って帰るか」 「わぁ~わぁ~っ、本当に可愛いですね!」 「これは、確かに愛らしいわね」 「ということで、ちょっと面倒をみていいだろうか?」 「んー、寮でペットは……」 「にゃぁ~?」 「ちょっとぐらいなら、いいかなぁ~。仕方ないよね、えへへ」 「ありがとう、布良さん」 「でも、ユート……ネコの舌って結構ザラついてるから、舐めさせるのにはあんまり向いてないよ? きっと、傷がついて痛いよ?」 「バターネコに育てようなんて、考えたこともなかったぞ、おい」 「にゃぁ~~」 「ん? なんだ? もしかしてお腹でも空いたか? 今、ミルクをやるからな」 「……先輩、意外と小動物に甘いんですね」 「ちょっと、イメージと違うわね」 「そうか? 俺はいつでも優しいつもりだが……」 とりあえず俺は、子猫のためにミルクを皿に入れてあげる。 「それで、この子の面倒はユートが見るの?」 「そのつもりだ。夜も一人にできないから、一緒に寝ることになるだろう」 「えぇぇぇぇっ!? そっ、それじゃあ、ボクも一緒に寝る!」 「いや……俺のベッド大きくないし。二人で寝たら、子猫を潰しちゃうかもしれないだろう」 「というか、そもそも二人で寝る時点で、寮長としては見逃せないんだけどね」 「諦めなさい。今さらこの二人に言ったところで無駄よ」 「ニコラ。猫を拾ったのは俺だ。だから、里親が見つかるまでは、ちゃんと世話をすることが俺の責任だと思う」 「それは……そうかもしれないけど………………ボクもちゃんとわかってるつもりなんだけど……」 「我慢を押し付けて申し訳ないが頼む、ニコラ」 「……うん。でも、ボクだって一緒に寝たいのに……棺桶で寝ると、身体疲れるんだもん」 「だからそれは、ベッドを買えよ」 「んっ、んん……」 突然の着信音に、俺は目を擦りながら通話ボタンを押す。 「ふぁい、もしもし?」 『あ、もしもし? 六連君? 寝てた?』 「淡路さん……今は……ああ、この時間なら大丈夫です。どうせ、そろそろ起きなきゃいけない時間ですし」 『それならよかった。で、例の話なんだけど……子猫は元気?』 「あ、えっと……」 「にゅ~~」 「ここで、寝てますよ。元気は……変わらないと思います」 『そう。それはよかった。早速だけど見つかったわよ、その子の里親』 「え? 本当ですか!?」 「にゃぁ~~」 「はい、それじゃ確かに預かったわ」 「よろしくお願いします」 「安心して。里親はちゃんとした人だから。この子をちゃんと大切にしてくれるわよ」 「そうですか。なら、安心です」 「にゃん?」 「じゃあな。ちゃんと可愛がってもらうんだぞ」 「にゃ~~~」 「それじゃ、またね」 「はい。よろしくお願いします」 「………」 「六連先輩、寂しそうですね」 「たったの半日とはいえ、可愛がっていたものねぇ」 「それに、あの子猫も凄く可愛かったし……気持ちはわかるよ」 「……佑斗君……」 「こんな時こそ、彼女の出番なんじゃないの?」 「え? それって……」 「へーき、へーき。エリナにいいプランがあるから、全部任せて! にっひっひ~」 「……はぁ……」 里親が見つかったのはいいことなのだが……やっぱりちょっと寂しいな。 「いや、もっと深い愛情が生まれる前で、よかったのかもな」 「仕方ない。明日からは気持ちを切り替えるとして……そのためにも、今日はもう寝よう」 そうして俺が寝ようとした時だ。扉がノックされたのは。 「はい?」 「ぼ……ボクだけど入っても……いいかな? というか、今すぐ入れてくれない? 早く早く」 「あ、ああ。勿論、構わないぞ」 戸惑いつつ、俺が部屋の扉を開けると、スルッとニコラが部屋の中に滑り込んできた。 だが、その恰好はいつもと違っていて―― 「にゃ、にゃー。ボクは迷い猫だにゃー。もし、寂しいなら、今日は一緒に寝てあげてもいいにゃ、ご主人様」 「………」 「………」 なんだろう? どうして部屋の中に入って来たニコラには、あんなに大きな耳がついているのだろう? しかもシャツ一枚で……あっ、ちょっと見えてるのは下着か? なんて破廉恥な! 「何してるんだ、ニコラ?」 「……いや、その、あの……あの猫の代わりに、ボクがネコだにゃー。別に一緒に寝てあげてもいいにゃー」 「………」 「………」 「ゴメンナサイ。正直に言います、一緒に寝たいです」 「一緒に寝るのは構わないんだが………………そうか。本当にすまない、ニコラ。俺、ニコラをそんな恰好にさせるほど、寂しがらせていたんだな」 「え? 別にそうじゃなくて、この恰好はエリナ君が……」 「だが、そんな悲しいことを言わないでくれ。俺は、ニコラにあの子の代わりをして欲しいだなんて思っていない」 「ニコラは俺にとって、かけがえのない、大切な恋人なんだから」 「それから、俺に気を遣ってくれてありがとう」 「佑斗君……ううん。気にしないでいいんだ。これはボクがしたくてしてることなんだから。だから……受け入れてくれる、ご主人様?」 「……ゴクン……」 上目使いのニコラに、俺は思わず唾を呑み込んだ。 ニコラの気持ちは嬉しい。 それだけを思っていたのだが……こうして改めて見ると、なんてエロいんだろう。 ネコミミがいつもと違う可愛さを彩り、Yシャツ一枚のエロさと組み合わさることで、さらなる魅力を生み出して……。 「あのな……スマン、ニコラ。正直に言うぞ?」 「その恰好だと、かなり興奮してしまうから……一緒に寝るだけじゃすまないかもしれない」 「それでも、いいか?」 「うっ……うん。ボクは、こんな恰好をしてる時点で……そういうつもり、だったけど……いっ、いちいち言わさないでよ!」 「そっ、そうか……それはすまない」 「とにかく、ご主人様。今日は、ボクがご奉仕するにゃ。ご主人様はボクに甘えてくれていいからね」 「だから、その……なにかして欲しいことがあるなら、言って欲しいにゃ。ボク、頑張るから」 「いや、その気持ちだけで十分だが……」 「本当に? なんでもいいんだよ? 今日はご奉仕プランなんだよ」 「………」 「じゃあ、一つだけいいかな?」 ………。 「確かになんでもいいって言ったけど……これは、ちょっと……」 目隠しをしたニコラが、不安そうな声を漏らす。 むぅ……試してみたいという、ちょっとした軽い気持ちで言ってみたのだが……。 「やはり、やり過ぎたか? 嫌だったなら、ちゃんと言ってくれれば」 「ううん、平気だよ。嫌じゃないよ? ただ、目の前が見えないって言うのは、ちょっと不安なだけで……とりあえず、このまま続けてみよう」 「本当にいいのか? どうしても目隠ししたいわけじゃないから、正直に言ってくれて問題ないが」 「本当に気にしないで、ご主人様。それじゃあ、ご奉仕するにゃ……えと、えと……あっ、ちゃんと硬くなってるね」 ペタペタと俺の股間付近を探るニコラ。 眼前の光景に、すでに硬くなっていた俺のモノが、ニコラの手に擦られて……ご主人様と呼ばれて……ますます興奮してくる。 「よいしょっ、と。……んあっ、でも……目が見えなくても、結構わかるかも」 「本当に?」 「うん。ほら、ボクって獣化系の能力だから、普段の時から結構普通の人より鋭かったりするんだよ……だから、匂いでわかるかも」 「に、匂いで?」 「うん。こうして、スーーー……うん、ここだよね……れるんっ」 「うっ、あぁ……」 「ほら、やっぱり。以前にも感じた匂いが、ここからする。スゥゥゥー……んっ、ご主人様のこの匂い、嫌いじゃない……というより、好き……」 「なんだか、ますますネコっぽくなってきたな」 「それは……ダメなことなの? ご主人様?」 「いいや、全然。むしろ、嬉しくて嬉しくて、ますます興奮してきたぐらいだ」 「そっか。それじゃあ、続けるからね。んっ、れろれろ……んっ、れるん」 初めてのパイズリの時のように、大きく舌を出したニコラが、俺の肉棒を丹念に舐め始めた。 「んっ、ぴちゃねちゃ……れるれろ、んちゅっ、れろれろ……れるん、ねちゃねるんっ」 何も見えないはずなのに、的確に俺の肉棒の位置を把握し、舐める様は本当に猫のように思えた。 「ねちゅ、ねちょねろ……れるんっ、はぁ……はぁ……匂い、濃くなってきた、ご主人様の匂いが、どんどん濃くなる……じゅるっ、れちょねちょ」 「それは、ニコラの舌が、凄く気持ちいいから……」 「れるん、れろれろ……んっ、ねちゅ、ねろねろ……ボクのことは、気にしないで。このまま気持ちよくなってね……れちゃねちゃ、ちゅるちゅる」 可愛らしい舌が、幾度となく裏筋や亀頭部を舐め上げる。 ニコラは丹念に舌を動かし、ねちょねちょとヨダレを俺の肉棒に擦りつけていく。 「あっ、この匂い……覚えてる。佑斗君のお汁だよね……よかった、本当に気持ちいいってことなんだ」 「ああ、もちろんだ。ものすごく、気持ちよくて……先走りが出てる」 「佑斗君の顔が見れなくて不安だったけど……これなら、続けても平気そうだね。ううん、もっと激しく舐めるからね」 「ぺちゅ、れろれろ……んんっ、ちゅるちゅる……んっ、んんちゅっ、れろれろ、れるんっ、ちゅっ、れちゃぺちゃ」 「ぅっ、ぁぁっ……ニコラの舌、凄いい」 「んっ、れろれろ……れちゅ、ねろねろ、れるん……んっ、もっほ……もっほ気持ちよくなっへ、たくさんお汁らして……じゅるっ、ねろねろ」 俺の先走りの匂いを察してか、ニコラは汁があふれる度に、即座に舐めとり、自分の口の中に運んでいく。 そうして、俺の汁を口の中に入れる度に、ニコラは吐息がどんどん荒くなっていった。 「んんっ、ぴちゅねろ……はっ、はぁー、はぁー……じゅるん、ねちゃ、ねろねろ……はぁー、はぁー……お汁、ご主人様のお汁……れろれろ」 「ニコラは、俺の汁が好きか?」 「うん、好き、らい好き……れろれろ、んはぁ……こうして舐めてると、頭がポーッとしてきて……クセになって……ちゅるん、れろれろ」 「れも……お、お汁だけじゃなくて……ミルクも、ご主人様のミルク、欲しい……ちゅるちゅる……ぴちゃ、ねろねろん」 「ニコラは本当にエッチなネコだな」 「うん。ボク、エッチらから……お汁もミルクも欲しくなるの……ねちゅ、ねちゃ、じゅるじゅる」 「ご主人様、ボクに……ボクに、ミルクを下さい……れろ、ぬちょねちゃ……ご主人様の、ドロドロミルク……んっ、んん」 「……ニコラ、それも何かの同人誌か?」 「じゅるんっ、んっ……はぁー、はぁー……ダメだった? こういうの、言わない方がいい? 一応、このために勉強してみたんだけど……」 「いや、このままでお願いします」 「うん。それじゃ、もっと舐めるね……ちゅるちゅるっ、れるんっ……れろれろれるる」 「うっ、あぁぁぁ……」 俺の声に気をよくしたのか、ニコラの舌使いがさらに大きく、激しくなる。 その動きは、本当に前が見えていないのか、疑いたくなるほど的確に、俺の敏感な部分を責めてくる。 「ねろねろ……じゅるん、れちゃれちょ……んっ、ちゅる、ちゅっ、れるれろ、れるんっ」 「ぁっ、あっ、ぅぁぁ……に、ニコラ、どうしてその状態で、そんなに気持ちよくできるんだ?」 「んっ、れろれろっ、ちゅちゅ、ちゅ……声でわかる。ご主人様の漏れる声や吐息で……例えばこことか、れろれろれろれろんっ」 「くっ、あぁぁぁ……に、ニコラ、それは……」 まるで俺を試すような舐め方に、思わず俺の肉棒が大きく跳ねる。 「ひゃんっ!? んっ、はぁ、はぁ……ほら、ビクンってなるほど気持ちよくなってる。ちょっと、ビックリしちゃったけど」 「す、すごいな、ニコラは……うっ、あっ、ぅぁぁあ」 「ちゅるる……んじゅる、れろれろ……んっ、それに、気持ちよくすれば、ご主人様のお汁が、もっと出てくるから……ねろねるん」 「匂いもどんどん濃くなって……んんっ、じゅるっ、れろれろ……もう、我慢できないです、ご主人様……お汁も零れて、もったいない」 「くぅぅっ、ぁぁっ」 腰が浮いてしまう刺激に思わず逃げようとした俺の肉棒だったのだが―― 「あーーんっ、んじゅる……ぐぷぐぷ……んっ、じゅるる、んっ、んっ、じゅるるーーーーっ……じゅぶじゅび」 逃がさないとばかりに、俺のモノを咥え込み、頬張るニコラ。 うわっ、ニコラの口の中……凄い熱い……それにヨダレがドロドロで、舐められてる時の数倍気持ちいい……。 「んっ、んじゅぷ、ジュポジュポ……んふぅー、ちゅぅぅぅ……おひる、ごしゅひんさはのおひる、いっぱい……んぷっ、んぷっ、じゅずずず」 「ぅぁっ、す、凄い……ニコラの口……本当に」 「じゅぽじゅぽ、じゅるんっ……ごしゅひんさ、きもひよさそう……ぬちゅぬちゅ……おひるもいっぱいれてきて……じゅるんっ、コク、コク……」 「おいひぃ……ごしゅひんさはのおひる、おいひぃ……んじゅっ、ぐちゅぐっちゅ、ちゅぅぅぅ、ずっ、じゅるるるるるっ!」 「ああぁっ!?」 まるで快感を搾り取るような吸いつけに、俺は必死に耐えた。 だが、ニコラは止まらない。 深く呑み込み、俺の零す汁を飲み干そうとするように、しゃぶり尽くす。 「んっ、んっ、ちゅっ、じゅるっ、じゅぷじゅぷ……くちゅ、ねちゅる……んっ、じゅるじゅびっ」 「うっ、あっ、あぁぁぁ……ニコラ、ニコラ……い、いい……気持ちいい」 「ちゅる、じゅるじゅる……ミルク、ごしゅにんさまのミルク、れそう? じゅるんっ、くちゅねちゅ……じゅぷじゅっぷ」 「あっ、ああ。出る、出そうだ」 「ごしゅにんさまの声、気持ひよさそう……よはった……んふっ、んふっ、じゅるじゅぽ……くちゅねちゅ……じゅぷじゅぽ」 俺の反応を聞いたニコラの、口の動きがさらに激しくなる。 「じゅるっ、ぬちゅぐちょ……じゅぽっ、じゅっぽっ、ぬちゅぬちゅ、じゅゅるるるるるっ」 「うぁぁっ、本当にそれ、凄い……」 「んっ、ちゅ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅぅ……もっほ、ごしゅにんさまの、吸うからね……じゅるるっ、ちゅぅ、ちゅぅ、じるるるるっ!」 「ミルク、らして。いっはい、いっはいちょーらい。ミルクをらして……ぬちゅっ、ちゅぶぶぶ」 すでに快楽に酔いしれているのか、ニコラは蕩けきった吐息を吐きながら、俺の肉棒にむしゃぶりつく。 根元まで呑み込み、ヨダレを垂らしながら動く、そのいやらしい口が、俺の我慢を剥いでいった。 「じゅぽっ、じゅっぽっ……んっ、ぬちゅっ、んんーーー……匂い、匂い、濃くなってきたぁ~……じゅずっじゅずず……んっ、んふぅ」 「ぅぅっ、あっ、あぁぁっ……ニコラ、ちょ、ちょっと待った。ここでそんなに激しくされたら……」 「もっと……ぬちゅぬちゅ、じゅゅるるるるるっ! もっと、きもひよくなって、ミルクをいっぱいらして……じゅるっ、じゅぽじゅぽっ!」 俺の声が届いていないのか、それとも意識的にやっているのか……ニコラはさらにいやらしく淫らに舌を絡みつかせてくる。 「んっ、んんーーーっ……ちゅるちゅるっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅーーーー……じゅぽ、じゅる、じゅぷぷぷ……ッッ」 「ぅぅぁぁっ、に、ニコラ……ニコラっ」 「んぢゅぽ、ぬちゅぬちょ……おいひい、ごしゅにんさまのお汁、おいひいよぉ……ぢゅぽ、ぐじゅっ、ずずずず」 「それに、匂いも……スンスン……んふぅー……らめ、もっと欲しい、お汁も匂いも、ミルクも欲しい……じゅずずずずっ」 股間に顔を埋め、肉棒にしゃぶりついたまま、ニコラは俺を快感へ押し上げていく。 口元をヨダレで汚すのも気にせず、息を荒くしながら、精液を吸い上げようとする。 「ぢゅるん……んっ、じゅぷじゅぽっ……はむはむ……ぐぷぷっ、んじゅるっ、ぢゅぽぢゅぽっ……ぢゅっ、ぢゅるるるるーーっ」 「に、ニコラ……本当に、いやらしすぎるぞ」 「んじゅぽっ……ボク、エッチなネコだから……ミルクを頂戴、ご主人様のえっちなミルク、いやらしいボクに頂戴、あむっ、じゅるっ、じゅぷぷっ!」 その言葉に、俺の理性は完全に吹き飛んだ。 下半身に絡みつく快感に身を任せ、ニコラの舌を受け入れてしまう。 「ミルク……ごしゅひんさまのミルクぅ……んっ、ちゅるちゅる……ずずっ、じゅっちゅぅぅーーっ……じゅっぽじゅぽッッ」 「あ、あぁぁ……出る、もう出るぞ、ニコラ」 「んっ、らして、ミルクらしてぇ……ちゅぅぅぅぅぅ……じゅるんっ、ぢゅぽっじゅぽっ! んじゅっ、じゅぶっ、ずっ、ずぷぷぷっ!」 「に、ニコラ……あっ、あぁぁぁ……もうダメだ。あーー、イくイく、出る」 「このままきもひよくなって……イッへ、きもひよくなってミルク、いっぱいらして、じゅるっ、ぬっちゅぬちゅっ、ちゅっ、じゅぶぶぶ……ッッ!」 執拗な舌での攻めと、口の吸引で刺激を与えながら、そのエッチなネコは“早くミルクを出せ”と、行動で示してくる。 あっ、あぁぁ……本当に、ニコラの口が気持ちよくて……こんなに痺れたら、力が入らなくて我慢が……。 「ぢゅるんっ、んっ、ンん……ぢゅるるる……ぐじゅっ……じゅぽじゅぽっ、んっ……ぢゅる……じゅるるるるぅぅぅぅーーーーッッ!」 「――あっ、あぁあ……ニコラ……でっ、出るっ!」 「んっ、んっ、んんんっ!? んっ、んふぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!」 快感に身を任せ、俺は駆け上ってくる欲望を、そのままニコラに放出する。 「んんんっ、んっ、んふぅーーぅ……んっ、んじゅる、じゅる……んっ、ふぅーっ、ふぅーっ、んくっ、んっ!? んんんんーーー!?」 ――ドクッ、ドクンッ! 精液を吐き出さないようにニコラが口を窄め、その刺激によって、治まりかけていた精液がさらに流れ込む。 「んくぅぅぅぅ……んんっ、んふぅぅーー……んっ、んんっ、じゅ……じゅる……じゅるん。コク……コク……ゴク」 「ゴクンッ! んっ、んんーーーーーぱっ、ぱあぁぁぁ……はぁーっ、はぁーっ……凄い、ご主人様のミルク、凄い……はぁーっ、はぁーっ」 空気を貪るように大きく開かれたニコラの口は、今俺が出したばかりの白濁液を零しながら、熱く蕩けた息が漏れている。 「――ニっ、ニコラっ! あぁぁーっ!」 「にゅちゅるんっ!? ぱっ、あっ、あっ、ひああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ……ッッ!」 ――ドピュドピュッッ! あまりの快感に腰を引いた俺の愚息が、勢いよく白濁液がニコラの顔に降り注ぐ。 「ひっ、あっ、あぁぁぁ……ミルク、ご主人様の熱くて、ドロドロのミルク……はっ、はぁーっはぁーっ、ご主人様の濃い匂いがする……はぁぁー……」 今まで我慢していた反動か、驚くほどの量がニコラの顔を汚す。 「んっ、にゅる……じゅるんっ、れろんっ……はっ、はぁーっ、ご主人様のミルク、濃くておいしい……ご主人様の味がする」 蕩けた声を漏らしつつ、ニコラが顔に浴びた精液を舌で舐め取る様は、まるで本当のネコのように見えた。 「はーっ……はぁーっ……ご主人様のミルク、大好き………はぁーっ……はぁーっ」 「……本当、ニコラはいやらしい子猫だな」 「うん。ボク、いやらしい……はぁー……はぁー……こんなにご主人様のミルクが美味しく感じるなんて、凄くいやらしいよぉ」 そう言いながらも、ニコラが嫌がっている様子はない。 ……一応、確認のために、目隠しを外して確認しておくか? 俺はニコラの目隠しを外し、その顔を覗き込む。 目隠しの下からのぞく、潤んだ瞳と精液が相まって、なんか凄くエロいな。 いや、折角だから、このままでいいか。 「ニコラ……大丈夫か?」 「え? あ、うん……平気だよ。平気だけど……ボク、いやらしいから……身体が、熱くなってる。ご主人様のミルクで、身体が熱いにゃぁ」 「それは……続きをしてもいいってことか?」 「……うっ、うん。またボクのアソコ……恥ずかしいことになってる。だから……お願いします、にゃぁ」 「ああ。俺の方こそお願いしたいぐらいだ。ニコラ、お尻を上げて」 「本当だ……ニコラのおま●こ、凄く濡れてる」 「あっ、やぁぁ……あんまり、見ちゃヤダよ、ご主人様……恥ずかしいから」 「俺は、こうして濡れてるニコラも好きだし、可愛いと思うよ」 「でも、でもぉ………………うっ、うぅぅぅ……それに、見てるだけじゃ、イヤですにゃぁ……ご主人様」 「ほっ、欲しい……ご主人様の、お……おち●ちん、挿れて欲しい……にゃぁ」 「本当、ニコラはエッチだなぁ。いや、エッチになったのか?」 言いながら、俺は硬さを取り戻した肉棒で、グチョグチョのワレメを擦った。 ――ヌッチュ、ヌッチュッ。 すでに滴り落ちそうなぐらい濡れたワレメから、水音がいやらしく響き渡る。 「ひっ、あっ、ひぃぃんっ……はっ、はぁぁ……ご主人様の、ボクのいやらしいところに擦れて……あっ、あぁぁ……熱い、熱いよぉ……」 悶えるニコラは、おねだりをするように軽く身体を揺すった。 その白く柔らかなお尻が揺れ、おっぱいもプルンと踊る。 「身体、熱い……あぁぁっ、早く、早く早く、ご主人様ぁーー……」 悶えるように欲しがるニコラ。 その声と態度に、俺の焦らしも限界に達する。 俺はグショグショに濡れた肉穴を、肉棒で一気に引き裂く。 「んっ、んあっ、ァぁアぁあぁぁぁーーーーーァァッッ! きっ、来たっ、挿ってくるぅぅーーー……」 待ちに待ったとばかりに、ニコラの穴は抵抗することなく、むしろ嬉しそうに根元まで一気に咥え込んだ。 「くひぃぃ……あっ、はっ、はぁーっ、はぁーっ……ご主人様のおち●ちん、入ってる……はっ、はぁー……凄い、感じる……」 「ぅぁっ、ニコラの中……いつもより熱くて、ドロドロしてるな」 「だって、だってぇ……ご主人様のミルクのせいで、ボク……いつもよりもずっと興奮しちゃって」 「それは、俺のせいってことか?」 少しイジワルなことを訊きながら、ニコラの蜜壺をかき混ぜ、ネトネトに濡れた肉壁を擦る感触を楽しむ。 「ひっ、あっ、あぁぁぁーーー……んっ、んひぃ……ご、ごめんなさい、違うッ、違いますぅぅっ!」 「ご主人様のせいじゃないですっ……ボクが、ボクがいやらしいからぁぁぁ……ぁぁっ、あっ、あっ、あああぁぁーーっ!」 「それじゃあ、素直になれたご褒美にっ!」 「んぃぃっ!? んっ、んぁ、んぁぁあっ! お、奥が擦れてる……あっ、あぁぁぁ……凄い、凄い凄い……グニッて擦れてるぅぅ」 「ニコラは、こういうの好きだったよな?」 「う、うん。好きぃ……奥をグニって突かれるの、気持ちいいから好きぃ……ぃっ、ぃぃぃっ、んああぁぁぁっ!」 俺はニコラの震えが一番大きくなる部分を探しながら、何度も何度も肉棒を突き入れ続ける。 腰が動く度に、モノをしゃぶる肉穴からは、白く濁った粘液の飛沫が飛び散っていった。 「あっ、ああぁぁ……痺れてる、ズポズポされて、身体が痺れてるぅぅ……んっ、んひっ、ひぁっ、ぁぁぁぁんっ!」 「俺も、ニコラの中で痺れてる。溶けそうなぐらい、気持ちいいぞ」 「ひっ、ひっ、くひぃぃぃぃ……ぼ、ボク、ダメかも……あっ、あぁぁぁっ! い、いいっ、気持ちいいっ!」 「き、気持ちいいのに、なにがダメなんだ?」 「す、すぐに、おかしくなっちゃいそうで……あっ、あっ、んひィぃーーッ! ぐ、グニッてダメッダメっ、おかしくなる、おかしくなっちゃうっ!」 快感から逃げるように悶えるニコラだが、その言葉とは裏腹に、肉壺はギュウギュウと俺を締め付けてくる。 それがさらに強い快感を生み出して―― 「あっ、あぁぁぁ……あひっ、あぃ、あぃ……あぁぁ、まだ、挿れてもらったばっかりなのに……あっ、あっ、あぁぁっ!」 「フェラだけで、そんなになってたのか?」 「う、うん。なってた、ボク、いやらしいから……ご主人様のが欲しくて、興奮して……あッ、あィっ、はひぃぃぃっ」 「あ、あ、あ、んぁッ、んあっ、あああァぁぁァあぁぁーーーーーーぁぁァッッ! いっ、いいぃぃぃ……それ、好きぃぃー……」 「気持ちいいなら、そのまま感じていいんだぞ」 「でもっ、でもぉぉ……あっ、あっ、んンンひぃーーッッ! 本当に、い、イくっ、イッちゃうぅぅーーーっ!」 震えるニコラの声を聞きながらも、俺は腰の動きを緩めない。 さっきのお返しとばかりに、ニコラの粘膜を激しく擦り上げていく。 「くひぃぃぃっ、あっ、あっ、あぁああぁー! ご主人様、それ、好き過ぎて、おかしくなる! 真っ白になって、おかしくなっちゃうっ!」 「いいよ、そのままおかしくなって。さっき、舐めてくれたお礼だ」 「そっ、そんなっ……あっ、あっ、あッ、あァぁーーッッ、そんなに激しくっ、かき回されるとっ……はっ、はひっ、はひっ、ひぃぃぃっ!」 ギューーッと肉壺の締め付けが増していく中、俺はひたすらニコラの白いお尻に腰を叩きつけていく。 「はっ、はぁァぁぁーっ、あっ、あッ、あァぁッッ! も、もうダメ、ご主人様、ボク、ボク、もう我慢できないっ、あっ、あっ、あぁぁぁっ!」 「だから、我慢はしなくていいって」 「あっ、やぁァぁーーぁぁ……へ、変なの、出ちゃう……あっ、あっ、あぁぁっ、出ちゃう出ちゃうぅぅぅー……ぅぁあぁーーーーぁぁっ!」 「も、もう、ダメ……ご主人様、ボク、もうダメぇぇーー……あ、あっ、あーーぁあぁっ、イく、イくっ、イッ……くぅぅぅうぅーーー……ッッ!!」 ――ぷしゃぁぁぁぁッ! 肉棒の摩擦に負けたニコラの叫びと共に、透明な液体がシーツの上に放出する。 「ひっ、あっ、あぁぁぁぁーー……止まらない、止まらないぃ……ひぃぁぁぁぁぁーーー……ひっ、くひぃぃぃ……」 そうしてようやく、股間からポタポタと滴る程度にまで治まる。 「あっ、あぁぁ……出ちゃった、お漏らししちゃったぁ……」 「そんなに感じてくれて嬉しいよ」 「はっ、はぁー、はぁぁぁーーー……でも、ご主人様のベッド、ボクのいやらしいお汁で、汚しちゃった……」 「汚したのは俺だって同じだから、気にしなくていいよ。洗えばいいだけじゃないか」 「それよりも……」 「んっ! んひぃぃぃっ!?」 ニコラの耳に、甘く囁くようにしながら、俺は小さく腰を揺する。 その動きに、イッたばかりの肉壺が敏感な反応を示し、ニコラの身体が大きく震えた。 「ご、ご主人様……今、そんなことされたらっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あひィぃぃぃッッ」 「ニコラのそんな可愛い姿を見てたら……止められない」 「そっ、そんなっ……あっ、あひっ、んっ、んひぃぃぃ!? だっ、ダメぇぇ……今は、感じすぎちゃうからぁぁ……あっ、あっ、ひぃァァぁーーッ!」 「だが、こっちはそうは言ってないように思う」 「んぁッ! あっ、ああぁぁーーーッ! かっ、かき混ぜちゃ、ダメぇぇ……ご主人様、ご主人様、ダメぇぇぇっ!」 「ミルク、もう欲しくない?」 「そ、そんなこと、ない。欲しい、ご主人様のミルク、もっと欲しい……でッ、でも、今はっ、はひっ、はひっ、ひっ、ひぃぃぃーーーっ!」 ニコラは身体を震わせながら、必死に突かれる刺激に耐えていた。 だが俺の腰の動きが、弱まることはない。 「はっ、はぁぁぁんっ! あっ、あっ、ああぁぁ……ズポズポ、ダメぇ……変になる、変になっちゃうから……んひぃぃっ、あっ、あぁァあァァ」 「そっか。それなら、こっちで」 「ひっ、ひぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? グニッって、それも、ダメぇぇ……はひっ、はひぃぃ……イジワル、ご主人様のイジワルぅぅ」 「俺はただ、ニコラに気持ちよくなって欲しいだけだよ」 「なってる、気持ちよくなってるぅぅ……ご主人様ぁぁ、ボク、気持ちよくなり過ぎてるぅ……あっ、あっ、んひぁぁぁ」 「ならこのまま、俺と一緒に気持ちよくなろう、ニコラ」 すでにニコラの動きは鈍く、ただその場でジッと、俺の送る摩擦に耐えていた。 そんなニコラの肉穴を、ひたすらグジュグジュにかき混ぜていく。 「んっ、んぁぁああぁーー……ダメ、ズポズポ凄いぃぃ……はっ、激しくて、ボク、ボクッ、んっ、んんんーーー……んぁ、あ、あッ、あーーーッ」 「こんなの耐えられないっ、ま、また出ちゃう……出ちゃうよぉぉ……ご主人様、許して、もう許してぇぇ……」 「最初、挿れて欲しいって言ったのは、ニコラの方だろう?」 「そうだけどっ、でも、でもぉぉ……凄いの、ご主人様のおち●ちん、気持ちよすぎてっ、こんなのプランになかったぁぁ」 「それじゃ、新たなプランだ。もう一回、イッていいよ、ニコラ」 「え? あっ、あぁぁぁぁーーーっ! あひぃぃっ、はっ、はひっ、はひっ、ご主人様、そんなのっ……激しすぎるぅぅーーーッ」 「あっ、あっ、あっ、んひィぃぃぃッッ! また来る、来ちゃうぅぅ……あひっ、あひぃぃ……変なの、くるぅぅ……」 ニコラの身体が揺れる度に、おっぱいがブルンと震え、股間の透明な雫がポタッポタッとシーツに落ちる。 その光景を前にして、俺の中の興奮は一気に加速する。 「ひっ、ひぃぃぃぃーーーぃぃっ……はひっ、はひっ……また、イく、イくイくイッ、んっ、んっ、んンン―ーーーーーーーーーーーーーッッ」 ――ぷしゃぁぁぁぁッ! 二度目の絶頂を迎えたニコラだが、透明な粘液は枯れることなく吹き出し、シーツを汚す。 「はっ、はぁぁーーっ、はぁぁーーーっ……また、また汚しちゃったぁ……」 そう言いながらカクカクと身体を震わせるニコラ。 そんな状況でも、その締め付けが緩むことはなく、さらに俺の肉棒にネットリと絡みついてくる。 「くっ、ぅぅぅ……」 この締め付け……お、俺ももう……。 「ひっ!? あっ、あっ、あひぃぃ!? ご、ご主人様!? あ、あっ、あっ、んひぃぃっ!!」 我慢できず、俺は自分の限界に向かって腰を振る。 「はひっ、はひぃぃ……ダメ、今は本当にダメ、ご主人様、ボク、これ以上イッたりしたら…………あっ、あっ、ああァーーッ」 「ニコラ、俺もイく。すぐにイくから」 「でも、でもぉ、ボクも、すぐに……んっ、んん……あっ、あぁぁぁぁーーー……来た、来たっ、やっぱり来たぁぁぁー」 「い、イくぞ。出ずぞ」 「はっ、早く、ご主人様、早くぅぅぅっ! じゃないと、ボク、もうムリィぃ……イッちゃうぅッ……あッ、あィ、あひっ、ひィぃぃぃンッッ!」 限界に震えるニコラと同時に、俺の身体も震えだす。 「あっ、あぁ……イく、ニコラ、イくッ!」 「はっ、はっ、はひぃぃ……みっ、ミルク、ご主人様のミルクぅぅ、あっ、ああァァぁぁーーーーぁァああァァ」 「あひぃぃ、はっ、はっ、はぁぁぁぁ……イくイく、ご主人様、ボクもう、イくよっ、あっ、あっ、あっ、あぁぁぁっ」 「あああぁああぁあぁあぁぁぁーーーーぁあぁぁっ!!」 ニコラが絶頂に達するとともに、俺も精液をニコラの中に注ぎ込む。 フェラで一度吐き出しているにも拘らず、ドクンッ! ドクンッ! と、大量の精液がニコラの身体に染みこんでいく。 「はっ、はひぃぃぃ……はっ、はぁーー……はぁーー……出てる、ミルク、中に出てる……はっ、はひぃぃ……」 「ひああぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁーーーーーっっ!!」 ドピュドピュッ! ギリギリで引き抜いた愚息から、おびただしい量の精液が、ニコラの身体に降り注ぐ。 ニコラはベッドの上で脱力したまま、ジッと精液を受け止め続けた。 「くひぃぃ……はっ、はぁぁぁーーっ……はぁぁぁーーーっ……またイかされちゃったぁぁ……それに、熱いのかかってる……はぁーっ、はぁーっ」 「はぁー……はぁー……ニコラ、凄い気持ちよかったよ」 「ぼ、ボクも……気持ちよすぎたぁ……はぁーっ、はぁーっ。ご主人様の寂しさ、少しは埋められた……かにゃぁ?」 「だから、そういう言い方はなしだ。俺が一番大切にしてるのはニコラなんだから。ニコラを何かの代わりに思ったりしない」 「だが、ニコラの気持ちは凄い嬉しい。ありがとうな」 「はぁー……はぁー……うん。あの、今日は……一緒に寝てもいい? ちょっと疲れちゃった……はぁー……はぁー……」 「ああ、勿論。それは全然構わない」 「だが……」 シーツがこんなになってしまって、どうしよう。 「とりあえず、何とかしないと」 「その前に……二人でちょっと、ゆっくりしない?」 「そうだな。それがいい」 そうして俺は、ニコラと共に幸せな時間を過ごすのだった。 ――そして、翌日……。 「佑斗君♪」 「ん? どうかしたのか、ニコラ?」 「あの……今日も、一緒に寝ていいかな?」 「え? 今日もか?」 「え? ……い、嫌なの? 嫌なら……無理にとは言わないけど……」 「違う違う。そうじゃなくて……一緒に寝ると、またほら……気持ちが昂るかもしれないという心配があるから」 「あっ……もう、昨日あんなに激しくしておいて……今日もなの? エッチ」 「きゃー! エッチ、だって、聞いた?」 「聞いた聞いた! あの言い方だと、やっぱりニコラ君が受けなのねー!」 「やっぱり二人はそういう関係なんだ! きゃーっ! BL♪ BL♪」 「え!? あっ、ちょっ、なにを言ってるんだ!?」 「あっ、ゴメン。聞こえちゃった? でも、心配しないで、私たち、そういうの全然OKだから」 「むしろ、頑張って! 世間の目になんて負けちゃダメだよ!」 「困ったことがあったらなんでも言って! 応援するから!」 「いやだから、違うんだ! ニコラはれっきとした女の子で――」 「やぁん♪ 女の子役っていうのはわかってるからぁー」 「応援してるって言っても、さすがにプレイの内容は聞いてないよぉー」 「そりゃ、興味はあるんだけど、やっぱり恥ずかしいからぁー」 「そういう意味じゃねぇよっ! というか、前にもこんなこと言ったぞ! なんだこのデジャヴ!」 「ニコラも何か言ってくれ! 何故黙っているんだ!? 勘違いされてるぞ!」 「え? あー……このまま勘違いされれば、浮気の心配ってなくなりそうだなー、っと。ボクは佑斗君がわかっててくれれば、それでいいから」 「その気持ちは嬉しいが、俺の名誉のことも考えてくれないかっ!?」 ――結局、誤解をその場で解くことは難しく、騒動はまだまだ終わりそうになかった。 「確かになんでもいいって言ったけど……これは、ちょっと……」 目隠しをしたニコラが、不安そうな声を漏らす。 むぅ……試してみたいという、ちょっとした軽い気持ちで言ってみたのだが……。 「やはり、やり過ぎたか? 嫌だったなら、ちゃんと言ってくれれば」 「ううん、平気だよ。嫌じゃないよ? ただ、目の前が見えないって言うのは、ちょっと不安なだけで……とりあえず、このまま続けてみよう」 「本当にいいのか? どうしても目隠ししたいわけじゃないから、正直に言ってくれて問題ないが」 「本当に気にしないで、ご主人様。それじゃあ、ご奉仕するにゃ……えと、えと……あっ、ちゃんと硬くなってるね」 ペタペタと俺の股間付近を探るニコラ。 眼前の光景に、すでに硬くなっていた俺のモノが、ニコラの手に擦られて……ご主人様と呼ばれて……ますます興奮してくる。 「よいしょっ、と。……んあっ、でも……目が見えなくても、結構わかるかも」 「本当に?」 「うん。ほら、ボクって獣化系の能力だから、普段の時から結構普通の人より鋭かったりするんだよ……だから、匂いでわかるかも」 「に、匂いで?」 「うん。こうして、スーーー……うん、ここだよね……れるんっ」 「うっ、あぁ……」 「ほら、やっぱり。以前にも感じた匂いが、ここからする。スゥゥゥー……んっ、エクスカリバーの匂い、嫌いじゃない……というより、好き……」 「なんだか、ますますネコっぽくなってきたな」 「それは……ダメなことなの? ご主人様?」 「いいや、全然。むしろ、嬉しくて嬉しくて、ますます興奮してきたぐらいだ」 「そっか。それじゃあ、続けるからね。んっ、れろれろ……んっ、れるん」 初めてのパイズリの時のように、大きく舌を出したニコラが、俺の肉棒を丹念に舐め始めた。 「んっ、ぴちゃねちゃ……れるれろ、んちゅっ、れろれろ……れるん、ねちゃねるんっ」 何も見えないはずなのに、的確に俺の肉棒の位置を把握し、舐める様は本当に猫のように思えた。 「ねちゅ、ねちょねろ……れるんっ、はぁ……はぁ……匂い、濃くなってきた、エクスカリバーの匂い、どんどん濃くなる……じゅるっ、れちょねちょ」 「それは、ニコラの舌が、凄く気持ちいいから……」 「れるん、れろれろ……んっ、ねちゅ、ねろねろ……ボクのことは、気にしないで。このまま気持ちよくなってね……れちゃねちゃ、ちゅるちゅる」 可愛らしい舌が、幾度となく裏筋や亀頭部を舐め上げる。 ニコラは丹念に舌を動かし、ねちょねちょとヨダレを俺の肉棒に擦りつけていく。 「あっ、この匂い……覚えてる。佑斗君のお汁だよね……よかった、本当に気持ちいいってことなんだ」 「ああ、もちろんだ。ものすごく、気持ちよくて……先走りが出てる」 「佑斗君の顔が見れなくて不安だったけど……これなら、続けても平気そうだね。ううん、もっと激しく舐めるからね」 「ぺちゅ、れろれろ……んんっ、ちゅるちゅる……んっ、んんちゅっ、れろれろ、れるんっ、ちゅっ、れちゃぺちゃ」 「ぅっ、ぁぁっ……ニコラの舌、凄いい」 「んっ、れろれろ……れちゅ、ねろねろ、れるん……んっ、もっほ……もっほ気持ちよくなっへ、たくさんお汁らして……じゅるっ、ねろねろ」 俺の先走りの匂いを察してか、ニコラは汁があふれる度に、即座に舐めとり、自分の口の中に運んでいく。 そうして、俺の汁を口の中に入れる度に、ニコラは吐息がどんどん荒くなっていった。 「んんっ、ぴちゅねろ……はっ、はぁー、はぁー……じゅるん、ねちゃ、ねろねろ……はぁー、はぁー……お汁、ご主人様のお汁……れろれろ」 「ニコラは、俺の汁が好きか?」 「うん、好き、らい好き……れろれろ、んはぁ……こうして舐めてると、頭がポーッとしてきて……クセになって……ちゅるん、れろれろ」 「れも……お、お汁だけじゃなくて……ミルクも、エクスカリバーミルク、欲しい……ちゅるちゅる……ぴちゃ、ねろねろん」 「ニコラは本当にエッチなネコだな」 「うん。ボク、エッチらから……お汁もミルクも欲しくなるの……ねちゅ、ねちゃ、じゅるじゅる」 「ご主人様、ボクに……ボクに、ミルクを下さい……れろ、ぬちょねちゃ……ご主人様の、ドロドロミルク……んっ、んん」 「……ニコラ、それも何かの同人誌か?」 「じゅるんっ、んっ……はぁー、はぁー……ダメだった? こういうの、言わない方がいい? 一応、このために勉強してみたんだけど……」 「いや、このままでお願いします」 「うん。それじゃ、もっと舐めるね……ちゅるちゅるっ、れるんっ……れろれろれるる」 「うっ、あぁぁぁ……」 俺の声に気をよくしたのか、ニコラの舌使いがさらに大きく、激しくなる。 その動きは、本当に前が見えていないのか、疑いたくなるほど的確に、俺の敏感な部分を責めてくる。 「ねろねろ……じゅるん、れちゃれちょ……んっ、ちゅる、ちゅっ、れるれろ、れるんっ」 「ぁっ、あっ、ぅぁぁ……に、ニコラ、どうしてその状態で、そんなに気持ちよくできるんだ?」 「んっ、れろれろっ、ちゅちゅ、ちゅ……声でわかる。ご主人様の漏れる声や吐息で……例えばこことか、れろれろれろれろんっ」 「くっ、あぁぁぁ……に、ニコラ、それは……」 まるで俺を試すような舐め方に、思わず俺の肉棒が大きく跳ねる。 「ひゃんっ!? んっ、はぁ、はぁ……ほら、ビクンってなるほど気持ちよくなってる。ちょっと、ビックリしちゃったけど」 「す、すごいな、ニコラは……うっ、あっ、ぅぁぁあ」 「ちゅるる……んじゅる、れろれろ……んっ、それに、気持ちよくすれば、ご主人様のお汁が、もっと出てくるから……ねろねるん」 「匂いもどんどん濃くなって……んんっ、じゅるっ、れろれろ……もう、我慢できないです、ご主人様……お汁も零れて、もったいない」 「くぅぅっ、ぁぁっ」 腰が浮いてしまう刺激に思わず逃げようとした俺の肉棒だったのだが―― 「あーーんっ、んじゅる……ぐぷぐぷ……んっ、じゅるる、んっ、んっ、じゅるるーーーーっ……じゅぶじゅび」 逃がさないとばかりに、俺のモノを咥え込み、頬張るニコラ。 うわっ、ニコラの口の中……凄い熱い……それにヨダレがドロドロで、舐められてる時の数倍気持ちいい……。 「んっ、んじゅぷ、ジュポジュポ……んふぅー、ちゅぅぅぅ……おひる、ごしゅひんさはのおひる、いっぱい……んぷっ、んぷっ、じゅずずず」 「ぅぁっ、す、凄い……ニコラの口……本当に」 「じゅぽじゅぽ、じゅるんっ……ごしゅひんさ、きもひよさそう……ぬちゅぬちゅ……おひるもいっぱいれてきて……じゅるんっ、コク、コク……」 「おいひぃ……ごしゅひんさはのおひる、おいひぃ……んじゅっ、ぐちゅぐっちゅ、ちゅぅぅぅ、ずっ、じゅるるるるるっ!」 「ああぁっ!?」 まるで快感を搾り取るような吸いつけに、俺は必死に耐えた。 だが、ニコラは止まらない。 深く呑み込み、俺の零す汁を飲み干そうとするように、しゃぶり尽くす。 「んっ、んっ、ちゅっ、じゅるっ、じゅぷじゅぷ……くちゅ、ねちゅる……んっ、じゅるじゅびっ」 「うっ、あっ、あぁぁぁ……ニコラ、ニコラ……い、いい……気持ちいい」 「ちゅる、じゅるじゅる……ミルク、エクスカリバーミルク、れそう? じゅるんっ、くちゅねちゅ……じゅぷじゅっぷ」 「あっ、ああ。出る、出そうだ」 「ごしゅにんさまの声、気持ひよさそう……よはった……んふっ、んふっ、じゅるじゅぽ……くちゅねちゅ……じゅぷじゅぽ」 俺の反応を聞いたニコラの、口の動きがさらに激しくなる。 「じゅるっ、ぬちゅぐちょ……じゅぽっ、じゅっぽっ、ぬちゅぬちゅ、じゅゅるるるるるっ」 「うぁぁっ、本当にそれ、凄い……」 「んっ、ちゅ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅぅ……もっほ、ごしゅにんさまの、吸うからね……じゅるるっ、ちゅぅ、ちゅぅ、じるるるるっ!」 「ミルク、らして。いっはい、いっはいちょーらい。ミルクをらして……ぬちゅっ、ちゅぶぶぶ」 すでに快楽に酔いしれているのか、ニコラは蕩けきった吐息を吐きながら、俺の肉棒にむしゃぶりつく。 根元まで呑み込み、ヨダレを垂らしながら動く、そのいやらしい口が、俺の我慢を剥いでいった。 「じゅぽっ、じゅっぽっ……んっ、ぬちゅっ、んんーーー……匂い、匂い、濃くなってきたぁ~……じゅずっじゅずず……んっ、んふぅ」 「ぅぅっ、あっ、あぁぁっ……ニコラ、ちょ、ちょっと待った。ここでそんなに激しくされたら……」 「もっと……ぬちゅぬちゅ、じゅゅるるるるるっ! もっと、きもひよくなって、ミルクをいっぱいらして……じゅるっ、じゅぽじゅぽっ!」 俺の声が届いていないのか、それとも意識的にやっているのか……ニコラはさらにいやらしく淫らに舌を絡みつかせてくる。 「んっ、んんーーーっ……ちゅるちゅるっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅーーーー……じゅぽ、じゅる、じゅぷぷぷ……ッッ」 「ぅぅぁぁっ、に、ニコラ……ニコラっ」 「んぢゅぽ、ぬちゅぬちょ……おいひい、ごしゅにんさまのお汁、おいひいよぉ……ぢゅぽ、ぐじゅっ、ずずずず」 「それに、匂いも……スンスン……んふぅー……らめ、もっと欲しい、お汁も匂いも、ミルクも欲しい……じゅずずずずっ」 股間に顔を埋め、肉棒にしゃぶりついたまま、ニコラは俺を快感へ押し上げていく。 口元をヨダレで汚すのも気にせず、息を荒くしながら、精液を吸い上げようとする。 「ぢゅるん……んっ、じゅぷじゅぽっ……はむはむ……ぐぷぷっ、んじゅるっ、ぢゅぽぢゅぽっ……ぢゅっ、ぢゅるるるるーーっ」 「に、ニコラ……本当に、いやらしすぎるぞ」 「んじゅぽっ……ボク、エッチなネコだから……ミルクを頂戴、ご主人様のえっちなミルク、いやらしいボクに頂戴、あむっ、じゅるっ、じゅぷぷっ!」 その言葉に、俺の理性は完全に吹き飛んだ。 下半身に絡みつく快感に身を任せ、ニコラの舌を受け入れてしまう。 「ミルク……エクスカリバーミルクぅ……んっ、ちゅるちゅる……ずずっ、じゅっちゅぅぅーーっ……じゅっぽじゅぽッッ」 「あ、あぁぁ……出る、もう出るぞ、ニコラ」 「んっ、らして、ミルクらしてぇ……ちゅぅぅぅぅぅ……じゅるんっ、ぢゅぽっじゅぽっ! んじゅっ、じゅぶっ、ずっ、ずぷぷぷっ!」 「に、ニコラ……あっ、あぁぁぁ……もうダメだ。あーー、イくイく、出る」 「このままきもひよくなって……イッへ、きもひよくなってミルク、いっぱいらして、じゅるっ、ぬっちゅぬちゅっ、ちゅっ、じゅぶぶぶ……ッッ!」 執拗な舌での攻めと、口の吸引で刺激を与えながら、そのエッチなネコは“早くミルクを出せ”と、行動で示してくる。 あっ、あぁぁ……本当に、ニコラの口が気持ちよくて……こんなに痺れたら、力が入らなくて我慢が……。 「ぢゅるんっ、んっ、ンん……ぢゅるるる……ぐじゅっ……じゅぽじゅぽっ、んっ……ぢゅる……じゅるるるるぅぅぅぅーーーーッッ!」 「――あっ、あぁあ……ニコラ……でっ、出るっ!」 「んっ、んっ、んんんっ!? んっ、んふぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!」 快感に身を任せ、俺は駆け上ってくる欲望を、そのままニコラに放出する。 「んんんっ、んっ、んふぅーーぅ……んっ、んじゅる、じゅる……んっ、ふぅーっ、ふぅーっ、んくっ、んっ!? んんんんーーー!?」 ――ドクッ、ドクンッ! 精液を吐き出さないようにニコラが口を窄め、その刺激によって、治まりかけていた精液がさらに流れ込む。 「んくぅぅぅぅ……んんっ、んふぅぅーー……んっ、んんっ、じゅ……じゅる……じゅるん。コク……コク……ゴク」 「ゴクンッ! んっ、んんーーーーーぱっ、ぱあぁぁぁ……はぁーっ、はぁーっ……凄い、ご主人様のミルク、凄い……はぁーっ、はぁーっ」 空気を貪るように大きく開かれたニコラの口は、今俺が出したばかりの白濁液を零しながら、熱く蕩けた息が漏れている。 「――ニっ、ニコラっ! あぁぁーっ!」 「にゅちゅるんっ!? ぱっ、あっ、あっ、ひああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ……ッッ!」 ――ドピュドピュッッ! あまりの快感に腰を引いた俺の愚息が、勢いよく白濁液がニコラの顔に降り注ぐ。 「ひっ、あっ、あぁぁぁ……ミルク、ご主人様の熱くて、ドロドロのミルク……はっ、はぁーっはぁーっ、ご主人様の濃い匂いがする……はぁぁー……」 今まで我慢していた反動か、驚くほどの量がニコラの顔を汚す。 「んっ、にゅる……じゅるんっ、れろんっ……はっ、はぁーっ、エクスカリバーミルク、濃くておいしい……ご主人様の味がする 蕩けた声を漏らしつつ、ニコラが顔に浴びた精液を舌で舐め取る様は、まるで本当のネコのように見えた。 「はーっ……はぁーっ……ご主人様のミルク、大好き………はぁーっ……はぁーっ」 「……本当、ニコラはいやらしい子猫だな」 「うん。ボク、いやらしい……はぁー……はぁー……こんなにご主人様のミルクが美味しく感じるなんて、凄くいやらしいよぉ」 そう言いながらも、ニコラが嫌がっている様子はない。 ……一応、確認のために、目隠しを外して確認しておくか? 俺はニコラの目隠しを外し、その顔を覗き込む。 目隠しの下からのぞく、潤んだ瞳と精液が相まって、なんか凄くエロいな。 いや、折角だから、このままでいいか。 「ニコラ……大丈夫か?」 「え? あ、うん……平気だよ。平気だけど……ボク、いやらしいから……身体が、熱くなってる。ご主人様のミルクで、身体が熱いにゃぁ」 「それは……続きをしてもいいってことか?」 「……うっ、うん。またボクのアソコ……恥ずかしいことになってる。だから……お願いします、にゃぁ」 「ああ。俺の方こそお願いしたいぐらいだ。ニコラ、お尻を上げて」 「本当だ……ニコラのおま●こ、凄く濡れてる」 「あっ、やぁぁ……あんまり、見ちゃヤダよ、ご主人様……恥ずかしいから」 「俺は、こうして濡れてるニコラも好きだし、可愛いと思うよ」 「でも、でもぉ………………うっ、うぅぅぅ……それに、見てるだけじゃ、イヤですにゃぁ……ご主人様」 「ほっ、欲しい……ご主人様の、聖剣……エクスカリバー、挿れて欲しい……にゃぁ」 「本当、ニコラはエッチだなぁ。いや、エッチになったのか?」 言いながら、俺は硬さを取り戻した肉棒で、グチョグチョのワレメを擦った。 ――ヌッチュ、ヌッチュッ。 すでに滴り落ちそうなぐらい濡れたワレメから、水音がいやらしく響き渡る。 「ひっ、あっ、ひぃぃんっ……はっ、はぁぁ……ご主人様の、ボクのいやらしいところに擦れて……あっ、あぁぁ……熱い、熱いよぉ……」 悶えるニコラは、おねだりをするように軽く身体を揺すった。 その白く柔らかなお尻が揺れ、おっぱいもプルンと踊る。 「身体、熱い……あぁぁっ、早く、早く早く、ご主人様ぁーー……」 悶えるように欲しがるニコラ。 その声と態度に、俺の焦らしも限界に達する。 俺はグショグショに濡れた肉穴を、肉棒で一気に引き裂く。 「んっ、んあっ、ァぁアぁあぁぁぁーーーーーァァッッ! きっ、来たっ、挿ってくるぅぅーーー……」 待ちに待ったとばかりに、ニコラの穴は抵抗することなく、むしろ嬉しそうに根元まで一気に咥え込んだ。 「くひぃぃ……あっ、はっ、はぁーっ、はぁーっ……エクスカリバー、入ってる……はっ、はぁー……聖なる剣、凄い、感じる……」 「ぅぁっ、ニコラの中……いつもより熱くて、ドロドロしてるな」 「だって、だってぇ……ご主人様のミルクのせいで、ボク……いつもよりもずっと興奮しちゃって」 「それは、俺のせいってことか?」 少しイジワルなことを訊きながら、ニコラの蜜壺をかき混ぜ、ネトネトに濡れた肉壁を擦る感触を楽しむ。 「ひっ、あっ、あぁぁぁーーー……んっ、んひぃ……ご、ごめんなさい、違うッ、違いますぅぅっ!」 「ご主人様のせいじゃないですっ……ボクが、ボクがいやらしいからぁぁぁ……ぁぁっ、あっ、あっ、あああぁぁーーっ!」 「それじゃあ、素直になれたご褒美にっ!」 「んぃぃっ!? んっ、んぁ、んぁぁあっ! お、奥が擦れてる……あっ、あぁぁぁ……凄い、凄い凄い……グニッて擦れてるぅぅ」 「ニコラは、こういうの好きだったよな?」 「う、うん。好きぃ……奥をグニって突かれるの、気持ちいいから好きぃ……ぃっ、ぃぃぃっ、んああぁぁぁっ!」 俺はニコラの震えが一番大きくなる部分を探しながら、何度も何度も肉棒を突き入れ続ける。 腰が動く度に、モノをしゃぶる肉穴からは、白く濁った粘液の飛沫が飛び散っていった。 「あっ、ああぁぁ……痺れてる、ズポズポされて、身体が痺れてるぅぅ……んっ、んひっ、ひぁっ、ぁぁぁぁんっ!」 「俺も、ニコラの中で痺れてる。溶けそうなぐらい、気持ちいいぞ」 「ひっ、ひっ、くひぃぃぃぃ……ぼ、ボク、ダメかも……あっ、あぁぁぁっ! い、いいっ、気持ちいいっ!」 「き、気持ちいいのに、なにがダメなんだ?」 「す、すぐに、おかしくなっちゃいそうで……あっ、あっ、んひィぃーーッ! ぐ、グニッてダメッダメっ、おかしくなる、おかしくなっちゃうっ!」 快感から逃げるように悶えるニコラだが、その言葉とは裏腹に、肉壺はギュウギュウと俺を締め付けてくる。 それがさらに強い快感を生み出して―― 「あっ、あぁぁぁ……あひっ、あぃ、あぃ……あぁぁ、まだ、挿れてもらったばっかりなのに……あっ、あっ、あぁぁっ!」 「フェラだけで、そんなになってたのか?」 「う、うん。なってた、ボク、いやらしいから……ご主人様のが欲しくて、興奮して……あッ、あィっ、はひぃぃぃっ」 「あ、あ、あ、んぁッ、んあっ、あああァぁぁァあぁぁーーーーーーぁぁァッッ! いっ、いいぃぃぃ……それ、好きぃぃー……」 「気持ちいいなら、そのまま感じていいんだぞ」 「でもっ、でもぉぉ……あっ、あっ、んンンひぃーーッッ! 本当に、い、イくっ、イッちゃうぅぅーーーっ!」 震えるニコラの声を聞きながらも、俺は腰の動きを緩めない。 さっきのお返しとばかりに、ニコラの粘膜を激しく擦り上げていく。 「くひぃぃぃっ、あっ、あっ、あぁああぁー! ご主人様、それ、好き過ぎて、おかしくなる! 真っ白になって、おかしくなっちゃうっ!」 「いいよ、そのままおかしくなって。さっき、舐めてくれたお礼だ」 「そっ、そんなっ……あっ、あっ、あッ、あァぁーーッッ、そんなに激しくっ、かき回されるとっ……はっ、はひっ、はひっ、ひぃぃぃっ!」 ギューーッと肉壺の締め付けが増していく中、俺はひたすらニコラの白いお尻に腰を叩きつけていく。 「はっ、はぁァぁぁーっ、あっ、あッ、あァぁッッ! も、もうダメ、ご主人様、ボク、ボク、もう我慢できないっ、あっ、あっ、あぁぁぁっ!」 「だから、我慢はしなくていいって」 「あっ、やぁァぁーーぁぁ……へ、変なの、出ちゃう……あっ、あっ、あぁぁっ、出ちゃう出ちゃうぅぅぅー……ぅぁあぁーーーーぁぁっ!」 「も、もう、ダメ……ご主人様、ボク、もうダメぇぇーー……あ、あっ、あーーぁあぁっ、イく、イくっ、イッ……くぅぅぅうぅーーー……ッッ!!」 ――ぷしゃぁぁぁぁッ! 肉棒の摩擦に負けたニコラの叫びと共に、透明な液体がシーツの上に放出する。 「ひっ、あっ、あぁぁぁぁーー……止まらない、止まらないぃ……ひぃぁぁぁぁぁーーー……ひっ、くひぃぃぃ……」 そうしてようやく、股間からポタポタと滴る程度にまで治まる。 「あっ、あぁぁ……出ちゃった、お漏らししちゃったぁ……」 「そんなに感じてくれて嬉しいよ」 「はっ、はぁー、はぁぁぁーーー……でも、ご主人様のベッド、ボクのいやらしいお汁で、汚しちゃった……」 「汚したのは俺だって同じだから、気にしなくていいよ。洗えばいいだけじゃないか」 「それよりも……」 「んっ! んひぃぃぃっ!?」 ニコラの耳に、甘く囁くようにしながら、俺は小さく腰を揺する。 その動きに、イッたばかりの肉壺が敏感な反応を示し、ニコラの身体が大きく震えた。 「ご、ご主人様……今、そんなことされたらっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あひィぃぃぃッッ」 「ニコラのそんな可愛い姿を見てたら……止められない」 「そっ、そんなっ……あっ、あひっ、んっ、んひぃぃぃ!? だっ、ダメぇぇ……今は、感じすぎちゃうからぁぁ……あっ、あっ、ひぃァァぁーーッ!」 「だが、こっちはそうは言ってないように思う」 「んぁッ! あっ、ああぁぁーーーッ! かっ、かき混ぜちゃ、ダメぇぇ……ご主人様、ご主人様、ダメぇぇぇっ!」 「ミルク、もう欲しくない?」 「そ、そんなこと、ない。欲しい、ご主人様のミルク、もっと欲しい……でッ、でも、今はっ、はひっ、はひっ、ひっ、ひぃぃぃーーーっ!」 ニコラは身体を震わせながら、必死に突かれる刺激に耐えていた。 だが俺の腰の動きが、弱まることはない。 「はっ、はぁぁぁんっ! あっ、あっ、ああぁぁ……ズポズポ、ダメぇ……変になる、変になっちゃうから……んひぃぃっ、あっ、あぁァあァァ」 「そっか。それなら、こっちで」 「ひっ、ひぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? グニッって、それも、ダメぇぇ……はひっ、はひぃぃ……イジワル、エクスカリバーのイジワルぅぅ」 「俺はただ、ニコラに気持ちよくなって欲しいだけだよ」 「なってる、気持ちよくなってるぅぅ……ご主人様ぁぁ、ボク、気持ちよくなり過ぎてるぅ……あっ、あっ、んひぁぁぁ」 「ならこのまま、俺と一緒に気持ちよくなろう、ニコラ」 すでにニコラの動きは鈍く、ただその場でジッと、俺の送る摩擦に耐えていた。 そんなニコラの肉穴を、ひたすらグジュグジュにかき混ぜていく。 「んっ、んぁぁああぁーー……ダメ、ズポズポ凄いぃぃ……はっ、激しくて、ボク、ボクッ、んっ、んんんーーー……んぁ、あ、あッ、あーーーッ」 「こんなの耐えられないっ、ま、また出ちゃう……出ちゃうよぉぉ……ご主人様、許して、もう許してぇぇ……」 「最初、挿れて欲しいって言ったのは、ニコラの方だろう?」 「そうだけどっ、でも、でもぉぉ……凄いの、エクスカリバー、気持ちよすぎてっ、こんなのプランになかったぁぁ」 「それじゃ、新たなプランだ。もう一回、イッていいよ、ニコラ」 「え? あっ、あぁぁぁぁーーーっ! あひぃぃっ、はっ、はひっ、はひっ、ご主人様、そんなのっ……激しすぎるぅぅーーーッ」 「あっ、あっ、あっ、んひィぃぃぃッッ! また来る、来ちゃうぅぅ……あひっ、あひぃぃ……変なの、くるぅぅ……」 ニコラの身体が揺れる度に、おっぱいがブルンと震え、股間の透明な雫がポタッポタッとシーツに落ちる。 その光景を前にして、俺の中の興奮は一気に加速する。 「ひっ、ひぃぃぃぃーーーぃぃっ……はひっ、はひっ……また、イく、イくイくイッ、んっ、んっ、んンン―ーーーーーーーーーーーーーッッ」 ――ぷしゃぁぁぁぁッ! 二度目の絶頂を迎えたニコラだが、透明な粘液は枯れることなく吹き出し、シーツを汚す。 「はっ、はぁぁーーっ、はぁぁーーーっ……また、また汚しちゃったぁ……」 そう言いながらカクカクと身体を震わせるニコラ。 そんな状況でも、その締め付けが緩むことはなく、さらに俺の肉棒にネットリと絡みついてくる。 「くっ、ぅぅぅ……」 この締め付け……お、俺ももう……。 「ひっ!? あっ、あっ、あひぃぃ!? ご、ご主人様!? あ、あっ、あっ、んひぃぃっ!!」 我慢できず、俺は自分の限界に向かって腰を振る。 「はひっ、はひぃぃ……ダメ、今は本当にダメ、ご主人様、ボク、これ以上イッたりしたら…………あっ、あっ、ああァーーッ」 「ニコラ、俺もイく。すぐにイくから」 「でも、でもぉ、ボクも、すぐに……んっ、んん……あっ、あぁぁぁぁーーー……来た、来たっ、エクスカリバー来たぁぁぁー」 「い、イくぞ。出ずぞ」 「はっ、早く、ご主人様、早くぅぅぅっ! じゃないと、ボク、もうムリィぃ……イッちゃうぅッ……あッ、あィ、あひっ、ひィぃぃぃンッッ!」 限界に震えるニコラと同時に、俺の身体も震えだす。 「あっ、あぁ……イく、ニコラ、イくッ!」 「はっ、はっ、はひぃぃ……みっ、ミルク、ご主人様のミルクぅぅ、あっ、ああァァぁぁーーーーぁァああァァ」 「あひぃぃ、はっ、はっ、はぁぁぁぁ……イくイく、ご主人様、ボクもう、イくよっ、あっ、あっ、あっ、あぁぁぁっ」 「エクスカリバーーーーーーーー!」 ニコラが絶頂に達するとともに、俺も精液をニコラの中に注ぎ込む。 フェラで一度吐き出しているにも拘らず、ドクンッ! ドクンッ! と、大量の精液がニコラの身体に染みこんでいく。 「はっ、はひぃぃぃ……はっ、はぁーー……はぁーー……出てる、ミルク、中に出てる……はっ、はひぃぃ……」 「エクスカリバーーーーーッ!!」 ドピュドピュッ! ギリギリで引き抜いた愚息から、おびただしい量の精液が、ニコラの身体に降り注ぐ。 ニコラはベッドの上で脱力したまま、ジッと精液を受け止め続けた。 「くひぃぃ……はっ、はぁぁぁーーっ……はぁぁぁーーーっ……またイかされちゃったぁぁ……それに、熱いのかかってる……はぁーっ、はぁーっ」 「はぁー……はぁー……ニコラ、凄い気持ちよかったよ」 「ぼ、ボクも……気持ちよすぎたぁ……はぁーっ、はぁーっ。ご主人様の寂しさ、少しは埋められた……かにゃぁ?」 「だから、そういう言い方はなしだ。俺が一番大切にしてるのはニコラなんだから。ニコラを何かの代わりに思ったりしない」 「だが、ニコラの気持ちは凄い嬉しい。ありがとうな」 「はぁー……はぁー……うん。あの、今日は……一緒に寝てもいい? ちょっと疲れちゃった……はぁー……はぁー……」 「ああ、勿論。それは全然構わない」 「だが……」 シーツがこんなになってしまって、どうしよう。 「とりあえず、何とかしないと」 「その前に……二人でちょっと、ゆっくりしない?」 「そうだな。それがいい」 そうして俺は、ニコラと共に幸せな時間を過ごすのだった。 ──翌日。 「さあて、久しぶりの臨場か」 「臨場じゃなくて登校でしょ」 「ああ、そういえば事件現場がここだったもんね」 「そうね、今はすっかり片付いているから安心していいわよ」 「安心って?」 「あれだけの怪我だったんだから、少しは怖気づいてもおかしくないでしょ」 「俺が? むしろ武者震いがするよ」 「ふぅん……」 「宿命のライバルの出現かぁ、ちょっと憧れるね」 「……佑斗、ちょっと雰囲気変わったかしら」 「あれだけの怪我だったから、少しはな」 「でも、無理は禁物だからね」 「……了解」 「へえ、梓君の[コマ]命[ンド]令には忠実なんだね」 「ひとを使い魔みたいに言うな」 あらためて校舎の前に立つと、ここでジダーノと殺し合いをしたのが、もうずいぶんと昔のことに思えてくる。 それは怪我と入院生活のせいだろうか、それとも……。 「な、なに?」 「いやなんでも」 なるべく注意しているんだが、梓の顔を見るだけで頬が緩みそうで困る。 久しぶりに教室に入った俺は、しばらくクラスメートの質問攻めにあった。 無理もない、アンナさんの警護からずっとご無沙汰だったもんな。 それになにより、放課後の校舎内であんな大捕り物があったんだから。 「大丈夫、疲れたでしょ?」 「そうでもないよ、久しぶりの学校はなんかいいな」 むしろ問題点は授業時間にあって……。 ――深夜休み。 「六連くん、六連くんっ?」 「お、布良さんか」 いまや俺たちの関係は単なるクラスメートではなくなったが、みんなの前では昔と同じ呼び名を通すことにしている。 「大丈夫? さっきからぼーっとしてるみたいだけど、体調悪くなってきてるとか……?」 「いや、それがさ……」 「授業についていけないーー!?」 「……お恥ずかしながら」 「六連君にしては珍しいね。病院で勉強してたのに」 「してたつもりだったんだがなあ」 思い返してみれば、内容はぜんぜん頭に入っていない。 ジダーノのことと、あの狩人たちのことで頭がいっぱいになってしまっていた。 本当に、あいつらは今も本土で熾烈な攻防を繰り広げているのだろうか……。 ……っと、いけない。まただ。 「ふふふ、しっかりしてるように見えるんだけどなぁ」 「そうか?」 「六連君かっこいいから、黙ってると深いこと考えてるように見えるんだよ」 「かっこよくはないだろ」 「なにラブラブしてんの、ユート?」 「うわ、なんだ急に」 「ふ、普通に勉強の話してただけだよ!?」 「ほーんとにー?」 「この卓だけ明らかにピンクオーラ出てるのよね」 「そんなんじゃないよ。久々の授業だったから色々わかんなくてさ、布良さんに聞いてたんだ」 「あ、あ、あ、あとでノート貸すね!」 こら、そんなに動揺するな。ますます怪しい! 「なんでユートが焦ってるの?」 「こ、これが焦ってるように見えるか?」 「見えるよねー?」 「ぜんぜん落ち着いてるし! うわぁ、学生食堂落ち着くわー」 「事件現場だからじゃない?」 「ま、まあな……どうしても思い出しはするかな」 おお、ありがたいが、美羽が助け舟を出してくれるなんて珍しい。 いや、さっきの梓のテンパり具合を見てたら助けなきゃって思うか。 しかし、アンナさんを狙った事件については緘口令が敷かれている。 あまり俺の怪我の話が膨らむのも好ましいことではないよな。 「とりあえず、布良さん、もっぺんノート貸してくれ」 「あ、う、うん、わかった!」 「返ってくるときは、秘密のお手紙が挟んであったりして?」 「ふぇ?」 「──ありがとう、俺のアズサ……With LOVE★」 「ふにゃぁぁぁ~!」 「へ、変なことを言うな!」 「さっきから全然飯の味がしない件!」 「にひひ……それじゃ、お邪魔なようだからあっちで食べよっか」 「別に、お邪魔と言うわけじゃないが……」 「同僚ならではの深い話があるかもしれないでしょ?」 「美羽だって同僚だろう……。まあ、気遣いはありがたくもらっておくけど」 「ふにぃ……」 ──放課後。 「……ふぅ、2つ外したか」 「だーめ、そういう時は『8つ当たったぞー!』って言うの」 「8つも当たったぞー!!」 「上達早いぞー!」 「上達早いぞー!」 「俺はできる子だー!」 「なんのセラピーだ!!」 「くすくす……でも本当にこないだまで絶対安静だったとは思えないよ。さすが吸血鬼さん」 「吸血鬼でもこんな早く回復しないだろ」 「確かにそうかも……やっぱり佑斗くんって普通の吸血鬼さんとはちょっと違うよね」 「みたいだよな」 「仕事が忙しくなる前に、身体のこと調べてみたら?」 「俺の?」 「うん、今日、扇先生の検診があるんでしょ?」 「はぁぁ……そうなんだよなぁ」 「気が進まないのはなんとなくわかるけど、これまでの検査の結果だってちゃんと聞いてないんだよね?」 「異常なしとは聞いてるよ」 「あ、佑斗くん、どんなときでも集中しないとダメ」 「う……すみません」 扇先生の話題を出されたとたん2発連続で外すとは……。 まだまだ修行が足りないか、俺は。 「しかし俺の能力がどうであれ、やっぱり射撃は身につけておきたい」 なにか、あのジダーノに対抗できる特技を身につけたいのだ。 今も時おり、克明にあの瞬間の様子が浮かぶ。 俺の放った最後の一撃──あれは背後からの不意打ちだったから、ダメージを与えられたのだ。 だがそれ以外は……あいつに圧倒されていた。 「あの狩人たちが使っていた弾、知ってる?」 「うん。退魔弾って言って、吸血鬼にだけ効くんだよ」 「へえ、どんなからくりなんだ?」 「生物兵器っていうのかな。ある種のアリル化合物を体内に取り込んだ吸血鬼は、一時的にヴァンパイアウィルスの活動が低下するの」 「アリル化合物?」 「うん、ニンニクとか」 「へえ、伝承はあながち間違えていないってことか」 とはいえ、ニンニクと同じではなく、かなり特殊な物のはずだ。 稲叢さんの料理にも、ニンニクは使われていたはずだしな。 「あの弾には、それに加えてワクチンが入ってるんだよ」 「ワクチンなんてものがあるのか?」 「正確にはワクチンじゃないのかな? ヴァンパイアウィルスを壊しちゃう成分なんだけど、ライカンスロープの因子から作られてるの」 「ライカンスロープ!?」 吸血鬼喰い──その成分が!? 「うん……里ではみんな知ってることだよ。内緒話だけど、狩人ってもともとはライカンスロープだったんじゃないかって話もあるんだって」 「それじゃあ吸血鬼を狩るのは、捕食のため?」 「言い伝えだけどね。今の狩人はみんな普通の人間だから」 ライカンスロープの銃弾か……! そういうものがあるのなら、なおさら俺は銃をマスターすべきだ。 「あ、ぜんぶ当たった! やったね、佑斗くん!」 「ああ、ありがとう梓」 「ふぇ!?」 テンションのあがった俺は、梓をぎゅーっと抱っこする。 「もう少しで俺も使い物になるだろ?」 「う、うん、気を抜いたらダメだけど……あ、あ、ちょっと待って」 ──ぎゅーっ! 「わ、わーっ、こら、だめ、待ってよー!」 「なんでだ?」 「今ベタベタするのはいや、だめ! やだ……」 「恋人なんだから、こういうことだってあるさ」 「だからよくないの…………んっ!? んんン……あぁぁん……ん、ちゅ、ん、じゅる……」 梓の匂いを間近に嗅いだら、いきなりスイッチが入ってしまった。 唇を合わせると、俺の腕の中で梓の身体からへなへなと力がぬけていく。 「ん、ちゅ……ん、んん…………ふにぃぃぃ……」 「ごめん、急だったな」 「はぁ、はぁ、そうだよ……あぁ、びっくりしたぁ……」 「そんなに嫌そうには見えなかったけど」 「い、嫌だったもん!」 「わかった悪かった。チョコバナナおごるから」 「うん、それならいいかな」 「おや? エロいの禁止ーって怒られるかと思ったら、けっこう余裕あるな」 「当然だよ……だって、オトナな関係だもんね」 う……かわいい。 「ふに? あ、ああん、だめだって……またぁ!」 「今は梓が挑発してたと思う」 「してないって……ああん、だめ、んぁ、ちょっと、おしり……やだ、触るのだめ……はぁ、はぁ、はぁぁ……もう、変なスイッチ入っちゃうからぁ」 どう見ても、すでに入っている。 「ここ?」 「あん、だめ……パンツの上からにして」 「ヌルヌルしてるけど」 「してないよぉ……ああん、ん、ん、ん……もう、エッチ……ぃ」 「そういえば、梓はどんなときでも集中できるの?」 「はぁ、はぁ、はぁぁ……で、できるよ、できるもん」 「じゃあ、はい」 ためしに、俺の使っていた銃を渡してみる。 「………………」 「ね?」 「……お、お見それしました」 訓練のようなそうでないような時間を終えた俺たちは、その足で病院に向かった。 「で、今度は回復が早すぎるって?」 「いえ、そういうわけじゃないんですけど、他の吸血鬼さんに比べていろいろ特殊っていうか」 「能力のこと?」 「それもありますし、微熱が続いてたり、頭に響く声のことも謎だし……あと、どうも吸血の本能というか、欲求が強い気がするんですが」 「六連君はスーパー吸血鬼ってことじゃダメ?」 「そ、そんな大雑把でいいんですか?」 「ほら、今までたくさん調べてくれてたじゃないですか。それで、なにかわかったこととかないのかと思って」 「吸血の本能が強いのであれば、ヴァンパイアウィルスと親和性の高い特異体質とも考えられるんだけど、健康診断レベルだと難しいね」 「もっと大掛かりな検査が必要ってことですか」 「いっそ、僕に解剖されてみる?」 「わわわ、だ、だ、だめーーーっ!!」 「そう言われると思って、君の腕から肉片をくすねておいたんだけど、そいつを勝手に調べているところだよ」 「ええっ、そ、そんなことしていいんですか?」 「そんなの、言ってくれれば同意しましたよ」 「必ずしも結果が出るとは限らないことだから、言いづらくてねえ」 だからって勝手に肉片を?? この人、よく訴えられずにやってきたな。 「ひとまず、君の課題は吸血の本能をどうやって押さえ込むかだね。さいわい、今のところは本能と上手に付き合っているようだけど」 「そうなんでしょうか?」 「涙ぐましい努力を感じるよ。だって近頃はまるで僕に迫ってこないんだからね」 「ゆ、佑斗くん!?」 「ないないない過去も一切ない」 「本能との付き合い方って、なにかノウハウはあるんですか?」 「吸血鬼の恋愛について学ぶことも大事だね。まあ、僕の身体はいつでも空いてるから」 「必要が生じたらお願いします。ではまた」 「ぐすん、あいかわらずつれないなあ。そういえば、アンナ様も六連君の体調を気にかけていらっしゃったよ」 「メールで相談したんです。気分転換に少し島を離れて旅行でもしてみたらどうかとアドバイスをもらいましたが、なかなかそうもいかなくて」 「旅行?? アンナ様が君に? はぁぁ……面白いね」 「そうですか?」 「ああ、面白いよアンナ様は……」 そんなわけで、退院してからの1週間は、体力と勉強の遅れを取り戻すだけで慌しく過ぎていった。 その両方で俺の絶大な助けになってくれたのは、言うまでもなく。 「おーい、朝だよ。おーきーてー!」 「いい? 0.24×電力×時間をここで使うと……」 「佑斗くん、洗濯物あったら出しちゃってね」 「それじゃ10分腿上げー! すたーとっ!」 「はい、おかわり。たくさん食べて元気になってね」 『………………』 「ど、どうかした??」 「い、いや、なんでもないよ」 「アズサが面倒見いいのは知ってたけど、今回はいつにも増して気合いが入ってない~?」 「え? え? そうかな?」 「お、俺が重症すぎるせいじゃないか?」 「[オ]霊[ド]力に衰えは感じられないけどね」 なんか妖しい眼鏡だか双眼鏡みたいなのを持ち出してきたな。 「日常生活ができるだけじゃ、まだまだだよ。風紀班のお仕事に復帰するには、もっと元気になってもらわないといけないから……」 「それは、パートナーとして?」 「そ、そうだけど」 『ふーーーーん……』 「ななななに? どうしてそんなリアクションなのっ!?」 「おや、梓君の[オ]霊[ド]力が急激な変化を……?」 「ふに!? し、知らない! それじゃお洗濯がまだ途中だからーー!!」 日常生活では平静を装っているつもりなんだが、このところ微妙に関係を疑われてるような気がする。 美羽もエリナも変に勘がいいから、梓とイチャイチャする隙もないんだよな。 「ニコラ、その眼鏡すごいね。エリナにも貸してっ」 「あっ、スカウターを奪われた!」 「ちょっとだけだからいいでしょ? ジー……はい返す」 「なんだったの?」 「ただのサーモグラフィ」 「を装った《れいそくき》霊測器なんだっ!」 ──5日後。 「それじゃ行くね、1分間トライアル!」 「ああ、頼む──」 梓の看病(と扇先生の治療)もあって、俺の身体は驚異的なスピードで回復していた。 ヴァンパイアウィルスの作用で回復のスピードが速いのはもちろんだが、そうであっても周りが驚くほどの復調ぶりだ。 もともとリハビリに一ヶ月程度とおもわれていたのだが、右手の違和感は1週間ほどで全てなくなり、いまや完全に俺のもとへ戻ってきた。 ただひとつ残っているのは微熱だが、それも仕事に差し支えるほどではない。 「よっし!! 全弾命中!!」 完璧な結果についガッツポーズが出てしまう。 もちろん、これもヴァンパイアウィルスの作用だとは思うが、俺がこんなに早く射撃をマスターできるとは……。 「どうだ、梓?」 「す、すごい……けど、はぁぁ……なんか自信なくなってきたぁ」 「なんで!?」 「だって得意な射撃も、やっぱり吸血鬼さんには勝てないのかなって思うでしょ」 「俺が上達したのは、梓のコーチがあったからだろ」 「そ、そうだね……ぐすっ、さすが佑斗くん」 なぜ泣くか?? 「それにこの程度の腕じゃ、梓には太刀打ちできないよ」 「ううっ、優しい……そういうところも好き」 「なんなんだ!」 「ぐす……私もよくわかんないけど、なんか感動しちゃって」 「授業参観に来たお母さんみたいな心境?」 「あ、そうかもしれない……ううっ、なんで泣けてきちゃうのかわかったよー」 「よしよし」 ──ぽむぽむ。 「ああん、なんで先生の私が子供扱いされてるのぉ」 「しょうがないだろ、泣いてんだから」 「ううっ、それはそうでした」 ともあれ、なにかひとつ区切りがついた感じはする。 今日までの訓練をふまえて、明日からはもっと射撃精度をあげていくことだ。 「よーし、じゃあ早速、佑斗くんが銃を使えるように申請しないとね」 「俺が書かなくていいのか?」 「いつものアレがあるからね。私に任せておいて。これだけ上達が早いと、自信を持って書けるよ」 ああ、人間じゃないとダメってルールを忘れていた。 「梓は教官になってもやっていけそうだな」 「ええっ、無理無理! だって生徒に抱きつかれたりしたとき、どうしたらいいかわからないし」 「悪かった、俺が悪かった」 「ふふふ……ねえ、どこかでお茶でもして帰る?」 「ごめん……今日はちょっと別に寄るところがあるんだ」 「そうなんだ? 扇先生のとこ?」 「まあな、なんか1人で来てくれって」 「そっか、じゃあ先に戻ってるね。扇先生ってキレイだけど、浮気しちゃダメだよー!」 「む……!! もう信じられないような体位で抱かれまくってやる!」 「ああっ、ウソだよ! 冗談だってばー!」 「すまん遅くなって」 「こんな美人を待たせるなんて、さすが彼女がいると違うわね」 「別にイチャついてたわけじゃないぞ」 「そんなにキョロキョロしてると目立つわよ。さ、行きましょう」 周囲の目が気になるのは、梓にウソをついて美羽と一緒に買い物に行くからだ。 もちろん変な下心はないし、浮気なんかじゃない。 「ニコラたちは?」 「もう着いてるころじゃないかしら」 ましてや梓をハブにしているわけでもない。 今日は美羽たちと一緒に、梓の誕生日プレゼントを買いに行こうという話になっていたのだ。 「それにしても、みんながこんなに乗ってくるとは思わなかったな」 「吸血鬼はレクリエーションが好きだもの」 「稲叢さんは?」 「あっちはあっちで準備があるみたいよ」 「うーん、これかなぁ……それともこっちかなぁ」 「キミはさっきからずっとそこで悩んでいるね?」 「だって、どっちもかわいいでしょう? あれ、ユートとミューは?」 「ふーむ、これかな? いや、ピンクのほうが好みか」 「佑斗は決まった?」 「けっこう難しいもんだな、梓にはぬいぐるみがいいとは思うんだが」 「キャラクター物は好みがあるからね。私もそっち方面は疎いし」 洒落たトイショップの前で美羽と並んで首をひねっていると、背後からエリナの呼ぶ声がした。 「ユート、ユート、ちょっと見てほしいんだけど」 「なんだ? うわ!?」 「このスケスケぱんつと、こっちの穴開きセクシーランジェリーと、梓にはどっちが似合うと思う?」 「どっちも似合うか! ていうか、それを持って通りに出てくるなよ」 「えー。じゃあ、どっちがユートの好み?」 「なななんで俺に聞くんだ!」 「そうだ佑斗、布良さんってアロマとかやってる?」 「いや、香り系はやってないと思う……だからなんで俺に!?」 「佑斗君、梓君って千里眼と読心術だったらどっちの指輪が……」 「だからなんで俺なんだっ!?」 「彼氏だからよ」「彼氏だからだよ」「魂の伴侶だからだよ」 「な、なぜ……そんな……ことが……!」 「あれ? 隠してるつもりだったんだ?」 「間近で梓君の様子を見ていれば、一目でわかるよ」 「気づいてないのは稲叢さんくらいじゃないかしら?」 「そ、そんなに……露骨だった?」 「そういうことは、胸に手を当てて考えてみようね♪」 「うっ、いたた、心臓が苦しい……ジダーノめ!」 「思い当たることがたくさんあるみたいだね」 「布良さんも隠したいみたいだから、そっとしてるってだけよ」 「アズサも照れなくていいのにね……って、ユートまで顔真っ赤になってる!?」 「き、今日は暑いな、さすが初夏!! ウェルカム夏!!」 「そんなに焦ることはないじゃないか。《ダンピール》混血が悪だとは思わないけど?」 「ええ、むしろ歓迎してるわよ」 「歓迎?」 「だって嬉しいよね。もともとアズサってこっち側の子って感じだったけど、彼氏も吸血鬼なんてねー」 「さらに距離が近づいた感じがするよね」 彼氏が吸血鬼だから……? 「そうか……そんな風に考えたことはなかったな」 なんだろう、いま、なにか自分の中で一つ大きな石が動いたような感じがした。 すぐには言葉にならないが、確かになにか……。 「あ、そうだ! せっかくだから、プレゼントは2人のラブラブが長続きするようなものにしない?」 「確かに、テーマがあったほうがいいかもしれないわね」 「闇の祝福が訪れるようなものを選ばせてもらうよ」 「ありがたいけど、お手柔らかに頼む」 買い物を終えた俺たちは、それぞれ少しずつ時間をずらして寮に戻ることにした。 稲叢さんは、大房さんと一緒に、当日の料理のレシピをアレキサンドで考えてくれている。 それにしても、みんななんだかんだ楽しそうだったな。 吸血鬼の俺と付き合ってることが、梓にとっても意外なプラスを生んでいたってことか。 「なあんだ……」 ほっと息をつく。 さっき、石が動いたような感じがしたのはこれだ。 ──吸血鬼の俺だからできること。 吸血の本能と折り合いをつけていくのは確かに厄介だが、梓のために、吸血鬼である俺だけができることがまだ他にもあるかもしれない。 机の上を片付けて、彫刻刀と木材を用意する。 「確かに吸血鬼ってのは、いろんなところで便利だ」 確かに肉体のスペックは上昇している。正確で精密な動きも昔より上手くできるようになった。 その勢いで、こいつをさっさと仕上げてしまいたいのだが……。 「……?」 「なんか妙に暑いな」 これも吸血鬼の体調変化? って、そんなわけがあるか。 それだけ夢中になって彫っていたってことか? いや、違うな…………こいつは、エアコンが作動してない!? 「おいおい、もう夏だぞ!」 確かにこいつは暑い! 他の部屋の様子が気になってリビングに出てみると、テーブルに突っ伏した梓が蕩けていた。 「はふーーー、あづいーーー」 「エアコンが故障したみたいなんです」 「やっぱりこっちもか……」 この寮のエアコンは個別ではなく、リビングの制御版で全てコントロールされているんだが……。 「どうやらそれが魔の侵食を受けてしまったらしいんだ」 「うじゅー、よくそんな厚着で平気だね?」 「ボクの全身には氷点下の血液が流れているからね」 「どう見ても汗かいてるぞ」 「し、し、失敬な」 「ふぇぇぇ、あついねー。どっかのカップルが熱すぎるせいだったりして」 「どどどどこのカップルかなー、迷惑だなー」 「布良先輩、すごい汗ですよ」 「あ、ありがとう莉音ちゃん……がくっ」 「エリナの部屋もってことは……こりゃ全館やられたな」 実際、外はかなりの熱帯夜。 しかし不思議と吸血鬼になってからは、以前ほど暑さを感じなくなった。 鈍感になったというよりは、体温の制御をある程度できるようになったからというべきだろう。 かわいそうなのは真人間の梓で、顔を真っ赤にしてうちわを使っている。 「寮にいるより外のほうが涼しそうだ。今日は少し早めに巡回に出よう」 「うん、そうだね。どこか冷房のきいたところを重点的に」 「意外、アズサがそんなこと言うなんて」 「うぅぅー、だって暑いの苦手なんだもん~!」 その日の仕事を上がって寮に戻ってみたところ、エアコンはまだ修理が終わっていなかった。 寮長の梓が業者を手配したはずだが、どうしたんだ……?? 「えー!? 明日にならないと部品が届かないんですかぁ?」 「仕方ないな、みんなももう寝てるみたいだし、今日1日我慢するか」 「そうだね……はぁぁ……暑いの苦手なんだよね」 「こんなことなら、支部の仮眠室でも借りるんだったな」 吸血鬼の体感では、そんなに耐えられないというほど暑くはない。 それでも室温計は29度──生身の梓には、ちょっと暑いかもしれないな。 「一緒に支部行くか?」 「ううん、これも修行だと思ってがまんするよ。おやすみ」 「ああ、おやすみ……また明日な」 しかし早朝で29度だった室温は、日が昇るとともにどんどん高くなっていき──。 「うあーーーーー! もうだめぇぇ!!」 「はうう~~、アイスアイス……もう頭の中までゆだっちゃうよ」 「はぁぁ……あづいぃぃ……」 「あぅぅー、やっぱり眠れなかったなぁ……温度計37度とかいってるし。熱中症になっちゃうよ……」 「吸血鬼のみんなは平和に寝てるけど……はぁぁ、あづい、あづい、あついー!」 「んむ……ちゅぅぅぅ……はぁぁ、でもアイスおいしー☆」 「エアコン明日本当に直ってくれるかなぁ……毎晩アイス食べてたら太っちゃうよね……」 「はぁい?」 「……大丈夫か、梓?」 「あ、ゆーとくん、おはよう。ゆーとくんも眠れなかったの?」 「ん、まあ思ったより暑くてな」 「だよねー。うちわで扇いでも、あったかい風しかこないんだもん」 「まあ、でも蕩けてなくてよかった」 「え? 私のこと心配で来てくれたの?」 「そりゃ気になるだろ」 「えへへ、ありがと……あ、一緒にアイス食べる? まだ買い置きあるから……」 「いや、ちょっと顔洗ってシャワー浴びてくるよ」 「そっか、わたしも寝汗かいちゃってる……」 「梓って、寝るときそれ1枚なの?」 「え?」 「ドア開いてたけどさ、無防備な格好のときは気をつけろよ」 「あ…………………………!」 「あっ、う、うん……ごめん気をつける……って、ドア開いてた?」 「ああ、普通に10cmくらい。風通してたんだろ?」 「あ、そ、そうだった。エアコン壊れてたから……って、いまその話してたよね」 「おい、大丈夫か?」 「う、うん、ぜんぜん平気だけど…………あ、あの……なんか見えてた……?」 「あ、いや、特には……」 「そ、そっか……ご、ごめんね……ちょっと不注意だったよ」 「いや、目の保養になったからいいけどさ……じゃ、おやすみ」 「うん……お、おやすみ」 「……………………」 「………………」 「わぁああぁあぁぁーーーぁぁぁ!! やっちゃったぁ……」 「うぅぅ、絶対パンツ見えてたよね、絶対見られてたぁ! ばかばかばか……なんで気づかないんだろ、ほんと私ってばか!」 「しかもこんなだらしない格好でグダグダしてて、パンツも丸出しで! あうぅぅ、恥ずかしいよぉ……!!」 「しかも今日のパンツも子供っぽいし! もうぜんぜんオトナになれてないしーっ!!」 「はぁぁ……ゆーとくん幻滅しちゃったかなぁ……もう、ほんと私ってコドモ」 「こんなんだから、最近ゆーとくんとエッチできてないのかなぁ……ぜんぜん色気とかなかったよね……」 「はぁっ……すごい自己嫌悪………………もっとオトナにならないとダメだなぁ」 「…………でも、ゆーとくん、ずっと私のパンツ見てた気がする。もう、全部見られちゃってるのに、いまさら……?」 「…………こんな子供っぽいパンツでもドキドキするのかな?」 「でも、顔……赤かった気がするし……」 「はむ……ちゅぅぅぅ……なんかこんなことで嬉しくなってるのって、おかしいかな……?」 「はぁぁ……ゆーとくんお風呂かぁ……私も入ってったら、さすがに怒られるよね。みんなにも見つかっちゃうだろうし……」 「はぁぁ……ゆーとくん……」 「ゆーとくんも、ドキドキしてたかな。見とけばよかった…………って、ど、どこを!?」 「う……ううっ…………ごくっ!」 「あ、アイス溶けてる……れるれる……じゅる……あれ……なんか変な感じ……ん、じゅるる……んんっ、ゆーとくん……れるれる」 「ぷは……はぁぁっ…………なにやってんだろ」 「やだな、私性欲強い……」 「………………んー、ゆーとくん……ん」 「はぁ……やっぱ生き返るなぁ……吸血鬼だって暑いもんは暑いよ」 梓、もう寝てるかな? 一緒にアイス食べようと思って持って来たんだけど。 「ゆーとくん……」 お、起きてるか……。 ……って、おいおい、まだドア開いたままじゃ……。 「──!?!?」 あ、梓──!? なにやってんだ? 手に持ってるの、あれは……鏡!? 鏡を使った新手の特訓!? い、いや、まさか……!? 「はぁ、はぁぁっ……うわ、やっぱりすごく蕩けちゃってる……こないだも、これくらい濡れてたのかなぁ?」 「ヌルヌルしてる……ごくっ、こんなとこ見られてたんだ……はぁぁ、ウソみたい。でも……でも恋人だもんね……」 「ビデオのと全然違うけど、おかしくないってゆーとくん言ってたよね……でもなんかほんとにコドモっぽい……」 「ゆーとくんが見たがったら、またここ……見せるんだよね。彼女なんだからこれくらいいつだって……あぁぁ、でも恥ずかしいなぁ」 手鏡が足元にぱたっと伏せられ、四つんばいになった梓のお尻に指先が伸びていく。 「はぁぁ……ゆーとくん……ん、ん……こんなとこ見てどう思ったんだろ……本当に綺麗なのかな……はぁ、はぁぁ」 俺の名前……!! 「あぁぁ、エッチなの垂れてきてる……はぁぁ、もうどうしてこんな身体になっちゃったんだろ……はぁ、はぁ、はぁぁ……」 「ここ、本当に見られたんだ……あぁぁ……ゆーとくんに見られて……ん、んんっ、おま●こ舐められて……はぁ、はぁぁ」 「あぁぁ……なんか私、おま●ことか普通に言ってるし……はぁぁ、エッチだよね、こういうの……」 「はぁ、はぁぁ……でもこのポーズやっぱり恥ずかしすぎる。濡れてるとすぐにバレちゃうし……後ろからだとお尻の穴も見えちゃうし」 「でも、これくらいできないと……はぁ、はぁぁ、ゆーとくん……ゆーとくん……あぁぁ……ゆーとくぅん……」 「ああ、やっぱおかしいよ。ゆーとくんの名前を呼ぶだけでえっちになる……あ、やだ、また垂れてきてる……」 「はぁ、はぁ、はぁぁ……もしこんな格好でゆーとくんに見られたら……あぁぁ……想像しただけでおかしくなりそう」 「ゆーとくん、ほら……こんなに濡れちゃってるよ……はぁ、はぁ、触ってもないのに垂れてきちゃってる……」 「あぁぁ、困ったな……また前みたいにゆーとくんに舐めてほしくなってる……はぁ、はぁ、なんでこんなに性欲強いんだろ、やんなっちゃう」 「んぁっ……はぁ、はぁ、んぁぁ……はぁ……でも、2回目のえっちってどっちから誘うものなのかなぁ……?」 「前はリードしてもらったんだから、今度は私から誘わないとダメだよね……あ、あ、はぁ、はぁっ……でも、できるかな……んんっ」 「こんな感じで迫ったら、オトナっぽいかなぁ…………うぅっ、でもだめだめ、こんな格好で誘ったら本当にただの変な子だよ」 「はぁ、はぁ、はぁ……やだ、でも舐めてほしい……んぁ、はぁ、はぁぁ……また、ぺろぺろってしてほしくなってる……」 「それに……おち●ちんで……おち●ちんがぬるーって入ってくるとこ……あ、あ、あぁぁ……だめ、想像しただけで……あぁぁ、なんか出てくる」 「やっぱり……はぁ、はぁ……もうちょっと触っちゃおうかな……でも、声出ちゃう……ゆーとくんに聞かれちゃうかも……」 「あぁぁ……でも、ちょっと見られたくなってる…………こんな恥ずかしい格好……でもしょうがないよ、好きなんだもん……」 「…………好き……」 「はぁあ……好きだよ。好きだから、ゆーとくんのこと考えて濡れちゃうの、それ、おかしくないよね……あ、あ、はぁぁぁぁァ……」 「あぁぁ……ゆーとくん、好き……ゆーとくん好き、好き好き好き……ゆーとくん大好き……あぁぁ、好きって言うたびに中が動いてる……」 「やっぱり無理……こんな恥ずかしいのは無理だよ……もう、濡れすぎ……はぁ、はぁ……」 「でも、そんなとこ見られたら……あ、あ、あっ、だめだめ、また想像しちゃった……あ、あ……私えっちなのバレちゃう……」 「はぁぁぁ……でももういいや、ゆーとくんなら……はぁ、はぁ、好き……好き好き、ゆーとくん……」 「見て、ほらここ……見て……おま●こだよ……あ、あ、あっ……ほらね、触ってもいないのにおま●こひくひくしちゃう……」 「すごく恥ずかしいけど……はぁはぁ、はぁぁ……でもゆーとくんなら見てもいいよ……」 「……本当に見てていいのか?」 「はぁ、はぁ……うん……あ、ううん、見てほしい……………………」 「え!?!?」 「きゃあああああああーーーーーーーーーっっっっ!?!?!?」 「いっ、いいいいいいいいいつからっっっ!? いつからそこにいたのーー!?」 「なんか『やっぱりすごく蕩けちゃってる』ってあたりから……」 「それけっこう最初のほうだし!!!」 「んなこと言われても、俺を呼ぶ声がしたから」 「あああぁあぁぁぁ……そういえば名前呼んでたーーーぁぁぁ」 「で、でも、でもっ! そんな大きい声じゃなかったけど!?!?」 「……ドア、まだ開けっ放しだぞ」 「え!?!? わああーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」 「完全に抜けてた……ううん、暑さのせい? そうだよね、そうに決まってる…………って、そんな場合じゃない!!」 「どうしよう、これってすごく恥ずかしい……恥ずかしすぎるっっ!!」 「あ、あ、あのね佑斗くんっっ!! これには、これには事情があってね……あの……ひゃあああっ!?」 「本当にトロトロだな……ごくっ」 ──くちょくちょ、と、目の前のぬかるんだ粘膜に指を馴染ませてみる。 「きゃああっ、どうして触ってるの!? 許可も取らずにエッチなとこ触るの禁止だよーっ!」 「触ってもいいですか?」 「だ、だめ、だめっ!」 「そこをなんとか」 「いいわけないよ! それにこれには……ひぁぁぁン……ああん、ひぁぁ……だ、だから、だから訳があるのーーっ!!」 「梓が俺を好きなのと、梓がエッチな以外に理由があるのか?」 「え!?」 「あ…………う…………ありません……」 「ううっ、でも、でもこんなの恥ずかしすぎるよ……私、私まるで欲求不満みたいで……」 「俺は嬉しかったな」 「え? え?」 「梓、俺のいないところでも、俺のこと考えてくれてるんだな」 「ふに? うぅぅぅ…………よ、余計に恥ずかしくなってきた…………!」 「ここもキュッてなってる」 「ああんっ……また触るーっ!」 足をじたばたさせる梓のお尻を抱え込む。 「あ、な、なにするの!? もういいよ……いいんだってば! 今は恥ずかしすぎて……」 「俺は、2回目も男から誘うものだと思う」 「え? あ、あ……2回目って……な、なにするつもり?」 「なにって……梓の欲しかったものを、この恥ずかしいところに…………ずぶぶーーーーって……」 「ひあ、あ……あぁぁ…………ァッッ!!」 言葉だけで、梓の中が指をキューーーッと締め付けてくる。 「待たせてごめんな、露骨に付き合っててバレるの良くないと思ってさ……」 「ゆーとくん……」 俺がまごまごしていたせいで、梓に余計な心配をさせていたような気がする。 こういうのをひとつずつ直してこそ、童貞坊やを卒業できるんだ。 梓の手をどかして、小さく呼吸をしているような性器にペニスの先端を押し当てる。 「んああっ! そ、それ……ゆーとくんの……? あ、あぁぁ……だめ、だめだよ……そんなのだめだってばぁ」 「どうして?」 「だって、そんな気持ちいいの挿れたら……理性なくなっちゃう。声とかよだれとか出ちゃう」 口でダメダメ言いながら、梓のお尻がくねくね円を描く。 梓の小さい身体の隅々まで快感が行き渡るように、丹念に、丹念に、ペニスをあてがったままクリトリスを愛撫する。 「もうよだれは出てるけどな」 「んぁああぁぁン……でも、ゆーとく……」 言葉の途中で、そのまま──一気に奥まで刺し貫いた。 「んぁあぁぁあああぁぁあぁぁぁっっっ!!!」 「しーっ、声、声!」 「うあ……!? ん、んんーーっ! ごめん……ん、んぁ、んはぁあぁあぁぁぁぁ……!」 梓の反応の大きさに、慌てて腰の動きを止める。 「…………………………」 そのまま、しばし硬直──他の部屋で物音がしないか、耳をそばだてる。 「……………………」 「………………誰も気づいてない?」 「ああ、大丈夫かな……悪い、いきなり強すぎた」 「ううん、もう平気……あ、続き? んあ、んはぁ、はぁぁ……あ、あ、はぁぁ……あ、あぁあぁぁぁ……!」 梓の様子を見ながら、ぬぽぬぽっ……と、小刻みに抜き挿しを繰り返す。 「よかった、こないだよりはスムーズみたいだ」 「はぁ、はぁ、うん……そうみたい……はぁ、はぁぁ、でもこの格好、えっちすぎだよぉ……はぁ、はぁぁ……ぁ……」 「ん……んっ……恥ずかしいって言ってたな……でも、すごい締まる……」 「だって、はぁ、はぁ、はぁぁ……あ、あ……なんか、後ろから見られるのって……」 「梓って、お尻の穴も可愛いのな」 「ああん! だから恥ずかしいの!」 「でも本当に綺麗だ……中までピンクだし」 「ひぁぁ、広げてる!? ああん、こら、だめ、エッチ……お尻の中は見ちゃダメなところなの!」 「そうなのか、すごい濡れてきてるけど?」 「それは汗だよ……んあっ、暑いから……はぁ、はぁ、はぁぁ……」 「ふーん、汗か……んッ!」 「ひぁああぁぁッ!? あっ、あっ、待って……んんーーーーーーッ!! ほんとに汗だよ、汗だもん……っ!」 梓のウソを暴くように、パンパンと一気に打ち付けを強くする。 「ああーっ……まって、声出ちゃう……ん、んーーっ! あぁぁ、ウソ、ウソです、ちがうの、エッチなやつ……ん、んーーっ……」 「うん、よしよし」 ──ぺちぺち。 「あうぅぅ……頭なでるみたいにお尻叩かないで……んぁ!? ん、んああぁぁ……へぁぁぁ……んはぁぁ……」 「すごいエロい声……気持ちいい?」 「はぁ、はぁ……うん……うん、すごくいいよ……ン……はぁぁぁぁあぁ……あ、あ、あ、そこ、そこっ……あぁあぁぁ、感じちゃうぅぅっ!」 ぬこぬこと奥のところを突きながら、ときおり浅く引き抜くと、そのたびに梓のお尻の穴がキュウウウッ……と縮こまる。 「はぁぁ、はぁぁ、どうしよう……私えっち好きかも……はぁ、はぁ、はぁ、ああん……でも恋人ならいいよね? 恋人だったら平気だよね?」 「もちろ……ん? またエロい音してる……」 抜き挿しのストロークを長く取ると、きゅぽっ、きゅぽっ……と、またあの音がしはじめる。 「はぁ、はぁぁ……やだ、ほんとだ……変な音しちゃってる……」 「おお……なるほど、やっぱり梓の身体ってエロいんだな」 「ど、どうしてそうなるの!?」 「この音って……粘膜のとこがさ、ち●こにぴったり吸い付いているせいで出てるみたいだ……ほら」 ──きゅぽっ。 「ふぇぇ? し、知らないよぉ……んあっ! あっ、あっ! 待って……ん、んーーっ!」 ──きゅぽっ、きゅぽん、きゅぽん。 ストロークを早くすると、つられて摩擦音も高くなる。 「はぁぁ……すごい……うあぁぁ、すごいこすれてる……あ、あ、あっ、大っきいよ……あ、あ、ゆーとくんおっきい……はぁぁあぁあぁ……ッ」 恥ずかしい音で顔を真っ赤にしながら、梓の声がどんどんとろけていく。 これって、ある種、最も原始的なパーカッションとでも言うべきだろうか。エロいはずなのに、ついそんなことまで考えてしまう。 「すごい汗だな……暑い?」 「うん、あついっ……おち●ちん熱いよっ!」 「…………あの梓がこんなエロくなるなんて」 「え? え? はぁぁぁあァ……自分でもびっくりしてる……んぁ、んぁぁ、えっちでごめんね……あ、あああん!」 ──きゅぽん、きゅぽん。 梓の声に、少し間抜けな摩擦音がかぶさる。目の前には、ヒクヒクと可愛く収縮するお尻の穴……。 「んあっ、んぁぁ、もしかして本当はがっかりしてる? 幻滅させちゃった?」 「梓は普通だよ……どっちかっていうと俺がエロいんだ」 「そうなの? あぁぁぁ……でもそんなエッチなの挿れたらだめだよ、あ、あ、あっ……かき混ぜちゃダメ……もうあそこ溶けちゃうぅぅ!」 「あそこって?」 「はぁぁぁ……やだ、ばか、えっち……」 「な、エロいだろ?」 「ゆーとくん……あ、あーーっ、そこ、んぁ、あっ、あっ、あっ……だめ、だめ……言えない……ん、んーーーっっ!!」 ペニスを根元まで咥えたまま、梓の中が急に強く締まってきた。 そのまま一気に腰を打ち付けて、ドロドロの粘膜をかきまぜる。 「あ、あ、あ、だめ、イっちゃう……あッ、あッ、そこ……そんなに強くしたらイっちゃうよ……!」 「え、もう?」 「うああっ、なんでもっと強くするの? ほんとにイっちゃうってば……ァあ、あ、あ、あッ……ひぁあぁあああああああああッッ!!!」 「ひッッ…………ンンっ! んひッ…………んッ、んッ、んんーーーッッ!!!」 ビクビクッ……と梓の身体が跳ねる。 白い背筋がぐーーっとそり返り、小さなお尻全体が俺のペニスを挟み込んできた。 「へぁぁ………………ふあぁぁあぁぁぁぁぁ~~~~~~~~ぁあぁぁァ……」 ──ビクンッ、ビクンッ!!  痙攣を繰り返す汗まみれの背中がベッドに突っ伏し、ハァハァと荒い息をつく。 「ん……はーーっ、はぁぁーーーーーっっ…………イっちゃったぁぁ……ぁ……」 「早かったな、そんな溜まってた?」 「わかんな……あ!! あッ!? あーーーーっ!! だめだめ、ダメだよ、いま動かしちゃ!!」 「うあああっ、そこばっかりだめぇ……あ、あ、またイっちゃう、イっちゃうってば……またイっちゃう……ぅぅぅぅぅッッ!!」 ペニスを深くまで咥え込んだ梓の身体が、立て続けに激しく痙攣する。 「んッ、ん…………ッ……んん゛ッッ………………んッ、んふーーーーッッ!! んふぅぅぅーーーーーーッッ…………」 「2回も……あ、すごいな、中うねってる……ッ!」 「はぁ、はぁ、はぁぁ……ばかぁ……ダメって言ったのにぃ……」 「まさか……はぁ、はぁ、こんなすぐイくとは思わなくて」 「んあっ……はぁぁ……だって気持ちいいんだもん……ん、んーーっ……」 「ひとりエッチより?」 「え……? え? え? なんで?」 「だって2回目でこんな敏感になってるってことは、その間にそれなりの……」 「わわわ……そ、それは……うあッ、んぁ、んぁ、んぁあぁ……だめ……だめまた……あああぁあーーっ、んんーーーーっ!!」 「その顔いいな……ほら、またイッていいよ」 「やぁぁ、待って、待って……んあーーーっ! あ、あ、あーーーっ!! 声、声出ちゃ……んんんんッ……んんーーーーーーーッッ!!!」 からくも口を引き結んで悲鳴を殺し、立て続けに3回。 ひっきりなしの絶頂に疲れ果てた梓が、ぐったりとベッドに沈み込む。 「はぁ、はぁぁ……らめ……はぁ、はぁぁ……毎日こんなにイかされてたら、身体がもたないよぉ……」 「でも、こっちはしてほしそうにも見える……ほら」 「ひゃん……んんーッッ!!!」 クイッ……と奥で回しただけで、梓のお尻がぴょんぴょんと跳ねる。 「はぁ、いちいち可愛いなぁ……」 「はぁ、はぁぁ……でも、ゆーとくんは? ゆーとくん、気持ちよくないの?」 「まさか……さっきからかなり我慢してる」 「ああん、我慢しなくていいのに……ん、んぁ……はぁぁ……はぁーーぁぁ……もっと好きなように動いて……たくさん気持ちよくなって」 梓に促されるように、ふたたび抜き挿しを再開する。 「はぁぁ……ん、ん……ここ……気持ちいいな……」 「はぁっ、はぁっ……私も……あ、あ、そこ、そこもっと……んぁぁ……あぁぁ……っ……その上のとこ、ぐりぐり……ぐりぐりしてぇ」 白いお尻を軽くぺちぺち叩きながら、梓と同じリズムで肉を打ち付ける。 やがて……俺の腰使いにおもねるように、梓の腰が動き始めてきた。 「あ、すごいエロい……自分で動くの」 「あ、あ、あ……こぉ? こうかな……あ、あはぁぁ……これ、これすると奥に当たっちゃう……ほら、ここ、あ、あ、あ……!」 「梓って、エッチの最中によく話すよな」 「んぁぁ……だって、黙ってしてたら怖くなりそうで……あ、あ、はぁぁ……またそこ? あ、あ、気持ちいいぃぃ……!」 「そういうことか……ん、あ、あ、これ、いいな……」 きゅぽっ、きゅぽっ……と、いやらしい音をさせながら、次第に2人の呼吸も荒くなっていく。 「はぁーーぁぁ、はぁーーぁぁ……うん、気持ちいい……ゆーとくん、私気持ちいい、ほんと……あ、あ、きもちいいよ……ぉぉ」 「あ、目とろけてる……そんなに?」 「うん、はぁぁ……しゅごい……あ、あ、あ、おち●ちんが頭の中かき混ぜてるみたい……はぁ、はぁぁぁ……っ」 また梓がビデオで覚えたようなことを言ってくる。 「すごい締まってる……あ、あ、はぁ、はぁ……おま●こ好き?」 「うん……うん……はぁぁ、好き……おま●こ好きぃ……あ、あ、あ、私エッチなこと言ってる……んぁぁ、でもすごい気持ちいい……」 キュキュキュッ……と、小刻みに痙攣するみたいに梓の中が俺を締め付けてくる。 「でも、本当はゆーとくんがいい……ゆーとくんが大好き! あ、あ、あ、イっちゃいそう……んあっ、んあっ、んぁぁぁああぁッ!」 「はぁ、はぁーーぁぁ……どうしちゃったんだろ、あのね、またイっちゃっ……んぁあぁッ! あッ、あッ、ああぁあーーっ!!」 すごい……俺の腰使いで女の子がメロメロになってる……。 男の味を覚えるってこういうことなのか? それとも、俺の身体にまだ隠された能力が……? いや、そんなことより今は俺も梓に溺れたい。 「はぁ、はぁぁ……梓、すごい、吸い付いてきてる……」 「うん……あ、あ、はぁぁ……エッチな音……ほらぁ、おま●こも好き好きって言ってるの、聞こえるでしょ?」 確かに、ちゅぽっ、ちゅぽっ……と、水気の多い摩擦音になってきている。 「もう……中もとろとろになってるんだよ……あ、あ、そんなの……んぁぁ、こすられたらイっちゃうぅ」 「梓、エロすぎるって……あ、あ、あ……!」 「うん、うん……ほんと私エッチになってる……はぁ、はぁぁ……でもドキドキして、はぁぁ……こういうの好きみたい」 俺のペニスを深く咥えこんだまま、梓がお尻をゆっくり回しはじめる。 「はぁぁ……ァ、でもゆーとくんだけだよ……ゆーとくんとだから恥ずかしいのも好き……あ、あ、好き、好き、好きぃぃ……」 艶かしいあえぎをもらしながら、梓が腰をぱちゅんぱちゅんと押し当ててくる。 「今度はゆーとくんのこれ……いっぱい、いっぱい気持ちよくしてあげるね……あ、あ、ん……はぁぁ……」 「はぁ、はぁぁ……あ、あ、すごい…………締まるっ」 「女の子のここって、そのために付いてるんだもん……ね? ほら……んんーーーっ!」 「そんなこと、どこで……う、ううっ!」 「本に書いてあったの。でも私もそう思う……女の子の身体って、好きな男の子のためにあるんだって」 「だから、ゆーとくんの好きにして……あ……ふふっ……ゆーとくんの気持ちよさそうな声、すっごく可愛いよ……大好き……」 「はぁ、はぁ、はぁ……う、う、ううっ……ダメだ、イくッ…………!」 「うん、うん……出して……ゆーとくんもイッて……ね、ほら……熱いのいっぱい、どぴゅーってしてぇ……!」 「ああっ……う…………っく……ゥゥゥッッ!!」 「んあッ……ん、んんーーーーーーーーッッ!!」 根元までびっちり梓の中にめり込ませたまま、俺はドロドロの欲望を解き放つ。 「んあっ、あ……はぁぁ………………あぁぁぁ……ッ!!」 ギリギリのところでペニスを引き抜いた俺は、梓の白いお尻めがけて欲望を解き放った。 「んんーーーっ! ひぁ……あ、あ、熱い…………っ!」 驚くほど勢いよくほとばしった精液が、梓のつるんとしたお尻にぶつかり、跳ね上がる。 「はぁ、はぁ……はぁぁ…………梓…………」 「ゆーとくん……あ、あ……すごい、せーえき熱い……はぁ、はぁぁ……えっち……」 梓が荒く呼吸をするたびに、目の前でお尻の穴が開いたりすぼまったりして、誘っているかのように蠢いている。 「はぁぁ……梓……気持ちよかった……」 「うん……んあぁあぁあぁぁ……はぁ、はあぁああぁぁ…………えっちした……えっちしちゃったね……はぁ、はぁぁ……」 射精の虚脱感を覚えながら、腰全体を梓に押し付けるようにして、ぐりぐりと回す。 「んぁあぁぁ……あ、あ、やだ……んぁ、ふにぁあぁぁ……ん、んーーーっ……だめ、それ、それエッチになっちゃうからぁ」 パジャマの背中が汗でびっしょり貼り付いている。 気がつけば時計の針はいつのまにか1時間以上も進んでいた。 「梓のここ、ドロドロですごくエロい……」 「ああん、広げちゃダメだよ……はぁ、あ、あ、あ……こらぁ、ぱくぱくしてるでしょ! それもダメっ! めっ!」 お尻の肉をつかんで左右に広げると、梓が恥ずかしそうに足をぱたぱたさせる。 「また広げてる……ああん、変なとこばっかり見ないで、恥ずかしいよ」 「あ……すご」 これは、すごい……闇を見通す吸血鬼の目のせいで、穴の奥深くの暗がり、梓の内側までがくっきりと見える。 「きゃっ! やっ……もうだめ、見ちゃダメ……うぅぅーー、ゆーとくんのエッチぃ……!」 「いや、でも中がうねってて……」 「わわ、ちょっと!? え? え? そんなとこまで見えてるの!?」 梓が驚くと腸の粘膜がキューッと閉じて、また呼吸をするように開いていく。 「あぁぁ……やだ、中まで見られてる……お尻のなか、ゆーとくんにみんな見られちゃってるよ……」 「いつでも見せてくれるんだろ?」 「でもでも、そんなとこまでなんて……あ、あ、だからまた広げるーっ! もうだめっ、見るのめっ! って、なんでお尻で口パクしてるの!?」 「ご、ごめん。なぜわかった?」 「自分の身体だもん……ふぇぇん、オトナのおもちゃにされたー!」 ──ぽむぽむ。 『ごめん』のかわりにお尻を撫でると、梓の声に喘ぎが混じって抵抗がすぐにやんでしまう。 「はぁぁん……ほんとにエッチ……もうだめだってばぁ……ああーん、さっきからお尻の穴ばっかり見てるし!」 「前より、こっちのほうが恥ずかしいものなの?」 「え!? う、うん……」 「どうして?」 「ええっ? ど、どうしてって言われても…………うぅぅ……そ、そこはエッチに関係ないとこでしょ?」 ……関係、ないのかな? 「関係……ないか試していい?」 「え? あ……あ……ちょっと待って、やっぱり関係ないと思うよ! すっごくぜんぜん関係ないと……ひゃんっ!?」 俺は精液と愛液でヌルヌルになったままのペニスを、キュッとすぼまった梓のお尻の穴にあてがってみた。 「でも梓、ここ触るとすごく反応してたし」 「あうぅ…………そ、それは……って、え? え? こっちでしちゃうの!? だめだめ、そんなことしたら変態さんに……」 「なるかな?」 「…………わ、わかんないけど……あ、でも、ちょっと待って!」 「俺は、梓が嫌じゃなかったら……梓のこと全部、俺のものにしたい」 「わ……………………私の全部……?」 「う、うーー……うー………………そんなこといわれても……」 答えを戸惑う梓のお尻に、先端を少しだけめり込ませる。 「あ……! あ、あ、あ……もうちょっとゆっくり……ゆっくり……してみて?」 「わかった……ダメだったらやめるから」 「う、うん…………ゆーとくん好きだよ……あ、あ……はぁぁ……ッ」 半ばなし崩しに、俺は好奇心の切尖を梓の肛門に突き立てる。 梓が指で湿らせていたすぼまりが、さらにヌルヌルのペニスでこすられて、入口が緩く開き始める。 「大丈夫か?」 「んぐ……ッ! う、うん……アソコの時より平気かも……うぁ……あ、あ、あーーーーーッ!!」 初めての時と同じように、ゆっくりペニスをなじませながら梓の中に入っていく。 「んぐ……んふーーーーーーーっっ!!」 ぬるッ……と、最初の抵抗を抜けたとたん、先端部分からペニスの半ばあたりまでが中に引きずり込まれた。 「うあ……!」 まさに、引きずり込まれるといった感じだ。最初のエッチの時とは全然違う……。 「んーーーっ! ふぅぅぅっ……んふっ……ふぁ……あ、あ……はぁっ、はぁっ……はぁぁ……っ! んふぅぅーーーーーッ!」 汗まみれになった梓は、せめて悲鳴を出すまいと懸命にパジャマを咥えている。 「ふーーっ、ふぅぅーーーーっ……ふーーっ……はぁ、はぁ、あれ……うぁ……は、入っちゃってる?」 「ああ……う……っく……すごい締め付けだ……」 「んぐっ……んふーっ……ほんとだ……あ、あ、あぁぁ……なんか、おなかの中、いっぱい……ぃぃ……」 なんだこれ……すごい、梓が俺を押しつぶそうとしているみたいに締め付けてくる。 「あ……あ、これ……ヤバい……っ! すご……はぁ、はぁぁッ……またイきそうだ」 「んぐ……んぅぅぅぅッ……ゆーとくん、えっちな声になってる……んぐ、んーーっ……おひり、そんなに気持ちいいの?」 「ああ、これ……先のとこ、うあっ!? 潰されそう……あ、あ……!」 「ほんと? こ、こう……? こういうの?」 「うあァ!?」 汗まみれの梓がお尻を軽く左右に振るだけで、こみ上げてきた精液が漏れ出してしまいそうになる。 「ウソだろ、いまイッたとこなのに……」 「あ、あっ……はぁぁ……私もなんか、お尻すごい……あ、あ、おなかが……うぁぁ、広がってるみたいだよっ……あ、あぁあぁぁ……ッ!」 「だめだ、ごめん梓……!」 快楽の渦に飲まれたまま、俺は急な坂を自転車の立ちこぎで登るように、夢中で腰を打ちつけはじめる。 「うあっ!? あ、あ、あーーーっ……ちょっと、ゆーとくんっ! あ、あぐっ、んああぁああぁぁッ!!」 「はぁ、はぁ、はぁッ、梓ッ……!」 「うあっ、すご……あ、あ、あーーーっ! ゆーとくん、ううぁ、おしり、お尻変になっちゃう……あ、あ、あーーっ!」 ギュポッ、ギュポッ──と、空気の混じる音をさせながら、梓の肛門が俺の根元と先端を同時に締め付けてくる。 それに構わず腰を打ちつけているうちに、白いお尻が真っ赤に染まってきた。 「ふぐっ……んぐーーーっ!! んふ、んふッ、んふーーーーっ! うぐ、ぐ……ううぁ……はぁ、はぁ、んああぁあああぁぁッ!!」 たまらず梓が悲鳴をあげる。 腰を引くたびに、梓のお尻の内側がペニスに引きずられて生赤い顔をのぞかせる。 こんなの見ていたら、もう射精をこらえることなんて……! 「ああーーっ! ううぁあぁぁっ! すごい、すごいっ、なにこれ、頭ひっくり返っちゃうっっ!!」 「俺もだ……あ、あ、頭キーンってなってる」 「わたしもっ……んぐーーっ! んふ……んふぅぅ……うあっ、だめ、頭の中ぐちゃぐちゃになる! わけわからなくなっちゃう!!」 小さな背中がぐーっとのけぞり、崩れ落ちるようにまた突っ伏す。 ショートヘアを振り乱した梓が、動物みたいにあえぎ悶える。 「んふーーーっ、んンーーーーーっ! はひぁ……おひりすごい……おひりずぼずぼって……あーーっ、んぐ……んふーーーッッ!!」 「あ、あ、あ……だめだ、もうイきそうだ……!」 「んふーーっ、わたしも……んぐ……ん、んーーーっ、イッちゃ…………んんんーーーーーーーーーッッ!!」 梓の身体が跳ねるのと同時に、さらに強い締め付けがペニスを包み込んだ。 俺は意識が飛びそうになるのをどうにかこらえて……。 「んぐーーーーーーーーーっっ!!」 ペニスを根元まで突き込んだまま、全身の緊張を解き放つ。 「────────ッッ!!!」 どくっ、どくっ……と、ドロドロに煮えたぎった情欲が、梓の小さなお尻の穴に吸い込まれていく。 「んっ……んっ…………んふぅぅ……んふーーーーっっ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ……あぁぁん」 精液にまみれ、ツンと上を向いた赤いお尻の中心に、俺の欲望が突き刺さっている。 それが震えるたびに、梓の可愛い声が艶かしいあえぎを洩らす。 「すごい、良すぎて全然もたなかった」 「はぁ、はぁぁ……あ、あ、あはぁぁぁ…………っ…………よかった…………あ、あ、あ……おち●ちん抜けちゃう……」 「んぁあぁぁっ!!」 あわやというところでペニスを引き抜いた俺は、どろどろのお尻に向けて全身の緊張を解き放つ。 「あ、あ……っ……熱い……ぃ……はぁ、はぁぁ……あ、あ、あはぁぁぁ…………っ」 ぱしゃっ……と、精液がお尻に当たってはじけ、さらにその上に次の精液が射ち出される。 どろどろのお尻の上にペニスが乗ると、ぴちゃっと湿った音がして梓の身体がヒクンと震えた。 「すごい、良すぎて全然もたなかった」 「はひぁ……はぁぁ……よかった…………あ、あ、あ……おち●ちん熱い……」 「はぁーーーっ、はぁぁ……信じられない……すごいことしちゃった……あ、あ、汚くなってない? 大丈夫?」 「ああ、ぜんぜんキレイ」 汚いのがつくとか聞いたことあるけど、中がヌルヌルでこれだけ強く締められたせいか、まるで汚れていない。 むしろ、梓のエッチなとろとろで光沢が浮かんで、コーティングされたようにも見える。 「よかったぁ……はぁぁ……なんかね、お尻やけどしちゃったかも」 「ごめんな、途中から本能剥き出しって感じで」 「ううん、それは嬉しかったからいいよ。はぁぁ……お尻ってすごいね、恥かしいけど、すごく感じちゃった……」 「俺も……でも程ほどにしないとな」 「ふぇ、そうなの?」 「病み付きになったら怖いだろ。梓のここ、広がりっぱなしになったら大変だし」 「……なんてな、さすがにちょっと無茶だよな」 「あ、ああん……そんなこと言って、指でいじっちゃダメだよぉ」 「ちょっと愛でてるだけだから」 「うぅぅ……恋人ってそこまでさらけ出しちゃうもの?」 俺の指から逃れようとした梓が、腰をビクンと跳ねさせる。 「大丈夫か?」 「うん……でもまだあそこが麻痺したみたいになってる……」 「今日もいっぱい俺のギューッ……ってしてくれたもんな」 「やだ、エッチな言いかた……はぁ、はぁぁ……ゆーとくん、私のお尻……変な風になってない?」 「いや、こっちもキレイなもんだよ……」 なぜか声が上ずったのは、あらためて見下ろした梓のポーズが露骨すぎたからだ。 「あん、なんか恥ずかしくなってきた……今の声、なんか変だったよ」 「俺だって好きな子とこんなことしてたら変になるさ」 「ぁぁん……ゆーとくん」 『好き』の使い方がちょっと卑怯な気はしたが、梓はそんな一言でも喜んでくれる。 「梓……」 「だからぁ、いい雰囲気なのに指を動かさないでぇ!」 「はぁぁ……ゆーとくん~♪」 濃密な時間が終わり、汗まみれのパジャマを脱いで二人とも裸になると、梓がぎゅっと身体を寄せてきた。 「おいおい、もっと暑くなるって」 「やだな、もう……うふふふ♪」 俺はエアコンの話をしているのだが……『お熱い』って意味でもあながち間違ってない気がする。 「でも、エッチなことって怖いね」 「怖い?」 「うん、だって癖になっちゃうよ……」 まだ中途半端に上を向いているペニスを、梓がぽーっと見つめている。 すごい熱い視線……いったいどんなことを考えているんだろう。 「確かに、今日も声ヤバかったしな」 「うう、ごめんなさい……だから、これからはルールを決めないとね……」 「ルール?」 「うん……えっとたとえば、声を出すのみんなが留守のときだけにするとか……エッチなことした後はちゃんとお掃除するとか……」 後者は趣旨と全く違うのだが……梓はまだ俺のをぽーっと見つめている。 「それ、どっちも賛成」 「んふふ……じゃあ、早速いただきまぁす……はぁむ……んむ、んむ、ちゅ、ちゅぅぅ……はぁぁ、お掃除……ん、ちゅぅぅ、おいし……」 「それ、不味いって説もあるけど、美味しい?」 「んー……味じゃなくて、気持ちの問題だよ」 なるほど、説得力がある。 「じゃあ……おしゃぶりするときは、頭なでなでするってルールは?」 ──ぽむぽむ。 「ああん……いいけどまたエッチになっちゃうよ?」 梓の声がふたたびとろけだす。 確かに、こんなことしてたらきりがないな。 けれど、きりがなくてもいいからずーっとやってたいと思うのは、俺の性欲が吸血鬼の本能に侵されているせいだろうか? 「はぁ……なんだかんだ長居しちゃったな」 「でもあと2時間くらい寝られるね」 「少しでも休んどくか。授業中に寝てたら枡形先生にどやされるもんな」 「くすくす……そうだね。おやすみ、ゆーとくん」 「……………………」 「はぁぁ……やってしまった……!!」 「なんなんだろ、私すごいエッチだった。はぁぁ……それに、それに、ちょっと好きすぎて怖いよ……」 「わわ!? あれ、メール……アンナさんから?」 「なんだろ、ええと……吸血鬼との恋愛に悩んでいたら相談に……!?!?」 「あうう……なんでバレてるんだろ?」 ──寮のエアコンが直ったのは、明けて土曜日の夜中だった。 「おつかれさまです。ありがとうございましたー☆」 「はー、よかったぁ……」 「んー……これで生き返るな」 涼しくなった梓の部屋で一緒にケーキをつつく。 恋人関係になってからというもの、俺は甘いものを食べる回数が多くなった。 「ね? あーん……とか、やってみる?」 「うん、いいな……ほら、あーん……」 「ちがいますー、こういうのは女の子が食べさせてあげるの! しかも一口が大きいし!」 「甘いの好きだったら、これくらいいけるだろ」 「いけても男の子の前じゃしないよ。はい、あーん♪」 「あーん…………もぐ……なんか照れくさい」 「ふっふっふ、こんなことが恥ずかしいんじゃ、佑斗くんもまだまだコドモだね」 「うぬ……もう1口!」 「くすくす……はい、あーん♪」 何と言おうと、こいつはまぎれもない恋人同士の空気。 不思議な感覚だ。俺も梓も、自分とは無縁に感じていたものの中にしっかり取り込まれている。 「それにしても男の子って面白いよね」 「どこが?」 「だって、エッチになると急にカッコいいこと囁いてきたりするし、終わったら急に冷静だし……」 「賢者タイムって言うからなぁ、それも本能みたいなものかな」 「賢者……って、賢くなってるの?」 「ぜんっぜん。むしろ余計なこと考えてたりする」 「余計なことって?」 「それは男のヒミツ」 「えー、少しだけ、お願いっ!」 「んー、そうだな。たとえば…………あの音ってなんなんだろうとか?」 「音?」 ──きゅぽん。 あの音だと察した梓の顔が、みるみる真っ赤に染まる。 「わぁぁ! もう、なに言ってるの!!」 「聞かせろって言ったからだよ。いや、でもあれは本当に気になってるんだ」 「だからって今そのチョイス……それに、音のことはもうわかったって言ってたでしょ?」 「ん、まあそうなんだけど、こないだ賢者タイムのときに追加の疑問が湧いてきて」 「それ、ぜんぜん賢者じゃないね!!」 「だから言ってるだろ?」 「うぅぅ……で、疑問って?」 「ん、結局、あの音は粘膜がくっついてくるからってのはわかったんだが、なら梓の粘膜って、他の人より吸着率が高いのかな……?」 「粘膜? え? え?」 「ちょっといい……?」 そう言って、俺は梓の目の前に人差し指を突き出してみる。 「ふぇ?? 指……って、ええーー!? やだよ、そんなこと急にするなんて犯罪だよ! 変質者だよっ!」 「いや、下じゃなくて口でいいから。少しだけ試させて?」 「確かに口も粘膜だけどー! う、うぅぅ……じゃあ、ちょっとだけだよ」 大いなる賢者の疑問に結局折れた梓が、目を閉じて唇を差し出してくる。 「ん……ちゅ……ん……れるれる…………こんな感じ?」 「ん、そう……できれば咥えて」 「ん……できたらね……ん、れる、れるれる……はぁぁ、れる……」 「梓?」 「んぁ、らって、まだ口の中乾いてるから……ん、れるれる……はぁぁ、れるれる」 「あ、ああ、そうか……そうだな」 今、一瞬で梓のスイッチが切り替わったような気がする。 「れるれるれるれる……はぁぁ、もういいかな……」 「ん……はぁむ……んむ、ん……んっ、じゅる……じゅるるっ……」 「ん……ッ!」 思ってたけど、やっぱりエロい。 ケーキを食べてたはずなのに、俺の指までしゃぶらせているなんて……。 あれ、でもこういうのが見たければ、ケーキを舐め取ってもらえばよかったのか? 「ん、れるれる……じゅぶ、じゅるる……ちゅぅぅ……ん、んん?」 「あ、そうだな、ちょっと唇をすぼめて……あ、近いかも」 「そ、そうかな……ん、はむ……ん、じゅる……んんーーー…………ちゅぽ」 「も、もういちどね……はむ、れるれる……ちゅ、ちゅ、ちゅぶぶっ……ん、んちゅぅぅぅ……ん、んーーーっ…………ちゅぽん」 確かに、エッチの時と似ている気はするが。 でもやっぱりあのきゅぽっ、って音には到達していない。 「もうちょっとかな……はむ、ん、んん……ちゅ、ちゅぅぅ……」 「うん、もう少し」 「はむっ、んちゅ……んん、ちゅぅぅぅ…………ちゅぽん!」 「はむ……ん、んーーっ、んふーーっ、ちゅ、ちゅ、ちゅっ……ちゅぽっ」 これが……賢者の思考の実践。 すげえ、賢者タイムすごいぞ! なんという誇大表現! 「はむ……んぐ? ん、んーーっ、らめ、中で指動かさないれ……んちゅ、ちゅ……れるれる……ちゅばっ」 「はぁむ……ん、ん、んっ……ぷぁ……はぁぁ…………やっぱりダメかもぉ……」 「だがあの、『ぽんっ』って音は、呼吸に近いかもしれない」 なんなんだろうな、このどうでもいい議論。 でも梓としてると、不思議とちょっと楽しい。 「でもぉ……だったら私のじゃなくてゆーとくんの可能性もあるでしょお?」 「俺の……アレってこと?」 「うん、だから……やっぱり指じゃわかんないよ」 ぽーっと上気した梓の顔が近づいてくる。 なんだこれは……賢者タイムとは名ばかりの、ピンク空間じゃないか。 「……っていう流れになっちゃうでしょ? もう、エッチ……!」 あやういところでUターンした梓だが、それでも腰はモジモジしてる。 「はぁぁ……もう、吸血鬼ー!!」 「な、なんですか急に?」 「だ……だって、恋人なのに調教してくるんだもん、めっ!」 「今の? ち、ちがうって! 俺そういう趣味はないから」 「じゃあ無意識なのかな……?」 「何の話だ?」 「うん……あのね、私たちやっぱり、もっと気をつけないとまずそうだよ」 「エッチのこと?」 「そう……吸血鬼と人間が恋人になると、人間のほうが魅了されちゃうことが多いんだって」 「本当に?」 「うん、アンナさんが教えてくれたの。もちろん吸血が原因なんだけど、エッチで虜になることもあるみたい。吸血鬼さんって身体能力すごいから」 「魅了……虜か」 「魅了された人間は、すぐに吸血鬼に支配されるようになって、そうなると、もう恋人じゃなくて奴隷みたいになっちゃうんだって」 「しかもそれに、思春期のえっち欲が上乗せされたら……ほんとに大変なんだって!」 「──!!」 確かに、あの真面目な梓が昨日みたいに乱れてしまうというのは……。 「やっぱり、けじめをつけないとダメってことだな」 「そうなっちゃうよね……はぁぁ」 「すでにちょっと梓の声エロくなってるし」 「それはゆーとくんも一緒だよぉ」 「けじめっていうと回数を制限するとか。たとえば週に……」 「5回までとか……?」 週5ってほとんど毎日じゃないか! 「5は多いだろ、3回とか」 「そっかぁ……じゃあ、今日はあと2回までね」 「ちょっと待て、1日の話してた!?」 「あ、当たり前でしょ! もう、エッチなんだから……!」 「は!?」 「午前3回、午後3回じゃ、ずーっとしてるのと一緒だよ?」 「男の子がエッチなことしたいのはわかるけど、それくらいは我慢しないとダメ!」 「な……なんかすごいな、梓」 「ほう、診察に布良梓を同伴して来たか。君の気持ちを[おもんぱか]慮れば胸が痛むところだな」 「まさか僕が失恋をしたとでも? とんでもない、彼を振り向かせるくらい本気を出せば明日にでも……」 「くっくっく……その機会が訪れるとでも?」 「この僕の全力をもって、機会を作ってご覧に入れましょう」 「………………」 「……島は落ち着きを取り戻した。彼らにも休息の時が必要だろう」 「ジダーノの件はこのままで?」 「あの男のために何かできることがあるかと思ったのだがな……」 「大切な方でしたか」 「古い男だよ。君はどうかな?」 「僕はどこまでもアンナ様の御意のままに」 「……私の意を決めるのは誰になるのだろうな?」 「永遠の命、あるいはうんざりする人生」 「貴女から聞いた言葉です。それをただ受け入れるつもりはないと」 「今もその思いに変わりはないが……」 「果たしてそれは必要なことなのかな?」 「一介の医師には過ぎた問いです」 「僕にできるのは、アンナ様にいつまでもお健やかでいただくためのお手伝いですよ。それが、この島の吸血鬼にも一番望ましいことですから」 「フフ、[・]い[・]つ[・]ま[・]で[・]もか……皮肉なことだ」 「どうだ、調子は?」 「お疲れ様です。いまのところ全く順調ですが」 「ん、まあ顔を見ればわかるか。無理はしてないな」 「むしろ毎日平和で拍子抜けしてますよ。はい、報告書です」 「せっかくの銃だが、使う機会はなさそうだな」 「ずいぶん慣れたんですけどね」 「銃を使いたがるなど、めずらしい吸血鬼もいたものだ。まあ、お前の場合は吸血鬼になった経緯からして特別か」 「よし、こいつには俺がサインをしておく。今日は先に上がれ」 「いいんですか?」 「恋女房が待ってるんだろ?」 「は!?」 「はっはっは、矢来からも釘を差されてるんでな。早く戻ってやれ」 寮に戻った俺は、吸血鬼と人間の恋愛についての勉強をしている。 度重なる賢者会議の結果、週5とか、1日6回とか、意味不明のラインを引くのはやめて、エッチそのものをしばらく控えようという結論に至った。 以後、全くしないのではなく、とりあえずお互いがどのくらい我慢できるのかを調べてみようということだ。 「自殺志願者が、いつでも死ねるって毒薬を持ち歩くようなものだな」 「不吉な例えするのダメーっ!」 部屋で会うときも、最近は吸血鬼の恋愛についての勉強をすることが多い。 もっとも吸血鬼の存在自体が一般には知られていないので、正式な出版物のようなものは全くない。 狩人の口伝をまとめたような資料本がいくつかあるくらいだ。 「ふーん……人間と吸血鬼は、ほとんどが恋愛じゃなくて、魅了して支配する主従関係に落ち着くみたいだな」 「み、魅了して支配……ごくっ」 「もちろん俺はそんな関係やだけど」 「うん、そうだよね」 「しかし興味がないわけじゃないぞ……クックック」 「あ、だめ! 変な目するの、めっ!」 「うぶで真面目な寮長さんを俺専用肉奴隷に……じゅるり」 「わぁぁ、本当にダメだってばぁ」 「本気にするなって」 「で、でも本気の目してなかった!?」 「してないしてない。しかしアレだな、こうやって見てみると、だいたい吸血鬼の側は人間に惚れてないケースが多いみたいだな」 「そ、そうなの?」 「ああ、何となくわかる気がする。こんな特別な力があるんだから、人間よりも自分のほうが優位に立ってると錯覚してもおかしくないだろ」 「ゆ……ゆーとくんは、そうじゃないよね?」 「俺は気づいたら人間やめてたからなぁ」 「あ、ちょっとごめんね」 「もしもし、美羽ちゃん? うん……え!? わ、わかった!!」 「どうした?」 「美羽ちゃんからで、緊急事態だって!」 「緊急?」 「詳しくはわかんない。とにかく早くリビングに来てって。佑斗くんは銃を忘れないで!」 「わかった、急ごう!」 梓と一緒に、リビングに駆けつけると──。 「にゃっ!?」 「ハッピー・バースデー!!!」 「え? え? ひよ里ちゃん? 萌香さんまで?」 「莉音ちゃんから今日のパーティーを聞いたのよ」 「おめでとうございます」 「おめでとう」 「臨場まで15秒──さすがに早いわね」 「美羽ちゃん、これって……きゃあ!?」 「にひひ……サプライズパーティーだよ」 「さあ、主役はこっちだ」 「佑斗くん!?」 戸惑う梓を文字通りのお誕生日席に座らせて、グラスを掲げる。 『乾杯』 「じゃーん、これが私たちからのプレゼント、ケータリングサービスですよ」 「今日のためのスペシャルメニューを用意したのよ。布良さんの好きなたこ焼きもあるから、楽しみにしてて」 「わぁ……ほんとに!?」 「最初はみんなで料理する予定だったんだけどねー」 「たまには華やかなのもいいでしょ?」 「ミューからの猛プッシュでこうなったってわけ」 「ふふふ……外で料理をするなんて久しぶりだから、気合いが入るわね」 「それじゃ、私がローストビーフを切り分けてる間に前菜をお願い」 「わかりましたー♪」 かくしてアレキサンドの特製ケータリングメニューを囲んで、みんなのプレゼント攻勢がはじまった。 「そういえば、今日って誕生日だったっけ……全然忘れてたよ」 「はい、布良先輩、どうぞ」 「これ、莉音ちゃんのオリジナルレシピ?」 「これは私から」 「なんだろ、これも本……『はじめての恋のおまじない』??」 「なにそれ?」 「え? な、なんとなく恋愛に関係したものがいいと思ったから……変だった?」 「確かに変な本じゃないけど……」 「いまさら感がすごいよ、ミュー」 「……? あの、一体何のお話ですか?」 「いや、なんでもない! な、エリナ!?」 「だよねー♪」 「(佑斗くんとのことは内緒にするって約束なんだけど!!)」 「(あれ、そーだったっけ??)」 「布良さんが恋のおまじないかぁ……叶うといいですねー♪」 「あ、う、うん……がんばってみる、あはは……」 「はい、エリナは実用的なモノにしたからね☆」 「……って、また本? ふに!? なにこれ!?」 「縄の四十八手? 《きんばくことはじめ》緊縛事始??」 「エーリーナーちゃぁぁぁん……!!」 「あーあ、だから必要でもソッチ関係はやめときなさいって言ったのに……」 「必要ってなんだ!?」 「そうだよ、倦怠期なんて考えたこともないし!!」 それ怒るポイントがなんか違うぞ。 「はいはーい、いったん休戦して甘鯛のポワレでーす」 「んん~! おいしーい!」 「もぐもぐ……ほんとだ! とろけそー!」 「ふふ、ご機嫌も直ったかしら?」 「はい、おいしいですっ」 「こんな本格的なの、店でもめったに出ないよな」 「でも……いいの? 私の時だけこんな……」 「なに言ってるの、アズサだけ特別ってわけじゃないよ?」 「そうよね」 「実はさ、みんなで話し合って、寮の新しいルールを決めたんだ」 「誕生日はみんなで祝うこと」 「正確には誕生日だけじゃなくて、いいことがあった時はみんなでパーティーってことだ」 「み、みんな……」 「前にアズサがそんなこと言ってたでしょ?」 これに関して俺は、何も言っていない。みんなが言い出して、決めてくれたんだ。 梓の気持ち……空回っていたわけじゃなかったから、最後まで俺は口を挟んだりはしなかった。 「……ぐすっ、みんな……う、うう……っ……ぐすっ」 「えー、そんな泣くようなことじゃないよ」 「仕方ないわよ、布良さんだものね」 「ふぇぇ……ごめんね……だって、なんか信じられなくて……」 「SMの本を持って泣いているのは、ちょっと変よ?」 「あうぅ、だって、だって……佑斗くん……」 「いいじゃんか、今日は泣いとけ」 「ん? 誰か、電話?」 「私だ……わ、アンナさんからメールだって……ボイスメール!?」 「あら、すごいじゃない」 騒いでいたエリナたちも口をつぐみ、梓が携帯の再生ボタンを押す。 『──梓、久しぶりだね。今日は君の誕生日だと枡形《チーフ》主任から伺った』 『公務が立て込んでいて、足を運ぶことができないが、必ず近いうちに君にとって喜ばしいものを贈ることを約束しよう』 『それでは、友人たちと素敵な夜を……』 「知らなかった、梓ちゃんがアンナさんと親しかったなんて!」 「仕事の関係で市庁に行ったときにね」 「あ、うん……そうそう」 「たまに人嫌いって噂を耳にするけど、信じないほうがいいみたいね」 「はい、とっても優しい人ですよ」 「そうなんでしょうね」 「あれ、もう一件メールきてない?」 「枡形主任からだ……こっちもボイスメール」 「一応、聞いておく?」 「でも、このファイル20分近くあるけど……」 「いいいい、再生しないでいい! あとでゆっくり部屋で聞いて!」 「なら、改めて乾杯しようか。それじゃ――」 『かんぱーい!』 「初めてだけど……いい誕生日だな」 「……うん」 白い歯を見せて梓が笑う。 吸血鬼とか人間とか、島の外の連中は騒ぐことかもしれないが、少なくとも今の俺たちには関係ない。 少なくとも、梓と俺たちの間には。 夜が更け、大房さんと淡路さんが帰ってからもパーティーは続いた。 さすがに疲れたのか、稲叢さんはソファーでうつらうつらしている。 「ふにぁぁぁ~、なんらろか? なんれ目が回るんらろ~?」 「ちょっと、布良さんにお酒飲ませたの誰?」 「カクテルしか勧めてないよ」 「カクテルって酒だよ」 「水みたいなものなんだけどなぁ」 「はぁぁぁ~ぁぁ……水、水ちょうだい……こくこく」 「大丈夫か?」 「うん、ぜんぜん平気! みんなありがとー!!」 「あんまり平気じゃなさそうだけど、年に1回くらいはこんなのもいいんじゃないかしら」 「ま、家だから安心か。でももう飲むなよ」 「了解しましたっ!」 ふむ、しかし酔っ払った梓と言うのも可愛いな。 ……っと、うかつに見とれたりしたら、またエリナたちの餌食になってしまう。 「それじゃあ、間違ってカクテルを飲ませてしまったお詫びに、シークレットプレゼントをお渡ししようかな」 「しーくれっとぷれぜんと?」 「そう、吸血鬼に負けない二つ名をプレゼントするよ」 「それって嬉しいの?」 「もちろん、これからキメポーズをする時にも役に立つからね」 「あだ名みたいなものだよね? ちょっと嬉しいかも」 「じゃあ、梓君はそうだな……『《フラットカタルシス》禁断平面』なんていうのは」 「なんかやだ!!」 「ええ? けっこういい響きだと思ったんだけど」 「他にも『《オリエンタルジャンクション》和炉JC』というのが……もが!?」 「押収品みたいな通り名はやめてくれ」 「いいじゃないか『《アクア・エデン》海上都市の風紀を司る《オリエンタルジャンクション》和炉JC』なんて……もがが!」 「そんなあだ名いらないーーー!!」 「でも、佑斗にはいつもなんて呼ばれてるの?」 「え? ふ、普通に梓だけど……?」 「二人っきりでラブラブのときはぁ?」 「それも梓……だよね?」 「おい、いいのか、認めてるけど」 「え? あ!!!」 「ああーーーーーーーーーーっっ!!!!!」 「ふええええん……ばかばか私ばか! とうとうばれちゃったぁぁー!」 「いまさら泣かなくてもいいのに」 「もうとっくに気づかれたみたいだぞ、俺たち」 「ふぇぇ!? そ、そうなの?」 「だって、見るからにラブラブなんだもの。ね?」 「でも、普段からアズサだなんて恋人失格だよ。ラブラブなら、ちゃんとあだ名とかつけて呼び合わないと」 「そ、そんなものなのか?」 「ええ、私のプレゼントした本にもそう書いてあったわ」 「読んでたのかよ」 しかし、いまさらあだ名と言ってもな……。 「あずさだから『あず』とかか?」 「ためしに呼んでみて」 「よお、あず」 「…………ゆーとくん」 「うーん、なんかちょっと違うかも」 「ええっ、そうなの!?」 「『あずあず』って繰り返してみたら?」 「やあ、あずあず」 「うん、ゆーとくん♪」 「違うかな?」 「ちがうねー」 「いつも、にゃーとかふにゃーとか言ってるから、『あずにゃん』?」 「え!? えっと、それは……」 「それはなんかいろいろよくない気がする」 「ぴょんとか付けたらどうだ? よお、あずぴょん!」 「違うか? じゃあ、あずりん! もしくは、あずぽん!」 「あずにゃんからの劣化がひどいわね」 「──梓なんて俗な名だ。でも布良って姓はいいな。高原を吹き抜ける風のようだ」 「な、なに突然?」 「だからボクはこれからキミを布良って呼ぶことにする──」 「苗字か……布良さんのめら?」 「布良をあだ名にするってことか? うーん……めら、めら……」 「めららー?」 「メラメラ?」 「ああん。もういいよ、あだ名いいってば!」 「ひっくり返したら?」 『らめぇ!!』 「うん、あだ名は『らめぇ』でいいね! ラブラブだし、決まり!」 「そんなのらめぇ~!!」 「うぅー、なんかみんなに遊ばれた……」 「主役なんてのはそんなもんさ。梓も怒ってなかったように見えたけどな」 「そ、そんなことないよ、もうプンスカだし!」 「おー、膨れた膨れた」 半ば無理をするように梓が頬を膨らませる。 酔い覚ましに外に出た俺たちは、寮の周りを少し散歩することにした。 「でも、今日はびっくりしたなぁ……ありがと」 「パーティーのことか?」 「うん、実は私ね……ちゃんとお誕生日してもらったの初めてなんだ」 「里では仲間と一緒だったんだろう」 「うん、でも狩人の修行があったからね。友達とか作れなかったし」 「それも風習?」 「ううん。でも、狩人とか吸血鬼とか本土じゃ絶対に秘密だったでしょ。隠し事があると、みんなとも上手く話せなくて」 「確かに、梓は隠すの下手だからなぁ」 「あ、ひどい!」 今の元気な梓からは、にわかに想像できないことでもある。 俺の前で見せているような表情は、案外、島に来てから身につけたものかもしれない。 「まさか、いじめられたりしてなかったよな?」 「ええ? 私そんな風に見える?」 「そういうわけじゃないが……ゴホン、彼氏としてはちょっと心配もする」 「くすくす、大丈夫だよ」 「な、ならいいんだ……うん」 我ながら今さらとは思うのだが、梓に見つめられると変に緊張してしまう。 童貞を捨てれば女の子との会話も上手くなるって雑誌で読んだ気がするんだが、ならば今の状況をどう説明すればいいんだろう。 「そういうのはなかったけど、なんとなく話に入れなかったり、いつのまにか輪の外にいたりすることはあったかなぁ」 「浮いた覚えは俺もあるなぁ」 「おばば様が言ってたのはね、そういうときこそ相手を知るのが一番なんだって」 相手には相手の、こっちにはこっちの事情と立場があり、それを互いが理解すれば無用の争いは避けられる。 「──だから、梓は海上都市に来たんだな」 「あれ……またこの話になっちゃったね」 「それだけ梓にとって大事なことなんだろ」 「でも、こういうこと……話したのは佑斗くんだけだよ」 「梓……」 そうして、梓は俺の隣にいる。 明るい顔をしながら、俺とは全く違う苦労や責任を背負い込んで。 そんな梓から俺が学んだこと。俺が梓にしてやれること……。 「遅くなったけど、これ……」 少し不恰好な木彫りの猫のストラップ。 最後は突貫工事で、どうにか仕上がった手彫りのお守りを梓に握らせる。 「あ、かわいい……これって佑斗くんが?」 「ガキの頃に孤児院で教わったんだ。なんか不細工なんだけどさ……」 「そんなことないよ、ふふ、猫さんだ……嬉しいな」 「もうちょっと上手く彫れると思ったんだがな」 自嘲気味な俺に、梓がまるで無垢な笑顔を向けてくる。 いつでも手の届くところにいる、俺の梓──。 その手をたぐり寄せ、思わず抱きしめていた。 「ふぇ!? わ、わわ……佑斗くん?」 予想以上に強い抱擁に梓が目を丸くする。 俺自身、突然こみ上げてきた感情に少し戸惑っていた。 「次は何がいいかな」 「え……?」 「お守りの次だよ。決めたんだ、俺は梓の頼みになら何でも答えるって」 「ど、どうしたの急に?」 「急じゃないさ、前から考えてたんだ、俺にできることが何かって……」 これまでもやもやとしていた想いが、梓を腕の中に抱きしめたことで形になっていく。 「どうやら俺はさ、梓みたいになりたかったんだ」 「なんとなくの流れでじゃなくてさ、俺がこの島にいることに意味があるような……そうなれたらいいと思ってた」 それが見つかったのかもしれない。 なにか指図をしてくるわけじゃないが、梓の存在が俺の進む道を示してくれている。 「いまは相棒として梓を助けることが、俺がここにいる意味につながると思ってる」 「佑斗くん……」 「性欲や吸血鬼の本能よりも、そいつが強くなってきてる気がするんだ」 最後のだけ、少しウソだ。いや、ウソと言うより願望だ。 「ジー………………」 「な、なんだ!?」 「ううん、佑斗くんってすごく真面目さんなんだ……」 「む、真面目な寮長さんに言われるとは思わなかった」 「私は普通ですー。でも……佑斗くんってあんまり自分のこと話さないから、ちょっと嬉しいな」 「梓……」 梓の身体をふたたび強く抱き寄せる。 俺よりずっと小さくて危なっかしい、けれど頼りになる俺の梓──。 俺の……!? 「……………………!!!」 ああもう、なんてこった。 せっかくのいいシーンなのに、急に脳内にエロスの香りが漂ってきた。 「佑斗くん……?」 エロ方面の欲求を抑制するなんて決めたせいだ。 おかげで梓の匂いが、いつもよりやけに艶かしくて……腕の中にぷにぷにした感触が。 だ、だめだ……やめろ、邪念来るな! 「ゴホンゴホン! あ…………いや、えっと!」 すっごくいい匂いがしてくるのを、俺はどうにかスルーする。 まぎれもなく梓の発情した匂い……い、いや、スルーしろ。梓だってきっとそうして欲しがっているはずだ。 「こ、これからもよろしくな、梓!」 「う、うん!」 赤い顔をしながら、ウソみたいに白い歯を見せて健全をアピールする。 今はそれでもいい。キスすらためらわれる距離で、でも梓の一番近くに俺がいる。 「大丈夫だ……」 梓のフレーズを口にした。 梓はいつだって『大丈夫』を組み立てるのがうまい。どんな状況のなかからでも、自然と楽天的な答えを導き出す。 俺もそのうち、梓みたいに大丈夫って言えるようになれたらいい……。 そう思って、腕の中の小さな梓をぎゅっと抱きしめた。 「おかえりー、熱かった?」 「ん……そうでもなかったかな」 「そうじゃなくて、熱々だった?」 「え、エリナちゃん!?」 「からかわれたくなかったら、窓から見える場所でのラブシーンは慎むことね」 「え? え? え? 見えてた!?」 「ここから、肩を抱いてるシルエットがしっかりね」 「はぁうぅぅぅ……って、なんで佑斗くんは余裕なの?」 「いまさら隠すようなもんでもないだろ?」 「ええっ、み、認めちゃうの?」 「開き直ってるようにも聞こえるけど、まあ、そんなところかしら」 「せっかくだから、ここで秘密は清算しとこう」 「う、うん……そういうわけで、いろいろあってそうなっちゃいましたけど……」 「今後とも、変わらずによろしく」 「とりあえず乾杯かな?」 「そうね、はいグラスグラス♪」 「ん? 稲叢さんとニコラは?」 「リオはお風呂、ニコラは《ナラカ》幽界に戻ったよ」 「それじゃあ、なりゆき任せのカップルに……」 「そ、そういうんじゃないもん!」 「かんぱーい♪」 何度目かの乾杯をして、ソファーでくつろいでいると美羽が隣に座ってきた。 「どうしたの、手持ち無沙汰に見えるけど」 「ちょっと酔い覚まし」 「酔ってなんかいないくせに。あ、酔ってるというか、のぼせてる?」 「おいおい、俺は吸血鬼だぜ?」 「じゃあ、吸血鬼らしい高度なプレイをしているのかしら」 「な、なぜそんなことを?」 「さっきから、少し布良さんと距離を取ってるみたいだから」 うっ……鋭い。 俺と梓の少しぎこちない距離感に気づかれるとは。 「……こう見えて照れてるんだ」 「まあ、みんなの前でこっそりいじったりされても困るんだけど、ちょっと気になったから」 「残念だが、俺たちは健全でピュアなカップルなんで、いじったりしないの」 「布良さんが言うと説得力あるんだけどね、あ、こっち見てるわよ」 「お、おう」 遠くの梓に手を振ると、すこしぎこちなく返された。 「んー、なんかぎこちないわね。ひょっとして変なオモチャとか挿れてない?」 「いつから俺は調教師になったんだ!」 やっぱり吸血鬼ってそうなのか? 調教なのか?? パーティーの疲れでぐっすり眠り、目が覚めたら外は夕暮れに包まれている。 人間だったら自堕落もいいところのサイクルだが、すっかりここでの生活にも慣れた。 少しのぼせた頭のまま学校の授業が終わると、夜中の仕事がはじまる。 さいわい今日は、俺と梓は非番の日だ。 リビングでのんびりニュースでも見ながら、みんなを送り出して掃除をする。 「気をつけてな」 「ユート、はいこれ」 「ん?」 「アズサあてに今朝届いてたの。渡しておいて」 「ああ、ありがとう」 梓の誕生日パーティーをきっかけに、少しだけ寮の空気が変わったような気がする。 「いってきまーす。アズサによろしくね、ユート」 特にこれといった大きな変化があるわけではないが、どこか打ち解けたいいムードになっているような感覚……。 俺にとっては、とても居心地のいい空気だ。 それはもちろん、あいつがいるせいでもあるんだが。 「……って、いないな。部屋にでもこもってるのか?」 まあ、今日は非番なので全く不思議ではない。 なのに、つい手持ち無沙汰になると梓の姿を探してしまうのは、我ながら困ったものだ。 どっちかというと、魅了されているのは俺のほうなんじゃないか? 「……というわけなの」 「ふーん、吸血鬼に魅了ねえ。布良さんには無縁かなーと思ったけど、そうでもないのね」 「私も自分がこうなるなんて思わなかったよ。佑斗くんは大丈夫だって言ってくれるんだけど……」 「それって、それなりの行為がきっかけになって?」 「それってエッチのこと?」 「そ、そうね、そういうこと」 「……………………うん、たぶん。こんなドキドキするのそれからだし」 「ますます意外だわ」 「あうぅぅ……ねえ美羽ちゃん、私って本当はエッチな子だと思う?」 「当然でしょ」 「ぐさっ!!」 「布良さんだけじゃないわよ。好きな人ができたら、女はそうなるんでしょう?」 「そ、そうなの?」 「た、たぶん……」 「で、でも、私が見るかぎり、布良さんは特にかわってないわよ」 「本当?」 「ていうか、佑斗の看病をはじめた頃からずっと今みたいな感じ。そのころはまだ、そういうことしてなかったんでしょ?」 「え!? そ、それはしてないっていうか……あ、う、うーん……微妙なとこ……」 「い・つ・か・ら・なの!?」 「ふにぃぃ……えっと、えっと……確か、退院のね、前の日が最初で……」 「なら、その前からよ」 「えええ? 私ってそんな前から変だった!?」 「布良さんのそれって、本当に吸血鬼の毒?」 「だと思うんだけど……違うのかな?」 「吸血鬼は関係なくて、単純に好きでしょうがないとか」 「それって、もっと私ヘンじゃない??」 「女の子が恋に溺れてなにが悪いの?」 「!?」 「必要なことができていれば、いくら溺れたって問題ないじゃない」 「それに布良さんは、そういうことも含めて知っておきたいんじゃなかったの?」 「あ、あ……本当だ……!!!」 「そうだよね! 私なりのお付き合いを見つけることに意味があるんだよね! ありがとう、相談してよかったよ……!」 「っと待って!」 「ふに?」 「すごく気になるんだけど、病院でしたの?」 「ぎく! あ、あ、あの、それは……えっと、ちゃ、ちゃんとしたのじゃないから」 「ちゃんとしてないことって、まさか倒錯的な……!?」 「ち、ちがうよ、ちがうのー! だから、あの、その、えっと……」 「えっと何?」 「ふにゃぁぁ……た、溜まってたみたいだから、その…………で、ちょっとだけ」 「ちょっとってどのくらい? お礼よりもそこの話をちゃんと聞いておきたいわ」 「わぁぁ、やっぱりそうなっちゃうのー!?」 「はぁぁ、恥ずかしかった……でも、美羽ちゃんの言うとおりだよね。エッチを避けてるだけじゃしょうがないし……」 「ううぅ……でもエッチなしでもゆーとくんのことは好きだし、ゆーとくんだって、きっと私のこと……」 「お疲れ、梓に荷物届いていたぞ……っと!?」 「わ、わわ、佑斗くん!? 荷物って……ああああ、ありがと!」 「なに慌ててんだ? ようやく宿題も片付いたし、風呂入ってくるよ」 「あ、う、うん! もう沸いてるみたいだから!」 「はぁぁ……びっくりした」 「お風呂かぁ……ごくっ! って、だめだめだめ、なに考えてるの私! 理性でスルーしないとダメ!!」 「……って、結局スルーできてないし」 「でも、そういうことを避けてばっかりじゃダメだから、きっと大丈夫! これくらい大丈夫!」 「それに……私がいないとき、ゆーとくんが何をしてるのか、知っておいたほうがいいと思うし」 「だ、だ、だ、だからちょっと覗くくらいだったら………………」 「はぁぁっ……やっぱり私って性欲強いのかなぁ」 「はぁぁ、なにやってんだろ。でも……佑斗くんかっこいいな……」 「……!?!?!?」 「はぁ、はぁ、はぁ……え? え? ええーーっっ!?」 「ゆ、ゆーとくん自分で大事なとこいじってた……しかも、私の名前呼んでたよ!?」 「わ、わ、わぁぁー! なんで? なんで!? はぁぁ……ダメ、ドキドキしてきた。でも、でも、佑斗くんも一緒なんだ……」 「……一緒!?」 「ごくっ………………それって、ひょっとして?」 「はぁ……はぁ……危なかった」 まさか梓の顔見ただけで、変なスイッチが入りそうになるとは……。 でも、あの匂い……梓、リビングでエロくなってるのは反則だぞ。 思わずみんなの使うバスルームで、不慮の暴発をするところだった。 これは……そろそろ禁欲も限界じゃないのか? こいつが解き放たれた時の反動が怖い。 「ゆーとくん?」 うわ、梓の声までしてきた。いや、これは現実か? 「ん、どうした?」 「ちょっと入ってもいい?」 「は!? お、おい!? 入るって、なんで!?」 「……目隠さなくても大丈夫だよ、水着だから」 「水着って……え!? え!?」 「えへへ……ゆーとくんのもあるよ。これならプールみたいに入れるでしょ。うしろ向いてるから、はい」 「あ、ああ……そうか」 水着なら……って、ん? なんで一緒に風呂に入る?? 「じゃあ……水着を着たら、そこに寝て、寝て♪」 「寝るって、え? 梓……!?」 水着を着て……なのに、どうしてこうなった!? 「あ、梓……禁欲、限界だった?」 「う、ううん! そうじゃないんだけど、ちょっと思いついたことがあるの。今日は私の言うとおりにしてくれる?」 「あ、ああ」 梓のことだから、単に我慢できなくなってこんなことしているはずがないのはわかる。 けどアイデアって……いったいなにを思いついたんだ? 「はぁぁ……やっぱりすごいね、ゆーとくんの」 腹の上に梓の体重を感じて、さっきからペニスは痛いほど反り返っている。 「ん……んっ……」 「あ、もうエッチな声……」 さっき自分でいじっていたせいで、軽くしごかれるだけでイってしまいそうだ。 考えがあるって……い、いったいどんな考えだ!? 単に梓がエッチを我慢できなくなってしまっただけなんてこと……本当にないよな? 「くすくす、いーけないんだ。お風呂場でこんなに大っきくして……」 ん……なんかいつもと雰囲気が違う? 「お風呂場は身体を洗うところで、エッチになるとこじゃないよ? ん? わかってるのかな、この子は……?」 「うあ!?」 イタズラに笑いながら、梓が平手でペニスの先端をぺちぺちと叩く。 「わかってるの? ゆーとくん、お風呂でひとりエッチなんてしたら、めっ! だからね……めーっ!」 「あく……ッ!」 挑発? いや、なんか俺で遊んでるみたいな……? 「くすくす……そう? もうしない? じゃあいいよ……ん、ちゅ……いい子にはキスしてあげる」 「あ、梓……これって……」 「もう……ゆーとくんさっきからお尻ばっかり触ってる……私のお尻、見たいの?」 「そりゃ見たいけど」 「んー、どうしようかなあ……もうちょっと我慢できたらね……ん、どう、しごかれるの気持ちいい?」 「気持ちいいっていうか……あ、あ、いきなり強くされたら……」 「だめだよ……まだ、がまんがまん……ね、ほら、ゆーとくん我慢強いでしょ?」 「いや、それとこれとは……う、ううっ!?」 「ほーら、気持ちいい……自分だとしこしこできても、こういうのはできないもんね……ん、れるれるれる……ちゅぅぅ……」 しごきながら、カリの根元を舌でチロチロとくすぐられる。 「はぁぁ……えっち……すごいえっちだよ……はあぁぁぁ……ぴくんぴくんしてる……」 呼吸が詰まって射精しそうになると、今度は少しペースを落としてじらしてくる。 さすがに俺も、梓がなにを考えているのか少しわかってきた。 単にHを避けるんじゃなくて、いわば……攻撃は最大の防御!? 「梓……逆に俺を?」 「うん、恥ずかしいけど、私とゆーとくんがちゃんと恋するためだから」 そうか、その気持ちはすごく嬉しいけど……。 「……けど俺はマグロ状態?」 「それでいいの、今日は私に任せるって言ったでしょ? えへへ……ゆーとくんが、私に夢中になっちゃえばいいんだよ」 「お互い様なら、支配されたりしない?」 「うん、そういうこと♪ 私のこと……もっともっと好きにさせちゃうからね」 「この水着も、そういうことか」 「うん……私、今でもあのこと思い出すとドキドキするんだ……」 「ああ、俺もだ」 梓が言ってるのは、最初にプールに行ったときのこと。 刷り込みってのは怖い。 もうお尻の穴の奥まで覗いてるというのに、俺は梓を妄想するとき、いまだにあの時のプールを思い出してしまう。 「あ、硬ぁい……ねえ……今日はゆーとくんが水着ずらしていいよ」 「え?」 「こういうこと、想像しなかった?」 「そ、それは……ごくっ」 した……何度もした。 だが、そんなことも見抜かれてたなんて……!? 「ね……ほら、ほら……ここだよ……ゆーとくんが、ちょっと手を動かしたら見えちゃうね……」 両手で抱えた小ぶりなお尻の真ん中で、水着のボーダーが複雑なシワをつくっている。 何度も見たはずの梓の性器──それが、この水着越しだとまるで未知のもののように思えてくる。 発情の匂いがさっきから俺を包み込んでいる。ペニスにからんだ指先が、ゆっくり上下に動き出す……。 「はあ、はぁ……はぁぁ……っっ」 俺は生唾を飲んでから、水着に手をかけて……。 「…………っ!!」 水着の魔力──いや、梓の魔力だろうか。何度も見ているはずのアソコに、視線が釘付けになる。 やっぱりきれいだ……どのビデオにも、こんなきれいな性器なんてなかった。 「はぁ、はぁ……めくれちゃった。どう、よく見える? おま●こ見えてる?」 しかも、わざとそんなエロい言葉で……ヤバい、そのまんまのシチュエーションを確かに妄想をしたことがあった。 今日は梓の言いなりになるって決めたばかりなのに、ペニスはヒクヒクと跳ねて、ここに入りたがっている。 「ふふ……返事がないよ。それとも、このピクピクがお返事なのかなぁ……ダメだよ、触るのも舐めるのも、まだだーめ……」 梓の手の動きが、ほんの少し早くなる。 「それじゃ、このままイっちゃおうか……ほーら……しこしこしこしこ……」 「うあ……あ、あ、あ……ッ!」 ウソだろ……たったそれだけで、一気に俺の奥底から射精の衝動がこみ上げてきた。 「なーんて、まだダメ…………もっと楽しませてあげるね」 「はぁ、はぁ、はぁ……梓ぁ……」 「可愛い声……でも、まだ触っちゃダメだよ……今日は私の言うとおりにするんでしょ?」 梓がお尻をクイッと持ち上げると、股間が顔の正面にきた。 「はぁぁ……おま●こ見える? お尻の穴は? 見たら思い出して……あったかくて、きゅーってして、気持ちよかったこと……」 「……すごい、近いし……もろに」 「ゆーとくん、いつもより勃起してるね……こういうの好きなの? はぁ、はぁぁ……ちょっとかっこいいね、大きくなったコレって」 熱い息がペニスにかかるだけで、脳がキュンと痺れてしまいそうだ。 「プールのあと、私のこと考えて……した?」 「あ、ああ……梓は?」 「私はしないよ。あの頃はそういうの全然知らなかったもん……」 じゃあ、今は……と聞く前に、また梓の手の動きが早くなってくる。 「はぁぁ……ほら、こんな風にしたの?」 「……ん、んッ!」 うわ、濡れてきた。 目の前でぴたっと口を閉ざした亀裂から、透明な粘液が滴り落ちてくる。 「梓の、すごい濡れてる」 「はぁ……はぁぁ……だって、私だってすごくドキドキしてるもん……ねえ、広げて見たい?」 「……ごくっ」 「いま広げちゃったら、濡れてるとこ……全部見えちゃうよね……はぁ、はぁぁ……そしたらぴゅって出ちゃうかな?」 梓の手の動きがますます激しくなり、俺の指先をそこに誘導する。 「でも、出したら終わりにしちゃうね……私、本当に変になっちゃうから」 「──っ!」 ぎりぎりのところで手を引っ込める。 梓の右手の上下運動も、そこで止まった。 「はぁ、はぁ、はぁぁ……」 「大丈夫?」 「あ、ああ……けどヤバい、もう触られただけで……」 「ぴゅっぴゅしちゃう? じゃあ、ほら……ほぉら……出しちゃう?」 「あ、あ、あ──待っ!!」 ふたたび勢いよくしごき上げられて、身体の奥がキューーッと痺れてくる。 もうだめだ……そう思った瞬間に、また梓の手が離れた。 「わぁ、跳ねてる……くすくす……でもよかったね、我慢できて……ん、ちゅ……」 エアコンが故障したときより汗びっしょりになってる。 右手の運動だけで梓に支配されたみたいだ。 「はぁ、はぁ、はぁ……ど、どこでこんな……」 「ふふっ、私だってイメージトレーニングしてるんだよ。じゃあ、次はこれね……」 タイルの上に置いたシャンプーみたいなボトルを取りあげた梓が、中の液体を手になじませる。 ひやっ……と、冷たい感触が伝わり、すぐにヌルヌルした梓の肌の重さがかぶさってきた。 これ……シャンプー? いや、ちがう、これはビデオにあったローションってやつだ。 「こんなもの、どこで?」 「ネットで買ってみたの。ちょっと使ってみたらどうかなって」 それ、今日届いた荷物って……? 個人使用目的なのか、俺とのことを想定してなのか?? 「あ、でも気持ちいいね……なんかヌルヌルで、身体がぴったりして……あれ? でもちっちゃくなってる?」 「冷えたからだよ」 「あ、そうなんだ……冷えると縮んじゃうの? 知らなかったなぁ……くすくす、じゃあ、あっためてあげないとね」 「梓……?」 「身体の芯まで、あったかくなぁれ…………はぁむ」 「う……ううっ……!!」 「んふ、どーお? はむむ、んちゅ…………んむ、んーーーんん、もごもご……んむ……んんんむ……はぁぁ……」 俺のを口に含んだ梓は、そのままもごもごと口腔の粘膜を使ってペニスをあっためてくる。 「んふーー……ん、んむ……んふぅぅ……ん、んんん、もごもご……ん、ん……んんむ……ぷは……」 「はぁぁ……おっきくなった……いつもは最初から大きいから、ちょっと不思議……」 嬉しそうに微笑んだ梓が、身体を回すようにこすりつけてくる。 「はぁぁ……ほら、私とゆーとくんの間で、にちゃにちゃ糸引いてるよ……ふふ、なんか気持ちいいね」 「あ、あ……ほんとだ、気持ちいいな」 小ぶりだけどやわらかい胸や、おなか、太腿、梓の肌が俺を包み込んでいるみたいだ。 「でも、我慢したとき出てくるアレみたいだけど……ん、ちゅ……」 「エロいって……」 「今はいいの……それに今日のゆーとくん可愛くて、すっごくドキドキするの…………おま●こ濡れちゃう」 「あ……ふふふ、感じた? エッチだなぁ、ゆーとくんは……私もひとのこと言えないけどね……ほら、もっとエッチにしてあげる」 「うあ……あッ、だからそんな早くしたらイくって!」 「ほんとに? じゃあイっちゃおうか?」 「ん……っく!! まだ……!」 「くすくす……ぴゅーってするより、こうやって焦らされるほうが好きなの? ん?」 「ち、違う……なんか負けたような気がするから……ううっ!」 「ふーん、そうなんだ? じゃあ今日は負けちゃうね? ゆーとくん、負けちゃうんだよ……こーやって……ぴゅっぴゅっ……て」 「ううッ……っぐ!!」 とっさに逆らったが、俺の考えなんて全て見透かされてる気がする。 いつもの梓には、全くそんなことを思ったりしないのに。なんだ、今日のこの圧倒された感じ……! 「あ~、ヌルヌルのいっぱい出てるね……ゆーとくんもローション出してる……はぁぁ、かわいい……負けちゃうのに興奮しちゃうんだ?」 「ち、違う、梓がなんか凄いせいだって」 「ふふふ……自分でもびっくりしてる。かなり恥ずかしいけど、こういうのってちょっと楽しいね」 いつもの梓の声がすると、ホッと意識が和む。 「なんかすごい入り込んでたよな。それに梓のここ、さっきから漏らしっぱなしで、そんなの見てたらエロくなるって……」 「ああん、濡れてるのはローションだよ」 「いや、これは……」 「うぅ~……はむっ」 「ん、あっ!!」 「もごもご……知らない……ん、もご、ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅ……はぁ、れるれる……ゆーとくんだって、透明なのいっぱい出してるし……ちゅっ」 「あ、あ……いきなり……!」 「んーー、ちゅ、ちゅ、ちゅっ……んぷんぷんぷ、んろっ、んろっ……ねえ、透明じゃないほうのおつゆも出したい?」 いきなり手でしごきながら激しく吸い上げられて、俺は返事をする余裕もない。 にゅるっ、にゅるっ……と、ねばついた梓の身体に、全身をしごき上げられているみたいだ。 「どろどろでねばねばしてるの……出したい? ねえ? はむ……ん、ちゅ、ちゅ、ちゅばっ、ちゅぶぶっ、ん、んぽっ、んぽっ……!」 「あ……だめだ、梓……だめだって!」 「ふふっ……血を吸われるのと、どっちが気持ちいいんだろ……ん、ちゅぅぅぅぅ……ん、じゅるる、ちゅぅぅ……」 「き、吸精鬼か……」 「あー、ひとを淫魔みたいに言うと本当に搾り取っちゃうよ……ほら……ん、じゅるる……ちゅぅぅぅ…………んぽっ……んぽっ」 「わかったごめん、あやまる……!」 「ぷは……くすくす……はむ、れるれる、ちゅ、ちゅ、ちゅ……じゃあ、ゆるひてあげゆ……ん、ちゅぅぅ……かわいい、大好き……ん、れる」 まずい、このままじゃ目の前でおあずけされたまま射精してしまいそうだ。 こんな、手の届く距離に、梓の美味しそうな性器がヒクついているっていうのに! 「あ、あ……梓、なあ、もう……頼む、俺にも……」 「ふふっ、しょうがないな。いいよ……ゆーとくんも舐めてくれる? そのかわりストップって言ったら……きゃあ!? あ、あ、あーーっ!」 「ん、んじゅる……っ」 「うあぁぁ……もういきなり!? はぁ、はぁ、あぁぁ……きゃぁああぁッ! んぁあぁッ、だめ、クリだめっ……ああん、もう、ああん!」 トロトロの性器に舌を乗せられたとたん、梓の声から余裕が抜け落ちてしまった。 動いていた右手が止まり、ギューーッとペニスの根元を締め付けてくる。 「うあぁ、ああぁあっ……だめだめ、ストップ……んーーっ、そこで終わり!」 梓が慌てて腰を引いて、半開きになった性器が離れていく。 「はぁ、はぁ、はぁっ……もう、やっぱりエッチ……はぁ、はぁ……急に激しすぎるよ……がっつくのは、め! だからね……」 それからふたたび、しごく手が徐々に早くなっていく。 「それにさっきより息も荒くなってるし……はぁぁ、私の悲鳴で興奮するなんて、ゆーとくんってSなのかなぁ?」 そんな自覚はなかったけど……でも、確かに梓をイかせるのは好きかもしれない。 今も、梓の切羽詰った声であやうく射精するところだった。 「きっとSだよね……Sなんでしょお? ほら、ゆーとくん……しこしこしこしこ……♪」 どんどん、梓のしごく手が早くなっていく。 「Sなら我慢しないとダメだよ……ねえ、イきたいの? またエッチな声出ちゃってるよ?」 まだ、まだこのまま梓の匂いに包まれていたい。 それに梓の背伸びをしているような攻め方が、なんかすごく可愛いから……。 「はぁ、はぁ、はぁ……Sじゃないけど我慢する……はぁぁっ」 「いいの? じゃあ、イくまでは触るのもナシね……」 「え?」 「見てるだけ……いい? 絶対に見てるだけだよ……くすくす、イくのも我慢できるなら、触るのも我慢できるよね……?」 「そんな……あ、あッ……」 「あれ? やっぱりイきたい? もう我慢できなくなっちゃった? くすくす、どうなの?」 「触りたい……」 「それって、どういう意味なのかなぁ?」 「イきたい……頼むよ」 にゅるにゅるしごかれながら意地悪な条件をつきつけられた俺が、やむなく降参する。 「くすくす……ちょっとやりすぎだったかな……ごめんね。じゃあ、私が吸い取ってあげる……すごーく気持ちよくしてあげるから……ね?」 熱い吐息がペニスの先端にかかる。 早く……早く……射精をやりすごしながら、頭の中がそれだけになってくる。 「じっとして……はぁぁ……かわいい、ビクビクしてる……よしよし、せーえき出したいんだね……もうすぐだよ、もうすぐ……はぁむ♪」 「んんッ!!」 「んふ……んん、じゅるる……ちゅぱっ、ちゅぱっ、んちゅ、んんーーっ……ぷは……ふふふ、おいしい♪」 「あ、あ、エロいって」 「ビデオで研究したから当然だよ……んー、じゅるる……んぷ、んぷっ、はぁぁ、んむ……んむんむ……ちゅぅぅ……」 「でも、本当においしいよ……オトナの味だけど……はむ……んーんん……ちゅぅぅぅ……んふ……くんくん、はぁぁ、この匂いも好き……」 「はぁ、はぁ……梓のも、すごいエロい匂いしてる」 「んっ、んっ……んじゅるる……え?? く、臭い?」 「その逆……ん、んんッ!」 「はぁぁ、よかった……じゃあ、もっと嗅いでいいよ。あむ、んぷっ……女の子のエッチな匂い、頭の中にやきつけて……ちゅ、れるれる」 梓が腰を回すと、目の前で小さな唇がヒクヒク震えながら回転して、俺を虜にしようとする。 「はぁむ……ん、はむ……ちゅぅぅ……ん、じゅるる……根元ばっかりだとイヤ? 先っぽのところも擦ったほうがいいかな?」 「ん……んッ、そのほうが……ううっ!」 「なら『こすってー』って言って……ん、じゅるる……ね、は・や・く……はむ、んむ、んむっ、ちゅぱ、ちゅぱっ……」 あぁぁ……すごい攻められてるのに、頭がくらくらするほど気持ちがいい。 このぬるぬるにまみれているせいで、まるで梓の愛液に包まれているような気になってくる。 「んっ、んじゅる……ほらぁ、ここのとこ、ぷくって膨らんでて苦しそうだよ……じゅるる……早く気持ちよくなっちゃお、ね? んン、んっ、んむッ」 「あ、あ、あ……こ、こすって……」 「うあッ……んんーーーーーーッッ!!」 「くすくす……よく言えました。はぁい……こうかな? 真っ赤なとこ指でつまんであげる……どう、にゅるにゅるされるの気持ちいい?」 いつの間にか、すっかり梓のペースになってしまった。 何度も何度も回り道をしてじらしながら、俺をイかせようと手と口を総動員してくる。 「かわいいなぁ……キスしたくなっちゃうよ……んーー、ちゅ、ちゅ、じゅるる……ん、んっ……大好き、ゆーとくん……ん、ちゅぅぅ」 「ん、んーーっ! あ、あ、あ……」 くっ、俺も舐めたいのをこらえているのに……!。 目の前の梓の性器……愛液にまみれて、中に血の詰まった、ぷるぷるしたクリトリスと粘膜──!! 「はむ……んむっ、んぶっ……じゅるる……ふふっ、かわいい……今日はゆーとくんも、イくときに『大好き』って言って?」 ビデオで研究したなんて言ってたけど、本当にこんなビデオあるのか!? こんな卑猥なことをしながら愛を囁くなんてプレイ、見たことない。これって、絶対自分で考えて……。 「う……あッ!」 あああ、駄目だ……部屋でこんなイメージトレーニングしてる梓を想像したら……! 「梓エロいって、あ、あ、ヤバい……!」 「はむ……んむ……ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅ……ちゅぱっ、ちゅぱっ、ちゅぱっ……あ、くすくす、もうすぐみたい……」 俺がイきそうになると、右手の力を緩め、今度は舌先でじらすように先端部分をなでなでする。 「ほら、先っぽのお口がひくひくしてるよぉ……出したいよーって言ってるみたいで、すっごくエッチ……ぁぁむ……んちゅっ、おいしぃ……」 それから一気にしごく力を強くして、俺を追い込もうとする。 「れるれるれるれる……これ、気持ちいい? んーっ、れるれるれる……ぬるぬるの、ちゅば、ちゅばっ……ぜんぶ出しちゃおうね」 「く……っ、う、う、ううっ……もうだめ、だめだって!」 「ふふっ、気持ちいいんだ……気持ちいいよね? こんなに早くこすられたら、頭の中、ぴかぴかーってなっちゃうよね」 ぴかぴか? 自分がイッたときの表現を使って攻められると、まるで梓と一体化しているような気になってくる。 「ぷは……こんなこと、オトナだからできるんだよ。くすくす……イきたい? イっちゃう? ぴゅっぴゅーってエッチなの出ちゃう?」 「あ、う……っく! で、で……!」 「いいよ、素直に言って…………ほら、おち●ぽぬるぬる…………なんて言ったら感じる?」 「んッ!? んーーー!?」 AV女優みたいな台詞で攻められて、俺の忍耐が一気に決壊しそうになる。 そんな俺に最後のとどめを刺すように、梓が手と舌の動きを早くしはじめた。 「んふっ、ふぅーっ……ヌルヌルで可愛いよ、はむ……ん、ん、んっ、はぁぁ、おち●ちんピクピクして……おち●ぽぉ……はぁむ……」 「んちゅっ、ちゅばっ、ちゅぶぶっ……んー、れるれるれる……ほら、出しちゃおうね……ね? ね? ね? 熱いのぴゅーってして……」 限界だ……視界が真っ白に染まって、ぬるぬるの感触と、梓の声だけが響く。 「あ、あ……あッ、梓……ッッ!!」 「なーんて、まだだめ♪」 ──ギュゥゥゥッ! と根元を締め付けられ、息が詰まった。 「え? ええ?」 「だって、まだ聞いてないよ? イくときの言葉……ほら……なんて言うんだっけ?」 え? え? イくときの言葉……なんだ? 言葉? 「忘れちゃったの? もう、思い出すまで出しちゃダメだよ。やめちゃうからね……しこしこしこ♪」 といいながら、梓は右手の運動を休めてくれない。 混乱する頭で射精を必死でこらえながら、梓の言っていた言葉を検索する。 「くすくす……ほら、出ちゃいそう……しこしこ~♪」 「あッ、梓……ッッ!!」 「だーめ、目をあけて。ほら、なにが見えるの?」 「ううっ……!」 目の前には、充血した梓の……。 「おま●こ見るだけでおしまい? ここにキスしないの? 私は、ちゅーっ……てしてほしいなぁ……」 「っく……!」 「……イくまで目を閉じちゃダメだよ」 うああ……梓の……あ、あ、だめだ、頭がおかしく……あ、あれ、言葉って、あれか? 「ほら、言って……じゃないと、出ちゃうよ?」 「す、好きだ、梓……だいすき……ん……ぐっ!」 その瞬間、梓の性器が俺の顔に押し付けられてきた。 あっという間に、梓の匂いと味が頭の中を支配する──! 「お待たせ……いっぱい出しちゃおうね……あぁむ……ちゅ、ちゅ、れるれる……ちゅばっ、ちゅばっ、ちゅばっ……!」 だめだ……梓っ、梓っ、梓……! もう意識が梓だけで満たされてしまう。 そして、こらえにこらえていた精液の本流が、尿道を一気に通り抜けて──! 「もご……んぶっ、はぁい……出して、ぴゅーっ……って、んむ……」 「んッ、んーーーーーッッ!!」 梓の粘膜に埋もれながら、意識が飛んだ。 「ん……んぐっ!? んふ……んふふ……んっ、んっ……んぐ…………んんっ、ん……んぐっ、ごく…………んん~~~~~~ンっ」 チカチカッ……と、脳天が痺れるような刺激とともに、大量の精液が梓の口内に解き放たれる。 「はぁぁ……んんむ……んぐっ、んぐ……ちゅ、ちゅ……んふーーっ……んぐ、んぐっ……」 何度も、何度も……意識が遠のきそうなほどの刺激が俺を襲う。 梓の味……梓の匂い……梓の声……梓に満たされながら、全身から力が抜け落ちていく。 「ぷふーーっ……んじゅる……はぁ……ん、んむ……んぐ…………ごくっ、ごくっ……」 ペニスから顔を離した梓が、ゆっくりと精液を飲み下していく。 「んぐ……こくっ……はぁぁ、すごい、濃いよ……ん、んぐっ……」 俺はどこかボーっとした頭で、梓の喉のなる音を聞いていた。 もう、梓から離れられなくなりそうな……そんな予感を感じながら。 「ん……れも美味し……ん、じゅるっ、んじゅるる……ごくっ……んん、ちゅぱ、ちゅぱっ……れるれる……んっ……んんっ……」 「はぁ、はぁ……本当に精液って美味い?」 「んっ……飲んでみる?」 「ちょっと……まだ勇気出ない」 「ん……オトナの味だもんね……はぁむ、ちゅ、ちゅぅぅ……んぐ……ん、んっ……ぷは、ねばねばだ……れるれる、じゅるる……」 ペニスに残った精液を扱き出しながら、梓はさらに唇をつけて喉を鳴らす。 「んぐ……本当は、美味しいのと嬉しいのと半分くらいかな? やった! って思うし……んんん、ごくっ……でも、ゆーとくんのはやっぱり美味し♪」 「はぁぁ、イっちゃったね……ん、れる、れる……れるっ……」 「はぁ、はぁ、はぁぁ……梓ぁ……」 「あ、声がとろけちゃってる……可愛い……待っててね、最後までちゃんとお掃除するから……ん、れるれる……はぁ、はぁぁ」 ペニスの先端から根元まで、梓の舌が優しく愛撫して精液を舐め取っていく。 俺はキーンと痺れたままの頭で、その声を聞きながら至福の脱力に身をゆだねていた。 「もう……ぜんぜん小さくならないよ……ん、ちゅ、ちゅぅぅ……」 「はあっ……これでおしまい。気持ちよかった?」 「ああ、ヤバいくらいドキドキしてる……」 「えへへ、ちょっとがんばってみました」 「ぜんぜん演技に見えなかったんだけど」 「うん、途中から乗ってきちゃって……こういうの、けっこう好きみたい。ふふっ……また次もやってみようね」 「魅了されないために?」 「そうだよ☆ はむ、れるれる……ちゅっ♪ あは、まだ出てくる……」 「ん……んッ! あ、そこ、痺れる……!」 「はぁぁ……その顔、いいなぁ……もし魅了されそうになったら、今のゆーとくんの顔を思い出してみるよ」 「……恥ずかしいって」 「だから効果あるんじゃない? 結局好きになっちゃいそうだけど……くすくす」 「じゃあ……試してみる?」 「え? あ……!」 ようやく自由行動を許された俺は、水着を足から抜き取って、梓のお尻を左右に割り広げる。 ぷっくり膨らんだアソコの肉に指を乗せて、少し力をかけるだけで、左右の襞がくぱっ……と広がった。 「さっきから梓のま●こ、ぱくぱくおねだりしてて目の毒だったんだよな」 「やぁ、もうエッチ……あ、勝手に触ったら……!」 「いま、おしまいって言わなかった?」 「そ、そうだった……あ、あ、ちょっと……」 トロトロに潤った梓の粘膜。 広げたり閉じたり……そのたびに中の粘膜が収縮して、空気の洩れる音が聞こえてくる。 「え? あ……やぁぁ、変な音出ちゃうよ!」 「梓のここって、本当にいろんな音するよな?」 「知らない、私と関係ないでしょ……あ、あ、指入ってる……!」 ヌルッと簡単に奥まで入った中指を、勢いよく抜き去ってみる。 ──きゅぽん。 「あああん、いじわるー!」 「危なくなったら、さっきの俺を思い出すんだろ?」 「う、うん……あ、あ、だめ、余計に……はぁぁぁ……もう、余計にエッチになってきた……あぁぁ……」 「大丈夫、仕返しじゃないからゆっくりするよ……ほら」 あまり梓を追い詰めないように、優しくヌポヌポと指を抜き挿ししていく。 「あ、あ、あぁぁ……きもちいいぃ……はぁ、はぁ、はぁぁ……もう、あ、あ、あ……やだ、私すごくエッチだよね……」 「エッチっていうか、感じやすいよな」 「うん、知らなかったよ……わ、私ね、昔からこういうこと、本当に全然苦手だったから、興味とかもあんまりなかったし……ん、はぁぁ……」 中がキュキュッと指を締め付けてくる。 「なのにどうしてなのかなぁ……今は……あ、あ、あッ」 「今は?」 「はぁぁ……すごい好きぃ。エッチなこと大好きになってるよ……あ……はぁ、はぁぁ……」 「好きって、どれくらい?」 「え? え、ええ!? そんなのわからないけど……えっと……」 「こ、これくらい……?」 ──くぱぁ。 不意に梓の手が下りてきて、自分の性器を左右に広げる。 「うお?!」 「あ! こ、こういうのじゃなかった!?」 「い、いや、いいけどすごい意外だったから」 「あああん、やっぱり違ってたんだ……うぅぅ、余計なことしちゃった……」 「余計じゃないだろ、興奮してるんだから……ほら」 ペニスをもう一度、梓の唇に押し当てる。 「んぶっ……んむ……あぁぁぁ……かたぁい……硬いよぉ……」 「嬉しそうだな」 「うん、嬉しいよ……ゆーとくん興奮させられたらね、嬉しくて、おま●こきゅんってしちゃうの」 「……なんて言ったら、もっと硬くなっちゃう?」 「やっぱりエッチだ……ん、ちゅ……」 「きゃうううっ…………ッッ! ああん、だめ、今、ちゅーってするのダメぇ……!」 「ん、ちゅぅぅ……梓も……ほら!」 「ああん、うん……はぁむ、れるれる……はああぁああぁっ……ちょっと、ああん、れるれる、ん、じゅるる……だめ、れるっ、んんーーっ!」 「さっき、実は俺より感じてたんじゃないか?」 「らって……ああぁ、はぁ、はぁぁ……んぷっ、んぷっ……うぅぅ、私、おっぱい小さいのにエッチだから……はぁぁむ……ん、ちゅ」 「胸の大きさは関係ないと思うけど……ん、じゅるる……さっきも、攻めてるくせにち●こうっとり見てたし」 「だって……だって……前はね、はぁむ……んむ、ちゅ、ちゅ、ちゅ……おしゃぶりしてても、んちゅ、ただドキドキするだけだったんだけど……」 「いまは、これが中に入ってるときのこと思い出すから、余計にエッチになるよ……んむ……ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅ……じゅるる」 口いっぱいにペニスをほおばりながら、梓の腰がカクカクと震えだした。 そのたびにローションが糸を引いて、ネチャネチャと淫らな音を立てる。 「それに……はぁ、はぁ……はぁむ……んむ、じゅぷっ……ぷは……このね、カリのところがエッチだし……はぁぁ、れるれるれる」 「ここ?」 「うん……ちゅぱ……らって、これ、女の子のあそこに引っかかるために広がってるんでしょ? はむ……ん、じゅるる……ここがね、中にこすれるの」 「あ、あ……こんな感じに……?」 「もがっ!? んぐ……もご……もごごっ……ぷは! いじわる……ああん、腰動かすのエッチだよぉ……」 梓の口をあそこに見立てて下から腰を動かすと、たちまち声がとろけてしまう。 俺はわざと舌を離して……。 「梓も腰動かして……」 「れるれる……わ、私もって? こ、こお? あ、ゆーとくんの舌に当てるの? 自分で? う、うん、わかった……」 誘っておきながら、わざと顔を離した俺の舌を求めて、目の前で梓の性器がくねくねと踊る。 「れるれる……はぁぁ……あれ? ないよ? 舌どこにあるの? ああん、どこ? どこ?」 「こっち……ん、ちゅ」 あぁぁ……いい眺めかもしれない。目の前で踊る梓の……。 「あ……あれ? ああん、ないよ……れるれる……ん、んーーっ、もう、どこ? ああん……あ、あ、あ……ゆーとくん……!」 「ここだよ……ん……じゅるる……っ!」 不意打ちで吸い付いたとたん、梓の下半身がガクガクッと震えた。 「ひぁ、ん、んーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」 目の前で水流がはじけて生暖かい液体が俺の顔を濡らした。 「は、早いな……ん、じゅる……」 「らって……はぁ、はぁ、はぁぁ……んああっ!? あ……あッ……んぁあああああーーーぁあぁッ!」 目の前でプシュッ、プシュッ……としぶきが上がり、ペニスを握る梓の手にギューーーッ……と力がこもる。 「ッッ…………あッ、あ、はぁぁーーぁぁぁ…………っ」 あっという間に絶頂した梓が、ぬるぬるの上に突っ伏した身体をビクビクッ……と痙攣させる。 「しょっぱい……ん、じゅる……んん!?」 「はぁ、はぁ、はぁぁ……ゆーとくん、やっぱりいじめるの好きだよね……はぁ、はぁぁ……」 荒い息をつきながら、梓の右手がまた俺のペニスをリズミカルにしごき上げてくる。 「はぁぁ、はぁぁあぁぁぁ……やっぱりSだよ……ゆーとくんって、んあああッ!? え、えす……えすぅぅ……!」 「梓が感じやすいだけだって……ほら、咥えて……今度はもっと気持ちよくするから……」 「んぐっ!? んーーーっ!!」 「梓の可愛いよ、ほんとに……ん、ちゅ、れるれる……指……ほら、最初はゆっくり……それから……」 中指をはじめはゆっくりと差し入れて、すぐに勢いをつけて左右にチャプチャプとゆさぶる。 「んぶっ!? んむ……んむ、んむ、ぷは……あ、あ、あ……はぁぁぁ!」 「あ、あ……すごい……腰うねってる」 「やだ、あ、あ、あ……もうだめ、出ちゃう……また出ちゃうぅぅぅッ!」 「いいよ、出して……ほら」 梓のお尻を抱えたまま、指の動きをさらに早くしていく。 「あ、あ、あぁぁ……イッちゃう、イッちゃ……ん、んーーーーッ!!」 するとすぐに梓の身体が硬直して……。 「んふぅぅうぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅぅぅ……っ」 しゃぁぁぁぁっ……とほとばしった水流が、俺の上半身を浸し、ぬるぬるのローションを洗い流していった。 これは……潮吹きとは明らかに違う……?? 「あ、あ、はぁぁぁぁぁ……ぁぁぁ…………おしっこ、あ、あ、また……だめ、だめ……きもちいぃぃ……っ」 俺の顔におもらしをしながら、梓の小さな腰がヒクンヒクンと上下する。 「はぁぁ……はぁぁ……オトナなのに……オトナなのにぃ……ん、んんーーーーっっ……」 梓が震えるたびにほとばしった水流が風呂場の電灯を反射してきらめき、飛散する。 やがてほとばしりは、ぱたぱたぱた……と勢いを失って、性器の中に吸い込まれていくように消えていった。 「はぁ、はぁぁ……もう、もうばかぁ……れる、れる、れる……」 そのあいだも、梓は休むことなく俺のペニスを舐め、しごき上げている。 あたりに立ち込める、濃厚な梓の匂いに、射精の前兆がこみ上げてきた。 「あッ……ん……んん……あ、あ、また来た……」 「れるれる……え? あ、イッて……ん、れるれるれる……ちゅ、ちゅ、ん、んーっ……」 梓がまたお尻を押し付けて、ぐりぐりと左右にゆすってくる。 「ここ、ホテルのプールだと思って……ね、みんなが見てるのにこんなことしてるよ……」 「な、なにそのシチュエーション!?」 「だってドキドキするでしょ? あ、でも恥ずかしかったら、ゆーとくんのおち●ちんは私が隠してあげる……はぁむ……」 「はむっ……んむっ、んぢゅぅぅぅぅッ……ん、ん、ンッ……ね、ね、イッていいよ……一緒に気持ちよくなろうよ……ねっ」 強烈な吸い上げに、限界が一気に押し寄せてくる。 「んーーーーっ、ちゅぶっ、ちゅぱ、ちゅぱ……っ……はぁ、はぁ、あ、あ、出そう……ん、ん、ん……んむっ……」 「ん……んッ! っく……!」 「んんっ! んぶ、んぶ、んーーーーーっ、んじゅる」 精液を受け止めた梓が、同時に腰を震わせて、小さな飛沫をほとばしらせる。 「んんん……んん……っ、んじゅ、ちゅるる……」 その小さな口の中に精液が次々と流し込まれ、苦しそうな息を漏らす。 「ぱぁぁっ、はぁ、はぁぁぁ……」 「あ、ゆーとくん我慢しちゃダメ……ね、ほら、ぴゅっぴゅってして……出しちゃうとこ、近くで見せて……」 「わかって……ん、んーーーーっ!!」 「んぶっ……ん、んーーーーっ!!」 精液を顔で受け止めた梓が、同時に腰を震わせて、小さな飛沫をほとばしらせる。 「ひうっ……ん、んっ……んふっ……」 ショートの黒髪に精液が次々とふりかかり、ヘアピンの間を伝っておでこに落ちる。 「ん……んぁ……あ、あ……すごい……熱いのいっぱい……ん、んふぅぅ……ッ」 「はあっ……はぁぁ……ヤバいな、これ……」 「れる……ん、じゅるる……ろうしたの? ん、はぁぁ……」 「ぜんぜん萎えないんだけど……」 「あ、ほんとだ…………はぁぁ……すごいね……」 二度も射精しておきながら、全く物足りない。 目の前にある梓の性器……小さくて、ぷるぷるしていて、吸い付いてくる粘膜の中に沈んでいきたい。 吸血を上回る欲求が、梓の小さな性器に向けられていく。 「な、なあ……梓……」 「なに?」 「いや、その……よかったら、このまま」 「……おま●こする?」 「──!?」 「あ、びくんって跳ねた……くすくす、エッチだなぁ」 屈託のない顔で俺を挑発した梓が、ペニスの先端に唇を寄せて囁いてくる。 「いいよ……もう我慢しなくて。このまま、いっぱい気持ちよくなろ……」 「きゃ? あ、あ、あ……ゆーとくん……ん、んぅっ……!?」 ぬるぬるの梓を抱え上げた俺は、そのまま腰の上に小さな身体をゆっくりを乗せていく。 すぐにペニスの先端が粘膜に包まれ、梓の体重とともに飲み込まれていく。 「……あ! うわ!?」 しまった、ローションで手が滑った!? そのとたん、支えを失った梓の身体が一気に落ちて……。 「きゃッ! んんんーーーーーーーっっ!!!」 一気に、俺のペニスが根元まで飲み込まれてしまった。 さらに、体重がかかって梓の奥深くをぐいっと押し上げる……。 「あ、あ、あ……はぁ、はぁぁ……うん……あ、あーーーっ、これすごい、すごいよ……はぁ、はぁ、はぁぁ……ぁぁぉ」 先端が膣奥にめりこんで、舌を突き出した梓が必死に呼吸をつなぐ。 「はぁ、はぁーーぁぁ……はぁ、はひぁ……しゅごい……あ、あ、広げられてるの……あそこが、あぁぁ……ゆーとくんの形になっちゃってる」 ぬるぬるのローションにまみれながら、切なそうに酸素をむさぼる梓の顔……。 あらためて梓の両足を持ち上げた俺は、ぬぷっぬぷっ……と加減をつけながら上下にゆする。 「梓、おっぱい見せて……」 「え? あ、きゃ……やだ、恥かしいよ……胸は……あ、あ、あっ」 さっきまでアソコを広げていた梓が、胸は不思議と恥かしがる。 俺が何度今のままで可愛いと言っても、小さいのが気になるみたいだ。 「ほら、乳首ツンってしてる」 「ふぁ……んにゃああぁぁ……あ、あ、あッ、乳首つまむのダメ……イっちゃうよ……あ、あ、あ……」 愛液で吸血鬼の能力が半端に覚醒していたのか、小柄な梓くらいなら苦もなくリフティングできる。 「梓……キスできる?」 「え? あ、ん……れるれる……ん、ん……」 顔を回しても唇は届かず、少し離れたところで梓が舌先を回している。 「ああん、無理だよ……はぁ、はぁぁ……」 「あ、今の顔……可愛い」 「え? どの顔かわかんない……あ、あ、はぁぁ……舌出すの? ん、こう? あ、あ、れるれるれる……はぁ、はぁぁ……」 「あ……その顔……ん、んんッ」 舌を突き出すことで興奮してしまうのか、そのたびに梓の中がキュンキュンと締め付けてくる。 「んぁ、あ、あっ……興奮するの? はあ、はぁぁ、ゆーとくん魅了されちゃう?」 「ああ、ちょっとヤバいかも」 「すごい……マニアックすぎるよ。ゆーとくん変態……ん……れろれろれろ、んーー、れるれるれる、れろっ、れろっ、れろれろ……」 顔がエロいかどうかは、いまいちこの角度からわからないんだが。 この、キュンキュン締め付ける感覚。これは……気持ちいいかもしれない……。 「はぁ、はぁ、もっと見せて、その顔」 「ああん……はぁ、はぁ、こう? れるれる……はぁ、はぁ、なんか変だよ……ん、れるれる……はぁ、はぁぁ……こんなの変すぎるよ」 「でも、気持ちよくなってるよな」 「ああん……もう、知ってるくせに」 「知ってても聞きたい……浅いのと深いのと、どっち好き?」 身体をゆらす手を止めると、抱え上げられたまま梓が両足をじたばたさせる。 「ああん、もういじわる……本当に言わなきゃダメ?」 「聞かせて?」 「そ、それは、その……あの…………ふ、深いのが好き……ん、あ、あ、あーーーっっっ!!」 深く突き込むと同時に、またしても透明なしずくが吹き上がる。 上下にゆするたびに小ぶりなおっぱいがたぷたぷ揺れて、その先端で乳首がツンと自己主張している。 「あん、ああん……やだ、恥ずかしい……あ、あ、あっ……出ちゃう、出ちゃってる……っ」 「またイきそう?」 「ああん、だって、だってこんな格好でエッチなこと言わせるんだもん……だめ……おかしくなっちゃうよ」 「ん……いいよ、俺しか見てないから」 「うん、あ、あ、はぁぁ……ゆーとくん、ゆーとくん……れる、れるれるれる……あぁぁ、エッチな顔になってる?」 「ああ、かわいい……ん、ちゅぅぅ……」 唇には届かないので首筋にキスをする。 それだけで、梓の身体がビクビクッと痙攣を起こした。 「んんんーーーーーーッ! あ、あ、だめ、浅いのやだ……あ、あーーっ!!」 深く下ろして、また持ち上げる。その運動を繰り返していたら……。 ──きゅぽっ、きゅぽん……! 「あ、またエロい音してる」 「ああん、これ、絶対ゆーとくんのせいだよ……あ、あ、あぁン、あーーっ!」 「はぁあ……梓の中すごい気持ちいい」 「私も……んぁ、んぁ、私もすごくきもちいいのっ……んぁっ、んあ、んあっ、んはぁああぁああああぁぁッ……やあん、変な声出ちゃう……」 俺に持ち上げられたまま、梓が勝手に腰を回しはじめる。 「あ、あ……あのね、ああん、これちがうの、ゆーとくんを気持ちよくしてるんだから……あ、あ、はぁぁ……」 言われる前に気づいた梓が、苦しい言い訳をしてさらに腰を動かす。 「はぁ、はぁ……れるれるれる……もうだめ、頭の中おかひくなる……あ、あ、あはぁぁぁあぁ……!」 「梓……ん、ん、んっ……」 「あ、あ、あぁぁぁぁ……ゆーとくん、ゆーとくん大好きぃ……あぁああぁああぁ……っ」 ぬるぬるのローションと愛液をしたたらせながら、梓が昇りつめようする。 「俺も好き……梓……」 「あ、あ、だめだめ、耳噛んじゃ……うあぁあぁ!? で、出ちゃう……出ちゃ……!」 「んはあぁあああぁぁぁぁあぁぁ……ッッ!!」 かぷっ……と耳たぶを甘噛みした拍子に、梓の股間から黄金色の水流がほとばしる。 「ひぁ……噛まれた……はぁ、はぁ、はぁぁあぁ…………あぁあぁぁっ!」 「………………ごめん、でも牙立ててないから……って聞いてないか」 「うぁあぁ……はぁ、はぁ、ん、んん…………っ!」 ぱちゃぱちゃぱちゃ……浴室のタイルにはじける放物線が、次第に角度を下げていって、俺のペニスから睾丸まで伝ってくる。 「はぁ、はぁぁ……またおしっこ出た……はぁ、はぁぁ、私ゆーとくんとエッチするたびにおしっこしてる……」 「そういう体質なのかな……おもらし梓ちゃん……ん、はむっ」 「ひっうぅぅぅっっ! ばか、ばか……気にしてるのに……うにゃああっ!? もう耳らめぇ……!!」 「いいんだよ、俺が好きなんだから」 「ほんとに? ごめんね……こんなおしっこばっかりする子でごめんね……あ、あ、あ……でも好き、好きなの、ゆーとくん好きぃぃ……!」 とたんに、強く締め付けてきた。 ローションまみれの梓の粘膜が俺を包み込み、うねうねとねじりながら奥へと誘い込む。 「舌……見せて」 「んぁあぁ……らめらよ、こんな顔見られたら……あ、あ、はぁ、はぁ、れるれるれる……ああん、ダメなのに……れるれる……」 抜き挿しのたびに、梓の中から夥しい愛液が流れ落ちてくる。 すごいな、こんなに濡れてるのは初めてかもしれない。 「はぁ、はぁぁ……っんあああっ! あ、あ……だめ、急に回しちゃ……! あ、あ、あ、あ……やあああっ、かき回さないでってばぁ!」 「梓だって、腰動いてる」 「んぁあぁぁ……だって……ああん、れるれるれる……だって、だって……ぇ」 股をぱっくり広げたまま、梓が無心に俺のペニスを求めてくる。 「はぁ、はぁーーぁぁっ……だめ、だめこんな……れろれろ……ああん、硬いぃ……はぁ、はぁんぁあぁ………ァ」 少し前まで泣いていた梓が、腰をくねくねさせながら舌を回転させる。 「はぁぁああぁぁ……おち●ちん気持ちいい……あ、あ、あぁぁ……ゆーとくん、ゆーとくんっ……あ、あ、好き、好き、好きっ!」 「俺もだ……梓……あ、あ、あッ」 「私すごいエッチ……ごめんね、こんなエッチで……あ、あ、れるれるれる……エッチなのに大好きでごめんね……あ、あ、あっ」 「また……謝ってばかりいると……こうだぞ」 「んああぁあぁあぁあッッ……ごめんなさい、もう謝らないから、ごめんなさいっ!」 ペニスの先端で奥をぐりぐりされた梓が、慌てて両足をじたばたさせる。 ぬるぬるの身体をスライドさせながら、梓とひとつにとけあっていく。 「あぁぁ……はぁはぁ……もっとエッチな顔するから許して……あ、あ、れるれるれる……はぁ、はぁぁ……もう何やってんだろ、私……」 「エッチなことしてるんだろ……可愛いよ」 「うん、私えっち……あ、あ、エッチ好き……あ、あ、好き、好き、ゆーとくん……んぁ、あぁぁあぁ……あ、あ、あっ!」 「梓の中、あったかいな……はぁ、はぁぁ……またイきそう」 「ゆーとくん……はぁ、はぁ、はぁっ、いくよ……気持ちいいのするね……ん、んーーーっ!!」 梓が力をこめるのと同時に、ペニス全体が締め付けられる。 「あ、あ、あ……ッ、なんか、抱きしめられてる……!」 「うん、んんんっ……ぎゅーってするの……ゆーとくんのこと、離さない……っ!」 「うあ……あ、あ……ヤバい、これ出るって……!」 ただ締め付けるだけじゃなくて、中の粘膜が動いてねじり上げられるみたいだ。 「はぁ、はぁっ……ん、んーーーっ……あぁぁ、だめ、腰が動いちゃう……かきまぜて、ぐちゃぐちゃにしてぇ……!」 「ああ……梓……はぁ、はぁ、はぁ……っ」 「あぁああぁぁあぁ……! すごい、すごいっ……おしっこ出ちゃうよ……また出ちゃうっ!」 「あ、あ……出ちゃ……ん、んーーーーーーーッッ!!」 たぱたぱたぱ……痙攣とともに、水滴が滴り落ちる。 「あ、あ……はぁあぁぁぁ……ぁぁ……どうしよう、癖になっちゃったら困る……はぁ、はぁ、はぁぁ……あぁああぁぁん……」 さすがに三度目ともなると、水流の勢いはほとんどなかったが、中の反応はこれまでよりも激しかった。 「俺以外に見せなきゃバレないよ」 「だめだめ、ゆーとくん以外の人になんて絶対見せないから……ああん、恥ずかしいのに腰とまんないよ……んぁ、んぁ、んんぁあああッッ!」 敏感な梓が何度も昇りつめているうちに、俺ももう限界に近づいてきた。 「ん、ん、ん……もう1回ぎゅーってできる?」 「はぁ、はぁ、はぁ……うん、できるよ……はぁ、はぁ、ゆーとくんもイッて……お願い……あ、あ、気持ちいいの、いっぱい出して……」 「うん……あ、あ……ああッ!」 「いくよ……はぁ、はぁ、はぁ……ゆーとくん、好き……ん、んんーーーっ」 ふたたび強く締め付けられて、背筋を電流が駆け上げる。 「あ、あ、あっ……またおっきくなった……はぁ、はぁ、はぁああぁぁッ……!」 「梓……行くぞ……あ、あ、あッ……」 「うん……うんっ……あ、あ、あ……ゆーとくん、ねえ、ゆーとくんっ……」 キスをするときのように、梓が顔を寄せてくる。 「好きだよ、愛してる……」 「──!!」 最後の最後で、脳天に楔を打ち込まれた。 俺は、梓のささやきを何度もリフレインしながら、一気に快楽の頂まで駆け上がる。 「んッ……ん…………ッッ!!」 ──どくっ、どくっ、どくっ! 梓の中に、ありったけの精液が流れ込んでいく。 「あ、あ……ああぁあああああぁあぁああッッ!!!」 俺を受け止めた幼い身体が、幾度となく痙攣を起こし、その都度、精液が梓の中に射ち出されていく。 「はぁ、はぁ……はぁぁーーぁぁ……あつい……いっぱい出てる……」 七回、八回、身体をのたうたせた梓が、やがてぐったりと弛緩する。 二人の結合部から、白い粘液があふれ……ローションに混じってタイルに流れ落ちる。 「はぁ、はぁ、はぁぁ……中に出してくれた…………」 「ごめん」 「ううん……嬉しい……はぁ、はぁぁ……」 「んッ……ん…………ッッ!!」 ぎりぎりのタイミングで梓の両足を持ち上げる。 そのまま、全身の緊張を解き放った。 「んあっ……あ、あ……はぁぁ……すごい…………」 急角度に勃起したペニスから、大量の白濁液がほとばしり、梓の幼い身体に点々と跡を残していく。 「はぁ、はぁ……はぁぁ……なんか、今まででいちばんエロかった気がする」 「わたしもぉ……はぁ、はぁぁ……きもちよかったぁぁ……」 「このままキスできるかな?」 「ん……んん~……ああん、やっぱり届かないよ……ん、れるれる……ほらぁ」 「ん、れるれる……ほんとだ……」 「ああん……キスしてほしいのに……ん、んーーーっ……!! ちゅーしたいよぉ、もっとお口の中、舌でぐるぐるってしてほしい……」 「ああ、それじゃキスだけ……」 ──10分後。 「はぁむ……んむ、ん……ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅ…………れるれる」 結局、キスだけのつもりがこんなことになってしまった。 激しい営みでくたくたになっているにもかかわらず、梓はいつものように丹念にお掃除をしてくれる。 「ぷはぁ……きれいになったよ……はぁぁ、ゆーとくんの大事なとこ」 そこで息をついて、じーっとペニスを見つめる。 「私、ゆーとくんのことほんとに好きなんだ……」 「なにをいまさら」 「なんとなく、あらためてそう思ったの。ゆーとくんは私のこと、もっと好きになってくれた?」 「ああ、毎日そんな感じだよ」 「あは……嬉しいな。私、もっといっぱい勉強するね。ゆーとくんの知らないこと、いっぱい経験させてあげる……」 「はは、期待してるよ」 「じゃあ、次の非番の日まで、ひとりえっちは禁止ね」 「ええ!?」 「それまで、私に出してもらうのを楽しみにしていて?」 「それって、結局禁欲生活じゃないか?」 「ちがいますー、計画的えっちです!」 「む、どこがどう違うのか……でも、わかったよ、梓の計画に乗ってみる」 「うん、でも本当につらくなったら言ってね。エッチはダメだけど、内緒でしこしこしてあげる♪」 「……!!!」 「あ、想像したでしょ? ゆーとくんのエッチ……」 「この場合、エッチなのは梓だ」 「それに……よく考えてみたら、俺はとっくに梓に魅了されてたんだよな」 「何がどうなっても、俺は支配なんかしたくない……今の関係だから夢中になれてるんだと思う」 「私と……?」 「そう。あと、愛してる」 「ふにゃ……あ、あ、だめだめ! なんでトッピングみたいに言うのー?」 ──同時刻。 「はぁっ……あまり食べていらっしゃいませんね」 「身体が要らないと言うのでね」 「そんなわがままを言われては困りますよ。お食事はしっかり取っていただかないと」 「だからここに食べに来ている」 「点滴は食事ではないのですけどねえ……」 「ふふ、それはそうだな」 「そのわりに、ご機嫌麗しいようで」 「ああ、梓から便りが来たのだ。向こうは上手くやっているようだ」 「僕の六連君と?」 「梓の六連君と」 「……そろそろ、僕が嫉妬に狂って何かしでかしてしまうかもしれませんよ?」 「なにを言っている。私に変な期待をするなよ。いまさら別の道を歩むでもなかろう」 「それは、そうでしょうが……チクッとしますよ」 「痛いのは嫌いではないよ。君ならよく知っているだろう?」 ──翌日、午前0時。 「うわああああああああっ!」 「退がってください、特区管理事務局です」 「矢来さん、こっちだ!」 「!? これは……!」 「ふにゃ……んんーんん、ゆーとくん……」 「むにゃ…………………………」 ──がばっ!! 「あーーーっ、寝坊したーーーー!!!!」 「ゆーとくん、ゆーとくん、寝すぎ、寝すぎだってば!」 「ん、今日は遅番だろ?」 「なのに遅刻しそうなの!」 「げ、本当だ、でも壁の時計が!?」 「電池切れかかってたの忘れてたのー! ああーっ、ぱんつがない! ゆーとくん、知らない?」 「し、知らないけど……ごくっ」 「きゃああ、どこ見てるの? ああん、いきなり大きくなってるし」 「んなこと言われても、こっちに尻向けてるから」 「小さくして、小さくして!」 「無茶言うな、夜だし」 「ええっ、そういうの無理なの!?」 「自由意志じゃ無理。それに俺のこと気にしてる場合か?」 「でも、だって、みんなに見られるの嫌だもん……」 「……ごくっ」 「ああっ、なんでもっと大きくしちゃうの? もう吸血鬼って元気すぎるよ」 「無意識の挑発禁止!」 「ええ、私? ん……もう、仕方ないな。ならちょっと待ってて……ん、れるれるれる」 「うわ、梓?」 「目覚めのキスのかわりだよ。いいから出しちゃって……ちゅぶぶ、全部飲んであげる♪」 「あ、あ、あ……ッ!」 「おはようございまーすっ♪」 「今日もご機嫌ね、布良さん」 「え? そ……そうかな?」 「はぁぁ、ぎりぎりセーフだ……おはよう」 「どうしたの? やけに顔赤いわよ」 「は……走ってきたから、赤くてとと当然!」 照れて梓をまっすぐ見られないのは俺の修行が足りないからだ。 「ふふふ♪」 「笑うなよ」 「ああ、ラブラブってことね」 「な、な、なんのこと!?!?」 「よし揃ったな。唐突だが、事態が急展開をしている」 足早に部屋に入ってきた主任が、大型モニターに写真を表示する。 「つい3時間前に繁華街で発生した。見てのとおり、吸血事件だ」 数枚の写真が重なって映される。 被害者は20代の男性観光客。命に別状はなし。首筋に吸血痕。 「模倣犯ですか?」 「そう思うだろうが、問題はこの歯型だ。調べてみたところ、ジダーノのものと一致した」 「まさか……戻ってきたのか……!」 「だとしたら、私たちを挑発している……」 「俺たちではないのかもしれないがな」 主任が言葉に含みを持たせる。 アンナさん、あるいは荒神市長を……? 「テレビで流れます」 繁華街のど真ん中で起きた事件だ、さっそくローカル局のニュースに取り上げられた。 アナウンサーが『先月の傷害事件と同一犯によるものの可能性が高い』と読み上げている。 「もう発表したのですか?」 「だとしたら上の連中だ」 主任が苦虫を噛み潰したような顔をしている。 実際、ニュースでは風紀班による不手際が指摘されていた。 「俺たちはどう動くんですか?」 「待機命令だ」 「でも捜査は?」 「………」 無言のまま、渋い顔を浮かべる主任の姿に、一つの考えが浮かぶ。 「まさか、本土からまた戻ってくるなんてことが――」 「それって……!?」 「また、彼らと」 「俺たち風紀班の手に負えない事件ということらしい」 吐き捨てるように主任が言う。 確かに、あのとき風紀班はジダーノに地道に迫っていた。情報をかっさらって罠を仕掛けたのは連中のほうだ。 「連中は俺たちの言うことになど聞く耳を持たないからな。騒ぎにならなければいいんだが……」 「ジダーノの事件が戻ってくるとはなぁ……腕が鳴るぜ」 「佑斗くん、超やる気になってる??」 「借りが返せるかもしれないんだ、そうなるだろう?」 「そ、そうだね……」 「……心配?」 「うん、もうあんな怪我してほしくないもん」 「気をつけるよ、次はしくじらない」 梓が懐から、俺の送ったお守りを取り出した。 「ねえ、佑斗くん……これって私でも作れるかな?」 「もちろん。教えてやるよ、手先が少し器用なら簡単にできる」 「ありがとう」 「誰の分だ?」 「佑斗くんのと、あと……アンナさんにもプレゼントできたらいいなって」 ジダーノの事件──それはアンナ・レティクルへの殺害予告から始まった。 「ああ、それはいいな」 いつしか、梓が大人びたまなざしになっていた。 言っていることは子供じみたアイデアなのに、不思議と自然なことのように受け取れてしまうのはなぜだろう。 俺を反対に魅了するという梓の計画が、順調に進行しているせいだろうか。 「俺のは後でいいから早く贈ってやれよ。梓の手作りならアンナさん喜ぶぞ」 ジダーノの再来で気が立ってしまいがちなところを、梓にやんわりと包まれたような気分だ。 こんな風に、今度の事件もすんなりと解決してくれればいいのだが……。 ──そんなささやかな希望は、数日であっけなく打ち砕かれることになった。 「動くな、連行します!」 「ま、待てっ、俺はなにもしてない」 「不法滞在の摘発だ。抵抗するなよ」 「そっちの親子もだ、来い」 「待ってください、私たちは……」 「きゃあっ」 「[サッ]化[カー]物が、つべこべ言わずに早く乗れ!」 「今日中にこのエリアの摘発を完了します。急いでください」 「こっちに隠れてるのがいるぞ」 通報を受けた俺と梓が開発地区に到着したとき、すでに一帯は狩人の連中に制圧されていた。 「おい! なにしてる!!」 「取り締まりだ、邪魔をするな」 「これが取り締まりだって?」 「ひどいよ、こんなことするなんて」 「またアナタたちですか。ジダーノを逮捕するために必要な処置です、邪魔をしないでください」 「楓ちゃん! だからって無抵抗な人にこんなこと……」 「人ではなく[サッ]化[カー]物です。陰陽局の決定ですから従ってください」 「陰陽局の!?」 「…………!」 怯えた顔のカリーナさんが俺たちを見る。 「彼女はちゃんとIDを持ってるよ」 「ジダーノ事件発生後にIDを取得した者は、捜査対象に含まれます」 「でも連行する必要はないでしょ?」 「そういう命令です。早く運びましょう」 「ああ、こっちだ」 「やだ、うあ……っ!」 「だめ! 逮捕の理由がないでしょ!」 「おい、どうする」 「風紀班と問題を起こすわけにはいかん。引き上げるぞ」 舌打ちをした狩人たちが護送車に乗り込んでいく。 「怪我とかしてないですか?」 「…………助かりました、すみません」 カリーナさんは怯えた目のまま、あきらちゃんを連れて姿を消してしまった。 それ以上声もかけられず、梓が立ち尽くしている。 「アナタは、まだ梓姫の近くをウロウロしていたのですか?」 「梓だよ、あいつは姫じゃなくて梓だ」 「敬意を払っているつもりですが、伝わらないものですね」 「今日は敬語なんだな」 「アナタはこの間まで人間だったと聞きました」 「感染したら吸血鬼だ」 「吸血鬼として育った者が人間社会に溶け込むのは困難です。隔離して監視する必要があります」 「21世紀の狩人は、そのために働くというわけだ。で、吸血鬼の環境で育ってない俺は?」 「我々は吸血鬼の弱点を知っています。今ならアナタを人間に戻すことができます」 「ライカンスロープ因子を使ってか?」 「……なんでも話してしまうのですね、あの人は」 「悪いが断るよ。俺が吸血鬼だからできることだってあるから」 「梓姫を籠絡するとでも?」 「あいつはそんなに弱くない」 「それならいいのですが……今後、我々の邪魔をするようなら、アナタを敵とみなし狩猟します。そうならないように気をつけてください」 釘を差すように言い捨てて、楓が護送車に消えた。 「佑斗くん……」 「ああ、大丈夫だ……しかし」 視界から人っ子ひとり居なくなった開発地区が、まるで異国のスラムのように見える。 「ジダーノを探さないとな。連中の好きにさせておいたら大変なことになりそうだ」 陰陽局に所属してる人でも狩人の数はそれほど多くない。 だが、今回増援という名目で送り込まれてきた連中は、前にジダーノを追っていた狩人ばかりだった。 開発地区の掃除を終えた連中は、闇にまぎれて吸血鬼を検挙するようになった。 観光客のいる表通りには干渉しないのが、人目を忍ぶ彼らの流儀だ。 そのため、事件発生から1週間を過ぎても、《アクア・エデン》海上都市は平時と同じ顔を装い続けていた。 「リオー! こっちこっち!」 「あ、エリナちゃーん! はぁぁ、探したよー」 「エリナもはぐれたのかと思った。ああもう、グループ下校ってホント面倒っ」 「安全のためだから仕方がないよ。普通の子も不法滞在と間違えて連行されたりするみたいだし」 「ミューやアズサがいるからエリナたちはいいけど、みんな怖がってるね」 「このままだと、どうなっちゃうんだろ?」 「やな感じ。悪いこと起きないといいけどね……」 「どうだった?」 「ううん、こっちは何もナシ」 「やっぱ、ここは違うか……しかし、他はほとんど回ったしな」 「あれだけ長身の男の人なら、目立つと思うんだけど」 「前も全く姿を消していたからな。どこかにまだアジトが残っているんだろう」 あれから毎日、足を棒にしてジダーノを捜しているが、手がかり一つ見つからない。 「でも、大丈夫。あれから新しい事件が起きてないってことは、今の捜査が無駄じゃないってことだよ」 「ああ、それはそうだな」 まるで成果のあがらない捜査でも、梓が一緒だと心強い。 「……なあに?」 「いや、けっこう抑えられるもんだと思ってさ」 「おさえる?」 「ここしばらく、そういうのないだろ?」 「あ! そ、そっちのこと……!?」 「だ、大丈夫だよ、私はちゃんと切り替えられてるから。それに今は早くジダーノを探さないとね」 「つまり、溺れてないってことだよな」 「ううん……溺れてる。でも、好きだから平気」 「ん? どういう意味?」 「だって、こうやって一緒にいるだけで、えっちの快感なんかよりずっと強いもん……」 ついデレッとしてしまいそうになる俺の視界を、見覚えのある女性が横切った。 「あ、カリーナさん……!」 「……!」 梓に気づいたカリーナさんが、足早に立ち去っていこうとする。 「………………」 「仕方ないさ、風紀班の制服を着てんだから」 「ごめん、忘れてた。話しかけないほうがいいんだよね」 ほんの1週間だ。 ほんの1週間ほどで、この島の吸血鬼と風紀班の関係はまるで変わってしまった。 狩人たちが風紀班の名前で強引な摘発を続けたため、陰陽局自体がまるで吸血鬼の敵のように見られてしまう。 もちろん、梓がこれまで築いてきた人間関係までもが全て崩れたわけじゃない。 だが、いま風紀班と個人的に親しくしていたら、仲間の吸血鬼からどんな目で見られるかわからない。 「海上都市なんていっても、狭い世界なんだよな」 「それなのに、どうして見つからないんだろ」 「お疲れ様です、待機中なのに忙しそうですね」 「矢来か、すまんがコーヒーを頼む」 「嫌です、隊員は召使いではありません」 「そう言うな、駄賃をやるからさ」 「駄賃?」 「ほら、診断書だ……っとコーヒーを頼む」 「…………むー」 「……どうぞ」 「おう、すまんな」 「先日の吸血事件の被害者ですか?」 「ああ、極秘扱いにされてたのをようやく手に入れた」 「見ろ、首に穴は空いてるが、こいつには吸血された痕跡がないんだよ」 「……!?」 「犯人は誰だ?」 「まさか……狩人の自作自演?」 「さあな。確実に言えるのは、この段階で上にあげても握りつぶされるだけだ」 「私も情報を集めてみます。でも、いったいなんのために……」 「わずか1週間で吸血鬼の新天地がこの有様だ。急すぎるんだよ、何もかもが急だ」 「このまま吸血鬼が黙っているとも思えん。なにより気味が悪いのは、上の連中が見て見ぬふりを決め込んでいることだ」 「…………早く犯人を見つけないと危ないですね」 「俺は始発で本部に行く。あいつらは昼に世界を回そうとしているんだ」 「まったく、家にもろくに帰れんとはな。これだけ働いて、昇給どころか下手したら免職だ」 「……コーヒー、おかわりをお持ちしますね」 「フン、ブラックを頼む」 午前4時──梓といったん別れた俺は、扇先生の診察を受けに病院を訪れた。 右腕の予後は非常に良好なので、これといって診てもらう必要はないのだが、ジダーノに関する手がかりを少しでも得られないかと思ったのだ。 「やれやれ、大変なことになっているみたいだね」 「先生の周辺でも何かありましたか?」 「患者さんの何人かが検挙されてしまったよ。ちゃんとIDを持っているのにね」 「すみません、すぐに調べて釈放してもらえるように手配します」 「六連君の知らないところで起きたことなんだろう。前回と違って、市庁側にもサプライズで検挙しているらしいじゃないか」 狩人はジダーノ逮捕に協力するという名分をかかげ、不法滞在の吸血鬼を片っ端から連行しはじめた。 枡形主任は本部に再三の苦情を上げているが、陰陽局は捜査の一環として傍観する構えだ。 「陰陽局は、あわよくば島の吸血鬼たちが暴発するのを待っているようにも見えてしまうね」 「まさか、そこまでは……」 「君は、自分の組織がどんなところかあまり知らないんだろう?」 「彼らはね、この島から吸血鬼を追い出して、残った利権をそっくり手に入れようとしているのかもしれないよ?」 扇先生の言葉は、あるいは島の吸血鬼たちの本音かもしれなかった。 普段は共存して見える吸血鬼と人間も、一皮剥くとこんなものなのだろうか。 しかし本部からの待機命令となると、枡形主任のレベルでは対処のしようがない。 「吸血鬼の力をもってしても、人類には勝てないと思いますか?」 「アンナ様はそう考えているね。吸血鬼は個体数が少なく、人類ほどの社会を築けていない。あくまでも人類にぶらさがった生き物なんだ」 「ただ……」 言葉を切った扇先生が不敵に笑う。 「人類と戦えないかといえば、そんなことはない。彼らを不安のどん底に叩き落すくらいのことはできると僕は思うよ」 「物騒な話ですね……」 物騒と言うより、不吉な話だ。 だが、ジダーノたちの行動を推し量る材料にはなる。 「具体的には、どんな方法がありますか?」 「最も手軽なのはテロだね。君たちのような特殊能力の持ち主がテロリストになったことを想像してごらん?」 「──!」 「そこらの首脳の暗殺くらい容易いだろう。彼らにはそれができるんだ。でもしてこなかった」 「人類はこのことをもう一度考えてみるべきだろうね。人類と同等の知性を持ったライオンが町をうろついているんだ」 「それは、恐怖ですね」 「ハハハ……だからそんなことにならないように、市長やアンナ様が頑張っているんだよ。もう六連君は心配性なんだから♪」 「いやでも……うわわ、そんなベタベタ触らないでください!」 「ああ、すまない。つい君の白い肌に興奮してしまった。それからもう1つ、脳機能に異常はまったく無かったよ」 「正常ですか……」 「交戦時に聞こえてくる声だけど、おそらく緊張からくる幻聴だろうね。前後の状況を考慮すると、あるいは摂取した血液との相性が悪いのかもしれない」 血……!? 血液との相性──梓の血ではダメだというのか? 「そんなことってあるんですか?」 俺の問いかけに扇先生が大きくうなずく。 「摂取する相手を、少し考えてみたほうがいいかもね」 「そんな、あいつと俺の相性が……?」 「なんの話かな?」 「アンナさん!!」 予想外の来訪者に腰を抜かしそうになった。 自分で車椅子を転がして、アンナさんが病室に入ってきたのだ。 「梓との新婚生活はいかがかな?」 「新婚じゃありません!! あ、いや、お久しぶりです」 「アンナ様、少しお時間が早いのでは?」 「ああ、すまないね。公務が嫌で抜け出してきてしまった」 「はぁぁ……この緊急時に困りますねえ」 「こんな緊迫した状況なのに、アンナさんに往診しないんですか?」 「僕はそうしたいんだけどね」 「時間稼ぎしかしない陰陽局のお相手よりも、扇先生とお話をするほうが有意義だからね」 「そう言われて悪い気はしませんが。今日のお目当ては六連君ではないのですか?」 「俺ですか?」 「ああ、そうだ。枡形《チーフ》主任に伝えてくれないか。荒神市長は、まだ陰陽局との協力体制を継続するつもりなのでご安心いただきたい、と」 「──! わかりました、確かに伝えます」 「実際のところ、吸血鬼サイドはかなり不満を溜めていると思うのですが……?」 「ああ……板ばさみというのは辛いものだよ」 アンナさんのため息に実感がこもっている。 特区管理事務局に対する吸血鬼の反感を考えると、風紀班の制服で巡回することすらためらわれるような状況だ。 「今は、吸血鬼社会全体に不安が広がっている。じきに小夜様が事態収拾に動きだすだろう」 連日の強引な検挙について、陰陽局にも荒神市長から直筆の抗議文が届いたらしい。 本部は、ジダーノを逮捕するまで辛抱してくれと返答したようだが、それでは住民も納得できないだろう。 「風紀班の中に、我々と敵対する者が入り込んでいることは把握している。彼らを島から退去させないことには……」 「暴動が起きかねない。ですね?」 暴動──。 ふと、その言葉がある記憶を呼び起こす。 「──RIOT!?」 「ん?」 「前に話しましたよね。学院でジダーノと戦ったときに、頭の中に響いた言葉です──[RI]暴[OT]動って」 「ふむ……そんなことがあったのか」 「ある種の予知能力が働いたのかもしれないね。君の能力はやはり不思議だ」 「だからといって、特に役に立てそうもないのが残念ですが」 「焦れる気持ちは我々も同じだ。風紀班のみなさんには、一刻も早く犯人を探し出してもらいたいな」 「今日はお会いできてよかったです」 「寮のみなさんにもよろしく」 「はい、少なくとも枡形班は事態の収拾のために動いていますので」 「うん……また近く、会うことになるだろうな」 「梓も会いたがっていましたよ」 「願わくば良い形で再開したいものだね」 「はぁぁ、アンナ様には無茶をしてほしくないのですが」 「君にも難儀をかけるな。私に振り回されてばかりいる」 「構いませんよ。主治医というのはそういうものです、患者様」 握手をして、俺はアンナさんと別れた。 今は一刻も早く犯人を、ジダーノの行方をつかまなくてはならない。 病院の帰り道、俺はアレキサンドに足を向けた。 ジダーノの居所がわかったら教えてほしいと、前に頼んでおいたのだ。 しかし、そう上手い話があるわけではなく……。 「そうですか、ジダーノの居所はまだ……」 「ええ、ここ数日情報が錯綜していてね、あまりお役に立てそうにないわ」 「ジダーノについても、私の知る限りは風紀班の情報が一番確実な線じゃないかしら」 「わかりました。あとは足でつかむしかないってことか……」 枡形主任が信頼を置いている淡路さんの情報網でも、ジダーノの潜伏拠点がつかめないのか。 「ヤツが島に戻ってきたのか、あるいは成りすましの犯行か。それがわかれば動きやすくなるんですが……」 「なにか新しい情報が入ったらすぐに伝えるわ」 「あ、ちょっと待って……」 携帯電話を取り出した淡路さんは、しばらく画面を操作してから小さく深呼吸をした。 「新しい情報……それも大きいのがあるわ」 「ジダーノですか?」 「いいえ、市長が消えたわ」 「荒神市長が…………行方不明!?」 ──荒神市長失踪の一報から3日が過ぎた。 市長の失踪は今も伏せられたままだが、島の空気はさらに悪いものになってきた。 おそらく古くからの住民たちは、独自の情報網で荒神市長の不在を知っているはずだ。 その証拠に、彼らの姿が通りから消え、町を歩く人が観光客ばかりになってきた。 さらには、取締中の風紀班が暴漢に襲撃されたなどという不穏な噂話まで立ちはじめた。 もちろん事実無根ではあったが、実際にそうなってもおかしくない状況だ。 「裏が取れた、確かに荒神市長は行方不明だ」 「事実だったのか」 「でもどうして市長が?」 「連中の仕業ってことはないですよね?」 「わからん。ともかく市長は、公務の最中に忽然と姿を消したらしい」 「拉致じゃなくて、失踪の可能性もあるのね」 「市の対応はどうなるんですか?」 「荒神市長は単なる自治体の首長ではないからな、不在のままというわけにはいかないだろう」 「吸血鬼さんのリーダーみたいな人だもんね」 「そうなると後任は……」 「枡形だ、どうした……なに? そうか、ああ、わかった。引き続き、些細な情報でも入ったらこっちに回せ」 「何があったんですか?」 「噂話が現実になった。巡回中の部隊が住民の襲撃を受けたらしい」 「部隊というと……やはり、狩人たちの? となると、いよいよか……」 「それもデマかもしれん。今は自分の目で見たものしか信じるな」 「あの、《チーフ》主任!」 「今度はなんだ?」 「いまアンナさんからメールがあって、自分が小夜様のかわりを務めるって」 「それしかないでしょうね」 荒神市長の代わりを出来るのは、アンナさんしかいない。 市長とアンナさん、どちらか片方が健在ならば、なんとかなるという話でもある。 「おや、俺もメールだ……アンナさんから?」 「同じメール?」 「ああ、そうみたいだが……ん? 俺に来てもらいたい?」 「どういうことだ?」 「わかりません。なにか話があるとしか書かれてなくて……」 アンナさんが俺に……この非常事態に何を話したいというのだろう? 「アンナか……」 「はい、お迎えにあがりました」 「…………」 「……苦難の道を選ぶというのじゃな」 「私がやろうとしていることは、市長にはできないことです」 「このまま市長の不在が続けば、人間にさらなる介入の口実を与えることになる」 「そのために、今は吸血鬼社会の安定のため、市議会の緊急動議を経てアンナ・レティクル様のお力を借りることとなった」 「市長代理……アンナ様、どうぞこちらに」 「アンナ・レティクルだ。いまさら自己紹介が必要な顔でもあるまいから単刀直入に言おう」 「目下、《アクア・エデン》海上都市は非常事態に突入している。これはすべて、人類に必要以上の介入を許した結果だ」 「よって我々は、この状況を一刻も早く改善せねばならない」 「この島の現状を変えるために、小夜様は有効な手を打つことができませんでした──」 「いや、それは違う。小夜様は懸命にご尽力されていた。ただ、人類の悪意がそれを上回っていたということだ」 「皆も心せよ。ここ数日の混乱で、我々の前にひとつの問いが生まれた」 「すなわち、エデンの園を追われるのは、人か、我らか──!」 「アンナ様、それは……」 「市長代理ではなく、吸血鬼の長として申し付ける。一族の主だった者に、性急な行動を控えるように伝えよ」 「平穏に暮らしたい者はそっとしておくように。まずは戦う意志のある同志を募ることだ。密やかに、迅速に!」 「私からは以上だ、急げよ──」 『ははっ!』 「ふぅ……」 「お疲れ様でした」 「まったく難儀なものだ。もうこんな役回りはないと思っていたのだがね」 「往年の雄姿が偲ばれるようでしたよ、闇の女王陛下」 「ふん、老人をからかうな」 「はい、市長室──ふむ……アンナ様、彼が来たようです」 「そうか、お通ししてくれ」 梓を連れて市長室に入ると、目の前に扇先生が立っていた。 「やあ、六連君。布良さんもご一緒かな」 「アンナさんはお元気ですか」 「急に大任を仰せつかって参っているよ。入りたまえ」 「あっ、お、お久しぶりです!」 「やあ、梓も元気そうだね。こころなしか女らしくなったかな」 「ふに!?!?」 「くすくす、冗談だ、かけてくれ」 アンナさんは梓を前にすると、とても柔和な笑顔になる。 やっぱり一緒に来てよかったな。 「で、俺を呼んだのは、どういったご用件ですか?」 「小夜様でさえ打開できなかったこの状況を打破するために、協力をお願いしたいんだ」 「協力ですか? それなら枡形主任も一緒のほうが……」 「いいや、彼は必要ないんだよ」 アンナさんは俺個人になにかを話そうとしている。 なぜか、心のどこかにそんな予感があった。 それはジダーノのことだろうか? あるいは別の事柄が……。 「理由を教えていただけますか?」 「もちろんだ……なぜなら六連佑斗君、君が吸血鬼の王たる存在だからだよ」 予想外の話に梓が目を丸くする。俺も驚いた。 「王……?」 その言葉から連想されるワードはひとつ……。 ──ライカンスロープ! 「扇先生……まさか、俺が!」 「隠しておいてすまなかったね。検査の結果、君の体内からライカンスロープ因子が検出されていたんだ」 「ライカンスロープ……って、あの?」 「吸血鬼喰い……!」 「だから、僕は君の経過を観察していたんだ。暴走しないようにね」 「…………嘘でしょう」 「いや、まぎれもない事実なんだ」 「俺の中に……ライカンスロープが……!?」 彼らの目が嘘をついているとは思えない。 やはり俺は、吸血鬼喰いの化け物だった!? 吸血鬼からも[おそ]惧れられるような、そんな得体の知れない存在? 「梓、俺は……」 いや、梓だって恐ろしいはずだ。 ライカンスロープという怪物……俺の中にはそんなヤツが潜んでいた。 だから俺は吸血鬼よりも執拗に梓の血を求め、ひょっとすると梓の命すら……! 「もしこの人たちの話が本当なら、俺は……」 ──俺は危険だ。 梓に向かって伸ばしかけていた手をひっこめる。そのとき……。 「佑斗くん……」 ぎゅっと手を握られた。 やわらかい、少し汗ばんだ梓の手のひらの感触。 次の瞬間、たじろいだ俺の体が、梓の小柄な身体へと引き寄せられていく。 「大丈夫だよ、佑斗くん。だいじょうぶだから……」 「…………けど」 「だって、佑斗くんが変わるわけじゃないでしょ?」 だいじょうぶ……。 これまでに何度も聞いた梓の言葉が染み込んできて、歪んでいた視界が晴れる。 相変わらず、梓は大丈夫を組み立てるのが上手い。 その言葉に嘘はないから、自然に俺の内側へ入ってくる。 そうだ、確かに、俺は俺に違いないのだ。 ──ぱむぱむ。 「佑斗くん」 「ああ……ありがとう」 「動揺させてしまったね、すまなかった」 「取り乱すところでしたよ。でも言われてみれば納得できます。確かに俺の能力は普通じゃなかった」 机の下でギュッと梓と手を握る。 いま、すぐ隣に彼女がいることが、たまらなく心強い。 「ですが、その俺が力を貸すというのはどういうことです? ライカンスロープは吸血鬼と相容れぬ存在ではないのですか?」 「必ずしもそうではない。ライカンスロープとは、吸血鬼の上に立つべき存在とされているんだ」 「上位互換とでも言うのかな。とにかくスーパー吸血鬼に違いはないんだよ」 「そういう能力があったとしても、若造の俺なんかにできることが?」 「──ある」 一度俺の目を見たアンナさんは、小さくうなずいてから切り出してきた。 「君には、我々のシンボルになってもらいたい」 「…………アンナさん?」 「我々……というのは海上都市ではなく、吸血鬼のことですか?」 「そう、ライカンスロープは人類に対抗する切り札だ」 「対抗……!?」 「…………」 いま、アンナ・レティクルが人類に対しての反抗を宣言した。 一緒に寮で暮らしていたころ、アンナさんから聞いていた話が次々に甦ってくる。 そうだ、当時からいつかこんな日が来るんじゃないかという恐れはあった。 「それは避けられないことなのですか?」 「残念だが、我々は荒神市長の拉致にも陰陽局がからんでいると判断しているんだ」 「もはやこれを緊張状態とは呼べないのだよ。戦いは始まっている」 「俺に……陰陽局を捨てて、吸血鬼の陣営に入れと?」 「そうだ。いや君だけじゃない、矢来さんも、稲叢さんも、エリナも、ニコラも、寮のみんなにはこちら側に来てもらいたい」 懐かしい日々を思い返すように遠い目をしたアンナさんが、最後に梓を見据える。 「布良梓、人間の君にもだ──」 「アンナさん……!」 「ですが…………そんなことを、いきなり言われても」 「急な話ですまないとは思っている。だが、もう悠長なことはしていられないんだ」 アンナさんの顔は、前に病院で会ったときとまるで違う。 覚悟を決めた人の目というのは、きっとこういうのをいうのだ。 「………………」 梓は俺を見ている。俺はどう覚悟を決める!? 「……残念ですが、俺の意志だけでは決められません」 「ほう」 「梓と相談して決めさせてください」 これが俺の回答だ。 だが、責任を梓にかぶせるという意味ではない。 「なぜだい、彼女は人間だ。出す答えもひとつだよ」 「そうは思いません。たとえそうであったとしても、今の俺にはそれが正しい解答です」 「……梓みたいな奴が俺の理想ですから」 俺の言葉に梓が息を呑む。 「梓はなんていうか、殺伐としたことが苦手で、力関係なんかを気にする奴じゃなくて、人の悪意にも気づかなくて……」 「だから、こいつの考えているように物事が運べるようにすることが、きっと正しいと俺は思う……それを支えるのが、俺の役割です」 「フフッ……」 「だから俺は、狩人にも、吸血鬼にも、陰陽局にも[くみ]与しない。俺は梓の側に立って考えます」 「やれやれ、とんだ優柔不断だな。アンナ様、やはり彼との交渉は無理ですよ」 「だが無益ではなかった」 「そうかもしれませんね。六連君、悪いが君の意志に拘らず、力を貸してもらわなくてはならないんだ」 「──!?」 「扇先生……!!」 「おっと」 「ああっ……!?」 扇先生──いや、扇元樹の手刀が梓の右手を打ち、抜きかけた銃が床に転がる。 「貴様……!」 「おっと、残念だがもう君と戦うつもりはない」 「梓、俺の後ろに入れ……」 扇元樹と正面からにらみ合う。 その瞬間──!! まただ、またあの声が──。 「予知能力なんかじゃないんだよ、それは……」 「──!?」 「いいかい、僕の六連君……」 僕の……!? うっ!! なにか……ヤバい!! 正体不明の強烈な危険信号が脳内を駆け巡る──!! 「……!!!」 絨毯の床を蹴った。 俺は全力で振りかぶった拳を、目の前に立った扇元樹の顔面に……! 「──────」 「がああああああああああッッ!!!!」 何だ!? 天地がひっくりかえる。俺が、俺の身体が千切れて、飛び散る!? 「佑斗くん!? 佑斗くんっっ!!!」 梓──いや、来るな……!! 俺は、俺は…………[・]俺[・]で[・]は[・]な[・]い……!! 「ようこそ僕の世界へ……六連佑斗君」 なんなんだ、さっき扇元樹が何かを呟いた。と思ったら…… そうだ、あの言葉は―― ──RIOT. 「佑斗くん……佑斗くんっ!」 「人間と吸血鬼が対等の関係になるのは極めて困難だ。しかしこの島は、まぎれもなくその理想へ近づこうとしていた」 「アンナさん……!」 「残念ながら、向こうが手を払ってきたのだがね」 「でも、でもどうして急にこうなるんですか! もっとお互いのことを……!」 「君は布良の者だろう。我々を苦しめた狩人の一族だ」 「でも、だって佑斗くんが……!」 「もはや状況は動き始めている。梓にもそれはわかるだろう?」 「佑斗くんを返してください!」 「いいかい布良梓、君の母親は私が殺した──」 「──!!」 「本当だよ。手の震えが収まったら、私を撃ちにくるがいい」 「……待って、佑斗くん、佑斗くんっっ!!!」 「ここは……うぐっ!!」 くそ、頭が割れるように痛い。 それになんだ、この、全身をうねらせるような、まとわりつくような痺れと痛さは──。 「扇先生……!?」 いや、違う……これは現実の光景じゃない。 「いや、3人は多いだろ」 扇元樹……どういうことだ。 眩暈と同時に、自分の見たこともない景色が脳裏に次々と浮かび上がる。 これは、誰だ……俺は……。 俺は──扇元樹!? これは扇元樹の記憶……!? そうか……俺の中にあるライカンスロープ因子は……扇元樹のものだ。 だからあいつは俺を操ることができた。 そうか、あの点滴だ。検診の点滴、あの中に扇元樹が混入していたのだ──。 真っ暗な眠りから再び意識が水面まで引き上げられてくる。 やがて、どこか田舎の山奥のような景色が浮かび上がり……。 「貴様に、私をくれてやろう……」 「さあ受けるがよい。これが吸血鬼の血だ」 「Everlasting life……うんざりするような人生の最後に、君と出会えたことは《ぎょうこう》僥倖であったな……」 「………………」 「いまのは……………………誰だ?」 いや、誰かはもう知っている。 年老いた吸血鬼……それが、扇元樹と言う名のライカンスロープに血を吸われ、能力を奪われて息絶えるまでの映像──。 不死の能力者であった彼は、まだ幼かった扇元樹と出会い、そして彼に自分を捧げた。 「ライカンスロープ!? 扇先生が……俺が!?」 疑いようもなく、これは俺に植え付けられた扇元樹の記憶だ。 若き日の扇先生が、実際に体験した物語だ。 扇元樹は年老いた吸血鬼に乞われて彼の力を吸い、その記憶を得た。 幾百年を生きた吸血鬼の持つ、記憶という名の膨大な情報。 そのなかに扇元樹は、かつて老吸血鬼が愛したある女吸血鬼の存在をみつけた。 それは……。 「アンナ・レティクル……!」 なんだろう、アンナさんを思い出しただけで胸が高鳴る。 これは扇元樹の肉体が感じたであろう反応。記憶の中に現れた老吸血鬼が、かつて感じたことのある高揚感だ。 だから、扇元樹はアンナさんを助けている……? ──そして、俺の中にも扇元樹のライカンスロープ因子が埋め込まれている。 「くそっ……」 頭だけでなく全身がまだ痺れている。 おまけに俺の両手両足は頑丈な手錠でがっちりとつながれている。 元樹のことよりも、今はこの状況からどうやって脱出するかを考えなくては……。 「無駄な抵抗はしないことだ。君が扇元樹に勝つことはできないよ」 「アンナさん!?」 「大声を出すんじゃない。だから前に言っただろう、彼には油断をするなとね」 一瞬、胸が高鳴った。 そう、まるで……梓を見たときのように。 だがこの人は梓じゃない。理性が肉体の条件反射を押さえ込む。 「これから、俺はどうなるんですか」 「こうするんだよ」 アンナさんが手元のリモコンのスイッチを押すと、びくともしかなった手錠がすんなり解錠された。 「奥の扉の先に直通エレベーターがある」 「今からでも逃げろと? 俺を逃がすんですか……?」 「フフッ……私も梓を悲しませたくないのでね」 アンナさんが俺に手を振っている。 まるで、これが永遠の別れのような……そして、得体の知れない慕情がこみ上げてくる。 俺は……アンナさんを愛している? いや、俺じゃない……俺の中にいる……誰が? 扇先生が?? 「アンナ様、同志のうち、主だった者二十名が集まりました」 「我々のほかに、いまや二百名近い誇り高き吸血鬼がアンナ様のご指示をお待ちしています」 「大儀であった。時節の到来までよく耐えてくれた」 「我らの王にたりえるライカンスロープの噂、お伺いしましたぞ」 「そう、確かにライカンスロープはこの島にいた。そしていま、彼は人類と戦う我々の助けとなることを申し出てきた」 「おぉぉ、それは心強い」 「ライカンスロープは吸血鬼の力を奪うことができる。我々が人間の血液を吸うようにだ」 「だが我々は人類と同じ過ちは犯さん。外敵を討つのはライカンスロープだ。それで異存あるまいな」 「ハッ、アンナ様!」 「あの、アンナ様……」 「どうした?」 「ライカンスロープをここで紹介するおつもりですか?」 「うん、そのつもりだが? いつまでも隠してはおけないだろう」 「ですが眠らせたままでは、イメージが悪いのでは?」 「ははは……なにを言っている。ライカンスロープなら既に来ているじゃないか」 「は?」 「君だよ、扇元樹」 「言い忘れていたが、残念なことに六連佑斗は逃走してしまった。君が代役をやりたまえ」 「なんと……!」 「不本意でも役割は果たしてもらうぞ。なんといってもライカンスロープのくだりは、君の引いた図面なのだからな」 「それに……」 「ライカンスロープ役に君以上の適任者などいないだろう?」 「はは、貴女という人は……」 「さて、同志諸君には、近く必ずや起こるであろう人類との戦いに備えてもらいたい」 「もはやこの《アクアエデン》海上都市という器を守る必要はない。我々吸血鬼は、人類と対等の立場を得るための行動に移る!」 「紹介しよう。来るべき戦いにおいて我々を率いるのは、伝説のライカンスロープ──」 「扇元樹です、よろしく」 「フフッ……驚いたかね? 私もだ……意外なところに天敵は潜んでいた」 「吸血鬼もライカンスロープも、人類にとっては排除すべき異種族に違いはなかったということだ。彼を仲間に加え、我らは闘争を……」 「何事だ?」 「ど、どうした?」 「進入者です、武装した風紀班の……ぐあっ」 「特区管理事務局です、抵抗をやめてください!」 「ぬうっ!」 「うぐああ!」 「首謀者アンナ・レティクル以下、主だった吸血鬼の領袖を確保します」 「了解だ!」 「応戦しろ! ひとりも生かして返すな!」 「くッ……相変わらず遠慮というものを知らぬようだな、狩人共めが……」 「私の護衛はここに残って同胞を誘導せよ!」 「車椅子は1人で動かせる。観光客に死者が出るのは最悪だ、くれぐれも騒乱を拡大せぬよう……」 「アンナさん!!」 「………………おや、梓も来ていたのか?」 「佑斗くんを返してください!」 「ふむ、彼はまだ戻っていないのか?」 「え……? あれ、なんでみんな逃げてくるんですか?」 「狩人の仕業だよ。私の市長代理就任と同時に牙を剥いてきたようだ。これで一般の観光客にも島の異変が知れてしまったな」 「そんな……あっ、市庁舎から煙が!?」 「どうやら私の拘束を最優先にしたようだ。あるいは抹殺かな……」 「狩人が……ここまでするなんて」 「これまでに彼らの仲間を何十人も殺してきたからね。恨みは簡単には消えないということだ」 「そういうわけで今は時間がないのだ。君が聞きたいのは六連佑斗のことだけかな?」 「あの……私のお母さ……」 「……………………」 「これ………………佑斗くんに教わって作ったんです」 「それは?」 「お守りです。私も同じのを佑斗くんからもらって、これから寮のみんなのも作ろうと思ってて、だから……」 「梓、君は……」 「この島がずっと平和であるように、アンナさんにも持っていてもらいたくて」 「それを、渡しに………………?」 「ふふふ…………プレゼントを贈るのは私だったのだがな」 「ありがたくいただいておこう。六連君ならすでに自力で脱出を果たしているから、安心するといい」 「いつですか?」 「1、2時間前といったところかな……」 「あ、待ってください、アンナさん!」 「賢くなるんだよ、布良梓。君の思うような世界を作り出すのには、素直さを上回る賢さが必要だ……」 「……!!」 「伏せろ!!」 「梓姫! なにをしているのです!」 「蝿が、もう降りてきたか……梓も戻るんだ、私と話していると裏切者だと思われる」 「そんな……あ、扇先生!?」 「アンナ様、こちらへ」 「まだこんなところにいたのか。今は私より君のほうが大事だというのに……!」 「くらえ……っ!」 「待って、楓ちゃん!!」 「──!!」 「アンナ様!?」 「はぁ……はぁ、はぁ……っ……」 「く……っ、ひどい汗だ……おまけに視界がいかれてる」 しかし、ここで追っ手に捕まっては意味がない。 早く、早くみんなのところへ……・ 「佑斗くんっ!!」 「佑斗、無事みたいね」 「梓か……美羽も……」 「よかった、もう大丈夫だよ」 見知った顔にほっと息をつくと、たちまち意識をもっていかれそうになる。 「悪い……ちょっと体調がすぐれない」 「風紀班の格好でいるのは危ないわ。早く移動しましょう」 「なにか……あったのか」 「アンナ様が撃たれて負傷したわ」 「狩人か……」 「うん。今はいいから、目を閉じてて……」 「ああ、すまない……」 「ニコラ、いる?」 「こっちだよ、佑斗君は?」 「ここにいるよ、まだ身体の自由がきかないって」 「布良さんの血は?」 「ううん、今は無理。アンナさんの仲間に見つかったらまずいかも」 「今日だけでいいわ。朝になったら車で迎えに来るから」 「……うん、責任をもってお預かりするよ」 アンナ・レティクルの決起集会と、狩人による市庁舎襲撃はニュースになることなく、一部関係者以外には秘密にされた。 半日ほどで意識を取り戻した俺の身体には目立った異常もなく、意外なほど体調は良好だった。 ただ、ひとつ──。 頭の中には、どうしようもない違和感のようなものが残っている。 当然だ。俺の身体には、扇元樹と同じライカンスロープの因子が溶け込んでいるのだから。 「……ひとまずの最新情報はそんなところよ」 寮に戻った俺たちは、ひとまずそれぞれの知っている情報を持ち寄って、現状を確認することにした。 アンナさんの反乱と狩人の襲撃。扇元樹がライカンスロープだということ。 そしてこの俺も、扇元樹の診察中にライカンスロープの因子を植えつけられた可能性があること……。 第二の吸血事件をきっかけに、島の状況はめまぐるしく変化している──。 「ショックだな、アンナ様がそんなに人間を憎んでいたなんて」 「そうは見えなかったのにね」 「俺はなんとなく、アンナさん個人の考えじゃないような気がするよ」 「この島の吸血鬼を守るために、蜂起したってこと?」 「あるいは、そうなるように挑発されていたのかもしれない」 診察のときに扇元樹が言っていた話だ。 俺を惑わすための会話ではなく、案外それが実情かもしれない。 「狩人と吸血鬼……」 「それと、俺たち風紀班だな」 そもそもの原因は吸血事件の再発だ。 それがきっかけで、この島の状況が一気に悪化した。 狩人、それに陰陽局──人類と吸血鬼の対立を煽る力があるのなら、どうやってそれと戦い、この島の秩序を守ればよいのか。 動き出したアンナさんや狩人たちとは違った答えを、俺たちも出さなくてはならない。 「……できることを探さないとね」 「…………あのっ!」 梓が、思いつめたように口を開いた。 「あのね……このこと、今まで美羽ちゃんにしか話してなかったんだけど……」 「布良さん……?」 みんなに狩人の出生を隠していたことを、梓はずっと気にしていたのだ。 それでも、こんな事件が起きなければ話さずにすんだことだ。 「本当は……本当はね、私……」 「アズサがなんだろうと関係ないよ」 「そうだよ、我が[はら]同[から]胞に違いはないってね」 「はい、その通りだと思います」 「みんな……」 美羽が俺に目配せをする。 そうだ……確かにもう、いまさらの話だ。 町がどんな状況になっていようと、それで俺たちの関係が変わってしまうことはない。 「前に梓が言ってたんだぜ、正体がなんだろうと俺は俺だって」 「うん……そうだったね」 梓が狩人だろうと、俺がライカンスロープだろうと、そんなことは関係がない。 寮のみんなとの関係はそれでいいが、そもそもこの寮は、狩人からも吸血鬼からも注目されている。 無用のトラブルを避けるために、ひとまず俺たちはそれぞれの職場に身を寄せることにした。 エリナとニコラはカジノのスタッフルームに、莉音は淡路さんのところへ、俺と梓と美羽も、しばらくは風紀班の仮眠室に場所を移すことになった。 当座の荷物をさっさとまとめた俺は、携帯をチェックする。 梓の話では、アンナさんが被弾したように見えたというが、だとすれば容態が気がかりだ。 「アンナさんにメールしてる?」 「ああ、今日も2通ほど出したんだが戻ってこないな」 梓が沈んだ顔でうなずく。 このうえアンナさんの身にも万一のことがあったら……。 「退魔弾だっけ。あれにやられるとどんな症状が出るんだ?」 「体内のヴァンパイアウィルスが壊されるんだけど、発熱してかなり苦しむって……ショック死することもあるって聞いたことがある」 「当たったように見えたんだよな」 「うん……でも、普通の弾だったのかも。アンナさんにもしものことがあったら、もっと大変なことになってると思うし」 「確かに、吸血鬼が暴発してもおかしくないな。だとしたら、最悪の状況は避けられたのかもしれない」 いつもの『大丈夫』が出てこないのは、梓自身にも大きな気がかりがあるからだ。 俺が扇元樹に捕らえられた直後に梓が聞いたという、アンナさんと梓の母親の話──。 「お母さんのこと、気になるよな……」 「うん……アンナさん、どうして急にそんなことを言ったのかな」 「……梓を遠ざけたかったんじゃないか?」 梓の母親が狩人なら、かつて人間との闘争に身を置いていたアンナさんに殺害された可能性は確かにある。 しかし、それをこのタイミングで伝える必要があるだろうか。 「狩人と吸血鬼の争いに梓を巻き込みたくなくて、それでわざとそんな話をしたのかもしれない」 「前に、アンナさんは俺にも島を出て旅行にでも行けって言ってたんだ。だから、きっと梓にも……」 根拠は薄い。しかし、そう思っていいだろう。 あるいは何らかの別れをアンナさんが自覚して、その前に本心を明かそうとしたのかもしれないが、あえてその話は伏せた。 「アンナさんが……」 梓が手に持った鏡をぎゅっと握る。 いま俺にできるのは、梓の近くにいて、なるべく『だいじょうぶ』な話を聞かせてやることくらいだ。 それが大きな救いになることは、俺自身がよく知っている。 そのあとで疑うのは、梓を支える俺の役割だ。 「それもお守りなんだよな?」 「うん、吸血鬼は鏡に映らない──っていうから、古い狩人はみんな鏡を持っていたんだって」 鏡を覗き込むと、俺の顔が映し出されている。 吸血鬼が鏡に映らないというのは、もちろん迷信だ。 「思い込みに惑わされないように──っておばば様がくれたの」 「相手のことを、ちゃんと見ないとわからない?」 「うん……そういうこと」 吸血鬼だけじゃない、狩人たちのことも……そして、扇元樹……ライカンスロープ……。 「──!?」 ふいに、脳の奥で声が響いたような気がした。 「ライカンスロープ……複数の能力……?」 「佑斗くん、だいじょうぶ? 頭痛?」 「学院かもしれない」 「え? 学院がどうしたの?」 「わからない。ひょっとするとジダーノがいるかも……」 「──!! わかった……すぐ美羽ちゃん呼んでくる!」 「着いたわ」 「本当に、ここにジダーノが……」 「探してみないとわからないが……ちょっと待っていてくれ」 正門から学院の敷地に足を踏み入れる。 ジダーノがいるという確証はない。 だが、もしもジダーノが事実、狩人たちの攻撃で被弾していたというのなら──。 「ん……くんくん」 地面に突っ伏して、石畳に鼻先を擦り付ける。 いま頼りになるのは嗅覚だ。 梓の血をもらって吸血鬼以上に敏感になった俺の鼻が、なにかを捉えることができれば。 「……ん!」 「見つけた?」 「わからない、とりあえず、こっちから変な臭いがする」 「校舎内じゃないのね……」 「ああ、あまり嗅いで気分のいいものじゃないな」 ──30分後。 警察犬のように花壇の隅にたどり着いた俺は、手持ちのスコップで地面を掘り返した。 黒い土のなかに、いくつか薄い色の花が咲いている。 「死んでいるってこと?」 「ああ、おそらくは」 「事件が起きたのが2週間くらい前だから……」 「いや、もっと前だ」 「……?」 やがて、ビニールシートにくるまれた遺体が掘り出された。 強烈な腐敗臭がすると思ったが、地中深く埋まっていたせいか遺体の状態は悪くないようだ。 「広げるぞ……1、2の……」 せーのでビニールシートを開いて、中の遺体を確認する。 「……ジダーノだ」 「どうしてわかったの?」 「またあの声が?」 「いや、そうじゃない。その前に、ジダーノなら携帯を持っていたはずだ。探してみよう」 発見された遺体は鑑定の結果、ジダーノであると断定された。 死亡原因は退魔弾の反応によるショック死で、身体のあちこちに死因につながるとみられる銃創が発見された。 「吸血鬼に拉致されたと聞いて心配したが。お手柄だったな、六連!」 上機嫌の枡形主任が、俺の肩をバンバンと叩く。 この上機嫌には、もうひとつ理由がある。 狩人が市庁舎を強引に襲撃した一件で、枡形主任は本部と長時間電話でやりあった結果、狩人の一時待機と武装解除の命令を勝ち取ったのだ。 「いや、矢来と布良もよくやってくれた。確かにあれはジダーノの遺体だ」 「やっぱり、ジダーノは島を出ていなかったのか……」 これで、少しだけ事件の核心に近づくことができた。 ジダーノは、俺が腕を切断されたあの日に死んでいたということだ。 「でも、どうしてわかったの?」 「2回目に戦ったジダーノが、ずっと腑に落ちなかったんだ」 「あ……! そういえば佑斗くん言ってたよね。ジダーノの性格が変わったって」 「ああ、やたらハイでクスリでもやったのかと思っていたんだが……もうひとつ決定的なキーワードがあった」 ──RIOT. 「ジダーノとの戦いで脳裏に響いた言葉が、扇元樹が俺にしてきた攻撃の文句と一緒だったんだ」 「もしも扇先生がライカンスロープなら、複数の能力を使うことができる……?」 「ああ、つまりジダーノに変身することも可能なわけだ」 ──RIOT. それは島の未来を予言した言葉ではなく、俺の体内のライカンスロープ因子に暴動を起こさせるためのキーワード。 扇元樹は、往診のふりをしながら俺を操るための下準備を着々としていたのだ。 アンナさんは、そのことに気づいていたのだろうか……。 「俺の身体を誰かに操られているのは、気味が悪いけどな」 「つまり、最初の倉庫で戦ったのが本物のジダーノで、学院で戦ったのは扇先生……?」 「そう考えればつじつまが合う」 「入れ替わったのはいつだ?」 「学院で俺とジダーノが戦った日だと思います。おそらく本物のジダーノは狩人の流したデマを信じて、寮に監禁されたアンナさんを助け出しに来た」 「しかし待ち構えていた狩人の攻撃で被弾し、学院内に逃げ込んだ……」 「ここまでが本物のジダーノだったんじゃないかと思います」 遺体は退魔弾の直撃を何度も受けていた。 もしあれが扇元樹なら、俺を治療することなんてできるはずがない。 「だとすると、2人が入れ替われるのは学院だけ……」 「それで、学院にジダーノの遺体があると思ったの?」 「遺体じゃなくても、なんらかの証拠は残っていると思ったんだ」 「狩人が追跡している最中に、ジダーノの遺体を念入りに処分することは不可能だろ?」 「じゃあ、こないだの吸血事件も扇先生が……?」 「おそらくは……」 「動機はなんなのかしら」 「吸血鬼と人間の抗争を煽るため?」 「俺にもそうとしか思えないんだが、それをしてなんのメリットがあるのかだよな……」 「レティクル代表の指示か?」 「でも、目的は?」 「小夜様を市長から追い落として、実権を握るため……ですか?」 「動機としては弱いな。だが、ひとまず事情を聞く必要ができたことは確かだ」 内線のコールが鳴り、美羽が受話器を取る。 「《チーフ》主任、携帯の通信ログが解読できたみたいです」 ジダーノの携帯電話は、本人の傍らではなく学院の遺失物保管庫で発見された。 おそらく逃げてくる最中に落としたのだろう。 採取された指紋がジダーノのものと一致した。 「おい、この『ろくろくメモリアル』ってのはなんだ?」 「携帯ゲームですね。確か学園内で恋愛をするってやつ」 「まさか……こっそりハマってたってことはないよね?」 「テロリストが恋愛ゲームに?」 「頻繁にアクセスして、メッセージを送っているな」 「こういったゲームは、参加者同士でメッセージをやりとりするのが醍醐味だそうです」 「参加者ってのは誰なんだろうな?」 「あ! アンナさん、寮にいるときはいつもこのゲームやってたよね?」 「なるほど、てことは……」 「アンナ様は寮に避難しながら、ジダーノを操っていた?」 「もしそうなら、アンナさんが一連の事件の黒幕って可能性が出てくるな」 「まさか、小夜様をさらったのも……?」 報告書を乱暴に置いた枡形主任が、デスクの受話器をとりあげる。 「俺だ、枡形だ。至急本部につないでくれ! すぐにゲーム会社のサーバーを押さえるんだ!」 狩人の行動を制限して、扇元樹にターゲットを絞る。 これまで受け身、受け身で動かざるを得なかった風紀班だが、ようやく事件の速度に追いつくことができそうだ。 今後の展開を考慮した最低限の準備は整っている。 昼を徹しての仕事を終えた俺と梓は、仮眠をとるために寮に戻ってきた。 「佑斗くん、気づいてる?」 「あの車か?」 いつもと変わらない寮のたたずまい。 だが、吸血鬼に狙われているであろう俺を監視するために、外には風紀班の車が待機している。 あの車は枡形班のものじゃない。ひょっとすると狩人かもな……。 待機命令が出ているとはいえ、無茶をする連中だ。 「それもだけど、町の様子」 「?」 「もっと動きがあると思ったのに、落ち着いてたよね」 「アンナさんに万が一の事態は起きていないってことか」 枡形主任が前みたいに報告を引き伸ばしている間に、どうにかアンナさんと接触をして事態を収束させることだ。 そのためには、アンナさんが今も健在でなくては困る。 もっとも梓自身は、もっと純粋にアンナさんの容態を気遣っているのだろう。 俺には真似のできない、そして俺が梓のことをこんなにも好きでいる理由がそこにある。 「さ、早く帰ろうぜ、腹減ったよ」 「はーい、たこやき焼けたよー♪」 「おお、待ってました! いただきまーす!」 「わ、すごい食欲だね」 「さっきから匂いだけ嗅がされてたんだから当然さ。あち、あちち……はふはふ……」 「ふふふ……こっちがチーズで、こっちのはスジ肉も入ってるよ♪」 「うまい、はふ、熱い、美味い……はふ! 水! 水!」 「そんなに焦って食べなくてもいいのに」 「焦ってなんか……あち、はふ……はふ……はぁぁ、落ち着いた……それにしても梓のはいつ食っても美味いな」 「えへへ……でも、これしかできないから」 「お好み焼きと焼きメシも美味いぞ」 「それ味付けみんな一緒だし」 「美味けりゃ正義だよ。しかし、梓はどっちかというと家事とか得意そうに見えるから、意外といえば意外だけど」 「うぅぅ、よく言われる……もっと勉強しないとなぁ」 「その気はあるんだ?」 「だって、佑斗くん毎日粉モノじゃ嫌でしょ?」 「え? あ……ああ! そうだな!」 驚いた。今あっさりプロポーズされたのかと思ったが。 考えすぎか、疲れてるな俺も……。 「ふー、食った食った」 「たくさん食べたねー。いま片付けるから」 「あとは俺がやるから休んでろよ」 手早くたこ焼きのホットプレートと食器類を洗って、帰りに買ったアイスクリームの箱を開ける。 本当は普段着に着替えてのんびりしたいところだが、今はそうも言っていられない。 「梓はラズベリーとキャラメルでよかったよな」 「わ、ありがと♪」 明日からまたハードな仕事になる。あるいは今夜にも叩き起こされるかもしれない。 それでも、何があってもペアで動くようにと枡形主任から言われている。 梓と一緒なら血液の補給には困らない。しかし主任が言っているのはそういう意味ではないだろう。 「んー……しあわせー」 「こんなんで英気が養えるなら安いもんさ。できれば店で食べたいところだけどなあ」 「今は仕方ないよ。これが終わったらデートだってできるしね♪」 「いいな、正攻法で遊園地とか行ってみるか。でっかいお化け屋敷あるんだよな?」 「わ、私おばけ苦手……」 「吸血鬼の相手をしてるってのに」 「それとこれとは別だよ。ふぁぁ……」 「……眠かったら先に風呂入れよ」 「うん……でも後でいいよ。今あんまり眠れそうにないし」 たこやきとアイスでテンションを上げてはいるものの、残念ながら心から楽めるような状況ではない。 携帯のゲーム会社のサーバーに残っていた夥しいデータから、アンナさん黒幕説を裏付ける証拠が浮かび上がってきたのだ。 自然と俺たちの会話内容も、事件の方向へ流れていく。 「アンナさんはジダーノに狙われていたんじゃなくて、命令を出していたってことになるよね?」 「日付を見る限りそうなんだろうな」 アンナさんと、ジダーノと思われるユーザーとのやりとりは、最初の吸血事件以前に遡る。 2人の間を何度もやりとりされたメッセージ──その文面は恋愛相談のような内容ばかりだが、おそらく暗号や隠語が使われているものと思われる。 具体的な内容の判明にこそ至らなかったが、会話を主導していたのはジダーノよりもアンナさんの側だったように思える。 もっとはっきり言えば、ジダーノはアンナさんの要請で何かをしていたようなのだ。 