「んがはッ!!」 「がはっ、がはっ、けほけほけほ……」 「いた、いたたたたたた……ん……くぅっ……」  コンビニからガラスを割って店員が飛び出し、大晦日の中央通りがシンと静まりかえる。 「おい、なんだアレ?」 「ケンカ? コンビニのガラスが――」 「え? なにアレ?」 「コスプレ……だよな」 「おい、バイト君」 「は……はい?」 「コンビニってなんだ?」 「へ?」 「コンビニって、な・ん・だ?」 「あ、ええと、ああいうお店の形態を――」 「オレを、オレを――」 「バカにしたなあああああああああああッ!!」 「許さん! ペットボトルで弁当が傾くくらい許さん!」 「ひえええええっ……!!」 「郡山にだって、コンビニくらいあるんだよッ!」 「は、はぃい! すいませんでしたぁ!」 「すんませんですめば、警察いらねぇんだ――」 「まぁまぁ、みそよ。少し落ち着け」 「ん? ブーか」 「また出た!」 「な、なんなんだ? コント?」 「コントじゃねぇ!」 「ひぇっ!」 「まあいい。コンビニは何か、オレが教えてやる」 「コンビニエンスそれは……便利なこと!」 「ぁ……そういうこと」 「さすがはブーだ……学があるぜ……」 「へっへっへ……」 「いいか、コンビニは、便利」 「便利なのに、便利なのにッ!!」 「肉まんがおいてねぇとはどーゆーこったああああ!!」 「ひええええええ! すいませんでしたあああああ!!」 「え? それだけ?」 「それだけで、ガラス割ったり?」 「オイコラ外野ァ!」 「ひっ!」 「てめぇらオレを食いしん坊キャラだと思っただろ!」 「え、いや、全然――」 「このクソ《さみ》〈寒〉ぃ中、秋葉原くんだりまでバイクで駆けつけたってのによォ!」 「1軒! 2軒! 3軒! たくさん!」 「5軒! 5軒コンビニ回って、どこにも肉まんがねぇのはどういうこった!!」 「いや、だからさっき女性のお客さんが全部――」 「言い訳はいらんッ! ブー!」 「デデデデッデデー! アブトロ按摩!」 「ひぇっ! な、な、なんだそれ!」 「家に眠っていたEMSを不法改造した」 「威力――10倍!」 「10倍!?」 「レッツ按摩!」 「え? いや、やだ! やめ――放せ!」 「ってか何!? なんか毛が――」 「かーちゃんの毛だ!」 「いやああああ! 堪忍!」 「暴れんな! 観念しろ!」 「だいたいなあ、そもそもが肉まんおいてねーのが――」 「ん……?」 「なんだ、この音――」 「じゃま」 「ぎゃああああああああ!!!!」 「え? おい、みそ? どした?」 「みそ! みそ――――――――ッ!!」 「のたうちまわって」 「しね」 「ここに」 「いる」 「いなきゃ」 「きる」 「せまい」 「くるしい」 「はながまがる」 「どこ?」 「にとり、どこに――」 「これは?」 「へん」 「まあいい」 「かんけいない」 「にとりは」 「いない」 「うえ」 「いない」 「いない」 「いやだ」 「みんな」 「しね」 「…………」 「……たえられない」 「いないなんて」 「おかしい」 「わたしは」 「すてられた?」 「さっきのヤンキー、なんだったんだ?」 「じゃま」 「コスプレ……じゃないっぽいよな」 「どけ」 「突然大声出したけど、大丈夫か?」 「どかないと」 「さあ、でもそのおかげでバイトも――」 「きる」 「いなかった」 「…………」 「いらいらする」 「どうして?」 「どうして、おちつかないの?」 「こんなこと、なかった」  ふらり……ノーコは、屋上の端に立つ。 「ひとが、ごみみたい」 「きえて、しまえ」 「せかい……」 「ここは、せかいのおわり」 「おわってしまう」 「にとりが、いなくなってしまう」 「にとりが、いないせかいなんて」 「きらい」 「くんくん……くんくんくん……じゅるり……」  新年を目前にした半田明神の参道で、フウリは屋台に釘付けになっていた。 「年越し前のフライング販売……」 「北海道焼き……トルネードポテト……おでん……焼きそば……うううう、よりどりみどり、よりどり……」 「はッ!!」 「そんなことをしてる場合ではありません!」 「私には肉まんが――」 「にっくまんが――」 「にっくまんが――あるのです!!」 「ふふふふふ……」 「肉まん?」 「はりゃ?」 「肉まんとは、これか?」 「くんくん……うむ!  確かに良い匂いじゃ」 「わらわにもひとつよこせ」 「だめです!」 「なんじゃと?」 「どこのお嬢ちゃんか知りませんが、そういう言いかたは良くないですよ」 「お願いするときは、それなりの態度があります」 「なぜじゃ? わらわがなぜそんなことを――」 「そういう態度では、あげません」 「あげないって――」 「ちゃんと、おねがいするのです」 「そんなこと……できるか」 「ならば、さよならです」 「あ……おい、待てえ!」 「わらわの言うことが、聞けんのか! こらあ!」 「ほんとうはあげたいけど……ここは心を鬼に!」 「……ふぅ」 「きれいな街並み」 「いっぱいの、肉まん」 「だから、しあわせいっぱい」 「肉まんはしあわせ。だから――」 「このお手紙に、なにが書いてあっても、大丈夫……」 「大丈夫、大丈夫」 「これは……ウソのことで……  ぜんぜん、私には関係なくて……」 「あむ、あむあむあむ」 「あむあむ……うん。おいちい」 「あむあむ……あむあむ……あむあ……ううっ!」 「ぅ……ぅぁむ……ぁむきゅ……  きゅぅぅぅぅぅ…………」 「ここにいたか!」 「きゅッ!!」 「む……驚かしてすまぬ」 「ど、どうした? 驚いて、涙が?」 「な、なんでもありません!  夜風が目にしみました」 「手紙、落ちたぞ」 「ううん。いいんです」 「いいって――」 「いいったら、いいんです」 「そうか……ふむ」 「まあよい。ほれ」 「これは?」 「甘酒じゃ。サイババア様にもらった」 「サイババア?」 「知らぬのか? 天先屋の店主じゃ」 「裏ではすーぱーはかーもやっておるそうじゃ。  知っておるか? すーぱーはかー?」 「ざ、残念ですが……わかりません」 「わらわもなにやらよくわからんが……  秋葉原のさいばーえーじぇんととかいうものらしい」 「今日はなにやら不穏な動きがあるようで、要パトロールとか言っておったが……」 「と、話している場合ではない!  早くせねば冷めてしまうではないか」 「本当に……いいのですか?」 「ぶしつけの、わびじゃ」 「その……さっきは、すまんかったのう」 「えらい!」 「え?」 「自分から謝れるなんて、偉いです!」 「む……そ、そうか?」 「私、フウリです。あなたは?」 「わらわの名はミヅハノ――ミヅハじゃ!」 「はい、ミヅハちゃん。これ、甘酒のお返しです」 「ほう! これが……」 「これが肉まんじゃな!」 「肉まんです」 「食べてよいのか?」 「食べてよいのです」 「ひとりより、みんなで食べた方が美味しいのです」 「うむ、そうか」 「では、早速」 「はむはむはむ……」 「どうですか?」 「んんんんん!」 「ンマーイ!」 「こ、これはたまらん!」 「なんたる美味さ! ほかほかなのも大変よろしい!」 「こんなものが……世の中に存在するなんて……」 「食べたこと、ないのですか?」 「うむ。わらわはこの神社から出ること、罷り成らんときつく星に言われておる」 「星さん?」 「そうじゃ! 《かもんせい》〈歌門星〉。  半田明神を管理しておる」 「言うことを聞かなかったら、お尻ペンペンじゃ」 「泣いても許してくれぬ。鬼の所行じゃ」 「きっとわらわは、星に嫌われておるのじゃ」 「……のう、フウリよ」 「わらわを連れて、逃げてくれぬか?」 「だーめ!  そんなこと言ったらだめですよ」 「しかし……」 「ほらほら、肉まんはまだまだいっぱい!」 「幸せいっぱい、胸一杯!」 「むう」 「はむはむ――おいひいですよ」 「うむ。そうか? それでは――はむ」 「食べながら、よーく、聞いてくださいね」 「ミヅハちゃんが好きだから、心を鬼にするんです」 「ほふ――んぐっ。そうなのか?」 「星さんが、嫌いですか?」 「好きじゃよ」 「じゃあ、信じてあげることです」 「そしたらきっと、星さんも――」 「ミヅハ様」 「むはっ!」 「今日は大切な日と言ったでしょう?  本殿でお待ちくださいと、あれほど言ったのに」 「そ、それはその……」 「何か、言い訳できることでも?」 「あの、すみません!」 「ん――?」 「私がミヅハちゃんを注意したから、わざわざ謝りに――」 「余計なお世話です」 「え……」 「ミヅハ様のお世話は、私が」 「あ……はい、すみません……」 「帰りましょう、ミヅハ様」 「う……うむ」 「ミヅハちゃん、大丈夫でしょうか」 「おしりペンペン、されないといいんですが……」 「……あ」 「手紙――本当に忘れた」 「…………」 「ええと……」 「……うん、いいです」 「あんなの、ウソで、ウソです」 「私は、信じません」 (行列……できてます) (うう……) (このままで、大丈夫ですかね?) (…………) (リハーサルまでは、まだ時間があります) (肉まんもまだ残ってるし……ちょっとお散歩) 「なんだか、いつもより人が多いような……」 「大晦日だと、違うんでしょうか……?」 「ん? アレは――」 「御用御用だッ!!」 「傷害事件があったってぇのはここか!?」 「あ……は、はい」 「酷いケガだな……コンビニのバイトか?」 「で、どんな奴にやられたんでぇ?」 「それが……特攻服を着たヤンキーで、赤いリーゼントと緑のアフロのふたり組……」 「事件でしょうか……」 「ぶっそうです」 「やっぱり、東京は怖いところ――あれ?」 「雨……?」 「さっきまで、晴れてたような――」 「…………あれ?」 「あれは――飛び降りいいい!?」 「だ、だめです――――ッ!!」 「はやまっては、いけないです!!」 「命を粗末にするなんて、そんな――」  フウリの声は、届かないまま――  屋上の人影が、宙を舞った。 「きゅううううううううう――――っ!!」 「いけっ!」 「こい!」 「こいこいこいこいこ――」 「あぁあぁあぁあぁ……」 (オレは……全てを失った……) (手元に残ったのは借金だけ……)  似鳥の手が、力なく垂れ――  ポケットに、入る。 (そう考えていた時も、確かにあった) (オレの記憶が確かなら――) (米はまだ半袋あったはず) (塩ご飯でしのげば――) (いやいや! しのがずとも!) (ここでガツンと一山当てれば!)  似鳥のポケットから現れる、最後の1000円札。 (奇跡を信じて、ハンドルを回すッ!!) (オレはまだ、夢を諦めないッ!!) 「…………」 「……死にたい」 「死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい……」 「いやー! 危なく死ぬかと思ったぜ!」 「結局、なんだったんだ?」 「刺されたんだよ、背中」 「え? なにに?」 「だ、だからお化けだよお化け!」 「ハァ……またそれかよ」 「な、信じねぇのかッ!?」 「ウチは代々霊感が強くて、看護師のかーちゃんも――」 (なんだあいつら!?) (あのカッコ……昭和の時代?) (……いやいや、さすがにコスプレ……だよな) 「おめーの霊感話はよーくわかった!  わかったから、ほら! 仕事だぞ」 「お……おう! そうだな」 「カラオケ行くには金が要る。  ってことで――ドル箱パクるぞ」 「おう! 『燃えろいい男』作戦だな!  準備は――」 「ジャキーン! ニトロタバコ!」 「よし、行くぞブー」 「ああ、任せろみそ」  みそとブーは互いの名を呼び、二手に分かれる。  目指すは、島の反対側。  ひとりの男が、足元にドル箱の山を築いている。  店内はそこそこ席が空いているにもかかわらず、巨漢のブーは迷わず隣に腰を下ろした。  長身のもうひとりは、それと反対側から何食わぬ顔で近づいていく。 「にーちゃん」 「…………ん?」 「火、貸してくれねーか?」 「ああ」 (え……? ニトロ煙草ってことは――!) 「ぎゃあああああああああああ!!」 「焼けるッ! 顔が火傷するッ!」 「おいコラてめー! 何してくれんだコラ!」 「このライター、何か仕掛けしてあんだろッ!?」 (なるほどね) (あれならライター持ってる方が悪いように見える、か) (で、注意を惹きつけてる間に――) 「――――ッ!」 (反対側から相棒がドル箱をパクる、って寸法か) (ま、あれだけ当たってんなら、少しくらいは――) 「……あれ?」 「仕掛けだと?」 「あぁん? なんだ文句あっか?」 「デブは、黙って、カレーでも食っとけ」 「ゲ!」  男の顔を見た途端、似鳥は思わず声を漏らす。 (河原屋双六ッ!! なんでこんな所にッ!?) (やべ! 見つからないうちに――) 「逃げよ……」 「うおっ!」 「あ……」  床に、パチンコ玉が転がる。 「……おい」 「ヒッ」 「なんで急に立つ?」 「え……ええと……」 「オレのドル箱になにしやがんだよぉぉおおッ!!?」 「誰のドル箱だって?」 「おいコラ! こっち無視すんじゃ――」 「うるせ!」 「ブガッ!」  双六の回し蹴りが一閃。  ブーの巨体が、軽々と宙を舞う。 「ブー!」 「テメーら、グルだな?」 「な、なんでオレたちがグルだってわかんだよ!」 「外見から」 「し、しまった!」 「さっさと田舎に帰れカッペ野郎」 「郡山は田舎じゃねぇ!」 「どこ、そこ?」 「まあ、バカは自分の生まれたド田舎が世界の中心――」 「オレを、オレを――」 「バカにしたなあああああああああああッ!!」 「埋める! あぶくま洞に埋め殺すッ!」 「ん? やる気か? ……メンドクセーな」 「ってオイ似鳥!」 「ひえっ!」 「コソコソ逃げんな!  借金の期限は今日まで――」 「どりゃあああ!!」 「ぅおっ!」 「なななな! なんだその攻撃!」 「ってか――リーゼントで床凹んだ!?」 「今だッ!!」 「お……おいコラ待て、金返せッ!」 「誰が待つかッ!」 「せいやッ!!」 「だ! だからやめろってその非常識な――うぉっ!」 「はぁッ、はぁッ、はぁッ……」 (雨……?) (クソッ! 今日はホントについてないな……) (双六はなんとか振り切ったみたいだけど) (身体中、びしょびしょだし) (金はないし) 「…………」 「ハァ……」 「こ、これは……」 「なんというか……その……ものすごく……」 「イケナイ香りがするわっ!」 「どんな香りだよ!」 「あらー、興味あるー?」 「え、そりゃまあ、自分のことだし、興味くらい……」 「手遅れになっても知らないわよ」 「目を開けたら、二度と元の世界には戻れないかも……」 「え? 何? それ、どういう――」 「あ! な……ちょっと!」 「やめろよ! 急に、そんな目隠し外したり――」 「びっくりした顔も、いつにも増して可愛いわよん」 「増すってなんだよ! まるで元々オレが――」 「可愛いじゃない。男の子のままでも」 「う……うるさい! オレは男だ!」 「女の子っぽいとか言うな!」 「で、いつまで目つぶってるつもり?  早くしないと、仕事の時間が来ちゃうわよー」 「わ、わかってるよ!」 「わかってるなら、見てみたら?」 「言われなくてもそうするし!」 「…………」 「…………」 「……あの、見てもホントに大丈夫?」 「さあね」 「さあねって……」 「ほら! いつまでもウダウダしてると、アタシのドロップキック、かましちゃうわよ!」 「あの……ヤクザ殺しって噂の!?」 「殺してないもん。骨を折ってやっただけ!」 「げえッ! わかった、わかりました……」 「ふぅ……」  大きく息を吸い込んで――目蓋を開く。 「…………」 「……これ、誰?」 「ここ」 「…………」 「ネームプレートに、なんて書いてある?」 「…………」  ちあき。  胸元には、自分の名前が左右反転して記されていた。 「ってことは、映ってるの、やっぱり、オレ?」 「可愛いでしょ?」 「う……」 (確かに可愛い……) 「ぇ? な、ちょっと! おい!」 「記念撮影~♪」 「嘘だろ! 脅迫材料だろ!?」 「あ、その手が――」 「藪蛇!?」 「嘘ウソ。そんな鬼畜な真似しないって」 「ホント? ホントにホントに……?」 「同人誌の資料にするだけだから、身内しか見ないし♪」 「鬼だ! 鬼過ぎる……!」 「じゃ、早速仕事場に――」 「ちょっと待った! ってマズいだろさすがに本名!」 「そっかな?」 「当然だろ! 恵那とか来たらどうすんだ!」 「あー、確かにねー」 「恵那ちんにヘンタイの女装野郎だなんてバレたら――」 「捏造すんな! 好きでやってんじゃないし!」 「ま、源氏名くらいはつけてあげないとねー」  言うが早いか、バイト長の富士見鈴は、慣れた手つきで千秋の胸からネームプレートを外す。  中の紙をひっくり返して、マジックを手に取った。  書かれた文字は――「アッキー」。 「千秋がアッキーって……バレないか?」 「大丈夫! 気付かれないって!」 「書いちゃったものはしょうがない!」 「しょうがなくない! 書き直しを要求――」 「あ……電話」 「恵那ちんから?」 「……別に鈴姉には関係ないだろ」  千秋は名前を裏返したネームプレートをポケットに入れ、それと入れ替えで携帯電話を手に取った。 『あ、もしもし?』 「おう、なんだよ?」 『なんだじゃないでしょ!  人をこんなに待たせておいて!』 「だから、急用があるって言っただろ?」 『そんなの許さない。  ずっと家で待ってるって言ったでしょ』 「んな無茶な」 『納得させるんだったら、せめて理由くらい言って』 「理由って、あの、それは……」 『それは?』 「…………」 『……言えないことなの?』 「まあ……」 『どうしても?』 「そういう感じ……」 『はぁ……』 『なんで最初から、そう説明できないの?』 「……言ったって、怒るだろ?」 『怒るわよ!』 『許すんだから怒るくらいさせなさいよ、バカチビ』 「あ……うん」 「あの……ごめんなさい」 『……まあ、いいわ』 『アンタも困ってるみたいだし。  今回だけは、許して――』 「お話終わった?」 「シッ! ちょっと静かに!」 『な、何? 今の声――《すずねえ》〈鈴姉〉?』 「いや、あの、まさかそんな……あはははは」 『誤魔化さないでバカチビ!』 『なんで私との約束を破って、《すずねえ》〈鈴姉〉といるのよ!』 「待ってくれ!  コレには深い、ふかーいワケが――」 『知るか! 縮んじゃえバカチビ!』 「おい恵那? 恵那ってば――!」 「切られちゃった?」 「おまえのせいだろ!」 「あーらーら。人のせいにしちゃうんだ!  素直になれない自分たちが悪いのにねー」 「素直になれない? どういうことだよ?」 「さーて、どういうことでしょー?」 「お、オレはアイツのことなんてどうも思ってないし!」 「でも、恵那ちんはそう思ってないという姉の勘」 「ありえねー! 普通にありえねー!」 「千秋ちゃんも罪作りな男……今は女の子だけどね」 「うっせ! とにかく、これだけのことするんだから、ちゃんと約束守ってくれよな」 「恵那ちんのバッグを交換すればいいんでしょ?」 「できるんだよな?」 「朝飯前」 「中身は見ないでくれよ」 「えーと、どうしよっかなぁ……」 「お願いします! この通りです!」 「そこまで頼み込まれると、かえって興味が――」 「そ、そんな……!」 「冗談じょーだん」 「正直、この時期は人手が足りなくて困ってるから。  猫の手どころか男の手も借りたい!」 「リハが無事に終わったら、景気づけにロクロー様のイベント見に行かなきゃなんないしね!」 「ロクローさま?」 「あいや、なんでもないこっちのこと」 「――で、アタシはどのバッグを持っていけばいいの?」 「あ、うん。それなんだけど――あれ?」 「あれ? あれれ? あれ?」 「ない? ない……ない!」 「あー……家に忘れた!」 「あの、渡すのって明日でいいかな?」 「ダメ」 「え? ダメ?」 「ライブが終わったら、すぐ打ち上げ旅行なの」 「マジでッ!?」 「ま、今から取りに行けば間に合うんじゃない」 「まだ時間、大丈夫?」 「ちゃんと7時までに帰ってきなさいよ」 「了解!」 「来たッ!」 「やっと来たわねこのバカ千秋っ!」 「私を無視するなんて、百年早い――」 「ふ」 「ふざ――ふざ――」 「ふ・ざ・け・な・い・で!」 「何!? 今日の占いがなんで今来るのよ!」 「遅いし、お呼びでないし、余計なお世話だし!」 「わうー」 「あ……ユージロー?」 「くぅぅ~ん」 「そ……そうね。ありがとユージロー。  名探偵富士見恵那ともあろう私が、熱くなったわ」 「わう」 「さて、冷静に、冷静に……」 「バカ! チビ! 縮んじゃえ!」 「私がどれだけ、この日を待ってたと――」 「わうわうわうわう!」 「きゃああああああああ!!」 「え? ユージロー!?」 「はっはっはっはっ!」 「やだ! 離れてッ!」 「ちょ、こらユージロー!! やめなさい!」 「はっはっはっはっ!」 「腰つき! 腰つきが!」 「やめなさーい!」 「わう?」 「そんなことしちゃダメでしょ」 「わぅ……」 「あの、ごめんなさいー。  この犬、なんか美人に目がなくて……」 「はぁ……」 「ユージローもほら、帰ってきて」 「わう!」  道を横断して、近づいてくるユージロー。  恵那は両手を掲げてそれを迎え―― 「うん。良い子良い――」 「キャウウウウウウン!!」 「え?」 「きゃああああ!」 「ユージロー! ユージロー!」 「聞こえる? 聞こえるでしょ!  ちゃんと返事して!」 「く……くぅ~ん…………ゲフッ!」 「ユージロ――――ッ!!」 (また……だ) (私、また……) (大切なものを、失って――) (そんなの、嫌) 「そんなの、嫌ぁぁ――ッ!!」 「あの、大丈夫ですか?」 「…………え?」 「ユージローくん、生きてますけど……」 「は?」 「くんかくんか! くんかくんか!」 「な!? ユージロー!」 「どこ嗅いでるのよ――――ッ!!」 「きゃううぅぅ――――ん!!」 「げふっ!」 「あ……死んだ」 「な……なに? どういうこと」 「ユージローは間違いなく、車に轢かれたはず。  なのにどうして、まだ生きてるわけ?」 「ぁぅぁ……ぁぅぁ……ぁぅ」 「いや、早くしないとホントに死ぬ――」 「もしや……何らかのトリックが?」 「双子の入れ替わり!? 首のすげ替え!?  交換殺人!? 叙述トリック!?」 「いずれにせよ……」 「これは事件!?」 「ええと、私急ぐんで、これで――」 「あ、待ってください!  そっちにコンビニはないですよ!」 「え? どうしてそれを……」 「ふふーん、知りたいですか?」 「え、ええ、まあ……」 「なあに、簡単な推理ですよ」 「大晦日の秋葉原。コミマ帰りのオタクたちで、街は結構賑わいます。イベントも多いでしょう」 「女性がひとりで歩いても不思議はない。  しかし――あなたは今、手ぶらです」 「コミマ帰りやイベント目当ての女性客が、果たして手ぶらで街を歩くでしょうか?」 「ならば地元の人間?   しかし、私はここに住んでいて、あなたを知らない」 「しかもあなたは、ケータイを見つめて何かを探している様子」 「そこで成り立つ自然な推測――  あなたは仕事で、秋葉原にやってきた」 「ところで今日、秋葉原で行われる大きなイベントは?」 「と推理すれば、あなたが『全国ゆるキャラバン』のスタッフで、温かい食べ物の買い出しに来たことは――」 「いやまあ推理はいいんだけど……  コンビニがないって、ホントですか?」 「ほら、携帯の地図にも載ってるのに……」 「ああ、更新が間に合ってないんですね。  潰れたの3ヶ月前くらいかな?」 「そんな、じゃあどうすれば……」 「来る途中にありませんでした? AM11」 「あったけど、肉まんが売り切れてて」 「それじゃあ、駅のすぐ側に――」 「そこもダメ。秋葉原中、なぜか全滅なんです」 「全滅? まさか――」 「これは事件!?」 「秋葉原中から消えた肉まん!  なんだか……ミステリーの香りが!」 「ミステリーはまあいいんですけど。  あの、それじゃ他に売ってるところ知りませんか?」 「この近くだと、御徒町の方まで行かないと……」 「そ、そんなあ……」 「でも、秋葉原中で全滅してるなら、向こうにある保証だってないですよね」 「時間がないんです!  なにか、いいアイディアは――」 「……あ、そうだ」 「あの、もしかして、肉まんじゅうじゃなくて、本物のまんじゅうだったらだめですかね?」 「本物の?  まあ、ないよりはマシ……かな?」 「私の知り合いに、売ってる人がいるんです」 「クリスマス饅頭とか言ったかな?  売れ残りだから、格安なはず……」 「量は?」 「死ぬほどあるみたいですよ。  中央通りのアキバスポットで売ってます」 「…………仕方ない。  若原Dには、それで我慢してもらうしかないですね」 「うん、ありがとうございます! 助かりました」 「いえ、こちらこそご迷惑おかけしました!」 「わうーん!」 「けど……謎だわ。  ユージロー、ホントに大丈夫?」 「わう!」 「さっき、確かに車に吹き飛ばされたわよね……」 「目の錯覚? いやいや、そんなわけ……」 「う……雨」 「わうわう!」  ユージローに促されるように、恵那は家の軒下に隠れる。 「嫌な雨」 「さっきまで、全然降りそうじゃなかったのに……」 「わう」 「…………」 「あー」 「腹立ってきた」 「なんなのよ、コレ」 「『ヨロシク』って……あのバカチビ」 「来られないならせめて、理由くらい説明しなさいよね」 「……なんで急に行けないんだろ?」 「今まで毎年、ふたりで納めに行ってたじゃない」 「わう」 「何か、あったのかな?」 「メールに書けないくらい、急なこと……」 「財布を盗んだ泥棒を追いかけたり……」 「銀行強盗に巻き込まれたり……」 「連続殺人事件に巻き込まれたり……」 「……まさか!」 「これは事件!?」  ケータイの短い文面を眺めて――  恵那は小さく、息を吐いた。 「決めた。電話する」 「あ、もしもし?」 『おう、なんだよ?』 「なんだじゃないでしょ!  人をこんなに待たせておいて!」 『だから、急用があるって言っただろ?』 「そんなの許さない。  ずっと家で待ってるって言ったでしょ」 『んな無茶な』 「納得させるんだったら、せめて理由くらい言って」 『理由って、あの、それは……』 「それは?」 『…………』 「……言えないことなの?」 『まあ……』 「どうしても?」 『そういう感じ……』 「はぁ……」 「なんで最初から、そう説明できないの?」 『……言ったって、怒るだろ?』 「怒るわよ!」 「許すんだから怒るくらいさせなさいよ、バカチビ」 『あ……うん』 『あの……ごめんなさい』 「……まあ、いいわ」 「アンタも困ってるみたいだし。  今回だけは、許して――」 『お話終わった?』 『シッ! ちょっと静かに!』 「な、何? 今の声――《すずねえ》〈鈴姉〉?」 『いや、あの、まさかそんな……あはははは』 「誤魔化さないでバカチビ!」 「なんで私との約束を破って、《すずねえ》〈鈴姉〉といるのよ!」 『待ってくれ!  コレには深い、ふかーいワケが――』 「知るか! 縮んじゃえバカチビ!」 「…………信じらんない」 「もういいわ。ひとりで行ってやる」  恵那は道路を横断し、向かいの千秋の家へ。  マンションに入り込み、玄関から目的の御札を手にとって帰ってくる。 「これで、よし!」  自分の家の御札と共に、エコバッグに入れた。 「私との約束反故にして、鈴姉と一緒にいるなんて!  信じられない!」 「私より鈴姉が大事ってこと?」 「大体さ、今日は鈴姉も忙しいとか言ってたじゃない!  ライブがあるとか、ロクローさんのイベントとか」 「千秋が一緒ってことは、もしかしてアレも全部嘘?  私を騙して、ふたりっきりでなにを……」 「わうわうわう!」 「あ……そ、そうね」 「千秋と鈴姉がどんなことしようと、私には関係ないし」 「ってか、なんでそんな真剣になって千秋のこと推理しなきゃならないわけ? おかしいわよ」 「さっさと御札納めて戻りましょ」 「わうっ!」  祭りのあと――ビッグサイトを、闇が包む。 「ハァ……疲れたァ……」 「いやないでしょ疲れたとか!  むしろみ な ぎ っ て き た !!wwww」 「大晦日なのに元気なやつですね……  もうコミマは終わりましたよ」 「またまたぁ! オレたちのコミマはこれからでしょ?」 「え? それってどういうことか聞いて良いですか?」 「よくぞ聞いてくれました!  これからアキバで第2ラウンド!」 「第2ラウンド?」 「ホラこれ! ダベッターで今話題騒然!  緊急RDが回ってきました!!」 「緊急RD?」 「ロクローさんのイベントキター!! って感じだよね」 「それから第一宇宙速度のライブでカウントダウン!!  ワクワクがとまらない!!」 「一応聞きますけど……本気で行く気だったんですか?」 「本気と書いてマジと読むッ!!」 「なんか……色々辛いと言わざるを得ない。  僕が付き合う必然性はあるのだろうか、いやない」 「そんな冷たいこといっちゃう?  同じ本書いた仲じゃない!」 「この《ティルノ》〈Tirno〉さんの挿絵がなかったら、今日の同人誌もどれだけ売れたか……」 「あー、はいはい。  確かにTirnoさんの挿絵は素晴らしかったです」 「御影日向ひとりの文才じゃ、あんなに売れることは到底不可能と言わざるを得ないでしょうよ……」 「だよねー、だから付き合ってちょーだいよ」 「……良いですけど、ライブはともかく、ロクローさんのイベントってなにか聞きたいところなのですが」 「知らない? ホラ、TAMAのコスプレAV」 「把握。あのパロディの――」 「パロディ違う! アレはもう既に新たな芸術だッ!!」 「確かに新ジャンルと言わざるを得ない側面もないとは言えませんが……」 「御影君も来る?」 「あにのあなで待機してます。  コスプレとか三次元とかに興味ないし」 「三次元に、ねぇ……」 「なんですかその顔」 「そういうヤツに限って、恋に落ちるとコロッと――」 「……異変?」 「なんだ、この音――」 「どけどけどけどけどけ――――ッ!!」 「ビッグ斎藤・到着!」 「「えええええええええええええ!?」」 「とりゃあっ!」  歩道をすっ飛ばしてきた凄まじいバイクが坂を一気に駈け上がりビッグサイトのガラス扉に突っ込む。 「おりゃー! とーじんぼーはどこじゃー!」 「な! ちょっと! 何してるんですか!」 「出てってください! 今すぐ――」 「アタシの行く手を阻むヤツァ、例え親でも許さねー!」 「ビッグ斎藤! とーじんぼーを出せええ!!」 「エマージェンシー! エマージェンシー!  こちら正面入り口!」 「謎のコスプレ女が制止を振り切って侵入・逃走!  至急応援頼む!!」 「とーじんぼー、どこじゃああああああ!!」 「な……何事?」 「あんなキャラ、いたっけ?」 「本物のレディース?」 「さすがにないだろ……ないよな?」 「待てえええ!!」 「仏恥義理!」 「やむを得ん! 発砲を許可する!」 「SIR YES SIR!!」 「ぬわあああああ!」 「銃声……?」 「あーあ。  コミマスタッフ、怒らせちゃったよ」 「死亡フラグですかね」 「気になんのか?」 「べ、別にそういうワケじゃ!」 「お、ツンデレ来た!」 「ええい、畜生ッ!」 「逃げるぞ! 撃て!」 「のわっ! こっち来た!」 「どけどけどけどけどけー!!」 「おい、そこのふたり!」 「ぁ……」 「は、はいっ!」 「ここ……ビッグ斎藤で良いんだよな?」 「ビッグ……斎藤?」 「あぁん? ちげーのか?」 「あの……そうじゃなくて。  たぶんビッグサイ――ふんぐぐぐッ!!」 「は、はいッ! ビッグ斎藤でOKです!」 「はっはーやっぱり! アタシの目に狂いねーな!」 「さすがです!」 「ふんぐぐぐ……」 「いいか、おまえ。余計な口挟むなよ!」 「ほんな……ふぐ、んぐぐ……」 「それじゃあの、ナンだ」 「とーじんぼーって、どこにある?」 「とーじんぼー?」 「ふごふご、ふご!」 「いいから黙ってろって!」 「ほら、コミックスーパー? に、つきものなんだろ?」 「あー、はいはい、コミックスーパー!  ありますあります!」 「とーじんぼー、欲しいんだ」 「えーと、あの……  それは、つまりどういう……」 「あぁん? もしかしてテメーら」 「知らねーのか?」 「えーといや、知らないとかそういうことではなくて――」 「がうッ!」 「いでででででッ!  お、オレの右手を噛みやがったな!」 「親にも噛まれたことないのに!」 「当たり前です! 黙っててください!」  男は連れを制止すると、ヘルメットの女に向き合う。  紙袋から一冊の本を差し出し、訊ねた。 「僕が思うに、探してるのはこういう本ですか?」 「ん? おおー! これこれ!」 「これ、とーじんぼーじゃなく、同人誌っていいます」 「あーそか! そうそう、そんな感じの名前だったな!」 「どーじんしどーじんし。  どれどれ、どんな話が書いて――」 「きゃあああああああ!!」 「えええええええ?」 「裂いちゃった!?」 「変態ッ! 変態ッ! 変態ッ!  なんてもの見せやがる――」 「あ……」 「ええと……」  咳に吹き飛ばされるように、同人誌だったのものの切れ端が風に舞った。 「す、す……すまねぇっ!」 「この通りだッ! 許してくれッ!!」 「謝られたところで、本は返ってこない――ふがっ!」 「いえいえお気になさらずに!  全然、全然大丈夫ですから!」 「ゆ……許してくれるのか!?」 「も、もちろん」 「な……なんて!」 「なんて優しい人なんだあっ!  オーイオイオイオイ……」 「おいおい? ってなんだ?」 「な、泣き声だろ……たぶん」 「アタシは今、猛烈に感動しているッ!!」 「ああ……はいはい、だから泣かないで!  こんな本、秋葉原でも買えますから!」 「秋葉原で?」 「はい! ビッグ斎藤でコミックスーパーは終わりましたけど、大手とかなら秋葉原の同人ショップでも――」 「秋葉原! おお! なんか聞いたことある!」 「なるほど、秋葉原に行けばとーじんぼー……  じゃなくて、同人誌が買えんだな」 「その通りです!」 「ツーバードとかいうヤツの本が、あるんだな!?」 「『のーこんとろーる』の11とかいうのが、あるな!?」 「わかんないですけど、新刊ならたぶん……」 「それで行こう!」  彼女はバイクに跨り、エンジンをかける。 「ふたりとも、サンキューな!」 「はい! お役に立てれば――」 「ふががが――ぷはっ! き、気をつけて!」 「おーよ! おまえらも、気をつけて帰れ――」 「…………」 「あー、そうだ」 「他にもなにかッ?」 「本、弁償しなきゃな」 「あ! いえ、そんな! お金なんて」 「アタシが悪いんだからさ。とっとけ!」 「……あれ?」  ポケットに手を入れたまま、彼女の動きが固まった。 「トラブル発生ですか?」 「金が、ねぇ……」 「え!」 「さっき落としたかな……」 「あの、落とし物ないか訊いてきますか?」 「いや、いい。別に大したモンは入ってねーし!」 「……ってか、逆に捕まりそうだ」 「確かに」 「かといって持ってるのは、ケータイと――」 「コレくらいか」 「さすがにコレをやるわけにはいかねーしな……」 「いえ、別にいいんです!  そもそも自分の不注意だし……」 「そうはいかねー!  アタシのコケンに関わるんだっつーの!」 「あ……そうだ、コレ」 「コレ、取っとけ」 「あ……」 「どした? なんかついてる?」 「いえ……」 「ほれ、早く」 「あ……はい」 「え、でも、ノーヘルで秋葉原まで?」 「喧嘩上等!」 「んじゃ、アタシは急ぐから」 「じゃあな、ふたりとも。サンキュー」 「……ふぅ。やっと行った」 「あのコスプレ女、ヤバイだろ」 「ってか、コスプレか?  まさか、本物のヤンキー?」 「いやいや、んなわけ……」 「……ん? おい、どした?」 「…………」 「おい、聞こえてるか? おいってば!」 「返事をするんだッ!! 御影隊員ッ!」 「ん……あ、大丈夫です」 「ちぇっ、普通の返しかよ」 「ってかさ、御影君、そのヘルメットどうすんの?」 「ええと……どうしましょうか?」 「だめッ!!」  止みかけの雨と共に落下するノーコ。  フウリは咄嗟に、落下地点へと駆け寄ると―― 「そりゃああああ!!」  肉まんの入った袋を頭上に掲げた。 「…………」 「…………」 「……あれ?」 「なにをしているの?」 「ありゃ?」 「う……浮いているっ!?」 「もしやあなたは、超能力者!」 「…………?」 「な、なんですか? 私の顔になにか――」 「きこえる……?」 「聞こえますけど、それがなにか?」 「…………」 「きらい」 「え?」 「どいて」 「な! ちょっと! 待って――」 「どうして飛び降りなんてしたのですか?」 「…………」 「苦しいことがあっても、命を粗末にしては――」 「してない」 「でも、悲しそうな顔――」 「うるさい」 「でも――」 「ほうっておいて」 「やっときえた……?」 「やっぱりだめ!」 「放っておけません……  辛いときはひとりじゃダメだと思います」 「いいかげんにしないと」 「肉まんをおなかいっぱい食べて――」 「きる」 「え?」 「きゅぅぅぅぅ――――っ!!」 「…………え?」 「痛い痛い痛い痛い、痛いです――――ッ!!」 「あれ……? なんで? いたい?」 「痛いに決まっています……  うう……急に刺すなんて……」 「ああ、どうしよう。  この後ライブなのに血が――」 「血が――血が――」 「きゅ?」 「血……出てない?」 「なんで? 私……刺されたのに……」 「いたいの、きらい?」 「当たり前じゃないですか!」 「でもにとりはよろこぶ」 「それはきっと特殊だと思います……」 「…………」 「ええと……」 「私の名前は、フウリです。  あなたのお名前は?」 「……ノーコ」 「ノーコちゃん、私と約束してくれませんか?」 「気に食わないからって、ひとを傷つけたりしない」 「…………」 「約束、お願いします」 「どうして?」 「どうしてやくそくするの?」 「どうしてって、それは――お友達だからです」 「おともだち……?」 「もう、たくさんお話ししました」 「ケンカもして、仲直りもしました」 「だからふたりは、お友達!」 「はじめて」 「え?」 「そんなこといわれたの、はじめて」 「そうなんですか……」 「うん、では!」  フウリはしゃがみ、転がった袋から肉まんを取り出す。 「私が初めてのお友達になります」 「いや」 「え?」 「いらない」 「きゅぅぅぅぅぅ……!」 「そんなこと、言わないでくださいよぅ」 「うるさい」 「でも、ひとりっきりは寂しい……」 「にとりがいる」 「そのニトリさんって、恋人――」 「だまれ――」 「きゅぅっ!!」 「――――」 「――あれ? 無事?」 「さよなら」  フウリが目を開けると、ノーコの姿は既に遠い。 「ノーコちゃん! あの――」 「今夜、私のバンドのカウントダウンライブがあります!」 「そこの、スーパーノヴァってお店で行うライブ!  『スーパー・スーパーノヴァ』!!」 「もし良かったら、ぜひ、来て下さいねっ!!」 (どうしよう……) (いつまでも、河原屋組から逃げられるわけないし) (早く、あにのあな行かないと――) 「よし! きょうは絶対、売りまくる――」 「あ、いらっしゃ――のわああああああ…………」 「……………………」 「なんだこの本?」 「さあ。興味ないし」 「それよりホラ! あっち行こうぜ!」 「あ! すげえ! スマガ本の新刊だ!!」 「……………………」 「…………」 (売れ残り……山ほどあるんだよな……) (…………) (なんか、足が――) 「…………あ」 「いた、イタタタタタタタ……」 (なにこのバイク?  こういうの、カッコイイとか思ってんの?) (ありえねー。マジでありえねー。  いわゆるひとつの厨二病?) (こういうヤツに限って、バイクに事細かな設定とかつくっちゃったりなんかしてんだよなあ……) (あー、やだやだ! 目に入れたくもねぇや) (やっぱりさ、クリエイターなんだからもうちょっとマシなデザインしないと……) (あ、そうだ!) (確か、オレのデザインしたソトカンダーを、UP+の方で飾るんじゃ……) 「本番まであと50分! 気合い入れろよ!」 (はは、やってるやってる) (全国ゆるキャラバン――) (年末に急にやるとか言われて、秋葉原マスコットのキャラデザ発注来たときはビビったけど) (ニヤ動でもイチオシ企画らしいし、もしコレがネットで話題になっちゃったりなんかしたら、オレも……) 「ぐふ、ぐふふふふふふ……」 「おい! ソトカンダーの模型はどこだ!?  主役がねぇぞ! 持ってこい!」 (おっと! そうだった!) (今回の企画の目玉! それは立体化ソトカンダー!) (オレのキャラクターが、番組のハイライトを――) 「ハァ!? ない? ないってどういうことだ!?」 「ないワケじゃなくて、トラックに置きっぱなし――」 「忘れてたのか?」 「忘れてました……」 「ドアホ! さっさと取ってこい!」 「どんなにマヌケでイケてないデザインだからってな!  一応、この番組のメインなんだよ!」 「どんな腐った素材でも、届いちまったからには、オレたちが手を抜くわけにはいかねぇだろうが!」 「は、はい!」 「あ、あと肉まんはどうした!?」 「ええと、肉まんがなかったのでコレを――」 「………………ははは」 (そう……そうだよな) (2時間のやっつけデザインだもんな) (オレだって、そんなキャラが評価されたところで、全然なんにも嬉しくねぇし) 「ははははははは…………はははははははは……」 「はぁ……」 (……最悪だ。ホントにあり得ねえ) (こうなったのも、みんな、あいつらが悪いんだ) (特にアレ。《たちばな》〈大刀刃那〉とかいうヤツ) (いつもせいぜい20部が関の山だったのに) (「2bird先生の新刊なら600部余裕ですよ!」とか、ふざけんなっての!) (あれだけ会場に来るとか言っといて、全然顔も出しゃしねーし!) (責任とれよ、責任!) (大体さ、世の中薄情なんだよ) (なにが「ヤンデレノーコさん最高です!」だよ!) (そんなの、2週間ブームがあっただけだろ?) (しかもよつばちゃんねるだけだし) (オレを一発屋芸人にすんな!) (ブームとか、そういうのいらないって!) (…………) (ブーム、ねぇ……) (スマガ本でも出すか? 流行ってるし) (《タチバナ》〈大刀刃那〉も、流行り物のジャンルに替えた途端、ゲームが売れたっていうしな……) (あんな才能無い絵で、よく売れるわ) (ったく、ホントに客は見る目ないのな。  ブームだったらいいのかよ。バカか? 死ね!) (……うん、ないな。ないない) (ってかさ、あの厨二病センスはないわ。  なにあのルビの振り方? 最強主人公?) (最初のころのセカイ系?  っぽいのだったらまだギリギリセーフかな?) (今や女主人公が《アルマゲスト》〈原器〉でオレTUEEEEEEEE!! で敵も味方もバンバンルビふりまくりでアホか) (《ザ・ラスト・ワン》〈空前絶後〉とか《アポカリプティフィ》〈黙示録級災厄〉とか《ヘヴンズ・トライアングル》〈天国への三扉〉とかあああああ、もう考えただけでサブイボ立つわ!) (そんなのが受ける世の中ってなによ?) (オレ、儲けたくて創作してるんじゃないし) (もっとこう、なんていうんだ?  オレの中にあるものを、そのままポンと出す) (わかんないやつには、わかんないだろうな……) (…………) (……あー) (なんで、誰も、わかんないんだよ) (もうちょっと、わかってくれたって――いいだろ) (誰か……理解してくれねーかな……) 「はぁ……」 「帰って、塩ごはんでも食べるか……」 (ん? 救急車?) (UP+の方……ってことは、ゆるキャラバンか?) 「バチが当たったんだ。ザマぁ!」 (ったく、なにがイケてないデザインだっつーの!) (オレの仕事の素晴らしさがわかってたまるか!) (どうせ視聴率とカネしか頭にないやつらなんだろ?) (ったく、世の中金かねカネ! アホか!) 「のぁっ!」 「うぎゃっ!」 「ふざけんな! ちゃんと前見て――」 「いたたたた――」 「あ、歩いた方がいいと思いますよ」 「ぅ……あ、あああああ」 「いやああああああああ!!」 「…………なんだよ」 「ガキまでオレをバカにすんのかよ」 (ああっ! クソ! ふざけてる!) (みんな、オレを目の仇みたいにしやがって!) (オレがなんか悪いことしたか?) (オレをこんな風にしたの、世の中だろ?) (オレだって、好きで借金したワケじゃないし) (そうだ、政治が世の中を腐らせたんだ) (利権なんかに目が眩んだんだろ?) (国民を食い物にしやがって) (だからオレたちが苦しむんだよ) (オレたちだって、好きでこんな暮らししてないし) (ちゃんと職があって、未来への夢があって、やりがいがあれば、ちゃんとできるよ) (でも、世の中そうじゃ――) (そうじゃないんだよ、クソ!) (違う! 間違ってる!) (本当に、なにからなにまで間違って――) 「え……?」 「ノーコ?」 「しんで」  愛車暴陀羅のエンジンが、東京の街並みに谺する。  ノーヘルの髪を風に靡かせ、街中の明かりに金閣寺を反射させながら、沙紅羅はひたすら晴海通りを北上した。 (確か……こっちだよな) (えーと、その、どうじんし……だったっけ?) (来るときは道に迷って買い損ねたけど) (今度こそ、失敗しねーぞ!) 『そこのノーヘルバイク、止まりなさい』 「やべー失敗した……」 「ノーヘルだと耳が寒ぃ!」 「でも……やるしかねーよな」 『そこのおかしなバイク、止まりなさい』 「おかしなバイク……だとぉ?」 「上等じゃねーか!」 「アタシの金閣寺、好きなだけ見せてやるよォ!!」 『コラ! 待て金閣寺! コラーッ!!』 「ふぅ……なんとかまいたか……」 「信号が変わって、助かった……」  既に痛いほどに冷たくなった耳を温めるため、沙紅羅は一度愛車を路肩に停めた。 (しっかし、東京のポリ公は、根性ねーなー) (階段上っただけでまけるとか、貧弱すぎだろ) (郡山じゃこうはいかねーぞ) (雪道発進とか大変だし) (で、ここは……そろそろ秋葉原、か?) 「んじゃ、みそブーに連絡でも取って……と」 「……お」 「メール、来た!」 「ったく、非常におそいよ!  どんだけ待たせんだ、どんだけ!」 「おかげで何回サイト見に行ったか――」 「ふふーんさてさて、今日の運勢は?」 「『はろぉ~!いつも読んでくれて感謝!毎日ビンビン、ミリオンプロデューサーミリPの恋愛占いよ!』」 「うーん、相変わらずステキな挨拶だな……」 「『今年最後のあなたの運命は――【大吉】!?』  マジで!?」 「『あなたの目の前に、とうとう待ちに待った運命の人が!  こんなチャンスは二度とない!』」 「『次々に襲う障害を乗り越えて、見事彼のハートをゲットしちゃおう!』」 「ま……マジか!?  アタシにも……とうとう……とうとう……」 「運命のひとが……!?」 「ううっ、うう……うくぅぅぅぅ……  イヨッシャ!!」 「やるぞ! やるぞやるぞ!  このチャンスはぜってー逃せねぇ!」 「『次々に襲う障害を乗り越えて、見事彼のハートをゲットしちゃおう! 良いお年を! ばっはは~い!』」 「『今日のラッキーアイテム:ストラ――』」 「ん?」 「え?」 「は?」 「はぁああああ?」 「電池切れ!?」 「待てよ! アタシの運命の人はどうなる!?  ラッキーアイテムってなんだ!?」 「ええと……確か、ストラなんとか!」 「ストラ……イク? ストラ……イダー?」 「ストラ、ストライド走法……? ストラポット?  ノストラダムス? ストラス……製薬?」 「だ……ダメだ!  そんなのラッキーアイテムにならねー!」 「なんでよりによってこんな時に!」 「今日一日、大凶のまま生活しろってのか?  厄日か? 厄日なのか?!」 『見つけたァッ!』 『阿佐ヶ谷のブラックパンサーから逃げ切れると思うな!』 「阿佐ヶ谷のブラックパンサー――ちょっとカッコイイ」 「ハッ!!」 (待ちに待った運命の人って、まさか……!?) 『その不格好な金閣寺、メチャクチャにしてやるッ!!』 「……ぜってーねーな」 「アタシの相棒『暴蛇羅号』!  バカにしたヤツには――天誅喰らわしてやる!」 『待てえええええ!!』 「誰が待つかァッ!!」 「へん」 「すごくへん」 「わたし、フウリをどうしてささなかった?」 「いつもならさしてた」 「さすのはわるいこと?」 「ふつうははんのうしない」 「みんなみんな、きづかない」 「いくらさしても、きづかない」 「はんのうするのはにとりだけ」 「にとりだけがとくべつ……」 「とくべつな……はずだったのに」 「でも……」 「フウリは、いたがる」 「ささないでっていう」 「どうして?」 「わたしには、にとりがいる」 「にとりはずっととくべつ」 「とくべつ……とくべつな、はず……」 「フウリも、とくべつ?」 「こんなきもち、おかしい」 「そわそわする」 「おちつかない」 「どうして?」 「にとり?」 「にとり、どこ」 「かくれてたら、きる」 「…………」 「いない?」 「…………」 「にとり……おそい」 「かえってこない」 「…………」 「こんなこと、なかった」  乱雑に積み上げられたマンガと、同人誌と、フィギュアと、エロゲーと、新刊在庫の段ボール。 「しんかん、うれなかった?」 「でも、それがふつう」 「いままでずっと、そうだった」 「こんどはがんばるって、にとりはいった」 「たくさんたくさん、ほんをすった」 「たくさんたくさん、ざいこができた」 「こんなこと、なかった」  ノーコの視線が在庫の段ボールの向こう、古びた本棚に向けられる。 「……さいしょの、ほん」 「にとりがかいた、さいしょのほん」 「とっても、とっても、だいじなほん」 「でも……」 「にとりはもう、あのほんをよまない」 「……やっぱり、だめだ」 「いままでとおなじがいい」 「かわらなくていい」 「ふたりがいい」 「うそでもにせものでもいい」 「このままがいい」 「でも……」 「かわってしまうの?」 「そんなの……いや」 「わたしたちはかわらない」 「なにもかわらない」 「かわりたくない」 「いつものにとりと――」 「いつものわたしで――」 「それで、ずっと――ずっと、ずっと――」 「そのためには――そのためには――」 「きた!」 「え……?」 「ノーコ?」 「しんで」 (ぅ……さっきよりも人が多い) (いや、でも!  ノーコちゃんにも、約束しました!) (ここで逃げるわけにはいきません!) 「よおおおおおっ!」 「ぽん!」 「よーし! がんばります!」 「鈴ちゃん! お疲れ様でーす!」 「おつかれさまー」 「よしよし、遅れずに来たわね」 「それじゃ、あとひとり……と」 「あらら? もしかしてニコちゃんは……」 「遅刻! こんな大事な日に遅刻するなんて。  『スーパー・スーパーノヴァ』をなんだと思ってるの!」 「まあまあ鈴ちゃん、怒らないで。  ニコちゃんもお勉強で大変なんですし」 「でも!  今日はアタシたちの将来が決まる大切な日――」 「だから、一生懸命練習したんです」 「慌てなくても、いつもの力を発揮すれば大丈夫!」 「でしょ、リーダー?」 「……わかったわ」 「今更ジタバタしたってしょうがない!  先にできるところだけリハ、しちゃいま――」 「はろぉ~!」 「あ……きた!」 「そう、来ちゃったの!」 「この、ミリオンプロデューサー!  ミリPさんの、お出ましなのよォッ!」 「お、おはようございますっ!」 「おはよう、鈴ちゃんに――」 「フウリちゃん」 「お、おはようございます……」 「今日の準備は、万端かしら?」 「はい、もちろん!」 「この日のために、第一宇宙速度、できる限りの準備を精一杯やってきましたっ!」 「今日のライブ、成功したら――」 「ええ、約束するわ」 「アタシプロデュースで、メジャーデビューさせて――  ア・ゲ・ル」 「よろしくお願いしますっ!!  私たち、一生懸命頑張りますからっ!」 「うん、その意気その意気」 「あ、ところでフウリちゃん?  大切なお話があるんだけど、来てくれる?」 「あ、私ですか?」 「ここじゃなんだし、控え室に行きましょう」 「は……はい」 「フウリちゃん! 失礼、ないようにねっ!」 「が……がんばります……」 「ゴメンねリハ前に呼び出しちゃって」 「ん……? どうしたの?」 「悪いことでもあった? 顔色が――」 「いえ。なにも、ないです」 「ふぅん……ホントならいいんだけど」 「…………」 「ま、デビューするチャンスだものね。緊張して当然か」 「でもねぇ。  さっき、ひとつだけ付け加え忘れたことがあるの」 「付け加え忘れた……?」 「もし成功したら、アタシは責任をもってあなたをメジャーデビューさせてあげる。ただし――」 「デビューできるのは、あなただけ」 「…………へ?」 「あの、それってどういう――」 「『第一宇宙速度』は解散」 「あなたはアタシのプロデュースする新しいバンド『アンドロギュノス』のドラマーとして活躍することになるわ!」 「……どう? 嬉しいでしょう」 「な……なんで?」 「ミリオンを売るためよ」 「みりおん……?」 「あの、でも……私はできれば、今のふたりと――」 「他のふたりだって、悪くはないわ。でも――」 「『悪くはない』――で通用する世界じゃないのよ」 「秋葉原の地下アイドルが連日ステージを行うミニライブハウス――『スーパーノヴァ』」 「多くのパフォーマーの中でも抜きん出た人気と実力を誇る顔! それが貴方たち第一宇宙速度」 「それだけの実力があるからこそ、アタシみたいな大物プロデューサーからも声がかかるワケ」 「でも、ね」 「万人が見とれるナイスバディーだけど、音楽的才能はまだ発展途上のボーカル&ギター!!」 「音楽的才能には恵まれリーダーシップも抜群だが、身体が少し、いえ結構、いやいやかなり残念なベース!」 「言ってしまえば、まだまだ秋葉原ローカルレベルなのよ」 「でもそんなふたりとは違って、あなたはパーフェクト!」 「美しく、ボリューミーな体つき!」 「見るものをとろけさせる天使の微笑み!」 「いつも控えめだがやるときはやるその心意気!」 「そして何より――あらゆる技術、あらゆる曲調、あらゆるグルーヴに対応できる、その順応性の高さ!!」 「わ……私、そんな大層な力は――」 「アタシの目は誤魔化せないわッ!」 「あなたはどんなドラマーのどんな演奏も、一度聴いただけで完璧に再現してしまう」 「どこでその技術を磨いたのかは聞かないけど、保証する。  あなたのその能力は、第一線でも通用するわ!」 「『アンドロギュノス』には、あなたの力が必要なの!」 「でも――」 「『どうしても有名になりたい!』  『私には、叶えたい夢がある――!!』」 「あの言葉は、嘘だったの?」 「………………」 「『アンドロギュノス』は、望みを叶える特急券」 「もしかしたら――終電かもしれないわよ」 「………………」 「どう? アタシの提案を――」 「ごめんなさい。電話だわ」 (私だけ、デビューだなんて……) (そんなのいやです……いやなんです……) (でも……でも……) (もし受け入れたら、私はメジャーデビューして……) (メジャーデビューしたら、きっと……) 「あっ、あのっ! すいません!」 「そろそろリハーサルが――!」 「あ、ごめんなさい。もうそんな時間ね」 「アタシは用事ができたわ。また本番で会いましょう」 「はい!」 「それじゃ、バイな~ら~」 「……ふぅ」 「緊張するわね。さすがのカリスマだわ……」 「って、一息ついてる場合じゃない! リハが――」 「…………」 「ど……どうしたの? やっぱり顔色が――」 「な、なんでもないです……!」 (まだ40分もあるし、余裕だな) (早く帰ってもどうせ鈴姉にいじられるだけだし。  のんびり行くか……) (けど……うう、なんでオレがこんな目に?) (あのエコバッグさえなければ、こんなことには……!) 「あ! やべ!」 「どしたのバカチビ?」 「え? いや、ちょっと忘れ物――」 「皆まで言わなくて結構!」 「へ?」 「名探偵、富士見恵那が推理するわ!」 「今日は終業式……いつもならロッカーに入れっぱなしのジャージも、持って帰らなきゃならないって寸法よ」 「しかしなんということか! いつもずぼらなバカチビは、もちろん予備の袋なんて持ってくるはずもなく……」 「はいはい、いつもの名推理名推理」 「でもそんなもん、推理できたところで解決には――」 「これ、使う?」 「ん? これは……」 「エコバッグ。なんか誤発注で大量に余ったんだって」 「ってかこのロボットなに? ダセーってか……」 「ダサいよね」 「うん。ダサい」 「ソトカンダーとかいって、これから町内会のマスコットキャラになるんだって」 「今、家中バッグだらけで大変なの。  年が変わったら、半田明神で売るとか言ってたけど」 「へぇ……」 「ってか、オレが使っていいのか?」 「どーせアンタが忘れるだろうと思って、わざわざ用意してきてあげたんだから。感謝してよね!」 「あ……ああ」 「ちなみにコレ、私の――」 「あ! おいおい、ペアルックかよ!」 「ヒューヒュー! さすがは夫婦! 熱いねぇ!」 「な……」 「なな……」 「誰がペアルックだッ!!」 「うお! やべ!」 「逃げろッ!!」 「ったく、誰が夫婦だ誰が」 「おかげで時間が――ゲッ! やば!」 「部活に遅れる! 急がなきゃ!」 「ふぅ……疲れたああああ……」 「今年最後の練習なんだから、もう少し手抜いても……」 「と、寝る前に! 洗濯物を――」 「……………………あれ?」 「カバンの中味……が」 「ブルマー!?」 「なんで!? なんでこんなことに――」 「……あ、そっか!」 「バッグが同じだから、部活に行くとき間違えたんだ」 「変なガラのバッグ使うから、こういうことに……」 「……ま、いいや。  とにかく恵那んちに届けに行くか」 「家、向かいで良かったよホント……」 「あの、恵那いますか?」 「御用だ御用だ御用だァッ!!」 「わうわうわうっ!!」 「え?」 「千秋ッ!! やっぱりてめぇかあっ!!」 「は? ちょっと、なんのことで――!」 「スットボケんじゃねぇぞこのヘンタイ野郎ッ!!」 「ウチの娘のブルマーを盗むなんて、盗むなんてッ、盗むなんてぇえぇえぇえぇえ!!!!」 「死刑!」 「嘘ォ!!」 「待ってよ父さんッ!!」 「千秋がそんなワケないじゃない!」 「ね、千秋?」 「いや、あの、それは……」 「ぬぅん!?」 「ひえっ! し、してないです!  そんなわけ、ないじゃないですか!」 「千秋がそんな根性あるわけないじゃない!」 「え?」 「む……確かにそいつはそうなんだが……」 「えええええ……」 「ほら! いいから父さんは家の中に入って!」 「うおっ!」 「ふぅ……  ゴメンね千秋。父さんがまた変なこと言い出して」 「うん。ま、しょーがないよ。警官だしね」 「でもさ、連絡網引っ張り出して、私のブルマーが盗まれたってクラス中に広めちゃったんだよ! 信じられる?」 「え? クラス中に……?」 「そうなの! 犯人が出たら大バッシングだよねー」 「そ、そうなんだ。あは、あはははははは……」 「あ、ところで千秋? なんか用事?」 「あいや、なんでもない! なんでもないよ!」 「え、でも――」 「寒いから、風邪引かないようにな!  ブルマー、出てくるように祈ってるから!」 「あ……うん。ありがと!」 「それじゃな!」 「あの――大晦日、忘れないでね!」 「………………」 「……ヤバイ」 「コレは、ヤバいぞ。どうしよう……?」 「もしオレが持ってるのバレたら――」 「おやおや?」 「ひえっ!」 「コレはコレは、千秋ちゃん」 「あ……鈴姉。驚かさないでよ」 「何か困り事?  なんなら、鈴姉が手助けしてあげるよん!」 (救急車……?) (いや、救って欲しいのはこっちだっての) (ったく、なんでオレがこんなこと……) (あの鈴姉の言葉を信じちゃったのが、更に失敗で) (結局、こんな格好でバイトまで――) (こんな格好で――?) 「のぁっ!」 「うぎゃっ!」 「ふざけんな! ちゃんと前見て――」 「いたたたた――」 「あ、歩いた方がいいと思いますよ」 「ぅ……あ、あああああ」 「いやああああああああ!!」 (ヤバイ! ヤバイヤバイヤバイぞ!) (オレ、女装したままじゃん!) (こんな格好で街中歩いて! オレは変態か!?) (今すぐスーパーノヴァに戻って――) (いや……でも待てよ) (この格好になるのにも、だいぶ時間かかったし) (今戻ったら、7時まで間に合わない……!?) (でもじゃあオレ、この格好のまま家に戻るのか?) (そりゃ、今ならまだ両親は帰ってきてないけど!) (でも恵那とか、恵那のオヤジさんに見つかったら――) 「わうっ!」 「のわっ! ユージロー!」 「ん……? どうしたのユージロー」 「ぎああゃっ! 恵那も!」 「わうわう!!」 「ちょ、やめなさい!  急に吠えたり――」 「わうわうわうわうッ!!」 「こ、こっちくんな! あっち――」 「うぎゃっ!」 「いたたたた――」 「また……かよ」 「ん……しょ」 「あれ?」 「ノオオオオオオオオ!!」 「あ……」  辺りに散らばる、箱・箱・箱。  その半分くらいが、足元の水たまりに水没していた。 「あ……あの、ごめんなさい」 「ご、ごめんですむかあああッ!」 「今日中に、これを全部売りさばかないと!  私はッ! 私はあッ!」 「ええと、その……」 「まあまあ村崎」 「嬢ちゃんも困ってるようだし、ここはひとつ、この富士見平次の顔に免じて、許してやってぇ――」 「恵那のオヤジさん! なんで勢揃いなんだよッ!!」 「ん……?」 「お嬢ちゃん、どこかでオレと会ったことが……?」 「ないない! ないです!」 「さようなら――――ッ!!」 「な……ちょっと、待てェいッ!!」 「来ないで! っていうかく、来んな――――ッ!!」 「なんだか騒がしいわね……」 「わう!」 「あっちの方に人混みができてるけど、まさか――」 「これは事件!?」 「ユージロー! 行きましょう!」 「わう!」  恵那とユージローは、人混みを掻き分け進む。  この先にはAM11があるのだが―― 「犯人は、急になにかお化けでも見たような顔で――」 「ほう、お化け!」 「ってぇことはもしや――」 「これは事件ッ!?」 「…………行きましょう」 「……今日は非番だったんじゃなかったっけ?」 「なのに出しゃばっちゃって。  むしろこっちが恥ずかしい――」 「ウヒョー! 恵那ちゃん!  恵那ちゃんじゃないですかあ!」 「あ……村崎さん」 「いやあ、ありがとうありがとう!  助かりましたよぉー! ハグしていい?」 「ダメです」 「やだなあ、知ってるくせにぃ!」 「ああ、饅頭ですね」 「クリマン!」 「クリマンッ!!」 「クリマンですよおお!!」 「は、はぁ……」 「さあ、恵那ちゃんも一緒に!」 「クリ・マ――」 「失礼します!」 「ああ、ゴメンゴメンごめんなさいッ!!」 「オマケに、このコンニャク缶もつけますから!」 「コンニャク缶?」 「はい! おでん缶に続く二匹目のドジョウとして、我々が開発したノーカロリーコンニャク!」 「略して!」 「ロ・リ・コ・ン!!」 「さようなら」 「ゴメンなさいってば!  怒んないでくださいよぉ!」 「恵那ちゃんのおかげで、クリマン、大人気完売間違いなし! なんですから!」 「……タイアップにでもしてもらったんですか?」 「鋭いですねぇ!」 「ま、現場はだいぶ混乱してるみたいね。  イベントが決まったのも、3日前だしなあ」 「あ! そういえば恵那ちゃん!  こんな話聞いたことありますか?」 「最初は『全国ゆるキャラバン』じゃなく、ナントカレスリングの『やらないか!?』を中継する予定だった」 「でもねえ、メインイベントをつとめるはずのバリーとかいう人が、秋葉原観光中にケガしちゃったらしいんです」 「え? そんな話、聞いたことない――」 「箝口令、しかれてるんですよ」 「なんでも、一般人にやられたって言うんですよ。  しかも、メイド喫茶の店員に一撃で――」 「弱……」 「まあ、その混乱があるからこそ、ゆるキャラバンの宣伝をしてもらえるわけで……へっへっへ……」 「あ、もちろん恵那ちゃんにもね、感謝してるんですよ」 「はい、これお礼のクリマン」 「あ……ありがとうございます」 「オマケして1個500円! 半額!」 「……お金、取るんですか?」 「いやいや、こっちも商売なんですよー」 「ま、いいですけど――」 「ぐるるるるるる……」 「わうわう! わうわうわう!!」 「ユージロー? どうしたの?」 「がう! がうがう!」 「ちょ、待った! ユージローなにすんの――」 「わうわうわう!」 「あ……日付?」 「うわっ! ヤバ!」 「ちょっと、これ! もう賞味期限――」 「これは事件!?」 「し――ッ!!」 「いやいや! マズいでしょ!」 「そんなこと、言わないでくださいよぉ……」 「だってほら、しょうがないじゃないですか!  クリスマスに売り切る予定で仕入れちゃったんですし」 「……秋葉原でクリスマス饅頭なんて売れませんよ」 「でしたねー。あははははは」 「でも大丈夫!  普通賞味期限って言うのは大きくマージンを……」 「わお――――ん!!」 「これは事件!?」 「あの救急車、ゆるキャラバンの方に行ってますよね!?」 「あは、あは、あははははははははは!!」 「ねえ、私やっぱりこれはアウトだと――」 「ねえねえ! 聞いてくれますか!」 「これ、売らないと私、売られちゃうんです」 「どうしても今日中に、あと10万円用意しないと!」 「双一親分の堪忍袋の緒が切れて……私は……」 「河原屋双一って――あの河原屋組から借金を?」 「はい……あの、河原屋双一から……」 「村崎さん! わかってるんですか?  双一って……あの双一ですよ!」 「踏み倒し・夜逃げは絶対に許さず、まるで運命の行く先を知るかのように、全ての逃げ道を塞ぐ……」 「一度目をつけられたら、後は真綿に首を絞められるようにジワジワと……」 「ひいいいっ! や、やめて下さいよォ!」 「ねえ、お願いです!  私の命を救ってください!」 「いや……でも、そういわれても――」 「この通り! 見逃してください……」 「…………」 「お願いですぅ……」 「……だめです」 「やっぱり、このまま売らせるわけには――」 「でも、何か別の方法はないんですか?」 「……協力、してくれますかッ!?  いや! 実は手っ取り早くお金を稼ぐ方法が!」 「ちょっと、ね。こう1枚、写真を撮らせてもらって」 「それでね、その、はいてるぱんつを……」 「は……?」 「いや、新しいのでもいいんだ!  一瞬はいてもらって、それで脱げばいいんですよぉ」 「な、なにを言って――!」 「減るモンじゃなし! ほら、人助けだと思って!」 「ほら、お、お、おじさんと一緒に、写真を撮りに――」 「ふ、ふ、ふ、ふざけ――」 「ふざけるなああああああああああああああッ!!」 「ほげ――――ッ!!」 「おめぇっ! オレの娘になんてこと言いやがる!」 「すんませんすんませんすんませんッ!!」 「いくら長ぇつきあいだからってな!  うちの娘が魅力的だからってな!」 「ちち! しり! ふともも!  最近こう、結構むっちりしてきたからってな!」 「やっていいことと悪いことがあんだろよ!  このスカポンタン!!」 「おい恵那、大丈夫か?」 「……父さんこそ、頭大丈夫?」 「今、なんかされそうに――」 「ほっといて」 「でもアン畜生――」 「いいから! ほっといてってば!」 「私は子供じゃない!  自分のことくらい、自分でちゃんとできるの!」 「そ…………そっか」 「さ、行きましょユージロー」 「わぅ……」 「どこに――」 「半田明神。御札を納めに行ってくるの」 「千秋は――」 「ほっといてってば!」 「もう。父さんったら、いつも出しゃばるんだから」 「警官なら警官らしく、普通に事情聴取してれば――」 「わうっ!」 「のわっ! ユージロー!」 「ん……? どうしたのユージロー」 「ぎああゃっ! 恵那も!」 「わうわう!!」 「ちょ、やめなさい! 急に吠えたり――」 「わうわうわうわうッ!!」 「こ、こっちくんな! あっち――」 「あ……」  犬に吠えられて逃げた先が、アキバスポットの店頭販売。  積み上げられていたクリマンが、台と共に崩れ去る。  アスファルトの水たまりに、大量の商品が飛び込んだ。 「ノオオオオオオオオ!!」 「ええと……」 「これって、私たちのせい……?」 「わぅ……?」 (いや……でも、待てよ) (これでクリマンは売れなくなったわけで……) 「事件解決!」 「村崎さんには、別の方法でがんばってもらいましょ」 「……ほら、ユージロー! 行くわよ」 「わう!」 (けど、さっきの女子校生どっかで見たような……) (ってか、なんで私の名前知ってたの……?)  ステージの準備は整っていた。  遅刻のボーカルに代わり、アルバイトがひとり、ステージに立つ。 「じゃ、リハ始めます!」 (鈴ちゃん……気合い入ってる……) (後は音を鳴らすだけ) 「今日までずっと、練習してきたんだから」 「アタシたち、絶対、メジャーになれる!」 「はい」 (うう……嘘です!) (上手くいっても、デビューできるのは私だけ……) 「フウリちゃん! しゃんとして!」 「今日は、大チャンスなんだから!」 「は……はい……」 (だめだ……ボーッとしている場合じゃない) (私も、ちゃんとやらなきゃ……) 「行きます……!」 「あの……絵に興味、ありませんか?」 「おねがいします」 「ちょっとお話を……」 「おねがい……します……」 「きゅぅぅ……」 (東京は……きびしいところです……) (おなかも空きました……) (このまま今月のノルマが果たせないと……) (うう……考えてる場合じゃない!) 「お願いしまーす!」 「アキバアミューズメントエリア・スーパーノヴァ!  今日も元気に、朝の5時まで営業でーすっ!」 「どうですかっ?  朝まで一緒に、遊んじゃいませんっ?」 (ああ……あのひと、すごいです……) (それにくらべて、私はぜんぜん……) (うう……弱音を吐いてる場合じゃないです) (じゃないと、教習ビデオのように、あわぶろに……) 「お願いしますッ!」 「あの、お話を!  すごく綺麗な絵があります!」 「少しでいいので、話を聞いてもらえると――」 (うう……だめです) (寒いし、お腹もぺこぺこだし……) 「もう、帰りたい……」 「ね、ちょっとあなた」 「大丈夫かな?  なんか泣いちゃいそうな顔――」 「大丈夫です……  泣いたりなんかしません……」 「嫌なことさせられてるんじゃないの?」 「そんなこと、ないです」 「でも――」 「みなさーん! 絵を買いませんかー!?」 「綺麗で貴重な、絵ですよー!」 「………………」 「きゅぅぅぅぅ……」 「フウリ、今日も駄目デスネ?」 「ひぇっ!  あ……ジャブルさん……」 「約束デスネ。ノルマ果たせなかたら――」 「あの、でも、もう少しだけ……」 「ワタシ、大学追われて、今はただの雇われ店長。  数学とショバイには自信あるデスが、力まだナイ」 「だからなにもしてあげられないデス。  カタジケナイ」 「あ……ごめんなさい。そうですよね……」 「一緒に来てくれマスカ?」 「……はい」 「…………うう」 「ダイジョブデスネ。  双一オヤビンも鬼じゃありませんデスヨ」 「話せばきっと――」 「おい、いるんだろ? 入れ!」 「は、はい……」 「フウリ、がんばるのデス!」 「双六さん……あの……こんばんは」 「双一親分との約束、憶えてんな?」 「あの……でも……」 「もう少しだけ、時間をもらえませんか?」 「親分にメシ、食わせてもらったよな?」 「あ……それは、はい」 「家、保証人になってもらったよな?」 「感謝、してます」 「仕事も、世話してもらっただろ?」 「…………はい」 「でも、結果が出なかった」 「結果が出なかったときはどうするか――」 「双一親分に聞いてみるか?」 「…………」 「…………」  フウリは発信できない。 「人には向き不向きがある」 「な、そうだろ?」 「でも私は――」 「世の中辛いことばっかりじゃねーんだぞ?」 「美味いモン食って、綺麗な服買って、な?」 「色んな人を気持ちよくさせて、それで自分もお金がもらえるんだから、そりゃおまえ、万々歳だろ? な?」 「…………」 「じゃ、行こうか」 「あの、でも……」 「行・く・ぞ!」 「は……はい……」 「チェスト――――――ッ!!」 「どは――――ッ!!」 「え? ドロップキック!?」 「ほら、逃げちゃうよっ!」 「でも、逃げるって――」 「聞いてたの!  売られたりするの嫌だよね!」 「でも、それは……」 「な、なにすんだボケええええええええ!!」 「ほりゃ!」 「うおっ!」  突撃した双六が躱され壁際に突き飛ばされると―― 「大気圏突破式・ドロップキ――――ック!!」 「ふげえええええええッ!!」 「あうあ……あう……がくっ!」 「今のうちっ! 逃げちゃおっ!」 「は、はい!」 「フウリどしましたデスカ!?」 「あの、ジャブルさん! お世話になりました!」 「あらら?  とにかくおげんきで――」 「はぁ……ひぃ……ふぅ……」 「なんとか……逃げ切れましたかね……」 「ああ……でも……もう……」 「もう、力が……」 「きゅ…………」 「東京は……きびしいところです」 「でも……それだけじゃないのかも……」 「その通り!」 「あ!」 「あ、あ、あああああ!!」 「ありがとうございました! ええと……」 「アタシは鈴。富士見鈴」 「あそこのスーパーノヴァってお店で働いてるの」 「あなたは?」 「フウリです! 綿抜フウリ!」 「ふうり……か」 「……どうやって書くの?」 「カタカナです」 「フウリちゃん、どうぞヨロシクね!」 「はい、こちらこそどうぞよろしくぅぅぅぅ……」 「え? フウリちゃん?」 「ど、どうしたの! ケガ!?」 「まさか、双六に捕まって!?」 「は、は、はら……」 「はらぺこ……です……」 「あむあむ……」 「あむあむ……」 「んんんん――――!!」 「ンマーイ……」 「なんたる肉汁じゅるじゅる……!  肉汁じゅるじゅるがたまらないのですぅ……!」 「あはは。そんな、反応良すぎ」 「こ、これはなんという美食でしょうか……」 「肉まん、食べたことないの?」 「肉まん……記憶しました」 「鈴ちゃん!  こんなごちそうを頂いて、ありがとうございます」 「肉まんは幸せの……  お腹だけじゃなく、幸せもいっぱい」 「心もぽかぽか、温まったでしょ?」 「はい!」 「うん、よしよしっ。いい笑顔」 「今までそんな顔、見たことなかったわよ」 「あははははは……」 「さーてと。  ここじゃ寒いから、ちょっと街中歩きましょう」 「あ……はい」 「といっても、もうこの時間だと普通のお店閉まっちゃうのよねえ……」 「ごはんは食べたばっかりだし」 「開いてるのはカラオケか、それとも――」 「あの、鈴ちゃんのその格好って……」 「ん? ああ、コレ」 「スーパーノヴァってお店のコスチューム」 「着替えてないと恥ずかしい?」 「そんなことはないです。  でも、鈴ちゃんのお店とかは――」 「今、ライブ中なの。  途中から入って邪魔したくないかな……」 「ライブ中?」 「スーパーノヴァって、ミニライブハウスで。  店員が自分たちでパフォーマンスするの」 「それじゃ、鈴ちゃんも歌ったり?」 「アタシは歌よりもベースがメインかな」 「ま、バンド組むにもメンバーが集まってないんだけど」 「バンド……」 「あ、そうだ! 今の時間なら――」 「お買い物?」 「ううん。最上階にゲームセンターがあってね」 「アタシのベースの腕前、見せてあげるわ」 「フウリちゃんもやる?」 「私、ゲームはあんまり……」 「たたくのは、得意なんですけど――」 「大丈夫。叩くゲームもちゃんとあるわよ」 (たんたんたたたん) (たたたたんすちゃちゃちゃ) (ちゃかぽこちゃかぽこぶんぶくぶん!) (たんたんたぬきのぽんぽこぽん!!) 「フウリちゃん! すごいよ!」 「え? 何がですか?」 「今までドラムの経験ある?」 「ないですけど!」 「初めてなのにこんなに!?」 「ねえ、フウリちゃん!」 「アタシと一緒に、バンド組まない?」 「え? なんて言いました?」 「だから、アタシと一緒に――」 「アタシと一緒にやる気あるの!?」 「え……?」 「解散よ!」 「『第一宇宙速度』は、今をもって解散!!」  ザックリと腹にカッターナイフを突き立てられて―― 「ふざけんな」 「え……?」  似鳥は、突き立てられたカッターナイフに構わず、ノーコへと語りかける。 「いつもオレは言う。  『そうだ、死のう。死んだ方がいい』」 「『世の中に文句ばっかり呟いて、そのくせなにも行動しないで、部屋の中に引きこもってネットして』」 「『死んだ方がいい死んだ方がマシだ死んでくれ頼む』」 「おまえは言う『でもわたしもいっしょ』。手首を切る」 「『ごめんなノーコ』オレは謝る。  謝って、おまえの血を舐める」 「『付き合わせてゴメンな。ありがとうなノーコ。  こんなオレに、付き合わせてゴメンな』」 「『わたしはにとりのぜんぶがほしいから』唇が重なる。  あとはいつものSEX、SEX、SEX――」 「ふざけんなッ!!」  刃が指に食い込むのにも構わず、似鳥はカッターナイフを掴み取り、投げ捨てた。 「にとり……」 「どうして、いつもとちがうの?」 「知るか」 「さされるの、すきじゃない?」 「痛い」 「にとりも、さされるの、いや?」 「わかんねーし。  わかんねーけど」 「……今日は、ムカつくことばっかりで」 「辞めた学校も――」 「クソみたいなネットトレードも――」 「煽るだけのネットの知り合いも――」 「売れない同人誌も――」 「大負けしたパチンコも――」 「今日が期限の借金も――」 「全部、むかつく」 「にとりはただしい」 「まちがってるのはよのなか」 「でも――だいじょうぶ」 「いつでも、わたしがとなりに――」 「それもだ」 「え……」 「全部だ」 「おまえも、むかつく」 「でも――」 「一番むかつくのは、オレだ」 「…………」 「わからない……わからない……」 「にとり、そんなこと、なかった……」 「どうしてかわってしまうの?」 「このままじゃだめなの?」 「…………」  無言のまま、似鳥が座り込む。  つけっぱなしのテレビが、時間を刻んだ。 「……にとり」 「わたしはさすしかできない」 「それがじじつ」 「にとりはさされてうれしい」 「そうおもってた」 「でも、にとりがいやなら、させない」 「だから……」 「わたし、いみない?」 「…………」 「にとりは……」 「わたしが、きらい?」 「…………」 「にとりは……」 「もう、しないの?」 「…………」 「しよう」 「…………っ」 「しよう。しようよ」 「……やめろ」 「したいよね」 「わたしと」 「セックス」 「したいよね」 「やめろって! もうオレ、そういうの――」 「いやじゃない」 「するの」 「にとりは」 「わたしと」 「セックス」 「したい」 「そんな、オレは――」 「いつもどおり」 「ここ」 「かたいよ」 「にとりは」 「これが」 「すきなの」 「わたしに」 「ていこう」 「できないよ」 「はぁ……はぁ……ふぅ……」 (なんとか、まいた……か?  信号に助けられたな……) (けど、立て続けにあの親子に会うなんて、どんだけついてないんだよ……) (ってか、バレてないよな……大丈夫だよな……) (もしバレたら、ブルマー好きのヘンタイ女装野郎……) 「ぎゃあああああッ!!」 「な……なんだネコか。驚かすなよ」 (しかし……相変わらずここ、ネコだらけだな) (ホントはタヌキの神社のはずなのに) (前にここに来たのっていつだっけ……?  ずいぶん昔、恵那と一緒に……) 「って、ボーッとしてる場合じゃないし!」 「家、帰ろ」 (ご近所さんに見られないように……そっと……) 「バッグバッグ――あった!」 「中身も……うん。ちゃんと入ってる」 「っつーかさ、なんだよこのロボット」 「カッコ悪いっつーか、パクリっぽいっつーか」 「こういうテキトーなデザインだから、間違えて――」 「あああああああああああああ!!」 「のわあああああああああああ!!」 「な、なんでここにッ!?」 「え? オレか?」 「オレは、ほら、おめえさんがドッカーンとぶつかったもんで、饅頭の入れ物ダメになっちまっただろ?」 「だからホレ! ウチに余ってるエコバッグ、格安で譲ってやろうかなって」 「ああ、なんで家が向かいなんだよ!」 「ところでお嬢ちゃん、いくらわざとじゃなくても、ああいうことをしたらちゃんと謝らないと――」 「ってぇか、あれ? お嬢ちゃん、今その家から――」 「あ、ゴメン! オレ急ぐから!」 「え? ちょっと待った!  お嬢ちゃんに渡すものが――」 「じゃあね! バイバーイ!」 「はぁ……はぁ……ふぅ……」 (なんとか逃げ出したけど……  バレてないよな……大丈夫だよな……) (ってか、なんでまた出くわすんだよ) (まさか……運命?) 「勘弁して下さい……」 (ま、いいや。  ちゃんとバッグは回収できたし、時間まで間に合った) (あとはこっそりこの格好でバイトをするだけ……) 「アタシと一緒にやる気あるの!?」 「え……?」 「解散よ!」 「『第一宇宙速度』は、今をもって解散!!」 (か――解散!?)  千秋は慌てて、スーパーノヴァへと飛び込んだ。 (なんかこう……年の瀬って感じがするなあ) (毎年、御札を納めに来てるわけで) (ああ。今年はひとりで納めるのか) (隣に千秋がいたらなあ……) 「……いやいや」 「なんで私が、あんなバカ千秋のこと――」 「わうわうわうわうッ!!」 「え? また走り出した!?」 「わうわうわうわうッ!!」 「ぎゃあああああああ!!」 「どれだけ女好きなのよ! もう!」 「こらユージロー! なにやって――」 「はっはっはっは!」  かくかくかくかく。 「だずげでええええ!! だべられるうううう!!」 「はっはっはっは――うっ!」 「やめなさ――――――い!!」 「きゃううぅぅぅぅ――――ん……!!」 「た――助かった!?」 「よかった……無事みたいね」 「あの犬はおぬしの連れか?」 「え、ええ」 「なんと無礼な! 無礼極まりないッ!」 「ご、ごめんね……」 「全く、久々に顕現したと思えばコレじゃ!  だから人間というものは……」 「けんげん……?」 「あの……あなたもしかして、神社の子?」 「夜も遅いし、星さん呼んでこようか?」 「だだっ、だめじゃっ!」 「でも、お世話になってるんでしょ?」 「しるか! あやつは鬼じゃ!」 「わらわはただ、フウリとお話ししてただけなのじゃ!  出ようと思ったわけではない!」 「なのに、おしりペンペンするのじゃ!」 「叩かれちゃったんだ……」 「星も、他の人間と同じなのじゃ」 「用がなくなったら、わらわのことなどすぐに忘れる」 「使い捨てなのじゃ! 要らなくなったらポイじゃ!」 「ミヅハを……もう誰も、心配などしてくれぬのだ!」 (捨てられた……?) 「そんなこと、言わないの」 「星さんは、あなたのこと、絶対に大切にしてるから」 「……おぬしも、星を信じろと言うのじゃな」 「え……?」 「しかしわらわには、よくわから――」 「ミヅハ様! こんな所に!」 「ぬ! まずい、星が――!」 「拝殿でお待ちくださいと言ったのに」 「もしや――ここから逃げだそうとしたのでは?」 「ちがう! そんなことはないぞ!」 「……本当に、ですか?」 「わらわを信じられぬのか!?」 「信じられません」 「むむ――――!!」 「あちゃー……」 「さあ、ミヅハ様。本殿にお帰り下さい」 「それともまさか、ご自分の使命を忘れられたのですか?」 「……わかっておる」 「おぬし、名前をなんという?」 「富士見恵那」 「ほう、富士見……」 「…………」 「よかろ。憶えておく」 「もう二度と、あのバカ犬は離さぬようにするのだぞ」 「はいはい」 「では、さらばじゃ」 「迷惑をおかけして、すみません」 「いえ、迷惑なんてそんな――」 「親戚のお子さんですか?」 「田舎から出たばっかりで。  あまり東京のことを知らないんです」 「少し変わっているでしょう?」 「いえ……まあ確かに」 (普通じゃないわ。  どうして親戚の子に、「様」なんてつけるの?) (もしかして――) 「これは事件!?」 「何がですか?」 「あ! いえ、なんでもなくて!」 「ええと、そうだ! 御札御札!」 「今年はひとりで?」 「そうなんです。  星さん、信じられますか!?」 「千秋ったら、突然約束を破って、私ひとりで行けって」 「ろくに理由も説明せずに、おかしいですよね?  しかも、電話をかけたら鈴ねえの声がするし――」 「妬いているんですか?」 「……どういう意味ですか?」 「てっきりふたりは、既に相思相愛の仲だと――」 「ちょっと、冗談でもやめてくださいよ!」 「私は冗談が苦手です。  お似合いだと思いますけど」 「私と千秋が? あー、それはない!」 「そうですか」 「半田明神は勝負事には強いのですが。  縁結びにはどれだけ効くか……」 「自分で言っちゃうんですか……」 「事実です」 (相変わらずだなあ……) 「新年の準備、無事に進んでます?」 「滞りありません。  ソトカンダー書き初めも、無事に終わりました」 「20畳敷きとなると、迫力があります。  見に行きますか?」 「年越しまで、楽しみに取っておきます」 「でも、アニメの町興しにのっちゃっていいんですか?  ゆるキャラバンとか、星さんは嫌いだと思ってました」 「き……嫌いです!」 「正直今でも、背中に怖気が走ります」 「しかし――背に腹は代えられません!」 「今年はどうしても、多く人を呼ばねばならない!」 「今年は……?」 「テレビも盛り上がっているようですね。  平次様が音頭を取っただけのことはある」 「……調子がいいだけですよ。  町内会の会長までやらされて」 「そのカバンも、平次様の発案では?  新年から、社務所で頒布させていただきますけど」 「いや、これも酷いんですよ!」 「一桁余計に発注しちゃって、今部屋が段ボールだらけ。  エコバッグの中で寝てるようなものなんですから!」 「テレビ放送を引っ張って来たのも、平次様の力なのでしょう?」 「一応今、UP+で準備してるみたいですね。  既に暗雲立ちこめてるみたいだけど」 「……恵那様」 「あなたの過去には同情します。  平次様を恨む気持ちもわかります」 「しかし、もう少し冷静な目でお父様を見てあげて下さい」 「……私が、冷静じゃない?」 「まさか! そんなわけ――」 「ぎゃああああああああああ!!」 「え?」 「ミヅハ様!?」 「みそ、早く!」 「えっさっ、ほいさっ、えっさっ、ほいさっ!」  本殿から出てくる、ふたり組の変な男。  ふたりとも、手には銃らしきものを持っている。  背の高い方に担がれているのが―― 「だずげで――ッ!!」 「ゆうがいざれる――――ッ!!」 「これは事件!?」 「はぁ……またおかしな狂言を」 「狂言――?」 「こら、ミヅハ様! 待ちなさいッ!」 「ま、待ちたくても誘拐されているから待てぬのじゃ!」 「のう、ふたりとも!」 「お、おう! その通りだッ!!」 「おれたちゃ陽気な誘拐犯ッ!!」 「確かになんか、わざとらしいけど――」 「こら! 待ちなさい!」 「ユージロー! 追うわよ!」 「わうわうわうわうッ!!」 「な――!? ちょっと!」 「そっち、逆方向!」 「わうわうわうわうッ!!」 「待ちなさい! 待ちなさいってばッ!」 「もう! なんで今日はこんなのばっかり――」 「ふ――上手くいったな」 「え……?」 (今の……河原屋双六?) (秋葉原を仕切る伝説の大親分、河原屋双一――) (その縄張りは小さいが、武闘派の代名詞として、戦後の闇世界にその名を轟かせたという) (ところが最近は一転して姿を隠し、まるで院政でも敷くかのように、陰から秋葉原を操るようになった) (一部では、『秋葉原の現人神』なんて呼ばれたりもして) (そしてその河原屋双一と入れ替わるように、鳴り物入りでやってきた養子――) (それが、河原屋双六!) (いつもはアダルトショップの店番で、無駄に時間を潰してるって話だけど――何でこんなところに?) (見間違い? いや、でももしかしたら――) 「ミヅハちゃんの方は、陽動――!?」 「ああ……あ……」 「ほら」 「いつもとおなじ」 「きたいしてる」 「…………」 「このくちびる」 「このした」 「にとりを、つつむよ」 「そうぞうしてる?」 「この……ちゅ、くちびると」 「この……した」 「……やめろ」 「いやならにげる」 「でもにとりはにげない」 「ううん。それどころか」 「おっきくなってる」 「みてるよ」 「もうそうして」 「こうふんして」 「きたいしてる」 「ほしいの?」 「すきでしょ?」 「すきだよね」 「…………」 「ここはしょうじき」 「れろ……」 「ぴちゃ……ぴちゃぴちゃ」 「――――っ」 「すき?」 「れろ――れろ――うらすじ、すき?  んれろ――れろ――ん――ん――」 「それとも」 「んん――れろちゅ、かりくび、すき?  れろ――れろれろ――ちゅ――」 「あとは」 「ちゅっ、ちゅっちゅ――すずくち、すき?  んちゅっ、ちゅちゅ――れろれろれ――」 「もしかして」 「はあむ――ん――んれろ――  《たまたま》〈はまはま〉は――ちゅぽっ! いいの?」 「…………」 「にとり」 「ほっぺたに」 「みゃくうってる」 「こんなに」 「おおきいよ」 「ほしい?」 「ほしいよね?」 「ほっぺたのなかにいれたいよね」 「にとりはすき」 「がまんできない」 「こじあけて」 「すわれながら」 「つっこんで」 「なめあげられて」 「ねもとまでだえきまみれで」 「いきをさせないくらい」 「せきこんでもとめなくて」 「のどのおく」 「おくのおく、いちばんおくまで」 「なみだめのわたしに」 「ひきぬいたさきをむけて」 「しゃせいするの」 「がんしゃするの」 「すきだもんね」 「にとり」 「いいよ」 「いつもどおり」 「かみ」 「つかんで」 「…………ふざけんな」 「ふざけんな」 「ふざけんなふざけんなふざけんなよっ!!」 「こんなの――」 「我慢できるかあああああああッッッッッ!!!!」  ノーコの髪の結び目を、左右とも手で掴んで―― 「――――ッ!!」 「ふぐ――――っ!!」 「ほら! ほらほらほらほら!」 「お望み通りっ、やってやるよ!」 「ぁぐっ、んっ、んんっ、んむっ、ん――!!  んぁ、あがっ、あぐっ、ん――んん――!!」 「んんっ、んっ! んっ! んっ、んっ!!」 「くわえてるだけじゃ全然気持ちよくないだろ!  ほら、ちゃんとしゃぶれ! しゃぶれよ!」 「んぁっ、ふぁ、ふぁい――んちゅっ、ちゅぅっ!  ちゅばっ! ちゅぅっ! んじゅる――んっ!!」 「んじゅるっ! んじゅっ! んむじゅっ! んっ!  じゅる――じゅるる――じゅるっ、んっんっ!!」 「オラもっと奧!」 「んんん!!? んじゅむっ! んぁじゅるっ!  んんぐっ、んぐっ、が……が……けほっけほっ!!」 「はぅっ、んぐぅっ? ん……んんんんん!!  んぐ……じゅるるっ、ん、んんんんん――!!」 「いいんだろ? これがいいんだろ?」 「んじゅっ、ん――はひ――  これが――いい――んんっ、れす――」 「大好きなんだよな?  コレが欲しかったんだよな!」 「んぐぐぐ――――っ!! は……はひ。  らいす――きっ、んっ、けほっけほっけほっ!」 「ほら、じゃあ――やるよ!  おまえに――好きなのを、思いっきり、かけてやる!」 「んじゅるっ、はひっ、んっ、んちゅっ、んちゅぅっ!  くらさい――にほりさんのくだ――ングッ!」 「んがっ、んぐっ、んっ、んっ、ん――  んっ! んんッ! んんんんんん――!!!!」 「んぁっ、んんんっ! んっ、んっ!  んぐぅっ! んぐっ、んぐ――んぐ――んぐぅ!」 「んぐっ、んんっ、んんんんん……  はふ……れる……」 「んぐっ、んっ、んっ、ん――んぷはぁっ!!」 「まだまだっ!!」 「かはっ、かはっ! かはっ……  はぁ……はぁ……はぁ……!」 「あ……あ……あ……ぁ……ぁ……ぁ……」 「にとり……しゃせい……たくさん……」 「かみにも……いっぱい……」 「いっぱい……とまらないね……」 「きもち……よかった……?」 「わたし」 「にとりに」 「おぼれる」 「ああ。でも――」  すぐ側の同人誌の山に手をかけ、崩す。  ノーコひとり横たわれる分のスペースができた。 「まだ、満足できない」 「わかった」 「にとり……きて」 「ちがう」  拒否されて、ノーコの視線がちらりと横を向く。  山から崩れ、開きっぱなしの同人誌。  その1コマの台詞を無感情に読み上げるように―― 「おにいちゃんの、ちょうだい」 「ちがう」 「べ、べつにいれてほしいわけじゃないんだから」 「ちがう」 「だんせいきのぼっきをかくにん。そうにゅうをきょか」 「ちがう」 「いれるの? まじでキモいんだけど」 「ちがう」 「わかるでしょ? イエローのいのちがおしければ――」 「ちがう」 「ごしゅじんさまの、いちもつを、わたくしめに……」 「それだ」 「――――ッ!!」 「どうだ?」 「は……はい……」 「ごしゅじんさまの……いちもつが……なかを……」 「でたり……んんっ! はいったり……」 「ゆっくりと……じらすように……」 「気持ちいいか?」 「はい……たいへん……きもちよく……」 「焦らされるのが、良いんだな」 「…………」 「ん? なんだ、そんな辛そうな顔して」 「……かまいません」 「わたくしは……いまのままでも」 「ごしゅじんさまがよければ……まんぞく……」 「これでいいのか?」 「はい……」 「これで……」 「これで、いいわけねぇだろっ!!」 「ぁあっ!! あっ!! あ!! あ! あ!!」  似鳥の動きが、一気に速くなる。 「奴隷のクセにまだわかんねえのか?  あんなでオレが気持ちいいわけねぇだろ!」 「は、はいッ! すみませんッ!  すみまッ、せ……んんんっ!!」 「ばかで……ごめんなさい……ッ!  やくたたずで……ごめんなさいっ!!」 「ああっ! ほんとに! 役立たずで!」 「なんでッ! おまえみたいなヤツがッ!!」 「オレの! 側にッ! いるのか――!!」 「きらい……?」 「にとり、きらい?」 「あ……?」 「おい、それ違うだろ」 「今はホラ。主人と下僕プレイだから、な」 「わたし、どうおもう?」 「きらい?」 「は? なに言って――」 「わたし、きらい?」 「バカか? いつも言ってんだろ?」 「病みつきだよ」 「おまえのここ――好きだ」 「ちがう」 「ここじゃ、ないの」 「わたしの、ここじゃ、なくて」 「わたし」 「わたしを、どうおもうの?」 「いや、いいから元に――」 「いや」 「嫌、じゃなくて――」 「ほんとうのきもちをきかせて」 「わたしが、きらい?」 「それとも――」 「嫌いだったら、こんなことしないし」 「ほんとう?」 「……ああ」 「いって」 「すきって」 「わたしをすきって、いって」 「ひゃっかいいって。せんかいいって」 「いちまんかい……ひゃくまんかい……いちおくかい……」 「ずっと、ずっと、ずっと……」 「おまえ……」 「オレの奴隷のクセに、頼み事なんて!  百年早ぇんだよッ!!」 「ぁぅっ!! ぁっ! ぁっ! あっあっ!!」 「こうすればしゃべれねぇだろ!  これが好きで好きでたまんねぇんだろ!」 「余計なことしゃべってるヒマねぇだろ?  気持ちよくて、みんな忘れちまうだろ!!」 「ぁぅっ、そんな、こと、ない――!」 「おぼえる、きもち、ずっと、ずっと――  わすれたり、しないよ、にとり、にとり――」 「だから――ああクソっ!!」 「なんで名前で呼ぶんだよ!  なんで今日はそんななんだよッ!!」 「だって、わたし、にとり、かわるの、いやで――!!」 「なくなっつーの!! 奴隷!!」 「萎えんだよ!  オレを気持ちよくさせんだろ!」 「オレの幸せがおまえの幸せなんだろ!  おまえの役割はそれだろ!」 「ぁ……ぁ……ん……んんっ!!」 「は――はっ、はい」 「わたし――にとり――にとりのもので――」 「にとりのためなら、わたし、なんでも――  なんでも、します、だから――!」 「だから、わたしを、おいてかないで――」 「わたしと――いっしょに――  ずっと――いっしょに――」 「オラ行くぞ! 出すぞ!」 「いやっ! あっ、あ――でも、まだ――」 「まだ、こたえ――きいて――ない――」 「出すからな! 合わせろ! 合わせろよ!」 「は――はひっ、んっ、んんっ、んんん――!!」 「あわせます――にとり――さきに――わたし――」 「いきます――いいですか? いいですか?」 「おう! ほら! いっちまえ!!」 「きて――わたし――いく――いく――  ぁっ、ん――んく――ん――」 「ぁ――ぁ、あ、ああああ――」 「ああああああああああああ――――ッ」 「オレも――んっ、んんんッ! ん――ん?」 「んおっ? んっ? んんんん? あれ?」 「なんか、地面、揺れて――」 「にとり?」 「ぎゃあああああああああッッ!!」 「疲れた……ブラパンしつこすぎだろ」 「あー、耳痛い……」 「でもまあ、そろそろ秋葉原――だな」 「絶対、とーじんぼーを手に入れてやるぜ!!」 「…………あれ?」 「とーじんぼー……だったっけ?」 「なんか、違ったような。  とーじんぼー、とーじんぼー……あれ?」 「出てこねーぞ。確か……  ええと、とー、どう……どー……どーじん……」 「え!?」 「バリーさん、身体ダイジョブデスカ?」 「歪みねぇよ」 「ホントにホントにダイジョブデスカ?  双一オヤビン守れマスカ? ボディーガードOK?」 「大丈夫いける! いける!」 「……心配デスネ」 「テレビを隠れ蓑に呼んだはいいけど……  特殊訓練受けたってホントデスカ?」 「ホントホント! コレ、証拠の品!」 「ちゃんとレイアンシツ? から取ってきた!」 「……ワカリマシタ。信じるデス」 「その代わり、セクハラ禁止デスネ。  レイヤーにやられて入院なんて、だらしない」 「仕方ないね」 「あのドロップキック、本物のレスリング」 「オレ惚れた。今度是非あったら求婚!  一生ついていく」 「けど、もう大丈夫。あれは不意打ち。  これからは違う」 「どんな危険が襲ってきても、双一オヤブンを守る――」 「退け退け退け――ッ!!」 「OH! NOOOOOOO!!」  救急車を避けたバイクが、ハンドルを切り損ね、バリーの身体を吹き飛ばした。 「……やっぱりバリー、使えないデスネ」 「げ、ヤベ! 今誰か轢いちまった――」 「気にしないでいいデスネ」 「え? あ、インド人!」 「えーと、へロー! インド人!」 「アイアムグッドウーマン!  アイムソーリー、ヒクキ、ナカッタ!」 「気にしなくてダイジョブデスネ」 「OH! ジャパン語OK?」 「OKデスネ。あいつ役立たず。  しばらく入院しててもらうデス」 「ナイスインド人! ホントにいいのか?」 「インド人嘘つかないデスネ」 「そ、そうか。そりゃありがてー!  インド人いい人だな!」 「いやあ、それほどでも……」 「またまた、謙遜しちゃって――」 「ハッ!!」 (待ちに待った運命の人って、まさか……!?) 「あの……お名前、聞いて良いすか?」 「ワタシ? ジャブル言いマスネ」 「近くに住んでるんすか?」 「秋葉原で、パソコン関係の仕事してマスネ」 「だからさっきパソコンを持ってあああああッ!!」 「なななな! なんだそのパソコン!」 「へ? あ、えと、コレは――」 「パンツ丸出しじゃねぇかッ!」 「そんなエッチいモン持ち歩いて――許さん!」 「ぬはっ! ちょ! 待て下サーイ!  このパソコンは大切な――ぬはっ!」 「ヘンタイパソコン! 許すまじ! 天――――誅!!」 「ゴメンナサイゴメンナサイ! 許してー!!」  インド人は振り下ろされる木刀から逃げながら、なんとかノートパソコンをバッグにしまう。 「しまいましたデスネ! ネ?  わかりますネ? ダイジョブネ?」 「はぁッ、はぁッ、はぁッ……」 「ったく、コレだから都会は! 乱れる風俗!」 「ホントにスミマセンデス……  ニホンのコトあんまりよくワカラナイ」 「まあ、コッカカカンモンダイだから、今回は許すけど。  二度とそういうことはしないように!」 「ワカリマシタ。気をつけルデスネ!」 「全く……ホントにこんな潔癖ショーだとは……」 「ん? なんか言ったか? 味塩コショー?」 「な、なんでもないデスネ!」 「ん、そか。……あ、ところで秋葉原ってどっち?」 「あっちデスネ」 「おう、サンキューインド人! じゃあな!」 「ハァい! 沙紅羅さんも、お気をつけて!」 「ふぅ……」 「パソコン無事で、良かったデスネ……」 (病院……か) (……もう少し、待っててくれよ) (とーじんぼー手に入れて、今、届けてやるからな!) 「解散――?」 「どういう……ことですか?」 「言葉通りよ」 「今日のライブ、メジャービューがかかってるの!  わかるでしょ?」 「なのに、あなたのその演奏はなに?  いつもと全然違うじゃない!」 「ごめんなさい。考え事を――」 「そんなハンパな気持ちで、上手く行くと思ってる!?」 「あなた、メジャーデビューしたかったんじゃないの!?」 「だから今日まで、こんなに頑張ってきたんじゃない!」 「ちょ、ちょっと、鈴姉! 落ち着いて!」 「そんなピリピリするの、鈴姉らしくないよ!」 「あなたは引っ込んでて!」 「で、でも……ほら!  フウリさんにだって、心配事が……」 「心配事……?」 「そういえば、さっきミリPさんに呼ばれたわよね」 「何か言われた?」 「え……いや、それは……」 「…………」 「言えないんだ」 「今度こそ上手く行くと思ったけど……やっぱり駄目ね」 「こんな状態でライブしたって、上手くいくわけない!」 「準備中止よ!  今すぐスーパー・スーパーノヴァは中止!!」 「第一宇宙速度は、今日この時を以て解散――」 「いよぉし! 良く言った!」 「父さん……!?」 「だから言っただろう? おめぇはどうせすぐ飽きるんだから、もうちょいまっとうな仕事に就けって」 「…………」 「もうこんなチャラチャラしたことはやめてだな!  地に足着いたまっとうな人生を――」 「ま、待ってよみんな!」 「折角ライブ見にお客さんが来るんだしさ!  今更中止も大変だろ?」 「解散かどうかは、一回頭を冷やしてから決めよう!」 「鈴姉も、フウリさんも、それでいいよね?」 「は、はい……」 「…………わかったわよ」 「じゃ、それで!」 「解散……」 「フウリさん……大丈夫?」 「あ、臨時バイトの人。名前は……?」 「ち……じゃなくて、アッキーです!」 「アッキーちゃん。  助けてくれて、ありがとうございました」 「あのさ、そんなにガッカリしなくていいんじゃない。  鈴姉も、バンド解散なんて本心じゃないと思うし」 「いえ。鈴ちゃんのお父さんの言うとおりです」 「鈴ちゃんくらい色々趣味があって、器用なひとなら、普通に暮らしても幸せになれます」 「私が、メジャーになって有名になりたいって、そう我が儘言って、鈴ちゃんを付き合わせてしまって……」 「ちょっとちょっと!  確か鈴姉にも、プロになりたい理由が――」 「鈴ちゃんには、迷惑をかけてしまいました」 「夢は、諦めた方がいい」 「今日のライブは、中止になった方がいいんです」 「そ、そんなことないと思うんだけどなあ……」 「で、父さんはなんの用事?」 「おいおい、そんな冷てぇ顔すんなよ」 「ほれ、お土産のクリマン!」 「いらない。  っていうか、わざわざそんなもののために?」 「違ぇよ。――おい、そこのお嬢ちゃん!」 「ゲ、やば……」 「逃げなくていいって! ただ、届け物に来ただけだから」 「届け物?」 「村崎の店にぶつかったときに落としただろ?  こいつを……」 「ん……あれ? ない……?」 「あんれー? どこにやったかな……」 「あ、バッグの中に入れっぱなしか……?」 「ええと……クリマンバッグはどこに――」 「え?」 「ぬおおおおっ!!」 「あわわわわわわ!!」 「みんな、姿勢を低く!」 「慌てないで! 慌てちゃ――」 「きゅうううううううッ!!」 「フウリちゃんッ!!」 「ユージロー! どこまで――」 「わう――――ん!」 「え……?」 (こんなところに、井戸があるなんて――  今まで何度も来たけど、一回も見た記憶がないわ) (しかも、蓋が開いて……ロープが続いてる) 「これは事件――!?」 (見たことのない少女――いつにも増して張り切る星さん――河原屋双六――見えなかった井戸――) (おかしい。絶対に、おかしいわ) (絶対に、この下に何かがある――!!) (深いし、涸れてる) (ロープ、保つわよね……?) 「くぅぅぅん」 「ごめん、ユージロー。  ここで待ってて」 「ん――しょ、んん――」 (なんとか――ロープは保ちそうね)  恵那はゆっくりと、涸れ井戸を降りていく。 (ん……あれは……) (横穴?) 「ん……しょ!」 「――――ッ!!」 (すごい……) (こんな場所が……半田明神にあったなんて……) (向こう側から……光?) (たしかこの辺り、昔はお酒とか味噌とか、そういう糀の特産地で、地下にムロがあるとか言ってたっけ……) (もしかして、これがその地下ムロ?) (天先屋の地下から繋がってるって、サイババアから聞いたことはあるけど……) (まさかホントに、こんなところまで繋がってたの……) 「ここ……だな」 (この先に――いる!) 「わざわざこのために、四国から呼んだんだ。  よろしく頼むぜ」 「ええ、任して頂戴」 (ふたりいる……?) 「ふん…………ッ!!」 (え……何?) (……?) (……なにが、起こってるの?) 「はぁッ、んん…………ん……!!」 「――――ッ!」 (なんか……すごく、まずいかも――) (誰か、助けを呼びに――) 「ぉ……お、おおおおお……」 (大人ふたりに、私ひとりで勝てる?) (ええいっ! 迷ってるヒマはない!) 「アンタたち! 待ちなさい!」 「そんなとこで、いったい何を――」 「わう――んッ!!」 「ユージロー? なんでッ!?」 「わうわうわうわうっ!!」 「まさか追いかけてきたの!?」 「がるるるるっ!!」 「ぬおっ! なんだ!!」 「い、犬!?」 「がるるっ! わうわうわう!!」 「やだちょっと! 放しなさいって!」 「今放さないと――ぎゃああっ!!」 「ぬわああっ!!」 「きゃうううう――――ん!」 「ユージロ――――ッ!!」 「――来た!」 「来た来た来た!」 「秋葉原!」 「秋葉原!」 「秋葉原!」 「ってことは――」 「メイド!」 「メイド!」 「メイド!」 「すげえ! テレビと同じだ!」 「ん、コレは……おでん缶!」 「あー、確かコレも秋葉原名物だって言ってたな!」 「他には――」 「コスプレショップ!」 「い、いかにもマンガっぽい感じだな……」 「ん、いやでも待て……?  この服、どっかで見たことあるような」 「確かさっきのパソコンに――」 「はいはい、何か興味がおありですか!?」 「な、なんだてめぇ? 店員か!?」 「悪いけど何も買えねぇぞ! 一文無しだかんな!」 「ああ……一文無し!」 「え? なんで笑う?」 「いやいや、でしたらお金が入り用でしょう?」 「私なら、いいアルバイトご紹介できますよ!」 「だ、だから誰なんだよおまえ!」 「ええ、私こういうものでございまして」  差し出された名刺を、沙紅羅は受け取る。 (ええ、ぶい、監督? ロクロー?) (ロクロー、ってのは名前だな?  6人兄弟? 大家族だな) (監督っつーからには、野球か? 映画か?  ケンさんと知り合いだったりし……) (ってか、頭のええぶい? って、何だ?  なんかの略称? でも、いったいなんの――) 「ところでお嬢さん」 「お……お嬢さん? アタシのことか?」 「もちろんですよ、お嬢さん!  なかなかステキな格好ですねえ!」 「ん? あ、そうか……  ふふふ、わかるかおまえにも!」 「はい、もちろんです。  ずいぶんお金、かかったんでしょう?」 「おーよ!  おかげでどんだけパチンコにつぎ込んだことか……」 「ええ、何かと物入りな世の中ですしねぇ」 「本当に価値のあるものには、お金がかかる……」 「ああ! わかってくれんのか……!」 「ハッ!!」 (待ちに待った運命の人って、まさか……!?) 「ところで、ここら辺の衣装に興味がおありで?」 「え……ええ、ちょっと」 「ストライプウィッチーズ・マジカル・ガールズ。  人気のゲームですからねぇ」 「す……ストラ!?  今なんて言ったんすか!?」 「ええ、ですからストライプウィッチーズ――」 「や! やったあ…………見つけたぞ!」 「『ストラ』いぷういっちーず!  これが……アタシのラッキーアイテム!」 「ってことは、ロクローさん!  あなたが、アタシの運命の人――」 「その通り!」  ロクローは沙紅羅の瞳を真っ直ぐに見つめ――  手に、何かを乗せた。 「え? な、な……コレは!」 「パンツ!?」 「縞パンです!」 「衣装代は私たちが負担します!」 「さあ、アダルトビデオ界のトップスターに!!」 「あだると……びでお?? ええ、ぶい……!」 「はい、私近年パロディAVで活躍しておりまして。  AV男優ロクローって、結構すごいんですよ!」 「これからこのビルで新作イベントがあったり、ええ」 「で、私が次の題材に選んだアニメ作品!  それがこの『ストライプウィッチーズ』なのです!」 「…………!!」 「そんなマイナーコスプレしてないで!  時流に乗って、天下を獲りましょう!」 「さあ! 一緒にあの決め台詞を! せーのッ!」 「縞パンなので恥ずかしくないもんッ!!」 「恥ずかしいわあああああああああああッ!!!!」 「ったく。人のトップクバカにした上に――」 「アタシに……あだると・びでお……出ろとか……」 「なんて……腐れ外道だッ!」  沙紅羅は吐き捨てながら、道路脇に停めた愛車へ。 「あー、クソ! さっさととーじんぼー回収して――」 「はあん? 金閣寺いいい?」 「んだぁ? 呼んだか?」 「ゲ!」 「アレは……警官?」  片手にロボット柄のエコバッグを持った中年警官が、携帯電話に向かって呆れ顔で話しかける。 「あのなぁ、ブラパンよ」 「こちとらな、この道30年のベテランだ。熟練の味」 「オマケに生まれも育ちも秋葉原と来てる。地元民だな」 「そのオレがだ、この秋葉原にあるわきゃねぇ金閣寺を見落とす――」 「いた――――――――ッ!」 「ヤベッ! 見つかった!」 「コラ待てぇいっ!」 「誰が待つかァッ!!」 「タイホだあああああッ!!  大人しく、この富士見平次のお縄につきやがれッ!!」 「な……なんだったんだあのおっさん」 「足袋なのに、信じられねースピードだし。  信号変わんなかったらヤバかったな……」 「ったく、一難去ったらまた一難ってのはこのこと……」 「うぉっ! たっ! うわっ!」 「ちょ――なんだ、地震!?」 「ぬおおおおっ!!」 「きゃああッ! 落ちるッ!!」 「な、なんとかなさいっ!!」 (落ちる――?) 「危ないッ!!」 「うおッ!!」 「なんだありゃああああああッ!!」 「……あれ」 「…………」 「にとり?」 「にとりは……」 「……しょうしつ?」 「そんな……」 「どうしてきえる?」 「きえるはずなんて……」 「ん……んんん……」 「このこえは――」 「した?」 「ん……ぁ、んん……」  ノーコは床を見下ろす。  倒れた本棚と崩れた同人誌の下から、似鳥の腕が突き出していた。 「にとり!」 「にとり、にとり!」 「だいじょうぶ?」 「ぁ……ん……くぅ……」 「ぅぅ……ぅぅぅぅ……」 「あ……!」 「ひたいに、ち」 「どうすれば……どうすればいい?」 「でもほんだながうごかないと――」 「おもくて」 「つぶれて」 「ちがでて」 「しんじゃう」 「うそ……いや……しぬのいや……!」 「どかさなきゃ。はやく。しなないうちに……」 「でも――わたしは、さわれない」 「ん……んくっ、ん……」 「くるしそう……しんじゃう……しんじゃうよう」 「しぬ」 「しぬ……しぬ」 「しぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬ……」 「あ……」 「そうだ」 「ころす?」 「ころそう」 「ころすしかない」 「ころしちゃえ」 「にとりはかわってしまう」 「わたしもかわってしまう」 「それはいや」 「せめてほんとうのきもちをききたかった」 「そうすれば、かわってもへいき」 「でも……」 「にとりは、それもゆるさなかった」 「わたしへのきもち、いわなかった」 「もうだめなんだ」 「おわりつつあるんだ」 「なにかがかわってしまうまえに」 「なにかがこわれてしまうまえに」 「でもわたしはにとりのもの」 「だからにとりにはさわれる」 「にとりならころせる」 「だから――」 「らくにしてあげよう」 「ふたりでいっしょに」 「このせかいから」 「きえよう」 「さよなら、にとり」 「いやだ……」 「オレ……このまま……」 「このままじゃ……」 「だめなんだ……」 「このままじゃ……だめ?」 「なにもかも、かわっていくの?」 「それが……にとりの、のぞみなの?」 「それとも……」 「わたしも、かわりかけている?」 「わたしのこえ、フウリにとどいた」 「ともだち?」 「よくわからない」 「そわそわする」 「このかんじはなに?」 「わからない」 「わからない、わからないわからない……」 「けど」 「もし」 「にとりをすくうなら――」 「にとりをころしたくないなら――」 「にとりといきたいなら――」 「いかなきゃ」 「にとりはわたしをすきといわない」 「でもきらいともいわない」 「こたえはでていない」 「まだわからない」 「わたしのしょうたいがしられなければ」 「まだきぼうはある」 「わたしも、かわれる?」 「フウリ、いた!」 「え? ノーコちゃん?」 「走ってどうしました? まだライブは――」 「たすけて!」 「にとり、しぬ!!」 「へ?」 (揺れ……収まった……?) 「みんな、ケガはないわね!?」 「フウリちゃんも、大丈夫?」 「あ、はい。なんとか大丈夫」 「でもお店は……」 「機材もガラスも、メチャクチャです……」 「倒れた機材チェックして! 壊れてるのは交換!」 「誰か機材関係に知り合いいない!?」 「ガラスは――電話帳探すしかないわね」 「代用品探して、なんとか年越しライブまでには――」 「鈴ちゃん……」 「あ……」 「ええと、その……」 「――――ッ!!」 「ちょっと、行ってきます!」 (アッキーちゃんが、言ったとおりです!) (鈴ちゃん、口では解散とか言っちゃったけど、ホントはライブがしたいんです!) (だったら私も……悩むことなんてないです!) (ミリPさんは、私だけがデビューできると言いました) (でも、そんなの願い下げです!  私たちは、やっぱり、みんなでデビューしたい!) (だから、お客さんのためにも今日のライブは絶対成功させて、でも、ミリPさんの誘いはお断りして――) (それで、いつかみんなでデビューするのです!) 「来た――」 「では――!」 「では――」 「では…………」 「やっぱり、怖いです……」 (もしも、双六さんがいたら……今度こそ、双一親分のところに連れて行かれてしまうかも) (今度こそ……あわぶろかも……) (ううう……) (お、お願いです……貫太さん……) (私に、勇気を……!) 「はああああああっ!」 「ぽん!」 「――気合い、入りました!」 「よし! それでは突げ――」 「フウリちゃん? どうしたデスカ?」 「きゅぅぅぅぅっ!!」 「じゃ……ジャブルさん!」 「お久しぶりデスネ。元気?」 「お久しぶりです! 元気でした!」 「こんなところにくるなんて、なにがあったデスカ?」 「あ、あの! お願いします!」 「実は私、今、スーパーノヴァという場所で第一宇宙速度というガールズバンドをやっていまして――」 「――ということで、ジャブルさんならきっと、電機関係が強いので、機材の面倒を見てくれるのではないかと」 「一度は、逃げ出してしまった身です。  今さら何かを頼めた義理ではないのは、わかっています」 「けど、こんな時間ですし。どんな要求にも絶対に応えるっていう、ジャブルさんしか頼れないんです……」 「お願いします! この通り!」 「どうか、私を助けてください……!」 「……やれやれデスネ。  双一オヤビンにバレたら大変デス」 「それはあの……やっぱり迷惑ですよね……」 「けれど、私数学の元天才。  それで日本に留学したデス。計算は得意!」 「お客さんは神様!  そのくらいのリスクは負うデスヨ」 「ホントですか!?」 「家電ならなんでも揃うジャガンナート商会ネ!」 「ありがとうございます!  お金はちゃんと払います!」 「ただし、ひとつ条件あるデスネ」 「条件?」 「もしかしたら今日これから、フウリちゃんは大変な目に遭ってしまうかもしれないデス」 「それでも構わない?」 「構いません!」 「というか、既に結構大変な目に遭っているので……」 「その心意気、受け取りましたデス」 「お店のことは、私に全て任せるデスネ!」 「あ……ありがとうございますッ!!」 「よし!」 (機材は調達できました!) (これで、鈴ちゃんも私の気持ちがわかってくれるはず!  後は全力で、ドラムを叩くだけ!) (ミリPさんの提案は、断っちゃいます!  デビューするのは、あとでいい!) (あとで、いい) (あとでいい……はず、なのに……) (………………あれ?) 「なんで?」 (なんでお店に入るのに、足が震えちゃうのでしょう?) (ミリPさんの誘いを断る決意ができたのに、なんで?) (鈴ちゃんと、話すのが怖い?) (まさか! 今さら、そんなことって――) 「フウリ、いた!」 「え? ノーコちゃん?」 「走ってどうしました? まだライブは――」 「たすけて!」 「にとり、しぬ!!」 「へ?」 「なあ、おまえ今楽しい?」 「な……なんだよ急に」 「だから、おまえは楽しく生きてるかって聞いてんだ。  こんな時間まで居残りで研修させられてさ」 「知るか」 「なあ、少しは将来真面目に考えろよ。  単位も取れてねーんだろ?」 「せっかく医大に入ったんだろ?  毎日こんな遅くまで勉強してさ」 「親に入れてもらった大学、ドロップアウトか?」 「親は関係ねーだろ」 「でもさあ、今は今しかないんだぜ?」 「言われなくても知ってる」 「じゃ、訊くけどさ。  おまえ、このまま医者になる気?」 「それとも、夢とかあるわけ?」 「夢――?」 (そりゃ、まあないわけじゃないけど……) (でもさ、普通言えないだろ) (そんな……馬鹿げた夢) 「へぇ……やっぱりあるんだ」 「悪いかよ!」 「夢を叶えるにも、先立つものが必要だよな」 「で、相談なんだが……」 「一緒に小遣い、稼がないか?」 「どうしたの?」 「……なんでもない」 (友人に話をされるまでは、自分が株で儲けようとするなんて、想像したこともなかった) (身の回りの人間にはいなかったが、株取引が元で借金を背負った話は、ネットで何度も読んでいた) (そもそもが学生で、元手もそう多くはない) (最初はもちろん、断ろうと思った) (でも……) 「夢……か」 (金なんかなくても、授業の合間に同人活動くらいできる) (将来自分のマンガで暮らしていけるなんて信じちゃいないし、医者になるチャンスを捨てるなんて馬鹿げてる) (そう言い訳して、何となく毎日を過ごし――) (マンガをまともに描くこともしないまま――) (授業からは徐々に遅れだし――) 「え……おまえ、車買ったの?」 「まあね」 「この前、ニヤ動がテレ洋と提携しただろ。  その影響がガツンと来てさ」 「2000万くらい利益が出たんだよなあ……」 「2000万……」 「ところでおまえ、最近どうよ?」 「相変わらず、マンガ描いてんのか?」 「え、いや、オレは……」 「ふふーん」 「ま、いいや。なんか用事があったら連絡してくれ」 「いやだ……」 「オレ……このまま……」 「このままじゃ……」 「だめなんだ……」 「本当に……賛成か?」 「そばにいたい」 「がっこうはとおい」 「いえならいっしょ」 「ずっと……ずっと、にとりといっしょ」 「そうか……」 「うん、そうだよな」 「がっこうなんて、やめよう」 「かわることなく」 「ふたりで、えいえんに……えいえんに……」 (そうしてオレは、ネットトレードを始めた) (翌年の授業料を先行投資してのスタート) (元手、たった10万円から始めた取引が、あっという間に100万円になった) (大学に行くのも忘れて、パソコンの画面にはりついた) (数字の波を泳ぎ――) (専門書を読みあさり――) (テレビの専門家をせせら笑い――) (ネットの掲示板の怪情報に踊らされ――) (半年後には、10万円が500万円になった) (その頃には、退学処分を受けてもどこ吹く風) 「アホくせ」 「大学行って何になんだ?」 「真面目に働くとか、ありえねーだろ」 (朝起きて、シャワーを浴び、たっぷりと朝飯を食って、トイレを済ませる) (パソコンに向かい、ネットで情報収集) (ブラウザでネットトレードのサイトを開き、デュアルディスプレイに専ブラを立ち上げる) (9時から15時までが勝負) (それが終わると……) 「にとり」 「わたしを」 「ころして」 「ぁっ、ん……」 「ぁぅっ! ぁっ、ぁ――ッ!!」 (ノーコが身体を求めてくる) (求められるがまま、オレは彼女を抱く) (毎日、何度も、何度も) (夜はネットゲーをして) (行きつけの画像掲示板に顔を出して) (ネットの知り合いとお絵かきチャットとかしてみたり) (心にもないお世辞をやりとりしたりなんかして) (でも、そんなお世辞で意外と心は満たされて) (ネットでもちょっとした時の人で) (正直、調子に乗っていた) (破局は、秋に訪れた) 「にとり」 「おきて」 「ん……んん……?」 「はやく」 「な……なんだよ、うるさいな……」 「あたまいたい……きのう……のみすぎ……」 「たいへん」 「ん? 大変って?」 「きんゆうきき」 「は……?」 「……何このニュース?」 「オレが寝てる間に何が――」 (それが、いわゆる世界金融危機ってやつで) (オレも当然、その影響をモロに受け――) (損失を補うべく博打を打って、更に傷口を広げたりした) (で、結局貯金はゼロ――) (どころか、ほんのちょっとマイナった) (オレの借金生活は、そこから始まる) (最初はほんの出来心だった) (次に勝てば、すぐに返せる) (そんな甘い考えのまま、ダラダラと時だけが過ぎ) (いくつものカードローンを転々とハシゴして) (借りては返し、返しては借り――の綱渡り) (今更外に出て働く気にもなれないまま、借金は徐々にかさんでいく) 「死にたい……」 「だいじょうぶ」 「しぬときはいっしょ」 「……ありがとう」 (全然、大丈夫じゃないのはわかっていた) (でも、その時のオレは、ノーコから離れられなかった) (離れてしまえば、何かが変わってしまう) (オレが、オレじゃなくなってしまう) (ずっと、しがみついていた) (そして――) 「オレは、河原屋組に世話になることになる」 「おまえ、プーか?」 「プーっていうか……ネットトレーダーというか……」 「オレたちに借金してんだろ」 「それは……でも、その……」 「それも、投資というか……」 「投資?」 「なんか、将来の夢でもあんのか?」 「………………」 「ケッ」 「夢も持てねぇクソ野郎か」 「…………」 「まあいいや」 「てめぇの職業がなんだろうと、期日までに耳を揃えて金を返してもらえりゃ、オレはなんの文句もねぇんだ」 「も、もちろんお金は――」 「ただし」 「利息は毎月、耳を揃えて払ってもらうからな」 「は、はい!」 「もし、払えなかったら……」 「ベーリング海へ3ヶ月のご招待」 「それが嫌だったら、まともな仕事に就くんだな」 (とにかく、原稿をあげなければならない) (原稿が上がらなければ、本が出ない) (本が出なければ、借金が返せない) (いや、ただ本ができるだけじゃ駄目なのだ) (今日中に入稿できないと、印刷所に割増料金を取られてしまい――) 「ちゅっ、ちゅばっ、ちゅるるぅぅ――」 「んちゅっ、んん――れろれろれろ――」 「……おい」 「なにやってんだ?」 「ふぇはちお」 「やめろ」 「どうして?」 「きらい?」 「嫌いじゃない」 「だけど――」 「ちゅっ、ちゅば――」 「バカ! やめろって――」 「にとり」 「くわえたら」 「にとりはかたくて」 「わたしのここは」 「こんなおとするよ」 「――――ん」 「いらない?」 「――――ッ!!」 (そして――) (500部以上の在庫を残して、冬コミは終わった) (半年前、一時的に流行ったキャラを、憶えてくれている客はほとんどいなかった) (あれだけ応援してくれたはずの大刀刃那ですら、顔を出してはくれなかった) 「どうして……だ?」 「どうして、こうなった?」 「オレはどこで、間違えたんだ?」 「同人誌で借金を返そうとしたところ?」 「河原屋組に借金をしたところ?」 「ネットトレードで失敗したところ?」 「両親の反対を押し切って大学をやめたこと?」 「ノーコが某掲示板で評判になったところ?」 「株で一攫千金を狙ったところ?」 「マンガ家の夢を諦めきれなかったところ?」 「知り合いにネットトレードを勧められたところ?」 「泰然堂大学に入ったところ?」 「両親の言いなりで大学受験をしたところ?」 「かすかな反抗心から、マンガ家の夢を持ったところ?」 「高校時代に同人誌を出したところ?」 「彼女と――」 「ノーコと、出会ったところ?」 「わたし?」 「そうだ……」 「おまえが、悪いんだ」 「おまえがオレの側にいるから!」 「だから、オレはこんな目に!」 「ああ……痛い……痛い……」 「おまえがいなけりゃ、オレはもっとまっとうに――」 「まともな、生き方が――」 「ほんとうにできたの?」 「わたしのせいにするの?」 「そうやってじぶんをまもるの?」 「うらぎりものだから」 「だましているから」 「騙して……いる……?」 「わ、わ、わわわ……!」 「伏せろ!」 「ぎゃっ!」  覆い被さる、平次の巨体。  千秋が咄嗟に、逃げだそうとした直後―― 「ぐあっ!」 「え……?」  ライトが、平次の頭に直撃する。 「恵那のオヤジさん!」 「う……動くんじゃねぇぞ。危ないからな」 「危ないって、でもオヤジさんの頭――」 「大丈夫!」 「この髪が、クッションでェ!」 (それでいいのか!?) (でも……) 「ん……くぅ……」 (いつもの恵那のオヤジさんと違って……  なんかかっこいい?) 「ふん――、ふん――、ふん――!」 (ついでに、いつにも増して暑苦しいけど……) 「収まった……?」 「まだまだ余震がある! 気をつけろ」 「って、恵那のオヤジさん! どこに――」 「ちょっくら見回りにな」 「なんだか……今の地震は、嫌な感じがする」 「嫌な感じ……?」 「ああ。ゆるキャラバンもあるしな」 「ちょいと、見回りに行ってくらぁ!」  平次は床のバッグを掴み、慌てて駆け出そうとする。 「あ、ちょっと!」 「ん? なんでぇ?」 「あの……さ、さっき……」 「さっきは、ありがとな」 「へっ、なぁに!」 「市民の安全を守るのが、警官の使命ってな!」 「余震に気をつけな! あばよ!」 「なんか……まるで別人だな」 「いつもは、ただの暑苦しいオヤジなのに……」 「なあ、鈴姉?」 「フウリちゃん……行っちゃった」 「なあ、鈴姉ってば!」 「ん? ああ、千秋――」 「本名駄目! アッキー!」 「うん、そうね……」 「鈴姉らしくないよ。  そんな元気なくしちゃって」 「だってお店、こんなだよ」  促され、千秋はザッと店内を見回す。 「あ……ひどい」 「この時間から、機材なんて集まるかどうか……」 「でも、やるんでしょ? 鈴姉なら」 「普通なら、そのつもりだよ。でも――」 「アタシ、解散とか言っちゃって」 「本気じゃないでしょ?」 「そりゃそうだけど……  でも、一度言っちゃった言葉って、引っ込まないし」 「アタシ、フウリちゃんの態度に納得がいかないの」 「こんなに一緒にやってきたんだよ。  なのに苦しいこと、ひとりで抱え込んじゃうなんて――」 「鈴姉だってそうでしょ?」 「え?」 「なんで自分がプロになりたいか、説明したことある?  ないでしょ?」 「だからさ、フウリさんはフウリさんで、自分の夢に鈴姉を付き合わせちゃったんじゃないかって心配してたよ」 「あ……」 「そっか……そうなんだ……」 「あーあ! だめだー!  アタシ、リーダー失格……」 「え……あ、ちょっと! 鈴姉!」 「そんな顔しないでよ!  きっとフウリさんは帰ってくるって!」 「ホントに?」 「うん、きっと!」 「ホントに、ホント?」 「フウリさんを信じてあげなって!」 「大体ホラ、どんな近い人にだって、隠したいことってあるじゃん?」 「かくいうオレだって――あれ?」 「バッグバッグ……あ! こんなところに!」 「このバッグの中味、恵那に秘密にしてるわけで」 「秘密……か」 「あの、さ。これ、中味なんなの?」 「だから、それは秘密だってば!」 「今更恥ずかしがる? そんな格好して」 「うう――」 「恵那ちんも同じもの使ってるんだし、中味だけ入れないと駄目で、だったら遅かれ早かれ出しちゃうわけで」 「…………」 「大丈夫だって。中味は他言しない。守秘義務は守る」 「だから……ちらっと、中見ていい?」 「ハァ……」 (やれやれ。やっといつもの鈴姉か……) (ホントは嫌だけど、正直、覚悟してました!) (ま、いつものことだし、それで鈴姉が立ち直るなら!) 「見てもいいけど、ひとつだけ約束」 「中身見たら、ちゃんと、ライブの準備始めてね」 「OK♪」 「それじゃ、時間もないしご開帳――」 「…………」 「な――なんだよ! そんな顔すんなよ!」 「……なんなの、コレ?」 「だから事故なんだよ! 不幸な事故で――」 「でも、なんでわざわざアタシ経由で?」 「まんじゅうくらい、普通に渡したらいいんじゃない?」 「それができたら苦労は――ってちょっと待て!」 「まんじゅう!?」 「ってナニ!?」 「いや、だからコレ」 「な! まんじゅう!? なんでッ!?」 「自分で入れたんでしょ?」 「違う! こんなの見たことないし!」 「大体なんだよ、クリマンって――!」 「……あれ?」 「クリマン……?」 「ほれ、お土産のクリマン!」 「鈴姉! 確かこのバッグって、たくさんあるんだよな」 「村崎さんが、一桁多く発注しちゃったんだって。  おかげで今、家がバッグだらけ――」 「ってことは、つまり――」 「恵那のオヤジさんに、バッグを間違えられたッ!?」 「ごめん鈴姉! 取り返してくる!」 「待ちなさい!」 「アンタの望み通り、ライブの準備は進めるんだから!」 「7時半開店よ!  それまでにはちゃんと戻ってくること!」 「約束できる?」 「が、がんばる!」 「帰ってこられなかったら……」 「例の写真、ばらまいちゃおっかな?」 「ひでぇ! 恩を仇で返された感じ!」 「ホラホラ、そんなこと言ってる間にも時間が――」 「鈴姉の鬼! 悪魔あっ!!」 「あははは、いってらっしゃーい」 (鈴姉調子乗りすぎだろ!) (7時半って――あと20分しかないし!) (急がなきゃ!) (ええと、確かゆるキャラバンを見に行くとか――) 「あ!」 「見つけたあああああ!!」 「その袋、開けちゃだめえええええええええ!!」 「けほっ! けほっけほっ!」 (……天井が、崩れた?) (ここは大丈夫だけど――)  恵那は、携帯するエコバッグから、探偵七つ道具のひとつ懐中電灯を取り出す。 (だめだ、視界が利かない) (壁伝いに……前に……) 「ユージロー? けほっ!」 「ユージロー。ユージロー!」 「どこにいるの? ねえ、ねえってば!」  足の裏が傾斜に触れ、かさりと音を立てる。  徐々に利き始めた視界の中、足元を凝視する。 (草……?) (ってことは、上は――) 「空……」  崩れた天井から吹き込む外気が、土煙をさらう。  いつの間にか降り出した雨が、涙のように頬を濡らした。  目の前には、崩れた土の小山。 「そんな……」 「天井……崩れてる……!」 「ユージロー! お願い!」 「返事して! ねぇ!」  懐中電灯のスポットが、小山をひっきりなしに走る。  ユージローを踏まないように、恐る恐る足を踏み出す。  雨に濡れながら、懸命に愛犬の名前を呼ぶ。  だが、どこからも声は聞こえない。 「どうして? ねぇ、どうして?」 「また――私をおいて――」 「ユージロー!?」  恵那は慌てて、懐中電灯で音のした方向を照らす。  黒い4つ足の影がスポットを横切るが――  まるで光を嫌うように闇の向こうへと走り出す。 「ユージロー! 待って! 逃げないで!」 「逃げるなって! こら! 待ち――」 「きゃううううううん!」 「え?」 「今……足元から?」 「わうわうわうわうッ!!」 「わ! ご、ごめん!」  恵那が足を持ち上げると、その下からユージローがバネ仕掛けの人形のように飛び出した。 「足元にいるなんて――」 「まさに灯台もと暗し!」 「ってか、じゃあさっきの影は――」 「わうわうわうわうッ!!」 「え? ちょっとユージロー!」  突然、元来た道の方向へと走り出すユージロー。  さっき見た黒い影と同じ方向だ。 「さっきからなんなの? なんで逃げ出すのよ!」 「待ちなさいって――」 「…………!」 (なに……この感じ?) (これ……誰かの声……?) (歌……?) (あ……もしかして……) (かごめ……かごめ……?) (奥に……誰かいるの?) (…………) (ここは――) 「社……?」 (なんで、こんな所に社が……?) (サイババアも、こんなの教えてくれなかったし……) (それに……なんか、変) (胸が苦しくて……すごく……嫌な感じ) 「――――っ!?」 (なななななな、何?! 開いた!?) (なんで……扉が開くの?) (風……?) (いやでも、風なんてどこにも吹いてないし……) (それじゃ、なんで……) 「……………………」 「あ……」  恵那はゆっくりと、祭壇へと近づき―― 「拳銃……」 (確かこれ……ミリタリー&ポリスってやつだわ……) (だいぶ古い感じはするけど――) (あれ?) (なんか……グリップに、模様が) (ぐちゃぐちゃで、よくわかんないな) (バレルにも……文字が彫ってある?) (アルファベット……だよね?) (A……N……E……) (…………) (なんて書いてあるのか、この角度だと読めない……) 「…………」 「うーん……」 (やっぱり、見ただけじゃ本物かわかんないか……) (かといって……触る?) (さすがに、社の中に手を入れるのはちょっと……) (…………) (うん。1回外に出て、星さんに相談――) 「――――!?」 (拳銃が光った……) (私……呼ばれてる?) 「――――」 (そうよ、落ち着きなさい富士見恵那!) (名探偵は、何故名探偵と呼ばれるの?) (常人にはできないような、優れた推理をするから?) (いいえ。それは必要条件だけど、十分条件じゃないわ) (優れた推理が花開くためには、それ相応の大事件が必要なのよ!) (私は今まで、どんな事件を解決してきた?) (新聞に載るような怪事件があった?) (ない。ないわ。今までの私の推理なんて、おままごとみたいなものだもの!) (確かに、私にはまだ、実績がない) (私のブルマー窃盗事件も) (みーちゃんのひとりあそびの怪談も) (ヨガトランスポートの謎も) (……母さんの、失踪も) (真実を解明できてない。正直まだ半人前よ) (父さんに、推理ごっこだって笑われても、仕方ない) (でも――) (それは、昨日までの話) (この拳銃は、私の夢!) (本当の――) 「事件よ」 「――――!!」 (この感じ……) (この銃……やっぱり、普通じゃない……!!)  暗闇の中、恵那は銃に刻まれた文字を読む。 「《アザナエル》〈AXANAEL〉――」 (この銃は、隠されていた) (そして河原屋双六が、それを盗み出そうとしていた――) (絶対に、事件だわ) (たしか、ここをこうして……) (弾は……ないわね)  恵那は空のシリンダを確認した後、バッグにしまう。 (星さんに伝えたら、絶対に隠そうとする。  そっと、持ち出さなきゃ) (その後は……父さんに?) (……それは、嫌) (父さんは星さんと親しいし、私が発見したのを認めたくないはず……) (他の人に渡して、個人的なコネクションをつくるの!) (事件現場に顔パスで入れるようになったらこっちのものよ!) (拳銃は、大いなる陰謀の尻尾にしか過ぎない) (その頭に、食らい付いてやるんだから!) 「気合い入れなさい、富士見恵那!」 「これが、名探偵としての第一歩よ!」  人間の脳は危機に陥ると、飛躍的にその情報処理速度を増すという説がある。  爆発や落下の瞬間、辺りの光景がスローモーションのように感じられるのも、それで説明できるだろう。  そして今、交通事故に直面しつつある沙紅羅も、同様の状態にあった。 (やばい! やばいぞ!) (ブレーキ絶対間に合わねー!  このままじゃぶつかる!) (ぶつかるが……) (そもそも今目の前に落下しつつあるアレ、なんだ?) (まあ、ロボットだよな。ロボット) 「きゃああああああ!!」 「ソトカンダ――ッ!!」 (あのふたりが運んでて――) (ひとりはカメラも持ち運んでるみたいだ。  ってなると、テレビで使うんだよな) (しっかしまあ――) 「ノオオオオオ!!」 (ひでー顔) (で。どうせブレーキが間に合わねーんなら――) (アクセルだ!) (うしろの金閣寺、実は発泡スチロール製だからな!) (それがクッションになれば、もしかしたらあのロボットも助かるかもしれねー) (いや……) (でも、本当に助かんのか?) (このスピードでぶつかったら、どっちにしろ――) (どうする? どうすればいい?) (いや、ダメだ! 迷ってる暇はねぇ!) (義を見てせざるは聞かざるなり!) (ここはアクセル全開で――ッ!!) 「うおおおおおおおお!!」 (ん? なんだ!?) (あれは――金閣寺!?) (修学旅行の時見た、本物だ) (あの池に飛び込んで、溺れたんだ!) (いやあ、あの時は死にかけたなぁ……) (アレがあったから、バイクを金閣寺で飾ろうってナイスアイディアが浮かんだんだ) (しっかし、長い道のりだったよなあ……) (金閣寺を裏っかわっから見た写真がなくて、取材に行こうとしたら、道に迷って恐山に着いたり……) (ブーに相談したら、ホームページとかいうのがあるのを知って、そこで写真を捜そうとしたり……) (そこで初めて携帯がホームページにつながることを知ったり……) (金閣寺の写真を探していたら、なぜかいかがわしいホームページに繋がっちゃったり……) (気付いたら電池が切れてていつの間にか朝だったり……) (翌月明細を見たら驚きの10万オーバーだったり……) (なんとか写真をゲットしていざ作ろうと思ったら、発泡スチロールが全然足りなかったり……) (スーパーでもらってきたら、魚臭かったり……) (それでも我慢して作って「あとは色を塗るだけ!」と思ったら、ラッカーで溶けちまったり……) (色々苦労したなぁ) (でも、苦労したからこそ、初めて乗ったあの時の快感は、忘れらんねぇなぁ) (これが供養だって……思って……ああ、クソッ!) (天国のアイツに、見せてやりたかったなぁ……) (その、金閣寺――) 「やっぱり壊せねえエエエエエエエエエ!!」 「きゃあああああああああああ!!!!」  沙紅羅の愛車暴陀羅がウイリー、持ち上げられた前輪が、落下するロボットに命中。  粉々に砕け散った。 「あわわ、あわわわわ……」 「そんな、ソトカンダーが……」  歩道橋の上で、呆然と立ち尽くすふたり。 「アタシのせいじゃ、ねーよな……」  呟く沙紅羅。  無傷の金閣寺に、ぽつぽつと雨が落ち始める。 「……逃げよ」  沙紅羅は暴陀羅を路地に停め、中央通りへ出る。 「地震が止んだと思ったら急に雨とか――  さっきまで全然降る感じじゃなかっただろ」 「どうせだったら雪にしろよ。ったく」 「しかし……寒いな。  どっかで休む場所は――」 「お! 土産屋か?!」 「はあい、いらっしゃい!  いかがですか? 東京土産にこのおまんじゅう」 「いらね」 「いやいや、そう言わずに。  おいしいんですよ。アキバのクリマン」 「く……くりまん?」 「そうです!  クリクリクリっとク・リ・マ・ン!」 「ななななな、何いやらしいこと――!」 「ちょ! お客さん! 暴力は――」 「……あれ?」 「はい?」  木刀で殴りかかろうとした沙紅羅の動きは、村崎が身を庇ったエコバッグを見て止まった。 「そのロボット……?」 「え? ああ、はい! このバッグですか!」 「いやいや、実はですね。  今秋葉原ではマスコットキャラクターを作ってまして」 「その名もソトカンダー! カッコイイでしょう?」 「そ……そうか?」 「いや、ホントはね、コイツは年を越してから半田明神で限定販売! ――の、はずだったんです」 「けどね、なんだか私が一桁多く発注しちゃったみたいで」 「マヌケだな」 「私は絶対そんなことはしてないって言ったんですけど。  絶対誰かが、書き換えたに決まってる――」 「あー? どーせてめーが寝ぼけでもしたんだろ?」 「いやそんなわけない――ってまあそういう話は置いといて。ソレはともかくクリマン!」 「今回はキャンペーン中特別プレゼントとして、クリマンをこのバッグに入れ替えて販売中!」 「お値段据え置き! お嬢さんもいかがですか?」 (まあ仕方なかったとはいえ、あのロボット壊しちまったわけだし……) (罪滅ぼしの意味も込めて、1個くらい買って――) 「あ、しまった」 「金がない」 「な……なんですって?」 「みそブーに連絡取れりゃいいんだろうけど……  ケータイの電池も切れてるし」 「ぁ……」 「…………」 「う、うっせーな!  減ったら鳴るだろ! 腹!」 「失礼ですが、ご実家は?」 「福島」 「福島……?」 「田舎もので悪かったな!  わかったよ! 出て行きます!」 「その代わり、いっこだけ教えてくれ」 「は、はあ」 「とーじんぼーって、どこだ?」 「ととととと――とーじんぼー!?」 「アンタも知ってるんだろ?」 「知ってはいます。  行こうと思ったこともまあ――」 「じゃあほら! サクッと教えて――」 「ダメです!」 「そう堅いこと言わねーでさ」 「絶対に、ダメです!」 「チェッ! ケチ!」 「あークソ! 寒いし無一文だし腹減ったし!  オマケに雨も――」 「雨は止みました!」 「止まない雨はない!」 「…………は?」 「どうぞ」  村崎が差し出したのは、エコバッグに入ったクリマン。 「これ、食べてください」 「いや、だからアタシ金なんて持ってねーって」 「オゴリです」 「オゴリ?」 「そのかわり、諦めないでください!」 「どんなに苦しくても! 格好悪くても!」 「最後まで足掻いて、足掻いて、生き延びてください!」 「それだけ……お願いします!」 「お……おう」 「お互い!」 「がんばりましょう!」 「あ、うん、わかったわかった」 「な……なんだったんだ、今の?」 「なんかヤケに後半、力入ってた気が――」 「……まあいいか」 「しかし都会の人は冷てーもんだとばっかり思ってたけど、案外そうでもねーみてーだなあ……」 「うん……いいなあ……人の温かさ……」 「くぅぅぅ……っ!  東京ってのも、捨てたもんじゃねぇんだなあ……」 「と、こんなことしてる場合じゃねーや」 「せっかくもらったんだし。  サクッとまんじゅう食って――」 「さてさて、どこで食おうかな……」 「見つけたあああああ!!」 「ん?」 「その袋、開けちゃだめえええええええええ!!」 「似鳥さんって確か……ノーコちゃんの恋人さん?」 「たいせつなひと」 「おねがい。きて!」 「でも、今私はやることが……  もう少し、後なら……」 「フウリしか、むりなの」 「このままだと、にとりが……しんじゃう」 「しんじゃう……?」 「おねがい、フウリ」 「わたしの……ともだち」 「だめ……貫太さんみたいになっては……  貫太さんみたいに……」 「……フウリ? だいじょうぶ?」 「なんだかわかんないけど……わかりました。  命あっての物種です。行きましょう!」 「ごめんなさい、鈴ちゃん。  ちょっと待ってて……」 「こっち」 「はい!」  滑るように先導するノーコ。  そのあとを、フウリは身体を揺らして追いかける。 「それで、似鳥さんにはなにが……?」 「じしん。ほんのしたじき。  あたまから、ち」 「わ! それはたいへんです!  救出して、手当てしないと……」 「でも……ちゃんと助けられるでしょうか?」 「私よりも、力のある人がいるような……  もっと、他の人を呼んだ方が――」 「それはむり」 「え? どうして?」 「フウリ、わたしのしょうたいにきづいてない」 「そのほうがこうつごう」 「ノーコちゃん? なに、ひとりでぶつぶつ――」 「はれ?」 「わうわうわうわうッ!!」 「ひぎゃっ!」 「なななな! 犬!?」 「だいじょうぶ?」 「は……はい。なんとか……」 「でも今の犬……なんだったんでしょうか?」 「フウリ」 「あ……そうです!」 「速く、似鳥さんを助けに行かないと!」 「死んでしまっては、駄目です!」 「死んでしまっては……元も子もないのです!」 「絶対、生きてる――まだ、生きています!」 「このへや」 「待ってて下さい! 今助けます!」 「似鳥さんはこの下敷き!?」 「ここ」 「やや! 発見!」 「ああ……痛い……痛い……」 「似鳥さん! 大丈夫! 助けに来ましたよ!」 「わ! ホントに頭から血が!」 「助けねば! ふぐ、ふぐぐぐぐぐぐぐ……!!」  フウリは本棚に手をかけながら、下敷きになっている似鳥に向かって呼びかける。 「似鳥さん! 頑張って! もう少しです……!!」 「死んで花実は咲きませんんん……!!」 「ぽんぽこぽんの――――」 「ぽ――――ん!!」 「似鳥さん! 大丈夫ですか!?」 「ってききゅ――――!? なんか下半身が裸!」 「フウリ。きゅうきゅうばこはあそこ!」 「あ……は、はい!  動揺してる場合じゃないです!」 「ケガの治療……ちりょう……」 「どう?」 「や、切り傷は深くないです。  バンソーコー貼ったら、ニット帽で隠れちゃいます」 「頭の中のことまではわかんないですけど、ちょうど隙間になってたんで、そんなに大事ではないかと……」 「ほんとう……?」 「よ……よ……」 「よかった……」 「ノーコちゃん……」 「やっぱり、似鳥さんが好きなんですね……」 「え……」 「わたしが、にとりを、すき?」 「……かんがえたことがなかった」 「ずっと、にとりにすきっていってもらいたくて」 「でも、わたしはにとりに、すきといわない」 「へん。どうして?」 「でも、ノーコちゃんは、似鳥さんが好きなんでしょう?」 「わからない。でも――」 「にとりがかわるのはいや。  にとりがとおくにいくのはいや」 「わたし、にとりからはなれたくない」 「離れちゃ駄目です!」 「好きな人には、ちゃんと気持ちを伝えて、ちゃんとそばにいてもらわないと――!」 「…………」 「きゅ……」 「おせっかい」 「すみません。でも――」 「後悔先に立たずなのです」 「自分の気持ちを伝えないと、その後悔を、ずっとずっと引きずることになるのです」 「私も、貫太さんへの気持ちを――」 「かんた?」 「な、何でもありません!  とにかく、気持ちを伝えるべきなんです!」 「…………」 「こわいですか? そういうときは――」 「はあああああああ!」 「ぽん!」 「…………」 「なに?」 「おまじないです!」 「苦しいとき、悲しいとき、もう折れてしまいそうなとき」 「こうやってお腹を叩くと、元気が出るのです!」 「…………」 「さあ! 一緒にいきますよ!」 「はあああああああ!」 「ぽん!」 「…………」 「うう……ノーコちゃぁん……」 「……だめ」 「わたしのきもちは」 「いえない」 「どうして!? なにか理由が――」 「なぜなら」 「うらぎりものだから」 「にとりを、だましているから」 「騙して……いる……?」 (御札は……カバンの中にあるけど、また後で納めに来ればいいわよね) (あ! もしかして――) (この銃って、千秋に断られた私をかわいそうに思った神様が、プレゼントをくれたのかも……?) (だったらますます、ちゃんと届けないと!) (とにかく、何事もないように……) (大丈夫……私には、神様がついてる!) (絶対に、上手くいくはずよ!) (この事件を解決して、名探偵として認められて――) (私は父さんに認めて――) 「ひぐっ、ぅ……ぅぅぅ……」 (――――え?) (女の子の泣き声が……トイレの方から……) (しかも、こんな時間に?) (まさか――!) (コレは、怪談『みーちゃんのひとりあそび』!?) 「ひぐっ、う……うう……」 (やっぱり……幻聴じゃない!) (昔、イジメにあってこのトイレに閉じ込められた子が、一晩経って死体で発見された……) (解剖の結果、彼女はなぜか、水の中に溺れて命を失ったことが発覚する……) (それ以来、夜の銭形公園のトイレでは、誰もいないはずの個室に鍵が掛かり、そこから少女の泣き声が聞こえる) (そしてその少女――みーちゃんの泣き声を聞いてしまった人間は、幻に囚われ自分も水の中で溺れ死に――) (いや……落ち着きなさい名探偵!) (今はとにかく銃を届けなきゃいけないし。  オカルティックな謎に構ってる場合じゃない!) (大体ただ子供が泣いてるだけかもしれないし――) 「泣くなって。ほら、ケバブ、冷めるぜ」 「ぅ……う、うん」 「はむ、ん……はむ……」 (あれ? この声、確か……)  恵那は足音を立てないよう、声の元を探す。  泣き声の大元はトイレの中ではなく、その外。 「はむはむ……はむはむ……」 「美味いか?」 「…………ンマイ」 (ミヅハちゃん――!) (誘拐……されたんだっけ?  星さんは狂言とか言ってたけど、やっぱり本物?) (ってか――) 「――っ! ――っ!」 (アレ、どう見ても誘拐じゃない!) (いくら急いでるからって――  見捨てるわけには、いかないわよね) 「も、もう、下は濡れてないかなァ?」 (な――!? あのヘンタイ!  通報してるヒマもないわね) (……やるっきゃない、か) 「――――ふぅ」  壁に背をもたれ、気を落ち着かせるように深呼吸。 (あいつらはふたり組) (確か銃を持ってたけど……モデルガンでしょうね) (こっちには、本物がある) (――もちろん、弾はないんだけど) (問題は――) 「みそ、早く!」 「えっさっ、ほいさっ、えっさっ、ほいさっ!」 (もうひとりはどこに――?) (あれ? 水道の音?) (トイレの中で手を洗ってるなら――) (今がチャンス!)  ふたり組に気付かれないよう、恵那はトイレの中へと身を滑らせる。 「うへぇ……つめてぇ!」 (やっぱりいた――) (こっちには、気付いてない。それに――)  銃の入ったドラムバッグは、足元に置かれたまま。 (モデルガンかどうかはわかんないけど――) 「ん? ブーか?」 「動かないで」 「なんの真似だぁ?」 「静かに」 「この銃が見えないの?」 「やめとけ」 「バッグの中味、インド人が用意したモデルガンだし」 「それはアンタの足元」 「こいつは、本物よ」 「わかるでしょ」 「げ……」 「おいおい、待てってば!」 「オレたちは命令されただけだぜ」 「命令された――?」 「誰に?」 「ええと……なんて言ったっけ?  そーいち、親分?」 「双一? 河原屋双一のこと?」 「あーそうそう! それそれ!」 「そのそーいちの命令で、あのガキを誘拐しろって!」 「時間がたったら、ちゃんと元に戻してやるつもり――」 「じゃあ、なんで、パンツ持ってるの?」  恵那が冷徹に指摘する。  流し台には、女児パンツが乗っかっていた。 「パンツ脱がせて、いったいなにをしようとしてたわけ?」 「いやいやいやいや! ない! ないない!」 「そういうんじゃなくて!  ガキがションベン漏らしたから!」 「おーい、みそ! まだか!」 「な、な、なんなら、お、オデが!」 「オデが、パンツを洗っても!」 「…………変態」 「オレを一緒にすんな!」 「ってか、あいつがあんなだから、オレが洗ってやってんだろーが!」 「ノーパン幼女を一緒にさせておくのも問題よ」 「盲点!」 「みそ? おいみそ! どうした?」 「まさか! ミヅハちゃんのぱんつであらぬことを!」 「あらぬ事ってなんだよ!」 「中に呼んで」 「え?」 「いいから、中に呼んでってば」 「…………」 「早く!」 「くそー! みそめ! 抜け駆けは断じて許さぬ!」 「おい、ブー!」 「ちょっと、来てくれねーか?」 「任せなさ――い!」 「洗濯屋ブーちゃんの腕前、とくとご覧――」 「アレ?」  銃を構える恵那を見て、ブーの動きが止まる。 「ブー、気をつけろ」 「コイツが持ってんのは、マジモンだ」 「お……おう」 「痛い目見たくなかったら、あそこに入って」  恵那は男便所の一番奥、大の個室に目配せする。 「うんこ部屋か」 「クソッ!」 「そういうのはいいから入りなさい!」 「……わかったよ」 「アンタも一緒に入って」 「するってーと、アレだな?」 「クソもミソも一緒に――」 「いいから!」 「あーはいはい! わかったわかった!」 「ふがっ! ちょ! 押すな!」 「狭いから仕方ねーだろ! 腹引っ込めろ!」 「無茶言うな!」 「おいブー! おめーちょっとくせーぞ! 風呂入れ!」 「3日に一遍は入ってるっつーの!」 「……やれやれ」  恵那は取っ手にブラシを挟み込む。 「ん? なんだ今の音」 「あ……開かねー! 鍵かけられた!?」 「ちょっとそこで辛抱してなさい」 「後でちゃんと警察が迎えに来るから」  恵那は、洗面台のパンツをギュッと絞る。  少し迷ったが、拳銃と共にバッグに押し込んだ。 「さて……と」 「ちょっと待った!」 「アイツ、これからどうするつもりだ?」 「半田明神に戻すけど」 「それ、なんとかならねーかな?」 「なんとかって?」 「だってアイツ、街に出るの初めてだって言うんだぜ」 「なんか……すごく、かわいそうでさ」 「だからさ、双一親分のところにつれてく前に、色々見学させてやろうかと思って」 「子供が出歩く時間じゃないでしょ」 「わかってるけど……頼む!  アイス食わせるって、約束しちまったんだ」 「アイツ、すげえ楽しみにしてるんだって!」 「でもさっきケバブ食べてたでしょ?」 「甘いものは別腹って、姐さんも言ってた!」 「言ってた!」 「……はいはい」 「わかったわよ」 「おお、遅かったの――ぬぬ!?」 「恵那! なぜおぬしが!?」 「誘拐犯から助けてあげたのに、そんな物言い?」 「う……あ、おお! そうか!  助けてくれたのか!」 「おぬしのおかげで助かったぞ。感謝する」 「はいはい、どういたしまして」 「大丈夫? 怖いこと、されなかった?」 「ふん! バカにするでない!」 「わらわは神様じゃぞ!  なにを恐れるというのだ!」 「あー、はいはい。すごいすごい」 「バカにしおったな、この無礼者めが」 「しかし……そうか……  みそブーは、捕まってしもうたのか……」 「…………」 (う……そんなにアイス、食べたかったの?) (そんな顔されると……ううう……) (ホントなら、すぐに銃を届けに行きたいけど。  約束もしたし、しょうがないか……) 「ね、ミヅハちゃん。  なんか、甘いものとか食べたくない?」 「お……なんと!  なぜわらわの心の中がわかったのじゃ!?」 「それはもちろん、私が名探偵だから。  なんでもお見通しよ!」 「それはすごい!  名探偵とは……そのようなものじゃったのか」 「それじゃ、アイス食べに行く?」 「うむ! 名探偵について行こう!」 「スト――――ップ!」 「なんだよ。うっせーチビだな」 「ぜぇっ、ぜぇっ、はぁっ、はぁっ!」 「おっ、おっ、おっおっおまえ!」 「そのバッグ、誰からもらった?」 「おまえには関係ね――」 「関係あるッ!!」 「む……」 「教えろ! 誰から! もらった?」 「いや、歩いてたら突然、変なオッサンに――」 「変なオッサン!!」 「そのバッグ、元々オレのだ!」 「だから、返せ!」 「いや、でもアタシも猛烈に腹が減ってるわけで――」 「ぬわあああああっ! ストップ! 駄目!」 「開けたら大変!」 「大変ってなんだよ?」 「そこにはその……お、オレにとって貴重なものが!」 「貴重なもの? でも、中ただの――」 「ああああ! バカ! 開けんなって!」 「…………バカ? だと」 「あのよ、おチビちゃん。  人に頼みがあるときは、どう口を利くんだ?」 「ぼ、木刀……?」 「喝雄不死っちゅーんだッ!!」 「ひゃうっ!」 「あ……あの……  もしかして……コスプレとかじゃなく?」 「この虎が、パチモンに見えっか?」 「…………ひっ」 「どうだ? おチビちゃん」 「もうちょっとちゃんとしたものの言い方って、あると思わねーか?」 「すいませんでしたッッ!!!!」 「わ、わたくしそのあのちょっと頭に血が上っておりまして、だからその見境ないというか――」 「実のところあなたの格好にも、  全然気付いておりませんで!」 「ですからその全てわたくしの不徳の致すところではありますが――」 「しかし、その、よろしければ、そのバッグをわたくしめに返していただけないかと存じ上げ候です!」 「断る!」 「すいませんでしたッ!! 失礼しますッ!!」 「逃げるんじゃねぇッ!!」 「ひえっ!!」 「な……なにか、まだ御用ですか?」 「諦めんのか?」 「え?」 「コレ、おまえにとって貴重なモンなんだろ?」 「は……はい、いちおう……」 「それを、諦めんのか?」 「ただ怒鳴られただけで、諦めていいようなモンなのか?」 「そ……それは、その……」 「ウシ! アタシについてこい」 「は……はい?」 「ついてこいって言ってんだよ!」 「な……なんで?」 「弟子にしてやる」 「で、弟子?」 「このバッグの中味、欲しいんだろ?」 「もしもアタシの下で修行して、ちゃーんと諦めない心を手に入れることができたら、バッグの中味、やるよ」 「ほ……本当ですか!?」 「女に二言はねぇよ」 「ま、最初の言葉遣いは悪くなかったからな」 「あの男勝りな言葉が似合う、粋な女にしてやるぜ!」 「粋な……女?」 「お、なんだ? そういうのは嫌か?」 「まあ確かに、男の服もそこそこ似合うかも……」 「ちが――――――うっ!!」 「オレは、男です!」 「へ?」 「だから! オレは! 男! オス!」 「って……やべ! ばらしちゃった!」 「ちょ! 待て! じゃあなにそのカッコ?」 「シュミ?」 「違います!」 「ジツエキか……」 「それも違うし! 実益ってなんですか!」 「いやあ……さすが東京秋葉原。世界は広いぜ」 「うやむやにまとめないで!」 「オレがこの格好してるのにはなあ、色々ワケが――!」 「はいはいわかったわかったから」 「人にはみんな、事情があるよな……」 「誤解したまま同情しないで! 一番嫌だし!」 「じゃ、このバッグの中味も、その事情絡みなんだろ?」 「あ――はい。そんなところ、です」 「しかし、そんなでかいまんじゅうだとはなあ……」 「てっきり一口サイズだとばっかり――」 「……まんじゅう?」 「さすがに詰め物無しじゃ、胸が寂しいのはわかる」 「は? さっきからいったい何の話――」 「って、無駄話で脂ぎってる場合じゃねぇ!」 「脂ぎってる?」 「おまえ、ここら辺の人間か?  だったら知ってるだろ? とーじんぼー!」 「とーじんぼー?」 「わざわざコミックスーパーがあるからってビッグ斎藤まで行ったんだけどよ、もうやってねーって言うし」 「同人誌が欲しくて、コミックマートのために、ビッグサイトに行った?」 「うお! さすが弟子!  アタシの通訳になれんぞ」 「嬉しくないです!」 「じゃ、アキバガイドよろしく! 弟子!」 「……せめて、名前で呼んでもらえますか?」 「お、そうかアタシは沙紅羅。おまえは?」 「……アッキーです」 「へぇ! 見た目通りの可愛い名前じゃねぇか!」 「う、ううう!  源氏名だし、見た目なんてどうだって――」 「おーよッ!!」 「え?」  沙紅羅は大きな音を立て、自分の胸を叩き―― 「人間、名前でも身体でもねー」 「大切なのは、ココ」 「――だろ?」 「あ……は、はい」 「そいじゃ、どーじんし探しに出発だ!」 「いや、出発って言っても、すぐそこなんですけど……」 「ちなみに本の名前は? サークル名もわかりますよね?」 「『つーばーど』の……ええと、なんだっけ?」 「大暴投! みたいな。ノーカンじゃなくて――」 「ノーコン?」 「そう、それだ!」 「『ノーコントロール』の『11』とか言ってたんじゃなかったっけな……」 「適当すぎる……」 「ホントに探せるのか?  なんか、心配になってきた……」 「しっかしまあ、大晦日なのにすげえ人だなぁ」 「大抵はコミマ帰りですから」 「わざわざ上京してきた奴らも多いし、家に戻る前に秋葉原でオフ会……とかもあるみたいですけど」 「おふ……かい?」 「インターネットで出会った友達とリアルで会うこと」 「おお! インターネット!」 「知ってるぞ! ケータイとかで見るヤツだろ!」 「……まあ、そんな感じです」 「ちぇっ!  なんだよさっきから、辛気くせー顔しやがって!」 「アタシが一生懸命話してやってんだからさ、もーちょっとまともに返事しろよ! テメーは雪山か?」 「ゆきやま?」 「……ったく、コレだから都会のお坊ちゃんはよ!」 「雪はよ、音をキューッと吸い込むわけ!  だから雪の日とか、全然遠くの音が聞こえねーの」 「で、アタシはそういうのが大ッ嫌い――  うおっ! なんだあれ!」 「ん?」 「すっげ! やっべ!  バリカッケー!! ってか乗りてー!」 「そ……そうですか?」 「だってさ、これで街中走るんだろ?  ってか、むしろこれで走ってきたんだろ?」 「マジでスゲーよ! 《かぶ》〈傾〉いてるよ!  見入るわー。ハンパなく見入るわー」 「あ、あの……失礼!」 「え? オレですか?」 「よかった……ダベッターで『ヤンキーコスプレ目撃!』って情報があったから、慌てて駆けつけたんです」 「おたずねしますが……  もしやそこの人のお知り合い?」 「知り合いっていうか、なんていうか……」 「あの、これ、良ければ返しておいていただけますか?」 「ヘルメット……? なんで?」 「ええと……自分も正直理解不能な状況で戸惑いを隠しきれないのですけれども……」 「ビッグサイトの前で、同人誌を破かれちゃって。  その代金の代わりに、ヘルメットを」 「説明されても……意味がわからない」 「でも、自分が持ってても不毛なんで。  知り合いなら、後で渡しておいてもらえますか?」 「いや、本人に直接手渡し――」 「すげー! すごすぎる! またがりてぇ!  いいかな? ちょっとだけ、いいかな?」 「やっべ! ちょっと涎出てきた!」 「――は、できそうにないか」 「わかりました!」 「コレも、弟子の務め。  あのバッグを返して貰うためならば……」  力なく頷いて、千秋がヘルメットを受け取ろうと手を差し出したその瞬間―― 「え?」 「今のは……?」 「なにか、走っていったような……」  と、黒い影の進行方向を見つめるふたり。  の、後方から近づく新たな影。 「わうわうわうわうっ!」 「げ! ユージロー!」 「わう――――ん!」 「ぎゃ――――!!」 「あ……ヘルメット!」 「わうわうわうわう!」 「ちょ! やめろ! 噛むな!」 「ってかなんでオレを狙う!」 「なんか違うの追っかけてただろ今まで!」 「わうわうわうわう!」 「ぎゃっ! いでで! やめろってばー!」 「お、おい! 弟子!」 「どこ行くんだ! ちゃんと案内しろよ!」 「待て! 待てってばオイ!!」 「……また、置いていかれてしまった」 「ヘルメットも落ちたし――」 「あ、マズい。傷ついてる……」 「シールでも貼りますか……?」 「そういえば、このバイク見てたみたいですけど」 「アニメとか、好きなんでしょうか……?」 「似鳥さん!」 「きかれた……?」 「ん……んん……」 「たぶん譫言なんで、大丈夫だと思います」 「似鳥さん! 似鳥さん!  聞こえますか!?」 「ぁ……ぁぁ、ん……」 「にとり、おきて」 「あ……ノーコ?」 「それに……あなたは……?」 「フウリと言います」 「なんで……なに? なんでうちに……?」 「わたしがよんだ」 「は? ノーコが呼んだ!? どうして――」 「似鳥さんは、地震で本棚の下敷きでした。  ノーコちゃんが、私に救助を求めたのです」 「オレ以外に……助けを?」 「ノーコ、何があった? 今日はおかしいぞ」 「…………」 「おかしくなんてありません!」 「むしろ、こっちの方が本当のノーコちゃんです!」 「え……?」 「さあ、ノーコちゃん!  あなたの気持ちを、似鳥さんに!」 「やめて」 「でも、ここで言わないと――」 「いいの」 「よくありません!  だって、ノーコちゃんは――」 「だまれ」 「きゅ!」 「フウリには、かんしゃしてる」 「でも、ここからさきはわたしのもんだい」 「かえって」 「…………」  カッターナイフを掲げたまま、静かに言い放つノーコ。  フウリはジッと頭を垂れたまま―― 「あれ?」 「この本……ノーコちゃん?」 「だめっっ!!」 「みないで!!」  地震で倒れた同人誌の山に、一冊の本があった。  古び、折れ曲がったコピー本。 「それは、わたしのたいせつな――」 「あ……」 「あれ?」 「ノーコちゃんの、絵……」 「マンガにしてもらってるなんて、すごい!」 「かえして!!」 「わ、わかりましたよ、もう……  そんなに恥ずかしがらなくてもいいのです」 「はい、どうぞ」 「あ……」  フウリがノーコに手渡そうとした同人誌が、そのまま、ノーコの指をすり抜けた。 「…………はれ?」 「今……すり抜けた?」 「あ……」 「もしかして……  わざわざ私を呼びに来たのも、そういう理由?」 「自分が物には触れないから――?」 「そんなこと――」 「ということは、もしかして……」 「ノーコちゃん、人では、ない?」 「ちがう!」 「なら、どうして私との会話に戸惑っていたんですか?」 「他の人と、話せないからではないですか?」 「ちがう」 「どうしてカッターで刺されても、私は傷つかなかったんですか?」 「どうして屋上から飛び降りても、ノーコちゃんは無事着地できたんですか?」 「どうして周りの人は、全然、ノーコちゃんに興味を示そうともしなかったんですか?」 「ちが……う……」 「もしかして……ノーコちゃんをモデルに……  この本を書いたのではなく、逆に――」 「だめ……」 「本当の気持ちを伝えたいなら、隠し事は駄目です」 「やめて」 「ノーコちゃんの、正体は――」 「やめて、やめて――やめないと――」 「ともだちでも、ころす――!!」 「知ってる」 「ぇ――――!?」 「おまえ、オレが創った幻なんだろ?」 「あ……」 「限界だ。もうたくさんだ」 「おまえの言い訳も、自分への言い訳も、もう要らない」 「最初から、上手くいくはずなんてなかったんだ」 「う……うそ」 「オレは、最初から、知ってた」 「オレを好きになってくれる人間なんていない」 「ゴスロリメンヘル女との同棲なんてあり得ない」 「偽物だ」 「おまえは偽物だ」 「オレの妄想の産物だ」 「そんなこと、知ってたんだ!」 「どうして……?」 「どうして、しっていたのに、そばに?」 「……離れられなかった」 「こんなことは間違ってるって知ってるのに」 「離れられなかった! 離れたくなかった!」 「みんな、オレが悪いんだ。オレがクソなんだ」 「そんなのは知ってるんだ。おかしいってわかるんだ」 「それでも……それでも!」 「離れられなかった」 「偽物でも……ずっと……側にいて欲しかったんだ……」 「それが嬉しくて……」 「心が落ち着いて……」 「気持ちよくて……」 「に……にとり……」 「裏切ったのは、騙してたのは、おまえじゃない」 「オレが、自分を裏切って」 「オレが、自分を騙したんだ」 「でも、もう終わりだ」 「変わらなきゃならないんだ」 「だから、オレは、認める」 「あ……うそ……いや……」 「おまえは、オレの創った幻だ」 「――、――っ、――ぅっ」 「――――ッ!!」 「ノーコちゃん!」 「ま――待ってください! ノーコちゃあん!」 「なんと! すごい人だかりじゃの!」 「あ……ほんとだ」 「あにのあなはわかるんだけど、なんでドンガがこんなに混んでるの?」 「ま、まさか……」 「これは事件!?」 「……なんじゃそれは?」 「う、うるさいわね!  私だってね、忙しいんだから!」 「早くアイスを――」 「アレはなんじゃ!?」 「え? アレって――」 「く、り、ま、ん?」 「あれはやめましょう」 「なぜじゃ!? クリマン!」 「あれは食べ物じゃないわ」 「嘘をつくでない! わらわは気付いたぞ!  クリマンのマンとは、まんじゅうの意味であろ?」 「そうだけど……」 「はっはっは! やはりそうであろ!  わらわだって、まんじゅうぐらいは知っておる!」 「クリのまんじゅう……是非是非、胃の腑に収めたい!」 「でもほら、アイスクリームって約束だったし……」 「いやじゃいやじゃいやじゃ!」 「だめ! いくらそんな顔でお願いしても、コレばっかりは――」 「クリマンクリマンクリマンクリマンクーリーマーン!」 「いい加減に――あれ?  村崎さんがいない?」 「ってかなんで饅頭がエコバッグに入って売られてるの?」 「まさか……」 「これは事件!?」 「ふ……ふむ。店主がおらんのか?」 「ならば、仕方ないか」 「ん? くんくん……」 「な……なんじゃ、この匂いは?」 「匂いなんてする?」 「うむ! なにやら、甘い香りが……こっちじゃ!」 「あれじゃ!」  ミヅハが指さす先には、大きな熊の人形が踊っていた。 「ベアカステラ、か。よく匂い嗅げたわね」 「えっへん!」 「ほれ、ベアアイスというのもあるぞ!  それならば、約束通りであろ?」 「はいはい、わかったわかった」 「はい、ベアアイス」 「おおおおおお!」 「これが、ベアアイス!」 「いただきます!」 「はむ! あむ! はむ! あむ!」 「んんんん――――っ!」 「ちべた――――い!」 「お味は?」 「美味い! 美味すぎる!」 「ちべたくてあまーいソフトクリームと、てっぺんのふわふわのベアカステラが、お互いに引き立て合って――」 「さらにこのブルーベリーの蜜がすこぶる良い!  愛おしき食感だ! なんという美味さ!」 「はは……」 (でも、改めてみると不思議な子だな……  アイスもホントに食べたことがないみたいだし) (そんな田舎って、今日本に存在するの?) (っていうか、星さんが「様」づけで呼ぶくらいだから、やっぱりものすごい格式の高い家の出身とか……?) (自分を「神様」とか呼んでたりするし……  まさか本当に神様だったりして――!) (あれ……そういえば、確か半田明神には……) 「…………」 「どしたの? 寒い?」 「みなで食べた方が、うまいのじゃ」 「みそブーと一緒に食べたかったなあ……と思っての」 「…………そっか」 「のう、恵那。  みそブーは、あそこに閉じ込めておるのじゃろ?」 「これからどうするつもりじゃ?」 「警察で逮捕か?」 「ええと、それは……」 「のう……恵那よ」 「あやつらはわるくないのじゃ」 「みそブーに無理矢理誘拐をさせたのはわらわじゃ。  あやつらは、わらわの境遇に同情してくれたのじゃ」 「え? 河原屋双一の命令だったんじゃ――」 「みそブーくらい、ひとひねりじゃ。  誘拐を拒否することなど、いくらでもできた」 「本当に?」 「当然じゃろう!」 「じゃが……今日は最後の日じゃ。  わらわは半田明神を抜けて、街を見たかった」 「それで、あやつらに無理矢理誘拐させたのじゃ。  けっして、悪いやつらではない」 「はぁ……  被害者からそう言われたんじゃ、しょうがないか」 「わかったわ!  みそブーは、警察に突き出したりしない」 「ただしこれからは、星さんを困らせちゃ駄目よ」 「星を……か」 「なに? 星さんが嫌い?」 「嫌いではないが……」 「おぬし、星がわらわを大切にしていると言ったな」 「大事にしてるって。  さっきだって、すごく心配して追いかけてたもん」 「だから、星を信じろ……か」 「そうそう、そういうこと」 「ふむふむ……フウリの言った通りじゃな……」 「納得してくれた?」 「じゃ、一緒に半田明神に――」 「……やはり、納得がいかぬ!」 「星は、わらわを大切にしてくれているという。  だから信じろという」 「しかし……星は、わらわを信じておらぬと言った」 「そ、それは――」 「ほら、さっきは売り言葉に買い言葉というか……」 「恵那よ、ならばおぬしはどうじゃ?」 「おぬしも、好きな人のことは信じてやれるのか?」 「好きな人――?」 「あ、当たり前でしょ!」 「好きな人のことだったら、信じてあげる!」 「当然のことよ、当然のこと!」 「そ……そうなのか……?」 「名探偵の言うことが、信じられない?」 「む……むう……」 「さ、ほら!  ベアアイス食べて、おうちに戻りましょ!」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「ようやく……振り切ったか……?」 「おい……コラぁっ!」 「アタシを……置いて……逃げるんじゃ……ねえよ!」 「このバッグ……欲しいんじゃ……なかったのか?」 「あ……すいません……」 「ってか……おまえ逃げ足ははえーのな」 「いつも、あのバカ犬から追いかけられてるから……」 「まあいいや。それよりほら!  さっさととーじんぼー」 「同人誌です」 「そう! それ!」 「焦んなくても、今日は年越し営業なんで」 「おおおお……!」 「ここに……ずっと追い求めた、どーじんしが!」 「ん? アレ?  も、もしやコレは――」 「すとらいぷういっちーず!」 「す……す……すげえ!  もしかして……コレが、運命!?」 「なんかひとりで盛り上がってるみたいだけど……」 「なんか、店の様子がおかしくないか?」 「うおおおおおお!!」 「それはオレの本だあああ!!」 「URYYYYYY!!」 「殺してでも奪い取る!!」 「た……確かになんか、殺伐としてるというか……  近寄りがたいオーラがひしひしと……」 「電気ついてない……停電?」 「そういや、さっき地震あったもんな」 「あの揺れで、電気系統がイカれた……?」 「え? 普通停電だったら休業だろ?」 「師匠。あなたは、オタクを甘く見ています」 「年に2度の祝祭――  コミマに人生を懸けるあいつらです」 「停電ごときでその歩みを止めるワケがないんです」 「そ……そういうもんなのか?」 「……なんか、スゲー禍々しく見えてきたな」 「正直、行きたくないです」 「だが――」 「それでも――」 「アタシたちは行かなきゃなんねー」 「いってらっしゃ――」 「おまえも来んだよ!」 「いやいやいや! 無理! 無理ですって!」 「このバッグ、欲しいんだろ? 修行だと思って!」 「でもこの中、なんか酸っぱいし!」 「うぐ……確かにそれは嫌だな……」 「それにホラ、電気がないと本探せないでしょ?」 「弟子よ!」 「おまえ……なかなか気が利くな!」 「褒められてもあんまり嬉しくない……」 「いよっしゃ! 懐中電灯!」 「電気屋に、突撃だッ!」 「え? いやちょっと――うわああああああ……」 「電気屋!」 「電気屋あ!」 「電気屋ああッ!!」 「な、なんでだよ!」 「なんで懐中電灯が売り切れてんだッ!?」 「わかんないですけど……  もしかして、これは妨害工作!?」 「ん? 弟子よ、どういう意味だ?」 「みんな懐中電灯を持って、あにのあなに突撃してるわけですよね」 「逆に、秋葉原中の電灯を買い占めれば……?」 「どーじんしを、独占できる……!?」 「おまえ名探偵だな!」 「知り合いが推理ばっかりするんで、ついオレも……」 「けど、となると困ったぞ……  もう、電気屋はないのか?」 「大晦日だし、閉まるところは閉まっちゃってて……」 「電気屋じゃなくていい!」 「どこか、懐中電灯を売ってそうな店は――?」 「売ってそうな店……?」 「あ――」 「あった!」 「どらあああああああああッ!!」 「よっしゃ! 懐中電灯は――」 「うおおおおおお!!」 「それはオレの懐中電灯だあああ!!」 「URYYYYYY!!」 「殺してでも奪い取る!!」 「な……なんだこりゃ……」 「争奪戦になってる……?」 「バッキャロー!  ここまで来て、怖じ気づいてなんかいられるか!」 「うおおおおおおおおおおお!!」 「ふがっ!」 「ひげっ!」 「ぬごおおおっ!」 「ぅぅ……イタタタタタ……」 「なんだあいつら!?  あんなひょろひょろのナリしてるくせに!」 「目が血走って、理性も失って……野獣か?」 「本能に忠実っていうか……命懸けですから」 「クソ。真正面から向かっても無駄……か」 「どうする? どうすればいい?」 「さすがに木刀で殴りかかるわけにはいかねーし……」 「カツアゲ……」 「いやいやいや! 犯罪はだめでしょ! ね?」 「わ、わかってるって! ただ言ってみただけ――」 「っていうかアタシ、財布落としたからカネが――」  ポケットに手を突っ込んで、沙紅羅の動きが止まる。 「あれ? なんだ?」 「ポケットに、なんか入って――」 「な! こ……コレは、まさか!」 「ん? どうしたんですか?」 「おい、弟子! 来い!」 「あいつらを追い払う大作戦、思いついた!」 「大作戦……でも、どうやって?」 「ズバリ! 今日のラッキーアイテムを使う」 「な、なんか嫌な予感が……」 「な……なんでオレが、こんなカッコを……?」 「文句あっか?」 「な、ないです! ないけど……ううっ」 「泣くな泣くな。可愛いぞ」 「ほ、ほっといてください!」 「ついでにコレ、使うか?」  沙紅羅はエコバッグをひょいと差し出す。 「つ、使いません!」 「でも、使えばその寂しい胸が――」 「は?」 「いや、だってこの中にはでっかい饅頭が……」 「そんなもの、入ってません!」 「え? じゃあ何が――」 「だ! だから開けちゃ駄目ですって!」 「わ、わかったよ! わかったけど……」 「饅頭じゃなくて、そんなに大切って……  いったい、どんだけ価値のある物なんだ?」 「まさかコイツの中には、とんでもない価値のある……  カネとか、金とか、あと、宝石とか……」 「あ! そうだ!」 「おい弟子! カネ、貸してくれよ」 「……は?」 「アタシ、来る途中財布落としちゃってさ。  万引きするわけにもいかねーだろ」 「な、なんでオレが金まで貸さなきゃ――!」 「まあまあ。コレも授業料だと思って……」 「こ、この……!」  千秋は投げ出すように、沙紅羅に千円札を手渡す。 「サンキュー!」 「そいじゃ、早速……」 「め、め、めくらせてもらうぜ!」 「え? めくる?」 「あ、アタシもホントはこういうこと、嫌なんだぞ!」 「嫌だけど……これもすべて……どーじんしのため……」 「え? いやいや、なんか鼻息……!」 「ちぇすとーッ!!」 「きゃああああああああ!!」  店内に響き渡る、千秋の悲鳴。  引きずられるように、店内の空気が静まりかえり―― 「今なら!」 「アッキーちゃんのスカートめくり放題らしいぜ!」 「なん……だと? スカートをめくり放題?」 「しまぱんを……見放題?」 「食べ放題?」 「割り箸も……割り放題?」 「YES!」 「NO! NO! NO!」 「うおおおおおお!!」 「それはオレのしまぱんだあああ!!」 「URYYYYYY!!」 「殺してでも奪い取る!!」 「きゃああああああああああ!!」  懐中電灯に群がっていた男たちが、目標を千秋に変える。 「よっしゃ!  やっぱり奴ら、正常な判断力を失ってやがる」 「今のうち、今のうち……」 「イシシシシ! 懐中電灯ゲット!」 「きゃああああ! だめええええええ!!」 「し、師匠ー! 責任とって、助けてー!」 「はいはい。ったく、しょーがねーなー」  沙紅羅は売り場に並んでいたメガホンを手に取り―― 「こほん! あー、あー!」 「みんな! よく聞いてくれッ!」 「おまえたちはひとつ、大きな勘違いをしている!」 「そこにいるヤツ、実は――」 「女じゃないッ! 男なんだよッ!」 「なん……だと……」 「こいつが……女装、野郎?」 「そ、その通りだよぉ!」 「だから、ね? もう乱暴しないで……」 「うそだッ!!」 「証拠を見せろッ!」 「きゃあああああああ!!」 「もっこりしている!?」 「詐欺だ! こんなに可愛いのに……男だと?」 「だが、それがいい……」 「わぁい!」 「な! ちょ!」 「きゃああああああああああああ!」 「3分の1くらい加速した……?」 「なんか……おかしくね?」 「………………」 「世の中には……不思議なことがあるもんだ……」 「弟子よ! グッドラック!!」 「いやあああああああああ!!」 「お会計780円になります」 「あ、袋要らねーから」 「おわりだ……」 「もうなにもない……」 「にとりはしっていた」 「わたしがにせものだって」 「ただのまぼろしだって」 「そうしたら、わたし……」 「もう、にとりのそばにいられない」 「だめだ……」 「しのう……」 「こんどこそ、ほんとうに、なくなってしまおう……」 「まってー! ノーコちゃん!」 「フウリ?」 「にげないでくださいぃぃー!!」 「ああっ! 赤信号なのに――」 「…………」  追いかけるフウリを振り切る。  絶え間なく車が行き交う4車線に、迷わず踏み出した。 「しのう」 「あぶないッ!」  自殺でも試みるかのように、猛スピードでやってくる車の前に身を投げ出す。  しかし―― 「これではしねない」  彼女の身体はすり抜ける。  なぜなら、妄想の存在だから。 「ノーコちゃん! 待ってってば――」 「ふぎゃっ!」 「あ、すいませ――」 「あああああ! すいません、すいません!」 「こらー! 待って!」 「うるさい」 「私の、話を、聞いてください!」 「だまれ」 「私に、ごめんなさいをさせてくださいー!」 「いらない」 「待ってえええええ!!」 「…………」 「はぁっ、はぁっ、はぁ……」 「ノーコちゃん、ええと、あの……」 「あなたのせい」 「きゅぅぅ……」 「あなたが、ぼうそうした」 「かってに、よこから、くちをだした」 「ひぐっ、う……で……でも……  私はそれがノーコちゃんのためだって……」 「わたしは、あなたと、ちがう」 「ノーコちゃん……!」 「ついてこないで」 「きゅ……きゅ……きゅうううう……」 「お友達……お友達に、酷いことをしてしまって……」 「ご……ごめんなさい……ごめんなさいいい……!!」 「まだ、ついてくる」 「あれだ」 「え? ガラスがない?」  割れたガラスからスーパーノヴァへと飛び込む。  真正面には、携帯電話を手に取る鈴の姿があった。 「ガラスはあるけど――人手がない?」 「そんな、年明けなんて悠長なこと――」 「コンビニは後回しでいいじゃないですかっ!!」 「…………うるさい」  構わず壁を抜け、控え室に。  公園を突き抜け――  明神下の坂を上る。 「ふりはらえた……」 「おせっかい」 「こうなったのは、かのじょのせい」 「さいあく」 「もし、あそこであわなかったら――」 「…………」 「フウリがいなかったら、かわってた?」 「――――?」 「いまのおと……」 「てがみ?」 「フウリに、ふほう……?」 「おだかんた……」 「死んでしまっては、駄目です!」 「死んでしまっては……元も子もないのです!」 「絶対、生きてる――まだ、生きています!」 「後悔先に立たずなのです」 「自分の気持ちを伝えないと、その後悔を、ずっとずっと引きずることになるのです」 「…………」 「だからって、ゆるせるわけない」 「でも……」 「わたしがしんだら、ぜんぶきえる」 「ぜんぶ、いみない」 「さよなら、フウリ」 「みこ……いた」 「………………」 「これで、しねる」 「こえがきこえる?」 「わたしをはらえる?」 「邪魔しないでもらえますか!?」 「わたしはじゃまもの」 「けがらわしきもの」 「がいなすもの」 「だからはらわれねばならない」 「わたしをけして」 「断ります!」 「え――?」 「今はそれどころではありません!」 「ようやくアザナエルの呪いが解けるというのに――  ミヅハ様ったら何故こんな日に限って!」 「連絡を……連絡? でも、誰に頼れば?  叔父様は伊勢にいるし……近くには誰も……」 「もし先代がここにいらっしゃれば……」 「いやしかし、泣き言を言っていても仕方ない……」 「誰かに連絡をとって――そうだ!  平次様に伝えなければ!」  言うが早いか、歌門は社務所の電話の受話器をとる。 「――もしもし、平次様でしょうか!?」 「緊急事態です!  アザナエルが盗まれました!」 「……はい、はい、そうです。間違いありません!」 「それが、ミヅハ様はちょうど社を離れていて」 「遊びたいがため、わざと誘拐されたようでしたが、そこまでが河原屋双一の計画だったらしく」 「はい、そうです! 河原屋双一の――そう、双六が明言しておりました」 「そこまで計算するなんて……  ウソのようですが、彼ならやりかねません」 「サイババア様も……ネット上に不穏な動きがあると。  やはり、河原屋双一の仕業……」 「いえ、それもどうもおかしくて……」 「双六は、土砂崩れの下敷きになっていました。  だから、盗むのには失敗していて」 「なのに、社からはアザナエルが消えて……  あ、いえ! 弾は盗まれていません! 大丈夫です!」 「それでその、双六を一応土砂から掘り出したんですけれども、はい、なんだか犬と女の人の声を聞いたとか……」 「私はその前に……  恵那様が来ているのを見ておりました」 「……あり得る話だと思います」 「もしアザナエルかミヅハ様を見つけたら、どうかよろしくお願いいたします!」 「何卒、よろしくお願いいたします!」 「…………ふぅ」 「これで、平次様は協力してくれるはず……」 「まだ人手は足りないけど……残り正味4時間……」 「私には新年の準備があるし、これ以上どうやって……」 「まだかかる?」 「……いたのですか?」 「はやく、わたしをころして」 「この際はっきりさせておきましょう」 「あなたのような亡霊の、下らない悩みに付き合ってる暇など、寸毫たりともありません」 「くだらない……?」 「わたしのなやみが、くだらない――!?」 「そのカッターナイフ、捨てられますか?」 「え?」 「それは、人を傷つけるものではない」 「あなたと失恋相手を結びつける、絆でしょう?」 「…………」 「それを、あなたは自ら放棄することができない」 「自らの未来に未練があるものを、どうして祓うことができましょう?」 「…………」 「しかし――そうですね」 「あなたが苦しいのもわかる。  未練を断ち切ることこそ、我が務めかもしれません」 「おねがい。わたし……くるしい」 「いいでしょう。望み通りにして差し上げます。  ただし――そのためには条件がひとつ」 「私の所に、ミヅハ様を連れてきてください」 「ミヅハさま?」 「本名は《ミヅハノメ》〈弥都波能売命〉様」 「日本橋魚河岸の守護神として創建され、半田明神に遷座なさった、由緒正しき神様でございます」 「彼の地を長く離れていることもあり、氏子の信心を失い、普段の見た目は童子のようでもありますが、侮るなかれ」 「祭神三柱が出向かれて留守となったこの半田明神の留守神様として鎮座していらっしゃいます」 「いや……鎮座して、いらっしゃいましたが……」 「やむにやまれぬ事情で、連れ去られたのです」 「つれさられた……」 「もしも祓い清められ、この世から消え去りたいと願うならば、ミヅハ様をここへと呼び戻してください」 「この要求――呑んでいただけますね?」 「……じぶんかって」 「あなたも同様でしょう?」 「……たしかに」 「約束、していただけますね」 「やくそく――」 「…………」 「わかった」 「待って!」 「待ってくださいですッ!」 (早く追いかけないと、また、手遅れになっちゃう!) (そんなのは嫌ですッ!) 「ノーコちゃん!? どこですか?」 「どこに……あ、いた!」 「まってー! ノーコちゃん!」 「フウリ?」 「にげないでくださいぃぃー!!」 「ああっ! 赤信号なのに――」 「しのう」  ノーコが踵を返し、道路へと飛び出した。 「あぶないッ!」  飛び出したノーコの身体に、減速もなく突っ込む車。 「これではしねない」 「そうか……実体がないから……」 「って、安心してる場合じゃない!」 「ノーコちゃん! 待ってってば――」 「ふぎゃっ!」 「あ、すいませ――」 「あああああ! すいません、すいません!」 「こらー! 待って!」 「うるさい」 「私の、話を、聞いてください!」 「だまれ」 「私に、ごめんなさいをさせてくださいー!」 「いらない」 「待ってえええええ!!」 「…………」 「はぁっ、はぁっ、はぁ……」 「ノーコちゃん、ええと、あの……」 「あなたのせい」 「きゅぅぅ……」 「あなたが、ぼうそうした」 「かってに、よこから、くちをだした」 「ひぐっ、う……で……でも……  私はそれがノーコちゃんのためだって……」 「わたしは、あなたと、ちがう」 「ノーコちゃん……!」 「ついてこないで」 「きゅ……きゅ……きゅうううう……」 「お友達……お友達に、酷いことをしてしまって……」 「ご……ごめんなさい……ごめんなさいいい……!!」 「ノーコちゃん? ノーコちゃん!」 「だめだ……いない……」 (見失ってしまいました……) (今鈴ちゃんに会ったら、心配をかけてしまいます。  一度、落ち着かないと……) 「…………」 「なんで……こんなことになっちゃったんでしょうか」 「最初は、ただ、ノーコちゃんを助けてあげたくて……」 「そしたら、好きな人に、ノーコちゃんが告白できないことに気付いて……」 「だから私は、そのお手伝いを――」 「わたしは、あなたと、ちがう」 「…………あ」 「ひどい……私……ひどい……」 「ひぐっ、うきゅっ、うううう……」 「私、なんてことを……うきゅうううううううう……」 「はろぉ~」 「え……? ミリPさん?」 「なーんか聞き覚えのある泣き声がすると思ったら」 「ほらほら、泣かない泣かない」 「泣いてるヒマがあったら、アタシと一緒に行きましょ」 「行くって――」 「ヤケ食いできる店、教えて頂戴ッ!!」 「あら、フウリちゃんいらっしゃい」 「マダムさん、こんばんは」 「あら? 元気ないわねぇ」 「うう……マダムさんには嘘がつけません……」 「サービスするから、たくさん食べてお仕事頑張って!」 「いつも、ありがとうございます」 「あら、お知り合いのお店なんだ?」 「はい。よくお世話になってます」 「それで、ご注文は?」 「ナポリタンを超盛りで。コーヒーはホットを」 「カルボナーラ、超盛りをいただけるかしら?」 「はい、注文いただきました」 「ミリPさんも超盛り……?」 「ヤケ食いしたいのはあなただけじゃないの」 「なにかあったんですか?」 「……まあね」 「アタシ、昔テレビ局に勤めてたでしょ。  その時、戦友だった男のコがいてね」 「レイジ君っていうんだけど、理想に燃える若者! って感じで、局とソリが合わなくて」 「売れ線主義の私とは、全然やり方が違うんだけどね。  それでもなぜか、ソリがあって」 「彼は局をやめて、ニヤ生とかで番組創ってるらしいんだけど。ほら知らない? 『全国ゆるキャラバン』」 「あ……知ってます。  確か今日UP+でイベントがあるんでしたっけ?」 「そう。元々ネットから始まった番組でね。  私も実は企画当初からアドバイザーしてたりして」 「口コミで話題で、どんどん規模が大きくなってさ。  ようやくテレ洋で放送! ってところまで漕ぎ着けて」 「本人、かなり気合入ってて、アタシも何度かアドバイスしたんだけどね……」 「それが今日、突然食中毒で倒れちゃって……」 「大丈夫なんですか?」 「命に別状はないみたいなんだけどね。  ただ、肝心のディレクターがいなくなっちゃって」 「でもね、大切な大晦日の生放送でしょ?  信頼できる人間にディレクターを任せたいって」 「で、アタシに連絡が来たのよ」 「急に……大変……」 「でもあれ?  生放送だったら、もう時間が」 「放送まで30分ないわね」 「そんな! こんなことしてる場合じゃ――」 「壊れちゃったのよ」 「へ?」 「発表の目玉だったアキバの新マスコット、地震で壊れちゃったの」 「1/30ソトカンダーが、地震で落っこちて」 「ええええええええええ!?」 「そもそも、ゆるキャラバンのプロデュースを主体にした番組だったから、致命傷で」 「すぐに新しいアイディア作らなきゃならないんだけど」 「で……できるんですか!?」 「ま、無理ね」 「ダメなら、早く局に泣きつかなきゃならないんだけど」 「この企画、レイジ君がテレビ人生懸けた企画だから。諦めがつかなくて……」 「ミリPさん……」 「そのレイジさんのことが、好きなんですね?」 「もちろん向こうは、なんとも思ってないけど」 「…………」 「まったく、嫌ね」 「いつも勇ましい恋愛の歌ばっかり作ってるのに。  いざ自分の事となると、臆病になっちゃって」 「…………」 「でも、アリガトね。  なんか、話を聞いてもらったらすっきりした――」 「あの……私の話も、聴いてもらえますか?」 「あなたが良ければ、ね」 「私……好きな人が、いたんです」 「昔から、好きで好きでずーっと好きで、それで、将来は一緒になれたらなあ、なんて思ってました」 「けど、私には昔からの許嫁がいて。  だから、その人に自分の気持ちを伝えられなくて」 「やがて彼が遠くに行って、私と音信不通になりました」 「悲しい話ね」 「でも……私は、諦めきれなくて」 「有名になれば、連絡のつかなくなった彼に、見つけてもらえるかもしれないなって」 「不純かもしれないけど、それが、第一宇宙速度に入った理由です」 「そうだったんだ……初耳」 「今日、私にお友達ができました」 「そのお友達も、やっぱり好きな人がいて」 「やっぱり立場が違って、結ばれない恋で、だからそのお友達は、彼に告白できなくて――」 「私、それが我慢できませんでした」 「だから、お節介にも、彼女を告白させようとして」 「それで、ふたりは……ふたりは……」 「……そっか」 「そのお友達に、昔の自分が重なっちゃったんだ」 「そう……なんですっ……」 「私と……彼女は……違うのに……でもっ!  自分の……わがままで……ふたりを……」 「私……酷いことしてしまって……  本当に、申し訳なくて……」 「うん、うん……」 「ノーコちゃん、ごめんなさい……  ごめんなさい……」 「はい、陰気な顔はそこでおしまい!」 「ぅ……うわぁ。美味しそう……!」 「量多いわね、この店」 「今日は特別サービスよ。  たくさん食べて、嫌なことは忘れちゃって」 「はい、ありがとうございます……!」 「あなた……意外と立ち直り早いわね」 「辛いとき、悲しいときは、肉まんとかでお腹をいっぱいにしろという、鈴ちゃんの教えです」 「……あのコらしいわね」 「ということで、いただきます!」 「そうね。気を取り直して――いただきます」 「はむ、んむ……ん……」 「ん! 美味しい!」 「ありがとうございます」 「穴場ね……こんな美味しいパスタがあるなんて」 「はい、自慢のパスタです」 「フウリちゃんは、いつもこの店に――え?」 「おかわり!」 「大盛りでいいかしら?」 「はい!」 「な……なにその早さ!」 「自棄食いなので!」 「いやいや、早食いってレベルじゃないわよ」 「っていうか、まだ食べるわけ?」 「八分目くらいまでは……」 「あなた、大食い企画じゃないんだから――」 「大食い企画――!?」 「そうか! その手が――!」 「ミリPさん? どうしたんですか?」 「ちょっと来てくれる!?」 「え? でも、おかわりが――」 「いいから来て!!」 「ひえっ!!」 「お金、ここに置いておくわよ!」 「ふ……」 「ふふ、ふふふふふ……」 「あは、あははははははははは――――!!」 「言った……言ってやったぞ! とうとう!」 「そうだ……そうだ!  今までのことは、みんな、みんなノーコが悪い!」 「これで、オレは変わる!  アイツがいなけりゃ、オレは変われるんだ」 「こんな、クソみたいな自分と、オサラバできるんだ」 「そうだろう? そうだよな!」 「あは、あははははははははは――――!!」 「――ッ!? 帰ってきた!?」 「ふざけんな!!  おまえのせいで、オレの人生はメチャクチャ――!」 (あれ……?  でも、ノーコって扉ノックしたっけ……) 「誰のせいだって?」 「ふがっ!!」  いきなり、蹴り飛ばされる。 「人のせいにすんのか? あ?」 「あ、いや、そうじゃ、なくて……」 「いででででっ!」 