アンナ・レティクルは俺たちの寮に避難したとみせかけて、実は事件を背後で操っていた──。 枡形班が導き出した現段階での結論はそうだ。 「寮に避難することで、荒神市長の目を気にせずに指示をだすことができる」 携帯ゲームに没頭していたアンナさんの姿が目に浮かぶ。 「正確には携帯と扇先生か。あの人が最初に倉庫で倒れていたのも、今にしてみれば怪しいってことになる」 「扇先生がおつかい係だったってことだよね」 「そう考えるのが自然だよな」 狩人たちは、アンナさんが犯人を匿っていると難癖をつけて強引に市庁舎を襲撃した。 その件が明るみになったことで、今は武装解除と待機命令が下っている。 しかし、この調査結果が明らかになれば、どうなるだろう……? 「でも、なんのためにアンナさんはそんなことしたのかな?」 「荒神市長を失脚させて、海上都市を乗っ取るため……」 「それは、なんのために?」 「そりゃあ、人類と戦って……いや、本当にそうだな」 無謀な決起のイメージは、どうしても寮にいたときのアンナさんとは重ならない。 アンナさんが今の島の状況を憂えていたことは、想像に難くないのだが。 「たとえ一時的にこの島から人間を追い出しても、それは勝利じゃないよな」 「うん、そのことはアンナさんがいちばんよく知ってると思う」 そうなれば本土からの反撃を呼び込み、この島の未来をより悪化させるだろう。 「世界征服でもしない限り、どうしようもないよな」 「……しないよね」 「……しないよな」 「でも、前に扇元樹が言っていたな。吸血鬼がテロリストになれば人類を恐怖に陥れられるって」 「新しい吸血事件を起こしたのも、扇先生……」 「ああ、そっちが本命かもしれないな」 もし全てが扇元樹の計画だとしても……なぜそれにアンナさんが乗っかっているのか、それがわからない。 「いずれにしろ時間はない。主任の引き延ばしにも限界があるし、俺が拉致されたこともすぐに広まるだろう。そうなれば本土から……」 「でも、だいじょうぶ」 「…………この状況でも?」 「うん、アンナさんもきっと良くしようとしてると思うよ」 「梓……」 よく、そこまで信じられるものだ。 呆れたのではなく俺は感心していた。 俺は疑うことで、梓は信じることで前に進もうとしている。それが面白い。 「まだアンナさんを信じられる?」 「だって、《チーフ》主任が言っていたでしょ。自分の目でみたものだけを信じろ──って」 梓の手が無意識に胸元の鏡をもてあそぶ。 「そうか……そうだな」 だから、俺は梓を支える──。 梓の言うとおり、引っ越しをするたびに俺の居場所は増えてきたのかもしれない。 だが、もうこれ以上はなくてもいい。 今は、梓の隣が、ここが俺の居場所だ。 「あの鏡、今も持ってる? よかったら、もういちど見せてくれないか」 「うん……」 ──迷信に惑わされるな。 それが、梓の胸にかけられたメッセージだ。 確かに、アンナさんの行動は黒幕としては不合理だ。 俺をシンボルとして利用するのなら、催眠術やら暗示やらで自由意志を奪っておくべきだろうし、ましてや逃がしていいことなどひとつもない。 「アンナ・レティクル……」 吸血鬼の姿を映さないと言われていた鏡。そこには、眉を寄せた俺の顔が浮かんでいる。 次の瞬間──。 「──!!」 強烈な衝撃が襲ってきた──!! 頭痛というには激烈な痛み──これは!? 梓の鏡が手から零れ落ちる。 「佑斗くん!?」 「梓……ぁぐぐぐッ!!」 あのときと一緒だ!! ──RIOT!! 市長室で、扇元樹に因子を暴走させられた直後の……!! あの老吸血鬼──!? 一瞬、その姿が目の前にちらついた。 いや、違う……俺の記憶なのか……? これは扇…………いや、ちがう、俺は…………。 ──アンナ。 ──アンナ、なぜだ? 「………………」 ──なぜ、みんなを裏切った。 「やむを得ぬ[し]仕[ぎ]儀だ。私にも抑えることはできなかった」 ──俺たちを敵に回してもか? 「種族の橋渡しなど、誰も望んではいないだろう」 「狩人が吸血鬼と添い遂げようとすれば、里を追われる。それは我々吸血鬼にとってもおなじことだ」 ──俺は認めない。 「私だって認められない」 「だから逃がしたのだ。後日の災いになろうともな」 ──アンナ! 待ってくれ、アンナ! 「さらばだ、もう会うこともあるまい」 ──君は吸血鬼をどうしようというんだ! 「この世界を変えることができるのなら、それが望みだ」 ──アンナ!! ──アンナ!!!! 「佑斗くんっ!!!」 ──アンナ……。 ──夢か? いや、今のは……。 「だいじょうぶ? また頭痛がきたの?」 「梓か……」 目の前に心配そうな梓の顔があった。 俺をまっすぐに見つめる、幼くあどけない表情──。 「ありがとう、もう大丈夫だ……」 良く知っている梓が、まるで別の子のように見える。 なぜか──。 ああ、理由もだいたいわかる。それは……。 ──ぱむぱむ。 「ふに……?」 「アンナの居場所が知りたいな」 「アンナさんの?」 「急がないと、狩人たちも探しているはずだ。俺どのくらい寝てた?」 「5分くらい……」 「はは、5分か……」 「50年は経った気がするんだけどな……ちょっと水飲んでくるよ」 「……佑斗くん?」 「………………」 「君にも難儀をかけるな。私に振り回されてばかりいる」 「やれやれ、本当に難儀な能力だ……」 「……貴方は無茶をしすぎです」 「はぁ、はぁ……アンナの使いか……残念だが、俺はここまでだ」 「わかっていますよ。だが、貴方が来なくてもアンナ様は立ち上がったでしょう」 「そうか、アンナはまだ……」 「ジダーノ、お前の思いも私が引き継ごう」 「──!」 「目を閉じていろ、すぐに楽になる……」 「ふぅ…………厄介ですよ、本当に」 「厄介なものばかり背負ってしまった、貴女のためにね……」 「元樹様、準備が整いました」 「欠員は?」 「一人も無く」 「みんな死ぬつもりで?」 「光栄であります」 「だよね……」 「それじゃあ行こうか、僕らの世界を作るために」 リビングに戻るなり、ライカンスロープの五感が危険を察知した。 さっきから建物の周りを、おびただしい殺気が取り巻いている。 「佑斗くんっ!」 「梓も気づいたか。正体がバレたらいきなりだな……」 囲まれてるな……この感じは狩人じゃない、吸血鬼だ。 「銃は?」 「部屋に取りに戻ってる余裕はなさそうだな。梓……すまん」 「うん…………んッ!」 白い首筋に牙を立てる。 さいわい情欲は煽られなかった。 梓の匂いとともに、五感が覚醒していくのがわかる。 「んン……はぁ、はぁ……外の車は?」 「どうだろうな、あまり期待しないほうがよさそうだが……来るぞッ!!」 梓とほとんど同時に、リビングの床に身を伏せる。 銃声とともに、黒い影が窓を割って部屋に飛び込んできた。 「やはり来たのは貴方か、扇元樹!」 目の前に立ちふさがる元樹の顔が、まるで別人のように見える。 凶暴で危険な怪物──こいつが、扇元樹の本性か。 「六連君、やはり君を放置できなくなった」 「それは俺も同じだ。借りがあるみたいだからな」 右手を叩くと、扇元樹が口だけで笑った。 奴の背後には10人ほどの吸血鬼。アンナさんのところで見た顔がちらほらまぎれている。 おそらくは腕に覚えのある連中だろう……俺と梓の2人では手に余る数だ。 「相手は2人だ、一気にかかるぞ!」 「女は殺すな!」 「梓にも用があるのか?」 「いや、君に本気になられると厄介だ」 「今だって本気だ!!」 早く決着しないとまずい。俺は床を蹴って元樹の顔面を狙った。 くっ……かわすか!? 「ハッハァ、楽しいな。君とじゃれ合うのは久しぶりだ」 「やはりお前がジダーノか」 「そうさ、途中からね」 「だと思……」 元樹の手がきらっと光った瞬間、メスが俺の頬を掠めて背後の壁に突き立った。 「今日はお医者さんだから、前よりも怖いよ」 「だったら1人で来い!!」 フックが紙一重でかわされる。 ひらりと舞うように距離を開いた元樹が、どこからともなくメスを抜き取る。 あのスピードでは──いや、見える!!! 梓の血で強化された肉体が二本目のメスを払いのけ、元樹の懐に肉薄する。 「喰らえ……ッ!!」 なに、硬い──!? こいつも硬質化しているのか!! 「ハッハァ、ぬるいぞ、怯えているのか?」 「うぐッ!」 「君の中にいる僕が、いつ暴れるか怖いのだな……フハハハハ!!」 「見透かしたようなことを!」 違う、俺は怯えてなどいない。 元樹だ……こんなにやけた顔をして、あのときのジダーノと同等、あるいはそれ以上に強い──! ──だが、まだだ!!! 「──えいっ!!」 「うぐっ!」 「もうひとつ!」 「ぶあっ……こいつ、ただの風紀班じゃない……狩人だ!」 「手強いぞ、ナメてかかるな」 「梓!!」 「大丈夫、吸血鬼さんは私に任せて!」 しめた……一瞬だが、元樹の注意が梓にそれた。 「もらった!!」 「……くっ!」 かわした元樹がにやりと笑う。 「おっと、そうはいくか。僕はジダーノだよ、君とは年季が違う」 「血を吸っただけだろう!」 ライカンスロープは記憶を引き継ぐ……ジダーノという男の記憶もまた元樹のものになったのだ。 それはつまり、放浪を続ける吸血鬼たちの人類への憎しみもまた、元樹のものになったということだ。 「そんなに人間が憎いか?」 「ああ、憎いね、とてもいい気分だ!」 来る──! だが、記憶しているということと、実際に身体を動かすということは別のはずだ……! 「うぐっ……!」 鳩尾に強烈なのをもらった。強化された肉体を打ち抜かれ、胃液が逆流してくる。 「げはっ……くは……ッ……!」 「残念だが、君の能力では僕に勝てないよ」 膝をつきかけたところで危うく持ちこたえる。 「君は僕のイミテーションに過ぎないのだからね」 こいつがオリジナル? いや、だとしても!! 「大丈夫だ、梓……!」 まだ、俺は負けてはいない! 何の根拠もない言葉だが、口にすると少しだけのぼせていた頭が醒める。 元樹がリビングのテーブルをひっくり返し、脚をへし折って武器にした。 「はぁ、はぁ…………ふぅっ……!」 木の杭で心臓を突くつもりか。 もちろん迷信だが、生きていられないことに違いはない。 「さあ、終わりだ。君を人類に渡すわけにはいかない」 「……どうして俺をライカンスロープにした?」 元樹がふっと目を細めて、唇だけを動かす。 ──RIOT! 「うわああああああああッッ!!」 だめだ、意識を離すな。 目の前に元樹がいる……こらえろ!! 『大丈夫──』 梓の言葉を思い出すと、途切れそうになった意識が甦る。 なんの根拠もない言葉……いや、根拠はある! 「残念だが、お別れだね」 ジリジリと脳の中が灼かれるようだ。 しかし、なにかこいつを倒す方法が……! 「佑斗くんっっ!!」 ──梓!? 声と同時に、ひゅんと、なにかが空を切る。 ──銃!? 梓の銃が俺の手に……! 吸血鬼に囲まれた梓が、たったひとつの武器を俺に投げてきたのだ。 「うああっ──!!!」 「梓っっ!!!!」 吸血鬼たちの腕が梓を組み伏せる。 奴らの手が白い首筋にかかり、喉笛を……!! 「ひぐ……ッ!」 「手を離せッッ!!」 無意識に身体が動いた。 まるで獣のように四つんばいで跳躍した俺は、梓を押さえ込んだ吸血鬼を跳ね飛ばして小さい身体を腕の中に抱きとめる。 「けほっ、けほ……佑斗くん……!」 「バカ、俺なんかのために武器を捨てるな!」 梓が俺を守るんじゃない。 俺が梓を守る──! だから武器なんかなくても……こうやって。 「はぁぁ……助かったよ……」 「ああ、お前が正しい!」 周囲を取り囲んだ吸血鬼の前に、元樹が立ちふさがる。 また、唇だけが動き……。 ──RIOT! 「うぐ…………ぅぅッ!!!」 またしても、脳を引き裂く電流のような衝撃! だが、絶対に俺は倒れるわけにはいかない。 この腕の中に……! 「来るな!!」 組み伏せようとした吸血鬼を跳ね飛ばした。 アンナ、元樹、老吸血鬼──俺の脳内でいくつもの声が暴走をしている。 「大丈夫だよ、佑斗くん!!」 その混乱の中に差し込む──ひと筋の光明のように梓の声。 ああ大丈夫だ。 なんの根拠もないわけじゃない。俺の根拠は……梓だ! 「悪あがきだ、捕まえろ」 「……そう思うか?」 瞬時に手が動き、銃口が元樹の顔面をとらえる。 吸血鬼の肉体に宿った反射速度。梓と一緒に訓練を重ねた、その成果だ──。 「ぐぶっ!?」 顔面に赤いパウダーがはじけ、元樹が跳ね飛ばされる。 瞬間、まるで魔法のように俺の頭を痺れさせていた電流が消えうせた。 周囲に舞い散る鼻につく臭い。これは──! 催眠弾じゃない、退魔弾!? 「梓、後ろに入れ!」 丸腰の梓を抱きかかえたまま、吸血鬼の前に立つ。 銃口を向けられた吸血鬼がじりっと後ずさりをする。 「俺たちに戦う意思はない。アンナさんのところに戻ってくれ」 その一言で、吸血鬼たちのあいだに動揺が走った。 俺の背後から、梓が心配そうに倒れた元樹をうかがう。 「あ……」 ヒクッ……と元樹の上体が動いた。 ライカンスロープの因子に退魔弾が効くのか──? 「うぐ……う……こ、これは……う、うあああああああッ!」 「効いてる……」 しばらくじたばたともがいていた元樹は、やがてぐったりと動かなくなった。 周囲の吸血鬼たちは呆然とその様子を見ている。 「退魔弾だよな」 「他に弾がなくて……賭けだったんだけど」 肌の色が赤く染まっているのは、ヴァンパイアウィルスが破壊されるときの反応と同じものだ。 たとえここでショック死を免れたとしても、ライカンスロープだった元樹は、ただの人間に還るのだ──。 「……梓、伏せろ!!」 「きゃあっ!!」 「くそ、まだいるのか……!?」 屋外から打ち込まれた銃弾が部屋の中を弾け飛ぶ。 窓から外を見ると、装甲車から黒い戦闘服がばらばらと降りてくるのが見えた。 「あいつら……狩人か?」 「うん、楓ちゃんがいる……」 「待機命令はどうなってる? 梓、美羽に確認を頼む」 「うん……もしもし、美羽ちゃん? うん、うん……わかった!」 「待機命令、解除されてないって!」 「ならここは俺たちが守らないとな……銃を取ってくる。梓は吸血鬼を頼む」 部屋に駆け戻り、制服のベルトから銃を抜き取る。 騒ぎを拡大して吸血鬼を駆逐したい狩人たちの手に扇元樹が落ちたら、事態は悪い方向に加速するだろう。 ここは俺たち風紀班の踏ん張りどころだ。 しかし不思議と楽天的な気分でいられるのは、梓がいるからだ。 リビングに戻った俺は梓に予備の弾を渡した。 梓は倒れた机をバリケードにして、窓の外の様子を伺っている。 「いつもの模擬弾と、こっちが麻痺弾だ……連中は?」 「さっきから引き返してって頼んでるんだけど、ぜんぜん聞いてくれなくて」 「だろうな、仕方がない……」 それから後ろを振り返り、吸血鬼たちに指示を出す。 「狩人の弾は吸血鬼には致命傷だ。あんたたちは伏せていてくれ」 「ここは風紀班に任せてください」 まずは背後の吸血鬼たちを戦いに加えないこと。 それから、待機命令違反の狩人を俺と梓で食い止める──。 「また10人以上だ、行けるか?」 「誰に言ってるの?」 「それもそうか、すまん」 「麻酔弾は佑斗くんが使って。パウダーだから、相手が武装してても顔を狙えば大丈夫だし」 「梓は?」 「私は模擬弾のほうが慣れてるから、だいじょうぶ」 「はは、頼りになるな」 「それじゃ、せーので行くよ! 私が右、佑斗くんは左!」 梓の合図と同時に、ドアを蹴破って狩人たちが入ってきた。 「突入! 内部の吸血鬼とライカンスロープを無力化します!」 『おおっ!』 『せーの!』 「くっ!」 「うぐっ!」 「ぐあっ!」 「ううっ!」 突入と同時に迎撃──! 一塊の銃声は、梓の銃口から放たれたものだ。 俺が狩人2人の顔面にパウダーを炸裂させている間に、梓の模擬弾は4人の眉間部を直撃している。 「な、なに……っ!? うあ!」 銃を弾かれた楓に見向きもせず、梓は次の標的をとらえている。 「よし、あと5つ!」 「はぁっ……おしまい」 「……けっこう自信あったんだけどなぁ」 「みんなやっつけたのに、どうして元気ないの?」 俺が必死で4人を相手にしている間に、梓は8人──。 しかも模擬弾で、的の小さい手を狙ってだ。 「それさ、どこで習ったの?」 「狩人の里だよ」 「才能かなあ……」 「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」 同じ訓練を受けていたはずの狩人たちが、負傷した仲間をかばって退却していく。 「さあ、あとは吸血鬼さんたちに帰ってもらって……ああっ、もういない!?」 「逃げられたか……扇先生は?」 梓がしょんぼりと首を振る。 「はぁぁ……前に集中しすぎてたよ……」 「仕方がないさ、俺たち2人であの人数の吸血鬼を拘束するのは不可能だ」 無理に拘束しようとしたら、それこそ本気の殺し合いになっていただろう。むしろ穏便に引き上げてくれて助かった。 「襲撃の証拠はここに山ほど残ってるし、ひとまずは撃退成功ってところかな」 ほっと一息ついたところで、ふたたび梓の携帯が鳴る。 「あ、美羽ちゃんから……もしもし? うん、こっちは大丈夫。うん、うん……それがね、扇先生と狩人がいっぺんに来て……」 梓が話し始めるのと同じタイミングで、銃声が外から聞こえる。 枡形班が、命令違反の狩人たちを確保するために到着したのだろう。 「向こうはどうだって?」 「うん、いま終わったって。あんまり抵抗されなかったみたい」 「一件落着か」 「佑斗くんは平気? 扇先生に殴られたとこ……」 「これでもライカンスロープだぜ」 「だけど変な気分だ……まるで自分で自分を撃ったような感じで」 同じ里の狩人を撃退した梓が、神妙にうなずく。 「ともあれ、初めての共同作業は成功かな」 「え!? え? いまなんて!?」 「2度言わせるな。しっかし、こいつは片付けるの大変だな」 「むしろこれからが本当の共同作業じゃない?」 「なんだか意味深ですね、布良さん」 「ああっ、乗ってあげたのになんで引いちゃうの!?」 ボロボロになったリビングは、現場検証が終わるまで片付けられない。 ひとまず梓の部屋に場所を移すことにした。 「私に話したいこと?」 「ああ……美羽たちが来る前にな、大事なことなんだ」 「……うん」 落ち着いた声が返ってきた。 眠りから醒めた俺の様子がおかしかったことは、梓も気づいているだろう。 梓と向かい合わせに座って、彼女の手を握った。 「アンナさんは……俺たちの敵じゃない」 そこでいったん呼吸を置いた。梓の瞳がまっすぐに俺を映している。 「どうして?」 「そう思う根拠ができたんだ」 「教えてくれ、もし梓がアンナさんだったらどう考える?」 「私が?」 「アンナさんはこの町の在りかたに不満を持ち、元樹やジダーノと裏で手を結んで荒神市長を監禁し、人間に不満を持つ吸血鬼たちを扇動した──」 「これは陰陽局の解釈だ。でも、きっと他の物語があるはずなんだ」 「他の物語……?」 「ああ、梓ならきっとそれがわかると思う」 「私が、アンナさんのことを信じてるから?」 「それもある。けれど、それ以上に……」 ライカンスロープの因子、元樹の記憶が伝えたもうひとつの真実──。 「梓は、アンナさんの血を引いているんだ」 「──!?」 梓が絶句する。 無理もない、俺だってまだ信じられないことだ。 RIOTの4文字が俺に見せた、幻のような真実……。 「さっき、俺の意識がある吸血鬼に重なっていた」 「ジダーノ?」 「いや、もっと昔の老いた吸血鬼だ。そいつは生きることに飽きてしまい、最後に若いライカンスロープに自分の全てをくれてやろうと思ったんだ」 俺は、自分の中にある記憶をたどるように言葉をつないでいく。 「そのライカンスロープというのが、少年の頃の扇元樹だったんだ。そして俺の中に埋め込まれたライカンスロープ因子もまた、扇のものだった」 「待って……じゃあ佑斗くんは、扇先生の記憶を持ってるの?」 「最近のことはわからないが、古い記憶なら少しは……」 「元樹だけじゃない。ライカンスロープは血を吸った吸血鬼の能力と記憶を奪うことができる──」 「なら、その吸血鬼さんの記憶も?」 「ああ、扇元樹の『RIOT』で甦ってきた。そこで知ったんだ……」 「俺はアンナの──いや、その吸血鬼はアンナさんの恋人だった」 梓の呼吸が止まった。 ややあって、ゆっくり静かに息を吐き出す。 「アンナさんと老吸血鬼は結ばれ、2人の間に娘が生まれた。彼女もまたヴァンパイアウィルスを受け継ぐ吸血鬼だ──」 口に出すことで、脳に刻まれていた情報が明確な形になっていく。 「娘の能力はアンナさんから受け継いだ不老の力だった。生まれて数十年経っても、まだ二十歳に満たない女の子のような外見をしていた」 「それが、人間の男──こともあろうに狩人の男を愛してしまった」 「佑斗くん……」 「そうして、娘と狩人の男は二人の前から姿を消した」 「やむを得ぬ[し]仕[ぎ]儀だ。私にも抑えることはできなかった」 「その狩人の姓が布良だ」 「種族の橋渡しなど、誰も望んではいないだろう」 「……この先の記憶は断片的だ」 「佑斗くん、私……私は……」 「だが、この記憶が正しければ、梓のお母さんはアンナさんの娘だ」 そうして、俺は同時にもうひとつの理由に行き着いた。 どうして扇元樹がアンナさんを支え続けているのか……。 いや、今は梓のことだ。 「だから、一緒に考えてくれないか。もしも梓がアンナさんなら、どうする?」 「私がアンナさんなら…………」 胸の鏡を取り上げた梓が、じっとその模様を見つめている。 「たぶんだけど……たぶんアンナさんは、小夜様に不満を持ってはいない……」 それは俺の想像とも合致している。 でも、だったらどうして市長をさらい、吸血鬼を扇動したのか……? 「扇元樹に騙された?」 「ううん、ひょっとしたら……ひょっとして、私がアンナさんなら……」 「なにかわかるのか?」 梓が遠くを見つめながら想像をめぐらせる。 その手には鏡ではなく、俺が贈った猫のお守り──。 「ああ、梓がアンナさんだったら?」 梓はもう一度確認するように、口を閉ざす。 二度目の吸血事件──狩人の取り締りと、島民の不満、そして吸血鬼の長という立場。 「もしも……」 「もし私がアンナさんなら……」 ──10分後。 「……マジかよ」 制服を取りに部屋に戻った俺は、自分のベッドを見て言葉を失った。 扇元樹が──俺のベッドに仰向けで寝転がっている。 「逃げなかったんですか?」 ため息混じりに声をかけると、元樹は目だけでこっちを向いて自嘲するような笑みを浮かべた。 「……具合はどうです?」 「よくはないよ。死ぬっていうのは、こういう気分なのかな」 「退魔弾の効果です。ヴァンパイアウィルスを駆逐する薬の副作用で、一時的に発熱するんです」 「ライカンスロープ因子には効かないと思ったのにな……狩人の執念だね」 まだ身体の自由がきく状態ではないのか、扇元樹の瞳はどこか虚ろに天井を眺めている。 「君のベッドで寝るのが夢だったが、こんな形で叶うとはね」 「添い寝はしてあげられませんよ。すぐ仲間を呼びます」 「で、僕を殺すのかい?」 「もう人間のあなたを?」 「人間か……ふふふ、どうだろうね」 苦痛に顔をしかめた元樹が、また自嘲の笑みにもどる。 「僕は肉体の特徴だけで差別をするのが嫌いなんだ。下に集まっている吸血鬼どもは、ただの人間と同じようなものだ」 「貴方は違うと?」 もう扇元樹は、仲間の吸血鬼たちが退却したことすら感じられなくなっている。 彼はもはや、ライカンスロープではないのだ。 「僕の脳には、人間では決して持てないだけの記憶が入っている」 「俺も巻き添えだからわかります。貴方の記憶と、貴方が能力を吸い上げた老吸血鬼の記憶……」 一瞬、驚いたような顔をした扇元樹が、すぐにまた遠くを見やる。 「RIOTのせいです。予想外でしたか?」 「いいかい? 記憶が人を縛るのだ。そして記憶が人を作るのだよ」 「そして膨大な記憶を宿した貴方は、すでにこの世界に飽きてしまった」 「……だから僕は、化け物なのさ」 「アンナさんのことを話してもらえますか?」 「貴方はライカンスロープの俺を操って、反逆のシンボルにしようとしていた。だがアンナさんは俺を逃がしてくれた」 「アンナさんは俺や梓を、吸血鬼の反乱に巻き込みたくなかったんじゃないですか?」 「そう、それは正しいよ。僕も一杯食わされた」 「それは、血を分けた梓のため?」 「そうだ、愛する君に化け物の記憶を分けてあげようか。アンナの娘の話は、君の記憶にはなかっただろう?」 記憶の伝達方法は、もはや言葉しか残されていない。 天井を見ながら、ライカンスロープの力を失った扇元樹が、老吸血鬼の古い思い出をつぶやきはじめる。 それは記憶を分け与えられた俺にとってもどこか懐かしい、セピアがかった風景だった──。 「狩人が吸血鬼と添い遂げようとすれば、里を追われる。それは我々吸血鬼にとってもおなじことだ」 アンナの娘は狩人の男との間に娘をもうけたが、やがて不老の正体が知れ渡り、狩人の里を追われた。 さらに狩人たちから命を狙われるようになった娘を、アンナは再び保護したのだ。 しかし娘は吸血鬼の力を捨てたいと言いだし、人間として生きることを選んだ。 それを知った老吸血鬼の落胆が、確かな記憶となって甦ってくる──。 「私だって認められない」 しかしアンナは、結局娘の願いを聞き入れた。 狩人の秘薬でヴァンパイアウィルスを破壊された娘は、不老の能力が失われたために急激に衰え、老婆の姿になってしまったのだ。 それでも娘は、最後は夫のもとへ身を寄せたいと願った。 裏切者として狩人に囚われた夫のもとへ。そこには彼女の生んだ子──アンナの孫もいるのだから。 「だから逃がしたのだ。後日の災いになろうともな」 しかし人間の肉体は急激な老化に耐え切れず、夫に会うことなく命の灯火は消えた。 そういう意味で、アンナは梓の母を殺したのだ。 「さらばだ、もう会うこともあるまい」 ──同じ悲劇を繰り返さない。 そう願ったアンナは老吸血鬼の元を去り、荒神市長の招聘を受けて海上都市に身を寄せることにした。 「この世界を変えることができるのなら、それが望みだ」 娘への復讐と闘争ではなく、ただ世界を変えること。 それがアンナの望みだったのだ。 「狩人との間に生まれた子供は、普通の人間だった……」 元樹がうなずく。 それが梓だ。 囚われ衰弱していた梓の父親は妻の後を追うようにこの世を去り、生まれた梓は狩人によって育てられた──。 「どうして貴方はアンナの……アンナさんの計画に乗ったんだ?」 「昔の女を応援するのは当たり前のことだと思わないかい?」 「そういうタイプには見えませんが」 「僕だって不本意だよ。けれど、やはり記憶というのは強かった」 「……そうか」 悔しいが、それだけで元樹の言いたいことがわかってしまう。 「貴方は、老吸血鬼の記憶から愛情までもらってしまった。それでアンナさんを支えようとしていたんだ」 おそらくは、それが彼の狙いだったのだろう。 若いライカンスロープに命を捧げた老吸血鬼の、最後の博打──。 「まんまと乗ってしまったと?」 「だってそうだろう? 所詮は僕を作っているのも、記憶にすぎないのだからね」 「記憶の主が手に入れられなかったものを、貴方がかわって手に入れる。そういうゲームをしていた」 俺の中にある元樹の思考をたどると、そういう答えになる。 当の本人は俺の言葉には答えず、ただ、少し寂しそうな顔をした。 「アンナさんは今?」 「残念だが…………もう助からない」 「!?」 「市庁舎の襲撃で僕を護ろうとしたんだ」 「もともと長くないのはわかっていた。だから僕のために銃弾を浴びたんだよ」 それでは、狩人がアンナさんを殺したことになる!? いや、待て、落ち着いて考えろ。 「……だとすれば、あの吸血鬼たちは俺じゃなくて狩人を襲撃したはずだ」 元樹がふたたび自嘲の笑みを浮かべる。 「アンナさんはどうして吸血鬼をまとめようとしたんですか?」 「彼女の気持ちを語れるのは、彼女だけだよ……」 「わかってます。そしてアンナさんはきっと貴方にも全てを話してはいない。だから……」 ベッドに屈みこみ、憔悴した元樹に顔を寄せる。 「だから、梓が聞くんです」 ──二時間後。 「はい……了解しました。こちらは引き続き待機します」 「市庁舎の備品室で荒神市長が保護されたってさ。特に怪我もなく元気らしい」 「よかった……けど、つまりはどういうことだったの?」 「この状況で市長を守るにはこれしかなかったのかもな……」 海上都市に派遣された増援のうち、待機命令を無視した20名が風紀班によって拘束された。 彼らは全て狩人の出身で、特区管理事務局本部から調査班が到着するまでは支部の留置所に置くことになった。 一方で、アンナ・レティクルの蜂起に同調した吸血鬼は合計で100名を超える。 じきに本部が何らかのアクションを起こすだろうが、それまでは風紀班もうかつに動くことはできない。 単純に人数では向こうのほうが明らかに多いのだから、今は暴動が起きないことを祈るのみだ。 そんな、緊張した夜が明けるまでのインターバルのような時間……。 「アンナさんが蜂起したとき市長が被害者になってくれないと、その後の事態が収集できなくなる」 荒神市長はアンナさんの裏切りによって不意をつかれ拘束された。 そのため、吸血鬼の決起を押し留めることはできなかった。 アンナ・レティクルを信任した責任は市長にあるが、本当の悪者はアンナさんひとりだ。 「そうしてアンナさんは、島の現状に不満を持つ吸血鬼を集めて決起をうながした」 その結果が現在だ。 元樹たちを狙って寮を襲った狩人は風紀班に拘束され、リーダー役を失った吸血鬼たちも身動きがとれないでいる。 島の観光客に、吸血鬼の暴動を知られたという報告はない。 「今ごろ本部はパニックだろうな。吸血鬼を締め付けようとした結果がこれじゃ……」 「みんなが辞表書くの?」 「主任が嫌ってる上の人たちはヤバいかもしれないな」 事態収拾に功績を立てた枡形主任の意見が通りやすくなれば、吸血鬼排除に傾いていた陰陽局の状況も変わるかもしれない──。 「あるいはそこもアンナさんの狙いかもしれないな。本命は別のところにありそうだけど」 「布良さんはそのこと……」 「聞きに行ってる。アンナさんもいまさら隠さないと思うよ」 だって、あいつは……。 「……おや、どこからが夢でどこまでが現実かわからなくなるな」 「おはようございます」 「梓に起こされるとは……まあ現実ということにしておこうか。今の私にはどちらもさして変わりはない」 「ちょっと熱があるが、心配はいらない……怪我はないかな」 「大丈夫です。でもびっくりしましたよ、急にこんなことになるから」 「君たちにはずいぶんと迷惑をかけてしまったね。私の逮捕に来たのかな?」 「小夜様のことは、元気になってから事情を伺いに来ますから」 「フフフ……それは期待に添えないかもしれないよ」 「あまり時間は残っていないようだ。それは自分でもわかる……」 「退魔弾の……」 「おや、変なことを言うものではない。私がただ年寄っただけのことだ」 「それとも君には私が、狩人の弾をもらうような間抜けに見えるかな?」 「そ、そうですよね……私なに言ってんだろ」 「くす……扇元樹はどうしている?」 「…………扇先生は、仲間を連れて勝手に島を出て行こうとしてます」 「ほう……しかし風紀班は放っておかないだろう?」 「そうなんですけど、狩人さんたちを捕まえてるところで人手が足りないんです」 「……………………」 「彼には厄介ごとを押し付けてしまったな」 「本当に厄介だって言ってました」 「む……恩知らずな奴だな。せっかく私が生の意味を与えてやったというのに」 「くすくす……でも、アンナさんの言うことには逆らえないみたいです」 「うん、それならいいんだ……彼はなぜか男の六連君に懸想などしていたが、未練を断ち切れたのだな」 「ええっ、あれって本気だったんですか!?」 「気をつけないと、連れて行かれてしまうかもしれないよ」 「そんなぁぁ……」 「ふふふっ……しかし、これで肩の荷が下りた」 「アンナさん…………本当は、アンナさんが出て行くつもりだったんですね」 「……手を血に染めた私には、君のように共生を語ることはできない」 「小夜様の理想は素晴らしいが、実現には気の遠くなるような時間が必要だ。私の役割は、毒林檎になることだったのだよ」 「毒リンゴ?」 「エデンの林檎を口にした吸血鬼は、楽園を追われて放浪の旅に出るのだよ」 「今の海上都市に不満を持っている吸血鬼さんを集めて………………島のために自分を犠牲にして」 「私はそれほど殊勝ではないさ。はじめジダーノに協力を求められたときは、彼のために反乱を起こしてやってもいいと思っていた」 「そんなことが……」 「おや、そこまでは調べが進んでいなかったのか。話すんじゃなかったな」 「ただ……気が変わった」 「どうしてですか?」 「狩人の血を引く者が、吸血鬼の男と恋仲になった……」 「あのまま、余計な狩人どもが入り込まねば……いや、そのおかげで私が動けるうちにことが進んだとも言えるかな」 「アンナさん、私は……」 「…………ふぅ、少し話しすぎた……かな……」 「……アンナさん?」 「猫のお守り……たしかにご利益はあったようだ。あとは……この島を出た者の無事を……」 「アンナさん、アンナさん!?」 「梓、良く来てくれた……私は、誕生日のプレゼントを渡しそびれて……」 「ううん、そんなことない。そんなことないです! もうもらってる!」 「無理なことは……次の世代…………君たちに……」 「アンナさん!」 「おや…………暗いな……」 「アンナさんっ!!」 「これは……梓の手か……ふふ、どんな暗がりでも見えるはずなのだがな……これでは顔も……いや、これでいい……のか……」 「ふ……まるで、人間に戻ったようだよ……」 「………………………………」 「………………」 「ありがとう、お祖母ちゃん……」 ──アンナ・レティクルの逝去とほぼ同じ時刻。 扇元樹と100名に上る吸血鬼が島から姿を消した。 扇元樹とアンナ派の吸血鬼たちはいくつかのトラックに分乗し、夜陰にまぎれて島を退去した。 寮の現場検証にあたっていた捜査班が襲撃を受けたと第一報が入った時、すでに彼らを乗せたトラックは本土へのゲートを通過していた。 まんまと俺たちの手を逃れた扇元樹だが、もはや彼はライカンスロープではない。 ただの人間として、吸血鬼を率いて戦うのだ。 全ては、彼の脳に残る老吸血鬼とジダーノの記憶のために……。 待機命令を無視して拘束された狩人たちだが、夜明け前には本部から『お咎めなし』の通達が来た。 枡形主任は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、扇元樹を逃がしてしまった負い目から、本部の命令を飲まざるを得なかったようだ。 どうやら狩人による市庁舎襲撃と、寮の襲撃は、あくまでも島の行政に不満を持った吸血鬼の暴発という話になるようだ。 そのかわり島に残った吸血鬼におとがめはなしということで、荒神市長と陰陽局が手を打ったようだ。 指名手配をかけようにも、島を退去した吸血鬼のほとんどが不法滞在者で、ID発行を後手後手に回したツケが陰陽局に回ってきた形だ。 「……やっぱり、里には戻らないの?」 「はい。我々は自分たちの遣り残したことを遂行します」 楓と狩人たちは、陰陽局の監視のもとで元樹たちの追跡を開始するようだ。 しばらくは武器の所持はできないようだが、陰陽局としても狩人の里の者を手放したくはないらしく免職には至らなかった。 「武器もなしに扇先生に立ち向かうなんて、無茶だよ」 「私は狩人ですから、なんと言われても狩りを続けます」 「吸血鬼は恐ろしい能力を持った生き物です。しかも、その中には犯罪者や悪人もいる……」 「それって……人間と同じように?」 「………………」 「そんな連中を狩るのが狩人です。では、お世話になりました」 ぺこりと頭を下げて楓が車に乗り込む。 「やれやれ、そう簡単に伝統は変えられないか」 「でも、今……」 「ああ、認めてくれたみたいだな」 扇元樹と狩人たちが島を去った。 島に残った吸血鬼の敵愾心も、やがては消えていくだろう。 この島はあくまでも海上の楽園。 人類の脅威であるように思われないことが、何より大事なのだ。 ……なんてこと、島に来た頃は考えもしなかったな。 今では俺もすっかり、ここの風紀班という『住人』になっているのかもしれない。 「吸血鬼と人間か……」 「まだ気になる?」 「ああ、もう気にしなくて済むと思ったんだが、逆に強くなったかもしれない」 不思議そうな顔をする梓に向かって、シャツの襟を立てて見せる。 「襟立てるともう少し吸血鬼っぽく見えないかな?」 「どうしたの、急に?」 「俺が吸血鬼であることに意味があるなら、もっとヴァンパイア・ライフを謳歌しないとな」 「どうかな、もうちょっとミステリアスにメイクとかして……」 「……あんまり似合わないと思うけど。それに佑斗くんは吸血鬼じゃなくてライカンスロープだよ?」 「そうなんだけど、あの人をお手本にしたくない」 「男の子が好きになっちゃったら、いつでも相談に乗るけど?」 「そうなったら梓に半ズボンはかせて、死ぬほどエロいことしてやるんだ」 「ああ、体型的にも男の子っぽいし……って、ゆーとくん相当ひどいこと言ってるよ!!」 「自分だ自分で言ってる!」 「あ、呼び出し……主任から」 「ついに来たか……山ほど仕事できてるよな」 「うん……忙しくなるね」 「しばらくデートはおあずけか」 「そ、それはなんとかするよ! 仕事をテキパキ片付けたら大丈夫だから! ほら、急いで、急いで!」 「ああ、わかったよ、先輩!」 結局、今回の一連の事件は、海上都市で起こった裏社会の小競り合いということで片付けられた。 吸血鬼社会に若干の動揺があったのは確かだが、荒神市長が火消しに奔走したこともあり、大きなトラブルには至らないまま事件は収束した。 それはつまり、俺たちにもふたたび平和な毎日が戻ってきたということだ──。 「やあ、諸君、おはようっ」 「今宵の月も美しい、いい夜だね」 「もー、部屋の中でマントをバサバサしないの。埃がたつでしょ!」 「マントではない、漆黒の[ヴェール]衣だっ!」 「はいはい、ヴェールね、ヴェール」 「やあ、おはよう」 「ああー、マントが2人に増えた」 「佑斗君も、吸血鬼の正装が似合ってきたね」 「そうか、そいつは嬉しい」 「どうしてユートもマントなの、アズサ?」 「もっと吸血鬼を理解するために、まずは形から入るんだって」 「だからって、マントは不要だと思うんだけど」 「わたしはいいと思います」 「ふっふっふ、ありがとう諸君」 「あんまり褒めると調子に乗るから、温かい目で見守ってて」 「と、巫女さんが言ってますが」 「そ、そういえば私もそうだった……!!」 「次は《まがん》魔眼の鱗で、瞳の色をカスタマイズするといいよ」 「コンタクトか。視力に影響が出ないといいけど……」 「もう、そこまで入れ込まなくていいよ。ほら、遅刻しちゃうから急いで」 「ふふ……」 「午後の巡回が増えたのは、主任の置き土産だからなあ」 「もう《チーフ》主任じゃないけどね」 「そういえばお客さんから聞いたんだけど、巫女さんとか吸血鬼のコスプレ警備員がいるって雑誌に載ってるみたいだよ」 『コスプレ?』 「ううっ、コスプレじゃないのに、コスプレじゃないのに!」 「いいじゃないか。島のPRにもなるんだし」 「お、ユート前向き」 「ああ、それに梓にはよく似合ってるからな」 「ふに!? あ、あはは……佑斗くんがそう言うならそれでいいや」 「はい、ごちそうさま」 「あー、おなかいっぱい」 「お昼も抜きでよさそうだね」 「そうなんですか?」 「みんな胃袋小さいよね! い、いってきまーす!!」 「あ、置いてくな、おい……!」 「ダメだよ、佑斗君。真の吸血鬼はいつでも慌てず騒がず……あーあ、行っちゃった」 「ま、お似合いといえばお似合いかしらね」 「はい、わたしもそう思います」 「事件があっても、寮の生活は昔と一緒か」 「これからもそうあるといいわね」 荒神市長が復帰して島は日常を取り戻した。 長年補佐役をしていたアンナさんはいなくなったが、そのぶん職員が団結してこの海上都市を守っていこうという空気が生まれたようだ。 一方で陰陽局の側にも大きな動きがあった。 騒動の責任という形で上層部の人事異動があり、吸血鬼との融和を進める穏健派が主要なポストを占めることになった。 事件を表沙汰にせずに収めた枡形主任には、昇進ではなく新しい仕事が割り当てられた。 監査委員として市庁に出向することになり、陰陽局と海上都市の橋渡し役になるようだ。 「ふふふ……前の職場よりは広くなったようだな」 「どうぞ、市長がお待ちかねです」 「監査役の枡形兵馬です。以後お見知りおきを──」 もっとも、荒神市長はアンナさんの抜けた穴を埋める補佐役を探していたようで……。 「佑斗くんのとこにも来た?」 「主任の嫌がらせメール?」 「嫌がらせじゃないでしょ。忙しくて大変なんだよ」 「なんで俺がこんな雑用まで……って、5回くらい書いてあったよな」 たまの息抜きにショッピングモールを散策する。 歓楽に事欠かない海上都市だが、俺も梓も繁華街で贅沢に遊ぶような趣味はないから、どうしてもデートする場所は限られてくる。 「まさか人手が足りないからって、俺たちにも入庁しろって言ってくるとは思わなかったけどな」 「とか言って、ちょっと乗り気に見えるけど?」 「お互い様だろ。興味あるけど公務員試験もパスしなきゃなんないし、卒業までは風紀班に集中しないとな」 「うん、新しいメンバーも増えたしね」 「先輩としては格好悪いとこ見せられないからな」 「おおっ、佑斗くんも先輩らしい顔になってきたね」 「誰かさんの気分がわかったよ。そういや、腹減ったな」 「あ、それなら奥のグルメゾーンにたこ焼き屋さんができたって♪」 「買ってまで食わなくていいだろ!」 「んー、きもちいー♪ ここのたこ焼き美味しいね」 「俺はいつも食ってるほうが美味いけどな」 「え? えへへ……そうかな」 「それにしても、船ひとつ見えない海ってのもこの島ならではだよな」 「また小型船が来たりして……」 「おいおいゾッとするな」 病院で精密検査を受けたところ、体内のライカンスロープ因子に異常な数値は認められなかった。 『RIOT』で操られない限り異常が起きる気配はない。そして人間になった扇元樹は、俺の肉体に干渉する能力をも失ってしまった。 俺の体が元に戻らなくても、もう操られる心配はないのだ。 「そういやカリーナさんもお店開くんだって?」 「うん、繁華街の入口の近くでアイスクリームショップやるんだって」 「よかったな。てっきりあの人も扇先生と行っちゃうかと思ったけど」 「平和に暮らしたい吸血鬼さんのほうが多いってことだよ」 「ああ、開店したらアイス食いに行こうな」 もともと猥雑な海上都市ではあるが、少なくとも安定した日常が戻ってきた。 アンナさんが梓へプレゼントしたかったのは、こんな平和な生活だったのかもしれない。 「ねえ、佑斗くん?」 「ん?」 「本当は、そのうち人間に戻りたいとか思う?」 「特にそんなことはないよ。俺は、梓と一緒ならそれでいい」 元人間の俺にできること、元狩人の梓にできることが、風紀班の外側にもきっとあるはずだ。 それは焦るようなことじゃない。 無理のない速度で前に進める環境を、島に残った吸血鬼や枡形主任たちと作り上げて行けばいい。 「だから大丈夫だ」 ちかごろ、俺の『大丈夫』もずいぶんと自然になった気がする。 「……ん? どうした? その顔……」 「こ、これは、いきなりそんなこと言うからだよ」 「そうじゃなくて、ソースついてるぞ」 「ふにゃ!? え? えええ? どこ、どこどこ!?」 「そこじゃない そこでもなくて、ここ……」 「ふぇ……? あ!!」 「ゆ、ゆーとくん、だめ、だめだって、人が見てるから!」 「吸血鬼は時として大胆でなくてはならない」 「なんでも吸血鬼で済ますの禁止ーっ!」 「んー、でもやっぱこのソースはあんまり好きじゃないな。また梓のお好み食わせてくれよ」 「ちゃんと莉音ちゃんに教わって、肉じゃがとか作れるようになるもん」 「お、梓の家庭料理か……楽しみだな」 「それってプロポーズに聞こえるよ」 「そう取ってくれていいよ」 「……!!」 「な、な、なんで急にそんなこと言うの??」 「急じゃなきゃ照れくさいだろ」 「急だって照れくさいよ!」 「じゃあ今のなしでいいよ」 「それって2回も言うってこと!?」 「2回目が嫌なら、いま返事すればいいじゃ……って、なんだよ、その顔?」 「……ふーん、そうなんだ♪」 「だからなんだって!?」 「『だったらもう言わない』って言うかと思ったのに、2回言うつもりだったみたいだから☆」 「うぐ……!」 「そっかー。ゆーとくん、そうなのかー」 「ううっ、告白いじるのも禁止ー!!」 「くすくす……なら家事も本気で修行しなくちゃ。とりあえず今晩は、目玉焼きとカリカリベーコンに挑戦してみるね♪」 「朝食か!!」 「いいでしょ、吸血鬼なんだから夜が朝食メニューでも」 「ライカンスロープですー、吸血鬼じゃありませんー!」 「ゆーとくん、意外と子供……」 枡形主任が風紀班を去って一ヶ月──。 アンナ・レティクルの決起のような騒動こそないものの、俺たち風紀班にとっては細かい事件に事欠かない毎日。 とはいえ、俺も梓も晴れて一人前の戦力として充実した毎日を送っている。 ……はずなのだが。 「うぬぬーーー……」 「どうした、面白い顔して」 「ぜんぜん普通の顔してるつもりだけど?」 「その顔が普通だと、すぐ眉間にシワができるよ」 「あう……うーにゅにゅにゅ!!」 「努力は認める。で、なにを見てるんだ?」 「あれ!」 「今月の検挙件数ランキング? いつの間にこんなものが」 「お、すごいな美羽がトップか! 俺は……まあこんなもので、梓が……あれ??」 ……この『圏外』ってのはどういうことだ? 「ぬぬぬぬにゅ……!」 「い、いや、気にすることはない! 梓は地味に地域密着型で……!」 「ううん、それだけじゃダメだったんだ。私がんばるよ!!」 「も、燃えてるな……!」 「新人の隊員さんにも負けてるようじゃ、なんのために風紀班にいるのかわからないでしょ。こうなったら、打倒・美羽ちゃん!!」 「落ち着け無理だ」 「ええっ!? ひどい!」 「うーん……梓には梓に向いた仕事があると思うんだが」 「でも、どうしてもって言うなら警察担当の事件でも見てみたらどうだ。協力要請もたくさん来てるし」 「どこどこ?」 「主任のデスク。じゃ、俺は新人連れて見回りに行って来るよ」 「あ、これだ……うん、いってらっしゃーい」 「ふむふむ……むむむ、クスリの密売、違法カジノ、DVDの摘発……え? 宝石強奪事件!?」 「これ!! こういうのどんどん解決してこそ敏腕捜査官だよ!」 「なになに、犯人は恐らく複数名で、閉店後にシャッターをこじ開け店内に侵入……犯行に使われた道具は……ふに? え? え? え?」 「ごくっ……なんかミステリアスな事件になってる! 担当はまだついてないよね? よーし、それならさっそく事前調査に……れっつごー!」 「はぁ、はぁ……はぁ……あ、佑斗くん!」 「梓? どうしたんだ息切らして?」 「えっとね、このあたりで宝石屋さんが襲われたらしくて……」 「ああ、それならこの先だ……おーい、美羽」 「美羽ちゃん!?」 「梓も見に来たんだってさ」 「もう現場検証はあらかた終わったわ」 「わわ、さすが美羽ちゃん……すばやい」 「ふっふっふ~、布良さんも遅れないようにね☆」 「う、うん……がんばるよ!!」 「おお、さっきより盛んに燃えてるな」 「もちろんだよ! こんな珍しい事件めったにないもん。私もさっそく情報集めなくちゃ……じゃあね、佑斗くん!」 「あ、ああ……がんばってくれ」 「…………」 「…………珍しい事件かな?」 「パールのようなもの??」 「うん! パールじゃなくて、[・]パ[・]ー[・]ル[・]の[・]よ[・]う[・]な[・]も[・]の!」 「広げたりこじ開けたりする道具らしいんだけど、ネットにも載ってなくて……エリナちゃん心当たりない?」 「えーと……パールのようなもの、パールのようなもの……」 「……………………………………」 「あ! ひょっとして、あれかも??」 「知ってるの?」 「ちょっと待ってて!」 「ほーら、これ!」 「わぁ! すごい、キレイだね!」 「にひひひ……汚いところにキレイなものが入るのって、なんだか人間の真理ってカンジがするよね~」 「きたないとこ?」 「まあ、それは使ってみればわかるから」 「でも、これでどうやってシャッターをこじ開けるんだろ?」 「それはもちろん、比喩ってことじゃない?」 「比喩?」 「うん、こじ開けるっていうより、トロトロにとろけさせちゃうみたいな」 「ええっ!? これにそんな機能がついてるの!?」 「おもちゃにしか見えないのに……でも、そんな危ないものが簡単に手に入っちゃっていいのかな……?」 「いいんじゃない? 欲しがる人がいるんだから♪」 「そ……それはそうだけど…………ふーむむむ」 「そんなにジーッと見るってことは、アズサも興味津々なんだね」 「もちろんだよ。でもどうやって使うのかよくわからないね」 「にひひ~、そんなに知りたければ貸してあげてもいいよ♪」 「ほんとに!?」 「使い方もメモしてあげるから、あとで感想とか聞かせてね☆」 「う、うん、ありがと! 大事に使うからっ!」 「なるほどね……確かにこれは、パールのようなもの……」 「まさかこんなに早く凶器を特定できるなんておもわなかったけど、これを使って、いったいどうやって宝石を……ていうか、これがすでに宝石だし」 「あれ、プラスチック? あ、だから『ようなもの』なんだ! 色もなんか紫だし……で、このパールのようなものでシャッターをこじ開けて……」 「…………………………(想像中)」 「……………………うぅぅぅ……ぜんっぜん想像がつかない。いったいぜんたいどんな手口なんだろ?」 「美羽ちゃんは当然知ってるみたいな態度だったけど、里にこんなものなかったし……はぁぁ、私まだ世間知らずなんだ」 「と、とりあえずそれは置いといて、元気出していこー!! えっと、使い方はエリナちゃんのメモメモ…………」 「………………!!!」 「えええーーーーーーーーーーっっ!!!!」 「なななななななんでなんでなんでそうなるのーー!?」 「こ、こ、これを女の子のイケナイところに……!? ぜんぜんわかんない。どうしてそれで宝石が盗めるの!?」 「ハッ!? ひょっとして、えっちなときに出てくるあのヌルヌルしたのがこの真珠っぽい素材と反応して……!?」 「わ、わ、煙とか出るのかも!! あそこから煙幕……ううっ、そんなわけないか。でも、なにか想像もつかない方法があるんだ!」 「でも……使い方くらい知らないと事件の全貌がぜんぜんつかめないよね……」 「……………………ごくっ」 「し、仕事だもんね。海上都市の平和のためだもんね。ふふ風紀班なんだから自覚を持たなきゃダメだよね!」 「だ、だから……仕方ない……よね?」 「え……えっと、これでいいんだよね…………ぱんつ脱いで……これ、当てるだけ?」 「うう……ごくっ! こ、ここだよね……えっちなとこ。はぁぁ……い、いまからするのは事件捜査、捜査なんだから……ごくっ」 「……………………んっ」 「ん…………ん…………本当にこれでいいのかな……ん、んっ……んん」 「夜のうちから何やってんだろ私……ん……ん………………ん……」 「ただ当ててるだけじゃダメだよね。ちょっと動かすといいのかな……ん、ん、……んん……」 「んんーー……なんか変な感じ……指でするのとあんまり変わらないけど……ん、んん……もうちょっと強くかな……?」 「うぅぅ……でも本当にいいのかな? これエリナちゃんのなのに……ん、はぁ……ん、んん……」 「……はぁっ!? あ、あ、ここ……やっぱりここなのかな、あ、あ、はぁ、はぁ……あ、あ、わかった……これ……きっとこれだよね」 「ここ……あ、あ、あっ……なんかむずむずしてきた……はぁ、はぁぁ……なんかこれ……あ、はぁっ、はぁっ……硬いのがなんか変……」 「どうしよう、どうしよう、本当に気持ちよくなってきた……はぁ、はぁ……ああん、やだ、声出ちゃいそう……はぁ、はぁ、はぁっ、はぁぁん……」 「やだ、あそこ広がっちゃってる……え? じゃあ、ここに宝石を隠して? あ、あ、あ……もう、犯罪者さんの考えることってホントわからないよ!」 「こんなことして……はぁ、はぁ、はぁ……こんなことして泥棒なんかして……あ、あ、あ……はぁぁ……」 「なんで泥棒の棒って棒なんだろ? あぁぁ……なんかゆーとくんのこと考えちゃってる……ゆーとくんの……あ、あ、あ、棒みたいなの……」 「はぁぁ、はぁぁ~……そういえば風紀班の仕事が忙しくて、えっちしてないなぁ……はぁ、はぁ……はぁぁ……」 「ゆーとくんにおあずけしてるうちに新人さんが入ってきて、時間帯もずれちゃったし……はぁ、はぁ、ああん、ゆーとくんとデートしたい」 「ゆーとくんと二人でお茶して、遊園地行って、ごはん食べて、それから……外泊とかしてみたりして……はぁ、はぁ、ああん……」 「1日中ずーっとラブラブしてたら素敵だろうなぁ……はぁ、はぁぁ、デートじゃなくてもいいよ、一緒に部屋にいるだけでも……はぁ、はぁぁ……」 「あぁぁ……ゆーとくん……ゆーとくん……私えっちになってるよ、ゆーとくん……はぁ、はぁ、はぁぁ……ゆーとくん今なにしてるの……」 「驚いてる」 「ふに!?」 「にゃーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!」 「ふにゃにゃにゃぁああぁぁぁぁぁぁ!! い、いつから見てたのー!?!?」 「って、なんかこのパターン多すぎない!?」 「そんなこと言われても、俺が部屋の前を通るたびにお楽しみな人がいるんだが……梓って、もしかしていつも?」 「ぎぎくっ!? 墓穴!? ……じゃないよ! そんなことないって! ぜぜぜんぜんしてないしっ!」 「なら偶然か……てっきり1日10回とかやってるのかと」 「ないないないっ、絶対ないよ! えっと……3日に……4回くらい……だし」 「……すごいリアルなんですけど」 「ああっ! 言わせておいて引くなんてひどい!」 「ていうか、なんでこんな格好で普通に会話してるの!? 変だよっ! すごい見てるし!!」 「い、いや……いつの間にこんな道具を使いこなすレベルに到達したのかと」 「ちちちがうよ、これも仕事なの!」 「え? 結局ソッチ方面の?」 「結局かなにか知らないけど、こここれだって犯人の手がかりをつかむための大事な……!」 「なるほど、こいつが今回のブツってことか。で、試しに使ってみたと?」 「だって、使い方がわからないとダメだから……って、え? え? ゆーとくん? わわっ!? いいよ、私ひとりでできるから!」 「ひとりじゃ無理だ」 「どどどどうして!?」 「わかった。ひとつ大事なことを教えよう……?」 「なに? え? え? え? ごくっ……!」 「これ、前じゃなくてこっちに挿れるものだからな」 「………………!」 「えええええーーーーーーーーーーーっっっ!?!?」 「ででででも、でも、だって! だってエッチなとこって!」 「どっちがよりエロいかは個人の価値観かもしれないが、こっちの方面でカタログサイトに載ってたから間違いないはずだ」 「そ、そんなぁぁ……がくっ…………そういえば、エリナちゃんが言ってた。きたないところって……!」 「けど、せっかくだから使い方勉強してみるのもいいかもな」 「ふに? え? え? え? それって、それって今!?」 「さいわい今日はみんなの帰りも遅いしさ……それに、梓がひとりでやってるの見てたら、ほら……」 「あ、おっきい…………」 俺がズボンのチャックを下ろすのに合わせて、梓の表情がトロンと蕩ける。 それにしても素直に顔に出るよな……梓って。 「じゃ、じゃあいいよ……優しくしてね……あ、あの、私初めてだから……」 「わかってる………………ジー」 「あ、あの……ゆーとくん? どこ見てるの?」 「え? あ、ごめん、つい……」 「き、今日はお尻だからね? 変なとこ見ちゃダメだよ?」 「そっちを見ようとすると、どうしても視界に……はぁぁ」 「な、なんでため息なの?」 「ここんとこ梓とエッチしてないな……と思って」 「ううっ……そ、それとこれとは別だよ。いまは一応……仕事なんだから……」 「と、当然わかってる……じゃ、最初にちょっと濡らして……」 「きゃん……濡らすってそれで!? あ、あ、わわ……ああん、指動かしちゃダメ……っ」 「ん……こんなものかな……ほら……あ、飲み込んでいく……痛くないか?」 「う、うん、痛くないけど……なんか変な感じ……んぁ? あ、でもちょっと気持ち悪い……」 「一度出してみる?」 「え? う、うん、そうしようかな……ん、んっ」 「って……逆に飲み込んでるけど? ほら、4つ、5つ……なんかどんどん食べてくな」 「あ、あれ? どうして、出そうとしてるのに……」 「本気でいきんでないから?」 「ん~~~っっ……って、できるわけないよ! 変なの出たらやだし!」 「変なの挿れてるんだけどな……じゃ、ちょっとごめん」 「はぁあぁぁ……っ!」 ビーズのヒモの部分を引っ張ると、梓の声が急に変わった。 「感じた?」 「わ、わ、わかんない……でも……んん、んっ……」 「ちょっと抜くな」 「あ、あ、待って……あ、あ、んっ……んぁあぁぁ……ぁぁ」 梓の切なそうなため息とともに、ビーズが3個引き出されてくる。 「あ、あ、あ……これ、なんか、なんか変……もこもこって……あ、あ、あっ」 「ふーん、出る時のほうが感じるんだ?」 「はぁ、はぁ、はぁ……そうなのかな、わかんないよ……あ、あ、あっ……だめ、抜くの早いよ……んんーーっ」 再び飲み込んだパールを、少し勢いよくヌルルッ……と引き抜くと、梓のつま先がピーンと突っ張った。 「あっ、あ、あ、あっ……待って、だめ、ストップ……!」 「ん、どうした?」 「ゆーとくん、だめだよ……抜くのばっかりダメ……」 「挿れて、出してってしてるつもりだけど、抜くほうが感覚が強いんだな」 「え? そ、そうだったの……なんかちょっとこれ怖い……なんか、あのね、あのね……すごくいけないことしてる気がして……」 「それで、そんなエロい顔になってるんだな」 「な、なってなんか……んぁあぁあ……だめ、だめ、引っ張っちゃダメ……あ、あ、お願い、それ……気持ちいいからぁ」 「男のに比べたら細いけどなあ……」 「それとこれとは別だよ……うぁ、あ、あ……もう、めっ! えっちなことばっかりしちゃ、め! にゃんだからぁ……」 「梓の今の顔も、めっ! だな」 「しらにゃい……あ、あ、あはーーーぁぁぁ……やだ、私の声、エッチすぎる……はぁ、はぁあぁぁぁ……あぁぁ……」 中で軽くパールを回転させると、それについてくるように梓の腰がうねる。 「はぁ、はぁぁーーぁぁ……どうしよう、ゆーとくんにお尻の穴広げられちゃってる……ダメなのに、お仕事なのに……あぁぁ……」 「はぁ、はぁぁ……私エッチかな……だんだんやじゃなくなってきてるの、この感じ……なんかね、ゾクゾクする……手も汗かいてるし」 「ほんとだ、びっしょりだな……顔もだらしなくなってる」 「意地悪……はぁぁ……もういいよ、ゆーとくんにしか見せないもん……私のえっちな顔……はぁ、はぁぁ……」 「ん、近くで見てる……」 わざと顔を寄せて、キスができるくらいの距離で梓を見つめる。 発情した梓の匂いが汗と吐息の匂いに混じり、火照った顔の熱さまで伝わってきそうな距離──。 「なんか……お尻の穴って変だよ……はぁ、はぁぁ……奥のほうが痺れてくるの、あ、お尻じゃなくて前のほう……」 「前って?」 「はぁ、はぁぁ……ばか…………言わないよ」 ゆっくり、徐々に馴染ませながら、パールの出し入れを早くしていく。 「んあっ! あ、あ、あ……だめ、早くしないで……だめだよ……ぉ」 「本当に?」 「本当……って、うぁぁ、だめ、そんなこと聞かれてもわかんない……あ、あ、あ、出てる、なんかたくさん出てる……!」 梓の反応を見ながら、痛くならないように抜き挿しを繰り返す。 「あ、あっ、あっ……ゆーとくん、ゆーとくんっ!!」 抜き挿しをしているつもりだが、やはり抜くときの感覚のほうが大きいみたいだ。 「やぁぁっ……あーーーっ、ちょっと、いきなりやだ……んぁーーっ、いやぁぁーーーっ!」 上のほうの壁にこするようにしてみると、急に梓の反応が大きくなった。 「うああっ……だめ、これダメっ、やっぱり危険……あ、あ、はぁ、はぁ、私なんかお尻じゃないのに……あ、あ、あ、こんなのダメ」 「だいじょうぶ、可愛いよ、梓」 「可愛くなんてないよ、あああーっ、ヘンタイだよ、これヘンタイだよっ! あ、あ、あ……私ヘンタイになっちゃう……あ、あ、あっ!」 「だって、これってそういう物じゃないのに、関係ないはずなのに、あ、あ、あ……こんなに感じるなんて、私、わたし……ああん」 感じてパニクってる梓も可愛いけど、俺のじゃなくて道具でっていうのが抵抗あるのかな。 「ボールペンでオナニーするのと大して変わんないと思うが」 「なんでそんなこと知ってるの!?」 「え? い、いや、一般論だったんだが……梓もか」 「ちょっと何言ってるかわかんないっ……あ、あ、あ、抜いちゃダメ、ダメ……っ!! いま抜いたらイっちゃう……!!」 あまり一気に引き抜かないように、奥のほうだけでビーズの玉2、3個くらいの出し入れを繰り返す。 「あーーーーぁぁ……はぁぁーーーーああぁぁああぁ……んはぁぁあぁ……ぁぁ……ァァ……変だよ、変なとこ当たってるぅぅ」 「顔、もっとエロくなってきた」 「らって……あぁぁ……だめぇ、そんなにずぼずぼしちゃダメだよぉ……はぁ、はぁ、はぁ、お尻の穴広がっちゃう、変な子になっちゃうっ」 「俺の前でなら変じゃないよ」 「でも、だって、でもっ! あ、あ、あっ……イっちゃう、本当にイっちゃうから……あ、あ、だめ、もう動かしちゃ……っっ!!」 ブルルッと梓の腰が震えて、突っ張った両足がシーツにシワを寄せる。それと同時に……。 「あッ、ああぁああぁぁあぁっっ……だめーーーーーーっっ!!」 梓の中心からちょろっ……と、透明なしずくがあふれ出した。それがみるみる勢いをつけて、小さな放物線を描き始める。 「はぁーーーっ……はぁぁ……ぁああぁぁぁあ……ああっ、待って、今動かすのはぜったいダメ……やだやだ、おしっこ……おしっこ出ちゃうからっ!」 「もう出てるよ」 「うそだよ、そんな、そんなはず……あ、あ、うそ、だめ……んッッ……はぁ……ぁあぁああぁあああああああぁぁ……!!!」 懸命にこらえようとしても水流を止めることはできず、ぴゅっ、ぴゅーっ……と不規則におしっこが吹き上がる。 「ああっ、あ、あ、あっ……だめだめ、お尻の止めてっ、止めてっ……あ、あ、あっ、あいっ……い、イッちゃ…………!!」 ──ビクッ、ビクッ……と、何度も身体を震わせて、梓が絶頂する。 「んッ……はぁぁーーーーーッッ……んん…………ッ!!」 巫女装束のまま、丸出しのアソコからおしっこを吹き上げて絶頂する梓──。 しばらくこんなことしていなかったから、見ているだけでこっちもおかしくなりそうだ。 「はぁァ……出ちゃったぁぁ……」 しばらく痙攣した梓がようやく脱力すると、残っていたおしっこが緩やかなカーブとともにほとばしる。 「やだ、いっぱい出てる……ひとりでするときは、おしっこ出ないのに……どうしてゆーとくんとだと出ちゃうんだろ」 ひとりの時はここまで乱れないってことなのかな。なんだかそれは嬉しい。 「感じて幸せになると出るなんてことは……」 「ううっ……やだなぁ……嬉しくておしっこするなんて、犬さんみたいだよ……」 そう言いながらもほんのり暖かいほとばしりは、なかなか止まらないようだ。 「はぁ、はぁぁ……またシーツの上でしちゃった……タオル敷いとけばよかった……」 「こっそり洗っておくから、大丈夫だよ」 「………………………………うん」 生返事をした梓の腰が、物足りなそうにムズムズと動いている。 相当気持ちよかったんだな。 「なるほどね、これで商売になるわけだ」 「あ、待って……まだ抜かないで」 「ん?」 「ねえ、これって、エッチのときも使うよね……?」 「ん、そりゃそうだろうけど」 「まだ、まだよくわからないの…………だから、えっと…………試してみてもいい?」 「試すって……今からか?」 「あ、う、ううん……えっと、じゃあ、フリだけでいいから。えっちしてるような感じで使ってみるとか……」 しどろもどろの梓だが、俺を見上げる瞳はどう見てもおねだりをしている。 「いいよ、まだ時間もあるし。今からするか?」 「う、うん……できれば」 みんなが戻ってくるまで2時間はある。 「じゃあ、俺が仰向けになるか。そのほうが梓が好きに動けるだろ」 本音を言えばいますぐにも梓に抱きついて押し倒してしまいたいのだが、はやる気持ちを抑えて、ベッドに仰向けに……。 「あ、待った。その前にシーツだけ変えとこう」 「ふぇぇ……そうだよね」 「えっと……じゃあ行くね。こ、こうやってまたいで……こんな感じかな?」 「……ごくっ」 仰向けになった俺の上に、袴の裾をからげた梓が後ろ向きにまたがってくる。 無防備に広げられた股間がアップになって、前に風呂場でエッチしたときのことが頭をよぎる。 「な、なんか色々丸見えでエロい」 「もう、ダメ……そういうことは言わないの、めっ!」 めっ! と同時に、梓の幼い性器がヒクッと呼吸をする。それだけで下半身が再び反応をしてしまう。 「ちょ、ちょっと恥ずかしくなってきたよ。ゆーとくん、見てないで早くして……」 「ん……挿れやすいように広げないとだめかな」 「ふに!? 広げるって………………こ、こういうこと?」 おずおずと手を伸ばした梓がお尻の肉を広げる。ふにっと肉の亀裂が広がって、梓の恥ずかしい部分が上下に並ぶ。 「うぅぅ……なんかすごく恥ずかしいんだけど」 「あ、お尻の穴広がってるな」 「ほんとに? ううっ、やっぱりそんな気がしてたけど……」 梓の手とは反対のふくらみに手を添え、軽く力をこめるとピンクのすぼまりが横に広がる。 「ああん、あ、あ、あっ……なんで余計に広げちゃうのっ!?」 「そのほうが挿れやすいし」 「ほんとに? ああん、ちょっと見すぎだよ……きゃ!? んぁぁ……触っちゃダメ……あ、あ、あん……」 「見ないとできないだろ。はぁぁ……梓の肛門、小指くらい広がってる。それに、アソコも凄い濡れてるし……」 「そ、それはおしっこ……」 「じゃないよ、ん……俺のち●こが邪魔でよく見えないけど、白っぽいの出てる」 言葉で解説するたび、梓の肛門がキュッと引き締まって興奮をあらわにする。 いいなぁ、いつ見ても梓の反応は可愛い……。 Hをするフリだけでいいなんて、見え見えの本音を無理して隠そうとしているところも。 「うぅぅ……ゆ、ゆーとくんってさ、私のハダカ見るの好きだよね?」 「それはまあ、男だし」 「そうじゃなくて、えっちなとことかいつもジーッと見てるでしょお……はぁ、はぁぁ……それってすごくエッチだと思うんだけど」 「そりゃ好きなんだから見るよ」 「ふにっ!?!? ゆ、ゆーとくん…………………………」 好きの一言で梓の声が蕩ける。 なにもそういう効果を狙って言ったわけではないが、その素直な反応に口元がほころんでしまう。 「じゃ、じゃあエッチじゃないよね……それなら普通だもんね……はぁ、はぁ、はぁぁ……なら見られても恥ずかしくないよ」 本当、ウソのつけない性格だよな。 「ねえ、今も見える?」 「それが、ちょうど俺のと重なっててよく見えない」 「そうなんだ……じゃあ、残念だね……ん、はぁぁ……あ、あ、ほんとだ、おっきくなってる……」 こわばりで梓の敏感な部分を軽くなぞると、お尻がピクンと跳ね上がる。 「あ、あのさ……ゆーとくんのが邪魔じゃなくなるといいんだよね……?」 「だったら…………ね? やっぱりフリじゃなくて……」 「ん?」 「だから、その……うぅぅ……ゆーとくん、したくならないの?」 それは当然したい。けど……。 「一ヶ月ぶりだから、暴走しそうで少し怖いんだよな」 「大丈夫だよ、ゆーとくんなら……ね、ね、見たかったら、これ、この硬くなっちゃったの隠さないとダメだから……」 肩越しに俺の様子をうかがいながら、お尻を左右にぷるぷるさせる。 俺は中に入らないように、トロトロの粘膜にペニスを何度もこすりつける。 「しょうがないな、チャック上げるからちょっと待って」 「あ、あーーー! ちがうよ、そうじゃないってば。ああん……ね……ねえ、ねえ、ゆーとくん………………おま●こしよ?」 とうとうこらえかねたように、梓がいやらしい言葉を口にしながら、お尻をぐりぐりと押し付けてくる。 「ねえ、ねええ……ここだよ……ここ。ああん、上手く入らない。体勢が悪いのかな……ねえ、ゆーとくん、ここ、ここに隠して」 すまない梓……俺はもう少し梓の乱れる姿が見たくて、ペニスの位置をずらしながらトロトロの粘膜を刺激する。 「いいのか、仕事中なんだろ」 「でもいいの。みんなに内緒でおま●こしよ……ね、ほら、ここもうヌルヌルしてるよ……ゆーとくんだけの、お・ま・●・こ……ね、ね?」 ちょっと焦らしすぎだったかもしれない。俺は優しく梓の腰に手を添えて、ペニスを熱く潤った入口にあてがう。 「んああぁぁ!?」 「ごめん、ちょっと意地悪だったかな……恥ずかしかっただろ」 「あうぅぅ……すごく恥ずかしいよ! 恥ずかしいに決まってるじゃない。あとで思い出して、けっこうへこんじゃったりするんだよ」 「俺は思い出して、ひとりで喜んだりするけど」 「喜ぶだけ?」 「興奮もします」 「んん……ならいいかな…………ああん、もう私どうしてこうなっちゃったんだろ」 「エッチするたびに大胆になるよな」 「うん……どんどんエッチになってる。吸血鬼ってこわい……」 「ライカンスロープですー……んッ、と」 「うあぁあぁ……ッ!?」 軽く腰を前に突き出すだけで、ヌルルルルッ……と飲み込まれてしまった。 「あっ……はぁぁぁぁ……はぁぁーーぁぁあぁぁっ……入ってきたぁぁ……ゆーとくん、ゆーとくんのえっちなの……あ、あ、あぁぁぁ」 まるで俺が来るのを待ち構えていたかのように、梓の粘膜全体が抱きしめてくる。 「あぁぁ……今日も吸い付いてくる、梓のま●こ……」 「やぁぁぁ……えっちなこと言わないでぇ! あ、あ、あれ……なんか、おっきいよ……ゆーとくんの前より大きくなってる……」 「梓のが狭くなってるんじゃないか……ん、んんっ……」 「ほんとに? あ……はぁっ、あぁ……はぁっ……はぁぁ……ゆーとくん……っ」 はじめはスムーズだったが、中に入ったとたん初体験の時みたいに締め付けられて、抜き挿しができなくなる。 「痛くないか?」 「ううん、痛くない……ただ、いっぱいで……はぁっ、はぁっ……あ、でもだいぶ……はぁ、はぁ、大丈夫かも……ん、んんっ」 荒い呼吸に合わせて、梓のお尻の穴が開いたり閉じたりする。苦しげというよりは、まるでおねだりをしているようだ。 「はぁ……はぁぁ……すごい……これ……はぁぁ、気持ちいい……」 ──きゅぽっ、ちゅぽっ。 締め付けが少しゆるんできたところで梓の腰を前後に揺さぶると、また、いつもの空気が漏れる摩擦音が聞こえてきた。 「んんっ、すごい吸い付いてる……またエロい音してるし」 「ああん、それ絶対私のせいじゃないよぉ」 「俺?」 「ゆーとくんのそれ……それが、あああん、変な風に動いてるんじゃないかなぁ」 「そうか……ん、じゃあこんな感じは?」 「んあああぁっ!? あ……あ、あーーーっ、はぁぁ……あ、あ、あ、ゆーとくんすごい……あ、おち●ちん……すごいいぃぃっ」 わざと根元まで差し入れて、音の出やすそうな角度でピストンを繰り返すと、たちまち梓の声色がとろけてくる。 「って、これじゃただエッチしてるだけか」 「え? あ、あ……待って、今しちゃう!?」 「んんんんんぅううぅうぅ……っ!! あっ、はぁぁ……はぁぁーーーっっ」 開いたり閉じたりしているお尻の穴にパールの先端をあてがい、少し力を入れると、勝手に飲み込まれていく。 「あ、あ、あ……入ってきた……また入ってきてる……ん、んんんっ」 すごいな……パールを飲み込んだ梓のお尻の穴が、まるで咀嚼するみたいにもぐもぐと収縮している。 「はぁ、はぁ……ゆーとくん、あ、あ、あ、そんなに早くしちゃダメ……お尻がわかんなくなっちゃうっ」 「ごめん、メインはこっちだった」 つい腰の打ち付けを強くしてしまいそうになるのをこらえて、お尻のビーズをぬこぬこと抜き挿しする。 「あぁぁぁ……やっぱりこれ変だよ、変になる……どっちかわかんないけど、あ、あ、あ、もっとエッチになってくるよ……あ、あ、あぁあぁっ」 「こっちから見ると、梓に尻尾が生えてるみたいで可愛いよ。動かせる?」 「しっぽ? あ……こ、こう? ん、んんんっ! んーーっ、んん……どう、尻尾動いてる?」 キュウウウッ……と中が締まってきた。紫の尻尾が、膣の収縮に合わせてぴょこんぴょこんと踊る。 「はぁぁ……あはぁぁ……わらし……はぁ、はぁ、本当に変態じゃない?」 「全然、かわいいよ」 「ほんと? うぁあぁ……!? ああっ、これ……変だよっ! お尻が、あああぁ……お尻ずぼずぼってしてる……!」 紫の尻尾をずぼずぼするたびに、パールの粒々が俺のペニスも一緒にこすりあげる。 「あ……はぁぁ……な、なんか、ううぁ……また広がっちゃってる……ゆーとくんの形に、ううぁ……わたしの中、広げられちゃう……ぅ」 目の前に大粒のパールを飲み込んだお尻の穴と、俺のペニスをくわえ込んだ幼い性器が、同じリズムでヒクヒクしている。 神聖な巫女装束をまとった女の子に、俺はなんてことをしてるんだろう。 「すごい、ああっ……はぁっ、はぁっ……へぁぁ……はぁぁ……えぁぁ……」 ぬるっ、ぬるっ……と、俺の指先ひとつでパールが飲み込まれたり引き出されたり、 揺れる白い装束の向こうで、梓が前みたいに舌を突き出してあえいでいる。 「キスしたいの?」 「え!? あ、あ、ちがうの……これは勝手に……んはぁぁぁ……!」 無意識だったのか、梓が恥ずかしそうに舌を引っ込める。 「圧迫されてるんだろ、無理しないでいいよ……ほら、もっと見せて」 「でも……んんぁ!? ああーーっ……はぁっ、はぇっ……んぇっ……へぁぁ……はぁぁあぁあ……」 からみつく粘膜を突き破るように腰を突き上げると、たちまち赤い舌がのぞく。 それからお尻のパールの抜き挿しのタイミングにあわせて、俺の反応を見ながら舌を動かし始める。 「はぁ、はぁっ……はぁぁ……れろ……はぁ、はぁ……れろれろ……」 「自分からするのってエロいな」 「だって見たそうにしてるからぁ……んぁぁ……れろれろれろ……はぁぁ、れるれるれる……れろれろれろ……ああん、すごいヘンタイみたい」 「そのままお尻振って」 「こ、こう? はぁ、はぁはぁぁ……れろれろれろ……ああん、おひり広げないれ……れるれる、はぁぁ、おしりきもぢぃぃぃ……」 恥ずかしい気持ちがどこかへ飛んでしまったように、梓が一心不乱で腰を回す。 そのたびにペニスがねじり上げられ、結合部から気が遠くなりそうな快感がこみ上げてくる。 「これ、一気に抜いてみるよ」 「え? んんはぁあぁ……はぁぁぁン、ああん、あん、あん、だめだめ、それもだめ、イっちゃうよぉ!」 「可愛いな、梓は」 「うぁあっ……やめて、だめだよ……だめ! こんなにすぐイっちゃうの恥ずかしいからぁ」 「イくのが恥ずかしい?」 「だって簡単すぎて欲求不満みたい……ああん、あん、ああああッ、やだやだ、イかない……ぃぃいいいいぃぃぃぃいいぃッッッ!!!」 欲求不満気味にペニスを締め上げるアソコを見ながら、一気に引き抜いた。 「あぁあぁあああぁぁぁぁあぁあぁあッッ!! ん……ッ、ひぐっ、んく……ッ、はうぅ………………ッッ!!」 ビクッ、ビクビクッ──梓の全身がキューッと縮まり、そのまま激しく痙攣する。 「んッ……んッ…………んんーーーーーーッ…………はぁ、はぁ、はぁあぁあぁッ!? あ、あ、あーーぁぁあぁッ!」 何度も何度も、ここしばらくの分を取り戻すように俺の上で梓が絶頂した。 広がったお尻の穴の奥で、腸の粘膜が何度も収縮を繰り返している。 「お尻ぽっかり開いてる……そんなに気持ちよかった?」 「んぁぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁ…………ぁぁぁ…………い、イッてないよ……はぁ、はぁ、はぁぁ……」 きゅぽん、きゅぽん──アソコをヒクヒク痙攣させながら梓が意地を張る。 そんなことしても、梓の身体がどうなっているかはダイレクトに伝わってきているのに。 「じゃあ、イッてないでいいよ」 「じゃあって何!? ああん、待って、待って今は敏感だから……あぁあぁぁァ!」 「なんで敏感なのかな?」 「それは、だってそれは……ああん、あん、あんっ、いじわるーーっっ!!」 びくびくっ……俺を根元までくわえ込んだまま、梓がふたたび身体を痙攣させる。 「ああんっ……だめ、だめーーぇ……今度はゆーとくんをイかせてあげたかったのにっ」 「俺ももうすぐイきそうだから、大丈夫」 「でも、でも……いつも私ばかりだから……ああん、お願い……力入らなくなっちゃいそう……梓のえっちなとこでもっと気持ちよくなってぇ」 「梓をイかせても、いい気持ちになるんだけどな」 「ああん、そんなのダメだよぉ! はぁ、はぁ、んんーっ……エッチなとこ全部見せるから、ゆーとくんもエッチになってぇ」 軽口を叩いてはみたものの、さっきから目の前で梓の恥態を見せ付けられていた俺は、もう限界に達してしまいそうだ。 「あ、あ、あっ……だめ、だめゆーとくんっ、私また……あ、あ、あ……っ」 俺が果ててしまいそうなのに気づいてか気づかずか、梓は自分でお尻の肉を広げながら、立て続けに昇りつめようとする。 「ごめんね、ごめんねっ、もうだめ……気持ちいいのっ……あ、あ、あぃっ、あぃッ、イっちゃう……イッちゃ……ん、んッ、んーーーーッ!!」 「うッッ……す、すごい……あ、あ、俺もだ……梓っ」 「うん、うんっ……よかった、イッて……ゆーとくんも気持ちよくなって……えっちになって……あ、あ、ああぁああぁぁあぁあぁッッ!!」 「…………っくぅぅッッ!!!」 脳の奥が焼け焦げるような感覚とともに、俺の身体を満たしていた情欲が梓の中に雪崩を打っていくのがわかった。 「あぁああぁぁぁぁあぁッ、あ、あ……せーえき……出てるっ……アソコの中、あ、あ、あ……熱い、熱くてきもぢぃぃぃぃぃッッ!!」 ──どくん、どくん、どくんっ! 「ッッッ…………はああぁあああああぁあッッ!!!」 俺の上で白い巫女装束が何度もひるがえり、じゅぷっ、じゅぱっ……と湿り気の強い摩擦音があがる。 「はぁーーーぁぁぁ……はぁ、はぁぁ……はぁぁ…………ぁぁ……すごい……中で跳ねてるの……はぁ、はぁぁ……感じちゃうよぉ……」 「久しぶりで、たくさん出たな……あ、まだ出てる」 「あ、ほんとだ……ぴゅって出てきてる……はぁぁ……おち●ぽ好きぃ……」 「イッたばっかでエロくなってますけど」 「はぁぁぁ……さっきからずーっとだよぉ……ゆーとくんの声聞いてるだけでイきそうになってるの……はぁ、はぁぁ……私エロい……」 「好きだよ」 「ああんっ……んんーーーッ!! またそうやって意地悪するーっ……はぁ、はぁ、はぁぁ……し、仕返ししちゃうから……」 「…………っくぅぅッッ!!!」 理性が飛ぶ一瞬前にペニスを引き抜いた。 次の瞬間、脳の奥が焼け焦げるような感覚とともに、俺の身体を満たしていた情欲が梓の白いお尻めがけて射ち出されていく。 「うあああっ!? あ、あ、あーーーぁぁぁっ……熱い……おしりに、せーえき……あ、あ、あはぁあぁぁ……ッッ!」 俺の上で白い巫女装束が何度もひるがえり、お尻をザーメンまみれにした梓が何度も身体を震わせる。 「はぁーーーぁぁぁ……はぁ、はぁぁ……はぁぁ…………ぁぁ……すごい……中でおしり……どろどろになってる……はぁ、はぁぁ」 「久しぶりで、たくさん出たな……あ、垂れてきてる」 「はぁ、はぁあぁ……あ、待って……」 「え?」 お尻をぐっと手前に突き出した梓が、そのまま放出を終えたばかりのペニスをくわえ込んだ。 「はぁ、はぁ……もう一度、気持ちよくさせてあげる……」 「梓……?」 俺のペニスを迎え入れたまま、梓がふたたび全身に力をこめる。 「んッ……んんーーーーーーーッッ……!!」 「え? うわ…………あ、あ、あ、うねってる!?」 半開きになっていた肛門がキューッと縮こまり、梓の中が恐ろしいほどの力で放出後のペニスを巻き取り、絞り上げてきた。 「はぁ、はぁぁ……抱きしめてあげるね……ん、ん……んんっ……んんんーーーーーっっ、んっ、んふーーーーッ……」 キュッ、キュッ、キュゥゥゥゥッ──と、リズムをつけてペニスを握られる。 そう、締められるというよりは、握られてるというのに近い感触──。 「うあっ、あ、あ、あッ……あずさ……あ、あ、はぁぁぁ……ッ」 「くすくす……ほら、またおっきくなった」 「はぁ、はぁ、なんだこれ……すごい……ッ!」 「ふふっ……練習してみたんだよ。前にゆーとくんが、握られてるみたいで気持ちいいって言ってくれたから」 すごい刺激……それに、あらためて見るとすごい格好だ。 ビデオなんか目じゃない。ちっちゃな巫女さんが、お尻の穴を広げながら、子供みたいに無垢な性器で俺を締め上げてきている──。 「くすくす……また見てる、エッチぃ。ねえ、いいこと教えてあげようか? これはね……ぜーんぶゆーとくんの物なんだよ」 「あ、あ、梓……」 喋りながらも、梓の下半身はいっさい力を抜かずに俺のペニスを握り締めている。 「お尻の穴も、おま●こも、みんな、ゆーとくんのだよ。ゆーとくんの好きにしていいの……ふふっ……興奮しちゃった?」 「う、うん……もう1回いまのできる?」 「はぁい……お任せあれ……ふふっ……ん、んーーっ……どうかなぁ? 本当はさっきしてあげたかったんだけど、私が先におかしくなっちゃったから」 「す、すごいよ……あ、あ、あぁぁ……こんなのまたイくって……はぁぁ」 「ふふっ……嬉しいな。ゆーとくん、女の子みたいな声になってるよ……」 そんなこと言われても、イくのをこらえるだけで精一杯だ。 「どうする? このままもう一度出しちゃう?」 「はぁ、はぁ、まだ我慢する……」 「ふふっ……さすがゆーとくん。ご褒美にさきっぽのとこ、キュッてしてあげる……ね? ん、んんっ……!」 「うああっ……ちょっと、どこでこんなこと」 「練習してみたんだ……そうじゃないと広がりっぱなしになっちゃいそうで……ねえ、まだしてほしい?」 YESの声も出せずに、俺は首を縦に振る。 「じゃあ、おま●こ気持ちいいって言って?」 「へ?」 「いつもの仕返し……今日はゆーとくんがえっちなこと言うの」 「う……あ、あ……」 梓が力を抜くと、ペニスを包み込んでいた粘膜がふわっと手を離す……。 「あ……あ、おま●こ、気持ちいいよ」 「くすくす、ゆーとくんのえっちー…………あ、あれ? ん、んーーッ、んんんっ……だめ、私がイっちゃいそう……!」 そう言われて、あらためて梓のイくところが見たくなる。 俺をこんな風に締め付けているここが、また快楽にうち震えるところが……。 「梓……これ」 「え? え? なにするの……あ、あ、あ、あーーーーーっ!!」 「いいよ、思いっきりイッて」 「あっ、ああん……そんなのずるい……絶対イっちゃう……あ、あ、イっちゃう、やだ、引っ張ったらイっちゃう……」 「うあああっ!? あ……ああーーーーーーーーああぁあぁぁあッッ!!」 「はぁ、はぁ、はぁぁ……ゆーとくんずるいよ……はぁぁ、あんなの……はぁ、はぁ、でも好き…………」 「俺も……あ、胸、出して?」 着衣をほとんど脱ぎ捨てた梓が、俺の言うままに両足を大きく広げ、子供っぽいスポーツブラを胸の上にたくしあげる。 「こお? ん……胸はないから恥ずかしいな……ちょっとだけだよ」 大股開きの格好でそんなことを言うんだよな、梓って。 「無いって言うほど無くはないと思うけどな……あ、乳首立ってる」 「ああん、だってエッチなんだもん、仕方ないよ……はぁ、はぁ、んんぁ……今度はどこ見てるの……?」 「やっぱり小さいなと思ってさ」 「む!! どこが?」 「ここ……」 目の前でヒクヒクしている敏感な肉の扉を、指で軽くかき混ぜる。 「ああんっ……む、胸か身長だと思ったのに……」 「これだけ小さいんだから気持ちいいはずだよな……あ、すごい、指も握られてるみたい」 「い、いまのは……特にそういうつもりじゃなかったんだけど」 「勝手に締め付けてるんだ……エロいな」 少し前から、梓は腰をウズウズモジモジさせている。 できればもう一度……でも何度もおねだりするのは恥ずかしいってところかな。 「ねえ……やっぱり広げたほうがいい?」 「いいの?」 「だって、中も見たいんでしょ?」 俺を挑発しているのか、梓が指で右のビラビラをくいっと引っ張る。 ピンクの亀裂が開いて、中でとろけた粘膜が見えた。 「だめ、最初はチラッとだけ……ちょっとだけだよ」 「ちょっとだけ広げてくれるってこと?」 広げようが広げまいが、もう全開で見えてるんですけど……。 「はぁぁ……はぁぁ……ゆーとくぅん……はぁ、はぁ、はぁあぁぁァ……大好き……」 また、梓の指が生赤く充血した唇を広げる。 エッチしたあとのここをまじまじと見るのは初めてのような気がする。 しあわせな梓の笑顔とドロドロに蕩けた下半身のギャップ……そしてなにより、エッチの前よりも赤く染まったやわらかそうな粘膜──。 「梓……!」 油断していたところで吸血の本能を刺激された俺は、こらえきれずに梓のそこに手を伸ばした。 「あ……わわっ! そんなに広げちゃダメだよっ!」 「なんで?」 「だって、奥まで見えちゃう!」 「梓のおま●こ、可愛いよ……本気で」 それに美味そうだ……これも本気で。 「それ、喜ぶところなの? あ、もう、広げすぎだよっ……!」 「まだ恥ずかしい?」 「いつだって恥ずかしいよぉ……こないだまで、誰にも見せたことなかったんだから」 「でも凄い濡れてきた」 「ああん、そういうこと言わないで……だめ、感じちゃう……!」 顔を近づけて覗き込むと、吸血鬼の瞳が、隠された襞の奥までをも鮮明に映し出してしまう。 赤い膣道の奥で、ヒクヒクッと呼吸している梓の最奥──その周りからひっきりなしに透明な粘液があふれている。 「やらしいな……はぁ、はぁぁ……すごいやらしいぞ」 「ああん、またじーっと見てる……男の子ってそこにしか興味ないの?」 「そこってどこ?」 「そ、そこはそこだよ……ああん、えっち」 「言ってくれないとわからないな」 「もう……ん、はぁ、はぁ……男の子って、おま●こ好きだよね……」 「あ、すぐ言うのってエロいな」 「ええーー!! 言えって言ったのそっちじゃない!! ま、まさかもっと抵抗しないとダメだった?」 「ダメってことはないよ。エロいだけで」 「うう、絶対間違ってた……間違ってたんだ……! はぁぁ……恥ずかしい……」 「けど、そういうとこ女の子らしくなったね」 「ああん、優しく言わないで」 「なんで!?」 「だって……もっと…………感じちゃうから」 「本当だ、トロトロ……」 「はぁ、はぁ、はぁぁ……やだ、やだやだ……恥ずかしいよ」 いつものように会話しながらも、梓の性器は開いたり閉じたりして何かを待ちわびているように見える。 ここにかぶりついたら、どんなに……い、いや、それはさすがにまずいだろう。 せめて、歯を立てられないまでも……。 「さっきみたいに締めてみて」 「う、うん……ん、んんーーーーーーーっっ」 「すごいな、中ぴったり閉じてる……ん、ちゅ」 「きゃ…………あ……はぁぁぁぁ……っ……ッッ!!」 「ん、じゅるるっ……」 「はぁぁ……舐めてる……えっち……ぃ」 「ん、すごい濃い味……ん、れるれる……じゅる……」 「あっ、あっ、あっ……らって、らってゆーとくんがいけないんだからッッ!」 「ぷは……もう一度、挿れていいか?」 「ふに?」 「おま●こ、していい?」 「あ……あっ! うん……うんっ、いいよ! ゆーとくんがしたいなら、私は構わないから。ぜんぜん気にしないでいいよっ♪」 言葉と裏腹にウキウキした声で梓が承諾する。 それから不意に表情を蕩けさせて……。 「本当はね、毎日おま●こしたい……」 「──!」 「でも、我慢してるから……だから今日は……おち●ぽ、ふやけるまで挿れてみない? おま●こでおち●ぽ、ふやけさせちゃうの……」 とろんとした瞳で、梓が普段使わないような誘い方をする。 清純な梓にぜんぜん不似合いな、けれど、猛烈に俺を掻き立てる響き──。 「あ、梓がそんなこと……!」 「くすくす……みんなには、私がエッチだって話しちゃダメだよ……」 「ゆーとくん、もっといっぱい気持ちよくするから……ここでせーえき出して……」 蕩けた笑顔に引き寄せられるように、猛り立った切尖を梓の中に沈めていく。 「あ……はぁあぁぁぁああぁぁあっっ!!」 まるで焼けた鉄を水に浸したように、梓が悲鳴で反応する。 「すごい、すごい……やっぱりゆーとくんのすごいよっ……あッ、あ、あ、あはぁああぁあぁぁぁぁああぁ……あぁあぁぁ……!」 すでに俺のほうも痛いほど硬く反り返っている。それで一気に刺し貫くと、悩ましげな悲鳴が尾を引いて響いた。 「はぁ、はぁぁ……ゆーとくん、ゆーとくんのが入ってる……ずぶずぶって、私の中広げられてるよ……はぁ、はぁぁ……じゅるる……」 こぼれたよだれを恥ずかしそうにすすりながら、梓の瞳はどんどんとまどろんでいく。 「後ろ向きとこっちと、どっちが気持ちいい?」 「あ、あ、あーーっ……恥ずかしいけどこのほうがいい……ゆーとくんの顔見えるし……はぁ、はぁぁぁ……」 「俺も、梓の顔見てると感じるよ」 「ほんと、嬉しい……あ、あ、ゆーとくんの腰、えっちに動いてる……はぁ、はぁぁ……なんか上手になってない?」 「俺もイメージトレーニングは重ねてるから」 自慰と言う名の。 「わたしもね……はぁ、はぁ、何度も想像してたけど、あ、あ、あ、やっぱり本物すごい……頭のなかパーンって弾けちゃってるよ……あぁぁ」 「パーン?」 「あ、あ、あ……なんか電球みたい、電球がね、ちかちかってなって……ぱーんって!」 腰を打ち付けるたびに、ツンと上を向いた乳首がぷるぷると揺れる。 小ぶりだけれど形のいい胸のふくらみが、俺のストロークに合わせて、ぷるんぷるんと踊っている。 「想像より感じる?」 「うん、すごいよ……はぁ、はぁ……カチカチになってるの気持ちいぃぃ……あ、あ、あ……あーーーっ……はぁぁ……ァ」 ──きゅぽっ、きゅぽっ……と、またしても脳を痺れさせる梓の摩擦音。 その音を裏付けるように、梓の粘膜全体が俺に吸い付いて離そうとしない。 こんなこともイメージトレーニングでは……ん? 待てよ? 「本当は何回くらいなんだ」 「はぁ、はぁぁ、え、え……?」 「ひとりでエッチするの……さっきサバ読んだだろ」 「そんなこと、んぁ、んぁ、んぁ……ああぁぁああぁッ! あ、あ、そこ、そこだめ、そこきもぢいいぃぃぃっ!」 「こんな感じやすくなって……3日で4回じゃないだろ?」 「ああん、ちがうよ、そうだよ、そうだもん……あ、あ、あ、そうなのっ!」 「どっち?」 「やだ、あ、あ、あ……止めちゃやだ……んぁあぁぁ……ああん、いじわるっ! 1日です……3日じゃなくて1日……っ!」 「え?」 「ああん、もう知らない……あ、あ、あ、1日4回してるのーっ」 マジですか? こんな忙しいのにいつの間に……。 「あ、あ、いま多すぎって思ったでしょ!? ううー! だって仕方ないよ、ゆーとくんのこと考えちゃうんだもん」 「いや、俺も覚えたてのころはそんなもんだったかもしれない」 これまでひとりエッチの経験もなかったんだから、反動なら仕方ない。うん、仕方がないことだ。 「それに……あ、あ、あぁぁ……どこからどこまでが1回か私わからないし……あん、ああっ、もっと、もっとぐりぐりってするのお願い……あ、あ」 「イッたら1回」 「んんぃぃぃいいぃぃぃッッ……それじゃ何回かわからないよっ、あ、あ、あぁぁッ……あ、はぁあぁぁ……ッッ!!」 俺は、ひょっとするととんでもないものを開発してしまったのかもしれない。 「やっぱりエロいな」 「だって、ゆーとくんとしたいんだもん……ひとりでしたくてしてるんじゃないもん……あ、あ、あ……こうしてほしいの、これ、おちん……あ、あぁぁ!」 もっと、もっと梓のことを感じたい。 支配するのではなく、自然なままの梓の全てを俺のものにしてしまいたい。 その一心で俺は狭い粘膜の隘路をえぐり、梓と俺をつなぐ直通路を広げていく。 「んぁあーーっ、はァぁぁ、なんでこんなにきもぢぃぃ~の? なんで……あ、あ、ぬぽぬぽ気持ちいい……ゆーとくんの汗が、あ、あ、ぬるぬる……」 「ほら……」 腰を休ませないまま、汗だか愛液だかおしっこだかわからない湿り気を指にまとわせて、梓の顔に近づける。 「はぁ、はぁっ、んぁ……ん、じゅる……れるれる……はぁぁ、頭おかしくなりそう……はぁ、ん、れろれろ……れろぉ~っ……はぁぁ」 アズサが舐めやすいように、自然と腰の動きは遅くなっていくが、そのぶん中の粘膜の感触は伝わりやすくなった。 手を引っ込めるついでに乳首をキュッとつまむと、梓の中がいっせいに反応して俺を締め付けてくる。 「あ、おっぱい……んぁぁ、あ、あ、ゆっくり、ゆっくりなの好き……んぁぁ、にゅーって、にゅーって入るよ……んぁ、んぁぁ、ゆっくりぬぽぬぽ、好きぃ」 「俺も……梓の中がよくわかる」 「ほんと……あ、あ、私もよくわかるよ……ゆーとくんの、えっちなのが、えっちになって……あ、あ、あ……えっち……えっちぃ……」 なにがどうわかっているのかわからないが、梓が感じていることだけは確かだ。 「はぁ、はぁぁ……ゆーとくんの顔、もっと見せて……はぁ、はぁぁ?」 「ああ……はぁ、はぁ、だから我慢できなくて、腰が……はぁぁ、だんだん早くなるだろ」 「んぁあぁっ! いっ、あいっ……イきそう……あ、あッ、きゅぽきゅぽしてる……はぁぁ、ほら、えっちな音……きゅぽんって言ってる……!」 全身で梓が俺を求めてくる。 ちょっとイタズラ心で焦らしても、熱情のままに荒々しく突いても、俺のすることを梓の小さな身体がすべて受け入れて、包み込んでくれる──。 「梓……ッ!」 ああ、だめだ……そんな風に考えたら、とたんに果てそうになってきた。 くそっ……なんだ、なんだこの可愛い生き物……俺のことばっかりだ、俺のことで頭いっぱいにして……! 「梓、梓……はぁ、はぁ、好きだ、愛してる……!」 すごく自然にそんな言葉が口をつく。生まれてはじめての経験──。 「私も……大好き……ゆーとくん、だいしゅき……あ、あ、あ……イっちゃう、イっちゃう……ゆーとくん、好き、好き、大好きッッ」 「梓……あずさっ!」 「あッ、ん…………あァあぁーーーーーーーーーーーッッッ!!!」 梓がビクビクッと身体を震わせる。 わずかに遅れて、俺にも大きな波が押し寄せてきた──。 「イくぞ、梓…………ッッ!!!」 ビリリッ……と電流が背筋を駆け上り、一気にこらえていたものが溢れ出した。 「んぁあぁああぁあぁぁッッ!!!」 眩暈がして、目の前が暗くなるほど強烈な射精だった。 ──どくっ、どくっ! っと、梓への想いがほとばしる。 「梓……はぁ、はぁぁぁ……あずさ…………」 「イくぞ、梓…………ッッ!!!」 ビリリッ……と電流が背筋を駆け上り、一気にこらえていたものが溢れ出した。 ペニスを引き抜いた俺は、ヒクヒクと美味しそうにひくついているクリトリスに先端を押し当て、そのまま性を解き放つ。 「んぁあぁああぁあぁぁッッ!!!」 梓のクリトリスに当たって弾けた精液が、胸から下腹部にかけて点々と跡を残す。 「う──うっ、ううう……ッッ!」 眩暈がして、目の前が暗くなるほど強烈な射精だった。 ──どくっ、どくっ! っと、梓への想いがほとばしる。 「梓……はぁ、はぁぁぁ……あずさ…………」 「はぁ、はぁ……はぁぁ…………ゆーとくん……しゅき……はぁぁ……」 「梓……ごめん……こっちもいいか?」 押し寄せてくる射精感と戦いながら、俺はゆっくりペニスを引き抜き、梓の肛門に先端を押し当てる。 「わわ!? え……? え……あ、あ、うん……いいよ! お願い、来てっ!」 「い、いいのか、大丈夫か?」 「うん、うんっ、ゆーとくんがほぐしてくれたから……あ、あ、それにすごい嬉しいよ。私の気持ちいいとこ、全部使ってくれるの……」 芝居じみた雰囲気など微塵もない健気な言葉──差し迫っていた射精感が遠のいていき、かわりに愛情が膨れ上がっていく。 「ああ……俺のだもんな……俺の梓だよな」 「うん、うん……ゆーとくん……う、う、ううぅぅっ!」 みちっ──めりめりっ……と、入口の抵抗を押し破る。すると、とたんに……。 「んッ…………っぐぅぅぅぅぅぅッッ!!!」 ぬるぬるの液体にぬめったペニスが、ヌルルッ……と奥のほうまで入り込んでしまった。 「んゥゥっ……すごい……んッ、ふぅッ……ンンん゛ーーーーーーーッッ!」 膣とはまるで違う、のぺっとした粘膜が俺を迎え入れ、あっという間に締め上げてくる。 「う……あ……すご……いっ」 「んッ、ん゛ん゛ーーーッ! ゆーどくん……く……ぅぅぅぅッ、ひぐっ……んはぁぁ……ひぐ、んくっっ…………!」 きつい抵抗を抜けた──とたんに根元まで梓の中にぴったり収まり、そのまま引き抜こうとすると──。 「ああーーぁあぁぁぁ! もうだめ、らめ、らめ……んんんーーーーーーッッ!」 あっという間に梓が昇りつめる。 これがアナルパールの効き目? それとも単に敏感なだけか? 「ひぐっ……んひっ……んぁ、んぁ、んぁあぁぁぁぁッ! あッッ………………んぐーーーーーーッッ!!」 「すごい……まだイッてる」 「はぁ、はぁ、はぁ…………イッへない……イッて……はぁぁ…………ぁぁ……」 呼吸を整えた俺は、ほとんど失神状態の梓の中でゆっくりと動き始めた。 「ふぁ? あ、あ……はぁぁーーーぁぁ……はぁぁ……はぁぁぁぁ……きもちいぃぃ……はぁーーっ、はぁぁ……ぁぁっ……」 徐々にほぐすように腰を使うと、歯を食いしばっていた梓の表情が解け、艶かしく感じた顔になる。 「はぁ、はぁぁ……おしり……おしりすごいよ……ゆーとくんの、パールなんかよりずっといい……はぁ、はぁぁぁ……」 「ち●このほうが好き?」 「はぁ、はぁぁぁ……うん、大好き……はぁ、はぁぁぁ……ぬぽぬぽ大好き……あ、あ……あぁぁ……」 「あ、あ…………梓……ッ!」 「ゆーとくんっ、お尻すごいっ……おひりしゅごいよ……おぢり……ぎもぢぃぃぃぃっっ!!」 突きこむたびに、濡れそぼった性器が押し込まれたり広がったりして、俺をさらに高ぶらせた。 お尻の穴を広げられてよだれを垂らす梓の顔の下で、真ピンクの乳首が敏感そうに自己主張している。 「ん……おっぱい可愛い……はぁ、はぁ、梓、キスしたい、キスして……!」 「んああっ、乳首つまんじゃ……あ、あ、え? キス? で、でも届かないよ……ああん、届かないっ」 「おねだりだけでいいから」 「んあっ、あ、あ……ええ? またあれやるのぉ? きゃああんっ、うん、うん、するから……んぅーーーっ、ちゅー、ちゅーしてぇ……んああっ」 浅く深く、ひとりでイメージトレーニングしたとおりにストロークを使い分けてみると、梓はおもしろいように感じてくれる。 「うぁぁ、れろれろれろ……はぁぁ、恥ずかしいよ……れろれろれろ、きしゅして、れるれる……ちゅーしたい……ちゅーーってしてぇ……」 「あ、すごいエロい、俺のをしゃぶるみたいにできる?」 「うん、はぁ、はぁあぁぁ……ゆーとくんのおち●ちん……おち●ぽ……ん、れろれろれろ……はぁ、はぁ、らいしゅき、ゆーとくん……」 俺を高ぶらせるためだけに、梓が空気とキスをする。 あどけない顔を真っ赤に染めながら、それでも瞳は俺のことをジーッと見つめている。 「はぁ、はぁぁ……れるれるれる……んぁぁ、ゆーとくん、ゆーとくんっ!」 俺にこんな趣味があるなんて思わなかった。いや、前に見た梓の顔が忘れられずに、繰り返してしまうのだ。 「ありがと、可愛いよ」 ──ぱむぱむ。 「ふに? あ、あ、あ……だめ、だめりゃよ……頭なでなでするのえっち……えっち……あ、あ、あ、だめ、イっちゃう……っっ!!」 「だって可愛いし」 「もう、ああん、ゆーとくん……あ、あ、あ、あそこが、アソコ痺れてきちゃった……あぁぁ、イっちゃう、もっとえっちな顔になっちゃうっ!」 ──ぽむぽむ。 「はぁぁァ……頭なでちゃだめ、だめ……それもだめ……んあッ!? んッッ…………んんんーーーーーっっ!!!」 「はぁぁ……お尻でイッた……」 「はぁ、はぁぁ……はぁ、まららよ、まだイッてないもん……イッてないからぁ……んあぁぁ……」 「本当に?」 少し早めに抜き挿しをして腰を打ち付ける。 そのたびに小さな性器が開いたり閉じたりして……。 「あ、おま●こから変な音してる」 「うっっ、うそだよっっ!! うああぁぁッ……んぁーーーーーッッ!!」 「ほんとだよ……ほら」 「きゃぁぁぁぁぁっっ!! ばかばか、だめっ……恥ずかしい! 恥ずかしくて死んじゃうよっっ!」 梓の性器を全開にしたまま腰を打ち付ける。 血を溜めた美味しそうな粘膜が、そのたびに収縮を繰り返し、膣口が開くたびに──。 「やあああーーーーっっ!!」 ぷしゅっ、ぷしゅーーっと……呼吸するみたいな音と一緒に、空気が出てきてる。 「はぁぁ……息してる」 「知らない、しらにゃい……あ、あ、もう終わり! おま●こおしまい! あ、あ、だめ、広げたら恥ずかしいぃぃぃっ!!」 うあっ、すごい……これは……まるで抗議するみたいに、アレが折れそうなほど締め付けられてきた……! 「梓エロい……はぁ、はぁ、ムービー撮っていい?」 「いいわけないでしょっ! うぁ、あ、あ、あ……だめ、イっちゃう……こんな、広げられたままなんて……あ、あ、イくッ、イクイクッ!!」 「んッ、んんーーーーッッ!!」 恐ろしい力で締め付けられたまま腰を打ち付けると、ペニスが刺激に悲鳴を上げる。 梓の括約筋に締め付けられて、神経が剥き出しにされたような刺激を浴びながら、一気に昇りつめていく。 「イっちゃう……ゆーとくん、おしり、あ、あ、おちりずぼずぼ……あ、あ、だめ……だめだめ、気持ちいいいいぃぃぃぃぃーーーっっっ!!!」 「俺も、イくよ……っ!」 「うん、うん……あ、あ、あ、あ……イっちゃうっ! あ……はぁああぁぁああぁぁッッ!!!」 ギュゥゥゥゥッ……っと渾身の力で締め上げられ、意識が遠のきそうになる。 「俺もっ……一緒だ、梓…………ッッ!!!」 ──ドクッッ!!! 最初の一撃が梓の腸奥をうがった。 「ひぁ……んはぁああぁぁぁぁぁぁ…………ッッ!」 一度塞き止められた精液が、括約筋の緩んだところでさらに射ち出される──。 何度も、何度も、繰り返し梓の狭いお尻の中に、大量の欲望が注ぎ込まれていく……。 「はぁ……はぁぁッ……はぁーーーぁぁ……っ」 「はぁ、はぁ、んぁあぁぁ……お尻の穴……あ、あ、あつい……んぁ、あッッ、んーーーーッ!」 俺が射精を繰り返すあいだ、梓もまた絶頂の波間を何度と無く押し上げられていた──。 「はぁ、はぁ、はぁぁ……また……たくさん出てる…………はぁぁ……」 3度目の射精を受け止めた梓は、疲労と快楽のはざまでたゆたっている。 「はぁぁぁ……よかった、ゆーとくんイかせた……はぁ、はぁぁ……気持ちよかった?」 「ああ……こんなの、経験ないって……はぁ、はぁぁ……」 これまで感じたことも無いような高揚感、背徳感、支配感、幸福感──。 いろんな感情がないまぜになっていて、結果的に頭の中は真っ白に近い。 「はぁ、はぁぁ……どうしよう……魅了はされなかったけど、すっかりえっちな身体になっちゃった気がする……」 「いや、まだまだだよ」 「ああん、また広げる……そ、そう思う? 私まだ普通かなぁ?」 「普通よりエロいけど、まだ開発されてないとこたくさんあるし」 「はぁうぅぅ……私これから、どうなっちゃうんだろ……」 なんて言いながら、梓はしっかり俺の気持ちをわしづかみにしている。 支配? 隷属? そんなことをしても、いま俺が感じてる幸せは絶対に手に入らない。 俺と梓が、いつまでもこうやってイチャイチャしていられれば、それが一番いい関係なんだと今は思う。 「最後、ここにキスしていい?」 「いいよぉ、でも吸わないでね……おま●こはちゅーだけだからね……はぁ、はぁぁ……」 「ん、わかってる……可愛いよ」 俺と梓の体液でどろどろになった秘部に唇を近づける。 「俺のま●こ……ん、ちゅ」 「うあ? あぁぁ……だめ、今の感じた……はぁ、はぁ、そんなこと言われたらイっちゃうよ……」 キスした俺の唇を挟むように梓の性器がキュッと閉じる。 それからすぐにまた口を開き、透明な粘液を大量に滴らせた。 「ゆーとくんのえっち……はぁ、はぁ……あ、見てて……イくから…………はぁ、はぁ……はぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ……」 ぽーっとした表情のまま、小さな性器だけがヒクヒクッと痙攣する。 「いま、イッたの?」 「はぁ、はぁ……はぁ…………はぁぁ……」 「おーい、梓?」 「……………………」 どうやら完全に飛んでしまっているみたいだ。 なんか嬉しいな、俺がここまで感じさせられたなんて。 それにしても、何度見ても美味そうな赤い充血──。 「ま、いいか、気づくまで舐めさせてもらおう……」 「はぁ、はぁぁ……ばかぁ……戻って来れなくなるよ…………」 ──30分後。 リビングがにぎやかになり、美羽や莉音の声が聞こえてきた。 「♪♪♪♪~」 ようやく日常を取り戻した梓は、俺のすぐ前にすっぽり収まって着替えの最中だ。 それにしても、疲労困憊した俺に比べてスッキリした顔で……なんかつやつやしている。 「ふん、ふん、ふん♪ はぁぁ……きもちよかったなぁ……癖になっちゃうかと思った」 「本当はなってるかもしれないな」 「そんなことないよ、また次のえっちまで禁欲だからね」 「マジで?」 「くすくす……だったらどうしよっか? ふふふ」 全身でご機嫌を表現する梓を抱きかかえ、うなじに顔を近づける。 「いい匂い……汗と梓の匂い……」 「はぁぁ、ゆーとくん……今なら噛んでもいいよ」 「あとにとっとくよ。エッチの時じゃなければいいんだろ」 「うん……前にアンナさんからメールもらって、Hの最中に噛まれたらイチコロって書いてあったんだ」 「中毒になる?」 「うん……狩人の里の出身なら、小さい頃に耐性がつくからまだいいと思うけど」 「あ、それで梓は吸血鬼にならないのか」 「あれ、知らなかった?」 「そうか、梓が狩人だったから良かったんだな……」 梓の出生に意味があるとするのなら、きっとそういうことだろう。 あらためて、俺と梓の間に無数のつながりを感じてしまう。 「それはそうと」 「わきゃっ!?」 「さっきから、ここがコリコリしてるのがすごく気になるんだけど」 「やん、イタズラしないでよぉ……あ、あ、あ、指、えっちだってば」 「梓はいつも恥ずかしがるけど、こっちもちゃんと開発しような」 「えぇぇ? で、でも小さいから」 「小さいのが俺は好きなの。それに梓の身体は全部俺のものなんだろ?」 「ぎく! え、えっと……おへそから下限定じゃ……ダメ?」 「だめ」 「あん、んんっ……ほんとエッチだね、ゆーとくん」 「梓もな」 コリコリの乳首を優しくこねていると、すぐに梓の表情がとろけてくる。 「はぁ、あぁぁ……しらない、もうだめ……はぁ、はぁぁ……ゆーとくん、今回の事件が終わったらデートしよう、続きはそのとき、ね?」 「ん、わかった」 「はぁぁ……よかった…………あ!! ああああああ!!!」 「なんだ?」 「結局なんにもわからなかったぁ! はぁぁ……こんなんじゃ美羽ちゃんに」 「そういえば、宝石強盗つかまったってさ」 「えええ、いつ!?」 「俺が戻る前に美羽がスピード逮捕だってさ」 「ずいぶん荒っぽい連中だったみたいで、バールのようなものでシャッターをこじ開けて、店内の宝石を……」 「ああ、違うよゆーとくん。それは、さっきの……」 「………………」 「バールのようなもの!?!?」 「梓……? うわ!?」 「ねえ、バールってなに!? バールって何っっ!?!?!?」 「そりゃ、バールって言うのはこう…………」 ……… 「え!?」 「え!?!?!?」 「えええええーーーーーーーーーーーーーっっっ!?!?!?」 「で、どうだったの? 使ってみて」 「……………………ちがうの、コレジャナイ」 「えー? よくなかった?」 「あ、あのね、いいとか悪いとかじゃなくて……うぅぅぅ、私がドジだったの」 「……はぁぁ、私って私って!! と、と、とにかく、もうこれは使い道がないから、返……」 「そうだ、ユートに使ってみたらいいんじゃないかな」 「え!? こ、こ、これを!?」 「だって、べつに女の子専用ってわけじゃないんだし♪」 「これを……ゆーとくんに…………??」 「…………………………(妄想中)」 「も、もう1日だけ貸してくれる!?」 「もっちろん! 今度はユートに感想聞いてみるから」 「うんっ!! いい感想が聞けるようにがんばってみるよ!!」 「……うっ!? なんか急に悪寒が……!」 「この感覚……ライカンスロープ因子の仕業か!?」 「うわっ!? だ、誰だ?」 「ゆ、ゆーとくーん……ちょっといい??」 「なんだ梓か……ああ、いま開ける。どうした……?」 「うん、あのね……」 ──THE END 《アクア・エデン》海上都市を訪れて、二ヶ月近く──。 環境が変わってしまえば案外適応できるもので、風紀班としての生活にもすっかり馴染んできた。 これまではサポート役が多かった俺にもチームでの捜査や巡回が割り振られ、正式に布良さんの相棒というポジションも与えられた。 もっともこれは、布良さんからの希望があったからだと聞いているのだが……。 「…………な、なに?」 「いや、なんでもない」 いつの間にか彼女の首筋に泳いでいた視線を、元に戻す。 同じ寮の仲間とユニットを組むのは理解できるが、なぜ美羽ではなく布良さんなのだろう。 何かあったときは、彼女の血を吸って対応しろという意味なのだろうか? 「へえ、思ったよりズッシリ重いんだな」 「弾が大きいでしょ、そのぶん強い力で射ち出さないといけないからね」 「反動も大きそうだな」 「えへん♪ それがそうでもないのがこの子のすごいところだよ」 「リコイルが軽くてリロードも早いから、とっても使いやすいの」 「おもちゃみたいに見えて高性能なんだな。でも布良さんだけどうしてこの銃を?」 「それはいろいろありまして……使ってみたい?」 「いや、俺は吸血鬼だから要らないと思う」 「んー、それもそっか。間違って観光客の人に当てちゃうと危ないしね」 「そんなドジに見えるか? よし、なら今日は俺がこいつで……」 「お手並み拝見……って言いたいけど今はダメ」 「なんで?」 「銃器類を使いたければ、ちゃんと申請して許可をもらわないとね。それに訓練も必要だから」 「射撃訓練か。そういえば俺はやらなかったな」 「吸血鬼さんは銃なんかなくても強いからね。美羽ちゃんもやらなかったって」 「人間の隊員とは違うんだな」 「うん、私は本土で採用されたときに一通りやってたから」 「一通りって、どのくらい?」 「吸血鬼さんと違って1から鍛えられるから、射撃とか逮捕術とか……だいたい半年くらいかな」 「半年? にしちゃ上手いもんだ」 「えへへ……あんまり自慢できる技術じゃないけどね」 「いや、そんなことないと思うぞ」 「そ、そうかな……あ、カリーナさんこんにちはー」 「あら梓ちゃん、いつもごくろうさま」 現場偵察の道すがら、布良さんが近くの人に声をかけた。 うらぶれた開発地区でチョコバナナのスタンド──というか露店を構えている三十歳くらいの女性だ。 「様子はどうですか? ふむふむ……まだ中にいるんですね」 「わかりました。あとでちょっと騒ぎになるかもしれないから、あきらちゃんにも家にいるように言ってください」 「いつもお仕事大変ね」 「こちらこそご迷惑をおかけします。あとでチョコバナナ買いに来ますから」 「そんなのはいいから、がんばってね」 女性にぺこりとお辞儀をして、布良さんが戻ってくる。 「現地協力者?」 「ってわけじゃないけど、お世話になってる人」 「見たところ人間かな?」 「ううん、でもよく手伝ってくれるんだ」 「お仲間か……しかし、こんな裏通りでチョコバナナなんか売れるのかな?」 「地元の子とかよく買ってるみたいだよ。それに表通りには細かい縄張りがあるから」 「……難しいもんだな」 「お疲れ様、いつも大変だね」 「こちらこそ、ご協力感謝しますっ」 「それも本来は、こっちの台詞なんだけどな」 「いいんですよ、今日は相手が[・]普[・]通じゃないかもしれませんから」 「ターゲットはまだ建物内です。今なら現行犯でしょっ引けますよ」 「さすが風紀班は仕事が早いねえ」 挨拶をすませた警察官が含みのある笑顔をみせる。この人たちは人間だ。 俺たち風紀班の扱いは、あくまで自警団のようなものなので、令状が必要なケースでは警察と連携することになっている。 連携といっても名目上のことで、実際は摘発現場に立会ってもらうだけだ。 「……で、布良さんはどうして俺と組もうと思ったのかな?」 「えっ?」 「聞いてるぜ、パートナーの希望を出したんだろ?」 「あ、うーん……それね、話せば長くなるけれど」 「短く言うとロリコンだから」 「ああなるほど……って何でだ!?」 「なにか重大な間違いが起きないように、近くで見守っていたほうがいいかなって思って」 「何度も言ってるが、こないだのは便宜上の設定で……」 「でも、もしもだよ。もしも六連君の深層意識にある欲望がその設定に反映されていたとしたら……それって怖くない?」 「怖いよ! そんな俺は嫌すぎる!」 「だからロリコンは完治させないと……」 「ロリコン!?」 「かわいそうにその若さで……」 「ちがいますよ! ほら誤解されてる!!」 「あう、ごめんね。大丈夫です。あくまでマル被の段階ですから、容疑がかかってるだけですから」 「かかってない!!」 「あ、やだ、頭くしゃくしゃにしないでー!」 「強い抗議を撫でて表現してるんだ」 「これ撫でてないよー、ああん」 「うーん、いい雰囲気だ……なんか妬けるなぁ」 「仕事の相棒というより仲良しカップルのようだねえ」 「は!? ど、どういう意味ですか?」 「そうですよっ、私たちはべつに!」 「まずい……布良さんとカップルではロリコン容疑がさらに濃厚に」 「ああっ、それこそどういう意味!?」 「……お、着いたぞ」 「はーい、手を上げて!!」 「風紀班です、動かないでください!」 「やべえっ、見つかったか!?」 「かまわねえ! よく見りゃチビじゃねえか、ヤっちまえ!!」 「体型のことは言わないでっ!!」 「──そういうわけでアジトは無事制圧。現場にいた5名を逮捕して警察に引き渡してきました」 「ご苦労。コンビの息も合ってきたようだな」 「そう思いますか? ふふ……よかったね、六連君♪」 「ああ、なんとなく仕事にも慣れてきた気がするよ」 「ほう、頼もしいことを言ってくれるな」 「ただの軽口です。しかし、潰しても潰しても無くならないもんですね」 「人間の欲望に忠実な商品は売れるからな」 「うぅ、やな欲望……」 「ひとつ組織が潰れれば、必ず誰かがその後釜に座ろうとする」 「雨後のタケノコみたいなもんだ。これからも小規模なグループがぞろぞろ出てくるぞ」 「問題はそいつらが独立した組織なのか、同じ幹の枝葉なのか……そいつを見極めるのも我々の仕事というわけだ」 「はいっ!」 「了解です」 「……なんてお題目は聞き飽きてるだろう。今日のところはご苦労だった。報告書は明日でいいから先に上がってくれ」 「ありがとうございますっ!」 「よし、帰って風呂にするか」 「汗かいちゃったもんね」 「そうだ、入浴の後は報告書のかわりにこいつを頼む」 「こ……こここれはっっ!?」 「警察から借り受けた押収品だ。持ち帰ってチェックしてくれ」 「チェックですか?」 「そうだ。まずは、ここからコピー商品を除外する」 「オリジナル撮り下ろしを謳ったものだけをピックアップするんだ。連中の背後につながる情報が映像中にないか精査する必要がある」 「この手のビデオのタイトルなんてのは日替わり同然だからな。中を見て調べるしかない」 「ま、またですか……(がっくし)」 「だけどうちの寮って、規則でこういうのは持ち込み禁止ですよ。なあ?」 「ふに!? あ、あっ……そうそう、そういえばそうでした!」 「俺の知る限りそんな寮則はないはずだが?」 「え? え?? でも布良さんが前に……」 「あわわ……そ、その話は置いといて、とにかくこれは隠しておかないと! みんなに見られたら大変だよ! ね???」 「……ジー」 「あああのっ、でもこれって分量的になんかすごく多い気が……!!」 「これでも全体の2割弱ってところだ。残りは各ユニットに分担させるから心配するな」 「ふぁぁい……」 「はー、いいお湯だった……おや? 2人ともまだ仕事中?」 「うん、今日の報告書を六連君に見てもらってるとこ」 「最近忙しいみたいですね……はい、どうぞ」 ぐったりしている俺たちに、稲叢さんがローズヒップティーを淹れてくれる。 「ありがとー、んー……おいしーい♪」 「なにかあったの、アズサ?」 「ううん……ちょっと今日の宿題が悩ましくて」 「宿題って、このダンボール?」 「ふに!? あわわっ、にゃーーーっ!?」 「ダメダメっ、触っちゃめっ! これは何があっても見ちゃダメな最重要機密なのっっ!!」 「機密って陰陽局の?」 「そそそうそう! 超国家的なやつだから!」 「超国家的ってなんですか?」 「そ、それも秘密なの!」 「そうなんですか?」 「どうやら、そういうことらしい」 「なーんだ、てっきりエッチなDVDでも入ってるかと思ったのに」 「──ぎぎぎぎくっっ!!」 「ふぁぁ……朝も[ふ]更けてきたというのになんだか騒がしいね。ワルプルギスはとっくに終わってるよ」 「ああー、マントで書類が!」 「何度言えばわかるのかな。マントじゃなくて漆黒の……」 「はいはいヴェールヴェール。今日は布良さんも佑斗も忙しいからほっといてあげて」 「おかえり、助かったよ」 「《チーフ》主任から聞いたわ。ずいぶん[いろ]艷っぽい残業があるみたいね」 「あぅぅ、美羽ちゃーん! あのね、もしよかったら……」 「悪いけど無理。こっちもクスリの顧客リストが手に入って大忙しなの」 「それ手伝うから!!」 「そうね……私的にもそっちの残業のほうが興味深いんだけど、これから支部に戻って検討なの。ごめんなさいね」 「ううっ、お疲れさまー!」 かくして、明け方の寮内に俺たちだけが残された。 「美羽は帰らないつもりかな?」 「支部に仮眠室あるからね。はぁっ、みんな忙しいなぁ」 「なあ布良さん……この報告書だと、現場近くで通行人Aがアジトに入る犯人グループを見たってことになってるんだが」 「これって、あのチョコバナナ屋さんのことだろ? 通行人Aはまずくないか?」 「あ、いいのいいのそこは省略しちゃって」 「らしくないこと言うんだな。報告書なんだから名前とIDを明記しないと」 「うーん、それはそうなんだけどね……」 《アクア・エデン》海上都市にも表と裏の顔があり、今日、摘発のあった開発地区はまさに裏の顔といったエリアだ。 布良さんは外見のせいもあってか、巡回中に地元の人から相談ごとを持ちかけられたりすることが多いらしい。 あのカリーナという露天商の女性も、そんな中の一人のようだが……。 「まさか報告書の内容が、裏の連中に漏れる危険があるとか?」 「そうじゃなくてね、その……うーん……」 「歯切れが悪いな。ますます布良さんらしくない」 「カリーナさん、IDとか持ってないから」 「ん? それって不法滞在者ってやつ?」 「うん……ま、そんな感じ」 「……いいのかよ?」 「よくはないんだけど事情があって……そういえば、六連君にはまだ説明してなかったね」 「ああ、聞いておきたいな。なんか腑に落ちない」 「うん、ちょっと待っててー」 「はーい、おまたせ♪」 「おおっ、久しぶりだ!」 「ふっふっふ、ではこれから朝の特別授業をはじめます☆」 「六連君も知ってのとおり、《アクア・エデン》海上都市の吸血鬼人口は今も増え続けています」 「それは本土や外国で生活しにくくなった吸血鬼さんが、海上都市に移り住んでいるからなんですよ」 「そいつは知ってる。だから俺も住人になれたし、島には吸血鬼独自のルールがあるんだよな」 「そう、けれど海上都市の住民になるにはIDが必要で、ID発行の手続きには住所が必要なんです」 「そのために格安の賃貸物件を用意する──っていうのが海上都市の方針なんですが」 「吸血鬼さんの数に比べてお家の数がぜんぜん足りなくて、IDをもらえない人が大勢いるというわけです」 「だったらIDの発行に住所は不要ってことにすりゃいいんじゃないか?」 「うん、市はそうしたいみたいなんですが、それだと秩序が保てなくなるって理由で許可が下りないのが現状なんだって」 「おおー、実にわかりやすかった」 「えへへ、それほどでも~」 「そういや市街地を外れると、あちこちに建設予定地区みたいなのがあるが、あれも工事が遅れてるせいなのか?」 「うん。詳しい事情は知らないけど、予算とか許可が下りないとかいろいろあるみたい」 「さっきから許可許可って言ってるが、それって……」 「特区管理事務局。つまり私たちの上の上のそのまた上の人たちの許可が要るの」 「なるほど……じゃあこっち側の都合ってことか」 「でも事情が事情だし、強制退去なんてできないでしょ?」 「まるで難民だな」 「うん……だから、そういう人たちが犯罪組織と手を結ばないようにすることが大事なんだよ」 布良さんが少しキリッとした表情になる。 エロDVDを前にあたふたしていた姿とは対照的だ。 「じゃあ、俺がこうしていられるのは運が良かった?」 「六連君の場合は特別だよ。普通の人間が吸血鬼にされちゃったんだから」 「そんなもんか……で、不法滞在者ってのはどのくらいいるんだ?」 「開発地区だけでも確実に100人以上はいるかな」 「多いな、島全体だともっとか」 つまり全ての不法滞在者を摘発していったら大問題になるってことだ。 こいつは俺たちの問題というよりは、行政が対処しないとどうにもならない。 「前々から、開発地区に犯罪者が逃げ込むのが問題になっていてね」 「現地の情報源は大事だな」 「そう、持ちつ持たれつってこと」 「それで『通行人A』か──了解だ」 「開発地区の通行人は役に立つんだな、なんて言われたりするけどね」 布良さんは型にはまった規則よりも、島の住人との信頼関係を大事にしている。 そういえば主任も、道案内みたいな地味な仕事が町の情報収集につながるのだと言ってたな。 射撃の腕こそピカイチだが、こういう平和な仕事のほうが布良さんの本分なのかもしれない。 こんな話を聞くと、俺がこの仕事をすることの意味も考えさせられる。 俺のやっていることが『刑事ごっこ』から本当の仕事になるには、まだいくつもの経験が必要みたいだ。 こうやって仕事を覚えて行けば、そのうち俺が風紀班で活動することの意味が出てくるのだろうか? 「……なるほどな、勉強になったよ」 「うん、大事なことだからしっかり覚えておいてね」 「……つまりは俺の教育係ってことか?」 「なんの話?」 「ペアを組んだ理由だよ。布良さんずっと前にも言ってたよな、暮らしてみないとわからない島の事情を教えてくれるって」 「それって、あの時だけのことじゃないんだろ?」 「え……あ、うーん……特にそういうつもりじゃなかったんだけど……」 「やっぱ本気でロリコンだと??」 「ち、違うよ、そうじゃなくて! えっと……」 「本当のことを言うとね、六連君ってかなり特別でしょ?」 「このへんが?」 いまやすっかり伸びた自分の八重歯を指差す。 「うん……なんかね、六連君は人間と吸血鬼の間にいる人だと思うんだ」 「間にいる?」 「そう、だからなんとなくほっとけなくて」 「うー……なんかうまく言えてない気がするけど、変かな?」 「いや、なんとなくわかった。つまり俺と布良さんは似たモノ同士ってことになるんだな」 「え……!?」 吸血鬼の世界に溶け込んでいる人間の布良さんと、吸血鬼になったばかりの俺。 立場はずいぶん違うが、吸血鬼と人間の中間地点にいるという意味では一緒だ。 「うーん、そう言われるとちょっと違うかなぁ……。私は小さい男の子に恋したりしないし」 「うぬ!? それは体型的な意味で同属意識が……」 「ああっ、それってどういう意味!?」 「想像にお任せするよ。さぁて残業残業……がさごそっと」 「あー! ごまかしてる……っていきなり出すの!? わわ……っ!?」 「大量だなぁ。ええと『ランドセルさよちゃん1●才』『魅惑の中出しロリータ』『つるぺた援●交際』『おしゃぶり姫の蒙古斑』……」 「……なんかタイトル偏ってる気がするんですけど」 というわけで報告書作業も終わり、後回しにしていた押収品と向き合うことになった俺たちだが。 「一緒に……する?」 「な、なに!?」 「ち、チェックだよ、中身のチェックのこと!!」 「そうか、そうだよな。でも手分けしたほうが早く終わらない?」 「ひ……ひとりでこれ見るの???」 ああ無理か、目がうるうるしてるな。 「わかった、一緒に見よう」 「う、うん、そうしよう! そのほうがいいよ絶対! ほら2人で行動するのが捜査の基本っていうでしょ、それに……」 「布良さんが嘘ついてまで持ち込みたくないようなシロモノだしな」 「ふにー……そのことはごめんなさい」 「いいよ、俺も布良さんのサポートができるのは嬉しいし」 「え?」 「ここんとこ、教えてもらってばっかだからな」 「……でもここじゃまずいよな。俺の部屋じゃ見れないし……布良さんの部屋にデッキある?」 「わ、私の部屋で!?!?」 「そ、それはちょっと……あ、でもノートパソコンなら持ってるから」 「え……それって?」 「どうぞ、そのへん腰かけて」 「あ……う、おじゃまします」 「平気?」 「き、緊張はしてるよ……ごくっ」 ノートパソコンを抱えた布良さんは、男の部屋に緊張しているというよりも、押収品のダンボールに視線が釘付けだ。 「長丁場になりそうだな」 「だよねー……はぁぁ」 「ま、これも仕事ってことさ」 「そうなんだよね。うぅぅ……わかってるけどぉ」 美羽やエリナがオープンすぎる反動なのか、布良さんのこの手のモノへの抵抗感は半端なく強い。 それなのに風紀班の取り締まりって、彼女にとってはかなりハードな仕事なんじゃ……? 「布良さんって男友達とかは?」 「い、いないよ!」 「クラスの連中も?」 「そういえば、仲良くしてるの女の子ばっかりかも」 「ほら、風紀班の仕事があるから放課後一緒に遊ぶことってほとんどないし」 「男子の中には担当エリアで仕事してる奴もいるだろ」 「巡回中に会っても、逃げてっちゃうんだよね」 「そのへんも見て見ぬふりが大事?」 「違法行為がなかったらね……わわ!?!?」 「にゃあああああーーっ! もう始まってるーー!!」 「本当に急に始まるな。編集、手抜きすぎだろ」 「じゃなくて! そういう意味じゃなくてっっ! もう再生してたの!?」 「さっさと今日のノルマをこなして寝たくない?」 「そうだけど、それはそうだけどっっ!! あうぅぅ~~~~!!」 「無理だったら下向いててもいいから」 「む、無理じゃないよ! 無理……じゃ……ないもん!」 「お、ガッツあるな」 「ふ……風紀班の先輩として、こここんなことで根をあげられないよ」 「六連君も覚えておいて。どんなに過酷な任務だって逃げちゃいけない時があるってこと!」 「む、勉強になります」 「こんなのお医者さんと一緒だよ。心ににに仕事のフィルターかけると、あんがあんが案外冷静に見ることができるし!」 「………………」 「しょれに良く考えてみればこれらって人類の営みの一種らし、とっても自然にゃことをしているわけじゃから……」 「………………」 「だだだから不潔とか思うほうが変だしわざわざお金払って見るほどのものじゃないしなんでこんなの見て嬉しいのかなーーー!!!」 「ふにぃぃぃ……やっぱりダメぇぇぇ……」 早口でまくし立てた布良さんが、ずるずると勝手に沈没していく。 「いいよ、あとは俺が見とく」 「ほ、本当?」 先輩ぶっていた布良さんに、そんな顔で泣かれると弱いなぁ。 まったく主任も罪な命令を出してくれるよな。 「お互いの欠点を補いあうのが相棒ってことだろ」 「うぐ……け、欠点……」 「役割分担って言ったほうがいいか。先輩の布良さんは報告書、俺はこいつのチェックってことで」 「六連くん……」 「というわけで、おやすみなさい」 「う、うん……ありがと」 「でも……へ、変なことに使っちゃダメだからねっ!」 「変なことって?」 「ふに!? う、う、うぅぅぅ~、し、知らないけどー!!」 「で、でも六連君だって男の子だし、男の子ってそういう感じになっちゃうって聞いたことあるから、それで……」 「どうしても心配なら横で見ててもよろしいが?」 「……………………」 布良さんが言葉に詰まると、ビデオの喘ぎ声が余計大きく聞こえてくる。 「う、ううーー、やめとく……」 がっくりうなだれた布良さんはドアノブに手をかけて……。 「……………………うぬぬ!」 「どうした?」 「やっぱり見る!」 「そんなに信用ないのか!?」 「そうじゃなくて、やっぱりおかしいから!」 「先輩の私が見ないで六連君に押し付けてるのって、なんかパワハラみたいでよくないよ。だからちゃんと見るの!」 「そんな風には思わないけど……ま、いいか」 「ううぅ……ごくっ!」 ふたたびノートPCの前に陣取った布良さんが、額に汗を浮かべながらモニターを見つめる。 ひょっとすると、主任はわざとこういう仕事を振って、潔癖な彼女を仕事に慣れさせようとしてるのかもしれないな。 「うぬぬ……うぐぐ……ひっ!? わぁぁ!? うにゃ! はにゃ! ふにゃ!! ふぇぇぇ……」 「落ち着け布良さん」 「うー……うー……うー……ふにゃぁぁーー……」 布良さんが目を回すのも無理はない。 画面の中では茶髪の女の子が日焼けした男優に潮を吹かされてるところだ。 「ごくっ……すごいな」 「こ、これ特撮じゃないよね?」 「いや俺に聞かれても」 「そうだよね、それを調べるのが仕事だもんね……」 いや、そこは調べるところじゃないと思う。 「うぅぅ、リアルじゃないよね……CGだよね……あ、ひょっとして出てる人もみんなCGかもしれないし……ふぬぬぬ……!」 「ハリウッドでAV作らないだろう」 「で、でもこんなの出たことないし……ふにゃああ、なに言わせるの!?」 「いや勝手に言ってる。しかし今日の布良さんは頑張るなぁ」 「わわ私だってオトナだし!」 「大人……」 「……な、なに?」 「いや、大人にしちゃ可愛いなーと思って」 「え!?」 「あ、い、いや……他意はないですけど!!」 「そ、そうだよね……あ、あはは……!」 なんで今敬語になった、俺? というか俺が舞い上がってどうする。これは仕事だ、仕事。 しかし女子と一緒に見るAVというのは、こんなにも心臓に負担が……。 「ねえ六連君……」 「なっ!? なななんだ!?」 「よくわからないけど、これ、前のビデオに比べて画質も荒いし、別の機材で作ってるんじゃないかな?」 「そう言われてみれば……本当だな」 「だよね」 布良さん、パニクってるわりに鋭いな。 と、俺が感心しかけたところへ……。 「にひひ、2人っきりの上映会?」 『わぁあぁああぁぁぁあぁぁああああっっ!?』 「どどどどどうしてここにっっっ!?」 「勝手に入ってくるなーー!!」 「だって寝てたらアズサの叫び声が聞こえてくるんだもん。気になるでしょ?」 「さ、叫んでなんか……!」 「いたな」 「いました……」 「それに鍵もかかってなかったよ」 「な、なにーーー!?!?」 しまった、俺は俺で動揺していたのか!? 仕事のはずが、心のどこかで女子とのAV鑑賞会などと……! 「いくらなんでも安眠妨害だよ。こんな悩ましい声で残業されたら、アズサがオ・ト・ナの世界に目覚めたのかと思うじゃない?」 「なにそれ!?」 「大人……」 「ち、ちがうよ! 目覚めないからっっ! ずっと寝てるからおやすみー!!」 「がばーっ! ぐーぐーぐー! ぐーぐーぐー! ぐーぐーぐー!」 その場で突っ伏した布良さんが全力で寝息を立てはじめる。 ああ、願わくば俺もエリナを放置してこのまま寝てしまいたい。 「ふ~ん♪ さっきのダンボールの中身ってこれだったんだ。隠さなくてもいいのにー」 「勝手に触ったらダメだぞ」 「いいじゃない。わざわざ寮に持ち込むってことは、仕事だけじゃないんでしょ?」 「なっ!?」 「んぐ!?」 「やっぱり息抜きはエッチなのに限るよね? 厳しい夜勤の疲れを癒し系ビデオ鑑賞会でラブラブ解消的な?」 「ぐーぐーぐー! ぐぐぐぐー!!」 「だったら邪魔せずにそっと見守ってあげるけど?」 「ぐーぐーぐーぐーー!!!」 「……あ、そうか!」 「な、なんだ!?」 「エッチなビデオ見てる最中に寝ちゃうってことは……ユートどうする? つまりこれって、誘われてるってことだよ?」 「ぐぐぐっ!?」 「どういう意味だ!?」 「だ・か・らぁ……ビデオと同じこと、してもいいよ……? ってアズサの心の声が聞こえない??」 「うにゃぁぁーーっ! ちがうよ、誰もそんなこと考えてないからぁぁ!」 「おはよー、アズサ」 「ふにぃぃ……おはよ」 「あのな、どんな期待をしてるのか知らないが、本当にただの仕事なんだ」 「だからさっさと見終えないと俺たちは眠ることもできないのさ」 「なら3人で見たほうがはかどるね♪」 「うえ!?」 「せっかくの機会だし、目も覚めたから手伝ってあげるよ」 「待て、せっかくって何だ!? これは単なるビデオじゃなくて押収物……」 「いいからいいから。あ、この『イカくさい女~リアル海産物を挿れてみました』って面白そうじゃない?? 再生すたーーとっ☆」 「…………おい、話を聞け」 「はぁぁ、こうなるのが怖かったのにぃ……」 『ふぁぁぁぁ……あぁぁ……』 「2人とも、今日は眠そうでしたねー」 「残業がハードだったからな……ううっ、まだ目の前がピンク色だ」 「はぁぁ、まさか居眠りで先生に怒られるなんて」 「布良さんがそんなの珍しいですよね。よっぽどの難事件を担当しているんですか?」 「難事件っていうか……あ、あはは」 「布良さんにはちょいと難易度高めだったな」 「あう、子供扱いしないでよぉ」 「どんな事件なんですか?」 「そ、それはちょっと捜査上の秘密で」 「まあ今日は巡回もないし、厄介な仕事は一気に終わらせちまうか」 「はぁぁ……がんばろー」 「あー、駄目ですよ。疲れたときこそ元気な声で!」 「う、うん、そうだよね……がんばろー!!」 「うん、布良さんは元気なのが一番です」 「それじゃ、私もお仕事がんばってきますので……また明日~」 「ありがと、ばいばーい」 「また明日な」 ぺこりとお辞儀をした大房さんがアレキサンドの方向へ小走りで消えていく。 「ま、大房さんの言うとおりだな。ふぁぁ…………」 「ごめんね、私途中でダウンしちゃって」 「仕方ないさ。[メン]精[タル]神のダメージは俺の何倍もあっただろうしな」 「六連君、思ったより平気な顔してるよね」 「眠れないのはキツかったが……ま、それなりに好奇心も満たされたし」 「お……男の子って!!」 「いや変な意味だけじゃなくてさ……ええと、つまり……なんだ」 「なに?」 「その……個人差というか、いろんな形があるなぁとか」 「やっぱり変な意味じゃない!」 「ち、ちがう、スタイルの話! 局地的なことじゃなくて!」 「ジー……」 「いや本当にスタイルの……」 「…………ジー」 「な、なななんでこっち見るの!?」 「いや、つい……」 「きゃーーーーーーーーっっ!!」 「なんだ!?」 「事件!?」 緊張感のない任務で緩んでいた意識を、遠くからの悲鳴が覚醒させる。 俺が走り出すよりも早く、布良さんは声のしたほうにダッシュしていた。 「風紀班です、なにがあったんですか?」 駆けつけた現場周辺は騒然としていた。 噴水の近くに人だかりがあって、誰かがうずくまっている。 あたりに警察や風紀班員の姿はない。俺たちが一番乗りか。 「ひよ里ちゃん!?」 「なに!?」 そこには大房さんがいて、うずくまっている人の肩をゆすっていた。 見たところ、倒れているのは二十代の着飾った女性──観光客のようだ。 大房さんは元気だが、女性はぐったりと意識がない。 「大丈夫か、なにがあったんだ?」 「く、黒い服の人が飛び掛ってきて……」 「六連君、見て……首筋」 「吸着痕か……」 女性の首筋に小さく赤い点が二つ──。 観光客が噛まれたのか。これは……騒ぎが大きくなってはまずいぞ。 「ひよ里ちゃんは怪我とかしてない?」 「ちょっと足をひねっただけです。押さえつけられて……」 「こっちの女性を襲いながら、大房さんを?」 「ううん……何人かいたんです。3、4人くらいだったかな?」 「集団で襲ったのか?」 「あ、《チーフ》主任──はい、布良です。噴水前広場にて傷害事件が発生。被害者は20代女性1名、吸着痕を確認しました」 俺が大房さんに状況を聞いている間に、布良さんは主任に連絡を入れている。 吸着痕は『吸血痕』の隠語だ。観光客に吸血鬼の存在を知られないように気を使わなくてはいけないのも俺たちの仕事だ。 「現場に居合わせたクラスメートが犯人グループを目撃しています。男で2、30代の長身──はい、3、4名の複数犯です」 「被害者の悲鳴で騒ぎになったため、大通りを歓楽街方向へ逃走……」 「はい、噴水前広場です。ここでいきなり襲われたそうです──はい、はい、お願いしますっ」 大房さんから聞き出した情報を報告して、布良さんが携帯を切る。 「大丈夫だよ。2、3分で警察と救急の人が来るから」 「は、はい……」 「俺たちは?」 「犯人を追えって」 駆けつけた警察官に大房さんと女性を任せて、俺たちは犯人の追跡を始めた。 黒ずくめの集団は夜の街でも目立っていたようで、目撃証言は苦もなく集まってくる。 「吸血鬼だよな、いったいどんなヤツだ?」 「あれ、ゲームハンティングじゃないよ。かなり必死で噛んだみたい」 「なぜわかるんだ?」 「吸血跡が大きかったから。遊びだったらもっと軽く噛むけど、相当深くまで牙が入ってた」 「なるほど……経験者は語る?」 「うん。あれ、かなり痛いと思うよ」 布良さんが自分の首筋を押さえる。 「必死な吸血鬼か……なんだろうな、裏社会の抗争とか?」 「捕まえればわかるよ。早くひよ里ちゃんを安心させてあげないと」 「ああ、今はそっちが先決か」 しかし、俺たちの意気込みとは裏腹に、歓楽街の出口付近で犯人の足取りがふっつりと途絶えてしまった。 「どうやらバラバラに逃げたみたいだな」 「服も着替えたかもね。背の高い男の人ってだけだと……」 「ヤバい?」 「うん……でももう少し進んでみよう」 「くそ……逃げられたな」 「布良です──すみません、完全に見失いました。はい、はい、現在地は開発地区の……はい、了解です」 支部に報告をした布良さんが、ため息をついて携帯電話を切る。 「なにか情報は入ってた?」 「被害者は今日島に来たばかりで、特に吸血鬼に狙われるような前歴もなかったって」 「通り魔的な犯行ってことか……あんな目立つ場所で」 「ひよ里ちゃんも心配だし、いったん戻ろっか」 「そうだな。ん、待った……向こうに警官が来てる」 「おーい、すみません」 「おや、君たちは風紀班の……また事件だって?」 「はい、観光客への傷害事件です。そちらは、なにかあったんですか?」 「それがさ、変なボートが泊まってるって通報があったんだよ」 「ボート?」 「《ここ》海上都市って確か港はないはずだよな?」 「うん、海上ルートは封鎖されてるから」 島への出入りは必ずモノレールか車を使わなければならない。 それは本土と島を行き来する人間や吸血鬼を監視するために必要な措置なのだ。 「だからさ、これから確かめに行くところなんだ」 「なあ布良さん、戻るの少し遅らせたりできるかな?」 「え? 大丈夫だと思うけど」 「じゃあ少し寄り道していこう。あの、俺たちも一緒に行っていいですか?」 「そりゃ心強いけど、いま仕事中だろ?」 「だからです」 ──1時間後。 「──島の吸血鬼じゃないかもしれない?」 「ああ、可能性はあるだろ?」 堤防に漂着したボートを調べてから、俺と布良さんは事件のあった噴水前広場に戻ってきた。 漂着したボートはもぬけの殻だったが、その大きさは小型の船艇くらいあり、まだエンジンが暖かかった。 警官は密売人が外からクスリを運びこんだのではないかと推測していたが……。 「外の吸血鬼さんがボートで上陸していたってこと?」 「なら見境なしに観光客を襲っても不思議じゃないだろ」 「襲う……??」 「あ、そうか! 漂流しておなかが空いてたら……」 「そうでもなけりゃ、こんなリスクの高いことしないと思ってさ」 「そうだね。六連君、冴えてる!」 「口うるさい先輩が、島のことをあれこれ教えてくれたからな」 「ええ? 口うるさくはなかったでしょ??」 「ともあれ、こいつは早めに報告しないと」 「うん、急いで戻ろう。あ……そうだ」 「ん?」 「せっかくだから今回は報告書も書いてみる?」 「お、ちょっと緊張するな」 「だいじょうぶだよ六連君なら。それにわからないところがあったら、いつでも教えてあげるから」 支部に戻るとすでにミーティングは終わっていた。 観光客が襲われた吸血事件ということで、班のほとんどが犯人探しに駆り出されたようだ。 しかし思わしい成果は上がらず、真っ先に現場に駆けつけた俺たちも結局は手ぶらで支部に戻ることになってしまった。 だが、まったく手がかりがないわけではない。 不審なボート、外部の吸血鬼の侵入……だとしたら潜伏先は開発地区? 俺の想像(あいにくまだ推理と呼べるほどではない)が当たっていれば、明日以降の捜査で大きな事件に発展するかもしれない。 「ふぅ……ま、こんなもんかな」 口頭での報告と引き継ぎが終わってから、俺は残業して報告書をまとめていた。 いつも布良さんが書くのを見ているから書式も頭に入っているし、なかなか悪くない出来だと思う。 あとは、こいつを布良さんにチェックしてもらえばいいだろう。 「ご苦労、報告書か?」 「はい、そろそろ覚えておいたほうがいいと言われまして」 コーヒーベンダーの前でホットとアイスを悩んでいる主任に、書き上がった報告書を手渡してみる。 「布良はどうした?」 「寮の掃除当番なんで先に帰りました」 「……こいつは、お前ひとりで書いたのか?」 「変なとこありますか?」 「…………いや、よく書けてるから聞いた」 「そいつはどうも」 「だが、これは受理できんな」 「え?」 「ん……まあ、なんというかな……」 俺に報告書を差し戻した主任が、珍しく気まずそうな苦笑を浮かべる。 「悪く思わんでほしいのだが、上に回す書類は吸血鬼の署名だけでは駄目なんだ」 「……!」 「つまり、[サッ]化[カー]物ってことですか」 「そうは言わんが、まあ、本土の連中がからむと面倒が増えるって話だ」 「この間まで人間だったお前にとっちゃ、釈然とせんだろうがな」 「美羽……矢来さんも同じように?」 「そういうことだ。こいつは俺との連名にしてもいいんだが、今日のところは布良のサインをもらってくれ」 「了解です。提出は明日でいいですか?」 「構わんよ」 肩をすくめて書類をファイルに戻す。 とうに覚悟していたことだが、いまや俺の扱いは吸血鬼なのだ。 「──六連」 一礼して部屋を出ようとしたところで、背後から呼び止められた。 「こいつは俺の権限で採用する。明日は開発地区を重点的に捜査しよう」 「は……? はい、ありがとうございます!」 さっき、主任は俺に気を使ったのだろうか? 報告書の署名の件は『差別』ではなく『区別』だ。 そのくらいはわかっているし、そんなことで傷つくほどナイーブでもない。 しかし主任に書類を戻された時、まるで人間の社会に不法滞在しているような不思議な気分にとらわれた。 これも吸血鬼の感覚ってやつかもしれないな。 「ただいま」 「おかえりなさい、六連先輩っ」 リビングに入ると、いきなり稲叢さんが飛び出してきた。 「あの……ひよ里先輩を襲った犯人っていうのはまだ?」 「ああ、残念だが。布良さんからいきさつを聞いてない?」 「はい、伺いましたけど、なにか新しいことがあるかと思ったので……」 「リオはさっきから心配で仕方ないんだよ」 「エリナちゃんだって心配してたじゃない」 「当然だよ。島の観光イメージが悪くなると、こっちの仕事にも差し支えるからね」 「美女の首筋に従属の証を[うが]穿ってこその吸血鬼だよ。気高き摂理だと思うけどね」 「そういえば、布良さんはどこに行ったかな?」 「お掃除のあとは、ずっとお部屋にいるはずですけど」 「ありがとう、ちょっと顔出してくるよ」 「布良さん、俺だけどちょっといいかな?」 「え!? ち、ちょっと待って……!!!」 「お帰りなさい、佑斗」 「美羽? どうしたんだ、目にクマつくって?」 「い、いいよー入って……」 「布良さんも目がぐるぐるしてるぞ」 「え、えへへ……ちょっとね」 「無理もないわ、さっきからずーっとこればっかり見てるんだから」 美羽がノートPCのキーを叩く。 たちまち画面に、昨日の続きのくんずほぐれつが展開した。 「あわわ、わーーっ!! なんでつけちゃうの!?」 「ごめんなさいね、手が滑ったみたい」 「思いっきりわざとだったし」 「すまん、女子2人にこんな仕事を……美羽も手伝ってくれてたのか?」 「いくらなんでも布良さんひとりじゃ無理でしょう?」 「なのに『佑斗君が報告書にチャレンジしてるから、せめてこれくらいはやりたい』なんて言うから見ていられなくて」 「ふにゃ?? そ、そ、そんなこと言ってないよぉ!!」 「あ、ごめんなさい、それも内緒だったかしら?」 「ちがうってば、言ってないったら言ってないのーーーーー!」 「そうなのか?」 「うん、佑斗君なんて言ってないよ、ちゃんと六連君って言ったし!」 「いや、そこは別にどうでも」 「ええっ!? けっこう大事だと思うけど」 「それに私先輩だし! 先輩だからこれくらい当然だしっ!」 「布良さん、最近その『先輩』ってフレーズ増えたわね?」 「……そ、そかな?」 「なんとなく、それで変に頑張りすぎてる気がするんだけど」 「(だって、《チーフ》主任から六連君を一人前にしろって言われてるし……)」 「そうだったのか?」 「うわわ、地獄耳!?」 「吸血鬼相手に油断しちゃダメでしょ」 「それに無理しすぎるのもよくないわ。布良さんってセ、セックスに関することは特に苦手じゃない」 「美羽もだろ、顔、真っ赤だぞ」 「で、でもビデオ見るのは克服できそうだから」 「本当か?」 「あれで?」 「どれで?」 「こーやって薄目で見ると画面がぼやけるから……」 「それはチェックじゃない」 「って、言ったでしょ?」 「ぐさっ……!! そ、それはそうと! あれ、報告書どうだった?」 とにかく話をそらしたい布良さんが、そそくさとノートPCをサスペンドさせる。 「不備が1点──俺のサインだけじゃ駄目なんだ」 「あ……!」 「そ、そっか……ごめんね、そうだった」 「いいさ、勉強になったし」 「はぁぁ……またやっちゃったなぁ。つい人間のつもりになっちゃって」 「俺が?」 「うん、ときどき忘れちゃうんだよね。六連君が吸血鬼ってこと」 「馴染んでないのかしらね? 吸血鬼としても見習いみたいなものだし」 「そっちは習うより慣れるのを待つよ」 「でも変ね、書類は《チーフ》主任のサインでも代用できるはずだけど」 おそらく何度も報告書を書いているであろう美羽が首をかしげる。 「今回は布良さんのをもらえってさ」 「ああ、そういうこと」 「どういうこと?」 「さあ、私にはわからないけど? じゃ、あとのチェックはよろしくね、相棒さん」 「???」 「署名のことはOKとして、内容はどうかな?」 「どれどれ……ふむふむ……おおー、ちゃんと書けてるよ」 「明日は開発地区を洗って、よそ者がまぎれてないか探すことになるってさ」 「《チーフ》主任がそう言ってたの?」 「ああ」 「すごい! よかったね、六連君!」 「チョコバナナ代を忘れないようにしとこうな」 「うんうん、先輩としても鼻が高いよ♪」 「ありがとうありがとう」 ぽむぽむ。 「あうぅぅ、そこでどうして頭を撫でるのーー?」 翌日、さっそく主任から事件の捜査についてのミーティングが開かれた。 「昨夜の傷害事件だが、被害者の女性の吸血痕から被疑者は吸血鬼と断定された」 「また同日、不審なボートが接岸しているのが発見されたことで、不法上陸した吸血鬼による犯行の線が浮上している」 「犯人グループは例によって開発地区に潜り込んだ可能性が高い」 「よって本日は同地区の取り締まりを強化、不法滞在者を一斉摘発する」 「ええ!?」 「一斉摘発……?」 まさか、そんな流れになるとは。 「それではユニットの配置をこれから発表する──」 「六連君……」 「いや、俺はそんな提案してないぞ」 「だよね、私も読んだし……」 とばっちりを受ける吸血鬼たちのことを思って、布良さんは不安そうだ。 ミーティングの終了を待って、俺は枡形主任を呼び止めた。 「《チーフ》主任、ちょっとお話が」 「わかってる、乗れ」 「え?」 「今日は助手席だ。ハンドルは俺が持つ」 支部から開発地区へ向かう輸送車両の助手席──。 運転席の主任は苦虫を噛み潰したような顔をしている。 「《チーフ》主任みずから運転するんですね」 「今日は特別だ」 それきり会話が途切れた。空気が重い。 「まさかこうなるとは思わなかったですよ」 「…………」 「……不法滞在者は貴重な情報源じゃないんですか?」 「確かに今回の摘発は不合理だ。現場意識が欠落している」 「だったら……」 「それでも上の決定だ、やるしかない」 「上って……本部ですか?」 俺たち風紀班が所属している特区管理事務局は、政府直轄のれっきとした国家機関だ。 現地採用の俺みたいな平隊員は論外として、局員である枡形主任の一存で上の決定をどうこうできる話ではない。 「俺が迂闊だった。春先の人事で局内の空気が変わったとは聞いていたが」 「不法滞在の人たちはどうなりますか?」 「わからん。本土の連中はこれを機に島の大掃除をするつもりかもしれん」 「本部の気まぐれに巻き込まれるのはキツいですね」 「気まぐれならいいんだがな」 「俺の報告が引き金に?」 「それは関係ない。いいか六連、上の連中に最前線の状況は見通せない」 「は、はい」 「いま俺から言えるのはそれくらいだ、あとは現場で布良と判断しろ」 開発地区に到着し、ユニットごとに割り当てのエリアへ移動する。 俺は主任の言葉の意味を考えながら、相棒の布良さんに相談した。 「さて、どうする?」 「とにかく、やるしかないね」 「仕事だからで割り切れるのか?」 「それは無理だけど、でもサボタージュはもっとダメだから」 「とにかく現場に行って、そこで対応を考えることが大事なの」 「《チーフ》主任も似たようなこと言ってたな」 「あう……実は受け売りだったりして」 「そうだったのか。で、対応ってやつなんだが、どうすればいい?」 「うん、さっき考えてたんだけど……」 「手順としては、職務質問でIDの有無を確認するだけだよね」 「でも、たとえば呼び止めた人が全員IDを持っていたとしたら?」 「そりゃ、成果はゼロってことになるな」 「でも、そんなことが……いや、布良さんならできるか」 「うん、任せて!」 布良さんの記憶の中で、IDのある人だけをピックアップして声をかけることにすればいい。 命令は遂行するが、成果が上がるかどうかは別──。 とはいえ、これは命令不服従一歩手前のグレーな選択だ。 布良さんに迷いはないようだが、どうすれば彼女の抱えるリスクを俺に分散できるだろう。 ……などと思案していたが、どうやら今日の開発地区はいつもと空気が違っていた。 「あれ……?」 「どうしたんだ」 「人がいない」 いつもなら雑然としている道路が、今日はがらんとしている。 まばらな通行人は、どれもこの町の住人ではなさそうだ。 「どういうことだ……?」 ひとまず報告のために車まで戻ると、散らばっていた他のユニットもみな手ぶらのまま戻っていた。 不法滞在を疑われている吸血鬼は、誰一人見つからなかったようだ。 「風紀班の捜査情報がリークした?」 「そのようだ。彼らに情報を流す者と匿っている者がいるな」 「でも、極秘事項なんですよね?」 「ではあるが、風紀班以外にも、本部、工作班、それに市庁が情報を共有している」 「今日のことはともかく、今後もっと重要な情報も漏洩したら……」 「誰もがそう思うだろうな。不気味な話だと」 「島にはこういう闇の部分がある。だから本土も彼らを信用しないのだ……」 「…………」 「今日のところは解散だ。平時の任務に戻れ」 ひとまず解散を告げた主任は、そのままタクシーを停めた。 「布良、六連、暇なら付き合え」 「ヒマ!? ではないですけど、どちらまでですか?」 「市長のところだ。忙しいなら無理をするな」 「あっっ、行きます行きますっ!」 「……外部の吸血鬼じゃと?」 「ええ、開発地区に潜伏の可能性があるのですが、荒神市長はなにかご存知ないかと思いまして」 「我々が風紀班に対して情報を秘匿しているとでも?」 「そんな大げさなことではありませんよ。噂話のようなもので結構なんです」 「お恥ずかしい話ですが、手がかりがなくて困っているのです。なんせ開発地区の住人がそろって姿を消してしまいまして」 「一斉摘発は空振りに終わったと申すか?」 「残念ながら、情報が漏れていたようです」 「ほう……アンナは何か知っておるか?」 「いえ、私の耳には何も……」 「そうか、そうじゃろうな」 「ただ、今回の風紀班の措置はいささか手荒でしたね」 「申し訳ない。どうしてもあのエリアは治安が悪く、重点捜査の対象になってしまいますので」 「市としては住居の供給を早めたいのじゃがな」 「私もそうしていただきたいのですが、いかんせん残留者の実態把握ができないことには上が納得しません」 「もとより野にあった者を支配……管理するのは難しいことですよ」 「そういうことじゃ。ワシらまで漏れ伝わって来ぬこともある。むしろ管理局のほうが実態をつかんでおるのではないか?」 「《こいつ》布良はかなり詳しいですが、それでも人間ですから限度はあります」 「あの……本当に開発地区の人たちはどこへ行ってしまったのでしょう?」 『さて……』 布良さんの問いかけに、市長たちが顔を見合わせる。 「島のどこかに潜んでおるとは思うのじゃがな」 「弱き者には弱き者のコミュニティがありますから」 「我々とて、この島の調和を乱したくはありません。ですが緊急性の高い事件が起きては、そうも言っていられなくなります」 「《きゃつ》彼奴らを抑えてみせよと申すのじゃな?」 「穏便に済ませる方法を模索したいのです」 「ふむ……もっともじゃ」 「よいか、ワシとて人間たちにこの島の在りようを知らしめることが肝要と心得ておる」 「好ましからざる者を無闇に匿うような真似はせぬから、そこは信じていただきたい」 「は……」 「──ですが、抑圧を強めれば闇は濃くなるばかりです」 車椅子のアンナ・レティクルが主任の顔をのぞきこむ。 「ぐれぐれも、そのことをお忘れなく……」 口調は温和だが、瞳には強い光が宿っているようだ。 空気を変えようと咳払いした主任が、出されたお茶をすすった。 「ともかく、観光客を集団で襲った吸血鬼が野放しなのは事実です。我々も全力で捜査に当たりますので、ご協力を賜りたい」 「もちろんじゃ」 「島の秩序のためにもお約束しましょう」 「そのお言葉を聞けてなによりです」 「なにかわかったら内々にお伝えしよう、それでよいな」 ひとまず話は終わりだと言うように、市長がポンと手を叩く。 「はて……そういえば、あの者が遅いのではないか?」 「そうですね、24時ちょうどの約束でしたが」 「これは、長居をしてしまいましたな」 「ああ、そうではないのです。私の診察の時間なので、お気になさらず」 「げ……診察というと」 「扇先生?」 「そういえば、あの医者はそなたに会いたがっておったの」 「そうでしたね、君の検診を楽しみにしていると言っていたぞ」 「そ……それは、どうも……」 「いつも、刻限より早く来るのじゃがな」 「よもや事件に巻き込まれていなければいいのですが」 「巡回班に声をかけておきましょう。布良、六連もいいな」 「り、了解……」 「お疲れ様でした」 「どうだ、怖いだろう?」 「こういうシチュエーションで会うと迫力ありますね。なんというか大人の世界でした」 「お、オトナ……ごくっ」 「あの2人を敵に回したら、この島ではやっていけない。六連は気に入られているようで何よりだ」 「気に入ってくれてるのが、あの人たちだけならいいんですが」 主治医のことを考えるとリアルに頭痛を覚えてしまう。 「でも《チーフ》主任はどうして私たちを?」 「六連を連れて行けば何か喋るかと思ったんだが、アテが外れたな……ん?」 着信だ──主任が携帯電話を取り出す。 「俺だ、どうした?」 『矢来です。倉庫街で犯人らしき男を尾行中。場所は……』 「わかった、すぐに応援を向かわせる」 携帯を切った主任が車に乗り込む。 「このまま行くぞ。二人とも準備をしておけ!」 「じ、準備!?」 「マジですか?」 「一番近いユニットは俺たちだ。くそ、現場は若い連中に任せたかったんだがな」 「しかし準備って……え?」 「はぁぁ…………す、吸ってもいいよ」 「このことか。照れてる場合じゃなさそうだな…………んン」 巫女服の襟もとをはだける布良さんに、俺はためらいながら唇を近づけた。 「あ……待って……えーとえーと、に、にいちがに、ににんがし、にさんが……あん、んんーーっ!」 「にしがはち、にご……にごじゅー…………にろく、に、にろく……はぁぁっ」 「あまり見せ付けるなよ」 「こっちは真剣ですよ」 「うぅぅ……吸いすぎないでね、力出なくなっちゃうから……」 「そっとだからね……あ、んッ──!」 美羽から連絡のあった倉庫街は、開発地区の外れに位置している。 摘発でひと気のなくなった開発地区を捜索中、女性を襲おうとした男(1名)に遭遇したようだ。 ターゲットを挟み撃ちにするために、俺と布良さんはエリアの反対側から美羽に合流する経路を取る。 主任はさらに車で移動して、退路を塞ぐ形で追い込む手はずだ。 「………………」 「大丈夫か、布良さん?」 「…………え? あ、ふふふ、大丈夫……」 彼女の血を吸ったおかげで俺の身体は完全に覚醒している。 問題は、布良さんのほうがさっきから少しぽーっとしていることだが、あれだけ敏感な子なんだから仕方がない。 「前方に人影──小走りにしちゃ速いな、吸血鬼だ」 「美羽ちゃんはまだ倉庫街の入口にいるね」 「ならターゲットだな……今回は俺がキメるよ、援護を頼む」 「いくら血を吸ったからって、無茶はダメだからね」 「ああ、頼りにしてる」 「う、うん……六連君、気をつけて!」 がらんとした倉庫街をターゲットへと近づいていく。 俺を見下ろしているのは、満天の星と黄金の月。 「ああ、いい夜だな……」 これから戦闘が始まるかもしれないのに、不思議と気分は高揚している。 相手はまだ俺に気づいていない──そうか、美羽の妨害で血を吸えなかったのだな。 闇夜に身を躍らせる。ならば、ここは俺のアドバンテージだ。 「止まれ、風紀班だ!」 「──!!」 「聞きたいことがある」 「くそっ──!!」 「逃げるな! 止まりなさい!」 吸血鬼の瞳孔が、月明かりに照らされた逃亡者の姿をくっきりと浮かび上がらせる。 まるでスローモーションだ……相当弱っているな。 「布良さん、行ったぞ」 「止まってください!」 「このっ──!!」 「うぐ──!!」 布良さんの模擬弾をふくらはぎに撃ち込まれ、男が足をひきずって逃げる。 狙い通り、主任の待ち構えている方向だ。 「ナイス、追いかけよう」 「先に行ってて、弾を換えるから」 「実弾?」 「まさか、ねむり玉」 「相手は吸血鬼だぞ」 「吸血鬼専用だから平気だよ」 「わかった、でも迷子になるなよ」 「もう、子供じゃありませんー!」 男の逃走した方向へ進むと、主任と美羽の姿が見えた。 美羽とペアを組んでいる隊員も一緒に、光の消えた倉庫を伺っている。 「お疲れ様」 「あいつは?」 「この中だ。応援を待っている余裕はない」 「中に5人ほどいるようです。全員黒服」 「多いですね。俺と美羽で一網打尽にできればいいんですが」 「遅くなりました」 「よし、突入するぞ。布良は催眠弾で援護しろ──」 「風紀班だ、手を上げろ!」 「《チーフ》主任!」 主任の声に銃声が重なる。 弾は主任の身体をそれて、背後の鉄扉で火花を散らした。 「こいつら!」 「制圧しろ!」 轟音が、一気に毛穴を開かせる。 こいつらを倒す──そう意識するだけで、全身の筋肉が沸騰したようにざわめきだす。 「右の3人からやる! 美羽は左だ!」 「がっついてるわね、さすが彼女いない歴……」 「ほっとけ!!」 叫んで跳躍した。 同時に銃声が響き、中央で銃を構えていた男の顔に紫色のパウダーが炸裂する。 「うぐッ……!」 「俺の後ろに入れ!」 催眠弾の直撃を受けた吸血鬼が、俺の真下でよろめいている。 跳躍は驚くほど高く、天井部を支える鉄骨に腕が届きそうだ。 そいつを蹴りつけて、いちばん右の男に飛び掛った。 「貴様、吸血鬼か!」 「無駄な抵抗はやめろ。血を吸ってないお前に勝ち目はない」 「家畜がほざくな!」 背後から羽交い絞めにしようとする俺の腕を取って振り回す。 こいつ──怪力だ。 だが、怪力ならこっちも負けていない。それにこいつらは銃を持っていない。やれるぞ! 「確保だ!」 「ぐあっ!」 吸血鬼Cの腕をねじり上げる。 吸血鬼Bには主任が銃口をつきつけ、Aは布良さんの催眠弾を食らってフラフラだ。DとEは美羽のチームが対応している。 その瞬間、またしても脳内に次々に言葉が浮かび上がってきた。 怪力・瞬足・空圧・帯電・読心術──!? 「美羽、カミナリだ!!」 「!?」 「そういうこと……わかったわ」 「くそっ!」 相手のふところに飛び込もうとした美羽が距離をとると同時に、電撃が炸裂した。 舌打ちをする吸血鬼Eに、隊員がトランキライザーを向ける。 「もうひとり行きます!」 「気をつけろ、訓練された動きだ」 「ぐあっ!」 「おい! お……おいっ!!!」 「殺傷力はありません、降伏してください」 「―――!」 なんだ──一気に制圧できそうなところで、脳内のシグナルが鳴る。 5人の吸血鬼は、もう制圧寸前だ。 怪力・瞬足・空圧・帯電・読心術──それに、[・]あ[・]と[・]1[・]人!? 「まだいるぞ!!」 「頼む、来てくれ!!」 「仲間がまだ……?」 「布良、退がれ!」 「なにか来る! よけろ!」 衝撃! 上だ──倉庫の天井がメリメリと音を立てて歪む。 いや、そんな気がしただけだ。だが何かが天井を突き破ろうとしている。 来るのは──俺のところかっ!? 押さえ込んでいた吸血鬼を離して、からくも回避した。 すさまじい衝撃……いや、斬撃だった。 「──!!」 穴の空いた天井から月の光が差し込む。 もうもうと舞う埃の中に、ひときわ長身の男が立っていた。 まるでニコラのように、黒ずくめでマントなんかをつけている。 そして手斧と言うには巨大な鉄の塊が、倉庫の床にめり込んでいた。 「……新手!?」 「ジダーノ!!」 「六連君っ!?」 「平気だ、よけてる」 「援護するぞ、デカい奴を狙え!」 「おい大丈夫か? 先に行け」 「す、すまない。こいつらは自警団だ」 ジダーノと呼ばれた男は、俺たちを無視して仲間を倉庫の裏口へ誘導する。 こいつの能力は……く、わからないのか? 「あてが外れたか」 呟いた男が、俺たちにがら空きの背中を向ける。 「こいつ……!」 「気をつけて佑斗」 「伏せて!」 「おい、伏せろって言ってるぞ」 「──!!」 二色の銃声が炸裂し、梓とジダーノの間に紫の煙幕が複数はじけた。 「ああっ!?」 「弾を撃ち落しただと!?」 吸血鬼用の催眠弾だ。俺と美羽が同時に地べたに伏せる。 「息、止めてッ!」 「く……ッ!」 右手に斧を[さ]提げた男は、両足で地面を踏みしめて左手を突き出している。 その手には黒光りのするハンドガン──銃口は梓のほうを向いている。 「布良さんも伏せろッ!」 俺はとっさに地面を蹴って、背後から男の背中を狙う。 一撃だ! 拳さえ当てれば、こんなヤツ壁まで吹き飛ばせる! 「ぐっ!」 撃たれた──いつ撃たれた!? 見えなかった……ヤツの銃口がいつの間にかこっちを向いている。 「強化された肉体か」 くそ、胸が灼けるように熱い。 言い捨てた男が身を翻して走り去るのを、俺は膝を付いて見送るしかなかった。 「追跡します! 来て、油断したら死ぬわよ」 「お、おう!」 「布良は六連を頼む!」 「は、はいっ!!」 「くそ……直撃かよ」 「撃たれたの? 六連君、大丈夫?」 「ああ、心臓だ。布良さんの血を吸ってなければアウトだったな」 「大丈夫、痛い? 痛いよね、動いちゃダメだよ」 「痛いけど、痛いだけだ……それより、まだ誰かいるぞ」 「え!? どこ、どこ!?」 布良さんが俺の上に覆いかぶさってきた。 俺の盾になろうとしてくれているのか、立場が逆だろう。 「落ち着け、殺気は感じない」 「う、うん……」 顔を赤くした布良さんが、銃を構えたまま目をつむる。 確かに吸血鬼でもない限り、この暗がりでは視力に頼らないほうがいいだろう。 不思議だな。殺されるかもしれなかったというのに、頭の中は冷静に動いている。 「…………本当だ、あっちみたい」 「行こう、もう動ける」 倉庫の隅──そこに、もうひとりの気配がある。 果たして近づいていくと、投げ出された2本の足が見えた。 「生きてる」 「大丈夫か……?」 奴らに襲われた被害者だ。 駆け寄った布良さんがライトをつけて照らすと、そこに倒れていたのは──。 「ん……ん…………」 「扇先生!?」 「──もちろん、吸血鬼にとって夜の暗闇は恐怖ではない」 「漆黒の中に身を任せていると、たまらなく安らいだ気持ちになれるはずだ」 「君も感じるだろう? 本来の自分は闇の世界にふさわしい生き物だということを」 「無理をすることはない。君はそのまま、そこに居ればいいのだからね」 「ん……ん、んん……?」 目が覚めると、そこは病室だった。 左胸にズキズキと痛みが残っている。着弾の衝撃で、一時的に意識を失っていたのだ。 「やあ、お目覚めかなプリンセス」 「……俺以外にも誰かいるんですか?」 「君に向かって言ったつもりだったんだけどな。気分はどう?」 「20秒前までは良好でした」 「その胸の疼きが恋の痛みであったと佑斗が気づくのは、もう少し先の話である──」 「なんだそのナレーション!」 「そう的外れでもないと思うんだけど」 「的に背を向けてますよ……うわ!?」 俺、服着てない!? 「ああ、せっかくだから眠っているうちにいろいろ調べさせてもらったよ」 「今のところ血中ヴァンパイアウィルスも安定しているし、ごく普通の吸血鬼だね。まずはひと安心ってところかな」 「血も抜いたんですか?」 「フフ、体液を抜いたんだよ」 「だから血でしょ。抜くの意味が変わってくるんでやめてください」 「それはそうと、大捕り物があったわりにライカンスロープの特異性みたいなものは現れていないようだね」 「昨夜の吸血鬼、あいつらを喰ってやりたいと思った?」 「いいえ、そういうことはありませんでしたね」 「なら、倒れている僕を見て欲情した?」 「断じてないです。あ! なにYESに丸つけてんだ!!」 「問診票を覗き見るなんていけないコだなぁ♪ それにしても君の肌は白くて[き]肌[め]理が細かいんだね、いつ見ても感心するよ」 「いいからパンツを返してください」 「病院が新しいのを用意するから心配は要らないよ」 「そう言って俺のパンツをポケットにしまうな! せめて捨てろ!」 「まったく……先生も被害者でしょう。と言うより、どうしてあそこにいたんです?」 「またその話かい? さっきまで事情聴取があってくたくたなのに」 「じゃああとで《チーフ》主任に聞くからいいです」 「ああっ、そんなつれない態度を取るなんて! いいよ、なんでも話すからもうちょっとそばに居てもいいだろう?」 「話したいならお伺いしますが」 「……さすがだよ、君は交渉術にも長けているんだね」 「本音でぶつかってるだけです」 「……つまり、アンナさんの往診に向かう最中に具合の悪い男を見かけて、介抱しようとしたら襲われたと?」 「本当に参ったよ。情けは人のためならずとは言うけど、こういう目にあうと考えてしまうよね」 「どんなヤツでした?」 「ヨーロピアンだね」 「確かに白人に見えましたけど……」 「仲間内での会話にイタリアの北部なまりがあったんだ」 「よくわかりますね……って、なんで迫ってくるんです?」 「君を近くで見たいからさ」 「俺は遠くでいいです」 「大事な話は小声でするものだよ」 「うぐ……な、何人くらいいました?」 「20人くらいかな」 「20!?」 「そう、船で勝手に上陸してきたらしいよ。こんな風に、宵闇にまぎれて……」 「六連の読みが的中したな。先生、あとは私から説明しましょう」 「お見舞いに来たよー!」 「あぁぁ、なんてタイミングの悪い……!」 「それじゃハニー、なにかあったら呼んでくれたまえ……はぁぁ」 「俺は蜂蜜じゃないですよ」 恐るべき元樹先生に代わって、枡形主任と布良さんがベッドサイドに腰を下ろす。 「助かった……いいタイミングでした」 「これ、食べてね」 「フルーツの盛り合わせ? 俺ってそんなに悪いのか?」 「そうじゃないけど、お見舞いって言ったらこれが定番でしょ?」 「六連は午後退院だぞ」 「ええっ!? そ、そうだったんですか!?」 「はぁぁ……またやった。どうして果物屋さんで言ってくれなかったんですかぁ」 「何でも上司に頼るなという教訓だ」 「ううっ……厳しい」 「いいよ、せっかくだから寮のみんなで食おう」 「それに危ないところだった……来てくれて嬉しいよ」 「六連君……え? 危ないってまさか!?」 「いや、体調じゃなくて[みさお]操が……」 「それより、奴ら20人もいるんですか?」 「ああ、迷惑なツアー客だ」 「観光が目的ってわけじゃないんでしょう?」 「処刑だな」 「は!?」 「扇先生が犯人の密談を聞いていたの。アンナを処刑するって──」 「アンナ?」 「っていうと、1人しか考えられないよね」 「アンナ・レティクル……」 「つまり連中は単なる漂着者ではなく、テロリストということだ」 テロリスト──物騒な響きに背筋が伸びる。 確かにそれなら、連中の訓練された動きも納得がいく。 「扇先生は主治医だとわかって襲われたと……?」 「いや、それがまったくの偶然のようだ。彼らの仲間に負傷者がいて、医者が必要だったらしい」 「なるほど……血を吸ったのもそのためですかね」 「まだわからん。お前たちが戦ったジダーノというのがリーダーのようだが」 「俺を撃った奴ですね……あの後どうなりました?」 枡形主任が首を横に振る。 「我々はアンナ・レティクル代表を守らなければならない。彼女はこの島の吸血鬼の代表だ」 「問題は敵の人数ですね。俺たちだけで守りきれますか?」 「レティクル代表自身にも護衛の吸血鬼はいるだろうが、それでも20人は多い」 「できれば一時的に本土に移ってもらいたいが、そうもいかんだろうな」 「あの、そのことなんですけど……」 それまで黙って聞いていた布良さんが手を挙げる。 「私たちの寮にこっそり避難してもらうというのはどうですか?」 「なんだと?」 「ほら、あそこなら寮生以外は出入りしませんし、私と美羽ちゃんと六連君の3人がいますから」 「確かに、襲撃者の意表をつくこともできるか……」 「けれど勝手に外の人を連れ込んで大丈夫なのか?」 「枡形先生が許可してくれれば、あとは寮長権限でなんとかなるよ」 そんな権限があるのか!? すごいな寮長。 確かにここには月長学院の教師(枡形主任)と寮長(布良さん)がいる。しかし隠密性はどうだろう。 「扇先生の往診はどうごまかせばいい?」 「それも大丈夫。六連君が入院してくれたおかげでね」 「まさか俺の往診に来るのか? あの人が!?」 「ふむ、それなら必然性はあるな」 「みんなの意見も聞かないとダメですけど、アンナさんなら嫌って言わないと思います」 「六連君はどう思う?」 「アンナさんは構わないが、あの人が俺の往診に来るのかって!」 「陰陽局で保護することも考えたが、訓練された20人の吸血鬼に襲撃されてどこまで対象を警護できるか不安が残る」 「いま大事なのは、連中にアンナ・レティクル代表の所在をつかませないことだな」 「賛成です。でも往診……」 「大丈夫だよ、みんなで力を合わせて守るから」 「守るってアンナさんを? 俺を?」 ──翌日。 「そろそろいらっしゃる頃ね」 「本当、みんなが賛成してくれてよかったよ」 「アンナ様のお役に立てるんですから、当然です」 「そうだよねー。なんだかんだ言ってテンション上がるし」 「へえ、エリナが」 「あれ、エリナがこういうこと言うのって意外?」 「一族の長に敬意を払うのは闇の世界の住人とて一緒だよ」 「むしろユートのほうが吸血鬼らしくないんだよね」 まだ歴が浅いからなあ。 「やっぱり、吸血鬼さんにとってアンナさんと市長さんは特別な人なんだよね」 「当然でしょ。じゃあ、もう一度確認するけれど、まず秘密は絶対厳守」 「アンナ様がこの寮に来ることは、私たちの他には枡形《チーフ》主任しか知らないことだから、仕事の上司やパートナーにも内緒にすること」 「それから、いつもと同じように生活をすること。これも大事だからね」 「要は、アンナさんが居るってことが、絶対に外に洩れないようにすることだ」 「究極の機密事項か……ワクワクするなぁ」 「だから出迎えもナシだ」 「えぇぇ、アンナ様なのに!?」 「それも秘密のためですね」 「みんなに自慢できないのは残念だけど、仕方ないよね」 「アンナ様とお話したりするのもダメなのかな」 「寮の中ならいいんじゃない? もっとも、その勇気があればだけど」 「ううっ、どんな人なんだろう?」 「きっと優しい方だと思いますけど……ごくっ」 「ああ、いい感じの人だったぞ」 「でも、緊張しちゃうよね」 「うん、はぁぁ……アンナ様ってヴラド派なのかな、エリザベート・バートリー派なのかな?」 「そのくらいなら答えてくれるんじゃないかしら?」 「……で、俺がリビングに寝泊りすればいいんだな」 むさくるしい部屋ではあるが、ひとまずアンナさんは俺の部屋に迎えることにした。 俺が最も新入りということもあるし、扇先生の往診があるのなら、部屋にいるよりもリビングのほうが安心できる。 「でもリビングじゃかわいそうだよね。ユートがよければエリナの部屋でもいいけど?」 「え!?」 「確かにそのほうが落ち着きますね。わたしの部屋でも大丈夫ですから」 「え? え??」 「だったらボクの部屋で、吸血鬼の伝統的なマナーを1から学んでみてはどうかな?」 「そうだよ、この中からユートが同棲相手を指名すればいいんじゃない?」 「そっっ、それなら私が責任取るよ! 言い出したの私だし!」 「……ふぅん?」 「べべ別に普通だよね? 同僚なんだから。それに同じ部屋なら仕事だってできるし」 「お仕事というと……」 「エッチなビデオを一緒に見るんだよね?」 「うにゃーーー! それはもう終わったのー!!」 「佑斗はどうなのかしら?」 「そりゃ、布良さんがいいなら俺は助かるが」 検診という意味では、潔癖な布良さんの部屋のほうがより安全だ。 「あう!? ほ、本当にそう……する??」 「あ、そ、そういえば男女同室って大丈夫だったかな? たしか寮則にそんなこと……」 「どうしたの、急に怖くなっちゃったとか?」 「無理もないかしらね」 「ち、違うよぉ。ただ寮の規則が確か、えっと……」 「いいわ、だったら私の部屋を使っていただくから」 「そのかわり、私を布良さんの部屋に泊めてくれない?」 「美羽ちゃんを?」 「最近は忙しいから部屋に帰っても寝るだけだし。それで問題解決でしょ?」 「私には地下室でもあてがってもらえれば、十分なんだが」 「でもせっかく矢来先輩がそう言ってますし」 「そうですよ、アンナさんは大事な……え?」 『────っっっ!!』 「あああああアンナ様っ!?」 「なぜにいきなりどこからっ!?」 「秘密裏に動くように言われたからこっそり入ったんだけど……まずかったかな?」 「で、でも車椅子で!?」 「僕が押して来たんだよ。枡形主任から合鍵を預かってるからね」 「扇先生!」 「人目につかないように苦労したよ。六連君の家はいつ来ても胸がウキウキしちゃうよね」 「話の前後が脈絡なさすぎます」 「いやあ、君がどんな部屋で毎日を過ごしているのか、今日こそは知っておきたいよ。さあ案内してくれないか!」 「待て、ちょっと待って……うわ!?」 「……なに、あれ?」 「とても熱心なお医者さん……ですよね?」 「時おり熱心の度を越すことがあって困るけど」 「だよね」 「確かにそんな感じ……」 「…………………………」 「あああっ!」 「すみませんすみません、なんだか和んでしまってすみませんっ!」 「ついあっちに気をとられて、ご無礼を……」 「しかも『だよね』なんて……この[ざい]罪[れい]戻、万死に値するよ!」 「いや、本当に私のことは構わないでいいから。単なる居候なんだし」 「でもアンナ様は吸血鬼の長なんですから」 「便宜上、そんな役割をしているだけだよ。むしろご厄介になるのだから、あまり[かしこ]畏まらないでほしい」 「……と仰ってるけど?」 「ああ、キルヒアイス提督のように心の広い人だ」 「この車椅子にバルバロッサと[なづ]號けようか?」 「────!!!!」 「なんの話?」 「ニコラ落ち着いて、落ち着いてよ。なんか珍しくすごい喜んでるんだけどー!?」 「さすがだアンナ様は! ちょっと今から小十時間ほど話し込みたいんですけど」 「ニコラ先輩、まずはアンナ様に落ち着いていただいたほうが」 「いやでもボクは今すぐにでもベルゲングリューンに……」 「ここは引き受けるから。布良さん、お願いね」 「うん。そ、それでは失礼して……このままお部屋にご案内しまーすっ!」 「こちらがアンナさんのお部屋になります」 「へぇ、居心地のよさそうな部屋じゃないか」 「このお部屋は美羽ちゃん……じゃなくて矢来さん、じゃなくて、さっき風紀班の制服を着ていた赤い髪の……」 「矢来美羽さん──枡形主任の部下だったかな」 「わ、よくご存知ですね」 「何度か顔を合わせたことがあるからね。案内ありがとう」 「あの、大変失礼なんですが、外に出たりするときは……」 「大丈夫、部屋でおとなしくしていようと思っている」 「それに、すぐに帰るつもりだから安心してくれ。若い子たちの迷惑になるのは嫌だからね」 「でも、アンナさんが来てくれてみんな喜んでます」 「それは光栄だな。そういえば君も見たことがあるが……」 「アンナさんの警護を担当する風紀班の布良梓です。よろしくお願いします!」 「メラ?」 「ああ、布に良いと書く布良かな?」 「はい、よくご存知ですね」 「日本には珍しい姓が多いからね、つい覚えてしまう」 「ともあれ布良さん……短い間だが厄介になる。よろしく頼むよ」 「あ……は、はいっ!」 ──こうして、アンナ・レティクルを寮に迎えての新生活がスタートした。 「ふぁぁ、おはよー」 「おはようエリナちゃん」 「おはよう」 「ああっ、アンナ様っ! お、おはようございます……!」 「洗面所を使わせてもらうよ」 「ど、どうぞ……!」 「……はー、びっくりした」 「あまりはしたないところは見せられないわね」 「慣れるまで大変かな?」 「セルフコントロール能力が問われるな」 「でも、緊張感があるのはとてもいいことだよ」 「あの、今日の夕ごはんはアンナ様の歓迎メニューにしようと思うんですけど、特別なことは控えたほうがいいですか?」 「寮の中でするぶんには平気なんじゃないかしら」 「うん、私も手伝うよ」 「アズサは焼きそばとお好み焼きしか作れないでしょ?」 「ぐさっ! や、焼き飯だってできるもん」 「それでは、いってきます」 「しばらく掃除当番はお願いね」 「くれぐれもアンナ様に失礼のないように」 「下着とか漁ってもいいけど。使ったらちゃんと洗っておいてね」 「なにに使うんですか?」 「そんなの決まってるよ。女の子の下着は……」 「エリナちゃん、めっ! 外でエッチな話禁止っ!!」 「六連君もダメだからね、本当にそんなこと……」 「するか!!」 ジダーノとの戦いで負傷療養中ということになっている俺は、しばらく授業を欠席してアンナさんの警護担当だ。 昨日のみんなの様子からして秘密が洩れることはないだろうが、もちろん油断はできない。 布良さんか美羽が一緒なら心強いところだが、寮生が2人同時に学校を休むのは不自然だ。 万が一の襲撃があった場合、応援が来るまでは俺ひとりで対処しなくてはならないのだ。 「まあ、なんとかするさ」 もしものために、緊急避難用の車も用意してある。 頭の中に島の地図を広げて、何度も支部までのルートをおさらいした。 警護と同じくらい大事な任務は、ジダーノについての情報を得ることだ。 おそらくアンナ・レティクルには襲われる心当たりがあるから、素直に避難に応じたのだろう。 捜査が長期化した場合に備えて、寮にいる風紀班関係者がアンナさんの心当たりってやつを聞き出さなくてはならない。 「──!?」 くそ、昨日から眩暈がするな。 ジダーノに撃たれたダメージがまだ抜けきっていないのかもしれない。 「緊急時に来られると困るんだよな」 呟きながら洗濯機の中身をカゴに移す。 任務の前に当番の仕事だけは済ませておかないと、あとが怖いからな。 「しかし吸血鬼ってのは洗濯と相性が悪いよなぁ」 生活サイクル的にお日様で乾かせないから全て乾燥機任せだ。 何より昔は心地よかった天日の香りが、今は少し不快に感じられる。 「まあ、慣れるしかないってことだよな……うわ!?」 カゴの中身をハンガーにかけていたら、パンツが出てきた。 コットン100%の水玉模様──これは、明らかに布良さんのだな? 「うっ……こ、この黒いレースはエリナか? この大人びた紫は……仮に美羽として、ならばこっちのフリフリしたのが……ううむ、誰だ?」 「待てよ、このネットに入ったブラジャーはサイズ的に稲叢さんなのだろうから……うぬぬ」 だめだ、持ち主の詮索はやめよう! 心の安定が失われる。 あれ? ニコラのがないな。男物は俺のだけだ。 でもニコラのことだから『吸血鬼は下着を洗濯に出さない』とか独自ルールを作っていてもおかしくないか。 「六連佑斗君?」 「うおおっ!?」 「そんなに大げさに飛びのくことはないだろう」 「そうですね! なななななんでしょうか??」 「君に話があったのだけど……取り込み中なら後にしよう」 「しかし、六連君は女子の下着に深い興味を示すのだね」 「違いますっ、これは思春期の……ってそれも違う、洗濯当番なんですよ!」 「そうか、当番ならパンツに囲まれていても仕方ないな」 「仕方……仕方ないんですけど、あの……何かありましたか?」 「私に話があるのなら、早めに済ませておこうと思ってね」 「え?」 「それも任務なのだろう?」 こっちの考えなどお見通しだといった顔でアンナさんが笑う。 「六連君、そんなに強く握ると下着がシワになるよ」 「お邪魔します」 「どうぞ……といっても、矢来さんの部屋だけど」 アンナさんに招かれた美羽の部屋は、明かりが消えていた。 吸血鬼の目で暗がりを見渡してみると、これといって私物を運び込んでいる様子はない。 スーツケースに入る範囲の着替えと、テーブルに乗った携帯端末くらいだ。 「ご不自由はないですか?」 「非常に快適だよ。さておき、私がここにいるのは君たちと枡形主任しか知らないのかな」 「あと、主治医の扇先生ですね」 「本来なら、私を匿ったことを本土に報告しなくてはならないんだろう?」 「枡形主任は、寝ている熊を起こすようなものだと」 「ははは、それはそうかもしれないな」 「陰陽局が今回の事件を吸血鬼同士の内紛と拡大解釈すれば、介入の余地を与えることになる。私の心配もそこにあった」 「陰陽局の内部には、吸血鬼の存在を快く思っていない人間がいるみたいですね」 「新人の君もそう思うのかな?」 「主任が気遣ってくれますから」 だから、アンナさんの所在はここにいるメンバーの内におさめておいたほうがいい。 現場判断ということで主任が本土への報告をわざと遅らせ、彼女の所在を秘匿する段取りになっている。 「ふふ……枡形主任は、ああ見えて細かい所があるね」 「普段は学院の先生ですから。それより電気、灯かないんですか?」 「矢来さんの外出中に明かりを灯けてもいいのかな?」 「あ……」 そういえばそうだ。ボケてるな、俺。 「我々にとって暗がりは自然だ。それはもう、君にもわかるだろう?」 「そうですね。自分でも驚いてます」 「あの、アンナ……様」 「おや、急にかしこまったね」 「俺も一応はこの島の吸血鬼ですから」 「ふふっ、しかし似合っていないな。無理なことはやめたほうがいい」 「そうですか?」 「島には独自のルールはあるが、古臭い眷属の掟などは存在しない。吸血鬼はもっと自由でいいんだ」 「だから様を付ける必要もないよ。仕事はさっさと済ませよう」 「了解です、アンナさん……では単刀直入に、ジダーノという名前に心当たりがありますか?」 「出会ったのはルーマニアだ。24年と5ヶ月前だったかな」 「お知り合いなんですね」 「ともに戦った、かつての同志だ」 「誰と戦ったのですか?」 「人間に決まっているだろう」 アンナさんがこともなげに言ってのける。 警護の資料として彼女のデータを受け取ったが、そのような記述はなかった。 「そんな記録はありませんでしたが」 「そうか、なら消されているのかもしれない。吸血鬼の長のプロフィールとしては都合が悪いだろうからな」 「それを俺に話してしまっていいのですか?」 「古い住人なら知っていることだ。君が上に報告したいのなら、そうすればいい」 「…………なぜ、人間と?」 「一族を守るためだ。人間の中には我々を絶滅させたい者もいる……それは、君も覚えておくべきだろうな」 メモを取る手を止める。 いまの話は、吸血鬼としての俺に向けられたものだ。 アンナさんの口調も、心なしか威厳を帯びているような気がする。 「話を戻しますが、ジダーノに狙われる心当たりというのは?」 「さて、それはいくつもあるが、どれだろうか」 いったん思案するようにアンナさんが言葉を切る。 「私がすべきことを果たせていないから──」 「?」 「と、彼らは思っているかもしれないな」 アンナ・レティクルはジダーノと袂を分かった後、荒神市長に招かれて海上都市にやってきたらしい。 以降は市長を支えながら、この町の吸血鬼を束ねる存在になった。 一方で、あのジダーノという男は今も『人間』との闘争を続けている。 おそらく、そこにジダーノがアンナさんを狙う理由があるのだろうが……。 「……しかし、命を狙うほどのことだろうか?」 もっとアンナさんと話したかったが、長時間の会話は負担になると扇先生から止められている。 動機の追及には、もう少し時間をかけたほうがいいだろう。 「くそ、なんだろうな、この感じ……」 熱があるのだろうか、まだ頭がジンジンしている。 体調万全とは言いがたいが、ひとまずは警戒を怠らないことだ。 さっさとジダーノが捕まれば解決なのだが、自分の手で謎を解いてみたいという好奇心も確かにある。 「なぜアンナさんを……」 「彼らは、人間の監視下で生き延びているこの島の在り方を許せなく思っているのではないかな?」 「扇先生!?」 「失礼、勝手に上がらせてもらったよ」 寮の合鍵を手に扇先生がにっこりと笑う。 ……俺、部屋の戸締りを忘れないようにしよう。 「ん、顔色が悪いね?」 「まだダメージが残ってるみたいです」 「ほう、それはどのように?」 「どうも熱っぽくて頭がくらくらするので」 「それは血液検査したほうがいいね。僕がまたヌイてあげるから安心して」 「右手を上下に動かさないでください! どんどん具合悪くなるわ」 「六連君、急いで急いで」 「すまん、診察が長引いて」 「エリナの席ここでいいの?」 「うん、さあ皆さんグラスをどうぞ」 「ありがとう。ああ、これは美味しそうだね」 「コホン、それではアンナ様の入寮を歓迎して……」 『かんぱーい!』 「乾杯──しかし、なんだか面映いね」 「今日のディナーは、アンナ様に喜んでもらおうとリオが腕をふるったんですよ」 「簡単なものばかりで恥ずかしいんですけど」 「布良さんも手伝ったのよね?」 「あ、洗い物をちょっとだけ……」 「いただくよ。ん……美味しいな、上品な味だね」 「ありがとうございます!」 アンナさんが料理に手をつけて、ややぎこちなかった一同の笑顔がホッと弛緩する。 「しかし急にこんなことになって、窮屈な思いをしていないかな?」 「ぜんぜんそんなことありません。みんなもそうだよね?」 「もちろん、光栄に思っていますよ」 「こんな狭いところでむしろ恐縮です」 「私の家はここより狭いよ」 「ええ? そうなんですか?」 「広くても掃除ができないからね。それから寮長さん、これからは私のことも寮生と同じように扱ってくれないか?」 「ええ!? で、でもそんなこと……!」 「そのほうが快適に過ごせるはずだ。私も、君たちもね」 「そうかもしれないわね。アンナ様がそう望まれるのなら……」 「闇の女王がそんな気さくなことを仰るなんて」 「闇の女王?」 「あー、ニコラの言うことは気にしないでください。いつも勝手にあだ名とかつけるから!」 「もが、もがが!」 「よかった、てっきり陰ではそんな風に呼ばれているのかと思ったよ」 「素敵な二つ名だと思ったんだけど……」 「布良先輩、難しい顔をしてますけど?」 「うん、アンナさんをみんなと同じようにって、どうしたらいいのかと思って」 「寮則を破ったら罰してくれていい。それから――」 アンナさんが取り出したのは、なにかの紙だ。 これは………………料理当番のローテーション? 一日おきに『アンナ』と名前を書かれてある。 「こんなのはどうだろうか?」 「闇の女王の手料理ですか!?」 「でも、いいのかな……アンナ様にそんな」 「警護対象のアンナ様に、ご負担をかけることになりませんか?」 「なに、料理は昔よくやっていたのだ。差し支えなければ、あとで皆の好みを聞かせてもらえると嬉しいな」 「あぁ、いい人だ……もっとクールで冷血な女王様だと思ってたのに」 「そっちの顔がお望みなら……ご期待に沿ってみせようか?」 「い、いえ……けっこうです!」 「料理なら、寮に入り浸りの俺も手伝いますよ」 「あ……はい、はーい!」 「なに、エリナ?」 「そういうことなら、やっぱりお互いを知るのが大事ってことで、エリナたちもアンナ様のことをもっと知っておきたいんですけど!」 「そうね、そのほうが自然に過ごせるかもしれないし」 「アンナさんにご質問タイムってこと?」 「でも、いいのでしょうか?」 「構わないよ、なんでも聞いてくれたまえ」 「あぁ、やっぱりいい人だ」 「はい! じゃ、さっそくエリナから! アンナ様が好きな体位は……むぎゅっ!」 「だめーーーっ、エッチ禁止ーーー!!」 「もがが……ミューまでぇ!?」 「さすがに今日は布良さんに加勢するわ。稲叢さん、何かつないで」 「え、そ、それでは、お好きな食べ物とかは?」 「好き嫌いはしないから安心してほしい。特に好きなのはきゃらぶきとべったら漬けだ」 「し、渋い……」 「年齢が……」 「なにかな、六連佑斗?」 「い、いえ……なにも」 いま一瞬すごい眼光だった気がするが、気のせいとしておこう。 「では、よく飲むお酒は?」 「甘いリキュールには目がないな。最近はフランジェリコにはまっている」 「フランジェリコ?」 「アーモンドのリキュールよ。確かイタリアでしたね?」 「なかなか詳しいようだね、矢来さんは」 「もが……!」 「つ、次……次の人は??」 「ああ、ようやくボクの番だね。それでは、お好きな魔王は?」 「また通じないことを……」 「マルコキアスは精悍な顔をしているね」 「ほら、わかる人には分かるんだよ! アンナ様、ボクは炎の侯爵LOVEなんですが!」 「素敵だね。しかしアモンはどうしてもデビールと叫びたくなってしまう」 「ああっ、ダイナミックなお返事だ!」 「よ、よくわかんない……」 「でも、ニコラがすごく喜んでいるのは確かだわ」 「ぷはっ……それで、好きな体位は!?」 「ああっ、だからダメだってばぁ」 「でも興味ない??」 「あっても初対面じゃ聞かん!」 「[ひよどり]鵯越えの[さか]逆落とし……」 「え!?」 「なにそれ??」 「し、知らない……」 「鳥さんでしょうか?」 「詳細はウィキペディアで」 「べ……勉強しますっ!」 「ていうかそんなこと聞いちゃダメーーっ!!」 「だけど、寮の日常の姿を知ってもらうのも大事なことじゃない?」 「ふにぃぃ……こんな寮じゃないのに、もっと健全な寮なのにぃ」 「ははは、面白いな君たちは」 「そ、そうですか?」 「いつもこんな感じだよね」 「そんなに面白いのでしょうか?」 「ああ、誰も政治や思想的なことを聞いてこない。若いからかな?」 「う、お恥ずかしいです……」 「いや、それはとてもいいことだよ。君たちを見ていると、この島の未来は明るいものに思えてくる」 「アンナ様……」 「食事中にセックスの話は感心しないけどね」 「あう……ごめんなさい」 「ね、アンナ様もだめって言うでしょ?」 「そういう話は、もっと夜が更けてから聞きに来るといい」 「そうなっちゃうんですか!?!?」 「新生活はいかがですか、アンナ様?」 「悪くないな。しばらくここに居させてもらうことにしたよ」 「おや……この前までは、すぐに出るようなことを仰っていた気がしますが」 「そのつもりだったが、ここはとても愉快なのでな」 「ご機嫌麗しいようで何よりです」 「で、外の様子は?」 「いまだジダーノの行方がわかりません。この先、どのようになさいますか?」 「さて、どうしたものかな……」 「………………」 「何か?」 「いや、こちらのことだ」 「……記憶というのは厄介なものだな」 「記憶が自我を支配している。こればかりは《いかん》如何ともしがたい」 「忘れてしまえばいいんですよ」 「まだ若い君が、そんなことを言うのかな?」 「若者らしくない僕をお気に召されたのはアンナ様でしょう?」 「ふん……そうだったかな」 「……はい、お疲れ様でした。特に異常ありません」 「次に来るときは、ステラ・マリスのコンポートを頼む」 「は?」 「ここの子に食べさせてやると約束したのだ」 「かしこまりました」 アンナさんが寮に来て3日──。 負傷を口実に寮にこもった俺は、せめて身体がなまらないように室内で筋トレをしている。 外の空気を吸うのは、明け方の短い時間だけだ。 「ただいまユート」 「アンナ様はお健やかに?」 仕事を終えたエリナとニコラが足早に帰ってくる。 「ああ、中で莉音と料理しているよ」 「じゃあ、今日のオトナトークは食後かなぁ」 「ダメだよ。今宵はボクと好きな魔王談義をするんだから」 「それ、こないだやったでしょ?」 「こないだのはソロモンだよ。今宵はヌクテメロンの悪魔について……」 「わかんないってば」 「2人ともなついてるよなぁ」 「偉大なる闇の女王に敬意を払うのは当然だよ」 「アンナ様って、なんの話振っても拾ってくれるしね」 どうやらわずか数日で、アンナさんはすっかり寮に溶け込んでしまった。 「お味はどうかな?」 「ん! 美味しいです……本当にこくがありますね」 「ナツメグだよ。使う前に種からすり下ろすと、風味が際立っていい」 「はい、さっそく明日のロールキャベツに使ってみます」 今日もアンナさんはキッチンで稲叢さんと料理談義に花を咲かせている。 みんなが積極的にアンナさんに話しかけられるようになったのは、稲叢さんの歓迎会のおかげだろう。 みんな特に用がなくても、リビングで食事までの時間を過ごすようになった。 「いただきます」 アンナさんとの会話が楽しいのか、みんなの帰宅も早くなった。 食事の時間もぴったりずれることがなくなり、寮長の布良さんはご機嫌だ。 食事中の話題は、趣味や好き嫌いの他愛もないことに始まり、一通りの好奇心が満たされると、やがて吸血鬼の話になる。 「島の外の吸血鬼は、そんなに大変なんですか?」 「みな、正体を知られぬように苦労をしていたな。特に吸血の衝動を押さえ込むのが難しい」 「恋人を作るしかないですよね?」 「恋人……」 「そう。不本意だが我々の本能は人間にとっての特殊性癖にあたるから、そういう趣味の異性を探すのが一番いい」 吸血鬼の代表であるアンナさんの話に、みんなが耳を傾ける。 これまでの寮生活では、あまり見なかった光景だ。 「吸血鬼は人類という種族の敵ではないが、しばしば人類は吸血鬼の敵になる」 「なぜなら、人類なくして吸血鬼は生きられないが、人類は吸血鬼がいなくても生きていけるからだ」 「その点で、吸血鬼は人類よりも弱い存在と見ることができる」 「だから、合成血液は画期的な発明だったのだ」 アンナさんの話すことは、人類との共生を主眼に置いた学院の授業とは少し異なっている。 合成血液のおかげで吸血鬼は人間を襲う加害者ではなくなり、だから共存の道が開かれた──というのが授業で学んだことだ。 しかしアンナさんは、合成血液のおかげで人類に依存する必要がなくなり、それゆえに共存の道が開かれたと語っている。 かつて人間と戦っていた過去が、彼女の言葉に反映されているのかもしれない。 「そういえば布良さん、カリーナさんが戻ってきていたわ」 「本当!?」 「どなたかな?」 「あ、えと、開発地区の人なんです……露天のお仕事をしているんですが、まだIDがなくて……」 「なるほど、姿をくらませた住人のひとりか」 「いったい、どこに行っていたんだろうな?」 「それを知るのは私でも難しい。彼らは秘密を決して漏らさないと思うよ」 「美羽ちゃん、今度遊びに行くから気にしないでって伝えてくれる?」 「了解、言っておくわ」 「さて、話し込んでしまったな。六連君、部屋で仕事の話でもしようか」 「あ…………」 「お疲れじゃないですか?」 「このところ体調が実にいいんだ。それに今日は元樹君の往診があるからね」 「そういえばそうでした」 「ユート、急に目が死んでるよ?」 アンナさんの車椅子を押して美羽の部屋に入る。 今日は美羽が寮にいるので、部屋に明かりをつけられる。 「どうですか、寮の生活は?」 「快適だが暇で仕方がないね。携帯のゲームばかりやっているよ」 「ゲーム?」 「ネットの恋愛ゲームだよ。ろくろくメモリアルといって、参加者がブルジョワ学園を舞台に恋の鞘当てを楽しむんだ」 「アンナお嬢様ってことですか?」 「いや私のキャラクターは影武者の庶民でね、最近はお屋敷のメイドといちゃついている」 ……なんだか複雑なゲームだな。 しかしエリナやニコラじゃないけど、この人のアンテナはどんだけ広いんだ? 「枡形主任から日次報告がメールで届くが、私がいなくても市政に滞りはないようだしね」 「避難前に山ほど指示を出したって聞きましたけど」 「急変がない限り、一ヶ月はのんびりできるかな」 携帯電話をいじくりながらアンナさんが答える。 あいかわらず、彼女の私物は携帯と身の回りの最小限のもの程度で増える様子がない。 「しかし、あの梓という子は面白いな」 「そうですか?」 「人間にしては変わっている。吸血鬼のことにも心を砕いているのだからね」 「枡形主任も似たところあると思いますが」 「ああ、彼にも感謝しているが、性質は少し異なるかな」 確かにそうかもしれない。 枡形主任はあくまで陰陽局の人間だが、布良さんはなんていうか、はなから種族の差などないかのように感じられることがある。 「彼女は開発地区の吸血鬼とも仲がよいのだと、枡形主任が言っていたな」 「彼女にはああいう仕事が向いているんです」 「なんていうか、吸血鬼を吸血鬼とも思わないっていうか……それにいつも明るいし、安心できる奴です」 「はははっ……」 「??」 「いや、失礼。君も面白いな」 「吸血鬼になって、周りにはあんなに可愛らしい女吸血鬼ばかりいるというのに、わざわざ人間を好きになるのか?」 「す、すす好きってなんですかっ!?」 「では嫌いなのかな?」 「そ、その2択なら嫌いってことはないですが、俺たちは同僚でパートナーです!」 「ふぅん、君がそうならそれでいいが……ふふふ」 「な、なんですか?」 「似た者同士、惹かれるということもあるかと思ってね」 「俺と布良さんが?」 似たもの同士──身に覚えのあるフレーズだ。 「そういえば食事前に梓とも話したのだが、君の事を褒めてばかりいたよ」 「え?」 「今と同じように言ったら、照れて飛び出して行ってしまったけどね」 「!?!?」 布良さんが、俺のことを……? さっき赤い顔をしていたのは、そのせいだったのか。 しかし、俺を褒めていたって? 布良さんが!? 「あ、あの」 「おっと、なんと褒めていたかは秘密だよ。本人に聞いてみるといい」 「いや、その……うぐ」 見抜かれてる。動揺を見抜かれてるぞ……落ち着け、俺。 「布良さんだけ『梓』なんですね」 「ああ、なぜだろうね。彼女は不思議と身近に感じられるんだ」 「それ、なんとなくわかります」 「この寮が快適なのは彼女の手柄だ。梓が寮長としてよくやっているから、寮の安定が保たれている」 「そ、そうでしょうか?」 「彼女はみんなの監視役も兼ねているんだよ。それを感じさせないのはなかなかの資質だと思うよ」 「監視役?」 「なんだ知らなかったのか。寮生が吸血鬼だけではここの使用許可が下りない。彼女がいることでこの寮は成立しているんだよ」 知らなかった……しかし、言われてみれば納得できる話だ。 布良さんが寮長をしているのは、性格じゃなくて種族が理由だったのか。 あんな小さな身体で重責を担っているんだな……。 「ふふふ……♪」 うっ、だめだ、にやけるな。またからかわれるぞ。 「そ、それはそうと──!!」 「さっきの話なんですが、吸血鬼は人類と対等になれるのでしょうか?」 「……簡単ではないな。それはこの島を見ればわかるだろう」 アンナさんの表情が急に引き締まる。 「吸血鬼と人類は、もはや対等であるべきだ」 「どちらかがどちらかを支配しようとすれば、必ず争いが生まれる」 「そのために、今できることは?」 「捕食者という考えを捨てることだ。まずは我々吸血鬼がな」 「小夜様の思想はその一点で非常に優れている。だから私はこの島にいるのだよ」 「ふぅ……疲れた」 アンナさんの不意打ちに動揺したのか、いまいちまとまりのない会話になってしまった。 おまけに検診に来た扇先生にも脈が速いことを詮索されるし……俺も修行不足だな。 「あ、待ってよ。やっぱり直腸検温をしてみないか?」 「いりませんよ! 次の往診があるんでしょ、急いでください!」 「ケチだなぁ、六連君は。頭痛もだいぶ治まってきたんだろう? ここはせめてお礼に触診を90分コースで……」 「今は先生が頭痛の種です!」 「あ……!」 元樹先生を送り(追い)出してリビングに戻ったところで、布良さんと鉢合わせてしまった。 「お……おう!」 「う、うん、おはよう……あはは……」 「ど、どうかしたのか?」 「ど、どうもしてないよ……!」 「………………」 「…………ジー」 「な、なにか?」 「ふに!? な、ななななんでもないっ!!」 「な、ならばよし」 「う……うん、ならばよし」 『うぅぅ』 「そ、それじゃ、またあとでっ!!」 「ああ、またあとで!」 「あーーー、心臓に悪い!」 部屋に戻ってベッドに突っ伏す。 「……なんだったんだ、今の空気は?」 布良さんだけじゃなくて俺もだ。 これまでも、布良さんが俺に対して照れたり、恥ずかしがったりすることはあった。 だがそれは、血を吸って変な感じになったり、プールでお尻を見てしまったのだから当然というか。 この年の男女が、こんなに身近にいるのだから多少はお互いを意識するものだし。 だから照れたりするのも、そんなごく自然なものだった……。 「……『だった』?」 なんで過去形にしてんだ俺は!? 「これ、ひょっとするとアンナさんの高度な牽制術にハマったのでは?」 「むむ、気を引き締めねば……!」 「あう~~~~~~~~~~~~!!」 「うぅぅ、苦しい、胸が痛い、心臓に悪い、心臓に悪かったぁぁ」 「もう、六連君の前なのになにやってんだろ。アンナさんがあんなこと言うから意識しちゃってるのかなぁ……」 「──!? アンナさんがアンナこと……?」 「お、おもしろい……!」 「………………」 「うぅ~~~~面白くないっ!! ぜんぜん面白くないし、自分もごまかせてないし~~~!!(じたばた)」 「はぁぁ、やだな……外の人からは私が六連君のこと好きみたいに見えてるのかな?」 「た……確かに、ちょっと照れたり、恥ずかしくなったりしたことはあるけど」 「でもそれって、異性に血を吸われたのは六連君が初めてだったからだし、プールでお、お、お尻見られたとか、そういう理由だし……」 「だから、ドキドキするのもごく自然なことだったし……」 「………………」 「……『だった』?」 「わぁぁぁ!! なんで過去形にしてるの、私!?」 アンナさんが寮に移り住んで4日が過ぎたが、いまだジダーノの消息はつかめていない。 枡形主任からの電話によると、工作班を動員しても成果があがらないので、本土から増援が送り込まれてくるらしい。 表立って大々的な捜査ができないのでやむを得ないが、寮を動けない俺としてはもどかしい話だ。 しかし連中の動きを封じ込めることはできているようで、寮の日常は平和そのものと言ってよかった。 今日は合成血液パックを囲んで、吸血鬼+人間1名で通学前のくつろぎタイム。 アンナさんが来てから、みんなでテーブルを囲むことが増えた気がする。 「……ではアンナ様は、まだ人間との共生は難しいと?」 「世界全体で考えるとそうなるね。島の外ではいまだに人を襲い、追われ、駆除される吸血鬼がたくさんいる」 今日も会話の中心は自然とアンナさんになる。 島のことや吸血鬼のことを語る彼女は、いつもの親しげな態度だけでなく、どことなく威厳のようなものが感じられる。 アンナさんがこの島の吸血鬼をまとめているのも納得できるところだ。 「しかし彼らをみんな引き受けたら、今度はこの島が沈んでしまう」 「この地が真のエデンになるには狭すぎるんですね」 「それなら、世界中に《アクア・エデン》海上都市が生まれたらどうですか?」 「それは興味深い未来図だね。どうすれば人間がそれを許すだろうか」 唯一の人間である布良さんはトマトジュースを飲んでいる。 彼女なりに雰囲気を合わせてくれているのは、なんだか微笑ましいな。 しかし、布良さんの首筋は綺麗だな……。 「みんなが布良さんみたいな人だったら平和なんでしょうけど」 「この寮みたいになれたらいいですね」 「でもエッチなことには厳しいよ」 「そんなことないよ、普通だよ」 「厳しいよー! ね、ユート?」 「………………」 「あれ? おーい、ユート?」 「…………え!? あ、俺は厳しくないぞ」 「そんな話してないよ」 「珍しいですね。六連先輩がぼーっとしているなんて」 「もしかして警護疲れかな?」 「まさか、そんなヤワじゃないですよ。そうじゃなくて、ちょっと考え事を……」 「ああ、前世に想いを馳せていたんだよね。ボクもよくあるからわかるよ」 「いや……」 「にひひ、実はエッチな妄想してたりして?」 「なッ!? ししししてないしてない!!」 「なにかしら、その強烈な否定は」 「強い否定は肯定と一緒って言うよね。まったく、アンナ様の前で恥ずかしいよ?」 「いや違うって!!」 「でも佑斗、昨日からどこか浮ついているのよねえ」 「なッ……!?」 美羽のやつ……鋭い! 「ひょっとして恋? 好きな人ができたとか!?」 「……!!」 「いやっ! 違う! 断じてそういう方向じゃない!!」 「だから否定が強いって」 「くすくすくすくす……なるほど」 「アンナ様、なにかご存知なんですか?」 「──!!!」 「さあて、どうだろうね?」 「でも、そんな雰囲気ですね」 「ふーむ……やっぱり恋なのかしら?」 「顔赤いし、怪しいよね? 誰だと思うアズサ?」 「だだ誰なんだろうね!」 「アンナ様にお心当たりがあって、佑斗君の周りにいる人といえば──」 「!?」 『──扇先生!!!』 「……え?」 「確かに、説得力があるわね」 「え? え? まさか……!?」 「ち・が・う!! 断乎・究極・絶対・違う!!」 「だから否定が強いわよ」 「あぐぐ……!」 なんでこうなる! しかも布良さんまで本気で驚いた顔してるし!! 「……佑斗君もソドムの民だったのか。吸血鬼には倒錯者が多いって言うけれど」 「周りにこんな美少女ばっかりいるのに手を出して来ないわけだよね。男同士のイケナイ関係だったなんて♪」 「なにが行けないんですか?」 「行けるから俺はどこでも行けるから!」 「もう、エッチだなぁユートは」 「そういう意味じゃない!!」 「そういえば、佑斗は枡形《チーフ》主任にもなついてるわね?」 「あれはなつくとは言わない!」 「ミューは枡形先生とユート、どっちが受けだと思う?」 「私は佑斗だと思うけど」 「佑斗君はいかにも総受けってタイプだからね」 「『風紀班、真夜中の情事~主任の警棒で貫いて♪』」 「あ、アンナさんの前でお前ら。すみません、意味不明なことを口走って……」 「私はむしろ枡形主任に受けてほしいな」 「アンナさんまで!?」 「それはちょっとマニアックでは?」 「そうかな? 新人隊員に夜ごと責められるベテラン捜査官──」 「わ……なんか急に面白くなってきました!」 「俺の血を吸っていいのはお前だけだ?」 「今宵、文字通りの『相棒』が……」 「うにゃぁぁぁあぁあぁあぁあああああっっ!!」 「アズサ、だいじょうぶ!?」 「む、む、六連君がそういう人だったなんてーーー!」 「あちゃ、キレちゃった?」 「なあ、これでも俺は弱く否定し続けねばならんのか?」 「ごめんなさい、もう強さは関係ないみたい」 しかし、とりあえずは話題がそれたことを喜ぶべきなのか。 ふ、複雑だ……。 「……それでどうしたの? わざわざ外で相談なんて」 「もしかして、さっきのこと怒ってる?」 「いや違う。そんなんじゃなくて、実はさ、なんというか……」 「ああ、布良さんのこと?」 「な、なんでわかる!?」 「女のカンよ……というか、見ればわかるわ」 「そうなんだよな。布良さん、最近なんか俺のことを妙に意識してるというか……」 「呆れるわ」 「いや、そこまで言わなくても」 「佑斗に呆れてるのよ。意識してるのはお互い様だと思うけど?」 「んぐ!? そんなことは……!!」 「近くにいるとそう見えるって話よ。そんな必死になって否定することじゃないわ」 「……そ、そんなことはないという程のこともないかもしれないなぁ」 「くすくす、本当わかりやすいわね」 「な、何がだ?」 「布良さんはきっと、佑斗のことが好きよ」 「──!?!?」 「ど、ど、どうしてだ!?」 「決まってるでしょ。は・じ・め・て・の……」 「後輩だからよ」 ああ、心臓に悪いわ。 「前に布良さんが言ってたわ。ずっと一番下の新人で半人前扱いされていたから、佑斗が入隊して嬉しいってね」 「布良さんがそんなことを?」 「なんだか佑斗のことが弟みたいに思えてくるんだって。わからないでもないけどね……」 「弟!?」 「いつも並んでいるのを見ると、兄と妹みたいなんだけど」 「そ、そっちのほうがしっくりくるな」 「さて、それはどうかしら?」 「おい待てどっちだ?」 「ふふふ、その答えは自分で出してみることね。それからジダーノの手下を2人拘束したわ」 「──!?」 「《チーフ》主任が不眠不休で指揮を[と]執ってね。これで潜伏場所を特定できれば、私と布良さんの同棲生活も終わりよ」 「な……え???」 「なので、その後はご自由にどうぞ。それじゃ、学院行ってくるわね」 「おい、なんだそれは? ていうか、すげえ重要な情報サラッと出すな!」 「ふにゃぁぁ~~~」 「アズサだいじょうぶ? 今日なんだかずっと変だよ?」 「ふに~……ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……」 「ああ、大丈夫じゃないね」 「そんなことないよ! 大丈夫だよね? ないよね? 六連君が扇先生とラブラブなんてこと……」 「その話、本気にしてるのアズサだけだってば」 「本当!?」 「ないない、安心していいよ」 「な、ならいいけど……」 「むしろアンナ様に懐いてる感じがするけどねー」 「それは警護対象だから」 「それだけかなぁ……私たちが学院に行ってる間、ずっと2人きりだし」 「ないない、ないって! それは絶対にないよ」 「ジー……………………」 「な、なに……?」 「あのさ……えっと、アズサはユートが好きなの?」 「え!?」 「ど、どどどうしてそんな話になるのっっ!?」 「だって気にしすぎだもん」 「うぐっ!?」 「そ、そんなことにゃいよ。六連君は仕事でペアも組んでるし、そういう意味で心配なだけだからっっ」 「ふーん、まだ自覚ないんだね」 「自覚!? だから、そういうのじゃなくてー!」 「じゃあ、正直言ってユートのことどう思ってるの?」 「ど、どうって……」 「え、えっと………………」 「…………………………」 「えっと……あの、ううん……世話の焼ける後輩くんってところかなあ」 「じゃあ、仕事行ってくるねー♪」 「ああっ、聞いといてどうして行っちゃうの!?」 「………………はぁっ」 「ほう、ジダーノの手下が」 「ええ、もう少しの辛抱だと思います」 「私はなにも不自由をしていないよ。むしろいいリフレッシュをさせてもらっている」 アンナさんが携帯電話をいじりながら答える。 「恋愛ゲームに興じるのも悪くないよ」 「いつまでもアンナ様がここにいては、市長が困りますよ」 「扇先生?」 「毎度勝手に上がらせてもらったよ。さて、今日は六連君のほうから診させてもらおうかな?」 「それで、なんでローションを手に持ってるんですか!」 「ああ、これは僕からの愛のサービスだよ」 「先生!」 「また梓が心配しそうだな」 「ああ、そういうことか。期待させてすまないけど心エコーを取るだけだよ。ちゃんと機材も持ってきたんだからね」 「これが期待してた顔に見えますか?」 「期待と不安が入り混じってるね」 「そこから期待を引けば正解です」 「アンナ様の前だからって照れることはないよ。さあ行こう、僕たちのベッドルームへ!」 「もう、ここで検査してほしい……」 「ただいまぁ……」 「おかえりなさい……って、なんだかお疲れですね?」 「エリナ君と一緒じゃなかったの?」 「今日はそのまま仕事に行くって……あ、あの、六連君は?」 「アンナ様のところだと思いますが」 「うらやましい話だよね。仕事とはいえ、いつもアンナ様とご一緒できるなんて」 「お話も面白いし、魅力的な方ですからね」 「あ、でも、さっきなんだか悩ましい声が聞こえなかった?」 「そういえば、六連先輩の声でしたね」 「まさか変な気を起こしてないといいけど」 「そ、そんなことあるわけないよ! だってそんなの公私混同だしっ!」 「布良先輩?」 「そんな剣幕になるとは思わなかったよ。気に障ったのなら謝るけど」 「あ、う、ううん……こっちこそ、ごめんっ!」 「布良先輩、どうしたのでしょう??」 「さぁ……??」 「はぁぁ……なんか本当に私どうしちゃったんだろ?」 「六連君とアンナさん…………」 「そんなことないよね! そんなことあるわけないよね? 警護対象に余計な感情を持っちゃダメなんだから!」 「でもまさか、まさか……!?」 「はぁぁ……こうやってモジモジしてるのが私らしくないんだよね」 「うん、やっぱり直接聞いてみよう! そうしなくっちゃ」 「どうぞ?」 「お邪魔しますっ。お変わりないですか?」 「いたって平穏だよ。なにかご用かな?」 「あの、六連君がいるかと思いまして」 「さっきまで元樹君と一緒に話していたんだが、今は洗面所じゃないかな?」 「洗面所……ですか??」 「いろいろあったようだからね」 「い、いろいろ……??」 「どうして洗面所? 扇先生の診察で?」 「あ、でも本当だ。電気ついてる……でもいろいろって? いろいろってなにが??」 「すー……はー…………うん、平気。いつもと同じ感じで話せるから」 「ごくっ……た、ただいま六連く……」 「きああーーーーーーーーー!!!!!」 「なんで? なんで? どうしてはだかーーーーー!?」 「なにが起きてるの!? 何でこの時間にお風呂? まさか夢? 蜃気楼? イリュージョン!?」 「うあ、ほっぺ痛い。げ、現実だーーー!! み、みみみ見つからないうちに! 見つからないうちに戻らなくっちゃー!」 「あああああ、なのになぜか足が動かない! どうなってるの私の身体!? うああ、タオル1枚! 上半身ハダカ! バレたら大変なのにーーー!?」 「………………あの」 「きゃあああああ、見つかってたあああ!!!」 「えーと、布良さん?」 「いやぁぁ! ちっ、ちがうのこれは! これは単なる偶然の事故で!」 「お、おかえり……」 「ほ、本日はお日柄もよろしく!」 「っていうか、いやその……」 「あう、あう、あううう…………!」 「………………」 「ごっっ、ごめんねーーーーーーっっ!!」 「………………」 「………………なんだったんだろう?」 「うにゃぁあぁああぁぁ~~~~~~」 「どしたんですか布良先輩。顔、真っ赤ですけど」 「な、なんでもないの……がくっ」 「きゃああ、布良先輩!? 布良せんぱーい!!」 「それで、ジダーノは何と言っていたのだ?」 「貴女に会わせろの一点張りですよ。いささか性急な男ですね」 「先方が会いたいと言うのなら、会わんでもないが」 「命を狙われていてもですか?」 「フン、私を殺してなにがどうなるというのだ」 「ご冗談を……あのような相手に後れを取るアンナ様ではないでしょうが、くれぐれも《おんみ》御身をお大事になさってください」 「くくくっ……」 「どうなさいました?」 「いや、まさか君がジダーノを意識するとはな」 「嫉妬だと思われますか?」 「それがわからないのだ。つくづく面白いな、君は」 「恐縮です…………はい、けっこうです。脈拍も正常です、お疲れ様でした」 「老人にしては健康体かな?」 「まだお若くていらっしゃいますよ」 「世辞はよせ。若いといえば、彼の様子はどうかな?」 「あちこち診てみましたが、いまのところ、[・]た[・]だ[・]の吸血鬼ですね」 「そうか。しかし彼も面白い男だ。みずから難儀な道を選ぼうとしているのだからな」 「六連佑斗君が?」 「ははは、君にとっては嬉しくない話かもしれないな」 「ねえ、六連君……六連君…………」 「ああ、布良さんか……なんだか喉が渇いたな」 「うん……だから来たんだよ、六連君」 「え?」 「私の血、吸いたい?」 「い、いいのか……」 「うん、六連君になら……」 「いいよ……で、でも、優しくね……」 「布良さん……ん」 「んあああッ!」 「はぁ、はぁ、はぁっ……六連君……六連くん……っ」 「もっと深くして……んぁぁ、牙を突きたてて……いっぱい……あ、あ、あ」 「吸って、んぁぁ……もっといっぱい、ちゅーって吸って……あ、あ、ちゅーって……んはぁあぁぁッ」 「ああっ、美味いよ……吸い尽くしてやる」 「六連くん、六連くん……あん、あああん、だめ、感じちゃう……あん、あん、ンぁあぁぁんんっ」 「梓、お前は俺のものだ。一滴残らず俺に捧げるんだ」 「あぁぁ、血が、私の血……んぁぁ、吸われちゃうぅぅぅッ!」 「あ、あ、あぁあぁぁああぁぁああああああッッ!!」 「──!!!!!」 「はぁ……はぁ、はぁ……はぁぁ…………ッ」 「ゆ、夢……か」 「……………………」 「………………あれ?」 パンツが湿っぽいんだが。 「ま、まさか…………!?」 このぬるっとした感触──これが、あの噂に聞く……! 「夢精かっっ!!」 「くそぉ……参ったな、童貞丸出しって感じだ」 まさか夢精をするなんて、しかも……あんな夢で。 「さすがにこいつを一緒の洗濯機には放り込めないもんなぁ」 朝早く、ひとり洗面所で汚れたパンツを洗う。 うん、正しく俺は童貞だ。畜生、いまに見ていろ! しかし、ファンタジー全開のくせに、妙にリアルな夢だった。 「布良さんが……」 目をつむればすぐにでも思い描くことが出来る。 布良さんの白い肌と、そのぬくもり……牙を食い込ませる感触、そして蕩けるような血の味。 「ううっ……」 吸いたい。 今すぐにでも、布良さんの血で喉を潤したい──。 「──!?!?」 おいおい待てよ。俺、いますごく物騒なことを考えてなかったか?? これも吸血鬼の感覚? けれどなんで今になって!? 「お、おはようっっ!!」 ──布良さん!? このタイミングで!? 落ち着け、いつものリラックスモードで乗り切るんだ。 俺のリアクション次第だぞ。できるだけ自然に返事をしろ。 「よ、おはよう布良さん」 「う、うん…………はぁぁ、よかった……」 「どうかしたのか?」 「あ、ううん、なんでもない」 「学校は?」 「今日、土曜日だよ」 「あ、そうか……なんかボケてるな」 「くすくす、ずっと家にいるせいかな」 「あ……それから、えっと……昨日はごめんね」 「ん?」 「まさかあの時間にお風呂だなんて思わなくて」 「ああ、別にいいさ。実は扇先生にゼリーみたいなの塗られてさ」 「ええっ!?」 「変な意味じゃないぞ。心臓のエコーをとってもらったんだよ」 「ああ、そ、そうだったんだ。何もなかった?」 「ああ。銃で撃たれた後遺症もなさそうだってさ」 「はぁぁ、よかったぁ……それ聞いて安心したよ」 昨日から、変に意識したせいで何となくすれ違い気味だったが、あらためて布良さんと話していると和むよな。 「微熱があるらしいんだけど、それも重要任務で緊張してるからだろうってさ」 「扇先生がそう言ってるなら安心だね」 「そんなに信頼できるか?」 「だってアンナさんの主治医なんだよ。島の吸血鬼さんの間じゃ有名だもん」 「なんだよなぁ……」 相手が布良さんなので、いつしか俺も自然とリラックスしてしまう。 「どう? アンナさんとの毎日は」 「家事ばっか上手くなってるよ」 「そういや最近、布良さんのパンツ出てないけど、ちゃんと替えてる?」 「わぁぁ! な、なに言ってるの。当たり前でしょ!?」 「下着は普通、自分で洗うよ……恥ずかしいもん」 「エリナとか平気で出してくるぞ」 「エリナちゃんは特別。むしろ楽しんでる絶対!」 「寮長権限で止めたりは?」 「したいけど、そんなのみんな[や]嫌でしょ?」 「まあ、それもそうか」 「でも、六連君が変な目で見ちゃうなら考えるけど」 「アンナさんもいるんだぞ?」 無理だ、と肩をすくめてみせる。 いつものように話していると、布良さんを意識しているかどうか、自分でもよくわからなくなる。 「そういやジダーノの手下が捕まったってな」 「本当!?」 「聞いてないのか」 「美羽ちゃんから、六連君に聞いてみるように言われてたんだけど、昨日はなんだかバタバタしてて。ダメだよね、そんなんじゃ」 「まあ、仕方ないさ」 「え?」 「あ、ああいや……俺の微熱と同じようなものだろって意味でさ」 「そ、そうなのかな……あはは」 布良さんは俺のどこを褒めていたんだろう。 そのことがずっと気になっていたはずなのに、今の俺はむしろ彼女の血液に興味がある。 ジダーノを追うとき、車の中で吸った血の味がやけに鮮明に甦ってくるのだ。 けっこう長いこと布良さんと一緒にいるのに、どうして今になってこんな感じになってるんだ? 「……どうしたの?」 「え? いや、なにが?」 「難しい顔してたから。私には話せないこと?」 「………………」 「すまない。話せないというか、まだちゃんと言葉にできていないんだ」 「なんとなくやな感じがしてるんだが、これは俺の問題らしい」 「六連君……?」 「いや、忘れてくれ。余計な言葉で混乱させたくないからさ」 「うん…………でも、大丈夫だよ」 「え?」 「六連君はいつでもちゃんと引いて考えられるから、大丈夫」 「俺が?」 「うん、それは私が保証するよ」 そんなことを言われてもあまり実感はない。 でも、布良さんに明るく言われると不思議とホッとしてしまう。 「なんか照れるな……」 「せ、先輩として言ってるんだからね」 「わかってる」 「な、ならいいんだけど……」 ホッとすると同時にドキドキもしているみたいだ。 布良さんってこんな感じの子だったっけ? 「あ、それ、たまには私が洗ってあげる」 「え?」 「いつもお洗濯してもらってばかりじゃ悪いし……貸して」 「あ、待て! ダメだそれは……!」 「あれ? こ、これは……!」 泡にまみれた俺のパンツが布良さんの手で広げられる。 「きゃああああああああ! ごめんなさーーいっっ!!」 「だからダメだって言ったのに」 石鹸泡立てたあとでよかった。本当によかった……。 「はぁ、はぁ、はぁぁ……なんで毎回こうなっちゃうんだろ」 「ううーっ! これじゃまるで私が六連君にセクハラしてるみたいだよ」 「はぁぁ……頭冷やして帰ろ」 「六連君かぁ……」 「実際、後輩って感じでもないんだよね。私も先輩ってガラじゃないし……」 「はぁぁ……なんか不自然なんだよね。アンナさんの言葉、意識しすぎなのかな?」 「……………………」 「で、でもがんばらないと。フワフワしてたら六連君に笑われちゃうし」 「って、別に六連君のことばっか意識してるわけじゃないけど!」 「…………なんか私ブツブツ言ってて変?」 「──!」 「背中がガラ空きです、梓姫」 「誰……?」 「ふーん、やっぱり覚えてないんですね」 「………………吸血鬼さん?」 「誰が吸血鬼ですか。本家の人は分家のことなんて覚えてないんでしょうけど、私は……」 「その声、楓ちゃん?」 「……!」 「やっぱり。いきなり銃なんて出すから吸血鬼さんかと思ったよ」 「…………お久しぶりです、布良梓」 「大叔父さんの法事以来だよね、でもどうして?」 「討ち洩らしを追ってきました。あのジダーノを取り逃がしたようですね」 「あ……うん、ごめんなさい」 「謝る必要はありません。今日は風紀班の増援としてご挨拶に来ただけですから」 「増援って、まさか」 「はい。ジダーノはすぐに処分しますので、梓姫はのーんびりお過ごしください」 「しかし、なんのためにこの島にいるのでしょうか」 「あ、待って……私は」 「ごきげんよう」 「………………」 久しぶりの休日だ。 とはいえ学院が休みというだけで、俺と布良さんの警護任務は変わらず続行中だ。 「そうか、ジダーノの行方はまだつかめないか」 「捕らえた2名の記憶を盗んで隠れ家をつかんだのですが、ジダーノは別の場所にいるらしく」 「……2名の部下はその場所を知らないと」 「個人個人の吸血鬼の能力は普通なんですが、統率がとれています」 「そういう男だ。この島の吸血鬼社会に隙間がある限り、簡単にはつかまらないさ」 「市長やアンナさんでも把握しきれない所というと……開発地区ですか?」 「むしろ開発地区に潜んでいるのなら探しやすいだろう」 「確かに。2人の隠れ家も住宅街にあったようですし」 「大々的に指名手配でもしないことにはな。もうしばらくは根競べだろう」 「本土から増援が来るようなので、期待したいところです」 「増援か……島の外側もきな臭くなってきたとも取れるね」 「あ、あのっ!」 それまで黙っていた布良さんが、急に口を挟んだ。 「吸血鬼と人間が仲良く暮らすっていうのは、そんなに難しいものなんですか?」 「この島の安定と、種族間の共生は全く別のものだ。前者は市長の尽力でどうにか成り立っているが、後者は不可能に近い」 「そうでしょうか?」 「日本刀をぶらさげた人間が笑顔で握手を求めてきて、君は心から手を差し出せるかな?」 「……刀を置けと言いますね」 「陰陽局が我々に望んでいることはそれだ。問題は我々の刀が、この肉体そのものであるということだがね」 「でも、江戸時代とかは刀を持った人も平和に暮らしてたわけですし」 「武士の刀か……」 「そう、同時に武士は支配階級だったね」 「我々が支配する側に立てば、吸血鬼と人類の関係は安定するかもしれない」 「──!!」 「……などと考える輩が、この島にもいるのだろうな」 一瞬、引力のようなものを感じた。 アンナさんの言葉こそが真実であるかのような、魔物のような引力。 「大事なのは、彼らの願望に根拠を与えないことだ」 「そのために、市長やアンナさんは吸血鬼差別をなくそうとしているんですか」 「なかなか簡単ではないがね。たとえばこの寮にしてもそうだ」 「監視することが存続の条件になっているようでは、対等の関係とはいえないだろう?」 「……!」 「それ、私も思っていたんです! でも、そういう決まりだし……」 「煽る者もいるだろうが、私はそう絶望しているわけではないよ」 「自分になにができるのかなって……」 「布良さん……」 「それは君が考えることだ」 「梓のような子がいるのなら、未来は暗くないと私は思っている」 「アンナさん……」 「君の存在が希望であればいい。そして次の世代にできることは、次の世代の者が探すのだ」 「はいっ!」 まるで枡形主任に対するときのように、布良さんがいい返事をする。 吸血鬼の代表という人物がどのようなものなのか、少なからず好奇心を抱いていた。 アンナさんは、威厳に満ちた闇の女王というイメージからは遠いところにいる。 いつも携帯で恋愛ゲームをしているし、下ネタでエリナと盛り上がったりすることもしょっちゅうだ。 けれど、やはり彼女は吸血鬼の代表なのだろう。 俺の目から見えるアンナさんは、少し怖い。 いつのまにか、寮のみんなの考えを動かしてしまいかねない気がするからだ──。 「ふむむ……」 アンナさんに希望を託された布良さんは、なにやら難しい顔でずっと考え込んでいる。 自分なりになにかできることはないかと、考えているようだ。 「どうしたの、アズサ?」 「マナをオドに練り上げる修練をしているんじゃないかな」 「ちょっと考え事があって……うーん」 「さっきからずっとなんだよ」 「え、まさか……あのこと? やっぱりラブラブになってたとか?」 「え? あ、ち、ちがうよ! そんなんじゃなくて寮のこと」 「混沌の館がどうしたの?」 「確かに混沌としてるね」 「うん、なんかみんなでできることがないかなと思って……」 「はい、考え事には糖分補給です」 「わ、バナナシェイクだ。ありがとー♪」 「みんなでやれることって、アンナ様の歓迎会みたいな?」 「ううん、そういうんじゃなくてね……」 ぴたっと、バナナシェイクのグラスを口元に当てたまま、布良さんの動きが止まる。 「そうだ、新しいルール!」 「え?」 「ルールですか?」 「うん、あのさ、この寮の新しいルールを作ってみない?」 「ルールというのは、食後は手を洗うとか、そういうことでしょうか?」 「そういう日常のことでもいいし、もっと大事なことでもいいかも」 「でも、どうして急に?」 「今も寮則はあるよね?」 「あんまり守ってない気がするけど、にひひ」 「うん、でも今の決まりごとって学院が決めたルールでしょ?」 「私も自分なりのアイデアを入れたりしたけれど、それって吸血鬼さんの立場で考えられたものじゃないと思うんだ」 「はぁ……」 「それはそうかもしれないけど」 「だから、わたしたちで新しいルールを?」 「うん、今までは私が寮長でルールを守らせなくちゃいけなかったけど、みんなで決めたルールだとちょっと変わってくると思わない?」 「そういうことなら、常時マント着用と、ベッドは棺桶に限定することを強く提案するよ」 「えー、ぜったいやだ!」 「わたしもマントはちょっと」 「いいアイデアだと思ったのになぁ」 「……まさか、なにか問題になってる?」 「え?」 「エリナたちの素行が悪いとか、このままだと寮は閉鎖とか?」 「ああっ、違う、違うよ、そんなのは全然ないから安心して」 「ただ、もっと暮らしやすい寮になるかなって思っただけだから!」 ──吸血鬼にとって大事なのは自立心を持つことだ。 ──自立心は誇りにつながる 布良さんのアイデアのベースには、アンナさんの言葉がある。 吸血鬼と人間とは対等な存在であるべきだというメッセージだ。 「えっと、じゃあそれって必要なこと?」 「え……?」 「必要だと思うな。吸血鬼たるもの、せめてコウモリを飼うくらいはしてないと……」 「コウモリってどうやって飼うんですか?」 「あっ、そ、それは……今度までに調べておくから」 「うぅぅ、そういうルールじゃないんだけど」 「でも、エリナたちは別に今のままで困ってないよ」 「……!」 「だよね?」 「ん、そう言われればそうかな」 「確かに、とても居心地がいいですし」 「そ、そっか……それもそうだね」 「あ、いや、布良さんは……」 「あ、いいの、いいよ六連君。なんかちょっと思いついただけだから!」 「……アズサ?」 「確かに、ルール増えてたら逆に窮屈になっちゃうよね。うん、それはそうだったよ」 「ボクは吸血鬼らしい厳重な規律を……」 「ごめん、今の話は忘れてっ!」 「ただいま……あら、みんなでなんの話?」 「布良先輩が」 「あ、ううん、なんてことない話」 「そ、そうそう」 「ふぅん……そうだ、布良さんと佑斗に主任から伝言よ」 「今日は私に警護を代わって、久しぶりに外出するようにって」 「大丈夫なのか?」 「家にこもってばかりのほうが心配よ。気が休まらないでしょ?」 「それに、そろそろ外出しないと逆に不自然に見えるんじゃないかって」 なるほど、それは確かにそうだな。 3時間ほどの自由時間をもらって、俺は布良さんと一緒にぶらっと散歩をすることにした。 「んんーーーーっ! 久しぶりだなぁ!」 「よかったね、命に別状無くて」 「まだしばらく検査とかあるけどな……」 念のために、大怪我をしたという設定で芝居を続けることになっているが、久しぶりの外出につい声が浮き立ってしまう。 時刻は18時。そろそろ島に夜の帷が下りる。 吸血鬼にとっては、これからが活動開始の時間だ。 「さっきの話、よかったのか?」 「あ……うぅ、恥ずかしいな。ちょっと勇み足だったみたい」 なぜだろう、わずかながら布良さんの表情に焦りの色が見える。 「焦らないほうがいいよ」 「……六連君?」 「わかんないけどさ、リラックスしてるほうが布良さんらしいだろ」 「…………うん、そうだね。ありがとう」 まだいつもの笑顔ではない。 どうして布良さんが急に張り切りだしたのか、少し不思議だ。 けれど、さっきの焦った表情を見てしまうと、なんとなくそこに切り込んでいくのが憚られた。 「ここんとこアンナさんと毎日だろ、いろんなこと話すんだけどさ」 「しょちゅう布良さんのこと聞かれるんだよ」 「アンナさんが?」 「ああ、寮長さんにはお世話になってるっていつも言うしさ。いつもはどんな感じなのかとか、風紀班での仕事ぶりとかさ」 「ええ~、意外……」 「なら直接聞きゃいいと思うんだけど、布良さんにはそんなこと聞かないんだろ?」 「うん、ぜんぜん知らなかったよ」 「なんだろうな、照れてるのかな」 「まさか、アンナさんだよ?」 ようやく自然な笑顔が戻ってきた。 ホッとため息をついて、布良さんのほうを向く。 「布良さんはいつものままが一番いいよ」 「そ、そうかな……でもいつもって?」 「アンナさんにも言ったけど、一緒に居ると、なんか和んで安心できるんだよな」 「む、六連君ったら……」 「いや、マジな話でさ」 「それって、俺にはできないことだから……すごいと思うぞ」 「そ、そんなことないと思うよ…………六連君だって」 「え……?」 「………………」 言葉を途中で切った布良さんが、恥ずかしそうにうつむく。 「──!」 白いうなじがのぞいて、胸の奥がドキッと疼いた。 なんだろう……子供体型なんて言ってた布良さんが、すごく艷っぽく見えてしまう。 それに、俺の目を吸いつけて離さない[き]肌[め]理の細やかな首筋。 同時に、プールでのアクシデントがよみがえってきた。 続けざまに、布良さんの血の味が押し寄せてくる。 鼓動が速い。これは……俺が本能的に布良さんを求めるせいか? 「六連……くん?」 あどけない表情。その面差しを支えている白い首筋……。 頬を赤く染めているのは、布良さんの血だ。 血──そう、血が吸いたい。血が吸いたい。血が吸いたい。 梓の白い肌に牙を立ててみたい。 こんなの俺じゃない。今まで異性を相手にこんなこと思わなかった。 でも……今は吸血鬼だから自然なことなのか? 吸血鬼のオスと人間のメスが一緒にいると、こうなってしまうのか? 「えっと…………」 「え!? あ、な、な、なんだ……!?」 「…………血、吸いたい?」 「あ……!」 無意識のうちに、俺は布良さんの肩に両手を回していた。 「い、いいのか?」 「う、うん……いいよ……ひょっとすると虫の報せかもしれないし」 「虫の報せ?」 「今日、なにか事件があるかもって……吸血鬼の本能とか」 「そんなことあると思うか?」 「わかんない。でも……これもお仕事だもん」 「あ、ああ…………」 そうして接近する。 発達した嗅覚が、布良さんの汗のにおいを嗅ぎ分ける。 ほんのりと、血の匂いを乗せた布良さんの分泌する液体……。 「……また今度」 「え?」 懸命に抗い、どうにか本能を押さえ込んだ。 なぜそうしたのか、自分でもわからない。 いや、違う、いまわかった。 『仕事』と言われることに抵抗があったのだ。これは不純だと。 俺は布良さんの血を吸いたかった。 けれど、それは単純に布良さんに触れたかったのだ。 「六連君……?」 「い、いや、なんでもない」 虫の報せなど関係ない。 キスがしたい──その程度のことだ。男の性欲がうずいたのだ。 それに吸血鬼の本能はこんなにも激しく反応している。 そして、そのことを嫌悪している俺がいる。 「布良さん」 「な、なに?」 「俺に銃を教えてくれないか」 「…………え?」 「ふぅ……」 「どう、実際に撃ってみて」 「見ているよりも難しいな」 「最初はそんなものだよ。お祭りの射的だって同じでしょ」 「そんなものか。しかし、体育館にこんな設備があったなんてな」 ずらりと並んだ射撃用のターゲットを見回してため息をつく。 「主任が導入したんだって。前は私もときどき使ってたよ」 「なるほどな……」 「さ、続きいってみようか」 「ああ……でもその前に、よかったら布良さんの手本を見せてくれよ」 「私の? さっき見たでしょ?」 「あれは撃つ前だったから、もう一度見てみたいんだ」 「なるほど、いいよ」 「こうでしょ。ターゲットに向かって銃を構えて、引き金を引くの」 「言葉だけ聞いても全く参考にならないな」 「あうぅ……だって、こういうのはなんとなくだから」 「見てて、こう」 あらためて見ると、布良さんの構えが俺とまったく違うと理解できる。 足の筋肉の力具合を見る限り、両腕だけでなく全身で銃の反動を押さえ込んでいる。 なによりも一瞬で目標と銃口との位置関係を見極めて、手の位置を微調整して──。 「……すげえ」 全弾的中──しかも着弾の痕は中央に1つしか空いてないように見える。 「動いていない的はこんな感じ。慣れればすぐに外さなくなるよ」 細かい調整は一瞬だ。 細密な動きと、タイミングを見極めてトリガーを引く決断力。 いや、まだ俺には理解できていないテクニックもあるはずだ。 「問題は的が動いているとき。先読みが必要でそれが難しいんだけど、現場に止まっている的なんてないしね」 「先読みか……でも銃弾の速度を考えれば一瞬だろ?」 「うん、銃弾はすぐに到達するけど、指先は遅いからね」 「ああ、なるほど」 「でも、六連君なら……吸血鬼さんならもっと早く上達すると思う」 「そう思う?」 「人間よりも引くのは速いはずだから」 「なるほど、確かにそうだ」 少なくとも、俺のほうが布良さんよりも速く撃つことができる。 吸血鬼だから銃は要らないとたかをくくっていたが、これは大きなアドバンテージになるかもしれないな。 「じゃあ、今日はとりあえず500発くらい試してみようか」 「とりあえず500!?」 「1000でもいいけど、集中して撃たないと上達しないから」 つまり、500発は集中して撃てと。 見かけによらず、布良さんってスパルタだったりして。 「5点より内側に3割以上命中したら、今日のトレーニングはおしまいね」 「150発……それ、朝までかからないか?」 「そんなことできないよ。美羽ちゃんとの交替時間までに戻らないとダメだから」 「り、了解!」 すげえ筋金入りのスパルタだ!! それは、むしろ望むところなんだが、ちょっと意外。 「それじゃ、構えて……はじめ!」 「いてててて……」 初日の射撃訓練を終えて、警護を美羽と交替する。 さすがに吸血鬼とはいえ二の腕がパンパンだ。 「初日からハードだったが、これが俺の望んだことだしな」 ベッドに仰向けになって、薄暗い天井を見上げる。 吸血鬼の瞳があれば、昼間と同じように見ることができる。 しかし……。 俺は吸血鬼になった。 ニコラあたりに言わせれば異能の者──人間を凌駕する能力を手に入れた。 けれどいまの俺は、この力に飲み込まれたくはないと思っている。 「メール……主任か? お、直太からだ」 かつてこの島に一緒にやってきた友達からのメール。 あの時は、今みたいな境遇になるなど想像すらしなかった。 文面はいたってシンプルだ。 『そろそろ戻ってこいよ。寂しいぞ』 俺からも短く返信する。 『もうすこし待ってろ』 しかし、おそらく戻ることはないのだ。 俺は吸血鬼として生きることにしたのだから。 でも……今の事件が落ち着いたら、一度本土に遊びに行くことにしよう。 いま俺が抱えているモヤモヤに、なにか答えが出るかもしれない。 しかし『もうすこし』って……どのくらい? 俺が銃を習い始めた理由──それは、吸血鬼の本能に戸惑っただけではない。 このままだと、布良さんと別の存在になってしまうような気がしたせいもある。 前に布良さんは、吸血鬼と人間の中間にいる仲間だと言ってくれた。 アンナさんが言っていたように、俺はいつしか布良さんに惹かれているのかもしれない。 吸血鬼になったというのに、人間の女の子が気になって仕方がない。 そう感じるということは、俺はまだ人間のままなのかもしれない。 「うぐぐ……25%か……」 「あと5発だね」 今日の訓練のしめくくりに、最後の100発。 しかし5点より内側に着弾したのは、25発だ。 これは昨日と同じ成績。 集中して撃っていたつもりだが、別のことを考えていたような気もする。 「まだまだ使い物にはならないな」 「2日目だからね」 「はは、それもそうか……」 「でもやっぱり吸血鬼さんは物覚えがいいよ。ポーズはさまになってるし」 「カッコいい?」 「そういう意味じゃなくて!」 背伸びした布良さんに、こつんと頭を叩かれる。 銃を教えているときの布良さんは、なんだかんだといつも上機嫌だ。 しかし、あと5発が悔しいな。 「あと5分だけでもいいかな?」 「だいじょうぶ?」 「ああ、せめて30にしてやりたい」 「うん、わかった。あ、でもまだ模擬弾あったかな?」 「確かこっちにあったぞ」 「よーし、ラスト5発」 「いってみよー!!」 「あれ? こっちの弾って……」 「むむ…………見えた!」 「に、にゃーーっ、ちょっと待って!!」 「きゃーーーーーーーーーーっっ!!!」 「な、な、なんだ……」 「それ……閃光弾だからぁ……」 「ううっ、連射しちまった………………」 「あぁぁ~~…………」 「大丈夫だよ、今日は確実に上達してたし」 「すまん、そしてあと5%……」 「問題ないよ。すぐにできるようになるから大丈夫」 「しかし昨日より的中率が落ちたってのがな」 「一緒だったよ、25%」 「最後の5発があるだろ」 「あれは事故だもん。それに構え方はよくなってるから私に任せて」 「お、おう」 「確実に上達してるから、ドンマイだってば」 「当たり前だ、明日は35%!」 「うん、がんばろー!」 意地の空元気を布良さんの言葉が包み込んでくれる。 いつもはにゃーにゃー言ってるのに、たまに本当にオトナっぽく見えたりして、なんか布良さんってちょっと不思議だ。 「でも、どうして銃を覚えようと思ったの?」 「なんだろうな、ホームシックかな」 「……?」 謎かけのような俺の言葉に、布良さんは深入りしてこない。 今は他に言いようがなかったから、少し助かった。 「布良さんは、いつから上手くなったんだ?」 「うーん……私は……」 珍しく布良さんが言葉を濁す。 他愛も無い質問だと思ったんだが……。 「また今度、ゆっくり話すね」 「??」 「だってそろそろ寮だし」 「長い話になるのか」 「もしかするとね……くすくす」 なんだろう。 正直わからないが、それでも布良さんの言葉は信頼できる。 「じゃあ今度ゆっくりな。そうだ、アンナさんの警護任務が解かれたら、一度島を案内してくれよ」 「いいけど、私でいいの? エリナちゃんとか美羽ちゃんのほうが詳しいと思うけど」 「開発地区なんかは、布良さんの庭だろ」 「そっか……そうだね、六連君も地元の人と親しくなるチャンスだし」 「なんか仕事くさい話になっちゃうな」 「仕方ないよ、勤務中だし」 「寮に戻るまでは休憩時間だけどな」 「そうだった、つい忘れちゃうね」 しばらく無言のまま、星空を見上げて歩く。 先に口を開いたのは布良さんだった。 「こないだ美羽ちゃんに言われたんだ。私、六連君とペアを組んでから変わったって」 「そう?」 「うん、自分でも前よりもちゃんと仕事してるって思う」 「昔も相当ちゃんとしてたと思うけどな」 「そんなことないよ。前はエッチな仕事とか苦手で尻込みしてばっかりだったけど、今は平気だし」 「それっていい影響?」 「そうだよ!」 しかし確かに最近、布良さんの愚痴を聞くことが減った気がする。 俺という後輩を育てることで、布良さんの心構えも変わってくるってことか。 「枡形主任、けっこうやるな」 「私もそう思う」 「いい感じじゃないか、この調子で行こうぜ」 「あ……!」 ガッツポーズをした俺のグーと、布良さんのグーが手の甲で触れる。 「ご、ごめん」 「ううん、いいけど別に」 布良さんが手を引っ込めないので、グーとグーがくっついたままだ。 いや布良さんにしてみれば、俺が手を引っ込めないせいか? 「だ、だって友達だもんね」 「そうだな」 「………………」 視線が合った。 困ったことに次の言葉が出てこない。なんだこの空気? 「と、友達にしちゃよそよそしいかな?」 「そうでもないと思うけどな」 「そ、そっか……」 「……………………」 また……。 この手か? 手が触れてると言葉が、いや思考が鈍るのか? ちょっとした新発見だぞ。 「あ、あの……」 「ねえ、佑斗くんって呼んでいい?」 「え!?」 「だって、よそよそしくなると思って。だ、だめだったらいいけど……」 佑斗くんか……言われてみれば、なぜかものすごくしっくりくる。 いや、まだ足りないか。なにが足りないかっていえば。 「いいけど、条件がある」 「条件?」 「俺も……梓って呼んでいいなら」 「え? あ……えへへ、ちょっと照れちゃうね……」 「お互い様だろ」 「それもそっか……くすくす」 それから布良さん……梓……いや、まだ布良さんは深呼吸をして。 「いいよ、佑斗くん」 ああ、これですごくしっくりきた。 「じゃ、よろしく梓先輩」 「ええっ、先輩がついちゃうの!?」 「で、これからはユートって呼ぶことにしたの?」 「『佑斗くん』ね……変かな?」 「仕事で一緒のチームだからおかしくないって言いたいんでしょお?」 「……こくっ」 「それって、おかしくないよね?」 「おかしいよ」 「ええっ、どうして? エリナちゃんも美羽ちゃんも下の名前で呼んでるでしょ?」 「だ・か・ら、それをいちいち報告しにくるのっておかしくない?」 「うに……そ、そうかな!?」 「うん、意識しすぎ」 「あう……うぅぅー!」 「にひひ……どーしてそんなに意識しちゃうのかなぁ?」 「それはその……最近ね、なんか変な空気になることが多くて……」 「それってどんな?」 「その、手がぶつかっちゃったり、なんか目が合ったり……」 「ぐー」 「ああっ、寝ないで。他にもあるから!」 「あと、洗濯物を手伝おうとしたらパンツだったり、洗面所に行ったらお風呂上りだったり……とか、いろいろ」 「それはね、ラッキースケベイベントって言って、ラブラブの前に起きる超常現象なんだよ」 「ち、ちがうよ。それにラッキーって男の子にとってでしょ!?」 「女子だって一緒だよ」 「ラッキーじゃないよ! は、は、恥ずかしいもん!」 「見られるよりも見るほうが?」 「え……えっと、どっちだろ………………」 「ほう、実は見られたこともあると」 「わわっ!? ち、ちがうよ、どっちも恥ずかしいから!」 「だから見られたんでしょ」 「ち、ちらっとだよ。プールの時に、ちょっと水着がずれてて」 「それ無修正ってことじゃ」 「にゃぁぁ! ちがうってば、お尻、お尻がちょっと見えただけで」 「なーんだ、つまんない」 「それは面白くなくていいの」 「くすくす……でも、やっぱりユートもオスなんだね」 「オス?」 「だって、どきどきアズサのことエッチな目で見るんでしょ?」 「それって、異性として見られてるってことだよ。嬉しくない? ユートに視姦されてるんだよ? 想像だけでオカズにならない?」 「わぁぁ、変な表現しないでー!」 「っていうか、おかずって何?」 「なにって、アズサだってひとりエッチくらいするでしょ?」 「1人H!?」 「オナニーのこと」 「ふに!? そ、それって、ビデオでやってるやつだよね?」 「本当にしないの?」 「(こくっ)」 「ほんとのほんとに!? 嘘ついてない!?」 「うん、したことない……」 「はぁぁ……アズサ、ぜったい人生損してるよ」 「ええ!? そんなことないでしょ?」 「あるって断言してもいいよ。それに、エッチの良さも知らずに恋を語るなんて非常識なんだよ」 「そ、そういうもの!? エリナちゃんもやってるの?」 「女の子は10歳を過ぎたらして当たり前なの」 「し、知らなかった……」 「でも手遅れじゃないよ。いまならまだ間に合うから! エリナも応援するし!」 「ユートのためにも、アズサは押収品を研究してがんばってみよー!」 「あうぅ……それ仕事よりキツいよぉ」 「はぁぁ……なんか春だね、ミュー」 「もうすぐ夏でしょ。あ、さてはまた焚きつけてきたのね?」 「だってじれったいんだもん、どう見てもラブラブなのに」 「くす……それもそうね」 「ラブラブってどなたですか?」 「佑斗と誰かさんがね」 「そうそう♪」 「ああ、扇先生!」 「そ、それでいいかな……とりあえずは」 「ふにゃぁぁ……ううー、ううー……」 「布良先輩、どうしたんですか? お目目ぐるぐるしてますけど」 「なんだかよくわかんないんだけど、よくわかんないんだけどー!」 「友達の話をしてたと思ったら、いつのまにかエッチなDVDの話になってたの」 「それは、催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったね」 「さーて、お風呂はいってこよーっと」 「私もそろそろ支部に顔をださなくちゃ」 「????」 翌日──俺宛に1通の郵便物が届けられた。 「……俺に手紙?」 差出人は枡形主任だ。 なんで手紙なのだろうといぶかしんで封を切ると、中にもうひとつ封書がまるまる入れられていた。 裏は真っ白で、宛名はアンナ・レティクルとある。 「ほう、私宛に封書が?」 「念のために、俺が開封しますがよろしいですか?」 「ああ、構わないよ」 アンナさんの前で封を切ると、中に入っていたのは1通の書類だった。 中は見ないでアンナさんに手渡す。 「ああ、そろそろ届くと思っていた。すまないが、君が最も信頼している心優しいパートナーを呼んでくれるかな」 「それ、よしてください」 「だって君はいつも彼女を褒めるじゃないか」 「うぐ……め、布良さんでいいんですね」 「ああ、朗報だよ」 「るんるんるー♪♪」 「えらいテンション高くなったな」 「だって嬉しいもん。ずっと待ってたから! ありがとね、佑斗くん!」 「布良さ……梓がやったことだよ。俺じゃない」 「でも、アンナさんに話してくれたんでしょ? 本当にありがとう」 布良さん改め、梓がやけに喜んでいるのは、あのカリーナさんのことだ。 いつかの俺の話をアンナさんが覚えていて、カリーナさんが永住権を取得できるよう、扇先生を介して特別に手配してくれたのだ。 「急ごう、早く知らせてあげたいよ」 「だからってダッシュはやめとけ!」 「はぁ、はぁ……カリーナさん、あきらちゃん!」 「梓ちゃん、どうしたの?」 「通ったんです、申請が! これを持って市役所に行ってください」 息を切らせた梓の報告に、カリーナさんが言葉を失う。 「申請って、まさか……」 カリーナさんの表情が変わり、目で見てわかるほど身体が震えだす。 「はい、この書類……大事にしてくださいね」 書類に書かれているのは彼らの新しい住所だ。これでIDの申請が可能になる。 「ありがとう……」 「これが仕事ですから」 涙を浮かべるカリーナさんに書類を手渡して、梓が微笑む。 それほどに、この人たちは待ち焦がれていたのだ。 「お姉ちゃん、ありがとぉ!」 「ううん、遅くなってごめんね」 まだ小学生くらいに見える女の子が梓にとびついてくる。 この子があきらちゃんだろう。俺とは初対面だが、すっかり梓になついている様子だ。 これが、梓流の仕事ってことなんだろうな。 「そういえば知ってる? 最近ね、知らない風紀班の人がこのへん歩いているんだよ」 「風紀班の人?」 「捜査員の増援が来たのかな。どんな感じの人?」 「それがちょっと怖いの。なんだか近寄れない感じ」 「……!」 「まだ事件が解決してないから、必死なのかもしれないな」 「あきらは、早くお姉ちゃんに戻ってきてほしいな」 「今のお仕事が終わったら前と同じになるから、もうちょっとだけ待っててくれる?」 「うん……約束ね」 あきらちゃんと指きりをしながら、梓が優しく微笑む。 それは俺の前でたまに見せる、先輩っぽい梓の顔だった。 「それじゃ、お邪魔しました」 「また遊びに来ます」 「ありがと、おねーちゃん、おにーちゃん!」 書類を手渡した俺たちは、足取りも軽く開発地区を後にした。 しかし、思ったほど梓の表情は明るくない。 さっきまで『るんるん♪』していたのが嘘のようだ。 「………………」 「どうした。ようやく重荷をひとつ下ろせたんじゃないか?」 「うん、そうだね……でも」 「でも、やっぱりそれってカリーナさんのとこだけだから」 「それは、そうなんだよな」 うなずいて、俺はあたりを見回した。 開発地区には、同じような事情を抱えた吸血鬼が山ほどいる。 カリーナは運よくアンナさんに拾われたが、同じことを何度も繰り返せるわけではない。 「ようやく芽が出たようなものだ……って、アンナさんが言ってたな」 「芽……」 「そうだね、すぐに花が咲くわけじゃないよね」 人間と吸血鬼との境界線が梓にはないように見える。 だから俺も、こうして梓の横にいるのかもしれない。 「ほら、チョコバナナ」 「買ってたんだ。でも、いいの?」 「俺ひとりで2本は無理だよ」 「くす、ありがと」 無邪気にチョコバナナをほおばる梓が、今度はまるで年下のように見えてくる。 いったい、どういう子なんだろう? あらためて興味が湧いてくる。