「てめーの人生は、てめーのもんだ」 「学校を辞めたのも、家族に見捨てられたのも、双一親分から借金をしたのも――」 「全部、全部、てめーのせいだ」 「違うか?」 「え、いや、それは……」 「違うかって聞いてンだよッ!!」 「あああああッ!!」 「はいそうです! そうです!  みんな、オレの責任です!」 「で、てめえは自分の責任、とれんのか?」 「あづづづづづっ!!」  双六のタバコが、押さえつけられた左手に落ちる。 「あづっ! あづっ! んんん――――ッ!!」 「何度も約束したよな?」 「今日中に、貯まった利息の20万、きっちり返して貰えねぇんだったら――」  双六がぽとっと煙草を落とし―― 「ひえっ!」 「てめーの身体がこうなっても、文句はいえねー」  全力で、踏みつける。 「……まあ、潰したところで床が汚れるだけだから。  現実的にはベーリング海に御招待! って感じか」 「は……はい……」 「で――金は?」 「ええと、それが……」 「用意できてねーのか?」 「いや、できてないっていうか……」 「双一親分との約束を、破んのか?」 「い、いえ! そんなそんなそんな! とんでもない!」 「あの、はい、早く返します!  なるべく早く、できるだけ今日中に――」 「できるだけ?」 「今日中にッ! 今日中に返しますんでッ!」 「だからお願いです! もう少しだけ、待ってくださいッ!」 「もう少しっていわれても、大晦日だぞ。  もう夜だぞ。無理だろ? な?」 「二度手間だから、もう諦めて、家片付けような?  次にここに住むやつももう決まってる――」 「返すアテはあるんですッ!  もう2時間待ってください!」 「同人誌を創ったんで、それを売ればお金になります!」 「どーじんし?」 「これですッ!!」 「…………は?」 「この、ペラペラの本が、なに?」 「これを業者に卸すと、お金になるんです!!」 「お前、プロの漫画家?」 「え? い、いえ、違いますけど……」 「なのに、売れる?」 「はい!」 「…………」 「……わからん。判断つかねぇ」 「親分に訊いてみっか」 「え? 親分って――」 「親分つったら、双一親分に決まってんだろ?」 「か、かか……河原屋、双一……!?」 「え、でもいや、そこまですることのことでも……」 「あ、もしもし! 親分ですか?」 「ひっ!」 「いや、問題ってほどのことでもないんですが……」 「借金してる似鳥ってガキがいたじゃないですか。  あいつが、もう2時間待ってくれって――」 「それが、なんかどーじんし?  とかいうのを売って、金を返すって――」 「は……はい! すいません。  俺、そういうのには詳しくなくて――はい――」 「以後、このようなことのないようにしますッ!  すんませんしたッ!!」 「…………」 「あ、え……? 本人に……?  いや、でも――――は、はい」  不可思議に顔を歪めた双六が、携帯電話を差し出す。 「オラ」 「へ?」 「双一親分が、直々に話したいんだと」 「あ、いや、でも僕は――」 「……あぁん?  双一親分の言うことが、聞けねぇってのか?」 「いえいえまさか! 聞かせていただきますッ!」  似鳥は慌てて、携帯電話を受け取る。 「――――ふぅ」 「も……もしもし」 『金が用意できてねえのか』 「え。ええと。あ。あの」 『硬くなるな。約束まではまだ4時間半ある』 『用意、できるんだろうな?』 「は――はいっ! も、もちろんです!」 『期待してるぞ』 「はい!」 『ところでおめえ……』 『夢は、あるか?』 「え……?」 『叶えたい夢はあるかって、聞いてんだ』 「叶えたい夢……」 『もし、てめぇが今日中に金を用意できなくて、それでも、本気で叶えたい夢があんなら――』 『「アザナエル」を探せ』 「アザナエル――?」 『ミリタリー&ポリス、2インチモデル』 『半世紀以上昔の年季モノ。  銃身に『《アザナエル》〈AXANAEL〉』って文様が入ってる』 『秋葉原のどこかにあるその銃が、もしもてめぇの手に入ったなら、その夢、叶えるチャンスをやろうじゃねぇか』 「じゃあ、借金もチャラに!?」 『おまえがそのチャンスをものにすれば、な』 「で、でも……」 「どうして自分に、そんな話を……?」 『巡り合わせだ。運命と言ってもいい』 『てめぇは、アザナエルに呼ばれてんだよ』 「呼ばれてる……?」 「よこせ」 「はいっ、すいません!」 「話は聞いたな?  1時間で、バックギャモンに金を――」 「ちょ! 待ってください!  時間は今日中でよかったんじゃ――」 「アホか! なんでてめぇのために、年越しまで待ってやんなきゃなんねぇんだよ!」 「いいか、8時半だ!  それまでに金、用意してくんだぞ!」 (1時間……? なんで、こんなことに――) (……いや。悩んでる暇はない)  似鳥は首を振り、汚い部屋の隅に崩れ落ちた、新刊の売れ残り段ボールを見据える。 (コレを買い切り20万で捌けば、命が繋がる) (望みが薄いのはわかってるけど――) (動き出さなきゃ)  似鳥はサンプルをカバンに詰め込んだ。 (もう、ノーコがいたときのオレとは、違うんだッ!!) 「ぎゃああああああ!!」 「待てええええええ!!」 「愛してますううう!!」 (なんなんだよコレ!) (完璧に理性ないし!) (オレは男なのになんでこんな目に……!?) (ってか、あのバカ師匠!  オレを囮にして! ひどい――) 「ウホッ!」 「この角度はパンチラ!」 「やめてくれええええ!!」 「だ、誰か、タスケテ――ッ!」 (とにかく、隠れて――) 「どこだ!? どこだどこだ!?」 「男の娘はいねがー!!  くんくん……くんくんくん!」 (匂い……嗅いでる?) (いやいや、そんなので見つかるはずが……) (…………) (もし、見つかったら……  ううう……どんな、酷い目に……) 「大丈夫、オレに任せろ」 「え? な、なに――?  この声、どこから?」 「さっきの恩、返させて貰う」 「幻聴……?」 「おーい! こっちだこっち!」 「発見! あっちだ! 追え!」 「いざ! めくり放題の国へ!」 「逃げろおおお――――――!!」 「………………」 「行った?」 「はぁ……なんとか、逃げ切れた、か?」 「なんか良くわかんねーけど……ラッキー」 「けど……さっきの、誰だったんだ?  なんか、恩返しとか言ってたけど……」 「オレ、誰か助けたりした?」 「わうわうわうわう!」 「げ! また出た!」 「ぐるるるるる……わうわう! わうわう!」 「ちょ! バカ! 吠えるな! 噛むな! オイ!」 「コラッ! ユージロー!」 「わう……?」 「あ! この声は――」 「お嬢ちゃんになんてことをしやがんだ!」 「ぶるるるる! わう! わうわうわう!」 「違う? なにが違うってぇんだよこのバカタレ!」 「ば――ば――」 「バカタレはアンタだ――――――ッ!!」 「へ?」 「わう?」 「なんでバッグ、間違うんだよ!」 「バッグ?」 「そう! あのエコバッグ、オレのだぞ!」 「同じガラのバッグ、間違えて持っていったんだよ!」 「え? あら? あららら?」 「がっはっはっはっはっは! 間違っちゃった?」 「すまん!」 「『すまん!』じゃねーだろ!  オマケにあのヤンキー女に手渡して――」 「ヤンキー女!? って、まさかあのキンカクジ!?」 「え? キンカクジってナニ?」 「あ、違うのか?」 「良くわかんないけど、師匠……沙紅羅って名前で」 「おお! 確かそんな名前だった気が……」 「とにかく! その沙紅羅にカバンが渡ったおかげで、オレは、オレは……うっ、う……うう……」 「え? おい、お嬢ちゃん? なんで泣く?」 「うっ! うるさい!  おまえにオレの苦労がわかってたまるかッ!!」 「いやいや、わかんねぇけどな。  お嬢ちゃんなんか勘違いしてねぇか?」 「オレ、バッグをアイツにあげた覚えなんてねぇぞ」 「へ? でも、同じエコバッグを――」 「だから、大量生産したんだよ」 「でも、売り出すのってゆるキャラバン終わってから――」 「お嬢ちゃんがこぼした饅頭の箱、あっただろ?」 「アレが濡れて使い物にならなくなったから、代わりにあのエコバッグを提供したって寸法よ」 「ま、大量に余ってたからな。  少しくらいフライングしても文句は言わせねぇよ」 「そ、それじゃあの、師匠が持ってたエコバッグは――」 「きっと、アキバスポットで饅頭買ったんだろうな」 (確かに……師匠も饅頭がどうのこうの言ってた……) (ってことはオレ……  ただの饅頭のために……あんな苦しい思いを?) 「うっ、ううっ、うううううう…………」 「あー、ホラよしよし。泣くな、泣くなって」 「撫でるな! 気色悪い!」 「で、間違って持っていったバッグはどこにある!?」 「地震で忙しくなると思ったから、一度エコバッグごと、アキバスポットに返した――」 「よっしゃ! アキバスポットだな!」 「ちょっと待った!」 「お嬢ちゃん、オレ、アンタに返す物――」  遠くから平次が呼びかけるが、気にしている余裕はない。 (早くバッグを――中味のブルマーを取り戻さなきゃ!) (あぁ!? こんな時に電話!?) (相手してる暇なんて――) 「ゲ! 鈴姉!」  千秋は携帯のデジタル時計を見る。  時刻は――「19:34」。  スーパーノヴァの開店時間を過ぎていた。 (やべッ! なんて言い訳しよう!?) (いっそ、気付かなかったことにしてとらないか!?) 「例の写真、ばらまいちゃおっかな?」 (鈴姉ならやりかねない! ってかやる!) (ここはなんとか言い繕わないと――) 「あ、鈴ね――」 『私、今、恵那に写メ送信直前なんだけど』 『約束、破る気かなっ?』 「ぎゃああああ! 待った! 待った!」 「ゴメン! もうちょっとだけ時間!  あと10分だけ! ちゃんと、遅刻しないように――」 「ちょっと待ったあッ!!」 「アンタ誰!?」 「ってか、なんで千秋のケータイもってるのよ!」 「ゲッ! 恵那――!?」 「もしかして――」 「これは事件!?」 「今だ!」 「って、なんで逃げるわけ?」 「ちょっと待ちなさい! 待ちなさいってば!」 「アンタ、千秋の何? なんか知ってるでしょ!」 「知らない! 全く、なんにも!」 「嘘つかないで! なんで同じケータイなのよ!」 「たまたま、同じ機種だっただけ――」 「嘘! そのストラップ、同じだもん!」 「え……?」 「これ! 見なさいよ!」  恵那が走りながら携帯電話を掲げる。  揺れているのは千秋と同じ、小さなタヌキのストラップ。 「千秋にもらったお揃いのタヌキ!」 「アイツ以外に、持ってる人なんて見たことないわ!」 「それ、絶対千秋のよ! 返して!!」 「し、し、知るかぁっ!!」  公園へと飛び込む直前―― 「――ここだッ!」  千秋は小さく身をかがめ、歩道橋にUターン。  歩道橋の真ん中で、地面に這いつくばる。 「はぁっ、はぁっ、はぁ……どこ?」 「いない……?」 「ってか、なんなのあの逃げ足の速さ!」 「それになんで、私の名前まで知ってるわけ?」 「千秋に――いったい、何があったのよ」 「――父さんから?  なんでこんなときに!?」 「って、あ――あ――ッ!」 (ショック受けてる……?) (な、なんだかわかんないけどナイスタイミング!) (今のうち、逃げだそう……!) 「はぁ……危なかった……」 (ったく、このストラップがついてるせいで) (いっそコイツ、取って――) (…………) (……やめよ) (携帯持ったら、このストラップだけは外さないって、約束しちゃったし) (約束は、約束だもんな) (色々あったけど、ようやく着いた) (あとは、バッグを取り返すだけ――) 「おおおおおおおおお!!」 「え?」 「こ、こここここコレはッ!!」  突然、テントの向こう側から叫び声がする。  覗く。  そこには。  バッグの中味を見つめた、村崎勇の姿が。 「こ、こ、ここここ――」 「このブル、ブルブルブル――」 「見るなああああああ!!」 「見ないで! 見ちゃダメ! 見るなって!」 「っていうか返して! 返せ! 返せよう!」 「んんっ? あはあん……チミは……」 「さっき、ボクの店に大層なことをしてくれましたね」 「え? あ、あは……」 「そういえば、そんなことも」 「コレ、チミのものですか?」 「あ……は、はいそうです! そうなんです!」 「だから……あの、それがないと困るんです!」 「返してもらえませんか!?」 「ふぅぅぅ……ん」 「だ……ダメ、ですか?」 「いいでしょう」 「ありがとうございます!」 「ただ――――し!」 「この店に、あれだけの損害を出してくれたんです」 「ただで返すわけには、いきませんよォ」 「え、ただでって――」 「あー、もしもし?」 「あ、ジャブルさん?  スタジオ、夜の撮影まで、まだ時間ありましたよね?」 「8時から? ええと……はい、間に合わせます!  ちょっと、鍵を貸して欲しいんですけど……」 「はい、はい、はい。  いや、予定があるのはわかります!」 「ちゃんと次には迷惑かけないように、終わりますんで!  ええ!」 「はい、はい、はいはい、失礼します……  はい、失礼します……」 「ふぅ……あのインド人!  最近調子良いからってチョーシに乗って!」 「なにがインターネットだ!  なにがアイテー戦略だ!」 「元数学の天才が何だっていうんですか!  今じゃただの河原屋組の使いっ走りでしょう!?」 「バックに双一親分がいなきゃ、あいつらなんて――」 「ええと、あの――」 「おおっと、ゴメンナサイねえ!  つい夢中になっちゃって!」 「すいません、鍵とか撮影とか言ってるけど、まさか――」 「まさか……?」 「まさか、なにが起こるんでしょうねぇ……  ぐふ、ぐふふふふふ……」 (な、なんかすごく嫌な予感が……)  恵那はミヅハの手を引き、半田明神へと向かう。 (好きだったら、信じるのが普通――か。  なんか勢いで言っちゃったけど) (私、千秋を信じられるのかな……?) (…………) (ん? アレ? 待てよ……それっておかしくない?) (千秋が信じられるかどうかって、それ――) (なに私? 千秋が好きとか!) (そんなわけないじゃない!) (というか、別に好きじゃないから、疑ったりする――) 「でりゃあああああああああああああああ!!」 「え?」 「ななななななな何ッ!?」 「ど、どうやって外に――」 「イっタダキぃッ!!」 「きゃぅっ!」 「ミヅハちゃん!」 「ハッハー見たか!  ブーの大発明、ロケボー!」 「悪いがこいつはもらって――」 「ばく……はつ?」  スケボーで坂を駈け上がったみそは、ミヅハを奪い取るやいなや、コンクリート壁に激突した。 「ちょ――ミヅハちゃん、大丈夫!?」 「だ……大丈夫じゃ」 「みそに、守ってもらった」 「よ、よかった……」 「でもそのリーゼント、いったい何なのよ  もしかして、バカ……!?」 「だれが馬鹿だアアアアアアアッッ!!」 「復活! イタリアの種馬のように復活!!」 「はっはっはっはっはっは!」 「……無傷? でも爆発したのよ!!」 「郡山じゃ『頑丈のみそ』って通り名だ!  この程度の爆発に負けてたまるか!」 「……いやいや」 「ってことで、ミヅハは取り返させてもらう!」 「ちょっと待った! 勝手に連れてくなんて――」 「オレたちの勝手じゃねぇよ」 「ミヅハが、望んでるんだ」 「な?」 「嘘! 嘘よね、ミヅハちゃん!」 「…………」 「のう、みそよ。  なぜわざわざ、わらわを助けに――」 「ヘッ! 決まってんじゃねーか!」 「一緒にメシ食っただろ?  だったらオレたちゃ、友達なんだよ!」 「友達……!」 「ほらミヅハ、遠慮することはねぇ」 「世の中が間違ってるなら、決まりなんて破っちまえ!  むしろ自分の想いに嘘をつくことを恥じろ」 「自分の信念を貫くのが、侠ってもんだ!!」 「いやいや、オトコとかにしなくても――」 「恵那よ、すまぬ」 「わらわは……星の言葉が、本当かわからぬ。  真実を選び取る、自信がないのじゃ」 「だからもう少し……この世界を見てみたい」 「色々なことを知り、色々なことを感じ、そこから、自分が信じるに足る物事を選び取りたい」 「ミヅハちゃん――」 「おうよ、よく言ったミヅハ!  そいつがおまえの、本当の気持ちだ」 「うむ!」 「すまぬが恵那よ!  もし星に会ったら、心配は要らぬと告げてくれ」 「そんな――」 「では、さらばじゃ!」 「さらばじゃ!」 「…………はぁ」 (あんな笑顔見せられたら、追いかけらんないでしょ) (まあ、ホントに危害を加えるつもりはないみたいだし) (それにもしかして、ミヅハちゃんの正体は……) (うん。とりあえずあっちは放っておいて銃を――) 「ん?」 「あれ?」 「……ない?」 「なんで!!?」 「うー……ええと……!  落ち着き……落ち着きなさい、富士見恵那!」 「最後にカバンを持ってたのは……公園から……ベアカステラで……男坂に来て……」 「あ!」 「バカがスケボーで爆発して、その時落とした?」  恵那は階段を振り返る―― 「あ」  今まさにエコバッグに手をかけているブーと目が合う。 「さらばじゃ!」 「ちょ! 待ちなさい!」 「大丈夫! 何も盗らないから!」 「いやいや! 盗ってるでしょ!」 「違う違う! ミヅハちゃんの下着を返して貰うだけ!」 「いやいや! それはそれで危険だし!」 (ってか、あの銃を持ち逃げされちゃったら……!) (マズい! マズすぎる――ッ!!) 「待て! 待てってば!」 「はぁっ……はぁっ……ぜぇ……ぜぇ……」  体重の差か、ブーの歩みが徐々に遅くなる。 (もう少し――もう少しで、追いつく――) (って、こんな時に信号赤!?) (ああもう! こうなったら信号無視して――) 「ゲ! 鈴姉!」 「――――え!?」 (今、鈴姉を呼ぶ声が――) (って、そんなことしてる場合じゃない!) (早くアイツを追いかけないと――) 「ぎゃああああ! 待った! 待った!」 「ゴメン! もうちょっとだけ時間!  あと10分だけ――」 「ちょっと待ったあッ!!」 「アンタ誰!?」 「ってか、なんで千秋のケータイもってるのよ!」 「ゲッ! 恵那――!?」 「もしかして――」 「これは事件!?」 「今だ!」 「って、なんで逃げるわけ?」 「ちょっと待ちなさい! 待ちなさいってば!」 「アンタ、千秋の何? なんか知ってるでしょ!」 「知らない! 全く、なんにも!」 「嘘つかないで! なんで同じケータイなのよ!」 「たまたま、同じ機種だっただけ――」 「嘘! そのストラップ、同じだもん!」 「え……?」 「これ! 見なさいよ!」  恵那が走りながら携帯電話を掲げる。  揺れているのは千秋と同じ、小さなタヌキのストラップ。 「千秋にもらったお揃いのタヌキ!」 「あいつ以外に、持ってる人なんて見たことないわ!」 「それ、絶対千秋のよ! 返して!!」 「し、し、知るかぁっ!!」 (ふざけないで!) (絶対、絶対返して貰うんだから!) (このストラップ、千秋からのプレゼントだもん!) (お揃いの……プレゼントなんだもん!) (絶対……絶対、取り返さなきゃ、駄目なのッッ!!) 「はぁっ、はぁっ、はぁ……どこ?」 「いない……?」 「ってか、なんなのあの逃げ足の早さ!」 「それになんで、私の名前まで知ってるわけ?」 「千秋に――いったい、何があったのよ?」 「――父さんから? なんでこんなときに!?」 「って、あ――あ――ッ!」 (私……何やってるのよ!?) (あの変な女に気をとられて、銃を見逃した……) (ああ……酷い……最悪だ……) 「…………」 「……わかったわよ」 (ホントに、情けないけど……) (でも、拳銃が悪用されるよりはマシ!) 「もしもし父さん」 『おい恵那! 無事か?』 「え? 無事だけど――」 『本当に無事か? 無事なんだな!』 「あ、当たり前でしょ!」 『そうか……よかった……』 「……何か、あったの?」 『……いや、実はな。  星さんから連絡があって、アザナエルが――』 「アザナエル……」 (やっぱりあの銃の名前、アザナエルって言うんだ) (父さんにも、連絡が行った……?  ってことは、消えたのがバレたのか……) 『恵那、おまえ……古井戸には近づいてねぇだろうな』 (古井戸……ちょっと待って!) (そもそもなんで、父さんがアザナエルのことを?) (もしかして……何か知ってる?) 『おい、恵那? 聞いてるのか?』 「あ、うん! ちょっと電波弱いみたい!」 「あのさ、父さん! 古井戸って、何?」 『あ……いや、うん。なんでもねぇ』 「なんでもないって、何が?」 『別に、知らなきゃ知らないでいいんだよ!』 『おまえは変なところ嗅ぎ回ったりしねぇで、家で大人しく年越し蕎麦つくっとけ!』 「――――ッ!!」 「…………」 「絶対、助けなんて求めない」 「私の力で、事件を解決してやるッ!!」 (――とはいうものの、手がかりゼロか) (ってか、問題は山積みよ。  落ち着いて、ひとつずつ考えましょ) (まず、アザナエルは取り返さなきゃならない) (次に、あの謎の女が何故千秋のケータイを持ってるのか、突き止める必要がある) (どう考えても、アザナエルの方が大事よ、  まずはそっちを調べなきゃ!) (リーゼントとアフロ、仲間よね?  ふたりが行く場所がわかれば――) (ミヅハちゃんも一緒だから、半田明神?  ……ううん、むしろそっちには寄りつきもしないはず) (でも、それじゃどこに?  あんなカッコの人、秋葉原じゃ見たことないし……) (でも……どこかに、手がかりがあったはず……) (なんかこう……私の頭に、引っかかることが……) 「………………」 「………………っ」 「………………ううううっ!!」 「ああっ! 駄目だ! 集中できない!」 「何!? なんでこんなにイライラするわけ!?」 「ああ、もう!!」  恵那は苛立たしげに携帯電話を取り出す。  千秋にコールするが、いくら待っても反応はない。 (――そりゃそうか) (となると……スーパーノヴァね) 「鈴姉なら、千秋のこと何か知ってるはず――!」 「ふふふふふ……」 「帰ってきたぜ! あにのあな!」 「うおおおおおお!!」 「それはオレの本だあああ!!」 「URYYYYYY!!」 「殺してでも奪い取る!!」 「相変わらず――戦場だな」 「だがしかし! アタシは行かなきゃなんねー」 「犠牲になった、弟子のためにもな……」 「あ! みつけたー!」 「沙紅羅姐さんッ!」 「そうか、アレがおぬしたちの頭領じゃな!」 「ま、待ってください!」 「聞こえてますか、沙紅羅姐さーん!」 (弟子よ! 許せ!) (虎は子供を谷に突き落とす!  虎穴から這い上がって、強くなるためなんだ……) (それに今回は、人の命がかかってる――) (ここで、どーじんしを諦めるわけにはいかねーんだ!) (おまえの死は――無駄にしない!) 「いざ! 戦場へ!」 「うおおおおお!!」 「突撃ぃぃ!!」 「ちぇすと――ッ!!」 「天誅ッ!!」 「合戦!?」 (な……なんて所だ……) (本当に、こんな所を最上階まで行けるのか……?) 「邪魔だあっ!」 「ぐはっ!」 (ちっ! なかなかやるじゃねーか!) (怯むわけには、いかねーな!) 「うおおおおおおおおおおお!!」 「ブチカマシたらあああああッ!!」 「ふんっ!」 「のわっ!」 「そいやっ!」 「うぎゃっ!」 「どけッ!」 「むにゃむ……ごふっ!」 「てや――」 「クロスカウンター!」 「ぐはあっ!!」  暗闇の中、沙紅羅は強烈な一撃を喰らい膝をつく。 (このアタシが……負けただと?) (くそっ! 荷物を捨てて身軽に――) (いや、駄目だ!  弟子が言うには、コイツは貴重な品!) (一応、どっかに置いてこなきゃ――) 「ミヅハをしらない」 「どうやってさがす?」 「こたえはかんたん」 「これをつかう」 「ミヅハ」 「でてきなさい」  ノーコは呟きと共に、傍らの店の窓ガラスに、カッターナイフの刃を立てた。 「う……」 「ちょっと、きつい」 「でも――」 「そのくらいはたえる」 「にとりにけいべつされるよりいい」 「ミヅハ」 「はやくでてきて」 「う――だんだんきもちわるく――」 「うきゃあああああ!!」 「ど、どうしたミヅハちゃん!?」 「だだだ、誰じゃ!  この不愉快な音を止めるのじゃ!」 「不愉快な音?  そんなの、どっからも聞こえねぇ――」 「ううう……なんか、オレも気持ち悪い……」 「え、みそも!?」 「うぎゃあああ! 耳が! 頭が気持ち悪いいい!」 「いた」 「ん……」 「き、貴様じゃな! はた迷惑な音を立ておって!」 「ミヅハちゃん! 熱でもあるのか!?  おおおおお、オデが! おでことおでこで熱を――」 「ふんっ!」 「ふがッ!」 「わりぃな兄弟。だが犯罪を見逃すわけには……」 「はれ……?  おぬしら、こやつの姿が見えぬのか?」 「や……やっぱり、なにかいるのか!?」 「おぬしは比較的、霊感が強そうじゃからのう……」 「ひ、だ、だめだ!」 「やっぱり……なんか、いるんだな?」 「ブー。おいブー!」 「ん……むにゃむにゃ……」 「だめだ……先っぽしか……入らないんだブー……」 「寝ぼけるな! ブー! 頼む!」 「発明で! 倒せ! ゴーストをバスターだ!」 「お……おれの股間が……バスターズ……」 「だめだあ!」 「……まあおちつけ。  そやつも悪さをするつもりはなさそうだ」 「ほ、ホントか!?  なんかオレ、前にもこの悪寒感じたことあるような……」 「おぬしら、沙紅羅とやらを追いかけるのだろう?」 「こちらはわらわに任せて、おぬしらは先に行け!」 「お、おお! そうだったな!  うんそうしようそうしよう!」 「荷物とブーを頼む!」 「うむ……なかなか重いのう……」 「ま……待ってくれ……みそ……」 「オレと……おまえは……いつでも一緒……  ふたりは……なかよし……むにゃむにゃむにゃ……」 「ブー……ブーよッ! すまねぇッ!  おまえを置いていこうとしたオレを殴れ!」 「ちっちゃなあんよが……そんなトコ踏んだら……」 「殴れねぇだと!? ふざけんな!  てめぇがオレを殴るまで、絶対に離さねぇッ!!」 「行くぞブー!」 「おうよ……みそ……むにゃむにゃ……」 「へん」 「まったくじゃ」 「まあしかし、アレはアレで愛しく思えるものでな」 「……わからない」 「して、おぬしは何者じゃ?  何の用があって、あのような非道な真似を――」 「みこがさがしてた」 「巫女……星か!?」 「かえってこいって」 「断る」 「ちからづくでも――」 「そ、それで切りつける気か?  痛いぞ! 刺されると痛い!」 「そのような野蛮な真似はやめるのじゃ!」 「ならばいっしょに――」 「いやじゃ!」 「わがままは、ゆるさな――」 「ノーコちゃん、私と約束してくれませんか?」 「気に食わないからって、ひとを傷つけたりしない」 「――――」 「…………?」 「おぬし、どうした――」 (中が暗い……?) (さっきの地震で停電でもしたのか?  客商売なんだから、ちゃんとしろよな) 「うおおおおおお!!」 「それはオレの本だあああ!!」 「URYYYYYY!!」 「殺してでも奪い取る!!」 (なんか禍々しいけど……) (在庫を現金に換えないと……ああ、クソ!  なんでオレがこんな目に) 「うおおおおお!!」 「突撃ぃぃ!!」 「ちぇすと――ッ!!」 「天誅ッ!!」 「合戦!?」 (停電のせいか……?  っつーか、騒ぐなよ) (店の中で騒がないとか、マナーだろ? 常識だろ?) 「邪魔だあっ!」 「ぐはっ!」 (い、い……痛ぇじゃねぇか……) (懐中電灯持ってるからって調子に乗って!) (ああああ、もう! 腹立つ!!) 「地元住民を、舐めんなあッ!!」 「どけッ!」 「ぎゃふんっ!」 「邪魔なんだよッ!」 「ぬふぅっ!」 (1年365日――) (雨の日も、風の日も、雪の日も――  オレは、あにのあなに通い続けた!) (各階のアルバイトの顔も、既にバッチリ覚えてる!) (そんなオレが――  最上階の買取カウンターまで辿り着くくらい――) (目をつむってでも、できるんだよッ!) 「ん――?」 「人垣が……なくなってる?」 「どーだ? わかったか?」 「このフロアは、アタシの《シマ》〈領地〉だッ!」 「福島最強! 月下に誇る狂い咲き!」 「暴走集団百野殺駆《ヘッド》〈頭〉・月夜乃沙紅羅」 「夜露死苦ぅッ!!」 「おい、そこ……」 「んぁ?」 「ナンダァ? アタシがいい気分に浸ってるのに――」 「そこ、邪魔だ」 「なんだと?」 「邪魔だから退けって言ってんだ」 「……いい根性してるじゃねーか」 「だが、勝手に通すワケには――」 「いいから退けよおっ!!」 「ぐわっ! ちょ!」 「こっちは、こっちはな!」 「オレの命がかかってるんだあああッ!」 「うっせー! 知るかあッ!」 「んがッ!」 「こっちだってなぁ!」 「血を分けた、弟の命がかかってんだよ!」 「どわっは!」 「イデデデデ……」 (ってか、何? バールのようなもの!?) (コイツ何者だ? 本気でオレを殺す気か?) 「おいてめー!  どーじんしってのは、どこで売ってる?」 「…………」 「どこで売ってっかって訊いてんだよ!」 「4階から……7階だ」 「いよっしゃ!」 (なんだよ、今のバカ女……? あー、腹立つ!  ってか、普通いきなり人殴るか?) (ああいう自己中のバカがいるから、周りが迷惑すんだ。  きっと、周りに嫌われてんだぜ) (ああ、アレ? いわゆるひとつのDQNってヤツ?  きっと、パチンコ屋で子供置き去りにしたりすんだぜ) (まったく、人間のくずだな……) 「ん……んしょっ、くぅぅ……」 「あー、痛ぇ……  あいつ、本気で殴りやがって……」 「損害賠償求めるぞ、マジで」 「おいコラ」 「いでッ!」 「姐さんどこ行ったか、しらねーか?」 「知るかよ!」 「なぁ、思い出してくれよォ」 「木刀持った、カッコいいお姉様なんだぜ」 「木刀?  もしかして、バールのようなものじゃなくて……」 「知ってんのか!?」 「さっき、オレをぶん殴って上の階に」 「よし、行くぞブー」 「ああ……」 (あれ? このやりとり、どっかで聞いたような……) 「おい? どうしたブー」 「いや、ちょっとひっかかることが……」 「あ――!」「あ――!」 「ぬあああああ!」 「やべっ!」 「にげんな!」 「待ちやがれ!」 (クソッ! なんでよりによって、こんなところで!)  暗闇の中、似鳥は冷や汗を掻きながら階段を上る。 「てめーのせいで、散々だったんだぜ!」 「そうだそうだ!」 「あの双六とか言うバカにボコボコにぶん殴られてよ!」 「そうだそうだ!」 「オマケに、突然幼女を誘拐しろとか言われるしよ!」 「そうだそうだ!」 「それはちょっと興奮したけどよ!」 「それはまずいぞ!」 「とにかく、それもコレも、みんなてめーのせいだ」 「そうだそうだ!」 「……で、アイツは誰だっけ?」 「ズコー!」 「なんだよ! 憶えてねーのかみそ!」 「アホか! オレが憶えてると思うか?」 「思わねぇ!」 「正解!」 (よし! 今のうち……)  似鳥はここぞとばかり、必死に階段を駆け上がった。  途中の階には目もくれず、最上階に。 「はぁっ、はぁっ……着いた……!」 「あ、あの! すいません!」 「はい、いらっしゃいませ」 「あの、同人誌の買い切りをお願いしたいんですけど!」 「ええと、基本的に買い切りはこちらからご提案させていただくことになってるんですけれども……」 「これまで弊社で商品を取り扱わせていただいたことは?」 「それは……ないです」 「でしたら、最初は委託という形で」 「そちらで評判がよろしいようでしたら、こちらから買い切りのご相談をさせていただく形式になります」 (そんなんじゃ、間に合わない!) (今日中に現金がないと、オレは家を追い出されて――) (腎臓を売られたり、カニ漁につれてかれたり――) (それは、絶対に嫌だ!) 「2birdって知らないんですか!?」 「ほら、半年前によつばちゃんねるで有名になった――  《ピクシー》〈PIXI〉でも知る人ぞ知る!」 「だからチャンスなんですよ!」 「最新刊! 『NO CONTROL』の11!  コレを逃すと機会なんてないんです!」 「いや、でもこちらにも色々規則がありまして……」 「バカ言わないでください!  そういうのって損なんですよ!」 「わかります? 聞いてます?  黙ってないで、なんか話してく――」 「ちょっと待ったあああああ!!」 「え?」 「おまえ、ツーバードのどーじんしつったな?」 「あ、その声――」 (さっきオレをぶん殴った、あの木刀女だ!) 「頼む! ツーバードのどーじんし! 売ってくれ!」 「へえ、探してたのか……売って欲しい?」 「売って欲しい! 頼む! この通り!」 (買い手がついた……!) (でも……待てよ。  1冊売れただけじゃ、なにも解決しねーだろ) (コイツには恨みもあるし、絞れるだけ絞らねーと……) 「どうしても、売って欲しい?」 「どうしても、売って欲しい!」 「いくら出す?」 「いくらって……?」 「ただで貰える思ってるわけじゃねーだろ?」 「うぐ、うぐぐぐぐぐぐ……」 「しかもこの本は、市場では流通してない激レアモンだ」 「ぐぐぐ、ぐぐぐぐぐぐ……」 「どーしても欲しいっつーんなら……」 「ふんぐ、ふぐぐぐぐぐ……」 「あんたの覚悟、見せてもらおうじゃねーの!」 「うがががががががががああああッ!!」 (困ってる困ってる! ザマァ!  因果応報ってやつだっつーの) (その悔しい顔、見れないのが残念だな) 「あと2分!」 「2分だけ、待っててくれ!」 「え? え、おいちょっと――」 (逃げられた……?  クソ、あんまり強気で迫りすぎたか……) (いやいや、たかが一人、逃しただけだ!  オレの相手は――) 「店員さん! お願いします!」 「いや、だからまずは審査させてくださいって」 「審査したら買い取ってくれるんですか!?」 「何度も言いますが、ソレとコレとは話が別で……」 「コレが見本ですッ!」 「あ、ああ、ああ、はい。わかりました。  審査の上、後ほどご連絡を――」 「今日中でお願いします!」 「…………」 「あの……お客さん?」 「私たちもね、商売なんですよ。わかります?」 「だから、オレはおまえたちに儲けさせてやろうって――」 「目、覚ましなよ」 「アンタさ、自分の作ってるモノがホントに面白いと思ってる? そんなに売れる自信ある?」 「も、もちろん!」 「でも実際、売れてないんだよね?  そんな本、聞いたことないし」 「オレたちはアンタの本が商品にならないと判断した」 「自信とか関係ないの。売れているか、売れてないか。  わかる?」 「そんなの……売ってみねぇとわかんねーじゃねぇか!」 「確かに、売れるかもね」 「でも、売れないかもしれないね」 「だから、危ない橋は渡れない。買えない」 「わかる?」 「…………ち……畜生ッ!」 「願い下げだあッ!!」 「誰がこんな店に売ってやるもんかァ」 「良し! その本買ったッッ!!」  レジの奥から鍵を取り出した村崎。  彼に連れられて千秋が辿り着いたのは―― 「……スパコン館?」 「ここ、潰れて使われてないんじゃ――」 「ところが、そうでもないんですよォ」 「前の経営会社がこの建物を閉鎖した後、私の友人のインド人が管理を任されてまして」 「おおっぴらに店を開くわけにはいかないんですがね。  私的な遊技なんかには、使われているんですよォ」 「私的な……遊技?」 「さ、中へ。どうぞどうぞ」 「え、いやあの……」 「あらら? このバッグの中味、要らないんですかァ?」 「い……要ります!」 「陳列棚はそのまま……」 「障害物があったほうが、雰囲気も出ますからね」 「障害物?」 「なんでもね、モデルガンを撃ち合って、戦争ごっこをするらしいんですよォ」 「え……じゃあ、オレがサバゲーを?  でも、そんなのやったことないし……」 「ああ、心配しないで! そうじゃありません」 「あなたにやって欲しいことは、もっと別の……げへへ」 「さあ、地下へどうぞ」 「え? 学校!?」 「ってかアレ?  オレの教室、そっくり……」 「色々撮影もありますし。  リアリティを重視してますからねェ」 「撮影……?」 「秋葉原にはコスプレをする人が集まるでしょう?  写真を撮るためのスタジオも、結構需要がありまして」 「でも、こんな所知らなかった……」 「クローズドでやってるんですよォ。  普通の人は知らない、秘密の場・所」 「あ……あはははは……」 「つまり……写真を撮れば、ブルマーを返してもらえる?」 「写真も、撮りますねえ」 「それだけじゃ、ダメ……ですか?」 「むはっ!」 「い、いい、いい! いい! すごくいい!」 「そそられちゃいますね! もよおしちゃいますね!  先っぽから、ちょっと、漏れちゃいますね!」 「な……なんのこと――」 「どうにもこうにも! なんでここがクローズドなのかおわかり? ですか? ですね? ですよねェ!」 「なんか、人が変わって――」 「大丈夫! こわくないですよォ。ワタシ紳士。  触ったり、弄ったり、こねくり回したりはしない」 「ただねー、こちらも商売ですんでねー。  ブルマーブルマーが欲しいなら、物々交換で」 「ぶつぶつ?」 「私の、この、ブルマーと――」 「あなたの、はいている、パンツ」 「ト・レ――――――――ドッ!!」 「……いかがです?」 「え……」 「あ、ちなみにね。ここに連れてきたのはね。  いかがわしいことをするわけではなくてね」 「あなたがそのパンツをはいている、証・明・写・真を!」 「だッ、誰が写真なんか撮れるか!」 「帰る!」 「あららー? ブルマー、要らないんですか?」 「ぐ……」 「いや……その、欲しい。  欲しいけど、でも……」 「顔、隠します?」 「可愛いお顔隠れちゃうのは残念ですけどォ。  どうしてもというなら、隠しましょう。手とかで」 「…………」 「いやなら、いいんですよォ」 「私はこのブルマーを持って、その筋の店に……」 「ぅ…………ぅぅ、ぅぅぅ……!!」 「んー、いいですね、いいですねェ!」 「足もほっそりとしてて、んんー、かわいいですねェ」 「自分の娘がこんなんだったら、もう、大変ですねェ」 「余計なこと言わないで、さっさと撮って――」 「んんー、そんな泣きそうな顔しないでくださいィ」 「まるで私がいじめてるみたいじゃないですかァ」 「でもねェ、そういう顔もいいんですよォ!  そそりますよォ」 「そそるって……なにがだよぉ……」 「それじゃねェ、スカートをたくしあげて!」 「や……やっぱり、やるのか?」 「やるんです」 「……どうしても?」 「ブルマー、要らないんですかァ?」 「わかったよ! もぅ……」 「い、行くぞ!」 「ストップ!」 「え?」 「一気にあげちゃダメですよォ!」 「そっと、そっと、ゆっくり……ね?」 「ぅぅ……帰りたいよぉ」 「うひゃっ! 縞ぱん!」 「さすが! わかってますねェ!  需要と供給ですねェ!」 「んーいいですねェ! 絶景ですねェ!」 「ナイス尻たぶ!」 「尻たぶってなんだよォ!」 「ああ、いいですいいですよー!」 「まだ未発達で、男の子みたいなおしり!」 「それにこの、股の間から覗くもっこりした……」 「もっこりとした……」 「もっこり!?」 「ちょ! な! なに!?」 「男!?」 「そ、そうだよ!」 「あちゃー……」 「私を、騙したんですね……」 「オレがいつ、自分の事を女だって言った!?」 「そっちが勝手に勘違いしたんだろ!?」 「ぐ……それを言われると、確かに……」 「約束は約束だからな!  ブルマーは返してもらうぞ!」 「む……むむむむ……」 「……わかりました。私も商売人です。  二言はありません」 「撮影も、このくらいでいいでしょう」 「本当か!?」 「ただし!」 「ちゃんとパンツはいただきますよ!」 「わ……わかったよ」 「脱ぐから、あっち向いてろ!」 「あー、はいはい。  男が脱ぐところ見たって、なにも面白くないですしね」 「けどこれ、ホントに売れますかね?」 「知るか! ほらよ!」 「あ、どうも」  脱ぎ捨てたパンツを、村崎が摘む。 「写真確認してきますんで、ちょっと待っててください」 「さっさとしろよな!」 (ったく……) (なにが悲しくて男に写真撮られなきゃなんねーんだ!) (でも……ホントに顔、写ってないよな?) (もし写ってたら……その写真とパンツで……) (…………だめだ。考えるのはよそう) (とにかくコレで、ブルマーは返ってくる!) 「は――」 「はくちゅん!」 (うう……スカート、寒い) (ってか、オレノーパンだし!) (どうせならパンツ持ってきてって頼めばよかったな) (…………) (しかし……) (遅くねーか?) (ってか、写真の確認? デジカメだろ?) (なにを確認すんだ?) (もしかして――) 「あの……」 「村崎……さん?」 「どこ行ったんですか?」 「村崎さん――?」 「お――おい、村崎のおっさん!」 「どこ行ったんだ!?」 「もしかして――」 「お、オレを騙したのかッ!?」  千秋は大声で呼びかける。  だが、無人のビルに叫び声がこだまするだけ。 「ふ、ふ――」 「ふざけんなあああああああああああああッ!!」 (クソッ! 今すぐ追いかけて――) 「……ってオレノーパンだし!」 (どうする!? オレノーパンで走る?) (いやでもさすがにこのスカートまずいだろ!) (風が吹いたら見えるだろ! 捕まるだろ!) (ええと……どうするどうする!?) (このままじゃパンツはもちろん、恵那のブルマーまで売られて……) (そしたらもう、取り返しが……) (出るか!?) (出なきゃ!) (出よう!) (出る!) (出たい!) (出たいけど――) 「うう……」 「やっぱり、無理……」 (ノーパンで、出て行くなんて……) (下着がないと、やっぱり……) (…………) (うう! 背に腹は代えられない!) (ここは電話で――) (……ダメだ) (7時半、とっくに過ぎてる。鈴姉は呼べない) (あと、頼りになりそうなのは……) 「やっぱり……アイツだけか……」 『……もしもし』 「…………」 『もしもし……?』 「…………」 (だ……ダメだ! やっぱりバレるって!) (このまま電話切って――) 『あの……アッキーちゃん、だよね?』 「え……? あ、うん」 『さっきは……ゴメンね。  鈴姉から、みんな聞いたよ』 『親戚の子が来てるなんて、想像もしてなかったし』 (親戚の子……?) (あ……もしかして、鈴姉がそう説明したのか!?) 『それにさ、声が、千秋そっくりじゃない?』 『って、言ってもわかんないか。  自分の声って、自分じゃわかりづらいしね』 「あ……ああ、うん」 『…………』 「…………」 『だから、その……』 『さっきは、あなたを疑っちゃって、ごめんなさい!』 「あ、いや、そんな謝らなくても――」 『私がもっと、千秋を信じてあげられたらよかったの』 (な、なんだかわかんねーけど、恵那がいつもと違うぞ) (負い目があるみたいな感じだし) (もしかしたら、案外楽にいける!?) 『あの、それでね!』 『ほら、携帯なくしたり、家で千秋とふたりっきりだったりで、大変でしょ?』 『だから、私にできることがあったらいつでも――』 「お願い! 一生の、お願い!」 「スパコン館、わかるよな!」 『スパコン館ってあの……  潰れちゃった、スーパーコンピューター館?』 「そう、そこ!  裏口が開いてるんだ! それで――」 「地下1階のスタジオに、持ってきて欲しいんだ」 『持ってくるって……何を?』 「…………」 『え? 何? 聞こえない!』 「だから……下着……だよ」 「パンツ、持ってきて欲しいんだ!」 『パンツ?』 『なんで?』 「悪いけど、急ぐんだ!  理由は聞くな!」 「お願い……できるか?」 『もちろん!』 『わかった! スパコン館ね! すぐ行くから!』 「ふぅ……」 (なんだか知らないけど……助かった……) (でも、なんであんなに申し訳なさそうだったんだ?) (なんかこう……気持ちわりーな) (なにか、あったのか?) 「…………うーん、わかんね」 (考えたってしょーもないし、とにかく待ってよ) (でも……大丈夫かな……) (直接話したら、オレの正体がばれたりとか――) (いや――! 疑心暗鬼になるな! 千秋!) (大丈夫! オレならできる!) (できるはず!) (できる……よな?) (…………ええと、設定を確認しよう) (オレはアッキー。千秋の親戚) (生まれついての女の子) (趣味は……なんだろ? 料理? ピアノ?) (読書もソレっぽくていいな) (愛読書はアレだ。赤毛のアンで――) (……いや待て。あんまりベタすぎてもアレだぞ) (こう、女の子らしさの中に、ひとつまみの意外性を紛れ込ませることで、リアリティーを……) 「よし……決まった!」 「オレはアッキー。千秋の親戚」 「趣味は読書。愛読書は赤毛のアン」 「女の子女の子したお嬢様!」 「けど、父親はヤクザ」 「広島で破門され、今も鉄砲玉に怯えて暮らしている」 「オレのおしとやかな性格は、その反動」 「でも、流れる血は父に似て熱く、強きを挫き弱きを助く」 「そのため興奮すると、ちょっと広島弁が混じったり――」 「ふむふむ、それからそれから……」 「うひゃああッ!!」 「え? アッキーちゃんッ!!?」  突然の大きな音に、千秋は思わず飛び上がる。  扉を開けて飛び込んできたのは―― 「鈴姉! 聞きたいことが――」 「え……?」 「あ、恵那ちん。どうしたの?」 「店……色々壊れてる……  今日これから、ライブでしょ?」 「あ! まさか、地震のせいで?」 「まあね」 「あの……ええと……」 「ごめんなさい」 「ちょっと、なんで恵那ちんが謝るの?」 「大丈夫よ。  壊れた機材はさっき、村崎さんに届けてもらったし」 「村崎さん、もう電機は扱ってないんじゃ――」 「ジャガンナート商会のジャブルさんに配達を頼まれたんだって。対応早くて助かっちゃった」 「さすが、天才商人ジャブルさんって感じだよねっ!」 「コレも全部、フウリちゃんのおかげ……  ちゃんと、仲直りしないとね……」 「でも鈴姉、アレは……?」  恵那の指さす先には、割れた防音ガラスがあった。 「正直、困っちゃったのよね」 「大晦日のこの時間で、お店はほとんど閉まっちゃって」 「唯一連絡がついたお店にも、材料はあるけど人手がないから、今夜中は無理だって」 「……そうなんだ」 「でも! アタシは諦めない!」 「なんとかガラスを張り直して、今日のライブを成功させてみせるよっ!」 「――ということで、恵那ちんヒマ?」 「なんで?」 「実はね、千あ――じゃなくて、アッキーちゃんって新人君が、約束の時間に来なくてね」 「でももう、お店は開く時間でしょ?  恵那ちんにウェイトレスを――」 「お断りします――  ってか、そのために来たんじゃない!」 「鈴姉! 6時くらいに、千秋と一緒にいたでしょ?」 「え? なんで?  ライブ前だし、普通に店にいたけど」 「でも、携帯電話の後ろから、声聞こえてきたもん!」 「気のせいじゃない?  なんならアリバイ、他のバイトに聞いてみる?」 「じゃあ、千秋がこのお店に――」 「それも、聞いてみたら? 誰も見てないと思うけど」 「ぐ……」 (鈴姉、絶対嘘ついてるわ) (でも……ここは鈴姉のホーム。  まともに訊いても上手くいくわけないし……) (こうなったら――) 「鈴姉、電話貸して」 「え? なんで?」 「携帯の電池切れたの。だから貸して。駄目?」 「あの、アタシも電池切れちゃってて――」 「へえ」  恵那は無言で携帯電話を取りだし、コール。 「え? ちょっと、なにやって――」 「あ」  鈴のポケットで、携帯電話が鳴った。 「電池切れてないよね?」 「ちょ、ちょっと! どうしてそんな意地悪――」 「なんで嘘ついたの?」 「私に、携帯の着信履歴、見られたくなかったから?」 「そういうわけじゃないけど――」 「私、街で、千秋の携帯見つけたの。  ストラップが同じだから、間違いないわ」 「私の知らない女の子が、鈴姉と電話してた」 「……見てたんだ」 「鈴姉、あの女の子、誰?」 「どうして千秋の携帯を持ってるの?」 「千秋は、いったいどこに行っちゃったの?」 「え、ええと……それは……」 「いらっしゃいませー!」 「こら鈴姉! 誤魔化さない――で?」 「??」 「あ――――!」 「みつけたッ!」 「え? な、なんだよ!」 「さっき、どうして逃げたの?」 「逃げた? お、オレが?」 「た、他人のそら似だろ? 全然記憶ないし」 「嘘! ってか、そもそもアンタは誰――」 「はあい、恵那ちん。そこまで!」 「アッキーちゃん、来るの遅いぞー!」 「あ……はい。遅れてすいません」 「今日はその分、たっぷり働いてもらうからね」 「頑張ります!」 「あら? ネームプレートは?」 「あ……あれ?  もしかしたら忘れちゃったかも――」 「あらら。控え室の予備、取ってきなさい」 「は……はい」 「――ってことで、おわかり?」 「何が何だか、さっぱりわかんない」 「店が忙しいって言ったでしょ?  アッキーちゃんはピンチヒッターってわけ」 「アタシがアッキーちゃんに電話してたのは、アルバイトの催促」 「……わかったわ。  アッキーちゃんはアルバイト。それでいい」 「でも、じゃあなんで彼女が千秋の携帯持ってるわけ?」 「ずっと前から、一緒に御札を納めにいく約束してたのに、なんで急に約束破っちゃったわけ?」 「今日の千秋、絶対おかしいわ。  鈴姉、やっぱり私に隠し事してるでしょ」 「やだなー。  アタシが恵那ちんに隠し事、してないわけないでしょ」 「開き直った……」 「と、こんなことしてる場合じゃないや」 「お店の準備があるから、またねー。  あ、忙しいからアッキーちゃんにも話しかけないで」 「ちょ……鈴姉!」 (逃げられちゃった……  ま、鈴姉がまともに取り合ってくれるはずないわね) (けど推理材料は増えたし、少しは前進してるはず――  要点を整理してみましょう) (まず第一に、今日、千秋は私に言えない理由があって、急に会う約束を破った) (第二に、千秋は今日の6時頃、鈴姉の側にいた。  リハーサルがあるんだから、きっとこの近くのはず) (第三に、その時は千秋が持ってた携帯電話が、今、アッキーちゃんとか言うわけのわからない女の子の所にある) 「う……うう……うううう……」 「わかんない……  この名探偵富士見恵那に、解けない謎があるなんて……」 「千秋……アンタ、どこに行ったのよ?」  恵那は、千秋のメールを読み返そうと携帯を取り出す。 (なにが『待ちに待った運命の人が!』よ) (……いや、別に千秋が運命の人とかじゃないけど) (っていうか、なんで千秋が運命の人とか……  ありえないし!) (はぁ……ラッキーアイテム、ストラップねぇ……) (確かに、コレが千秋のとお揃いだから、携帯電話が同じってわかったわけだけど) (全然、ラッキーアイテムにはほど遠いっていうか――) 「タヌキ……ねぇ」 「タヌキ……タヌキ……」 「タヌキッ!?」 「え? 恵那ちん、どうしたの?」 「わかったわ! アッキーちゃん! ちょっと来て!」 「え、オレ?」 「ちょっと! 仕事の邪魔しないでって――」 「ふふふふふ、ふたりとも、観念しなさいッ!!」 「謎は――全て解けたわッ!!」 「ちぇっ! どこだよロッカー!」 「あー! でた! 沙紅羅じゃな!」 「な、なんだてめー?  なんでアタシの名前を?」 「わらわの名前はミヅハじゃ!」 「ミヅハ? そんな知り合いいたっけ……?」 「違う。わらわはみそとブーの付き添いで来たのじゃが、奴らはおぬしと行き違いに――」 「うーん……あれ? えーと、誰だ……?  いたかな……いたような……いないような……」 「おい沙紅羅? 聞いておるのか?」 「あーっ! 思い出せねー!」 「思い出せねーけど、とりあえず預けた!」 「へ?」 「うわっ!」 「後で取りに来るから、ソレ持っててくれ!」 「そ、そんな身勝手な!」 「よろしく頼んだぞッ!」 「おいコラ待て! 待たんかぁっ!!」 「うう……逃げられてしもうた。  なんて身勝手なヤツ!」 「バッグ、ふたつともおなじ」 「ん……? おお、本当じゃ。変な模様がついておるの」 「ソトカンダー」 「にとりの、やっつけデザイン」 「わたしはもう……これとおなじ」 「ひつようと、されていない……」 「お、おい! しっかりせんか! 様子がおかしいぞ!」 「おぬし、何者じゃ?  何故、わらわを星の元に返そうとする?」 「それは……」 「そうか……」 「おぬしはそれで、わらわのところに」 「もう、たえられない」 「いますぐきえたい」 「……変じゃ」 「おかしい!  おかしいおかしいおかしい!」 「ノーコよ、その理屈はおかしいぞ!」 「どうしてたかが脳内彼女だからといって、おぬしがその似鳥とやらに拒絶されねばならんのだ?」 「そもそもおぬしを生み出したのは似鳥であろ!  おぬしを、散々利用してきたのであろ?」 「ならば、最後まで責任を――」 「…………」 「ノーコ……?」 「にとりを、くるしめたくない」 「だから、きえたい」 「…………」 「のう、ノーコ」 「わらわとおぬしは、似たもの同士じゃ」 「わらわも昔、水神として魚河岸に奉られておっての。  かつては間近に人の命を感じながら暮らしておった」 「わらわを崇める人間を、愛おしくも感じていた」 「じゃが、時は経ち、人々の信心は薄れ、わらわも半田明神へと遷座することと相成った」 「今や、境内の端に鎮座するわらわの事を、どれだけの人間が憶えているじゃろうか」 「人間は恩などすぐに忘れてしまう」 「わらわはすぐにひとりぼっちじゃ」 「いっそ、消えてしまいたい。  本心を言えば、そう思ったこともある」 「じゃが――」 「わらわは、みそと、ブーに会った!」 「あやつらはバカじゃ」 「ビックリするくらいのバカじゃ」 「底抜けのバカじゃ」 「じゃが……わらわが泣いている理由を聞いてくれた」 「誘拐をしてまで、わらわを外に連れ出してくれた」 「しかも、けばぶを買ってくれた!」 「ケバブ……?」 「お肉が美味じゃ!」 「……たんじゅん」 「そう、驚くほど単純じゃ」 「じゃが、そんな単純なことで、思ったのじゃ」 「わらわは、ぜんぜん、さびしくない!」 「のう、ノーコよ。  わらわには、おぬしの寂しさを、拭ってやれぬか?」 「ともだち?」 「ん? おお、そうじゃ!」 「わらわとノーコも、友達になればよいのじゃ!」 「わたしと、ミヅハが、ともだち……」 「ともだちは、でも……」 「さて……と」 「さっきの借り、返してやるぜ!」  沙紅羅は片手に懐中電灯、片手に木刀を握りしめ―― 「だらああああああッ!!」 「ぎゃふんっ!」 「オラオラオラオラオラ! 邪魔だ退けッ!!」 「ぬふぅっ!」 「アタシの先を邪魔するヤツは、誰だろうと許さねー!」 「あねさ……ふんがっ!」 「どっからでもいいからかかってこいやぁッ!」 「オレたちゃみかた……ふぎゃっ!」 「どーだ? わかったか?」 「このフロアは、アタシの《シマ》〈領地〉だッ!」 「福島最強! 月下に誇る狂い咲き!」 「暴走集団百野殺駆《ヘッド》〈頭〉・月夜乃沙紅羅」 「夜露死苦ぅッ!!」 (ん……決まった!) (って……アレ?) (そういやアタシ、なんでここにいるんだっけ?) 「おい、そこ……」 「んぁ?」 「ナンダァ? アタシがいい気分に浸ってるのに――」 「そこ、邪魔だ」 「なんだと?」 「邪魔だから退けって言ってんだ」 「……いい根性してるじゃねーか」 「だが、勝手に通すワケには――」 「いいから退けよおっ!!」 「ぐわっ! ちょ!」 「こっちは、こっちはな!」 「オレの命がかかってるんだあああッ!」 「うっせー! 知るかあッ!」 「んがッ!」 「こっちだってなぁ!」 「血を分けた、弟の命がかかってんだよ!」 「どわっは!」 「イデデデデ……」 「おいてめー!  どーじんしってのは、どこで売ってる?」 「…………」 「どこで売ってっかって訊いてんだよ!」 「4階から……7階だ」 「いよっしゃ!」  エレベーターに乗るのももどかしい。  3段抜かしで階段を駈け上がる。 「邪魔だ!」 「ひぇっ!」 「退けぇっ!」 「わわわわッ!!」  驚くほど狭い道。  途中何度も客とぶつかり、何人かは紙袋を落とす。 (く……なんか暑くなってきたな) (まるで夏の熱気だ……) (しかも……なんか酸っぱい匂いが) (なんだ? いったい上では、何が――) 「撃ぇッ! 撃ぇッ!」 「わお――――ん!!」 「げぇ! 孔明!」 「ハンド・オブ・グローリー!!」 (な……なんだこりゃあ……) (盆とシューカツが一緒に来て、なおかつオバマ上陸作戦と狼男と三国志と女湯覗きと――) (なんか、そういうのが一遍に来ちまった感じ……) 「ふふ……ふふふふ……」 「いよっしゃ! 燃えてきた!」 「一気に行くぜ!」 「どらああああああああああ!!」 「どこだどこだ!? ツーバードの新刊をよこせ!」 「チィッ! 次だ次!」 「5階ッ!!」 「ここもダメ、か……」 「しゃーねー、6階だあ!」 「クソッ! ここにもねーのかよ!」 「あとは……7階か……」 「頼む! 見つかってくれ――!!」 「…………え」 「なんか、この階だけ……比較的静か……」 「中古――フロア?」 (今日発売されたばっかりの本だぞ!?) (そんなの、ここにあるはずが……) (…………) (いや、弱音なんてダセぇぞ!) (可能性がある限り、諦めねー!  それが、アタシの信条――) (ツーバードの新刊! 絶対に手に入れて――) 「2birdって知らないんですか!?」 「ほら、半年前によつばちゃんねるで有名になった――  《ピクシー》〈PIXI〉でも知る人ぞ知る!」 「だからチャンスなんですよ!」 「最新刊! 『NO CONTROL』の11!  コレを逃すと機会なんてないんです!」 「いや、でもこちらにも色々規則がありまして……」 「バカ言わないでください!  そういうのって損なんですよ! わかります?」 「…………」 「聞いてます? 黙ってないで、なんか話してく――」 「ちょっと待ったあああああ!!」 「おまえ、ツーバードのどーじんしつったな?」 「あ、その声――」 「頼む! ツーバードのどーじんし! 売ってくれ!」 「へえ、探してたのか……売って欲しい?」 「売って欲しい! 頼む! この通り!」 「どうしても、売って欲しい?」 「どうしても、売って欲しい!」 「いくら出す?」 「いくらって……?」 (ヤバイ!) (アタシは今、無一文で……) 「ただで貰えると思ってるわけじゃねーだろ?」 「うぐ、うぐぐぐぐぐぐ……」 「しかもこの本は、市場では流通してない激レア物だ」 「ぐぐぐ、ぐぐぐぐぐぐ……」 「どーしても欲しいっつーんなら……」 「ふんぐ、ふぐぐぐぐぐ……」 「あんたの覚悟、見せてもらおうじゃねーの!」 「うがががががががががああああッ!!」 (そうだ……) (アタシは、何に代えても、弟の望みを叶えてやるって、腹ァ括ったじゃねーか!) (確かに仁義は大事だ。  人として曲がったことはやっちゃいけねぇ!) (けど――) (人の道を外れて泥水被ってでも――) (貫かなきゃならねぇ覚悟ってのがあんだよッ!!) 「あと2分!」 「2分だけ、待っててくれ!」 「え? おいちょっと――」  一方的に言い放ち、沙紅羅は慌てて階段を駆け下りた。 (すまねぇ! 本当に、すまねぇ!) (けど――今のアタシには、金がねぇ) (暴陀羅号をなくしたら帰れねぇし……  今、アタシにある金目の物と言えば――) (もう、あれだけなんだッ!!) 「お! いたいた!」 「さ――沙紅羅!?」 「バッグ! 返して貰うぜ!」 「え? ちょ――うぎゃっ」 「サンキュー、ガキンチョ!」 「……また?」 「うう……まったく、忙しいやつじゃ!」 「ん? あれ? あれれ?」 「あやつのバッグ、あれが正しかったのかのう……?」 (弟子よスマン!) (約束破ることになっちまうが、アタシが持ってる一番貴重な物がコレなんだ!) (この借りは、絶対、必ず、返す!) (だから――頼む!) (このバッグの中味、一度アタシに預けてくれッ!!) 「願い下げだあッ!!」 「誰がこんな店に売ってやるもんかァ」 「良し! その本買ったッッ!!」 「ぐぐぐ……ぐぇ……」 「ブー! どうした!?」 「み……見誤った! 中がこんな戦場とは……」 「オレも身体が頑丈じゃなかったらどうなってたか」 「そ……そんなにすごいのか?」 「ブーがブラックライト付きハンディマイクを持ってなければ、恐らく帰ることすらままならなかっただろう」 「ぶらっくらいと?」 「突然、頼んでもない通販で届いたブラックライト!  急なカラオケボックスに……便利だぜ!」 「きゅうなカラオケボックスって、なに?」 「そりゃあもちろん、田んぼの中で突然――」 「あれ? ブー? さっきなんか言ったか?」 「いや。オレはなにも」 「ん? おっかしいなあ……  確かに聞こえたんだけど……」 「って、いつもの空耳はいいからさ!  姐さんを助けに、もう一回中に――」 「待たれよ!」 「みそ、ブー!  こんどは、わらわも連れて行くのじゃ!」 「いやいや、オレたちでも苦戦するのに、子供のおまえが中に入るとか無理だから」 「わらわは子供ではない!  神様じゃ!」 「おぬしらも、わらわの力を知っておるだろう?」 「「――――」」 「なにがあったの?」 「こやつら、わらわを誘拐する途中で怖じ気づきおってな。  実力行使で誘拐させたのじゃ」 「じつりょくこうし……?」 「よいかふたりとも!  半田明神はな、勝負事の神様として知られておる!」 「沙紅羅など一発で探し当ててみせようぞ!」 「そ、そいつはありがてぇ!」 「これで姐さん、見つかったも同然だ!」 「しんじた。たんじゅん」 「よっしゃ! そうと決まったら早速出発だ!」 「おうよ! オレも休んじゃいられねぇ!」 「ノーコよ。おぬしはどうする?」 「…………いく」 「ようじをおえたらじんじゃへつれていく」 「それはいやじゃ」 「それでも、とにかく、ついていく」 「そうか……まあ、それもよかろ」 「よし!  それでは、沙紅羅を捜しに出発じゃ!」 「「おうっ!!」」 「ぎゃー! だずげでー!」 「ぐらいー! づぶざれるー!!」 「大丈夫だッ! 落ち着けミヅハ!」 「みんな紳士だ!  三次元にはきっと手出ししねぇ!」 「しんでしまえ」 「もういやじゃ!  沙悟浄! 九千坊! 出てたも――」 「だめ! こんなところであいつらを使ったら!  大変なことに――」 「こうなったら――ふん!」 「うきゃーっ!」 「なななな、なんじゃ!? 高い! 高いぞ!」 「まるで大入道のようじゃ!」 「あ、暴れるな! 落ちる! こら!」 「な……なんだみそ! いったい何を!」 「かたぐるまじゃ!」 「代われ!」 「断る!」 「お願いです!」 「ダメだっつーの!」 「この通り!」 「どげざ……」 「ミヅハ! 姐さんはどっちだ!?」 「うむ、しばし待てい!  むむ、むむ、むむむむむ……」 「おお、こっちじゃ!  得も言われぬ力をビンビンと感じる!」 「オレもビンビ――ふげっ!」 「いよっしゃ! 行くぞ!」 「おう……」 「ここは……地下?」 「人っ子ひとりいねーな」 「年越しイベントがあるみたいだが……まだ早いしな」 「ってか、姐さんは同人誌の階にいるんじゃ?」 「けどよ、上は結構捜したぞ。  案外、こういう意表を突いた場所にいるのかも」 「なるほど……」 「むむ、感じる……感じるぞ!  この扉の奥から、なにやら凄まじい力が漂っておる!」 「……駄目だ。鍵がかかってる」 「鍵? むむ……なにか、開ける方法は……」 「心配無用! こんなこともあろうかと――ブー!!」 「デデデデッデデー! 扉破壊装置ッ!!」 「……ただのおの」 「ただの斧じゃねぇ!  これは、ブーを救出して脱便するために――」 「だから、誰と話してるんだ?」 「あれ? おっかしーな……」 「まあ良いではないか。それより扉を!」 「ああ、そうだったな!」 「ウシ! 行くぞっ!」 「頼む、みそ!」 「おおおおおおお――――ッ!!」 「ふんっ!!」 「いよっしゃ!」 「いよっ、みそ! さすがのバカ力だぜ!」 「ひじょうしき……」 「へへへ……褒めるな褒めるな」 「し……しかし……」 「なにやら、不気味なところじゃのう……」 「灯りも、ぜんぜんねぇや」 「持ってて良かったブラックライト!」 「普通のライトがあれば、もっといいんじゃがのう……」 「おーい! 姐さーん!」 「どこですかー! 出てきてくださいー!」 「ホントにこんな所にいるのか?」 「わかんねー。けど……姐さん、方向音痴だからな」 「……確かに」 「おいミヅハ? 大丈夫か?」 「う……うむ! ミヅハは大丈夫じゃ!」 「こわくないぞ! 全く、こわくなどない!」 「だから、置いていくでないぞ!」 「わかってるわかってる。なあ、みそ」 「お……おう!」 「……おまえも怖がってねぇ?」 「んなわけねえ!  ただちょっと、気味が悪いだけ――」 「――――ッ!」 「な……なんだ、今の音は?」 「地震――じゃねぇよな」 「ミヅハ!」 「な――なんじゃ?」 「ほ、本当にさあ、この奥にあるのか?」 「な、なんだか自信がなくなってきたのう!」 「だよなぁ!」 「じゃあ、後戻りってことで――」 「うむ! そうする――」 「ちょっと待った!」 「コレ――矢印じゃねぇか?」 「なんじゃこれは……!」 「蛍光塗料……? いや、違うな。  ガラスの破片がモザイクではめ込んである」 「コイツ、ずいぶん年代物だぜ」 「どうしてこんな所に?」 「この先に行ってみれば、わかるだろ」 「……行くのか?」 「『得も言われぬ力』を感じるんだろ?」 「じゃが……正直、沙紅羅とは限らんぞ」 「どっちみち、手がかりがねぇんだ。オレは行く」 「お……ちょい、待て――」 「あー! もう! しゃーねーなー!」 「コラ! みそブー! ミヅハを置いていくでない!」 「……やれやれ」 「地下鉄……か。まさか繋がってるなんてな」 「ってことは、さっきの地鳴りは地下鉄?」 「ったく! ふざけやがって!」 「オレたちをビビらせんじゃねあでででででででッ!!」 「みそ! おい、大丈夫かッ!!」 「しび……しびれた……」 「チッ! コレが第三《きじょう》〈軌条〉方式ってやつか……」 「だいさんきじょうほうしき?」 「ほら、普通電車は上の電線から電気流すだろ?」 「ところがこれは、横に1本高圧線を引いて、そっから電気を流すんだ」 「コストとかが安く済むから、昔の線路とかには使われてたんだっけかな……?」 「さ……さすがブーだ。賢いぜ!」 「へっへっへ……褒めるなみそ」 「しかし……よく生きておったのう……」 「なんてったって、オレ様は頑丈だからな!」 「はっはっはっはっは!」 「もうすこし、せいみつなつくりでもいい」 「うるせぇ! 余計なお世話――」 「あ、あれ? また――」 「矢印はこっちだ! 行くぞ!」 「しかし……ずいぶん入り組んでるな」 「もし、こんなところで迷ったら……」 「大丈夫。矢印を逆向きに辿ればいいんだ」 「オレがこの、ブラックライトを持ってる限り――」 「お……おい!」 「コレ……なんだ?」 「なんか、書いてあるぞ……」 「ホントだ……」 「文字……?」 「A……X……A……」 「N……A……E……L」 「ふたりとも……」 「少し、下がるのじゃ」  ミヅハの声で、みそブーが下がる。  壁全体に、ブラックライトの光が当たる。  蛍光色に輝くその文字が描くのは…… 「《アザナエル》〈AXANAEL〉……」 「行くって、どこへ――?」 「できたのよ! 新しい番組の企画が!」 「ゆるキャラバンに代わる新しい企画――  それは、大食いキングよッ!」 「大食いキング? って、あのテレ洋の?」 「そう! 人気を博したゆるキャラ運動会に、テレビキングの人気企画、大食いキングをドッキング!」 「新生、全国ゆるキャラバンの開催よ!」 「そんなの……急に上手くいくんでしょうか」 「アタシたちの手で、上手くいかせるの。  あなたも、参加してくれるわよね?」 「…………へ?」 「きゅ! きゅー!  わ、私がテレビに!?」 「さっきのあなたの食べっぷりを見て思ったわ」 「あなたならきっと、番組の目玉になれる!」 「そんな……急に言われても……」 「お願い、この通り! アタシを助けると思って、ね?」 「でも私……恥ずかしいし……」 「番組が終われば、きっとお茶の間の人気者よ!」 「人気者……?」 「彼氏を探してるんでしょ?  もしかしたらゆるキャラバン、見てるかもしれないわ」 「貫太さんが……見てるかも……」 (もし番組で優勝して目立てば……  貫太さんが私を見つけてくれるかもしれません) (そうしたら、私はミリPさんに頼ってメジャーデビューする必要もない) (もしかしてミリPさんは、私がみんなと離ればなれになるのが嫌なのをわかってて、それで、こんな提案を……) (…………あれ?) (それに……なんで、私が有名になる必要が……  あるんでしたっけ……?) (だって、貫太さんは……貫太さんは……) (いや、でも……そんなの……手紙はうそで……) (うう……頭が……頭が……!!) 「ちょっと、聞いてる?」 「え……あ、はい……聞いてませんでした」 「やっぱりね……ま、いいわ」 「アタシは片っ端から秋葉原の大食い店を当たるわ。  あなたはふたり、コスプレイヤーを連れてきて!」 「コスプレイヤー?」 「そう。秋葉原代表ね」 「代表って、そんな――」 「8時20分からスタートだから!」 「え!? でも今もう――」 「頼んだわよッ!!」 「ふぇっ、ちょ……待ってくださ……」 「行っちゃっ――」 「あともうひとつッ!!」 「は、はい!?」 「さっきの恋人の話、人前でしちゃ駄目よ!」 「あくまであなたはアイドルバンド!  恋人なんて、いちゃマズいんだからね!」 「は……はい」 (どうしよう……) (……ううん、迷ってるヒマはありません!  今度こそ、成功させましょう!) (仲間を集めるためには――!!) (……機材は、届いたみたいですね) (ジャブルさん、ありがとうございます!  さすがは数学の元天才!) (でもガラスは――まだ、割れたまま。  お店の中は忙しそうです……) (あの時、店を飛び出したまま……  鈴ちゃん、許してくれるでしょうか?) (やっぱり……ちょっと、こわい) (もしもまだ、解散するつもりでいたとしたら……) (…………) 「どいてどいてッ!!」 「きゅっ!!」 「待っててアッキーちゃん! パンツ、届けるわ!」 「パンツ……?」 「私、今度は――あなたを、信じてみせる!!」 (な、なんだったんですか、今のは……?) (わかんない……わかんないけど……  なんかこう、勇気が出るような) 「……うん!」 「迷ってても、仕方ない!!」 「あ……あの……」 「ただいま……です」 「フウリちゃん……」 「…………」 「…………」 「ええと、あの……」 「ごめんなさいッ!!」 「え……」 「勝手に、バンド解散とか言っちゃって……  ホントに、ごめん!」 「アタシ、リーダー失格だった。  あなたを信じられなかった」 「あなたがアタシに隠し事してるって、不安になって。  仲間なのに、なんで教えてくれないんだろうって」 「でもそれって当たり前で、アタシだって、なんでバンドをやるか、あなたに説明したことさえなかったんだよね」 「だから、アタシは心に決めたの」 「いつか、あなたが自分の心を開いてくれるその日まで」 「バンドメンバーとして、あなたを信じるって」 「……ありがとう」 「えへ。なんか……面と向かって言うと、照れるね」 「えへへ……そうですね……」 「ふへ――なんか、肩の力が……一気に……」 「ほら! 力を抜くには早いわよっ!  まだ問題があるって、顔に書いてあるんだから!」 「え……? わかりますか?」 「どれだけ一緒に付き合ってると思ってるの?  で、何に困ってるの?」 「あ、あの……実は鈴ちゃんに、お願いしたいことが」 「実は、これから『全国ゆるキャラバン』というのがあって、それに参加しなければなりません」 「それでもし良かったら、ふたりくらいメンバーを――」 「……と思ったんですけど、やっぱり無理ですね」 「そんなこと……ない……かな?」 「私にだって、わかります。ライブを成功させるためには、もう人手が減らせない……」 「ええと……その……」 「ゴメン」 「そんな顔、しないで下さいよー。  私にだって、アテくらいあるんです」 「私はライブまで、絶対に戻ってきます。  だから鈴ちゃん、こっちはどうぞよろしくお願いします」 「でも――」 「それじゃ、また!  絶対、笑顔で戻ってきますから!」 「フウリちゃん……」 「わかったわ!  会場の方は、この鈴ちゃんに任せておきなさいッ!」 「あなたが来るまで、ちゃんと会場準備しておくから!」 「はい、よろしくお願いします!」 「……フウリ」 「ふぅ……よかった……仲直りできて……」 「と、安心してはいられません!」 「勢いで出てきてしまいましたが……  どうしよう……全然、アテがないです……」 「コスプレイヤーのひと……コスプレイヤーの……」 「あ! 星さん?」 「あああああ、あの、ちょっと!」 「なんですか」 「お願いがあります!  今、テレビに出るメンバーを探してて――」 「断ります」 「あ……は、はい……  やっぱり、そうですよね……」 「どうも、失礼しまし――」 「……待ちなさい」 「きゅ?」 「先ほどは見逃しましたが――あなたは人間ではない。  何者ですか?」 「えと、ふつうのひとですが……」 「笑止!」 「きゅうっ!」 「もう一度伺います」 「あなたは何者?」 「アザナエルを盗み出したのは、あなたですか?」 「あざなえる……って、なんです……?」 「時間がありません。答えないなら」 「殺すだけです」 「ちょ……やだ! 待ってください!」 「アザナエルを、どこへ?」 「知らないです! ホントに知らないです!」 「…………」 「嘘じゃありません……  太三郎狸様に誓います……!」 「嘘だったらなんでもします!  腹踊りでもします!」 「だから……その……痛いのは、やめて下さい……うう」 「――――」 「――――」 「――――」 「――――」 「……わかりました」 「確かに、あなたではないようです」 「あ……ありがとう……ございます……」 「お礼に、は、恥ずかしながら腹踊りを――」 「不要です」 「失礼します」 「あ……はい」 「星さん! あの、アザナエル――でしたっけ?」 「見つかるといいですね!」 「……あなた、名前は?」 「フウリです! 綿抜フウリ!」 「風狸――本来ならば祓わねばならぬところですが、あなたはいい《・・》〈モノ〉のようです」 「お詫びにひとつ、忠告を」 「あなたは今、非常に重要な出来事から目を逸らしている」 「あまりの願いの強さが故に、自分でも目を逸らしたことに気付いていないかもしれない」 「しかし、それは誤ったあり方です」 「希望など、捨ててしまいなさい。  さすればあなたにも、心の平穏が訪れるでしょう」 「そんなこと……いわれても……」 「では、失礼します」 「心の平穏? 私が目を逸らしている……?」 「う、うーむ……  なにがなんだか、よくわかりません」 「コスプレのひと……コスプレのひと……」 「みんな、忙しそうです」 「でも……他に知り合いなんて……」 「うう……こうなったら、破れかぶれ!」 (ドンガの店員さん――UFOキャッチャー担当のメイドさんなら、暇そうだし、きっと!) 「あ、あの……」 「お帰りなさいませ、ご主人さ――」 「お仕事お休みできませんか……?」 「え?」 「一緒に来てください!」 「いや、でもそういうのは禁止されて……」 「おなかすいてませんか?」 「は?」 「ごはんもお腹いっぱい食べられますよ! ね?」 「て、店長! 店長ーッ!!」 (こうなったら……コミマ帰りの人をスカウト!) 「あの、そのバッグの中……  コスプレグッズが入ってませんか?」 「コスプレはお腹が減ります!  一緒に大食いしましょう!」 「あなたのその美貌……テレビに映して……  え? 男の人!? そ、それはちょっと……」 「きゅ――――っ!」 「か……雷……!?」 「うう……雨まで……」  フウリは、駅前の時計を見上げる。 (もう、約束まで時間がない……) 「お願いしますッ!」 「あの、お話を! 大晦日の一大イベントです!」 「少しでいいので、話を聞いてもらえると――」 (だめです……) (寒いし、お腹もぺこぺこだし……) 「もう、帰りたい……」 「ね、ちょっとあなた」 「大丈夫かな?  なんか泣いちゃいそうな顔――」 「ありゃりゃ……鈴ちゃん」 「また……心配されてしまいました」 「うん、大丈夫……!」 「もう一踏ん張り……最後まで、諦めませんよ!」 「よおおおおおおッ!!」 「ぽん!!」 「よーし、頑張る――」 「あれ? 火事ですか?」 「UP+ビルの方から――あ!」 「もしかして、雷が落ちた!?」 「た、大変です!」 (一生懸命仲間を捜しても、番組が消えては元も子も――) 「うぎゃああああああああ!!」 「エッチい本じゃねえかあああああああああ!!」 「え……?」 「今の声は――なんでしょうか?」 「謎が……解けた?」 「な、なに言ってるのよ?」 「しらばっくれないで!  もう、私は真実を見通してるのよ!」 「鈴姉、あなたはこの店のバイト長よね?」 「このお店の鍵を開けるのは鈴姉なんじゃない?」 「……そうだけど、それが?」 「なら、バイトの誰にも見られずに、千秋をこのお店に連れてくることが可能だった。違う?」 「連れ込んで、どうするのかな?」 「まさか、アタシがお店の中に監禁してるとか?」 「千秋は私が電話をかけた6時過ぎ、鈴姉の側にいた」 「ライブの直前よ。  アタシはお店にいたし、バイトのコだってたくさんいた」 「千秋ちゃんを見かけないなんて、不可能――」 「千秋のままだったらね」 「まま……だったら?」 「ところで、アッキーちゃん。  あなたはなんで、千秋の携帯電話を?」 「え、それは……」 「千秋ちゃんから借りてるんだもんねー」 「あ……ああ。そうだ!」 「苦しい言い訳!」 「この名探偵富士見恵那が、真実を教えてあげるわ!」 「千秋がこの店に入った後、バイトのみんなに本人と悟られなかったのは、彼が別人に化けていたから――」 「携帯電話も、借りてるわけじゃない。  本人がそのまま持っていただけよ」 「そう。つまり――」 「アッキーちゃん! あなたの正体は、千秋なのよ!!」 「な――」 (決まった! 決まったわ――!) 「ちょ……ちょっと待って!」 「こんなに可愛い子が男の子のはずないじゃない!」 「鈴姉!  ずっと、千秋を女装させたいって言ってたわよね!」 「いやまあ、それは言ってたかもしれないけど」 「大体、言葉遣いも声も背格好も、似すぎてるのよ!  コレで赤の他人って方がおかしいわ!」 「だ、だから赤の他人じゃなくて!  ほら! 冬休みだし、千秋ちゃんの親戚が――」 「さあ、アッキーちゃん。覚悟はいいわね」 「え? 覚悟……?」 「あなたが、男じゃないって言うのなら……」 「ちょ……ちょっと!?」 「その、身体で!」 「え? お、おい!」 「証明!」 「や……やめろっ!」 「してちょーだいッ!!」 「ふんっ!」 「ふんっ!」 「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」 「ふんっ! ………………あれ?」 「な……ない?」 「やめ! やめろよっ!!」 「そんなはずは、ないっ!」 「うきゅ――――っ!!」 「え……? あれ? アッキーちゃん?」 「どこに――」 「はっはっはー!」 「げ! 父さん!」 「我が娘よ!  日々、富士見式捕縛術の鍛錬は積んでいるか?」 「いやいや、誰がそんな鍛錬――」 「良かろう!  その努力に免じて、富士見式捕縛術の奥義――」 「このモジャ毛を、おまえに授けるッ!!」 「え? それ取れるの!?」 「てか嫌ッ! やだ、ちょっとやめ――」 「いやああああああああああ――――っ!!」 「恵那ちんっ! 恵那ちんってば!」 「え……? あ、あれ?  今のは……幻?」 「ハァ……どれだけショックだったのよっ」 「ショック……? ショックって――あ、そうか!  ついてなくて……びっくりして……」 「そうだ! アッキーちゃんは!?」 「トイレに逃げ込んじゃったわよ」 「嘘……絶対に、自信があったのに……  なんで……? どこで間違えたの?」 「まさか、ホントに千秋の親戚……?」 「そ……そうそう! そうなのよ!  だから、声も体つきも似てる」 「学校の課題で『職業体験』があるらしくて、ちょうどいいからうちで受け入れたってわけ!」 「……携帯は?」 「昨日、いきなり電池がダメになっちゃったの! 再契約まで、一時的に千秋ちゃんから借りてるだけよ」 「でも、6時に電話したとき、千秋も一緒に――」 「ああ、だからそれよ。そこで、携帯電話借りたの」 「なんで、隠してたの?」 「千秋ちゃんから、秘密にしてって言われてたんだけど」 「恵那ちんにね、どうしても、渡さなきゃならないものがあったんだって」 「渡さなきゃならないもの……?」 「でも、それがなくなっちゃって、探しに行ったの」 「何かはわかんないけどさ。すごく大切そうだった」 「秘密で用意して、驚かせたかったのかもね」 「…………」 「私……酷いや……」 「好きな人を信じるのは、当たり前とか言って……」 「自分が、全然、千秋を信じてなかったんだ」 「あのね、恵那ちん」 「アタシ今日、フウリちゃんとケンカしたんだ」 「フウリさんって……バンドの?」 「そ。  リハーサルなのに、フウリちゃんったら全然元気なくて」 「でもその理由、教えてくれないの。  コレだけ一緒にいるのにさ」 「で、アタシ頭に来ちゃって、ガッカリしちゃって、『バンド解散だー!』とか言っちゃったりしてね」 「でも、さ。アタシだって同じで」 「なんで自分がメジャーになりたいのか、フウリちゃんに話したことすらなかったの」 「自分の事になると、急に見えなくなっちゃうんだよね」 「鈴姉……」 「でも! 一度失敗したら、もう同じ轍は踏まないよ」 「今度会ったら、絶対、フウリちゃんと仲直りする!」 「だからさ、恵那ちんも、次にアッキーちゃんとか千秋ちゃんに会ったとき、ちゃーんと謝れば――」 「あ、千秋の携帯から――!」 (……ってことは、アッキーちゃんから?)  通話ボタンにかけた親指が、止まる。  まるで掌に冷たい膜が張ったように、汗が噴き出す。 (……ちゃんと、謝らなきゃ。さっきのこと) 「――――」 「……もしもし」 『…………』 「もしもし……?」 『…………』 「あの……アッキーちゃん、だよね?」 『え……? あ、うん』 「さっきは……ゴメンね。  鈴姉から、みんな聞いたよ」 「親戚の子が来てるなんて、想像もしてなかったし」 「それにさ、声が、アッキーちゃんそっくりじゃない?」 「って、言ってもわかんないか。  自分の声って、自分じゃわかりづらいしね」 『あ……ああ、うん』 「…………」 『…………』 「だから、その……」 「さっきは、あなたを疑っちゃって、ごめんなさい!」 『あ、いや、そんな謝らなくても――』 「私がもっと、千秋を信じてあげられたらよかったの」 『…………』 「あの、それでね!」 「ほら、携帯なくしたり、家で千秋とふたりっきりだったりで、大変でしょ?」 「だから、私にできることがあったらいつでも――」 『お願い! 一生の、お願い!』 『スパコン館、わかるよな!』 「スパコン館ってあの……  潰れちゃった、スーパーコンピューター館?」 『そう、そこ!  裏口が開いてるんだ! それで――』 『地下1階のスタジオに、持ってきて欲しいんだ』 「持ってくるって……何を?」 『…………』 「え? 何? 聞こえない!」 『だから……下着……だよ』 『パンツ、持ってきて欲しいんだ!』 「パンツ?」 「なんで?」 『悪いけど、急ぐんだ!  理由は聞くな!』 『お願い……できるか?』 「もちろん!」 「わかった! スパコン館ね! すぐ行くから!」 「鈴姉!」 「なに?」 「なんか予備の下着とかない?」 「たしか裏に、イベント用の予備があったかも……」 「ありがと!」 「あった!」 「柄は――この際、気にしない!!」 「どいてどいてッ!!」 「きゅっ!!」 「待っててアッキーちゃん! パンツ、届けるわ!」 「私、今度は――あなたを、信じてみせる!!」 (でも……変ね) (さっきまで側にいたのに、なんでスパコン館の地下に?) (それに下着が欲しいなんて……) (いったいアッキーちゃんに、何が起こったの?) (ここ……かな) (返事がない……?) (私を呼んでおいて、出てこられないなんて――) (ま、まさか――) 「コレは事件!?」 (緊急事態発生ね!) (非常手段を使うしかないわ……)  恵那は側からコンクリートの重しを拾う。 「うぬぬぬぬぬ……」 「とりゃ!」 「よし、開いた!」 (たしか地下だったわよね?) (かすかな灯り――あの部屋!?) (中から物音はしないみたいだけど――まさか!)  恵那は、部屋の前で大きく息を吸い込んで―― 「うひゃああッ!!」 「え? アッキーちゃんッ!!?」  たまらず、部屋の中へと駆け込んだ。 「また、お前かよ」 「そのどーじんし、『のーこんとろーる』の11!」 「アタシが譲り受ける!」 「なんでもらえるつもりになってるんだよ」 「これ、高いぞ」 「わかってる!」 「いくら持ってる?」 「現金はない!」 「ない?」 「その代わり!  すごく、大事な物を持ってきた!」 「なんだよ?」 「貴重な物だ!」 「だからなんだって訊いてんだよ!」 「…………」 「……わかんねー」 「はい?」 「袋の中に入ってて……中味は……知らない」 「えー?」 「ちょっとちょっと! それ、おかしくないですか?」 「しょうがねーだろ!  袋の中、見ねーって約束したんだから!」 「アンタさ、さっきも散々、階段で殴っといてさ」 「オレの超激レアな同人誌を、わけのわかんない袋の中味と交換しろって?」 「オレを舐めてる?」 「なあ、舐めてない?」 「舐めてませんか? ねえ?」 「――――――ッ!」 「ぇ……?」 「――――――!!」 「な……なんだよ。こっち来んな――」 「あ、灯り」 「え……?」 「ちょ……なにそのカッコ……?」 「ずいぶん、気合入って……」 「お願いだッ!」 「土下座ああッ!?」 「アタシに――」 「アタシにその同人誌、譲ってください!」 「この通り、お願いします!」 「お願いしますッ!!」 「え、いやいやあのその、そういうのやめて!」 「やめてくださいって、ねえ!」 「話――」 「……聞いてくれ」  土下座したまま、沙紅羅が口を開く。 「アタシ……弟がいるんだ」 「でもアタシ、いい姉ちゃんじゃなくて。  小さい頃から悪ガキで、弟を泣かせてばっか」 「両親は共働きで、家を空けっぱなし。  アタシが遊び歩くから、弟は留守番係で」 「勉強のできないアタシは、当然バカ学校入るだろ?」 「オチコボレ同士のちっちゃなグループで、単車を乗り回すようになったんだ。いわゆる暴走族よ」 「裏では皆、時代遅れだってバカにしたけど、んなのはハッキリ言ってどうでもいい」 「バカでマヌケでオチコボレなアタシたちが、夜風を切ってバイクを走らせるだけで、何もかも忘れられた」 「バカやって、バカやって、バカやって……  毎日がすごく楽しかった」 「そんなアタシたちを、親も教師も諦めきっていて、文句を言うヤツなんて誰もいなかった」 「でも、ひとりだけ、いたんだ」 「弟だけが、アタシに反対したんだよ」 「腹立った」 「腹立ったから、殴って、蹴って、ボコボコにした」 「それでも弟は、バカみたいにアタシに反対して。  だからある日、言ってやったんだ」 「テメーのことなんて、大ッ嫌いだ――って」 「それから……アイツはアタシと全然話さなくなった」 「アタシがそのまま地元でバカを続けてるうちに、弟は進学校に入って、上京した」 「こんぴゅーたの会社で働いてるって  名前は……なんて言ったっけな?」 「じぼく……ナントカ? まあいいや」 「アタシがその話を聞いたのは、つい1週間前」 「弟が心臓の病気で倒れてからだ」 「知らない電話番号は、弟の新しい携帯から、アタシへの初めての連絡だった」 「連日の残業が祟って、緊急入院。  いつ容体が急変しても、おかしくないらしい」 「弟がな、電話口で、死にそうな声で囁くんだよ」 「――どうしても、手に入れて欲しい本がある  ――だから、自分の代わりに買いに行って欲しい」 「アタシはな、オタクくせぇものは好きじゃねぇ。  アニメとかマンガとかそういうの、大ッ嫌いだ」 「そのことくらい、アイツだって知ってる」 「でも、アイツは、アタシに連絡してきた」 「アタシしか、頼めるヤツがいないんだ」 「断れるか?」 「アタシは、あいつの、ねーちゃんだぞ?」 「だから約束したんだ」 「年が明けるまでに、絶対、アイツの元にどーじんしをとどけてやる! ――って」 「それで、アタシは、秋葉原に来た」 「ツーバードとかいうヤツの、同人誌を買うために」 「頼む! 正直、金はない。  無茶な話だってのもわかってる! わかってるけど――」 「その本、譲ってください!!  お願いします!」 「…………ちぇっ!」 「泣き落としかよ」 「…………」 「……すんません!」 「あのな」 「オレ、そういう話大ッ嫌いなんだわ」 「――――ッ!」 「でも、まあ、すごいものなんだろ?」 「この袋の中味、興味あるから」 「だから、交換な」 「え……?」 「もらってくから」 「あ――あの!」 「来んな!」 「そんな汚ない顔、見たくないし」 「鼻水とか、拭えよ」 「あ……うん、はい! あの……」 「ありがとうございましたッ!!」 「な、なななな……なんなんだよ、コレッ!」 「わかんねーけど……ヤバイだろコレ」 「アザ……ナエル……」 「しってる」 「なんじゃと? 何故おぬしが――」 「みこが、でんわでいってた」 「ちかでんからきえた……とか。  かわらやそういちの、けいかく……とか」 「バカなっ!  アザナエルは結界が守っていたはず――」 「いや……待てよ。  先ほどの地震は……もしや結界が解けたときの……」 「すると……か、かなりマズいことに……」 「な……なあ、ミヅハ?」 「ん、なんじゃ?」 「もしかして……そこに、だれか……いるのか?」 「おお、そうかそうか。  紹介がまだじゃったのう」 「えッ!?」 「怖がらずとも良い。ここにいるのは――」 「ひええええええッ!!」 「だから、怖がらずともよいと――」 「音!」 「おと?」 「あっちから……なにか、聞こえる」 「聞こえるって、そんなばか……な?」 「ハッハッハッハッハッハッハ……!」 「……………………」 「ひぃぃ…………」 「聞こえる……?」 「わうわうわうわうッ!!」 「「「ぎゃあああああああああああああああ!!」」」 「のわあああああああああああああああ!!」 「どひゃああああああああああああああ!!」 「ぬわあああああああああああああああ!!」 「わうわうわうわう――――――――ん!!」 「ばらばら」 「みんな、いなくなった」 「ミヅハは、かえるき、ない」 「おいかけるいみ、ある?」 「たたたた、たすけてたもれ――――――ッ!!」 「…………」 「はぁッ……はぁッ……はぁッ……はぁッ……」 「た……たすかった……  一時は……どうなることかと……」 「しかし……ここは、どこかの……?  みなは……どこに行ってしまったのかの?」 「も……もしや……」 「あの歳で、迷子に!?」 「はっはっはっは! 情けないやつらじゃのう!  わらわはひとりでちゃんと逃げ出せたというのに……」 「にげだして……そして……」 「ぅ……うう……」 「ここは……どこじゃ……?」 「おい! みそ! ブー! ノーコ!」 「わらわが……わらわが悪かった!」 「だから……だ、誰かっ!  わらわを……た、助けてたもれ……!!」 「ひぐっ、う、うう……」 「うわああああああああああああああん!!」 「だれがあああああ、だずげでえええええええ!!」 「みつけた」 「ひぐっ、う……そ、その声……」 「の、の、のの……ノーコッ!!」 「ノオオオオオコオオオオオオ!!」  ミヅハは涙ながらにノーコへと飛び込み―― 「ふぎゃっ!」  抱きつこうとしてそのまま向こう側にすり抜けて転ぶ。 「いだいいいいいいいい!!」 「でもうれぢいいいいいい!!」 「おちつく」 「うわああああああん!!」 「…………」 「…………」 「げんき、ない」 「そ、そんなことはないぞ!」 「ノーコも助けに、来てくれたしのう!」 「星が怖くなど、まったく、全然、怖くないぞ!」 「あは、あはははははは!」 「……うそつき」 「…………」 「アザナエルって、なに?」 「…………」 「ひみつ?」 「…………」 「ともだちなのに?」 「ともだち……」 「うむ、そうじゃな」 「ともだち、じゃものな」 「ともだち」 「アザナエルは、願いを叶える銃じゃ」 「ねがいをかなえる?」 「禍福は糾える縄。  無論、幸福ばかりを運ぶわけではない」 「アザナエルで願いを叶える儀式――カゴメアソビで、何人もの人間が命を落としておる」 「その力の強さ故に、ここ10年の間、半田明神の地下殿に封ぜられておった」 「毎年、初詣に皆からたくさんの願いを受けて、その力をゆっくりと薄めておったのじゃ」 「そしてようやく今年、この大晦日に、その呪縛が消えようとしていたその矢先――」 「アザナエルが、盗まれた」 「ほんとうに……ねがいをかなえる?」 「うむ。それは、間違いないが……」 「それじゃあ、もしかして――」 「もうそうじゃなく、げんじつのそんざいに?」 「そ……そうか、その手があったか!」 「ノーコよ! アザナエルは『願い』に反応する!」 「おぬしが心から現実化したいと願い、なおかつ、カゴメアソビに成功すれば、きっと――」 「あれ……?」 「ひかり?」 「お……本当じゃ! どうやら出口のようじゃぞ!」 「ここは……別の建物か?」  ミヅハが内側から開けたのは、ロッカーの扉。  まるで隠し通路のように、道が繋がっていた。 「しずかに」 「むこうにひとがいる」 「……そのようじゃな。静かに、参ろうぞ」 「ふぅ……ようやく、外の空気が吸えたのう」 「しかし、こんなところに繋がっておるとは――  地下道はなかなか広いようじゃな」 「ん? ノーコ、どうした?」 「にとり――!」  似鳥は、ミヅハと同じエコバッグを持ちながら、携帯電話になにやら真剣な顔で話しかけていた。 「見つかりました」 「双一親分が捜せって言ってたものが、見つかりました」 「ほんとうです」 「今、持ってます」 「なんか、頼りなさげな男じゃの」 「こんどいったら、かみさまでも――」 「ころす」 「ひっ!」 「す……すまんすまん!  口が過ぎたようじゃ」 「バックギャモン……ですね。  すぐに行きます!」 「…………ふぅ」 「ようし……  これでなんとかなりそうだ」 「追いかけるか?」 「…………」 「……いらない」 「名残惜しそうじゃのう。  あとで後悔しても、遅いのじゃぞ」 「…………」 「のう、ノーコ。  おぬし、あやつを置いて成仏できるのか?」 「…………」 「やれやれ。  おぬしもまだ、うまく自分の気持ちが――」 「いたああああああああああ――――!!!!」 「へ?」 「逃がさないわよっ! とりゃあああッ!」 「無礼者め! 離さんか! こらー! 掴むな恵那!」 「えな……!?」 「それでその、双六を一応土砂から掘り出したんですけれども、はい、なんだか犬と女の人の声を聞いたとか……」 「私はその前に……  恵那様が来ているのを見ておりました」 「たしか……えなが、アザナエルを……」 (あーあ。ったく……嫌んなるぜ) (本は買い取ってもらえねーし、変な女に奪われるし、オマケにこんなわけわかんねーものと交換されて) (大迷惑だっつーの) 「…………」 (けど、ま。  オレもちょっくら、気合い入ったかな!) (双六との約束まであと30分) (こんなところで、諦めるわけにはいかねーぞ!) (まずは同人誌ショップを巡って買取大作戦――) (――の前に、バッグの中味だ!!) (大事なものだって言ってたしな。  ホントにスゲーのが入ってたりして……) 「まあ、ろくなモンじゃねーだろうけど……」 「…………へ?」 「…………」 (な、なんか入ってた……?) (いや! いやいやいやいや!) (人間、追い詰められると幻覚が見えるとか言うし。  オレもきっと、追い詰められてるんだよ) (追い詰められて……あはははは……) 「…………ゴクリ」 (でも……万が一) (万が一、ホントに……入ってたら?) 「…………」 (もう一回……見てみるか) 「――――ひッ!!」 (やっぱり! やっぱり入ってる!) (しかも――) (ちっちゃいリボルバーで……年季物で……) (銃身には、文字が……) (これ……やっぱり、アレだよな?) (双一親分が探してた……あの……) 「ああッ! なんだかわかんないけど神様ッ!  ありがとうッ!!」 「いよっしゃ! コレで借金地獄から脱出――」 「はっ――!」  似鳥が我に返ると、周囲の人々が刺すような視線を向けていた。 (しまった、声出てた……) (とりあえずここまで来れば、安心だろ) (とにかく、連絡だ)  似鳥はポケットから携帯電話を取り出す。  電話帳に映る「河原屋組」の文字を、穴が空くほど見つめてから―― 「――ふぅ」 「よし!」 「……もしもし」 『できたか!?』 「え……? できたって、なにが――」 『こどもできたかとか普通訊くか?  訊かねぇだろバーロー!』 『金だよ金。現ナマはできましたか?』 「お金は……まだ」 『あっそ。じゃ切るぞ』 「待って!」 『んだよ? 用事あんならさっさと話せ!  こっちだって客が――』 「見つかりました」 「双一親分が捜せって言ってたものが、見つかりました」 『……本当に?』 「ほんとうです」 『どこにある?』 「今、持ってます」 『……よし』 『いいか、誰にも――』 『あ……あの、まだでしょ――』 『うっせ黙れッ!!』 『ふがっ!』 『てめーのクソみてーな商売にいつまでも付き合ってるほど暇じゃねーんだよッ!!』 『そこで寝てろ!』 「…………」 『――いやいや、悪ぃ。んでなんだっけ?』 『ああ、そうだ。アレを持ってるんだったな』 「はい」 『いいか、誰にも渡すな。誰にも知らせるな』 『そのまま、バックギャモンまで持ってこい』 「バックギャモン……ですね。  すぐに行きます!」 『早くだぞ!』 「…………ふぅ」 「ようし……  これでなんとかなりそうだ」 (なんか……道行く人間全てが、怪しく見える……) (大丈夫、緊張するなオレ……) (道行くあいつらは、カボチャ……  ただのカボチャ……) 「カボチャ……カボチャ……」 (大丈夫……大丈夫……これで、万事上手くいく……) 「確か、ここだな」  ガード下、排気ガスで薄汚れた看板。  うっすらとピンクの蛍光色で「アダルトグッズ専門店 バックギャモン」と書かれていた。 (ぁ………………) (日本が……印度化されている!?) (アキバにカレー屋が多いのは知ってたけど、こんなところがあったなんて……) 「お客サン! お客サン!」 「カレー粉、いらないカ?」 「いらないです」 「そなこと言わないデスネ」 「シンセイなるガンジスのかぜ、におい、感じるデス」 「小さなトリップ!  ジャガンナートのトクセイカレー粉!」 「いらないです!」 「いらないデスカ?」 「ならほかにもなんでもあるデス!  ジャガンナート商会、なんでも揃うデス!」 「パソコンあるデス! 《アイペッド》〈iped〉あるデス!  スピーカーあるデス! カイチュ電灯あるデス!」 (確かに店の半分はインドっぽいけど。  もう半分は免税店の家電屋か……?) 「カミサマの置物あるデス!  ステキなダイヤのホウセキあるデス!」 「ハッパもあるデス! テッポもあるデス!」 「鉄砲――ッ!?」 「え……あの、ゴメナサイ」 「おきゃくさん、怒らないデス。タンキだめデスネ」 「ちぇっ! ……ったく。ふざけんなよ」 「……あのひとが、似鳥クンデスネ」 「あの様子から見ると、やはり――」 (しかし……なんか不安になってきたな) (ちゃんと、アレ……入ってるよな?) (…………ん?) (奥になんか……変なのが……)  似鳥は眉をひそめ、カバンに手を突っ込む。 (御札) (女児パンツ) (そして……銃) 「………………」 「わけがわからん!」 「おい、似鳥? そこにいるのか?」 「ほら、さっさと入れ!」 「あ……はい」 「な……なんだ、恵那か」 「ちょっと! なんだとは失礼でしょ!?」 「あ、いや、ごめん――じゃなくて!  ごめんあそばせ」 「ここは教室……いや、撮影スタジオ?  っていうか私たちの学校そっくり――まさか!」 「これは事件ッ!?」 「あ、あの、恵那……様。い、いらっしゃいましー」 「…………え?」 「急なお願いを聞いていただきまして、光栄ですわ。  うふふふふふふ……」 「ええと……」 「あれ? これも、もしかして……事件?」 「よろしかったら、お友達になってくださらない?」 「私、こちらに来たばっかりで、ひとりだとさみしいんじゃけぇのう……」 「アッキーちゃん、あなた……もしかして……」 「いいの、無理しないで」 「え?」 「辛かったら泣いてもいいの!」 「いや、なんでオレが泣くの?」 「そう……そうよね  本当に悲しい時って、涙さえ出ないもんね……」 「ここでどんな酷い目に遭ったのかは訊かないわ」 「でも、もうそんな妙な言葉遣いをしなくていいよ」 「私はいつも、あなたの味方だから」 「な……なんか誤解されてる?」 「はい、これ」 「あ……サンキュー」  恵那が千秋に下着を渡す。  広げてみる。 「…………」 「…………」 「これ……なんかすごくね?」 「っていうかはみ出すんじゃ……」 「ご、ごめんなさい!  控え室の、確認しないで持って来ちゃったから」 「あの、もっかい取ってくる――?」 「……まあ、これでいいや。さっさと出たいし」 「…………」 「…………」 「…………」 「ええと、はくからそっち、向いててくれる?」 「あ……うん」 「……んしょ、ん……んん……ん?」 「な……なんか、ホントに収まるか、コレ?」 「隠すべき所は、隠せるんじゃないかな?」 「いや、でもギリギリ……」 「しっかし、ホントになんとかならないかねぇ。  あのレディースのおねーちゃん」 「磨けばきっと、良い光を――」 「ん? おい、撮影終わってないのか?」 「もう時間だぞ。こっちも予定あんだから!」 「あ、すいません! すぐ出ます!」 「頼むよまったく……」 「あららららら、ふたりとも!  よく見りゃかわいいですねえ!」 「何歳?  まさか18歳未満ってことはないですよね?」 「な……なんですか?」 「いやいや、ごめんなさいね。  私、こういう者でしてね、はい」  手渡された名刺を、恵那は見つめる。 「……ロクロー?」 「行くわよ、アッキーちゃん!」 「え? 恵那?」 「ほら、早く!」 「な、なんだよ恵那! 急に話打ち切って!」 「あの人、AV男優のロクローさんよ。  コスプレパロディAVで人気なんだって」 「へ? エーブイ!?」 「そ。あのままいたら、スカウトされちゃってたかもね」 「…………そっか。ありがと」 「いや待て! でもそんなこと、なんで知ってるんだ?」 「鈴姉ってオタクでしょ。  ネタで、友達から借りてきたみたい」 「そしたら、ロクローさんの大ファンになっちゃって」 「一緒に見たり?」 「……しょうがないでしょ」 「鈴姉と、部屋一緒なんだし」 「一緒に……見たり……」 「……やべ。なんかはみ出してきた」 「ん? どうしたの? スカート押さえて」 「な、なんでもない!」 「1回家に帰る?」 「いや、その前にブル……  じゃなくて、パンツ取り返さなきゃ」 「――!? まさかレイプされた上に下着まで!?」 「レイプはされてないから。写真を撮られただけ」 「あ、あと下着も盗られたけど」 「そっか……良かった……」 「良くない! 盗られっぱなしじゃ、困るんだ!」 「ちなみに、盗んだ人の名前はわかる?」 「村崎のおっさんだよ、村崎!  アイツに騙されたんだ」 「写真わざわざ撮ったのよね。  ってことは恐らく――バックギャモンか」 「バックギャモン?」 「えーと、いわゆる大人のおもちゃ屋っていうか」 「売る気か……!?」 「村崎さん、お金に困ってたみたいだしね」 「どこだ? どこにある?」 「高架下の、ジャガンナート商会の奧」 「私もついてってあげたいけど――」 「ちょっと待って。アレ――」 「え?」 「いたああああああああああ――――!!!!」 「へ?」 「逃がさないわよっ! とりゃあああッ!」 「無礼者め! 離さんか! こらー! 掴むな恵那!」 「あなたが逃げるからでしょ!」 「嫌じゃー! 帰りたくないー!  星におしりペンペン――」 「ああ……」 「とうとう手に入れたぞ!」 「念願の……念願の……どーじんしだッ!!」 「オーイ、オイオイ……オーイ、オイオイ……!!」 「世の中……捨てたモンじゃねぇんだなあ……」 「ありがとう! みんなありがとう!」  周囲をゆく人々が、視線を合わさずに一歩遠ざかる。  が、沙紅羅は全く気にしていない。 「しかし……いい人だったなあ……」 「こっちが困ってるの見通して、どーじんしくれるなんて」 「ハッ!!」 (待ちに待った運命の人って、まさか……!?) 「あ、あり得る!」 「クソッ!! 連絡先でも聞いてくるべきだったか!!」 「いや……本当に運命の人なら、きっとまた出会うはず」 「ま、用事も終わったことだし、みそブーに連絡を……」 「ん? あれ? アレレレ?」 「あー! そっかそっか!  そういやケータイ電池切れてんだよな」 「ま、いっか。みそブーとの合流は後回し!  先にサクッとどーじんし、届けてやっか!」 「ええと……なんだっけ? 鳳凰堂病院……?  だれか、場所を知ってそうな人は……」 「ん……アレなんだ?」 「お! すげえ! テレビ! テレビじゃん!」 『朝でも昼でも夕でも言うわよ! はろぉ~!!』 『本日は皆さんお待ちかね!  全国ゆるキャラバンの開★催――――!』 『司会は、お茶の間にスーパー快適ソングをお届け!  ミリPで、お送りするわよ!!』 「みりぴー? どっかで聞いたことあるような……」 「ミリピー、ミリP……あ! そっか!  確か、あのケータイ占いの人ッ!!」 「スゲー! マジ東京スゲー!!」 『それでは、ゆるキャラバン最終決戦!』 『過去のVTRから、振り返ってみま――』 「へ?」 『か……雷?』 「っていうか火まで!」 「ど……どうしましょうか!?  このままじゃ、セットが燃えて――」 「ふは――――――ッはッはッはッ!!」 「ミリPさん? 気を確かに――!」 「神は死んでいない!」 「へ……?」 『なんというトラブルでしょうッ!!  突然、大空から雷が舞い落ちました!!』 『燃えています! セットがメラメラと燃えています!』 『雨が降り、そしてサイレンの音もし始めたッ!?』 『全国ゆるキャラバン、波乱の幕開け!  これからいったい、どうなってしまうのか――!?』 『というところで、とりあえず前回までのゆるキャラバン、まとめたVTRをどうぞッ!!』 「さすがミリPさんッ!  この逆境を、したたかに利用している……?」 「私たちも、負けてられない――  ピンチこそ、チャンス! 犯られる前に、犯れ!」 「いくぞおおおお――」 「あ、ちょっと」 「なんですか? 忙しいから、邪魔――」 「邪魔する気はねぇんだけさ」 「え、あ、はい……」 「鳳凰堂病院、ってどこだ?」 「いや、ちょっとちげーかもしんねーな。  ナントカドー、ナントカドー……」 「泰然堂?」 「お! それそれ!!」 「だったら、この隣をまっすぐあっちに行くと、左手に大きな建物が……」 「この道を……真っ直ぐに?  ――来るとき通ったあそこ……か?」 「あの、私もういいでしょうか?  色々仕事があるんで――」 「おう、サンキュー! 助かったぜ!!」 「んじゃ早速、暴蛇羅号で――」 「…………」 「流石に雨の中、走るのはつれぇか」 「ちょっと雨宿り――」 「……ったく、変な天気だな。降ったりやんだり」 「まあ、またすぐ止みそうな感じだけど……」 「…………」 (こっちの方は、雪じゃなく雨なんだな) (雨と雪……) (あの日も……こんな天気だったのかな、タカ) (あれは新車暴陀羅号お披露目の日で、アタシはいいって言ったのに、アイツはわざわざバイクで駆けつけた) (修学旅行の京都で出会ったアタシたちは、完璧な遠距離恋愛で、面と向かって話したのはまだ一度だけ) (こんな寒い季節なのに、わざわざ三重から駆けつけるって言うタカの気持ちは、嬉しかった) (アタシも会う口実が欲しくて、バイクの免許とったようなモンだったし――) (たぶんアタシの頭がもう少し良くて、試験に一発で合格できていたら、結果は違っていたんだろう) (その日、関東では雨が降っていた) (白河の関で、雨は雪に変わっていた) (連絡が来て、アタシは新車の暴陀羅号をかっ飛ばして、タカを迎えに行ったんだ) (とても、とても寒くて、静かな、雪道だった) 「ん……やんでる」 「どれ! んじゃそろそろ、病院に――ん?」 「やべ! どーじんし、濡れてる?」 「まさか、中も――!?」 「…………あれ?」 「この本……なんか……」 「もしかして……いかがわしい……?」 「う……うう……」 「うぎゃああああああああ!!」 「エッチい本じゃねえかあああああああああ!!」 「はぁ……ッ、はぁ……ッ、はぁ……」 「はぁ……ん?」 「あ……あ、あ、ああああああ!!」 「なんてこったああ…………!!」 「バッグ貸しなさい!」 「ぬお! 盗む気か!?」 「ちょ、ちょっと待てよ、恵那!  あんまり乱暴に――」 「アッキーちゃんは黙ってて!」 「そもそもコレ、あのアフロが盗んだヤツでしょ!  この中には私の大事な――」 「…………ま」 「まんじゅう!!?」  恵那は飛び上がらんばかりに驚いて、周囲がかなり引いているのにもかかわらず、がばっとカバンへ飛びついた。 「ない! ない! ないわ!」 「嘘! なんで!? なんで入ってないわけ!?」 「けんじゅうが……まんじゅうに……?」 「さっきから、何探してるんだ?」 「ここに入ってるはずなのよ……アザナエルが!」 「アザナエル――!?」 「落ち着いて! 落ち着いて推理するのよ富士見恵那!」 「ここにないってことは、つまり……  中味に気付かれて、すり替えられた?」 「ミヅハちゃん! アフロはどこ!?」 「はぐれてしもうた」 「どこに行くか心当たりは!?」 「ない」 「そ……そんな……」 「そうか……きっとあにのあなで――」 「お! いたいた!」 「さ――沙紅羅!」 「バッグ! 返して貰うぜ!」 「え? ちょ――うぎゃっ」 「サンキュー、ガキンチョ!」 「いれかわった」 「そういうことか!」 「おい恵那? 大丈夫か?」 「う……うん、たぶんダイジョブ……」 「いや、全然大丈夫に見えないし」 「ふたりがきをとられているうちに」 「うむ、ふたりともさらばじゃ……!」  難しい表情で話し込む千秋と恵那を背後に、ノーコとミヅハは駆け足でその場を離れた。 「うう……早く、信号よ変われ!」 「沙紅羅から、アザナエルを取り戻さねばならぬのじゃ!」 「ほんとうにまだ、あにのあなに?」 「わからん! じゃがわらわは勝負事の神。  地下通路へと導かれたのも、必然じゃ」 「となれば、沙紅羅の所へは運命が導いてくれよう」 「…………?」 「あ、あれは――わたし?」 「わたしのどうじんしが……きられてる」 「面妖な……」 「わたしと……にとりの、おもいでを……」 「ころす」 「え? おい、ノーコ! 待て――」 「ころす。ぜったいにころす。ぜったいに。  わたしとにとりのおもいで、おもいでおもいで……」 「おいノーコ! アザナエルじゃぞ!  それどころでは――」 「見つけたと思ったのに、手がかりすらないなんて……」 「おい恵那? 大丈夫か?」 「う……うん、たぶんダイジョブ……」 「いや、全然大丈夫に見えないし」 「アザナエルとかいうの、探してたんだろ?  オレも手伝うよ」 「でもアッキーちゃんはほら、自分の探すものが――」 「大切なものなんだろ?」 「…………」 「アリガト。気持ちだけ、もらってく」 「でも――」 「なーに、取り返しがつかないワケじゃないわ。  この灰色の頭脳を使えばちょちょいのちょい!」 「ね、ミヅハちゃん。  でぶっちょとは、どこではぐれ――」 「……あれ?」 「いなくなってる……」 「なんで……なんで、アタシは……こんなことを……」 「あのおんな……!」 「なんと! 沙紅羅ではないか!」 「ふふふ……これぞ神の導きじゃ! 早速バッグを――」 「ころす。いっせきにちょう」 「いやいや待て待て! それはマズい!  というかおぬしは幻で、あやつに触れることは――」 「かんけいない」 「関係なくなど――」 「あ、これは……」 「な……なんだよてめー!」 「――――!?」 「どうした、ノーコ?」 「あのひと……フウリ」 「本当じゃ、フウリではないか」 「そういえば、あやつがおぬしの正体をばらしたと言っておったな……」 「まったく、けしからん!  わらわがきついお灸を据えて――」 「いらない」 「なんと!?」 「わたしは、けんかした」 「でも……くるしい」 「こんなのはいや」 「このきもちは、なに?」 「もしや……」 「おぬし、仲直りがしたいのか?」 「なかなおり……?」 「よかろ! ここはわらわに任せるのじゃ!」 「でも……」 「遠慮するでない!  わらわとおぬしは、友達じゃ!」 「ともだち……」 「待てええええええい!!」 「また出た! 変なガキ!」 「変とはなんじゃ変とは!」 「わたしは、フウリとなかなおりしたい?」 「わからない。わからない」 「フウリのせいで、わたしのしょうたいがばれた」 「フウリがしんじつをいわなければ……」 「…………」 「フウリがいなければよかった?」 「にとりとしあわせにくらせた?」 「うそだ」 「そんなの、うそだ」 「もうおわりがちかいって、わたしはしってた」 「だから、にとりと、セックスした」 「セックスして、こんどこそ、いってもらおうって」 「にとりのほんとうのきもちを、きこうって」 「そうおもった」 「ほんとうの……きもち……」 「な、なんじゃとー!!」 「いやさあ、この同人誌、どーしても手に入れなきゃなんなくてさ」 「けどあん時、バッグしか持ってるものなくて。  泣く泣く交換したってわけなんだけど」 「な……き、貴様! なんてことを――!!」 「このどうじんしをこうかん……?」 「あ……!!」 「たいへん――!」 「アザナエルは、願いを叶える銃じゃ」 「アザナエルは、ねがいをかなえる」 「はい、そうです! 河原屋双一の――そう、双六が明言しておりました」 「かわらやそういちがねらっている」 「今日が期限の借金も――」 「にとりはかわらやぐみにしゃっきんがある」 「バックギャモン……ですね」 「にとりはバックギャモンにむかった」 「バックギャモンは――かわらやぐみのもの!」 「にとりが、あぶない――!!」 「ここ――!」 「このさき――!」 「アザナエルで自分を撃つ――カゴメアソビ」 「そいつが、借金をチャラにする条件だ」 「命懸けのロシアンルーレット。  弾が出る確率は、6分の1」 「6人やったら5人が夢を叶えるんだ」 「オマケに借金もチャラ」 「絶好のチャンスだぜ」 「ロシアンルーレット……?」 「ねがいがかなうと、ミヅハもいっていた」 「でも……」 「にとりが、しぬかもしれない?」 「そんなのはだめ。いきのこって――」 「いきのこって、ねがいをかなえる……?」 「にとりはまんがかになる?」 「ゆめがかなう?」 「そうしたら――わたしはふよう?」 「オレは……」 「さあ!」 「オレは――」 「さあさあッ!!」 「オレは――!」 「にとり――!!」 「やっぱり、嫌だ」 「へぇ。そうやって――」 「動くな! 撃つぞ!」 「なに……?」 「にとりがしゃっきんとりに、じゅうをむけた?」 「にとりが、ころす?」 「流されて、言い繕って、仕方なかったとオレを撃つか」 「腹を決めて、狂いながら、夢を追って自分を撃つか」 「ふたつにひとつ」 「さあ」 「てめぇが決めろ」 「もしここで、にとりがうったら……」 「もとのせかいに、ぎゃくもどり」 「よのなかにせをむけて」 「きにくわなければ、こわせばいい」 「きにくわなければ、きればいい」 「わたしみたいに、きずつけて――」 「わたしみたいに……?」 「ノーコちゃん、私と約束してくれませんか?」 「気に食わないからって、ひとを傷つけたりしない」 「だめだ……」 「ひとをきずつけては、だめ……」 「きずつけては……」 「うおおおおおおおおおおおおお――――ッ!!」 「…………」 (あのとき、電話の向こうで殴られたまま?) (ってか、双六はどこに……?) 「ここだ」 「――っ」  カウンターから、ひょいと河原屋双六が顔を上げる。 「見るか?」 「え?」 「無修正」  カウンターの下から、桃色の光源が頬を照らしていた。 「い……いえ。あの、い、いいです」 「嫌いか? ゲイか? そっちのもある――」 「そうじゃないです」 「そうか」 「…………」 「…………」 「あ、あの――」 「やっぱり見るか?」 「違います! それより例の――」 「焦んなよ。いいトコだ」 「…………」 「セックス好きか?」 「…………」 「まさか童貞?」 「…………」 「まあ、どっちでもいいけどよ」 (くそっ! なんなんだよ、こいつ……) (そんなAVなんて、どうでもいいだろ!) 「まあおちつけ」 「AVな、毎日流すと飽きる。麻痺してくんだわ」 「近づいて、細かくなって、分解されて、見えなくなる」 「肉と肉が擦れて何がエロいのか、わかんなくなる」 「そっからが、本番だ」 「人間はな、無意味に堪えらんねぇ」 「メーカー、環境音、カメラ、カット、構成、男優、女優、声、演技、湿り具合、光り加減、射精の瞬間、精液」 「ひとつひとつの断片は、ただの断片だ」 「でもそっから、全体が立ち現れる瞬間がある」 「ひとりの女が、新たな命を宿すために、全身を傾けるその瞬間から、そいつの人生がポン! って」 「ストーリーが、出来上がる。そういう瞬間があんだ」 「セックスは、そういうもんなんだ」 「女にとっちゃな」 「じゃあ、男にとってのそれは、なんだ?」 「拳銃、返します。これで借金は消えますよね」 「コイツでちょいと仕事をしてもらわなきゃだめだ」 「な……嘘ついたんですか?」 「ブッ殺すぞてめぇ!!」 「双一親分が、そんな適当なこと抜かすわけねぇだろ!」 「は…………はい」 「親分はな、てめぇに夢を叶えるチャンスをやる、って言ったんだ」 「コレは言わば、夢を叶える福引き券」 「当たるかどうかは、てめぇ次第だ」  双六が放り投げたのは―― 「弾……?」 「ただの弾じゃない」 「籠の底で拾い集めた空薬莢に、丁寧に火薬を詰めた、特別製だ」 「ここに、もう1発ある」  その指に、似鳥が受け取ったのと同じ弾丸がもう1発。 「それで?」 「アザナエルを出せ」 「…………」  ジッパーの狭間から、鈍く光る銃身が覗く。 「どうだ?」 「…………」 「重いだろ? 思ったより」 「……はい」 「弾の籠め方、わかるか?」 「…………」 「シリンダに弾、籠めろ」 「…………」 「まわせ」 「……まわす?」 「どうして?」 「テレビとか映画とかで、見たことあるだろ?」 「ロシアンルーレットだ」 「――――」 「……冗談、ですよね?」 「本気だぜ」 「オレ……こんなところで、そんな真似……」 「てめえの人生はな」 「クソだ」 「漫然と毎日生きて、漠然と夢を見て」 「逃げたって、死んでんのと同じだ」 「だったらなんで、死ぬのを怖がるんだよ?」 「……狂ってる」 「はは、よくわかったな!」 「監視カメラ、あるだろ?  あそこから、双一親分が見てる」 「生と死が交錯するその瞬間」 「人の命が光を放つその瞬間」 「そのイカレた輝きを、見たいんだ」 「全部、双一親分の受け売りだがな」 「ふざけんな!」  怒りにまかせて、アザナエルをカウンターに叩き付ける。 「なんでオレが、じいさんひとりのために、命を懸けてロシアンルーレットなんて――!」 「ああ、そうだ悪い。教えるのを忘れてた」 「それは、ただのロシアンルーレットじゃない」 「カゴメアソビつってな」 「弾を籠めてトリガーを引く。  そうすれば、銃口の先にいたヤツの願いが叶う」 「失敗して、鉛の弾が弾け飛ばなきゃな」 「そういう呪いが、アザナエルには籠められてる」 「――――」 「信じられないか? んなわきゃねぇよな。  触りゃあわかるはずだ」 「そいつは、普通の銃じゃねぇ」 「――――」 「なりたいものが、あんだろ?」 「でも、努力しない。できない」 「そりゃなぜだ?」 「――怖いからだ」 「打ち込んで、努力して、それでも望みが破れたとき、おまえはもうどこにもよりどころをなくしちまうからだ」 「そしてきっとおまえは、心の内のどこかで、自分の才能を信じ切れていないんだ」 「それでいいのか?」 「…………」  双六は弾丸を確認すると、シリンダを回す。  ルーレットが回り、止まる。 「ほらよ」 「――――っ」  双六は準備の整ったアザナエルを再び似鳥の手に戻すと、ゆっくりと距離を開ける。 「アザナエルで自分を撃つ――カゴメアソビ」 「そいつが、借金をチャラにする条件だ」 「命懸けのロシアンルーレット。  弾が出る確率は、6分の1」 「6人やったら5人が夢を叶えるんだ」 「オマケに借金もチャラ」 「絶好のチャンスだぜ」 「……もしも逃げれば?」 「借金のカタに人生を奪われて、こう思うだろうな」 「『あの時死んだ方がまだマシだった』」 「…………」 「オレは……」 「さあ!」 「オレは――」 「さあさあッ!!」 「オレは――!」 「やっぱり、嫌だ」 「へぇ。そうやって――」 「動くな! 撃つぞ!」 「6分の1……? 夢が叶う……? ふざけんな」 「オレが6人に1人にならないって保証がどこにある?」 「次に鉛玉が出るとは限らねぇぞ」 「弾が出るまでトリガーを引く!」 「鉛弾が飛び出すか、オレの夢が叶っておまえが死ぬか」 「どっちにしろ、おまえは死ぬんだ!!」 「それが嫌だったら、オレの借金をチャラに――」 「はははは! おまえさ、見た目より賢いのな」 「でもな、ひとつ間違いがあるんだよ」 「……なんだと?」 「確かにアザナエルは、願いを叶える銃だ」 「だが願いが叶うのは、トリガーを引いたヤツじゃない」 「銃口の先にいた奴だ」 「じゃあこうしろ!」 「オレが、おまえの願いを叶えてやる!  だから、オレの借金はチャラだ!」 「オレがもし、おまえの死を願っていたら?」 「そんな願いを叶えて、なんの意味がある?」 「双一親分がそれを望むだろう」 「嘘だ! 馬鹿げてる!」 「そう思うなら、トリガーを引けばいい」 「オレに撃てば、死の確率は6分の5」 「自分に撃てば、死の確率は6分の1」 「さて、オレが嘘をついている確率はいくつだ?」 「そんなの……そんなの、知るか!」 「流されて、言い繕って、仕方なかったとオレを撃つか」 「腹を決めて、狂いながら、夢を追って自分を撃つか」 「ふたつにひとつ」 「さあ」 「てめぇが決めろ」 「わかってる」 「夢はただの夢で、オレはクズで、命になんの価値もなくて、これはたったひとつのチャンスで――」 「オレは、全部間違ってる」 「わかってる。わかってるんだよ」 「でも、もううんざりだ」 「今更、変えようがないだろ」 「オレは、どこまでいってもオレだろ?」 「夢に向かって努力するとか……  自分の才能を磨くとか……」 「そんなの、無理なんだ……!」 「オレはホントにクソで! クズで!  ヘタレで! 死んだ方が良くて!」 「命を懸けることすらできないんだッ!!」 「変わることなんて……できないんだあああッ!!」 「うおおおおおおおおおおおおお――――ッ!!」 「あの子、ホントに大丈夫かな……」 「見た目よりはしっかりしてるから、大丈夫だと思う」 「心配だけど、どっちに行ったかもわかんないし……」 「ま、ソレはソレでしょうがないか」 「で、恵那はこれからどうする?」 「うん。それなのよね。  なんとかして、あのアフロ捜さないと――」 「どんなアフロ?」 「んと、それが変な話なんだけどね。  時代錯誤って言うか、コスプレって言うか」 「見たまんま、『ヤンキー』のカッコしてたのよね」 「ヤンキー!?」 「なんか、身に覚えがあるような……」 「何か知ってるの!?」 「いや、一回女ヤンキーに酷い目に遭わされてさ」 「もしかしたら、そいつの仲間かも……」 「仲間……か」 「あ、そうか!」 「あいつら、確か河原屋双一の命令だったって言って!」 「双一って、河原屋組の……親分?」 「結局陽動で、地下に双六もいたし……  うん、間違いない!」 「バックギャモン、行かなきゃ!」 「え? いや、そっちはオレひとりでなんとでも――」 「河原屋双一は、滅多に人前に姿を見せないの。  唯一連絡が取れるのは、若頭の双六だけ」 「その双六は――バックギャモンにいるわ!」 「ちょ、ちょっと待てよ!! 恵那!」 「アッキーちゃん。ここは一度、別れましょ。  私が先に行くから――」 「待てって!」 「どんな事件に首突っ込んでるのかしらねーけど、相手は河原屋組だろ?」 「ひとりじゃヤバイって。恵那のオヤジさんに連絡――」 「嫌。父さんなんて頼りにならない」 「そりゃさ、ちょっと駄目なところもあるよ」 「確かに普段、ちゃらんぽらんだけど」 「あと、暑苦しいけど」 「うざいけど。臭いけど」 「……わかってるじゃない」 「でも、地震の時にオレ、庇ってもらったんだ」 「誰より冷静だし、勇敢だし、すぐに街のみんなを心配して飛び出していったし……格好良かった」 「…………」 「そりゃ、文句を言いたくなることもあるだろうけど、でもやっぱり、頼れるときは頼るべきだと思う」 「――千秋そっくり」 「え?」 「その話、千秋から聞いたの?」 「ま、まあ……」 「あのバカチビ。  変なことしゃべるなって言ってるのに」 「ホント、うるさいのよね。  私の問題なんだから、そっとしといて欲しい――」 「バカ! おまえが心配だから、そう言うんだろ!」 「…………」 「……あ、ごめん」 「……どうなんだろ」 「え? なにが?」 「私、さ」 「もしかして千秋のこと」 「好きなのかな?」 「す、す、すすすすすす、好き!?」 「うん」 「誰が? 誰を?」 「私が。千秋を」 「いやいやいやいやいや! ないだろないだろ!」 「な――なによその反応!」 「だってさ、おまえだよ!  おまえが人を好きとか、しかもよりによって――」 「………………」 「あ……」 「あの……うん」 「ゴメン」 「別に……いいけどさ」 「っていうか、わたしも、わかんないし」 「自分でも、あり得ないって思ってたし」 「鈴姉からからかわれる度、考えるのもバカみたいだって思ってたし」 「う……うん、そうだよな」 「でもね」 「私、名探偵富士見恵那は推理しちゃったの」 「すいり?」 「今日、私の元に色んな事件が立て続けに起きて、どっちも大切だけど、でもどちらかを選ばなきゃならない」 「その選択肢で、私みんな、千秋を選んでたわけ」 「正直それどころじゃないはずなんだけど、でも、千秋を選んじゃったわけ」 「冷静に考えればおかしくて、今でも信じられないんだけど、でも、っていうことは――」 「私、千秋には全然、冷静でいられないのかも」 「は……はぁ……」 「客観的に推理して――」 「私、千秋が、好き……かな?」 「き、訊かれても!  そんな、難しいことよくわかんねーし」 「ってかさ、なんでオレにそんなこと相談するわけ!?」 「……何でだろ?」 「安心……するのかな。  千秋の側にいるときと、同じ」 「……本気、なんだな?」 「わ……わかんないよ、そんなの!」 「外れることだって多い、ただの推理だし……」 「自分の気持ちなんて、よくわかんないし……」 「昔はね、好きだって、信じかけたこともあったけど」 「昔?」 「鈴姉が私の携帯から、勝手に千秋にメール送って。  それが変なメールで、そこから妙に意識しちゃって」 「あ、そうだ。携帯パス!」 「パスって――え、ちょっと!」 「大丈夫。変なところはイジんないから」 「えーと、受信履歴の……最初の方に……あった!」 「ああ、あったあった。  なんか意味不明なメール――」 「ま、鈴姉の考案だし。暗号って言うのにはほど遠いけど」 「暗号?」 「ホラ、このストラップ」 「タヌキが、どうかしたのか?」 「そう。ここからタを抜くと……」 「え? ええと……」 「千秋が……す、き……」 「ま、鈴姉からしてみればただのいたずらなんだろうけど」 「ねえ、アッキーちゃん?」 「千秋って、好きな人いるかな?」 「え? あー、うん。ええと……」 「今のところ、いない……と思うけど」 「うんうん、だよねー!」 「そういうの、ホントに疎いもん」 「見た目と同じで、中味も成長してないっていうか」 「よ、余計なお世話だ!」 「あ……ゴメン。親戚だもんね」 「まあでも、コレならチャンスあり、か……」 「けど、あいつホントに興味なさそうだもんなあ」 「恋愛とか……したことないだろうし……」 「その上ヘタレだし」 「もしかして、逃げられちゃったり――」 「そんなことない! ちゃんと答えるって!」 「…………」 「えへへ。ありがと」 「…………あは、なんか、照れる」 「なんかさ、名探偵でもこの謎だけは解けな――」 「あ、あ、あ、あのさッ!!」 「ん? どしたの? 改まっちゃって」 「じ、じじじ、実はさッ!」 「オレ、おまえに隠してたことがあるんだッ!!」 「なんで……なんで、アタシは……こんなことを……」 「せっかく……手に入れたのに……」 「うおおおおおおおおお!!  バカ! アタシのッ! 馬鹿野郎ッ!」 「こんなんだから、弟に嫌われて――」 「タカとも……離ればなれになっちまうんだよ……」 「もう……合わせる顔が……」 「あ、これは……」 「な……なんだよてめー!」 「ノーコちゃんの絵が、なんでこんなところに?」 「ん……知ってんのか!?」 「はい。お友達です」 「お友達!? スゲエ!  お友達ってことは…………ん?」 「おともだち? って、どゆこと?」 「待てええええええい!!」 「また出た! 変なガキ!」 「変とはなんじゃ変とは!」 「ミヅハちゃん……  そうか、その格好はまるでコスプレ……」 「コスプレとは違う! こやつと一緒にするな!」 「ふざけんな! こっちこそ願い下げだ!」 「こっちは魂籠もってんだ! この虎を見ろよ!」 「貴様こそ、神の威光が見えんのか? 目が節穴だな!」 「んだとぉ!?」 「なんじゃ?」 「まあまあふたりとも、おちついて……」 「おぬしが言うなッ!!」 「きゅ……怒られちゃいました」 「そもそも沙紅羅!  おぬしの不注意が元凶なのじゃぞ!」 「ああん? 何の話だ?」 「おぬし、あにのあなの前で、バッグをわらわに預けたじゃろう?」 「お……おう、それがどうした?」 「その時、わらわが元々持っていたもうひとつのバッグと間違えて持っていったのじゃ」 「……間違えて?」 「ふんふん、なるほど……」 「……んあ? あれ? あれれれれれ?」 「ちょっと待て! それじゃ、アタシのバッグは――」 「これじゃ」 「おおおおおおおおおおお!! すげえ!  アタシのバッグ返ってきた!」 「いやあ、弟子に謝らなきゃって覚悟してたんだけど。  人間、真面目に生きるといいことってあるもんだなあ!」 「神様、ありがとうッ!!」 「いやいや、礼には及ばんぞ」 「おまえに礼言ったわけじゃねーし」 「な、なんじゃとうっ!?  わらわはミヅハ! 神様じゃぞ!」 「は?」 「だから、わらわは神様じゃと言うておる!  偉いのじゃぞー! ありがたいのじゃぞー!」 「ぷ……ぷぷぷぷぷ……」 「ぷは――っはっはっは!!  おま……おま……おまえが神様?」 「な、なぜ笑う!?」 「いやいや、これが笑わずにいられますかっての!  おまえが……おまえが神様なんて……」 「うう……ひ、人を馬鹿にしおって!  許さん! 絶対に、許さんぞッ!!」 「まあまあふたりとも、おちついて……」 「いやいや、悪い悪い」 「でもな、ミヅハよ。  仮にてめぇが神様だとしても、だ」 「アタシはおまえの力は借りねえ!  運命は、自分の力で切り拓いてやる」 「それこそが、アタシの生き様――!」 「だからな」 「む……」 「かっこいい……」 「そうか?」 「まあ、おぬしが信じぬなら、それはそれでよかろう」 「で、わらわのバッグはどこじゃ?」 「バッグって?」 「あ、そうか。  バッグが入れ替わったなら、ミヅハちゃんのはどこに?」 「おまえのバッグ……?  ん――あ、ああ、そっか、アレね」 「そうじゃ! あの中にはな、大切な大切な――」 「あげちゃった」 「ハァ?」 「だから、あげちゃったって」 「な、なんじゃとー!!」 「いやさあ、この同人誌、どーしても手に入れなきゃなんなくてさ」 「けどあん時、バッグしか持ってるものなくて。  泣く泣く交換したってわけなんだけど」 「な……き、貴様! なんてことを――!!」 「いや、すまねえ!  でもどうしても交換しなくちゃならない理由が――」 「いったい何の理由――ん? ノーコ!?」 「あれ、ノーコ、どこに……」 「え? ノーコちゃんが、どうかしたんですか?」 「ん、ああいやいや! なんでもない!」 「ま、そっちの話はそれでいいとして――アンタ」 「フウリといいます」 「えーと、フウリ。  おまえがこのノーコと友達、ってのはどういうことだ?」 「ええと、それなんですけど。  沙紅羅ちゃんは、この同人誌探してるんですか?」 「だったら私、知ってます。たくさんありましたよ」 「え? マジで?」 「頼む! それ、どうしても必要なんだ!  どこにあるか、教えてくれ!」 「あの……教えてあげたいのは山々なんですけど、もう時間がなくて」 「時間?」 「あと5分で、番組に出ないと」 「番組? って、さっき雷落ちてたヤツ?」 「落ちたんですか!?  じゃあやっぱり、番組は中止に――!?」 「いや、そりゃなさそうだったけど。  思わぬハプニングで嬉しそうだったし」 「も……もしや……  その雷は、わらわのせい……か?」 「地下で思いっきり、泣きわめいたからのう。  その影響が、天気に……」 「あの、もし良かったらふたりにお願いが……」 「お願い?」 「実は私、秋葉原チーム代表ってことで、大食い番組に参加できるコスプレイヤーを探していて――」 「おおぐいじゃと!?」 「おおぐいというのは、あれか?  美味いものを、たーんと食えるのか!」 「味はともかく、量は保証できると思いますけど……」 「けばぶもあるのか!?」 「わかんないですけど、もしかしたら……」 「なんと――! なんたる夢展開!」 「おふたりともコスプレじゃないのはよーくわかってるんですが、あの、もし良かったら一緒に」 「乗った!」 「しゃーねーな、手伝ってやるよ」 「ほ……本当に!?」 「女に二言はねぇ!」 「ミヅハちゃんも、ありがとう!」 「なあに。まだ肉まんの恩が残っておる」 「それに――雷が落ちたのは、わらわのせいじゃからのう」 「ん? 今何か――」 「何も言っておらん!  さあ! いざ、大食い大会へ出発じゃ!」 「おー!」 「どこに行くって?」 「げぇっ! モジャモジャ!?」 「モジャモジャじゃねぇ!  平次っつーんだよこの金閣寺ッ!!」 「誰が金閣寺だッ!  アタシには沙紅羅って立派な名前が――」 「っていってる場合じゃねぇし逃げるぞッ!」 「用事があるのはこっちでぇ!」 「へ?」 「うぎゃっ!」 「捕まえたッ!!」 「ぎゃああああああ! 放せええ!  髪がくさい!! ヒゲがもじゃもじゃあああああ!!」 「お、おい! どこに連れて行く気だ!?」 「保護者のおうちだな」 「星のところ……」 「怒った星さんは怖ぇからな。覚悟しとけ」 「おしりペンペンだぞ」 「そ……そんなの……ひぐっ!」 「星の……おしっ、おしりペンペンなどっ……」 「怖くなぞ、な、な、ない――ぅ、う、うう……」 「うわ――」 「おいコラ」 「ん?」 「ぁ……」 「なんで勝手に連れてくんだよ」 「なんか文句あっか?」 「あるね。そいつに抜けられっと、チームが組めねぇ」 「知らねぇな」 「知っとけ! 大体な、そいつが嫌がってんだ」 「なんの権利があって、そいつを自由にできんだ?」 「先に逮捕されたいか」 「おーよ! できるもんならしてみやがれ!」 「アタシはな、テメーらみたいな権威を傘にする豚野郎が、大々々々々々々だ――――――いっ嫌いなんだよ!!」 「沙紅羅……」 「おいちゃん、嬢ちゃんみたいなのも嫌いじゃねぇがな」 「コイツは今、半田明神に帰らなきゃなんねぇ」 「嬢ちゃんのワガママに付き合う暇はねぇんだよッ!」 「ンダァ!? やる気か?」 「やめた方が、いいと思うぜ」 「なにをナマ言ってやがる!  アタシの相棒、喝雄不死の錆になれぇいっ!!」 「でりゃああああああああッ!!」 「甘いッ!!」 「ぬはっ! な……なんだと!?」 「八代連綿と受け継がれたこの富士見式捕縛術!  おまえごときに破れはしねぇよッ!」 「へっ……い、言うじゃねぇか……」 「それじゃ、アタシもそろそろ本気を……ぐっ!」 「いいのじゃ、沙紅羅」 「ミヅハ……?」 「わらわが悪かった」 「これは、わらわの遊びのツケじゃ」 「そんな、でも――」 「フウリよ! 抜けてしまって、すまぬ!」 「できる限り早く、戻って――」 「ほら、行くぞ!」 「ぎゃあああああ!  もじゃもじゃが! もじゃもじゃして気持ち悪い!」 「がっはっは! がっはっはっは!」 「行っちまった……」 「おしりペンペン……痛そうだな……」 「う……うう……う……  もう約束まで、時間が……」 「あ! しまった!  メンバーが欠けちまったか!」 「もう……ダメなんでしょうか……?」 「まあでも、さすがにもう時間が……」 「私……夢が、あるんです……」 「この大食いで……やっと……  やっと……叶うはずだったのに……」 「それなのに……  せっかく……せっかく、ここまで来たのに……」 「夢……か……」 「いよっしゃ! スマン!  アタシが悪かった!」 「諦めるなんて、柄にもねぇことしかけちまった!」 「なあに、大丈夫!  時間がなくとも、アタシが本気を出せば何とか――」 「フウリさんッ!」 「お、弟子じゃねぇか! いい所に!」 「え……アッキーちゃんいつの間に――?  というか、沙紅羅さんの弟子!?」 「おーよ! コイツは、アタシのシャテーで……」 「あの……オレを、メンバーに入れてください!」 「え?」 「マジかっ!?  ナニその渡りにテツヤ的な流れ!」 「フウリさんが困ってるの、スーパーノヴァで見てました。  是非手伝いたくて、それで来たんです!」 「でも、お店大変なんじゃ――」 「承諾済みです。  鈴姉、フウリさんのこと、ちゃんと見てあげてって」 「鈴ちゃん……  あんなに忙しいのに手伝ってくれるなんて……」 「大晦日で制服着てる人少ないし。  この格好、コスプレって解釈でいけると思うんです」 「もしふたりが良ければ、一緒のチームで戦いたいなって」 「えらい! いやあ、それでこそ侠だ!」 「お願い……していいですか?」 「どうぞ、よろしくお願いします!」 「こちらこそ、よろしくお願いします!」 「よぉし! それじゃ、メンバーも揃ったところで――」 「みんな、大食い大会に出発だッ!!」 「おー!」  似鳥の指がトリガーにかかる。  生と死を分かつアザナエル――  籠の中で打ち震えるは、似鳥の生と夢。  籠の中で打ち震えるは、似鳥の死と無。  籠の中の鳥たちが、巣立ちの刻を待っている。 「いっけえええええええええええ――――――ッ!!」  狭いバックギャモンを、似鳥の絶叫が埋めた。  指先が内側から弾けるような力に包まれる。  トリガーが引かれ、ハンマーが滑り―― 「だめ!」 「――――!」  ノーコが両手を広げ、似鳥の前に飛び出す。  視線が交錯する。  愛しさと。驚きと。願いと。後悔が。  トリガーは止まらない。  声も、光も、願いも、間に合わない。  籠の中から飛び立つのは―― 「いく――」 「あ――あ――! あ、ああ、あっあっあ――」 「んんん――――――――ッ!!」 「んはぁっ――んぁ――ん――ん――」 「んく……ん……んん……」 「かんじる……」 「にとりの、いっぱい」 「いっぱい、なかに、きた」 「あ……ああ……」 「なぁ……もう、いいだろ?」 「みたされない」 「まだ」 「もっと、ちょうだい」 「もっとって――んっ!」 (だめだ) (しっている) (なんどやってもむだ) (みたされない) (わたしのなかににとりがいる) (それでもだめだ) (どうすればわたしはみたされる?) (なぜわたしはみたされない?) (それは、なぜ?) (それは――) 「似鳥さんが、愛してくれないから」 (あい……?) 「似鳥さんが、好きなんですよね?」 (わからない) 「どうしてですか?」 (だって、わたしはのうないかのじょだから) (もうそうのそんざいに、あいはふよう) 「そうやって、自分を騙しているんです」 「だからあなたは、満たされない」 (わたしは、みたされないうんめい) (なぜならわたしは、のうないかのじょ) 「現実の存在になったとしたら?」 (げんじつの……?) 「アザナエルは『願い』に反応する」 「おぬしが心から現実化したいと願い、なおかつ、カゴメアソビに成功すれば、きっと――」 (わたしはのうないかのじょ) (だから、あいされない) (でも――もし!) (もし、げんじつのそんざいになることができたら――) (そうだ) (わたしは、かわりたい) (にとりだけしかいなかった、わたしのせかい) (でも、それがかわった) (フウリとであい……ミヅハとであった) (いやなこともあった) (つらいこともあった) (でも……) (にとりがすむせかいは、きっと、そういうところ) (そしてわたしは……) (にとりのそばにいたい!) (にとりのそばにいて、だれよりもいちばんちかくで) (にとりのあいのことばで、みたされたい……!!) 「ぁ――」 「ノーコッ!」 「ん――? まあ、確かにノーコンか」 「けどなんか、途中で消えた気が……」 「大丈夫、か……?」  問いかけるが、ノーコは倒れたまま反応しない。  代わりに返答するのは―― 「大丈夫だ。ピンピンしてるぜ」 「ったく、そんなビビんなって」  似鳥に近づくと、その指からアザナエルを奪い取り、自らに向けた。 「外さなきゃ、オレの願いが叶ったっていうのによ」 「カゴメアソビっつったってなぁ。  6分の1だぞ、6分の1」 「テキトーに撃ったって、んな当たるわけ――」 「あ……?」 「ちょっと……なんで?」 「唐突に、うそ、だろ?」 「警察、警察に――」 「…………」 (ダメだ……) (オレは借金があって、コイツを殺す動機がある。  なのにどうやって、状況を説明するんだ?) (アイツが突然、自分の頭を狙って撃った?) (全然、説得力ない。  目撃者もいないし、指紋もついてる) (やつらは少しでも怪しかったら、冤罪で逮捕しようとするからな。自白させられて、殺人罪だ) 「やってられるか! オレは逃げ――」 「う……」 「そんな、見るなよ、な?」 「――そうだ」 「ホラ、御札!」 「成仏してくれよ」 「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀……」 「うし!」 「ゴメンな、ノーコ! 先に行くから!」  店内に囁いて、似鳥は足音を殺し、階段を駆け下りた。 (ん? カレーの匂い……?) 「かはっ! けほっけほっ!」 「なんなのよこの辛さ……水……みず……」 「カライ! カライ! インド人もびっくりぃぃ……」 「今よアッキーちゃん! 捕まえましょう!」 「お、おう!」 (な、なんかわかんねーけど、見つからないように……) (クソッ。あっちには警察署が――) (落ち着け……大丈夫。普通にしてれば――) (なるべく人の少ない方を――) 『全国各地から集まったゆるキャラたち、入場よ!』 (注目があっちに向かってるうちに――) (真っ直ぐ家に……?) (いや、駄目だ! オレインド人に見られてるし!) (もし身元がバレてたら、警官が家まで――) (クソ……! なんでこうなんだ?) (最悪だ。今日は、ホントに人生最悪の一日だ……) 「はは……」 (困ったときの神頼み……か) (まあ、いいや) (せっかくだし、拝んで――) 「ん? あれは……」 「オレ――オレ――」 「恵那の――恵那のことが――ッ!!」 「え?」 「銃声――!?」 「行こうッ!!」 「あ――うん!」 「アザナエル早く取り返さないと、大変――」 「ギャー! テッポが暴発!」 「って、何!?」 「あ! アザナエル!!」 「いたい、いたいいたいいたい……」 「なんでアンタが!?」 「え? な、なんデスカ?」 「っていうかチョと来るのが早い――」 「その銃、渡しなさい!」 「の、駄目デスよ!  これは、私の大事なショバイ道具!」 「何が商売道具よ! ほらアッキー!」 「お、おう!」 「とりゃー! インド人、覚悟!」 「やめ、やめて――ぐわー!!」 「うおっ! アブね!!」 「暴発!?」 「ううう!! 多勢にブゼイ! 卑怯者デスネ」 「かくなる上は――チチンプイプイ!!」 「ヨガ忍法、カレー煙幕!」 「ギャー!」 「アッキーちゃん、大丈夫!?」 「か、辛い……目が……目がヒリヒリ……」 「うう! アッキーちゃんをよくも! 覚悟!」 「カレー煙幕!」 「ぎゃー!!」 「ふっふっふ!  ヨガ忍法を破ろうなどと、アサハカデスネ――」 「お返しよ!!」 「ふぎゃー!!」  床に落ちたカレー粉袋を、恵那が投げ返す。 「かはっ! けほっけほっ!」 「なんなのよこの辛さ……水……みず……」 「カライ! カライ! インド人もびっくりぃぃ……」 「今よアッキーちゃん! 捕まえましょう!」 「お、おう!」 「改めて見ると、意外と普通のお店ね」 「半分はインド雑貨屋で、半分は免税店――  パソコンなんかも扱ってる」 「お! これ――スマガパソコン!」 「すま……が?」 「ストライプウィッチーズ・マジカル・ガールズ!」 「略してスマガ!」 「はあ……どっかで聞いたことあるような……」 「でもこれ……まだ売ってないはずじゃ?」 「というかこれ、このマーク……  エッチなソフトじゃないの!?」 「え、いや、それは……あは、あはははは……」 「……まあいいわ。発売前のパソコンとか、アダルトゲームとか、怪しい店だってのはよくわかった」 「ジャブルさん。  あなた確か、元留学生でしょ?」 「昔は数学の天才ってもてはやされたとか……  違いましたっけ?」 「それは、昔の話デスネ。  今は秋葉原の商売人――」 「河原屋組の庇護を得て、ですよね」 「異郷の地で成功するには、後ろ盾が必要デス」 「そのために――こんなモデルガンまで?」 「ただのモデルじゃないデスヨ!  音も出るデス! ペイント弾も出るデス!」 「そんなことは聞いてないです!」 「なんで、こんな模様をわざわざつけたのかってこと」 「そりゃ私も、商売デスネ!  軽々しく顧客情報は――」 「アッキーちゃん」 「おう!」  勢いよく返事して、千秋はカレー袋を構えた。 「コイツを喰らいたくなかったら――」 「ゴメナサイ! ギブアップ! 白状するデス!」 「アレはズバリ、双一オヤビンのオーダーメイドです!  何に使うかはしらないデスネ……」 「やっぱり……今日の出来事は計画的犯行。  ずっと計画を練っていたに違いないわ!」 「……うん、もう待ってるヒマはない!」 「え? ちょっと、恵那!?」 「ふぅ……なんとか、助かったデス」 「おい待てよ、恵那!」 「シッ! 静かに!」 「なあ、もしかしておまえが探してるのって――拳銃?」 「アッキーちゃんには関係ない」 「やっぱりやめた方がいいって!  オヤジさんに連絡取って――」 「だめ」 「私、父さんが、許せないの」 「恵那……まだ、あの時のこと……」 「アンタたち!」 「アザナエルについて、聞きたいことが――」 「――――ぇ?」 「な……なに、コレ?」 「死んでる……?」 「い……」 「いや……嘘……」 「そんなの……ッ」 「――――――ッ!!」 「ちょっと――恵那?」 「恵那ッ!!」 「恵那! 待てって!」 「あらら? かえてきたデスカ?」 「インド人、奥に誰も入らないよう見張って!」 「ああらどしてデス?」 「いいからッ!!」 「おい、恵那! ちょっと! 待てよ!!」 「――――ッ!」 『それでは各チームの選手入場の前に、今までのキャラバンダイジェストをどうぞー!』 「な……セットが、燃えてます」 「CGってすげえな!」 「え? これもCG……?」 「違います!」 「違います! あれは火事じゃなくて――」 「それじゃ、なんなんだね!?」  ADと消防士が、ステージ脇で押し問答を演じていた。 「意図的に燃やしてるんです! 安全なんです!」 「事前の申請はあったのか?」 「ええと、だからそれは……忘れてて……」 「そんな言い訳信じられん! 今すぐ消火活動に――」 「やめて! ちょっと!  誰か助けてー! 助けてください!」 「ふぅ……ヤレヤレだ」 「アイツには借りがあるからな!」 「とにかく、火を消す――」 「どうりゃああああッ!!」 「どわっ! ななん、なんだ君は!」 「舞台の火を消したいんなら――」 「アタシの心に燃える炎を、消してからにしなッ!!」 「…………は?」 「決まった……!」 「えー、ともかく消火を!」 「やーめーろー!  やめろっつってんだろ!」 「どうしたの? 消防車追い払えって言ったでしょ」 「は、はい! 今なんとか――」 「あ、フウリちゃん!  メンバー集まったわね? 来てもらえる?」 「でも沙紅羅ちゃんがまだ――」 「邪魔だ! 退きなさいッ!」 「みんなっ! アタシに構わず先に行けー!」 「そういうわけには……」 「消防の人を説得しないと!」 「でも、沙紅羅ちゃんにそういう交渉は……」 「オレに、任せてください」 「アッキーちゃん?」 「ぐうううううう!!」 「ぬうううううう!!」 「待ってください!」 「ん……?」 「あの炎は、偽物です!」 「偽物……?」 「――――ドロン」 「ぱっ!」 「うわわっ!!」 「な、なんだこの火はッ!?」 「全然熱くない……?」 「コレと同じことをしています」 「CGってすげえな!」 「CG……なのか?」 「いやいや……」 「なにか、安全性に問題ありますか?」 「い、いや……この炎なら、問題ないだろう」 「コホン!  えー、二度と紛らわしい真似はしないように!」 「はいっ!」「はいっ!」「はいっ!」 「では、失礼!」 「今の、CGじゃないですよね……?」 「なんだか、太三郎様の源平合戦みたい……」 「おふたりともありがとうございます!」 「いえ、大したことじゃないですから」 「そうそう。借りを返しただけで……」 「あ……あれ?」 「そういえばあなた、確かバイクで――」 「なに無駄話してんの! VTR終わっちゃうわ!  早く、選手をこっちに!」 「は、はい! 今連れて行きます!」 「しかし弟子!  さっきのはすごかったな!」 「あ、いえ……」 「まさかおまえが、あんな特技持ってるとは!」 「役に立てたら、うれしいです」 「これも、恩返しなんで……」 「恩返し?」 『レディース&ジェントルメン!』 『お待たせいたしました!  全国ゆるキャラバン決勝戦!』 『全国各地から集まったゆるキャラたち、入場よ!』 『ウシの代わりにブタを乗せたのは豚丼じゃねぇ!  オレたちが、本物の豚丼を見せてやるッ!!』 『北海道代表!  どんぶりマフィア、ドン・ブーたんチーム!!』 『米所の台所! 生まれたときからどんぶりめし!  中華食堂パンダ屋が、皆の胃袋守ります!』 『宮城県代表!  中国産戦士! パンダヤンチーム!』 『春は曙、夜はパイ! これであなたもうなぎ登り!  おっ、パイ! おっ、パイ! おっ、パイだ!』 『静岡県代表!  大人のお菓子! おっ、パイうなぎ! チーム!』 『呪いよ解けろ! 川底でニートしてる場合じゃない!  あのヒゲ男が、道頓堀の底から今蘇る!』 『大阪府代表!  史上最強の助っ人! リバース・サンダースチーム!』 『沖縄土産は私に任せて!  でも読み間違いだけはかんべんな!』 『沖縄県代表!  伝統の味! ちんす子ちゃんチーム!』 『そして、最後に――』 『本日発表、秋葉原の新マスコットの企画・製作――』 『アキバコスプレチーム!!』 「テレビテレビ! イエーイ!」 「フウリさん、大丈夫ですか?」 「わわわわわ……きんちょう……です」 『以上6チームが、日本一のゆるキャラを目指して戦う、全国ゆるキャラバン決勝戦!』 『ラストバトルは、コレよ――――――ッ!!』 『秋葉原の名物を喰らい尽くせ!』 『ゆるキャラ対抗! 大食いキングゥゥ――ッ!!』 「でも……どうして大食いで、ゆるキャラのチャンピオンを決定するんですか?」 「大食い対決だと着ぐるみ脱がなきゃいけないし、そもそも3人でチーム戦っていうのは意味があるのか……?」 「ええと、それがですね。  色々路線変更というか、都合というか……」 「根性見せるためだよ」 「はい?」 「テレビの前でドツキ合いはできねーしな。  根性試しなら、大食いがベストだ!」 「じゃあ、なんでチーム戦で?」 「バカヤロウ!」 「仲間のためだからこそ、苦しいことに耐えられんだろ?」 「なるほど! なっとく!」 「……大丈夫かなあ」 『では各チーム! トップバッターは前に!』 「いよっしゃ! それじゃ弟子! 行ってこい!」 「オレが最初?」 「決まってんだろ? 真打ちは後から登場するんだよ!」 「まあ、いいですけど……」 『ダメです! 最初は沙紅羅さんでお願いします!』 「あぁん? おいコラ!  アタシを出囃子に使う気かッ!?」 『テレビ的には、一番最初に、一番のヒキが要るんです!』 「む! 一番の……?」 『沙紅羅さん! あなた今、この会場で一番輝いてます!』 「ほほう……輝いている!」 『全国のお茶の間に、ズガンとインパクトを与えられるのは、あなたしかいないっ!!』 「……ちぇっ! わーったよ、わーった!  てめーには借りがあるしな」 「いっちょ、やったるか!」 「やっちゃってください!」 「沙紅羅ちゃん、頑張って!」 「みんなにはわりーが、今日は死ぬほど腹が減ってんだ」 「暴走集団百野殺駆《ヘッド》〈頭〉・月夜乃沙紅羅  ――アタシだけで、完食させてもらうぜッ!」 「わうわう! わうわう!」 「出口だな! でかした犬!」 「いやあ、ライト落としたときはどうしようかと……」 「犬! てめーがいきなり吠えるからわりーんだぞ!」 「くぅぅ……ん」 「まあそう怒るなよ。  コイツのおかげで、出口が見つかったわけだし、な?」 「そりゃ……まあ、そうだけど……」 「ミヅハ、大丈夫だよな……」 「オレたちにできるのは、無事を祈ることだけ……」 「まあ勝負事の神様だし、大丈夫だろ」 「その割には、姐さんの居場所外したけどな」 「ほら、さっきもなんか、オッサンとすれ違ったしさ。  意外と人通りが多いのかもしれねぇぞ」 「そうだといいけど……うし、入るぞ!」  部屋の奥のコスプレハンガーが揺れ、そのむこうからひょっこりみそブーとユージローが姿を現す。 「なんかいかがわしいな……」 「これは……アダルティーなオモチャショップ!」 「ハッハッハッハ!」 「おいブー、犬! 発情すんな!」 「そ、そんなこと言われてもよォ……ん?」 「おっ! この袋、もしかして――」 「ん? なんだァ?」 「女児パンツが返ってきたッ!」 「お、ミヅハに預けたヤツか!?」 「わうわうっ!!」 「ん? ここにも同じ袋あんぞ?」 「どれどれ?」 「なんだコレ」 「しまぱんじゃねぇかっッ!」 「しま……ぱん?  でも、なんでこんなものが?」 「オレの推理では、恐らく」 「女児パンツが分裂したんだ……」 「分裂!? そ、そんなことがッ!!」 「わうわうわうっ!!」 「ん? まだ、中に何か……」 「なんだコレ」 「ブルマーじゃねぇかっッ!」 「ブルマー?  でも、なんでこんなものが?」 「オレの推理では、恐らく」 「利子が付いたんだな……」 「利子!? そ、そんなことがッ!!」 「わうわうッ!! わうわうわうわうっ!!」 「お、そうか犬。おまえはこっちが欲しいんだな」 「え? やっちまうのか?」 「いいだろブー? コイツは命の恩人だぜ」 「ちぇっ! しょーがねーなー」 「おい、犬!」 「わうわうっ!!」 「おいコラ、動くな!  オレが今、おまえにブルマーを……」 「はっはっは!!」 「だから動くなって!  あと腰! 腰の動きやめ――」 「おいブー」 「ん? なんだよこっちは忙しい――」 「ブー、いいからこっち見ろって!」 「おいおい、なにそんなビビって――」 「のわああああっ!!」 「し、死体ッ!?」 「しかも……御札が貼ってある……」 「なんなんだよ……!?  呪いとか? 悪霊の祟り?」 「そ、そんなわけねーだろ」 「ん、んんー、たぶん拳銃かなんかだな」 「わかるのか?」 「グロ画像なら見慣れてるかんな」 「ぐろがぞう……?」 「ブラクラ?」 「……………………………………ん?」 「………………ブー?」 「な…………なんだ、みそ」 「なんか…………いったか?」 「いや…………オレは言ってない」 「わたしのこえ」 「………………おい、犬」 「わう?」 「おまえ…………しゃべれたり、しないよな?」 「わう」 「犬がしゃべったわけでもない……」 「ってことはつまり……」 「きこえるの?」 「うぎゃああああああああああ!!」「うぎゃああああああああああ!!」「きゃうううううううううううん!!」 「みそっ、立て!」 「ひえっ、腰が――腰があッ!」 「ええい! 悪霊退散悪霊退散!」 「おいッ! 御札返せ! 呪われるぞ!」 「ででで、でも……指が固まって……!」 「うるさい」 「しにたい?」 「「ひええええええええええええええええ!!」」 「わうわうわうわうっ!」 「犬!?」 「そ、そうか……そっちに逃げ道が!」 「逃げるぜみそ!」 「お……おう!」  ユージローに続き、みそとブーは元来た地下通路へ。 「…………」 「おかしい」 「なぜ?」 「なぜ、にとりはいない?」 「なぜ――」 「わたしのこえが、とどく――?」 「……だれかきた?」  ノーコは暗闇に身を隠し、階段下から聞こえる音にそっと耳を傾けた。 「ああ、クソッ!」 (ソトカンダーじゃねぇか!  なんで、こんな失敗作に会うんだよ!) (ああ……畜生……) (なんでオレばっかり、こんな目に遭うんだ?) (何かそんな悪いことしたか?) (こんなのって、おかしいだろ?) 「神様……助けてくれよ……」 「よかろ」 「え……」 「おぬしの願い、叶えてしんぜよう!」 「ええと……」 「誰?」 「神様じゃ!」 「神様……」 「うむ!」 「そりゃあすごい」 「うむ! すごい!」 「しかも偉い!」 「偉い!」 「それじゃ失礼――」 「ちょ――待たんか!」 「待たないっての」 「…………はぁ」 「溜息をつくな!」 「ノーコとは会えたのか?」 「そんなもん、おまえの知ったこと――」 「……待て。今なんて言った?」 「ノーコとは会えたのか、と訊いておる」 「どうして、ノーコを知ってる?」 「言ったじゃろう?」 「わらわは、神様じゃ!」 「名前をミヅハという!」 「ミヅハ……」 「して、ノーコはどうなった?」 「ん……アイツは……」 「さっき、おぬしに会いに行ったのではないか?」 「なんて、説明すればいいのか……」 「ってか、人に話せることなんてないよな」 「まあ良い。ともかく、わらわを連れて行け!」 「……え?」 「わらわの格好で一人歩きは目立つ。  もじゃもじゃ警官も邪魔する」 「おぬしのような、お供がいるのじゃ!」 「はぁ……」 「ほれ、行くぞ! 早く!」 「こっちじゃ!」 「神社の裏に、こんな森が……」 「怖くて、抜けられなかったのではないからな!」 「そうですか」 「それにしても、これ――」 「さっきの地震で、崩れたのか?」 「おそらくはな」 「そしてそのせいで、アザナエルが――」 「ん? 今、アザナエルって――」 「ほら、早く先に行くぞ!」 「お……おい待てよ!」 (なんか……おかしなことになってきたな) (こんな子供の言いなりになってる場合か?) (オレは今、すごくヤバイ状況に――) 「おぬしの望みはなんじゃ?」 「望み……?」 「困り事があるのじゃろう?  あれだけ真剣な神頼みなど、久方ぶりに見たぞ」 「……おまえホントに神様なのか?」 「信じておらんのか?」 「普通は無理だろ」 「ならばなぜ、ついてきた?」 「ノーコの名が出たからか?」 「…………」 「わらわもノーコには恩がある」 「あやつに、親友のことを任せろと言ったからな。  約束を違えることはできん」 「まあ、万事わらわに任せておけ」 「皆の望み、わらわがまとめて叶えてしんぜよう!」 「はぁ――っ、はぁ――っ、はぁ――」 「やっと――追いついた――」 「なあ、恵那。大丈夫か?」 「…………」 「そんな、な? 気、落とすなって」 「そりゃまあ、ショックだけどさ」 「っていうか、オレもショックだよ、うん」 「でもさ、そんなに取り乱さなくても……な」 「…………」 「なんだよ? なんかしゃべれよ!  いつものおまえと違うだろ」 「雪山じゃ、ないんだからさ」 「…………?」 「……雪山って、なによ」 「何かの暗号?」 「あー、知らないのか?」 「雪ってさ、音を吸い込むんだぜ。  だから雪の日は、遠くの音が聞こえない」 「ふぅん」 「へへ、やっとしゃべったな」 「……悪い?」 「悪くないって。ほら、おまえ名探偵なんだろ。  ピンチはむしろチャンス?」 「いつも通りさ、眼をきらきらさせて『これは事件!?』みたいな感じで――」 「犯人、知ってるの」 「え……?」 「それマジ? っていうか、すごいじゃないか!」 「だったらすぐ、オヤジさんに連絡して――  あ、連絡したくなかったら、オレが代わりに」 「違う。私が犯人」 「え……?」 「私が、殺したの」 「……いや、いやいや! ちょっと待てって!」 「犯人っておかしいだろ!  オレと一緒にあの店に入って――」 「拳銃持ち出したの、私なの……」 「おまえが、持ち出した……?」 「半田明神の地下にムロがあるのを偶然見つけて、入っていったら、そしたら奥に小さな社があって」 「そこから、持ち出したの」 「警察に届けようと思って、でも途中で色々あってアザナエルをなくしちゃって、それで……」 「でもほら! 悪気があったワケじゃないし! 警察に届けようと思ってたわけだし! 結局不幸な事故――」 「私の手に負えないことだってのは、わかってた」 「ホントはすぐに父さんに連絡するべきだったの」 「なのに変に意地を張って、自分だけで解決しようって先延ばしにして、しかも千秋に気を取られてばっかりで」 「それで……最後に……こういうことに……」 「だから、勝手に落ち込むなって!」 「あの人……双六だっけ?  組員だったら、抗争とかで撃たれたり――」 「……あなたは知らないだろうけど、ここは特別なの」 「河原屋双一っていうのが、ホントに戦後間もない頃からずっとこの秋葉原を牛耳ってる親分でね」 「一種の聖域みたいに、どの抗争相手も手出しができないんだって」 「でもほら、薄暗かったし、拳銃が本当におまえが持ち出したやつかとか、確認できたか? できなかっただろ?」 「……隣に私のエコバッグがあった。  アザナエルごと、盗まれたヤツ」 「でもさ! たくさん造っちゃったヤツだろ?  他に誰かが持っててもおかしくないし!」 「…………」 「…………」 「ありがと、アッキーちゃん」 「でもやっぱり、私……」 「探偵、失格みたいなの」 「…………」 「…………」 「どうして……」 「どうして、諦めるんだよッ!!」 「そんなの恵那らしくないよ! おかしいよ!」 「だって、事件はまだ未解決だろ? 中途半端だろ?」 「諦めんなよ! 諦めるなんて――間違ってる――」 「バチが当たったんだと思う」 「私、疑うことばっかりで、全然、信じられなかった。  事件を疑って、家族を疑って、好きな人まで――」 「だからこれからはちゃんと信じようって、そう誓ったばっかりだったんだけど――」 「オレが無罪を証明してやる!」 「全部、何かの間違いだって!  オレが証拠を見つけてきてやる!」 「そしたら、それで、オッケーだろ! 万々歳だろ?」 「だって、おまえは、信じるんだもんな!」 「無罪を証明してやるって約束するオレを、信じるんだもんな! だよな!?」 「……あは」 「……うん、ありがと」 「やっぱり、親戚なのに、違うね」 「え?」 「千秋だったら、今みたいなこと、絶対言えないもん」 「う……結構フクザツ……」 「とにかく、オレはバックギャモンに行くから」 「おまえは家かスーパーノヴァに戻って、休んでてくれ」 「うん。現場には戻れそうにないし、そうするわ」 「でもその前に――」  恵那は手に携帯電話を取る。 「いいって。通報もオレがやっとくから」 「ううん。これだけは、私が伝えなきゃ」 「父さんに連絡したら、スーパーノヴァに戻るから」 「ホントだな?」 「私を信じて」 「…………わかった」 「オレ、バックギャモンで見張ってるから。  連絡よろしくな」 「任せて」 「それではみんな、準備はオーケー?」 「ゆるキャラの誇りを! 夢を! 名誉をかけて!」 「レディ――――」 「イイイイイイイイイイイイ――――――トッ!!」 「《いただきます》〈威汰蛇鬼魔栖〉ッ!!」 「うおおおあむがむんむひむほむむむむむむ……ッ!」 「んぐっ、んぐっ、んぐっ――――ぷはぁっ!!」 「各選手、一斉に食いついたッ!」 「石川カレーの大本命!  《ごーわん》〈51〉カレーの『豪腕スペシャル』」 「サムライジャパンのワールドチャンピオンを記念して創られたこのカレー! なんと器がチャンピオンベルト!」 「現在アメリカで活躍している老年大リーガーイチロウ・キンザイの大好物と言われているけれど、果たして――」 「《ごちそうさま》〈護恥走裟魔〉ッ!!」 『おおっと、すごい!』 『秋葉原チーム、一気に51カレーを完食』 「沙紅羅ちゃん、すごいです!」 「ホントに腹減ってたんだ……」 「よっしゃあ! どんなもん――」 『続きまして――』 「え?」 「なんと!」 『伝説のタミドン! 肉飯マシマシマシマシの登場ッ!』 「ですよねー」 「あんな呆気なく番組終わるはずないし……」 「それにしてもでかい! です……」 「沙紅羅ちゃん、がんばってー!」 「おーよ!」 「はぐっ、んむっ、んぐっ、んぐぐ……!」 「ふぁいとおー!!」 「ほらアッキーちゃんも、一緒に応援しないと!」 「いえ、あの……」 「ん? どうしました? お腹でも痛く――」 「どうしてこの番組に出ようと思ったんですか?」 「え――? な、なんで急に?」 「だって、あんな忙しいアルバイトを抜け出して、何をするのかと思ったら大食い大会で……」 「ただたくさん食べたかった、ってわけじゃないですよね」 「むー。アッキーちゃんは、人を見る目がありますね」 「実は私……ミリPさんを助けたかったのです」 「あの、司会者の?」 「バンドのプロデューサーとして、私たちをデビューさせてくれるといってくれました」 「その恩人が困っているのなら、私も一肌脱がずにはいられません!」 「それだけ?」 「きゅ?」 「それだけのために、あんなに必死に?」 「…………」 「アッキーちゃんは、なんか不思議ですね」 「なんていうか、こう、昔から知ってるみたいな、私の心を開かせてしまう力があるみたいな」 「やっぱり、そうなんですね?」 「……わかりました。白状します」 「私、好きなひとがいるんです」 「好きな、ひと……」 「幼馴染みで、小さいころから一緒で。  とてもとても、仲が良かったのです」 「でも……私には、許嫁の人がいました」 「好きな人は、許嫁の人に遠慮して、私の元を離れて、東京に出て行ってしまったのです」 「そのまま、長い時間が経ちました。  私は村で、普通通りに生活を続けていましたが――」 「……フウリさんの気持ちは、変わらなかった?」 「変わらないどころか、どんどん、好きになっていって。  それで私も、たまらず上京したのです」 「でも……東京は、思ったよりずっと、広かった……  捜しても見つからなくて、連絡もとれなくて……」 「だからテレビに?」 「そうです。バンドで成功したり、テレビ番組に出れば、きっと気付いてくれると、そう思って」 「その……好きな人、ですか?  酷いヤツですね」 「え……?」 「フウリさんを捨てて、どっか行ったってことでしょ?  全然、連絡もしてないんでしょ?」 「それは……きっと、何か理由があります!」 「離れてしまうときに、いつか絶対に会えるって、そう約束してくれたんです!」 「その約束も、忘れちゃった可能性はありませんか?」 「もしくは、他に好きな人ができたとか――  最悪、もうこの世に――」 「だめー!」 「そういうことを、口に出すなんて……  アッキーちゃんは、意地悪さんです」 「あ……うん、ごめん。  そのことは、もう言いません」 「でも……オレ、かわいそうだと思うんですよね」 「その……許嫁の方は、どうなっちゃったんですか?」 「え……」 「太四郎さんが、どうなったか……?」 『完・食ぅぅッ!!』 『な、なんということかしら!』 『秋葉原チーム、沙紅羅選手!  圧倒的な強さで、タミドンもクリアッ!』 『他チームはまだタミドンに手をつけたばかり!  これは強いわッ!』 「う……うげっぷ」 「はは……さすがに、ちょっと、きつかったぜ」 「沙紅羅ちゃん、カッコイイです……」 「おうよ……当然だ!」 『続きましては――』 「まあ、まだ出てくるよな……」 『喫茶店「プリーズ」のマダム謹製!』 『夜はご飯がなくなるからパスタでね!  特製カレーパスタ特盛りッ!!』 「い、いよぉし……」 「やったろうじゃ……ねぇか……」 「はむ……んむ……んむ……」 「ん……ん……ん……」 「んぐぐぐぐぐぐ……!」 「だ……大丈夫ですか、沙紅羅ちゃん」 「らひ……んぐっ。だいじょうぶ……じゃ、ない……」 「だったらあの、無理しないでも、次の私が――」 「けど――ここで諦めたら、女が廃る」 「こんな場所で諦めたら、弟に顔向けできねえだろ!」 「沙紅羅ちゃん……」 「うおおおおおおお――ッ!!」 『おおっと、すごい!』 『一度は死んだかと思った秋葉原チーム沙紅羅、不死鳥のようにペースが復活よ!』 『なんていうド根性ッ!』 『全国ゆるキャラバン――  熱ゆるい戦いは、まだ始まったばかりよ!』 「はい、CM入りました!」 「フウリちゃん!」 「まさかこんな強烈なキャラ連れてくるなんてね。  テレビってのがわかってるじゃない」 「いえ、それは、たまたまというか……」 「たまたまだろうと、その人の持って生まれたツキよ。  この調子で、頑張って頂戴」 「は、はい」 「ミリPさん! ホントに大丈夫でしょうか……」 「フウリさんって、すごい大食いなんですよね?  このままのペースだと、すぐになくなっちゃう……」 「だったら追加で用意しなさい!」 「え、でももう大食いメニューは……」 「アンタ、秋葉原出身でしょ?  秋葉原っぽい食べ物ならなんでもいいから、早く!」 「あと、ソトカンダーのデザイナーは捕まったの?」 「それが、色々探してるんですけど……」 「ウダウダ言ってないで、さっさと見つけなさい!  そのデザイナーが、番組の後半の鍵なんだからね!」 「またここか……」 「うむ! ノーコとの約束じゃ!」 「フウリの助けをせねば!」 「けっして、けばぶやらクリマンベアカステラが食べたいというわけではないぞ! うむ!」 「…………」 「……なんじゃさっきから、仏頂面をしおって」 「オレ……ここで待ってていいか?」 「なぜじゃ?」 「なぜって、それは……」 「あああああ! いたっ!!」 「あ……あんた、確か――」 「あ、あの、ずっと探してたんです! 来て下さい!」 「嫌だ! 番組には出ないって言っただろ!」 「そんなこと言わないで! 緊急事態なんです!」 「1/30ソトカンダーが、壊れて――」 「壊れた……!?」 「ミリPさん! デザイナー、見つかりました!」 「待ってました!」 「え? あなたは……」 「初めまして!  アタシはこの番組の臨時ディレクターのミリPよん!」 「はい、一応テレビで見たことは……  でもなんで、番組ディレクターを? 若原さんは?」 「それがね、トラブルに継ぐトラブルってヤツで――」 「ここはちょっと忙しいわね。裏に行きましょ」 「え? 裏って――」 「あ、そろそろCM明け――  ミリPさん! どこに?」 「打ち合わせよ!」 「でも実況は――」 「あなたがやりなさい!」 「え? 私!?」 「大丈夫! あなたならできるわ!」 「そんな、急に言われても――」 『え、あ、はい! 秋葉原からネットとテレビ同時中継でお送りしている全国ゆるキャラバン決定戦!』 『48都道府県のゆるキャラバトルを勝ち抜いた精鋭たちが、今、秋葉原で激突します!』 「急に任せちゃって、大丈夫か……?」 「あなたは自分の心配をしなさい」 「今から、番組終了時点まで、秋葉原の新マスコットキャラクターを創るのよ」 「新マスコットキャラクター……?」 「そう! 制限時間は夜10時まで。  それまで、皆がアッと驚くような――」 「ちょっと待った!」 「なんだよその新マスコットって!  ってか、ソトカンダーは? アレでいいだろ?」 「それがね、模型が壊れちゃって……」 「壊れたモンはしょうがねーだろ。  ソトカンダーの絵を新しく描けば――」 「ソトカンダーは、あくまで模型込みでのGOサインよ」 「模型が壊れちゃったなら、もっとまともなキャラにしなきゃ」 「まともなって……」 「あのなあ、人が一生懸命デザインしたものが壊れたとか、新しいのを創りなおせとか簡単に言うけど……」 「無茶ブリは承知よ。  申し訳ないとも思う」 「でも、あなたにならきっと――」 「できるかできないかじゃない。  なんていうかな、こっちのモチベーションの問題?」 「もちろんギャラは、それに見合うだけの額を出す!」 「だからお願い!  もう一度、新しいキャラクターをつくって!」 「…………」 「なんでも、やるんだな?」 「アタシたちができることなら」 「もうカネは要らない。けど――」 「その代わり、アリバイをくれないか?」 「…………」 「…………」 「なんか、ヤバそうな条件ね。  まずいことでもしでかした?」 「確かに疑われるような立場にいる。  でも、オレは、なにもしてない」 「本当に、なにもしていないのね」 「ああ。絶対に、なにも、していない」 「…………」 「…………」 「――わかったわ」 「あなたを、信じましょう」 「ありがとう」 「残り時間、あと1時間半。  見栄えのいいラフでいいわ」 「視聴者の心を鷲掴みにするような秋葉原マスコット――  期待してるわよ」 「…………」 「返事は?」 「……やるだけやるけど、結果はわかんない」 「それでも、やるしかない――違う?」 「…………ああ」 「じゃ、よろしくね!」  ミリPはウインクして、似鳥の側を離れた。 「どうやら、おぬしの望みは叶いそうじゃのう」 「おまえが神様かどうかはわかんないけど、連れてこられたおかげで、アリバイができそうだ」 「ありがとな」 「礼を言うのは、自分の仕事を果たしてからでよいぞ」 「おう!」 (双六がああなった以上、すぐに借金取り立ては来ない) (っていうか、双一が監視カメラで見ているなら、誰が悪いのかハッキリとわかってるはず……) (今はとにかく、アリバイだ!) (石にかじりついても、このデザインをあげなきゃ!) (……やってやる!) 「はぁ……」 「はぁぁ…………」 「はぁぁぁぁぁ………………」 「なんじゃ、浮かない顔をして。  全く筆が進んでおらんではないか」 「早くも泣き言か?」 「いやいや……そういうんじゃないんだけどさ」 「なんかこう、イマイチ乗り気じゃないって言うか。  ちょっと、気になることがあって」 「ノーコ、知ってるよな?  ちょっと、アイツが気になって」 「なんぞあったのか?」 「実は……その……なんていうのかな。  別に、ノーコに助けられた、とかいうわけじゃないけど」 「なんだか良くわかんないんだけど、アザナエルとかいう銃があって――」 「おぬし、その名前をどこから?」 「え? いや、普通に銃身に書いてあったし、それに双六からもそう聞いて……」 「すごろく……河原屋双一の、手下じゃな」 「おぬし、カゴメアソビをしたのか?」 「知ってんのか。やっぱりおまえ、神様なのかもな」 「して、撃ったのか?」 「……そんな根性、なかった」 「だから、双六に銃を向けて、撃った」 「弾は出なかった」 「その代わり、白い羽根みたいなのが飛び出して……」 「双六に当たった!?」 「いや、その前に、飛び出したノーコに……」 「ノーコ……?」 「ふふ、ふは、ふはははははは……」 「うむ、そうか、そうなのか! ノーコに当たった――」 「なんで笑うんだよ!  あいつ、そのせいで意識が途切れて、そのまま倒れ――」 「なにも心配することはない」 「アザナエルは、当たったものの願いを叶えるのじゃ」 「え……それって……」 「ノーコが今、心の奥底で最も真剣に思うその願いが、真実となる」 「ノーコは大丈夫なんだな?」 「大丈夫どころか――」 『さあ、いよいよ盛り上がる全国ゆるキャラバン!』 『ここでがらりと視点を変え、一度秋葉原のゆるキャラデザイナー、似鳥君に話を聞いてみましょうッ!』 「――は!?」 「なんだそれ!? 聞いてねぇぞッ!  っていうかデザインなんて全然――」 「はい、マイクです! カメラはアレね!」 「そんな――」 『似鳥君!  どのくらい、進んでいるかしら?』 『え……ええと、それが……』 『まさか全然、進んでないってことはないでしょうね』 『いや、頑張ってるんですけど……』 『進んでいるって言うか、いないって言うか。  進みたいって言うか、一進一退……』 『はいはい、わけのわかんないこと言ってないで!』 『途中でいいからアイディアを見せて頂戴!』 『それは、その……ええと……ええと……』 「おお、おかえりなさいデス」 「誰も来なかったか!?」 「あたりまえだのくらっか!」 「でもなにがいるデスカ?」 「なにがって?」 「奧から声したデス」 「…………え?」 「男の悲鳴、フタツデス」 「…………」 (オレたちが入ったときから、中に人が潜んでた?) (ってか……そいつが犯人じゃね?) (ホントに犯人だったら、オレの手には――) 「逃げるんじゃねぇッ!!」 「あ……」 (そうだ……  オレが無罪を証明するって、恵那に約束したんだ) (こんなところで、誰かの手を借りるわけに行くかッ!) 「インド人!」 「モデルガン……あったよな? 貸してくれ!」 「ふぅ……」  千秋は薄暗いバックギャモンを見据えて、深呼吸。 (男の気配がふたつって言ってたけど……特に感じない) (……うん) (大丈夫……大丈夫……) (怖くない、怖くない……) (恵那のために、オレは――――!!) 「――――ッッ!!!!」 「う、動くなッ!!」 「動くと撃つ! 撃つからなッ!」 「…………」 「誰も……いないな?」 「…………ふぅ」  カウンターに寄りかかって倒れる河原屋双六。  動かないその右手には、拳銃が握られている。 「――――ッ!!」 「ううう……ごめんなさいッ!!」  千秋はかがみ込むと、双六の右手に手を伸ばす。 「ひっ!」 「ううう……あったかい……!」 「とっ! とりゃ!」 「ふは……」  引き抜いた銃は、モデルガンと瓜二つ――  だが、握った感触が明らかに違う。 「こっちが……オリジナル!」  千秋はすぐさま、モデルガンをポケットに入れた。 「よし! よし! よし!」 「取った! 取ったぞ!!」 「犯人! どこにいる?」 「出てこい! 出てこないと撃つぞッ!」 「それとも……いないのか?」 「男の悲鳴ってのは、間違いか?」 「だよな? だよな!」 「ってか、コイツを握ってたし。明らかに自殺だし」 「犯人がいつまでもこんなところにいるはずないし」 「あのインド人怪しいし、な。うん」 「ただの聞き違い……」 「いや、オレに銃を貸すための巧妙な罠!」 「せいかい」 「うきゃああああああッ!!」 「で、ででで、出た! 出た! 出た!」 「やっぱり……みえてる」 「動くな! 動くと撃つぞ!」 「うごく?」 「ひぃっ!」 「え……?」 「弾切れ?」 「ごめん」 「え?」 「さしていい?」 「な……! いいわけないだろ!」 「いじわる」  ノーコは不満げな表情のまま、カウンターにカッターナイフを突き立てる。 「ささった……」 「そりゃ刺さるだろ」 「すごい……」 「……なにが?」 「かお」 「ふがっ!!」  ノーコの指が、千秋の顔に当てられた。 「……さわれる」 「さわれる!」 「もうそうじゃない……!」 「げんじつのそんざいに……なった……!」 「は、離せって!」 「おまえ、頭大丈夫か?」 「……しんぱいしてくれる?」 「ま……まあ、な」 「フウリとおなじ」 「いいひと」 「は……はあ」 「ありがとう」 「あ……」 「いえいえ、こちらこそ、なんか、ありがとう……」 「それ、かえして」 「え? これ?」 「アザナエル。ミヅハにかえす」 「……駄目だ」 「どうして?」 「っていうか、おまえこそなんでこんなもの欲しい――」 「あ。もしかしておまえが……犯人?」 「ちがう」 「ひえっ!!」 「ちょちょっと本気ですかごめんなさい!!」 「いのちがおしい?」 「は……はははは、はい! 惜しい! 惜しいです!」 「なんでも、なんでもします!  なんでもするからこの通り! 命だけは!」 「じゅうをもらう」 「は、はい! 銃ですね! 銃――」 「銃――銃――返さなきゃ――返す――」 「ううっ! だめだああああッ!!」 「かえさない?」 「この銃は――どうしても――  どうしてもこれだけは、渡せないんだッ!!」 「……ころす」 「ちょ、調子に乗ってすいません! 許して!」 「どうしてもこれだけは、渡せないんです! はい!」 「しにたい?」 「死にたくないです! 死んじゃダメなんです!」 「オレ、恵那の側にいて、それで、コレを取り戻してやらないと、アイツ、なにするかわかんなくて――」 「必死に取り繕ってたけど、でも、アイツがすごくショックだったって、わかるから!」 「アイツがあんな顔してるの見たの、貫太さんがいなくなって以来だから――」 「だから、今度こそ、オレが――」 「オレが、アイツの側にいて、勇気づけてやらないと」 「だから――この銃、絶対に、渡せない――」 「渡せないんです――……」 「すき?」 「え?」 「そのこが、すき?」 「……好きとか、嫌いとか、そういう問題じゃなく」 「はっきりして」 「好きです! 好き!」 「おどされたからじゃなく」 「ほんとうに、すき?」 「…………」 「…………」 「好き、です」 「今まで、全然そういう目で見たことがなくて」 「正直、今日ホントの気持ちを聞かれて、ビビったけど」 「でも、初めて本気で考えたら、それ以外にないです」 「オレは、恵那が、好きです」 「よし」 「これ」  ノーコがしゃがみ込むと、双六の手からこぼれ落ちた弾丸を手に取り、千秋に渡す。 「こめて」 「…………」 「いや?」 「わ……わかったよ」 「ん、と――」 「んしょ、こうか!」 「で?」 「まわす」 「まわすって?」 「ロシアンルーレット」 「………………え?」 「じぶんをうつ」 「意味が……わかんないんだけど」 「せいこうすると、ねがいがかなう」 「アザナエルはとくべつ」 「特別……」 「恵那、確か半田明神の地下にあったとか言ってた?」 「まさか……ホントにそういういわれが……?」 「ほんとう」 「…………いやいやいやいや」 「そんなの、信じられないし」 「わたしがしょうこ」 「……え?」 「わたしはにんげんじゃない」 「やっぱり……電波の人?」 「わたしはもともと、もうそうのそんざい」 「『NO CONTROL』」 「……ん?」 「にとりのどうじんしのなまえ。  わたしは、そのなかにしかいなかった」 「なんか……聞き憶えがあるような……」 「同人誌……『のーこんとろーる』……あれ?」 「確か、それって……師匠が探してた本?」 「そうか……『2bird』ってサークル名!  『ニトリ』のことか!」 「そう」 「えっと、それじゃ……」 「本当におまえ、アザナエルの力で?」 「しんじるかどうかはじゆう」 「いや、でもやっぱりそれでも――」 「…………って、あれ?」 「おまえ……もしかして、浮いてる?」 「おかしい?」 「おかしいだろ! 人間が浮くはず――ない――」 「そう……だよな。  普通の人間のはずは……ないんだよな……」 「かくりつは、6ぶんの5」 「あなたにとって、チャンス」 「チャンス……?」 「でも6分の1で当たるし。当たったら死ぬし」 「そんな賭け、誰が――」 「じじつ、ひとがしんでいる」 「それは、おおきなあやまち」 「でもアザナエルなら、とりけせる」 「アザナエルでしか、とりけせない」 「…………」 「あいするひとのあやまちをただすなら、いましかない」 「6分の5……」 「そう。6ぶんの5」  千秋は、手にしたアザナエルをじっと見つめる。 「本当に……過ちは、なかったことになるのか?」 「じんせいにかくじつなことなんてなにもない」 「ほしょうはできない」 「えらぶもえらばないも」 「あなたのじゆう」 「いやいや、でも待てよ!」 「こんな不確実なことしなくても、オレは――」 「オレは――」 「…………」 「それって、逃げだよな」 「オレの師匠は言った!」 「人間、名前でも身体でもない」 「大切なのは、ココだって」 「オレは今、恵那の気持ちを知った」 「だから――オレも、心で応える」 「幸せにしてやる」 「――すてき」 「ひとをすきになるって、すてき」  ノーコはうっすらと微笑んで、背を向ける。 「あのさ」 「おまえ、名前は?」 「――ノーコ」 「ノーコさん」 「ありがと」 「どういたしまして」 「…………」 「…………ふぅ」 (アリガトね、アッキーちゃん) (さて……と)  ディスプレイに表示されるのは、父である平次の名前。 (さっきは、古井戸のことを隠しちゃったけど……  怒るだろうな) (でもさ、父さんの態度だって、どうかと思う) (子供扱いして、アザナエルのことを教えてくれないから、こんなことに――) (…………いや) (アザナエル、なくしちゃうんだもんね) (子供扱いされて当然か……)  いつの間にか、バックライトの消えたディスプレイに、落胆した自分の顔が映る。 (……酷い顔) (うん、ダメだダメだ!) (名探偵は諦めても、自分の務めは果たそう)  覚悟を決めて、通話ボタンを押す。 「あの……父さん?」 『アザナエルを持ち出して、なくしたって?』 「知ってたんだ」 『ミヅハに聞いたからな』 「そっか……」 『で、何があった?』 「…………」 『悪いニュース、だな?』 「…………」 「アザナエルで、人が死んだの」 『……んなバカな』 『本殿にあった弾は盗まれてないって、星さんが――』 「バックギャモンに、死体があるわ」 『河原屋組が用意したのか』 『…………』 「…………」 『……本当に死んでたんだな?』 「すぐに出てきちゃったから、触ってはいないけど。  即死みたいな傷だった」 『誰が死んだか、わかるか?』 「うん」 「河原屋、双六……」 『双六……?』 『ふ……ふはは』 『ははははははははは!!』 「え……なんで、笑うの?」 『大丈夫。おまえが見たのは、何かの間違いだ』 「間違い……? それって――」 『アザナエルじゃ、誰も死んでねぇってことだよ』 「でも、絶対アレは――」 『後でちゃんと話す』 『だから今は安心して、父ちゃんに任せとけ。な?』 「う……うん」 「任せとけ……か」 「いらっしゃいま――あ、恵那ちん」 「ガラス、直ったんだ」 「アレじゃ音漏れはシャットアウトできないから、応急処置にしかならないけどね」 「一応さ、ガラスはめる道具は一式あるのよね。  けど、肝心の職人さんが……」 「恵那ちん、ガラス職人に心当たり――」 「あるはずないよね……」 「ごめん」 「それで、なにか用事?」 「うん。悪いんだけど、ちょっといさせて」 「いいけど……  こっちはもう席少ないから、控え室でいい?」 「アリガト」 「ワンドリンク500円」 「お金取るんだ」 「当然でしょ」 「我が姉ながら、せこい奴。  カルーアミルクお願いね」 「はい、カルーアミルクひとつ入りまーす!」 「後で届けるから、先に行っててくれる?」 「了解」 「ふぅ……」  無人の控え室に、テレビのスピーカーが鳴り響く。 「全国ゆるキャラバン……か」 (ホントは、父さんが町内会代表で立ち会ってるはずだったのよね……) (でも……) 「失礼します。  ご注文の、カルーアミルク――」 「恵那様!?」 「星さん!」 「無事だったのですか!?」 「え……ええと、あの……」 「私、星さんに謝らなきゃならないことが――」 「では、やはり……?」 「アザナエルを、地下から持ち出したのは、私です」 「自分の興味本位で持ち出して、その上なくしてしまって、色んな方に迷惑を――」 「すみませんでしたッ!!」 「え?」 「私の……監督不行届です。  まさか、御爺様の結界が破られてしまうとは……!!」 「結界って、あ……あの、光ったあれ……?」 「アザナエルは、周囲にいる人間の理性の皮を奪い、その中に埋もれた欲望を剥き出しにします」 「結界が破られた以上、恵那様がアザナエルを持ち出すのは必然の成り行き」 「防ぎようのないことだったのです。  恵那様が気に病むことは、なにひとつありません」 「でも……そんなの、おかしいです」 「それじゃ、私の気が済みません。  だって私のせいで、アザナエルが――」 「恵那様のその気持ちは理解できます」 「もしもあなたが、私のために何かをしようとしていただけるのならば――お願いです」 「私と交代、していただけませんでしょうか?」 「交代……?」 「実は……半ば鈴様に脅されるような格好で、この役を押しつけられておりまして……」 「しかし本来、こんなことをしてる場合ではないのです」 「無視して逃げちゃえば……?」 「私といえども、あのドロップキックを無傷でくぐり抜けるのは至難の業」 「それに私のせいでアッキー様がアルバイトから逃げ出したのも、どうやら確かなようですし……」 「え? アッキーちゃん?  彼女なら今まで私と一緒に――」 「ほら、星ちゃん! いつまでボーッとしてるの」 「す、すみません!」 「アッキーちゃんを追い出した分、ちゃんと働いてもらいますからね!」 「いや、だからアレはアッキー様とやらではなく……」 「言い訳無用!」 「それとも……  トイレの伝説、バラされたいんですか?」 「頑張ります!」 「やれやれ……鈴姉、脅しとか酷くない?  それに、トイレの伝説っていったい……?」 「申し訳ないけど、答えてる余裕なしッ!」 「ただでさえ人数不足なのに、地震は起こるわガラスは割れるわガラス屋は捕まらないわ人は逃げ出すわ――」 「ホント、最悪っ!!」 「でもね、今回ばかりは絶対に、スーパー・スーパーノヴァを成功させなきゃならないのっ!」 「だって……フウリちゃんと約束したんだもん!」 「約束……ね」 「で、恵那ちんはどうしたの?」 「どうしたって、別に……」 「嘘つき。  お姉ちゃんを騙そうったってそうはいかないんだから!」 「父さんとケンカでもした?」 「……むしろ逆」 「逆?」 「怒鳴ってくれた方が、楽だったかも」 「無視されたの?」 「優しくされた」 「父さんだけじゃなく、色んな人に」 「……それって、落ち込む話?」 「違うと思う。でも……」 「なんか、宙ぶらりん」 「探偵になるの、諦めろ!」 「――って、父さんに言われたかったとか?」 「……わかんない」 「でも、私は探偵、失格だと思う」 「恵那ちんは、なんで探偵になりたいの?」 「え……?」 「アタシはね、たぶん父さんが嫌いで、だから父さんが嫌がるようなことをしてやろうと思ったんだ」 「それで、プロレスラーに占い師にバンド……普通じゃないことばっかりに、全力を注いできた」 「じゃあ、恵那ちんは?  なんで探偵になったの?」 「私は……」 「母さんの失踪の謎を、解きたくて」 「その夢を、諦められる?」 「…………」 「ほら、やっぱり」 「ユージローを警察犬にしようとあれだけ努力したのも、母さんを捜したかったからでしょ?」 「今まで一生懸命やってきたのにさ。  その努力を、今日で捨てちゃえる?」 「……私だって、捨てたくないよ」 「できるなら今すぐにでも飛び出して、現場の謎にかぶりつきたい」 「でも私……ユージローと同じ」 「調子に乗ってキャンキャン吠えてるクセに、実はなんにもできなくて」 「そっかな?」 「そうよ! だってほら!」 「この間だって、盗まれたブルマー一生懸命捜したけど、私もユージローも、全然見つけられなくて――」 「あれ……?」 「ん? どした?」 「今、どっかからユージローの声が聞こえたような――」 「なんか、色々大変そうですね」 「後手後手なのは知ってたけど、このタイミングで出演者が見つからないなんて」 「…………」 「フウリさん? どうしました?」 「え……いや、その……」 「もしかしたら、少しくらいペースを緩めた方がいいのかなって……」 「ミリPさん! デザイナー、見つかりました!」 「待ってました!」 「え? あなたは……」 「初めまして!  アタシはこの番組の臨時ディレクターのミリPよん!」 「はい、一応テレビで見たことは……  でもなんで、番組ディレクターを? 若原さんは?」 「それがね、トラブルに継ぐトラブルってヤツで――」 「ここはちょっと忙しいわね。裏に行きましょ」 「え? 裏って――」 「あ、そろそろCM明け――  ミリPさん! どこに?」 「打ち合わせよ!」 「でも実況は――」 「あなたがやりなさい!」 「え? 私!?」 「大丈夫! あなたならできるわ!」 「そんな、急に言われても――」 『え、あ、はい! 秋葉原からネットとテレビ同時中継でお送りしている全国ゆるキャラバン決定戦!』 『48都道府県のゆるキャラバトルを勝ち抜いた精鋭たちが、今、秋葉原で激突します!』 『司会はミリP急用のため、ピンチヒッターのADが務めさせていただきます!』 『え? 名前? 名前なんていいじゃないですか!  ……えーと、権堂です!』 「なんだかメチャクチャな展開……」 「でも、意外に堂に入ってるような」 『引き続き、現在圧倒的トップを走っているのは――』 『秋葉原チーム代表、沙紅羅選手!』 『ペースは落ち、後方に差を詰められてはいますが――』 「ちゅる……ちゅる……」 「ちゅるるるるる……」 「ご、ご……ごちそうさま……」 「んげっぷ」 『沙紅羅選手! 見事、3品完食――――ッ!!』 「あうあ……あうあ……あう……」 「も……もう……アタシはダメだ」 「あとは……頼む……」 「アタシの……遺志を……無駄に……するな……!!」 「は……はい」 「フウリ……?」 「なんか、様子が……」 『さて、続いて4品目は!』 『ラーメン鬼武者!  ブタブタ油ニンニクヤサイマシマシの、登場です!!』 「うげっぷ……見ただけで、満腹感が……」 「今までのタイプと……明らかに量が違わね?」 「いえ、大丈夫です! フウリならきっと――」 「おい弟子! いきなり呼び捨てかよ!?」 「え、いや、あは、あはははははは……」 「いただきます……」 「あむ……あむ……」 「ちゅるる……」 『おっと、どうしたことでしょう!?  聞いていた話とは正反対!』 『フウリ選手、あまりに消極的!  まるでお嬢様のようにお上品に箸を口に運ぶ――』 『顔色も悪そうですし、もしやトラブルか!?』 「アイツ、あんな食欲でこの勝負に?」 「おかしいな……  フウリさんの食べっぷりはあんなものじゃないです」 「それじゃなんなんだよ!?  まさか猫舌とか?」 「もしかしたら……遠慮してるのかも」 『さあ、鬼武者ラーメンで足踏みするトップフウリ選手!』 『塩っ気のある太麺が、スープを吸って伸びる!  今にも丼からはみ出すぞ!』 『それまでのリードが嘘のよう!  後続の各ゆるキャラチームが追いかける!』 『2位のパンダヤンチーム、丼飯なら任せろと言わんばかりにタミドンを食い尽くし、カレーパスタに襲いかかる!』 『3位の、おっ、パイうなぎチームがそれを追う!  その早食いスタイル、まさになんとも掴み所がない!』 『4位は意外! ちんす子ちゃんチーム!  ちんす子ちゃんのめんそーれパワー炸裂か!?』 『5位はドン・ブーたんチーム!  頑張って! このままだとあなたがブービーです!』 『ビリはリバース・サンダースチーム!  今にもリバースしそうだが、大丈夫かッ!?』 『さあ、秋葉原チームは、相変わらずのスローペース』 『先行逃げ切りに暗雲が立ちこめてきましたッ!!』 「オラ、フウリッ!」 