なぜ彼女は風紀班に入り、なぜこの島に来ようと思ったのだろう? 「なあ、梓は……」 「……?」 「……誰だ?」 不意に殺気を感じた。 背後から誰かが俺を狙っている。 「おや、不審な吸血鬼がうら若い少女を連れ回していると思ったら……」 「…………楓ちゃん!?」 「梓の知り合いか?」 「黙れ」 「──!」 「ふふふっ……くすくすくす……なるほど、そういうことでしたか」 「貴女はこの島に、吸血鬼の餌袋になりに来たのですね、梓姫?」 「楓ちゃん!」 「だってそうじゃありませんか。ご自分のうなじを差し出しているのでしょう?」 「……おい、楓って言ったな」 「汚い口を開くな、化け物」 「なに!」 まるで俺などいないかのように、楓という少女が梓に向き直る。 「梓姫、貴女は狩人失格です。《みょうせき》名跡を汚しましたね!」 「!?」 「……佑斗くんは、私のパートナーだよ」 「風紀班のですか? そんなの断ってください!」 「楓ちゃん……」 「それにその目! ぜんぜん同僚を見る目じゃないじゃないですか」 「え……!?」 「私はそういう馴れ合ったりするの、だいっ嫌いですから!」 銃口を突きつけてきた。 梓と同じ銃! こいつ……まさか増援!? 「吸血鬼を飼うんなら、せめて躾はちゃんとしてください」 「銃を降ろして!」 「……ぷーん!」 「もういいです。貴女には吸血鬼の情婦がお似合いです」 「さようなら、布良梓!」 銃を降ろした少女──楓が背を向けて足早に立ち去っていく。 なんだ、今のは? 風紀班……増援……梓姫!?!? 「………………」 「………………」 「知り合い?」 「う、うん……ごめんね、佑斗くんに酷いこと……」 「俺よりも梓にだ。あんな奴が増援なのか?」 「…………」 梓が黙ってうなずく。 「……ちょっと、遠まわりしてもいい?」 「梓……?」 「聞いてほしいの、いろんなこと」 「うん、心拍も異常なし。惚れ惚れするような健康体だね。あとは点滴でおしまいだよ」 「……扇先生は、吸血鬼をどう思いますか?」 「ん? この島に住んでいる限り、さして珍しいものでもないからね」 「……アンナさんのように、百年以上を生きていても?」 「そりゃあ能力についての関心はあるよ。けれどあの人は、もっと別の意味で魅力的だね。そう、君と同じように……」 「点滴のどこにシャツをめくる必要性が?」 「医者のやる気が出ないと、針が血管にうまく刺さらないだろう?」 「本当なら廃業したほうがいいですよ……んっ」 チクッとした刺激とともに針先がめり込んでくる。 全く無造作なアクションで、確実に血管をとらえてくるのは吸血鬼のようだ。 変態には違いないんだけど、医者の技術はきっと確かなんだと思う。 「はぁぁ……それにしても君の身体は、いつ挿してもゾクゾクするね」 「扇先生に質問があるんですけど」 「はぁぁ……つれない六連君。もっと僕を構ってくれてもいいのにぃ……」 「吸血鬼の本能って、人間に比べて強いものですか?」 「性欲の話だね?」 「ちがいます」 「そんな怖い顔をされたら痺れちゃうじゃないか。でも、どうだろうね。個人差があることは確かだけど、おおむね人間よりは強いかもしれない」 「でも、微差といっていいレベルだと思うよ」 「微差ですか……」 「なにか心当たりでもあるのかな?」 「急に……人間の血を吸いたくなったんです」 「い、いきなり大胆だね。そんなの言ってくれたら、いつでも吸わせてあげたのにぃ♪」 「[・]人[・]間って言ってるでしょう。いいから、もう少し離れて下さい」 「…………けち」 「真面目な相談なんです。俺って特殊なケースじゃないですか、そのせいで例えば本能のレベルが他の吸血鬼より高いとか……」 「ないないない。そんなの男子の健全な欲求だよ。吸血行為は性欲と密接に結びついているからね」 「性欲と……うわ、だからなんで脱ぐんですか!」 「アンナさんを呼びますよ!」 「ううっ、これほど医者泣かせなクランケも珍しいよ……おや、今度は何を考えているのかな?」 「早く点滴が終わって欲しいってことだけです」 本当に、セクハラさえなければ頼りになる先生なんだが。 「この本能を抑えそこなうと、今の先生みたいに暴走したりしませんか?」 「僕は理性的に君を好きなんだけどな……まあ、気持ちはわかるけど、そこまで深刻になることはないよ」 「さっき言ったように微差なんだし、君は本土で強姦魔だったわけでもないんだろう?」 「それはそうですね」 吸血鬼になってしまったものは仕方がない。 それならそれで楽しくやってこれているつもりだった。 だったんだが、俺は……。 「……狩人?」 「そう。秘密だけど、そういう仕事の人がいるの」 「それはつまり、ヴァンパイアハンターってこと?」 「ううっ、なんか横文字だと急にファンタジーっぽくなるけど、だいたいそんな感じかな」 「で、梓が……その狩人?」 「うーん、そこは微妙なんだけど。血筋っていうのかな。おばば様に育てられたから」 「おばば様っていうのは、なんか一族の長とか、そういう人のことだな」 こくっと、梓がうなずく。 俺にしてみれば青天の霹靂もいいところだが、梓の銃の腕前を思えば、そんな過去があったとしてもどこか納得がいく。 「しかし吸血鬼にヴァンパイアハンターか……ニコラの好きそうな世界になってきたな」 「他のみんなはこのことを?」 「美羽ちゃんにだけは話してる。私もみんなに話すのは、ちょっと怖くて……」 「狩人なんて、みなさんの敵ですって言うようなものだもんな」 少し寂しそうに梓が微笑む。 それは、秘密を知られたというよりは、忘れていたことを思い出したような顔だった。 「で、布良さんは偉いお姫様でいらっしゃる?」 「お姫様!?」 「さっき『梓姫』って……」 「あ、それはちがうんだ。姫っていうのはお祭りでの役割で、吸血鬼に襲われる踊り子のこと」 「踊り子?」 「みんなの前でお神楽みたいなのを踊るの。毎年それやってたから」 「じゃあ、さっきの子も楓姫とか?」 「うん、さすがにお姫様なんていないよ」 「なぁんだ、そうだったのか……」 「どうしてホッとした顔になるの?」 「だって梓がご大層なご身分だったら、今までみたいに付き合いにくいだろ」 「うん……そうだね」 「でも安心したよ。ならズケズケ聞いてもよさそうだな」 「佑斗くん……」 「………………」 「………………うわっ!?」 「ううん、物憂い顔だね……見惚れてしまったよ」 「あれ、寝てました?」 「少しだけね。疲れが出ているのかもしれないな」 いつもの点滴が空になっている。30分くらいは経っているのか。 「ありがとうございました」 「どこか行くのかい?」 「ちょっと布良さんと打ち合わせが」 「そういえば君には、いつでも血を吸わせてくれるパートナーがいたんじゃないか。くぅっ、妬けてしまう!」 「仕事以外で吸ったりしませんよ。それじゃ、アンナさんをよろしくお願いします」 「えー、コホン。そういうわけで吸血鬼が昔からいたように、吸血鬼と戦う人も昔からいたんです」 「日本においては、狩人と呼ばれる人たちが古くから人々を守っていました」 「はい、質問」 「なんですか、佑斗君?」 「昔の吸血鬼はそんなに凶暴だったんですか?」 「今と違って合成血液もなかったし、吸血鬼同士のつながりもなかったからね。本能に任せて人を殺めてしまう吸血鬼もいっぱいいたみたい」 「つまり、狩人は正義の味方?」 「[・]か[・]つ[・]ては、そうだったといえますね」 「けど今は吸血鬼も社会に溶け込んでいますし、合成血液で本能を抑えることにも成功しました」 「さらに吸血鬼対策の陰陽局もできて、吸血鬼と戦うこと自体がほとんどなくなっているんです」 「つまり、狩人は失業の危機にあるってことか」 「陰陽局に技術を提供したのは狩人だったんだけどね」 「え!? そうだったのか? じゃあ、今も狩人の人が?」 「それが、なんかお役人さんの考え方と合わなかったみたいで、みんな里に帰っちゃったんだって」 「ふーむ、そんなものか」 「なので、現在の狩人はひっそりと暮らしていて、吸血鬼狩りも行われなくなっているんです」 「──以上で狩人のことはおしまい。なにか質問は?」 「はい、もしかして巫女装束も、狩人の戦闘服とかで、それを元にしてるとか?」 「ちがいます。これは神社でお祭りの時に使ってたの」 「ああ、お神楽だっけ?」 「そう、里の近くに神社があって、子供のころから手伝ってたから」 「狩人の里か……」 「おばば様が履歴書にそのときの写真を貼っちゃって……」 「ああー。その時のこともあって、あの巫女装束なのか……」 なるほど。よっぽどその写真を気に入ったんだろうなぁ……。というか―― 隠れ里の一族って感じなのに、なんかずいぶん軽いな。 「しかしわからんな……狩りの風習が廃れてるんなら、梓はどうしてこの島に来たんだ?」 「一応は修行ってことになってるけど」 「違うんだろ?」 「どうしてそう思うの?」 「狩人にしちゃ獲物に優しすぎるだろ。カリーナさんにもだし……」 『……俺にも』という言葉をなぜか飲み込んでしまった。 「……本当はね、吸血鬼さんを見るため」 「フィールドワークってことか?」 「うん。敵ではなくなった吸血鬼を、ちゃんと自分の目で見てきなさいって」 梓の目──また、いつかみたいに梓が大人っぽいまなざしになっている。 覗き込んだ俺が、つい視線をそらしてしまうほどに。 「敵じゃない、か」 「でも、里には吸血鬼狩りを続けたほうがいいって人もいてね」 「あの楓って子はそっち側みたいだな」 「うん。私がこの島に来ることでも、ずいぶん揉めたみたいなんだ。結局は、私が里を抜けるってことで落ち着いたんだけど」 「故郷を?」 「……うん」 「……強いんだな」 「そんなことないよ、オトナだもん」 『オトナ』になりたいんじゃなくて、大人にならなくちゃいけない。 梓がときどき見せるあの視線は、そのせいかもしれない。 里のこと、まだ色々と悩んでいるのかも……。 「……あれ、でもそれって佑斗くんも一緒じゃない? 吸血鬼の島にひとりで残ってるわけだし」 「俺は、特になんも考えてないから」 「くすくす……なんで自分のときだけ照れるの?」 「照れてませんー」 「照れてるよぉ」 「照れてません、オトナだから照れてませんー」 「ああっ、それ誰のマネ!?」 話の途中で、梓と一緒に外の空気を吸いに出た。 「んーーーっ、はぁぁ……っ」 警護中なので、寮の前で体を伸ばして深呼吸をする。 外の空気にも次第に夏の匂いが感じられるようになってきた。 「そろそろ繁華街が恋しくなってない?」 「そういや、プールもずいぶんご無沙汰だなぁ」 「泳ぎたい?」 「その前に目の保養と」 「む……仕事でエッチなDVD見てたくせに」 「あれはエグすぎるから、もっと明るいのがいいの」 「ふーん、男の子もそうなんだ」 「エリナくらいの上級者でなきゃ、たいていそうだと思うぞ」 梓は自然体だ。 こうやって話していても、狩人とか、吸血鬼とか、そういう違いを全く感じさせない。 秘密を隠しているのではなく、すっかり忘れているような、そんな気配すらある。 「そういや、布良さんって親は?」 「……小さい頃に事故で」 「そんなとこも似てるわけだ」 「佑斗くんと?」 「ああ、俺も施設で育ったからさ。なんとなく」 仲間意識──。 梓のことがやけに気になる理由が、結局そこに戻ってきたように思える。 「それって、私よりぜんぜん大変だと思うよ」 「そうか?」 「だって、周りに知ってる人いないんだよね」 「確かに、独りだって思うことは何度もあったよ。大勢の中にいても場違いだなって感じることもあったし」 「けど、それも昔の話だな」 「どうやって乗り越えたの?」 「梓もやってることさ」 「?」 「言葉にすると陳腐になるけど、俺は……仲間を作った」 ここでの生活が寂しくないのは、梓みたいな仲間がいるからだ。 「そしたら、少なくともそいつと一緒に居るときの俺は場違いじゃないだろ?」 「って、照れくさいから忘れてくれ」 「くすくす……ひょっとして、倉端君に会いたくなってる?」 「そうだな、今はこうなってるけど、落ち着いたら」 「仲間かぁ……それだと引越しするたびに居場所が増えるよね」 「お、いいこと言うな」 「えへへ……」 「…………」 「えっと……じゃあ、私は?」 「え?」 「私も仲間……かな?」 「布良さんは……いや、梓は……」 「………………」 もちろん俺たちは仲間だ。それどころか同僚だし。でも、どうしていま俺は苗字で呼んだのだろう。 理由を探しながら、梓と自然に視線が合う。 「…………」 仲間──仲間と見つめあう? 顔が近づくと、いい匂いがした。これは梓の匂い……。 「………………梓は」 そうだ、こいつは仲間意識じゃない。 なぜだか俺はまた、もっと梓の深いところに踏み込みたくなっている。 「………………」 「……………………」 さらに顔が近づいたのは、俺が無性にキスをしたくなっているからだ。 仲間ならキスはしない。 なのに梓とキスをすることを自然と思わせる、強烈に突き上げて来る本能じみた感覚。 不意に、白い首筋が視界に入った。 暗がりに眩しくさえある、白く柔らかな皮膚の色──。 「梓……」 俺は梓の匂いに包まれながら目をつむり……。 ──ぽむぽむ。 「……!?」 撫でた。 ──ぽむぽむ。 「…………」 頭を撫でたのはせめてもの抵抗だ。 梓の匂いを濃密に感じているのは、発達した吸血鬼の嗅覚。そして梓の唾液を欲しているのもまた──。 「な、なんていうかな……その」 適切な言葉は出てこない。 吸血鬼なんだから別にいいじゃないか。だが、俺にとって梓っていうのは……。 ──ぽむぽむ。 頭の中をぐるぐるさせながら、無言で梓の頭を撫で続けるシュールな時間が過ぎ……。 「あっ、あ、あの……佑斗くん……!」 「ごめん、いまの忘れて!」 「梓?」 「あ、アンナさんの様子見てくるからっ! ご、ごめんねーっっ!!」 梓が一目散に寮にかけ戻っていく。 「ごめんね……か」 いや、違うな。 ごめんって言うのは俺のほうだ。 変な空気を仕事に持ち込まないように、美羽との交替前に風呂でリフレッシュすることにした。 「ふー、いい湯だった」 「寮内異常なしよ」 「了解、悪いな」 「仕事だから気にしないで。アンナ様の警護なんて重要任務よ」 「その重要さがわかる人間のほうが適任な気がするんだがな」 「変に尊敬されても、アンナ様が窮屈になるんじゃない?」 「ユート、なんか気に入られてるしね」 「そうかな」 「そう見えますけど」 リビングに人が多い時間帯は、警護任務中とはいえ少しホッとできる時間帯だ。 「どうぞ、コーラですけど」 「お、ありがたいな」 「危ない危ない、宿題やり忘れるとこだったよー」 「──!?」 稲叢さんの入れてくれたコーラを飲もうとしたところで、部屋に入ってきた梓と鉢合わせてしまった。 「あ、こ、こんばんは」 「お、おう……」 「こんばんは?」 「なんか……他人行儀……」 「そ、そうかな? 一応、夜だし」 「アズサ? ちゃんと勉強してるー?」 「えっっ!? し、ししし知らないーーっっ!」 「布良さん行っちゃったけどいいのかしら?」 「え!? 俺か? お、俺は別に……申し送りも済ませてるし特に用は」 「ジー……」 「ちょっとそこらへん回って身体動かしてくる。じゃあな!」 「脱兎っていうのかしら?」 「……六連先輩、なにかあったのでしょうか?」 「なにがあったんだろーね……にひひ」 「うーむ、風呂上りにジョギングはさすがにわざとらしかったか」 参ったな、俺としたことがこんなにテンパるとは。 変な空気を引きずらないようにしないといけないんだが……。 「うーん……」 少し悩んだ俺は、携帯のメールを確認した。 『アクアエデン関係』のフォルダのもうひとつ下に、アンナさんのフォルダがある。 以前、相談ごとがあれば遠慮しないでメールをくれるようにと言われていたのを思い出したのだ。 「すごいプライベートな相談になってしまうんだけどな……」 とはいえ、この悩みを相談できる相手なんて身近にはいないしな。 「『突然すみません、六連佑斗です……』と」 手すりににもたれて、慣れないメールを書き始める。 電話のほうが手っ取り早いが、もしアンナさんと誰かが話しているところにかけようものなら、ヤブヘビもいいところだ。 『実は、自分の心境が計りかねているところがあって──』 俺が相談したいのは、今の何となくモヤモヤした吸血鬼としての立ち位置でもある。 吸血鬼として生きる覚悟は決まっていたはずなのに、梓のことが気になり始めてから、俺はどこかおかしいのだ。 しかしアンナさんの顔を見て話すと、いまいち自分のモヤモヤをちゃんと伝えられる自信がない。 『──よくよく考えるとおかしな話だと思うんです。吸血鬼に人間の恋人ができたら相手の血は吸い放題だし、それが快楽を与えるならなおさらいい。』 『なのに、相手の血を吸うのに抵抗があるっていうのは、俺が吸血鬼にまだ慣れてないからなのでしょうか?』 『自分では、それも何か違う気がするのですが……』 何度か書き直しながら、最初の文面を書き上げた。 いまいち趣旨が絞り込めていないが、それは俺が迷っている証でもある。 「……送信、と」 すぐに返事が来た。 アンナさんが取り込んでいなかったようで、俺は少しホッとする。 ──君がそんなことを気にしていたとは驚いたね。 ──私の出した結論から言うと、そこには吸血鬼に慣れたかどうかよりも大きな要因がある。それは君が、誰を好きになったかだ。 「好きになった相手……?」 ──私の見たところ、つまり君は吸血鬼のまま梓と対等な目線でいたいのだ。 ──梓がそう願っているのと同じようにね。 「な、なんでバレた!?」 梓と俺のこと……いや、とはいえアンナさんの言葉で目の前のモヤが開けたように感じられた。 俺は急いで短い返信文を打つ。 『なんで梓だって思うんですか!?』 ──見ていればわかるよ。君たちの言うことはほとんど一緒だしね。 ──そしてそれはそのまま、ヒトを捕食しないという考えにつながっている。 「ううっ、そんなにバレバレだったのか……!」 「いや、ひとまずそのことはいい。それよりも……」 『それはやはり、俺が吸血鬼になって日が浅いからそう思うのでしょうか?』 ──どうだろうね。だが不安に思うことはない。少なくとも小夜様は人類との共存を模索しているのだから。 『それは、俺たち吸血鬼が人間に合わせていくってことですか?』 ──そうではない。共存が決して服従にならないように、我々は笑顔の使い方を学ばねばならないのだ。 ──今は試行錯誤の期間だと私は考えている。小夜様のお考えはまた別かもしれないがね。 アンナさんはときどき、自分と荒神市長との間に線を引くことがある。 ジダーノと一緒に、かつては人類と戦っていた経験からくる言葉かもしれない。 『ありがとうございます、相談したら少し気持ちが楽になりました。』 『俺と梓が同じ方向を見ているのなら、これ以上は変に悩まないようにします。』 その気持ちは本当だ。 さすがは吸血鬼の長。いまの俺の惑いをわかりやすい言葉で説明してくれた。 だとすれば、俺と梓の見ているものは、この島の未来図とも合致するのだろうか? 少し遅れて最後の着信が来た。なになに……? ──しかし君の口から『[・]俺[・]た[・]ち吸血鬼』とは驚いたよ。 ──こちらこそありがとう、なかなか有意義なノロケ話だった。 「の、のろけてないし!!」 「あたーりー!」 「お、全部か?」 「うん、全弾丸の中だよ。はじっこのほうだけど」 「初弾に手ごたえあったんだけど、一発くらい真ん中当たってない?」 「残念でした。丸の外枠ぴったりです」 「ううっ……無念!」 「でもすごいよ。これならぎりぎり実戦でも使えそうだね」 「ぎりぎりじゃダメなんだよなぁ」 梓の血に頼らずに戦えるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。 「また見本を見せてくれるかな?」 「いいよ、じゃあ交代ね♪」 梓に銃を渡して背後から静かに見学する。 「梓……!」 「なーに?」 「いや、よろしくな」 『よろしく』じゃなくて本当は告白をしたかったんだが、こういうことのタイミングは本当にわからない。 美羽やエリナあたりに知られたら、またからかわれてしまいそうだ。 とはいえ、告白かあ……正直いって、そんなことしなくてもこのままで居心地がいいから困ってしまう。 無理に時間を進めなくてもいいような……。 「で、特殊弾頭を使うときは……って、聞いてる?」 「あ? ああ、ああ聞いてる。吸血鬼専用の特殊弾についてだろ?」 「むー、なんかぼーっとしてた気がする」 「いや、そんなことないぞ。吸血鬼は薬物に強いように思われているが、実際は人類とは違う弱点があるってことだろ?」 あやうく聞き流しかけていた梓の言葉を、必死になって回収する。 梓が言うには、薬品は吸血鬼に対抗する有効な手段のようだ。 「実際にジダーノと戦ったときは催眠弾が威力を発揮していたしな」 「正式名称はねむり玉っていうんだよ」 「ん? それもまさか狩人が?」 「昔から伝わっている調合を、陰陽局の人にも知ってもらったんだって」 対吸血鬼用催眠弾や麻酔弾の技術はそこから供与されていたのか。 「つまり、俺たち風紀班って現代版の狩人?」 「そう言ってもいいかもしれないね。だからあえて吸血鬼さんにも入隊してもらってるんだと思うよ」 「しかし、本家の狩人たちはそれが面白くない?」 「…………そう思ってる人もいるかも」 「なるほどな」 ふとしたときに感じる、梓の遠い目。 「梓は里に帰りたいとか思わないのか?」 「この町はいいところだよ」 自然な顔で梓が笑う。俺もそこは同意だ。 聞いたところ梓は、おばば様(祖母)の推薦で、本土で風紀班に入隊し、そのまま訓練を受けて海上都市に渡ってきたらしい。 同じヒラの隊員ということで、俺みたいな現地採用の吸血鬼と扱いは一緒だが、吸血鬼を監視する役割も与えられているという。 「てことは主任は知ってるわけだ」 「うん、主任は入隊したときから一緒だったから」 俺と梓が相棒になった理由が、またひとつわかったような気がした。 「それにしても狩人の里かあ……そのうち行ってみたいよな」 「そう?」 「俺は基本的に都会育ちだったからさ、なんか別世界って感じがするんだよ」 「私もそうだよ」 「え? 里から出てきたんじゃないの?」 「里って言っても団地だし」 「団地!?」 「そう、ダムができるから引っ越して……」 「ダムに負けるのか、狩人」 「おばば様が最上階の801号室」 「足腰!」 「エレベーターあるから大丈夫だってば」 「ううっ、ロマンが……秘境の里が……」 「そんなこと言われても……」 さておき、今は貴重な訓練時間だ。 アンナさんの警護を美羽に代わってもらい、梓の時間を割いてまでやっているのだから、もっと上達しなくてはな。 「はい、私も質問!」 「ん? どうぞ」 「どうして銃にしたの?」 「吸血鬼なら、わざわざ道具に頼らなくてもいいのに」 「ああ、それか……それは」 前は内緒にしておいたが、いまさら隠すほどのことでもない。 「え? あ、あ、佑斗くん!?」 「あのさ、梓……」 「待って、それ睡眠弾だからーーっ!」 「なにっ!?」 「あうぅぅぅ……だから説明したのにぃ……ZZZZ……」 「す、すまない……ZZZ」 翌日──。 「はぁっ、ただいま」 「お帰り……って、どうしたんだ?」 「なにかあったのですか?」 「ちょっと仕事先でね……あー、イライラする」 仕事帰りの美羽は、なにやら大きめのダンボールを持っている。 「あ、おかえりー、美羽ちゃん」 「ただいま、布良さん」 「あ、あれ……なんか不機嫌?」 「風紀班で嫌なことがあったみたいなんです」 「ジダーノ関連か?」 「当たらずとも遠からずね。本土からやってきた増援の連中が態度悪いの!」 「へえ、そんなことで美羽が怒るなんて珍しいな」 「私、礼儀には人一倍厳しいほうだと思っているけど?」 「その、増援って……」 「なんか変に威張ってて、吸血鬼のこと敵だと思ってるみたいで……んん?」 「布良さん、もしかしてあいつらって……」 「……こくっ」 「やっぱりね。下手に触らなくて正解だったわ」 厄介な連中だな、同じ風紀班でも吸血鬼には敵対的なのか。 「で、そのダンボールは?」 「そいつらに押し付けられた仕事。風紀班は通常業務に戻れって」 「そんな権限まで持ってるのか?」 「もともとそういう話で来てたみたい。島の内情もわかってないのに」 「それじゃ、捜査力は後退するじゃないか」 「枡形主任が捕まえた連中の口を割らせたの。アジトが特定できたから、もうすぐよ」 「よかった、あと一息だね」 「手柄を横取りされるのは悔しいけど」 「つまりその箱の中身ってのは……」 「あら、わかっちゃった? 警護のあいまに3人で片付けろって」 忘れもしない『押収品』と書かれた無地のダンボール箱。 美羽がガムテープをはがすと……。 「わ!? わわわ、だ、だ、だめーーーー!!!!」 中を見た梓が慌てて箱の上に覆いかぶさる。 「だめだめ、こんな公共のスペースで広げるなんてだめっ!」 「腹が立っていたので忘れていたわ、ごめんなさいね」 「なんの箱ですか?」 「ひ、秘密のなんていうか……押収品!」 「部外秘だからダメなんだよ」 「そうだったんですか。それならしばらく部屋に戻っていますから、ごゆっくり」 「ああ、すまない」 「とはいえ、エリナが帰ってくると面倒になるな」 「とりあえず佑斗の部屋に運び込んでくれないかしら」 「やっぱり俺か」 「それ以外に選択肢がある? 布良さんの部屋じゃかわいそうでしょ」 「待って! い、いいよ私の部屋で」 「ええ!?」 「無茶だ」 「今度こそ大丈夫。こないだのだって結局最後までチェックしたんだし」 「本気で言ってるのか?」 「う、うん……あと、それから美羽ちゃん」 「なにかしら?」 「今日は別の部屋に移ってもらって大丈夫?」 「ええ、私は構わないけど?」 「こんなビデオの声聞きながらじゃ疲れも取れないでしょ?」 「ふふ……そうね、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」 「よし、じゃあこの辺に置くぞ。俺は適当に5、6枚もってくから」 「ありがと」 「しかし、よく一人で見る気になったな」 「それは……」 「あの、佑斗くんもこういうの見てるときは、そういう気持ちになるの?」 「な、なんだいきなり?」 「平気っぽかったけど……本当はどうなのかな、って思って」 「それはなるよ。男だし」 「だよね。だから私もそういう気持ちにならないといけない気がするんだ。そうじゃないと、どうしてこんなものが流通するのか理解できないでしょ?」 「ま、真面目だ……」 DVDのチェックは可能な仕事だが、集中しなくてはいけないので警護と同時には不可能だ。 ひとまず箱ごと梓に託して、俺は警護を続けることにした。 「ま、いざとなれば俺が徹夜をすればいい話だ」 「とはいえ……」 「梓……ひとりで大丈夫かな?」 「……………………ごくっ」 「…………す、すごいな、これってお芝居なのかな?」 「まさか本気じゃないよね。こんなの……オーバーすぎるし……」 「うわっ、舐めてる……!?」 「なんで喉のそんな奥まで挿れてるの? うわ、苦しそう……涙出てる」 「わ、わ、うわ……うわー…………」 「………………(どきどきどきどきどき)」 「こ、こういうことだよね……ん、ちゅ……れる……」 「うああああ! む、無理だよ……これはぜったい無理っ!!」 「はー、のぼせてきた……」 「ふにゃぁぁ……うにゃぁぁ……」 「あれ、どーしたのアズサ?」 「なんでもないよー、ちょっと顔洗ってくるー」 「がらがらがら……はぁぁ、って、うわわわわわわ!?!?」 「ど、ど、どーして佑斗くん!? どーして佑斗くんっっ!?」 「あ、梓?」 「まさか、あんなの見すぎたせいで幻覚が!? でもそれにしちゃすっごくリアルだしー!!」 「しかもお風呂だし!? 湯浴み姿の発展系みたいなことになってるしー!!」 「寝る前に美羽が交代してくれるって言うから……」 「うわわわ……肌ぜんぜんすべすべしてるし! 男の子はもっとざらざらしてるって聞いてたのに!!」 「いや、あの……」 「しかも、しかも、なんかおし、おしおしおしお尻ーーーーーーーっっ!?」 「おーい、聞いてるか?」 「ふに!?」 「きゃあああ、ごめんなさいごめんなさいーーーっっ!」 「見てないよ! お尻とか見てないから! 上半身の筋肉とか見てないから! 湯煙ごしのヘブン状態とか思ってないからーーーっっ!!」 「ヘブン?」 「とにかくほんとにごめんねーーーーーっっっ!!!!」 「はぁっ、はぁっ、はぁぁぁぁ……っ」 「どーしたの、洗面所ですごい声だったけど?」 「きゃううう!? な、な、なんでもないよーっ!」 「はぁぁ……もう最低!」 「謝らなくっちゃ、明日謝らなくっちゃ! その前に仕事しなくっちゃ!!」 「えい、再生!」 「ふにゃああああ! いきなりアップでそんな!」 「うあー、無理、男の人のも丸出しになってるしー!」 「う、うううう………………(ちら)」 「うーーーー…………(ちらちら)」 「や、やっぱりこの仕事って厳しい……」 「はぁっ…………」 「…………こんなの見てたら、なんか」 「……………………うぅ」 「…………」 「お、思い出したりしないし! 別に佑斗くんのヌードなんて……」 「………………(もやもや)」 「うあああ、出てって、出てって、出てってーー!!」 「がっくり……」 「うう~、購買層の気持ちになって見るのは大事だっていうけど……」 「わかんないなぁ……どうして男の子ってこんなので興奮するんだろ」 「そのせいで非合法なものが流通して島のイメージも悪くなるし、佑斗くんのお風呂に出くわしちゃうし……!」 「………………はぁぁ…………男の子って謎」 「うぅぅ、また舐めてる……気持ちいいの? こんなのが気持ちいいの?」 「で、でもうっとりしてるってことは、そうなんだろうけど……でも……」 ──10分経過 「……はぁぁ」 「……………………」 「な、な、なんだろ、この血を吸われたときみたいな変な感じ……」 「はぁ、なんか困るなあ。これ仕事なのに……」 「佑斗くんも、こういうの見てエッチになるのかな……と、当然だよね、エッチになるためのビデオなんだし」 「でも、これってやっぱり自然なことじゃない気がするっ!」 「だって……ん、ん……こんなの見てたら、誰だって変な気分になるけど、でも……」 「でも、なーに?」 「……え!?」 「きゃああああ!!!!」 「な、なななん、なんで、なんでエリナちゃんが!?」 「なんでって言われても、さっきアズサの様子がおかしかったから心配で見に来たんだよ?」 「でもそっかぁ、まさかお一人様ご鑑賞タイムだったとはねー」 「え? ええ? ち、違うよ、これは仕事なの!!」 「くんくん……なんだかいい匂いがするけど?」 「ししし消臭ミストかな? ほ、ほら、森林浴の香りっていうのが出て……」 「にひひ、そういうことにしておいてあげるね♪」 「うぅぅーー、なんか楽しそうなんだけど?」 「だってアズサかわいいんだもん」 「!?!?」 「あ、もちろん変な趣味じゃないよ。純粋にそう思っただけ」 「またからかってる?」 「ちがうってば。真面目だなーって思って」 「こうやって予備知識を入れておくのも大事だよね。なんたってユートは吸血鬼なんだから、予習しとかないと太刀打ちできないよ」 「え? 吸血鬼って人間と違うもの?」 「もっちろん、人間を超越したパワーと精力とテクニックが吸血鬼のモットーだもん」 「そ、そうだったんだ!!」 「って! なんでそこで佑斗くんの名前が出てくるの!?」 「いいじゃん、バレバレなんだから隠さなくても」 「ばればれってなにが???」 「みんな知ってるってば。アズサがユートのこと気にしてることくらい」 「え、えええーー!? し、知らなかった……」 「その逆も脈ありそうだし。吸血鬼と人間の禁断の恋か……ちょっと憧れちゃうなあ」 「でも……なんか自信なくなってきたけど」 「大丈夫、だからエリナが助けにきたんじゃない。今こそ、おんなのこ勉強会のとき!!」 「勉強会?」 「そう、わからないことは、エリナ先生におまかせね♪」 「―――!?」 な、なんだろう……今、悪寒のようなものが……? 「でも別に頭痛も熱もないし……気のせいかな?」 「エリナちゃん、それじゃやっぱり吸血鬼さんって、その……ゼツリンってやつなの?」 「人間に比べるとそうみたい。血を吸うと、なおさらパワーアップして♪」 「うぅっ……怖い」 「怖い? ワクワクじゃなくて??」 「わくわくなんてしないよ。だってビデオであるんだよ、女の子がやめてって泣きそうなのに、男の人が全然やめてくれないの」 「あんなことされたらって思うと……はにゃぁぁぁ」 「まーった、そういう時は別の方法があるでしょ?」 「別の?」 「そう、フェラしてあげればいいの」 「ふぇ!? ふぇっふぇっふぇっふぇ!?」 「変な笑い声みたい」 「ちがうよー! ふぇ……って、あ、あの、あれでしょ? 咥えるやつ、だよね?」 「うん。さっきもジーッと見てたし、好きなんでしょ?」 「……え!?」 「す、好きっていうか! 好きっていうか…………」 「…………………………」 「ハッ!? そ、そんなのできるわけないよ!! プロの女優さんとかなら別だけど」 「なに言ってるの。それくらいレディの嗜みだよ?」 「ま、またからかってない?」 「本当だってば。男の子のココはほっといても張り詰めちゃうんだから、何もしてあげないなんて、浮気を公認するのと一緒だよ?」 「そ、そうだったんだーーー!!」 「というわけで、続きはビデオを見ながらね」 「あうぅぅ……押収品のチェックしてたはずなのに、なんでこんなことになってるんだろ。しかもそういうシーンだし」 「うーん、すごいね……これって完全にプロの技だよね」 「…………むー」 「どうしたの?」 「でも、いまいちわからないんだよね。ここって、もともとおしっこするところでしょ?」 「なのに、どんな気持ちであんなことしてるんだろうって……」 「そこがドキドキポイントなのにー」 「ええー? それ全然わかんない!」 「よく見て、この女の人の顔。嬉しそうでしょ?」 「こ、これはプロの女優さんだから……じゃなくて?」 「ちがうって、これは娯楽作品であると同時に、イトナミを題材にしたドキュメンタリーでもあるんだよ! だから売れるんじゃない」 「そ、そうだったんだ!!」 「とにかくアズサはまだ潔癖すぎるから、このありがたいビデオをもっと見て悟りを開くことだよ☆」 「今日のところはこれでおしまい。あとはがんばってねアズサ。スパコイナイ・ノーチ♪」 「あ、あ、あ……エリナちゃんっ!?」 「これが………………ドキュメンタリー?」 「確かにこれを見れば手順はわかるけど……あああ、あんなとこ触ってる!」 「こ……ここかな」 「んぁ? あ、あれ……?」 「ほんとだ……ここ……あ、あ……あ……」 「あ、でもだめだよ。これ、たぶんダメなやつだよ……はぁっ」 「はぁ……はぁぁ……はぁ……あ、あ、ダメ、ダメだよ……」 「──!!!」 「だ、誰か見ていたような……??」 「エリナちゃん、ひょっとして……いる?」 「………………」 「き……気のせいかな? うわっ、もうこんな時間!?」 「はぁぁ、顔洗ってこよ……佑斗くん、起こさないと」 「にひひ……」 「佑斗くん、そろそろ私も仮眠取るから交替……」 「~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!」 「こ、こここ、これは……これってもしかして!?!?!?」 「くかー」 「ね、ね、寝てる!? 寝てるのにどうして!?」 「こ、こ、これってつまり、エッチな状態ってことのはずなのに……どきどきどき!」 「あ、でもどっかで聞いたことある。男の子って寝起きはこうなっちゃうって!」 「くかー」 「でも寝てる!? 寝てるよ、ぜったい寝てる!」 「なのにどうして、どうしてこんな状態に……!? わ、わかんないけど、なんか……なんか……!」 「あ、あれを、口で……するんだよね? ビデオだとそうしてたよね? 女の子のたしなみなんだよね?」 「エリナちゃん! わ、わ、私……!」 「って、なに考えてんだろ、佑斗くんと私は恋人でもなんでもないのに!」 「ただの同僚だし、私は先輩だし! それに拳銃の先生でもあるんだし!」 「で、で、でも同僚とのえっちとか、先輩とのえっちとか、先生とのえっちとか、みんなビデオにあったけど……ごくっ!!」 「んぁ……梓?」 「きゃあああああ、ごめんなさいごめんなさい! なんにも見てないから! 起こしにきただけだからーーー!!」 「あ、ごめん、俺パンツだ」 「だだだだいじょうぶ、全然気にしてないからっっ!! パンツだったら私もはいてるし……!!」 「あわわわわ、今のナシ、今のナシっ! とっ、とにかく朝だから、ごめんねーーーっっ!!!」 「………………何だあれ?」 放課後の体育館──。 美羽が警護を代わってくれる時間を使って、俺はここで射撃の訓練をしている。 いつもは先生役の梓が今日は支部に呼ばれて不在だ。 「ま、今日のところはこんなものか」 的中率が7割を超えたのは、ここ数日のことだ。 我ながら、なかなかいい線だと思う。 「佑斗くん!」 「梓、見てくれよ。今日は的にほとんど……」 「はい!」 「ん? これは?」 「新しい銃が届いたんだ。開けてみて」 「新型銃? いや、これは梓と同じやつか……」 「これ、佑斗くんのだよ」 「俺の??」 「支部に申請したらもう届いたの。あとは携帯許可が下りるようにがんばろうね」 「これが俺の銃か……いま使ってみてもいいかな?」 「もちろん☆」 「んーーっ……今日は会心の出来だったな」 「やっぱり新しい銃がよかったのかな?」 「感謝してるよ。こいつにも、梓にも」 新しい銃での射撃はさらに的中率が上がって90%近く。 これがコンスタントに出せるようになれば、俺も仕事に銃を持って行けるんだろうが。 「そういえば、こないだは途中だったよね」 「なにが?」 「佑斗くんが銃を習いたかった理由」 「ああ、そうか……前に話しそびれたままだったな」 「……梓だよ」 「え?」 「いつだったかな……梓を見てたら、血を吸いたくて仕方なくなったんだ」 「──!?」 「前に吸った梓の血の味が忘れられなくてさ」 「佑斗くん、それって……」 「いや、深刻な話じゃないんだ。その衝動は理性で押さえつけられる程度のものだったから」 「……でも、仕事の時は別だろ?」 「…………!」 「毎回、仕事のたびに梓の血を飲んでたら、それこそ俺がヤバくなりそうだから」 「知らなかった。そんなことがあったなんて」 「照れくさいから隠してたんだ」 「確かに、それって怖いよね。特に佑斗くんは人間から吸血鬼になったばかりなんだし……」 「あれ、でもだったら銃なんか覚えなくても、私とのコンビを解消すれば……」 「それは嫌なんだ」 「え?」 いつからか血じゃなくなっていた。 血が欲しいんじゃない……俺は、単純に梓のことが気になって……。 「佑斗くん……」 その顔だ。 子供みたいな、大人みたいな、どっちともつかない梓の表情。 気づいたら俺は、そんな梓に惹かれていた。 人間と吸血鬼の間にいて、子供と大人の間にいるような梓に──。 「正直、ちょっと照れるな」 「それ、私の台詞だよ」 「言った者勝ち」 「あ、ずるい……」 それに……。 「………………」 俺に向けられる視線の熱さに、いつからか気づいてしまっていたから。 「あのさ、梓……」 「……?」 「なんか、柄じゃないっていうかさ……」 「え……?」 「ごめん……」 顔を寄せると、梓の甘い匂いが強くなる。 近くて遠い俺と梓の距離──その距離を縮めたいと急に思った。 白いうなじのように[き]肌[め]理が細かく、うなじよりも柔らかい梓の頬。 俺は、その頬に唇を当てて……。 「ちゅ」 「──!!!」 「………………」 「佑斗くん……いま、今、私にキスしたよ?」 「悪い、つい……」 「どうしてキスなの?」 「どうして……?」 どうしてキスをしたのだろう。 銃のお礼? そんなわけがあるか。 「わからない」 沈黙に耐えきれず、ついそう口走ってしまった。 しかし、正直なところ自分でもわからないのだ。 好きだから。だけじゃダメなのか? どうして俺は梓が好きなんだろう? 「──!?」 「寮のほうだ!!」 不意に空気を切り裂いた銃声を受け、俺と梓は急いで走り出した。 寮に着くまでに何回か銃声が響いた。 多少物騒なところのある海上都市でも、めったにないことだ。 「あの車……」 寮のすぐ近くの路上に、見慣れたワゴンが停まっている。 風紀班で移動の時に使う車輌だ……てことは!? 「はぁ、はぁ、佑斗くん……!」 「すまない、梓はあとから来てくれ」 「うん、気をつけて!」 「まだ[こいつ]銃は使えないもんな」 梓が吸血鬼のダッシュについてくることはできない。 俺は彼女を置いて、寮に駆け込んだ。 「おかえり、さっきの聞こえた?」 「ああ、それで――」 俺が安否を確認する前に、アンナさんが美羽に押されながら、無事な姿を現す。 「よかった……美羽、状況は?」 「それはこっちが聞きたいわ。近所で銃声がして、枡形主任に連絡を入れたところよ」 「そうか、[ここ]寮じゃなかったのか」 しかし気を抜いていいわけじゃない。 「外は?」 「《うち》風紀班のワゴン車が停まってたが、別に誰か動いているのかもしれない」 「主任は何も言っていなかったけど」 「状況がわかるまでは厳重警戒だな。美羽、アンナさんを駐車場に。俺は梓を呼んでくるよ」 「ええ、わかったわ」 「僕も一緒に行くよ」 「ああ、助かる」 とりあえずの対応を指示してから外に出ると、梓の周りに黒い装甲服を着た男たちの姿が見えた。 ……その中心にいるのは楓って子か? 「本当に、ここで吸血鬼を匿っていたんですね」 「な、なんのこと?」 「言えないならそれでいいです。魚が餌に食いつけば、それで充分ですから」 「おい、どういうことだ? あの銃声はお前たちだったのか?」 「はい。ジダーノが網にかかりました。何発か打ち込んだので捕獲も時間の問題です」 「本当か?」 「当然です、我々は風紀班のようにのんびりしていませんから」 「あとは仕上げですが、おそらく梓姫の出番はありませんので」 「待てよ、梓はな……」 「待って」 「か、楓ちゃん……その、ありがとう」 「……!?」 「いいのか、あんな風に言わせておいて」 「でも、これでアンナさんも無事に仕事に戻れるから」 「アンナ・レティクルか!?」 それまで黙っていた装甲服のひとりが声を荒げ、黒ずくめの男たちに動揺が走る。 「これだから布良の血縁は……」 「よくも、あの悪魔の警護なんてできますね。あいつがこれまでに何人の狩人を……」 「でも、この島にとって大切な人だよ」 「それに、これが俺たちの仕事だ」 「吸血鬼は黙っていろ。我々は……」 「楓姫、B班から緊急要請だ。苦戦しているらしい」 「あれだけ打ち込んだのにですか?」 「だめだ、切れた」 「急ぐぞ、布良の者なんぞ相手にする必要はない」 「……そうですね」 俺と梓を置いて、黒ずくめの狩人たちがワゴン車に乗り込む。 「……だいじょうぶかな」 「あいつらが心配なのか?」 梓が黙ってうなずく。 立場上は里を離れたことになっている梓だが、気持ちの問題は別だろう。 「ジダーノは強かったな」 「…………」 「佑斗、布良さん、いま主任から連絡があって……」 「ジダーノを追い詰めたんで出動命令か?」 「よくわかるわね。アンナ様の警護に1人残して来いって」 「あいつらの援護か」 おそらく、俺たちとは全く異なる方法で敵を追い詰めたのだろう。 「悔しいが今回は連中のお手柄だな、誰が行く?」 「私はいいわ。布良さん、佑斗、お願いね」 「いいのか?」 「構わないわ。私は心が狭いから、あんな奴らと一緒に仕事なんてできないの」 「美羽ちゃん……」 「奴はどこに?」 「二人がよく知っているところよ……月長学院に逃げ込んだわ」 「学院!?」 夜明け前の学院……さっきまで銃の訓練をしていた場所へ俺たちは戻ってきた。 「学校関係者の避難は完了しているみたいだな。中にいるのはジダーノと狩人だけか……」 「…………」 「肩の力抜けよ、今日の俺たちはあくまでもお手伝いだ」 「うん、でも……美羽ちゃんのためにも変なところは見せられないね」 「ああ、そうだな」 いつもの美羽はあんなわがままを言う奴じゃない。 今、梓が現場に行きたがっていることを察してくれたのだ。 「撃ってるな、急ごう」 「待って、佑斗くん。忘れてるよ……」 梓が襟元を広げて白いうなじを露出させる。 「相手は強いんだから、準備して行かないと」 「──!」 「どうしたの? 吸いたくない?」 「いや、仕事だからな」 梓の白い肌──。 こみ上げてきた強い誘惑を押さえ込んで、俺はやわらかい首筋に口をつける。 「大丈夫だよ、佑斗くん……」 吸い上げる。 血の味とともに、梓の声が優しく響く。 ああ、本当に大丈夫だ。今は俺の理性のほうが強い──。 「近いぞ、背後を頼む」 「任せて」 銃を抜いたまま、梓はぴったり俺の背後についてくる。 銃声が響いたのは少し先の教室からだ。 「ぐっ……う……!」 前方5m。教室の窓を突き破って、黒い人影が飛び出してきた。 勢いのまま廊下をごろごろと転がり、ぐったりと動かなくなる。 さっき楓の後ろにいた狩人のひとりだ。 「筋力の増強……」 「ジダーノか」 「うあああっ!!」 続けて悲鳴──。 それからまた机のぶつかる音と銃声が響く。 「相手は手負いなんだよな」 「気をつけて……3つ数えて突入」 「了解。梓のねむり玉で決めてくれ」 「うん!」 銃で撃たれても死なないことは、俺の身体で立証済みだ。 格闘だったら、少しは経験もある。 「アーッハハハハハハハァ!!」 教室の中から、甲高い男の笑い声が響く。 「お、押さえ込め!」 「無理無理、貴様ら人間の鈍足でなにをするつもりだ?」 「佑斗くん、突入!」 「了解!」 扉を開けると、見慣れたはずの教室が一変していた。 折り重なって倒れる男たち。その上に足をかけて、ジダーノが高笑いをしている。 「クハハハハ……取るに足らんなァ、これが狩人か?」 「距離を取れ! 早いぞ!」 「貴様らが遅いんだよ。ほら、どうした? それでこの私を狩ろうというのか?」 ジダーノが手にしているのは工事用のスコップだ。 そいつで狩人たちを人形のように薙ぎ倒していく。 「ぐあっ!」 「ハッハァ!! そんなことじゃ百年経ってもこの首は取れないぜ!」 「ぐわああっ!!」 「ジダーノ!」 「お……新手か?」 奴は俺を覚えていないのか。よし、人間だと思っているのなら──! 「邪魔だ!」 「こっちの台詞だ!!」 叫んで俺はジダーノに突進した。 はじめは、人間の脚力で──。 そして、間合いを詰めたところで……! 「くらえ……!」 「遅いぜ」 「なに!?」 「フハハハハ、匂いだよ。やはり貴様、《サッカー》吸血鬼か!」 「お前も吸血鬼だろう!」 「人間の走狗に身をやつしてご苦労なことだ。《ビッチ》売女の生き血でも恵んでもらっているのか?」 「黙れ!」 パンチが当たった……だが、浅い。 「ハッハァ、まだまだのろいな、今度は心臓を撃ち抜いてやろうか?」 覚えていたか。だが関係ない。 少しでもこいつにダメージを与えて、本命の梓を隠したい。 「丸腰でなにを言ってる」 「拳でも人間の胴体くらいは打ち抜けるぞ」 「同族ならどうだ!」 「ほう、当てたな。だが怖いのだろう風紀班! 腰が引けているぞ!」 「そら!」 「ぐっ!!」 なぎ払われたスコップを、拳ではじき返す。 「頑丈だな、もうひとつ!」 「うぐっ!」 くそ……痛い。 「こいつはどうだ?」 空を切るスコップを両手で受け止める。 激痛と衝撃が全身を駆け抜けた。こいつ──なんて馬鹿力だ! 「そらよ! くれてやる!」 スコップを離したジダーノが俺に蹴りをくらわし、反動で間合いをとって着地する。 「まだだ!」 「おっ! 来るか?」 攻守を入れ替えて、スコップの殴打を繰り出していく。 くそ、迅い──。 スコップの重さだけ、こっちが不利に思えてくる。 「ハァハァ! どうした風紀班?」 なんだこいつは。手負いのはずなのに異常に強い……! しかも前にあったときとは別人のように陽気だ。クスリでもキメているのか? 「伏せてっ!」 「──っ!!」 「うッ!」 当たった。 紫色のパウダーがジダーノの右腕ではじける。 顔面への直撃は防がれたか──。 「フン……そういう手か。命拾いしたな、坊や」 「待て……」 さっき狩人を投げ飛ばした窓を突き破って、ジダーノが廊下に転がり出る。 そのまま、足音もなく気配が消えた。 「はぁ……くそ……追うぞ」 「麻酔、効いてなかったよね?」 「たぶんクスリだ。まともにぶつかると危ないぞ」 梓の背後で楓がびっこを引いている。 机で足でも打ったようだ。 そして、その周囲に転がった黒服の男たち……さっき寮で梓を取り囲んでいた連中が全滅している。 「大丈夫か?」 「わっ、私は……吸血鬼なんかに!」 「元気があるなら仲間を介抱してやれ」 「なぜ来た。私は貴様の指図など……」 「俺も奴に借りがあるんだ」 「………………」 楓が歯をぎりっと噛む。 「弱らせていたんじゃないのか?」 「当てたはずだ、少なくとも3発は確認している。しかも通常の弾丸じゃない、鬼狩りの弾だ」 「鬼狩り? 銀の弾丸でも使うのか?」 「人間には無害だけど、吸血鬼には猛毒ってこと」 「ねむり玉の亜種みたいなものか。そいつが全く効いていない?」 「そういうことになるね」 「有効性は?」 「100%じゃないよ。簡単に言うと、吸血鬼の抵抗力を奪う成分と、毒素が一緒になってる弾だから」 「両方がうまく効果を発揮しないとダメってことか」 ジダーノはどちらかに耐性があるのか、あるいはラッキーなだけなのか。 いずれにしろ、相手の能力は想定以上。 その証拠に、救援のはずの狩人が打ちのめされて転がっている。 「方針を変えよう。確保は中止、追い込んで時間を稼ぐ」 「すぐに他のみんなも駆けつけてくるはずだもんね」 「梓姫……!」 「3人しかいないんだよ。無理はダメ」 「5分か10分てところか。さいわい地の利は俺たちにあるしな」 「追い込むなら、ある程度の広さがあったほうがいいよね」 「……そうだ!」 「学生食堂……?」 「ああ、ここにおびき寄せる。バリケードを作っておこう」 「そんな悠長なことを……」 「待って、ひとりじゃあいつに勝てないでしょ?」 「私はアナタと違います」 食堂を出て行こうとした楓を呼び止める梓。 しばし、無言で見つめあう。 「楓ちゃんは、吸血鬼をどうしたいの?」 「…………」 「……里を捨てた人にはわかりません。私の両親は吸血鬼に殺されたんです」 「…………」 「……私もそうだって聞いたよ」 「え……」 「………………」 「梓! 上だ!!」 「──あっ!?」 テーブルの木材が砕けて散る。 へし折れたパイプの切尖が、壁面に突き刺さる。 「しつこいぞ、風紀班」 「こっちの台詞だ!」 人間の常識を超えた反応速度だ。 「そらッ! 串刺しだ!」 紙一重。 吸血鬼になって日の浅い俺には、分の悪い勝負。 だが、俺には──。 「ちッ」 「大丈夫、佑斗くん!?」 「吸血鬼が、くたばれ!」 「残りは1人と2匹か……アッハハハ、ざまァないな、海上都市が誇る風紀班とやらが、このざまか」 「貴様の作戦も阻止されただろう」 「口の減らぬ小僧だ!」 ジダーノを捕まえることよりも、梓に怪我をさせないことを考えて動く。 片手に折れたパイプの脚。もう片手には厨房の鉈。 そいつが、縦横無尽に襲い掛かってくる。 こいつは半端なく強い、俺が梓を守らなくては。 「そこだ!」 「くッ!」 ──梓を守る! ふいに、その言葉が自分の中にしっくりとはまった。 「助かる!」 「だいじょうぶ!」 そうだ、俺が梓を守ろう。 守るというのは、単に危険から回避させるだけではない。 梓の仕事を果たさせることでもあるのだ。 「どうした疲れたか?」 「ふん、狗が……」 「それと、メス狗が2匹……ハッハァ! それならこれでどうだ!」 長テーブルの脚をつかんだジダーノが、そいつを振り回した。 そのまま、手を離す……そっちは!! 「──梓、伏せろ!」 「きゃあああっっ!!」 「貴様ァ!」 「フフ、急がないと死ぬぞ?」 「く……ッ!」 守れなかったのか! 歯を噛んで梓のところへ駆け寄ろうとしたとき──。 また、脳内にいつかの声がこだました。 能力か、ジダーノ、こいつの能力──!? ──RIOT!!!!! 「──!?」 いまの声──その直後! 「うっ、ぐあああああ……ッ!!」 突然の頭痛が俺を襲った。 身体が粉々になるような強烈な奴だ。 「梓……!」 視界がにじみ、像をなさない。 やめろ、梓を……! 「終わりだ……」 「佑斗くんっっ!!」 「うああああああッ!!!!」 「うぐ……ッ!!」 焼ける! 身体が焼ける!!! 切られたのか? RIOT!? なんだ!? 「梓、梓は──!?」 激痛と混乱のなか、にじむ視界をこらす。 「……」 「ぐ……ッ! またお前か……」 見えた、だが目の前にいるのはジダーノだ。 奴の手には、鉈!! 頭を締め付けていた頭痛が霧散した。 いまだ、動け──! 頼む、動け! 動けるはずだ! 「ぬぐ……ッ!」 机の下からの銃撃でジダーノがひるむ──楓か。 よし、立ち上がった。 あと少し……最後の力を出せればそれでいい。 ──人間の胴体くらいならぶち抜ける。 ジダーノの言葉が脳内を回る。俺は奴の背後から渾身の力で──。 「ああああああああああッッ!!!」 拳が大気を切り裂く。 背中から心臓──当たれ!! 「ぐ!?」 確かな手応え──宙を舞ったジダーノが壁に叩きつけられる。 踏ん張ったつもりが、俺の身体はくるりと回って地面に落ちた。 「あれ……?」 俺の右腕が、肩口からぶらんと垂れ下がっている。 まるで振り子のように、上着の布切れ一枚で吊られて、力なく……。 「佑斗くんっっっ!!!!」 切断──!? 傷だらけの梓が駆け寄ってくる。 吹き上がる鮮血の血だまりに俺は沈んでいた。 「俺はいい、ジダーノにとどめだ」 「は、はい!」 「はぁ、はぁ……油断したか……はぁ、やるな飼い犬」 「手を挙げて」 「いやだね……」 「うぐっ!!」 「ならいいです、すぐに眠くなるから」 「は、ハァ、ハハハァ……これは……こいつァヤバいな」 「え?」 窓ガラスを破ってジダーノが外に飛び出した。 「く……」 逃げられた……だが、手傷は負わせたか。 少なくとも、救援は成功だ……ざまあみろ。 「はぁ、はぁ、はぁっ……」 「佑斗くん!!」 「大丈夫、たいしたこと……いや、たいした怪我……かな、これって」 「手、手が……」 「くっつけとかないと、はぁ、はぁ、楓は?」 「大丈夫、気絶しているだけ」 「くそ、あいつの能力がわからないんだ……はぁ、はぁ、はぁ、RIOTってなんだ……はぁ、はぁぁ」 再び、ずきずきと頭痛が押し寄せてくる。 しかしそれはどこか自分の意識が解き放たれるような快楽でもある。 熱い、いや、暖かい。不思議な痛みだ。これが脳内麻薬って奴か……? 「佑斗くん、ごめんね、ごめんね……」 「ごめんはよせよ、梓はちゃんと仕事しただろ」 「でも、でも守れなかった……」 「守ってくれたから……はぁ、はぁ……生きてる」 「わ、私も、佑斗くんが……」 「じゃあ、いい相棒ってことだ……はぁ、はぁぁ……」 ──ぱむぱむ。 頭をなでたつもりだったが、右手は地面に落ちてる。 いつの間にか止血をすませた梓が、俺の顔を覗き込んできた。 「救急車呼んだから、あと少しだけ我慢だよ。だいじょうぶだから!」 「ああ……はぁ、はぁ、はぁ……」 「そのあいだに、血……吸って!」 「いいよ、もうすぐみんな来るだろ。それに、さすがに今は理性がきかないかもしれない」 「そんなのどうでもいいよ」 「よくない。前に話しただろう、俺は……」 「どっちが大事だと思ってるのっっ!!」 「……!」 「……めっ、だよ、佑斗くん……」 怒られた。 いい年して、同い年の女の子に思いっきり。 「命と引き換えにするようなことじゃないでしょ?」 「梓……」 梓の上半身が覆いかぶさってくる。 肌のぬくもりに包まれながら牙をあてがう……すぐに、血の味が口の中に広がった。 「はぁ……はぁ……佑斗くん」 「ん、ん……ッ……はぁ、はぁぁ……はぁ、はぁ……ぁ」 「大丈夫、佑斗くん? ねえ、佑斗くん……!」 「なんか眠い……」 「大丈夫だよ、そのままで……もっと吸って元気になろうね」 「血よりさ、相手してくれないかな……はぁ、はぁぁ、話してないと寝てしまいそうだ……」 眠ったら、もう目を覚まさないような恐怖──。 それをおそらく梓も感じている。 「うん、ええと、ええと……」 「はは、毎日話してるからネタないよな……はぁ、はぁぁ……」 「いつも話してないことだってあるから。あの、えっと胸のサイズとか……」 「興味あるな……あ、そういや俺もあったな……できたての話題……」 「なに?」 「キス……」 「え?」 「さっきの」 「い、いま、その話……!?」 「思いついたんだから仕方ないだろ……」 心に秘めていたものを、いまなら口に出せる。 そんな気がして、言葉があふれてくる。 「俺、はぁ、はぁ……どうしてキスしたのかって考えてたんだけどさ、やっぱり……」 「うん……」 「好きになったから……はぁ、はぁ、それしか、思いつかなかった」 荒い呼吸のあいだに、梓が息を呑むのがわかった。 「ど、どうして?」 「それが……はぁ、はぁ、わかんない……」 「ええ?」 「どうして……好きになったのか、はぁ、はぁっ……いまいち……はぁ、はぁ、絞りきれないんだが……候補は……」 「候補? ゆ、佑斗くん、無理して喋らなくていいから」 ああ、うわごとだと思われてるな。 ならちょうどいい。そのほうが話しやすい……。 「けどさ、好きになることに理由なんてないって言うけど、はぁ、はぁッ……なんかそういうの気持ち悪いだろ?」 「そ、そうかな?」 「そうだよ。だから、俺なりに内訳を考えてみたんだが……」 「内訳……?」 「はぁ、はぁ……ええと、見た目が20%だろ、これスタイルも入ってるから。胸はこのさい+5%補正で……はぁ、はぁ……」 「ああん、もう、はやく来ないかな……救急車」 「あと似たもの同士で15%。境遇とか、そんなの……はぁ、はぁ、梓だけだから……」 「佑斗くん……」 「それに……はぁ、はぁ、性格が20%だろ、それに銃の先生で+5%……」 「あとは、ええと……」 「……足しても100%にならないね」 「ほんとだ」 「残りは?」 「それがわからない……はぁ、はぁ……」 「ダメだよ!」 「はぁ、はぁ……?」 「わからないまま死んじゃうなんてダメだから……」 そう言って、梓の顔が近づいてくる。 「ん………………」 唇と唇が触れた。 血の臭いがふっと遠ざかり、梓の匂いが俺を包む。 「大丈夫だよ、佑斗くんはじっとしてれば大丈夫……」 「ん…………はぁ、はぁ……」 「すごかったよ……かっこよかったし」 「……はぁ…………はぁ……」 「それにね、私も…………佑斗くんのこと……」 やがて、俺の意識は暗闇に飲み込まれる。 「佑斗くん…………」 闇の中に梓の声──。 それは人を恐怖させる暗闇ではなく、俺たち吸血鬼にとっての寧らぎの闇だ。 「………………ZZ」 「佑斗くん…………寝ちゃった?」 「…………ZZZ……ZZZ……」 「…………あ、救急車。それとも増援が?」 「……ん……ZZZ……ZZZ……」 「よかった。助かるよ、すぐに病院だからね……佑斗くん……」 「ZZZ……病院……ZZZ…………」 「そう、病院」 「…………ううっ…………ZZZ……」 「そのまま寝てたら大丈夫だよ。もうすぐだから……」 「うう……ZZZ…………ううっ、扇先生のセクハラが……」 「ええっっ!? なに? なにそれ? なにそれ佑斗くんっ!?!?」 俺が目を覚ましたのは翌日の晩だった。 どうやら腕をつなぐ手術を受けていたらしく、吸血鬼仕様の強い麻酔で頭がクラクラしている。 「いやぁ、よかった。人間だったらショック死していたかもしれないね。吸血鬼の肉体に感謝するといいよ」 「そうですか……それはよかった」 「おや、なんだか釈然としないって顔をしているね?」 「あ、これは健康状態とは別のことで」 「僕への恋心なら隠す必要はないけど?」 「それは微塵も見当たりません」 「もう、相変わらずつれない素振りが上手いね。なら仕事の心配かな?」 「まあ、そんなとこです。この島に来てからえらく怪我するなと思って」 「獅子奮迅の大活躍──と言いたいところだけど、確かにちょっと多すぎるねえ」 「おかしいな、もともと蛮勇を奮うようなタイプじゃなかったはずなのに」 「ひょっとして悪魔にでも魅入られているのかな?」 「え?」 「フフフ……肉体の悪魔ならここにいるけどね」 「先生、今すぐ大部屋に移してください」 「軽い冗談だってば」 「そのもげた腕がつながるまでは絶対安静だよ。まあしばらくは療養することだね」 「安静って……」 奇跡的に感覚が戻りつつある右腕は包帯でぐるぐる巻きで、左腕には電極だの点滴のチューブだのがあちこち垂れ下がっている。 「無抵抗な患者を襲ったりは……」 「しないしない。僕は合意のセックス以外に興味はないからね」 「できれば異性に限定してください」 「え? 君は性転換したいの?」 「………………だーれーかー!」 元樹先生の地獄回診が終わって、昼食を済ませた頃に美羽が病室を訪れた。 「あら、元気そうね」 「右手がもげた以外は元気だよ」 「くすくす、支部じゃ不死身のルーキーって呼ばれているわ」 ありがたい話だが、絶対安静には違いない。 吸血鬼の再生能力がフル回転しているのか、身体がやけにだるく感じられる。 「で、今度は美羽が聴取役か?」 「いいえ、今日は続報を持ってきたの。ジダーノはおそらく島外に脱出したわ」 「本当か?」 「脱出というよりは撤退に近いわね。ほら」 美羽がオービスの写真を渡してきた。 トラックの運転席に座る、四十代くらいの男の写真だ。 「昨日島を出た運送会社のトラックよ。運転席の男性は今朝、開発地区の公園で縛られていたのを発見されたわ」 「変身能力?」 「ええ。島を抜けた人数の特定ができないけれど、トラックを奪ったのだから少人数ってことはなさそうね」 「はい、こっちは担架が荷台に運び込まれたという目撃情報──」 ベッドサイドのテーブルに、美羽が書類を何枚か重ねた。 地元の警察と風紀班の捜査報告書だ。俺の右腕をこんな風にした相手の痕跡に目を凝らす。 「複数あるな」 担架……ってことは、やはり手傷を負っているのか。 それとも、俺の攻撃が効いていた? 「ジダーノを逃がしたのは残念だったけれど、ひとまずは枡形主任も肩の荷が下りたみたい」 「偽装の可能性は?」 「ゼロじゃないわね……ひとまず、アンナ様には別の場所に移ってもらうことになったわ」 「増援に来た連中も、ジダーノを追って本土へ戻ったそうよ」 「狩……増援チームの死者は?」 「悪運の強い連中みたいね。多数の重傷者が今も[こ]病[こ]院で寝てるけど」 美羽が指で数字のゼロをつくってみせる。 「そういうわけで、ひとまず六連隊員はお手柄よ」 「そう思うことにするよ」 「そういえば、布良さんは?」 「いや、まだ見てないが?」 「おかしいな……絶対ここだと思ったのに」 「これでっ!」 「準備は──!」 「パーフェクトっ!!!」 「私物OK、日用品OK、着替えOK、手続き書類OK、服装、髪型……がさごそ……OKっ!」 「待ってて、佑斗くんっ!!」 「あら、布良さん。どこに行って……なんなのその荷物!?」 「あ、美羽ちゃん、お疲れさま!」 「……引越しでもするつもり?」 「引越しはしないけど、私しばらく学院休むから!」 「そ、そう……でも枡形主任の許可は?」 「だいじょうぶ!」 「わ、わかったわ……がんばってね」 「………………」 「くす……ま、楽しそうでいいけど」 「むー………………」 「うーん……」 「あの、布良梓さん?」 「はい、なんですか?」 「そこで見られていると、触診をしにくいんだけど」 「見ててくれていいよ」 「そんな、君の身体にあれこれするのに風情がないよ」 「だいじょうぶです、経過観察をしているだけですから!」 「そんなに心配するような容体じゃないよ? 寮でゆっくり帰りを待っててくれたらいいのに」 「でも、六連君は私のために怪我をしたんですから」 「同僚をかばった名誉の負傷なんだよね。だからといって、ただの職場仲間に過ぎない君が看病をする必要なんて」 「た、ただの職場仲間……」 「違うの?」 「あ! い、いえ、そうなんですけど!」 「でも、一応先輩ですから! それにまだ事件関係者が狙ってるかもしれないですし」 「そうかなぁ……まあ、六連君がいいって言うなら……」 「ぜひ頼む!」 「だいじょうぶ、任せて!」 「ああっ、いい終わる前に決めてしまった!」 「今日は僕が舌で[せい]清[しき]拭してあげようと思っていたのに」 「だめですよっ!! 六連君は絶対安静って言ったのは、先生じゃないですか」 「あぁ、こんなに心強いことはない」 「ううっ、僕の六連君が……」 「俺は先生のものじゃないですよ」 「僕の患者じゃないか! それなのに、診察室以外ではツーショットになれないなんて!」 荒ぶる扇先生から俺を守るように、梓が両手を広げて立ちはだかってくれる。 彼女の小さな肩が、こんなに頼もしく見えたことはないぞ。 「大丈夫だよ、変なことが起きないかちゃんと見てるから」 「退院までよろしくお願いします」 「はぁぁ、これじゃ予定してたプレイが……面会謝絶にしていい?」 『ダメです!』 かくして―― その間にアンナさんは寮を引き払い、狩人たちは姿を消し、一連の事件は島の外側に舞台を移した。 ジダーノにまた貸しができてしまったが、アンナさんを警護するという任務に関していえば、成功を収めたことになる。 俺は病床のまま、梓と一緒に主任から表彰状を渡された。 もっとも右手はいまだギプスで固定され、左手はチューブだらけなので、梓がかわりに受け取ってくれた。 梓は24時間──とはいかないまでも、面会可能な時間帯はずっと俺に張り付いてくれている。 「いいよ、無理して報告書読まないで、今は寝ていて」 「私がついてるから、大丈夫だよ」 点滴に入っている薬のせいでうつらうつらしていることも多かったが、それでも、寮の仲間が一緒にいるというのは気持ちが寧らぐ。 「寮の仲間?」 「え?」 「いや、なんでもない……あ、それから、ちょっとタイム」 「あ……う、うん、ごめんね」 「……………………」 「………………早く退院できないのかなぁ」 「ふはぁぁぁ~」 いかんせん不自由なのは両手が使えないことだ。 いまや、新聞も報告書も携帯も、梓がいないと確認すらできない。1人だったら確実にテレビ漬けの毎日になっていただろう。 しかし、そんな梓にも頼めないことがあるわけで。 「おーい、もういいよ」 「あ、で、でも、ちょっとそのへん散歩してくるからっ!」 「はは……そうだよな」 カテーテルから直接バックに出すとはいえ、トイレの時間はなるべく面会時間外にしないとな。 などと考えていたところに……。 「ごっきげんよー!」 「おわ?」 「すっかり元気みたいですね、六連先輩」 「ああ、ありがとう」 エリナのあとに、稲叢さん、ニコラ、大房さんと続いて病室に入ってくる。 学院帰りに顔を覗かせてくれたようだ。 「お手柄だったみたいだね、調子はどう?」 「《ヴァルハラ》黄泉から無事に舞い戻ってきたようだね。いい臨死体験ができたかな?」 「ニコラ……それにみんなも?」 「布良先輩を守ってくださったんですよね、ありがとうございます!」 「それに、吸血事件の犯人も追い出してくれたって聞きました。あ、これお見舞いです~」 フルーツの盛り合わせ。 今回の入院は本当に長引きそうだから、贈り物としては正しいな。 「ありがとう、捕まえられればベストだったんだけどなあ」 「吸血鬼捕獲クエストには次回挑戦だね」 「無理しないでゆっくり休んでくださいね。はい、お見舞いです」 「お、いい匂い」 「アレキサンド特製のキッシュです。お食事は大丈夫だって聞いたので」 「病院食ばっかりだから嬉しいよ」 「出でよ、我が眷属──アウラルネ!」 「花束は嬉しいが病室では静かにな」 「そ・れ・か・ら……はい、これを忘れちゃダメだよね♪」 「必需品…………? うわ!」 「なんだい、それは?」 「にひひ……男の子専用ドリームホール~♪」 「はい、じゃない。これは出しちゃダメだ!」 「あうぅ……本当に持って来たんだ」 「なんですか、これは? チョココロネみたいな形ですけど」 「なにって入院生活の必需品だよ」 「誰が使うんだ、誰が?」 切断されかけて包帯ぐるぐる巻きの右腕と、点滴のチューブだの電極だのががっちりつけられた左腕を差し出してみせる。 「大丈夫、そんなの看護婦さんをたらしこんだらいいんだよ♪ それなら手が使えなくても」 「エリナちゃぁぁぁーーーん!!!」 「あ、ご、ごめん! もっと適任がいたね」 「いいから持って帰ってーー!!」 「はぁ……みんな元気だな」 頼りになるボディーガードにみんなを任せて、俺はふたたびひと休み……。 吸血鬼の回復力が人間以上とはいえ、やっぱりまだ大勢と話すと疲れるな。 「はい?」 「いいかしら? 具合はどう?」 「ああ、ピンピンしてるよ」 「それはよかったわ。病室で若い性欲を持て余してるかと思ったから」 「まさかエリナみたいな見舞いを持って来たなんて言うなよ」 「ああ、なんとなく想像できちゃった。残念だけど、私からのプレゼントは色気のないものよ」 美羽がベッドサイドのテーブルに写真を載せた。 山の緑に2トンクラスのトラックが埋もれている。 「昨日、本土の山奥で乗り捨てられたトラックが発見されたわ」 「それからこっちが、昨日都内で防犯カメラにかかった画像」 二枚目の写真には、黒ずくめの男の姿。 「こいつは……!」 間違いない、前に倉庫で戦ったジダーノの仲間だ。確か梓の催眠弾を浴びた奴。 「本土に脱出したと見て、まず間違いなさそうね」 「あいつらが追っているのか?」 「でしょうね……ろくでもない連中だったわ」 「その後の調査の結果、アングラルートで、吸血鬼の長がお前たちの寮に監禁されているという情報が流れていたことがわかった」 「おそらくあの連中の仕業だろう。レティクル代表を餌にジダーノをおびき出したというわけだ」 「くっ……!」 「奴らは過激だ。おかげで島の吸血鬼たちがピリピリしている」 「みんなにも気をつけるように言っておきます」 「そうだな。しかし、今回はレティクル代表本人に出張ってもらわにゃなるまい……」 「あいつら、そんなことを!?」 「本当、どっちが敵だかわからないわね。それから……」 「まだ何かあるのか」 「布良さんの誕生日がもうすぐって知ってる?」 「え!?」 「ふっ……やっぱりね」 「経験不足じゃ許されないわよ。この仕事が面白いのはわかるけど、恋人のことくらいちゃんと把握してなさい」 「こ、恋人!?」 「違うとは言わせないわよ?」 「う……ぐ!」 びしっと美羽が指を差してくる。 絶句した俺の横で、心電図モニターの波形がみっともないくらいに波長を短くした。 ──俺が入院して、はや1週間が過ぎた。 「はい、あーん」 「あーん……もぐもぐ、うん、美味いよ」 「ほんと、よかったぁ」 「んむ、んむ……ん、確かにすごい美味いんだけど」 「なんでたこ焼き?」 「前に、病院食ばっかりだと飽きるって言ってたでしょ? だから、特別サービスだよ♪」 「あれ、変だったかな?」 「いや」 「それとも、お好みのほうがよかった?」 「たこ焼きで正解だと思う、美味いよ」 「ふふ、まだまだ焼けるからね」 あれから、俺は梓の手厚い看護を受けてみるみる回復していった。 数少ないレパートリーから手作り料理をしてくれるのは、大変ありがたい。 ありがたいのだが、ここ、本当に重症患者の病室なのか?? 「ふー、もう食えない。ごちそうさま」 「おそまつさまでした。あ、またお花増えてるね」 「稲叢さんからだな。なんだかんだ、みんな気にかけてくれてありがたいよ」 「昨日アレキサンドに顔出したんだけど、莉音ちゃんもひよ里ちゃんも、すごく心配してたよ」 「なんか怪我ばっかしてるからなぁ」 「私もどうなるかと思ったし。扇先生くらいだよ、落ち着いてたのは」 「あの人は別の意味で落ち着いてなかったけど」 「え?」 「いや……っと、ごめん」 目を通していた新聞を床に落としてしまう。 痛みはもうほとんど感じないのだが、両手が使えないというのは恐ろしく不自由だ。 「……んしょ」 たこ焼き機の片づけを後回しにした梓が、床に落ちた新聞を拾い上げる。 俺に背中を向けた格好で、無防備に前かがみになって。 「…………!」 パンツがモロに見えてるんだが。 これは、目の保養……じゃない! 入院生活には目の毒だ。ちょっと無防備すぎる。 でも、下手に注意するとまたプールの時みたいに、過剰に恥ずかしがらせてしまいそうだし。 うーむ、これは見て見ぬふりが一番いいのだろうか。だが、しかし。 「ジー……」 くっ、凝視してるじゃないか、どういうつもりだ俺は!? せめてチラリでいこう。そうだな、3秒に1秒くらいのペースなら偶然っぽい気がする。 1、2……3。 『──!?』 いきなり目が会ってしまった!!! 「あれ……あれ? わわ!?」 「ひょっとして、み、見えてた?」 「そ、それは……!」 「っていうか、見てた?」 「いや、その……ちょっと目にとまって」 梓がごめんねって言う前に、こっちから謝る。 「あ、ううん、謝らなくていいけど」 「え?」 「だって、私がうっかりしてただけだから……でも」 「ジー……」 「な、なに?」 「ぱんつで+何%とかってある?」 「え──!?」 「な、なんてね。私じゃ無理だよね。変なこと聞いちゃってごめん……あ、あはは」 「あ……」 朦朧とした意識の中で口走った、今にして思えば意味不明な告白がよみがえる。 やばい、顔が赤くなってきた。 「ごめん、本当はわざと見てた」 「ふに──!?」 「え? それってどういうこと? もしかして、私でそういう気持ちになってる?」 「おかしいか?」 好きな子のパンツを見たくなるのは当然。 でも、好きって言葉は、あの怪我の時からずっと封印されたままだ。 「ううん、ずっと入院してるんだから当然だと思う」 「ま、まあ、身動きできない怪我だしな」 「ごめんね、ちょっと不注意だったよね」 そういう意味じゃないんだ。 会話が微妙にかみ合わないのは、好きって言葉が抜け落ちているせいか。 「梓……」 「な、なに?」 「パンツで+何%ってことは、もうない」 「そ、そっか、ごめんね。なんか私……」 「あの時残ってた%な、キスで全部埋められてた」 「え!?」 空気が固まる。 なんかとんでもない後悔に似た動揺が、俺の体温を高くする。 「…………ん、なんていうか、続きは退院してから」 「佑斗くん……」 「………………………………」 「あ、あの……っ!! りんごでも剥くね。お見舞いのフルーツ、そろそろ食べたほうがいいし」 「あ、ああ、頼むよ」 くそう、童貞め! 俺の童貞力が強すぎて会話がグダグダじゃないか。 「えっと、包丁とお皿と……」 「……!」 真っ赤になった梓が、俺の股間にコップの乗ったトレイを乗せる。 不意打ちに、じわっと全身に疼くような感覚が広がっていき……。 どうする、まずいぞ。このままでは股間部のビフォーアフターが劇的なことに! 「あれ?」 ──なんということでしょう。股間のトレイがみるみる斜めになっていくではありませんか。 「???」 首かしげてる。そりゃ不思議だよな。ええい、鎮まれ、俺の本能!! この自由を封じられた入院生活ゆえに研ぎ澄まされた獣欲ときたら、血を吸いたい本能よりも強烈かもしれない。 「……あっ!?」 空回りした気合のせいか、トレイがビクンと跳ねてコップの水がこぼれてしまった。 「ごっ、ごめんね……こんなとこ置いて!」 「待った……うあ……!」 ──ふにっ。 ジンジンと痺れている股間に、ハンドタオルを持った梓の手が乗る。 そのとたん、背筋を軽い電流が駆け抜けた。 「あぁぁ、早くしないと染みになっちゃう」 「ん……」 やばい、すごい気持ちいいんだが。 「ちょっと待っててね」 ぎゅっぎゅっ、と押し付けられるかと思えば、今度はトントンと布団の上から叩かれる。 「ん……っ、く……!」 だめだ、これはさすがに最低だって。 そうわかってはいるんだが、いるんだが梓のこの手が……! 「んふ……ぅ」 「え? い、痛かった?」 「ぜんぜん、ぜんぜん痛くない」 「なんで2回言うの?」 また、ぎゅって押し付けられた。 「ん……」 「え? あ……!」 まずい、勝手に腰が動いてしまった。さすがに気づかれたか? 気づいてもらったほうがいいのだが、でも、気づかれたくない。 「えっと……あれ? こ、これって、あれ?」 梓の手が、俺の股間の硬さを確かめるように、布団のうえからすりすりと撫で付けてくる。 やがて全てを悟ったのか……。 「~~~~~~~~~~~~っ!!」 「そ、そうだよね……大丈夫、わかってるから」 「ご、ごめん」 「う、ううん。そういうのわかってるから、変な風に思ったりしないよ」 「わかってる?」 「その……苦しいんでしょ?」 苦しいっていうか、狂おしいっていうか。このニュアンスを正確に伝える術が、俺にはない。 ──ぽむぽむ。 「……っっ」 「こういうのは、さすがに経験がないからわかんないんだけど」 ──ぽむぽむ。 「え? ん、ん……!」 俺が梓の頭を撫でるときと同じ感じで、布団ごしの股間を撫でてくる。 「な、撫でてるだけなら、えっちにならないよね……?」 「あ、ああ……」 いや、嘘だ。なってる。なってるけど……。 ──ぽむぽむ。 「ん……」 すごく気持ちがよくて、止められない。 単純にオナニーとか射精とか、そういう気持ちよさとは違っていて。 確かに性的ではあるのだけど、同時に癒されてるような、そんな刺激──。 ──むぎゅ。 「んッ!」 「あ、い、痛かった?」 「だ、大丈夫……」 「撫でてればおさまるかな」 「ああ、たぶん」 んなわけあるか!! くぅぅっ……やはり自殺行為だった。これは拷問だ!! 「はぁぁ……っ」 「落ち着いた?」 「だいぶマシになったよ、ごめんな急に」 「い、いいんだよ。だって私のせいだと思うし……」 ううっ、急に梓の顔が眩しく見えてきた。 ドキドキする。これは、かなりの生殺しだ……。 「あのね、私ってけっこう潔癖なほうだったみたいで……」 ──ぽむぽむ。 「里の暮らしが長かったせいかな、あと神社とかいたし、だからこういうのってちょっと苦手で、だからその……」 ──ぽむぽむ。 「お、扇先生は?」 「今日はアンナさんの往診だって……」 「そ、そうなんだ……」 ──ぽむぽむ。 「あ、ごめん……もういいよね?」 「そ、そうだな。また変な風になっても困るし」 実際、変な状態は継続中なのであるが。 「横、座っていい?」 「え? あ、ああ……ちょうど飯も終わったところだし」 飯がなんだってんだ。舞い上がってるぞ、俺。 「あ、た、たこやき、やっぱ上手いな。作りなれてるだけのことはある」 「えへへ、よかった」 「次はお好みか? でもいいのか病室で」 「看護師さんに聞いたら、派手にやらなければいいって」 「そうか、それなら……」 「佑斗くん……やっと、二人になれたね」 「あ、梓……!?」 え? なんだ、この空気……? 「大怪我だったから当然だけど、ずーっと看護師さんや扇先生が来てたから」 「そうだよな、のんびりできるかと思ったら、意外に気の休まる時間がなかった」 「ふふ……私もようやく落ち着いた感じ」 気が休まる暇がなかったのは、ジダーノのせいでもある。 結局、俺はまた負けたのだろうか。 昨日今日仕事を始めた若僧が勝てる相手ではないのかもしれない。 しかし俺は腕一本と引き換えに、奴にどの程度のダメージを与えられたというのだろう。 「あ……」 「めっ! ダメだよ、お仕事の顔になってる」 「やべ、そうだよな。先生からも今はリフレッシュしろって言われてるのに」 「そういうこと」 「でも梓がいてくれて、ずいぶん休まってるよ」 「うん……」 おや、いつもみたいに照れないぞ。 「梓は疲れてるよな」 「…………」 「キツかったら無理しないで寮に……」 「ううん、そうじゃなくて……」 「すー、はー……」 深呼吸した梓が、俺を正面から見据える。 「%の続きなんだけど……やっぱり、今していい?」 「あ、ああ」 正直照れくさいんだが、梓にそう言われたら断れない。 「私もね、考えてみたの。佑斗くんを好きな理由」 「な……」 いや、ごまかすな。 梓の言葉を受け止めよう。 「……なにか、見つかった?」 「それが、ぜんぜん」 「おい!」 「でもね、佑斗くんってかっこいいんだよ」 「よせ、そんなの言われたこと……」 「ううん、そういう見た目じゃなくて…………私を守ろうとしてたとき」 「いつもの佑斗くんと、目がぜんぜん違ってた」 「野獣っぽく?」 「ううん、もっとかっこよかった」 「だから照れるって」 「ふふふ、さっきのお返し」 「梓……」 「なぁに、佑斗くん」 「──いや」 ううっ……直視に負けて目をそらしてしまった。 どうしてだ、相手は梓なのに。 「ねえ、目、つむってくれる?」 「……これでいいか?」 「うん……これじゃお礼にならないかもしれないけど」 ベッドのきしむ音がした。 梓の匂いが近づいてくるのがわかる。 「ん……」 息がかかった。それと同時に、体温とやわらかい感触──。 「ん、ん……!?」 目を開けると、至近距離に梓の顔があった。 「ん……ちゅ……」 そして俺たちの唇は、もっと近くで触れ合っている。 「ん……ん………………」 あの梓が、こんなこと……!? なかば夢を見ているような気持ちで、俺は梓の悩ましげな呼吸に意識を集中させる。 「ん……ちゅ、はぁ……っ」 ほんの数秒。 だが、その10倍以上の時間が過ぎたような感覚。 「ん……し、しちゃったね」 「したくなかった?」 「ううん、でも思ってたよりあっけなかった……あれ、佑斗くんのほうが驚いてる?」 「口にくるとは思わなかったから」 「え!? 最初はほっぺだったかな?」 「いや、そう決まってるわけでもないし……」 「………………嬉しかったけどさ」 顔が熱い。これ、普通に熱があるんじゃないのか? 「……くすくす、どうして佑斗くんのほうが照れてるんだろ、面白いね」 「梓はそんなことないのか?」 「そりゃ私も照れてるけど……でも、こういうのはちゃんとしておきたいから」 「ちゃんと?」 「うん、私まだ返事してないでしょ……ん」 「ちゅ……ん、ん…………き……」 二度目のキス。 つづいて、意識を失う直前に聞いた梓の言葉がリフレインする。 「ん……ぷは……」 「いま、好きって言った?」 「ああん、どうして確認するの!」 「ごめん、つい」 「ん……もう、ムード壊すの、めっ……だよ」 「なら、あらためて……」 「むー、なんか納得できないけど……ん……ん、ちゅ……」 「ん……んん、ん……ちゅぅぅ……」 唇だけのキス。 梓の吸った空気が、ちゅぅぅ……と音をたてて唇の隙間をくぐりぬける。 「ん、ん、ちゅぅぅ、ん、ちゅ……ん、ん……はぁっ」 唇を離す梓の手が、わずかに震えているのが感じられる。 「ん……ちゅ……んー、これ嫌じゃない?」 「ずっとこうしてたい……ん、ちゅ」 「ん、やっぱり」 「わかってた?」 「くすくす、だって佑斗くん、すごくしてほしそうな顔してるんだもん」 「どんな顔だ」 「その顔……ふふふっ、もっとキスしてって顔……ちゅ」 「し、してるかな?」 「してるよ、見ればわかるもん」 唇がかすかに触れ合う距離で普通に会話をしていると、それだけで心臓が痛いほど強い拍を刻み始める。 「ふふ、私も同じ顔してるかもね……ん、ちゅ……」 「似てるからなぁ」 「そうだね……ん、ちゅ、ちゅ……はぁぁ、これがキスなんだ。なんだか、楽しいね」 こんな風に梓の匂いに包まれていたら、もっと、もっと欲しくなってしまう。 俺の物欲しそうな顔は、たぶんキスだけではない。 「梓……」 「うん……ん、ちゅ、ちゅぅぅぅ」 血液を直接吸い上げるという行為が、いかに官能的であるかを再認識するように、唇を重ねる。 「ふふふ、たくさんキスしてる」 「ああ……ん、ん」 ちゅっ、ちゅっ……と唇の音と囁く声──。 「仲良しだもんね……私たち……ん、ちゅぅぅ」 「うん……ちゅ、ちゅ」 仲良しか……。 そんな言葉で形容された記憶は一度もないが、言われてみれば確かに俺たちは仲良しかもしれない。 「でも、仲良しの女の子とキスするのって、逆にエロくないか」 「あ、そんな風に考えるほうがエッチだよ?」 「でも、そうかも……ん、ちゅ、ちゅ……ん、ん……ふぅぅ……ン」 梓の匂いに包まれながら、俺の鼓動が次第に速くなっていく。 どこまでが吸血鬼の本能で、どこからが恋愛感情なのかまるでわからない。 「ん、ん……ちゅ、ちゅ、んん……ちゅ……」 吸血鬼と恋愛をしてたら、きっとこんなに混乱せずにすんだのかもしれない。 「ん、れろっ……」 「ん、ちゅる…………ひんっ!?」 「い、いま……舌……入れた?」 「ごめん……」 あまりエロい空気になるもんだから、焦ってしまった。 しばらく口元を押さえていた梓は、やがておずおずと屈みこんでくる。 「びっくりした……佑斗くん、オトナだね……」 「梓は?」 「わ、私もオトナだから平気だもん……」 深呼吸をした梓がおずおずと唇を開いて、赤く色づいた舌先をのぞかせる。 「ん、ちゅ……れる……えるれるれる……」 舌先が触れると、あっという間に唾液とともに馴染んでしまう。 「はぁぁ……ん、れる、ちゅ、れるれる……ん、んん……はぁ、はぁ、はぁっ」 「あ、あ……れるれる……はあ、はぁぁ……」 なんだこれ? さっきと全然違う。 舌と舌を擦り合わせてるだけなのに、まるで、なんかまるで本当に愛撫してるみたいだ。 「んふ……れるれる、ちゅ、れる……れろれろれろ……はぁぁ、佑斗くん、舌やわらかいね」 「梓のは熱い……ん、れろれろ……」 「はンッ……んんーーッ……はぁ、れる、じゅるる……はぁぁ、私たち、すごいことしてるよ……」 「ん、ん、んっ……なんか不思議だな」 「すごくドキドキするね」 「ん、れるれる……」 「ああん、エッチ……ん、ちゅ、めっ、そんなに暴れないで……れるれる」 「梓だってエロいよ」 「だって、エッチなキスだもん……れるれる……舐めるのってドキドキするね……」 「ああ、気持ちいいよ……」 「うん、私も……れるれる、それに、じゅるっ……佑斗くんの気持ちがよくわかるの……れるれる」 「俺の……?」 「いま、なにしたいかとか……ん、れる」 「当ててみて」 「んふ……じゅるっ、いいよ……今はね…………んー、れろれろれろれろれろれるれるれるれるれる……」 「!? ん、んーーー!!」 「れるっ、れるっ、れるっ……ちゅ、れるれる……こうかな?」 「はぁ、はぁ……」 「どう? 当たってた?」 「ああ、まいった……俺なんか、ボーっとしてきた」 舌と舌、唾液が糸を引いて、俺と梓の間で泡を立てる。 「れるれるれる、ん、んん……れるれる……はぁ、はぁぁ……私も、でも止まらないの……」 「すごい、襲われてるみたい」 「だって佑斗くんのこと好きだもん……れるれるれる……」 梓の言葉に、ますます力が抜けていく。 俺の理性はもはや、ピンクがかった霧の中だ……。 「みんなの前じゃ恥ずかしくて言えないけど、れるれる……今なら誰も聞いてないから……ちゅ、ちゅっ☆」 「ああ、もっと言って」 「うん、好き、好き、好きだよ……佑斗くん、大好き……れるれる、好き……好き……れるれるれる……」 「そんなに好きって言われたの初めてだ」 「私が最初なんだ……嬉しいな……ん、ちゅ、ちゅ……れるれる……」 梓が俺に対して独占欲を向けてくる。 そんな風に思ったとたん、あっけなく理性の糸が切れてしまった。 「梓……!」 「んむ……っ!?」 「ん、んーーーーっ!」 背筋を使って顔を前に突き出して、梓の唇を吸い上げる。 両手の使えない俺にできる、最大の求愛行動。 「んうっ、んふっ、んじゅる……ん、んぐ、んぐ……じゅるる……」 「ん、ん、んん……じゅるるるる」 「んふ……ん、んふーー、んふーーーーっ……ん、ん、んーーーッ!」 鼻息を荒くした梓が、俺の身体にしがみついてきた。 「はぁ、はぁっ、んむ……ん、ん、ちゅ、ちゅ、んじゅる……ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅ……」 「ぷは、ゆーとくん……ん、んちゅ、ん、んーーーっ」 無意識だろうか、胸にあてがわれた梓の指先が、円を描いて俺の乳首を刺激する。 「ん、んふーーっ……ん、んーーっ……んんっ……やだ、よだれ出ちゃう……」 「いいよ、飲ませて」 「うそ……だめ……ん、んじゅるる……ん、じゅる……ちゅ、じゅるる……んふーーーっ……んーーっ」 「んぐっ、じゅる……んぐ……」 暖かい液体が口腔に広がり、喉から落ちていく。 梓の唾液……梓の匂いのする液体が俺の中に入ってくる。 「んんん……ぷはぁぁ、ごめんね、出てきちゃう……はむ、ん、じゅる……んじゅるる……」 「俺のも……ん」 「うん……ん、ちゅぅぅぅ、じゅるる……ん、ごくっ……ん、ふぅぅ……ん、ごくっ……んじゅるるる……」 「はぁぁ……すごい……すごいことしてる……ん、じゅるる……」 大人のキスに俺も梓も夢中になっていた。 このまま、恋愛のキスの領域をまたいてしまいそうになるのを必死でこらえている。 「唾飲むの、すごく変……ん、んーーっ……こんなことして……ん、ちゅぅぅ」 「でも、なんか早く治りそう」 「本当? じゃあ、もっと飲んで……んぐ、もぐ、じゅるるる……ん、じゅる……ぷは……」 「はあぁぁ……れるれるれる、れろっ、れろっ、れろっ……ん、はぁぁ……」 俺に唾液を飲ませた梓が、また舌をペロペロと舐め始める。 「はぁ、はぁ、れるれるれる……信じられない、ファーストキスでこんなことしてる……れる、れるれる」 「俺も……梓とこんなこと」 「うぁぁ……だめ、それ、んんッ……!」 梓の小さな肩がブルルッと震える。 「はぁぁ……キスってこんなにエッチなの……? ん、じゅるる……ん、ちゅ、ちゅ……ちゅ、ちゅぅぅ……」 「血を吸われるのとどっちが感じる?」 「わかんない……ちゅーかも………………」 「じゃあ、続き……ん、れるれる……」 「れるれる……んん、待って、いま唾溜めてるから……ん、ちゅ、ちゅ、れるれる……ちゅっ、ちゅっ」 そこまで正直に言わなくていいのに。 「ん、んン……いいよ、もっとちゅーするね。ん、ちゅ、ちゅぅぅぅ……」 「ん、じゅる……ごくっ……」 「はぁぁ……もっとしていい? んん……んじゅる、んじゅるるる……ちゅ、ちゅーーっ、ん、ちゅ、ちゅ……ちゅぅぅ」 「じゅるる、ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅぅ……ん、じゅるるる……」 お互いに必死で唾液をすすりあう。 うわ……梓の手、本気で刺激してきてるんじゃないか? 「ん、んーーっ、んじゅるる……んふ、んむ、んむ……んじゅうるる」 あ、あ、これはヤバい……!! 「んんーーっ!」 「ちゅー、ちゅちゅちゅ……あれ、え!?」 「あ、こ、こいつは……」 当然の結果と言うべきか、仰向けになった俺の股間には、傍目でもくっきりわかるほどのテントが張られていて。 「ジー……」 なんか凝視されてるんだが! 「ご、ごめんね…………は、恥ずかしいよね?」 「いいよ、ファーストキスで謝るなって」 「でも……だって……これって……」 「生理現象」 「そ、そういうものなの? あ、あ、びくんびくんしてる」 ううっ、むしろその実況が恥ずかしい。 「……好きな子とキスしたらこうなって当然だから」 「え……!?」 「………………」 聞き返されても、2度は言えない。 視線をそらした俺の股間で、ペニスだけがものすごく自己主張を強めている。 「あ……あの、佑斗くん……?」 「えと、あの、私もこういうのは初めてだからよくわからないんだけど」 「……好きで、キスしたら、恋人なのかな?」 「ま、また照れくさいことを」 「でも、それでいいと思う?」 「俺はとっくにそのつもりだけど?」 「そっか、佑斗くん……」 「わかった……ごくっ」 「梓?」 ごくりと、梓が唾を飲む。 「じゃあ、恋人の私が責任をとってあげないとね……」 布団を剥ぎ取った梓が、ベッドの上で四つんばいになった。 「ごくっ……」 パジャマの前を膨らませた俺の股間に顔を近づけてくる。 腰に両手を乗せられただけで、ペニスがヒクンと反応した。 「す、すごいね……」 「い、いいのか本当に?」 「こんなこと、恋人じゃなかったら頼めないでしょ?」 「だから、私がするのが自然だと思うし……ご、ごくっ」 ひくん、と股間が反応する。 「……私が処理してあげる」 「あ、梓……」 またしても、ひくん、ひくん……。 「これが男の子……脈打ってる……」 「無理するなよ」 「だ、大丈夫だよっ。これだってキスの亜流みたいなものだし」 「亜流?」 「いいの。とにかく……さっきのキスのところまで気持ちを戻して」 「私も……戻すから……」 「ん……」 「佑斗くん……楽にしててね……」 膨らんだパンツの上から、梓の小さな手がペニスの形をなぞってくる。 「あ……すごい……」 「なんか、恐縮です」 「う、ううん……ぜんぜん気にしないで。私ね、じかに男の子のここは見るの初めてなんだ」 そりゃそうだろう。これで●本目なんて言われたら世界が信じられなくなりそうだ。 「映像じゃ山ほど見せられたけどな」 「あぅぅ……でも、あれも勉強になったと思うから」 「本当に、教材になったってことか」 「くすくす……そうだね、でも仕事を生活に役立てるのは悪いことじゃないよ」 「お、優等生発言」 「だ、だって優等生だもん……」 そこで会話が途切れた。 梓はあらためて、小さく深呼吸をすると。 「えっと……じゃあ、拝見します……」 かしこまった口調になって、俺のパンツをぐいっと引き下げた。 「あ……!」 「ん……!」 「きゃ! わ……うわ……! す、すごいね……本当すごいよ、これ!」 「リアルにお恥ずかしい……」 梓の顔のすぐ前で、俺のペニスがまっすぐ天を向いている。 興奮するというよりは、いたたまれなくなってくるような眺めだ。 「佑斗くんの、大きいんだね……」 「くれぐれも、無理はするなよ」 「平気だよ。ビデオほど大きく……あっ、なんでもない!」 「ううっ、傷口が……」 「うそうそ、佑斗くんのかっこいいよ。大っきくて、ほら、とっても元気!」 「だから無理するなって」 「あ、うん……でも、けっこう本音……」 「私が胸ないから……佑斗くんのも小さかったらよかったのにな、なんて思ってたけど」 「それはなんか逆に悪かった」 「気にしないでいいよ。これが佑斗くんなんだから……ふーむ、じろじろ」 ペニスをジーッと見た梓が、今度は俺の顔をジーッと見る。 「ふぅん…………ふむふむ……ふーん……♪」 「顔と見比べるなって」 「えへへ、だってなんか信じられなくて。それじゃあ触るね……」 「あ、その前に!」 「えっと、こんにちは」 ペニスに向かって梓が小さくお辞儀をする。 「初対面だし、一応……ね」 ううっ、意味がわからん。でも逆の立場になったら俺も挨拶してやる。 「あ、でも俺風呂に……」 「大丈夫、今日は私が[せい]清[しき]拭してあげる……」 「準備してきたの?」 「タオルとポットがあるから大丈夫。ちゃんと綺麗にするからね」 「はぁ……っ、こんなものかな?」 「な、なんか、別の意味ですごく気持ちよかった……」 「和んじゃった?」 「そう見える?」 「み、見えないね……すごく元気になってるし……はぁぁ、すごいなぁ」 「それじゃ、えっと……ん、んっ」 ペニスの根元に梓の両手がからみつく。 「あぁぁ……硬ぁい…………って、ビデオの女の人が言ってたけど本当だね」 「ここで引用?」 「ごめんごめん、雰囲気出ないよね……やっぱり恥ずかしくて……つい、ね」 「ん……でも、ちゃんと真面目にできるから……」 しばらくキョロキョロしていた梓の両手に、また力がこもる。 「こうやって手でしごくんだよね……ん、ん……んっ」 「あ……」 「確かこんな感じだったと思うけど、気持ちよくない?」 「い、いや」 「じゃあ、いいの?」 ──しゅっしゅっしゅっ。 「……………………」 「あ、言うの恥ずかしい?」 「…………!」 「くすっ……そうなんだ。ふふ、大丈夫だよ、私しかいないから」 「それに、言わなくてもなんとなくわかるみたい。不思議だよね」 本当のことを言えば絶妙だ。 梓のいい匂いが鼻先をくすぐる。血を吸うときと一緒の匂い……。 「じゃあ、キスします……」 「ん……ちゅ」 「くッ……!」 ──びくんっ! ペニスが跳ねる。 「大丈夫?」 「あ、ああ……」 「ん、ちゅ……はぁぁ、おち●ちんとキスしたの初めてだよ」 「それは当然です」 「あ、あはは……それもそっか、なんか変なこと言ってるね」 「んー、ちゅ、ちゅ……ちゅ……唇より硬いね」 「そ、そりゃ……ん、んっ……」 俺の腰に力が入るたびに、梓の手の中でペニスが踊る。 「うわぁ、すごい……ちゅ、ちゅ、男の子って大変だね」 「な、なにが?」 「だって、さっきみたいにすぐにバレちゃうでしょ? わかりやすいっていうか」 「女は隠せる?」 「う、うん……だって、見えないもん……ちゅぅぅ」 ペニスを握ったまま梓がもじもじと腰をゆする。 突き出された制服のお尻が揺れる姿は、ちょっとかなり相当エロい。 「それもそうか、濡れるだけだもんな」 「あっ! ば、ばか……ん、ちゅ、ちゅ……」 「……?」 「違うの、いまの言い方がちょっと露骨だったから……ん、ちゅ、ちゅ……それだけ……」 「それだけ?」 「………………そ、そうだよ」 「………………」 「………………」 「ジー………………」 「……………………(かぁぁぁぁ)」 「わーーーー!! わぁぁーーーーーーーー!!!」 「なんでもない、なんでもないってば! なんでもないの!」 「なにが?」 「だからなんでもないよー!! なんでもないから!!」 ………………わかりやすい奴。 「あ……佑斗くんのもまた滲んできた……」 佑斗くんの『も』については、野暮な詮索をしないでおこう。 「うわ、なんかすごい出てくる」 「え? これって自分でも驚くくらい?」 「うん」 「不思議……どうしてこうなるのかな? ん、ちゅ、ちゅ……」 「いや、俺の意思じゃないから。梓だってそうだろ?」 「う、うん……それは……って、なんの話!?!?」 「いや別に」 「うぅぅ……なんかやな感じ……ん、ちゅ、ちゅ……」 「でもキスはしてくれるんだな」 「うん、好きだもん」 ──ひくん! 「ん、ちゅ、ふふふ……佑斗くん、顔色が変わったよ」 「今のは卑怯」 「くすくす……ごめんね。じゃあ、ちょっと待ってて……」 「んぁ……はむっ……ん、んんーー」 梓がペニスの先端を、ぱくっと口に含んだ。 それだけで、俺の全身が弓なりになってしまう。 「んー、やっぱり気持ちいいんだ……ん、はむ、んんむ……」 「ん、んーーーッ!」 「んん、ん、んむ、ちゅっ、ちゅばっ……ちゅばちゅばちゅば……ちゅぅぅ……」 すごい、なんだこれ? 全身の筋肉が痙攣を起こしたみたいに突っ張っている。 これがフェラチオ!? 現実ってすげえな。 「ん、ちゅ、ちゅ、れるれる……はふぁ、こんな味なんだ……ん、じゅるり……んじゅる……」 「ど、どこでそんな技術を」 「やだな、仕事で何度も見てれば覚えるよ……んー、れろれろれろ」 「やっぱり教材か、う、うっ……」 「はぁむ……こんなの覚えるために風紀班に入ったわけじゃないんだけどなぁ……れも、佑斗くんが気持ちいいならいいけど……ちゅば、ちゅば」 「あ、ああ……もう本当に気持ちいい」 「れろれろれろ……らったら、よかった。はむ、んむ、れるれるれる……はぁぁ、すごいエッチな匂いしてきてる……」 「さっき綺麗にしたのに」 「はぁぁ……もうトロトロになってるもん……ん、じゅるる、ちゅばっ」 DVDの影響なのか、梓の言葉のチョイスも微妙にエロくなってる気がする。 「あ、あ……抵抗ないのか?」 「全然平気、私はマイペースにしてるから気にしないで。佑斗くんは気持ちよくなったら、ちゃんとビデオみたいに『出る』って言うんだよ」 「で、出る?」 「うん……ふふ、それでいいの……ん、はむ、ん、んーーっ、ちゅばちゅば、れるれるれる……」 「はぁ、はぁ……なんか出そう」 「いいよ、出しちゃっても……」 「え? 飲んでくれるの?」 「うん、佑斗くんがよければ、やれると思う……ん、ちゅ、ちゅぶぶ」 「おしっこと同じところでも?」 「ん……くんくん……でも変なにおいもしないし、これくらい大丈夫」 「それに、佑斗くんだってしてほしいんでしょお?」 また、絶句した俺のかわりにヒクンと股間が震える。 「んー、ちゅぱちゅぱちゅぱっ……あはは、可愛い」 「かなり凶暴になってる気がするんだが」 「だって跳ねてるよ、ほら……ん、れるれるれる……ちゅ、ちゅぱっ、ちゅぱっ……ね、ほら……?」 俺の意思なんてお構いなしに、梓の言うことをきいてペニスが跳ねる。 ううっ、梓のいいようにペニスを弄ばれている気分だ。 「ちゅ、じゅるる……はぁむ……んむ、ちゅ、ちゅ……あ、そうだ手もするんだったよね?」 「そ、そう……」 「はむむ……んーっ、ん、ん、ん、ん……んじゅるる……」 ペニスを押さえつけていた両手が上下に動き始め、次々に送り込まれてくる刺激が俺を射精の崖っぷちに追い詰める。 「う、うっ……なんか、ち●こ舐められながら日常会話してるのがエロすぎるんだが」 「ええ? えっちな会話するほうがえっちでしょ?」 「そうかな?」 「あ……んー、そう言われれば、そうかも……あ、あはは、もう、変なことばっかり考えたらダメだよ……ん、れるれるれる……ちゅぅぅ……ちゅぱっ」 ち●こ舐められながら、変なことを考えずにすむヤツがいるのだろうか。 「んー、他にはどうしたらいいのかな」 「そのまましゃぶってくれたら……」 「おしゃぶりしてるだけでいいの?」 「ああ、すごく感じるし……頼むよ」 「くすっ……はぁい……ん、んむ、れるれるれる、ちゅ、ちゅ、ちゅぶ、んむんむ……ちゅぅぅ、れるれるれる、んぶ、んぶぶ……」 俺のリクエストどおり、梓が舌先と両手の運動に集中する。 「はむむ……んじゅる……ん、ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅ……れるれるれる、んじゅる、ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅ……んぶぶっ、ちゅばっ……」 ああ……つくづく可愛いな。 こんな子にペニスをしゃぶられてるなんて、マジで信じられない。 「はむむ……ン、ちゅばちゅばちゅば、ちゅばばっ……んーーっ、じゅるる、ちゅばっ、ちゅばっ、ずびびびっ……あ、やだ……変な音出ちゃうよ」 「ん、ンッ……そのほうがいいかも」 「えぇ? 変な音のほうが興奮するの?」 「ん……」 「そのほうが、ここも感じちゃう?」 「ああ、感じる……」 「ふふっ、了解しました。それじゃ……じゅるる……ずちゅぅぅぅ、じゅるるっ、じゅぱっ、じゅぱっ、じゅぱっ……」 「あ、あ、あ……はぁぁ……」 「じゅるるるるっ、こ、こんな音かな? こんな音がいいの? ん、はぁぁ……んじゅるる……じゅびっ、ずびっ、ずびびっ……!」 「あぁぁ、私すごいエッチなことしてるね……んじゅるる、ずちゅぅぅぅぅ……んじゅるる……ずびびっ……」 「ん、んっ……」 「はぁはぁ、ちゅばちゅばちゅば……はぁぁ、ん、んん……ずびびっ、じゅびびびっ……ん、じゅるるるっ……ちゅぅぅ」 音を立ててペニスを吸い上げながら、梓がどんどん自分の世界に入っていく。 「はぁ、はぁ、はぁ……はぁぁ、すごい、本物すごいよ……ん、じゅる、じゅるるる……」 「んぁ、んむ、んむむ……はぁぁン……んじゅる、ちゅぅぅ、じゅぽっじゅぽっ……くぽ、くぽ、くぽっ……はぁ、これ好き……んんン」 「はぁぁ、本物だ……んんン、ちゅぱちゅぱちゅぱ……本物の……んじゅるる……はぁぁ、本物すごい……」 「そんなにすごい?」 「ふに? あ、あ、ええええ!? なに、いきなり!?」 「さっきから、すごいすごいって」 「い、言ってないよ!! わ、わ、まさか……声に出てたとか!?」 「思いっきり言ってたな」 「あうぅぅぅ……そ、それは幻聴かも?」 「照れなくてもいいよ、梓も楽しんでくれたほうが俺は嬉しいし」 「ふにぃ」 「それに、けっこう興味あったんだ」 「で、でも引いてない?」 「コレ見てそう思うか?」 「あ……も、もうエッチ」 「お互いさま」 「うぅ……知らないよ……ん、はむ……」 「ちゅば、ちゅば……ん、ちゅぶぶ……んふ……ンン……はぁぁ」 「あ、すごいエロい顔」 「らってすごいんだもん……ん、じゅるる……」 「あ、違うよ。コレがすごいんじゃなくて、おち●ちん舐めてるのがすごいって思っただけで……はぁぁ」 「すごいの……熱くて、硬くて……トロトロになってて、本当に、エッチだよぉ……」 「梓の顔も蕩けててエロいぞ」 「だってぇ……すごいエッチなんだもん……れるれるれる……んはぁぁ……ん、ちゅぅぅ……ん、じゅるる……」 ううっ、想定外の刺激だ。梓がこんな顔になるなんて……。 もっと見ていたいが、どうやらすぐに限界を迎えてしまいそうだ。 「はぁ、はぁ、あ、梓も……」 「はぁぁ、やだなぁ……んじゅるる、そんなにエッチな顔になってるの?」 「顔もそうだけど、ち●こ咥えてるときの梓ってお尻がくねくねしてて、それ、すっごいエロい」 「し、知らないよぉ、そんなの……んじゅるる……ちゅぱちゅぱ、ちゅばっ、ちゅぽっ……」 最初はそうでもなかったのだが、気づけば梓は自分でお尻を振りながらペニスにむしゃぶりついている。 「はぁぁ、んむ、ちゅ、ちゅぅぅ……れるれる、はぁぁ、おっきぃ……」 まるで、こっちも刺激してって催促しているような、お尻の動きから目が離せない。 「ん、ンッ……んんーーっ、じゅるる……ああん、やだ、意識しちゃって上手くできなくなってきた」 「隠そうとするからじゃないか?」 「ちゅるる……逆に見せたほうがいいってこと? え……ん……こ、こんなの?」 月長学院のスカートが、くいっくいっと左右に揺れる。 「あ……うん、すごい可愛い」 「きゃん、ここ跳ねたよ……はぁぁ、男の子ってよくわかんない」 「れも、すごく興奮してくれてる……んちゅ、んちゅ、んぷぷっ……」 梓の舌音に合わせてスカートのフリルが揺れ、腰がクイクイ上下に動く。 「さっきからね、とくん、とくん……って、いっぱい出てきてるよ、えっちなおつゆ……ん、ちゅ、ちゅぅぅぅ……」 ペニスをしごく両手から、にちっ、にちっ、と粘液の音が聞こえ始める。 「んんーン……粘っこくてえっち……ん、ちゅ、ちゅぅぅ、じゅるる……」 俺のカウパーと梓の唾液がミックスされて、手の中で音を立てているのだ。 「はぁぁ……おしっこのところなのに……ん、じゅるる……ぜんぜん汚くない……ん、じゅるる……ちゅぅぅ」 「それって、美味しい?」 「あ、そういうこと言ってほしいの?」 「んぐ……!」 「くすくす……男の子ってやっぱりエッチ……ん、じゅるる……ん、ちゅ、ちゅ……ぷは……ん、ちゅ……」 梓が頭を振るたびに、黒髪がサラッと垂れ落ちてペニスの先端に張り付くのが見える。 「はむ……じゅる、ねえ、佑斗くん、ゆーとくん……」 「おち●ちん、美味しい…………なんてね」 「──!!」 「ん、じゅるるっ……あ、すごい、跳ねた……かわいい……ん、じゅるる……やっぱり、エッチなの興奮するんだ?」 「梓がそんなこと言うなんて、ギャップがでかくて……ッ」 「んふ……ンン……私だって、エッチなことしてるときくらいは、エッチになるよ……ん、じゅるる」 ううっ、さっきまでの緊張がほぐれたら、たちまち限界が近づいてきた。 「はぁ、はぁ、梓……っ」 「ちゅ、ちゅ……すごく恥ずかしいけど、ゆーとくんがドキドキしてくれるなら、ぜんぜん平気……」 また、そんなこと言われたら、理性が獣欲に飲み込まれてしまう。 「それに……えっと、は、恥ずかしいけど……私、佑斗くんのおち●ちん、好きだよ……」 「あ、梓……!」 「本当だよ、可愛くて、美味しくて……それに、ぬるぬるで……本当ドキドキしてるの……はぁぁ、ん、んむ……じゅるる……」 顔に汗を浮かべながら、梓は夢中になってペニスをしゃぶっている。 「はむ……んじゅるる……私いまね、きっと、生まれてから、いちばんエッチな気持ちになってる……」 「じゃ、こっち向いて」 「や、やだ……顔見るのは恥ずかしいよぉ……ん、じゅるる……ちゅばっ、ちゅばっ……」 「あ、あ、あ、だめだ、もっと吸って……」 「もっと吸うって、こ、こうかな……ん、じゅるるる……ちゅぅぅーーっ、ちゅ、ぢぅぅぅぅ……っ」 俺の情欲を根こそぎ吸い上げるような刺激と、くねくね踊る白いスカート。 ああ、もう本当に限界だ。 「んーー、ちゅばっ、ちゅばっ、くぽっ、んぽっ……こんな感じ?」 「くッ、それ……っ!」 「んはぁぁ……けっこう疲れるね……んむ、んぶっ、んぽっ、くぽっ、くぽっ、んぷっ……」 こんなことするのは初めてだっていうのに、梓は唇をすぼめて、吸盤みたいに吸い付いてくる。 「あ、ちょ、ちょっと待って……もうちょっとゆっくり」 「あ、ごめんね、痛かった?」 「いや……そういうわけじゃないんだが」 「……???」 「あ! なんかわかった気がする」 「もう、エッチだなぁ……もっと時間かけてほしいんでしょ?」 「ぎく!」 「めっ! だめだよ、つらいのを治してるんだから、ちゃんと出さないと」 「ん、れるれる……ほら、出しちゃって……ちゅ、ちゅ、ん、んっ、ちゅぅぅぅ……」 「あ、う、う……ッ!」 「らめだよ、逆らっちゃ、めっ! それに、出しちゃっても、またしてあげるから……ん、れるれるれる……」 「ち、ちが……う……うッ!」 「あ、はぁぁ……もうすぐイっちゃうのかな……佑斗くんの顔えっちになってる」 「はぁ、はぁ、はぁぁ……っ」 「いいよ、このまま気持ちいいのいっぱい出そうね……ん、じゅる、ちゅるる……はぁ、はぁ、ほら、出せる?」 「あ、あとちょっと……!」 「んん……まだ上手くできてないのかな……ん、じゅるる……れるれる」 「そ、そんなことないから……ん、んッ」 俺が我慢して、この時間を引き延ばしてるだけだ。本当にごめん。 「ん、ちゅ、ちゅぅぅ……エッチなゆーとくん……はぁ、んむ、じゅるる……ちゅぅぅぅ……」 「あ、そ、そうだ……じゃあスカートの中、見せて」 「え? だーめ」 「梓も感じてるかどうか確かめたいだけだから」 「だめだってば、教えてあげないもん……ん、じゅるる……ちゅーぅぅぅ……かわりに、たくさんこすってあげるね」 「あ、う、う……ッ」 両手のニチャニチャがペースをどんどん速くしていく。 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁッ……!」 「佑斗くん、ゆーとくん……はぁ、はぁ、はぁ、きもひいいよね……がんばって精液出しちゃおう……ね? 私が見ててあげるから」 「ん、ん、んッ! あ、だめだ……イきそう」 「はむ、にゅむにゅむ……ん、ちゅるる……いいよ、このまま出す? それともビデオみたいに顔に出すのがいいの?」 「うん……じゃあ、いいよ……出して……はぁむ……んむ……んんーーーっ」 限界まで緊張が高まったところで、暖かい梓の口腔にペニスがくるまれる。 そこで一気に理性が決壊を起こした。 「ん、んんっ!」 「うあ……ん、んーーーーッッ!!」 ビュッ、ビューーッ! と、ドロドロの欲望が高圧で射ち出され、梓の口の中ではじける。 「んぐ……んぶ、んぶ…………ッ!? ん、んーーーーーっ、んじゅる、んぐ……ん、んんんむ……んむ……んん」 「あ……はぁッ、はぁ……ッ!」 「んんん……んんーーっ、んぶ……じゅるる……」 梓は口をすぼめたまま、口内で猛り狂うペニスの放出を懸命に受け止めていた。 「んぐ、んぐぐ……っ! ん、んーーーっ、ごくっ、ごくっ……ん、じゅるる、ごきゅっ……」 「ぷはぁぁ……はぁ、はぁ、すごい……多いよ……」 「ご、ごめん、たぶんすごい出た……」 「そうなのかな……ん、んぇぇ……はぁぁ、喉に流れてこない……ん、ごきゅっ」 「じゃあ、いいよ……出して……ん、ん、んッ……」 ペニスを口から離した梓が、裏筋をぺろぺろ舐めながら懸命にしごき上げる。 そこで一気に理性が決壊を起こしてしまった。 「はぁ、ん、んんっ……!」 「あ、あーーーーッッ!!」 ドロドロの欲望が高圧で射ち出され、梓の前髪を乱して付着する 「ぷは……んぶっ……ひぁ!? うあ……すごい……あ、あ、たくさん……」 「あ……はぁッ、はぁ……ッ!」 「わ、ぴゅーって飛んでる……佑斗くん、こんなに精液たくさん出てるよ」 勢いよく撃ちあがった精液に、梓が目をきらきらさせる。 「はぁ、はぁ……わぁ……す、すごいの見ちゃった……はぁ、はぁぁ」 「ご、ごめん、たぶんすごい出た……」 「うん、すごい……本当にすごいね、男の子って。これが毎日なんでしょ?」 「お、俺は別に毎日とは……うわ、すごいな……」 「はぁ、はぁぁ……もうドロドロだよ……こんなに出るなんて思わなかった……はぁ、はぁ、はぁぁ……」 「でも、これどうやって寮に帰ったらいいんだろ……」 「はぁ、んはぁぁ……すごいね、すごいね、精液ってこんなに出るんだ……はぁ、はぁ、はぁぁ……」 「い、いや、俺もこんなに出たのは初めてかも」 「ふぅん、そうなんだ……それって、気持ちよかったってことでいいのかな?」 「ああ……それは保障するよ」 「ふぁぁ……そうなんだ……くすくす……よかった」 「その、精液ってどんな感じ?」 「んー……うふふふっ☆ えっとね、美味しくはないけど、すごくエッチ……べたべたしてるのと、匂いと……んーー、スンスン……ん、スンスン……はぁぁ」 「梓も感じた?」 「ああん、その質問はもうダメ……ん、んんっ……はぁ、はぁ、はぁぁ」 「ん……」 「ああん、いたずらしないで……顔に当たってるよ……え? まだしてほしいの? お掃除?」 初めての精液で、すこしぽーっとしている梓が、俺のリクエストどおりにペニスに舌を這わせる。 「れろっ、れるっ、れるれる……はぁぁ、お掃除してたらまた大きくなってきた……これじゃ、きりがないよ」 「ほんとだ、俺もまた……」 「ええ……出したいの?」 「……(こくっ)」 「ちゅばっ、ちゅばっ、ちゅばっ……ん、ちゅぅぅぅぅ……じゅるるるっ……んむ、んむ……ぷは、すごい……出したばっかりで、もうカッチカチになってるよ」 院内が静かなのをいいことに、俺たちは飽きずに2回戦に突入する。 乗り気でなさそうなことを言っていた梓も、ペニスを咥えたら、とたんに積極的になってきた。 「見て……ほら、こーんなにぴくぴくしてるし……ん、れるれる……ちゅぅぅ……ん、ん……んんーン」 「梓、エッチだな」 「ふにぃぃ、それは仕方ないよぉ。だって、ゆーとくんはイっちゃったからいいけど……」 「え? そ、それなら」 「めっ! 動いちゃダメって先生に言われてるでしょお?」 「ぐ……それは」 「いいから任せて。はぁぁ……ん、ん、ちゅばっ、ちゅばっ、ちゅばっ……もっと上手くなるからね……」 「んん、ちゅ、ちゅ……佑斗くんが退院するまでに、練習しておくから」 「嬉しいけど……これ、癖になったら困るな」 「そのときは、たくさんちゅぱちゅぱしてあげる。それに……はぁぁ、ん、れるれる……まら終わりじゃないよね?」 「あ、あ、ちょっと優しく」 激しく上下にしごかれて、電気ショックのような刺激が這い上がってくる。 「あ、出した後って敏感なんだっけ……ごめんね、こう?」 「ん、それ……気持ちいい」 「ん、はむ……んむ、んむ、はぁぁ……ん、じゅる……いつでもちゅばちゅばしてあげるから、早く元気になろうね……」 「ああ、俺も早く現場復帰したいしな」 「約束だよ……元気になったら、もっといろんなことできるしね……ん、ちゅぅぅ……ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅ……」 「おい、想像しちゃうだろ」 「ふふふ、いいよ、リラックスして…………かわいい、佑斗くん……ん、ちゅ、れるれる……」 ──10分後。 二度目の射精をこぼさずに飲み下した梓が、行為とは裏腹に上品な仕草で口元をぬぐう。 「んふ……ありがと、私のお口で気持ちよくなってくれて」 「いや、こちらこそ……なんか、最高でした」 「さ、最高……」 「な、ならいいけど……あ、あ、あはははは……! そ、それじゃ、そういうことで!」 急に照れた梓が、そそくさと荷物をまとめる。 こういうとき、どんな言葉をかけたらいいかまるで見当がつかないのは、俺が童貞坊やだからだろうか? 「それじゃ、明日もお見舞い来るからね」 「視線おかしくないか?」 「だってぇ、今は顔見て話せないってば」 「大丈夫、俺も微妙に目そらしてるから」 「くすくす、お互い様だって?」 「お互いに気をつけないとな。このノリ引きずったら、挙動不審コンビになってしまう」 「うん、そうだね。けじめが大事だから」 「お、さすがは寮長」 「あと、今日のことは絶対内緒だよ、誰にも言ったらダメだからね」 「それはもちろんだが……今日ってどこからどこまで?」 「全部に決まってるでしょお! 特におち●ちん舐めたことは絶対内緒! バレたら大変だもん……」 「梓がそんなこと言うなんて、ちょっと意外だな」 「だって……病室でこんなのバレたら怒られるし……そしたら……」 顔を赤くした梓がちょこちょこと寄ってくる。 「もうしてあげられなくなっちゃうでしょ?」 「──!?」 「な……なーんてね。今のは冗談だよ」 「じゃあね、また明日っ!」 「ああ……明日」 「お、おだいじにーーー!!」 小走りで梓が病室を飛び出していき、俺だけが残された。 「はぁ……」 なんだろう、この高揚感。 同時に、なんだろうこの渇望は──。 なんだこれ、梓のことばっかり思い出される。 しかもまた会いたくなっている。 さっきまで会ってたのに。 まるでエロビデオを巻き戻してるオッサンか。 いや、そういうのとはまた違うな……なんか、やけにハイで、フワフワした感覚。 「幸せって言うのか? これが……」 いや女の子にち●こ咥えさせて、しみじみ幸せとか語るなよ俺。 だがしかし、だったらこの感情をなんと言えばいいんだ?? 思えば、これまであからさまな幸福感ってやつをあまり味わったことがなかった。 ゲームで勝ったり、テストでいい点取ったり、美味い物食ったりしたときに感じる高揚感と、今のこのドキドキした感じはまるで別物だ。 「……ちょっといいかな?」 「うわっ!?」 「…………はぁぁーーーーー…………っ」 「扇先生、なにを落ち込んでるんですか?」 「って、まさか!?!?」 「ああ、そのまさかだよ、六連君っっ!!!」 「ぎぎくっ!?」 「君が、君が……ここで!」 「わ、わわ……すみません!!」 「君がここで過ごせるのも今日までだなんてーーーーーー!!!」 「は?」 「回復状況をごまかすのに苦労してきたっていうのに、とうとうバレてしまうとは……」 「いや、診療代をボろうとしてたんじゃないよ。僕はあくまで愛の力で」 「……俺、もう出ていいんですか?」 「そう! それはそうなんだけど、そうでもないというか……えーと、えーと」 たしかに右手の感覚もすっかり戻っているし、他はまったく健康体だ。特に下半身などは! 「一応ね、退院してもいいということになったんだけど、いっ一応ね、一応だよ」 「すぐ退院します! お世話になりました!!」 「ああっ、言うんじゃなかった!」 「ふーっ、やっと落ち着いた」 「おかえり、佑斗くん」 「ああ、ただいま」 病院まで迎えに来て荷物持ちを手伝ってくれた梓と、あらためて帰宅の挨拶をかわす。 おかえり……か。短い入院期間でも、なんとなく感慨深いものがあるな。 「しかし、とっくに退院できてたなんてなぁ……扇先生め」 「でも、完治しててよかったよ。さすが吸血鬼さんだね」 「入院中はぜんぜん吸血鬼らしくなかったけどな」 「あ、荷物は私が運ぶから」 「いいよ、もう元気なんだから」 「めっ! ほら貸して」 荷物を取られてしまった。 「頼もしいなあ」 「ふっふっふー、こう見えても寮長ですから」 「頼りにしてるよ、寮長さん」 「えへへ……♪」 梓に手伝ってもらいながら荷物の整理をする。 しばらく部屋を空けていたが、ちゃんと掃除をしてくれていたおかげでホコリも積もっていない。 時計は、20時を回ったばかり。 この時間帯はみんな学校に出かけていて、寮はがらんとしている。 「助かったよ、あとはやっとくから……って、待った、それは!!!」 片づけを始めようとしていた梓が、洗濯前の下着の入ったレジ袋を開けてしまい、ピキーンと硬直する。 「きゃあああ…!! ご、ご、ごめ……んなさい」 「みーたーなー……ポリオレフィンのヴェールに包まれた吸血鬼最大の秘密を!」 「うにゃぁぁ、中二病に感染してるー!」 「洗濯は俺がするから、ちゃんとしまっておくように」 「ご、ごめんなさい~……でも、いまさらだと思うけど」 「……どき!」 入院中はずっと梓の世話になってたんだもんな。 いったいどんな気持ちで俺の下着とか洗ってくれてたんだろう……。 ああ……だめだ、そんなこと考えたら変に緊張する。 女の子とそういう感じになるのは、やっぱり得意じゃないんだ。 だ、だが、ここで俺までドギマギしていたら、いつまでたっても俺たちの関係は……。 「じ、じゃあお風呂の用意してくるね。あと、《チーフ》主任からのメモが……………………え、佑斗くん?」 「あ、ありがとな……ん」 「きゃ……! ん…………んんっ!? んぁ、ちゅる……ん、ん、んんーーんん……」 梓の唇の感触、それからいい匂い──ファーストキスじゃなくても、キスってこんなにドキドキするものなのか。 ヤバい、キスだけで頭の中がぐるぐる回っている。 まるで初めて梓の血を吸ったときみたいに……。 「だ、だめだよぉ……んんぁ……こういうのは……めっ!」 「うぐ……すまん、つい」 「もう……びっくりしたよ。あのね、佑斗くん。い、一応言っておくけど、病院でああいうことしたのは、あくまで佑斗くんを楽にするためのことで……」 「せ、性欲処理っていうのかな? そのために必要だったからで、今はそういうことをする理由がないでしょ?」 「理由、ないの?」 「う…………」 ないはずがない。少なくとも俺には……。 「……………………あった」 「や、約束しちゃったもんね。元気になったら、またエッチなことするって……」 そういう意味じゃないんだが、うぬ……照れ屋さんめ。 「約束だから、仕方ないよね?」 「梓……」 ……ここで一気に迫るのは吸血鬼らしいのか、それとも俺の欲求が先走ってるのか? 「しかた……ないよね?」 「ああ、仕方ないよな……俺、ずっと梓のこと好きだし」 「え……!?!? んむ……! ん、んんッ……ず、ずるいよ……んぁ、ん……んんーーーっ……」 梓の気持ちを確かめるように、引き結んだ唇をつんつんとキスでノックする。 「やぁぁ……ん、んん……ちゅ、ちゅ、ちゅ……はぁ、ん、ん……ちゅ、ちゅぅぅ……」 すぐに梓の匂いが俺を包んで、危うく理性のリミッターが外れそうになった。 血を吸うときに何度も嗅いだ匂いとはまるで違う、甘ったるい、言うなれば発情の匂い……。 「んんン、だめだよ……ん、ちゅ……確かにみんないないけど、急だから気持ちがそっち向いてないし……」 「恋人のキス、してもいい?」 「ええっ!? ん……でも……んぁ、ん……んんン、れる、ちゅ、れるれる……ん、じゅるる、れるれる…………んん~ンン……」 人間の嗅覚ではわからない程度の発情した匂いをふりまきながら、それでも『ダメ』と言う梓に、吸血鬼の本能がさらなる高ぶりを覚える。 「ん、んちゅ……ん!? んーーーっ! んむっ、らめ、だめ! だめらのに……もう、ああん……ん、んーーーーっっ」 キスの最中に抵抗しようとする梓だが、舌を絡められたまま肩口が小刻みに震えはじめている。 「んんーーっ……ぷは……はぁ、はぁ、はぁっ……もう、ダメだよ……さっきのこと思い出しちゃうから……」 「梓……」 「ああっ、ぜんぜん聞いてない……あん……んっ…………」 点滴の管に邪魔されなくなった両手で、小さな身体をぎゅーっと抱きしめる。 ドキドキして収拾がつかなくなりそうなのを抑え、もう一度唇を梓に近づける。 「ああん、ん……うう~~~~!! じゃあ、最後にちょっとだけね……ん、れるれる……ちゅぱっ……」 「お、おしまいだよ。これくらいにしておかないと、またエッチになっちゃうから……」 「それは……手遅れ」 「ええーー!? 待って、待って……ゆ、ゆ、佑斗くんって、ひょっとして……エッチ?」 「ひ、ひょっとしなくても男ってのはそんなもんだ」 「うぅぅ、だからビデオが売れるとか、そういうのは理解してるつもりだけど……でも、でもね……うわ!?」 じたばたしていた梓の手が股間に触れ、2人同時に息が詰まる。 「あ、ほ、本当だ……こうなっちゃうのは仕方ないこと?」 「これだけ近くにいると、必然的に」 「そ、そうなんだ。うー……それってちょっとエッチすぎないかなぁ」 「あ、梓もエロいって」 「そ、そんなことないよ。さっきのキスだってちょっとサービスしただけだよ。おまけでちょっとペロッて舐めただけ」 「そのフレーズがエロい」 「うう~! そんなこと言ってたら、なんでもエッチになっちゃうじゃない」 ギクシャクと会話しながらも、俺と梓はお互いの身体をすり合わせている。 まるで磁力が働いているみたいだ。そして梓の匂いがますます強く立ち上ってくるのが感じられる。 「ふにぃ……でも、これはなんとかしないとだめだよね」 「すまない」 「うぅぅ、わかったよ……」 おずおずと梓が俺の股間に手を伸ばしてくる。 俺は突き上げてくる高揚感を押し殺しながら、首筋の匂いをむさぼる。 俺じゃない俺が目覚めてきそうな、不思議とハイな感覚だ。 「んん……じゃあ……もう一度お口で出しちゃう? さっきと同じだと飽きちゃうかな……?」 「ああん、耳だめ……ゆ、ゆーとくんはしてほしいこととかある? 手とか、足とか、えっと、胸は……ないけど」 「リクエストしていいの?」 「いいよ……下手だと思うけど。あ、でもでも、私も……もっと上手くなりたいから大丈夫……」 「なら、ま●こ」 「ああ、おま●こ…………」 「えええーーーーーーーーーっっっ!?!?」 「え? え? え? 本気で言ってる!? それって、し、しちゃうってこと……だよ??」 緊張している俺の前で、梓も面白いくらいに取り乱している。 けれど、ほんのり立ちのぼる甘ったるい香りは確かにさっきよりも強くなっていて……。 「俺じゃだめか、梓……」 「あう………………………………」 「……………………だめじゃ、ない……」 「あーー! なにそのガッツポーズ!!」 「いや、嬉しさのあまりつい」 「あぅぅ、ほんとに嬉しそう…………はぁぁ~、でも、なんか思ってたのと違う……」 「そうかな?」 「だってムードないし……それにいきなり元気だし」 「ムードは努力するけど、元気なのは健康体なんだから諦めてくれ」 「ふにぃー……さっきまで要安静だったのに」 それから梓は俺から少し距離を置くと、キュロットスカートに手をかけて……。 「…………………………じゃあ、する?」 あらためて宣言されると、こっちも緊張がこみ上げて声が出なくなる。仕方なしにこくりとうなずいた。 「えっと……ここで? 今? いきなり?」 ──こくり。こくり。こくり。 「はぁぁっ…………そうなっちゃうよね」 「怖いか?」 「そ、そういうんじゃないけど……え、えっと……下手でも笑わないでね?」 「それは俺の台詞だろ」 「あ……う……」 俺は、スカートを脱いだ梓の肩を抱いて、やさしくベッドの上に寝かせた。 なにかムードの出そうな台詞がないかと頭をめぐらせるが、情けないほどに何も浮かばない。 「き、キレイだな……」 ようやく搾り出した言葉で、梓の顔が真っ赤になった。 いや、さっきから真っ赤だったのに、いま俺が気づいただけか。 「そ、そんなことないよ、子供っぽいし……」 「それセールスポイントだからな」 「ゆーとくんにとっては?」 「とも限らないと思うけど…………ごくっ」 目の前に無防備に広げられた梓の両足と、洗濯物以外ではそうそうお目にかかることのないパンツに視線を奪われる。 俺の凝視に気づいた梓だが、恥ずかしいのをこらえるように両足は広げたまま、つま先だけをきゅっと丸めた。 「か、かわいいパンツだな……」 「うぅぅ、本当に?」 「ああ、本当に……ほら、ピンクとか女の子らしいし」 こんなに願ってるのにビタイチムードが出てこない。なんだこの台詞? 「でも、ふだんの下着だから恥ずかしい」 「勝負下着とかあるの?」 「な、ないけど……新しいのだったらよかったのにな」 「けど、似合ってるよ」 「にゃぁぁ……パンツほめられても、どんな顔したらいいかわかんないよ」 いや、まったくだ。 どうも俺のムードとやらが崩壊してる。というかまだ誕生すらしてない。 だが落ち着け。冷静になれ。考えてもみろ、数時間前はこの子にフェラしてもらってたんだから、不自然ではないのだ!! 「ゆーとくん、目、目がなんか怖いよ」 「え!? あ、ああ、ごめん……ちょっと色々考えてて」 ダメだダメだ、俺がこんなことでどうする。経験もノウハウもないんだから、今は行動あるのみだろう! はじめ強くあたり、あとは流れで……ってことわざか何かを昔聞いたことがあるぞ。 「ととというわけで……」 「あ、あの……ゆーとくん? その前に、ちょっと……」 「な、なに!?」 「あのね……私、なんかね、ちょっと変なの……」 「変?」 「うん……その……あの……ビデオのとだいぶ違うっていうか、へ、変な形してるから……」 それはつまり、俺が今から挑もうとしていた人体パーツの話……? 「だから見ても楽しくないと思うし……う、うぅぅ……あとほかにもいろいろ問題があって」 「それは逆に興味ある」 「うぅぅぅ……そ、そう言われたら……仕方ないんだけど。でも引くのはナシだからねっ!」 よほど恥ずかしいのか、梓は両足をパタパタさせてその時を引き延ばしにしている。 「約束するよ、引かないって」 「あ、でもやっぱり待って……ちょっと心の準備」 「ああ、梓のタイミングでいいよ」 恥ずかしいのは俺も一緒。 けれど、男が裸になるのと処女の女の子とじゃ、まるで条件が違うってことくらいはわかる。 ──5分経過。 「ええと、だからね、その、なんていうか……うぅぅ、ごめんね……だからその……」 「大丈夫だって、俺だって緊張してるんだ」 「うん、そうだよね……そ、それじゃ…………ごくっ」 ──10分経過。 「え、えっと…………あ、あはは……こ、ここって、どうしても見たいもの?」 「この地球と引き換えにとは言わないが、俺の命と同等くらいで」 「えええっ!? そんなに大事ー!?」 ──15分経過。 「うーんと、えーと、うーんと……あ、わかってるよ、わかってるけど……うーんと……うううーん!」 恥ずかしがってる人間をこんなに長時間連続で見たことないが、待てば待つほどもっと恥ずかしくなるんじゃないかって気がしてきた。 「あと10秒」 「ええっ、なにそれ!? ちょっと待ってそんなルール……」 「……3、2、1……ゼロ!」 「あ、あ、もう? 早いよ、うああ……っ!?」 「きゃ! だめ、見えちゃうよ……や! あああん……! はぁぁぁ……っ」 「……ごくっ!」 半ば強引にパンツをずらしたところで、2人の動きがぴたっと止まる。 そして俺の目の前には…………!! す、すごい……目が離せない……こ、これが女の子の……いや、梓の……!! 「う、うぅ……ど、どうしたの?」 「いや、その……本物のま●こ……」 「ああん、いきなりエッチ……もう、いじわる!」 意地悪というか混乱してるんだ。だが、俺がアタフタしてたら梓をますます不安にしてしまう。 「み、見るならちゃんと見て……自分でもちょっと気になってたけど、聞ける人いなくて……」 「エリナとかは?」 「エリナちゃんにこんなとこ見せられないでしょ?」 「そっか、でも俺ならいいんだ?」 「だって…………こ、恋人…………だから」 ドキッとしたのを隠すために、俺は気持ちを落ち着けて梓のその部分を見つめる。 「ジー……」 初エッチのはずが、なぜか他人に言えないお悩み相談みたいな感じになってるんだが。 おずおずと上目づかいになる梓を見てたら、保健体育の先生ばりの冷静な答えなんて、とても出てきそうにない。 「ど、どう……かな?」 「どうって……」 あらためて、目の前の現実離れした光景に目をこらす。 「…………」 …………すごい綺麗なんだが。 色も黒ずんだりしてないし、毛も産毛程度で。しかも臭いって聞いたことあるのに、匂いもほとんどしない。 確かにビデオで見たのとはまるで違うんだが……。 「綺麗だと思う」 「うぅぅ……それって、逆に変じゃない?」 「変じゃない。ぜんぜん、これでいい! いや、これがいい」 「それに、綺麗だけどちゃんとエロいから平気だ」 「うああっ!? う、嘘だよ……!」 エロいと言ったとたんに、淡いピンクの唇がヒクッと動いた。 これが俺の彼女──急にそんなフレーズが頭の中に浮かんで、テンパっていた気持ちが少し落ち着いた。 「ほら、ちゃんと濡れてるし……」 「やぁぁ、それは言わなくていいの! うぅぅ……やだなぁ、私もさっきのゆーとくんみたいになっちゃうのかな……」 「感じるの恥ずかしい?」 「う…………やっぱり恥ずかしいよ」 「そうだよな、俺も恥ずかしかった」 けれど、それ以上に……あのとき俺が感じたのを、梓にも伝えられたら。 そう思いながら、はやる気持ちを抑えてピンクの水玉に手をかける。 「はい、腰上げて」 「え? ぬ、脱ぐの?」 「可愛い下着が伸びちゃうだろ」 「ううー、そのお兄さん口調はだめ!」 「仕方ないさ、そんな無防備なポーズされたら可愛いだろ。はい、お尻上げて」 「な、なに言ってるの……ううー……なんかゆーとくん余裕ある……」 「俺だってイッパイイッパイだよ。でも……これって一生覚えてそうだから、できるだけいい思い出にしときたいだろ」 「あ……うん……そうだね。私もがんばるよ」 がんばるってのは、少し違うような気もするが、確かにここから見上げる梓の顔は、思いっきりがんばって恥ずかしさに耐えているなあ。 片足だけパンツを抜き取ると、さっきまで布地に隠れていた梓の下半身が丸出しになる。 「うわ……」 つるんとして、すべすべして、まるで子供みたいな無垢な股間に、思わず息を呑む。 「う、う、うう~~…………い、いいよ、見たかったら見ても」 「あ、ああ……中、すごい濡れてる」 「違うよ、はぁぁ……ん、ん……普通だから……」 普通ってことは、いつもこんなに濡れてるのか? そんなわけないと思うが、しつこく聞くのは吸血鬼的にスマートじゃない気がする。 「はぁ、はぁぁ……男の子に見られてる……こんなかっこで……ううぅ……」 緊張を紛らわすためかなんなのか、梓はいちいち脳内の戸惑いを言葉にする。 おかげで聞いてるこっちも、梓にとても恥ずかしいことさせている気になってしまい、それがだんだん楽しくなりそうで少し怖い……。 「うぅぅ……いま、どんなこと考えてるの?」 「俺のを見てたときの梓と一緒かもな」 「ふぇぇ!? そ、それって……………………」 「うぅ~……えっち、変態……!」 いったい、梓は俺のを見て何を考えていたんだ? 「ん……くんくん……」 「わわ、ほんとにヘンな匂いとかしてない? だいじょうぶ?」 「どっちかというと、いい匂い」 「ううぅ……いったいどんな匂い……?」 「嗅いでみる?」 「ひゃんっ!! ああん、指に塗って見せないで。やだやだ、恥ずかしいよ! へ、変な匂いじゃないならいいの……ん、ん……ッ」 恥ずかしがる梓の様子を愛でながら、ぷにぷにとアソコの周りの肉を寄せてみる。 縦にはみ出した小さいビラビラが左右によじれ、間から透明なしずくが零れ落ちてきた。 「あ……んん、ちゅ……」 「なに……ひぁっ!?」 「れる……ふーん、梓のエロいの、こんな味なんだ」 「い、いま舐めたよね? 舐めたでしょ?」 「ん、美味かった……梓だって俺のしゃぶってくれたから、ちゃんとお返ししないとな……ん、ちゅ……ちゅぅぅ……」 正確には美味いというよりも、血液を吸い上げるときと同種の充実感だ。 こうやって顔を近づけていると、すっかり梓の匂いに包まれて頭が痺れてくる。 「んン、梓……ん、ちゅ、ちゅ……ちゅるるる……」 お手本にしようと思っていたビデオの内容を思い出す余裕もなく、俺は梓の小さな性器に吸い付き、一心不乱に舐め上げた。 梓の味……血ほど濃厚ではないが、そのかわりに艶かしい異性のジュース。 理性は飛びそうなほど高ぶっているが、もうむさぼるのをやめられない。 「ううああっ!? やだ……本当に舐めてる……ああん、やん、えっち……えっち!」 「生まれてから一番エロいことしてんだから、エッチになって当然だよ」 「そ、そう言われればそうだけど……あ、あ、あぁぁ……なんかすごい舐められてる……ね、ねえ、女の子のそこ舐めるのってどんな気持ち?」 「そりゃドキドキと楽しいのと不思議なのと……って、今ってそんな質疑応答みたいな状況?」 「うぅぅ、だって気になるから……本当に変なにおいとかしてない?」 「してないよ。安心して素直に感じてくれたらいいのに……んん? それとも俺が下手なのか?」 「そ、そんなことないよ、ちゃんと気持ちいいから……ん、ん……ああん」 ちゃんとって何だ!? 思えばビデオみたいなあえぎ声が出てきてない気がする。 下手なのか? そうなのか? 吸血鬼なのに愛撫が下手って相当ダメなんじゃないか? 「あ、あ、ああん……感じちゃう~」 なんか棒読みっぽくないか!? うわ……でもすごいな、アレ越しに見える梓の顔が信じられないくらいエロい。 「梓……んじゅる、はぁぁ……超可愛い……」 「あ、ビデオと同じこと言ってる」 「…………もう何も言わない」 「あ、あっ、ごめん! ムード作ってくれたのに。私もビデオみたいなこと言ったほうがいいのかなって思ってたから、つい……」 「なんでビデオみたいな?」 「そのほうが楽しいかなって……ほら、楽しくしてないと緊張して疲れちゃいそうだし、楽しくないことだったらしたくないでしょ?」 「それもそうか……正しいな……んちゅ、ちゅ、じゅるる……っ」 「ああん、ああん……はぁぁん……すごい~」 「ううっ……」 「あわわ……や、やっぱり、もっとエッチなほうがいい? お……『おま●こ気持ちいい~』とか言ったほうがいいかな?」 「……自由に」 「じゃ、じゃあ恥ずかしいからやめとくよ……はぁぁ、なんか頭ぐちゃぐちゃになってきてる」 なんか余計に無理させてる気がする……くっ、やっぱり俺のテクが未熟! まさかあの全童貞憧れのクンニで、こんな隠々滅々とした気分になるなんて。 ハッ……いや、待て! 直太に聞いたぞ、まだ開発されてない子は中のほうじゃなくて……。 「はぁ、はぁ、はぁぁ……ごめんね、喘ぐのってけっこう難しくて……」 「イイよ、無理しなくて……ん、ちゅ……ぅぅっ……」 「んあっ!?」 うろ覚えの知識を頼りにクリトリスらしき突起を吸い上げると、血をすごく薄めたような鉄分の香りと一緒に、本物のビデオみたいな声が上がった。 「今の喘ぎ上手くなかった?」 「わ、わかんない……あ、あ、ちょっと待って、そこだめっ!!」 「なんで……ん……んじゅるる……っ、ちゅ、ちゅ、れるれる……」 「うあ!? ひぁぁ!? あ、あ、あ、んああーーーっ……あ、あ、んんーーーっ、はぁ、はぁ、はぁ……はぁぁぁああぁ……ッッ!」 おおっ、ここだ……間違いない! 梓の声がガラッと変わった。この感覚──ちょっと感動的ですらある。 「やだ、なんか変な声出ちゃってる! ああん……ん、ん、ん……待って、待ってよぉ……ああん、どうして急にそこばっか……んあああっ!」 「ん……どんどん溢れてくる……ん、じゅる……ちゅ、ちゅぅぅ……」 「んぁああ……だって、だって……あ、あ、変だよ、待って……あ、あーーっ!」 次第に充血してきたクリトリスの舌触りが、さっきよりも確かなものになる。 ひょこんと顔を覗かせたその部分に舌を乗せて、心地よい喘ぎを聞きながら何度もなぞりあげた。 「んにゃああぁ……はぁ、はぁ、ゆーとくん……うあぁ、ゆーとくんっ、なにこれ……すごぃぃぃぃ……ッッッ!!」 「広げていい?」 「え? 広げるって……うあ!?」 「あ……ああぁぁっ! もう勝手に広げてるしぃ!」 「すまない……うわ、すごいな中もトロッとしてる……」 「それ、ゆーとくんのツバだよっ……あ、あ、待って、そのまま舐めるの? それはちょっと汚な……ぁあああぁーーーーーーーッッ!!」 広げてもなお小さい性器から、ずるるるっ……とクリトリスをなぞり上げると、梓の身体がビクンビクッとバウンドする。 「やぁぁ、そこばっかりダメ……ダメだよぉ……はぁ、はぁ、はぁぁっ、エッチだよっ、ゆーとくんすごくエッチな顔してる……んんーーっ!」 「梓の顔も蕩けてるぞ……ん、ちゅ、ちゅ」 「え? ええ? そんなこと……きゃあっ!! んぁーーーぁぁぁっ! あ、あ、あッ、そこだめ、だめだめ……あん、ああんッ!」 梓をもっと感じさせてやりたくて、ついつい意地悪な言葉が舌の間からこぼれてしまう。 「ウソじゃない、ま●こもすごい可愛いし」 「あ、あ、あーっ……やだ、変なこと言っちゃ……ん、んーーーっ!」 「ヌルヌルで、熱くて、ヒクヒクしてて本当エロいよ……梓にもこんなのが付いてたなんてな……んんん、ちゅるるる……!」 「やだ、ゆーとくんに舐められてるの、恥ずかしくなってきたぁぁ……あ、待って、ああん、待ってよぉ……ああんっ、んぁあぁ……はぁぁぁ…………ぁ」 ヤバい、さっきから何度も言ってるが、このライブ感は本当にヤバい。 俺のたどたどしい愛撫でここまで感じてくれる梓が、恐ろしく可愛い生き物に見えるのもそうなんだが……。 「んーーっ、だめ、あ、あ、あ……その挟むのだめっ……変なとこ引っ張らないでっ! ああーーーーっ! そんなに吸っちゃだめぇぇ!」 初めてリアルに見た女の子のアソコ……これが、予想以上だ。 血を吸うときの匂いを濃厚に凝縮したような愛液の香りといい、舌にからみつくヌルヌルの粘液といい……。 「ん、ぺちゃっ、これ美味い……ん、れる、ぺちゃ、ぺちょ……じゅるるっ……」 「そんなに音立てたら恥ずかしいよっ……あ、あ、ペロペロしながらこっち見ないで……ああんっ、んぁ、んぁぁ……こんな顔、見ちゃやだぁ!」 「だって反応知りたいし」 「でもでも……ああん、なんかすごく意地悪されてるみたいなんだもん……!」 梓の様子を見てたんじゃなくて、アソコばっかり凝視しそうになるのをごまかそうと視線を外していただけなんだが。 本能に突き動かされるように、さっきから俺は梓のそこにばかり吸い付いている。 「はぁむ……んぐ、んむ、んじゅるるる……んぷっ、んじゅるっ」 「わぁぁあぁぁァ……もぐもぐしてるっ。私のえっちなとこ食べちゃダメだよっ……あ、あ、あ、舌……舌すごい……なに、どうなってるの?」 性器全体を口に含んで、クリトリスを舌先でくるくるとなぞる。 俺が、梓のアソコに異常なほど惹かれてしまうのは、単にエロい物が見たくてたまらない中学生状態とはちょっと違う。 これは……なんというか、これは……!! 「ゆーとくん……あ、あ、あ、もぐもぐダメだよ、そんなとこ食べちゃだめ! めっ! めっ! ひゃぁぁぁん……そこ……そこ感じちゃう……っっ!」 俺の目の前で! 梓の性器が! クリトリスが! 粘液にまみれながら! 熱く! 赤く! ぷっくりと膨らんでいる!! これだ! これが本当にヤバい。まるで魔力を持っているみたいに俺をひきつけて……! 充血した性器──つまり、この柔らかいプルプルした粘膜の奥には、梓の血が流れていて……この赤さもまた血の色が透けたもので……。 ── す ご く 美 味 そ う だ !! わ、わかってる、食べ物じゃないってことは重々承知してる。アホじゃないから。 だがこの吸血欲と性欲を同時に、しかも強烈に刺激する梓の性器はなんだ!? しかもそれを舌で愛撫するって行為はなんなんだ!! 「んぐっ、じゅる……ぷは、はぁ、はぁ、んむ……じゅるるっ、れるれる……ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅぅッ」 「ひぁぁっ、ああん、だめ、だめ、あ、あ、あィっ、あぃっ、い……い……ん、んんんーーーーーーッッ!!!」 血が詰まっていて、ぷるぷるしていて……はぁぁっ、充血したクリトリスがこんなに美味そうに見えるなんて。 ああぁ、もうこれは絶対美味い……それは見るだけでわかる。断言できる。 「ん、ちゅ、ちゅぅぅ……れるれるれる……」 「もうやめ……ひはっ、ひあっ……はひっ……ちゅぱちゅぱしてるよっ! は、は、はぁぁッ……んうッ、ひうううううーーーーーッッ!!」 もちろんデリケートな所だから牙なんて立てられない。ただひたすらに、舌と唇で丹念に愛でてやるだけだ。 ああ、死ぬほどもどかしい。でもその焦らされてる感じが余計にたまらない……だからヤバい! 本気で梓の性器が愛しくなってくる。 「んあーぁぁ……らめ……あ、あ、吸って……うああッ! ん……んぁぁーーーぁぁ…………はぁぁーーーぁぁぁぁぁぁ……ぁあぁぁぁ」 だらしない悲鳴をあげた梓の下半身が、ガクガクッと痙攣をはじめる。 俺の唇に挟まれた幼い性器は、まるで真っ赤に熟れた果実のようだ。 「うにゃああっ……あ、あ……だめ……ぇぇ……そんなにしたら溶けちゃう! 私とけちゃう……とろけちゃうぅぅぅッ!!」 ああ……思いっきり吸いたい、こいつに牙を立ててしまいたい! 深くじゃなければ、ちょっと牙先を当てるくらいなら…………んッ!! 「ぎぅぅーーーーーーーーッッ!!!」 悲鳴とともに梓の身体が激しくバウンドした。これはちょっとまずかったか……? 「んひッ、ひんんーーーーッ、んひッ、んんーーーーーーーッッ!!!」 目の前で梓の腰が上下にカクンカクンと動く。 血を蓄えた肉の襞から跳ね上がった愛液が、電灯の明かりにきらきらときらめく。 「ごめん、痛かった?」 「はぁ、はぁ、はひぃ…………ん、んんんーーーーっ!!」 けなげに首を振る梓だが……やっぱり今のはNGだったか。こんな綺麗なクリトリスに傷をつけるなんて……。 「本当にすまない。ちゃんと優しくするからな……ん、れる、はふ、はふ……はぁむ……んむんむ……」 「ひッ……んんんーーーッ! ふぁぁ? あ、あ、はぁっ、ゆーとくぅん……はぁ、はぁ、はぁッ……んぐ!? んッ、んんーーーッッ!」 返事も出来ずに歯を食いしばって快感に耐える梓を、優しく、蕩けさせるように舌先でなぞる。 もう、梓の気持ちのいいことはだいたい頭に入ってしまった。 この、クリトリスの根元を挟んで、舌先をすばやく左右に振動させると…… 「くゥゥ……んんぁあぁあぁあああああぁあぁああぁぁ……ぁあぁぁ!!!」 だらしなくて可愛い声が洩れる。 ああぁ、可愛い……梓が可愛すぎる。 噛みたいけど噛めない。吸いたいけど吸えない。そのもどかしさが、いっそうこの粘膜への執着を掻き立てる。 「ゆーとくんっ、ゆーとくんっ! 私もうだめ……んはぁああぁぁ……おかひくなっちゃう! あ、あ、あ、そこ、そこ、そこもっと……!」 吸いたい。かぷっと噛みついて、梓のいちばん恥ずかしい所の血を吸いたい! 暴走しようとする吸血鬼の本能を懸命に抑え込んで、あくまでもソフトに、ちゅっちゅっと吸い上げ舌先で転がす。 「んんーーーーーっ!! もうダメだよこんなの……あ、あ、うああ!? 私ここまでしなかったのに……ずるい、あ、あ、あーーーーッ!!」 食欲なんだか、性欲なんだか、吸血本能なんだかわからない。 とにかく梓が欲しい! 梓のなにもかもを、俺のものにしたい!! 「だめだめぇ……ほんとにだめ、おま●こ溶けちゃうぅぅ……」 「ああ、溶かしてやる。梓のおま●こ……ドロドロのグチャグチャになるから……ん、じゅるる……」 「ああん、逆効果だったぁ! だめ、もっと興奮してるよ……あ、あ、はぁぁ、もう吸いすぎ……んぁッ、んぁぁああぁあ……!!」 クリトリスを吸い上げるたびに、全く演技じゃない喘ぎが洩れる。 舌先で翻弄される梓の姿が愛おしくて、さらに執拗に攻めてしまう。 「んんーーーッ……ね、ねえっ、オトナのエッチってそんなに長く舐めたりするもの?」 「そうなんじゃないか?」 「でもビデオだともっと短いよ?」 「あれは編集でカットしたりしてるんだよ……ん、じゅるる……れるれる、はぁぁむ……んむんむ……」 「んぁぁ……でも、だけど、でも……っ! うあああっ!? もうだめだってば……あ、あ、あ、なんか出ちゃう……んぁ、ううううーーーっ!」 唇でクリトリスを押し潰すようにしながら、顔全体を小刻みにゆすってみると、たちまち梓の声が切迫し始めた。 「ほんとに……んッ、んん゛ーーーーーッ! んふーーーッ! んふーーー……ッッ!!」 「はぁ……んむ、ちゅ、ちゅ、んじゅるるる……ッ」 「あ、あ、あ、だめ、出ちゃうよっ……んんーーーーっ! だめ、強くしちゃだめッ! うぁ、あ、あ、なんかおしっこ出ちゃうっ!!」 「いいよ、出しても……俺が見てるから」 病室で梓に言われた台詞を真似ながら、舌先の運動をさらに小刻みにしていく。 「んんーーーーッ!! だめ、見ないで……ッ! んんッ! んーンッ! んんーーーッ! んッ、んッ、んッ……あん……んーーーッ!!!」 「うああぁあああぁぁぁぁあぁぁぁぁ……ぁぁぁ………………ぁ」 ロングトーンで声が脱力していくのに合わせて梓の下半身がブルルッと震え、同時に生暖かい水流があふれ出してきた。 「ん……んぐっ、じゅる…………んじゅるる……ッ」 「はぁーーーーーっ! うそ、飲んでる……あ、あ、汚いよ……ああん、んんんーーーーーーッ!!」 「んぐっ……ん、ん……っ……全然、それに梓だって俺の飲んでくれただろ?」 「あれ、おしっこじゃなかったもん……ん、んーーーっ! だめ、舌が……あ、あ……そんなに動いたらダメだよっ」 「これもおしっこじゃない気がするけど……ん、れるれる……」 まだつるんとした無垢な下腹部が、俺の舌先でトロトロに蕩けている。 「うあぁぁッ……なにこれ、あ、あ、イくってこれかも……うそ、ウソウソ、ゆーとくんにイかされちゃうよ……あ、あ、あぃ、いああぁっ!!」 「梓の、美味しい……ん、じゅるるっ」 「またそんな……んッ!? あ、あ、あーーーーーっ! ほんとに来てるっ……んッ、んんーーっ! なにこれ? なにこれっっ!?」 このままイくところが見たい……先が刺さらない程度に、牙をクリトリスに押し当ててみると。 「んぎっ!? だめ……だめッ! あッ、あぁああああぁあぁあっ! イくイくイくっ、イっちゃうーーぅぅぅッッ!!」 「あぁああぁぁぁぁ~~~~~~~ッッッ!!」 「あ…………はぁーーーっ……はぁぁーーーーっっ…………いっひゃった……はぁ、はぁ、はぁぁ……ぁぁ……」 俺が舌を乗せるたびに、梓の性器が欲しがるみたいに両側から挟み込んでくる。 トロッと生暖かく流れ落ちる粘液のなかに、血と同じ味が混ざっている。 「すごく動いてた、ここ……ん、れるれる……じゅるる……」 「やぁ、知らないよぉ……んはぁあぁぁ、まだ舐めるのぉ? あんンッ、んぁ、んぁあぁぁッ……はぁあぁーぁぁ……ぁ……ふやけちゃうぅ」 「可愛いよ……俺の梓……」 普段ならとうてい言いそうにない台詞が、何の抵抗もなく口をつく。 本能に飲み込まれないように自分を制御しながら、それでも夢中になって梓の体液を咀嚼する。 「ん、ちゅ、じゅるるる……はぁぁ、なんかいつまででも舐めてられる」 「ゆーとく……んッ、んッ、んぁッ、んんんーーーーーッッ!! だめだめ……いまイッたから! イッたとこなのに……ぃぃ!」 「いいよ、何度でも……ん、れるれるれる……ちゅぅぅ」 「あ、あ、あ……だめ、また……んぁ、んぁああぁ! そんなに舐めたらまた……あはぁあぁぁァ……また出ちゃうよぉ……!」 「じゅるる、れるっ……さっき漏らしてる途中で我慢したろ?」 「ど、どうしてわかるの!? きゃ!? あッ、あぁあぁーーっ! だめ、おなか押さないで……出ちゃうッ、出ちゃうからっ!!」 「あ、中がキューーッてなってきた」 「だって! だって出ちゃう~~っっ!」 「可愛いな……梓が必死なの、舌に伝わってくる……ん、れるれる」 「だって我慢してるもん、すごく我慢してるよっ!!」 「これでも? んーーー、れるれるっ……我慢できる?」 「ひああっ、いじわる~!! もう限界なのに! やだ、んあっ、んぁぁ……やだぁ、我慢するよ、子供じゃないからおもらししないもんっ!」 「ほんと可愛いな……ん、じゅるる」 「また可愛いって言う~っ! オトナなのにぃ!」 「梓が可愛くおもらしするとこ、もう一度見せて……もご……もぐ……」 「だめだよ……あ、あ、あ……やだ、またそこ挟んじゃうの? 挟むのやだぁ、だめ、だめ、だめ……挟んじゃダメぇ!!」 「はむ……!」 「んッ、んんーーーーーーーーッッ!!」 梓の痙攣と同時に、シャァァァッ……と水流がほとばしり、俺の顔を打った。 「あ……はぁあぁーーーーぁあぁぁぁぁぁ…………っ」 小さな性器からほとばしった透明なアーチが、シーツに吸い込まれていく。 「ぷは……あ、エロい……」 「はぁぁああぁぁ……ぁあああああぁあぁッ! あーーーっ、はぁぁーーーーーーーぁあぁぁッ!!」 絶頂の中、梓はいきみながら、俺の顔に向けておもらしをする。 まるで小さい子みたいなリアクションだが、その表情の艶かしさはまぎれもなくオトナの顔だ。 「はぁ、はぁぁ……やだ、止まって……あ、あ……ゆーとくんの前なのに……はぁあぁぁぁ……ぁぁ」 「すごい、ビクビクいってる……」 おもらしをしながら、涙目の梓がつま先をキュッキュッと曲げて硬直する。 「だって、らって! あぁ~、ゆーとくんに見られてる……おもらししてるとこ……あ、あ、あ……ッ……だめまたイっちゃうぅぅぅ…………ッッ!!」 ビクンッ──! 梓の全身に強く力がこもるのと同時に、綺麗な放物線を描いていた水流が、ほぼ真上に軌道を変えた。 「んッ!! ふンン……ッ! んん……ッッ!! んッ、んーーーーーーッッ!!!」 梓のおしっこだ……。 まるで冷水機の水流みたいに、急角度のアーチを描いてシーツに新しいシミを広げる。 「うぁぁ……ッ! んッ! んんーーーーー……イくッ……んッ、ん…………ッッ!!!」 俺が舌を離しているのに、梓はひとりで何度も繰り返し絶頂する。 食欲と吸血欲から我に返ると、小さな身体で快楽の渦に翻弄されている梓の姿は、なんていうか……。 「ヤバいな、本当かわいい……」 お尻の穴がキュッとすぼまり、急角度に吹き上がっていたおしっこが、だんだん勢いを弱めてくる。 「もっと足広げて……」 「ああん、見ちゃだめ! ゆーとくん……あぁァ……ごめん、ごめんね……あぁ~、おしっこ止まらない……はあ、あッ、あッ……んんっ」 「俺のベッドだから大丈夫」 「でも、オトナなのに……オトナなのにぃ……はぁ、はぁぁあ……ぁぁ……あッ、あッ、やだまた……また出るよ……うあ、あ……ッッッ!!!」 「気持ちよさそうだな……」 「はぁぁ……うん、うん、ごめんね、おしっこ気持ちいい……はぁぁ、おもらししてるのに、私きもちいいの……んぁあぁぁぁぁ……ッッ!」 最後に小さく痙攣を起こして、梓の体から力が抜け落ちた。 ──ぱたぱた、ぱた……ぱた……と、次第にほとばしりが収束して、白いシーツに灰色のシミが広がる。 「はひぁぁぁ……はぁ、はぁ、はぁぁ…………ふにぃぃ……特撮じゃなかった……」 「女の子って凄いな……出すのってどうだった?」 いつか、押収したDVDの潮吹きシーンを見ながら、特撮か実写かで盛り上がったことを思い出す。 「なんか頭キーンってして……はぁ、はぁ、ウソみたい……自分でしたのと全然ちがう……はぁ、はぁ、はぁぁ……」 自分でした?? うん……聞かなかったことにしてあげよう。 「梓がこんなにイくなんて、ちょっと想像できなかった」 「だ、だってぇ……ゆーとくんが変なことばっかり言うからだもん。あれは反則だよぉ」 「可愛いっていうのは本音だけど?」 「ああん、またそういうこと言う……んんッ……」 可愛いといわれるたびに、梓のアソコがヒクッと動いて反応する。 「はぁぁ……でも、ごめんね……ごめんなさい……なんかゆーとくんがおねしょしたみたいになってるよ」 「今日の洗濯当番は俺だから問題ない」 「はぁぁ……ごめんね。うぅぅ……なんでこんなになっちゃったんだろ? オトナなのに、人前でおもらしするなんて……」 「あ、でも! 舐められながらだから、おもらしじゃないよね? っていうか、いじられておしっこするのはオトナってことじゃ……だめ?」 「俺はいいけど。それならトイレのたびにこうやっていじらないと」 「きゃああん……あん、んぁぁ……あああん、もう、いじわるー!!」 体型だけじゃなく、アソコまで子供っぽい梓が、変な理屈でオトナぶろうとしている。 それが、つま先立ちで歩いている子みたいで……。 「よしよし、梓はかわいいな」 ──ぱむぱむ。 「ああん、どこ撫でてるのぉ?」 「梓のいちばんオトナなとこ」 「はぁ、はぁ、はぁぁ……もう、ばか……」 俺のベッドで無防備に身体を開いた、俺だけの梓──。 こうやってじゃれあっていると、そんな実感が無性にこみ上げてくる。 「足、閉じられなくなってる?」 「そうじゃないけど……だってゆーとくん、ここ、見たいんでしょお?」 流し目で俺を見つめる梓の下腹部で、水滴に濡れた花びらがヒクヒクしている。 くっ……こんなの見ながら冷静でいるなんて、俺にはまだ無理だ。 「さっきから、エッチな目でずーっと見てる……」 「お、女の子の見るの初めてだからかな……あぁぁ……梓のここ、頭に焼きついて忘れられなくなりそうだ」 「本当に? ずっと忘れない?」 「そんな気がする」 「な、ならもっと見ていいよ……恥ずかしいけど、これって性教育みたいなものだと思うし……」 確かに間違ってない。実体験こそが最大の性教育かもしれない。 「そうだな……ん、ちゅ」 「はぁぁん……見るだけだってばぁぁ、いま敏感なんだから……はぁ、はぁ、はぁぁ…………それに、これで終わりじゃないでしょ?」 「……!」 さっきから俺が戸惑っていた部分を、梓がアッサリと踏み込んできた。 いつもの梓なら考えられない……イッた後の女の子ってこんなに大胆になるのか? 「いいのか、寮の中で?」 「みだりに性行為にふけるのは寮則違反だよ」 「…………でも、これは違うよね……?」 まるでフラフラと引き寄せられたみたいに、俺はベッドの上で梓と向かい合った。 「梓……」 ズボンの前を開くと、すっかり熱をもって硬直したペニスが外の空気に触れる。 「あ……おっきくなってる……はぁぁ、ちょっと嬉しいな……ヌルヌルしてるよ」 「梓のだって……」 さっきまで夢中で吸い付いていたアソコに、張り詰めたペニスの先端をあてがう。 にちっ……と、湿った粘膜の感触が、まるで電流のように俺の理性を突き崩そうとする。 「目をつむってたら終わるって聞いたけど……」 「だいじょうぶだよ、怖くなんてないから……あ、入りそう……」 梓は緊張しながらも、俺のことをじっと見つめている。 いよいよだ……。 ──脱・童貞! 島に向かう最中から直太が繰り返していたフレーズが頭に浮かぶ。 あれからえらく紆余曲折があったが、あるいは最短距離でここまで来たような気もしている……。 「行くよ……」 優しい声で緊張を何重にもくるんで、腰をゆっくりと前に進めていく……。 「ふッ……んん……ッ!!」 ヌルヌルの入口を抜けようとしたところで、肉の抵抗にぶつかった。 アソコの外側は完全にウェルカム状態だったのに、内側は小さく身を縮めているようで……それは緊張をこらえている今の俺たちと一緒だ。 「だいじょうぶ……?」 「うん、う……んッ!」 ギュッとシーツにシワが寄る。 無意識に力をこめてしまう梓の中を、ゆっくりと押し広げるように腰を進めていく。 「うぁ……あ、あ、あ……ん、んんッ!!」 ゆっくりしているつもりでも、かなり焦っているのかもしれない。自分のやってることがわからなくなる。 これがセックス……いや、ここからがセックスなのか? 「はぁ……はぁ……っ……!」 入口の抵抗をなかなか抜けられない。あんなに小さな性器なんだから、当然かもしれない。 「ゆーと……くんっ、だいじょうぶ……私、大丈夫だから……ッ!」 「梓……でも痛そうだ」 「痛いのはダメじゃ……ないよっ…………それに、ゆーとくんの大っきいから、もっと無理だと思ってたけど……はぁ、はぁぁ……」 息も絶え絶えに、梓が『大丈夫』の言葉を補強してくれる。 「無理だったら、すぐ言ってくれよ……んッ」 梓の言葉に勇気付けられるように、腰をさらに進めた。 にゅるん……と肉の抵抗に跳ね飛ばされ、それをねじ伏せるように、ゆっくり前に。 「あ……あァ、あ……ん、んーーーッッ……!?」 やがて……ぬるっ……と、先端部分が完全に梓の中に入り込む。 「はぁぁ……っ」 ようやく息をついた。とたんにすごい充実感が押し寄せてくる。 だが、まだ入ったばかりだ。 自分に言い聞かせて、さらに腰を奥へ進ませる。 「んッ、んう……んんんッッ……うううーーーーーッッ!!」 「梓、だいじょうぶか?」 「うん、うんっ……平気……ん、っくぅぅ…………ッ! はぁ、はぁ、はぁ……なんかね、ちょっと気持ちよくなってきたかも……」 俺を気遣って、わざわざ見え見えのウソをつく。 俺のために懸命に苦痛をこらえている梓を見ながら、小さくて狭い肉の連なりを押し広げ、奥へ、奥へと潜り込んでいく──。 「あ、入る……ッ」 途中、肉の抵抗が緩んだ瞬間、根元深くまでペニスが飲み込まれてしまった。 「はっ!? あぁあぁああァァーーーーーーーーーーーーッッ!!!」 悲鳴とともに、ペニスを取り巻いた粘膜がいっせいに締め付けてくる。 「入った……」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……うん、うん…………入ってる……ゆーとくんっ……」 うわ、すごい……なんか上下左右狭くて……身動きが! 「大丈夫か? 痛いのは……?」 「はぁっ、はひぁ、はひ……大丈夫、だいじょぶだけど……あ、あーーーっ……はひぁぁ……あ、あ……あぁあぁぁ……」 「わかった、しばらくこのままでいよう」 「はぁ、はぁ、でもそれじゃゆーとくんが……」 「俺はこうしてるだけで、けっこう幸せだし」 とは言ったものの、これではまるで身動きとれない。 このままじゃ、梓の性器の中で遭難してしまいそうだ。 「はぁ、はぁ……あぁぁ……ゆーとくん…………あ、あ、大っきいぃ……」 「AVみたいなの言わなくていいからな」 「そうじゃなくて、あ、あ、大っきくなってきたの……あ、はぁ、はぁぁ、あぁぁ……ァァ!」 本当だ、うねうねしてるのに包まれてるだけで、俺のほうもイッてしまいそうになっている。 「はぁ、はぁ、はぁ……ハァァぁ……ゆーとくん…………ッッ」 1、2分ほど立ち往生していただろうか。ちょっとづつ、梓の痛がりかたが弱くなってきた。 二人の結合部からは赤い血がにじんでいる。 だめだぞ、美味そうとか思うな……俺! 「大丈夫か?」 「うん……なんとか……はぁ、はぁ……すごいね、エッチって」 「大丈夫……ちゃんとするから、安心してろよ」 なんの根拠もない『大丈夫』だが、今はそう答えることしかできない。 きっとだいじょうぶ──そう願いながら、梓の様子を見守る。 「はぁ……ッ! あぁぁ……すごい、ゆーとくんが入ってるの、わかる……」 ひくっ、ひくっ……と腰を上下させながら、梓が俺を見つめる。 「はぁっ……はぁっ……もっとオトナっぽい身体だったらよかったのにな……」 「余計なこと考えるなよ」 「うん……はぁ、はぁ、はぁ……はぁあ……はぁ……はぁ……動ける?」 「もう少し……」 俺は強引にでも動けるが、梓の反応のほうが大事だ。 そもそも体格が違いすぎるのだ。俺はまるでロッククライミングでもするみたいに、少し進んでは立ち止まり、先に進めるルートを探していく。 ──10分もそうやっていただろうか、次第に梓の表情が和らいできた。 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁ……ゆーとくん……はぁ…………ん、はぁぁ……はぁぁ……」 「落ち着いてきた?」 「まだジンジンしてるけど……うん、なんか麻痺してるみたい」 「これは?」 「あッ……ん……けっこう平気……はぁ、はぁ……はぁ……はぁぁァ……ぁ」 軽く腰を動かしても、さっきほど激しくは反応しない。 これなら行けるかもしれないな。 「じゃ、動いてみる……ゆっくりな」 「うん……あ、あ、あ……はぁ、はぁ、はぁぁぁ……あ、あ、はぁっ……はぁ、はぁ、はぁぁ……ゆーとくん……はぁ、はぁぁ」 奥のほうで小刻みに動かすと、梓の表情がトロンとまどろんできた。 「痛く……ないのかな?」 「わかんない……でも、あ、あ、なんか変な感じ……むずむずしてるよ……あ、あ、あ……これ、これなんか変……っ」 「これって……これ?」 「あ、あ、あっ、そう……そう、それ……はぁ、はぁ、はぁっ……なんか、なんかすごい、なんかすごいよ、ゆーとくんっ!」 梓の中を小刻みに探っていくと、次第に吐息が興奮してくるのがわかる。 「おなかの中痺れてる……あ、あ、あ、あっ……はぁ、はぁ、はぁぁ……動くと、あ、あ、あ……びりびりってするの」 ああ、こっちもとろけそうだ。 安心したら一気に快感が押し寄せてきて、今度は俺がさらわれてしまいそうになっている。 「梓、感じてるのか……あ、あ、すごいな……締まる」 「わかんないけど……あ、あ、ゆーとくん……ん、んぁぁ……痛いけど、でも……あ、あ、すごい……アソコ変になってる……っ」 梓の反応を見ながら、次第にストロークを早く、大きくしていく。 「ここは?」 「うん、そこそこそこ……あ、あ、いいよ、もっと強くしても平気そう……あ、あ、あっ、はぁっ、はぁっ……はぁぁあぁぁ……ッ!!」 ──ちゅぽん。 変な音がした。勢いあまってペニスが抜けてしまったのだ。 慌てて位置を調整して、また梓の中に分け入っていくと……。 「ん゛ぅぅーーーーーーーーっっ!!!」 「ご、ごめん!」 「あ、あ、あーーっ、ちがうの、平気……あ、あ、おかしいよ……アソコが変なの、痺れてる……っ!」 これは……明らかに感じている? 梓が、俺のペニスで! 嬉しくなった俺は、本能のままに腰の打ち付けを強くしていく。 「あ、あ、はあぁーーっ! ゆーとくん、はぁぁっ……ゆーとくんっ!」 痛さが快感になっているのか、それともアソコの感覚が麻痺しているのか。 俺が腰を突き入れるたびに、梓が快楽をあらわにして泣きあえぐ。 「梓……梓っ……!」 「はぁ、はぁ、はぁぁ……うん、うんっ……ゆーとくん…………っっ!!」 ──きゅぽん。 何度も梓の名前を呼び、抜けそうになったペニスを再び奥深くに突き入れる。 そのたびに、聞きなれない音が耳朶を打つ。 ──きゅぽっ、きゅぽん……! え……うわ、なんだこの音!? 結合部が激しくこすれるたびに、AVでも聞いたことのない音が上がるのがわかった。 「あん、ああん……ゆーとくん……あ、あ、あーーっ! ああん、ああーんっ!」 艶かしい喘ぎに混じって、肉を打ち付けあうパンパンって音と、きゅぽんって謎の音──。 ──きゅぼっ、きゅぽんっ! なんだこれ……すごい……女の子って、こんな音するの!? 「はぁ、はぁ、はぁ……梓……あずさっ!」 もっといやらしい音が出やすいように、何度も角度を変えてペニスを抜き挿しする。 そのたびに俺は激しく締めつけられ、脳の中身がどんどん梓の色に染まっていく──。 「あぁぁっ、はぁぁーぁぁ……なんかエッチな音してる……あ、あ、あ、私どうなっちゃってるの?」 「はぁ、はぁ、可愛いよ……はぁ、はぁ、だめだ、これヤバい……!」 「うあぁあぁ……んぁ、んああぁぁあぁぁッ……すごい、すごいよ……あん、あん、えっち、ゆーとくんエッチ……ぃ」 きゅぽ、きゅぽっ──って、梓にこんな恥ずかしい音を出させてしまっている。 まるで吸盤が吸い付くみたいな……そう思うだけで、恐ろしく興奮する。 今だけは、梓の恥かしい秘密も、なにもかもが俺のものになってしまったみたいで……。 「はぁ、はぁあぁぁ……ゆーとくんの大っきぃ……大きいよ……あ、あ、あはぁあぁぁ……ぁあぁぁっ」 俺のが大きいんじゃなくて、梓のが小さいんだ。 抜き挿しをするたびの吸い付き感がすごくて、腰が砕けそうになる。 ──きゅぽっ、きゅぽんっ。 やばい……『ぽ音』が半端ない。俺の知っている古今東西全てのサウンドを凌駕している。 こいつが脳を痺れさせているんだ。まるで耳から入り込んでくる麻薬みたいに。 「あそこが……あそこが変になってる……あ、あ、あーーっ、ゆーとくぅん……はぁ、はぁ、はぁぁ、おち……おち●ちん大っきいよぉ……!」 摩擦音の麻薬のせいか、梓が可愛くて仕方がなくなっている。 こんなの初めてだ。梓を支配したのと同時に、梓に支配されてしまったような感覚。 「うぁ、うぁあぁ……ドロドロになっちゃってるよ! 私のあそこ、おかしくなっちゃってる……んぁあぁぁーーぁあぁぁ!」 結合部を覗き込んだ梓が、さらに激しく乱れあえぐ。 「あ、あ、ああああ……ゆーとくん、ゆーとくんっ!」 梓のおしっこと愛液の混ざったのが、俺たちの間で糸を引いている。 このエロい音はそのせいか? ルーカスのスタジオでも作れないぞ、こんなの。 「ん、キス……」 「あ、うん……ん、ちゅ、ちゅ、れるれる……ん、じゅるるる……っ」 腰を打ちつけながら、梓の唇をむさぼる。 「ゆーとくん……ん、じゅる、ちゅ、ちゅ、れるれる……はぁぁ、んむ、ちゅ、ちゅぅぅ……ん、んーーっ! んはっ、んあっ、んあぁ……んむ……ン!」 ヤバい──。 今度はなにがヤバいって、梓が好きすぎる。こんな執着……こんなの俺じゃない。 俺じゃないけど、俺をこんな風にしたのが梓なら仕方がない。 「ん、じゅる……ぷは……ぁぁ……はぁっ、はぁぁ……ぁああぁああああッ!」 唇を離すと、梓のなまめかしい叫びがあがる。 同時に鼻の奥に突き抜ける、発情した梓の匂い──。 「すごいエロい匂いしてる……」 「んあっ、してないよ……れるれる……んぁ、ああん、吸血鬼の力は使っちゃだめだよっ」 「使ってないけど……はぁぁ、クラクラするよ」 「はぁぁ、ん、じゅるる……あん、あぁん……んじゅる……はぁああぁあぁッ……やだやだ、恥ずかしいよ、あんまり匂い嗅がないでぇ」 そうは言われても、このままじゃ俺自身が梓の匂いに染まりそうだ。 「俺のち●こ、いま梓の匂いになってるんだろうな……ん、んんっ!」 「あぁぁ……えっち……ちゅ、ちゅ、れろれろ……んあぁぁ……いま、匂いつけてるの? ゆーとくんのおち●ちん、私の匂いにしちゃってるの?」 「ああ、梓専用にしてる……ん、じゅる……」 「はぁぁあぁぁ……私のなんて……あ、あ、すごい……えっちだよ……ちゅ、れるれる……はぁぁ、ん、んーーっ……ちゅ、ちゅぅぅ……」 梓は俺のもの……苦痛をこらえながら俺を受け入れて、俺が求めると素直に舌を出してきて……。 けれど、いま俺を支配しているのは間違いなくこいつだ。 「はぁぁ……梓……梓、好きだ……ん、ちゅ、ちゅ……」 言ってしまった。 Hの最中に身も蓋もない言葉。けれど口に出すと不思議と心地がいい。 「ゆーとくん、はぁ、はぁぁ……私も好き……んぁぁ、れるれる……ん、ちゅ、ちゅぅぅ……」 梓のほうがよっぽど自然な響きだ。 俺には真似できない部分に感心しながらふたたび唇を合わせ、舌をからませる。 「はぁ、んむ……ちゅ、ちゅ、れるれる……あ、あ、あっ……そこ……んむ……ん、ちゅ、ちゅぅぅ……れるれるれるれる……」 懸命に舌を突き出した梓の顔。 むっと立ち込める梓の匂い。 麻薬みたいなきゅぽんって音。 トロッとした唾液の味。 ペニスから脳幹に直通する粘膜の刺激──。 五感が梓に塗りつぶされると、一気に射精の衝動がこみあげてきた。 「んぁ、んじゅるる……ゆーとくん……ん、ちゅ、ちゅぅぅ、れるれる……じゅるる……」 「あ……あ、あ…………ッ!!」 このまま、梓に包まれたまま果ててしまいたい。 そんなことを思いながら、一気に腰の打ち付けを早くしていく。 「あっ、あーーーっ!! ゆーとくん……あ、あ、はぁぁ……ぁあぁぁッ!!」 きゅぽっ、きゅぽん──と音がするたびに、梓の体が痙攣を起こしたように震えだす。 「はぁぁっ……あ、あ、あーーーっ!!! だめだめ、私もイっちゃいそう……あ、あ、あ……ゆーとくん、ゆーとくんっ!!」 ああ、もう全てが愛おしい。 梓の表情も、梓の声も、梓の反応も、梓の締め付けも、粘膜も、舌の動きまで……。 「好きだ、大好きだ、梓!」 このまま、梓に包まれて……!! 思った瞬間、全身が激しくうち震えた。 「んあっ……!?」 「……っく…………ッッ!!!」 頭が真っ白に染まり、梓の中に大量の精液が射ち出されていく。 「はぁっ……はぁーーーぁぁ……っっ……あ、あ……あ…………ッッ!!」 精液が射ち出されるたびに、梓の腰が跳ね上がる。 そのたびに中の粘膜が俺を締め付け、さらに精液を搾り取ろうとする。 「はぁぁっ……すごい……はぁ、はぁ、いっぱい……はぁぁ…………ぁ」 「はぁ…………あぁぁっ……」 射精を終えた俺は、そのままがっくりと息をつく。 もう限界だ──急いでペニスを引き抜いた俺は、つるんとした下腹部の上で思いの丈を解き放つ。 「……っく…………ッッ!!!」 頭が真っ白に染まり、梓の身体に大量の精液が射ち出されていく。 「んあっ……あ、あ……はぁぁ…………っっ!?」 梓の下半身からシャツの上まで、精液が糸を引いて付着する。 「はぁぁっ……すごい……ゆーとくんの……熱い……」 「はぁ…………あぁぁっ……」 射精を終えた俺は、そのままがっくりと息をつく。 ぼんやりとした視界の中で、梓が優しく微笑んでいる。 「はぁ、はぁ、はぁぁ…………ほんとにしちゃったね……」 「ああ……すごい緊張した」 「私も……でも途中から気持ちよかった……はぁ、はぁぁ……ゆーとくんは?」 「もっと好きになったよ」 「あん、もう……私もだよ……ゆーとくん……☆」 ホッとした笑顔をほころばせている梓だが、アソコはまだヒクンヒクンとなまめかしく動いている。 「はぁ、はぁぁ…………ぁぁ……っ……ごちそうさまでした」 「ご、ごちそうさま?」 「え? だってビデオでも言ってたし……はぁ、はぁ……あ、あれ? ひょっとして今の変だった?」 「いや、気にしなくていい」 「よ、よくないよ! もしかして私、今までも変なこと言ってた? どこまでが正解!?」 「不正解なんてないよ、大丈夫」 「ならいいけど……はぁ、はぁ……じゃあ、最後にここ広げるのもしなくていいのかな」 「広げる?」 「だって、近づいて確かめたりするんでしょ?」 「えーと、それは……しなくていいかな?」 「よかったぁ……ちょっと恥ずかしいなって思ってたから、最初から気になっちゃってて……」 「そのかわり、もう一度キス……」 「え? ん、ちゅ、ちゅ……んふ……んんん……ッ!? ぷは、ちょっと、また入ってきてるよっ!?」 「そのままもう1回ってパターンも、ビデオにあっただろ?」 「え? え? それはあったけど……え!?」 「ほら……!」 「んあっ、あ…………はああぁあああぁぁぁーーーーぁあぁぁッ!」 ──40分後。 「ふにゃぁ~~~~~ぁぁ……」 「はぁぁ……またイけたな?」 「うん……ゆーとくぅん……ふに、ふにぃぃ……ごろごろ」 幸せオーラ全開の梓が、俺の胸に頭をすりすりさせてくる。 「はぁぁ、怪我治ってよかったぁ」 「そうだね……でもこれって怪我のおかげかもしれないよ?」 「はは、難しいところだよな」 くすっ……と笑った梓が、少し間をおいてモジモジしはじめる。 「…………んーと…………ゆーとくん? あ、あのね……えへへ」 「?」 「そ、その……えっと……そこ、もう少し見てもいい?」 「そこって……ち●こ?」 「わぁぁ、露骨だよ! だって……さっきはゆーとくんばっかり見てたから」 「ん、いいけど……ほら」 「ふぁぁ!? ごくっ……やっぱりエッチだね……くすくす、ゆーとくんのまた大きくなってるよ」 「それは通常の状態」 「そんなことないよ、ほらピクピクしてるし……はぁむ……あむ、ちゅ、れるれる……」 「お、おい……また!?」 「ちょっとキスするだけ……ね?」 ちょっとって……え? ちょっとって!? 「ん……ごくっ……はぁぁ…………もう出ないかなぁ?」 「はぁ、はぁ……おかしい……真面目なはずの寮長にこんなに迫られるなんて……」 「いいじゃない。だって佑斗くんの感じてる顔も見たかったんだもん」 「……舐めるのとか、ビデオ見て練習したの?」 「え!? ええ? なんでそう思うの?」 「なんかそれっぽかったから」 「そ、それは内緒! でも……どうせだったら、こういうコトも上手な恋人のほうがいいでしょ?」 「こ、恋人……」 「え? ま、ま……まさか違った!?」 「いやいや、絶対そんなことない! ていうか……あらためて言われると嬉しいもんだと思ってさ」 「あ、あはは……ちょっと恥ずかしいけど」 頬を染めて笑う梓を見ていたら、またしても強烈な熱望がこみ上げてきた。 だけど、これは性欲じゃない。 梓にとって役に立つ俺でいたい──その、強い願望だ。 「梓……」 「ふに……?」 俺よりずっと小柄な身体を抱き寄せる。 こいつに無価値だと思われたくない──。 そんなこと思う梓じゃないことは俺が誰よりも知ってるつもりだが、だからこそ、なおさら強くそう思う。 なんだろう、この不合理な感覚は。不合理だからセックスなのだろうか。 「居場所……また増えた?」 「え?」 「私は、ちょっとそんな感じかな……」 引越しと居場所の話……確かに、たった今を境に、また新しい俺の居場所ができた気がする。 海上都市でも、月長学院でも、この寮でもない……もっと実感のこもった場所が。 「なら……どこにも行くな。里に帰ったりせず、俺と一緒にいてくれ」 「……うん、そうする」 「ああ……」 「嬉しいな、今のってかなり本音だよね?」 「それはノーコメントで」 何かあっても、これからは全部一緒だ。梓と一緒に解決する。 そう思いながら、小指と小指をからめる。 「指きりするか?」 「なんの約束?」 「わかんないけど……」 「くすくす、そうだね……ゆーびきーりげんまん……♪」 「ただいまー」 「よお、お帰り」 「ユート!? え、え、もういいの?」 「一応、完治なんだってさ」 「大怪我だったのに、すっかり調子いいみたいですね、六連先輩」 「そういえば、お見舞いに行ったときより顔色もいいね」 「へえ、腕もちゃんと動いている。噂どおりの[イモ]不[ータ]死[ル・]の[ヴァ]吸[ンパ]血[イア]鬼だね」 「噂?」 「風紀班に首を切られても死なない吸血鬼がいるって。まあこれは実証されたわけではないのだけど、そうだ佑斗君、よかったら……」 「よくない。でもそうか……学院の中ずいぶん壊しちゃったからな」 「食堂、3日くらい入れなかったよね」 「現場検証とかしてたもんね」 「でも、休んでなくていいの?」 「ああ、身体動かしてるほうが落ち着くし、さっそく今日から仕事さ」 俺の電撃退院にみんな驚きながらも、すぐに空気はいつもの日常に戻る。 変に大事に扱われるより、このほうがよっぽどありがたいな。 「そういうわけで六連佑斗、戻りました」 「同じく布良梓、今日から通常任務に戻ります」 「本当に戻ってきたのか」 「吸血鬼の再生能力をも凌駕しているわね」 学院から支部に直行していた美羽が、俺の退院に目を丸くする。 「1週間も寝込んでたけどな」 「そういうレベルの怪我じゃないんだけど、まあ佑斗じゃ仕方ないわね」 「残念そうに言うな」 「布良の看護のおかげかな」 「え!? あっ、い、いえその、私は…………ふにぃぃ……」 「どうしたの?」 「なっ、なんでもないよ! なにもないから!」 「エヘンエヘン!」 「人手が足りなくてたすかった。さっそくだが仕事だ」 「はい!」 「任せてください」 「うん、こいつを頼む」 ──どさっ、と置かれたのはどこかで見たようなダンボール。 「げ……ま、またですか!?!?」 「クスリとジダーノの後始末で各方面渋っていてな。さいわい奥の会議室が空いてるから使っていいぞ」 『はぁーい……』 「んーーーっ、おわったぁ」 「復帰早々ハードな任務だったなぁ」 「ね、もう頭くらくらしてるよ~」 「ちょっと飯でも食って帰るか?」 「いいの?」 「ああ、たまには行こうぜ」 「く……こんなもので」 「いいよいいよ、ぜんぜん。ドーナツとか好きだし!」 「すまん、財布が空だったなんて」 入院をするんで、必要なお金しか用意してなかったのが不覚だった。 観光客向けのスタンドなかったら、危うくコンビニのおにぎりになるところだった。 「レストラン張り込むつもりだったのにな」 「ここだって、オープンカフェだと思えばいいよ」 「ではお嬢様、お席へどうぞ」 「ふふふー♪ なんかいいね」 噴水を囲むベンチに腰を下ろして、ドーナツとドリンクで朝食を取る。 「ほしいもの?」 「いや、ほら、みんなは普段どんなことに金つかってんのかなって」 「うーん、けっこう必要なものは揃ってるからね」 「今はお守りとか?」 「巫女さんがお守りっていうのは、どうなんだ?」 「巫女さんって言っても、私は踊ってるだけだったし」 「近所の神社の手伝いだったんだよな」 「そう、舞姫って言って、楓ちゃんも一緒」 「でもね、舞姫にはもうひとつ大事な仕事があって、狩りのときは囮になるの」 「吸血鬼に襲われる役ってことか?」 「だから、お守りをみんな大事にしてるんだって」 「でも、どうして急にそんなこと?」 「あ、ああ、いや、ほら、あの、なんだ、やっぱ梓のことはいろいろ知っておきたいし」 「──!」 「変な意味じゃない、変な意味じゃないからな!」 なにを動揺しているのか。まったくこれだから童貞は。 いや、童貞じゃなかった!! 「? どうしたの?」 「な、なんでもない!」 頭の中を、あのときの梓の姿が駆け巡っている。 だめだ、このエロいのをどうにかしないと。 「ちょっと仕事疲れかな」 「だよね、私もなんか疲れたよ」 「まったく、カップルでエロDVDチェックだなんてなぁ」 「そ、そうだよね」 いくら吸血鬼だからって、さすがに支部ではじめるほどケダモノじゃない。 おかげで予想を超えたハードな任務になった。主に俺が。 「ふーむ……はぁぁ……」 「ん?」 「うーん……」 「どうした?」 「あ、あのさ……佑斗くん、私の中って狭い?」 「は?」 「だから、中……えっと、ちゃんと言う?」 「ぶっ!? 言わなくていい! なんだよいきなり!」 「さっきのビデオ見てて思ったんだけど、佑斗くんのって大きいから、狭くて居心地悪いんじゃないかな……とか」 「いやあ、それほどでも……」 じゃない! 梓、横でドーナツ食いながらそんなこと考えてたのか!? 「私も、少し広げたりしたほうがいいのかな? どう思う?」 「するな! 世界の損失!」 「やだなぁ、オーバーすぎるよ」 「日常のテンションでそんなこと聞かれるとは思わなかった」 「だって、他の人に聞いたら嫌でしょ?」 「そりゃ、そうなんだが」 ともすれば暴走しそうな本能を、必死に押さえ込んでるこっちの事情もあるのだ。 「そんなに小さかったかな……見てもいい?」 「ふに!? だめに決まってるでしょ、こんなところで!」 「場所を変えればいいのか?」 「だめ! あとで!!」 「あとで?」 「り、寮に戻ってからね……」 「よし、急いで帰るか!」 「もう……ばか、えっち……」 「なにやってるのー?」 「エリナちゃん!?」 「い、いま帰りか」 「うん、なんかいい雰囲気なのかなーとも思ったんだけど」 「そうでもなさそうだったから声かけちゃった。一緒に帰ろっか?」 「う、うん……そうだね」 「だから、そんなことないよぉ!」 「ほんとにほんとにほんとにー?」 「だからないってば!」 「なんにもなかったの? ずーっと献身看護してたのに?」 「そういうんじゃないってばぁ」 「うーん、怪しい」 「どうしてそんな風に思うの?」 「だって、アズサなんかエロっぽくなったもん」 「ぎく!?」 「い、い、艷っぽいの間違いでしょ。それに、そういうのは第二次性徴だってきてるんだから普通に」 「普通にしちゃった?」 「え? え? し、しちゃったってなんのこと?」 「ユートとらぶらぶエッチ♪」 「っっっ!!!」 「……あれ? いつもなら怒るのに」 「あ……! え、え、え、エリナちゃん、そういうエッチなのはめめめめめめっ!」 「アズサ、まさか……?」 「ぎぎぎくっ!」 「まさか本当にオ・ト・ナな経験しちゃってたりして?」 「~~~~~~~~~~~~~~!!!」 「だっ、だっ、だっ、誰ががが!?」 「なんか、すごく汗かいてるんだけどぉ?」 「だって夏だから!」 「ふーん、教えてくれないんだ」 「ほ、本当に知らないし」 「そう、なら胸に手を当てて?」 「……う」 「その手をユートの手だと思って、どんな風にまさぐってくれたかを思い出して♪」 「だ・か・ら、してないのぉ!」 「恥ずかしがっちゃって、かわいいなぁアズサは」 「その魅惑のロリータボディでユートをメロメロにしちゃったんでしょ?」 「ち、ちがうよっ!!」 「エリナ知ってるよ。ユートは小っちゃいおっぱいも行けるクチなんだよね~♪」 「そ、そんなことないよ、佑斗くんは胸ほとんど触ってないし!」 「おや?」 「ふに!?!?」 「おやおや~?」 「あ、あ、あっ、違うよ、これはその……あの……」 「……ユートのち●ちん」 「あ……!」 「ユートの勃起したおち●ちん。カチカチのペニス、とろとろのせーえき」 「あ、あぁぁ……はぁ、はぁ、はぁ……」 「う、うそでしょー!?」 「な、なななななにが!? なにがっっ!?」 「アズサ、絶対本当になにかあった! だってリアルに想像してるもん!」 「ふぇぇぇ……それは、それは……っ!」 「……よかったね、アズサ」 「エリナちゃん……」 「アズサ、オトナになりたいって前から言ってたし……」 「あ……」 「おめでと」 「うん……ありがと」 「にひひ……今の自白だよね。アズサのエッチぃ~♪」 「ああっ、ひどい。せっかくいい雰囲気だったのに!」 「エリナも風紀班で取り調べとかできちゃったりして」 「ね、ね、それでユートってどうだった? 優しかった? 上手かった? 感じちゃった? イっちゃった? 潮吹いちゃった?」 「あう、あう、あう…………し、知らない……」 「なーんか全部図星って顔だね」 「ふえええええん、エリナちゃんいじわるー!!」 「うにゃぁぁぁーーーーーーーーっ!!」 「にひひひ」 「……なんか騒いでるな」 「最近仲いいわね、あの2人」 「六連先輩と布良先輩もこのところ仲が良いんですよ」 「そ、そうね、そうだったかな?」 「まあ、仕事の相棒だし!」 「そ、そうね、ふふふふ……」 「稲叢さん、傍から見ててわかるくらい?」 「はい、わたしとひよ里先輩みたいで」 平和な比較対象を出されて、ホッと胸をなでおろす。 「で、佑斗は誰にメールを打ってるのかしら?」 「アンナさんにだよ。結局あれっきりだから、ちゃんと挨拶しに行きたいとこなんだが」 「今は難しそうね。念のために所在を隠してもらっているし」 「まだ事件が終わったわけじゃない……か」 「リベンジしたい?」 「今はジダーノよりも目の前の仕事だな」 「幸せそうね」 「え?」 「なんでもないわ、おやすみなさい」 「………」 「胸が、熱い……」 お湯に浸かった身体が熱い。 でも、これは……お湯の熱さとは違う気がする。 身体の表面が熱いわけじゃない。 「もっと奥の方……心臓、かしら?」 と言っても、病気じゃないだろうけど。 ………。 やっぱり、おかしい。普通じゃないと思う。 「やっぱり、あの時……佑斗に触れられてから……」 「勝手に人のおっぱいを揉むだなんて、むかっ腹が立つわね」 あの時のことを思い出したら、またイライラしてきた。 それと同時に……もの凄く、恥ずかしくなる。 すると、また胸の奥が熱くなっていく。 もう数日前のことなのに、いつまで経っても熱が治まらない。 治まらないから、さらに気になってくる。 「たかだか胸を揉まれたぐらいで……こんなことになるなんて」 「しかも上着の上からだったんだから、そんなに気にすることじゃない。子供じゃあるまいし」 「不本意ながら、胸を見られたこともあるんだから、今さら胸ぐらい……むね、ぐらい……」 「………」 やっぱり、考えれば考えるほど、熱が治まることはない。 試しに自分で自分のおっぱいを揉んでみる。 むにゅむにゅ……うん、柔らかい。 張りもいい方だと思う、恥じるような大きさでもないし、感度も……まぁ、悪くはないかな。 ハッキリと誰かと比べたことがあるわけじゃないけど。 「でもやっぱり、こんなのくすぐったいだけだわ」 気持ちよくなるようなことは勿論、悩みの原因である熱を感じることなんてない。 なのに……。 「佑斗に触られたこと、忘れられない」 恥ずかしいからじゃない。胸の奥の熱が忘れさせてくれないんだ。 それを思うと、鼓動と呼吸が速くなってしまう。 単に思い出しているだけだというのに、それだけで頭がボーっとしてくるぐらい……。 「……コレってやっぱり……」 「のぼせた……かも……」 「おはよう」 「おはようございます、六連先輩」 「おはよう、稲叢さん。いつもご飯、ありがとう」 「いえいえ、気にしないで下さい。料理は好きですから」 「そうか。そう言ってもらえると……」 「稲叢さんの料理は、自分で作るよりも美味しいから、凄く助かってる。ありがとう」 「そんなこと言われると、いやでも気合いが入っちゃいますね。よぅし、それじゃ今日は焼き魚と煮物と、お肉と――」 「あの、稲叢さん。さすがにこんな時間から作りすぎなんじゃないかな?」 「いつも通りで十分だぞ。そこまで気合いを入れなくても」 「そうですか?」 「そうだとも。ほら、急に豪華にすると、明日からも期待しちゃうかもしれないわけだし」 「大丈夫です、わたし頑張れる子ですから」 「………」 この無垢な笑顔に対して……どう説得したものか。 「それにほら、あんまり豪華にしちゃうと金もかかってしまうだろう?」 「それは……そうですね。わたしの一存で勝手に食費を上げるわけにはいきませんよね」 「わかりました。それではせめて、手間はかけさせていただきますね」 「……稲叢さんの無理のない程度にね」 「はい」 ……ここまでやる気になってるなら、気力を削ぐのは無粋というものだろう。 まあ、無理をしてないかどうかのチェックだけはしておこう。 「さてと、先に合成パックを飲んでおこうかな。まだ冷蔵庫の中にあったっけ?」 「はい。確か……A型とO型でしたら、あったと思います」 「それじゃあO型をもらおうかな」 冷蔵庫を開けて、中から合成パックを取り出して口を付ける。 んー……こんなに真っ赤なくせに、オレンジのサッパリした後味、このギャップが徐々にくせになってきた。 「おはよー」 「おはよう」 「おはよう、諸君」 「おふぁよう」 「おはようございます」 「六連君、お行儀悪いよ、めっ」 「んっ、すまない。改めて、おはよう」 「うん。おはよう」 「……ふっ。佑斗君もすっかりこの寮に慣れたみたいだね」 「うん。歓迎会も済んだことだし、完全に寮の仲間だね」 「それじゃ、そろそろご飯にしましょうか」 「いやでも、美羽がまだだぞ」 「どうしたんだろう? もしかして寝坊なのか?」 「ちょっと様子を見に行ってくるか」 「その必要はないわ」 「ああ、美羽君。おはよう」 「おはようございます、矢来先輩」 「どうしたの、ミューが寝坊するなんて珍しい。あっ、さては、実は昨日の夜は相当激しいオナニーをしたんでしょう? エッチだねぇー」 「するわけないでしょう。アナタ、私のことを一体どんな目で見ているわけ?」 「エリナちゃん! 朝から変なこと言わないでよ、もー……」 「あー、そっか。そうだよね、ゴメン」 「大人だったら、やっぱり本番行為だよねっ! もー、ミューったら激しいんだからぁ~」 「だから、ちっがーーーーーうっ!! そんな話はしてないよっ!」 「でも、今日は少し変じゃないかい? 大丈夫?」 「ええ、問題はないわ。昨日は少し考え事をしていたから、そのせいよ」 「悩み事かい?」 「その考え事って、解決はしたんですか?」 「いいえ。まだ、解決はしていないんだけど……」 「もし、わたしで力になれることがあったら、言って下さい。なんでもお手伝いしますので」 「……だったら、一つ助けてもらってもいい?」 「はい。わたしに手伝えることでしたら、なんでも!」 「じゃ、少し失礼して……むにゅ、っとなっ」 突然、稲叢さんのおっぱいを鷲掴みにする美羽。 「うひゃひょわっ!? ななななにするんですか、矢来先輩!?」 「どう?」 「ど、どうってなにが、ですか?」 「胸を揉まれて、どんな感じ?」 「どんなって訊かれても……変な感じとしか、言えませんよ」 「それって、身体の奥が熱くなるような?」 「身体の奥というより、顔が熱くなります。あと、くすぐったいような……」 「……そう。ありがとう」 「え? あ、はぁ……どういたしまして?」 「……なぁ、ニコラ。人のおっぱいを揉むような悩みって、一体なんだと思う?」 「そうだねぇ……自分の胸にコンプレックスがあるとか?」 「でも、美羽君の胸って、コンプレックスを感じるような欠点があるとも思えないんだけど」 「だよな。形もいいし、大きさも申し分ない。柔らかさも十分だったもんな」 「……六連君、どうして形や柔らかさまで知ってるわけ?」 「それは……」 「ちょっとした事情で」 「ちょっとした事情……事故かい? 相変わらずのラッキースケベだね、キミは」 いや、揉んだのは事故じゃなく、俺の意思なんだけどな。 「ねぇ、エリナの胸も揉ませてもらっていい?」 「エリナのおっぱい? んー……代わりにミューのおっぱいを揉ませてくれるならいいよー」 「とにかく、今日の美羽は変だな」 「一体どうしたんだろう?」 「ねぇ、大房さん」 「はい、なんですか?」 「お願いがあるんだけど……胸、揉んでもいい?」 「………」 「……はいぃぃ?」 「まだやってるぞ、美羽のヤツ」 「ここまで来ると、おかしいってレベルじゃないね」 「起きてからずっと、誰彼かまわずあの調子だもんね」 「なにか、新しいことに目覚めたのか?」 「にしても……こうも女の子のおっぱいを揉みまくるのは変じゃないかな? ちなみに、梓君はもう?」 「……うん。も、揉まれちゃった」 「それで?」 「そっ、それでって……べっ、別に女の子に揉まれたからって、特に気持ち良くなったりは……」 『………』 「なんか俺、すっごいセクハラした気持ちになるんだが……どう、ツッコミを入れたものかな?」 「普通に、感想じゃなくて美羽君の反応を訊いてるんだけど? とかでいいんじゃない?」 「布良さん布良さん、胸を揉まれた感想じゃなくて、美羽の反応を訊いたつもりなんだが」 「え? あっ、そっ、そっか、そっか。もう、勘違いしちゃったよ」 「そのあと、どんな感じって訊いてきたから、くすぐったいって答えておいた」 「それで、満足はしたのかな?」 「満足していないから、ああして沢山の人の胸を揉もうとしてるんじゃないか?」 「ああ、そっか」 「本当、どうしちゃったんだろうね」 「ねぇ、胸を揉んでもいい?」 ……いきなりこんなセクハラをぶちかますだなんて、絶対に普通じゃない。 「なあ、美羽」 「佑斗? なに、どうかしたの?」 「今日はなんか変だぞ? 大丈夫か?」 「別に心配されるような問題はないわ」 「いや、あるだろ。何かあるなら、相談ぐらいには乗るぞ?」 「そうだな……なんだったら、俺のおっぱいも揉ませてやってもいいぞ」 「………」 「冗談だ。そんなに怒るな」 「本当に……触っていいの?」 「………………触りたいの?」 「佑斗が、触っていいって言うなら」 「まぁ、俺は別に構わないが……」 「だったら遠慮なく」 美羽は言いながら、本当に俺の胸に手を伸ばした。 「まさか、本当に揉むとは……」 「なに? 揉んでいいって言ったじゃない」 「揉まれることに問題があるわけじゃない。本当に揉んできたから驚いただけだ」 だが当然そこには、掴むような膨らみなどない。 「硬いわね」 「男だからな」 「あと、アバラ骨がゴリゴリしてる」 「どちらかというと、痩せ形だからな」 「……乳首、立ってる」 「揉まれりゃ反応もするだろ。変に興奮してるわけじゃないから安心してくれ」 「そう……これが、佑斗の胸……」 言いながら、ペタペタと俺の胸を触りまくる美羽。 その動きが徐々に小さくなり、指先でそっとなぞるような動きに変化する。 それはまるで……恋人同士の間で甘えながら、『の』の字を書くような……。 「………」 「佑斗、心臓が少し早くなってる」 「そりゃ、こんな状況なんだ。恥ずかしくて鼓動が速くなるのも当然だろう」 「その割には、やけに落ち着いているように見える。ちょっと生意気……」 「……なんとも理不尽な怒りだ」 「それで、まだ揉み続けるのか? いい加減、恥ずかしいんだが」 「……くふっ、この程度で緊張するだなんて。ど、童貞坊やを満足させるのは簡単で助かるわ」 「そういうことは童貞を、サラッと言えるようになってから言った方がいいぞ」 「さらっと言えてるわよ、童貞童貞童貞。ほらどう、満足?」 「………」 ……どうして自分をそこまで傷つけられるんだろう? 「……そんなに童貞を連呼してると、ビッチなマイナスイメージがつくぞ?」 「失礼なこと言わないで。私はビッチなんかじゃないわ。私はまだまだ未熟な膜張り娘だものっ」 「……うーん、唖然ってこういうことをいうんだな。もう少し場所と発言内容を考えようぜ」 「それより、まだ胸は揉み続けるのか?」 「もうちょっと。確認しておきたいんだけど……恥ずかしいだけなの? こう……胸の奥が熱くなったりはしない?」 「胸の奥が熱く? どうだろう、よくわからないな。ドキドキしているのは間違いないが」 「……なんだか普通の態度のままね、佑斗は。本当に生意気」 「さっきから一体何なんだ?」 「別に……何でもないわよ」 「それで、結局なんだったんだ?」 「特に大したことじゃないから、気にしないで」 「そうは言うが……少し心配だぞ。本当に大丈夫なのか?」 「ええ。問題ないわ、ちょっと確認してみたかっただけだから」 「確認って……なにを?」 「胸を揉まれたら……熱くなるのが、普通なのかどうか……」 「……? そりゃ、普通は熱くなるんじゃないのか?」 「特に女の子だったら、おっぱいを揉まれれば恥ずかしくなるのは普通のことだろう」 「そう。恥ずかしくなるのは普通のこと……でも、私のは……」 「それに他の人も……触られても、すぐに元に戻っていた……」 「………?」 「本当に大丈夫か? さっきからブツブツと」 「何でもないわよ。大人の女はこうしてブツブツと独り言を言うものなの、覚えておきなさい」 「そんな大人の女ばっかりの社会は怖いなぁ」 「あの六連君、ちょっといいですか?」 「2人とも、どうかしたのか?」 「彼女、どうだった?」 「ん?」 「あれ? 美羽君の様子を確認しにいったんじゃないのかい?」 「いや、その通りなんだが……そんなにわかり易かったか?」 「まあね。というか、普通は気付くと思うよ。キミ、ずっと美羽君のこと見てたし」 「今も心配そうな顔をしてますし」 「そうか?」 「眉間にしわが寄ってるよ」 「……むっ」 自分の眉間をマッサージ。これで元に戻ったかな? 「で、彼女の様子は? まさかとは思うけど、闇の力が暴走したとかじゃないよね!?」 「………」 「……あの、ごめんなさい。今は普通に喋ってもらえないですか?」 「そうかい? まぁ、了解したよ、全てこちらの言語で語ろう。で、彼女の様子はどうなの?」 「闇の力の意味はよくわからないが、多分違うと思う。話してみた感じでは……」 「感じでは?」 「何か悩んでるみたいに思えた、かな。あのおっぱいタッチも、その悩みが関係してそうだ」 「そっか。悩みの内容に心当たりは?」 「そうだな……おっぱいを触る必要があるような悩みには、心当たりがない」 「まあ、そうだろうね。さすがに胸の話ともなると、異性の佑斗君には難しいだろうね」 「できれば、励ましてやりたいとは思うが……やはり、放置するしかないんだろうか?」 「そうですねぇ……ちゃんと声をかけてあげた方がいいんじゃないでしょうか?」 「そういうのは、向こうからの相談を待った方がいいんじゃないか? ウザいと思われるかもしれないだろ?」 「私は、矢来さんはそういう人じゃないと思います」 「そのココロは?」 「彼女みたいなタイプは、なんでも一人で抱え込もうとするタイプだ」 「だとしたら、こちらから声をかけないと、相談もしてくれないんじゃないかと」 「なるほど」 「と言っても、根掘り葉掘り訊くのはいけないと思います」 「うん。それはタブーだね」 「気にかけているから相談できるなら相談してくれていいよ、というバランスが重要じゃないでしょうか」 「美羽君って、放置すると怒るくせに、構いすぎるとウザッたがる、厄介なタイプだろうからねぇ」 「………」 「ん? どうかしたかな?」 「ニコラって意外と女の子の気持ちがわかるんだな」 「それ、何気に失礼だよ」 「いや、すまない。普段からそんな格好ばかりしているから、自分のことばっかりかと思っていたんだが……勘違いだった」 「……ふっ。佑斗君、キミは大きな勘違いをしているよ」 「普段からこんな格好をしているボクだからこそっ、周りの空気に対しては敏感なんだよっ!」 「――ッ!?」 「じゃないと、面倒くさがられて……友達いなくなるかもしれないからね……」 「……お前も、色々苦労してるんだな」 「大丈夫だぞ、俺はお前の友達だ。心配するな」 「そんなに心配しなくても、大丈夫だと思いますよ。全然嫌われたりしていませんよ」 「ありがとう……2人とも、ありがとうっ!」 本当に色々苦労してそうだな。 というか、自覚してるなら止めればいいのに。 「そうか……一度は声をかけておくべきなのか……だが、ドストレートに訊いちゃダメなんだな?」 「そうですね。さり気なく、サラッと気づかえるのが理想的だとは思います」 「要求されてることのレベルが高すぎる。俺にできるだろうか……」 「外に行くといいと思います。ほら、遊びに出たりすると、気がまぎれるかもしれませんし」 「なるほど」 「わかった。とりあえず、声をかけてみる」 それで素直に相談してくれればいいんだが……あと、俺に解決できる問題だとさらにありがたい。 「おい、六連はいるか?」 「あっ、枡形先生が呼んでますよ」 「何か呼び出されることでもしたのかい?」 「いや……そんな覚えはないな」 「だとしたら、風紀班がらみでしょうか?」 「とりあえず、話を聞いてくる」 「《チーフ》主任……じゃなく、枡形先生、どうしたんですか?」 「あのな、どうしたじゃないだろ。口座はどうした?」 「コウザ?」 「はぁぁ……お前なぁ、前に話はしただろ、銀行口座だよ」 「あっ!? ……すみません、忘れてました」 「やっぱりか。事務の方から連絡があった。ちゃんと伝えておけよ」 「それから、ほら」 枡形先生が、懐から茶封筒を取りだし、俺の方に投げてきた。 「おっとっと」 咄嗟のことに慌て、お手玉をしながらも、なんとかその封筒を受け取ることに成功。 思ったよりも重みがあるな。 「今回だけ特別に手渡しだ。次からはこんなことがないように、ちゃんと銀行口座を連絡しておけよ」 「わかりました。すみません、手間を取らせて」 「じゃあ、確かに渡したからな。落としても俺は知らんぞ」 「すみませんでした。忘れないようにします」 「ああ、それから……お疲れさん」 「ありがとうございます」 言いながら俺は視線を、先生の背中から、もらった茶封筒に移す。 そこに書かれているのは『謝礼』の二文字。 「そういえば、雇用とは違う形にされてるんだったな」 「とはいえ、ようやく手に入れた初給料」 茶封筒の重みが、この島で暮らしてきたという事実を、より一層重くした。 「大切に使わないとな。寮の食費と公共料金と……それから……」 「あっ、そうだ。だったら……」 「美羽、少しいいか?」 「佑斗? どうぞ。鍵は開いているわよ」 「お邪魔します」 「なに? 部屋にまで来るなんて珍しい。どうかしたの?」 「頼みたいことがあるんだ」 「何か困りごと?」 「ちょっとな。確認なんだが、確か今度の土曜日って風紀班は休みだったよな?」 「ええ。何もなければ、そのはずだけど?」 「その日、美羽は予定とか入ってるか?」 「いいえ。今のところは何も」 「だったら、そのまま空けておいてくれないか?」 「それは別にかまわないけれど……何かするの?」 「ああ。一緒に出かけて欲しいんだ」 「できれば、俺と美羽の2人っきりで」 「別に構わないわよ。そう、2人で………………え? 今、なんて?」 「だから、今度の土曜日、俺と美羽の2人で出かけようって」 「……2人で」 「ダメか?」 「――コホン。別に……構わないわよ、それぐらい」 「そうか、ありがとう。なら、よろしく頼む」 「ええ。わかったわ」 「それじゃ」 美羽が頷くのを見て、俺は安心して自分の部屋に戻ることにした。 「………」 「2人で出かけようって……それって……」 「デート……なんじゃ?」 「ううん。違うわ、今どき2人で出かける程度のことで、デートだなんて……中学生じゃあるまいし」 「そう。2人で買い物に行ったり、映画を見たり、食事したり、ホテルで一泊する程度のこと、今どきの大人なら普通のことよ」 「子供じゃあるまいし、動揺なんてしてられないわ。大人の、普通の、対応を……」 胸が、熱い。 お湯に浸かっているからじゃない。 以前と同じで胸の奥の方が熱い。 「……どうしてか、落ち着かない」 心臓がトクントクンって早鐘を打つ。 「約束は週末で、まだまだ先のことなのに……」 「だから、今度の土曜日、俺と美羽の2人で出かけようって」 「………」 少しずつ、心臓も呼吸も早くなっていく。 でも……相手は佑斗だもの。少し考えすぎかもしれないわね。 「佑斗は凄く普通の態度だった。だからデートとか、そんなことあるわけがない。あの童貞にそんな度胸があるわけないもの」 きっと何も考えてないんでしょうね。ならやはり、私が大人の対応をするしかない。 「んー……大人だったらここは黒? それともやっぱり赤? ……いや、意外と紫かしら?」 「いえ、紫は欲求不満に見えたりするかもしれないわ。それに友達と出かけるだけなのに、気合いが入り過ぎよ」 やっぱり、ここは黒ぐらいで押さえている方が……何かあった時にも、対応できるわよね。 「あっ。でも……黒だと可愛い感じのがないかも。買いに行かないと」 「そもそも、下着だけでいいのかしら? やっぱりここは、服装との組み合わせで、全身のコーディネートを考えた方が……」 持っている服を考えると白が一番合うわね。でも、白だと子供っぽいって思われたり…… そうなると、服も新調した方がいいのかしら? ………。 「……週末まで時間はあるのだし、今からこんなに悩む必要なんてないわよね」 大体、異性と一緒に出かける程度で悩むなんて小学生でもあるまいし。 「大人なら、やっぱりここは勝負下着の一つでも用意しておくべきよね。童貞の佑斗が何かしてくるとは思えないけれど」 「でもまぁ……一応、本当に一応、念のために。佑斗に見せるためじゃなくても、今後必要になるかもしれないし」 「んっ、んんー……」 いつもの時間に目を覚ました俺はベッドから起き上がる。 「身体の調子に問題はなし、と」 気だるさなどもないし、寝起きも悪くない。 「これなら合成血液を飲まなくても、今日は健康に過ごせそうだ」 「たまの休日だ。ちゃんと有効に使いたいからな。それに……大事な約束の日だ」 体調が崩れなくて、本当によかったと思う。 「さてと、まずは着替えないとな」 「ごちそうさま」 「お粗末さまでした」 「いつもありがとうね、リオ」 「ううん。わたし、料理するのは好きだから、気にしないで」 「申し訳なく思ってないわけじゃないんだけど、やっぱり自分で作るよりも美味しいから」 「ついつい甘えちゃうんだよねぇ」 「確かに」 「そう言ってもらえると、わたしも凄く嬉しいです」 「さてと……それじゃ、そろそろ準備を始めようかな」 「布良さんは、今日は風紀班に出勤だったか?」 「うん、そうだよ。六連君と美羽ちゃんは、今日はお休みだったよね?」 「ああ」 「2人で出かけてみたりしないのかい?」 「いや、その予定だ」 「え、それって……」 「デートなのっ!?」 「いや、そんなつもりはないが?」 「ははー、なるほど。外に連れ出すのを、実践してみたわけだ?」 「まっ、そういうことだ」 「とにかく、お二人で出かける予定なんですね? でも、それにしては矢来先輩、遅くないですか?」 「時間はもう決めたりしてるの?」 「そう言えば……一緒に外に出る約束はしているが、細かい時間の打ち合わせはしてなかったな」 「同じ建物にいて、いつでも話せると思っているから、つい」 「そういう部分、ハッキリさせないとダメだよ。スパッと決めないと、優柔不断に思われちゃうかもしれないからね」 「なるほど」 「でも……いくらなんでも遅くない? 美羽ちゃん、休みの日だからって寝続けたりしないでしょう?」 「確かに。彼女が寝坊するなんて珍しいね」 「起こしに行った方がいいかな?」 「そうだねぇ……もしかしたら、体調を崩したのかもしれないし。声だけでもかけておいた方がいいんじゃないかな?」 もし体調を崩しているんだとしたら、ベッドから起き上がれないぐらい、ひどいのかもしれない。 「わかった。それじゃ、俺が確認しに行ってくる」 「ユート、いくらミューがまだグッスリ寝てたとしても、下着を漁っちゃダメだからね」 「……エリナの中で、俺は一体どういう存在なんだ?」 「美羽? もう夜だぞ?」 ………。 返事はなし、か。 「美羽、美羽?」 やっぱり返事はない。 試しにドアノブを軽くひねってみると―― 「あれ、開いてる」 「おーい、美羽さん? ちょっと様子をみさせていただきますよー、っと」 「――なっ、コレは……」 呼びかけながら扉を開けると、そこはいつもの美羽の部屋とは違っていた。 まず、目につくのは並べられた服の数々。 それと見慣れぬ形をした、薄生地の下着……まぁ、ブラジャーとパンツが放り出されているのだ。 「………」 おかしい。こんなに散らかっている美羽の部屋を初めて見た。 目をゴシゴシと擦ってから、改めて部屋の中を見回す。 やはり、部屋は散らかったまま。 そしてベッドの上には力尽きるように倒れている美羽。 とりあえず……散らばっている服や下着はあんまり見ない方がいいんだろうな 「おい、美羽。美羽ってば」 「んっ、ん……んん?」 「おはよう。大丈夫か?」 「大丈夫って……なにが?」 「いやだから、今日は起きるのが遅いから、体調でも崩したんじゃないかと思ってな」 「体調でもって……えっ、まさかもうそんな時間?」 「いや、まだ5時過ぎだが……美羽ならとっくに起きている時間だろう?」 「だから、もしかしたら病気で臥せっているんじゃないかと思って。その分なら大丈夫そうだが」 「え、ええ、問題はない。ただ昨日は少し寝るのが遅くなって……あれ? そもそもいつ寝たんだった、のか……」 「多分、力尽きたんじゃないか? 鍵もかけずに、服も散らばったままだし」 「服……?」 その言葉に反応した美羽が、ゆっくりと自分の部屋を見渡して、ようやく状況を掴む。 「その……とりあえず下着だけでも片づけてくれると、助かる」 「うぁっ!?」 「……はっ、はん。これだから童貞は。こんなの穿いていなければ、ただの布じゃない。ちゃんと洗濯も終わってるし」 「アナタ今、『うぁっ!?』って言いませんでした?」 「布面積は水着と大差ないんだから。気にするほどじゃないわよ」 「やっぱり佑斗って童貞よね、こんな下着を見たぐらいで顔を赤くしちゃうなんて、くふっ」 「ほぅ……それはつまり、もっと見ていいってことなのか?」 「……ぐっ……べ、別に構わないわよ。洗濯した下着を見られるぐらい、なんともないわよ」 「なら、お言葉に甘えて」 「……じー……」 わりと薄い生地でレースとかついているから、可愛らしいとセクシーが混ざり合い、なんとも言えない魅力を生み出している。 ふむ。なるほど。 実物は思っていた以上になんというか……胸をドキドキさせるな。 「………」 相反するはずの要素が、ここまで綺麗に合わさるだなんて、驚きだ。 男の下着と違って、飾りっ気もあったり、色んなタイプがあるんだな。勉強になる。 「じーーー」 「………」 中にはきわどい感じのもあって、これを美羽が身につけるのか。 このブラとショーツが、彼女の魅力的な身体を包み込む。 「………」 ……むぅ。 本人が目の前にいるせいか、想像すると徐々に興奮が抑えきれなくなってきた。 身体の一部が熱を持ち始めて……このままではまずいかもしれない、主に愚息の位置が。 「佑斗、Hな妄想をしてるでしょう? 顔がいやらしい」 「そう言われても……こんな下着を見ていたら、色々と考えてしまうだろ。それに、見てもいいと言ったのは美羽じゃないか」 「妄想まで認めた覚えはないわよ。いやらしいことを考えてるだなんて、これだから童貞は」 「……こんなオシャレ下着を見るのは初めてだし。男として、何も想像しないのも変だと思うが」 「とはいえ……くふふっ。そんなに顔を真っ赤にしちゃって。ただの布切れを見てそれだと、今後が大変よ、佑斗」 「よしっ、その言葉はノシ付けて、そっくりそのままプレゼントしよう!」 「う・る・さ・い」 「まぁ、起きたなら俺はもう戻る。美羽も早めに来てくれよ」 ………。 「っはぁ~~……ドキドキした」 ただの布切れを見られただけなのに……こんなに顔が赤くなるなんて。 頭まで熱くなったみたいに、ボーっとしてしまう。 「くそぅ、胸だけじゃなく頭までおかしくなってきたじゃない。佑斗のくせにぃ」 「とりあえず下着……どうしよう」 結局、当日になってまで決められなくて……このあり様を見られるなんて……。 「……不覚だわ」 「それじゃ行こうか」 「ええ、そうね」 「いってらっしゃいです」 「頑張ってきてねぇー」 「というか、わざわざ見送ってくれなくても」 「いやいや、初デートなんだから。やっぱりほら、派手にいかないと」 「ユートとミューのデートを祝してー、ばんざーいばんざーいばんざーーいっ!」 「止めんかっ! 戦時中のお見送りじゃあるまいし!」 「何言ってるのさっ、女の子にとって、デートは戦争みたいなものだよ」 「うんうん、その通りですよ。それにデートが戦争なのは男の人も同じです」 「初デートのリードの仕方で、その男の方の印象が決まると言っても過言ではないっ……て、聞いたことがあります」 「むっ、それは、確かに……」 2人っきりの時間をどう過ごすのか、そのファーストインプレッションは確かに重要だ。 今日は別にデートじゃないが、今後のために頭の隅にメモしておこう。 「六連先輩が、しっかりリードしないとダメですからね。優しく、女の子のことを考えないと」 「そうだよ、ユート。女の子のことをちゃんと考えて、しっかり付けなきゃダメだよ」 「何をだよ」 「ゴムをだよ」 「相変わらずストレートだな、エリナは。もう少し周りの反応というものを考えて発言してくれないか?」 「ゴム? にょーんって伸びるあのゴム?」 「ちゃんと持ってる?」 「ホテルに行く予定なんてないし、ゴムなんて必要もない。それに、そんなの買ったこともない」 「おーっ! いきなり外で、しかも中出し宣言だなんて……ユートってば、男らし過ぎるよ、もー、やんっ♪」 「どうしてそう、そっちにしか考えられないんだ……。もう少し俺の言葉をちゃんと汲み取ってくれ」 「生が一番って言いたいの? そりゃ興味があるのはわかるけど……でもね、もしもの際の負担は女の子なんだよ」 「だから汲み取る方向がおかしいだろっ!?」 「相手を大切に思うなら、ゴムは必須だと思うけど? あっ、でも……二人に本当に愛があるなら、生もアリといえばアリだね」 「……もういい、疲れた」 「あのー、ゴムって、あの輪っかのゴムでいいんですか? どこに付けるんです?」 「それは勿論、下の――」 「止・め・ん・かっ! 稲叢さんに変な知識を植え付けるんじゃないっ!」 「ダー、わかったよ。ゴメンね、リオ。教えられなくなっちゃった」 「えー……最近、そういうのばっかり。気になることがどんどん増えていくなぁ」 「ダイジョーブ。いつかリオもその手のことを知ることになるはずだから、にひひ」 「佑斗、いつまでそこで話しているの?」 「ああ、すまない。そろそろ行こう」 「買い物なのよね? だったら、ショッピングモールに行きましょう」 「ホテルの方じゃなくて大丈夫なのか?」 「いきなりホテルだって。最初からご休憩だなんて、2人とも若いんだからぁ~」 「本当、とどまることをしらないな、エリナは」 「……ご休憩? もしかしてお疲れなんですか? だったら、もう少し休んでから出発した方がいいんじゃないですか?」 「………」 ツッコミが俺一人じゃ追いつかんな、これは。 「とりあえず、いってきます」 「いってきます」 「いってらっしゃーい」 「あの、本当に大丈夫ですか?」 「ほぉ……かなりデカイ建物だな」 「ここは免税店も沢山あって、海外ブランドから日用の小物はもちろん、お土産まで取り扱っているから。それで、佑斗は何を買いに来たの?」 「そうだな……実はプレゼントを買いに来たんだ。で、ついては美羽に選んで欲しい」 「え、プレゼント……しかも、私に選んで欲しいって……それって……」 「ああ。布良さんたちに贈りたいんだが、できれば邪魔にならない程度で、いい感じの物を」 「………………へぇ」 「俺は男だし、こういうプレゼントってのも送ったことがないからな。美羽に手伝ってもらえると助かる」 「同性のアドバイスを参考にしたいと思う、んだ……が……」 「それで、私に選べ、というわけね」 「そ、そうなんだが……ちょっと怖いぞ、美羽」 「気・の・せ・い・よっ」 「………」 やっぱり、怒ってるじゃないか。 「そうね、そうよね、所詮童貞の佑斗なんてその程度なのよねっ」 「ほら、やっぱりこういう事になった。悩む必要なんて全然なかったじゃない……色々無駄にした」 「………」 かと思うと、ちょっとしょんぼりした? な、なんなんだ、一体? 「あの、美羽さん?」 「……これだから童貞は、童貞はっ」 「いた、いたたた、な、なんだよ急に」 美羽が突然、俺の身体を小突いてくる。何度も何度もビシビシと。 「痛い、痛いって、美羽」 「うるさい」 「うるさいって……いやだから、痛いから」 「……ふんっ。まったく……」 不機嫌そうな表情を浮かべながら、ようやく美羽の小突きが治まる。 「なんだったんだ、一体……」 「……で?」 「え? で、とは?」 「だ・か・らっ、どういうプレゼントなの? もしかして告白用?」 「そういうの、振られたときに寮の雰囲気がよろしくないので、勘弁してほしいんですけどー」 「……何気にひどいことを。振られるの確定な言い方は止めて欲しいんだが。いや、別に告白するつもりもないが」 「そうじゃなくて、普段からお世話になっているだろ。で、風紀班の初給料が入ったから、そのお返しにと思って」 「……そういうの、普通は親に送るんじゃないの?」 「ほら、俺は親っていないから。孤児院の先生には、初バイトの時に色々したしな」 「あっ……ごめんなさい。ちょっと迂闊な発言だった」 「いや、別に気にするようなことじゃないが……そういえば、美羽の親って?」 「どこかで生きていると思うわよ?」 「この都市で、暮らしているわけじゃないのか?」 「ええ、両親は……この都市の、人間との共生という理念に馴染むことはできなかった。だから、ここにはいない」 「だが、美羽は参加したのか?」 「子供に吸血鬼として追われる生活を強いるよりは、ってね。だからって家族から離して、一人置いて行くのもどうかと思うけどね」 「そうだったのか」 「別に寂しいわけじゃないから、同情は必要ないわよ? 佑斗と同じで気にしたりしていない」 「ただまぁ……できることなら、あの人たちにはもっと知って欲しいと思ってる、この都市のこと。きっと、考えていたよりも悪くはないと思うから」 「……それで、できることなら、一緒に暮らしたい……か?」 「くふ、残念ながらそこまでお子様じゃないわ。ただ、こういう世界もあるってちゃんと知ってもらいたいだけ」 「その上で、やっぱり流浪の旅がいいなら、好きにすればいいんじゃない?」 そう言って肩をすくめる姿は意地を張っているようにも見えず……案外サッパリしてるもんだなぁ。 「そんな身の上話はともかく、なに? 確か……お返しの話だったわよね?」 「あー、そうそう。普段のお礼もそうなんだが、先日は歓迎会まで開いてもらったことだし、やはりお返しは必要なんじゃないかと」 「なるほどね……わかったわ。どうせ、ここまで出てきたんだから、今さら帰ったりしないわよ」 「助かる。よろしく頼むよ」 「はいはい。それで、何を買うか決めていたりするの?」 「とりあえず、寮のみんなにケーキでも買って帰ろうかと」 「あと、風紀班の人たちにお菓子と、市長や淡路さんにも」 「そんなに? 佑斗、律義なのね」 「でも、お菓子ぐらいならワザワザ私がいなくたって」 「他にも、歓迎会をしてくれた人には、個別でプレゼントをしておきたいんだ」 「布良さんと稲叢さん、エリナにニコラ。あと大房さんだろ。それから……」 「当然、美羽にもな」 「……私、にも?」 「勿論だ。一番世話になっているのは美羽だからな。俺が一番礼をしておきたいのは、美羽だよ」 「だから美羽に、一緒に来てもらったんだ。絶対に失敗したくなくてな」 「……そう、なんだ……」 「それに、美羽には迷惑もかけてるし」 「そうね。この前なんて、胸まで思いっきり揉まれたものね」 「それに関しては悪かったと思っているし、その分も含めて今日は謝罪をさせてもらうつもりでございます」 「ふーん……そうなの」 「そうなんです。ということで、まず先にプレゼント購入に付き合っていただけますか、お嬢様」 「……仕方ないわね」 「――コホン。それで、具体的に何を買うか、決めているの?」 「決まっていたら、美羽に助けは求めてない」 「なるべく邪魔にならない物を贈りたいが、かといって何の役にも立たない品を贈るのもな……」 「だったら、やっぱり携帯電話じゃないかしら。勿論、通話その他諸々の代金は佑斗持ちで」 「なるほどっ。それはかなり実用的だな!」 「……まさか、本気で贈る気? ドン引きよ?」 「そうなのか? 俺としては、かなり納得の品だったのに」 「あのねぇ、いきなり携帯電話なんてプレゼントされたら、かなり気味悪がられるわよ。それに申し訳なくて使えないと思うし」 「折角プレゼントした品が埃をかぶるのは悲しいな」 「別にいつも身につけていて欲しいなんて思わないが、捨てても構わない、と思われるのは、できれば避けたいところだ」 「まぁ、気持ちはわからないではないわね。だったら、そうね……」 「髪留めなんてどう? 千円ぐらいの」 「文句はないんだが……値段はそれぐらいでいいのか?」 「あのね佑斗、例えば私が普段のお礼にって、一万円のスニーカーをプレゼントしたらどうする?」 「喜んで使わせてもらおう」 「……少しは遠慮しなさいよ。普通“そんな高価な物は悪い”“申し訳ない”って思わない?」 「俺だって悪いとは思うが、すでに買ってもらってるなら素直に受け取るべきじゃないか?」 「最終的にはそうでも、最初は躊躇うものでしょう。女の子なら特に、高価なプレゼントはちゃんと考えないといけないの」 「ふむ……勉強になるな」 「家族だったり、もっと深い仲ならともかく、友達同士のプレゼントならそれぐらいが妥当なところよ」 「そういうものか」 「もしどうしてもって言うなら、そうね……2、3個プレゼントすればいいんじゃない?」 「そうするか。だったら、髪留めは……やっぱり布良さんかな?」 「もしくは稲叢さんかしら。彼女にはリボンでもいいと思うけど。もしくは、ぬいぐるみとか?」 「ぬいぐるみは、なかなかセンスが問われそうだな。まぁ、だからこそ美羽に来てもらっているんだが」 「ニコラには……まぁ、指抜きグローブとか、黒ベースでキラキラしてる物をプレゼントすればいいか」 「大房さんには……何がいいと思う?」 「大房さんの趣味は、さすがに詳しくはないけれど……化粧ポーチなんてどう?」 「使い勝手のいい物なら、かなり重宝すると思うわ」 「なるほど、化粧ポーチか。やっぱり美羽に一緒に来てもらってよかった」 「……そう。役に立てたのならよかった」 「さて、あとはエリナへのプレゼントなんだが……」 「彼女には、なにかエログッズを贈れば喜ばれるんじゃないかしら? ああ、風紀班の押収物の無修正DVDとか」 「言いたいことはわかるし、その意見には納得する」 「だが、さすがにそういうわけにはいかないだろ」 布良さんに知られたら物凄く怒られそうだし、お礼の品にしてはイメージが悪すぎる。 男友達……直太あたりにプレゼントするならまだしも、女の子にプレゼントするなんて。 「もう少し、当たり障りのない物がいいな」 「でしょうね。だったら――」 そうして美羽と共に買い物を行い、寮のみんなと大房さんへのプレゼントを買い終えた俺たちは、元の位置に戻ってきた。 「これで、みんなへのプレゼントは揃ったな。ありがとう、美羽。本当に助かったよ」 「別に。そんなに大したことじゃないわよ」 「そんなことない。俺一人だと何を買っていいのかわからなかった。凄く助かった」 「あとは、美羽の分だけだな。何がいい? 髪留めとか? ぬいぐるみ……は、あんまり美羽の趣味じゃなさそうだな」 「……私は、別にいいわ。それほど気にしているつもりはないから」 「そういうわけにもいかないだろ。俺が一番世話になっているのは、美羽なんだから」 「美羽にこそ、何かしたいんだよ。それに謝罪の意味もあるからな」 「そう、だったら………………佑斗が、何か選んでくれない?」 「俺がか?」 「ええ。私にプレゼントするなら、佑斗は一体何をプレゼントしてくれる?」 「そうだな……美羽にプレゼント……」 できることなら、役に立つ物がいいよな。 今、美羽が必要とするだろう物……喜んでもらえるような物。 美羽だとリボン……でも、それだと他のプレゼントと差がないか。 特別なんだから、ちょっと他とは違う方がいいよな。かといって、値段が高すぎると、遠慮するって言っていたが―― ――そうだっ! 「下着なんてどうだろう?」 「……はい? ごめんなさい、一瞬だけ耳が遠くなってしまったので、もう一度言っていただけますか?」 「だから、下着だよ。もう少し具体的に言うならブラジャーとショーツ」 「んー……うー……ごめんなさい。私、佑斗が何を言っているのかさっぱり理解できないわ」 「だってほら、前に美羽の胸を揉んだ時に思ったんが、ブラのサイズが合ってなくないか?」 「だから、ちゃんとしたサイズをプレゼントしたら、一番役に立つんじゃないかと思ったんだが」 「どうして触っただけで人のブラのサイズのズレを把握してるわけ?」 「まさか、新たな吸血鬼の能力が開花したとか!?」 「……そんな能力あるわけないでしょう」 「だろうな、申し訳ありません」 「だが、ブラのサイズって結構重要じゃないか? 身体がまだ成長している可能性だってあるんだから」 「まあ、一理あるとは思うけど……だからって……はぁ」 「なんだ、その視線は」 「軽蔑のまなざし」 「今日は、私がついてきてよかったみたいね。まさか、そんなセンスしかないだなんて」 「しょうがないだろ。今まで彼女とかいなかったんだから。女の子へのプレゼントなんて、わかるわけない」 「そう……彼女、いたことがないんだ。なら、仕方ないかもしれないわね」 「………………え?」 ここはまた―― 『さすがの童貞力ね、ふふふ』 とか、赤面しながら言うのかと思ったのに……どうもそういう雰囲気ではない。 少し頬が赤い気もするが、基本的には微笑を浮かべているように見える。 ……何故? どういうこと? 「なに?」 「いや別に」 「ともかくだ、身体によくないのは勿論のこと」 「他にも、大人だったら下着のプレゼントって結構流行ってるとか、昔雑誌で見たような気もしたが……やはりあれは嘘なのか」 「――ッ!?」 「まあ確かに、雑誌を鵜呑みにするのは間違いか。それに、恋人同士の話だった気もするし――」 「で、でもそうね。大人だったらそれぐらい普通のことよね。ど、童貞に言われるまでもないわ」 「……あのさ、そうやって“大人”の単語に、何でもかんでも食いつく美羽の癖、直した方がよくないか?」 「別に食いついてるわけじゃないわよっ、元々持ってた知識よ。それじゃ、行きましょうか」 「行くって、どこに?」 「だから……下着、売り場に。プレゼントしてくれるんでしょう?」 「そりゃ、お礼のプレゼントをするのは俺も望むところなんだが……本当に下着を? 後悔しないか?」 「もちろんよ。……ふっ、ふふ、下着なんて、大人な私に相応しいプレゼントよね」 「佑斗、ちゃんとそこにいる?」 試着室に入った美羽が、カーテン越しに声をかけてくる。 「いるよ、ちゃんといる。だから早くしてくれないか?」 下着売り場に男がいるのは、どうも落ち着かない。 それは売り場にいるお客さんたちもそうだろう。 別に“変態っ”みたいな冷たい視線を向けられているわけではないが“早く出て行ってくれないかなー”程度の視線は感じる。 申し訳ない、そこの女性の人。美羽のプレゼント選べばすぐ出ていくし、なるべく視線は向けないので勘弁してくれないだろうか? 「なあ美羽、まだか?」 「急かさないで。今着けてる最中なんだから。もうちょっと……サイドから寄せて……」 「………」 寄せて上げるとか、そんな現実はあまり知りたくないなぁ。 「男が女性の下着売り場にいる居心地の悪さを考えてくれ」 「別に私の連れなんだから、気にするほどじゃないでしょう?」 「確かに、一人でウロチョロしてるよりはいいんだが……それでも、周りの目が気になるんだ」 「そう。だったら、一緒に試着室に入る? 周りの目は気にならなくなるわよ」 「………」 「なぁ、美羽。目の前の鏡を見てくれ」 「……? 見たわよ?」 「顔、真っ赤だぞ」 「決めつけないで頂戴」 「じゃあ、目の前の鏡に映る自分の顔はどんな色だ?」 「………………赤いけど」 「ほらみろ」 「くっ……」 「はは、もう美羽にからかわれるのにも慣れた」 「それに、すぐに顔を赤くする美羽の反応も可愛いしな。そういう可愛い姿を見るのが、最近の楽しみだ」 「童貞のくせに、生意気」 「また顔を赤くしてるだろ? 声でわかる。本当に可愛い処女だな、美羽って」 「処女言うなっ、またバカにして」 「これは失礼」 「で、下着の方はまだなのか?」 「……付けれた」 「そうか。で、どうだ? サイズは」 「サイズは……丁度いいと思う。問題ないわ」 「なら、それで決めるのか?」 「まだ。気になるのがもう一つあって、デザインと色で悩んでる」 「まぁ、これだけ種類があるとな。それも仕方ない」 「ねぇ佑斗、ちょっと………………選んでくれない?」 「………………はい?」 美羽の言葉をかみ砕き、反芻しながらその意味を考える俺の腕が、カーテンから伸びてきた美羽の手に掴まれる。 「うっ、うわぁっ!?」 「な、なんだ、いきなり引っ張って」 「だって、他のお客さんがいるのに、堂々とカーテンを開けるわけにはいかないでしょう」 「かといって、男を引っ張り込むのもどうかと思うぞ」 「別に、童貞の佑斗に見られるぐらいなんともないもの。水着と大差ないんだから、そう大差ないのよ」 「……なんか、自分に言い聞かせようとしてないか?」 「そんなことはどうでもいいのよ。それより、ど……どう?」 「どうって、言われても……」 「パンツは穿かないのか? セットだろう?」 「セットだからって、試着でショーツまで穿いたりしない。少なくとも私は」 「………………そういうものなのか?」 ――新事実っ! てっきり俺は、すべてセットで試着するのかと思っていたのに。 いや、そんなことはどうでもいい。 とにかく落ち着け、ここで変態とか思われたら、俺の印象はガタ落ちだ。 ここは動揺しちゃダメだ。興奮もNG。とにかく努めて冷静に。 ………。 クソっ! なんだ、その谷間はっ! 反則だろう。目が自然と奪われる。 「………で?」 「え? あっ、ああ。よく似合っている。ハラショー」 「佑斗、いやらしい」 「素直に感想を答えたのに……他にどう答えろと?」 「少なくとも、“ハラショー”は余計でしょう」 「“マーベラス”の方がよかったかな?」 「ワザワザ外国語で褒めようとするところが下品に聞こえる、って言いたいのよ」 「むぅ……そうなると、一体どうやって褒めればいいものやら」 状況を考えるなら、今の俺の回答は限りなく正解に近いと思っていたのだが。 そもそも、引っ張り込んだのはそっちだろう。なのにいやらしいとか言われてもな……。 「とにかく、そのブラはちゃんと似合っていて可愛いと思う」 薄い色の生地をベースに、周りには白いレースの飾り。 普通に付けているだけなら可愛らしい感じのブラで済むのかもしれないが……胸の谷間によって、凶悪な武器に変貌を遂げてしまっていた。 その破壊力たるやいなや……直視するのは失礼と思いつつも、目をそらせない魅力が詰まっている。 しかもこの距離だと、肌のきめ細やかさまで見てとれて、興奮度がさらに上がって仕方ない。 谷間……実際目の当たりにするおっぱいの谷間ってすげーな。 「サイズも合っているなら、それでいいんじゃないか?」 「……でも、こっちも気になるから」 「――っ!?」 そう言って取り出したるブラは、なんか透けてた。 いや、全体が透け透けな感じなわけじゃない。一部、サイドの部分とかがかなり薄い生地で、向こうが見える。 こんな薄く……しかも面積が小さい生地だけで……美羽の胸を? おいおい本気か? 「その、なんというか……少々、色っぽ過ぎないか? いや、それもそれで似合うとは思うが」 「バカにしないでくれる? 大人だったら、これぐらいの下着は普通よ。むしろ、これでも抑え気味なのよ」 「大人だったら、やっぱりこう……乳首の辺りがパックリ割れてるぐらいが丁度いいぐらいよ」 「あそこまでいくと、ただのギャグだろう」 「とにかく、どっちの方が似合うか、ちゃんと見て確認して頂戴。ダメな方はダメな方で、ちゃんと理由も付けて答えること」 「そう言われても。美羽が好きな方でいいんじゃないのか?」 「これは、佑斗が私のためにプレゼントしてくれるのでしょう? だったら、ちゃんと選んで」 「それがプレゼントする側の責任、というものよ」 「そういうものなのか?」 「そういうものなのよ」 納得できたような、できないような。 「とにかく、今こっちも着けてみるから」 「………」 「着・け・て・み・る・か・ら」 「うん。どうぞ」 「どうぞじゃないでしょっ、一旦出て行って。さすがに乳首まで見せるつもりはないわよ」 ちぇっ、やはりそうなるか。流れでいけるかと、期待したんだが。 「わかった。だが、確認するときはまた更衣室に入らなくちゃいけないのか?」 「当然でしょう。何かご不満でも?」 正直に言うと、出入りがやたらと恥ずかしい。 まるでビデオ屋でAVのコーナーに出入りするような気まずさがあって……。 いや、女性用下着の更衣室の出入りだから、それ以上かも。 とはいえ、文句を言ったところで、更衣室の中に居続けるわけにもいかないからな。 「はぁ……わかった。それじゃまた呼んでください」 それだけ言って、俺はカーテンの外に出た。 「……あの人、今、更衣室から」 ごめんなさい、本当にごめんなさい。 ああもうっ、女の子にプレゼントするのって大変だなっ!! 「で、どう?」 「だから、いちいち引っ張り込むのを止めてくれないか?」 「こんな人目のある場所で、私を見世物にするつもりなの?」 「そういうわけじゃないが」 男を更衣室に引っ張り込む方が絶対変だと思う。 それに、本当に恥ずかしいぞ。周りの目もそうだが……下着姿の美羽の前に立つのは。 先ほどとは違い、薄い生地をベースに、周りにはフリフリレースの飾り。 しかも濃い色をしていて、いつもとは違うギャップ的な物を感じる。 さすがに、ここまで透けていると、直視するのが本気で辛い。 いくらなんでも乳首が見えそうなのは……というか、乳輪は完全に見えてるぞ? いいのか? 本心では見たいのだが、なんとも気恥ずかしくて……色気が増した分だけ、童貞には目の毒だな。 「なるほど。確かに似合っている」 「似合ってはいるのだが………………う~む」 「なに? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさい」 「ふむ。やはり、さっきの下着の方がいいと思う」 下着だけで見るとエロさはこちらの方が際立つが、実際に身に付けたところを見ると、やはりさっきの方が可愛い。グッとくる。 「それは、どうして? こっちの方が、セクシーに見えると思うのだけれど……?」 「ふぅ………………やれやれ」 「その“わかってねーな、こいつ”的な態度には物凄くむかっ腹が立つけれど……一応、その理由を聞かせてもらいましょうか」 「別に、白以外ダメと言うつもりは全くない。ピンクや水色はもちろん、黒や赤や紫もたまにはいいかもしれないさ」 「美羽ならどんな色でもサラッと着こなしてしまいそうだしな」 「だがそれは、付き合いだした後、マンネリを防ぐための方法だ。もしくはもう少し大人の女性だな」 「いいか? 美羽みたいに若くて可愛い女の子には、『清楚』っていう幻想を抱くものなんだ」 「その幻想を壊さないためには、やはり下着は淡い色。純白が難しいとしてもだ、やはり『清楚』が望ましい」 「面積が少ないから、透けているから、セクシー? 違うだろ、女の子の下着って言うのはさ、そんな単純な物じゃないんだよ」 「着ける本人との相乗効果、つまるところ化学変化によって変わるものだ。だから、美羽にはさっきの下着の方がいいと、俺は思う」 「………」 「おっとスマン。ついつい熱くなってしまった」 「えぇ、本当に。まるで変態なのかと思うぐらい、熱くなっていたわよ。いやらしい」 「――コホン」 「だがまぁ、似合ってるか似合ってないかで言うなら、両方似合ってる。お茶を濁すわけじゃなくて、これは本気だ」 「いっそ、両方ともプレゼントしても構わないが?」 「そういうわけにはいかないわ。ただでさえ、下着は他のみんなよりも高い物なんだから」 「それは日頃の礼の上に、胸を触った謝罪も含めているから、当然じゃないか」 「それにしても、両方になったら差があり過ぎる。それに……なんだか、欲張りな女、みたいじゃない」 「私は大人だけれど、そんなに面倒な女のつもりはないわ。私は尽くすタイプなのよ」 「……へぇ」 「なに、その目は」 「いやぁ、別にぃ」 尽くすかどうかはともかく、十分面倒な気がする。 まぁ、そういうのも可愛いとは思うが。 「とにかく、最初のセットにしておきたいのだけれど……いい?」 「美羽がそれを気に入ったのなら、俺は構わない」 ふぅ……ようやくこれで、この恥ずかしい、童貞には毒な空間から脱出できる。 「それじゃレジに行って、プレゼントの包装してきてくれる?」 「……俺がか?」 「他に誰がいるの?」 「それはそうだが……どうして最後にこんな大きな試練が……」 「プレゼントされるものを、自分でレジに持って行くのは嫌でしょう?」 「その気持ちはわかる。だが、男の俺が持って行くのも変だろう」 「尽くす女なら、そこら辺は察して欲しいんだが」 「尽くす“女”だから。女の子はそういう形式にこだわるものよ」 「………」 「プレゼントしてくれるんでしょう? これも、プレゼントをするって言った佑斗の責任よ」 「……さっきの仕返ししてない? 怒らないから、正直に言ってごらん。仕返ししてるだろ?」 「そんなことないわよ。とにかく、その下着のお会計よろしくね」 「………」 尽くす女は、こんなこと言わないと思う。 だが、仕方ないか。確かに美羽にレジまで持って行ってもらうと、お金を出しただけ、って気がするからな。 「……はぁ、わかったよ」 ここまできたらついでだ、覚悟を決めてレジに行こう。 「ほら、ちゃんとプレゼント包装もしてもらったぞ。これでいいんだろう、これで」 レジで店員のお姉さんに笑われてしまったじゃないか、チクショウ。 「……ありがとう、佑斗。大切にするわね」 「是非、そうして下さい」 「それで、プレゼントはこれで全部?」 「ああ。美羽のおかげで全員分揃った。本当に助かった、ありがとう」 「役に立てたなら光栄だわ」 「それじゃ、そろそろ帰るとするか」 「そうね」 「………」 俺は美羽と肩を並べて歩く。 今まで散々話してきたせいか、話題がそろそろ尽きてきた。 それにプレゼントっていう目的は果たせたわけだし。 ただ、みんなに渡すという本番が残っているが。 「………」 美羽は、いつもの様子でゆっくりと歩いていく。 今日一日、美羽と一緒に行動して……彼女のことを見ていて思ったのは、意外と普通、だということだ。 週の初めにあったような、妙な態度はどこへやら。 「……この調子なら、大丈夫そうだな」 「なに? どうかしたの? 人の顔をじっと見たりして」 「いや、なんでもない」 「嘘ばっかり。そんな顔じゃなかったわ。今、笑ってたでしょう?」 「あっ……さっきの私の下着姿を思い出していたんでしょう? 本当、いやらしい」 「アレは引き込んだ美羽の方に問題があると思うんだが」 「あと、その容疑はえん罪だ」 「だったら、一体何を考えていたの?」 「ん、まぁ、その……なんだ。いつも通りの美羽みたいでよかったと思って」 「いつも通り?」 「今週の初めの方、様子が変だっただろ? 誰彼かまわず、胸を揉もうとしたりして」 「あっ、あれは、その…………………………」 「……ふむ」 言い淀み、そのまま黙り込む美羽。 簡単には人に相談できないようなことなのかもしれない。 「俺には言えないようなことか」 「……それは……」 「いや、それならそれでいい。無理には訊き出そうとまでは思ってない」 「だがもし誰かに話したいと思ったのなら、俺が話を聞く」 「気分転換をしたいと思った時は、俺でよければ付き合う」 「……佑斗」 「どんな些細なことでもいい、悩みとは無関係なことでも気にしなくていい」 「これだけは忘れて欲しくないんだが、俺は美羽の味方だ」 「それって……」 「美羽も俺の味方なんだろう?」 「……ちゃんと、覚えてたのね」 「大切な味方が悩んでるなら力になりたい。直接は解決できなくても、せめて間接的な助けぐらいはな」 「それだけは、わかっていてくれるか?」 「……うん」 「それがわかっててくれるならいいんだ」 「よし、伝えたいことも伝えたし、寮に帰ろう」 「………」 「………」 ……何故か、美羽からの反応が全くない。 そして、美羽がふと足を止めた。 不審に思いながら俺も足を止め、肩越しに美羽を見やると、険しい顔つきで何かブツブツと独り言を呟いている。 「佑斗のくせに、童貞のくせに、まるで大人みたいなこと言って……」 「どうかしたか? もしかして、何か用事でもあるから、まだ帰らないとか?」 「違うわよ、そうじゃなくて……」 「なっ、なんか不機嫌そうだな。何故、怒ってるんだ?」 「別に怒ってるわけじゃない」 「あっ、いたいっ」 美羽がビシビシと、俺の背中を小突き始めた。 「一体何を、美羽――」 「こっち見ないで。振り返ったら本当に怒る」 「………」 「なんなんだ、言いたいことがあるなら、ハッキリ言ってくれ」 「心配してくれてありがとう、佑斗」 「礼を言いながら小突くってのは、どういうことだ?」 「だって、なんだか悔しいじゃない。そんな余裕な態度を見せつけられると……」 「だからって、いちいち小突くなよ」 「佑斗は本当に優し過ぎるのよ」 「……優しいのは、いいことだと思うんだがな」 「そういうのは、時と場合と使い方が重要なの」 「ふむ……つまり俺は間違えて、最悪のタイミングを選んでしまったということか」 「間違えてないことが、一番問題なのよっ」 「えぇぇぇー……なんか、理不尽」 「もしかして………………なぞなぞか?」 「全然違うわよ。……というか、さっきからワザとやってない?」 「……さっぱりわからん」 「とりあえず……もう寮に戻っても大丈夫なのか?」 「うん。でも、こっちを向かないで。このまま歩いて」 「了解だ」 俺は、ゆっくりと歩き始める。 美羽は俺のシャツの裾を掴みながら、しっかりと後ろについて歩く。 「……歩くペース、今ぐらいで大丈夫か? 早いなら早いって言ってくれていいぞ」 「平気。丁度いいぐらいよ」 「そうか。それならいい」 「佑斗って……背中、大きいわね」 「そりゃ女の子に比べればな。なんだったらおぶってやろうか?」 「心配しなくても、美羽一人背負ったぐらいで潰れたりしないぞ」 「そんな子供みたいな真似、できるわけないでしょう」 「でも……その気持ちだけはもらっておくわね」 「そっか」 「……うん。ありがとう」 「どういたしまして」 そうして俺と美羽は言葉少なく、けれど互いの温もりを感じながら寮まで戻るのだった。 「はぁ、疲れた」 部屋に戻った俺は荷物をおいて、ベッドの上に寝転がる。 「プレゼントは買えたから、明日にでもみんなに渡そう」 金額的にも重い物じゃないし、ある程度は喜んでくれるだろう。 今日は本当に、美羽と一緒に行くことができてよかった。 「………」 不意に、今日の一番の思い出が頭をよぎる。 別にそんなつもりはなくても、ついつい思い出してしまう光景。 決して頭から離れることはない、美羽の下着姿。 ……俺、ちゃんと普通に対応できてたか? 美羽に変態とか思われてないか? 思われてたら、嫌だなぁ。 思わず胸の谷間をずっと見続けてしまったのだが、それは下着を選ぶ必要があったということで、誤魔化せているといいんだが……。 「美羽の下着姿……凄く綺麗だった」 肌は勿論、下着に包まれたおっぱいは凄く魅力的で、さらにほんのりと顔を赤くした美羽。 以前にも事故で美羽の服の下を見たことはあったはずなのに、あの頃とは何かが違う。 感触を知ってしまったから? あの時、おっぱいを揉んで、その柔らかさを知ってしまったからだろうか? いや、それだけじゃない気がする。 もっと根本的な問題で……物凄く興奮するのと同時に、申し訳ない気持ちが渦巻いているようで……。 「あっ……ヤバい」 下着姿の美羽のことを考え過ぎたせいか、愚息がやたらと元気になってきてしまった。 「この寮……というか、病院生活の頃から、一人暮らしの時みたいに、自由に処理はできなくなってたからなぁ」 こうなった以上、今日は処理日にしてしまおうか? いやだが、美羽を想像してスルだなんて……なんだか、美羽に対して失礼じゃないか? 彼女を汚してしまうみたいで……少し、自分に嫌悪感を抱いてしまう。 だが、美羽の下着姿の思い出に、かなり興奮するのも事実で―― 「ああああ、俺は一体どうすればいいんだ?」 当然のことながらそんな下らない悩みに、神様からの返答はなかった。 「……佑斗は本当に優しすぎるわね。あれじゃ、詐欺師に騙されたりしないか、心配なぐらい」 でも、声をかけてくれたことが嬉しい。 それに意外と気が利いて、歩くペースを合わせてくれたり……私の様子が変だったことに気がついたり。 そんな風に、気を遣ってくれたことが嬉しい。 そして、プレゼントも………………。 「でもやっぱり、違うプレゼントの方がよかったかしら。下着だと毎日身につけることはできないし」 「いやそもそも、私の下着姿を前にして、あの態度ってどうなの? もっとオタオタしてもいいはずなのに……」 「もしかして私、魅力がないのかしら?」 そう思うと、心が沈むような気がした。 「くそぅ……童貞のくせに……」 でも、プレゼントは、本当に嬉しかった。 ………。 佑斗が優しくしてくれる度に、身体が熱くなる。 佑斗の声が聞こえる度に、耳を傾けてしまう。 視線は、気付けば佑斗のことを探してる気がする。 笑顔も……その、素敵だと思う。 今まで男の子に感じたことのない、不思議と惹かれるような何かが私の中にある。 「はぁ……かなり重症ね、私。なに、このザマは。まるで乙女みたいに……本当に無様で………………なんだかなぁ」 「やっぱり、結局のところ………………好きってことなんでしょうねぇ」 海上都市を揺るがしたテロ事件から、約2週間。 連絡橋が落ちたことから始まり、様々な場所が爆破され、正体不明のミサイルの飛来。 これらは少なからず、海上都市にその爪痕を残していた。 未だ橋の復旧は目途がたたず、爆発の被害にあった場所は修復されていない。 そしてテロの爪痕は、都市の破壊だけにはとどまらない。 荒神市長が密かに所持していた、コンテナ船、地対空ミサイルなどなど……。 こちらに関しては、正直なところ、かなり問題が大きい。 政府との協定に反していたのだが―― 「なぁに、問題はない。元樹のおかげで色々、証拠品がある上に、生き証人までおる」 「しかも、淡路萌香のハッキングのログもある。その気になれば、サムおじさんまで引っ張り出せるわい、くははっ」 と、笑っていたから、大丈夫なのだろう。 ちなみに、密かに作られていたドッグは今、連絡橋の代わりにフェリーなどの港として利用されている。 さすがに地対空ミサイルなどは、回収されたらしいが……。 でもまぁ、そんな政府とのやり取りは、俺が心配しても仕方がないし、できることも少ない。 荒神市長は信用できる方だし、あの人が今までの海上都市のことを考えているなら、俺が気をもむ必要などないだろう。 「では、あの時のミサイルに関する情報、しっかり保管し、秘匿とするように」 「わかりました」 「それで、他の偽装工作に関してはどうなっておる?」 「ちゃんと進んでいますよ。ミサイルに関しては、ほとんどが海上で迎撃していますから」 「唯一飛来した一発も、仲間を救出するためのテロリストの飛行機が、という情報を流しています」 「なかなか苦しい言い訳じゃのう」 「まぁ、矛盾点もありますが………………証拠がない以上、マスコミもこれ以上騒げないでしょう」 「陰謀説も生まれるでしょうが、火種は残していません。燃え上がるようなことにはならないと考えます」 「ご苦労。下がって良いぞ」 「えぇ、言われずとも。疲れたので休ませてもらいます」 「カモフラージュとはいえ、いい加減、管理班との兼業は無理です。身体の限界を感じます」 「そうは言うが、お主らみたいな立場の者が目立たぬようにするには、こうするしかあるまい」 「でしたら、工作班の人数を増やしてくれませんか? 全員、睡眠不足で倒れる寸前です」 「前向きに検討しておく」 「よろしくお願いします、本当に。それでは、失礼させていただきます」 「さてと……」 「小夜様、そろそろ会合に向かう時間です」 「もうそんな時間か。面倒じゃのう……やれやれ。あー……誰か代わってくれんかのう」 「………」 「クスリを打たれたせいで、どうにも身体が重くて重くて……会合などできるかどうか、不安じゃのう」 「……小夜様、お願いですからもうお許しいただけませんか? あの件に関しては、何度も謝っているじゃないですか」 「一体、いつまで引っ張るおつもりなんです」 「気が済むまでじゃな」 「ワシより若い者を犠牲にするような行為ほど、胸糞悪いことはないからのう」 「はぁ~~……申し訳ありませんでした」 「現実的に考えて、老い先短い私より、小夜様にお残りいただくべきだと思ったのですよ」 「全く……このやり取りも何度目になることやら……」 「とにかく、本日の会合に関しては、小夜様がいないと始まりません。《アクア・エデン》海上都市の未来を決める話なのですから」 「ちっ、これ以上、我がままを言うても仕方がないか……では、そろそろ行くとするかのう」 「それで、小夜様……抑えている証拠は、如何するおつもりですか?」 「そうじゃの……これを機に、骨の髄までしゃぶりつくし、ケツの毛まで引っこ抜いてやるわ。それだけの秘密は握ったからのう、くはははは」 「――と、笑いたいところなんじゃが、やめておく」 「……では?」 「それらの証拠は使わぬ。まっ、まだ破棄するつもりはないがのう」 「思うんじゃよ、今回のこと……ワシが今まで海上都市を歪な形で積み上げたことによる弊害であったのではないかと」 「人を信用せず、より有利な方へと、相手を蹴落とすようなことばかり考えておった結果が、この様なのではないか、とな」 「ですが……私には、人間をそこまで信じることは……」 「もちろん、ワシとてできぬ。じゃから、証拠は捨てられぬ」 「じゃがな……いい機会じゃと思わぬか?」 「いい機会、ですか?」 「ワシが作り上げてしまった以前の歪な海上都市は、テロ騒動で崩壊したと言える。作り直すならば、今しかないじゃろ?」 「それは確かに、そうですが……」 「まだ信じることはできずとも……信用する、信用させる努力は、していくべきと思わぬか?」 「その努力をするだけの意味は……お主もあの時、見たじゃろ? あの小童共が示してくれた未来を」 「そうかも、しれませんね。全面的な賛同はできませんが……それだけの価値はある光景でした」 「じゃろう? じゃから、そのための一歩を踏み出してみようかと思うのじゃよ」 「ワシらはいずれ朽ち、その想いを担い手に渡す時がくる」 「……その時、過去の歪みまで担う必要はない……ですか」 「うむ。すぐに何かしらの結果が出るとは思えぬし、さらなる苦労があるであろう」 「じゃがそれでも……一歩ずつでも、歩き続ける必要があると思う」 「未来を守るのは、過去に生きる我々ではなく、今を生きているあの子たちなんですね」 「まさか、この歳になっても、小童共から教わるとは思わなんだわ」 「……ですね。私も、そこに関しては同じ気持ちです」 「失礼します。小夜様、アンナ様。車の準備が整いました」 「では、行くとするか」 「そうですね」 「それじゃ、こっちの荷物は運んじまうぞ」 「よろしくお願いします」 「しかし、あの時は本当にビックリしたなぁ」 「アナタ、ずっとそんなことばかり言ってますよ」 「だってさぁ、普通はビビるだろう」 都市には決して、小さいとは言えない被害がある。 少なくとも今現在、カジノ特区は運営不能な状態に陥っている。 だが同時に、住人たちの心に残った気持ちも、決して小さい物ではない。 誰か一人だけじゃない、風紀班、管理事務局全員を始めとした、この海上都市に住む全員で守った物が、今の日常の中にある。 だから、きっと進んでいける、前に向かって、真っ直ぐと。 ちなみに、俺の身体はすっかりよくなっている。 血液の検査結果も、ちゃんと通常に戻った。 ただ、あの直後は本当にフラフラだったが……。 「無茶をし過ぎだよ。クスリを使うだなんて」 「《アクア・エデン》海上都市を救ってくれた人に文句は言えないけど……ライカンスロープの因子が濃くなると、どうなるか本当にわからないんだからね」 「こんな無茶は、これっきりにして欲しいな」 言われるまでもなく、今後“L”を注入するような事態は、こちらから勘弁願う。 それに、今後はこんな事態が起きないと……信じているしな。 「ふぅ……次の[クラ]患[ンケ]者は?」 「えーっと……26歳、男性の方ですね。作業中に腕を切ったそうです」 「わかった。すぐに行こう」 「お疲れのようですね」 「まぁね。でも、疲れてるのはみんな同じだろう。あんなテロがあったんだから」 「そうですね。あっ、そう言えば、ニュース見ましたか? 何でもあのテロに、大物議員が関わっていたかもしれないそうですよ」 「ああ、もちろん知ってるよ」 「ほんとう、嫌になりますよね。本当に関わっているとしたら……」 「そうだね。でも、本番はこれからかもしれないよ。