「せっかくアタシが根性見せたんだ!」 「てめーもちっとは気張りやがれ!」 「は……はい。  頑張ってるんですけど……はむはむ……」 「やっぱり遠慮してますね」 「何に遠慮する必要があるんだよ?」 「さっき、スタッフが話してたんです。  このまま圧勝すると番組が成立しないって」 「だからきっと、盛り上げようとして……」 「な……ななな……ッ!! ヤラセか?  それってヤラセってヤツだなッ!」 「ま、まあ見ようによれば」 「な……ななな……ッ!!」 「小賢しい――――ッッ!!!!」 「え? 沙紅羅ちゃん……?」 「おい、フウリ! 向こうの都合なんて知るか!  いいから食っちまえ!」 「でも――」 「ちょっと! なんてこと言うのよ!」 「強要はしてないわ  けど、フウリちゃんが自分で、ああしてくれてるの」 「彼女の気持ちを大切にするのも、必要――」 「バッキャロ――――ッ!!」 「別に、アタシが必死こいて食ったから言うんじゃねぇぞ」 「でも……でもよ!  テレビってのはこういうもんなのかッ!!」 「あんた何を突然、偉そうなこと言い出すのよ?  素人は引っ込んで――」 「テレビを見てんのは素人だろッ!!」 「アタシはな、テレビがスゲエと思ってた!」 「本気と本気が火花を散らして、夢がピカピカっと光って、それが画面を越えてこっちに伝わる!!」 「だから心に訴えるんだって思ってた! 違ぇのか!?」 「こっちが全力でやらねぇのに、見てる人間の心を本気で揺さぶれるか?」 「アタシはそんなテレビ、これっぽっちも信じねぇぞッ!」 「…………」 「フウリッ! てめぇもてめぇだ!」 「叶えたい夢があるって、さっき泣いてたじゃねぇか」 「だったら全力で、妥協もナシに、ぶつかっていけよ!」 「テレビの向こうまで、おまえの夢――伝えてやれよ!」 「夢……」 「……沙紅羅ちゃん」 「私――間違ってたかもしれないです」 「おうよ! フウリ!  周りに遠慮なんかするんじゃねぇ!」 「おまえが正しいと思ったことをやり遂げて――  本当のエンターメインテントをみせてやれッ!!」 「はいっ!! 私、がんばりますっ!」 「……やれやれ。余計なこと、してくれちゃって」 「ミリPさん!」 「ああ、アリガトね。  いい司会だったわよ。才能あるかも」 「ありがとうございます!」  ミリPはステージで、ADからマイクを取り返す。 「さて、それじゃあ――」 『さぁて、お待たせいたしました!  ご当地マスコットの中の人による、熱ゆるい戦い!』 『司会は再び、アタクシ、ミリPがつとめさせていただくわ!』 『さて、レースは一転して大激戦!』 『トップの秋葉原チーム、フウリ選手!』 『スタート時からむしろ量が増えている!?  既に麺が伸び、器から野菜がこぼれ落ちかけて――』 「あらためて!」 「いただきます!」 「あむあむ……」 「ずるるる……」 「ごくごく……」 「ぷはぁぁ……」 「ごちそうさまでした!」 『もう、消えたッ!?』 『速い! 速すぎるわフウリ選手!』 『山のようにそびえ立つ鬼武者ラーメンを、一気!  たった三口で喰らい尽くしてしまった!』 『フウリ……恐ろしい子!』 「さあ、どんどん運んでくるのですー!」 『ほら、スタッフ! ぼーっとしないで次の食べ物!』 「は、はい!」 「フウリが覚醒した……!?」 「ってかありえねぇ早さだし。  夢でも見てるのか……?」 「昔から、食欲は人一倍ありましたから」 「ふぅん……」 「んんんん……おいち――――い」 『復活した「KIRA」超大盛り6人前カルボナーラも、瞬く間に食べ尽くしてしまった!』 『圧倒的! 圧倒的すぎるわ!』 『秋葉原チーム!  この勢いで一気に追っ手をブッちぎっちゃうの!?』 「CM、入り、ました……」 「すごい食べっぷり……  いい絵、撮れてるわよね?」 「確かに、やらせじゃなくて、本気のフウリちゃんを撮れて良かったのかも……」 「きっとレイジ君も、喜んでくれるわ!」 「いや、まあそうかもしれませんけど……」 「なに? 何か文句あるわけ?」 「このペースじゃ食べ物が――」 「……やっぱり?」 「どうしましょう!?」 「仕方ないわ。一度、大食いに休憩を挟みましょう」 「休憩? でも、その間なにを――  もうVTRは残ってない――」 「そのための、似鳥君よ」 「控え室にカメラを繋いで!  キャラデザの現場を、中継するわ!」 「急にそんな――!」 「そろそろ、CM明けね!  こっちのことは、任せたわ!」 「向こうにカメラを振ったら、大食いは一時中止!」 「でも、似鳥さんに話は――」 『さあ、いよいよ盛り上がる全国ゆるキャラバン!』 『ここでがらりと視点を変え、一度秋葉原のゆるキャラデザイナー、似鳥君に話を聞いてみましょうッ!』 「いきなりだな」 「いきなりですね」 『似鳥君!  どのくらい、進んでいるかしら?』 『え……ええと、それが……』 『まさか全然、進んでないってことはないでしょうね』 『いや、頑張ってるんですけど……』 『進んでいるって言うか、いないって言うか。  進みたいって言うか、一進一退……』 『はいはい、わけのわかんないこと言ってないで!』 『途中でいいからアイディアを見せて頂戴!』 『それは、その……ええと……ええと……』 「だ……大丈夫なんだろうな?」 「全然、大丈夫じゃなさそうな……」  ひとりになったバックギャモンで、千秋は銃を見る。  その向こうに、血を流して横たわる河原屋双六。  崩れ落ちたまま、身じろぎもしない。 (…………) (カゴメアソビに成功すれば) (双六が生き返って) (恵那の失敗が、帳消しになる) (もう、これしかないんだ) (確率は、6分の5) (オレは……あんなヘマなんてしない) (今度こそ、男になって……) (あと、ついでにブルマーも返して!) (ちゃんと、告白、してやるんだ……ッ!!) 「う」 「は」 「や」 「と」 「とと」 「…………」 「うしろから、おと、した?」 「…………」 「まあいい」 「かいだんはきけん」 「うきあしだたない」 「きをつけておりる」 「……?」 「くんくん……このにおいは」 「ありゃ?」 「おじょさん! どこからデスカ?」 「…………」 「中に入ったの見てないデスネ!」 「不思議! マジック? ペテン?」 「…………」 「おじょさん、無視するのはつれない人! やるせナイ。  なにか買っていくデスカ? なんでもあるデスネ」 「いらない」 「そなこといわないで! ほらほら、テッポもあるデス!  パソコンも、カレーも」 「…………あ」 「スマガ?」 「おじょさん! おめがたかいデス!  知ってるデスカ、スマガ?」 「ストライプウィッチーズ・マジカル・ガールズ」 「にとりがだいすき。エロゲ」 「ご名答デスネ! そのとおりデスネ!  ちょっとスケベなゲームデス」 「けどけどゴメナサイ!  これだけは売り物違うデスネ。発売前の非売品」 「うりものじゃない?」 「カタジケナイ……」 「でもその代わり、テッポはあるデス!  カレーもあるデス!」 「カレー」 「はいはい、カレーデスネ!」 「カレー、にとりは、すき」 「にとり?」 「いっしょにすんでる」 「ああ、ダーリンさんデスネ!」 「ダーリン……?」 「ダーリン……!!」 「カレーつくると喜ぶデス!  元気溌剌! ロケット爆発!!」 「ばくはつ……」 「ぼかーん!」 「…………カレー、つくる」 「でも、はじめて」 「つくれる?」 「あたりまえだのくらっか!」 「かんたんかんたん! 失敗しないデス!」 「ちょうだい」 「まいど! そして、どれが必要デスカ?」 「いちばんじょうとう」 「一番上等なカレー……」 「すると……えと……コレ」 「ちがう」 「へ?」 「あれがいちばん」 「へえええええ!!」 「おきゃくさん! お目がタカイ!」 「これ、おっしゃるとおりイチバン貴重デス!」 「ガンジスの流れのほとり、ワーラナシーの砂が育てた貴重な貴重な聖なるスパイス――」 「ぜんぶ」 「へ?」 「ぜんぶほしい」 「おじょさん! それはたいへんデスネ!」 「ダーリンさんはスモウレスラー?」 「でもでも、私も商売!  売れと言われたら売るデスネ!」 「いくらだすデスカ?」 「ない」 「はい? おかねは――」 「ない」 「それはよくないデス! よくないデスネ!」 「もらう」 「ちょ! 待った! 止まるデス! ストップ!」 「それ以上近づいたら、私のてっぽが火を噴く――」 「ひゃっ!」 「ててててて、てっぽが! 切れたデスネ!?」 「ちょうだい」 「は……はい!!」 「あ……ありがとござました……」 「う……」 「お……おもい……」 「しっぱい」 「もう、からだが、ある」 「だから、おもみも、ある」 「すこし、たいへん」 「邪魔だ邪魔だァ!」 「ん?」 「退け退けェ!!」 「む!」 「御用だ御用だァ!」 「…………」 「バックギャモンのほうに」 「……けいさつ?」 「でも……ふしぎなかんじ」 「あのひとは、わたしをよけた」 「みんなわたしをみる」 「わたしはにんしきされている」 「たいせつなものをなくしたきもする」 「でもだいじょうぶ」 「さわれるの、だいじ」 「にとりいがいとはなせる」 「だからざいりょうかえる」 「にとりいがいにさわれる」 「だからりょうりできる」 「いらっしゃいませー!」 「カレーつくる」 「ざいりょう」 「え……? カレーですか?」 「いや、でもここ、家電売り場で――」 「なべ、いる」 「ああ、カレーを作るための道具が一式欲しい、と」 「そう。わたしにもりょうりできる」 「手料理、いいですよね!」 「にとりはてりょうりすき」 「いやあ、似鳥さんはこんな可愛い彼女さんにカレーを作ってもらえるなんて、幸せ――」 「エロゲーたくさんみた」 「え……エロゲー?」 「エロゲー。しってる?」 「あ……は、はい。  一応あにあなと掛け持ちしてるんで……」 「てりょうりイベントある」 「カレーつくる」 「そのときにとりしあわせ」 「だからわたしもつくる」 「フラグたつ」 「ロケットばくはつ」 「じゅせい」 「ハッピーエンド」 「ちがう?」 「いや、あの、よくわからないんですが、はい」 「……ちがうの?」 「あー、いや、違うと限ったわけでも……はい」 「どっち?」 「あ、はい、そういうのが好きなひとなら、きっと」 「そろえて」 「そろえる……のですか?」 「みんなそろうべんりなドンガ」 「ええと、でもですね、お客様に楽しく選んで――」 「じかんない」 「ひっ!」 「はやくして」 「今日は……こんなのばっかり……」 「はやく」 「はい……」 「ざいりょうそろった」 「はやくうちにかえる」 「…………ふふ」 「ふしぎ」 「さいしょはあんなにたいへん」 「でもいまはかるがる」 「いえはもうすぐ」 「もうすぐてりょうり」 『わうわうわうわうっ!!』 「ユージロー!?」  テレビで中継される「全国ゆるキャラバン」に―― 『わう――――――――ん!!』 「…………………………は?」 「ユージロー!?」 『はっはっはっは!』 『だずげでええええ!! だべられるうううう!!』 「ふ……ふふ」 「ふふふ、ふふふふ……」 「あは、あはははははは……!!」 「恵那ちん!? どした?  おかしくなっちゃった!?」 「ち、ちがうの!  あれ……あのブルマー、よく見て!」 「あ……」  ブルマーには小さく、恵那の名前が映っている。 「ゴメン……ごめんね、ユージロー」 「私、自分がユージローと同じだって、だから自分にはなにもできないんだって、そう言ったけど――」 「私より、ユージローの方が全然――」 「なーに言ってるんだか!」 「ユージローを訓練したのは、恵那ちんでしょ!」 「それは……そうだけど……」 「恵那ちん? 電話だよ」 「…………うん」 「やっぱり……父さんからだ」 「うげ……忙しいから、切っちゃう?」 「ううん。この電話は、切れない」 「…………ふぅ」 「……もしもし?」 『おう、恵那だな?』 「……うん」 『バックギャモン、見てきたぞ』 「……うん」 『思った通りだ。死体なんてなかった』 「……うん」 『おい、聞いてんのか?』 「……うん」 『いやいや、聞こえてねぇだろ』 「……うん」 『いいか!? もう一回、言うぞ!』 『バックギャモンに!』 『双六の死体なんて!』 『これっぽっちも、なかった!』 「…………え?」 「死体が……ない?」 『そう、ない』 「でも、カウンターに寄りかかって、死体が――!」 『死体が勝手に動き出すか?』 「私を励ますための嘘でしょ」 『……あのな。オレ、一応警官だぞ。  そんなすぐにバレる嘘はつけねぇよ』 「でも……それじゃ、私が見たのはなんだったの?」 「幻? でも、私はちゃんとこの目で見たわ!」 『本当にちゃんとか?』 『脈は確認したか? 呼吸は止まってた? 瞳孔は?』 「……そこまでする必要ない傷だったし」 『それが、アイツの狙いだよ』 『確かに血糊っぽいのはあったけど、それだけ。  一杯食わされたんだ』 「動機は? なんのためにそんなことを?」 『知るかよ。昔からわけのわかんねぇオタンコナスだ』 「いたずら……?」 『あいつとの付き合いは長ぇからな。よーく知ってる』 『さっきも言ったが、責任感じる必要はなにもない』 「本当に……ただのいたずら……」 『おう! だから、後は安心してオレに任せとけ。な?』 「うん」 『それじゃ、切るぞ』 「うん」 『聞いてるか?』 「うん」 『鈴と一緒にいるんだぞ』 「うん」 「どうだった?」 「ふふ、ふふふふふふ……」 「これは事件ッ!?」 「この名探偵富士見恵那をたばかるなんて、断じて許せないわ双六!」 「河原屋双一の養子だか右腕だか左巻きだかなんだか知らないけれど、私が真実暴いてお仕置きしてあげる!」 「やほー、復活した!  恵那ちんはそうでなくっちゃねー」 「そうとなったらまず、星さんに話を聞かないと――」 「よっし! じゃあ一緒に行こっか!」 「ええと……星さん、話が――あれ?」 「ん? 恵那ちんどったの?」 「あいつら……」 「おねーちゃん! 酒持って来――い!!」 「ビールだビール!!」 「んじゃ、私は焼酎をお湯割りで……」 「は、はいただいま――」 「ってちょっと待った!」 「貴方たちは、ミヅハ様を誘拐した犯人ッ!?  ミヅハ様はどこへ――」 「まあまあまあお姉ちゃん、落ち着いて落ち着いて。な?」 「そうそう。ミヅハを誘拐したのは、悪かった!  オレが悪かった!」 「でもなあ、オレたちにも都合があるって言うか、な?  河原屋双六に命令されたんだ。わかってくれよ」 「だから! ミヅハ様はどこへ――」 「それは……なんていうか……」 「オレたちがちょっと目を離した隙に――」 「居場所を知らないのですか?」 「まあ、ぶっちゃけ言うと――」 「そんなところかなー」 「な……そ、そんな……」 「まあまあ、そんな落ち込まずに」 「一杯飲んで、景気つけましょう!」 「素晴らしい!」 「いよっ! さすが村崎さんッ!!」 「え、それでは!  僭越ながら、私がご挨拶をさせていただきます!」 「悪夢の地下迷宮からの脱出ぅ!!」 「並びに極限状態で培われた男同士の友情ぉ!」 「そぉしてまたぁ!  分かれたブルマーとしまぱんの復縁を祈ってぇぇ!」 「乾ぱああああああいッッ!!!」 「乾ぱああああああいッッ!!!」 「乾ぱああああああいッッ!!!」 「なにが乾杯よッ!!」 「ぬはッッ!!」 「出たあッッ!!」 「恵那ちゃん。なんでそんないきり立って――」 「村崎さん!  あなた、アッキーちゃんのパンツ売ろうとしたでしょ!」 「騙してスパコン館で写真撮影をしたあげく、パンツを持ち逃げしたって話は聞いてるのよ!」 「え? いや、その……あはははは……」 「あははははは! じゃない!!  今すぐ返しなさい!!」 「それが……その、あはははは……」 「まさか……もう、売ったの?」 「ま、まさかそんな! 売るだなんて!」 「ただその……置き忘れてしまったというか……」 「どこに!?」 「バックギャモンに、鞄ごと……」 「あれ? もしかしてそのパンツって――これか?」 「ぬはっ! なぜ、みそ君がそれを!?」 「あいや、成り行きというか――なあ、ブー」 「利子だもんな!」 「なにが利子よッ!!?」 「むむ……旗色が!」 「かくなる上は――」 「逃げるぜ――!!」 「逃がさないわ! 鈴姉!!」 「合点だー!!」 「まとめて、大気圏突破式――」 「ドロップキ――――――ック!!」 「「「ぎゃああああああああああッッ!!」」」 「え!?」 「直したガラスが――!!」 「ふふ、ふふふふふふ……」 「アンタたち、良くも割ってくれたわね……!」 「え? いやちょっと! それ理不尽――」 「アンタたちが逃げようとするからでしょッ!!」 「ひいいいいいッ! すいませんッ! すいませんッ!」 「こんだけ苦労して会場の準備して!  とりあえず何とかガラスを補修したと思ったら!」 「予備のガラスまで持ってきて!  それなのに、職人さんが来られないとか!」 「ああああっ、こうなったらヤケよ!」 「あの取り替えようのガラスごとッ!  アンタたちを粉々に――」 「あの……ガラスなら張り直せますけど」 「…………え?」 「ワウワウワウワウっ!!」 「ん?」 「あれ?」 「なんだ?」 「この鳴き声はまさか――!」 『犬――!?』 『みたいです!』 『「みたいです!」じゃなくてさっさと追い出し――』 「ワウ――――――――ン!!」 「は?」 「なんでブルマー!?」 「はっはっはっは!」 「だずげでええええ!! だべられるうううう!!」 『キャッ! だめ! 放送できない!』 「とりゃああああああッ!!」 「きゃう――――ん!」 「うおっ! ぐはっ!!」 「似鳥さんにぶつかった!?」 「ごわがっだあああああ!!」 「あー、はいはいよしよし。泣かない泣かない」 「ど、どう収拾をつければ――」 『なんとユニーク!  まさか似鳥君がこんな新マスコットを考えているとは!』 『いや、あの別にコレオレが考えたわけじゃ――』 『すごいですね! どこからこんな発想が!?』 『え? いや、だから――』 「おい似鳥!」 「似鳥さんッ!!」 「合わせるのじゃ!」 『………………ちぇっ』 『えー、あー、そうですね』 『とりあえず……あの、秋葉原という街を表現しました』 『はあ、秋葉原……?』 『犬っていうのはね、つまり、秋葉原に飼い慣らされ、服従した獣の象徴なんですよ』 『服従……?』 『見てください、このツラを。  ブルマーを頭から被ってなんて間抜けなんだ……』 『しかもさっきこいつは、子供に襲いかかろうとしてます。  わかります? もう成熟した身体は不要――』 『それは素晴らしい反骨精神! アグレッシブだわ!  でも、それをマスコットキャラにするのは――』 『外見の美しさに惑わされると真の美しさを見逃す――』 『ええそうね、偏見で捉えては――』 『更にいうなら犬はDOG! それはGODの逆さ読み!  価値観を転倒させることにより犬は神の化身と化す!』 『まあ、なんてウイットに富んでるの!? でも――』 『《BLOOM-ER》〈大地に這いつくばって花開く者〉!  その開花を目にした者は余りの美しさに眼が潰れ――』 『はい、CM! CM入っちゃうわよ――――ッ!』 「はぁ……ふぅ」 「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ!  ……はっ! オレはなにを!?」 「また……また、昔の設定厨のクセが……!!」 「ちょっとちょっと! 似鳥君!  もうちょっと、テレビ向けのコメントにしてくれる?」 「な……なに人のせいにしてるんだよ!  そういうフリをしたのそっちだろ」 「それはそうだけど、限度ってものがあるでしょ?」 「そんなの知るかよ」 「アリバイ、欲しくないの?  欲しかったら言うこと聞きなさい」 「だからって、突然オレに振るとは聞いてねーぞ!」 「そこまでだ!」 「さっきから聞いてりゃ、ふたりともぴーちくぱーちく自分の都合ばっかり言いやがって」 「おいオカマ!  てめぇの仕事はそいつのやる気なくすことか?」 「おいオタク!  この番組をみんな一生懸命つくってんのわかんだろ?」 「だったらケンカしてる場合か? 違ぇだろ」 「…………」 「…………」 「わう?」 「『わう?』じゃねーよ」  似鳥は溜息と共に、ブルマーを顔から外す。 「ふたりとも、納得いくまで話し合ってこい!」 「ちょっと! なに仕切ってるんですか!?」 「あとCM明けまで30秒――」 「てめーがやれ」 「え、私……?」 「さっきの司会、悪くなかったからさ」 「え、やだ……そんな!」 「よろしく頼むわ」 「ミリPさん!?」 「大丈夫。あなたになら、できるから――」 「権堂さん、ファイトー!」 「がんばるのじゃー!」 「えええええ……!?」 「はい、10秒前!」 「お……おほん!」 「え……ええと、みなさん!  大食い再開の準備はいいですね!?」 「では……」 「後半戦、スタートッ!!」 「ただい――」 「あう」 「いたい」 「そうか」 「くぐりぬけられない」 「ついた」 「どうぐ、ある」 「ざいりょう、ある」 「あとは、つくる」 「まずは……」 「まずは?」 「どうする?」 「………………」 「つくりかた……わからない」 「りょうりばんぐみ――」 「やってない」 「りょうりのほん――」 「ない」 「ほん、かう?」 「……めんどう」 「そうだ!」 「エロゲーに、つくりかた」 「ほん、じゃま」 「どこ?」 「どこに……」 「あった!」 「たしかここに、カレーなべが……」 「パソコンきどう――」 「ゲームをインストール――」 「…………う」 「うう…………!」 「うううう……!」 「めんどう!」 「もういい」 「たよりは」 「かん!」 「ふん!」 「はっか!」 「つぎ!」 「やさい!」 「きる!」 「にる」  ノーコはカレー粉を袋ごと、わしっと掴む。 「まつ」 「…………」 「まつ」 「…………」 「まつ」 「…………」 「めんどう」 「もう」 「いい」 「カレーこ」 「いけ」 「ん?」 「あれ?」 「なべきえた」 「ふしぎ」 「というか」 「うもれた」 「………………」 「うん」 「みずついか」 「うしょ」 「ん……?」 「あ」 「にんじんいれわすれ……」 「………………」 「おくれてきたやさい」 「……あ」 「かわ」 「………………」 「……なかったことに」 「まつ」 「…………」 「あじみ」 「――――」 「ん」 「ん――!」 「んんん――――!!」 「うええええええええ……」 「けほっ! けほ! けほ!」 「うう……う……」 「からひ」 「というか」 「ひたひ」 「…………」 「にとり……おいしくたべる?」 「…………」 「たべられない」 「てりょうりなんてむり」 「ごみ」 「……なんか」 「しにたい――」 「…………」 「いたっ」 「あ……」 「ちが……」 「たれていく」 「わたしのいのち……」 「いたい……」 「て、きれて、かんじる」 「いたいの、かんじる」  ノーコは包帯を、ぐるりと巻く。  血に染まった腕が、白い包帯で包み込まれていく。 「だめだ」 「しぬのはだめ」 「せっかくてにいれたからだ」 「いきなきゃ」 「にとりといっしょにいたいから」 「いきなきゃ」 「……うん」 「すこし、にこもう」 「そうしよう」 「まつ」 「…………」 「まつ」 「…………」 「テレビでも――」 「あれ?」 『こちら控え室!  今、似鳥君が一生懸命デザインをしてるところよーん』 「にとり……?」 「なんでテレビに?」 『それじゃ早速、似鳥君にお話を――』 『ふんぐ! んぐ……んぐぐぐぐぐ……』 『さっきの没で闘争本能に火がついたのかしら?』 『集中して、アタシの声も聞こえないみたいね』 「ちがう」 「わたしにはわかる」 「にとりはくるしんでいる」 「くるしんで……くるしんで……」 「あれ……?」 「なに? これ」 「ふるえ……とまらない」 「そこに……にとりが」 「にとりがいて」 「わたしは、にとりに……」 「にとりに、はなせて、それで……」 「――――」 「あいたい」 「いますぐ」 「あいたい!」 「いこう!」 「……ステージは、無事に進行してるみたいね」 「そうだな」 「その犬、知り合い?」 「まさか」 「この助平犬め! えい!」 「ぬふぅん……」 「な……鳴き声もきもちわるい……」 「わう! わうわうわう!」 「あー、うんわかったわかった。  ブルマーな。ほら」 「こうやって、首輪の所に――」 「くぅーん」 「な!? ブルマーが消えた!?」 「いや、ただくくりつけてるだけだ。  体毛に隠れて、見えなくなってるだけ」 「それにしてもまあ、よくこんなに上手く収納できるな」 「ま、その犬は良いとして」 「さっきはごめんなさい。  番組中で、ちょっと周りが見えなくなってて」 「急に話を振った、アタシが悪かったわ」 「……ったく、ホントだよ。  もうああいうの、勘弁してくれよな」 「こっちも好きでやってるわけじゃないんだけど……  わかったわ」 「今度から、あなたの創作風景はテレビに出さない」 「……絶対だぞ」 「約束するわ。  その代わり、時間までにソトカンダーを仕上げて頂戴」 「……はぁ。どうだかねぇ」 「大体さ、オレただでさえモチベーション落ちてるわけ」 「デザインしたソトカンダー、壊れちゃったとか。  そんなんで次のデザインさせられる方の身にも――」 「あのロボット手抜きでしょ」 「な……」 「出来合いのものをちょちょっと小細工して再提出。  町内会の素人だからって、手抜き仕事したのよね」 「おまえの勝手な想像だろ」 「一目でわかるわよ。番組出演拒否してたのも、自分で自分の創ったものの価値がわかってたからでしょ?」 「それとも、自分で創った物の価値も判断できない?」 「…………」 「アタシは目にハイライトを入れるか入れないかで、500枚も売り上げが違うような、そんな世界に住んでるのよ」 「素人の三流仕事くらい、匂いでかぎ分けられるわ」 「あなたは最初から時間が足りないって言い訳して、自分で勝手に諦めちゃって、適当なデザインを渡した」 「あんな時間で、まともなの創れるわけねーだろ」 「そうやって逃げ出すから、アンタは素人なのよ」 「時間がなくて思い通りのものが創れなくとも、それはあなたがおなかを痛めて産んだ子供でしょ?」 「そりゃ、みんなできることならいいものが創りたいわ」 「たっぷりの時間とお金をかけて、一つの後悔もない、最高の作品が創りたい、そう思ってるわ」 「でもね、そんなの現実に可能だと思う?」 「だからって、妥協すんのか?  世の中にまた、くだらないものを氾濫させんのか?」 「素人が、常に最高のものを見分けられると思う?」 「え?」 「見せかけだけでも仕方ないわ。  そこを突き詰めて見せなさい」 「でも……それじゃ納得できない」 「納得するのはあなたじゃない。  テレビの前の視聴者よ」 「自尊心なんて、腹の足しにもならないわ」 「できる限りの時間で、できる限りの仕事をやる。  それがあなたの役目。それがプロフェッショナルよ」 「…………」 「嫌だ嫌だって駄々こねてても、仕事は来ない」 「やりたいことがあるなら、まずはその環境をつくるだけの実績を生み出さなきゃ」 「もしもその先に、本当に創りたい物があるなら――  あなたはそれができるはずよ」 『ミリPさ~ん!』 「――間が持たなかったみたいね」 「でも、オレはまだ――」 「大丈夫。  約束したとおり、あなたにカメラは振らないわ」 「デザインの続き、頑張りなさい」 『ミリPさん、聞こえますか~?』 『はぁあーい』 『こちら控え室!  今、似鳥君が一生懸命デザインをしてるところよーん』 『それじゃ早速、似鳥君にお話を――』 『ふんぐ! んぐ……んぐぐぐぐぐ……』 『さっきの没で闘争本能に火がついたのかしら?』 『集中して、アタシの声も聞こえないみたいね』 『それじゃあ、応援の方にお話を聞いてみましょう!』 「え? わ、わらわか?」 『はい、お嬢ちゃん、お名前は?』 『わらわの名前はミヅハじゃ! 神様じゃ!』 『はいはい、ミヅハちゃんね?  今日はお兄ちゃんの応援に来たの?』 『こやつは兄ではない!  わらわの恩人の、とても大切な人じゃ』 『その恩人は訳あって似鳥と離れてしまったが、今でも似鳥を強く想っておる』 『そうなんだ……  よくわからないけど、そんな悲劇的な背景が……』 『恩人の恩人は恩人じゃ!  だからわらわも、似鳥を応援する!』 『なるほど!  それじゃ、元気いっぱい応援して頂戴――』 「わうわう!!」 「ぎゃあ! 犬が蘇った!」 「わうーん!」 「ぎゃああああああ! はなちてええええええ!」 『はいはーい!  それじゃ一端ステージの方に……ん?』 『あら? いなくなっちゃった?』 『しょうがないわねー……』 『それじゃ、アタシが再び全国ゆるキャラバン大食い選手権、リポートを再開しちゃうわよ~ん!』 『レッツゴー!』 「オラー! 働け働けー!」 「わかりましたよぉ! 反省してます!  反省してますからぁ!」 「ぐはっ! なんてキック力!」 「オレたちが、手玉にとられるなんて……」 「あんたたちがガラス張りのスキルを持ってるなんて、運命としか思えないわ! ほら、さっさとやる!」 「クソ! 学校の窓ガラスを割ったばっかりに……」 「センコーめ! 修理費ケチりやがって!」 「まあでも、それで粉々にならずに済んだんですし……」 (こんなところで、ガラス問題が解決するなんて……) (何かこう、運命めいたものを感じるわね。  考え過ぎかしら……?) (……ま、とりあえずそれはおいといて) 「星さん、あの……ちょっと、時間をもらえませんか?」 「交代してくださるのですかッ!?  私、ミヅハ様を捜しに参らねば――」 「あ……えと、それはまあ置いといて」 「聞きたいことがあるんです。  アザナエルについて」 「……あなたに話すことは、なにもありません」 「あなたが私の身の危険を案じるのはよくわかります」 「けど、アザナエルを地下ムロから取り出したのは私。  防ぎようのないことだと言われても、納得できません」 「情報をいただけようがいただけまいが、私はアザナエルを取り返すため、全力で行動するでしょう」 「情報が多い方が、安全だとは思いませんか?」 「しかし……私には、できない」 「わかりました」  恵那は深く頷くと、懐から携帯電話を取り出す。 「もしもこのまま、なにも教えてもらえないのなら」 「星さんの給仕姿を、全世界に配信します!」 「なんたる外道!  これが富士見家の血!?」 「星さん、教えてください」 「アザナエルとは、いったい何ですか?」 「ただの拳銃が、どうして半田明神の地下ムロに?」 「…………」 「――――」 「……あなたの決意は揺るがないようですね」 「教えてくれるんですね!?」 「ただし――!」 「写真は消してください」 「……やっぱり気にしてるんですか」 「当たり前です」 「………………」 「………………」 「では、どこから話したものか……」 「多少長い話になりますが……そうですね」 「『カゴメアソビ』の成り立ちから、お教えしましょう」 「戦後、秋葉原が電気街として生まれ変わった直接の原因を、知っていますか?」 「ええと……確か、GHQの指導によりガード下に露天商が集められた、でしたっけ?」 「さすが、会長の娘さんですね」 「……父さんは関係ないです」 「まあ、とにかくそうして、秋葉原という街は戦後復興の第一歩を踏み出しました」 「――表向きには」 「表向きには?」 「日本を支配したGHQ」 「彼らの中には、確かに日本を建て直すべく、理想に燃えていた人も多くいました」 「しかし当時の日本は、各国の思惑が入り乱れる極東の要地。当然、綺麗事で済むことばかりではありません」 「決して表沙汰にできない数々の事件が、人知れず闇へと葬られていきました」 「しかし、人々は争いに厭きていました」 「単なる鬱憤晴らしか、それともそれ自体が日本の未来を定める危険なゲームとなったのか――」 「各国の要人や、日本の政治家、財閥の有力者が集まり、秋葉原の地下でとある賭博が行われるようになったのです」 「賭博――?」 「ロシアンルーレット。  巨額の富と弾丸が行き交う命懸けのギャンブル」 「焦土となった東京で、明日の夢を失った命知らずのならず者たちが、地下鉄万世橋駅遺構に集められました」 「円形のコロシアムの下、6人の男たちが輪を描き、後ろの人間が、前の人間の頭に銃を突きつけます」 「引き金を引き、外れれば前の人間に銃が手渡され、当たれば死者を除いてもう一度」 「ひとり……またひとり……」 「ゆっくりと、時間をかけて、輪が縮まっていきます」 「やがて輪は線となり――点となる」 「生き残ったひとりの手元には、莫大な掛け金の一部が手渡されます」 「そんな、馬鹿げたことが――」 「今の時代に生きるあなたは、信じないでしょう」 「しかし当時のそこには、夢も、富も、絶望も、死も、全てが混ざり合い、混沌と渦を巻いていた」 「そしてその渦は、何よりも人々を魅了した」 「自分の命の価値を、忘れさせるほどに」 「賭博は繰り返され、その舞台は『籠』、ロシアンルーレットは『カゴメアソビ』と呼ばれるようになりました」 「繰り返される『カゴメアソビ』で、人々の希望と恐怖をのせ、生死を分けたその拳銃は、禍福を糾えるもの――」 「『アザナエル』として、人々から畏れ崇められるようになりました」 「それが、あの銃ですか」 「でも、どうして半田明神の地下に?」 「アザナエルが、本物になったのです」 「本物……?」 「生と死の狭間に立った人間たちの強い情念は、いつしかその銃に人知を越えた恐ろしい呪いを植え付けました」 「1発の弾丸を入れ――」 「シリンダを回し――」 「トリガーを引く」 「願いが叶うのは一度だけ」 「飛び出すのは、希望かそれとも弾丸か」 「希望が飛び出せば、当たった者の願いが叶う」 「弾丸が飛び出せば、命が絶たれる」 「規則はそれだけです」 「死の危険と引き替えに、願いを叶える奇跡の銃。  アザナエルは戦後の闇社会を転々としました」 「戦後の復興は、もしかするとアザナエルを抜きには語れなかったかもしれない」 「しかし、人間を惑わす危険な呪物には違いない」 「だから私たちは、アザナエルを封印しました」 「でも……それ、リスクが少なすぎませんか?」 「というと?」 「だって、死ぬ確率は6分の1なんでしょう?」 「命を投げ出すくらい絶望してる人はたくさんいる」 「その人たちがカゴメアソビに参加しない理由って、あります?」 「そういう考え方もあるでしょう」 「そしてほとんどの人間が、あなたと同じ考えで、アザナエルに命を絶たれた」 「まず第一に――  誰もが自分の本当の願いを知らない」 「巨万の富を得ようと願ったつもりが、しかしカゴメアソビで、全てを投げ出し愛人と逃げ出した者がいる」 「愛する重病人の命を救おうとして、しかしカゴメアソビの後、重病人の命を絶ってしまった者がいる」 「自分の表向きの希望と、心が本当に求めている願いとは、しばしば食い違うものなのです」 「そして第二に――  カゴメアソビは麻薬のように人を魅了する」 「一度叶ってしまった願いが、更なる欲望を生み出すのか」 「それとも、カゴメアソビという命懸けのギャンブル自体が、彼らの心を掴んで離さないのか」 「一度経験した者のほとんどは、二度、三度――幾度となく自分の命を盆へと投げ出し、やがて命を失う」 「わずかに今も残る生き残り――」 「それが、河原屋双一なのです」 「河原屋組の組長……」 「彼らが大組織の傘下にならず、一匹狼のように秋葉原の街を仕切れるのは、アザナエルの加護があればこそ」 「全ては祖父に聞いた話です」 「あるいはいい加減な祖父のことですから、どこかに誇張があるやもしれません」 「しかし、現実に、アザナエルは存在します」 「呪いをとくことは……できないんですか?」 「かつて、私の祖父がそれを試みたことはあります」 「しかし――試みは失敗した。  怨念の力が、強すぎたのです」 「辛うじて、ひとりが引き金を引けるのは一度――という制限をつけ、多くの被害者が出ないようにはできました」 「しかしそれでも、アザナエルを求める者は後を絶たない」 「だから、アザナエルをあの地下ムロに封じた」 「祖父が封じたそのアザナエルを、私はずっと守っておりました」 「新年を迎える度、半田明神の参拝者へ少しずつ『願い』を分け与えることで、徐々に呪力を薄めてきたのです」 「50年の時を経て、まさに今晩、アザナエルの呪いが祓われる――」 「そのはずでした」 「しかし今晩、河原屋双一にアザナエルが盗まれた」 「いえ、それは……私のせいです」 「本来、その社は結界で覆われておりました。  祖父が最後に拵えた結界です」 「10年の時が経過したといえども、そう易々と破られるようなものではない」 「ただ、ほんの一瞬で結界が破られたのだとすれば、やはり何者か、強力な力の持ち主が……」 「でも、やっぱり私のせいです!  そこですぐ、星さんに返していれば――」 「あなたはその銃を手にしたとき、自分の中に眠る欲望に魅入られたのではありませんか?」 「欲望――」 (そうだ……私、拳銃を手にして……) (もし警察に届ければ、自分が父さんに認めてもらえるって信じて、それで――) 「ん……」 「あの……テレビに映っているのは……」 「テレビ?」 『にとり』 『にとりは、どこ』 「ん? なに、この人」 「……見えるのですか!?」 「え? 何が?」 「だから画面の真ん中に、黒い服を着た女性が――」 「見えるじゃないですか」 「なんですって! まさか彼女――」 「アザナエルの力で、現実化した!?」 「ではもう一度――いただきます!」 「あむあむ……」 「ぷはぁぁ……」 「ごちそうさまでしたー!」 『改めてすごい!   フウリ選手、コマンドの牛丼も、一気です!』 『続いては――』 「あ! プリーズのマダムさん!」 「どうもこんばんは。  フウリちゃん、元気になってよかったよかった」 「プリーズ特製のクリームパスタ、美味しく召し上がれ」 「はーい。いただきまーす!」 「ちゅるる……ちゅるるるる……」 「んふー! おいしかったですー!」 「ごちそうさまでした」 「お粗末様でした」 『なんということでしょう!  やっぱり一口!』 『秋葉原チームを阻むものは、もう何もないのか!?』 「相変わらず飛ばしてるけど……  料理の方、大丈夫なんでしょうか?」 「ダイジョブダイジョブ。  さっきの休憩中に食い物補充してたし」 「でも、あのペースじゃ――」 『ボール紙肉まん!』 「はむ、はむ」 『ドネルケバブサンド!』 「あーん、んむんむごくり」 『チゲェネェサンドイッチ!』 「うううーん! デリシャスですー!」 『な、なんという驚異的なペース!』 『っていうか……あれ?  さっきあんなに用意しておいたのに……もう?』 「番組、早く終わったらまずいし……  これって、協力した方がいいんじゃないですか?」 「協力って? 料理でもつくんのか?」 「そんなことしても間に合いませんよ」 「じゃあどうすんだよ?  言っとくけど、手抜きなんて許さねーからな!」 「やらせ! ダメ! 絶対!」 『《あまさきや》〈天先屋〉の納豆も一気に完食!!』 『すごい! すごすぎるぞフウリ選手!』 『ええと……次は……あとどのくらいあったっけ……?』 『時間はまだ……うげ! まずい!』 「コレ、マイクに入っちゃまずいんじゃ……」 「ま、今更色々手遅れなんじゃねーの」 『え、ええと……かくなる上は、仕方ない!』 『ここで一端大食い競争をストップ!』 『ミリPさんにカメラを戻して、キャラデザインの進捗を伺ってみましょう!』 『ミリPさ~ん!』 「またアレやるのか……?」 「背に腹は代えられないんでしょう」 『ミリPさん、聞こえますか~?』 『はぁあーい』 『こちら控え室!  今、似鳥君が一生懸命デザインをしてるところよーん』 『それじゃ早速、似鳥君にお話を――』 『ふんぐ! んぐ……んぐぐぐぐぐ……』 『さっきの没で闘争本能に火がついたのかしら?』 『集中して、アタシの声も聞こえないみたいね』 『それじゃあ、応援の方にお話を聞いてみましょう!』 「…………ふぅ」 「ひとまず危機は去った……」 「けど……もう、残ってるのがアレしか……」 「アレだけは出すわけには……若原Dの二の舞に……」 「アレ? アレってなんだ?」 「さあ。でも、なんかいかにもヤバそうな……」 「ああっ、もう! 何か――  何か、秋葉原名物はないの!?」 「もう9時で……お店も閉まってるし……  今でも買える秋葉原名物……秋葉原……名物?」 「ええいっ! 権堂朝美! しっかりしなさい!」 「長年離れていたとはいえ、秋葉原は生まれ故郷でしょ!  私がしっかりしないで、誰が――」 「そうだッ!」 「あれ? すいません、どこに――」 「買い物!」 「でも、司会は……?」 「ミリPさんにお願いして!」 「は……はぁ」 「なんか、大変だなあ」 「ですね」 「でも、この時間でも買える秋葉原名物って……?」 『はいはーい!  それじゃ一端ステージの方に……ん?』 『あら? いなくなっちゃった?』 『しょうがないわねー……』 『それじゃ、アタシが再び全国ゆるキャラバン大食い選手権、リポートを再開しちゃうわよ~ん!』 『レッツゴー!』 「ここですねぇ」 「……ったく、やってらんねーぜ!」 「ドロップキックまで食らって、ガラス直してやったと思ったら! なんでオレたちが、こんなこと」 「そんなこと言ったら、私が一番の被害者ですよ。  せっかく借金から解放されたと思ったら、ドッキリ?」 「おかげで無償奉仕なんて……トホホホホホ」 「悔しいが、双六さんはつえぇ!  頑丈なオレでも勝てない。即ち――」 「侠だ!」 「いや、だからってなんでオレたちが仕事手伝う――」 「ふおっ!」 「キャッ!!」 「お……おい、大丈夫か?」 「いた……いたい」 「おお、手を貸して――」 「あは……いたい! いたいよ!」 「わたし……いたい!」 「え?」 「笑いながら……走ってった?」 「なんだったんだ……?」 「さあ」 「ほら、それより仕事仕事」 「お……おう」 「ねえ、やっぱりその……だめですかね?」 「えー、そのなんだっけ?  のーこんとろーる?」 「見本がないと無理ぽ。  トレス疑惑! トレス疑惑!」 「……真面目にやってくれるとこちらとしても嬉しいと愚考するのだけれど」 「あーあー、わかったわかった!  そんな暗い顔するなって」 「そこら辺の喫茶店で電源借りて――」 「まーでもPIXYとかにはいそうだよな……  一応、ダベッターでも情報提供求めてみっか……」 「どいて!」 「うわっ!」 「うぎゃっ!」 「はやく……いかなきゃ!」 「――はぁ」 「どうして一言謝ったりできないのか、僕には理解ができない」 「いくら綺麗な外面でもその中味は――」 「ん? おい、どした?」 「運命……」 「は?」 「運命だよ、運命! ディスティニー!」 「やっべ! オレ、好きになっちゃった!」 「好きに? って、どなたを?」 「決まってんだろ! 今のコだよ!」 「え? 本気?」 「本気と書いてマジと読む!」 「つまり、いわゆるひとつの――一目惚れ?」 「…………ぽっ!」 「ほら、行くぞ!」 「ちょ……ちょっと待たれい……!」 「おいおいおいおい……!」 「せっかくミヅハを神社に届けて、アザナエルも手に入れたって言うのによ……」 「肝心の星さんは、どこに行っちまったんだ?」 「しかしミヅハ、すぐにでも飛び出しそうだったけど。  ……ちゃんと留守番してんだろうな?」 「うおッ!」 「きゃっ!」 「うう――」 「いそがなきゃ」 「お嬢ちゃん! ちゃんと前向いて歩くんだぞ!」 「からだがなれない――」 「でも」 「いそがなきゃ」 「いそいで」 「にとりの」 「そばに」 「そばに、いたい」 「にとり」 「にとり、にとりにとりにとりにとりにとりにとり……」 『うそ……こんな……呆気なく……』 『あ、呆気ないが……しかし、しかし!』 『秋葉原チーム、優勝――――ッ!!』 「どいて」 「じゃま」 「じゃまだって」 「つたえるの」 「ほんとうのきもち」 「わたしは――」 「しかくがある――」 「にとりに――」 「にとりに――!!」 「ちょっと照明! 何やって――」 「にとり」 「にとりは、どこ」 「ふぅ、コレで一息、か……」 「ハッハッハッハッ!」 「ばかー! やめぬかー! はなせー!」 「コラ」 「きゃうーん!」 「ったくバカ犬! やめろよな」 「そうじゃそうじゃ、このバカ犬!」 「獣姦は創作の中だけ! リアルはちょっと萎えるから」 「わう?」 「似鳥よ、すまなかったな。恩に着るぞ」 「…………」 「な……なんじゃ、似鳥?」 「……お前、確か神様なんだよな」 「その通りじゃ! じゃが、それがどうした?」 「いや……なんかこう、オレの才能が一気に開花するような奇跡、起こしてくれないかなって」 「無理じゃ」 「だよな」 「自分の力で、やるしかない……か」 「やるしかない……んだよな?」 「でも……」 「できるのか……?」 (ノーコがちょっとネットでもてはやされたからって調子に乗って……) (コミマの同人誌は散々で……) (ソトカンダーはスタッフからバカにされ……) (そんなオレが……こんな短い時間で……) 「ほら、似鳥! なにをボサッとしておる!」 「早くしないと、時間が終わってしまうぞ!」 「あ、ああ! わかってるっつーの!」 「……よし。やるか!」 「ん……ん……んん……」 「ああ、クソッ!」 「アイディア……アイディア……」 「秋葉原……秋葉原だろ……」 「こんなじゃ――全然――足りないし――」 「あああああッ! ダメだ!」 「…………無理!」 「なんじゃ? もう諦めるのか?」 「もうとか言うな!」 「オレだって必死だよ!  やることちゃんとやってるよ!」 「先ほどあのミリPとかいう者も言っておったじゃろう?」 「できる限りの時間で、できる限りのことをやる。  それが、おぬしの役目じゃと」 「自分が全力を出したと納得できるのであれば、それでよいのではないか?」 「あいつの言ってることが、正しいことだってのはわかる」 「ソトカンダーの適当な仕事、一発で見抜いたのはすごい」 「そうやってプロフェッショナルにやってきたからこそ、ああいう売れっ子プロデューサーだってのも、わかるよ」 「でも……違うんだ。嫌なんだ」 「お客を騙す? 見た目だけ取り繕う?  時間内に、できる限り力を出せばいい?」 「それってさ、駄目だろ? おかしいだろ?」 「頭の中には、あるんだよ。  絶対、みんなにすごいって言ってもらえるアイディア」 「でも、それを形にした途端、消えるんだ。  もっと、もっと、できるはずなのに」 「だから結局、ソトカンダーみたいな適当なので、お茶を濁して……」 「ふむ……」 「おぬしとノーコは、なんだか似ておるのう」 「オレとノーコが似てる? どこが?」 「ん、いや……どこがと訊ねられると困るのだが」 「なんかこう、煮え切らぬ感じというか……  自分を信じられぬ感じというか……」 「まあおぬしが創り出したものならば、性格が似るのも仕方なかろうが……」 「おぬし、ノーコがおぬしにとってどんな存在か、今一度考えてみてはどうじゃ?」 「オレにとって、ノーコが……?」 「ん……なんだ?」 「この気配は……もしや!」 「にとり」 「にとりは、どこ」 『さーて、それでは全国ゆるキャラバン!』 『熱戦の再開よッ!!』 「いただきます! はむはむ! んまー!」 「ごちそうさまでした!」 『なに? この子の食欲は天井知らず?』 『牛タンフランクも一気食い!』 「あむあむ」 『象の鼻パンも!』 「もぐもぐ」 『爆弾おにぎりも!』 「ほ……ホントにあっという間になくなっちゃった……」 『となると次は……』 『とうとうラストのクリマ……』 「――の前に、もう一品!」 「なんだあ? ジュース?」 「違う……マズいな……」 「まずい?」 「アレはきっと――」 『秋葉原名物! おでん缶!』 『さあ秋葉原チーム!  これも一気に食べきってしまうのか?』 「う……」 「うきゅううう……」 「ん? どした、フウリ?」 「いた……いただきます」 「はむ……」 「はむ……」 「はむ……」 『さすが、フウリちゃん!  あっという間に、おでん缶の中味を――』 「まだです!」 『まだ……?』 「うきゅうううう…………」 『なんと!  各おでん缶の中に、コンニャクだけが残っている!?』 「フウリ! もしかして――嫌いなのか?」 「実は……そうなんです。  コンニャクだけは……ちょっと……」 「なんでよりによって、コンニャクが!?」 「だ、だって、なんか……  自分の仲間を食べてるような気が」 「どういう理由だよ……」 「きゅう……」 『さあ、ここで秋葉原チーム、急激なブレーキ!』 『後続のチームが、グングン追い上げ……』 「う……うえっぷ」 「もう……無理……」 「あれ……川の向こうさ……ばさま?」 『てるわけじゃないけれども、一応差は縮まっている!』 『気がするわ!』 『さあ、フウリちゃん!』 『ここで根性を見せることができるのか!』 「…………ううう!」 「こんじょ~!!」 「はむ」 『行った!』 『そして止まった!』 「うううう……」 「やっぱり……むにゅむにゅする……」 「そりゃまあ、コンニャクだし……」 「でも、頑張ります!」 「やっちまえ!」 「はむ……」 「うううう……」 「はむ……」 「うううう……」 『ゆっくりと……何度も、止まりそうになりながら、それでも、食べ続けるフウリ選手!』 「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」 「はむ……もぐ……ん、ん」 「何回も、失敗して、心が折れそうになって」 「でも、ミリPさんとか、マダムさんとか、アッキーちゃんとか、いろんなひとが、私を勇気づけてくれました」 「その期待に、応えるときです……」 「はむ……ん、んく……」 「そ、そうです……」 「ここで諦めちゃ、だめ……」 「貫太さんに……見つけてもらうためには……」 「はああああ――」 「ぽん!」 「うっ!」 「自爆!?」 「いや……」 「気合い、入りました!」 「食べ! ます!」 「はむ!」 「ん……ん……」 「いいぞ! その調子だッ!」 「もう少し! もう少――」 「おい弟子! おまえもちょっとは応援――」 「ぅ……ぅぅ……っ!」 「え? な……なんで泣く?」 「泣いてなんてないやいッ!」 「いやいやいや、泣いて……まあいいや!  ほら、てめーも応援しやがれ!」 「お……おう!」 「フウリ! 頑張れー!」 「そうだ! フウリいっちまえ!」 『会場からは沸き上がる歓声!』 『さあ、いよいよこんにゃくも少なくなり――』 「最後の――」 「ひとくち――」 「はむ……」 「んぐ……」 「うん!」 「ごちそうさまでした……」 「いよっしゃ! よくやっ――」 「うきゅぅぅぅぅぅぅ……」 「うお! 大丈夫かフウリ!?」 「は、はひー」 「少し休めば、大丈夫ですー」 「あー、ほらほら! しっかりしろ!」  崩れ落ちるフウリの身体を抱き留めて、沙紅羅は呟く。 「私……頑張りましたよ……ね?」 「ああ、よくやった」 「えへ……えへへへ……」 「貫太さん……見てくれたかな……?」 「貫太……?」 「おまえの恋人か?」 「えへへ……ふたりとも……そうしそうあいで……」 「なのに……なんで……わか……れて…………」 「フウリ……?  おい、フウリ、フウリ――ッ!!」 「ぐぅ……」 「寝たのかよ!!」 『とまあ、今日最高潮の盛り上がりを見せた秋葉原!  しかし、コレで番組が終わったわけじゃないわよ!』 「あの……ホントにやるんですか?」 「今更なに言ってんの!?」 「大丈夫、あの小さい身体の女の子でしょ。  結構引っ張れるわ!」 「でももしかしたら、っていうかほぼ確実に、若原D入院の原因――」 「ん? なんの話?」 「い、いえ……何でもありません!」 「ほら、早く支度なさい!」 「は、はい!」 『さあ、とうとう秋葉原チームは3人目!』 『秋葉原のライブハウス「スーパーノヴァ」でアルバイト中、アッキーちゃんの登場よ!』 『小さな身体の彼女の前に並べられたのは――』 『巨大な、巨大なクリマンタワーッ!!』 「…………」 「なあ、沙紅羅さん」 「なんだよ」 「もしオレが、ここで食べなかったら――」 「やらせか!?  そんなの、アタシが許さねーぞ!」 「いや、そうじゃなくて……フウリは……」 「むにゃむにゃ……もうたべられない……」 「フウリは恋人のこと、忘れますかね?」 「恋人のこと?」 「フウリが目立とうとしてるのって、行方不明になった恋人に自分の姿を見せたいからなんです」 「ここで優勝できなかったら、もう諦めがつくかなって」 「だからこいつ……あんな根性出して……  嫌いなこんにゃくも、気合いで食った?」 「ううっ、う……な、なかなか……  根性あるじゃねぇか!」 「おーいおいおい……  おーいおいおいおい……!」 「え、沙紅羅さん? 泣いてんのか?」 「バッキャロー!  これに泣かずしていつ泣くんだよ!」 「二度と会えないかもしれない男に会いたくて、一縷の望みを託してテレビまで出て……くぅぅぅ――っ!!」 「おし、決めたッ!」 「弟子よ!  絶対に優勝して、フウリを恋人に会わせてやるぞ!」 「で、でもですね。例えばですよ。  もしその恋人が死んでたりしたら――」 「あんだけ根性入れてコンニャク食ったんだ。  今更中途半端に諦められっかよ」 「諦めるにしても、悔いのないようにしてやんねーとな」 「ん……そっか」 「沙紅羅さん、ありがとう」 「オレ、吹っ切れました」 「ん、そかまあなんだかわかんねーけど……」 「思いっきり、ブチかましてやれ!」 「はい!」 『アッキー選手、沙紅羅選手に活を入れてもらうと、クリマンに手を――』 「いただきます!」 「ごちそうさま!」 「え?」 「は?」 『なに?』 「これで優勝!」 『うそ……こんな……呆気なく……』 『あ、呆気ないが……しかし、しかし!』 『秋葉原チーム、優勝――――ッ!!』 「すっげ――――――――――ッ!!」 「ふぁ……へ? なになに?」 「優勝だ! アタシたちのチームの、優勝だよ!」 「な、なんですとー!」 「ちょっと! は……早すぎる!」 「そ、それじゃまた似鳥さんに連絡を――」 「だめよ! 絶対に話は振らない!」 「どうして?」 「そりゃ、約束しちゃったんだもの」 「けど、それじゃどうやって?」 「どうやってって、そりゃ――」 「ちょっと照明! 何やって――」 「にとり」 「にとりは、どこ」 「いた……」 「ノーコ……?」 「みえる?」 「え? 見えるって……」 「ちょっと! あなた中に入らないで――」 「え――?」 「どいて」 「しにたい?」 「ひ…………」 「こ、こ……」 「殺せるもんなら……殺してみてください……ッ!」 「私たちは、この番組に、命懸けで――」 「やめなさい!」 「やめろって、でも――」 「いいから!」 「よくないです!」 「若原Dのために、こんなにみんなが頑張って!」 「なのに、こんな理不尽を許しちゃ――」 「じゃあ、ころす」 「だめ――――――ッ!!」 「――フウリ?」 「どうしてここに?」 「ノーコちゃん!  人を刺しちゃ、駄目です!」 「…………」 「……フウリ」 「ノーコちゃん……あの……!!」 「もう、くちだししないで」 「――――ッ」  唇をかみしめるフウリを横目に、ノーコは似鳥の側へ。 「にとり」 「ノーコ……」 「おまえ、まさか……」 「うん」 「みんなにみえる」 「わたしはそんざいする」 「わたしはいきてる」 「なんで……だ……?」 「アザナエルのおかげ」 「うたれて」 「きづいたら、こう」 「ねえ、にとり」 「わたし、にんげんになった」 「ここに、いる」 「だから……」 「いいよね」 「にせものじゃないから」 「ほんものだから」 「だから、にとり」 「あなたのきもちをきかせて」 「にとりもわたしを――」 「待て」 「ちょっと、待ってくれ」 「なに? どういうこと?」 「おまえは……存在する?」 「ってことは、ええと……」 「あの銃が、本当に夢を叶えた?」 「な……なんで、そうなるんだ?」 「実際現実になるとか……」 「さすがにありえねーだろ……やり過ぎだろ……」 「ってか、夢が叶うならそもそもこんなマンガ描く必要ないだろ……」 「どうせなら金とか女とか、そういう方面で……」 「わたしがいるよ」 「え?」 「わたしが、ほんとうに、いるから」 「わたしが、にとりのこいびと」 「えいえんにそばにいる、パートナー」 「パートナー」 「って言われても、その……」 「…………」 「もしかして……」 「わたしが」 「きらい?」 「いや、そういうわけじゃ!」 「そういうわけじゃないよ! ないんだよ!」 「ただちょっと、急なことで驚きすぎて……」 「すき?」 「え、いや……待て待て。落ち着こう」 「常識的に考えて、おまえはオレの創作物で、脳内彼女で、現実に存在していても人間とは――」 「すき?」 「わたしが、すき?」 「あいしてる?」 「あいして」 「けっこんして」 「たくさん、あいして」 「セックスして」 「いっぱい、いっぱいセックスして」 「わたしに、にとりのこどもをうませて」 「赤ちゃん!」 「こッ……子作り宣言だとォっ!?」 「っていうかこれオンエアされてるのに――」 「………………」 「………………」 「……にとり?」 「すきって……」 「わたしのことを……」 「すきっていって」 「だ、だから! 急に言われても、オレ――」 「そう」 「そうなんだ」 「え?」 「あいしてない」 「きらい」 「きらい。きらい、きらい。きらいって」 「にとりはわたしがきらいって、いうんだ」 「いやいや、そうは言ってない――」 「うそ。うそうそうそうそ。みんなうそ」 「せっかく、ゆめがかなって」 「せっかく、げんじつになって」 「それなのに、そんなことをいうんだ」 「バカ! やめろ!」 「もう、自分を傷つけたり――」 「え……」 「ノーコ……? ノーコさん? ちょっと――」 「うそつき」 「どうしてうそつくの?」 「うそをついちゃだめだよ」 「わたしをあいしているのに」 「おしおきだ」 「沙悟浄! 九千坊!」 「ヒョーヒョー!」 「ガワッガワッ!」 「なに?」 「やめるのじゃ!」 「おぬしは似鳥を傷つけるため、人間になったのか!?」 「ミヅハ……?」 「似鳥よ! まだわからんのか!」 「こやつは一歩、前に進んだのだぞ!  おぬしの進めなかった一歩を、前に!」 「そのノーコに、そのような言葉――!」 「ちょ、ちょっと待てよ!」 「オレ、別に否定してないし!  ただちょっと、時間が――」 「今すぐ決めよ!」 「決めろって、でも――」 「…………」 「テレビで中継とか、恥ずかしいし」 「似鳥!」 「わたしがはずかしいんだ……」 「はずかしい……はずかしい……」 「なら……ふふふふ」 「まわりがみえないくらい」 「すなおにしてあげる」 「おしおき、おしおき――」 「おしおき、だよ――」 「いかん! 止めるのじゃ!」 「じゃま」 「なに!? 二人がやられ――」 「あなたも、めざわり」 「くぅっ!」 「うきゅ――――――ッ!!」 「ミヅハちゃ――――ん!!」  ノーコの指から伸びたカッターナイフが、ミヅハの腹部を切り裂いた。 「だ、大丈夫ですか、ミヅハちゃん!」 「そ……そんな……」 「うそ、じゃろ……」 「ノーコが……わらわに……手を?」 「にとり」 「ひ……」 「いっしょに」 「ぃや……」 「しのう」 「いやだああああッ!!」 「でりゃああッ!!」 「――く」 「え――?」 「おいテメー! なに腰抜かしてんだ!  男だろ! 立てよ!」 「あなた……やるき?」 「おうおう! タイマン上等!」 「愛の狂気に迷い込んだ刃物女がひとり、とくりゃ――」 「逃げるしかねえだろッ!!」 「ええええええ――!?」 「オラついてこいッ!!」 「ちょ! ひ、ひっぱるな!」 「…………にがさない」 「ミヅハちゃん……傷は……あれ?」 「大丈夫、みたいですね……」 「なぜじゃ、のうフウリ……?  なぜ……ノーコが……」 「わらわとノーコは、お友達じゃったのに  わらわはノーコを、信じておったのに」 「なぜノーコは、わらわを――?」 「わらわがノーコを信じたのは、間違い……?」 「ミヅハ様が――!!」 「すぐに行かねば!」 「カゴメアソビが行われたということは――  どこかに弾丸が残っていたということ!!」 「一刻も早く、アザナエルを取り戻さねば――」 「ですね! あのノーコさんとか言う女の所に――」 「オラオラ、走れ走れ走れ!」 「いや、あのでも……」 「んだよ!? 助けてやったのに」 「ホントに……逃げて、いいのかな」 「ったく、オトメロココがわかってねー奴だな!」 「ロココ?」 「あんな状態で、まともに話したって聞かねぇだろ。  だから、ちょっと時間をおくんだよ」 「下手に手出ししたら、こっちが痛い目見るからな。  四十八手逃げるにしかず!」 「…………」 「しかし、それにしてもあのカッター女……  どっかで見たことあるような気がすんだよな……」 「ああ、オレの同人誌だろ」 「あ! そっか!  確かに、『のーこんとろーる』で……」 「っていや待て! おまえ、今なんて――」 「だから、オレの同人誌で――  アイツは、元々オレの創作物だったんだよ」 「ええと……つまり……」 「『のーこんとろーる』描いたのって、おまえ?」 「そうだけど」 「な、ななななな――  なんだとおおお――――う!!」 「ってことは、もしかして、他にも『のーこんとろーる』の新刊とかは――」 「家に在庫、たくさんあるけど」 「な、なんてこったあああ!」 「これが……幸せの黄色い鳥……!?」 「なんかちょっと違うような……」 「あ、あの! 悪いけど、もう1冊!」 「もう1冊、新刊を譲ってもらえないか!?」 「別に余ってるからいいけど……」 「あ――ありがとうッ!! 心の友よおお――!!」 「ともだちはいらない」 「いるのはわたしとにとり、ふたりだけ」 「ちかづかないで」 「ノーコ!!」 「くそっ! 逃げるぞ!」 「にがさない」 「で、電柱切れた!?」 「いやいや、おかしいだろ! 普通切れないだろ!」 「わたしの『イシュタムのみちびき』に、きれないものはない」 「ね、にとり――ぜんせの、カイザー・オブ・ダークネス、ルシフェルさま」 「前世? ザーカイうっぷダメデスるしふぇる?  な……なんか知らねーけど……」 「かっこいい……!!」 「格好良くねーよ! ただの厨二病妄想だ」 「うそ」 「ウソじゃない!  そういう設定は、捨てたんだ!」 「どうして? どうして、そういうことを――」 「逃げるぞ、沙紅羅!」 「お、おう!」 「まちなさい」 「あー、クソッ!」 「下手に逃げると、巻き添えくらわせちまう!」 「あんまり戦いたくはねーんだけど……」 「沙紅羅……」 「わかってる。ちゃんと手加減するよ」 「そうじゃない」 「――死なないでくれよ」 「ったりめーだろ」 「どーじんしを手に入れるまで、死ねるかってんだ!!」 「この辺でいいな」 「ここって、でも――」 「いいからテメーはすっこんでろ!」 「ふぎゃっ!」  沙紅羅は、既に多くの店が閉まりかけたエレキセンターの方向に、似鳥を蹴り飛ばす。 「さて――と」 「おいノーコとかいうヤツ!  テメーとは話したいことがある!」 「一度、顔をつき合わせて――」 「ことわる」 「な――」 「くぅっ!」  背後から突き出されたカッターナイフを、沙紅羅は間一髪で躱す。 「おまえ、どっから出てきた?」 「にとりはわたさない」 「上から逆さづりになってただろ」 「にとりはどこ?」 「おまえ、ホントに、人間か?」 「わたしは」 「げんじつのそんざい」 「まぼろしではない」 「まぼろしでは、ない!」 「――ッ!」 「げんじつになって!」 「くぅッ!」 「あいしてもらえる!」 「がはっ!!」 「だれにもじゃまは――!」 「わかるよ」 「わかる?」 「あなたに、わたしの、なにがわかる?」 「実らぬ恋ってのがね」 「みのる」 「てめーとあいつが、どんな関係だったのかはしらねー」 「かんけいない」 「しらねーけどよ、おまえの愛情はよーくわかる」 「わからない」 「だから、憎しみも、よくわかる」 「にくしみはない」 「その刃から、ビンビンと、感じるね」 「でもな」 「本当に愛してんなら――」 「似鳥を、困らせるようなことするんじゃねぇっ!」 「わたしが――」 「にとりを、こまらせる?」 「ふざけるな」 「な! 増えるって――!!」 「喝雄不死――!」 「アタシの喝雄不死が――!!」 「これは、わたしのいかり」 「な……!?」 「う――ウソォッ!?」 「わたしは、しっている」 「にとりは、にげているだけ」 「わたしは、にとりの、ねがいからうまれた」 「すなおになれば、にとりは――」 「きっと、わたしをみとめてくれる」 「それが、おまえの勘違い――」 「ちがう」 「それでも、拒絶されたら?」 「ありえない」 「でも――」 「うるさい!」 「わたしと、にとりの、じゃまをするやつ」 「ほふる」 「――くそっ!」 「きゃっ!」 「おれたぼくとうで、ふせげるとでも?」 「う……うう……この……」 「わたしのじゃまをしたむくい」 「しね」 「――――っ」 「きゃっ!」 「え……?」 「――――ふぅ」 「大丈夫か、嬢ちゃん」 (も、ももも……もしかして、これが……) (占いに出てた、運命の……ひと……!?) 「かわらやすごろく……!」 「双六……さん?」 (素敵な名前……) 「おい、なにをボサッとしてる?」 「早く逃げな」 「そ……そんな!」 「アタシだけ、逃げるなんてできね――できません」 「はっ」 「なんだ。可愛い顔しといて言うぜ」 「可愛い……?」 「どいて」 「あんなぁ、ねーちゃん」 「見ず知らずの人間に、こういうこと言いたかねえが。  こういうことされると、商売あがったりでね」 「堅気の人間に迷惑かけんなって、双一親分に口酸っぱく言われてんだ」 「サクッと帰ってもらえると――」 「あなたがわるい」 「ん?」 「あなたが――」 「あなたさえいなければ――ッ!!」 「しね」 「くっ!」 「双六さん!」 「いてぇっ!」  鞭のように撓る刃が、河原屋の腕に巻き付く。  肉まで食い込んだその傾斜を、血が伝い落ちていく。 「この! 双六さんを離――」 「引っ込んでろ!」 「でも――」 「武器もないのに、どうしようってんだよ?」 「それは――」 「それは」 「あなたもおなじ」 「どうするの?」 「さあな」 「…………そう」 「あなたも、しにたいの?」 「……ふん」 「じゃ、殺してくれるか?」 「とうぜん」 「しね」 「待って!」 「え――」 「お……オレは、ここだ!」 「にとり! みつけた――」 「捕まえられるなら、捕まえてみろ!」 「……いいわ」 「いまはおあずけ」 「つぎにあったとき、しょうぶをつける」 「やれやれ……行ったか」 「嬢ちゃん、ケガは……」 「おい嬢ちゃん、頭でも打ったか?」 「い、いえ! ありがとうございます!」 「そうか? なんか、ボーッとしてるみたいだけど」 「ウチの店で休んでいくか?」 「え!? え!? いいんですかっ!?」 「袖すり合うも多生の縁……ってな。  来いよ」 「あ、いや、でも――」 「このままじゃ、似鳥のヤツが……」 「恋人か?」 「全ッ然ッ! 違います!」 「だよな。ほっとけあんなやつ」 「でも、そういうわけには――!」 「ん……ん、んくぅ……」 「え?」 「イテテテテテ……」 「は? 似鳥?」 「じゃあ、さっき向こうに走っていったのは?」 「…………さあ?」 「間違いじゃありません」 「フウリ……?」 「ノーコちゃんは、今、頭に血が上っているだけです」 「信じてあげることは、絶対に、正しいです」 「間違ってるはずなんて、ない!」 「フウリ、どこへ……」 「私がなんとかします!」 「ノーコちゃんの目を、覚まさせてみせる!!」 「待て! わらわも行く――!」 「パトカーが……」 「ノーコちゃんが、この辺りを通ったみたいですね」 「こら! 置いていくでない!」 「きゅ! このままでは、ミヅハちゃんを危険に巻き込んでしまう……」 「こうなったら自販機の陰で……」 「えいッ!」 「どこじゃ? どこに消えた?」 「フウリ、フウリ、フウリやーい……!」 「おいコラミヅハッ!!」 「ぬ! その声は――」 「半田明神で待ってろって言っただろ!」 「もじゃもじゃがでたー!」 「誰がもじゃもじゃだ!」 「に、逃げろ――ッ!!」 「ふぅ……なんとかまいたようです」 「あとは緑の葉っぱで元に戻って……」 「きゅー! ストックが切れてしまいました」 「どこかから探してこなければ!」 「うう……あんまり上等なのがありません」 「公園に戻るのも時間がかかるし……  どうしたもんでしょうか……」 「あ!」 「そういえば、この側に神社が……」 「あった!」 「あれ? この神社、おいなりさまじゃなくて……」 「おたぬきさま……?」 「う……ネコさんがたくさんいます」 「怒らないで……別におっかないことは……」 「もう、もう少しで葉っぱに手が――」 「きゅ――――!」 「ご、ごめんなさい、ネコさん!」 「私は別に、脅かす気なんて――」 「きゅぅぅぅぅ……」 「これでは……近づけません……」 「しかし戻っていては……もう時間が……」 「え……今の音は?」 「もしかして――ノーコちゃん!?」  川向こうに、濛々と白煙が吹き上がる。 「急がなきゃ――!」 「ネコさんがビックリしたので、今がチャンス!」 「葉っぱを補充して、いざ!」 「な、なんですかコレはー!?」 「こんなことが……ほんとに……?」 「――ノーコちゃん!」 「あなたも、しにたいの?」 「……ふん」 「一緒にいるのは――双六さん!?」 「うう……ふたりとも、おっかないです……  とにかく、ここは気を惹かないと……」 「葉っぱを手に――」 「頭の中に、思い浮かべて――」 「どろんぱっ!」 「どこに行くって?」 「――――ッ!!」 「鈴姉……」 「せっかく、ガラスも直った。  音楽機器も揃ってる」 「なのに、職場放棄して逃げるわけ?」 「確かにアッキー様がここから消えたのは、私が彼女を追い立てたからでしょう」 「しかし、それには深い理由が――」 「そうなの! 詳しく説明してるヒマはないけど、人の命がかかったことよ!」 「鈴姉には悪いけど、どうか――」 「アナタたちには、アナタたちなりの理屈があるのよね」 「けど!」 「アタシにはアタシの理屈があるんだよっ!!」 「フウリちゃんと約束したんだ。  絶対に、今夜のライブを成功させるって――」 「そのためには――」 「ひとりもバイトから抜けさせられないッ!」 「横暴な……」 「じゃあ、私は――」 「恵那ちん!  アームチェア・ディテクティブを知っているかしら?」 「安楽椅子に座って事件を解決しちゃう探偵のことでしょ」 「って、まさか――」 「立ち直りさえすれば、恵那ちんは現場に立ち会わなくとも事件解決なんてちょちょいのちょい!」 「バイト・ディテクティブの完成よ!!」 「……私まで、バイトの頭数に入ってるって言うのね?」 「そのような暴挙、許すわけにはいきません!」 「力尽くでも、抜けさせていただきます!」 「私も、助太刀するわ!」 「私だって、富士見家の子孫!  鈴姉ほどじゃないけど、腕に覚えはあるんだから!」 「ふふふ……いいわ! それだけ言うなら――」 「アタシの大気圏突破式ドロップキックが火を噴くわっ!」 「ウィ――――――――!!」 「ぐふ……」 「つ……つよい……」 「武者修業時代を久しぶりに思い出してしまったわ……」 「いい? ふたりとも、あと5分で準備してねっ!  ちゃんと働けば、早く帰してあげるからっ!」 「鈴姉、本気みたい……  今日のライブ、やっぱり特別なんだ」 「こうなったら、先に全力でバイトを終わらせるしか……」 「なりませんッ!!  それでは、手遅れなのです!!」 「今夜、年が明けるまでにアザナエルを浄化できねば、ミヅハ様がまた――!!」 「ミヅハちゃんが――?」 「あ……いえ。な、なんでもありません」 「星さん。この際、聞いておきます」 「ミヅハちゃんって、何者なんですか?  普通の親戚の子には、思えませんけど」 「そ、そんなことはないですよ。  半田明神でお預かりしている、ごく普通の――」 「普通の親戚に、『様』なんてつけますか?  まるで貴族か、それとも神様――」 「神様……? あれ? そういえば……  彼女も、自分のことが神様だって……」 「絶対に、口外するなって言ったのに……」 「ということは、まさかホントに?」 「あ、いえ。今の言葉はウソです」 「ミヅハ……ミヅハ……あ、そうか!」 「半田明神には、祭神が三柱いらっしゃいましたね。  そのほかにも、《せつまつしゃ》〈摂末社〉がいくつか」 「そのうちの一つに日本橋《うおがしすい》〈魚河岸水〉《じんじゃ》〈神社〉がある……」 「江戸時代の水路整備の折、半田明神に遷されたと聞きましたが、私の記憶が確かならその祭神の名は――」 「ミヅハノメ」 「…………」 「星さん。私は、自身が招いたこの事件を、解決する手助けがしたい」 「そのためにも――真実を、教えて下さい!」 「……本当に、知りたいのですか?」 「はい!」 「……やれやれ。  やはりあなた方は、親子ですね」 「父さんは関係ありません!」 「残念ながら、私は当事者でない。  語れることには、限りがあります」 「言えることは、ただひとつ」 「10年前にもまた、アザナエルの封印が解かれ、カゴメアソビが行われた」 「その時もいくつかの願いが叶い、そして――」 「ひとつの命が、失われた」 「10年前――?」 「そう。あなたのお母さんが、いなくなったあのときです」 「…………」 「当時ミヅハノメとして真の姿で祭事を受け持っていたミヅハ様は、罰としてその力と記憶を奪われました」 「天界を離れ、仲間と引き裂かれ元の力を封ぜられたまま、長い間半田明神での小間使いを余儀なくされたのです」 「気高き水神ミヅハノメ――彼女にとってこの10年は、どれほど長かったことでしょうか」 「…………」 「10年……」 「ミヅハちゃんは社に閉じこもったまま、たったひとりで過ごしてきたんですか……?」 「だから外に出た彼女は、あれほどはしゃいで……」 「アザナエルを祓い清めることができたなら、ミヅハ様が負う制限は、解かれます」 「しかし、そのチャンスは今晩――」 「年が明け、人々の願いが半田明神に注がれる、その瞬間のみなのです!」 「恵那様――お願いです」 「ミヅハ様のため――どうか、ご協力ください!!」 「ミヅハちゃんのため……」 「――わかりました。  なんとか、してみましょう」 「本当ですか!?」 「いや……でも、今の鈴さんを説得するには……」 「この名探偵に任せて下さい!  さっきは急な出来事で、出し損ねましたが――」 「実は、奥の手があるんです」 「奥の手……?」 「鈴姉は、一度何かに夢中になると、急に周りが見えなくなるんですよ」 「ふぅ……変身完了!」 「でも、無事に変身できてるでしょうか?」 「記憶まで真似したいのですが、それには修行が……  幻も見せられないし……」 「太三郎様なら、ちょちょいのちょい……」 「とか、考えてる場合じゃないです!」 「しね」 「待って!」 「え――」 「お……オレは、ここだ!」 「にとり! みつけた――」 「捕まえられるなら、捕まえてみろ!」 「まちなさい」 「待たない!」 「そんなところにかくれても、もうにげばは――」 「いない……?」 「ほらほら、こっちだこっち!」 「いつのまに――!」 「どうしてにげるの?」 「わたしはほんもの」 「もうそうじゃない」 「みんなにもみえる」 「わたしがきらい?」 「なわけないだろ!」 「……ほんとう?」 「うそじゃない」 「ならどうして、きもちに、こたえない?」 「拒否なんてしてない!」 「ただ……時間が欲しいだけだ」 「もうじゅうぶんまった」 「ながい、ながいじかんまった」 「これいじょうはむり」 「わたしが、どんなきもちで、どれだけ――」 「どれだけ、きせきをまってたか!」 「ど、どいてください――――ッ!!」 「え……?」 「――――!!」 「わ! わ! わ! 大惨事!」 「私のせい……?」 「でも、けが人はいないみたいです……  不幸中の幸い……」 「だいじょうぶ?」 「あ、ノーコちゃん! 助けてくれて――」 「ん?」 「あれ?」 「あ……! 違う!」 「まちなさい」 「うう……このままじゃ、二次被害が……」 「人気のない場所、人気のない場所……」 「そうだ、あそこが!」 「ふぅ……」 「なんだろうなあ……」 「新感覚レディースAV!  マブいチャンネーと年越し初日の中出し暴走!」 「うーん……上手く行くと思ったんだけど」 「いまいちこう、しっくりこねぇ――」 「どいて!」 「うおっ!」 「バッキャロー! 誰だあんた!」 「撮影で進入禁止――」 「どいて」 「だから、入るなって――」 「…………」 「な……! ゴスロリ……!  目つき悪い……! リストカッター……」 「これだああああああッ!!」 「…………?」 「すみません! あの私、こういう者なんですが」 「じゃま」 「へ?」 「嘘!? 名刺がバラバラ――」 「って服まで!?」 「そとにいって」 「え? いやでも私全裸外12月の夜――」 「じゃま」 「は……はひ……」 「――――、――――、――――、――――」 「――――、――――、――――、――――」 「やっと……おいつめた」 「ノーコ」 「かくご、できた?」 「ああ」 「ごめんな。ノーコ」 「オレ……全然気付かなかった」 「おまえ、ずっとこの日を待ってたんだよな?」 「現実のものになりたい――」 「――その願いが、やっと、叶った」 「うん」 「アザナエルはほんもの」 「シリンダをまわしてうつ」 「ねがいがかなうか、しか」 「わたしは、ねがいがかなった」 「わたしのほんとうのねがいは、これ」 「にとりにさわれて」 「みんなにもみられる」 「きおくれすることがない」 「げんじつのそんざいになること」 「気付いてやれなくて、ごめん」 「そうだよな」 「散々待たされて、あの答えはないよな」 「うん」 「だから――にとり」 「ほんとうのこたえを、ちょうだい」 「――――」 「にとり!」 「――うん」 「オレ――ノーコが……」 「…………」 「…………?」 「……だめ、だ」 「私、やっぱり――」 「ノーコちゃんを、騙せない……」 「あなた……もしかして……」 「にとりじゃない?」 「ごめんなさい、私――」 「にがさない」 「きゃっ!」 「こころをもてあそぶ、ふとどきもの」 「ゆるさない」 「あ……」 「にとりをかたるものに、しを」 「ああ……ああああああ……」 「たぬき……?」 「ごめん……」 「ごめんなさい……ノーコちゃん……」 「え?」 「このこえは――」 「やっぱり、私は、ノーコちゃんに、自分を重ねて」 「どうしても、仲良くなって欲しくて、でも……」 「あなたの、好きって気持ちには……  ウソをつけませんでした……」 「ごめんなさい……ほんとうに……ごめんなさい……」 「すきってきもちに……うそはつけない……」 「にとりのふりは、ひどい」 「これは、じごうじとく」 「でも――」 「フウリ、かわいそう」 「すきなひと、しんだ」 「え――」 「……てがみ、みつけた」 「よんだ」 「おだかんた」 「しんだって」 「あ……」 「くるしいの、わかる」 「めをそらしたいの、わかる」 「違う……あの……訃……報は……」 「なにかの…………まち……がい……で…………」 「です……よね? そう、ですよね……?」 「私は、貫太さんに……貫太さんに、告白して……」 「そう……わたしはしってる。  なにかの、まちがい……」 「くるしいから、めをつぶる。  わたしのねがいが、しんじつになる」 「にとりのきょぜつは……まちがいで……  ほんしんは、ちがうはず」 「だから、あいのあかしに……  わたしは、にとりを……」 「ノーコ……ちゃん……?」 「だいじょうぶだよ」 「わたしも、すぐに、いくから」 「にとりと、いっしょに、いくから」 「ふふ、ふふふ……」 「ふふふふふふふふふふふふふ……」 「ノーコ……ちゃん……」 「わうわうわうわう!」 「おいおい、ちょっと待てよ!」 「……じゃまもの?」 「きいたことのあるこえ」 「しかたがない」 「そらからいく」 「にとり――にとり――」 「ほんもののにとりがいそうなばしょは――」 「あ……恵那ちん、星ちゃん!  時間ぴったりだねっ!」 「ほら! この窓見て! すごいでしょ!  みそブー君たちがちゃちゃっと直しちゃった!」 「山あり谷あり――ここに漕ぎ着けるまで色々あったけど、コレでやっと、今夜のライブの準備万端――」 「星さん、わかってますね?  私が注意を引きつけてる間に、そっと――」 「……はい!」 「恵那ちん? 何コソコソ話してるのかな?」 「そ・れ・と・も……  また、アタシの空中殺法、喰らいたいのかなー?」 「ち、違うよ違うって! そうじゃなくてコレ!」 「ん? 名刺がどうか――」 「なんですとおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」 「ちょ! なんで!?  なんで恵那ちんがロクロー様の名刺を!?」 「スカウトされかけた」 「は? スカウト? うそッ! いつ!?」 「さっき。スパコン館で」 「そっか……アタシは泣く泣く見送ったけど、確か今日はイベントがあったから……」 「で? で? で? 恵那ちん受けたの!?」 「いやいや、私あんまりそういうの興味ないし……」 「嘘ぉ!?  恵那ちんも一緒に、ロクロー様の活躍見たじゃない!」 「その代わりに、鈴姉を推薦しといたから」 「え……?」 「スパコン館に行けば、まだきっと会えると――」 「す……スパコン館にっ!?」 「うぐ、うぐぐぐぐぐぐ……」 「鈴姉、どうしちゃったの?  ロクローさんにずっと、会いたかったんでしょ?」 「うぐ、うぐぐぐぐぐ……」 「もしかしたら、こっから女優デビューの道も開けちゃうかも――!!」 「だ、だめだぁ……」 「え……嘘……」 「やっぱり今日は駄目。今日だけは駄目。  フウリちゃんと、ライブに全力尽くすって約束したの」 「今夜は、このスーパーノヴァを離れるわけには――」 「って、あ! なにしてるのかなっ!?」 「しまった! 見つかった――!?」 「絶対――絶対、逃がさないッ!!」 「必殺――!」 「大気圏突破式! ドロップキ――――」 「「「ええええええええええええ――――ッッ!?」」」 「み、皆さん……大丈夫ですか?」 「う……うん。一応、けが人はいないみたいだけど――」 「……………………」 「……鈴姉?」 「フフ……フフフフフ…………」 「おい、似鳥」 「は――!? 双六さん!?」 「な……お前、死んだんじゃ!?」 「バケモノ扱いすんじゃねぇよ」 「あの弾、誰が用意した?  空薬莢と血糊。見え透いた手だろ」 「なんで……あんなことを?」 「びっくりしただろ?」 「……驚かすためだけに?」 「あぁん?  双一親分の思いつきが、不服だって言うのか?」 「え……あいや、そういうわけじゃ……ないですけど」 「はっ! つくづく、煮えきらねぇ野郎だ」 「テレビ見てたぞ。随分無様だったな」 「…………」 「ほら、どっか行け。  おまえみたいな負け犬見っと、腹が立ってかなわねぇ」 「そんな、そこまで言わなくても――」 「嬢ちゃん、こいつはな。  オレとの約束を破って、裏切った」 「同情する余地なんてねぇ、腰抜けのクズ野郎だ」 「オマケにどーじんしだ? マンガ家になりたいだ?  ほざくのも大概にしろってんだ」 「こういうニートの腐れゴミは、燃やしちまった方がよっぽど社会貢献になるってモンだぜ!」 「――そんなこと、言わないでください」 「ん?」 「もちろん、ここ一番で情けねーところもあります。  コイツはちゃんと、優しいところも持ってるんです」 「無理を言って頭を下げるアタシに同人誌をくれたし、急なテレビの仕事も引き受けてくれた」 「人の気持ちが、ちゃんとわかるヤツなんです」 「一度や二度、失敗したからって……  全部否定するのは、酷すぎんじゃないですか?」 「おい、嬢ちゃん」 「オレが誰だかわかるか?」 「え……いや、それは……」 「河原屋双六。  秋葉原の伝説の大親分、河原屋双一の跡取りだ」 「それを知ってて、そういうデカい口が叩けンだろうな?」 「河原屋双一の……跡取り?」 「へっ、ビビっちまって声も出ねぇか」 「…………信じられません」 「河原屋双一って名前くらい、アタシも知ってます」 「あなたは、親分の顔に、泥を塗ってる」 「ん?」 「アタシは、自分が口にした言葉の意味くらい、ちゃんと知ってます!」 「あなたの考え方は、おかしいです!」 「はっはっは――!!  はっはっはっはっは――!!」 「え――?」 「嬢ちゃん、ひとりもんだな?  よし、オレについてこい!」 「面倒見てやるよ」 「面倒って――」 「おまえが気に入ったのさ」 「きき、気に入ったって、まさか……」 「両想い……!?」 「なんか欲しいものあっか?  なんでも買ってやるよ」 「欲しいもの――!!」 「あの……それじゃ、どーじんし……  探してるんですけど……」 「あ、いや!  アタシが読みたいわけじゃなくて、その、弟が……」 「まかしときな」 「え、ホントですか!?」 「オレたちゃ天下の河原屋組だ。  秋葉原でみつからねぇものなんてひとつもないさ」 「オレが号令かけりゃ、すぐに見つけ出してみせる」 「オレたちはメシでも食って待ってりゃいいのさ」 「待ってれば……いい……」 「ウシ! それじゃ早速探しに――」 「あっ、あの!」 「ん?」 「やっぱり!  やっぱりいいです! ごめんなさい!」 「……どういうこった?」 「これ、私とマーくん……弟の、大切な約束で。  だから、これだけは、アタシの力で探したい」 「自分の力で叶えなきゃ、意味のない夢なんです」 「自分の力で叶えなきゃならない夢……か」 「いや、でもオレの家に来ればすぐ叶う――」 「てめぇはすっこんでろ!」 「がっ!」 「似鳥!」 「かはっ、く――かはっ!」 「自分の身分をわきまえろ! しゃべんな!  てめぇは目の前のおっきなチャンスを見逃したんだよ!」 「敗北者ってヤツだ。わかるだろ?」 「てめぇ自身でも、自分がいったい何者か、薄々きづいちゃってんだろ? なぁ!?」 「一生、負け犬の人生を歩むんだな」 「一度失敗したら――」 「ん……?」 「失敗したら、そこで終わりなんですか?」 「やり直すことは、できないんですか」 「できないね」 「ほんとうに?」 「このクズ野郎がまっとうな人間として生まれ変わるなんて、不可能だ」 「アタシは――それは、間違いだと思います」  沙紅羅は、道路に転がる木刀を拾い上げた。 「……そうか」 「合わねぇんだったら、それまでか」 「お別れだな」 「それも嫌ですっ!」 「ん……?」 「あ、アタシは、アタシは……」 「双六さんに、ついて……ついていきたい……」 「――だからッ!!」 「アタシが、あなたの目、覚まさせてあげます!」 「は?」 「失敗しても、やり直せるって」 「間違っても、それに意味があるって」 「アタシが、似鳥で証明します!」 「オレで?」 「嬢ちゃん、名前は?」 「沙紅羅」 「沙紅羅。おまえ――」 「最高に、いい女だな」 「い――いい、女?」 「いたああッ!」 「あ、姐さん、こんなところに――!」 「ふたりともッ!! 行くわよッ!!」 「ゲ! あいつらは――」  遙か遠くから走ってくるのは、マイクを持ったミリPと、放送機材を持ったみそブー。 『さあ! 全国ゆるキャラバンが予定より早く終了したため、急遽お送りしているドキュメント秋葉原!』 『突如現れた謎のゴスロリ女!  突如として崩れ落ちた高架下!』 『風雲急を告げる秋葉原の中、アタシたちはとうとう、中心人物の似鳥君と沙紅羅ちゃんを発見したわ!』 「え……? 中継の続きをしてる……?!」 「姐さん! ご無事で!? って、聞こえてますか?」 「姐さんッ! しっかりしてください! 姐さん!」 「いい女……アタシが、いい女……」 「な、なんか顔が赤い!!」 「意識も朦朧としてるし、なにか病気でも!?」 「これは――」 「恋の病ねっ!!」 「ないない」 「ふんっ!!」 「ぎゃー!!」  ふたつにわれた喝雄不死で、沙紅羅がみそブーを同時に殴りつける。 「あ、アタシだって、恋の病くらいかかるっ!」 「っていうかアンタたち、何してんの!?」 「なにってそりゃ、中継の手伝いを。な、ブー?」 「おう!  ADさんに脱便を助けてもらったから……」 「だつべん……?」 「おう、みそブーじゃねぇか」 「あ……双六さんっ!?」 「ああ? おまえら、知り合いなのか?」 「え、ええ。まあ……」 「おいてめーら!  ちゃんと部屋の掃除、終わったんだろうな」 「はい! それはもちろん!  今頃トラックに載って――」 「ちゃんと、始末したんだな?」 「結構貴重なものもあって、もったいないくらいでした。  アレだけの同人誌を売ったら、たぶん結構カネに――」 「部屋の……掃除? 同人誌……!?」 「って、もしかして――」 「てめぇ、約束破っただろ?  次の借り主は決まってる。部屋を片付けねぇとな」 「あの部屋の本、みんな捨てさせたから」 「な――――!?」 「嘘、だ……嘘、うそ……」 「嘘だあああああああ――――ッ!!」 「な――おい、待て! 待てって!」 『おっと! 似鳥君、突然走り出したわ!  沙紅羅ちゃんも、慌てて後を追う!』 『こうしちゃいられないわ!  アタシたちも、追いかけましょう!!』 「「おう!」」 「うおおおおおおおおッ!!」 「オイ似鳥! 待てって――」 「あ……姐さん!」 「あの、急に飛び込んじゃ――」 「う……げほっ、げほっ!!」 「な……なんだ、このカレー臭?」 「なんかコンロの上に……黄色い物体が……  なんか……すごくでろでろして……」  沙紅羅はふたつに折れた喝雄不死の片割れを手に取ると、恐る恐るつついてみる。 「うお! ねばねばしてる! なにこの弾力!?」 「接着剤みたい……」 「ん?」  試しに、喝雄不死の切断面に黄色いルーをくっつけ―― 「すげえ! 奇跡! 復活した!!」 「ウソでしょ……?」 「って、驚いてる場合じゃない!」 「お、おう! そうだった!」 「おい似鳥! 大丈夫――」 「あは……あははははは……」 「ほんとに……ほんとになくなってる……」 「オレの……同人誌が……」 「オレの、生きてきた証が……」 「あはははっ、あははははははは…………!」 「…………」 「…………」 「…………」 「今は……そっとしておいてあげましょう」 「だな」 「ホントに、おまえらがやったのか?」 「姐さん……勘弁して下さい!  オレたちだって、悪気があったワケじゃないんです」 「双六さんに手伝ってくれって頼まれたから、超特急で荷物運びを手伝っただけで……」 「荷物はどこに?」 「それが、一緒に荷物運びをした村崎ってオッサンが、トラックに載せてどこかに――」 「連絡先は!?」 「すいません……わかりません」 「クソッ!  せっかくどーじんしが、見つかったと思ったのに――」 「どーじんし?」 「アイツが、アタシが探してた本の作者なんだよ」 「ってことは、オレたちが運んじまった本が――!?」 「たぶんな」 「す、す――」 「すいませんでした――っ!!」 「アイタ、イタタタタタタ……」  軽トラの運転席から、ふらふらと村崎が降りてくる。 「だ、誰もケガしてないですね?」 「ふぅ……よ、よかった……」 「全ッ然――――」 「え?」 「良くないわあああああああああッ!!」 「ふがっ!!」 「せっかく、窓ガラス、直したのに――!!」 「バカ!」 「あうっ!」 「バカ!!」 「あうっ!」 「バカああああああああああああッ!!」 「あぅ…………ぅ」 「鈴姉! 駄目!  それ以上やったら、村崎さんが――」 「うるさいっ!  他人にアタシの苦労がわかるかあああああっ!!」 「ぎゃっ! す、スミマセン!  スミマセンでしたあ……」 「急に車の前に、変なカッター女が飛び出してきて」 「カッター女!?」 「それはやはり、テレビの――」 「証拠物件発見!」 「このカッターナイフ!!  コレはもしや、さっきテレビに出ていた女のもの!?」 「じゃあ、やはり――」 「わうわうわうッ!!」 「御用だ御用だァ!!」 「ぎゃあああ!! もじゃもじゃいやじゃああ!!!!  はなせえええええええええ!!」 「父さん!?」 「ミヅハ様もッ!」 「なんと、星さんじゃねぇか!  こんなところで何を――!?」 「わ、私のことなどどうでもいいです!」 「それより――捜しましたよ、ミヅハ様!!」 「ううっ! 星! 助けるのじゃ!  モジャモジャ星人に捕まってしまった!」 「わらわは、モジャモジャよりも、星が良い……」 「な、なんだとぅ!!」 「それにしても、何故ここに――?」 「そりゃ、交通事故があったみてぇだから――」 「静かにして!  今、ユージローが集中してるんだから!」 「くんくん……くんくん……」 「そのカッターは?」 「恐らく――あの、ノーコとかいう女性のものです」 「なんと!」 「くんくん……くんくんくん……」 「私は信じてる。  あなたならきっと、この持ち主を嗅ぎつけられる」 「でしょ、ユージロー」 「わう!」 「見つけたのね!?」 「わうわう! わうわうわうっ!!」 「行きましょ、ユージロー!」 「わらわも行くぞ!」 「ミヅハ様! お待ちを!」 「うお! ま、待て!」 「ついでに私も――」 「誰が逃がすかあッ!!」 「ぎゃああああああッ!!」 「わうわう! わうわうわう!!」 「ここ……?」 「わうわう! わうわう!」 「おお! 扉が開いておる――」 「お助けえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」 「な、なんでい!?」 「変質者!?」 「はだかんぼ!」 「不潔――」 「わうわうわうわうっ!!」 「やっぱり……なかに、誰かいる?」 「……行きましょう」 「ぐるるるるるる……」 「ユージロー、静かに」 「ここは、閉鎖されていたのでは?」 「お化けが出る――って話もあったが。  どうやら、使われてるらしいな」 「サバイバルゲームにはうってつけ、か……」 「私が聞いた話だと、確かジャガンナート商会が管理してるはず……」 「ジャガンナート商会――」 「ああ、防犯カメラの設置を請け負った、河原屋組の――」 「ぁぁぁぁ――――ッ!!」 「悲鳴かッ!?」 「下の方から――!」 「え、でも確か地下は――」 「どりゃああああああッ!!」 「ちょ、ちょっと父さん!」 「どっせい!」 「スーパー警官富士見平次、ただいま参上!!」 「傷害・器物破損・その他諸々の現行犯で、逮捕――!」 「ぁああっっ!! あっ! あっ! あっ!」 「だめっ、いく――アタシ、いく、いっちゃ――」 「え……AV撮影の機材が、並んでる?」 「やっぱり……」 「はだかんぼ!」 「なんと淫らな!」 「ってことは本物は――」 「わうわうわうわうッ!!」 「わうわうわうわう!」 「おいおい、ちょっと待てよ!」 「もう少し――もう少しで――!!」 「この音は!?」 「着いたッ」 「どこじゃノーコ!?」 「大人しく出てきなさいッ!!」 「てやんでぇ! 隠れてても見つけ出してやる――」 「わうわうっ!!」 「ん? ユージロー?」 「あ……」 「うそ……」 (私は……ずっと、目を逸らし続けていた) (深く考えようとしなかった) (何かの間違いだって、思い込もうとしていた) (けど……私には今日、届いていたのだ) (貫太さんの、訃報が……) 「――――ッ!!」 「ぁ――――――」 「貫太……さん」 「フウリ……」 「どうしてここに?」 「太三郎様から聞きました!」 「貫太さん! どこに行くのですか?」 「どうして行くのですか?」 「どうして、私を――」 「座ろう」 「座るって、私の話を――」 「聞くから、ね」 「でも――」 「昔、一緒に見たんだっけ」 「親父様の源平合戦」 「…………」 「四国狸の総大将が演じる、歴史に残る一代合戦」 「親父様の袋が、ぶん! と音を立てて広がり、眼下の景色を一変させるやいなや、一斉に拍手喝采の渦!」 「海に浮かぶ色とりどりの船!  大地を軽やかに駆け抜ける駿馬」 「源頼朝を筆頭とした源氏方が、安徳天皇と三種の神器を取り返さんと、平氏方を追い立てる!」 「楽しかった記憶はあるけど……あんまり憶えてないです」 「まだ、ちっちゃかったしね」 「でも、始まるまでは、良く憶えてます」 「寒かった」 「手、さすってくれました」 「僕も寒かったからね」 「はい」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「ホントに……行っちゃうんですか?」 「ああ」 「人間の世界は、厳しいと聞きました」 「実際に見てみなきゃわからないさ」 「…………」 「…………」 「もしも、厳しかったら?」 「泣いちゃうかもね」 「ひとりで、だいじょうぶですか?」 「きっとその時は、側に誰かがいてくれるさ」 「……そうでしょうか?」 「貫太さんを好きになってくれる物好きなんて、そうそういるようには思えません」 「どうだろうね」 「…………」 「…………」 「……私が、泣いちゃったら?」 「貫太さんは、もう側にいてくれないのですか?」 「ごめんな」 「でも、ここには仲間がいるだろ」 「親父様だっているし、太四郎だって――」 「…………」 「許嫁、だもんな」 「…………」 「すごく、大事にしてくれるさ」 「でも……」 「さみしいものは、さみしいです」 「ごめん」 「許しません」 「ごめん」 「ひとりでとか」 「ごめん」 「つれてって、くれないとか」 「ごめん」 「ひどいです」 「ごめん」 「泣きます」 「ごめん」 「でも――行かなきゃ、ダメなんだ」 「わたしが泣いても?」 「ごめん」 「貫太さん――!?」 「世界は広い」 「見てないものがまだまだある」 「色んなものが見たい」 「色んなことを知りたい」 「僕は、世界に比べたら、こんなにちっぽけ――」 「そんなちっぽけな、貫太さん」 「もっとちっちゃい、私」 「出会ったなんて、奇跡です」 「それなのに、別れるなんて!」 「一度離れたら、もう二度と会えない――」 「まだ、生きてる」 「助けなきゃ、助けなきゃ――!!」 「ノーコはいねぇのか?」 「ガラスが割れています。  恐らく外に逃げたのでしょう」 「飛べるのか……」 「とにかく、ノーコを早く見つけねば――」 「ですね。アザナエルを見つける一番の近道は――」 「誰か、獣医に知り合いはいない!?」 「獣医……? 心当たりはいるけど、なんで――」 「助けてあげたいの!」 「タヌキ――?」 「傷の具合から見て……さっきノーコが傷つけたのか?」 「推理なんていいから、医者を!」 「お、おう。そうだ――」 「無駄です」 「は? な、なに言ってるのよ! まだ生きてる――」 「それはただのタヌキではない。モノノケの類です」 「モノノケ……?」 「ノーコ……ちゃん……ダメ……」 「え……このタヌキ、しゃべってる?」 「その声……まさか、フウリ? フウリなのか!?」 「フウリさんって確か……  鈴姉と一緒にバンド組んでる、ドラマーの?」 「んぁ……んきゅ……ぅ……!」 「フウリさん――!」  恵那は、ハンカチで傷口をきつく縛り付ける。 「わらわが悪いのじゃ……」 「ノーコを、わらわが信じられなかったから。  それを覆すために、フウリは無茶をして――」 「ミヅハ様が気に病むことはありません」 「今まで人間に化け、さんざん人を騙してきたのです。  言わば自業自得というものでしょう」 「フウリを悪く言うなッ!!」 「ミヅハ様……化けダヌキに誑かされましたか」 「ひとを信じるから悪いのです。  今までと同じく交わらず、ひっそりと暮らせば――」 「うううう……うるさーい!」 「わらわは、後悔などしておらん!  絶対、フウリを救ってみせる!!」 「元の力を取り戻してからならまだしも、今のミヅハ様は力を制限された身。救う方法など――」 「そのようなときのために、アザナエルがあるのじゃろ」 「馬鹿げています」 「そもそも、取らぬ狸の皮算用。  いまだアザナエルを取り戻せてはいないのに――」 「アザナエルなら、あるぞ」 「なにっ!?」 「ほら、ここに」 「本物じゃッ!!」 「平次様ッ!!  何故それを早く伝えなかったのですか!?」 「いやいや、伝えようとしたけどさ。  星さんが神社にいなかったんだろ」 「あ……いやはい、それは……」 「ふっふっふ!  モジャモジャよ、アザナエルをよこすのじゃ!」 「半田明神を預かるこのミヅハノメ!  勝負事の御利益を、今まさに見せて――」 「弾切れだ」 「は?」 「いや、だから弾がないんだって」 「ということは、カゴメアソビが失敗した?」 「あるいは誰かが、弾を抜き取ったのか。  いや、そもそもカゴメアソビが行われなかった――」 「それはあり得ません。  現にノーコは、現実化している」 「だったら、弾丸はどこから?」 「わかりませんが、河原屋双一が用意したのでしょう」 「半田明神から盗んだってことは、あり得ないのか?」 「はい。絶対に、あり得ませ――しまった!」 「恵那ッ!!」 「弾を取ってくる!  フウリのこと、しばし頼んだぞッ!!」 「あ……ええ」 「ミヅハ様! なりません!」 「弾を持ち出せば、また新たな悶着が――ミヅハ様ッ!」 「おいふたりとも、待て――」 「父さんも、行くの?」 「恵那……」 「悪い。オレには、やることが――」 「アザナエル、知ってたんでしょ?  どうして、教えてくれなかったの?」 「…………」 「母さんのことに、関係あるんだよね」 「星さんから聞いたのか?」 「関係あるってことしか、教えてくれなかった。  あとは自分で、父さんに訊けって」 「……悪ぃが、ミヅハを追いかけなきゃなんねぇ。  時間がないんだ」 「いずれ、話してやるからよ」 「本当に、そんな時が来んのかァ?」 「その声――」 「がるるるるるるるるるるッ!!」 「河原屋、双六――!!」 「――みつけた」 「ぅおっ!」 「でたっ!」 「今……空飛んでこなかった?」 「ったく! もーそーだかなんだか知らねぇけど、なんでもアリすぎんだろ!」 「沙紅羅……何かあったのか?」 「にとり」 「あ……の、ノーコ……!?」 「もう、にげないで」 「すなおになって」 「く……く……」 「来るなっ!」 「沙紅羅! 頼む!」 「ノーコを――この部屋に、入れないでくれ!!」 「へっ! いい判断だな。  最初っから、テメーを部屋ん中に隠そうと思ってたんだ」 「これで心置きなく戦えるってモンよ!」 「あなたは、さっきまけた」 「ところがどっこい、今回はひとりじゃない」 「だろ、おめーら」 「応ッ!」 「特攻隊長・頑丈のみそ!!」 「参謀役・クラッシャー・ブー!!」 「そして《ヘッド》〈頭〉・月夜乃沙紅羅!!」 「我ら郡山に狂い咲く暴走集団《もものせっく》〈百野殺駆〉」 「夜露死苦ぅ!」 「「夜露死苦ぅ!」」 「…………」 「ちょっと狭いな……」 「「ウス!」」 「なかま……ともだち」 「めざわり」 「ひつようない」 「まとめて――」 「きえて」 『な――!?』 『カッターナイフが伸びて――刃が鞭のように撓った!』 『しかもこの狭い場所で、逃げ場なんてないし――』 『沙紅羅ちゃん、どうするの!?』 「みそブー! H作戦!」 「「ウス!」」 「リーゼントパチキッ!!」 「な――!?」 『みそ君が、刃を頭突きした!!』 『あの切れ味抜群の刃が……弾かれた!?』 「侠は容易に折れず曲がらず!」 「オレのリーゼントを、舐めるなッ!!」 「く――」 「今だブー!」 「応ッ!!」 『な……今度は、ブーちゃんが自ら刃に突進!?』 「アフロスパイダ――――ッ!!」 『巨大化した緑のアフロが刃に当たって――捕らえた!?』 「洗うことすら躊躇われる、アフロの蟻地獄!!」 「絡め取り、捕まえたものは二度と離さねぇ!」 『な……なんですって!?』 「な!」 「ひっぱれない?」 「姐さんッ!!」 「任せとけッ!!」 「どっせえええええええええい!!」 「バカ」 「「なにぃぃぃ――――っ!?」」 『掴んだ刃を、折られた――!?』 「かくご」 「南無三ッ!!」 『それでも沙紅羅ちゃんは、ノーコちゃんへ迫る!』 『打ち下ろされる木刀と、迎え撃つ刃の鞭!』 『打ち勝つのは――――!?』 (むだ。いちどあなたはうちまけている) (にとりといっしょににげるなんて、ゆるせない) (こんどこそとどめ) (無理なんて百も承知!) (けど、ここまで来て引き下がれるかッ!) (てめーの目、覚ましてやるよッ!!) 「でやああああああ!!」 「え――!?」 「行けぇッ!!」 「きゃっ!!」 「ど――どうだァッ!!」 「さすが姐さんッ!!」 『ああっ、なんてことでしょうッ!?』 『まさか沙紅羅ちゃんの木刀が――』 「京都土産の名刀、『喝雄不死』だ!」 『「喝雄不死」が、ノーコちゃんの刃の鞭を――』 「『イシュタムの導き』だ」 『は?』 「一応……そういう設定に、なってる」 『えーと……まあ、いいとして……』 『「喝雄不死」が、「イシュタムの導き」を破ったああああああッ!!』 「ふぅ……」 「姐さん! 格好良かったです!  マジ《おとこ》〈侠〉らしいっス! 感動しました!」 「戦闘美少女の艶やかさ! 感服です!  一生ついていきます!」 「アタシだけじゃない」 「おまえらがいたからこそ、勝てたんだ」 「姐さんッ!!」 「ふぅ……やれやれ」 「しかし、さっきは折れたのに、なんで今回は……?」 「まさか、アタシとタカの愛の証……!?」 「ん……く……」 「なんだ? まだやる気か?」 「げせない」 「はッ! 理屈がどうだろうと関係あっか!」 「てめぇはアタシに、負けたんだ」 「それが、どうしたの?」 「どうしたって――」 「しずかにさせようとおもったけど」 「もう、いい」 「………………え?」 「壁が……」 「切れた?」 「さよなら」 「ちぃっ!! 逃がすかっ!!」 「こないで」 「ぬおっ!!」  ノーコに続き、コンクリートの裂け目に身体を突っ込もうとした沙紅羅。  しかしその直前で、ノーコの手から放たれたカッターナイフの刃が、その隙間を埋めてしまう。 「くそっ!! おいコラ! なんなんだよそれ!」 「電柱切ったり、マンション切ったり、高架を切ったり、人間業じゃねぇぞ!」 「だって――  この世に切れないものは存在しないって設定――」 「なんでそんなモンを!?」 「しょうがないだろ!  創ったときは厨二病で――」 「あ……」 「どうした、似鳥ッ!!」 「今……バスルームから、ノーコが……」 「にとり」 「わたしは、もうだめ」 「フウリも、きずつけて」 「もう、ばらばらになりそう」 「だから……おねがい」 「ほんとのきもち、きかせて」 「お……おい、来るな! 来るなって!」 「しってるよ。みんなうそ。  はずかしくて、くちにだせないだけ」 「こっちは駄目! こっちの部屋は――!!」 「ツンデレ。ほんとうはわたしがすき。  すきだから、はずかしくて、そういうことをする」 「やめて――やめてくれって!」 「いって。あいしてるって。  あいしあって、それで――おわらせよう」 「頼む……頼むから……!!」 「あいしあいながら……えいえんになろう」 「いっしょにしのう」 「だめだあああああああああああああああッッ!!」 「やべ! ノーコが中に!」 「ブー! アレを!」 「おうッ!」 「デデデデッデデー! 扉破壊装置ッ!!」 「ただの斧でしょ?」 「脱便のとき、ADに買ってきてもらった!」 「……色々聞きたいけど後にしとくわ!  それより――」 「どりゃあああああ!!」 「ふんっ!」 「ふんっ!」 「どっせええええええええい!!」 「開いたッ!」 「似鳥――――ッ!」 「似鳥……?」 「…………」 「無事……なのか……?」 「うそ……」 「なんで……?」 「にとりと……わたしの……」 「どうじんしが……」 「ぜんぶ、きえた」 「どうじんし……」 「わたしと、にとりの、おもいで……」 「わたしとにとりが、いきたあかし……!」 「なんで?」 「なんですてたの?」 「オレが捨てたんじゃなくて――!」 「わたしが……ほんとうに……」 「いらないんだ……」 「ツンデレじゃないんだ……」 「わたしをきらってるんだ……」 「わたし、もう……」 「いみがないんだ!」 「ノーコッ!? ノーコ――」 「ノーコ――――――――――ッ!!!!」 「あ……ああ…………あ……あ……」 「おわったんだ……」 「もう、ほんとうに、おわったんだ……」 「へやいっぱいの、おもいで……」 「わたしがいきてきたあかし……」 「にとりと、わたしの、きずな……」 「NO CONTROL――」 「それが……」 「すてられた……」 「すてられちゃったんだ……」 「ひぐっ、ひぐ、うぐ……う、う、う……」 「うわああぁぁぁぁ…………………………」 「うそだとおもった」 「すなおになれないだけだとおもった」 「あいはつうじてるとしんじた」 「だから、にとりといっしょにしのうとおもった」 「けど――」 「…………」 「にとりは、わたしがきらいだった」 「ほんとうに、きらいだった」 「とうぜんだ」 「にせものだもの」 「げんじつとうひのだいたいひん」 「ただのかげ」 「だから、もう」 「わたしがいきているいみはない――」 「わたしのからだは、なまみ」 「とびおりてしまおう」 「きえてしまおう」 「このせかいから、いなくなってしまおう」 「それが……わたしのうんめい」 「…………」 「すべてはここから、はじまった」 「だから――」 「ここで、わたしは、おわる――」 「どうしてここが……?」 「双一親分は、なんでもお見通しだぜ」 「ミヅハと星が、アザナエルを取りに半田明神へと戻っていることも――」 「平次のとっつぁん。  てめぇが今、アザナエルを持っていることも、だ」 「渡してくれるよな?」 「なに言ってるの!?  父さんが渡すはずないじゃない!」 「わうわうわうっ!!」 「外野は黙ってな」 「なによ、親分がいないと何もできないクセに!」 「恵那、落ち着け」 「でも――」 「これ、持っとけ」 「アザナエル――?」 「もしもオレに、万が一のことがあったら――」 「そいつを持って、半田明神に走れ」 「いいな?」 「…………」 「返事は?」 「…………」 「おい恵那――!!」 「ってかさ、問答は良いからさっさと渡してくれねぇか。  こっちもさ、予定が詰まってんだよ」 「なんてったって、これから半田明神に弾を取りに行かなきゃならねぇんだ」 「弾を――?」 「半田明神の本殿に忍び込む気か?」 「いやいや、オレが入るわけじゃねぇけどな。  さすがにあれほどの結界となると――」 「――と、しゃべりが過ぎたみてぇだ」 「アザナエルをよこさねぇってんなら――  力尽くでいただくぜッ!!」 「そいやぁっ!!」 「がはっ!!」  殴りかかった双六が、平次の十手で返り討ちに遭う。 「八代連綿と受け継がれたこの富士見式捕縛術!  素人ごときに破れると思うなッ!!」 「て、てめぇッ!  双一親分に逆らう気か!?」 「オレは正義の味方なんでね」 「……はっ、だったらだったで、良いんだけどよ」 「平次のとっつぁん。  てめぇホントに覚悟、できてんだろうな」 「覚悟だと!?」 「10年前の傷、またほじくり返されることになるぜ」 「――――」 「10年前の――?」 「へっ! 動揺してる? そらそうだ。  あんな出来事、情けなくて娘には話せねぇもんな」 「そ、そんなワケ――」 「がはっ!!」 「ははっ! 親分が言ったとおり!」 「効果、テキメンッ!!」 「うがっ!!」 「がうがうがうっ!!」 「外野は黙ってろって!」 「きゃう――――んっ!!」 「父さん、ユージロー!!」  床の上、膝をついて倒れた富士見平次。  双六はそっと足をのせ―― 「ふんっ!!」 「嫌ああッ!!」  足袋をはいていた平次から、大きな音がする。 「あがっ、あが……いだだだだ…………ッッ!!」 「お、砕けた? ホレ」 「がああああああっ! いでっ! いでででででッ!!」 「や、やめなさいっ!」 「――あぁん?」 「わ、私だって護身術くらい習ってるんだから!  痛い目見たくなかったら、父さんから離れ――!」 「恵那ッ! 逃げろッ!!」 「でも、父さんが――」 「バッキャロー!!」 「オレは構わず――ほら!  アザナエル持って半田明神に――があああああ!」 「相変わらずだねぇ、平次のとっつぁんは」 「どうだい嬢ちゃん? この父ちゃん、誇らしい?」 「いいからやめて! お願い!」 「アザナエルをよこせ」 「…………」 「はぁ……ったくよッ!!」 「うぎゃああっ!!」  一際強く平次の足を踏みつけて、双六は立ち上がる。 「親子揃って、石頭なんだからな」 「やるの!?」 「や……やめろ……」 「大丈夫」 「すぐに終わる」 「え――!?」 「きゃっ!!」  恵那の身体が一瞬で吹き飛ばされ、アザナエルが床に転がり落ちた。 「ぅ……ぁ、けほっけほっ!」 「恵那ッ!!」 「うるせえよ平次のとっつぁん!  ったく、手間かけさせやがって」 「――ま、いいや。  ついでだし、おまえにいいこと教えてやるよ」 「いいこと……?」 「知りたいんだろ? 10年前の出来事」 「やめろ! やめてく――がああああああッ!!」 「ったく、いいところなんだから黙ってろよ」 「あのなあ、嬢ちゃん」 「コイツは今から10年前、おまえの母ちゃんを賭けて、カゴメアソビに挑戦して――」 「いや、違うな。  挑戦する前に、逃げちまった」 「――――!?」 「それって、どういう……?」 「カゴメアソビに挑戦する前に、逃げ出したんだ」 「あー、もうちょっとわかりやすく説明してやろうか?」 「コイツにとって、おまえの母ちゃんは、命を賭けるだけの価値もなかったってことだよッ!!」  双六が去ったスパコン館―― 「…………」 「…………」 「くううう……ん」 「……父さん」 「…………」 「父さん!」 「な……なんでぇ?」 「携帯、持ってるでしょ!  星さんの電話番号、入ってる?」 「なんで?」 「決まってるでしょ!  次の河原屋双一の狙いは弾丸よ!」 「え……あ、そうか」 「あ、いやでも、結界は簡単には破れねぇ――」 「普通じゃなきゃ良いんでしょ?」 「――ッ!! そ、そうかッ!」  平次はポケットに手を入れた途端、バランスを崩して壁に寄りかかる。 「大丈夫?」 「なぁに。骨をやられただけだ。命に別状はねぇよ」 「ええと、半田……半田明神……」 「あれ……星さん、携帯電話持ってないの?」 「そういうのは、苦手な奴だから――」 「あ、もしもし? 星さんか」 「あの……ちょっと、言いづらいことがあるんだが」 「実はその……今、双六が来て……アザナエルを……」 「……あれ?」  平次が携帯電話を取りだした拍子に、ポケットからなにかが床に落ちる。 (確か、スーパーノヴァのネームプレート) (『アッキー』って、書いてある……  なんでこんなものがここに?) 「怒られちまった……」 「当然でしょ」 「じゃあ、タクシー呼ぶから病院に――」 「ハァ? なに言ってやがる!?」 「アザナエルを奪われちまったのはオレの責任だ!  ちゃんとオレが取り返さねぇと――」 「つん!」 「いでででででででッ!!」 「やっぱり、駄目じゃない。  まともに立つこともできないんでしょ」 「病院に行ってきて」 「は? そんな時間――」 「行ってきて」 「でも――」 「行ってきなさいッ!!」 「そのままうろつかれても、正直、足手まといなのよ!」 「…………なあ、恵那」 「怒ってる……よな」 「怒ってる場合じゃないわ」 「私は今、やらなきゃならないことがある。  だから、必死に抑えてるの」 「もうこれ以上、私を怒らせないで」 「わぅーん…………」 「…………」  平次は、十手と紐に繋がれた寛永通宝を差し出す。 「……これ、受け取れ」 「嫌」 「嫌って言うな。  小さいころ、一緒に型を練習しただろ?」 「コイツはな、先祖八代受け継がれた御先祖様の――」 「要らない」 「いや、でもここにはオレの魂が――」 「早く行って」 「でも持ってると幸運が訪れるって――」 「いいから行けッ!!」 「…………」 「……わかったよ」 「ユージローも、父さんと一緒に」 「わう……」 「いいか、気をつけろ」 「くれぐれも無理、するんじゃねぇぞ」 「わかってる!」 「――――」 「――――」 「……元気出しなさいよ」 「これでようやく、自由の身でしょ?」 「ほら、災い転じてなんとやら、っていうじゃない?」 「同人誌が捨てられちゃったのは災難だけどさ、それがノーコちゃんに拒絶を突きつけたわけで……」 「…………」 「いやいや、わかるぜその気持ち!」 「オレもよ、秘蔵のロリCGコレクションが《ハードディスク》〈HD〉と共におシャカになった時は――」 「おまえと一緒にすんな!!」 「ぎゃああああ!!」 「ん? この声――」 「ミヅハちゃんか!?」] 「逃がしませんッ!!」 「え?」 「うぎゃ! ぎゃ! ぎゃ!」 「おいこら! テメー何しやがるッ!!」 「なんですかあなたは?」 「誰だって構わねーだろ!  こんなガキに矢撃つなんて、頭おかしいぞ!」 「なあ、みそブー!」 「あ、あははは……」 「まあ、その……そうですね……」 「あ、貴方たち――」 「ミヅハ様を誘拐したふたり組!」 「ゆ――誘拐!?」 「いやいやいや!」 「誘拐っていうかなんていうか――」 「誘拐ではない!  こやつは、わらわを助けてくれたのじゃ!」 「また屁理屈を――許しません!」 「お仕置きですッ!!」 「ここまでか――!?」 「リーゼントパチキッ!!」 「アフロスパイダ――――ッ!!」 「な……なんですかそれッ!?」 「まあ、普通は驚くわよね」 「みそブー……助けてくれるのか?」 「弱きを助け、強きを挫く!」 「それがオレたち、《もものせっく》〈百野殺駆〉だ!!」 「ガキンチョ!  なんだかわかんねーけど、とりあえず行け!」 「でも――」 「いいから!」 「す……すまない、恩に着る!」 「待ちなさい!」 「おっと待ちな」 「ここは通さねぇ――」 「邪魔です」 「飛んだッ!?」 「嘘だろッ?!」 「ただ者じゃねーな――」 「ボーッとしてる場合かよ?」 「みそブー、追っかけろ!」 「でも姐さん――!」 「こっちはいいから、な!」 「は、はい!」 「さて、と。これで番組終了――かしらね」 「やっぱり時間、余らせちゃった――」 「いーや。まだだ」 「アタシが道具を持っていけば、中継はできんだろ?」 「え? いや、それはそうかもしれないけど――」 「あとはてめぇ次第だぞ、似鳥」 「これから、どうする?」 「…………」 「おまえまだ、納得、できてねぇんじゃねぇか?」 「ノーコに何かしてやりてぇと思ってんじゃねぇか?」 「もう、逃げるのはやめにしたがってるんじゃねぇか?」 「『NO CONTROL』は、ただの同人誌だ」 「他の同人誌と何ら変わりない。っていうか自分で読み返す機会のない、ただの在庫だ」 「今日までそう思ってた。でも――」 「なくしてみたら、落ち着かないんだ」 「オレの胸の中の、一番大切なところが、ポロッと抜け落ちたみたいな、そんな気がするんだ」 「こんなに不安になるなんて、思わなかったんだ」 「だから――ノーコちゃんから、隠そうとしたのね」 「もう1回――もう1回、オレの同人誌を読み返したい」 「ノーコって、オレにとって、なんなのか」 「もう1回だけ、考えてみたい」 「もちろん、付き合うぜ。な、ミリP」 「もちろんよ」 「……ありがとう」 「けど、具体的にはどうするわけ?」 「やっぱり、その村崎とかいうヤツに連絡とって――」 「たぶんそれは無理」 「親分の双一の命令に違反したら、この街じゃ暮らせない。  村崎も、絶対場所は言わないはずだ」 「そうなのか……」 「でも、それじゃどうやって……?」 「中古の同人誌……探すしかないだろうな」 「でも……昔の本が、ホントにあるかどうか……」 「…………あ」 「ダメだ。もう10時だろ。店、閉まってる」 「何!?」 「早いからねー。秋葉原の店は」 「他にないのか?」 「ええと、たしか……」 「閉まってる――」 「ここもダメ!」 「あの店も!」 「この店も!」 「だ……だめだ……全部閉まってる……」 「こうなったら実力行使で――」 「おいバカ! やめろ!」 「んなこと言っても、背に腹は――」 「なに言ってるの!  テレビ中継してるのよ!」 「じゃあ切れ!」 「いやいや! ここで切ってもモロバレでしょ!」 「あぁーん? モロバレ上等!」 「警察が怖くて、ヤンキーやってられっかよ!!」 「どりゃあああああッ!!」 「入り口、あけろおおおおッッ!!」 「な、何やってるんですかお客さん!」 「おう、おまえ店員か!?」 「緊急事態なんだ! 早く開けろ!」 「やめてください! やめて!」 「バカ! やめろ! やめろって!」 「……ん?」 「あ」 「てめぇら、なにしてやがる?」 「げ! モジャモジャ!」 「おう、キンカクジ!!」 「キンカクジじゃねぇっつーの!」 「アイツは強ぇ! 逃げっぞ!」 「え? 逃げるって――」 「ぎゃ! ちょっとひきずんな! 引きずんなって!」 「御用だ御用だあッ!!」 「ぎゃああああああ!!」 「おいコラ! 気合い入れて走れ!」 「え? ちょっとふたりとも、待ってェ!」 「待て――――――ッ!!」 「え――」 「早まるな、ノーコ!! コレがあるッ!!」 「…………」 「かわらやすごろくと――」 「アザナエル!」  墜落する直前、ノーコの身体が見えない腕につままれでもしたかのように、宙に浮く。  道行く人の驚愕にも構わず、ノーコは訊ねた。 「なんのつもり?」 「電話、とれ。双一親分が、てめぇに話がある」 「わたしは、ない」 「似鳥を、取り戻したいんだろ!?」 「…………」 「双一親分は、この街のことならなんでもお見通しだ」 「おまえが今まさに絶望のあまり、折角もらった命を絶とうとしてるってこともな」 「…………」 「だが、てめぇの本当の望みはそうじゃないだろ?」 「今なら、たったひとつだけ、望みを叶える方法がある」 「それが、カゴメアソビだ」 「…………」 「きくだけ、きく」 「もしもし」 「……なんのようじ?」 『双六が言ったとおりだよ』 『てめぇにもう一度、カゴメアソビをさせてやろうと思ってな』 「……わたしのねがいは、いちどかなった」 『オレは、人の運命を見通すのが趣味でな。  今日のカゴメアソビも、随分前から仕込んでた』 『けどな、いくつか全然想定してないことも起こったんだ』 『そいつは例えば、へんなヤンキー女だったりな。  アイツのせいで、皆が妙に希望を持ったり……』 『なにもないはずの場所から、突然てめぇが生まれたり』 「…………」 『てめぇは似鳥の同人誌が実体化した姿だな』 「……なぜ、わかるの?」 『運命と運命が交差して、折り重なり、一枚の布になる。  織りなす幾何学模様を鑑賞するのが、オレの生き甲斐だ』 「……わたしはいちど、ゆめがかなった」 「だからもう、にとりのきもちをひきもどすことは――」 『確かに、カゴメアソビでトリガーを引けるのは一度』 『だが、願いは何度でも叶う』 「え……?」 『前は似鳥に撃たれたんだろ?  おまえ自身は、トリガーに触れてないわけだ』 『ってぇことはつまり――』 「わたしが、じぶんにあざなえるをうてば……?」 『6分の5で、願いが叶う』 『絶望して死ぬよりは、よっぽどいいだろう』 「…………」 「どうして、わたしにそんなはなしを?」 「うんめいがおりなすいとなら」 「あなたはそのさきに、どんなかんせいずを?」 『そのシリンダ、見るんだな』 「…………から?」 『カゴメアソビに失敗したヤツがいてな。  特殊な弾で、すぐに用意できるモンじゃねぇ』 『けどな、あと一発だけ、あるんだよ。  前のカゴメアソビの余りが、半田明神の本殿にな』 『確か……前に撃ち損ねた奴が、奉納したんだったか』 「ほんでん……」 『あそこは、ミヅハと歌門星が護る聖域だ。  オレたちには手出しできねぇ』 『だが、ノーコ。  おまえは力を持っている』 「わたしに……とってきてほしい?」 『そうだ』 「…………」 『どうだ、ノーコ?  このギャンブル、乗る気はねぇか?』 「だれかのてのひらでおどるのは、しゃく」 「でも――」 「それで、にとりのあいがえられるなら」 『そうこなくっちゃ――』 「おいコラ! 双一親分の電話切るとか!  ってか投げんな!」 「いまさらすてるものなんてない」 「どんなひきょうなてでもつかう」 「わたしはわたしのしあわせのために」 「にとりの、こころをかえる」 「にとりをかえたいと、こころから、ねがう!!」 「ここ――」  「立入禁止」の綱を乗り越え、境内へと進む。 「お待ちしておりました」 「まっていた?」 「ええ。あなたの行動程度は、見通しております」 「ころしそこねたくせに」 「確かに一生の不覚。  あの時、祓っておくべきでした」 「今回は逃がしません!」 「あいてをしているひまはない」 「しね――」 「破ッ!」 「どこに放って――」 「――なッ!?」 「うごけない――」 「影縫い――  この矢は、物の怪をその場に止めることができます」 「あなたはもう、動けない……」 「そんな――」 「天裂く一の矢!」  歌門星は、天に向けて矢を速射。 「なんのまね――」 「すでに勝負は決しました」 「あなたは身動きは取れず、逃げられない。  それとも、あの矢の集中砲火から逃れられますか?」 「……あさはか」 「何を負け惜しみを――  その息の根、止めて差し上げましょう!」 「地這う二の矢!」  天と地――時間差で放たれた矢が、ノーコを目掛ける。 「《と》〈殺〉った――」 「イシュタムのみちびきよ――たて」 「な――!?」  指先から伸びる刃は、迫る矢ではなく足元へ。  石畳に伸びる自らの影を撫で―― 「影が、切れた!?」 「このやいばにきれないものは、ない」  自由になったノーコの身体が、闇に踊る。  一の矢、二の矢が無人の境内を突き刺して―― 「さようなら」 「――っ!」 「く……がはっ!」  歌門は咄嗟に破魔弓で受け止めたが、勢いは殺すことができず、そのまま背後の社務所に吹き飛ばされる。 「ま……待ちなさいッ!!」 「うるさい」 「けっかい……?」 「その通り」 「先代繁御爺様が残された、結界符……」 「地下殿は力ずくで破壊されたようですが、貴方のような青二才に破れるものではありません」 「アザナエルの弾丸は……絶対に手に入らない」 「わたしのやいばに」 「きれないものはない」 「――きれろ」 「そんな……馬鹿な……」 「にとりがくれたちから」 「にとりのためにつかう」 「アザナエルの、たま……」 「すぐ……そこに……」 「待て、ノーコよ!」 「……ミヅハ」 「わらわには、助けねばならぬ者がいる!」 「わらわには、果たさねばならぬ責務がある!」 「この弾丸――」 「おぬしに渡すわけには行かぬッ!!」 「それは――わたしもおなじ」 「みそブー! 行くのじゃ!」 「おう!」 「でりゃりゃりゃりゃりゃ!」 「どりゃりゃりゃりゃりゃ!」 「じゃま」  飛来するペイント弾を、刃が恐ろしい精度で断ち―― 「――――!?」  黄色い顔料が、ノーコの腕を襲った。 「――――ッ!?」 「いた……いたいいたいいたいいたい……  なに、これ? しみて……いたいよ……!!」 「これは……カレー……?」 「へっへー! ご名答!」 「いや、ミヅハの脅しに使った銃だけどよ。  ただのペイント弾じゃないなんてな!」 「おーよ! ミヅハちゃんが指摘してくれなかったら、どうなってたことか……」 「く……かっ、あ……しみて……いたい……  う……うう……」 「インドじん……  せいなる……スパイスって……こういうこと……?」 「だまし討ちのようで、すまん。  本来ならば、このようなことはしたくないのじゃが」  ミヅハはノーコから、アザナエルを取り戻す。 「アザナエルを、おぬしに渡すわけにはいかぬ」 「いや……」 「わたしは……アザナエルで……ねがいをかなえる!」 「それで、にとりを――」 「似鳥の気持ちを、変えるのか?」 「おぬしはそれで、本当に幸せになれるのか?」 「ほんとうに……しあわせに?」 「ノーコよ、わらわはおぬしを、まだ友達と思っておる」 「だから、友達として忠告するのじゃ」 「自分の愛は、自分の力で掴め!」 「じぶんのちからで……?」 「――みそブー、行くぞ!  スパコン館へ戻るのじゃ!」 「おう!」 「お待ち下さい」 「む――?」 「休戦はここまで」 「ここから先は、私の言葉に従っていただきます」 「断る。  わらわには、助けねばならぬ友達がおるのじゃ!」 「ならば実力行使で」 「実力……じゃと?」 「おぬし、神であるわらわに――」 「逆らいます」 「それが、ミヅハ様のためなのです」 「わかってくれますね?」 「星……」 「それとも……」 「おしりペンペン、してさしあげましょうか?」 「ひぇっ!」 「ちょ! 待てミヅハ!」 「そうだ! 暴力に屈服するんじゃねぇ!」 「や……でも、やっぱり星はこわい……」 「さあ、ミヅハ様。大人しくその銃をお渡し下さい」 「ミヅハ様が本来の姿として顕現するためなら、たかが物の怪ダヌキ一匹の命など――」 「たかが――一匹?」 「左様です」 「アザナエルを封じることで、いったいどれだけの人の命が救われることか――」 「ふ……ふ……」 「「ふざけるんじゃねぇぞっ!」」 「オケラだって! タヌキだって! 不良だって!  オレたちゃみんな生きてんだッ!! 友達だ!」 「てめぇみてーな潔癖女に、オレたちの命の軽重、勝手に測られてたまるかっつーの!!」 「私が苦しんでいないとでも!?」 「……誰かを不幸にしたいわけではありません」 「最大多数の最大幸福を求めた場合、私は、非情な判断を下さねばならない」 「しかし――」 「私の祖父は、それで命を落としました」 「…………」 「わがままはなりません」 「ここでアザナエルを封じねば、更に死者が増える」 「貴方たちは、誰かが死んでから、その責任を負うことができるのですか?」 「…………」 「…………」 「…………」 「私はあなたに、そのような重荷を負わせたくない!」 「さあ、地下ムロへと行き、アザナエルの呪いを――」 「ぬおっ!」 「ミヅハ様!」  銀の刃が月の光に撓り、ミヅハの手からアザナエルが弾け飛ぶ。  その落下する先は―― 「ありがとう」  ノーコの手のひらだった。 「ノーコ!?」 「おまえ、いつの間に!」 「おうきゅうしょちにてまどった」 「応急処置……?」 「かわごときりおとした」 「なんと――!?」 「きりきずには、なれてる」 「さようなら」 「ノーコ! 待て!」 「チィッ!!」 「どらららららららら!!」 「ヒャッホ――――イ!!」 「破ッ!!」 「おなじてはくわない」 「どこをねらっているの?」 「くっ! 私たちを、弄んで――」 「待て――――い!」 「逃がすか――――ッ!!」 「さようなら――」  嘲るように輪を描いて、ノーコの姿が夜空に消える。 「ふ――不覚! 逃げられてしまうとは――!」 「皆の者、追いかけ――」 「ん?」 「どうした、星よ」 「な、な……」 「なんてこと――!」 「お社が……真っ黄色に…………!!」 「……わたしがねがいをかなえるばしょ」 「それは、きまってる」 「…………」 「すべてはここから、はじまった」 「だから――」 「もういちど、ここから、はじめよう」 「まてッ!!」 「ノーコ、待て! 待つんだッ!!」 「運命なら会えるさ」 「うんめい……?」 「タイコ、得意だったよな?」 「はい! たたくのは、得意です!」 「ぽんぽこ腹鼓を打ってみるんだ」 「地球上のどこにいても、きっと聞こえる」 「絶対、どこかで聴いてるから」 「そんなので……我慢なんて……」 「できません。できるはず、ありません!」 「だって、だって、だって――」 「わたしは、貫太さん――  あなたが――ずっと――ずっと――!」 「僕も、同じ気持ちだよ」 「貫太さん……?」 「でも――」 「それを……口に出したら、ダメなんだ」 「僕たちは、そういう関係で――」 「わかってます!」 「許嫁がいるって!  太四郎さんのお嫁さんにならなきゃって!」 「そんなの、そんなの私にだってわかってます!」 「でも――でも――……ッ!!」 「フウリ」 「ひと月経っても、涙が止まんなくて――」 「1年経っても、胸が詰まって――」 「10年経っても、想いが変わらなかったら――」 「また、会おう」 「だから今日は――」 「だから、笑顔で、別れよう」 「あ……」 「あ!」 「あああ……!!」 「行っちゃうんですか!?」 「行かないでくれないんですか!?」 「いつも、いつも私に優しくて!」 「なんでも言うこと聞いてくれて!」 「ばか!」 「貫太さんの、ばかちん!」 「こんなことなら、意地悪してくれればよかったのに!」 「意地悪して……嫌って……」 「最初から、好きにならなくて……」 「笑顔で、別れるように……」 「笑顔……なんて……」 「そんなの……そんなのむり……」 「無理に決まってるじゃないですかあああああああ」 「貫太さん…………かんたさああああん…………」 「かんたさああああん………………!!」 (そうだ。私だって、心のどこかでは覚悟していた) (これは仕方のない出来事だって) (けど、ずっと、結論から目を逸らし続けて) (何かの間違いだって、思い込もうとして) (夢ばかり、追いかけて、だから……) 「ふぁ…………ん、きゅぅぅ……」 「ぁ………あれ?」 「かんた……さん?」 「……………………」 (10年前……) (父さんは、カゴメアソビをさせられそうになった) (けど……それを拒否した) (そのせいで……母さんが、いなくなった……) 「……許せるわけ、ないじゃない」 (ううん、落ち着きなさい、富士見恵那) (それでやっと、父さんが私にアザナエルのことを話したがらなかった理由もわかったわ) (父さんはずっと、その時のことを後悔してた――) (あれ……待てよ) 「ん……んん……」 (フウリさんのカゴメアソビが成功したら、弾丸は余るわけで……) (私がカゴメアソビを成功させれば、母さんが帰ってくるかもしれない……?) (いや……でも、そんな……  こんな形で、事件が解決したり……) 「……た……さん……」 「ぇ?」 「今、なにか言った……」 「……んた、さん」 「かんたさん……たすけ……て……」 「『かんた』って――」 「いや……でもまさか、そんな……だからって……」 「でも……彼女も、同じタヌキ。  ってことはもしかして――」 「『織田貫太』?」 「ユージロー!」 「ユージロー! どこ?」 「どこに……どこにいるの?」 (散歩中、ユージローが逃げ出して、迷子になった) (そんなことは初めてで、私は泣きべそをかきながら、ユージローを探していたのだけれど……) 「恵那ちゃん、どうしたんだい?」 「もう、日が暮れちゃうよ。  おうちに帰らないと」 「あ……はい」 「ん? また、千秋君とケンカした?」 「そうじゃないです!」 「本当に?」 「本当です! ちあきなんか、知らないもん!」 「それじゃ、なにがあったの?」 「ユージローを探してるんです」 「ユージロー……あの犬の?」 「お散歩してたら、いなくなっちゃって……」 「ん……そうか」 「それじゃ、一緒に探そう」 「いいんですか?」 「日が暮れるまでだよ」 「そしたら、家まで送っていくから」 「でも、そしたらユージローが――」 「僕が探しておく。  それでいいね?」 「……はい!」 (助けてくれたのが、織田貫太さんだった) 「ユージロー! 出ておいでー!」 「ユージロー! ユージロー!」 (日が暮れるまでユージローを探して秋葉原を歩き――) (結局、見つけることができなかった) 「…………」 「ほらほら、そんな顔しないで。ね?」 「ちゃんと僕が、見つけてあげるから」 「ホントに?」 「ホントに」 「絶対?」 「絶対」 「今日中に?」 「え? あー、それは……」 「参ったな……明日は大事な商談が――」 「ユージロー、寒がりなんです」 「このまま夜になったら、凍えて死んじゃうかも……」 「ああ、うん。わかったわかった」 「今日のうちに、見つけてみせるから。ね?」 「ぜったい?」 「絶対」 「やくそくして」 「ああ、約束。指切りげんまん」 (貫太さんは、私の憧れのお兄さんだった。  一緒にいられて、舞い上がっていたのかもしれない) 「じゃ、家まで送って――」 「あれ? ユージロー」 「わう?」 「ユージロー! ユージロ――」 「わう! わうわう!」 「え――?」 (私は死んじゃうんだ――) (不思議と恐怖はなくて) (ただ光に包まれて、全身を浮遊感が――) 「わうわう! わうわうわうわうッ!!」 (気付くと、私は道路の端に横たわっていて) (辺りに貫太さんの姿はなくて) (目の前には、車に轢かれた、一匹のタヌキがいた) 「ん……んん……ん……」 「かんた……さん……」 (きっと、幻じゃなかった) (この人が、人間の格好をして生活していたように) (あの日、私を庇ってくれたのは――) 「誰!?」 「や……やあ」 「ぇ…………?」 「…………ぁ」 「う……うそ?」 「ん……?」 「これ……夢……?」 「本当に……貫太さん……?」 「あ……ああ。恵那ちゃんだね」 「う、うそ、嘘ウソうそ――!!  ほ、ホントに本物!?」 「え、いや……僕が、偽物に見える?」 「あ……! ええと……!  あの……その……!」 「あ、あの時は、助けてもらって、ありがとう――」 「話は後にしよう。  今はフウリを治療するのが先だ」 「あ、はい――って!  な、治せるんですか!?」 「太三郎様の助けがあるからね」 (あれ……その葉っぱ、どこかで見たような……) 「んく……ん、んん……」 「ふんっ!!」 「ぁ……んん、んんんん……」 「すごい……光……  みるみるうちに、傷が……」 「でも、苦しそう――」 「肉体の回復と引き替えに、一気に精神が疲労する」 「名前を呼んで、勇気づけてやってくれ」 「はい!」 「フウリさん! 聞こえますか!?」 「大丈夫ですよ!  すぐに傷、治りますから!!」 「んぁ……ん……んん……んんん……!」 「フウリ、目を覚ましてくれ」 「僕だ、織田貫太だ」 「もう一度……もう一度、会いに来た!」 「ふぁ…………ん、きゅぅぅ……」 「ぁ………かんた……さん?」 「はぁ……はぁ……ふぅ……」 「あっぶねー! 捕まるかと思ったぜ!」 「警察怖くないとか言ってたくせに!」 「うっせ! 今トラブるわけにはいかねーんだよ!」 「でもあのモジャモジャ、全然追いかけてこなかったな。  ケガでもしたのか……?」 「で、どうするのこれから?  お店はみんな閉まってるみたいだし――」 「…………」 「…………」 「八方塞がり、か……」 「こんな時に、メールかよ」 「――《たちばな》〈大刀刃那〉」 「ん? タチバナ?」 「ったく、ふざけんなよ!」 「コミマ中は全然連絡よこさないでおいて――!!  今さら連絡よこすとか!」 「なあ、そいつ誰だよ」 「ネットの友達。  アキバ系界隈じゃ、そこそこ有名なんだけど」 「コイツにおだてられて今回爆死したんだ。  オレのファンだとか、テキトー言っててさ……」 「タチバナが……おまえのファン?」 「あいつ……!」 「行くの?」 「別に無視したって――」 「今の様子、テレビで映してるんだよな?」 「え……? あ、うん。もちろん」 「行こう」 「どうせろくでもないプレゼント――」 「いいから行くんだよ!」 「お……おう」 「ちなみに、コイツの連絡先知ってるか?」 「知ってるけど――」 「ちょっと、電話かけさせてくれ」 「あー、無理無理。今日は全然出なかったんだ」 「急用とか言ってるわりにメールだし、なんか電話使えない都合でもあんじゃないのか?」 「…………」 「どうした? そんな暗い顔して」 「いや、アタシの本名な……」 「橘、桜っていうんだ。タチバナ、サクラ」 「どっちも、タチバナ……?」 「アタシはショージキ、頭が悪い。  それは自分でもよーくわかってる」 「けどな。当てずっぽうで言わせてもらえば、おまえのファンだっていう大刀刃那ってヤツ――」 「アタシの弟なんじゃねーか?」 「弟……」 「弟って……おまえの、弟?」 「…………マジで?」 「仕事とか、聞いたことねぇか?」 「ゲーム会社。  《ジボクコート》〈二卜口十〉でプログラマを――」 「ああ、やっぱり! 確かそんな名前だった!  ぱそこんは昔から得意なヤツでさ!」 「クソッ! こんな近くに知り合いいるんなら――  もうちょっとなんかこう、やりようが――」 「確かに――」 「後悔先に立たずよ。  ふたりとも、Pleaseに急ぎましょ!」 「あらあら、いらっしゃい。  また来て下さって、どうもね」 「あ、どうもー」 「テレビ、見てましたわよー」 「うわ! 本物だ! 本物! スゲー!」 「あの、こっちです、こっち!」 「誰だよおまえら!」 「……憶えてもらえてるとは思ってないので大丈夫です」 「もしかして、おまえたちが大刀刃那――?」 「の、代理の者です!」 「代理人?」 「ノーコさんに一目惚れして、ネットで情報を漁ったらなんかメチャクチャ実況スレとかダベリとかされてて」 「そこで大刀刃那さんに《ダベメ》〈DM〉もらって。彼とは古いつきあいなんですよ。世間って狭いですね!」 「は……はぁ」 「これ、見て下さい」 「これは……ノーコ!?」 「オレの同人誌が……なんで?」 「うわ! ちょっと、テレビに撮るとかやめて!」 「うるさい! 今更じたばた言わないの!」 「でも、なんでこんな本が……?」 「大刀刃那さんが自炊したんだそうです」 「自炊? 米でも炊いたのか?」 「あ、いえ。本を自分で裁断してスキャン――データ化することのことです」 「切っちまうのか? もったいない――」 「観賞用をバラしたんで大丈夫らしいです!  最早これは世界の常識ですね!」 「で、なんで歌とか歌ってんだよ」 「べ、別に流行とか好きじゃねぇけど、ほら!  お客さんがどうしてもっていうから……」 「流行に流された?」 「流されてないし! 研究の成果だし!  それに全然流行に乗れて売れたりしなかったし……」 「時代の風を、掴み損ねたのね……」 「余計なお世話だ!」 「ふぅん、なるほどね。  こうやって、ノーコをもっと深く知ることが――」 「ちょっと待った――!  この次は放映できないですよ!」 「あ……ええ、ありがと」 「――――!?」 「もしかして……エッチいのか?」 「はい」 「…………わかった」 「後ろ向いとくから、ちゃんと、確認してくれ」 「ファン感謝祭とか……  ベタ過ぎる展開に現状が把握できない」 「ベタにはベタなりの理由があるという研究の成果――」 「フェラシーンは身体描かなくていいから楽だよなー」 「時間もなかったからしょうがないだろ!」 「あらあら? 後ろの穴まで使われちゃうの?」 「マダム! ちょっと、勘弁してください!」 「実況とかいいから、役に立ちそうなところ探せ!」 「そうよ! 時間がないわ!」 「はいはい、わかってます!  おまけページには設定とか……」 「これは映してもOKね?  どれどれ……意外と演歌が得意」 「……だからどうしたって感じだな」 「料理は苦手か」 「それは知ってる」 「彼氏はいない――」 「趣味は切り絵――」 「前世の記憶があると主張――」 「合い言葉は――『ほふれ』」 「そんなところ……かな」 「たったそれだけ?  おいおい、それでどうやって決着を――」 「こんなこともあろうかと! 大刀刃那さんが送ってきてくれたのは、これだけじゃありません」 「いざ、ご覧じろ!」 「今までコミマに出した『ノーコントロール』が全部?」 「これだけ辿れば、きっとどれかひとつはヒントが――」 「げ! まだやるのか!?」 「ええと……大変だな」 「弾幕シューティングのキャラクターになったり、戦う球体関節人形になったり……」 「ぐはっ! やめろ! やめてくれ!」 「なんか、どういう過去を辿ってきたか丸わかり……」 「っていうか、なによこの『空を飛ぶことができる』とか『あらゆるものを断ち切る絶対能力』とか!」 「こういう設定創るから苦労するんじゃない!」 「うるさい! こんなことになるとか普通思わないし!」 「バーチャルネットアイドルノーコ2万1千9歳?」 「ちょっと、本気で恥ずかしいんですけど!」 「この本……18禁とか書いてあるのに、描いてる人ホントに18歳以上か……?」 「ぎゃー! やめて! おねがい! 勘弁して!」 「随分絵が拙い感じになったっていうか……  まあ、しょうがないんでしょうけど」 「うん、若気の至り! ね! ね!」 「ここまで抽象化が進むと、テレビに映しても平気ね」 「やめよう! これ以上は無理!」 「ええと、何々……?  《アンチ・クライシス》〈U.C.〉元年、世界を二分した『聖陰大戦』――」 「《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉ルシフェルの魂は煉獄に囚われながら、生き別れた《スラッシャー・ワン》〈切裂闇使〉ノーコを思い続けていた」 「いやいやいや、マジで勘弁!」 「2万年後の現代に転生したふたりの超形而上学的存在は、運命の赤い糸により再び出会うことになった……」 「かつて《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉ルシフェルと呼ばれた男――その名は――」 「似鳥、戴斗ぉぉ……!!」 「いい加減にしやがれッッ!!」 「てめぇら、何様だ!?」 「確かに下手くそかもしれねぇけどな!!  格好つけかもしんねぇけどな!!」 「描いたヤツが本気だって、見りゃわかんだろ!  精一杯だって、わかんだろ!」 「アタシにはできねぇ! 死んでもできねぇぞ!」 「この本を指さして笑うヤツは、今すぐ、このアタシを指さして笑えよ! 笑えよ! 笑えんのかよッ!?」 「…………」 「…………」 「…………」 「おい似鳥! てめぇもてめぇだ!」 「そうやって、逃げんのか?」 「え……?」 「コイツはな、似鳥。  てめぇがなくした、過去だぜ」 「誰だって、逃げたい過去の一つや二つ、持ってんだ」 「アタシだって、そうだ」 「でもよ、似鳥」 「人間いつか、逃げてばっかりじゃいられなくなるんだぜ」 「逃げて……ばかりじゃ……?」 「目を背けないで、行こうぜ似鳥」 「今日から、反撃開始だ」 「…………」 「そうか」 「オレ」 「ずっと、逃げてたんだな」 「たぶん、な」 「……ウシッ!」 「あのさ、悪いけど最初の同人誌、あるか?」 「あ……ああ」 「『NO CONTROL』無印……と」 「あ……これは……」 「あにのあなの……屋上?」 「ああ……そうだ」 「そうだった」 「ここから……全部、始まったんだ」 「え……? 似鳥、どこに」 「ノーコを、迎えに行ってくる」 「アタシも行く!」 「ちょっと! アタシをおいていかないでよッ!」 「ノーコ……ごめんな、ノーコ!」 「オレ……やっと、わかった」 「もう少し――もう少しだから――」 「まてッ!!」 「ノーコ、待て! 待つんだッ!!」 「貫太さん……!?  生きてる……生きてる! 生きてるッ!!」 「帰ってきて……くれたんですか?」 「ああ。会いに来た」 「ホントに……?」 「夢……夢じゃ、ないんですね?」 「ええ。夢じゃないですよ。  身体は大丈夫ですか?」 「え? 身体?」 「って、あ! 人間に!」 「――――きゅ!」 「きゅ――――!!」 「どろんぱっ!」 「え、ええと……そのですね……」 「さっきあなたが見た物は、マボロシでした!」 「目の前で変身するのって、だめ押しじゃ……」 「きゅ! きゅぅぅぅ…………」 「どうやら、もう身体の方は大丈夫みたいだね」 「あ……私、ノーコちゃんにやられて――」 「うう……じごうじとく……」 「でも、ノーコちゃんはどうなってしまったのですか?」 「今、半田明神にいると思います。  ミヅハちゃん……上手く追い返せてるといいけど」 「追い返せる?」 「彼女、アザナエルを使おうとしてるんです」 「もしかして……願いを叶えようとしてるのですか?」 「アザナエルのこと、知ってるんですか?」 「ノーコちゃんが言ってました。  願いを叶える銃だって」 「元々は妄想の存在だったけど、その銃のおかげで、現実の存在になれたって」 「やっぱり、そうなんだ……」 「あの、すみません。ちなみにあなたのお名前は……」 「私の名前は富士見恵那!  アザナエルを追いかけてる、秋葉原の名探偵です!」 「富士見……って、もしかして鈴ちゃんの妹さん?」 「正解! いつも姉がお世話になってます」 「あ、はい。こちらこそ……」 「ちなみに貫太さんとは、どういう関係ですか?」 「まあ、なんていうか……幼馴染みかな」 「――――」 「不満があるみたいですね」 「貫太さん!」 「私と、貫太さんは、ちっぽけで――  でも、そんなちっぽけな私たちが、会えたんです!」 「運命だと、思いませんか?」 「そういう考え方もあるかもしれないけど……」 「え……?」 「………………」 「………………」 「あの……ふたりとも……?」 「どうしちゃったんですか?」 「じ――――」 「な、なんだい? フウリ」 「あなたは、本当に……」 「貫太さん……?」 「な……なにを言ってるんだい?」 「僕は見ての通り、織田貫太」 「――――――」 「え?」 「――――――」 「………………なに?」 「あの……フウリさん?」 「おかしいです!  貫太さん……もしかして……」 「記憶喪失?」 「いやいや、記憶は普通に――」 「ならば――!」 「あなたは、ズバリ!」 「貫太さんではありません! 偽物ですッ!」 「な、なに言ってるの!?」 「貫太さんは貫太さん!  私もちっちゃいころから、お世話になったんです!」 「私が見間違えるはずないですもんね、貫太さん!」 「ああ、もちろんさ」 「まだいたいけな少女だった私に手出しして、っていうか手どころかあんなところやこんなところを出して――」 「え!? え!? え!?」 「初めてを捧げたひとのこと、間違えるはずないじゃない。  ――ね、貫太さん!」 「そんなことも、あったかな……あははははは……」 「そ、そんな……うそ……うそ……」 「ウソ」 「へ?」 「だから、嘘だって」 「私の知ってる貫太さんは、すごく優しくしてくれたけど、もちろんそんな変なことはしない!」 「ってことはコイツは嘘をついてる。  嘘ついてるってことは――」 「あなた、偽物でしょッ!!」 「フフ、フフフフフ……」 「よく、気付いたね」 「貫太さんの名を騙る不届きものさん!  誰ですか! 名を名乗ってください!」 「まだ気付かないのかい?  里を出て1年も経つと……薄情になるんだね」 「里の、タヌキさん……?」 「しかしまさか、今になっても彼への想いが変わらないとはね」 「なんていうか……滑稽だね。  僕がせっかく、楽にしてあげようと思ったのに」 「太四郎さん……ですね」 「ああ、そうだ」 「君の許嫁の、太四郎だよ」 「それじゃあ……やっぱり、貫太さんは……ううっ!!」 「どうして、そんな格好で!?」 「この格好で君をフれば、諦めもつくだろう?」 「そんな……ひどい……ひどいです!」 「ああ、そうだ。僕は酷いことをした」 「ミリPに変身して、無理難題をふっかけて、君のデビューを失敗させようとしたのも僕だ」 「音楽を諦めれば、君はコイツを諦めるかと思ってね」 「ちょっと……ちょっと待って下さい!」 「ということは、太四郎さんが送ってきてくれたあの訃報は、もしかして――」 「……似たようなものだろう?」 「再会の約束を破った。連絡は取れない。  探しても見つからない」 「これ以上過去に縛られて、いったい何になるんだい?」 「縛られてなんてないです!」 「約束したんだろう?  もしも君が諦めきれなかったら、また会おうって」 「そうです! だから、私はずっと信じて――」 「貫太は、約束を破るようなヤツじゃない。  それは僕も認めよう」 「けど――絶対に破られないはずの約束が、破れてしまったと言うことは?」 「そ、それは……」 「フウリ。ちゃんと、現実を見よう。  もう、認める時期なんだ」 「貫太はもう、約束を守れない」 「いや!」 「織田貫太はもう、いなくなった」 「聞きたくない――」 「おまえの目の前から、消えたんだッ!!」 「そ……そんなこと……そんなこと、ない……」 「フウリさん」 「お話……しなきゃならないことがあります」 「私、貫太さんのこと、知ってます」 「え……ほ、本当ですか!?」 「ちっちゃい頃、お世話になりました。  もう、10年近く前……かな」 「貫太さんが東京に出た頃です!」 「織田貫太って名前で、免税店で働いていました。  世界中を旅するために、お金を貯めていたって話です」 「間違いありません!  私の知ってる貫太さんです!」 「やっぱり、秋葉原に来てるって話は本当だったんだ……」 「それで、コイツは今どこにいるんだ?」 「そうです! 本物の貫太さんは――!?」 「貫太さんは、すごく優しい人で……」 「迷子になったユージローを、夜遅くまで一緒に探してくれました」 「やっと見つけた私は、嬉しくなって道路に飛び出して。  車に、轢かれかけました」 「貫太さんは慌てて追いついて、私を突き飛ばした代わり、自分が車に――」 「そんな――!」 「私も、その時は信じられませんでした」 「だって、私を助けてくれたはずの貫太さんが消えて、代わりに目の前にタヌキが倒れてたんです」 「何が起こったのかわからないまま、そのタヌキは……」 「死んでしまいました」 「うそ…………」 「うそじゃありません」 「柳神社の端に……埋めました。  今でも、お墓があると思います」 「そ、そんな……」 「フウリさん、ごめんなさい」 「私が……もっとちゃんとしていれば……」 「うそ! うそです!  みんな、みんなうそつきです!」 「私を担ごうとして、そんなことを――」 「柳神社に行って下さい」 「おたぬきさまの像の隣に、私のつくったお墓が――」 「ひぐっ、ぅきゅ……ぅ…………」 「そんなの……そんなのって……」 「もう一度、会うって……」 「私の音は、貫太さんに聞こえるって……」 「約束……」 「約束したんです――――ッ!!」 「ま――待つんだ、フウリ!」 「おい、待ってってば――!」 「こないで」 「それいじょう、ちかづかないで」 「ちかづいたら……うつ」 「え……おい、ノーコ!」 「ノーコちゃん! 早まっちゃ――」 「しぬつもりは、ない」 「たまはいっぱつ。ロシアンルーレット」 「もし、せいこうすると――わたしのねがいがかなう」 「んな馬鹿な――」 「本当だ」 「アイツはそのおかげで、現実の存在になった」 「何の願いを、叶える気だ?」 「きまってる」 「にとりの、こころをかえる」 「カゴメアソビにせいこうすれば」 「にとりは、わたしのとりこ」 「わたしのすきな、にとりに――」 「んな馬鹿なこと――」 「沙紅羅、任せろ」 「でも――」 「いいから任せろっ!!」 「――――」 「――――」 「なあ、ノーコ」 「最初の同人誌も、ここから始まったよな」 「ひとり暮らしのマンガ家志望の若者のところに、突然ゴスロリメンヘル少女がやってきて」 「コスプレして」 「セックスして」 「リスカして」 「セックスして」 「鬱になって」 「セックスして」 「ある日、彼女が気付く」 「彼女が、創られた、偽物だって」 「あにのあなの最上階から」 「飛び降りる」 「でも、死なない。  血は飛び散らない」 「それで、彼女は、自分が死ぬこともできない存在だってことに気付く」 「普通の人間とは違うんだって、気付く」 「それが――ノーコ。おまえだった」 「そのときとはちがう」 「わたしはいま、にんげんになった」 「偽物じゃないって、信じられるのか?」 「…………」 「初めておまえがオレの前に現れたとき」 「おまえは、能子さんの代わりだった」 「…………」 「オレと能子さんは、化学部で。  クラスでは変わり者扱いされてて」 「オレはもちろん厨二病の夢見がちなオタク少年だったし、彼女は前世を信じるメンヘル目の女の子だった」 「でもふたりとも、マンガが好きだった」 「部活は特にやることもなかったし、ふたりでマンガを描き始めた」 「厨二病の夢見がちなオタク少年と、前世を信じるメンヘル目の女の子の、ラブコメだった」 「今見れば笑えるくらいやり過ぎだけど。  当時のオレたちは真剣だった」 「オレは将来、プロのマンガ家になるんだって。  能子さんにだけはこっそり打ち明けて」 「でも、マンガなんて結局逃げ場でしかなかった」 「オレは告白もできないままで、能子さんはクラスから浮いて、成績もどんどん落ちて、いじめ受けて」 「学校にゴスロリ服で来てみたり、リスカを繰り返したり。  カバンの中に、漬け物石と包丁だけが入ってたり」 「でもオレは、なんにも彼女の力になれなくて」 「できることはマンガを描くことだけだとか、自分の力のなさを正当化して」 「オレのマンガには、彼女を笑わせる力があるって、信じようとして、でも、信じられるわけもなくて」 「で、ある日」 「能子さんは、とうとう学校の屋上に忍び込んで、自殺騒ぎを起こした」 「もしも本当に2万年後の現代に転生した超形而上学的存在だったら、命の危機で能力が目覚める――」 「はずだった」 「飛び降りられなかった」 「彼女だって、心の底から信じられたわけじゃない」 「能子さんは退学」 「交換してたマンガが見つかって、オレもその事件の引き金だって判定されて」 「ふたりは離ればなれで、連絡も取れなくなって、オレは石みたいに教室の隅っこで丸くなって過ごした」 「卒業までの数ヶ月、ただ勉強して、ただ時が過ぎるのを待ってた」 「上京して、大学に入った」 「新しい環境だ。  過去を全部捨てて、新しい生活ができると思った」 「マンガを描こうと思った。  たくさん、たくさん、マンガが描けると思った」 「けど――だめだった。  どんなマンガを描こうとしても、納得がいかなかった」 「オレが創りたいのは、こんなじゃない。  なにか、もっと違うものが、描けるはずだ――」 「苦しんで、苦しんで、苦しんで――」 「オレの中にある本当のものを、一生懸命掻き集めて――」 「それで、やっと、最初の同人誌ができたんだ」 「それが『NO CONTROL』だ」 「よしこのかわりのノーコ」 「それは――わたしは、にせもの」 「でも、おまえは知ってた!」 「その時のオレには、ノーコがどうしても必要だった」 「能子の代わりのノーコが、本当に、必要だった」 「『NO CONTROL』は、オレにとって、大切な、大切な本物で――!」 「だからそれがなくなって、おまえはショックを受けた」 「…………」 「オレも、そうだった」 「『NO CONTROL』が、オレにとってどれだけ大切なものか、やっとわかったんだ」 「オレは、昔の自分が恥ずかしかった」 「現実とは戦わずに、妄想に逃げ込んで、それが隠すべきことだと思ってた」 「そんな自分を、情けなく思ってた」 「でも、今なら、わかる」 「オレは、そんな情けない人間なんだ」 「弱さだって、認めなきゃ駄目なんだ。  全部ひっくるめて、オレを引き受けなきゃならない!」 「ノーコ」 「みんなが見てる前で、オレはハッキリ言う」 「オレは、おまえを愛してる」 「だから――怖がらずに、おまえの声を聞かせてくれ」 「自分が、偽物じゃないって」 「愛されるだけの価値がある、創作から生まれた本物だって、自分を認めて」 「本当の気持ちを、伝えてくれ!」 「オレを――愛してるって、言ってくれ――!!」 「お……お……」 「おお…………!!」 「ぅ……」 「ひぐっ」 「う……う、ううう……」 「え……?」 「お――おい、やめろ!!」 「おまえは、これからオレと一緒に――」 「むり」 「わたしは、にとりをしんじられなかった」 「こころまで、かえようとしていた」 「にとりに、あいしてほしいとねがうだけで……」 「わたしは、にとりをあいそうと、していなかったんだ」 「そんなわたしに」 「あいされるかちなんて、ない」 「だめだッ!」 「やめろ、ノーコ――――ッ!!」 「きゅぅ……」 (太四郎さん……引き離せたみたいです) (でも……これから、どうしたらいいんでしょう) (本当は……私だってわかっていたのです) (貫太さんは、私との大切なあの約束は、破らないって) (でも、その約束が守られなかったと言うことは、きっと、何かの理由があるんだって) (もしかしたら……死んじゃったのかもしれないって) (でも、私はそのことから逃げたくて) (死亡の連絡が来ても、無視して) (ずっと、ずっと、夢ばっかり見ていて、だから、ノーコちゃんにもわがままを押しつけて――) 『ノーコ……ノーコ……!』 「え? ノーコちゃん?」 『聞こえるか……? ノーコ!』 (鉄砲がある……) (アザナエル……願いを叶える、銃) (ノーコちゃんは、あれで、現実の存在になった) (もしアレを……私が撃ったら?) 「私も……夢が叶う……!」 「貫太さんとの約束、守れるんだ!!」 「うおおおおおお!!」 「それはオレの本だあああ!!」 「URYYYYYY!!」 「殺してでも奪い取る!!」 (ひとがたくさん……!) (しかし、負けるわけにはいきません!) 「えいや!」 「じゃま!」 「はう!」 「ま、まだまだです!」 「やあ!」 「どいて!」 「あへっ!」 「う……うう……まだまだ……」 「と、とう!」 「ふん!」 「あーれー」 「きゅぅ…………だ、だめです」 「このままでは……階段にたどりつくことさえ……」 『もじゃもじゃ――――――――――ッ!!』 「え? 今の音、なんですか!?」 「もじゃもじゃ……もじゃもじゃ……  も、も、もしかして!」 「もじゃもじゃになれという、神様のお告げ!?」 「そうです! もじゃもじゃといえば……」 「どろんぱッ!!」 「うおおおおおお!!」 「オレたちのコミマは!」 「まだまだ!」 「おわらないいいいいいいッ!!」 「どいたどいたぁッ!!」 「邪魔する奴は、公務執行妨害で逮捕です――逮捕でぇ!」 「え? 警察……?」 「オラオラ! 文句のある奴はかかって来やがれ!」 「職質でナイフは没収だぞォ!!」 「………………」 「………………」 「………………」 「………………」 (ふっふっふ……成功です!) (あとは、屋上に上って――) 「…………」 (ずっと、不思議に思ってたけど。  やっぱり、貫太さんだったんだ) 「貫太さん……ありがとう」 (うん、私が今ここにいるのも貫太さんのおかげ――  だったらその分、私が頑張らなきゃ!) (アザナエルは河原屋双六に奪われたけど、弾丸はまだどうなったかわからない) (弾丸を取ってくるには、遅すぎる――  何かあったと考えるべきだわ) (まずは、星さんに電話ね。  携帯は持ってなかったはずだから、半田明神に……) (繋がらない……?) (やっぱり、ノーコさんが襲撃をしたのかな……?) (ここからだったら、直接行った方が早いわ) (貫太さんの事件の謎は解けても、アザナエルにケリをつけないと――) 『もじゃもじゃ――――――――――ッ!!』 「え?」 「鈴姉の声――!?」 「…………」 「……ちょっと、スーパーノヴァに寄らなきゃ」 (アレは確か、8年前……) (父さん譲りのくせっ毛に嫌気が差した鈴姉が、家を飛び出して無免許美容師を志したとき、彼女は叫んだわ) (「もじゃもじゃー!!」) (それから3ヶ月――鈴姉は、見事なストレートヘアを手に入れて、秋葉原に戻ってきた) (美容師になるため冬山で武者修行して、冬眠してる熊相手に縮毛矯正やってたって言うけれど……) 「似たようなこと、やりかねない……!」 「鈴姉ッ!!」 「もじゃもじゃ……もーいやじゃー!!」 「大丈夫! 大丈夫だから、ね!  落ち着いて……」 「だって、だって!  またガラスが割れるなんて、そんなのないよぉっ!」 「ああ……やっぱり、そのことか……」 「私の推理が正しければ……  ガラス屋にはもう、防音ガラスが残ってなかった」 「それでもライブを中止したくなかった鈴姉は、ガラス無しでどれだけ音が響くかを試したってわけね」 「うう……そうなんだけど……  そんなことまで推理しなくても……」 「一応、近所の人には『少しうるさくなるかも』って伝えておいたけど……あれじゃ、少しどころじゃない……」 「確かに……あの音量じゃ、延期しか――」 「だめっ! だって、フウリちゃんと約束したの!」 「最高の準備をして待ってるから、フウリちゃんも用事を全部済まして、ライブに帰って来てって」 「なのに……まさかこんなことになるなんて……!」 「…………」 「ねえ、恵那ちん?  なにか……良いアイディア、ない?」 「いいアイディアって言われても……  ライブ開始まで、残りあと1時間ないでしょ」 「そこをなんとか!」 「いや、無理でしょ……」 「だよね……」 「フウリちゃんもなかなか帰ってこないし……  ニコちゃんは電車が遅れたって言うし……」 「電車?」 「高架下が、地震か何かの影響で壊れて……  ダイヤが大幅に乱れてるって」 「そうなんだ……」 「はぁ……」 「はぁぁぁぁ…………」 「はぁぁぁぁぁあああああああああ!!」 「ああああああああ!!  頭がもじゃもじゃするっ!!」 「鈴姉! 落ち着いて!  毛が、毛が立ってきちゃう――」 「あーら? 鈴ちゃんってそんな特技があったの」 「ミリPさんッ!?」 「夜空に絶叫してたみたいじゃない。  もしかして……なんかトラブル?」 「ってまあ、このガラス見ればわかるか……」 「あの、ミリPさん!  知り合いに、ガラス屋さんとか――」 「残念だけど、さすがに心当たりないわ」 「それじゃ、他のライブハウスとかは?」 「今の時間からじゃ無理」 「そうですよね……」 「でも、ここで折れちゃダメよ」 「絶体絶命の大ピンチに見えても、必ずどこかに突破口はあるわ!」 「ゆるキャラバンだってなんとか形になったんだもの。  諦めなければ、きっとなんとかなる!」 「そう……あのヤンキーが教えてくれたわ」 「ヤンキー?」 「ほら、返事は!」 「は、はい!」 (なんとか、ライブを成功させてあげたいけど。  私の力じゃどうにもなんないわね) (……アザナエル?) (いやいや。  いくら願いが叶うからって、それはないわ) (そもそもどこにあるかもわかんないし) (とにかく、アザナエルを探さないと。  まずは、半田明神に行って――) 「あ――――ッ!!」 「そ――そこにいるのはッ!!」  希望。 「ぁ――」 「あ……あ……」 「ノーコッ!!」 「ノーコ……ノーコ……!」 「聞こえるか……? ノーコ!」 「ぁ……あ……ん……」 「オレだ! オレ!  見えるか!? 見えるな!!」 「に……にとり……」 「あ……あれ……?」 「なんで……どうして……?」 「わたし……いきてる?」 「しにたいと、おもったのに……」 「アザナエルが……不発だった?」 「ちげーよ」 「あの音、聞いただろ。  ちゃんと、カゴメアソビは成功した」 「じゃあ、願いが叶うなんて嘘だった?」 「さあ、わかんねぇ。  わかんねぇけど――」 「もしかしたら、これがあいつらの願いだったのかもな」 「似鳥の心を、変えたってこと……?」 「にとり」 「しんじられなくて、ごめん」 「そういうとこもひっくるめて、全部、おまえだ」 「ぜんぶ、ひっくるめて、愛してやる」 「だから……もう二度と、そんな自分を嫌ったりすんな」 「くらくて、ねたんでばっかりで、メンヘルで」 「ぜんぜん、ふつうじゃないけれど」 「わたしでいいの?」 「信じられないか?」 「でも、だって……」 「なあ、ノーコ」 「これからオレ、何回も間違うだろうし」 「こんな性格だから凹んでばっかりで」 「おまえを、落胆させるかもしれないけど」 「それでも、オレを好きになってくれるな?」 「……はい」 「その言葉、オレは信じられる」 「ノーコは、信じるか?」 「……はい、しんじます」 「わたしは……」 「わたしは、にとりを、あいしてる」 「うん、違うわ。違う」 「違うって、なにがだよ?」 「これが、アザナエルが叶えた夢? バカ言わないでよ」 「愛を勝ち取ったのは、ノーコちゃんの意思。  アザナエルは、別に願いを叶えてるはずよ」 「そ……そうかなぁ……?」 「おいおい、沙紅羅ちゃん!  あなたちゃんと、恋愛してるの?」 「れれれれれれ……恋愛!?」 「恋してれば、目を閉じてても見えるのよ」 「真実……ってものがネ!」 「そ……そうなのか……!」 「目をつぶる――ん? んんんん? ん?」 『もじゃもじゃ――――――――――ッ!!』 「え? 今の音、なに!?」 「……鈴ちゃんの声?」 「スズ?」 「いや、第一宇宙速度のリーダーの――」 「って、ボーッとしてる場合じゃない! 時間!」 『というところで、全国ゆるキャラバンはここで終了よ!』 『みなさん、番組を見てくれてどうもありがとう!』 『ハプニングでマスコットキャラは発表できなかったけど、また後日発表させていただきます!』 『それじゃ、バイならー!!』 「…………よし!」 「お疲れさん」 「ふぅ……これで合格点……もらえると良いんだけど。  さすがにちょっと、無理よねぇ……」 「そうか? 結構面白かった気がするけど」 「ほら、早速ADからメール」 「あーあ……やっぱり。  苦情電話、鳴りっぱなしだってさ」 「それにしては随分、やりきった顔じゃねーか」 「ま、やることはやったわけだしね。  ネットの評判は悪くないみたいだし」 「また一から出直し――なんじゃないかな」 「あとは、目玉だったはずのマスコット発表ができなかったのだけが心残りかな……」 「マスコット……?」 「うん。全国ゆるキャラバンって、元々マスコットキャラをプロデュースしていく企画でね」 「最初のころは、レイジ君と二人三脚でやっててね。  あーあ、もう少し上手くできればなあ……」 「もしかしたら、神様からの最後のチャンス!  って思ったんだけど」 「これじゃ、あはは……  レイジ君にも顔向けが……できないわ……」 「おい、ミリP?  ちょっと、元気出せよ!」 「別に、何かが終わっちまったわけじゃねぇだろ?  そりゃ、失敗はしたかもしんねーけどさ」 「生きてりゃやり直しはきくんだから、な?  落ち込んでる場合じゃねーってば」 「なんか……不思議ね」 「ん? なにが?」 「あなたの声を聞くと、なんだか自分が悩んでるのが、バカらしく思えてくるわ」 「ん……? 誉められてるような、そうでないような」 「誉めてるの!  ――悪いけどアタシ、先にお暇するわね!」 「ん? なんか用事か?」 「さっきの鈴ちゃんの叫び声が気になってね!」 「今日のライブの結果で、私が彼女をプロデュースするかどうか決めなきゃなんないし」 「急いで様子、見に行かないと!」 「そ、そうなのか……」 「それじゃ、バイなら~」 「おいミリP?  もう少しゆっくりしていっても――」 「……あーあ。行っちゃった」 「しかしまあ、なんていうか……」 「へんなやつ」 「御用だッ!!」 「げッ! モジャモジャ! 隠れ――」 「鉄砲はどこだッ!?  アザナエルをいただきに来たッ!」 「これ……?」 「おう、それだ」 「夢を叶える――アザナエル」 「わたしを、たいほする?」 「その鉄砲をよこせば、なにもしない」 「ほんとう?」 「本当だ。今までの犯罪も、帳消しにしてやる」 「……にとり」 「ああ」 「オレたちにはもう、必要ない」 「うん」  ノーコはそっと、アザナエルを手渡す。 「おめでとう」 「え……?」 「ああ、あと、フウリのことだが」 「フウリ……しってるの!?」 「おともだちはどこに――」 「しばらく、ケガの治療で地元に戻るとさ」 「うそ――」 「ああ、ああ!  心配しなくていい、ケガは治るって言ってた」 「ついでに、実家に戻る機会ができてうれしかったって伝えろって」 「だから気にするなって。な?」 「きに、するな……」 「よっしゃあ、それじゃ――」 「ふ! は! ほ!  おっしゃー! やるんならやってやんぞコラー!」 「どうした嬢ちゃん。  そんな張り切って」 「へ? 見逃してくれんのか?」 「……へんな奴め」 (ふぅ……アザナエル、手に入れました) (色々考えることはあるような気もしますが、まずはどこか人気のないところで――) 「どいてくれッ!」 「きゅ!」 「ん? いまなんか……フウリの声が……」 「いや、気のせいか。  それより早くアザナエルを――!」  独り言を呟いて、彼は階段を駆け上がっていく。 (人ごみだらけで助かりました……) 「どろんぱっ!」 「ふぅ……やっぱり、この姿が一番です」 「あとは、人気のない場所」 「…………うん」 「あそこです」 「ふぅ……」 「なんか、最後に見たときと随分違うような……」 「……なにか、へん」 「変って、何が――?」 「ちょっと!」 「ん?」 「今ここに、フウリが来なかったかい?」 「フウリ?」 「いや、別に……」 「じゃ、アザナエルは?」 「さっきそこに来た平次さんが……」 「平次って?」 「モジャモジャのオッサン。警官」 「モジャモジャの……?  でも、いや……オレはフウリとはすれ違わなかった――」 「あ、そうかッ!」 「そいつがフウリだ!!」 「「はあ?」」 「失礼!」 「いっちゃった……」 「あのオッサン、頭大丈夫か?」 「かなりギリギリな気が。  というか、アイツ誰?」 「なぞ」 「あ、悪い! 電話が――半田明神から?」 「はい、もしもし」 『『姐さ――――――ん!!』』 「うおっ!」 「今の声――!? おい、ちょっと借りるぞ!」 「もしもし?」 『お、お願いしますッ!!』 『た、助けてくださ――――い!』 「ど、どうしたみそブー!?」 『半田明神が……』 『オレたちのせいで、大変なことに……!』 「大変って、なにが――?」 『さっきノーコが襲ってきて、それで――』 「ノーコが?」 『とにかく、来て下さい!』 「あー、もう!  わーったよ、ったく」 「なんかあったのか?」 「いや、なんだかわかんねーけどよ。  半田明神で、なんかトラブルがあったらしい」 「あ……それ、わたしのせいだ……」 「無理しなくていいんだぞ。  ナンだったら、オレたちだけで――」 「だめ」 「わたしがめいわくをかけた」 「だから、わたしがなんとかしたい」 「ああ、良い心意気じゃねぇか!  泣かせるねぇ!」 「でも、ホントにゆるしてもらえるか……」 「なぁに! 心配するんじゃねぇ!」 「失敗は誰にでもある。  やり直しは、絶対にきくんだよ」 「さくら……」 「あ――――!」 「そ――そこにいるのはッ!!」 「…………」 「ねこさん、ごめんなさい」 「おたぬきさま……」 「その、隣に……」 「…………」 「ふぅ……」 「…………よし」 「…………」 「……あった」 「…………」 「タヌキの神社なのに、マヌケです」 「ずっと、ずっと捜していた人が」 「こんなに近くに、いたなんて」 「でも――」 「これで、やっと会える――」 「待てッ!」 「――――」 「太四郎さん」 「アザナエルで、なにをする気だ?」 「……太四郎さんには、関係ないです」 「本物の貫太に会いに行くんだろ?」 「…………」 「君は、今までずっと、貫太が死んでることを知っていた」 「でも、それを認めることができなかった」 「そうだろ?」 「…………」 「アザナエルが叶えるのは、本当の願いだ」 「君は、貫太をこっちに会いに来させるのか?」 「それとも――」 「君が、向こうに会いに行くのか?」 「…………」 「君が村を出てから、1年が経った」 「僕は遠く離れて、君のことを想った」 「いつも思い出すのは、村を出る直前、まるで死に場所を求めるみたいな君の横顔だ」 「君は全てを投げ出して、貫太を捜しに出た」 「僕の父親は、四国の大狸だ。  許嫁の約束を破ったら、もう地元には帰れない」 「君にはもう、帰る場所がない」 「……覚悟の上です」 「それとも、私を連れて帰りたい?」 「…………」 「父さんは怒ってる。  たぶんどう転んでも無駄だと思う」 「僕が今日ここに来たことだって、父さんは知らない」 「…………」 「僕は、君に死んで欲しくない。それだけなんだ」 「もし君が許してくれるなら、地元に帰れなくてもいい」 「家を捨てて、君と暮らしたい」 「だから――お願いだ、フウリ」 「アザナエルを、下ろしてくれ」 「僕と一緒に、暮らしてくれ」 「太四郎さんは、いつもそうです」 「私に意地悪ばっかりしてるみたいで、いつも困らせるけど、本当は私のことを考えてくれてるんです」 「だから、怒るに怒れません」 「でも、こうでもしなかったら、話を聞いてくれなかっただろ?」 「太四郎さんの気持ちは、嬉しいです」 「でも――」 「ごめんなさい。  太四郎さんとは、一緒に暮らせません」 「さっきテレビに出てた、ふたりじゃない!!」 「だれ?」 「私の名前は富士見恵那!  秋葉原の名探偵よ!」 「めいたんてい?」 「ここで会ったが100年目!  あなたがアザナエルを使ったのはわかってるの!」 「大人しく返しなさい!」 「もう、ない」 「ないですって!? いったいどこに――」 「さっき警官に渡したよ。なあ?」 「うん。もじゃもじゃに」 「もじゃもじゃ?」 「もじゃもじゃ……もじゃもじゃ……  ってまさか――父さん!?」 「病院に行くって約束したのに!  なんで父さんがアザナエル回収して――」 「父さん?」 「おやこ?」 「な、なによ!? 親子で悪い?」 「っていうか……あれ?  あなたたち、テレビでケンカしてなかった?」 「いわゆるひとつの逆ザヤってヤツだよ」 「もとサヤ」 「あー、うんうん。それそれ」 「なんか……頭、混乱してきた……」 「んん? 名探偵も悩むのか?」 「うるさい! アンタなに? なんなのよその格好!?  昭和の時代にタイムスリップ!?」 「ナンダ、コラァ!?  百野殺駆ヘッド、月夜乃沙紅羅をバカにすんのかァ!?」 「まあまあ、ふたりとも……」 「それよりほら、そろそろ半田明神が――」 「…………」 「…………」 「…………」 「……ひでえな」 「ひどい」 「なにがあったの……?」 「わたしのせい」 「アザナエルのたまをとりにきたとき、ペイントだんをうたれたので、よけたら……」 「ペイント弾?」 「カレーのたま。インドじんがよういした」 「みそブーが撃ったのか?」 「はい」 「はぁ……」 「ったく、しゃーねーなー!  弟分の尻くらい、きっちり拭ってやっか!」 「ここも……ひでぇ」 「ああ」 「………………」 「あ!」 「いた!」 「姐さああああああああああん」 「ちぇすとッ!!」 「うぬ!」 「ぎゃ!」 「てめーらのせいで、神社中が真っ黄色じゃねーか!」 「いや、でもそれは、コイツが逃げるから!」 「そうだそうだこいつがみんなわり――え?」 「でたああああああああああ」 「こんどこそ!」 「ブッ殺す!」 「…………」 「待ておまえら、コイツはもう――」 「すまなかった!!」  割り込みかけた沙紅羅より一歩早く、似鳥が間に挟まると、石畳に頭を擦りつける。 「にとり……」 「オレが、コイツに向き合えなかったから!  だから、ここがこんなことに……」 「え……?」 「おまえ……」 「わかってんなら最初っからそうしやがれッ! でいっ!」 「ってかパチ屋でおまえに会ってから!  オレたちは、オレたちはああ――ッ!!」 「いでッ! イデデデデでッ!!」 「悪かった! 悪かったってば!」 「おいみそブー。謝ってんだからそのくらいにしてやれ」 「え? でも――」 「それいじょうしたらコロス」 「すんませんっした!!」 「おう! 恵那! 恵那ではないか!」 「あ、ミヅハちゃん!!」 「フウリは? フウリはどうなった!?」 「あ、うん。彼女はなんとか……」 「助かったのか!?」 「フウリさんの友達のタヌキが現れて、傷を治してくれたの」 「そ……そうか! よかった……」 「しかし……そうか。ずいぶんと強運じゃのう。  まさかそのようなタヌキが、すぐ側にいるとは……」 「言われてみれば……アレ? 確かに」 「なにか、陰謀の匂いが……」 「ミヅハ、さっきはごめん」 「ともだちなのに、わたしは、あなたを――」 「うむ、気にするでない!  過ちを許すのもまた、友達の役目じゃろう?」 「ミヅハ……」 「おぬしと似鳥が結ばれるところをテレビで見たぞ。  心から、祝福しよう!」 「ありがとう……」 「どうも……」 「ほーら、言ったとおりだろ?」 「やり直しは、絶対にきく――」 「ふ……」 「ふふふ……」 「ふふふふふ……」 「ん? なんだぁ?」 「この声……星さん?」 「よくも」 「よくも……」 「そのような笑顔でいられますねええッ!!」 「星! なんじゃ突然――」 「あなた方のせいで――  私の、ここ10年の努力が水泡に帰したのですよッ!」 「……じゅうねんの?」 「どういう意味ですか?」 「アザナエルの呪いを解くには、日付が元旦に変わるその瞬間、半田明神に集まる人々の想いを集める必要がある」 「人々の清らかな願いを集めることで、アザナエルに籠められた怨念を浄化するのです。しかし――!」 「本殿が、このような状態です……」 「参拝客も初詣どころじゃない、か。  だから、ペンキ屋さんを探してたんですね」 「結局、すぐに対応できるお店はありませんでした」 「このままでは……このままでは……」 「ミヅハ様はまたこの格好で……  10年を過ごさねばなりません……ッ!!」 「え? オイちょっと、何で泣く?」 「ってかこのカッコでって、どゆこと?」 「わらわは神様じゃ」 「いやいや。前もそのデタラメは聞いたけど――」 「姐さん! でたらめじゃありません!  その話、本当です」 「……は?」 「ほら、ミヅハ! あのふたりを――」 「うむ。沙悟浄! 九千坊!」 「ヒョーヒョー!」 「ガワッガワッ!」 「あ、さっきの!」 「か――河童!?」 「こ、これもシージーか!? それともまさか――」 「本当に、神様?」 「本来なら、もっと立派な格好をしておるのじゃが……」 「10年前、わらわは前のカゴメアソビで失策を犯した」 「罰として力を奪われ、この姿に変えられた挙げ句、天界に戻れぬようになってしもうたのだ」 「わらわは半田明神の中で、ずっと、今日のこの日がくるのを待っていた」 「ずっと、ひとりでいたの?」 「ん……?」 「もとのばしょにもどれなくて」 「たったひとりきりで」 「ずっと、きょうがくるのをまってた?」 「ひとりではありません!」 「いつも側には……私がおりました。  だから、わかるのです」 「私がどんな思いで、ミヅハ様の側にいたか……  どれだけこの日を待っていたか……」 「星よ、もう良い。泣くな」 「ミヅハ様……」 「やっと、わかった」 「おぬしを信じられなかった、わらわが悪い。  本当に、すまなかった……」 「おぬしが意地悪で、わらわを閉じ込めていたのじゃと、ずっと勘違いをしておった」 「じゃが、本当は違ったのじゃろ?」 「わらわのためを思って、閉じ込めていたのじゃろ?」 「すまなかったのう、星。  おぬしの言葉を信じられなかったばかりに――」 「ミヅハ様……そのようなお言葉……」 「じゃがな、安心するがよい。  わらわはなにも苦しんでなどおらんぞ」 「なあに、10年などあっという間じゃ!  またおぬしが側で話し相手になってくれるのであろ?」 「わらわは、全然……全然寂しくなど……」 「むりしないで」 「あなたはもう、しってしまった」 「せかいはひろくて」 「ひととあうことはたのしい」 「そのようなこと――」 「確かに、星さんの考え方もわかる」 「誰にも会わず、目を閉じ耳を塞げば、危険な目に遭う確率も減るだろう」 「でも……それって本当に幸せなのか?」 「オレも、ずっと家の中に引きこもって、ずっと、ひとりで愉快に暮らしてきて、楽だと思ってたけど、でも――」 「外に出て、やっとわかった。  本当はオレ、息が詰まりそうだった。辛かった」 「ずっと、ずっと外に出たかったんだ――」 「その余計な願いが、この事態を招いた。  今夜、アザナエルの呪いを解くことはもう――」 「諦めんじゃねーよッ!」 「てめぇひとりのオツムじゃ、確かに名案は思い浮かばねぇかもしれねー」 「ショージキ、アタシの頭では無理だ!」 「けど! 三人寄ればもんじゃを食え!  アタシとみそブーが揃えば……」 「全然思い浮かばねぇ!!」 「右に同じ!!」 「だめじゃん」 「ところがどっこい!  アタシは憶えてる!」 「人と人が出会ったからこそ、縁があったからこそ、アタシたちはこの問題を解決することができんだよ!」 「な? 名探偵!!」 「え? わ、私!?」 「もしも私が死ぬのなら」 「それは、私の願いってことじゃ、ないですか」 「……私がわからないです」 「ずっとずっと、貫太さんが生きてるって、自分にそう言い聞かせて、ウソもホントになっちゃいました」 「ホントもウソになっちゃったかもしれません」 「もしもアザナエルがそれを教えてくれるなら」 「やっと、肩の荷物がおります」 「どうしても、行くんだね?」 「はい」 「帰ってこられなくても」 「はい」 「後悔は、しないんだね」 「はい」 「そうか……」 「…………」 「なら、僕は――」 「僕は、あっちを向いていよう」 「君の足を、引っ張ることは、しない」 「だって、それは……僕は……」 「…………」 「僕は……やっぱり今でも、君が好きだからね」 「最後まで……わがままで、ごめんなさい」 「…………いいんだ」  そう言って――太四郎は、フウリに背を向ける。 「ありがとう――」 「ごめんなさい――」 「さようなら――太四郎さん」 「貫太さん、聞こえますか?」 「もう、遠く……遠く離れてしまったけど」 「私のタイコの音……聞こえますよね?」 「きゅ……?」 「あれ……ここ……」 「ん――!」 「足音――」 「知ってる……私、この足音知ってる……!」 「太四郎さんじゃなくて、これは――」 「貫太さんッ!! 待って!!」 「やあ」 「ごめん。久しぶり」 「貫太さん……?」 「ホントに……ホントに、貫太さんですか?」 「一応、本物……かな」 「信じられないかい?」 「貫太さん!」 「とりゃ!」 「ど……どうですか?」 「うん」 「いい音だ」 「僕まで、ずっと、届いてた」 「君の音、ずっと聞いていたよ」 「うきゅっ――!」 「う……きゅ……きゅうううう……」 「かんたさあああああああああああああん!!」 「元気にしてたかい?」 「元気なわけありません!」 「病気でもした?」 「恋の病……です」 「大変だ」 「大変って! 人ごとみたいに!」 「原因は貫太さんですよ」 「ごめんね」 「ごめんねじゃすみません」 「どうせ貫太さんのことです!  東京に出たのだって、自分のためじゃないでしょう?」 「自分のためだよ。僕には夢が――」 「それだけじゃないです!」 「そんなこと――」 「あんまりバカにしないでください」 「私だって、少しは物を考えます」 「貫太さんは、私の許嫁だった太四郎さんに、遠慮した」 「……違いますか?」 「僕は、みんなに幸せになって欲しかった」 「みんなに?」 「そのみんなの中に、私は含まれるんですか?」 「貫太さん自身は、含まれるんですか?」 「貫太さんは、辛くなかったんですか?」 「貫太さんは、私のことなんてなんとも――」 「違う! もしなんの障害もなければ、僕も――」 「貫太さん……」 「でも……僕らは、こうして生まれてきた。  だから、こうして生きて行くしかない」 「今は死にたくなるくらい辛いことも、きっと、時間が解決してくれる――」 「どれだけ待てばよかったんですか?」 「私には、貫太さんのいない時間は、長すぎでした。  解決なんて、全然、やってきませんでした」 「私は、ずっと、貫太さんと一緒にいたい」 「それだけです」 「それも、時間が経てば、忘れる想いかもしれないよ」 「きゅー……」 「貫太さんは、私を嫌いになってしまったのですか?」 「…………そうかも、しれない」 「貫太さんのウソは、すぐにわかります」 「やっぱり、ダメか」 「ダメです。どうしてそんな、意地悪をしますか?」 「距離を置かないと」 「もう二度と、離れられなくなりそうだから」 「だったら、離れなくても――!」 「本当かい?」 「君はそれで、いいのかい?」 「それで本当に、幸せになれるのかい?」 「きゅー……」 「……意地悪して、ごめん」 「幸せの形なんて、わからないよね。  そんなもの、掴んでみるまでは――」 「今、私が掴んでいるのが」 「私の幸せです……」 「…………」 「…………」 「でもこれは、あの時掴めなかった手だから」 「ずっとずっと、掴めなかった手だから」 「もう絶対、離しません」 「一度、掴んだら――」 「二度と離れなくなりそうならば」 「離れなく、なっちゃいましょう」 「フウリ――」 「アンタ、自分を名探偵だって名乗っただろ?」 「あ……」 「そういえば……そうだった!」 「あ、いやいや。名探偵とは言うけれども――」 「確かに恵那様は探偵を目指していることで有名ですね」 「わらわが甘いものを食べたいのを、見事に見抜いた!」 「それだけじゃねぇ! 悪を許さぬ正義の心もある!」 「自分の危険を顧みない、勇気も!!」 「え……いや、あは、あはははは……ちょっと待って。  今回のは推理とかとは別ジャンルで」 「私は名探偵志望だけど、確かに今までも色んな事件を解決したけれど、ソレとコレとは話が――」 「……違うのか?」 「う……そ、そんな泣きそうな顔で見なくても……」 「頼む名探偵!!」 「お願いします!!」 「いよっ! 名探偵!」 「おまえだけが頼りなんだッ!!」 「あなただけがたより……」 「もしもなにか名案があれば――」 「助けてはくれぬか……!」 「ふぅ……やれやれ……」 「そう、考えてみれば当然よ。  元はといえば、私がまいた種――即ち!」 「コレは事件よ!!」 「解決は、名探偵富士見恵那に任せなさいッ!!」 「「「「「「「おおおおお…………!!」」」」」」」 「で! なにか名案はあるのか!?」 「焦ってはだめよ!」 「この事件は、色々な要素が複雑に絡み合っているわ!  ひとつずつ、問題点を明らかにしていきましょう!」 「まず最初に、私たちの目的は――?」 「アザナエルの呪いを解くこと!」 「そして、ミヅハ様に元の力を取り戻させて差し上げる」 「そのためには、この神社に人々の『想い』を集めなければならない」 「でも、この状態じゃ初詣どころじゃないわよね」 「屋根に張り付いたペンキ――  石畳についた弾痕――」 「コレをなんとかしないと」 「ったく、しゃーねーな!  時間がねぇけどきっちり大掃除するしか――」 「それが……だめなんです」 「だめ?」 「さっき、みそが果敢にブラシ洗いチャレンジしたんですが――」 「全然、取れませんでしたッ!!」 「全力でもか?」 「はい、全力でもです!」 「ぐ……そうか」 「犯罪者用のペイントボール、簡単に色が取れたら困るもんね……」 「それに、あのたまはとくしゅ」 「屋根は? 瓦は換えればいいだろ?」 「無論そちらも問い合わせてはみたんですが、この時間からではもう……」 「間に合わない、か」 「いっそ、土砂降りでも降ってくれれば――」 「やってみるか?」 「へ? やってみるって?」 「わらわはミヅハノメ!  つまり水の神様じゃぞ!」 「雨くらい、お茶の子さいさい屁の河童じゃ!!」 「あ……天気、変えられるんだ」 「確かに今日、天気全体的におかしかったよな……  突然雨だったり……雷が鳴ったり……」 「まあ、なんというか……  今日はわらわにも色々あったからのう」 「でもさっき、みそさんが全力で洗ったんでしょ?  それなのに、今さら雨ごときで取れるとは思えないわ」 「「「「「「「う――ん…………」」」」」」」 「やはりここは、わらわがアザナエルの力を使うしか……」 「バカ言うなよ!  ロシアンルーレットなんて危ねーじゃねーか!」 「ふふん。わらわの力を見くびるでない」 「わらわは勝負事の神として奉られておる。  本来の力を発揮すれば、願いが叶わぬはずがなかろ!」 「しかしミヅハ様。それではそもそも、本末転倒――」 「確かにわらわが禁を破り、自らの力を使うならば、罰の期間は延びるじゃろう。じゃが――」 「アザナエルを封じるためなら、致し方あるまいて」 「なりません!  それではミヅハ様が、余りに不憫――」 「まあまあ、落ち着いて。  それもアザナエルを取り返してからじゃないと」 「確かアザナエルは、警官に返したのよね」 「そう」 「悪い、そんなものだとは思わなくて――」 「我々にも、警察にツテはあります。  事情を説明すれば、すぐに返却されるはず――」 「……確かにね。  でも、問題はそれだけじゃないわ」 「他にもなんかあんのか?」 「参拝客はどうやって来る?」 「今日は終日運転してるから、電車で――あ!」 「高架下、崩れたんだっけ?  電車、止まってる……?」 「ごめんなさい……」 「ま、地下鉄は走ってるから致命傷にならないとは思うけど、普通に人が減っちゃうでしょうね」 「それは……困ります」 「例年よりも多く人が集まらねば……  そのために、ソトカンダーの垂れ幕を用意したのです」 「ゆるキャラバンがああなっちゃ、『ソトカンダーってなに?』ってレベルだからな……」 「これで問題は全て出そろったってわけ――」 『もじゃ――――ッ!!』 「ハァ……他にも、問題があった……」 「っつーかさ、さっきからなんなんだあの叫び声?」 「あれはなんていうか……ウチのお姉ちゃんで……」 「おねーちゃん?」 「ま、いいわ。ソレとコレとは関係ない!」 「とにかく、アザナエルを浄化するため!」 「ミヅハちゃんを元通りにしてあげるため!」 「これらの問題を、解決しなきゃならないって寸法ね!」 「なにか――名案があるのか?」 「ふふ、ふふふふふ……」 「ふふふふふふふ……」 「焦ることはないわッ! まだ時間はあるッ!!」 「おもいついてない……」 「うるさいわねっ!  一人の頭じゃ、名案は思い浮かばないのよ!」 「みんなで考えましょうッ!!」 「「「「「「「う――ん…………」」」」」」」 「ああッ! めんどくせー! もうこうなったらよ!  全部真っ黄色にすりゃいいんじゃね?」 「木を隠して森隠さず!  一部だけが黄色いから気になるんだって!」 「いっそ全部、パーッと塗りたくっちまえば――」 「な、なにを罰当たりなことを!!  ここは、御先祖様から代々受け継がれた……」 「ソトカンダーの垂れ幕、飾る気だったんだろ?  それでカクシキがどうのこうの言うのか?」 「う……それは、そうですが……」 「権威に構ってる場合ではないかもしれんの」 「しかし真っ黄色というのは、余りにも――」 「でも、姐さん。  屋根をみんな塗りたくるにはペンキが足りないんです」 「ゲ……マジでか?」 「鳥居くらいはなんとかなるかもしれないですけど……」 「鳥居は朱色のイメージが強いけれども、確たる決まり事があるワケじゃないわ」 「石の鳥居やコンクリートの鳥居――  白や黒の鳥居だってある」 「全部黄色に塗っちゃえば、ソレはソレで――」 「屋根瓦や、石畳はどうするのですか?  今からでは到底、交換など間に合いません」 「「「「「「「う――ん…………」」」」」」」 「ええと……人、集めなきゃダメなんだよな」 「ネットを使うってのはどうだ?」 「おお! インターネットか!  すげえ! それだ!」 「いんたあねっと?  サイババア様の使ってたあれか?」 「しかし……それでいったい、何ができるんじゃ?」 「写真とか、音楽とか、映像とか!  色々あるんだよ、いろいろ!」 「いろいろあるのか?  ケバブも食えるか!?」 「食える!」 「無理だろ」 「で、インターネットで、なにができるというのです?」 「ふふふふ……みんなッ!!」 「これを見るんだッ!!」 「……なんですか、コレは?」 「わたし……?」 「そう! ゆるキャラバンの放送のおかげで、今ネットはノーコの話題で持ちきりなんだッ!!」 「うわ! さっきの写真!?  アタシが写ってる!?」 「秋葉原とネットは、親和性が高い……  リアルタイムで目撃情報があってもおかしくないわ」 「あ……もしかしてさっきの太四郎さんも、その情報を基にスパコン館に……?」 「ってコレ! オレの卒アルがうpされてるし!!  マズいだろッ!!」 「しかし! ピンチはチャンス!!」 「この話題性を活かすことで、半田明神に人を呼び寄せることができれば……」 「さすがはブー! 天才だッ!」 「いやあ、それほどでも……」 「電車は動かなくなったけど、それって逆に考えれば、コミマ帰りのオタクが帰れなくなったってことか」 「もしかしたら――行ける?」 「しかしもし秋葉原で一夜を明かすなら、それにふさわしいイベントが街で行われているのでは?」 「確かに新年を初詣で祝う、という発想は一般的ですが、わざわざ彼らを呼んでこれるかどうか……」 「「「「「「「う――ん…………」」」」」」」 「いやいや、雪山じゃないんだから、みんな、そんな静まりかえらないで――」 「ゆきやま?」 「雪って言うのは音を吸い込むから――」 「あ――雪、山――?」 「雪山……そうか、雪! 雪よっ!!」 「ん? どした名探偵?」 「――あは、あはははははははは!!」 「みんな、よ――く聞きなさいッ!!  たったひとつの冴えたやり方ッ!!」 