こんなのは始まりに過ぎず、違法献金やらなんやらで……もっと吊るし上げられることに」 「せ……先生?」 「みたいなことになったら、怖いよね。政府も大混乱だ」 「もう、止めて下さいよ、心臓に悪いです」 「いや、これは申し訳ない。それじゃ、次に行こうか……ふふ」 「えー……コホン。みんな、飲み物は持ったかな? それじゃあ、第二回、六連君無理し過ぎ、嫌がらせパーティーを始めまーす」 「乾杯」 「まさか、ついこの間パーリィーをしたところなのに、またするなんて思ってなかったよー」 「うん、そうだね。わたしも驚いちゃった」 「本当にね。事情が事情とは言え、まさかミサイルを受け止めるなんてさ……無謀って言葉すら、かすんでしまう様な暴挙だね」 「うんうん」 「その件に関しては、反省している。自分でも無茶をしたと思っている」 「そうよ、佑斗。無理もほどほどに、自重しなさい」 「一緒にいた、矢来さんが言わないで下さいよ」 「とにかく、そういう話はなしで頼む」 「それよりもほら、この料理、一段と美味しいぞ、稲叢さん」 「ありがとうございます。頑張って作りましたから」 「私も手伝いました」 「うん、美味しい……パクパク食べちゃえるよ」 「うん、確かに。本当に美味しいよ」 「しかし、アレだよね、こういうパーティーで乾杯をしたら、中身を一気飲みしてから床に叩きつけたくなるよね」 「いや、全然」 「全くそんな気持ちにはならないわ」 「もったいないです」 「ロシアでも、そんな挨拶はなかったかなぁ?」 「なにか、日頃の鬱憤があるんですか?」 「……いいんだ、いいんだ……ボクなんて……ぐすん」 「そんな悲しそうな顔をするな。ほら、いいから飲め、食え」 「美味しいのもそうだけど……最近、後処理で色々忙しいから、お箸が進んじゃう」 「どんどん食べて下さい。おかわりはありますから」 「……太っちゃいそう」 「またまた~。そんなにいい身体しておいて、何を言ってるのー、うりうり~」 「あっ、こらっ、ちょっと、止めなさい、エリナ」 「はい、こっちのから揚げもどうぞ、六連君」 「ああ、これはどうもありがとう」 「にしても……佑斗君、本当にどうやってミサイルなんて止めたんだい?」 「あっ、それはエリナも気になるー!」 「私たちが駆け付ける前に、爆発してたもんね」 「そしたら、お二人が爆発の傍にいて……何かしたんですよね?」 「やっぱり、吸血鬼の能力なんですか?」 「………」 「………………」 「……そうだ。吸血鬼の能力をフルに使ったんだ」 「でも、小夜様の力をもってしても難しいことなんでしょう? 本当、凄いよ、六連君!」 「それは……」 徐々に声が小さくなり、言い淀んでいく。 ここで誤魔化すのは簡単だ。 だけど……心が苦しい。こんなに俺のことを思ってくれている人たちに、重要な隠し事をしているのだから。 もし、ライカンスロープの事が露見した場合、彼女たちはもしかしたら裏切られた、そう思うかもしれない。 そのことが非常に怖く……事実を打ち明けたいのに、その一歩が踏み出せない。 そんな俺の手が、不意に温もりに包まれる。 手の平をしっかりと握りしめてくれた美羽が、優しい声で俺の背中を押してくれる。 「佑斗がしたいようにすればいいわ。例え何が起きても、私は傍にいる。ずっといるから」 「……美羽」 「私がいれば、佑斗は十分でしょう?」 「……ああ、そうだな。ありがとう」 「もー、またイチャイチャしてぇ~、見せつけてくれるんだからぁ~」 「俺が、ミサイルを防げたのには……大きな理由があるんだ」 「そりゃね。普通は、不可能だもん」 「それで、その大きな理由って一体何なんですか?」 「もし………………今回の事件で、俺の事が広まったりしたら……みんなにも迷惑をかけるかもしれない」 「だから、ハッキリ言う。みんなには知っていて欲しい」 「俺がミサイルを止められたのは……ライカンスロープの力のおかげなんだ」 「つまり俺はライカンスロープで……“吸血鬼喰い”と呼ばれる存在なんだ」 『……え?』 「………?」 「は、ははは、そういう設定? いや、ビックリするなぁ。突然ライカンスロープだなんて」 「いいや、違う。そうじゃない。俺は普通の吸血鬼じゃないんだ」 「じゃないと、ミサイルを止めることなんて、できるわけないだろう?」 「つ、つまり……本当に、本物……なの? 本物の“吸血鬼喰い”……?」 俺はゆっくりと頷く。 「あの、ライカンスロープ? それって、何なんですか?」 「ん、えっとね……昔から言われてる、伝説の存在なんだけどね……その、吸血鬼さんの中でも力が強い、特別な人で……」 「同じ吸血鬼さんを、食べちゃうんだって」 「た、食べるって……ほ、本当に食べるんですか?」 「そう言われてるけど……よく、わかんないの。言い伝えなんかは残ってるんだけど、詳しいことはわからなくて」 「だから、伝説って言われたりするらしくて……」 「さっき佑斗君が言った“吸血鬼喰い”って別称があるような……存在、でね」 「そのライカンスロープというのが、六連君……なんですか?」 「ああ、そうだ」 「この件に関しては、扇先生も認めている。俺が、ライカンスロープであることを」 「………」 「……なんだか、突然過ぎてよくわかんないけど」 「でも、扇先生も認めてるってことは……本当に、ライカンスロープ……」 「もしかして、ミューは元から知ってたの?」 「えぇ、知っていたわ」 「そう、なんだ……」 「………」 「あの~、質問があるんですが」 「なんでも、どうぞ」 「その……本当に吸血鬼さんを、食べたりしたんですか?」 「いいや。俺はそんなことをしていない。絶対に」 「あっ、でもそっか。そうだよね、だって六連君は最初の事件の時に……感染したんだもんね」 「布良さんは知っているけれど、佑斗の事情は少し特別なの」 「だから、断言できる。佑斗はライカンスロープだけれど……でも、“吸血鬼喰い”じゃない。それは、間違いない」 「………」 「そんなの、嘘だよ。だって……」 「ミューはユートに食べられちゃってるじゃん♪」 「………………は?」 「えっ!? や、矢来先輩は、六連先輩に食べられちゃったんですか?」 「そりゃ、そうだよー。きっと何度も何度も食べられちゃってるね。恋人なんだから」 「え? でも……矢来先輩は普通にしてるし、別に怪我をしてる様子もないよ? 食べられるのって……痛くないのかな?」 「個人差があるんじゃない? あー……最初は痛いってよく聞くけど、すぐに慣れるんじゃないかな」 「えぇっ!? そういうのって、慣れるものなの?」 「徐々に、快感に変わっていくものなんだよ、にひひ~」 「す、すごいね……快感になるなんて。わたしはちょっとわかんないかも……怖いよ」 「……エリナ君。それは、ちょっと意味が違うくない?」 「それじゃあまるで、“吸血鬼喰い”がその……吸血鬼ばっかりエイレイテュイアの契りの相手にする人みたいだよ?」 「あれ? 違う意味なの? エリナ、よくわかんないや」 「……エリナ」 「ワタシが知ってるのはね、ユートが優しくて、格好良くて、ミサイルも止めちゃう凄い男の子。あっ、あとね、ミューの恋人ってところかな」 「見たこともない、噂でしか聞いたことのない存在なんて、どうでもいいよ」 「………」 「もぉー……また変なこと言って! どうしてそう、いちいちエッチなことばっかり言うかな、エリナちゃんは」 「そんな変なことを言うなら、この話題はもうお終い。いい? 寮長命令だからね」 「ダー。わかったよ」 「六連君も、わかった?」 「お、おう?」 「折角のパーティーなんだから、楽しくいこうよ。これからも、同じ寮で暮らす仲間でしょう?」 「六連先輩、意外とイジワルな人なんですね。突然そんなこと言って、サプライズを用意しているだなんて」 「いや、そういうつもりでは、なかったんだが――」 「でも、ダメですよ。“吸血鬼喰い”なんて怖いこと言っても、もう六連先輩の人となりは知っちゃいましたから」 「今さらその程度で怖がったりしません」 「……はっ。佑斗君が“吸血鬼喰い”だって? それならボクは闇の狩人と名乗らせてもらおうか、フゥーハッハッハッハ!」 「設定だったら、ボクだって負けないよ! 伊達に日頃から暗黒の[ヴェール]衣をまとっているわけではないからね!」 「………」 「だから……漆黒の[ヴェール]衣じゃないのか?」 「うぐっ……それは、前にも言ったじゃないか。そういう細かいツッコミはできればスルーして欲しいって」 「スマン」 「あの、詳しいことはよくわからないんですが……他の吸血鬼さんと、何か大きな違いはあるんですか?」 「いや、特には……。少なくとも、自覚症状はないし、誰かに忠告をされたこともない」 「でしたら、私にしてみれば、今までとなんら変わりません。今後とも、よろしくお願いします」 「………」 みんな、いい子たちだと思う。 今みんなが言った言葉、そこに嘘はないだろう。 だからと言って、完全な本心ではないはずだ。おそらく、多少の引っかかりは持っている。 『ライカンスロープ』という存在が、サラッと流せないことは、場の雰囲気でなんとなくわかる。 だがそれでも、みんなは笑ってくれたのだ、俺のために。 だったら、俺にできることは一つだろう……。 「……ありがとう、みんな」 その気持ちをありがたく受け取り、甘えさせてもらおう。 そして、みんなの気持ちを裏切らないようにしていこう。 そうすれば、いつかはその引っかかりも、気にならなくなるはず。俺はそう、信じる。 この街の未来を信じたように。 「はいはい、湿っぽい話はこれにて終了。それよりもパーリィーを楽しもうよ!」 「お料理、冷めちゃう前にどうぞ」 「そうですね。冷めると、美味しさが半減ですからね」 「もう少し、設定つめようかな……闇の狩人って言っても、何と戦うのか、決めておかないといけないし。ああでも、そうなると――」 「ほら、六連君。六連君がいつまでもそんな顔してちゃダメだよ、メっ。笑って笑って、ほら、ニーって」 「……ニー」 「うん。いい笑顔!」 「………」 「くふ……私だけでも十分満足な佑斗にとって、この結果はどう?」 「勿論、最高。まさかここまで最高な結果になるとは……予想外だった」 「だから、不意打ちにやられたかも」 「よかったわね」 「ああ」 改めて手を握り直すと、美羽も返してきてくれる。 そんな幸せに包まれながら、俺はパーティーの続きを楽しもう―― 「――あれ? 誰か来た?」 「今日は別に、来客の予定はなかったと思うけれど……」 「誰だろう?」 「おにーちゃん!」 「ユカちゃん?」 「お久しぶりです。その節はお世話になりまして」 「いえ、お久しぶりです」 「今日は、どうかしたんですか?」 「改めてお礼にと思いまして。あの時は、ロクなお礼も言えず申し訳ありませんでした」 「とんでもない。ユカちゃんの身体は大丈夫でしたか?」 「おかげさまで。ちゃんと調べてもらいましたが、大丈夫でした。何の問題もありません」 「それはよかった」 「それから、こちらつまらない物ですが、よろしければお納め下さい」 「ご丁寧にありがとうございます」 「ほら、ユカちゃんも」 「お兄ちゃん。あの時はありがとう」 「怪我がなくてよかったよ」 「それでね、あの……ユカ、おにーちゃんにお礼をしたいの」 「礼? そんなに気にしてもらわなくても大丈夫だぞ」 「ううん。ちゃんと、お礼したい。おにーちゃんがよければ……いい?」 まぁ、いたいけな子供の気持ちを、わざわざ拒絶することもないか。 「もちろん、いいぞ。それで、何をしてくれるんだ?」 「んとね……んー……しゃがんで」 「こうか?」 「うん! それでね、ジッとしててね」 「――ちゅぅっ」 「――!?」 「はい、お礼のチュー。あのね、ユカ知ってるの。教えてもらったんだ」 「おにーちゃんみたいな人は、ユカみたいな小さい子にキスして欲しいんだよね?」 「ユカちゃん!? それ、どこ情報ッ!?」 「おほほ、すみません。この子ったら、ちょっとマセていまして」 「マセてるっていうか、親として正しい知識を与えて下さいっ」 「あとねあとね、一緒にお風呂に入ってあげたり……一緒にお布団でねたりしても、嬉しいんだよね?」 「ユカ……おにーちゃんなら、いいよ……」 「よ、幼女が……こんないたいけな幼女が、女の目をしていらっしゃる!?」 「おほほ、すみません。この子ったら、ちょっとマセていまして」 「こんなこと言う子、親として心配じゃないんですか!? 危ないですよ、この子っ!」 「おにーちゃん、ユカね、お願いがあるの」 「おーきくなったら、ユカをおにーちゃんのお嫁さんにして下さい。きゃっ、言っちゃったぁ~♪」 「……頭が痛くなってきた」 「おほほ、すみません。ちゃんと家に帰ったら、言い聞かせておきますので」 「それじゃ、ユカちゃん、そろそろいきましょうか」 「うん。それじゃおにーちゃん、またねー。お願い、忘れないでねー」 「あっ、いやっ、それは困る――んだが……」 そんな俺の声は届かず、ユカちゃんとお母さんは笑いながら立ち去っていく。 当然、残ったのは…… 「ユートってば、理想の女の子を探すのではなく、理想の女の子を作り上げる方を選んだんだね……」 「やっぱり……やっぱり六連君ってばロリコンなんだ……そんなの、いけないことなんだからね!」 「違うっ! 俺はロリコンではないっ!」 「……本当のロリコンってさ、自分のことは普通だって思ってるそうだよ」 「だって、そういう人にとっては、幼女も立派な大人の女性として認めてるから」 「それ、どうやっても身の潔白を証明できなくないか?」 「先輩、さっきの子供と結婚するんですか?」 「え? でも……その場合、矢来さんは?」 「だから、あんな子供の言うことを、いちいち真に受けるんじゃない」 「アレは無垢な子供が勘違いしてるだけだ。あんな子供のしたことに、いちいち気にする方がおかしいぞ」 「そうだろ、美羽」 「浮気した浮気した浮気した浮気した浮気した浮気した浮気した浮気した浮気した浮気した浮気した浮気した浮気した浮気した」 「Oh……」 完全に病んでいらっしゃる。 ある意味、さっきのライカンスロープの告白よりも恐怖を感じるんだが。 この負債、高くつきそうだな……。 「美羽……まだ怒ってるのか?」 パーティーもお開きとなり、みんなが各々の部屋に戻るころになっても、美羽の機嫌は戻っていなかった。 「……ロリコン」 「だからあれは、無垢な子供が何も知らずにしただけで――」 「でも、キスされてた。いくら子供だとしても、女の子にキスされた」 「あんな女の子がキスするなんて思わなかったんだ。だから、完全に油断してた」 「本当に浮気じゃないし、俺はロリコンでもない」 「……どうしたら、許してくれるんだ?」 「それは………………」 「……上書き、する。あの子のキス、私が上書きする。それなら、許してあげないこともないわ」 「それで許してもらえるなら。だが一つだけ、誰かに見つかると危ないし……せめて部屋に行かないか?」 「わかった」 「んちゅ……ちゅぅ……ちゅっ、ちゅっ……」 「お、おい、美羽……」 「ちゅっ、ちゅぅぅ……ちゅっ、ちゅっ、んちゅぅぅ」 部屋に入るなり、何度も俺の頬にキスをしてくる美羽。 だが、当然というかなんというか……そのキスが徐々に頬から唇の方に移動してくる。 「……美羽、んっ、んん」 「んくっ、んっ、んちゅぅぅ……んんっ」 ついに触れ合う唇と唇。 「んんン……んふぅ、んっ、んン……んちゅ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅ」 今さら、俺たちの間で遠慮などありはしない。 そのまま唇だけでなく、すぐに舌と舌が絡まり出す。 「じゅるん、ちゅるる、くちゅくちゅ……んぁ、じゅる、ちゅる……んっ、んちゅ、れるれちょれろれちょ」 「んく、んっ、んん……上書き、どころじゃないな……ちゅく、ちゅるちゅる、このキスは、ちゅくちゅく」 「ちゅ、じゅる……んふぁ、利息、んっ、じゅる、ちゅるちゅる……浮気したんだから、同じ程度じゃ許さない、んじゅる、じゅるくちゅ」 別に浮気じゃないだろう。そう言ったところで、今さら美羽が止まるはずがない。 そして、止まれないのは、俺も同じだ。 「ちゅ、ちゅ、じゅるん……んぅ、ん、ンんー、佑斗、興奮してる、れろれる、じゅるる……アソコ、硬くなってる……ちゅる、ちゅぅぅぅ」 「んんー……、はぁ、こんなキスを、んっ、んむぅ……されたら、誰だって、興奮する……ちゅぅ、じゅる、ちゅるちゅる」 「んくっ、じゅるっ、くちゅくちゅ……んっ、んふぅ、たしかに、そうかも……んっ、んちゅぅぅ、ちゅる、じゅるる」 「ちゅるちゅる……んっ、美羽だって、濡れてる……んんっ、んじゅる、くちゅくちゅ」 「じゅぷじゅる、らっへ、ゆうほ、きす、しょうじゅ、ちゅるちゅる、ちゅぅぅぅぅっ」 俺たちは、激しく舌を絡ませ、ヨダレで口元をドロドロに汚しながら、互いの服を乱暴に脱がせ合った。 「もう我慢できない、挿れるぞ、美羽」 美羽の答えを聞く前に、俺はゆっくりと亀頭を美羽の穴に押し込んでいく。 「んっ、いっ、ぃぃぃ……くぅ、あっ……あっ、あっ、ああぁぁぁ……はぁぁッ」 ぬちゅっと、先っぽに十分な湿り気を感じたところで、一気に腰を突き上げた。 熱い肉の壁を亀頭で引っ掻きながら、俺の相棒はぐちゅぐちゅの肉壺を貫らぬき、奥深くまで潜り込む。 「んああァァぁぁぁ……っ、はぁ、はぁ、入ったぁぁ……」 「美羽、いつもより、きつい……かもっ」 「はぁああぁぁ……だってぇ、立ったままなんて、初めてで、はぁっ、はぁっ、はぁっ……すごい、すごいぃ……」 「いつもより、いっぱい、感じる……あ、あ、あ、あァァぁぁ……すごく硬くて熱いの、感じる、はぁぁぁ……」 初めての体位による、新しい快感に、俺と美羽は一気に引き込まれていた。 「美羽、美羽……凄い、美羽の中、凄いぞ」 「あんっ、あ、あ、あーーっ……はぁ、はぁぁぁ……佑斗のも、す、すごい、あ、あ、あ、奥に、奥にっ、あぁァああァァっっ」 「美羽、声が、大きい。みんなに、聞こえるかも」 「そんな、ことっ……言われても、あっ、あっ、あぃぃっ、気持ちいいの……あひっ、あっ、あっ、佑斗の●●●●、すごい、いいぃぃっ」 「そんなに大きな声、出されたら、激しく動けない」 「やっ、いや、いや……もっと、感じたいっ、ああっ、あ、あ、あッ、あっ、ああァァぁああぁァーーっ」 「それじゃ、もう少し声を落として」 「ん、んひぃ……うん、うん……が、我慢、してみるっ……だから、佑斗ぉ、んぃっ、はぁ、はぁ、あっ、あーーっ、んっ、んんぃぃぃっ」 美羽は声を漏らさないために、自分の指を噛み始めた。 「んふぅ……んひぃ、あぃ、あぃ、あぃっ、んっ、んンんンっ、いいィぃーーーぃッ」 「美羽、とってもエッチな顔してる」 「はぁーーぁぁ……佑斗も、えっち……すごい、えっちな顔してる……あ、あ、そっ、そこは……あ、あ、あーっ」 「んっ、んふぅーッ、んふぅーッ……んっ、んっ、んぃ、いっ、ぃィぃィ……あィ、あィ、あぃ……んっ、んひぃーーッッ」 「そのまま、我慢してるんだぞ……んっ、動き、激しくするからな」 耳元で囁きながら、俺は突き上げる動きを激しくする。 ぐちゅっ、ぐちゅっ、と愛液が床に飛び散るのも構わず、蜜壺を強く圧迫していく。 「んんんーーーっ、んィ、んぃ……んッ、んっ、んっ、ンんンんっ……んひィぃぃぃぃィッ」 「うぁっ、美羽……締め付け、本当にキツい。まるで抱き締められてるみたいだ……」 「んぃぃィッっ……んっ、んッ、ンっ、んンんッッ、はぁーっ、はぁーっ……私も、広げられて……あっ、あっ、ぁああァっ」 「そこっ、そこそこぉ……あっ、あんッ、ンっ、んひぃィぃィ、んっ、ンぃっ、ぃぃッ、ぃぃィーーーーぃィッ」 「ここが、気持ちいいのか、美羽」 突き上げた肉壺の底を、むりやり広げるように、ぐりぐりと亀頭部で抉っていく。 「んっ、んっ、んあぁぁぁーーーっ……あぃ、あぃ、あひぃぃっ、だ、ダメ、すごい……あ、あ、あーーーっ」 「声、声、我慢しきれないッ、あ、あ、あ、んあッ、んっ、んンぁァああァァーーーーーーぁぁァッッ」 「くぅぅ……もっと、きつくなってきた……」 「ダメ、あ、あ、あ、そこ、そこダメ……ぐりぐり、されるとぉ……はぁ、はァーっ、はァぁーーーッ、あひィ、あ、あぃ、あぃ、ぃィィぃッッ」 「ダメって言うわりは、どんどんエッチな顔になってきてる」 「いやぁぁ……ひっ、ひァっ……おく、広がっちゃう……感じる、感じちゃうからダメなの……んぁっ、ンっ、んひぃいッ、だ、だめぇッ」 「感じてる美羽のエッチな声、凄く興奮する」 「あひぃっ、あィ、あィ、イジワル、イジワルっ……んっ、あっ、あっ、あっ、あァああぁァァぁーーーっ」 「イジワルされるの、嫌いじゃないんだろ? そんな顔してるじゃないか。窓に映ってる」 「あ、あ、あァぁ……佑斗、そこ、おかひく、おかひくなっちゃう……あひィっ、はッ、はッ、はッ、はッ、ぁァァーーーあああァぁぁァッ」 波が昇ってきているのか、ピクピクと身体が震え出す美羽。 だらしなく開かれた口から零れるヨダレと共に、太ももを愛液でびしょびしょに濡らしていた。 「まるで、漏らしたみたいになってる」 「はひぁ、はァっ、はぁ、はァッ……らって、かき回すからぁぁ……あっ、あっ、あひぃッ、はあぁぁぁッッ」 「かき回された方が、美羽だって気持ちいいくせに」 「いっ、いやらしいっ……まるで、変態、みたいぃっ……あっ、あ、あーーーーぁァああぁァッ」 「ほら……エッチな顔で、気持ちよさそうな声をあげてる」 「はひゅ、はァーっ、あっ、あッ、あァぁーーッッ……ほ、本当に、おかひくなる……んひぃ、が、我慢、我慢ひないと……んっ、んぃぃッ」 自制するように、再び指を噛みしめる、美羽。 そんな我慢に比例するように、肉壺がギュッと狭くなり、恐ろしいほどの力で締め付けられる。 「んンンんーーーーーーッ、んひぃっ、あィっ、あぃッ、あひィィっ、ぃッ、ぃぃぃぃぃああァァぁぁっ……」 締め付け、擦れ合う快感を貪るように、俺は腰を美羽のプルプルの尻にぶつけていく。 「んぃッ、んっ、んィっ……あ、あ、あ、あひぃッ……は、はげッ、はげひい……ゆうと、ゆうとぉ、はげひィぃーー……」 「嫌いじゃないだろう? 美羽のおま●こ、こんなにびしょびしょにしておいて」 「あ、あ、ああァァぁ……い、いいっ、気持ちいいから、だめなのッッ、あ、あ、あァぁ……はァ、はァ、あぁぁーッッ」 「奥っ、だめ……あ、あ、あ、あ、押しちゃだめぇ、でちゃう、でちゃうからぁ……あ、あーーぁァああァぁっ」 「イきそうなら、イッていいぞ、美羽」 「やっ、やぁァぁーーぁぁ……やだ、やだっ……だめ、ダメダメッ……はぁ、はぁ……ほッ、本当に、本当にでちゃうっ」 「んっ、んひぃッ、はひィ……ぃっ、あィっ、あっ、ンッ、んん……んふーッ、んッ、んっ、ンンんッッ」 必死に耐える美羽だが、すぐに快感が容量をオーバーし始める。 「はッ、はッ、はひっ、んッ……んひィぃーーーっ、ひぃ、あひぃ、あィ、あィ、んっ、ンんッ、ひっ、ひぃぃぃーーぁァァああっ」 「無理しなくていいから、美羽」 「も、もう、だめ……だめ、ダメダメッ、あ、あ、あーーぁあぁっ、イく、イくっ、あ、あ、あ、あぃ、あぃ、あぃ、イくイくッッ」 「んっ、んんんぃぃぃぃぃぃ―ーーー―ーーーー―ーッッ」 快感の波に飲み込まれた美羽の股間から、透明な汁が噴出する。 「あっ、あっ、ああーーーぁぁっ……はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ」 大きく口を開けて、息を吸い込む美羽。 俺はそんな彼女の身体を欲棒で串刺しにしたまま、さらに肉壺を貪っていく。 「あっ、あっ、あっ、んひィぃぃぃッッ」 「ダメっ、とめて、とめてぇ……●●●●、止めてくれないと、またっ、またぁ……あっ、あっ、あっ、あぁぁぁーーーっ」 「無理だ、止められない」 「はひっ、そんな……あっ、あっ、ああァァぁ……いじわる、ゆうとのいじわるっ……はっ、はひィっ、あィっ、あぃっ、ぃィぃィぃッッ」 波が引いていない美羽の中を圧迫する度に、透明な雫が飛び散った。 そんな様が、さらなる興奮を呼び起こし、俺の腰を加速させていく。 「んいぃぃーーーぃぃっ……あぃ、あぃ……また、イく、イッちゃうぅぅ、あっ、あっ、あひぃ、ぃぃぃぃいくいくっ、イくぅぅぅっ」 「んッ、んンン―ーーーーーーーーーーーーーーーー―ーッッ」 再び吹き上がる粘液の飛沫。 同時にビクビクッ……と、痙攣する肉壺が、俺の肉棒を締め上げる。 「くぅぅ……締め付け凄過ぎ……折れるかと思った」 「はぁーーっ、はぁぁ、はぁ、はぁぁぁ……だめ、もうダメぇ……はぁぁ、頭、とろけちゃう……これ以上は、だめぇ……はぁ、はぁ、はぁ」 「でも俺、まだイケてないのに?」 「ダメって言ったのに……ひぁ、はぁ……なのに、佑斗が続けるから、いじわるするから……」 美羽の肩が大きく上下する度に、中の締め付けも呼吸するように収縮を繰り返す。 そんな些細な摩擦だけでも、今の俺の意識を奪うには十分で……。 「どうしても、ダメか? 美羽?」 言いながら、軽く腰を振る。 「ひぃぅっ、あ、あぁぁぁあああぁぁぁ……擦れてる……そこ擦られると……あっ、あっ、あっ、変なスイッチ、入っちゃう」 「あ、あ、あーーーっ……だめ、気持ちいいぃぃ……ダメなのに、また……また、わらし……あっ、あっ、あーーっ」 「今度は俺もイくから。だから、美羽……」 美羽が身体を震わせるポイントを、俺は何度も何度も擦り上げる。 そんな刺激と快楽に支配された美羽の首が、何度も縦に振られた。 「んっ、んん……んひぃ、一緒にイッてくれるなら……あっ、あッ、んンッっ……あん、んッ、んンんーーーっ」 その言葉を聞いた瞬間、俺は腰を思いっきり美羽の尻にぶつけて、その身体ごと肉壺を押し上げる。 「ああっ、あーーーーあぁあぁッ、い、いいっ、気持ちいいっ……すごいっ、これすごいぃぃッッ、はっ、はっ、はひぃッッ」 「美羽のおま●こだって、凄い締め付けて、気持ちいいぞ」 「はァぁーーーァァ……んっ、んッ、んンーーーーーーッッ……はァ、はぁ、き、キツい……んっ、ンンんッッ」 俺は夢中で、膣穴の抜き挿しを繰り返す。 愛液がその度にグチュッ、グチュッ、っと零れて、濃い匂いを放っていた。 「ああ、あッ、あッ、あァぁ……すごい、蕩けてる……はァ、はぁァーーーっ」 「もう、なにもわかんないぐらい、とろけちゃってる……とかされてるぅ……はぁ、はぁ、あァっ、あ、あ、あ、あああァぁーーーァぁあァぁッッ」 ヨダレに汗に愛液、身体中の粘液を振り撒きながら、美羽が恍惚の表情を浮かべる。 「はぁ、はァ、はァ……グリグリされて……あ、あぁぁッ……おま●こ、びりびりする……あ、あ、あァァぁぁッ」 「イく、このままじゃ、またイッちゃうぅ……たすけて、たすけて、ゆうとぉぉ……」 「いいから、そのままで」 「はぁ、はァ、あッ、あひぃィィーーっ……いっ、いィィぃぃィィ……ひぁっ、ああぁぁぁっ」 「スイッチ、入ったぁァァ……はっ、はっ、はっ……もう、ダメぇ、●●●●のことしか、考えられないィぃッッ」 「俺も、美羽のことだけ……それだけしか、しか考えられない」 「んぃッ、んっ、ひぃィっ……あッ、ああぁァァぁぁァぁ……すごい、すごいぃィィぃッ」 美羽の表情が一段とゆがむ箇所を、俺はひたすら突き上げ、自分も絶頂に向かって快楽を得ていく。 「あっ、あぁ、ひぃィッ、ああァぁァ……んぃッ、あ、あひぁァ……はァ、はァ、はぁァぁ……んっ、んぃ、ぃぃぃーーーッッ」 「奥、おくぅ、ゴリゴリ、こっ……んッ、んひィっ、ひァぁっッ……こっ、擦れ、擦れて、あ、あ、あァぁ……はァ、はァ、あぁぁーッッ」 「無理ぃ……無理なのぉ……あ、あ、あ、あ、またそこ……奥、押したら…………あ、あッ、あァっ、ああァぁーーぁァァぁ」 「美羽の中から、ドロドロのが溢れてる」 「あッ……だって、だってぇ……こんなに、気持ちよくされたら……あっ、あっ、あィ、あぃィ、いっ、いいいィぃィィぃッ」 「すごいっ、すごいの、あッ、あひィぃィーーッッ……んっ、んひィ、あぃ、あィ、いっ、いひぃィィッっ……んっ、んひぃィィぃっ」 「い、イくぅ……また、また一人でイッちゃうぅぅ……はっ、はっ、はっ……わらし、わらし……あっ、あっ、ああぁぁぁぁ」 「あ、あ、あ、動いちゃだめ、イくぅ……動いたら、イッちゃうぅ……っっ」 「美羽、今度は俺も……このままイくから、出すから」 「はぁ、はぁ、あっ、あァぁーーっ、いっ、いィぃィ……ひぃ、くひィ……もう、だめぇ……」 「はひぃぃっ、いっ……いいの? このまま、わらし、イッていい?」 「もう少しっ! 俺ももう少しでイくからっ!」 「キてぇ、はやく、はやくキてぇぇ……はァ、はァ、んぃっ、んッ、んんッッ、あひィぃィんッ」 蕩け切った美羽に、俺は腰を突き上げて応える。 「んいぃぃっ、ひィっ、ひぃッ、ああぁーーぁぁッ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、あっ、ああァァぁぁーーーーぁァああァァ」 「ゆうとぉ、いや、いやぁ、イッちゃう、わらし、またいっちゃうぅッ……ひッ、くひィ、いぃッ、いいいぃぃぃッッ」 「大丈夫だ。俺も、もうっ!」 「んっ、んっ、んひィぃっ、んッ、ンふぅ、ふぅーッ、ふぅーっ、んッ、んンぃぃィぃーーぃぃッッ」 「美羽のイくところ、エッチな顔、また見せてくれ」 「ゆうともっ、ゆうともエッチな顔、見せて。ぴゅっぴゅってらして……あッ、あっ、あぃ、あィ……あひっ、はああぁぁぁぁ」 「ああ……出す、出すぞ、美羽っ!」 「んぁっ、あひィッ、イッちゃう、わらし、イッちゃう……あィ、あィ、イく、イくイくイくーッ……ンッ、んひぃィぃィィんッッ」 「んっ! んっ! んんんっ! んひぃぃーーーーーーっ!」 「んんんんぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーぃぃぃぃぃっっ!!」 ドクッ! ドクッ! と、驚くほどの精液が、美羽の中に雪崩込んでいく。 「はぁぁぁーーーっ、はぁぁーーーっ……はぁぁぁ……はぁぁーーぁ……はぁー……はぁー」 「イッた……はぁ、はぁ、はぁ」 「くひぃ……わ、わらしも、またイッちゃった……何も考えられなくなってる……はぁ……はぁ……」 「それに、わらしの中……ドロドロになってる……はぁ……はぁ……」 「ドロドロなのは、俺のだけじゃないだろ。美羽だって、一杯濡らしてた」 「そうだけど……でも、こんなに熱いのは、佑斗の精液のせいでしょう」 俺が美羽の穴から棒を抜くと、ドロッと白濁液が溢れ落ちていく。 「くふ……ほら、真っ白だわ。精液、こんなにいっぱい……」 「んひいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーっっ!!」 ドピュドピュ! 限界に達した俺は、勢いよく美羽の身体に精液を振り撒いていく。 「んひっ、あっ、はぁ……んはぁ、はぁー、はぁー……イッた……わらし、またイッちゃった……はぁー……はぁー……」 「俺も、凄くイッた」 「くふ、知ってる……はぁ、はぁ……だって、太ももとお尻が、ドロドロ……はぁ……はぁ……」 「ドロドロなのは、美羽が自分で股間をいっぱい濡らしたからだろう」 先ほどまで、俺の肉棒を咥え込んでいた美羽の穴は、大きく口を開き、今も愛液をダラダラとこぼしている。 太ももで混ざり合う粘液のコントラストが、妙にいやらしく感じてしまう。 「……美羽、その姿……凄くエロいよ」 「……もしかして、また?」 「言ったろ? 何千回も抱くって。美羽だって、OKしたろ?」 「それは、したけど……でも、ちょっと激しすぎる……こんなのもったいない」 「もう少しゆっくり、じっくり……佑斗の温もり、感じたい」 「………」 くそ、可愛いことを言うじゃないか。 先ほどまでの、エロい表情とのギャップもあって、すぐさま俺の欲望が熱く滾りを取り戻していく。 「とりあえず、暴走しないように努力はしてみる」 「それなら……もう一回……………で、すむのかしら?」 「さぁ? 美羽が可愛いから……一回じゃすまないかもな」 「……私が、可愛いから?」 「可愛すぎるから」 「ならよし」 「よろしくお願いします」 「……ロリコン」 「だから、勘弁してくれ。ちゃんとキスで上書きもしたじゃないか」 「それに、俺がもし本物のロリコンだとしたら、美羽みたいな大人っぽい、おっぱいも大きめの可愛い女の子に、こんなに興奮するわけないだろう」 「……確かに。それはそうかもしれないわね」 「というよりも佑斗、激しすぎるわよ。私がどれだけダメと言っても、遠慮してくれないんだから」 「あんなエロい顔を見せられて、我慢できる男がいるなら見てみたい」 「美羽は自分がどれだけ魅力的なのか、まずそこを理解すべきだな」 「勝手なことを言わないで頂戴。イジワルばっかりするくせに」 「好きな子をイジメてみたくなるのが、男心ってものなんだ」 「……30点。まだ許さないから」 「仕方ない……言葉でダメなら、身体で謝ろう」 言いながら、俺は美羽の身体を抱きしめる。 素肌の温もり、美羽の匂い……ただ、今の美羽には若干いつもの匂いと違う気がする。 ……多分、俺の匂いが混じってるんだろうな。 「すぅぅーーーー……佑斗の匂いがする」 「興奮するか?」 「さすがに今はしないわね。アレだけイジメられたんだから……本当、自重してくれない?」 「スマン。それだけ、美羽のことが好きなんだと、前向きに受け取ってもらえると助かる」 「本当に大好きだぞ、愛してる、美羽」 「……卑怯者。そんなこと言って、誤魔化そうとしてるだけでしょう?」 「そんなこと言いつつも、顔が赤くしてるってことは、嬉しいんじゃないのか?」 「……そりゃ、嬉しいわよ。好きな人に好きと言われたら、大人も子供も関係なく、嬉しくない女はいないわよ」 「そっか。そりゃよかった」 そうして改めて、美羽の温もりを全身で味わう。 あぁ……美羽だ。俺の腕の中に、美羽がいる……。 「佑斗の匂い……ほっとする」 「本当、幸せだ」 「こんな風に、美羽のことを抱きしめていられるなんて……」 「……身体目当て?」 「そういう意味じゃない」 「……美羽の身体が気持ちよくて、夢中になってることは否定しないがな」 「スケベ」 「……スマン」 「変態」 「……申し訳ない」 「マッサージして、ロリコン」 「そこは否定する! いや、マッサージはしてもいいんだが」 「くふ……でも、いっか。私も幸せだから。佑斗に抱きしめられてるなんて……こんなに幸せなの、初めてだわ」 「これも全部、美羽のおかげだな」 「何言ってるの? 佑斗がミサイルを止めたからでしょう?」 「だが、美羽がいてくれなかったら、俺は失敗してた。死んでたよ」 「だから、ありがとう、美羽。俺と出会ってくれて……一緒にいてくれて。俺のことを、好きになってくれて」 「そんなの……私の方こそ、言いたいぐらいよ。ありがとう佑斗、好きになってくれて」 「これからも、ずっと一緒にいて欲しい」 「くふ、そんな心配は無用よ。言ったでしょう? 佑斗は私の物で、私は痛い女だもの」 「絶対に離れてあげないから、覚悟なさい」 「それはそれで怖いぞ」 「文句、ある?」 「あるわけない」 これから、この都市がどうなるか、その未来図は俺には描けない。 ただ……できることなら、みんなが笑える世の中であることを願わずにはいられない。 そしてその中に、笑いあう俺と美羽が、寄り添っていられれば……これ以上の幸せはないだろう。 「……佑斗。私たち、幸せになれるかしら?」 「バカな質問するなよ」 「俺と美羽がずっと一緒にいれるなら、幸せになれない方がおかしいだろ」 「それもそうね」 そう言って、美羽は幸せそうに笑う。 その綺麗で、可愛くて、最上の笑顔に、俺は見惚れずにはいられなかった。 「これからも、ずっとずっと……よろしく、美羽」 「うん。よろしく」 「な、なら……選べばいいじゃないっ。佑斗が興奮するなら、そうしてあげるからっ」 “刷り込み/インプリンティング”という言葉をご存じだろうか? 有名なのは鳥の雛が孵ったとき、初めて見た物を親だと思う、という事象だろう。 要は、短期間に得た刺激や認識を、長時間――もしくは一生持続、固定される学習現象の一種だ。 刻印づけと呼ばれることもある。 この現象は……どうやら人間でもあり得る現象らしい。 「はい、おにーちゃん。これあげるね!」 「………」 「今日ね、お母さんといっしょにクッキーをつくったの。おにーちゃんのために」 「……そうですか」 「はい、どーぞ」 「アリガトウゴザイマス」 ちなみにこれが、人間のインプリンティングである。 「というかユカちゃん、あのですね……子供はもう家に帰る時間です」 「お母さんは『おにーちゃんのところにいくならいい』っていったもん。それにおにーちゃん、いつもお昼はねてるから、夕方しかあえないんだもん」 「そりゃ、俺は吸血鬼で、ユカちゃんは人間だからね」 「でも……会えないじかんが、ふたりのむすびつきをつよくするんだよね。ユカ、知ってるよ」 「……難しい言葉、知ってるね」 「たまにそうやって大人の顔を見せるが……ちゃんと意味わかって言ってる?」 「うーうん、よくわかんない。でもね、お母さんがそう言ったら、イチコロっていってた」 「自分の娘をどう育てたいんだ、あの母親……」 テロ事件でユカちゃんを助けて以来、彼女はすっかりこの様子だ。 あの時、閉じ込められていた短い間の刺激が、未だに持続され続けている。 ……下手すると、最初の頃よりもその想いが強くなっている可能性すらありそうで怖い。 「またやってるねー」 「そうだねー」 「そんな呆れた顔をしていないで、助けてくれないか?」 「いやー、人の恋路を邪魔する奴は――って言うしね」 「正直、あんまり関わりたくない。自分で作った火種は、自分でちゃんと消火しないとね」 「………」 「それじゃ六連先輩、わたしたちは先に行ってますね」 「にひひ、修羅場♪ 修羅場♪」 ……見捨てられたか。 「……ロリコン」 だから、俺はロリコンじゃないと言っているのに。 美羽は蔑むような目で俺を見ながら、先に行ってしまった。 そして寮の前に残されたのは、俺とユカちゃんのみ。 「おにーちゃん? どうかしたの?」 「………」 「……はぁ」 「やっぱり、このままじゃダメだよな」 最初は小さい子供だし、すぐに気持ちも変わるだろうと思っていたが……こうなってくると、ハッキリと言った方がよさそうだ。 そう、子供を傷つけまいと、いつまでもどっちつかずな態度を取ってきたことに一番問題があったのだ。 ユカちゃんはこんなに本気なのだから……俺も、本気で向き合わなくちゃいけない。 「ユカちゃん、俺は今から学院に行って勉強をしなくちゃいけない。だから、時間があまりない」 「うん」 「だから、単刀直入に言うが……俺にはすでに恋人がいるんだ」 「俺はその人のことが。本当に大事な人なんだ」 「だから……ユカちゃんの気持ちは嬉しいが、応えることはできない。言ってること、わかるかな?」 「その人のこと……好きなの?」 「ああ、好きなんだ。心の底から」 「……そっか」 「すまない、ユカちゃん」 「謝らないで。謝られたらユカ……みじめになっちゃう……」 「ユカちゃん……」 「だからそれ、意味をわかって言ってる?」 「うーうん、よくわかんない」 「でもお母さんがこう言ったら、相手はそうたやすくかんけいが切れなくなるっていってたから」 「………」 そんなこと教えてたら、この子まともな恋愛ができなくなりますよ、お母さん! もしかして略奪愛でもしたんですか!? 「とにかく、俺には恋人がいるんだ。さっきの長い髪の女の子がそうだ。矢来美羽という」 「だから、ユカちゃんの気持ちには応えられない。わかってくれたか?」 「……うん……わかった」 「そっか、よかった」 「それじゃ俺は学院に行くから、ユカちゃんも家に帰るんだ」 「わかった、おにーちゃんがそう言うなら……」 少し寂しそうな顔をしながら、ユカちゃんは頷いてくれた。 やっぱり、子供だと思ってバカにせず、最初からこうして話をすべきだったな。 「今日の授業は全て終わりだな。いいか? いつも通り、問題を起こすなよ。以上」 授業も終わり、みんなが帰っていく中に美羽の姿を見つける。 「あっ、美羽――」 「お先に」 「………」 「ケンカ……ですか?」 「いつものアレだよ、アレ」 「あー、あの瓦礫の中から救った女の子ですか」 「今日も学院に行く前に、一悶着あってねぇ」 「大変ですねぇ」 「すぐに子供の気持ちは変わると思ったんだが」 「女の子は精神面の成長が早いって言うし、同年代の男の子よりも大人に憧れる年頃なんじゃないかな?」 「そういうのは、さすがにもう少し成長してからだと思ってたよ。せめて、小学校高学年ぐらいだと」 「女の子の中でも早熟なんだと思うよ。それはともかくとして……早く仲直りした方がいいよ?」 「そうそう。二人が喧嘩すると、ピリピリした空気が寮の中に流れるからね」 「スマン」 「とにかく、ちゃんと話し合っておく」 「それがいいね、丁度二人とも今日は非番だし。ジックリ話した方がいいよ」 「ボクとエリナ君も仕事だ」 「そういえば、莉音ちゃんも今日はアレキサンドでお仕事だったと思いますよ」 「丁度いいじゃないか。もし仮に、美羽君が謝罪としてドゲザなんて要求してきても、見られる心配はないわけだし」 「……それで済めばいいんだが」 「とにかく、ウダウダ言ってないで、早く仲直りしてくるの。寮・長・命・令!」 「了解だ」 「頑張ってくださいね」 「ボクらが帰るまでには、何とかしておいてね」 「最善は尽くす」 そう答えて、俺は美羽の後を追って教室を出た。 結局俺は、寮に戻るまでの間、美羽の姿を見つけることはできなかった。 「どこかに寄り道してないといいんだが……」 「シンクを使った形跡がある。ということは、美羽はもう帰ってきてるのか。よかった」 俺はすぐさま、美羽の部屋に向かった。 「美羽、帰ってきてるんだろう? このままでいいから、聞いて欲しい」 「ユカちゃんのことだ」 「今までずっと、傷つけないようになんて考えて、中途半端な態度を取っていた」 「相手が子供だったこともあって、美羽も本気にしないだろうと……正直、甘えていた」 「だが、このままじゃいけないと思った。ユカちゃんにも悪いし、なにより俺は、美羽のことが大切だから」 「だから、ちゃんと言った。美羽が恋人だと、一番大切な存在だと」 「そしたらユカちゃんも、わかってくれたよ」 「………」 反応はない……か。 だが、微かに物音がしているので、中にはいるし、俺の声も届いただろう。 「聞いて欲しかったのはそれだけだ。あっ、いや、最後にもう二つ」 「俺はロリコンじゃない。それと――」 「大好きだ、美羽」 「……それじゃ俺は、自分の部屋に戻っている」 そうして俺がそのまま部屋に戻ろうとしたとき、不意に美羽の部屋が開いた。 「……美羽……さん?」 「佑斗は、本当にロリコンじゃない? 私のことが好きなの?」 「ああ、勿論だ。その言葉に嘘はない」 「じゃあ……証拠を見せて」 「それは、あの子に説明したっていう証拠か?」 「そっちじゃなくて。ロリコンじゃないんでしょう? だから、その証明をして頂戴」 「証明と言われても……一体どうすればいい?」 「今までの俺の行動では……その証明にならないか?」 「ダメ。その程度じゃ足りないわ」 「だったら……どうすればいい?」 「……そこの、私のベッドに座って」 「こうか?」 「それから、ベッドの下に腕を回して。あっ、右手はこっち」 「細かいな……これでいいのか? これが何の証明になるんだ?」 「それは……これから教えてあげるわよ。その身体に」 「……え? なにこれ?」 何故俺の右腕が、ベッドに繋がれているのだろうか? 「見てわからない? 縛ってるの」 言いながら、今度は左手も縛られてしまう。 「それはわかるが、なぜ俺は拘束されたんだ?」 「くふっ、くふふふ……言ったでしょう? 証明して、と。今からロリコンじゃないことを証明してもらうわね。くふふふ」 「………」 さっきまでの少し暗い雰囲気とは打って変わり、不敵な笑みを浮かべて俺を見下ろす美羽。 ……うーん、実に楽しそうな表情だ。 「もしかして、俺……イジメられるのか?」 「嫌だわ、酷いことをするはずないでしょう。私だって佑斗のことを愛しているんだから」 「だったら……何するつもりですか?」 「強・制・徴・収。今日の分の負債を、取り立てさせてもらうわ。その身体で」 「………」 「それってやっぱり、イジメるつもりじゃないか」 「ふふ、でも本当に酷いことはしないわよ。むしろ、悦ばせてあげるつもりなんだから、くふふ」 「……なんか、本当に楽しそうだな」 「本当にロリコンじゃないのなら、私の身体に反応するはずでしょう? だから、それを確認させてもらうわ」 「それが証明になるってことでいいのか?」 「そういうことね。異論はある?」 「ありません。で、それはいいんだが……何故、拘束?」 「負債の強制徴収だもの。今日はいつもと違い、私が佑斗に罰を与えることにするわ、くふふ」 「………」 本当に楽しそうだなぁ……しかも頬まで染めて。ちょっと興奮してないか? この態度からして、抵抗しても無駄というか……下手に抵抗すると本気で機嫌を損ねそうだ。 「できるだけ、優しくお願いします」 「さぁ、それはどうかしら? いつも佑斗は私をイジメてばかりだもの。私もイジメさせてもらうから」 俺は諦めて、もう美羽に身体を任せてしまうことにした。 「さぁ、それじゃあ早速、徴収させてもらいましょうか。まずは、ズボンを脱がないとね」 獲物を見定めた獣のように舌なめずりしながら、美羽は俺のベルトに手をかけた。 「くふふ……どう? 気持ちいい? こんな風に私の足で擦られて、きもちいい?」 「……しかも、足かよ」 「ご不満? でも……ここはそう言ってないように見えるんだけど? くふ、こんなにガチガチにしちゃって……ぁぁ……凄い」 どんなイジメかと思ったら、どうやら俺はいわゆる足コキをされるらしい。 俺を見下ろす楽しそうな美羽が、勃起したイチモツを足で優しく擦り上げていく。 「くふ……くふふ……私の足に踏まれるのが、そんなに気持ちいいの? こんな屈辱的なことされて悦ぶだなんて……変態じゃないの?」 「それを言ったら、人の性器を足で擦って嬉しそうに笑ってる美羽の方こそ、変態だろう?」 「あら? そんな口をきいて、いいのかしらね?」 美羽の足指が、俺の棒に絡みついてくる。 しかも、ストッキングを穿いたままなので、シュルシュルとした滑らかな感触が、未知の快感を生み出して……。 これは……マズイかもしれない。背中がピリピリと痺れるような快感が下半身を支配していく。 「自分の状況、わかってるの? 生意気なことを言うなら、こんなことまでしちゃうわよ?」 裏筋を柔らかな足でひっかくようにしながら、俺の肉棒を嬲るように動き回る。 「ぅぅっ……あっ、あぁぁ……」 「そんな可愛らしい声を上げちゃって、身体は正直なのね……ふふ、ほらほら、どうなの? 気持ちいいなら、もっと声を上げてもいいのよ?」 「ぅっ、ぁっ……」 咄嗟に俺は腰をひねって快感から逃げようとするが、美羽がそれを許さない。 その柔らかな足で、反り勃った肉棒を思いっきり、踏みつけてきた。 その瞬間、踏まれる痛みと擦れる刺激が混じり合い、震えるような快感が身体の中で渦巻いていく。 「ふふ……ビクンって震えたわよ。踏まれて悦ぶだなんて……本当に変態ね。変態で間違いないわ」 「へ、変態とか……足で擦りながら、オナニーしてる、やつに言われたくない。美羽の方が、よっぽど変態じゃないか」 「だっ、だって……こんなにガチガチで大きい●●●●を見たら、私だって……普通じゃいられないもの……」 「あぁ、凄い……本当に、凄いわ……こんなに大きくして……はぁ……はぁ……」 息を荒くした美羽は、その柔らかなおっぱいを揉みながら、股間を指でなぞっている。 すでに胸の先端は硬く尖っていて……足コキだけじゃなく、オナニーシーンも俺の興奮を滾らせた。 「私の恋人が、こんなに変態だったなんてね……ふふっ。そんなに嬉しいなら、もっとしてあげるわ、ほら、ほら」 「いいんでしょう? こんなビクビクさせるぐらい、気持ちいいんでしょう?」 苦しげな息を吐く俺のことを、美羽は本当に楽しそうな笑みを浮かべながら、グリグリとモノに刺激を与えてくる。 「はっ……ぅぁっ……ぅぅっ」 「熱い……凄く熱くなってる……はぁぁ、こんなに熱くて硬いのが、いつも私の中にあるなん……はぁ……はぁ……あぁぁ……」 まるで足コキ自体に快感を覚えているように、美羽は熱い吐息を漏らしながら、裏筋を上下に擦っていく。 それだけでなく、親指でサオをなぞったり、ギュゥッと踏みつけてきたり、俺の想像外の刺激を次々に与えてくる。 「ぅぁっ、あっ、ぁぁぁぁ……」 その予想できない刺激が、ストッキングの滑らかな感触で倍増され、もはや俺はその場で悶えることしかできなくなっていた。 「あぁぁ、気持ちよさそう。こんなにビクビクさせて……本当に気持ち良さそうに震えてる……はぁぁぁ」 「こんなの見せられたら、私も……止まらない……はぁ、はぁ、はぁぁぁあぁぁぁーーーーーー」 揺れるおっぱいに、美羽の指が沈んでいく。 そして手の平と乳首が擦れ合い、乳首がクニクニと踊っている。 まるで俺を誘うように……。 「んふ、変態。先っぽからヨダレが垂れてきてる……くふふ、いやらしい。そんなに気持ちいいの? ほら、正直に言ってみなさい」 「うっ……き、気持ちいい……凄く、気持ちいい。それに、美羽のオナニーもエロくて、興奮する……ぅぁ、ぁぁぁ……」 「んふ、それじゃ……正直に言えたご褒美をあげるわ、この変態……はぁ……はぁ……」 「くっ、ぁぁ」 美羽は俺の先走り汁を足指ですくうと、棒に塗りたくっていく。 ストッキングがベトベトになるのも構わず、溢れ続ける先走りを楽しそうに塗り続ける。 「はぁ……はぁ……エッチなヨダレが零れてる。いやらしい……本当にいやらしいわ、この光景……はぁー……はぁー」 そう言いながら、美羽の両手の動きが激しくなった。 おっぱいはグニグニと常に形を変え、股間ではストッキング越しなのがもどかしいのか、素早く同じ個所を擦り続ける。 「はぁー、はぁー……あっ、あぁぁぁ……ダメ、我慢できない……こんな姿見てたら、私も興奮しちゃって……はっ、あっ、ああぁぁぁっ!」 「あぁぁあ……ダメ、今日は罰を与えるって決めてたのに……ひゃっ、あぁぁっ……オナニー、我慢できない……こんなの見てたら、我慢できなくなる」 「やっぱり、俺より美羽の方がよっぽど変態だな」 「はぁ、あっ、あぁぁぁぁーー……もう、指が止まらない、止められないのぉぉ……ひぃぁっ! ひゃっ、ああぁあぁぁぁーーーっ!」 オナニーの手の動きに連動するように、足の動きも激しくなっていった。 ジュクリ、クチュ、ヌチュヌチュ……と粘つく音をさせながら、美羽は足をベトベトにさせていく。 「はっ、はっ……ヨダレ、変態汁、止まらない……全然綺麗にならない、こんなのいやらしすぎる……はっ、はっ、あぁっ、あぁあぁぁぁっ」 湿ったストッキングが、先ほどまでの滑らかな感触とは違う刺激を生み、新たな快感が俺を支配していった。 「美羽もエロい……俺のち●こを擦りながらオナニーをする美羽、凄くエロいよ」 「はひっ、はっ、はっ、はっ……興奮、する?」 「ああ、興奮する。凄く興奮してる。気持ちよすぎる、これ……凄い」 「くふ……いい表情……本当、気持ちよさそうね」 「美羽の方こそ……気持ちよさそうだ、はぁ……はぁ……」 「うん。気持ちいい……凄く気持ちいい……胸も、アソコも、ビリビリ痺れるみたいで……はっ、はっ、はっ、あぁぁぁあぁぁーーー」 「前に、俺のパンツでオナニーしてた時と比べて、どっちが気持ちいい?」 「それは……はぁっ、はぁっ……前より気持ちいい。足で擦って、佑斗の気持ちよさそうな顔見ながら弄ってると……凄く気持ちいい……はぁぁぁぁ」 「もっと、もっと見せてくれ。美羽のオナニーを……その気持ちよさそうな顔を、俺に見せてくれ」 「はひっ、はぁぁ……ダメ、そんなこと言っても……責めるのは私、だから……あひぁっ、んっ、んひぃっ、はっ、はっ、ああぁぁぁーー……」 「私が、気持ちよくする……はひっ、はっ、はぁっ、はぁっ……ほら、気持ちよくなって、もっともっと、気持ちよくなって! 私にその顔を見せてっ」 「ぅっ、わぁぁぁっ」 顔を蕩けさせたまま、美羽が俺を快感の渦に突き落とす。 擦れ合う足と肉棒は激しさを増し、目の前で繰り広げられるオナニーが、俺の理性を奪い取っていく。 「くっ、くひぃぃっ……はっ、はっ、このままじゃ……ふぁっ、はぁぁぁ……これ、ダメぇぇ……興奮し過ぎちゃう、はっ、はひっ、はっ、あひぃぃんっ」 「ああぁぁぁぁ……お、オナニー、止めなくちゃ……このままじゃ、私が、先に、イく……イッちゃうぅぅぅ……んんっ、くひぃぃぃっ」 身体をビクビク震わせながら、美羽が激しく悶え始める。 その快感が俺に伝ってくるように、俺の我慢も限界が近づく。 「はっ、はひぃぃ、はっ、はぁ……早く、早くイッて、早く早く、じゃないと私、私いぃぃっっ……あっ、んはぁーーっ」 「イっ、イく……イッちゃう、先にイッちゃぅ……んっ、ふぁぁっ、んひぃぃっ、ああぁぁァァぁぁ」 「俺も、俺もそろそろ、イきそうだ……美羽……うっ、あぁぁ、イく、出るっ!」 「はぁー、はぁぁ、ひぃあぁんっ、くひぃぃ……イく? イくの? 私の足に踏まれてイくなんて、本当に変態っ、だわ……ひぃっ、んっ、ンンッ」 「み、美羽だって、イきそうな、クセに……踏みながらオナニーして、美羽だって変態だ」 「だって、だってぇぇ……はぁ、はぁ、はぁーっ……我慢できない、我慢できないからぁ……んくぅ、あっ、はぁぁっ」 「くひぃ、あっ、ああァァぁ、イく、イくイくっ……わらし、本当にイッちゃうッッ」 「俺も、俺もイくッ! 美羽……美羽……もう、我慢が、できないッ」 俺の叫びに呼応するように、美羽も叫びを上げる。 その上擦った声と、痺れてしまうほどの快感を、これ以上耐えることなんて……で、できないっ! 「わらしっ、わらしも、我慢っできないっ、イッ、イくッ、イくイくッ、イッ……ちゃうぅぅぅぅッッ!」 「うっ、ぁぁぁっ、出る、美羽の足で、美羽の足でイくっ!」 「ひゃっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」 ドピュッドピュッ! と、擦られていた棒から、先ほどの先走りとは比べものにならないぐらいのドロドロした精液が飛び散る。 「はっ、はぁぁぁ……イってる、精液ぴゅっぴゅって、出てる……はひっ、はっ、はぁぁー……」 「はぁ……はぁ……美羽のストッキングも、濡れてる……」 「だって、イっちゃったから……はっ、はぁーっ、はぁーっ……足で擦りながら、イっちゃったぁ……」 互いの股間をドロドロにしながら、俺たちは蕩けた顔で茫然としていた。 「はぁー……はぁー……佑斗は、ロリコンじゃないかもしれないけど、変態で間違いないわね……はぁー……はぁー……」 「だから、俺が変態なら足コキしながらイッた美羽も十分変態だ……はぁ……はぁ……」 「くふ、そうかもしれないわね……はぁ……はぁ……」 「……美羽?」 「はぁ……はぁ……私、ダメ。今のじゃ我慢できない……もっと直接、中で感じたい……もっともっと、感じたい」 やけにあっさり認めてくると思ったら……どうやらまだまだ続くらしい。 美羽がおもむろに腰を上げて、ストッキングを脱ぎ捨て、俺の上に覆いかぶさってきた。 「くふふ……出したばっかりなのに、まだガチガチ……本当にいやらしい」 「大好きな女の子に、こんな風に馬乗りになられたなら興奮もするだろ」 「それとも、いやらしい俺はダメか?」 「そんなことない。それに、佑斗がいやらしいのは今に始まったことじゃないから」 「いやらしいのは嫌じゃないけど……でも、少し心配ね。そんなにいやらしいと、どこかで欲望を発散させちゃうんじゃないかしら?」 「そんなことはしない」 「口では何とでも言えるわ。これもまた……その身体に直接教えなきゃダメかしら?」 「教えるって……どうするつもりでしょうか?」 「決まっているでしょう? 私でしか、イけなくしてあげるのよ、くふふ」 妖しげに笑いながら、美羽が俺のモノに手を添え、濡れた自分の膣に誘っていく。 ――ヌチュ、ヌルルッ 「――んんッ!? んっ、んンンひぃぃぃーーーーーーッ!」 「あっ、あァァぁぁぁ……ッッ、はぁーっ、はぁーっ……」 ぐちょぐちょに濡れた肉壺は、俺の肉棒を何の抵抗もなく一気に呑み込んでしまった。 だが、美羽の反応が少し妙だ……。 「あっ、はぁぁぁぁぁ……はいっ、挿ったぁ……はぁーっ……はぁぁーーっ……」 「美羽、もしかして軽くイッた?」 「――ッ!? そ、そんなわけ、ないでしょう。佑斗を私でしか、イけなくするのに……はぁ、はぁ……私が、それぐらいで、イくわけ……」 俺の肉棒を咥え込んだまま、美羽は肩で息をしながらそんなこと言う。 「その割には反応が……」 言いながら、俺はゆっくりと腰を上下に振り、美羽の柔らかな肉壺の中を、軽く先っぽで抉ってみた。 「んひィっ!? はっ、はぁァッ、あ、あ、あッ、あッ、ああァぁーーーぁァッ……だ、ダメ、今、動かないで……ンッ、くひぃィッ」 「なぜ? まだまだ余裕なんじゃないのか? それとも、本当は……挿れただけで、イきそうだったのか?」 「そんなッ、わけっ、なッ……ないッ、ないけどぉぉぉ……ひぃぃンッ! それっ、ダメ、あっ、あひッ、ひッ、ひィっ、ひィィぃ……んンーーーーッッ」 「だったら、このまま動かし続けても大丈夫だろう?」 「はひっ、そ、そんなこと、されたら、私……あっ、あッ、あぁァァーーッッ、そ、それダメ……ぁああァっ、ダメぇぇぇーーッッ」 すでに一度絶頂を迎えた美羽の中は、蕩けてしまいそうなほど熱く、俺の腰の動きを阻んだりはしない。 言葉とは裏腹に、自ら望むかのように、グポグポと水音をさせながら肉棒に激しくしゃぶりついていた。 「ひっ、はっ、はぁァぁァー……な、なにこれ、凄い……こんなの、知らないっ、こんなに気持ちいいの、知らないぃぃぃーーッ」 「さっきの足コキで、そんなに興奮してたのか? じゃないと、こんなに早くにイくわけないだろうし」 「あッ、あひッ、はァっ、はァっ……奥、奥ぅぅ……あ、あ、ア、あぁァ、奥、グリグリされたら……あ、あ、あァぁーーーッ」 美羽の可愛い顔が快楽で歪んでいく。 その歪んだ表情をもっと見たくて、その上擦った声が聴きたくて、美羽のねちょねちょの肉壁を激しく擦り上げた。 「あひぃンッっ、あ、あーッ、また、またイく……イっちゃうッ、私が、佑斗でしか、イけなくなっちゃいそう……あッ、あぁァァーーーぁぁッ」 「いいよ、そのままイって」 「いや、俺がイかせるよ」 「はァぁッ、はひッ、はひッッ、そっ……そんな簡単に、思い通りになんて……ひぃァァぁン!? あ、あ、あぁアぁァあぁンッッ」 俺の棒を咥え込んだ肉穴がキュゥーーッときつく締まってくる。 だが、先ほどイッたばかりの俺にはまだまだ余裕があった。 その締め付けに負けないように、激しく美羽の中を俺は突き上げ、奥の壁をグリグリと先っぽで穿っていく。 「んひぃィィぃッッ! あッ、アッ、あッ、はぁァっ、ソレっ……ムリ、ムリなのぉぉーーっ、はぁーっ、はぁーっ、あ、あ、あアぁぁァーーぁっ」 「ソレって、こうやって一番奥をグリグリすることか? そんなに気持ちいいのか、コレ」 「ひぃぃぃッ、あひィ、あッ、あィ、あィっ……やっぱり、ダメ……ダメダメッ、わらし、また、イく、イッちゃうから……ンぁ、あッ、あひぃィんッッ」 「はっ、はぁン、はァぁッ、あン、あんッ……もう、ムリぃ……ずるい、そんなに動くのずるいィィっ、あぃ、あぃ、イッ、くぅぅぅーーーーッッ」 「んひぃぃぃいぃぃぃいぃぃぃぃぃぃーーーーーーー………………ッッ!!」 快感に耐え続けていた美羽の身体が仰け反り、ビクッビクッと痙攣をする。 「はっ、はぁぁぁーーーっ、はぁぁーーっ……また、イッた……はひ、はひぃぃ、はひぃィンっ!? あ、あァ、あァっ、あァぁーーッッ」 それでも俺の責めは終わらない。 肉棒を抜いたりせず、そのままネトネトに濡れた膣肉を擦り上げ、貫き続ける。 「だっ、ダメっ……イッてる……今、イッてるから動いちゃ……んンッ、あッ、あッ、あーッ、あーーッ、あーーーーーッッ」 驚く美羽は、咄嗟に俺の上から逃げようと身体をひねる。 だが俺は、美羽を逃がすつもりはなく、いつの間にか拘束が解けていた手で、美羽の腰を押さえつけた。 「はぁン、はぁぁン、あん、あン、あんあんッ……ど、どうして、腕、ベッドに縛ったのに……ぁあァぁあぁン」 「あんなのすぐに解けるよ、タオルで無理矢理縛ってただけなんだから。それより美羽、イくところまた俺に見せて」 「んンンぁぁァーーーーッ、もう、見てる、何度も見てるぅぅーーーーッッ、はッ、はッ、はッ、だっ……ダメ、ダメダメダメぇぇッッ!」 「何度でも見たいんだ、美羽の可愛い姿を」 「ひぁあアアぁァあン……んぁン、ンぁン……イジワルっ、イジワルぅぅっ! あ、あ、あ、ぁあァァあぁンッッ」 そうして再び、美羽の肉の収縮が始まり、肉棒をギュゥゥっと抱きしめてきた。 「ひぅッ、あひ、あひぃィぃッ、身体しびれるぅ……頭も、真っ白になって……とけちゃうッ、わらし、とけちゃう、ンひっ、あっ、あっ、あァァあぁッ」 「ンんぃぃぃィィーーーーーーーーーーーーーーーーーぃぃッッ!」 連続して押し寄せた絶頂を、美羽は身体を大きく震わせながら受け止めた。 「ひぁぁあぁぁ……もうらめぇ……こんなにイッたら……おかひく、なる……はぁぁーー……はぁぁーー……」 焦点を失った美羽の視線が宙を彷徨い、半開きの口も、肉棒を咥え込んだ肉穴も、粘液でドロドロになっている。 そんな熱く煮えたぎった美羽の蜜壺の中で、俺の相棒は快楽にギリギリ耐えていた。 「はひぃぃぃ……はぁぁーーー……はぁぁぁーーー……こんなの、わらし、耐えられない、あたまおかひくなっちゃうぅぅ……」 「美羽、凄く可愛い」 「はっ、はぁぁーー……溶けちゃったぁ……わらし、溶けちゃってる……はぁぁ……もう、動かしちゃらめぇぇ……」 「でも美羽のおま●こ、俺のをしっかり咥え込んだままだぞ。ほら、簡単に抜けそうにないくらい」 「んひぃぃぃッッ、待って、ヤだ、待ってぇぇッ、動いちゃらめッ、ンあぁァァ……はぁぁーーーぁぁ」 「それに俺、まだイけてないんだ」 そのアピールをするように、腰を動かして、美羽の肉壺の中をかき回す。 愛液に濡れた膣肉を擦るたびに、グチュグチュと空気とかき混ざる粘液の音が響き、溢れた愛液が俺の服に染みを作っていく。 「こんなに気持ちいいと……我慢、できそうにない」 「ひぃぅ、あッ、あァぁあアあァァぁ……もうらめぇ……スイッチ入っちゃうぅぅ……はっ、はぁ、わらしも止まらない……もう、止められないの」 「美羽、また動くぞ。今度は俺もイきたいから」 「あぁぁ……うん、うん、動いて、わらしの中で動いて……はぁ、はぁ……もっと擦ってぇ……」 変なスイッチが入ったのか、蕩けきった顔のままでおねだりをしてくる美羽。 その彼女の思いに応えるような、大きな動きで、美羽の子宮を肉棒で押し上げた。 「んッ、ンぃィぃーーーーーーーーッッ! ひぁ、あッ、はァぁ……すごっ、凄いぃぃっ、あひッ、あひッ、ひぃィィぃんッ!」 「あひ、あひィ、あッ、くひぃィィーーっ……はッ、はぁァァ……こしゅれてる、中でこしゅれて……ひぁッ、あァぁーーッ」 「美羽の中、熱い……凄く熱くて、気持ちいい……ッ」 「わらしも……わらしも気持ちいいッ、●●●●がこしゅれて……しびれるぅぅぅッッ、あーっ、あーっ、あァァぁァぁンンッッ」 理性が吹き飛んだ中、俺たちは無我夢中で肉の擦れ合う感覚を貪った。 俺は下から強く突き上げ、美羽はその刺激を全身で受け止め続ける。 「あっ、あひぃィッ、ズポズポ、気持ちいいッッ……わらしの中、ズポズポする度に、ビリビリするぅぅ」 「俺も身体が痺れてるみたいだ、美羽」 「もっと、もっとビリビリさせてぇ……もっとこしゅって……あ、あ、あァぁ……はァ、はァ、あァぁーーーッッ」 「しゅごい、しゅごいぃぃ……あっ、あッ、あひィぃィんッッ……あぃ、あィ、くるぅぅ……わらし、またくるぅぅぅ……」 「美羽、俺も。俺もそろそろイきそうだ」 「はぁ、はぁ、溶けちゃう? ゆうとも溶けちゃう? んっ、んンンッ、ああッ、あっ、あーーっ、ンああーーーッ」 「ああ、溶ける。俺も美羽のおま●こに溶かされてる」 「わらひは、もう溶けてる。おかひくなっちゃってる……だから、ゆうともおかひくなってぇぇ……あひっ、はあアァァぁぁ」 快感に痺れ、麻痺してしまった腰を、何度も何度も美羽に打ち付け、激しく肉壺をこね回す。 再び絶頂に達しそうなのか、美羽の身体はひっきりなしに痙攣を繰り返していた。 「あッ、あァァぁ……またくるっ……来ちゃう、しゅごいの来ちゃうぅぅぅっ、んぁ、ンぁ、ンぁ、ひぁァァーーッッ」 「俺も……俺もイくぞ、美羽!」 「ンひっ、はッ、はァァ……しゅごしゅぎるぅ……もうわらし、ゆうとなしじゃ生きていけな……はっはっはっはひぃィィッっ!」 「俺だって、美羽なしじゃ、もう生きていけないっ! ずっと、ずっと一緒にいてくれ」 「うっ、うんっ、いる、一緒にいる……ンぁぁァ……しゅきぃ、好き好き、大しゅきぃぃ……」 「俺も美羽のことが大好きだ、愛してるッ」 「はひっ、はひぃぃ……あッ、あァぁ……また、イく……あ、あっ、イっちゃう、イっちゃう、イッ……くうぅぅーーーーーーぅッッ」 「イッて……見てるから。それで、俺も一緒に、イくから……イッてくれ、美羽」 「ンンッ、うん、うんっ、イくから……見てっ、わらしのイくところ、見てぇ……好き、しゅき好き、大好きっ!」 「あっ、んああァァぁぁぁァあァぁーーーーーーァぁッッ」 思いの丈をぶつけるように、俺は美羽の中に精液を流し込む。 ドクッドクッと、肉壺の中を満たしていく粘液に、美羽はそのまま受け止め続けた。 「んっ、んひぃぃ……はぁーーっ、はぁーーっ……はぁーっ、はぁーっ……精液、しゅごい出てる……はぁーっ、はぁーっ」 「はぁー……はぁー……」 「お腹の中も、頭もドロドロ……ホントに、おかひくなってる……はぁーっ……はぁーっ……」 「ひぁぁあぁああああぁぁぁああぁぁぁぁッッ」 爆発した欲望が精液となり、ドピュドピュと美羽の身体を汚していく。 美羽はそんな飛び散る精液をよけようともせず、全身で受け止めていた。 「あああぁぁぁぁっ、はひっ、はっ……ああぁぁぁぁ……はぁーっ、はぁーっ……んっ、はぁぁぁ……」 「はぁー……はぁー……」 「精液ぴゅっぴゅって……わらしの身体も頭もドロドロで……はぁーっ……はぁーっ……おかひくなってる……」 「精液、いっぱいで……んっ、すぅぅぅぅ……わらしの身体から、ゆうとの匂いがするみたい……はぁーっ……はぁーっ……」 凄く気持ちよかった。不満なんてない。 なのに、俺の興奮は……まだ冷めていなかった。 賢者タイム? なにそれ。と今にも言い出しそうなぐらい、肉棒は硬さを維持したまま。 「美羽……俺、もう少し美羽のことを感じたいんだ……はぁ、はぁ……」 すでに快楽でとけた頭では、理性が働くわけもない。 「え? あっ、やっ、やぁぁぁっ!」 俺は身体を起こして、今度は美羽の身体をベッドに倒した。 ――グプププッ。 「あっ、ァぁアぁあぁぁぁァァぁァぁああぁァァッッ」 愛液を垂れ流す膣穴に栓をするように、再び美羽のグチョグチョのおま●こに俺の肉棒を差し入れた。 美羽の濡れた柔肉は、拒むことなく、その根元まで咥え込んでしまう。 「あっ、はぁーっ……はぁーっ……また、また挿ってきたァぁぁ……はひっ、はぁーっ……はぁーっ……」 「……スマン、美羽。どうしても我慢ができそうにないんだ」 「はっ、はぁー……はぁー……それはいいけれど……もうちょっとだけ、待って」 「……わかった」 「はぁ……はぁ……だからって、いつかみたいにクリを触ったら、もう止めるから……」 「……了解だ」 あ、危ないところだった。もう少しで手を伸ばすところだった。 俺はできるだけ腰を動かさないようにしたものの……やっぱりこれは辛い。 肉壺の中は熱いだけでなく、ネトネトの粘液で満たされていて……こうしておま●こにしゃぶられているだけでも結構刺激がある。 もっと、この刺激を貪りたい……刺激を大きくしたい……そんな欲望が、胸の奥で燻り始める。 「美羽……まだ、ダメか?」 「くふ……そんなに、動きたい? わたしで、気持ちよくなりたいの? はぁー……はぁー……」 「あ、ああ。擦りたい、美羽で気持ちよくなりたい……俺はやっぱり、美羽なしじゃもうダメだ。愛してる、美羽」 「はぁー、はぁー……正直に言ったから、ご褒美。もう、いいわよ、またズポズポしても」 その言葉を聞いた俺は、腰を引く。 ジュププと粘液が絡みついた肉棒が、美羽の膣穴から姿を現す。 そのまま先っぽが抜ける前に一旦停止。 そして、ジッとしていた我慢を美羽にぶつけるように、一気に奥まで貫いた。 「ひぁぁァあアぁあぁアッッ!? んァんァ、ンぁあぁッッ……また、奥がグリグリってぇ……ぁあぁァっ!」 「くひッ、はッ、はッ、はぁぁ……さ、さっきと、当たってる場所、違うぅぅぅ……ンンッ、んひぃィィんッ」 「どっちの方が気持ちいい?」 「ああ、あーーぁあぁ……両方、気持ちいい……でも、今の方が、しゅきかも……はァ、はァ、あッ、はぁアぁあァあァァ」 「そうか。それじゃ、このまま続けるから、美羽もどんどん気持ちよくなって」 「ンぁあァっ、はァぁーッ、あぁァーーッ、そこ……ンッ、んひぃッ! い、いい、そこグリグリされると、身体に力、入らない……ッ」 「ここだな?」 俺が確認するように、美羽の震えが一番大きくなる部分を、突き入れた肉棒で刺激する。 激しく突きながら、たまにキスするように先っぽをぐりぐりと押し付けて。 「ひっ、ひぃぃッ! あ、あァァぁ……そこそこぉぉ……いいの、身体しびれてしゅごいの……ンぁァッ、ひィぃぃンッ」 「俺も、気持ちいいぞ、美羽……凄く気持ちよくて、また、溶けそうだ」 「くひぃぃぃ、あッ、あァァぁ……あひッ、あぃ、あぃ、ンはぁァァーーーっ、や、やっぱり、らめかも……んひィぃーーッッ」 「もっ、もう少し……休みたい……じゃ、じゃないと、わらし……わらし、またおかひくなりそうで……ひッ、ひぃァァぁーーーーッッ」 「すまない、それはもう無理そうだ」 もう止めることはできそうにない。俺は動きを緩めることなく、そのまま美羽の肉穴をほじっていく。 「あッ、あィっ、あひぃぃんっ、ンンーーーーぅぅぅあアぁッ、はっはっ、ンッ、んひぃぃっ、あぁァあァァ……」 「美羽の顔、また可愛くなってきてる。凄くエッチだ」 「らって、そっ、そんな、奥をグリグリされたら……あッ、あッ、あィ、あィ、んンンひぃーーッッ」 美羽が身体を震わせるたびに、ぐちゅっぐちゅっ、とシーツの上に愛液が飛び散っていく。 俺はそのシミを大きくするかのように、激しく美羽の子宮にノックとキスを繰り返す。 「あぃ、あぃ、あひぃぃンッ、しゅごい、あーーッ……ひ、開く……そんな、グリグリされると、子宮が開いちゃうぅぅぅ……」 「そんなことない、むしろ凄く締まってきてる、美羽の中」 「そこしょこそこぉ……ンンっ、んひッ、はッ、はひッ、はひッ……それ、すごいぃぃぃ、んっ、ンぃっ、ぃぃッ、ぃぃィーーーーぃィッ」 ジュポジュポと肉穴を出入りさせつつ、抱きしめてくる肉壁を無理矢理拡張させていく。 「ンあぁァァぁーーーッ……あひ、あィ、あィ、ひぃぃンッ、らめ、しゅごい……さっきよりも、はげっ……激しくてぇぇ、あ、あ、あーーーッ」 「気持ちいいなら、またイッていいからな」 「んぃィぃィぃッッ……む、ムリ、ムリなの……これ以上、イッたらわらし……もう、飛んじゃう、頭まっひろになって、飛んじゃうぅぅぅ」 「俺も、気持ちよすぎて、腰が止まらない、美羽」 「あひぃッ、あィ、あィ……あっ、あッ、あッ、あっあっあっ、あァああぁァァぁーーーッッ」 身体を震わせる美羽を見下ろしながら、俺は本能ままに狭い道を拡張してく。 すでに美羽の膣穴からはドロドロと、濁った愛液が零れ、シーツだけでなく美羽の身体すら汚していた。 「あ、あ、あァぁ……凄いィィ、奥の方までビリビリ痺れて、しゅごいぃぃぃ……またバカになっちゃう、はッ、はッ、はッ、はッ、ぁァァーーーぁァッ」 「頭の中、●●●●でいっぱい……●●●●のことしか考えられなくなっちゃう……あ、ア、あ、ンあッ、んッ、んンぁァああァァぁァーーッッ」 「なんだか美羽、回数を重ねるごとに、感じ方が激しくなってる。それに、俺の気持ちよさも……どんどん増してるような気がして……ぅぁっ」 「らって、覚えたから……わらしのおま●こ、●●●●の形をもう覚えちゃったから……きっと感じやすくなってる」 「そんな嬉しいこと言われたら、本当に止まらないぞ」 「あッ、あっ、あィ、あィ、ぃィィぃ……ぃぃッ、うそつきぃぃ……もともと、止めたりしないくせにっ、んぁっ、あッ、あひぃいィィぃッ」 「もっと覚えさせる。美羽の身体に、俺をもっと刻み込むから」 「くひィぃィッ、はっ、はひッ、はひィィぃ……もう覚えてる、十分覚えてるからぁぁ……あッ、あッ、あっあっあっ、ぁァァーーーあああァぁぁァッ」 そうして美羽の肉壁にマーキングでもするように、俺の先っぽはあちこちをひっかきまわしていった。 「ひィぁァッっ!? はひゅ、はッ、あッ、あッ、あァぁーーッッ……ぐりぐり、おなか、グリグリしゃれてるっ、んっ、んひぃぃッ!」 「美羽、俺の形、わかるか?」 「わっ、わかる、わかるっ……おなかの中にいっぱいでぇ……あ、あ、あァぁ、あァぁーーーーッッ」 「しょこッ、らめっ……あっ、くぅぅぅぅッ、くひぃぃ……しびれる、しょこ、しびれちゃうぅぅッッ」 いやいやと首を振る美羽だが、腕を掴んだ俺からは逃げることはできない。 当然、咥え込んだ肉棒からも逃げることはできず、美羽は貫かれる快楽に絡め取られていく。 「あッ、あッ、あァぁッ、あひィぃーーーッッ! ひぃッ、ひぃぃんッ……あぃ、あぃ、あッ、あぁアぁァァぁ……ぁァァぁッ、ひィぁぁァーーーッッ」 突き上げられる快感に飲み込まれた美羽の背中が震え、肉棒にしゃぶりついたままの尻がプルプルと揺れる。 それとは逆に、肉穴はギュッと狭くなり、驚くほど強く締め付けてきた。 「わらしっ、もう……あッ、あッ、あーーーぁァアぁっ、またイかされちゃう……あ、あっ、あッ、あぃ、あィ、あィ、イかされちゃぅぅッ」 「ひぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ―ーーー―ーーーー―ーッッ」 俺の下で、美羽は叫びながら、身体をカクカクと震わせた。 それでも締め付けは緩まることはない。むしろ、さらに俺の肉棒に絡みつき、快感を搾り取るようだ。 「あッ、あひっ、あひぃぃ……はッ、はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……あっ、あっ、あっ、んひィぃぃぃッッ!?」 すでに理性が働いていない俺は、口を開けて肩で大きく息をする美羽の身体を、そのまま休まずに突き上げていく。 「ひぃぅぅッ、あ、あぁあアアぁァぁ……ムリぃぃ……もう、ムリぃィぃ……あッ、あッ、あッ、これ以上イッたらわらし……あっ、ああァーーッ」 「俺も、もうそろそろ……ヤバイ」 「そっ、その前に、わらし、死んじゃうぅぅ……きもひよすぎて死んじゃうぅぅぅっ!」 断続的に痙攣を続ける美羽の中を、俺はひたすら貪った。 棒を折ろうとするほど強く締め付ける肉壁に抵抗しながら、ぐちょぐちょに濡れた洞穴を小突きあげていく。 「ひゃァぁンッ、らめっ、らめぇぇぇぇ……ホントにわらし、あッ、あッ、あぁぁーーっ……しゅごいしびれてるぅぅぅぅ」 「み、美羽……俺も、そろそろイくっ」 「はひっ、はひっ、あッ、あひぃィィーーっ、いっ、いィぃィ……きもひよしゅぎるぅぅ……くひィぃぃ……らめぇ……もうらめぇぇぇ」 「また、イく……イくイくイくッッ! おかひくされるぅぅ、●●●●におかひくされちゃうぅっ……あひっ、はああぁぁぁぁ」 「もうちょっとで、俺もイくから」 「ンいぃぃっ、ひィっ、ひぃッ、ああぁーーぁぁッ……ムリぃぃ、その前にわらひがイッちゃう……ひッ、くひィ、いぃいぃ………ぃぃッッ」 「いや、いやァ……イッちゃう、わらひ、もうムリィぃ……イッちゃうぅッ……あッ、あっ、あィ、あィ……あひっ、ひィぃぃぃンッッ!」 限界を訴える美羽に合わせるように、俺も限界を迎えそうになる。 「俺も、イく……イくぞっ!」 「あッ、あひィぃィーーッッ……ンッ、んンンッ、くひィぃぃ……あぃ、あィ、んっ、んひぃィィッっ……いぃぃっ、ひぃィィぃっ」 「んぁっ、もうらめ、ムリムリムリっ……キちゃうぅぅ、しゅごいのキちゃうぅぅ……あィ、あィぃぃぃぃぃイく、イくイくイくーッ、あひぃィぃッッ」 「美羽っ、美羽っ……でっ、出るッ!」 「ああああぁぁああぁあぁあぁぁぁぁあーーーーっ!」 「んぁああぁあぁあぁぁぁーーーーぁあぁぁっ!!」 再び迎えた絶頂に、ドクッ! ドクッ! 精液が美羽の中を満たしていく。 すでに3度目になるにも拘らず、衰えを知らないほどの量が溢れ、収まりきらずに逆流すらしてくる。 「はひぃィぃ……はっ、はッ、はッ、はぁぁぁーーーっ……はぁぁーーーっ……」 「はぁ、はぁ、はぁ……凄いイッたぁ……」 ようやく興奮が治まった俺が、美羽の中から肉棒を引きずり出す。 今まで咥え込んでいた膣穴がいやらしくその口を広げ、その奥からドロドロの精液をいやらしく吐き出していた。 「ひああぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁーーーーーっっ!!」 ドピュドピュ! そんな音が聞こえて来そうなほど、勢いよく俺の精液は美羽の全身に飛び散る。 すでに二回、連続で達したことを感じさせない量を浴びる美羽の姿に、思わず俺は息を呑む。 「くひぃぃ……はぁぁぁーーっ……はぁぁぁーーーっ……またイかされた……すごい、イッちゃったぁぁ……」 「はぁ、はぁ、はぁ……凄いイッたぁ……」 美羽は浴びた精液に反応を示すことなく、ベッドの上で茫然としていた。 だが身体の方にはまだ余韻が残っているようで、愛液をダラダラとこぼしながら口を開けている肉穴が、ヒクヒクと痙攣していた。 「はっ、はぁぁぁーーっ……はぁぁぁーーっ……はひぃ……はぁぁーーっ……はぁぁーー……」 「美羽……?」 「も……もう、ムリ……これ以上は、本当にムリ……はぁぁーー……はぁぁーー……」 「はぁーー……はぁーー……佑斗、激しすぎる……私、本当に死んじゃうかと思った……はぁー……はぁー……」 「……スマン。美羽が可愛過ぎるから。俺はもう、美羽なしじゃ生きていけない身体だから」 「今日は、そんなこと言っても、許さないわよ……はぁ、はぁ」 「だったら……どうすればいい?」 「優しく……アフターケアをして」 「承りました、お嬢様」 俺はそのあと、お姫様に接するような態度で、美羽の世話をするのだった。 ――そして、その翌日。 「はい、おにーちゃん。今日はケーキをあげるね」 「………」 「………」 「あの、ユカちゃん。昨日、ちゃんと説明しただろう? この人が、俺の恋人で、君の気持ちには応えられないと」 「うん、聞いたよ」 「だったらどうして、今日もプレゼントをくれるのかな?」 「あのね、お母さんに相談したら、りゃくだつ愛ね! やっぱり母娘ねって。うばえばいいって言ってたよ」 「……ちなみに“略奪”の意味、わかってる?」 「うーうん、わかんない。でも、アピールし続けることが大事だってお母さんが言ってた」 「………」 おい、母親ぁぁぁぁぁっ!! だから、娘をどんな風に育てたいんだ!? 「ユカ、負けないよ! 女の若さはぶきだって、お母さん言ってた」 「“若さ”と“幼さ”は似てて非なるものなんだよ、ユカちゃん。“幼い”はメリットじゃなく、デメリットなんだよ」 「……? よくわかんない」 「………」 もしかして、この態度もワザとやってるんじゃないだろうか? 「……ロリコン」 「違うっ!」 「ユカ、負けないよ♪」 「いやだから、敗戦決定なんだっ! 敗戦幼女なんだっ! 頼むからわかってくれ!」 「……またやってる」 「大変そうですねぇ」 「あの歳にして、なかなか手ごわいよね、あの子」 「にひひ、修羅場♪ 修羅場♪」 どうやら、インプリンティングはそう簡単には解けないらしい。困ったものだ。 お願いです、誰か助けて下さい。 「ふぁっ、あぁぁぁ~~」 月の光が差し込む教室で、俺は堪え切れずに欠伸をしてしまう。 「六連君」 「あ、はい」 「お疲れの様子ですが、授業はちゃんと聞いて下さいよ」 「はい。すみません」 「えーでは、続きですが……こうして、政府はカジノ特区を設立させることに踏み切ったわけです」 教壇に立つ先生は、再び授業の説明に戻る。 俺としても別に授業をないがしろにするつもりはないのだが、先生の単調な口調のせいもあってかなり眠い。 ヤバい、また欠伸が……というか、このままだと本当に眠ってしまいそうだ。気合いを入れないとっ! その後、俺はなんとか起きてはいたものの、睡魔のせいで授業の内容は全然頭に入ってこなかった。 「んっ、んーーー」 「お疲れみたいだけど、授業はちゃんと聞かないとダメだよ」 「わかってるんだが……どうにもこうにも眠くて」 「もしかして、風紀班のお仕事ですか?」 「まぁ、そんなところ」 「気持ちはわからないでもない。最近、帰ってくるとみんなクタクタだからね」 「でも、気をつけないとダメだよ。そんなに気を抜いていると、円環の理に導かれるかもしらないからね」 「円環の理ってなんだ?」 「最近はまた忙しいもんね」 「でも、布良さんは普通だな。疲れないのか?」 「疲れないって言ったら嘘になるけど、寝ればスッキリするから。六連君は寝不足なの?」 「いや、そんなことはない。俺もちゃんと寝ているんだが」 「佑斗君は疲れが溜まり易いタイプなのかもね」 「ということは、布良さんはスッキリしやすいタイプ?」 「むー、それってなんだか単純って言われてる気分」 「そんなつもりはないですよ」 「身体の質の問題じゃないかって言いたかっただけさ。梓君をバカにするつもりなんてないよ」 「そっか。それならいいけど」 「六連君は、どんな風に寝てますか?」 「どんな風にって……」 「お風呂に入ったり、水分補給をちゃんとしてます?」 「あー……そう言われると、よく力尽きてそのままベッドで寝てるかも」 「ダメだよ、それじゃあ疲れは取れないよ」 「そうなのか?」 「リラックスして寝ることが重要だって聞いたことがあるね。じゃないと、円環の理に――」 「お前それ、『円環の理』を言いたいだけだろ」 「とにかく、寝るときは副交感神経に切り替えないと。そのためには、お風呂に入ったりして、リラックスすることが重要ですよ」 「なるほど。布良さんは、ちゃんと風呂に入ってから寝るのか?」 「うん、女の子だしね」 「俺はたまに、夕方のシャワーだけで済ませるからな」 「それで疲れが取れなくて、またリラックスできずに眠る。悪循環だね」 「なるほどなぁ」 一度、ちゃんと風呂に入ったりして、眠る準備を整えてみるか。 「とすると、美羽も疲れが取れてないのかな?」 「……んっ……」 見ると、自分の席に座ったまま、うつらうつらと船を漕ぎそうな状態だ。 「でも、美羽ちゃんも女の子だし。お風呂にはちゃんと入ってるんじゃないかな? 確認したわけじゃないけど」 「矢来さん、そういう部分はちゃんとしてそうですもんね。むしろ、お風呂にこだわりを持ってそうなイメージもあります」 「あー、なんとなく言いたいことはわかるよ。滅多なことがない限り、ソツなく何でもこなしそうなイメージだからね」 「ふむ、とすると……やはりまだ何か悩んでいるんだろうか?」 「佑斗君、話は聞いてあげてないのかい?」 「声はかけた。それでも向こうが言い出さなかったんだ。なら、無理に訊かない方がいいんだろう?」 「何度も何度も声をかけるのも、ウザいだろうし。それ以来、様子見だな」 ……一応、あの時はアレでよかったと思う。失敗したとは思っていない。 だが、全然美羽が元に戻る様子はない。 「無関係なことを装って、もう少し話してみた方がいいかな?」 「そうですね。そういうさり気ない優しさ、凄く大切だと思います」 「とはいえ、そのさり気ないってのが、一番大変なところなんだけど」 ある程度の距離を維持しつつ、優しい対応を心掛ける。 ……ハードルたけぇな。 「………」 「………」 授業が全て終わり、俺たちはそのまま風紀班の支部に向かう。 今日は布良さんは休みなので、道中は俺と美羽の2人っきり。 ……なんというか、何をどう切り出せばいいのか、よくわからない。 やっぱり、さり気ない優しさというスキルは、童貞にはなかなか使えないなぁ。 「なぁ、美羽」 「……なに? どうかした?」 「美羽は、ちゃんと風呂に入ったりしてるか?」 「は? なに、突然……勿論、ちゃんと入っているけど」 「もしかして……なにか、におう?」 「いや、そういうわけじゃない。実は俺、最近どうも疲れが取れないみたいで」 「ああ、授業中も注意されたりしてたわね」 「で、みんなから、それは睡眠の取り方が悪いんじゃないかと忠告を受けて」 「風呂に入ったりしてリラックスすること、あと水分補給が重要だって言われたんだ」 「確かにそういう話はよく聞くわね」 「見てると美羽も少し疲れてるみたいだったから、ちゃんと眠れてるかなと思って」 「………」 「な、なんだよ?」 「もしかして、心配してくれてるの?」 「当然のことだろう。それとも、なにか気に障ったか?」 「……いえ、そんなことはないけれど」 「で、ちゃんと眠れてるのか?」 「平気よ、心配させてごめんなさい。でも大丈夫だから、ちゃんと眠れてるわ」 「ただ……ちょっと自分の不甲斐無さに、辟易してるだけ」 「不甲斐無さ?」 「美羽にそんな個所があるとは思えないが……むしろ、俺から見れば、格好いいが」 「……女の子の褒め言葉に、格好いいって相応しいとは思えないわね」 「そうか? 可愛い見た目の女の子が、頼れるところを見せてくれる。そのギャップがいいと思う」 「それに美羽ぐらいになると、『可愛い』とか『綺麗』みたいな賛美は言われ慣れてるだろ?」 「そんなの、言われる事はほとんどないわよ。言われても、普通にお世辞でしょう」 「……ひねてるなぁ」 「そうじゃないけど……私のことを何も知らない人が言うことを、いちいち真に受ける方が変じゃない?」 「褒められたなら、素直に受け入れればいいと思うが」 「まぁ、私だって別に、嫌な気はしないけれど……」 「あと、本当に『可愛い』と思うぞ、美羽は。俺が保証する」 「………」 「俺なら、少なくとも“何も知らない”の定義からは外れるだろ」 「……でも、佑斗の言う事だもの。適当に言ってるだけでしょう、どうせ」 「そんなことない。例えばだな……」 「ちょっと褒められただけで、ありえないぐらいに顔を真っ赤にするあたりとか、凄く可愛いと思うぞ」 「……っ! ま、たっ、このっ、ムッツリ童貞野郎のくせに、バカにしてぇっ」 「………」 「なんだ、どうした? やけに不機嫌そうじゃないか、矢来」 「気にしないで下さい」 「しょーもない痴話喧嘩か?」 「違います。そういう下種い勘ぐりは止めてくれませんか?」 「俺だってそんなくだらないことに気を使いたくはないが、仕事に影響が出ると困るんだよ」 「心配してくれなくても大丈夫です」 「だ、そうだが? どうなんだ?」 「私の言葉だけでは不満ですか、《チーフ》主任?」 「だ、そうです」 「………」 「仕事に影響がないならなんでもいいが……とにかく今日の仕事は、尾行だ。お前らに、この男に張り付いて欲しい」 言いながら、《チーフ》主任がホワイトボードに一人の男の写真を貼り付ける。 「なにか犯罪を?」 「最近、飲み屋街でのスリの横行が目につくと報告を受けた。現状、容疑者として上がっているのがその男だ」 「現行犯で捕まえてくれ。吸血鬼の目なら、暗闇の中であっても見逃さないだろう?」 「気付ければ……ですが」 スリを生業とするような人の動きを見逃さないかどうかに関してはあまり自信がない。 「俺たちが張り付くよりは可能性が高いだろ」 「まぁ、確かにそうかもしれませんが」 「とにかく、今日の仕事については理解したな? 問題がないなら、さっさと出動しろ」 「了解です」 「ですが、どこに向かえばいいんですか?」 「ひとまずアレキサンドだ」 「淡路さんの店に?」 「そうだ。最近はよく店に訪れるらしい。アレキサンドで獲物を探している可能性もある」 「なんとかしてくれって、向こうが言ってきたよ」 「自分の店が、犯罪に利用されているなんて、嫌でしょうからね」 「そういうわけだ。アレキサンドにいない場合は、淡路から情報収集。その後は、付近の見回り」 「了解しました」 「ああ、わかってるとは思うが、当然私服でな。風紀班の制服のままで行くなよ」 「相手に目をつけられたら終わりだ。デート中のカップルを装っておけ」 「え?」 「………………デート中の、カップル」 「当然だろう。男女2人でペアにするってのは、そういうことだ。ああ、そうだ、手を繋げ。そしたらより、恋人同士に見える」 「いやあの、手を繋げって――」 「お前らが喧嘩してようと、憎しみ合っていようと、それはお前らの都合だ。仕事の都合とは関係ない」 「それはそうですが……」 「じゃ、あとは任せたからな」 俺の言葉には答えず、《チーフ》主任はそのまま立ち去っていった。 恋人、デート……手を繋ぐ、ねぇ……。 「さてと……」 アレキサンドの前に立った俺は、美羽の方を振り返る。 「で、どうする?」 「……どうするって、なにが?」 「だからさ、手を握るかどうか」 「やっぱりこういうのは、女の子に決定権があると思うんだが」 「……くふっ、童貞が紳士ぶっちゃって」 「いい加減、俺を貶すためだけに、“童貞”を口にするの止めたらどうだ? 恥ずかしいんだろ?」 「バカにしないでくれる? “童貞”を口にするぐらいで、この私が恥ずかしがるとでも?」 「童貞童貞童貞童貞、ほら、どう? これぐらい何ともないじゃない」 「………」 なんか、見てて心配になるぐらい顔が赤いんだが……これ以上、ツッコミを入れるのは止めておくか。 「それはともかく、結局のところ、手はどうする?」 「私は別にどちらでも。手を繋ぐぐらい、気にするほど子供じゃないもの」 「それより……佑斗は、その……どう思うの? 私と手を繋ぐこと」 「ん? そうだなぁ……」 「確かに手を繋いだ方が、恋人の偽装になるとは思ってる。最近は腕を組むより、手を繋ぐ方が自然だろうし」 「そうじゃなくて………………はぁ……いえ、やっぱりいい」 「………?」 「さすがの童貞力ね、佑斗。あきれて物も言えないわ」 「よくわからんが、とりあえず貶されたことだけは把握した」 「まぁ、私としては、佑斗がそう言うのなら……手を繋いであげなくもない、かしら」 なんとも微妙な言い回しだが……少なくとも嫌ではないんだろう。 「でしたら、エスコートさせていただけますか、お姫様」 「……ふっ。セリフは紳士のくせに、手が震えていて情けないわね」 「くぅ……悔しいが、反論できない」 女の子と手を繋ぐなんて、中学校の頃にフォークダンスを踊って以来だから。 「まあ、その方が佑斗らしくていいんだけど」 「……って、美羽の手も震えてるじゃないか」 「き、気のせいよ。というか、佑斗の手が震えてるからそう思えるだけ」 そんな震える手から伝わる、柔らかな感触。 やっぱり女の子の手って、男とは全然違うんだな。それに、少し温かい気がする。 「………」 ……トク、トク。 あ、あれ? なんか、ちょっと心臓がドキドキする。 手を繋ぐなんて簡単なことだと思っていたのに……実際に触れて、その感触が伝わってくると、思った以上に緊張する。 くっ、今までに甘酸っぱい経験がなかったことが、こんなところで弊害を生むだなんて……。 自分がいかに女の子と触れ合っていなかったのか、再認識してしまう。 美羽はよくこんな状況で普通にしていられるな。 「………」 Oh、全然普通じゃなかった。 ビックリするぐらい赤かった。 「……なに?」 「いや、大丈夫か?」 「……? 一体何について心配されているのかわからないけど、早く行きましょう」 「いつまでもこんなところで立ち尽くしていたら、不審者扱いされそうだわ」 「確かに。まあ、美羽が問題ないって言うなら……行くか」 俺は美羽の手を引いて、アレキサンドへ入っていった。 「いらっしゃいませ」 「こんばんは」 「六連君、それに矢来さんも。今日はお二人だけで、どうかしたんですか?」 「ちょっとね。席は空いている?」 「申し訳ありません。あちらのカウンターでお願いできますか?」 「気にしないで」 「淡路さんは?」 「オーナーでしたら……あれ? さっきまではカウンターの中にいらしたんですが……事務所でしょうか?」 「呼んできた方がいいですか?」 「お願いできる? あと、これは仕事だから。なるべく不自然にならないように」 「………」 仕事という言葉に、大房さんの顔がほんの少し厳しくなる。 「畏まりました。それでは少々お待ち下さい」 「さて、さすがに座ったら、手を解いても問題ないか?」 「あ、そうね。座ってまで手を繋ぐ必要はないわね」 「イチャイチャしすぎると、バカップルみたいだしな」 それはそれで、偽装としてはアリなんだろうが……俺と美羽じゃ、すぐにボロが出そうだからな。 「………」 手を離した俺に、美羽の視線が向けられる。 真っ直ぐにジッと見つめてくる美羽。 な、なんだ……そんな真っ直ぐに見つめられると、物凄く緊張するんだが。 「あの……美羽?」 「いないわね」 「なに?」 「尾行対象よ。今はこの店にはいないみたい。佑斗の方はどう?」 「あ、ああ。そうか」 俺のことを見つめてるんじゃなく、俺の背後に目をやっていたのか。 手を繋いだことで、少し浮かれていたのかも。 「スマン。少し待ってくれ」 一度、大きな息を吐きながら、心を落ち着ける。 答えながら、不自然にならない程度に、美羽の背後に視線を向けた。 ……スーツ姿の渋いオッサンが一人、その奥には仕事帰りのような女性が二人。 「いない。変装の可能性もないと思う。似たような骨格の人もいない」 「そう。まだ来ていないのかしら?」 「もしくは、今日は休業か」 「いらっしゃい、2人とも」 「こんばんは」 「ご注文は? もう決まってる?」 「私はギムレットを」 「俺はシュプライトで」 「女の子がお酒を飲むのに、男の子がただのジュース? ノリが悪いわね」 「……じゃあ、シュプライトのソーダ割り」 「ヘタレねぇ」 「酒って少し苦いから苦手なんだよ」 「……ふふっ、お子ちゃま舌ね」 「別に作るのは構わないんだけど、それって味が薄まるだけよ?」 「構いませんよ。それに、今日は飲みに来たわけじゃないので」 「そうだったわね」 言いながら、淡路さんは周りを確認。 こちらの会話を気にしている人がいないのを確認してから、改めて口を開いた。 「例のスリね、今日は来てないみたい」 「他の店にいるんでしょうか?」 「どうかしら? 一応、親交のある付近のお店には連絡してるんだけど、どこからも連絡がないから。今日は休んでるのかも」 「もしくは、店には入らずに、街中を徘徊しているか……」 「こればっかりはねぇ……その時の気分で変わったりするだろうし」 「自分の仕事に相応しいお客さんを見つけたら、そっちの方に行っちゃう可能性もあるから、なんとも言えないわね」 「とすると、付近の見回りに移行した方がいいのかしら?」 「そうだなぁ。例の男が店に来たら、連絡をもらえますか?」 「それは構わないんだけど、せめて注文の一杯ぐらいは飲んでいって。じゃないと怪しいわよ。どこで誰が見てるかわからないんだし」 「確かにそうですね」 「それに、その方がデートっぽく見えるでしょう?」 「仕事ですよ、仕事」 「なんだったら、キスぐらいした方がより恋人のデートっぽく見えると思うわよ」 「……キス」 「バカなことを言わないで下さいよ。そんなの、美羽が可哀そうでしょう」 「……可哀そう? 私が可哀そう? それ、どういう意味かしら? もしかして、仕事でしかキスできそうにない女とバカにしているわけ?」 「そりゃ私はまだ膜張り娘だけれど、そんなことで童貞の佑斗に情けをかけられたくないわね」 「あいっかわらず、妄想力が高いな、美羽は。もはや被害妄想の域に達してないか? 美羽にそんな心配は必要ないだろう」 美羽は可愛いし、男が放っておかないと思う。 時が来れば自然と彼氏ぐらいはできるだろう。その相手が誰なのかは知らないが―― ――ズキンッ。 ……一瞬、胸が痛んだ。 あっ、ダメだ。この感情を直視しちゃいけない。 そうして俺は、その痛みを[・]ワ[・]ザ[・]と無視して、自分の奥底に沈めてしまう。 この痛みがなんなのかはわかってる。前から気になっていたから。 でも、気付いてはいけない気持ちなんだ。 だから沈める。箱の中に、自分の奥深くに。決して表に出てこないように。 「……六連君?」 「え? ああ、別になんでもありません」 「とにかく、心配するならむしろ自分の方が心配だ。一生童貞で過ごすことになったらどうしようって、な」 「……なら、さっきの可哀そうって、どういうこと?」 「いや、だってさ、美羽って処女で、当然キスだってまだだろ?」 「なのに、ファーストキスが仕事で俺って、嫌じゃないか?」 「バカにしないでくれない? 夢見る乙女じゃあるまいし、ファーストキスに幻想を抱いたりするような年頃じゃないわ」 「大人だったらキスの一つや二つ、気持ちがなくたって演技でできるわよ、仕事なんだし。女優だって色んな俳優とキスをしてるわけだし」 「女優の仕事内容と、風紀班の仕事内容だと差がデカイと思うが」 「内容の問題じゃないわよ。だから……そ、そうっ、大人ならプロの自覚を持って、キスぐらいはこなすべきってことよ。おわかり?」 「……むぅっ、間違っているような間違っていないような」 「私は勿論大人だから、全然気にしないわ。だから佑斗、偽装のためにキスを……しましょうか」 「いや、キスしようって……」 美羽とのキス……そりゃ、したい気持ちは当然ある。あるが……………。 こんな相手の弱みに付け込むような真似は嫌だ。 「いくらプロでも初めての相手ぐらいは選ぶべきじゃないか?」 「ほら、軽い気持ちで初体験を捨てたら、大人になって少しだけ後悔したなんて話も聞くし」 「だから、あんまり恥ずかしがらずに、そういうのは気軽に捨てない方がいいと思うぞ」 「………」 「……このっ、童貞がっ」 「なっ、どうした? いきなりキレるなんて。しかも、こんな場所で変なことを言うな。いやまぁ、事実なんだが……」 「別に何でもないっ。気にしないでっ」 言いながら、美羽が俺の横っ腹をゴンゴンと小突いてきた。 「ちょ、痛い、痛いってっ、腹を小突かれて気にするなって、横暴すぎないか?」 「うるさい童貞、黙れ童貞、死ね童貞」 「なっ、なんだその童貞差別は!?」 というか、美羽は童貞を連呼してしまうほどに怒っているらしい。 何故? 今の会話のどこにそこまで怒らせる要素が? むしろ、俺は気を遣った側だと思うのにっ! 「あ、あの、淡路さん。俺、そんなに悪いことを言ったんですか?」 「あー、うん。そうね。さすがに今の発言のフォローはできないわ。同じ女として」 「えぇ!? そんなに悪いこと言ったか……?」 「自分で考えなさいな。こういうことは、人に言われるんじゃなく、自分で気付かなきゃいけないことよ」 「いや、ちょっと。でもこんな喧嘩してたら」 「あー、平気平気。誰がどう見ても痴話喧嘩だから」 「それじゃ、ごゆっくり、お二人さん」 「………」 「あの、美羽さん?」 「早くそのジュース飲みなさい。他の場所に行くわよ」 「……はい」 不機嫌そうな美羽は顔をそむけたまま。 わき腹への攻撃は止んだものの、そのまま美羽の機嫌が戻ることはなかった。 「………」 「あ、あの、美羽さん?」 「なに?」 「……なにか、怒っていらっしゃいますか?」 「いいえ、全然、これっぽちも怒ってなんていないわ。ただ少し、ほーんの少しだけっ、呆れてるのよ」 「………」 その鋭い視線は、呆れてるのではなく、明らかに敵意をむき出しだと思うんだが。 かといって、何に対して謝っているのかもわからないまま、謝ってもさらに怒らせそうな気がする。 「はぁ……もういい。とにかく、仕事に切り替えましょう」 「そうですね。じゃ、行きますか」 「………」 そうして俺は歩き出そうとしたものの、美羽が動かない。 明後日の方向を向いたまま、ジッと立ち尽くしている。 なんだ? 俺の声が聞こえなかったわけじゃないだろうから、自分の意思で立ち止まっているんだろう。 となると………………もしかして? 「よろしければお手をどうぞ、お姫様」 「……はぁ……本当、こういうことにはちゃんと気付くくせに」 「それは……一体どういう意味だ?」 「何でもないわ。早く行きましょう」 「はいはい。では、どこから参りましょう、お姫様?」 「やっぱり、スリが狙うとしたら酔っ払いだと思うから、このまま奥まで行ってみましょう」 「了解」 そうして俺は、付近の見回りを始めた。 美羽と手を繋ぎ、デートを装ったままで。 柔らかな手の平、自分よりも少し高めの体温が、俺の手を握り返してくれるその感触。 「………」 いかん、意識を手じゃなく、目の方に集中させないと。 見逃してしまうかもしれないからな。 「はぁ~~……疲れた」 「お疲れさん。で、どうだった?」 「収穫はゼロです。対象は今日はアレキサンドに現れませんでした」 「ですから、付近の見回りをしてから、足を延ばして他の場所も確認したんですが……」 「他のスリや、事件にも遭遇しませんでした」 「そうか、ご苦労さん。報告書を書いたらあがっていいぞ」 「了解しました」 「あと……一応言っておくが、別に風紀班の中でまで、手を繋がなくてもいいぞ?」 「え? あ、うあっ!?」 「あっ、ああ、そうか」 ちょっと、もったいないが仕方ない。 いつまでも握り続けているわけにもいかない。非常に残念ながら。 静かに手を離すと、当然右手の温もりも失われ、妙に寂しく感じる自分がいた。 「人探しの方に注視したから、すっかり気にならなくなってた」 「ふ……ふふっ、私はてっきり、初めて手を繋いだ童貞クンが、いつまでも離したがらないのかと思っていたわ」 「だから大人の余裕として、繋いであげていただけよ。手を繋ぐぐらい、気にするほどのことじゃないわ」 「ふーん」 「なに、その顔は」 「いやぁ、別にぃ」 「さっきの『うあっ』は一体? とか、相変わらず顔が真っ赤になってるけど? とか、全然思ってないから気にしないでくれ」 「……嫌な言い方をするわね」 「痴話喧嘩は継続中か。まあ、俺は仕事に支障がなきゃ気にしないが」 「だから、そういう下種な心配は止めてください。余計なお世話です」 「なら、もっと周りが気にしないように立ち振る舞うことだ。とにかく、報告書だけは頼むぞ。サボるなよ」 「わかりました」 「やっと、帰ってこれた」 結局今日は、数時間ずっと歩き続けた。 その間は見回りなので、緊張の糸は張りっぱなし。 最初の方は、美羽と手を繋いだことを意識していたりもして、肉体的にも精神的にも疲れた。 「美羽は随分と平気な顔だな。アレだけ歩いたのに、疲れないのか?」 「歩くのは別に嫌いじゃないから。それに……」 「……? それに?」 「……やっぱり言わない。童貞の佑斗に言ったところで、むかっ腹が立ちそうなだけだもの」 「………」 なんだそりゃ? と言いたいところなのだが、アレキサンドでの淡路さんの言葉を考えると、俺が悪いのだろう。 ここは反論せずに、言葉を受け入れておくか。 「ただいま」 「ただいま」 「あっ、おっかえりー」 「おかえり。お疲れ様」 「六連君、大丈夫? なんだか疲れた顔してる」 「そうか?」 「うん、エリナもそう思うよ。顔色が悪い……っていうほどじゃないけど、顔に疲れが出てる」 「今日は少し歩き回ったからかも……だが、美羽は変わりないのに」 「普段の運動の差じゃないかしら? 私は買い物なんかで歩く時、4時間ぐらい歩き回ったりするから」 「さすが女の子。買い物には時間をかけるんだな」 「とにかく、早めに寝た方がいいんじゃないかな?」 「そうだな。そうさせてもらうよ」 「でも六連君、教室でも言ったけど、ちゃんとリラックスして寝ることだよ」 「そのためにも風呂に入って、水分補給をキッチリと。だったっけ?」 「うん。そうそう。ちゃんと実践してね」 「つまり、辛くても今日はオナニーを我慢して、ゆっくり寝るんだよ、ユート」 「……まるで俺が毎日オナニーをしてるみたいな言い方はやめてくれないか?」 「えっ!? してないの!?」 「えっ!? しないといけないの!?」 「だってユートぐらい若い男の人なら、一日一発どころか、二、三発は出すもんじゃないの?」 「そんなにしてたら枯れるだろ」 「ダイジョーブ? ユート、もしかして不能なの? 亜鉛とかマカとか飲んだ方がいいんじゃない?」 「そんな心配そうな目で見られると、傷つくなぁ……」 え? それぐらい普通だよな? もしかして俺、弱いの? 一日二、三発って平均なの? いくら男同士でも、そんな話はしたことがないからなぁ……一度、直太に訊いてみようかな? 「心配してくれる気持ちはありがたいが……これだけはハッキリ言っておく」 「俺は不能じゃないから。勃つときはちゃんと勃つから」 「もー、六連君まで何言ってるのっ! 変な話禁止っ、いい加減にしなさいっ!」 「確かに。男らしく言う事じゃないと思うわよ、佑斗」 「だが、不名誉な嫌疑だけはハッキリと否定しておきたい」 「そっか。ちゃんと勃つんだ? だったら安心したよ」 「はぁ……もう私は寝るよ、おやすみ」 「おやすみ」 「おやすみなさい」 「さっきの話のせいで、変な夢みたらどうしよう……」 「変な夢ってアレ? ユートのオナニーシーンとか?」 「もー! だから、変なこと言わないでよー!」 「にひひ、図星だー。アズサってばエッチなんだからぁ~」 「しらないっ、しーらーなーいぃぃーーーーっ!」 「エリナ、あんまり布良さんのことをからかうんじゃない。嫌がってるんだから」 「ちゃんと、布良さんに謝っておきなさい」 「ダー、わかったよ。それじゃ、エリナももう寝るね。おやすみなさい」 「おやすみ」 「ええ、おやすみ」 「さてと、俺も風呂に入ってゆっくりするか」 「あっ、六連先輩、矢来先輩。おかえりなさい」 「ただいま」 「ただいま」 「遅かったんですね。ご飯はどうします? もし、よければ何か軽い物でも作りましょうか?」 「いや、大丈夫。連絡した通り、ちゃんと外で食べたから」 「そうですか」 「それに、もう着替えてるんだから、稲叢さんも寝るところなんでしょう? 私たちのことは気にしなくていいから」 「ああ、美羽の言う通り。そこまで気を使ってもらわなくても大丈夫だ」 「わかりました。それじゃ、お言葉に甘えて」 「あっ、そうだ、矢来先輩。わたし今、お風呂から上がったところなんですが、今ならいいお湯だと思いますよ」 「そう、ありがとう。それじゃすぐに入らせてもらうわ」 「はい。お風呂の掃除は明日にでもわたしがやっておきますから気にしなくていいですよ。それじゃ、おやすみなさい」 「おやすみ」 「おやすみ」 「それじゃ、私もお風呂に入って寝ることにするわ。佑斗は?」 「似たようなもんだ。部屋で風呂に入って、ゆっくりして寝る。ああ、でもその前に、疲れたから血液パックを飲んでおくけど」 「美羽も飲むか?」 「今は遠慮しておくわ。それに、合成血液ってカロリーがわりと高いの。だから、寝る前には飲まないようにしてるの」 「……マジで?」 「でも、育ち盛りの男の子が気にするほどじゃないわよ。それじゃ、お休みなさい」 「ああ、お休み」 「……そっか、血液にもカロリーがあるのか」 考えてみれば当然か。 『血中脂肪』なんて言葉もあるし、赤血球ってタンパク質だった気もするし。 「そうなると……」 冷蔵庫を開けて、中から赤いパックを取り出して確認すると……。 「本当だ、356kclって表示してある。結構高いな」 この値が合成だからかどうかはわからないが、どの道カロリー0ということはあり得ないだろう。 などと思いつつ、いつものようにストローを指し、中の赤い液体(リンゴ味)を吸い上げる。 「ぷはっ。疲れた身体に冷たい血液が染み渡るな」 「しかし……やっぱり、こんな時間になると、風呂に入るのが面倒になってくるな」 「というか、すでに眠い、今すぐにでも眠れそうなほどに……ふぁっ、ああぁぁぁ~~」 「だが、先に風呂に入って、今日こそは疲れを取る睡眠をしないと……」 「………」 「……すぅ……すぅ……」 「……ん?」 「すぅ……すぅ……」 「佑斗ったら、こんなところで寝て。しかもパックを飲んでる途中で……そんなに疲れてたのかしら」 ソファーに仰向けで眠る佑斗。 すでに深い眠りについているらしく、寝息も凄く安定していた。 ……そんなに疲れてたんだ。 確かに今日はよく歩いたから、疲れているのは仕方ない。 疲れたのは私も同じだ。ただし、私の場合は…… 「どちらかというと、精神的な疲れなのよね」 そうして自分の左手をみる。 この手が、ずっと佑斗の右手と……………………あっ、ダメだ。また顔が赤くなる。 「にしても……人の気も知らないで、グーグーと気持ちよさそうに……童貞め」 アレキサンドでのことは、今思い出しても腹に据えかねる思いだ。 「大体、キスぐらいなんだって言うの? ファーストだろうがセカンドだろうが、気にするようなことじゃないわよ」 「キスぐらい今どき小学生だってしてるじゃない。そう……キスぐらい………………キス」 佑斗の唇……少し、渇いてる。 試しに指でつついてみると、意外と柔らかかった。 「ふーん……男の子でも、唇って柔らかいのね」 もし……もし、この柔らかい唇と、私の唇が触れたりしたら……。 ………。 「(気になるなら、キスしてみればいいじゃない)」 「いやいやいやいや、無理。それは無理でしょ。一体何を考えているの、私は」 不意に湧いて出た心の声に、私は頭を振る。 「そんなことできるはずないじゃない。佑斗は寝ているんだから」 「(寝てるってことはつまり、気付かれないという事じゃない?)」 それは……確かにそうかも。 「(少し唇に触れるぐらいなら大丈夫。だってこんなに、深く眠っているのよ)」 「……でも、こういうときに限って起きたりするかも」 「(だったら、試してみればいいじゃない)」 ………。 「佑斗、起きなさい。ほら、こんなところで寝ていたら、疲れが取れないどころか、体調を崩すわよ」 「んんっ、んんん……わかってる、わかって、る……」 身体を揺らしてみるものの、やはり反応は薄い。 目を開けることもなく、再び気持ちよさそうな寝息を立て始めた。 「すぅ……すぅ……」 「(ほら、起きる気配はないみたいよ。今だったら……)」 ちょっとやそっとじゃ起きそうにない。 それを確信した瞬間、私は何かに引っ張られるように、そーっと近づいていく。 「んんっ、すぅー……すぅー……」 「………」 「すぅー……すぅ……」 「………」 「ただいまー」 「――ッ!?」 「ん? やぁ、美羽君。まだ起きていたのかい?」 「お風呂も済ませて、今から寝るところよ。ニコラ、アナタ随分と遅かったのね」 「ああ、うん。最近ちょっとディーラーの練習を本格的にしてみようかと思ってね」 「残って色々と。で、そうやって練習したら片付けもあるからもう、眠くて眠くて、ふああぁぁぁぁ~~~……ん?」 「なに?」 「いや、そこで寝てるのは佑斗君? 起こしてあげた方がいいんじゃない? ベッドで寝た方がいいだろうし」 「それは……勿論わかってるわよ。ほら佑斗、起きなさいって言ってるでしょっ」 「ちょっ、それはさすがに揺らし過ぎじゃない? もう少し丁寧な起こし方があると思うんだけど」 「さっきから全然起きないのよ。だから、これぐらい必要なの」 「そ、そうなの? だったら、仕方ないけど」 「いい加減に起きなさいっ、寝るならちゃんと自分の部屋に戻って」 「んっ、んん……美羽?」 「ようやく起きた? まったく……今日はちゃんと疲れを取る眠り方をするんでしょう?」 「ああ、昼のヤツを実践するんだ? でも、いきなりソファーで寝てたよね?」 「ちょっと力尽きちゃって。こういう事が続くからダメだとは思ってるんだが、ついな」 「気持ちはわかるけどね。ほら、部屋に戻ろう」 「そうだな」 「それじゃ、改めておやすみ、美羽。起こしてくれて、ありがとう」 「え、ええ、おやすみなさい」 そうして俺は、ニコラと一緒に共有スペースを出て、部屋に戻っていった。 「………」 「~~~~~~~~っ!?」 ちょっと待って、本当にちょっと待てっ! 今、私なにをしようとしてた!? あの時、ニコラが帰ってこなかったら、私は―― 「(キス、してたんじゃないかしら?)」 「うるさいっ、消えて。私の中から消えなさいっ」 ゴーストのような囁きを、ブンブンと頭を振って、自分の中から追い出す。 思い返すと、顔が熱くなる。まさに火が出そうな思いだっ。 まさか、自分があんなことをしてしまうだなんて……あんな……あんなこと……。 ………。 「くっ、くそぅ……本当、情けない。どうしてあんなこと、考えたのかしら」 でも、あの時の佑斗の寝顔を見ていて、気付いたら………………。 「あそこでニコラが帰ってきてくれなかったらと思うと……」 「しっかりしないと。よし、気持ちを切り替えましょう」 そうして切り替えた私の目に飛び込んできたのは―― 「あっ……佑斗の飲みかけの血液パック……」 飲んでいる途中で寝て、そのまま部屋に戻ったから……。 「……このままだと、夕方になったらもう生ゴミになっちゃうのよね。それは……もったいなくない?」 「封を開けちゃったら、保存はきかないし……」 それはもったいない。それにエコの観点から考えても、ゴミは減らすべきでは? そう、これはエコ。 べっ、別に間接キスなんて気にしているわけじゃない。大体、間接キスなら以前にも経験があるし。今さら気にすることじゃない。 「今の時代、エコの精神は大事。特にこういう、口に入れる物を無駄にするなんてもってのほか」 それにこれぐらいの量なら、カロリーもそんなに大したことはないだろうし。 ………。 いやでも、でも……いいの? なんだか変態っぽくない、私? 落ち着け、落ち着くのよ、私! だってこれ、飲み残しよ? 佑斗の飲みかけのパックなのに……ほ、本当に飲むつもりなの? 「……もうっ、さっき気持ちを切り替えるって決めたところなのにっ」 こんな変態みたいな悩みを持つだなんて、私、私は―― 「……あのぉー、美羽君?」 「――ッ!?」 「あら、なに? どうかしたの?」 「いや、なんだか奇妙な……まるで邪神の呻きみたいな声が聞こえてきたんだけど、大丈夫かい?」 「そう? 私は別に何の問題もないわ。もしかしたら、テレビじゃないかしら?」 「……こんな時間のテレビから邪神の呻き声?」 「もしくは、ニコラの聞き間違いじゃないかしら?」 「それならいいんだけどね。何か、悩みがあるなら聞くよ」 「ありがとう。でも、そんな心配してもらう様な事はないわ。それじゃ、おやすみ」 「ああ、うん。それじゃ――」 「あ、危なかった……もう少しで見られるところだったわ」 「はぁ………………もうなんだか、引っ掻きまわされっぱなしだわ」 平常心を取り戻さないと。 “いつも”の私に戻るのよ。平常心、平常心。 「すぅー……はぁー……」 軽く深呼吸、息を整えて、気持ちも落ち着かせる。 よし、落ち着いた。 そうよ、いつまでもこんな変な意識を抱えている場合じゃない。 ………。 意識……? 「意識とか、バカバカしい。そんなの、私は別に……別に………………あっ」 そのまま部屋に戻ってきたから、血液パックを持ってきてしまった。 ……どうしよう。 「(ここなら飲んでも誰にも気付かれないわね)」 「――ってぇ、言ってる傍からまた、私は」 あ゛あ゛ぁぁぁ、むかっ腹が立つ! 「どうして私が佑斗如きお子様に振り回されなきゃいけないのよっ、くそぅ……」 これは、美羽だ……美羽との思い出。 美羽と出会い、この島での思い出が、浮かんでは消えていく。 「夢、なのか?」 ……こうしてみると、やたらと美羽の胸を見てしまっているんだな、俺って。 見れたこと自体は嬉しいのだが、美羽に変態と思われていないかと、少々不安になってくる。 なぜ、こんなに気になるんだろう? その理由は、そりゃ……。 「………」 欲しい……彼女の全てが、欲しい。 ――なら、奪うか? あの、柔らかな温もりを。 いや、そんなこと、できるはずがない。 ――なぜ? だって、俺は……。 「――っ!?」 目を覚ますと、カーテンの隙間から夕日が差し込んでいた。 時間的には、普段起きるよりも少し早いぐらいだろうか? 「はぁ、はぁ……変な、夢だったな……」 「うわっ……汗でびっちょりだ」 梅雨もまだなこの時期に、こんなに汗をかくだなんて。 「はぁ、気持ち悪い……早く着替えてしまおう」 俺は上着を脱ぎつつ、この汗の原因について考えてみた。 まだ覚えている……誰かと会話しているような奇妙な夢。 ――なら、奪うか? あの、柔らかな温もりを。 「………」 美羽……。 責任感が強く、優しいくせに、妙に大人ぶってしまう意地っ張りな女の子。 温かい手も、フワッとした髪も、すぐに顔を赤くするところも……手に入れられるなら、手に入れてしまいたい。 あんなに可愛らしくて、性格は……やや変なところがあるけど、それだって可愛いと思える程度だ。 おっぱいもいい感じで、女の子の魅力が詰め込まれたようだ。 「そりゃ、奪えるなら奪ってしまいたいさ」 「だが……こんな俺が、奪えるわけないじゃないか」 せっかく無視したのに……昨日、偽装デートの最中に、しっかりと仕舞い込んだ痛みが、心の奥で蠢き始める。 美羽は可愛いし、男が放っておかないと思う。 時が来れば自然と彼氏ぐらいはできるだろう。その相手が誰なのかは知らないが―― これは……[・]嫉[・]妬[・]心だ。 誰かに取られたくなんてない。 俺を好きでいて欲しい、できることなら美羽の全てを奪いたい。 そんな気持ちがあることは、とっくの昔に気付いてた。 けど……だけど……それはできないんだ。 「そうするわけには……いかない」 折角、自制していたのに。 ずっと我慢していたのに。 今日の夢のせいで、自分の感情の蓋を無理矢理引きはがされたみたいで、寝起きから気分は最悪だ。 「はぁ……そうだ、今日は検診に行かないとな」 嫌な汗を拭いながら、俺は寝巻きを脱ぎ捨てた。 「はい、それじゃ腕をまくって」 「……ん」 「少しチクッとするけど、我慢してね。大丈夫、僕がついてるからさ。いつでも僕の愛で包み込んであげるよ」 「………」 「……どうかしたの? なんだか、いつもとは様子が違うみたいだ」 「かといって、過労なんかとはまた別モノみたいだし……なにか、心配事があるなら話を聞くよ?」 「ありがとうございます。ですが別に、心配事じゃありませんから」 「その言い方は……心配事以外に、気になることがあるんじゃないのかい?」 「………」 「話すだけでもスッキリするかもしれないよ? それに僕は秘密は守る主義だ。絶対に誰にも喋らない」 「だから、何かあるなら言ってくれないかい? できるなら、キミの力になりたい……」 「そして二人だけの秘密を共有したいっ!!」 ……基本いい人なんだけど、行動原理が邪すぎるっ! とはいえ……確かに打ち明けるなら、この人が適任なのかもしれない。 医者で、俺の症状も把握してるこの人なら……。 「あの、実はですね……今日、夢を見たんです」 「僕との夢かいっ!? いやぁ~、夢の中にまで出ちゃうだなんて、ちょっと照れるねぇ~」 「………」 「あの、すみません………………もう帰ってもいいですか?」 「うわっ、ゴメン。ちょっと待って、謝るから。ごめんなさい、調子に乗りすぎました」 「………」 この先生、人のやる気を無くさせる天才じゃないだろうか? 「それで、見たのはどんな夢? もしかして、とても激しく、荒々しく、雄々しい夢?」 「そういうのじゃなく………………自分と会話するような夢です」 「自分と会話……それは、前に言ってた幻聴とはまた別の?」 「どう……なんでしょう? 夢なのでいまいちハッキリしてないんですが……なんていうか、まるで俺の欲望を暴こうとするみたいで」 「欲望を暴く? それは、具体的にはどんな風に?」 「それは……」 「……好きな……」 「………」 「いえ、自分の近くにいてくれる異性のことです」 「異性のこと……で、欲望を暴くとなると……もしかして、性的な夢?」 「………」 コクンと、俺は静かに頷いた。 いくら相手が医者で、この現状に悩んでいるとしても……やはりこの手の悩みは恥ずかしい。 「それって、夢精をしたってことでいいのかな?」 「……出してはいません」 「なら、オナニーはいつしたのかな?」 「……訊いてどうする?」 「いやぁ、溜まっているなら僕が相手をしてもいいんだよ? というアピール……」 「………」 「というのは冗談でぇっ! オナニーについて訊いたのは、過度な欲求不満状態にあるかどうかの確認なんだ」 「過度な欲求不満、ですか」 確かに、欲求を自由に吐き出しているとはいえないな。 「過度かどうかはわかりませんが、多少は。でも、これぐらいなら本土に住んでた頃にもありました」 「その頃にはなかった症状だから、気になっている、と。ふむふむ……」 「というか、それって普通に好きなだけじゃないの? この浮気者っ!」 「俺の心は最初からアナタには傾いていないっ」 「とにかくさ、好きな人の夢を見て、抱きたいと思うのは青春真っ盛りの若人なら、当然のことじゃない? 悩むほどのことかな?」 「だといいんですけど……」 「こういうのは吸血鬼になってからですし……未だ、俺の複数の能力が使える理由もわかってないですし」 「それについては、すまないと思ってるんだ。それに、キミを人間に戻す方法も……」 「………」 「え?」 「え?」 「………」 「………」 「……あの、六連君……もしかして、忘れてたりした?」 「……はい、すみません」 「いや、六連君に謝ってもらう事なんてないんだけど……でもキミの中では、忘れちゃうようなことなの?」 「そう、ですね……よく、わかりません」 ここで暮らし始めて二ヶ月弱になるのか。 まだまだ吸血鬼の全てを理解し、そのデメリットを受け入れきれたとは言えない。 だが……。 「ここで暮らし始めてから、なんだか楽しい気がするんです」 「風紀班は忙しいし、大変で、重要な仕事なのはわかってるんですが、なんだか本土にいた頃より充実してるんです」 「あっちだと昔からずっと、起きて、勉強して、働いて、寝て。そういう生活の繰り返しだった気がする」 「けど、この海上都市じゃ違う。ここでも、サイクル自体はそんなに変わらないです」 「むしろ、労働の面に関しては以前よりも忙しくなったと思います」 「なのに、凄く充実してるんです。寮のみんながいて、自分がこの都市のために働いて」 「この都市の一人であることを自覚できるというか……そういう、気持ちいい疲れなんですよ」 「……ふーん、そっか。なるほどね」 「まぁ、自分の不甲斐無さの言い訳じゃないけど、そう思ってくれてるなら、僕としても嬉しいね」 「市長が、吸血鬼に労働の義務を課した理由が最近よくわかります」 確かに自分が都市の一員と認識することで、《アクア・エデン》海上都市への愛着が湧いてくる。 「だから、正直に言うと……今さら人間に戻れると言われても、戸惑うかもしれません」 「現に、今まで忘れてたぐらいですから」 「この海上都市に骨を埋める覚悟ができたというわけだね?」 「とすると……好きな子は、もしかして本土の人間なのかな?」 「え? いえ、そういうわけじゃないですけど……どうしてですか?」 「深く悩んでるみたいだったから。てっきり人間と吸血鬼、会いたくても会えない、ロミオとジュリエット的な悲劇の展開かと思ったんだけど?」 「違うなら、この都市の吸血鬼、もしくは人間ってなるけど……それだとやっぱり、普通の恋の悩みだね。告白しちゃえばいいじゃないか」 「それは………………告白なんて、できませんよ」 「僕のことなら気にしなくていいんだよ。僕はね、同性の間で一番だったら全然満足だからさっ」 「……どうして自分に都合がいいように解釈するかなぁ?」 「だとしたら、一体何に悩んでるんだい?」 「………」 「自分の、吸血鬼の能力です」 「ライカンスロープに似ていると、打ち明けるのが怖いってことかい?」 「というよりも……俺の能力が周りに露見した時のことを考えると……ライカンスロープは嫌悪の対象なんですよね?」 「だからこそ、こうして俺は能力を“身体の硬化”だと思わせようとしてるわけですし」 「それはそうだけど……」 「俺が本物のライカンスロープかどうかはともかく、そういう疑惑、噂があった時点で周りの態度は変わると思うんです」 「そりゃ、まぁ……そういう噂が広まったら、今みたいな生活はできないだろうね」 寮のみんなも、俺を避けるようになるかもしれない。 避けないにしても、やはり今まで通りというわけにはいかないと思う。 「俺だけならいい。別に、それなら納得……はできないけど、我慢はできると思います。でも、自分のせいで誰かを巻き込むとしたら……」 「そのことを思うと……躊躇います。好きな相手を、そんなことに巻き込みたくはないです」 「なるほど。確かに、その心配は理解できるよ」 「でも大丈夫っ! 僕のことなら心配しないで。キミとだったら何があったって平気だからっ!」 「えぇいっ! 『これ以上は変なこと言わない』と言ってから、これで何度目だよっ!」 「おっと、そうだったね。いや、ゴメンゴメン。医療関係の話じゃないとわかって、思わず気を抜いちゃったんだよ」 「……はぁ……とにかく、そういうことです」 「そういう不安がある以上、告白なんて……」 そういう意味では、ある程度金が貯まったら、寮も出ていくべきなのかもしれない。 みんなを面倒に巻き込まないためにも。 「難しい問題だね……確かにキミの心配はもっともだと思うよ。キミの能力は誤解を生みやすい」 「もし誰かに知られたりしたら、海上都市全体を揺るがすような大騒ぎになりかねない」 「そしてその騒動で、俺は敵意を向けられることになる」 美羽は……俺のことを受け入れてくれた。ずっと味方でいてくれるとも言ってくれた。 美羽ならきっと、どれだけ周りから悪意を向けられたとしても、宣言通りに味方でいてくれるだろう。 だからこそ……もしものことを考えると、やっぱり言えない。 「そういう悩みなら……確かにまあ、六連君としては難しいところだと思う」 「告白して、失敗すれば傷つく。成功しても、ライカンスロープの秘密の不安がある……か」 「とはいえ、それがストレスになってる現状も、問題だと思うけどね」 「……はい」 「そういうことなら、今回に関しては、やっぱり例の幻聴は関係ないと思うよ? よく深層心理とか言うだろう? ストレスを感じてるなら特に」 「それなら、いいんです……いや、問題は据え置きのままですけど、少し心は軽くなりました」 「こういうことは、医者にはなんともできないけど……ただ、一つだけいいかな?」 「キミはさっき、この都市での生活は楽しいと、充実していると言ったね?」 「……それは本心です」 「それはきっと、他の子たちも同じなんじゃないかな?」 「キミがここでの生活を気に入ってくれたように、他の子たちもキミとの生活を楽しんでると思うよ」 「………」 「まっ、だからどうしろとは、僕には言えないけどさ」 「六連君が危惧している“もしもの際”、その中心にいるのはキミだ。誰かに頼るか、一人で抱え込むか、それはキミが決めることだと思う」 「……はい」 「でもね……いくら距離を保っても、壁を作っても、必要とあれば渦中に飛び込むことを厭わない、そんな存在がいるんじゃないかな?」 「例えば僕とか、僕とか、僕とかねっ!」 ――ズキンッ。 脳裏に浮かんだ美羽の姿に、胸が痛んだ。 「あれぇ……僕のことはスルーなのかい? 全然違う人のことを考えているよね?」 「………」 「あの、もう戻って大丈夫ですよね? それじゃあ俺は、風紀班の仕事があるので失礼します」 「………………」 「ここまで完全にスルーされると、さすがの僕も傷つくんだよ?」 「おはようございます」 「少し遅いぞ、六連」 「すみません。病院でいつもの検診をしてまして」 「ああ、まだ通ってるのか。で、様子はどうなんだ?」 「問題ありません。ただ、まだ色々と調べていることがあるらしくて」 「検査のために血液を取られたり、注射を打たれたり。それぐらいですから」 「そうか。なら、ミーティングを始めるぞ」 「すぐに着替えてきます」 「いや、そのままでいい。着替えると二度手間だ」 「ということは、今日の仕事も?」 「昨日の続きで、私服での行動になる」 「了解です」 「……あ」 「おはよう」 「ああ、おはよう」 「病院に行ってたのよね? 結果はどうだったの?」 「別に問題はないってさ。いつも通りだ」 「そう、それならよかった……って、言っていいのかしら?」 「いつも通りということなら、まだ通院は続くのよね?」 「そういうことになるが……基本的には健康なんだから、喜んでいいんじゃないか」 こうして美羽を目の前にすると、夢のことを思い出してしまうな。 「佑斗? どうかしたの?」 「あ、いや………………別に何でもない」 「それよりほら、ミーティングに行こう」 「まー、ミーティングと言っても、昨日の続きだからそんなに言う事はないんだがな」 「今日はアレキサンドにいるんでしょうか?」 「電話で確認をとってみたが、今日もまだ来ていないらしい」 「では、付近の見回りを重点的に?」 「それしかないだろう。すまないが、足で稼いでもらうしかないんだが……下手すると、時間がかかるかもしれない」 「もうしばらくは様子見だな。スリの情報が再び手に入るまでは、繁華街を中心に見回りを」 「わかりました」 「当然のことながら、他の違法行為も見逃すなよ」 「勿論です」 「なら、後は任せる。淡路からの連絡は、お前らにも連絡をするように頼んではいるが、一応顔は出しておけ」 「わかりました」 俺の返事を聞いた《チーフ》主任が、席に戻っていく。 「………」 「………」 俺と美羽の間に、いつもとは違う空気が流れている。 その理由は当然、俺が美羽と少し距離を保とうとしているからだろう。 「とにかく行こうか」 「………?」 「それで佑斗、今日はどうするの?」 「どうするって、なにが?」 「だから、手よ。昨日と同じように、恋人の偽装をする?」 「………」 言われた瞬間、脳裏をよぎるのは柔肌の温もり。 あの柔らかな感触に衝撃を受けたのは覚えている。 だが、それと同時に夢のやりとりが脳内で再び再生される。 ――なら、奪うか? あの、柔らかな温もりを。 胸が高鳴った。 あの温もりに触れられなくなるかもしれない緊張と、自分の欲望を我慢できなくなる恐怖に、心臓を鷲掴みされたようだ。 「……まだ……いいんじゃないか」 「………」 ダメだ、流せない。 今までは気にしないようにしていたことが、全く流せなくなっていた。 あの夢がキッカケとなり、もう昔の自分には戻れない。 「ひとまず先に、アレキサンドに向かおう」 「佑斗、態度が何か変じゃない?」 「そうか? いつも通りだと思うが……」 「いつも通りというなら、手を繋いでもいいはずじゃないかしら? 昨日と同じ仕事なのだから」 「だが、昨日だって、外では常に手を繋いでいたわけじゃないだろう?」 「繋いだのはアレキサンドの前だったはずだ」 「……それは確かにそうね」 「そうだろう? とにかく、アレキサンドに顔を出しに行こう」 そう言いながら、俺は美羽の前を歩き始めた。 「………」 「……おかしい」 今日の佑斗は全てがおかしいわ。 私の言葉に対する反応。いつもよりも余裕がないように思える。 それに、こうして私の前をスタスタと歩いているのも。 以前だったら、ちゃんと私のペースを考えてくれていたのに。 なのに今日の佑斗は、まるで私と距離を作ろうとしているみたいに………………距離? 「まっ、まさか……」 「(昨日のキスのこと、知っているんじゃないかしらぁ?)」 「――っ!!??」 そんなバカなっ、だってしっかり寝ていたじゃない。全然起きる気配もなかったし。 アレは、タヌキ寝入りだったってこと? あぁぁぁっ、まさか、アレを見られていただなんてぇぇぇっ。 「(つまり、きっと彼もキスを期待していたのね)」 佑斗も、キスを………………あれ? でも……。 だとしたら……どうして今日は距離を作ろうとしてるの? まるで、避けるみたいに……。 「(それならきっと、彼はアナタの気持ちに気付いたのね。でもその気持ちを受け入れるつもりはないから、距離を作っている)」 いきなり手の平返し!? 一体どっちなのよっ!? 役に立たない声ねっ。 「でも……そっか、そうなのね」 確かにそれなら、説明がつく。 私の気持ちに気付いて、気持ちを受け入れるつもりがなくて……だから、手を繋ぐのも嫌で……。 ………。 「………」 「………」 『………』 「あの二人、どう思う?」 「変だと思います。なんだか、二人ともお互いの目を見ようとしないといいますか……」 「確かに。いつもの先輩たちとは違いますね」 「莉音ちゃん、同じ寮よね? あの二人の妙な態度についてなにか知らない?」 「そう言われても……昨日の夜は普通だったと思いますよ。お風呂上がりに少し話した程度ですけど、こんな空気ではなかったと思います」 「今朝は病院の検診で、六連先輩は先に寮を出られたので……」 「確認はできなかったわけね」 「昨日の夜から今朝にかけて、なにかあったんでしょうか? 六連君が矢来さんを怒らせてしまったとか?」 「その逆もあり得るわね。矢来さんが六連君に何かちょっかいをかけた、的な?」 「でもわたし、六連先輩が怒ったところなんて、見たことがありませんよ?」 「よっぽどのことをしちゃったのかしらねぇ?」 「それはともかく……例のスリの人を追ってもらってるんですよね?」 「そうよ。だから風紀班の制服じゃなく、私服でウチに来てくれてるんでしょう?」 「でも、あの雰囲気で仕事になりますか?」 「うーん……あれだと、恋人同士には見えませんねぇ」 「あの雰囲気だと、周りから浮いて、目立って仕方ないわよね」 「萌香さん、なんとかした方がいいんじゃないでしょうか?」 「そんなこと言われてもねぇ、問題点がハッキリしないことには……」 「淡路さん」 「はい!? な、なにかしら?」 「ちょっと、いいですか?」 「オーナー、チャンスです。ファイトです」 「頑張って下さい、オーナー」 「無茶ぶりも大概にしてくれない? ……もぉ……」 「はいはい、ごめんなさい、お待たせして」 「いえ。それよりも、例のスリは今日もまだ来ていませんか?」 「ええ、そうね。幸いと言っていいのか、残念と言うべきなのか、まだ来ていないわ」 「そうですか」 「……なら、他の場所に移動しましょうか」 「そうだな」 「………」 「……あの、二人とも、ちょっと訊いてもいい?」 「なんですか?」「なにかしら?」 「もしかして、二人って何か喧嘩でもしちゃったの?」 「いえ、別に喧嘩なんてしていません」 「本当に?」 「はい。美羽の言う通りです」 「でもねー、それにしてはなんだかねー、アナタたちの雰囲気が変なのよねぇ」 「……ただの勘違いじゃないですか?」 俺の言葉に、淡路さんは静かに首を振る。 「誰がどう見ても、変」 「そんなにですか?」 「別にあたしだって二人が個人的な喧嘩してるぐらいなら、相談されない限り、余計な首を突っ込むつもりはないわよ?」 「でもねぇ……見るからに変なんだもの、アナタたち。そんな調子じゃ、潜入捜査なんて無理。目立ちまくりの浮きまくり」 「………」 「それがちょっと心配になってね。下手に目立って顔を覚えられでもしたら、今後の仕事に影響がでることもあるでしょう?」 「それは……確かに。場合によってはそういう事もあるかもしれません」 「何が原因でそうなっているのかは知らないけど、仕事を続けるなら続けるで、そこら辺はきっちりしておいた方がいいと思うわよ」 「わかっています」 「申し訳ない、心配をかけてしまって」 「いいのよ。こういうのも、年長者の立場ってやつだから」 確かにこの雰囲気は、周りから浮いて見えるかもしれない。 かといって……。 「………」 「……なに?」 「いや、別に」 この状況、どうすればいいんだ? 「どうでした、オーナー?」 「なーんかね、すっごく微妙。下手に周りが口を出したら、余計にこじれるでしょうね」 「なんだかアダルティな感じですね。凄く大人っぽいと思います」 「あっ、それはわたしも思いました」 「何か力になれることがあるといいんですけど」 「周りは静かに見守ることが一番いいと思うわ、年長者の意見としては」 「そういうものですか」 「六連先輩と矢来先輩、早く仲直りしてくれるといいんですけどねぇ」 「………」 「………」 アレキサンドを出た私たちは、繁華街の見回りを始める。 やはり無言のまま、少し距離を保ったままで。 あのキスしようとしていた自分を見られただなんて……恥ずかし過ぎるっ! しかも本当にキスしたわけでも、気持ちを打ち明けたわけでもないのに、拒絶の態度を示されるなんて……。 「(無様ねぇ)」 う・る・さ・いっ! でも………………確かに無様だ。 そもそも、胸を触られて……いいえ、違うわね。もっと前、恨み事も言わずに佑斗が私を受け入れてくれてから。 思えば、私は佑斗に振り回されっぱなしだわ。 頭を撫でられたこと。 胸を揉まれたこと。 下着をプレゼントしてくれたこと。 そして……キスをしてしまいそうになったこと。 おかげで最近のお風呂は全然リラックスできやしない。 なんてことなの、本当……。 しかも、それだけ振り回された結果が、コレ。 ……はぁ……。溜め息を吐くしかない。 「勿論、私だって全てが上手くいくと思ってるわけじゃないわ。だけど、それでも……それは告白してからでしょう?」 「どうして伝える前から、こんな態度を取られるの? おかしくない?」 「(そりゃ、キスされそうになったら、相手の気持ちには気づくでしょう)」 「でも、私はまだ何も言ってないわ」 「そう、絶対におかしい。せめてこういうことは、私の気持ちを伝えてからでしょう? なのに、なのに……」 「なんだか、段々むかっ腹が立ってきた」 そんなつもりがないのなら、ハッキリと言えばいい。 それをこんな微妙に距離を作って、こっちが諦めるのを待っているみたいなこと……女々しくない? 考えれば考えるほど腹が立つ、くそぅ。 「(こんなことなら、キスしちゃった方がまだお得だったわねぇ)」 「そんなこと、そんな、こと……」 いや確かに。こんなことになるぐらいなら……このまま、佑斗が離れてしまうのだとしたら、私は……。 「むぅ……」 淡路さんに言われて、このままではいけないと思ったものの……。 「……打開策が見つからない」 ずっと二人で行動してるくせに、ロクに会話もない。友達同士にはみえないだろう。 かといって、喧嘩中の恋人というほどギスギスしているわけじゃない。 つまり、見た目にはどういう関係か想像しにくい。 こんな雰囲気では、偽装もへったくれもなく、周りの視線を集めまくりだ。 しかも、今となっては、美羽の方も俺から距離を取りたがっているように思う。 「もっと、普段通りにできれば……いいんだろうが……」 そう、普段通りにするんだ。 俺は今、あの夢のこと、気にしすぎてる。 一度見ただけだし、ちゃんと理性を働かせれば問題はないはず。 「なあ、美羽」 「なに?」 「手を繋ごうか?」 「……急に、どうしたの?」 「やっぱり、手を繋いだ方が自然だと思うからな」 「今のままだと、周りの雰囲気から浮いているだろうし。だから、手を」 言って、俺は美羽に手を差し出す。 「………」 だが美羽は、俺の手を見つめたままで、重ねたりはしてこなかった。 「……美羽?」 「……ダメね。これじゃ足りないわ」 「足りない? どういうことだ?」 「これじゃ偽装が足りないということよ」 「え? いや、そう言われてもだな」 「今までずっと距離を開けていたのに、急に手を繋いだ程度じゃ、周りへの違和感は拭いきれないと思うわ」 「そう、いうものなのか?」 「それに……その……」 「………」 何かを言い淀む美羽。 だが次の瞬間には、真剣な表情で、真っ直ぐな眼差しを俺に向けてきた。 「実は、さっきから見張られていると思う」 「――ッ!?」 「ダメっ、視線は動かさないで。不審な動きは見せないで」 「あ、ああ。そうだな」 ここで慌てたら、自分たちの身分を明かすようなものだ。 高野とのクスリの取引の時、同じような状況で引っかかったことを、忘れたわけじゃない。 「相手はどんなヤツだ? 見えるか?」 「え? 相手は、だから………………怪しいヤツらよ」 「ヤツら? 複数なのか?」 「そ、そうよ。私たちを見張るみたいに視線を向けてる。こちらの行動を怪しんでいるのね」 「もしかしたら、この付近で怪しげな取り引きをしているのかもしれない」 「………」 まさかマークされていただなんて。 淡路さんに言われたように、かなり目立っていたということか。 「顔を覚えられるとマズいな、何とかごまかさないと。どうする?」 「そうね……とっ、とにかく佑斗は後ろを見ないで。見たら、気付かれる。そうなったらお終いよ」 「わかった」 「それから、こうして道の真ん中で喋ってるのも変だと思うわ。だから、そこの路地に。まるで喧嘩してるみたいに、多少乱暴に」 「了解だ」 言われた通り、俺は店と店の隙間の薄暗い隙間に向かって、美羽の身体を強引に引っ張ってみせた。 「こんな感じで大丈夫か? 怪しまれてたりしないか?」 「え……えぇ。平気、問題ないわ、大丈夫」 「そうか。それで相手はどこにいるんだ? 結構離れているのか?」 相手を確認しようと、なるべく自然な動きで首を巡らせる。 「だっ、だからダメっ」 俺の顔をひっつかみ、無理矢理下に向かさせる美羽。 一瞬、意識が真っ白になるほどの痛みが首に走ったぞ、おいっ。 「無茶するなっ、首が悲鳴を上げたぞっ!」 「佑斗が後ろを見ようとするからよ。気付かれたらどうするつもり?」 「だが、俺も確認ぐらいは……」 「ダメと言ったらダメよ。今は大丈夫なはずだけど、佑斗が振り返ったら気付かれる」 「マジで?」 「ま、マジよ。だから、佑斗は私だけを見ていなさい」 「了解した」 「………」 「………」 「……ジー……」 「ちょっと、そんなに見つめてこないでよ。いやらしい」 「……理不尽だ。俺にどうしろと……」 「それは……とにかく後ろは見ないで。喧嘩してる恋人のようにして」 「だが、ずっとこのままというわけにもいかない。どうするんだ?」 「そうね……今は喧嘩をしているふりだから、仲直りをして、この場から自然に去るのが一番でしょうね」 「自然に去る、か。なかなか難しそうだな」 「そのためには、周りに仲直りをしたというアピールが必要になるわ。だから、佑斗、その……」 「私に、キスをしなさい」 「………」 「……」 「…」 「……はい? あのぉ、一体何を仰ってるんですか?」 「だから、キスよ、キス。もしかして佑斗は耳が悪いの?」 「いや、ちゃんと聞こえているからこそ、悩んでいるわけなんだが」 「どうして? 喧嘩する→仲直り→キス→この場から立ち去る、ほら簡単な図式じゃない」 「だから、キスを……しなさい」 「確かに図式としては簡単なんだが、だからといってキスなんて……本気か?」 「えぇ、勿論本気よ。これも仕事よ、仕事。だから、私は気にしたりしない」 「昨日も言ったでしょう? 大人ならプロの自覚を持って、キスぐらいはこなすべきって」 「確かにそう言っていたが……」 「今がその時よ、佑斗」 「なんか格好いい言い方されたっ!?」 いや、こんな場違いな感動を受けている場合じゃない。 「ほら、佑斗……早くしなさい。あんまり時間をかけ過ぎても、相手に怪しまれしまうわ」 「そうは言うが……」 改めて美羽の顔を見る。 当然、その顔は真っ赤になっているのだが、表情は真剣そのもの。 いつものように、自分の身を犠牲にしながら、俺のことをからかっている様子ではない。 「………」 思わずその桜色の唇に視線を集中させてしまう。 見るからに柔らかそうで、みずみずしい唇。潤んだ瞳がジッと俺を見つめ……というか、睨みつけられているような気もする。 美羽とキス……キスか……この柔らかそうな唇に、俺の唇が、くち、びるが……。 「……ふーっ……ふーっ……ふーっ」 「佑斗、鼻息が荒いわよ」 「あっ……スマン。そんなつもりじゃなかったんだが」 「で、佑斗、キスは?」 「キスは――」 不意に俺は夢のことを思い出す。 そして、共に脳裏をよぎったのは、『ライカンスロープ』という単語と、最初に見た美羽の驚いた瞳。 美羽でさえ、最初はあんなに驚いていた。なら、俺のことを全く知らない奴は? ………。 それを考えると、やはり俺は美羽のことを守りたい気持ちでいっぱいになる。 「キスは、できない」 「だからキスの振りで誤魔化そう。俺からは相手が見えないから、実際にする必要はないだろう。その位置まで誘導してくれ」 「………」 「……そう、わかったわ」 美羽が頷くのを見て、俺はゆっくりと顔を近づけた。 どんどん美羽の綺麗な顔が、目前に迫ってくる。 くっ、やっぱり距離がつまると、緊張してきてしまう。 くくくくち、唇をくっつけるなんて……。 「ふー……ふー……」 「だから佑斗、息が荒い。変態みたいよ」 「仕方ないだろう。俺の童貞力を侮るなよ?」 「そんなところで自信を持たれてもねぇ」 「放っておいてくれ。それより、まだなのか? これ以上近づくのは……」 「……まだ、もう少し」 一定の速度で、ギリギリの場所を見極めつつ、俺は唇を近づけるが……もうそろそろ限界っす。 「お、おい、この位置でもダメなのか?」 かなりヤバいぞ。これ以上近づくと、思わず抱きしめてしまいたくなるかもしれない。 「そうね。これぐらい近づけばもう、逃げられないでしょう」 「なにを――んんっ!?」 「んっ、んん……んふぅ……」 美羽の顔が間近にあった。 なっ、なんだ!? 一体どういうことだ!? 寸止めしたはずなのに、いきなり引き寄せられた、だとっ!? 「んっ!? んん――」 「んくっ、んっ、んちゅぅぅ……んんっ」 咄嗟に頭を引き離そうとするが、美羽の力が想像以上に強くて振りほどけない。 そして、自分たちが監視されていることが、俺の抵抗を鈍らせた。 「んんン……んふぅ、んっ、んン……」 「んっ、んん」 いや、言い訳だ。俺は抵抗したくないんだ。 美羽のこの温もり、柔らかな唇、仄かに香る甘い匂い。 その全てに俺は魅了されていた。 「ちゅ、んっ、んちゅっ……んふぅ、んっ、くちゅ……」 徐々に唾液が溜まり始め、俺と美羽の唇の間でネットリとした水音が響き始める 「んふぅ、ンっ、ちゅ、ちゅく、ンちゅ、んっ、んン」 ヤバい、これは本当にヤバい。 意識が溶けてしまいそうだ。匂い、温もり、唇の感触、その全てが俺を包み込み、とろけさせていく。 俺は抵抗を諦めて……いや、このまま意識を溶かしてしまいたくて、美羽に身を任せた。 「んっ、んんん――――ぷはぁ……はぁ、はぁ……」 「……ふっ、ふふっ、奪ってやったわよ、佑斗の唇。ファーストキスを、くふっ」 「お、おい、どういうつもりで――んっ!?」 「んちゅ、んじゅる……ちゅる、ちゅくちゅく……んっ、んちゅるる」 ――ッ!? し、舌まで!? 突然、唇の隙間に滑り込んできた温もりが、俺の口の中を蹂躙して回る。 「ちゅ、ちゅるる……んじゅ、んンっ、じゅるん……ぬちゅ、れちゃ……ちゅるん」 舌を通して唾液が混ざり合いながら、美羽の口の端から涎となってこぼれていく。 「み、美羽――んっ、んくぅ、ちゅぷ、ちゅく」 「んむ……んっ、ちゅぅ、ちゅる、ちゅぅぅぅ……ん、んふッ――んぱぁ、はぁ、はぁ……」 不敵な笑みを携えながら、俺を見上げる美羽。 その表情は笑みを浮かべているくせに、どこか寂しそうに見えた。 「ど、どういうつもりなんだ」 「そんなこと、今さら言わなくてもわかっているんでしょう。昨日の夜、私がアナタにキスをしようとしたこと、知ってるはずよ」 「………」 「知ってるから、私から離れた。距離を取ろうとした。そうなんでしょう?」 「だから……どうせ距離を取られてしまうのなら、慰謝料代わりに佑斗のファーストキスを奪ってやろうと思ったのよ」 「これで全部チャラにしてあげる。私を悩ませたり、苦しめたことも。でも……くふっ、くふふ、童貞坊やには刺激が強すぎたかしら」 「……あの、ちょっと待って欲しい」 「え? キス? なにそれ? どういうこと?」 「……わざわざ言わせようだなんて、本当に趣味が悪いわね。タヌキ寝入りしていたんでしょう、あの時」 「あの時って……俺が力尽きてソファで眠ったときのことか」 「今さらなにを。気付いていたんでしょう? だから――」 「スマン。これだけは言っておきたいんだが……」 「あの時は完全に眠ってたぞ」 「………」 「え?」 「え?」 「……眠ってた、って……起きて、なかったの……?」 「はい、初耳です。今、頭の中がかなりパニックでございます。キス? 気持ち? え? え? なに? どういうこと?」 「ちょっと待って。でも、今日の佑斗の態度は変だったじゃない」 「それは……」 「昨日の私の行動を……キスしそうになったのを見て、私の気持ちに気付いたんでしょう。佑斗のことが好きだって……」 「それで、微妙に距離を取って、自然に断ろうとしていた。違う?」 「はい、全然違います。それは完全に勇み足の一人相撲だと思います」 「………」 「なら、今日の態度はどういう事なの?」 「……それは……」 「いやそれより、キスもしたことだし、そろそろ移動を――」 「――佑斗っ」 いつになく大きな声で、しっかりと俺の顔を固定する美羽。 コレは……誤魔化しきれそうにないか。 「佑斗は、私のことが嫌いなわけじゃないの?」 「そんな、こと……あるわけないだろ。美羽を嫌う理由なんて、俺にあると思うか?」 「だったら、ちゃんと説明しなさい。言いたいことがあるなら言いなさい。どうして私を避けようとしているわけ?」 「今日の態度は……正直に言って、すまないと思っている。全面的に俺が悪い」 「止めて。私は別に謝罪を求めてるわけじゃない。説明をして欲しいだけよ」 「佑斗は、私のことが嫌いではないの? 嫌いだからこそ、距離をとろうとしていたんじゃないの?」 「………」 「正直に言わないと、またキスをするわよ。私のような膜張り娘にセカンドキスまで奪われてしまうわよ、それでもいいの?」 「あのな、それってどういう脅し――んくっ!?」 「ん、んふーっ……んじゅる、ちゅるちゅる、ちゅ、ちゅぷちゅぷ……んじゅぷ、んっ、じゅるる……んちゅ」 「んぱぁっ、はぁ……大人の脅しよ。どう? 言うつもりになった?」 「いや、その理論はおかし――んっ」 またかよっ、少しはちゃんと喋らせろっ! 「ちゅっ、じゅるる……ん、んふぅっ、ちゅぅぅ……れちゅ、れじゅる、じゅるん……れちゅるる」 しかも、どんどん激しくなってきてるしっ! 「んっ、ぱぁっ、はぁ、はぁ……わかった。わかったから――んふぅっ!?」 「んんっ、じゅるる……れちゅっ、んン……んくぅ、ちゅっ、ちゅぅぅ……れちゅ、じゅぷれちゅ、ちゅぅぅぅ」 もう俺の口も美羽の口も、互いの涎でぐしょぐしょだ。 「んんんんんんんぱぁぁっ! だから、わかったって言ってるだろっ!」 「正直に言わないと許さないというアピールよ。嘘だと思ったらまたキスをするから、覚悟しなさい」 「………………」 それは俺にとって、罰ではなくご褒美にしかなっていないわけだが。 「それで、どういうつもりなの?」 俺はもう抵抗する気力を失っていた。 やっぱりダメだ。諦められない、気持ちを殺しきれない。今のキスのせいで、全てが吹き飛んでしまった。 ――なら、奪うか? あの、柔らかな温もりを。 あのとき聞こえてきた言葉を、今の俺に否定することはできそうにない。 むしろ、この気持ちを伝えたくて、我慢できなくなっていた。 「俺は……美羽のことが、好きだ。好きなんだよ」 「はい、嘘――んちゅぅぅ……んっ、んじゅる、ちゅるる……れる、れじゅ、じゅるるる……んんっ」 「んはぁぁっ! だからぁ、話をちゃんと聞けって!」 「好きならそんな態度を取るのは変よ。つまり、嘘なんでしょう?」 「嘘じゃない。俺は本当に、美羽のことが好きだ!」 「なら、あの態度はなに? 照れや恥ずかしさじゃなかったはず。見てればわかるもの」 「あれは……だから、その……情けないとは思うが、怖かったんだ」 「俺は本気で美羽のことが好きだ。だから、もっと触れ合いたい、温もりに触れて、キスをして、抱きたいと思った」 「だが、そうして、美羽を巻き込むことが怖くなったんだ」 「巻き込む?」 「俺の能力は……知っての通りだ。アレを他の誰かに知られたら、今みたいな生活は終わる」 「それに、巻き込みたくないと思った」 「佑斗、アナタね……」 「わかってる、ちゃんとわかってるんだ。美羽は約束を守ってくれる」 「美羽の中ではもう決着がついたことだろう。ずっと味方でいると言った以上、何があっても俺を守ろうとしてくれるとも思っている」 「だが、そんな目には遭わせたくない。好きな相手を、わざわざ辛い目に遭わせたくない。大切だから……」 「だから俺は……美羽と距離を保とうと思った。これ以上好きにならないように、これ以上美羽を求める気持ちが強くならないように」 「………」 「なんなの、それは。それでも格好をつけているつもりなのかしら? 情けない、それでもアナタは男?」 「な、なに?」 「男なら、私みたいな膜張り娘の一人ぐらい守ってみなさいよ。振られる側の辛い気持ちも考えてよ」 「こんなときまで、膜張り娘とか言わなくても……」 「う・る・さ・いっ、今はそんな話をしているんじゃないっ。そうじゃなくて……」 「何か起こったとしても、自分が守るぐらいのこと……言いなさいよ」 「………」 「一人で抱え込んで、勝手に決めて。そんなの逃げてるだけじゃない。まるで、以前の私みたいに……臆病者の卑怯者だわ」 「佑斗はあの時に言ったわね? 自分はバカだと。バカは細かいことは気にしないとも」 「……確かに、言ったが」 あれは美羽に殴れと言われたときのことだ。 あの時、俺は確かにそんなことを言った気がする。 「だったら、こんな都合のいい時だけ賢くならないでよ、言い訳しないでよ。バカのままでいなさいよ」 「本当に私のことを大切だと思うのなら、情けないこと言ってないで、守ってみせなさい。童貞とはいえ男の子なんでしょう?」 「いい? これだけは覚えておいて。私は佑斗の味方よ。何があっても、例え佑斗が望んでなかったとしてもね」 美羽の真っ直ぐな瞳が俺を捉える。 確かに……そうだ。今さらだが、美羽の言う通りだと思う。 美羽のことを守りたい、だから離れなくちゃいけない。 そんなのは嘘だ、言い訳だ。ただ、逃げているだけだ。 傷つけたくないなら、守りたいのなら……突き放すんじゃなく、自分の手で守らなきゃ。 じゃなきゃ、その気持ちはウソだろう。 「………」 「悪い、確かに俺は臆病者の卑怯者だ。ついでに最低の童貞野郎で、ヘタレてた」 「ええ、そうね。その通りね。本当に、腹立たしいわ」 「美羽……」 「……そんなに、ショックだったのか? 俺が距離を取ろうとしたこと」 「ええ、ショックだったわよっ。悪い? 文句がある?」 「いえ、ありません」 「距離は取るし、仕事って言ってもキスを嫌がってる。そんなの……どんなに大人だって傷つくものなのよ」 「すまない。本当に申し訳ないと思ってる」 「ただ、なんか嫌だったんだ。仕事を言い訳にして、キスするだなんて……卑怯な気がして」 「知らないわよ、そんな佑斗の自分勝手なルールなんて」 「それに……大人の女にだって、付け込んで欲しいときがあるものなのに……」 「……俺にそんな繊細な乙女心が読めるわけないだろう」 「これだから童貞は」 「大変申し訳ありません。こればっかりは、平謝りするしかないと思っております」 「で? どうするの、佑斗」 「………」 「私は佑斗のことが……好き、よ」 「隠しきれなくて、自分を誤魔化しきれないぐらいに。こうして慰謝料にキスを奪ってしまうぐらいに……」 「……俺は、守る。これから先、何があっても美羽のことを守る。だから、言うぞ」 「美羽のことが好きだ」 「もう一度、言って」 「好きだ、大好きだ」 「もう一度」 「好きだ、美羽のことが大好きだ」 「あと、敬語」 「好きです、貴方のことが大好きです」 「なら、行動で示して」 「………」 「なに? まだ、ヘタれるの?」 「そうじゃなくてだな……その、俺は本当に美羽のことが好きだ」 「で、こう言っちゃなんだが、年頃の男なわけで……美羽の全部が欲しくなると思う。だから……」 「覚悟しろよ?」 「……なに? その程度で脅しているつもり? 私がそれぐらいで尻ごみすると思ってるの?」 「くふっ、奪えるものなら、奪ってみなさいよ、童貞坊や」 「なら、全てを奪わせてもらうからな、膜張り娘」 言いながら、美羽の唇を自分の唇で塞ぐ。 「――んン、んちゅ、ちゅ、ちゅ、んん……んふぅ、ンっ、んちゅ、ちゅ……んむ、んンっ」 今度は俺からのキス。それは、美羽の全てを奪うと宣言するためのキス。 「んく、んっ、んん……好きだ、美羽……んちゅ、ちゅく、ちゅる、大好きだ、んくぅ、ちゅ、ちゅ」 「んんっ、んじゅる、ちゅくちゅる……んっ、んンん、ゆうとぉ……ちゅる、くちゅぬちゅ、じゅる、ちゅぅぅぅぅ」 先ほどの美羽からのキスに負けないぐらい、ヨダレを混ぜ合い、舌を絡ませ合う。 「じゅるん、ちゅるる、ちゅくちゅく……んぁ、わたしも、じゅる、好きぃ、ちゅぅぅ、んっ、んちゅ、れるれちょれろれちょ」 自分の中に抱え込んでいた全てが爆発し、目の前の華奢な女の子にぶつけ、貪り食う。 「ちゅ、ちゅ、ちゅくちゅく……じゅるん、じゅるる……んぅ、ん、ンんー、ちゅぷくちゅ、れろれる、じゅるる」 想像していたよりも、ずっと凄い……ドロドロのキス。 今さらながらに、ファーストキスがこんなドロドロでいいんだろうか? そんな時、不意に俺は冷静さを少しだけ取り戻す。 すると、その冷静さに滑り込むようにして、人の声が聞こえてきた。 「やだ、あの子たち、こんなところで……」 「若いってのは、いいねぇ」 「見てるこっちが恥ずかしくなる」 ………。 ――ッ!? ししし、しまったぁっ! ここ、思いっきり人目に付くような場所じゃないかっ! 完全に自分の状況を忘れてたぁぁぁーーーっ! 「――んぱぁっ、はぁ……はぁ、ちょっとストップ」 「くふ、この程度でもう限界なの? 私はまだまだ息が続くわよ。んっ――んふぅ、んっ、んちゅ、ちゅるん……ちゅぅぅ」 「んっ、んくぅ……ぅぅぅぅぅ、ぱっ、はぁっ! だから、待てっ!」 「場所と状況を思い出せ。俺たち、思いっきり目立ってるぞっ!」 「え? あっ、うあぁっ!?」 道行く人々は、誰もが俺たちのラブシーンを見つめていた。 酔っている人もそうでない人も、羞恥と好奇の入り混じった視線を送ってくる。 「くっ、くふふ。そ、それがどうしたの? これぐらいのキスを見られたぐらいなに?」 「大人だったら、ふぁ、ファックすることぐらい、普通にこなしてみせるものよ」 「人前でセックスする恋人は、こっちからお断りだよ」 「そこまでいくと、完全に軽犯罪だし。なによりも、こんなに目立ったら見張りに気付かれてる可能性が――」 「佑斗……もしかして、まだ気付いてないの?」 「……気付いてないって、まさか?」 「あんなの、嘘に決まっているでしょう。慰謝料代わりのキスを奪うためのでっち上げよ」 「こんなにタイミング良く、怪しい人物なんているわけないでしょう」 「あのなぁ……」 「でも、そのおかげで私たちはこうしてキスをできるようになったのよ? 優しい嘘というやつよ、ふふ」 「はぁ……OK。その件に関しては何も言わない。とにかくここから移動しよう」 俺は美羽の手を掴み、早足でその場から立ち去るのだった。 「バカ野郎っっ!!」 支部に戻った俺たちを迎えたのは、《チーフ》主任の怒声だった。 「アレも偽装工作の一つです」 嘘を吐け、嘘を。 「あのなぁ、確かに俺は偽装しろとは言った。恋人同士だとも」 「だからと言って、激しいキスをして思いっきり目立てとは言ってないぞ」 「あの……」 「なんだ?」 「どうして俺たちがキスしたことを知ってるんですか?」 「報告が来た。あの界隈で結構な噂になってるそうだぞ」 「うわ、本当に? 困ったな、恥ずかしくて歩けないぞ」 「本当に困ってるのはこっちだ。くそっ……この忙しいときに人手を減らしやがって」 「お前ら二人、しばらくの間はあの界隈に近づくな。というか、しばらくはここにも顔を出すな、謹慎だ、いいな?」 「謹慎というと……具体的には何日ほど?」 「そうだな……とりあえず一週間、様子を見る。学院に通うのはいいが、それ以外は基本的に部屋で謹慎してろ」 「了解です」 「わかりました」 「ったく……まさかこんなことで、重要な吸血鬼の二人が一週間もいなくなるとは……」 「おいっ、報告書と始末書書いておけよ。それが終わったら帰っていい」 「了解しました」 「………」 「怒られてしまったわね」 「まぁ、もっともな意見だと思う。アレだけ目立つとな」 「なに? もしかして佑斗は後悔をしているの?」 「まさか、後悔はしてない。むしろ、嬉しい限りだよ」 「そう……奇遇ね、私もよ」 そうして俺たちは、互いの顔を見ながら笑い合った。 「おはよう」 「あっ、お、おはよう……ございます……」 「おはよう、大房さん」 「うひゃぅっ、おはようございますっ」 「………」 大房さんが俺たちの顔を見て、突然顔を真っ赤にしてその場から逃げ出した。 見ると、教室の中にはざわざわとした空気が流れているようだ。 「むぅ……これは、まさか……昨日の寮と同じことが起きているんだろうか?」 「随分噂になっているみたいね」 「他人事みたいに言うな。一体、誰のせいだと?」 「ヘタれた佑斗のせい」 「んー、否定はできないかなー」 「だが、あの場でキスをしたのはやり過ぎだった気も……別に後悔はしていないがな」 「まぁ美羽との関係を隠す必要もないから、これはこれで構わないと言えば構わないが」 「……そうかい? 深淵の誓いなんて、人様に見せつけるようなものじゃないと思うけど」 「なんだ、深淵の誓いって」 「え? だっ、だから、それは……き、キスってことで……わかってるくせに、変なこと言わさないでくれないかな」 「………」 意外と純情だな。キスぐらいで照れるなんて、童貞に違いあるまい。 「大丈夫だ。いつかニコラにだって、きっといい奴が現れるさ」 「リア充の上から目線って、本当にムカつくよね」 「あの、お幸せそうなのはいいことだと思いますが、もう少し周りに配慮した方がいいのでは?」 「そうだよ。人前でキスするなんて、恥ずかしいことだよ」 「別に人前でキスしたわけじゃないわ。キスした場所が、たまたま人前だったというだけよ」 「そんなの詭弁っ! そもそも、人目に付くような路上ですることじゃないってことなのっ!」 「まあ、その意見に関しては、布良さんが正しいと思う」 「……佑斗だってノリノリで舌を絡ませてきたじゃない、同罪でしょう」 「そりゃ、あの時はな。だが、最初に舌を滑り込ませてきたのはそっちだ」 「佑斗みたいな童貞坊やには、それぐらいのことをして、大人の私がリードした方がいいと思ったのよ」 「もぉー! だから、そういう、ししし、舌を絡ませるとか……そういう話も禁止っ! こんなところで変な話をしないのっ!」 「これ以上言ったら、またお説教しちゃうんだからねっ!」 「了解だ。いや、そもそも俺だって大声で喋りたいわけじゃない。美羽も自重すること。いいか?」 「はいはい。まぁ、今さらって感じもするけれど」 「それでも、だ。隠さないのと、開けっ広げにするのは違うからな」 「そうそう。全く以てその通り」 「やれやれ。そういう話も、もう済ませたと思っていたのにねぇ」 そう、アレはキスをした日のこと…… と言っても、さほど大した話じゃない。 酔っ払いが多いとはいえ、あんな繁華街で長い間言い合い、濃厚なキスをかませば、それなりに大勢の目にさらされる。 基本的には、今どきの若者のモラル崩壊について嘆いたり、好奇の目を向けられていただけなのだが……。 その中に、俺と美羽の共通の知り合いがいたのが一番の問題だった。 「あ、あれは……六連君と、矢来さん……まさか、こんなところでキスを……しかも、あんなに濃厚なのを……」 氷を買いに出ていた大房さんに見つかり―― 「オーナー、オーナー、事件です! 二人が仲直りをしていましたっ」 「二人? 二人って……もしかして、さっきのあの二人が?」 「はい、この先の路地で。しかも、みんなに見せつけるように……凄く大胆でした」 「あらまぁ、あらまぁ。それはそれは……なるほどぉ。そういうことか」 「え? あのオーナー、どういうことなんですか?」 「つまり、さっきのは一風変わった痴話喧嘩だったのよ、痴話喧嘩。で、仲直りのキスをしてたのよ」 「なんだもう、そういうことなら先に言ってくれればよかったのにぃ」 「やっぱり、そういう事なんでしょうか?」 「多分ね。だって、大胆なキスだったんでしょう? むちゅ~、って感じ?」 「むちゅ~、と言いますか……どちらかと言いますと、じゅる~っていうぐらいで、すごく情熱的でした」 「私はもう、見てるだけで顔が赤くなってしまって、思わず逃げてきてしまいました」 「まぁまぁ! じゅる~っと? それはもう完全にディープキスじゃない?」 「は、はい、そうです。見ている分にはそうとしか思えませんでした」 「……ディープキス? ディープ、キス……深い、口づけ?」 「あの~、キスが深いってどういう事なんですか?」 「そりゃもう深いのよ、色々と。上辺だけじゃなくて深い部分まで触れ合うようなキスなのよ」 「は、はぁ……? でも、キスって唇と唇を触れ合わせることですよね? 唇を深い部分に? ???」 「あー、莉音ちゃんはディープキスの知識もないのかぁ。大房さん、説明してあげて」 「ひょえぇぇっ!? わっ、私がですか!? そ、そんな……そんなの恥ずかしすぎて、できませんよっ」 「むふふ、うちの子たちは純朴で可愛いわねぇ。まぁ片方はただの無知なんだけど」 「二人だけでずるいです。わたしにもディープキスを教えて下さい」 「ふふ、知りたい? だったら、アタシが教えてあげましょうか? 実演を踏まえて。莉音ちゃん、体験してみる?」 「そっ、そんなのダメですよっ、オーナー!」 「冗談よ、冗談。さすがに私も無知な女の子の初めてを奪うつもりなんてないから」 「そうなんですか? ビックリしましたよ、もう」 「ごめんなさい。でもね、そんなビックリしちゃうようなことを、あの二人はしていたんでしょう?」 「そんなの風紀班といえど、任務の域を超えているわよ」 「なるほど、納得しました。確かにそうですね」 「……二人だけでわかりあって、ずるい……あっ、そうだ。布良先輩なら知ってるかも。メール。メール」 『六連先輩と矢来先輩がディープキスを路上でして、みんなに見られて目立っていたそうなのですが、ディープキスってなんですか? 教えて下さい』 「これで良し。送信、っと。布良先輩、知ってるといいなぁ~」 「にょわぁぁぁーっ!? ろろろ、路上でディープキスですとぉぉぉっ!?」 そうして全てを知った布良さんが、俺と美羽が帰ってくるのを待ち伏せ―― 「二人とも、話がありますっ!」 「大勢の人前で、きっ、きき、キスを……ディープキスをするとは、どーいうつもりなんですかっ!」 と、いうお説教を受け―― しかも、その後、 「実は、任務の一環だったのよ。だから佑斗とフレンチキスをしたの」 「フレンチキスまでしなきゃいけないような任務なんて、聞いたことがありませんっ!」 「……布良さん、フレンチキスがディープキスのことだと、ちゃんと理解しているのね、意外だわ」 「っ!? あにょ、それはそにょ……」 「え? そうなのか? フレンチキスって、もっと気軽なキスのことじゃないのか?」 「いいえ、舌と舌を絡ませるような濃厚なキスのことよ。語源は確か……なんだったかしら、布良さん」 「しょれは、えっと……舌を絡ませてキスするフランス人の人をイギリスの人が“下品なキス”って侮蔑したのが語源っていう俗説はあったかなぁ」 「……くふっ、布良さんたら物知りなのね、ふふふ」 「にょわっ!? だから、それは、えと、えっとぉ~~……」 「――ってぇ、今はそんな話じゃないのっ! 二人が公衆の面前でキスをしたって話だよっ!」 と、美羽が布良さんをさらに興奮させたせいで、お説教の時間が延び、 カジノから帰って来たエリナからは―― 「もう、二人とも大胆なんだからぁ~。街中でディープキスだなんて……」 「ちゃんとゴムは付けたの?」 「舌にゴムは付けないだろ、気持ち悪い」 というような、いつものセクハラを受けたり―― 「二人とも、噂になってるよ。なんでも、その……外でしちゃったんだって? 冥界の女神もビックリだよ」 というような、意味不明な驚き方をされたり。 「あの、ディープキスとはどんなキスなのか気になるので、一度実演してみてくれませんか?」 というような、無茶なお願いをされたり。 その頃から覚悟はしていたのだが……。 「二人とも一緒に来たわよ」 「やっぱり、あの噂は本当なのかしら?」 「………」 「なんだか、周りの目が気になる」 同じ寮の仲間なんだから、一緒に登校するのは以前からなんだがな。 「気にしすぎじゃないかしら?」 「いやぁ~。少なくともこの学院の中ではかなり噂が広まっていると思うけどね」 「そうなのか?」 「そりゃもう。この学院はそれほど学生が多いわけじゃないからね。みんなが気になるようなことは、わりと伝播速度が早いんだよ」 「なるほど。で、俺と美羽の仲は、みんなの食い付きがいい話題なのか」 「まぁ、色恋沙汰ですから。女の子はやっぱり気になってしまいます」 「そういうのは、吸血鬼も人も変わらないということか」 「美羽ちゃん、いい? キスっていうのはね、そんな人に見せつけるようなものじゃないんだよ」 「もっとこう、お互いの気持ちと気持ちをね、確かめ合うための行為であって……だから、その、二人っきりで、静かな場所ですべきでね」 「……くふっ、キスっていうのはね、そういうものじゃなくて、お互いがお互いを求め合った時に、自然と交わしてしまうものよ」 「おぉー、経験者の余裕だねぇ」 「それはそうかも。だって、あんなに激しいキスをするなんて……ひゃぅぅ」 「思い出しただけでも、恥ずかしくなりそうですよ、私」 「そうか、大房さんは実際に見たんだったか」 「はい、ビックリしました。お二人の雰囲気が悪いと思って心配してたら……いきなりキスしてるんですから」 「心配を掛けたのは申し訳ないと思っている。まぁ、色々あったんだ」 「それで、改めて確認しておきたいんだけど……二人はアプロディーテーの誓いを交わした、ってことでいいのかな?」 「アプロディーテーの誓いって何だ?」 「……そう、真面目に訊き返されると困るんだけど……要はつまり、二人は付き合い始めた、って事でいいんだよね?」 「ん。そう言う事になる」 『きゃーー!』 「認めた。今、確かに認めたわ」 「やっぱり、付き合っているのね」 「そんなにアッサリと認めちゃうんですね」 「もう少し恥ずかしがるのかと思ってたよ。男だと、こういうのはわりと恥ずかしがるものじゃないの?」 「まあ、恥ずかしいという気持ちも少しはあるんだが……今さら隠しても仕方ないから」 「それに――」 「……なに?」 「少しでも隠そうとしたら、怖いことになりそうだから」 美羽の冷たい視線がたまに怖い。 大人というのなら、そこら辺にはある程度の余裕を持ってもらいたいものだ。 「なるほど。それは確かに」 「男らしいのはいいことだと思いますよ。女の子としては、凄く嬉しいと思います」 「だといいんだが」 「そこら辺はどうなの、矢来さん」 「どうなの? ねぇねぇ、どうなの?」 「……ふっ、それぐらいのことで、動揺するほど子供じゃないわよ」 「そのわりには顔が真っ赤だね、美羽君」 『やーん、可愛いー』 「さぁ、六連君。ここでコメントを一言、どうぞ」 「いや、コメントと言われても……」 「“愛してるよ”“私も愛してる”って囁き合ったりぃ~」 「人目をはばからず、噂のディープキスをしたりぃ~」 「こーんな場所で、いきなり発情しちゃったりとかぁ~、きゃー! だいたーんっ!!」 「発情までいくと大胆というか、頭のネジが思いっきり外れてると思うんだが」 「そうだよっ。こんな場所で発情とか、フレンチキスとか……ダメに決まってるでしょ!」 「いえ、あの……別にフレンチキスとは限定されてないと思いますが……」 「あぅっ!? ち、違うよ、別にそんな、舌を絡ませるキスのことを想像してたわけじゃなくてぇ~~」 「それなら、愛を囁き合うぐらいはいいのかなぁ~?」 「え? それは、その……程度によっては。別に、いいんじゃないかな。ででででもっ、キスとかはダメだよっ!」 「ほらほら、許可が下りたよ!」 「………」 「ここまできたら、一言囁くぐらいしないと治まらないんじゃないかな?」 「小学生じゃあるまいし」 「とはいえ、騒動を治めるのに一番手っ取り早い方法は、みんなの好奇心を満たすことじゃない?」 「そうした方が噂も早く消えそうだしね。どうする? 《オペレーション-エロース》愛の囁き大作戦を発動する?」 「……日本語訳がダサイなお前」 「うっ、うるさいなっ! そういうメタ発言は嫌われるんだよっ! それより、どうするの? この場の治め方」 「どうするって……まぁ、それを口にするだけでいいのなら、俺は別に構わないが」 「おぉーー!」 「もぉー……一度だけだからね。そしたらみんな、治まらなきゃダメだよ」 「わかってる、わかってるってー」 「ではでは、張り切ってどうぞー」 そうしてみんなが教室の中で円を描く。 その中心でお見合いをする俺と美羽。 なんとも妙な雰囲気になったなぁ。 だが……。 「………」 今さら逃げるわけにはいかんし、何よりも美羽に恥をかかせるわけにもいかん。 「すぅ……」 軽く息を吸い込んで、俺は美羽の顔を見据える。 「美羽、好きだ」 『きゃーーー!』 「ほら、矢来さんも何か返事しないと」 「……もう少し洒落た言葉が欲しいところね。ちょっとストレートで飾りっ気がなさすぎる。語彙を増やして出直してきて」 「またまたぁ~、そんなビックリするぐらい顔を赤くして、矢来さん可愛い♪」 「本当にね」 「う・る・さ・いっ」 「でも六連君って意外と男らしい一面を持ってたんだ」 「もう少しボーっとしてる人かと思ってたのに」 「もったいないことしたなぁ。早めにツバつけておけばよかったぁ~」 「………」 「……既婚者がモテるって本当なんだな」 「隣の芝は青いって言うのかな? [ひ]他[と]人の物になった瞬間に、魅力的に見えることってあるよね」 「ボクもねぇー、大好きなキャラのコスプレをしてるのに、他の人がしてるコスプレに浮気したくなったりしてねぇー」 「それは何か違う気がする」 でも確かに、[ひ]他[と]人が食べてる食事がやたらと美味そうに見えることはあるな。 「ふーん、随分嬉しそうなのね、佑斗は。女の子にもてて、そんなに嬉しい?」 「そりゃ悪い気はしない」 「だが、そういう気持ちを向けられて嬉しいのは美羽だけだ」 「――っ!? くぅ……まさか、佑斗みたいな童貞にドキッとさせられるなんて……不意打ちと奇襲ばっかり得意なんだから」 「佑斗君って天然ジゴロの才能がありそうだね」 「今のは、かなり胸に刺さったと思います」 「ねぇねぇ、付き合い始めたきっかけは?」 「教えて教えてぇ~」 「ちょ、ちょっとぉ~、静かにするって約束でしょ」 「でもさ、布良さんも気になるでしょう、女の子なんだから。二人のなれそめとかぁ」 「え? それは、その、あにょ……気ににゃらにゃいと言ったら、嘘ににゃるけどぉ……けどぉ~~~」 「なんだ? なにをゴチャゴチャ騒いでるんだ?」 「あっ、先生が来ちゃいましたね」 「ほっ、ほら、もう授業だよ。授業なら静かにしないと!」 「えー……もう少しで六連君と矢来さんの話を聞けそうだったのになぁ……」 「六連と矢来の話? ああ、そういうことか……ったく、面倒な」 「そうだ。先生、今日はこのまま二人の恋愛話を聞くと言うのは――」 「許すわけないだろう」 「ですよねぇ」 「ほら、とっとと席につけ。そんな下らない話は終わりだ。出席を取るぞ」 やれやれ、とにかく騒ぎが治まってよかった。 しかしこの調子だと、もうしばらく続きそうかも、困ったな。 「おい六連、矢来」 食堂に向かう途中の俺たちに、先生から声がかけられる。 「はい、なんですか?」 「なんですか? じゃない。お前らな、自分たちが謹慎されたことの意味、わかってるのか?」 「学院が終われば、ちゃんと寮で大人しくしているつもりですが?」 「それだけじゃない。少しでも噂が消えるようにしているんだろうが」 「お前ら、顔を覚えられていたら面倒なことになるだろ」 「すみません」 「別にお前らの関係を秘密裏にしろと言うつもりはない。デートをするなとも言わん」 「だがな、一般常識の中でやれ。わざわざ宣伝して回るような目立つ真似は止せ。いいな?」 「はい、了解です」 教室でのやり取りみたいに、新たな噂を作るようなことは自重すべきか。 今後は気をつけよう。 「そういえば、布良さん」 「ん? なにー?」 「布良さんは今、風紀班では何をしているんだ?」 「今はね、二人が追ってたスリさんと、違法品の取引に関わってるって噂の人を追ってるよ」 「ごめんなさい。私たちが謹慎処分になったから、負担を回してしまって」 「ううん、別に気にしないでいいよ。追ってるって言っても、最近はなりを潜めたままらしくて、様子見ばっかりだから」 「そうなのか?」 「結局、アレキサンドの方にも全然顔を出してないらしくて。特別忙しいわけじゃないから」 「ふむ……少し違和感を覚えるな」 「スリって、そんなに日を空けながらするものなのか?」 「え? それって、どういうこと?」 「だから、日を空け過ぎなんじゃないかと思って」 「淡路さんが調べたということは、たまたま魔がさしてその日だけ……なんてわけじゃないはずだ」 「そうね。そういう可能性はあるでしょうね」 「とするなら、そんなヤツが何日も休み続けるか? 少なくとも真っ当な仕事はしていないはずなんだから」 「ただ単に、スリを行う場所を変えたか……もしくは――」 「スリを行う必要がなくなった? ううん、行えないような理由があるのかもね」 「待ち続けても来ないのなら、そっちで探してみるのも……」 「って、俺と美羽は今謹慎中だから動けないな」 「動けたとしても当てがなさ過ぎるわね」 「確かにそうだな」 「んー、でも、調べてみると意外と、ってこともあるよ。一応、報告だけはしておいた方がいいんじゃない?」 「そうね。どうせ手掛かりはないんだし。《チーフ》主任に伝えておくべきじゃないかしら」 「わかった」 「あっ、よかったら私が報告しておこうか? どうせ今日は出動日だし」 「なら、頼んでもいいかな?」 「うん。お任せあれ」 そうして何事もなく授業は終了。 俺と美羽は揃って大人しく寮に帰ることとなった。 「なんだか、こういうのも懐かしいな」 「懐かしい?」 「美羽とこんな風にゆっくり歩くのも、プレゼントに付き合ってもらって以来だろ?」 「それ以降は、基本的には風紀班の仕事だったり、他のみんなも一緒だったり」 「そういえば……そうかもしれないわね、確かに」 「まぁ、これが謹慎じゃなければ、一番良かったのかもしれないけれど」 「それは確かに」 「だが、寮でゆっくりできることには違いないだろう」 「そうね。でもこんな時間に帰っても、時間を持て余しそうね」 「それは……確かにそうかもしれないな」 「予習復習がいつもよりも長時間行えるが……そこまで勉強が好きというわけでもないし」 「………」 「なんだ、その目は?」 「はぁ……別に。何でもないから気にしないで頂戴」 「そういう風に言われると、さらに気になるのですが」 「なにか言いたいことがあるのなら、言ってくれて構わないぞ」 「気にしないでって言ってるでしょう、鈍感」 「……むぅ」 おかしいな。今日の俺は別にヘタレた覚えもないし……気に障るようなことを言ったかな? 「……言えるなら、最初から言ってるわよ。でも、イチャイチャしたいだなんて……大人の女の口から言えるわけないでしょう、これだから童貞は」 何かブツブツと言いながら、美羽はそのまま歩いて行く。 ……本当、俺は一体何を間違えたんだろうか? こういうとき、もっと年頃の女の子と話したりしていたなら、困ることはなかったかもしれないのに。 「でもまぁ、無い物ねだりをしても仕方ないよな。自分にできることをするしかないんだから」 「どうかしたの、佑斗。先に行くわよ」 「いや、何でもない。そうだな、早く帰ろう」 言いながら、俺は美羽の隣を並んで歩く。 そして、一人で揺れていたその手をしっかりと握りしめた。 「――ッ!」 驚いたのか、一瞬ビクッと身体を震わせた美羽だが、何も言わずに手を握り返してくる。 指と指を絡ませ合うような握り方で。 「………」 まぁ、相も変わらず顔は真っ赤なわけだが。 「これぐらいなら、いいよな。《チーフ》主任も隠せとは命令しなかったし」 「そ、そうね、手を繋ぐなんて子供っぽいこと、取り沙汰されるほどじゃないものね」 「では、このままお手をお借りしてもよろしいですか、お姫様」 「まっ、まぁ……佑斗にしては上出来な方かしらね」 「………」 「その顔は、上出来どころか、大満足って気がするんだが」 「それは……ど、童貞の思い込みってやつじゃない?」 「まぁ、そういうことにしておくか」 「なによ……童貞坊やが偉そうに」 「処女風情にバカにされる覚えもないがな」 「本当佑斗って、童貞のくせにこういうときだけ、素直なんだから……卑怯なのよ」 「不満か?」 「不満があるなら、最初から握ったりしない。むしろ……離すつもりもない、から」 「……俺もだ」 少し照れるのだが、俺は頑張ってそう答えた。 そして握り合った手をぎゅっと力を込めて、互いの温もりを確認する。 「………」 「………」 緊張からか少し汗ばみ、小さく震える手。 その震えは手だけではなく、身体全体に広がっているようで……歩みも少しぎくしゃくする。 「くふ。手を繋いだぐらいで、こんなに緊張するなんて、これだから童貞は」 「だから、声が震えてる処女には言われたくない。あと、顔があり得ないぐらい真っ赤」 「これは別に緊張じゃないわよ。ただ、その、佑斗とこうして手を繋いでいると……幸せなだけよ」 「幸せ、ですか?」 「幸せよ。身体が……温かくなるから。顔が赤いのは、そのせいなの」 「そうなのか」 「だから、これ以上幸せにさせるようなこと、言うのは禁止。もっと顔が赤くなったら……どうするのよ」 「どっ、童貞にこれ以上、かき乱されるなんて……私のプライドが許さないわ」 「………」 手を繋ぐだけで顔を赤くしてるくせに、大人ねぇ~。 まあ、心臓バクバクさせて、手を震わせてる俺に言えたこっちゃないが。 「……やっぱり私、ちょっと変……かも。こんなの……私らしくないわね」 「かもしれない。確かにいつもの美羽とは違うかもな」 「だが、いいと思う。こんな可愛い姿を、俺だけに見せてくれてるってことだろう? なら、俺は凄く嬉しい」 「………っっ!」 「それに、俺も美羽と手を繋いで、いつも通りじゃない。好きな子の温もりが伝わってきて、心臓もバクバクしてる」 「だから、また、そういうことを言う……禁止って言ったばかりなのに」 「そんな……顔をそむけるぐらい嫌だったか?」 「別にそうじゃないけど。でも……いいから、今はこっちを見ないで」 「………」 ははぁ~ん。耳まで真っ赤にしているところを見ると、かなり照れてるな。 「いいじゃないか。美羽の可愛い顔、見せて欲しい。こっちを向いてくれないか、美羽」 「っ! 絶っ対にイヤッ。そんな風に嫌がらせをするような佑斗には、特にッッ」 むぅ……さすがに、調子に乗り過ぎたか? 「……ふんっ」 不機嫌そうに美羽は先に歩き出した。 ただし、手はしっかりと繋がったまま。なので、俺は美羽に引っ張られるように歩く。 「ちょっ、ちょっと待てって」 「並ばないで。並ぶと……顔が見えちゃうでしょう。今は本当にダメだから、こっちに来ないでっ」 「……了解。わかった。さっきのは俺が調子に乗り過ぎた、スマン」 「だが、可愛いと思ってるのは本心だから。こうして手を繋いでると、俺は美羽の事が大好きだって、再認識してしまうぐらいに」 「……わかった。佑斗、アナタは私と一緒に並んで歩くのが嫌なのね」 「そんなつもりはないぞ。そもそもなんでそんな風に思うんだ?」 「だからっ、そんなこと言われたら……幸せになったまま、元に戻らないじゃない」 「……そっ、そうか」 あっ、ヤバい。今、いつも以上に胸がドキッとした。 普段が意地を張っているせいか、こんな風に素直に女の子らしいことを言われると、いつもとは違う可愛さに痺れてしまう。 今の言葉で、俺の顔も赤くなっていく。美羽にこんな顔を見られなくてよかった。 「なぁ、美羽」 「なに?」 「顔は見ないようには約束するが、手は……離さなくていいんだよな?」 「心配しなくても、離して……あげないから」 「……そうか。なら、よかった」 そうしてギュッと強く手を握り締める美羽。 なるほど、確かにこれは心が幸せになるな。 そうして赤面したまま、俺たちは手を繋いで一緒に帰った。 「………」 部屋に戻った俺は、静かに自室の扉を閉める。 そしてカバンを机の上に置いてから―― 「ぷっ、はあああぁぁぁぁ……き、緊張した」 今まで息をずっと止めていたみたいに、大きく肺の中の空気を吐き出した。 「手を繋ぐことがこんなに緊張するとは」 付き合う前も緊張していたが、付き合ってから繋いでも、かなり緊張する。 あの時とは緊張の種類が違う。 付き合う前は、女の子に触るという行為そのものに緊張していた気がする。 だが、今日の緊張は、そこまで踏み込んで大丈夫か? 自分の行動に間違いはないか? という不安からきていた。 この行動を間違えていて、嫌われたらどうしよう……と、思ってしまう。 「だが、今日の選択は間違えていなかったみたいだな」 こうして目を瞑ると、先ほどまでの美羽の笑顔が思い浮かぶ。 左手に残る、美羽の温もり、柔らかさ、強く絡み合う指。 ………。 「ふぅー……ふぅ……」 「って、イカン。思わず想像だけで興奮して、鼻息を荒くしてしまった」 美羽からもよく、鼻息が荒いって言われてるしな。気をつけないと。 とはいえ、この手に残る美羽の感触だけでも、自分の奥底で本能が疼くのがわかる。 「………」 「いやいや、落ち着け。中学生じゃないんだから、もう少し大人になるんだ、俺」 付き合いだして2、3日でセックスしようとか……女の子には軽蔑の目で見られるかもしれん。 身体目当てと思われるのも嫌だしなぁ。 「しかし、これはもしや、以前に怒られた“自分勝手なルール”なんだろうか?」 あの告白の時、美羽は 「それに……大人の女にだって、付け込んで欲しいときがあるものなのよ」 とも言っていた。 とするならば、もしや言ってみると意外とOKなのではないだろうか? もしかすると、こんな風に―― 「美羽……俺はお前のことが好きだ、だから……」 「ヤルぞっ!」 「わかった。さぁ、きなさいっ!」 「いやいや、ない。色んな意味でないわ、この展開は」 俺の誘い方にも問題がある上に、そんな男らしく受け入れてくれる処女も、なんか萎える。 ………。 嘘です、なんだかんだで勃起はすると思います。 「難しいな。よくリア充は気軽にホテルに女の子を誘えるものだ」 その勇気とテクニックには素直に称賛を贈りたい。 「恋愛のいろはも知らない俺が、焦っても仕方ない。雰囲気を確かめつつ、一歩ずつ踏み出していくか」 それがいつになるかはわからないが……それまでは、右手で我慢、かな。 「……なんだ、今日は手を握っただけで終わりなのね」 自分の右手を見る。 こうしてお湯の中にあっても感じることができる、佑斗の温もり。 だが、その温もりは寮の中に入ると離れて、えらく爽やかな様子で、自分の部屋に戻っていった。 「寮で二人っきりだから、もしかしたらと思ってたのに……緊張して損をしたわ」 一応、下着もちゃんと準備してたのに……結局、徒労だったわね。 「……私の全部が欲しくなる、覚悟しろよ? とか言っていたくせに」 「だから、覚悟したんじゃない。だというのに……」 なんだろう、この肩透かし感は。 童貞だからもう少しガツガツしてるかと思ったのに……。 「手だけじゃなく、もっとこう……おっぱいとかを触ってくるかと思ったのに」 言いながら、自分で胸を揉んでみる。 「んっ、んふぅ……あっ、あん……あ、あれ? なんだか、前と違う」 前はもっとくすぐったいだけで、気持ちよくなんてなかったはずなのに……。 今は……佑斗のことを考えながら揉むと、なんだか気持ちいい。 「ふぁっ、あぁ……んっ、んん……んん……」 確認するように胸を揉むと、やっぱり気持ちいい。 これが……感じるってこと、なのよね。 以前とは全然違う、この感じ……恋ってこんなに変わるものなのね。 「なのにどうして佑斗はあんなに落ち着いているのよ」 「もしかして……私の身体って、欲情しないのかしら?」 そう言えば、下着をプレゼントしてくれた時も、意外なほどに落ち着いていた。 でも別に、他の人と比較して落ち込むような身体ではないと思う。 少なくともおっぱいだって、稲叢さんには及ばないものの、なかなかのモノではないだろうか? 童貞の佑斗ぐらい、すぐに魅了できそうな気がするのに……。 ………。 「あっ、そうか、佑斗は童貞だから、実際の行為に尻ごみをしているのね。童貞なら仕方ないわよね」 少し不謹慎だとは思うが、風紀班の処分はまだ続く。 これからも、今日みたいな機会は、いくらでもあるはず。 きっと、佑斗もそういうチャンスを狙っているのね、なるほど。 「これは……なかなかドキドキするわね。となると、ここ数日は油断できない、気をつけないと」 主に下着的な意味で。 謹慎処分を受けてから、ようやく一週間が経とうとしており、そろそろ処分も終わろうとしている。 だというのに、なんだろう、最近美羽の態度が変だ。 「………」 まるで怒っているようで……ちょっと怖い。 「ごちそうさま」 食事を済ませたのを見計らって、俺はおずおずと声をかける。 「あの、美羽」 「……なに?」 「いや、すまない。やっぱりなんでもない」 「そう。それじゃあ、カバンを取ってくるわ」 「お、おう。待ってるよ」 「やはり怖いな……おかしい、俺は何か失敗したんだろうか?」 いや、少なくとも変なことはしていないはずだ。 基本的には手を繋ぐだけで我慢しているし、キスだって絶対的な確信を抱ける雰囲気の時だけなんだ。 俺の理性はかなり頑張っている方だ。 だというのに、日に日に不機嫌になっていく。 これは、やっぱり…… 「生理だね」 「やはり、エリナもそう思うか」 「きっと、一昨日ぐらいに始まったんだよ。そうすると、今日は2日目……うん、計算もバッチリだねっ!」 「バッチリじゃなぁぁぁーいっ! 一体何を言ってるのかな、もぉっ! 六連君も、その考え方直した方がいいよ」 「……わかった。今後は気をつけよう」 「え? アズサは2日目でも全然ダイジョーブなの? いいなぁ~」 「だから、せ、生理の話じゃなくて……もぉー! 美羽ちゃんの不機嫌は、そういう生理現象とは別ってことっ!」 「HAHAHA~、生理現象と月経の生理をかけるだなんて笑わせてくれるね~、HAHAHA」 「そっ、そんなつもりはないよ! うぅぅ……しかもそんな風に笑われると、バカにされてるみたいだよ……」 「腸の調子が悪いとか、普通のこと言ってるのをダジャレに取られると、恥ずかしいよな」 「でもー、それならミューの態度が変なのはどうしてだと、アズサは思うの?」 「え? それはもちろん、六連君になにか問題があるんじゃないかな?」 「何気にひどくないか? それ」 「六連先輩がなにか矢来先輩を怒らせるようなことをしてしまったんですか?」 「とりあえずさ、謝っておいた方がよくない? なんか、佑斗君と美羽君の雰囲気が悪いと、寮全体に影響を及ぼしてる気がするんだよね」 「あっ、それわかります。何をするにも、少し遠慮してしまうと言いますか……」 「共同生活の中で、喧嘩とか凄く困るよ。寮長として命令、すぐに仲直りしなさい」 「できるなら、俺もそうしたい。だが、美羽が怒っている理由がよくわからないんだ」 「特に逆鱗に触れるようなことをした覚えはない。むしろ、紳士的に対応してきたはずだ」 「少なくとも、常識に当て嵌めると自分の行動に問題はなかったと? 変態紳士ではなくて?」 「ああ」 「気付いてないだけで、何か失礼なことを言ったとか?」 「んー、だがそういう場合、怒った瞬間があるだろう? そういう記憶もないんだ」 「何故か、日を増すごとに不機嫌になっていくばかりで……そのキッカケにも心当たりがない」 「だとすると、六連先輩は関係なくて、矢来先輩の個人的な理由という事はないですか?」 「でも、それはそれで変だよ。不機嫌そうな態度を隠そうともしないし、理由も全然言わないでしょう」 「確かに。まるで、当てつけみたいだよね」 「とすると、やはり俺に原因があるのか?」 「あっ、エリナ、わかったかも!」 「え、本当?」 「うー、なんだか嫌な予感がするけど……エリナちゃんはどういう理由だと思うの?」 「ユートのテクニックに不満だったんじゃないかな?」 「もぉー! やっぱりセクハラだー!」 「テクニックに不満? 一体何のテクニック?」 「そりゃもう、大人のテクニックだよ、にひひ~」 「大人のテクニック……それって、具体的には――」 「こんなセクハラには付き合っていられないよ、もう。行こう、莉音ちゃん」 「あっ、布良先輩。わたし、その大人のテクニックがなんなのか、知りたいんですが――」 顔を真っ赤にした布良さんが、純粋無垢……いや、純粋無知な稲叢さんを連れてこの場を離れていく。 まあ、稲叢さんのことを考えるとその方がいいかもしれない。 「テクニックに関してだが……それはないだろう」 「おーっ、ミューを満足させた自信があるだなんてテクニシャン♪ ユートってばゴールドフィンガーなんだねぇ~」 「いや、そういう意味ではなくてだな、俺たちはまだ、そこまでの関係ではない」 「……え?」 「あれ、まだ……してなかったのかい?」 「うむ。俺は童貞だ」 「いや、そんな堂々と宣言されても……」 「なーんだ、ユートってば草食系なんだね。でも、それなら答えは簡単だよ」 「そうなのか?」 「うん。ミューはきっと、ユートが自分の身体に手を出してくれないことが、不満なの。で、欲求不満にもなっちゃってるんだよ、きっと」 『………』 「HAHAHA~、エリナ君の意見に期待したのが間違いだったね~」 「HAHAHA~、まったくだ~」 「なにおぅっ! 失礼だよ、二人ともっ! それにユートは勘違いしてるかもしれないけど、女の子にだって性欲はちゃんとあるんだから!」 「それはそうかもしれないが……美羽がなぁ」 「想像がつかないよ」 「えー……ミューだって女の子だし、好きな人と触れ合いたいって思うんじゃないかな? 触れ合いたいと思ったらセックスに至るのは普通だよ」 「その理屈は乱暴だろ」 「同感、触れ合いたいのと、セ……――コホン。エイレイテュイアの契りとは、別問題だと思うよ」 「え、エイ、レ……なに? セックスのことでいいの?」 「だーかーらー、人が誤魔化そうとしてるんだから、もう少し気を遣ってくれてもよくないかな?」 「とにかく、さすがにエイレイテュイアの契りは行き過ぎだよ」 「俺もニコラと同じ意見だ」 美羽には性欲がまったくない、《アイドル》完璧な存在なんだ! なんて言うつもりはない。 だが、美羽が俺とのセックスのことで悩むだなんて……そんなまさか。 笑ってしまうぜ、HAHAHA。 「未だに何もしてこないっていうのは、どういうことなの」 こっちは常に下着に気を使ってるっていうのに。 これはさすがにおかしくないだろうか? 「チャンスだって、沢山あったはずなのに……」 あの時とか、あの時とか、あの時とか。いい雰囲気で二人っきりになることはあったのに。 手を握るぐらいしかしてこない。 たまーに、私の方から望めば、キスをする程度。 「……おかしい」 別に野獣のように襲いかかってくる必要はない、そんな相手は私としても困る。 とはいえ、何のアクションもないのはおかしくない? 若い男ならもっとギラギラとしていてもいいはずなのに。 「やっぱり、あの性欲の無さはおかしい」 好きって言ってくれた以上、私の見た目や性格に問題があるわけじゃないわよねぇ……多分。 我ながら、たまに難儀な性格をしてるとは自覚しているけれど。 それでも、全部欲しいと言いだしたのは向こうの方なんだから。 「これはもしかして……自分で処理をしてるとか?」 あり得る、というかそうじゃないと、説明がつかない。 つまり、私のような処女を相手にするより、画面越しや写真を優先するということね。 「屈辱だわ、まさかこんな敗北感を味わうだなんて……」 現実に彼女がいるくせに、私に手を出すこともなく、二次元の女ばかり……。 「こうなったら……」 「どうも熱っぽいの。だから、今日はやっぱり学院を休むことにする」 カバンを取りに行ったはずの美羽は制服から寝巻きに着替え、戻ってくるなりそんなことを言った。 「熱って、大丈夫なのか?」 「そんなに高熱じゃないわ。でも一応、念のために休もうかと思って」 「そうか」 「だから、そんなに心配してもらうほどじゃない」 「でも、休むなんて……本当に大丈夫?」 「なんでしたら、わたしが残りましょうか?」 「一人でも大丈夫。本当に念のためだから」 「ミューが休もうとするなんて、珍しいよね」 「確かに。今まで、休んだことなんてないんじゃないのかい?」 「それは、今まで特に病気をしてなかっただけ。もうすぐ風紀班にも戻るから、体調を万全にしておきたいの」 「それならいいけど……」 「もし苦しいなら、私の血を提供するよ? 病院に行けば、吸血の許可ももらえると思うし」 「ありがとう、でも平気よ。そこまでの心配はしてもらわなくても」 「本当に大丈夫なんだな?」 「もちろんよ。少し大げさになってしまったけれど、本当に大したことはないの」 「ならいいんだが……一応確認をさせてくれ」 俺は美羽のおでこに手の平を当てる。 ……自分のと比べても、さほど高いとは思えない。いや、むしろ平熱としか思えない。 顔色はそんなに悪くない。鼻が詰まっている様子もなければ、咳が出る気配もない。 「大したことはなさそうだな」 「でしょう? 安心したのなら早く行きなさい。授業に遅れてしまうわよ」 「あ、ああ……わかった。それじゃ行ってくるよ」 「あの、矢来先輩、何かあったらいつでも連絡してくださいね」 「わかった。ありがとう。それじゃ行ってらっしゃい」 「あっ、そうだ、佑斗」 「なんだ? やっぱり俺は一緒にいるか?」 「そうではなくて。佑斗、マンガを持っていたわよね?」 「ああ、少しだけな」 本土にいた頃、貧乏であっても面白い作品を厳選して買ったものだ。 「その、眠れないときに、気分転換で読みたいから……鍵を、貸してもらえないかしら?」 「部屋の鍵を?」 「え、ええ。さすがに、全部持ち出すのは億劫でしょう。だから……お願いできないかしら?」 「それは別に構わないんだが、寮の中であっても、あんまり出歩くなよ」 言いながら、俺は自分の部屋の鍵を渡した。 今さらこの寮の仲間に疑うところなんてない。特に美羽に至っては恋人なのだから。 「ありがとう」 「それじゃ、いってくる」 ……… 「行った、わね。それじゃ……いやでも、不意に戻ってくるかもしれないわ。もう少し大人しくしていましょうか」 「おはよう」 「あら、今日の六連君は一人みたいだわ」 「喧嘩したのかしら? そう言えば、最近二人の様子が少し変だったものね」 「えー、もしかしてもう別れてしまったとか?」 さっそくか……。 「……聞こえてるよ」 「え? あ、ははは……ごめんなさい。でも気になって」 「美羽は今日は熱が出たらしくて休み。それだけだよ」 「そうなの? なんだ、よかった安心した……って、熱が出たのにこんなこと言っちゃダメよね」 「熱っていっても大したことはなくて、本人も念のためだって言ってたよ」 「だから別れたりはしてない」 「それなら、私たちも安心です」 過度に反応せず、普通に対応する。 多分これが一番噂にならずに済むはずだ。 俺が自分の席に座ると、トコトコと大房さんが近づいてくる。 「あの、さっきの矢来さんのお話なんですが」 「さっき言った通りだよ。熱っぽいから休むらしい。でも心配するようなことはないと思うよ」 「だったらいいんですが……風邪でしょうか?」 ……どうなんだろう? まず、吸血鬼って風邪を引くのか? だが、俺は吸血鬼なんだから、それぐらいは知っているはず……となると……。 「あれ? そもそも皆さんは風邪を引くんですか? 私は詳しいことは知らないんですが……」 「それはー………………あぁ、ニコラ」 「……ふっ、我に何用か?」 「今日は成分強めだな。まあ、いいけど」 「もう慣れた対応ですね……」 「一緒に寮で暮らしているから。これぐらいはスルーしないと。いちいち反応してると身が持たないし」 「……そういう言い方は、凄く嫌な感じで現実に引き戻されるから止めて欲しいなぁ」 「お前って、そんな格好をできるメンタル持ってるくせに、細かいところで脆いよな。そっちの方が付き合い易くていいんだが」 「で、ボクに何か用?」 「美羽の症状、どう思う? 大房さんも風邪かどうか心配しているんだが……」 「みなさんも、風邪にはかかるんですか?」 「んー、あんまり風邪をひくなんて話は聞かないね。ただ、風邪じゃないけど似たような症状を起こすことはある」 「何かの拍子に、体内のヴァンパイアウイルスが弱って、バランスが崩れたりすると、身体が気だるくなったり、熱が出たり」 「血液を飲んでないときも、そんな感じになるな」 「うん、そうだね」 「そういう場合、お薬はあるんですか?」 「基本的には自然回復かな。寝たり、合成血液を飲んだり。どうしてもひどい場合は、生き血を飲んでウイルスを活発化させるのが有効かな」 「なるほどー」 「でも美羽君の様子だと。そこまでひどい症状には見えなかったね」 「それなら、一安心ですね」 「……だが、やはり少し心配だな」 「ウイルスが弱体化してるとしたら、むしろ今から体調が辛くなるかもしれない」 「ん、まぁ、かもしれないね」 「もしかしたら、悪化して症状がひどくなることだって」 「そういう可能性はありますね」 「やっぱり、俺も休むべきだったかな」 「心配し過ぎじゃないかな?」 「それはわかってる。だが……一人暮らしの時期もあったから、思うんだよ」 「病気なんかで身体が弱っている時にこそ、傍に誰かにいて欲しいんじゃないかって。少なくとも俺はそうだった」 「なるほど……それは確かにそうかもしれない。申し訳ないと思いつつも、嬉しいものだとボクも思うよ」 「こう見えても、俺は美羽の恋人だからな」 「それは素敵なことですね。きっと、喜びも倍増ですよ」 恋人だったら、こんなときは傍にいるべきだ。 すでに学院に着き、今さらだとは思うが、そんな思いが俺の中で膨れ上がっていく。 それに俺は、美羽を守ると誓った。 軽い病気で、それほどのことじゃないとしても、一番最初から躓きたくはない。 「よしっ、決めた。俺、やっぱり今日は帰ることにする」 こんな気持ちで授業を受けても、集中はできないだろう。 「……ふっ、自ら冥府魔道の道を歩もうとは。キミは大した男だよ」 「冥府魔道だなんて、そんなことはないと思います。むしろ、愛に満ち溢れた正しい道ですよ」 「いや、あのさ、ただの例えであって……というか、ネタにマジレスされても困るというか、恥ずかしくなるというか……」 「とにかく、授業のノートは任せておきたまえ」 「いってらっしゃい、六連君」 「ありがとう、2人とも」 その言葉に後押しされるように、俺は席から立ち上がってカバンを持つ。 「布良さん」 「うん? どうかしたの、六連君」 「やっぱり俺、今日は学院をサボる。寮に戻るよ」 「サボるって……ああ、でもそっか。うん、いいんじゃないかな、美羽ちゃんも嬉しいと思うし」 「ああ、それじゃあ」 「ん~、男らしいって素敵だね。格好いいよね」 「おやおや~、もしかして、布良さんってば……略奪愛しちゃうのかい?」 「寮の中、一つ屋根の下で一人の男を取り合う女たち」 「ドロドロの修羅場、素敵♪」 「え、えぇぇぇっ!? ち、違う、違うよっ! そんにゃ話じゃない、一般論だよ、もぉーーーっ!」 「おっ、どうした六連。チャイムが鳴るぞ」 「すみません、今日は早退します」 「早退っておい、理由は?」 「『恋』ですっ」 「……恋って……お前な」 「じゃ、『愛』です」 「……はぁ、わかった。恋でも鮒でもなんでもいいが、帰るならもう少し体調が悪い感じを出しておけ」 「了解。では、失礼します」 「だから走るな……ったく、早退の理由になんて書きゃいいんだ」 「さて、帰る前に買い出しをしておくか」 熱のひどさはわからないが、果物はあった方がいいだろう。 あとはうどんと、ひどい場合はお粥を。 それから他には……ああ、そうだ。合成血液のパックもあった方がいいな。 「この時間って、アレキサンドは空いてたかな?」 「とりあえず電話してみよう」 『はい、もしもし?』 「淡路さんですか? 六連です。今から合成パックを取りに行きたいんですが、大丈夫ですか?」 ――ムクリ。 私はベッドの上で上半身を起こした。 すでに一時限目の授業が始まっている時刻。 みんなが出発してから大人しくしていたのだが、誰かが帰って来た様子もない。 「よし、今こそ行動に移す時ね」 立ち上がり、私は自分の部屋を出る。 「お邪魔します」 借りていた鍵を使い、私は静かなその部屋に侵入を果たした。 当然その部屋には誰もいなくて、返事はない。 「まあ、あると困るのだけれど……」 さて、それじゃ早速、目的を実行しよう。 佑斗からは“マンガ本を借りる”という名目だったものの、当然そんなことのために、鍵を借りたわけではない。 「きっと、この部屋のどこかに猥褻な本、もしくは映像の類があるはず」 私にはそれらを上回るエロが必要に違いない。 これはそう……、童貞坊やからの挑戦状に違いないっ! 「くっ、バカにして……大人の私にそんな挑発をするだなんて……ふっ、その挑戦、見事に勝利してみせるわ」 そのためにはまず、相手のことを知らなくてはならない。 佑斗がいつもどんな物をオカズにしているのか、その趣味嗜好を知らねば。 「あるとすれば、やっぱりベッドの下かしら?」 だが、ベッドの下には何も無かった。少し埃がたまっている程度ね。 「さすがに、ベタすぎる場所には隠していないか……よし、次ね」 「……一体どこに隠しているのかしら?」 全然見つからない。荷物がそんなに多いわけじゃないし、隠せる場所も限られているはずなのに……。 「となると……なにか偽装工作をして、堂々と隠している?」 試しに本棚にある本を手に取ってみる。 ……うん、普通ね。表紙もそのままだし、怪しいところは何もない。 「他の本にしても同様……か」 そしてDVDに関していえば、そもそもこの部屋には一枚も存在していない。 もしかして、タンスの中? 試しに衣装タンスを開けてみる。 佑斗がいつも着ている服、めくってみても、間に何かが挟まっていたりはしない。 「じゃ、次の段は――あっ」 一瞬、身体が硬直してしまった。 だって、そこに並んでいたのは……パンツ、だったから。 「………」 顔が熱くなるのを感じながら私は、静かにその段を閉じた。 いや、この程度で顔を熱くしてどうするのっ。 恋人になって、セックスをしようというのだから、パンツどころの話じゃない。 「そう、パンツなんて普通よ、普通。こうして並んでるなら、ちゃんと洗ってあるんでしょうし」 「佑斗だって、私の下着に普通にしてたんだし、大人の私ならこの程度、恥ずかしくないわ」 それに、本番を迎えた時、大人の対応をしなくちゃいけない。 そのためには、パンツぐらいで臆していられない。 私は、佑斗のパンツに手を伸ばす。これも“敵を知り、己を知れば、百戦危うからず”、予習は大事よね。 「ふーん……男の子の下着はこうなっているのね。いわゆる、ボクサータイプってやつかしら」 全体がわりと締め付けてきそうね。 それに、当然女物と比べて面積が大きい。 こうして見ると、ただの布よね。ほら、驚くようなことはなにもないじゃない。 「……でも、本番のときには、この下に佑斗の身体があるのよね」 その温もりも、初めて見る性器も、匂いも……。 ……匂い、か。 そういえば、匂いってどんなのなんだろう? 佑斗の温もりは知っている。唇と手で何度も感じたから。 性器が見られないのは仕方がないとしても……やはり匂いは知っておくべきじゃない? 予習として。 「そう、これは予習。本番で落ち着いて対応できるように、佑斗の匂いを予習するだけ。ただそれだけ、大人なら当然の行為よね。うん、間違いないわ」 ゆっくりと、手にしていたパンツを、顔に近づけてみる。 「――すん、すん……別に、何の匂いもしないわね」 さらに近づけて、大きく息を吸う。 「――すーーーーっ……洗剤の匂い?」 やっぱり洗濯後だと、こんなものなのかしら。 あんまり予習にはならなかったかもしれないわね。 でも……気のせいかもしれないけど、 「少しだけ佑斗の匂いがする」 別にパンツだから、というわけじゃない。 この部屋だから。まだ二ヶ月弱とはいえ、ずっと佑斗が暮らしてきた部屋だからだと思う。 「この匂い、嫌いじゃない……すん、すん……というか、たまんないかも」 再び佑斗の匂いを嗅ぐ。 自分の中に広がる佑斗の薫り、そしてそれと共に思い出してしまう、唇の温もり。 ………。 なんだか、胸がドキドキしてきてしまう。 でも、それだけじゃない。身体の一部が、妙に熱くなるみたいで、自分の奥でナニかが疼く。 「うー……ここのところ、お風呂の時に触ったりしちゃってたから」 この匂いと、記憶の中の佑斗だけで、やけに興奮してしまう。 ………。 「いや、ダメよ、ダメでしょ、こんなところで。……こんな、ところで……」 でも、今この寮には、私以外は誰もいない。 そして、自分の中の疼きが治まる気配が全くない。 困った、こんなことをするために部屋に入ったわけじゃないのに……でも、こんなことできるチャンス、二度と無いかも。 そんな考えが、自分の心の中で背中を押すような気がした。 「はっ、はぁぁ、ひんっ、んっ、んくぅ……んン、んふぅ、あっ、あふん……んっ、んんっ」 自分で自分のおっぱいを揉む。 シチュエーションのせいか、お風呂場のときよりもさらに反応をしてしまう。 「はぁ、はぁ、はぁ……ん、ひぃぅ、んっ、くぅぅぅ……こっ、こんなの、こんなの、初めて……ひゃぅ、ンッ、あっ、あぁぁっ!」 「ぜっ、全然、違うぅ……ひくっ、あっ、あァァぁ、ひゃっ、んっ、ンン、あァァァ……こんなに、気持ちいいの、初めて……」 改めて、かすかに佑斗の匂いの残るパンツを嗅ぐ。 「ん……んふぅ……すん、すンッ、すーーー……ふぁぁぁ、いい、佑斗の匂い。私、佑斗の匂いに包まれてる……んっ、んふ、あァァ……」 佑斗の匂いを、佑斗の成分を、取り込みながら、自分のことを慰める。 もう、自分でも驚くぐらい敏感になっていて、こうして乳首を触るだけでも―― 「んひィィぃぃーーっ、んっ、くぅ……あっ、あぁ……ダメ、身体、震えちゃう……んっ、ンひぃ、あっ、あっ、あぁぁぁっ」 こんなに感じるなんて初めてで、自分でも驚いてしまう。 「はぁ、はぁ、んっ……すぅーーーー……んっ、はぁ……佑斗のパンツで、頭クラクラしちゃいそう……んっ、ひゃう、あっ、あぁぁ」 パンツを嗅ぐ度に身体が痺れて、身体をめぐる快感が、私の意識をドロドロに溶かしていく。 「ふぁぁぁ、あっ、あンんっ、くぅぅ……あっ、あぁぁ……い、いい……この匂い、いい、好き……すん、すん……はァァぁぁ、たまんない、かも」 意識することなく、自然と指が股間に伸びていく。 すでにズボンは脱ぎ棄てていて、触れるのは薄い下着生地。 「はっ、んはぁ……濡れてる……下着、びちょびちょになっちゃった……やっぱり、凄い興奮してるのね、私……」 試しに下着の上からクリトリスを擦ってみる。 「ひゃゥゥぅぅっ!? んンンんっ、くぅぅぅ……あっ、はっ、はっ、はぁ、はぁ、はぁ……はふぅ、んっ、んん……」 「本当、凄い……軽く、イッちゃった……はぁ……はぁ……こんなに気持ちよくなるなんて……はぁ、はぁ」 こんな調子だと、佑斗に本当に触れられたらどうなるんだろう? 「予習して、よかった。こんな情けない姿、童貞には見せられないものね……んっ、んンん、もっと練習、しておかないと」 指の動きを再開。 今度はクリトリスには直接触れず、周りを馴染ませるように、ゆっくり、じっくりと。 「んっ、んひぃ……くゥゥぅ、あっ、あぁあ……はぁ、はぁ……んんっ、あんっ、くぅぅ……ふぁっ、ふぁァァぁぁぁ」 誰もいないから、声を抑える必要もない。 誰のことも気にする必要がない。 その現実が、わずかに残った私の理性すら消し飛ばす。 「はぁーっ、はぁーっ……佑斗の匂い、匂いぃ、んっ、すぅーーー……あっ、ふぁあぁァァぁっ! んっ、くぅぅぅ……ひぅんっ!」 気持ちいい。凄く、凄く気持ちいい……もっと、もっと、こうしてたい。 佑斗のことを考えながら、佑斗の匂いに包まれて、このままもっと気持ちよくなりたい。 私が今考えているのは、それだけ。 「はっ、んン、はーっ、はぁーっ……んっ、ひぃっ、くぅぅっ、あっ、ふぁあァァぁっ、ああァァぁぁっ」 「………………」 「ひゃぅ、あっ、ああァァぁ、はぁ、んくぅ……んっ、んはァァぁ、ひぃぃぃんっ、ンッ、ああぁぁぁぁっ」 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。 えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? なにこれーーっ!? どういうことなの? どうにもこうにも、目の前の光景が信じられないんですが。 出発前はあんなに普通だった美羽さんが、今は喘いでいらっしゃるじゃありませんか。 「はぁ、はぁ……匂い、もっとぉ……すぅーーーー……」 しかも、[わたくし]私のベッドの上で、[わたくし]私のおパンツ様を嗅ぎながら、股間を丸出しで。 「んっ、はぁー……はぁー……頭クラクラしてくる、この匂い嗅いでいると……すーーーーっ」 「好き、この匂い大好き……佑斗、佑斗ぉ……んっ、すぅぅーーー、はぁ……濡れちゃう、佑斗のパンツに濡らされちゃってる、はぁ、あぁ」 クラクラするのは、ただの酸欠なのではないでしょうか? しかも、そんなに臀部を上げては頭に血が溜まると思います。 あと、パンツに濡らされる、というのは些かおかしな表現だと思うのです。 ………。 くそっ、ダメだ! いくら冷静を装ったところで、目の前の光景に大パニックッ! 学院を早退して、合成血液やら果物やらを買って帰った。そこまでは問題ない。 だが美羽は自分の部屋におらず、奇妙な声が聞こえる俺の部屋を覗くと、美羽が下半身丸出し。 片手は胸に、片方の手は股間を刺激しながら、俺のおパンツ様を、すんすんと嗅いでいる。 ふむ……吸血鬼なりの熱を下げる民間療法という線でどうだろう? ………。 くそっ、無理だ! 自分を誤魔化す方法がなにも思いつかない。この現実は強烈過ぎる! 美羽が……あの美羽が、俺の部屋でオナニーを……。 「はぁ、はぁ、はぁァァぁ……んンっ、んふぅ……ひぃィぃぅっ、ああっ、いい、この匂い、素敵、たまんない……んっ、んあァァぁっ」 美羽が俺に気付いた様子はなく、続けられる行為に、下着の染みがどんどん広がっていく。 「すーーー、はぁ、はぁ……匂い、嗅ぐだけで濡れてきちゃう……身体の奥、ジンジン痺れる……んっ、はぁぁーーっ、んぃぃィィぃっ」 触っているのは下着の上からだというのに、粘つく水音はここまで響いてくる。 「んっ、んふぅ……ぬちゃぬちゃいってる……はぁ、はぁ……すんすん……んっ、んんっ」 「はぁ、はぁ……この下着、佑斗に買ってもらったばかりなのに……汚しちゃった……」 俺がプレゼントした下着を身につけて、美羽がオナニーだなんて……。 「んひぃ……ゴメン、ゴメンね、佑斗ぉ……私、いけないことしてる……んンん、はぁーっ、んひぃ、くぅぅ……あっ、ああァァぁぁ」 「プレゼントの下着汚して……嘘吐いて、部屋に、入ってぇぇ、あっ、あァぁっ! ん、ん、ん、んひィぃぃっ」 「でも、でもっ、ダメなのっ、指を止められないからぁぁっ、あっ、あっ、んッ、ンン、んああああぁぁぁぁっ!」 謝りながら、美羽は股間をいじる指を激しくしていく。 それはまるで、罪悪感ではなく、背徳感を楽しんでいるようにも見えた。 「こ、こんな、こんな変態みたいなこと……私は……あっ、あっ、あァァぁぁぁんっ」 「ダメ、我慢できない、佑斗のパンツ嗅いでると、我慢できなくなるっ……んっ、はぁ、あぁぁ、いい、んひぃィっ」 もどかしくなったのか、美羽はショーツを下ろした。 グチョグチョに濡れたワレメの奥を、激しくいじり始める。 「いっ、いひぃぃっ! んっ、んんふぁァぁーーっ、はぁーーっ、んはァぁっ、このままじゃ、ベッド汚しちゃう……でも、でも、はああぁぁぁっ」 アレが……おま●この穴……ワレメの奥。すると、クリトリスはアレか……凄い、丸見えだ。 あんな風になってるんだ……凄く、いやらしい。 広がったワレメの奥にある小さな穴、そこからトロトロの愛液が零れおちていく。 「ダメっ、零しちゃ。ベッド汚したら気付かれる。佑斗に気づかれちゃう……戻さないと……んっ、んひぃっ、くぅぅ……」 流れ落ちる愛液を指ですくっては、自分のワレメの奥に戻そうとする美羽。 ぬちゅ、ぬちゃ……ぐちゅ、ぬちゅ……。 「あっ、あひィぃ、戻らない、溢れてくるぅ……んっ、はぁっ、あっ、あぁァァぁ、ダメ、零れちゃうぅ、んくぅ、あっ、んはぁーーっ」 戻そうとすればするほど、さらに溢れだす愛液。 不意に、なにかの香りがドアの隙間から流れ零れる。 今までに嗅いだ事のない匂い、だがそれは男の本能をくすぐり、俺の股間を充血させていく。 「んひぃぃ、はぁ、はぁ……すぅーーっ、ンっ、んふーーーっ、んふぅぅぅ……はぁ、はぁ……佑斗ぉ……んんっ、はぁ、はぁ……」 今までに何度も呼ばれた名前なのに、一度も聞いたことのないような甘く蕩けた声。 「あっ、あぁぁ……んぁ、んンんッ、んぁ、はぁ、指止められない……私……このままじゃ……あ、あっ、あ、あァぁッ!」 ガクガクと美羽の身体が震えだす。 「こんな、変態みたいなこと……いやらしいこと、私が……はぁぁ、あっ、あぁぁんっ、でも、ダメ、我慢ができない、んっ、んあぁあぁぁーーーっ!」 「すーーーっ、んふぅ……はぁー、はぁー……パンツ嗅いでると、奥がジンジンして、我慢できないっ、ひぃぅっ、はぁぁンんっ!」 すでに俺は目の前の美羽の痴態から目が離せないでいた。 痛そうなぐらいに膨らんだ乳首。 ダラダラと愛液を垂れ流すワレメと、せわしなく動き続ける指。 自らの快感に酔いしれ、いつもの凛とした雰囲気が消え、だらしない顔をしている美羽の顔。 「はぁ、はぁ、はぁーっ……ダメ、また、またイッちゃい、そう……んっ、ふぁぁっ、んひぃぃっ! あっ、あっ、ああっ、ああぁぁァァぁぁっ!」 目だけじゃない、俺の鼻を刺すメスの匂いもそうだ。 「はぁー、はぁぁ、はぁーっ、ひぃあぁっ、んああァァぁぁっ! んはぁっ、ひぃっ、んっ、ンンッ、あァァーーっ!」 そんな喘ぎに我慢できなくなり、俺の右手はいつの間にか股間に伸びていく。 「くひぃ、あっ、ああァァぁ、んひぃィぃーーっ、んっ、んっ、はぁぁぁ、あっ、んああぁぁあっ!」 「はぁ……はぁ……はぁ……」 美羽、美羽、美羽。 心の中で美羽の名前を呼び続けながら、俺の右手が動き続ける。 「はぁはぁはぁ……んんっ、すーーーっ、イくイく、パンツ嗅ぎながらイッちゃう……んくぅ、あっ、はぁぁっ」 俺の意識は悶える美羽の姿だけに集中していった。 その時だった―― 「――ッ!?」 買物袋のガサっ、という音が響き渡ったのは。 「ひぃあッ!? だっ、誰かいるのっ!?」 さすがに美羽も、今の音には気づいたらしい。 「やっ、いやっ、今は、今はダメっ、あっ、あっ、あっ、ダメ、ダメダメダメっ!!」 だが、ガクガクしだした身体の震えを止めることはできないらしい。 「くるっ、きちゃうっ、いやぁーーっ! 誰かが、見てる、見てるのにっ、私、私ぃぃーーーっ!」 「我慢できない、我慢できないぃぃっ! ダメっ、見られながらイく、イッちゃうっ! あぁぁぁぁぁぁぁっっ!」 「止まらなくて、あっ、あぁっ、あぁぁあーーーっ! ダメダメ、本当に、今はダメ、ダメなのにっ」 「あっ、あぁっ、あぁぁーーっ! 見ないで、見ないでぇっ! やだっ、嫌っ、いやなのにっ」 「あぁァァぁーーっ! イく! イくイくイくっ! あッ、あーーーーーーーーーーーッッ!」 透明の液体がほとばしり、ベッドの上にグレーの染みが広がっていく。 「はっ、ああぁぁぁ、あぁ……はぁ、はぁ、はぁ……見られた、こんなところ、見られたぁ」 いつになく弱い声で、今にも泣き出しそうな美羽。 ……さすがにこんなシーンを見れば、そんな気分にもなるだろう。 だが、今の俺には、それすら興奮の材料となっていた。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 「……美羽」 俺は扉を開け、美羽の匂いで満たされた自分の部屋に入った。 慌てて股間を隠しながら立ちあがる美羽。 「……ゆ、佑斗……? 佑斗が、今の、私の……見ていたの? み、見られた、佑斗に見られたぁ……」 「見てた。凄く艶っぽくて、興奮した」 「―――ッ!」 「興奮して、目が離せなくて、ずっと見ていたいから……だから、覗いてた。スマン」 「勝手に見るなんて卑怯なことだとは思ったんだが、どうしても我慢できなくて。それぐらい、美羽が魅力的で……目を奪われて」 「……佑斗……今の言葉、本当?」 「ああ、勿論本当だ」 「……その格好を見る限り……本当みたいね」 そういう美羽の視線が、俺の股間を捉えていた。 自分がついさっきまで行っていた行為を思い返し、思わず手で隠す。 「あっ、いや、これは……」 「今の美羽の姿を見たら、こうなるに決まってる」 「それは、私のことが好き、だから?」 「もちろん。美羽が……俺の好きな子が、そんないやらしいことをしてるから、凄く興奮したんだ」 「………」 「だったら……それなら……証明して。言葉だけじゃなくて」 「証明? そう、言われても」 「慰謝料……払ってくれればそれでいい。そしたら、許してあげるわ。私のオナニーを覗いてたことも」 「慰謝料って前のキスみたいなやつか?」 「今度は一体なにを?」 「今回は………………精液」 「………」 「……え? あの、もう一度お願いできますか?」 「だからっ、精液っ」 「アナタの思考回路がわかりませんっ!」 「精液で不満なら、精子でもザーメンでもスペルマでもミルクでもケフィアでも構わないわよ」 「投げる球、全てがド直球だな!?」 「佑斗の精液を慰謝料として要求するわっ。だから、出しなさい」 「出しなさいって、おい」 「私のオナニーを見たんでしょ。私のイくところだけなんて、ずるい。今度は佑斗も見せてくれないと平等じゃないわ」 「そう、言われても……」 今の美羽の言葉に頭の中が一瞬パニックになり、すでに萎えてしまっている。 もう片手でも隠せそうなぐらいまで。 「なに、私のは見ておいて、自分のは見せられないって言うの? それとも……やっぱり私なんかじゃ、興奮しないわけ?」 「私の身体には何の魅力もないと? 性欲なんてわいてこないって……そういうこと?」 「そうじゃない。そうじゃないが……」 「………」 「なら一つ、頼みがあるんだが……聞いてくれないか?」 「頼み? 一体どんな?」 「もう一度、俺の目の前で、オナニーをしてくれないか? そうしてくれた方が、俺としてもやり易いんだが……」 「……変態」 「パンツを嗅ぐ美羽には言われたくないセリフだな、それ」 「くぅ……わ、わかったわよ。それで、佑斗は興奮するのね? 私の身体を見ながら、オナニーしたいのね?」 あまりにもハッキリとした言い方に、一瞬戸惑ってしまう。 まぁ、赤面っぷりを見る限り、心中穏やかでないのは美羽も同じだろうが。 「……ああ、そうだ。もう一度、今度はもっと間近で、美羽のオナニーが見たい」 「わかった。なら、見せて……あげる」 言いながら、美羽が再び先ほどまでの体勢を取った。 そうして見る美羽の性器は、すでにグショグショだった。 「綺麗だ、美羽のココ」 「綺麗って……それは、誰と比べて?」 「別に誰とも比べてない。初めて見るんだから。ただ綺麗だって、俺がそう思っただけじゃダメか?」 「……ダメじゃ、ない」 ピッチリと閉じたワレメがテラテラと光る様を見ていると、一瞬で萎えていた気持ちが復活を遂げる。 「あっ、佑斗の……えっと……お、おち●ちん……また硬くなってる」 「……いや、あの……別にそんなに無理して言わなくてもいいんだが」 「なに? おち●ぽの方がいいの?」 「……エリナみたいな解釈の仕方をするな。そうじゃなくてだな……」 「それとも、おち●こ? マラ? に、肉棒? 男根? す、好きなの選べばいいじゃないっ」 「そんなことで逆ギレされてもっ!? そもそも何を言い出してるんだ!」 「だから、呼び方よ。それとも“お”はいらないの? ち●ぽ? ち●こ? こんなに沢山の呼び方をさせるだなんて、どう? 満足?」 「どうでもいいわっ、そんなことっ!」 「そう……そんなことどうでもいいから、早く私のオナニーを見せろと言うのね……本当、いやらしい」 「……あぁ、もう……とにかく少し落ち着け……って、この状況は無理かもしれないが……とにかく、焦り過ぎで、さっきから変なこと言ってるぞ」 「子供じゃあるまいし、これぐらいで焦ったりしないわよ」 「子供じゃないからこそ、この状況に焦る気がするんだが……」 「………。佑斗は……お、おち●ことか、ハッキリ言ってしまう、女の子は……嫌い、なの?」 「いや、好き。むしろ興奮する」 「な、なら……選べばいいじゃないっ。佑斗が興奮するなら、そうしてあげるからっ」 「………」 俺のためという気持ちは嬉しいんだが……。 この処女、面倒くさいっ! でもまぁ、俺のことを考えてくれている気持ちは嬉しいものだ。だから―― 「だったら、●●●●で」 「●、●●●●ね、●●●●。そう、佑斗の好みは●●●●ということなのね」 「いや、さすがにそんなに連続して言われると、気持ちが萎えるというか、笑えるというか……」 「……嘘吐き。そんなこと言いながら、佑斗の●●●●、硬いままじゃない」 「それじゃ……始めるから。佑斗もちゃんとオナニーしなさいよ」 「あ、ああ。わかった」 女の子にオナニーを強要されるってのも、変な気持ちになるな。 「んっ、くぅ……あっ、んひぃ、ぅ……んっ、んふぅ……あっ、あひぃんっ、んん……」 ぬちゅぬちゅという水音と共に、美羽が再び花弁をいじり始める。 「ひゃっ、んっ、んふぅ、んんっ……ちゃんと、見てるの? 興奮、してる?」 「あ、ああ。凄く興奮してる、凄いよ、美羽」 「んっ、はっ、あぁぁ……んふぅ、は、はぁ……あっ、あぁぁ……んっ、んん……」 目の前に広がる光景に引きつけられるように、俺は顔を美羽のソコに近づける。 「はぁ、はぁ、んっ、ひぁんっ、あぁ……ゆ、佑斗、顔が近くて、息が……あっ、んあぁっ、あぁっ」 「だが、この方が興奮できるんだ」 「んっ、んん……あっ、はぁ、はぁ、その方が、興奮するの?」 「ああ、そうだ」 「だったら、そのまま、んっ、んふぅ……あっ、あんっ、んふぅ、はぁ、はぁ……」 思わず俺はツバを飲み込む。 綺麗なワレメからピンクの粘膜が見え、その内側にはぬるぬるの粘液で潤っているのがわかる。 「はぁ、んっ、んぃぃぃ……んっ、くぅ……はぁ、はぁ、見られてる、こんなに近くで見られてる……」 「美羽の中、凄く濡れてる。それが染み出してきて、凄いよ、本当に凄い」 「……ふっ、ふふっ、んっ、あァっ……ゆ、佑斗の●●●●も、真っ赤になってるわね。これぐらいで興奮するなんて、やっぱり童貞ね」 赤面しながらも、美羽はそのまま指の動きを激しくしていく。 「んひぃ、あっ、んンんん……あひぃ、あっ、あァぁ……ど、どうしてかしら、さっき一人でいじってたときより、んっ、んぁ、もっと感じる」 「それはきっと、美羽がいやらしいからだと思う」 「俺に見られることで感じるなんて、美羽は本当にいやらしいな」 「それはっ、んっ、ンひぃ、くぅぅ……誰のせいで、こんな身体になったと、思ってるのよ……全部、佑斗のせいじゃない……んっ、あっ、あっ」 「俺のせい?」 「だって、佑斗のことを考えると身体が熱くなって……うずうずして、触りたくなって……あっ、あぁぁ、ひゃぅっ」 「ゆ、佑斗のせいで……身体、開発されちゃったのよっ、んっ、あっ、はぁぁっ、あっ、んひぃ、ふぁぁぁっ」 「それはいじった自分の責任じゃないか?」 「佑斗のことを考えてオナニーすると、気持ちよくなるのっ……だから、オナニーして……んぅっ、開発されちゃったのよっ」 知らんがなっ!! 開発したのは結局自分じゃねぇかっ! 正直、そんなことを思ったが……こうして淫らに悶え苦しむ姿を見ていると、俺の責任でもいい気がしてきた。ナイス、俺っ! 「だから、だから……今もこんなに気持ち良くなっちゃうっ、んっ、あっ、あっ、あぁぁっ、はぁぁぁぁっ」 「ひっ、ぅンっ、くぅぅ、あっ、はぁ、はぁ……佑斗は、佑斗は、どう? 気持ちよくなってる?」 「ああ。こうして美羽のおま●こ、見てると凄く興奮するよ」 「ひぃぃんっ! あっ、はぁ、はぁ……ぞ、ぞくぞくってする。その言葉聞いただけで、私……んっ、あっ、はぁ、ふぁう、あァァぁっ」 再びスイッチが入ったのか、美羽の動きが徐々に激しさを取り戻しつつあった。 「はぁーっ、はぁっ、あっ、あぁァァっ! あっ、んひッ、あっ、はっ、はァっ、あァぁっ、んはぁぁっ!」 「美羽の愛液、どんどん増えてきてる」 「んひぃっ、んくぅぅ……あっ、あァっ……だって、見られてると思うと、どうしても身体、熱くなって……んっ、んひぁっ、ふぁぁ」 美羽の身体が軽く跳ねる。 そのせいで愛液が飛び散り、間近にあった俺の顔にも粘液の滴がかかった。 「ふぁっ、んっ、はァ……ごめんなさい、顔、汚しちゃって……ンっ、はァぁっ、んんん……でも、指、止めたくなくてっ」 「見られてるの、いい。凄くいいの、だから……だから……んッ、ンひぃっ、くぅぅ……ふぁっ、ああァァぁーー」 「いいよ、美羽。そのまま、続けて。俺もその方がいい」 言いながら、俺は右手の速度を上げる。 「は、速くなってる……んんっ、んふぁっ、佑斗の右手、速く動いてるっ、んっ、はぁ、はぁ、んっ、ひぃィぃぅんっ!」 「それは美羽も同じじゃないか。手の動き、どんどん速くなってる」 「だって、その方がいいって……だから、だから、あァァぁ……んンッ、くふぅ、あっ、はぁァぁぁーー」 「ああ、いいよ、興奮する。美羽のおま●こ凄いことになってる」 「ひぃぅぅ、あっ、あっ、あっ、あぁァァぁぁっ! はぁ、はぁ……いやらしいこと言われると、身体が震えちゃう、んっ、んふぅ……」 俺の言葉すら愛撫になっているように、美羽は身体を小刻みに痙攣させていた。 「はっ、はぁ、はぁ……このままじゃ、またイッちゃう……んっ、んンン……それに、頭、おかしくなっちゃう、んあぁ、はぁぁっ」 「どんな美羽でも、可愛いよ。俺は大好きだ」 「いやぁぁ、そういうの言わないで……んっ、んっ、ひゃぁんっ、はぁ……今、言われたら、ダメになっちゃう、はぁ、はぁァぁ」 口ではそう言っているが、すでに表情は蕩けきっており、完全にダメになっている気がする。 「もっと、見たい。美羽の中、広げてみてくれないか?」 「はぁ、はぁ、んっ、くぅぅぅ……こう、でいいの? あっ、ふぁァァぁっ」 「いいよ、凄くよく見える。美羽の中、ジュルジュルだ。本当、可愛いよ。それに……処女膜っぽいものも見えてる……」 「んん、んはぁ、はァぁ……見られてる、奥の奥まで、見られてる……んぁっ、あぁァァ、ダメ、ダメっ」 見られることに反応してか、美羽の中がうねりを上げる。 それを見て、俺の方も我慢の限界が近づき、ビクビクと震えだす。 「はぁ、あっ、あくぅぅ……ゆ、佑斗ぉ……おま●こ気持ちいい、はぁ、あっ、はぁ、はぁっ、このままじゃ私、私……んっ、あっ、あっ、はぁぁっ」 「いいよ。俺も、そろそろイきそうだ」 「本当、真っ赤になって、苦しそう……はあっ、はあッ、んんン……じゃあ、私も……ひぃんっ、くぅぅぅ、あっ、ああァァぁぁーーっ」 ワレメを広げたまま、美羽は器用な指遣いでクリトリスを刺激し始める。 「あひぃィぃっ! んっ、はぁ、はぁ、ダメ、もう、ダメ。イく、イッちゃう、また見られながらイッちゃいそう……あっ、あっ、ひゃぁァぁっ!」 「俺も、俺もイくぞ」 「んっ、んンンんっ、イッて、佑斗がイかないと意味がない、でしょう、はぁっ、ああぁァぁァっ、いっ、ぃィぃぃいいィぃっっ」 「もう、ダメだ。で、出るっ、出るっ!」 「きてっ、出してっ、早く、早くっ……じゃないと私、もう……無理っ……が、我慢、できなくて、くるッ、きちゃいそう、なのっ、あっ、ぁぁぁっ」 「くる、きちゃうッ……あっ、あィっ、ああァぁっ、こ、これ以上はダメ……っ、はっ、はぁっ、おま●こ見られながら、イっちゃうからぁぁーーっ」 美羽の身体が、さっきよりも大きく震え出す。俺ももう限界だっ! 「も、もう、ダメだっ!!」 「あっ、あっ、あっ、ひくぅぅぅ、無理、もう、イく、イく……イくイくイく、イッちゃうぅっ、あっ、ンあぁァぁっ」 「――美羽っ!!」 「はあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」 美羽が激しく痙攣すると同時に、俺の精液が美羽の身体を真っ白に染めていく。 「あっ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……はぁ……はぁぁぁ……はぁ、はあぁぁぁ……また、見られた、見られながらイッた、はぁ……ぁぁ……」 「だが、今回はちゃんと俺も一緒にイッただろ」 「えぇ、そうね……うん。これが、佑斗の精液……ドロドロね、それに変な匂い」 「そんなのは、美羽の方だって一緒だろう」 俺が出したのとは違う、透明な粘液でその股間はグチョグチョに濡れている。 シーツのシミもさらに広がっていた。 「はぁ……はぁ……確かに、そうね……はぁ……はぁ……」 そのままベッドの上でグッタリとしている美羽。 だらしなく放り出されている濡れた花弁が、ヒクヒクッと動いていた。 「――ゴクッ」 とろけ切った表情のまま、ヨダレを零し、そのワレメを隠そうともしない美羽。 そんな彼女のいやらしい股間から目が離せない。 「……ふっ、くふっ、佑斗、いやらしい」 「悪いか? 初めて見たのもそうだが、こんなに綺麗なモノに目を奪われたって、普通のことだろっ」 「卑猥なことだけ、そんなに男らしくならないでくれる?」 「とにかく、見とれてしまうのは……しょうがないんだ、男なんだし。俺にとって美羽は、大好きな相手なんだから」 「くふふっ……本当、いやらしいわね。そんなに、気になるの?」 「気になる。目が離せないぐらいに、こうしてみるだけでも、また興奮してくるぐらいだ」 先ほど、美羽の身体に白濁液を吐き出したはずなのに。 濡れたワレメを見ていると、気持ちが萎えるどころか、さらなる欲求を生み出していく。 見るだけじゃ、我慢できない。美羽の身体を実際に感じたい。一体どんな風なんだろう? そんな俺の気持ちを見透かしているのか、不意に美羽が体勢を変える。 「そんなに、気になるなら……挿れて、みる?」 「―――」 その言葉に、思わず俺は息を呑みこんだ。 まるで俺に見せつけるように開かれた足。 ワレメから、綺麗なピンク色の肉をのぞかせる美羽が、真っ直ぐに俺を見つめてくる。 「い、挿れたいんでしょう? 童貞だものね、見るだけじゃ満足できないはずよ」 「それは……だが……い、いいのか?」 「……今さら、そんなこと言わないでよ。私はずっと覚悟してたのよ」 「佑斗が私の全部を奪うって、覚悟しろっていったんじゃない。なのに、佑斗はヘタレたままだったわ」 「いや、それは………………スマン」 「それともなに? もしかして私みたいな処女は、相手にできないとでも言うつもり?」 「そんなこと言ってないだろう」 「だったら――んんっ!? んっ、んんん――んふぅ、ンっ、ちゅ、ちゅく、ンちゅ、んっ、んン」 美羽の言葉を俺の唇と舌で塞ぐ。 「んちゅ、んじゅる……ちゅる、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅ……んっ、んちゅるちゅる――んぱぁ、はぁ、はぁ」 「美羽の初めての男になれるなら、こんなに嬉しいことはない」 「ずっと手を出してこなかったくせに、こんなときだけ偉そうに」 「俺は好きな物は最後まで取っておくタイプなんだ」 「ひどい言い訳。でも……仕方ないわね。そう言うなら、私の《はじ]処[めて]女、[アナタ》童貞にあげるわ」 「ああ、遠慮なくもらう」 ベッドの上に膝をつき、濡れた美羽の亀裂に肉の棒を突き出す。 これから俺のペニスが、美羽の中に……中に……。 ……ど、どんな感触なんだろう? 慌てなくてもすぐに体験できるのに、凄く緊張してきてた。 「ふぅー……ふぅ……」 「佑斗、緊張し過ぎよ。また鼻息が荒くなってる」 「緊張するなという方が無理だろう」 「まあ、童貞だものね」 「今はな。でも、もうすぐ童貞じゃなくなる」 ま、まずは先端から……い、いくぞ。 「はぁっ……ンッ、ふぅっ」 「うわ……凄……」 ワレメに擦りつけただけで、亀頭が美羽の愛液に包まれる。 ぬとっとしていて、温かい粘液。 「んひぃ、あっ、あっ、熱いの、入ってきた……んっ、んふぅ、はぁ、はぁ」 亀頭やサオと擦れ合う度に、ぬちゃぬちゃという水音が部屋の中に響きわたる。 そして何よりも、充満しつつある濃厚な女の匂いが、俺の神経を刺激していく。 「い、いいわ、よ……私は平気、だから。もう十分なぐらい、濡れてると思うから」 そりゃ二回もイケば、そうだろうな。 というか、入口を擦っているのは“本当にこの穴で大丈夫なのか”と、不安なだけだ。 だが、この反応から考えると、今の穴であっているらしい。 「それじゃあ、行くぞ、美羽」 俺は濡れた亀頭で、閉じられていたワレメをこじ開ける。 最初は上手くいかないか?、と思ったが、意外なほどヌルッと亀頭が呑みこまれた。 「いぎっ、んっ、んん……ぃっ、ぃぃっ」 「み、美羽」 「や、やっぱり、指より、太い……んっ、う、うぅーー……」 「このまま続けて大丈夫なのか?」 「んっ、ええ……も、問題、ないわ……このまま、挿れて。こんなところでヘタレたら、許さないわよ」 「……わかった」 なにも我慢していないという事はないだろうが、俺も今さら欲望を抑えることができそうにない。 「力を抜いて」 ゆっくり体重をかけながら、美羽の肉を押し分けていく。 「んぎぃぃ、くぅぅ……いっ、ぃぃっ、んっ、あっ、あぁあっ」 ミチミチと無理矢理、亀頭で穴を拡張しながら、俺は腰を沈めていく。 「あ……うっ、ぁぁっ、ぁあ、んあぁっ、はぁっ、あっ、あぁあぁぁっ」 痛みを必死に耐える美羽は、小さく身体を震わせながら呻く。 「あァぁ、ひぃっ、くゥゥぅッ、あっ、あっ、ああぁぁっ……んんっ、ぃ、ぃいいィぃッ」 滑りは十分なのはずなのに、それでも痛みを訴えるほど狭い美羽の中。 その肉が、異物である俺のペニスをギュウギュウと締め付けてくる。 「くぅっ……」 「んっ、ああぁぁっ、はぁ、はぁ……ゆ、ゆうと? んくぅ、はぁ、はぁ」 「いや、大丈夫。美羽の中が気持ち良すぎるから」 「そ、そう……んっ、はぁ……くふっ、ど、童貞はこれだから。ほ、本番はこれからでしょう……んっ、んひぃ、あぁあ」 「ああ、そうだな。それじゃ、全部挿れてしまうぞ?」 「え? はぁ、はふぁ……まだ……全部じゃなかったの?」 「もう少し残ってる。なんだったら、少し休憩するか?」 「い、いいわよ、別に……んっ、はぁ……こんな最初から休憩だなんて……大人の女なんだから、これぐらい我慢、できる……んっ、ん、んぃぃっ」 ……我慢、か。少し心が痛むが……ここは素直に美羽の気持ちに甘えさせてもらおう。 俺の欲望だけじゃない。美羽もきっと、続けることを望んでくれているはずだから。 「ほ、ほら、早く。全部、挿れて……んっ、いっ、はぁ、はぁ」 言葉ではなく、止めていた腰を再び沈めていくことで、返事をする。 「うっ、あっ、ああぁァぁっ……いっ、いぎっ、ンッ、くぅぅ……はぁっ、はぁっ……はァァっ、うぅぅううーーっ」 しかし、その途中で強い抵抗に遭う。おそらく、オナニーの時に見えた処女膜だろう。 「――くぅ」 予想以上の抵抗に一瞬ひるんでしまったが、俺は改めて一気にその抵抗を突き破り、肉棒をねじ込んだ。 「いぎっ!? あっ、あっ、あーーーーっ、うぅぅぅ、す、すごいの、入って……あくぅ、んっ、あぁぁぁあぁぁーーっ」 「はぁーっ、はぁーっ……はっ、入った? 今度こそっ、全部、私の中に入った? はぁーっ、はぁーっ」 「あ、ああ。全部入った。美羽の中は凄い。熱くて、ドロドロで……」 「くふっ、佑斗のも、凄い、熱くて、硬くて……これが、佑斗の感触、なのね……くふふっ」 そうして笑う美羽だが、目尻には涙が浮かんでいた。 「スマン、美羽」 言いながら、その涙を拭ってやる俺に、美羽が少し不満そうな視線を向けてきた。 「んっ、はぁ、抜いちゃ、ダメよ。ん、んぁぁ……絶対に抜いちゃダメだからね、はぁ、はぁ」 「今、広がってるところなの……ぁぁ、はぁ……●●●●の形、覚えてるところなのよ。だから、抜くのはダメっ、はぁ、はぁ」 「了解だ」 「はぁ……も、もう動きたい?」 「できるなら」 「わ、わかった。でもその前に、キスを……して。痛みを忘れてしまうぐらいなのを、して」 「畏まりました、お姫様」 「んんっ、んちゅ、ちゅくちゅく……んっ、んふぅっ、んっ、うぅーー、くちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅーーっ」 「ちゅっ、じゅるる……ん、んふぅっ、ちゅぅぅ……れちゅ、れじゅる、じゅるん……れちゅるる」 お望み通りの濃厚なキス。舌と舌を絡め、唾液を混ぜ合い、交換していく。 それはまるで、互いの意識を溶かしていくようでもあった。 「じゅる、じゅるる……じゅくちゅく……んちゅく、れちゅ、ちゅぅぅ、んっ、んちゅ、じゅるる」 甘く蕩けていく美羽の吐息。 俺は唇を触れ合わせたまま、静かに腰を動かし始めた。 「んちゅ――んんっ、んふぅぅぅぅ、んっ、んっ、んぅぅぅぅっ」 美羽が抗議の声を上げようとするが、無視して唇を塞ぎ続けた。 「んちゅ、くちゅ、じゅるる……んっ、んっ、んんっ、んんんん――んぱぁっ、そ、そんな急に……あっ、はあっ、はあぁぁーーっ」 小刻みに、ベッドをギシギシときしませながら、俺は美羽のヒダを亀頭で小突いていく。 「あっ、あっ、あーッ、くぅぅ……はッ、はァーっ、い、ぃィっ、はぁッ、あァァっ」 肉棒を根元まで挿れられた上に、身体を内側から突かれ、美羽の腰が痙攣を起こしたように震えだす。 「ひぎぅっっ、あッ、んぃィぃっ、あッ、あっ、ひぃィんっ、あっ、あっ、ああぁァァぁーーーぁぁッ」 ヌチャ、クチャ、ヌチュ、ヌチュ。 「ひっ、ひゥぅっ……はァァぁーぁっ、はぁ、はぁ、はぁ、す、すごい、動いてる、本当に私の中で、動いてるっ……くぅぅ、ひぃぁァぁぁぁァッ」 だらしなく開きっぱなしの口からは激しい喘ぎが。 俺の肉棒を、パックリと開いたその穴で咥え込む膣穴からは、ヨダレのような愛液が溢れ零れる。 「はぁぁぁ……あ、あ、あァぁーっ……ひぃ、はぁ……い、いい? 私のおま●こ……はぁ、はぁ、気持ち、いい、の?」 「凄く気持ちいいよ、美羽の中。熱くて、ぬるぬるで」 「くひぃんっ、くぅぅぅ……あっ、はぁ、はぁ……ほ、本当に?」 「勿論だ。嘘なんて言ってない、それに凄く締め付けてきて……頭の中、蕩けそうだ」 「ふ、くふっ……んっ、はぁ、はぁ、そっ、そんなこと言うなら、私だって……んっ、あっ、あっ、頭、変なの」 「かっ、身体、ジンジンって……蕩けて、るっ、頭、蕩けて……おかしくなってる……あっ、ンッ、はっ、はぁっ、ふぁァァぁ」 綺麗な顔を、快楽で歪ませる美羽だが……やはり、先ほどのオナニーの方が感じていたような気がする。 痛みがあるのは仕方ないとしても、できることなら俺だけじゃなく、美羽にも気持ちよくなって欲しい。 そう思い、腰の角度を変えて、美羽の反応が良くなる位置を探していく。 「あっ、あっ、あぁっ、んひぃィぃ……あっ、あぁァ……なに、これ……さっきと、ちがっ、違うぅぅーーっ、はひぁ、ああぁァァぁっ」 「そっか、美羽はこうして、奥の上の方を突かれるのが、弱いんだ」 「わっ、からない、けど……そこは、し、痺れる、みたいでぇぇ……あっ、あァぁーーーっ」 身体だけでなく声まで震えだした美羽。 この調子で、次だ。 俺は、肉棒を咥え込んでいるワレメに指を伸ばした。そして―― 「はぁっ、はぁ……あっ、ぁぁァぁァァあああぁッ、そ、そこ、触っちゃ、ダメっ、くひッ、ぁぁぁぁ、ダメダメっ」 やはり、オナニーの時同様、クリトリスを触られた美羽の反応が、一段と大きくなる。 「あひぃぃっ、あっ、ひゃぅ、はぁあぁぁ……やだっ、本当にそこ、ダメなのっ、クニクニしないで、じゃないと、私……あっ、ああーーぁっ」 「またイきそう?」 「はぁーっ、はぁーっ、う、うん。イく、イッちゃう……だから、触らないで……んっ、あっ、あっ、あひィんっ、はあァァぁっ」 「さ、触らないでって、言ってる、のにィぃーっ、あっ、あぁァぁっ……ひくッ、あっ、んひィぃーーーぃィぃっ」 いつもとは全然違う、まるで我を忘れたかのように身悶える美羽。 そんな目の前の姿を見ていると、俺の興奮も高まっていく。 「ひ、卑怯、卑怯者ーっ、わたっ、わたし、ばっかり……んっ、あっ、あぁァーーっ、感じる、感じてるぅっ」 「そんなことない。俺だって、感じてる。美羽のおま●こ、凄く気持ちいいっ」 「んひぃっ、くぅぅ……そっ、それなら……あっ、あっ、あぁぁっ、でも、ダメダメっ、んンンッ、ま、また、きちゃうっ、ああぁーーっ」 「も、もう、三回目なのに、また、イくっ。こ、今度は●●●●で、イッちゃうーーっ、あっ、はぁァぁァァぁっ」 「い、いいよ。俺も、そろそろイくから」 「一緒にっ、また、一緒に、イきたいっ、からぁ……あっ、あっ、あぁっ、突いて、好きなように、突いてぇっ!」 「わかった。もう一度、2人で一緒に」 俺は美羽の弱点を責めつつ、自分の快感も貪っていく。 「ひィぃぃんっ、くぅ……あっ、はぁッ、ああぁァーーぁッ、い、いぎ、溶けちゃう、あたま、とけちゃいそうぅっ、ぁァぁァァぁっ」 クリトリスを触る度に、美羽の肉が、ぎゅーっとペニスを締め付け、俺の下半身が段々麻痺してきた。 「ダメダメっ、んんん……あっ、あァっ、あひぃッ、はァぁっ……い、息、できなくなる……くひぃ、はっ、はっ、はぁっ、はぁぁぁっ」 「み、美羽……俺、もう、い、イきそう。美羽の方は?」 「う、うん。くる、くる、きちゃうっ、こっ、このまま、あっ、あっ、あっ、ああぁぁぁーーーぁぁぁぁっ」 何も考えられなくなりながら、激しく美羽の肉をほじくり返していく。 「んひぃっ、あっ、あっ、はァぁァっ、ま、まだ? 佑斗、まだ? わたし、わっ、わらひ、もう……」 「だ、大丈夫。俺ももうイく、イくから」 「う、うん。一緒、一緒にぃ、くひぃぃっ、ンくぅ、あっ、あっ、あぁーーーっ」 いよいよ身体の震えが大きくなり、肉の締め付けがより強くなる。 「くぅ……んっ」 も、もう、ダメだ。これ以上はもう、我慢できそうにないっ! 「はぁ、はぁ、はぁ、んっ、んひぃぃぃっ、あっ、はっ、はぁ、はあぁぁーーーぁっ」 「み、美羽。イくぞ、出すぞ」 「う、うん、うんッ、わたしも、イくからッ、あっ、あぁぁーーぁぁっ、ヒッ、ひぅっ、あァァぁぁーーーっっ」 「いやぁっ、あーっ、はァぁっ、あーーーァぁっ、あっ、あぁッ、あひぃ、あひィぃ、いっ、ぃぃィィぃぃっ」 「美羽! 出る、出るっ!」 「ひゃっ、ンッ、んひぃぃぃ、い、いぃぃ……イくっ、イくイくイくイく、また、イくぅ、イッちゃうぅっ」 「あッ、あッ、あっ、あァァぁーーーーぁぁっ、ふあああ、んっ、ンんッ、ああァァぁぁーーーぁぁっ」 「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!」 美羽の奥深くに突き入れた瞬間、俺の欲望が白い粘液となって飛び出した。 ドクッ、ドクッというペニスの震えと共に、精液が美羽の中を汚していく。 「あっ、はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……んっ、んん……はぁ、はぁ……」 「はぁ、はぁ……美羽……」 「イッた……私、またイッちゃった……はぁ、はぁー……」 「俺もだ、一緒にイケたな」 「んっ、んん……あぁぁぁ……精液、零れちゃってる」 引き抜いた穴から、白い粘液がドロッと滴り落ちていく。 「シーツ……汚してしまって、ごめんなさい」 「いいさ、そんなの気にしなくて。言っても自分で出した物だし」 「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 ペニスを引き抜いた穴から、ドプッと大量の愛液が溢れ零れる。 それと同時に、俺の方からも大量の精液が飛び散った。 「んっ、あっ、はぁーっ、はぁーっ……また、佑斗の精液、身体に……」 「美羽……」 「くふっ……一緒に、イケたわね……」 「ああ。そうだな。凄く、気持ちよかった」 「私、初めてなのにイくなんて……もっと、痛いと思っていたのに」 「オナニーで散々準備はできてたから、そのせいじゃないのか?」 「そうかも……でも、精液って凄い量がでるものなのね……ちょっと、驚いたわ」 「それに関しては、俺も驚いてる」 「普通、短時間に連続してイッたりすると、量はどんどん減るものなんだけどな」 「でも、今の佑斗の精液の量、全然変わらないわよ」 「多分、物凄く気持ちよくて、興奮したからだと思う」 「それより、美羽の方はどうなんだ?」 「それは、だから、わかるでしょ? イッてしまうぐらいには、気持ちよかった」 「あっ、スマン。俺が訊いたのは、体調とか、痛みのことなんだが……」 「……なら、最初からそう言いなさいよ。別に何ともないわ。心配なんて必要ないから、安心して」 「それならいいんだが……本当にすまない」 「謝らないで。私はむしろ嬉しいぐらいなの。なのに、佑斗は謝るようなことをしたと思ってるの?」 「いいや、全然」 「なら、謝る必要なんてないでしょう。そんなの、私にとって失礼な話よ」 「そうだな。確かに、その通りだ」 俺たちはお互い望んでこうなったんだ。 幸せを感じることはあっても、謝るような理由は何もない。 「今のは俺が悪かった。改めて言わせて欲しい」 「好きだ、大好きだ、美羽」 「私も、好き、大好き」 「で、一つ確認をしておきたいんだが」 「……なにを?」 「どうして、[わたくし]私のパンツを、嗅いでたんですか?」 「それは、だから……予習よ、予習」 「予習って、パンツ嗅ぐことが?」 「そう。本番に向けて、匂いの予習をするぐらい、大人の女にとっては普通のことなのよっ」 「……そんなのが普通な大人は嫌だなぁ」 「別にいいじゃない、細かいことは。小さなことを気にしていたら、いい男とは言えないわよ」 ……好きな人が俺のパンツを嗅ぎながら、自分の部屋でオナニーしてました。 これってそんなに小さなことか? 俺としてはかなり大きな事件だ。多分、一生忘れられないぐらいの。 「それを言うなら、佑斗だってどうして戻ってきたの? 仮病なんだから、見た目には特に問題なかったはずだけど?」 「ああ、それは、美羽のことを守ろうと思って」 「今後は他にも色々あって、小さな病気だと看病はできないことがあるかもしれない」 「だが今は違う。今日一日ぐらいなら、美羽の傍にいてあげたい……いや、違うな」 「俺が、美羽の傍にいたいと思ったんだ。あと、今が付け込む時かもって打算も含めて」 「だからって、なにも今日みたいな日に付け込まなくたって……しかも、オナニーをしてるところに帰ってくるなんて」 「でも、そのおかげで今があるから、いいことだろ」 「それはまぁ……否定はしないけれど……釈然としない物があるわね」 「なぁ、美羽」 「なに?」 「もう一つ、付け込んでもいいかな?」 言いながら俺は、静かに唇を美羽の唇に近づける。 「……くふ、童貞を捨てたと思ったら、急に堂々とし始めるのね」 「不満なら、拒否してくれてもいいぞ」 「そんなこと、私にできるはずがないでしょう」 「んっ、んん……んちゅ、んじゅる……ちゅる、ちゅっ、ちゅっ、ちゅうぅぅ……」 さて、みんなが帰ってくる前に、シーツの洗濯をしないとな。 「おはよう」 「おはよう」 「あっ、おはようございます、矢来先輩」 「体調はもう大丈夫ですか??」 「ええ、心配してくれてありがとう。平気よ、少しズキズキするだけだから」 「………」 「ズキズキですか? それって、まだ頭痛を引きずっているってことですよね? あまり無理はしない方が」 「違うのよ、別に頭は痛くないの。むしろスッキリしてるぐらい、くふ」 チラリと横目で俺を見ながら、ニヤリと笑う美羽。 相手が稲叢さんだから気付かないものの、他の子だったらすぐにピンと来てるだろうなぁ……。 「だから、私のことはあまり気にしないで。食事はいつも通りで何の問題もないわ」 「そうですか、わかりました」 そうして、稲叢さんはキッチンに向かう。 そうして残されたのは、俺と美羽の二人っきり。 ……なんだろう、今さらながらに、凄い緊張するんですが。 「……おはよう。体調の方は、どうだ?」 「さっき言った通りよ。元々、病気はすぐに治るものだった。一晩寝てスッキリした。唯一気になるのは、下腹部の痛みかしら」 「………」 「後悔はしてないし、悪いことをしたとも思ってない。謝らないからな」 「くふっ、残念。謝ってきたら、噛みついてあげようと思っていたのに」 おそらく本気だから怖いところだ。 「一つ確認をして置きたいんだが、美羽はもしかして打ち明けたいのか? セックスのことまで」 「別に。付き合っていると公言したからといって、そこまで言う必要はないでしょう」 「そうか。ならいいんだが」 「……もしかして、公言するとなにかマズイことでもあるのかしら?」 「ない。別にないから、変な勘ぐりはしないでくれ」 「ただな、寮生活の中でそんなこと公言してたらエラいことになるだろう」 エリナなんか―― 「昨夜はお楽しみでしたね、ぱふぱふ~♪ ちゃんと付けた? なにを? もぅ、そんなの決まってるじゃん。ゴ・ム」 なんてことを言って、からかってきそうだから嫌だ。 いや、この程度で済めばまだいい。あの子は予想外だからなぁ。 「布良さんも怒るだろう。そんなことを寮の中で口にしたら」 「まあ、確かにそうだろうけど。でも、佑斗……今後はどうするつもりなの?」 「今後って……」 「決まっているでしょう、ふふ。それとも、全部また私に言わせたいの? 本当、変態なのね」 「……スマン。わかったから、みなまで言うな」 今後とは勿論、今後のセックスのことだ。 初体験で痛みはあったはずなのに、美羽はそれほど気にしていないらしい。 