「名探偵富士見恵那が――  この難題を、一気に解決しちゃったのよッ!!」  フウリは後ずさりする貫太に迫り、唇を重ねた。 「ん……んちゅっ…………」 「んむ、んちゅ、ん……んん……  んちゅ……んっ、んちゅ……ん……!!」 「フウリ――」 「貫太さんの唇……  気持ちよくて、溶けちゃいそう……」 「僕も……だ……」 「僕だって……本当は……ずっと……  君とこうなりたかった……」 「貫太さん――」 「ふたりの夢……叶えちゃいましょう……  ――んっ!!」 「あん……んちゅ……はぁ、ん、んん……!!  はむちゅ……んんっ、んんんん……!」 「貫太さん……んちゅっ、貫太さん……!」 「んちゅ、ん……んん? ん?」 「はれ? この感触は……」 「あ、ははは……」 「あ……ここ……おっきくなってる。  ぱんぱんで……苦しそう……」 「君のキスが、魅力的だから」 「うう……なんか、恥ずかしい……」 「外に、出してくれるかい?」 「そ……そうですね。  貫太さんのここ、このままじゃかわいそう……かも」 「ええと……こんにちは」 「ふわわわわ……  コレが、貫太さんの……」 「すごく、熱くて……ビクビクしてます」 「そんな……あんまり、見ないでくれるかい?」 「ああっ、ごめんなさい!」 「でも……なんていうか……  立派で……逞しくて……」 「僕も……唇、もらうよ」 「ぇ……ぁむ、ん、んちゅ……」 「んちゅっ、ん、はむ……んっ、んん……  ぁはっ、むちゅっ、んむちゅっ!!」 「むちゅっ、ちゅ、んっ、んちゅっ、んっ……  んん……貫太さんの唇……すごくエッチで……」 「むちゅっ、ん……んん? あれっ!?」 「貫太さんの……こんなに大きかったですか?」 「まだまだだよ」 「そ……そうなんですか?」 「手で、しっかり握ってみて」 「こう……?」 「あ……すごい、ビクンってなったぁ!  気持ち、いいんですか?」 「ああ。それで、ゆっくり動かして――」 「ゆっくり、ゆっくり……  わわ! 思ったよりも、びよびよ伸びる」 「ゆっくり、よいしょ、よいしょ、よいしょ……  こんな感じで、いいですか?」 「あー。聞かなくても、わかっちゃいました。  一目瞭然……」 「それに……ほら。  さきっぽからつつーって、透明なのが」 「これって、気持ちいい証拠ですよね……」  返答の代わりに貫太が唇をあわせると、まるでそれを待っていたかのように、フウリの指の動きが速まる。 「むちゅっ、んっ、あんんっ、んっ――  んちゅっ、んっ、ちゅっ、はんっ、んん――」 「あは……すごい、貫太さんの舌が……  私の口を……犯してるみたい……」 「はむ……んちゅっ、ん……んんっ、ん……  ぁぅっ、うっ、んっ、んんっ、ん……」 「こっちの方も、ビクビクして……  さっきよりも、もっと大きくなって……」 「おっきく……って、きゅぅぅぅ……?」 「こんなに……おっきくなっちゃった……」 「だいじょうぶ……かな?」 「一度、四つん這いになって」 「え……」 「今度は君が、準備しないとね」 「は……はい」 「これで……いいですか?」 「もう少し、お尻を上げて」 「うわ……恥ずかしい……  この格好……丸見えですね……」 「ちょっと……短すぎじゃないか?」 「まだまだ……変身の修行が足りないのです……」 「てっきり、誘ってるのかなって思ったけど」 「えへへ……バレちゃいました?」 「貫太さんのあそこ、触ってたときから、ずっと、ずっとここが、うずうずして……止まりません」 「だから……お願いします」  フウリの懇願に合わせて、貫太の指が尻を這う。 「ぁっ、ん……ふぅ……ん……  ちょっと、こそばゆい……です……」 「ん…………んん…………ん……」 「ぁぅ……ん……んん……んん……!」  中心に指が近づくにつれ、フウリの声音は少しずつうわずっていく。 「はぅ……ん、んん……貫太さん……そこ……  上から、さわっちゃ……ああっ、ん……」 「もう、シミができてる……?」 「うう……言わなくても……ぁっ、ダメ!  そこ、なぞったら――ああっ!!」 「ぅぅ――そこ、ウズウズして――  身体、勝手に動く――うううぅぅ――」 「ふぁっ、いやっ、だめ――そこ、敏感なところで――  上から擦ると――んぁっ、あっ、あ――」 「直接がいい?」 「ぇ、いやそういうわけじゃ――あああ――っ!」 「そんな、脱がしたら――脱がしちゃったら――!  あ、いや、だめだめだめだめ――」 「きゅぅぅぅ……」 「うう……こんな、外でお尻丸出しです……」 「綺麗だよ」 「うう……貫太さんの、ばか!!」 「はやく……はやく、お願いします」 「恥ずかしいの忘れるくらい……  メチャクチャにして下さい……」 「ん――んん――ん――  うう――そんな、焦らさないで――んん――ん――!」  円を描くようにゆっくりと、貫太の指がフウリの秘部へと近づいていく。 「はう……ん……ぁ、うん。  そこ……ん、んん……ん……ん?」 「ううううう――だめ――  広げたら、広げちゃったらああ――」 「はず、恥ずかしい――中、見ないで――」  懇願するフウリに構わず、貫太は舌を割れ目に伸ばした。 「きゅっ!」 「ぃゃっ、あっ、なに? ざらざら、して――舌!?  そんなところ、舐めたら――ぁぅっ!!」 「だめ――舐めたら、ダメですよぉ――  きゅぅ――ぅ――ぅぅっ、ぅぅぅぅ――」 「舐めちゃってる――  貫太さんに、舐められちゃってる――」 「あ――止めちゃうのですか?」 「もっと、して欲しい?」 「そういう、ことは……その……えと……」 「ホントのことを言って」 「ぺろぺろすると――音、すごく、えっちで――  なんか――すごく――不思議な、感じで――」 「でも――その――うう――」 「気持ち――いい、です――」 「え? なに? そんな、剥き出しにして――  ぁ、や、ややや――きゅうっ!!」 「はぁぅっ、そこ――敏感だから――  そんな、強くしたら――きゅぅっ、きゅぅぅぅ――!」 「ざらざらのっ、舌が、なめ――ちゃって――!  全部、私、吸われ――そうで――」 「ぁぅっ――ぅ――ぅぅぅぅ!  だめ――さっきより――全然、気持ちよくて――」 「ぁぅっ、ぅっ、ぅぅっ、ぅっ、ぅぅぅ――  なんか――じんじん――痺れてきましたよ――」 「ふしぎな――感じで――ふわっ!  わ、わわわ――んんんん――!!」 「なんか――なんか、きちゃう?  きちゃいます? きちゃって――」 「んっ、んぁっ、ぅぅ、ぅ――  ぁっ、ぁっ、ぁっ、ぁぁっ!」 「ぅきゅ、きゅ、きゅぅぅぅぅうううう――!!」 「んぁ……ん、んん……ん……  んきゅ……う……」 「貫太さん……私……とんでっちゃった……」 「気持ち、良かったです」 「それじゃ……」 「あ……待って下さい」 「やられっぱなしじゃ、申し訳ないです。  だから……」 「今度は私が、貫太さんを気持ちよくしてあげます……」 「ん……しょ。あれ?」 「貫太さん……」 「んちゅっ、ん……んんっ、ん……  んちゅ……ん……うん」 「ええと、ではでは改めて――はれ?」 「貫太さんの、ちっちゃくなってる?」 「ちょ、ちょっとだけホッとしました……  さっきのは、ちょっと大きすぎます……」 「コレならきっと――きゅ!?  今、ドクンって大きく!」 「ごめん。フウリの手が、気持ちよくて」 「そ、そんな――ふぁ! ま、また!」 「きゅ……どんどん、大きくなってしまう……」 「早くしないと……もっと、大きくなるかも」 「そ、そんな! 私にも心の準備が――ううう――!!」 「しかし、仕方ないです!  貫太さんのなら、いつでも――いつでも、大丈夫――」  フウリは覚束無い指先で、貫太のペニスをあてがう。 「ここ……ですね……貫太さん、いいですか?  貫太さんと、一緒に、繋がっちゃいますよ」 「ん――んあああぁっっ!!  ん――んきゅ――きゅ――きゅううううう――――!」 「きゅぁぅ――ぅ――ぁぅぁ――ぅ――  ぅ――ぅぅ、ぅ、ぅぅぅぅ――んんんん――っっ!!」 「ん――んくぅっ、ん――ん――んん――  んはっ――! んはぁっ――はぁっ、はぁっ!」 「はぁ……ん……んん……ん……  貫太さんの……入っちゃっ……た……」 「入った……けど……え……?」 「な、ちょっと――ぁ、だめ――うそ――」 「入ってから――どんどん、大きくなって――  ぅぅぅ――すご、みちみちいって――!!」 「私のなか――  どんどん、貫太さんの形になっていきます――!!」 「それは――気持ちいいって、ことですよね?」 「そうだけど――もっとよく、なりたいかな」 「ぇへへへ……ですよね……」 「はふぅ……それじゃあ、貫太さん!」 「いきますよ」 「私で、いっぱい――  いっぱい、気持ちよくなってくださいね」 「ん――んんっ――ん――んっ――んん――!!」  フウリの身体が、貫太の上でゆっくりと動き始める。  結合部から、ピンク色に染まった愛液がゆっくりと垂れ落ちる。 「はぅ――ぅ――ぅぅ――ぅ――  ぁぅ――ぅぅ――ぅ――ぅぅぅぅ――ぅぅ――」 「ぅぅ――貫太さんの――すごいです――  おっきくて――ぅきゅ――うう――ううう――」 「貫太さんに、身体の中味――全部――  押し込まれて――掻き出される――みたい――」 「貫太さん――私のなか、気持ちいいですか――?」 「あ……そんな、胸……」  貫太の指が、フウリの胸を掴む。 「はぅっ、ぅ……そんな……乳首、コリコリして……  ぅきゅっ、う……うううっ……!」 「ぁぅっ、ぅっ、いや――貫太さんの指――気持ちいい。  そんなに、摘んだり――引っ張ったりしたら――」 「もう! 今は、私が貫太さんを気持ちよくしてあげる番なんで――ふぁあああ――」 「だめ――からだ――捻れて――  動いちゃう――動いちゃいます――」 「ぁ――そこ――うん、そこ――そこそこそこ――  細かく、浅く、揺らして――ぅきゅ――ぅ――」 「貫太さん――これ、どうですか?  私ので――気持ちよくなって、くれてますか――?」 「ぅぁ――! あ! また!  また、大きくなって――はぅうううう――――!!」 「そしたら――今度は、奧に、入れて、あげますね」 「全部――入り、ますかね?」 「ん――んん――んんんんんん――――」 「んぁ――んぁぅ――んぁぁぁぁぁぁ――」 「すご――い――私の――まんなかを――  貫太さんが――満たして――ます」 「満たされて――いっぱいで――  溢れちゃいそう――です――」 「もっと……もっと、奧に――はぁっ、はぁ――  ん――ぁ、ぁぁぁ――んんん――ッ!!」 「んぁ――ん――きた、きました――  全部、貫太さんの根本まで、すっぽり――」 「ぁ――ぁ――貫太――さんの――奧――  私の――一番――奧――気持ち――いいところ――」 「ぐりぐり――されてます――いっぱい――  私――しあわせ――で――ふわああああああッ!!」 「貫太さんは――どう、れすか――?」 「ごめんね、フウリ」 「ふぇ?」 「もう、我慢できないや」 「が……まん? ふわああああああああっ!!」 「あっ、あっ、あああああ! 下から――突いたら――  ああっ、あああ!!ああああああ――――――!!」 「だめっ! そんなっ! ズンズン! ズンズン!  奧まで――奧の、奧まで――突いちゃったらあああ!」 「全部! ずるって、引き出されて、ぐちゃぐちゃで!  あああっ! すご――すごい、すごいです――!!」 「私、壊れちゃう――貫太さんので、壊れ――  壊れちゃいますよぉぉお――――!!」 「壊れちゃうくらい――気持ちよくて――  ねぇ、ねぇ――貫太さん――貫太さん――」 「貫太さんで、私を――もっと、壊してくらさい――」 「ぁふぅっ! ぁぅぁ! ぁぅ――――ぅぅぅぅっ!!  はぅっ、ぁぅぁっ、ぁっ、ぁっ、ぁっぁっ、ぁっ!!」 「フウリ、行くよ」 「は――はい、きて――くらさい――  貫太さん――の、いっぱい――いっぱい――」 「私も――いっちゃう――  私――貫太さんと一緒に――」 「たくさん、私を――貫太さんで――  貫太さんで、満たして、くらさい――」 「はぅっ、んきゅっ、んんっ、んきゅっ!  んぁっ、あっ、あっ、あっ! あっ! あ――」 「あああああああああああああッッ――――!!」 「ふわ……あ……あ……ああ……あ……  あ……ああ……あ……あ……」 「ぁん……んく……んっ……んん……ん……  ぁあ……貫太さんの……外に……出ちゃった……」 「ごめん、フウリ」 「うう……貫太さんの意地悪……」 「ずっと……ずっと、離れないって、言ったのに……」 「んきゅ……ん……まだ、出てる……  もったいないです……」 「んちゅ、ん――んんん? おいしい!」 「え……?」 「貫太さんの精液……喉がかああって、熱くなって……  とおっても、美味しいです……」 「そ、そう……かな?」 「貫太さん、私の言うことを聞かなかった罰で――」 「もう一回、それ、もらっちゃいます!」 「え……でも、まだ出したばっかりで――」 「いいから、はい! 座って下さい」 「以上で説明終わりッ!!  自分の役目はわかったわね!」 「みんなで協力して、ミヅハちゃんを、元の姿に!」 「おうッ!」「おう!」 「おー」「押忍!」「押忍!」 「それじゃ――行動開始ッ!!」 「本当に、あの計画で上手くいくのか……?」 「わからない」 「けど、ミヅハはともだち」 「たすけなきゃ、だめ」 「……だな」 「そのためにも、絶対説得しないと」 「がんばる」 「でも……フウリ……」 「わたしを、ゆるしてくれる?」 「それは……わ、わかんないけど。  うん、きっと大丈夫だって」 「恵那も、フウリのケガは治ったって言っただろ?」 「うん」 「あれ、でも……あのけいかんのことばは……?」 「時間がない。ほら、行こう!」 「んむ……角……角……角のピースを……!!  ああっ! もうブチ割ってやりたい!!」 「これはここ? 違う?  いや、そこをなんとか……!!」 「あれ、何やってんだ?」 「われたガラスで……ジグソーパズル」 「ああ! もうやだ!  こういう細か――――い作業って大ッ嫌いなのよね!」 「こう、頭がもじゃもじゃもじゃもじゃ……」 「ミリPさん!  ちょっと外で頭を冷やしてきたいんですけど――」 「こら! 最後まで諦めないって言ったでしょ!」 「このガラスをくっつければ、防音効果も元に戻る!  そう信じるの!」 「ホントにそうか……?」 「ぜつぼうてき……」 「ちょっと! なによ貴方たち!  さっきから、後ろでブツブツブツブツうるさいっ!」 「あ、あの……あなたが富士見鈴さんですか?」 「そうだけど、邪魔しないで!  私は今……あああ、頭がモジャモジャ――」 「恵那さんから、伝言があってきました。  スーパーノヴァに代わる、新しいライブ会場があるって」 「え……恵那ちんから?」 「ウソおっしゃい!  アタシのツテでも探せないのに!」 「ええと、既存のものを使うんじゃなくて、急遽場所を用意するっていうか……」 「……どこに用意するの?」 「はんだみょうじん」 「……は? 今、なんて?」 「半田明神で、ライブを行います」 「でもって、それをミリPさんに、ネット中継してもらいたいんです!」 「ネット中継って……あなた、本気?」 「本気です」 「あそこでライブなんて星ちゃんが許してくれるわけ――」 「彼女も納得してます」 「でも、かなりうるさくなるんだから。  流石に屋外じゃ――」 「そっちにも、手を打ってあります」 「いえ、そもそもこれから人が集まるわけが――」 「今、秋葉原には帰れないオタクが大量にたむろってます。  イベントがあれば、絶対駆けつけるはずです!」 「これからの中継なんて、間に合うと思う?」 「そう言って逃げ出すのは、素人です」 「ミリPさん、あなたがそう言ってました」 「…………」 「…………」 「詳しい話は後回しだけど、今日はどうしても、半田明神に人をたくさん集めなきゃいけないんです!」 「お願いしますッ! どうか――」 「どうか、力を貸して下さい!」 「ちからをかして」 「…………ふぅ」 「まあ、確かに半田明神で年越しライブできれば、絵的にも美味しいかもしれないけど――」 「アタシはあんまり、乗り気になれないな……」 「アタシたちが育ったのはこのライブハウスだし。  それに、今もこれだけ頑張って窓ガラスを――」 「…………へ?」 「に、2回目――――――ッ!??」 「ヘイ! お嬢さん!」  修理しかけの窓ガラスを割って突っ込んだ軽トラ。  助手席から、ガチムチパンツプロレスラーが飛び出す。 「待った? 私! バリー・ヘリントン!  つい最近は、病院に隠れとったのだ!」 「あなたの本格的プロレスリングに惚れた!  ケコンしてくださーい!」 「ふ……ふ……ふ……」 「ふざけるなあああああああああッ!!」 「ふべしっ!!」 「アタシが、アタシが、せっかく、せっかく、直して――  直して――うううううっ!!」 「大気圏の外まで飛んでけロケットキ――――ック!!」 「ふぎゃああああああッ!!」 「すごい」 「人って、飛ぶんだ……」 「次は――運転手ッ!!」 「すすすすす、すいませんでしたッ!!」 「あのですね、言われたとおりハイ、病院に、平次さんを送っていったらですね!」 「そこであのバリーとか言う人に捕まって、脅されて、それで鈴ちゃんに会いたいって言うもんだから――」 「聞く耳持たんわ2回目だぞロケットキ――――ック!!」 「ふぎゃああああああッ!!」 「っていうか、彼女強いな。一方的だ……」 「むざん」 「ミリPさ――ん!」 「ゆるキャラバンの片付け、終わりましたー!」 「なんだか、疲れちゃいましたけど……  そろそろ撤収――」 「あれ? 車、どうしたんですかコレ?」 「それに? プロレス? あ! バリーさんも!?  なに? なんなんですかコレ!?」 「あなた、名前は?」 「え? えと、権堂ですけど……」 「ゴンちゃん!  今すぐスタッフ集めて、半田明神に!」 「半田明神?  って、あの半田明神ですか!?」 「ニヤ生、枠は取れるわね?  第一宇宙速度の年越しライブをネット中継するわ」 「ネット中継!? いきなり!?  これからすぐですか!?」 「当然驚くわよね」 「たぶん、トラブル続きになると思う」 「もしかしたら、注目も集められずに終わるかも」 「でも――」 「ゆるキャラバン、リベンジのチャンスですね!」 「その通り。やってくれるわね?」 「はいっ! もちろんですッ!!」 「鈴ちゃんも、それでOK?」 「ううう……  フウリちゃんとの約束を果たすには、それしか……」 「仕方ない!  よろしくお願いしますっ!」 「ミリPさん……  ありがとうございます!」 「おっと、安心するには早いわよ」 「あなたにも、ゆるキャラバンのリベンジ、果たしてもらうんだから」 「リベンジ……?」 「年越しライブのテーマは――  秋葉原、新たな夜明け!!」 「ゆるキャラバンで発表できなかったマスコットキャラクターを、今度こそ発表してもらうんだから!!」 「もちろんあなたは、もう一度描いて頂戴ね」 「オレが……もう一回、描く……?」 「にとり、だいじょうぶ?」 「…………」 「にとり……?」 「あら? 怖じ気づいて、また逃げ出す?」 「……逃げ出したく、ないです」 「でも、オレ……  なにをやればいいのか、全然思い浮かばない……」 「背伸びしなくてもいいわ」 「あなたが今までの人生で得たものを、目一杯、出して見せなさい」 「オレの人生なんて、大したもんじゃない――」 「そうかもね」 「ひていしない……」 「あなたの人生は、立派じゃない。すごくもない。  きっと他人に誇れるようなものでもない」 「でも、その人生だって――いや、その人生だからこそ生み出せる何かが、絶対にあなたにもあるはずよ」 「オレだから生み出せるもの――?」 「…………」 「ほら! 男らしいところ見せてみなさいよ!  あなたが頷かなくとも、企画は進めちゃうから!」 「あの……でもまだメンバーが……」 「あ、そういえば、そうね……  ニコちゃんは連絡ついてるんだっけ?」 「はい。電車が止まっちゃったみたいです」 「タクシーで来るって言ってて、たぶん間に合う……はず」 「フウリは?」 「フウリは、どこ?」 「えなは、きっとここにいるって」 「それが、ね。  本当は来てなきゃ駄目な時間なんだけど――」 「約束破るようなコじゃないんだけど  なにか、あったのかな……?」 「なにか……あった?」 「あ……!」 「あ! あ! あ!」 「もしかして……あのとき!」 「むかえにいかなきゃ」 「おい、ノーコ!? 急にどこに――」 「わたし、フウリをさがす!  ぜったい、つれてくる!」 「だから、にとりはマスコットを、おねがい!」 「にとりなら――ぜったい、できるから!」 「ノーコ……」 「さーて、似鳥君!  諦めがついたかしら?」 「…………」 「はぁ……まだ煮え切らない顔してるわね」 「もういい加減、覚悟決めちゃいなさい!  ――私たちも行きましょ!」 「はい!」 「はい!」 「はい!」 「はい!」 「――って、なんでアンタたちも一緒なのよ大気圏突破式ドロップキ――――――ック!!!!」 「「ぎゃあああああああああああ!!!!」」 「あれ――!?」 「『NO CONTROL』――!!」 (荒唐無稽な作戦だけど、もう、コレに懸けるしかない!) (けど……なんか、忘れてるような気もするのよね。  なんだろう……このひっかかり……) (ん……ん……ん……) (ダメだ……思い出せない……) (とにかく私も、アザナエルを取り返さないと) (沙紅羅さんって言ったっけ?  あのヤンキーと一緒に行くことになってるけど) (まずは父さんに電話して――) 「あ――ネームプレート?」 (父さんが落としたの、持って来ちゃったんだ……) (アッキーちゃんに、返しておこう――) 「あー、もしもし? 父さん」 『お、おう! 恵那か?』 『いやあ、わざわざ電話悪いな!  応急処置は受けたから、年が明けるまでには帰れる――』 「なんでそういうウソ、つくの?」 『は? ウソ?』 「そこは病院じゃない。  私との約束破って秋葉原に残ったでしょ?」 『なに言ってんだ?  オレがおめぇとの約束、破るわけねぇじゃねぇか』 『オレはちゃんと、泰然堂大学病院に――』 「あにのあなの屋上で、アザナエル回収したでしょ。  手渡した本人が、すぐ側にいるんだからね!」 『あのなあ……オレがおまえとの約束破るわけねぇだろ』 「じゃあ今、父さんがいるのはどこ?  近くに人は――」 『急患の待合室だよ。ああ、そういえばさっき偶然な、若原ってゆるキャラバンのディレクターとすれ違った』 「ゆるキャラバンの――?」 『おう。なんでも饅頭食って腹下したんだと!  村崎んところの……なんていったっけ?』 「クリマンのこと――?」 『ああ、それだそれだ!』 (もしかして、本当に病院にいる?  ってことは、沙紅羅さんたちが見た警官って……?) (いやいや、あんなもじゃもじゃした警官が他にいるわけないし、となると……) (タヌキが、化けてたとか?) (いや、まさかね……あははは……) (…………) 「あり得る」 『ん? どした恵那』 「ううん! なんでもない!  疑ってごめんね!」 『お、おいなんで――』 「落ち着いて――そう、落ち着きなさい富士見恵那」 「太四郎さんは、別人に化けられる。  貫太さんや――ミリPさんにも化けてたって言ってたわ」 「ってことは、他の人に化けててもおかしくないはず。  だから、父さんにだって――」  ポケットに携帯をしまおうとした恵那。  その中で、指にぶつかるのは、アッキーと書かれたネームプレートだ。 「あれ……?」 「裏に……なんか、書いてある?」  裏にうっすらと透けた、書き文字。  恵那は震える手で、中の紙を引き出す。 「……………………あ」 「あ! あ! あ、あ、あ!!」 「千秋――」 「千秋、だったってことは――ッ!!?」 「はぁっ、はぁ――ん、くぅっ、!  はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ――」 (間違いないわ!  アッキーちゃん――千秋は、ふたりいたんだ!) (おかしいと思ったのよ! トイレに駆け込んだはずのアッキーちゃんが、急にスパコン館にいるなんて……) (どういう理由かはわからないけど、太四郎さんはアッキーちゃんに化けて、スーパーノヴァで働いていたんだ!) (けど、外見だけを真似しちゃったから、アッキーちゃんが本当は男だって気づけなかった!) (だから私があそこを触ったときも、なにもついてなくて、それで千秋じゃないって思い込んで――) (でも、その時本物の千秋は、スパコン館で村崎さんにエロ写真を撮られていて――ああああああああ!!) (最後に――私と千秋が別れたのは?) (万世橋で、千秋が私を慰めてくれたあの時?) (あの後、私はスーパーノヴァに戻らされて――  千秋は、バックギャモンに向かって――) (確か、父さんが来るまで死体を見張ってるはずだったんだけど――あれ? おかしい……) (父さんは、千秋を見たなんて一言も言わなかった  バックギャモンに双六の死体がなかったってだけ――) (……死体が、なかった?) 「まさか――!!」 (いや、あり得るわ) (あの現場には、アザナエルがあった) (もしかして千秋は、私を勇気づけようとして……  それで、カゴメアソビを――!?) 「千秋の馬鹿ッ!!」 (なんで――なんでそんなことするのよ!) (いつも弱気で、なよなよしてて、泣き虫で、私のために何かしてくれたことなんて、めったになくて――) (今日に限って、そんなことしないでよ!  まるで別人みたいじゃない!) (なんで、急に私のために、男らしく――) (自分の命まで懸けるなんて、恋人でもやらない――) 「あ」 「ああ……」 「あああああああ……!」 「私……アッキーちゃんに……千秋が、好きだって……」 「好きだって……言っちゃってたんだ……!」 「――――ッ!」 「はい、危ないから入っちゃダメだよ」 「あの、行かせてください!」 「ダメだって。この先は危険だから」 「でも……」 「あのねぇ……」 「あんまり言うこと聞かないと、公務執行妨害で逮捕だよ」 「と――」 「父さんに聞いてないんですか?」 「父さん? そりゃどこのオヤジ――」 「私、富士見平次の娘です」 「ひぃっ!」 「し――失礼しました!」 「え? いや、そこまでかしこまらなくても――」 「平次殿のお嬢様が、どのようなご用件でしょう!」 「あ……いや、危ないところには行かないから」 「そこの……ジャガンナート商会に用事があって。  父さんと待ち合わせを――」 「了解しました! どうぞ中へ!」 「あ……どうもありがとう」 (父さん――警察署の中じゃ、意外と偉い――?) (いや、感心してる場合じゃないし) 「おじょさん! いらっしゃ――」 「うるさい!」 「カタジケナイ……」 (この先、階段を下りて――) 「………………」 「――、――、――、――、――」 「――千秋」 「…………」 「……双六?」 「いるんでしょ?」 「双六! 千秋はどこ?」 「千秋は――」 「…………」  恵那はポケットから、携帯電話を取り出した。 「――――ッ」 「奧……穴が空いてる……?」 「ねえ、千秋?」 「そこに……いるの?」 「そこに……ホントに……」 「ね、千秋……」 「一緒に、帰ろ――」 「いやああああああああああああああああッッ!!」 「残念」 「え――?」 「やれやれ。あの名探偵も、大したヤツだぜ……  なんという素晴らしい作戦!」 「うむ! 全く、沙紅羅の言う通りじゃ!」 「しかし……  今回の計画は、余りにも神事を馬鹿にしている……!」 「ハッ、ピーチクパーチク文句ばっかり言いやがって!  だったらてめぇに名案あんのか!?」 「それは……その……」 「星よ、頼む。  今度ばかりは、わらわの顔を立てると思って……な?」 「……ミヅハ様がそこまで言うのなら」 「ウシ! じゃ、アタシはみそブーの様子見てくっから、こっちの方、よろしく頼むぜ!」 「沙紅羅よ!」 「ん――?」 「おぬしがいなければ……きっと、諦めていた」 「おぬしだけではない。  みそやブーから、わらわは多くのものを教わった」 「あと、けばぶというものももらった!」 「おぬしらには、心より感謝しておる」 「――ありがとう」 「おいおい、そんな誉めんなって!  なにも出ねぇから!」 「あと、礼を言うんだったら上手くいってからにしろ!」 「アタシと名探偵で、ちゃーんとアザナエル、持ってきてやっからよ!」 「約束じゃな?」 「ああ、約束だ!  ちゃんと待って――」 「のう、沙紅羅よ!」 「なんだよ? まだあるのか?」 「あの……あの、じゃな……  お願いが、あるのじゃ」 「みそとブーは、わらわのお友達になってくれた」 「だからおぬし……おぬしも……」 「わらわの、お友達になってくれぬか?」 「お、おおおお……お友達?」 「ば、バッキャロー!」 「あ、アタシたちはな! ワルなんだぞ!  イイコはお友達になんてなっちゃいけねーんだよ!」 「む……むう……」 「だめか……そうか……だめなのか……」 「そ、そうだよ! そうに決まってんだろ!  それが世の中の道理ってもんよ!」 「世の中の……道理……」 「いや、しかしみそブーは『世の中が間違ってるなら、決まりなんて破っちまえ!』と……」 「は? あ、あいつら――」 「のう……だ……だめかの?」 「やはり、決まり事は守らねば――」 「あああああああああああッ!! もう!」 「わーったわーった! アレだアレ!」 「アレ?」 「友達の、友達は、友達! な?」 「みそブーは、アタシのシャテーだ!  まあ、友達みてーなもんだ!」 「ってことは、みそブーの友達であるおまえも、アタシの友達だ! な? わかるだろ?」 「友達の、友達は、友達?」 「うむ……良い言葉ではないか! あいわかった!  それでは、おぬしはわらわの友達じゃ!」 「沙紅羅様……  あまり、ミヅハ様におかしなことを吹き込まぬよう」 「あぁーん? んだと?  アタシがいつ、おかしなことを――」 「本心を忌憚なく言わせていただければ、あなたがミヅハ様と話していること自体が、おかしなことです」 「キタンってなんだよキタンって! 難しい言葉使っていい気になってんじゃねーぞオラ!」 「ふたりとも、友達同士でやめんか!!」 「友達同士?」 「うむ! 沙紅羅はわらわの友達じゃ!」 「ならば星よ、わらわの友達であるおぬしも、沙紅羅の友達なのじゃろう?」 「え……」 「私が……ミヅハ様の、友達……?」 「ん、なんじゃ? なにか悲しげな顔――」 「いえ、そのようなことは――」 「はいはい、世界に広がる友達の輪ね!  おつかれさーん!」 「それじゃ、またな!」 「おい沙紅羅――!?」 「大丈夫。そんな泣きそうな顔すんなって、神様!  おまえの力、信じてるぜ!」 「おう! おぬしもアザナエルを、よろしく頼んだぞ!」 「さて――と」 「名探偵も待ってるだろうし」 「サクッとあいつらの様子見てくっか」 「あ、姐さん!」 「お疲れ様ですッ!!」 「ああ。お疲れさん」 「準備は順調か?」 「はい、もちろんです!」 「コイツを、思いっきりぶっ放してやりますよ!」 「ん、そかそか。頼んだぞ」 「姐さんこそ、気をつけて!」 「いやいや、大丈夫だろ。  警察行ってアザナエルを返してもらうだけ――」 「いえ! やつらは狡猾です!  どんな口実で姐さんをパクろうとしてくるか――」 「あ、そうだ! 是非これを!」 「ん? 御札……?」 「はい!  とある場所で見つけた、霊験あらたかな御札です!」  みそが差し出した2枚の御札を、沙紅羅はまじまじと見つめる。 「でもコレ、健康祈願・家内安全って――」 「効きます!  どうかオレたちだと思ってコレを!」 「いや、でも――」 「オレたちは、コレのおかげで暗闇のダンジョンを突破できました! 命の恩人です!」 「ん……ああ、そうか」 「そこまで言うなら、遠慮なくもらっておくか」 「おまえらも、がんばれよ!」 「押忍ッ!」 「んじゃ一丁、名探偵と一緒に――」 「…………あれ?」 「アイツ、どこ行った?」 「名探偵?  おい名探偵、いねえのか?」 「誰を捜してんだ?」 「え……?」 「あ、ああ、その声は……」 「こっちだ」 「双六……さん?」 「あ……あの、す、双六さん……  なんで、こんなところに……?」 「おまえに会いに来た」 「え……?」 「あ、アタシのために、わざわざ?」 「ああ」 「あ……えと……その……」 「ありが……とう、ございます……」 「そんな……でもあの……アタシ、まだ……」 「似鳥、良くやったじゃねぇか。  アイツがノーコに愛を打ち明けるなんてなぁ……」 「あ……見てて、くれたんですか?」 「ああ。双一親分も、予想してなかったみたいだぜ」 「確信したよ。  おまえ、オレの運命の女だ」 「あ――」 「だから、後悔しないように言っておく」 「コイツ、使え」 「え……?」 「アザナエル……?」 「なんで……!?  わざわざ、持ってきてくれたんですか?」 「双一親分には内緒でな」 「ありがとうございます!  これで、ミヅハの封印も――」 「封印を解くために持ってきたんじゃねぇ」 「おまえにカゴメアソビをさせるため、だ」 「カゴメアソビを……?」 「な、なにを言ってんですか!?  百野殺駆《ヘッド》〈頭〉・月夜沙紅羅をなめないで下さい!」 「神頼みなんてしない!  アタシは自分の願いくらい、自分で叶えます!」 「自分で叶えないと、意味がないんで――」 「おまえの弟、死んだぞ」 「…………」 「……今、なんて?」 「橘正純……  心臓悪くて入院してたおまえの弟、死んだんだ」 「…………ウソ、だ」 「そんなのウソ……ウソに決まってます!  アタシは信じません!」 「だったら、病院行くか。  もう動かない身体があるぜ」 「…………」 「ほら、早く――」 「その必要はありません」 「全て、聞かせていただきました!  飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのこと!」 「アザナエルを置いて、去りなさい!!」 「へっ! 誰がそんなこと――」 「ぬおっ!」  木々を掠めて飛んだ星の矢が、双六の足元に刺さる。 「次の矢は、外しません」 「さあ、大人しくアザナエルを渡しなさい」 「おい、沙紅羅」 「籠で、待ってる」 「かご……?」 「じゃあなッ!!」 「な――下!?」  崩落した地下通路へ、双六は身体を躍らせた。 「待てッ!」 「こら、河原屋双六ッ! アザナエルを――返せッ!!」  双六を追いかけ、歌門も慌てて地下通路へ。  ひとり、沙紅羅だけが、暗闇の森に残された。 「…………」 「……だめだ」 「アタシ……行かなきゃ……」 「フウリ――フウリ――」 「でてきて、おねがい」 「しばらくケガの治療で地元に戻るとさ」 「そいつがフウリだ!!」 「病院に行くって約束したのに!  なんで父さんがアザナエル回収して――」 「フウリが、ばけだぬきなら」 「あのとき、もじゃもじゃにばけてたら」 「アザナエルを、てにしてる」 「フウリにも、ねがいがある」 「あいたくて、でもあえなかった、おだかんた」 「もしかしたら――もしかしたら――」 「そのまま、アザナエルをつかって――」 「フウリ! フウリ!」 「いない? いないの?」 「どこ? フウリはどこに――」 「すごい、ちのあと」 「でも、からだは、ない」 「けががなおったのは、ほんとう」 「ということは、やっぱり――!?」 「突然人が変わったみたいね。  覚悟、できたんだ」 「ノーコがアザナエルを撃って、その願いがなんだか、ついさっきまではわかりませんでした」 「でも――きっと、これがそうなんだと思います」 「オレたちの本。  オレたちが、ここに来るまでの、道筋」 「だからもう、迷いません」 「今度こそ、絶対、成功させてみせます!!」 「……良い顔してるじゃない」 「あ……」 「雪……!」 「今年初めて……かな?」 「マズい! 急がないと――!」 「え? 急ぐって――」 「どりゃあああああああああ!!」 「うりゃあああああああああ!!」 「な……なにあれ?」 「なんか楽しそうっ!」 「っていうか鳥居が――黄色い?」 「説明は後回しです!」 「黄色いのは鳥居だけじゃない――」 「さすがにこれじゃ、ちょっと見栄えが悪いわね」 「ですね……」 「そのための、雪です」 「そのための……?」 「ペイント弾が塗ったのは本殿の屋根と、石畳。  雪が厚く積もってしまえば、覆い隠せます」 「ま、鳥居は無理なんで、いっそ黄色く塗っちゃうことになりましたが……」 「ちなみに、雪の効果はそれだけじゃありません」 「深く積もった雪には吸音効果があって、辺りいっぱいに雪が積もれば、大音量の音も吸い込むはず――」 「いやまあ、全部名探偵の受け売りなんですが……」 「でもそれってまるで、雪を積もらせること前提の物言いよね?」 「神様が味方ですから」 「神様?」 「……OK、わかったわ」 「ミリPさん、わかっちゃったんですか!?」 「あんなモノ見せられた後よ!  今さらその程度で驚いてられますかっての!」 「ほらゴンちゃん!  積もる前に、準備終わらせちゃうわよ!」 「は、はいっ! わかりましたあっ!!」 「どれどれ、それじゃあアタシも――」  富士見鈴が振り返るのに合わせるように、神社の裏から一台のトラックがやってくる。 「お、お待たせしましたッ!」 「荷物! 降ろす! 愛のタメ!」 「オッケー。  今日だけは、過去のことを水に流すわ」 「さあ、スーパーノヴァバイト諸君!  今からチョートッキューで会場設営よ!」 「なんとしても年越しライブ『スーパー・スーパーノヴァ』を、成功させるんだからッ!」 「会場設営OK、雪もOK、放送もOK」 「フウリちゃんの到着はノーコちゃん信じるとして、あとはどうやってライブの情報を拡散させるか――」 「事務所の人間に、メルマガで告知しろって言っといたけど、読んでる人とはターゲットが違うし……」 「鈴ちゃんは、なんとかなりそう?」 「お店のお客さんにも、特別ライブだから友達呼んでー、とは言っておきましたけど――」 「あ、来た来た!」 「ウシ! 良い感じ良い感じ――」 「ん? ガッツポーズなんてして、どうしたの?」 「ミリPさん! 鈴さん!  あとついでにバリーさんも! 写真いいですか?」 「ちょっと! この忙しいときに写真なんて――」 「違うんです! コレ!」 「え? コレは……」 「ダベッターってSNS。知ってるでしょ?」 「実はオレの友人の大刀刃那ってヤツが、アキバ系の中で結構有名で。ああ、そいつ沙紅羅の弟なんだけど」 「そいつに協力を頼んだら、ホラ!」 「なになに……?  『RD:第一宇宙速度緊急年越しライブin半田明神』」 「『ゆるキャラバンで話題騒然、フウリちゃんのカウントダウンライブ<スーパー・スーパーノヴァ>』」 「『あのミリPさんがプロデュース! バリー・ヘリントン他ゲスト多数。秋葉原新マスコット発表もあり!』」 「『今晩23:50開始!  ニヤ生でも同時中継を予定! 皆、見逃すな!!』」 「って、今もRDの数がどんどん増えてるけど――」 「大刀刃那に協力して、色んな人が拡散してるってこと」 「ダベッターだけじゃなく、ブログとか掲示板にも告知が広まってるみたいだし――」 「参道も、ライブ待ちの客でいっぱいだ」 「ってか、大刀刃那さんの知り合いとかすげぇな!  今度、紹介してくれる?」 「別にいいけど――ま、それより先に写真!」 「じゃ、撮りますよー!  みんな、こっち見て!」 「せーのっ!」 「よし、コレを大刀刃那に添付して……と」 「えーと、なんだかよくわかんないけど、雪もじゃんじゃん降ってるし、ともかくこれで上手くいきそう――」 「あ……電話? ニコちゃんから!」 「もしもし? ニコちゃん? どう? 大丈夫?」 「……え? あ、あの、もっかい言ってくれる?」 「なにか、トラブルでも?」 「雪で……」 「急な雪で、車が立ち往生してるううううう!!??」 「「「ええええええええええッッ!!??」」」 「ん…………あ…………」 「んん……ん、んんん……」 「あれ……ここ……は?」 「籠っつってな」 「カゴメアソビの、舞台だよ」 「気付いたか」 「――――ッ!?」 「無理するな。まだ頭、痛むだろ?」 「う……うるさい!」 「千秋を……千秋を、よくも……!」 「いやいや、オレはなにもしてねぇぜ」 「ただ、アザナエルを渡しただけ。  撃ったのは、あいつの決断だ」 「ふざけないで!」 「あなたがいなかったら、千秋は――千秋は――」 「死ななかった?」 「――――ッ!!」 「ずいぶん走らされて、おまけに途中で邪魔入って、オレは機嫌が悪ぃんだ。だからな、サクッと言うぞ」 「おまえはこれから、死にます」 「…………ぇ?」 「死ぬ」 「昇天」 「デッド!」 「デエエエエエエエエエエエス!!」 「わかる?」 「――どうして?」 「双一親分の命令だ」 「…………」 「死にたくない?」 「…………」 「後悔とか、ないのか?  おまえのせいで、人が死んじゃったのに?」 「――――ッ!!」 「おーおー、涙ぐんじゃって。可愛いねぇ」 「で、おまえ――  なんかオレに、お願いすることあるんじゃねぇの?」 「…………」 「ん? どうした?」 「ほら、お願いの言葉が聞こえねぇぞ」 「……身体は……屈しても……」 「ん? なんか言ったかァ?」 「心まで……悪には……屈しない……」 「おいおい、今なんて――」 「あなたに、お願いするの?  それとも――カメラの向こうの、双一親分?」 「……もちろん、決めるのは双一親分さ。  オレはただ、この電話を受け取って――」 「その芝居、いつまで続ける気?」 「……あ?」 「河原屋組の組長が、いったい誰か。  誰にもバレてないと思った?」 「へぇ……平次の娘は警察の真似事もするのか……」 「探偵よ。あんなひとと一緒にしないで」 「ほいじゃ、聞かせてもらいたいもんだな。  その、探偵さんとやらの推理をな」 「賭けをしましょう」 「賭け?」 「これから私は、河原屋組の組長の正体を推理する。  それが当たったら、無条件で銃を撃たせてちょうだい」 「外れたら?」 「屈辱だけれども、頭を下げて、撃たせてもらうわ」 「どうせ、撃つんじゃねぇか」 「どうせ双一は、撃たせるつもりなんでしょ?」 「……流石名探偵。良い推理だよ」 「おもしれえ。その賭け、乗った」 「いいわ」 「富士見恵那の名推理――  聞かせてあげようじゃないの!」 (逃げ道なんて、最初からない) (これが最後の推理) (きっと何の役にも立たない推理だけど――  言いなりばっかりになって、たまるもんですかッ!!) 「そもそもね、河原屋双一って言うのが嘘くさいのよ」 「戦後、秋葉原の闇市を基盤にしてのし上がったヤクザ?」 「じゃあ訊くけど、双一は何歳かしら?」 「さあ。昭和の生まれとかは言ってたけど」 「終戦で二十歳なら、今年で85よ。  よくもまあ、河原屋組の切り盛り続けてられるわね」 「若い衆がしっかりしてるからな」 「自分で良く言うわよ……」 「でも、何故そこまでして公の場に姿を見せないの?」 「そっちの世界は、嬢ちゃんが思う以上に物騒なのさ」 「けど、河原屋組の組員ですら、大半は親分の姿を見たことがないって、もっぱらの噂じゃない」 「命令は、必ずその電話越しに下される――」 「河原屋組の領地は、他の組からも敬意をもって扱われる、一種の聖域って話を聞いたことがあるわ」 「そこまで執拗に自分の身を隠す必要が、果たして本当にあるのかしら」 「何故双一親分は、人前に姿を現さない?」 「答えは簡単よ」 「河原屋双一は、既にこの世にいない」 「ま、考えてみれば陳腐なトリックよ」 「戦後の闇社会にその名を轟かした河原屋双一。  その名の下に守られてきた河原屋組の安寧」 「しかし河原屋双一が命を失ってしまったら――?」 「そこで、貴方たちは考えた」 「河原屋双一を目立たない場所――携帯電話の向こう側へと隠し、限られた人間しか連絡を受けないようにする」 「一度それが印象づけられてしまえば、話は簡単よ」 「あなたにかかってきた電話がそのまま親分の意思であり、あなたの発する言葉が親分の言葉になる」 「極端な話、双一自身が生きていようが生きていまいが関係ないわけよ」 「ねえ、双六」 「本当に、電話はかかってきているの?」 「ふふ……ふふふふ……」 「ふははははははははははは!!」 「いやあ……さすがは名探偵。  富士見平次の娘だな」 「ホレ」 「――っ!」 「弾は入ってる」 「シリンダ回して、撃て」 「お願いしなくて良かったってことは――」 「サービスだよ」 「半分当たりで、半分外れだ」 「半分……?」 「いやまあ、その話はいいじゃねぇか」 「嬢ちゃんが平次のとっつぁんと同じく、悪に屈せぬ心を持ってるってのは、よーくわかったよ!」 「別に父さんは関係な――」 「関係あるんだよ。わかんだろ?」 「カゴメカゴメ……」 「《シリンダ》〈運命〉回して《トリガー》〈決意〉を引いて、上手くいったらお慰み」 「おまえの本当の願いが、ひとつだけ叶う」 「本当の……願い……」 「選択肢は色々ある」 「オレが憎けりゃ、オレを殺せばいい。  死にたくなけりゃ、死にたくないって願えばいい」 「死んじまった人を生き返らせる――なんてのでもいい。  その願いが、本当の願いならな」 「でも、所詮他人だろ?」 「普通なら、自分の命の方が大切だろ?」 「それが例え家族でも――  愛し合い、共に生きていくことを誓った配偶者でも――」 「…………」 「10年前の話だ――」 「平次のとっつぁんは、トリガーが引けなかった」 「籠の中の鳥は、飛べずに羽根を折っちまったんだ」 「なあ、富士見恵那」 「おまえの羽根は、まだついてるか?」 (ウソだ……) (絶対に……ウソだ!) (マーくんが死ぬなんて、そんなのウソだ!) (信じない!) (そんなの、アタシは絶対信じない――) 「あ……」 「雪……」 (あの日――) (タカが事故ったあの日も、雪で――) (あいつは――前の日に、電話で言ってた) (ワルばっかりやって、オチコボレなアタシたちだけど、ふたりならやり直せるって) (心を入れ替えれば、きっとまともに生きられるって) (やり直すのに、遅いってことは、ないって……) (タカは……そのまま、帰ってこなかったけど……) (アタシは、その言葉を信じて……だから……) (きっと……きっと、まだ、間に合うって……) 「お……おお……おおおおおお……」 「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「マーくん」 「アタシ、こんなナリだろ」 「今までさんざん、悪いことしてさ。  みんな――ほとんどみんなから、見放されてさ」 「自分で自分が、どうしようもないはみ出しものだってわかってて、もうどうでもよくなって」 「おまえにも、ひでーことして」 「でも、おまえから電話が来た」 「そんとき、アタシは思ったんだ」 「これは、神様のアドバイスだって」 「やり直すには、遅すぎることはねぇって」 「今からでも、きっと、やり直せるって」 「でも……」 「こんな姉ちゃんで、ごめん」 「約束も守れないで、ごめん」 「意気地無しで、ごめん」 「でもアタシ……入れねぇ……」 「わうわうわうわうっ!!」 「おう、キンカクジ!」 「……誰が、金閣寺だ」 「てめぇだよ」 「わうーん!」 「うるせえこのモジャモジャファミリー。  アタシは今、そういうファンキーな気分じゃねぇんだ」 「ところがどっこい、世の中はファンキーだ。  悪ぃけどよ、オレを送っちゃくれねぇか?」 「……送る?」 「村崎が、バリーとか言うガイジンに連れて行かれちまったからな。足がねぇんだ」 「足ならてめぇにもついてんだろうよ」 「ところがどっこい、使い物にならねぇと来てる」 「使い物に……?」  平次が足袋を外すと、赤黒く腫れ上がった素足が露わになった。 「ひでぇ……!  さっさと病院行って、治療してもらえよ」 「抜け出してきたんだ」 「は?」 「娘がさらわれた」 「……は? 娘?」 「結婚してたのか? そのモジャモジャで?」 「余計なお世話だ!」 「ははっ!  娘さんに遺伝してねぇといいな、そのモジャモジャ」 「ん? モジャモジャ……?」 「あれ? 父親がモジャモジャ警官だから――」 「あれ? もしかしてその娘って、あの名探偵!?」 「なんでぇ、知り合いか?」 「さっき半田明神で会ったばっかり――  って、アイツがさらわれた? なんで!?」 「河原屋双一って知ってっか?」 「双六さんの親分……か?」 「ああ。オレの所に、さっき電話が来たんだ」 「娘を預かったって、な」 「…………」 「頼む! この天気だろ?  タクシー拾っても交通が麻痺してる!」 「どうしても、おまえの協力が必要なんだ!」 「…………乗れよ」 「わうわうっ!」 「あー、わかった。おまえもな」 「ごめん、マーくん。  後でまた、絶対来るから――」 「いつつつつつッ!!」 「お、おいモジャモジャ。  汗すげぇぞ。大丈夫か?」 「あ……ああ。こんなのかすり傷よ!」 「……場所は?」 「バックギャモン、わかるか?」 「ああ」 「……やっぱり、双六さんも関係してんのか?」 「まあな」 「カゴメアソビも?」 「なんだ。話が早ぇな」 「なあ、モジャモジャ。  カゴメアソビって……いったい何なんだ?」 「河原屋双一の、遊びだよ」 「今日秋葉原で起こった事件な、あの大半が、河原屋双一の手によって起こされたって言ったら、信じるか?」 「出会うはずのない人間たちが出会う。  起こるはずのない事件が起こる」 「小さな波と波が干渉し合い、大きなうねりとなって、願いを賭けた命懸けの遊戯が始まる」 「叶うはずのない願いが叶い――  死ぬはずのない人間が死ぬ」 「アイツはな、カゴメアソビを楽しんでやがんだよ」 「それまで命のやりとりになんて興味もなかったやつらが、アザナエルって欲望の導火線を見つけた瞬間――」 「命懸けのギャンブルに、のめり込んでいくその様子を見て、はしゃいでやがるのさ」 「本当に……それだけのために?」 「……さあな」 「さあなって――」 「オレも昔、カゴメアソビをし損ねてな」 「それで、嫁に逃げられちまって。  娘からもさんざん嫌われて」 「だから、もしかしたらコレは罰なのかもしれねぇ」 「全部、手遅れだったのかもな」 「違う」 「そんなわけぇねよ。運命なワケねぇだろ!」 「やり直そうと思うんなら、遅すぎるってことは――」 「遅すぎるってことはねぇな?」 「そりゃおまえも、一緒だな?」 「…………」 「お互い、傷は多いがよ」 「まだまだ、嘆いてる場合じゃねぇぞ」 「オレたちには、河原屋双一とは違う」 「本物の神様が、ついてんだ」 「……サンキュー」 「なぁに。礼を言うのは、こっちでぇ!」 「……さすがに騒がしいな」 「危ねぇからな」  ノーコの一撃で高架線が崩壊したガード下。  立ち入り禁止のテープが貼られ、その向こうには白バイ警官がひとり―― 「ブラパン?」 「あ、さっきの! 金閣寺じゃねぇかッッ!!」 「はっはっはっは! ここで会ったが100年目!  またノーヘルで現れるとは、いい度胸じゃ――」 「おう、久しぶりだなブラパン!」 「え……平次殿ッ!?」 「おまえ、まだあのヘンチクリンなバイク乗り回してんのか?」 「いやそんな、ヘンチクリンだなんて……」 「で、だ。積もる話はあるんだが、ちょいと急ぐ。  ちょっくら通してもらえるか?」 「は、はいっ!!」 「じゃ、金閣寺」 「お……おう」 「おまえ……そんなカッコで人望あるんだな」 「うるせぇ」 「ってか、バイクで中まで来ちまって――」 「アタシの暴蛇羅号を甘く見んな!  どんな悪路だろうと――」 「おー! ゴールデン・パビリオン!  キンカクシデスネ!!」 「あっちいけ! 見世物じゃねぇんだよ!」 「おいコラ! ちゃんと前見ろ! 階段――」 「ん?」 「のわあああああああああああああああッ!!」 「キャゥ――――――ン」 「イデデデデデデデ!!」 「おおおおおおお……楽しい」 「『楽しい……』じゃねーだろ!  イデーっつーの!」 「それが狙いだもんね」 「狙い?」 「モジャモジャのオッサン、もう足、限界だろ」 「ヘッ! 足の痛みなんて屁の河童――」 「ちょん」 「いでででででででッ!!」 「ほーらみろ!」 「そんなんで、愛する娘を取り返しに行けんのか?  無理だろ?」 「アタシが代わりに話つけてきてやっからさ!  ここで大人しく待ってなって!」 「バッキャロー!  無理を通せば道理が引っ込むんだよ!」 「ふんぐっ! ふんぐっ! ふんぐっ! ふんぐっ!」 「へっへっへっへ! どーでいッ!!」 「いやいや、そこまで無理しなくても……」 「女ひとりに任せてオレがあぐらかいていられっか!」  平次は顔面を蒼白にさせながら、地下通路への入り口を塞いでいる、コスプレ服を剥いだ。 「てめぇが連れてってくれなくてもな!」 「オレひとりで、這ってでも行ってや――」 「な――――!?」 「し、死体……!?」 「カゴメアソビに失敗したか?  頭を撃って……」 「ちょ……ちょっと待て!」 「こいつ、もしかして……見覚えが……」 「わうわうわうっ!!」 「嘘だろ……?」 「こいつ……こいつ……ッ!」 「アタシの弟子じゃねぇか!」 「弟子……?」 「ああ!  そういえば……スーパーノヴァで、働いてた……」 「おい、嘘だろ弟子!」 「アタシが本物の侠にしてやるって、約束しただろ!」 「こんなところで眠ったって、誰も喜ばねぇぞッ!!」 「おいコラ! 起きろ……起きてくれよ……」 「もうアタシ……もう、誰も失いたくない……」 「こういうの、嫌なんだよ……ッ!」 「…………」 「いまのおと……」 「そとじゃない」 「ぬけみちをしってる」 「あそこだ」  ノーコは、ミヅハと共に地下から這い出たロッカーから、地下通路へと潜った。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 「このこえ――」 「はぁっ、はぁ……んくっ!」 「アザナエル――!」  暗闇の向こうから現れた双六は、その手にアザナエルを握っていた。 「よ、よぉ。そこ、通してくんねぇか」 「いまちょっと、こみいっててよ」 「そのアザナエル、フウリからとったはず」 「フウリは、どこにいるの?」 「……向こうに人を待たせてる」 「通してくれるなら、教えてやってもいい」 「アザナエルも――」 「これはやれない。まだ、使うんでね」 「――――」 「おっと、そんなヒマがあるのか?」 「フウリは死んだ恋人と会うためアザナエルを使い――」 「成功した」 「それじゃ、かんたはいきかえる――」 「そりゃ、無理だな。  フウリは貫太が死んでることを、認めちまってる」 「アイツの願いは『織田貫太に会いに行くこと』」 「あいにいく――?」 「そのまま向こうに行くか――  それともこっちに帰ってくるか――」 「さあて、どっちだろうな」 「そのまま、てんごくへいくかもしれないってこと?」 「知り合いが呼び止めれば、別だろうがな」 「フウリはどこ? いばしょを――」 「先に、通してくれ」 「…………」 「…………」 「…………」 「わかった」 「手出ししたら、場所は教えねえからな」 「はやく!」 「いい判断だ」  ナイフを構えるノーコの横を、双六は悠然と通り過ぎる。 「全く……どれこもれも、双一親分が言ったとおりだぜ」 「そういちおやぶん……?」 「まるで全部が、最初から計算されてたみたいだな」 「…………」 「さて。フウリの居場所を聞きたいんだったな」 「……ええ」 「アイツは今――柳神社にいるよ」 「ほんとうに?」 「元許嫁から聞いたからな。  あそこには、貫太の墓があるんだとさ」 「かんたの……はか」 「さ、伝えることは伝えたかんな!」 「後はま、悔いの残らねぇようにやれよ!」 「…………」 「フウリがしんだら……ライブが、できない」 「アザナエルは、ふういんできない」 「だから、はんだんは、ただしい。  けど――」 「むねがいたい」 「ミヅハ、ごめん」 「そこに誰かいるのですかッ!?」 「このこえ……せい」 「ノーコ様! なぜ、ここに――!?」 「おとがして、おりたら、すごろくがいた」 「双六はどちらへ?」 「あっち」 「ということは、やはり籠――」 「……かご?」 「戦後、カゴメアソビが行われた場所――  神田川の遙か下にあるといいます」 「残念ながら、私はその場所を知らない」 「というか、ここまで来るのもやっとという有様で――  一度、態勢を立て直した方が良いやもしれません」 「でる?」 「帰り道がわかるのですか!?」 「こっち」 「まさか、このような場所に通じているとは……」 「秋葉原の地下には通路が張り巡らされているというサイババア様の話は、本当……」 「わたし、いそぐ」 「急ぐ?」 「またあとで」 「ちょっと、ノーコ様!」 「ゆき――ミヅハのちから」 「さくせんは、じゅんちょう」 「わたしも、まけない」 「やなぎじんじゃ――いく」 「すごい……かわもこおってる」 「このはしをわたれば、すぐ――」 「…………あ」 「え? あ! ああ! いた!」 「ノーコちゃ――――ん!」 「ごめんなさい! わざわざ迎えに来て――」 「きる」 「ぁ――――」 「フウリのまねをする、ふとどきもの」 「しょうたいを、あらわせ」 「ふ、ふふふふふ……」 「正体……?」 「オレ、自分の正体なんて――」 「とっくの昔に、忘れたな……」 「そのかっこうは――!?」 「まるで今夜は――全てが計算されてたみたいね」 「双一親分は、この街の全てを見通してる」 「今夜、アザナエルの封印が解かれたその瞬間から、この結末を見通してた」 「……なぜ、こんなことを?」 「見たいのさ」 「飛べない鳥の娘が、飛べない翼で、それでも必死に羽ばたく姿を」 「空の遙か高みから? それとも――墓場の底から?」 「さて……どっちだろうな」 「けど、それを知らなきゃ飛べないか?」 「いいわ。私の羽根、見せてあげる」 (私は、母さんを失った、父さんとは、違う――) (自分の命を懸けて――カゴメアソビをして――) (千秋の命を、救ってみせる――!) (絶対――あいつを、この世に呼び戻してみせる――) 「親子だなあ……」 「あの時と、そっくりな顔――」 「うるさい!」 (私だって、怖いわよ! 震えてるのは、わかってる!) (でも――) (もしも私に、飛び立つ羽根があるのなら――) (それは貫太さん――あなたがくれた羽根です) (それは千秋――あなたがくれた羽根かもね) (私が今、ここにいるのは、みんなのおかげ――) (だから――) (私は、その恩を返す――) (千秋――) (私の気持ち、受け取って――!!) 「忘れた……とはいわせないぞ」 「憶えてるだろ?  オレと共に戦った、前世の記憶を」 「カイザー・オブ・ダークネス・ルシフェルさまのてんせいたい」 「待たせたな」 「とうとう……かくせいしたの?」 「『《せいいん》〈聖陰〉大戦』から二万年の時を経て――《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉ルシフェルの魂は、煉獄から蘇った」 「《スラッシャー・ワン》〈切裂闇使〉ノーコに会うために」 「にとり……」 「ほんとうに……めざめた……」 「行こう、ノーコ」 「オレたちをあざ笑った全ての物を破壊に――」 「今度こそ、ふたりきりの世界を創りに――」 「ふたりきりの……せかい?」 「どうした? なにか不満でも?」 「い、いえ! わたしは……わたしは……」 「しあわせ……?」 「さあ、行くぞ! 夜の空は、オレたちのものだ」 「では、手始めに――この街を破壊しよう」 「はかい……」 「なにか不満が?」 「この街は、オレを認めなかった。  才能に気づきもせず、ただ搾取するばかり」 「こんなゴミ溜めは、潰れてしまった方がいい」 「違うか、ノーコ――《スラッシャー・ワン》〈切裂闇使〉」 「いいえ……」 「なんだ? どうした?  具合でも悪いのか?」 「ちがう」 「……まあ、いいさ」 「オレの《エクステンド》〈絶対武器〉――シュヴァルツシルト・チェインで、この街を、破壊してやるッ!!」 「行くぞ!  《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉ルシフェルの力、とくと見よ!」 「はっはっは! はっはっはっは!」 「どうだ? 壊れろ! 壊れてしまえ!!」 「オレを、さんざんバカにしやがって!」 「なにが株だ!? なにが借金だ!?  なにが同人誌だ!?」 「オレを苦しめるものは、全部――  全部、破壊してやるッ!!」 「ここから世界を、オレ好みに革命してやるんだッ!」 「ははは、はははははは! ほら、見ろよ!  街がメチャクチャだ! 跡形もない!」 「これが、《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉の力だッ!」 「なあ、ノーコ?」 「おい、どうした。  おまえはやらないのか?」 「かつてはオレの右腕だっただろう?  さあ、好きなように街を破壊して――」 「…………」 「おまえ……『イシュタムの導き』が錆びついたか?」 「それとももしかして、《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉ルシフェルに不満が?」 「そんなことは――!」 「ならばやれ!  さあ、やるんだノーコ!」 「次の目標は――そうだ! あそこだな……」 「え……はんだみょうじん?」 「オレを救えない神なんて、滅んでしまえばいい!」 「さあ、早く!  おまえの《エクステンド》〈絶対武器〉で、屋根を真っ二つに!」 「早く! 真っ二つ! さあ、真っ二つだ!」 「う…………うう……う……」 「……なんだ、できないのか?」 「《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉の命令が、聞けないのか?」 「す……すみま……せん」 「ふん。後でお仕置きが必要なようだな」 「まあ、いいさ。  ここはオレが――」 「え――!?」 「さあ、奔れ!  シュヴァルツシルト・チェイン!!」 「世界の全てを、薙ぎ倒すんだッ!」 「だめっ!!」 「ん……?」  似鳥が半田明神に向かって放ったチェーンを、ノーコのカッターナイフが止めた。 「……なんだと?」 「ノーコ。なぜ、止めた?」 「あそこには……ともだちがいる」 「ともだち……?」 「はは……ははは、ははははははは……!!」 「友達? オレ以外に、友達だって?」 「へん?」 「ああ、変だ」 「《スラッシャー・ワン》〈切裂闇使〉ノーコ。  その指は、他者を傷つけるばかり。違うか?」 「おまえの孤独を知るのはオレだけ。  おまえの刃を受け止めてやれるのは、オレだけだ」 「…………」 「さあ、友達なんて馬鹿なことは言わないで――」 「ちがう」 「こんなの、まちがってる」 「間違ってるのは、世の中だ」 「まえは、そうおもってた。でも――」 「にとりも、わたしも、かわった」 「あなたは、にせもの」 「あなたは、だれ?」 「なぜ、こんなことを?」 「混乱しているんだな……」 「わたしはしょうき」 「そうか……あくまで邪魔するというのなら」 「オレがこの手で、引導を渡してやろうッ!!」 「く――」 「きゃっ――」 「全てのものを切り裂くことができるという、おまえのカッター『イシュタムの導き』」 「だがこの世界にひとつだけ、その刃が切れない物がある」 「それが主人であるオレの鎖――」 「シュヴァルツシルト・チェイン」 「ぐ――」 「逃げるな! 思い出すんだ!」 「オレたちは誓ったはずだ!」 「気に入らない全てのものを、切り裂く!  オレたちをあざ笑った全てのものへ、復讐を果たす!」 「それが、オレたちに課せられた使命」 「それは、かこのこと」 「――へぇ」 「けど、おまえはカゴメアソビをしただろ?」 「望みは叶ったのか?」 「おれがこの格好になることこそ、おまえの願いだったんじゃないのか?」 「あ……」 「きゃっ!」 「チェックメイトだ」 「オレの言うことを、聞いてくれるな?」 「これが……ほんとうに、わたしのねがい?」 「そうだ。そうに決まってる」 「変わらないことこそ、おまえの本当の望みだった!」 「昔のままのふたりでいたい――  心の奥底から、それを願ってる!」 「こころのそこから……」 「ああ。その願いが、叶ったんだ」 「…………ほんとうに?」 「本当だ」 「それじゃあ……」 「あなたは、いえる?」 「わたしを、あいしてるって」 「こころのそこから、ちかえる?」 「…………」 「どうしたの?」 「わたしのねがいがかなったなら……」 「わたしをあいしているって、いって」 「…………」 「うそつき」 「わたしのねがいは、もうかなってる」 「叶ってる……?」 「そう」 「あなたのすがたをみて、わかった」 「にとりがわたしのためにかいた、どうじんし」 「わたしと、にとりの、おもいで」 「それをとりもどしたいというのが、わたしのねがい」 「それは、うしなってはならないかこ」 「なら、なんでオレの言葉をきかない――?」 「それは、かこだから」 「いまは、かわるから」 「わたしは、かわり――」 「にとりも、かわった」 「だから――わたしは、かこのゆめにわかれをつげる」 「さようなら」 「チェッ! なんてこった!」 「オレの術が見破られるなんてな。  こんなのはじめてだ」 「けどな、これが幻だってわかったところで、ここから逃げ出す方法はないぞ」 「それはまちがい」 「『イシュタムのみちびき』はすべてをきりさく」 「たとえそれが――かたちをもたない、まぼろしでも」 「きる」 「結構ちっちゃくなっちゃいましたね。でも――」 「んぎゅ、ぎゅぎゅ、ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ……」  フウリは、胸が押し潰されんばかりに貫太のペニスを挟み込む。 「んしょー、ん――と!」 「えへへへ……絞り出しちゃいました」 「むちゅ、ちゅ――んん! 貫太さんの味……」 「おいちい……」 「うん、じゃあコレで――」 「だめですよー!」 「ほら、貫太さんのここも……  もっと、気持ちよくなりたいよーって、言ってます」 「そ、そんなこと――」 「ほらほらー! ピクピクしちゃってる。  こっちの方は、素直ですー!」 「…………」 「うー、すねないでくださいよー。  私も、おっぱいにはちょっと自信があります」 「こうやって……れろ――唾液を垂らして――  ふふ……てかてかです」 「両方から挟んで……んしょ、んしょ、んしょ……  えへへへ……どうですか?」 「先の方で、くちゅくちゅ音を立てさせてみたり――」 「布との間で、全体をこすっこすってしたり――」 「どうですか? 私の、気持ちいいですか?」 「すごく、気持ちいいけど……こんなのを、どこで?」 「実は、昔えうりあんという仕事をしていたとき……  クビになって、次のお仕事の準備で」 「教習ビデオというのを渡されました。  もう少しで、あわぶろに……」 「あわぶろ?」 「危うく、鈴ちゃんに助けられましたが――  って、そういうのはいいのです!」 「とにかく、ビデオで憶えました!」 「あんまり変身は得意じゃないですけど。  えへへ……ただの真似っこなら、得意です!」 「そういえば、そうだったね……」 「だから、どんどん気持ちよくなっていいのですよ」 「こうやって……んんっ、ん……  おっぱいで、全部包み込んで……包み込んで……?」 「はりゃ? ぅきゅー!」 「貫太さんのまたおっきくなって、はみ出ちゃいました」 「これだけ大きいと……んちゅ――ちゅぱっ!  お口で、なめなめしてあげられますね……」 「んちゅ――ちゅっ、ちゅぱっ!  はむ――んちゅ――んぢゅるっ、んちゅ――ちゅぱっ」 「ちゅばっ! んじゅるるっ! んじゅるるるる――  ちゅっ! んちゅ――んれろ――んん――ちゅぅ――」 「れろれろ……れろ……んん……すごい……  まだまだ、大きくなっちゃって……」 「ホントにこんなのが、私の中に入ってたんですか?  信じられない……」 「でも……ふふ、まだ、おっきくなりそうですか?」 「それじゃ、こっちの方も小刻みに――」 「んちゅっ! ちゅっ! ちゅぱっ! んちゅっ!  んっ! んむっ! んむむっ! んちゅぱっ!」 「ふふふ……どんどん、おおひくなって――  おくち、いっぱい――んちゅるっ、ん――」 「んむっ、んちゅっ、んぁあ! あっ! あふ――  ぷはっ! ん――んはぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「えへへへ……  おっきすぎて、お口から溢れちゃいました……」 「でも、こっちの方は休みませんよ」 「えへへ……この動き……すごく、気持ちいいですよね?  こうやって、根本から、ねじり上げて……」 「お口も合わせて、気持ちよくして上げますから、いつでも、気持ちいいときに、いっちゃってください」 「私の中に、たくさん、美味しいの、ぴゅーって出して、ゴックンさせて下さいね……」 「でも……みんな、入る……かな?  ん――んんっ! ぁむむむ――ん――ん――!!」 「ほれじゃ――いきまふお?」 「んちゅぅ……んちゅっ……あむ……ん……  んんん――んむっ、ん――んふふふふ――!」 「はむっ! んむむむっ! んじゅるるるっ!  ぁむぅっ! んむっ! んきゅるる――んっ!」 「あむっ、んむっ! ちゅばっ!! んじゅるるっ!  んじゅるっ? うん、いいよ、んじゅ――んんっ!!」 「んっんっんじゅるるっんじゅるっんっ!!  んじゅるるんんんんん――――――――ッ!!!!」 「んむぅっ――!? んっ! んむむむっ!  ん――んんっ、ん――んむ――ん――」 「んん――ん――んんん――ん――  ぁ――んんっ! ん! ん! ん――」  何度も震える貫太のペニスを、フウリの大きな胸が包み込むよう、優しく何度も往復する。 「んちゅ――ちゅるる――  ちゅ――ちゅぅぅぅぅぅ――ちゅばっ!」 「貫太さんの、せいえき……たくさんでて……  あふ……れちゃいそ……んじゅるっ!」 「いただきまふ……」 「んく――んく――んく――ん――ぷは」 「えへへ……貫太さん。ごちそ――ふは!」 「また、出てきて――ちゅ――ちゅちゅ――ん――」 「えへへへ……貫太さんで……いっぱい……」 「ぜんぶ……まんぞく……です……」 「ニコちゃん、一応飯田橋までは来たみたいなんだけど、そこから全然動かないらしくて」 「スーパー・スーパーノヴァまであと30分……大丈夫?」 「急な雪で交通が麻痺し始めたとなると、マズいわね。  飯田橋からだと、普通に歩いて30分ちょい……」 「地面が隠れるくらいに雪が積もるとなると、まともに歩けやしないから……」 「はっはっはっは!!」 「それなら、心配しなくても大丈夫ッ!!」 「名探偵富士見恵那は、こんなこともあろうかと、オレたちに策を授けてくれていたんだッ!!」 「な――!?」 「ホントに!?」 「みそブー! ロケボーっての、持ってるか?」 「おう!」 「スケボー!?  そうか、コレなら車道が混んでても――」 「でもこれ……壊れてない?」 「ああ。ちょっと、事故ってな。  車輪がとれちまったんだ」 「けどな!  雪の上じゃかえってコレが好都合――って寸法よ!」 「そうか! スノーボードってわけね!」 「でもスキー場じゃないんだし、またどこかにぶつかったらシャレにならない――」 「もちろん、名探偵はお見通しだ」 「渋滞もしてない。邪魔者もいない。  そんな道が、今日は新しく出来てるんだよ」 「新しく……? そんな道、あったっけ?」 「ああ。今日だけ通れる、特別な道――」 「今日だけ通れる――特別な――?  普通の道じゃない、道ってことは――あ!」 「もしかして――神田川?」 「正解!」 「ミヅハに頼んで凍らせてもらった。  何の邪魔者もない、真っ直ぐな道だ」 「それなら邪魔者もいない!」 「全力で、ぶっ飛ばせるってわけだ!」 「ふたりとも、お願い!」 「あたしの代わりに、ニコちゃんを迎えに行ってあげて!」 「強きを挫き、弱きを助く!  それがオレたち百野殺駆!」 「ニコちゃんのことは、任せとけッ!!」 「……ありがとう!」 「んじゃ、早速――」 「行ってくるぜ!!」 「……よし! 今度こそ、抜かりないわね」 「ニコちゃんも迎えに行ったし――  フウリちゃんも、呼びに行ってる」 「生放送の準備も着々と進んでる……」 「あとは――似鳥君」 「ああ。わかってる」 「オレが、ゆるキャラバンのマスコットを描くだけだ」 「お……似鳥か」 「どうじゃ? わらわの力、見たであろ?」 「ああ、すごい雪だ」 「空から舞い落ちるまで、もう少し時間がかかるでな。  もう5分もすれば、辺りは一面雪景色じゃ!」 「神田川も――大丈夫だったか?」 「ふふふ……ミヅハノメを甘く見るでない」 「わらわの力を以てすれば、川を凍らせることくらいちょちょいのちょいじゃ!」 「それよりも似鳥。  おぬしこそ、大丈夫なのか?」 「これからここで、ますこっとを描くのであろ?」 「ああ。  書き初め用の道具、用意してもらってありがとな」 「いや、この程度はどうということもないが――」 「大丈夫。オレはゆるキャラバンの時とは違う」 「今度こそ、マスコットキャラクターを創ってやる」 「さあ、その意気じゃ! 期待しておる――」 「ミヅハ様!」 「おお、星か。どこに行っておったのじゃ?」 「河原屋双六を、追いかけておりました」 「緊急事態です。  アザナエルが、河原屋組に奪われました」 「河原屋組に――!?」 「しかしあれは、確か警察に預けられたのであろ?」 「どのような経路を経て河原屋組の手に落ちたのか、細かな経緯はわかりません」 「しかし――つい先程河原屋双六は、アザナエルを手に半田明神に現れました」 「ここに……双六が、来ていたのか?」 「はい。沙紅羅様にアザナエルを手渡して、カゴメアソビをさせるため――」 「双一の命令で?」 「いえ。双一親分には内緒という話でした。  双六が、自分の判断でしたこと――」 「双六と沙紅羅は、確かに普通の仲じゃないみたいだったけど……」 「いや、やっぱりおかしいだろ!  沙紅羅が、カゴメアソビをするはず――」 「弟が、死んだのです」 「死んだ?」 「弟って……大刀刃那か!?」 「ん? 知っておるのか?」 「沙紅羅、弟に同人誌買うために秋葉原に来たって。  確か、入院してるとか言ってたけど――」 「詳しく聞かせてもらおうか」 「な……なんという……」 「沙紅羅は弟のために秋葉原を駆けたというのに……」 「あやつのおかげで……ようやくアザナエル封印への目処が立ちつつあるというのに……」 「なのに、あやつの弟が……死んだ……」 「……沙紅羅はどうした?」 「アザナエルを撃たれてはかなわないと、私は慌てて双六の前に飛び出しました」 「そのまま地下通路を追いかけていったので、沙紅羅様の消息までは……」 「さっきから姿が見えないと思ってたけど、もしかして沙紅羅は病院に――?」 「随分ショックを受けていたようですから、恐らく――」 「違う! 沙紅羅は――わらわと約束をした」 「あやつは絶対に、アザナエルを持って帰るはず――!」 「本当に、信じているのですか?」 「でもほら、沙紅羅は恵那と一緒に探しに行くって言ってたし。恵那から連絡がないってことは――」 「沙紅羅と恵那は、きっと、アザナエルを取り戻しに向かっている!」 「その途中、カゴメアソビで命を絶たれなければ」 「…………」 「…………」 「のう、星よ――」 「なりません!」 「ま、まだわらわはなにも――」 「お見通しです。  ミヅハ様自身が、アザナエルを撃つというのでしょう」 「む……」 「ミヅハ様。もしあなたがその力を解放すれば、勝負事の神として、間違いなく沙紅羅様の願いを叶えられる」 「しかし――引き替えとして、あなたは元の姿に戻る機会を失います」 「じゃが――」 「人が死ぬのは運命。  ミヅハ様が自らを犠牲にする必要はありません」 「…………」 「ミヅハ様。くれぐれも、早まらぬよう」 「もしも沙紅羅様の願いを叶えるというのなら――」 「私が、力尽くでもアザナエルを封印して差し上げます」 「では、失礼」 「…………」 「…………」 「星は……本気じゃな」 「ああ、本気だと思う」 「のう、似鳥。  わらわには……わからぬ」 「未来の危険に怯え、より多くの幸せという名目の元に、助けられる者を見捨てる」 「それが、正しい神の姿なのか?」 「たぶん……それが、正しいんだろう」 「やはり……そうか……」 「けど、そんなのって、ないと思わないか?」 「似鳥……?」 「まだなにも失ってないのに、失う心配ばっかりして、今苦しんでる人のこと見捨てるなんて、変だろ」 「なあミヅハ?  おまえだって、沙紅羅のこと、助けてやりたいだろ?」 「うむ! 助けてやりたい!」 「例え禁を破り、また10年の辛抱を強要されたとしても、わらわはこの姿を誇らしく思うであろ!」 「わらわは……友達を、救いたい!」 「例え間違ってても、そうするべきだ。そう思う」 「似鳥よ、すまんな!  おぬしの言葉で……わらわも気持ちの整理がついた」 「あとは……どうやって、星さんの目を誤魔化すかだな」 「確かに……」 「「んん……………………………………………………」」 「だ……だめじゃ、思い浮かばん!」 「クソッ! こんなときに名探偵がいれば……」 「あー、テステス! マイクテストでーす!」 「えー、ライブをお待ちの皆さん、夜でもハロォ~!  ゆるキャラバンから引き続き司会を務めるミリPよん」 「あ……あと20分」 「すまぬ似鳥。おぬしには仕事があったな!」 「ああ、そうだな」 「悪いけどオレ、こっち先に取りかかるわ」 「うむ! そうするがよい!」 「みんなの注目を集めるますこっと――期待しておるぞ!」 「…………」  ぽとり――と恵那の手からアザナエルが落ちる。 「成功……した?」 「おめでとう」 「ってことはこれで、千秋も!?」 「ん……知りたいか?」 「知りたいなら、それなりの態度ってものが――」 「……お願い」 「私の命は、どうなってもいい。  でもそのままじゃ――死んでも死にきれないの」 「千秋が生き返ったかどうか、確認をお願いします!」 「……やれやれ」 「はい、双六です。  あの、カゴメアソビの結果ですけど――」 「はい、はい。あ、そうですか。  へえ、そんなことに……」 「え? あ、そうですか?  いえ、わかりました。問題ありません」 「どうだったの!?」 「ほらよ」 「え?」  突き出された携帯電話に、恵那は躊躇する。 「携帯、取れ」 「双一親分が、お待ちかねだぜ」 「双一って――河原屋双一?」 「でも、双一はいないって――」 「いいから、出てみろよ」 「…………」 「オラ、早く!」 「…………もしもし」 『富士見恵那だな』 「……河原屋、双一?」 「千秋は? 千秋は、どうなったの?」 『生き返った』 「本当に!?」 『今、バックギャモンで目を回してる』 「よ……よ……」 「よかった……!」 『はは、見えるぞ。腰が抜けちまったか。  カゴメアソビじゃ、あんなにいい度胸だったのにな』 『まあ、撃てただけ親父よりはマシか……』 「…………」 「……ねえ」 「あなたは、本当に河原屋双一なの?」 『ん?』 「声がするからって、他人が成り代わった可能性が消えたワケじゃない」 「あなた……本当は偽物でしょ」 『……あらら、気付いたデスカ?』 「…………ぇ?」 『双六も言ってたデスネ。  あなたの推理は半分アタリって』 『確かにワタシは、双一と違うデス。  双一の代役デスネ』 「いやでも、その声……」 「――ジャブルさん!?」 『ようやく気付いたか』 『そう。電話の相手――  偽の河原屋双一の正体は、このジャブルだよ』 「……なんのために、こんなことを?」 『河原屋組を、乗っ取るため――』 『姿さえ隠せば、オレはこの街を支配できる。  こんな純粋な理由が他にあるか?』 「そんなのは、わかってる」 「私が訊きたいのは、なんでわざわざアザナエルを盗んだりしたのかってこと!」 「アレがこの世に出なければ、こんな騒動起こらずに済んだ――」 『その代わり、脳内彼女の恋が叶うことはなかった』 『失われた同人誌が返ってくることもなかった』 『フウリが死に別れた恋人への想いに決着をつけることもなかった』 『誰かがなにかを得るために、なにかを失う者がいる』 『禍福はあざなえる縄のごとし――それが世の理だ』 「そういうことを言ってるんじゃないの!」 「どうして、アザナエルを使う必要があったの!?」 「あなたの本当の望みはどこに!?」 『……河原屋双一のためだ』 「双一? って、もういないんじゃ――」 『そろそろ時間だ。  双六に代わってくれ』 「でも――」 『知りたいんだったら自分で推理するんだな――名探偵』 「…………っ!」 「――双六。代われって」 「ああ、アリガトよ」 (やっぱり、私の推理当たってたじゃない) (でも……おかしいわ) (双六もジャブルさんも、私の推理が「半分だけ」当たったって言ってた) (もう半分って、いったい――?) 「あぁ!? 本気で言ってんのか?」 「……ああ、わかった。わかったよ」 「おまえを信じる。信じるってば!」 「……ったく。  他人事だと思って、あのインド人」 「なにか嫌なニュース?」 「ああ、バッドニュースだ」 「悪いけどな……」 「な……なによ」 「いや、動くなよ」 「嫌よ! ちょっと! 離して――」  河原屋双六は、慣れた様子で両手を縛る。  恵那は身を捩るが、縛めを解くほどの力はない。 「な……なに、するの?」 「バッドニュース。ジャブルからの命令」 「おまえ、犯すわ」 「え……」 「いやあああああああああッ!!」 「お、かわいい乳してんじゃねぇか。  綺麗なブラジャーしてさ」 「やめなさいっ! やめなさいって!!」 「デートでもする気だったのか?」 「うううっ、やめて! バカ!  離せ! 離せ! 離してって――」 「黙れ!」 「――――ッ!」 「――――かはっ、く――く――」 「そうそう。そうやって大人しくしてりゃいいんだよ」 「やめ……やめてよ……」 「なんで? なんで……こんな……」 「恨むんなら、オヤジを恨め」 「え……父さん……を?」 「10年前、てめぇのオヤジがカゴメアソビを成功させてたら、おまえはこんな目に遭わなかった」 「あなたたちは……あなたたちは……」 「母さんを、殺したの?」 「まさか! 殺す? オレたちが?  そんなわけないだろう?」 「おまえが探偵になって探し当てようとしているような、事件の真相なんてものは、どこにもない」 「大げさなトリックも、目を見張るような事件も、ない」 「仕事に夢中になって、家庭を顧みなくなった男と――  寂しさの余り浮気に走り、家庭に興味を失った女――」 「あったのは、それだけだよ」 「うそ……」 「茫然自失のアイツに、オレは言った」 「――アザナエルを使えば、女を取り戻すことが出来る」 「だが、アイツはそれを最後の最後で断った」 「――もし万が一、カゴメアソビに失敗すれば、ふたりの娘の面倒をみるヤツがいなくなる」 「そう言って、アイツは転属願いを出した」 「家族のため――おまえたち、姉妹のためにな」 「私たちのため……」 「もしあそこでカゴメアソビをしていたのなら、オレたちはアイツに用事なんてない」 「だが――アイツはまだ、カゴメアソビが出来るんだ」 「そんな……」 「ま、そうガッカリすんなって」 「どれどれ、こっちの方は――」 「ひっ……」 「ひぐっ、ぅ……ぅぅ……」 「泣くな、泣くな」 「痛いのは最初だけだからな」 「た……助けて……」 「助けてよ……」 「オレはな、嬢ちゃん。  生まれてこの方、死ぬほど女の裸を見てきた」 「見て、見て、見過ぎて、それに意味が読み取れなくなるくらいだ」 「肉と肉が重なって、脳に信号が行って、気持ちよくなって、病みつきになる」 「自分は獣だ。まずはそれを認めなくちゃならねぇ」 「でも――そんなの――」 「大丈夫。人間の身体、良くできてっから」 「気持ちいい。それを認めたその瞬間――  おまえは、裸の獣の本当の美しさを、見るんだよ」 「知らない! そんなの、知らない!」 「ほら、気持ちよくなってきたな?  乳首が硬くなってきてっぞ」 「やめて……いや!  そんなの……いや……!!」 「助けて……助けてよ、千秋――ッ!!」 「弟子よ……死んだとか……  ウソだって……言ってくれよ……」 「金閣寺……もう諦めろ……  コイツは……もう……」 「目、覚ませ……覚ましてくれ……頼むから……」 「恵那ッ!!  アイ・ラヴ・ユ――――――ッ!!!」 「ぎゃ―――――――――ッ!!」「ぎゃ―――――――――ッ!!」「きゃぅ―――――――んッ!!」 「恵那! 恵那……あれ? 恵那は?」 「出た出たッ!! おおおお、お化けッ!!」 「うううっっ!  南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……!!」 「わうわう! わうわうわう!!」 「お化け!? って、なに?  ちょ、こわッ! どこに――」 「おまえだよ、おまえ!」 「…………へ?」 「だから、おまえが生き返ったんだって――」 「ええと……ふたりとも、頭大丈夫か?」 「そりゃこっちのセリフだっつーの!!  さっきまで、おまえここで死んでたから!」 「死んでた?」 「いやいや、ふたりしてオレを騙そうったって――」 「――――あ」 「もしかして……今、何時?」 「11時、21分……」 「ああああああああああッ!!」 「やっぱり――やっぱりそうかッ!!  オレ……オレ……やっぱり、死んでたんだ……!」 「だからそう言ってるじゃねーか!」 「カゴメアソビ……そうだ!  カゴメアソビに失敗して……」 「じゃあ、双六は――死んだまま?」 「ん? 双六さん? アイツなら生きてっけど」 「あ……そ、そうなのか? なんで?」 「……ま、でも良かった。  アイツが生きてるなら、恵那も復活――」 「恵那はさらわれた」 「……え?」 「河原屋双一から、電話が来たんだ。  今頃、地下の籠に連れて行かれて――人質に」 「何のために!?」 「10年前――  オレはカゴメアソビを迫られて、できなかった」 「きっと双一は、オレにもう一度、アザナエルを撃たせようとして、そのために恵那を――」 「そんな……」 「だからオレが向こうに行って、因縁に決着を――」 「いや、だからその足じゃ無理だろって――」 「お、お、おおおお……」 「オレも一緒に、連れて行ってくれッ!!」 「弟子よ! おまえ――」 「腰、引けてるぞ」 「え?」 「まー人には向き不向きがあんだからよ」 「無理せずアタシに任せて――」 「嫌だッ!!」 「おっ……」 「な……」 「向き不向きじゃない」 「オレは、アイツが好きなんだ!  だから、どんな無理をしたって、助けなきゃ――」 「お嬢ちゃん……」 「おまえ……いい根性してんじゃねぇか……  しばらく見ねぇうちに……逞しくなって……!」 「よし! 後ろ、乗りな」 「乗せてくれるんですか!?」 「落ちないよう、しっかり掴まってろよ」 「は、はい!」 「待て待てェ! オレは――」 「だから、モジャモジャは無理だろ。ここで待ってろ」 「バッキャロー! 無理を通せば道理が引っ込む!  病院だって、抜け出せたんだ!」 「娘への愛が、不可能を可能に――」 「つん」 「ぎゃああああああああッ!!」 「く……くそうっ! なんてヤツだッ!!」 「モジャモジャのオッサン、さっき言ったよな。  女ひとりには、任せらんねぇって」 「けど今なら、女ふたりだぜ!」 「オレは男だっ!!」 「え……? そうなのか?」 「お義父さん。大丈夫です」 「え……? おとうさん?」 「オレがきっと、恵那を助け出してみせます!!」 「え、えーと……どゆこと?  そういやさっき、愛してるとか――」 「ウッシ! じゃあ行くぞ!」 「ちょっと待った!」 「なんだかわかんねーけど、せめて、オレの代わりに持っていってくれ!」  平次が手渡したのは、時代劇にでも出てくるような十手と、紐に繋がれた寛永通宝。 「……なにこれ」 「先祖から伝わる大切なものだ!  絶対、おまえたちを守ってくれるはず!」 「御守り代わりに取っておけって」 「は、はい。ありがとう……ございます……?」 「わうわうわう!」  待ちきれず、先導するようにユージローが走り出す。 「うっしゃ! それじゃ待ったなし!」 「行っくぜええええええ」 「気をつけろよォォォ――――ッ!!」 「くんくん……わうわうわう!!」 「モジャ犬! てめーの鼻が頼りだ!」 「上手く名探偵のところまでつれてってくれよ!」 「わうわうわう!!」 「あの……師匠。  連れてきてくれて、ありがとうございます」 「おまえ、その恵那と仲、良いんだろ?」 「え……? あ、ええと……  は、はい……」 「未来の恋人と言いますか……なんと言いますか……」 「おまえを生き返らせたのな。  たぶん恵那だ」 「え……?」 「死者を蘇らせるなんて、アザナエルくらいにしかできねぇ芸当だろ?」 「そ……そっか……恵那が……」 「うん……そうとわかったら……  絶対、助けなきゃ!!」 「おう! その意気だ!」 「ところで師匠は、探してた同人誌、見つかりました?」 「ん……ああ。その話か」 「そいつは、ま、後で――」 「わうわうわう!!」 「ん――?」 「ゲ! しっかり掴まってろ!」 「しっかりって――」 「のわあああああああああああ」 「くぅうううッ!! せっかく整備した暴蛇羅号が――」 「おいモジャ犬! ホントにこっちでいいんだろうな!?」 「わう――――ん!!」 「自信満々に吠えやがって」 「アイツ、警察犬の試験に落ちてるんだよなあ……」 「マジかよ!?」 「一応、基本的な技術は足りてるらしいんだけど。  なんか応用力がないらしくて。あ、あと女好き」 「応用力って?」 「良くわかんないんだけど、なんか普通に捜査してるだけなのにトラブルに見舞われる……とか」 「……おい、弟子!」 「あ、ああ。聞こえる」 「だよな。この音って――」 「電車だあっ!!」 「わうわうわうわうっ!!」 「いやいや、落ち着けって!  反対側の線路に移れば――」 「ぎゃあああああ! 前からもきたッ!?」 「と、止まってくれ!!」 「って、電車加速してるしぃ!!」 「見えてない!? それとも――」 「河原屋組に脅されてるとか――!?」 「向こうのとも差、詰まってる!  もっとスピードでないのか!?」 「もう限界だっつーの! おまえがなんとかしろ!」 「ど、どうしろってんだよ!?」 「ほら、さっきなんかもじゃもじゃからもらっただろ!」 「あ……そっか」  千秋は、十手と投げ銭の束を交互に見つめて…… 「……こっち、だよな」 「コイツを――」 「くらええええええええッ!!」  無傷。 「ですよねー」 「役立たねええええええ!!」 「もっとがんばれよ!」 「がんばれって言われても……」 「えい!」 「やあ!」 「とう!」 「気合いが足んねーんだよッ。貸せ!」 「え?」  沙紅羅は紐ごと投げ銭を奪い取り―― 「どりゃるぁあああっ!!」 「ええええええええええ!?」 「どんなもんだッ!!」 「わう――――――――ん」  反対から迫る車両とすれ違い、ユージローが遠吠えをあげた。 「わうわう! わうわうわう!」 「とうとう、来たな」 「ああ。でも……」 「くぅぅ……ん」 「ここまで来ると、緊張するな……」 「ホントに、オレたちだけで……」 「大丈夫ッ!!」 「人間、名前でも身体でもねぇ」 「大切なのは、ココだって言っただろ?」 「……うん!」 「わう――わうわうっ!!」 「ん? モジャ犬? なに引っ掻いて――」 「はっはっは!!」 「あ……これ!」 「身体の毛に埋もれてわかんなかったけど……  恵那のブルマー!?」 「わうっ!!」 「こら! なにやってんだ! 返せ!」 「がるるるるるるる……」 「な、なにうなり声とか立ててんだよ!」 「ん……あ、そっか。  こうこう……こうして欲しいんだな?」 「はっはっは! くぅーん!」 「え? ちょっとそんな……」 「わう!」 「――――」 「なんだなんだ?  しょっぺー顔しやがって! 怖いか?」 「そういうんじゃ、ないですけど」 「ん……しゃーねーな。  じゃ、御守り代わりに――ホレ」 「健康祈願、もらっとけ」 「え……? ちょっと、これどこから!?」 「みそブーからもらった!」 「みそブー?」 「ああ! アタシのシャテーだ!  なんでも、霊験暖からしいぜ!」 「この御札もしかして……オレと、恵那の家の?」 「ふふ、ふははははは……」 「おい、どした?」 「ん? いやいや」 「なんかよくわかんねーけど、神様が味方になってくれてんだなと思って」 「ん、そかそか」  沙紅羅は愛用の暴蛇羅号に喝雄不死――  千秋は平次からもらった十手と御札――  ユージローは恵那のブルマー――  それぞれの装備を身につけて―― 「ウシ……ふたりとも、いい顔だ」 「いいか、弟子よ!  おまえは命に代えても、名探偵を連れて帰れ」 「アタシは絶対、アザナエルを持ち帰るからな」 「……わかった」 「約束だよ」 「ああ、約束だ」 「んじゃあ――行くぜッ!!」 「おうッ!」 「はは……妄想パワー、恐るべしだな」 「おしえて」 「あなたは、なにもの?」 「オレは太四郎。フウリの許嫁だ」 「たしろう……てがみに、なまえがのってた」 「フウリへの手紙を読んだのか……」 「なぜ、こんなことを?」 「フウリは、このままほうっておくとしぬ――」 「アザナエルが叶えるのは、本当の望みだ」 「もしもフウリが、本当に、心から、望むことなら、オレはそれを叶えてやる」 「それが、オレが彼女にしてやれる……  唯一のことなんだ……」 「かのじょがいのちをうしなっても?」 「黙れ!」 「オレがどんな気持ちで……フウリを送り出したか……  君にわかって、たまるか……!」 「双一親分から、フウリがいるって話を聞いて、オレは秋葉原にやってきた」 「しばらく様子を観察したんだが……  確かに見た目は、そんなに変わっていない」 「明るく振る舞い、笑顔で、ちょっと大食らいで。  記憶の中のフウリと、よく似てる」 「けど――時々、見せるんだよ」 「こっちが、ゾッとするような寂しげな顔を。  まるで、そのまま薄くなって消えてしまうみたいな」 「昔は、もっと明るいヤツだったのに。  過去の幻影に惑わされ、一歩も前に進めない」 「オレは、苦しむ彼女を見ていられなかった」 「早く、過去から解放してやりたい――そう思ってた」 「でもオレは、自分の頭に銃を突きつけたあの涙を見て、あの笑顔を見て、思ったんだ」 「既に彼女の心は、貫太に全部持って行かれたんだって」 「だったらいっそ、彼女の願いを最後まで叶えてやるのがオレの役目だって」 「あなたがしぬべき」 「あなたはこわかっただけ」 「じぶんがきずつきたくなかっただけ」 「いいひとのふりをしていたいだけ」 「くそくらえ」 「わたしは、フウリをたすけにいく」 「それはおまえのエゴだ」 「そういうおまえの行動が、彼女を傷つけたんだろ!」 「そうよ」 「こわい」 「わたしは、こわい」 「フウリをまた、きずつけたらどうしよう」 「フウリにきょぜつされたら、どうしよう」 「そうおもう」 「でも――」 「フウリは、わたしをたすけようとしてくれたから」 「フウリは、わたしのともだちだから」 「だから、わたしはいかなきゃならない」 「おまえは、フウリを殺しかけたんだろ?」 「許してもらえると、思ってるのか?」 「わからない。でも、だからこそ、あやまりたい」 「フウリは、里を捨ててやってきたんだ。  いまさら帰る場所なんてない」 「でも――フウリには、たくさんともだちがいる」 「みんなが、フウリのかえりをまってる」 「だから、どうしても、とりもどしたい」 「たしろう」 「とおして」 「でも――」 「フウリがすきなんでしょう?」 「だったら――フウリのほんとうののぞみより」 「ほんとうのしあわせのほうが、だいじ」 「それが、あいでしょう?」 「愛だなんて――」 「あなたは、フウリを、あいしてる」 「だからあなたはまぼろしのなか――」 「わたしに『あいしてる』って、うそをつけなかった」 「ああ、ああ……」 「僕って、バカなのかな」 「バカはしななきゃなおらない」 「わたしがころす?」 「え……?」 「じょうだん」 「しっぱいは、だれにでもある」 「でも、きっと、やりなおせる」 「でも、そんな資格……」 「あなたにできることをやればいい」 「オレに出来ること?」 「…………?」 「ん? どうした?」 「おと」 「おとが、きこえる!」 「川の向こうから……?」 「ぎゃああああああああああ――――ッ!!」 「ひ―――――――――――――――ッ!!」 「火薬の量、間違えたあああ――――ッ!!」 「みそブーと……ニコちゃん?  えなのさくせんどおり――」 「じゃない」 「とおりすぎる。  フウリをたすけるには、ニコちゃんもいないとだめ」 「マズい……のか?」 「たしろう、おねがい」 「さんにんをたすけて」 「はんだみょうじんにつれていって」 「でも――」 「わたしは、フウリをたすける」 「あなたは、さんにんをたすける」 「それが、わたしたちにいまできること」 「…………」 「フウリに、しあわせを」 「……わかった。任せろ」  言うが早いか、太四郎は万世橋から飛び降りる。 「おいコラ! 危ねーぞッ!!」 「ど、どいて下さあああいいいッ!!」 「広がれ、百畳敷ッ!!」 「ぎゃああああああああああ――――ッ!!」 「つかまえた……?」 「……さすがたぬき」 「こっちは任せろ!」 「……おねがい」 「わたしは――フウリのところへ!」 「ぽかぽかです」 「海の音が聞こえて」 「原っぱを風が渡って」 「森が優しくざわめいて」 「幸せです」 「この時間が、永遠に続けばいいのに……」 「ああ。そうだね」 「貫太さん……」  フウリは、貫太の肩に身体を寄せようとして―― 「いだっ!」  草原に転がった。 「ちょ! 貫太さんひどい!  いきなりよけるなんて――」 「よける……なんて?」 「貫太さん? なんで、透けて――」 「あれ? 私の目、おかしくなっちゃった?」 「ああ、それとも寝ぼけてるんだ! 夢?」 「そう。わかってるだろう?」 「君は夢を見てるんだ」 「一夜限りの夢。あるいは、はかない白昼夢」 「君はさっきまで、どこにいた?」 「柳神社の、僕のお墓の前にいただろう?」 「…………」 「死んだんだ。僕は」 「車に轢かれて」 「お墓に、埋まってた」 「恵那ちゃんに聞きました」 「でも、貫太さんはここにいる」 「アザナエルで、願いが叶いました」 「すぐに帰らなきゃならないけどね」 「アザナエルは願いを叶えてくれるんです!  