「寮内はさすがに難しくないか?」 「壁だって、丸聞こえなほど薄いわけじゃないが、あの声や振動が誤魔化しきれるとは思えないしなぁ」 「そういうプレイが好きなんじゃないの?」 「………」 俺の責めに、口を閉じ、必死に堪える美羽。 考えてみると、確かに悪くはないな。むしろ興奮してしまうシチュエーションではある。 「……くふっ、いやらしい」 「否定はしない」 「とにかく、寮での共同生活は重んじるべきだろう。いくら興奮しそうで、興味があったとしても」 「確かにそうかもしれないわね」 「だから、寮の中では……なるべく我慢しよう。イチャイチャするのも、ある程度我慢だな」 「まぁ、仕方ないわね。でも少し安心したわ」 「安心? なにか、不安に思う事があったのか?」 「痛みが引いてないうちから、次を求められたらどうしよう、と少し不安だったの」 「……あのなぁ、そういうことは正直に言え。悪いが、俺はそういう事には疎いんだ」 「それは、バカだから?」 「そういうことだ」 「そんなことを自信満々に言いきらないでよ。でも、そういうことなら仕方ないわよね……バカでいいって言ったのは私なのだし」 「でもそうか、やっぱり痛いものなんだな……」 危なかった。俺の理性がもう少し足りなければ、みんなに気付かれないように、というプレイを強要してしまっていたかもしれん。 鬼畜は自重せねば。 「それって、いつになったら痛くなくなるんだろう?」 「そんなの決まっているでしょう。私の身体が佑斗の身体を覚えたら、よ」 「……そ、そうか」 こうして顔を赤くする部分は全く変わっていないんだな。 まぁ、そういう部分は非常に可愛いので、いいのだが。 「とにかく、美羽の痛みのこともあるから、しばらくは様子見」 「………」 「なんだ? どうかしたのか、その顔は」 「いえ、私の痛みがある間は、どうやって処理をするつもりなのか、気になって」 「それは………………少なくとも、浮気することがないのは確かだ」 「それならまぁ……でも、証拠を提出してくれる?」 「証拠って一体どうやって? 貞操帯でも付けろ、とでも言うつもりか?」 「あら、いいわね、それ。それなら浮気をしようとしても、絶対にできないわけだし」 「……マジで?」 「……くふっ、冗談よ、冗談。私が欲しいのはそういうことじゃなくて、もっと違う、証拠というか……契約というか………………んっ」 「ああ、なるほど。そういうことか」 なんということはない、要はアレだ。色々言いつつも、いちゃつきたいだけなんだろう。 いや、その気持ちは俺も同じなんだが。 「………」 部屋の中を見渡す。 稲叢さんは料理中で、キッチンの中からではこちらを見ることはできない。 他のみんなはまだ起きてきていない。 「……美羽」 ソッと向けられた唇に、静かに俺が近づいて―― だが不意に、スルリと俺の腕の中から、美羽の身体が逃げ出した。 「お、おい?」 「おっはよー」 「おはよう」 「おはよう」 「おはよう」 「………」 あぁ、そういうことか。 みんなが起きてくる事に気付いて、距離を取ったのだろう。 ……ちっ、あと10秒ぐらい余裕があれば、キスできたのに。 まぁ、仕方ないか。共同生活を重視と言いだしたのは、俺なわけだし。 「美羽君、もう体調はいいのかい?」 「えぇ、もう大丈夫」 「そう。体調は気をつけないと、円環の理に導かれてからじゃ、遅いんだからね」 「今後は気をつけるわ」 「え? 気を付けてなんとかなる問題なの? だったらやっぱり、生理痛じゃなかったんだ?」 「全然違うわよ。生理の周期に乱れはないから、もう少し先よ」 「男がいる前でそういう話はしないでくれないか?」 なんか、聞いているだけでも恥ずかしい。 「もぉ……本当、朝から変なこと言わないで欲しいなぁ」 「すまない」 「六連君が謝ることじゃないけどね。そういえば、二人って風紀班の謹慎が今日から解けるんだよね?」 「ああ、そのはずだ。予定に変更がなければ」 「それがどうかしたの?」 「いやほら、例のスリの人のこと、覚えてる?」 「ああ、もちろんだ」 「もしかして、なにか進展があったの?」 「うん。六連君が言ってたことを、チーフに伝えて、色々調べてみたんだ。そしたら、確かにあったよ、変なこと」 「それって一体」 「ご飯できましたよー……あれ? どうかしたんですか、みなさん」 「ねぇ、難しい話は後にしない? とりあえず、みんなでご飯にしようよ、ね?」 「エリナ君に賛成。どうせ、風紀班に行くのも食事をしてからなんだろう?」 「そうだね。そうしよっか。どの道、《チーフ》主任の指示が必要になることだから」 「そうね。ごめんなさい、仕事の話を持ち込んだりして」 「ま、それは別にいいけど。この街を守ってくれてるんだから」 「戦士にも休息は必要、って昔からよく言うだろう?」 「ああ。そうだな」 とはいえ、俺と美羽はこの週は散々休息を取ったからな。 それを取り返すためにも働かないと。 「……もう少し早めに気付いてくれてたら、キスできたのに。これだから童貞は……」 「って、もう童貞じゃないのよね、私が奪ったんだから、くふ」 「スリの居場所がわかった」 ミーティングが始まるなり、《チーフ》主任は単刀直入にそう言った。 「まだこの都市で、スリをしてたんですか?」 「この都市にはいるが、今のところスリは休業中らしい」 「それはこちらの動きを知って、自分がマークされていると気付いた、ということですか?」 「そうじゃない。まだ気付かれてはいないだろう。妙なキス騒動も、幸いなことにただの若いカップルの行動で治まったみたいだしな」 『………』 「まぁ、嫌味はここまでにしておくか。わかってると思うが、二度とあんな真似をするなよ」 『了解』 「で、本題のスリの男だがな、最近はカジノに出入りしているらしい」 「カジノ、ですか?」 「ですが、今まで居所が見つかっていなかったということは、元々賭博の趣味は無かったんですよね?」 「調べる限り、そんな無駄金は持っていなかったはずだ」 「となると……やっぱり?」 「六連が口にした通りだろう。なにかの拍子に大金を手にした」 「……もしかして、大きな犯罪に関わっているということは?」 「いや、それはないだろう。もしそんなことに関わっているなら、派手に遊びまわることなどしないはずだ」 「目立ちすぎる。遊ぶにしても、この都市を出る。スリは普通の人間だしな」 「偶然、手にしたということですか」 「銀行に確認したが、宝くじに当たったわけでもない。だがカジノに現れたその日には、余裕を持って遊んでいたそうだ」 「ですが、犯罪に手を染めないことには、突然大金なんて無理なのでは?」 「犯罪の種類による。ニュースでもたまにあるだろう、ゴミ捨て場で大金を拾った、なんて報道は」 「ああ、確かにありますね。凄く羨ましいです」 「あの手の落し物で落とし主が出てくることはめったにない。何故だかわかるか?」 「それが危ないお金で、出所を問われると困るから、ですよね?」 「そうだ。しかも今回は、拾った方もスリ……いや、もしかしたら、スリの仕事の中で手に入れたものかもしれん」 「そりゃ、当然届けられるわけがないですね」 「本人もヤバい金だという自覚はあるはずだ。だが、使ってみたいという欲望には勝てなかった」 「で、一度使い出したらズルズルと。しかも、いくら金を使ったところで、元の持ち主に特定されそうな気配もない」 「となれば、もう遠慮することはない。で、今に至るってところだろう」 「問題は、その手に入れた金ですね。少なくとも、真っ当な物ではない、と」 「ああ。警察にも確認をした。だが、ここ数ヶ月遡っても、高額の現金の遺失物の届け出はないそうだ」 「もしくはお気楽な旅行者が落として、スッパリ諦めたか」 「よっぽどの金持ちなら、そういうこともありえるな」 「だが、現実的に考えて、怪しい金である確率の方が高い。それに元々捕まえるはずだったんだ。丁度いいだろ」 「ですが、突然ギャンブルを覚えたから、なんて理由では検挙できませんよね?」 「問題はそこだな。ここのところの動きを見る限り、スリの仕事はしていない」 「よっぽどの大金なんでしょうね」 「らしいな。とにかくお前ら、確認して来い。対象は『オーソクレース』のカジノにいるはずだ。すでに連絡は受けている」 「オーソクレース? どこかで聞いた覚えがあるような……」 「この都市では有名な高級ホテルだからな」 「いえ、そうじゃなくて。もっと別のなにかで……」 「それって確か、エリナやニコラが働いているホテルのカジノじゃなかったかしら?」 「ああ、そうか。前に稲叢さんから聞いたことがあったな」 まずは、そのカジノに行って、確認することが先決か。 「あり? ユート?」 「本当だ。どうしたんだい? 今日は風紀班の仕事じゃなかったの?」 「あっ、お仕事サボってデートだなぁー。もう、わっかいんだから、二人とも」 「全然違う。冗談でもそういう事は言わないでくれ。また謹慎処分を受けたりしたら大変だからな」 「でも、だとしたら一体どうして? しかも私服で」 「やっぱり、デートなんじゃないの? 別に無理しなくても、言い触らしたりしないよ?」 「本当にそうじゃないんだ。風紀班の方でマークしている男がココにいるって聞いてきたんだ」 「そうなんだ? 悪い人なの?」 「罪状は窃盗なんだが」 「ふーん。それって風紀班の公式の仕事?」 「ええ、勿論。その連絡も入っているはずだけど」 「わかった。じゃ、フロアーチーフに連絡を入れてみるよ」 「よろしくお願い」 そう言ったニコラは、無線機を通して誰かと連絡を取り始める。 「ねぇねぇ、その追ってる人の写真とかないの?」 「ああ、写真ならここにあるが、あまり不自然な動きをして気付かれるとマズイ」 「あーそっか。それじゃあ、こうしてイチャイチャしてみればいいんじゃない?」 エリナが俺の方に身体を寄せて、写真を覗き見る。 「ほうほう、成程。ふーん」 近い、近い。そんなに近づかれたら……パックリ開いた胸の谷間が見えてしまう。 ……… くそっ、エリナめ、意外と胸があるじゃないか、生意気な。 この近距離で谷間を見せつけられると、見ているだけで心臓がドキドキしてくる。 「………」 「大きな犯罪には手を出せそうなタイプじゃないね」 「わかるのか?」 「まぁね。カジノには色んな人が来るから、ココで働いていれば人を見る目は養われるよ」 「ギャンブルだと、大きな勝負もできないのに、引き際を見極められなくて、結局損しかしないタイプってところかな」 「なるほど。確かにそういうタイプかもな……まぁ、俺が言えた義理じゃないが」 「あっ、そういえばこの人、今日もココで見たような気がする」 「本当か? まだ遊んでるのか?」 「んー……確かね、カードゲームのエリアにいたはずだけど」 「えっとね、ほら、あそこのエリア。おっきなテーブルがあるでしょう?」 「ああ、あそこか」 「ユートもカードで遊ぶ? エリナが相手を、し・て・あ・げ・る♪」 「いやだからな、今は仕事中なんだ。また今度、遊びに来たときに頼むよ」 「えー、残念。ユートになら、色々サービスしてあげるのに~」 「気持ちだけはもらっておこう」 「ゴメンゴメン、待たせてしまって。確認が取れたよ。あそこでポーカーをしている男がいるだろう? 右から二番目の人だよ。あの酔っ払いの隣の」 ニコラが教えてくれたのは、エリナが言っていたのと同じ人物だ。 少し小柄な中年の男で、テーブルの淵をコッコッコッと何度も叩いている。 「ああ、アイツか……あれ? なんか、イライラしてる?」 「負けが込んでるみたいだよ。というか、ここ連日遊んでるらしいけど、勝った日はないみたい」 「金額はどれぐらいだ?」 「んー……ゴメン。それに関しては、今すぐの返答は無理かな。調べようと思えば、調べられるとは思うけど」 「でも、少なくとも十万、二十万のレベルじゃなさそうだよ。下手したら百万円を超えてるかも」 「……[ひ]他[と]人の金でそこまで豪遊とは……ある意味では、大物といえるのかも」 「それでそれで、今すぐ捕まえるの?」 「んー、こっちの勝手な都合だけど、あんまり派手な大捕り物は困るって、フロアチーフが言ってる」 「いや、今のところ、捕まえるだけの証拠がない。だから、ここでは捕まえ無いと思う」 「それじゃ、しばらくはここで?」 「様子を見ながら、だな。張り付くことになると思う」 「そっか。だったら、やっぱり遊ぶ振りぐらいはした方がいいんじゃない? ジッとしたままだと、怪しいし」 「それはそうなんだが、こんな立派な場所で遊ぶ金は持ってない」 「あー、ちょっと待っててくれる?」 ニコラは近くのテーブルに向かい、なにか二言三言、言葉を交わして戻ってくる。 「はいこれ。ああ、他のお客さんには見られないようにね」 「これは……チップか?」 「風紀班の仕事だし、フロアーチーフから許可は出てるから問題ないよ」 「そうか。わかった、ありがとう」 「どういたしまして。それじゃ、悪いけどボクは仕事があるから」 「そうか。悪いな、手間をかけさせて」 「他になにか問題があったら、いつでも声をかけてくれていいから」 「ありがとう」 「ほら、エリナ君も行くよ。仕事しないと」 「ゲームはまた機会があれば、よろしく頼むよ、エリナ」 「わかった。それじゃユート、またね」 「じゃあね、2人とも」 そう言った二人は、カジノの仕事に戻っていく。 残ったのは当然、私服姿の美羽と俺。 「じゃあ、とりあえず行くか、美羽」 「………」 「……美羽?」 「見てた」 「………」 「今、確かにエリナのおっぱいの谷間を見てた。しかも、くっつかれて喜んでもいたわよね? いやらしい」 「別にくっついて喜んだりしてない。緊張はしたが……」 「谷間を見ていたことは否定しないのね?」 「………」 「否定しないのね?」 「それは、だから……アレなんだ」 「し・な・い・の・ね?」 「………」 「はい、見ておりました。目の前にあったので、つい」 「……ふーん。おっぱいならだれでもいいの?」 「そういうわけじゃないんだが、つい」 「で?」 「で、とは?」 「程よい大きさで柔らかい私のおっぱいと、ツンと上を向いた可愛らしいエリナのおっぱい。どっちがお好み?」 「どっちもなにも……そんなの美羽一択に決まっている」 「俺の目はもう、美羽のことしか映らないからな。美羽と比べるに値する女の子なんて、もう存在しない」 「……なら、どうして見ていたわけ?」 「本能、かな」 「いやらしい」 「申し訳ない」 「……謝ってるのに、どうしてそんな風に笑うわけ?」 「いや、だって……ヤキモチを焼いてくれてるんだろう? そう思うと、嬉しいもんだな」 ……同時に怖くもあるが。 「……趣味の悪い確認の仕方ね」 「スマン。別に確認のためにしたわけじゃないんだが、実際に言われると思ってたよりも嬉しくてな」 「そんなに嬉しいものなの?」 「ああ。自分のことを好きでいてくれているんだと、感じることができて」 「ふーん、そう。そんなに嬉しい物なら、私も一度体験してみたいわね。ヤキモチを焼かれるっていうのを」 「………」 「本当に悪かった。すまない、謝るからそれだけは勘弁してくれ」 「佑斗って、自分勝手なんだから。本当、腹に据えかねるわ」 「その分、慰謝料は払わせてもらうから」 俺は美羽の手を強く握りしめた。 「……足りない」 「できれば分割で。こんな公共の場でできることには限度がある」 「……くふ。大きな払いは、二人っきりということ?」 「まぁ……そういう事だ」 「それなら様子見にしてあげる」 「助かる」 「その代り、利子が付くことを、ちゃんと覚えておきなさいよ」 美羽が俺の手を強く握り返してくる。 ……伝わってくる温もり、柔らかさ、何度触れ合っても素晴らしいものだと思う。 できることなら、このままもっと温もりを貪りたいところだが……美羽の体調もある。 「それに、今は仕事中だしな」 「そうだったわね」 「とりあえず、もう少し近づいて、様子を探ろう」 「おっ、キタキタ。勝負だ、勝負」 「……オリだ」 「こっちは8のスリ―カードだ。また勝った」 「おめでとうございます」 「今日はついてるなぁ~、はっはっは」 「チッ、うるせぇな。こっちのことも考えろよ」 「ん? あー、すみませんねぇ。ついつい楽しくって」 「……チッ。[チェ]両[ンジ]替だ」 「畏まりました」 よっぽど負けが込んでいるのか、スリは舌打ちしながら、5万円をチップに変える。 「かなりイラついているみたいね」 「そうだな。しかし、なんの躊躇いもなく5万円を出すとは……やっぱり普通じゃなさそうだ」 「でも……いくら資金があっても、あれじゃ勝てないわよ」 「それ、どういう意味だ? もしかしてあのディーラー、なにかイカサマでも?」 「あのねぇ、公営カジノでイカサマなんてするわけないでしょう」 「だったらどういう意味だ?」 「ポーカーは高度なギャンブルよ」 「勝ったときの儲けを大きくし、負けたときの被害を最小にするための高度な戦術がカギとなる」 「イラついて、カッカしてる状態じゃ、いつどこに突っ込めばいいのか、見誤るってことか」 「とはいえ、その隣で酔っている人みたいに、やたらとついてる人もいるけれど」 「まあ、それはともかく佑斗、この後はどうするの? なにか怪しい資金があることは間違いないと思うわ。でもそれ以上のこととなると……」 「………」 下手すると、その資金が尽きるまで、スリの仕事はしないかもしれない。 かといって、資金が不明な以上、それがいつまで続くかわからない。 いやそもそも、そんな怪しい資金を見逃すもの問題だ。 「美味しそうな餌を吊り下げてみるか?」 「囮を使うってこと? どうかしら? 上の許可も必要になるだろうし……スリをおびき出すのは難しくない?」 「いや、そうでもない。案外簡単だと思うぞ」 「スリがいる前で泥酔した振りをする。後は適当に外をブラブラ散歩して、道端で寝るんだよ」 「人通りが多いところでもいいの?」 「問題ないと思うぞ。そういう時、スリは酔っ払いの介抱をしながら、自然に財布を抜き取るんだよ」 少なくとも、警察を密着取材したテレビだと、そういう方法があった。 「腕さえあれば、人が多い方が死角を作りやすいってこともある。リスクもあるが、その分リターンもあると思う」 「……なるほど。それは確かにそうね」 「まぁ、人混みだと、いくら酔っ払っても、確実に自分を標的にさせるのは難しい」 「だが隙を見せて、自分を狙わせやすいカモだと見せることはできるだろ」 「でも、その餌に食いつくかどうかは……微妙なところね」 「そうだな。獣でも満腹だと人を襲ったりはしないらしいし」 「空腹になるのはいつになるやら……やっぱり一度、支部に戻った方がいいのかしら?」 「………」 「待てよ、そうでもないか」 「………?」 「今戻るのはもったいない。獣が人を襲うのは、何も食事のためだけじゃない」 「とにかく、もう少し様子を見よう。もしかしたら、動くかもしれない」 「よし、ニコラのところにいこう。フロアチーフに頼みたいことがある」 「ちょっ、ちょっと佑斗、急にどうしたの?」 「ツーペアだ」 「こっちはフルハウスだ。いやいや、また勝ってしまったなぁ、あっはっは」 「くそっ!」 「おめでとうございます」 「……ちっ! どうして、こいつばっかり」 「おいっ、イカサマしてるんじゃないだろうなっ!」 「とんでもございません」 「まぁまぁ、そんな日もありますよ。落ち着いた方がいい、はっはっは」 「ちっ……テメェが言うなっ」 「いやしかし、今日はついてるなぁ~。あっ、すまない、キミ、バーボンを追加でもらえるかな?」 「失礼ながらお客様、本日はホテルで?」 「いや、この街に住んでいるが?」 「でしたら、少々飲み過ぎでは? お帰りが心配です」 「ん? そうかい?」 「先ほどから身体が揺れていらっしゃいます。足元もおぼつかないのでは?」 「んっ、おっとっとと……確かに、君の言う通り、ちょっと飲み過ぎたかもしれんね」 「気分がいいこともあって、少々飲み過ぎたみたいだ。今日はもう帰ることにしようか。大勝ちしたことだしなぁ」 「本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」 「ああ、それじゃあ」 「………」 「お客様は、どうなさいますか? [チェ]両[ンジ]替致しますか?」 「いや、俺も今日は止めておく」 「畏まりました。またのお越しをお待ちしております」 「ああ、じゃあな」 「………」 「チーフ、お帰りになられました。ホテルではないそうです。これでいいんですよね?」 「うぃ~……確かにちょっと酔っちまったなぁ。だがまぁ、そのおかげで、大勝ちできたんだから文句なんてねぇよなぁ、ひっく」 「………」 「いやぁ、気分がいいなぁ、あっはっは」 「うっく……冷たい風が、気持ちいいなぁ……」 「い、いかんな、酒がどんどん回ってきた。素直にタクシーに乗るべきだったか?」 「………」 「うぃ……っととと」 「おっと……大丈夫ですか?」 「コレは申し訳ない。ちょっと飲みすぎましてね」 「いえいえ。ぶつかったのが私でよかった。お怪我はありませんか? 痛みなどは?」 「そんな、私の方こそ申し訳ない。そちらさまこそ、お怪我はありませんか?」 「ええ、私は大丈夫です」 「本当に申し訳ない、ひっく」 「それでは、お気をつけてお帰りを」 「これはご丁寧に。ありがとうございます。本当、すみませんでした」 「………」 「はっ、お礼を言いたいのは、俺の方だよ」 「ったく……あんなもん、イカサマに決まってる。あのオッサンはディーラーとグルで、俺から金を巻き上げやがったんだ」 「だから、俺は自分の金を取り戻しただけだ。で、残りは慰謝料ってことで……悪く思うなよ、オッサン」 「さてと、いくらぐらい稼いだんだ、あのオッサン。中身は――」 「はい、そこまで」 「なんだ、お前」 スッたばかりの財布を手にした男が、自分の腕を掴む美羽を睨みつける。 「なるほど。気に入らないことをされると、獣は噛みつくわけね。例えそれが、どれだけ自分勝手な理由だとしても」 「まぁ、そういうことだ」 「手を離せ」 「そういうわけにはいきません。アナタ、さっきの男性から財布を抜き取りましたね?」 「は? 何を言ってるんだ? そんなわけないだろう。大体、何を証拠に」 「見ました。ちゃんとこの目で」 「見ただと?」 「ええ、そうです。あの人が足をふらつかせた瞬間、その右手を上着の内側に入れて、内ポケットからこの財布を抜き取りましたね」 「付け加えるなら、左手でズボンのポケットも漁っていましたね?」 「……ハッタリだ。そんなもん見えるはずがないだろう、この暗さで」 「ですが、私たちは確かに見ましたよ」 「し、知るかっ、とにかく離せっ」 そうしてスリは大きく腕を払って、美羽の腕を振り解こうとする。 少女の細腕と思ったのだろう。 だが、吸血していないとはいえ、吸血鬼の力だ。そう簡単に解けたりはしない。 「そういうわけにもいきません。私たちは、アナタみたいな人を捕まえるのが仕事なんですから」 「――ッ!? お前ら、管理事務局かっ!? なら、この暗闇で見えるのも、[サッ]化[カー]物だからか」 「そういう差別用語を使うと、後々アナタが不利になりますよ?」 俺はポケットから、風紀班の腕章を取り出して見せる。 男は苦々しい顔で諦めたらしく、抵抗する力を抜いた。 「……ちっ、くそっ。今日は本当についてねぇっ」 「で、その財布ですが……いくら誤魔化したところで、中に身分証でもあれば、アナタの物じゃないと証明されますよね?」 「あー、あー。わかったよ。盗んだよ、この財布はあの酔っ払いから」 「けどな、コレは俺の金だ。あのカジノでイカサマをして、俺から巻き上げやがったんだ。俺はそれを取り返しただけだよ」 「そういった法律の解釈については、担当の者と話し合っていただけますか?」 「とにかく、アナタを連行させていただきます」 「わかったよ。行きゃいいんだろう、行きゃ」 「ご理解いただき、助かります」 「ちっ、本当についてねぇ。お前ら風紀班も暇だよな。俺みたいなケチなスリを捕まえるだなんて」 『………』 「自分が捕まった理由が、スリだけだと?」 「……どういう意味だ? 当り前だろう、スリ以外に風紀班に追われるような真似をした覚えはないぞ」 「本当に?」 「なっ、何が言いたい? 俺にスリ以外の罪があるっていうなら、教えてくれよ」 「アナタがカジノで遊んでいるあのお金、どうしたんですか?」 「少なくとも、数ヶ月は暮らせる分の金額を、つぎ込んでいますよね?」 「それ……は……」 「できれば、捜査に協力していただきたい。もしお仕事なのでしたら、その支払元を教えていただけませんか?」 「………………くそっ、やっぱり手を出すんじゃなかった。あんな金」 やはり、なにか怪しげな大金を手にしていたらしい。 「一緒に来てもらえますね? スリのこともそうですが、訊きたいことがありますので」 「わかったよ」 俺の言葉に、男は力なく肩を落とした。 「ご苦労だったな、二人とも」 「被害者の酔っ払いの人とも確認が取れました。間違いなく、自分の財布だそうです」 「ちゃんと身分証の確認もしましたので、間違いありません」 「そうか。これで、スリでの立件はできたわけだ」 「それで、今の様子はどうなんですか?」 「スリの現場を押さえられて、もう観念したんだろう。概ね捜査に協力的だ」 「自分の事件は勿論、他のことも色々喋っている」 「なら、例の不審な金に関しても?」 「まだ裏は取っていないが、一応話は終わっている。やはりスリの仕事の中で手に入れたらしい。500万以上あったそうだ」 「そのうちの何割をもう使ったことやら……」 「本人はまだ半額も使っていないといっている。話を戻すと」 「元の持ち主は若い男だったらしい。それこそ、500万などという大金が似合わないような、どこにでもいる男だったと」 「覚えていることは、それぐらいだそうだ。当然、どこの誰かもしらないらしい」 「仮に不正な金銭だとすると、一体どんな商売でしょうか?」 「500万なんて大金、稼ぐ方法はわりと限定されるんじゃないですか?」 「そうでもない。違法なことをすれば、わりと短期間でも貯まるもんだ」 「違法高レートカジノに違法風俗なんかがありそうな話だ。もしくは、その若い男自身、窃盗を働いたという可能性もある」 「まっ、正当な仕事でも稼げる現実的な額だ」 「意外と、普通にベンチャー企業の社長という可能性だって否定はできないさ。盗まれたものはもう諦めるぐらい稼いでいるのかもな」 「そんなこと言い出したら、何でもありじゃないですか」 「そうだ。つまり、情報が少なすぎるんだ」 「だったら、今後はどう進めるんです?」 「しっかりとした家宅捜査はまた後日やるとして、ひとまずその大金の入ったカバンをこちらに運ばせている」 「スッたのは財布ではなく、カバンだったんですか?」 「当り前だろう。500万も入る財布なんてあると思うか? あったとしても、セカンドバッグと大差ないだろ」 「そうなんですか? 500万なんて大金、持ったことがないのでよくわからないんですが」 「俺だってねぇよ。いつかは、財布に入れてみたいもんだ」 「《チーフ》主任、話がずれていませんか?」 「まあ、それはともかく。そのカバンをスッたというか、置引きをしたらしい。で、カバンだからな、金以外にも入っていたらしい」 「身分証なんかがあると、すぐに相手を特定できるんですが」 「そこまで上手くはいかないだろうが、できることなら、なにか繋がる物が欲しいところだ」 「しかし、よくそんな正体不明な金に手を付ける気になりましたね」 「アイツもな、ヤバい金だってことはわかってたらしい」 「だが、捨てるには躊躇してしまう金額だろう? で、しばらく様子を見ていたものの、騒ぎになっている様子はない」 「試しに少しだけ使ってみたが、誰かが接触してくる気配もない」 「それで、後は転がるが如く、気付けば100万以上、ですか」 「なるほど。で、そのカバンを盗んだのはいつなんですか?」 「本人はそんなに昔じゃないと言っていたな。精々、一月といったところだと」 「一月? 気が短いですね。せめて、半年ぐらいは待つべきでしょう」 「それができる男なら、こんな風にボロは出さなかっただろうし、使い方にも気を使っていたでしょうね」 美羽がそう言って肩を竦めたとき、支部の扉が開く音が響いた。 「《チーフ》主任、男の部屋から証拠品を持ってきました」 「ああ、ご苦労さん」 「このカバンが、例の大金が入っていたカバンだそうです」 「男もこのカバンで間違いないと、証言しました」 「そうか。さて、何が入っていることやら」 言いながら、セカンドバックのようなカバンの中を漁る。 まず出てきたのは1万円札の束。 それが3つも。 「うわ……1万円札が立ってる。これが100万円の束か」 「他には……身分証はおろか、携帯もないな。せめてメモ帳でもあれば……――ん?」 なにか珍しい物でもあったのか、《チーフ》主任の瞳が大きく開かれる。 「なっ――これは」 その表情に気付いたのは当然俺だけではなく、支部の中に緊張感が張りつめた。 「この荷物、誰から盗んだものか、可能な限り思い出させないと……くそっ、面倒なことになってきやがった」 「《チーフ》主任? どうかしたんですか?」 「そのカバンの中に何があったんです?」 《チーフ》主任は無言でカバンを滑らせ、俺たちの方に押しやった。 自分たちの目で見ろ、ということらしい。 俺は一度美羽と顔を見合せてから、ゆっくりとカバンに手を伸ばす。 「――なっ、これっ!?」 カバンの中はほぼ空に近かった。底の方に小さい袋があるだけだ。 だが、その透明な袋には見覚えがあった。 いや、袋じゃない。中に詰められている、粉に見覚えがあるんだ。この鮮烈なまでに赤い粉に……。 「この、真っ赤な粉は、まさか――」 「“L”……」 以前、俺が初めて潜入捜査を行った、あの吸血鬼用のクスリ。 出回る前に潰したはずのソレが、何故か俺たちの目の前にあった。 「いやぁ、お待たせお待たせ」 「いえ、こちらも今、来たところですから」 俺が座っていた隣に、扇先生が座る。 「ふふ……やっぱりデートはこうじゃないとね」 「……佑斗、浮気?」 「違うから。浮気なんてしてないから」 「そうだとも。僕が本命に決まってるじゃないか。浮気なのは君の方だよっ」 「アナタは黙っててくれませんか?」 「二人が付き合いだしたって噂、本当だったんだ……」 「でも、もう片方の恋人の椅子はまだ空席なんだよね? だったら、僕にもチャンスが残っているはず」 「片方ってなんですか。俺の中で恋人の席は一つしか用意されていませんよ」 「恋人と嫁の椅子は違うってことだね。もう、僕のために嫁の椅子を空けてくれるだなんて~」 「くそっ、今日はやけにしつこい。いつもなら諦めてもいい頃なのにっ!」 「へー、嫁の椅子、空いてるの? しかも予約済みなの?」 「そうですね。すでに『矢来美羽』という名前で予約済みです」 「……まぁ、合格にしておいてあげる」 「……ありがとうございます」 というか、そもそもなんなんだ、この修羅場は。 女の子二人ならともかく、男と女一人ずつだなんて、まるで俺がバイセクシャルみたいじゃないか! 「あのねぇ、イチャイチャするのは二人っきりのときにしてくれない? もっと重要な話があるんでしょう?」 「すみません、わかってはいるんですが、あまりスルーしたくないネタだったので、つい」 「まあ、下手にスルーして、認めたと思われたくない気持ちはわかるけど……ほら、扇さんも今は真面目に」 「はいはい。例のクスリの件だね。連絡を受けてからすぐに調べたから、ちゃんと結果は出てるよ」 「それで、どうだったんですか?」 「うん、間違いない。もらった粉は以前と同じ“L”というクスリだったよ」 「……やはり、そうですか」 鮮烈なまでに赤い粉だ、まさかとは思っていた……いや、まさかと思いたかったんだが、やはり本物か。 「以前もらったクスリから、色々調べたんだけど、アレは基本的には精神を高揚させる作用があるみたいだ」 「あと、性的快感を高める作用も。いやこれは、欲求を高める副作用がもたらすものなんだけどね」 「それってどういうこと?」 「いわゆる三大欲求ってあるだろう?」 「睡眠欲、食欲、性欲ですか?」 「そう。ただ、精神を高揚させる効果で、眠くはならないし、実は食欲も落ちるんだ。でも、性欲はそうじゃない」 「つまり……そうして性欲が高まったところで、セックスすれば、自然と感度が上がる、ってこと?」 「そういう事になるね。実際に誰かで試したわけじゃないから、理論上は、だけど」 「よかったら、僕と試してみるつもりはないかい、六連君」 「大丈夫、摂取量を間違わなければ、死んだりしないから。おっと、違う意味で、昇天するかもしれないけどね、ふふふ」 「……仲がおよろしいことで」 「あの……せめて妬くのは相手が女の子のときだけにしてくれないか?」 「ともかく、その若い男が持っていたのは例のクスリで間違いない、と」 「それで萌香さん、クスリの販売ルートの方は?」 「んー……目ぼしいところは反応なし。ほら、ちょっと前に風紀班が取り締まり強化をしたでしょう?」 「はい、ちゃんと覚えてますよ」 あの時は布良さんが顔を真っ赤にして暴れて、大変だったな。 「あの時に主だった販売ルートにはダメージを与えた。それは決して軽くはないわ」 「それらのルートは、まだ回復していない?」 「ええ、間違いない。だから、あのクスリを持っていたのなら、それ以前に買ったお客か……限られた人物だけで秘密裏に販売しているか」 「そしてなによりも、買い手か……売り手か……」 「大金を手にしていたことを考えると、後者の可能性が高いとみるべきでしょうね」 「でもそうなると……見つけるのは難しそうですね」 「さすがにね。いくらあたしの耳が地獄耳だとしても、限界があるのよ」 「となると、地道にその《プッシャー》売人を探すしかないというわけですね」 「……いや、もう一つ可能性があるよ」 「あら? なにか見落としていたかしら?」 「製造元だよ。吸血鬼に一般市場に出回っているクスリは意味がない」 「つまりこの“L”というクスリを作るには、よほどの知識が必要になる」 「そうか、《アクア・エデン》海上都市以外で売れないクスリなら、製造元がこの都市にあったとしても、何の不思議もない」 「とすると、なにか専用の機材を使っている可能性がありますね、特殊な機材なら、記録を調べられるんじゃないですか?」 「そうね、それなら可能だわ。どういう機材かもハッキリさせてくれれば、だけど」 「いや、設備自体は個人が集められる物で十分可能だと思うよ」 「ちょっとした警戒心があれば、特殊な機材の発注なんてしないと思うね、僕は」 「そうですか。世の中、そんなに上手くはいきませんね」 やっぱり自分たちの足で探すしかないか? いやだが、秘密裏に限定で販売しているとしたら……そんな相手を見つけることが、本当にできるんだろうか? 「とにかく、このことを《チーフ》主任に報告をしておきましょうか」 「そうだな。大きく動くとなると、捜査方針も統一させる必要があるわけだし」 「扇先生、淡路さん、ありがとうございました。今日はもう戻ります」 「いや、ちょっと待ってくれないかな? 一つ、考えがあるんだけど」 「考え、ですか?」 「と言っても、可能性は高くはないよ。やらないよりはマシ、程度の話だと思って欲しい」 「それで、どんな方法なんですか?」 「噂を流してみるのはどうだろう?」 「赤いクスリを探してます、とか? そりゃ流せるけど……そんなわかり易い噂、相手が警戒するだけじゃない?」 「勿論そうだろうね、クスリに関する噂なら」 「……流す噂は、クスリに関することではない?」 「そのカバンには、クスリの他にも重要な物が入っていたんだよね?」 「――あっ、500万……」 「そう。“毎夜毎夜遊び回っている男がいる。なんでも500万を運よく拾ったと、酔った拍子に漏らしたらしい”ってね」 「なるほど。それなら確かに、釣れるかもしれないわね」 「しかも実際、お金を拾って、毎夜毎夜カジノで遊んでいた男がいたのも事実」 「もし、盗まれた500万に執着しているとしたら、接触をしてくるかもしれないだろう?」 「確かに。お上に届けを出せなくても、拾った相手がわかっているなら手を出してくるかも」 「淡路さん、お願いできますか?」 「はいはい。そんな酒の肴になる噂なら、すぐにでも流せると思うわ。あとは相手の耳に届くか」 「届いたとしても、動くかどうか……それが問題ですね」 「だが、何もしないよりは随分とマシですね。ご協力、ありがとうございます」 「いや、気にしないでいいよ。六連君の力になれただけで、僕としては満足だから」 「………」 基本的にはいい人なんだけどなぁ……一部の残念具合が凄まじいのが全てをダメにしてるな、この人。 「ただいま」 「今、帰ったわ」 「おっかえりー」 俺と美羽が寮に戻ると、エリナが一人でテレビを見ているところだった。 「エリナ一人か?」 「んー。リオとアズサは今、お風呂に入ってるよ。というか、二人ともアズサとは別々だったんだね」 「捜査の内容が違っていたから。同じ職場でも、ずっと一緒というわけにはいかないわ」 「そのわりには、ユートとは一緒みたいだけどねぇ~。にひひ」 「……ふっ。そんなことでからかおうとしても無駄よ。大人の私が、その程度で照れるはずないでしょう?」 「うん。そういうセリフはまず、その赤面症を治してからにしようか」 「う・る・さ・いっ。私、部屋に戻るわ」 「あ……怒らせたかな?」 「にひひ」 「なんだ、急に笑って」 「んーん、別に。ただ、ユートって女の子の尻に敷かれるタイプだなぁ、と思って」 「……無理して主導権を握っても仕方ないだろう。まぁ、収まる形に収まるのが、一番いいんだよ」 「おー、おっとなぁ~」 「だろう? それより、なにか面白い番組でもやってるのか?」 「あんまり。ニュースも暗くなるような話題ばかりだね」 「なんだ、平均株価がまた下がったとか?」 「もっとグローバルなこと。国際テロ組織が、他国を標的にして、最近動きが活発になってるんだって」 「……もしかして、その標的ってロシアか?」 「ううん、違うよ。ワタシの故郷は関係ない。心配してくれてありがとう、ユート」 「そうか。ならいい……ってこともないな、世の中平穏が一番だ」 「うん。エリナもそう思う。さてと、そろそろ寝ようかなぁ」 「俺も部屋に戻って、寝よう」 でも、その前に―― 「美羽、ちょっといいか?」 「佑斗ね、別に構わないわよ」 「邪魔するぞ」 「……くふっ、ようやく来たのね」 「……? ようやく?」 いつもの嗜虐的な笑みで、ニヤリと笑う美羽。 ……この笑みは一体なんだろう? 「いやそれはともかく、さっきはスマナイ。別に、からかうつもりはなかったんだが、つい……」 「さっきのって……共有スペースでのこと? 別に気にしていないわよ」 「そうか。だったらいいんだが」 「……え? もしかして……用件は、それだけ?」 「………」 むぅ……この雰囲気はマズイ。 余裕の笑みを浮かべていた美羽の表情が、見る間に曇っていく。 「あー、えーっと、そのー……」 美羽が不機嫌な理由が全然わからん。 ……こういうときは気取っても仕方ない、正直に打ち明けよう。 「スマン、俺は他にもなにかすべきなんだろうか?」 「……だから、債務の返済を……しに来たんじゃないの?」 債務? 債務……俺は美羽に金を借りたりしただろうか? ………。 いや、記憶にないな。 「はぁ……気付いてないの?」 「気付くって……もしかして“L”に関して、なにか見落としていたことが!?」 「違うわよ。そのクスリに関しては、今のところ待つことしかできないでしょう」 「なら、一体なにを?」 「利息のこと、忘れてたとは言わさないわよ」 「利息って……………」 「できれば分割で頼む。こんな公共の場でできることには限度があるからな」 「……くふ。大きな払いは、二人っきりということ?」 「その代り、利子が付くことを、ちゃんと覚えておきなさいよ」 「もしかして、昨日エリナの谷間を見た時の?」 「いつまで経っても払いにこなくて……ようやく来たかと思ったのに……どういうつもり?」 「あー、いや、それは……だから、それは」 「それは、なに?」 「……別に、忘れていたわけじゃなくて――」 「はい? ごめんなさい、ちょっと聞こえなかったのでもう一度、大きな声でお願いできますか?」 「スマン、嘘吐いた。すっかり忘れてました」 「もう一度」 「スミマセンでした。クスリのことで頭がいっぱいになっていて――」 「敬語でもう一度」 「誠に申し訳ありません。全て言い訳です」 「はぁ……佑斗にとって、私との触れ合いって、忘れてしまう程度の物なのね」 「いや、そんなことはない。それは本当に」 「そのくせ、扇先生とはイチャイチャしてるし」 「頼むから、あの人を引き合いに出さないでくれ。俺は全然相手にしてないんだから」 「そもそもあの人、ポジティブ過ぎるんだよ」 「……でも、あれから全然触れて無いし。手を握っただけじゃない」 あれから? 「――あっ」 初体験のことか。 確かに言われてみると、あの日以来、以前よりも触れ合わなくなかったかも。 行為は美羽が落ち着くまでは遠慮するのは仕方ないとしても、昨日の夕方も結局キスはできなかった。 せいぜいカジノで手を握った程度だろう。 「スマン」 「やはり、私のような年増は、初めてさえ奪ってしまえば、用済みということなのかしら?」 「それはムトウ・ユウト君の思考だから。俺じゃないから」 「いやだが、俺が悪かった。全然違う。本心で言えば、ずっとずっと、美羽の身体を味わいたいと思っている」 「何でも男らしく言えば格好いいと思わないでよ?」 「とにかく、美羽は俺の最愛の恋人だ。大好きな女の子だからな」 言いながら、強く美羽の身体を抱きしめる。 すると美羽もゆっくりと、俺の背中に手を回してきた。 「利息、積もり積もって、凄いことになってるんだけど」 「それは怖いな。とりあえず、キスで支払わせてもらう」 「――んっ、んん……んふぅ、んっ、んん……んっ、んん」 唇を触れ合わせるだけのキス。 そこから一歩踏み込み、舌を滑り込ませ、美羽の口の中で暴れさせる。 「んちゅ、れちゅれちゅ、くちゅぬちゅ……ちゅぷちゅく、くちゅくちゅ、んちゅ、んっ、んっ、んんーーーっ」 舌と舌が絡まり、唾液が混ざり合い、口の端から零れ落ちていく。 「んっ、んんーー、んはぁぁ、はぁ……はぁ……はぁ……」 「これで、少しは返済できたかな?」 「ダメ、全然ダメ。こんなのじゃ、利息分にも足りない」 「随分と悪徳の高利貸しなんだな」 「人のせいにしないで。昨日からずっと放置された分、それに扇先生との浮気分、すっかり忘れてた分。債務を増やしたのは、全部佑斗なのよ」 「いや、扇先生と浮気したとか、そんな不名誉な債務は勘弁して欲しい」 「だが……こんな返済方法なら、不名誉な債務で増えるのも、嬉しいかな」 「んっ、ちゅく、れちゅ、んっ、んん……んじゅる、ちゅるちゅる……んちゅ、ちゅっ、ちゅちゅ……ちゅるる」 「ん、はぁ……これなら、どうだ?」 「まだダメ。この程度で完済できるほど、私は軽くないの。この程度のキスなら、あと何百回したって支払いきれないわよ」 「そいつは楽しみだ」 「……あら? 佑斗なら、もっと簡単な完済方法に飛び付くと思ったのだけれど」 「ん? もしかして、それってセックスのことを言ってるのか?」 「そうよ。それとも……もう、したくないの?」 「そんなわけあるか。まだまだ抱き足りない。これから先、何十回……いや、そんなものじゃ足りないな」 「何千回って美羽のことを抱きたいに決まってる。だが美羽は、ずっと俺の傍にいてくれるんだろう?」 「だから、そんなに焦らなくてもいいかなって思ってる」 「まだ、痛みが残ってるんだろ? その痛みが落ち着いてからで問題はない」 「………」 「俺は、本気だ。これから先も、ずっとずっと美羽と一緒にいたい。いるつもりだ」 「だから、少し待つぐらい大丈夫だ」 「……くふ、嘘吐き。さっきからお腹の辺りにゴツゴツしたのが当たってるわよ」 「……我慢できるのと、何も感じないのは違うから。まぁ、ずっと待ち続けるのはきついが、少しぐらい我慢できるさ」 「あっ、ちなみにコレ、ヘタレてるわけじゃないからな。一応、童貞を卒業した大人の優しさのつもりだからな」 正解かどうかは、知らないが 「くふっ、変な優しさ。でも今日は、折角の気遣いを受け入れておくわ」 「………………ちっ」 美羽がまた変な態度をとったら押し倒そうと思ったのだが、世の中そうそう上手くはいかないか。 「くふっ、女の子がそうそう思い通りに動くと思ったら大間違いよ」 「人の心を見透かさないでくれ」 「わかり易過ぎるのよ、佑斗は。だから、その気遣いも伝わってきて……嬉しい」 「なら、よかった。必死で我慢した甲斐があったよ」 言いながら、俺は美羽の身体をさらに強く抱きしめる。 身体全体で感じる温もり、胸で潰れるたわわなおっぱいの感触。 くぅ……本当、我慢するのが辛い。 「仕方ないから、今回の利息は佑斗の気遣いで支払い完了にしておいてあげる」 「……そうか」 「心配しなくても、まだまだ元金は残っているわよ。これからも取り立てさせてもらうから、覚悟しておきなさい」 「それを聞いて安心したよ。喜んで支払わせてもらう。そうすると、覚悟するのは美羽の方かもな」 「ふふ、できるものならやってみなさい、童貞坊や」 「だから、俺がもう童貞じゃないのは、美羽が一番よく知ってるだろ」 「大好きだ、美羽」 「私、も……佑斗が好き、大好き……」 そうして俺たちは、互いの気持ちを確かめ合うように、改めて濃厚なキスを交わすのだった。 「レイズ」 「コール。3と9のツーペアです」 「ちぇっ、俺は6のワンペアだ」 「君、よくそれでレイズしたね」 「くそ、オリると思ったんだけどなぁ。また負けか」 「お客様、次の《ゲーム》勝負は如何なさいますか?」 「勿論やるぞ!」 少し大き目な声を上げ、俺はワザと衆目を集める。 「では、[チェ]両[ンジ]替をなさいますか?」 「勿論、まだまだいくぜ。ほら、10万分のチップをくれ」 「畏まりました」 ポケットから裸の札を取り出し、ディーラーの方に放り投げる。 「随分と羽振りがいいのね、アナタ」 「羨ましいわね。そんなにお金に余裕があるの?」 「いや、別に金を持ってるわけじゃないよ。最近ちょっとした臨時収入があったんで、パーっと使ってるだけ」 「さっきから見てたけど、もう30万円はつぎ込んでいるでしょう?」 「んー、でもほら、臨時収入って、パーっと使うべきじゃない? 偶然手に入った金だから、あんまり固執してもアレだしさ」 「かっこいいー。是非とも、あやかりたいわねー」 「え? そう? だったら……こっちの綺麗なお姉さんたちに、5万円分ずつプレゼントしちゃおっかなぁ~~~」 そう言って、俺はさらに一万円札の束を一つ、ディーラーに渡す。 『きゃー、ステキ!』 「では、《ゲーム》勝負を始めさせていただいても?」 「ああ、よろしく」 「……デレデレして。好きって言ったのに……私のこと、好きって言ったくせに……」 「まぁまぁ。ほら、彼も仕事だから。カジノでパーっと遊び続けて、落とし主を探すんだろ?」 「だからと言って、隣に座った女の人にサービスをする必要がある?」 「ボクらとしても他のお客様にお金を配られちゃうと、色々困るんだけどね。もし勝たれても、返金を求められないから」 「でも確かに、気前はよく見えるね。好き勝手に使ってる方が、落とし主だって腹が立つものだと思うよ」 「それは……そうかもしれないけれど。だからって……くそぅ。また債務に追加ね、これは。どうやって取り立てようかしら」 「債務? カジノでの軍資金は、全部ウチから出して、勝った分は返金してもらってるから、結局はロハだよね?」 「それとは別件だから、気にしないで」 「はいはい。それで、どうなの? こうしてカジノに通い始めて、もう3日目だっけ?」 「カジノの噂もそうだけれど、お金を拾ったという噂も流してる。でも、反応はないわね」 「そっか。とりあえず、五百万円分使うまで、遊び続けるの?」 「それは《チーフ》主任が決めるけれど……ひとまず一週間は様子を見るでしょうね。土日を過ぎても反応がなければ、という感じかしら?」 「ちなみに、佑斗君と美羽君以外にも、この捜査に加わっている人はいるのかい?」 「勿論いるわよ。今日だと布良さんも、カジノの外を警備しているわ。とはいえ……完全とは言えないけれど」 「他にも捜査があるだろうから、風紀班の全員を投入するわけにはいかないだろうしねぇ」 「それに、ガチガチに固めるわけにもいかないでしょう。犯人をおびき寄せるためにしているのだから。ある程度隙は作らないと」 「だとすると、彼女としては心配じゃない? 恋人の身が危ないかもしれないんだよ?」 「……だからこうして、私も毎日佑斗の護衛についているんでしょう」 「そっか。そうだったね」 「だというのに、私はこんなに心配しているというのに……佑斗は女の子にもてはやされてデレデレと……」 「だからそれは仕事じゃないか。佑斗君だって、本気で喜んでるわけじゃないさ」 「……多分ね」 「そう、なのよね……仕事なんだからこれぐらい、普通なのよ」 「大人なら、そう納得すべきなのよね。それはわかってる……でも……」 「大人だって、そう簡単には割り切れないことが沢山あると思うけどね」 「……そんなことよりも、ニコラは私と話していていいの?」 「おっと、そうだった。あんまり喋っていると、フロアーチーフに怒られちゃう。それじゃ、はい。お飲物をどうぞ、お客様」 「どうも、ありがとう」 「きゃー、かっこいいー!」 「すてきー!」 「………ギリッ……」 「あり? ミュー、どうかしたの? 顔、怖いよ?」 「……ちょっとね。気に食わないことがあるだけよ」 「エリナ君、今は下手に声をかけない方がいい。ボクらにどうこうできる問題じゃない、難しい問題だからね」 「そう。それはまさに、プレシオスの鎖のごとく――」 「そっかー。ミューも大変なんだね……あっ、じゃあ気分転換した方がいいよ。いい場所、知ってるんだ」 「いい場所?」 「せめてツッコミが欲しいなぁ……ぐすん」 「――――――ッ!?」 な、なんだ? 今、一瞬背筋に嫌な気配が走ったような……。 「どうかしたの?」 「いえ、別に」 「ほらほら~、続き~」 「あ、ああ……」 促され、俺は改めてカードに集中する。 毎日毎日遊んでいれば、もう遊び慣れたものだ。 「といっても、あんまり勝つわけにもいかないんだけどな」 「え? 今なにか言った?」 「いや、別に」 しかし、いつまで遊び続ければいいんだろう? これだけ派手に遊んでも接触がないなんて、やはりもう諦めてしまったんだろうか? この土日で接触がなければ、もう無理かもな。 「フルハウス」 「あー……負けちゃった」 「平気平気、資金はまだまだあるからさー。いっぱい遊んじゃうぞ~~」 「あー、また負けた」 「お客様、如何なさいますか?」 「そうだなぁ……いや、今日はもうやめておくよ」 『えーっ!』 「ゴメンね。悪いけど、今日はこれで。それじゃあ」 「またのお越しを待ちしております」 「ああ、明日も来るよ」 事情を説明してあるディーラーさんに軽く手を上げ、俺はテーブルから離れる。 派手に遊んでいるせいか、他の客の視線を感じるものの、それらは好奇心のような物ばかりで、悪意は感じられない。 ただし―― 「………………」 例外はある。 やっぱり、隣のお姉さんと親しくしたのは間違いだっただろうか? ただ、拾ったお金で派手に遊ぶ、軽薄な男を演じているなら、アレぐらいは普通だと思うんだが。 また債務が膨らんだかも……それはそれで、返済方法が楽しみだから、俺としても嬉しい。 「でも、嫉妬させるようなことは控えないとな」 債務とは結局、美羽のことを怒らせているという意味でもあるんだから。 何事もやり過ぎはよくない。 「さて、と」 ホテルを出た俺は、軽くあたりを見回す。 視線を向けるわけにはいかないが、付近に停めている車に風紀班の人たちが控えているはずだ。 もし俺が襲われたときには、すぐに駆けつけてくるという算段になっている。 「タクシー」 俺は軽く手を挙げて、ホテルの前に停まっているタクシーに乗り込んだ。 「………」 そして一先ず、適当に車を出してもらって様子を見る。 その後、ようやく携帯で電話をかけた。 『枡形だ』 「六連です。今、ホテルを出ました」 「今日もダメでした。無駄金をつぎ込んだだけでした」 『報告は受けている。安心してそのまま戻ってこい。話は戻ってからだ』 「了解です」 「で、今日の差し引きは?」 「マイナス15万といったところです」 「お前、これで50万近く負けてることになるぞ」 「自分に[ばく]博[さい]才がないって、いい経験をしました」 「それより、俺を見張るような存在は?」 「残念ながら収穫なしだな。カジノでも不審な人物はいない、タクシーを尾行してるような車もなさそうだ」 「そうですか……」 今日で3日目、そろそろなんらかのリアクションがあってもいいんじゃないかと思ってたんだが……やはり、犯人はもう諦めたのだろうか? 「今後は、どうするんですか?」 「もうしばらくは様子を見続ける。他のルートからも色々調査はしているからな」 「あんまり負けすぎるなよ。明らかに500万以上使ったら、それはそれで怪しい」 「努力はしてみます」 「ただ今戻りました」 「はぁ、疲れたぁ」 「ご苦労さん」 「お疲れ様です」 「あっ、お疲れ様、六連君」 「《チーフ》主任、報告した通り、本日も不審な人物は見つけられませんでした」 「今日の分の、報告書を頼む。それが終わったら上がっていい。他のサポート連中にも言っておいてくれ」 「了解」 「お前らも、もう上がっていいぞ」 「あい・さー」 「………」 続々と俺を守っていた班員が戻ってくる。 だが、その中に何故か美羽の姿を見つけることができなかった。 「どうかしたの、六連君?」 「いや、美羽の姿が見えないから、どうかしたのか?」 「ああ、美羽ちゃんなら、今日は現地解散だって。六連君が無事に支部に戻った報告を受けて。私服だからそのまま帰るって」 「そうなのか」 一緒に帰ろうと思ったのに……。 だが、いちいち支部に戻らなければいけないのが面倒だ、という気持ちはわからないではない。 文句を言っても仕方ないので、俺は布良さんと一緒に寮に帰ることにした。 「ただいま~」 「ただいま」 俺たちの声に返事はない。 「あれ? まだ誰も戻ってないのか?」 「みたいだねぇ」 「………」 妙だな、少なくとも美羽は帰っていていいはずなのに。 もしかして、部屋なのか? 「美羽? いないのか? 美羽」 部屋をノックしても何の反応もなし。 もう眠ってしまったんだろうか? それとも……。 「……はぁ」 水面から上がった私は、そのままチェアの上に座る。 誰もいないプール。 といっても、別に勝手に忍び込んで使っているわけではない。 元々、吸血鬼のために、未明まで営業しているのだが……ワザワザ平日のこんな時間に利用する客は少ないらしい。 「プールに行くといいよ。この時間のプールにはほとんど人がいないから」 「ワタシもね、お仕事が終わった帰りに、たまに行くけど、本当気持ちよくて気持ちがスッキリするよ。きっと、気分転換できると思う」 まるで、この広い空間を一人占めしているみたい。 確かに、これはこれで気持ちいいのだけれど……。 「今は……一人よりも二人の方が嬉しいかもしれない、わね」 はぁ……まさか、自分がここまでになるだなんて。 もっと大人の対応をできるはずだったのに……仕事とわかっていても、こんなにヤキモチを焼いてしまう。 「少し、頭を冷やした方がいいのはわかってるのに……本当、ダメだ、私」 折角、他には誰もいないのに。 こんな広い空間を一人占めできることなんて、滅多にないのに。 「ずっと、佑斗のこと考えちゃってる」 全然気分転換にならない。 むしろ一人でいればいるほど……佑斗のことを考えてしまう。 頭の中がもう佑斗のことで一杯。佑斗に独占されちゃってる。 「くそぅ……付き合う前は前で悩ませたと思ったら、付き合ってからも苦しめるなんて」 そのくせ佑斗自身はのほほんとしたものだから、余計にむかっ腹が立つ。 全然、気分転換できてない。 会いたい、声が聞きたい、抱きしめて欲しい、そんな思いばかりが募っていく。 そんな長い間会ってないわけじゃない。たかだかほんの数時間……その程度だというのに……。 「無様ねぇ……」 「………………全く以てその通りね。本当に無様……こんなに振り回されるなんて」 久々に聞いた心の声に、私は反論することができなかった。 「でも、遅くなっちゃったから……もう、寝ていてもおかしくないかしらね」 「誰が寝てるんだ?」 「……え、佑斗?」 俺が声をかけると、美羽は意外そうな声をあげた。 「こんなところで、なにしてるの?」 「お迎えにあがりましたよ、お嬢様」 右手を差し出し、そのままの体勢で待ち続ける。 だが、いつまで経っても、美羽の手が重ねられることはなかった。 「あれ? なにか、ご不満?」 「……誰の入れ知恵?」 「………」 「誰かに言われたから、ここに来たんでしょう? 佑斗がそこまで気が回るとは思えないし、ここで待っていたのも変」 「……降参。ニコラとエリナから聞いた」 「やっぱり。佑斗がそこまで気を回せるはずがないもの」 「そういう決めつけはどうなんだ? それに、一緒に帰りたかったのは本当のことだ」 「なのに美羽は支部に戻ってこない。寮に戻っても部屋にいる気配はない」 「で、どうしたんだろうって心配してると、ニコラとエリナが帰ってきて、ホテルのプールのことを聞いた」 「それで、わざわざ迎えに?」 「そういうこと。だから、一緒に帰ろう。いや、一緒に帰って下さい、お願いします」 「はぁ……佑斗って、人の心に付け込むのが上手いわよね」 「このタイミングで、そんなこと言われたら……嬉しくなるに決まっているでしょう。卑怯者」 褒められてるのか、貶されているのか、どっちなんだろう? 「で、結局、一緒に帰っていただけますか、お嬢様」 「よろこんで」 重ねられる美羽の柔らかな手が、俺の手をしっかりと包み込む。 その温もりに応えるように強く握り返して、俺は美羽と共に寮に戻るのだった。 だがこういう楽しい時間は早く終わってしまうものだ。 その特殊効果は、今回も発動してしまい、気付けば寮の前まで戻ってしまっていた。 それなりに遠回りしたつもりだったんだが。 「帰ってきちゃったな」 「………」 「もう少し握ってたかったんだが……仕方ないか」 そう言って俺は繋いでいた手の力を緩める。 だが、美羽の力は一向に弱まる気配がない。 いやむしろ、さらに強く握りしめてきた。 「……ダメ」 「美羽……?」 「足りない。手を繋いで、一緒に帰るだけじゃダメ。ちゃんと、今日の負債を返済をしてくれないと許さない」 「今日の負債って………………もしかして、あのカジノでのことか?」 「知らない女の子からチヤホヤされて、嬉しそうにしてたでしょう」 「いやそれは、そういう演技というか……軽い男を演出してみただけで、実際には全然嬉しくなかったんだが」 「それでもっ、それでも……負債は貯まるのよ」 「勝手だってわかってる。佑斗に責任はない、仕事だってわかってる。でも、だけど……我慢できないの」 「……美羽」 「他の女の子と会話してたら気になる。チヤホヤされてたらムカムカする。他の子に、笑顔を見せて欲しくないって、思う……」 「それが無理なのは、ちゃんとわかってる。そんなこと、できるわけないって」 「でも、だったらせめて、他の子に見せた以上の笑顔が欲しい。他の子よりも長く、私と話して欲しい……」 「じゃないと……殺したくなっちゃうでしょう?」 「うーん、今の一言ですべてが台無しだ」 「……ごめんなさい。本当に我がままなことを言って。でも、もう大丈夫だから。今、口にしたことで、スッキリしたわ」 「こらこら、勝手にスッキリするな」 俺は美羽の手を、もう一度強く握りしめる。 そして、その身体を抱き寄せた。 「いいんだ。美羽のさっき言ったこと、当然のことだと思う」 「俺も、美羽が他の男と話してたら気になる。俺に見せる以上の笑顔を見せたらムカつくと思う」 「そんな必要はないと思っても、どれだけ自己嫌悪に陥っても、きっと嫉妬してしまう」 「それが、恋なんだと思う」 「信じるとか信じないとか、そういう次元の話じゃない。人を好きになるって、そういう事なんだと思う」 「だから、いいんだ。我がままを言って。それはきっと、俺のことを好きっていうことだから」 「……じゃあ、抱きしめて頂戴」 「すでに抱きしめているが」 「もっと強く」 「了解」 言われるままに、俺は美羽の身体を抱きしめる。 強く、痛みを覚えるほど強く。 「でも、これでも足りないんだろ? 今日の負債は、こんなもんじゃすまないんだろ?」 「うん……足りない、全然足りない。だから、支払って」 「勿論、喜んで」 言いながら、俺はキスをしようとしたのだが、何故か美羽は不意に顔をそむけた。 「……美羽?」 「返済方法で、一つ先に言っておきたいことがあるの」 「痛み……大分、治まっているから。今日は、大きな返済も可能だけれど………………どうしたい?」 ……こっ、ここここ、これは、いいんだよな? 向こうから言ってくれたんだから、むしろここは力強く受け止めるべきなんだよな? よ、よし。 「そんなわかりきったこと言うなよ」 「俺がどれだけ我慢してたと思ってるんだ」 「……くふっ、身体が震えてるわよ」 力強く言ったつもりが、やはり誤魔化しきれない部分があるようだ。 「それぐらいは見逃してくれ。気持ちを打ち明けるだけで精一杯なんだから」 「とにかく、俺は……美羽のことを、抱きたい」 「本当……こういうときだけ、素直なんだから、いやらしい」 「文句あるか?」 「ううん、ない。何もないわ」 「美羽、好きだ。大好――んっ」 「んちゅ、んちゅるちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅ……んっ、んちゅぷ……んちゅ、ゆちゅちゅ、んんっ……んっ、んっ、んんーーっ!」 俺の言葉を遮って、美羽が俺の唇を奪う。 いつかのファーストキスのときのような、性急なキス。 だが、あの頃と大きく違うのは、俺も完全にがっついてしまっていること。 「んんっ、んっ、んんーーーっ! んちゅ、じゅる、じゅるるる、ぅーっ、んちゅ、んっ、んっ、んちゅる、ちゅるるっ」 美羽が求める以上に激しく、俺は美羽の温もりを求めて、口の中を舌で犯していった。 唾液を喉へ流し込み、舌を吸い、絡ませ、付け根の方までも舌先でつついていく。 「くちゅ、ちゅくちゅぱ、んっ、んじゅる、んんっ、んんーーぱぁ、はぁっ、はぁっ……はぁ、はぁ……キス、凄い……」 「それだけ美羽のことが好きってことだよ」 「私も……佑斗と一緒にいると凄く落ち着く、一緒にいられないと頭がどうかしちゃいそう。それぐらい、好き」 「うん。ありがとう。俺も美羽のことが本当に好――」 「はむぅ、んっ、ちゅく、じゅるる……んっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅるちゅる、ちゅぅぅぅぅっ」 俺たちは、言葉よりも無言のキスを求め合い、互いの口を貪りあった。 「美羽……」 膝の上に乗せた美羽の身体を抱きしめ、俺はその温もりと匂いを堪能する。 「いい匂いがする、美羽の身体」 「嘘吐き。プールに入ったのだから、そんなことないはず」 「そんなことない、凄くいい匂いだ。女の子の匂いがする。大好きな女の子の匂い」 「そんなこと言うのなら佑斗だって……温かい、すごく温かい。大好きな男の子の温もり……」 「大好きだよ、美羽」 「耳元でそんなこと言わないで。くすぐったいでしょう」 「それは、俺の息がかかるから? それとも、好きだと言われることがくすぐったい?」 「……言わなきゃ、わからないの?」 「いいや。その赤い顔を見たらわかった」 「……バカ……んっ、んちゅ……ちゅくちゅく……んんっ、んふぅ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ……」 何度交わしても飽きることのない、濃厚なキス。 舌を絡め合いながら、唾液を混ぜ合い、交換し、呑み下しあう。 そんな中、俺はゆっくりと美羽のおっぱいに手を伸ばした。 「んっ、んんんんっ!? んふぅっ、んっ、んんんんーーーーーっ」 不意を突くような愛撫に、美羽は身体を震わせる。 咄嗟に唇を離そうとするものの、そうは俺がさせない。 逃げる身体を引き寄せ、さらに激しく舌を絡ませ、吸い付ける。 「……んじゅる、じゅるる、じゅちゅ、ちゅっ、ちゅっ……ちゅるちゅぅぅぅぅっ」 美羽も諦めたのか、俺の舌を受け入れ、より激しい反撃を行ってくる。 「じゅる、じゅるる……じゅくちゅく……んちゅく、れちゅ、ちゅぅぅ、んっ、んちゅ、じゅるる……ンク、ンク」 そして俺が流し込む唾液を、蕩け切った瞳のままで、コクコクと飲み干していった。 「ンク……んっ、んん……んぱぁっ、はぁ……はぁ……はぁ……」 「美羽のおっぱい、柔らかい。凄い、夢中になりそうだ」 「それは、誰と比べて?」 「俺自身と比べて」 「ならよし。んっ、んん……あっ……あっ、あっ……くふ、おっぱいばっかり」 「こんな感触、初めてだから。本当に凄い、柔らかい。ずっと揉んでいたいぐらいだ」 「くふ……本当に子供みたい。そんなに慌てなくても、これからは何度でも揉ませてあげるわよ」 「それはありがたい」 だが、それはそれ。これはこれ。 まだまだ俺の意識はおっぱいに夢中だった。 「そういえば美羽、オナニーでおっぱいを揉んだりしてたんだろ?」 「んっ、あっ……あっ、んっ、んはぁ……きゅ、急になに? 確かに、していたけれど……アナタのことを思いながら、オナニー……」 「その時は、どんな風に触ってたんだ?」 「どんな風にって……んっ、んっ……はぁ……はぁ……私は、お風呂場でしてるから……服の上から触ったりしないし……」 「なら、直接触るな」 「……んっ、んん……いやらしい」 「嫌なのか? 嫌ならハッキリ言ってくれ。もう止めるから」 「くぅ……そういうの、卑怯。嫌なら、そもそもこんなことはしていないわよ」 「じゃあ、いいんだよな?」 「え、ええ。いいわよ、触って欲しい。私のおっぱい……触って……」 「じゃあ、遠慮なく」 美羽の服のボタンを外し、俺は美羽のおっぱいをさらけ出す。 「うおっ……前にも思ったけど、綺麗だよな。美羽のおっぱい」 「そんな風に言われても、別に嬉しくはないわよ」 「いいんだよ、ただの俺の感想なんだから。それより、美羽はこの可愛いおっぱいを、どんな風にいじってたんだ?」 「それは、だから……下から手の平で優しく揉んでみたり……」 「こんな感じか?」 「あっ、あんっ……ぅ、あっ、はぁ……んはぁ……そ、そう。大体、そんな感じ」 「直接触るとさらに凄いな。柔らかくて、あったかくて……本当、俺はもうおっぱいの虜だ」 「んんっ、あっ、はぁ……はぁ……おっぱいの虜?」 「失礼。美羽のおっぱいの虜だ」 「ならよし。そういうことなら、もっと揉んでもいいわよ……んっ、んん……」 「言われなくても、揉みまくる」 手から零れそうな美羽のおっぱいを、俺は揉みしだく。 どうすれば気持ちよくなるのかはわからないが、とりあえず美羽が痛くないように気を付けながら、反応を見つつ。 「あっ、ああ……んっ、んんっ、あっ、はぁ……はぁ……んっ、んん……」 「美羽、気持ちいいのか?」 「い、いやらしい……そんなこと、言わせようだなんて……んっ、あっ、あっ、あぁ……」 「俺は美羽を気持ちよくしたいんだ。自分だけじゃなく、美羽と一緒に気持ちよくなりたい。だから、教えてくれ」 「んっ、くぅ……わ、わかったわよ。き、気持ちいい……凄く、気持ちいい」 「自分で触ってるのとは違う、身体が痺れたみたいで、胸がドキドキしてきて……上手く言えないけれど、凄いの……」 「そっか。なら、もっとおっぱい触るぞ」 「んっ、んん……あっ、はぁ、あっ、あぁぁ……し、痺れる、はぁ、はぁぁ……」 美羽の荒い息に合わせて上下するたわわな胸。 そして身体が小刻みに震える度に、そのおっぱいはぷるっぷるっと震えていた。 「美羽のおっぱい、本当に可愛いな。ここなんて、もう尖っちゃってるぞ」 確かめるように、俺の指がツンと尖った乳首をこねる。 「んひぃィっ、ああァぁァぁっ、あっ、はぁ、はぁ……」 その瞬間、大きく美羽の身体が跳ねあがり、俺は思わず、愛撫の手を止めてしまった。 「お、おい、美羽?」 「ばっ、バカァ……急に、そんなことされたら……はぁ、はぁ、はぁ……」 「美羽は、乳首が弱いのか?」 確認するように、俺は乳首を指で挟み、しつこいぐらいにこねまわす。 「はぁ、はァぁーァぁっ、んっ、んひィ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁぁ、んっ、んンン……あっ、あ……乳首……あ、ああァぁァッ」 「乳首は……私、だけじゃなくて……はっ、はぁ……はぁ……んァぁああァッ……みんな、敏感なトコロ、でしょう……んっ、あァぁっ」 「なら、自分でしてたときも、これぐらい感じてたのか?」 「そっ、それは……はぁ、はァぁ……違う。お、おかしいの……こんなの、おかしい。ヘンなぐらい、感じてる……あ、あ、あッ……」 「ウソみたいに、気持ちいい……ひぅっ、あっ、はァ、はァ……身体、痺れちゃう……ンぁ、ぁぁ、ああァッ……あ、はぁーッ、はァぁーァ」 俺の指の動きに合わせて、美羽の身体が震える。 そんな姿を見ていると、もっともっと、美羽の身体を震わせたくなってしまう。 「美羽……本当に、可愛いよ」 「いっ、いやっ……ダメ……そんなこと、耳元で……んァああァぁ、あっ、あァ……はァァぁ……ん、ンッ、ひィぅっ!」 「声だけでも感じるのか?」 「だってっ……す、好きなんだもの……好きな人の声で、そんなこと言われたら……あっ、あっ、あァ、あぁぁッ」 「自分で触るのと、全然違う……こんなに、しっ、しびれッ、痺れるなんてぇ、あッ、はァっ、あっ、んンあァァっ」 「美羽、声が大きくなってる」 いくら明け方で、みんなが寝ているとしても、声が大きくなったら誰かに気付かれかねない。 「で、でも……ンっ、んはァっ、あァぁッ、くっ、ぅゥゥぅ………あっ、はァ、はァ、はぁ……む、ムリぃ、声、出ちゃう」 「俺も無理だ。ここまで来たら、俺も我慢できない」 「んっ、んひィ、はぁ、はあァぁ……な、なら、キス、して……私の声、塞いで……はァ、はぁ、はああァァぁ――んンっ、んーーッ」 「――ンッ」 「はっ、んんっ、んん――んちゅ、ちゅく、ちゅる、んふーーッ……ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅぅ……れるれる」 「んっ、んちゅっ、ちゅるちゅる……んっ、んんんーーーっ……んふぅ、ふぅ、ふぅ、んっ、んんーーーんっ」 喘ぎ声が漏れないのをいいことに、俺は指の動きをどんどん激しくする。 「んふぅ、んっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅ……んっ、んんんっ、んふぅ、ふぅ、んんん―――ぱァァっ、はぁっ、あっ、はあァぁァーーぁッ」 「ゆ、ゆうと、キス、上手……好き、キス、好き……んっ、んちゅ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅ、れるれるれろ……ちゅっ、ちゅぷぷっ」 美羽の求めるままにキスを行い、お互いの口元を唾液でベトベトに汚していく。 その間も、おっぱいのことを忘れたりはしない。 柔らかな肉と、コリコリとした蕾の二種類の感触を同時に堪能する。 「はぁ、はぁ……しっ、痺れる……乳首、しび、痺れちゃってッ……ンっ、あっ、ああッ、あァぁっ……ん、ンんっ……」 「美羽のおっぱいも、キスも、全部凄いよ。気持ちいい」 「う、うん、うんっ……はぁ、はぁ……わ、私も、いい……気持ち、いい……声、我慢できない……キス、キス、してぇ」 「んっ、んんんーーー……ちゅ、ちゅる、ちゅ、ちゅ、ちゅるん、ちゅぅ、ちゅぅぅぅぅ……んっ、んんっ、んンンん―ー―ー―ーッッッ」 キスをしながら、乳首を軽くつねるように、刺激を与える。 それだけで、膝の上の美羽の身体がカクッカクッと痙攣を起こした。 「んーっ、んっ、んん……んはぁ、はぁ、はぁぁ……ぁぁ……す、凄い……熱い、身体が凄く熱い……はぁ……はぁ……はぁ」 肩で息をしながら、蕩けた目で呆然としている美羽。 俺の指が、キスが、彼女をこんな風にしたのかと思うと嬉しくて……それに、そんな姿が愛おしくて仕方ない。 「美羽……声、出しちゃダメだからな」 言いながら俺は、白い太ももと太ももの隙間へ滑りこませる。 「ひぃぁっ、あっ、そ、そこ……今、ダメ」 「凄い濡れてる。グチョグチョだ。ほら」 ぬちゅぬちゅ…… 「ちょっと触っただけで、水の音がしてるよ」 「ひっ、ひぁっ……あっ、あぁぁっ……だって、だって、それは……佑斗のキスも、指も、気持ちいいからじゃない、あっ、あァぁ……」 「凄く熱い、美羽のここ」 「こんなに濡れてるなら、もう脱がした方がいいよな?」 「……はぁ、あっ、はぁ……くふっ、必死になってる。そんなに脱がしたいの? いやらしい」 「脱がしたい。脱がせて、直接触りたい」 俺は美羽の返事を待たずに、濡れたショーツに手を伸ばし、引き下ろす。 「美羽の匂い、濃くなった」 「こんなにしたのは、佑斗でしょう」 「ああ。こんな風になってくれて、凄く嬉しい。それに、感じてる美羽も可愛かった」 「もっと、美羽の可愛い姿が見たいんだ。だから、続けるぞ」 「本当、佑斗はいやらしいんだからっ、あっ、あぁぁ……はぁぁぁぁぁぁ……」 濡れた、生のおま●この感触に、俺は思わず息を呑んだ。 以前は見てるだけだったが、触るとこんな感触なのか……それに愛液が凄く熱くて、ネトネトしてて……興奮する。 「んっ、んひぃ……あっ、あっ、あっ、あぁぁぁぁ……ん、んぁァ、んんんぁぁァァぁぁッ」 「美羽のおま●こ、熱くなってる……それにドロドロだ」 「はぁっ、はぁーっ、はぁーっ、指で、触られてる……んンっ、んひぃっ、あっ、あァーっ、はぁァァぁーーっ」 「それで、こっちを弄るときは、どんな風に触ってたんだ?」 「……それは……あっ、あっ、あァぁァっ、あひィっ、ンっ、あっ、はァァぁぁっ、み、見せたでしょう、私の、オナニー……ぅぅっ、あぁっ」 「美羽の口から、ちゃんと聞いておきたいんだよ」 「こんな風に、周りをなぞったのか?」 「ひっ、くぅぅ……あっ、はっ、はぁー、はぁー、あんンッ、ぃッ、ぃィぃっ、いぃッ……ぃぃ」 「それとも、指を中まで?」 「くひィぃっ、んあァっ、あっ、ああッ、ああァぁんんンァッ、ふぅ、ふぅー、ふぅぅーー、ぁぁぁぁ……」 「それとも……やっぱり、クリトリス、かな?」 「ひぃィィぃっ! あっ、あひぃ……んっ、はぁ、はぁー、く、クリ、トリス、ダメ、ダメぇ……はぁーっ、はぁーっ」 美羽は俺にしがみつくようにしながら、熱に浮かされたような声で懇願してくる。 「なぜ? 今までで一番、反応がいいように見えたが」 「だって……はぁ、はぁ……か、感じ過ぎるの、このままだと、すぐにイッちゃうから……はぁ、はぁ……」 「いいよ、イッて」 俺はすぐさま、指の動きを再開させる。 「んっ、んひィぃっ、あっ、あっ、あっ、あァァぁぁっ、ダメっ、ダメダメダメッ、い、イく、本当に、イくからぁっ」 「イくのは我慢しなくていいよ、美羽」 親指でクリトリスを中心に撫でながら、人差し指をワレメの隙間に滑り込ませる。 強く締め付けてくる美羽の肉壺の中を、丁寧に擦り、優しく拡げ、指先で弄っていく。 「ぃィィぃっ、はァぁっ、んっ、んンんーーーっ、はぁっ、中と、外、両方……す、すごいぃっ、また、しびっ、痺れる」 「今度は、おま●んこ痺れるぅぅッ、あッ、あっ、ンはァぁぁっ、はふッ、はぁーッ、はァーっ、んひィィぃぃーーーーぃっ」 「美羽、また声が大きくなってる。我慢して」 「はっ、はっ、はーっ……む、無理、ムリムリ、こんなのされて、我慢できない、声出ちゃうぅっ」 「だったら、また俺が口を塞ぐからな」 「――あむっ、んっ、んくちゅ……んっ、んっ、んふぅ……んっ、んんんーーーっ、んふぅー」 美羽は飛びつくように俺の唇にむしゃぶりついた。 そして、なんとか声を漏らさぬように、必死で俺の口に、自分の舌を預けてくる。 「んちゅ、ちゅく、ちゅく、ちゅぅぅぅぅーーーぅっ……んっ、んふぅ、んっ、んっ、んんっ」 いつの間にか、俺たちはこのスリルすら、快楽に変え、行為に没頭してしまっていた。 冷静な判断なんて、何もできそうにない。 「ちゅるる、ちゅく、じゅる、じゅるる……ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ……んっ、んちゅぅ、ちゅ、んっ、んふぅっ」 唇を吸い、唾液を貪り、たまに軽く美羽の舌を甘噛みしてみる。 その度に美羽の身体はビクッと跳ね、指を締める膣肉の力が強まっていった。 「んっ、んんくぅぅぅぅ――ぱぁぁっ、はぁ、はぁっ、だ、ダメ、ムリ、こんなの、こんなのやっぱりムリぃっ」 「声、声がぁ……はぁーっ、はぁーっ、き、気持ちいい、佑斗の指、気持ちいいッ、あっ、あッ、はぁァああぁァァっ」 「美羽、せめてもう少し声を小さく」 「だってっ、だって、そんなの……も、もう……だ、ダメっ、なの……本当に、イきそう、だから……あっ、あっ」 「なるべくでいいから。今、みんなに起きてこられたら、美羽だって困るだろ」 「わっ、かった……んっ、んひィっ、ンんッ、んンーーーっ、んっ、ンッ、ひぅぅッ、ふぅ、ふぅ、ンっ、んンーーんんッ」 身体を震わせながらも、美羽はなんとか頑張って声を押し殺す。 だが俺は、指の動きをさらに速めて、美羽の身体をいじり倒してした。 「ひぃぅっ!? んっ、んひぃ、くぅ、はぁ、はぁー……あっ、あっ、あひぃんっ、んっ、んぅ、ぅぅぅぅーーぅぅぅっ」 「あっ、あっ、あっあっあっあぁぁっ、も、もう、本当に、本当にダメ、ダメダメダメっ……んぁっ、あっ、あィ、あィッ」 再びガクガクと震えだす美羽の身体。 その痙攣に合わせて、クリトリスへの愛撫を強くしていく。 「ひっぃぃィィっ、あっ、あっ、ああぁぁっ、あィ、あィ、あひぃィぃィッ」 「美羽、声」 「あっあっあんっ――んっ、んふぅ、ふぅーっ、ふぅーっ、んっ、んくぅぅぅぅっっ」 「はっはっはひぃィィッ、やっぱり、ダメ……イく、イくイく、もう、我慢できない、イくイくイくーーーっ」 「いいよ、このままイッて。でも声はなるべく堪えて。でないと、続きが、できなくなるかもしれないから」 「んっ、んっ、んひぃ、ず、ズルい、ひきょうっ、者ぉ、はぁはぁ、でも、イく、イくの――んっ、ふぅーふぅーふぅー、んっ、んっ、んんんっ」 「んっ、ンっ、んッンっんっんンんんッ、ンくぅぅぅゥゥうううゥぅゥーーーゥぅッ」 ビクンっ! ビクビクンっ! 激しく身体が痙攣し、美羽は身体を仰け反らせた。 「んっ、んはぁーっ……はぁーっ、はぁーっ……い、意識……飛んだ、かもしれない……はぁ……はぁ……」 だらしなく蕩けた声とともに、美羽のワレメからはドプドプと粘液が垂れこぼれている。 「よく、我慢できました」 「佑斗のバカタレ……はぁ、はぁ……卑怯者、ダメって言ってるのに……はぁ、はぁ……」 「いいじゃないか、イッても」 「ダメ。私だけ、イくの、イヤだから……はぁ、はぁ……一緒に、イきたい。●●●●で、イかせて欲しいからぁ……はぁ、はぁ……」 普段ならば見られないような甘える声と、だらしないその表情に、俺の心が疼く。 「さっきだって……私が声を、出しちゃったら……終わってた、かもしれない、のに……」 「スマン、調子に乗り過ぎた」 「だが、美羽はいやらしいな」 「はぁ……はぁ……私は、大人だもの。これぐらい、普通なの……はぁ、はぁ……それに佑斗の方がいやらしい」 「そうだな。それに関しては否定できない。俺はいやらしいんだ」 「それに、ちゃんと定期的に、しておかないと……●●●●の形、身体が忘れちゃうかもしれないでしょう……」 「――ゴクッ」 もうダメだ。そんなこと恥ずかしそうな表情で言われて、これ以上我慢できるはずがなかった。 「んんっ、んん……くふっ、佑斗の、もう凄く硬くなってる」 「そりゃ、美羽のあんな姿を見せられたら、こうなるだろ」 「それを言うなら、美羽の方だって、もうドロドロじゃないか。雫が零れてるぞ」 「誰のせいでこうなったと思ってるの。ダメって言ったのに、私を無理矢理イかせるからじゃない」 「絶頂を迎えてる美羽、凄く可愛かったんだ。いや、普段も凄く可愛いけどな」 「……こんなときに言われて、喜べると思ってるの? 変態、いやらしい」 「………」 のわりには、嬉しそうに見える。 顔の赤面も実は、可愛いと言われたことに対する照れなんじゃないだろうか? 「しかし、この状態だと、二人ともいやらしいと思うんだが」 ソファに座る俺の上に跨った美羽。 俺は彼女の敏感な部分を、膨らんだ亀頭で擦り上げる。 「んひゃぅっ、あっ、あっ、んん……あっ、はぁ、はぁ……」 「感じてる美羽の顔、本当に可愛い」 「だから、嬉しくないわよ……んっ、んん……あっ、ぃぃ、んんー……はぁ……はぁ……」 美羽は俺の上で悶え、腰をいやらしく揺さぶる。 その度に透明な粘液が零れ落ち、俺の下半身を汚していく。 「美羽……美羽の温もり、もっと感じたい。俺のを、美羽の身体に覚えて欲しい」 「腰、落としてくれないかな?」 「んっ、んん……わかった。でも、支えてて……まだ、さっきの残ってるから……」 「わかった」 開かれた美羽の足を支えるように手を回し、俺は美羽の身体を支える。 美羽は手を俺の首に回し、バランスを取りながら、ゆっくりと腰を落としてきた。 「んっ、いっ、ぃぃぃ……くぅ、あっ……あっ、あっ、ああぁぁぁ……はぁぁッ」 まだ慣れていないからか、もしくは先ほどの絶頂の余韻のせいか。 俺の欲棒を、大きく開かれた膣口が呑みこんでいく度に、美羽の身体がカクッカクッと震える。 「あっ、んっ、んひぃぃ……あぃ、あぃぃ……ち、力、入らない……おっ、落ちる、落ちちゃう……あっ、あっ、あぁっ」 いくら踏ん張ろうとしても、美羽は身体の震えを止めることができない。 そしてついにその腰が砕けて、身体が落ちた。 「ひぃィぁァァっッ………………ッッ!」 一気に俺の相棒に串刺しにされ、軽くのけぞる。 「み、美羽……」 「はぁー、はぁー……あっ、ぁぁぁ……だ、だから、支えてって、言ったのに……はぁ、はぁ……佑斗のイジワル」 「すまない。そこまでとは思ってなかったんだ」 「それより、具合はどうだ?」 「んっ、んん……へ、平気、前よりも楽だと思う。くふ、これ、私のおま●こが、●●●●の形を覚えた、ってことよね」 「多分、そういう事なんだろうな」 俺の答えに美羽は、満足そうな笑みを浮かべていた。 「でも……まだ、少し違和感があるわ。だから……もっと、覚えさせて。佑斗だけの形にして」 「もちろん、そうさせてもらう。美羽、動ける?」 「ちょ、ちょっと待って……んっ、あくぅ……はぁ、はぁ、ひはぁぁ…………ん、んンン……ッ」 膣肉で強く俺を抱擁したまま、美羽が腰を上げてプルッと身体を揺らす。 「あひぃっ、くぅぅ……あっ、あっ、ああぁぁ……あぃ、はぁ、はぁ……」 だが、すぐに美羽の腰はへなへなと落ちて、元の場所に戻り、俺の欲棒を根元までズッポリと呑み直した。 「はぁ……はぁ……今は、ダメかも。おま●こ、痺れて、足に力、入らないから……」 「わかった。じゃあ、俺が動くから、無理そうなら言ってくれ。あと、声はなるべく抑え気味で」 俺は美羽の腰をしっかりホールドして、腰を突きあげた。 「あひっ……んっ、ンーーーッ、はぁ、はァっ、はぁァ……んぃっ、ああっ……はぁぁっ、あ、あっ、あァっ、あぁーーぁあァっ」 下から腰を突きあげる度に、美羽の口から熱い吐息と、ベトベトの唾液が零れていく。 「あっ、あっ、あっ、あぁぁぁぁぁっ……くっ、はァ、はぁ、んンッ、んひぃーぃィッ、はァ、はぁ、はァ、あァぁぁんっ」 「美羽、平気か? 痛くない?」 「だっ、大丈夫ぅぅ……ぅぅああぁっ、い、痛くない、けど……びりびりっ、するぅ、奥の方がびりびりってっ、ひゃぁぁんっ」 俺の上で大きく揺れる身体。 それと共に、肉壁の締め付けがキューッと強くなる。 「あ、あっ、あァーーぁぁ……そ、それ、そこッ、あっ、あッ、あァ……へ、変、奥に当たっ、当たるとぉ、はァァ、あ、あ、あぁァーーぁァッ」 「ここか? この一番奥っぽいところのことなのか?」 「んひぃィィぃっ……ンッ、あっ、ひゃふぅっ、はぁ、はぁ、はァァぁ……あっ、ああァーーっ」 確認するように腰を動かし、亀頭で、奥深くの肉をグリグリと穿る。 「あ、あああっ……そっ、そこッ、そこそこそこっ、ダメ……あっ、はァ、んひィっ、グリグリしちゃ、ダメっ、あッ、あっ、はァぁァっ」 「少し、休んだ方がいいか?」 「あィっ、あィっ、んんあァっ、それは、もっと、ダメーっ……はァ、はァ、あっ、ああァぁンッ、もっと、もっとして」 「佑斗のことしか見えなくなるぐらいに、して欲しい……だから、だからぁっ、あっ、あッ、あぁァーーぁァァ」 首に回した手に力を込めて、美羽は貫かれる刺激に必死に耐えている。 その快感に耐えようとする姿と表情に、俺の興奮はさらに高まっていった。 「はぁ、はぁ……美羽、美羽……んっ、んちゅ、ちゅぅぅ……っ」 「んっ、んんーーーーー……んちゅく、じゅる、じゅるる……ちゅくちゅく、ちゅるん、じゅる、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅぅ」 俺の動きに合わせて、美羽の唇がすぐに重なり、舌が絡まってくる。 「はぁぁ……んっ、んちゅ、ちゅるちゅる、ちゅぅぅ……んっ、んんーー……んはぁ、はぁ、はぁ……熱い、身体、熱いぃ……」 「もっと、美羽の可愛い顔を見せてくれ。もっと近くで見たいんだ」 「うん、うんっ、見て……あっ、あっ、あんっ……んっ、はぁ……はぁ……佑斗、ゆうとぉ……はむぅ、んっ、んちゅ、じゅるじゅる」 「んちゅ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅ……じゅる、ちゅるちゅる……ちゅぷ、じゅるる……んっ、んむぅ、んっ、んんんーーーっ」 「ンンンッ、んっ、ぷはぁっ、あっ、あッ、あいィぃっ、そこ、そこそこぉ……んッ、あっ、やぁァあーーぁァァ」 「美羽、気持ちよさそうだ。声も、顔も、おま●こも締め付けてきて、凄くいやらしいよ」 「だって、あっ、あいィっ、んッ、ンんんーーぅっ、はっ、はっ、はっ、気持ちいい、本当に気持ちいいから……あッ、あっ、あァァぁンンっ」 快楽に顔を歪めつつ、美羽は俺の上で悶え苦しむ。 「んひィぃっ、そっ、そこっ、いい、いいぃっ、グリグリ、されるとぉぉ、あっ、あっ、あっ、あぁぁーーぁっ」 「あっ、くぅぅ……美羽、締まってる……き、キツイ」 「あ、あ、あーーッ、だって、勝手に、あっ、あッ、あっ、んひぃィィ―ーっ、気持ちよくて、勝手にぃ」 「いっ、イヤっ、ダメ、ダメなの、あ、あ、あーッ、すっ、すごッ、すご……いィぃィっ、んっ、んィィぃーーーぃィッ」 限界が近いのか、美羽の締め付けがさらにきつくなった。 その締め付けのまま、肉棒を上下に擦り続ける蜜壺に、俺の我慢も一気に駆け上がってくる。 「あっ、あっ、あっ、ああーーーぁっ、イく、イくイくイくーッ、イッちゃう、また、イッちゃうっ」 「あ、あ、あっ、ぃぃぃぃ……も、もう、ダメッ、んっ、んんんーーーーーーッッ」 美羽の身体がビクッビクンと跳ねる。 同時に、肉壁がギューーーッと搾るように締め付けてきて、俺の我慢も限界に達する。 「んぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーぃぃッ」 締め付けに抵抗することができず、俺はそのまま美羽の中に興奮をぶちまける。 だが、そんな射精の最中にも拘らず、俺は腰を打ちつけ続けた。 「んんっ、あっ、はぁぁっ……イヤ、待って、うごかないで、だしながら動いちゃダメっ、あっ、あっ、あっあっあっ、あぃぃぃぃぃぃぃッッ」 熱い精液を注ぎこまれた美羽の身体が、再びビクビクと震える。 そして連続する痙攣により、瞳が意思の光が失ってしまうほど、蕩け切っていた。 「はぁぁーっ、はぁーっ、はぁぁぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 「み、美羽……大丈夫か?」 「はぁ、はぁ……心配するぐらいなら、出しながら動いたりしないで。本当、死んじゃうかと思った……はぁ、はぁ……」 「スマン」 汗にまみれ、息を荒くする美羽の身体が、甘い女の香りをより濃厚に放つ。 包み込む肉壺は愛液でジュクジュク、いつまでたっても肉壁の熱が鎮まる気配がない。 その愛液と肉壁の温もりと、美羽の匂いを嗅いでいると、萎えかけていた興奮が勢いを取り戻す。 「んひぃっ、あっ……硬いまま……」 「……スマン」 「くふ、まだ足りないの? 佑斗」 「ああ、足りない。もっと、もっと美羽のこと感じたい。美羽の身体を貪りたい。まだまだ足りないんだ」 「また、動いていいか?」 「んんんーーーーーーーーーーーーんんッ」 締め付けから逃れるように、俺は美羽の中から相棒を引き抜いた。 だが、それも間に合わず、我慢していた全てが美羽の身体に降り注ぐ。 「……はぁー……はぁー……んっ、んはぁ……はぁ……はぁ……」 ドロドロの白濁液を身体に浴びる美羽の目は、快楽に酔ったように蕩け切っていた。 「くふ……佑斗の精液、変な匂い……こうしてるだけで、匂ってくる」 「臭いか?」 「臭い。でも……嫌いじゃないかもしれない。精液の匂い……」 「俺も美羽の匂い、嫌いじゃない。いや、大好きだよ、美羽の匂いもこの身体も」 汗と愛液にまみれた美羽の身体の匂いを、一杯に吸い込む。 どこか甘い、女を感じさせる薫りが、身体中に広がっていく。 そしてその匂いに刺激された俺の相棒が、ムクムクと欲望を溜め始める。 「くふ……また、硬くなってきた。今、出したばっかりなのに」 「若いからな」 「美羽、まだ、いいか? もっと美羽のことを感じたい、美羽の身体を味わいたい。こんなんじゃ、全然抱き足りない」 俺は硬さを取り戻した相棒を、美羽の濡れそぼったワレメに押し当てる。 「これだから、童貞を捨てたばっかりの坊やは……本当、お猿さんみたい」 そう言いながらも、美羽は嫌がることなく腰を下ろしてきた。 「んっ、んひぃっ、ぃっ、ぃぃぃぃ……………んはっ、はぁ、はぁ……また、入ったぁ……」 「動いていいか?」 「んっ、ん……今はダメ。まだ、身体が痺れちゃってるから。挿れたままでいいから、動くのは禁止……はぁ……はぁ……」 「………」 この状態で動くなというのは、半ば拷問のようだ。 挿れてるだけでもこんなに気持ちいいのに……動いて、もっと快楽を貪りたくってしかたないが……美羽がそういうのなら仕方ない。 違う方法を取ろう。 俺は、美羽の赤く充血したクリトリスに指を伸ばす。そしてその敏感な突起を小刻みに震わせた。 「んひぃぃーっ、あ、あ、あ、ダメっ、ダメって、言ってるのにぃぃ……ぃあっ、あぁぁっ」 「だから、腰は動かしてないだろ?」 「でも、でもぉっ、クリはずっ、ずる、いィぃ……ひきょう、者ぉ……あっ、あひぃんッ、はひぃィィぁあァぁぁァっ」 俺の指の動きに抗議するように、美羽の入口がキュッと締まる。 「いっ、いぃぃぃ……ぃぁあっ、ひゃぁぁんっ、くひぃ、ひっ、ひぃぃぃんっ、クリ、ダメ、今はダメなのにぃっ」 「美羽、また声が大きくなってる」 「そ、れっはぁぁ、クリを弄るから……あっ、あひぃんっ、んくぅぅ……あ、あっ、ああーーっっ、イく、またイッちゃぅぅっ」 まだ余韻が残っているのか、美羽の身体が何度目かの大きな痙攣を引き起こした。 「あ、あ、あぁぁーーっ、イく、イッちゃうってば、ゆうとぉ……あ、あひっ、ダメ、ダメダメ、本当に、本当に、もうぅぅっ」 「んっ、んんっ、ん、んんーっ、んんんんーーーーーーーーーーーーーッッ」 そしてまた、きゅーーっと肉壁が締めつけ、美羽は身体がガクガクと震える。 「また、イッた?」 「はぁーっ、はぁーっ、はぁっ、だから、イくって言ったのに……はぁ、はぁ、はぁ……ばか、ばかぁ……はぁ、はぁ」 「イく時、美羽が凄く可愛い顔をするから、つい」 「言い訳に、なってない……はぁ、はぁ……もう、わかった。また、動いて、いいわよ」 「い、いいのか?」 「だって、このままだと私、何回イかされるか、わからないから。佑斗も早く出して……そしたら、落ち着くでしょう、はぁ……はぁ……」 確かにこのままだと、俺もいつ治まるか自信がない。 下手すると、美羽のことをずっとイジメ続けてしまいそうだ。 「なら、動かさせてもらうな」 「でも、その前にキス……して……んっ、んんんっ、じゅる……じゅるぷ、くちゅくちゅ……んっ、んん」 美羽の求めに答えながら、俺は腰を再び動かしていく。 「んひぃっ、んっ、くちゅ……じゅるっ、じゅぷ、んっ、んんん……じゅるじゅぷ……ん、んっ、んふぅ」 突き上げる感触に悶えながらも、俺と美羽は互いの唾液を交換し合う。 「んっ………んんん――はぁっ、はァ、はぁ……ん、れる、れろ……はぁァ、あッ、あッ……や、やっぱりダメ、かもっ……んっ、ぃぃィっ」 「だ、ダメって?」 「余韻がっ、残ってて……す、すぐに、イッちゃいそう……ンっ、んひィッ、あっ、あッ、あっ、あァーーぁッ」 「いいよ。俺も、そんなに長く持ちそうにないから」 言いながら、美羽の奥の壁を亀頭で打ち上げ、強くノックをしていく。 「ひっ、あッ、あっ、ああァぁーーッッ、そこダメっ、はひァァぁ……そんなに突かれたら、ひらくぅっ、おま●こひらいちゃうぅ……あぁーーッッ」 「でも、ここが、気持ちいいんじゃないのか?」 「んっ、んあーッ、あィぃーっ、あィーぃッ、いいけど……そこ、気持ちっ、いいけどぉ……あ、あ、ああぁァッ」 「声、でちゃう……我慢、できないィぃ……ぃィィ、ぁッ、あぁッ、あァぁーーぁッ、ひあァンッ」 「けど、俺も我慢できない。このまま美羽と、美羽と……んっ、んちゅ……じゅるじゅる」 「んじゅぷ……じゅるる……じゅるぷ、ちゅぷじゅぷ……んふぅーっ、んっ、んんんーっ、んちゅっ」 「んっ、んぱぁ、はぁ、はぁ、んっ、んぃィィーーッッ、お、おかひくなる、そこばっかりされたら……んっ、おかひくなっちゃうからぁ、あぁぁっ」 「俺はもう、とっくにおかしくなってる」 互いの粘液でドロドロに濡れた花弁に、俺は容赦なく腰を打ちつけていく。 自分でもどうかと思ってしまうほど、腰が勝手に動いてしまう。我慢することなんてできない。 「あィっ、あィっ、ンンッ、んひぃィーーーぃィッ、はぁ、はぁ、はぁ、あぁぁぁーーーぁぁっ」 「美羽っ、美羽っ、凄い、凄いぞっ」 「んぁァッ……うん、うん……すごい、すごいィ……奥まで、ジンジンって痺れて、あッっ、あっ、あンンッ、んんんーーーーッッ」 俺の激しい動きにつられるように、美羽の声も張りつめていく。 「はひっ、あっ、あっ、あひぃんっ、あっ、そっ、そこ、そこそこ……あ、あっ、あぁっ、また、またクル、キちゃうっ、あっ、あぁぁーーぁぁっ」 肉壁が激しく動きながら、俺の肉棒に絡みついてくる。 「くぅっ……美羽、俺……」 「い、イく? イくの?」 「あ、ああ、イく。もう出そうだ」 「んっ、わ、わかった。んひぃ、んっ、んっ、んンぅぅぅぅーーーーーーッッ」 不意に美羽が力を振り絞り、絡みつく膣肉の圧迫を強める。 「くぅぅ……」 俺は美羽の肉壁を抉るように、亀頭でその圧迫に逆らう。 「んひぃぃっ、あっ、あっ、あぁぁーーぁぁっっ……はぁ、はぁ、あィ、あィ、いっ、ぃぃぃーーぃッ」 「あ、あ、あ、あ、あァ、もう、無理……イく、イッていい? わらし、イッていい?」 「俺もイく、一緒にイくから。なるべく、声を我慢して」 「んっ、んっ、んひィぃっ、んッ、ンふぅ、ふぅーッ、ふぅーっ、んッ、んンぃぃィぃーーぃぃッッ」 必死で声を堪える美羽。 そうして身体に力を入れているせいか、さらに強い抵抗が俺の相棒に絡みつく。 「んひぃっ、ひィっ、ひぃッ、ィぃぅッ……はぁ、はぁ……んんっ、ンッ、んんっ、んひぃぃィィぃぃッッ」 「美羽、美羽っ!」 「んっ、んはァ、はひぃ、ンッ、はッ、はっ、早く、一緒、いっしょにィ……わらひ、もう……あっ、あッ、あァァぁーーぁァッ」 「見せてくれ。また、美羽のイくところ、見せてくれ」 「あっ、あひィッ……うんっ、うんっ、イく、わらひ、イく、イくイくイくーッ……んっ、ンッ、んひッ、ひぃィぃィィんッッ」 「んっ! んっ! んんんっ! んひぃぃーーーーーーっ!」 「んんんんぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーぃぃぃぃぃっっ!!」 ドクンドクンッ! 勢いよく俺の精液が美羽の中に飛び散っていく。 「んひィっ、あっ、あひぃンッ、出てる、出てるのに、う、動いてるぅぅ……あっ、あィっ、あぃッ、ひぃィィっ」 射精の最中も俺は貪欲なまでに快楽を求め、肉棒を打ちこみ続けた。 「いっ、いっ、いぃぃぃぃーーーーーぃぃぃぃっッ!」 そして美羽の身体が連続して、ビクンビクンと俺の上で震える。 「はひぃっ、んっ、んんん……はぁーっ、はぁーっ……はぁ、はぁ、はぁ……また、イッちゃった……はぁ、はぁ……」 「美羽、凄く気持ちよかった」 「私も、気持ちよかった……けど……もう、フラフラ、だわ……はぁ、はぁ……これだから、お猿さんは……」 「言い返す言葉もない」 言いながら俺は、ゆっくりと挿れたままのモノを引き抜いていく。 「んあっ、ダメ、抜いちゃダメっ」 「え?」 「あっ、あぁ……零れる、精液零れちゃう……あっ、あっ、あぁぁ……」 パックリと開いた穴から、ドロドロの精液が俺の身体に流れ落ちてくる。 だが、イッたばかりで力が入らないのだろう。 美羽はその光景を眺めることしかできなかった。 「はぁ、はぁ……バカ、汚しちゃったじゃない……」 「そんな恥ずかしそうな美羽の顔も可愛いな」 「いいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーっっ!!」 ドチュッ! ドチュドチュッ!咄嗟に引き抜いた俺の肉棒から、真っ白な粘液が飛び散っていく。 「んひっ、あっ、はぁ……んはぁ、はぁ、はぁ……佑斗の精液で、ドロドロ……はぁ、はぁ……」 「そこには、自分の愛液も混じっていることも忘れるなよ?」 「んはぁ、はぁ……そ、そんなに、愛液を出させたのは……佑斗でしょう」 「感じてる美羽が、凄く可愛かったから」 「……なんでも可愛いって言えば、解決すると思わないでちょうだい」 「本心だ。それとも……嬉しくない?」 「……嬉しい、けれど」 「美羽……んっ」 俺が美羽を抱き寄せると、美羽は抵抗することなく、唇を重ねてきた。 「んっ、んっ、んんちゅぅぅ……くちゅくちゅ、んふぅっ、ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅ……んっ、んちゅぅ」 俺たちはしばらくの間、互いの温もりを感じながらキスをし続けた。 「こんなものか」 綺麗に後処理を終えた俺は、大きく背中を伸ばした。 床の掃除をずっとしていたせいか、骨がポキポキと鳴り響く。 「もう、すっかりお昼になっちゃったわね……誰かさんがイジワルばっかりして、頑張るから」 「うっ……すみません」 確かに、後のことを考えずに、行動してしまったかも。 最後は美羽も俺も、ゼイゼイ言ってたからなぁ。 「もしかして、俺のことを嫌いになったり……は?」 「……バカなこと、言わないでくれない? 私の身体は、もう佑斗の形になってるのよ。佑斗専用なの」 「お、おう……そうか。いや、そうだな。ありがとう……でいいのか? よくわからんが、とりあえず嬉しいぞ」 「こんなに、気持ちよくされて……嫌いになることがあるわけないでしょう」 「な、ならいいんだ。安心した」 ……しかし、改めて言われると、かなり顔が熱くなるな。 おそらく傍から見ると、お互いに真っ赤な顔でなにをモジモジして、何事かと思うだろう。 「………」 「なぁ、美羽」 「なに?」 「……キス、していいか?」 「はぁ……あのねぇ、佑斗。アナタももう童貞じゃない、大人の男なんでしょう?」 「だったら、いちいちキスの確認なんてせずに、奪ってみせなさいよ。そういうのは、雰囲気で判断するものなんだから」 「そういうものか」 と言われても……どういう雰囲気になったらキスしていいんだ? 俺にも本当にわかるんだろうか? ちょっと心配だ。 だが……少なくとも、今はキスして問題ないタイミングのはず。 「美羽……」 手を伸ばし、肩に触れても美羽は何も抵抗しない。 静かに目を閉じ―― 「あっ、でも、今日はもう無理だから。誰かさんのせいで、もう腰が痛いのよ」 「……さすがに俺も、色々限界だから大丈夫だと思う」 勢いを削ぐようなことは言わないで欲しいぞ。 それに、俺だって十分出したから大丈夫だ もうシャワーも浴びたし、眠いからそんな気持ちにはならないはず………………多分。 「それじゃ……おやすみのキスを……」 「……んっ」 「くとー?」 「――ッ!?」 「え、エリナっ!? どうかしたのか?」 「ん、んん……おー、ユートとミュー。こんな時間に何してるの?」 「いや、ちょっと飲み物が欲しくて」 「……ちぇ」 そんな声を出さないで欲しい。不満なのは俺も同じなんだから。 「エリナの方こそ、どうしたんだ?」 「ん、エリナもお水飲みに」 「そうか。いつものミネラルウォーターでいいのか?」 「うん。ありがとー」 「それじゃあ、私は先に戻るわ。おやすみなさい」 「あ、ああ。お休み」 「おやすみー」 美羽は不満げな声を残したまま、部屋に戻っていく。 非常に残念だが……まぁ、仕方ないか。 「それで……仲直りは、できたのかな?」 「ん? ああ、エリナのおかげで。助かったよ、あの時迎えに行ってなかったら、もっと怒らせていたかもしれない」 「そっか。なら、よかったよ」 「とは言え、美羽にはバレバレで気付かれたけどな」 「でも、仲直りできたんだよね? だったら、問題ないよ」 俺が入れたミネラルウォーターを飲みながら、エリナはにっこりと笑う。 「確かに。本当にありがとうな、エリナ」 「にひ、そんな真面目にお礼を言われると、照れるね。二人の仲が元に戻ってよかった」 「………」 ある意味、前以上の仲に進んだ気もするが……別にそこまで説明する必要はないだろう。 「ところで……クンクン……なんだかこの部屋、変な匂いがしない? 何の匂いだろ?」 「………」 い、いかん。掃除はしたものの……窓を開けたりはしてなかった。 俺も美羽も完全に、この匂いに鼻が慣れていたから。 朝日を浴びたくないって横着したのは間違いだったか……。 「そっ、そんな匂いがするか? 俺にはわからないな」 「えー……そっかなぁ? わりと匂うような……」 「ほら、そんなことよりもエリナも寝直そう、な?」 「え? 一緒に? おー、ユートってば大胆な浮気のお誘いだねぇ」 「バカなこと言わないでくれ。美羽が怒ったらどうするんだ」 そうして俺は、エリナの背中を押しながら部屋を出た。 数時間もすれば、きっと匂いも消えてくれるだろう。 「はぁ……」 ようやく横になったベッドの上で、息を吐く。 今日も学院があるのに……ちょっと体力的に無理をしたかな。 いや、後悔はしてないし……凄く幸せなことだったんだが。しばらくは自重しよう。 「そういえば、さっきのキス未遂も……負債になるのか?」 だとしたら、また返済しないと。 そんな期待に胸を膨らませながら、俺はゆっくりと目を瞑るのだった。 「それじゃ、そっちの試薬を持ってきて」 「はい」 「それをこの水溶液に溶かして……」 「あっ、そう言えば知ってますか? 例の噂」 「噂? 一体何の話?」 「知りませんか? 最近、カジノに出入りしている若い男がいるらしいんです。しかも結構な額をつぎ込んでいるとか」 「豪勢でいいね。ウチにも投資をしてくれないかな? で、そのギャンブル狂がどうかした?」 「実はその男、大金を拾ったって言ってるらしいんです。500万ほど」 「………………へぇ、500万?」 「ええ。酔っ払ったときにそう漏らしていた、と」 「拾った金で、パーっとカジノで遊んでいるそうなんですが……どうします?」 「ふーん……とりあえず、その噂、もう少し調べてみようか」 「わかりました」 「早くね。その噂が本当なら、遺失物横領で陰陽局の連中が動くかもしれないから」 「はい、すぐに。それで……もし、本物だったら、どうしますか?」 「そうだなぁ……もし、本物だったら、責任をとってもらわないとな」 「責任の取り方については、まず本人と話してみてからだが……とにかく、よろしく」 「はい、わかりました」 「佑斗君は今日もカジノに来るのかい?」 「ん? そうだな、その予定だが……どうかしたのか?」 「いや、特に大したことじゃないけれど、もう1週間ぐらいだろう?」 「そういえばそうだね。まだ、犯人は接触してこないの?」 「ああ。全然だ」 「おかげで、毎日毎日カジノでチヤホヤされてるのよねぇ、佑斗」 「……それに関しては、仕事だからということで、決着はついたはずだぞ」 「……ふんっ」 まぁ、怒っている素振りをする以外は、特に何もしてこないので、ただのポーズかもしれないが。 「本当のところ、俺は美羽と一緒に過ごしたいんだ」 「他の女の子と話す度に、どうして隣にいるのが美羽じゃないんだろうって……そんなことばかり考えてるんだ」 「………………及第点。もう少し、捻りが欲しいところね」 「採点が辛くないか? 俺の語彙だと残念ながらこれぐらいが限界なんだが……」 いくらポーズだとしても、そのまま放置していると炎上しかねないので、時折こうして鎮火させねばならない。 おかげで……ここ数日で、寮のみんなを呆れ顔にさせるほどにまでなってしまった。 「………」 「おや? もう、ツッコミは入れないのかい?」 「恥ずかしい言葉だけど、別に変なやり取りじゃないし……それにもう、言っても無駄でしょう。こんなやり取りを何度見たことやら……はぁ」 「でも、素敵だと思います。相手への思いを、ちゃんと言葉でプレゼントできるのは」 「うんうん、リオに同感。やっぱり口で言って欲しい時ってあるよねぇー。まぁ、エリナは誰とも付き合ったことないんだけどね」 「そんなこと言ったら、わたしもないよ。でも、憧れだよね」 「まぁ、確かに……ちょっと羨ましいなぁ。私も、六連君みたいに優しい人に憧れる……かなぁ」 「……あげないわよ」 「いらないよ」 「――いっ、いらないって……それはさすがにちょっと、傷つく」 「にょわっ、ち、違うの。別に嫌いってことじゃないんだよ。ただ、美羽ちゃんと六連君って凄く幸せそうだから。そんな気になれないってだけで――」 「どうして布良さんに拒絶されたら、傷つくわけ? もしかして、なにか不都合なことでも?」 「とんでもない。だが恋愛感情は抜きにしてもだ、同じ寮の友人として傷つくものだ」 「そうだよ。ユートはそんなことしないって。もう少し信じてあげようよ、ミュー」 「ユートはこんな小さなコミュニティーの中で複数の女の子を食べて問題を起こすほど、浅はかじゃないとエリナは思うな」 「……それって、浮気するならもっと巧妙にするはず、ってこと?」 「うん♪」 「満面の笑みで失礼なこと言わないでくれないかっ!?」 「でも本当、気をつけてね、ユート。小さなコミュニティー内で女の子を敵に回すと厄介だからね」 「ユートのサイズとか早さとか筒抜け、暴露されちゃうよ?」 「………………マジでぇ?」 いや、浮気なんてしないから別にいいんだけど……女子ってそんなことまで暴露し合うの? 怖い、女の子って怖いよ。 「ちなみに美羽は……俺のことをなにか言ってたりするのか?」 「え? そりゃ………………い、言えないよ、もぉー! 変なこと聞かないでよー!」 「なにぃっ!? 布良さんが恥ずかしがるような評価なのか!?」 「……くふっ、ひ・み・つ。女の子の秘密の話に、口を挟まないで」 「………」 気になる……美羽は俺を一体どんな風に評価したんだろう? というか、布良さんが顔を赤くしてるってことは、ソッチ系の評価を広められたってこと? 「佑斗って短小で早漏、しかも一回戦ボーイなのよね。演技するのに疲れたわ。あっ、佑斗は自信があるみたいだから、この話はオフレコね」 なんていう評価だったらどうしよう? しかもそうすると、美羽の喘ぎは全部演技ってことになる……。女の子ってマジで凄い。もう誰も信じられなくなりそうだ。 「でも、心配しなくていいわよ。私がしたのは、彼氏自慢だから……ふふ」 「そうか。自慢なら、少し安心した」 「ダイジョーブだよ。ユートはいい男だもん。話を聞いてるだけで羨ましくなっちゃった」 「あっ、わたしもです。先輩みたいな人が、恋人に欲しくなりました」 「……恥ずかしながら、実は私も」 「………………」 「どうしたの、佑斗君。そんなに身体を震わせて」 「いや、人生でこんなにモテたことがあっただろうかと、幸せを噛みしめてた」 「大げさだなぁ」 「そりゃ、お前みたいな奴なら………………いや、やっぱりなんでもない」 「……?」 いくらイケメンでも、ここまで中二病を発症してるとなると……モテるとは思えない。 「さて、それじゃそろそろ行こうか、エリナ君」 「もうそんな時間?」 「それじゃ、私たちも行こっか」 「そうだな」 「布良さんは今日、外でバックアップ担当だったか? よろしく頼む」 「うん、任せておいて」 「佑斗、カジノではあんまり必要以上にデレデレしないようにね」 「俺を魅了できるのは、お前だけだよ(キリッ)」 「……残念、落第」 「最近厳しくないか? これで落第とか」 「佑斗の答えに捻りがなさすぎるの。おざなりになっているように思うのだけれど」 「……もう少し考えてみます」 さてと、それじゃ今日もギャンブルに勤しむとしますか。 「あっ、今日も来たー」 「待ってたわよー」 「やぁ、どうも」 すっかり顔なじみの間柄になったお姉さんたち。 別に俺が誘っているわけではないのだが、毎日通っているとこんな風に知り合いができてしまう。 おまけに俺は、数十万円をポンポン使っているのだから、それも仕方がない。 「いらっしゃいませ」 「今日もよろしく頼むよ。まずは10万円を[チェ]両[ンジ]替で」 「はい、畏まりました」 「今日もいきなり、そんなに?」 「本当、気前がいいよねぇ」 「アナタたちだって、ここのところ連日来てるじゃないですか」 「私たちは半分見学」 「君の負けっぷりが見てて清々しいからさ」 「今日は勝ってみせますよ」 にっこりと笑って、ディーラーに向き合う。 最初はこのお姉さんたちが関係者かと思ったのだが、どうやら本当にただの野次馬のようだ。 他にも色々と声をかけてくれる人たちはいたのだが、全員がやはり外れ。 釣りは待つのが基本とはいえ、そろそろ引っかかってくれるといいんだが……。 「19です」 「17。あー、やっぱりダメだ。勝てないなぁ」 「ずっと見てるけど、本当に弱いね、君って」 「そんな風にお金使って、もったいなくないの? もっと他にも使い方があるのに」 「ああ、いいのいいの。どうせ、あぶく銭だから。パーっと使いきるつもりなんだ」 そもそも使う事が仕事なんだから、ケチケチするわけにはいかない。 「へぇ~。なんだかちょっと男らしいね、君」 「そりゃどうも」 「ねぇねぇ、この後、お姉さんたちと一緒にお金を使うつもりない?」 「魅力的なお誘いだけど、申し訳ない。今日はこれまでにしておくよ」 「ありがとう。今日はもう、上がらせてもらうよ」 「本日もありがとうございました。またのご来店、お待ちしております」 「どうも」 『じゃーねー』 「それじゃあ、また」 俺は軽く笑みを浮かべて、テーブルから離れた。 結局、今日も特に変化はなかった。 いつも通り、同じテーブルについた人と二言三言の会話を交わし、お姉さんたちにからかわれる。 それだけで、怪しい人物が接触してくる事はない。 「……はぁ」 「本日はもうお帰りですか?」 「ああ、もう十分遊んだから。今日はもう止めておくよ」 「お気をつけてお帰り下さい」 「お気遣い、どうもありがとう」 俺は潜入中ということで、エリナはあくまで仕事中という対応を取ってくる。 親しみが隠しきれていない部分もあるが……そこはご愛敬ということだろう。 「それじゃまた」 「またのご来店、心よりお待ちしております」 『枡形だ』 「六連です。今からタクシーに乗ります」 『今日も特に変化はなしか』 「そうですね。もう土曜日です。そろそろ一週間になりますが?」 『わかってる。とにかく、明日までやってみよう。日曜を終えても何もなければ、一旦区切りを付けようと思っている』 「わかりました」 俺は電話で答えながら、タクシーに乗り込んだ。 「どちらまで?」 「申し訳ない。後で指定するので、とりあえず駅前に向かってもらえますか?」 「わかりました」 そうしてゆっくり車が発進、俺はシートに身体を預けた。 『で、今日の負けは?』 「マイナス30万、ってところですね」 『派手に負けたな。平均して大体20万は毎日負けているから……すでに100万強ってところか』 「そんなところですか」 『まっ、その方が噂が広まりやすくていいか。あー、そのタクシーに尾行はついていないらしい。確認が取れた』 「では、このまま戻ります」 『ああ』 報告を終えた俺は、電話を切る。 「さっきの電話の話、もしかしてカジノですか?」 「え?」 「すみません。聞こえてしまったので、つい……」 「いや、別に構いません。カジノです、ここのところ通っているんですが、やっぱり胴元が得をするようにできてるんでしょうね」 「負け続きです」 「さっきの30万って、もしかして今日1日で負けた分ですか?」 「ええ、そうです。どうも、賭博の才能はないようでして」 「しかし、30万円もつぎ込むなんて、豪気ですね。ワタシならそんなことできませんよ」 「豪気じゃないですよ。小心者ですから」 「いやいや、小心者には1日で30万をつぎ込むなんてこと、できないと思いますがね」 「やっぱり……他人の金だと、気楽に遊べるんですかね」 「まあ、そういう部分も……え?」 「拾った金、なんですよね?」 運転手はそう言いながら、車を道路の脇に停める。 「その反応、図星みたいですね」 「え? あの、ちょっと……」 ハンドルから手を離し、こちらに身体を向けてくる男の手には、鈍い光を放つ拳銃が握られていた。 「――ッ!!??」 「拾得物はちゃんと警察に届けないといけませんよ。ネコババなんてするから、こういう目に遭うんです」 「もしかして……アンタ、落とし主?」 「私自身が落としたわけじゃないですが、その関係の者です。あ、動かないで下さい。これ、本物ですから」 「………」 その不気味な威圧感、重みを感じさせるフォルム。 以前に向けられた時と同じ緊張が身体を張りつめていく。 「大人しくしておいてくれれば、痛い思いをしないで済みますから」 くそっ……完全に油断してた。 まさか、タクシーの運転手になり済まして、接触してくるなんて。 撃たれたら、吸血もしてない俺には対抗のしようがない。 「ではまず、この車から降りてください」 そして、すぐそばの窓がノックされる。 見るとガラスの向こうにも銃口があり、俺に狙いを定めていた。 「タクシーのままじゃ目立ちますからね」 まずい……引っかかってくれたのはいいが……少々予定外だ。 しかも、本格的に逃げられそうにない。 「アナタには、色々聞きたいことがあるんです。一緒に来てもらいますよ」 「………」 「お疲れ様です」 「今、戻りました」 「お疲れさん………………ん? お前らの方が先か……今日は遅いな」 「それは……どういう意味ですか? もしかして佑斗が? 先に戻っているのでは?」 「タクシーに乗ったところまでは連絡を受けたな。尾行もないようだから、戻ってくるように言ったが?」 『………』 「……事故、じゃないですよね?」 「誰か、タクシーの今の居場所を探せ。追跡チームは?」 「《チーフ》主任、布良さんのチームからの連絡です。タクシーを追跡していたようなのですが……」 「で、今はどこにいる?」 「それが……タクシーは乗り捨てられていたそうです。今、六連君がどこにいるのかまでは……」 「くそっ、やられたっ!」 「現場に行ってきますっ」 「あっ! 矢来さん!?」 「三大寺さん、連れてきました」 俺が連れてこられたのは、まるでどこかの実験室のようだった。 棚にはガラス瓶が並べられ、机の上にはフラスコやら顕微鏡やら。 他にもランプや天秤といった物が所狭しと置かれている。 何よりも、印象的なのは目の前の女性だった。 まさか、ここって―――――― 「その子が?」 そう言った女性は、白衣を着ていた。 「はい。カジノを出たところを連れてきたので、間違いありません」 「初めまして。キミが例の500万円を拾った人か」 「………」 状況がわかるまでは、ひとまず何も知らないふりをしておこう。 下手に喋って風紀班だとバレると、本当に命が危ないかもしれない。 「すっ、すまなかった。本当に悪かったと思ってる。だから、許してくれっ」 「謝ってもらってもなぁ……お金は戻ってこないだろう?」 「もちろん金は返す、絶対に。一気には無理かもしれないが……絶対に返すから」 「……そんな言葉、信じられると思うか?」 「し、信じてくれっ、頼む」 「残念ながら、ここを出て、警察や陰陽局に掛け込まれでもしたら困るんだよ」 「そ、それじゃ……お、俺を殺すのか?」 「でもなぁ、私もあまり人を殺したくはない。殺しって目立つだろう? 死体の処理も大変だし」 「今回の誘拐だって、なるべく派手にならないように仕込むのに、色々大変だったんだ」 ……なるほど。 少なくとも、俺が風紀班の一員で、一連の噂がエサということにはまだ気付いていないらしい。 「……じゃ、じゃあ……どうするつもりなんだ?」 「それは君の態度次第だな。まず、私の質問に正直に答えてもらおうか、お金の入っていたカバン、今どこに?」 「い、家に隠してある」 「どこで拾った?」 「……公園だ。公園の木の根元に捨ててあった。俺はそれを拾っただけなんだよっ!」 「そして、中のお金を使ってカジノで遊んだ?」 「そ、そうだ」 「なら、お金はどれぐらい使った?」 「それは……ひゃ、100万ぐらい……」 「ふーん。嘘は言っていないようだけど………………何かを隠しているな」 「隠し事? いや、そんなことを言われても……別に、何もないが」 「………」 「嘘だね。残念だ、嘘を吐かれるなんて……本当に残念だよ」 「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 俺は嘘なんて言ってないっ! 本当だっ!」 「人間、表情を作るときは様々な小さい筋肉を使用して表情を作るんだよ。でも、思いのままに動かせない筋肉もある」 「そ、それが……なんだ?」 「そのポイントさえ知ってれば、相手が表情を作っているかどうかわかるってことさ。それから声も、必死さが少し足りないかな」 「………」 「視線を右下にそらした。まばたきの回数も極端に減ったかな?」 「そ、そんなの、非科学的なことでっ」 「突然こちらの主張に否定的になる。これらは全部、代表的な嘘の仕草だ」 「だ、だったら……どうやって証明しろっていうんだ……」 「心配しないで結構。信用できるかどうかは、こちらで判断させてもらう。ちゃんとした科学的実験で」 「科学的、実験?」 白衣の女がペン型の注射器にカートリッジを差し込む。 その瞬間――俺の背筋に嫌な予感が走った。 「お、おい……何をする気だ? なんだ、ソレは」 「そんなに不安にならなくても平気だよ。命の危険はない。これはちょっとした、特製の自白剤だよ。害は……それほどない」 「自白剤!?」 「いや、自白剤という言い方は語弊があるかもしれないね。小説やドラマにあるような、便利な薬じゃないんだ」 「ほんの少し意識を酩酊させて、まともな判断をさせなくするだけだから……まぁ、気持ちよくなるはずだ、安心してくれていい」 じょっ、冗談じゃないっ!いくら吸血鬼には麻薬の類は効果がないとしても、こいつら[・]特[・]製となると、どうなるかわかったもんじゃない! 「よっ、よせっ、俺は本当に何も隠しちゃいないっ! 嘘なんて言ってないっ!」 「それも薬が効いたあとで質問するから、今は黙って大人しくするんだね。取り押さえろ」 「はい」 俺の傍にいた男たちが俺を拘束した。 身体を抑えつけられ、右腕を無理矢理伸ばされて、服の袖を破られる。 「大人しくしないと、危ないのはキミだ。知ってるかい? 注射でも下手すれば、腕の神経を傷つけることを」 「――ッ!?」 この女、本気だ……。 これ以上は俺の命に関わる危険だってある……なんとかしないと――。 「はっ――離せっ!」 吸血状態じゃなくても、驚異的な膂力は発揮することはできる。 俺は全身に力を込めて、拘束する男たちに抵抗を始めた。 「こっ、こいつ、なんだこの力は――ッ!?」 「しっかり押さえないかっ!」 「そう言われてもっ、凄い力でっ……くっ、うわぁっ!?」 「こっのぉぉぉぉぉぉっっ!!」 「大の男が三人がかりで押さえられないなんて……まさか!?」 「離せって言ってるんだっ!」 無理矢理腕を振るい、右腕を掴んでいた男を振り払う。 「ぐああぁぁっ!? こ、この力、まさかコイツ、吸血鬼か!?」 自由になった右腕で、背後にいた男を掴み、片腕と体重移動を使って前方に投げ飛ばす。 そして残った最後の男の腕の関節を取って人質に―― 「大人しくしろっ!」 白衣の女が飛び込んでくる。 躊躇うことなく俺は、男の腕を離して蹴り飛ばす。 そしてその代わりに、飛び込んできた女の左腕をとって、今度こそ関節を極める。 「いっ、つぅぅぅっ」 「この[サッ]化[カー]物がっ!」 「撃つなっ! 同僚の命を奪いたくはないだろうっ!?」 最初に弾き飛ばした男が、拳銃を引き抜く。 だが、その動きと同時に俺は、向けられる銃口を女の身体で遮った。 「――くっ」 「くっ……いたたたたっ」 「アンタも動くな。関節を極めてるんだ、下手すれば折れるぞ」 「お前らも全員動くなよ」 「逃げられると思ってるのか? おいっ、海水を用意しろ!」 「ならこっちは――」 言いながら、俺は口を開いて牙を見せた。 「――っ!?」 「ここで吸血するつもりか!?」 血を吸えば、能力で対応できる。この場合の吸血は、緊急避難に当て嵌めても問題ないはず。 それに上手く能力を使えれば、制圧することだって可能かもしれない。 ……まるで悪役みたいな立ち位置だが、これしか方法がないのだから仕方ない。 「たっ、助けて――」 「心配しなくても、死にやしない。少なくとも、自白剤なんて打とうとするよりは、随分マシだよ」 俺は牙を女の首筋に立て、流れる真っ赤な生き血を啜る。 「――んっ、んん」 女の温もりを飲み下すと、本土で暮らしていた頃にはあり得なかったぐらい、身体中に活力が漲ってきた。 これならいけるっ! 「吸血鬼って“吸血すれば”ってよく言うけど、そこが一番隙だらけなのに気付いてないんだよね」 俺の思考に冷や水をぶっかけるような声が、耳を打つ。 女は吸血されながらも、右腕を振り上げ、俺の太ももに叩きつけた。 直後、鋭い痛みが走る。 「―――ッ!?」 そこには注射器が突き立てられていた。カートリッジに真っ赤な液体が詰まった注射器が。 「――このっ!」 すぐさま女の身体を突き飛ばす。 相手のニタリとした余裕の笑みをみて、“失敗したっ!”ということをハッキリと自覚した。 「もう、遅い。ふふふっ、吸血鬼だからって薬物が効かないと思ったら、大間違いだ」 「くぅぅ……」 「ほら、目が回ってきてる。効くだろう? しかも、少し濃い目に調整した特別品だ。気持ちいいだろう?」 「うあっ……ぁぁ……」 くそっ、世界がグラグラ揺れる。 空気が抜ける風船のように、全身に漲っていた力が抜けていく。 ダメだ……なんか、頭が変でフラフラする上に、世界が歪んで……能力もいつものようには使えそうにない。 あの赤い液体はやっぱり“L”か。 となると、ここはクスリの製造元。 「お、おま、おまえ……」 「ウソ、まだ意識があるの? 凄いな、キミ。だが無駄な抵抗だ。身体も動かないし、意識も朦朧としてるはず」 「“L”っていう吸血鬼用のクスリだよ。どうだい?」 「くっ、うっ……ぁぁ……」 「まったく、驚かせないで下さい。人質にされた時は、どうしようかと思いましたよ」 「実験体を逃がすわけにはいかないだろう? 吸血鬼ってわかった時点で、自白剤から“L”に切り替えて大正解だ」 「それで、この吸血鬼はどうするんですか?」 「勿論“L”の生体実験に付き合ってもらう。丁度いい、[・]新[・]商[・]品もあることだし」 「ああ、アレですか」 「風紀班のせいで、粉のルートは難しくされたけど、アレならいけるだろう?」 「……あ、アレ? な、何のことだ?」 その瞬間、俺に視線が集まった。 くそ、別に口にするつもりはなかったのに、思った瞬間、考えるよりも先に言葉が出てしまう。 まともな判断ができない状況ってのは、こういうことか。 「……おかしいな」 「えぇ、そうですね。クスリの効果が薄い」 「調べる必要がある。データを取る準備を」 「はい」 「よせ……やめろ……」 だが、イマの俺に抵抗すル力はナい。 そのまま、からだをヒキずられテひく。 くぅ……ほンかくテきに、いひきガ……。 オれ、こノマま…… 瞬間、俺を叱咤するように心臓が大きく跳ね、脳裏に恋人の顔が浮かび上がる。 「――佑斗」 そうだっ、諦めてどうする! 何としてでもここから脱出して、美羽の元に戻らないと。きっと心配してるだろうな。 せめて、なんとか連絡だけでも取ることができたなら……。 だが、手が痺れて、携帯に手を伸ばすこともできない。 くそ……美羽……美羽、美羽ッッ!俺は絶対に、美羽の元に戻るんだ!! 連絡を! 美羽に、何とか連絡を!! ――美羽!! 「タクシーの中を捜索したんですが、やはり手がかりになりそうな物は……」 『わかった。そっちには人をやって車を徹底的に調べる。お前らは、そのまま捜査を続行だ。付近の聞き込みでもなんでもいい、情報を手に入れろ』 「了解」 「佑斗……」 「……美羽ちゃんしっかりして。今は立ち止まってる暇はないんだよ」 「六連君だって諦めたりしてない。もし何か困ってることがあるなら、きっと美羽ちゃんの助けを待ってる」 「……そうね。私がこんなところでジッとしていても仕方ないわ、早く佑斗のところに向かわないと」 「うんっ、その通りだよ!」 「とはいえ、一体どこを捜せば……」 「携帯に連絡は………………入ってないか」 「私の方も入っていないわ。連絡できない状況、と考えるべきでしょうね」 ……このままじゃ、佑斗をいつまで経っても、見つけることはできないかもしれない。 佑斗……佑斗、佑斗ッ、お願い連絡をして、佑斗ッッ。 『―――』 「――えッ?」 「美羽ちゃん? どうか……したの?」 「今、佑斗の声が、聞こえたような気がした」 「え? この近くにいるの?」 「いえ、そうじゃなくて――」 目を閉じて、もう一度強く願う。 佑斗……返事をして、声を聞かせて、佑斗……佑斗ッ! 『――み う――』 「聞こえる……間違いない、佑斗の声がする」 「え? え? 私には全然聞こえないけど……どういうこと?」 『――美羽』 幻聴? いやでも、その割にはハッキリと聞こえる気がする。闇の向こうから、私の名前を呼ぶ声が。 「佑斗、今どこなの? どこにいるの? 答えて、今どこにいるのかを」 『――美羽、美羽ッ』 でも、返ってくるのは私を呼ぶ声ばかり。 これは……もしかして、佑斗には私の声は届いていない? 「……美羽、ちゃん?」 でも、わかる。なんとなくだけど、佑斗のいる方向が。 闇の向こうから聞こえる大好きな人の声が、気配が、温もりが教えてくれてる。 「布良さんっ、《チーフ》主任に電話っ! 今すぐ私の指示に従うように言ってっ!」 「ひゃっ、ひゃいっ!」 「くっ……はぁ……はぁ……」 「本当、どうなってるんだ? これだけの量を投与しても、まだ意識があるだなんて」 「し、心配に、なるぐらいなら……最初から、と、投与、するな」 「少し呂律が怪しい程度ですからね。こんなことは想定外です」 「クスリを間違えた……わけじゃないはず」 「はい、濃度も確認済みです」 「データが正しければ、もう完全に飛んでもおかしくない量なのに」 「はぁ……はぁ……はぁ……」 身体が熱い……美羽の幻覚のおかげで、なんとか意識は取り戻せているものの……思考回路までは上手く動いていない。 どうすれば、この状況を脱出することができるのか、考えることができない。 「そんなバカタレの佑斗だけど……私は味方だから、ずっと佑斗の味方。アナタを守る。もう、迷ったりしないから」 美羽……俺がこんな目に合ってるって知ったら、また責任に感じそうだな。守ることができなかったって。 恋人としては、そんな重荷になるようなこと、黙って受け入れるわけにはいかない。 「美羽……美羽……」 「さっきから、ミウって言ってますが、なんでしょうね?」 「さぁ? 誰かの名前じゃないの? それより、もう1mlいくから。データを取る準備して」 「本気……ですか? さすがにこれ以上は……すでに限界をオーバーしているんですよ」 「どうして効果が薄いのか、ちゃんと確認しておく必要があるだろう。不安定な物じゃ商品にならない」 「それは、そうなんですが……」 「[・]新[・]商[・]品の準備は整っている。今さら不良品となったら、損害がいくらになるか……ほら、早く準備をするんだ」 「………………わかりました」 そうして二人は、何かの準備を始める。 多分、もっとクスリを投与するつもりなんだろう。 ヤバい、さすがにこれ以上はマズい……早く、逃げないと。 美羽の元に、帰らないと……。 ガクガクとふらつく足に気合いを入れて、その場で立ち上がる。 「くっ……ふぅ、はぁ……はぁ……」 連中は、まだ気付いていない。今のうちに……美羽……美羽……。 壁に手をつきながら、ゆっくりと歩き出す。 世界は相変わらずアトラクションのように揺れまくっている、それぐらい平衡感覚が怪しい。 だが、それでも……ここから、逃げないと。そして美羽を安心させてやらないと……。 「うっ、あっ……くあぁっ」 その足が絡まる。 なんとかバランスを取り戻そうと必死に手を伸ばすが、掴んだダンボールは俺の体重に負けて崩れてしまった。 「く、そっ……」 「いっ、異常だ……こんな状態で移動できるだなんて……」 「本当にどういう身体の構造してるんだ? これは、もう少し追加しても、いいかもしれないな」 「……くっ」 ――グニュ。 悔しさで下唇を噛みしめた俺の手に、そんな奇妙な感触が伝わってきた。 先ほど、崩したダンボールの中身が、俺の手の平の下にあるらしい。 「折角の[・]新[・]商[・]品なんだ、大切に扱ってくれないと困るな」 「しん、商品?」 これ、これが新商品!? まさかこんなこと、あるわけがないっ! だって、だってこれは―― 「合成、血液の、パック……?」 「いい考えだろう? 特殊な製法の“L”でね、粘膜吸収できるタイプだ。効果が出るまでに少しラグがあるが、これなら粉と違って怪しまれない」 「政府からパックの販売を認可されている店で、そのまま売ることができる。……まっ、パックにある政府のマークは当然偽造だがね」 「これを……売る?」 「そう。陰陽局の連中が知るまでには、かなりの数が捌けるだろうね」 「ふっ、ふざ、ふざけるなっ」 そんなことをしたら、この街は終わりだ。 知らない間にクスリを摂取し、被害者の数は膨大になるだろう。 そのうち、何人もが依存する可能性だって……。 しかも、そんなクスリが流通していることが露見すれば、政府に付け込む口実を与えることにもなる。 おそらく吸血鬼の偏見も、今よりさらにひどくなるに違いない。 「そんなこと、させない……させっ、ちゃ、いけない……阻止、阻止する、そんな計画は、ダメだ」 「そんなクスリ漬けの身体じゃ、できることなんて限られている」 「今のキミにできることは、実験の被験者になって、クスリの開発に協力してくれることだけ。さぁ、実験に戻ろうか」 「はい。ほら、こっちに来い」 「そんな計画、ダメだ。させるわけには……潰す、潰さないと……」 「本当に凄いな。正常な認識能力なんて、とっくに失ってるはずなのに……一体何がどうなってるんだ?」 言いながら、男が俺を元の場所に戻そうと、ひきずっていく。 抵抗したくても、身体に力が入らないこの状況では……。 だが、なんとかしないと。これだけは止めないと。 「止めないと……止めないと……止めないと……止めないと……」 ……こんなバカなことを見逃したら、この都市はどうなる? みんなはどうなる? 吸血鬼でも偏見なく付き合ってくれているクラスメイトたち。 お世話になってる人たち。 そして……寮のみんな。 大切な……大好きな、恋人。 全員が大切に感じ、守りたいと思っているこの海上都市が、生活が、全て壊されてしまう。 湧き上がってきたのは怒りだった。 許せない。 そんなことをして、俺の、俺たちの生活を壊そうとする目の前の連中に対する怒り。 俺は守ると決めた。大切な女の子を守ると。 そのためにも、こいつらを許すわけにはいかない。 ―――ッ 止める……止める……この連中を止める……そして、計画も、この部屋も、何もかもを潰す。 そのための力があれば……少なくとも、クスリの効果に負けなければ……くそっ! 自分の無力感にホゾを噛み、湧き上がる怒りを噛みしめる。 そんな俺の気持ちに呼応するように、一際大きく跳ねる俺の脈動。 そして、ドロっとした真っ黒い泥のような何かが、俺の中を這い上がってきた。 同時に、俺の中に何かが流れ込んでくる。真っ黒な何かが―― 潰す、潰す、潰す、潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰潰 ………―――ッッ! 声にならない悲鳴。 身体を這う黒い泥はまるで……大勢の意識の集合体に思えた。 自分が誰だかわからなくなるような感覚が俺の身体を包み込み、六連佑斗という存在がまるで呑み込まれるようで……。 「………」 「おっ? 大人しくなったか?」 「――ッ!!」 突然、身体が痙攣を起こした。 まるで身体中の筋肉が、バラバラに動こうとしてるように、身体が跳ねる。 「なっ、なんだ? 禁断症状かっ!?」 不意に身体の痙攣が治まる。 瞬間、俺の意思とは関係なく右腕が動いた。 「げほっ!?!?」 俺を引きずっていた相手の喉笛を鷲掴みにして持ち上げ、ギリギリと首を絞め上げる。 「ぐっ、げぅ……だ、だずけ……」 「ウソ!? う、動けるはずが……さ、さっきまではフラフラだったのに……このっ、いい加減にしないかっ!」 女が俺の二の腕の辺りに注射を突き立て、さらなる“L”を流し込んでくる。 熱くなった身体の中に広がっていく冷たい感覚。 だが、[・]そ[・]れ[・]だ[・]けだ。今や、世界が揺らぐことはなく、首を絞める力が抜けることもない。 「潰す、潰す、潰す、潰す……」 クスリの効果を無視して、勝手に紡がれていく言葉。ただその思いだけが、俺の身体を動かしていた。 「げっ、ぐぅ、ぅっ……ぅぅぅぅ………………」 首を絞められていた男の身体から、ガクッと力が抜ける。 だが、おそらく死んだわけではなく、失神しただけだろう。 俺の身体はようやく首から手を離し、残っている連中の元へ向かって歩き出す。 「――ひッ!? なっ、なに? なんなんだ、こいつっ」 「下がってっ! 処理しますっ、おいっ! 海水だ! 海水を持ってこい!」 「ちょっ、ちょっと待てっ! こんな貴重な検体を殺すだなんて」 「じゃあ、どうするんですか!? “L”でも鎮静させることができない吸血鬼なんですよ!?」 「しかも先ほど、アナタの血を吸っているっ! 私たちの手に負えると思ってるんですか!?」 「それは――だがっ」 「うるさいっ、いいからアンタは黙ってろっ!」 叫ぶ男が、海水の入ったボールを投げる。 以前のように、俺の肌が焼かれる。 だが、赤くただれるようなことはない。浴びた瞬間にはすでに、再生が始まっていたのだ。 「なっ、なんだ、それは!?」 弱点を上回る回復力、それと共に、俺の中で力が小さく弾けた。 視線だけで向けられた力は、自分の中では小さな爆発だった。 だがソレが俺の身体から放たれた瞬間、ゴォォンッと凄まじい衝撃となって突き抜け、男の身体を盛大に吹き飛ばした。 「げはぁぁっ!?」 強く背中を打ちつけた男はそのまま昏倒。 だが、衝撃はそれだけでは収まりきらず、余波となって部屋の中に吹き荒れ、空間を軋ませる。 「ひぃぃっ、こっ、こんなの異常だっ! な、なんなの? 吸血鬼だって、こんなには……」 な、なんだ、これ……これが、本当に俺の力、なのか? こんなの俺の……いや、それどころか、吸血鬼にしたって異常だ! 海水を上回る回復力に、人を吹き飛ばし、部屋の中で嵐を巻き起こすほどの力だが、これでもまだまだ本気じゃない。 身体の中に漲る力には余裕があり、それこそ本当に何でもできてしまいそうなほどの力が、湧き上がってくる。 その気になれば、俺が今いる建物を全壊させることも可能な気さえする。 それほど、自分の中で渦巻く力は、個人の範疇を飛び越えていた。 「うっ、うわぁぁっっ、冗談じゃない! たっ、たすけ、助けてっ!」 「ちょ、ちょっと待てっ、勝手に逃げるなっ!」 「………」 「ひっ! すっ、すまない。悪かった、謝る、謝るから……許して、頼む、頼むから」 「………」 「潰す……潰す……潰す……」 足が勝手に動く。 ちょっ、ちょっと待てっ! もう十分だ! 相手は完全に心が折れている。これ以上、力を示す必要はないっ! 「潰す……潰す……潰す……」 さらにもう一歩、女へ近づく。 おっ、おいっ、止せっ。俺はこいつを殺したいわけじゃない。クスリをばら撒く計画さえ潰すことができれば―― 「頼む、止めてくれ、助けて、謝るから」 腕を伸ばせば首を掴めるような位置で、女を見下ろす。 くっ、頼むから止まってくれっ! 俺の意思を無視して、女の首に手が伸びていき―― ダメだっ! 止まれ、止まれ、止まれぇぇぇぇぇぇッ!! ――俺の手が女に触れる前に、乱暴なまでの勢いで部屋の扉が破られた。 「管理事務局、風紀班ですっ! 全員大人しくしな……さ、い……? あれ?」 「なんだ、こりゃ?」 「ふ、風紀班!? 助けてくれ、全部言う、正直に言うから、この化け物を止めろっ!」 「化物って……あれ、六連君ですよね? どういうことだ?」 「……佑斗?」 美羽っ!? どうしてここが!? いや、今はそんなことはどうでもいい。それよりも、早く―― 俺を撃てっ!このままじゃ、俺はこの女を殺してしまう。 もしかしたら、それを阻止しようとするみんなまで傷つけてしまうかもしれない! だから、俺を撃ってくれっ! そして俺は、身体の中で暴れまわる力に抵抗し、必死で抑え込む。 止まれぇぇぇぇっっ! 「――ッ」 「矢来? どうかしたか?」 「声が……また、声が聞こえた気がして………………布良さん」 「なに?」 「佑斗を撃って」 「了解」 「――って、えぇっ!?」 「佑斗がそれを望んでいるの。私には、聞こえる……だから、撃って。意識を奪って。そうする方が、佑斗も無事に助けることができるの」 「で、でもぉ……《チーフ》主任……?」 「……撃て。この場所を見つけたのも矢来にだけに聞こえた声のおかげだ」 「幻聴か、宇宙からの電波なのかは知らないが、とりあえず信じてみるしかない。なにより今の六連は、見るからに正気を失っている」 「りょ、了解です。でも、あんまり痛くないところに……」 「下手な遠慮は止めろ。矢来の言葉を信じて、一撃で沈めろ、いいな?」 「うぅーーー……りょ、了解です」 「ゴメンねっ、六連君っ!」 布良さんが引き鉄を絞ると同時に、黒い小さな影が視界の端を動いた。 俺がそれを認識するよりも早く、やはり勝手に腕が動き、銃弾を指で掴み取った。 「うそッ!? なにそれ!?」 「これだから吸血鬼の身体能力は。《チート》反則も大概にしろ」 「潰す……潰す……潰す……潰す……潰す……潰す……潰す……潰す……」 「どっ、どうしましょう? 狙っても、また止められるかも」 「矢来っ! なんとかできないか?」 「なら……私の能力で佑斗の身体を抑え込みます。その間に布良さんは佑斗を撃って、《チーフ》主任はあの女性の確保をお願いします」 「う、うん」 「わかった」 「それじゃ――ッッ」 「布良さんっ! 《チーフ》主任っ!」 「そのまましっかり、抑えておけよ」 「――っ!?」 「え? ちょ、ちょっと……なに、この力は……っ、お、抑えきれない……っ」 「しっかりしろっ! 六連を無事に助けるためなんだろっ! お前が抑えなくてどうするっ!」 「――――――ッッッッ!!!!!」 「くっ、くぅぅぅぅぅ――――――め、布良さんっ、早くッ!」 「うんっ!」 「お願い、これでっ!」 「――ッ!?」 美羽の能力で自由を奪われ、反応がワンテンポ遅れた俺のあご下に、布良さんの放ったゴム弾が見事に命中。 一瞬、クスリの時とはまた違う揺れが襲い掛かり、世界がグルンと回る。 同時に意識が闇に閉ざされていき、俺の自由を奪っていた黒い泥も一緒に消えていく。 「ナ、イス……あり、がとう……」 意識が途切れる直前、ようやく身体を取り戻したものの、結局その一言を口にするので精いっぱいだった。 「今、『ナイス。ありがとう』って言ってた?」 「多分、言ってたわね。どうやら、私たちの判断は間違ってなかったみたい」 「すぐに救急車を用意。搬送するぞ」 「了解です」 「さて、救急車が来るまでの間、話を聞かせてもらおうか。なぁ、これはどういうことなんだ?」 「………」 「さっき『全部言う、正直に言うから』って言ってたな? つまり、なにか俺たちに打ち明けるようなことをしてたってわけだ?」 「ウチの隊員に何をした? 誘拐したあと、ここで何をした?」 「……それは」 「お前らが“L”に深く関わっていることは知ってる。だが……それだけじゃなさそうだな」 「そこで大量に転がっている合成血液のパックはなんだ? まさか、ただの偽造パックの販売じゃないんだろう?」 「………」 「どうやら、話は長くなりそうだな。心配するな、いい部屋を紹介してやる。まぁ、ゆっくりしていけ」 「んっ、んん……あれ、ここは?」 目を覚ますと、そこは俺の部屋ではなかった。 この見慣れた病室から考えて、いつもの病院にいるらしい。 「確か……誘拐されて、その後………………」 「そうだっ、俺はクスリを打たれたんだ……思い出してきた」 クスリを打たれた後は、意識が朦朧としていたが、それでも覚えている。 自分が大量の“L”を投与されたこと。 連中が、合成血液パックを偽造し、クスリをばら撒こうとしていたこと。 そして……それを止めようとしたとき、身体が勝手に動き出したこと。 「そしたら、美羽たちが来て……俺を眠らせて、それから……それから……」 ……そこからの記憶がない。気付けばこの病室で、完全に抜け落ちている。 「もしかして俺、あれから寝たままだったのか? 今、何時だろう?」 少なくとも日が出ている時間のようだが……そもそも、何日なんだ? どれぐらい寝てたのかわからないが、少しボーっとする。 「なんだか、頭が重いな。まだ思考能力が戻ってないみたいだ」 さすがにクスリを投与された直後と比べれば随分マシだが、普段通りとも言い難い。 「……俺は今、どういう状況なんだろう?」 ベッドから起き上がってみる。 身体がふわふわと浮いているみたいで、少しふらつく。 だが一応、自分の足で歩くことはできる。 「誰もいないのかな?」 俺は廊下を覗こうと扉に手をかける。だが……あれ? 鍵がかかってる? どうして鍵なんて……。しかも普通の鍵じゃない。 内側も鍵穴で、ロックを外せないようになっている。 余計に状況がわからなくなってきた。 やはり、ナースコールで連絡をしてみるべきか。もしかしたら、動いちゃいけないのかもしれないんだから。 「えーっと……ナースコール、ナースコールは……」 「……ん?」 「六連君!? 起きたんだね?」 「ああ、先生。どうも」 「よかった。ほら、ベッドに戻って。無理をしちゃダメだよ」 「あ、はい」 言われたことに従い、俺はベッドの上に座る。 「ほら、横になって。無理をしちゃダメだよ」 「わかりました」 「ほら、脱いで、無理をしちゃダメだよ」 「わか――るかぁぁっ! どうしてズボンを脱ぐ必要があるんですかっ! 無理をしちゃダメだって言ったら何でも通じると思わないで下さいっ!」 「ちっ……流れでイケるかと思ったのに」 「何をどう考えたら、そういう判断ができるんですか」 「とりあえず、顔をコッチに向けて。目を見せて」 「……わかりました」 ライトを照らしたりしながら、扇先生が俺の瞳孔をチェックする。 それから普通に聴診器を使ったり、腕の上げ下げで何かを確認したり。 「この指、何本に見える?」 「4本ですね」 「ふむふむ……問題はなさそうだね。身体の調子は? 自覚症状なんかはあるかい?」 「さっき歩いた時、少しふらつきました。あと頭が少し重い気もします」 「……そうか。とすると、まだクスリの効果が多少残っているとみるべきかもね」 「あの、俺は一体どういう状態なんですか? この部屋、鍵がかけられてましたけど……」 「うーん……正直に話すとね……例の“L”、アレを大量に投与されたことが問題なんだよ。どれぐらい投与されたか、把握してるかい?」 「いえ。ただ……“L”の効果が俺には薄いとかって、やたらと投与されましたね」 「ハッキリ言って、《オーバードーズ》急性中毒で死んでもおかしくない量を投与されているんだ」 「効果が薄いとはいえ、完全に無効化されているわけじゃない。もしクスリの作用が残っていると……非常によろしくない」 「クスリの作用……そう言えば以前、“L”の作用について、聞きましたね」 「いわゆる三大欲求ってあるだろう?」 「睡眠欲、食欲、性欲ですか?」 「そう。ただ、精神を高揚させる効果で、眠くはならないし、実は食欲も落ちるんだ。でも、性欲はそうじゃない」 そんな話を聞いた覚えがある。 「あの時は、粉の“L”でしたが」 「基本的には変わらない。液体の方も、精神を高揚させ、欲求を高める効果がある。ただ……あの時は言っていなかった事が一つあるんだ」 「[・]僕[・]らの欲求は三大欲求だけじゃない。もう一つ、大きな欲求があるよね?」 僕ら……それはつまり、俺たち[・]吸[・]血[・]鬼ということか? とすると、そのもう一つの大きな欲求って……。 「吸血、ですか?」 「もし吸血欲求が肥大して、人間に襲いかかられたら……処罰の可能性も考えられる」 「特に君は、現場で自己を失っていたと聞く。だから念のために、付近の病室は空、この部屋には看護師の出入りも禁止してある」 「それで鍵を……」 「で、どうかな? 性欲や吸血欲求を我慢できない、なんてことは?」 「いや、別に……ふらつく以外のことは、特に変化がないように思います」 「本当に? 遠慮とかしなくてもいいんだよ、僕ならドンと来いさっ! 例えば性欲とか、他にも性欲とか、なんだったら性欲でも全然OKだよ」 「仮に性欲を刺激されたって、男に手を出そうだなんて思いませんよっ!」 「ちぇ……まあ、それはともかく、クスリの影響を考えて、しばらくはこの部屋でジッとしていてもらうから」 「それは……わかりました。でも、一つ教えてくれませんか?」 「ん? なにかな?」 「どうして俺の身体には、“L”の効果が弱いんですか?」 「それは………………」 扇先生は困ったように言い淀む。 それはつまり、言い淀むような何かがある、ということだ。 「それに、薬を打たれたとき、海水での傷もすぐに回復しました。以前、荒神市長ですら海水は避けようとしていたのに……これは、異常なんですよね?」 「教えて下さい、お願いします。俺の身体は一体、どうなってるんですか?」 「………」 「………」 「わかった。そうだね、君自身のことだ。ちゃんと知っておいた方がいいだろう」 「まずクスリについてだけど……実は“L”の成分には特殊な物質が含まれている」 「主に、その特殊な物質が精神の高揚や欲求の肥大化をさせたりするんだけど……」 「この特殊な物質と酷似した物質が……六連君の身体の中にも存在している」 「………………え?」 「人間は勿論、普通の一般的な吸血鬼の中にも存在しない物質だが……君の中には非常に酷似した物質が存在する」 「その物質のおかげで、君の身体には抗体のような物が存在し、クスリの効果が薄かった……と、僕は考えている」 「この短時間では調べきれず、裏付けはできていないから仮説の域を出ないけど……ほぼ間違いないと、僕は思う」 「……でも、どうしてそんな物質が、俺の身体の中だけに?」 「それは………………すまない、どう伝えていいのかわからないから、ハッキリと言わせてもらうが……」 「その特殊な物質とは、ライカンスロープに関する因子なんだよ」 不意に出てきた単語に、俺の心臓が跳ね上がる。 「ライカンスロープに関する……因子?」 「クスリを製造していた女性が自白したらしい。あのクスリは、ライカンスロープの実験の際に生まれた物で、主な成分はその因子を利用していると」 「何故、彼女がライカンスロープの実験が可能だったのか、そういう詳しい話は聞いていないけど。とにかく、そう言ったそうだ」 「俺の身体の中に、ライカンスロープの因子?」 「確認なんだけど、あのクスリを投与されたとき、なにか変化は起きなかったかい? 酩酊感とかそういうことではなく……」 「………」 「……声が、聞こえました。そして、身体が勝手に動き始めて……あと、力が異常なほど強かったです」 「おそらく、吸血鬼としても異例なぐらい……特に能力が……」 「能力の出力に関しては、おそらく君の身体の中で、ライカンスロープの因子が一時的に濃くなったことが原因だろうね」 「ライカンスロープは他の吸血鬼とは一線を画す存在だ。相手の能力を食べることは勿論、その出力も比較にならないと言われている」 「それじゃ、以前にも相談させてもらった声……アレはその因子に関わりがあったということですか?」 「……確証はないけど可能性はあるね………………本能、みたいなものかもしれない」 「本能……?」 「人間にだって、意識を失っていたのに――――――なんていう、無意識下で行動することがあるだろう?」 「そういう意味で、本能という言葉を使ったんだ。でも、正確な意味では語弊があるから……しっくりこないかい?」 「いえ、そんなことは……ただ……上手く言えないんですが、あの時はまるで、俺の中に別の誰かが沢山いて、身体を勝手に動かしていたような……」 そうして俺は、あの時の感覚を説明する。 自分という存在が誰かに呑み込まれるような感覚……上手く全てを言葉にはできなかったものの、それでも先生は頷いて聞いてくれた。 「あの時、俺が意識することもなく、勝手に能力を使っていました。それについて、何か思うことはありますか?」 「そうだね……一つの仮説としてだけど、たとえばそれは、六連君の本能ではなく……感染させた吸血鬼の本能、とかね」 「君はクスリの流通を止めないと、と考えた。それに吸血鬼の本能が反応し、勝手に反応した……という説は思いついたかな」 「……なるほど」 「でも本能だからね、情報が足りなくてあんなことになったのかも」 「情報って、どういうことですか?」 「例えば……コップの中に水があるとする、このコップを再び空にするためには、六連君ならどうする?」 「飲み干します」 「うん。あと他にも、コップを逆さまにする、底に穴を開けてもコップは空になるよね」 「本能だけじゃおそらく、方法の判断ができないんだと思う」 「………」 思い返してみると、確かにあの時は“潰す”という漠然とした言葉に、直接的に反応していたように思う。 「もし、どうしても本能だけで解決しようとすると………………おそらく、原始的な方法を無理矢理とる可能性が高いね」 「例えば……コップを割る、とか。要するに水を失くせばいいんだから、コップを完全に破壊してしまえばいい」 「なる、ほど……確かに“本能”かもしれませんね」 もしくは獣……とでも言うべきか。 ニコラに言わせれば、“暴走状態”とか言いだすかもしれないな。 つまり、あの黒い泥のようなナニかは……ある意味、俺という存在以外の可能性があるというわけだ。 ――ゾクッ。 瞬間、あの時の嫌な感覚が背筋を上ってきた。 泥に包み込まれ、自由を奪われ、まるで自分が食われるような感覚。 自分の身体なのに、止めることもできず、男の首を絞め上げたこと。そして…… おそらく状況によっては美羽や布良さんたちにも襲いかかっていただろう。 そして、やはり俺はそれを止めることができず、見てることしかできない……それを思うと、恐ろしい。 「話をまとめると……俺はやっぱりライカンスロープ、ということですか?」 「手持ちの情報をまとめると……そういう事になるね。ただ、君がこの海上都市に来るまでは人間だったというのは間違いないんだ」 「でも、普通の人間ではなかった可能性が高いと言わざるを得ない」 「普通の人間じゃない、可能性……」 「今となっては確認のしようがないけど、ライカンスロープの因子は、君が人間の頃から存在していたかもしれない」 「むしろ、その可能性が高いと、僕は考えている」 「話を少し戻すけど、確か人間の頃には例の幻聴は聞こえなかったんだよね?」 「え、ええ。そうですね」 「吸血鬼になってから突然聞こえるようになった。つまり、ライカンスロープの因子が覚醒してからだ」 「因子の覚醒が強くなればなるほど、力は強力に、常軌を逸したものになって……今回のように意識を奪われることもある。これが僕の仮説だよ」 「なるほど……確かに、納得はできます。まだ、少し不思議に思うこともありますが」 「でもどうして、俺にそんな物が?」 「それは……」 「………」 「……先生?」 「いや……なんでもない」 俺の問いかけに対して、扇先生は静かに首を振る。 「申し訳ないが、それに関しては僕は答えを持ち合わせていない。遺伝的な可能性もあるし、外因も否定はできない」 「そう、ですか……」 「おそらく因子は今まで活動していなかった。だが、吸血鬼の血を摂取することで、覚醒、活動を始めたと考えられる」 「もともと君の身体には吸血鬼の因子が存在していたからワクチンの効果もなく、バランスが崩れ、一気に反転した」 「……つまり、俺が今抱えている疑問は、全て答えが出たという事ですね」 どうしてかはわからないが……俺は、元々ライカンスロープの因子を持っていた。 そしてこの海上都市で吸血鬼として覚醒した、ということか…… ……ん? だがしかし…… 「ですが、俺は他の吸血鬼を食べたことなんてありません。なのに、どうして複数の能力を使えるんですか?」 「そこに関しても難しいところだね。なんせ、ライカンスロープの情報は少ない」 「その上、君のライカンスロープの因子がどこから来たのか、それもわかっていない。だから……」 「そうですか……」 「……すまない」 「いえ、正直に話してくれて、ありがとうございます」 「本当、申し訳ない。散々、安心して欲しいと言っていたのにね……人間に戻す努力をすると言ったのに……」 「いえ、それに関しては……もうどうでもいいんです」 「……いいの? 以前は随分と悩んでいたよね?」 「もう解決しましたから」 「何があっても、周りからどんな目で見られても、俺が美羽を守るんです。そう決めたんです」 「そして、美羽も俺の味方でいてくれるって、言ってくれたましたから」 「……そっか、よかったね。凄く幸せそうで……」 「幸せそうで、羨ましい限りだよぉぉぉ~~~~~………………どうして、どうして、その相手が僕じゃなかったのかっ」 「なにも泣かなくても」 どうしてもなにも、同性の時点で詰んでるだろ。 しかし……そっか、俺はライカンスロープなのか。 つまり、もし複数の能力がバレたときは……誤解でもなんでもなく、俺は嫌悪の対象となるわけだ。 「まぁ、今さらだよな」 そんなことは、以前から覚悟してた。 覚悟した上で美羽と恋人になることを選んだんだ。そのことを蒸し返すつもりはない。 「……くぅ……他の女の子のことを考えているのに、その男らしい横顔が素敵って思ってしまうこのジレンマ」 「………」 無理だ。さすがにこれ以上、相手にする気にはなれない。 これは無視しても、失礼には当たらないはず。むしろ当然の対応だ。 そんなとき、病室に電子音が響いた。 「すまない、事務室からの電話だ」 「どうぞ」 「もしもし、扇です。はい、はい……ええ、はい……いえ、彼はもう起きているので……申し訳ない、少し待ってくれるかな?」 「……? どうかしたんですか?」 「君が目覚めたと知って、面会したいという子が来ているんだけど……どうする?」 「それは、美羽ですか?」 「矢来君もだけど、布良君も。他にも寮の子たちは全員来ているみたいだよ」 「……みんなが……」 「どうする? 今日は、止めておくかい?」 「いえ、会います。心配掛けたと思いますし……美羽には、ライカンスロープのことちゃんと話しておきたいので」 「そっか。わかったよ。もしもし? 通してくれて構わない。304号室だから……ああ、よろしく」 「すぐにみんな、この部屋に来ると思う」 「ただ、その前に、一つ確認だ。クスリの影響は、本当にないんだね?」 「えっと……今のところは。さっきも言った通り、少しフワフワしてるぐらいです。特に問題というほどの物じゃないと思いますが」 「例え症状が軽くても、それは確実に影響が残っているという事だよ。一応、会う事は許可するけれど、気を抜いちゃダメだよ」 「……わかりました」 「僕も残らせてもらう。もしもの場合は、僕の判断に従ってもらうよ?」 「はい。わかっています」 「はい」 「失礼します」 「おー、元気そうだね、ユート。入院って聞いたから驚いたけど」 「ん、まあな」 「しかし、佑斗君はよく入院をするね」 「別にしたくてしてるわけじゃないけどな」 「やっぱり、風紀班のお仕事は危険がいっぱいなんですね。本当、ご苦労様です」 「うん、ご苦労様。街を守ってくれて、ありがとうね」 「確かにありがたいことだけど……もう少し自分の身も大切にしないとダメだよ。タナトスの声に魅入られても知らないよ?」 「タナトスが何かはわからないが……今後はちゃんと気をつけるよ」 「……軽いなぁ。今後もやっぱり怪我をしそうで心配だよ、ボクは」 「いや、本当にちゃんと反省してる。みんなに心配をかけてしまって」 「ううん、ユートが無事ならいいんだ。心配するぐらい、どってことじゃないんだから」 「でも六連先輩、お身体には本当に気を付けて下さいね」 「ああ、ありがとう、みんな」 「佑斗……よかった。いつも通りに戻っているみたいね」 「美羽……その格好、仕事中だったのか?」 「心配しないでも大丈夫よ。ちゃんと《チーフ》主任には許可を取ってあるから」 「というかアレなんだよね? ユートの事が気になって、仕事が手につかないから、半ば追い出されたんでしょう? にっひっひ」 「う・る・さ・いっ」 「そうか、心配をかけて悪いな。だが、おかげさまで大丈夫だ。それに、あの時は助かった」 「六連君……ゴメンね。本当にごめんなさい。私が撃ったから、入院させちゃって」 「別に布良さんのせいで入院したわけじゃないさ。クスリのせいだ」 「それに、あの時はどうやってでも止めてもらう必要があったんだから。むしろ俺は、感謝してるんだ」 「……本当に?」 「ああ、もちろんだ」 「なら、いいんだけど……」 「本当、凄く心配してたんだよ、アズサってば」 「だってぇ、私が撃ったんだもん。そりゃ、心配にもなるでしょう」 「本当に大丈夫だから。ほら、こんなに元気だ」 腕に力コブを作って、問題ないことをアピールする。 「そんなに心配しなくていい。布良さんだって、重症にならないような場所を狙ってくれたんだろう?」 「うん。一応……ちゃんと狙い通りに命中したと思う」 「いい腕をしてるね。確かに外傷は大したことはないよ。それは僕が保証する」 「ほら、扇先生だってこう言ってるんだ。だから、大丈夫だ」 俺は布良さんを安心させるため、以前のように優しく頭を撫でた。 「んっ、んんー……」 気持ちよさそうに、目を細める布良さん。 その姿から考えて、安心してくれたようだ。よかった……。 俺が安心したその時、不意に甘い香りがした。といっても、別に女の子の匂いが云々というつもりはない。 ただ、なんだろう……まるで飲食店の前を通りかかった時みたいに、美味しそうな匂いが―― 「――かっ、うっ、うぅぅ……な、なんだ、身体が、変に……ぅあぁっ……」 身体が、熱い……。 な、なんだ? 布良さんから目を離せない……いや、布良さんの白い肌から目が離せない。 この、白い肌に牙を突き立てたい……そして、肌の下を流れる真っ赤な血を啜って―― ――くっ!? お、俺は一体何を考えているんだ!? 今までこんなこと、なかったのに。布良さんの血を吸いたくて仕方ない。牙が……疼く……ッ。 「ぅっ、くぅぅぅ……」 「む、六連……君?」 「……来るな」 「え? ど、どう、したの?」 「来ないでくれっ! とにかく、俺から離れてくれ、布良さんっ!」 「……佑斗?」 「……め、布良さんの近くにいたら、身体が変になって……血を、吸いたいんです……凄く、血を吸いたくて……がっ、我慢が……はぁ、はぁ」 「マズイ。クスリの影響か……人間の布良君に触れて、吸血欲求が無理矢理刺激されたか」 「ど、どういうこと? ユートは問題ないんじゃなかったの?」 「残念ながら、そうじゃなかったみたいだ」 「え? え? わ、私、何かしちゃったの?」 「そうじゃない。布良君は悪くない。僕の判断ミスだ」 「悪いが、布良君は外に出て。それから、看護師も呼んじゃダメだ。とにかく、人間は近づけないで」 「出よう、梓君。ここにいては、迷惑がかかる」 「う、うん……」 「それから、合成血液をもらってきてくれないか?」 「わかりましたっ」 「あっ、エリナも一緒に行くよっ!」 「合成血液で治まればいいんだけど……」 「六連君、気分はどうだい?」 「……少しはマシになりました……」 まだ身体は熱いが、思考回路は、みんなが見舞いに来る前の状態にぐらいにまで戻っている。 少なくとも、血を吸いたいという欲望に苦しんだりはしない。 「多分、合成血液のおかげです」 「いや、残念ながらそうじゃない。おそらく布良君が離れたからだろう。人間の近くに行くと、また吸血欲求が刺激されると思う」 「合成血液で欲求が治まるなら、もっと安定してもいいはずだ」 「先生、コレは一体……?」 「矢来君にも、前に説明したはずだよね。“L”の作用について」 「確か……精神の高揚と、欲求を高めると……まさか、吸血の欲求が?」 「そういうことだね」 「だったら、誰かに吸血を許可してもらえれば、佑斗の体調は元に戻るんですか?」 「ん……楽にはなるだろうね。だけど、それで満足するとは限らない。クスリの効果が完全に切れるまでは、欲求の刺激は続くかもしれない」 「ですが――」 「可能性で言えば、相手を失血死させることもあり得るんだ。……本当に申し訳なく思うけど、吸血には慎重にならざるを得ない」 「美羽……いいんだ。先生の言う事は間違ってない。さっきも、布良さんに飛びかかるのを必死に我慢したんだ」 「もし本当に、血を吸ったとしたら……自分を保つ自信がない。止められなくなるかもしれない……能力で暴れまわる可能性だってある」 黒い泥に包まれた時も、自分を止められなかった。 あの時と同じことが起きるかもしれない……そう考えると、こうして苦しさに耐えている方がずっとマシだ。 「だから、気にしなくていい……はぁ、はぁ……」 「吸血による問題が起きるのはマズイ。そうなると六連君自身、立場が危うくなる。わかるだろう?」 「それは……だけど、佑斗……」 「いいんだ、本当に」 「でも、欲求が強くなるって……こんなに苦しいことだったんですね」 「君の場合は突然、中毒状態に追い込まれたようなものだからね。そりゃ、辛いだろうね……僕で変われるなら、変わってあげたいけど……」 「……欲求……刺激……」 「……美羽?」 「扇先生、ちょっといいですか? 確認したいことがあるんですが」 「なんだい?」 二人は、病室の端の方に寄る。 そして何やら、ゴニョゴニョと小声で話し始めた。 ……? さすがに聞こえないな。一体何の確認なんだろう? 「そうか……その手があったか……」 「可能性はあるんですね?」 「うん。絶対ではないけど、可能性はあるよ」 「なら、先生……佑斗と私の二人きりにしてもらえますか?」 「いや、だがそれは……」 「お願いします」 「………」 「……はぁ……わかった。この場は君に譲ろう。この部屋にはしばらく、誰も近づかないようにもしよう」 「六連君、この場は矢来君に任せるけど、先に二つ言っておくことがある」 「なんですか?」 「一つ目は、これから矢来君が言う事は冗談でもなんでもないということ。それから、二つ目は――」 「今回は譲ることにしたけど、僕の気持ちは全然揺らいでないからっ! そこだけは勘違いしないでねっ!」 それだけ宣言して、その場から走り去る扇先生。 「……? 一体なんなんだ?」 「美羽、一体何を話していたんだ?」 「……佑斗を、楽にできるかもしれない方法を見つけたの」 「楽にするって……だが、血を吸うわけにはいかないぞ」 「わかってる、血を吸う必要はないわ」 「なら、一体どうやって?」 「だから、それは……他の欲求で佑斗を満たせば、楽にすることが可能なんじゃないかと思うの」 「つまり……吸血の欲求を、他の欲求で埋め合わせるってことか」 「えぇ。扇先生も可能性があると答えてくれたわ」 「しかし他の欲求って、それはつまり……」 「私を……私を犯しなさいっ」 「男らしいぐらい言いきったなっ!」 勿論、顔は真っ赤だが。 「というか、他の欲求って性欲だよな? つまり、セックスのこと……なんだよな? 改めて確認するまでもなく」 さっきの扇先生の叫びはもしかして、『性欲なら僕でも満たしてあげられるんだからっ』とか、そういう意味か。 ……止めよう、これ以上深く考えるのは。セリフを想像しただけで、鳥肌が立ってきた。 「一応、先に確認しておきたいんだが……下手すると、満足することなく、延々と性欲が刺激され続ける可能性がないか?」 「確かにそうだけど……私なら、大丈夫。佑斗の力になることができるから……少しでも楽にさせてあげられるなら……」 「美羽……その気持ちはありがたいが……」 「ありがたいが、なに?」 言い淀む俺に、美羽は見るからに不機嫌そうな態度を取った。 「大好きな恋人が苦しんでいるというのに、呑気にしていられるような冷たい女に見えるの?」 「そういうことじゃなくてだな」 「み・え・る・の?」 「………」 「いいや。美羽なら何としてでも、俺のことを助けようとしてくれるはずだ」 それに、それは俺も同様だ。 もし美羽が苦しんでいるとしたら、俺は何としてでも美羽の事を助けようとするだろう。 だって、好きなんだから。 綺麗な顔も、甘い香りも、なんだかんだで優しい性格も、心地いい温もりも、全て。あと、柔らかなおっぱいとかもね。 美羽の温もりと薫りに、徐々に下半身が熱くなって――。 「くっ、ぅあぁ……」 また身体が熱くなる……。 性欲のスイッチが入ったかのように、興奮が押し寄せ、美羽から意識が離れなくなっていく。 健康的な肌、柔らかな唇、程よく育ったおっぱいに、ムチッとした太もも。見た目じゃなくて、その甘い香りも、優しい温もりも。 今度は牙じゃなく、股間が激しく疼きだす……ッ。 「す、すまないが、少し離れてくれ。自分が抑えきれなくなりそうだ……」 「……くふ、いいわよ、それで。言ったでしょう? 私が楽にしてあげる」 「だが、美羽……」 「それに……悔しいじゃない」 「……悔しい?」 「佑斗の欲求が反応したのが、布良さんだなんて」 「それは布良さんが人間で、吸血鬼が吸いたいのは人間の血だからじゃないか」 「わかってるわ。だけど、私で性欲を反応させてもよかったはずよね? なのに、布良さんだけに反応するなんて……許さない」 「だから、私で上書きするのよ。じゃないと、許さないから」 若干、怖い言葉の気がするが……それすら可愛く思えてしまう、盲目状態な俺。 「それも負債になるわけ?」 「物凄く大きな負債よ。だから、その分を今から取り立てるの。覚悟しなさい」 「美羽……今の俺はきっと、始めたら止まらないぞ」 「……くふ、前だってそうだったじゃない。クスリなんて関係なく、始めたら止められないくせに」 「……すみません」 「いいわよ、それで佑斗が助かるなら、私だって文句はないわ。くふふ、私の身体の中毒にしてあげる」 「………」 「ちょっと待って欲しい」 「なに? ここまで来て、まだ何かグチグチ言いたいことでも?」 「いや、先に美羽に言っておかなきゃいけないことがあるんだ。真剣なことで」 「……なに?」 俺の雰囲気を察知して、美羽も真剣な表情に戻る。 「さっき、扇先生と話して教えてもらったんだが……」 「俺はやっぱり、ライカンスロープらしい。誤解でもなんでもなく……あの、ライカンスロープなんだ」 「………」 「……で? だから、なに?」 「いや、それだけ、なんだが……」 「そんなの最初のキスの時点で話したことじゃない。今さらでしょう。その程度の事実で、私が別れると思っているの?」 「ライカンスロープだから、なに? 残念だけれど、それぐらいじゃ諦められないぐらい、痛い女なのよ、私はっ」 「自分で痛い女って言うか、普通」 「これぐらいじゃ離れてあげないわよ。それに、まだまだ負債は残っているんだから」 「わかってる。俺だって、別れて欲しいなんて微塵も考えちゃいない」 「ただ、知っていて欲しかったんだ、美羽には」 「きっとこの程度のことで、俺から離れたりはしない。変わらず傍にいてくれると信じられたから、隠すこともないと思った」 「それだけだよ」 本当は、少し不安な部分もあった。 実際にライカンスロープと発覚したことで、美羽も動揺するんじゃないかって。 でも、美羽は微塵も揺らぐことはなかった。 それが凄く嬉しくて……思わず俺は、笑みをこぼしてしまった。 「本当、美羽はいい女だなぁ」 言いながら、美羽の身体を抱きしめる。 美羽は抵抗することなく、身体を俺に預けてきた。 「今さら気付いたの?」 「いいや。前からずっと思ってた。だから、美羽のことを好きになったんだ」 「もう俺は、美羽がいないとダメだな、きっと」 「くふ……それは、肉体的な意味で?」 「うぁ、美羽っ!?」 俺の腕の中で、美羽がそっと充血しっぱなしだった俺の相棒を優しく撫で上げる。 「この状況で、いきなり触るか、普通」 「私のせいみたいに言わないで頂戴。抱きしめられた時にはすでに、カチカチになっていたわよ」 「それは、そうなんですけどねー」 「それで、言い残したことはもうないの? だったら……今日の取り立てを、始めましょう」 そう言いながら美羽は手袋を口で咥え、ゆっくりと引き抜いた。 「くふふ……出てきた」 ズボンはおろか、パンツまで引き下ろされ、俺の相棒が空気にさらされる。 「もう真っ赤になってる。それにガチガチじゃない」 「美羽が性欲で代用とか、身体で中毒にしてあげるとか、そんな期待させるようなことばかり言うからだろう」 「くふ……ちゃんと私でも反応してくれてるようでよかったわ」 「美羽相手に、反応しないわけない」 今から美羽に刺激を与えられる。 それを想像しただけで、背筋が震えてしまいそうだ。 「本当、ガチガチなのね。思ってたよりも、さらに硬い……それに、大きい」 「そういえば、実際に触るのは、初めてか」 「こうして間近で見るのもね。いつもはイジメられてばかりだったけれど、今日は立場が逆転しているわね」 「……どうか、お手柔らかに、お願いします」 「くふ、ダメ。私のことをさんざんイジメたんだから、その分の仕返しはちゃんとさせてもらわないと」 肉棒を握りながら、美羽は指先で先端の辺りをくすぐる。 さすがに、美羽が男への愛撫を知っているとは考えにくい。手探りでなのだとは思う。ただ…… 「……ッ」 その手探り感が微妙な刺激を生み出し、想像以上の快感を引きだした。 「くふふ……ビクビクしてるわよ、佑斗。そんなに気持ちいいの?」 「………」 「黙ってても、ココは正直に返事してる。震えで丸わかりよ、佑斗」 美羽の指が、肉棒に絡みつき、柔らかな動きで優しく撫で上げていく。 「どう? こういうの、気持ちいい?」 「……うッ。くっ、ぅぅ……」 「ほら、どうなの? 正直に言っていいのよ? 遠慮なんてしないで、佑斗の性欲を満たすためなんだから、ちゃんと言わなくちゃダメ」 「……気持ちいいよ、美羽の指」 「くふ……いつも私の中で、こんな風にビクビクしながら動いてるのね。それじゃ……こうすれば、もっと気持ちいい?」 肉棒を包み込む美羽の手が、リズミカルに上下に動き始める。 「うっ、くぅ……うぁ……」 「面白いわね、声が漏れてる。ちょっと、佑斗の気持ち、わかったかもしれない」 「な、なに? 俺の気持ち?」 「自分がね、気持ちよくさせてるって……凄く嬉しい。それに、相手が快感に震えてるの見るのも楽しいわ、凄く」 「どうしていつも、私のことをイジメるのか。こんな風に楽しんでいたんでしょう? ん、ん、ん、ん……」 優しく上下に撫でさすりながら、美羽が俺の顔を見つめてくる。 その視線と、下半身から駆けあがってくる快感に、思わず腰が引けてしまいそうになる。 「くふ、逃がさないわよ。もっと、速くしてあげる……ん、ん、んっ、んんーーっ」 「くぁっ、ちょ、ちょっと待て、美羽」 「待たない。私がいくら言っても、アナタはイジメ続けたから、私もイジメ続けてあげる。んっ、んっ、んん」 「いや、だが、このままだと……お、おい」 「……くふふ、どんどん息が荒くなってる」 楽しそうな微笑を浮かべながら、美羽はどんどん手の運動を速めていく。 だが、これは――このままだと、俺は―― 「ん、ん、ん、んん……真っ赤になってるわよ」 「美羽、美羽……本当にマズイ。このままだと……」 「また、ビクってした。くふ、んっ、んっ……どんどん気持ちよくなって、ほら、ほら」 「うぅっ……ぁ、ぁぁっ、み、美羽っ!!!!」 「え? あ、きゃっ」 抑え切れず、肉棒をかけ上った粘液が、一気に外へ飛び出した。 当然飛び出した精液は、間近で観察していた美羽の顔にも降り注ぐ。 「うぁっ、うっ………………佑斗、早いわね。早漏?」 「―――ッ!!??」 「こっ、これは違う! クスリで性欲を刺激されているからであって、本当の俺は、もっと頑張れる子! 頑張れる子なんだ!」 「いつもはもう少し粘ってるだろ!?」 いくらなんでもここまで早いのはおかしい。我慢汁すら溢れる暇なく、射精に至ってしまった。 「そんなに、気持ちよかったの? 私の手……」 「それは……………ああ。凄く、気持ちよかった」 「くふ……そう。私の手でイかせられたって……凄く嬉しい」 そういう美羽は、出した精液でドロドロになった肉棒を掴んだまま、顔にかかった精液を拭おうともしない。 赤く染まった頬と、白い粘液のコントラストに、俺は思わず唾を飲み込んでしまう。 「……そう言えば、精液も間近で見たのは初めてかも」 「ん? そういえば、そうかも。顔にかかったりしたのは、今回が初めてだな」 「………」 「……れる」 「美羽!?」 不意に美羽が舌を出し、俺自身にかかった白い粘液を一舐めする。 「ぅぁ……凄い匂い。それに、ネトネトで喉に絡みつくみたい……」 「お、おい、別にそこまでしなくても」 「……なに? 嫌なの?」 「いや、全然。むしろ、舐めてくれると物凄く興奮するぞ」 「みたいね。全然元に戻らない。硬いままだわ」 「それは、やっぱりクスリの影響が大きいと思う」 「つまり、満足してないということでしょう? なら、さらに気持ちよくして、もっと出させてあげる……ん、れちゅ……れろれろ……」 美羽の舌が、再び精液まみれの相棒に伸びる。 「んっ、ぴちゃねちゃ……ねちゅれちゅ……んっ、れちゅ、れろれろ……ねちゅ……ねちゃねちゃ……」 可愛らしい舌が、精液をすくっては口内へ運んで行く。 こ、これは、いわゆるお掃除フェラというやつでは!? 「ねちゅ、ねちょねと……んっ、精液の匂い、濃い……んっ、ねちゅ、ねとねちょ……」 「美羽、大丈夫か? 精液まみれなのに……別に無理はしなくていいんだぞ?」 「平気よ。れちゅねちょ……無理はしてない、ずっと興味はあったから……ん、れろれろん……れちゅ、ちゅ……」 「ぺちゅ、れろれろ……んんっ、それに嫌いじゃないかも。この匂いも、味も……んちゅ、れちゃねちゃ、ちゅるちゅる……」 マジで!? 俺本人ですら、わりと臭いと思うんだが……。 あっ、でも美羽は俺のパンツを嗅ぎながら、オナニーしてたっけ。 さすが、おパンツ様の匂いで興奮できる女は違うということか……? 「んっ、れろれろ……れちゅ、ねろねと……もう、全然綺麗にならない。このままじゃ、埒が明かないわね……はぁ、む……んっ」 「――ッ!!??」 まだまだ精液まみれだった俺の肉棒を、ぱくっ……と、美羽が呑み込んでしまう。 うわ……美羽の口の中、温かい……。 「ん、ちゅ、ちゅ、んじゅる……じゅるる……んっ、んくふぅ、ぬちゅ、ぬちゅ……んっ、じゅる、ちゅぅぅぅ」 「美羽、本当に大丈夫なのか? 無理、してないか?」 「ん、んん、じゅるる……ゴクッ……本当に無理はしてないわ……というより、もう少し味を試してみたいのよ……あむ、じゅるる……ちゅるちゅる」 口の中で、肉棒に張り付いた精液を、美羽は丹念に舌を這わせて剥がしていく。 そしてその精液は、そのまま飲み下してしまう。 「はぁ……んむ、んじゅる、ちゅぷちゅる……ちゅ、ちゅぅぅ……ちゅぷちゅぱ……ん、んーーっ……んじゅる、じゅるる」 次第に、肉棒を呑みこんだ美羽の目がトロンとまどろみ始める。 もしかしたら、精液に媚薬効果があるのかもしれないと思えるほどに。 「じゅるん、ちゅぷちゅぷ……はぁ、はぁ、精液、佑斗の精液……んっ、ちゅる、れるれろ……れろれろ……れるん、ちゅっ、ちゅうぅぅぅ」 「んはぁ……はぁ……これで、綺麗になったわね」 「でも……足りない。まだまだ、足りないんだ。凄くその……疼く」 「疼くって、ココが?」 「そう。だから、もっと……もっと舐めて欲しい」 「……くふ、そんなに言うなら……仕方ないわね。それに、精液なくなっちゃったし」 「……もしかして、クセになってる?」 「少なくとも嫌いじゃないかも。ちょっと喉に絡みつくし、クセは強いし、臭いけど……むしろ、好き……かも」 「もしかしたら、好きな人のだからかも……んっ、んじゅるる……んっ、んふぅ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ……んぐちゅ、ぬちゅぬちゅ」 美羽はそのまま、再び肉棒を咥え込み、激しくしゃぶりつく。 「んじゅぷ、くちゅ、ぬちゅ……んんっ、じゅるる……●●●●、せいえきのしみこんら、●●●●……んぐちゅ、ぬぽぐぽ」 いや、精液は別に染み込んじゃいないと思うが……という反論を口にできないほど、俺の息は荒れていた。 「んじゅ、ぶじゅ。んふぅ、んじゅぷ、じゅぽちゅぽ……れじゅぷ、じゅぷじゅぽ、ぢゅる、じゅぷぷぷ」 「くぅぁ……ぁっ、ぅっ……み、美羽……」 「れるる……やっぱり、好きなのは精液じゃなくて、この●●●●かも……はむ、んむぅ……じゅぷれじゅ……ぢゅるるーーーっ」 「そんなに、好きなのか?」 「んん……うん、好き。コレも、佑斗が気持ちよさそうにしてる顔も、大好き……あむじゅぷ、じゅる、ぢゅる、ぐぷぷぷ」 精液に酔いしれた美羽は蕩けた瞳で、肉棒を強く吸い上げながら顔を上下させ始める。 「じゅぷっ、じゅぽっ……んちゅ、ちゅぶ、ぢゅるるっ……んぐっ、ぐぷっ、ぐぽぐぽ……ちゅ、ちゅ、ちゅぅぅぅ……ん、んじゅぽっ」 「んぢゅぽ、ぬちゅぬちょ……こんなに、自分がエッチだなんて、思ってなかった」 「俺も、美羽がこんなに必死に舐めるなんて……驚いた」 「じゅる、くぽぐぽ、ぬちゅぬっちゃ……らって、おいひいから……なめてるらけへ、わらし……んっ、ぢゅぽ、ぐじゅずずずず」 俺の相棒にしゃぶりついたまま答える美羽は、艶めかしく腰を振っている。 「美羽、腰が動いてる……」 「らっへ……んぢゅる、ぱぁ、だって舐めてると、どんどん濡れてきて……汁が、止まらないの」 「そんなに?」 「これも、佑斗のせいッ。佑斗のが美味しくて……気持ちいいから止められないのよッ……んじゅる」 「はむ、はむ……ん、ぐぶぶ……んぶっ、ちゅば、ちゅば、ちゅば……ぢゅるぢゅる、ぐぽっ、ぐぽっ、じゅるるーーっ」 その答えで、何かが吹っ切れたのか、しゃぶりつく美羽の動きがさらに激しくなる。 自分のヨダレで口元をベトベトに汚しながら、貪欲に俺の相棒をすすりあげていく。 「ん、んぅぅーーーっ……ちゅる、ちゅっ、ちゅぅ、ちゅぅぅぅ……ん、じゅぽ、れるれろ……じゅるん、じゅぷぷぷ……ッッ」 そんな美羽の姿と、しゃぶりつく刺激に、下半身の痺れが大きくなってくる。 「んんっ、まら? まら、イかない? んっ、ちゅるちゅる……んっ、ちゅぅぅーーっ、じゅぽじゅぽッッ」 「い、いや……そろそろ、ヤバい、かも」 「イッていいわよ……あむ、はむはむ、んっ、んんーー……ぢゅる、ぢゅぷぷぷ……んちゅ、ちゅぅぅぅーーーっ」 俺を追い詰めるような口のしごきに、身体の震えを抑えることができない 「うっ、み、美羽……」 「もう、イふ? せいへき、れふの? んっ、んじゅる、じゅぽじゅっぽ……ぢゅるる……れるれろ……れるん、ぐぽぐぽ」 「あ、ああ。出る、もう、我慢できそうにない、また出る」 「んっ、じゅるん……んっ、はぁ、どっちが好き? このまま口と、顔にかけるの、佑斗はどっちにしたい?」 「くっ、口に。美羽の口の中に、出したい」 「かっ、顔に、美羽の顔にかけたい」 「んっ……はむはむ……んっ、んじゅぷ、くぽっ、ぐぽっ、じゅぽじゅぽ……んちゅ、ぢゅるるる……んじゅるる」 美羽の口による凌辱が、さらに激しさを増していく。 「じゅるる……んじゅぷ、じゅぽじゅぽ……はむ、はむ……ん、ぐぷぷ……れろれろれろれろッ」 「ぅぁ、み、美羽、それヤバい」 「じゅるん、じゅるちゅぷ……れじゅれちょ、ぬちょぬちょ……ちゅ、ちゅ、ちゅぶぶ……れるれろじゅる、じゅぶじゅぼッッ」 美羽は口を離すことなく、早く出せとばかりに、俺の快感を絞り取っていく。 「んむっ、はむ、あむ……んっ、んじゅる……じゅぽ、じゅるるーーっ、ぐぽ、れるれちょ、れちょ、じゅるる、んっ、ぢゅるるーーっ」 「み、美羽、もうイくっ!」 「んっ、んちゅぅぅぅぅぅーーっ……ちゅっ、ちゅぶぶ……ぢゅるるーーーっ」 「れるれろれろ……んぐぷ、じゅるる……ちゅ、ちゅっ、ぢゅるるる……んじゅぽ、ぢゅぽぢゅぽ」 「美羽っ! このまま、このまま出すからっ!」 「ぢゅるぢゅる……んっ、んんーーっ、ちゅっ、ちゅるん、んっ、じゅぽじゅぽ、ぢゅ、ぢゅるっ、ぢゅずずずぅぅぅぅぅッッ」 「うっ、うあぁっ」 「んっ! んっ、んっ、んんんっ、んんんんんーーーーーーーッッッッ!?」 ついに限界が訪れ、俺は美羽の口の中に精液を思いっきり流し込む。 「んっ、んふぅ……ふぅー、ふぅー……んっ、んっ、んじゅ……ぢゅる、ぢゅるる……んふぅ」 勢いよく爆発したにも拘らず、美羽はそのまま精液を喉で受け止めた。 ビクンビクンと震える肉棒を口で締め付け、吐き出された精液をそのまま口の中に溜めこみ、ゆっくりと喉に流し込んでいく。 「んふぅ……んっ、じゅる……コク……れじゅぷ、ゴクン……んっ、んふぅ……ゴクゴク」 「んっ、んんーーー……けほ、けほけほっ……はぁ、はぁ……やっぱり、好きかも……はぁ、はぁ……」 白い粘液を口の端から零しながらも、美羽は恍惚とした表情で言う。 「凄く濃くて……臭くて……でも、嫌いになれない……はぁ、はぁ……」 「んっ、んんーーーーぱぁぁっ、い、いいわよ、出して、このまま、出して」 口を離した美羽が、手を上下に動かす。 唾液と精液の混ざり合った粘液を潤滑油に、柔らかな手が激しく揺れる。 「らして……私の顔に、らして……んっ、はぁ、はぁ……」 「美羽、も、もう、イく……イくぞ」 「んっ、いっぱい、精液、らして……かけて、私を汚して」 「うっ、あぁあ……」 「凄い、びくびくして……真っ赤になってる……」 「で、出るっ!」 「んっ、あっ、あっ、んあぁぁーーーーーーっ」 勢いよく精液が飛び出て、美羽の顔をドロドロに汚していく。 「んあぁ、はぁ、あぁぁぁ……出てる、熱いの、たくさん、でてるぅ……はぁ、はぁ……」 肉棒との間で糸を引く精液を、自ら浴びる美羽。 凄く、エロいな、これ……。 「はぁ……熱い、精液……臭いの、沢山、顔に……はぁ、はぁ……」 「美羽……本当に平気か?」 「う、うん、平気。臭くて、ドロドロで……でも、好きになっちゃったから……はぁ、はぁ……」 言いながら、腰をモジモジとさせる美羽。 くぅ……ヤバい、性欲が全然治まらない。 今も、出したばかりなのに、萎えるどころか、さらに硬くなって角度も鋭くなる。 「スマン……美羽。やっぱり、全然ダメだ。まだまだ、満足できそうにない」 その言葉に、美羽は太ももを擦り合わせて、こちらを見つめてくる。 その瞳に誘われるように……いや、自分の中の欲望に従い、美羽の身体を持ち上げた。 「……え? あっ、佑斗……きゃっ」 「やっ、ちょっと……苦しい……」 「さっきは美羽が間近で見たから。今度は俺が間近で見たい」 美羽の身体をひっくり返し、その無防備な股間に顔を近づける。 「美羽……凄くエッチな匂いがする」 「それに、パンツがドロドロだぞ」 「そんなの……全部、佑斗のせいでしょう……佑斗の……美味しいから、こんなに濡れちゃうんじゃない」 「……それとも、●●●●を舐めて濡らしてしまうような、お漏らし女は……嫌い?」 「いや、大好き。本当、美羽は可愛いな」 美羽の濡れた股間に、濡れた生地の上から、優しくキスをする。 「んっ、んん……ぁっ、あぁぁ……あん、あん、あんっ、んあ」 「美羽のエッチな匂い、好きだ。んっ、すぅーーーーーーっ……はぁ、はぁ……」 「ちょっ、ちょっと、イヤ、そんなところ匂わないで」 「だって凄くいい匂いがするから。それに、人のパンツを嗅いでオナニーしてたのはどこの誰だ?」 「今、それは関係な――んぁっ、あ、あ、あっ……ず、ずるい、卑怯、喋ってる途中でっ、あっ、あっ、あんっ……はぁぁぁっ」 染み込んだ愛液を舐め取り、吸い尽くすように、舌と唇でむしゃぶりつく。 「ひぃっ……んっ、んんひっ……うぁ、はぁっ、はぁっ……んっ、んんーーーーっ、はぁ、はぁ、あっ、あぁ、あー、あああーーっ」 「こんなに濡れて、気持ち悪くないのか? ん、んん……れる、れろ……ちゅ、ちゅ、じゅるる……」 「気持ちは……い、いいっ……あっ、ああぁぁーーっ、佑斗が舐める、の、気持ちいい……はぁァん、はぁ、はァ、ンぁ、はァぁン……」 「股間もドロドロで、声も蕩けてきてる。こんなに濡れてたら、もう脱いだ方がよさそうだな」 「はぁー、はぁー……はぁ、んっ、あ、あぁぁ……脱がされる、直接、見られちゃう……はぁ、はぁぁぁ……」 「こんなに透けてたら、もう変わらないだろ」 張り付いたパンツをめくり上げると、トロトロに濡れた股間が現れる。 俺はその股間に自分の顔を埋めて、直接愛液を啜りあげていく。 「んひぃぃィぃっ、んぁん、あッ、あっ、あァァぁっ、音、音、してるっ……んッ、はぁン、はぁ、はァぁーーーンン」 「じゅる……ちゅるちゅる……んんっ、美羽の汁、吸っても吸っても、溢れてくる。凄いな」 「だって、そんなに吸われたら、あンっ、あンっ、あぁぁぁぁんっ……止められない、かっ、感じる、感じちゃうっ、あ、あ、あーーーぁぁンッ」 「ちゅる、じゅるる……はぁ、はぁ、感じてる美羽、凄く可愛い……んちゅ、ちゅるじゅる……」 溢れるヌルヌルの粘液を貪るように、股間にキスをし続ける。 そして俺の下で悶え苦しむ美羽の姿を楽しんでいく。 「凄い……匂いも、愛液も……じゅる、ちゅるちゅる……」 「んっ、んッ、ンひぃィっ、あっ、やァぁっ……ひ、広げて舐めちゃダメ……ダメっ、ダメダメ、あッ、あっ、ああーーァぁッ」 ワレメの奥に舌先を差し込み、粘膜と舌を絡めて股間とディープキスをする。 「んっ、あっ、ああァぁァーーーーぁぁ……はァ、はぁ、はひィっ、ンっ、んあァっ、あッ、はァァぁ……」 女の甘い香りが一層濃くなり、俺の嗅覚を刺激する。 この匂いと、美羽の快感に崩れた表情に、俺の理性はもうボロボロに崩れていた。 「美羽、もう挿れるからな……我慢できない」 「あっ、あっ……あぁ……そ、そこぉ……」 ぬちゅっ……ワレメに肉棒を押し付け、先っぽの我慢汁と愛液を混ぜ合わせていく。 そして震える美羽の熱い肉の隙間を、俺は相棒で一気に貫いた。 「んんああァァぁぁぁ……ッッ、はぁーっ、はぁーっ、はいっ、入ったぁ……深いぃぃ……こんなに深いの、初めて……はぁ、はぁぁ」 「美羽……いつもより、キツい……もしかして、痛い?」 「ひっ、はぁーっ、はぁー……平気。痛くは、ないの。もう私、佑斗の形を覚えてるみたい……すごい、いつもより、感じる……はぁ、はぁぁーーぁ」 「なら、このまま動くからな」 驚くほどきつく締め付けてくる美羽の膣肉を、俺はゆっくりと突き下ろしていく。 「あんっ、あ、あ、あぁーーっ……ん、んーーっ……で、出ちゃう、出ていっちゃう……あ、あ、今度は入って……あっ、あッ、ああァぁーーーぁァッ」 「くっ……ん、きつい……っ」 「んひっ、ひぃィんっ……はァっ、はァっ……深い、深いぃぃ……あ、あ、あ、あぁァ、そこ、そこぉ……あ、あ、あぁぁーーーッ」 「こ、ここのことか?」 美羽の反応が一番激しい部分に亀頭部を何度も打ち込んでいく。 「はぁぁぁーーーぁぁぁっ、うんっ、うんっ、あ、あ、ああぁーっ、そこっ、そこっ、ダメ……ダメダメっ、あっ、すごい、いいィィッ……」 身体を震わせると共に、驚くほどの力でぎゅーーーーっ、と相棒が締め付けられる。 「うあっ、み、美羽……締め付け、強い……」 「だって、だって……んぁんァぁーっ、ダメ、そこッ……あ、あ、奥、当たって……ひッ、ひぃっ、ひィィぃ……んンーーーーッッ」 「ちょっ、ちょっと、緩めて、くれ」 「んあ、あ、あーーッ……む、無理、それ、無理ぃ……そこ、擦られちゃうと、あっ、あッ、あーーッ、そこ、それダメ、ダメ……ぁああァっ」 先っぽで肉を擦る度に、美羽の声がひっ迫していく。 「んーーーっ、んんーーぅぅ……はぁ、はぁ、はぁ、な、中で、擦れて……はぁ、はァ、はぁはァ、あっ、あっ、んんぁァあぁーーーーッッ」 「美羽の中、熱くて……き、キツイっ……んっ、んぁぁっ」 「んひぃぃぃぃ……あっ、あっ、あっ、はぁァっ、そこっ……こすれちゃう、はぁーっ、はぁーっ、あ、あ、ああぁぁぁーーぁっ」 「……はぁ、はぁ……美羽の、感じてる顔、可愛いっ」 「あひぃッ、あぃィ、あィっ、ああぁーー……そこ、感じやすいから、ダメッ、ダメぇ……ンぁ、あッ、あひぃィんっ、ダメダメダメぇぇぇぇっ」 「あ、あ、あ、あぁぁぁっ、押さないで、今は押しちゃダメぇぇッ……おかしく、おかひくっ、なるっ……あ、あ、あぁァァあああァーーーぁぁッッ」 美羽が大きく叫び、俺が持ち上げた両足の先がビクンビクンと震え始めた。 それと共に、美羽の膣肉も痙攣しながら、キュウキュウと搾り取るように激しく締め付けてくる。 「うあっ!? み、美羽……そんなに、締め付けられたらっ」 「んンンーーーーーーぁぁァあァァァぁッッ」 予想以上の締め付けに、抵抗することができず、俺はそのまま美羽の奥に全てを吐き出していく。 「美羽っ、あ、あぁぁっ」 「んひぃぃっ、あっ、あっ、はぁ……はぁ……奥ぅ……奥で、ドクドクって……出てるぅ……はぁ、はぁ……お腹、あたたかいぃ……はぁ、はぁ」 美羽の身体は痙攣を続けながら、大きく口を開けて酸素を求めていく。 肉棒を咥え込んだワレメからは、中から精液が溢れ、持ち上げられた美羽の身体を流れ落ちていく。 「ひっ、ひぃ……はぁ、はぁ、はぁ……この体勢、ダメ、かも……気持ちよすぎる……」 蕩け切った顔でうわ言のように呟く美羽は、ヨダレもそのままで俺のことを見上げていた。 そのだらしない姿を前にした俺の興奮は、まだ収まりそうにない。 「美羽、まだ、俺………………また、動くぞ」 「やっ、イヤっ……こ、このまま、このまま動かれたら……あっ、あッ、あっ、あひぃィぃーーーーィぃッッ」 「ひゃ、ひぃぃぁぁぁーーーーーぁぁぁああぁぁ……」 咄嗟に腰を引いた俺は、そのまま美羽の身体に向けて全てをぶちまける。 「はぁ、はひぃぃ……ドロドロ……ドロドロの精液ぃ……はぁ、はぁ……はぁぁぁ」 「美羽……美羽……」 痙攣をする美羽の身体に、ビクビクと震えるペニスが白い粘液を振りかけていく。 「はっ、はぁ……はぁ……凄い、精液、まだまだ沢山……はぁ……はぁ……すごい……」 火照って赤く染まった肌と俺の精液をそのままに、口元をヨダレでべとべとにした美羽。 そのだらしない姿を前にした俺の興奮は、まだ収まりそうにない。 「美羽、まだ、俺………………挿れるからな」 「え、あっ、ま、待ってっ、私、まだあぁぁぁぁんんんーーーーーーッッ」 「はぁ、はぁ、はぁぁァぁーーぁぁッッ……はぁ、はひぃ、ぃ、あぃっ、はっ、はぁ、はひぃぃんっ」 「この体勢……だっ、ダメぇぇ……かッ、感じ、過ぎる……気持ちよすぎるぅっ、あッ、あっ、ああァァぁーーーーぁァッ」 「美羽、美羽の中、本当に熱くて凄いよ」 「んっ、んんーーーーっ、あっ、あぃ、あぃ、あひっ、せ、せめて、体勢、変えて……じゃっ、じゃないと、じゃないとぉっ」 「ココ? 美羽は、奥のココが、そんなに感じるのか?」 「あぁぁんっ、かっ、確認、しないでぇ……あっ、あっ、あーーーっ、奥、しっ、しびれるぅ、ひびれるぅ……ん、んんーーーっ」 一気に腰を突き下ろし、美羽が身体を震わせるところを、先っぽでぐりぐりと抉る。 「んんっ、んひィっ、ひぃァ、あっ、あァぁァ……びりびりする、はぁ、はぁ……それ、やッ、気持ちいいぃ……はぁ、あっ、あぁぁンッ」 「美羽の顔、すごく色っぽい。それに可愛いよ」 「は、はひィ……うっ、嘘、嘘吐きぃっ、こ、こんな、こんな顔、はずかひいぃっ、あぁァはぁァァあぁァッッ」 「本当に凄く可愛いよ、美羽。大好きだ、本当に、大好きだよ、美羽」 「こっ、こんなときに……あっ、あぁぁーーーーぁぁ……ひきょう、ものぉーっ、あひッ、あィっ、ひぃィンっ」 泣きそうな顔と声で、美羽は子供のように首を振る。 「んっ、んんーっ、んはァ、あっ、はァーっ、はぁーっ、そ、そんなこと、するなら……はぁ、はぁ……んっ、んンンんーーーーーーッッ」 「うっ、うあぁぁぁっ!?」 突如、美羽の膣肉の圧迫が強くなる。 それは先ほど感じた圧迫よりもさらに強く、まるで肉棒が折られてしまいそうなほどだ。 「くぅ……み、美羽、痛いぐらい、締められてる……くっ、ぅぅ……」 「んっ、んひィ、はぁ、はァ、だって、佑斗がイジワルだから、私も、仕返しするのよ、んんんーーーンッ」 もう絶対に離さないとばかりに、強く、強く、美羽の柔肉が狭まってくる。 「み、美羽……さすがに、これは……うっ、あっ……」 「んんーーーー……くふふ、佑斗の顔、可愛い。んッ、んっ、ンッ、んンンーーっ」 さらに強さに強弱をつけながら、きゅっ、きゅっ、と微妙な変化を付けたりして、俺を快楽で苦しめてくる。 このまま止まっていると、締め付けだけでイかされるかもしれない。 反撃とばかりに腰を回して、美羽の奥の壁を、再びグリグリと抉っていく。 「あッ、あィっ、んっ、んンーーーーぅぅぅはぁァッ、あっ、あひィっ、あ、あッ、あぁァあァァ……」 「俺も、負けないからな。美羽の可愛い顔を見たいんだ」 「ひぃっ、ひぃ、はひィぃッッ……ああァぁァ……ダメ、ダメぇ、そこ、グリグリされると……あッ、あっ、んあああァぁァーーぁァッ」 「お、おかひく、なりそう……はァっ、はぁッ、変なスイッチ、入るみたいで……んんッ……はぁ、頭、おかひく、なる」 「嬉しいよ、美羽。俺のち●こで、そんなに気持ちよくなってくれるなんて。もっとその顔を、よく見せて」 俺は美羽に囁きかけるようにしながら、弱点らしき個所を何度も何度も擦り上げる。 「あっ、あっ、あィっ、あぃィッ……ず、ずるい、そんなの……私ばっかり、ずるいっ……んんッ、んーーーンぃィっ」 「くぅぅ……」 「わたっ、わらしも、みたい……はぁ、はぁ、佑斗が、感じてる顔、見たいッ、んひっ、ンッ、んんっ」 ヌルヌルの粘液で満たされながらも美羽はヒダを、俺のペニスに強く絡みつかせてくる。 「んッ、ンっ、んひィっ、あィ、あィ……はっ、はぁァァぁーーァぁ、き、きもちひい? わらしのおま●こ、きもちひい?」 「ああ、凄く気持ちいいよ。もう何度もイッてるのに、またすぐにイッてしまいそうなぐらい……」 「はひぃっ、あィ、あィ、わらしも、いいッ……気持ちよすぎて……い、イき、そう……ぅっ、あ、あッ、あひぃィっ」 「い、いいよ、美羽。イッて、美羽のイく顔、見せて」 「あっ、あっ、んああぁっッ、もう、見てる、何度も見てるくせにぃっ、はッ、はッ、あっ、ああァぁーーーァァぁッッ」 「こんな顔は、俺だけの物だから。何度でも見たいんだ」 「んっ、んんーーーっ、あっ、あひッ、くぅぅぅぅ……んんっ、わらしも、ゆうとの顔、見たい……わらしだけの顔、見たい」 逆さまになった身体をビクビクとさせながらも、美羽は俺の刺激に負けることなく締め付け続けた。 「んんぃぃぃっ……んふぅ、あ、あぁぁっ……はぁーっ、はぁーっ、んっ、んんぃィーーーぃィッッ」 「はぁぁ、凄い……本当に、またイきそう」 「ああ、あ、あぁぁ、とろけてる……すごい、おっきぃ……わらしの奥で、おっきぃの、当たって……ひっ、ひぃぃんっ」 「もう、イきそうだから……今、我慢汁、一杯でてるっ……それに、さっきの精液も付いてるはずだから……くぅっ」 「はぁ、はぁ、ああぁぁ……さきっぽ、当たっ……んっ、んぃ……おしる、が、あッ、あッ、あぃぃぃっっ」 「そうだな。俺の色んな汁が、美羽の身体に塗り込まれてる。こうすれば、ほら」 「はぁァ、あっ、あっ、はァァ……ぁァぁぁンっ、あひッ、あひィっ、ぬりこまれてる、わらしの中に、佑斗のおしるが、あッ、あっ、あッ」 「美羽、凄くいやらしい顔してる」 「だって、らってぇ……わらしの身体が、形も、佑斗のモノになって、今度はおしるまで……しみこんで……はっ、はひぃぃっ」 「イヤか?」 「いっ、嫌じゃない、うれひい……はァ、はぁ……佑斗の、佑斗専用に、なってること、わかるから、はぁ、はぁ、はあぁァーーぁッっ」 「ああ、あ、あ……もう、ダメ……ひらくぅっ、奥がひらいてぇ……あぁーーッッい、イく、またイくっ、あっ、あっ、あぁぁーー、イッちゃうっ」 「いいよ。美羽、イッて。今日は俺が沢山イッたから、次は美羽の番だ」 「あっ、あぃっ、ひぃぃっ……はっ、はっ、はっ、もう、イく、イッちゃう。そこ、そこ、そこそこそこッッ」 「あ、あ、あ、あぃ、あぃ、ぃっ、ぃぃぃイく、イくイくッ、イッ……くぅぅぅ………………ッッ」 「ンああぁぁァぁーーーーーァぁッッ」 俺の下で、肉棒に貫かれたままの美羽の身体がビクビクと震える。 蕩け切ったその表情は、快感の波に完全に呑みこまれていた。 そんな美羽の上で、俺はさらに腰を打ち下ろし、痙攣する蜜壺の中をひっかきまわす。 「んひぃ、あぃ、あひぃぃぃ……す、すごい、すごい……おく、奥まで、響いて……あ、あ、ああーーぁぁ、本当に、おかひくなる……」 棒を咥え込んだ膣穴からは、腰を動かすたびに透明な粘液がグプグプと溢れ出してくる。 「はぁぁ、あはぁあぁーー……だめ、だめぇ……止めてくれないと……そ、そんなにされたら……また、いっ、イく、すぐにイッちゃう……ッッ」 「ああ、俺も……俺も、イく、から」 「んっ、あっ、あっ、あぁぁ……イッて、このままイッて……んっ、んんんーーーーーッッ」 足をビクビクさせながらも、美羽は下半身に力を入れて、精液を搾るように膣肉の圧迫を強める。 「くっ……」 「はぁ、はぁ、あっ、あぁぁーーっ、し、痺れる、また、イッちゃう……あィ、あィ、いっ、ひぃぃぃっ」 「あ、あ、あ、あァァぁ……また、またイく、●●●●にイかされちゃうっ、ああぁぁーーーぁぁんっ」 「俺も、俺も、イく」 「んっ、んひぃっ、ぃぃぃーーーぃっ、ああぁぁっ、出して、出してっ、また、わらしの身体に、精液、らしてっ」 蕩けきった美羽の声で、そんないやらしい事を言われて、俺も限界が訪れる。 「んひぃっ、ひィっ、ひぃッ、ああぁーーぁぁッ……んんっ、はァっ、はぁっ、あっ、はああァぁァーーーァァぁッッ」 「美羽、美羽っ!」 「あっ、あィ、あィ、あひッッ、イッ……く、また、イくイく、あ、あ、また、イッちゃうぅぅッッ」 「んっ、んはァ、はひっ、むっ、無理ぃ……あッ、あっ、これ以上は、我慢っ、れきない……あっ、あッ、あァァぁーーぁッ」 「俺ももうダメだ、で、出るっ」 「んっ、ンッ、あぁァーーぁァッ、お、落ちちゃう、落ちちゃうぅぅぅッッ、ひッ、ひぃ、いッ、いっ、いいぃぃぃッッ」 「ああああァァぁぁぁァああァぁーーーーーーァぁッッ」 数回目の射精にも拘らず、ドクッドクッ、と驚くほどの精液が、美羽の中に流れ込んでいく。 「んはぁーーーっ、はぁーーっ、はぁーっ……はぁ、はぁ、はひっ、あ、あ、あぁぁーーっ、出しっ、ながら、動いて、擦れてるっ」 「美羽っ、美羽っ」 「んっ、んっ、あっ、はぁぁぁ……いやっ、ダメっ、いま擦られたら、また連続で……あ、あ、あ、くるっ、きちゃう、またきちゃうっ」 「おかひく……こんなの、おかひくなるっ、あ、あ、あっあっあっ、あああぁぁぁ、あひぃぃぃぃぃぃぃッッ」 「くうぅぅっ」 連続して、俺の精液が美羽の中に雪崩れ込む。 俺と自身の粘液でお腹の中を満たされた美羽は、顔をグショグショにしながら、酸素を求めて大きく息を吸っていた。 「はぁぁぁ……っ、はぁぁ、はぁーーーーっ、はぁぁぁ……イッた……連続して、イッちゃった」 「こんなに出したのは初めてだ」 「はぁー、はぁー……わらしも……こんなに、連続したの、初めて……身体の奥も、指も、痺れて……頭の中、もうおかひくなってる……はぁ、はぁ」 「俺も、頭の中がぐちゃぐちゃだ」 ぐちゃぐちゃなのだが、さすがにこれだけ射精を重ねれば、興奮も治まってきた。 俺はゆっくりと、美羽の中から出し切った相棒を引き抜く。 「あっ、んぁぁ……や、今は、ダメ、抜いちゃダメ」 ぱっくりと開かれた膣穴から、大量の粘液がドロッと溢れ、美羽の身体の上に零れた。 「いや、零れてる、精液いっぱい、零れてる……はぁ、はぁ……だから、抜いちゃダメって」 「ひぁぁあァァぁぁぁァああァぁーーーーーーァぁッッ」 ドクッ、ドクッ、と自分でも驚くほど大量の精液が、美羽の身体に降り注ぐ。 「あぁぁぁぁっ、あぁーっ、あっ……はぁーっ、はぁーっ……はぁ、はぁ、はぁぁぁ……」 「美羽っ、美羽っ」 グッタリとした美羽の身体に、止まらない精液をかけ続ける。 「ひぃぁ……はひ……はぁー、はぁー……凄い、いっぱい……こんなにでたぁ……はぁー、はぁー……」 「こんなに出したのは初めてだ」 「はぁ……はぁ……出し過ぎ。そんなに、気持ちよかったの……?」 「ああ、気持ちよかった。自分を止められないぐらいに、凄く気持ちよかった」 「くふふ……それなら、許してあげるわ……はぁ、はぁ……」 そう言って微笑を浮かべる美羽は、愛液と精液で肌がドロドロになったこともあり、いつもより妖艶に見えた。 「美羽、凄くエッチだ。それにやっぱり可愛い」 「ちょ、ちょっと待って。さすがに、これ以上連続するのは無理よ。せめて休憩をくれないと」 「大丈夫だ。さすがに、俺もこれ以上は無理だから」 美羽の身体を貪ることに必死で、細かい回数までは覚えていないが……多分4、5回はイッたかも。 しかもこの短時間で、連続して。 「体力的にもそうだけど、さすがに枯れたかも」 「だったら……身体は、もう大丈夫なの?」 「ん……多分、平気だ。頭の重さも取れたし、意識もハッキリしてる」 まるで射精することで熱を放出したかのように、今はスッキリしている。 「ありがとう。これも全部、美羽のおかげだ」 「……なら、よかった」 「はぁ……やっと、身体が落ち着いてきたわ」 「俺もだ」 「佑斗、本当にもう身体は大丈夫なの? クスリの影響は、なくなったのね?」 「んー……正直に答えると、完全に消え去ったとは言えない」 「だが、随分楽になったのは本当だ。さっきの禁断症状みたいなことは、もう起きないと思う」 そこら辺は扇先生に確認してもらって、実際に布良さんに触れたりしないと確認できないところだが……。 布良さんに反応してしまったらどうなるんだろう? また、美羽は『上書き』と言い出すのか? 嬉しいような、さすがに今日は無理という疲労感が募るような……。 「だけど、今日……じゃないのか。昨日から、美羽には助けてもらってばっかりだな」 「くふ……気にしないでいいわ。頼りない恋人の世話を焼くのも、悪い物ではないから」 「……頼りなくて申し訳ない」 確かに、誘拐されたり、自分で自分のことが抑えられなくなったり……頼りないことばかりかもしれないな。 「冗談よ。そんなにいじけないで頂戴」 言いながら、美羽が俺の頭を抱きしめる。 ぽよん、としたおっぱいの谷間に、俺の頭がすっぽりと収まる。 「別にいいのよ、頼りなくても、なんでも。ここにこうして、佑斗の温もりがあるなら。私には、この温もりが必要なの」 「それに……本当は、頼りないとは思ってないわ」 「それなら、ありがたい」 「俺も、美羽の温もりが必要だ、美羽の温もりがなければ、もう生きていけないかもしれない」 「……そう言いながら、おっぱいを揉まないでくれる? まるで求められているのがおっぱいだけみたいで、嫌だわ」 「だが、このおっぱいの感触は素晴らしい。病みつきになって、止められない」 「まだ、力が入らなくて、続きはできそうにはないけれど?」 「大丈夫。そこまでじゃない。ただ、こんな風に揉めるだけで十分」 「本当、子供みたいね……」 美羽は呆れつつも、俺の手を受け入れてくれた。 とはいえ、本当に残弾がなく、今のところは勃ちそうな気配もない。 「……そう言えば、昨日はどうしてあの場所がわかったんだ?」 「あの場所って……ああ、佑斗が監禁されていた場所のこと?」 「やけにいいタイミングで入ってきてたが……」 「アレは………………バカにしないと誓える?」 「……? どういうことかよくわからないが……美羽の言う事だ、バカにはしない」 「………………。声がね、聞こえたの。佑斗が、私の名前を呼ぶ声が、私だけに。その声の方向に向かったら、本当に佑斗がいた」 「……そうか」 「信じるの? こんな話」 「信じるさ。といっても、別に妄信するわけじゃなくて、俺はずっと美羽の名前を呼んでたからな、あの時」 「それに、吸血状態だった。だから、美羽に声が届いても、不思議はないと思う」 「そっか……ライカンスロープの、力」 「意識して使えたわけじゃないが、俺の中の力が勝手に、テレパシーみたいなのを使った可能性があるだろ」 「そう……それなら確かに、十分有り得るわね。でも、そうすると……あの時に声が聞こえたこと、他の人にはどう説明したらいいのかしら?」 「誤魔化すしかないだろうなぁ。もしくは……」 「愛の力、かな」 「………………」 「……そんな冷たい目で見るなよ。俺だって、言ってから後悔してるんだから」 「違うわ」 「違うって……なにが?」 「私が気に入らないのは、愛の力を……佑斗が冗談で言ったこと。言うなら、本気で言いなさい。私のこと、好き……なのよね?」 「……美羽」 「スマン。そんなつもりじゃなかったし、不安にさせるつもりもなかったんだが……」 「傷ついた、非常に傷ついた。慰謝料を、要求するわ」 「……いや、本当に申し訳ない。慰謝料を払いたいのは山々なんだが……さすがにもう体力が限界で」 「はぁ……お猿さん。何でもかんでも、下半身に繋げないで。たまには、上の口もちゃんと見なさい」 「上の口って……その表現はどうなんだ? まるでエリナみたいだぞ」 俺は美羽のおっぱいから頭を離す。 ……ちぇ……あの柔らかな枕から離れるのは、非常に無念なのだが……仕方ない。 そんな残念な気持ちを顔には出さないようにしながら、俺は美羽の顔を正面から見据える。 「……美羽」 「佑斗……んっ、んくっ、んっ、んちゅぅぅ……んんっ」 「……それで? その偽造パックのクスリはどうした?」 「今は保管庫の方に」 「今回の事件と偽造パックのこと、知っているのはどれぐらいの人数だい?」 「正確な人数までは……、ただ思いつくだけでも十人以上は。現場の検証を行いましたから」 「できれば、偽造パックのことは、少人数に抑えて欲しかったね」 「申し訳ありません」 「いや、仕方ない。最初からわかっておるのならともかくな」 「一応、今回のことは、口外無用と言い含めてはあります」 「ふむ、ご苦労。クスリは……元樹に任せる。安全な処理方法を考えるようにと伝えておいてくれるか?」 「わかりました」 「で、その“L”の開発者は?」 「ただいま取り調べ中です。基本的には、犯行を認めていますので、事実関係はいずれハッキリするかと」 「そのクスリの関係者で逃げた者は? その場で全員を捕まえたのかい?」 「いえ、残念ながら。踏み込む前に逃げ出した者が数人ほど」 「ですが、中心にいた人物はすでに捕えた女です。他は開発できるほどの知識は持っていないそうです」 「そう。なら、ひとまずこの吸血鬼用のクスリの話は終息したと考えていいわけだ?」 「逃げた連中も当然捕まえますが、これ以上の広がりはない。私はそう認識しております」 「なにはともあれ、犯人の検挙、ご苦労じゃった。下がってくれてよいぞ」 「また、何か大きな進展があれば、連絡を」 「はい。失礼します」 「ああ、それから、クスリの被害者もちゃんと調べておくようにな」 「わかっています」 「それで、小夜様……彼のことは?」 「彼? んーー……あぁ、あの小童のことか。ライカンスロープで間違いなかったという……アレじゃな」 「はい。どう……しますか?」 「どうもこうもないじゃろう。話では、小童自身は吸血鬼に成ったことも、悲観しておらんという話じゃし」 「元樹君によれば、前向きに受け止め、この都市での生活を楽しんでいる、と」 「ふむ……小童を救えなんだ無力には嘆くしかないが、そうして生きてもらえるなら……この都市に守る価値があるものじゃな」 「そうですね。では、彼のことは」 「ライカンスロープに関する調査を放置するわけにはいかんが、下手に事を荒げることもあるまい」 「元樹に任せておけば、普段の生活には問題なかろう。ワシらは小童たちが暮らしやすいように、この海上都市を向上させるだけじゃよ」 「はい」 「そんな風に、皆が前向きに生きてくれるといいんじゃがのう……」 「………」 「ふぅー……しかし面倒なことになったものじゃな……まさか、合成血液を偽造しよるとは」 「今後は、パックの流通もチェックした方がいいかもしれません」 「そうじゃな。少なくとも、数ヶ月間は厳しく確認をしておいた方がいいじゃろ」 「細かいことは、私の方でつめても?」 「任せる。できるかぎり、早めにな」 「はい、わかっています。それから、今回の事件……どうしますか?」 「どうするとは?」 「発表、しますか?」 「………」 「本来なら、すべきことかもしれぬが……できぬ……と、ワシは思う。お主はどうじゃ?」 「同感です。こんなことを発表しては、クスリに興味を持つ吸血鬼が出てきても不思議ではありません」 「そうじゃな。マスコミにはある程度、事実を伏せておこう」 「わかりました。では、そちらもそのように」 「しかし欲求を高めるクスリか……まぁ、広まる前に回収できてよかったと思うべきじゃろうな」 「もし、そのまま広められていたらと思うと……ゾッとするのう」 「実際はどうあれ、一度人の血に飢えた吸血鬼の存在が広まれば……全員がそう見られてしまう可能性もあるからのう」 「そうなれば、政府としても今の関係を考え直すことになったでしょう」 「ですが今は、最悪のシナリオは避けられたと、前向きに考えましょう」 「……じゃな。では、後のことは任せたぞ。ワシは役人と話があるので」 「それは……まさか、今回のことで?」 「バカなことを言うな。マスコミ同様、役人にも話せぬよ、こんな話」 「あぁ、私が出ましょう」 「もしもし……はい、小夜様はまだおられますが……はい、少々お待ち下さい。今、代わります」 「誰じゃ?」 「今から小夜様が会われる予定の役人ですよ」 「ふむ……このタイミングでか……。なかなか、嫌な予感がするのう」 「もしもし……あぁ、ワシじゃ。どうかしたか? 今からそちらに向かうところじゃったが」 「……なに? ちょっと待て、お主、その話をどこから?」 「なんじゃとっ!? バカなことを申すな!」 「いやっ、待てっ! その件に関しては、こちらとしても対応を考えておる。うむ……うむ……わかっておる、今から説明に向かう」 「話はそれからじゃ、よいな?」 「……小夜様?」 「少々、厄介なことになってきたかもしれぬ……とにかく、話をつけてくる」 「はい、それじゃ今日の検査分をもらうね。チクッとするからねぇ~」 先生が俺の腕に、プツッと針を突き刺す。 同時に《スピッツ》真空管の中に、俺の血液が貯まっていく。 「あの……俺が起きてからこれで3日目ですよね?」 「うん、そうだね」 「クスリの効果はもうないんじゃないですか?」 「確かに、以前の血液検査を比較すると、値的には十分落ち着いているんだけどね」 「なら、退院は近いですか?」 「遠くはないと思う。でも、もう少し待ってくれないかな? 少し、気になることがあるんだ」 「気になること、ですか?」 「大量のクスリを打ちこまれたからね、完全に安定させたい。そのためにも、合成血液をちゃんと摂取して欲しいんだ」 「そういうことなら、ちゃんと寮に戻っても飲みますが?」 「ただ、今はね……時期がちょっと悪くてね、合成血液が少し不足してるんだ」 「不足、ですか?」 「残念ながらね。ほら、“L”の一件だよ。チェック体制が厳しくなってね」 「もちろん、安全面ではいいことなんだけど、突然導入することになったから、少し手間がかかってさ」 「ああ、だから出荷量が足りていないってことですか?」 「そう。勿論、日常的に必要な物だから、対応はしてるんだけど……まかり間違ってクスリが混じってるとね」 「取り返しが付きませんね」 「そういうこと。でも、ここは病院だから、ある程度優先的に必要な分は確保できる」 「だから、もう少し……完全に安定するまでは、病院にいて欲しいんだ」 そうか……“L”の製造元を潰したのはいいけど、そんな余波があるのか。 「もちろんクスリが流通してるなんてことはないから、安心してくれていいよ」 「ただ、アンナ様曰く、今後の安全面も考えた上で、チェック体制を厳しくするのは悪いことではない、と考えてるみたい」 「後手に回ると、手遅れですからね。早いに越したことはありませんね」 「そういうわけで、すまないが安全を期すためにも、我慢してくれないかい?」 「はい、そういうことなら……仕方ないですね。俺も、あの症状を繰り返したくはないですし」 あの時の苦しさは、何度も経験したい物ではない。 「でも大丈夫っ! もしストレスを感じるようなことがあったら、僕が発散させてあげるからねっ!」 「アナタのそういう態度に一番ストレスを感じるんですけどねっ!!!」 「いつの間に脱いだのかは知らないが、とにかく服を着て下さいっ! お願いですからっ!」 「そうかい? まぁ、六連君がそう言うのなら……よいしょっと」 まったく……どうして、諦めるということを知らないんだろう、この人。 「あの、ちなみに……入院中はやっぱり、面会謝絶ですか?」 「僕はその方がいいと思ってる。おそらくクスリの効果はないはずだから、大丈夫だとは思うよ? 布良さんに触れても、吸血欲求はないはずだ」 「でも……絶対じゃない。もし、もう一度あの衝動がぶり返したら………………君には、その可能性があるということを忘れないで欲しい」 「……ライカンスロープの因子、ですか」 「そう。普通なら大丈夫なはずでも、君の身体の中に元々あった因子が、どう転ぶかわからない」 「だから、完全に以前の状態に戻るまでは、心配し過ぎなぐらいで丁度いいと考えてる」 「……わかりました」 仕方ないとはいえ、退院するまで、この部屋でずっと一人か……。 もしくは、相手をしてくれるのはこの人ぐらい。 ……うん、一人の方がマシだな。 「でも……それなら、同じ吸血鬼の美羽なら大丈夫なのでは?」 「うーん……性欲を刺激されるのもね、ちょっと困るかな」 「あっ、勿論医者の観点だよ? クスリの刺激で何度もセックスして、依存症みたいなことになっても困るでしょう?」 「それは……確かに」 「だから、入院中は絶対安静。大人しくしていること」 「会えるのは……扇先生ぐらいですか」 「そういうことになるね……はぁ……」 そう言った先生は、残念そうな溜め息を漏らす。 ちょっと意外だ……もっと、喜ぶかと思っていたのに……。 いや、喜ばれると、俺としては困るんだが。 「こうして君に会えるってことは……僕には何の欲求も感じないってことなんだよね……」 「二人っきりの時間があるのはいいけど、もう少し僕に感じる物があったっていいと思うのにさ……はぁ……」 「感謝はしてますよ? お世話になっていると」 「――クワッ!?」 「むっ、むむむむ、むつっ、六連君っ!? そっ、それは本当かいっ!?」 「え、えぇ。この短い期間で何度もお世話になってますから……医者としては、本当にありがたい存在だと思ってますよ、医者としては」 「逆転ゴールキタァァーーーッッ!!」 「え? あ、あの……本当に医者として、ですよ? 他の意味はないというか、それ以外は基本的にマイナスですよ?」 「いいんだ、いいんだ、わかってる。そういうの、ツンデレって言うんだろ? 愛情と憎しみは表裏一体とも言うしねっ!」 「全然違いますけどっ!? 本当、ポジティブですよね、そういうところっ!」 「あと、病院でそんなに騒いでいいんですか? 大声でツッコミを入れた、俺が言えることじゃないかもしれませんが」 「この部屋の周りには人がいないから、大丈夫だよ」 「つまり、どんなに大きな声を出しても、他の人に聞かれる心配は必要ないという事だね、ふふ」 「何かにつけてセクハラするの、本当に止めてくれませんか?」 「そんなつもりはないんだけど……おっと、そろそろ行かないと。ゴメンね」 「いえ、気にしないで行って下さい。本当、俺のことは放っておいて下さい」 「あっ、そうそう。携帯に関してだけど、別に自由にしてもらっていいから。さすがに声だけじゃ影響は出ないだろうからね」 「わかりました。ありがとうございます」 「じゃあ、またあとで顔を出しにくるから」 「………」 「電話か……でもまだ、昼だしな。美羽も寝てるだろうな……平日だと学院もあるだろうし」 電話で話すには、なかなかタイミングが難しいな。 こっちはある程度早寝早起きだし。 仕方ない、とりあえずメールだけでもしておくか。 「やっぱり、面会の許可は出そうにない、っと……それから、えーっと……」 「……はぁ……もう、三日も会えてない。いつまで続くのかしら、あの面会謝絶は」 一応、メールでのやり取りはある。 タイミングさえあえば、電話だってしてる。 でも、やっぱり……………… 「物足りない……」 お風呂のお湯とは全然違う、あの優しい温かみ……。 「……本当に私……佑斗がいないとダメみたい」 佑斗に触れたい……そして、触れて欲しい。 そばにいたい、声を聞かせて欲しい。あんな機械を通した声じゃなく……甘く蕩けちゃいそうなあの声を、もっと間近で聞きたい。 佑斗の手……大きかったわね。こうして自分と比べるとよくわかる。 会いたい、もの凄く会いたい。 佑斗から離れると、そんな気持ちがどんどん強くなって……『大好き』っていう気持ちが、大きくなっていく。 「くそぅ……もうこれ、中毒になってる。佑斗の中毒………………早く、補給しないと佑斗欠乏で死んじゃうかも」 無様なのはもういい。諦めた。 でも、そうやって気持ちを素直に認めると……今度は頭の中が佑斗でいっぱい。 いっぱいになり過ぎて、苦しいぐらい。 「……はぁ……扇先生と浮気なんてしてたら、許さないんだから」 それより、会えない間、どうしよう。 ただでさえ足りなくなってるのに、面会もできなくて……入院も続いて……。 「また……佑斗のパンツを匂ってみようかしら。そしたら……少しは補充できるかも」 「んっ、んんーーー……」 久々に外に出た俺は、月の光を浴びながら大きく伸びをする。 「やっと退院できたぁ」 病院のベッドの上からようやく解放された俺は、外の空気を思いっきり吸いこむ。 血液の検査もようやく平常時に戻り、今日になって退院の許可が出たのだが、運びこまれてから六日も経った。 しかも、クスリの影響のことを考慮して、迂闊に出歩くこともできず、退屈で退屈で仕方なかった。 「健康なのに動けないって、凄く辛いな」 別に勉強好きというわけでもないのだが、暇つぶしのために、差し入れに持ってこられた教科書を読んでしまったほどだ。 「さてと……とりあえず、寮に帰るか」 時刻は金曜から土曜になったばかりの時間。 週末の夜という事もあって、様々な人で賑わっている。 本当は金曜日中に退院するつもりが、扇先生に捕まったせいで日をまたいでしまった。 「しかし……今日はやけにしつこかったな」 いつもなら引くようなところでもグイグイ押してきたし。 「とりあえず、寮に帰るか」 あっ、そうだ。その前に。 俺は携帯を取り出して、とある人の番号を呼び出す。 『枡形だ』 「六連です」 『お前か、どうした?』 「いえ。そうじゃなく、退院したことを報告しようと思いまして」 『報告は受けている。問題ないそうで何よりだ』 「はい、ありがとうございます。それで、次の出勤なんですが――」 『それなら、またこちらから連絡する。今週はまだ休んでいていいぞ』 「え? ですが……」 『お前がしたことは、それぐらいの大きな貢献だったってことだ。休めるときにはしっかり休んでおけ』 「ありがとうございます。とはいえ、入院中に十分すぎるぐらい、休みましたが」 『文句言うな。あー……それと、いいことを教えてやろう。日曜日は矢来も休みだ』 「来週から頑張ります」 『そうしろ。じゃあな』 変な気を回された気もするが、断る必要もない。 「よし、早く帰ろう」 「ふぅ……身体、なまってるな。思ったより時間がかかった」 たかだか数日とはいえ、ずっと寝てたせいか、少し身体を重く感じる。 「さてと、久々の我が寮だな」 「ただいま、っと」 「あっ、六連先輩」 「あれ? 稲叢さん……?」 「おー、意外と早かったんだね」 「なんとか、ギリギリ間に合った……というところ、かしら」 「だけじゃなくて、みんな……どうしたんだ?」 まだ学院が終わったばっかりなのに、みんなが寮に帰っている。 中には仕事がある人もいるだろうに……どうして勢揃いなんだ? 「どうした、じゃないよ。今日、退院したんでしょう?」 「だから、そのお迎えだよ」 「本当はもっと、以前の歓迎パーティーぐらいの準備をしたかったんですが」 「残念ながら、時間がなくてね。一応、扇先生には時間稼ぎをするように頼んだんだけど……」 「扇先生に?」 「うん。ノリノリで『任せておいてっ! 一晩中足止めしてあげるよ、ふふふ』って、言ってたよ?」 「なんて危険なことを頼んだんだっ!」 なるほど。いつもと比べても、やけにしつこいと思ってたら、そういうことか。 「いや、まさか今回までそんなことをしてくれるなんて……」 ちょっと、感動してきた。みんな本当にいい友達だ。 「ありがとう、心配をかけて悪かった」 「もう、大丈夫なんだよね?」 「ああ。あの時は、心配をかけた。それに怖い思いもさせただろう?」 「ううん。そんなことないよ。ちょっとビックリはしたけど……でも、六連君が無事だったから、それで十分」 「あの時は、どうなるかと思ったね」 「そうだね。あとで事情を教えてもらって、凄く心配しました」 「……そういえば、事情……って?」 確か、クスリの一件は伏せられてることになっているはずだ。 となると、一体どんな説明を受けているんだろう? 「え? 確か……吸血鬼の犯人を捕まえる際に相手の呪いによって、暴走状態に入ったんだよね?」 「あ、ああ、そうか」 「そうかって……キミのことだろ?」 「いや、だから……トランス状態に入ったから、少し記憶があやふやな部分があるんだ。だから一応、確認してみたくて」 「記憶があやふやって……大丈夫なんですか、六連先輩」 「ああ、今は問題ない。相手の能力も、もう影響はないから」 「でもそうだよね。退院できたんだから心配はないよね」 「あの後、また面会謝絶になっちゃったから……本当に心配で」 「……心配をかけてすまない。だが本当に念のためで、」 「折角退院できたのだから、そんなに湿っぽい雰囲気にならなくてもいいんじゃないかしら?」 「あっ、そうだね。うん、美羽ちゃんの言う通りだよ」 「退院のお祝いをするために早めに帰って、仕事も調整してお休みにしてるんだもんね」 「本当なら、ちゃんと着替えて、準備万端で迎えたかったんだけど……でも、先に乾杯だけでもしておこうか」 「着替えてからも、改めて行うということで――」 「いや、気持ちはありがたいが……今回はこれだけで十分だ。いやむしろ、これでも十分すぎるよ」 「俺の場合、風紀班の仕事でこれからも、こんなことが起きるかもしれないしな」 「勿論、怪我には気を付けるつもりだ。それでも避けられないこともあると思う」 「その度に、大騒ぎしてたら、みんなも大変だろう。本当、気持ちは嬉しいんが、そんなに派手にされると、俺も困るから」 「そっか。困るんだ?」 「ならやっぱり、パーっと騒がないとねぇー! レッツ、パーリィー!」 「……ふっ、予想通りだ。やはり、完璧な作戦だね」 「え? それは、どういうことだ?」 「ですから、これは嫌がらせなんです、六連先輩」 「嫌がらせって……そんな笑顔で言われても」 「佑斗は入院し過ぎなのよ。もちろん、必要だったこと、仕方なかったことはわかってる」 「でもだからと言って、入院するような怪我を負っていい理由にはならないの」 「美羽君、大分心配していたからね」 「ここのところ、元気なかったもんね」 「会えなくて寂しかったんですね、矢来先輩」 「う・る・さ・いっ」 「とにかく、そういう事だから、嫌がらせ。こんな風に退院のお祝いをされて困るなら、今後は怪我をしないこと」 「って……一番最初に助けてもらった私が言えることじゃないんだけど……でも、やっぱり……心配だよ」 「布良さん……」 「だから、みんなで決めたんです。こうすれば、六連先輩の怪我が減るんじゃないかって」 「気休めだとしても、何もないよりはマシだと思ってね」 「それに、若い身空で恋人を残して……なんてことになっても、大変だからね。恋人はちゃんと大切にしないとダメだよ、ユート」 「……ああ、そうだな。エリナの言う通りだ」 「わかればよろしい」 「どうしてエリナ君がそんなに偉そうなんだい?」 「まぁまぁ、細かいことは言いっこなしってことで。こういうときはアレでしょ? プレイ・コスでしょう?」 「この場でコスプレしてどうするのさ?」 「お前が言うか?」 「ぷっ、ぷぷぷぷ、プレイ・コス!? それって……コスプレ、プレイってこと? ……そんな、そんなの……」 「もしかして、無礼講のこと?」 「それっ! やー、さっすがリオ。以心伝心だね」 「……くふ、布良さんは一体何と勘違いしたのかしら?」 「にょわぁぁっ、ちちち、違うもんッ! べべ別に勘違いなんてしてないもんっ!」 「まぁまぁ、祝いの場で喧嘩なんて無粋だよ。それよりも飲みねぇ飲みねぇ」 「エリナちゃん、乾杯の音頭がまだだよ」 「おっとぉ、そうだったね」 「それじゃ、この《サバト》魔女の夜宴の主役たる佑斗君にお願いしようか」 「俺が?」 「他に誰がいるの? これは佑斗への嫌がらせなのだから」 「……そうだったな」 自然と笑みを零しつつ、コップを手に取った。 「それじゃ……まぁ――」 「ただいまっ!」 『おかえり』 乾杯の合図とはやや違うものの、俺の声と共にみんながコップを掲げる。 「んくっ、んくっ……ぷぁっ、久々に飲むと喉にキュッとくるねぇ」 「エリナ君は何を飲んでるんだい?」 「ん? 地酒だよ」 「ちなみにそれって、どこの地方なんだ?」 「もちろん、エリナの地元~」 「それって……ウォッカじゃないの?」 「にゃっ!? ここまで匂ってくる……もぉー、こんな時間からウォッカだなんて……って、別に酔わないからいいのか」 「そうそう。ウォッカなんて水みたいなものだもん」 「というよりも、お酒は全部ジュースみたいなものですからね」 「ねぇねぇ、こうなったら今日はもうずっとパーリィーしない?」 「それは寮長として、認めませんっ!」 「アズサのケチー」 「あ、莉音君、合成血液を店に取りに行ってもいい? そろそろAB型がなくなりそうなんだけど」 「あの、すみません、ニコラ先輩。今はちょっと……」 「まだ、入荷してないのかい? どうして急にそんな品薄になったんだろう……今までこんなことはなかったのに、特にAB型は」 「よく知りませんが……噂だと、政府が流通を止めようとしているなんて言われていて……そのせいで、元々ストックのなかったAB型がなくて」 「えぇ? なにそれ? そんなことされたら、ボクは一体どうすれば……吸血鬼のアイデンティティに関わるのに……」 「ねぇねぇー、そんなつまんない話はいいでしょ。今は騒ごうよ」 「吸血鬼のアイデンティティは、つまんなくないんだけど?」 「素直に、A、B、Oのどれかを飲めばいいじゃない」 「それは……ボクの主義に反するんだよねぇ」 「トマト味、苦手なくせに」 「それより先に、着替えてしまわない? 佑斗は荷物も部屋に戻してないことだし」 「あっ、そうですね。そうしましょうか」 「じゃあ、各自着替えてから、また集合ってことだね」 「わかった」 「………」 部屋に戻った俺は、荷物をベッドの上に置く。 「さてと……って、着替える必要がないんだよな」 そのまま戻ろうとしたとき、不意に扉の開く音がした。 「え?」 振り返った俺の腕の中に、突然美羽が飛び込んでくる。 「え? な……あの……美羽、さん?」 「………」 俺の腕の中で、無言でジッとしている美羽。 こっ、これは……一体どういうことなんだ? 俺は一体、なにをどうすれば……? 困っている俺の鼻腔をくすぐる、美羽の甘く、優しい匂い。 あぁ、これだ。久々だが、決して忘れることのできない匂いと、温かい柔らかな感触。 それを意識するとドクッ……ドクッ……と心臓が大きくなってきた。 とっ、とりあえず……抱きしめてみるか? い、いいよな、恋人なんだし、向こうから飛び込んできたわけだし。 「………」 よっ、よしっ、触るぞ。抱きしめるぞ。 「ふぅー……ふぅー……」 鼻息を荒くしたまま、美羽の背中に腕を回し、ゆっくりその身体を抱きしめてみる。 相変わらず柔らかくて、温かくて……手を繋いだ時以上の感覚が、身体中に広がっていく。 きっと、美羽も俺と同じ気持ちだろう。 そう思って、視線を美羽に合わせると―― 「……はい、失格」 と、冷たい視線が俺を貫いた。 「腕が回ってくるまでに時間がかかり過ぎ。鼻息も荒いし」 「そうは言うが、突然来られてもな……」 「相変わらず、そういうところはヘタレのままなのね。こういうときは、優しく受け止めるのが男ってものじゃない」 「なのに手を震わせて、鼻息荒くしたまま棒立ちしてるなんて……私じゃなかったら、お別れしててもおかしくないのよ?」 「気長に付き合っていただき、感謝しております」 「だったら、その気持ちを込めて……抱きしめて。ギュって、ギューって抱きしめて」 「了解」 ギューーッ、とその柔らかな身体を抱きしめる。 「んっ、すぅーーーっ……佑斗の匂い……いっぱいする……」 「前から思ってたんだが……美羽って、匂いフェチだな」 「別にそんなことはないわ。ただ……好きな人がくれるものは、全部……好きなだけ」 「この抱きしめられる感触も、匂いも、温もりも、声も、全部全部、大好きなの。だから……苦しかった」 「……苦しかったって……」 「全然、おおげさじゃないから。ここ数日、佑斗と会えなくて……この匂いも温もりも、感じられなくて……凄く苦しかったの」 「……そういう意味なら、俺も凄く苦しかったな」 「はい、嘘」 「ひどい断定だなっ」 「だって……全然、普通にしていたじゃない。それに抱きしめるのにも、凄くタイムラグがあったわよ」 「それは……確かにちょっと時間がかかったが、美羽の考えてるようなことじゃないんだ」 「なら、一体どんな理由で、あんなに時間がかかったというの?」 「だから、俺も苦しかったんだ。久々に美羽の匂いを久々に摂取したから、ドギマギと緊張してたんだよ」 「……まぁ、今日は及第点にしてあげる。久々に佑斗の匂いがかげて凄く嬉しいから。すぅーーー……」 やっぱり、匂いフェチだろ。温もりでも感触でもなく、何故そこで匂いを選ぶ? 「はぁ……この匂い、大好き……これでようやく心が落ち着いた」 「そんなに不安定だったのか? さっき、みんなも元気がなかったって言ってたが」 「好きな人に会えなくて……全然成分が足りなかったのに、安定するわけないでしょう」 「成分って」 「もう私の中では、佑斗は主成分になっているの。一日一回は摂取しないといけないものなのよ。なのに……会えなくて……」 「もう少しで、また佑斗のパンツを匂っちゃうところだったわ」 「………」 「……反応に困るな、そんなことを打ち明けられても。というか、本当に匂わなかったのか?」 「ええ、匂わなかったわよ……ギリギリで」 「ギリギリか。まあ、前科があるから、今さらって気もするが」 「それに、残り香だけだと……不足感がもっと強くなるかもしれないでしょう。だから、ちゃんと我慢したわ」 「だから補充………………今は……不足してた分を補充させて。足りない、全然足りてないの」 「……一つ、条件がある」 「俺も美羽の成分が足りない。だから、補充させてもらうから」 美羽の髪に顔を埋めるようにしながら、仄かな香りを吸いこみ、さらに強く抱きしめる。 病院では味わう事の出来ない甘い匂いに、俺の鼓動が速くなっていく。 「すーー……私、もう佑斗の成分がないとダメ。中毒になっちゃってるみたい」 「ならこれで、少しは禁断症状が治まったか?」 「ん………………ダメ。やっぱり、ひどい佑斗中毒になってる……佑斗欠乏症なの」 「もう、離さないから……何があっても離さない」 「……今までは、離れる可能性があったのか?」 「もしかしたら……身を引いたかもしれない。あんまり考えないようにしてたけど、もし仮に佑斗が普通の人間に戻ったりしたら……」 「重荷になるよりは、って……離れたかもしれない。佑斗を苦しめたくないから。それに私は大人なの、いい女だもの」 「美羽……」 「でも、やっぱり無理、ダメ。数日会えなかっただけで禁断症状が出ちゃうから……無理、絶対に佑斗のこと、離さない」 「大人でなくても、子供っぽくても……いい女でなくなっても……離れてあげないから」 「………」 「大丈夫、美羽はいい女だ。そこに関しては、俺が保証する」 「それに、たとえ人間に戻る方法があっても、俺はもうそれを選べないような気がする」 「それぐらい海上都市のことも、寮の生活も……そしてなによりも、美羽のことが好きなんだ。だから、俺の方こそ離すつもりはないから、覚悟しろよ」 「……うん………………くふっ、ちょっと前まで童貞だったくせに、大きく出たものね」 「いつもの調子が出てきたじゃないか。少しは禁断症状が治まってるみたいだな」 「そうみたいね。でも……まだ完全じゃないから、もう少し」 「了解」 そうして俺たちは強く抱き合い、部屋の中が静寂に包まれた。 その静けさと言ったら、外の声が聞こえてくるぐらいだった。 「わ、わわ……二人とも、あんなに熱烈に抱き合うだなんて……」 「ねーねー、キスはまだなのかな?」 「んー……この雰囲気だと、待ってればもうすぐ見れるんじゃないかな?」 「ついに噂の“深いキス”が見れるんですか? ずっと気になってたんですよー」 「……深いキス?」 「ディープキスのことだよ。ほら、前に街中で二人がしてたって、話があったでしょう」 「だっ、ダメだよ、莉音ちゃんには、まだ早いよ。刺激が強すぎるよ」 「大丈夫、わたし、頑張れる子ですから。強い刺激にだって我慢してみせます」 『………』 鍵、かけ忘れてたな。 「というか、刺激で言うなら、キスしたらそのままセックスに突入しちゃわない?」 「しぇっ、しぇっくす!? そっ、そそそそ、そんなのエッチだよっ、破廉恥だよっ、爛れた性生活だよっ!」 「しーッ! 声が大きいよ、見つかっちゃうでしょ」 「そそそ、そっか。ゴメンね。お口チャック、お口チャック」 「……なんだかんだで、一番興味津々なのって、梓君だよね」 「しょっ、しょんなこないよぅっ! 私はほら、えーっと、えーっと……りょ、寮長だから。寮内で起こることに対する、責任があるから」 「でも、お二人ともずっと抱き合ったままですねぇ。もしかして、すでに“深いキス”は始まってるのかな?」 「んーん、まだだよ。二人とも普通に抱き合ってるだけ」 「全然動かないねぇ」 「やっぱり、今が旬の二人は何事にも時間をかけるんじゃないかな。これだから、付き合いたては」 「というか、これ以上はさすがに拙くないかい? 二人のプライバシーを侵害するというか……」 「本当に、その、えっと……コホン――エイレイテュイアの契りが始まったら、どうするんだい?」 「エイレイテュイアの契り……って、なんですか?」 「だから、セックスのことだよ」 「キミは本当に配慮って物を知らない子だね……人がわざわざ誤魔化してることを……」 「せっくす??」 「そ、そうだね。うん、確かに覗きはマズイね。これ以上の刺激が来たら……あぅ、あぅ、はわわっ」 「……でで、でも、寮長として、行き過ぎた行為には注意が必要になります。というわけで、もうしばらくは監視が必要……かな」 「にひひ~、アズサも見たいんじゃない。正直じゃないんだからぁ~」 「ち、違うよ、これは寮長としての仕事、お仕事なんだもん。これは覗きとか、そういうのじゃないからね」 「……なら、今は止めなくていいの?」 「抱き合ってるだけなら……まぁ、セーフ、じゃないかな。恋人同士なんだから。それに……二人の雰囲気を壊すのも気が引けるし」 「………」 「……いやもう、すでにブチ壊しなわけだが?」 さすがに限界が来たので、俺は部屋の扉を大きく開ける。 「あにょわっ!? きききっ、気付いてたの?」 「そりゃ、気付くだろう」 「ちぇー……残念。もうちょっと見てたかったのになぁ~」 「はぁ……結局、今日もディープなキスの真相は掴めないままでした」 「いやぁ~、ゴメンね。覗くのは趣味が悪いし、二人の邪魔をするのは悪いとは思ってたんだけどさ」 「ユートが来ないと、退院のお祝いが続けられないでしょう? だから呼びに来たんだけど、そしたら……これだもん、にひひ」 「とっても素敵な愛の語らいでしたね、矢来先輩っ! わたし、凄く感動しました」 「―――ッ」 稲叢さんの裏表のない、無垢な言葉を受けて、俺と美羽の顔が真っ赤に染まる。 いや、美羽の方は元からかなり赤かったが。 「あの……本当に、ごめんなさい」 「いや、いい。自室とはいえ、寮の中で抱き合ってたのは俺たちなんだから。まぁ、そういう可能性も考慮すべきだった」 「普段なら見ないふりもしたんだけどね……今日は一応、みんなで騒ぐ《サバト》魔女の夜宴だからさ」 「ああ、わかってる。すぐに戻るよ」 「あっ、別にエリナたちのことは気にしなくてもいいんだよ? その気なら、どうぞ続きを。あっ、ゴム持ってる?」 「しないから、こんな状況じゃできないから」 「それじゃ、戻りましょうか」 「そうだね」 「本当、邪魔して悪かったね」 「な、なるべく早く戻ってきてね」 「やれやれ」 みんなが出ていき、再び部屋の中は俺と美羽の二人っきりとなる。 だが、さすがにさっきの続き……という雰囲気ではなくなってしまった。非常に残念なことながら。 「み、見られた……聞かれた……私の、あんな姿を、みんなに……くそぅ……」 「まっ、仕方ないだろ。どの道、付き合ってるのを隠してたわけじゃないんだから」 「だとしても、あんな姿を見られるなんて………―――無様だわ」 「そんなに気にするほどでもないと思うが……可愛かったし」 「まあ、とにかく、服を着替えて落ち着いたらどうだ?」 「……そうする……ちょっと、頭を冷やさないと」 真っ赤な顔のまま、美羽が俺の部屋から出ていこうする。 「――あっ、ちょっと待ってくれ」 その手を掴み、俺は美羽を引きとめた。 「なに?」 「そのさ、俺の成分が不足してたってことは、いつもの負債も、随分貯まってるんじゃないかと思って」 「大きな返済をさせて欲しいんだが」 「え? それはでも……今から、そんなことをしたら、みんなが戻ってくるかもしれない……わよ?」 「まぁ、私は大人だから、見せつけることぐらい全然平気なのだけれどっ。えぇ、なんだったら青姦だってOKなぐらいよ」 「……佑斗は、みんなに見せ、つけたい……わけ?」 「うーーん……頭が痛い」 「変態ね、いやらしい。でも……佑斗がどうしても見せたいというのなら……別に受け入れてあげても、いいけれど」 「あのな、嫌なことは嫌って言ってくれていいから。俺だって見られたいなんて、これっぽっちも思ってない」 「あと、俺が大きな返済をする=SEX、っていう思い込みは止めてくれないか? いやまぁ、今まではそれしかしてこなかったわけだが」 「だったら……どうやって返済をするつもり? 言っておくけれど、キス程度じゃ、いつまでたっても返済できないわよ」 「わかってる。だから美羽、日曜日に俺とデートをしないか?」 「……デート?」 「ああ。俺たち、ちゃんとしたデートをしたことがないだろう」 「買い物に付き合ってもらったり、仕事でデートみたいなことはしたが、恋人同士のデートはしたことがないだろう?」 「日曜は美羽も仕事が休みだろう? だから、その時間を俺にくれないか?」 「………」 「……美羽?」 「また……誰かのプレゼント選びを手伝わせるの?」 「いいや、そうじゃない」 「……なら、また《チーフ》主任から、どこかの潜入捜査のためにデートをしろと言われた?」 「だから、違う」 「わかったよ、恥ずかしいが一番わかり易い言葉で言う。日曜日は一日中、美羽と二人でイチャイチャしていたいんだ」 「……35点。もう少し、色気のある誘い方を希望」 「ということは、落第か?」 「でも……恋人補正で+65点、計100点で合格」 「それは助かる。なら、日曜日はそれでいいな?」 「……うん」 「んっ……んん……はぁ、緊張であまり眠れなかった」 デート本番の日、俺はベッドの上で呻いた。 おかしい……今さらデートぐらいで緊張するなんて。 すでに付き合って、肉体関係まであるというのに……初デートのことを考えると、身体が強張ってしまう。 「そもそも、順序がおかしいだろ、俺たち」 普通、デート→セックスの並びのはずなのに。 一つ屋根の下で暮らして、同じ学院に通っているせいか……その気になれば、二人っきりの時間は日常的に作れるからなぁ。 「いやいや、そうじゃない。それはただの言い訳だ。デートに誘わなかったのは俺の怠慢だ」 「よしっ、今日はデートを頑張るぞっ」 「おはよう、佑斗」 「お、おう。おはよう」 服を着替えて共有スペースに向かうと、そこではすでに美羽がテーブルの席について、紅茶を啜っていた。 「今日はやけに早起きなんだな……まだ、明るい時間なのに」 「……その理由、訊いたら怒るわよ?」 「………………了解」 あっ、危ぶない……もう少しで、どうしたんだ? と口にするところだった。 いや勿論、今日のデートを楽しみにしてくれている、と予想はできるのだが……それが自惚れじゃないという確証が欲しくて、つい……。 「佑斗は……私と違って、いつも通りみたいね」 「そうでもない、寝付きが悪くて寝不足だ。あと、自分でも緊張してるのがわかる」 「……くふ、たかだか初デートぐらいで。お子ちゃまよね、佑斗って」 言いながら、美羽は紅茶の入ったカップを持ち上げる。 そのカップが、手の震えでカチャカチャカチャカチャッ! とか鳴ってるのは、突っ込んじゃいけないところなんだろうが―― 「零れてる、零れてる。せっかくの紅茶が零れてるから」 「こっ、これは……違うわよ? ちょっと、糖分が足りていなくて、手先が震えてるだけだから」 「別に佑斗みたいに、緊張してこうなっているわけではないから」 「……チョコレートでも食べるか?」 「大丈夫よ。紅茶に少し多めに砂糖を入れたから」 「その大半は零れたけどな」 「……うるさい。とにかく、大丈夫だから」 「それならいいんだが」 でもまぁ、それだけ美羽もデートのことを楽しみにしてくれているということで……ヤバい、さらに緊張してきた。 俺に、美羽を満足させるようなデートができるだろうか? 「本当に、こんな時間から出かけるのか? まだ、結構太陽が高いが……大丈夫か?」 「どうせ二人とも起きてしまったんだから、いいでしょう別に。それとも、今日は体調がすぐれない? もしそうなら、待つけれど」 「いや、そういうわけじゃない。美羽が大丈夫なら、俺としても構わない」 「そう。だったら、このまま行きましょう。寮でジッとしていても、時間の無駄でしょう」 確かにそうかも。 それに、この時間なら普通の店は開いているだろうし、十分楽しむことができそうだ。 「それで、今日はどこに行くのかしら?」 「一応、考えた案がある」 「聞きましょう」 「なんだかんだで、ホテルの施設は結構行ってたりするから、他のところに行かないか?」 「というと?」 「ショッピングモールの方に行きたいと思う。それで、美羽との思い出を作り直したい」 「前に来た時は、他の女の子のプレゼントを選んでもらったから。そうじゃなく、ちゃんと恋人同士のデートの思い出を作らないか?」 「……そういうことなら、文句ない」 文句ないという言葉が、文面以上に嬉しそうに聞こえたのは、きっと俺の気のせいじゃないはずだ。 「それで、今日はどうするの? なにか買いたい物はある?」 「いや、今のところは特に。スマンが、細かい部分に関しては、無計画なんだ」 とりあえず俺が考えたことは、ここでの思い出をちゃんと作り直すこと。 デートに誘った時、まず美羽が口にしたのが、 「また……誰かのプレゼント選びを手伝わせるの?」 という言葉だった。 怒っているというほどではないと思うのだが……ちゃんと思い出を上書きしておくにこしたことはない。 「とりあえず、俺が考えていることは、一つだけだから」 「それって……私が聞いても大丈夫なこと?」 「勿論構わない。俺はな、この海上都市の色んな場所を美羽との思い出で上書きしたい」 「今回はこうして、ショッピングモールだけどカジノも、プールも、他の場所も全部、美羽と一緒に新しい思い出を作っていきたいんだ」 「……佑斗って、どうしてそういう恥ずかしいことをサラッと言えるのかしら。聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ」 「本心だよ」 「本当恥ずかしい。恥ずかしいけど……嬉しい……はぁ、本当に私、中毒になってる」 「佑斗の言葉一つ一つが、嬉しくて仕方ない」 「俺も、美羽がそうして嬉しそうにしてくれるのが、嬉しくて仕方ない」 俺は、美羽の手をギュッと握る。 今さら確認するまでもなく、当然のように美羽も俺の手を握り返した。 かと思うと、さらに指と指を絡ませるように、しっかりと握りしめてきた。 ……ただ、その手は震えているが。 「……くふ。せっかくなら、これぐらいの握り方をしてくれないと」 「大丈夫か? 驚くぐらい顔が赤いぞ?」 「うるさいわよ。それとも………………不満でも? ……いや?」 「………」 最近たまに、こうして不安そうな顔を見せるが、結構卑怯だな。キュンキュンするぞ、その顔。 「そんなわけないだろう」 「それじゃ、行くか」 「うん」 「お待たせいたしました。こちら、アイスティーとミルクレープ、ザッハトルテでございます。ごゆっくりお過ごしください」 店員さんは、座っている俺たちの前のテーブルに注文の品を並べ、すぐにそそくさと戻っていく。 「しかし、最近のカフェは並んで座ったりするのか?」 いくら恋人同士でも対面の席に座るのが普通だと思っていたのだが。 「くふ、この程度で顔を赤くするなんて、本当にお子様ね」 「それは美羽自身に対する言葉と理解しておこう」 モールの中を歩き回り、少し疲れたところで適当な喫茶店に入った。 そこまではよかったのだが……よもや、二人密着するような、カップルシートに座らせられるとは……。 周りを見ると、似たようなもので、仲睦ましい若い男女が同じように座っている。 しかも、場をはばかることなくイチャイチャしながら。 「みんな、恥ずかしくないのか? 個室でもなんでもないのに」 「恋は盲目と言うでしょう。周りのことなんて見てもいないんでしょう」 「まぁ、それっぽいな。本当、恥じることなくイチャイチャしてるし……」 あそこの人たちなんか、キスしてる。しかもディープだ。他の人の目を気にすることなく、舌を絡ませ合っている。 うわっ、すご……。 「……佑斗、どうかしたの? もしかして……あっちの彼女の方が可愛い、なんてことは考えてないわよね?」 「勿論だ。そんなこと考えるわけないだろう」 「だから、その指止めろっ! いだいいだいっ! 指をアバラ骨の隙間に入れちゃダメだってっ!」 「らめぇ! そこは入らない、入れちゃいけないところなのぉーーっ!」 「本当? 浮気じゃ……ない?」 「本当! 本当にそんな不埒なことは考えてないっ! ちょっと羨ましく思っただけだ」 「………」 「あ゛ーーっ!! 違う、違うのっ、言い方間違えた!」 「俺が羨ましく思ったのは、キス、キスのことだ」 「つまり、あんな美人さんとキスをしたいと? 私とでは不満だと?」 「そうではなく、周りの目を気にすることなくキスできる度胸が、羨ましいだけっ! 勿論俺は、美羽のことしか考えてない」 「いえ、美羽さんのことしか考えられませんっ、本当にそれだけですから」 「……ならよし」 「はぁー……はぁー……し、死ぬかと思った」 「佑斗が紛らわしい真似をするから……たとえ、大した意味がなかったとしても、他の女の人を見て欲しくないものよ」 「特に、二人っきりでいるときなんだから……思い出、上書きしてくれるんでしょう?」 「ああ、その通りだ。申し訳ないと思ってる」 「邪な理由じゃなくても、よそ見したのは本当に俺が悪かった」 「………………」 謝る俺に向けられる、美羽からの視線。 この視線は……………… 「慰謝料……か?」 「……ちゃんと、返済して頂戴。心配しなくても、そんなに大きくないから大丈夫よ」 「いや、大きくないにしても………………今、ここでか?」 「今、ここで」 「キスをするのか?」 「他の女の人を羨んだままなんて……悔しいじゃない」 「………………キス、羨ましかったんでしょう?」 「それはそうなんだが、あんまり人目がつくところで、するのもなぁ」 いや、ファーストキスのときのことを考えると、今さらって感じもするが……。 「羨んだまま……なのね?」 「さすがにこんな場所でキスはなぁ。後じゃ……ダメか?」 「……はぁ……わかった。なら、我慢するわ……でもその代り、私のケーキを食べて頂戴。それを、慰謝料ってことにしてあげるから」 「いわゆる……あーん、か? それぐらいなら、まあ……」 照れくさいが、我慢はできるか。 「なら、一口。はい」 赤面したまま、美羽はフォークを手にして、ザッハトルテを小分けする。 そして、その切れ端をフォークで突き刺した。 「そんなに恥ずかしいのかしら?」 「わりとな」 「だったら、目を閉じてもいいわよ? 目を閉じていれば、周りの人の目を意識しなくても大丈夫でしょう?」 「それは……そうかもしれないな」 俺はゆっくり目を閉じる。 確かに恥ずかしいが、周りの連中と比べれば“あーん”ぐらい大したことじゃないだろう。 どうせ知り合いに見られてるわけでもなし。 「佑斗、もう少し口を開けて」 「これぐらいか? あーん」 「それぐらいで大丈夫。それじゃ、そのままジッとしていてよ。……あむ」 ……あむ? 今、『あむ』って―― 「ん……んちゅ……んっ、んっ、んふぅ……」 不意に俺の口を温もりが塞いだ。 そして口の中に広がる、チョコレートのほのかな苦みと、甘い生クリームの味。 そして、柔らかな唇と、温かい舌が絡みついてくる感触。 「んんっ、んふぅ……んちゅ、ちゅ、ちゅぅ、れちゅ……んん……」 絡まり合う舌の上で、クリームとチョコレート、そして互いの唾液が混じり合っていく。 「んちゅ……んっ、ふぁぁ……はぁ、はぁ……くふ、これが大人の“あーん”よ」 「いやいや、これは大人も子供も関係なく“口移し”と表現するのが正しいだろ」 「そんなことより……どう? 美味しかった?」 「ビックリして、正直味はわからなかった」 「それは……もう一度、味わいたいということなのね? いやらしい……そんな遠回しにリクエストしてくるだなんて」 「全く……仕方ないわね。ほら、もう一度口を開けて」 「いや、そんなことをリクエストした覚えはないわけだが」 「それじゃ……いらないの?」 「いるっ」 もうこうなったら、とことん正直になろう。 「くふ……仕方ないわねぇ。あーん……んっ」 「んっ……ちゅっ、ちゅぅぅぅ……ちゅるちゅるっ、んっ、じゅるっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ」 「――ぱっ、はぁ……はぁ……どう? 美味しい?」 「美味いよ。チョコもキスも甘くて……」 「ならよかった。それじゃ……今度は、私からのリクエスト。佑斗のミルクレープを……食べさせて……」 「それは、大人の“あーん”でってことか?」 「決まってるでしょう。私は大人なんだから……それじゃあ、あーん……」 俺の返事を聞く前に、美羽は目を閉じて、軽く口を開けて待機状態。 すでに吹っ切れている俺は、ミルクレープを取り分けて口に含む。 「美羽……ん……」 「んっ、んふぅ……んちゅ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅるちゅる……んっ、んちゅ、ちゅ」 触れ合う唇が熱くなるほど、唇を挟み、吸い上げ、舌を積極的に絡ませ合う。 口の中のケーキの量が減ろうとも、お構いなしだ。 「ちゅる、ちゅるる……んっ、んちゅ、んっ、ふぁぁっ、んっ、あむ、んちゅ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅぅぅ」 「んっ、んんん……はぁ、はぁ……」 「どうだ? 美味しかったか?」 「……甘くて、凄く美味しい」 「なら、ちゃんと慰謝料は払えたってことでいいな?」 「くふふ……仕方ないわね。今はこれぐらいにしておいてあげる」 「それはどうも」 しかし、さすがは恋人ばかりのカフェだな。 これぐらいでは、俺たちに注目することもなく、自分たちの世界に没頭している。 「……ジー……」 訂正、こちらを注視している人物もやはりいる。 「なんて常識がないのかしら。というか、リア充爆ぜなさいよ、こんなカフェ潰れればいいのにっ」 ……なら、どうして働いているんだ、あの人は。 しかし、視線が痛い。 どうせなら最初の一口じゃなく、最後の一口で口移しをすればよかった。そうすれば、すぐに逃げられたのに……。 「どうかしたの、佑斗? また……誰かに目を奪われていたの?」 「全然違うから。それよりほら、食べよう。今度は普通に」 そして、早くこの店から出よう。 「はぁ、ようやく解放された」 あの店員の憎しみの視線が、背中に突き刺さって……本当に怖かった。 そんな恐怖状態の中、ケーキを食べ終えた俺と美羽は、そそくさと店を後にし、今に至る。 「さてと、休憩も終わったことだし、次に行くか?」 「移動するのは構わないのだけれど、どこに行くかは決めているの?」 「いや、特には。なんせ俺は、美羽と一緒にいられるだけで幸せだからな」 「………」 「……んー……奇襲じゃなかったら、失格。今回はまぁ、ギリギリ合格にしておいてあげる」 それだけ、顔を赤くしてるくせにギリギリか。本当、美羽の採点は厳しいな。 むしろこれで100点満点とか出したら、美羽は失神してしまうんじゃないかと、ちょっと心配になる。 「とにかく、次は――ん?」 不意に、携帯の着信が鳴り響いた。 しかも俺と美羽の二人、同時にだ。 「………」 携帯の画面を確認すると、表示された登録ナンバーは―― 『風紀班』 「風紀班からだ。美羽、そっちは?」 「私の方は布良さんからね」 「布良さんか……これ、偶然じゃないよな?」 嫌な予感が膨らみ続ける中、俺は静かに通話ボタンを押した。 「六連です」 『枡形だ。休日を満喫している中、悪いな。緊急事態だ。矢来は一緒か?』 「はい。今、布良さんからの電話に出てますが」 『念のために掛けたんだ。用件は同じだから気にするな』 『時間がない。単刀直入に言うぞ。悪いが、今日の休暇は取り消しだ。すぐにこっちに来てくれ』 「一体何が起きたんですか? それだけでも、説明をしてください」 『マズイことに、吸血鬼による暴動が起きた。何としても止めなければならない』 「……は? 今、なんと?」 『だから、暴動だ!』 『暴動!?』 同じ説明を受けてた美羽も同時に驚き、俺たちは顔を見合わせる。 暴動だなんて……一体、何がどうなっているんだ? 「うわ……コレは……」 「政府の勝手を許すなー!」 『おーっ!』 「そうだっ! そうだっ!」 俺たちが学院の前に到着したとき、すでに門の付近にはかなりの人数が集結していた。 少なくともパッと見では、何人いるのか判断がつかない。 「あっ、六連君に美羽ちゃん。ゴメンね、デートのお邪魔をしちゃって」 「来たか。悪いな、休み中だったのに」 「それよりも《チーフ》主任、これは一体……? 暴動とは、どういうことなんですか?」 「うむ。それについては、ワシの方から説明しよう」 「荒神市長?」 「久しいのう、小童。以前、ロリコン鬼畜で《アンダーカバー》潜入捜査を行って以来か」 「どうして、小夜様がここに?」 「暴動となれば、問題はこの海上都市全体だからね。仮にも責任者たる私たちが顔を出さないわけにはいかないだろう」 「アンナさんまで」 「まぁ、現状で暴動というのは、やや乱暴な言い方なんだがね」 「と言うと……?」 「一種の市民運動みたいなものさ。どちらかと言うとデモに近い」 「……今ね、ここにはその運動に参加する意思のある人たちが集まってるの。で、一番の問題は……」 「全員吸血鬼、ということじゃよ」 「全員、吸血鬼?」 「吸血鬼たちによる運動を、ただのデモストレーションと見過ごすわけにはいかん」 「すみません。もう少し、状況をハッキリと説明してもらえませんか?」 「吸血鬼が暴動とは、どういうことなんです? そもそも、その目的は?」 「ここ一週間ほどにおける、合成血液の品不足だ」 「チェック体制を厳しくしたせいで、一時的に出荷量が見合っていないという? それが理由、なんですか?」 「いや……他に噂を聞かぬか? 合成血液に関する、噂を」 「もしかして、政府が流通を止めている、という噂ですか?」 「そうだ。その噂が広まり、今回の運動に発展した。いや、今現在、発展しようとしている」 「勿論、気持ちはわかる。大半の吸血鬼たちは、この都市の規約を守り、吸血行為を行っていない」 「なのに、合成血液を止められれば、体調が崩れ……自分たちの健康に関わる。となると、今回のことも当然だろう」 「ですが“L”のことを考えると、ある程度は仕方ないのでは?」 「確かにそうじゃが……“L”の存在を、公にするわけにはいかん。興味を持つ者が増えても困る」 「それに、政府が横やりを入れてきているのは事実なんだ。そのおかげで、この騒ぎだ」 「チェック体制はすでに整ったと説明しても、自分たちの目で確認するまでは認めない……いや、認めるつもりがあるのかどうかも怪しい」 「そもそも、今回のことも切っ掛けに過ぎない。政府は《我々》吸血鬼を最初から……」 「今はそのような愚痴を言っておる暇はない」 確かに、布良さんや大房さん、他の人たちみたいに、吸血鬼にも普通に接してくれる人は沢山いる。 だが、吸血鬼という存在を差別する人もまだまだ沢山いるし……残念ながら、それは仕方ないことだと思ってしまう自分がいる。 「とにかく、連中の掲げる目的は“《フリーサック》自由な吸血”だそうだ」 「そんなこと、認められるはずが……ないと思うのですが」 「勿論だ。彼らとしても、それが叶うとは思っていないだろう。人を集める宣伝文句と考えるべきだ」 「交渉事を行うとき、最初の要求を大きくいくのは定石じゃよ」 「今のところ、マスコミは抑えてありますが……実際に、デモ行進などが始まると、抑えきることは……」 「わかっておる。そんなことになれば、今までのようには誤魔化しきれぬ」 「その言い方だと、今までにマスコミに嗅ぎつかれたことが?」 「何度でもある。特にこの都市は、外からの旅行者が沢山おるでな」 「勿論、少し頭の回る人間なら、この《アクア・エデン》海上都市には何かある、と感じているだろうがね」 「じゃが、皆の働きもあり、決定打には至っておらぬ」 「でも……今回のデモ行進は、その決定打に成りえる、と?」 「そういうことじゃな」 「しかも……もし誰かが暴走したりして、人に襲い掛かって血を吸っちゃたら……取り返しがつきませんよね?」 「吸血した吸血鬼の能力を考えると……重武装した集団と政府にはみなされるだろう」 「だから……暴動、ですか」 「政府の対応には、大いに不満が残るが……それでも、今回のデモを認めるわけにはいかないんだ。大切な同胞のためにも」 「……状況は、わかりました」 「ですが、どうやって止めるのですか? まさか、武力鎮圧なんて事をするわけではないですよね?」 「勿論だ。彼らの不満はちゃんと理解している」 「説得するしかあるまい」 デモの規模としては、テレビで見るようなソレとは違い、さほど多くはない印象を受ける。 だがそれでも、全員が吸血鬼なのだから、政府側の考えで言うのならば、十分脅威になりえるだろう。 しかも、こうしている間にも一人、また一人と学院に集まっている。 「そもそも、どうして学院に集まってるんだろう?」 「この集りの一番最初の発起人が、私たちの先輩なんだって。でも、話がどんどん大きくなって……」 「この騒ぎ、というわけね」 「それだけ不満が溜まっているってことなんだろうけど」 確かに、いくら吸血鬼のためである海上都市といえど、人間社会の中に組み込まれている以上、不利益を被ることは多い。 それでもずっと我慢をして、問題を起こさないようにしてきて、今回の合成血液の問題だ。 「気持ちはわかるが……」 「やれやれ……何やら、カジノ特区がキナ臭いそうですな」 「例のクスリの一件でしょう? その程度でいちいち呼び集められては……」 「おや、聞いていないのですか? 何やら[サッ]化[カー]物共が騒いでいることを」 「騒いでいる、とは?」 「暴動が起きているそうですよ。まぁ、今のところはデモ運動、という報告ですがね」 「怪しげなクスリの一件で、合成血液を一時的に止めると決めたではありませんか」 「あの対処は仕方ないだろう。確か、人間の血を吸いたくなるような物なのだろう? そんな物を蔓延させるわけにはいかん」 「ええ。しかも連中は血を吸うことでますます化物になり、妙な力を使うとか……」 「なら、あの対処は問題なかったはずだ。むしろ、当然のことだろう」 「確かにそうなんですが、[サッ]化[カー]物共にしてみれば、合成血液は生命線ですからね」 「報告によると、今回の対応への不満から、血を寄こせと騒いでいるそうですよ」 「バカなことを。我慢を知らない化け物どもが」 「ちなみに、その報告はどこから?」 「勿論、信頼できる筋からです。あの荒神とかいう子供からの報告ではありません」 「また、隠すつもりなのでしょう。例のクスリの件も、こちらがつつかなければ、おそらく黙っていたはず」 「その暴動を起こした連中が人の血を吸ったとしても、その事実をもみ消すつもりだろう」 「かも、しれませんな。これは重大な協定違反だ」 「やれやれ……あんな連中、やはり信じるべきじゃなかったんだ。今回にしても、仲間を守るに決まっている」 「仕方ないでしょう。我々がこの地位についた時にはすでに、連中はカジノ特区を成功させていたのですから」 「だからっ! カジノ特区を任せたこと自体が、そもそもの間違いなのだっ!」 「言っても仕方ないでしょう、それは。そもそも、当時には当時の考えがあったようですが」 「当時の考えだと?」 「人気取りですよ、人気取り。カジノ特区を作ることで、国民の支持率アップを狙った、ね」 「あと、悪例を作ろうとしたらしいですよ。どうせ失敗するだろう、カジノはやはりダメだという悪例を」 「その責任を吸血鬼側に全て押し付け、立場をさらに弱めようとしたらしいですね、当時の方々は」 「要は、自分たちの利権を守りたいだけじゃないか。尻拭いさせられる、こっちのことなど何も考えずにな」 「連中は意外にも従順で、カジノ特区に尽力し、そのまま成功させてしまった」 「その結果がこれだ。重要な社会的地位を与える羽目になった」 「ですが実際、カジノ特区の収入は無視できるものではありませんよ?」 「だがその収入を、いつまでも連中に預けておく理由はありません」 「……と、言いますと?」 「今回の暴動、いい機会かもしれません」 「……ですね。この暴動で、[サッ]化[カー]物共が橋を渡って、こちら側に来ないとは限らない」 「確かに。血に飢え、人を襲う可能性だって、否定できませんからね」 「では、例の……シナリオプランB、だったか?」 「えぇ、そうです。[・]あ[・]ち[・]ら側とはすでに話をつけてあります。必要なのは、ここいる全員の承認です」 「今こそ時でしょう。前時代の闇と決別するための」 「しかし……やけに準備がいいじゃないですか」 「保険だったのでしょうね、仕掛けの八割方は前時代の方々がすでに整えていましたよ。それに今なら、時期も丁度いい」 「ああ、例の国際テログループの話か。活発化しているらしいな。丁度いい隠れ蓑になるだろう」 「今回の騒動が本土の方にまで来ないとは、限りませんし……仕方がないとも思いますが……ただ、あの都市には普通の人もいるのでは?」 「しかし、避難勧告を出すわけにもいかんでしょう。“我々は気付けなかった”、そこが重要なのですから」 「避難する中に紛れ込まないとも限らないだろう。それに感染の可能性があるなら、隔離もやむを得まい。これは治安維持のための緊急措置だよ」 「大事の前の小事……ですか」 「……仕方、ありませんね」 「当然の対応でしょう。それに化物に味方する連中など、気がしれませんな」 「では、決議を取りましょうか――」 「そもそもこの海上都市自体、悪意のある見方をすれば吸血鬼のための街ではない!」 「“人間”が“吸血鬼”を閉じ込めておくための都市なのだ!」 「ゆえに我々はここから出ることを許されず、海に囲まれた牢獄の中で暮らさねばならない」 「だが、それでも我々は、海上都市での暮らしを受け入れた。不満があろうと、苦しい選択だろうと」 「我々は誠意を見せてきたのだ。だがしかし、政府は合成血液を我々から奪った」 「これは裏切りではないか!? 我々に、死ねと言っているのと同じだっ! これを許していいのか?」 「許せないっ!」 「そう、許せるはずがない! ここで屈してしまえば、我々に残された道は死だ」 「すでに、体調不良を訴える者も多数存在する。だというのに、政府側の反応は相変わらずだ!」 「ふざけるなー!」 「だからこそ、我々は立ち上がらなければならないっ! 我々の未来のためにもっ!」 「幸い、我々は切り札を持っている。わかるだろうか?」 「俺たちの存在だ!」 「そう! 吸血鬼の存在を、公表されれば困るのは政府の方だ! 俺たち自身が、切り札になるんだっ!」 『おー!!』 「こんな状況になってまで、この海上都市に居続ける意味があるのか?」 「いや、ないっ!」 「ならば今こそ我々は、あの橋を渡り、本土に知らしめに行くべきではないか!」 「そして政府に、自分たちの行動の愚かさを問うべきではないのだろうか!」 「その通り!」 「今こそ、橋を渡るべきだ! 連中に思い知らせてやれ」 「これ……少し、まずくないですか?」 「ちょっとやそっとじゃ、収まりがつきそうにないですね」 「そうなんだよ」 「でもだからこそ、早めになんとかしないと。事が大きくなりすぎたら、もう抑えられない……」 「……《チーフ》主任」 「わかっている。だからこそ、あの二人に来てもらっているんだろう」 「皆、少し待ってもらえぬか?」 「まず、私たちと話をして欲しい」 「小夜、様……」 「……アンナ様まで」 「どうしてこんなところに?」 「き、決まってるわ……私たちを捕まえる、ために……」 「いや、みんな落ち着くんだ! いい機会だ、改めて問い正そうじゃないか」 そう言った、リーダー格の吸血鬼が市長とレティクル代表の前に立つ。 「お二人に問いたいことがあります。今回の噂は本当ですか?」 「政府が、流通を止めているという噂のことか?」 「はい、そうです。教えていただけませんか? その噂が事実なのかどうか」 「………………事実じゃ」 「やっぱり、噂は本当だったんだ」 「政府が……」 「ならやっぱりっ」 「落ち着かんかっ!!」 「……頼む、よく話を聞いて欲しい」 「確かに今は、政府の命令で止められてはいるが、それに関しても事情がある」 「その事情とは?」 「この《アクア・エデン》海上都市に流通する合成血液のパックに、偽物が見つかったのじゃよ」 「ご丁寧に政府公認のマークまで偽造した物がな。つまり、ワシらに不備があったのじゃよ」 「その偽造対策が必要となって、政府側も見過ごすことができなくなったというわけだ」 「今回のことはすべて、ワシらに責任がある」 「事が事だけに、公表をするわけにはいかず、隠ぺいしてしまったことは申し訳なく思っている」 「隠ぺいはワシの指示じゃ。ワシの判断ミスで、このような事態になったことは、謝罪をする」 「誠に申し訳ない」 「そんな……小夜様が謝られることでは。アナタが今まで、この都市に尽力されてきたのは存じております」 「………」 「こうしてみると……本当に偉大な吸血鬼なんだな。みんなが恐縮してる」 「そりゃね。この都市の設立当初……いえ、設立計画の時点から参加し、現在を作り上げた人だもの」 「この都市に暮らす吸血鬼は全員、あの方に感謝しているのよ」 「見た目や本人と話していると、その事実を忘れてしまうがな」 「小夜様もアンナ様も、優しいもんね。でも、二人に出てきてもらってよかったですねぇ」 「アレだけ騒いでいた連中が、すっかり黙り込んでしまっている。これなら、なんとか治まりそうだな」 「ならば頼む。矛を収めてもらぬか?」 「今回のことは、私たちの不甲斐無さが招いたこと。どうか、落ち着いてもらいたい」 『………』 「お願いだ」 「………」 「ですが小夜様、アンナ様……今回の件、流通を止めているのは政府の策略ではないのですか?」 だが淡い希望は、その一言で打ち砕かれる。 「………」 「それは……」 「いくら問題があろうとも、合成血液の流通を止めるなんていうこと……お二人がするとは、思えません」 「一日、二日程度ならまだわかります。ですが、一週間近くにもなると、話が違うのではないでしょうか?」 「すでに頭痛や吐き気を訴える者もいるのです」 「……すまぬ」 「いえ、そんな……小夜様に謝罪をしてもらいたいわけではありません。私たちはただ……」 「言いたいことはわかる。その気持ちも、痛いほどに。私とて、同胞を大切にしたい」 「でしたら、どうして我々がココに集まったか、言わずともご理解いただけませんか?」 『………』 「それに……失礼ながら、いつまでもこのままでいられないことは、お二人が一番御存じなのではないでしょうか?」 「……小夜様」 「確かにお主らの言う事も理解できる。じゃがな、だからと言ってデモ行進などをさせるわけにはいかん」 「お主らには、苦労をかけて済まぬとは思う。じゃが……堪えてもらえぬか?」 「気に入らぬ対応をされたからといって、こちらも強硬手段に出れば、その先に未来はない」 「それは……」 「よもや、お主らもデモをしたところで、完全な自由が手に入るとは思っておらんのじゃろう?」 「それは……」 「そりゃ……好き勝手にはできないだろうけど……」 「だが、このままじゃ納得ができないだろ」 「………」 「正直に申し上げます。仰る通り、私とて自由になるとは思っておりません」 「ですがやはり、今回のこと、このまま素直に認めるべきではないと思います」 「………」 「勿論、小夜様の仰られることは理解しているつもりです。ですが……」 「このまま我慢したところで、未来があるとは思えないのです。今回の……いえ、これまでの政府の対応を考えますと」 「実際に政府と交渉してこられた小夜様、アンナ様にもご苦労があったことでしょう。だからこそ、我々も堪えてきました。ですが……」 「もう、我慢はできぬ……と?」 「……どうしても、今回のことを諦めてはもらえないか?」 「お主らの行動が、吸血鬼全体の信用を失わせることになりかねんのだ。政府はもちろん、ワシらを信じてくれている人間たちからもな」 「………」 「失礼ながら私には、信じてくれている人間がいるのかどうかすら……もうわからなくなりつつあります」 「………」 「このまま我慢を重ねても……吸血鬼に未来などないのではないかと……不安に思えて仕方ないのです」 「そうですか、やはり暴動は止まらないのですね、わかりました。ご苦労さま」 「信頼できる筋とやらからの、報告ですか?」 「例の暴動、治まるどころか拡大しているようです」 「このままでは本当に、カジノ特区の人間から吸血し、橋を渡ってくるかもしれません」 「ふん。やはり所詮化物の連中だな」 「そうなればもう、彼らはテロリストと同じですね。国の安全に関わる重要案件と言える」 「こうなれば、取る手段は一つしかないだろ。本土に連中を入れるわけにもいかないのだから」 「では……始めるしかありませんね」 「みんなー! そろそろ移動を始めよう! まずは、中央に向かうぞ!」 「ちっ、荒神市長の説得も通じないか」 「《チーフ》主任、このままでは」 「わかっているが、あの二人で止められなかったものを、俺たちの説得で止められると思うか?」 「それは、そうなんですが……」 「でも《チーフ》主任、本当に吸血されたり、橋を渡ろうとしたら……」 「止めるしかないけれど……でも、それは……」 「武力を行使して、ということになりますよね?」 「………。その場合は、仕方ないだろう。俺たちも覚悟を決めなければならない」 「……でも、あの人たちの気持ちも、十分わかります」 「俺だって、理解しているつもりだ。だからと言って、このデモを見過ごすわけにもいかんだろう」 「それは……そう、なんですが……でも……」 「………」 「………」 「なんとか人通りの少ないうちに治めないと。可能な限り、穏便に……」 「では、出発だ」 『おー!』 そうして、吸血鬼の集団が一歩踏み出したその時、足元が大きく揺れる。 ドンッ! と、腹まで震えるような地震が、襲いかかってきた。 「な、なに?」「ひゃっ」 当然揺れは、集団の行進が始まったからではない。 そんなことぐらいで、こんな大きな揺れが起きるはずもないし……なにより、その本人たちすら驚きを隠せていない。 「なっ、なんだ!?」 「じ、地震?」 「いやだが、ここは海上都市だ。浮遊式海洋人工島だぞ? ここまで地震の影響を受けるなんて……」 「なら、この揺れは?」 そしてズズン……と、地鳴りまで聞こえてくる。 「この揺れは、一体………………小夜様?」 「いや、ワシも知らんぞ。しかし、あの揺れはただ事では――」 「……んっ? なんじゃ、アレは?」 「小夜様?」 「煙が……あがってる?」 「煙? 俺には……よく見えないが」 「んーー……私にも、よく見えないです」 見ると、遠く……といっても、この海上都市の中の範囲だが、黒煙が上がっていた。 暗い夜の闇の中でも、吸血鬼の目にはハッキリと映っている。 怪しげな……何かおかしな事が起きたと感じさせる黒い煙……一体、なにが? 「その煙が上がっている場所、どこらへんかわかるか?」 「いえ、さすがにそれは……。ですが、距離は結構あるようです……少なくとも、都市のかなり端の方ではないかと……」 「あっちの方向だと……本土との連絡橋があるな」 「――!?」 「――まさかっ!?」 「……小夜様?」 俺の言葉に返事はなく、どこかひっ迫した様子の小夜様が携帯電話を取り出した。 「ワシじゃっ! いや、まだ例の抗議を収めるために、月長学院におる」 「それよりも、先ほど揺れを感じた。それに、ここからでも黒煙が見える。一体何が起きておる?」 「ふむ……それはわかっておる。じゃが、あの煙はただ事ではあるまい? まず状況の確認をじゃな――」 「――ふむ、ふむ……なっ、なんじゃと!? 橋が、落とされた!?」 「橋が、落ちた……っ!?」 「いや、違う。今確かに、橋が“落とされた”と……」 「つまり、事故などの類ではない、ということですか?」 「そういうことになるだろう」 「でっ、でで、でもっ、誰が、何のために?」 「とにかく、こちらも情報を集める必要があるな。まずは本部に連絡をして、現状の確認だ」 言いながら、《チーフ》主任は携帯で連絡を取り始める。 「橋が落とされた……?」 「どういうことなのかしら?」 「もしかしたら、テレビでなにかやってるんじゃないか?」 その言葉を聞いた瞬間、その場にいた大勢の人がワンセグで情報を集め始める。 俺もそのうちの一人だ。 すぐさま携帯を開いて、各チャンネルを確認を――する必要はなかった。 「どう? なにかやってる?」 「……何かやってる、なんてものじゃない。緊急速報が流れてる……」 「もう? 今、爆発したところなのに?」 「いや、そうじゃないみたいだ」 「?? どういうこと?」 『繰り返し、お伝えします。ただいま、国際テログループから声明が届きました』 『次の標的は我が国の《アクア・エデン》海上都市に定める、と声明があった模様です』 『繰り返し、お伝え――……ただいま、続報が入りました!』 『海上都市と繋がる連絡橋で爆発が起きた模様。連絡橋で爆発が起きました』 『爆発の規模、負傷者がいるのかはまだ不明ですが、少なくとも橋は渡ることができないほど損傷を受けているようです』 『付近の皆さまは十分にお気をつけ下さい。間違っても、連絡橋には近づかないようにお願いいたします』 『引き続き、番組を変更して、緊急報道を放送させていただきます』 「国際テログループ?」 「なにそれ? どうして突然、テロ攻撃だなんて……」 「そう言えば……前にテレビでテロの活動が活発になっていると、聞いた覚えはあるが」 「テロって……俺たち、どうすればいいんだ……?」 「え? ひ、避難をするんじゃないの? こんな騒ぎが起きたら、デモどころじゃないでしょう」 「た、確かにそうだな」 「みんな、落ち着くんだ!」 「落ち着けるわけがないだろう、テロだぞっ!」 「とにかく、逃げないと」 「どうやって? 橋は落とされたんだろう?」 「とにかく今は下手に動くでない。よいか? まだテレビの情報だけで、なんの確証も得られておらん」 「本当にテロリストによって橋が爆破されたのかもわからぬ。とにかく今は、落ち着いて行動することが重要じゃ」 「このタイミングで……テロの報道……しかも、橋の爆破? 全てが整い過ぎている……これじゃ、まるで……」 「小夜様……これはもしや、テログループなどではなく――」 「その可能性は把握しておる。じゃから、不用意なことを口にするな。他の者に聞かれたくはない」 「……申し訳ありません。迂闊でした」 「テログループでは……ない?」 「どういうことだ?」 「さ、さぁ? 私にはわからないけど……」 「………………まさかッ!?」 「《チーフ》主任? なにかに気付いたんですか?」 「本気……なのか? 連中、そこまでのことを?」 「お主も、迂闊に口にするでない」 「アンナもわかっておるじゃろ? それは確証のない話じゃ。今は無用な混乱を巻き起こしたくはない」 「橋の爆破に関しては、負傷者は出ておらん。車も途切れており、モノレールにも被害はなかった」 「ここで、不用意に動けば、致命的な禍根を残しかねん」 「ですがっ………………いえ、すみません、取り乱して」 「そうですね、今はこの都市のことを考えることにします」 「うむ、頼む」 「………?」 どういうことなんだ? テロじゃないとしたら、一体誰がこんなことを? そして何故、市長たちには心当たりがあるんだ? 「お主らにも心より頼む。どうか今一度、落ち着いて欲しい」 「わかり、ました」 「まぁ……こんな状況になったら……もう、な……」 「小夜様、ここを移動しましょう。まずは情報を統制できる場所へ」 「うむ」 「ワシらは事態収拾のために、行かねばならぬ。そこでお主らに頼みたいことがある」 「……頼みたいこと?」 「お主らのその行動力を見込んで、避難の誘導をしてもらいたい。お主らは、未来を求めて行動を起こしたのじゃろう?」 「ならばこの都市と未来を守るために、ワシに手を貸してくれんか? 頼む」 「……わかりました。この状況下です、できる限りの助力はさせていただきます」 「恩に着る。ではひとまず、可能な限りこの月長学院を避難場所として、その誘導をしてくれるか?」 「つまり、テロは続くと?」 「可能性の問題だよ。念のために、できるだけ固まっていて欲しい」 「枡形《チーフ》主任、ここに数人管理局の者をよこしてくれ。避難の指示を頼みたい」 「わかりました。適任者を見つくろいます」 「他の地域や観光客も、どこかに避難をさせるようにしてもらいたい。警察や消防とも連携をしてな」 「了解です」 「それから……あの小娘、淡路萌香に連絡を取っておいてくれ」 「淡路に? それは……このテロの真相と、その確証ですか?」 「よろしく頼む」 「わかりました」 「六連っ、矢来っ!」 「はい」 「念のためだ。いつでも能力を発動できるように、吸血しておけ」 「了解」 「わかりました。それじゃ布良さん、血をもらっても平気かしら?」 「うん。わかった、けど……あんまり人目につかないところでね」 「あっ、俺も――」 「むぅー……ダメ。佑斗は男の人から吸っておくこと。いいわね?」 「……女性から吸ったら、浮気ってことか?」 「だって……佑斗、吸血が上手いから……とにかく、わかったわね」 「………」 「あー……六連君は、自分の血でよければ」 「……スミマセン、よろしくお願いします」 「狼煙が上がったか……すでに、マスコミにもテロの情報がリークされているはずだ」 「こちらも始めるぞ。状況は?」 「全ユニット、配置についています」 「よし。では、作戦を改めて伝える」 「各地に爆弾をセットし、その後別命あるまで装置の護衛に当たれ。だが最終的に、装置も爆破することを忘れるな?」 「なお、この命令は最優先で行われる。問題があれば排除してよい。なにより証拠は残すな。我々はテロリストであることを忘れるな」 「以上だ。これより、状況を開始する」 「………」 「どうした、お前も動け」 「テロリスト……ですか」 「……躊躇うお前の心情も理解できないわけじゃない。だがな、これは上からの命令だ」 「お前が動かなくとも、補充要員が動くだけだ」 「上とは……どれぐらい上なんですか?」 「見上げない方が身のためだ」 「………」 「これは重要な作戦だ。一人一人の行動が、仲間全員を危険に――」 「わかっています。すみません」 「……仕事に集中します」 「………」 「各地区の状況は……ふむ……ふむ……いや、警戒は解くでない、警戒レベルは5、プランEを発動。市民を避難させよ」 「そんなことはわかっているっ。だが、不測の事態に備えるべきと言っているんだ!」 「そうだ、プランEだ! 強制でもかまわんっ、避難させろ! ああ、わかった。この騒ぎを無事乗り切れば、文句はいくらでも聞くっ!」 「………」 市長とレティクル代表は、公務室に戻るのではなく、一番近くにあった風紀班の支部から指示を下す。 主任を始めとした、管理局の面々も慌ただしく指示を飛ばし続けている。 「この状況下で手持無沙汰って、かなり居心地が悪いな」 「そうだね。なんだか……申し訳ない気持ちになるね」 「仕方ないでしょう。指示を待つ立場なんだから。それに、小夜様の護衛は必要でしょう」 「それはそうなんだが……そう言えば、ニコラたちは大丈夫だろうか?」 「連絡橋の爆破だけだから、怪我はしてないと思うけど……もう、避難してるんじゃないかな?」 「そうだといいんだが……」 「それにしても、テロって続くのかな? あれから全然反応がないけど……」 「市長たちは備えているが……もう起きない、大丈夫だ……と、思いたいところだな」 「………」 「……? どうかしたのか、美羽?」 「いえ、ちょっと……考えていたの、小夜様たちの言葉を」 「小夜様たちの言葉って?」 「もしかして、テログループじゃないと言ってたことか?」 「そう。それで、一つだけ思い当たることがあって……」 そこまで言って、美羽は辺りを見回してから、声をひそめて話し始めた。 「もしかしたらこれは、政府が画策した作戦なのかもしれない」 「――えぇっ!?」 「なっ!? そんなバカな! どうしてそんなことを!?」 「しっ、声が大きい」 「スマン。だが、何を思ってそんなことを?」 「あくまでコレは、私が立てた仮説の話として聞いて欲しいのだけれど――」 「今回のテロ、タイミングが良すぎる気がするのよ。それにあのマスコミの報道の速さはなに? 事前にリークがあったとしか思えない」 「確かに……ある意味では、あのタイミングで爆破があったからこそ、デモは中止されたわけだし」 「だが、犯行声明があったならこそ、という可能性もあるだろう?」 「だとしても、小夜様には何の連絡もなかったということは、情報が止められたということでしょう? それに橋を落としたというのも……気になるわ」 「……狙うなら、もっと被害が出そうなところを狙うってこと?」 「実際、通行がなかったおかけで、今のところ負傷者はいないわけだしな」 「もし本当にテロとして、威嚇の意味を込めるのなら、どうして橋なの? もっと象徴的な場所を狙うんじゃないかしら?」 「例えば、カジノとか?」 「それによく考えると……橋を爆破するってなると、準備も大変だし……目立つ可能性もあるよね」 「橋は本土と繋がる唯一の場所。だからこそ、政府側の監視も厳しい」 「なのにそれをアッサリと爆破した。それが可能な相手と考えると――」 「真っ先に辿り着くのは“自演”か?」 「政府全体かどうかはわからないけれど……あと、最初に言った通り、これはただの私の想像、荒唐無稽な陰謀論でしかないわ」 「……だが、今の状況だと情報が少なすぎて、明確に否定できる要素がないのも事実だな」 「考え過ぎだと、いいんだけど……」 未だ落ち着くことなく陣頭指揮を執り続ける市長たちを見ていると、嫌な方向にばかり想像を膨らませてしまう。 「とにかく、俺たちも気を許すわけには――」 不意に俺の携帯が鳴り響く。 「うわっと――」 「はい?」 『おい! 佑斗か!?』 「その声、直太か?」 『声を聞く限り無事みたいだが、大丈夫なのか?』 「ああ、大丈夫だ。今のところは」 『美羽ちゃんや莉音ちゃんたちは?』 「布良さんと美羽は無事だ。稲叢さんたちは……今は一緒にいないからわからん」 『そうか……無事だといいんだが……』 「直太、今は家か?」 『ああ。テレビをつけたら緊急特番ばっかりで、ビックリして電話したんだ』 「今のところ、こっちは大丈夫だ。悪い、今忙しいんだが――そうだ、テレビではどんな情報が流れてる?」 『詳しいことはなんにも。国際テログループの犯行で、海上都市が標的になって、橋が爆破されたことぐらいだ』 『ああ、負傷者はいないらしい。不幸中の幸いってやつだな。ネットでも……同じだ。ニュースと同じような情報しか流れてない』 「そうか」 『避難とか、できそうか?』 「どうだろうな……橋が落ちたら、モノレールも車も使えない。定期船があるわけでもないし、逃げる手段があるかどうか……」 『そんな、心配になるようなこと言うなよ! なん――――――』 「直太? おい、直太?」 「佑斗、どうかしたの?」 「いや、会話の途中で突然電話が切れて……」 「いいから、もう一度連絡を――もしもし? もしもし?」 「おい、どうした? 返事をせぬか、おいっ」 「くそっ、急になんなんだ!?」 「………」 「どうやら……向こうも同じみたいね」 確認すると、携帯の電波が“圏外”になっている。 「急に、どういうことだ?」 「橋の爆発の影響……にしては、遅いよね。だったら、基地局に問題が起きたのかな?」 「全部のキャリアが圏外になって、固定電話も使えなくなっているみたいだけれど?」 「……ダメだ。ワンセグまで見れなくなってる。ネットも……使えないみたいだ。一体、何が……」 「もしかして……これが次の攻撃なのかしら?」 「え? それってまさか……テロはやっぱり続いてるってこと?」 「わからない。でも……その可能性は高い気がするわね」 「しかし、何の意味があるんだ? 通信の妨害なんて、橋の爆破に比べればまだ―――」 「―――いや、待て……マズイ、マズイだろ、これは」 「六連君?」 「橋を落とされ、外部との接触を完全に断たれた。つまり俺たちは今、海上都市に閉じ込められてる」 「つまり、逃げることも、助けを求めることもできないんだ」 「くそっ! やはりこれは、連中がっ!」 「落ち着け! 何か、本命があるはずじゃ。海上都市から目と耳を奪い、口も塞いだ。逃げることもできぬとなれば――これで終わるはずがない」 「もしや、小夜様の命を!? 小夜様がいなくなれば、足並みが乱れます。連中、それを狙っているのかもしれません」 「……ワシ程度の命で済むなら、マシじゃが………………枡形、淡路萌香からの連絡は?」 「いえ、まだありません」 「くっ……こうなる前に、連絡をしておくべきじゃったか……」 「各員、警戒態勢。まず、周囲の安全を確保しろ」 『了解』 「連中……一体、なにをするつもりじゃ?」 ――太平洋、海上 「艦長、命令が下りました」 「……ジーザス……まさか本当に、我々がこんなことをする羽目になろうとは」 「同感です。ですが……命令は命令です」 「わかっている」 「……発射管開け」 「はい、艦長……ミサイル発射管、開きます」 「測的完了。誤差修正、完了」 「各部発射準備よし」 「………」 「全管発射。その後緊急潜航。この場を離れる」 「はい、艦長……全管発射します」 「――小夜様!」 「申し訳ありません。電話が使えないものですから、遅くなりました」 「いいや、構わん。それよりも、何かわかったのか!?」 「やはり政府内部の一部に、不審な動きがあるようです」 「その一部というのは?」 「国家公安や、カジノ特区に関わった政治家の特別な混成委員会。一般どころか、政治に携わる者でも大多数が知らないような集まりよ」 「………」 それだけ政府が動いているということは……このテロはやはり、政府が意図して起こした物なのか? 「というか、どうしてそんな政府の動きを察知できるんですか?」 「うふふ。そこはいい女の秘密♪ おいそれと教えるわけにはいかないのよ」 「――おっと、そんなことを言ってる場合じゃなかった」 「それで、連中の目的は?」 「おそらく海上都市の力を無力化すること。それがどれほどのレベルを指すのかは、わかりませんが……」 「その手段は?」 「そちらも、残念ながら……。情報を引きだす前に電波障害になりまして……ただ――」 「ただ? なんじゃ?」 「かなり本気のようです。自分たちだけではなく、外部の組織にも連絡を取っていたようですから」 「その組織とは?」 「わかりません。ですが、電波障害を起こす前に“最終段階に移行”という命令が下りました」 「そしてその後、連中は外部とも連絡を取り始めました。それを探ろうとした直後に、この電波障害です」 「……そうか」 「………」 「佑斗? どうかしたの?」 「いや、少し気になることが」 「ならば、口にするがよい。今は様々な視点から手持ちの情報を考えることが重要じゃ」 「なら……すみません、ちょっといいですか?」 「なに? 六連君」 「その特別な委員会は、最終段階に移行させてから、外部に連絡を取ったわけですよね?」 「ええ、そのはずよ」 「となるとそれは、秘密裏の組織では処理し切れないようなことをしようとしている、という可能性が大きくないでしょうか?」 「ふむ……なるほど。“最終段階”とは、かなりの規模の大きい作戦かもしれん、というわけじゃな」 「最悪の事態を考えるなら……その可能性も含めるべきかと」 「どうしますか、市長」 「……覚悟を、決めるしかないか」 「小夜様……では?」 「うむ。ワシらはすでに後手に回っておる、判断を遅らせれば遅らせるほど、致命的になるじゃろう」 「……そうですね。同感です」 「皆、よく聞け。今後の動きを決定する」 響き渡る声に、部屋の中にいた全員の視線が荒神市長に集まる。 「ワシらは現時刻をもって、海上都市を放棄、脱出する!」 「え?」 「だ、脱出……って」 「この都市から、って……逃げるってこと?」 市長の言葉に、ざわめきがこぼれる。 それも当然だろう。 「あの、小夜様……質問があるのですが」 「なんじゃ?」 「避難経路は、一体どうされるおつもりなんですか? 橋は、落ちているはずですが……」 「橋がダメなら、海から逃げればよかろう?」 「ですが……我々吸血鬼に、海を泳ぐことは……」 「海を泳ぐなど、ワシとてゴメン被るわ。さすがに死んでしまう」 「そんな心配をしなくても、ちゃんと船を用意しているよ」 「船? ですが、この海上都市には、港もありませんよね?」 「くくっ、こんなこともあろうかと! 開発地区の一部を船のドッグに改造して、ずっと隠しておったのじゃよ!」 「ついに連絡が来たか……」 「野郎ども! 仕事だぞ! 出航の準備を整えろ!」 『アイアイサー!!』 「い、いつの間に、そんなことを……」 「当然、海上都市を設立しておる最中に、ちょちょっとな。完成してからでは怪しまれるじゃろ?」 「それにあの辺りは、政府の横やりのせいで開発が思うように進まぬからのう。今までバレることもなかった」 「我々も、政府を鵜呑みにしていたわけではないということさ」 「すぐにでも動かせるな?」 「はい。常々より、メンテナンスは欠かしておりません」 「うむ。ご苦労。では、船員を集合させ、すぐに避難の準備に入るようにせよ」 「わかりました」 「お言葉ですが……この都市の住人を逃がすとなると……かなりの数が必要になると思いますが」 「準備したのは大き目のコンテナ船を数隻じゃ。広大な甲板を使えば、かなりの人数が乗り込めるじゃろ。まぁ、快適な遊覧とは言い難いがのう」 「それなら観光客を含めても、何とかなりそうですね」 「気になるのは、本土側が受け入れてくれるかどうかですが……」 「はっ、政府が受け入れぬはずがない」 「それは、どういうことでしょうか?」 「今回の騒動をテロとしたのは政府の方じゃ。テロから避難するワシらを拒否するなど、非難の的じゃよ」 「そんなことをすれば、現政府は転覆をする。受け入れざるを得ないさ」 「……なるほど」 「じゃが、船で逃げることは、まだ秘密にしておきたい」 「それは、何故ですか?」 「混乱を避けるためじゃよ。我先にと順番を争う様な事になっても困る。それに吸血鬼のこともある」 「少なくとも、こちらの準備が整うまでは、海上都市から脱出することは隠しておいて欲しい。ひとまず、避難場所の移動ということで頼む」 「……わかりました。では、人を走らせます」 「全く面倒じゃのう。無線さえ使えれば、すぐに済むというのに……これでは時間がかかって仕方ない」 「この通信の妨害の方はどうします? おそらくは、巨大な電子妨害装置が存在していると思うんですが」 「電波障害さえ解消すれば、もう一度調べることも十分可能かと思います」 「そうしたいのは山々じゃが……どうやって見つける? いくらなんでも、範囲が広すぎる。なにかいい案があるか?」 「いえ、それは……残念ながら」 「当てもなく探すことに人員をさくのなら、避難の誘導に割り当ててもらいたい」 「わかりました。ですが、お二人の警護に関しては、警戒態勢を維持させていただきたい」 「……まぁ、仕方なかろう」 「よろしくお願いするよ」 「では、全員避難の誘導に取り掛かれ!」 「俺たちも行こう」 「あっ、六連君、よかったっ!」 「ここにいたんだね」 「うー……」 「エリナちゃん、もう少し頑張って」 俺たちが避難の誘導に取りかかろうとしたとき、向こうの方から4人が近づいてきた。 「六連君、今話せますか?」 「少しなら大丈夫だ。みんな……どうしたんだ? 避難は?」 「勿論、指示に従って動いていたさ。だが……」 「エリナちゃんが、ちょっと変なんです」 「変? それは一体、どういう意味? 怪我をしたの? それとも病気?」 「そうじゃなくて……なんだか、ザーザーって聞こえるの」 「ザーザー? どういう意味?」 「なんて言えばいいのかな……えっとね……実際にはそんな音してないのに、変な音がワタシにだけ聞こえるっていうのかな?」 「もしかして、幻聴が聞こえるのか?」 「幻聴というより、耳鳴り……かな? 上手く言えないんだけど………………頭の中に、ノイズが走ってるみたいで、気持ち悪いの」 「大丈夫?」 「避難先では、《ドクター》Dr.を見つけることができなくてね」 「勝手なのはわかってますが……エリナちゃんが、ずっと顔色が悪くて」 「なんとか、《ドクター》Dr.を探してもらえないかと思って、ここまできたんだ」 「……んっ、ゴメンね。迷惑をかけちゃって」 「そんなこと、全然気にしなくていいんだよ」 「本当は電話で連絡をしたかったんですが、何故か使えなくなってて」 「そうか……」 しかし、俺たちも電話を使えないし、扇先生と連絡を取ることもできない。 他に吸血鬼を診れる医者って、いるのかな? 俺、あの人しかしらないけど……どこにいるんだろう? 「エリナの体調が悪くなったのは、いつからなの? 起きた時から?」 「んと……夕方はなんともなかったよ。いつもと全然変わらなくて……でも避難して、しばらくしてたら急に、ザザーって……」 「あっ、そう。ロシアの頃はテレビが映らなくなったりした時、ノイズ画面になったんだけど、あんな感じでザー、ザーって」 「もしかして、スノーノイズのことか?」 「スノーノイズ?」 「アナログのテレビにはよくあった現象だ。テレビの電波を受信できない状態だったり、混信したりすると発生して――」 「――……まさか、混信?」 「……六連君?」 「エリナ。そのノイズはもしかして、15分ぐらい前から聞こえているんじゃないか?」 「よくわからないけど……そうかも」 「多分それぐらいだったよ。履歴を見ると、ボクが携帯を使おうとしたのが10分ぐらい前だから」 「だったら、エリナが吸血したときの能力はもしかして、電気や電波に関係する力じゃないか?」 「え? あ……う、うん。電気を操れるけど……どうして、ユートが知ってるの? みんなにも見せたことないはずなのに……」 「やっぱりそうか」 「あの、どうして六連先輩だけ、エリナちゃんの能力を知ってるんですか?」 「エリナが今苦しんでいる、ノイズが聞こえる、というところから予想したんだ」 「どういうことですか?」 「もしかして……電気系統の能力を使えるエリナは、他の人よりも電波の影響を受けやすい?」 「つまり……これって電波障害の影響ってこと?」 「おそらくだが。能力を使っていない状態だとしても……身体がそれに適した形になっているとしたら、可能性はあるだろう」 確証はないが、エリナのノイズは妨害電波の影響を受けてのことのはずだ。 時間的にも合致する。 「エリナ……悪いが、そのノイズはおそらく医者でも解消することはできないと思う」 「そう、なの?」 「すまない。今はその……例のテロの影響で、都市全体を妨害電波が覆って、電波障害が起きているんだ」 「おそらくそのノイズは電波障害の影響だと思う」 「だったら、その妨害電波をなんとかすれば、エリナ君の体調は元にもどるんじゃないかい?」 「それはそうだと思うけど……」 「電波を発している装置がどこに設置されているのか、わからないの」 「そっか……テロですもんね。わかっていたら、もうなんとかしてますよね」 「そうね。私たちとしても、この電波障害をなんとかしたいと思っているのだけれど……探し出す方法がない」 「すまない……力不足で」 「ううん、ユートが謝ることじゃないよ。それに……探す方法ならある」 「え? それって……」 「まさか、キミは……」 「うん。エリナが探すよ、その装置」 「ここに来る途中でね、ノイズがひどくなったりしたから。多分、近づけばわかると思う」 「ちょっ、ちょっと待ちなさい。今だってそんなに辛そうなのに……近づいたらもっとひどくなるんでしょう?」 「そうだけど……でも、ずっとこのノイズにさらされてるのは嫌だもん」 「それにね……ワタシ、この都市、好きだから。ユートもミューもアズサもリオもニコラのことも、大好き」 「もし、ワタシで力になれるなら力になる、なりたいよ。だから、もし本当に困ってるなら、手伝わせて欲しいな」 そう言って、エリナは無理矢理笑顔を浮かべて見せた。 「お願い、ユート」 「………」 「佑斗、どうするの? 確かに、この電波障害をなくすのは、重要なことだけれど……でも……」 「……本当に、辛そうです」 「ありがと。でも、本当にダイジョーブだから。自分にできる……ううん。ワタシにしかできないことがあるなら、それをしておきたい」 「じゃないと、後悔しちゃうから。ユートだって、後悔したくないからこそ、今までに何度も入院したんでしょう?」 「それは……」 「………」 「……本当に、いいのか?」 「しつこいよ、ユート。あんまりしつこいと、女の子に嫌われちゃっても知らないよ?」 「………」 「……わかった。《チーフ》主任に話してみる。少し待っていてくれ」 「うん。ありがとう、ユート」 「本当に大丈夫なのかい、エリナ君?」 「うん、へーきだよ。ニコラはリオやヒヨリと一緒に避難して」 「……無理は、しないでね」 「《チーフ》主任、大事な話があります」 「なんだ? わかっていると思うが、手短に頼む」 「妨害電波の装置を見つける方法があります」 「なに? どんな方法だ?」 「実は――」 そうして俺はエリナのことを説明する。 その体調はもちろんだが、エリナが語った気持ちについて、しっかりと。 「なるほどな……絶対の確証はまだないが、可能性は低くはないな」 「やらせてもらえませんか?」 「……そうだな……」 「人数は必要ありません。俺がなんとかします。俺は吸血鬼ですから。それに今までだって、なんとかしてきたでしょう?」 「いや、それは危険だっ」 「さっき《チーフ》主任が言った通りです。絶対の確証はなく、そもそもの前提を間違えている可能性もあります」 「エリナの体調不良は、電波とは無関係かもしれない。なら、リスクは分散すべきです」 「………………」 「《チーフ》主任ッ!」 「わかった。すまないが、そっちはお前たちに任せる。血を吸うのを忘れるなよ」 「ありがとうございます」 「それから、車を使え。今ぐらいの混乱なら、車もまだ有効に使えるだろう。免許は持っていたな?」 「はい、それじゃ」 「矢来も、吸血を忘れるなよ?」 「了解」 「え?」 振りかえると、そこには美羽が立っている。 「私も一緒に行くわよ。問題ある?」 「いいや、そうだな、一緒に来てくれ。美羽が一緒にいてくれるなら心強い」 「ならよし」 「それじゃ俺は、車を回してくる」 「やれやれ、テロねぇ……やけに手回しのいいことを」 「小夜様たちは、避難で手一杯か」 「仕方ない。久々に、ちょっと運動をするとしようか」 「ここは、吸血鬼と人間が共生するなんて面白い場所……それに、面白い存在もいることだし……なによりも」 「連中を好き勝手にさせて、思い通りに事を運ばせるのは面白くない。非常に面白くない」 「んっ……んん……」 目を閉じてグデ、っと座席に身を預けているエリナの顔色は当然の如く、あまり良くない。 額には冷や汗のようなものが浮かんでいるようだ。 「……エリナ」 「んん……へーき、へーきだよ。それに、さっきよりノイズがひどくなってるから、この方向であってる」 「……すぐに見つけるから。もう少しだけ我慢して」 「うん。任せる……んっ、ふぅー……あっ、ゴメン、ユート。道を戻って左折して。少し、ノイズが小さくなっちゃった」 「……了解」 指示通りに動けば動くほど、エリナの苦しさは増していく。 なんとか……なんとか、早く見つけないと。 「あくっ! うっ、うぅぅ……」 「エリナ!?」 「んっ、へーき。ただ、今までで一番強いから……」 「もしかして、近いのかしら?」 「かもしれない」 車をゆっくり進ませながら、辺りを見回す。 通行人が誰一人としていない以外は……さほど変わった様子は――。 「ユート……ミュー、アレ……あそこのトラック」 エリナが指し示すトラックに目をやった。 路上駐車されており、そんなに大きくない箱型トラック。 車体に社名やロゴは見当たらないので少なくとも大手運送会社の物ではなさそうだ。もしかしたら個人の物かもしれない。 「あのトラックが、怪しいのか?」 「う、うん。あのトラックを見てると……なんだか、ジンジンするの……だから、多分……」 「十分あり得る話ね」 「巨大な妨害装置を、私たちに気付かれないようにずっと配置しているとは思えない。この都市を運営しているのはコッチなんだから」 「だとしたら……移動できるように、工夫がしてあるはず、か」 「狙うは荷台ね」 「了解」 「エリナ、俺たちはあの車を調べてくる。少し待っててくれ」 「らじゃー。気をつけてね、二人とも」 「任せろ。エリナを苦しめる分は、キッチリ仕返ししてきてやる」 「すぐに、そのノイズを止めてあげるわ」 「おー……よろしくね」 「ありがとうな、エリナ」 「にひ」 無理矢理笑顔を浮かべるエリナを残し、俺と美羽は車から降りる。 怪しげなトラックに、まだ動きはない。 「最初から全開で行くぞ」 「了解っ」 俺と美羽は同時に地面を蹴り、トラックに向かって突進する。 吸血鬼の能力を隠すことなく、全開で。 直後――慌てた様子で、トラックのエンジンに火が入った。 「間違いない」 「佑斗、逃げられるっ」 アクセルがベタ踏みされたのか、凄まじい勢いでタイヤが回転し始める。だが―― 「焦り過ぎだッ」 キュルルッ! と、その場でタイヤが空転。 それでも、一秒にも満たない間に、車は走り始めただろう。 だが、そのコンマ数秒のおかげで、俺はトラックに肉薄していた。 「おぉぉぉぉぉっっ!!」 体勢を低く、そして突進の勢いも殺さずに、硬化させた拳をタイヤホイールに叩きつける。 「――ぐぅぅぅッ」 さすがに拳が痛む……が、それでも向こうの方がダメージがでかい。 なんとか車は急発進するも、歪んだホイールとパンクしたタイヤのせいでコントロールを失う。 右方向に傾いてそのままの勢いで、反対側の歩道に突っ込んだ。 「これでもう、逃げられないだろ」 拳を抑えながら俺が、トラックに近づこうとすると、勢いよくサイドドアが開かれた。 そして短機関銃を構えた男たちが飛び出し、慣れた動きで狙いを定め、躊躇うことなく発砲。 「――ッ!?」 一瞬にして、俺に二十近い弾丸が襲いかかってくるが――その全てが、目の前でピタリと停止した。 「気を抜かないで、佑斗」 「スマン」 謝りつつ再び駆けだし、空中で凍りつく弾丸を文字通りかいくぐる。 「――っ」 再びこちらに向けて、短機関銃を発砲してくるが、硬化させた俺の身体には、かすり傷すら負うことはない。 顔だけ腕で覆いながらそのまま突進。 全弾命中しながらも、一向にひるむ様子のない俺に、相手の顔が歪む。 「――くっ」 銃を諦め、腰のナイフに右手を伸ばす。 だが、一瞬俺の方が早かった。 切っ先が向けられる前にナイフを手にした腕を抑え――絡め取る。 そのまま俺は相手の懐に潜り込み、勢いを殺さないまま身体を背負い、投げ飛ばす。 「おぉぉぉぉ――げはッ!?」 トラックの荷台に背中を強く打ちつけながら、男の身体が地面を転がる。 と同時に、今度は反対側の荷台で派手な衝突音。 どうやら、もう一人の男が美羽の能力で弾き飛ばされ、荷台と衝突したらしい。 二人とも完全に昏倒しているらしく、起き上がる気配はない。 「美羽、怪我は?」 「問題ないわ。佑斗の方は?」 「こっちも問題ない。他に敵は……いなさそうだな」 「えぇ。どうやら、ここはこの二人だけのようね」 「もともと秘密裏の作戦だろうし……もしかしたら、頭数はいないのかもな」 付近の確認を終えてから、俺と美羽はトラックの後部扉の前に立つ。 「鍵がかかってるな」 「どいて。私の力で、開けるから。――んっ」 扉の前で手をかざした美羽が、気合いを入れた瞬間、ガシャンと音がした。 どうやら、念動力を利用して、解錠してしまったらしい。 「泥棒し放題の便利な能力だな。そういう使い方もできるのか」 「血を飲んでいないと、使えないけれど」 「あと、泥棒で言うなら、別にこんな回りくどいことしなくても、いくらでも手はあるでしょう、私たちなら」 「確かに。窓からでも楽に侵入できるしな」 「そんなことよりも、早く中の確認を」 「ああ」 そうだ、無駄話をしている暇はないんだ。 エリナの頑張りに応えるためにも。 その扉を開くと、中には見知らぬ機材が詰まっており、床の部分はコードで埋め尽くされていた。 そして、それらの機材は起動中を示す様にランプが煌々と光っている。 「当たりだな」 「ええ、そうね。だけど、止め方わかる?」 「止めるだけなら、大丈夫だろう」 俺は機材に繋がっているコードの束を手にして、無理矢理引っこ抜いた。 一瞬、バツンッというような音がして、ランプの光が消える。 「電気で動いてるなら、こうすれば大抵の物は止まる」 「確かに。ご丁寧にスイッチをオフにする必要はないのよね」 「そういうことだ」 「一応、修理できないように、機材の方も潰しておくか」 「そっちは私がしておくわ。佑斗はエリナの様子を見てきてくれる?」 「わかった」 俺はトラックから離れ、乗ってきた車に戻る。 「エリナ? 機械は止めたぞ。調子はどうだ?」 「うん。ノイズはなくなったよー。ありがとう、ユート」 「何言ってるんだ、礼を言いたいのはこっちの方だ。頑張ってくれてありがとう、エリナ」 「にひひ。それよりユート、装置を止めたのなら、そのことを報告した方がいいんじゃないかな?」 「ああ、そうだな」 携帯を確認すると、ちゃんとアンテナは3本。 早速電話をかけてみると、しっかりと受話器から呼び出し音が聞こえている。 『枡形だ』 「六連です。妨害装置は止めました」 『よくやった。これで無線が使える。お前らも早く戻ってこい』 「了解です。すぐに向かいます」 「それから《チーフ》主任、テロリストを名乗る二人を捕まえたんですが、どうしますか?」 『拘束しろ。逃がすなよ、重要な証人だ』 「了解。あと、避難の状況なんですが……」 「市長、六連たちが妨害装置を停止させました」 「そうか。ならば、もう無線が使えるのだな?」 「はい。そのはずです」 「これで、作業も飛躍的に進みますね」 「うむ。作業を急がせろ」 「はい」 「淡路、電波障害は治まったはずだ。もう一度、政府が何を考えているのか、調べてもらえるか?」 「えぇ、わかってる。すぐにでも始めるわ」 「よろしく頼む」 「しかし……小童たちが止めたのは、一つだけじゃな?」 「時間的には、おそらくそうでしょうね」 「ふむ……」 「何か気になることが?」 「いや、大したことではない。この海上都市の全域を、一つだけでカバーしていたのかどうか……少々気になっての」 「じゃが、今はそんなことはどうでもよいか。実際に使えるようになったのじゃから」 「とにかく、作業を急がせよ」 「了解しました」 「ゲホッ!? ガッ……うっ、くぅ……お、お前……」 「素直に吐いてくれないから、痛い思いをするんだよ? もう一度だけ質問するから、心して答えてくれるかい?」 「通信の妨害装置は、これで全部?」 「も、もう一つ、あるが……すでに反応がない。こ、壊れたんだろう。だから……これで、全部のはずだ」 「それで、この次の作戦は?」 「しっ、知らん」 「へぇ……実はボク、医者なんだよ。本業は治療だけど……まぁ、治療ができるってことは、効果的に苦しめる方法なんかもしってるってことでね」 「試してみる?」 「ほっ、本当に知らないんだっ!」 「上が他にも何か、工作は行っているらしいが、それに俺たちは関係していない!」 「そういう連中が何をするか、僕はよく知ってる。昔、散々お世話になったからね。それを考えると……これで終わりってことはないはずだ」 「作戦の全容、正直に全部答えた方が……今後の人生を暮らしやすいと思うんだけどねぇ。まぁ、君の身体だ。選ぶのは君だけど――」 「俺たちへの命令は……橋の爆破と、通信妨害。他にも小規模な爆破を行うように言われている」 「小規模な爆破? その意図は?」 「……妨害装置は、爆破して証拠隠滅をするように言われている。そのカモフラージュと、都市に混乱をもたらすテロとしてだ」 「では、通信妨害の意図は?」 「それは本当に知らない。普通に考えれば、外への連絡を断つためだろう。救援要請が来ないのと、無視するのでは、大きく違う」 「ただ――作戦の最終目的はこの海上都市を沈めることだと……聞いてはいる」 「比喩的な表現だとは思うが……」 「ふむ……比喩かどうかはともかく、ここまでお膳立てしたんだからちゃんとした本命は他にあるはずだ。本当、面倒なことになったなぁ」 「それで、その小規模な爆発はいつから始まるの?」 「……残念ながら、もう始まる。止めるのは間に合わない」 無人の道路を結構な速度を維持したまま、俺は車を走らせる。 来る時も通った道だが、その時とは違うことがある。 まずはトランクに詰め込んだ、テロリストらしい人たち。 そして―― 「んーーー! やっぱり、頭がスッキリしてるのはいいねぇ」 後部座席に座るエリナの、ノイズが治まったことだ。 「本当に助かった。エリナが頑張ってくれたおかげで、避難も進んでいるそうだ。もうすでに観光客の避難は済んでるらしい」 「ううん。それに、ワタシを頭痛から助けてくれたのはユートだよ」 「さっきのユート、格好よかったよ♪ 拳一つで車を止めるなんて……もう、キュンキュンしちゃったよー」 「……恋人の前で、そう言うことを言うのは止めてくれないか? 睨まれてるから」 「あっ、助けてくれたお礼をするよ。なにがいい? やっぱり男の子だし……下着とかがいいかな?」 「……下着って……」 「見せてくれるということか? それとも……もしかして、下着をくれると言ってるのか?」 「お礼だからね、ユートの好きな方で……あっ、もしかしてその場で脱げってこと? もぅ、えっち~♪」 「いやだから、そういうことは止めてくれってば。本当、あとが怖いから」 「……ジーー……」 「佑斗、いやらしい」 「だから、俺が望んだわけじゃない」 「でも、悩んでたじゃない。お礼の下着で」 「……運転に集中してて、返事が遅れただけだ」 「………………佑斗」 「ん? なんだ?」 「……チラッ」 「………」 助手席に座る美羽が、突然自分のスカートを捲り上げた。 風紀班の制服のスカートは、タイトなミニ風味なので、当然そこに装着されたレースの下着が見えている。 ………。 こ、この子は一体……突然何を? 俺に下着を見せてどうしたいのか―― 「ユート! 前、前ぇっ!」 「え? あっ、うぉぉっ!?」 歩道に突っ込みそうになった車を、ギリギリで立て直すっ。 「ちょっと、危ないでしょう。ちゃんと前を向いて運転して欲しいものね」 「邪魔したのは、ソッチだっ!!」 「突然パンツ見せて来て、一体何なんだ? 思わず凝視してしまったじゃないか!」 「だって佑斗、パンツが見たかったんでしょう? だから……浮気しないように、恋人の私が見せてあげたのよ」 「おー、ミューってばこんなところでダイタ~ン♪」 「気持ちはありがたいが……もう少し状況を考えてくれ。運転中じゃ、しっかりと見れないだろう」 「それはつまり、またあとでゆっくり見せろってことだ? ユートのえっちぃ、にひひ」 「そうじゃなくて俺が言いたいのは、運転中に見せられると危ないってことで――」 ――その時、無人の静けさを吹き飛ばすような轟音が響き渡った! 同時に、道の先に路上駐車していた車が突然、炎を噴き、粉塵を巻き上げる。 「伏せろッ!! 頭を低くッ!」 咄嗟にブレーキを踏み、タイヤを滑らせ、車体を少し斜めに。 爆発した車になるべく運転席を向ける。 「なっ、なに!? なに!? 何が起こってるの!?」 戸惑いつつも、素早く俺の指示に従うエリナ。 だがそれよりも早く、ガスッ! ガスッ! っと、フロントガラスやサイドガラスに破片が食い込む。 「くっ!?」 咄嗟に能力を使い、身体を硬化させるのだが、運良く破片は全て、ガラスを突き破ることはなかった。 「……ふぅ……間に合った」 いや、運ではなく、美羽が能力を使って破片を止めてくれたらしい。 「助かった、美羽。ありがとう」 「お礼の必要はないわ。言ったでしょう? 佑斗は、私が守ると。約束を守っただけだもの」 「……そうだったな」 「それから、一応、トランクの方も守ったから。あの人たちも大丈夫なはずよ」 「そうか。エリナも怪我はないか?」 「うん。へーきだけど……今、一体何が起きたの?」 「よくわからんが、車が爆発した」 「もしかしてワタシたち、攻撃を受けてるってこと?」 「その割には、爆発した位置が遠すぎると思うが……」 車を降りて辺りを改めて確認してみる。 目の前でモクモクと立ち昇る黒煙。 だが、黒煙はそれだけではない。あちこちで複数の黒煙が立ち昇っている。 「どうやら、爆発が起きたのはココだけってわけじゃなさそうだな」 「私たちを攻撃したわけじゃなく、テロ活動が再開されたということ?」 「わからないが……その可能性が高そうだ。早く戻ろうっ!」 「《チーフ》主任! ただいま、戻りました」 「無事でなによりだ」 「戻ったか、ご苦労じゃった!」 「避難はどうですか?」 「何もかも順調……とは言えぬが、すでにドックでは乗船は始まっておる。ここにおるのは全員、順番待ちじゃよ」 「先ほどから、あちこちで爆発が起きていますが、ここの影響は?」 「ああ、向こうの倉庫がいきなり爆発をした」 「えぇ、こっちも!?」 「そっちは大丈夫だったのか?」 「俺たちの目の前で突然、駐車してあった車が爆発しました」 「幸いにも怪我はありませんでしたが……ああ、捕まえた二人はトランクに詰めてあります」 「わかった。ご苦労。おい、その自称テロリストどもを連行だ」 「はい、わかりました」 「自称……テロリスト?」 「細かいことは気にするな。今は避難が優先だ」 「おー、わかったよ」 「あっ、エリナちゃん!」 「よかった、無事だったみたいだね」 「体調の方はどう? その、ノイズ、だっけ? 頭痛みたいなのは、治まった?」 「うん! もうすっかり」 「……うん。確かに、顔色も良くなってるようだね」 「よかったー」 そうしてエリナに駆け寄ってくるみんなとは別に、一人の男がこちらに小走りで駆けてくる。 「枡形《チーフ》主任、ひとまず負傷者の搬送は終わったぞ。死者はいなかった」 「そうか。助かった」 「あれ? 確か……」 デモの中心にいた人じゃないか? 「失礼ながら私には、信じてくれている人間がいるのかどうかすら……もうわからなくなりつつあります」 「このまま我慢を重ねても……吸血鬼に未来などないのではないかと……不安に思えて仕方ないのです」 と、言っていた、あの人。 避難の誘導を市長に頼まれていた人だ。 「ああ、避難の誘導を継続して頼んでおる。人手はいくつあっても足りぬからのう。有能で助かっておる」 「どうじゃお主、ワシの元で働いてみぬか?」 「……ありがとうございます、光栄です。ですが、この海上都市のために、と仰られるなら……申し訳ありません」 「……どうしても、不信感を拭えぬか?」 「結局、このテロも人間の仕業なのですよね? 吸血鬼の存在を知らなくても、人間同士でこのような被害を出すのですよ?」 「でしたら、同じではない吸血鬼だとどうなるか……」 「……じゃが、それは――」 『わぁぁぁぁぁぁぁっ!』 突然の爆発音が市長の声を遮り、地面を揺らす。 「くそっ!? またかっ!?」 だが、そこまで爆発地点に近かったわけではないらしく、熱を帯びた強風が吹き荒れる程度でなんとか済む。 「また爆発か!?」 「はっ、早くここから逃げないとっ」 「お、おいっ、押すなっ」 「落ち着いて、落ち着いて下さいっ!」 「まずい、このままでは収拾がつかぬ」 「なんとかして、止めないと」 「俺も行ってきます」 「そこを、どいてくれっ」 「――きゃっ」 「ユカちゃんッ!?」 「お母さん!?」 「――ッ!?」 並んでいた女の子の一人が、混乱した住民に押しのけられ、小さな手が母親らしき女性から離れてしまう。 「みんな、落ち着いて下さいっ! 子供だっているんですから!」 「あぅっ!?」 俺の注意の声は届かず、押された女の子はそのまま倉庫とぶつかる。 混乱の喧噪の中、妙に耳に残る、不穏な音が脳にこびりつく。 「――どいて、どいて下さいッ!」 「ちょっ、ちょっと押さないで、押さないでってば」 「離れろっ! そこの倉庫が崩れる、離れるんだっ!」 「え?」 「うわぁぁっ、崩れる、崩れるぞぉぉっ!」 元々古びた倉庫の上に、爆破の振動や吹き荒れる爆風。 そのせいで積み上げていた荷物が崩れ、衝撃が加わったのか……それはわからないが、倉庫は大きく歪んでいく。 「離れて、みんな離れてっ!!」 「わぁぁぁぁぁっ!!」 みんなが崩れる倉庫から一斉に離れて行く中、俺は倉庫に向かって走る。 「――このッ!!」 咄嗟に俺は手を伸ばし、念動力を発動。 崩れ始めた倉庫を支えようとするが―― 「ダメかっ、大きすぎるッッ」 くそっ! 俺の念動力じゃ、この崩壊を止めることはできそうにないっ! 「おかーさん!」 「ユカ!!」 「お、おいっ、アンタまで巻き込まれるぞっ!!」 「離してっ、ユカが、ユカがっ!」 「ユカぁぁぁぁっ!!」 「な、なんじゃ!? また爆発か!?」 「いえっ、どうやら倉庫が潰れたようですっ!」 「すぐに被害の確認を! 負傷者はいるのか!?」 「離して、離して下さいっ! 娘が、ユカが、あの倉庫の下にっ!」 「なっ、今の崩落に巻き込まれたのか!?」 「すぐに救出をっ! 消防に連絡してくれ!」 「わかったっ! それから、下敷きになったのは?」 「小さな女の子が一人だ」 「いいえ、もう一人いたわ。崩れる際に、男の子が一人、倉庫に走っていったわ」 「たしか、その男の子は風紀班の制服を着ていたぞ」 「風紀班の?」 「まさか、佑斗……?」 「ぐすっ、ぐすっ……おかーさん……けほっ」 女の子が、俺の足元で泣いている。 暗い上に、巻き起こった粉塵で、今はよく見えないが……その声に痛みはなさそうだ。 「ごほっ、こほっ……えーっと、ちょっといいかな? 君、名前は?」 「……ぐすっ……ユカ」 「なら、ユカちゃん。怪我はしてない? どこか痛いところとか」 「ない……ぐす……」 「そう。手も足もちゃんと動くんだね」 「……うん、動く」 「ならよかった。それじゃあ、ユカちゃん、そこから外が見えたりしない?」 「お外、見えない……」 「そうか。……完全に閉じ込められたか」 「うっ、うぅぅ……ぐすっ、ぐず……」 「すまない、大丈夫だから泣きやんでくれ」 「外には俺の友達がいるから。きっと助けてくれる」 「おにーちゃんの、お友達?」 「そう、友達だ。ユカちゃんは友達がいるの?」 「いる」 「もし、その友達が泣いてたら、ユカちゃんはどうする?」 「えっと、えっと……どうしたの? って聞いて、ユカが助けてあげる」 「そうか。ユカちゃんは優しくていい子だな」 「俺の友達も、優しい子たちだから、すぐに助けてくれる。ユカちゃんのお母さんも傍にいたんだろ?」 「うん」 「お母さんは、優しい?」 「……うん。でも、怒ると怖い……」 「そうか。怖いのか」 「でも……会いたい」 「大丈夫だ。俺の友達も、ユカちゃんのお母さんも、助けてくれようとしてる」 「だから、すぐに会えるさ。それまで我慢できるか?」 「……うん。ユカ、我慢する」 「そうか。いい子だ。大丈夫、すぐにここから出られるぞ」 だって、外には沢山の人たちがいる。 なにより、美羽がいてくれるから。 ただ、問題があるとすれば―― 「俺が、もつか……だな」 右腕のズキズキとする痛みは、骨折した時のことを思い出してしまう。 その上、背中に鉄骨か何かが圧し掛かっている……というか、下手したら突き刺さっているかもしれない。 いくら吸血状態とはいえ、さすがに重みを支えるのは無理があったか。 ――ズキンッ。 「くっ……ぅぅぅ……」 「……お兄ちゃん?」 「……何でもない。それより、何か話をしようか。ユカちゃんのその友達は、どんな子なのかな?」 「んーっとね……いつも元気でね、足がすご~くはやいの。ぴゅーんって、走っちゃうの」 「……そうなのか」 ちっ……背中の方が少しベタつく。多分、血が流れてるな。 できれば何か能力を使って、倉庫の瓦礫を押しのけたいのだが……力が抜ける。それに、痛みで集中できやしない。 「ユカちゃん、身体が濡れたりはしてない?」 「う、うん……大丈夫」 「そう。ちょっとでも濡れたりしたら、教えてくれ」 「わかった」 俺の血がユカちゃんにかかっていないようで少し安心したものの……これ……本格的に、ヤバいかも。 現状を維持するのが精一杯で、気を抜いたら一気に潰れてしまいそうだ。 せめて、この子だけでもなんとか―― 「佑斗ーーっ」 不意に聞こえてきた声が、思考にかかり始めた靄を吹き飛ばしていく。 「そんなバカタレの佑斗だけど……私は味方だから、ずっと佑斗の味方。アナタを守る。もう、迷ったりしないから」 「大好きな恋人が苦しんでいるというのに、呑気にしていられるような冷たい女に見えるの?」 「この抱きしめられる感触も、匂いも、温もりも、声も、全部全部、大好きなの。だから……苦しかった」 「私も、好き、大好き」 ……はぁ、俺は一体何を考えてるんだ。 今さら、美羽を一人残して、俺が諦めることなんて、できるわけないだろ。 「そうだった……守るって、約束したもんな」 「返事をしなさい、佑斗!」 「ユカ!? 返事をして、ユカーッ!」 「おかーさんっ!?」 「ユカ、怪我はない?」 「平気だよ。でも、お兄ちゃんが……」 「お兄ちゃん?」 「お兄ちゃんが、凄く苦しそうなの……」 「佑斗! ちゃんと生きているの?」 「ああ、生きてるっ!」 「よかった……それで、状況は?」 「なんとか、空間は確保してる。女の子は無事だ!」 「女の子“は”……?」 「よかった、よかったぁ……」 「瓦礫をのけることはできないか? 今はギリギリ支えられているが、鉄骨が重い」 「わかった。すぐに助ける。それと……佑斗」 「なんだ?」 「約束、守らないと許さないから」 「了解した」 「崩壊に巻き込まれたのは、少女と六連君だけです。六連君が大声で注意を促してくれたおかげで」 「数人がかすり傷を負いましたが、問題はありません」 「消防はいつ来る!?」 「この状況ですから……到着には、まだ時間がかかりそうです」 「美羽ちゃん! 六連君が、倉庫に崩壊に巻き込まれたって、本当なの?」 「ええ。女の子を助けるために、今もあの下にいるはずよ」 「そ、そんな……」 「……ユート……」 「大丈夫なんですよね? 無事なんですよね?」 「き、きっと……アレだろ? その女の子を颯爽と助けて、瓦礫の中から立ち上がるんだろう? そうに決まってるよね」 「気持ちはわかるが少し落ち着け!」 「小童とその童女の様子は?」 「少女は大丈夫だそうです。怪我もしておらず、今のところ意識もしっかりしています。混乱もしていません」 「ふむ……で、小童の方は?」 「……わかりません。少なくとも佑斗は『女の子“は”無事だ』と答えて……。あと、鉄骨が重いとも言っていました」 「まさかあいつ、鉄骨を身体で支えて空間を維持してるのか?」 「六連君、血は?」 「妨害装置を止めに行く前に吸ったはずだから、まだダイジョーブだと思うけど……」 「どちらにしろ、すぐにでも助けないと」 「そうです。怪我をしてるなら、早く手当てをしないと」 「いくら吸血状態といえど、限界はあるしのう」 「しかし小夜様、消防は時間がかかりそうですし……なにより、この状況では重機も使えません」 「そうじゃな……」 「私が、力を使います。念動力を使えば、ある程度は瓦礫をどけることもできると思いますので」 「やはり、それしかないか」 「いや、それは少々マズいかもしれません、小夜様。どうか冷静なご判断を」 「ちょ、ちょっと、何を言ってるの!?」 「そうだよっ! 早くしないと、ユートがっ!」 「私だって同じ吸血鬼だっ! 早く助けたいと思っている」 「だったらっ!」 「今は避難の途中だ! 今ここで吸血鬼の特異性を露わにしては、周りの人間が不安に陥るだろう」 「そうなれば、人間たちの吸血鬼排除が始まるかもしれん。しかも真っ先に対象になるのは、助けようとした者だぞ!」 「なっ!? そんなことあるわけないよっ!」 「君は、人間か?」 「そ、そうです。でも、私は人助けをしてる吸血鬼さんが、排除されるなんて思いません」 「それは君が、管理事務局の関係者だからだろう」 「わ、私も、普通の人間です。私個人は、事務局とは関係ありません。ですが、私も布良さんと同じ思いです」 「いくらなんでも、いいことをしようとしてる人に、ひどいことをするなんて」 「この海上都市といえど、全員が全員、君のように吸血鬼を好意的にとらえているわけではない」 「むしろ、差別する方が多いと言えるのが現実だ」 「それに、可能性で言うのなら、吸血鬼側も少々心配じゃな」 「逃げるために、無理矢理吸血して騒動を起こす者がおらぬとも限らん」 「だから……なんですか? 諦めろと仰るんですか? いくら小夜様のご命令であろうとも、それだけは“嫌です”」 「私は、二人を助けます」 「しかし、それでは君が――」 「構いません。私は、あの人さえいれば、それでいい」 「その結果、どんな目で見られようと、排除されようとも、私は助けます」 「美羽君……」 「……ミュー」 「矢来さん……」 「失礼します」 「おい、君」 「布良さん、申し訳ないけれど、また血を少しわけてもらえる?」 「うん、勿論だよ! 大丈夫、私は美羽ちゃんとずっと友達だから」 「ありがとう」 「……あの、わたしもやります。布良先輩、わたしにも血を分けてもらえませんか?」 「でも莉音ちゃん、能力使うの……あんまり好きじゃなかったんじゃ?」 「確かに、ちょっと恥ずかしいんですけど……でも、人を助けるためなら、喜んで使います」 「……うん」 「私もお手伝いさせて下さい。莉音ちゃん、私の血でもいいですか?」 「ひよ里先輩?」 「布良さんはもう何度も吸われてるんですよね? でしたら、貧血を起こしたら大変です。まだ、お仕事もあるでしょうし」 「でも、私なら大丈夫です」 「ありがとう、ひよ里ちゃん」 「いいえ。それに、友達だからっていうのもそうなんですが……誰かを助けたいと思うのは、当然のことです」 「だから、莉音ちゃん。私の血でも大丈夫ですか?」 「はい。勿論です」 「さて、ボクに供物をささげて欲しいんだが……。多分ボクの能力なら、二人が埋まっている場所も匂いでわかると思う」 「でも、ヒヨリから吸ってばっかりだと、大変だよね」 「俺の血でよければ提供しよう。他にも、風紀班の人間なら、協力してくれるだろう」 「き、君たち、本気なのか!? 小夜様のお言葉を聞いていなかったのか!?」 「先ほど、ちゃんと言ったはずですが? 小夜様のご命令であろうと嫌だ、と。私は彼をそして、少女を救出します」 「小夜様! お止めにならなくて、よろしいのですか!?」 「ん? いや、しかしじゃな……ワシが言っても止まらんじゃろ? さっきから“嫌”と言っておるわけなんじゃし」 「それに、止める気もないがな。心配の種はあるが……ワシは別に、救出するなと言った覚えはないぞ?」 「……え?」 「お主の抱えておる思いは理解しておる。不安も、心配も、ワシとて感じぬわけではない。じゃがのう……」 「それでもワシは、今までのことが無駄じゃったと、諦めたことはない」 「勿論、問題もある。それを棚上げして、このような事を言うのは無責任と罵られるやもしれぬが」 「吸血鬼と人間が共生している場所が維持できている。それだけでも前に進めておると、ワシは思っておる」 「まぁ……進み具合がゆっくり過ぎて、目に見えぬかも知れぬがな」 「……小夜様……」 「お主、一つ賭けをせぬか?」 「賭け……ですか? それは一体、どのような?」 「吸血鬼が血を吸い、能力を使って瓦礫をどける様を見て、混乱が起きるかどうかをじゃ」 「もし、混乱が起き、パニックになったならば……ワシはお主に力を貸そう。デモであろうと、暴動であろうと」 「もし……パニックが起きなければ?」 「この騒動が終わったとき、ワシの元で、この海上都市のために働いてもらおうか」 「ですが、この都市は……もう……」 「させぬよ。絶対に潰させはせぬ」 「小夜様は……そこまで、人間のことを信じていらっしゃるのですか?」 「くははっ! バカを言うでない。政府連中と顔を合わせているんじゃぞ? 信じられるはずがなかろう」 「疑心暗鬼になるからこそ、もしもの際の避難用にコンテナ船などというものを隠し持っておったんじゃよ」 「でしたら、何故?」 「それでも……ちゃんと結果は残っておるからのう」 「なんだかんだありながらも、この海上都市は機能し続けてこれた」 「その間、人間と吸血鬼の間に、何も問題がなかったとは言わん。じゃがそれでも、ある程度乗り越えてこれた」 「ならばその年月で、積み重ねてこれた物があるはずじゃ。でなければ、とっくに瓦解しておるわ、このような都市」 「未だ政府とワシらの間では種族の差が埋まっておらん。むしろ、深まっておるかもしれぬ」 「じゃがな、海上都市で暮らす住人同士という、個人個人の区切りならば……信用も信頼もあるではないかと、ワシは信じておる」 「………」 「いや、そう信じたいだけかもしれぬが……それぐらいの期待はしてもよいはずじゃ」 「お主には少々、甘い考えと思われるかもしれんがの」 「その答えが……目の前で示されるわけですね」 「わかりました。その賭け、お受けさせていただきます」 「どいて下さい、通して下さい」 「え? ちょっと、なに?」 「うわ……これは、なかなか大変そうだね」 「お喋りしてる暇はないよ、ニコラ。早く助けないと」 「そうだった。梓君とひよ里君は、少し下がっていてくれ。怪我をすると大変だ。お母さんも」 「で、ですが、娘が」 「大丈夫です。娘さんも救ってみせますので。大房さん、この方をお願い」 「わかりました」 「どうやって作業を進めようか?」 「私が力を使って、上の方の瓦礫を排除していくわ」 「でしたら、重そうな鉄骨なんかは、わたしがどけますね」 「崩さないように気をつけないとね」 「――んっ、んん」 「うわっ……か、勝手に、瓦礫が持ち上がってる……」 「よいっしょっ!」 「エリナ君、ちょっとこっちの瓦礫を運ぶの、手伝ってくれないかい?」 「おー、今行くよー」 「それにあっちの子は、あんなに重そうな物を……」 「あそこにいる全員、人間じゃない……吸血鬼だ。しかも血を吸ってる……」 『………』 「そうだよ……吸血鬼の人たちなら、救えるんじゃないか? 下敷きにされてる子供たちを」 「今の状態じゃ、消防がいつ来るかもわからないんだし……」 「あのっ! どなたか、娘を助けるのを手伝っていただけませんか?」 「吸血鬼の方は、私の血でよろしければ、吸っていただいて構いませんので。お願いします」 『………』 「あのー……俺の能力なら、救助活動の手助けをすることができると思う」 「本当ですか!?」 「私も、手伝います」 「……俺たちでも救助できるなら、手伝うよ」 「ありがとうございます、ありがとうございます」 「あの……もしよかったら、俺の血を吸ってくれ。その人だけだと、大変だろう」 「いいんですか?」 「このまま見ないふりするなんて、後味が悪いからな」 「あのさ、もしかしたら……吸血鬼の人たちが協力してくれるなら、避難ももっと効率的に進められるんじゃないか?」 「能力次第だが、可能かもしれないな」 「あの、そういうことでしたら、私の血も使って下さい」 「あ、私も協力します」 「アタシも手伝いますよ」「それなら私も」「俺も」 「おい、そっちを持て」 「ダメよ、こっちを先に動かさないと!」 にわかに、外が騒がしくなってきた。 そして、背中にのしかかる鉄骨の圧力が、徐々に軽くなってきている気がする……のだが、正直なところ、全身が痺れてしまってよくわからない。 だがきっとコレは…… 「ユカちゃん、問題はないか?」 「……うん。ユカはへいき。でも、お外がなんだか変」 「きっとみんなが助けてくれようとしてるんだよ。もうすぐだ、もうすぐここから出て、お母さんに会えるぞ」 「ホント!?」 「ああ。もう少しだ。よく我慢したな」 「うん!」 嬉しそうに頷くユカちゃん。 これなら……なんとか間に合うかもしれない。 「……はぁ……はぁ……」 「お兄ちゃん、大丈夫?」 「ああ。大丈夫だぞ」 自分の中で力を振り絞り、できるだけ安心させられる声を出す。 とはいえ、このままじゃ、いずれ意識が飛んでしまいそうだ。 だが、そんな俺の意識を繋ぎとめるかのように、瓦礫の隙間から光が差し込んできた。 「匂いはここだ! 間違いないよ!」 「お兄ちゃん、お外が見えたよっ!」 「ああ、そうだな」 「女の子が見えたわ!」 「男の方も確認できた。無事だ! ちゃんと生きてるぞ」 「六連先輩、今助けますからね」 「……稲叢さん?」 「ジッとしていて下さいね。――よっ、いっ、しょっ!」 差し込む光の量が増す。 それと共に、徐々に外の状況がハッキリと見えるようになってきた。 「みんな、お兄ちゃんのお友達なの?」 「いや、知らない人も混じっているかも」 「そこの鉄骨をどかせるぞ!」 「今、手伝いに行きますっ!」 「こっちも、早くどけちゃおう」 「よし、お嬢ちゃん、そっち持って」 「お兄ちゃんのお友達って、どんな人?」 「そう、だな……可愛くて、綺麗で、格好良くて、強くて、いい女だな」 「嘘を言わないで。違うでしょう、佑斗」 その声と共に、背中が一気に軽くなる。 そして今まであった圧迫感が消失した。 「私はいつから、佑斗の友達に格下げされたの?」 「子供相手に赤裸々な告白はできないだろう。今回は許してくれ」 「よかった……軽口を言える程度には、無事みたいね」 「ああ、大丈夫だ。俺もこの子も平気だよ」 「ユカ!?」 「お母さんっ!」 「ユカーーっ!!」 走るユカちゃんを、母親がしっかりと抱きしめる。 「ありがとうございました。本当にありがとうございました」 「ありがとう、お兄ちゃん」 「いや、無事で何よりだ。よく泣かずに頑張ったな」 「うん」 「あの、お怪我を……血が……」 「え? ああ、大丈夫です。大したことはありませんから」 「それより念のため、あとでユカちゃんに検査を受けさせて下さい」 「検査……ですか?」 「俺は……吸血鬼ですから。血を飲ませるなんてことはしていませんが、狭い空間で血を流してしまったので、一応、念のために」 「わかりました。本当に、ありがとうございます」 「お兄ちゃん、吸血鬼さんなの?」 「そうだよ」 「それじゃあ、ユカの血を吸っていいよ」 「……なに?」 「お兄ちゃんのケガ、とっても痛そうだから。助けてくれたお礼」 「………」 「平気だよ、ユカ、怖くないよ。だってユカも、吸血鬼さんのお友達、いるもん」 「そうか……ありがとう」 「でも、大丈夫だ。これぐらいのケガなんてことはないから。その気持ちだけはありがたくもらっておく」 「うん」 「あの、本当によろしいんですか? 必要なら私の血を……」 「本当に大丈夫ですから。それより早く、避難を」 「はい、ありがとうございました」 「ありがとう、お兄ちゃん。ばいばーい」 手を振りながら避難を再開するユカちゃんに、その姿が見えなくなるまで手を振り返した。 「それで、本当に大丈夫なの? 正直なところは?」 「さすがに痛みはあるが、死にはしない」 「と思う。なんて言っても、吸血鬼だからな」 「そう。それならよかったわ、このロリコン」 「……身を呈して頑張った俺に、なぜそんな失敬な疑惑がっ!?」 「嘘を吐かないで、変態。自分の命を軽く扱ってまで、幼女を助けようとしたくせに」 「相手が幼女じゃなくたって助けたさ」 「本当に? もし助けるのが、すでに12歳を過ぎ去った年増のババアの私であっても?」 「当たり前だ、約束しただろう。何があったとしても、俺は美羽のことを守ってみせるって」 「こんなところで、約束を破ったりしないさ。だからロリコン扱いは止めて下さい」 言いながら俺は、美羽の身体を抱きしめる。 「……本当に、怖かったんだから。佑斗が倉庫に潰されたかもしれないと思って」 「本当に、スマン」 「だが、こうして美羽の温もりを感じることができて、本当にしあわ……せ、だ……?」 『……ジー……』 「うぉっ!? な、なんだ? どうした、みんな」 「あっ、エリナたちのことは気にしないで。ブッチューと感動のキスシーンをしてくれていいからね」 「わたしだって……頑張ったんですよ?」 「ああ、いや。勿論、稲叢さんにも、みんなにも感謝しているとも」 「……取りつくろった言い訳に聞こえる」 「ま、まぁまぁ。無事だったんですから、良しとしましょう。ね?」 「そ、そうだ。まだ、そんなにゆっくりしている暇はないんだから」 「雰囲気出し始めたのは、二人の方だけどね」 「ぐっ……そっ、そんなことよりも――一体どうなってるんだ、これ?」 俺は辺りを見回しながら、みんなに問いかける。 「こっちは終わったわ」 「他に、負傷者はいるか? 俺たちが運ぶぞ」 「他に、協力してくれる吸血鬼はいるか? 血なら俺たちが提供をする」 「こっちに、気分の悪い人がいるんだけど」 「わかった、俺が運ぼう」 「なんだか、倉庫が潰れる前とは、全然雰囲気が違うんだが……」 「なに、別に大したことではない。目の前の者を助けたいという気持ちは、誰しもが持っているということじゃよ」 「賭けは、ワシの勝ちじゃな」 「……はい。約束は、守らせていただきます」 「うむ。よろしく頼む」 「約束?」 「小童が気にすることではない。それよりも、引き続き避難を――」 「小夜様っ!」 「アンナ? それに淡路もか……」 「大変なことがわかりました」 「なにか、掴めたのか!?」 「はい。ですが……この場では。避難する人たちに、混乱を与えてしまいます」 「そのような内容か……わかった。では、場所を変えよう」 「小童たちはご苦労じゃった。お主らはもう十分働いた。怪我の手当てをして、避難するがよい」 それだけ言い残し、市長たちはこの場を離れる。 「……あの様子だと、かなり大変なことが起きたみたいね」 「みたい、だな」 ………。 「で、何を掴んだ? 連中は何を企んでおる?」 「本気でこの《アクア・エデン》海上都市を潰そうとしているようです」 「やはり、なにか本命があるわけじゃな?」 「国籍不明の潜水艦から、ミサイルが発射されたようです」 「は? なんじゃと?」 「ミサイルです。巡航ミサイルが、この海上都市に向けて発射されました」 「――ッ!?」 盗み聞きするその声に、思わず息を飲む。 「……まさか、本当に? そんな……」 「そんなバカげた物まで!?」 「今回のテロの最後は、海上都市を文字通り沈めてシナリオを決着させるようです」 「いくら海上都市が巨大であっても浮遊式海洋人工島です」 「巡航ミサイルの攻撃を受ければ、海水と自重で沈む可能性も低くはありません」 「わかっておる。そのようなことは、設立前からデメリットとして上げられておった」 「じゃが、まさか本当にミサイルなど……」 「ですが、事実です。すでに発射されております」 「政府側の対応は?」 「沈黙。おそらく、例の委員会以外は気付いていないのでしょうね」 「巡航ミサイルは、その高度ゆえに、既存のレーダーでは発見されづらいとされています」 「ただ、今回のミサイルはこの海上都市を沈めるために発射された物ですので、委員会の連中がその動きを把握していないとは思えません」 「何らかの方法で監視しているでしょうが……まず間違いなく、ほかに知っている者はいないかと」 「もし仮に、何も知らない者がミサイルの発見に成功したとしても……おそらく、迎撃の許可は下りないでしょう」 「なら、その国籍不明艦自体が、まさか――」 「いえ、そちらは政府所有の物ではありません。おそらく、どこか他国の組織に手を借りたかと……」 「どこか他国? ふんっ、そのような国、サムおじさん以外におるまい。そもそもテロの報道の時点で、一枚噛んでおるはずじゃよ」 「くそっ、覚えておれよ……」 「とにかく、目の前の事実はこうです。今、この都市はミサイルの危機にさらされている。政府の救援は望むべくもありません」 「この危機に対し、我々は単独で乗り越えねばなりません」 「正直に申しまして、状況は最悪と言えるでしょう」 「ミサイルが到着する時刻を考えますと……避難は上手くいっても、ギリギリでしょうね。思ったより避難の進み具合がいいですが……それでも……」 「とにかく急がせよ。ミサイルの事実は伏せたままでな」 「それはすでに」 「ならばよい。しかし……希望を見たと思った次の瞬間には、これか」 「どうされますか?」 「決まっておる、ワシらはこの都市を守るだけじゃ」 「しかし、どうやって!? いくら小夜様といえども、ミサイルを止めることなど」 「まぁ、無理じゃな。たとえ能力をフルに使ったとしても、再生前に身体が吹き飛ぶじゃろう」 「ミサイルレベルともなると、いくら吸血鬼といえど、止められる者はおるまい」 「じゃからといって、逃げるわけにもいくまい。ワシら吸血鬼にとって、この都市は希望じゃ」 「……小夜様……」 「先ほどの光景は、希望を体現しておった。勿論、今後もあの希望の光景が続くとは限らん。じゃが、可能性は十分にある」 「じゃがのう、ここでこの都市が沈めば、事態は後退……いや、二度と叶わん可能性もある。じゃから、この街は守らねばならんのじゃ」 「それだけの価値があると、ワシは思っておる」 希望……確かに、さっきの光景には俺も胸が熱くなった。 今でこそ、この都市はこんな状態だが、乗り越えさえすればそこには未来があると期待できるほどの希望があったと思う。 だから、守らなくちゃいけない。 それにこの都市には、未来だけじゃない。 俺の、俺たちの幸せがある。それをどうしても守りたい。 しかし……ミサイル相手にどうすればいい? 俺に、できることはあるのか? 銃弾とはわけが違う。市長でも無理と言わせるような大きな力に、俺に対抗することなんてできない。 そんな大きな力なんて―― 「――――――」 可能、かもしれない。 一筋の、細く、か細いその光は……何の確証もない。 賭けとしては……そもそも、勝率があるのかどうかも怪しいところだ。 それでも……それでも、俺は……守りたい。 「………」 俺はソッと、誰にも気づかれぬように、静かにその場から離れた―― だが、外に出た瞬間、俺の腕が強く掴まれる。 「待ちなさい、佑斗」 「美羽……」 「何しに行くのかは聞かないわ。問うまでもなくわかっているから。佑斗はそういう人だから……私はバカを好きになったんだものね」 「だけど、どうするつもりなの? 何ができるって言うの?」 「………」 「正直……怖い。ミサイルを止められる絶対の確証なんてないし、俺だって死にたくない」 「でも、気付いた。こんな俺だけど、できることがあるかもしれないと……気づいて、しまった」 「俺の中に、選択肢ができたんだ。この都市を守るか、安全に逃げるか、どっちを取るか」 「………」 「多分、俺はこの一瞬から逃げられない」 「どっちを選んだとしても……この先、どんなに幸せになることができたとしても、きっと今、この時の選択がついて回る。決して忘れられない」 「だから……想像してみた。ここからみんなで安全に逃げたときのこと」 「何かできたかもしれない。自分は幸せを掴むことができたかもしれないが……あの都市から逃げた、他の人たちはどうだろう? って気付いてしまう」 「そして、もしかしたら俺にはどっかの漫画の《ヒーロー》主人公みたいに、この都市を救えたかもしれない、と妄執してしまう」 「黙って全てを見捨てた自分が幸せでいいんだろうかと、そんなことばかり考えるてしまう気がするんだ」 「で、行くことにするの?」 「もしかしたらだが……上手くいけば……きっとこの都市を守れるんだ」 「俺も市長と同じ考えなんだ。この街を守りたい」 「そして……美羽と一緒に入られる生活も、守りたいと思っている。だから……」 「命を賭けてでも?」 「命を賭けてでも。ここにはみんながいる。そして……美羽との生活には、それだけの価値がある」 「………」 「はんっ! バカなことを言わないで、冗談じゃないわよ。いい? 佑斗はもう、私のモノなの」 「血肉は勿論、髪の毛一本からつま先に至るまで、喜怒哀楽も、思い出も、性欲も、精液も、その命だって、私のモノなんだからっ」 「精液って……」 「だから、勝手に賭けるなんてこと、許さない、絶対に」 「……美羽」 「私のモノを、勝手に賭けないで頂戴」 「命を賭けるなら、私のために賭けて。私を守るために。それなら……認めてあげなくもない」 「それは……まさか……」 「私も、一緒に行くわ。その方が、佑斗もやる気が出るでしょう?」 「………」 『バカなことを!』、『早く避難するんだ!』 そんな言葉が浮かんで来たが………………言っても無駄だろうなぁ。 自分のことを完全に棚上げした発言で、美羽が納得するわけない。 「それに、ここを守りたいのは私も一緒なの。いつか言ったでしょう、両親に私の生きてるこの場所を知って欲しいと思っていると」 「ああ、ちゃんと覚えてるよ」 「ちなみに言っておくけれど、私は痛いメンヘラ女だから」 「好きな恋人が死んだりしたら、後を追って死ぬわよ? 一人で生きていけない自信がある事を断言しておいてあげる」 「私の処女を奪ったのよ? 死ぬぐらいで、私から逃げられると思わないことね」 「……どういう脅し文句なんだ、それは」 「絶対に許さない。たとえ生まれ変わったとしても、一生恨んであげるわ」 「つまり、失敗したら……一緒にいようと避難して離れていようと、結果は変わらないってことか」 「えぇ、そういうことね」 「ちなみに、それでも一人で行くって言ったら?」 「その場合は仕方ないわね。佑斗を拉致するわ。そして、無理矢理この都市から避難させる」 「勿論、私もこの都市は好きだし、守りたいと思う。さっきの小夜様の言葉も、理解しているわ。両親に知って欲しい気持ちにも嘘はない」 「でも、それでもね……私は、我がままで、欲張りだから……好きな人と一緒にいたい。都市よりも、親には佑斗のことを知って欲しいの」 「例え後悔を抱えることになっても、苦しむことになったとしても……私には、佑斗と一緒にいることが重要なのよ」 「………」 「俺は嫌だ。後悔を抱えて、苦しみながら生きるなんて」 「折角、大好きな奴と過ごす時間なんだから、楽しく笑って過ごしたい」 「そのための選択肢は……一つしかないんだよな?」 「えぇ。私を一緒に連れて、その賭けに勝つことよ」 「なんとも難しいことを仰られる」 「くふ……それぐらいのことしてくれないと。男の子なんでしょう? 格好いいところを、私の目の前で、見せて頂戴」 「………」 「はぁ……わかったよ、了解だ、俺に任せろ」 「ならよし。このバカタレ」 「守るって約束したもんな。ああ、守るよ、絶対に。こんないい女、死なせてたまるかよ」 苦笑いと共に、俺は美羽の説得を諦めた。 そして、その手を握り締め、一緒に前に進むことを決意する。 絶対に美羽を、そして美羽との暮らしを守ってみせる。そう心に刻みながら。 「ですが、どうしますか?」 「一つだけ、手がないわけではない」 「枡形、人手を集めよ。なるべく、ミサイルなどの知識が豊富な者がよい」 「わかりました」 「淡路、お主はミサイルの位置を何としてでも探れ。ここでも可能か?」 「いえ、さすがにこの場では……。足がついても問題なければ、風紀班の支部の回線を使わせていただければ」 「任せる。後始末よりも、まずは現状を優先させよ」 「車で送らせよう」 「アンナ、お主には避難の指揮を引き続き頼む。ミサイルが着弾する前に、コンテナ船を出航させるよう、改めて計画を立てよ」 「わかりました。しかし、小夜様……一体いかがなさるおつもりですか?」 「決まっておる。止めるのが無理なら、迎撃するまでじゃよ」 「今、確かに……ミサイルって、言ったよね?」 「うん。言ってた、ね……」 「ミサイルって、どれぐらいの物なんでしょうか?」 「わかんない。弾頭にもよると思うけど……でも、そんな大きなことするぐらいなんだから、この《アクア・エデン》海上都市が沈むぐらいじゃないのかな?」 「……そんな」 「どうしよう、六連君!? ………………って、あれ? いない?」 「ユート? どこに行ったの?」 「慌てて、戻ってしまったんでしょうか?」 「わからないが……そうかも。とにかく、ボクらも戻ろう」 「そうですね」 「そろそろ、時間ですね」 「今、ミサイルはどこらへんだ?」 「着弾まで残り……20分といったところですね」 「今のところ、滞りなく、でいいんですか?」 「どうでしょう? 少なくとも、通信妨害は解除されました。それに、都市に侵入させた特殊部隊とも連絡が取れなくなっています」 「それは、何か大きな問題が起きたと言うことではないのですか?」 「そうとは言い切れません。要は、何を成功とさせるかだと思うのですが……少なくとも、もうすぐミサイルは到着しますから」 「そうとも。肝心なのは、都市を連中もろとも沈めてしまうことだ。それさえ、成功させればいい」 「それは、そうかもしれませんが……」 「結果を大人しく待ちましょう」 「彼らにミサイルを止める術など、ありはしませんよ」 「などと思っておるのじゃろうな」 「そう易々と思い通りに事が運ぶと思うなよ、小童共が。悪いが精一杯の悪足掻きはさせてらもうぞ」 「淡路萌香、ミサイルの位置のハッキングは?」 「もう少々……こい、こい、こい、こいこいこいこい―――」 「――来たッ! 捉えました! 南東より飛来中! 間違いありません!」 「よし! 位置データを送れ」 「枡形っ! そちらの準備は!?」 「整っています! すでに位置データを送信中っ!」 「どうだ? 対象の捕捉は、可能か!?」 「待って下さい! これで大丈夫なはず………………よしっ、いけますっ!」 「こちらも、OKですっ」 「準備、整いました!」 「うむっ! では、地対空ミサイル、発射じゃっ!」 「発射っ!」 「了解、発射しますっ」 「何事だ? このアラームはなんだ?」 「な、なんだと!? そんなバカな、間違いないのか!?」 「なにか、問題が?」 「監視班からの連絡で、海上都市で炎が上がったと」 「それは……勿論、我々の仕向けたミサイルではないわけですね?」 「おそらく地対空ミサイルであると思われます」 「地対空ミサイルっ!? どこからそんな代物を!?」 「しかし、コンテナ船だけでなく、こんなものまで……」 「北に住む知り合いの友人の知り合いから買い取った。話の流れでつい、な」 「一応念のための自衛として冗談半分、付き合い半分で買ったんじゃが……まさか、本当に使うときがこようとは」 「よく、そんな予算がありましたね」 「伊達に長生きをしておらぬ、昔から色々とな伝手があってな。有名どころじゃと、そうじゃな……M資金という言葉を聞いたことはあるか?」 「……詐欺に使われる有名な単語ですね。どこまで信じればいいのかわからなくなりそうなので、もう結構です」 「さて……あとは、上手くいくことを祈るだけじゃ」 「これ以上の策はありはせぬ。さすがにネタ切れじゃ」 「ご心配なさらずとも、迎撃は上手くいきます。そうすれば、政府の方もネタ切れでしょう」 「……よし、できることは行った。他にできることは避難だけじゃ。行くぞ」 「はい」 「まさか……対空ミサイルを用意しているとは……」 「……あの荒神小夜の隠し玉、といったところでしょうか?」 「だが、巡航ミサイルの迎撃は難しいのだろう!?」 「巡航ミサイルの迎撃が難しいと言われる大きな理由は、地上レーダーで発見することが難しいからです」 「見つけさえすれば、迎撃はさほど難しい物ではありません」 「なぜ、気付かれたんだ!?」 「その答えはわかりかねます。情報が漏れたか、偶然にも発見したか……とにかく、今は原因を探っている場合ではないでしょう」 「でしたら、今回の作戦は……失敗ということか?」 「そんな……ここまで来て……し、失敗したら、我々は――!?」 「いや、そうとは限りません」 「というと?」 「ミサイルの発射など、向こうには初めてのことのはず」 「それに、地対空ミサイルを都市に搬入するとなると、我々に気付けぬはずがない」 「だから、最初から隠し持っていたのだろう!」 「ならばそのミサイルは随分昔の物となりますね」 「ミサイルが普通に使えたとしても……絶対に安全か、それを確認するような専門家まで手配していたのかどうか、怪しくはありませんか?」 「もしかすれば、迎撃に失敗する可能性もある……ということか」 「迎撃に十分な数があるとも限りません。まぁ、あくまで可能性ですが」 「とにかく、今できることは、迎撃されないことを祈るだけですか……」 「くそっ!」 「接触まで……残り30秒」 「……成功して……お願いだから、成功して」 「失敗だ、失敗をしろ!」 「お願いっ!」 「失敗しろっ!」 「今、ミサイルが接触しました」 「それで、どうなんだ!?」 「……ゴクッ」 「迎撃……されました」 「でも、これは……」 「マズイ……一発だけ、迎撃を失敗してる! このままじゃ、ミサイルがこの都市に!」 「もしもし」 『淡路か? 迎撃は?』 「一発だけ失敗しました。このまま海上都市に飛来すると思われます!」 『……そうか』 『一発なら、沈まぬ可能性が高いな。着弾場所はわかるか?』 「はい。予測着弾地点は………………西開発地区、第8ブロック、避難個所の東開発地区とは逆方向です」 『不幸中の幸いか……わかった。お主もそこを離れて、すぐに合流せい。よいな?』 「はい、了解しました」 「もう、撤退するしかないのね……」 「……失敗、しましたか。迎撃に成功するのが、一番良かったんですが」 「でも、避難場所と離れているのは、確かに幸いね」 「アナタたち……ミサイルの話、聞いていたのね」 「はい、すみません。盗み聞きをさせてもらいました」 「それで気になってついてきたというわけね……」 「いいえ、違います」 「私たちはそれとは別の用件で、ここに戻ってきたんです。必要な物がありまして」 「別の用件?」 「説明している暇はありません。すぐにでもミサイルが来てしまいますから」 「そうね。まず、避難が先決ね」 「いえ、避難よりも先に、淡路さんの血を飲ませてもらいます」 「え? ちょっと、二人とも……どうしたの?」 「申し訳ありません。これ、お願いじゃないんです。拒否されても、吸血させていただきます」 「一体、なにをするつもりなの……?」 「アンナっ! 船の出発の準備は?」 「それはすでに」 「他にも小型艇での避難も始まっています。小夜様もお早く、この都市をお離れ下さい」 「……気持ちだけはもらっておくが、ワシはここに残る。誰かが指示をせねばならぬからのう」 「小夜様!?」 「ワシがこの都市を出るのは、最後じゃよ。むしろ、お主の方こそ、とっとと避難せい。お主はまだまだ必要な存在じゃ」 「………」 「例え一発でもミサイルが落ち、大規模な工事が必要となれば、政府の介入は逃れられん。資材にも限界があるでな」 「となれば……止めるしかあるまい。どんな手を使っても、どんなことになろうとも、未来は守らねばならん」 「小夜様………………やはり、アナタはそう仰るのですね」 「――つッ!?」 「今何をした!? その手にしておる注射針は一体……くっ……目が……」 「“L”を参考に、元樹君が改良を加えた物で、吸血鬼専用の催眠剤です。もちろん害はないようになっています」 「お主……」 「申し訳ありません、小夜様。ですが、必要な存在なのは小夜様の方です」 「ご存知でしょう? 私の寿命は近い。たとえ、生き残ったとしても、おそらくお役には立てません」 「未来は守らなければならない。ですがそれは、先のない私の方が適任です」 「ア……ンナ……き、さま……」 「吸血鬼のこと、よろしくお願いいたします。小夜様の元で、海上都市に関われたこと面白かったと思っていますよ」 「今までありがとうございました、小夜様」 「ま……て……」 「枡形《チーフ》主任」 「………」 「小夜様のことをよろしく頼む。断っておくが、無駄な問答をするつもりはないよ。誰かが残る必要はあるのだから」 「……わかり、ました」 「では、よろしく頼――」 「――《チーフ》主任!」 「なっ、君たち、どうしてここに!?」 「すでに避難したんじゃなかったのか?」 「六連君と美羽ちゃんがいないんですっ!」 「さっきからずっと探してるんだけど、全然見つからなくて」 「電話にも出てくれないんです」 「どこに行ったか、知りませんか?」 「いや……心当たりはない。一体どういう状況で、二人は消えたんだ」 「そっ、それは……その……」 「すみません。私たち、その……盗み聞きをしちゃったんです……ミサイルのお話を」 「君たち!」 「ごめんなさい! でも、誰にも言っていませんから」 「とにかく、そのミサイルの話を聞き終えたときにはもう、二人はいなくなっちゃってて」 「ま、まさか……あの子たち……」 「……佑斗、見えてきたわよ」 「ああ」 暗い闇を吹き飛ばすような、白とオレンジの混ざり合ったような炎がこちらに近づいてくる。 まだ遠いが、それでもミサイルの速度を考えると、そう時間はない。 失敗は許されない、絶対に。 そのことを思うと、足が震えそうになってきた。 だが、今さら逃げる道も、時間もありはしない。成功させるしかないんだ。 「……美羽」 「今さらヘタレたこといったら、怒るわよ? それにもし私のことを心配するぐらいなら……ちゃんと、約束を果たして」 「私のことを守るって……あの時、約束したでしょう。だから、ちゃんと約束を果たしてもらうんだから、この童貞坊や」 「だから、もう童貞じゃないっての。美羽が一番知ってるだろ」 「くふ……ちゃんと約束を守れたら、認めてあげる」 「……わかった。そんな不名誉な称号は、ちゃんと返上させてもらう」 「そのためにも、あのミサイルを止めないとな」 「俺が自分を見失わないように……力を貸してくれ、美羽」 「えぇ、勿論」 俺は手にした注射器に目を落とす。 カートリッジの中には、真っ赤な液体。 風紀班から勝手に持ち出した押収物、俺が身体に打たれたのと同様の“L”が詰まっている。 「………」 緊張を隠すことはできないのだが……それ以上に、やはり怖い。 この一発勝負には全てがかかっているいるのだから。 俺の命は勿論、大好きな恋人の命まで。 他にもみんなとの生活だって……いや、俺の周りだけじゃない。 ここは……この都市は、吸血鬼にとって希望なんだ。 「平気だよ、ユカ、怖くないよ。だってユカ、吸血鬼さんともお友達だもん」 小さな子供が、自然にあんな言葉を言ってくれる場所がどこにある? 今はまだ、問題も犯罪もある。 でも、それでも……ユカちゃんみたいな子がいてくれるなら、未来はあるはずなんだ。 守らなきゃいけない、絶対に。 それを思うと、足どころか全身が震えてきそうになった……のだが、突然その震えを止めてくれる温もりが、手の平から伝わってきた。 「佑斗……私がいる。私は、佑斗のことを守る、そう約束したでしょう? だから、大丈夫」 「俺も美羽のことを守る、絶対に」 重ねた手から伝わる温もりが、俺の全身を包み込んでいく。 しっかりしろ、六連佑斗! 今さら逃げ出すことなんてできないんだから! 絶対に、守る。この都市も、大好きな女の子もっ! 「―――ッ!」 首元から“L”を身体の中に注入。 自分の中に冷たい異物が流れ込み、強烈な違和感を生み出す。 「くっ、うぅぅぅ……」 世界が揺れ、意識と身体が引き離されるように、全身の力が抜けていく。 が、以前にはなかった温もりが、俺を包み込んでいる。 そして、本物の声が聞こえてきた。 「――佑斗!」 「だっ、いじょうぶ。まだ、いける、っっ!」 しっかりと踏ん張り、新しい注射器を身体に打ち込む。 そして再び“L”を身体の中に。 だが、これでも……足りない。 「まだだ、まだっ」 あの時の、尋常ならざる力が使えた時の再現には、量がまだ足りない。 「能力の出力に関しては、おそらく君の身体の中で、ライカンスロープの因子が一時的に濃くなったことが原因だろうね」 あの言葉を信じるならば、因子が濃くなればなるほど、能力の出力は上がるはずだ。 問題は、それだけのクスリを摂取して、俺がちゃんと意識を保てるかだが……少なくとも、誘拐されたときの量まではいけるはず。 そうして俺は、次から次に、“L”を流し込んだ。 ――頭が痛い。 世界がグニャグニャと歪み、倒れそうになってしまう。 だが、それとは逆の部分も存在していた。 まるで燃料をブチ込まれたエンジンのように、激しく心臓が暴れ出す。 血管が浮き上がり、身体のあちらこちらから力が噴き出すように汗が零れ、蒸気のような息が口から溢れ零れる。 ――だがそれでも、まだ、足りないっ! 「くぅぅぅっ」 苦しい、凄く苦しい……だが、それでも、守らなきゃいけない物がある。 守らなきゃいけない人がいる。 そのためにはミサイルを止めないと―― 「――ッ!?」 足元から這い上がってくる、ドロっとした黒い泥。 以前と同様に、泥は大きく広がり、俺の意識を包み込んで―― 「ミサイルを、止める……止める……止める、止める、止める止める止める止め止め止め止め止止止止止止止止止止止止止止止止止止」 再び、大勢の意識のようなものに、俺は呑み込まれていく。 くそ……ダメ、か? ダメなのか? いやそれでも、力を使うことができるなら……みんなを守ることができる。 みんな、大丈夫だろうか? もう、避難しただろうか? 声が……聞きたい……。 その心配に答えるように、不意に俺の中に声が流れ込んできた―― 「あの二人も一緒に避難しなきゃダメですよ!」 「はい! おいてはいけません!」 「だが、君たち――」 「大切な友達なんだもん! もしかしたら、なにか困ったことになってるかもしれない!」 「だったら、助けないといけません!」 「言いたいことはわかるが――」 みんな……俺と美羽のことを探して……。 「負傷者はこれで全員?」 「おそらく!」 「それじゃ、そろそろ俺たちも移動しよう!」 「あんたら、血はまだ大丈夫なのか? なんだったら――」 「さっきので十分よ。ありがとう」 「なに、助けてもらったのは俺たちも同じ、お互い様だ」 やっぱり、希望はここにある。 だから守らなきゃいけない。 何よりも約束がある。大切な恋人との約束が―― 「佑斗、しっかりしなさいっ! こんな肝心なところでふぬけたら、一生童貞坊や扱いするわよ」 「―――ッ!!」 「私を守るって約束じゃないっ、それに、まだまだ私を抱いてくれるんでしょう」 「これから先、何十回、何千回ってっ。まだまだ、全然足りないわよ、それとも、もう、私の身体に飽きたって言うの?」 「――ばッ」 「バカ、言うな……俺は、まだまだ美羽を、抱き、足りないっ!」 「だったら、ちゃんと守ってみせなさいよ」 そうだ、守らなきゃ。 こんなところで、わけのわからない泥ごときに、負けてる暇なんてないんだ。 「くぅっ、この……ッ!」 そもそも、こんな泥に期待したのが間違いだ。使いこなせない力に期待するんじゃない。 俺が、俺自身の意思で、守らないとっ! この都市を、大切な恋人をっ! 「――何を、望む?」 「うるっ、さいッッ!!! すっ込んでろっ!」 「俺には美羽がいる!」 「美羽と一緒なら、なんだってできる……して、みせる――ッッ!!」 俺の叫びに呼応した様に、意識を包み込もうとしていた泥が吹き飛ぶっ! それと同時に、ユカちゃんをかばった時の傷の痛みが消えていく。 痛みを感じないわけではなく、傷が治っていく。吸血鬼の中でも異例な回復力を示すほど、身体中に漲り始めていた。 「佑斗、平気?」 「だ、大丈夫、だ。なんとか、自分を維持、してる」 「力も、いけそうだ。出力はバッチリ」 だが、世界はグラグラした状態で、思考能力も少し落ちている気がする。 「み、ミサイル、は?」 「もう、目の前よ」 「くっ……」 ダメだ、確かにミサイルが飛んでいるのはわかるが、ちゃんとした方向と距離感を掴むことすら難しい。 それにこのままじゃ、ちゃんと能力を発動できるかどうか、わからない。 今回はただ、強力な力を発動すればいいわけじゃない。 あのミサイルを止めるためには、強大な出力を操作しないと……。 「佑斗?」 「スマン、美羽……悪いが、手伝ってくれ」 「何をしたらいい?」 「美羽の、能力で……ミサイルの前に念動力で壁を、作って欲しい」 「俺は力の全てを美羽のサポートに注ぐ。今のままじゃ……俺一人じゃ、上手く力を扱え切れそうにない」 「だから頼む。俺を、助けてくれ」 「わかった」 「いい? この方向よ」 「……わかった」 サポートを得て俺の意識が、ミサイルの方向に向けられる。 同時に、美羽の身体の中に力が溜まっていくのがわかった。 俺はその隣で渦巻き始めた圧力に、自分の中の力を合わせる。 「佑斗……」 「……美羽」 「今さらだが……正直に言うと、実は怖い」 「……うん。実は、私も怖いの」 「だが、今さら逃げられないよな」 「違うわ、佑斗。私たちは、逃げたくないのよ。だから、立ち向かう。守るために」 「違いない」 その言葉に思わず俺は、笑みを零す。 「確かに怖いが……美羽と一緒なら、頑張れる。立ち向かうことができる」 「私もよ。一人じゃないから……アナタが一緒にいてくれるから。アナタと一緒にいたいから」 「ありがとう、美羽。一緒にいてくれて。本当は不安だったんだ、不安で不安で、たまらなかった」 「くふ……だと思った」 「本当、佑斗は私がいないとダメよね」 「全く以てその通りだ。反論のしようもない」 「私を……離さないで、佑斗。離したら、死んでいようとなんだろうと、負債を取り立てに行くから、覚悟なさい」 「誰が離すものかよ。それに俺は、生きて美羽の温もりを感じたい。だから、死んだりもしないし、美羽を死なせたりもしない」 「ならよし」 互いが繋がり、混ざり合う中で、不意に俺は美羽の気持ちに触れる。 柔らかで……心地いい温もり。 そして『守りたい』という気持ち。それから…… 今にも溢れ出しそうなぐらい、俺のことが好きだという気持ち。 その気持ちに負けないように、俺も美羽への気持ちをぶつける。 好きだ、大好きだ、と思いながら。吸血鬼になったことも、ライカンスロープであることも、後悔などないという気持ちの全てを。 そこに嘘はない。 なぜなら、そのおかげで『守れる』のだから。 この都市を、希望のある未来を、そして――大好きな女の子を。 この手で、自分の手で、守れるのだから。 だから、俺は―― 「守ろう」 「この海上都市を――」 「みんなを――」 「大好きな人を――」 「このまま、潰させたりしないっ」 「タイミングを合わせてっ」 「了解だ」 「――3」 「――2」 「――1」 『――0!!』 「着弾を確認。海上都市で爆発が発生」 「やった、ついにやったか!」 「ダメ―ジの方はどうなんですか? いくらミサイルといえど、一発では」 「いやですが、浮遊式人工島でしょう? でしたら、ミサイルの一発でも甚大な被害を受けることもあるのでは?」 「上手くいけば、沈むこともあるでしょうが……それは期待し過ぎでしょうね」 「もう一度、ミサイルを発射するのは?」 「これ以上は無理です。今の爆発で、警戒態勢も強まったでしょう。外の者に気付かれる可能性も高い」 「なら、工作員を使えばいい。あの都市にいるんだろう?」 「今のミサイルは大きなダメージとなるはずだ。そのダメージを広げるように、爆破すればいいじゃないか」 「今なら、重要機関への警備も手薄になっているはず。人の手で沈めることも可能なのでは?」 「確かに、その可能性もありますね」 「ですが、それよりも海上都市の復興に一枚噛めれば、今回の失態を理由に、連中からカジノ特区を取り戻すことも――ああ、衛星画像が出ますね」 「なっ、これは――」 「ど、どういうことだこれは!? ミサイルは着弾したのだろう!?」 「ミサイルの爆破の跡は……どこにも見当たりませんね」 「この画像は、間違いないのか? ミサイルの着弾前ではないのか!?」 「い、いえ……今現在の姿で間違いないはずです……一体何が……」 「どういうことなんです? 誰か、報告をするんだ!」 『ミサイルは空中で爆発、島への影響は爆風のみ。無事ですよ、ご心配には及びません』 「……誰だ、君は?」 「海上都市の住人です。あぁ、付け加えるなら吸血鬼ですよ」 『私の部下は、どうした?』 「全員捕まえてあります、もちろん命は取っておりませんから、ご安心を。彼らは生き証人です」 「まぁ、他にも色々と証拠はありますけどね。妨害装置に、爆弾、この無線機にテロリストらしくない銃」 「ミサイルまで飛ばして、随分と派手な事までしたものですね。工作が拙すぎてお笑いですよ、ハハ」 「さてさて、どこまでたどり着けるか楽しみですね、吸血鬼対策委員会の皆様方」 『……何者です? 何故、我々のことを』 「ですから、ただの吸血鬼ですよ。ただ昔ちょっと、その手の人間と付き合いがありまして。アナタ方のやり口は十分に存じています」 「どうやって追い詰めるのが一番効果的なのかも、知っているつもりですよ」 『………』 「責任を取って辞めて、どこかでまったりな生活が送れるとは思わないで下さい?」 「アナタ達には《スケープゴート》生贄になってもらいます。カジノ特区に手を出したらどうなるか……見せしめが必要なようですから」 「それでは、ごきげんよう。どうかその時までお元気で、哀れな子ヒツジの方々」 『待て――』 「まっ、今はこんなところかな」 「しかし……まさか本当にミサイルを止めるとはね。本当に面白い存在だ、六連君は。ますます興味が出てきたよ」 「……美羽、身体は大丈夫か?」 「ええ。どこも怪我はしていないわ。佑斗は?」 「俺の方は問題ない。回復した」 「ただ、クスリの影響の力で回復してるだけだと思うから……効果が切れたときにどうなるかが、ちょと不安だ」 「それって……大丈夫なの?」 「死にはしないだろう、死ぬつもりもないしな。宣言通り、これからも美羽を抱くからな。数えるのも億劫になるぐらい……」 「いやらしい」 「そんないやらしい言葉で、俺を正気に戻したのは美羽だろう」 「……そうだったわね」 俺は美羽の身体を抱き寄せる。 美羽も抵抗することなく、俺の胸に頬を寄せてきた。 「約束……守ってくれて、ありがとう」 「礼を言いたいのは、俺の方だよ。美羽がいてくれたからこそ、俺は今こうしていられる」 「………」 「……気持ち、ちゃんと伝わったか? 感じてくれたか?」 「うん」 「俺も気持ちが伝わってきたよ」 しかも美羽だけじゃなくて、寮のみんなや、海上都市のみんなの気持ちが……。 あれはやっぱりライカンスロープの力だったんだろうか? 以前、誘拐されたとき、美羽に俺の声が届いたような―― 「いや、違うな。これはきっと、愛の力だな」 「そうね。確かにそう」 「大好きだ、美羽」 「くふ……知ってる。いっぱい伝わってきたわ、凄く温かい気持ちが」 「私も、負けないくらい、佑斗が好き……大好き」 「俺も知ってる」 「ううん……そんなことない。多分、佑斗が知ってる以上に、大好きだもの」 「そんなこと言うなら、俺だってそうだ」 「美羽のことが好きだ。ちょっと触れたぐらいで、この気持ちを理解できたと思うなよ?」 「なら、その気持ちを……ゆっくりとでいいから、教えて頂戴」 「これからも、ずっと一緒にいてくれるんでしょう? その時間は、いくらでもあるんでしょう?」 「……ああ、教えるさ。その身体に、ゆっくりと」 「くふ……本当、いやらしいんだから」 「嫌か?」 「嬉しい」 「俺も嬉しい」 「ようやく、終わったな。長い一日だった」 「違う……終わったりしない。これから、また始まって、ずっと続いていくんだと思う」 「好きな人と一緒に、か?」 「そう、好きな人と一緒に」 「それはいいことだな」 俺たちは守れた。だから、生き続ける。あがき続ける。 足跡を残しながら、ただひたむきに、力強く、歩き続ける―― 寄り添う人と共に。 「あっ、いたー!」 「六連先輩、矢来先輩ー!」 「二人とも大丈夫なのかい?」 「もぅ、またこんなところでイチャイチャしてぇー」 「あれは……イチャイチャしているのではなく、矢来さんは怪我をしてるんじゃ……?」 「さっきの爆発の影響かな?」 「と、とにかく手当てを!」 「みんなが……来ちゃったわね」 「いいじゃないか。それも、俺たちが守れた物なんだから」 「それに、時間はいくらでもあるんだろう?」 「それもそうね」 「……愛してる、美羽」 「突然、どうかしたの?」 「なんとなくなんだが……改めて伝えておきたくて」 「くふ……そういうことなら、私も好き、大好き、愛してる」 「もう一回言ってくれ」 「愛してる」 「私にも、もっと聞かせてくれない?」 「好きだ、美羽」 「もう一回」 「大好きだ」 「もう一回」 「愛してる」 「もう一回」 「アイ・ラブ・ユー」 「アンコール」 「オ・ルボワール」 「それ、サヨナラって意味だけど?」 「こりゃ失敬」 「というか、何度言わせれば気が済むんだよ」 「女の子には3倍返しが基本なの」 「もうすでに3回以上、繰り返してるぞ?」 「くふ……仕方ないから、今日はこれぐらいにしておいてあげる。でもその代り――」 「ずっと、私のことを捕まえておかないと、許さないから」 「微熱が続き、動悸が激しくなることがある……なるほど。他になにか気がついたことはある?」 「他には……そうですね、喉が渇く感じがします。だけど、いくら飲み物を飲んでも、その感じがいつまでもなくならなくて……」 「ふむ、なるほどね。その症状がこの前の処置の後から続いているわけね」 「はい……。あの、先生、わたしの病気って、いったいどういうものなんでしょうか?」 「アナタの病気はね、非常に特殊なものなの。でも大丈夫。ちゃんとうちで処方した薬を飲めばすぐに症状は落ち着くから」 「ん……んん……?」 「んふぁあ…………夢……かぁ……」 病院に通ってた頃の……夢……。 まだ、頭がぼうっとしているみたい。 その割には動悸はいつもより激しくて、その分呼吸も速くなってしまっている。 あんな夢を見たから……? それとも、その逆に……。 「確かに……ちょっとだけ熱あるかも……」 「………………」 「あっ!? いけない、もうこんな時間! お夕飯の準備しなくちゃっ」 「おはよー」 まだ眠い目をこすりながらキッチンの方をのぞくと、稲叢さんが忙しそうに動きまわっていた。 「あ、おはようございます、六連先輩。ごめんなさい、まだお夕飯できていないんです。もうちょっと待っててくださいね」 「いいよ、そんなに急がなくて。昨日はみんな遅くまでどんちゃん騒いでたし、もうちょっと寝てるんじゃないか?」 「でも、今日は学院ありますよ? もう連休も終わったんですから、みなさんちゃんと──」 ぶしゅー、ぼこんぼこんとちょっと間抜けな音がコンロの方から聞こえてくる。 「稲叢さん、火! 火! お鍋ふいてる!」 「わわっ!? すっ、すみません、今っ! ──熱っ」 「大丈夫か!?」 「だ、大丈夫……です。ちょっとびっくりしちゃっただけで、なんとも」 「いいから手を」 「え」 俺はコンロの火を止めてから、稲叢さんの手を強引に取り、流しの蛇口を捻った。 冷たい水が勢いよく噴き出し、その色白の手とそれをつかんでいる俺の手を濡らしていく。 その対比からだろうか、つかんでいる稲叢さんの手がやけに熱く感じた。 「その瞬間大丈夫だと思っても、火傷になってるってこともあるからな……よし、こんなもんか」 「あ、は、はい……」 「…………」 「稲叢さん? 本当に大丈夫か?」 「っ!? だだ、大丈夫、です。すみません、実はわたしも起きたばっかりで、まだぼーっとしちゃってて……他の人のこと、全然言えませんね」 「え、えっと、それと……ありがとうございました、六連先輩……」 「ああ、いや……」 照れているのか、恥ずかしそうに俺を上目遣いで見る稲叢さんに、ドキリと一つ心臓が高鳴った。 窓の隙間から入り込む夕陽のせいで、やけに頬が真っ赤に染まって見える。 別に稲叢さんが俺に惚れているなどと言う勘違いはしないから大丈夫だ。問題ない。 「それで、ですね……」 「あ、ああ」 「そ、そろそろ、手を……。このままだと、お料理できませんし」 「手……? うわっ、ス、スマン。つかんだままだった!」 「くすくす……六連先輩も、ちょっとぼーっとしてるかもしれません」 「まったくだ。すまない、ちょっと顔洗ってくる」 「はい。しっかりと目を覚ましてきてくださいね」 「了解」 そう苦笑して応え、洗面所の方に向かおうとすると、エリナが影からじっと見ていることに気がついた。 「……なにやってるんだ、エリナ」 「おはよう、ユート。なんだか朝からイチャイチャしてたみたいだから、お邪魔にならないようにタイミングを計ってたんだよ」 「イチャイチャなどしていないが」 「違うの? 朝勃ち、じゃなくて、夕勃ち? を、リオに処理してもらってたんじゃなかったの?」 「どこをどう見たらそうなるんだよ! っていうかそれイチャイチャの範疇逸脱しすぎだろ!」 「あ、イチャイチャの範疇ではしてたんだ? 触りっこどまり?」 「イチャイチャも触りっこもしてませんっ!!」 「おはよう、エリナちゃん。なんのお話?」 「《おはよう》ドーブラエ・ウートラ。今、リオとユートが触りっこしてたよねって話」 「触りっこ……あ、うん。確かに六連先輩と触りっこしてたけど」 「ちょっ!?」 「ほら」 「なるほど……。これは事の次第を正確に聞く必要がありそうね……?」 「こここ、こんな時間からお台所で触りっこ!? 六連君がそんな人だったなんて!」 「待て! 美羽! 布良さん! どこから湧いて出てきた!?」 「矢来先輩も布良先輩もおはようございます。これで後はニコラ先輩だけですね。お夕飯、もう少しでできますから、ちょっとだけ待ってください」 稲叢さんはにっこりと笑って、台所の方に戻っていく。 できれば今の発言の真意を説明してからにしてもらいたいんだが。 「さて、佑斗?」 「六連君?」 「い、いや、だからだな……2人が考えてるようなことが本当にあったら、稲叢さんだって平気じゃないだろ? よく見てみろ」 「ふむ……確かに稲叢さんなら……」 「莉音ちゃん、そういうの苦手なはずだし……」 そう言って美羽と布良さんは揃って稲叢さんの方に目を向ける。すると── 「ふぅ……」 「……いけない、がんばらなくちゃ」 稲叢さんは一瞬立ち止まって息を吐き、それから無理矢理自分を奮いたたせるように小さく頭を振って、食事の準備を再開した。 「平気じゃ……なさそう」 「じゃ、じゃあホントに六連君!? ──って、あれ? いないよ?」 「ユートなら顔洗ってくるって、洗面所行ったよ」 「くっ……逃げたわね」 「私、こういうことを誤魔化すのはよくないと思う!!」 「行くわよ、布良さんっ」 「うんっ!」 「いってらっしゃーい」 「エリナちゃーん、お皿出してもらえるー?」 「[い]ラ[い]ー[よ]ド[ー]ナ」 「というわけだったんだよ」 「なるほどねぇ。それでバタバタしていたのか。ボクはまた闇の王子率いる地獄の軍勢が終焉のラッパを鳴らしながら攻め込んできたのかと思ったよ」 「いや、そこまではうるさくなかったと思うんだが。むしろ、それで起きられてよかったな」 「まったくだ。昨日は少しはしゃぎすぎてしまったからね。そんなことでもなければ悠久の眠りの世界をいつまでも漂っていたかもしれない」 事の顛末についてニコラに説明すると、ニコラは相変わらずな単語を並べたてて、薄く自嘲気味に笑った。 「それにしても、少し様子がおかしかったのは心配なんだよな……」 「莉音君のことかい? そりゃあ手を握ったことを『触りっこ』と称してしまうのはかなりおかしいことだけど、彼女としてはそれほど珍しいことでも──」 「俺は稲叢さんの体調について言っているんだが」 「それは失礼。うん、確かに彼女はああ見えて気丈なところがあるからね、自分の体調が悪いのを隠しているというのはあり得ることだ」 「だよな。気丈というか、自らの責務に忠実というか……ふむ」 「ニコラは、今日は仕事あるって言ってたっけ」 「ああ、ボクもエリナ君も今日は、幸運と悪運の混ざりあう欲望のるつぼでさまよえる子羊たちの手を引く役割を与えられている」 「素直にカジノでバイトがあるとは言えんのか」 俺は例の囮事件でケガをしたため、大事をとって2~3日は休めと言われている。 美羽や布良さんは事後処理を手伝ってくれと《チーフ》主任に言われていたから、放課後はそのまま風紀班の方に行くだろう。 そうすると……。 「大房さん」 俺とニコラのすぐ近くで大房さんがクラスの女子と話していたので呼びかけてみる。 「はい、私ですか?」 「一応確認したいんだが……稲叢さんの今日のシフトってオフだったかな?」 「えっと……はい、そうですね」 「ありがとう。話し中にすまない」 「いえ、どういたしまして」 俺の感謝に微笑みを返して、大房さんはすぐにおしゃべりの続きに戻っていった。 「まぁ念のためだ。俺が先に帰っておくことにするよ」 「それがいい。1人より2人がいいさと昔の人も言っていた」 そう言われると2人より3人がいいって続けたくなるな……。 「ただいまー」 そんなわけで俺は放課後になるなり寮に帰ってきた。 それでも稲叢さんの方が早く帰ってきていたらしく、にっこりと微笑んで迎えてくれる。 「おかえりなさい、六連先輩。今日は風紀班のお仕事じゃなかったんですか?」 「一山終わったところだから休めって言われていてさ」 「そうなんですか。お疲れさまです」 「ありがとう……って言ってもお手柄は稲叢さんなんだけどな」 「そ、そんなことないです……あれは偶然で」 稲叢さんは顔を赤くしてうつむいてしまった。 「稲叢さんも今日は仕事休み?」 「はい」 「俺たち以外はみんな仕事で遅いし、今日の朝ごはんは遅めで大丈夫だから」 「いえ、みなさんお仕事の時こそ、帰ってきてすぐに食べられるよう、ちゃんと用意しておきたいです」 ゆっくりしてくれと言いたかったのだが、もしかしたら稲叢さんの義務感に油を注いだかもしれない。 「そっか。じゃあ俺に手伝えることがあったらなんでも言ってくれ」 「はい、ありがとうございます」 家事に対する誇りのようなものがあるのだろう。 すぐにフォローに入れるようにだけしておいて、なるべく稲叢さんの好きなようにさせておくのがいいか……。 そのやる気自体は好ましいものだしな。 そんなわけで、一旦自室に戻って楽な恰好に着替えると、俺は読みかけの本を持ってテレビ前に陣取った。 「……あ、六連先輩」 「ん? どうかしたか?」 「い、いえ……ここで本を読まれてるのははじめて見たので」 「ハハ、ここのところゆっくり本を読む暇もなかったからな」 「お疲れさまです」 そう言った稲叢さんにほんの少しだけ遠慮がちなニュアンスを感じた。 俺の心配しすぎという可能性もあるが、やはりいつもと様子が違う気がする。 「はぁ…………」 「? 稲叢さん?」 「っ!? だ、大丈夫です」 稲叢さんは流し台に両手をついてうな垂れており、俺に見られたことに気がつくとすぐに手を放してその手をぶんぶんと振った。 「大丈夫って……明らかに辛そうじゃないか」 「つ、辛いというほどでは…………あっ」 まだ誤魔化そうとしていた稲叢さんに近づき、問答無用でおでこに手を当てる。 「やっぱり熱があるんじゃないか? 顔も赤いし、息も荒い」 「で、でも……そんなに大したことじゃ……」 「大したことないっていうならなおさらだ。大したことになってしまう前にゆっくり休んで治した方がいい」 「でも、みなさんのお食事の用意もしないといけないですし」 「そんなの俺がやるよ。だいたい、本来は稲叢さんだけがやらなきゃいけない仕事ってわけでもないんだろ?」 「みんなが分担すべきなところを普段から稲叢さん1人でやっているんだ。たまには俺にもやらせてくれ」 「ですけど……」 やはり家事は自分の担当という思いがあるのだろう。 稲叢さんは納得のいかない様子で視線を落とした。 「そういえば思い出した。稲叢さんとは約束があったんだった」 「約束……ですか?」 「忘れちゃったか? ほら、俺が料理を作るって約束があったじゃないか」 「あ……っ」 どうやら約束と同時に、その約束をすることになった原因にも思い当たってしまったらしい。 稲叢さんは顔を真っ赤にして自分の口元を両手で押さえた。 もしかしたら、余計に体温を上げさせてしまったかもしれない。 「思い出してくれたみたいだな。じゃあ、今日こそその約束を果たすってことにしよう」 「で、でも……あの……六連先輩も腕をケガされてますし」 「ああ、これならもうすっかり治ってる。稲叢さんが舐めてくれたおかげかもしれない」 「ぅ……」 余計なことを言った俺も俺だけど、そこで照れられると俺も照れくさくなってしまう。 などと照れあっている場合じゃないな。俺は改めて稲叢さんを説得する。 「そのお礼も兼ねて料理したいというのはダメか? それとも、お礼の方はまた次の機会にした方がいいかな」 「い、いえっ、そんなお礼なんて、全然っ」 「……意地でも家事は渡したくない、とか?」 「そういうわけでは……ないんですが……お料理、自信ないんですよね?」 申し訳なさそうに俺のことをチラチラと見上げる稲叢さん。 なるほど。一食分任せられないと判断されたか。稲叢さん一人だけじゃなく、みんなの分もという話だもんな。 「確かに自信がないとは言ったけど、料理自体はそれなりにやってるからな?」 「そうだったんですか?」 「ここに来る前は一人暮らしだったんだよ。財政上の問題もあって、自炊が基本だった」 「だけど、それで食べるのは自分だけだろう? 『人に食べてもらうための料理』は作ったことはないから、自信なんてあるはずもない」 「もっとも、自信がないのは、それだけ稲叢さんの作る料理が美味いからって話もある。比較されると、さすがに厳しいかな」 「わ、わたしの料理なんて、そんな……」 「でも、一人暮らし…………そうだったんですね。若い男の人が自炊しているイメージって、わたし全然湧かなくて……すみません」 それはそうか。 学生である以上、たいていは実家で親が作っていたりするだろうし、そうでなくてもファーストフードやインスタント食品が溢れる世の中だ。 俺の事情の方が希有な例になるのだろう。 「謝ることはないよ。でも、これで少しは安心してもらえたかな」 「はい……それでは、お願いいたします」 「了解。それじゃあ稲叢さんは部屋にでも戻って休んでいてくれ」 「……あの、もしよかったら、ここで見ていても構いませんか?」 ……全然、安心してねぇ。 「あっ、あのっ、六連先輩のことを信用していないわけではなくてっ」 とはいえ、不安な気持ちで寝たところで、あまり休息にはならなそうか。 「体調の方もですね、そんなにずっと辛いわけじゃなくて、ごくたまに立っているのが辛い瞬間があるくらいで、座っていれば全然問題なくて……」 「わかった。じゃあ、そこで座って見ていてくれ」 「いいんですか……?」 「ただし、辛くなったらちゃんと休むこと。それは約束してほしい」 「……はいっ」 俺はその返事に満足してうなずき、冷蔵庫のドアを開けた。 「なに作るかは決まっていた?」 「いえ、材料はちょこちょこと余っていたんで、どう使おうか考えていたところです」 「なるほど。じゃあ、なるべくあるものを使い切っちゃう方向で考えればいいな」 「はい」 ふんふんとうなずきながら、冷蔵庫の中身を見ていく。 一人暮らしの時と違って、量の計算が厄介だ。 単純に六倍したら女の子比率が高いし、余らせてしまうかもしれない。 だが、足りないのもかっこうわるいな。 一番楽なのは、炒め物にしてしまって多めに作る手か。 炒め物なら残してしまっても夕食時にまた出せるだろう。 材料は足の早いものから優先的に── 「…………」 「ん? 俺、なにかヘンなことしてるか?」 「いえ、すごく手際よくより分けてるなと思って……。なににするかは決まりましたか?」 「無難に炒め物かなぁと。ただ残ってるものだと若干足りない気がするから、買い物はしてきた方がいいかな」 「あ、それならわたしが」 「立ってると辛い時があるんだろ? 買い物途中で倒れられでもしたら目もあてられない」 「うぅ……」 本当に義務感の強い子だな……。 「うーん……調子の悪いときに、あんまり出歩いてほしくはないんだが……買い物、一緒に行くか?」 「いいんですか!?」 「だから、よくはないって。俺としては調子が悪いなら、寝ていてほしい」 「あぅ」 「でも、調子が悪いときにストレスを溜めこむのもやっぱりよくないからな。ま、ちょっと行って帰ってくるくらいなら大丈夫だろう」 「六連先輩……。はいっ、ありがとうございます」 そんなわけで俺は稲叢さんと一緒に駅前のスーパーまで買い物にやってきた。 24時間営業しているスーパーは本土でも珍しくなくなってきているが、夜の生活者比率が高いこの島では必要不可欠なもの。 こんな時間でも店内は活況だった。 「お、莉音ちゃん。今日もかわいいねぇ! どうだい、今日はエビがいいのが入ってるよ!」 「こんばんは。先輩、エビですって」 「エビかぁ……ブラックタイガー? 炒め物にエビフライはさすがに重いな……」 「先輩は揚げ物も作れるんですか?」 「まぁそれなりに。1回作るとその油を使おうとして連続で揚げ物になったりしてた」 「わかります」 「そっちは莉音ちゃんの彼氏かい? いいねぇ、羨ましいねぇ」 「か、彼氏……?」 おやじさんの冷やかしに稲叢さんがちらりと俺を見上げ、そして真っ赤になる。 「ちちち違います! きょきょ今日は、先輩が作ってくれるというのでっ、一緒に買い物に来ただけでっ」 「そりゃあ大したもんだ。やっぱり料理のできる男ってのはいいもんだよなっ」 「い、いえ、ですから、先輩とはそういう関係ではなくっ」 「あはははは! 真っ赤になっちまってますますかわいいねぇ」 「も、もうやめてください~っ! せ、先輩、エビは要らないんですよね!? 行きましょう!」 「あ、ああ……すみません、それでは」 「はいよ、また今度頼むわ」 悪気のないおやじさんの笑い声を背に、俺たちは足早に魚売り場を立ち去った。 こういうシチュエーションは正直なところ俺も照れてしまうが、それ以上に稲叢さんが照れるところがかわいくてニヤニヤの方が勝ってしまう。 「はぁぅ……恥ずかしかった……」 「あの説明だと、あのおやじさんは俺たちが同棲でもしてるって思ったかもな」 「どうせい……ですか?」 「うむ、男と女が一緒に住む、同棲だ」 「それはでも、間違ってはいないような……」 この子はちゃんと恥ずかしがるということを知っているはずなのに、どうしてこう……。 ま、まぁ、いいか。 「それで、なにを買うつもりなんですか?」 「オーソドックスに豚バラ肉かな。鳥肉でも美味しそうだけど。まぁモノと値段を見て考える」 「はい。うふふ」 「ずいぶんと楽しそうだな」 「六連先輩、とっても主婦してるなぁって思っちゃって」 「言ったろ? 一人暮らしで、財政的にも厳しいとなると嫌でもそうなる」 「食費って一番差が出てくるところですもんね」 「そういうこと」 稲叢さんが楽しそうな理由になんとなく思い当たった。 寮の面子を振りかえるに、家計なんていうファクターで話ができる相手がいないのかもしれない。 布良さんあたりならできそうな気もするが、あの子も意外と偏ってるからなぁ。 ともあれ、稲叢さんの体調もそこまで悪くはなさそうでよかった。 人としゃべっているだけでも元気になるということはあるしな。 買い物から帰ってきてさっそく調理に取りかかる。 ご飯の方は稲叢さんがすでに用意していたらしく、みんなが帰ってくる頃には炊きあがるようになっていた。 「はぁ~……すごいです。包丁の扱い方も上手なんですね」 「そ、そうか? こういうのは見よう見まねなんで、あんまり自信がなかったりするんだが」 「大丈夫ですよ、先輩。ちょっと見惚れちゃいました」 「いや、さすがにそこまでのものでは──あっ」 「どうしました!?」 「あはは、あんまり褒めるから、つい調子に乗って指の先を切ってしまった。まったく面目ない」 「た、たいへん! 笑ってる場合じゃないです! ちゃんと見せてください!」 「えっ」 こんなもの舐めておけば治るだろ、くらいに思っていた指を稲叢さんにバッと取られる。 その指の先には赤いラインがにじんでおり、そのラインの一部がぷっくりとふくらんで、やがて指を伝ってこぼれていった。 「ほらぁっ、結構血が出ちゃってるじゃないですか! はぷっ」 「っ!?」 稲叢さんは唐突に血の流れる指先を自らの口に含んだ。 「はぷちゅ……んちゅ……ちゅる……んちゅるっ……ちゅっ……」 「ちょ……い、稲叢さん……?」 「ああ、まだ出てます……ちゅぅ……ちゅっ……れちゅ、れちゅる……んちゅっ……」 傷口からこぼれ出す血を舐めとり、舐めあげ、啜りとっていく稲叢さん。 あの捕り物劇の時、ケガをした俺の腕を舐めたのと同じ行動なのだろう。 なのだろうけども、この指先をちろちろと舐められる感触に、俺の神経は不埒な快感を伝えてきていた。 「も、もう、大丈夫、だから……」 「ちゅぱ……あ」 「ご、ごめんなさい……わたし、いきなり指を舐めちゃったりして……。汚かったですね、ごめんなさい……」 「汚くなんかない」 「ぇ」 「汚くなんかないって。……ありがとう」 汚いのは俺の方だ。 稲叢さんの純粋な心配に対して、不埒な快感を覚えてしまった俺の方が何万倍も汚い。 「か、感謝、されるほどのことは、なにも……」 「……あ、あの…………ば、絆創膏! 絆創膏を、ちゃんと、貼りましょう!」 「お、おう! 稲叢さんのおかげで血は止まったみたいだけど、やっぱりそうした方がいいよなっ」 「そうですよ! わたしがちゃんと貼りますから、任せてください!」 パタパタと小走りにサイドボードに近寄ってその[ひき]抽[だし]斗から絆創膏を取り出し、再びパタパタと戻ってくる。 「さぁ、ケガした指を出してください」 「はい」 素直にケガした指先を差し出すと、稲叢さんは何回も失敗しながら絆創膏の粘着面をむき出しにした。 照れているのか、焦っているのか、緊張しているのか……あるいはその全てなのか。 ぷるぷると震える手で、俺の指に絆創膏を巻いていく。 「あ、あの、あんまりうまく、巻けてなくて……その……」 「大丈夫大丈夫。これくらい巻けてれば問題ないだろ。元々、吸血鬼の身体ならこの程度の傷、すぐに治っちゃうだろうし」 「そう言ってもらえると……で、でも、油断は禁物ですよ?」 「うん、そうだな」 「ッ!」 「……稲叢さん?」 「…………っ……」 「あ、あの……やっぱり、わたし、部屋で休んでいますね」 「ああ、それは構わないが」 「最後まで見られなくてごめんなさい。先輩も、絆創膏が剥がれちゃったら、ちゃんと貼り直してくださいね」 「了解。飯ができたら呼ぶから、稲叢さんもゆっくり休んでくれ」 「……はい。よろしくお願いします」 小さく頭をさげて稲叢さんは廊下に出ていく。 さすがに恥ずかしさがマックスになってしまったんだろうか。 それとも、また体調が悪くなってきたのか? 「それはともかく、稲叢さんを安心させるためにもちゃんとした料理を作ろう……」 俺は絆創膏が貼られた指をじっと見つめて、そうつぶやいた。 いつも通りの時間に全員が帰宅し、食卓に着く。 稲叢さんも呼んだらすぐに部屋から出てきて、いつもの席に着いていた。 「えー、ユートって料理できるの? 大丈夫かなぁ」 「ちゃんとできてるだろうが。見た目も美味そうだろう?」 「いやぁ、見た目はまぁ普通じゃない? お腹空いてるから美味しそうには見えるけど」 「失礼な……」 「すごい、すごいよ! ちゃんとお料理になってる~! 本当に美味しそうだよ」 「食べてみて、本当に美味しければいいのだけれど」 「いや、期待しようじゃないか。見た目だけじゃなく、この供物はボクの鼻腔をも刺激している。あの冥界に咲く艶やかな花のように」 みんな口々に好き勝手なことを言い、稲叢さんはそれをただ微笑んで眺めていた。 「まぁ、いいや。とりあえず、食べる!」 「いただきまーす」 「いただきます」 「この糧が我が血となり肉とならんことを」 「いただきます」 「んっ!!」 「どうだ? 一応、不味くはないデキにはなってると思うんだが……」 「フクゥースナ!」 「……日本語で言ってくれるとありがたい」 「美味しいってことだよ、ユート♪」 「お」 「うんうんっ、美味しいよ、これ」 「稲叢さんの味付けとは違うけれど……うん、これはこれで美味しいわね。へぇ……」 「この柔らかな肉に牙を突きたてる感触がたまらないね」 「リオの料理よりちょっと味付けが濃い感じ?」 「お醤油の風味が出てるのかな。莉音ちゃんは炒め物の時、お醤油ってあんまり使わないよね」 「もうちょっと薄味の方がよかったか? その辺が一番不安だったんだ。この人数分を作るのははじめてだったから」 「そうね、もう少し薄くてもよかったかもしれない。だけど、充分美味しいわ。悔しいけれど完敗ね」 完敗って……俺は美羽と戦った覚えはないのだが。 「で、リオの感想はどう?」 「佑斗君に今、最後の審判が訪れる……」 「…………」 「? 莉音ちゃん?」 「あ、はい。美味しいです……あはは」 「あら、なにか無理矢理な感じ」 「う~ん、ユート残念! リオの口には合わなかったみたいだねー」 「いえ……そんな、ことは……」 「稲叢さん?」 「ッ」 俺の声に稲叢さんがビクリと肩をすくめる。 「佑斗、なに稲叢さんを怯えさせてるのよ。そんなに評価が不満だったのかしら?」 「いや、ちょっと」 「? なに──」 俺は片手で美羽を制しつつ、稲叢さんの様子をうかがった。 「もしかして、また体調が悪化してるんじゃないのか?」 「えっ?」 「莉音ちゃん?」 「っ……ご、ごめんなさい……」 「謝ることはないって。ともかく、部屋に戻って寝た方がいい」 「でも、せっかく先輩が……作ってくれた……のに……わたし…………はぁっ…………はぁっ…………」 「そんなことはいいから。美羽、そっちを支えてくれ」 「う、うん。わかったわ」 「莉音ちゃん、眠ったみたい」 「よかった……。稲叢さん、結構無理するタイプだから……」 「すまん、俺のせいだ。稲叢さんの体調が悪いのはわかっていたのに、買い物に連れ出した。あの時、ちゃんと寝かせておけば……」 「それはどうかな」 「元々佑斗君だけが莉音君の不調に気がついていたんじゃないか。佑斗君が気がつかなければ、彼女は一人で買い物に行きその先で倒れていたかもしれない」 「ボクには佑斗君に責任があるとは思えないよ」 「買い物に連れ出したって言うのも、本当はリオの方が行きたがったんじゃないの?」 「まぁ、それはそうなんだが……」 「ストップ、ストップ。事件や事故ならともかく、体調不良の責任を追及したってなんの意味もないよ」 「まったくね。佑斗はちょっと気の遣いすぎだわ」 「うーむ」 「はい、それじゃあこの話はここまで。みんなももう寝ないと辛い時間でしょ? 莉音ちゃんの体調は心配だけど、みんなもちゃんと睡眠とらないと」 「うん、そうだねー。ワタシもお風呂入って寝よ~っと。ユートも一緒に入る?」 「入るか!」 「にひひ、ユートのイケズ~」 「だ、ダメだよエリナちゃん! 六連君がその気になっちゃったらどうするつもり!?」 「その気ってどの気?」 「そ、それはっ、えっと、だから、一緒にお風呂に入っちゃったり……ダメだからね! 混浴なんてえっちなことはこの寮では禁止!!」 一緒にお風呂という単語を聞いて、俺の脳裏にはいつぞやの稲叢さんが思い浮かんでいた。 うむ、あれはいいものだった……。 「なんかいやらしい目をしている」 「失敬な、そんなことはないぞ」 「そ。ならいいけど」 美羽は疑いの視線をじっと投げつけてから、ふとその様子を変えた。 「ねぇ佑斗、少し話いいかしら」 「ああ、構わないが」 そして、みんなは次々に『おやすみ』と言って部屋を出ていき、俺と美羽だけが残された。 「ちょうどよかった、俺も美羽に聞きたいことがあったんだ」 「稲叢さんの体調のこと?」 「ああ。状態としては風邪っぽい気がするんだが、吸血鬼も風邪なんてひくものなのか?」 「うん。私もそれを佑斗に話しておきたかったの」 「正確には人間の風邪とはまったく違うんだけどね。ヴァンパイアウィルスの活動が低下するとああいう症状が出ることがあるのよ」 ヴァンパイアウィルスの活動の低下……。 「普通は大人しく寝ていれば治るものだし、すぐに治したければ、一度血液を飲んでヴァンパイアウィルスを活性化させてあげれば、たいていは治るわ」 「だから、安心して頂戴」 どうやら、俺が心配していたのを気にしてくれていたらしい。 「なるほどな……だったらもっと早くその話をしてくれればよかったのに」 「さっきはエリナもニコラもいたでしょう?」 「あ」 そうか。俺がつい最近吸血鬼になったばかりだというのは秘密にしておかなくてはいけない情報だった。 今の話が『人間の風邪』レベルの頻度で起こる話なら、なぜ俺が知らないのかという話になる。 「わかってくれたかしら」 「ああ。だとすれば布良さんにでも血を飲ませてもらえば、治るということなんだろう?」 「……まぁ、そうなのだけれど、勝手に人間の血を吸うのは禁止されているから」 「それをするとしても、お医者さんの診断を受けてからの話ね」 「なるほどな……」 「もう一つ聞いてもいいか?」 「なに? 答えられることならいいわよ」 「美羽の意見が聞ければそれでいい。ライカンスロープの件についてだ」 「っ! ライカンスロープって……」 「いいから聞いてくれ。たとえばだ」 「たとえば、ライカンスロープの血を吸血鬼が飲んだらどうなると思う?」 「なによ、それは……」 「そういえば、この間の事件の時、佑斗、腕にケガをしたって……もしかして、そのことを言っているの?」 「今ちょっと思いついただけなんだが……」 「ライカンスロープが吸血鬼を殺す存在なのだとしたら、ライカンスロープの血が吸血鬼の血が持つ力を弱めてしまうこともあるんじゃないかって」 「佑斗はライカンスロープなんかじゃない。それでその話はもう終わっているはずよ」 「だがな、稲叢さんの体調は買い物に行ったときまではむしろよくなっていたんだ」 「買い物から帰ってきたあとだ。俺が料理中に指をケガして、それを稲叢さんが咄嗟に舐めた」 絆創膏の貼られた指先を美羽に見せる。 「その直後に、稲叢さんは部屋に戻って休むって言いだして……。最初は俺の料理するところを見ているって言ってたのに」 「……それでも佑斗の考え過ぎよ」 「あの子のことだから、指を舐めたことに後から恥ずかしくなっちゃったんでしょ」 「俺もその時はそう思ったんだが、今のヴァンパイアウィルスの低下って話を聞いて……」 「あのねぇ、私は佑斗の心配をやわらげようと思ってその説明をしたの。なのにどうして新たな心配の種を見つけてくるのよ」 「…………本当にその通りだな。すまん」 「それから、ありがとうな。美羽はいいヤツだな」 「別に、私には佑斗の吸血鬼としての生活をフォローする義務があるのよ」 「それに……ライカンスロープの不安を煽っちゃったの、私のせいだと思うし……」 そう言って視線を落とす美羽。 本当だ。俺は、俺の心配を取り除こうとしてくれた美羽にまで心配の種を植えつけてしまったらしい。 どこまでバカなんだ俺は……。 「いや、それは俺が勝手にそう思っただけだ。すまなかった」 「佑斗が謝ることなんてなにもないわ……」 「…………」 「ともかく今日はもう寝よう。すっかり日も高くなってるじゃないか」 「そうね。佑斗もこれ以上心配しすぎないようにお願いね」 「わかったよ。おやすみ、美羽」 「おやすみなさい」 微熱が続き、動悸が激しくなる。 喉が渇くけれど、なにを飲んでも潤うことはない。 確かにそんな症状は病院に通っていた頃からあった。 だからわたしは病院に通っていたんだっけ……? そんな症状が出る前から通っていた気もする。 でも、その症状はわたしが病気だからではなく、わたしが本当は吸血鬼だから出ていたもの……。 わたしをこの島に送る前に、孤児院の院長先生がそう打ち明けてくれた。 後天的に吸血鬼に覚醒した珍しいパターンだって。 通っていた病院が突如として閉鎖してしまい、わたしが発作を抑える薬だと思って飲んでいた血液製剤が手に入らなくなってしまったんだって。 自分が吸血鬼だと知ってすごくショックを受けたけれど、それ以上に孤児院の院長先生や病院の先生に対して感謝の念が湧きあがった。 わたしが吸血鬼だってわかっていたのに、ずっと普通の生活を送れるようにしてくれていた。 それができなくなっても、こうしてこの島での生活ができるよう取りはからってくれた。 本当に感謝しても感謝しきれないくらい。 この島に来てからも、感謝することばかりだった。 島での新しい生活、吸血鬼としての新しい生活。 不安で押しつぶされそうだったわたしに矢来先輩が手を差しのべてくれて、この寮に迎えてもらって……そして、寮のみんなに支えてきてもらった。 萌香さんとひよ里先輩にもずいぶんかわいがってもらえているし、クラスのみんなにだって仲よくしてもらえている。 それから―― 六連先輩…………。 はぁ……幸せだなぁ、わたし……。 みんなに、こんなによくしてもらえて、こんなに支えてもらえて……。 だから、わたしもみんなにお返ししたい。 少しでも、少しずつでも、わたしがもらった恩を、優しさをみんなに返していきたい。 もっとお役に立てるようにならなくちゃ。 みんなを支えられるようにならなくちゃ。 だから……わたしは……。 「ん…………」 「こんな時間……」 「ふぁあ…………んんっ!?」 「あ、おはようございます、六連先輩……。すみません、今、ご飯作りますから……もう少し……」 「なにをやってるんだ、稲叢さん。まだ寝てなきゃダメじゃないか」 「あはは、大げさですよ、先輩……。これくらい全然、大丈夫ですから……」 「めちゃくちゃフラフラしてるだろ! ほら、いいから部屋に戻るぞ」 「でも、みなさんのご飯を」 「いいから今は気にするなっ」 「あっ、ちょ、ちょっと、先輩」 半ば強引に六連先輩がわたしの手を取り、わたしを部屋まで連れていく。 力強い手に引っぱられるままに、わたしはベッドの前まで戻ってきてしまった。 「ほら、ちゃんと布団に入って」 「あ、あの、でも……」 「病人は病人らしく寝てなさい」 「先輩……」 「いいか、稲叢さん。これが自分じゃなかったとしたらどう思う? たとえば明らかにふらついてる美羽が無理して風紀班の仕事をしていたとしたら」 「……とめます。無理しないでくださいって」 「だろう?」 「ですけど……」 「けどはナシ。病人はまず寝ていなさい」 「それで、元気になったらまたいつもの美味い料理を食わせてくれ」 わたしをきっちりと叱りつけてから、優しく微笑む六連先輩。 そんな笑顔を見せられたら、逆らう気なんてなくなってしまう。 「先輩……。はい」 「うん、いい子だ」 うなずき、ベッドに潜りこむ。 先輩に見られながら布団に入るのは、なんだか気恥ずかしい感じがした。 「昨日もろくに食べてないんだ、さすがにお腹も空いただろ? おかゆでも作ってくるよ」 「あ……」 「ん?」 「……いえ。おかゆ、期待しています」 「おう、任せてくれ」 「…………」 「なんか……一人にされるのが寂しく感じちゃった……」 「ダメだなぁ、わたし……」 「学院を休む? ……だから、稲叢さんのことなら心配し過ぎないようにって」 みんなの夕食と稲叢さんのおかゆを作っていると、美羽が起きてきたので学院を休んで稲叢さんの看病をすると伝えた。 「だがな、稲叢さんはフラフラしながら俺たちの夕食を作ろうとしていたんだ。1人にしておいたら、絶対家事とかやりはじめると思う」 「む、そういう心配ね。確かに1人にしておいたら、大人しく寝ていないかも……」 「ああ、だから誰かしらはついていた方がいいと思う。俺なら今日も風紀班は休みだし」 「……腕のケガ、もうなんともないのよね?」 「まぁな。見ての通り、家事だってちゃんとできる」 「そうね……うん、わかったわ。枡形先生にはちゃんと言っておく」 「すまん。頼んだ」 「すまないのも頼むのも私の方。稲叢さんの看病、よろしく頼むわよ? ただし、いやらしいことは絶対にしないで頂戴」 「するわけないだろ。俺をなんだと思っているんだ」 「そんなの決まっているわ。性欲まみれの淫獣でしょう? ベッドから動けない稲叢さんを……」 「………………え、そんな……わ、ちょっと…………わ……」 「……くっ、そんなことまで……ゆ、佑斗……あなた、そんな破廉恥なことまで……いやらしいわね」 「いやらしい想像をしたのはアナタです。顔を真っ赤にするほど、一体なにを想像したんだか」 「なにをって……そんないやらしいことを言わせようだなんて、本当にいやらしいんだから。この変態」 「………」 自分で勝手に想像したくせに、何故俺は冷たい視線にさらされているんだろうか? 「ふぅ…………おっと、おかゆがもういい感じだな。これに卵を落として……っと」 「なに、そのリアクションは」 「俺はおかゆを稲叢さんの部屋に持っていくから、夕食の用意は頼んだ。もうそこにできてるから、適当に盛りつけてくれ」 「まぁ、病人優先なのは仕方ないと思うのだけれど……もう少しこう……」 ブツブツとぼやきながらも食器棚からお皿を取り出しているので、後は任せてしまっていいな。 「どうぞ」 ドアを開けて稲叢さんの部屋に入ると、稲叢さんは俺と目を合わせるなり嬉しそうに微笑んだ。 微熱で頬が上気しているからか、その笑顔が輪をかけて魅力的に見える。 稲叢さんがいかに魅力的だとしても、俺は性欲まみれの淫獣ではないのでなんの問題もない。 「えっと……俺特製のおかゆと、合成血液のパックも持ってきた」 「ありがとうございます。どちらもいただきますね」 「ああ、O型のでよかったか?」 「はい」 「気分はよくなったか?」 「んー……そうですね、六連先輩がきてくれたら、少し」 「俺がきたら?」 「恥ずかしいお話なんですけど、1人で寝ていたら寂しくなっちゃって……」 「いや、わかるよ。病気の時って心細くなるもんな」 俺は勉強机の椅子をベッドの横に持ってきて、そこに腰を落ちつけた。 そんなことを言われたら、食べ物だけ置いて部屋を出るわけにはいかない。 「今日はもう学院もアレキサンドも休むんだぞ」 「はい、わかりました」 「……あれ、ずいぶん素直になったな」 「六連先輩の言うとおりだなって思って……」 「こんな状態でなにかをやろうとしてもみんなに迷惑をかけるだけ……」 「それなら、少しでも早く治して、それからがんばろうって」 「そうか。うん、そうしてくれるとありがたい」 「はい」 俺に見られているのが恥ずかしいのか、チラっと俺の様子をうかがってから慌てて目を逸らしつつパックに口をつける。 台所に立っていたときには驚いたが、一晩ぐっすり寝た甲斐があったのか、回復傾向にはあるらしい。 食欲もちゃんとあるみたいで、ひとしきり合成血液を飲み終えると、ようやくとばかりにおかゆに手をつけた。 「あむ……ん~♪」 「どうだろう? しょっぱかったりはしないかな?」 「とっても美味しいです。先輩って本当にお料理ちゃんとできるんですね。昨日は疑ったりして、すみませんでした」 「あの炒め物もとっても美味しかったです」 「……あの状態で、味、ちゃんとわかってたのか?」 「はい、ちゃんと美味しいって思ってました。それなのに、それをはっきり言えなくて……すみません」 「いや、美味しいって言ってもらえてよかった。機会があったらまた作るよ」 「是非お願いします。フフ、楽しみ」 にっこりと微笑む稲叢さん。 とはいえ、やはり少しばかり息があがっているし、ちょっとおかゆを食べただけで、額には汗が浮かんでいた。 やはりまだ本調子とは言えなさそうだ。 「もしまだ辛いようなら、医者に行って吸血させてもらった方がいいかもしれないな」 「吸血、ですか……。いえ、もう少し寝ていれば大丈夫だと思います」 「ん、そうか」 「はい」 「お、誰かきた」 「どうぞ」 「稲叢さん、調子はどうかしら」 「昨日よりはだいぶよくなりました」 「そう、それはよかったわ。でも、ちゃんと安静にしてなきゃダメよ?」 「はい、ありがとうございます」 「それじゃあ私たちは学院に行くから、後のことは佑斗、お願いね」 「ああ、任せてくれ」 「え? 六連先輩は学院は……」 「どうしても稲叢さんの看病がしたいんですって」 「ふぇっ!?」 「いい、稲叢さん? 佑斗になにかされたら、ちゃんと言うのよ?」 「しないって言ってるだろうが」 「え、なにかって、どういうことでしょう……?」 「看病の時になにかって言ったらほら……お、お医者さんごっことか」 「お医者さんごっこ……?」 こいつはいったいなにを言い出しているんだ。 「詳しく説明するとね、つまり――」 「説明するな! 俺も絶対にそう言うことはしないから!」 「むぅ……ま、信じているからこのまま行くのだけれど、念のためよ。いいわね、稲叢さん」 「わかりました。先輩とお医者さんごっこをしたら報告しますね」 「ふふ、それじゃあいってくるわね」 「ったくあいつは……」 「あの、先輩は本当に今日学院をお休みして……」 「ああ、まぁそれは気にしなくていい。俺が好きでやってることだし」 「好きで……」 「や、す、好きでって言っても、そういう意味じゃなくてだな」 「ふぇっ!? わ、わたしもそういう意味でなんか言ってませんよ!?」 「そ、そうだよなっ」 「は、はい、そうですっ」 「…………」 「…………」 ええい、無駄にドキドキしてしまってるじゃないか。 「あの……」 「あ、ああ」 「それでも、本当にありがとうございます」 「あ、いや……」 「ふふ……」 「ふぅ……」 「すまない、少し疲れさせちゃったみたいだな」 「いえ……おかゆも食べたので、少し熱くなってしまって……。汗もいっぱいかいちゃいましたし」 そう言う稲叢さんの額から汗が一粒こぼれ、頬を伝ってパジャマの胸へと落ちていく。 パジャマはしっとりと濡れていて、その大きな胸の形をはっきりと浮かびあがらせていた。 「そ、そうだな……汗かいたなら、着替えた方がいいかも」 「そ、そうですね」 「おかゆ、もう食べ終わったよな。じゃあ、これを片付けたらお湯とタオルを用意するから、少し待っていてくれ」 「なにからなにまですみません……」 「いいって。俺が戻ってくるまで、少しでも寝ていてくれ」 「はい、そうします」 「ふぅ……マズイな。マズイ……」 「看病するために残ったはずなのに、ヘンにテンパってるぞ、俺……」 「落ちつけ、落ちつけ……」 なぜか高鳴る動悸を懸命に堪えつつ、俺も簡単に食事を済ませ、食器を片付ける。 洗面器にお湯を用意し、タオルを念のため二枚用意して、再び稲叢さんの部屋に向かった。 「それじゃあこれ、お湯とタオルな。身体を拭き終わったら片付けるから呼んでくれ」 「はい、ありがとうございます」 「あ、あの」 「ん?」 部屋を出ていこうとしたところを呼びとめられる。 「ええっと……ですね……」 なんだろう。なにかすごく言いにくそうだ。 「なにかしてほしいことがあるなら、なんでも言ってくれ。俺にできることならなんでもするから」 「そ、そうですか?」 「ああ。そのためにここにいるんだし」 「あの……では……」 「うん」 「背中を……拭いてほしいなって……」 「背中……?」 「す、すみません、すみませんっ! で、でも、なんか、さっきからムズかゆくなっちゃってて」 「えっと……稲叢さんの背中を俺が拭くってことか?」 「念のための確認なんだが……それはつまり、稲叢さんがパジャマを脱ぎ、肌を晒した背中の汗を、俺がこの手で直接拭く、ということだよな?」 「あ、あああ、あのあの、ダメなら、無理にとは」 「いや、俺はいいんだが、稲叢さんは本当に俺でいいのか? 上半身、裸になっちゃうって話だぞ?」 「ま、前はダメです! 前は隠しておきますから、背中だけ!」 「それは隠してもらわないと俺が困る」 「それは、ちゃんと隠します……せ、先輩も見ちゃダメですよ……?」 「わかった。じゃあ」 「はい、お願いします……っ」 どうしてこうなった……? こんなことなら、他の女の子に任せておくべきだった。 だがしかし、今さらそんな後悔をしている場合じゃない。 やらなければいけないのは今なのだ。 「あ、あの……脱ぐところを見られるのは恥ずかしいので……後ろを向いていてもらえると……」 「す、すまん」 俺はすぐさま後ろを向き、稲叢さんを視界から消した。 聞こえてくる衣擦れの音が鋭敏に耳をくすぐる。 吸血鬼の聴覚は、パジャマを脱ぐ衣擦れの音さえも正確に捉えていた。 ──たぷん。 たぷん? たぷんってなんだ? おっぱいか? おっぱいなのか? いかん、いかん、落ちつけ。ちょっと動悸が激しくなってきたぞ。 たとえその「たぷん」がおっぱいだとしても、俺が拭くのはあくまでも稲叢さんの背中だ。 そう、俺に関係があるのは背中であってたぷんじゃない。たぷんは関係ないんだ。 落ちつけ……落ちつけ……。 すー……はー……すー……はー……。 「ふぅ……」 「あの……脱ぎました」 脱ぎました! だから、落ちつけ、俺。 俺は稲叢さんの看病をするために学院を休んだんだから。 これは看病であり、看護であり、行為としては[せい]清[しき]拭という。 「先輩? もうこちらを向いても大丈夫ですよ?」 「わかった」 俺はコクリと喉を鳴らしてから稲叢さんの方を振りかえった。 稲叢さんを不安にさせてはいけないので、内心の動揺を悟られないように極めて平静に振る舞う。 だが、ベッドの上にはちょこんと座る上半身裸となった稲叢さんがいた。 その美しく艶めかしい背筋が視界に飛びこんでくる。 稲叢さんは両腕で豊満な乳房を隠し、はにかんだ様子でチラリとこちらをうかがっていた。 俺は平静を装いつつも、もう一度喉を鳴らさざるを得なかった。 「それじゃあ拭いていくから」 「はい、お願いします」 本当に綺麗な背中だ。 俺はタオルを絞り、きっちりとほぐして柔らかくしてからその肌にタオルを着地させ――着地、着地、着着着着着着着着着着着着着着着―― くっ……いっ、いかん。あまりにも綺麗な背中のせいで、思わず脳がショートしかけてしまった。 これは看病、看病なんだ。そんな緊張する必要もないし、やましい気持ちを持つ必要もない。いや、やましい気持ちは持っちゃダメなんだ。ダメだからな、俺。 ……よし、ではタオルを着地。 「んぁっ……」 「す、すまない」 「い、いえ、大丈夫です。こっちこそ、ヘンな声を出しちゃってすみません……」 「強すぎたり、弱すぎたり、他にもなんかあったら、遠慮なく言ってくれ」 「は、はい……お願いします」 俺も緊張しているが稲叢さんもやはり緊張していた。 小さな肩が震え、ぎゅっとさらに小さく縮こまる。 困ったことにそんな風に小さくなると、せっかく腕で隠している乳房が横から見えてしまうことになる。 やはり、稲叢さんはでかいな……。圧巻のサイズだ……。 だから、そう言う余計なことは考えるな、俺。たぷんは関係ないと言っているだろう。たぷんは。 「はぁ……んっ……」 「先輩……気持ちいい……です……」 「そ、そうか、よかった」 待て待て! その台詞はエロ過ぎる! どういう攻撃だ、これは!? 精神防御に全神経を集中しろ! これはあくまでも看病の一環である! やましいことなどなにもない! 俺は沸きあがる情欲をなんとか抑えこんで、稲叢さんの背中を拭いていく。 「…………はぁ…………ぁ……ん」 「……っ」 「ぁ…………ぁふ…………んく……」 「……っっ」 やっぱりエロい……。 いかん。なんとかエロいことを考えないようにする手を考えないと。 「あ、あの」 「ななんでしょうか!?」 思わず過剰反応してしまい、稲叢さんもビクリと肩をすくめる。 落ちつけ俺、テンパりすぎだ。 「すまん……」 「いえ、あの……お話、しましょう……。なんか黙ってると緊張しちゃって……」 「そ、そうだな、うん、そうしよう」 なんという天の助け。 攻撃を加えてきているのも稲叢さんだという気もするが、ここはありがたく乗っておくことにする。 そうでもなければ、本当にオーバーヒートしてしまいそうだ。 この状況で鼻血など噴き出そうものなら、目もあてられない。 「じゃあ、なんの話をしようか」 「そうですね……」 「そういえば、あの……ここに来る前は一人暮らしだったって言ってましたけど、その辺のことを聞いてもいいですか?」 「ああ……そうだな」 吸血鬼になった経緯さえ伏せておけば大丈夫か? たとえ話した内容からバレてしまったとしても、稲叢さんなら不用意に人に言いふらすようなことはないだろう。 それに、美羽と布良さんは知っていることなわけだし、一緒に暮らしていく仲間である稲叢さんには、遅かれ早かれ、知られてしまいそうなことではある。 ──いや、遅かれ早かれ、[・]知[・]っ[・]て[・]も[・]ら[・]い[・]た[・]い[・]こ[・]となのか。 「ごめんなさい。話しにくいことなら……」 「いや、なにから話したものかと思って」 「俺は……この寮に来る前は、本土で生活していたんだ」 「……本土で。やっぱりそうだったんですね」 「直太のヤツも来たし、その辺の予想はついていたか」 「そうですね、倉端さんのこともありますけど……」 「匂い……って言えばいいんでしょうか? はじめてお店で会った時からそう感じていました」 「ああ、余所者の匂いって確かにあるかもな。特にここは島の人と観光客が入り混じってるからなぁ」 「んー、余所者の匂いということではなくて…………ごめんなさい、どう表現したらいいか、よくわからなくて……えーと」 「いや、気にしなくていいよ」 稲叢さんは優しい子だから、『余所者』という響きに疎外感を覚えてしまったのかもしれない。 こちらも少し意地悪な言い方をしてしまったと反省しつつ、俺は話を続けた。 「ともかく俺は本土で一人暮らしをしていた。直太と同じ学園に通って、アルバイトもたくさんしていたな」 「どんなアルバイトをされていたんですか?」 「時間の都合がついて割のいいバイトならなんでもやったよ」 「飲食店から警備員、道路工事、交通整理、ビルの清掃、引っ越し、配達……コンサートのスタッフなんてのもあったかな」 「怒濤のように押しよせる人波を捌いたり誘導したりしなくちゃいけないんだけど、あれは大変だった……。割に合わないと思ったから一度きりだったけど」 「フフフ、人混みが苦手なんでわたしには無理そうです」 「それにしても、どうしてそんなにたくさんのアルバイトを? なにか欲しいものでもあったんですか?」 「いや、ほとんど学費と生活費で消えていた」 「……俺は両親がいないから、そういうのを援助してもらえることもなくてな」 「え……」 「元々孤児だったんだよ。物心ついた頃から孤児院にいた」 「孤児になった理由は俺にはわからないけど……先天的な疾患があったからそのせいで捨てられたのかもしれない」 「その病気自体は、ちゃんと手術を受けさせてもらえたから今は完治しているけどな」 「…………」 俺が両親がいないと口に出したあたりから稲叢さんの声は聞こえなくなっていた。 タオルが撫でていく柔らかな背中から、稲叢さんの呼吸が大きくなっているのがわかる。 調子に乗って話してしまった俺の身の上話でどん引きさせてしまったのかもしれない。 「……すまない。こんな話、するもんじゃなかったな」 「いえっ!」 その声に俺は目を丸くする。 それは、あまりにも強い否定だったこともあるが、それ以上に、その声のトーンに稲叢さんの気分が昂揚しているのが感じられたからだ。 今の話で昂揚するという理由が俺には思い当たらなかった。 「そうだったんですね……そうだったんだぁ……」 「あの……稲叢さん?」 「こんな偶然、他にはないです。そっか……だからなんだ……」 たぷん── 「匂いです」 「──ッ!?」 稲叢さんは興奮した様子で俺に振り返って言う。 「さっき説明しきれなかった、わたしが先輩に感じていた匂いは、親近感……でいいのかな? たぶん、でも、そういうことなんだと思います!」 「あ、あの、い、いなむら、さん」 「ごめんなさい、わたし一人で興奮しちゃって。こんなこと喜んで言うことでもないんですけど、実は──」 「わたしも本土の出で、しかも、孤児院の出なんです!」 「しかもしかも、小さい頃から、病気だったところまで一緒なんですよ!?」 「はぁぁ……だからだったんだぁ……」 「わたし、少し人見知りなところがあって、新しく男の人が寮に入るって聞いた時、やっぱり不安だったんですよ」 「でも、六連先輩を一目見て、少し言葉を交わしただけで、なんかすごくホッとする感じがして……」 「はじめて会ったはずなのに、なんでこんなに懐かしい匂いがするんだろうって……」 「だからわたし、六連先輩がこの寮に入ることを決めてくれた時、すごく嬉しかったんです。すごく自然に新しい家族として受け入れることができました」 ようやくテンションが落ち着いてきた稲叢さんだったが、俺の方はまったくそれどころではない。 なにしろ稲叢さんは、自分が上半身裸であることをすっかり忘れているらしいのだ。 稲叢さんが興奮気味のテンションで話す度にふるるんふるんと元気よく弾む、見えてしまっているなにか。 むやみに動体視力のいい吸血鬼の目が、そのなにかの先っぽにあるものを勝手に追いかけてしまう。 俺はこの『たぷん』から目を逸らすべきなのだが、すべての理性を動員してもそれは為しえなかった。 「本当に嬉しいです、六連先輩……。先輩の身の上話をうかがえて、本当に良かったです」 「本土の出だとか、孤児院の出だとか、話しにくいことだと思うのに……わたしにお話してくれて、本当にありがとうございました」 「い、いや、そんな、感謝されるほどのことではないが……」 「そんなことないです。少なくとも、わたしからはお話できなかったことですから……」 「これからもよろしくお願いします、六連先輩。わたしもこれまで以上に六連先輩のお役に立てるようがんばりますね」 「お、おう、よろしく……。えっと、それでですね、あの、そろそろ……」 「あっ、そうでした。わたし、先輩に背中を拭いてもらっていた……ところ……で……」 「………………」 ようやく自分の状況に気がついたらしく、稲叢さんは両腕を所在なげに浮かせて、自分の胸を見、そして、俺の顔を見た。 「きゃああああああっ!?」 「わっ、わたしっ、胸っ、胸ぇえええええっ!?」 「おおおおお落ちつけ稲叢さん! 隠して! 両手で隠して!!」 「いやああああああああああああっ!!」 「ただいまー」 「おかえりなさい、佑斗さん」 あの事件から一ヶ月が過ぎました。 佑斗さんが扇先生から得た記憶を元に裏付け捜査が進められ、ほぼすべての真相が明らかになりつつあるようです。 わたしたちが人造ライカンスロープだということは、一部の関係者以外には伏せられることになりました。 街では『ライカンスロープが現れたらしい』との噂も持ちあがりましたが、ヴァンパイアドラッグ『L』の噂とまぜこぜになってそれも風化しつつあるみたいです。 「お、いい匂いだな。今日の朝ごはんはなんだ?」 「今日はですね、鶏肉のトマト煮込みを作ってみました。もう少しでできあがります」 「ほっほぉ、鶏肉のトマト煮込みか……美味そうだな」 「自信作です、楽しみにしていてくださいね」 佑斗さんは過去の事件の裏付け捜査担当なので、それが一段落するまでは矢来先輩や布良先輩とは別行動になっているのだとか。 日々忙しくしてはいるのですが、緊急性のある事件から遠のいてしまっているのが少し不服みたいです。 はっきりとそう言われているわけではないそうなのですが、なるべく能力を使わないように配慮されているのだろうと佑斗さんは言っていました。 「次はあれに乗ってみませんか?」 「お、いいな。ちょっと並んでるみたいだから、飲み物でも買ってから並ぶか」 「そういえば喉渇きましたね。なにがいいですか? わたし、買ってきます」 「一緒に買いにいこう。繋いでる手を離すの、面倒くさいし」 「も、もぉ……なんですか、それ」 「ハハ」 「フフフフフ」 忙しい合間を縫って、佑斗さんはこうしてわたしをデートに誘ってくれます。 この前、なにをちょこちょこ見てるのかと思ったら、ひよ里先輩が作ったというデートスポットガイドでした。 ひよ里先輩、あんなものを作っていたんですね……。 聞けば、最初のデートの時から参考にしていたとか。 わたし、全然気がついていませんでした。今度ひよ里先輩にもお礼を言っておかないといけません。 ともあれ、こうしてわたしと佑斗さんの仲は、事件の前と特に変わらず。 エリナちゃんに言わせれば、わたしが落ちついてきた分、もっと深い仲になっているように見えるんだそうです。 わたしもそうであればいいとは思っているのですが…… 時折、佑斗さんが遠くを眺めている時があって、そんな時、どう声をかけていいのかわからなくなってしまうことがあります。 扇先生から取りこんでしまった記憶――それは、佑斗さんの話では、薄れることなく鮮明に取り出すことができるのだそうです。 佑斗さんは平気そうにしていますが、たくさんの人の記憶をすべて持っているというのは、どういう気分なのでしょうか。 わたしには、それが楽なことにはとても思えません。 そのデートの帰りいつもの噴水広場を通りがかりました。 「佑斗さん、少しお話させてもらってもいいですか?」 わたしはそこで、佑斗さんの持つ記憶にも関わる話を切り出すことにしました。 「なんだ、改まって」 「わたしたちの今後のお話です」 「あの事件から一ヶ月……わたしなりに、いっぱい考えていたんです」 「蓮沢教授の研究資料も小夜様に頼んで読ませていただきました」 「本人の記憶をすべて持っている佑斗さんほどではないにしろ、わたしなりの理解はできたつもりです」 わたしたちの今後を考える上で、わたしたちが人造のライカンスロープであるという事実を避けて通るわけにはいきません。 佑斗さんは静かに目を閉じてうなずきました。 「小夜様も、わたしたちに特に干渉することなく見守ってくれていますが、きっと深い懸念を抱いていると思います」 「俺たちの間にできる子供が『本物のライカンスロープ』になる可能性、ということだよな」 「はい」 「……それについては、実はいろいろ調べてみてはいる。俺の持つすべての記憶以外のことも勉強して」 「なにか難しそうな本を読んでいるので、そうなんだろうなとは思っていました」 「莉音は、どう思っている?」 「わたしは佑斗さんの子供がほしいと思っています」 「莉音……」 「もちろん、今すぐにという意味ではないですけど……将来的な話として、わたしは佑斗さんの子供がほしい……」 「これは、わたしのエゴ……なのかもしれません。もしかしたら、わたしは母親という存在に憧れているだけなのかも……」 「母親、か……。俺たちは親を知らない。それに憧れ、求めるのも、当然のことかもしれない」 「はい……。フフ、佑斗さんもよくわたしの胸に気持ちよさそうに顔をうずめていますもんね」 「そ、それはまぁ、莉音の胸は本当に気持ちよくて……って、今はその話は置いておけ」 「フフフ、でも、あれのおかげでわたし、子供がほしいってことを実感したんですよ?」 照れくさそうに鼻の頭を掻く佑斗さん。 でも、再びその目がわたしを捉えた時には、その表情には強張りが見えていました。 「莉音……俺たちのライカンスロープ因子は定着しているが、やはりこれは人為的なものだ。遺伝的に考えれば劣性である可能性が高いだろう」 「おまえは他の――」 「わたしは、佑斗さんの[・]子[・]供がほしいんです」 わたしは少し呆れて、そして少し怒って、その言葉を強めに言いました。 「……莉音は、一度決めたらものすごく頑固になることがあるよな」 「最愛の人とその子供のことじゃないですか。これを守らずに、なにを守れと言うんですか?」 「ハハハ、そうだな。莉音は、誰よりもいい母親になれそうだ」 「でも、その母親のエゴで、子供に辛い人生を歩ませることになってしまうのも、違うと思うんです」 「……それで、すごく考えたんです。すごくすごく考えたんです。そして、一つの答えが出てきました」 「だけど、本当にそれが可能なのかは、よくわかりません」 「聞こう」 すごくぶっきらぼうな短い言葉。 だけど、わたしのどんな言葉でも受け入れてくれる、そんな温かみがそこには感じられました。 「佑斗さんは、扇先生の血を吸うことで、ライカンスロープがライカンスロープからその力を奪えることを証明しました」 「それなら、わたしたちがお互いに血を吸いあったら、どうなるんでしょうか」 「わたしが調べた限りでは、同時期にライカンスロープが何人も現れたこと自体が記録にはないみたいで……」 研究資料や、佑斗さんと扇先生の例から考えれば、お互いにヴァンパイアウィルスを破壊しあって吸血鬼ではなくなるはずです。 「いや、それは……」 「そうだ。それなら、俺が莉音の血を吸ってしまえばいい。それだと莉音の記憶を俺が一方的にもらってしまうことになるが、確実性は高い」 「ダメですよ、それでは。ライカンスロープ因子が遺伝する可能性は減るかもしれませんが、0にはなりません」 「だが」 異を唱えようとした佑斗さんをわたしは首を振って制しました。 いつでもわたしのことを思いやってくれる佑斗さんが、[・]そ[・]う考えることはわかっていたからです。 「佑斗さんの危惧していることはわかっているつもりです。ですが、わたしとしては、[・]そ[・]れも目的の1つなんです……」 「佑斗さんが扇先生から引き継いだ記憶……。並大抵のものではないんですよね……」 「莉音……」 「遠くを見つめるあなたの横顔を見れば、それがどれだけの精神的な負担になっているのかわかります」 「わかっているならなおさらだ。俺はこんなものを莉音に見せたくない」 「見せてください」 佑斗さんがわたしに「見せたくない」なんて言うなら、それこそなおさらです。 それは、それだけ辛い記憶だという証明でしかありません。 「わたしに、佑斗さんの荷物を一緒に持たせてください」 「佑斗さんはなんでも一人で背負い込もうとしすぎです。恋人であるわたしにくらい分けてください」 「佑斗さんと同じ悩みを分かちあえるのは、わたししかいません」 「わたしにも佑斗さんを支えさせてください。お願いします、佑斗さん」 佑斗さんはなにかを言おうとして取り消し、またなにかを言おうとして、結局それも自らの苦笑で取り消してしまいました。 「支えさせてくださいって……俺はもう充分に莉音に支えてもらってると思っていたんだけどな」 「そんなことを言ったら、わたしだって佑斗さんに、いっぱい支えてもらっています」 「そうか……」 口元に笑みを浮かべたまま佑斗さんはその目を閉じ、そして数秒してから再びその目を開きました。 「よし、そこまで莉音が決めているというなら、この話の結論を出す前に一つだけはっきりさせておこう」 「はい……なんでしょう?」 結論を出す前に、はっきりさせておくこと? 正直、わたしはこの時、本当にそんなこと念頭にありませんでした。 だから、佑斗さんのその言葉は、わたしにとっては完全に不意打ちだったんです。 「結婚しよう」 「――――」 「……あれ? 今の一連の話の大前提だと思ったんだが……莉音? おーい」 「は、はい……結婚、します……」 かろうじて、そう返すのが精一杯でした。 「結婚しよう」 佑斗さんのその言葉だけがぐるぐるぐるぐる頭の中を駆けめぐって、渦になって―― 「わたし……佑斗さんと……け、結婚……結婚……けっこん……けっ……こ――」 「莉音!? おい、莉音! しっかりしろ! 莉音!!」 わたしはそのまま、気を失ってしまいました。 「ん~、熱はそんなに高くはないみたい」 「佑斗、いったいなにがあったのかしら?」 「いや、ちょっと……話をしていたら、急にふらふら~ぱたり、って」 おぼろげな意識の中、みんなの声が聞こえてきました。 ここは……? あれ……なんでわたし、自分の部屋に……。 「話って、どんな?」 「まぁ……寮のみんなに隠すような話じゃないから、思い切って言ってしまうとだな」 「ふむふむ」 「莉音がどうしても俺の子供がほしいというので、その前にはっきりさせておこうと思って『結婚しよう』と言ったら……倒れた」 あ……そっか……わたし、それで……。 「おおおお!?」 「ちょ、ちょっと六連君!? いいの!? そんなすぐにプロポーズのこと、みんなにバラしちゃっていいの!?」 「こ、子供がほしいだなんて、あの稲叢さんが、もうそんな大人に……これが佑斗の調教の成果だとでも言うのかしら……」 「莉音君らしいといえば莉音君らしいと思うけど……それはすぐに卒倒したということかい? 返事は?」 「いや、一応倒れる前に『結婚します』とは言ってくれたんだが……起きてからもう一度聞いてみた方が」 「佑斗さん……」 そんなの恥ずかしいから、何度も確認しないでください。 わたしの答えなんて、どう考えたって決まってるの、佑斗さんだってわかっているはずなのに……。もぉ。 そんな気持ちを込めて、わたしはベッドから手を伸ばして、佑斗さんの袖口を引っぱりました。 「莉音!? おい、大丈夫か?」 「お、リオ起きた」 でも、そうですよね……。こういうことはちゃんとしないといけません。 佑斗さんもそのために「はっきりさせたい」と言っていたはずです。 恥ずかしいけど、恥ずかしくても、ほかならない寮のみんなの前で、それをはっきりさせるべきだと思いました。 「結婚、します……わたしを、佑斗さんのお、お、お……お嫁、さんに……して……」 「莉音……」 ここが限界でした。 また頭まで血がのぼってきてしまい、わたしはへなへなとベッドに沈みこんでしまいました。 そんなわたしを見て、佑斗さんが優しい笑顔を見せてくれます。 「ごめんなさい、わたし、さっきもびっくりして、急に身体中の血が全部頭にのぼってきたみたいになっちゃって、それで……」 「キリッとした顔で、『子供がほしいです』なんて自分で言ってたのに……」 「そ、それと結婚とは別の話じゃないですか……」 佑斗さんは優しいのに、基本的に意地悪です。いじめっ子です。 好きな子をいじめて楽しむタイプです。わたしのつっついてほしくないところを的確につっついてきます。 「全然別の話じゃないと思うが……」 「それより、結婚しようと言っても、ともかくは学院を卒業してからの話だからな?」 「あ、はい、そうですよね……。では、あの……わたしが卒業するまで、待っていてください、佑斗さん」 「ああ。もっとも俺が留年したら莉音と同じ年の卒業になるけどな」 「留年になんてわたしがさせません」 「まともに出席していたら、留年になることなんてほとんどないんですから、これからも毎日ちゃんと起こしにいきますね」 「はいはい、頼りにしてるよ」 「フフフフ」 「あれ? そういえば、先ほどまでみんないたと思ったのに……」 「……ホントだ。いつの間にか、誰もいなくなってる……」 「あんな甘ったるい空間にいつまでもいられないわ」 「えー? ワタシはもうちょっと見てたかったんだけどなぁ」 「やはり野暮はよくないよ。それにほら、2人きりにしてあげないと、いろいろと大変だろう?」 「まぁあの雰囲気ならねー」 「そうよ、佑斗は野獣で、稲叢さんは調教済み……そうならないはずがないわ」 「わ、私、やっぱりとめてくる!」 「もう真っ最中だったりして」 「――ッ!?!?」 わたしの知らないところでそんな話が繰り広げられていたと、後になってエリナちゃんから聞きました。 でも、あの時はしばらく佑斗さんととりとめのないお話をしていただけです。 ……本当です。 それから数日後、佑斗さんとわたしは小夜様と面会する時間を作ってもらいました。 もちろん、わたしたちが出した結論を小夜様に伝えるためにです。 「小童は重々承知していると思うのじゃが……人の記憶を背負うというのは並大抵のことではないぞ?」 「覚悟しています……。それでも……いえ、それだからこそ、わたしもそうあることで、佑斗さんの支えになれればと思っています」 「ふむ、見上げた覚悟じゃが、小童もそれでよいのか? この小娘にもそれを背負わせると?」 「さすがに悩みました。ですが、ライカンスロープ因子が子供に遺伝してしまう懸念もあります」 「それらを考えあわせた結果、莉音が出したその答えを支持することにしました」 「それと、これは扇先生に確認していただきたいことなんですが」 「ん、なんじゃ?」 「扇先生が、今もなお、ライカンスロープとして蓄えていた記憶を鮮明に覚えているのか、です」 「ほう?」 「膨大な情報量のはずなんですが、誰かの記憶を思い出そうとすると、まるで優秀なナビでもついているみたいに、すぐに思い出せるんですよ」 「もし、この情報の整理、検索能力もライカンスロープの能力の一つだとするなら、その力を失えば記憶自体が薄れてしまう気がするんです」 「昔読んだ小説の内容が思い出せなくなるみたいに、人間の記憶力の範囲内に留まるんじゃないかと……」 「ふむ、なるほどのぉ」 「実際、他の人の記憶って、小説やドラマみたいな認識なんです」 「そりゃ、突然入り込んできた時には、混乱しましたし、記憶の内容によっては考え方に影響も出ると思いますが、俺が俺の自我を失うわけじゃない」 「ハリウッド映画ばりの大恋愛の記憶もあったりしますが、こうして俺は今でも莉音を愛しています」 「ぁぅ……」 「扇先生が蓮沢教授の記憶を持っていながらも、研究自体を三大寺さんに任せていたのもそういうことみたいです」 「蓮沢教授の記憶としては興味深いものでも、扇先生にとってはライカンスロープにまつわる研究そのものが唾棄すべきものでした」 「ふむ……」 「小説やドラマを見て、主人公に共感し涙を流すこともありますが、共感したからといって主人公の性格そのものになってしまう人はまずいない」 「だから、大丈夫……。心配がまったくないとは言いませんが、莉音ならば、それを乗り越えてくれると信じています」 佑斗さんの説明に小夜様は楽しげな様子でうなずきました。 「そこまで考えておるなら、ワシから言うべきことはなにもない」 「元樹の記憶がどうなっておるかについては、ワシも気になるところじゃ。こちらで確認しておこう」 「ありがとうございます」 「あ、ありがとうございます……」 「では、この件についてはおって沙汰する。ワシはこれからアンナのところに行かねばならん」 「そういえば、今日はアンナさんがいませんね」 「ちょっと入院しておってな。元樹と代わった医者が、融通の利かん石頭でアンナ共々頭を抱えておるところじゃ」 「元樹のヤツも、ずいぶんと大きな問題を残してくれたものよ」 小夜様は呆れたようにそう言ってから、ニッと笑いました。 なんというか、やっぱりすごい人だなぁと再認識した感じです。 「どうせ莉音は後で知ることになるから言うんだが」 「はい」 「扇先生、あの事件の時に言い放ったほど、小夜様のことを悪し様には思っていなかったんだ」 「どちらかといえば、曲がりなりにもこんな不安定な吸血鬼社会をよくここまで纏めあげているもんだと感心してみていた」 「それと、小夜様が心臓を握りつぶしたくらいじゃ死なないことも知っていた。ま、知ってたからってやっていいことじゃないが」 「それ、小夜様には……」 「言ってない」 「すでに死んでいる人の記憶ならともかく、扇先生はまだ生きているからな。俺から言うべきことじゃないと思う」 そう話す佑斗さんの横顔を見て、わたしは温かい気持ちになりました。 この人を好きになって本当に良かった。そう感じずにはいられません。 「……他にもきっと、いろいろあるんでしょうね」 「ん?」 「佑斗さん、ずっと『扇先生』って言っていますから。佑斗さんは許せない相手には『先生』なんてつける性格じゃないと思います」 「う……」 「その辺も、全部わかってしまうわけですね……。他の人の記憶より、その方が少し抵抗あるかも……」 「俺の記憶は知りたくない?」 「ものすごく知りたい気持ちと、知りたくない気持ちが混ざっちゃっています」 「知っているのが当たり前になってしまったら、今みたいに、佑斗さんの考えを当てる楽しみもなくなってしまいますし」 「それでも、覚悟しているんだな……」 「はい……」 「ただ、ふたりが記憶を共有しているからこそ生まれる楽しみや喜びもあるんじゃないか、なんて楽観的に思っていたりもするんです」 「大好きな佑斗さんとのことですから、辛いことでも、哀しいことでも2人で乗り越えていけると信じています」 「だけど……辛く思う前に、哀しく思う前に、2人の楽しみに変えてしまえることもあるんじゃないかって……」 「佑斗さんの記憶が流れこんできたら、そんなこと言ってられなくなっちゃうかもしれないですけど……今は、そう思っています」 わたしがそういって微笑むと、佑斗さんはその大きな手でわたしの頭を撫でてくれました。 そしてまた数日後、小夜様から報告がありました。 扇先生から、その記憶の大半が今までほど詳細に思い出せないとの回答があったそうです。 それを受けて、佑斗さんとわたしはさっそく計画を実行に移すことにしました。 万が一に備えて、寮のみんなと小夜様に立ち会ってもらうことになっています。 ライカンスロープが吸血鬼から吸血する際のプロセスは、能力と記憶を情報として取りこんでから、ヴァンパイアウィルスを破壊するというものです。 このプロセスが正しいのなら、お互いに噛みあうことでお互いのヴァンパイアウィルスを破壊することができるはずです。 「覚悟はよいな?」 『はい』 「では、はじめよ」 佑斗さんとわたしはお互いの正面に立ち、見つめあいました。 覚悟はできています。 だけど、佑斗さんだけではなく、佑斗さん以外の人の記憶も入ってくると言うことに一抹の不安もありました。 「莉音……」 どうやら、佑斗さんにその小さな不安が見抜かれてしまったみたいです。 「少しだけ、怖いです……」 「その分は、俺が支えるから」 わたしが佑斗さんを支えたいのに、いつも支えられてばかりという気がします。 だけど、それが心地良くも思えてしまうので、わたしは本当に佑斗さんのことが好きなのだと思います。 「はい、佑斗さん。お願いします」 「じゃあ」 「はい」 わたしたちは身体を寄せあい、お互いの首筋に顔を近づけていきます。 寮のみんなが不安な表情で見守っているのが見えました。 大丈夫。 わたしたちは、きっと大丈夫……。 「ん……」 「んん……」 佑斗さんのたくましい首筋にわたしの牙が埋まっていき、ほぼ同時にわたしの首筋にも佑斗さんが牙を埋めていく小さな痛みが走りました。 すぐに甘く蕩けるような血の味が口の中に広がって、痺れるような衝撃が身体中に伝播していきます。 ――莉音のことが好きだ。 最初に伝わってきたのは、そんな強い感情でした。 これが佑斗さんの一番大きな想い。 佑斗さんは、こんなにも大きく、強く、そして熱く……わたしのことを想ってくれていたんだ……。 「嬉しい……すごく、嬉しい……」 「俺も嬉しいよ、莉音……。愛されているとは思っていたけど、想像以上だった」 「佑斗さん……」 「どうやら相互に記憶を流入させることで、意識が接続されたような状態になっているらしいな」 「なんか、すごいですね……会話しているのに、言葉で認識しているわけじゃないというか、五感すべてで会話しているというか……」 「確かにすごいな……。すべての感覚とすべての記憶が全部同時に認識できているみたいだ……。莉音の記憶も、ほら」 「え……」 それはなんてことのない、寮での食事の風景でした。 いつもの肉じゃがに、会心の一工夫をくわえて、その反応をうかがっている自分がいます。 反応をうかがっているというか……途中から、完全に佑斗さんのことしか見ていなくて……。 「莉音って……こんなに俺のことを見てたのか……。ほら、こっちの記憶でも」 「やぁぁっ! しょっちゅう佑斗さんの横顔をチラ見してたところなんて、見ないでください!」 「見ないでって言われてもな……」 記憶として入ってきてしまうものは確かに仕方がありません。 佑斗さんの記憶だって、こちらに入ってきているわけですから。 「佑斗さんだって、見なかったことにするって言っていたはずなのに……わたしの裸とか、こんなに……」 ものすごく鮮明に見られていました。 しかも佑斗さん、驚きながらも完全に凝視しています。見過ぎです。 「すまん」 佑斗さんはそう言って(?)謝ってくれましたが、わたしがえっちの時にどれだけ佑斗さんのおち●ちんを見ていたかも見られてしまっています。 覚悟が決まっていなかったら、この時点で卒倒していたと思います。 「……でも……もっと、いろんなことが入ってきます……佑斗さんの小さい頃の記憶も……」 「ああ……莉音の記憶もだ……」 決して幸せな記憶ばかりじゃありませんでした。 親がいないことを嘆き、何日も泣きはらしたこともありました。 悪意のない友達の一言に深く傷ついたこともありました。 わたしの記憶が佑斗さんの中を駆けめぐり、佑斗さんの記憶がわたしの中を駆けめぐっていきました。 そして、佑斗さん持つ、扇先生をはじめとする数多の吸血鬼たちの記憶も駆けめぐっていきます。 おぞましいまでの悪意を持つ記憶もあります。 苛烈で陰惨な戦いをくぐり抜けた記憶もあります。 深い絶望に満ちた記憶もあります。 そのどれもが、わたしの胸を打ち、突き破ろうとします。 扇先生の真実を知りました。 扇先生を使って実験を繰り返していた反体制組織は、扇先生自身の手によって壊滅していました。 その様子は、あまりにも凄惨で筆舌に尽くしがたいものでしたが、わたしや佑斗さんに対して行われていた実験もそのおかげでなくなりました。 扇先生がただ自分が逃げるためだけにその力を奮っていたら、わたしたちへの実験はまだ続いていたでしょう。 もっともっとたくさんの記憶たちがたくさんの人間の側面を見せてくれました。 だけど、そのいずれにも、誰もが幸せになれるような『正解』は含まれていませんでした。 なによりも、それが一番哀しい……。 「莉音……」 「佑斗さんは、こんなに哀しい記憶たちを抱えていたんですね……」 「でも、大丈夫です。わたしには佑斗さんがいますから」 「わたしには……佑斗さんがいる……」 「愛しています、佑斗さん」 「俺も愛してる、莉音……」 「佑斗さん……」 「莉音……」 「佑斗さん……ぐすっ……わたし……わたし……」 「大丈夫か、莉音……」 「はい……。佑斗さんの記憶……確かに受けとりました……ぐすっ……」 「優しすぎですよ、佑斗さん……」 「いや、俺は莉音のことが大好きなだけだ。優しすぎなのは莉音の方だろ……まったく、ツッコミ入れたくなる記憶が多いぞ」 「わたしだって、佑斗さんのことが大好きなだけですから……。えへへ……」 「莉音、俺の記憶をすべて知っても、まだ俺と共にいてくれるか?」 「はい……佑斗さんとこの先もずっと一緒にいたいって、ますます思うようになってしまいました」 「そして、お互いがこの《アクア・エデン》海上都市にくるまでの経緯を知って、はっきりと確信しました」 「ああ」 佑斗さんも確信を持ってうなずきました。 ふたりの中では、それはもう当然の帰結になっていました。 「運命が俺たちを導き、そして俺たちはここで出会った……」 「そして、ここからは、ふたりの運命を重ねて生きていく……」 「わたしは幸せです……佑斗さん」 「俺も幸せだ、莉音……」 佑斗さんの両腕がわたしを力強く抱きしめてくれます。 わたしも佑斗さんの広い背中に手をまわして、その身体を抱きしめます。 あったかくて、とっても気持ちいい……。 「大好き、佑斗さん……」 「莉音……」 本当に幸せ……。 このまま、わたしは……。 「……首筋から口離したと思ったら、急に大告白大会がはじまったんだけど」 「こ、このまま押したおしてしまうくらいの勢いね……」 「ええっ!? こ、ここ、一応学院の施設なんだよ? だ、ダメだよ、こんなところでそんなえっちなこと……」 「やはり寮の自分の部屋でするべきだよね。ベッドもあるし、すぐにシャワーも使えるし」 「それもダメぇっ!」 「ダメって言ってもねぇ……。リオは子供がほしいって言ってるんだから、セックスしないと」 「そ、そうよね。すでに将来だって誓いあっているんだから、せ、セックスくらい、普通よ」 「でもでも、2人はまだ学生だし!」 「ワシの幼い頃は[とお]十で祝言をあげることも珍しくはなかったがのぉ」 「小夜様までそんなことを!?」 「…………」 「…………」 ……そういえば、ここは学院のトレーニングルームで、みなさんに立ち会ってもらっていたんでした。 どうやら、わたしたちは吸血を終えて、お互いきつく抱きしめあっていたみたいです。 その間、ずいぶん泣いていたみたいで、佑斗さんの肩はぐっしょりと濡れていて、わたしの肩もやっぱり同じくらい濡れていました。 「あ、正気に戻ったみたい。どうする? セックスするなら、気を遣ってみんなここで見てるけど」 「それ全然気遣ってないだろ」 「セックスするんだ!?」 「しないよ!!」 「やっぱり寮に帰ってからだって」 「それはそうよ。ケダモノの佑斗はともかく稲叢さんがこんなところでするはずないわ」 佑斗さんの記憶をもらったことで、エリナちゃんや矢来先輩がよく言っていたことの意味がだいぶわかるようになりました。 この2人、わたしがえっちな知識がなにもないと思って、好き放題言っていたんですね? でも、2人が知っていることよりももっともっとすごいことも知ってしまったので、今度はわたしが2人を手玉に取ることができると思います。 「寮に帰ってからもしない!」 「……しないんですか?」 「ちょっ!?」 「フフフフ」 それと、好きな人をいじめたくなる気持ちもわかってしまいました。 これが病みつきになってしまうと、佑斗さんが少しかわいそうかもしれません。 でも、しちゃいたいのは本当のことです。 「莉音ちゃんまで!? あああああ、あの清純な莉音ちゃんが、六連君のせいで、六連君のせいでーっ」 「まぁ、これでふたりが子供を作る障害はなくなったと言えるわけだからね」 「ふむ……どれ、まずは口を見せてみろ」 小夜様がツカツカと近づいてきて、いきなり佑斗さんの上唇を引っ張りあげました。 「あだ、は、はひふんふぇふは」 「なにを言っておるのかわからん。ふむ、どうやら牙も人間のものへと変質してきているようじゃのぉ」 「お主も見せてみよ」 「はい、小夜様。あー」 「ふむ……」 今度はわたしの上唇が摘みあげられます。 「俺の時だけ乱暴にしないでください」 「小娘の方も乱暴にせよと?」 「……莉音には優しくしてあげてください」 「うむ。こちらの牙ももう吸血鬼のものではなくなってきておるようじゃ」 「それでは小夜様……」 「ああ、お主らの計画、成功したようじゃの」 「佑斗さん!」 「莉音!」 わたしが手を合わせると、佑斗さんの手がそれを包みこむように重ねられました。 その温かさを感じるだけで、身体の芯がゾクゾク震えるほどの喜びがあります。 これで心置きなく佑斗さんとくっついちゃえる……。 避妊を考えるとゴムは必要なんだけど、わたしにとっては手袋をしたまま手を繋いでいるみたいな印象で―― あ、もしかしてそんな風に感じてたことも、佑斗さんに知られちゃってるってことじゃ…… って、思い返してみたら佑斗さんも生でしたがっていたみたいです。 「もぉ……佑斗さんのえっち……」 「いや、俺はなにもえっちなことは言ってないぞ?」 「でも……」 「まぁ、わかるけどな」 「子作りに励むのも結構じゃが、一応血液査をしてからにしておけ。念のためじゃ」 「はいっ!!」 「ほら、《セックス》子作りする気満々だよ、リオ。もう、寮にスウィートルームでも作った方がいいんじゃないの?」 「学院の寮なんだから、そんなのダメに決まってるよ!」 「待って頂戴。こうなった以上、この2人にはそれ以外の選択肢もあるのよ」 「それ以外……?」 「そうだね……。2人は元々は本土の人間だ。吸血鬼でなくなった今、《アクア・エデン》海上都市で暮らす義務もなくなった」 「あ……」 「そんな……」 「そういえばそうだな……」 「そんなこと全然考えていませんでしたね……」 「では、これから考えよ。とりたて急ぐ必要はないが――」 「考える必要も特にないよなぁ……?」 「そうですね。わたしたち、家族は寮のみんなくらいしかいませんし」 今さっきまでのすべての記憶を共有したからか、佑斗さんの考えていることが手に取るようにわかりました。 佑斗さんと視線をあわせてうなずきあいます。 それだけで、佑斗さんの方もわたしの考えていることがすべて伝わっているとわかりました。 「俺たちの方からお願いします。俺と莉音を今後もこの島の一員でいさせてください」 「よ、よろしくお願いいたしますっ」 「…………」 わたしたちがふたりそろって深々とお辞儀をすると、みんなしばらく押し黙ってしまいました。 そして、ようやくといった様子でエリナちゃんが口を開きます。 「やっぱり、まずはスウィートルームを作るべきだって」 「そうね、私もエリナの案に賛成するわ」 「どう見てもすでに夫婦だからね。目の毒というヤツだよ」 「でもでも、それならダイニングも別にしないと、はいあなたあーんとかできないよ」 「あーんができないのは問題ね」 「サヨ様、サヨ様。ここは市長の力でどどーんと、寮を増改築しちゃうってのはどうでしょう?」 「待て。それなら新居を用意すればよいのではないか?」 「それじゃあワタシたちがニヤニヤできないじゃないですか!」 「確かに」 「そうだよね、私たち家族だから、ニヤニヤする権利くらいはあるよね……」 さっきまで否定派だったはずの布良先輩までもが、なぜかスウィートルーム擁護派になってしまいました。 「やはり、寮は早急に出るべきだという気がしてきたんだが」 「ニヤニヤされるくらいいいじゃないですか、フフ」 「……ま、そうだな」 「ええ」 そしてまた数年の時が過ぎ―― 「ご結婚、おめでとうございますっ!」 わたしたちは約束通り、結婚することになりました。 結婚式はこの《アクア・エデン》海上都市の教会で、小夜様の口利きもあっていい時に予約することができました。 「みんな、ありがとう」 「みなさん、ありがとうございます」 「莉音、とっても綺麗よ」 「ありがとうございます、美羽さん」 「そーれー!」 「きゃあっ! ちょっとエリナちゃん、お花、かけすぎ!」 「にひひ、いいじゃない、こういうのはパァッといかなくちゃ!」 「なんじゃ? こういう時には米をまくものではないのか? 豊穣を祈願するものじゃろう?」 「最近は食べ物を粗末にしてはいけないとか、片付けの手間の関係から、お花が主流になってきてるそうですよ」 「ハッ、祈りのための供物に粗末もなにもないと思うがの」 「まぁまぁ、小夜様。この小さなお花も綺麗なものですよ?」 「ふむ……どれ、ワシに見せてみよ」 「どうぞ」 「……ほぉれ! 佑斗、莉音!」 「ご自分で撒きたかっただけじゃないですか……」 「小夜様にフラワーシャワーしていただけるとは……って、あれ? 今、佑斗って」 「わ、わたしも今、莉音って名前で……」 「なにを呆けておる。結婚したら一人前、小童も小娘もなかろう。その分の責任も背負って生きていくのじゃなからな」 「……はい、ありがとうございます」 「ありがとうございます」 「うむ」 「それではみなさん、別室の方にパーティの用意がしてありますのでそちらに移動してくださーい!」 梓さんの掛け声で、みんながぞろぞろと別室に移動していきます。 わたしたちは、それを見送りながらひとりひとりに声をかけました。 「直太、今日はありがとうな、わざわざ来てもらっちゃって」 「バカ、お前の結婚式なんだから来ないはずないだろ? つーか、羨ましすぎるから一発殴らせろ!」 「む、それは仕方がない。たぶん、お前にどう殴られても俺の幸せは変わらないから、存分に殴ってくれ」 「余計にムカつくわっ!! くそぉっ! 佑斗なんて殴ってあげないんだからねっ!」 「ハハハハ、バーカ」 「くすくす。今後ともよろしくお願いいたします、倉端さん」 「こ、こちらこそ……。あああああ、やっぱりいいなぁっ! お嫁さんかわいすぎるっ!!」 「ホント莉音ちゃん、かわいいですね……。はぁぁ、いいですね、お嫁さん……憧れちゃいます」 「ひよ里先輩も今日のドレスとっても素敵です」 「大房さんにもいろいろお世話になったな、本当にありがとう」 「フフフ、私はふたりが幸せになれてとても嬉しいです」 「ありがとうございます、ひよ里先輩」 「いいなぁ莉音ちゃん、本当に綺麗……。あたしも羨ましくなってきちゃった」 「ありがとうございます。でも、萌香さんならすぐにいい人が捕まえられると思うんですけど……」 「そう上手くいくならいいんだけれどね……はぁ……」 「なんだ淡路、結婚式でため息なんかついて。もっと景気のいい顔をしておけ」 「《チーフ》主任も俺の結婚式で説教なんてやめてくださいよ」 「おお、そいつはすまん。おめでとう、六連、稲叢――いや、もう稲叢じゃないな。六連夫妻か」 「む、むつらふさい……」 「ホントにそうなったんだからな、莉音」 「は、はい、わかっています……。あ、ありがとうございます、枡形先生」 「あのっ、今後とも、しゅ、主人をよろしくお願いいたしますっ!!」 「お、おお、わかった。こちらこそ、よろしく頼む」 「《チーフ》主任、淡路さんが別室でブツブツ言っているのでなだめてきてください」 「なんで俺が――」 「いいから、早く行ってください。行け」 「ったく、しょうがないな……」 「…………よしよし、ちゃんと淡路さんのところに行ったようね」 「ナイスだ、美羽」 「いいんですか? 枡形先生をあんな風に……」 「朴念仁にはあれくらいしないとダメなのよ」 「そうだ、美羽。改めて感謝するよ。おまえが寮に連れてきてくれなかったら、こんな最高の奥さんは捕まえられなかったよ」 「フフ、まったくその通りね。もっと感謝して頂戴」 「わたしもです。本当にありがとうございます、美羽さん」 「フフフ、どういたしまして」 「《おめでと~》パズドゥラヴリャーユ! よかったね~、ふたりとも」 「ありがとう、エリナちゃん。この前のアレもホントにいろいろ助かっちゃった」 「おお、エリナもありがとうな。助かったって、なんの話だ?」 「リオが最近、えっちの誘い方がマンネリ化してきたって言うから、アドバイスを――」 「ちょっ、言っちゃダメ~っ!!」 「なにっ!? そ、それでこの前、あんなかっこうで……」 「どんな恰好したの、莉音……」 「にひひひひ、ユート大興奮だったんでしょ~? 聞いてるよ~?」 「莉音、そんなことまでエリナに言ってるのか?」 「言ってません。佑斗さん、エリナちゃんにかつがれていますよ」 「ぬなっ!? エリナ、てめぇ!」 「まぁまぁ、お目出度い席なんだからいいじゃない♪」 「ぬぅぅぅ」 「やぁ、それにしても素晴らしい闇の結婚式だね」 「闇をつけるな、闇を。確かに夜中の結婚式になっているが」 「結婚式なら吸血鬼のコスプレもそこまで目立たなくていいよねー」 「正直なところ、少し安心しました」 「莉音君までそういうこと言うのかい!?」 「言うだろ!」 「言っていいところだわ」 「うんうん」 「ああっ、もう! 私一人に別室への案内任せて、なんでみんなで楽しくおしゃべりしてるの!? みんな、ずるいよぉっ! 私だってしゃべりたいのに!」 「あ、ごめんなさい、布良さん。よく考えたら私も会場案内係だったわ」 「お疲れさまです、梓さん」 「今回に限らず、だな。いつもありがとう、布良さん。布良さんのおかげで、俺たちは楽しい寮生活を送れた」 「……ううん。私こそ2人にいっぱい助けられてたから」 「結局、スウィートルームは作れなかったしね」 「ホント、それだけは心残りだよね~」 「だから、学院の寮なんだってば! あれ、私が怒られちゃったんだからね!?」 「梓君も賛同していたことじゃないか」 「だよねぇ」 「そ、そうだけど、でもっ」 「ハハハハハ」 「フフフフ」 「お、なんじゃ、まだここにおったのか」 「申し訳ありません、小夜様。今、別室に移動しますね」 「ああ、いや。すまんがワシは忙しくての、これで失礼させてもらう。その前に預かりものを渡しておきたかったのじゃ」 「預かりもの、ですか?」 「うむ――元樹から2人に、だそうじゃ」 小夜様はそういって、一通の便箋を佑斗さんに手渡しました。 扇先生の名を聞いて顔を強ばらせた人もいましたが、わたしと佑斗さんは笑ってうなずきあいました。 「なんて書いてあるの……?」 「ああ」 「『ご結婚、おめでとうございます。六連佑斗君と莉音さんの末永い幸せをお祈りしております』――だそうだ」 「それだけ? 普通の内容だねぇ」 「なにかの含みがあったり?」 「いや、俺は純粋にお祝いしてくれているんだと思うよ。な、莉音」 「はい、わたしもそう思います」 「獄中からのお祝いのメッセージだなんてなかなか渋いじゃないか」 「ハハハ、まぁ、そういうことだ」 「小夜様、扇先生に『お祝いの言葉確かに受けとりました。ありがとうございます』とお伝えいただけますか?」 「承知。元樹のヤツも喜ぶじゃろう」 「よろしくお願いいたします」 「よろしくお願いいたします」 わたしたちのお辞儀に、小夜様は片手をあげて去っていきました。 その向こう側に扇先生の姿が見えるような気がしました。 「さぁ、行こうか、莉音」 「はい、佑斗さん」 「あー、コホンコホン。稲叢さん、俺だけど……」 「はっ、はい…………どうぞ」 さきほどの事件から2時間程度の間を開けて、俺は再び稲叢さんの部屋を訪れた。 見てしまったことへの謝罪と、体調をうかがうためだ。 そもそも看病するために学院を休んでまでいるのだから、気まずいからといって様子を見ないわけにはいかない。 「……さっきは、すまない」 「なっ、なにを言ってるんですか。あ、あ、あんなのわたしが悪いに決まってるじゃないですか」 「いやしかし、見てしまったのは俺の方だしな」 「六連先輩はわたしの背中を拭いてくれていただけで、なにも悪くなんかないですっ」 「そんなの……背中を拭いてくれるように頼んだのも、わたしの方ですし……謝るのはどう考えてもわたしです」 「本当に、ごめんなさい……」 「いや、俺にはなにも悪いことはなかったっていうか、むしろいいもの見れたっていうか」 「よよよよよよくなんかないです!!」 「いやっ、あれは素晴らしくいいものだった!」 「す、素晴らしくいいものだなんて、そんなことは……」 「本当だ。今思い出しても、こう……」 「きゃあああっ!? ダメですっ! 思い出さないでください!! 思い出しちゃダメぇぇぇっ!!」 「す、すまん!!」 ひとしきり言いあって、ぜーはーと息をつく俺と稲叢さん。 病人に負担をかけているだけだという気もしてくる。 「あ、あの……この話はここまでということにして……できれば、全部忘れていただけると……」 「そうだな。稲叢さんがそう言うなら、それで」 「はい……」 と言いつつも、稲叢さんは顔を真っ赤に染めてうつむき、時折チラチラと俺の表情を上目遣いでうかがっている。 うう、どうしてもさっきの光景がちらついてしまうな……。あのたぷんは本当に素晴らしいものだった。 って、いかんいかん。稲叢さんのためにも一秒でも早く忘れなくちゃ。惜しいけど。 「えーと……気分はどう?」 「ま、まだちょっと……恥ずかしい、です」 「…………体調の話なんだが」 「あ!?」 「わわ、わたし、なにを言って……えと、えと……」 「もし出歩けるようなら、やっぱり医者に診てもらった方がいいかと思ってるんだが、どうかな」 「あ……そうですね……」 「はい、ずいぶん落ちついてきていると思います」 「顔はまだずいぶん熱っぽい感じですが……これは、あの……まだ恥ずかしいからかも、しれなくて……」 「ふむ」 恥ずかしいからと言うのには一理ある。なにしろ俺の顔もまだ火照ってる。正直、耳まで熱い。 「だから、病院に行かなくても、もう少し寝ていれば治ってしまう気もしています」 「んー、そこは油断せずにちゃんと診てもらった方がいいんじゃないかな。大丈夫なら大丈夫で、医者の太鼓判をもらった方が気も楽だろうし」 「それに、ちゃんと適した薬をもらえれば、あと二日寝ていなくちゃいけないところが一日で済むかもしれない」 「……そう、ですね」 「はい、わたしも早く治して家事に復活したいです」 「俺の料理じゃやっぱり不満だったか」 「そんなことは言ってません! もぉ、六連先輩、意地悪ですよっ」 「ハハ、その分なら確かに少し出歩いても大丈夫そうだ。俺も一緒に行くから、着替えたら共有スペースに来てくれ」 「はい、六連先輩」 その返事にドキリと胸が弾んだ。 俺の方もまだ恥ずかしい気持ちが残っているみたいだ。 まぁ、あれだけ素晴らしいものを、あれだけまざまざと見てしまったら仕方ないか……。 じゃなくて、早く忘れなくちゃ……忘れろ、忘れろ。 「すみません、先輩。病院にも付き添ってもらってしまって……」 「気にしなくていいよ。まぁ、正直《あのひと》扇先生には、なるべく会いたくないんだが、ちょっと聞きたい話もあるしな」 「フフフ、六連先輩と扇先生って仲良しですもんね」 「やめてください。本当にやめてください」 思わず真顔で言ってしまったが、稲叢さんはきょとんと首を傾げるだけだった。 「で、稲叢さんはどうなんです?」 稲叢さんの診察が終わり、彼女と入れ替わりで部屋に入ると、俺はさっそくその容態について扇先生を問いただした。 「ああ、安心してくれ」 「僕は六連君に夢中だからね。いくら稲叢君が魅力的でも彼女になびいたりはしないよ。君にゾッコン★LOVEってやつさ」 「そんな話はしていない!」 「それはつまり、僕の愛が揺るぎないって信じてくれてるってことかい? 照れるなぁ~」 「揺るごうが揺るぐまいがそんなものはいらん! 俺は稲叢さんの病状について聞いているんです」 「ふむ……まぁ症状としては、ヴァンパイアウィルスの活動が低下したものだね」 「状況から見て、それももう回復してきているから心配は要らないだろう」 「念のため、採血はさせてもらったから、詳しいことはそれを調べてからになるけど……ま、十中八九問題ないだろうね」 「よかった……そうか……」 「ずいぶん稲叢君のことを心配しているじゃないか。同じ寮の仲間というだけではない気がするけど?」 なにかを揶揄したいらしく、扇先生は嫌味ったらしく口元を歪ませる。 「……稲叢さんだからというわけじゃないです。少し気になることがあって」 「というと?」 「この間の事件……もう治っているけど、俺は腕にケガをしました」 事件後にここで包帯を巻いたので扇先生もそのことは知っている。俺は扇先生のうなずきを待って話を続けた。 「稲叢さんは俺がそのケガをした時に、咄嗟にその傷口を舐めたんです」 「なんだって……?」 「僕なら傷口と言わずどこだって舐めてあげるのに!!」 「…………」 「真面目な話だよね……ごめん」 「つまり、六連君は彼女の体調不良が、六連君の血液を摂取したことに原因があるんじゃないかと疑っているわけだ」 「疑っていると言うよりは、不安になったってところですかね」 「ライカンスロープがアンチ・ヴァンパイア的な存在だとしたら、そういうこともあるかもしれないって」 「ふーむ……」 「確かに、ライカンスロープの伝承には、ライカンスロープが『吸血鬼の能力を殺す』というものもあるね」 「とは言え、ライカンスロープの血を舐めただけで、ヴァンパイアウィルスの低下に繋がるって言うのはちょっと考えにくいな」 「だけど──」 俺の台詞を遮って扇先生は言う。 「そう。だけど六連君は、少量の吸血鬼の血を飲んだだけで吸血鬼として覚醒してしまった」 「そのイレギュラーを考えるならば、確かにまったくないとは言えないね」 「でも、やっぱりそこまで心配することじゃないと僕は思う」 「なぜです?」 「それは君がライカンスロープじゃないからさ」 「いや、ライカンスロープではない可能性が高いと言い直そうか。その結論はすでに出ているだろう?」 「そして君が本物のライカンスロープだとしても、今度はライカンスロープの血がヴァンパイアウィルスにどういった影響を与えるのかって話になる」 「不確定要素があまりにも多すぎる。それよりは、単なる疲労によるヴァンパイアウィルスの活動低下って方が何百倍も可能性が高いよ」 「それに、彼女は先日の事件に巻きこまれたわけだろう?」 「結果として彼女はケガ一つ負ってはいないが、心身へのストレスは相当なものだったんじゃないかな」 「ストレス……」 「強いストレスがヴァンパイアウィルスに及ぼす影響というのは、すでに様々な研究結果が出ている」 「まぁ、ストレスはあらゆる生物にとってよくない影響があるからね。吸血鬼だってその例外じゃないわけだ」 「なるほど、確かにそうかもしれません……。あんまりあっさり犯人を抑えこんでいたから、そんな単純なことに気づいてなかった。バカですね、俺……」 「これで安心してくれたかい?」 「ありがとうございます。珍しく感謝したくなりました」 俺がお辞儀しようとすると、扇先生はそれを押しとどめるように言葉を継いだ。 「とはいえ、六連君の懸念もそう的外れなものじゃない。可能性のあるなしで言えば、ないと断言することはできないだろう」 「──っ」 「残念ながら、ライカンスロープの血がヴァンパイアウィルスにどう影響するかなんていう研究資料はないんだ。少なくとも、僕の手元にはね」 「だから、ごくごく小さな可能性と言えど、完全にないとは言えない」 「医者はね、こういう時『絶対』って言葉を使っちゃいけないんだ。難儀なものだよね」 俺を安心させたかと思えば、今度は脅すだけ脅し、その挙げ句にニヤリと笑ってみせる扇先生。 「でも、安心はしていいと思うよ?」 「彼女はすでに回復傾向にあるんだ。もし六連君の懸念が事実だったとしても、稲叢君の健康状態には、この程度の影響しかなかったってわけだ」 「それでもまだ心配なら、定期的に彼女のヴァンパイアウィルスを検査しようか?」 「なに、どうせ六連君の血液も検査しているんだ。それほど手間のかかる話じゃない」 「…………お願いしてもいいですか?」 「任せておいてくれ。なんと言っても愛する六連君の頼みだからね☆」 ウインク混じりのその言葉に酷く頼みたくない気分にさせられたが、結局頼まざるを得なかった。 ライカンスロープの件を知っている医者は扇先生しかいないのだ。 「お話、ずいぶん長かったですね」 「俺の検査の話もあったから」 「ああ、そういえば定期的に検査しているってお話でしたっけ?」 「あ……もしかして、小さい頃のご病気となにか関係が?」 「あ、いやいや、違う。ちょっと別のことで」 いかんいかん。吸血鬼になった経緯とライカンスロープ疑惑は内密にしておかなくちゃいけないことだった。 稲叢さんには昔のことを話しちゃったから、その辺気をつけないとな……。 「そう言えば、稲叢さんも小さい頃に病気だったとか言ってたっけ」 「あ、はい……。結局詳しい説明は受けていないんですが……えーと……」 キョロキョロと周りを見てから、俺にだけ聞こえる声で稲叢さんは話を続けた。 「どうもわたし、生まれた時は人間だったのに、後天的に吸血鬼の体質になっていったみたいで……」 「後天的に?」 「ええ……隔世遺伝? の可能性があるって聞きました。でも、両親のことはわからないので詳しいことも調べられなくて……」 「はじめは吸血鬼だなんてお医者さんも思っていなかったそうで、毎週必ず病院に通っていました」 「そうしたら、ある時急に、孤児院の院長先生から、もう病院に通わなくていいって言われたんです。なんでも急に閉鎖されることになったそうで……」 「それで、新しい病院に通うのかと思ったら、それも違いました。わたしの病気は、本当は病気じゃなかったんだって……」 「吸血鬼という存在をそこではじめて教えられて……自分がその吸血鬼なんだと言うことも、その時、一緒に……」 「すごいショックを受けましたけど、院長先生は吸血鬼たちが平和に暮らしている島があると、この《アクア・エデン》海上都市のことも教えてくれたんです」 「わたしは院長先生の勧めに従って、ここに移ることに決めました」 「院長先生はとても親身になって、この島に移るための手配もしてくれて……本当に感謝しています」 「はぁ……なるほど。それはずいぶん優しい院長先生だなぁ」 「まぁ、俺も未だに保証人とかの面でお世話になることあるけど」 「フフフ、わたしもときどき手紙を出したりして、連絡を取りあっているんですよ」 「なんのかんの言っても、親代わりだしな」 「はい」 俺は孤児院の出であるというだけでずいぶんな偏見の目で見られてきた。 なんの邪気もない笑顔でうなずく稲叢さんだけど、彼女だって例外ではないだろう。 すごいな稲叢さんは……。 彼女の中ではちゃんと感謝すべきことの判別がついているんだ。 もちろん稲叢さんの言うとおり、彼女のいた孤児院の院長先生たちもいい人たちなんだろうけど、世間の目はそれで許してはくれない。 同じ孤児院の中には、自らに課された境遇への不満を、孤児院にぶつけるしかない子もたくさんいた。 俺が、できる限り自力で生きてこようとしてきた背景には、そういった感情も少なからずあった。 「おっと、ついでに買い物も済ませていくか。稲叢さん、なにが食べたい?」 「今日も作ってもらっちゃっていいんですか?」 「もちろん。ああでも、あんまり凝ったものは作れないかも」 「ふむふむ……えーっとそれじゃあですねぇ」 そしてまた次の日―― 「まだ寝ててくれってば」 「もう熱も下がってますから、わたしにやらせてください」 「ぶり返したらどうするんだ?」 「大丈夫です。ぶり返しません!」 「ふぁぁぁ……《おはよう》ドーブラエ・ウートラ……」 「あ、エリナちゃん、おはよう」 「リオ、もうすっかり元気みたいだね、よかった」 「ありがとう、心配させちゃってごめんね。──あっ、だから六連先輩、わたしがやりますってば」 「いや、途中までやっちゃったし……わかった、寝てろとまでは言わないから、そこで座っててくれ」 「ダメです。元気になった以上、家事はわたしの役目です」 「ふぁぁぁ……なんか、すごくイチャイチャしてる気がする……」 ともあれ、稲叢さんはすっかり元気になり、俺たちはそれまでの日常を取りもどした。 「ふんふ~ん♪」 六連先輩のおかげもあって、身体の調子はすっかり元通り。 萌香さんに仕事はもう一日休むように言われてしまったので、今日は学院から帰ってきてすぐお掃除をはじめた。 これだけの人数が住む寮だから当たり前だけど、チリやホコリっていうのはすぐに溜まってしまう。 仕事もあるから毎日は難しいけど、三日にいっぺんくらいはちゃんと掃除機をかけないと。 「あら?」 掃除機を移動させようとした右手にちょっとした違和感を覚えた。 もう一度、同じ動作を繰り返してみると、掃除機が同じように持ちあがる。 別に掃除機が重いわけじゃない。 だけど、掃除機は[・]重[・]く[・]な[・]っ[・]たかもしれない。 「掃除機って、もっと羽根のように軽くなかったっけ……?」 院長先生の紹介を受けて、わたしはこの《アクア・エデン》海上都市に引っ越すことになった。 吸血鬼であり正式な紹介状もあるわたしは問題なくこの島の住人になれるはずだったけれど、それでも受け入れ審査を受ける必要があった。 といっても、簡単なアンケートと問診、健康診断、そして身体測定を行うだけ。 病院通いだったわたしは健康診断でなにか言われるかと思ったけれど、健康体との太鼓判を押されてしまった。 院長先生の言っていたとおり、今までの体調不良は人間から吸血鬼に変わっていく課程と、吸血鬼としての生活をしていなかったことが原因だったみたい。 「んんっ!」 「わ、すごいわね、あなた」 その時、案内役兼審査官としてわたしについてくれたのが矢来先輩。 審査官自体は大人の人が何人かいたけれど、年が近い同性ということで矢来先輩が案内役としてついてくれた。 「す、すごいんですか? 吸血鬼って普通の人より何倍も身体能力に優れているって聞きましたけど……」 「[・]普[・]通[・]の[・]人と比べたらね。でも、あなたのは普通の[・]吸[・]血[・]鬼と比べてもすごいわよ?」 「特に筋力に優れているみたい。瞬発力や跳躍力もそれなりに高いけど、単純に腕力、握力、背筋力が特に高い……」 「もしかして、審査前に吸血したりしていないでしょうね? それ、審査上の重大なマイナスになるわよ?」 「吸血……ですか?」 「……誰か人間の血を吸ったのかしらって、聞いているのだけど」 「あ。そ、そうですよね。吸血鬼ですもんね。誰かの血を吸ったりするんですよね」 「あなた、本当に吸血してきたの?」 「ししししてないです! そんなことしたこともないです!」 「したこともない……?」 どうやら本土から来た吸血鬼で、吸血したことがないっていうのは、相当珍しいものだったみたい。 いるとしても、それは[・]吸[・]血[・]鬼[・]に[・]さ[・]れ[・]た[・]ば[・]か[・]りの吸血鬼。 それはそれで、人間を吸血鬼にすること自体が重大な犯罪となるとのことで、この時矢来先輩はずいぶん慌てたらしい。 だけど、院長先生からの紹介状に病院からの診断書も添えられていたとのことで、審査は続けられることになった。 「えっと……稲叢さん」 「はい」 「事情はだいたい飲みこめました。だとすると、これから行う審査は、あなたには抵抗のあるものかもしれない」 「だけど、あなたが吸血鬼としてこの島で暮らそうとするなら、避けて通るわけにはいかないことよ」 「は、はい……」 「お願いします。せっかく院長先生もここまでしてくれたんです。わたしはそれを無駄にしたくはありません」 「そう、わかったわ」 「それでは、稲叢莉音さん。あなたにはこれから人間の血を吸ってもらい、あなたの吸血鬼としての能力を発現させてもらいます」 「に、人間の血を……? あの、なんとかパックってヤツじゃなくて……?」 「そうよ。人間に直接牙をたてて、そこから血液を吸うの。そうしなければ、吸血鬼としての能力は発現しないから」 「でも、普通に生活するだけなら、パックで飲めばいいんですよね?」 「普通に生活するだけなら、ね」 「だけど、この審査では吸血鬼としての能力を確認する必要があるの」 「──悪い言い方になるけど、犯罪に使われそうな能力はあらかじめチェックしておきたいのよ」 「…………」 「……わかりました」 「うん……ごめんなさいね」 「矢来さん、それでは」 「ええ、お願い」 こうしてわたしは、矢来先輩の立ち会いの下、はじめて人間の血を吸うことになった。 はじめて味わった人間の血は、ねっとりとしているのに口の中で甘く溶けて、わたしの喉を熱く潤した。 その時わたしは、どれだけわたしの喉が血を欲していたのかを知った。 そして、なんの嫌悪もなくそれを飲み下してしまった自分にこそ、わたしは嫌悪感を覚えた。 「気分はどう?」 「……よくは、ないです」 「わたし、まだよくわかっていませんでした……」 「わたしは……本当に吸血鬼なんですね……」 後から考えると、その言葉は生まれついての吸血鬼である矢来先輩にとっては不快な言葉だったかもしれない。 だけど、そんなわたしの言葉に矢来先輩は真剣にうなずいてくれた。 「そうよ」 「でも、この島であなたが暮らすというなら、あなたは決して一人じゃない」 「あなたは吸血鬼……私と同じ、吸血鬼よ」 「ありがとう、ございます……っ」 「さぁ、あなたの能力を見せて頂戴」 「はい」 そしてわたしは、測定のためにそこにあった機材を軽々と持ちあげて見せた。 わたしの能力は『怪力』だった。 「なるほどね……普段から身体能力が高いのはその能力のせいね」 「吸血しないと能力って発揮されないものじゃないんですか?」 「普通はそうなのだけれど、自分自身の身体を強化するタイプの能力は、平常時からある程度底上げされていることがあるみたい」 「たとえば超回復の能力を持っている吸血鬼は、ちょっとした擦り傷なんか血を吸わなくても一瞬で治っちゃったりね」 「それにしても、怪力……。怪力、ですか……」 「あのっ、今日はたまたま怪力だっただけってことは、あったりしないんですか?」 「今日はたまたまって……ヘンなことを言うのね、あなた」 「す、すみません……」 「いいわ。基本的に吸血鬼が発現させる能力は1つだけ」 「能力自体が強化されることはあっても、時と場合によって変化したり、ある日突然別の能力に目覚めることはないわ」 「そうですか……」 「あるとすれば、それは……ライカンスロープと呼ばれる存在、かしら」 「らいかん……? それなら、能力が1つだけとは限らないんですか?」 「ライカンスロープね。確かに、それなら複数の能力を発現させることができるらしいけれど……それは忌むべきことだわ」 「ライカンスロープは別名『吸血鬼喰い』。その名の通り吸血鬼を喰らい、喰らった吸血鬼の能力を自分のものにするの」 「つまり、ライカンスロープが複数の能力を使うのは、すでに他の吸血鬼を喰らったというその証拠なのよ」 「喰らった……って……」 「あ、ごめんなさい。稲叢さんを怖がらせるつもりはなかったの」 「ライカンスロープなんていうのはおとぎ話みたいなものよ。『早く寝ないとライカンスロープがくるぞ』なんて言われる類の存在ね」 「なまはげみたいなもの……でしょうか」 「フフ、そうね。そんな感じ」 「まぁ、いいじゃない、怪力。重いものとか軽々運べるから、引っ越しも楽ちんね」 「そうかもしれないですけど、恥ずかしいですよ、怪力なんて……あうぅぅ……」 「大丈夫、大丈夫。さっきあなた自身が言っていたけれど、あなたが普通の生活を望むなら、吸血をすることなんて滅多にない」 「本土では手に入れにくい合成血液パックだって、この島で暮らすなら普通に手に入るわ」 「ですけど……」 「それに、当たり前の話だけど、審査の内容がどこかに流出することはまずない。あなたが自分で言いふらさない限りはね」 「そ、そうですよね! 吸血鬼にだって個人情報保護法は適用されますよねっ」 「うん、大丈夫。私が保証するわ」 「ありがとうございます」 「それでは、稲叢莉音さんの審査はこれにて終了します」 「書面作製に時間がかかりますので結果は1時間後になりますが、おそらくは問題ないでしょう」 「はい、ありがとうございました」 「じゃあ、審査官としての業務もここで終わり」 「お、お疲れさまでしたっ」 ぴしゃんと手にしていたファイルを閉じた矢来先輩に、わたしが慌ててお辞儀をすると、先輩はおかしそうに笑って言った。 「ありがとう。でも、お疲れさまを言ってほしくてそう言ったんじゃないわ」 「……?」 「業務は終わり。ここからはプライベート」 「改めて、私は矢来美羽よ。よかったら私を、あなたのこの島での一番最初の友達にしてくれないかしら」 「え……」 その時のわたしはかなり間抜けな表情で差し出された右手を見ていたと思う。 「いやだった?」 「ととと、とんでもないです! こちらとしては願ってもないというか、あの、あのっ」 とりあえず差し出してもらった右手を取らなくちゃ! そんな考えばかりが先行して、まともな言葉も出てこないままに矢来先輩の手を取りブンブンと振った。 もしかしたら、この時少し力を入れすぎていたかもしれないけど、矢来先輩はそんなことおくびにも出さずに笑っていた。 「フフ、年齢も1つしか違わないし、そんなにかしこまることはないわよ」 「で、でも、審査官とかしているくらいだから、偉い人だったりするのでは……」 「そんなの全然よ。風紀班の中から手の空いてる者ってことで押しつけられただけだもの」 「でも、押しつけられてよかったわ。こうして、新しい友達ができたんですもの」 「よろしくね、稲叢さん」 「こちらこそ、よろしくお願いします。えっと……矢来先輩」 ともあれ、こうしてわたしは矢来先輩と知り合い、それがこの寮に入るきっかけにもなった。 「なんだか懐かしい話ね。よくよく考えてみると、そんなに経ってるわけじゃないけれど」 「わたし、矢来先輩には本当に感謝してるんですよ?」 「それはこちらもよ。いつも美味しい食事を作ってくれてありがとう、稲叢さん」 「そんな。でも、少しでも恩返しできているなら、わたしも嬉しいです」 「フフ……で、どうしていきなりそんな話を?」 「あ、いえ……」 矢来先輩は今日は風紀班のお仕事がお休みらしい。 ちょうど掃除機をかけ終わったところで矢来先輩だけが帰ってきたので、ついそんな昔話をしてしまった。 たぶん、掃除機がいつもより重く感じたから、頭の中で例の能力と繋がっちゃっただけだろう。 それを言ったら、まだ治ってないって心配されちゃうだろうから、そこは伏せておく。 いつもより力が出ないって言っても、普通の人間の女の子に比べたら何倍も出てるもの……。 「そうだ、ついでに聞いてもいいですか?」 「なにかしら」 「あの時、どうしてわたしの友達になろうって思ってくれたんですか?」 「あー」 「……なんか、どう見ても危なっかしかったから……放っておけなくて」 「そ、そんなに……?」 「わりと、今でも?」 「…………」 わ、わたし……孤児院じゃ、しっかり者のお姉さんだったはずなのに……。 もしかして、そう思ってたのってわたしだけ……? 「大丈夫よ、稲叢さん。その方が女の子としてかわいいっていうか、男の人にも受けがいいっていうか……」 「ああ、ほら、佑斗も稲叢さんの世話を焼きたそうに──」 ――! 「そ、そういうのは別にいいですっ。矢来先輩、ちょっとそこどいてください。掃除機かけたいんで」 「ええ? さっき掃除機かけ終わったって言ってなかった?」 「かけ忘れてたんですっ」 ……わたしはなんでこんなに焦っているんだろう。 六連先輩の名前が出てきたら、急に心臓がビクンってなって、カッて熱くなって、それで……。 …………。 やっぱりまだ本調子じゃないのかな。はぁ……。 「ただいまー」 「ただいまー」 風紀班の仕事を終えて、布良さんと一緒に帰ってくると、稲叢さんが明るい笑顔で出迎えてくれた。 元気そうでよかった。 「おかえりなさい、六連先輩、布良先輩」 「ただいま、稲叢さん。体調はもう問題なし? ぶり返したりはしてないか?」 「大丈夫ですよぉ。六連先輩、心配しすぎです」 「そうか、ならよかった」 「六連君って意外なほど心配性でね、お仕事中も──」 「いや待て、それは布良さんだってそうだったじゃないか。俺だけが心配していたように言わないでくれ」 「えー、六連君の方が心配してたよー。それに私はご飯の心配してただけだし」 俺が照れるのが楽しいらしく、布良さんはくすくす笑いながらそんなことを言う。 実際には布良さんも心配していた(と俺は認識している)ので、稲叢さんの元気な姿を見てホッとした側面もあるのだろう。 「フフフ、ご飯ももうすぐできますから、もうちょっとだけ待ってくださいね」 「はーい。たまには六連君のご飯でもいいけど、やっぱり莉音ちゃんのご飯がいいよね」 「それは同感」 「そう言ってもらえるとわたしも作り甲斐があります♪」 「さぁ、手を洗ってうがいして着替えて……そうしたら、みなさんもう帰ってますので、呼んできてくださると助かります」 「了解」 「うん、わかった」 「さぁって今日のご飯は~……おー、エビフライ♪」 「お、こないだオススメされてたブラックタイガー?」 「ええ、またいいのが入ったって言われて。ずいぶん大ぶりで身もしっかりしていましたから、食べ応えあると思いますよ」 「その大ぶりなエビが、佑斗のお皿には一本多く乗ってるみたいなんだけど?」 「おー、ホントだ。ずるい」 「そんな野暮は言わないことだよ、美羽君、エリナ君」 「こ、これは、アレです。六連先輩には、看病していただいたので、そのお礼というか……」 「いや、そんなお礼されるほどのことでは……」 「あ、ユートいらないなら、ワタシ食べるよ」 「やめておきなさいエリナ。お礼だって言ってるなら私たちが関与することじゃないわ」 「ミューが最初につっこんだクセに……」 「美羽ちゃん、こう見えて食べ物には結構敏感だからね」 「食いしん坊か」 「だからもう、関与することじゃないって言ってるでしょ? ほら、早く食べましょうよ」 「おお、蠅の王にして暴食の大罪を背負うベルゼブブよ……」 「ニーコーラー?」 「さ、さぁ、みんな席に着こうじゃないか。やぁ、エビフライも揚げたてで美味しそうだ。さぁ、みんな、冷めないうちに、さぁ」 「くすくす」 「まったくもう」 「それじゃあ、いただきまーす」 『いただきます』 「どうぞ、召しあがれ」 さっそくその大きなエビフライをいただくとしよう。 「お、美味い……」 「本当ですか? よかった」 「ええ、衣はさくさく身もぷりぷりでとっても美味しいわね」 「うん、おいし──あつっ」 「エリナちゃん、そんなに慌てて食べるから」 「ハハハ、でもこれ本当に美味しいよ」 「だな。味もさることながら、食卓に全員揃ってるっていうのも美味さの秘訣かも」 「うんうん、やっぱり莉音ちゃんも一緒じゃないとね」 「フフ、ありがとうございます」 体調が回復したのがよっぽど嬉しかったのか、稲叢さんは食事中終始にこにこしたままで、いつも以上の上機嫌を振りまいていた。 豪華な朝飯を食べ終わり、みんなそれぞれの部屋に戻っていく頃になると、辺りもすっかり明るくなってくる。 稲叢さんは上機嫌のまま台所で後片づけをしており、水道の音に混じって時折鼻唄のようなものが聞こえてきていた。 「あり? ユートまだ寝ないの?」 「いや、そろそろ寝るつもりだけど」 「ふぅん……あ、もしかしてこれからAV鑑賞? それじゃあ邪魔しちゃ悪いよね」 「だから寝るつもりだと言っているだろ」 「うんうん、オナニーして、すっきりしてから寝るってことでしょ?」 「だから違うっ。というか、そういう単語をはっきり言うなっ」 「……違うの?」 「違う」 俺がここでAVを見ながらオナニーすると、本気で思っていたんだろうか……。 「なんか上機嫌すぎる気がしてな……。無理をして元気を装っているんじゃなければいいんだけど」 「はぁ、リオのこと……」 「やっぱり心配しすぎかな」 「心配しすぎって言うかなんて言うか……」 「ふんふんふ~ん♪」 「あら、六連先輩とエリナちゃん、なんのお話? まだ寝ないんですか?」 「いや、ちょうど寝るところだよ。稲叢さん、ずいぶん機嫌がいいみたいだって話を」 「わたしがですか?」 「ん~、普通だと思いますよ? いつも通りです」 「そうか、それならいいんだ。それじゃあ、おやすみ」 「はい、おやすみなさいませ、六連先輩」 「…………」 「? なぁに、エリナちゃん」 「ううん、ワタシも寝るね。《おやすみなさい》スパコイナイ・ノーチ」 「うん、おやすみなさい」 どうやら俺の心配はまったくの見当違いだったらしく、数日が過ぎても稲叢さんの体調には何の問題もないようだった。 「ええ? 六連先輩、そんなにずっとわたしの心配をしていてくれてたんですか?」 「もぉ、先輩ったらさすがに心配しすぎですよぉ」 「いやぁ、ハハ……すまん」 稲叢さんがあまりにも上機嫌続行中なので、ついぽろっと体調に問題がなくてホッとしたということを言ってしまった。 そんな俺の言葉に稲叢さんは目を丸くしたものの、やはり上機嫌のままぐいぐいと俺の身体を押し出してくる。 照れ隠し? なのかはよくわからないが。 「採血の結果も出て、特に問題ないだろうって扇先生にも言ってもらえました」 「念のためということで、もう一度採血しましたけど、まず心配することはないって」 「そうか、それはよかった」 「くすくす」 2回目の採血があったのは問題があったからではなく、俺が調べてくれと言ったからだろう。 扇先生がちゃんと仕事をしてくれているという話ではあるのだが、素直に感謝する気になれないのは俺のせいではないと思う。 「なんか最近、莉音ちゃんと六連君、仲いいよね」 「佑斗が看病した時以来かしら。まぁ、それで打ち解けたのかもしれないわね」 「打ち解けた、ねぇ……」 「にひひ、リオからのボディタッチもずいぶん増えてるけどね」 「なにやってんだ? 早く行かないと遅刻するぞ?」 「はいはい」「は~い」 「先輩は今日も風紀班のお仕事なんですよね?」 「ああ、帰りはちょっと遅くなるかも」 「最近、お忙しいんですか?」 「そうなんだよ。ちょっと捜査が手詰まりになってて……なんか細かい事件も増えてるしな……」 「そうなんですか……大変そうですね」 「治安も悪化してる傾向があるから、稲叢さんも充分に気をつけて。なにかあったら遠慮せずにすぐに呼んでほしい」 「はい、その時はよろしくお願いしますね」 「任せてくれ。すぐに駆けつけるよ」 「ただいまー。ああ、腹減った……」 「おかえりなさい、先輩方。ご飯の用意できていますよ」 「おお、助かる……」 「ホント、稲叢さんのご飯を食べる時だけが幸せって感じね……」 「なんだか先が見えないもんねー」 先が見えないというのは今捜査している事件のこと。 以前のクスリ取引事件で押収された『L』の出元が未だに判明しないのだ。 逮捕された《こうや》高野らの取り調べも進んでいるのだが、彼らにも詳しいルートはわかっていないらしい。 高野自身も用意周到だったが、高野に『L』を流していた人物も相当に頭の切れる人間(もしくは吸血鬼)と見た方がいいだろう。 「うわ、なんか佑斗のだけ、ご飯がてんこ盛りになってる」 「俺が帰るなり腹減ったって言ってたから、気を遣わせてしまったかな」 「六連先輩、最近風紀班の仕事がとても大変そうだから、いっぱい食べて英気を養ってほしくて」 「あのー、私と美羽ちゃんも同じお仕事してるんだけど」 「そ、それは、あの、矢来先輩も布良先輩も女性ですし、あんまり多くてもよくないかなって思って、それで……」 「私のお腹周りがヤバイってこと?」 「そんなことは言ってませんよ!?」 「そ、そうよね、ヤバイはず……ないわよね」 「ミュー……なにか心当たりがあるんだよね。特にお腹の辺りに」 「ないわよ、心当たりなんてない。ぜ、全然ないんだから」 「誰か今、バストとウェストの差が全然ないって言った!?」 「誰もそんなこと言ってないです!」 「基本的に和服は、すとーんとした体型の方が似合うものだしね。気にすることはないよ、梓君」 「すとーんはいやぁっ! すっごい気になるよ、それっ!」 「あむあむ、うまうま。いやぁ、今日のご飯も美味しいよ、稲叢さん」 「くっ……一人でむしゃむしゃと……」 「男の子はいいなぁ……あんまり気にならなくて……うぅ」 「六連先輩の食べたいものがあったらなんでも言ってくださいね。わたし、がんばりますから」 「食べたいものか。そうだな……パスタとか? そう言えば最近食べてない」 「パスタですね、わかりました」 稲叢さんは使命に燃える瞳でぎゅっと右こぶしを握りしめた。 なにが彼女をそこまで駆り立てているのかはわからないが、こういうやる気を見せられるとこっちも燃えてくる。 よし、俺も風紀班の仕事をもっとがんばろう。 「そうだ。俺たちの帰りが遅くなってるのは、取りかかってる事件の捜査が難航してるからなんだが、もう一つ理由がある」 「最近治安の悪化が顕著になっていてな、吸血鬼が絡んだ事件がちょこちょこと発生しているんだ」 「それはよくない話だね」 「そうなの。布良さん以外はみんな吸血鬼だから大丈夫かもしれないけど、無許可の吸血を繰り返している吸血鬼がいるらしくてね」 「犯人の中には催眠能力を持ってる吸血鬼もいるみたいで、吸血された時の記憶がなくなっちゃってる被害者も出てるの」 「催眠能力ですか……」 「ああ。吸血量自体は大したことがないから、大事にはなっていないが、やっていることは立派な傷害だ。みんなも充分に気をつけてほしい」 「その催眠吸血鬼以外にも、吸血鬼が無許可で能力を使った事件も出てきてる。どうも吸血鬼の治安悪化に繋がる元凶があるみたい」 「それで話は元に戻るんだけど、私たちが今取りかかってる事件っていうのが、その元凶かもしれなくて……」 「稲叢さんが捕まえてくれた《こうや》高野って男がいたでしょ?」 「あ、はい」 「どうやらアレが扱っていたものと同じクスリが、未だに流通しているみたいなの」 「確か……吸血鬼に効くクスリだとか。『L』だっけ」 「そう、それ。私たちは今、その『L』の流出経路を追いかけているの」 だが、今のところ『L』の出元がどこであるかまったくわかっていない。 今までのクスリとはまったく無関係の経路から流れてきてるんじゃないかという憶測ができる程度だ。 『L』を卸してる犯人グループが『L』自体を作っている可能性も指摘されている。 「なるほどねー。本当に大変そう」 「この話をしたのは労ってもらうためじゃない。繰り返し言うが、みんなには本当に気をつけてほしいんだ」 「たとえば、なるべく一人で外を出歩かない、とか、そう言うことよ? 稲叢さん」 「わたし名指しですか!?」 「買い物とかで一人で出歩くことが多いかと思って」 「莉音ちゃん、お仕事も一緒の人いないしね」 「その辺は、なるべく俺たちもアレキサンドに立ち寄るようにして、時間が合うようなら一緒に帰ってくることにしよう」 「え、でも、そんな」 「まぁ、なるべくだよ、なるべく。稲叢さん自身も大房さんなんかを気遣ってあげてほしい」 「はい、もちろんです」 「了解したよ、佑斗君」 「ワタシもなるべくそうするー」 「みんな、よろしくね」 「食卓がすっかり暗くなっちゃったわね。この話はここまでにしておきましょう」 「そうだな」 「そうですね」 「それでミューのお腹の話に戻るわけだけど」 「エリナ……いい度胸してるわね」 「いやっ、ごめんっ、冗談っ! イッツロシアンジョーク!」 英語じゃねーか。 美羽の怒りに青ざめるエリナに、心の中だけでつっこむ俺だった。 「リオー、お腹空いたー。今日の朝ごはんなにー?」 「今日はパスタだよ」 「なるほど、この前ユートがリクエストしてたっけ」 「うん、そうなんだけど……」 「ん? どうしたの?」 「その六連先輩たちの帰りが遅いなって思って……」 「……そう? まだいつもの残業時間の範囲じゃない?」 「そうかな……そうかも」 リオは口元に手を当てて、なにやら真剣な様子。 うーん、どう考えても、まだ心配するような時間じゃないと思うんだけど。 「でも……吸血鬼の事件も増えてるって言ってたし……も、もしかして、先輩たちになにか……」 どっちかというとその話は、ユートたち風紀班組がワタシたちのことを心配して言ってくれた話だと思う。 「大丈夫大丈夫。ほら、時計をよく見てみなよ。これくらいの時間に帰ってくるのなんてよくある話じゃないかな」 「うん……」 「それよりさ、[・]ユ[・]ー[・]ト[・]が帰ってきた時に、すぐに食べられるようにしておくのがいいんじゃない?」 「あっ、そうだよね! うん、ちょっと手が止まっちゃってた。ありがとう、エリナちゃん」 そう言って、リオはぱたぱたとまた忙しそうにキッチンとテーブルの間を動きはじめた。 「あのさー」 「なーにー?」 「リオが心配なのって、[・]先[・]輩[・]た[・]ちじゃなくて、[・]ユ[・]ー[・]トのことだよね?」 「はいぃっ!?」 「あ」 まさかそんなに驚くとは思ってなかった。 リオの手からは運んでいる最中だったお皿がいままさに離陸して、ワタシの目の前で綺麗な弧を描きながら、その中身を盛大にぶちまけていく。 「きゃああっ!?」 「ご、ごめんね、リオ!」 「ううんっ、と、とにかく片付けなくちゃっ」 「手伝うよ、リオ。ホントにごめ──」 『ただいまー』 「帰ってきちゃった!?」 「うわぁ、こんなタイミングで」 「ただいま……おわっ、なにか大惨事になってる」 「あら、ひっくり返しちゃったの?」 「ごめんなさい、すぐに片付けますから、先輩たちは──」 「手伝うよ、皿は割れてないか?」 ユートはすぐにワタシとリオの方に来て、しゃがみこんだ。 その頭がリオのすぐ目の前に下ろされて、リオが目を見開いたまま固まってる。 「うお、できたてか? 結構熱いな」 ユートはリオが数センチの距離で固まっているのにも気づかず、そんなことを言ってる。 「大丈夫? 私も手伝おうか?」 「いや、そこまでの人数は──」 「──ッ!?」 アズサの声にユートが顔をあげて、リオの顔と一瞬接触しそうになった。 さすがのユートもあまりにもリオに近づきすぎていたことに気がついたみたいで、びっくりして言葉を途切れさせている。 リオが息を呑んだ。 ユートの目線がリオの目線とぴったりがっしり重なった。 リオの顔が下から上へと徐々に真っ赤に染まっていく。 「あ、だ、あのっ、あ」 うわ、リオってば、完全にテンパってる。 そんなリオの様子にさすがにユートもなにか気がついたみたい。これは…… 「……稲叢さん」 「は、はいっ!」 「また熱でもあるんじゃないか? 顔真っ赤だし、なんか息もあがってるみたいだし……」 アホかーッ!! そうじゃないでしょ!? そうじゃないよね!? ユートらしいっちゃらしいけど、それは違うよ!! 「だ、大丈夫ですからっ!!」 「本当に大丈夫ですからっ! ここの片付けも、わたしとエリナちゃんでやりますからっ!」 「え、あの、稲叢さん!?」 「大丈夫です! 先輩たちは、帰ってきたばかりでお疲れなんですから!」 「え、あ、お、おう」 「すぐに食事の支度もできますので! と、とりあえず、ここは!」 「わ、わかった」 そうして、リオの勢いに押されて(実際にユートは背中を押されて)、風紀班の3人が共有スペースを追い出されるように出ていった。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 「リオ、本当に大丈夫? わりと重症だよね?」 「え、エリナちゃんがヘンなこと言うからでしょう!?」 「えー、そう? リオはユートのことが心配だったんじゃないの?」 「そ、それは、その、りょ、寮の仲間を心配するのは、あ、当たり前の話、で……」 「………………」 考えこんじゃった。リオ、かわいい……。 「早く片付けないとユートたち戻って来ちゃうよ?」 「わわわっ!?」 「にひひ、やっぱり片付けもユートに手伝ってもらえばよかったのに」 「片付けてる最中に、手とか重なっちゃったりして。さっきももうちょっとでキスしちゃいそうな距離だったよねー」 「なななに言ってるの!? もうエリナちゃん! ご飯抜きにするよ!?」 「うぇっ!? ちょっ、それはやめて! もうお腹減って死んじゃいそうなのにっ」 「知ーりーまーせーんっ」 「リオ~っ」 「じゃあ、早く片付けてよ、もぉっ」 あ、危ない……。ちゃんと食べさせてもらえるみたいでよかった。 なんのかんの言っても、リオはやっぱり優しいから、本当にご飯抜きなんてことはないと思うけど。 「ところでさ、落ちちゃった分、足りなくなったりしないの?」 「それはいっぱい作ったから大丈夫だと思う」 「いっぱい?」 「もうひと皿これと同じスパゲティ・ミートソースが作ってあるの。基本だから、[・]こ[・]れ[・]は多めにって思って」 「……それ以外もあるってこと?」 「うん。他にはね、ペンネのアラビアータとコンキリエのボンゴレとファルファッレのベーコンクリームソース」 「あ、そうだ。買ってきて使ってなかったんだけど、せっかくだからマカロニも茹でちゃおうか。ひと皿落としちゃった分」 「ず、ずいぶん、多いね……」 「そう? パスタって、そんなに手間かからないし、これくらいあった方が賑やかでいいかなって」 「いいんじゃない? ユートも喜んでくれるといいね」 「だ、だから六連先輩は別に」 「だって、ユートのリクエストでパスタにしたんでしょ?」 「そっ、あっ、う…………」 リオ、ホントにかわいいなぁ。完全に恋する乙女になっちゃってる。 この様子だと、自分が恋してるってことにもちゃんとは気がついてないのかな。 そう思ったワタシは、もう一度同じ言葉でリオを追いつめてあげた。 「ユート、喜んでくれるといいね」 「……う……うん」 はぁぁ……リオ、超かわいい……。 結局、その日の朝ごはんはすっかり日が昇ってからになってしまった。 だが、ひと皿ひっくり返してしまうというトラブルがあったにも拘らず、食卓には並びきらないほどのパスタが並べられていた。 「美味いな、これ。このリボンみたいなやつ、なんて言うんだっけ?」 「そ、それはファルファッレです。ちょうちょって意味で……」 「なるほどなるほど、こっちの貝みたいのが」 「こ、コンキリエ……」 稲叢さんの作ってくれたパスタは非常に美味しいのだが、なぜかさっきから目をあわせてくれない。 それが気になって、積極的に話しかけてみたところ、ちゃんと受け答えはしてくれつつもやっぱり目は逸らされてしまっていた。 「いや、それにしても美味しいね。量が多いかと思ったけど、これならあっさり入ってしまいそうだ」 「うんうん、すっごい美味しい。でもこの赤いのは、私にはちょっと辛いかな……」 「ペンネのアラビアータね。確かに、布良さんには辛いかも」 「そこまで辛い? ピリ辛の範囲でおさまってると思うけど……。それに美味しいから、辛くても食べられちゃうよ」 「まったくだ。俺もリクエストした甲斐があったな。ありがとう、稲叢さん」 「い、いえ、そんな、感謝、されるようなことはっ」 「ん? 稲叢さん、どうかしたの? なんか、さっきから様子がおかしくない?」 「そんなことはないです。大丈夫です。とっても元気ですし。ね、エリナちゃん」 「え、それ、ワタシにふっていいの?」 「余計なこと言わないでね」 「だ、[は]ダ[い]ー」 どうやら2人の間でなにかあるらしい。 まぁ、そういうことなら特に心配する必要はないのかな。 それが稲叢さんの体調不良みたいな話なら、エリナだって素直に従うとは思えない。 稲叢さんの様子がおかしく見えるのも、エリナとのなにかが関連していると考えるのが妥当だろう。 パスタも率先して俺によそってくれるし、受け答えだってしてくれる。 俺が稲叢さんに嫌われたというわけではなさそうだ。 ──と、その時は思ったのだが。 「おはよう」 「あっ、は、はい。おはようございますっ」 「お、今日の夕飯は──」 「ごめんなさい、ちょっと部屋に忘れ物が」 「そ、そう。いってらっしゃい」 とか。 「お、稲叢さんとエリナ、今帰り?」 「やっほー、ユート」 「こ、こんばんは」 「ちょうどいい。一緒にかえ──」 「え、エリナちゃん、お買い物、つきあってくれるんだよねっ」 「うぇ!? あ、うん……」 「ごめんなさい、六連先輩。あの、すぐに帰りますのでっ」 「あ、はい……。気をつけて」 とか。 「いらっしゃいま──せっ!?」 「こんばんはー。ちょっと時間が空いたから、たまには一杯飲もうかと──」 「も、萌香さんにご用事ですよね!?」 「へ?」 「──オーナー」 「あら、六連君じゃない。どうしたの?」 「いや……あれぇ?」 「なぁに? 今日はひよ里ちゃんがお休みだから、あんまり相手してられないんだけど」 「そうですよね。お忙しいですよね」 「ええ……」 あまつさえ。 「うう、喉渇いて真っ昼間に起きてしまった……水、水……」 「んく、んく、んく…………」 「あ……」 「ぷは……あれ、稲叢さん。どうした、こんな真っ昼間に?」 「あ、い、いえ……その……」 「今日はなんか暑くて眠れなくてさ、とりあえず水でも飲もうって──」 「お、おやすみなさいっ!」 「ええっ!? ちょっ──」 「…………」 俺……やっぱり嫌われてる……? 「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………はぁぁ……び、びっくりしたぁ……」 「どうしよう……どうしよう……。六連先輩……絶対わたしのこと、ヘンな子だって思った……」 「でもでも、先輩のことばっかり考えちゃって、眠れなくて、それで飲み物でも飲もうと思ったらその先輩がいるんだもん……」 「ダメ……六連先輩とちゃんとお話したいのに……まともに目をあわせることすらできない……」 「六連先輩……一生懸命わたしに声をかけてくれてるのに……わたし……」 「このままじゃ、六連先輩に嫌われちゃう……。嫌だよ……そんなの嫌……」 「エリナちゃんがあんなこと言うから……」 「エリナちゃんが……あんな…………」 「…………あんなこと……エリナちゃんが言ったのは……」 「もう、わたしがそういう態度……とっちゃってたって、こと……なのかな……なんだよね」 「なんでそう思うようになっちゃったんだろう……」 「看病してもらったから……?」 「同じような境遇だってわかったから……?」 「それとも、裸を見られちゃったから、だったりして……」 「は、恥ずかしい……もしそうなら、もう死ぬしかないくらい恥ずかしい……っ」 「はぁぁぁ……なんなのこれ……。こんなの、病気で寝込んでる時の方がよっぽどマシだよぉ……」 「このままじゃ……みんなにだって迷惑かけちゃう……」 「六連先輩には……一番、迷惑かけちゃうよね……」 「六連先輩は、優しいから……こんなわたしをもっと心配しちゃうだろうし……」 「心配……して……」 「…………」 「心配させたくなんかないのに……六連先輩がわたしのことを心配してくれるの……なんか、嬉しく感じちゃう……」 「わたしもうダメだ……なにを考えてるんだろう……」 「そうだ、寝なくちゃ。全然眠れてないから、もう頭がおかしくなってきちゃってるんだ」 「ちゃんと寝よう……六連先輩のこと考えないようにして……ちゃんと……」 「六連先輩…………じゃなくて、考えないように、考えないように、考えないように……」 「…………」 「ダメっ。このベッドで寝てると、六連先輩に看病してもらった時のことを思い出して、なんか隣に先輩がいてくれるみたいな……ああああああ」 「それでも寝なきゃ。寝よう、寝なさい、眠れ、眠ろう……」 「あ…………なんか、少し眠れそうな…………このまま…………ねむ…………」 「……………………うそ? 起きる時間?」 「はぁぁぁぁぁぁ…………」 「起きよう……。せめて食事だけでもちゃんと用意しなくちゃ……」 「はぁぁ…………」 「ずいぶん盛大なため息ね。どうかしたの?」 「なにか悩み事があるなら、この寮長がなんでも聞いてあげるよっ」 カレーライス(中辛)を前に重い息を吐きだしていると、美羽と布良さんがやってきて、当然のように同じテーブルの席に着いた。 「…………いや、なんていうか……うーん……やっぱりいいや」 「なによそれは、失礼ね」 「うぅっ……わ、私たちじゃ役に立たないって思ってるんだ……」 「そんなことは思っていないが……対人関係のことだし、自分で解決するべきなんだろうなと……」 「対人関係? 誰かとケンカでもしちゃった?」 「ケンカをしているならわかりやすいんだが……」 「ケンカじゃないなら恋愛問題かしら。好きな人でもできたの?」 「それもどちらかと言えばわかりやすいよな。そのための行動も起こしやすい」 「んん??」 「わかりにくい対人関係の問題ねぇ……。そこまで言ったなら、もういいでしょ? 教えて頂戴」 「別にクイズを出していたわけじゃないんだが……」 対人関係の問題とはいえ、寮内の問題でもある。 この2人が無関係とは言えないか……。仕方がない。 「稲叢さんのことだよ」 「稲叢さん?」 「莉音ちゃんがどうかしたの?」 俺の言葉に美羽も布良さんもきょとんとした目を向けてきた。 俺に対する稲叢さんの態度をおかしなものとは思っていないということか。 いや、そうは見えていないと言うだけかもしれない。それとも俺の考え過ぎなのか……。 「稲叢さんがどうしたのかって聞いているの。佑斗のみならず稲叢さんにも関係あると言うなら、なおさら聞かないわけにはいかないわ」 「うんうん」 確かに、ここまで言って気を持たせるのも悪いな。 「最近さ……稲叢さんに避けられている気がするんだ」 「莉音ちゃんに避けられてる……?」 「……誰が?」 「俺が」 「はぁ」 美羽は間の抜けた感じの相づちを打ち、布良さんは小さな首を傾げている。 「ハッ」 「な、なにか思い当たることがあったか?」 「ま、まさか……また覗きとかしちゃったんじゃ……?」 「佑斗、またやったの?」 「やってないよ! 前のだって事故だよ! 故意に覗いたことなど断じてない!」 看病の時、胸は見てしまったが! え、まさか、あれ? いや、違う。あれはちゃんと稲叢さんとの話しあいでなかったことになったはずだ。 はずだ。 「そ、そっか。よかった……。ダメだよ? ホントに覗いたりしちゃ……」 「大丈夫です。覗きません。極力、事故にも気をつけています」 「覗きじゃない……とすると」 「まさか……また胸を揉んだとか?」 「それは重犯罪だよ!?」 「揉んでないよ! またってなんだよ!? まるで前科があるように言うなよ!」 背中を拭くくらいはしたけど、あれだって看護行為だ! 俺はこの2人に話してしまったことを今さらながらに後悔しはじめた。 まぁ、無理矢理聞き出されたようなものではあるが。 「佑斗は性に飢えた野獣だから、揉むくらいはもうしちゃってるのかと思っていたわ。むしろ、揉むだけじゃなく……」 「…………ッ! 本当にケダモノ……」 「真っ赤になって睨みつけられても、そんな想像をする美羽の方がよっぽどケダモノだとしか思えない」 「失礼ね、これくらいはウィットに富んだ大人の会話の範疇よ」 こいつはウィットの意味を知らないに違いない。 「寮でそんなえっちなことしちゃダメだからね? 逮捕しちゃうからね?」 「だから、しないし、した覚えもないし、するつもりもない」 「そ、そうだよね。うん、私、六連君を信じてるからっ」 「そうね、私も佑斗がそんな野獣じゃないって信じてる」 「はいはい、それはどうも」 「拗ねないでよ」 「ごめんね、六連君」 どうせ今こんなことを言ってたって、またなにかあったら性獣だの淫獣だの言いだすんだろうなぁ。 俺だって男だからいやらしい気持ちはあるが、悩んでる時にこういう弄られ方をされたら腐りたくもなる。 「でもね、私から見た範囲だと、稲叢さんが佑斗のことを避けてるなんていうのは誤解にしか思えないのよ」 「うん、私もそう思う。今日だって、ちゃんと一緒にご飯食べてから、ちゃんと一緒に登校して来たじゃない」 「ああ、同じ場所にもいてくれないほどではない。ただ、目をあわせると、サッと逸らされちゃうんだよな……」 「話しかけても、すぐにエリナとかに振ったりして、俺とはまともに会話続けてくれない感じだし……」 「はぁぁぁ…………」 数えあげるとさらに気が滅入ってくるな……。 「う~ん……それは困ったねぇ」 「まぁ、なんとなく話しかけにくいということくらいはあるんじゃないかしら。でも、そんなの何日も続かないと思うわ」 「……そんなものか?」 「そんなものよ、特に稲叢さんならね」 「そうだね、莉音ちゃんだってぎくしゃくしてるのなんて好きじゃないもんね」 「ふむ……」 だといいが……。 「嫌われたかもしれない? 誰にだい?」 「……稲叢さんに」 「莉音君に?」 「ああ」 こういう時には寮の中では一番良識人の気がするニコラが頼りになる。 「………………ぷ」 「ぷはははははははっ!」 ような気がしたが、やっぱり気のせいだったようで、盛大に笑われてしまった。 「笑うなよ、こっちはそのおかげで滅入ってるんだから……」 「はは、は、そ、それはすまない。……ぷくく」 「だけどね、佑斗君。いくらなんでもそれは思い違いと言うものだよ」 「そうか……?」 「まぁ、キミが不安になる気持ちもわからないではないがね。それは世の常というものだ」 「?? どういうことだ?」 「つまりだ、光も闇も一見正反対に見えるが、お互いが存在しなければ自己の存在を確認し得ないという真理がこの場合には当てはまる」 「光があることで我々は初めて物を見ることができるが、光の[もと]下で光を見つけ出すのは難しく、闇の[もと]下で光を見つけ出すのは容易い」 「そういうことだよ、佑斗君」 「すまん、それがどう当てはまるのか、さっぱりわからん」 「さもあらん」 ニコラはそう言って薄く笑い、この話はここまでになった。 過剰な装飾に溢れたニコラの台詞もだいぶ意味がつかめるようになってきたと思っていたが、この道を極めるにはまだまだ先が長いようだった。 まぁ、極めるつもりもないのだが。 せっかくなので、帰り際に一緒になったエリナにも聞いてみた。 「なるほどねー、最近ユートがなんか元気ないと思ってたら、そんなことで悩んでたんだ」 「そんなことって言うなよ。毎日顔をあわせる相手なんだぞ?」 「それはそっか、ふむふむ」 「うん、なるほど……つまり、ユートは、リオがユートのことをどう思ってるかがわかればいいんだよね?」 「そうなるが……なんかその言い方だと色恋沙汰みたいだな」 「みたいって……」 「ん?」 「ううん、こっちの話」 「うん、それならいい手があるよ」 「ホントか!? それを教えてくれ!」 「ユートとリオが2人きりになったときを見計らって──」 「ふむふむ」 「一気に押したおす!!」 「ぶーっ!」 「うわぷっ……汚いなぁ、もぉ……」 「す、すまん……って、エリナがヘンなこと言うからだろ」 「ヘン? あ、押したおすって言ってもジュードーとかスモウじゃなくて、セックスのことだよ?」 「柔道の話ならどれだけよかったか……」 その上ここは路上なので、最後の単語が耳に入ってしまった通りすがりの人が、チラチラこちらの様子をうかがっていた。 本当に柔道や相撲の話であってほしかった……。 「だってさ、リオがユートのこと好きなら、それで一発OKじゃない?」 「嫌いだったら一発逮捕だよ!」 「それも大丈夫だよ。リオならほら、泣き寝入り? しそうだし」 「もっと酷い話になってるぞ、それ。稲叢さんはエリナの友達だろ? もっと友達の心ってものを考えてから言ってくれ」 「えー? めちゃくちゃリオのこと考えて言ってるんだけどなぁ」 「とても考えているようには思えん」 「それにあれだ、たとえ好きってことがあったとしても、無理矢理襲うようなのはダメだ。そう言うのはよくない」 「そう言うのはちゃんと、こう……お互いの気持ちを確かめあってから──」 「稲叢さん……いいよね?」 「六連先輩……あの……優しく、してください……」 「ああ、任せておけ」 「あっ、六連先輩っ! そんな急に……んぁっ! や、優しくって……んっ、んんんっ!」 「ユート?」 「ハッ!?」 な、なんだ今のは……。エリナが押したおすなんて話をするから、おかしな妄想をしてしまったじゃないか。 「なんか今、ものすごく気持ち悪い顔してたけど、頭大丈夫?」 「いろいろ酷いな、おい」 「ま、まぁ、ともかく、無理矢理襲うのはダメだ。洒落にならない」 「そっか、いい手だと思ったんだけどなー」 「いい手なわけあるかっ。自分が不意に押したおされることを想像してみろよ……」 「エリナが? ユートに?」 「んー」 エリナは口元に人差し指を当てて数秒考えると、口元に妖しい笑みを浮かべた。 「……フフ、いいよ、ユート。確かめてみる? でも、ゴムだけはつけてね☆」 「つけてね☆ じゃない。確かめないっての」 「ゴムつけてくれないの!?」 「そこじゃない! 俺は確かめないって言ったんだ。というかエリナは平気なのかよ……」 「んー、でもほら、実際に肌と肌を重ねないとわかんないこともあると思うから。実際にセックスしてみることも重要じゃない?」 「仮にそうだとしてもだ、気持ちの確認のためにすることじゃないだろう。むしろ、気持ちの確認をしてからすることのはずだ」 「つまり……『稲叢さん、セックスしよう!』『オー、イエー! カマーン!』ってなれば万事解決なわけでしょ?」 「なるか! っていうか後半誰の台詞だよ!!」 「前半は言うんだ……」 「言わないっつの!!」 「おー、じゃあやっぱり確認なしで押したおすんだ?」 「だぁああっ!」 「ちょっとちょっと……やーねー、押したおすですって……」 「ゴムもつけないらしいですわよ……ひそひそ……」 「これだから最近の若い人は……」 「乱れてますわよねぇ……」 「っ!? い、行くぞ、エリナ」 「きゃんっ、そんなに引っぱっちゃ、イヤッ☆」 「じゃあ一人で帰る」 「あっ、待ってよ、ユート! か弱い女の子を一人にしないでってばーっ」 とりあえず、寮の連中に相談しても無駄だと言うことがよくわかった一日だった。 「リオー、まだ起きてるー?」 「エリナちゃん? いいよ、入ってー」 「うん」 「どうしたの? なにかお話?」 「うん、ちょっと。……ユートのことなんだけど」 「ッ!? むむ、む、六連先輩が、なに?」 「それだよ、それ」 「……ど、どれ?」 「ユート、困っちゃってるよ」 「──ッ」 「困ってるって言うか……悩んでる」 「リオに、嫌われちゃったかもって」 「わ、わたし、六連先輩のこと嫌いなんかじゃっ」 「だろうけどさ、それ、ちゃんとユートにわかってもらった方がいいよ。ううん、わかってもらわなくちゃダメだと思う」 「エリナちゃん……」 「……でも、わたし」 「…………」 「話はそれだけ。どうするかはリオが決めることだしね。あとユートも、かな」 「それじゃリオ、おやすみ」 「お、おやすみなさい、エリナちゃん」 「…………」 「わたし……六連先輩のこと、嫌いなんかじゃない……」 「嫌い、なんかじゃ……」 今日は風紀班の仕事が休みだったのだが、そのまま寮に帰る気にもなれず、久しぶりにアレキサンドに立ち寄っていた。 ちなみに稲叢さんはオフで、同じくカジノの仕事がオフのエリナと2人で寮に帰っているはずだ。 別に稲叢さんを避けたいわけではなく、俺自身が今後稲叢さんにどういった態度をとればいいのか落ち着いて考えたいのだ。 ……でも、やっぱり気まずいから稲叢さんを避けているだけのヘタレな行動な気も……ああ、いや違う、そうじゃないんだ。 「六連君、どうしたんですか? 最近、ずっと元気がないみたいですけど」 コーラの入ったグラスをカウンターテーブルに置きながら、大房さんが見かねた様子で声をかけてきた。 「大房さん……そうだ、大房さんは稲叢さんからなにか聞いてないかな。俺のこととか……」 「莉音ちゃんから、六連君のこと……ですか? いえ、特には……」 「ただ……確かに最近、様子がおかしいと思うことは……」 「それは、どんな風に?」 「ひどく落ちこんだかと思えば、両手で顔を覆ってブンブン左右に振っていたり……」 「心配して声をかけてみれば、引きつった笑顔を浮かべていたり……」 「それは……様子がおかしいな」 「でしょう?」 「なんでもないと本人は言っていますから、根掘り葉掘り聞くのもどうかと思ってそのままにしているのですが、気にはなっていたんです……」 それもやはり、俺への態度と関係しているんだろうか。 だとすれば、稲叢さんもなんらかの悩みを抱えている可能性が高い……。 「それで、六連君の方はどうしたんですか?」 「その……なんだか避けられているって言うか……目をあわせてもらえないって言うか……」 「莉音ちゃんに?」 「ああ」 「六連君、莉音ちゃんになにかしたんですか?」 「してない……とは思うんだが、同じ寮で寝起きしてるから、俺の気がついていないなにかが原因になっている可能性はあるかな……」 「正直なところ、ここのところずっとその原因について考えてる」 「なるほど、そんなことが……六連君も大変ですね……」 「莉音ちゃんがそう簡単に人を嫌いになるとは思えませんけど、好き嫌いというのはなにがきっかけになるかわかりませんから」 「それにほら、莉音ちゃんは嫌いな人がいたとしても、面と向かって嫌いとは言えないタイプじゃないですか」 「だから、六連君の方から距離の取り方を考えてあげた方がいいのかもしれません……」 「う……」 わからないとしつつもその口ぶりは、すでに稲叢さんが俺のことを嫌っているという前提でのものだった。 でも、確かにそうだ。 稲叢さんの性格上、たとえそれが自分が嫌っている人物だったとしても、波風を立てるようなことをするとは思えない。 むしろ、波風を立てないように自分だけを抑えこんで乗り切ろうとするだろう。それが稲叢さんの抱える悩みだとも考えられる。 俺はやはり、稲叢さんと距離を置いた方がいいんだろうか……。 でも、それは……。 「では、よろしく頼む」 「はい。わざわざお越しいただいて、本当にありがとうございました」 「なに、もののついでじゃ。かまわぬよ」 その時、どこかで聞いたことのある声と共に、淡路さんと小柄な少女が店の奥から現れた。 「ん? なんじゃ小童、この様な店に出入りしておるのか?」 「こんな店で悪かったですね」 「いいお店ですよ、ここは。小夜様は今日はおひとりで?」 フォローのつもりでそう言うと、淡路さんも本気でくさしたわけではないらしく、小さく笑って肩をすくめた。 「うむ、所用あってな。だがそれももう済んだ。ちょうどよい、ワシも一杯だけならつきおうてやろう」 「つきあうって、俺にですか?」 「小童一人で呑んでおったのじゃろう?」 「一応、大房さんと話していましたが」 「たわけ、店の者を勘定に入れるヤツがあるか。それともワシの[とも]伴はできぬというのか?」 「とんでもない。光栄です」 「うむ」 カウンターの隣の席に着く小夜様。 よじよじと登って座る仕草がかわいいといえばかわいいのかもしれない。俺はロリコンではないから、よくわからないが。 「なにをお飲みになりますか?」 「そうじゃな、ピノ・ノワールでなにかあるか?」 「ジュヴレ・シャンベルタンなんていかがでしょう?」 「ふん、定番どころじゃが、まぁよい。それとチーズを適当にな」 「かしこまりました」 「今頼んだのはお酒ですか? 名前の感じからしてワインとか」 「うむ、ワインじゃ」 「ワシらは酔えぬ。じゃから、強い酒よりも味や香りを楽しむ酒を好む者も多い」 「そういった者には複雑な味と香りを持つワインは、うってつけというわけじゃな」 ワインというとどうしてもブルジョワなイメージというか、無闇に値が張るというイメージがあるな……。 「ところで小童は……ん? なんじゃ、酒ではないのか」 小夜様はクンと鼻を利かせてそう言う。 「酔えないので、俺はコーラで充分ですよ」 「つまらぬ男じゃのう。小童のうちから小さくまとまるものではないぞ?」 「肝に銘じます」 「ふん」 「こちらジュヴレ・シャンベルタンになります」 淡路さんが再びやってきて、ワインのボトルを小夜様に見せた。 ラベルを確認して小夜様がうなずき、淡路さんは手慣れた様子でグラスに葡萄色の液体を注いでいく。 俺の吸血鬼の鼻がその匂いをかぎ取ると、複雑に折り重ねられた芳醇な香りを確かに感じることができた。 「六連君、六連君」 「ただの女の子じゃないのはオーナーの対応からわかりますけど……その子は、六連君の恋人ですか?」 「そんなわけないだろ」 できれば、俺の対応からもそうではないことを察してほしい。 「よかった……。六連君は真性のロリコンだという噂があったから、思わず確認してしまいました」 「根も葉もない噂です。俺はロリコンではありません。本当にロリコンじゃないんです。本当に……勘弁して……」 「ご、ごめんなさい……」 「……お主も苦労しておるようじゃのぉ」 「おかげさまで……」 どこからかおとり捜査の時のことが漏れてるんじゃないだろうな……ううぅっ。 「して、今の生活には慣れてきたか?」 「それも、まぁおかげさまでというところですね」 「ふん……先日の事件、未だに尻尾がつかめておらぬらしいな」 「《チーフ》主任はかなり小規模なグループの犯行だとみているみたいです。その少人数が周到に立ち回っているんじゃないかって」 「なるほどのぉ」 「小夜様の方はどうです? ……俺の、[・]体[・]質に関することは」 「すまぬ、ワシの方も進展がなくてな」 「そうですか……」 「……[はす]蓮[ざわ]沢という研究者がおってな」 「蓮沢?」 「蓮沢《しょうざぶろう》庄三郎……ヴァンパイアウィルスの研究にも従事していた研究者じゃ。ヤツ自身も吸血鬼であったが」 突然の話の切り出しに驚いたものの、この人が無関係な話をするとも思えなかったので、うなずいて先を促した。 「そやつがもっとも興味を持って研究しておったのが……ライカンスロープについて、じゃ」 「!」 「慌てるでない。進展がないといったじゃろう」 「科学的見地からだけではなく、言い伝えや過去の文献も読みあさっておった、今で言えば『おたく』というヤツじゃな」 「ヤツの話が聞ければと思ったのじゃが、いっこうに連絡がつかん」 「元々偏屈な男じゃったから、大方ありとあらゆる接触を断って研究に没頭でもしておるんじゃろうが……」 「まったく……今も昔も研究者というヤツはまともにコミュニケーションもとれぬ変人ばかりじゃな」 「その人が捜し出せれば、詳しい話が聞けるかもしれないんですね」 「聞き出せるかどうかは《きゃつ》彼奴のその時の気分次第じゃろう」 「小童のことを話せば必ず興味を持つじゃろうが、ヘタを打てばいきなり解剖するなどと言いだしかねん」 「──っ」 それ、『おたく』じゃなくて『まっどさいえんてぃすと』なんじゃないか? 「そんなわけじゃ。《きゃつ》彼奴がまだ生きておるなら連絡もそのうちつくじゃろう」 「わかりました。お任せいたします」 「うむ……ところでの小童、なにか他に困りごとでもあったのか?」 「え、なんでですか?」 「なんでもなにもなかろう。いつもの小童なら今の話も素直にうなずきはせんじゃろ。もっと生意気ごとを抜かしておったはずじゃ」 「そんなことは……」 「ほぉ……このワシに隠しごとをするつもりか?」 「隠しごとというか、小夜様を煩わせるようなことじゃないんで」 「ハッ、案ずるな。酒の席じゃ。話せ」 小夜様まで……。 なんでみんなこんなに話を聞きたがるんだろう……。 ともあれ、話さないとこの場から放してもらえそうにはない気がする。 俺は渋々、同じ寮の子に避けられているかもしれないということを手短に説明した。 「くくく、好いた《おなご》女子に嫌われたというわけか」 「いや、別に好きな女の子ってわけじゃ……」 「好いていないのならば気にする必要もあるまい」 「同じ寮で生活しているんだからそういうわけにもいかないでしょう」 「ふむ……つまり生活に支障が出ているというわけか? 嫌がらせでもされておるのか?」 「そんなことをする子じゃないです」 「おお、怖い怖い。好いてもおらぬ《おなご》女子を悪者にされて、このワシを睨みつけるか」 「睨みつけてなんかいないですって」 本当に睨みつけた覚えなどない。からかわれているだけだろう。 「くくくくくく……」 こ、このクソロリババァ……。 「なんじゃと?」 「なにも言ってないですよ!?」 なにが『おお、怖い怖い』だ。この人の方がよっぽど怖いじゃないか。 「小童」 「なんでしょう」 「お主はまだ若い。そんな若輩が決めた定義など絶対のもののはずがなかろう」 「定義? ……どういう意味です?」 「時にはものを考えるのをやめてみよという話じゃ」 「考えるなと言われても、なんの話だか……」 俺の問いには答えず、小夜様は手にしていたワイングラスを置いて顔をあげた。 「さて、いい酒じゃった。やはり女としては、時折こうして若い《おのこ》男子と呑まねばのぉ」 そう言ってぴょこんっと背の高いカウンターの席から飛びおりる。 端から見たら、明らかに市長の方が若く──いや、幼く見える。 「あら、一杯だけでお帰りですか?」 「早く帰らぬとアンナもうるさいしの。なかなかいいワインじゃったぞ。チーズもよく合っていた」 「恐れ入ります」 「会計は小童の分も含めておけよ」 「え、いいですよ。コーラ一杯ですし」 「たわけ、ワシに恥をかかせる気か」 逆にコーラ一杯だし払ってもらってもいいかと思ったので、コップをくいっと持ちあげて感謝を示した。 小夜様は小さくうなずき、そのまま軽やかに店を出ていく。 いくら見た目が幼くはあっても、やはりその立ち居振る舞いには堂々たるものがあるな。 「はぁ……なにかすごい人ですね……。お酒を呑まれてるし、吸血鬼なのはわかりますけど……」 「ひよ里ちゃん、お客様の詮索は無用よ」 「は、はい。すみません、オーナー」 さて、残業がなければそろそろ美羽と布良さんが寮に帰ってくる時間だ。 「じゃあ、俺も帰ります。ごちそうさまでした」 「はい、ありがとうございました」 「六連君、また来てねー」 からかわれた時には少しムッときたが、よくよく考えてみれば、小夜様は俺のことを結構心配してくれているんだな……。 クソロリババァなんて思って申し訳ありませんでした。 などと心の中で謝罪していると、俺の携帯が鳴った。 「ん? エリナ? なんだろう……。もしもし?」 「ユート? 今どこー?」 「さっきまでアレキサンドにいて、今から帰るところ」 「おー、それはそれは。ご飯は食べたの?」 「いや、コーラ一杯飲んだだけだ。なにかあったのか?」 「ワタシ、非番だったんだけど、こんな時間から仕事に呼ばれちゃってね」 「寮はリオ1人になっちゃうから、ユートに早く帰ってきてほしいなーって」 「それは別に構わんが……そろそろ美羽と布良さんも帰ってくる時間だろう」 「あの2人も残業ができたみたいだよ? ご飯いらないってさっき電話あった」 「ニコラは……ああ、非番のエリナが呼び出されるくらいだから、ニコラも残業か」 「うん、そゆこと」 稲叢さんと2人きりということか……。 「莉音ちゃんがそう簡単に人を嫌いになるとは思えませんけど、好き嫌いというのはなにがきっかけになるかわかりませんから」 「それにほら、莉音ちゃんは嫌いな人がいたとしても、面と向かって嫌いとは言えないタイプじゃないですか」 「だから、六連君の方から距離の取り方を考えてあげた方がいいのかもしれません……」 う……。 「あり? 都合悪かった? 今帰ってくるところなんだよね?」 「あ、ああ、大丈夫だ。そう言うことならすぐに帰るよ。5分もかからないと思う」 「《りょーかい》パニャートナ」 俺は携帯をポケットに仕舞いこむと、なるべく早足で寮に向かった。 「おー、早い早い。お疲れー」 「そちらこそお疲れさま。なんならホテルまで送っていこうか?」 「走っちゃうから大丈夫だよ」 「そうか?」 「うん、ありがとー。んじゃ、いってきまーす」 「いってらっしゃい」 「ふぅ、危ないなぁ。まさかアレキサンドに行ってたとは……」 「エリナちゃーん」 「あら、エリナも今来たところ?」 「おー、ちょうどだね」 「あれ? 六連君と莉音ちゃんは? 一緒じゃなかったの?」 「それはお店入ってから説明するよ」 『??』 「佑斗と稲叢さんの様子? ここに2人を呼んでいないのはそれが理由なの?」 「そういえば六連君もなにか言ってたよねぇ」 「ボクはおおよそのところは理解しているつもりだよ」 「ええっ? だったらちゃんと相談に乗ってあげないと」 「ハハハ、そこで余計なことは言わないのが美学というものじゃないか」 「んん? どういうこと?」 「おー、ニコラ正解~♪ アズサとミューはハズレー」 「なによそれ。知っているなら教えて頂戴、エリナ」 「うんうん。六連君と莉音ちゃんのことなら、寮長としてもちゃんと知っておかなくちゃいけないし」 「お待たせいたしました。お飲み物をお持ちしました」 「あ、ひよ里ちゃん。ひよ里ちゃんは六連君と莉音ちゃんのことなにか知ってるの?」 「ああ、あの2人のことですか……。私も気にはなっていたんです」 「あの……どうして莉音ちゃん、六連君のこと嫌いになっちゃったんですか?」 「え? そうなの?」 「あの莉音ちゃんが目もあわせないなんて、よっぽどのことだと思うんです。やっぱり六連君がなにかしちゃったんでしょうか……」 「む、六連君が……莉音ちゃんに……」 「待って待って。ヒヨリはそれ、自分で見てそう思ったの?」 「? いえ、さっき六連君が来て、そのことで悩んでいたみたいで……。そう言えば最近、あの2人が一緒にいるところを見ていないなと……」 「ふむ、では美羽君と梓君はどうかな。自分の目で見て、莉音君が佑斗君を嫌っていると思うかい?」 みんながアレキサンドにいることも、そこでなにを話しているのかも知らずに、俺と稲叢さんはただ黙々と2人だけの食事をとっていた。 「…………」 「…………」 正直に言って、今日の朝食もすごく美味しい。 稲叢さんの作る食事は元々美味しかったが、ここのところさらに腕をあげた気がする。 こんな無言の食事シーンでなければ、大絶賛していたところだ。 ……というか、美味しいということくらい伝えた方がいいんじゃないか? 言って大丈夫か? 大丈夫じゃないなんてことないよな? すごく美味いし、ボリュームも満点だし……。 よし。 「……えっと」 「っ!?」 俺がほんの少し声をあげただけで、稲叢さんの肩がビクリと跳ねた。 こんな2人きりの状況だ。もしかすると、滅茶苦茶に警戒されているのか? 「ご、ごめんなさい。ちょっと……驚いちゃって、わたし……」 「いや、こっちこそすまない……」 「…………」 「…………」 き、厳しいな……。 やはり大房さんの言うとおり、俺の方から距離を置くべきなんだろうか。 だが、急いで食べて自分の部屋にとっとと行ってしまうという気にもなれない。それは当てつけが過ぎるというものだ。 どうしてこうなってしまったんだろう。 やはり俺がなにかしてしまったんだろうか。 せめてその原因だけでも知りたいのだが、果たしてそれを聞いてしまってもいいのだろうか。 それとも、稲叢さんがもう少し落ち着きを見せるまでは、そっとしておいた方がいいんだろうか。 「……っ」 稲叢さんの箸が止まっていることに気がついて、ふと顔をあげると、ほんの一瞬だけ目があって、さっと逸らされてしまった。 人に嫌われることにはそれなりに慣れているつもりだった。 目を逸らされることに、こんなに胸が痛むことなんて今までにはなかった。 こんなに胸が締めつけられる思いなんて、今まで一度も……。 『ないない』 「ええ? でも……」 「少なくとも私が見た限りは、そんなことあり得ないわね」 「うん、私もそう思う」 「そうだろう、そうだろう、そうだろうとも」 「で、でも、六連君は目もあわせてもらえないって……」 「よく考えてみてよ、ヒヨリ。リオが目をあわせない時っていうのは、その人が嫌いな場合だけ?」 「それ以外ということですか……? そもそも莉音ちゃんは人を嫌うような子じゃないですし、それに恥ずかしがり屋なところもありますから…………」 「……え? 恥ずかしくて、六連君から目を逸らしていると言うこと……ですか?」 「あ……」 「でもでも、六連君が寮に入ってからもうずいぶん経ちますし、そもそも前はそんなことはなかったわけですから、人見知りというわけでもないですし……」 「そういうこと……なの?」 「ひよ里君、どうやら美羽君と梓君はキミの言葉で真実にたどり着いたようだよ?」 「ヒヨリももうわかるでしょ? 女の子が恥ずかしがって男の子と目をあわせられなくなっちゃう理由」 「そ、それってもしかして……」 「なぜか佑斗の食事だけ、最近いっつもおまけがついてるのはそういうことだったのね?」 「女の子は余計なカロリーを摂取しない方がいいって台詞、鵜呑みにしていたわ……」 「私も莉音ちゃんが六連君の制服のワイシャツにぴっちりアイロンかけてるの見たことあった!」 「その時莉音ちゃん、なにかのついでだとかたまたまだとか言ってたけど、あれもそういうことだったんだ……」 「……つまり?」 「わかってなかったのね……」 「だ、だって、それじゃあ、莉音ちゃんが──」 「莉音ちゃんが、六連君のこと……好きになっちゃったって、こと、に……」 「なっちゃうよね」 「えええええええっ!?」 「しー。ひよ里ちゃん、他のお客さんもいるんだから」 「ご、ごめんなさいっ……で、でもっ、私、どうしようっ」 「どうかしたの? ま、まさか……大房さんも佑斗のことを」 「なんだって? それはボクも気がつかなかったな……」 「ちちち違いますっ!」 「私、六連君が本当に莉音ちゃんに嫌われてるんじゃないかって思って、つい、六連君の方から距離を置いた方がいいということを言ってしまって──」 「そ、そうです。六連君にさっきのは間違いだったって電話を」 「ヒヨリ、落ち着いてってば。ユートに電話してなんて言うつもり?」 「だからさっきのは──」 「さっきのアドバイスは間違いだったなんて言ったら、リオがユートのこと好きなんだって言っちゃってるようなもんだと思うけど」 「そういうのはやっぱり、自分で気がついた方がいいかも……」 「そ、それは……そうですけど、でも……」 「大房さんが気にすることはないと思うわ。大房さんに相談したのは佑斗自身、その相談を活かすのも活かさないのも佑斗自身よ」 「佑斗君も、相談相手に絶対の正解など求めていないと思うよ」 「うん、私もそう思う。六連君はちゃんと自分の頭で考えられる子だよ」 「うう、ですけど……」 「どうしても謝りたいなら、決着がついた後だねー」 「そ、そっか……そうですね……はい……」 「ひよ里ちゃん、いつまで油売ってるのー?」 「お、オーナー。はい、すみませんでした、仕事に戻ります……」 「おつかれー」 「それでそれで、今のヒヨリの話を踏まえると、ユートからは仕掛けにくいわけだよね? リオから仕掛けたりするかな」 「んー、どうかしら。稲叢さんから仕掛けられるなら、もうとっくにそうしている気もするのよね」 「ちょっとぉ、そういう無責任なお話はやめようよ」 「えー、いいじゃん、これくらい。ワタシたちの寮の仲間が幸せになれるかもって話だよ?」 「そうかもしれないけど……」 「それで、肝心の六連君の方は莉音ちゃんのことを、どう思っているんでしょうか」 「最近の佑斗君は口を開けば『稲叢さんに嫌われたかも……』だからね。好きか嫌いかは言わずもがなと言うヤツさ」 「や、やっぱりそうだよねっ」 「そもそも佑斗は無類の巨乳好きよ。稲叢さんの胸に食いつかないはずがないわ」 「食いつくって言うか、今頃は直接吸いついちゃってるかもねー」 「えっ、えっ!? 直接吸いつくって……」 「そういう行為は寮では禁止ーっ!」 「ハハ、ここで言っても無意味だよ」 「ひよ里ちゃーん」 「は、はい!」 「……ヒヨリも結構興味津々だね、この話。ちょっとかわいそう」 「大房さんの仕事が終わるまではここにいましょ」 「え、でも、そんなにここにいたら……」 「にひひ、アズサってばえっちなこと考えてる」 「そそそそんなこと考えてないってばーっ!」 「じゃあワタシたちがここにいても問題ないよねー」 「あうあぅあぅ……」 「我らが館は今、愛と美の女神アフロディーテの祝福を受けていることだろう」 「だったらいいんだけど……2人とも照れて固まってるなんてこともありそうじゃない?」 「それは、すっごいありそう」 食事はすでに終わっていた。 稲叢さんの方もすっかり食べ終わり、食べ終わった後はすぐに後片づけをはじめてしまった。 後片づけと言っても使った食器は2人分。 そんなもの、俺が手伝わなくてもすぐに終わってしまう。 問題は、食事が終わり、食事の片付けが終わった後でも、俺たちがこの部屋を去っていないということにあった。 自分の部屋に戻らない理由なんてなにもない。 恐らくは稲叢さんの方もそうだろう。 2人でこの部屋に留まり続け、そして無言もまた続いている。 でも、それだからこそ、俺は自分の誤りに気がつきはじめていた。 稲叢さんは、俺を嫌っているわけではない。もし嫌っているならば、今、自分の部屋に戻らない理由はないはずだ。 嫌われていないのならば、俺はやはり、稲叢さんにこんな状態になっている原因を聞くべきだろう。 稲叢さんからは言いだしにくいことなのかもしれない。それを聞いてほしくて、今ここに留まっているのかもしれない。 だから── 「あのっ」「あのっ」 「えっ!?」「えっ!?」 俺が意を決して顔をあげると稲叢さんも同じように顔をあげ、同時にあげてしまった声にお互いに目を丸くした。 「あ……」「あ……」 「…………」「…………」 お、落ちつけ……そうだ、稲叢さんから話しかけてくれたんだ。 それって何日ぶりって話じゃないか? だから、俺はただ稲叢さんの話を聞けばいいんだ。それをちゃんと促して── 「そ、そっちから──」「そ、そっちから──」 「…………」「…………」 あまりのタイミングに俺たちは丸くした目をパチクリと繰り返す。 そして。 「ぷっ……」 「くすくすくすくす……も、もぉ……真似しないでください、六連先輩……」 「いや、今のは俺だけのせいじゃない……ぷくくくく」 「ウソです、六連先輩ったらわたしが真剣なのにからかって……フフフフフフフフ」 久しぶりに見た稲叢さんの屈託のない笑顔に、ドキリと大きな衝撃が胸を打った。 「あ、ご、ごめんなさい。あの、本当に先輩が意地悪をしたと考えているわけではなくて……そのっ」 俺が急に笑いを止めたからだろう。稲叢さんは慌てた様子で縮こまる。 「い、いや、ごめん、違うんだ。そんなことは俺も考えてない。ただ──」 「……ただ?」 稲叢さんが不安な瞳で俺を見あげている。 ただ……ただ、なんだ? やけに喉が渇いて、上手く言葉が出てこない。 さっきまで言おうとしていたはずの言葉は、いったいどこに消えてしまったのか。 俺は、一つ息を吸いこんでから言い直す。 「ただ……久しぶりに稲叢さんの笑顔が見られて……嬉しかった」 「あ……」 稲叢さんは口元を手で押さえ、みるみるうちに顔を赤く染めていく。 そして、慌てた様子で俺から《・,・,・,・,・,・》目を逸らした。 ……やっぱり、そうだ。 稲叢さんは、俺が嫌いだから目をあわせようとしなかったんじゃない。 俺と目をあわせるのが、恥ずかしかった……から? それって……。 急に身体中の血管が脈動をはじめ、血液が濁流のごとく駆けめぐりはじめた。 「あ、あの、先輩……わ、わたし……聞いてほしいことが……っ……あって」 「……わかった。聞く」 今の俺の返事はおかしくはなかったか? もしかしたら、ものすごくぶっきらぼうに聞こえてしまったんじゃないか? そんな、いつもは考えないようなことが頭を駆けめぐる。 なんで今、こんなことが気にかかるんだ? 「好いていないのならば気にする必要もあるまい」 「ちょっ!?」 「ふぇっ!?」 「い、いや、すまない。続けてくれ」 「は、はい……あの……」 「ごめんなさいっ!!」 「ご、ごめんなさい……?」 ゴメンナサイ? ゴメンナサイってなんだ? あ、謝罪の言葉だ。 なんで謝られているんだっけ、俺……。 あれ? なんだ? これっぽっちも頭が回らないぞ? なんだこれ……。 「ごめんなさい、六連先輩……。いっぱい嫌な思いをさせちゃいましたよね……本当にすみませんでした……」 「い、いや…………え?」 「……? えっと……わたし……先輩が話しかけてくれてるのに、他の人と話したり……目を逸らしたり……いっぱい……」 「あ、ああっ、そのことか!」 「あ、あれ? もしかして、あまり気にしてはいませんでしたか……? ご、ごめんなさい、わたし……なんか、自意識、過剰で……っ」 「待った! 少しだけ、少しだけ待ってくれ! 少しだけ、な?」 「は、はい……」 なんで俺はこんなにテンパってるんだ? 落ち着いて考えろ。稲叢さんが今謝罪してくれた内容は、ここ数日俺が待ち望んでいたものじゃないのか? そうだな? そうだ。 謝罪してほしいと思っていたわけじゃないが、その謝罪によって稲叢さんが俺を避けていたのには理由があることがわかった。 OK。理解した。それではもう一つ深呼吸だ。すー、はー……。 「えっと……稲叢さん」 「はい」 「謝罪してくれてありがとう……ありがとう? ま、まぁいいや。ともかく、俺もすごく気にしてた。稲叢さんに嫌われたんじゃないかって……」 「わたしっ、六連先輩のこと、嫌ってなんかいないです!!」 弾けるようなその言葉に、俺の全身が痺れた。 そうだ、こっちだ。俺が待ち望んでいたのはこっち。 謝罪の言葉じゃなくて、稲叢さんに嫌われていないという事実。確証。これだけがほしかったんだ。 「よかった……本当に……」 「わたしの方こそ、ヘンに避けたりして、このままじゃ六連先輩に嫌われちゃうってずっと……」 「いや、俺が稲叢さんを嫌う理由はないよ。俺はまた、知らない内に稲叢さんに嫌われるようなことをしたんじゃないかって、そんなことばかり……」 「そんなことないです! わたしが一方的に避けちゃっただけで、それもあのっ……その……っ」 「な、なんか……どうしても……先輩の顔を見ると、すごく恥ずかしくなってしまって……」 テンパっているという状況に、俺の脳が慣れてきたのだろう。 消え入りそうな稲叢さんの台詞と対照的に、今まで聞こえてすらいなかった壁掛け時計の秒針の音がやけに鮮明に耳に入ってきた。 目の前には、真っ赤な顔をして、それでもなるべく目を逸らさないように前髪の隙間から俺を見あげる稲叢さんがいる。 俺はこの子に嫌われたくない。絶対に嫌われたくない。 嫌われたくないのは、同じ寮で生活している子、だからか? 「お主はまだ若い。そんな若輩が決めた定義など絶対のもののはずがなかろう」 「時にはものを考えるのをやめてみよという話じゃ」 嫌われたくない理由なんて……嫌われたくないから以外にないじゃないか。 稲叢さんがたとえこの寮で生活していなくても、たとえ週に一度程度も会えない存在だとしても── 稲叢さんに嫌われているのは……そんな状態は、絶対にイヤだ。 「そっ、それで、あの……ごめんなさいの他にも、先輩に、言いたいことが、あって……」 「ああ」 「あのっ、わたし……わたし…………」 「………………っ」 「……俺はちゃんと聞く」 「え……」 「だから、焦らなくていい。絶対にちゃんと聞くから」 「稲叢さんがなにを言おうとしているのか、俺も知りたい。聞かせてほしい……」 「先輩…………」 目を閉じて胸に手を当てる稲叢さん。 その豊満な胸が大きくゆっくりと上下する。 そして、再び瞼が開くと、稲叢さんはその透きとおる瞳で俺を見据えた。 「六連先輩……」 「………………」 「………………だ」 「大好きです!! わたしとおつきあいしてください!!」 予感はしていた。予想もしていた。 それなのに、まるで現実感のない言葉が耳に飛びこんでくる。 その言葉は現実感のないふわふわの状態のまま身体中に染み渡り、やはり現実感のないぽわぽわとした熱となってこみあがってくる。 「俺も……」 「俺も稲叢さんのことが好きだ。つきあって、ほしい……」 ふわふわのまま、ぽわぽわのまま、俺の口はまるでそれが当たり前かのようにその台詞を吐きだした。 そして、吐きだしてから、その台詞が当たり前だという実感が襲ってきた。 当たり前だ。 だって俺は、稲叢さんのことが、好きなんだから。 「せ、先輩……」 そうでなければ、あんな些細な様子の変化で、稲叢さんをあれほどまでに心配したりはしなかっただろう。 そうでなければ、学院を休んでまで看病したりしなかっただろう。 そうでなければ、稲叢さんが回復した後も、あんなにいつまでも気遣ったりはしなかっただろう。 端から見ていたら、それは滑稽に見えたかもしれない。 俺が稲叢さんへの気遣いを口にする度に、エリナが見せた微妙な表情に、今ようやく合点がいった。 俺は、稲叢さんが好きなんだ。 「俺からお願いしたいくらいだ。稲叢さん、好きだ。つきあおう」 「なっ……えっ……あっ……」 俺が稲叢さんの告白に現実感を失っていた様に、稲叢さんもまた俺の返答に現実感を失っているのだろう。 絶句し、なぜかキョロキョロと周りを見、もう一度恐る恐る俺を見て……そして、自分自身を指さした。 「もしかして、わたしのことですか!?」 「今、稲叢さんしかいないだろ! っていうか、告白してきたの稲叢さんじゃないか!」 「ででででもでも、わたし、わたし、わたしぃっ??」 「この寮にはわたしなんかよりかわいい女の子がいっぱいいるじゃないですかっ! おかしいですよ、六連先輩!」 「かわいい女の子がいることは否定しないが、稲叢さんはその中でも群を抜いてかわいいと思っている」 「そんなこと──」 「俺が」 否定してくることがなんとなくわかったので、俺はあえて稲叢さんの台詞を遮るように言った。 「俺が一番かわいいと思っている女の子は、稲叢さんだ。他の誰がどう思おうと、関係ない」 「――――――」 「ず……するいです、そんな言い方……」 「ずるくない」 「稲叢さんは、俺とつきあうのはイヤか?」 「わ、わたしから……告白したんです……。イヤなわけ、ないじゃないですか……」 「だったら」 「だって、こんな……こんな幸せすぎるの……おかしいです」 「俺とつきあえるのは、そんなに幸せすぎることかな」 「当たり前です、そんなの……」 「だったらなおさら俺は稲叢さんとつきあいたい。稲叢さんを幸せにしたい」 「……っ」 「そして、稲叢さんとつきあえたら、俺も信じられないくらい幸せになれると思う」 「稲叢さんは、俺を幸せにしてくれるつもりはないか?」 「幸せに……したいです」 「大好きな人に、幸せになってもらいたい……。そのお手伝いができるなら、わたしも嬉しいです……」 稲叢さんは胸に手を当てて、ゆっくりと息を吸いこみ、そしてゆっくりと吐きだす。 その豊満な乳房から心臓が大きく跳ねていることが見てとれた。 「六連先輩……本当に、わたしでいいんですか?」 「稲叢さんがいい」 「俺は……稲叢さんのことが、誰よりも好きだから」 「……っ!! わたしも、先輩のことが大好きです……っ!!」 稲叢さんの身体が俺の腕の中に飛びこんでくる。 俺はその華奢な身体を受けとめ、抱きすくめた。 「わたし……先輩の彼女に……なります……してください」 「ああ。俺も稲叢さんの彼氏になる。今から俺たちは、恋人同士だ」 「はい……先輩……っ」 「稲叢さん……」 抱きしめる腕に力をこめると、稲叢さんの胸が俺の胸板で押しつぶされる感触があった。 稲叢さんも気がついているはず。 だけど、俺の腕から逃れる素振りもなかった。 もしかして、俺たちはこれから── 「おめでとう~っ!!」 「ッ!?」「ッ!?」 「あぁっ! エリナ、まだ早いわよ! これからいいとこ──あ……アハハ、お、おめでとうございますぅ~」 「あ、あ、あのあの、好き同士ならしょうがないかもしれないけど、寮内では、そういう、その……あ! お、おめでとうございますっ」 「コングラッチュレーション!」 「よかった……おつきあいできたんですね、よかったぁ……」 いきなり雪崩れこんできた寮のみんなが口々におめでとうを言い、その後ろから入ってきた大房さんが心底ホッとしたように胸を撫でおろしていた。 「みんな、いったいいつから……」 「ひよ里先輩までどうして…………あ」 「す、すまん」 「い、いいえっ」 あまりの出来事に呆然としていた俺たちだったが、気がつけばお互い抱きあったまま。 慌てて手を放して背中を向けあったものの、みんなはニンマリニヤニヤとして俺たちに生温かい視線を送っていた。 「いつからもなにもないよねー。もうすっかりお日様のぼってるよ?」 「うわ、ホントだ……明るい……」 「わ、わたしたち、ずっと……?」 「あ、あの、六連君! ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」 俺たちが窓の外の明るさに驚いていると、大房さんがやってきてものすごい勢いでブンブンと頭をさげた。 「距離を置いた方がいいなんてとんちんかんなアドバイスしてしまって、私、みんなから莉音ちゃんのお話聞いてホントに真っ青になって」 「ホントにごめんなさい! ほんっとうにごめんなさいっ!」 「い、いや、大丈夫だから、大房さんが謝るようなことはなにもないから」 「ほ、本当に? 本当に許してくれるんですか? はぁ……よかったぁ……」 「でも、私のこと抜きで、本当によかったです……莉音ちゃん、おめでとう。六連君とお幸せに」 「は、はい……ひよ里先輩も、みんなも……ありがとう」 「なんかもう結婚したみたいな雰囲気になっていないかい?」 「け、結婚!?」 「結婚とか言うな!」 「にひひ、でも感謝してほしいよねー。ワタシたちが空気読まずに入ってきてたら、カップル成立しなかったかも」 「エリナは一部始終が覗きたかっただけでしょう?」 「美羽ちゃんが一番真剣に覗いてたくせに……。私、ずっと口押さえられててちゃんと見えなかったんだから」 「そ、それは、アレよ。えーと──」 「エリナ、みんなも……本当にありがとう」 「おーっ!? あ、あの、ホントに感謝されると、困っちゃうなー……なんて」 「いや、稲叢さんとつきあえることになったのは、少なからずみんなのおかげだと思う。本当にありがとう」 「あ、ありがとうございますっ。そ、それから、わたしたちのこと、これからもよろしくお願いしますっ!」 「にひひ、やっぱり結婚しちゃったみたいだねー」 「はぅっ」 「だから、そういうこと言うなよっ!」 「ははは」 「六連先輩、ご飯のおかわりはいかがですか?」 「ありがとう、稲叢さん。いただくよ」 「はい」 俺から茶碗を受けとり、炊飯ジャーからご飯をよそう稲叢さん。 稲叢さんはそんなちょっとした行為だけでも嬉しいらしく、幸せそうな笑顔でご飯を盛った茶碗を俺に返してきた。 「どうぞ」 「ありがとう」 「どういたしまして、ふふ」 俺は俺で、稲叢さんのそんな笑顔を見られることが嬉しくて、堪えようとしても、つい頬の筋肉が緩んでしまう。 まさか俺がこんなにかわいい彼女を持つことになるなんてな……。 吸血鬼になり、この島で暮らすことになった時にはどうなることかと思ったけど、こんなサプライズが待ち構えていたとは。 「起き抜けにこの甘ったるい空気は少し厳しいものがあるわね……」 「そう? ワタシとしてはまだ足りないくらいなんだけど」 「どれだけ甘党なのよ、エリナ」 「だってさぁ」 「甘党……? あ、もしかして今日の煮付け、もう少し甘めにした方がよかった?」 「ううん、ご飯はすっごく美味しいよ、リオ」 「そう? フフ、ありがとう、エリナちゃん」 美羽とエリナがどんな話をしていたかは、おおよその見当はつくがまぁいい。 カップル成立直後なんてどこでも周りの反応はこんなものだろう。すぐに慣れて気にならなくなる……に違いない。 「そうだ、稲叢さん」 「はい、なんですか?」 「よかったら、来週の日曜日にデートしないか?」 「で、でーと!?」 「ちょ、ちょっと六連君っ。そういう相談は、2人きりの時にしておこうよっ」 「俺と稲叢さんがつきあってることはみんな知ってるわけだし、隠すことでもないかと思ってな」 「それに、あらかじめみんなの前で言っておけば、別の用事が重なる可能性も少なくなるだろ?」 「それはそうかもしれないけど……」 「それは確かに合理的な考えかもしれないけどね、佑斗君。莉音君を見てみなよ」 「~~~~っ」 そういわれて稲叢さんを見ると、その顔は真っ赤になり、頭の頂点からは湯気が噴き出していた。 「ありゃま、まっかっか」 「な、なんか、つられて私まで顔が熱くなってきちゃった……」 「すまない、稲叢さん。どうやら俺が無神経だったみたいだ」 「いっ、いえっ、あのっ、だっ、だいじょぶっ、です」 「全然大丈夫そうじゃない……けどこれ、2人きりの時に言ってもたぶん同じだったんじゃない?」 「それは言えてるかもしれないわね」 「でっ、でーと……でーと……でーと…………」 「稲叢さん? 本当に大丈夫か? 稲叢さん? あの、都合が悪かったらまた別の日でも──」 「おっ!」 「お?」 「お弁当!! わたしっ、お弁当っ、作っていきますからっ!!」 「お、おお……ありがとう、期待してる」 「はいっ!!」 すごい気合の入り様だ。 ただでさえ美味しい稲叢さんの料理が、この気合でさらに美味しくなると考えると、それだけでもデートに誘ってよかったと思える。 「いいなー、リオのお弁当かー」 「エリナ君、野暮は言わないことだよ」 「はぁぁぁ…………♪ でーと…………はぁぁぁぁ……♪」 「莉音ちゃん? おーい」 「……ダメそうね。手を振ったところで、まるで視界に入っていないみたい」 「やっぱりねー。2人きりだろうが、ワタシたちの前でだろうがおかまいなし!」 「本当に……稲叢さんをここまで溺れさせるなんて、さすが佑斗ね。いやらしい……」 「いやらしくないだろ、別に。俺はただ、デートをしようと言っただけで……」 「えー? 初デートで、初キッスで、初ペッティングで、初セックスでしょ? いやらしいことてんこ盛りだよ?」 「だだダメだよエリナちゃん! 六連君もそんなっ、そんなっ」 「だから、俺はなにも言ってない」 「愛しあってるんだからいいと思うけどなー。ちゅっちゅでも、ぺろぺろでも、いんぐりもんぐりでも」 「いんぐりもんぐりってなに!?」 「それが、お、大人の関係ってものよね。やっぱりいやらしいわ……」 「禁断の果実は一口囓るだけでは飽き足らない。一度その甘さを味わえば、もう一つもう一つと求め続けてしまうものさ」 「はぁ……稲叢さん、こいつらの言ってることは気にしないでいいから。……稲叢さん?」 「はぁぁぁ……六連先輩とでーと…………でーと…………でーと…………♪」 俺がため息をつきつつ稲叢さんの方を向くと、稲叢さんは未だにその瞳に星をちりばめさせて妄想の世界に入り込んでしまっていた。 そもそも周りの話なんて耳に入ってすらいなかったので、何の問題もなかった。 「それで、稲叢さんとのデートはどうするつもりなの?」 「どうって言われてもな……。まぁ、適当に面白そうなところをぶらついて」 「適当にじゃダメだよ、六連君。自分が誘ったんだから、ちゃんとエスコートしてあげないとっ」 「そうよ、記念すべき初デートなのよ? ちゃんと2人の思い出になるものにしなさい」 「莉音君の様子から考えれば、佑斗君がどこへ連れていってもお花畑間違いなしって気もするけどね」 「それは油断だよっ。お花畑気分が一気に冷めちゃうことだってあるかもしれないんだよ?」 「さすがに冷めちゃうのは避けたいところだが」 「そういうことなら私に協力させてください!」 「デートは来週末なんですよね? この《アクア・エデン》海上都市のオススメデートスポットをまとめてきますから数日だけ待ってください!」 「いや、そこまでは悪いよ。なにか参考になりそうな本でもあれば、それを貸してくれれば充分──」 「私が2人の力になりたいんですっ」 バンと右手で自分の胸を叩く、いつにない迫力の大房さんだ。 「汚名返上したいわけね。せっかくなんだから力になってもらえばいいじゃない」 「うん、ひよ里ちゃんならそういう情報詳しいと思うし、莉音ちゃんの好みも知ってると思うし、いいんじゃないかな」 「どんな場合でも、情報を知らないよりは、知っていた方が有利だと思うよ」 「……ふむ、それもそうか。じゃあ、お願いするよ、大房さん。でも、あんまり張り切る必要はないから」 「またそんなことを~」 「そうは言っても俺と稲叢さんのデートだからな。確かにいい思い出にできれば最高だけど、それを作り出すのはあくまでも俺たち2人だから」 「正論と言えば正論ね……」 「そうですね、わかりました六連君。押しつけがましいことはしません。オススメスポットですから、どうしても主観は入ってしまいますけど」 「それで充分だ。ありがとう、大房さん。それから、すまない、張り切ってるところに水を差すようなことを言って」 「いいえ、当然だと思います。むしろ、六連君が莉音ちゃんとのはじめてのデートを、ちゃんと大切に思っているのがわかって嬉しくなりました」 「そう言ってもらえると助かる。じゃあ、よろしく頼みます」 「はい、任せてください」 「はぁぁぁ…………」 「リオー、おーい、リオー。いい加減帰ってきてー」 「……ハッ。え、あ、ななななに?」 「リオさぁ、今日の授業、なにやったか覚えてる?」 「今日の授業? そんなの、ほら…………あれ? えーと…………」 「………………」 「な……なんにも記憶にない……。あ、あれ、今日ってなんの科目があったっけ?」 「科目からかー」 「ううっ、ごめんなさい……」 「でもさ、そこまで妄想の世界にひたってるってことは、もうどういうデートするとかは決まってるんだ?」 「どういう……デート……?」 「ほら、いろいろあるよね? 雰囲気のいい場所で肩を寄せあって~とか……あれ?」 「もしかして、なにも考えてないの? 2人でどこに行くとか、そういうの」 「どこってその……お花畑、とか」 「えっ」 「えっ」 「…………」 「な、なにかおかしかった……?」 「う、ううん……本当にお花畑にいくデートもあるとは思うよ? ええと……他には?」 「他?」 「いやいや、だからたとえば……映画を観にいくとか、お買い物をするとか、遊園地で遊ぶとか……」 「あっ、そ、そっか……」 「そっかって、リオ……」 「わ……じゃあ、わたしもしかして、もう六連先輩とデートしてたんだ……」 「遊園地はまだないけど、一緒に映画観たことあるし、それにお買い物だって……わ、わぁ……」 「映画はともかく、お買い物ってもしかしてスーパーで野菜買ったりとかそういうこと?」 「うん。そっかぁ、それで魚売り場のおじさんに『彼氏かい?』なんて冷やかされちゃってたんだ……」 「ううっ、それはデートとは違う気がする……」 「……違うの?」 「少なくとも、恋人同士になってからはこれがはじめてになるわけだよね? それはかなり違うんじゃないかなぁ」 「こ、こいびとどうし……」 「はぁぁ……まだ信じられない……わたし、ホントに……」 「おーい、帰ってこーい」 「ハッ、ご、ごめんなさいっ。……でもそっか、そうだよね」 「六連先輩と映画観たり、お買い物したりっていうのは今までも楽しかったけど、デートはなんかもっとわくわくするっていうか……」 「うんうん、ま、それがわかればいっか。リオだしね」 「…………」 「ううん、やっぱりそれじゃダメな気がしてきた」 「お?」 「そうだよ、ダメだよ……。だって、わたし、六連先輩のこ、こいびとに、なったんだから」 「エリナちゃんっ」 「は、はい」 「わたしの目を覚ましてくれてありがとう。わたし、呆けてる場合じゃなかった!」 「それでね、エリナちゃんを見込んでお願いがあるの」 「お願い? なに?」 「え、えっとね……恋人っていうか、彼女さん? って、どういうことをすればいいのかな」 「好きな人のためになることをすればいいのかなっていうのはわかるんだけど、なんだかそれだと寮生活の延長みたいのしか考えられなくて……」 「それに、それだと六連先輩だけ贔屓するみたいになっちゃうし……」 「わりと今でも贔屓気味だと思うけど……それはそれとして、なるほど、そういうことかぁ」 「でも、そんなのワタシに聞くんでいいの?」 「? エリナちゃん、わたしよりはそういうの詳しいよね? それに、わたしが勇気出せたのは、エリナちゃんが心配してくれたおかげだし……」 「ん~~~~……わかった。ワタシも誰かとつきあったことがあるわけじゃないけど、なんとかリオでもわかるようなの考えておく」 「ホント!? ありがとう、エリナちゃん! 大好き!」 そして数日後。 「六連君、お待たせしました。これが『大房ひよ里の《アクア・エデン》海上都市ガイドブック』です!」 ババーンと効果音でもついていそうな勢いで差し出されたA5版の小冊子。 ご丁寧に中のページまでカラフルに仕上げられている。ページ数は16ページと言ったところか。 「……だから張り切るなと言ったのに」 「ごめんなさい。作りはじめたら止まらなくなってしまって……」 「あ、でもですね、私のオススメや、そのスポットの注意事項は書いてありますけど、そこまでですから」 「どこにどういう順番で行くかは、六連君と莉音ちゃんで決めてください」 「なんでしたら、こんなもの無視しちゃって構いません。元々私の自己満足みたいなものですので」 「こんなものってことはないが……ともかく、ありがとう。活用させてもらうよ」 「はい」 大房さんが作ってくれた手作りのガイドブックは、非常によくできた代物だった。 《アクア・エデン》海上都市は観光地だから元々ガイドブックもパンフレットの類もそれなりにあるのだが、それらのいいとこ取りをした作りになっている。 その上、しっかり観光客は行かない穴場スポットも書かれていて、これ一冊あればデートの際にはしばらく困らないかもしれない。 「ふむ……とはいえ、つきあいはじめて、はじめてのデートになるわけだから、あんまり奇をてらわない方がいいか……」 「あくまでもオーソドックスに……そしてなにかあった時でも対応できるようフレキシブルに……」 「そう言えば稲叢さん、お弁当を作ってくるって言ってたよな……とすると、ランチはそれになるから……」 「というわけでリオ、これを一通り読んでみて」 「わ、こんなにいっぱい……えっと、漫画?」 「うん。まずはデート対策でしょ? だから、デートシーンのある恋愛漫画を選んでみたんだ」 「情報誌なんかより、リオにはこっちの方がわかりやすいんじゃないかな」 「エリナちゃん、ありがと~っ!」 「にひひ、ワタシとしても、リオとユートには幸せになってもらいたいもんね」 「そうなの? 嬉しいけど……どうして?」 「そんなの、リオのこともユートのことも好きだからに決まってるじゃない」 「(それにイチャイチャの実例を目の前で見たいし!)」 「そうなんだ……えへへ、ありがとう。それじゃあ、エリナちゃんの時は、わたしになにかお手伝いさせてね?」 「そんな時があればね~。んじゃ、リオ、がんばってね」 「うん、本当にありがとう」 「《どういたしまして》ニェーザシタ」 「さて……じゃあさっそく読んでみよう。どれにしようかな……あ、これにしようかな。絵がとってもかわいい……」 「……ふぇ?」 「…………っ」 「え……え? う、うそ…………っ……」 「はぁ……はぁ……ちょ、ちょっと待って……ふぅ……」 「ホントに……こんな……」 「で、でも……エリナちゃんがわたしにあわせて選んでくれたものだし……」 「……うん、わたし、がんばるっ」 「……ひゃあああっ」 「あっれ~? 寝る前に読もうと思ってた漫画がない……」 「どこ行った~? ちょっとえっちなドタバタラブコメディ~」 「う~ん……どこやったかな……ふぁああ……」 「あふ……眠いし、明日探すかぁ……」 「ふにゅ……スパコイナイ・ノーチ……」 ともあれ、こうして俺たちは、初デートのための準備をする日々を過ごしていった。 その準備は物理的なものも含まれてはいたが、大半以上が精神的なものだった。 「じゃあ、いってきます」 「い、いってきます……」 あまり大きな声を出さないようにそう言って、寮を出てくる俺たち2人。 日曜日の夕方だからか、はたまた気を利かせてくれたのか、俺たちが出かける時間にはまだ誰も起き出してはこなかった。 まぁ、十中八九、後者だろう。 ありがたい話ではある。 「あ、あの……どこに行きますか? 先輩が行きたいところがあれば、わたし、どこにでもご案内いたします」 「いや、案内は大丈夫。稲叢さんはどこに行こうとか考えてた?」 「いえ……わたしは、その……六連先輩と一緒にいられるなら、それだけでもう……」 稲叢さんはそこでちらりと俺を見上げ、目があうとごく小さな悲鳴をあげて両手で顔を押さえた。 両手で隠されていない耳が真っ赤に染まっているのが見える。 「とりあえず」 「は、はい……」 「コホンコホン……あー、なんていうか、その……」 「手でも、繋ごうか」 「てっ……てですかっ!?」 正直なところ俺も恥ずかしかったが、俺も男だ。このデートを牽引する義務がある。 ──そんなことで稲叢さんに嫌われたりしない そう心の中で3回唱えてから、まだ狼狽えている様子の稲叢さんの右手を強引にとって握ってしまった。 「は、はぅ……」 「嫌だったかな……」 「い、嫌じゃ、ないです……」 「よかった。じゃあ、行こうか」 「は、はい……。あ、どちらへ?」 「まずは前にも2人で行ったことのあるところだ」 そうして俺は歩き出し、稲叢さんも俺に手を引かれて歩き出す。 これが俺たちの初デートのはじまりだった。 「…………」 「…………」 稲叢さんの手を握ったまま観光ホテルの集まる広場までやってきていた。 稲叢さんはもちろん、俺もはじめてのデートとあって、緊張でここまであまり話せてはいない。 つまらないデートと思われていないだろうか。 それに緊張のあまり、稲叢さんの右手を握っている俺の左手がやけに汗をかいてしまっているのが気になる。 「(ど、どうしよう……。わたし、緊張しすぎて手汗いっぱいかいちゃってる……。先輩にヘンに思われちゃう……)」 「(でも……この手、放したくない……。今日はずっと、先輩と手を繋いでいたい……)」 「(わたし……わがままだ……)」 「あの、稲叢さん」 「は、はいっ」 「手……大丈夫?」 「やっぱり放さないとダメですか!?」 「えっ!? あ、いや……俺、手にいっぱい汗かいちゃってるから、気持ち悪くないかと……」 「ごめんなさいっ! 手の汗は、わたしので、そのっ」 「いや、俺のだろ、これ。それに、稲叢さんの手汗だっていうなら、俺は別に気にならないし」 「わたしだって、先輩の手汗なら絶対に気持ち悪くなんてありませんっ」 「お、おう……じゃあ、繋いだままで」 「は、はい……このままで、お願いします……」 よかった……とりあえず、よかった……。 俺がホッと胸を撫でおろすと、その隣で稲叢さんもふぅっと息をついていた。 「とはいえ、もうすぐ放すことになっちゃうかもしれないが」 「え」 「最初の目的についたから」 「ここ……ですか? 『オーソクレース』ですよ?」 「ここの映画館に用があってな。稲叢さんと一緒に観たい映画があるんだ」 「映画……はいっ! デートでは映画を観るものだと聞いていますっ」 稲叢さんの右こぶしが気合を込めて握られる。 っていうか、聞いていますってなんだ? 「それで、観たい映画というのはどれですか?」 「つい最近、大物映画俳優が亡くなっちゃったのは知ってるか? あの人の追悼企画で昔の出演作を上映してるらしいんだ」 「それでちょうどこの時間に上映するのが、前に稲叢さんと観た映画と同じ監督さんのヤツなんだよ」 「稲叢さんなら観たことあるかもしれないとは思ったんだけど、せっかくだから2人で観たいって思ってな」 「あ、この映画……」 「この映画はわたしもまだ観ていません。観たかったんですけど、どこにもレンタルDVDが置いてなくて……」 「おお、それならちょうどよかった。じゃあ、さっそく入ろう」 「はいっ」 この映画は現代のカリスマトリマー(ペットの理容師)が、江戸時代にタイムトリップしたことからはじまる壮大な歴史ロマンだ。 主人公のトリマーは当初、怪しい者として追い立てられるが、次第にその腕を発揮して理解者を増やしていく。 そして、その理解者の中に一人の利発な少年がいたことから、彼の運命が大きく変わることになる。 少年の名は徳松。後に徳川家第五代将軍となる徳川綱吉、その人だった。 徳松の取り立てにより将軍家お抱えトリマーになった主人公は、徳川家の闇を知り、自身もまたその闇に染まっていく……。 「ぐすっ……まさか生類憐れみの令の裏に、あんなに哀しい出来事があったなんて……」 「綱吉の心を慰めるために、再び手にしたハサミで100匹の犬を次々とカットしていくシーンは圧巻だったな。それに、まさかあんなラストとは……」 「主人公も最後には道を取り戻せたんでしょうか」 「そうだといいなぁ……」 「ううっ……本当にいい映画だよね」 「うんうん。……ん?」 「ラストもいいと思うんだけど、中盤の堀田正俊に認めさせるくだりも燃えるよね。ここで認められちゃうが故に新井白石を敵に回しちゃうんだけどさ」 「…………」 「でも、新井白石の嫉妬心もよくわかるなぁ。あれは主人公に対する愛情の裏返しだよね。それが刈りとった犬の毛を頬張るシーンによく──」 「あー、もしもし? 扇先生?」 「え? あ、ああ、すまないね。いい映画を観ると、つい、ね」 「つい、じゃなくて、いつからいたんですか」 「こんばんは……」 「こんばんは、六連君、稲叢君。いつからって、いやだなぁ、僕も偶然同じ映画を観ていたんだよ。六連君とは運命の赤い糸で結ばれているからね」 「そんなもの勝手に結ばないでください」 「扇先生もこの映画のよさがわかるんですね! よかったぁ……ほら、先輩、理解者はわたしたちだけじゃありませんでしたよ」 「稲叢君こそわかるんだね、素晴らしい!」 「そうなんだよ、この映画もそうだけど、この監督が作る映画はどれも世間の評価が芳しくなくてね」 「僕としては、彼以上にセンスと情熱に溢れている映画監督はいないと思うんだけど……」 「わたしもそう思います! 今までそれで共感してくれるの六連先輩しかいなくて……ね、先輩?」 「あ、ああ……」 「……? どうしたんですか?」 「いや、ちょっとな……ちょっと」 お、俺が……扇先生と一緒の感性だと言うのか……うううっ。 いや、しかし、いいものはいい。誰がどう思おうと、俺がいいと判断したものに、俺自身が嘘をついてはいけない。 「気分でも悪いのかい? それはいけないね、さ、脱いでご覧」 「ここは診察室じゃないですから! というか、気分も特に悪くはないです」 「アハハ、すまないね。ついいつものクセで」 「稲叢君の方はどうかな? あれ以来、体調に特に変わったことはないかな」 「変わったこと……ですか? …………はい、特にありません」 「ふむ…………。うん、それはよかった」 「よかったら、また検診に来てください。もちろん2人できてくれるのも大歓迎。2人はずいぶん仲がいいみたいだからね、デートのついでにでも」 「デートで病院に検診に行くというのは、さすがにないと思います」 「あはははは……」 「ハハハ……おっと、それじゃあまた今度。実はこの映画のためにちょっと空けてきちゃっただけなんだ」 「はい、それではまた」 丁寧に挨拶する稲叢さんとは対照的に、ちょっぴり頭をさげるだけで別れを告げる俺。 稲叢さんが頭をさげている隙に、扇先生は俺に向かってウィンクしてきたが、それは見なかったことにした。 「ふぅ……去ったか……」 「フフ、面白い先生ですよね」 「面白い、か……。変わってるという意味では、確かに面白い先生だとは思うが……」 「くすくす」 稲叢さんは完全に俺と扇先生の仲がいいと思っているみたいだが、俺としては必要以上に関わりたくない人物の筆頭だ。 この誤解をどう解いたらいいかと一瞬だけ考えたが、デートの最中に扇先生のことをこれ以上考えるのも嫌だった。 せっかくあっさりと去ってくれたんだ、もう彼のことは頭から追い出してしまおう。 「それはそれとして、稲叢さん。前に言ってた、アレなんだけど」 「アレ、ですか?」 パッと思いつかなかったのか稲叢さんはきょとんとしてほんの少し首を傾げる。 「そろそろお腹空かないか?」 「……あっ! お弁当ですよね! はい、腕によりをかけて作ってきました」 「アハハ、よかった。それを期待していたんだ。広場のベンチでいいかな」 「はい」 「さぁどうぞ、召しあがってください」 「おお、本当に美味そうだ。いただきます」 「ぱく……あむあむあむ……ん」 「ど、どうですか……?」 「うん、美味い。さすが稲叢さん」 「さすがだなんて、そんな……えへへ」 「いや、さすがって言っていいんじゃないか? たとえばこのミートボール、冷凍食品じゃなくてちゃんと自分で作ってるだろ?」 「そ、そんなに手間がかかるわけじゃないですし……」 「これだけならそうだろうけど、玉子焼きはもちろん、こっちの揚げ物も手作りみたいだし、一個一個作っていったら結構な手間になると思うな」 「そっ、それでもそんな、手間じゃないですっ」 「そうか?」 「そうです、だって……」 「六連先輩に喜んでもらうためなら、この程度の手間なんて、なんでもないです……」 うつむいた頬を真っ赤に染めて、稲叢さんはそんなことを言う。 耳から侵入したその台詞は、血液に溶けこんで全身を駆けめぐり、俺の心臓を圧迫した。 俺の視界には真っ赤になった稲叢さんが映しだされているが、稲叢さんの視界にも真っ赤な俺が映しだされていることだろう。 「……すごく、嬉しい」 からからに渇いた喉からかろうじてその言葉を搾り出す。 すでに稲叢さんとは好意を伝えあい、こうして恋人としてデートしているわけだが、だからといって照れなくなるわけでも、緊張しなくなるわけでもない。 そんな当たり前といえば当たり前のことを、今さらながらに実感する。 つきあってしまえばもっと平気になるだろうと、俺はどこかで考えていたらしい……。 「せ、先輩に喜んでもらえて、わたしも、嬉しい、です……」 「はぁぁ……本当に嬉しい……」 俺の喜びが稲叢さんの喜びとなり、稲叢さんの喜びがまた俺の喜びになる。 俺たち2人の喜びが合わさって、重なりあって、1つの大きな喜びになっていく。 稲叢さんが俺の隣にいるだけで嬉しい。 稲叢さんが俺に話しかけてくれるだけで嬉しい。 稲叢さんが俺のすぐそばで呼吸をしているだけでももう、嬉しすぎる。 「先輩……」 「稲叢さん……」 互いを呼びあい、視線を絡みあわせる。 お互いに緊張が高まっていくのわかった。 鼓動が大きくなっていき、照れていた表情はやがて真剣なものへと変わっていく。 稲叢さんの中になにかの決意が生まれていた。 それに気づいた俺の心臓は、トクンと1つ大きなうねりを見せる。 ──キス。 もしかしたら、稲叢さんはキスを求めているのかもしれない。 俺たちがつきあいはじめて、はじめてのデートだ。そういうことがあったっておかしくはない。 「えー? 初デートで、初キッスで、初ペッティングで、初セックスでしょ? いやらしいことてんこ盛りだよ?」 うるさい黙れ。 俺は頭の中から無理矢理エリナの台詞を追い出した。 そうじゃない。たとえそうだとしても、もう少しこうムードってものがある。 ムード? 今、ムードはそんなに悪いか? いやでもちょっと待て、まだ弁当を食べている最中で、そんな── そんな俺の内心を他所に、稲叢さんが意を決したかのように一つ息を吸いこんだ。 そして―― 「せ、先輩、どうぞっ!」 「ぶーっ!?」 「ちょっ、まっ、えっ、なぁっ!?」 日本語にならない音の羅列が俺の口から飛び出していく。 ちょっと待て。なにが起こった? 意味がわからない。 「だ、ダメですか……?」 「ダメって、えっ!? いやっ、ちょっ」 「先輩……わたしの胸、好きだと思って、わたし……っ」 「いやっ、待て! 待とう! 落ちつけ、落ちつくんだ、稲叢さん」 ようやく日本語になってきた俺の台詞は、稲叢さんに向けてのものだったが、明らかに自分自身に向けても言っていた。 落ちつけ俺、今なにが起こっているのか落ちついて、冷静に判断するんだ。 「ごめんなさい、先輩。やっぱりこんなもの、見たくなんかなかったですよね……」 「わたしもおかしいとは思っていたんです。こんなもので先輩が喜ぶはずないんじゃないかって」 「でも、それでも……先輩が喜んでくれるならって思ったら、ダメで元々、やってみなくちゃって……思っちゃって……それで勇気を、振り絞って……」 「わたし……ぐすっ……」 「いやっ! 見たくないなんてことは絶対にない! しかし──」 「見たいんですか!? だったら」 さらにぐいっと[えり]襟を引っぱって、胸元を見せてくる稲叢さん。 俺の視線は理性とは裏腹に、その豊満さを感じさせる谷間の部分へと吸いこまれていく。 「じゃない! ちょっと待て! だから落ちついてくれ、稲叢さん!」 「や、やっぱり、こんなの嬉しくないですよね……?」 「いや、だから、見られれば嬉しいんだけど、それはそれとして、まずは落ちついて俺の話を聞いてくれ!」 「ぐすっ……は、はい……」 「……それと、目のやり場に困るから、胸元を元に戻してくれると助かります」 「はい…………」 「……念のため言っておくと、目のやり場に困るって言うのは、見たくないって意味じゃないからな」 「そ、そうなんですか?」 どうやら本当にそんなことを思っていたらしい。 俺の言葉を自虐的に捉えることがあるみたいだから、その辺気をつけた方がいいかもしれない。 今までの寮生活ではそこまでのことは特になかったから、単純に恋愛ごとに関して自信がないという話だとは思うが……。 「え、えーと、稲叢さん。俺たちは、その……もう、恋人同士、なわけだ」 うう、自分で言うのがこんなに恥ずかしいとは。 だが、恥ずかしがっている場合じゃない。稲叢さんにちゃんとわかってもらわねば。 「は、はい……」 「恋人同士にもいろいろな関係があって、その関係にもいろいろな進め方があると思う」 「いろいろな、進め方……」 「人それぞれっていうことだよ。だから、慌てる必要なんかどこにもないんじゃないか?」 「改めて言うけど、稲叢さん……俺は、稲叢さんのことが、大好きだ。稲叢さんのことを嫌いになんて絶対にならない」 「だから、そんなに慌てて関係を進めようとしなくても大丈夫だよ」 「だ、大好き…………大好き…………大好き…………」 なんか、俺の台詞の一部だけリフレインしてるみたいだけど、大丈夫だろうか。 「ええと、稲叢さん……」 「は、はいっ、わたしも先輩のことが大好きです!!」 「──ッ」 全然大丈夫じゃない!? すごく嬉しいけど! ものすごく嬉しいけど!! 「お、おお、ありがとう、すごく嬉しいよ」 「わ、わたしは先輩に大好きって言ってもらえて、本当に嬉しいです……すごく嬉しい……」 「で、でもですね、先輩? ここは、その……広場ですし……こういうところでそういうのを言っちゃうのは、ちょっと……だ、大胆な気がします……」 「あっ、でもっ、そのっ、先輩がそういう大胆なのがお好みなら、わたしもがんばってそれにあわせますからっ」 「てい」 「あたっ。……な、なんですか急に……酷いです」 稲叢さんの頭に軽くチョップをかますと、稲叢さんは不服そうに口を尖らせた。 その表情がまたかわいくて、思わず微笑んでしまう。 「だから、がんばってあわせるとか、そう言うことはしなくていいからさ」 「慌てずに、気楽に、2人で一緒にいる時間を楽しまないか?」 「六連先輩…………」 「はいっ、そうですね」 にっこりと笑ってうなずく稲叢さんに、俺も笑顔でうなずく。 「それから、もう一つ言っておくけど」 「はい」 「こんな広場で胸元を見せつけてくる方がよっぽど大胆じゃないかと、俺は思う」 「っ!?」 「…………」 「……」 「そうです、ね……はい…………」 どうやら恥ずかしいことをした自覚はあったらしく、稲叢さんは小さく小さく縮こまってしまった。 お弁当を食べ終わると、《アクア・エデン》海上都市の主要な観光スポットでもあるショッピングモールにやってきた。 ここはショッピングが楽しめるのはもちろん、ジェットコースターや観覧車などがあるテーマパークも併設されている。 デートにも観光にも使える大房さんの超オススメスポットだ。 俺たちはしばらくの間、お店を冷やかしたり、ゲームに興じたりしながら敷地内を練り歩いていた。 「なにか欲しいものがあったら言ってくれ」 「はい」 なんでも買ってあげられるほどのお金は持ちあわせてはいないが、はじめてのデートだし、なにか記念になるものでも買ってあげられればいいな……。 などと頬をにやけさせていたら、稲叢さんは意外なところで立ち止まった。 そこは、なんのことはない、フランクフルトを売っている屋台だった。 「フランクフルト……」 「フランクフルトがほしいの?」 「えっと、あの……はい……」 お弁当じゃ足りなかったのかな。 もしかしたら、俺に食べさせてばかりで自分ではあまり食べていなかったのかもしれない。 俺ももう少し、その辺りにも気を配れるようにならないとな。 「おやすいご用だ。すみません、フランクフルト2本ください」 「あ、お金」 「これくらいはおごらせてくれ。お弁当のお礼もしたいところだし」 「でも……」 「まぁまぁ」 屋台のおじさんからフランクフルトを2本受けとって、1本を稲叢さんに押しつける。 稲叢さんは戸惑い気味に俺に目を向けたが、俺が苦笑を返すと観念したように稲叢さんも小さく苦笑した。 「先輩、ちょっと見ていてください」 「ん? なんだ?」 「いいですか? では……あむっ」 稲叢さんはフランクフルトを口にくわえて、俺の様子をうかがう。 「……どうですか?」 「?? どうって言われても……美味しそう?」 美味しそうは美味しそうだけど、同じフランクフルトを俺も持ってるしなぁ……。 「おかしいな……。えっと、もう一度いきますね?」 「わかった」 「はぁ……あぷっ」 「ふむ、いい食べっぷりだ」 「……ですよねぇ」 「……すまない。なにかを表現したいんだと思うんだが、俺はさっぱりわかっていないみたいだ」 「い、いえ、先輩のせいじゃないです。たぶんわたしが、ちゃんと理解しないでやっているからだと思います」 両手でブンブンと手を振りながら稲叢さんは言う。 「んん? ちゃんと理解というのは、なにを?」 「えっと、その……か、彼氏の……気を引く方法?」 「俺の気を引く? フランクフルトを食べることが?」 「やっぱりヘンですよね? わたしもよくわからなかったんですが、漫画だとフランクフルトを食べる女の子を見て、男の子がドキッて……あっ」 「確かこう、髪の毛をかきあげながらだった気がします。それがなにかのポイントなんでしょうか……」 「あー……」 フランクフルトを食べてるのをフェラチオに見立てて……みたいなことを言ってる? そういうことなら、もっと目を細めて、フランクフルトに歯を立てないように唇でくわえて、唾液を垂らしつつ── じゃなくて! 「もしかして、さっき胸元を見せてきたのもその漫画の?」 「は、はい……そうです」 「焦らなくていいって言ったのに」 「だから、その……胸元見せるようなのは、わたしもちょっとハードルが高かったので……簡単にできそうなものをって思って……」 もしそれが成功していたなら、フランクフルトの方がエロ度は高かったかもしれない── だから、そういうことじゃなくてだ。 「わたし、やっぱりまた余計なことをしちゃってるんでしょうか……」 「男の人とおつきあいするのははじめてだし、デートもやっぱりはじめてだから、ちゃんと勉強しておかなくちゃって思って……」 「エリナちゃんに恋愛の漫画を借りて……」 「エリナに、恋愛の漫画を……」 ずれてはいるが、その意気込み自体は間違ってはいない気がする。 というか正直、稲叢さんのその気持ち自体は非常に嬉しい。 問題があるとすれば、その予習にエリナが用意してきた漫画を使ったことか。 わざと胸元を見せるシーンとか、フェラチオに見立ててフランクフルトを食べるシーンがある漫画ってことだよな。 恋愛漫画って言うか、えっちな漫画って言うか……いや、少女漫画はかなりえっちだとも聞くし、そんなものなのかもしれない。 そもそも、それも本当に問題かと言われれば、そこまでではないとも思う。 なぜなら、俺たちは恋人同士であり、えっちなアプローチだって当然その範疇にあるはずだからだ。 いや、だけど、稲叢さんのような純真無垢な女の子に、そう言うことをするのは、つけ込んでいるみたいでよろしくないというか……。 いや、でも、稲叢さん自体がそうまでして俺との関係を進めたいって言ってるなら、いいんじゃないか? いや、待て、それは違う。 いや、しかし── 「先輩?」 「あ、すまない。ちょっといろいろ考えごとをしていて……」 「やっぱり、わたしがまたヘンなことをしていたんですよね……。ごめんなさい」 「いやいや、少なくとも、稲叢さんが俺との初デートのために、いろいろ努力してくれてるって言うのはすごく嬉しいし、惚れ直しているところなんだ」 「ほ、惚れ直して……」 「あのっ、先輩っ」 「はいっ」 稲叢さんのその勢いに、思わず直立して返事をしてしまった。 「やっぱりわたし、こういうことはよくわかっていないと思うんです」 「だからこそ、ちゃんと勉強してからと思っていたんですけど、それでは空回りするばかりで、逆に先輩にご迷惑をかけているだけだと気づきました」 「わたしは先輩に喜んでもらうために、ちゃんと恋人としてがんばろうって思っていたのに……」 「だから、恥を忍んで、直接先輩に聞くことにします」 「先輩は、わたしとどういうことがしたいですか?」 「──っ」 その問いに思わず喉がゴクリと鳴った。 稲叢さんとなにがしたいってそりゃあ抱きしめたいし、キスもしたいし、おっぱいだって揉みたいし、あまつさえ顔をうずめてみたいし、できることなら、セ、セ……。 いや、だから、待て待て。稲叢さんがそれらをちゃんとわかっているならともかく、わかっていないで言っているんだ。 そこにつけ込むようなことはしたくないし、そういうのは絶対によくない。 「わたしは先輩の恋人として、先輩の望むことならなんでもしたいって思っています……。それが、わたしの知らないようなことでも……」 俺が必死に内心のスケベ心を抑えつけているのに、稲叢さんは追い打ちをかけてくる。 「先輩と映画を観られてとても楽しかったです。お弁当を一緒に食べたのもとても幸せでした」 「お店を見てまわるのもやっぱり楽しいです。先輩と一緒だから、なにをしていてもすごく温かい気持ちになれるんです……」 「たぶんそれは、先輩と恋人同士だからなんですよね……?」 「だからこそ、わたしは恋人として先輩にしてあげられることをちゃんとしたい……」 「もう、わたし自身がよくわかっていないことを、無理してしたりしません。その代わり……先輩に教えてもらいたいんです……」 「わたしがなにをすればいいのか。先輩に、もっともっと喜んでもらうためにはどうすればいいのか」 「ヒントだけでもいいです……。このままじゃ、わたし、先輩に迷惑をかけるだけの彼女になっちゃう……。ううん、このままじゃ彼女だって失格に……」 「失格になんてならない」 「先輩……」 「そんなにまで彼氏のことを想っているのに、彼女失格だなんてあり得ないだろ」 「誰が失格にしようと、俺は絶対に合格にする。稲叢さんは絶対に合格だ」 「いや、稲叢さん[・]だ[・]けが合格だな。他に彼女を作るつもりもないし」 「……それについては、ちょっと心配です」 「あれ!? なんで!?」 「くすっ……それは先輩が世界一素敵な人で、先輩の周りには素敵な女性がいっぱいいるからです」 「世界一素敵な男は、たぶん浮気もしないと思うぞ?」 「たぶんですか?」 「……絶対だ」 「はい、信じます」 稲叢さんは本当にかわいいな。 ただかわいいだけじゃない。 すごくまっすぐで、すごく前向きで、すごく純真で、その分すごく不器用で……。 その上、すごく俺を愛してくれている。 本気で、ただひたすらに俺との幸せな関係を築こうと考えてくれている。 「そうだな……俺も女の子とつきあった経験はないけど、今の稲叢さんに要求するとするなら……」 「はい、なんでも言ってください」 「もっと稲叢さんらしく振る舞ってほしい、かな」 「え……?」 「自然体でいいんだと思う」 「慌てる必要はないってさっきも言ったけど、俺たち、はっきり言ってものすごく愛しあってるじゃないか」 「まだつきあいはじめたばかりなのに、稲叢さんはこんなに俺のことを想ってくれてるし、俺もその想いに全力で応えようと思ってる」 「そんな風に想いあってるんだ。いやでも関係は深まっていくだろうし、想いそのものも、もっと強くなっていくと信じてる」 「そうは、信じられないかな」 「……信じます」 稲叢さんはまるで神に祈るかのように両手を胸の前で組んで声を震わせた。 「信じます」 「俺も、信じる」 「……はい、六連先輩」 自然に目をあわせ微笑みあう。 そして俺が手を差しのべると、稲叢さんの手も重なり、俺たちはまさに自然に手を繋いで寄りそった。 「い、今、自然に手を繋ぎました……!」 「いや、それ言っちゃったら、あんまり自然じゃなくなっちゃうから」 「ああっ、す、すみません、やり直しを──」 「自然に放してあげない」 「それ全然自然じゃないです」 「やり直す方が自然じゃないだろ」 「じゃ、じゃあわたしも放してあげません……」 「絶対に、放しませんから……」 稲叢さんの手がきゅうっと俺の手を握りしめ、俺も少し強めに握り返す。 「あ」 「すまん、痛かったか?」 「いえ、逆に痛くさせてしまったんじゃないかと……」 「俺は大丈夫だよ。お互い吸血鬼の筋力があるとはいえ、一応男の子だしな」 「そうですか? フフ、よかった……」 「じゃあ次はどこを見ようか。アトラクションの方にでも行ってみる?」 「あの……この後のことは、わたしに任せてもらっても構いませんか?」 「ん? 別にいいけど」 大房さんのガイドブックを元に行く場所の目星はつけてあるが、細密なスケジュールは立てていない。時間が関わるものは一番最初の映画くらいだ。 「先ほどの先輩の言葉で思いついたんです。わたしがわたしらしく、六連先輩に楽しんでもらえる方法……」 「おお、それは楽しみだ」 「フフフ、それじゃあ行きましょう。ご案内します」 「よろしく」 「はい」 「って、ここは……」 稲叢さんに案内されたのはいつものアレキサンドだった。 さすがに恥ずかしかったのか、稲叢さんは俺と手を放しつつ、カウンターにいた淡路さんにその手をあげた。 「こんばんはー」 「いらっしゃい──って莉音ちゃん?」 「今日はお休みじゃ……ああ、六連君も一緒なのね。そう言えば今日はデートだっけ。ごはんでも食べに来たのかしら?」 「どうも、こんばんは」 なぜ今日がデートだと知っている? と一瞬思ったが、淡路さんじゃ相手が悪いと思い直して挨拶だけする。 「あの、オーナー。今日ってお店忙しいですか?」 「見ての通り、今日は全然ね。私一人でも充分回せそうだったから、ひよ里ちゃんにもさっき帰ってもらっちゃった」 くるりと見渡すと、テーブル席にコーヒーを飲んでいる2人組がいるだけで、他にお客さんはいないようだった。 「それはよかったです」 「よくないわよ、閑古鳥が啼いてるのに……」 「す、すみません! そういう意味じゃなくて、その……オーナーにちょっと相談したいことがあって」 「ん? なぁに?」 「あのですね……ごにょごにょごにょごにょ……」 「ふんふん……ほっほぉ、なるほどねぇ……」 「……ダメでしょうか? やっぱり、そういうことでお店を使ったりするのは、その……」 「ああ、オーケーオーケー。いいわよ、花も恥じらう莉音ちゃんのはじめての恋のためですもの」 「そういう言い方はやめてくださいよぉ」 「これくらいいいじゃない。オーケー出してあげてるんだから」 「六連君も幸せ者ねー。莉音ちゃんみたいなかわいくてかわいくて超かわいい彼女をゲットできて」 「萌香さんっ」 「全面的に同意しておきます。今日のデートでその幸せを噛みしめまくっていますよ」 「も、もぉ、先輩までぇ……」 稲叢さんは顔を真っ赤にして頭から湯気を出している。 知り合いに会ったらこうして冷やかされることは稲叢さんだってわかっていただろうに、なんでアレキサンドに来たんだろう。 「あ、あの、先輩。少しだけ待っていてください」 「ああ、いいけど」 「萌香さん、先輩に余計なこと言っちゃ嫌ですからね」 「はいはい、なにも言わないわよ。安心しなさい」 「はい、それではよろしくお願いします」 「フフフフ、すっかり彼女の顔になっちゃってまぁ、かわいいなぁ」 「それで、俺はどうしていればいいんでしょう?」 「席なんてガラガラなんだから、好きなところに適当に座っちゃっていいわよ?」 「そんなことより、ね、ね、莉音ちゃんとはどこまで行ったの?」 「もうキスくらいはした? それとももうやっちゃった? 一つ屋根の下だもんね、一度[・]た[・]がが外れちゃったらもう止まらないでしょ?」 「でしょ? って言われても、[・]た[・]がは特に外れてないのでなんのことやら」 「ほほぉ、このあたしに情報を隠そうと言うのね?」 「だから、まだつきあいはじめたばかりなんで、なにもしていませんよ」 むしろ、「なにかしでかしそうになる稲叢さんを必死で食いとめていた」なんて情報は、淡路さんですら手に入れてはいないだろう。 「してないの? あんなナイスバディな彼女を捕まえておいて? したいとは思わないの? 六連君が不能だなんて情報は入ってきていないけれど」 「人を勝手に不能にしないでください」 「まぁ……したいかしたくないかと聞かれれば、したいですよ、もちろん。でも、急ぎすぎても」 「かっこわるい?」 「いや、かっこうの問題ではなく」 「そうかしら」 「確かにヘンに急ぐ必要はないとは思うけど、ヘンにかっこつける必要もないとあたしは思うわ」 「だから別にかっこうをつけているわけでは……」 「ま、いいけどね。莉音ちゃんを哀しませることだけはしてほしくないけど」 「それについては約束します。俺も稲叢さんを哀しませたくなんかない」 「ん、それが聞ければいいわ。……あら、ちょうど、莉音ちゃんも戻ってきたみたいね」 そう言われてカウンターの奥を見てみると、確かに稲叢さんが出てきてこちらを見て少し恥ずかしそうに微笑んだ。 ──だが、なぜかウェイトレス姿だった。 「お待たせしました」 「それじゃあ、ごゆっくり」 稲叢さんがやってくると、入れ替わりに淡路さんが手をヒラヒラさせながら去っていく。 「あれ? 仕事になったってことか?」 「いえ、そうではなくて……」 「ウェイトレスとしてのわたしなら、ちゃんと六連先輩をおもてなしすることができるんじゃないかと思って……」 「仕事場を私用で使うのはよくないとも思ったんですけど、先輩をわたしの自然な姿でおもてなししたいって思ったら、これしか思いつかなかったんです」 「萌香さんが許可してくれたので、本当に助かりました」 「そうだったのか……うん、なるほど」 「こういうおもてなしでも構いませんか?」 「構わないもなにも、嬉しいよ。それに、俺がはじめて稲叢さんに会った時も、この場所で、この恰好だった」 「あ……そういえば、そうですね……」 「そこまでは気がついてなかったか」 「はい、面目ないです……。わたし、『そうだ、アレキサンドなら』って思ったらそればっかりで……」 「でも、六連先輩が先に気がついてくれたのが、とっても嬉しくて、ほっぺたが緩んできちゃいます……えへへ」 「稲叢さんのそう言う顔を見ると、俺のほっぺたも緩んでくるな……ハハ」 だらしなくにやけてしまう頬を押さえてふと顔をあげると、カウンターの方では淡路さんが胸焼けでもしているかのような苦い顔をしていた。 「莉音ちゃん、おもてなしするんでしょう? お飲み物の一つも出さなくていいの?」 「ふぁあっ!? そ、そうでしたっ。先輩、お飲み物はいかがですか? 今日はわたしがおごってしまいますのでなんでもどうぞ」 「え、おごりは悪いよ。せめて割り勘にしてくれ」 「いえ……わたしが全部払う分には店員割引にしてもらえますので」 「じゃあ、お店出てからでも払う──」 「もう、そういうズルはダメですよ。でも、お得になるものをみすみす逃してしまうのはもっとダメです」 人差し指をピンと立てて、俺をたしなめる稲叢さん。 これは確かにいつもの稲叢さんかもしれない。 照れすぎてしどろもどろになっちゃう稲叢さんもかわいいが、いつもの稲叢さんもやっぱりかわいいな。最高だ。 「……わかった。じゃあここはお言葉に甘えるよ。代わりというわけではないけど、この次は俺におごらせてくれ」 「そ、それは、その……次のデートもあるって……ことですよね……?」 「もちろん」 「はぁぁぅぅ…………はい、じゃあ期待していますね」 結局俺はいつものコーラを頼み、稲叢さんも俺にあわせたのかコーラを自分の前にも置いた。 飲み物の他には、フィッシュアンドチップスとバゲットも持ってきてくれている。 「なにか欲しいものがあったら言ってくださいね。わたしは今、先輩専属のウェイトレスですからお待たせせずにご用意いたしますよ?」 「ハハ、至れり尽くせりだな。ありがとう」 「でもそうだな、今は専属ウェイトレスさんにそばにいてほしいかな」 「は、はい……では、ここにいますね」 「隣に座ってほしい……っていうのは」 「あ……それはごめんなさい。先ほど萌香さんにおもてなしはいいけど、一緒に席に着くのはダメだと言われてしまって……」 「今は店員のかっこうをしていますから、ケジメをつけろと言うことだと思います」 ケジメという側面もないではないだろうが、たぶん俺の隣で飲み物でも注いでいるのを他のお客が見たら、その手の店だと勘違いされるからか。 我ながら、アホな要求をしてしまった。 「あとは、混んできたら仕事してもらうかもということでしたけど……今のところ大丈夫そうですね、フフ」 「まぁ、この恰好してたら、お客さんの方が呼びかけちゃうだろうしなぁ」 「その辺りのこと、あまり考えていませんでした……。そうなっちゃったら、先輩専属でいられなくなっちゃいますね……」 「はぁ……わたしってホントバカ……」 「そうなったらそうなった時だよ。今はちゃんと俺専属でいてくれてるんだから、嘆く必要もない」 「それに……俺は稲叢さんが働いている姿を見るのも好きだしな」 「も、もぉ……先輩ったら……」 「あの、わたしも……先輩がお仕事で頑張ってるの、好き、です……」 「お、おう、ありがとう……」 「あ、でも、無理はしないでくださいね? 六連先輩のお仕事は危険もあるんですから、頑張り過ぎちゃうのはダメです」 「六連先輩は、わたしの時も布良先輩の時も、怪我をしているんですから、本当に気をつけてください」 「わたし、先輩の帰りが遅い度に心配になっちゃって……」 「まったくだ。いつも心配させてしまってすまない」 「だけど、安心してくれ。俺一人なら心配だけど、美羽や布良さんも含めて、風紀班の面々は結構有能だから」 「くすっ……はい、そうですね」 「とはいえ、やっぱり俺自身が、心配させないくらいにしっかりしないといけないんだよな……はふぅ」 「そうだ、稲叢さん。この前、稲叢さんが協力してくれた時に使っていた技、あれを今度俺にも教えてくれないか?」 「技……? 合気道のことですか?」 「そうそう。いくら吸血鬼の身体能力が優れていても、相手も吸血鬼ならそれでイーブンだし、能力を使いたくても吸血できない場合も多いだろうし……」 「なるほど……。ただ、わたしもまだ人に教えられるほどの腕ではないんです……」 「ですけど、わたしとしても先輩のお役に立ちたいので、それでもよければ、是非」 「よろしくお願いするよ。それに腕の方も信用してる。俺は《こうや》高野を抑えつけたあの見事な技を目の当たりにしてるからな」 「あうぅ……プレッシャーかけないでください……」 「ハハハ」 その時、店の入り口が開いた音がした。 客が来てしまったかと思ったが、見えたのは2人組が出ていく後ろ姿だけだった。 あの2人組は、俺たちがここに来た時からいた人たちだよな。ということは……。 ぐるりと見まわすと、もはや店内には俺と稲叢さんと淡路さんの3人しかいなくなっていた。 「はぁ……今夜は全然ね」 「今日ってなにか客が少ない理由とかあるんですか?」 「周期的なものよ。お給料日の関係とか、いろいろね。そもそも観光地だから、日曜日の夜は少なめだけれど」 「なるほど」 「ふぅむ……よし、決めた。莉音ちゃん」 「はい」 「今日はもうお終い。お店閉めちゃうことにするわ」 「あ、はい、わかりました」 「それでは、すみませんが先輩──」 「ああ、違う違う」 「はい?」 「お店はもう閉めちゃうから、莉音ちゃんの好きに使っちゃっていいわよってこと」 「え……」 「あたしはもう帰るから、使い終わったらちゃんと閉めていってね。お掃除くらいは任せちゃってもいいわよね?」 「それは全然構いませんけど……いいんですか?」 「いいわよ、もちろん。このままお客様が来なかったら、あたし一人で莉音ちゃんたちのイチャイチャを延々眺めていないといけなくなっちゃうし」 「い、いちゃいちゃ……していました?」 「していなかったとでも?」 稲叢さんは恐る恐るといった様子で俺の顔を見、俺が小さくうなずくといつもの様に顔を真っ赤にした。 「も、申し訳ありませんでした……」 「いいのよ、いいのよ。若いんだから、思う存分にハメを外してイチャイチャしなさい」 「六連君も、莉音ちゃんにいっぱい優しくしてあげなさいね」 「や、優しくって……」 「あら、やらしくの間違いだったかしら、ウフフ」 「淡路さんっ!」 「ウフフフフフ。あ、莉音ちゃん、念のため言っておくけど、もう六連君の隣だろうが膝の上だろうが好きに座っちゃって構わないからね」 「あ、はい、わかりました」 「それじゃあ、後のことはよろしくね。バイバイ」 「お疲れさまでした」 「お疲れさまでした」 店の入り口が閉まり、淡路さんの姿が見えなくなってしまうと、静まりかえった空気だけが店内に残された。 俺たちはあの告白の日のように口を閉ざしてしまい、視線だけを絡ませて、そして口元に小さく笑みを浮かべる。 そんなゆっくりとした時間が流れる中、俺が無言のままいざなうと、稲叢さんはコクリとうなずいて俺の隣にちょこんと腰をかけた。 「あ」 「どうかした?」 「もしかして……六連先輩の膝の上に座った方がよかったんでしょうか……。ほら、さっき萌香さんがそんなことを」 「あれは淡路さんの冗談だから」 「そうなんですか? でも、なにか……」 稲叢さんはそこまで言いかけて、考えこむ。 「先輩の膝の上に座ると言うことは……先輩ととってもくっついちゃうことですよね……」 「ま、まぁ、そうなるな……」 「それって、すごく恋人らしいことなんじゃないですか?」 「ま、まぁ、そうなる……ことも、あるようなないような……」 自分の膝の上に稲叢さんが乗っかることを想像すると、どうしても息があがってきてしまう。 俺は小さく首を振り、その想像を追い払った。 「だけど、稲叢さんだってそんなの恥ずかしいだろう? 焦る必要はなにも──」 「先輩は……どうなんですか?」 「俺は……」 言葉が途切れる。 その問いに今し方追い払ったはずの想像が、より淫らな妄想となって襲いかかってきていた。 「先輩……わたし、やっぱり……」 「先輩と、もっと恋人らしいことを、したい、です……」 「稲叢さん……」 「焦って関係を進めたいというのとは、少し違うみたいなんです」 「自分でも、今ようやく気がついたんですけど……その……ですね」 「もっと……先輩を身近に感じたいというか……もっとくっついちゃいたいというか……えっと……」 「く、くっついちゃいたい……」 「わわっ、わたしまたなにかヘンなことを言っちゃいました!?」 「え、えと、くっついちゃうっていうのは、そんな、ヘンな意味ではなくて、ただ、あの、手を繋ぐのの延長というか、そのっ」 「もっといっぱい、先輩と触りっこしたい、みたいなことでっ」 「触りっこ!?」 「それもヘンですか!?」 「い、いやっ、その欲求自体はヘンな事じゃない! と、思う!」 「そ、そうですか……?」 「あ、ああ……その欲求自体はヘンな事じゃない……大丈夫だ」 ようやく、わかってきたぞ……。 俺は今まで、稲叢さんが関係を進めることを焦るあまり、恥ずかしさを堪えてこうした行動をとっているのだと考えていた。 だが、それは誤りだった……らしい。 稲叢さんは恥ずかしさを堪えてなんかいない。なぜならば、恥ずかしさは他のなにかと比べた時にはじめて起こる感情だからだ。 そもそも性的な知識が致命的に欠けている稲叢さんでは、[・]そ[・]れを表に出すことを恥じらうはずがない。 それとは、すなわち── 性的欲求。 「あの……先輩?」 稲叢さんは、心底俺のことを好きで、愛してくれていて、それが故に、俺に対して[・]発[・]情している。 そんな直感はあったかもしれない。 だけど、それは俺に都合のいい考えだと俺自身で否定してしまっていた。 「稲叢さん……もっと、恋人らしいこと、しよう。……いや、させてくれ。俺が、したい」 「は、はい。どういうことでしょうか。わたし、がんばりますっ」 「じゃあ、まずは」 「はい」 「俺と、キスしよう」 「き、キス……っ」 さすがにキスは恥ずかしいことだったらしく、稲叢さんの顔が一気に朱に染まる。 「やっぱり恥ずかしい?」 「は、恥ずかしい……です」 「でも……キス……口と口を……先輩と……はぁっ、はふっ……っ……」 「しっ……しますっ」 「キス、します……先輩とキス……キス…………はぁ……はぁ……」 「まず呼吸を整えようか」 「そ、そうですね……」 「すー……はー……すー……」 「…………キスを、するんですよね?」 「俺は今、稲叢さんとキスがしたいと思っている。稲叢さんは?」 「わたしも……先輩とキス、したいです……」 「今、キスをすることを想像したら、頭の中真っ白になっちゃって、どんどん息があがっちゃって……」 「先輩に呼吸を整えるように言ってもらえなかったら、呼吸困難になっちゃってたかもしれません」 キスを想像しただけでか……。 でも、そんなに俺とのキスに興奮してくれているんだな……。 「じゃあ、いいかな」 「はいっ!」 「…………っ」 決意を秘めた威勢のいい返事と、真摯な眼差し。 その眼差しが今か今かとキスを待ち構えて、俺の瞳の奥を射貫いている。 ──正直、やりにくい。 「え、ええと、稲叢さん」 「はい、なんでしょうかっ」 「目を閉じてもらえると助かるんだが……」 「目ですか?」 「じっと見られていると、俺もちょっと恥ずかしいから」 「! そ、そうですね……だって、き、キス、しちゃうんですもんね。なんかわたしも恥ずかしくなってきました……はうぅっ」 稲叢さんは両手で顔を押さえて、いやいやと左右に振った。 う~ん、面白い子だ……。 「……ふぅ……すみません、先輩。落ちつきました」 「じゃあ、いいかな」 「はいっ!」 「──っ!」 ……ネタか? いや、稲叢さんはこの手のネタは絶対に持っていないだろうし、今この場でネタを披露できるタイプでもない。 うわ、でも、ちょっと面白い……。むしろ、この力みすぎの唇にキスしちゃいたい……。 このままキスしてしまうか……? 稲叢さんとしては、これが本気のキス待ち受け体勢だろうし、文句は出ないだろう。 しかし── 「稲叢さん、稲叢さん」 「き、きますか!? キス、きますか!?」 「いや、力みすぎ。もっとリラックスして、リラックス」 「り、りらっくす……」 すぅっと肩の力が抜けていく稲叢さんを見て、つい頬が緩む。 おそらくはこれが稲叢さんのファーストキスだ。 失敗が許されないというわけではないが、なるべくならいい思い出にしてあげたい。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「力む必要はなにもないから、大丈夫、俺に任せてくれ」 「六連先輩に……任せる……」 「あ、はい……先輩にすべてお任せします……」 「すみません、わたし……またなにか考えすぎてしまっていて……」 そして、その思い出を遠い将来、2人で語り合えるなら最高だろう。 ……などと考えてしまっている俺も、稲叢さんに負けず劣らず考えすぎだ。 「緊張するのはしょうがない。俺だって、滅茶苦茶緊張してるんだから」 「先輩も……?」 「それはそうだろ、大好きな人とはじめてキスをするんだ。緊張しない方がおかしい」 「だ、大好きな人と……キス……」 「そんなことを言われたらまた緊張してきちゃうか」 「は、はい……でも……」 「なんだか、このドキドキは……嫌いじゃないかも、しれません」 「俺もだ」 うなずいてから、ふと思いついて稲叢さんの手を取った。 「先輩?」 「俺もドキドキしてるのを感じてくれ」 ベタな手ではあるが、ベタ故に王道だろう。 俺は稲叢さんの手を自分の胸に押しあて、その激しくなっている鼓動を感じさせた。 「あ……本当です……。でも、やっぱり先輩の方が少しだけ落ちついてるかも……ドクン、ドクン、ドクンって……」 「じゃあ、そのペースをよく感じながら、ゆっくり瞼を閉じてくれ」 「はい……先輩……」 今度は脱力したまま、その瞼がゆっくりと閉じられる。 整った顔立ちに、薄いピンクの唇が控えめに浮かびあがっている。 この小さな唇に、これから俺の唇を重ねるんだ……。 「っ」 肩を抱き寄せると稲叢さんは一瞬ビクリと震えて身体を硬直させる。 だけど、それも数秒のこと。 俺の呼吸にあわせて、その唇から小さく息が吐きだされると、硬直も解きほぐされていく。 それ以上は、もう俺の方が待つことに耐えられなかった。 気がついた時には、俺の唇はすでに稲叢さんの唇の数ミリそばにおりていて、そして、ゆっくりと重なりあうところだった。 「ぁ…………んっ…………」 触れあった唇から小さな声が漏れる。 それにも拘らず、俺は自分の唇をさらに押しつける。 柔らかで、温かで、稲叢さんの匂いがして、そして、稲叢さんの味がしていた。 「んは…………はぁぁ…………」 「今のが……キス…………はぁ…………」 「どうだった?」 「えっと……その……なんだか頭が痺れてるみたいで……よく、わからなくて……」 「……じゃあ、もう一回しちゃうか」 「え、あ」 「んん……んっ…………」 稲叢さんの許可も取らないうちに、もう一度唇を押しつけてしまう。 完全に俺の身勝手な行為。 だけど、湧きあがった衝動は止めようもなかった。 「んはっ……はぁ……はぁ……」 「ず、ずるいです……急に……」 「すまん、我慢できなくて……」 「……先輩が急にしてきたから……また、よくわかりませんでした」 「だから、あの…………もう一回……いいですか?」 今度は稲叢さんが衝動に抗えていないようだった。 俺の胸にあてがわれていた彼女の手は、縋りつくようにシャツを握りしめている。 俺はそれに引っぱられるようにして、もう一度稲叢さんの唇に覆い被さった。 「はぷ……ぁ……ん……んんん……」 「んはっ……はぁ…………ぁ……」 「んんんんっ……んっ……」 「はっ……はぁっ……はぁっ……せんぱい……んっ」 「んっ……ん、ん、ん…………」 「んはぁ…………はぁ……はぁ……3回も……しちゃった……」 「しちゃダメだったかな」 「……嬉しかった……です」 「でも……」 「でも?」 稲叢さんは唇を閉じ、数秒ほどその奥で歯を蠢かしてから、再びその唇を開いた。 「唇……離れちゃうのが……すごく寂しい、感じがして……その……」 「もっとキスしていたかった……ってことか?」 「わっ、わたしやっぱりえっちなこと言ってますか!?」 「……言ってるかもしれない」 「や、やっぱり……」 「だけど、俺も稲叢さんともっとキスしていたい。もっとずっとキスしていたいって……そう思ってる」 「……っ」 「俺も、えっちなことを言ってるってことだよな? そんな俺を、稲叢さんは軽蔑するか?」 「そ、そんなのするわけないですっ」 「するわけないどころか……先輩にもっとキスしたいって言われて、身体中が震えるくらい、嬉しかった……今、すごく嬉しくて……」 「俺も嬉しい」 「稲叢さん……」 「六連先輩……」 「んっ……んんん……ん……」 「んは…………はぁ……もっと……」 「んんんっ……んっ、んっ、んっ……」 俺たちは唇を重ねあい、見つめあい、そしてまた唇を重ねあった。 どんなアルコールを飲んだところで酔わない俺たちが、重ねあった唇の感触だけで頭をふらつかせるほどに酩酊していた。 だからだろう。 俺はさらなる唇の感触を求め、さらなる稲叢さんとの繋がりを求めて、舌先をその小さな唇に割りこませてしまっていた。 「んぁっ!?」 「すまん、やっぱり驚かせちゃったか」 「い、いえ……あれ? ……え?」 「今のは……なんの……あれ……?」 舌先が入ってきた感触に戸惑いを見せる稲叢さん。 どうやら、キスの最中に舌が入ってきたという事態に理解が及んでいないようだ。 だが、いくら知識がなかろうとも、そこに解決の材料は揃っているわけで、稲叢さんにもやがてその理解がやってくる。 「え……ぬるって……してて……」 「ということは……その……」 「しししし舌ぁっ!? もしかして今の、先輩の、し、し」 「すまん、舌入れた」 「な、なんで、なんでそんなこと、なんで!?」 「なんでって言われると……したかったから、だな」 「舌だけに!?」 面白いことを言う。 「落ちついてくれ、稲叢さん」 「嫌だったなら、すまん。この通り、謝る。申し訳なかった」 「え、えっと、ま、待ってください。謝らないで……謝られるのは嫌です……」 「えと、えと……し、舌……先輩の舌がわたしの口の中に入ってきて……それで………………びっくり、して……」 「あの……あ、あ、あんまり……嫌じゃ、なかった……かも……なので……」 「無理はしなくていい。焦ってことを進めるなって言ったのは俺の方だしな」 「無理はしていないです……本当にびっくりしましたけど……」 「先輩は……わたしの口の中なんて、舐めちゃいたくなっちゃうんですか……?」 「うん」 「はぅ……真顔でうなずかれた……」 「えーと……稲叢さんは知らないみたいだけど、これはディープキスとか、フレンチキスとか言って、キスの上級版みたいな行為なんだ」 「キスの……上級版……?」 「じゃ、じゃあ、恋人さんたちがしちゃうことっていうことですか……?」 「そういうことだな」 「ただ口の中を舐めるんじゃなくて、お互いに舌を絡めあったり、唾液の交換をしたりする……らしい」 「絡めあっ…………唾液の交換…………あぅあぅ……」 「すまない、あんまり稲叢さんがかわいいから、俺がつい急ぎすぎただけだ。これはまたおいおい──」 ぎゅっと袖を引っぱられて、俺の台詞は押しとどめられる。 「い、今、しちゃいたい……です」 「──っ」 俺が絶句すると、稲叢さんは真剣な眼差しで首肯した。 ……俺は、稲叢さんに関してまだまだ見誤りまくっているようだ。 この子は、俺が思っていたより、ずっとずっとタフで、ずっとずっと押しが強い。 「せ、先輩と……お口の中まで……繋がっちゃいたい……です」 その上、俺が思っていたよりもはるかに俺のことを愛してくれていて、俺が思いもよらなかったほどに── エロい……かも。 「い、今……今、しましょう……今……」 「ディープキス……お口の中までキスしちゃうから、深いキスなんですね……ディープキス……舌、絡めて……唾も……」 「先輩、お願いします……わたしとディープキス、してください……」 「わかった、しよう」 「は、はい、お願いします……」 やはり緊張はしているのか、稲叢さんはゴクリと生つばを呑みこんでから、半ば口を開いた状態で顎をあげた。 「あむ……んっ……」 その口を塞ぐように俺の口を重ねあわせ、先ほどの続きとばかりに舌先を侵入させていく。 「んちゅ……んっ、んちゅっ……んじゅちゅっ……じゅちゅるっ……んっんっ……」 「んくっ、んっ、んじゅちゅっ……んちゅんちゅんちゅっ……んちゅぅぅっ……」 絡めると聞いていたからか、稲叢さんの熱い口内に侵入すると、すぐにちろちろとした舌先と遭遇した。 おずおずと触れあう舌先と舌先。どちらの舌の動きもぎこちなく、たどたどしい。 「んはっ……はぁっ……はぁっ……舌……すごぃ……はぁっ……はふっ……」 「正直……俺もこういうのはじめてだからさ……。一緒に覚えていこうか」 「はい……先輩」 「はぁ……はぁ……。今のすごくえっちなキス……もう一度、覚えさせてください……」 その扇情的な台詞と表情に、俺の中の衝動が昂ぶりを増していく。 再び俺たちの唇は近づき、お互いの熱い吐息が混ざりあった。 「舌を伸ばしてみてくれるか?」 「は、はい、先輩…………んぁ……」 「ちゅぷ……」 懸命に突きだされた小さな舌にすかさず吸いつき、吸いあげる。 「んんんっ!? ん……んちゅぷっ……んちゅっ……んっ、んっ……」 そのまま俺の口の中に引きこんで、稲叢さんのかわいらしい舌を唇と舌で蹂躙していく。 そして、たっぷりとねぶったその舌に沿って、今度は俺の舌を稲叢さんの口内へと潜りこませていった。 「んくぷっ……んちゅっ、んじゅちゅっ、じゅちゅるちゅっ、んちゅぅぅっ、んっ、んくちゅっ、んちゅっ」 「ちゅっ、ちゅちゅるっ、じゅちゅっ、んっ、んっ、んーっ!」 「んはっ! は……はぁぁぁ……はぁ……はぁ……」 稲叢さんのうめきに苦しげなものがあることに気がついて、慌てて口を離すと、稲叢さんは大きく息を吸いこんだ。 「すまん、稲叢さん。もしかして、呼吸できなかった?」 「はぁ……せんぱい……失敗しちゃいましたから、もう一回……」 「だ、大丈夫なのか?」 「大丈夫です……気持ちよすぎて息するの忘れちゃっただけで……今度はちゃんと息しますから……もっと……」 「あ、ああ……」 き、気持ちよすぎて……か。 落ちつけ、素数を数えるのでも円周率を暗唱するのでもなんでもいい。とにかく落ちつくんだ。 内心の動揺を隠しながら、再び稲叢さんの唇に吸いつくと、その舌先がすぐに絡みつき、唾液の交換をせがんでくる。 「ちゅ……ちゅくちゅっ……るちゅっ……ちゅうぅ……んちゅぱっ……んぷっ……んんくっ……」 「じゅちゅっ……ん、んちゅるっ……ちゅぷるっ……ちゅっちゅぅぅ……」 動揺は、すでに焦燥に変わっていた。 無垢な稲叢さんにせがまれるこの官能的な行為に、俺のペニスははち切れんばかりとなってズボンを押しあげている。 ──これ以上はダメだ。 そう必死に自分に言い聞かせようとするが、稲叢さんと絡めあう舌の感触とねっとりとした唾液の味わいが渦を巻いて、そんな言葉を放逐していく。 「んはっ……はぁ……はぁぁ……先輩……」 「なんか……わたし……ぼーっとしてきちゃって……はぁ……」 「もう一回、いいか?」 そんな言葉を吐きだす自分を、信じられない気持ちで見守るもう一人の自分がいる。 「あ、はい……はぁむ……」 「んっ……んちゅっ……ちゅるっ」 「ちゅぷる……ちゅっ……んんちゅぅ……んちゅんっんっんっ…………んんっ!?」 唇を重ね、舌をねぶり、唾液を啜りながら、いつの間にか俺の手は稲叢さんの太ももをまさぐっていた。 稲叢さんの身体がビクリと強ばりをみせる。 「んんっ……んちゅっ……んっ、んっ……ちゅじゅるちゅ……んんっ……」 だが、それも束の間で、稲叢さんはむしろ俺に身体を押しつけるように、より深いキスを求めてきた。 求めに応じて稲叢さんの口内を丹念にまさぐり、歯の一本一本までを舌先で確認していく。 その間にも俺の手は稲叢さんの太ももから、タイトスカート越しのお尻の方までを撫でまわしている。 「んぷぁっ……はぁっ……はぁっ……せ、せんぱい……」 「稲叢さん……」 「俺がもし……少しでも嫌だと思うことをしたら、遠慮なく投げ飛ばしてくれ……」 「先輩……」 「わ、わたし……ホントに、なにも知らなくて……だから……」 「だから……」 「先輩がわたしにしたいこと……なんでも……全部……わたしにしてください……」 「わたし、今……先輩の好きにされちゃいたくて、どうしようもないんです……」 「身体中がざわめいていて……なんだか、もう…………」 「せんぱい……」 稲叢さんの身体が投げ出されているのを目前にしながら、俺は未だ胸中に葛藤を残していた。 ──本当にいいのか? 自分の内心に幾度問いかけようとも、幾度その答えが導かれようとも、それでも尚、葛藤が解きほぐされることはない。 当たり前だ。 葛藤の根源となる蠱惑的な肢体が今目の前にあるのだから。 俺にできることは、このまま稲叢さんの身体を味わうか、目を背けるかの2つに1つ。 そして── 後者はない。 「あ……先輩…………はぁ……」 俺の手が稲叢さんの脚に触れていた。 その膝を手のひらに包みこむようにして撫でまわす。 ただそれだけのことなのに、俺は心臓を高鳴らせ、稲叢さんは熱い息をついた。 「はぁ……あふっ……先輩……」 稲叢さんに触れている部分から、稲叢さんの体温が駆けのぼってきて、甘美な痺れを身体中の神経に染み渡らせる。 この身体から目を背けられるはずなどない。 この狂おしいほどに愛しい女の子が、こんなにも俺を求めてくれているのに、この場から逃げ出すことなどできるはずがない。 「稲叢さん……好きだ」 「先輩……」 「はい……わたしも、先輩のことが大好きです……」 伏し目がちだった瞳が開かれ、その口元に微笑みが浮かぶ。 その微笑みを見てようやく、俺が稲叢さんを不安にさせていた事実に気がついた。 そうだ。彼女は俺にすべてを任せてくれたんだ。 すべてを任されている俺がいつまでも戸惑いを見せていたら、稲叢さんだって不安になるだろう。 「なるべく、優しくする」 「はい」 いつも通りのたった2文字の返事。 「信じている」の言葉も要らないほどに、俺を信じてくれている。そんな強い信頼が確かに伝わってくる。 俺はその信頼に応えるべくうなずきを返し、膝に置かれていた手のひらをその豊満な乳房へと移動させた。 「ひぁっ!?」 「……胸はダメか?」 「い、いえ……ちょっとびっくりしちゃっただけで、その……つ、続けて、ください……」 「今さらダメって言われても、もう止まれそうにないんだけどな」 「止まっちゃ……ダメです」 「いっぱい触ってください……」 「ああ」 「ふぁあ……あっ……あっ……」 ウェイトレスの制服の上から乳房を鷲づかみにして、グッと力をこめると、5本の指が簡単にめりこんでいく。 何重もの服の上からでも実感できるこの柔らかさと弾力に、さらに握力を込めてしまいそうになる。 「はぁっ……はぁっ……六連先輩に……おっぱい、触られちゃってる……揉まれちゃってる……」 「本番はこれからだぞ?」 「ほ、本番……?」 「まずは……」 俺は稲叢さんが絶望的な目を向ける中、制服のボタンをひとつひとつ外していった。 「あっ……やぁ……」 ベストとシャツのボタンが外れると、弾けるように胸元が開いて、ブラジャーに包まれた乳房が現れる。 「いや?」 「いっ……嫌じゃ……ないです……。でも、恥ずかしくて……」 「これから、もっともっと恥ずかしいことをすることになるけど」 「は、はい……お願い、します……」 「お願いします、六連先輩……」 こうして稲叢さんの覚悟を目の当たりにすると、俺が決めた覚悟などなんてちっぽけなものだったんだと思い知らされるな……。 「んくっ……ん……あっ……」 俺はブラ越しの乳房に手をあてがい、稲叢さんの体温を手のひら全体で味わっていく。 ブラジャーの生地は滑らかで、レース部分の細かい刺繍が少しくすぐったかった。 「や、やっぱり……おっぱい、好きなんですか……?」 「……まぁ、好きと言えば好きだな」 「だけど、大きいのがいいとか、どんな形がいいとか、そういうことじゃないぞ?」 「??」 「このおっぱいがいい」 「ふぁあっ……あっ、あっ……」 「稲叢さんのおっぱいが好きだ」 「んぁっ、あっ……わ、わたしの……?」 「ああ……。直接、見てもいいか?」 「は、恥ずかしい……そんな風に言われたら、もっと恥ずかしくなっちゃいます……」 「それは、見てもいいってことだよな……」 「……はい、先輩」 「ああ…………」 「……っ」 そこには、生つばを呑みこまざるを得ない光景が広がっていた。 たった今、大きいのがいいとか、どんな形がいいとかは関係ないと言ったばかりなのに、この大きくて美しい乳房に完全に意識を奪われてしまった。 「綺麗だ……」 「そ、そんなこと……」 「すごく、綺麗だ……」 「そんなこと……言わないでください……」 風呂場で出くわしてしまった時にも、看病した時にも、本当はそう思っていた。 だけど、あれらは事故だったから、極力記憶から追い出していたし、感想を持つこと自体が失礼だと考えていた。 そして今、事故ではなく、偶然でもなく、稲叢さんの乳房が俺の目の前に晒されている。 「本当に綺麗だ……」 感想を口にしない方が嘘だろう。 「そ、それはもう……いいですから……」 「稲叢さん……」 「はっ、あっ!」 感想はもういいというなら、次は直接触ってしまうしかない。 俺は恐る恐るというにはあまりにも大胆に、その乳房に手のひらを滑らせる。 「なんて柔らかさだ……それに温かくて……滑らかで……」 「い、言っちゃ……言っちゃ嫌です……んぁっ……あっ……」 「触るの自体はいいのか?」 「あ、は、はい……触ってください……いっぱい……」 「くっついちゃいたい?」 「はい……」 知らないが故の純粋な性欲。 稲叢さんの性欲は、貪欲に俺という存在を求めている。 もちろん俺の性欲も、稲叢さんを貪りたくてどうしようもない状態になっていた。 まだ満足に乳房の感触を味わっていないにも拘らず、俺は内から沸きあがった衝動に突き動かされて、稲叢さんのスカートに手をかけた。 「えっ、あっ……そ、そっちも脱がすんですか……?」 「パンツは見せたくなかった?」 「普通は見せたいとは思わないと……」 そのわりにはブラとパンツがちゃんとおそろいなんですが。 「でも……先輩が見たいなら……いいです……」 「ぜっ、ぜんぶ……裸にされてしまっても……わたし……っ」 「……本当に大丈夫か? この後パンツも脱がすぞ?」 「ぱぱっ、ぱんつも!?」 裸にされてもいいのに、パンツも脱がすとなると驚いちゃうのか……。 待て待て、俺の方の決意がまた揺らいできたぞ。 本当にこの純真な子とセックスしてしまっていいのか? 「も、もしかして……だから、なんですか……?」 「ん? だからって?」 「そ、その……熱く……て……」 「? すまん、よく聞き取れなかったんだが」 「だから……その……さっきから、あそこが熱く……なってきていて……」 「──っ!?」 「胸が熱くなるのはわかるんです……先輩に揉んでもらったからなんだろうなって……」 「でも……あそこは……先輩に触ってもらったわけじゃないのに……さっきからなんか……お腹の方からじわじわ熱くなってきていて……」 「じ、じわじわ……」 こんなに扇情的なことを言われて、童貞が我慢できるはずがない。 揺らいでいた決心が、単純な欲望で再び強固なものとなる。 ここまで言われてセックスしないなんて選択肢は俺にはもう絶対に選べない。 「んぁっ! あっ!」 「あそこって、ここ、だよな……?」 パンツ越しのワレメにそっと中指をあてがう。 稲叢さんの言ったとおり、そこは酷く熱くなっていて、その上、しっとりとした湿気を帯びていた。 「そっ、そんなとこ、さわっちゃ……あっ、あっ」 「本当に熱くなってる……もっと触るぞ……」 「で、でも……そこは……お、おしっこが……でるところで……んぁっ、あっ、ああっ」 「ここ触られて、どんな感じがする?」 「ど、どんな感じって……んっ」 「答えて」 「はぁっ……はぁっ……な、なんか……さ、触られてるところに、熱いのが集まって……はっ、あっ……」 その吐息混じりの声に呼応するように、中指を宛がっている布地の奥からじわじわと熱い液体が染み出してくるのがわかる。 「それから?」 「あ、熱いのが、あ、頭の方にも、ひ、ひろが……って……ふわって……して……」 「気持ちいいか?」 「き、きもち……?」 まだその感覚までには達していないらしい。 それが少しだけ悔しくて、俺はパンツの布地ごとその熱い源泉に指先をうずめていった。 「ひぁっ、あっ、あっ」 「俺は稲叢さんに気持ちよくなってもらいたい……。もっと熱いおつゆをここから溢れださせたい……」 「ふぁああっ、あっ、あっ、あああっ…………あ、あつい……おつゆ……?」 「ん、ほら、見てみな」 「あ…………」 「う、うそ……わたし……やだ……」 「先輩に触られて……おもらし……しちゃ…………」 「えっ!? いや、違う違う、これは──」 「ふぇ……ごめんなさい……ごめんなさい、先輩……わたし……わたし……ふぇええ……」 「違うから、これはおしっこじゃないから」 「で、でも……こんなに濡れて……こんなの……ぐすっ」 「いや、これはおしっこじゃなくて、えっと、愛液とか、そういうヤツで」 「ごめんなさい……わたしが泣いちゃったから……先輩に……そんな嘘までつかせてしまって……ぐすっ……うぅっ」 「嘘じゃない」 「──っ」 「あ……はい……。えっと、でも……」 「これはおもらしじゃないんだ。俺も、詳しいわけじゃないけど……えっちなことをすると出てくるもんなんだよ」 「えっちなことを、すると……?」 「そう」 「……おしっこじゃないんですか?」 「おしっこじゃない」 「また病気になったわけでもないんですか……?」 「それも、違う」 「えっちなことを……すると……出てくる……」 「もっと言うと、えっちなことを受け入れるために出てくるって感じなのかな……」 「だから、今の稲叢さんが濡らしているのは、当然のことだと……思う」 まだ涙の溜まっている瞳で俺をじっと見つめる稲叢さん。 その細い顎が小さくうなずく。 「ごめんなさい……先輩……。わたし、また取り乱しちゃって……」 「いや、俺の方こそ、すまなかった」 「先輩は謝っちゃ嫌です……わたしがなにも知らないのがいけないんですから……」 「で、でも……本当に病気とか……その……お、おもらしとかじゃ……」 「それは大丈夫だ。どうしても心配なら、そうだな……お、俺が確認しようか?」 心臓をドギマギさせてそんなことを言う俺。 これからパンツを脱がして、脱がした先にあるものを弄り回したり、あまつさえそこにペニスを突きたててしまおうというのに、確認しようかもなにもない。 「か、確認って……ぱんつ、脱がせて……あそこを……?」 「熱くなってるんだろ?」 「はい……」 「俺に、なにをされてもいいんだろ?」 「あ……そ、そうですよね……。そうでした……フフ」 「ん?」 「あ、今、笑ってしまったのは……先輩はもうなにをしてもいいはずなのに、その都度わたしに確認してくれるなって思って……」 「先輩が優しくしてくれるの、嬉しいなって思って……それでです」 「……それはたぶん、優しさじゃない」 「そうなんですか?」 「俺もはじめてだから、怖いんだよ」 「間違ったことをしたり、稲叢さんが嫌なことをしてしまったり……そんな失敗をして君に嫌われるのが怖い、ただの臆病、だと思う」 「…………」 「先輩は、やっぱり優しいです……」 「大好き……」 「稲叢さん……」 反論しようとしたが、稲叢さんの瞳がそれを許してはくれなかった。 俺は観念して、稲叢さんのパンツの縁に指を這わせた。 「あ……」 「腰を、少し浮かせてくれ」 「はい……先輩……」 愛液でしっとりと濡れたパンツを抜きさると、今までそれに隠されていた稲叢さんの女の子の部分が現れる。 俺は、はじめて間近で目撃するその部分を思わず凝視してしまい、言葉を失った。 稲叢さんのそこは薄いピンク色でほとんど色素が沈着しておらず、稲叢さん自身すら触れた経験がないのではと思わせるほどの美しさだ。 申し訳程度にはみ出している小陰唇の赤みも瑞々しさを感じさせる。 それなのに、そんな純真で純白なその部分が、俺の眼前に開かれ、あまつさえ性的興奮を覚えて朱に染まり、小さな湯気とともに熱い液体を滴らせている。 「はぁ……はぁ……はぁ…………ぁぁ……は、恥ずかしい……」 「綺麗だ、稲叢さん……」 俺の言葉に反応したのか、稲叢さんのそこがヒクリとわななき、またひとしずくの愛液をこぼしていく。 「確認……するから……」 「は、はい……先輩……」 顔をさらに近づけ、そっと指で触れる。 「ひぁ…………ぁ……っ」 指先で片側だけ押し開いていくと、中身のピンクがはっきりと見えはじめた。 ここも素晴らしく美しいサーモンピンク。 挟まれていた愛液が、さらに流れとなってこぼれ落ちていく。 「はぁ……はぁ……ど、どうですか……先輩……」 「す、すごい、興奮する……」 「あの、確認は……」 「あ、ああ、え、えと……ほら、ここ」 「んぁっ」 開かれた谷間の中央に位置している小さな穴を指先でちょんとつついた。 「これがおしっこが出るところだろ? 尿道口ってやつだ」 「は、はい……ぁ、ぁ、ぁ……」 説明しながらちょんちょんとつつくと、その度に稲叢さんの口からかわいらしい喘ぎ声がこぼれる。 身体も羞恥に震えて筋肉を強ばらせているのに、それでもなお、稲叢さんは俺に身を預けてくれている。 「でも、稲叢さんが濡れているのはこの穴からじゃなくて……こっち」 「んひぁっ」 その下の方にある穴にピッタリと中指の先をあてがうと、溢れでようとする愛液に中にあった空気が圧迫されてくぷりと音をたてた。 「この穴……この奥から溢れでてきている」 「あっ、あっ……そ、そこは……」 「血が出ているわけでは、ないんですよね……? はぁ……はぁ……」 「さっき熱いって言ってたけど……この穴だよな……。俺の指先も、すごく熱いの感じてる」 「は、はい……今もすごく熱くて……あっ、あっ……せ、先輩の指がくちゅくちゅ、する度に、なにかふわぁって、火照ってきて……あっ、んくっ」 「気持ちいいか?」 「気持ち……気持ちいい……? 気持ちいい……なの、かも……はぁっ、はぁぁ……」 「気持ちいいんじゃないかな。もっと濡れてきた……ほら、くちゅくちゅする水音、聞こえるだろ?」 溢れでてくる白く濁った愛液を稲叢さんの清純な膣口でこねまわし、淫らな水音をたてさせる。 「は、はい、聞こえます……くちゅくちゅ……くちゅくちゅって……はっ、あっ、あっ……」 「き、気持ちいい……気持ちいいです、わたし……先輩の指が……とっても……んぁ、あ、あ、あ……」 俺ははやる心をぐっと堪えて、優しくゆっくり柔らかに、膣口の縁をなぞるように円を描きながら、中指を埋没させていった。 「はぁ、あっ、せ、先輩の指が……どんどん、挿入って……あ、あ、せ、先輩……あふっ、んっ、んんっ」 「せ、先輩……これ……すごくえっちですよ……こ、こんなの、すごくえっちで……はぁっ……あ、あ……」 「こいびと……じゃないと……こんなこと……んぁっ、あっ、あっ……」 「俺たちは恋人だから……もっとしてもいいよな……?」 「はい、先輩……。なんでもしてください……」 「本当にいいのか? これ以上はもう、本当にセックスするってことだぞ?」 もうするしかないと思っているのに、なおも確認せずにはいられない。 やはりそれは稲叢さんに対する思いやりなどではなく、保身のためなのだろう。 「せっくす…………」 「……まさかとは思うが、セックスも知らないということは? その……お互いの性器をだな……」 「い、いえっ! それなら勉強しました。夫婦で子供を作る行為のことですよね? 夫婦で……」 「ふっ、夫婦っ!? わっ、わわっ、わたしたちまだ、そのっ、で、デートも今日、はじめてしたばかりでっ」 「あぁっ、で、でも、先輩がそれでもとおっしゃるならですねっ、そ、そのプロポーズ、お受け──」 「んぐっ」 慌てる稲叢さんの口をキスで塞いでしまう。 「んんっ、んっ……」 「んちゅっ……んちゅるちゅ……んちゅっ……ちゅじゅるちゅ……んっ……んっ……んっ……」 キスした瞬間は驚きを見せた稲叢さんだったが、自分がキスされている事実に気がつくと、自ら舌を潜りこませてきて貪欲に絡みついた。 「んは……はぁ……。やっぱり……ディープキス……好きです……はぁ……」 「落ちついたか?」 「は、はい……」 「セックスっていうのは夫婦でおこなうのが望ましいとは思うが……まぁ、恋人同士でもしてるやつはいっぱいいると思う」 「そ、そうなんですか? あ、じゃあ、わたし……」 「プロポーズは」 「っ」 「……すまん、もう少しだけ待ってくれ。稲叢さんも言ったとおり、俺たちはまだつきあいはじめたばかりだしな」 「ご、ごめんなさい。わたし、ヘンな勘違いを──」 「それに、稲叢さんと結婚したくないわけじゃないが、俺もまだ生活力があるとは言えない身だ」 「稲叢さんを幸せにしたい俺としては、みすみす苦労を背負い込ませるようなことはできない」 「六連……先輩……」 「はい、ありがとうございます……。すごく嬉しいです……」 「で、でも、わたし……先輩と背負う苦労なら、そんなに苦労じゃないというか、むしろ一緒に背負えれば幸せというか……」 「あっ、で、でも、だから今すぐ結婚してくださいという意味ではなくてっ」 ──俺の方が今すぐ結婚したくなってくるだろうが。 というか、身体の方はもう稲叢さんと[セッ]結[クス]婚したくて堪らない状態になっている。 だが、この反応からすると、稲叢さんは……。 「あ、それで、セックスでしたよね? それをするんですか?」 「やっぱりよくわかっていない気がするな……。いいか、稲叢さん。セックスって言うのは──」 「んぁっ、あっ、あっ、あっ……ま、また、そこ……んくっ」 再び稲叢さんの膣口に中指を少しだけ沈めてゆっくりと掻きまわす。 「稲叢さんのここに、俺のち●ぽを挿れるんだぞ?」 「先輩のちん──」 「…………」 「~~~~~~~~~~~~っ!?」 「あっ、あのっ!? それはどういう意味でですか!?」 「どういう意味もなにも、そのままの意味だが……」 「~~~~~~~~~~~~っ」 「や、やっぱり、今日はもう──」 「お、教えて、ください……」 「先輩は、それ、わたしとしたいって、思ってくれているんですよね……?」 「ま、まぁな……」 「だったら、わたしもしたいです……。それが、どんなことになってしまうのか、全然わからないんですけど……」 「今の先輩のお話を聞いて……またお腹の辺りが……なにか、すごく……熱くなってきて……」 「……本当にするぞ?」 「ほ、本当に……しちゃいたい、です……。どうすればいいですか……?」 「そうだな、じゃあ……挿れやすいように脚を開いておいてくれるか?」 「は、はい……先輩……」 「ううぅ……やっぱり恥ずかしいです……はぁぁ……」 「稲叢さん……もしかして恥ずかしいのが気持ちよくなってきたとか……」 「恥ずかしいのが気持ちよく……?」 純粋な疑問の目で見つめられた。 「いや、忘れてくれ」 「あ、でも……先輩にあそこを見つめられてると、すごく熱くなります……。あそこに心臓があるみたいにドキンドキンして……」 「もしかしたら、これが気持ちよくなるのかも……」 ああもう! なんだこの純白エロ天使! むしろこのままにしておきたい気持ちすら湧きあがる。 だが、この期に及んではセックスしない方が、俺のわがままというものだろう。 稲叢さんは俺との繋がりを求めているんだ。 身も心もそう。ただ、知識だけがそれに追いついていない。それだけだ。 「あ、あの、それでどうすれば……」 「すまない、今……」 カチャカチャとベルトを外し、ズボンのボタンを外す。 ジッパーを下ろしている時にふと稲叢さんを見たら、恥ずかしそうにしながらもじっと俺の股間に注目していた。 「やっぱり稲叢さんも興味あるんだ?」 「あ、はい……先輩のことですから、興味、あります……。それに、わたしの中に挿れるって聞いたら、どうしても気になって……」 「ご、ごめんなさい! 先輩だって、恥ずかしいですよね。それなのにわたし……」 「ああ、いいよ、見てて。彼女以外の女の子に見せるつもりはないけどな」 「か、かのじょ……」 「それに、俺の方は稲叢さんのをいっぱい見させてもらったし、弄らせてもらったし……」 「は、はい……そうですよね……。すごく恥ずかしかったですけど……き、気持ち……よかったです……」 「──っ」 稲叢さんのそんな言葉に、俺のペニスがビキーンと張りつめた。 ちょっと待て、少し早い。今そんなに勃起されると出しにくいから。 危ない、ズボンを解放した後でよかった。これならなんとか、パンツの縁を広げて出せそう……。 「ええっ!?」 「な、なんだ!?」 「えっ、だって……ええええっ!? こ、これが六連先輩のおち●ちん……」 ま、まさか……極端に小さいとか思われていたり……? 「ゆ、指より全然大きいですよ、これ……。こ、こんなの、[は]挿[い]入るわけ……」 「あ、ああっ、そういうことか。そういうことな」 びっくりした。そうだよな、稲叢さんが他の男の勃起したペニスなんて見たことあるはずないもんな。 童貞はこう言うところですぐびびるから困る。 まぁその童貞とやらとも、間もなくお別れするわけだが。 「こんなに大きいもの、どうやってズボンに入っていたんですか……?」 稲叢さんも稲叢さんで、そんなことを真剣に質問してくる。 「こうなっちゃうと、結構きついけどな。普段はこんなに勃起はしていないから」 「ぼっき?」 純真な瞳で「勃起」なんていう単語を口走るものだから、俺のペニスも反応してビクリと身を震わせてしまった。 「ひぁっ!? び、びくんって震えました……」 「普段はもっと小さくて柔らかい状態なんだ。でも、えっちなことを考えたり、していたりするとこうやって硬く大きくなる。なぜかわかるか?」 「……わかりません」 「稲叢さんのここに挿れやすくするためだ」 「ふぁぁ……あっ、あっ……で、でも……先輩の指より……ぜ、全然大きくて……こんなの、そこには……はぁっ……あぁ……」 「稲叢さんのここが、こんなにいっぱい濡れてるのもそういうことだよ」 「え……」 「指、もう少し挿れるな……」 「あっ、んぁ……あっ…………あああっ……」 「ここのお肉自体も、熱くなってだんだん柔らかくなってる……」 「その上これだけ濡れてるんだ。多少大きくても、このおつゆが潤滑油になって、[は]挿[い]入っていく手助けをしてくれる……」 「はぁっ……はぁっ……じゃ、じゃあ……わたしの身体……先輩に挿れてもらう準備が、できているんですね……?」 「そ、そう言うことだと思う」 本当になにも知らないのかと疑うほどに、表現の仕方がいちいちエロい。 いや、知らないからこそか……。 「はぁ……そうわかったら、先輩にくちゅくちゅしてもらって、いっぱい濡れちゃったことが、なんだか嬉しく思えてきました……」 「さっきは先輩の前でおもらししちゃったかと思って泣いちゃったのに……えへ、現金ですね、わたし」 「そ、そうか……」 まさか、なにも知らないと言うことがこんなにもエロいことだったなんてな……。 「あっ……」 稲叢さんの度重なるエロ発言に震え勃つペニスを右手で押さえ、その愛液を滴らせる膣口にあてがう。 「はーっ……はーっ……」 「せ、先輩……なんか、怖いです……」 「すまない……興奮が、抑えられそうにない……」 「わ、わかりました……。無理に抑えなくても大丈夫です……」 「はぁ……はぁ……わ、わたしも、すごくドキドキしてきました……。興奮、してるんだと思います……」 「稲叢さん……」 「んぁ……っ」 亀頭の先端が稲叢さんの膣口にほんの少し埋まり、ぴちりとした感触が伝わってきた。 「ほ、ホントに……ここに挿入るんですね……?」 不安とも興味ともつかない表情で俺たちの性器がキスしている箇所を凝視している稲叢さん。 言葉にして彼女の不安を煽ってしまうわけにもいかないが、「本当に挿入るのか?」なんて台詞は俺の方が言いたいくらいだ。 結局俺は、稲叢さんの質問には答えられない。 「稲叢さん、力を抜いてくれるか」 「ち、ちからですか……。は、はい……がんばります……」 「なるべく、ゆっくり行くから」 「は、はい…………んっ!」 びちっ! いきなり膣口がいっぱいいっぱいに引っぱられた手応えがあった。 明らかに膣口の径は、俺のペニスのそれよりも小さい。 こんなもの、挿入るはずがない。 「んくっ! ……くっ……あっ……くっ……うぅっ!」 しかしそれでも、少しずつではあるけれど、稲叢さんの膣口がゆっくりと亀頭の径にあわせて広がっていくのがわかった。 だが、それはやはり無理矢理なことなのだろうか。 俺はただ、稲叢さんを痛めつけているだけではないのか。 「はっ、あっ……あくっ……あっ……あっ……」 「力を抜いて……ゆっくり……」 「もうやめよう」再三思ってきた言葉は、またもや別の言葉に取って代わられる。 「は……い……んっ、んぁっ……あっ…………んぃっ!」 「せん……ぱい……。せん、ぱいっ……んくっ、んっ」 まだ膣口も広がりきっていないのに、亀頭の先端は膣内にあるもうひとつの口に当たり、二重の防壁となって俺を阻んだ。 もっと奥にあるものだと思っていたが、この先にあるのが処女膜と言うことなんだろう。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 俺はここで動きを止め、稲叢さんの呼吸が整うのを待った。 ここで待ったのは意外と正解だったらしく、止まっている間に膣口がじんわりとその径を広げていっているのがわかった。 ありがたい。このままなら膣口の方は、なんとか通り抜けられそうだ。 これを通り抜ければ、そのままこの処女膜も突き破ってしまえる……。 稲叢さんの処女膜を、俺のペニスが突き破るんだ。 そして、さらにその奥にまで侵入して、稲叢さんの膣の中を思う存分に── ぎゅっと目を閉じて、次々と沸きあがる凄まじいまでの衝動を抑えこむ。 落ちつけ。 俺は、稲叢さんと愛しあいたいのであって、稲叢さんで性欲を発散したいわけじゃない。 「はぁ…………はぁ…………はぁ…………」 だんだんと稲叢さんの呼吸が落ちついてくる。 呼吸にあわせて動くその大きな乳房にそっと手のひらをあてがった。 「はっ、あっ…………あんっ…………あっあっ……」 「稲叢さん……」 「大好きだ」 「せ、先輩……」 囁きながらコリコリとした乳首を摘みあげると、稲叢さんの身体はぶるりと震え、膣奥から温かな液体がじんわりと溢れてくるのがわかった。 これがチャンス── 焦らずに、でも止まらずに、俺はゆっくりと腰を進めていく。 「んぁっ……あっ……あっ………………ひぅっ!!」 ぷっ……つっ……つ……。 亀頭が完全に膣口に挿入りきると同時に、その先にあった薄い障壁がごく小さな感覚と共に張り裂けた。 解放されたその奥からはさらに熱い液体が溢れだし、俺のペニスを包みこんでいく。 それは意外なほど、あっけない出来事だった。 「くっ、あっ、あっ…………」 「今……処女膜、破った……と思う」 「しょ……じょまく……」 「知らなければ後で教えるよ」 「い、いえ……わかり、ます……うっ…………あふっ……」 「これは、きっと……わたしが先輩の彼女になれた……その、証です……」 「はぁっ…………そ、そんな、気が…………あぁぁっ……」 息も絶え絶えの稲叢さんの言葉に胸が熱くなる。 恋人同士が愛しあうのに、知識なんて必要ないんじゃないか……。 「……痛い、よな?」 「だ、大丈夫、です……」 「痛いだろ?」 「い、痛くないです……」 そんなはずない。 痛がっているのは、表情からも声からも、膣内の感触からもわかっている。聞いた俺がバカなんだ。 「たとえ痛くても……つらくはないです」 「稲叢さん……」 「だってわたし……先輩とずっとこうしたかったんですから……」 「先輩と、くっついちゃいたい気持ちって……これ、だったんです……」 「稲叢さん、ホントにえっちだ」 「はぅ……でも、そうなんです……」 稲叢さんの膣内がヒクヒクと蠢いて、それが真実だと俺に伝えてきていた。 それと同時に、時折眉が顰められ、痛みもやはりあるのだとわかる。 「わかったよ……でも痛い時はちゃんと痛いって言ってくれ。どうせなら、気持ちいい方が稲叢さんだっていいだろ?」 「先輩……」 「い、今……ジンジンして……すごく………………いたぃ――」 我慢していたのだろう。稲叢さんの瞼から、涙が零れだしてきた。 「はぁっ……はぁっ……でも…………はぁっ…………」 「せっくす、続けてください……」 「もっとくっついてほしい……。先輩と、もっと、くっついちゃいたいです……」 「お腹の熱くなってるところまで……くっついちゃいたいんです……」 「ひぁっ!? あっ」 あまりのエロ告白に、俺のペニスがビクンビクンと大きく震えて、処女を失ったばかりの膣内を刺激する。 俺はもうそのことを謝罪せずに、稲叢さんの華奢な腰を両手で押さえつけた。 そして、ゆっくりと腰を押し進めていく。 「んぁっ! あっ……あっ……あっ……んくっ、うっ……」 稲叢さんの膣内はそれでもやはり狭すぎて、なかなか先に進むことができない。 亀頭の先端が膣壁を無理矢理こじ開けていく度に、苦悶の呻きが聞こえた。 「くっ、んっ……あっ……あっあっ……せんぱいっ……くぁっ! あぅっ!」 さすがに無理をさせている気がして、いったん腰の動きを止めると── 「はぁっ……はぁっ…………あ、あれ……? 六連先輩…………もっと…………」 おねだりされた!? 「もっと……ぴったりくっついちゃいたいです……。止めちゃ、いや……」 「さすがに苦しそうだったから……」 「あ、はい……痛いことは痛いです……。でも……もっと奥まで、先輩がほしくて……」 この子は自分がなにを言っているのかわかっているんだろうか。 いや、絶対にわかっていないと思うのだが、わかっていないのにこんなにエロいのはどうなのかという……。 「じゃあ、もっと奥まで挿れるぞ?」 「俺のち●ぽがもうちょっと縮んでくれたら、稲叢さんを痛がらせずに済むんだろうけど、それはどうも無理そうだ」 「稲叢さんのおま●こ、気持ちよすぎる」 「っ!? あぅぅ………………えっちです……先輩」 「おま●こって言葉は知ってるのか……。そういや、ち●ぽもすぐわかったみたいだったな」 「だ、だから、先輩……そう言う言葉は…………あぅあぅ……」 稲叢さんは恥ずかしそうに顔を左右に振ってから、口を開き直す。 「こ、孤児院には、やんちゃな男の子もいますから……えっちな言葉を言って女の子を困らせる子、とか……」 「…………ごめんなさい」 「先輩も……そうだったんですか? フフ、少し意外です」 「幻滅させたかな」 「早く奥まで挿れてくれないと、幻滅しちゃうかも……」 ビクン! ビクビクン! 「ひぁっ!? あっ、あっ!」 「そんなこと言われたら、我慢できなくなるだろ……。もっと挿れるな?」 「あ、は、はい……」 「ひぅっ! ひぁっ、あっあっあっ……ああぁっ、あっ……んっ!」 膣内の熱い液体はとろりとした粘度の高いものとなって、俺のペニスをさらに奥へと導いている。 目を向けると、そこからは少量の赤い液体がこぼれていて、稲叢さんの処女を奪った事実に軽い眩暈が襲った。 「稲叢さん……」 「せ、せんぱい……んっ! んぁあああっ……あふっ、あっ、あっ!」 狭すぎる稲叢さんの秘洞。 まだ何者の侵入も許していないその洞窟を、掘削するように押し広げながらペニスを進めていく。 数ミリ進める度に、稲叢さんの膣内は激しく痙攣し、収斂し、拷問のように激しい快感を与えてくる。 「も、もう……少し……っ」 「あっあああっあっあっあっあっ…………んにぁっ!!」 「あ…………」 繋がった。 俺と稲叢さんは今、完全に繋がったんだ。 「せ、せんぱぁい……」 「ここが稲叢さんの一番奥……」 「はい……一番奥まで……くっついちゃいました…………はぁ……」 きゅうぅと膣内が蠢いて、稲叢さんが俺のペニスの存在を確かめているのがわかった。 「はぁ……はふ……」 「まだちょっと辛そうだな」 「ご、ごめんなさい……こんな……こんなの……はじめて、なんで……。はぁぁ……」 「先輩……」 稲叢さんがピッタリと頭を押しつけてきて、俺の胸板をぐりぐりと左右にこする。 「恋人さんたちは、みんなこんなにすごいこと、しちゃってるんですか……?」 「してないカップルもいるとは思うが……まぁ、たぶんな」 「すごいことですよね……おつきあいするって……」 「かもな。もしかして、後悔してる?」 「……するわけ、ないです」 「でも、そうですね……。こんなにすごいこと知っちゃったら、知らない頃にはもう戻れない……。そんな風には思います」 「違いない」 「フフフ、えっちですね、先輩」 「稲叢さんもな」 「はい……ふぁあっ、あっあっ、ちょ、急に、あんっ!」 「そんなに激しくはしないから、少し動かせてくれ」 「あっ、あぅっ……は、はい、これくらいの、あっあっ、動き、ならっ、んぁっ!」 「結構気持ちよくなってきたか?」 「け、結構どころじゃ、あんっ、な、ないです……こんなっ、あっあっあっあっ」 1センチにも満たないくらいの移動距離で、ちゅぷちゅぷと稲叢さんの膣奥を小刻みにつつく。 ちゅっくちゅっくちゅっくちゅっく。 ソファのスプリングも一緒に軋ませて、稲叢さんの膣内を細かく刺激していく。 「あっあっあっ、せ、せんぱい、やん、あんっ、あっあぅっ!」 幸運なことに、稲叢さんの身体はこの動きが気に入ってくれたようだ。 きゅっきゅ、きゅっきゅと膣肉もざわめいて、俺のペニスにも小刻みな刺激を与えてくる。 稲叢さん、かわいすぎるだろ……。 「んっ……強くしてしまいそうだ……」 「い、いいですよ、少し、んくっ! く、くらいなら、だ、だいじょ、ぶ、あっあっ」 「あんっ、あんっ、先輩が、お、お腹の奥っ、突いて……あっあぅっあぁっ、んひぁっ!」 「少し、少しだけな、少しだけ……」 その微細な動きがもたらす快感は、より強くより深くと俺の身体に呼びかけている。 「少しだけ」などという言葉は明らかな嘘だ。今の俺にそんな繊細なボディコントロールなどできるはずがない。 「んぁぅっ! あっ、あっ! す、少しだけです、それ、いじょ、される、と――ひぁっ! あっあっ!」 そんなことを言う稲叢さん自身も、脚を絡みつかせ、俺の服をたぐり寄せて、自ら腰をくねらせはじめている。 快感を――貪っている。 ちゅっぷん、ちゅっぷん、ちゅっぷん。 水音の変化が、俺たちの動きの変化を如実に表していた。 「ああっ、ああっ、せんぱい、せんぱいっ! んぁっ、ああぅっ、あん、んぁああああっ!」 「いっ、いなむらっ、さんっ!」 「せん、せんぱいっ! あっ、あぅっ、あんっ、や、あっあっあっ、な、なんか、こみあげて……んぁっ」 「やんっ、あんっ、なにっ、なにっ? 熱くて、白くて、やだ、ああっ、わかんないっ! あっ、ああっ」 「し、知らないっ、なに、なんですか、これっ! 怖い、先輩っ、せんぱい!」 「稲叢さん、大丈夫だ! 俺がいる! 俺がずっとそばにいるから!」 「むっ、むつらせんぱい! 先輩! うれしいですっ! 好きっ、だいすきっ、好きですっ、好きぃっ!」 俺たちはお互いの強い想いを、身体の繋がりに託し、力の限り絡みあう。 俺の硬い強張りは、稲叢さんの柔らかい膣壁のひと筋ひと筋をめくりあげて犯し、 稲叢さんの膣内は執拗に入出を繰り返すペニスを、その度に激しく抱擁した。 俺たちの行為の音と、嬌声と、荒い息。 それらが誰もいない店内に響き渡り、カウンターの奥に並ぶ洋酒の瓶に反響していく。 「稲叢さんっ、稲叢さんっ」 「せ、せんぱいっ! なんかくるっ、きちゃうっ、きちゃいますっ!!」 「んぁあああっ! あっ――」 その瞬間、凄まじいまでの収斂が稲叢さんの膣内におこり、俺のペニスを搾りあげた。 「んふぁぁあああああっ! あっ、あっ、あああああああああああああああああああああああっ!!」 「くうっ!!」 どぷっ!! びゅびゅるっ! びゅるるううっ! びゅびゅるびゅううぅうっ! 堪えに堪えていた精液を、稲叢さんの最奥で一気に解き放った。 「ああああっ! あっあっあっあっ! な、なにか、熱いのっ! 入って……くるっ……んぁっ!」 「あああっ! あっあっあっ……せんぱい、むつらせんぱいっ……あっ、あああっ!」 「稲叢さんっ……稲叢、さんっ……んっ、くぅぅっ」 稲叢さんの膣奥を押しこみ、押し破り、串刺しにして、子宮の中へと直接精液を送りこむ。 「きゃふっ! あっあっ……熱い……お腹の中……熱くて……あっ、あっあっ!」 「や、あっ、なにっ、また、ヘンっ、ヘンなのっ……あっ――ふぁああああああっ!!」 「くっ……稲叢さんっ!!」 精液を流しこまれる快感に、稲叢さんは再び絶頂を迎えて、その肢体を艶やかに跳ねさせる。 同時にその膣肉も激しく痙攣して、俺のペニスからさらなる精液を搾り取ろうとしていた。 「はぁんっ! あっあっ……先輩ぃっ……あんっ、あああっ……んぁっ、あっあくぁっ……あふっ、あふっ!」 「稲叢さん……っ! くっ、うううっ!」 もう何度、稲叢さんの膣内に射精しただろうか。 執拗に稲叢さんの腰を引きよせ、膣奥に亀頭を押しつけ、秘肉の痙攣を幾度となく味わう。 稲叢さんの子宮は、とうにいっぱいになっていて、精液を溢れさせ、膣内に逆流させていた。 「稲叢さん……んっ」 「はぁっ……はぁっ……せんぱい……んんっ……んちゅっ、んちゅじゅるちゅ、んんんっ……」 俺たちはもう一度口づけあい、舌を絡めあいながら、きつく抱きしめあった。 「すまない……もう少し優しくするつもりだったんだが、結局結構激しく……」 「はぁっ……はぁぁ……だ、大丈夫ですよ、先輩……はぁ……」 「激しくしてもらえたの……嬉しかったですから……」 「はぁぁぁ……嬉しい…………先輩に、いっぱい求めてもらえたんだ……」 「はぁ……先輩好き……好きです……大好き……」 「……稲叢さん?」 「はぁぁ……せんぱぁい……」 名前を呼ぶとうつろな瞳を俺に向けて、うっすらと微笑む。 完全に蕩けきってる……。 はじめてのセックスで稲叢さんをこんなに幸せな状態にできたことを誇りに思いつつ、ひとまず稲叢さんの正気を取り戻させることを考える。 ……まぁ、抜くしかないか。 「んぁっ!! あっ、ああああ…………」 稲叢さんの膣内からじゅるじゅるとペニスを引き抜く。 精液と愛液と、破瓜の証にまみれた淫猥なペニスが、稲叢さんのちっちゃな穴から出てくる様は、なんとも言えずエロかった。 「ああ……抜けちゃい……ました…………ぁぁ……」 「抜きたくなかった?」 「はい……」 意地の悪い俺の質問に、稲叢さんが即答を返す。 「できれば……六連先輩と、ずっとずっとくっついたままでいたかったです……」 「稲叢さん……やっぱりエロい……」 「ううっ……それはなにか、えっちよりえっちな響きが……」 「うむ、はっきり言って、稲叢さんはそういう知識がないだけで、人並み外れてえっちだということがわかった」 「そっ、そんな……。で、でも、それなら六連先輩も同じくらいえっちっていうことですよね!?」 「そうだな」 「あ……」 ずいっと顔を近づけると、稲叢さんはすぐに顎をあげて唇を差し向けてきた。 もう力んで突きだしすぎることもなくなった唇に、唇を重ねる。 「んっ……んはっ……」 「キスももう大丈夫だな」 「はい……。でも、まだ心配なので……んんっ」 いたずらっぽく微笑んで唇を差し向ける稲叢さんに、俺は再び唇を重ね、そしてきつく抱きしめた。 「んふぁぁあああああっ! あっ、あっ、あああああああああああああああああああああああっ!!」 「くうっ!!」 その瞬間、俺は腰を一気に引き、膣内からペニスを抜き出した。 ぶぴゅっ! びゅぷるっ! びゅっびゅびゅうううっ! びゅううううっ! びゅっ! びゅっ! ぶるるんと振りあがったペニスは、白い粘液を勢いよく迸らせ、稲叢さんに降り注ぐ。 「ひあああっ! あっあっあっあっ!」 「稲叢さん……っ!」 俺はさらにペニスをしごきあげ、残る精液もすべて稲叢さんのお腹や胸へと振り掛けてしまった。 「あんっ! あっあっ……ふぁああああっ! あふっ、あっ」 「稲叢さん……はぁ……はぁ……はぁぁ……」 「はぁっ……はぁっ……はぁぁ……あふぅ……はぁ……はぁ……熱い……せんぱい……あふ……」 「ああぁ…………これ……先輩の……」 「……すまない、制服も汚しちゃったな」 「い、いえ、それは洗濯すればいいだけなので……」 「それにしても……男の人の[・]愛[・]液って言うのはこんなにいっぱい出るんですね……」 「……は?」 「あれ? でも、愛液っておち●ちんを挿れやすくするための潤滑油みたいなものなんですよね? ということは……」 「ハッ! ご、ごめんなさい、先輩! これからが本番なんですね!?」 「やだ、わたし、すっかり終わった気分になっていて……本当にごめ──んんっ!?」 再び謝罪しようとした唇を強引に塞いでしまう。 「んは……はぁぁ……」 「落ちついたか? 説明しておくと、これは愛液ではなく、精液と言って──」 そうして俺は稲叢さんにもう少し踏みこんだ性知識を解説した。 「すっかり朝になっちゃったな……」 「お、遅くまで、おつきあいいただいて、その……」 「ありがとう、ございました……」 「あ、ああ……こちらこそ……」 稲叢さんがもじもじしながら上目遣いでそんなことを言うので、俺の方もついしどろもどろになってしまう。 例によって、視線を合わせると恥ずかしくなってつい顔を背けてしまうと言う状況になっているわけだが、今までの恥ずかしさとはちょっと違う。 なにしろこの恥ずかしさは「さっきまでセックスしてました」という恥ずかしさだ。 この恥ずかしさのなにがヤバイって、下手に視線を合わせ続けたら、公衆の面前でも平気でキス(しかもディープ)とかしてしまいそうになるのがヤバイ。 とはいえ、離れて歩くのも耐え難いものがあるので── 「一応、ほら……家に帰るまでがデートってことで……手は繋いでおこうか」 「は、はい……繋ぎます」 などと手を繋いで歩いてしまう。 しかも、その手を稲叢さんがもぞもぞすりすりとしてきたり、時折腕をたぐり寄せて胸に押しつけてきたりするので堪らない。 本人はエロいことをしている自覚はないようで、俺が困って目を向けると、やっぱり真っ赤になって視線を逸らしてしまったりする。 「……また、休みあわせてデートしたいな」 「は、はい……わたしもしたいです……」 「あ、でも、今日お店が使えたのは偶然なので、なにか他に考えないと……」 「それは、えっちなことをする場所について言ってる?」 「あ…………」 どうやら図星だったらしく、ただでさえ赤かった顔がさらに真っ赤になった。 「先輩の意地悪……」 「俺もまた稲叢さんとえっちなことをしたいから、ちゃんと考えないとな」 「……はい。フフ」 「ただいまー」 「ただいまー」 「おかえりー。ずいぶんゆっくりだったね、リオ。いっぱいえっちした?」 「あ、うん」 「ちょっ!?」 「あっ!?」 「おおおおおおお!? ホントに初デートで初えっちまでいっちゃったんだ!? おめでとー、リオ!」 くっ、認めたくはないが、本当にエリナの予言通りのことになってしまったな……。 「ち、違うの、エリナちゃん! 今のは、そういう意味じゃなくて、えっと、そのっ」 「うわぁっ、これでもうカクジツ! 今までのリオなら、誤魔化そうとだってしなかったはずだもん。えっちの内容わかってなかったから」 「ッ!? そ、そんなことないもん! もうちゃんと六連先輩に教えてもらったから大丈夫です!」 「い、稲叢さん……」 「ああっ!?」 「おおー、ユートがどんだけえっちなこと教え込んだのか興味あるなー。にひひ、そこのところどうなの?」 「ノーコメントだ。稲叢さんもこう言う時は下手に繕わないでノーコメントで通した方がいい」 「わかりました。わたしもノーコメントです!」 「ちぇー、ケチー」 「まぁいいや、それはおいおい問い詰めるとして……」 結局問い詰められるのか。 「2人がつきあいはじめた頃から気になってたんだけどさ、もしかして、他の人がいる時には気を遣って今までと変えないようにしてる、とか?」 「?? なんのこと?」 「じゃあやっぱりそのままなんだ。名前の呼び方」 「名前の……呼び方……?」 俺と稲叢さんはきょとんとして目をあわせる。 「そう言えば、そのまま『稲叢さん』だったな……」 「わたしも『六連先輩』のまま……」 「恋人同士なんだから、ファーストネームで呼び合うのが普通じゃない?」 なるほど、それは一理あるかもしれない。 『莉音』、莉音か……。いざ名前で呼ぶとなると意外と緊張するな……。 「りっ……り、お……」 「ゆっ……ゆゆ、ぅと……せん……ぱ……ぃ……」 「…………」 「…………」 「ご、ごめんなさいっ! わたし、もう寝ますねっ!」 稲叢さんは真っ赤にした顔を両手で抑えて、足早に去っていった。 「……ユートたち、えっちもしたくらいにはラブラブなんだよね?」 「…………」 「ノーコメントだ」 「ちっ」 確かに、えっちより名前を呼び合う方がハードルが高いとは思わなかった。 でも、稲叢さんと俺なら、すぐにそのハードルも越えられるかな。 そんな風に考えていたら、顔に出ていたみたいで、エリナがニヤニヤと生温かい目を俺に向けていた。 悔しい……。 深い、深い、意識の沈降。 暗闇にたゆたい、静寂に身を浸す。 到達した。 俺は、最も愛する人を得、そして、その人と結びつくことができたのだ。 《こころ》精神も、身体も、それに気づいていた。 それを知り、喜び合い、運命の成就を祝していた。 遺伝子レベルで求めあっていた2人が、邂逅し、認識し合い、そして結びついた。 この結びつきは、ただの結びつきではない。 この結びつきは── 「ゆ……佑斗、せん……ぱい……」 「佑斗……さん……」 「や、やっぱり先輩より、さんの方がいいかな……でも……ちょっとハードルが高いというか……」 俺の名を呼ぶ愛しい人の声に、意識が急速に引き上げられていく。 「え、えっと……じゃあ……」 「佑斗……」 「ひゃぁぁぁ……よ、呼び捨ては無理、や、やっぱりさん付けあたりで……」 薄目を開けて、その声の主を確かめる。 「ゆっ……佑斗、さん……」 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……ああ、ドキドキする……。も、もう一回練習……」 「佑斗さん……」 ………………。 なにをやっているんだこの子は。 「はぁぁぁ……佑斗さん……佑斗さん……佑斗さん……。よ、よし……なんとか、これで……」 ……そういえば、名前で呼んでいないのをエリナにつっこまれていたんだった。 俺のことを名前で呼ぶ練習をしているってことか。ずいぶんとかわいいことをしているな。 「……でも、佑斗さんって呼ぶの……なんだか、奥さんっぽいっていうか……ひゃぁぁぁ」 「ど、どうせなら、その……」 「…………っ」 「あなた……」 ──ッ!? な、なにを……。 「~~~~~~~~っっっ」 「もうダメっ、もうダメっ」 「………………」 「あ……」 目があってしまってぱちくりする俺たち。 すでに真っ赤だった顔が事態に気がついて急激に真っ青になり、そしてまたその恥ずかしさに真っ赤に染まる。 「い、いいいい、いつから起きていたんですか!?」 「いや、なんだかブツブツ聞こえるなと思いながら目が覚めたところで……」 「ひとまず、おはよう。もしかして起こしにきてくれたのか」 「あ、は、はい……。その……」 「おはようございます……ゆ……」 「六連先輩」 「あれっ!?」 「なんですか……?」 「いや、だって、『ゆ』は?」 「な、なんですか、それ……知りませんよ?」 といいながら、あからさまに視線が泳いでいる稲叢さんである。 「……なんなら、『あなた』って呼んでもらっても」 「や……やっぱり聞いていたんですね……!?」 「まぁ、さすがに照れたけど……ハハハ」 「ああ……」 「恥ずかしい……。もう、生きていけないくらい恥ずかしい……。もう、死んじゃうしか……」 「そんなことで死ぬなんて言うなっ! 稲叢さんが死んだら俺も死ぬぞ!?」 「っ!? なにを言っているんですか!? 先輩が死んじゃダメです! そんなのわたし、絶対に許しませんからっ!」 「俺だって稲叢さんが死ぬことなんて、絶対に許さない。冗談でももうそんなことは言うな」 「わかりました。先輩もそんなこと言っちゃダメですからね? わたし、想像しただけで泣きそうになっちゃいますから」 「わかった。俺も約束する」 「はい、約束です。先輩……」 そうして見つめあい瞳を潤ませる俺たち。 自分でやっておいてなんだが、かなりこっぱずかしいことをしている気がする。 「……ところで、やっぱり『先輩』のままなのか?」 「……先輩も『稲叢さん』のままでした」 「う……」 「…………」 少し不機嫌そうに、でも本当は期待しているような、そんな視線でチラチラと俺を見る稲叢さん。 はっきり言って、俺も、稲叢さんからは名前で呼ばれたい。 ならば、やはり俺の方が腹を括るべきだろう。 「すぅ…………」 大きく息を吸いこむと、稲叢さんが固唾を呑んで俺に注目した。 「……莉音」 「ゆ……佑斗、さん……」 お互いの名前を呼びあっただけで、マグマのような熱い塊が胸の内から突如として沸きあがってくる。 なんだこれ……。性的なものとはまったく違う、別種の熱い興奮が、俺の身体中を駆けめぐっている。 おそらくは、稲叢さん──いや、莉音の身体中にも駆けめぐっていることだろう。 「莉音」 「佑斗さん」 「莉音」 「佑斗さん」 「莉音!」 「佑斗さん!」 「莉音ーっ!」 「佑斗さーんっ!」 「盛りあがってるところ悪いんだけど、学院行かないの? もうみんなご飯食べ終わって待ってるんだけど」 「へ?」「え?」 『…………』 「うわあっ!? もうこんな時間だ!」 「ご、ごめんなさいっ! わたし、佑斗さんのことを起こしにきたのにっ!!」 「と、とにかく、着替えないと!」 「きゃあっ!? い、いきなり脱がないでくださいっ」 「そんなことを言われても!」 「んじゃ、ワタシたちは先に行ってるね~。ごゆっくり~」 「お待たせしました」 「まぁ、途中軽く走るくらいでなんとか間に合うだろ」 「そうですね。それでは、今のうちにこれを」 「お、お弁当?」 「はい。夕ご飯の分を簡単に詰めてきたので、休み時間まではこれでしのいでください」 「それと深夜の分も持ってきていますので、よかったら一緒に食べませんか?」 「おお、至れり尽くせりだな。もちろんいただくよ」 「フフフ、よかった」 「断るはずがないだろ? よし、それじゃあ急ぐか、莉音」 「はいっ、佑斗さん」 残念ながら手を繋いでというわけにはいかなかったが、今日は2人並んで走っての登校となった。 莉音が当たり前のように隣にいてくれることが幸せすぎて、なんだかこそばゆかった。 深夜休み──。 授業が終わるなり、俺は体育館にやってきていた。 もちろん莉音のお弁当をいただくためだ。 「あ、六連先輩!」 莉音の方もすぐに俺に気がついてタタタッと小走りにやってくる。 「また六連先輩に戻っちゃったのか?」 「うっ……他の人もいるところだと、恥ずかしくて……でも……」 「……佑斗さん」 「お、おう……莉音」 「はい、佑斗さん……」 「えへへへへ……佑斗さん……うふ、うふふふふふ……いやん、もう……」 今にして思うと、俺と莉音がつきあう前に、大房さんが目撃した様子のおかしさというのは、[・]こ[・]れのことではないだろうか。 はじめての恋愛に浮かれているとわかっている今はいいが、確かにそれがわかっていなければ、これは相当ヘンなものに見えるだろうな……。 「もう、そんなにニヤニヤした顔で見ないでください……」 などとニヤニヤした顔で言われてしまった。 実際のところ、俺も相当ヘンなものになっているのか。 「じゃあお弁当広げちゃいますね。今日はあまり代わり映えしないものばかりなので、期待しないでください」 「いつもと同じように美味しいってことなら、どうしても期待してしまうな」 「ゆ、佑斗さんは口が上手です……」 「あっ」 「き、キスを、おねだりしたわけではなくて……その……」 「……いや、そんなことは思っていなかったが」 「そ、そうですか……そうですよね」 しかし、そんな風に言うということは、それだけキスが気に入っているということか? それも、普通のキスではなくて、ディープキスの方を……。 あれも一生懸命に舌を絡めてきてかわいかったもんなぁ……。すごく気持ちよかったし……。 「またニヤニヤしてる……」 「すまん。でも、莉音とこうしてるのが、なんだか幸せでな」 「それは……わたしもです……。まだ夢を見ているみたい……」 夢と言えば、莉音が起こしにくる前になにか見ていた気もするな……。 まるで詳細は覚えていないが、普通の夢の感覚とは全然違った気がする。 「そう言えば、夢の中でも幸せな気分になっていました」 「お、どんな夢?」 聞きながら、コロッケを口に放りこむ。 うむ、いつも通りに美味い。 「なんだかヘンな夢で……説明するのがちょっと難しいんですが、そうですね……」 「強いて言うなら、ですけど……わたしを構成するすべての要素が、佑斗さんとおつきあいできたことを喜んでいる、みたいな……」 「普通の夢みたいになにかの体験とか、映画の1シーンとか、そういうのじゃなかったんです」 「んん? んー……」 「やっぱり、よくわからないですよね」 「あ、いや……俺が見た夢もそんな感じだった気がして……」 「え……」 「だから、俺を構成するすべての要素が莉音とつきあえたことを喜んでいる、っていう……」 「も、もぉっ、そんなにわたしのこと喜ばせてどうするつもりですか……。はい、わたしのコロッケもう1個あげます。うふ、うふふふふ」 「ありがとう」 うーむ、本当に同じような気がしただけだったんだが、さらに蕩けさせてしまったようだ。 でも確かに『俺を構成するすべての要素が莉音とつきあえたことを喜んでいる』なんて、そこだけ言葉にしたら大げさな口説き文句の類か。 「あ、そういえば、今日は大丈夫でした?」 「大丈夫って、なにが?」 「いえ、今日はわたしが起こしにいったせいで、そのまま寮を出なくてはいけなくなっちゃったじゃないですか」 「『アサダチ』の処理は大丈夫だったのかなって思って……」 「ぶほっ!? けほっ、けほっ」 唐突に耳を襲った単語に思わずむせる。 今、莉音はなんて言った? 「佑斗さん!? 大丈夫ですか? はい、こちら飲み物です、どうぞ」 「す、すまん……ごくごくごく……んっ……ふはぁ……」 『朝勃ちの処理』って聞こえたんだが、まさかな……。いやしかし、莉音ならあり得ないことも……。 「もう、そんなに急いで食べなくても、まだ深夜休みの時間はたっぷりありますよ?」 「い、いや、急いで食べていたわけではないんだが……えっと、アサ……なんだって?」 「アサダチですよ、アサダチ。あ、わたしたちの場合は夕方になるから、ユウダチって言うんでしょうか」 「男性は目が覚める頃にそれになるから、処理をしなければならないんだと聞きました。その処理をしないと辛いんですよね?」 まるで当然のことのように言いだす莉音。 またなにかの知識を理解していないまま持ちだしてきているようだ。 「それに、あの……恋人は、その処理のお手伝いをするべきだって……」 「だから本当は、そのお手伝いをするために佑斗さんを起こしにいったんです……。それなのに、わたし……」 「いや、起こしにきてくれたことは感謝してるよ。落ちこむ必要はない」 「アサダチの処理についても、莉音が気にするような問題じゃないというか……」 「や、やっぱり、わたしでは上手くお手伝いできないものなんでしょうか? わたし、佑斗さんの恋人なのに……」 「いやいや、誰から聞いた話かは知らないけど、その手伝いを人にさせること自体がないから」 「お手伝い自体が……ない? 恋人でも、ですか?」 「恋人でも、です」 「なんで!?」 「いや、なんでって言われても……。そうだな……たとえば、莉音は生理用品の付け替えを俺に手伝ってもらおうと思うか?」 「そんなこと思うわけないじゃないですか!」 「しー。他の人もいるから」 「で、でも、佑斗さんがヘンなことを言うから……」 「ああ、それくらいヘンなことを、莉音も言っていたってことだ」 「ええっ? だ、だって、漫画に……」 「……また、エリナから借りた漫画か」 「はい……」 「あっ、でも、エリナちゃんのことを怒らないでくださいね。わたしが、エリナちゃんに頼んだんですから」 「莉音が?」 「わたしが……おつきあいの仕方とかまったくわからないから、教えてくれってエリナちゃんに頼んだんです」 「そうしたら、エリナちゃんが、漫画ならわたしでもわかりやすいだろうって、何冊か持ってきてくれて……」 なるほどな……。エリナのチョイスが悪いとも言えないことはないが、エリナが悪いとは確かに言えないか。 ああ見えて、結構友達思いというか、俺のことも莉音のことも、いろいろ気にかけて動いてくれたみたいだし……。 「押したおしちゃえ」なんて言ってたのも、莉音が俺のことを好きだとわかっていたから出た発言だったのだろう。 「エリナって、いいヤツだよな……意外と」 「くすくす……意外とは酷いですよ」 などと話ながら食べていたら、すっかり食べ終わってしまった。 「ふぅ……美味しかった。ごちそうさま」 「量はこれくらいで足りますか? 次はもう少し増やしましょうか」 「これくらいでちょうどよかったよ。さすが莉音」 「さ、さすがなんて、そんな……。でも、よかったです。なにか食べたいものがあったらなんでもリクエストしてくださいね」 「ああ、ありがとう。これからも期待してるよ」 「あ、あの、『食べたいものは、莉音』なんて言ってもらえるなら、そ、そういうことも、わたし、ぜ、善処しますから……」 ……神様ごめんなさい。 俺は穢れなど知らなかった清純な莉音を、こんなに淫らなことを言う女の子にしてしまいました。 「さて……」 「さっそくですか!?」 「いや、落ちつけ。さすがに学院でそういうことをするのはどうかと思うぞ」 「そ、そうですよね。びっくりしました……」 「まだ少し時間あるし、例の合気道の技を見せてくれないか?」 「あ、はい。そういうことでしたら、喜んで」 「えーっと……こうして」 「うぉ」 「あ、ごめんなさい。でも、これで、こっちの方に力を入れると……」 「あだだ」 「……抜けだせます?」 「この体勢からか? さすがに抜け出すくらいは……」 「あれ? くっ」 「力入れづらいですよね?」 「あ、ああ、確かに……でも、くっ!」 吸血鬼とは言え女の子に軽々抑えつけられているのがなんだか悔しくて、もう一度脱出を試みたが、確かに力が入れにくい。 「関節の構造上、この向きには力は入らないんです」 「な、なるほど……」 「他にもコツがあって……人は力を加えられると、反射的にそれに反発しようとします。それを利用して、相手の力をコントロールするんです」 「んん? わかるようなわからないような……」 「ええと、つまり……こうやって引っぱられると、引っぱられないように踏ん張るじゃないですか」 「ふんふん」 「引っぱった瞬間に、引っぱられないように踏ん張った力の方向にちょっとだけ力を加えてあげるんです」 「んんん? いや、なんとなくわかるぞ……。反対方向の力ってことか?」 「そんな感じだと思います」 「実演して見せてほしいんだが」 「でも……危ないですよ?」 「全然構わない。そのためのトレーニングルームだし、幸い[タフ]吸[なカ]血[ラダ]鬼だし」 「それを覚えることで、なにかあった時に俺の危険が減るかもしれないし、な」 「そう……ですよね。わかりました」 「ありがとう。お願いするよ」 「はい……では」 「フッ」 「え」 「あだだだっだっ!」 「だ、大丈夫ですか?」 一瞬身体が浮いた感じがしたと思ったら、腕をとられたまま腹ばいに抑えつけられていた。 莉音はすぐに俺から手を放してくれたが、そうしてくれるまでは抜け出すことはおろか、抜けだそうと力を入れることすらできなかった。 「あ、ああ、大丈夫大丈夫……。しかし、想像以上だ……なんだこれ」 「合気道の基本的な技で《いっきょう》一教といいます」 「どんな感じがしました?」 「そうだな……強引に抑えこまれた感じじゃなくて、いつの間にかそう言う体勢をとらされていた、みたいな……」 「そうそう、そんな感じです。わたしも最初、そんな風に感じていました。なにをされたのか、わからなくなっちゃうんですよね」 「ああ、まさにそれだ」 「この無駄な力を使わず、相手の力を効率よく利用するやり方や感覚が、『合気』とか『呼吸力』というものみたいです」 「円の動きやらせんの動きで相手の力を上手く乗せて、重心をずらしたり、力の入らない方向に導いてあげるのが基本的な考え方になるでしょうか……」 「そこだけ聞くと基本的な考え方は柔道とそう変わるわけでもないのか」 「元々は同じものみたいです。合気道という名前も近年になってつけられたもので、柔術が合気柔術になり、合気道になったって聞きました」 「なるほど……」 「といっても、柔道のように乱取り稽古みたいなことはほとんどしないんですけどね」 「乱取りをしない?」 「基礎的な動きの練習と、約束組み手──えっと、事前になにをやるって打合せをしてある組み手がほとんどです。試合もないんですよ?」 「そんなので……いや、でも、実際に《こうや》高野は取り押さえているわけだし……むむ……」 「あの犯人の人もなにか格闘技をやっているようなら、ああは上手くいかなかったと思います」 「ただ、合気の技術は、それを知らない人には効果的なことが多いんじゃないかと……」 「特に吸血鬼の人は身体能力に優れている分、そういう油断をしがち……なんだそうです。この辺は、全部先生の受け売りなんですけど」 「アハハ、でも納得できる話だ」 「うん、思っていた以上に合理的な技術だな。もう一回、実演してもらっていいか?」 「あ、はい」 「っ!?」 「あ……」 俺の肘が莉音の柔らかな乳房にぐいっとめりこんだ。 「す、すまん」 「い、いえ……わたしが引っぱったので……」 「それに、その……佑斗さんとは、もう、そういう関係……ですし……」 「だから、別に……もっと、くっついてもらっても、構わないというか……その……」 「お、おお……」 「…………」 「……さっき言ってた約束組み手って……こういうことするんだよな?」 「あ、はい……」 「…………」 「わ、わたしが習っているのは女子部で、先生も女性の方ですからねっ?」 「そ、そうかっ、すまんっ!」 「焼きもち……やいてくれたんですか……?」 「すまん……みっともないとは思うんだが、なんというかその……」 「みっともなくなんかないです! わたしとしては、むしろ、嬉しい……感じで……あの……」 「……こんな風に……身体をぴったりくっつけていい男の人は……佑斗さん、だけですから」 「莉音……ありがとう……」 「佑斗さん……」 当たっている肘の部分から莉音の熱が流れこんでくるようだ。 できることならこのまま……。 このまま……だと、腕がもう動かせない。 「コホン、でだ。さっきの一教だったか? それを、もう一度頼む」 「そ、そうでした」 「…………」 「……莉音?」 「も、もうちょっとだけ……くっつけていたら、ダメですか……?」 「ああああっ、う、嘘です、嘘です! ごめんなさいっ!」 「ただ、ちょっとだけ、ちょっとだけそう思ってしまって、わたしっ!」 「り、莉音! 極まってる! 極まってるから! ギブ! ギブ!」 「あああっ!? 佑斗さんっ!?」 「アッ~~~~!」 「よし、授業も終わりっと」 「六連君、お仕事行くよー」 「今日も情報収集がメインかしら」 「まぁ、そうなるだろうな」 「お、風紀班組がおそろいで。今からお仕事?」 「あ、エリナちゃん。そっちは今帰り?」 「うん。今日はお休みだしねー」 「そうだ、エリナ。ちょっといいか?」 「なになに? 浮気の相談?」 「そう言えばエリナって佑斗にはじめて会った時から懐いていたわよね……」 「ダメだよ、六連君! 莉音ちゃん泣いちゃうよ!?」 「浮気なんかしない。莉音を泣かせるつもりもない」 「そうだよ、2人とも~。ユートはこう見えてもリオにメロメロなんだよ? もう今日なんて起き抜けに──」 「ちょっと待てエリナ。ツッコミどころが多すぎて混乱しているが、とにかくその口を塞がないとダメだと言うことだけはわかった」 「きゃぁ~ん♪」 「やっぱり仲がいいわね……」 「これってつまり、浮気を誘ってるのはエリナちゃんの方ってこと?」 「エリナはからかって楽しんでるだけだ」 「え~? ワタシはいつだってみんなの幸せを願ってるよ? その方がワタシだって楽しいし」 「だから、楽しんでるのが主目的なんだろ? いいからちょっとこい」 「はぁ~い」 未だに訝しげな目を俺に向ける美羽と布良さんから少しだけ離れてエリナにだけ聞こえる声で話す。 「こんなところで言うのもなんなんだが……いろいろとありがとうな」 「へ?」 「莉音のことだよ。相談に乗ったりしてくれたんだろ?」 「相談に乗るって、ほどでもない気がするけど……」 「エリナが言ってくれたおかげで、名前で呼び合うようにもなったし、本当に感謝してるんだよ」 感謝されることに慣れていないのか、居心地悪そうに身体を揺すったり、苦笑いをしたりするエリナ。 こうして見ると、エリナも確かにかわいいところがあると思わずにはいられない。 まぁ、俺の莉音には到底敵わないが。 「今なにか失礼なこと考えた?」 「そんなことはないぞ?」 「そう? ならいいけど……」 「それでな、感謝の他にもう一つ言いたいことがあるんだが」 「うん」 「……莉音に見せる漫画、もう少し普通のものにしてもらえるとありがたい」 「あれ? なんかおかしなことになった? そんなにヘンなものは入れなかったはずなんだけど……」 「そうなのか?」 「うん」 「ふむ……まぁ、それならそれでいいか。とりあえず、今後もあまり過激なものは避けてやってほしい」 「ほほぅ、保護者気取りってこと?」 「そういうわけじゃない。だが、今までが知識なさ過ぎだからな。急にそういう知識を入れるとどうしても行動がちぐはぐになる」 「でも、そんなことくらいでユートはリオのこと嫌いになったりしないよね?」 「……それはまぁ、嫌いになるはずがないが」 「にひひ、うん。それならよかった。《りょーかい》パニャートナ」 「ワタシとしても、あんまり知識つけられちゃうと弄り甲斐がなくなっちゃうもんねー」 「エリナ、おまえな……」 「佑斗、まだかかりそうなの?」 「すまん、もう終わった。エリナ、頼んだからな」 「は~い」 「それじゃあエリナちゃん、気をつけて帰ってね~」 「そっちもお仕事がんばって~」 「リオ~、ごはんまだ~?」 「ん~、おかずはもうできてるんだけど、ご飯炊くの遅くなっちゃって……あと10分くらいかな」 「10分かぁ、まぁそれくらいなら」 「あ、そうだ、エリナちゃん。ちょっといい?」 「別にいいけど?」 「(さっきユートにも同じような誘われ方したような……)」 「えーっと……あ、あった」 「ああ、貸してた漫画? どうだった? 役に立った?」 「うん、とっても。本当にありがとう」 「にひひ、《どういたしまして》ニェーザシタ」 「それでね、あの……この本、なんだけど……」 「あ、これ……」 「(読みかけだったちょっとえっちな漫画だ……。部屋にないと思ったら、リオに貸した漫画の中に混ざっちゃってたのかー)」 「(つまり、ユートが言っていたのはこの漫画のことで、リオに今呼び出されたのは、『こんな漫画混ぜるな』ってところかな)」 「あのね、あの……こういうの……」 「(かわいいなぁ、リオ。もじもじしてる。うんうん、このうぶなところが素晴らしいよね……)」 「も……もっとない?」 「なんですと!?」 「え、えっとね、ご、誤解しないで聞いてほしいんだけど、その、もっとなにか、佑斗さんに喜んでもらえるようなことはできないかって思って、それで」 「こんなこと相談できるのエリナちゃんだけなのっ」 「ちょ、ちょっと待ってね……」 「……莉音に見せる漫画、もう少し普通のものにしてもらえるとありがたい」 「ふむ……まぁ、それならそれでいいか。とりあえず、今後もあまり過激なものは避けてやってほしい」 「そういうわけじゃない。だが、今までが知識なさ過ぎだからな。急にそういう知識を入れるとどうしても行動がちぐはぐになる」 「(ユートにそんなことを言われたばかりだったんだけど……)」 「うぅ……」 「でも、そんなことくらいでユートはリオのこと嫌いになったりしないよね?」 「……それはまぁ、嫌いになるはずがないが」 「(リオが急にそういう知識を入れてちぐはぐな行動をとる。しかし、ユートはリオのことを嫌いにはならない)」 「(今、リオの頼みを断ると、リオの信頼を裏切ることになる。リオの頼みを聞けば、リオの信頼は裏切らない)」 「(……あれ? 誰も困らない、よね? っていうか)」 「(それでリオがちぐはぐな行動をとって、ユートが慌てたら……楽しい、だけ?)」 「エリナちゃん……」 「よくわかった、リオ! このワタシに任せて!」 「エリナちゃん!! ありがとう、大好き!」 「(ユート、ごめんね~)」 風紀班の目下の事件と言えば例のドラッグ『L』についてだ。 あまり派手にばらまいているわけではないらしく、《こうや》高野以外の《プッシャー》売人が押さえられていない。 もちろん逮捕した高野たちからの事情聴取はしているが、彼らも自分たちに『L』を卸していた人物の正体などわからないとのことだった。 隠しているというセンもまだあるとは思うが、正体がわからないというのは本当のことのような気がする。 高野は充分に慎重な男だった。 そして、今のところ彼しか捕まっていない。 この事実だけでも、『L』の流通に関わっている人物が、相当に用心深いことがわかる。 そして、腹立たしいことに『L』は、今も出回っているらしい……。 「ふぅむ……」 「なにかわかりましたか?」 今日は俺と《チーフ》主任で資料調べ。 美羽と布良さんは見回りに出ている。 「こうまで足取りがつかめないとなると、島の外から入ってきたわけではないのかもしれないな」 「島の外から入ってきていない……? つまり、この島で作られているということですか?」 「可能性としては、だが」 「それと成分分析の結果があがってきていてな、これによれば、使われている成分そのものはこの島でも簡単に手にはいる物ばかりのようだ」 「でも製造工場みたいなものがあるなら、さすがに……」 「それも、流通量から考えれば、それほどの規模は必要ないのかもしれない」 「それから、どうやら『L』は、ヴァンパイアウィルスの代謝を狂わせることで興奮状態を引き起こすものらしい」 「ヴァンパイアウィルスの……それでそのファイルに目を通しているわけですか」 主任のディスプレイに映しだされていたのは、人物データらしきファイルだ。 こうして話している間にも主任はそのデータをつぶさに見て、次のページへと送っている。 特徴的なのは、その人物の写真がどれも白衣を着ていることだった。 「ああ、ヴァンパイアウィルスの研究に従事している科学者たちだな」 「彼らの中に犯人がいるかはわからんが、関連するデータが犯人とやり取りされた可能性はある」 「一度聞き込みに行ってみようかと思ってるんだが──」 「あ」 「ん? どうした?」 ディスプレイに映しだされた名前にふと目が留まる。 蓮沢……庄三郎……? 蓮沢……蓮沢……。確か、どこかで……。そうだ。 「思い出しました。市長が連絡がつかないと言っていた人の名前です。この、蓮沢庄三郎という研究者……」 「荒神市長が? 連絡がつかない、か……ふむ」 「なんでも相当偏屈な人らしくて、人との接触を断って研究に没頭しているんじゃないかと市長は言っていました」 「そうか。確かに関連する情報に、なにかの事件に関わっているというものはないようだな。特に捜索願いなども出されてはいない」 ライカンスロープ研究の第一人者という話だったよな……。 この人の話を聞ければ、俺の体質についてなにかわかるかもしれないのか。 「というわけでだ、六連には明日からこの研究者たちへの聞きこみを手伝ってもらう。蓮沢教授の居場所も案外聞けるかもしれないな」 「了解しました」 それは俺にとっても好都合だな。 よし、がんばろう。 などと張り切ってみたものの、世の中はそう好都合にはできていないようだった。 「ああ、疲れた……」 あれから数日、ヴァンパイアウィルスの研究者たちからは有力な手がかりはなにも得られてはいない。 これには主任も苦い顔をして「俺の勘も鈍ったものだ」とかぼやいていた。 蓮沢教授の方もやはり連絡はつかず、聞きこみをした研究者たちの中にも蓮沢教授と最近連絡を取ったものはいない様だった。 ただ、未だに会えていない他の研究者もいる。 残りの聞きこみに成果を期待するしかないと言ったところだ。 「佑斗さん、どうしたんですか? なにか悩み事でも?」 そんな俺を見て心配になったのだろう。 莉音が他の客には聞こえない程度の声で、こっそりと尋ねてきた。 「捜査がいっこうに進まなくてな。悩みと言うよりは単なる精神的な疲れだよ。ありがとう」 「最近大変そうですもんね……。あの……わたしになにかできることはありませんか? 疲れを癒せるような……」 「実は、仕事中の莉音の顔を見たら、疲れが癒えるかと思ってここにきたんだ」 「ッ!」 ボッと火が点いたように一瞬で赤くなってしまった。 「莉音ちゃ~ん、これ5番テーブルさんにお願~い」 「はひぃっ!? たたたただいまっ!」 「すまん、莉音」 「だ、大丈夫です」 莉音は真っ赤になった顔を背けて、カウンターへ向かう。 事実を言っただけだったんだが、悪いことをしてしまった。本当に大丈夫かな……。 「六連君、六連君」 「ああ、大房さん、お疲れさま」 「莉音ちゃんとは上手くいっているみたいですね」 「おかげさまで。あのガイドブックは今後も活用させてもらおうかと」 「そう言ってもらえると嬉しいです。莉音ちゃんももう、最近口を開けば六連君の話題ばかりなんですよ」 「マジですか……」 「大マジです。最近の莉音ちゃんは、舞いあがってるか、六連君の心配をしているかの2つの状態しかありませんから」 「……舞いあがってるのは俺もよく見ます」 「アハハ、でも六連君も授業中にぽわ~んとしちゃってることありますよね」 「なぬっ!?」 「あら、ご自分では気づかれていなかったんですか?」 「き、気づいていませんでした……以後、気をつけます」 「私、余計なことを言ってしまったのかも……。矢来さんと布良さん、それでずいぶん楽しそうにしていたのに……」 「ご忠告、本当にありがとうございました」 深々と頭をさげると大房さんは苦笑して手を挙げていたお客さんの方に行ってしまった。 うう、本当にいかんな。気をつけよう。 「戻ってまいりました……」 「おかえり、莉音」 「捜査の疲れ、よっぽどみたいですね」 どちらかというと、今は授業中に浮かれ顔をしていることを指摘されたショックが大きいわけだが。 「寮の食事もしばらくスタミナ重視でいきましょうか。女性が多いから控えていたんですが、やっぱり矢来先輩たちもお疲れのようですし……」 「ああ、美羽も布良さんも捜査が空振り続きで、確かに滅入ってきてるな……」 捜査に関係するかどうかわからないが、せめて蓮沢教授の方の情報でも手に入ればなぁ……。 ん? 情報……? 「どうかしました?」 情報屋の淡路さんに調査を頼む……? いや、待て。蓮沢教授については、実際に捜査には関係しない可能性も高い。 ということは、それは俺の個人的な調査依頼と言うことになる。となれば、当然情報料的なものも発生するわけだよな……。 いくらするんだ、それ。 「ああ、いや……」 「言ってください。言ってくれないとわかりません。もしかしたら、お役に立てるかもしれないじゃないですか」 にっこりと笑ってそう言う莉音。 心底俺の力になりたいと思ってくれていることが伝わってくる。 「捜査に関係するかどうか微妙な調査を、淡路さんに依頼してもいいものかどうか迷っていてな」 「ちょっと俺の個人的な話も絡んでるから、捜査が関係しないならそれは俺からの個人的な依頼ってことになるだろう?」 「その場合、情報料とかっていくらくらいするのか……とか、そもそもそんな依頼していいのか……とか」 「なるほど……。それはでも、オーナーに調べてもらえば進む話なんですよね?」 「まぁ、そうなるかな」 「オーナーに直接聞いてみましょう。今連れてきますね」 「あ、莉音──」 今漠然と思いついただけのことだったんだが、本当にいいのか? まぁ、聞くだけ聞いてみろという話ではあるか。 「萌香さん、佑斗さんのお話を聞いてあげてください」 「なぁに、話って」 莉音に背中を押されて戸惑い気味の淡路さんだが、連れてきてしまったものはしょうがない。 「いや、実は──」 莉音の気持ちを汲んでやりたいということも手伝って、俺は淡路さんに一連のことを尋ねてみた。 「そういうことね……。確かに六連君個人が頼むのなら、ちょっとお金が必要かも」 「やっぱり」 「それはいくらくらいかかるものなんですか?」 「莉音ちゃんがそれを聞いてどうするのよ? 情報が必要なのは六連君でしょう?」 「それは、そうですけど、でも……」 「……実はもう結婚していてお財布を共有しているとか?」 「ししししてません! けけけ結婚なんて、そんなっ」 「って奥さんは言ってるけど?」 「奥さんっ!?」 「すみませんが淡路さん、それ以上やると本当にオーバーヒートしちゃうんで」 「あら、それはごめんなさい。フフ」 「でも、そうね。一応、半分は陰陽局のお仕事っていうことよね? 事件に関連しなくても、関連しないという情報が明らかになるわけだし」 「そうとも言えますね」 「うん、ならいいわ。ある程度のことまでならロハで調べてあげる」 「いいんですか?」 「ええ。半分はお仕事、もう半分の代金は、今のかわいいかわいい莉音ちゃんの反応で払ったってことにしてあげる」 「ってことは、結局莉音に払ってもらったようなものですね」 「そうなるわね。次のデートで莉音ちゃんにたっぷりおごってあげなくちゃね」 「ありがとうございます。そうします」 「佑斗さんにおごってもらうだなんて、そんなっ!」 「なに言ってるんだ? 元々次のデートは俺がおごる予定だったろ?」 「そ、そう言えば……そうでした……けど……」 「莉音ちゃん、そう言う時は気持ちよくおごってもらうのも女の甲斐性ってものよ?」 「女の、甲斐性……」 「この場合の『女』っていうのは『彼女』って意味もあるからね」 「わ、わかりましたっ」 淡路さん、やっぱり莉音の操作の仕方をよく知っているな。今後の参考にしよう。 「佑斗さん、それでは次のデート……期待していますね」 「ああ、任せてくれ」 そう言ってうなずいたものの、凄まじくハードルがあがった気がする俺だった。 「お先に失礼します」 「お疲れさまー」 「お疲れさまです」 「お待たせしました」 アレキサンドから莉音が出てきて、嬉しそうに俺に微笑みかけてくる。 「莉音が微笑みかけてくれるのが報酬なら、いくらでも待つよ」 「フフフ、なんですか、それ」 咄嗟にかっこいい台詞を言ったつもりだったが、軽く流されてしまった。 「手、繋いでもいいですか?」 「もちろん」 「えへへ……えい」 莉音の手が俺の手を取り、そして、少しでも接触する面積を増やそうともぞもぞと動きまわる。 莉音は心の底から俺と手を繋ぎたがっていて、心の底から今手を繋げたことを喜んでいる。 それがはっきりとわかるのは、俺の方もそうだからか。 「お店ではあまり食べてはいなかったですよね?」 「ああ。莉音の朝ごはん、楽しみだし」 「そう言ってもらえると作り甲斐があります」 「今日はなににするんだ?」 「みなさんお疲れのようですし、今日は豚のショウガ焼きにしようかと。ビタミンBもたくさん摂れて、疲労回復にも抜群です」 「おお、それは美味そうだな。ますます楽しみになってきた」 「ご期待に応えられるようがんばりますね、フフ」 本当に幸せそうな笑顔を見せてくれる莉音。 やはり、この笑顔が見られるだけでも疲れなんてあらかた吹っ飛んでいく。 俺はなんて幸福なんだろうか……。 だが、莉音とつきあうことになって以降、あまりにも幸福すぎて俺は忘れていた。 いや、本当は頭の片隅にあったのに、この幸福を陰らせたくなくて目を瞑ってしまっていたのだろう。 ライカンスロープ── 蓮沢教授の件に進展があれば、もう少し詳しいことがわかるかもしれない。 やはりそれまで待つべきだろうか。 それとももう莉音には告げておくべきだろうか。 俺はライカンスロープなのかもしれない……少なくとも複数の能力を操る吸血鬼だという、そのことを、ちゃんと告げておくべきなのではないか。 莉音ならばきっと理解して受け入れてくれると思う。 ……だが、受け入れられなかったら? 蓮沢教授と連絡がつき、詳しいことがわかれば、ライカンスロープではない証拠が挙がるかもしれない。 そうなってからなら、笑って話せるようなことだろう。 『吸血鬼喰い』とつぶやいた美羽の顔が、どうしても脳裏をよぎる。 それでも美羽の時のように、誤解や不安は必ず解けるだろう。その自信はある。 だけど、それを告げることで、一瞬でも莉音を不安にさせてしまうかもしれない。 今のこの幸福なひとときを、俺と莉音の関係を、崩してしまうことになるんじゃないのか。 そのことが……いや、そんな可能性が少しでも存在することが、俺には耐えられない。 「佑斗さん……?」 「莉音……大好きだ」 「わ、わたしも大好きです……」 いけない。こんなことで莉音を心配させていたら、話すも話さないも同じことじゃないか。 だいたい元からおかしな話ではあるんだ。 莉音といる今が幸福だからこそ、幸福を崩したくなくて不安になるなんて……。 あるいは、このことに最初から気がついていれば、あの告白の日に言うことができたんだろうか。 言うことができていたら、俺たちはつきあえていたんだろうか。 そんなこと、今考えていても意味はないが……。 「…………」 朝ごはんの豚のショウガ焼きはそれはもう大変美味しかった。 莉音の料理は元からかなり美味かったが、最近俺の反応を細かく見ているのか、味の傾向がどんどん俺好みになっている気がする。 逆に俺の舌の方が、莉音の料理に調教されている可能性もあるな……。 まぁ、いずれにしろ、飯が美味しくいただけるという大変ありがたい事態になっているわけか。 もしかしたら、この寮にいる間だけではなく、今後の俺の人生、ずっと……。 「莉音は、俺の嫁……」 「…………」 バカか俺は!? バカか俺は!? なにをつぶやいてるんだ俺は!! 「はぁ……いかん、顔が熱い。寝る前にもう一度顔を洗っておこう……」 「あ、佑斗さん」 「り、莉音……」 顔を洗いにいこうと思ったら、パジャマ姿の莉音に遭遇してしまった。 「ちょうどよかったです。少しお話がしたくて………………あ」 「?」 「佑斗さん、お顔が赤いですよ!? もしかして、ご病気ですか!? ね、熱っ、熱を計って、そのっ」 「い、いや、大丈夫だ。大丈夫だから落ちついてくれ」 「……本当に?」 「本当に大丈夫だ」 「さすがに内容は明かせないが、自分でも自己嫌悪に陥るくらい恥ずかしいことをしてしまってな……。冷たい水で顔でも洗おうと思っていたんだ」 そんな告白をしたことにより、さらに顔の温度があがってしまった気がする。 「佑斗さんも、そういうことを……」 「……も?」 「わ、わたしも、よく……あるので……」 「[・]よ[・]くあるのか……」 「内容は明かせませんけど……」 そう言いつつ、ちらっと上目遣いで俺を見たりするので、なんとなく内容の想像がついてしまった。 ともあれ、一度顔を洗って落ちつき、いざなわれるままに莉音の部屋に入った。 もしかしたら看病した時以来だろうか。 恋人になってはじめての莉音の部屋ということか……。 「それで、話って?」 莉音は小さくうなずき、躊躇いがちに口を開いた。 「佑斗さんのお仕事が大変なのはわかります」 「……ああ」 「なんでもお話できるものでもないということも、理解しているつもりです」 「ん、まぁそうだな……」 「でも、佑斗さんは今、なにか悩まれていますよね……?」 「それは萌香さんに頼んだだけでは、解決していないことなんですよね……?」 「莉音……なにを……」 どうやら俺の抱えている不安や悩みは、いくら隠そうとも莉音にはお見通しということらしい。 そんなに態度に出てしまっているんだろうか。 それとも、莉音だからそれに気がついてしまうのだろうか。 「わたしは、図々しいことを言っているのかもしれません……」 「だけど、嫌なんです……。佑斗さんが苦しんでいるのに……なにも、できないでいるのは……」 「莉音」 「わたしに、なにかできることはありませんか?」 「わたしに話すことができなくても……佑斗さんの心の支えになれる方法はないでしょうか?」 「莉音は、すでにたくさんのことをしてくれていると思うけどな」 「今日の朝ごはんも、最高に美味しかったよ」 「そ、そう言ってもらえるのはとても嬉しいんですけど、でも……それはみなさんにも同じように出しているものなので……」 「佑斗さんだけに、特別にするなにか……そういうものができないかと思って……」 「……えーとだな」 「はい……」 「寝る時間になって、パジャマ姿で自分の部屋に誘って、特別にするなにかって……」 セックスしかないような気がしてきたんだが。 「…………?」 そこはそれ、やはり莉音。 俺の言葉の続きを待って、首を傾げている。 「ああ、もうっ!」 「ひゃっ!?」 俺はいきなり莉音の身体を抱きすくめた。 豊満な乳房が俺の胸板で押しつぶされ、風呂上がりのシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。 「かわいすぎるだろ……ホントに」 「そ、そういうことじゃなくて……佑斗さんの心の支えに、なれるようなことを、ですね……」 「莉音のこと、抱きしめてるとすごくホッとする」 「こんなことで、いいんですか……? じゃあ、いっぱい抱きしめてください……」 「莉音はホッとしないか?」 「わたしは……佑斗さんに抱きしめられると、ドキドキします……。それから、身体中が熱くなって……また、じわじわって……はぁ……」 ……抱きしめただけで発情してきたってことだろうか。 莉音なら余裕であり得る。 「……キス、するか?」 「はい……」 「んっ……んんっ……」 「んはっ……あ……」 舌を入れないうちに唇を離すと、莉音はやけに切なげな表情をする。 「ディープキスは……してくれないんですか……?」 「莉音はしたい?」 「はい……佑斗さんの舌……味わいたいです……」 「わかった」 「あ……んっ……」 「んちゅっ……んちゅじゅるちゅ……んっ……んちゅぅぅぅ……ん、ん、ん、ん……」 「んはっ……はっ……はぁ……やっぱり、美味しいです……佑斗さんの味……ちゅっ……んっ……」 すっかりディープキスにはまってしまった様で、莉音は自ら俺の唇に吸いつき、俺の舌を探しだして器用に絡めとってくる。 「こんなキスしたら、もうキスだけじゃ済まないな……」 セックスするつもりで抱きしめておいて、俺の口はそんなことを言う。 だけど、その点については莉音も莉音だ。 「ま、また……えっちなこと、しますか? しちゃいます、よね?」 「莉音がしたくないなら、しなくてもいいけど」 「したいことがあるんです!」 「したいこと!?」 「したい」と言いだすのはわかっていたけど、まさか「したいことがある」まで出てくるとは。 俺はまだまだ莉音のポテンシャルを測りかねているらしい。 「はい。恋人の疲れた心を癒すのには絶大な効果があると聞いています」 また、エリナから借りた漫画か……? だが、エリナにはもう忠告したし、エリナも納得してくれたみたいだった。 ならば、せいぜいデートの時の延長線上にある行動までだろう。 「わかった。莉音の好きなようにしてみてくれ」 「はい……では、佑斗さんはベッドに腰掛けてください」 「ああ、こうだな」 「こんな、感じですよね……?」 な……なにが起きた……? 「あ、あれ……? 気持ちよくはないですか?」 「ひ、非常に気持ちいいんじゃないかと思う、ぞ」 「よかった……はぁ……佑斗さんのこれ、とっても熱い……」 莉音がおっぱいで俺のペニスを挟みこんでいる。 莉音が、おっぱいで、俺のペニスを、挟みこんでいる。 「一つ聞くが……またエリナから借りた漫画か?」 「はい。『リオの身体ならこれが活かせるはずだから』って」 エリナのやろう……。 と怒り狂いたくなる反面、ペニスが挟みこまれる感触にどうしても感謝の念が湧き上がってしまう。 気持ちよすぎるだろ、これ……。 「えっと……もっとぎゅってした方がいいですか?」 しかもこの上目遣いで見てくる莉音の表情がまた格別だ。かわいすぎる……。 「莉音……莉音の思った通りにやってみてくれ」 「わたしの思った通りに……はい、やってみます」 「んっ……と、こんな感じでしょうか……。どういう風にすれば気持ちよくなるんですか?」 「いや、もう、こんなにふかふかで肌触りのいいおっぱいに挟まれてたら、それだけでもう……」 「そ、そうなんですか……?」 「極上だ」 「っ! ほ、褒めてもらえたんですか……? わ、やだ、わたし……はぅっ」 照れていやんいやんと顔を振っている。 その仕草がまたかわいい上に、さらにペニスを刺激する動きになってるからタチが悪い。 「えっと、じゃあ……動いてみますね」 「え、ええと……こう……」 莉音はむにむにとペニスを挟みこんだ乳房を左右に揺らす。 これはこれで気持ちよかったが、パイズリの動きではなかった。 おそらく『おっぱいでペニスを挟む』ところまでしか理解が追いついていないのだろう。 「あ、あれ? なんか……こ、こうですか? あれ?」 戸惑いながら試行錯誤を繰り返している様子すらかわいくて堪らない。 明らかに間違ったパイズリをしているのに、おかげで俺のペニスはその硬度を維持したままだ。 「も、もぉ……佑斗さんひどいです。わたしが困ってるのを見て、ニヤニヤしてる……」 「莉音があまりにもかわいすぎるからな……。怒って口を尖らせているのすらかわいい……」 「そんなの、かわいいわけ……ないです」 目を逸らされてしまったが、その両手はなおもしきりに動いて2つの乳房でペニスを圧迫している。 むしろ、拗ねたことにより、その動きは増している感じもした。 「んっ」 その時、ペニスを挟みこんでいる莉音の乳房が、ペニスに対して縦方向にこすりあがった。 莉音の滑らかな乳房がカリ裏をこすりあげ、その刺激に思わず声が漏れてしまう。 「あ……今の、ですね?」 「…………」 思ったとおりにやってみろと言った手前、俺はその問いには答えない。 だが、俺が答えなかったことで莉音は確信を得たようだった。 「えへへ……こう、ですよね」 「んっ……くっ……」 「あん……この子もとっても気持ちよさそうです……」 「すごい……熱いのがドクンドクンって……わたしのおっぱいに伝わってきています……」 身体全体を動かすようにして、莉音がおっぱいを上下に動かしていく。 「んっ、んっ……あん、逃げちゃダメ……あふっ……んっ……」 「大きく動こうとすると……難しく、んっ……なっちゃいますね……んっ」 そんなことを言いつつ、逃げていきそうになるペニスを開いたおっぱいでまた谷間に捕まえて、むにゅぅっとより深く挟みこむ。 勤勉な莉音は、こうしている間にもパイズリの技術もどんどん上達させているようだ。 「はぁ……はぁ……あっ」 「これ……せいえきですか? さきっぽ、ぴちゃぴちゃしてきましたけど……」 「これはカウパー氏腺液ってヤツだな。サキバシリとも言う」 「サキバシリ……?」 「女の子でいう愛液に近い。これも潤滑油の一種だよ」 「あ、じゃあ、セックスしやすくするための……」 「おっぱいにもつけたら、滑りがよくなるかもしれないな」 「あっ、なるほど!」 それは素晴らしいアイデアとばかりに、莉音はおっぱいを器用に操って、鈴口から湧きでたサキバシリをこすりつけていく。 ペニスの先っぽはやはり敏感だから、こうされただけでもかなりの快感が走ってしまった。 「サキバシリなんかつけなくても莉音のおっぱいはすべすべだな……気持ちよすぎる」 「か、からかわないでください……」 「からかったりしないよ。こんなに大きいのに均整の取れた綺麗な形をしているし、柔らかさも極上だし、それに──」 「ひぁっ!? は、あっ……」 莉音の乳首を指でつまむと、すぐにコリコリと勃起してくる。 「こんなに敏感だし……最高のおっぱいだ」 「だ、ダメ……今はわたしが思った通りにする番なんです……んっ……だ、だから、おっぱいのさきっぽ弄っちゃ……」 「おっと、そうだったな。すまん」 「もぉ、佑斗さんのえっち……」 上目遣いで口を尖らせながら、同じくツンと尖った乳首を、なだめるように自分で撫でる莉音。 その胸の谷間はじんわりと汗ばんできていて、サキバシリにさらにぬめりを与えてきている。 「んっ、んしょっ、んしょっ……」 「……それだけおっぱい大きいと疲れないか? 重くはない?」 「はぅ……も、もぉ……なんで今恥ずかしがらせるんですか……。佑斗さんの意地悪……」 「すまん。ちょっと気になって」 そんな話をしつつも、莉音はおっぱいを一生懸命に動かして、俺のペニスをしごきあげていく。 だんだん慣れてきたみたいで、その動きも滑らかなものになってきていた。 「……昔は肩が凝ったこともあったんですけど、合気道を習いはじめたらずいぶん楽になりました」 「合気道にそんな効果が……」 「基礎はもちろん、約束組み手も、必ず左右ワンセットで行うんで、身体の凝りをほぐす効果もあるそうです」 それは意外な効果だ。 「ゆ……佑斗さんは……どうなんですか?」 「どうって?」 「こんなに、硬くて……大きくて……困ったりは、しないんですか? んっ……」 「普段から勃起してるわけじゃないからな」 「じゃ、じゃあ……ぼっき、したら……困るんですよね?」 「……困ることもあるけど、だいたいすぐ治まるからな?」 「あ…………は、はい……」 「もしかして……『勃起したらいつでも呼んでくれ』とか言おうとしてた?」 「うっ……だ、だって……わたしは佑斗さんの恋人、だから……恋人が困っている時は、ちゃんと……」 本当にそんなことを思っていたのか、この子は……。 「ありがとう。まぁ、俺も莉音が困っているなら、どんなことをしてでも助けるつもりだけどな」 「佑斗さん……はい……」 はにかんだ微笑みがかわいくて、思わずその頭を撫でてしまうと、莉音はくすぐったそうに目を閉じてそれを受け入れた。 「も、もっと、がんばっちゃいますね……っ」 それがよっぽど嬉しかったのか、隠しきれない笑みのまま、またペニスをしごきはじめる莉音。 ただ、今のままだとより大きな動きというのは難しそうだ。 「サキバシリだけじゃ潤滑油が足りなくないか?」 「そうですね……もっと滑りがいい方が動かしやすそうですけど……」 「そこで、莉音の唾液を垂らしてみるというのはどうだろう」 「唾液……? 唾液ってツバですよ? そんなのばっちくないですか?」 「なんでだ? 莉音、ディープキス大好きじゃないか。俺、莉音の唾液ごくごく飲んでるぞ? すごく美味しい唾液をな」 「もぉ、またそんな……。でも……そうですよね……わたしも佑斗さんのツバ、たくさん飲んじゃいますし……」 納得しちゃったらしい。 莉音は小さくうなずくと、下を向き、恐る恐るといった様子で、唾液を谷間の亀頭目がけて落としていく。 「んぇ……」 「それを満遍なくまぶしながら……」 「は、はい……んっ、ん、んっ……すごい、てらてら光ってる……」 乳房を垂れていきそうになった唾液を指ですくって、ふたつの乳首をつまんだ。 「ぁっ……ふぁん! だ、だから、佑斗さんがさわっちゃ……んっ、あっ……あっ……!」 「やっぱり俺も莉音のこと気持ちよくさせたくてな」 きゅっきゅっとこねていると、すぐにまた勃起してくる莉音の乳首。 莉音の身体はどこをとっても敏感にできているようだ。 「はぁっ、はぁっ……あんっ……こ、これじゃあ、わたしばっかり……んぁっ……あっ、ひぁっ!」 「大丈夫だ、俺も莉音のことが好きすぎるからな……」 「ほら、莉音のいやらしい声を聞いて、さらに大きくなってきた」 ぐいっと腰を突きだすと、莉音の胸の谷間にペニスがごりっと滑り出す。 「ほ、ほんとだ……あ、あああぁ……大きくて、硬くて、熱くて……んっ、んっ……」 「もっと、もっと……気持ちよく……なってください……」 このまま腰を動かしたい衝動に駆られたが、莉音のやる気を奪ってしまいかねないので任せることにした。 「んっ、それ……気持ちいい……」 「んっ、んぁっ……はぁはぁ……はひっ……こ、こうですよね……はっ、あっ……だ、だから、乳首は、んぁっ、ああっ!」 左右交互にこねながら、ストロークが生まれるように上体を動かす。 柔肉の中で揉まれたペニスは、音を立てて出たり入ったりを繰り返した。 「はぁっ……ああぁっ、あっ、あっ、あっ、あっ……ゆ、佑斗さん……佑斗さぁんっ……」 「な、なんだか……これ……わたしも、気持ちよく、なって、きて……あはっ、あっ……」 「佑斗さんに弄られてる、先っぽ、だけじゃ、なくて……んぁっ……」 「佑斗さんを、挟んでいるところが、なにか、熱くて……んぁっ、あっ」 「もっと……もっといっぱいこすりますね、こすっちゃいますね……っ」 「くぅっ……うっ……」 「り、莉音……俺も、俺も動いて、いいか……?」 「え、動くって……?」 「莉音のおっぱいで、もっと気持ちよくなりたい……」 「もっと気持ちよく……。はい、もちろんです、佑斗さん……」 「莉音……じゃあ」 「はい……」 莉音が乳房を上下させるのにあわせて、俺も腰を動かしていく。 はじめこそはその動きに戸惑った莉音だったが、すぐにも理解して俺が腰を動かしやすいようにしてくれた。 これも相手の動きを利用する合気道の効果だったりするんだろうか。 「んぁっ、あっ、あっ、あっ……す、すごい、さっきより……あんっ……もっと、熱くて……」 「くぅぅっ……これが、パイズリか……んんっ」 肌理の細かい肌触りと、マシュマロの柔らかさが、両側からペニスを圧迫し、しごきあげる。 声を漏らさずにはいられないほどの快感が俺に襲いかかっている。 「あああっ、あっあっ……き、気持ちいいですか? 佑斗さんっ、んぁっ、あっ、あっ」 「い、いいよ、気持ちいい、莉音、莉音っ」 「あんっ、あっあっ……ほ、ホントだ……サキバシリのおつゆ、いっぱい、出て、きてる……ちゅっ」 ただでさえ乳房に挟まれて気持ちいいのに、亀頭の先端に莉音のぷりぷりとした唇が押しあてられた。 「んぉっ!?」 落雷にも似た快感が背筋を駆けぬけ、俺は全身を震わせる。 「ああっ!? だ、ダメでしたか!? な、なにかすごく愛しくなっちゃって、つい、キスしちゃって……」 「す、すごく、よかった」 「ホントですか!? そ、そんなこと言われたら、わたし、もっとキス、しちゃいますよ?」 「してくれ……莉音っ」 「はいっ……ちゅぅっ」 本当にしたかったらしく、莉音は物怖じもせずに亀頭の先端にたっぷりと唇を押しつけてきた。 再び落雷の快感が駆けめぐり、俺のペニスはビクンビクンと大きく震える。 「はちゅっ、んちゅっ……んっんっ……あふっ……はぁっ、はぁっ……」 「そ、それ以上は、ヤバイ、かも……くっ、うぅっ」 「あ、今はおっぱいでした……でも、ちゅっ……それで、おっぱいも……んっ」 「はぁ……同時は、ちょっと無理みたいです……」 「今は、おっぱいをがんばりますね」 「おお、わかった」 「今は」ということは、今度はフェラチオも頑張ってもらえると言うことだろうか。 しかも今駆けめぐった感触からすると、莉音のフェラチオはかなり期待できる。楽しみが増えてしまった。 「はぁっ……はぁぁ……佑斗さん……佑斗さん……」 そんなことを考えている間にも、莉音のおっぱいがペニスに多大な快感を与えてくる。 俺の腰は意識を離れて勝手に上下し、莉音も手慣れた様子でその動きにあわせて乳房でしごきあげてきた。 どうやら莉音の乳房の方も本当に気持ちいいらしく、莉音の瞳はとろんと蕩けた光を見せている。 それがまたいやらしさを増幅させて、ペニスへの刺激となってしまっていた。 「あんっ、この子、気持ちよさそうにビクビクしてる……はぁぁ……好き……」 その「好き」は、俺に対してだろうか、それともこのパイズリという行為に対してだろうか、それとも、俺のペニスに対して、なんだろうか。 いずれにせよ、その言葉が俺の背筋を駆けぬけていったのは間違いない。 背筋を駆けぬけたそれは、陰嚢で燻っていた熱い塊に目覚めの合図を送ってしまう。 「り、莉音……ヤバイ……」 それでも、この乳房の間から腰を引き抜こうなどとは思えず、むしろ腰はくいくいと動いて莉音にさらなる奉仕を要求している。 「佑斗さん、佑斗さん、佑斗さん……」 「莉音、俺はっ……俺はっ……」 「は、はい……佑斗さん……なんでも言ってください」 「わたし、佑斗さんの望むことなら、なんでもしますから……だから……」 「莉音……ッッ!」 「く、口を開けて、受けとめてくれっ」 「口ですか? わかりましたっ」 俺の言ったことになんの躊躇いもなく従い口を開ける莉音。 ここまでの快感で射精欲求はすでに抑えきれないところまできている。 「り、莉音っ……もうすぐっ……もうすぐだっ」 「んっ……は、はいっ……はぁ、はぁっ……は、激しく、しますね! もっと激しくっ!」 「んっ、んっ……は、ぁんっ! あっ、ぁっ、ふぁっ……!」 「あっ、あっ、く、くる! きそう……わかる……わ、わたしのおっぱいで、佑斗さんが、佑斗さんが……っ! ふぁぁっ」 「莉音っ、出るっ!!」 こみあげている瞬間が本当に莉音に伝わっていたのだろう。 莉音はこれ以上ないくらい的確なタイミングで乳房での圧迫を強め、これ以上ないくらいのスピードでペニスをしごきあげた。 ぶぴゅるっ! びゅぴゅうううっ!! 「うああぁぁっ! あ、は……はぁッ、は、はぁ」 「ゆうとさ──あぷぁっ!? あぷっ、んっ、くぁぁっ」 だが、射精のスピードとその軌道を予測することまではできなかったらしい。 せっかく口を開けて待っていたのに、発射された精液はそこには入らずに、莉音の顔面や前髪へと降り注いでしまった。 「はぁっ、ああっ、あっ、あぷぁっ……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「す、すまん、莉音……」 「はぁ……はぁぁ……ふぇ……? あああ、顔に……」 「顔に……佑斗さんの……せいえきが…………はぁぁ……」 「いや、本当にすまない……」 「え……? どうして……謝るんですか?」 「いや、だって……」 「……これ……おしっこじゃなくて、赤ちゃんを作る種なんですよね?」 「まぁ、そうだが……」 「佑斗さんが、わたしで気持ちよくなってくれた証拠……なんですよね?」 「その通りだ」 「それならわたし……嬉しいです……はぁぁ……」 「なんだか、佑斗さんに包まれているみたいで……とても…………あっ……」 莉音は陶然と言いながら、ブルルと身体を震わせる。 「莉音……」 「はい、佑斗さん……」 「身体、熱くなったままか?」 「……すごく……熱くなっています」 俺の喉がゴクリとなった。 精液まみれのまま熱い吐息を漏らす莉音があまりにも扇情的で、射精したばかりのペニスも萎えることなく隆起してしまっている。 それが目に入ったのか、今度は莉音の喉がコクリと動いたようだ。 自然とお互いの視線が絡みあい、次にあるべき行動について、その意思が通じあう。 「おいで、莉音」 「佑斗さん……」 「莉音! 俺の、俺の精液を呑んで! 全部呑んでくれ!」 「ゆ、佑斗さんのせいえきを……は、はいっ!」 莉音は一瞬なにを言われたのか考えた様子だったが、すぐに理解したらしく口を開いてそれを待ち構えた。 ここまでの快感で俺の射精欲求はすでに抑えきれないところまできている。 「り、莉音っ……もうすぐっ……もうすぐだっ」 「んっ……は、はいっ……はぁ、はぁっ……は、激しく、しますね! もっと激しくっ!」 「んっ、んっ……は、ぁんっ! あっ、ぁっ、ふぁっ……!」 「あっ、あっ、く、くる! きそう……わかる……わ、わたしのおっぱいで、佑斗さんが、佑斗さんが……っ! ふぁぁっ」 「莉音っ、出るっ!!」 こみあげている瞬間が本当に莉音に伝わっていたのだろう。 莉音はこれ以上ないくらい的確なタイミングで乳房での圧迫を強め、これ以上ないくらいのスピードでペニスをしごきあげた。 「はい、佑斗さん! はぁぷっ」 「んんっ!!」 びゅくるっ!! びゅっ、びゅびゅううううっ!! 「んくぅっ!! んぷっ、んっ、んんんんんんっ!」 莉音の喉がこくりこくりと激しく動き、その中を俺の精液が流しこまれていくのが見てとれた。 「んぷちゅっ……んっ……んぷはっ!! んぷっ!」 「けほっ!! けほっ! んっぷっ! けほっけほっけほっ!」 「莉音、大丈夫か!?」 「ご、ごめ……けほっ、けほけほっ……んんんっ、んくっ……んはぁ……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「ごめんなさい……全部……呑めなくて……けほっ」 「謝るのは俺の方だ。すまん、俺が調子に乗ってヘンなことを言った」 「ヘンなことなんかじゃないです……はぁ……はぁ……だって……」 「わたしも……佑斗さんのせいえき……全部、呑んじゃいたかったから……」 「莉音……」 「だってこれ……佑斗さんがわたしで気持ちよくなってくれた証じゃないですか……」 「こぼしてしまうのは、もったいないです」 「あふ……はぁぁぁ…………」 ようやく落ちついてきたのか、そこで大きく息をはきだした莉音だったが、ただ落ちついたと言うには、それはあまりにも熱い吐息だった。 「せいえきが流れこんだところから……火が点いたみたいに熱くなってくる……はぁ……」 「まるで身体の内側から佑斗さんに触られちゃってるみたい……はぁぁ……はぁ……」 「あふっ……んっ……」 莉音は陶然と言いながら、ブルルと身体を震わせる。 「莉音……」 「はい、佑斗さん……」 「そんなに熱くなってるなら、どうにかしてやらないとな」 「はい……佑斗さんにどうにかしてもらわないと……治まりそうに、ありません……はぁ……はふ……」 俺の喉がゴクリとなった。 精液まみれのまま熱い吐息を漏らす莉音があまりにも扇情的で、射精したばかりのペニスも萎えることなく隆起してしまっている。 それが目に入ったのか、今度は莉音の喉がコクリと動いたようだ。 自然とお互いの視線が絡みあい、次にあるべき行動について、その意思が通じあう。 「おいで、莉音」 「佑斗さん……」 俺がいざなうと、莉音は恥ずかしげに小さくうなずき、そっと身を寄せてきた。 肌触りのよいパジャマの生地を撫でおろし、かわいいお尻を手のひらに収める。 莉音は身じろぎして小さな嗚咽を漏らしたが、俺は構わずにそのままぱんつごとパジャマのズボンを引きおろした。 そしてベッドに押したおすと、大きく片脚をあげさせて、そのワレメに勃起したペニスを滑らせる。 「うぁっ……あっ……」 「莉音のおま●こも、もういっぱい濡れてるな」 「は、はい……佑斗さんのを、おっぱいでこすっていたら、熱くなってきてしまって……」 「わたしの身体が……佑斗さんを受け入れたがっているって……そういうこと、なんですよね……」 「きっとな」 「……絶対そうです。今も……あんっ……佑斗さんのでこすられて……ヒクヒクって……んっ」 「はぁっ……はぁっ……あ、あの……まだ……なんですか?」 「ん? なにがだ?」 俺は意地悪く聞き返しながら、腰を前後させてペニスで莉音の秘裂をゆっくりとこすりあげる。 莉音の申告通り、そこはヒクヒクと蠢いていて、俺の侵入を今か今かと待ちわびているようだ。 「挿れて……くれないんですか……?」 「挿れるって? なにを?」 「だ、だから……おち●ちんを、です……」 「どこに?」 「っ」 莉音が声を詰まらせたのは、質問が意地悪すぎたからか、それとも、俺のペニスが莉音のクリトリスをこすりあげたからか。 ともあれ、そのせいで莉音の陰唇はより一層の熱を帯び、大きなうねりをあげてペニスにしがみついてきた。 「お……おま●こです……」 「莉音のおま●こに……佑斗さんのおち●ちんを……挿れて、ください……」 「一番奥まで挿れて……出たり入ったりして……それで……」 「また、熱いせいえき……いっぱい出してください……」 「お願いします、佑斗さん……。もう、わたしのおま●こ……我慢できそうに、ありません……」 「挿れて……」 自分で言わせておいてなんだが、俺の期待した以上のことを言われて、一瞬脳が痺れて思考が停止してしまった。 「お願い、佑斗さん……もう……っ」 「がまん……できな…………あっ、あっ……」 「俺も我慢できない……」 「んぁあああっ、あっ、あっ、あっ、あっ……」 莉音のまだセックスに慣れていない狭い膣口に、俺のペニスを容赦なくめりこませていく。 ずぶ……じゅぶ……ずず……ずっ……。 「んぁっ、あぁっ……はっ、はぁっ……ゆうと、さん……や、やっぱり……おっきぃ……」 「苦しいか?」 「だ、だいじょうぶ……です……んっ、あ……っ!」 「き、きもちいぃです……あ、あたまの方まで……ジンジン、きて……はっ、あっ……」 硬さの残る淫肉を無理矢理に広げながら、俺はさらに奥へとペニスを進める。 びちびちに広げられているはずなのに、その膣内は懸命に蠢いて、俺のペニスをしごいてくれている。 かわいい莉音。 俺は後ろから乳房をつかんで、すっかり勃起していた乳首ごとぐにゃりと変型させた。 「ひぁ……あっ、あっ……んんんんっ!」 「くっ……んっ……」 莉音の膣内がビクビクふるふると震え、危うくその快感に漏らしそうになる。 危ないところだった……。 「はぁっ……あぁ…………な、なんか……すごくて……からだが…………はぁぁ…………」 「少しイッちゃったみたいだな」 「イッちゃう……?」 「気持ちよかっただろ?」 「……はい……よくわからなくなっちゃう感じがして……わたし」 「ああ、それがイくってこと……だと思う。女の子の感覚は俺にはわからないから、確かなことは言えないけどな」 「イく……ですか……。はい……なんとなくわかる気がします」 「もう少し動いても大丈夫か?」 「その……」 「ん?」 「もう少しといわずに……その………………もっと」 そう言って恥ずかしそうに縮こまる莉音。 膣内の方もそんな莉音にあわせてきゅぅぅぅと収縮した。 「ま、だんだんとな……」 「ふぁっ……あっ……あっ……あっ……」 ゆっくりと前後してその壁を何度もこすりあげると、莉音の身体はその度に震えて、膣肉はペニスを強く握りしめてきた。 「わ、わたしの内側……佑斗さんので引っ掻かれて……んぁっ……あっ……きもち、いい……です……んっ、くぁっ」 「俺もだ、莉音……おま●こ、ビクビクして、すごく……んくっ」 「ふぁっ、あっ、あふっ、んぁっ」 腰が動く度に莉音は切なげな声を漏らし、剥き出しになっている白い乳房をふるるんふるんと揺らしている。 「あっ、あっ、佑斗さん、佑斗さぁんっ……んぁっ、あっあ、んぁぁ、ひぁっ」 ひと突き、またひと突き。 タイミングを変え、角度を変え、莉音の膣内を丹念に貪っていく。 「ひぁっ、はっ、あっあっ……響く、響いてきます……あっ、あんっ」 「莉音……莉音……」 「あふっ、あっあっあっ、佑斗さん……佑斗さん……佑斗さん……そ、そこっ、あっあっ」 「ここか?」 「あっあっ、そ、そこ、ダメっ、あああっ、あっ」 指定された場所をついてやると、莉音の膣は歓喜に打ち震え、多量の愛液を分泌した。 その愛液を潤滑油としてさらに出し入れを繰り返す。 速くして、遅くして、深くして、浅くして……。 精一杯広げられた膣口は、突きいれる度に擦られ、引きずられ、淫らな水音を立てて、俺たちを耳からも刺激している。 「あふぁぁっ! ああああっ! あっ、あっ!」 「莉音……もっと深くに……」 「ひぁっ!?」 俺は莉音の脚をさらに大きくあげさせて、より深く抉りこむようにペニスを突きこんだ。 「んぁっ、あっあっあっ! ふ、深い……深いです、んっ、あんっ! おなかのところ、そんなに、突いたら……んぁっ、あっ!」 「もっと突き込むぞ……莉音っ」 「あああっ、そんなっ……あっ、ひぁっ! そ、そんなこと、されたら、あっあっあっ、また、イくになっちゃう……イッちゃうっ」 「何回でもイッてくれ……んっ……」 ぐっちゅぐっちゅと派手に水音をたてながら、俺は腰を打ちつけるスピードを上げていく。 「あっ……あんっあんっあんっあんっ……でも、でもっ」 「俺がそばにいる……だから、安心してイッていい……ほらっ」 「んふぁあっ! あっあっ……は、はいっ、わかりました、わかりましたから……あんっ! そ、そこ、そんなに強くされたら……んぁっ」 「んぁあああっ、あっ! ゆ、佑斗さんの、あっ、あっ、あばれ、すぎ、ですっ! はっ、あんっ、すごい……すごいのっ!」 「莉音の[な]膣[か]内も滅茶苦茶に暴れてるぞ……くぅっ」 莉音の片脚を操って、ぐいぐいと何度も角度を変えながら、執拗に出し入れを繰り返す。 「ふぁああっ! あっあっあっあっ! あっあああっ、そ、そこっ! あんっ!」 膣奥を貫いて子宮の口を押しあげ、今度は引き抜いて亀頭のカサで膣壁の襞を丹念に引っ掻いていく。 莉音の膣内に一点の味わい残しもないように緻密な挿入行為を繰り返し、繰り返し、そしてまた繰り返す。 「あっあっああんっあっ! 佑斗さん、佑斗さん……っ!」 「わ、わかります……わたしのあそこ……佑斗さんの形になっちゃってる……佑斗さんの形……覚えさせられちゃってる……ひぁああっ、あっあっ」 「ああ、莉音はもう俺専用だからなっ」 「は、はいっ……はいっ……佑斗さん専用ですっ、わたしはもう、心も、身体も、全部……全部、佑斗さん専用ですからっ……んふぁあっ!」 「あぁんっ、あんっあんっ、ひぁんっ! 佑斗さん、佑斗さん、佑斗さぁんっ」 「あっあっうそ……ま、またおっきくなって……ひぁっ! あっ、あああっ!」 ベッドが軋む音も気にせず、突きあげ、貫き、さらに奥深くまで串刺しにしていく。 「り、莉音の[な]膣[か]内も……んくっ! け、痙攣しすぎ、だぞ」 「そ、そんなことっ……そんなこと言われても、わかんない、わかんないです……んぁっ、あふぁああっ!」 「でも、たぶん、あっ、あんっ! 好きだからっ……もっと、佑斗さんとひとつになりたいから、だからっ」 「んぁっ、あっあっあっ……もっともっと深いところで、もっともっとくっついちゃいたいから……んぁああっ」 「俺もだ、莉音! 俺ももっとくっつきたい、もっと、ひとつになりたいっ!」 身体を激しくしならせて、莉音がより深い接合を求めてくる。 俺もさらに大きなストロークでそれに応え、莉音の一番奥深くの壁を犯し貫いた。 「んひぁっ!? んぁっ、あっ! そんな、とこ、まで……あっ、ああああっ」 「すまん、莉音の一番深いところまで貫いてる……莉音のお腹の奥まで犯してる……っ」 「あ、謝らないでください! いいですからっ、全部、わたしの全部、佑斗さんの好きにしていいですから! 好きにしてくれなきゃ、嫌ですから!」 「莉音っ、莉音っ! 大好きだ、莉音っ!」 「わたしも、わたしも大好きです、大好きっ、大好きぃっ!」 俺たちはお互いの強い想いを、身体の繋がりに託し、力の限り絡みあう。 ペニスの怒張は、莉音の膣壁のひと筋ひと筋をめくりあげて犯し、莉音の膣内は幾度となく侵入してくるペニスをその度に激しく抱擁した。 「はぁぁっ! あっあっあっ……あああっ! ま、またっ……あっあっあっあふぅっ!」 「はっ……ゆ、佑斗さんっ……わたっ、わ、わたしっ……ひっ、イッ……!」 寄せては返す波の様に繰り返される絶頂と蠕動。 俺は莉音の内部を、乱暴にしかし隅々まで丁寧に嬲って弄って貫いた。 「ゆ、佑斗さん……わたし、わたしもうっ……」 息も絶え絶えな莉音の懇願。 俺の方もさすがに限界が近づいてきていた。 「わかった、莉音……最後のスパートな?」 「す、スパートって、そんな──ひゃあっ! あっあっあっあっあっあっあっあっ!」 「やっ、はっ、あっあああっ! あんっ、あっあっ、まっ、待って、あんっ、あっ、でもっ!」 「やんっ、あんっ、あっあっ、イッちゃっ、イッちゃうっ! またイッちゃいますからっ……あふあっ!」 「莉音っ、莉音っ、莉音っ、莉音っ!」 「あふっ! あっ! 佑斗さんっ! 佑斗さんっ! あっ……あっあっあっあっあっあっあっあっ……」 「莉音っっっ!!!」 「佑斗さ……あああああっ! あっ! あ、あああああああああああっ!!」 びゅるっ! びゅくるるっ! ぶびゅっ! ぶびゅるうぅっ! 度重なる絶頂に開ききってしまった子宮へ、熱い白濁を流し込む。 「ああああああっ! あっあっあっあっ!」 びゅっ! びゅるるるっ! びゅるるぅっ! 射精しながらさらに出し入れを繰り返し、じゅぷじゅぷと膣口を泡立てて、さらに精液を絞り出す。 「はっ、あああっ、あっあっあっ……あああっ……あっ、あっ、あっ……」 「莉音……莉音……んっ」 「ああああ……佑斗さ……ん……」 びゅっ……びゅっ! やがて、長い長い射精の最後が放たれ、俺は莉音の最奥にペニスを押しつけて、小さく身震いした。 「はぁ……はぁ……はぁぁ…………」 「はぁ…………はぁ………………はぁ………………」 莉音は荒い息をつきながら、脱力してぐったりした身体を俺に預けてくる。 「はぁぁ…………まだ……佑斗さんが挿入ってます……ビクン、ビクンって…………あぁ……幸せ……」 「でも、そろそろ抜けちまうな……」 「え……あっ……」 たっぷりと出し切ってさすがに硬度を失ってきたペニスがズルリと莉音の膣口から抜けだしてきた。 「ああぁぁ……抜けちゃった…………」 心底残念そうに言う莉音。 ペニスが抜かれた膣口にはくっぽりと穴が空き、その奥からはとろぉ……と精液が溢れだしてくる。 莉音はその光景に目を向け、また切なげなため息をついた。 「莉音……ちゅっ」 「あんっ……」 後ろから莉音の耳に口づけると、莉音の身体が小さく跳ねる。 その拍子に莉音の膣口からは、精液と愛液の混ざった液体がぴゅっと飛び出してきた。 「はぁ……はふぅ……」 「佑斗さん……大好き……」 「そんなにセックスが気に入ったか?」 「もぉ……」 莉音は疲れきった身体をなんとか動かして、俺の顔を見て口を尖らせた。 そして、くすっと小さく笑ってから、唇を重ねてくる。 「んちゅ……はぁ…………」 「大好きな佑斗さんと、全部くっついちゃうの……大好き……」 「莉音……」 その言葉に応えて、今度は俺の方から唇を重ねた。 「莉音っ!」 ギリギリのタイミングで莉音の膣内からペニスを引きずり出すと、じゅるっぽんと間抜けな水音が響いた。 「ひあああああああああっ!!」 「くうっ!!」 「ひああああっ! あっあっあっあっ! あああっ、あっ!」 びしゃっ! びしゃびしゃびしゃびしゃっ! びゅうっと噴出した精液が、莉音の白い肌に跳ねて、音を立てる。 「莉音、莉音っ!」 俺はさらにペニスを手でこすり、精液を余すところなく絞り出して、莉音の身体に振り掛けていく。 「はっあっあっあっ……熱い……佑斗さんの熱いのが……あああっ……」 「莉音……っ!」 びゅっ、びゅうっ! 「ひあっ! あっ………………」 最後の射精が放たれさらにその白い身体を穢すと、莉音は身震いしてから、くたっとベッドに身を沈めた。 「はぁ……はぁ……はぁぁ…………」 「はぁ…………はぁ………………はぁ………………」 「莉音……」 「佑斗……さん……フフ……」 「幸せか?」 「はい、とっても……佑斗さんは?」 「幸せだ」 「フフ……よかった……。佑斗さん……大好き……」 「そんなにセックスが気に入ったか?」 「もぉ……」 莉音は疲れきった身体をなんとか動かして、俺の顔を見て口を尖らせた。 そして、くすっと小さく笑ってから、唇を重ねてくる。 「んちゅ……はぁ…………」 「大好きな佑斗さんと、全部くっついちゃうの……大好き……」 「莉音……」 その言葉に応えて、今度は俺の方から唇を重ねた。 長い口づけを終えると、俺は莉音の身体を抱きすくめ、その耳元で囁く。 「このまま一緒にいたい。ここで一緒に寝てもいいか?」 「佑斗さん……」 「……わ、わたし……布団とか抱きしめて寝ちゃうクセがあるんですけど……それでも、いいですか?」 「布団ではなく、俺を抱きしめてほしいかな」 「はい……では、よろしくお願いいたします」 「あ、一応、目覚ましをセットさせてもらっていいですか?」 「それはしておかないとマズイかもな。いつも先に起きてるはずの莉音が起きてこなかったら、誰か起こしにくるかも」 「そうですね。いくら恋人とはいえ、佑斗さんと一緒に寝ているところを見られちゃうのはちょっと恥ずかしいです」 微妙に的を外したことを言いながら、目覚まし時計をセットする莉音。 ちょっと恥ずかしくなる程度で済めばいいのだが。 「これで大丈夫です──あっ」 目覚まし時計から手を放したのを見計らって、莉音の腕を引っぱり抱きしめ直す。 「ああ、やっぱり莉音の抱き心地は最高だ」 「あんもぉ……わたしが佑斗さんのことを抱きしめるんです」 「ふたりで抱きしめあえば大丈夫だよ」 「あ、そうですね……じゃあ、ぎゅうううっ」 「ぎゅうう」 「フフ」 「ハハハ」 「……おやすみなさい、佑斗さん」 「おやすみ、莉音……」 こうして俺たちはきつく抱きしめあいながら眠りについた。 莉音の身体は温かくて、柔らかくて、その上すごくいい匂いがして、毎日こうして眠りに就ければいいのにとさえ思ってしまった。 「あ、あの、佑斗さん……んっ、くっ……あの、佑斗さんっ」 「……ん? んん……」 「佑斗さん、もう少し、緩めてください……んっ」 「んん……? 莉音……?」 「ああ、ようやく抜けだせました……ええと、目覚まし時計……」 「ふぅ……」 「ああ、すまん……抱きしめすぎて、起きられなかったのか……ふぁあああ……むにゃ」 「おはようございます、佑斗さん。謝るのはこちらです、起こしてしまってすみませんでした。もう少し寝ていて大丈夫……で…………」 「……ん? どうかしたか?」 莉音の言葉が途中で途切れたことが気になって、その顔を覗きこむと、莉音の視線は俺の股間に留まっていた。 寝る前にあれほど莉音を抱いたのに、今日も元気にそそりたつペニスがそこにあった。 しかも、パンツを穿かないで寝てしまったらしく、むき出しの状態だ。 「え、ええと、今から、でしょうか? 時間はあまりないと思いますけど、佑斗さんがお望みなら、わたしは、その……」 「えっ!? いや、これは男の生理的なもので……ああっ、そうだよ。莉音もこの前言っていたじゃないか。これがアサダチと言うヤツだ」 「こ、これがアサダチ……」 「そうそう。朝に──俺たちの場合は夕方くらいになっちまうが──勃つから、朝勃ちということで……」 「つまり、朝勃ちを処理するというのは…………」 少し考えて莉音はハッとした表情を見せる。 「ああっ!? も、もしかして、セックスって起きてすぐにするものだったんですか!?」 「ごめんなさい、そう言うことならもっと早くに目覚ましをセットしておけば……いえ、こうしている間にも処理しちゃった方がいいですよね?」 「で、でもちょっと、すぐに挿れるには、わたしの方がまだあまり濡れていなくて……あ、じゃあ、また胸で──」 「あたっ」 軽くチョップすると莉音は頭を押さえて、口を尖らせた。かわいい。 「大丈夫だから、落ちついてくれ。これは莉音が気にするような問題じゃないから。この前もそう言ったろ?」 「でも……アサダチがそんな風になることだなんて知ったら……余計にわたしがどうにかしてあげないとって気持ちになっちゃいます……」 莉音は左右の指をちょんちょんと突き合わせながら、視線の方はチラチラと勃起ペニスに向けている。 本当にえっちになったなぁ……。 「って言われても、朝勃ちなんてものは放っておけばそのうちおさまる。たいていの男は気にしちゃいないはずだ」 「……そうなんですか?」 「ああ。毎日とは言わないが、だいたい起きた時にはなってるものだからな。気にしてなんかいられない」 「それより、そろそろ夕ご飯の支度をはじめないとマズイんじゃないか? 他の子たちもそろそろ起きてくるだろ」 「あっ! ほ、ホントです! それじゃあ、わたし」 「あ、莉音」 慌てて立ちあがった莉音を呼びとめる。 「はい?」 「一緒にいてくれてありがとな。おかげでだいぶ楽になったよ」 「佑斗さん…………」 「こちらこそ、とても幸せな時間でした。あの……是非、また」 「ああ、是非また」 「はいっ」 「エリナ、ちょっと」 「ん? なーにー?」 「エリナ、また莉音にヘンなもの見せただろう」 「ぎく……」 「コホン……ま、ほどほどにしておけよ」 「おお? もしかして、気持ちのいい目にあえた?」 「うるさい、ノーコメントだ」 「にっひっひっひっひー」 「佑斗さん、エリナちゃん、遅刻しちゃいますよ」 「いっけな~い、リオに嫉妬されちゃうね。にひひー」 「ぐぬぬぬ……」 「いらっしゃいませ。──あ、佑斗さん」 「お疲れさま、莉音」 「今日は佑斗さんおひとりですか?」 「ああ、席もカウンターでOK。あと、淡路さんはいるかな」 「あ、はい。奥にいるので呼んできますね」 「よろしく」 寮でも毎日顔をあわせているのに、莉音は俺がアレキサンドに来ただけで本当に嬉しそうに対応してくれる。 もっとも俺の方もそんな莉音を見て相好を崩してしまっているわけで、どこから見ても立派なバカップル継続中だった。 「オーナーはもうすぐ来るそうです。お飲み物はいかがいたしますか?」 「じゃあいつものヤツを」 「コーラですね、かしこまりました。少々お待ちください」 うむ、かわいい。 ここで、この恰好の莉音といたしてしまったことを考えると、今店にいる全員に土下座して謝りたくなるが、そんなこと屁でもないくらいいい初体験だった。 はぁ……莉音かわいいなぁ……。 「はい、コーラおまちどおさま」 「ああ、ありがとう……ございます」 「……今、莉音ちゃんじゃなくてがっかりしたでしょう? ねぇ、がっかりしたわよね?」 「まさか、そんなことはないです。だいたい、俺の方が淡路さんを呼び出したんじゃないですか」 「視線を逸らしながらそう言われてもね……」 「意地悪はそれくらいにしてください。例の教授についての話ですよね、今日は」 淡路さんは小さくうなずく。 「まぁ情報といっても六連君も知っていることが裏付けられた程度の話なんだけどね」 「つまり、連絡はつかないままだと?」 「それどころか、もう何年も前から目撃情報すらないみたいなの」 「確かに蓮沢は必要以上の人づきあいをしないタイプだったみたいなんだけど、どうも住居付近でもしばらく姿が見かけられていないようね」 「それじゃあ、本当に行方不明になっているかもしれないってことですか?」 「ええ。ただ、蓮沢本人の意志によって、どこかに行ってしまった可能性が高い」 「それはなぜでしょう?」 「住居のガス水道電気等が止められていたの。理由は本人の申請で『長期間住居を空けるため』だそうよ」 「長期の旅行ってことですか? あれ、でも蓮沢教授も吸血鬼だという話でしたよね? この島から出たなら、その記録があるはず……」 「もちろん調べたけど、その記録はなかった。島の記録上は、蓮沢は島を出ていない」 「じゃあ、市長が言っていたように、どこかの研究室にこもっているってことか……何年にもわたって? んん、それは……」 「それで蓮沢が関わっていた研究についてもいくつか調べてみたんだけど……」 「蓮沢が最後に目撃された1年ほど前に、ヴァンパイアウィルスの研究からは外されていて、その後、なにかの研究に携わっていたって情報がないのよ」 「ただ、非公式の研究については調べていないわ。ここまでの情報は公式の記録を探っていけばたどり着ける範囲ね」 「これ以上調べたいなら、それなりに必要経費くらいは請求させてもらうことになると思う」 「そうですか……」 どうしたものかな。 元々は市長が連絡を取ろうとしていた人物だ。相談すればなんとかしてくれるかもしれないが、それもそもそも俺のことを調べるためだしな……。 「あと、これも結果的には空振りだったから教えちゃうけど」 「はい」 「蓮沢は交友関係らしい交友関係はほとんどなかったんだけど、彼の信奉者みたいな研究者はいたみたい」 「《みだいじ》三大寺《きよみ》清実という女性研究者で、大学の研究室で蓮沢の教えを受けたようね」 「大学卒業後は蓮沢のところに押しかけて、なし崩し的に助手のポジションにおさまっていたみたい」 「もしかしたら、その人なら蓮沢教授の居場所がわかるかもしれないということですね」 「そう思ったんだけどね……。空振りって言ったでしょ?」 「あら、わからなかったわけですか」 「三大寺の居場所自体がね」 「そっちも行方不明……?」 「といっても三大寺の方は、もう少しわかりやすいわ。彼女は、ロシアの研究プロジェクトに研究員として《しょうへい》招聘されたようなの」 「元々は蓮沢にも来ていた話らしいけど、その頃はまだヴァンパイアウィルスの研究に参画していたし、なにより蓮沢自身が吸血鬼だからね」 「島外どころか国外に出るにはクリアしなくちゃいけない問題が山積み……と。三大寺さんの方は人間というわけですね」 淡路さんは俺の言葉に小さくうなずく。 「三大寺についても調べたのはここまで。ロシアに行ったままだとするなら、彼女も蓮沢の所在を知らない可能性が高いわね」 「八方塞がりというところですか……」 「ごめんね、あんまり役に立てなくて」 「いえいえ、思っていた以上の情報で驚きました。さすが淡路さん」 「なぁにぃ? あたしの情報、甘く見てたのぉ?」 「ただでここまで調べてくれるとは思っていなかったという意味です。本当に」 「ふむ……ま、いいでしょう」 「情報料を払ってでも知りたいということになったら、またお願いします」 「うん、わかったわ。フフフ、六連君は素直でいいわねぇ。こちょこちょしちゃおうかしら」 「やめてくださいよ」 「なによ、いいじゃない、ちょっとくらい」 「……カウンターで莉音が涙目になってるんで」 「あらま、それはダメね。残念でした」 「おっと、忘れるところだったわ。はい、これ」 淡路さんはそう言ってA4サイズくらいの青い封筒を俺に差しだしてきた。 「なんです?」 「やぁね、今の蓮沢と三大寺の情報よ。依頼された情報を口頭だけで伝えるわけないでしょう?」 「……ここまでロハで引き受けてくださって、本当にありがとうございます」 「感謝してくれるなら、たまにはコーラ以外のものも頼んでね」 「はい、了解しました」 なんだかんだ言って、淡路さんはやっぱりいい人だな……。 「ゆ、佑斗さん……」 「やっぱり……大人の色香が必要なんでしょうか……」 「……莉音は充分色っぽいから大丈夫だ」 「ほ、ホントですか!?」 「ああ」 確信を持って俺はうなずく。 色っぽいというか、えっちの時にエロ過ぎるというか。 いずれにせよ、俺が莉音に興奮することに変わりないので問題ない。 「お──風紀班からだ、もしもし?」 「六連君!? 『L』を売りさばこうとしていた人たちの現場を押さえたの! 一部は取り押さえたけど、売ろうとした方は逃走中! 六連君も応援に来て!」 「わかった、すぐに向かう! 現場は? ああ、ああ、了解した!」 「事件ですか?」 「ああ、それじゃあこれお代。あまり長居できなくてすまないな」 「いえ、気をつけてくださいね!」 「ありがとう、美味い飯作って待っててくれ」 「はい、楽しみにしていてください!」 「………………」 「…………夫婦だねぇ」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「六連君! こっちこっち!」 「布良さん、遅くなってすまない」 「ううん、全然早かったよ。本部からの応援もさっききたばかりだし」 「休みのところすまんな、六連」 「《チーフ》主任、状況は?」 「まだ犯人グループは逃走中だ。3チームに分かれて追跡中だが、まともに追えているのは矢来のチームだけだな」 「それと犯人グループには吸血鬼が複数いるようだ。布良は万一に備えて、いつでも六連に吸血させられるようにしておいてくれ」 「りょ、了解です」 布良さんがちらりと俺を見て顔を赤くしたが、覚悟はできているようだった。 「《チーフ》主任! 準備完了しました、こちらの車両にどうぞ!」 「わかった。布良、六連、乗りこめ。俺たちも追跡するぞ」 『了解!』 だが、布良さんの覚悟も虚しく、俺たちは犯人グループを取り逃がすことになってしまった。 「ここまで追いつめたのに……くっ」 「いや、おまえはよくやってくれた。犯人の顔も見ることができたんだろう?」 「それは……はい」 「これでようやくモンタージュが作れる。それにな、今回の逃走からやつらの潜伏場所がつかめるかもしれん」 「取り逃がしたのに……ですか?」 「矢来の追跡が執拗だったからな」 「どういうことでしょうか……?」 「執拗に追い立てられれば追い立てられるほど、意味のない逃げ方はできなくなる。それは人間も吸血鬼も変わらん」 「隠れるためにアジトに向かうか、アジトがバレないようにアジトを避けるか……」 「いずれにせよ、この島の中の話だ。その選択肢は相当に狭まったと見ていい」 「そこに矢来が見た犯人の顔が加われば、もうヤツらの潜伏場所は割れたも同然だろう?」 「お手柄だったな、矢来」 「っ……ありがとうございます」 「ホッとするのはまだ早い。矢来は事務局に戻ってモンタージュの作製、布良と六連は今日はもう帰って休め」 「ヤツらの逮捕まで今まで以上に忙しくなるからな、休める時には少しでも休んでおけ。いいな?」 『はいっ』 『ただいまー』 「おかえりなさいませ、佑斗さん、布良先輩。……あれ? 矢来先輩は?」 「美羽はちょっと残業だ」 「それなりに時間かかっちゃうかもね」 「そうですか……一先ずはお疲れさまでした。朝ごはんできていますので、食べてください」 「おおー、いただく。腹減った……」 「私も……。ああ、でも、すぐ寝るからどうしようかな……」 「布良先輩はしっかり食べた方がいいと思いますよ?」 「そうだな。布良さんは太るのを気にするような体型じゃないし」 「今[ち]お[っ]子[ち]様[ゃ]体[い]型って言った!?」 「言ってない!」 「確かに寝る前の食事はよくないと言いますが、それを踏まえて、今日は[とり]鶏雑炊を用意してみました」 「カロリーは控えめにしつつ、必要な栄養価はたっぷりと摂れるように工夫してみたんですよ?」 「疲労回復のことも考えてニンニクを効かせていますから、寝る前の歯磨きはしっかりとしてくださいね」 「おおう、それでこの美味そうな匂いか……」 吸血鬼が疲労を回復するためにニンニクを食べるというのもなんだか妙な気分だが、こうして食欲がそそられてしまうのだから仕方がない。 「ああ、ダメ……もう耐えられない……やっぱり食べるぅ」 とはいえ吸血鬼ではない布良さんは、俺以上にそそられてしまったらしい。吸いよせられるようにフラフラと歩いて食卓についていた。 まぁ、「カロリー控えめ」の一言が効いたのかもしれない。 「いつもありがとな、莉音」 「いえ……わたしにはこれくらいしかできませんから」 この1時間後に帰ってきた美羽が布良さんと同じようなことを言ったが、結局しっかり一食分食べてから寝たそうだ。 最近の莉音の料理は、ニンニクのあるなしに拘らず食欲をそそられる美味さだからな。 女性陣もさぞかし体重計の数字が気になることだろう……。 「佑斗さん、もう起きる時間ですよ」 「ん、んん……」 「佑斗さーん」 「うう……おはよう、莉音……」 「おはようございます。まだお疲れみたいですね……」 「んー………………ん?」 「いや、わりとしっかり寝られたみたいだ。思ったよりスッキリしてる」 「そうですか? それはよかったです」 「莉音の美味い鶏雑炊のおかげかもな」 「もぉ、佑斗さんったら」 こんな時でも寝起きからデレデレの俺たちである。 「あ、そうだ。昨日渡すつもりで忘れていました。これ……」 「ん? おお、淡路さんからもらった調査書か。俺、アレキサンドに忘れていったんだな。ありがとう、莉音」 「佑斗さんがお店を出てすぐに気がついたんですが、お仕事の邪魔になるかと思って……」 「本当によく気がつく、できすぎた彼女だな……いい子いい子」 「はぅ……ふにゅ……」 「そ、それでは夕ご飯もすぐに用意できますので、早く来てくださいね」 「ああ」 「フフフ」 莉音とつきあいだしてから、毎日がパラダイスだな……。 さて、莉音の美味しい夕食をいただくために、さっさと起きるか。 「おっと、淡路さんに調べてもらった調査書が……」 ベッドから立ちあがる拍子に、布団の上に置いた封筒が床に落っこちてしまった。 しかも、こういう時のお約束で、口の開いてる方が下になり、中の書類がズザアと出てきてしまう。 「お、写真もあるんだ」 文面の方はほとんどは淡路さんから聞いた内容だろう。 ただ、クリップで一緒にくっついている写真の方はさすがに口頭ではわからない。 見るからに偏屈そうな初老の男──これが蓮沢教授か──の写真が一枚、それとキツイ視線の成人女性──これが三大寺さんか──の写真が一枚。 どちらも白衣を着ていて、いかにも研究者ですといった感じだ。 顔を覚えておけば、万が一その辺ですれ違った時に気がつくかもしれないか? まぁ、それはなかなか難しそうか。今までそういった目撃情報がないということだろうし、もう一人はロシアにいる可能性が高いわけだし。 「ふむ……とりあえず、夕飯だな。腹減った」 放課後── 俺たち風紀班は、授業が終わるなり事務局へと足を向けた。 今日からの調査で、必ず犯人グループの尻尾がつかめるはずだ。 「これが、昨日の騒動で矢来以下部隊員数名が目撃した犯人グループの重要人物と見られる女だ」 そういって《チーフ》主任が提示したのは、美羽の目撃情報を元に作られたモンタージュ写真だった。 それを見て、俺は目を見開く。 キツイ視線の成人女性だ。 見たことがある……。いつだ? つい最近……いや、今日、起きてすぐ、だ。 「人間か吸血鬼かわからないが、少なくとも2人の吸血鬼に命令をしていたことがわかっている」 「また、部下の吸血鬼の方だが──」 「ん? どうした六連、なにか思い当たることでもあったか?」 「三大寺清実……?」 「なに?」 「いや、勘違いかもしれません。俺も、今日起き抜けにそれを見ただけなので……偶然、目つきが……でも……」 「知っていることがあるのなら言ってくれ。その三大寺という人物は何者だ?」 「ヴァンパイアウィルスの研究者、蓮沢教授の助手を務めていた女性です」 「なんだと?」 「それって……枡形先生が睨んでいたセンに繋がるってこと?」 「《チーフ》主任、三大寺清実に関する情報が寮の自室にあります。寮に戻って確認させてください」 「わかった。それが確認できれば、一気にコトが進む可能性がある。すぐに確認してきてくれ。それと、見たと言うことは写真なりがあるわけだな?」 「はい」 「では矢来、おまえも一緒に行って確認してきてくれ。それが一番手っ取り早い」 「了解しました。行くわよ、佑斗」 「ああ」 「あ、おかえりなさいませ。今日は早いんですね」 「おー? なにか急いでる感じ?」 「すまん。まだ仕事中だ」 「ごめんなさい、稲叢さん、エリナ」 「いえ、おつかれさまです」 「おつかれー」 「佑斗の部屋……」 「なに緊張してるんだ? えーと、調査書の入った封筒は……」 「別に緊張しているわけではないけど……なにか、いやらしい匂いがする気がして……」 「なっ、そそ、そんな匂いするわけないだろ」 「…………」 なにを考えているのか、ものすごく赤い顔で睨まれた。 「そ、そうよね。そんな、おおおお、大人な匂い、するわけないわよね……」 「ごめんなさい。忘れて頂戴」 ま、まさか……この前のアレ……声とか、聞こえていたり……? いや、待て待て。この前だって莉音の部屋だったじゃないか。美羽のいつものいきすぎた妄想だろう。 まだこの部屋ではいたしてないから、何の問題もないはずだ。 ……はず、だよな? って、今はそんな場合じゃない。 ちょうど今崩した辺りに青い封筒が見つかったので、それを手にとって中を確かめた。 「あった、これだ。美羽、この写真を見てくれ」 「……っ!! この女よ。私が見たのは、もう少しやつれた印象だったけれど……」 「この写真は、ロシアの研究プロジェクトに招聘される前ということだろう。資料によれば……6年前か」 「それくらいなら印象の変化とも合致すると思うわ。まず間違いないわね」 「よし、とにかく《チーフ》主任に連絡だな」 「ええ」 「六連か? どうだった?」 「はい、美羽に確認してもらったところ、三大寺清実本人で間違いなさそうです。これからそちらに資料を持っていきます」 「わかった。こちらでも三大寺のデータを当たってみる。聞きこみに当たっている者も一度戻す。おまえたちもすぐに戻ってきてくれ」 「了解しました」 「事務局に戻るのね?」 「ああ、急ぐぞ」 「それじゃあ、また行ってきます」 「ごめんなさい、バタバタしてしまって」 「いえ、お気をつけて」 「いってらっしゃ~い」 「…………」 「……ユートがミューと2人でいるから心中穏やかじゃない感じ?」 「え? ううん、そんな風には思ってないよ」 「ただ……」 「わたしが矢来先輩や布良先輩のように、佑斗さんをお手伝いできないのが、ちょっとだけ歯がゆい、感じ……」 「なるほどねー」 「でも、あっちの2人は同僚ポジションだけど、リオは今、妻ポジションだから、しっかり寮を守っていればOKじゃない?」 「つつつ妻ポジション!?」 「ダンナが仕事に行く時には『いってらっしゃい、気をつけて』。ダンナが帰ってきた時には『おかえりなさい、ご飯ができてるワ』」 「これだけでもう、どれだけダンナは心温まるか! それで後は一緒にお風呂に入って、一緒にベッドで寝ればもう完璧」 「うんっ! そうだよねっ!! ありがとう、エリナちゃん! わたし、がんばる!!」 「お、おお、がんばって──って、全肯定!? あれ? そこまではダメだとかそういうのは……」 「よぉ~っし、今日の朝ごはんも美味しいもの作るぞ~!」 「ない……ね、全然ないみたいね。っていうかもうワタシの話自体聞こえてないよね」 「まぁ、美味しいご飯が食べられるならいっか……ユートも喜ぶだろうし」 「なるほどな……。六連、淡路に風紀班からの正式な依頼として調査を進めるように要請してくれ」 「了解しました」 「それから、今回はお手柄に繋がったが、半ば私事だったとはいえ、独断で調査依頼するな。必ず俺を通せ。いいな?」 「はい、申し訳ありませんでした」 「よし。では他の者は引き続き、アジト候補地周辺の聞きこみ調査を行ってくれ」 「ただし、報告書にもあったとおり、三大寺の部下となっている吸血鬼は、かなり荒っぽい連中のようだから充分に用心しろ」 「『L』は精神の高揚とともに食欲や性欲、吸血衝動をも高めるものらしい。相手が社会的な判断をしてくれるとは考えない方がよさそうだ」 『了解』 それからの数日、俺たち風紀班は今まで以上に働きづめとなっていた。 だが、それまでの空振りが続いていた状態とは違い、着実に犯人グループを追いつめている手応えはあった。 そして、ついに── 「解錠確認しました」 「よし、踏みこむぞ」 俺たちは三大寺清実らがアジトにしているとおぼしき建物を特定し、その家宅捜索に踏みこむこととなった。 「陰陽局だ! 全員動くな! これより家宅捜索を行わせてもらう!」 「……もぬけの殻、ですか?」 「まだ屋内に隠れている可能性もある。気をつけろ」 「机の上に飲みかけのコーヒーがあります。逃げたとしても、まだそれほど経っていないんじゃないかと」 「同感だ。──包囲班、周囲を固めろ。アリ一匹通すな」 「なんか学院の化学室みたいな部屋ですね……」 「ここで実際に『L』が作られていたってことか……?」 「まだ触るなよ。鑑識に調べてもらおう」 「六連、右のドアを調べろ。布良はいざという時に備えて六連の後ろで構えておけ。矢来はこの部屋の物陰を捜索。全員なにかあり次第声をあげろ」 『了解』 「開けるぞ、布良さん」 「うん、いいよ」 「くっ……また、まんまと逃げられたというの……っ」 「落ちつけ、矢来。今回の家宅捜索で、三大寺清実らが主犯であり、『L』の製造元であることが明らかになった。これは大きな前進だ」 「それと、大半の研究資料は持ちだしていったようだが、残されていたものの中に重大な研究データが含まれていたようだ」 「重大な研究データ、ですか?」 「ああ。まだ中間報告を受けただけだが、どうやら『L』は元からそのために作られたものではないらしい」 「えっと、どういうことでしょう……?」 「ヴァンパイアウィルスに絡むとある研究の副産物らしい。詳しくは、鑑識からの報告待ちだな」 「《チーフ》主任、この事件の裏には、やはり蓮沢教授も絡んでいるんでしょうか?」 「俺もその可能性はあると思っているが、当面は三大寺を追うことが優先だな。蓮沢の方はその関連が明らかになってからだ」 「了解しました」 「今日のところは以上だ。昼過ぎまでご苦労だった。解散」 「ただいまー……」 「ただいまー……」 「ただいまー……」 「あ、みなさん、お帰りなさい」 「なんだ莉音、まだ起きていたのか。俺たちを待っていることなんてないのに」 「いえ、これくらいなんともないです。みなさん、お食事の方は」 「すまん、仕事中にコンビニのパンで済ませた」 「私もよ」 「私はおにぎり」 「そうですか……」 「私はもうこのまま寝るわ。おやすみなさい」 「私ももう限界。莉音ちゃん、ごめんね」 「いえ、お気になさらず」 美羽も布良さんも、もはや寝る以外のことを考えられない状態らしく、フラフラとした足取りで自分の部屋に向かってしまった。 「あー……やっぱり、少しだけでも食べてから寝るかな」 「くす……わたしに気を遣わないでください。そういうのを本末転倒って言うんですよ」 「でも、佑斗さんのその気持ち、とても嬉しいです」 「俺もだ。やっぱり、帰ってきた時に『お帰り』って出迎えてくれる人がいるのはいいな。ホッとする」 「佑斗さん……」 「だからって無理はするなよ? 俺たちは莉音みたいな普通の子が普通の生活を営んでいくために働いているんだ。それこそ、本末転倒になってしまう」 「……はい。でも」 「でもはナシだ。さ、俺ももう眠らせてもらうよ。いつもありがとうな、莉音」 「はい、おやすみなさい、佑斗さん」 「ふぅ……疲れた……」 俺は自分の部屋にたどり着くなり、そのままベッドに突っ伏した。 「莉音にも……悪いことをしてしまったな……」 「どこかでちゃんと……埋め合わせ……して………………」 「…………」 「あの、佑斗さん……」 「もう寝てしまいましたか?」 「…………」 「失礼しまーす……」 「うわ、そのまま倒れちゃってる……。よかった、様子見に来て……」 「せめて、もう少しちゃんとした体勢に…………んっしょ」 「服は……脱がしたら、さすがに起こしちゃうかな……。でも、上着はシワになっちゃうか……」 「とりあえず、これは脱いでもらって……」 「んん……」 「ごめんなさい。上着の袖から腕を抜きますね……」 「莉音……? ん……すまん……」 「佑斗さん……」 「すぅ…………」 「…………」 「後はベルトを緩めて……ん、こんなものかな」 「それでは、失礼しました。おやすみなさい、佑斗さん」 「おはよう、莉音」 「おはようございます、佑斗さん。もう少し寝ていなくて大丈夫ですか?」 「ああ、大丈夫。あのままヘンなかっこうで寝ていたらダメだったかもしれないが、莉音がちゃんと寝かせてくれたからな。ありがとう」 「あ……起きていたんですか? ごめんなさい、勝手なことをしてしまって」 「なにを言ってるんだ、感謝してるよ。おかげで上着もシワにならずに済んだ」 「それならよかったです。でも、シャツはシワになってしまっていますよね? 洗濯してアイロンをかけておきますから、ちゃんと出してくださいね」 「いや、そこまでさせるのは……」 「ちゃんと、出してくださいね」 「はい……」 こういう時の莉音は手強いな。 とはいえ、助かることは助かる。申し訳ない気持ちはあるが、任せてしまった方が莉音の気も済むのだろう。 「おお……見える、見えるぞ……近い将来、リオのおしりに敷かれまくるユートの姿が見えるぞ……」 「ああ、ボクにも見えるよ、刻の涙が。ラ●ァにはいつでも会いに行けるんだから」 「人の将来を勝手に見るな!」 「くすくす……さぁ、夕ご飯にしましょう。エリナちゃん、矢来先輩と布良先輩を起こしてきてもらえる?」 「はーい」 「じゃあ、俺とニコラで配膳手伝うよ」 「ボクもかい? まぁ構わないけど、ハチミツを振り掛けたような会話は勘弁してほしいね」 「うるさい、いいから皿を出してくれ。えーと、大皿で真ん中に出して、各自取りわける感じかな」 「そうですね、それでお願いします」 「それでは大皿と取りわけ皿と……」 「佑斗さん、こちら大皿に移すの手伝ってもらえますか?」 「了解」 うちの学院は普通の学校に比べれば拘束時間はやや短いが、それでも風紀班の仕事をこなすのは簡単なことではなかった。 特にこうして大きなヤマが入ってしまうと、途端に日頃の生活に一切の余裕がなくなってしまう。 莉音というよく気がつく彼女がいるからこそやっていけている側面も大きいだろう。 だからこそ、莉音に大きな負担をかけているという気負いも大きかった。 いくら忙しくとも、いくら余裕がなくとも、莉音に対する感謝の気持ちだけは決して忘れないようにしなければ。 「はい、佑斗さん。もういいですよ」 「おお、後はなにかあるか?」 「いえ、特には。席について待っていてくださいね」 まぁ、忘れることはないか。 どんなに疲れて帰ってきても、このかわいい笑顔が見られるのだから。 だが── そんな考え方ができていたこと自体が余裕の表れだったのだと、俺は後になってから気がつくことになる。 「鑑識からの報告があがってきた。おまえたち、ライカンスロープというものを知っているか?」 『──!?』 「……吸血鬼喰い。吸血鬼を喰らう伝説の吸血鬼だと聞いていますが」 「ああ、それだ。どうやら『L』はそのライカンスロープ研究と深く関わっているらしい」 「どういうことでしょうか。詳しく教えてください」 驚きが大きすぎたせいか、むしろ冷静にも思えるほどの落ちついた言葉が口から出ていた。 だが、そんな言葉とは裏腹に心臓は早鐘を打ち、身体中の血管という血管がはち切れんばかりに血液を滾らせていた。 「ライカンスロープという存在は、伝説上のものではないようだ。少なくとも、この研究を行っていたものたちはそう考えていた」 「データの欠落があるため、それがどのような経緯でもたらされたのかはわからないが、彼らは『ライカンスロープ因子』と呼ぶものを扱っていたらしい」 「大元の研究というのは、そのライカンスロープ因子を利用して、人工的にライカンスロープを作りだそうということだったようだな」 「人造ライカンスロープ……」 「正確なところはわからないが、押収した研究データにはそれを目的としていたとしか考えられない記述が多く見られたらしい」 「だが、これは三大寺清実自身の研究ではなかった」 「どういうことですか?」 「三大寺清実はなんらかの形でこの研究データを手に入れ、自らの手でこの研究を続行しようとした」 「とはいえ、三大寺が手に入れられたのは研究データのみ。ライカンスロープ因子そのものは彼女の元にはなかった」 「そこで彼女は、研究データを元に、ライカンスロープ因子そのものを作ろうとしたらしい」 「アジトとなっていたあの研究室で、主に行われていた実験はそれだろうというのが鑑識の見解だ」 「三大寺は……ライカンスロープ因子を作ることができたのでしょうか?」 「それが本当にライカンスロープ因子なのかはわからないが、作りあげることはできたようだ」 「ただ、それを投与された吸血鬼は、ライカンスロープになることはなく、著しい興奮状態に陥っただけだった」 「! それが、『L』……」 「そうだ。もしかしたら、元々研究で使われていたというライカンスロープ因子でも同じことが起きたのかもしれないが、現状ではわからない」 「わかるのは、三大寺がこのライカンスロープ因子をドラッグとして売りさばいていたことと、その結果を観察していたらしいことだ」 「ドラッグとして資金稼ぎするだけではなく、人体実験をしていたということですか?」 「そうなるな」 「……人体実験という意味では、その大元の研究というヤツでも行われていたのでは?」 「ああ、可能性が高い。こちらも非合法の研究だったと見て、調査を進めている」 「三大寺清実が信奉する恩師であり、ライカンスロープ研究にも傾倒していた蓮沢庄三郎が、この2つの件の重要参考人となるのは間違いないだろう」 「…………」 「佑斗……大丈夫?」 「ああ、少し混乱はしているが……」 「偶然ライカンスロープ絡みの事件が起こっただけじゃない。佑斗が気にする話ではないと思うわ」 「偶然……か?」 「え?」 「ライカンスロープに関連する事件がそんなに頻発するとは思えない。それぞれに関連がないとするなら、なおさら……」 「それくらい、ライカンスロープという存在そのものが、タブー視されていることはわかっているつもりだ」 「じゃあ佑斗は、今回の事件が佑斗自身の[・]能[・]力とも関わりがあると考えているの?」 「……わからない」 「だったら──」 「だが、関係しないと考える方がおかしいだろう……」 「佑斗はクスリに手を出したことはあるのかしら?」 「ない」 「関係ないわよ、やっぱり……」 「俺の知らない間に……ってこともあるかもしれないじゃないか」 「誰がそんなことするのよ。寮の誰か? それとも学院の誰か? それとも風紀班の? それとも──」 「扇先生が、佑斗が入院している間に?」 「…………」 「それも……考えにくいか」 「そう思う。そもそも、『L』で複数能力の使用ができるようになるなら、とっくにもっと大きな事件に発展しているとは思わない?」 「……そうだな」 「少しは落ちついてくれたかしら」 「ああ、ありがとう、美羽」 「どういたしまして。じゃあ、聞きこみを続けるわよ」 「了解」 「教授、これは……?」 「君が欲しがっていたライカンスロープの血液だよ」 「まさか! どうしてそんなものを!?」 「ほぉ、君は私の言うことが信じられんと言うのかね」 「申し訳ありません、そういう意味ではなく……つい、驚いてしまって」 「ふん、まぁよい」 「これで逃走の際に置いてきてしまったデータがなくても、研究は進められるだろう」 「はい、むしろこれがあればあんなドラッグもどきに頼る必要がなくなります。教授はこの血液をどうやって……?」 「知りたいかね?」 「是非」 「ふん……君は相変わらず、人にものを訊く時ばかり率直だな」 「実はな、この島には本物のライカンスロープがいるのだよ。生きて、普通に生活している」 「普通に……? 吸血鬼喰いが、ですか?」 「そうだ」 「かわいそうなことに、まだ己がライカンスロープであることを自覚していないのだよ」 「己の力に疑念を抱きつつも、ただの吸血鬼として日々を過ごしている。吸血鬼の王となるべき存在だというのにな」 「……三大寺君、彼らをどう扱うかは君の手腕に任せる。好きなようにやってみたまえ」 「ありがとうございます、教授。そのご厚意、無駄にはいたしません」 「期待しているよ」 鑑識からの報告によると、どうやら『L』は『[ライカントロピー,10]Lycanthropy』の頭文字らしい。 『ライカンスロープになること』を示すその言葉は、精神医学の分野では『狼化妄想』などとも訳される。 『L』を使用した吸血鬼たちは、さながらライカンスロープになったような昂揚感でも味わえるのだろうか。 そんなことで思い悩んでいる場合ではなかったが、『ライカンスロープ』にまつわる名前がこう日頃から耳に入ってくる状態はさすがに俺の精神を参らせていた。 おかげで俺自身のことを莉音に話そうという考えも、この事件によってすっかり霧散してしまっていた。 「おかしな話になってきたな……」 淡路さんからあがってきた最新の報告書に目を通して、《チーフ》主任が難しい顔を見せた。 「蓮沢の件、なにか進展があったんですか?」 「進展と言えば進展だが……これが繋がるとすると、蓮沢は今回の件には関係がないのかもしれない」 「どういうことでしょうか」 「蓮沢が最後に目撃されたのは4年前……開発地区にあった建物付近でのことだ。だが、その建物はその後に全焼している」 「この全焼した建物というのがまた難物でな、どうやら《アクア・エデン》海上都市の体制に異を唱える過激派のアジトだったらしい」 「地下階になにかの研究施設があったことはわかっていて、出火場所もその地下階からだったようだ」 「だが、非合法な施設だったため、そこに出入りしていた人物も正確なところはわかっておらず、発見された焼死体から何名かが割り出されたに過ぎない」 「では、蓮沢は……」 「自分の研究さえできれば政治信条は問わない蓮沢自身の姿勢と、その当時公的機関での研究メンバーから外されていたことを踏まえれば──」 「この反体制組織の研究に与していた可能性は高い。そして、この最後の目撃証言以降、どこにも姿を現していないと言うことは──」 「その火災に巻きこまれた可能性が高い……?」 「確かなことは言えないが、身元不明とされた焼死体もかなりあったからな……」 「それとこの火災で発見された焼死体の中には、焼かれる前に殺されていたものもあることがわかっている」 「……まさか、それにも三大寺が関与を?」 「三大寺がロシアから帰国したのは2年前のことらしい。火災があった4年前にも帰国していた可能性もあるが、少なくともその記録はない」 「2年前に帰国した理由は、参加していた研究プロジェクトが予算の関係から頓挫したからのようだ」 「それで、蓮沢が今回の件には関係ないという話になるわけですか……。三大寺が帰国した頃にはすでに死んでいた、と」 「だが、蓮沢の研究していたデータは、なんらかの形で三大寺が引き継いだ……」 「その反体制組織というのはどうなったんですか? その手の組織なら、拠点が一つ潰れたくらいではなくならないと思うんですが」 「その火災以降、目立った動きは見せていない。殺害、放火の可能性も高いからな、組織内での抗争があった可能性もあると見ている」 「……ライカンスロープ因子の研究はその組織が行っていたと言うことでいいんですよね? それはなにを目指したものだったんでしょうか」 「どうやら、カリスマとなる存在を作ろうとしていたようだ」 「ライカンスロープは恐怖の対象だが、それ以上に何者にも屈することない王者としての側面もある」 「その組織の標榜していた理念は、吸血鬼による人間社会の支配だったからな。強力な吸血鬼を作りあげれば旗印になると考えてもおかしくはない」 「強力な吸血鬼、ですか……」 「その結果作り出されたのが吸血鬼用のドラッグというのも、よかったのか悪かったのか……」 「ライカンスロープなんてものが人工的に作り出されていたとしたら、本当にこの《アクア・エデン》海上都市をひっくり返すことが可能だったかもしれん」 「とはいえ、ライカンスロープ自体本当にいるのかどうか怪しいところだがな。その因子とやらも、なにを根拠に本物だと考えたのやら」 「《チーフ》主任はライカンスロープの存在自体に懐疑的なわけですね」 「俺自身が見たことがないからな。それに、仮にライカンスロープが実在したとしてもだ、そいつが犯罪に関与しない限りは特に関係ない」 「……そんなもの、ですか?」 「俺はすでに人間と吸血鬼の違いについては受け入れているつもりだ。その上で吸血鬼とライカンスロープにどれほどの違いがあるというんだ?」 「もちろんそいつが不法に吸血したり、吸血鬼を喰らったりするなら話は別だが、そうでもなければ人間とも吸血鬼ともかわらんだろう」 「そうですね。さすが《チーフ》主任」 実際、吸血鬼は人間の血を吸うわけで、その吸血鬼を受け入れている人間の立場を考えたら、確かに大した違いではないのかもしれない。 だが、多くの人間にとって吸血鬼が受け入れがたい存在であるのと同じように、多くの吸血鬼にとってもライカンスロープは受け入れがたい存在なのではないか。 しかもそれが、人為的に作り出されたライカンスロープだとしたら、なおさらその嫌悪感は募るのでは── 「どうした六連、顔色が悪いぞ?」 「いえ、大丈夫です」 「そうか……だが、そろそろ疲労も溜まっていることだろう。無理矢理にでも休暇を取ってもらわないとならんな」 「俺は大丈夫です。捜査を続けさせてください」 「バカ、お前だけの話じゃない。布良や矢来や、他の隊員すべてについてだ」 「ここのところ、全員ろくな休みも取らずに捜査に当たっている。事件の解決も重要だが、それでお前たちに倒れられても困るんだよ」 「それはそうですが……」 「休養をとることも仕事の内だぞ? そんなに思い詰めた頭で、なにが解決するって言うんだ」 「はい……」 「……ったく」 主任は後ろ頭をボリボリとかきながら、自分のデスクから分厚いプリントの束を拾いあげて俺に渡した。 何ページくらいあるのだろう。ずいぶんとずっしりした重さだ。 「ただ休むのが納得いかないというなら、これでも読んでおけ」 「これは?」 「三大寺らのアジトに残されていた研究資料の一部をプリントアウトしたものだ。恐らくは蓮沢が個人的にまとめていたものだな」 「本気でライカンスロープを作れると信じていたんだろう。ライカンスロープの生態やその能力などの考察が書き連ねてある」 「──!?」 「研究データから、三大寺もこの資料を重視していた形跡があるそうだ。こいつを頭に入れておけば三大寺の目的も見えてくるかもしれん」 「ありがとうございます!!」 「おかえりなさい」 『ただいまー』 「ごめんなさい、稲叢さん。今日はもう、このまま眠らせてもらうわ」 「私も……。ごめんね、莉音ちゃん。明日も早いから」 「いえ、お疲れさまです。佑斗さんも?」 「いや、俺は明日は自宅待機になった。持ち回りで休養をとれということらしい」 「稲叢さんも明日はオフのはずよね。久しぶりに2人でイチャイチャするといいんじゃないかしら」 「イチャイチャするくらいはいいけど、えっちなこととかはしちゃダメだからね!?」 「俺たちのことはほっといて、早く寝てくれ」 「ほら、布良さん、私たちはお邪魔ですって。さっそく佑斗のケダモノタイムがはじまるというわけね……」 「だだだから、ダメだからね!? ケダモノタイムは禁止だからーっ!」 「だから、早く寝ろって言ってるだろ!」 美羽と布良さんの背中を押して無理矢理部屋から追い出してしまう。 まったく、美羽は元より、布良さんも禁止しているのは口ばかりで興味津々なのが端々からこぼれているのが怖いな……。 「あの、佑斗さん……ケダモノタイムってどういうことをするんですか? なにか準備とかした方が──」 「そのことは気にしなくていいから、とりあえずご飯を頼む」 「あ、はい、ただいま」 パタパタと台所の方に行く莉音の背中を見て、ひとつ息をつく。 さすがにケダモノタイムするほどの元気は残っていないが、帰ってきて台所に立つ莉音の姿を見ると、それだけでホッとするな……。 そして、莉音が俺にとって心落ちつかせる存在だと認識すると同時に、俺が莉音にとってどうであるのかという疑念が巻き起こる。 ただでさえ、こうして気苦労をかけてしまっているのに、もしかしたら、俺という存在そのもののせいでさらなる気苦労をかけてしまう可能性がある。 人為的にライカンスロープを生み出す研究──。 それは、俺が『ライカンスロープではない』理由の1つであった、『ライカンスロープは全員、生まれついての吸血鬼』というファクターを突き崩す。 そして、たった一度吸血鬼の血を呑んだだけで吸血鬼化したイレギュラーも、はじめから『自然のものではない』と考えれば、説明できてしまうのではないか。 「佑斗さん、どうぞ召しあがってください」 「お、うどん?」 「はい。釜玉うどんに蒸した鶏肉とネギを添えてみました」 「これは美味そうだ、いただきます」 「召しあがれ」 疲れた身体にあったかいうどんが染み渡る。 鶏肉もすごく柔らかい上に味がしっかりとついていて、ただ蒸しただけではないことがすぐにわかった。 というか、すごく美味い。 思わず「俺の嫁にしたい」などと口走ってしまいそうになるが、そんなことを口走ったらまず確実に本気にされるので今は控えておく。今は。 「どうでしょう……?」 「すっごく美味しい」 「よかった……。あ、もし足りなかったら、もうひと玉作りますよ? 矢来先輩と布良先輩、食べてくれませんでしたし」 「ハハハ、じゃあもうひと玉もらうとするかな」 「はい、ではさっそくご用意しますね」 なんだか、こうして莉音を見ていると、ライカンスロープだなんて、どうでもいいことのように思えてくるな。 莉音にはあんなクスリのことも、ライカンスロープのことも関わってほしくなんかない。 だがもし、俺自身が本当にライカンスロープだとするなら、俺こそが莉音に関わってはいけない存在なんじゃないだろうか。 俺では、莉音を不幸にしてしまうだけなんじゃないだろうか……。 今日は学院もないことだしいつもよりゆっくり寝ていようと思っていたのだが、結局いつもと同じくらいの時間に目が覚めてしまった。 《チーフ》主任から渡された資料もあるし、今日は一日これでも読んでいるか。 もしかしたら、この資料から俺がライカンスロープではない決定的な証拠が出てくるかもしれない。 「おはよう」 「あら、おはよう、佑斗。せっかくの休暇なんだからもっとゆっくりしていればいいのに」 「おはよう、六連君」 「なんだか目が覚めちゃってな。2人はもう食べ終わるところか」 「うん、これから出動だから」 「お疲れさま。なんか悪いな」 「なにを言ってるの、六連君。六連君だって今日は自宅待機っていうお仕事でしょ?」 「そうそう、しっかり休んで頂戴。いざって時に使い物にならなかった承知しないから」 「ふぁぁふ……おはよー。なに? ユートってインポテンツなの?」 「失敬な。誰がインポテンツだ」 「そうよ、インポテンツだったら承知しないっていう話で」 「もうっ! まだ食事中なのに、そういうお話しないでよぉっ!」 「佑斗さん、エリナちゃん、おはようございます。インポテンツってなんですか?」 「そうだ、リオならよく知ってるはずだよね? ユートが使い物にならないかどうか」 「佑斗さんが? 使い物にならないなんて、そんなことあり得ません。佑斗さんは誰よりも立派です」 「誰よりも立派!」 「そ、それって、どれくらい……いえ、単純な興味の話で、べ、別に佑斗のアレが気になっているわけじゃないの。誤解しないで頂戴」 「だから、もうやめてってばー!」 「アレってどれのことです?」 「おはよう、莉音。こいつらの戯れ言は気にしなくていいから」 「でも……佑斗さんのことに関わりがあるなら、ちゃんと知っておきたいです」 「あー、コホンコホン。美羽と布良さんはもう時間がないんじゃないのか?」 「わわ、ホントだ。急ごう美羽ちゃん」 「ええ、わかったわ」 「エリナも確かニコラとシフト一緒だっただろ。ニコラを起こしてきた方がいいんじゃないか?」 「は~い」 「それじゃあ、ごちそうさま」 「ごちそうさまでした」 ふぅ、まったく……。 「それで、アレってどれのことだったんでしょうか……」 「……お腹が空いたな。今日の夕食はなんだろう」 「あ、ただいまご用意いたしますねっ」 ふぅ……本当にまったく……。 エリナとニコラも《カジノ》仕事に行ってしまうと、寮内には俺と莉音だけが取り残された。 例の資料を共有スペースまで持ってきて目を通しはじめると、莉音も本を持ってきて俺のすぐそばに陣取る。 「飲み物を用意しますけど、なにがいいですか?」 「ありがとう、じゃあ紅茶をもらえるかな」 「はい」 にっこりと微笑んでお湯の用意をしはじめる莉音。 今日は別に、一緒の時間を過ごすことなど示しあわせていたりはしない。 だけど、俺は仕事の資料を共有スペースで目を通すことにし、莉音もまたここで本を読むことを選んだ。 なにも言わなくても、ふと身を傾ければクッションになってくれるような、柔らかさと温かさ。 莉音は俺にとって、すでにそんな存在になってくれている。 「はい、佑斗さん。お紅茶です」 「ありがとう」 「どういたしまして」 微笑みあい、淹れたての紅茶に一口つけると、俺はそのプリントアウトされた資料に視線を移した。 図解もないではないが、ほとんどが文字で埋め尽くされた資料だ。論文といってもいい。 これだけの量があるのだから、データでもらえた方が目を通しやすかったかもしれない。 まぁ、《チーフ》主任にとっては紙媒体の方が扱いやすかったんだろう。 『ライカンスロープとその特質』 『ライカンスロープはその多くの性質において、吸血鬼をベースとして考えることができる』 『・定期的に人間の血液を摂取しなければならない』 『・陽の光に弱く、日中はその活動が鈍る』 『・海水に弱く、海水に近づくだけでも忌避感を伴う』 『・能力を発現させるには人間から直接吸血しなければならない』 紅茶にまた一つ口をつけ、読んだ内容と伴に咀嚼する。 つまり、吸血鬼が生きていく上で必要な制約はライカンスロープも免れないということだ。 『ライカンスロープと吸血鬼を隔てる特性として、以下の性質があげられる』 『・ライカンスロープは複数の能力を保持し、これを使用することができる』 『・ライカンスロープは吸血鬼の血を吸うことで、その吸血鬼の能力を獲得することができる』 『・ライカンスロープは吸血鬼の血を吸うことで、その吸血鬼の記憶を獲得することができる』 『・ライカンスロープが吸血鬼の血を吸っても、能力を発現させることはできない。能力の発現には人間の血液を直接吸う以外の方法は見つかっていない』 これが本当だとすると、吸血鬼と人間の関係と、ライカンスロープと吸血鬼の関係は、同列には並べられないものなのかもしれない。 吸血鬼は生きていくために人間の血を必要とするが、ライカンスロープも生きていくために必要としているのは人間の血であって、吸血鬼の血ではない。 だが……この、『その吸血鬼の記憶を獲得する』と言うのはなんだ? 平然と併記されているが、その意味を踏まえるなら、ここだけが飛び抜けて異質なものに思える。 単純に血を吸った相手の記憶を覗ける、意識を共有できるというくらいの意味ならわかるのだが、全記憶を有してしまうのだとしたら……。 「お紅茶、淹れなおしますね」 「あ……。ありがとう」 よほど思い詰めた顔をしていたのだろう。そして、莉音はそれを解きほぐそうとしてくれたらしい。 そうだ、これはあくまでも研究者が残した研究資料だ。 俺ごときが考えこんだところで、すべてが理解できるわけでもないし、不備を指摘できるわけでもない。 今は深く考えずに内容だけを押さえて、三大寺らの動向をつかむ方が重要だ。 「はい、佑斗さん。今日は休養なんですよね? あまり根は詰めないようにしてください」 「面目ない。すぐ目の前のことに熱くなってしまうんだよな。莉音がいてくれて助かるよ」 「い、いえ……わたしはその……佑斗さんのそばにいたくて、ここにいるだけですから……」 「まぁ、それを言ったら俺も、どうせ資料を読むなら、ここで読めば莉音と一緒にいられるかな……とか」 「は、はい……嬉しいです」 「お、おう……」 「そういえば、お夜食はなにが食べたいですか? 今日は佑斗さんとわたしの2人だけですし、佑斗さんの好きなものをご用意しますよ?」 「そうだな、簡単なものでいいんだが……チャーハンとか」 「あ、チャーハンいいですね。昨日の鶏肉がまだ残っているのでそれと……タマネギもニンジンもあるし……」 適当に思いついただけだったのだが、どうやら莉音的にも都合のいい選択だったらしい。 莉音の脳内に最適なレシピが浮かびあがっているのが目に見えるようだ。 「はい、今ある材料で美味しいのが作れると思います」 「期待してる」 「任せてくださいっ」 目をキラリと輝かせて胸を叩く莉音。その瞬間乳房がほよんと弾んだがそれはそれとして、なんとも頼もしい姿だ。 あのはじめてのデートも楽しかったが、こうやってなにもない時間を一緒に過ごすのも悪くないものだな。 これも莉音の人柄のおかげという気がする。 さて、もう少し資料の方を読み進めるとするか……。 『ライカンスロープは複数の能力を所持するという特性上、能力に依存する身体能力の向上は見られない』 『再生の能力がその一例として挙げられるだろう』 『再生の能力は発動と同時に新陳代謝を活性化させて身体を健常な状態に戻すが、発動状態になくても通常の吸血鬼より新陳代謝が活発なことが知られている』 『このことは、軽微な傷などが即座に治ると言うことを示すとともに、肉体的な老化も通常よりし難いことも示している』 『ライカンスロープにまつわる幾多の文献には、ライカンスロープと吸血鬼の闘争の様子が記されている』 『これによりライカンスロープが強力な再生の能力も持ちあわせていることは明らかだが、その一方で、ライカンスロープが年老いぬまま君臨したという記述はない』 『逆にライカンスロープが所持する能力に依存した身体能力の向上をすべて得ていたとした場合──たとえば、再生も含め、怪力や硬質化などの能力すべてだ──』 『その者は吸血に依存することなくして吸血鬼を凌駕する存在となり得る』 『だが、いずれの文献においても、ライカンスロープが吸血することなくして吸血鬼を圧倒したというものはない』 なるほど……。 たとえばライカンスロープの力で荒神市長並みの不老なんていうのがいたら、それが伝説に残らないはずがない。 そうか、そういう意味ではライカンスロープは脅威の存在ではあっても、無敵の化け物ではないわけだな。 吸血さえしなければ、平均的な吸血鬼と変わらない。 「ん……なんかすごくいい匂い……」 台所の方から、炒めている音と空腹を刺激する香ばしい匂いが漂ってくる。 俺は資料をそのままにして、ダイニングテーブルの方に向かった。 「もうすぐできますよ」 「ああ、すごくいい匂いだから我慢できなくなった」 「フフ、じゃあ手を洗って来てください。戻ってきた頃にはできあがっていますから」 「了解」 「いただきます」 「どうぞ、召しあがれ」 「あむ……ん、美味い。いつもながらお見事」 「もう、佑斗さん、言ってることがいつも同じじゃないですか」 「いつも美味いんだからしょうがないだろ……。そうだな、細かいことを言うなら……ちゃんとご飯がばらけてパラパラになるように炒められてる、とか」 「家庭用のレンジだと難しくないか? こうするのに火力が足りない気がするんだが」 「それはご飯を用意する時に一工夫しているんです。水は少なめにして、油を少し入れて、早炊きすると、炒めやすいご飯ができますよ」 「そのテクニックは知らなかったな。なるほど、あらかじめ油が染みこんでいるから米同士がくっつきにくくなるのか」 「それでも中華料理を作る時は、やっぱり強い火力が使えるガスレンジがほしくなっちゃいますけどね」 「わかる。強い火力でジャージャー言わせたくなるよな。料理する手早さも違うし」 「やっぱり佑斗さんも自炊していた頃は炒め物が多かったんですか? 男の人の自炊は炒め物ばかりって話は聞いたことがありますけど」 「そうだな、やっぱりそうなると思う。腹が減ってから作りはじめるから、時間のかかる調理はどうしても──」 その時、俺の携帯電話が鳴り響いた。 莉音が小さくうなずいて、俺に電話に出るように促してくる。 携帯のディスプレイを見ると、そこには「非通知」と表示されていた。 いったい誰だろうか。 一瞬、無視することも考えたが、事件絡みの連絡の可能性もあり得ると思い直し、俺は通話ボタンを押した。 「もしもし」 『ムツラユウトか?』 「……そうですが、あなたは?」 その声に異質なものを感じた俺は返答しつつ、席を立つ。 普通の声じゃない。変声機でも使っているのだろうか。 『お前に話したいことがある』 「あなたは誰だと聞いている」 『私はお前が何者であるのかを知っている。お前がどのような存在であるのかを』 「なんだと? どういうことだ、それは」 『お前が私の話に乗るのならば教えてやろう』 「……結構だ。お前が俺の何を知っているのかは知らんが──」 『誰にも言わずに、一人で来い。お前が何者なのか、そして、どうしてそうなったのか、そのすべてを教えてやる』 「おい、結構だと言っているだろう」 『今から1時間後に、《こうや》高野が取引に使っていた倉庫で待つ』 「!? ──おい、なぜ高野の取引のことを知っている? おいっ!」 『吸血鬼にして吸血鬼にあらざる者よ、必ず一人でだ』 「────ッ」 心臓が鷲づかみにされるような衝撃が走った。 電話口の相手は、俺のことを知っている……。少なくとも、俺が吸血鬼にあるまじき特質を備えていることに気がついている。 そして、指定された場所……。 相手が《こうや》高野とどういう関係なのかはわからないが、取引の場所を知っていると言うことは『L』の関係者であることは確かか。 いや、もしかしたら、以前から俺のすべての行動が監視されていて、複数の能力を持っていることも、捜査の内容も筒抜けだとか? まずは《チーフ》主任に── 待て。そうなれば、今の電話の内容を詳細に話す必要が出てくる。 となれば、なぜ俺がこのような電話を受けるのか、つまり、『吸血鬼にして吸血鬼にあらざる者』であることが明るみに出ることになる。 「佑斗さん……?」 「あ、ああ……」 不安げな莉音の瞳。 その瞳には、血相を変えた俺自身の頼りない姿が映しだされていた。 「っ」 パンパンと自分の顔を2回はたいて目を覚ます。 落ちつけ俺。莉音にこんな不安な顔をさせてるんじゃない。 「ふぅ……すまん、莉音」 「いえ、なにかあったんですか?」 「ああ、風紀班からの緊急の呼び出しだ。今すぐに出ないといけない」 「風紀班からの……?」 「もっと一緒にいたかったんだが、すまない」 「いえ、そんな……」 「チャーハン美味かったよ。それじゃあ留守を頼む」 「……はい。いってらっしゃい、お気をつけて」 「行ってくる」 「…………」 あの電話を受けた時の様子は、風紀班からの緊急の呼び出しなんて感じじゃなかった。 それに、あの思い詰めた顔と、わたしを見た時の瞳の色……。 すごく嫌な予感がする。 その予感に突き動かされるように、わたしは寮を飛び出していた。 必死で佑斗さんの気配を探り、彼が向かった方向へと走り出す。 吸血鬼としての五感を能動的に発揮させたのは、これがはじめてのことかもしれない。 それがはじめてだったとしても、幸いにしてわたしはその目的を達することがすぐにできた。 わたしの嗅覚は、佑斗さんが食べたばかりのチャーハンの匂いを微かにだけど嗅ぎつけていた。 「!」 前方に佑斗さんの背中を見つけて立ち止まる。 なにか考えているのだろう。緊急の呼び出しだと言ったわりには歩調は早くはなかった。 どうしよう……? すごく嫌な予感がして、なにも考えずに追いかけてきちゃったけれど、話しかけるのもおかしい気がする。 でも、今の佑斗さんを放っておくことはできない。 このままこっそり追いかけて、佑斗さんがなにか危険なことをしようとしたら止めにはいる? なんだか、それも……。 そんなことを考えている内にも、佑斗さんはどんどん歩いていってしまう。 わたしは、結局何も決められないまま、ずるずると佑斗さんの後を追いかけていった。 どこまで行くつもりなんだろう……。 少なくとも、もう特区管理事務局の方向ではないことは明らかだけど……。 「あら、莉音ちゃん? こんばん──むぐっ!?」 突然現れたひよ里先輩の口を塞いで物陰に隠れる。 「ん? …………気のせいか」 佑斗さんは周りをキョロキョロと見まわして、そして再び歩き出した。 「ふぅ……」 「むぐぐ、むぐーっ」 「わわ、えと、ひよ里先輩、放しますけど絶対に静かにしてください。お願いします」 コクコクと頷いたことを確認して、ひよ里先輩の口から手を放す。 「ふはーっ……い、いったいどうしたんですか、莉音ちゃん」 「いえ、ちょっと事情があって……」 「んー……あの後ろ姿は、六連君……ですか? もしかして、気がつかれないように後を……?」 「えっと……まぁ、はい」 改めて人に言われると、ものすごくバカみたいなことをしているように思えてきて、わたしは縮こまった。 「…………ストーキング?」 「スト!?」 思わず声をあげそうになって、慌てて自分の口を押さえる。 「べ、別に普段からこんなことしてるわけじゃないですっ。ただ、今日の佑斗さんは、少し様子がおかしくて……心配になって……それで……」 「えっ……!? ま……まさか……でも……そんな……」 「なにか、心当たりが……?」 「ですが、本当にそうなら絶対に許せません。追いかけましょう」 「え? え??」 「なにをしているんですか、莉音ちゃん。六連君を見失ってしまいますよ」 「は、はい」 「確か、この向こうの倉庫だよな……」 辺りを見まわしてみるが、今のところ人影は見られない。 まぁ、まだ時間には少し早いしな……。 しかし、相手の目的はいったいなんなのだろう。 俺を呼び出したのが三大寺だとするなら、やはり研究対象として俺が必要だと言うことなんだろうか。 ならば、どうやって俺がそうであると知った? 俺が複数の能力を所持していること自体、知っているのは美羽と布良さん、そして小夜様とアンナさん、それから扇先生……ここまでだ。 この面子からそれが漏れるとは思えないし、事実、《チーフ》主任ですら未だにこのことを知らない。 ならば、なぜ? 「大元の研究というのは、そのライカンスロープ因子を利用して、人工的にライカンスロープを作りだそうということだったようだな」 口の中に苦いものを感じて顔をしかめる。 もし── もし俺が、人工的に作り出されたライカンスロープなのだとしたら── その時の研究データを三大寺が持っているのだとしたら── 「つじつまが、あう……?」 いや、だがそれはおかしい。 俺はこの島に来たのははじめてのはずだ。この島で行われていた実験に関与しているはずがない。 それに、そんなデータが存在するのなら、俺がそれまで本土でのうのうと暮らしていたこと自体がおかしなことになる。 今の今まで、俺を放っておく意味がない。 そうだ。俺の不安には「なぜ今」という決定的なピースが欠けている。 「ッ!」 その時、建物の影で人の気配がして、俺はそちらに全神経を集中させた。 確かに、誰かいる。 「こんなところでなにを……」 「よっぽどバレるのが怖いんですね……。それなら、浮気なんかしなければいいのに……」 「う、浮気ぃっ!?」 「し、しーっ! バレちゃいますよ!」 「わたた……で、でもっ」 「佑斗さんは浮気なんか絶対にしません!」 「……しませんし、たとえ佑斗さんがわたし以外の女性に惹かれたとしても、わたしのことも愛してくれるのなら、わたしは、それでも……」 「あ、あれ? 私また勘違いしちゃ──あれ……? り、莉音ちゃん?」 「いいと……言うか……ぐすっ…………でも……捨てられちゃったら……わたし……」 「莉音ちゃん、ごめんなさい、そのことは今はちょっと置いて、あれを見てください!」 「ふぇ? あれ……?」 「な……あれって、もしかして……」 莉音と大房さんか!? なんで俺のことをつけて── 「ッ!?」 その瞬間、俺に真っ黒な影が襲いかかった。 「…………!!!」 叫ぼうとしたが、喉は震えているのに声が音となって出ていかない。 声だけじゃない。靴が地面をこする音すらも聞こえていない。 何者かに強引に腕を引っぱられ、硬めのソファのようなところへ引きずり倒される。 一瞬にして視覚と聴覚を奪われた俺は、平衡感覚を失い、為す術なく両手を縛られてしまった。 拉致をされたのはわかった。だが、その方法がわからない。 連れこまれたのは車か? この感触は車の座席なのか? いつ? どうやって車が俺に近づいてきたんだ? 疑問符ばかりが脳裏を駆けめぐっていく。 未だになにも聞こえないが、座席の振動だけは伝わってきた。 まさか──周囲を無音にする能力……なのか? 「ふはぁ……」 そんな息を吐く音と共に、思い出したかのようにエンジン音が聞こえてきた。 「ギャハハ、楽勝だったな! 人間の女を拉致ンのとなんにもかわんねー!」 「おい、油断してそいつ逃がすんじゃねーぞ?」 「わーってるって! おめーも大人しくしてろよ? まぁ、目が見えなくちゃなンにもできねーだろうけどなっ」 2人いる。 俺を抑えつけているヤツと、運転しているヤツ。 そして、そのどちらもが吸血鬼で、どちらもが今、吸血後の状態にある。 周囲を無音にする能力を持つヤツと、なんらかの方法で視覚を奪うヤツの2人。 影に襲われたように感じたが、無音の方と違って、特定の対象の視覚を奪う能力なんだろう。さもなければ、運転もできないし、俺の腕も縛れなかったはずだ。 「……お前たちは何者だ? 三大寺の仲間か? それとも高野の?」 「ああン? 誰だそりゃ」 「余計なことしゃべってるんじゃねぇ。おめーも答えてんじゃねーぞ?」 「俺はなンにも答えてなんかねーだろー?」 ちんぴら吸血鬼と見るべきか? こいつらが俺のことを知っているようには思えない。 うかつだった──いや、うかつすぎた。 だが、このまま大人しくしていれば、俺に連絡をつけてきたヤツに引き渡されるのか? それとも、単に邪魔な存在として始末されるのだろうか。 そうだ、俺が拉致されたのを莉音たちが目撃したはずだ。風紀班にすぐに連絡してくれればいいが。 「んん? な、なんだありゃ……?」 「どうした?」 「え……なにあの車……」 「や、やっぱりヘンですよね? ライトもついてないし、エンジン音もしていないのに……動いてる」 「まま、まさか……幽霊自動車……?」 「ああっ!? 幽霊自動車に、佑斗さんが!!」 「ッ!!? 幽霊じゃないですよ!! 今、確かに男の人が出てきて、六連君を無理矢理車に押しこめました!!」 その車は佑斗さんを食べてしまうと(わたしにはそう見えた)、大きくUターンして走り去ろうとした。 わたしが咄嗟に追いかけようとすると、ひよ里先輩がわたしの袖を引っぱって、それを止める。 「放してください! わたし、追いかけないと!」 「追いかけてどうするつもりですか!? まずは風紀班に連絡しましょう!」 「わたしが追いかけないといけないんです!! そのためにわたしはっ」 「──ッ」 「やっぱりそのまま追いかけさせるわけにはいきません」 「ひよ里先輩!!」 「そのままじゃ絶対に間に合いません!! だから、早く!!」 ひよ里先輩はボタンが弾け飛ぶのも気にせず、勢いよく洋服の襟首を引っぱって首筋をさらけだした。 「早くなさい、莉音ちゃん!! 本当に間に合わなくなります!」 今度はわたしが狼狽える番だった。急に突きだされた白い肌に一瞬目が眩む。 ひよ里先輩の血を……吸う……? だけど、そんな逡巡もひよ里先輩の言葉が、強引に振り払ってしまった。 「六連君を、助けたいのでしょう?」 「ッ!! 助けたいです!! ごめんなさい、ひよ里先輩……っ!」 「ん……っ!!」 わたしの牙がひよ里先輩の白い肌に埋まる。 口の中に広がる甘く蕩けるような血液の味。 身体の奥底に燻っていた火がじわじわと大きくなり、燃えあがり、燃え盛っていく。 「んは……っ」 「もういいの?」 「はい」 「無茶はしたらダメだからね」 「わかりました」 わたしはうなずき、車が走り去った方向に駆けだした。 「はぁ……。とと、通報しなくちゃ……えーと、風紀班風紀班……」 血を吸うことでさらに鋭敏になった五感をフルに使って、佑斗さんを連れ去った車を追いかける。 だけど、いくら追うべき方向がわかったところで、吸血鬼の脚力でも車のスピードには追いつくはずがない。 「(はずがない、じゃない! 追いつくのよ!! 追いつくの!!)」 「(わたしには、あの車に追いつくだけの力が、ある!!)」 そう信じこむことで、わたしの身体も応えてくれたのか、徐々に走るスピードが速まっていくのを感じた。 「(わたしは追いつく。佑斗さんに、必ず追いつく)」 何度も何度も心の中で繰り返しながら、ただひたすらに佑斗さんの残り香を追っていくと、自分でも驚いたことに本当にあの車が見えてきた。 「(車のスピードが思ったほど速くはなかったのかな……?)」 そんな疑問も一瞬浮かんだけれど、それを考えている場合じゃない。 わたしはさらに速度をあげてその車に迫った。 遮光フィルムを貼っているらしく、車の中は暗くてよく見えないけれど、3人の人影があるのは確認できる。 佑斗さんと、佑斗さんを引っ張り込んだ人と、運転してる人……その3人だ。 その時、車の速度があがり、せっかく近づいた距離がまた離されてしまった。 「([・]こ[・]の[・]ま[・]ま[・]じ[・]ゃ、追いつかなくなっちゃう……。それに、このまま追いついたとしても、どうやって……)」 「([・]こ[・]の[・]力[・]じ[・]ゃ、佑斗さんを助けることはできない……)」 「――何を望む?」 「(え……っ!? 何を……?)」 「――どんな力を望む?」 「(どんな力……? そう……今、必要な力は……)」 「あの女、走ってついてきてやがる!」 女が……ついてきてる? 誰だ? 「加速か、脚力増加の能力者ってところだろ? もっとスピードあげろよ」 まさか、莉音がついてきたとでも言うのか!? そういえば、莉音の能力についてはまだ訊いたことがない。大房さんに吸血させてもらったということか。 くそっ、また莉音を巻きこんでしまったのか……なんてことだ。 「無茶言うんじゃねぇ! こんな狭い道じゃこれが精一杯だっつーんだよ!」 運転している男はそう怒鳴りつつも、アクセルをもう一段階踏みこんだようだ。 エンジンが唸りをあげ、俺の身体にもGがかかる。 だが―― 急に身体にかかっていたGがなくなり、エンジンが、いや、タイヤが空回りするような音が聞こえた。 雪道にはまった時よりももっともっと軽い回転音。 こんな音、車体のメンテナンスをする時にしか、聞いたことがない。 「うわぁぁあああああっ!!?」 そして俺は、その考えがあながち間違いではなかったことをすぐに知った。 「佑斗さぁぁああああああああああんっ!!」 俺を抑えつけていた男は、驚きのあまり俺にかけていた能力を解除してしまったらしい。 莉音の叫び声が聞こえると同時に回復した光景に、俺はまた別の幻覚でも見せられているのかと一瞬疑った。 「佑斗さんを離して!!」 俺が体感していたとおり、車はもう走ってはいなかった。 エンジンは未だに唸り、タイヤは虚しい回転を続けているが、動くわけがない。 「うう、浮いてる!? 浮いてるぞ、おい!!」 車は、タイヤが接地していなければ動くわけがないのだ。 「走行中のバンを浮かせるだと!? そんな強力な念動力、聞いたこともねぇぞ!?」 「ば、化け物だ、あの女!! 本物の、化け物だ!!」 「佑斗さんを、早く、離して!!」 「どうしても離さないというのなら……」 「はぁぁぁぁぁぁッ!」 「げぇっ!? ドアが全部開いた!? こ、これも全部あの女の力だってのか!?」 「おいっ、別々の方向に逃げるぞ! お前は野郎をかついでいけ!!」 「バカ抜かすな!! こんなヤツかついでいたら、俺が狙われるだけだろうが!! あ、おいっ!!」 そう言っている間にも、運転していた男は開いたドアから逃げ出していく。 俺を抑えつけていた男も、それを見て這々の体で車から抜けだしていった。 そして、車体は上下に弾む。 どうやら、犯人たちが車から抜けだしたことで地上に下ろされたらしい。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「莉音!!」 後ろ手に縛られたまま俺も車から出て、地面にぺったりとへたりこんでいる莉音に駆けよった。 「佑斗さん、よかった……。わたし……わたし……」 「ありがとう、莉音。助かったよ」 「いえ、わたし夢中で……はぁぁ…………」 「あ、今ほどきますね」 「ありがとう」 莉音に両手を解放してもらいながら、先ほどの光景を思い起こす。 「それにしてもすごかったな、莉音の能力」 「……わたしの、能力」 「走行中の車を捕らえて持ちあげるなんて、すごい念動力だな。前に美羽が念動力で銃弾を止めていたが、あれに勝るとも劣らない能力だ」 「念動……力……?」 ぽかんとした顔で莉音は俺の顔を見た。 「もしかして違う能力だったのか? いやしかし、離れた場所から車体が持ちあげられていたから――」 「佑斗!!」 「六連君!!」 「美羽、布良さん、どうして」 「どうしてじゃないわ。大房さんから、佑斗が拉致されたって通報が入ったのよ」 「今、《チーフ》主任たちがこの地域を封鎖して犯人を追いつめてるから、すぐに捕まるんじゃないかな」 「そうか、大房さんが……。すまないな、2人とも」 「まったく……どうして拉致されるようなことになったのかしら?」 「ああ、いや、それは――」 「はい、矢来です。はい、はい……了解しました。はい」 「布良さん、犯人が発見されたそうよ。佑斗の無事が確認でき次第、私たちも現場にきてくれって」 「うん、了解」 「じゃあ俺も行くよ」 「佑斗は、稲叢さんと一緒に特区管理事務局に出頭するように。《チーフ》主任が詳しい話を聞きたいそうよ」 「じゃあ美羽ちゃん」 「ええ、行きましょう」 「お気をつけて」 走っていく2人の背中をしばらく見守ってから、一息つく。 「それじゃあ、俺たちも行くか。あ、大房さんはどうしてるだろう。莉音、連絡つくか?」 「あ、はい。少し待ってください」 莉音が大房さんと連絡を取るのをしばらく待つ。 その間にも風紀班の隊員がやってきて、拉致に使われた車を調べはじめた。 「佑斗さん、ひよ里先輩は風紀班の人に保護されて、今事務局に向かっているところだそうです」 「わたしが無許可で吸血してしまった件もあるので、その調書も作らないといけないみたいで……」 「すまない。全部俺のせいだな……」 とはいえ、今回の場合は緊急に吸血した正当性が認められるだろう。 「佑斗さん、あの……」 「ん?」 「……わたしが使った能力のこと……秘密にしてもらうわけにはいきませんか?」 「秘密に? 調書には書かないといけないだろうし、犯人が捕まれば、その時に証言されると思うぞ?」 「そう、ですよね……」 あれだけの能力を持っていると知られるのが嫌なのだろうか。 まぁ、それも無理はないか。 吸血鬼の拉致犯から「化け物」呼ばわりされるレベルの強力な力だ。 俺が複数の能力を所持しているのをひた隠しにしているのとなんの違いもないだろう。 「わかった。《チーフ》主任にも掛けあってみる」 「……はい! ありがとうございます」 「このバカ野郎!! 独断で動くなといつも言っているだろうが!!」 事務局に行くと、俺はこってりとお叱りを受けた。 俺自身の悩みにつけ込まれたとはいえ、やはり愚かな判断だったと自分でも思う。 俺を拉致しようとした犯人2人は、すぐに逮捕された。 どうやら『L』を報酬に雇われたただのゴロツキらしく、相手のことはよくわからないと言っているらしい。 だが、俺を拉致しようとした以上、引き渡しや連絡の方法があったはずで、その辺りについて厳しい取り調べがなされているようだ。 また俺が耳にした彼らの台詞から、過去にも人間を拉致した可能性があるので余罪も追及されるとのこと。 彼らが吸血状態にあったこともあり、しばらくは取調室から出してもらえることはないだろう。 「ふぁぁ……さすがにきついな……」 「セックスをしすぎると太陽が黄色く見えるって聞いたことがあるけれど、そんな感じね……」 「うう、つっこむ気力もない……」 「お疲れさまです」 「莉音の方が疲れてるだろ? 本当にありがとう、莉音」 「いえ、もうその話は……」 「そうか」 「はい……」 相当疲れているのか、もう正午近い陽射しが堪えるのか、莉音はまるで元気がないようだった。 「あれ? 寮がなんか騒がしいよ」 「……風紀班の子が出たり入ったりしているわね、どうしたのかしら」 『不法侵入!?』 「そうなんだよ。それで今、風紀班の人を呼んでいてね、キミたちもちょっと自分の部屋を確認してきてくれないかな」 「ワタシたちが帰ってきた時、誰かが土足で入った足跡があるのを見つけたの。あと、鍵が開いてた」 「空き巣が入ったってことか」 「あっ……わたし、鍵をかけないで出てきちゃったかも……」 「それも俺のせいだな。すまん」 「いえ、わたしがうかつでした。本当に申し訳ないです……」 「私の部屋にも侵入された形跡はあるわね。でも、お金になりそうなものも、下着も、特に盗まれてはいなかったわ」 「私の部屋もそんな感じ。お布団をめくられた跡はあったけど……」 「こっちもだ」 「はい、わたしのところも同じです」 「じゃあ結局なんにも盗られたりはしてないんだ?」 「だが、足跡は寮内をくまなく歩きまわっている。なにかを探していたと考えるのが妥当なところだろう」 「なにかを探す……か。この寮内にそんな大層なものがあるとも――」 「……佑斗さん?」 「あれ……そういえば、ここのテーブルに置いてあったプリントの束って、誰かどっかに片付けたか?」 「プリントの束?」 「いや、知らないな。ボクとエリナ君が帰ってきた時にはもうなかったんじゃないかな」 「侵入者はそのプリントの束を持っていったというの? それはなんのプリントだったのかしら?」 「……蓮沢庄三郎がまとめたと思われる研究資料だ」 「――!」 「六連君、それって捜査の資料なんじゃ……」 また《チーフ》主任に叱られるネタが増えてしまった。などと考えている場合じゃない。 「侵入者の目的がそのプリントだった……? いや、しかしそれはかなりおかしな話だぞ?」 「どうして?」 「プリントはこの部屋にあったんだ。侵入者の目的がそれなら、最初にここに入ってきた段階でその目的を達している」 「他にもないか確かめたんじゃないの?」 「机の中をひっくり返されたりしていた形跡はあったか? 俺のところはそこまでのことはなかったんだが」 「そう言えばないわね」 「ボクのところは棺桶が開けられていたけれどね」 「そういえば私のところもクローゼットが開かれていたわ。下着は盗られていなかったけれど」 「下着についてはさっきも聞いた」 「~~ッ」 なんで悔しそうな顔で俺を睨みつけるんだ。 「……かくれんぼ、か? どうも、誰かを捜していたんじゃないかという気がしてきた」 「言われてみれば確かに、人が隠れていそうなところにその痕跡があるね」 「お風呂場にも足跡がありました」 「でもそのプリントとはどういう関係があるの? それは重要なものだったのかしら?」 「いや、どちらかと言えば過去情報のまとめと言った体裁だったし、そもそもデータをプリントアウトしただけのものだ」 「そこに書いてあることを知りたがる人間というのは?」 「三大寺清実……だろうが、そもそも三大寺のアジトから発見されたデータだからな。三大寺自身もそのデータ自体は持っていると思う」 俺を誘い出したヤツとは別に、寮から直接俺を拉致しようとした奴がいると言うことだろうか。 三大寺が俺を誘い出したものだと思っていたんだが、そうなってくるとまた事情が変わるな。 「ふぅ、どういうこと……ふぁあああ……あ、ごめん……だろうねぇ」 「みんなそろそろ限界だな……」 「お疲れさまです。足跡などは記録しましたので、もうご自由になさって結構です」 「盗まれたと思われるものがありましたら、また届け出てください」 「お疲れさまです。《チーフ》主任に一眠りしたら、また叱られに行きますと伝えてください」 「……本当にお疲れさまです」 「それでは失礼いたします」 拉致に空き巣か……今日という日は散々だな、まったく……。 「それじゃあみんな、誰かが入った跡があってちょっと気持ち悪いけど、早く寝よう?」 「そうね、あと2時間くらいしか寝る時間がないわ」 「もう学院お休みしたい……」 「だーめ、できるだけがんばろう、おー!」 「梓君は眠すぎてテンションがあがって来ちゃってるね……」 「…………」 「大丈夫か、莉音」 「……はい、大丈夫です」 「布良さんの言うとおりとっとと寝てしまおう。みんな、おやすみ」 「おやすみなさい、佑斗さん」 「おやすみなさい」 「おやすみ」 「スパコイナイ・ノーチ」 「さらば友よ、我は汝より千倍も邪悪であった」 そんなわけで、みんなようやく短い睡眠につくことができた。 そして翌日―― 俺たちが事務局に赴くと、小夜様とアンナさんが神妙な表情で《チーフ》主任と話しあっていた。 「来たか小童」 「小夜様がどうしてここに?」 「昨日の拉致未遂の件で六連に話がある。すまんが矢来と布良は席を外してくれ」 『了解です』 美羽と布良さんが退室し、俺だけが取り残される。 小夜様とアンナさんまで出てきている以上、ここで話される内容には見当がついた。 「拉致未遂の件……つまり、なぜ俺が狙われたのかという話ですよね?」 「そうだ」 「ワシから話すより、小童の口から話した方がよかろうと思ってのぉ」 「わかりました。ご配慮感謝いたします」 俺は、小夜様のうなずきを確認してから、自分が複数の能力を使う件を《チーフ》主任に明かした。 その上で、どう言われて誘い出されたか、なぜ連絡できなかったのかも詳細に話していく。 「なるほどな、ここのところのお前の独断専行は、すべてライカンスロープ絡みのことだったわけか……」 「申し訳ありません」 「ふん、枡形に連絡できずとも、ワシにならできたじゃろうに」 「……そういえば、そうですね」 「小夜様のことは、まったく念頭になかったみたいですよ」 「まったく」 「……じゃが、小童になるべく秘すように言い含めたのもワシじゃ。それに関してはワシにも責任がある。すまぬ」 「いえ、小夜様は俺を心配してくれただけだと思います」 「それで六連に確認したいことがあるのだが」 「なんでしょうか」 「お前、過去にもこの島に訪れたことはないか?」 「ないと思います……はい、まず間違いなくないかと」 「ふむ、そうか」 「実はだな、これまでの捜査と荒神市長からの情報、そして淡路からの報告をあわせた結果――」 「ライカンスロープを作り出そうとする実験が極秘裏に行われていたことがほぼ確実となった」 「蓮沢らは『本物のライカンスロープ』を手に入れ、その因子を他の吸血鬼に投与するなどの実験を繰り返していたようだ」 「人間たちに我ら吸血鬼をモルモット扱いさせぬようこの島を作ったというのに、吸血鬼自らが吸血鬼をモルモットにしておったのじゃ……」 小夜様とアンナさんは淡々と話しているが、言葉の端々から、深い哀しみと憤りが溢れ見えていた。 「蓮沢がヴァンパイアウィルスの公的研究から外されたのも、実験体を用意しろなどという主張をしていたのがそもそもの原因だったらしい」 「その経緯がこちらにも伝わっていれば、野放しになどしなかったのだが……後の祭りだ」 「だが、その実験を行わせていた組織も、どうやら壊滅しているらしい」 「蓮沢が最後に目撃された付近での……」 「それもある。だが、その焼失事件以降、その組織の主だった人物がほとんど不慮の事故で死んでいるか、連絡がつかなくなっていることがわかった」 「この中には、この反体制組織に資金援助をしていた政治家も含まれる」 「この組織の壊滅にはワシらは関与しておらん。秘密裏に活動していた組織を秘密裏のまま壊滅させた者がおるようなのじゃ」 「その者が何者かはわからぬが、恐らくは組織の構成をよく知っている者……」 「ワシらは逆に、焼失事件以降に閉鎖した施設をすべてあたり、組織やそのパトロンとなっていた政治家との繋がりを調べた」 「これが、その組織に関連があったと思われる施設のリストだ。《アクア・エデン》海上都市のみならず、本土にある施設も含まれる」 「この中に六連君が知っているものはないか?」 「拝見します」 書き連ねられた名前は20には満たない。 どこにでもありそうなスーパーや病院、PCショップなどの名前が―― 「あり……ます」 「どれだ、六連」 自然と息があがり、喉がひりつくように渇いた。 鼓動が激しく打ち鳴らされているが、同時に血の気が引くような感覚にも襲われている。 「……この病院……俺が大きな手術を受けたところです」 「――ッ」 「やはり……人間にも実験の手を広げておったか」 「つまり、俺は本当にライカンスロープだって……そういうこと、ですか……」 「小童が複数の能力を使うその原因が、その実験にある可能性は否めぬ。それを『ライカンスロープ』と呼ぶかどうかは別の話じゃがな」 「…………」 のし掛かる重い事実。 俺は、結局のところライカンスロープだったのだ。 莉音になんて説明すればいいのか。 俺を信じてくれた美羽に、なんて申し開けばいいのか。 「下を向くな小童、よく考えてみよ」 「え」 「ライカンスロープが忌み嫌われるわけは、『吸血鬼喰い』の名が示すとおり、吸血鬼を喰らうからじゃ」 「それはそうですが……」 「まだわかっておらぬようじゃの」 「ライカンスロープは喰ろうた吸血鬼の能力を得るが故、複数の能力を操ることができる。して小童よ、お主は吸血鬼を喰ろうたことがあるのか?」 「そんなことしていませんよ! そのことは以前にも――」 ハッとして息を呑む。 俺は確かにライカンスロープ特有の複数の能力を使うかもしれない。 だがそれでも、俺は吸血鬼を喰らったことなどない。 「ふん、やっとわかったか?」 「たとえ小童が複数の能力を使えるとしても、それは小童自身が吸血鬼を喰ろうたからではない。実験の結果として付与されたものと考えるのが筋じゃろう」 「その気になれば、人間が人間を喰らうこともできる。逆にライカンスロープだからと言って、小童が吸血鬼を喰らう必要もない」 「確かにライカンスロープだと聞けば恐れ戦く者もあるじゃろう。じゃが小童が小童自身を忌み嫌う必要はどこにもないはずじゃ。違うか?」 「蓮沢が残した資料にも、ライカンスロープは吸血鬼を喰らってその能力を得ること以外は、吸血鬼と変わらないとあった」 「つまり、ライカンスロープが生きていく上で、吸血鬼を喰らうことは必ずしも必要ではないということだ。そうだろう、六連」 「むしろ誇るべきことかもしれない。君はライカンスロープの力を潔白のまま手にしているのだから」 「……誇ろうとまでは思えませんが、ありがとうございます。みなさんのおかげで、ずいぶんと気分が楽になりました」 「ふん、しかし本土に関しても捜査の手を伸ばさねばならんようじゃのぉ」 俺の深々としたお辞儀に、小夜様はひとつ鼻をならしてからそう言った。 「小夜様、照れを誤魔化すお歳でもないでしょうに」 「別に照れてなどおらぬし、誤魔化したつもりもない」 ツンデレというヤツなんだろうか。 「つんでれでもないぞ?」 「何も言ってませんよ!?」 「ふん」 「ところで、三大寺清実が俺のことを知ったのは、当時の実験データを入手していたからと言うことでいいんでしょうか?」 「なにか問題があるのか?」 「問題と言うほどではないんですが、ただ、『なぜ今』なのかと思いまして」 「ふむ」 「三大寺は、そのデータをいつ入手したんでしょうか。そのデータを元に『L』を作ったのなら、俺がこの島に来る前の可能性が高いんじゃないかと……」 「蓮沢の研究を引き継ぐつもりだったのなら、そのデータを手に入れた時点で、まずは俺を捜す気がするんです」 「しかし、君が能力を覚醒させたのはこの島に来てからだろう?」 「いや……それは能力が欲しい者の考え方だ。小童の言うとおり、研究者ならば、実験体が今どうなっているか気にならぬはずがない」 「それに関しては、蓮沢が生きているというセンもあるんじゃないかと見ている」 「蓮沢が情報を小出しにして、三大寺を裏から操っている、と」 「なるほどのぉ……確かに辻褄は合いそうじゃが……」 「今の材料だけではまだなんとも言えませんが、その可能性もあるとして捜査を進めるつもりです」 「うむ」 「もう一点いいですか? その実験の被験者となった『本物のライカンスロープ』のことです。どこから来て、そして、どうなったんでしょうか」 「どこから、という問いに関しては、組織の金の流れをさかのぼれば見えてくるかもしれない。どうなったのか、という問いに関してはなんとも言えんな」 「もし組織を壊滅に導いた者がライカンスロープ研究自体を危険なものと見なしていたのなら、身元不明の遺体の内のいずれかと言うこともあり得る」 「別の組織によって保護されている可能性もあるのでは?」 「ライカンスロープの存在はカリスマになり得ます。それに、反体制側の組織は一枚岩ではありませんし」 「実験を行っていた組織を壊滅させた者がいるのはほぼ確実……。となれば、別の組織の手によるものと考えるのは必然か」 「三大寺たちに関わっているというセンは?」 「その可能性は低いだろうな。そもそも三大寺はライカンスロープ因子を再現しようと試み、その副産物として『L』を作りだしたんだ」 「ライカンスロープが三大寺の元にいるなら、そもそも『L』は作り出されなかった、と」 「可能性の話だがな」 「『本物のライカンスロープ』については、まだ情報が少なすぎる。お前という存在がなければ、その存在が疑わしいくらいだ」 「今はまだ置いておくべきなのかもな」 「そうじゃな……。ともあれこれで、2つの事件の相関関係がつまびらかになったわけじゃ」 「こちらではこの反体制組織の件について追う。枡形、お主らはこれまで通り『L』の件を追え」 「了解しました」 「小童も、[おの]己がこととはいえ、あまり熱くなるなよ」 「はい、ありがとうございます」 《チーフ》主任たちとの話しあいの後、俺は美羽と一緒に昨日の現場検証に来ていた。 犯人はすでに捕まっているので、調書のための確認という意味あいが強い。 「稲叢さんが大房さんから吸血させてもらって追いかけたとは聞いたけれど、よく追いついたわね……」 「追いついた状況に関しては正直よくわからない。俺はその時、犯人の能力で視覚を奪われていた」 「なるほど……。まぁ、稲叢さんの能力ならあり得ないこともないか……。それで、彼女が車自体を持ちあげて、止めてしまったと……」 「美羽は莉音の能力のことを知っているんだな」 「ええ。稲叢さんがこの島に来た時に偶然私が審査官をやっていてね。その時に仲よくなって、一緒の寮で暮らすようになったの」 「あ、そうそう。稲叢さん、能力についてちょっとコンプレックスがあるみたいだから、あまりそのことについて言わない方がいいかもしれないわ」 「ああ、なるべく秘密にするようには言われてるよ」 「それなら結構。それに佑斗の様子を見て安心もできた。別に能力が『[・]怪[・]力』だからって佑斗は気にしないとは思っていたけれど、一応ね」 「……怪力?」 「? ええ、その力で車を持ちあげたのでしょう? 筋力増強系の能力のことだけど……」 その力で車を持ちあげた? 直接、車に触れて持ちあげたと言うことか? いや、まさか。 莉音と俺を乗せた車は10mは離れていたはずだ。 だったら、莉音のやったことはいったい―― 「……美羽、莉音のその能力はその目で確認したのか?」 「だから審査官だったのよ。吸血にも、能力測定にも立ち会っているわ」 「その時、確かに怪力の能力を使ったんだな?」 「え、ええ……。とは言え、そんな力は恥ずかしいって言うし、吸血も抵抗があるみたいだったから、それ以来能力は使っていないはずよ」 「でもあの子、どこか危なっかしくて不安じゃない」 「だから、なるべく吸血したくないなら、その代わりになる技術ということで合気道を勧めたの。力を抜くための鍛錬にもなるかと思って……」 「……佑斗? 顔色が悪いけれど――」 「すまん、ちょっと待ってくれ……」 「それにしてもすごかったな、莉音の能力」 「……わたしの、能力」 「走行中の車を捕らえて持ちあげるなんて、すごい念動力だな。前に美羽が念動力で銃弾を止めていたが、あれに勝るとも劣らない能力だ」 「念動……力……?」 あの時、莉音は呆然とはしていたが、[・]念[・]動[・]力であることは否定しなかった。 『こんなにすごいことが自分にできるなんて』という驚きだと俺は思っていた。 だが……だがもし、複数の能力を持つことに対する驚きだとしたら……。 「美羽……莉音は、ライカンスロープに関する知識はあるのか?」 「どういうことかしら……?」 「知っている限りでいい。答えてくれ」 「そうね……確かその審査の時にそんな話をしたかもしれないわ……」 「あるとすれば、それは……ライカンスロープと呼ばれる存在、かしら」 「らいかん……? それなら、能力が1つだけとは限らないんですか?」 「ライカンスロープね。確かに、それなら複数の能力を発現させることができるらしいけれど……それは忌むべきことだわ」 「ライカンスロープは別名『吸血鬼喰い』。その名の通り吸血鬼を喰らい、喰らった吸血鬼の能力を自分のものにするの」 「つまり、ライカンスロープが複数の能力を使うのは、すでに他の吸血鬼を喰らったというその証拠なのよ」 「喰らった……って……」 「あ、ごめんなさい。稲叢さんを怖がらせるつもりはなかったの」 「ライカンスロープなんていうのはおとぎ話みたいなものよ。『早く寝ないとライカンスロープがくるぞ』なんて言われる類の存在ね」 「ええ、確かに話したわ、複数の能力を持つ者がライカンスロープだと……」 「『吸血鬼喰い』のことについても話した記憶がある……」 「ごめんなさい! 確かに今考えれば、佑斗との仲をおかしくしかねない話ね。この件に関しては私がちゃんと――」 「いや、ありがとう。それは美羽が謝るべき問題じゃない。それに、問題があるのは俺の方では……」 莉音が沈んでいたのは疲れからじゃなく、自分がライカンスロープかもしれないという疑念に駆られたからか? だとすれば、俺はすぐにでも自分のことを明かして、莉音の支えになってやらなくちゃいけない。 むしろ、それは遅すぎたくらいなんだ。 そして、問題はそれだけじゃない。 俺は今脳裏を駆けめぐった嫌な予感に手を震わせつつも、携帯を取りだして莉音の短縮番号を押した。 「ちょっと、どういうことなの……? 佑斗の方じゃないって……それなら、稲叢さんになにかあったというの?」 携帯電話の近くにいないのか、着信音に気がついていないだけなのか、発信音は未だに鳴り続けている。 早く出てほしい。そう願いながらも、美羽の不安げな瞳に答えるべく、重い口を開いた。 「俺の考え過ぎならばいい。だが……昨日の不法侵入者の件……あれは」 「莉音の拉致を狙ったものかもしれない」 「なっ……どうしてそんなことに……?」 どこから説明すればいいだろう? そう思った矢先に、鳴り続けていた発信音がぷつりと途切れた。 「莉音か!? 今、どこにいる?」 『ユート? リオはねー、さっきまでいたと思ったんだけど、どっかでかけたみたい。買い物じゃないかな』 「エリナ? なんでおまえが」 『だって、リオの部屋でずっとじゃんじゃか鳴ってるんだもん』 『知らない人からなら放置しようかと思ったけど、『佑斗さん(はぁと)』って名前出てたから、じゃあとってやるかーって』 「莉音は、携帯を置いたままでかけたってことだな?」 『うん、たぶんね』 「わかった。莉音を見かけたらすぐに俺に連絡するように言ってくれ。それから、なるべく莉音と一緒にいてやってほしい。頼めるか?」 『もちろん全然構わないけど……』 「ありがとう、エリナ。よろしく頼む」 「稲叢さんには連絡がつかなかったのね?」 「ああ」 「説明はしてもらえるのかしら?」 「ああ……莉音には、なるべく秘密にしてくれと言われたことだが、美羽には話しておかないといけない」 真剣な瞳でうなずく美羽。 莉音、俺の独断ですまない。 「……俺が昨日目撃した莉音の能力は、『念動力』だ」 「念動力……って……私と、同じ……?」 「精度については美羽の方が上かもしれない。だが、莉音は走行中のバンを10mは離れた場所から浮かせた」 「な、なにかの見間違いじゃないの……?」 美羽もやはり衝撃を持って受けとめたのだろう。その声からは動揺を必死に抑えこんでいる様子がうかがえた。 「考えてもみてくれ。筋力を増強することで、車のスピードに追いつけるほどの脚力を得られたとしよう」 「だが、そのまま走行中の車を持ちあげることなんてできるか? 追いつき、取りつくことができても、走りながら持ちあげることなんて不可能だ」 「少なくとも、持ちあげるために踏ん張った、その足跡がつかないはずがない」 昨日、車が持ちあげられた地点の地面を指さす。 狭い道だとはいえ時速60キロ以上は出ていたはずだ。 それなのに、ブレーキ跡もなければ莉音の靴の跡もない。 「……じゃあ、私の言葉が、また」 「もう一度言うが美羽が悪いわけじゃない。こんなおとぎ話じみた存在が2人も目の前に現れる方がおかしい。それに、今はそれより緊急の事態だ」 「とりあえず、移動しながらだ。莉音を捜したい」 「わかったわ」 「……う~ん、ただ事じゃない感じ」 「みんな睡眠不足だから、それでかと思ってたけど、リオもずいぶん暗かったし……」 「うん、よし。とりあえず、駅前にくらいまでは捜しに行ってみよ~っと」 「俺を誘い出したヤツは、俺がライカンスロープだと確信している素振りだった」 「それでまんまとおびき出されてしまったわけだが……そいつがどうやって俺のことを知ったのか」 「そしてもし、俺のことを知っていると同時に、莉音のことも知っているとするなら、昨日の不法侵入が莉音の拉致を狙ったものにしか見えなくなってくる」 「言いたいことはわかるけれど……」 「俺と莉音の共通点は多い」 「孤児院育ちであること、過去に手術をした経験があること、そして」 「吸血鬼としての覚醒が、過去に例を見ない特異なものであること」 「そうね……確かに稲叢さんの診断書を見たことがあるわ。彼女は誰に吸血鬼にされたわけでもないのに、後天的に吸血鬼になったって……」 その診断書を作製した病院がわかれば、さらなる証拠が増えるかもしれないな……。 「それと、この考えに至った理由がもう一つある。不法侵入者が盗んでいったと思われる研究資料のプリントだ」 「あれはライカンスロープの研究をしていない限り、そう価値のあるものじゃない」 「そして、土足で踏みこむほど急いでいる時に、持っていこうと思えるような束じゃなかった」 「でも、三大寺も持っているはずのデータなんじゃなかったかしら」 「俺も最初はそう思った。だが、三大寺が蓮沢の[・]信[・]奉[・]者であることを思い出した」 「どういうこと?」 「『信奉する蓮沢教授の研究資料』をぞんざいな形で放置したまま、立ち去ることができなかった……とは考えられないか?」 「じゃあ、不法侵入者は三大寺清実本人と言うこと……?」 「なかなか尻尾を見せないやり口といい、犯人グループは小回りの利く少人数で動いているはず……。俺はあり得ると思うのだが」 「なるほど……」 「はい、矢来です」 『枡形だ。犯人グループの新たなアジトが発見された。矢来と六連も現場に急行してくれ。場所は――』 「はい、はい……はい、了解しました。ただちに急行します」 「なにかあったのか?」 「犯人グループの新たなアジトが発見されたそうよ。これから踏みこむみたい」 「だけど佑斗、あなたはこのまま稲叢さんを捜して頂戴」 「しかし」 「《チーフ》主任への説明は私からしておく」 「それにね、三大寺たちには何回も逃げられているでしょう? 私、今回もその可能性があると見ているの。アイツらの逃げ足の速さは一級品よ」 「だからもし、稲叢さんが狙われるのだとしたら、そちらにも手を伸ばしておくことがアイツらの逃げ道を封じることにも繋がる。そう思うの」 「美羽……」 「行って頂戴、佑斗。今度は、あなたが稲叢さんを助ける番よ」 「…………」 「すまない、ありがとう」 そうして俺たちはうなずきあい、お互いに背を向けて走り出した。 信頼のできる仲間。 美羽からの信頼に応えるためにも、俺は莉音を見つけ出さなくてはいけない。 「あのっ、今日はたまたま怪力だっただけってことは、あったりしないんですか?」 「今日はたまたまって……ヘンなことを言うのね、あなた」 「す、すみません……」 「いいわ。基本的に吸血鬼が発現させる能力は1つだけ」 「能力自体が強化されることはあっても、時と場合によって変化したり、ある日突然別の能力に目覚めることはないわ」 「そうですか……」 「あるとすれば、それは……ライカンスロープと呼ばれる存在、かしら」 「らいかん……? それなら、能力が1つだけとは限らないんですか?」 「ライカンスロープね。確かに、それなら複数の能力を発現させることができるらしいけれど……それは忌むべきことだわ」 「ライカンスロープは別名『吸血鬼喰い』。その名の通り吸血鬼を喰らい、喰らった吸血鬼の能力を自分のものにするの」 「つまり、ライカンスロープが複数の能力を使うのは、すでに他の吸血鬼を喰らったというその証拠なのよ」 「喰らった……って……」 「あ、ごめんなさい。稲叢さんを怖がらせるつもりはなかったの」 「ライカンスロープなんていうのはおとぎ話みたいなものよ。『早く寝ないとライカンスロープがくるぞ』なんて言われる類の存在ね」 「なまはげみたいなもの……でしょうか」 「フフ、そうね。そんな感じ」 着の身着のままのかっこうで寮を出て、特に目的もなく歩き続けていた。 頭の中を巡るのは、わたしの使った能力のことと、甘く熱い血の香りばかり。 わたしはやはり、矢来先輩の言っていたライカンスロープという存在なのだろうか。 物心ついた時にはすでに孤児院にいた。 親にも捨てられた迷惑な存在。 それでも孤児院の先生たちや、孤児院の仲間、周囲の人たちにとても親切にしてもらえた。 だから、わたしはその親切をお返ししたくて、将来は孤児院を手伝えるようになろうと考えていた。 だけど、それはできなかった。 わたしは、人間社会の中ではより迷惑な吸血鬼という存在になってしまったから。 院長先生は優しかったけれど、わたしという存在を持てあましているのがわかってしまった。 本当は孤児院を離れたくはなかったけれど、わたしは《アクア・エデン》海上都市への移住の勧めを受け入れることにした。 そして、この島で矢来先輩に会い、エリナちゃん、布良先輩、ニコラ先輩に会って、寮での生活がはじまった。 吸血鬼としての生活は戸惑うことばかりだったけれど、寮のみんながとても優しくしてくれたからすぐに馴染むことができた。 矢来先輩に紹介してもらってアレキサンドで働くことになり、萌香さんやひよ里先輩とも出会うことができた。 そして、佑斗さんと出会って、わたしは生まれてはじめて心の底から愛するということを知った。 わたしはこの島に来ることができて幸せだった。 だからわたしはこの島のすべての人たちに、なにかを返したかった。役に立ちたかった。 とりわけ佑斗さん、あなたに幸せになってもらいたかった。 「だけど……また、わたしは……みんなの迷惑になる、存在に……」 「どうして……こうなってしまうの……」 矢来先輩はライカンスロープの話をした時、恐れと嫌悪をにじませていた。 それでも矢来先輩ならば、それがわたしだと知れば、今まで通りにつきあってくれるかもしれない。 寮のみんなもきっとそう。 みんな優しいから、みんなきっとこれまで通りに接してくれる。 佑斗さんだって、今まで通りに愛してくれるに違いない。 だけど―― わたしはそれに対して何が返せるだろうか。 孤児院にいた頃の、学校での出来事がどうしても脳裏をよぎる。 わたしが孤児院育ちなのをバカにする人たちは、わたしと仲よくしてくれる人たちも同じように蔑んだ。 あれと同じことが……いや、それ以上の嫌なことがみんなに降りかかってしまう。 そんなのは嫌だ。 脚は自然と海岸の方へと向かっていた。 吸血鬼は海水が苦手……。 そういえば、ここにはじめて来た時も海を渡るのが妙に怖かったっけ。 小さい頃、孤児院のみんなと海で泳いだことだってあったのになぁ……。 吸血鬼は、海に入ると死んじゃうのかな。 人魚姫みたいに、泡になって死んじゃえるなら、それも一つの選択なのかもしれない。 「はぁっ、はぁっ……いないな……はぁ……」 「今夜はニコラがカジノにいるはずか……。念のため、行ってみるか」 「おや、佑斗君。どうしたんだい、血相を変えて」 「仕事中にすまない、ニコラ。どこかで莉音を見なかったか?」 「莉音君? いや、登校した時以来見ていないよ。莉音君は、あまりカジノで遊ぶタイプでもないし……」 「そうか……。すまん、騒がせた」 「あ、もし莉音を見かけたら俺に連絡してくれ。頼む」 「ああ、おやすいご用さ」 「ありがとう」 「…………ふぅむ、少し心配だな。よし、ボクも」 「ニコラ君、どこに行こうというのかね」 「ギクッ!? い、いえ、マネージャー、そろそろ灰皿を取り替えに回ろうかな、みたいな風に思っていまして、はい」 「結構。それはそうと少し君に頼みがあってね」 「た、頼みですか……でも、今は、ちょっと忙しい気も……」 「灰皿交換など他の誰にでもできるだろう?」 「は、はい、そうですね……。それで、頼みというのは」 「ふむ、まだなにかのトラブルを起こしたというわけではないのだけどね、今スロットのコーナーにいる少し品のない3人組のことだ」 「はぁ……」 「このまま楽しんで帰ってもらえるならいいんだが、なにかあっては他のお客様のご迷惑になる。なるべく目を見張らせておいてほしいんだ」 「これは私の勘なのだが、彼らはイケナイ遊びに手を出しているクチだ」 「イケナイ遊び、ですか?」 「――クスリだよ」 「!?」 「もちろんなにかの証拠があるわけじゃないから、通報するわけにもいかないし、出ていってもらうわけにもいかない」 「だが彼らがなにかしでかした時に、即座に対処できるようにはしておきたい。わかるね?」 「お任せください、マネージャー。このニコラ、人を見張ることにかけては百眼の巨人アルゴスも顔色を失うほどの魔眼を持ちあわせております」 「ふむ、では頼んだよ、ニコラ君」 「かしこまりました」 「……ふぅ、莉音君を捜しに行くわけにはいかなくなってしまった。でも、これも佑斗君たちが今追いかけている件と関わりがあるのかもしれないな」 「えぇとスロットの3人組……。あれ? どこだ?」 「すみません」 「へい、らっしゃい! 今日はね、アジがいいところ入ってるよ!」 「いえ、申し訳ないが、人を捜しているんです。よくここにも買い物に来る、髪の長い女の子なんですが……」 「そうだ、俺と一緒にきたこともあります。ああ、でも、その時は結局ここでは買わなくて……」 「あー、もしかして、莉音ちゃんのことか?」 「そうです、莉音です!」 「今日は来てねぇなぁ」 「莉音ちゃんが来てうちの魚買っていってくれるとな、他の客もつられるように買っていってくれるから、あの子が来たかどうかはよく覚えてるんだよ」 「あの子はほら、最近じゃ滅多にお目にかかれないくらい素直な子だろ?」 「俺がいつもの調子で売り文句ならべてるとな、それに素直に感心して『本当に美味しそうですね!』とか言ってくれるんだよ」 「それがまたかわいいんだ。あのでかい胸がゆっさりと弾んだりして……ああいやいや、俺じゃなくて、それにつられて集まってくる客がって話でな」 莉音の買い物にそんな効果があったとは……。 「兄ちゃんも果報者だよなぁ、あんな子が彼女だなんて……」 「あ、でもな、うちの嫁だって若い頃はそりゃあかわいかったんだ。今でもかわいいとこがあるっちゃあるんだが――」 「す、すみません! 俺、ちょっと急いでますんで! その話は今度また!」 「おう、今度は魚も買っていってくれよな!」 危うくおやじさんののろけ話につきあわされるところだった。 だが、この様子だと、莉音はこのスーパーには来ていないのだろうか。 たとえ魚売り場で足を止めなくても、莉音がこの前を通っただけで確認されそうなものだ。 「ユート!」 「エリナ!? 寮にいたんじゃなかったのか?」 「ユートがすっごい心配そうだったから、リオのこと捜しにきたんだけど、今のところ見つかってない」 「じゃあ、寮には誰もいないのか? 入れ違いで莉音が帰ってる可能性もあるのか」 「それは大丈夫だと思うよ? ダイニングのテーブルにワタシかユートに電話してって書き置きしてきたから」 「そうか……悪いな、気を遣わせて」 「なに言ってんの? リオのことでしょ? ユートだってそんなに心配してるってことは、結構マジな話なんでしょ?」 「ユートがリオの心配をしているなら、ワタシだってリオのことが心配になる。だってワタシたちは親友で、家族じゃない。当たり前のことだよ」 家族―― 俺にとって、それは特別な言葉だった。おそらくは同じ境遇の莉音にも。 その特別な言葉を、なんの飾り気もなく言い放ってくれるエリナに、俺は胸が熱くなった。 「今の台詞、莉音の前で言ってやってくれ」 「改めてそういうこと言うのは恥ずかしいよ……」 「ま、機会があったらね」 「よし、エリナ。おまえは学院の方を捜してくれ。俺はアレキサンドの方に行ってみる」 「《りょーかい》パニャートナ」 「いらっしゃいませー。あ、六連君」 「こんばんは、大房さん。実は莉音を捜しているんだが、大房さんは莉音の居場所に心当たりはないか?」 「莉音ちゃんですか? いえ、今日はあの子、オフですし……」 「あの、莉音ちゃんを捜しているってどういうことですか? もしかして、昨日の件にもなにか――」 「ああ、いや。なにかあったというわけじゃない」 「だがちょっと気になることがあって、莉音の居場所を確認したいんだ。それなのにあいつ、携帯を寮に置いたまま出かけちゃったらしくて……」 「それって今、莉音ちゃんと連絡がつけられていないということですよね? 大変じゃないですか」 「あ、そういえば莉音ちゃんは、六連君の匂いをかぎ分けて追っていたみたいですよ?」 「匂い、か……。確かに、そんなに間がないのなら、どっちに行ったのかくらいは判別がつきそうだが……」 「今いる場所がわかるわけではないんですね……」 「ほら、髪を洗ったばかりの人が目の前を通ると、シャンプーの匂いがしばらくしたりするじゃないか。あれを強くした程度のものだよ」 「吸血したとしても?」 「そうだな、基本は変わらないと思う」 基本は、そうだ。だが……もしかしたら、[ライ]俺[カン]の[ロー]使[プ]え[の]る能力の中には、そういったものもあるかもしれない。 それを試すためだけに吸血することはできないが、あまりにも莉音が見つからないなどという場合のために頭の片隅に置いておくべきか。 「六連君、いらっしゃい。ひよ里ちゃんは2番テーブルさんをお願い」 「あ、はい、ただいま」 大房さんはまだ後ろ髪を引かれているようだったが、淡路さんが視線を外さなかったので諦めたように2番テーブルへと向かっていった。 淡路さんの方でもなにかあったのだろうか。いつもの様な余裕が感じられない。 だが、それをまず指摘されたのは俺の方だった。 「なにかよくない事態が起きているのね? 顔が怖いわ」 「今、莉音の行方を捜していているんです。もしかしたら、今度は莉音が狙われるかもしれなくて」 「それ、正解よ」 「え」 「正確には、今度は莉音ちゃん[・]もね。六連君と莉音ちゃん、あなたたち2人がターゲットになっているわ」 「昨日、六連君を襲った2人組のようなゴロツキ吸血鬼に、あなたたちを連れてこいっていう情報が出回っているみたいなの」 「成功報酬はヴァンパイアドラッグ『L』」 「……!」 「本気で『L』が欲しい者、金になると踏んだ者、面白い遊びだと思った者、それぞれがもう動きだしている」 「枡形さんの方にもそのことは伝えてある。あなたが独断で莉音ちゃんを捜していることも聞いているわ」 「あたしの方でも使えるルートをすべて使って、莉音ちゃんの目撃情報を集めているところなの」 「他になにかできることがあるのなら言って。枡形さんから六連君に全面協力してほしいと言われているし、なによりあたしも莉音ちゃんを助けたい」 「私も莉音ちゃんを助けたいです」 「大房さん……」 「ひよ里ちゃん……」 「あなたはほら、今度は4番テーブルさんが呼んでるから」 「え、あの、でもっ……私だって、血をあげることくらいはできますしっ」 「あなた、昨日莉音ちゃんに吸われたばかりじゃない。血が足りなくなっちゃうわよ?」 「ほら、いいから行って。4番テーブルさん、手を挙げたままになっちゃってるわ」 「ふぃ~ん」 「まったく、莉音ちゃんのこととなるとなんでも首を突っ込みたがるんだから……」 「ああいう風に思ってくれる人がいるっていうのは、幸せなことだと思います」 「ま、そうでしょうけどね」 「きっと、淡路さんが同じ様な目にあっても、大房さんはああやって心配すると思いますよ。もちろん、俺や莉音も」 「あら、そんなに情熱的に口説かれちゃったら、お姉さん、もう我慢できなくなっちゃうわ。さ、奥に行きましょう」 「えっ、いや、口説いているわけでは」 「冗談よ、早く来なさい。お客様の前で吸血されるのなんてごめんよ」 「えっ」 「やっぱり若い子の方がよかったかしら?」 「と、とんでもないです」 俺は淡路さんに吸血させてもらってから、すぐにホールに戻ってきた。 カウンターにいた客が妙にジロジロと俺を見る。 淡路さんはさっきの台詞を冗談だといったが、冗談だと思っていない人もいるんじゃないだろうか。 「大房さん、淡路さんはもう少ししたら戻ってくると思う」 「わかりました。あの、それで――」 「莉音のことは任せてくれ。俺が、必ず見つける」 「……莉音ちゃんのこと、頼みます」 「ああ。それじゃ」 「お気をつけて」 「(おおっと、いたいた。あれがマネージャーの言っていた3人組だね。では、監視していると悟られないように自然なポジショニングで……)」 「おい、『L』がまとまった量、手に入るってマジか?」 「おまえ使いすぎなんだよ。そんなんじゃすぐにイカレちまうぞ?」 「うるせぇ、俺に説教するんじゃねぇ。マジかどうかを聞いてんだよ」 「さてな、売人がそう言ってんだからマジなんじゃねーの? この2人を捕まえればいいんだとよ」 「なんだガキじゃねぇか。んん? ちょっとその女の方、画像でかくしろよ」 「お、もしかして知ってんのか?」 「いや、知らねーけどよ。ふぇへへ、デカパイでいいじゃねぇか。ち●こ勃ってきたぜ……。犯しちまってもかまわないよな……」 「きたねぇモン見せつけんなよ……ホントにおまえ『L』キメすぎだぞ」 「ああ? ヤりてぇもんはしょーがねーだろ。それに、キメすぎって言ってもこいつほどじゃねーよ」 「……お、おとこの方……ヤ、ヤりたい……ふーっ……ふーっ……か、かわいい……ふひっ……」 「お、おお……そうか……俺たちのことは襲うなよ?」 「ふひっ」 「(うわぁ……あからさまに物騒な話してるなぁ……。マネージャーに相談して、もう通報してもらった方がいいかも)」 「こいつも我慢できなくなったらやべぇな。もう、そいつら捜しに行こうぜ。なんつったっけか、ああ、リオちゃんとユウトくんな」 「(――ッ!?)」 「さすがに学院には戻ってきてないか……」 「未だに連絡もないし……もぉ、リオ、どこほっつき歩いてるのーっ」 「あれ、アヴェーンさん? こんな時間にどうしたの?」 「およ、そっちこそ。あ、ダメ元で聞くんだけど、リオ見なかった?」 「リオって、稲叢さん? それらしき人影なら、さっき見かけたけど」 「ホントに!? どこで見かけたのか教えて!!」 「え、えと、海岸線の方だったと、思うけど」 「海岸線!?」 「本当に本人だったかはわからないわよ?」 「暗がりだったし、ちょっと遠間だったし、それに……なにかうつむき加減で歩いていて、話しかけにくい雰囲気だったのよ。だから……」 「ありがとう!! このお礼はリオの彼氏が必ずするから、期待してて!!」 「リオの彼氏って……ええっ!? 稲叢さんって彼氏いるの!? って、アヴェーンさん!!」 「ごめーん、急いでるからー!」 「[も]ア[し]リ[も]ョ[し]ー、ユート! うちのクラスの女子が、リオを海岸線の方で見かけたって!」 「うん……あたしも今、向かってるところ! うん」 「《りょうかい》パニャートナ! ユートも急いでね!」 「ええっ!? 当たったはずなのに!!」 「布良、あれはおそらく幻影だ! 気をつけろ、本体は必ず近くにいるはずだ!!」 「倉庫の出入り口はすべて固めたな!? アリ一匹逃がすんじゃないぞ!」 《チーフ》主任の言うとおり、幻影を使う吸血鬼がいることはまず間違いない。 だけど、これまで取り逃がしてきたことを踏まえれば、おそらくそれだけじゃない。 幻影の他にも私たちを欺くためのなにかが必ずあるはず。 昨日逮捕された2人組は、周囲の音を消し去る能力を使って車で近づき、もう1人の視覚を奪う能力で対象を混乱させ無音の車内に引きずりこんでいた。 そういった組みあわせのトリックが必ずあるはずだ。 「……風?」 「どうした矢来」 「まさか……」 私は近くに落ちていたスパナを念動力で拾いあげると、そのままコンクリートの壁へと叩きつけた。 だが―― 「す、スパナが壁の中に消えちゃった?」 「その壁自体が幻影よ!! 壁に穴が開けられている!!」 「なに!?」 私は幻影の壁に向かって咄嗟に駆けだす。 そこから流れてきている風が、急速にその幅を狭めているのが感じられた。 「くっ!」 「幻影じゃ、なかったの?」 「一定時間壁に穴を開ける能力……それに幻影を重ねている。これまで取り逃がしてきたのも、ほとんどが屋内……」 「《チーフ》主任! まだ倉庫周辺にいるはずです!!」 「総員、倉庫周辺の警戒を強めろ! 犯人グループは壁を抜けて逃走した可能性がある!」 「また、幻影の能力者がいることがわかっている。眼だけで確認するな。吸血鬼メンバーは吸血を許可する。五感をフルに使って犯人を追え!」 「海岸線自体治安が悪い、エリナも充分に気をつけてくれ。常に携帯に手をかけて、なにかあったらすぐに通報できるように!」 『《りょうかい》パニャートナ! ユートも急いでね!』 「わかってる、ありがとうエリナ!」 エリナからの電話を受けつつ、俺は《ひとけ》人気の少ない方へと走って移動する。 吸血により鋭敏になった俺の感覚は、即座に誰もいないところを見つけ出した。 この辺りは道が狭く、建物が密集しすぎている。いくら速く走っても限度がある。 だが、俺にはライカンスロープの能力があった。[・]そ[・]い[・]つが俺に告げる。 俺は[・]な[・]ん[・]で[・]も[・]で[・]き[・]るのだと。 ならば。 ――空を飛ぶ能力を、俺に! 「うぉっ!? これは……」 次の瞬間、期待したとおりに俺の身体は宙に浮かんでいた。 そして、期待以上の速度が出せることを実感する。 そのスピードで人目につかない高度まで上昇し、街を見下ろした。 こんな時、ニコラの黒いマントがあれば目立ちにくかったかもしれない。 だが、宵闇に紛れることができるのもあとわずか。 向かうべき海岸線のさらにその向こうには、水平線がほの明るく浮かびあがっていた。 俺は、ごった返している繁華街を尻目に、海岸線へと向かっていった。 「ごふっ!! う、あ……な、なに、が……」 「同じ闇の住人でも、より深い闇に身を浸した者にしか、ボクの力は理解できないだろう」 「ましてや、まやかしの闇に悦楽を見出しているキミたちのような者にはね」 「うっ、うぅ……」 「さて、キミの携帯をちょっとばかり拝借するよ」 「なに、心配することはない。こんな馬鹿げた指示を出したヤツらにも、それなりの報復をしてやらないといけないというだけさ」 「闇の住人にも、闇の住人のルールがある。そのことを理解してもらわないと」 「……ここじゃない」 鼻をひくつかせて、莉音の気配を探る。だが、ここではないようだ。 海岸線と一口に言っても相当広い。俺はそんな海岸線を、100メートルほど飛んでは莉音の気配を探ることを繰り返していた。 こうしている間にも日が昇ってしまう。そうなれば吸血鬼の力は衰える。飛行中に能力がなくなれば、落下してしまう可能性もあった。 だが、莉音を捜すために、そんな危険など顧みてはいられない。 「っ!?」 その時ふと莉音の匂いを感じた。 潮風に流されていく微かな匂い。だけど、確かに俺の愛する人の匂いだ。 俺は再び上昇し、匂いが流れてきた方角を見据えた。 1キロほど先に人影が見える。あれが莉音だろうか? だが、その人影は1つではない。 1人が3人に囲まれている……? 「やはり、莉音だ!」 「な、なんだ!? 今、こいつどこから……」 「え……ゆ、佑斗さん!?」 「莉音、よかった。ようやく会えた……。さぁ、帰ろう」 「勝手なことを抜かすな。こいつは俺らの獲物なんだよ」 「おい、こいつ、男の方だ」 「ハハハ、ちょうどいいじゃないか! 2人セットならボーナスつくんだろ?」 「おまえたち……報酬の『L』につられたクチか?」 「だったらなんだって言うんだ? おまえも大人しく俺たちに捕まって――」 「んなっ!?」 「ちょ、ちょっと待て! なんだその炎は!」 俺の手のひらの上に炎の塊が浮かびあがっていた。 この島に来た時、はじめて見たのが炎の幻惑を見せる能力だったが、今俺が使っているのは正真正銘の『発火能力』だった。 「なんで俺たちが狙われているのか、お前たちは知らないようだな」 「なん……だと……?」 「わからないか? 俺はさっき、空を飛んできたんだぞ? 『飛行能力』ってヤツだ」 「だったら、なんでおまえ今――」 「これは『発火能力』……それから」 俺は炎の塊を握りつぶすようにして消滅させ、その手をもう一度開いて、莉音の一番近くにいた男にかざした。 「これが『念動力』!」 「うっ、うわわっ、か、身体が!?」 「お前も吸血鬼なんだろう? このまま海に落としてやろうか?」 「や、やめろ!! やめてくれ!! 頼む!!」 「ま、まさか……まさか……」 「ライカン……スロープ……」 「それとも、お前たちを喰らって、その《ちから》能力もいただくか……」 「ぐぁっ! はぁっ、はぁっ、い、いやだっ! お、おおお、俺は、喰われたくなんかない!!」 念動力で浮かせていた男を解放すると、そいつは足腰に力が入らなくなったのか、へろへろとした足取りで逃げ出しはじめた。 「じょ、冗談じゃない!! 吸血鬼喰いなんかに関わっていられるか!!」 「待ってくれ! 俺も逃げる! 置いていかないでくれ!!」 「もう二度と、俺の女に手を出すな!! 手を出したヤツはひとり残らず喰ってやる!! いいかっ!!」 「は、はひぃぃぃっ!!」 「はぁっ……はぁっ……はぁっ…………はぁぁ…………」 「危ない……やっぱり能力が切れるギリギリだったか……。よかった…………はぁ…………」 「ゆ、佑斗さん…………」 「……すまない、遅くなった」 莉音は首を横に振る。 「俺が怖いか?」 莉音はこの問いにも首を横に振った。 「莉音……俺がもっと早く、このことを伝えていれば、おまえを悩ませずに済んだのかもしれない……」 そして、またその首は横に振られる。 「莉音、まだいろいろ言わなくちゃいけないことがあるんだが、まずは」 「おまえを抱きしめたい」 「――はいっ」 はっきりとした返事とともに、莉音が俺に飛びつき、その両腕を俺の首に絡めた。 俺の両腕も莉音の背中を抱きしめ、俺たちの身体を隙間なく引きよせる。 捜し続けた莉音の匂いが鼻腔に流れこみ、安堵と共に俺の全身に充溢していった。 「よかった……」 「ごめんなさい……ごめんなさい、わたし……」 「いいんだ、莉音……いいんだ。莉音はなにも悪くない」 「悪くないはずないです……佑斗さんをこんなに心配させてしまったのに……」 「莉音だっていつも俺のことを心配してくれてるじゃないか。俺にも心配くらいさせてくれ」 「いや、俺だけじゃない。寮のみんなも、街のみんなも、莉音のことが大好きなんだ。大好きだから、心配する」 「でも、わたし……いつもいつも、周りの人に迷惑ばかりかけて……」 「莉音は、俺の心配をする時に迷惑だと感じているのか?」 「それは、そんなことはないですけど……でも、それとは別で」 「別の話なんかじゃない。大好きな人が幸せになるためにする苦労を、誰も迷惑だなんて思いやしない」 「もっとも、俺もこの島に来るまではそんな風に考えていたんだけどな」 「佑斗さん……」 「実際、俺たちみたいな存在は迷惑がられることが多いだろう。昔は孤児として、今はライカンスロープ[・]も[・]ど[・]きとして」 「もどき……?」 「すまない。さっきの連中を脅すためとはいえ、驚いたよな」 「複数の能力を扱えるのは本当だが、吸血鬼を喰ったことなんて一度もない。莉音はどうだ?」 「わたしもありません!」 「だよな。血を吸うのも苦手なのに」 「う……」 「これも謝っておかないといけないな。莉音が吸血に嫌悪感があること、最初に見せた能力が『怪力』だったこと……その辺りは美羽に聞いたよ」 「うう……やっぱり、それもわたしが悪いじゃないですか……。能力のことを隠していなければ、すぐに佑斗さんと同じなんだってわかったのに……」 「いや、それは俺も言ってないからお互いさまだ。それに、実のところ、俺と莉音の正体はよくわかっていない」 「そうなんですか……?」 「ライカンスロープに対する実験の産物である可能性が高い、が、そこまでだな」 「そもそも、俺たちは複数の能力を操るが、その正体がわからない以上、俺と莉音が同じかどうかもわからない」 「同じですよ、きっと……ううん、同じがいいです」 「同じがいいって……要は俺たち、ライカンスロープの人体実験に使われていたって話だぞ?」 「そうですけど、それでも佑斗さんと同じなら、わたしは構いません……」 「確かに俺と莉音は、これまで全然違う暮らしをしてきたはずなのに、共通点ばかりだけどな」 「隠しごとをしてお互いに心配させてしまうこととかも」 「そ、その辺は、もうお互いに隠しごとはしないということで……同じに、していけたら……」 「……ああ、そうだな」 そんな莉音の言葉に思わず笑みが浮かんでしまう。 「まぁ、それはそれとして、そんなライカンスロープの実験体に興味を持った輩がいるらしくてな。俺たちはそいつらに狙われている」 「それじゃあさっきの人たちが……」 「そいつらが報酬つきで、俺たちを拉致するように呼びかけたらしい。さっきのはその報酬につられたヤツらだろうな」 「わたし、そんな時にひとりで出歩いてしまっていたんですね……ごめんなさい」 「だから、謝罪はもういいって。ともかく莉音が無事でよかったよ」 「それにその報酬でつっている連中も、すぐに捕まるはずだ」 「今までは上手く逃げていたが、今回のことで自分たちの首を絞めている。おそらく追いつめられて焦りが出ているのだろう」 「はい……それじゃあ、なるべく佑斗さんと一緒にいることにします。それなら安心ですよね」 「そうだな、そうしてくれるとありがたい」 「はい」 「それにしても実験の産物……ですか。もしかして、わたしが通院していたのは……」 「市長がその辺の調査も進めてくれる手筈にはなってる。だが、俺たちが何者であっても、俺は俺で、莉音は莉音だ。あまり気にしなくていい」 「それにどうやら、ヘンに能力を使うような事態にでもならない限り、今まで通りの生活ができるらしいぞ?」 「そうなんですか!? それ、すごく安心しました……」 「人間から吸血鬼になったときに昼夜の生活が逆転したり、合成血液が必要になったりしたから、またなにか変わっちゃうのかなって……」 「ハハ、確かに」 「笑い事じゃないですよ。さっきまで佑斗さんも同じだなんて思っていなかったから、同じ生活ができなくなっちゃったらどうしようって思ってて……」 「そんなことを考えていたのか」 「はじめはすごくライカンスロープということで悩んでいたんです。吸血鬼すべてに忌避される存在だって聞いていましたから」 「だけど、佑斗さんや寮のみんなは、きっと受け入れてくれるんじゃないか、なんて思ったんです」 「そうしたら今度は、ライカンスロープというのを、寮のみんな以外には隠して生活することになるじゃないですか」 「でも今まで通りの生活自体ができなくなっちゃったら、隠すのも難しいし、寮のみんなにもすごく迷惑をかけることになるんじゃないかって……」 「……そんなことまで」 「あとは、打ち明けるタイミングとか……。佑斗さんには帰ったらすぐに相談しようと思っていたんですけど、それ以外はなかなか難しそうかなって……」 「最終的には絶対に受け入れてくれるとは思うんですけど……矢来先輩なんかは、ライカンスロープに対してなにか思うところがあるみたいなので……」 「すまない、莉音」 「だから、謝らなくちゃいけないのはわたしの――」 「本当にすまない。正直に言って、莉音がそこまで考えているとは思っていなかった。いや、俺なんかより、莉音の方が全然ちゃんと考えてる……」 「それから、美羽に関してはもうクリアしている。確かにいろいろ大変だったけどな」 「やっぱり大変なことがあったんですか……」 「前に莉音に言われただろ? 『矢来先輩と仲直りしてください』って」 「あれ、俺が複数の能力を使うことを知って、しばらく動揺していたらしい」 「それでも動揺までだな。それ以降はそれまで通り……むしろ、それまで以上に親身になってもらってるかな」 「さすが矢来先輩は優しい方ですね……。佑斗さん、なんで矢来先輩とおつきあいされなかったんですか?」 「なんでって言われても、莉音のことが好きだったからだろ? 莉音に告白された時、莉音とつきあう以外の選択肢は思いつかなかったよ」 「……………………」 自分でそんなことを聞いておいて、即答が返ってくるとは思っていなかったらしい。 眼を丸くして息を呑み、下から上へと見る見るうちに真っ赤に染まっていく。 「わ……わたしも……好きです」 「お、おう……」 「好きです……」 「俺も好きだ」 「大好き……」 「莉音……」 「佑斗さん……」 莉音の瞼がゆっくりと閉じた。 薄いピンクの唇が、なにかを期待して小刻みに震えている。 ――だが、俺はその期待に応えてやることができなかった。 「莉音……みんな見てる」 「え!?」 「おーっ!? なんでそこでやめるの!? いこうよ、そこは! いっとこうよ!」 「佑斗は女心がわかっていないようね。衆人環視の中だからこそ、そこに優越感というものが――」 「矢来さん、そういうアドバイスは目を逸らさずに言ってあげた方がいいと思います」 「だだだダメだよ、みんなが見てる前で、ききキスとかっ、そういうのはっ」 「キスとか、キス以上のこととかね」 「昼と夜が反転したボクたち闇の住人と言えど、朝日の中での行為というのは……いやはや」 「ほ、ホントに、みんな、なんで……?」 「なんでって、リオのこと捜してたからに決まってるじゃん」 「私と布良さんもそうよ。三大寺清実とその部下を逮捕してから駆けつけたの」 「すぐそばだったんだよね」 「逮捕したのか! おお、やったな、美羽!」 「ふふん、当然――と言いたいところだけど、お手柄はニコラと淡路さんかしら」 「いやいや、ボクはそれらしい情報を出して、おびき出しただけだよ。実働は風紀班にお任せさ」 「あたしはいつもと同じように、嘘だらけの情報の中から、本当の情報をとりだしていただけよ」 「おかげでおびき出されてきたのが、本物の犯人グループだっていうのがすぐに特定できたの」 「あと、美羽ちゃんもお手柄だったんだよ? 美羽ちゃんが、犯人グループの逃げる手口を見破っていなかったら、また逃げられちゃってたかも」 「うう、私はお役に立てていませんね……」 「ひよ里先輩には昨日、血を分けていただいたじゃないですか。あれがなければ、佑斗さんを助けられていなかったかもしれません」 「そうなっていたら、俺が莉音を助けることもできなかったわけだ」 「ワタシは、ワタシはー?」 「エリナは莉音を見つけるのに大活躍だっただろう。本当にありがとう、エリナ」 「本当にありがとう、エリナちゃん。いつもいつもわたしのことを大切にしてくれて、心の底から感謝してる。大好き」 「え、ちょ、ま……」 「やれやれ、自分から感謝を要求しておいて固まるとは……」 「意外と純情なところもあるのよね」 「それは美羽ちゃん、人のこと言えないと思う」 「う、うう、うるさいなっ! リオは真面目にこういうこと言うから、ワタシだって照れるんだって!」 「フフフフフ♪」 「ちょ、ちょっとリオ!? もしかしてわざとやった!?」 「そんなことないよー♪ 大好きだよ、エリナちゃん」 「リオーっ!!」 「きゃ~♪」 「フフフ、元気ねぇ」 「そうですね。でも、本当に良かった」 「連日これだと身体がもたないわね……あふ……」 「でも今日はぐっすり眠れそう。なんて言っても『L事件』がようやく解決したんだもんね」 「まったくね。ああ……もう限界みたい。このまま寝てしまうことにするわ。おやすみなさい」 「うん、私も……おやすみなさぁい」 「ふぁああああ……んじゃ、スパコイナイ・ノーチ」 「ボクもすぐにヒュプノスの調べにいざなわれることにするよ……ふぁぁ……おやすみ」 「おやすみなさい、みなさん」 「おやすみー」 さすがに昨日も睡眠不足とあって、みんな瞼を重そうにしながらそれぞれの部屋へと向かっていった。 「俺たちも寝るか」 「はい」 「んっ……と」 「佑斗さんはみなさんに比べてあまり眠そうじゃないですね」 「疲れてはいるんだけどな。なんでだろう……能力をフルに使ったから身体が覚醒しているとかだろうか」 「……って莉音。寝ないのか?」 「? なるべく佑斗さんと一緒にいるんですよね? 佑斗さんのお部屋で寝させてもらえればと思ったんですけど……」 確かに主犯の三大寺清実が逮捕されたところで、どこぞのゴロツキが未だに狙っていないとも限らないが……。 「……一緒のベッドで?」 「あ、パジャマに着替えてくるのを忘れていました。少し待っていて――ぁ」 俺は、部屋に戻ろうとした莉音の手首を思わずつかんでいた。 そして、引きよせ、抱きしめる。 「ゆ、佑斗さん……」 「いいよ、このままで」 「でも……」 「俺のベッドで寝るんだろ……? だったらこのままでいい……」 「どうせ、脱がしてしまうんだから」 「は、はい……」 「もしかして、はじめからそのつもりだった?」 「はい……」 素直だ。 「恋人同士が一緒に寝るんですから、それが当たり前だと思いますし……」 「わ、わたしも……佑斗さんと裸でぎゅってしたいですし……」 「それに、その……」 「さっき……キスしてもらえなかったので……」 「あ……んちゅっ、んっ、んっ……」 そんなしおらしい莉音に我慢できなくなって、その唇を半ば強引に奪った。 どうやら莉音は恋人同士のキスは常にディープキスだと思っているらしく、すぐに口を開いて俺の舌に吸いついてきた。 「はちゅぷっ、んちゅっ、んちゅっ、んちゅるっ、ちゅじゅるちゅ、んちゅっ」 「ちゅは……はぁっ……佑斗さん……んっ、んちゅぅ……んっ……れちゅるちゅ、ちゅじゅるちゅ、んちゅ……」 「莉音……」 唾液にまみれたキスを交わしながら、莉音の身体をベッドの方へと押したおす。 これから莉音と交わる期待に、身体中が歓喜の声をあげているのがわかった。 どうやら寝不足と吸血とで、俺の中の野性が目覚めてしまっているらしい。 「ふぅっ……ふぅぅっ……」 「佑斗さん……?」 「なんか、興奮しすぎだな、俺……ふぅぅっ……でも……」 「いいですよ、佑斗さん……わたしも興奮していますから……」 「莉音……莉音……」 「佑斗さん……」 焦りに震える指で不器用に服を捲りあげ、ブラをむんずとつかんで押しあげる。 たぷんと溢れだす、いつもながらの見事なバストにゴクリと唾を呑みこみ、そして手のひらをあてがった。 「ふぁあっ……あっ……」 「いつもより抑えが利かないかもしれない。痛かったら言ってくれ」 「痛くてもいいです……佑斗さんのしたいようにしてください」 「それが、嬉しいんです……」 「莉音……おまえ……」 「愛しています、佑斗さん……」 「莉音、俺も愛してる……」 その美しい膨らみの頂点を転がす様に、手のひらを這わせ揉みしだいていく。 「あっ……あああ……」 「はぁ、莉音……莉音のおっぱいはやっぱりいいな……」 「もぉ、赤ちゃんみたいですよ……?」 「幻滅しちゃうか?」 莉音はそれに答える代わりに、俺の頭に手を伸ばし優しい手つきで髪の毛を撫でた。 言葉にせずとも確かに伝わってくる愛情が、心と体を熱くすると同時に、抑えきれずにいた野性をなだめていく。 「莉音……」 その手に導かれるように、俺はその豊満な胸にさらに深く顔をうずめ、顔中で極上の柔らかさを感じとる。 「あっあっ……佑斗さん……佑斗さん……」 「莉音……ちゅっ……」 「ひぁっ……」 そのまま白い肌に口づけ、乳房の表面を舐めあげて、その弾力を舌先でも味わう。 「莉音のおっぱい、美味しいな……」 「やだ……お風呂入ってないから、汗が……」 「美味しいって……ちゅっ……」 「やぁ……っ……んっ……」 「俺のしたいようにしていいんだろ?」 「うぅ……佑斗さんの意地悪……んっ……」 「気持ちよさそうだけどな……」 「き、気持ちいいんじゃなくて……んっ、く……くすぐったい……感じで…………ふぁっ」 吸いつき、舐めあげ、唇を這わせていくと、ぷっくりとした突起にたどり着いた。 「ひゃっ、あっあっ」 かわいらしく勃起した乳首を唇ではみ、舌先で転がすと、莉音の身体はビクビクと大きく跳ねる。 「あんっ、ああっ、あっ……」 「乳首、敏感だよな……」 「は……恥ずかしい……」 「もっと感じていいからな」 再び乳首に取りつき、きゅっきゅと吸いあげる。 「ああっ、あっあっあっあっ! お、お乳は……出ないですからっ……そ、そんなに、吸われても……あっ、ああっ!」 「でも、気持ちいいだろ?」 「あああっ……」 莉音も徐々に大胆になってきて、快感の声を隠そうとしなくなってきていた。 俺はなるべく大口を開けておっぱいを含み、吸いつき、乳首を舌先でこね回していく。 「ひぁあああっ、あっあっ……お、おっぱい……気持ちいい……気持ちいいの……ああっ……あっ」 「あふっ……あっあっあっ…………んぁっ!」 「あ、あんっ……や、ああっ……」 「乳首、すごいな。痛そうなくらい、勃起してる……」 「そ、そんなに恥ずかしいこと……言わないでください……」 「ひぁっ!? ひぁああっ! あっ、あっ!」 指先をすり合わせるようにして、そのこりこりの弾力を楽しむ。 すりあわせる度にビクビクと莉音の身体が震えたが、それを拒否することは出てこなかった。 「はっ、ああぁ……あ、あっあっ……ビリビリくる……ビリビリきちゃう……んんっ」 「莉音……かわいい……」 俺は右手で左の乳首を弄りまわしながら、右の乳房に顔を寄せて、その乳首に執拗に吸いつく。 「あんっ」 乳首のしこりを軽く歯を立てて甘噛みすると、莉音の身体は電気が走ったかのように震えた。 「は、あ、あ……佑斗さん……佑斗さぁん……」 莉音の手が俺の頭をかき抱き、自らの乳房へと押しつぶす。 母乳が出るわけでもない乳首を吸いあげ、前歯ではみ、舌先でピンピンと弾いていく。 「あっあっ……はぁ……あふっ……んっ」 「あっ、くっ、んっ、んんんんんんっ!!」 一本の弦をつま弾いたかのような震えが、莉音の背筋を駆けぬけたのがわかった。 「はっ……はぁっ……は、あ…………はぁっ…………はぁっ…………」 「イッちゃったか?」 「は、はい……イッちゃい……ました……」 「莉音……本当にかわいいな……」 「佑斗さん……わたし……また、くっついちゃいたいです……」 「せっくす……したい……」 こんな言葉で求められてしまっては、莉音の慈愛でなだめられたはずの野性が再びふつふつと滾りはじめてしまう。 「ああ、俺もセックスしたい……。莉音と繋がりたい」 「そうだ、今日は莉音に動いてもらうっていうのはどうだろう」 「わたしが……動く?」 「ああ、こうしてな」 今度は俺がベッドに仰向けに寝そべった。 そして、莉音に俺の上にまたがるように促す。 「え、えと……こう、ですか……?」 「そう、そのまま座っちゃっていい」 「す、座っちゃって……それでは、あの……失礼します」 「うぁ……」 俺のペニスに莉音の柔肉が押しつけられた。 「えっ? ち、違いました?」 「い、いや、これであってる」 焦った。 まさか莉音の濡れそぼったおま●こでペニスを挟みこまれるのが、こんなにいいとは……。 重点的に責めたのはおっぱいだったとはいえ、一度絶頂に達してしまっている莉音のおま●こは蕩けるほどに熱くてぬるぬるだ。 しかも、よほど俺と繋がりたいのか、挟みこんでいるペニスを求めて秘肉がヒクヒクと痙攣して、ペニスの裏スジをいい具合に刺激してきている。 「それで……あの……動けば、いいんですよね?」 「え、あ、ああ……」 このまま普通にセックスするつもりだったのだが、このスマタ状態が想像以上に気持ちよかったので、思わずうなずいてしまった。 「えっと、じゃあ……こう……前後に、動かせば……」 「んっ」 「はっ……あっ……んっんっ……」 「んっ……くふ、ん……んっ……ぁ……」 いかん。滅茶苦茶気持ちいい。思わず声が漏れそうになる。 だけど、莉音の方もかなり気持ちいいらしい。 目を細め、甘い吐息を漏らし、腰を前後させることしか念頭になくなっているようだ。 「気持ちいいか?」 「は、はい……すごく……あっ、あっ……」 「どういう風に気持ちいい?」 「ゆ、佑斗さんのおち●ちんが……ビクビクってして……わたしのあそこが、きゅんって、なって……」 「あそこじゃなくておま●こって言ってくれ」 「……もぉ」 ちょっと口を尖らせる様がかわいい。 「お……おま●こが……きゅんってなって……それで……」 「奥から、灼けたみたいに熱いおつゆが……いっぱい……でてきて……はっ、あっ、あっ……」 ちゅぷちゅ、ちゅぷちゅ、ちゅぷちゅ……。 自分の言葉でさらに興奮してきたらしく、莉音の腰の動きがさらにペニスに押しつけるものに変わってきた。 「ゆ、佑斗さん……わたし……はっ、あっ……やっぱり、お腹の一番奥に……挿れて、ほしいです……」 「一番奥が……すごく、熱くて……きゅんきゅん、して……はっ……あぁっ……」 「ああ……腰を浮かせてごらん」 「腰を……はい……」 「ふぁあ……あ、あ、あ……」 俺の言葉どおりに腰を浮かせた莉音の膣口に、ペニスの先端をあてがう。 「そのまま、腰をおろしてくれ……」 「はい……おろします……。挿れちゃう……挿れちゃいますから……」 「ん……っ、っはぁっ……あぁ…………」 ちゅく……ぬぷぷぷぷぷぅ……っ。 「くう……っ!」 ゆっくりと奥まで咥えこまれていく感触に、俺は思わず声をあげていた。 気持ちよすぎる。 「ひぁっ! あんっ」 その気持ちよさに、思わず腰をズンズンと突きあげてしまった。 「莉音の好きに動いてもらうつもりだったのにな、すまん……」 「い、いいです…………はふっ……気持ち……いぃ……はぁ……」 気持ちよすぎるのは莉音も一緒だったらしい。 快感に身を震わせて、熱い吐息をこぼしている。 「本当にえっちになったな、莉音」 「そ、そんなの……仕方ないじゃないですか……」 そういって莉音はまた口を尖らせる。 この体勢だと、その唇を奪ってやれないのが口惜しい。 「ああ、仕方ない。それだけ愛しあってるってことだもんな」 「だからもっとえっちに、莉音がしたいように、腰を動かしていいからな」 「ううぅ……ほ、ホントに……好きに、しますからね……?」 「楽しみだ」 「もぉ……佑斗さんの……んっ……えっち……」 蕩けるような妖しい笑みを口元に湛えて、莉音はゆっくりと身体をしならせはじめる。 「んく……」 「あ……あ……ゆ、佑斗さんの……形が……あっ……は、はっきり……わかります……んっ……」 「あ、あん……い、今、ビクビクしちゃ……ダメ……あっあっ……はぁふっ……んっ、んんんっ……」 いろいろな方向に腰を動かして、ペニスの形と、それがどう膣の中に挿入っているのか確かめているらしい。 真面目な莉音らしい行動とも思えるが、本当にえっちにした結果という気もする。 「んふぁっ!」 「はっ……ぁぁ……だ、だから、そんなに大きくしたら……あ、あ、あ……」 「莉音がかわいすぎるからな……。それにやっぱりすごくえっちだ……」 「こんなにえっちじゃ……ダメ、ですか?」 「大好きだよ、莉音……ほら、わかるだろ」 「ひぁんっ、あんっ!」 「ああ……も、もぉっ……ホントにもっと……硬くなって……んぁあっ、あっあっ……」 感じている莉音の表情を見上げられるというのは、なかなかいい体勢だな。 その上、莉音が身体を跳ねさせる度にその形のいい大きな乳房がたぷんたぷんと上下するのがこれまたいやらしい。 「や、あ、あ、あ……ど、どこまでおっきく……ああああ、な、なっちゃうんですか……んっ、あっあっ」 「だから、莉音がかわいすぎるからいけないんだってば」 「はっ、あっ、あっ…………かわいいなんて……言われると……あふっ」 「んっ、り、莉音……おま●この中……すごいっ……くぅっ」 「す、すごいのは、佑斗さんの……んぁっ、あっ……お、おち●ちん、です……はっ、あっ……い、いぃ……」 「ふぁ……あふぅ……んっ……はっ……あっ、あっ、あっ……」 ちゅぷ……ちゅぷ……ちゅぷ……。 バキバキに勃起したペニスの大きさとこの体位にも慣れはじめたのか、莉音は少しずつ腰の動きを大胆にしはじめた。 大きなストロークでその腰が上下して、ペニスが莉音の膣に見え隠れする。 「くっ……ん……」 「はぁ……あん……こんな……感じ……で、しょうか……はっ……あっ……」 「俺の方は……け、結構気持ちいい……いや、か、かなり……」 「よ、よかった……あんっ……はっ……あふっ……この子が……ビクビクするの……気持ちよすぎちゃって……う、上手く動かせてる、自信が……」 「はっ、あああっ、あっ、あっ」 「わ、わかった。なるべく堪えてみよう」 「ふぇ? だ、ダメですよ、堪えちゃ……」 「ゆ、佑斗さんに、もっとえっちに、もっと気持ちよくなってもらうために……んぁっ、あっ……動いて、いるんですから……あっあっ」 「だから……あっ……わ、わたしの[な]膣[か]内で、もっと……もっとビクビクって……して……」 「――っ」 「ひぁっ!? あっあっあっ!」 こんなえっちなおねだりをされて、奮いたたないはずがない。 ビクビクどころか思わずぐいぐいと膣奥を突きあげてしまう。 「ダメだ、突きあげるの、とめられない……」 「はぁっ……はぁっ……はい……突きあげて、ください……」 「わたしの、一番奥のところ……ぐいぐいって、もっと、もっとして……」 「佑斗さんのおち●ちんが、ぐいぐいするの気持ちいいって言ってるの……わかります……」 「だから……わたしの一番奥……もっと、突きあげて……」 「莉音……」 「わたし……本当にえっちな子みたいです……」 「俺もだ。えっちな莉音を見て、ますます興奮してきた……」 「佑斗さん……あっ! はっ、あっ、あっ……ふぁっ、あふっ、んっ、んんっ……」 ちゅぷちゅぷじゅぷっ、ちゅぷちゅぷじゅぷぷっ! 俺が腰の突きあげを再開すると、莉音もすぐにくいくいと腰をくねらせてくる。 「ひぁ……は……んんっ! ふぁ……はぁ……あぅんっ!」 莉音の腰が妖艶な動きで上下して、俺のペニスを出し入れしている。 俺はその半分くらいのリズムで、莉音の膣奥を貫いてやった。 「あ、あぅ……あはっ……んっくっ……ひぅっ!」 「莉音……かわいいじっ……んっ……莉音……っ!」 「ひぅっ、あっ、佑斗、さんっ……んぁっ、あっ、あっ、はっ、あっ」 莉音は腰を上下させながらも、器用に前後左右の動きを加え、俺のペニスを様々な角度で味わっている。 合気道の修練成果か、莉音は動きのリズムをあわせるのが得意みたいだ。 それとも、ここは素直に、俺たちの息がぴったりなんだと思っておくべきか。 「ひゃぁん……あふぁっ……あっああっ……気持ちいい……はぁ……気持ちいいです……」 「莉音……っ……お、俺もだ。俺も、気持ちいい……」 「あんっ、あんっ……佑斗さん、佑斗さん……んはっ、あっ、あっ、くぁっ!」 いつしか、そのテンポは速くなっていて、俺の突きあげも激しくなってきていた。 「莉音、おまえのおま●こえっちすぎだ……た、たまらないぞ、これ……っ」 「ゆ、佑斗さんだって……す、すごいの、すごいです……ひゃっ……あっ……んぁああっ!」 莉音は快感に眉を歪め、口を半開きにしている。 その口元からは、粘度の高い唾液もこぼれはじめていて、時折銀色の筋を光らせた。 「ひゃぅっ、あっ、んっ、ふぅんんっ、あっあっ、佑斗さんっ、ひゃっ、ひぅっ、ふぅぁっ、あっ」 じゅずっ、ぽじゅっ、じゅずっ、ぽじゅっ……。 俺たちの接合部から派手な水音とベッドの軋む音がたっていることにふと気がつく。 よく考えれば、声もずいぶん大きくなっている。 みんな疲れて寝込んでいるとは思うが、こんな音にまったく気がつかないということがあるだろうか。 だが、そんな危機感が湧いたのも束の間、押しよせる快感の波間へとかき消えていく。 そして、ひたすらに胸に沸きあがるお互いへの愛情。 俺たちは、この激しい快楽に酔いしれ、お互いの情欲をぶつけあった。 「佑斗さん、佑斗さん、佑斗さん……好き……大好き……あっあっあっあっ……ひぁぁぁぁっ、あっ、あんっ!」 莉音はさらに激しく身体を揺らし、上下に、前後に、左右にと縦横無尽に腰を蠢かした。 ペニスは大きなストロークで出入りし、完全に膣内に埋まりきったり、亀頭を残して露出したりしている。 「そ、想像以上に気持ちいい……莉音っ……すごいぞ……っ!」 「わ、わたしもっ……はぁんっ、あっあっ……ひゃぁ……くせになっちゃう……こんなのくせになっちゃいます……んぁっ!」 「はんっ、あんっ、あっあっ、ひぁっ、あふっ、佑斗さん、佑斗さんっ、あっあっあっあっ! 好きっ、好きぃ!!」 「莉音っ、莉音っ!!」 「ふぁっ! あっ、ああ……っ!」 手を伸ばして莉音のおしりを鷲づかみ。 その柔らかなおしりを突きあげのリズムにあわせて揉みしだく。 「ああんっ、あっあっ……おしりもっ、はっ、気持ち、いいっ……んはぁっ!」 「す、すごい、莉音……っ……うぁ、しめつけすぎっ……きゅうきゅういってる……くっ、んぁっ!」 「らって、らって……んふぁぁぁっ! あっ、ああっ……」 「ゆ、佑斗さんの方が……あっあっあっ! び、ビクビクしてるからっ! あっ、ふぁっ!」 「えっち、えっち、えっち、えっちぃっ……ああんっ、あっあっ」 「ビクビクしてるのは、莉音のま●こだって……んくっ! んっ、や、やば……っ」 「はーっ、はーっ、佑斗さん、佑斗さん、わたし、わたしっ! はっ、あっあっあっ!」 「な、なんか、お腹から、下が……なくなっちゃう……んぁっあっあっ! 熔けちゃう……蕩けちゃう……あっ、あふぁっ」 「莉音、お、俺のち●ぽもだ……熔けて、なくなりそうだ……くぅぅっ!」 「あふっ、あふっ、あふっ、はっ、あっ、ひぅ、ひぁ、あっあっあっ、とろとろに……なっれ」 「ひっ、ひぁぁぁぁっ、あっ、あっ、あっふぁぁぁ……っ」 ざわめき、蠢き、様々な手法で締めあげてくる莉音の膣壁。 その熱く力強い快感のうねりに、俺のペニスもさすがに限界を感じはじめていた。 「り、莉音っ、そろそろっ」 「は、はいっ! 佑斗さん! 佑斗さん!」 わかっているのか、わかっていないのか。いや、100%わかっていないのだろう。 莉音は、さらに腰の動きを激しくして、俺の射精をいざなってくる。 「えっ、いやっ、だからっ」 「佑斗さんっ、は、離れちゃいやです。もっと、もっとくっついていてっ」 「り、莉音……っ」 きゅううううっ! さらに強烈に莉音の膣内が狭まり、俺は射精するまでこの結合は解かれないことを知った。 「い、一番奥、一番奥まで、くっついて、つっついて……んぁっ、あっ、ああっ、あっ!」 加速度を増して腰の上下を繰り返す莉音。 その膣壁の蠢きはもはや痙攣を超えて、震動に近いものになっていた。 莉音の身体は、俺の精を欲している。 そのことを俺ははっきりと認識して、俺は莉音のおしりをつかみなおした。 「んはぅっ、はっ、あっあっあっ……おかしくなるっ、あっあっ、頭の中まで……熔ける……えっちしてる……っ」 「はぁぁっ、あっあぁぁっ、佑斗さん、佑斗さんっ……ひっ! いっ、ひぁっ! はっ、ああっ!」 「莉音っ、莉音ぉっ!!」 莉音の身体が跳ねるたびに膣壁はさらに収縮を繰り返して、射精を促す強い刺激を与えてくる。 「佑斗さんっ……佑斗さんっ……らめっ、もうらめっ、ふぁっ、あっ、ひぁっ、ああっ、あっ!」 俺の胸板についた莉音の指先に、ぎゅうっと力がこめられた。 本当にもう限界―― それはもちろん、莉音ばかりでなく、俺の方もだ。 「莉音……っ!!!!」 「ひぁああっ、あっ、ああっ、あっあっあっ、佑斗さんっ、んぁっ、あああっ、あっあああっ!」 ぐいぐいと莉音の華奢な身体を突きあげ、子宮口を無理矢理こじ開ける。 強引に莉音のおしりも操って、膣壁を執拗に引っ掻きまわし、襞の一枚一枚の感触をカリで味わう。 「ぜ、全部……出すぞっ」 「は、はい、はいっ!!」 「ひぁっ……あっ……あああああああああああああああああああっ!!!」 「莉音っ!!」 びゅくるっ! びゅくびゅくびゅくっ! びゅーっ! びゅっびゅびゅーっ! 「ああああっ! あっ、ひぁああっ! あっあっ、あふっ、あああっ、あんっ、あっあああぁぁっ!」 「莉音、莉音、莉音、莉音っ!!」 莉音のおしりをがっしりとつかまえて、その狭すぎる子宮の中に、ありったけの欲望を注ぎこむ。 大きな乳房が目の前で上下に激しく揺すぶられ、その先端のピンク色がさらに激しく揺れて残像を残していた。 「ああ……入ってる……んぁっ……あっ……熱いのが……あんっ……熔けちゃう、熔けちゃってるよぉ……あふっ……」 「はーっ、はぁぁっ……お腹……佑斗さんのせーえきで……とろとろにされちゃう……されちゃってる……んんっ」 「莉音……」 「ひぁっ!」 さらにズンとひと突きして、熱い塊を射精した。 「はぁぅ……ああぁ……や……あっあっあっ……わ、わたし……はっ……あっ」 ビクビクビクビクビクっ!! 「くっ……うぅっ……」 莉音の膣がこれまででも最大の痙攣で、ペニスを抱きしめる。 だけどそれは、更なる射精を促すものではなく、感謝と喜びと愛情の抱擁だと思えた。 「はっ……ああっ……ああぅぅ……」 「莉音……大丈夫か?」 「は、はい……だいじょうぶ……です……ふにゃぁ……」 「完璧に蕩けちゃってるな……」 「らって……らって……佑斗さん……すごく、えっちで……はぁ……あっあっ、ま、また、[な]膣[か]内で、ビクビクして……あっ」 「んんっ」 「ふぁ……あ……あ……あ……」 最後の射精が済んでも、俺はまだ莉音の膣内をペニスでこすり続ける。 莉音の膣内もまた、ヒクヒクと細かい痙攣を繰り返していた。 「りーお」 「はぁぁ……ゆうとさぁん……」 「はぁ……はぁ……わ、わたしの……好きに動いていいんですよね……?」 「ん、そうだな」 俺がうなずくと、莉音は繋がったままの体勢でいそいそと半脱ぎ状態だった服を脱ぎはじめた。 さらに延長戦のおねだりと言うことだろうか。 さすがに眠いが、ここでのおねだりに引き下がるわけにはいかない。 そう覚悟を決めたが、莉音のしたいことは延長戦ではなかった。 「えへへ……」 すっかり裸になった莉音が、そのまま俺の上にしなだれ、その乳房を押しつけてくる。 「今日は……このまま……寝かせてもらっても、いいですよね……?」 「繋がったままだぞ?」 「離れたくないんです……」 「……そうだな。俺も離れたくない」 「フフ……よかっ……た……」 「莉音……」 「なんだか……すごく…………いぃ…………」 莉音の言葉が急速に不明瞭になっていき、同時にその瞼がおりていくのが見えた。 俺の瞼もまた、莉音を真似するようにゆっくりとおりていく。 瞼だけではない。 俺と莉音は、ピッタリと身体を押しつけあったまま、いつしかその寝息すらも揃えて、深い深い眠りの世界へと入り込んでいた。 きゅううううっ! さらに強烈にその膣内が狭まり、莉音の方にはこの結合を解くつもりがないことを知った。 「い、一番奥、一番奥まで、くっついて、つっついて……んぁっ、あっ、ああっ、あっ!」 加速度を増して腰の上下を繰り返す莉音。 その膣壁の蠢きはもはや痙攣を超えて、震動に近いものになっていた。 莉音の身体は、俺の精を欲している。 そのことを俺ははっきりと認識して、俺は莉音のおしりをつかみなおした。 「んはぅっ、はっ、あっあっあっ……おかしくなるっ、あっあっ、頭の中まで……熔ける……えっちしてる……っ」 「はぁぁっ、あっあぁぁっ、佑斗さん、佑斗さんっ……ひっ! いっ、ひぁっ! はっ、ああっ!」 「莉音っ、莉音ぉっ!!」 莉音の身体が跳ねるたびに膣壁はさらに収縮を繰り返して、射精を促す強い刺激を与えてくる。 「佑斗さんっ……佑斗さんっ……らめっ、もうらめっ、ふぁっ、あっ、ひぁっ、ああっ、あっ!」 俺の胸板についた莉音の指先に、ぎゅうっと力がこめられた。 本当にもう限界―― それはもちろん、莉音ばかりでなく、俺の方もだ。 「莉音……っ!!!!」 「ひぁああっ、あっ、ああっ、あっあっあっ、佑斗さんっ、んぁっ、あああっ、あっあああっ!」 「すまん! [そ]膣[と]外に、出す!!」 「ふぇっ!? あっ!!」 俺はその瞬間、つかんでいたおしりを強引に引きあげて、莉音の膣内から射精寸前のペニスを引き抜いた。 「くぅぅぅぅっ!!」 「ひぁっ……あっ……あああああああああああああああああああっ!!!」 「莉音っ!!」 ぶぴゅっ!! ぶぴゅるぴゅっ! びゅくんっ! びゅっぶびゅうううううううううっ!! 「あっ、ああああああっ! あっ、あっ!!」 「莉音ぉっ!!」 猛り狂って精液をまき散らすペニスに莉音のおま●こが押しつけられた。 物欲しげに蠢きながら裏スジを丹念にしゃぶっていく莉音の膣口。 その快感に、俺のペニスはさらなる精液を吐きだしていく。 「ああんっ、あっ、あっ……佑斗さん、佑斗さん……」 「莉音……」 「ひぁぁぁぁ……」 せめてもの慰みに、俺の方からも腰を動かして、莉音の秘裂をペニスでこすりあげる。 「はぁぅ……ああぁ……や……あっあっあっ……わ、わたし……はっ……あっ」 ビクビクビクビクビクっ!! 「くっ……うぅっ……」 莉音の膣がこれまででも最大の痙攣で、俺のペニスに快感を与えてきた。 だけどそれは、膣内への射精をねだるものではなく、感謝と喜びと愛情の抱擁だと思えた。 「はっ……ああっ……ああぅぅ……」 「莉音……大丈夫か?」 「は、はい……だいじょうぶ……です……ふにゃぁ……」 「[な]膣[か]内で、出してほしかったんだよな……? すまない」 「いいえ……佑斗さんは、わたしのことを考えてそうしてくれたんだって……そう思っていますから……」 「もうちょっと生活力がほしいところだな」 「ふぁ……あ……あ……あ……」 照れ隠しに莉音のおしりを撫でまわし、執拗にまだ勃起しているペニスで莉音の秘裂をこすりあげる。 「気持ちいいか、莉音」 「はい、とっても……佑斗さんのこの子も、とっても気持ちよさそう……」 「ああ、気持ちいいよ、すごく」 「佑斗さん……このまま、ここで寝かせてもらって、いいんですよね……?」 「ああ、もちろん」 俺がうなずくと、莉音は俺にまたがったままの体勢でいそいそと半脱ぎ状態だった服を脱ぎはじめた。 さらに延長戦のおねだりと言うことだろうか。 さすがに眠いが、ここでのおねだりに引き下がるわけにはいかない。 そう覚悟を決めたが、莉音のしたいことは延長戦ではなかった。 「えへへ……」 すっかり裸になった莉音が、そのまま俺の上にしなだれ、その乳房を押しつけてくる。 「佑斗さんのお布団で……はだかんぼ……フフ」 「えっちだな」 「えっちですね……でも、とっても気持ちいいです……」 「……そうだな。触りっこしたまま寝るか……」 「はい……わたしも……それがいい……です……」 「莉音……」 「佑斗さん……いっぱい……触っちゃってて……いぃです……から…………」 莉音の言葉が急速に不明瞭になっていき、同時にその瞼がおりていくのが見えた。 俺の瞼もまた、莉音を真似するようにゆっくりとおりていく。 瞼だけではない。 俺と莉音は、ピッタリと身体を押しつけあったまま、いつしかその寝息すらも揃えて、深い深い眠りの世界へと入り込んでいた。 「供述から『L』の開発は三大寺が一人でおこなっていたことがほぼ確定的となった」 「三大寺が蓮沢から入手したデータを元に、それが行われたことも間違いなさそうだ」 「では、やはり蓮沢庄三郎が裏にいると言うことでしょうか」 「三大寺は未だ蓮沢に関しては口を閉ざしているが、そう考えるべきだろうな」 「だが、蓮沢とのコンタクトは、常に三大寺が一人でとっていたらしい。三大寺の部下たちは誰一人、蓮沢の姿も声も確認していないようだ」 「三大寺さんの狂言の可能性もあるということですか?」 「それはどうだろうな。三大寺は実際に後から情報を得て、俺や莉音の拉致を目論んだ節がある」 「その情報を与えられるのが蓮沢以外にいるかどうかが焦点になる気がする」 「ああ、蓮沢の生存自体に懐疑的な見方もある。いずれにせよ、今後は蓮沢を重要参考人として捜査していくことになるだろう」 「《チーフ》主任、三大寺の取り調べを俺にやらせてもらうわけにはいきませんか?」 「三大寺の取り調べを、六連が……か」 「三大寺は研究者です、俺に対する興味はあるはず。蓮沢に関しても言及する可能性はあると思います」 「ふむ……少し検討する必要があるな。とりあえず、お前の意見はわかった。結論はもう少し待ってくれ」 「了解しました。ありがとうございます」 供述書には三大寺の几帳面さをうかがわせる文字で、薬物を開発し流通させるまでの経緯がびっしりと書かれていた。 三大寺が蓮沢の研究データから着想を得て『L』の開発に至った過程は俺たちが想定した通りだったが、その内実には若干の食い違いがあった。 ロシアでのプロジェクトが頓挫して帰国した三大寺は、それまで連絡が取れていなかったこともあり、真っ先に蓮沢の元を訪れたらしい。 だが、蓮沢の住居はもぬけの殻。蓮沢が関連した研究室や研究者を当たってみても、その行方はわからなかった。 三大寺は、蓮沢が個人での研究に没頭する時に使っていた研究室にも訪れ、これに無断で侵入した。 そこにもやはり蓮沢の姿はなかったが、『人造ライカンスロープ計画』に関する資料や研究データの一部があった。 蓮沢の助手を自負していた三大寺だったが、そんな計画があったことについてはこの時にはじめて知ったのだという。 計画は、三大寺がロシアに赴くより前に存在しており、ロシア行き自体が蓮沢からの口利きだったことから、三大寺は蓮沢から厄介払いされたのだと知った。 (この計画の時期が正しいのなら、蓮沢はヴァンパイアウィルスの公的研究からはずされたのではなく、[・]は[・]ず[・]さ[・]せ[・]た可能性もでてくる) このことで、三大寺は復讐心に近い執念を芽生えさせたらしい。 残されていた断片的な研究データを元に自力で『人造ライカンスロープ』の研究を進め、その結果生み出されたのが『L』だった。 『L』は本来的には吸血鬼の体細胞をライカンスロープのそれに変質させる目論見で作られた。 だが、現れた効果は、精神を著しく昂揚させ、食欲、性欲、吸血欲などの欲求を高めるが、徐々に体細胞を破壊していく常習性の高い薬物となってしまった。 研究を進めるに当たってその資金にも難儀していた三大寺は、偶然作り出されたそれを量産し『ヴァンパイアドラッグ』として売ることを思いつく。 はじめは当座の資金を稼げれば充分だと思っていた三大寺だったが、『L』はその目論見を越える勢いで流行してしまったのだという。 「まっとうに考えれば、吸血鬼医療の方面での利用もできそうだと思うのだけれど、どうしてこんな売り方をしてしまったのかしら」 「三大寺は、蓮沢が必ず戻ってくると信じていたんだろう」 「研究の成果を見せることが復讐になると思っていたんでしょう? だったら、公共の研究に寄与した方が――」 「私は、なんとなくわかるかな」 「復讐って言っても、『自分の方がすごい研究結果を出してる』って自慢したいわけじゃなくて、ただ……」 「ただ、認めてもらいたかったんだと思う」 「その上で、『人造ライカンスロープ計画』は極秘裏の計画だったわけだ。それを元にした研究だということを明るみにはしたくなかったんだろう」 「なるほどね……。もしかしたら、三大寺の女心というのもあるのかしら」 「わからないな、その辺は。蓮沢と三大寺って親子くらいは歳が離れているわけだが、2人とも独身だしな……」 「……こういう頭のいい人の恋愛って、想像し難いよね」 「……………………」 「俺はなにも考えていないからな」 美羽がまたよからぬことを想像して、それを俺のせいにしそうだったので先手を打っておく。 「私の考えてることを読まないで頂戴。いやらしいわね」 だが、結果は変わらなかったようだ。 「六連、三大寺の取り調べの件だが許可がおりた。行っていいぞ」 「ありがとうございます」 「君は……」 「六連佑斗です」 「なるほど、確かに普通の若者だな。むしろ、吸血鬼よりも人間の雰囲気に近い」 三大寺清実は驚くほど普通に話しかけてきた。 「吸血鬼としての生活がまだ短いですから」 「そうなのか」 蓮沢に関することは口を閉ざしていると聞いたが、コミュニケーションを拒絶しているわけではないらしい。 そういえば、供述書もかなり子細に書きこまれていた。 「……俺のことはどこで知ったんですか?」 「…………」 こちらからの質問に三大寺は口を閉ざす。やはり、それほど簡単ではないか。 だが、注意深く俺を観察しているのがわかる。俺に対する興味は少なからずあるようだ。 「こんなことを言っても信じられないかもしれませんが、俺としては正直、事件のことよりも自分自身のことが知りたいんですよ」 「俺を電話で呼び出したのもあなたですよね? 俺は約束通りあの場所に行った。今度はそちらの番です」 一息置いて、改めて尋ねる。 「俺はなぜ、こんな身体になったんでしょうか」 「…………」 睨めつけるような瞳。 ただ、最初に淡路さんにもらった資料と比べたら、その眼光は力を失っているように見えた。 あの写真の頃と比べたら歳をとったのかもしれないが、印象が変わって見えるほどの歳月ではないように思われる。 やはり逮捕されたことによる消沈とみるべきなのか……。 「すまないが」 そして、唐突にその口が開く。 「君のことも、稲叢莉音のことも、詳しいことはなにも知らない」 「私が知っているのは、六連佑斗と稲叢莉音が、『人造ライカンスロープ計画』による数少ない成功例だということだけ」 「はじめから君たちのような例が存在すると知っていたら、私が『L』を作り出すこともなかっただろう」 やはりそんなところか。 三大寺清実は『人造ライカンスロープ計画』に直接関わっていたわけではない。 知っているとすれば、蓮沢庄三郎の方ということになるだろう。 「供述書は読みました。あなたの研究はどの程度、元の計画に沿っていたんでしょうか」 「逆に問おう。君は『人造ライカンスロープ計画』についてどの程度知っている?」 「なんでも『本物のライカンスロープ』を使って実験を行っていたとか……。まぁ、その程度です」 俺が素直に答えると三大寺も小さくうなずいた。 「私はその『本物のライカンスロープ』どころか、その研究データさえ断片的にしか入手できていなかった。同じ研究ができるはずがない」 「だが、その断片的なデータの中に体細胞に関するものがあった。私はこのデータからなら、ロシアでの研究が活かせると踏んだんだ」 「私はロシアで吸血鬼の各種受容体の研究を担当していてね。といっても、専門的な話は君にはわからないか」 「そうですね、学術的な話は厳しいかもしれません」 「かなり大雑把な話になるが、生物の細胞には外界からの情報やエネルギーを受けとる容れ物があると考えてくれ」 「はい」 「単純な話、吸血鬼はこの容れ物が人間より大きい」 「各細胞が受けとる情報が多い故に視覚や聴覚と言った五感が鋭敏になり、受けとるエネルギーが大きい故に身体能力も大きなものとなる」 「この受容体の維持にヴァンパイアウィルスが深く関わっている」 「人間がヴァンパイアウィルスを適切な方法で取りこむことで吸血鬼になれるのは、ヴァンパイアウィルスが受容体を変質させているからだ」 三大寺の説明は非常にわかりやすいものだ。 かなり大雑把な話とも言っていたから、若干の食い違いは無視してわかりやすいかいつまみ方をしているのだろう。 「そして、ライカンスロープの体細胞に関するデータから、その受容体が吸血鬼のものとはさらに異なっていることを私は発見した」 「人間の受容体を吸血鬼のものへと変質させることができるのならば、吸血鬼のそれをライカンスロープのものに変質させることも可能だろう」 「そう考えた私は、それを作り出すべく実験を繰り返した。その結果、作られたのが『[ライカントロピー,10]Lycanthropy』……いわゆる『L』だ」 「吸血鬼の受容体をライカンスロープのそれにするという当初の目的が達成されたとは言えないが、次に繋がる成果は出せたと思う」 腹の奥にどんよりと重いものを感じた。 この人は『L』を作りだしたことになんの後悔もなければ、罪悪感も抱いていない。 かといって、それに誇りを抱いている風でもなかった。 まるで、三大寺清実という人物自体が研究の一過程に過ぎないとでも言わんばかりだ。 「だが…………そんなものでは絶対にライカンスロープは作れないと言うこともわかった。私はアプローチを間違えていた」 「どういうことでしょう?」 「たとえそっくりの容れ物を創り出すことができたとしても、[・]中[・]身がなければライカンスロープにはなり得ない」 「そしてその逆に、[・]中[・]身に適合さえすれば容れ物は[・]中[・]身にあわせて変質する」 「[・]中[・]身というのはつまり『ライカンスロープ因子』と呼ばれるもののことだがね」 それが『本物のライカンスロープ』から採取されたもの。『人造ライカンスロープ計画』の骨子とでも呼ぶべきもの……。 だが、そうか。 『L』は『ライカンスロープ因子』を模倣して作られたものではなく、受容体の研究をしていた三大寺独自の理論で作られたもの……。 「『ライカンスロープ因子』についての情報は、蓮沢教授の研究室には残されていなかった」 「…………」 「そうですよね。そうじゃないと、あなたが『L』を作り出す流れにならない」 「どこから『ライカンスロープ因子』に関する情報を得たんですか?」 「…………」 「それともう一つ不思議なことがあります」 「……聞こう」 「あなたははじめにこう言った。俺と莉音に対して『人造ライカンスロープ計画による数少ない[・]成[・]功[・]例』だと」 「その計画は4年前にはすでに何者かの手によって組織ごと潰されている」 「そして、その時点では俺も莉音もライカンスロープとして……いや、それどころか吸血鬼としてすら覚醒していない」 ライカンスロープとして覚醒していないものを[・]成[・]功[・]例と呼ぶことはない。 それを成功例と呼んだ人物は、俺と莉音がライカンスロープとして覚醒したことを知る人物に限られる。 だが、それを知るのは誰だ? 当事者である俺と莉音、小夜様、アンナさん、美羽、布良さん、そして扇先生……。 この中には、蓮沢庄三郎に該当する人物がいない。 そもそも、俺はともかく莉音の覚醒を知っているのは誰だ? 莉音本人ですら、俺を救った時にはじめて気がついたんだぞ? 「あなたに、俺たちの情報を流したのはいったい誰です? それが蓮沢庄三郎だとしても、辻褄が合わない」 「なんだと?」 三大寺の目つきが変わった。 激しい憤りを秘めた目で俺を凝視している。 なにが彼女を怒らせたのだろうか。俺の言葉の中に、なにか侮辱するようなものが含まれていたのか? もし、あるとするなら、それは―― 「あなたにその情報を流したのは、やはり蓮沢なんですか?」 「……そうだ」 「蓮沢はやはり生きていたのか……だけど、どうやって俺たちのことを……」 「それは私にもわからない。だが、間違いなくあの方だ。研究についてのやり取りもしたのでね、誤魔化しようがないだろう」 「もし、あの方を騙る者がいるのならば、私は絶対にそいつを許さない」 「三大寺から、蓮沢が情報を流していたという供述が取れました」 「俺と莉音の拉致は蓮沢からの示唆があっての犯行のようです」 「よくやった、六連」 「だが蓮沢に関しては、むしろ謎が残るな。この4年間、どこでなにをやっていたのか。なんのために三大寺にそんな情報を流したのか……」 「ええ、俺もそれが気になります。どうやって俺と莉音のことを知ったのかも……」 「それと三大寺自身も蓮沢に関しては若干の疑念があるようです」 「ほぅ?」 「三大寺の言葉自体はそれが蓮沢であることに確信がある様子でしたが、俺にはそれが自分自身に対して念を押すものに見えました」 「それに、最後にぽつりとこう言ったんです」 「教授はどうして、ご自分で研究されようとはしなかったんだろう……」 「んん? だが、三大寺は元々蓮沢の助手だったんだろう? 助手にやらせてその研究結果を引きあげるなんていうのはよくある話じゃないのか?」 「三大寺の口ぶりからすると、蓮沢と三大寺の関係はそういったものではなかったように思えます。これはもう勘の領域になってしまいますが」 「ふむ……。とりあえずはわかった。ともかく蓮沢の居所をなんとしてでも押さえなければならんな」 三大寺に情報を与えていたのが誰であろうと、蓮沢が二つの事件の重要な鍵を握っているのは間違いなさそうだった。 「ただいま」 「お帰りなさい、佑斗さん」 にっこりと迎え入れてくれる莉音に、捜査の精神的な疲れがふんわりと霧散していく。 こうして視線を合わせるだけで深い愛情が感じられるな……。 莉音もそう感じているらしく、少し気恥ずかしそうに微笑んでいる。 「……お帰りなさいのキスとかしないの?」 「ききキスとか、あんなえっちなこと人前でなんかしないもん」 俺も人前でなければしたいです。 「あんなえっちなキスかー……すっごいのしちゃうのかな」 「人前でなければしてしまうのでしょうね……」 「だだダメだよ!? 寮の中でそんなえっちなキスしちゃうのは寮則違反だから!!」 「そうは言っても、佑斗君と莉音君はもう公認のカップルだからね。プライベートルームでプライベートなことをするのをとめることはできないな」 「だってさ。じゃあ、俺の部屋に行くか。なぁんて――」 「あ、はい。そ、そういうことでしたら……」 そそくさとよってきて、俺の袖を引っぱる莉音。 「いや、軽い冗談のつもりだったんだが……」 「――ッ!?」 「わ、わたし……恥ずかしいっ!」 「あ、莉音!」 ああ……走り去ってしまった。悪いことをしたな……。 「あーあ、ユートが泣かしたー」 「でも、稲叢さんも佑斗の部屋に行く気満々に見えたわ……。もう佑斗にすっかり、ちょ、調教とか、されてしまっているのかしら」 「だからそういう行為は寮では禁止だってばー! せめて2人きりの時だけにしてよ!」 「2人きりの時なら、寮の至る所でセックスしちゃってOK!? たとえばこのテーブルに、裸エプロン姿のリオが手をついてこう――」 「手をつくな!!」 「あたっ。いいじゃん、テーブルに手をつくくらいー」 裸エプロン姿の莉音をバックからとか、そんなピンポイント攻撃に屈する俺ではない! ……たぶん。 「りょ、寮の至る所で、寮の至る所で、寮の至る所で……あんなことや、こんなことが……」 「カメラ仕掛けておこうよ、カメラ! すごいの撮れるかも!」 「いやあああ! そんな学生寮はいやあああ!」 「ええと、キミタチ」 なにやら半狂乱の事態になってしまった。 「佑斗君、ここはボクに任せて莉音君の方を頼むよ。ボクとしてはそろそろ朝の贄をいただきたくてね」 「ニコラ、すまん。そうしてもらえると助かる」 「稲叢さんの部屋に行くつもりなのかしら? い、行って、その、稲叢さんを――」 「まぁまぁ、佑斗君が莉音君を連れてきてくれないと、いつまでたっても朝食にありつけないじゃないか」 言動は一番おかしいが、ニコラは本当に常識人で助かるな……。 「莉音?」 「ゆ、佑斗さん……」 「すまない、ヘンな冗談を言ったりして」 「いえ、あの……」 「こうして、部屋まで逃げてくれば、佑斗さんと2人きりになれるかな……なんて、思っちゃって……」 どうやら部屋まで逃げ出したのは莉音の策略だったらしい。 いくら恥ずかしがり屋の莉音とはいえ、あの程度のことで逃げるのはちょっとおかしいとは思ったんだ。 俺がため息混じりに笑うと、莉音は恥ずかしそうに小さく唇を噛んだ。 「莉音……」 「…………」 そっと閉じられる瞼。 ほんの少し弾んでいる熱い吐息。 期待に打ち震えるその唇に、俺は自らの唇を重ねた。 「ん…………」 「お帰りなさい、佑斗さん……」 「ただいま、莉音」 「さ、みんな待ってるぞ。朝ごはんにしよう」 「そうですね、はい」 微妙に歯切れの悪いその返事に、俺は思わず苦笑をこぼす。 「な、なんですか……」 「みんなが寝静まったら、俺の部屋に来ていいから。な?」 「…………」 「これは、冗談じゃなく」 「――はいっ♪」 まったくこんな笑顔をされたら、この場で襲いたくなるな。 だが、さすがにそんなことをしてから食卓に戻るわけにはいかないだろう。 「あ、そうだ。相談したいことがあったんです」 「なんだ?」 「わたしたちのこと、みなさんにちゃんとお話した方がいいと思うんですけど……どうでしょうか」 「ああ、そうだな。さっそく朝飯の時にでも話してしまうか」 俺は莉音の言葉にあっさりとうなずきを返し、莉音もまたそれを受けてもう一度笑顔を返した。 「はいっ♪」 「――というわけだ。俺たちの事情でみんなを振りまわしてしまった。すまない」 「ご迷惑をおかけしました」 俺たちのこと――すなわち、一連のライカンスロープにまつわる話を、俺たちはこの席ですべて打ち明け、謝罪した。 「んん?? 今の話だと、ユートもリオも、自分がライカンスロープかどうかすら、よくわかってなかったんでしょ?」 「まぁ、そうなる」 「なんで謝るのかよくわからないんだけど。2人とも悪くないじゃない」 「そうね。明らかに2人とも被害者だわ」 「六連君も莉音ちゃんもそういうところそっくりだよねー」 「そ、そっくりだなんて、そんなこと……」 「リオ、今の別に褒められてないから」 「稲叢さんは佑斗と同じならなんでも嬉しくなってしまうのよ」 「ううっ……否定できません……」 莉音はうな垂れつつも、まだ嬉しそうに身体をくねらせている。 そんな莉音に苦笑してから、俺は改めてみんなを見渡した。 「みんな平然と受け入れてくれているのは、俺も嬉しい限りなんだが……ライカンスロープだぞ? いいのか?」 「いいでしょ、別に。ユートはユートだし、リオはリオだし」 「私が昔言ったことに関しては、発言を訂正して、謝罪させてもらうわ」 「それこそ、訂正も謝罪も必要ないと思いますよ、矢来先輩」 「だいたいそんなこと言ったら、吸血鬼だって普通は怖くて忌まわしい存在だーって話になっちゃうよ?」 「まぁ、それはそうなんだが……。ニコラはどうだ? 思うところがあったら、できれば言ってほしい」 俺たちがこの話をはじめてからニコラだけが未だに発言をしていなかった。 やはり、全員が全員、あっさりと受け入れるというわけにはいかないか……。 「…………すまない」 「…………」 「こんなことをいうのは、本当によくないことだとはわかっているんだ……」 「だけど、今の話を聞いて、ボクは冷静でなんかいられないよ……いられるはずがない……」 「そうか……。だが、それは仕方のないことだと思う。できれば、受け入れてほしいところだが――」 「かっこいい……」 ……なんだって? 「ずるいよ、佑斗君! なんだよ、その設定! かっこよすぎるだろう!?」 「謎の組織に知らない間に改造された改造人間、いや、改造吸血鬼! しかも、その存在故に追い狙われる!」 「その上、同じ境遇のヒロインと出会い、恋に落ち、彼女を守るために命をかけて戦う!! ああ、もうっ!!」 「落ちついて頂戴、ニコラ。この2人のは設定じゃなくて、本当のことなのよ? あなたの中二病とはわけが違うの」 「だからこんなことをいうのはよくないって言ってるだろう!? っていうか、それが本当のことって言うのが一番かっこいいよ! ボクの負けだよ!!」 俺は、ニコラが一番の常識人だと思っていたのにな……。 残念だ。いろいろと残念だ。 「あー……とりあえず、すまない、ニコラ」 「ニコラ先輩、ごめんなさい」 「謝ってほしいわけじゃない! 謝ってほしいわけじゃないけど、でも……」 「これから、『佑斗様』『莉音様』って呼んでもいいなら……」 「お断りだ」「困ります」 「滅びの時がっ!!」 本当に残念だ……。 「リオー、ごはんおかわりある?」 「うん、お茶碗頂戴、よそってあげる」 「ありがとー。てんこ盛りでー」 「エリナちゃん、寝る前にそんなに……」 「アズサはもっと食べないとおっぱいおっきくならないよ? おっぱいおっきくならないとユートみたいな彼氏できないよ?」 「っ!? 莉音ちゃん、おっぱ――じゃなくて、おかわり!」 「ううう、ボクもおかわり……」 「はーい」 「くす……結局いつも通りね。よかった……」 美羽のその小さなつぶやきが俺の耳に入り込んだ。 ライカンスロープのことでは俺と莉音以上に心を痛めていたことだろう。 「いつもありがとう、美羽」 「佑斗……」 「……なんのことかしら?」 「お、ユートとミューがアイコンタクトとってる。この後、部屋に行ってもいい? みたいな」 「そんな話はしていない!」 「いい加減なことを言わないで頂戴。誘うならもっとアダルトな誘い方をするわよ」 「それあんまりフォローになってないよ……」 「ゆ、佑斗さん……矢来先輩と、わたしの2人と……ってことなんですか?」 「は?」 「だって……だって……佑斗さん、さっきわたしに来ていいって……言ってくれて……それを矢来先輩にも……ぐすっ……」 「でもわたしっ! それでも構いませんから!! 佑斗さんに愛してもらえるなら、わたし、どんな形でだって――むぐっ」 莉音の口を慌てて押さえたが、それはあまりにも遅かった。 「ねぇ、『さっきわたしに来ていいって』の部分が気になるのだけれど」 「前後関係から考えて、ユートが自分の部屋に来ていいよってリオに言ったってことだよね」 「そして、時間としてはこの後。すなわち、みんなの就寝時間に……」 「六連君」 「あ、ああ……」 「莉音ちゃん」 「は、はい」 「寮内ではえっちな行為は慎んでください!!」 そんなわけで、この日のえっちはお預けになった。 心底残念だった。 「今日の弁当も美味しそうだな。いただきます」 「召しあがれ、フフフ」 蓮沢の件がまだ残っているとは言え、ヴァンパイアドラッグ事件としては一応の解決をみたと言うことで一段落ムード。 ここのところ風紀班にかかりきりだった《チーフ》主任も、今日は久々に『枡形先生』をやっていた。 そして、深夜休みの今は、いつもの様に莉音とお弁当を食べているところだ。 「そういや大きな事件が解決したから、放課後が少し空くんだ。莉音の方はどうだろう」 「あ、今日は、扇先生のところに行くように言われていて……」 「扇先生?」 「はい、あの……」 莉音は周りをキョロキョロと確認してから続けた。 「ライカンスロープの件できちんとした検査を受けた方がよいと」 「あ、そうか。そういえば、俺も複数能力を使うとわかってから、しばらく経過を診てもらったな……」 莉音のことも含めて、ライカンスロープの件に関して、少し扇先生の意見も聞きたいところではある。 個人的には近寄りたくはないが、他に頼れる医者もいないのが口惜しい。 「ちょうどいい。俺も一緒に行こう」 「本当ですか? では、放課後に待ちあわせましょうっ」 こうして寮はおろか学院でもイチャイチャしているのに、放課後に一緒に医者に行くと言うだけで、こんなに喜んでしまうかわいい莉音である。 そんな莉音を見て、俺もあからさまに口元が緩んでいるのだが。 「終業は同じだよな。じゃあ、終わったら教室まで迎えにいくよ」 「わっ、わたしのクラスにですか!? そ、それは、その……」 「恥ずかしい?」 「は、はい……」 「そうだよな……俺なんかが彼氏じゃ、莉音だって恥ずかしいよな……」 「佑斗さんは[・]な[・]ん[・]かじゃありません! わたしなんかにはもったいないくらいの素敵な彼氏です!」 「莉音も[・]な[・]ん[・]かじゃないけどな。じゃあ、自慢の彼氏ってことで迎えにいくから」 「ああっ!?」 「……どうしても嫌ならやめておくけど」 「ど、どうしてもというわけでは……その……」 「ならキマリだ」 「はぅ……佑斗さんのいじめっこ……」 さて、莉音の教室は、と。 「お、ユート。もしかして、教室にリオを迎えにいく約束でもした?」 「おう、エリナ。よくわかったな」 「だってリオ、顔真っ赤にしたまま自分の席で固まってるんだもん」 「『帰ろ?』って言ったら、『今日はちょっと……』だって。かわいいよねー。で、どこ行くの? どこ行くの?」 「いや、病院に行くだけなんだが」 「妊娠!?」 「なぜそうなる。単なる診察だって――例のアレの」 「ああ、そっか。なんかメンドくさそうだね」 「まぁ、しょうがないだろ。それでも普通に生活できてるんだから、ありがたいもんだよ」 「なるほど、りょーかい。ごめんね呼びとめて。早くリオのところに行ってあげて」 「へいへい」 エリナに簡単に手を振って莉音の教室へ向かう。 この教室だな。 「すまない、稲叢莉音はいるかな」 「稲叢さんですか? はい、稲叢さんならあそこの――」 「お、いたいた」 「ホントにいた……」 「え?」 「いえいえ、なんでもありません……なんでも……」 「い、稲叢さーん」 「は、はいぃっ!」 エリナの報告通り、真っ赤な状態の莉音が派手な音をたてて椅子から立ちあがった。 「ゆ、ゆうと、さん……」 「教室に迎えにきただけで、そんなに緊張するとは……」 「だ、だって、緊張っていうか……恥ずかしいっていうか……ぁぅぁぅ……」 残っている生徒はもう半分もいなかったが、その状況にざわめきはじめている。 莉音が恥ずかしがるのも当たり前といえば当たり前だった。 「い、行きましょう、佑斗さん」 「ゆうとさんって呼ぶんだ……」 「ああ。君、ありがとうな」 「いえっ! 稲叢さん、またね。ごゆっくり!」 「う、うん、また明日」 「あれ? ……ごゆっくりって、なんだろう」 「なんだろうな」 どうやら今の子は俺が莉音の彼氏だと言うことを知っていたみたいだな。 知らなくても莉音の態度でバレバレという気がするが。 「はぁ……明日、クラス中の噂になっちゃってるかも……」 「すまん」 「べ、別にいいですけど……。少し、自慢しちゃいたい気も……ありましたし……えへへ」 「わたし、佑斗さんのことを意識するまで、そういうことまったく考えていなかったので、クラスメイトにもよくオクテだとか言われていたんです」 「今日のことが噂になってしまえば、見返せる……なんてことをちょっぴり思ってしまいました」 「なるほど」 そこまでははにかんでいた莉音だったが、そこでふと視線を落とした。 「佑斗さんとの関係が噂になっても、恥ずかしいだけで済みますけど……」 「わたしたちがライカンスロープだって噂になってしまったら、どうなっちゃうんでしょうね……」 それは当然の不安だろう。 噂が傷つけるのは当人である俺たちだけじゃない。 俺たちの周りにいる人たちもそれに巻きこまれる可能性が高い。 「それについては、そこまで心配していないかな」 「そうなんですか?」 「どうもライカンスロープが恐れられすぎていて、現実感の薄い存在になっている気がしている」 「現実感の薄い存在……」 「だから、よっぽどの証拠を見せつけない限り、ライカンスロープだなんて噂は荒唐無稽なものに聞こえる」 「よっぽどの証拠って……佑斗さんが、わたしを助ける時にやったような?」 「ああ、そういうこと。だけどあれも、いくらでも言い訳できると思う。あいつらもドラッグに手を出していたクチだしな」 「そっか……そうですね」 それでもまだ不安らしい。 確かにこれだけでは単なる楽観論にしか聞こえないかもしれない。 「防衛手段としては、これからもいっぱいイチャイチャするというのも考えている」 「い、イチャイチャ!?」 「恐れられている存在が、周りのことそっちのけでイチャイチャしていたら、莉音はどう思う?」 「…………あんまり、恐ろしくはない……ですね」 「だろ? 正直なところ、バカらしくなると思うんだ」 「……もしかして、今日教室に迎えにきたのも……?」 「いや、それは莉音のクラスの男子に、莉音はもう俺のものだぞって知らしめたかっただけだ」 俺は照れ隠しにあえてキリッとした顔で言ってみる。 莉音も「自慢しちゃいたい」と言っていたが、その辺りは俺も似たようなものだった。 「くすっ……なんですか、それ。そんなことしなくても、わたしは別にもてたりしませんよ?」 「それは、莉音がわかってないだけだろ。莉音は最高にかわいいんだからもてないはずがない」 「そんなこと言ったら、佑斗さんは最高にかっこいいですから、わたし、いつだって気が気じゃないです」 「そんなことないって」 「わたしだってそんなことないです」 「……ぷ」 「フフ」 「アハハハハ」 「フフフフフ」 「もう、佑斗さんったら……。あ、それで、イチャイチャって、どういう風にしたらいいんでしょう?」 「……いや、今してた」 「ええっ!?」 莉音は口に手を当てて驚き、「どこからどこまでが……」などとつぶやいている。 とはいえ、本当にライカンスロープのことが噂になったら、イチャイチャ程度で収まりはしないだろう。 本当に吸血鬼が食い殺されるような事件が起きた時が一番マズそうだな。そんな事件があるとは思えないが……。 「……いや」 「え?」 「…………」 『本物のライカンスロープ』が未だに生き残っているならば、その可能性はある……のか。 蓮沢が生きているんだ。ライカンスロープ研究を第一に考えていた蓮沢が、助け出した可能性も考えられるだろう。 「……お仕事の考え事ですか?」 「すまん、急に」 「いいえ。思いつきは大事だと思います。もし、わたしにもお手伝いできそうな考え事でしたら言ってください」 「こう見えてもわたし、クロスワードとか得意なんで、謎解きには向いていると思うんです」 今度は莉音がキリッとして言ったので、思わず噴き出しそうになってしまった。 「確かに考えていたのは莉音にも関係の深い、ライカンスロープに関してだけどな」 「俺たちの因子の元になった『本物のライカンスロープ』っていうのは、結局生きているのかなって……」 「『本物のライカンスロープ』……わたしは生きていると思います」 「佑斗さんを助けたいって思った時、わたしの頭の中に、佑斗さんを助けるための能力が浮かんできました」 「『本物のライカンスロープ』さんも、なにかあればそういう能力が浮かんでくるんじゃないかなって……」 そういえば、俺も「何を望む?」という声が聞こえるな……。 ただ、あれ自体が意志を持つなにかという感じではなかった。 もしかしたら、あの声自体が、『ライカンスロープの能力をナビゲートするための能力』なのかもしれない。 「……確かに。ただ、それは[・]吸[・]血[・]し[・]て[・]い[・]れ[・]ばという話にはなるか」 「あ、そうですね。ごめんなさい」 「いや、すごく参考になった。能力を使って生き延びたというのは、考えなくちゃいけないパターン……ん、そうすると……」 「むしろ、『本物のライカンスロープ』が能力を使って、研究施設を潰し、組織を壊滅させた……? そう考えるべきか?」 「えっと……『本物のライカンスロープ』さんが研究されるのを嫌がって暴れたなら、教授さんが真っ先に狙われてしまう気がします」 「そうだな、そうなると蓮沢が生きているのがおかしくなる……」 だがしかし、本当に『本物のライカンスロープ』が暴れたのだとするならば、どうとでもできるんじゃないのか? 俺の中の声も、「なにができるのか」という問いに「なんでも」と答えていた。 ならば、なんらかの能力を使えば―― 「教授はどうして、ご自分で研究されようとはしなかったんだろう……」 三大寺に指示を出していたのが、「蓮沢ではない」とするならば―― !! 「…………わか……った。蓮沢は、やっぱり死んでいると考えるべきなんだ……」 「佑斗さん……?」 「蓮沢の研究資料にあった。ライカンスロープは吸血鬼を喰らう時に能力だけではなく、その記憶をも奪う……」 「姿形を真似るだけなら、幻覚でも幻影でもいくらでもそんな能力はある。それなら、三大寺と研究についての詳しい会話だって――」 「ああっ、でも……それでは『なぜ今』というファクターは以前として解消されないのか」 「『なぜ今』というのは?」 もはや独り言と化している俺のつぶやきを聴き取り、莉音が合いの手のように質問してくれる。 「『本物のライカンスロープ』を使った研究の時点では、俺たちはライカンスロープとして覚醒していなかっただろ?」 「そうですね……わたしはたぶん、高熱で倒れちゃった時……なんだと思います」 「……俺を助けた時ではなく?」 「はじめて能力を使ったのはそうですけど……」 「続けてくれ。莉音が覚醒した時期を詳しく知りたい」 「あ、はい……。わたしがこの島に来た時、最初に見せた能力が……『怪力』だという話は聞いていますよね」 「ああ」 「あの……すごく恥ずかしい話なんですが、佑斗さんにはもう隠しごとをしないと決めているので、言っちゃいますけど、その……」 「『怪力』の能力を持っていると、吸血をしない状態でも普通の吸血鬼より力が強いんです……。吸血するともっと出ちゃいますけど……」 「それが、あの高熱を発した後から、筋力がずいぶん落ちていて……」 「今考えたら、あの時にライカンスロープになっていて、使える能力が『怪力』じゃなくなったからなのかなって……」 確かに、蓮沢の研究資料にもそんな記述があった。 だが、ちょっと待て。そうなると、いよいよそのタイミングがわからなくなるぞ? 話している内に俺たちは病院にたどり着いていた。 そのロビーで立ち尽くし、莉音と視線を合わせて疑問の声をあげる。 「……莉音がライカンスロープとして覚醒したと知っている人間が……いない」 「え?」 「だってそうだろう? 莉音自身ですら、その時には自分がライカンスロープだとは気がついていなかったのに――」 「どうして三大寺は莉音を狙うことができたんだ……?」 「それは、佑斗さんを助ける時に能力を使ったから……」 「違う。あの時、寮に不法侵入者が入っただろう。あれは、俺と同時に莉音の拉致を狙ったものだったんだ」 「――!?」 莉音が息を呑んだ。 俺の呼吸も、この先のなにかを予感して早くなりはじめている。 「三大寺に、俺と莉音がライカンスロープ研究の成功例だと教えたのは、いったい誰だ……?」 「だが、そいつこそが『本物のライカンスロープ』だ」 「自らが『本物のライカンスロープ』であり、その研究の主導者だった蓮沢の記憶を持つ者」 「そいつならば、たとえば莉音の体組織……血液なんかを手に入れることができれば……」 一人……いる。 「佑斗さん……それって……」 「いや……まさか……」 「そ、そうですよね……そんなはず、ないですよね……」 だがもし本当に、莉音がライカンスロープになったタイミングがあの高熱ならば、高熱の原因はヴァンパイアウィルスの活力低下によるものではないことになる。 その診断をしたのは誰だ? 俺の血液を精密検査していたのは誰だ? 莉音の血液を精密検査していたのは誰だ? 「扇先生が、そんなはず……ない、ですよね……?」 すがるような目で俺を見る莉音。 俺には首を縦に振ることも、首を横に振ることもできない。 だが、俺は扇先生に莉音の血液を調べてもらうように頼んでいた。 莉音の言うとおり、その時すでに莉音がライカンスロープとして覚醒していたとしたら―― 「僕がどうしたって?」 『――ッ!!?』 「おっと、嫌だな……僕だよ、マイスィートハニー。安心してくれ、僕は六連君が浮気をしているだなんて勘違いしたりしないから」 「…………」 俺は無意識のうちに莉音を背中に隠していた。 今の最悪の予想だけがそうさせたんじゃない。 扇先生の身体から溢れる強大な力を感じとっていたからだ。 「おやおや、放置プレイかい? それも刺激的だけど、せっかく久しぶりに会えたんだ。激しいツッコミを期待したいところだね」 「扇先生……どこかで吸血を?」 「ああ、今吸ってきたばかりだよ。人を救うために必要な行為だったからね」 「そうそう、今日は稲叢君の検査をすると言う話だったね。間にあってよかった。お待たせしてしまうところだったよ」 人を救うために吸血? 扇先生は医者だから、そういう医療行為もあるのかもしれない。 もしかしたらそれが本当のことなのかもしれない。 ――だが、俺の全神経が、この男への警戒を解くなと告げていた。 莉音も後ろで俺の服の背中をぎゅっと握りしめている。 その時、空気も読まずに俺の携帯が鳴り、無機質なロビーにその音が響いた。 音からすると、風紀班からのエマージェンシーか。なにか事件が起きたらしい。 「僕のことは気にしないでいいから、電話を取ってくれ。なに、僕と六連君の仲じゃないか。こんなことで感謝なんて必要ないよ」 口調こそはいつも通りにおちゃらけていたが、その目が笑ってはいなかった。 怒っているわけでもない。 そこにはすべての感情が重ねあわせられた無感情があった。 しつこく鳴る携帯を、震える手で取りあげ、耳に押しあてる。 「……もしもし」 「佑斗!? 大変よ! 三大寺が殺されたわ!」 「な」 「死因は過剰吸血による失血死。犯人はわかっていないけれど、留置所内への侵入の手口から、幻覚や幻影、催眠術などの能力を使う可能性が高い」 「犯人はまだしばらく吸血状態にあるはず。もしこれが『L』に関するものなら、佑斗や稲叢さんが再び狙われる可能性もあるから充分に気をつけて頂戴」 いくらなんでも、状況が揃いすぎている。 だが、それ以外に、辻褄の合うパーツはない。 電話を持った手がだらりと下がった。そこからは「佑斗、返事をして頂戴」などと叫ぶ美羽の声が聞こえている。 落ちつけ。今はマズイ。 明らかに、状況が悪い。 「すみません、扇先生。緊急の用件が入ってしまいました。また日を改めさせてください」 「行こう、莉音」 「おおっと、せめて稲叢君は離していってくれないかな。稲叢君の検査は今日中にしてしまいたいんだ」 「申し訳ありませんが、急いでいます。莉音も必要なんです」 「そう言わないでくれよ、僕と六連君の仲じゃないか」 「いえ、本当にすみません。遊んでいる場合じゃないんです」 「僕も遊んでいるわけじゃないんだよ、六連君」 俺はしつこくホモネタで迫ってくるこの男が苦手だった。いや、嫌いだったと言ってもいい。 だが同時に、人として、医者として、信頼してもいた。 信じて、いたのに……っ。 「……!」 「やっと僕の目をまともに見てくれたね。嬉しいよ」 「遊びではなく、真剣にお尋ねします」 「ああ、六連君の真剣な気持ちにならいかなる時でも応える用意があるよ」 いつも通りの軽い言葉に取りあわず、俺は単刀直入にその問いを投げた。 「あなたが……『本物のライカンスロープ』なんですか?」 「…………っ」 背後で莉音が息を呑む音が聞こえる。 だが、そんな緊張感などまるでないことのように、扇先生はそのままの調子を変えずに答えた。 「さすが六連君。僕のことをそこまでわかってくれているだなんて、嬉しいよ。やはり愛の力は偉大だね。さぁ、僕と愛の抱擁を交わそう!」 「……自首してください」 「相変わらずつれない態度だね。僕は六連君に稲叢君のような恋人がいても気にしないというのに」 「自首してください、扇先生」 俺はもう一度同じ台詞を吐く。 「僕が君を愛してしまうことが罪だというのかい? そうだね、愛とは常に罪深きものなのかもしれない……」 その懇願も虚しく、扇先生はその態度を崩さない。 「あなたは蓮沢庄三郎を装って三大寺清実と接触し、彼女に俺と莉音の拉致を促した。違いますか?」 「その際、あなたは俺と莉音の血液サンプルを三大寺清実に譲渡している。違いますか?」 「そして……あなたは証拠隠滅を計り留置所に侵入して三大寺清実から吸血、殺害した」 「違いますか?」 「……さすが六連君、なかなかの洞察力……といいたいところだけど、最後のだけは少し違うかな」 薄い目で俺を見て笑う扇先生。 そこには罪悪感もなければ、追いつめられた焦燥感もなく、ただいつものままの彼がいるだけだった。 「三大寺君を殺したのは、それが彼女の救いになるからだよ」 「ロシアでの研究が頓挫し、敬愛する蓮沢教授の失踪を知り、その教授に重大な研究を隠されていたことを知り――」 「そもそも、自分がロシアに送られたのは、その重大な研究から遠ざけるためだったと知ってしまった」 「かわいそうだよね。だから彼女は見返したかったんだ、自らの手でライカンスロープの研究を完成させて……」 「もしかしたら、彼女ならそれを為しえたかもしれない。『L』だって、彼女でなければ作りあげることはできなかっただろう」 「だけど、彼女はとっくの昔に壊れていたんだ。度重なる絶望に疲れ果てていた」 「そうでなければ、蓮沢教授に扮した僕に従うことなんてなかっただろう。彼女なら、僕が本物の蓮沢教授ではないことくらい気がついていたはずだからね」 「ともあれ……彼女は終わりによる救済を求めていた。だから僕は、彼女にとって一番心安かな死を迎えられるよう取りはからったんだ」 「《ぼく》蓮沢教授に吸血された彼女は、至福の笑みを浮かべて果てたよ」 その優しげな笑みに怖気が走る。 これが扇先生の――いや、扇の本質なのか……。 「ひどい……」 「酷いものか。彼女は今後苦しみながら生きていくよりも、よほど幸せだったと思うよ。羨ましいくらいだ」 「惜しむらくは、彼女が人間だったことかな。吸血鬼であれば、彼女の記憶と能力は、僕の中で蓮沢教授と共に[ながら]存えたのにね……」 ヤレヤレと首を振ってみせる扇。 俺は最後通牒として、もう一度言う。 「……自首、するつもりはありませんか?」 「逮捕されるのは少し困るかな。それより、今度はこちらから尋ねたい」 「六連君、稲叢君。2人とも、僕と一緒に来る気はないか?」 「一緒に……?」 「どこに、ですか?」 「さて、どこになるだろうね。ここは『人間と吸血鬼、そしてライカンスロープの明るい未来に』とでも言っておこうかな」 「いい加減ふざけるのはやめろ!」 俺の声が震えているのは、扇に対する怒りのせいだけじゃないことはわかっていた。 「さっきも言ったけど、僕だって遊んでいるわけじゃないよ? 無論、ふざけているわけでもない」 「君たちは、僕がようやく見つけた《なかま》同胞。そして、明るい未来に繋がるかもしれない『可能性』なんだ」 「どういうことだ……?」 「『人造ライカンスロープ計画』の成功例は君たちだけだと言う話だよ」 「もう一度あの手の研究に乗ってやるつもりはないけれど、せっかく男女一組の成功例が現れたんだ。しかも2人は恋仲と来ている」 「君たちは僕に比べたら不完全なライカンスロープだけど、君たちから生まれる子供がどういう性質を持つのかは非常に興味深いとは思わないかい?」 『!?』 「これまで、ライカンスロープは吸血鬼の中から突然変異の形でしか生まれてこなかった」 「だが、君たちはライカンスロープの因子を後天的に受け継ぐことができた希有な例だ」 「君たちから生まれる子供にもライカンスロープ因子が受け継がれることが期待できる」 「それはライカンスロープの[しゅ]種としてはじまりを意味する。君たちは、アダムとイブになるんだよ。それを明るい未来と言わずしてなんと言うんだ」 扇のその言葉に、莉音をはじめて抱いた後に見た、不思議な夢が脳裏をよぎった。 あれは、俺の身体が、種としての本能が見せた夢だったというのか。 「そ、それはでも……扇先生と一緒に行かなくてもいいことなんじゃ……」 「そうなんだよ、稲叢君。僕としてはね、このまま君たちの行く末を見守るのもいいと思っていたんだ」 「だけどそれは今まで通り、扇元樹としての立場で、君たちを見守れるなら、という話だ」 「《アクア・エデン》吸血鬼の社会だって、決して善意的なものなんかじゃない」 「吸血鬼の上位種となりかねない君たちを放っておいてくれる保証なんかないだろう?」 「だからもし、そういう動きが出てきた時には、僕が影ながら君たちを支援するつもりだったんだよ」 扇が俺たちに歩みより、俺は莉音をかばって数歩下がった。 まだダメだ。 もう少し時間を稼がなくては……。 「……だけど、君たちは僕の正体に気がついてしまった。それに、さっきから繋がったままのその携帯、僕たちの話は風紀班にすべて筒抜けなんだろう?」 「――ッ」 「それでは困るんだよ。人間社会が吸血鬼にしたように、今度はこの吸血鬼社会に《ぼくたち》ライカンスロープが押しつぶされる」 「だったらなぜ、三大寺に俺たちを拉致させるようなマネをしたんだ!?」 「それは稲叢君の力を確認したかったからだよ。六連君は仕事柄その能力を発揮してくれることが多かったけど、稲叢君は違うだろう?」 「稲叢君に力を発揮させるには、六連君と一緒にピンチになってもらうのが手っ取り早かった」 「三大寺君が君たちを分断する作戦をとった時には頭を抱えたけれど、幸い稲叢君が六連君を追いかけてくれたからね」 「僕は、稲叢君が寮を出ていくのを、三大寺君たちに気づかせないようにすればいいだけだった。それにしても、あれは思いの外上手くいったね」 「《ぼく》ライカンスロープ1人でもこの程度のことなら片手間にできるんだ」 「3人いればなんだってできる。今のこの身分を捨てたところで、どこでだって新しい生活を作りあげていくことはできるんだよ」 「さぁ、もういいだろう? そろそろ風紀班も駆けつけてしまう頃だ。2人とも、僕と一緒に来てくれ」 「それでも、俺はイヤだ!」「それでも、わたしはイヤです!」 示しあわせたわけでもないのに、その返答は俺たちの口から同時に出ていた。 「聞き分けのない……。わからないか? たとえ僕が逮捕されたところで、その後君たちに待っているのは、迫害や監視、人体実験の日々なんだよ?」 「それでも、俺には莉音がいる」 「それでも、わたしには佑斗さんがいます」 「そして、寮のみんなだって、俺たちの味方だ」 「わたしたちは、周りのすべての人たちに支えられて生きているんです」 「それを信じられないあなたに、ついて行く気はない」 「――そうか。それなら、仕方がないね」 「うわっ!?」 「きゃあっ!?」 扇の攻撃に備え莉音を背にして身構えたが、足元が急にぐらついてバランスを崩してしまった。 だが転んだわけじゃない。気がつけば俺たちはリノリウムの床から1mほど引き離されていた。 念動力。かつて莉音が見せた、走行中の車両をも持ちあげるほどのあの能力だ。 だが、吸血すらしていない俺たちには、同じ力で対抗することもできない。 「さぁ、おいで」 「くっ!」 やはり、為す術はないのか……! そう歯がみした、その時だった。 「させぬよ」 「な――」 小さな人影が襲いかかり、扇の身体をロビーの向こう側の壁まで吹っ飛ばした。 扇の念動力は途絶え、俺と莉音は落下して身体を打ちつける。 「うわっ」「きゃんっ」 「大丈夫か、莉音」 「は、はい、わたしは大丈夫です」 俺たちが支えあいながら立ちあがると、吹っ飛ばされた扇も立ちあがるところだった。 そして、その前には、扇を蹴り飛ばした小柄な少女が立ちはだかっていた。 「その2人を連れて行かせはせぬ」 「無論、迫害も監視もさせぬ。人体実験などもってのほかじゃ。そのためにワシがいる」 「……これはこれは小夜様。市長自らお出ましとは」 「応。これらはすべてワシの節穴が招いた事態じゃ。自ら拭きとるしかあるまい」 「小夜様、どうしてここに……」 「うむ、我には信じられなんだが、此度の件、元樹が関わっておるとしか考えられなくてのぉ。こやつを捜しておったのじゃよ」 「いやはや、よもや自らの罪を告白する場面に出くわすなどとは思わなんだ。命運尽きたか? なぁ、元樹よ」 「いえいえ、もうバレても構いませんでしたから」 「フン……小童共、下がっておれ。すぐに風紀の連中も来るはずじゃ」 「ハハハ、小夜様もずいぶんとお年を召されたようですね。そこまでの時間はかからないと思いますよ」 「ワシをなめるなよ、小僧」 「なめているのはあなたでしょう。僕はライカンスロープですよ?」 その台詞を言い切るか言い切らないかのうちに扇の姿が消え、ほとんど間を置かずに、小夜様の身体が弾け飛んでいた。 「――っ! く、加速か!」 扇は一瞬のうちに移動し、小夜様のおそらくは顔面を殴りつけたらしい。 小夜様もそのままでは終わらず、弾け飛んだ身体をくるりと一回転させて着地する。 「まだまだッ!」 だが、扇は着地直後の小夜様にすでに蹴りを放っていた。 「――阿呆めが」 避けようのない体勢に見えた小夜様の身体が、扇の蹴りを巻きこむようにして反転し、その懐に潜りこむ。 次の瞬間、小夜様の掌底が扇の顎を捉えて、打ちあげられていた。 「フンッ!」 扇の伸びきった身体に、今度は槍のような四本貫手が突き刺さる。 「ぐほ……っ!!」 「ハッ……ワシが何年生きていると思うておる。ワシより速い[やから]輩との戦い方くらい心得ておるわ」 小夜様の右手は、完全に扇の腹部を貫いていた。 「小夜様、すごい……」 だが―― 「ぬ……これは……」 「ですが、ライカンスロープとの戦い方は知らなかったようですね」 小夜様が貫いたはずの扇の身体は忽然と消え、咄嗟に振りかえった小夜様の前にすでに存在していた。 「なっ…………」 「仕返しです♪」 「小夜様!?」 先ほどとは逆に、扇の手が小夜様の身体にめりこんでいる。 「カハッ」 「『[きょ]虚[たい]体』という能力だそうですよ。幻影に属する能力ですが、どうです? 本当に僕を貫いているみたいだったでしょう?」 「ぐっ……ぬかった……」 「さて、いくらあなたが超回復の能力を持っていても、内蔵を滅茶苦茶にされればしばらくは回復できませんよね?」 「ああ、それとも……このまま、この小さな心臓を握りつぶしてしまえばいいのかな」 「やめろ!! やめてくれ!!」 「ずいぶんと優しいんだね、六連君は……。僕を実験材料にした『人造ライカンスロープ計画』はこの《アクア・エデン》海上都市で行われていたんだよ?」 「その実験があったから、六連君も稲叢君も『ライカンスロープ因子』なんてものをその身体に入れられることになったんだ」 「それもこれも小夜様に市長としての器が足りなかったからじゃないか?」 「計画を防げなかったばかりか、それがあったことにすら気がついていなかったんだよ、この人は」 「もう充分だろう。これ以上生きていても、新しい未来への妨げになるだけだよ。老害というヤツだよね」 「俺はそうは思わない」 「なに?」 「たとえ、小夜様の施政に問題点があったとしても、悪いのはあくまでも人体実験なんてことをしていたヤツらだ」 「……本当に君はお優しい」 「ぐあああっ!!」 「小夜様!!」 「フン……」 扇は冷徹な眼差しで俺を睨みつけたまま、まるで空き缶でも投げ捨てるように小夜様を放り投げた。 小夜様の身体は扇の背後の壁まで飛んでいき、嫌な音をたてて打ちつけられ、そしてずり下がるようにして冷たい床に落ちる。 その壁にはべっとりと小夜様の血が張りついていた。 「小夜様!!」 「ひ、酷い……」 「莉音、下がっていてくれ」 「……イヤです、わたしも戦います」 「たとえわたしだけ逃げ出したとしても、扇先生にはそれを簡単に捕まえるだけの力があります」 「だったら……わたしは佑斗さんと一緒に戦います」 「莉音……」 莉音の瞳に俺の顔が映りこんでいた。 まったく……俺は莉音に助けられてばかりだな……。 「稲叢君の方が少しだけ冷静に状況を把握できているみたいだね」 「でも、そうだな……たとえ君たちが吸血していたとしても、僕に勝つことは難しいと思うよ」 「君たちと違って、僕は自分の持つ能力のすべてを知っているし、その能力の使い方もよく知っている」 「ま、知っていると言っても、元の持ち主の記憶だけれどね」 ライカンスロープは吸血鬼を喰らい、その能力と記憶を奪う。 それこそが美羽が恐れていた『吸血鬼喰い』。 この男は、いったいどれだけの吸血鬼を喰らってきたのだろうか。 「さて、小夜様のせいで少々時間をかけすぎたみたいだ。残念だけれど、乱暴な手段に訴えさせてもらうよ」 「僕は君たちほど優しくはないんでね」 扇の姿が消えたと思った次の瞬間、その声が背後から聞こえた。 小夜様の身体を貫いた貫手が今度は莉音に襲いかかるのが見えた。 「莉音ッ!!」 「きゃぁっ!?」 考えるより速く身体が動き、俺は莉音を押したおすようにして、もろとも地面に転がった。 「ハハッ! よく避けたね! だけど、もう終わりだ!」 背後から襲いくる殺気。 俺の体勢はまだ莉音を庇って四つん這いになったままだ。扇の攻撃が来るのはわかったが、振りかえっているだけの刹那もない。 「佑斗さん――ッ」 莉音の瞳に扇の姿が映っているのがわかった。 振りあげられた貫手が迫っている。俺がこの貫手を躱せば、それは莉音に突き刺さる。 「一教です!」 「ッ!!!」 「佑斗!! 稲叢さん!!」 「六連君!! 莉音ちゃん!!」 ちょうどその時、ようやく美羽たち風紀班が駆けつけてきた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「くっ……バカな……」 「佑斗さん……」 自分でも、それがどうして上手くいったのか不思議なくらいだった。 それでも俺は今、確かに扇の右腕を取り、地面へと抑えつけている。 だが、こうしていられるのも数秒だという直感が走っていた。 怪力か? それともまた別の能力か? いずれにせよ、扇がここから抜け出すのは必至だ。 扇のすぐ隣には莉音がまだ尻餅をついた体勢のままでいる。 その時、最初に犠牲になるのは莉音だろう。 いや、駆けつけてくれた風紀班も、扇が本気で暴れるのなら無事では済まない―― 「こんなことは無駄だよ、六連君」 「無駄じゃ――ないッ!!」 「なッ!?」 これが最初にして最後のチャンス。 それが閃いた瞬間、俺は扇の首筋に牙をたてていた。 吸血鬼が吸血鬼の血を吸っても大した意味はない。 ならば、ライカンスロープがライカンスロープの血を吸ってもやはり大した意味はないのだろうか。 ライカンスロープがライカンスロープから吸血した記録はない。 人造ライカンスロープが本物のライカンスロープから吸血した記録などなおさらだ。 だが……だがもし、ライカンスロープが『特別な力を持つ[・]吸[・]血[・]鬼』に過ぎないのだとしたら―― ライカンスロープはライカンスロープを[・]喰[・]うことができる。 俺は、その可能性に賭けて、扇の首筋から血を吸いあげた。 「佑斗さん!!!」 莉音の叫びが耳に響いたその時、あまりにも膨大な力が俺の中に流れこんでくるのがわかった。 「そん……な…………力が……僕の……力、が……」 「まさか……こんな…………」 溶けた鉛かと思うほど熱い血液が身体の中を駆けめぐり、細胞のひとつひとつを活性化させていく。 昂揚。興奮。激しい動悸とともに、手の先、足の先に至るまでのすべての毛細血管が脈動している。 『ライカンスロープもどき』にすぎなかった俺が『本物のライカンスロープ』となっていくことが、はっきりと実感できた。 だが―― 『吸血鬼喰い』が喰らった時に得るのは、その能力だけではない。 これまでに扇が得たその記憶のすべてが、俺の中に流れこんできていた。 扇自身の過去だけではなく、扇が取りこんできたものたちすべての記憶が俺の中に入り込み、駆けめぐっていく。 悲鳴、絶叫、嗚咽―― その記憶の多くが陰惨で、残酷で、悲痛に満ちたものだった。 そして、その中でも最も悲惨な過去を持っていたのは、扇自身だった。 そもそも、扇が取りこんでいた吸血鬼たち……その多くが、実験のために連れてこられ、実験のために扇に喰われた者たちだった。 そう、何人もの吸血鬼を実験の名の下に喰った……。 喰った吸血鬼のなにを得たのか、喰った吸血鬼はどうなるのか。 それは何度も何度も、繰り返し行われた。 能力を得るのは構わなかったが、記憶を得るのが耐え難かった。 どいつもこいつも汚らしく、穢らわしい記憶の持ち主だった。 嘘で塗り固められたヤツしかいなかった。 笑顔の下で、相手を愚弄し、嘲笑していた。 妻に永遠の愛を囁きながら、実の娘と姦通している者もいた。 くだらない。 どいつもこいつも等しく生きている価値がない。 こんなやつらで構成された社会に、なんの意味があるというんだ―― 「佑斗さん!! 佑斗さん!! ダメです!! それ以上はダメ!! 佑斗さん!!」 なんだ……? うるさいな……。 「佑斗、やめなさい!!」 「六連君!! ダメだよ!!」 「お願い佑斗さん! これ以上血を吸ったら、扇先生を殺してしまいます……それは、あなたが望んでいることじゃない……」 佑斗……? 違う。それは私のことではない。 僕の名前でもない。 ………………違う。 ………違う。 違う。 「佑斗さん、お願い! 正気を取り戻して!!」 だけど―― その声は、とても耳心地がいい……。 「佑斗さん!!」 愛しい、人の声……。 「……り……お?」 「佑斗さん!!」 「俺は……いったい……」 口元には甘い血の味が残っていた。 足元には微かに震えている扇先生の身体が横たわっている。 そして、全身を駆けめぐっている昂揚感。 そうか……俺は、扇先生の血を吸ったのか……。 そう……か……。 「佑斗さん!!」 「佑斗!!」 「六連君!!」 「……ん……ここは……」 「佑斗さん!? よかった……目を覚ましてくれた……本当に……ぐすっ……よかっ……ぐすっ……」 「莉音? どうしたんだ、いきなり泣いたりして……」 「だって……だって……ホントによかったぁ……うぁぁぁぁ……」 「莉音……」 俺の膝の上に泣き崩れる莉音の頭を、俺はわけもわからずにしばらくの間撫で続けた。 「そうか、三日も寝ていたのか」 「ぐすっ……はい……本当に心配しました」 まだ泣き足りないのか、少し鼻をぐずつかせて莉音は答える。 「扇先生はどうなった?」 「……扇先生の命に別状はありません。ただ……」 「ただ、なんだ?」 「……検査の結果、ヴァンパイアウィルス反応が陰性になっているとのことです」 「ああ……吸血鬼としてのすべての能力を失ったんだな」 「知っていたんですか?」 「知っていたというか、今は知っているというか……」 「『吸血鬼喰い』の本当の意味は、吸血鬼からその力を奪うことにあるらしい」 「ライカンスロープはやはり吸血鬼の亜種なんだよ。吸血鬼の血を吸っても能力を得たとしても、生きていくためには人間の血液が別途必要になる」 「でも、それだとあまりにも不効率だろ? だから、ライカンスロープ因子は、ヴァンパイアウィルスを駆逐するという能力を獲得したらしい」 「この結果、ライカンスロープに噛まれた吸血鬼はその能力と記憶を奪われると共に、体内のヴァンパイアウィルスを破壊されて人間になってしまう」 「ライカンスロープがそのまま吸い続ければ、晴れて人間の血液が供給できるというわけだ」 「……それが、『本物のライカンスロープ』扇元樹を使って何度も繰り返し行われた実験とその検証の結果……らしい」 「佑斗さん……」 「……俺には今、扇自身と、扇が喰った吸血鬼たちのすべての記憶がある。今のは蓮沢教授の記憶の一部だな」 「そんな……」 「そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫だ。記憶が流れこんできた直後は混乱したが、今は俺が六連佑斗だってはっきりと認識できている」 そして、今だからこそハッキリとわかる。 俺の中にあった違和感、幻聴のようなあの声……。あれはライカンスロープの因子によってもたらされた、扇先生の記憶の残滓だ。 俺の意識とは全く別の存在だからこそ、俺の知らないことも知っていたし、吸血鬼の能力についても詳しかったわけか……。 「ま、問題があるとすれば、いらんことをいろいろ知ってしまったなぁってことくらいか」 「本当に、大丈夫なんですか……?」 「ああ、大丈夫だ。愛してるよ、莉音」 俺は恥ずかしげもなくその言葉を口にする。 そして、その言葉に偽りがないと実感して、俺が俺自身であることの確信に変えた。 「佑斗さん……はい、わたしも愛しています……」 小さくうなずき、微笑む莉音。 よかった。 心の底からそう思う。 これだけ多くの記憶が俺の中に渦巻いていても、俺の莉音への愛はまるで揺らいでいないことが本当に嬉しかった。 そして、莉音からの俺への愛も、また。 「稲叢さん、佑斗の様子は――」 「美羽、来てくれたのか」 開いたドアから顔を覗かせた美羽に手を挙げて応えると、美羽は目を見開いて絶句していた。 「先ほど目を覚ましてくれました」 「佑斗!!」 「おー!? ユート、起きてる!! よかったー!!」 「六連君、ホントによかった! よかったよぉっ……ふぇっ」 「さすが佑斗君。闇の住人に相応しい不死身ぶりだね、うんうん……」 美羽がベッドに駆けよると、美羽のせいで詰まっていたらしくエリナ、布良さん、ニコラも雪崩れこむように入ってくる。 「みんな揃ってお見舞いにきてくれたのか。ありがとう」 「ありがとうじゃないわよ、ぐすっ……みんながどれだけ、心配したと思って……ぐすっ……」 「みんなって言っても、リオとミューが特に心配してたって感じだけどね」 「べ、別にそんなには……心配なんて、していないもの……ぐすっ……ばか……」 「こんなこと言ってますけど、エリナちゃんもとっても心配していたんですよ?」 「ほぉ、エリナが」 「ちょ、リオ! そういうこと言う!?」 「そうそう。しきりに佑斗君が寮に戻ってきたらアレをする、コレをすると言っていてね。それは死亡フラグだからやめた方がいいと言ったんだけど」 「ニコラ!!」 「ぐすっ……ぐすっ……うぇぇ……莉音ちゃん、ティッシュある……? ぐすっ……」 「はい、布良先輩、どうぞ」 「ありがと……ぐすっ……ああ、《チーフ》主任にも連絡しなくちゃ……」 「そうね。いいわ、布良さん。私が連絡する」 なんやかんやいいつつ、全員が全員、目に光るものを浮かべていた。 莉音や布良さんだけではなく、美羽も、エリナも、ニコラも。 みんなが俺が目を覚ましたことを喜んで、涙してくれていた。 「なんじゃ、賑やかじゃの。小童が目を覚ましでもしたか?」 ノックとともに現れたその小柄な姿に、今度は俺が目を見開く。 「小夜様!?」 「応。本当に目を覚ましておったか。元気そうでなによりじゃ」 「……んん? なんじゃ、その死人が生き返りでもしたかのような目は。もしや、元樹にやられて本当に死んだとでも思っていたのか?」 「だって、心臓を潰されて……」 どう見ても俺などより、全然元気そうだ。 「まぁ、その辺りは気合でな」 「気合で!?」 「それでももう歳ということを実感せざるを得なんだ。若い頃は、あの程度の怪我なら1分もかからずに回復したものなんじゃが」 そこまで聞くと、俺の脳は荒神小夜の武勇伝を勝手に思い出してきた。 どうやら心臓を潰されたことも今回が初めてではないらしい。 そしてそれは、扇先生も知っていたこと……。 「……化け物過ぎる」 「なんじゃと?」 「アハハハハ……」 「でも、小夜様が生きていて本当に良かった……」 「ふ……」 「ワシとしても、正直元樹の言は耳に痛いものばかりじゃった」 「ああまで言われてそのまま死んでしまっては、それこそ負け犬というもの。せめて負け犬は返上してから逝きたいものよ」 「して小童よ。お主、やはり元樹の記憶を?」 「……はい。扇先生のものも、蓮沢教授のものも」 「佑斗さん……」 莉音が心配そうに俺を見ていた。 莉音だけじゃない。 みんなが俺を心配してくれていた。 扇先生……やっぱり俺たちはあなたとは行けないよ。 莉音の言葉どおり、俺たちはこうして周りのみんなに支えられて生きているのだから。 「小夜様」 「『L』にまつわる事件と『人造ライカンスロープ計画』について、そのすべてをお話いたします」 こうして、俺たちを悩ませた2つの大きな事件がようやくその幕を閉じた。 だが、俺と莉音の前にはまだ、ライカンスロープとして今後どうしていくべきかという、大きな問題が横たわっていた。 それは、俺と莉音が人間に戻ってからまだ数日ほどの話―― その日は休日にもかかわらず、どういうわけか寮内に俺と莉音しか残っていない日だった。 「えへへ、佑斗さん……」 「ん、どうした?」 「ふたりきりだなぁ……なんて思ってしまって。うふふふふふふふ」 「その笑いはちょっと怖いぞ」 「そ、そうですか? あ、でも、佑斗さんもすっごい口の端がにやけていますよ?」 「そりゃ、莉音が妙にえっちな雰囲気になってるから……」 「え、えっちな雰囲気になんてなってません……」 「でも、ふたりきりで、思わずにやけちゃってるんだろ?」 「にやけてるのは佑斗さんの方ですから……」 「ふ~ん」 「う……冷たいです……」 拗ねる莉音は大変かわいらしいので、俺の大好物だ。 はぁ……ダメだ。もっと困らせたい……。 「……もっと意地悪したいとか、そういうこと考えていますよね?」 「そ、そんなことは……」 「佑斗さんが、わたしのことどういう風に見ていたか、全部知っているんですから」 「そんなの俺だって知ってるよ。たとえば……」 「たとえば?」 「莉音……本当にいいのか? すごく、恥ずかしいことを言うぞ? 恥ずかしいのはお前だからな?」 「わたし……そんなに恥ずかしいことなんてなにかしていましたっけ……?」 「恥ずかしくなっちゃうことはいっぱいありますけど、思い返されて恥ずかしくなることって……」 「なるほど、わかった。つまり、莉音はまだそれが恥ずかしいという自覚がないわけだな」 「はぁ」 本当にないらしい。よし。 「たとえば……寝る時に掛け布団をこう、ぎゅっと股に挟んで抱きしめてだな、『六連先輩……六連先輩……』って」 「あ……あ……あ……」 「きつく布団を挟みこむだけで、莉音のあそこ結構気持ちよくなっちゃってたな……」 「いやああああっ!! なななな、なんでそんなこと知ってるんですか!?」 「だから莉音の記憶は俺も全部知ってるんだってば!」 「ああああああ……」 頭を抱えて突っ伏してしまった。 まさか、この手の記憶も俺に見られてしまうことをまるで考えていなかったんだろうか。 いや、スコンと抜けてただけか。莉音だしな。 「ゆ、佑斗さんだって……その……わ、わたしのおっぱい……思い出して……」 「んぬぉっ!?」 「ぼ、ぼっきって……あんな感じなんですね……。アレが毎朝……」 「あ――ああああぁぁ……」 「今度はどうした?」 「エリナちゃんのバカ……」 「エリナ?」 「わたし……まだ佑斗さんとおつきあいする前に……あんなことを言って……」 「ん?」 エロいことなんだろうなとは思うが、いくつかある気がするのでどれのことを言っているのかわからない。 「お、おな、にー、の……話です。わたし、手伝うって……そんなこと……」 「ああ、あったな。あれは噴いた」 「なんて恥ずかしいことを……」 「まぁ俺に対してしかそういうことを言った記憶がないみたいで安心した」 「本当です、佑斗さんでよかった……。でも、佑斗さんだから恥ずかしい……」 「今さらそんなことで嫌いになったりしないから安心しな。むしろ、かわいく思ってしまうくらいだ」 「ほ、本当ですか……? 本当ですよね……わたしが困ってる姿がかわいいんですもんね……ふぅ」 「俺の方が呆れられた……」 「いいです別に……。佑斗さんがわたしのことを、本気でかわいいって思ってくれてることも全部知っていますから……」 「佑斗さんの記憶の中にある莉音フォルダも覗いちゃってますから……」 「うっ……」 「俺だって莉音の中にある佑斗さんフォルダを覗いちゃってるんだぞ?」 「うううっ」 「……やめよう、不毛だ」 「そうですね……」 「でも、少しだけ気になっていることもあって……」 「なんだ?」 「でも、これをいうと佑斗さんを本当に辱めることになってしまうかもしれなくて……」 「なん……だと……?」 「でも、すごく、わたし的に気になっていて……」 「…………っ」 「わ、わかった。もう莉音にならなにを知られてもいいという覚悟はできてる。っていうか、すでに知られているわけだが……どんとこい」 「本当にいいんですか?」 「ああ、よくなくても取り返しのつくことじゃないしな」 「わかりました。わたしも気にはなっているので、お話します」 「うむ」 「佑斗さんは……」 「…………」 「わ、わたしにさせたいえっちなこと、とか……いつも考えているんですか……?」 「ごめんなさい」 俺はニュートリノもびっくりの速さで謝った。 別にいつもいつもそんなことを考えているわけではない。 だがしかし、莉音の弾むおっぱいが目に入った時とか、お風呂上がりの莉音と出くわした時とか、ちょっとした莉音の腰の捻りを見た時とかにいろいろ考える。 考えてしまう。 莉音のことが好きなんだからしょうがない。 「あ、謝ることはないです。そういうことではなく、あの……」 「ん?」 「……今日なら、その中にある『一緒にお風呂』はできるかな……なんて、思って」 「入って……くれるのか?」 「佑斗さん、お風呂場で出くわした時から、そういう風に思ってくれてたんだな……なんて思ったら、叶えてあげたくなっちゃって……それで」 「入ろう」 俺は莉音の両手を取って言った。 お互いに吸血した時以上に真摯な表情になっている俺自身が、莉音の瞳に映り込んでいた。 「わ、わかりました……。じゃあ、あの……準備しますので、先に入っていてください」 「よしきた!」 「うう、やる気満々過ぎる……」 「佑斗さん……ちゅっ……」 「うぉっ!?」 「フフ、ぴくってしました。おち●ちんにキスされるのってやっぱり気持ちいいんですね……」 俺が共同浴場で待っていると、莉音はそれほど間を空けずにやってきて、早くも臨戦態勢だった俺のペニスの前にしゃがみこみ、いきなりその先端に口づけた。 「……さっきまでやる気満々だったのは俺の方だと思ったんだが」 「あ……もしかして、やる気なくなってしまいました?」 「いや、嬉しいけど……」 「ですよね♪ ちゅっ……」 莉音は俺のペニスを丁寧に指で支え、てかりを帯びた亀頭にその柔らかな唇を何度も押しつけてくる。 「そういえば……ち●こに興味津々だったよな……」 「だ、だって……佑斗さんのですから……ちゅっ……」 「フェラチオって言うんですよね……。今日はまず、お口でしてあげたいんですけど……いいですか? んちゅっ……」 「んっ……そんなに丁寧なキス、イヤなはずないだろ……」 「んふ、よかった……はちゅっ、んちゅっ……んっ……キスだけじゃなくて、舐めちゃっても、いいですよね……」 「是非」 「はい……はちゅっ、ちゅるっ……ぺちゅ、ぺちゅる、んちゅっ……」 「んん、ん、くぅ……」 「あは……佑斗さん気持ちよさそう……ちゅっ……どうですか? これ、佑斗さんが見ていたえっちなビデオの知識なんですけど」 「……莉音、もしかして、エロビデオに嫉妬したりした?」 「んちゅぅぅぅっ」 「んほぅっ!?」 「んは…………嫉妬……とはちょっと違いますけど……」 「佑斗さんに悦んでもらうために、もっともっと、がんばらないといけないって思いました」 真面目だ。 「あ、でも無理をしているというわけではないので安心してください」 「莉音、元々ち●こ好きだもんな」 「だから、佑斗さんのだからです……ちゅっ……もぉ……はちゅっ……んっ、んちゅるちゅ……ちゅるちゅるちゅるちゅる……」 「はぁ……佑斗さんの味……ちゅぅ」 「フェラチオ、気に入ったみたいだな」 「そうかもしれません……。佑斗さんの味とか匂いとか……ちゅっ……病みつきになっちゃいそうです……れるれるれるれる……っ」 「んはぁ……はぁ……やっぱり大きいですよね……これ……ちゅっ」 「そうかな……」 「大きいですよ……いつもわたしの[な]膣[か]内に挿入ってくる時、広げられてるって思っちゃいますから……」 その表現もまたエロいな……。 「あんっ、びくって震えました……このやんちゃさん、ちゅっ……」 「そんなことしたら余計暴れるって」 「フフ、そうですね……ちゅるっ……んちゅっ」 どうやら暴れてほしいらしい。 はじめのなにも知らなかった莉音も初々しくてよかったが、今の莉音も愛情がMAXゆえにエロに行き着いてしまった感じでなかなかいい。 「んっ」 急にペニスの側面にキスされて、全身に痺れが走る。 「横の方も気持ちいいんですか?」 「先端ほど敏感じゃないけどな。それに、莉音のキスはすごく愛がこもってるから」 「あ、あい……」 「莉音だって、自分でおっぱい揉むより、俺に揉まれた方が気持ちいいだろ? 俺の愛がこもってるからな」 「そういえば……って、なんで自分で揉んだことあるの知ってるんですか!」 「だから全部知ってるってば!」 「そうでした……恥ずかしい……」 ち●ぽにキスの雨降らせながら恥ずかしがるようなことではないと思うが。 「ちゅぅっ」 「はうっ」 「決めました。今日はもうこの子、徹底的に辱めちゃいます」 「なに!?」 「覚悟していてくださいね……」 「あぁ~……んっ、れちゅ……」 「んっ、ぉ、おぅっ」 莉音は先ほどキスしたペニスの側面辺りに噛みつくように開いた唇を押しあて、その口内で舌先を蠢かせた。 ど、どこでこんなテクニックを……!? ああっ、俺が昔見たエロビデオだ! そういえばさっきそんなこと言ってた! 「ぺちゅ……どうですか? フフ、恥ずかしい声が出ちゃってますよ……?」 「莉音、Sっぽいぞ……」 「S……? あ、もしかして痛い方がいいんですか!?」 「いやっ、痛いのは嫌だ。勘弁してくれ」 「そ、そうですよね……びっくりしました」 「ただでさえ、吸血鬼の回復力は失ってるわけだしな……」 「たまに忘れちゃいますよね……。えぇとどうすればいいんですっけ? そうだ、攻め攻めでいけばいいんですよね。では――」 「そんなに攻め気にならなくても――」 「ちゅ……んちゅ……んふっちゅぅ……るちゅ……ちゅ……」 「んほぅっ! うぁっ、あっあぅ……っ」 そうか……これ、ただ舐められてる部分だけが気持ちいいわけじゃない。 ペニスを支えてる指先も気持ちいいし、ぷにぷにのほっぺたがたまに当たるのも気持ちいいし、吹きかかる熱い息もまたたまらなく気持ちいい。 その上結構凶悪なのが、莉音の髪の毛が亀頭の先端でちりちりさらさらと揺れ動くこと! このもどかしい快感ときたら―― 「フフフ……ふっ……んちゅ……あふっ…………こっちからのほうがいいですか? ……ちゅる……ぷちゅる……んちゅ……」 「くぅっ」 しかも莉音ときたら、俺の反応をちらちら窺いながら舐めるポイントを逐一ずらしていくのだから、タチが悪い。 そもそも、どうすればどう感じるのかまですでに知られてしまっているわけだ。 もっとも俺の方も、莉音の膣内がどう感じるのかとか、莉音が胸を揉まれた時の感触なんかも知ってしまっているわけだが。 「ちゅぷ……ちゅ……ぷぁ……どうですか? 気持ちよかったですか?」 「正直……気持ちよすぎだ……。出さないように耐えるだけで精一杯……」 「フフフフ、いつ出してしまっても構いませんから……」 莉音は照れ笑いを浮かべながら、事もあろうに支えていた指でペニスをシコシコとしごきはじめる。 「い、今しごかれるのは、ま、マジで、マズイ」 「そんなに気持ちよくなってくれているんですね……かわいい……ちゅっ……はぁ……」 「佑斗さぁん……ちゅっ……もっと気持ちよくなってくださいね……。佑斗さんが気持ちいいと、わたしも……んっ……熱くなってきますから……」 「はぁ……む……」 「んぁっ……」 莉音の小さな唇が開かれ、俺の亀頭をまるまる咥えこんできた。 ねっとりとした熱い口内に敏感な部分が呑みこまれていく。 「はむ……んむ……」 「くっ、くぅぅっ」 さらには、ちろちろとした舌先が亀頭を迎え入れ、その形を精査するかのようにのたうった。 「はぷちゅっ……れちゅっ……」 「くっ」 「ぁ」 「……いい。続けてくれ」 吸血鬼だった時の面影を残す八重歯が、ほんの少しだけ亀頭の表面に当たったが、俺は莉音に続きを促した。 ここまでしてくれている莉音のこの行為を、中断させたくなかった。 「はぷ……あむ……あぷ……ちゅぷちゅ……」 「ん、くぅ……り、莉音……」 「んちゅぷ……ちゃぷっ……あぷっ、んっ、あむちゅ……はちゅ……」 「はぁ……はぁ……はぁむ……」 莉音も今ペニスを離したくないらしく、口いっぱいに咥えこんだままで息継ぎをしている。 「はぁ……っ……あぷっ」 「んっ」 短い休憩が終わり、再び莉音の口内が蠢きはじめる。 蠢きは先ほどよりさらに激しくなり、莉音の唇も舌も、俺のペニスを一心不乱に攻めたててきた。 「ちゅぽ、くちゅ、じゅちゅる……んちゅっ、ちゅっ……じゅちゅぅ、んちゅっ……」 「り、莉音……ちょ、はげし……んんっ」 そもそも限界が近い状態だったのだ。こんな攻めたてられ方をしたら、あっという間に果ててしまう。 だが、そんな俺の気も知らずに――もしくは、知っていてわざとか――莉音はさらに唾液を絡ませ、唇でしごきあげ、舌先でねぶりあげ、そして啜りあげる。 「はぷちゅぷ、じゅちゅるちゅ……ちゅ……れちゅるっ! ずちゅ、ずちゅ、ずちゅ、ずちゅ……んぷふぁ……佑斗さぁん……はぁちゅっ」 「も、やばっ……やばいって……り、りおっ……あっ、うっ」 「ちゅぷ……ちゅ……じゅれるっ、ちゅずるぢゅっ……んふぉむぷちゅっ」 事もあろうに、莉音は俺の腰にすがりついて、さらに深く咥えこんだ。 莉音の喉奥の感触に、俺のペニスが容赦なく奮え立ち、射精のカウントダウンを告げる。 「り、莉音……も、もうすぐだ。もうすぐ……っ」 「んぅっ」 「んふ、んちゅるるっ! ちゅぢゅ! くちゅっ、ちゅぢゅるっ! ちゅうううううぅうっ!」 俺の告白にうなずくと、莉音は嬉しそうに目を細めて、さらに強力にペニスを吸いあげてきた。 しかも、ただ吸いあげるばかりじゃない。頭全体を前後にスライドさせていて、強烈な挿入感をもたらしている。 「んぷちゅっ、んふぁぁ……あふぁぷっ! あぷちゅっ、んちゅっ、じゅちゅるちゅっ! んちゅっ、んぷっ、んぷぉちゅっ、んちゅうっ!」 「莉音っ、莉音っ!」 も、もう、限界だ……。 猛烈な勢いで陰嚢が収縮するのを感じた。 「莉音、出すぞ! 全部飲んでくれ、全部!」 「ふぁぷぁっ! あぷっ、んんっ!!!」 元からそのつもりだったんだろう。 俺の言葉を受けて、莉音はさらに深くまでペニスを突き挿れた。 びゅるるるっ! びゅくっびゅくびゅるっ! びゅくるるっ! 「んんんんんんんんんんんっ!? ぷぁはっ、はぐ……んぶ、んんぁっ、は、はぷっ、んぷぁっんんんっ」 莉音の喉がこくりこくりと激しく動き、その中を俺の精液が流しこまれていくのが見てとれた。 「んぷちゅっ……んっ……んぷはっ!! んぷっ! けほっ!! けほっ! んっぷっ! けほっけほっけほっ!」 「おい、莉音!」 「ご、ごめ……なさ……けほっ、けほけほっ……んんんっ、んくっ……んはぁ……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「全部、飲めませんで……けほっ、けほっ……飲めませんでした……はぁぁ……」 「いや、俺が無茶を言った。すまん、莉音……」 「そんなことないです……わたしも、できれば全部飲みたかったですし……」 「…………そうか」 「はい、次の機会には、全部飲めるようにしたいです……はぁふ……」 「あ……さきっぽ、まだ出てますね。せめてこれを……はぁぷちゅ」 「んぁおぅ」 射精したばかりでまだ敏感な亀頭に莉音の舌先が貪欲に絡みついてくる。 鈴口を割られ、吸いあげられ、尿道に残っていた精液が凄まじい快感と共に除去されていく。 「り、莉音! 顔にっ、顔にかけるぞ!!」 「んじゅちゅるちゅっっ! ――――んぷぁっ!」 「くぅぅぅっ!!」 「ふぁぷっ!? んぁあああっ!!」 びゅるうううぅぅぅっ!! 本日一回目の濃い精液が莉音の顔目がけて噴き出し、びしゃりと音をたてて鼻先へと命中する。 びゅううっ! びゅっ! びゅびゅうっ! 「ふぁっ、ふぁぷっ! あっあっ……熱いのが……あっ……ひぁんっ!!」 「莉音、莉音……っ」 莉音の頭を押さえつけてペニスをその顔にこすりつけ、残りの精液を吐きだしていく。 「あんっ! は、はぁ……んくっ! あ、あは……はふ……んちゅっ……」 「はぁ……莉音……」 俺の精液を受けて、莉音はうっとりとした面持ちをしている。 莉音の顔からこぼれ落ちた精液が、白い首筋を通って、豊満な胸の谷間へと流れこんでいくのが、堪らなくいやらしかった。 「はぁ……温かい…………ん……ちゅっ」 口の端に垂れてきた精液を舌先でぺろりと舐めとってから、莉音は改めて右手でペニスを支え持つ。 「……残り……吸ってしまいますね……はぁむ……ちゅうぅぅっ……」 莉音の顔は再びペニスに吸い寄せられていき、ドロドロの亀頭を躊躇なくその唇で包みこみ……吸う。 「うぁあっ……」 びゅぅっ!! 尿道に残っていた精液を吸いあげられて、その快感でさらに精液が噴出してしまった。 「んんんっ! んちゅるっ……んっんっんっ……ちゅぱ……」 「ん、んんっ……んちゅじゅ……んっんっ……ちゅるれちゅ、んちゅんちゅ……れるれるれる……んっ」 莉音は残っている精液を何度も吸いあげ、吸いとる。 そして、存分に舐めとってから、少し名残惜しそうにゆっくりとその口を離した。 「んは…………んっ……んん……」 口をもぐもぐと動かし、精液の弾力を舌と歯で確かめる莉音。 そして、その白く細い喉が伸ばされ、口内の粘液は食道へと流しこまれていった。 「んくぅぅぅっ……んんっ、んっ」 「ちゅるっ……んちゅっ……んはっ……」 「はぁっ……はぁっ……佑斗さんのせーえき……ちゅっ……」 「もう吸い尽くされたって」 「…………」 俺のペニスを口に押しあてたまま、俺を見あげる莉音。 正直なもので、ペニスの方はそんな莉音を見て、再び復活しようとしている。 「あ♪」 「莉音……えっちになりすぎだ」 「う……」 こんなことで一喜一憂しやがって……かわいすぎるだろうが。 「で、でも……佑斗さんだって、すぐに……ほら」 「ま、待て、今指先で裏スジ撫であげるのは反則だろ!?」 「別に反則じゃないです……。佑斗さんだって、わたしがイッたばかりなのに、あそこくちゅくちゅするの、やめてくれないじゃないですか……」 「わ、わかった。もうしないから!」 「わたしはしてほしいんです。だから佑斗さんにもしているんです」 莉音はそういってカミングアウトしたが、もちろんそのことも俺は知っていた。この論理では俺はもう勝てそうにない。 「佑斗さんだって、ほら……またこんなに大きくなって……気持ちいいですよね、これ……んちゅっ」 「り、莉音……」 「一回のしゃせーで、済むはずないですよね……?」 「それとも……もうわたしの身体、飽きちゃいましたか?」 「ずるいぞ、莉音……飽きるはずないってわかってて言ってるだろ」 「えへへ……」 「そこまで言うなら、今度は俺が容赦なく攻めるからな。覚悟しろよ?」 「は、はいっ。どんな風にすればいいですか?」 今までのセックスでも、莉音はえっちの素質あるなとは思っていたが、どうやら俺と記憶を共有したことで一気にそれが開花してしまった気がする。 しかも、完全に俺のツボを押さえている方向で。 ここで俺は、自分が圧倒的不利に立たされていることにようやく気がついた。 俺の記憶から俺の性的嗜好がバレるのに対し、莉音の記憶から莉音の性的嗜好を知るのは非常に難しい。 なぜなら――莉音は俺とつきあうまで、性的な知識が欠如していたため、本能だけでやってしまった自慰行為程度の記憶しかないのだ。 他は、全部俺とやった行為ばかり。 フッ……いいだろう。 ならば、莉音の性的嗜好を、俺がこれから開発してやればいいだけのことだ! 「じゃあ、莉音。湯船の方に」 「はい」 「そうしたら、そこに手をついて、こっちにおしりを突きだすようにしてごらん」 「おしりを突きだすように……ですね」 「後ろからするんですね……なんだか、ドキドキします……」 向けられた莉音のおしりを両手で撫でまわし、揉みしだく。 そっと左右に開いてやると、莉音の肛門も秘唇も丸見えになった。 「はぁぁ……さ、さすがに、恥ずかしいです……恥ずかし、すぎる……」 「恥ずかしい方が感じるんじゃないのか? ……ちゅっ」 「そんなこと……あんっ」 おしりに吸いつくようなキスをしてやると、莉音の身体が震えて、丸見えの穴たちがそれぞれヒクヒクと蠢いた。 なんといういやらしい光景だ。 「莉音……ちゅっ……ちゅっ……ちゅぅっ……」 「ひぁんっ! あっ、あっ……はぅっ」 白いおしりの表面に少し強めに吸いついて、いくつもの赤い花を咲かせていく。 キスの雨を降らせるかたわら蠢く秘唇を指で掻きわけ、熱く潤った膣口につぷりと差し入れていった。 「はっ……あっあっ……佑斗さんの指……指ぃ……」 「莉音のおま●こ……俺の指にちゅーちゅー吸いついてきてるぞ?」 「だ、だって……わたしの身体……どこもかしこも、佑斗さんとくっついちゃいたいって……言っていますから……」 「ま、俺の身体も莉音とくっつきたがってるけどな……」 「佑斗さんとくっつけちゃえるの……すごく、嬉しいです……ひぁぁっ!? あっ! あっ!」 ナチュラルにいやらしいことを言う莉音におしおきとして、莉音の膣内の一番いやらしい、ざらざらしたところを指先できゅっきゅっと引っ掻いてやる。 「ひぁああんっ! ああっ! そ、そこ、あんまりしたら、あっあっ……すぐイッひゃ……あああっ!」 「容赦なく攻めるって言ったろ?」 「は、はいぃっ! あっあっ、で、でもっ……んひぁっ!」 ビクビクと膣内が震え、その淫肉が俺の指を絡めとろうと必死に蠢く。 熱くぬめった愛液がとめどなく溢れだし、莉音の身体は腰自体をクイクイと動かして俺の行為を煽っていた。 「今日はもう、これだけじゃ済まさないからな……」 「はぁふ…………な、なんですか……?」 「え……? ゆ、佑斗さん……!? あっ、やっ! そこはっ、そこはっ」 膣口からたっぷりとすくってきた愛液をその愛らしいすぼまりに塗りつけてやると、驚いたことに俺の指はゆっくりとだが確実にそこへと呑みこまれていった。 「や、あっ、入れちゃ、指入れちゃダメです……汚い、汚いからっ……ダメ、ダメ……佑斗さん……っ」 「莉音の身体はどこだって綺麗だ……。それに、ほら……おしりの穴も俺とくっつきたいって言ってるぞ?」 「そ、そんな……そんなぁ……んぁっ、ああっ」 「ほら、俺がなにもしなくても、勝手に呑みこんでいくぞ?」 「そんな、はず、ないです……佑斗さんが、挿れて……あっあっ……挿入っちゃう、挿入っちゃ……んぁぅっ」 「……ホントに気持ちよさそうだな」 「ううぅぅっ!」 莉音は涙目で俺を睨みつけたが、俺の言葉を否定できないでいた。 それをいいことに、俺はさらに指を蠢かし、莉音の腸内を探っていく。 「ひはっ、はっ、あっ……くぁぁぁぁ……ぁ、ぁ、ああっ!」 アナルを弄り続けていると、いつしか陰唇の方も赤い火照りを見せ、物欲しそうにヒクヒクと疼いているのが見えた。 「はぁ……はぁ……佑斗さん……ぁぁ……あっあっ……んんっ」 もう莉音の口からもアナルを否定する台詞は出てこない。 「気持ちいいか?」 「は、恥ずかしい……です」 「気持ち、いいか?」 「うぅ……」 「気持ち……いい……です……」 「よしよし、いい子だな、莉音……」 「あっ! あっ、ああっ……ゆび……挿入って……っ!」 「この後ち●こも挿れるんだから、ちゃんとほぐしておかないとな」 「えっ……う、うそ……ですよね……?」 「俺の記憶を知っている莉音には、アナルセックスの知識もあるんじゃないのか?」 「あ、あなる……せっくす…………」 「莉音……お前のおしりも、俺のものにしたいんだ」 「はっ……あっ……あっ……あっ……」 指先を肛門に差し入れていくと、ぎゅっときつい締めつけを喰らう。 その力強さは膣口の比じゃなく、本当にペニスを挿れても大丈夫なのかと不安になった。 それでもリズミカルに振動を加えていくと、莉音のアナルは徐々に柔らかく弛緩していく。 そして、時折膣口の方から、ぴゅっぴゅと愛液が噴き出た。 「わたしの、おしりも……佑斗さんの……ものに……はぁっ……あっあっ……」 「おしりの穴もどんどん気持ちよくなってるだろ……」 「は、はい……どんどん、すごくなって……はぁっ、はぁっ……佑斗さんが弄ってくれるところは……どこでも、気持ちよくなっちゃいますから……」 「はぁっ……あああっ……」 陶然とした様子でそういう莉音。 アナルで感じるかどうかは人それぞれという気がするが、幸いにも莉音にはその素養がばっちりあったようだ。 「莉音の身体はやっぱりえっちにできてるな」 「ゆ、佑斗さんの……もの、ですから……あんっ、あっあっ……佑斗さんに、されると……はっ、あっ……」 「もっと奥まで挿れるぞ?」 「はい……どうぞ……」 第一関節から第二関節、そして指のつけ根まで……。 「はあああ……あっ……あああっ……」 熱く力強いアナルの門をくぐり抜けると、その奥はもっと柔らかく広い空間のようだ。 全体を満遍なく包みこみ締めあげてくる膣内と違って、締めつけてくるのは肛門の部分のみ。 その代わりそのピンポイントの締めつけは凄まじい。 「あっあっあっあっ……おしり、されてる……おしり、されちゃってる……ああ……」 「おま●こもぱくぱくしちゃってるぞ?」 「は、はい……おま●こも、構ってほしいって……言ってます……」 「でも、おま●こはお預けな?」 「そ、そんなぁ……んぁっ、あっあっ」 「ほら、おしりの穴もこんなにほぐれてきたぞ?」 「はぁ……はぁ……あ、あああっ!」 「もっともっとほぐさないとな……」 指を引き抜き、もう一度挿れる。 「ああああっ! ゆび……ゆびぃ……っ」 「本物は指一本どころじゃないんだからな……」 「は、はい……佑斗さんのおち●ちん……もっと、おっきくて……硬くて……はっ、あっ……んくぅっ!」 中指一本による出し入れをゆっくりと、しかし執拗に繰り返すと、莉音は快感に打ち震え肛門をわななかせた。 触れていない膣口もヒクヒクとして、ペニスを挿れて欲しそうに涎をとめどなくこぼしている。 「じゃあ、二本にするぞ……」 「ふぇ……? ひあああっ!?」 中指に人差し指を重ねて、肛門を押し開く。 「力を抜いてくれ……」 「ふっ……んくっ……は……あっ……あっ……」 「まだ力入ってる」 「そ、そんな……こと……言われても……んくぁっ!」 「じゃあ、こっちを弄ってあげれば力が抜けるか……?」 「ひぁっ!? あっ!」 もう一方の手で、びしょびしょの秘裂を弄ってあげると、肛門の方も少しだけ力が緩んだようだ。 「その調子で力抜いて」 「はぁっ……はぁっ……はい……がばり、ます……」 ちゅぷちゅぷと膣口の指を出し入れしてやりながら、アナルの方の二本指をひねりをくわえながらゆっくりと押し進める。 「はっ……あっ、あっ、あっ……は、挿入って……」 「もう……少し……」 「ああああ……挿入ってる……挿入ってきちゃってます……」 重ねた二本の指がようやく第一関節まで挿入りこんだ。 一度ここまで挿れてしまえばしめたもの。後は掻きまわして肛門をほぐしてやりながら挿入りこめばいい。 「あ……」 膣口からちゅぽっと音をたてて指を引き抜くと、莉音の残念そうな声と共に、膣口がヒクヒクとわなないた。 残念ながら、今日ははじめてのアナルプレイだ。 両方の穴を刺激してやるより、アナルに集中するべきだろう。 「莉音のおしり……たっぷり犯してやるからな……」 「お、犯されちゃう……佑斗さんにおしり……犯されちゃう……」 「はい……おか、して……ください……。おしり、犯して……」 「よし、それじゃあ……」 「……ああっ! あっ、あっ!」 まだ第二関節ほどで莉音の声が跳ねあがるが、俺は容赦なくさらに指をひねり挿れていく。 「ああああっ! ああんっ、あんっ! や、あっ、おしりっ……ひはっ! ああっ!」 引き抜き、掻きまわしながら差し入れる。 内側を引っ掻きながら抜き出し、一気に突き挿れる。 「ああああっ、あっあっ……や、あああっ、ヘン、ヘンです……なんか、なんかヘン……なにっ、なにっ!?」 莉音ははじめてのアナルプレイですっかり感じていた。 元からアナルの素質があったのかもしれない。 十数度に及ぶ指の出し入れに、莉音の肛門は解きほぐされ、ペニスを待つ膣口と同じようにヒクヒクとわななきはじめている。 「佑斗さん、佑斗さん……わ、わたし……佑斗さんの指で……おしり……おしり、イッちゃ……」 「莉音……いいぞ、イきな」 莉音の高まりを感じて、俺は一息に指を差し入れ、膣側の壁を強く小刻みに刺激してやった。 「ひあっ! あっ、あああああああああああああっ!!」 一際高い嬌声があがり、莉音の背筋がビクビクと跳ね、膣口からは愛液が迸る。 「あああっ……あっあっ……ああああ……佑斗さ……あっ……あっ……」 指を引き抜くと、かわいらしくひくついたアナルからも、とろりとおつゆが零れ出した。 こうなってしまうと、腸液も愛液と変わりない。 莉音のアナルはすでに、ペニスを受け入れるための性器そのものになっていた。 「これなら、大丈夫そうだな……」 「佑斗さん……おち●ちん、ください……」 「ああ、おまちどおさま」 イッたばかりの莉音のアナルに、最大限に怒張したペニスをあてがう。 さっきフェラチオしてもらった時より大きくなっている気がする。 執拗にアナルをほぐしてよかったと言えるが、それでも本当に挿入るのかとの疑念も湧き起こった。 「やっぱり……指より全然おっきいです……はぁぁ……」 「いいか? 挿れて……」 「挿れてくれなきゃ……イヤです……」 「んくっ…………あっ……あっ……」 俺の疑念も束の間。 指二本の時よりも太いのに、明らかにスムーズに俺のペニスが飲みこまれていく。 本当に莉音のアナルが俺に挿入ってきてほしがっているみたいだ。 「あっ……あああっ……あっ……ふ、太い……あっあっ」 「太いのが……いいんだろ?」 「佑斗さんの……おち●ちんが……いい、です……んぁっ、あああっ!!」 かわいいことを言ってくれる。 俺は小刻みに前後させながら、狭く熱く柔らかいアナルを突き進んでいくと、亀頭が完全に挿入りこんだ辺りで、莉音の身体が大きく身震いした。 「ふぁああああっ!」 「あっ……ああっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 「ま、また……い……イッちゃい……ましたぁ……」 「まだ亀頭だけなんだが」 「で、でも、すごく気持ちよくて……」 「佑斗さんが挿入ってきたら……おしりがすごく熱くなって……はぁぁ……」 「もしかして……もっとすごくなっちゃうんですか……? 奥に挿入ると……もっと……」 「……抜くか?」 「……イヤです」 「そういうと思ったよ」 「容赦なく攻めてくれるって……佑斗さん、言ってくれましたから……」 「わたし……どうしようもないくらい、えっち……みたいです」 「さすが、俺の莉音」 「はい……佑斗さんの莉音です……」 「あっ……あっあっあっあっあっ……」 腸液でぬめるアナルの奥に、いきり勃ったペニスをずぶずぶと突き挿れていく。 「ひぁっ!! あ……」 熱く狭い肛門をくぐり抜け、亀頭がその奥へと解放されると、莉音はそこでまた身震いした。 「また、イッたか?」 「はぁっ……はぁっ……は、はい……小さく……イッちゃいました……ぁ」 「ここまでは、さっき指が来たところだが……」 「は、はい……佑斗さんのなら……もっと奥まで挿入ってしまいますよね……」 「挿入りたい、ですよね……」 「挿れてほしいって言ってごらん」 「ま、また、そういう意地悪を……」 「んぁっ、あっ」 腰をクイクイと動かしてやめると、莉音がちょっぴり口を尖らせ、涙が浮かんだ目で睨んでくる。 「い……一番、奥まで……挿れてください……」 「おしりの一番奥まで……佑斗さんのおち●ちん、挿れてほしいです……」 「お願い……佑斗さん……」 「よく言えたな、莉音」 「んっ……」 俺は覆い被さるようにして莉音の唇を奪い、そのまま奥へとペニスを進める。 「ふぁああ……あっあっあっ……」 引っかかるもののなくなったアナルの中は、すんなりとペニスを受け入れ、あっという間に根本まで挿入りこんでしまった。 熱くうねる莉音の腸内で、俺のペニスが感極まったようにビクンビクンと大きく打ち震える。 「ひあああっ! あっあっあっ! またイく、イ……ッッ!」 「く……っ!」 莉音が絶頂を迎える度に、その愛らしい肛門がすぼまり、千切れんばかりにペニスの根本を締めつけた。 だが、それも痛みよりは快感。 莉音の肛門は排泄するためではなく、射精を促すために俺のペニスを攻撃している。 「莉音、イきすぎ……。ずいぶんおしりでのセックスが気に入っちゃったみたいだな」 「はぁっ……はぁ……だって……だって……佑斗さんのが……気持ちよすぎるから……はぁぁ……」 「莉音のおしりも気持ちよすぎる……んっ」 「んぁぅっ! ああっ、あああ……穴のとこも……お腹の奥も……す、すごい……ひぁっ! あっあっ!」 「莉音……激しくするからな」 「ひっ、ひぁっ、あっあっあっ! は、はいっ、い、いいです……激しく、してっ!」 じゅぷ……じゅぷ……。ゆっくりと引き抜き、また差し入れると、おま●こへの挿入と変わらない水音がたった。 「ふぁっ! あっあっ……あああっ! あっあっあっあっあっあっ! 佑斗さん、佑斗さん……ひはぁっ!」 「莉音……莉音……っ!」 「んっ、んぁっ……佑斗さん……んぁあああああっ!」 ペニス全体を締めつけてくるおま●こでのセックスも気持ちいいけど、根本からしごきだしてくるアナルセックスもまた格別だ。 もしかしたら、俺がどこを触っても莉音が感じてしまうように、莉音のどこを触っても俺も気持ちよくなってしまうのか。 俺と莉音の相性のよさなら、あり得る。 「莉音……最高だ、莉音……」 「あっあっあっあああっ、佑斗さんっ、い、いいっ……ひああああっ! お腹……焼ける……熔けちゃう!」 「佑斗さんっ、佑斗さぁんっ!」 「莉音、好きだ……愛してる! 莉音、一生、おまえと一緒にいたい!!」 「ゆ、佑斗さん……わたしもっ! わたしもです! ずっとずっとあなたと一緒にいます!」 「あなたを、一生愛し続けます!! 大好き!! 佑斗さん!!」 莉音のアナルがめくりあがり、おしりの愛液が飛び散るほど激しく、速く、出し入れを繰り返す。 俺の腰にあわせて、莉音も腰を激しくくねらせて、差し入れる度にペニスへの快感に変化をつけてきた。 「佑斗さん、佑斗さんっ! ま、またイッちゃいそう……またイッちゃい……イッ……あっ、あっ、ああああっ!」 「何度イッてもいい。莉音、莉音! 今日はもっとずっとこうしていよう。だから、もっとイッていいぞ、莉音!」 「で、れも、そんな、そんなにイッたら、おかひく、あっあっ、おかしくなうっ、おかひくなっひゃうっ!」 何度も絶頂に達した莉音の口からは涎がだらしなく吹きこぼれ、ろれつを怪しくさせていた。 「佑斗さん……はうっ、はぷちゅっ……んっんっ!」 その涎がもったいなくて、俺は腰を打ちつけながらも、唇を塞いでそれを啜りこんだ。 「んはっ、あっあっあっ、好き……大好きっ!」 「莉音、莉音……お、俺もイくぞ、イく、莉音っ、莉音っ!」 「お前の[な]腸[か]内に、注ぎこむぞ! 莉音!!」 「はいっ、はいっ、来てください! 来て、来て! お腹の奥、熔かしてください!」 「ああああっ! あっあっあっあっあっ! あっ……」 「莉音――ッ!」 「ふぁああああああああああああっ!!」 びゅるるるるるるるるるっ! ぶびゅっ! びゅくるるうううううっ! びゅるっびゅっびゅーっ!! 今まで押さえつけられていた精液が、ダムの決壊の様に一気に解き放たれ、莉音の腸内に注ぎこまれていく。 「ああああっ、あっあっあっ! 熱いっ! あああっ! あっあっ!」 存在の根底からすべてが引き抜かれていくほどの射精感。 俺は俺のすべてを莉音の腸内へと注ぎこんだ。 「莉音っ! 莉音っ! 莉音っ! 莉音っ!」 その名を連呼し、射精をしながら、なおもその白いおしりへ執拗に腰骨を打ちつけ、そしてまた射精する。 「あっあっあっあっ……佑斗さん、佑斗さんっ! あああああああっ!」 「莉音っ! 莉音ぉぉっ!!」 びゅううっ! びゅっ、びゅびゅーっ! 「あああっ、また……っ! あああああっ! あっあっ!」 俺が射精する度に、莉音のアナルも激しく俺のペニスをしごきあげ、小刻みな絶頂を繰り返した。 最後にもう一度、行きつける最も奥までペニスを突き入れて射精し、そこでようやく一段落を迎えて大きく息を吐いた。 「んっ……んんんんっ! …………はぁぁぁぁ」 「はぁ……はぁ……はぁ……あああ……熱いです……佑斗さん……」 「すげぇいっぱい出た気がする……」 「はい……お腹……熱湯を注がれたみたいになってます……はぁぁ……」 「大丈夫か?」 「大丈夫です……佑斗さんのですから」 「……抜くぞ?」 「はい……」 ずるずると莉音のアナルからペニスを引き抜く。 「あっ……あああああっ……あっ」 じゅ……っぽん! と音がして、ペニスがきつく心地よい莉音のアナルから解放された。 莉音のアナルは、ペニスが引き抜かれた事を哀しむように、くぽっと穴を開けたままヒクヒクと震えてる。 「……おしり……おかしくなっちゃいます……」 「でも、すごいイきまくってたな。気持ちよかったか?」 「頭もおかしくなっちゃうかと思いました……」 「佑斗さんは……わたしのおしりで満足できましたか?」 「そうでなきゃ、あんなに出ないよ。フェラで出した後だって言うのに……」 「フフフ、よかったです」 「お……」 「莉音のおしりから、精液が溢れてきた……エロいな、これ」 「や、やだ! 恥ずかしいです! そんなの見ないでください!」 ばっとおしりを隠そうとする手を押さえて、開かせる。 「見せてくれ」 「ぜ、絶対イヤです! そんなの、恥ずかしすぎます!」 「うん、その莉音の恥ずかしすぎるところが見たいんだ」 「ちょっ、佑斗さん……っ!」 「あっ……ダメ……っ!!」 「りーおっ」 「ひゃああああああっ!」 「お前のおしりにかけるぞ! 莉音!!」 「は、はいっ、わかりました! ああああっ! あっあっあっあっあっ! あっ……」 「莉音――ッ!」 じゅるっぽんっ!! 「ふぁああああああああああああっ!!」 びゅるるるるるるっ! ぶびゅううううぅっ!! びゅっびゅびゅううううっ! 少し間抜けな音と共に莉音のアナルから脱出したペニスは、その直後にそれまで溜めこんでいた多量の精液を一気に吐きだした。 亀頭の先端から勢いよく噴き出した精液は、莉音の白いおしりに降りかかり、より白く染めあげていく。 精液がびしゃびしゃと莉音の肌に跳ね返り、そして肌を伝ってこぼれ落ちていくのが見えた。 「ああああっ、あっあっあっ! 熱いっ! あああっ! あっあっ!」 「莉音っ! 莉音っ! 莉音っ! 莉音っ!」 「あっあっあっあっ……佑斗さん、佑斗さんっ! あああああああっ!」 「莉音っ! 莉音ぉぉっ!!」 その名を連呼しながら、自らの手でペニスをしごきあげ、まだ陰嚢に残る精液を搾り出して、莉音のおしりへとさらに振り掛けていく。 びゅううっ! びゅっ、びゅびゅーっ! 「あああっ、また……っ! あああああっ! あっあっ!」 俺が射精する度に、莉音はその熱さに震え、おま●こから愛液を、おしりからは腸液をだらしなくこぼしていた。 「はぁ……はぁ……はぁ……あああ……熱いです……佑斗さん……」 「すげぇいっぱい出た気がする……」 「はい……おしりも、背中も……すごく熱いです……はぁぁ……」 「もぉ、佑斗さんまみれですよぉ……はふ……」 「幸せそうに見えるんだが……」 「え? はい……幸せですよ……? はぁ……あふっ……」 幸せなのが当然という状況だったらしい。 莉音のアナルも犯されたことを悦ぶかのように、くぽっと穴を開けたままヒクヒクと震えてる。 「おしり、気持ちよかったか?」 「は、はい……こんなに気持ちよくなるなんて……思ってもみませんでした……」 「佑斗さんは……わたしのおしりで満足できましたか?」 「そうでなきゃ、こんなに出ないよ。フェラで出した後だって言うのに……」 「フフフ、よかったです」 「どれどれ、莉音のおしりはどんな風になっちゃってるかな……」 「まだ寂しそうにパクパクしてる。かわいいな……」 「や、やだ! 恥ずかしいです! そんなの見ないでください!」 ばっとおしりを隠そうとする手を押さえて、開かせる。 「見せてくれ」 「ぜ、絶対イヤです! そんなの、恥ずかしすぎます!」 「うん、その莉音の恥ずかしすぎるところが見たいんだ」 「ちょっ、佑斗さん……っ!」 「あっ……ダメ……っ!!」 「りーおっ」 「ひゃああああああっ!」 「……もう一度、エリナちゃんが帰ってきた時の状況を報告してください」 「だからね、お風呂場でユートとリオが――」 「『いい加減機嫌直してくれよ』『知りませんっ』なんて言いあいながら、身体の洗いっこしてた」 「いや、その、なんていうか……」 「六連君はなにも言わなくて結構です」 「はい、すみません」 「だからやっぱり、早急にスウィートルームを作るべきなのよ」 「うん、ワタシもそう思う」 「でも、ここは一応学院の施設だから……」 「あ、あの、今後はこういうことはもう……」 「莉音ちゃんもなにも言わなくて結構です」 「はい、ごめんなさい」 「でも、エリナ君が早めに帰ってきたのは2人にとっては想定外の出来事だったんじゃないかな」 「実際そうなんだよ、もう少し余裕があったはずで――」 「六連君」 「はい、すみませんでした」 「まぁ、結婚を前提としたおつきあいなんだし、身体の洗いっこくらい認めてあげるべきじゃないかしら」 「ですよね、さすが矢来先輩」 「莉音ちゃん」 「はい、ごめんなさい」 「はぁぁぁ……まぁ、2人とも反省はしているみたいなので、ここまでにしておきます」 『ほっ……』 「ただし、もう寮内でこういうふしだらなおこないはしないこと。わかった?」 「やるなら、ちゃんと誰にもバレないようにやりなさい」 「美羽ちゃん、それじゃあダメでしょー?」 「でも、大してお金あるわけでもないのに、毎回ホテルになんか行ってられないじゃない」 「そうだよねー。家に親がいるわけじゃないんだから、寮でやっちゃうのが経済的だよね」 「やはりそういった秘め事は自分の部屋で行うべきだね」 「あの、いろいろと反省していますので、これ以上はなにとぞ……」 「本当に申し訳ありませんでした……」 「はぁ……はいはい。いくら六連君に迫られても、莉音ちゃんがしっかり断らなくちゃダメだからね」 「はい……」 「あ、でも……今日はわたしから佑斗さんをお風呂に誘って……」 「リオから……」 「や、やるわね、稲叢さん……」 「あ……」 この日、莉音は、恥ずかしさを誤魔化すためにさらなる自爆を繰り返した。 こんなに恥ずかしかった日は他にはないと深く反省した莉音だったが、アナルセックスの味を覚えてしまったのも、まさしくこの日のことだった。