妄想の存在が、現実になったりするんです!」 「だったら貫太さんも――」 「君は僕の死を受け入れてしまっていた。  表向きでは、それに気付かないようにしていたけど」 「君の望みは、僕に出会うこと。  これでアザナエルの願いは、叶ったんだ」 「僕は、死んでから随分時間が経った。  もう君も、それを受け入れる頃だよ」 「私……そんなの、望んでない」 「もしも願いが叶ったなら、私は貫太さんと一緒に――」 「いいや。君には、帰る場所がある」 「そんなのは……だって私、村を捨てて東京へ……」 「僕はずっと、天国で聴いてた」 「君が叩く太鼓の音色だけじゃない。  みんなで奏でる、音楽を」 「東京で、君には新しい仲間ができた。  そうだろう?」 「そんな、でも――」 「私は……貫太さんと……」 「貫太さんと、一緒に……」 「本気なのか?」 「君は、僕に会うだけではなく、一緒に向こう側に行きたいって、心の底から願えるのかい?」 「貫太さん――私は――」 「私は――ずっと――一緒に――」 「フウリ――」 「――――」 「ふぅ――――」 (書き直しなんて、できない) (正真正銘、一発勝負) (はは……足が震えてる) 「怖い?」 「ああ。怖いよ」 「そう聞いて安心したわ。  恐怖はきっと、あなたの味方」 「ミリPさん」 「なに?」 「オレ、あなたが嫌いでした」 「数字を取ることに命懸けてます、って感じで、視聴者を騙せればそれでOKとか言って」 「オレとは絶対ウマの合わない感じだった」 「そう……確かに、そうかもしれないわね」 「でも――今は、違います」 「オレだから、生み出せるもの――  オレが、生きてきた証――」 「それを出せって、言ってくれました」 「確かに、アタシらしくない物言いだったかもね」 「でも、思ったのよ」 「時には沙紅羅ちゃんみたいに、なりふり構わず計算もなく、思いっきり前に踏み出すことも必要なんじゃないか」 「――ありがとうございます」 「お礼なら、沙紅羅ちゃんに言いなさい」 「ですね……」 「いい? 似鳥君。  自分に良く言い聞かせなさい」 「時間が足りないなんて、言い訳はナシよ」 「今、この場で出来ないものは、一生かかっても出来ない」 「この瞬間、この一瞬に――  あなたの持つ全てをぶつけなさい」 「悔いが、残らないようにね!」 「――はい!」 「さ、外は大雪! 準備は万端よ。  アタシもそろそろ、向こうの相手をしなくちゃね」  照れたように言って、ミリPはその場を出た。 「――――」 「――――よしッ!!」 「行くぞ……」 「――――ふんっ!」 (失敗は怖い) 「ん――ん――んん――!」 (背伸びだってしたい) 「だあっ!!」 (指さされて笑われたくない) 「ん、ん、や――おおおおおお――」 (でも、そんな情けないことを考えるのも、オレ) 「せいっ!!」 (そして、そのオレが生み出せる、精一杯のものを――) 「っ! んぐ――んぐ――んぐぐぐぐぐ――!!」 (全力で、描いてやるッ!!) 「だあああああああああッ!!」 「――はぁ――はぁ――はぁ」 「……よし!」 「悪くない!」 「悪くないはずだ――!」 「次は――」 「ん?」 「なんだ? メール?  誰だよ、このタイミング――でぇっ?」 「大刀刃那??」 (い、いや! ちょっと待て) (大刀刃那って、死んだんだよな) (いやいや、待て待て待て待て!  コレはどういうことだ?) (ってか、オレさっきアイツとメールやりとりしたし!  なんで死者とメールやりとりしてるの!?) (ええと、つまり……大刀刃那が死んでないって事は、沙紅羅の弟が死んだって言うのはガセネタ?) (河原屋双一は、沙紅羅を騙してカゴメアソビを――) (……いいや、違う) (確か双六が、双一に内緒で動いたって言ってた) (双六は、嘘をついてまでカゴメアソビを?  なんでそんなことをする必要が?) (ん? んん?) (もしかして、コレって……) (やっぱりもう、大刀刃那が死んだって考えた方が、スッキリするんじゃないか……?) (つまり、このメールは……) (死者からのメールッ!?) 「――――ひ」 (いやいやいやいや、ない! ない!) (ない! ないよ……) (ない……よな?) (まあとにかく、メールの中味を――ん? URL) 「…………え?」 「……ですよねー」 (いや、まあ、こうなるとは思ってたけどさ) (そりゃ、オレごときが注目浴びたら、笑いものだよ) (うん、もしオレがテレビ見てても、同じことするもん) (なんつーか、普通のことで……) (普通で、だから大したこと、ないし) 「はぁ……」 「はぁぁ……」 「はぁぁぁぁ…………」 「はぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」 (ってかさ、わけわかんねーし) (なんで大刀刃那がこんなURL送ってくるわけ?) (っつーか、プレッシャー? 嫌がらせ?  んで、オレを鬱にさせておいて――) 「自殺させる……」 「いやいやいやいや! ないでしょ! ないない!」 「ホントに死者からのメールとか、そういうの信じないし」 「オレは描く!  ちゃんと、マスコットキャラ描いて――」 「描いて――かいて……」 「うう……死にたひ……」 「どらああああああああああッ!!」「うおおおおおおおおおおおおッ!!」「がううううううううううううッ!!」 「え――!?」 「な、ナンダァ!?」 「それはこっちの台詞だッ!! 破廉恥だぞッ!」 「金閣寺ッ!?」 「この野郎ッ!! 恵那を返せッ!!」 「十手ッ!?」 「わうわうわう! わうわうわうッ!!」 「ブルマー犬!?」 「な、何が何だか……」 「隙アリッ!!」 「がぁっ!!」  一際高い音がして、双六の腕がおかしな方に折れ曲がる。 「弟子よ今だッ!」 「おうっ! 恵那――」 「千秋――ホントに、生き返って――」 「話は後だ! 逃げるぞ!」 「う……うん!」 「わうわうわうっ!!」 「アザナエルはアタシに任せろッ!!」 「はいっ!」 「よ、よろしくお願いしますッ!!」  携帯電話のライトを頼りに、地下通路を駆ける。 「ふ――ふぅ――」 「ここまで来れば、まあ安心……かな?」 「千秋」 「助けてくれて、ありがとう……!」 「ん――いや、そんな別に改まって」 「ってか、そもそも助けられたのはオレの方だし。  オレがカゴメアソビで下手こいちゃって――」 「それも、千秋が私のためにやってくれたんでしょ?」 「いやまあそうだけど――ってあれ?  なんかおかしく……あ! あ! ああっ!」 「恵那、おまえ今オレが千秋って言わなかった!?」 「言ったけど」 「なんで!?  なんでバレちゃったの!?」 「ふ――名探偵富士見恵那を欺こうったって、そうは問屋が卸さないのよ」 「ひ、ひ、ひゃああああああ……」 「ってなによその情けない声!  男の子でしょ! しっかりしなさい!」 「だって、だって――」 「なによ。  好きでそんなカッコしてるわけじゃないんでしょ?」 「あ……  もしかして女の子のカッコでコーフンしたとか?」 「な……んなわけあるかッ!!」 「えー、そう? でも、結構似合ってる気が――」 「う、うるさーい!  鈴姉みたいなこと言うなッ!」 「だ、大体なにが名探偵だよ!  長い時間気付かなかったクセに」 「そ、それはしょうがないでしょ!  あの時は、タヌキがいたんだから!」 「タヌキ……?」 「さすがの名探偵でも、そんな非現実的な可能性まで含めて推論するなんて不可能よ!」 「ど、どういうこと…?」 「まあでも、これで事件は無事解決!  私もピンチを脱したし、千秋もちゃんと生き返った!」 「後は沙紅羅さんがアザナエルを持ってきて――」 「半田明神の準備が無事に済んで――」 「フウリさんもちゃんと会場入りして――」 「問題は山積みだ。うう……心配になってきた」 「なんだか良くわかんないけどさ、なんとかなるって!  オレも、全力で協力するからさ」 「千秋……」 「オッケー。  それじゃアンタの働きに、期待してるからね!」 「おう、任せとけ!」 「へへ……」 「あれ? でも、おかしいな……」 「千秋は、カゴメアソビに失敗して死んだのよね。  それじゃなんで双六は生き返ったの?」 「…………あれ?」 「ほ、ホントだ……  確かに双六、生きてたよな……」 「ま、まさか――双子の入れ替わりトリック!?」 「……いやいや。推理小説の読み過ぎでしょ」 「おまえの影響だっての!」 「でも――うん、絶対、変。  父さんも、双六は絶対に死んでないって言ってたし」 「なんで、双六は死ななかったの?」 「おかしい……おかしい……」 「あ……まさか、父さんがアザナエルを――?」 「オヤジさんは上で待ってるよ」 「え……?」 「なんか、足を痛めてたみたいで。  わざわざ、病院を抜け出して来たみたい」 「恵那を助けに行くってしつこく言ってたけど。  結局、オレが代わりに行くって説得して」 「その代わり、これを」 「これ……御先祖様の十手?」 「あと、投げ銭? も一緒にもらったんだけど。  下りてくる途中で使っちゃった」 「アレがなけりゃ、危うく電車に轢かれてたところだな」 「そ……そうなんだ」 「そうそう。  まさに御守り、ラッキーアイテム!」 「ラッキーアイテム……か」 「…………」 「ん? どうしたんだ、携帯いじって」 「確かにこのストラップのおかげで、千秋の携帯を判別できたわけだし……」 「ラッキーアイテム、なのかな……?」 「何見てるんだ?」 「見る?」 「おう」 「え……ええと、これって……」 「あのさ、千秋」 「バックギャモンに入る前にさ。言ったよね」 「逃げたりしないで、ちゃんと答えるって」 「ああ」 「私の気持ちは、知ってるよね?」 「じゃあ、あの……」 「千秋から、聞きたいな」 「あの……」 「ええと……」 「その……ですね」 「ちょっとちょっと!」 「さっきまで、結構男らしいなって見直してたのに――」 「があああああッ!!」 「え――!?」 「今の声――父さんッ!!?」 「わうわうわうっ!!」 「オヤジさん、どこに――」 「わうっ!」 「こっちよ!」 「わうわうわうっ!!」 「父さんッ!!」 「恵那! 来るなッ!!」 「そう。来ない方がいい」  千秋と恵那、ユージローが去り、籠には双六と沙紅羅、ふたりだけが残される。 「……来ると思ってたぜ」 「まさか右腕、折られるとは思わなかったがな」 「ごめんなさい」 「でも――双六さんのしたことは、許せない」 「はは、純情だな」 「なんであんなことを?  恵那を人質にとって、それで――!」 「別に、本気で犯そうなんて思っちゃいねぇよ」 「オレは平次と、カゴメアソビがしたかった。  だからアイツを怒らせるため、わざとああしたんだよ」 「だが――ここに来たのは、おまえだった」 「オレの知り合いに、神様がいる。  おまえが知ってる神様とは、別人だけどな」 「元々数学の天才だったらしい。  人の運命を操るのが趣味って変人だ」 「この街のことならなんでも知ってる。  今日、この街で起きた事件も全部、アイツのせいだ」 「唯一計算に入ってなかったのが、おまえだ」 「だから、オレの希望だった」 「アタシが……希望?」 「そこに惚れたのかもな」 「で――どうなんだ?」 「アザナエルを撃つ覚悟は、出来たか?」 「…………」 「なんだ?  そのために、ここに来たんじゃなかったのか?」 「病院で、弟、見て来ただろ?」 「…………」 「見られなかったのか?」 「病院の前で、モジャモジャのおっさんに会いました」 「あの名探偵が、さらわれたって」 「平次のとっつぁんが――」 「コレも全て、双一親分の計算のうち……か?」 「で、どうする?」 「アザナエルは、撃たない?」 「わからないです」 「アタシは、どうすればいいのか……」 「自分の命が惜しいのか?  このまま弟を死なせていいのか?」 「命なんて、惜しくないです!  マーくんを死なせたくなんか、ない!」 「でも――アタシは約束したんです」 「マーくんに、絶対、どーじんしを持って行くって」 「東京まで来て、会おうと思えばいつでも会えたはずなのに、後回しにして――」 「どーじんしを手に入れてからだって、自分に言い訳して、それで、死に目にも会えないなんて」 「アタシ……最悪です。  姉だって名乗る資格なんてない」 「そう思ったら、アタシ――」 「カゴメアソビで、願いを叶える自信、なくて……」 「……なあ、沙紅羅」 「おまえ、言ったよな」 「一度や二度失敗したからって、全否定するのは酷すぎるって」 「失敗したら、そこで終わりか?  やり直すことは、できないか? って」 「これが、その答えか?」 「…………」 「失ったものは、もう二度と帰ってこない」 「……アタシを、撃つんですか?」 「撃ってやろうか?」 「一か八か、おまえの本当の望みを知るために」 「…………」 「おい、まだ気付かないか?」 「え……?」 「オレの右手」 「あ……」 「折れた手……治ってる?」 「オレは、カゴメアソビをしたことがある」 「昔々の、大昔」 「日本をまだGHQが統治していた頃の話だ」 「ラジオ屋が無理矢理集められた、ガード下の更に下」 「旧地下鉄万世橋駅で、世にも珍しい賭博が行われていた」 「日本で最初に営業を始めた地下鉄、銀座線」 「営業開始は昭和の2年。本来なら浅草から新橋まで一気に営業したかったんだが、資金が足りなかった」 「でまあ、とりあえず上野まで営業しちまって、そっから先は順次開通していくことにしたわけだ」 「それが神田川をくぐる前、この万世橋の下にも、暫定の地下鉄駅が造られた」 「当時ここは市電のターミナルでその駅は結構便利だったらしいんだがな、線路が川をくぐっちまえばお払い箱よ」 「地下鉄万世橋駅は、2年にも満たずその役割を終えた」 「はずだった」 「第二次世界大戦を終えて、この遺構に目をつけたのが、GHQだ」 「戦争の余韻が残る日本」 「人々は皆、ようやくやってきた自由と平和に満足していたか?」 「もちろん、そういう人間もいただろう。  もしかしたら、大多数だったかもしれねぇ」 「だがな、戦場を忘れられない男たちがいた」 「頭上を行き交う銃弾のスリルに、心を奪われた馬鹿どもが、山ほどいた」 「平和な日本に自分の居場所を見いだせない男たち」 「奴らは地下に潜ったのさ」 「電子部品を扱う露天商が集められた、秋葉原」 「未来への第一歩が踏み出された電気の街のその下で、戦争の傷跡がジクジクと疼いて、膿んでいた」 「進駐軍と財閥の要人が見守る中、命知らずのならず者たちが、命のルーレットを回す」 「生きて莫大な金を手にするか――  死んで無となり消え果てるか――」 「夢うつつを行き交う一晩の狂乱。  禍福を糾える縄――」 「生か死か――希望か、絶望か」 「数え切れない数の人間の運命を定め、血と欲望を浴びたアザナエルは、やがて不思議な力を持つようになる」 「そのトリガーを引き、生き残ったひとりは夢が叶う」 「命を懸けたギャンブルは、恐怖と羨望の意を込めて、やがて呼ばれるようになる」 「――カゴメアソビ、ってな」 「やがて、有力者が命知らずの若者のパトロンとなり、身代わりとして自らの夢を叶えさせるようになった」 「高度経済成長は、カゴメアソビによってもたらされた。  ――なんて噂も、まことしやかに囁かれてる」 「信じるも信じないも、おまえの自由」 「けど、河原屋一家がどの組織の傘下にも収まらず、奇跡的に秋葉原を押さえていられるのは――」 「河原屋双一がカゴメアソビの勝者で、不老不死の身体を持つからだ」 「双六さん、もしかして――」 「あなたが……河原屋双一?」 「オレにはな、沙紅羅」 「やり直ししか、ないんだよ」 「どんなことをしても死なない。  死のうとしても、すぐに生き返る」 「年月が経っても、河原屋双一だけは年を取らない」 「怪しまれるのを避けるため、双六って名前を変えて、もう一度人生をやり直そうとしたが……このザマだ」 「別人になることは出来ない。  変わることは出来ない」 「あの日、あの時、命を懸けてトリガーを引いたあの瞬間の光景が、脳の奧の奧の奧にこびりついて離れない」 「銃声が。最後に肺から漏れる呻きが。  割れんばかりの歓声が。心臓の鼓動が」 「どこへ逃げても、オレの頭の中にはこの籠がある。  どこへ逃げても、死者の視線がオレを刺す」 「そんなオレが、今さら幸せを望めるか?」 「オレは、ずっとこのままだ」 「やり直すには、遅すぎるんだよ」 「そんなこと――やり直すのに、遅いって――」 「遅すぎるなんて――ない――」 「おまえは、自分のその言葉、信じられんのか?」 「…………」 「信じてくれよ! なあ……」 「オレも……オレも……」 「やり直せるって……信じたかったんだ……!!」 「双六さん……」 「だが、今――」 「夢は覚めた。希望は消えた」 「オレたちが出会うには、遅すぎたのさ」 「でも――」 「お別れだ」 「ほら、やるよ」 「アザナエル――」 「撃つ覚悟が出来たら、撃てばいい。  撃てなかったら、ミヅハに届ければいい」 「…………」 「――救ってやりたいんだろ?」 「双六さんは……それで良いんですか?」 「惚れた女が悩んでるんだ」 「だったらそれを助けてやるのが、男の務め――」 「双六さん――」 「沙紅羅」 「おまえなら、まだ、やり直せる」 「幸せになれよ」 「…………あ、あの」 「あばよ」 「…………」 「あとで、ごうりゅう」 「わかった!」 「ここ――」 「フウリ――どこ」 「フウリ!」 「フウリ――っ!!」 「いない……?」 「どこに……」 「もう、ておくれ?」 「…………まさか」 「そんなはずはない」 「まだ、やりなおしはきくはず――!」 「フウリ! フウリ――」 「私……そんなの、望んでない」 「このこえ……」 「知りません!  そうだとしても、私は貫太さんと一緒に天国に――」 「そんなの、だめ!」 「そこに、いる?」 「でも、すがたはみえない」 「アザナエルのちから?  いせかいからの、こえ?」 「なら――」 「にとり。そういうせっていをくれて、かんしゃ」 「『イシュタムのみちびき』は、あらゆるものをきりさく」 「このよに、きりさけないものはない。  だから――」 「カッターで、こちらとむこうのきょうかいせんを――」 「きる」 「フウリ、まって!!」 「ノーコちゃん……?」 「やっぱり、来たんだね」 「ど、どこから――」 「むこうのせかいから」 「…………」 「…………フウリ」 「わたしといっしょに、きて」 「でも私、貫太さんと一緒に――」 「だめ」 「しんでは、だめ」 「貫太さんを失って、生きている意味なんて――」 「ある」 「たくさん、ある」 「わたしは、しった」 「いままでのせかいは、にとりだけ」 「とじて、いごこちがよくて、けど、さびしいせかい」 「でも、そのせかいがかわった」 「フウリにあって、ミヅハにあって、さくらに、えなに、たくさんのひとにあって、かわった」 「かなしいこと、たくさんある」 「まちがいも、たくさんある」 「うしなってしまったものも、もちろん、ある」 「けど……」 「うれしいことも、たくさんある」 「わくわくすることも、たくさんある」 「おともだちも、できる」 「おともだち……」 「こんやのライブ、はんだみょうじんでやる」 「みんな、じゅんびをしてまってる」 「みんな……待ってる……?」 「フウリ、やくそくした」 「わたしに、ライブをみせるって」 「やくそく、やぶる?」 「あの、それは、でも――」  振り返るフウリに、貫太は消えかけた身体で微笑んだ。 「いいんだよ」 「貫太さん……」 「本当に……いいんですか?」 「もう、私の声は――」 「どんなに遠く離れても、僕は、君の音を聞いてる」 「自分がいるべき場所はどこか……君は知ってるはずだ」 「貫太さん――」 「私……私……」 「たたきます! たくさん、たくさん!  タイコを叩きます!」 「だから、貫太さん!」 「ずっと、ずっと、聴いててください!」 「ああ。聴いてるよ」 「それじゃ――」 「貫太さん……」 「さよなら、フウリ」 「君のことが、ずっと、好きだった」 「貫太さん……」 「私も――私も――!!」 「貫太さん――貫太さんの――ことが――」 「好きでした――――――――――!!!!」 「消え……た……」 「ノーコちゃん……貫太さん……!」 「貫太さん、消えちゃったよお…………!!」 「フウリ……」  崩れ落ちるフウリの身体を、ノーコが抱き留める。 「貫太さん……貫太さん……」 「ひぐっ、うきゅ……うきゅううう……」 「だいじょうぶ。だいじょうぶ」 「アザナエルがかなえるのは、ほんとうのねがい」 「いまのねがいは、フウリがのぞんだこと」 「フウリののぞみがかなったことを、きっと、かんたさんも、よろこんでる」 「うん。そうだよね。  貫太さんも……喜んでくれる……」 「さあ、いこう」 「じかんがない。すずたちがまってる」 「は、はい……そうですね……行かなきゃ……」 「でも……も、もうこんな時間ですか!?」 「急がないと、間に合わな――」 「…………?」 「クラクション?」 「でも、くるまなんて――」 「空から――」 「くるまがふってきた……?」 「フウリちゃん!」 「わー! ニコちゃん!」 「さ、早く乗るんだッ!!」 「もう時間がねぇぞ!」 「でも、この車、ミリPさんの!?  なんで空を飛べる――」 「いいから、はやく!」 「は、はい」  促され、フウリとノーコが車に乗り込んだ直後―― 「うおりゃああああああああああああああッッ!!」 「わー! 飛んだ――――!?」 「そうなんです! すごいですよね!」 「なんというー! どんな仕組みで?」 「《オトコギ》〈任気〉と、根性で飛ぶ!」 「うそつけ」 「豆腐屋ドリフト!!」 「きゃー!!」 「あむ……」 「お、おい!? 後ろ――わ!」 「あわわ、あわわ」 「はらほろひれはれ……」 「ノーコが……おっぱいに埋もれてる……」 「……きる」 「駄目――ッ!  貧乳だって希少価値で恥じることは――!」 「どっせ――――い!」 「きゃ――――――ッ!!」 「みんな、押さないで!  ライブにはまだ時間があるから!」 「他にも今日は、全国ゆるキャラバンの続き、秋葉原の新マスコットの発表や――」 「いいから、第一宇宙速度まだー!?」 「もーちょっとくらい待ちなさい!  もう10分もないんだから!」 「その間、なんと特別ゲスト!」 「バリー・ヘリントンさんが生で、年忘れガチムチパンツレスリングよっ!!」 「豚バラチャーハン!!」 「そしてもちろん!」 「レスリングの相手は、このアタシッ!!」 「――――――」 「ぁぁ…………」 「――――――」 「ぁぁ…………」 「――――――」 「だめだ」 「無理」 「描けない……」 「ってかオレになんて誰も期待してないし……」 「そもそも、こういう人前に出るの向いてないんだよな。  こう、余計なことは言わずに作品で勝負したいんだ」 「はあ…………」 「もうやだ」 「ホントに死にたい」 「……黒幕は、あなただったわね」 「ジャブルさん」 「その通り。オレが河原屋双一の代理人だ」 「ど、どういうこと!?  インド人がペラペラ!?」 「インド人ってのは偽装だよ」 「ここまでしゃべり方を変えれば、同一人物とは疑われないだろう?」 「で、あなたの要求は?」 「アザナエルを、渡してもらおう」 「アザナエル? そんなもん――」 「へぇ! アザナエル、欲しいんだ。  で、何をするつもりなの?」 「もちろん、願いを叶えるんだよ」 「はぁ? ふざけんじゃねぇ!  誰がてめぇなんかの願いを――」 「父さんは黙ってて!  私は、ジャブルさんと話してるの」 「あなたはアザナエルを使って、完璧に河原屋双一に成り代わろうとしてる――そう、推理したこともあるわ」 「でも、何かが違う」 「あなたがもし河原屋組を乗っ取りたいんだったら、こんな回りくどくカゴメアソビをする必要がない」 「ねえ、ジャブルさん。  あなたの本当の望みは――いったい何なの?」 「ふふ……ふふふふ……」 「な――なに?」 「『籠』の壁を破った」 「破ったって、そんな――」 「わうぅっ!!」 「ちょッ! ユージロー!!」 「ちょっと、なにするの!?  まだあそこには、沙紅羅さんと双六も――」 「オレの計算が正しければ、問題ない」 「……計算って、なによ」 「昔から、計算は得意でね」 「それもただの計算じゃない。たくさんの要素が絡み合い、関係し合う、とても複雑な計算だ」 「糸と糸が織りなす複雑な模様――  もちろん、それぞれの糸の模様は単純だ」 「だが、そこから生まれる布のパターンは、目眩がする」 「あの時、もし蝶が羽ばたいていなかったら?」 「時にはそんな小さな違いが、ドミノのように次の事件を引き起こし、巨大な破滅を巻き起こすことがある」 「もしその因果を見通せたら、どうなる?」 「オレはただ、信号の色を変えただけ」 「それがきっかけで、ひとりの男が警察の手を逃れ、ひとりの男を殺し、殺人の罪を組長が被せられ――」 「この街が、オレのものになる――なんてことも、あり得るわけだ」  ジャブルが無言で、手元のパソコンに指を奔らせる。  その途端、店内中のモニタが街の様子を映し出す。 「ネットを漁れば、裏の世界を辿れば、年齢、性別、職業、嗜好、あらゆる個人情報が手に入る」 「まして、ここは秋葉原だ。  街にどれだけのカメラがあると思う?」 「防犯カメラをハッキング? ナンセンスだ。  今や携帯電話ひとつで、画像が中継できる」 「いや、カメラになど頼らずともいい。  例えば――今夜、秋葉原に現れたナイフのゴスロリ少女」 「ダベッターの目撃情報を辿るだけで、おおよその足跡は辿れる」 「本気を出せば、この街でなにが起こっているのか、知ることくらいは容易いさ」 「馬鹿げてる」 「おまえの名前は――富士見恵那」 「1週間前、何者かにブルマーを盗まれた」 「今日は本来、幼馴染みの小碓千秋と共に、半田明神まで御札を納めに行く予定だった」 「これは毎年の恒例行事だったからな」 「流れているメールを盗み見るだけで、これだけのことがわかる」 「ああ、そう。それで?  それがわかったからどうだっていうの?」 「ところが小碓千秋は、ブル――」 「わあああああああああ――――ッ!!」 「……とある事情で、女装したまま、スーパーノヴァのバイトをする必要が生じてしまった」 「キャンセルのメールを送られた君が、どんな気持ちで半田明神に向かったのか、容易に想像はつく」 「結界を解く寸前にトラブルが起き、崩れ落ちてしまった岩盤、秋葉原を局所的に襲う地震、消えたアザナエル――」 「父親へのコンプレックスを持つ君が、自分の欲望を満たすため、アザナエルを持ち出すことは充分――」 「だからって、物事に関与することは出来ない」 「今日、秋葉原ではたくさんの『都合のいい』出来事が起こった」 「それが神の『偶然』ではなく、人の手によって引き起こされたものだとしたら?」 「河原屋双六にオレのナビゲーションがなければ、彼は恐らくなにも事件を起こすことができなかった」 「――どうも、最後は愛の力に屈して、命令を無視したらしいがね」  ジャブルは渋い顔で、ブラックアウトした手元のモニタを見つめる。 「その他にも例えば――そうだな」 「都合のいいタイミングで見つかった、似鳥の同人誌。  それは橘正純のPCがあったからこそ、可能だった」  ジャブルは、スマガのキャラクターがプリントされたノートPCを指さして、笑う。 「驚くほど早く拡散した、年越しライブの情報。  なぜかネット通販でブーに届けられた、ブラックライト」 「予想外の出来事もある。  正直、細やかな調整には手を焼かされた」 「例えば今だって――本当ならばもう少し、似鳥に妨害のメールを送るつもりだったのだが」 「一番結果が予想できないのは、人間と人間の『出会い』だ。特にあの、沙紅羅だな」 「あの女と出会ったことで、千秋が、似鳥が、フウリが変わった。恐らく他にも影響はあるだろう」 「だがそれも、過去のこと。  後は、最後の仕上げだけ」 「この仕上げが成功すれば、オレは河原屋組を完全に手中に収めることになる」 「……河原屋組を乗っ取るために、こんなことを?」 「オレが望むのは、糾える禍福の縄を、思うがままに操ること――運命を、操ること」 「それ自体が、楽しいのさ」 「……全然、答えになってないわ」 「あなたは何故、カゴメアソビを何度も行ったの?」 「それを推理するのがおまえの役目だよ、名探偵」 「…………」 「さあ、もういいだろう?」 「アザナエルを、渡してもらおうか」 「ええ、聞くだけのことは、聞いたからね」 「本当のことを言うと、アザナエルは――」 「アザナエルは、ここにある」 「え……!?」 「ほう」 「なんでアンタがホントに持ってるの!?  沙紅羅さんが取り戻すんじゃ――」 「計算通りだな」 「メールを打って、見逃したが……  やはり、おまえたちが取り戻していたか」 「恵那。今日のラッキーアイテム、憶えてるな?」 「ラッキーアイテム?」 「なにをわけのわからないことを言っている?」 「さあ、早く寄越すんだ!!」 「まず、恵那のオヤジさんを離せ!」 「アザナエルを、渡してからだ」 「だめだ。オヤジさんはまともに動けない。  先に、解放してもらう」 「…………」 「やれやれ、つい先日までとは大違いだ」 「いいから、早く!」 「いいだろう。  ではまず、床にアザナエルを置け」 「そのままおまえたちが離れたら、平次を解放して、アザナエルを取りに行く」 「いいだろう」 「バカ野郎! やめろ――」 「そうよ! それがなくなったらミヅハちゃんが――」 「さっき、地下で温泉が噴き出してたんだ」 「この銃は、煮立たせたものだ」 「は? なに言って――」 「あ、そうか……」 「父さん、お願い!  千秋の言うことを、聞いて」 「でも――」 「いいから!」 「…………」 「お願い!」 「わかったよ」 「それじゃ、置くぞ!」 「これでいいな?」 「よし。下がれ」 「恵那、行こう」 「うん」  ふたりはゆっくり、後ずさる。  銃との距離が千秋たちよりも近くなったところで、ジャブルが動いた。 「…………よし」 「ほら、行け」 「父さんッ!!」 「恵那ッ!!」 「こ、このバカ野郎ッ!  なんでオレのために、アザナエルを二度も――」 「二度、同じ過ちは犯さないわよ」 「はは、アザナエルさえ手にすれば、こっちのもの――」 「ん……?」 「な、これは――!?」 「アザナエルじゃない!?」 「その通り。『偽物』よ!」 「な――まさか!」 「そう。おまえに借りたままのモデルガンさ」 「ポケットの中に入ったまんまになってた」 「騙したな……!」 「ええ、騙したわよ。ね、千秋?」 「ラッキーアイテムのおかげだ」 「ラッキーアイテム?」 「ああ。タヌキのストラップ」 「その銃は煮立たせたもの……」 「『ニタタセタモノ』のタヌキで――」 「『ニセモノ』だと――?」 「さあ、これでアンタを心置きなくやっつけられるってワケね!」 「はぁ……こんな小細工に引っかかるとは」 「九代連綿と受け継がれたこの富士見式捕縛術!  犯罪者には、容赦しないわよッ!!」 「さあさあ、観念してお縄につきなさいッ!!」 「恵那……」 「よろしい。それでは君に、お見せしよう」 「インドと日本の文化融合が生み出した、ヨガ忍法の神髄を!」 「ぬりゃあああああああああッ!!」 「せいやあああああああああッ!!」 「イデデ、イデデデデデ!」 「こら! 大人しく隅っこに転がってろ!」 「悪いな、恵那。こんなことさせちまって。  まさか、こんなに十手の扱いが上手いとは――」 「私だって、父さんの娘。  富士見式捕縛術の、九代目なんだからっ!」 「恵那――」 「父さん……ごめんね。  私、今までずっと誤解してた」 「父さんは……私たちのことを、心配して、だから――」 「おいおい、よせやい」 「私――感謝、してます。  本当に、ありがとう!」 「な……ちょ、突然なんでぃ!  まるで、嫁にでも行くみたいに――」 「おおおおおお、お《とう》〈義父〉さんッ!!」 「へ? あ……そういやてめぇ、千秋って!?  どういうこと――え? そういうこと!?」 「恵那は、お、オレが幸せにしますッ!!」 「な、なななななななな――――!!」 「私たち、一足先に半田明神に向かうから!!」 「師匠――  沙紅羅さんが来たら、よろしくお願いします!!」 「よろしくねっ! 父さん!」 「ちょ! 待て! おまえら――」 「む、娘は! オレの娘はおまえなんぞに――!!」 「うわ…………っ!!」 「な、なんだ、この雪ッ!?」 「ふふ、上手くいってるみたいね」 「上手くいってる……?  って、この雪が?」 「そう。コレも私の作戦通り――」 「ほら、千秋! 行きましょう!」 「お……おい、待てよ!」  双六に追い立てられるように、アザナエルを取り戻した沙紅羅は、暴蛇羅号のエンジンをゆっくり加速させた。 (なあ……どうしてだよ……) (これがアタシの……  運命の出会いじゃなかったのかよ?) (やり直せないことなんて……  ないはずじゃなかったのかよ……) (なのに……アタシ……) 「え――!?」 「ウソだろ? 双六さん――」 (水――!? 川と繋がったのか?) (なんで……なんでこんなことに?) (もしかして双六さん、最初からそのつもりで……?) (もう、希望が絶たれたから――? そんな!) 「双六さん! 双六さああああ――――んッ!!」 「なんで――なんでだよぉッ!!」 「なんで、そんな――  ひとりで、諦めちまうんだよぉ――――ッ!!」 「く……くそっ! くそっ! くそ――」 (どっちだよ? どっちに行けばいいんだよッ!!) (道が、どっちかわかんねぇ!) (出口はどっちかわかんないし――  水はどんどんたまってくるし――) 「な――!?」 「暴蛇羅号ッ!! おいコラッ!!」 「止まんな! 動け! 動けってば!!」 「クソッ! こんなところで――」 「がぁっ!! たすけ――うぶっ!」 「あぷっ、うぶ……ぶくぶくぶく……」 (くそっ! アタシ……泳げねぇんだよ……) (こんなところで……こんな……ところ……で……) (ああ……だめだ……足が、冷たく……) (アタシ……ここで、死ぬのかな?) (地下の水の中で……ずっと……) (ああ……そうだ……) (修学旅行で、ケンカして……) (池の中に突き飛ばされて……) (アタシ、泳げなくて死にかけたあの時は……) (タカが、助けてくれたんだった) (タカ、ごめん) (アタシも今、アンタの所に――) (え?) (なんか……水の向こうから……) (アタシを、助けに来てくれてる……?) (と、とにかく掴まって――) 「ぷはあっ!!」 「は……はは、ははははは……」 「金閣寺! 金閣寺じゃねぇかッ!!」 「そうだ、コイツ……  発泡スチロールで創ったんだった!」 「タカ。  助けてくれて、ありがとな!」 「わうわうわうっ!!」 「え……この声!?」 「わうわうわうわうっ!!」 「モジャ犬!?」 「わうっ!」 「あっち……あっちだな!」 「わうっ!!」 「わうわうわう!」 「ふぅ、助かった……」 「迎えに来てくれて、ありがとな」 「わうっ!」 「ここまでは、浸水もしてない……か」 「双六さん……」 「わうわう! わうわう!」 「あ……ああ、そうだな」 「時間がねぇし、道案内頼むぜ!」 「わうっ!」 「到着――」 「アザナエルは取り戻したけど――クソッ!  時間がねぇな……」 「こりゃ、タクシーでも借りるしかねぇか」 「おう、金閣寺! 無事だったか!」 「なんとかな。弟子と名探偵は?」 「一足先に、半田明神に向かってる」 「途中でコイツにちょっと、キモを冷やされたけどな!」 「いたいいたい! 暴力反対デス! 黙秘権行使デス!」 「インド人? なんかあったのか?」 「ま、それは後でな。  ところで、アザナエルは?」 「ああ。ちゃんとここにあるよ」 「そうか。  んじゃ悪いけどミヅハの所まで、よろしくな!」 「おうよ!」 「わうわうわうっ!」 「モジャ犬も、ありがとなッ!!」 「ふふふ……計算通り……」 「後は、天に運を任せるだけ……」 「コラ! なんか言ったか!?」 「言ってないデス!  いでで、いでで、暴力反対デスネ!!」 「…………」 「やべぇ」 「タクシーじゃ、間に合わねぇや」 「暴蛇羅号があれば間に合うんだろうけど、あれはおじゃんだし……」 「ああ、くそっ! もう時間が――」 「なにか、困ってるのか?」 「ゲ! ブラパン!」 「ああ、逃げなくていい。  平次殿の知り合いなら、協力させてもらうぜ」 「あ……そ、そうなのか?」 「んじゃ悪いけど、白バイ貸してくれねーか?  足がなくて……」 「それは駄目だ。  さすがに警官なんでな」 「……やっぱり、そうだよな」 「けど、オレの私物なら貸してやってもいいぞ」 「私物?」 「ほらよッ!」  放り投げられた鍵を、沙紅羅はがっちり受け取った。 「すぐそこに停めてある。  一番、目立つヤツだ」 「オレの愛車だからな。大事に使うんだぞ」 「お……おう! サンキュー!」 「助かった――これでなんとか、間に合う」 「問題は、そのバイクがどれかってことだが……」 「一番目立つ奴って言ってたよな?」 「一番目立つやつって……」 「あ?」 「もしかして……これかッ!?」 「そりゃ、さ」 「オレはノーコが好きだよ」 「それはホント。今も迷いない」 「でもさ、それが世の中に認められるかどうかってわかんないじゃない」 「ってか、オレ売れるもの創れる自信ないし」 「パンツとか見せればいいんだろ?  ツンデレとかにすりゃいいんだろ?」 「でも、そこでおもねったら、死ぬ。  オレの、一番大事なところが、死ぬ」 「っていうか、何回かやろうとして、失敗した。  そういうのダメ。全然面白くない」 「オレに描けるのは今のノーコで、それ以外は無理」 「受け入れられないよな。  嫌われてもしょうがない、そんなのわかってる」 「でも……嫌われるのが耐えられないんだもんな」 「……辛い。マジで、辛い」 「こんなならさ、『結局の所はシュミです』とか言いながら、部屋に籠もってオナニーしてた方が……」 「…………」 「引きこもってりゃ良かった……」 「ひとりのまま……ずっと、部屋の中で……」 「深海に積もるクジラの骨みたいに……」 「同人誌に埋もれて……」 「死んでいきたい……」 「死ねば良かった……」 「死ねば……よかったけど……」 「死ねなかったんだよな」 「死にたく、なかったんだよな」 「無理矢理、外に引っ張り出されて」 「命懸けのギャンブルをさせられたり」 「人前で突然キャラデザをやれって言われたり」 「挙げ句の果てに、現実化したノーコに追いかけられて」 「死にかけて」 「死にかけたのに……」 「まだ……」 「まだ、前に進もうとしてる……?」 「ったく、なんなんだよ」 「なんでノーコが、現実の存在に――」 「…………ああ」 「そっか」 「知られたかったんだ」 「もう、独りは嫌だったんだ」 「今日の出来事は、そういう話で――」 「だから、ノーコは現実化して、友達が出来て」 「だからオレは、今オレは逃げないで、ここにこうしているんだ」 「反撃開始――そう、沙紅羅も言ってたじゃないか」 「あー、酷い筋書きだ」 「こんなに酷く参ってて、精神的にギリギリまで追い詰められて、もう時間もないってのに――」 「ひとりでウダウダ悩んで、でも考え方を変えただけで、サクッと立ち直っちゃうとか」 「ありえねー。シナリオとしちゃ不合格」 「ってか、モノローグで立ち直れんなら最初っから立ち直れって話」 「でも――たぶん」 「そうするしかないんだよな」 「みんなで頑張るとか、みんなのおかげでとか言うけど」 「こういう仕事は、やっぱり個人戦で」 「ギリギリのところで、自分と戦わなきゃいけなくて」 「オレはオレとしか戦えなくて」 「オレはオレにしか救えなくて」 「だから、何にも解決してねぇけど」 「っていうか未来永劫、何かが解決するとか思えねーけど」 「100人に笑われたって、1000人に指さされたって、1万人にけなされたって、いい!」 「良くないけど、嫌だけど、しょうがない!」 「何回も何回も傷つくだろうし!」 「何度も何度も、死にたくなるけど!」 「描きたいから!」 「描き続けなきゃ、やっぱり、オレは死ぬから!」 「だから!」 「描いて! 描いて! 描いて!」 「ありったけを、ぶちまけてやる!」 「んで、そのありったけが――」 「きっと、誰かに届くから」 「誰かに届けば!」 「オレは!」 「それで!」 「満足なんだよ――――ッッ!!!!」 「ふぅ……」 「ミリPさん、お疲れ様です!」 「いやあ、動いた動いた!」 「ガチムチも、素敵よねえ……」 「……それよりも、次の段取りを」 「ミリPさん! 会場準備整いました!」 「よし! この短い時間でよくやってくれたわね」 「音の対策は?」 「整った!  雪がこれだけ降れば、まず大丈夫じゃろう」 「よしよし!」 「よくありません」 「まだアザナエルは、返ってきていない」 「ゆるキャラバンのマスコットもまだ」 「いや、それより何より!  開始まで3分なのに、フウリちゃんもニコちゃんも――」 「ん……?」 「なにか、音……」 「上からじゃ!」 「上?」 「って、車――!?」 「到・着……ッ!!」 「恐れ入ったか、オレのこのドライビングテク――」 「ばつ」 「いでええええええええええええッッ!!」 「いのちで――」 「ちょ! ま!」 「つぐなえ」 「みそ――――っ!!」 「リーゼントカウンターッ!!」 「はじかれた……」 「なぜ、かみだけはきれない?」 「侠の魂は折れず! 曲がらずッ!」 「ってまあ、お笑い集団はおいといて――」 「フウリちゃん! ニコちゃん!」 「お、お疲れ様です~!」 「なんとか、帰ってきましたー!  でも……あれ? あれ? あれ?」 「なんで、半田明神で?」 「色々あったんだけど、説明は後!  ほら、早くライブの準備!」 「そ、そうですね!」 「スーパー・スーパーノヴァ!!  一丁、やってやるわよ!」 「えい、えい――」 「おーッ!!」 「フウリ――」 「はい、頑張ります!」 「ええと……」 「――――?」 「…………よー」 「…………ぽん!」 「あ……あ……」 「ありがとうございます――――!!」 「私、がんばっちゃいますよー!」 「ふたりとも……なにをやっておるのだ?」 「え?」 「ミヅハ――」 「あ……あの、ええと……」 「ごめんなさいっ!」 「わ、私、アザナエルを――あれ? あれ? あれ?」 「そういえば、アザナエルをどこに――」 「その話は良い!  今は、沙紅羅たちに任せておるでな」 「あやつらがきっと、持ってきてくれるであろう」 「そ……そうなんですか?」 「それより実は、折り入って相談があるのじゃが――」 「そうだん……?」 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 「ちょっと……なんで、そんなに急ぐんだよ……?」 「大体オレ、スーパーノヴァでバイトしないと――」 「それのために、走ってるの!」 「そのためにって、でも、こっちは半田明神――ん?」 「あれ? なんか、歓声が――」 『レディ――――ス&ジェントルメン!!』 『それでは皆さんお待ちかねッ!!』 『第一宇宙速度、年越しライブ――』 『スーパー・スーパー・ノヴァの、始まりよォッ!!』 「うおおおおおおおおおおお!!」 「第一宇宙速度、きた――――っ!!」 「おい、あれホントにゆるキャラバンの――」 「ホントだ! あの大食いの――!」 「なに、これ?」 「スーパーノヴァがつかえないから、急遽ここでライブをすることになったの」 「ってか、境内こんなにしちゃっていいのか?  鳥居もなんか黄色いし……」 「背に腹は代えられないでしょ」 「雪はバッチリ音を吸ってるみたいだし、ノーコさんとフウリさんも間に合ったみたいね」 「ノーコさん? あ……ホントだ」 「あそこで……売り子してる?」 「はい、いらっしゃい!」 「…………」 「すすすすす、すごい……  本物の、ノーコさんキタコレ!!」 「《ほふ》〈屠〉れ!!」 「…………」 「なんですかそれ?」 「あ。ええと、これがいわゆるファンの挨拶で――」 「あの、ご注文の方は――?」 「あ、あああ、あの……あのですね!  『ノーコントロール』の、全巻セットを――」 「はい、全巻セットですね!  お会計1万円になります!」 「オマケにですね、はい、こちらクリマンもセットで!」 「え? コレは別にNO THANK YOU――」 「はい、この特製エコバッグもつけちゃいますよー!」 「…………」 「毎度ありがとうございまーす」 「あ、あの……ひとつお願いなんですけど……」 「はいはい、後ろがつかえてるから、ご遠慮願い――」 「お願いしますッ!!  僕を! ぼくを切って下さいッッ!!」 「いや、さすがにそれは――」 「……きる」 「qあwせdrftgyふじこlp;@――!!!!」 「ああああ、ありがとうございますッ!!」 「どういうプレイ……?  っていうか、なんであそこに同人誌の出店が?」 「さっぱりわかんない。なんで?」 「お……おーい、恵那ッ!」 「あ、ミヅハちゃん!」 「良くやったわ!  雪、バッチリ積もってるわね!」 「ふふん、わらわの力を見くびるでない!  この程度のこと、ちょちょいのちょいじゃ!」 「それよりも――アザナエルはどうなった?」 「ああ、アレはきっと沙紅羅さんが――」 「沙紅羅が……?」 「ふうむ……すると……  もしや沙紅羅は、カゴメアソビを――」 「カゴメアソビ……?」 「んなわけねーだろ!  師匠は自分の夢は自分で叶えてやるってタイプだぜ」 「絶対、アザナエルを持ってくるって!」 「わらわも、そう信じたい。  信じたくは……あるのじゃが……」 「沙紅羅の弟が、死んだのじゃ」 「え……?」 「死んだ……?」 「うむ。あやつは入院した弟の頼みを叶えるため、秋葉原で同人誌を探しておったのじゃ」 「じゃが……アザナエルの騒動に巻き込まれるうち、とうとう弟の死に目にも会えぬまま……」 「そんな素振り、全然見えなかったけど」 「……そうか。沙紅羅さんは一度病院に行った。  だから、父さんも一緒だったのね」 「弟を蘇らせるためには、アザナエルしかない」 「撃たせてやるのか?」 「あやつが撃って失敗すれば、元も子もない。  悲劇を悲劇で上塗りするわけにはいかんじゃろう?」 「でも、どうすれば――」 「そこでおぬしの知恵を借りたいのじゃ、名探偵!」 「私の知恵を――?」 「うむ。先ほど、似鳥とも相談をしたのじゃがな――」 「うわ、なに、これ……?」 「…………」 「どう……ですか?」 「――似鳥君」 「いいデキじゃない!  コレならきっと、会場のハートを鷲掴みよっ!!」 「あ……ありがとうございます!!」 「でも――」 「ホントにコレで、いいの?」 「はい、大丈夫です!」 「他人に横取りされちゃうかもしれないわよ」 「それはないです!」 「オレ――誰よりも、愛してますから」 「やれやれ……誰も手、つけらんないわね!」 「ねえ、ゴンちゃん!  悪いけどコレ、屋根に行って設置してきて!」 「や……屋根にですか!?」 「オレも行きます!」 「それじゃ、よろしくっ!」 「さて……と。あっちの方は、あれでいいとして……」 「……やれやれ」 「フウリちゃんのドラム、ただのコピーじゃなくなってる。  今回の騒動で、一皮剥けたわね」 「コレだけ心のこもった音聞かせられたら……  アタシももう少し、気合い入れていかないと駄目ね」 「フウリちゃん、良い感じよ」 「はいっ!」 (私は今日……この街で、色んな人に会いました) (ミヅハちゃんに会って、一緒に肉まんを食べました!) (沙紅羅ちゃんと、ゆるキャラバンをがんばりました!) (恵那ちゃんに、一生懸命、看病してもらったし……) (それに、ノーコちゃん) (色々あったけれども、ノーコちゃんがいなければ、きっと私は貫太さんに会えなかった) (そしてもちろん、太四郎さんがいなければ――) (このライブもできなかった) (そういう、ことなのです) (誰かが誰かと出会って) (出会うことで、運命が巡るのです!) 「敵を欺くにはまず味方から――」 「でも――思いつかないわ。  どうすれば、そんなことができるっていうの――?」 「そのようなことを言わず、頼む恵那よ!  もう、おぬしだけが頼りなのじゃ!」 「もういっそ、ライブ自体メチャクチャにしちゃったら?  そしたら、封印する意味もなくなるわけだし――」 「バカチビ。これだけのお客さんが楽しんでるライブ、壊せるわけないでしょ!」 「でも――」 「星のヤツは地獄耳じゃからのう」 「わらわがほんのちょっと怪しい動きを見せただけで、すぐに察知――」 「何の話ですか?」 「ひええええええっ! で、出たあっ!!」 「なんの相談かは知りませんが、悪巧みはこの私が許しません」 「恵那様、アザナエルを渡していただけますか?」 「ええと……それが、沙紅羅さんに頼んであるので……」 「沙紅羅様――あの、不良女ですか」 「本当に、間に合うのでしょうね」 「ええ、たぶん……」 「……疑わしいものです。  持ち逃げされてもおかしくない――」 「ふざけんなッ!!」 「師匠は、絶対、そんなことしない!」 「師匠? ……やけにあの不良女の肩を持つのですね」 「オレは、約束したんだ!」 「オレが恵那を絶対守るって!  その代わりアザナエルは絶対に取り返してもらうって!」 「師匠が約束を破るはずなんて、絶対にない!」 「しかし、現に彼女は――」 「待たせたなッ!!」 「あ――」 「この声は――」 「師匠――っ!!」 「月夜乃沙紅羅、秋葉原カスタム!!」 「只今参上! 夜露死苦ぅ!!」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「はっはー! どうだッ!  今のアタシ、格好良くて言葉もないか!?」 「え……ええと……」 「かっこいい……」 「わ! の、ノーコさん!?」 「突然出てきたかと思えば……本気?」 「ほんき」 「なんだか頭痛が……」 「へへぇ!  ライブはなかなか上手くいってるみたいじゃねーか」 「うん、おかげさまで――」 「で、あなたの方はどうなのですか?」 「もちろん順調、問題ナシ!  ほら、受け取れ弟子よ!」 「え……あ、これ!」 「アザナエル。注文通り、届けてやったぜ」 「ありがとう!」 「なあに、月夜乃沙紅羅に二言はねーよ。な、ミヅハ」 「うむ!!」 「……どうやってアザナエルを!?  河原屋双一は!? 双六は――」 「双六は、死んだよ。  籠を爆発させて、一緒に沈んだ」 「沈んだ……?」 「それじゃ、アタシはこれで――」 「まって!」 「ん?」 「これ――」 「あ!? コレってオレの――!」  千秋は有無を言わさず、ノーコからバッグを奪い取り中味を見ると―― 「オレのエコバッグ――じゃ――」 「ない?」 「なんだこれ……同人誌?」 「ってオイ! これ、まさか――」 「『NO CONTROL』のさいしんかん」 「あなたが、さがしていたほん」 「なんで……? なくなったんじゃ――」 「アザナエルの、きせき」 「あ……それじゃもしかして!  おまえ……カゴメアソビでコレを!?」 「もっていって」 「おとうとさんのために」 「は……はは、あははは!」 「なんだい。最後に……はは。  こんな、サプライズが……」 「やった! やったぜ! 嬉しいなぁ……!!」 「ね、千秋!」 「『鳥、戦える?』」 「え? 鳥?  なに、わけのわかんないこと――」 「ああ、鳥ね。鳥……」 「戦えるかっていうけど――  それ、『痛いんじゃないかな?』」 「ああ、そっか。痛いわよね、やっぱり……」 「…………?  ふたりとも、なにをこそこそと話しているのですか?」 「あ、いえいえ!」 「別になにも!」 「……ほら、時間がないのです。  早くアザナエルを」 「わかってるよ。ほら」 「確かに、受け取りました」 「師匠も、はい」 「おう、サンキュー」 「行きましょう、ミヅハ様」 「いや、でも――」 「沙紅羅、本当に、それでいいのか?」 「アザナエルを使えば、おぬしの弟は――」 「アタシは、姉貴失格だからさ」 「努力したつもりになってるだけで、結局変われない。  そんなアタシにぴったりの結末だよ」 「しかし――わらわは、運命を変えられる!」 「おぬしらの叶わぬ努力を叶えてやるのが、我らが神の役目ではないのか!?」 「……ありがとな、ミヅハ」 「待て、待つのじゃ!」 「沙紅羅――さくらあッ!!」 「……あばよ、みんな」 「さて、と。これから――」 「これから……どうすっかな」 「あ、あの!」 「ん……?」 「ん……ええと……誰だっけ?」 「あ、やっぱり忘却の彼方ですよね。  そういうオチだと勘づいてはいました」 「んー、あー、いや……」 「なんかこう、ノドのここまで思い出しかけてる……」 「…………あ!」 「あーあー! 思い出した! 思い出したぞ!」 「確か、ビッグ斎藤で見かけた――」 「はい! か……感激だなあ……  まさか、覚えてくれてるなんて……!」 「おまえ、アタシを馬鹿にした?」 「そ、そんな滅相もない!」 「それであの、このヘルメット。  あの時受け取ったけど、やっぱり、お返ししようって」 「ぁあん? アタシの厚意が受け取れねーのか?」 「そういうわけじゃないですけど!  自分、バイク持ってないし、宝の持ち腐れで……」 「だから、使ってもらえる環境にあったほうが、彼も嬉しいんじゃないかなって愚考するところです」 「ん……ああ、そうか」 「確かに、メットのせいでブラパンしつこかったし……  自分でトラブルを呼び込むこともねぇか」 「んじゃ、遠慮なく――」 「お! なに!? このステッカー!」 「傷ついちゃったんで、隠そうと思って。  ノーコさんの、ステッカーを――」 「これも神様のお導き……か?」 「あの……邪魔だったらすいません!  今すぐ取って――」 「ううん、ダイジョブだ。アリガトよ!」 「ずっと気に入ってたヤツだからな!  マジで嬉しいわ!」 「そうですか!? よ、よかった……」 「んじゃ、またな!」 「あ、あの――!」 「ええと……その……」 「また、会えますかっ!?」 「ん……? あ、ああ。そうだな……」 「気が向いたら、ビッグ斎藤に遊びに来るわ」 「財布も、返して貰わなきゃなんねーしな」 「あ――はい」 「んじゃ、あばよ!」 「沙紅羅が……行ってしもうた」 「自らの節度はわきまえいていたということですね」 「双六も死にました。  これで一件落着――ですね」 「ん……うん。そのはずなんだけど……  なにか引っかかるのよね」 「引っかかるって、なにが?」 「私たち、一度双六の死体見てるでしょ」 「ああ。でもあの時はオレ、カゴメアソビで……あれ?  カゴメアソビで失敗したのに、なんで?」 「私たちの見間違いか、双六がトリックを使ったか。  それとも――まさか――」 「そうか! 双六は――死なない?」 「は? なに言って――」 「いいえ、そう考えれば全ての辻褄が合う!」 「辻褄が……?」 「ミヅハちゃん! もしかしたら、河原屋双六は――」 「いつまで下らないことを言っているのですか?」 「さあ、次は我々の番です。  渡されたバトンを、きちんと伝えねば」 「じゃが、しかし――」 「ミヅハ様!」 「……そうね。もう時間がないわ」 「ほら、年越し前に、納めなきゃいけないんだろ?」 「恵那……アッキー……」 「手遅れにならないうちに、さあ!」 「……わかった」 「ほんとうに、よかったの?」 「ノーコさん……」 「ミヅハをなかせたら、わたしがゆるさない」 「だいじょーぶ!  ま、この名探偵富士見恵那を信じなさいって!」 「しんじる……」 「さてと、恵那。  年越しももう迫ってきたわけだけど――」 「もうひとつだけ――やり残したこと、あるよな」 「やり残したこと……?」 「そ。ほら、行くぞ」 「え? ちょっと、行くってどこに――待ってよ!」 「……いっちゃった」 「の、ノーコさん!  あの、お願いだから手伝って――」 「もう、としこしがちかい」 「にとりはぶじに、しごとを――」 「あれ?」 「やねにいるのは……にとり?」 「気をつけてくださいね」 「ええと、それじゃ布の端を――あれ?」 「どうしちゃったんですか?」  ADは半田明神の屋根の上、サラシを抱えたまま肩を震わせていた。 「え……ええと……あの……」 「なんか……ライブをみてたら……私、急に……  急に……なんか……なんだろう……その……」 「感……感激したっていうか……  胸が……いっぱ……いっぱいで……」 「今日は……ホントは、番組は、失敗で……  若原Dにも、申し訳なくて……でも……」 「こんな……こんな……歌声を聞いて……  お客さんが……あんな顔をしてるのを見ると……私!」 「報われ……ううっ! 報われるかな、なんて……!」 「ああ……うん、そうだ」 「あの笑顔を作ったのは、君たちだ」 「あは、あははははは……」 「だから、もう一息、がんばろ――」 「しね」 「のわああああああっ!!」 「わたしいがいの」 「おんなのこを」 「なかせるな」 「おんなたらし」 「うおっ! ちょ、違う! 違うって!」 「わたしだけをみる」 「よそみしない」 「うわきは」 「し」 「だから、浮気とかじゃないっ!!」 「や、やだ! やめてください!  私のためにケンカなんて――はれ?」 「え?」 「あ」 「あわわ! わ! や! 落ち! ちゃう!」 「おい、掴まれ――」 「お願いこれを!」 「え?」  バランスが崩れる寸前、マスコットキャラの描かれたサラシを似鳥に投げて―― 「きゃあああああああああああ!!」 「これがプロこんじょう……」 「ADさんっ!?」 「大丈夫ですか――ッ!?」 「は……はいー! 雪で、なんとか……」 「よかった……」 「ち」 「コラ! おまえが暴れるからだろ!」 「うわき、ゆるさない」 「だから、浮気とかあり得ないし!」 「…………」 「あー、ったく! ほら、コレ持て!」 「マスコットキャラ?」 「あっち行って立っててくれ。  いいか、下から合図があったら、放すんだぞ!」 「会場のみんなッ!  今日は急なライブに来てもらって、ありがとうッ!」 「ありがとうございましたー!」 「ええと……スタートの時間が遅れて、場所も突然変わっちゃって、ホントにご迷惑おかけしました!」 「しかも、こんな大雪でねっ!  すごいよねっ、この天気!」 「電車も止まっちゃってました~」 「危うく遅刻ですー」 「そうそう。  ふたりはホント、本番の1分前とかに到着してっ!」 「いつものんびり気味なふたり組だけどねっ!  カウントダウンはやり直しとか効かないんだからねっ!」 「ごめんなさい……」 「すみませんでしたー……」 「ま、時間には間に合ったからとりあえず良しっ!」 「で、早速カウントダウン――」 「に、行く前に!  ちょっとだけ、説明したいことがありますっ!」 「フウリちゃんっ!!」 「は……はい!」 「あー、あの! ええとー……ここに来る前にー、全国ゆるキャラバンっていうのがあったんですけど――」 「見てくれたひと、いますかー?」 「うひゃー!」 「す、すごい歓声……」 「え、ええと! ありがとうございますー」 「あの、私も、参加させてもらったのですが」 「そこでちょっと色々ありまして、秋葉原のマスコットキャラクターが、未発表のままでした」 「そ、それでですね、新たにあそこに、大きな絵が描いてあって、カウントダウンとともに――」 「発表ー! で、ハッピーニューイヤー! なんですね」 「それでですね、実はあの絵には、なんと霊験あらたかな効果があって、願い事が叶っちゃうのですー」 「すごいですよねー」 「カウントダウンが終わって年越し、発表! で、皆さんなむなむ、してください」 「1年間、幸せに過ごせますように……ということです」 「皆さん、いいですねー?」 「そろそろ年越し……か」 「ミヅハちゃん、上手く行くといいけど」 「きっと大丈夫だって。  ラッキーアイテムなんだろ?」 「まあ、ね」 「で、何のためにここに連れてきたわけ?」 「ジャーン!」 「え? コレって……」 「御札」 「な、なんで!? ホントに――本物!?」 「そ。本物」 「どうやって手に入れたの?」 「なんか良くわかんないけど師匠がくれた」 「師匠?」 「沙紅羅さん」 「うーん……さっぱりわけがわかんない」 「ま、返ってきたんだしいいじゃん!」 「それよりほら、ちゃーんと、約束は守ったぞ」 「ものすごーく、ギリギリだけどね」 「そういう意地悪言うなよ」 「はいはい、ごめんなさい」 「じゃ、ふたりで納めよう」 「うん」  ふたりは、御札を手に投函用の箱に近づき―― 「今年も一年、ありがとうございました」 「ありがとうございました」 「なあ、恵那」 「なに、千秋」 「今日は、アリガトな」 「私も、アリガトね」 「ええと、それで、その……」 「うん、それで?」 「あの、なんて言うか、その――」 「お、お――オレは、変わったんだよ!」 「変わった?」 「変わった! だって、1回死んでるし!」 「むしろ変わんなきゃ変だろ?」 「で、なにが変わったの?」 「そ……それは……  おまえへの、気持ちとか……」 「気持ち?」 「あの、あのさ! 恵那!」 「……うん」 「オレ、おまえの、おまえのことが――」 「……うん」 「す、すす、すすすすすす――」 「……うん」 「スキーにはうってつけの季節だね!」 「ハァ!?」 「じゃなくて!」 「あ、あ、あ、あいあいあいあい――」 「……うん」 「アイススケートもできそうだね!」 「ハァ!?」 「じゃなくて!」 「う、う、う、ううううう――」 「うん!」 「後ろ――――ッ!」 「ハァ!?」 「後ろ……?」 「やべぇっ!」 「見つかった!」 「見つかった、じゃないだろ!  なに覗き見してんだよッ!!」 「ば、バッキャロー!  偶然ここにいただけで、やましいことなんてなにも――」 「『やべぇっ!』って言ったじゃない」 「さすが名探偵ッ!!」 「誉められても嬉しくない!  そもそも、こんなところでなにしてるの?」 「そりゃもちろん、仕事だよ仕事!」 「オレたちにうってつけの仕事があるのさ。  おまえらも手伝うか?」 「ニコちゃん!」 「はい!」 「フウリちゃん!」 「はいー!」 「準備、オッケーです!」 「よーし!」 「それじゃ、カウントダウン――」 「いってみよ――――ッ」 「せーのっ!!」 「10!」 「9!」 「8!」 「7――」 「6!」 「5!」 「4……」 「3!」 「2!」 「1!」 「――――、――――、――――、――――」 「――――、――――、――――、――――」 (ギリギリ……年明けまでに間に合ったぜ) (どーじんしを手に、参上だ) (――なあ、マーくん) (アタシ――ちっちゃいころから、悪ガキでさ) (その分を埋め合わせるみたいに、おまえはイイコでさ) (アタシ、おまえに何回も嘘ついて――) (でも、そのたびおまえ、信じんのな) (それで随分、迷惑、かけちまったよな) 「――――、――――、――――、――――」 「――――、――――、――――、――――」 (1回で――いいんだよ) (1回でいいから、さ) (おまえが……ついてくれよ) (病室から飛び出して、笑顔でさ) (「ねえちゃん、騙された!」ってさ――) (頼む……頼むよ、マーくん! な?) (1回だけでいいから――さ) (……な?) 「――ぐっ、ぅっ――、ぅ――ぅぅ――」 「ずずっ、ず――、ん、んん――」 「はぁ――――ふぅ――――」 「ま――マーくん?」 「いるんだろ?」 「入る……ぞ」 「…………………………ぅ」 「ぅ……ぅぅ……ひっ、ひっく、ひぐ……」 「ひぐっ、う……うう……う……ううううう……」 「うあああああああああああああん……!!」 「ぁぅっ、ぁ……ぅぅっ!  う! うああああああ!!」 「なんでだよ……なんで……!  なんで、すぐに来てやんなかったんだよ!!」 「あああ、あああ! 馬鹿!  あだしの……馬鹿ッ!!」 「これは……水?」 「籠を爆破したと言っていたからの。  神田川の水が溢れたんじゃな」 「これ以上は増えないようじゃし、問題なかろ」 「一瞬、祭壇まで浸かってしまうのかと」 「いっそ、そうなってしまえば良かったのに……」 「ミヅハ様わかっているのですか!? あなたのために、皆様がこうやって協力してくれているのですよ!」 「それを今さら――」 「ああ、わかっておる! わかっておるさ!」 「じゃがやはり、沙紅羅のことは――」 「ミヅハ様は……私のことなどどうでもよいと?」 「ば、バカを言うでない!」 「星はわらわの一番大事な――大事な、友達じゃ!」 「友達――」 「ん? どうした、星よ」 「いいえ、ミヅハ様はそれでよいのです!」 「さあ、参りましょう!」 「どうやら、間に合ったようじゃの」 「ええ。皆さんに、感謝しなければなりません」 「いよいよこれで一件落着――」 「待てよ」 「え?」  暗がりから突進を受け、歌門が後ろから抱え込まれる。  衝撃で、彼女の手からアザナエルが零れた。 「な……!? あなたは死んだはずじゃ――」 「そう簡単には、くたばらねぇよ」 「久しぶりだな、ミヅハ」 「……ほう、わかったぞ。  恵那は、おぬしが死なぬと言っておった」 「貴様は――双一じゃな」 「さすがに、神様の目は誤魔化せねぇか」 「いかにもオレは、河原屋双一。  今は双六って名乗ってるがな」 「あなたが双一!?  しかし年齢が――!」 「オレも、かつてはカゴメアソビをしたのさ。  おかげでこの身体は不老不死――」 「まさか……そんな……しかし、なぜ……」 「貴様――星を放せ!」 「なあミヅハ」 「この時代には、夢が足りねぇと思わねぇか?」 「オレたちが生きてきたあの時代にはよ、モノはなかったがミライはあった。違うか?」 「生きるか死ぬかの大バクチ」 「アザナエルこそ、オレたちにもう一度、ミライを見せてくれる夢への切符じゃねぇか?」 「…………」 「ミヅハ様ッ!」 「私など大した問題ではありません!」 「ミヅハ様が元の姿に戻れるなら、私は――!」 「おぬしは黙っておれ!」 「河原屋双六――おぬしの願いは、アザナエルじゃな?」 「ああ。オレは一度、アザナエルのトリガーを引いた」 「一人が引けるのは一度だけ」 「あんたに、引いてもらいたいんだよ」 「そうすれば、星を自由にするのじゃな」 「もちろんだ」 「よかろ。それでは――」 「だ、ダメです! それをしては――」 「それをしては、また――長い時間を――」 「ふむ……この格好は久々じゃのう」 「わらわの名はミヅハノメじゃ」 「あ……ああ……ミヅハ様……」 「……へへっ、いい感じじゃねぇか」 「じゃあ、アザナエルを取るんだ」 「わかっておる」  ミヅハは悠然と返答し、水に浸かったアザナエルを取る。 「ん? これは――」 「ミヅハ様! 今ならまだ、引き返せま――」 「そう、大声を立てるでない」 「わらわには、勝負事の加護がついておる。  カゴメアソビをすれば、間違いなく願いが叶う」 「じゃが……最後にひとつだけ、訊いておこうか」 「おぬし、いったい何を願うのじゃ?」 「お主自身が、夢など信じられないにもかかわらず、何故カゴメアソビを繰り返した?」 「オレが……夢を、信じられないだと?」 「……やはり、図星じゃな」 「お主自身は、もう未来に希望など持っていない」 「全ては、計算のうちだったのじゃな」 「わらわがたくさんの人と出会うように仕向けた」 「人間に、愛着を抱くように仕向けた」 「その人間を――カゴメアソビで苦しめるように仕向けた」 「それが、おぬしらの計画じゃったのじゃな」 「くっ!」 「くっくっくっくっく……バレちゃしょうがねぇな。  よーくわかってるじゃねぇか」 「オレにも、信じる神様がいてな」 「そいつが『未来の運命を操れる』っていうもんで、オレもすっかりその気になっちまった」 「色々紆余曲折もあったが、ようやくここまで辿り着いたって寸法だ」 「で……オレの計画に、乗ってくれるのか?」 「計画って……どういう意味ですか!?」 「こやつの望みは、ずばり――死」 「カゴメアソビで願いが叶えば、こやつは死ねる」 「じゃが、かつてのカゴメアソビで得た不老不死の能力が、アザナエルの確率を歪めてしまうのじゃ」 「鉛の弾丸でこやつは死ねぬ。  失敗するように運命づけられた、カゴメアソビ」 「双六の不老不死を打ち破る可能性を持つ唯一の存在――」 「それが、勝負事の加護を受けたわらわ――」 「ミヅハノメなのじゃろう?」 「そんな――」 「……で?」 「それがわかったら、どうする?」 「ミヅハ。  あんたはそれがわかっていても、オレを撃つ」 「撃たなきゃアンタの大事な人が、死んじまうんだぜ」 「さあ、ミヅハノメ」 「年が変わっちまう前に、オレの命奪ってくれ」 「もういい加減、終わらせてくれ」 「撃ってはなりません!  私には構わず、アザナエルを――」 「ふふ――」 「星よ、安心しろ」 「わらわは――」 「自らの判断を、過ちだとは思っておらんよ」 「あけまして――」 「おめでとうございます――――っ!!」 「ノーコ!」 「きる」 「おおおおおおお――――――――っ!!」 「の、ノーコ様だああああッ!!」 「ノーコ様、最高――――ッ!!」 「愛してます――――――ッ!!」 「切断して―――――――ッ!!」 「黙れ、黙れ黙れ黙れッ!!」 「いいか、よく聞けッ!!」 「妄想は妄想!  非実在青少年としてのノーコは、おまえらの自由だッ」 「コスプレだろうと輪姦陵辱だろうと近親相姦だろうとふたなり化だろうと死姦だろうと好きにしやがれッ!」 「しか――――――――――し!!」 「現実の! ノーコは! オレだけのもんだッ!」 「にとり……」 「おまえらは、オレの魂籠もったノーコのエロマンガで、思う存分マスかきやがれッ!!」 「は――――っはっはっはっは!!」 「アホだ……」 「アホだぞ……」 「アホがいる……」 「本物のアホだ……」 「……最低」 「かっこいい……」 「え!?」 「会場のみんな!  ちゃんと願い事はした?」 「ニコちゃんは?」 「はいっ! しましたよ~」 「どんなお願い?」 「そういうのは、秘密なんですよ!」 「あ、そっかそっか」 「ちなみにフウリちゃんも、お願いした?」 「もちろんです!  ふふふ……考えただけで、よだれが……じゅるり」 「ええと……まあ、いいわ」 「ちなみにアタシのお願いは――」 「第一宇宙速度、念願のメジャーデビュー!!」 「え? え?  でもそれって、言っちゃダメなんじゃ……」 「そうですよー!  せっかく、夢に向かってここまで来たのにー!」 「構わないわ!」 「だって、もう全然、夢じゃないもの!」 「今夜叶う出来事は、夢じゃなくてただの未来よ。  違う?」 「なるほどー」 「さすが、鈴ちゃん!」 「ってことでミリPさん!  プロデュースよろしくお願いねっ!」 「ささ、それじゃ新年1発目!」 「いってみよー!!」 「た――まや――――!!」 「か――ぎや――――!!」 「父さん、花火まで用意してたんだ……」 「お祭り好きだからなあ」 「身体、大丈夫かな?」 「大丈夫だろ。元々頑丈だし」 「この花火、見せてあげたかったな……」 「それは確かに」 「でもま、何にせよ無事にいって良かった良かった」 「今頃星さん、びっくりしてるだろうな」 「地団駄踏んでるかも。一応、逃げとこっか」 「ん、そうすっか」 「お……すごい絵」 「ノーコさん、幸せそうだね」 「私も……あんな顔、してみたいな」 「人を刺したりすんのか?」 「そういうんじゃないって! もう!」 「はは、ごめんごめん」 「で、願い事はした?」 「一応……」 「何、願ったの?」 「ん? いや、ええと……  おまえこそ、なにお願いしたんだよ!?」 「んー、そうだな……早めの事件解決?」 「事件解決?」 「ほら、例えば私のブルマーだって、見つかったのはいいけれど、まだ犯人が捕まってないじゃない」 「あ……ああ、うん。アレね……」 「いやでも、それはもう済んだこと――」 「そんなことないわよ!  罪は罪で、ちゃんと償ってもらわないと!」 「いやいや、犯人もきっと反省してるって!」 「……ちょっと。なんでそんな犯人の肩もつのよ。  なんか、怪しくない?」 「まさか犯人知ってるとか……」 「ないない! そんなのあり得ないでしょ!」 「怪しい……」 「いやいや、怪しくなんて――あ、メール!」 「ちょっと! 話逸らさないでよ!」 「ええと、誰からかなあ……って、恵那のオヤジさん!?」 「父さんから!? なんてメールが?」 「ええと……なになに?  『ネット中継で見てた。娘から今すぐ離れろ』」 「『うちの娘は、嫁にはやらん。  なお、離れない場合には……』」 「『オレからの使者が、天罰を下す』……?」 「使者って、いったい……」 「わう――――――んッ!!」 「ん? この声――」 「ユージロ――」 「ブルマー仮面ッ!?」 「がうがうがうがうっ!!」 「いででっ! や、やめろコラ! っていうかアレ?  コイツが、オヤジさんからの使者!?」 「わお――――――ん!!」 「ぎゃああああああッ!!」 「こらユージロー! いい加減にしなさいッ!」 「ぐぅぅぅぅぅぅ……」 「もう! 千秋のことはとりあえず置いといて!」 「そうだそうだっ!」 「それよりもこのブルマーの匂いから、泥棒を探すのが先でしょ!」 「え、いやそれはやめたほうが――」 「ほら、匂い嗅いで!」 「くんくん……くんくんくん……」 「ぐるるるるるるる……」 「がうがうがうがうッ!!」 「ぎゃーっ!! や、やっぱりかあああ!?」 「だから、千秋はもういいって!  私が探して欲しいのは、ブルマー泥棒で――」 「…………ん? あれ?」 「ブルマー、泥棒?」 「そういえば……私、アンタにエコバッグあげたわよね。  あの日、私のブルマーも同じ柄の袋に入ってたわけで」 「もしかして千秋、カバン間違えって持ち帰った!?」 「そ、そんなわけない……」 「そんなに私のブルマーがはきたかったの!?」 「は……ハァ!?」 「ブルマーはきたいとか! オレは変態かッ!?  ただちょっと間違えて――」 「間違えて……?」 「あ、ヤベ!」 「やっぱり――アンタが持ち帰ったんじゃないッ!!」 「ご……ごめんなさい!」 「でも、ほら!  オレすごい努力したんだぜ!」 「元はといえば今日こんなカッコでバイトすることになったのも、ブルマーを返そうとしたからだし!!」 「あ……あの、さ。  もしかして……もしかして、なんだけど」 「千秋が探してた、私にどうしても渡さなきゃならないものって――」 「その、ブルマーのこと?」 「えへ。  実は、そうなんだよね……」 「ふ……ふふふ……」 「あれ? 面白い?」 「ふはははは、あはははははは……」 「面白いよね、ははははははは……」 「全ッ然! 面白くない!」 「行け、ユージロー!」 「ぐるるるる――がうがうがうがうがうッ!!」 「なんで……うぎゃあああ――――――ッ!!」 「うるさい」 「……確かに、賑やかだな」 「ま、あのライブに比べりゃ大人しいもんだけど」 「フウリ、かっこいい」 「……だな」 「プロになれる?」 「ああ。きっとなれるさ」 「にとりも、なれる?」 「……それは、わかんないけど」 「でもオレ、マンガ、描くよ」 「言い訳して逃げてたけど、今度こそ、本物を描く」 「うん」 「にとりなら、きっとできる」 「ああ」 「っていっても、生活費を稼がないことには――」 「似鳥さあああああああん!!」 「あ、村崎。どうしたんだ?」 「すごい! すごいですよ!」 「『NO CONTROL 11』――  あっという間に完売!」 「こりゃ一財産ですよォ!」 「盗むなよ」 「そ、そんな! 滅相もない!」 「私は……思い出したんです」 「ただお客様の笑顔だけが見たくて……懸命に働いた、あの若い日のことを」 「長く商売を続けるうちに、忘れてしまっていました」 「似鳥さん。今日は、色々ご迷惑おかけしました」 「いや……オレも色々手伝ってもらっちゃって」 「つきましては――」 「ええ、私明日から同人誌を取り扱って委託販売など行いたいかな、と思っているのですが是非――」 「けっきょくしょうばい」 「……そういうなって」 「追い詰められたから、一番大切なものが見える」 「村崎の大切なものが、商売だったってことだろ?」 「だったら、わたしのたいせつなものは」 「にとりだよ」 (大切なもの――) (これが、私が見つけた大切なもの――) (ひとも、タヌキも、たくさんのものをなくしてしまう) (けど、なくしてしまうだけじゃない) (禍福はあざなえる縄のごとし――) (辛いこともたくさんあるけれど) (きっと、それよりたくさんの、うれしいことがあるから) (誰かが私を助けてくれたみたいに――) (この歌が、誰かを助けてるかもしれないから――!) (だから――) (私は、タイコを、たたきます!) (天国で、聴いててください。  大好きだった――貫太さん) (そしてこの歌が――) (沙紅羅ちゃんの元にも、届きますように――っ!!) 「ひぐっ……ぅ……ぅ……」 「そ……そうだ……マーくん」 「お姉ちゃん、遅れてごめんな?」 「でも……ちゃんと、持ってきたから」 「おまえに頼まれた――ほら」 「のーこんとろーるの、11が――」 「あれ?」 「な……んだ?」 「なんか……カバンの底に――」 「――――な!?」 「なんでコレが、こんなところに――ッ!?」 「ミヅハ様――」 「ふ――」 「あ……」 「な……な……」 「なんだこりゃあッ!!?」 「黄色い……ペイント弾……?」 「まさか、鳥居を塗っていたもの……?」 「アザナエルを手渡すときに、アッキーが交換したのじゃろうな」 「なぜそんなことを!?」 「そうでもせねば、おぬしは許さなかったじゃろう?」 「あ……当たり前ですッ!」 「せっかく今日まで、元の力を取り戻すべく、我慢を重ねてきたというのに!」 「歌門星よ。  わらわは大晦日の秋葉原で、たくさんの人と出会った」 「そうして、たくさんの人々の想いに触れた。  たくさんの人々の願いに触れた」 「たくさんの想いに触れたからこそ、おぬしが誰よりも深く、わらわを想っているのを知ることができた」 「や……やめて下さい!  そのような優しいお言葉をいただいては、私も――」 「いいのじゃ、星よ」 「もう、自らに嘘はつかずとも良い。  想いに、正直になるのじゃ」 「わらわはしばらく人と共に……  おぬしと共に、生きて行こうと決めたのじゃからのう」 「ミヅハ……様……!」 「……やれやれ」 「もしもし?」 『……もしもし』 「ん……? ああ、とっつぁんか。  ジャブルに代わってもらえるか?」 『けっ! 代わってやる義理はねぇよ』 「おいおい、ケチくせぇこと言うなよ」 『他に用事はねぇな? 切るぞ!』 「ああ、わかったわかった! じゃあコレだけ!  コレだけ伝えておいてくれ!」 「今回は、オレたちの負けだ」 「オレたちは――  人が幸せを願う気持ちを、甘く見てたって」 「それだけでいいんだ。頼むわ」 『…………』 「おい、平次? 聞いてんのか?」 『……なあ、双六』 「ん? なんだよ」 『そんな悲しい顔すんなって』 「別に、悲しい顔なんて――」 『いいか、あいつらが仲間の幸せ願ってたみたいに、この世界のどっかにおまえの幸せを願ってるヤツがいる』 「オレの、幸せを――? バカ言え――」 『じゃあな! 達者に暮らせよ!』 「…………」 「――ありえねぇよ」 「おぬしの過去は、確かに消えぬ。  死に値するような悪行を、積み重ねてきた」 「じゃがのう、双六よ」 「その罪を罰するために、神がいる」 「その罪を許すために、わらわがいる」 「オレを――許す?」 「ああ、そうじゃ」 「わらわも、おぬしを救いたい」 「沙紅羅が願ったのと、同じようにな」 「過ちを直すのに、遅すぎるということはないのじゃぞ」 「――やれやれ」 「のう、双六よ。例えば……の話じゃが」 「同じ永い命を持つ者同士――  友達になってみるというのはどうじゃ?」 「なななな――!?」 「――ふぅ」 「あーあ、アンタ……」 「やっぱり、神様だったんだな」 「今頃気付いたか、この馬鹿者め」 「さて――と」 「星よ。いつまで抱きついているつもりじゃ?」 「あ……はい、すみません!」 「ついうっとりしていました」 「うっかりじゃろ。ホレ、時間がないぞ」 「早く、最後のカゴメアソビを完成させねばな」 「最後の、カゴメアソビ?」 「いや、でも――それをすると、ミヅハ様は――」 「またしばし、この姿には戻れぬじゃろうな」 「そ、そんなの、でも――」 「どうせアザナエルの解呪に失敗したのじゃ。  また10年、辛抱せねばならぬ」 「でも、私まだ――」 「残念じゃが――次の機会に取っておくんじゃな」 「それまでは、これで我慢せい」 「んちゅ――」 「ぁむ? ……ん、ん――!」 「むちゅ……んん……んちゅ……  ん……んん……ちゅぅぅっ、う……」 「ぁぅ……ん……ちゅぅ……はふぅっ、ん……  ミヅハノメ様……ん……ちゅぅ……ちゅっ」 「やれやれ……」 「邪魔者は、退散するぜ」 「待たれよ、双六!」 「おぬしは、来んのか?」 「オレには、会いに行く資格なんて――」 「資格など関係ない。遠慮など要らぬ。  むしろ自分の想いに嘘をつくことを恥じよ」 「自分の信念を貫くのが、侠ってものじゃろう?」 「…………」 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 「う……うう……うううう……っ!!」 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」 「うくぅっ……く……くぅぅぅ……っ!!」 「コイツを……コイツを、撃てば……」 「マーくんは、蘇る……蘇る……はず……なのに……」 「……………………」 「アタシは、姉、失格で……」 「だから……アタシ……」 「撃てないよ……」 「そのようなことは、ないぞ」 「え……?」 「ミヅハ……? ミヅハなのか?」 「まさか、封印が解けて元の姿に――?  いや、でもアザナエルは――」 「うむ。アザナエルの呪いは解けておらん。  この姿は一時的なものじゃ」 「それじゃなんで――」 「おぬしの願いを叶えるため、力を解き放った」 「アタシのために――?」 「わらわがこの力を貸せば――  おぬしのカゴメアソビは、必ず成功する」 「…………」 「でも……アタシは……」 「カゴメアソビをする、資格なんて……」 「師匠。大丈夫です!」 「弟子――!?」 「師匠ならできます!  どんなに無理に見えても、その木刀で真っ二つ!」 「カッコいいところ見せて下さい!  オレだって、あなたのおかげで男になれたんです!」 「全然なれてないじゃない」 「名探偵も……!?」 「さっきは、助けてくれてありがとう。  あなたのおかげで、ライブも成功できたわ」 「名探偵富士見恵那の推理によれば――  あなたは、こんなところで躊躇してちゃいけない」 「怖いのは、わかる。  オレだって、怖い。怖くて怖くて逃げ出したい」 「似鳥……」 「でも――お前の言葉が、勇気をくれた。  過去に向き合って、もう一度、やり直そうって思った」 「でっかいノーコの絵、描けたんだ。  もちろん、見に来てくれるだろ?」 「おねがい、みにきて」 「ノーコ……」 「アザナエルは、ねがい。  ねがいは、ひとのいきるあかし」 「ひとは、ひとりでは、よわい。  だから――なかまが、ひつよう」 「みんなのおもいがあつまり――  だから、きせきがおこる」 「奇跡――」 「ん? ナンダァ!?」 「沙紅羅ちゃああああん!!」 「え……? フウリ!?」 「おまえ、ライブは――  ってか、車!? 病院の中なのに!?」 「太四郎さんに頼んで抜けて来ちゃいました!  ライブ中ですぐに戻らなきゃ、ですけど!」 「沙紅羅ちゃん! お願いです!  私たち、仲間を信じて!」 「みんなで、願いを叶えましょう!」 「でも――」 「でも……私は……」 「仲間みんなを、幸せにできたわけじゃ――」 「そう。まだだ」 「双六さん――」 「はは……あんな、思わせぶりに別れたのに。  また会っちまったな」 「なんで――なんで、生きてる――?」 「まあ、なんていうか……  神様が、奇跡を起こしてくれたんでな」 「よ……よ……」 「よかった……」 「双六さんが生きてて……本当に……」 「おおっと、喜ぶのはまだ早いぜ」 「まだ、おまえには、やり残したことがある」 「おまえの心からの笑顔、見てぇんだ」 「失敗は、やり直せるんだろ?  おまえはそう、啖呵を切っただろ?」 「オレは――おまえのその心意気に、惚れたんだ」 「双六さん……」 「オレにも、その証拠、見せてくれよ。な?」 「オレにも、希望があるって、未来があるって。  見せてくれよ」 「人の力では届かぬ願い」 「それを叶えるのが、神様の役目じゃ」 「ミヅハ……」 「沙紅羅」 「信じるのじゃ」 「友達、じゃろう?」 「…………ああ」 「みんな……」 「ありがとな」 (そう――) (ひとりじゃないから、前に進める) (やり直すのに……遅いってことは、ない) (アタシの道は、希望に満ちてる) (きっと、未来に続いてるんだ) (……だよな、神様?)  弾丸は、前を塞いだノーコに当たり―― 「だめえええええっ!!」  すり抜け―― 「ぁ…………」 「ぁ……ぁ……ぁぁ……」 「あたった……」 「にとりのたま、あたって……」 「ひとを……ころ……し……」 「ふ、ふふ……ふふふふ……」 「ふは……ふはは……ふはははははは!!  ふははははは……!!」 「ダメだ……ダメだ……オシマイ……」 「オレ……オレ……犯罪者で……  警察に捕まって、一生、棒に振る……」 「ちがう。せいとうぼうえい。  せつめいすれば、きっと……」 「突然、ロシアンルーレットを強要された?  そんな話、警察が信じるわけないだろ!?」 「だってオレ……動機があるじゃないか。  借金があったんだぞ。殺せば、逃げられたんだ」 「ああ……もうだめだ! 嫌だ! 全部嫌だ!  終わりだ! 最初から終わってたんだ!」 「オレに、生きてる意味なんて……意味なんて……  死ねばよかった……死んでしまえば……」 「わたしが、ころしてあげる」 「ノーコ……?」 「わたしなら、しにたいなら、なんどでも。  なんどでもころしてあげられる」 「だから、いまはにげよう。  にげればたすかる」 「逃げればって、でも――」 「しゃっきんにはおわれない。  にとりがころしたなんておもわない」 「これは、かみさまがあなたにくれた、チャンス」 「わるくない。にとりはわるくない。  ぜんぜん、これっぽっちも」 「わるいのはせかい。わたしたちをじゃまするすべて。  あなたはずっとむかしからしっている」 「悪いのは……世界……」 「わたしはみかた。  わたしだけがにとりのみかた」 「わたしはにとりのそばにいる。にとりがどんなことをしてもどこにいてもいつだれがなんといっても」 「わたしはあなたのもの。あなたはわたしのもの。ゆびもつめもへそもことばもしせんもこえもこころもみんな」 「だからにとりはなにもかんがえなくてもいい。かなしみもふあんもわたしがきもちでうめつくす」 「だいじょうぶあなたはなにもわるくない。わたしがそばにいる。わたしだけがそばにいるから、だいじょうぶ」 「ね、にとりそうでしょう? だいじょうぶでしょう? いままでどおりでしょう? もんだいないでしょう?」 「ノーコ……」 「ぎゃああああああああああッ!!」 「――だれ?」 「ひ、ひひひひひひひ――」 「ひとごろしいいいいいいいッッ!!」 「そうか……気絶、してたんだ」 「じゃまもの――」 「た、たたたた、助けてッ!!  どうか、私、見逃してくださいッ!!」 「命! 命だけはお助け――  あぎゃああああああぁぁぁぁ――――……!!」 「消えた……?」 「ちがう。このおくに、ちかへのつうろ」 「本当だ……下に続いてる」 「……おいかけましょう」 「追いかける……?」 「にとりがひとをころしたとしってる。  わたしたちのみらいをじゃまするもの」 「はいじょするべき」 「排除……」 「おねがい」 「それをもって、おいかけましょう」 「…………」  ノーコが指さしたのは、双六の指からこぼれ落ちた弾丸。 「にとりのために」 「わたしのために」 「ころして」 「暗い……」 「そこに、ライトが」 「脱出用か……?」 「ずいぶん古いな」 「なんで、こんなものが――」 「わうわうわうわうっ!!」 「こっちか! でかした犬!」 「おい! オレ様を置いていくな! 怖いい!」 「まだいた」 「なんだあいつら?」 「ばか」 「バカ?」 「むこうはむし」 「おいかける」  ノーコが壁際を指さす。  よく見ると、床に真新しい足跡がついていた。  明らかに、今すれ違ったみそブーたちの物とは違う。 「そうか。灯りがないから、壁伝いに――」 「おいかける」 「ああ」 「地下鉄にも、繋がってるのか……」 「そう」 「…………」 「…………」 「…………」 「……ふあん?」 「…………」 「これ、夢じゃないよな?」 「突然目が覚めて、みんななかったことになるとか――」 「ゆめじゃない」 「げんじつにおこったこと」 「にとり、みとめて」 「あなたは、ひとごろし」 「もう……もとのせかいには、もどれない」 「このままじゃだめだって、思ってた。  自分の力のなさに、無性に腹が立って」 「おまえが側にいるのが、悪いんだって  全部、おまえのせいにして。でも――」 「おまえがいなくなった途端、こうなった」 「やっぱりオレ……  おまえと一緒じゃなきゃ、ダメなのかな」 「ふたりきりで……ふたりだけで……」 「ふたりだけが、いい」 「ともだちも、いらない」 「わたしは――にとり」 「あなたといっしょがいい」 「あなたしかいらない」 「本当に……それでいいんだよな?」 「わたしは、のうないかのじょ」 「わたしは、あなたがうみだしたがんぼう」 「あなたはすべてをこわしたかった」 「だからわたしをうみだして、へやにこもった」 「でも、あなたはそとにでた」 「あなたのてはちでよごれた」 「だから、まちがい」 「ああ……そうだ……」 「世界がどんなにオレを嫌っても……」 「ノーコだけは、オレを好きでいてくれる」 「部屋からでなけりゃ良かったんだ」 「ずっと、ずっと、閉じこもって……  おまえとセックスしてればよかった」 「ごめんな、ノーコ」 「おまえを突き放したりして、ごめんな」 「わたしがいる」 「いっしょにいる」 「ずっと、ずっといっしょにいる」 「よのなかにせをむけて」 「きにくわなければ、こわせばいい」 「きにくわなければ、きればいい」 「わたしといっしょに、いきましょう」 「じごくのそこまで、いきましょう」 「ノーコ……」 「こっちに、まがってる」 「――いるな」 「おいっ! これ以上逃げても無駄だっ!」 「大人しく捕まれっ!」 「い、いやっ! 助けてぇー!」 「おねがいっ! やめて――考え直してくださいっ!!」 「考え直すだと? 馬鹿な!」 「オレはもう、後戻りなんて効かないんだ!」 「ころそう。もうひきかえせないんだから」 「ひとりも、ふたりも、おなじ」 「わたしといっしょに、いこう」 「――――ふぅ」  似鳥は銃を握り直し、小さく息を吐き出す。 「なんだ……ここは……?」 「なんか、気味悪い……」  床に転がるブラックライトが、壁に巨大な文字を浮かび上がらせている。 「《アザナエル》〈AXANAEL〉……?」 「けんじゅうのなまえ」 「さあ。あいつを――」  促されるがまま、似鳥は拳銃を構える。 「か……勘弁してくださぁい!」 「命……どうか、命だけはぁッ!  絶対! 絶対なにも言わないんで!」 「しんようしないで」 「信用できない」 「そんなこと言わないで! お願いします!  私には妻もいるんです! 娘も!」 「なまえをきいて」 「名前は?」 「名前は……あ、アッキー――アキナです」 「かんじ」 「漢字は?」 「え……?」 「とし。せいねんがっぴ。がくねん」 「今何歳? 何年生まれ? 何年生?」 「え、あの、それは――」 「うそつき」 「嘘ついただろ」 「す、すいませんでしたッ!!」 「いきるかちがない。らくにして」 「生きる価値――」 「なあ、おまえ。名前は?」 「村崎です! 村崎勇!」 「おまえ、もし、生き延びたらどうする?」 「え?」 「もう双六はいないだろ?  もし、それで借金が見逃されたら、なにがしたい?」 「何かを変えるか? それとも――」 「変えます変えます!」 「なにを変える?」 「なにをって、そりゃ――」 「たくさん金を儲けて、美味いものたくさん食って、可愛い嫁さん見つけて、いい家に住んで……」 「くだらない」 「そもそも、むり」 「それから?」 「それからって……?」 「それで終わりか?」 「そそそそ、そんな!」 「いやだ! いやだあ……!」 「こんなところで死ぬなんて、いやだよぉ……」 「私には……夢が……夢があったのに……!」 「夢?」 「あったんです! 会社をでかくしたいって、夢が」 「くだらない」 「あは……はは……」 「ははは、ははははははは!」 「にとり……?」 「ははは、そうか、夢か!」 「夢に破れて、そんななりか!」 「ゴミクズ、だな」 「や……やめて下さい……」 「そんなものがあるから、くるしむ」 「消えちまった方が、楽だろ?」 「そう。きえてしまったほうが――」 「夢なんて最初から持たず――」 「死んでしまえば……よかったんだ……」 「にとり……?」 「ちゃんちゃらおかしいな」 「え……?」 「な……今の、声って……?」 「ウソだろ……ウソだろウソだろ……!?」 「だって、おまえ、死んだんじゃ……」 「も、もしかして……」 「幽霊――?」 「ところがどっこい――」 「生きてんだよッ!!」 「うそ……」 「ふがっ!!」 「にとり!」 「いただき」 「河原屋……双六……!」 「なぜ……?」 「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」 「バケモノ扱いすんなよ。オレは生きてる」 「でも……なんで……?」 「その弾、誰が用意した?」 「は……?」 「空薬莢と血糊。見え透いた手だろ」 「ってかな、あそこで実弾入った銃、手渡すと思うか?」 「じゃ、なんであんなことを?」 「ちょっとした実験さ」 「本気のてめえが見たかったんだよ」 「さいあく……」 「ほんとうに、さいあく!」 「でも、それじゃ……」 「オレはまだ、誰も殺してない」 「その通り」 「それもさいあく」 「けどな」 「今度の弾は、本物だぜ」  双六はアザナエルの弾丸を確認し、シリンダをルーレットのように回すと―― 「ほらよ」 「うひゃあ!」  村崎に放り投げる。 「村崎勇」 「は、はいっ!」 「おまえ、双一親分に借金あったよな?」 「え、あの、でも、あのブルマーと下着で――」 「ふざけんな死ねてめえいくら借金あんだよ」 「すいません……」 「で、返す気あるわけ?」 「あります!」 「アテはあるわけ?」 「ないです……」 「とまあ、そんなてめえにビッグ・ニュース」 「双一親分から、電話だ」 「そ、そそそそそ――双一親分!?」 「ホラっ!!」  両手でアザナエルを抱える村崎のため、双六が携帯電話を耳に当ててやる。 「ひ……ひ……ひ……」 「……おいコラ! 手がだりぃんだよ!  ってか双一親分を、待たせんのか?」 「い、いえっ! そ、そういうわけでは!」 「はいっ! もしもし! はいっ!  はいっ! はいっ!」 「はいっ! はいっ! はいっ!  え、えええええっ!?」 「いえ、あの、そういうわけでは……  はいっ! はいっ! はいいいいっ!!」 「いまのうち、にげましょう」 「でも……」 「はやくにげないと――」 「おい似鳥ィ!」 「はいっ!」 「逃げんなよォ」 「…………はい」 「……あいつ」 「いつか、ころす」 「わわわわわ、わっかりましたああああ!!」 「ウシ!」 「んじゃま、早速――」 「どうぞー」 「ご、ごごごごごご……ごめんなさいっ!!」 「わ、わたし、あの、これ、撃つと!  撃つと、借金がチャラに――なる、なるって!」 「あの、あなたは河原屋組に逆らったから!  だから、復讐されるべきだって! そういう風に!!」 「――だめ」 「うったら、ころす」 「なんどでも、ころす」 「おい……さっさとしてくれねぇか?」 「ああああ! 撃つ! 撃ちます!  撃たないと……撃たないと……ううっ!!」 「でも……殺す?  殺す……なんて……」 「そう、ころすなんて、だめ。やめなさい」 「にとりも、にとりもなにか、いって!」 「そうだ、やめた方がいい!  どうせ警察に捕まって――」 「大丈夫。この地下で、しかもふたりしかいねぇんだ。  足がつく心配なんてないぜ」 「だ、騙されるな!  こいつ、罪をなすりつける気――」 「騙されるな? そいつはこっちのセリフだろ」 「コイツはな、さっきおまえを殺そうとしたんだぞ」 「でも……それは……」 「ああっ、面倒クセぇ!!」 「だったらもう、オレがてめぇらまとめて――」 「ひえぇええっ! や、やりますやりますっ!  やりますからっ!」 「あの、恨まないでくださいね!  お願いします! お願いします! お願いします!」 「私……  こんなところで、死ぬわけにはいかないんですっ!!」 「貫太君が帰ってくるころに、私は……」 「私は、今の店を、ちゃんと!  恥ずかしくないモノにしてないと駄目なんです!」 「そう、か。あはは……そう、だよな」 「にとり……?」 「オレには――なんにも、ないんだ」 「おお、おかえりデス」 「誰も来なかったか!?」 「あたりまえだのくらっか!」 「でもなにがいるデスカ?」 「なにがって?」 「奧から声したデスネ」 「…………え?」 「男の悲鳴、フタツデス」 「…………」 (オレたちが入ったときから、中に人が潜んでた?) (ってか……そいつが犯人じゃね?) (ホントに犯人だったら、オレの手には――) 「逃げるんじゃねぇッ!!」 「あ……」 (そうだ……  オレが無罪を証明するって、恵那に約束したんだ) (こんなところで、誰かの手を借りるわけに行くかッ!) 「インド人!」 「モデルガン……あったよな? 貸してくれ!」 「ふぅ……」  千秋は薄暗いバックギャモンを見据えて、深呼吸。 (男の気配がふたつって言ってたけど……特に感じない) (……うん) (大丈夫……大丈夫……) (怖くない、怖くない……) (恵那のために、オレは――――!!) 「――――ッッ!!!!」 「う、動くな――」 「どわああああああっ!!」「どわああああああっ!!」「どわああああああっ!!」「きゃうううううんっ!!」 「へ、ヘンタイだああああああ――――ッ!!」 「に、逃げるぞッ!!」 「おうっ!!」 「だ、誰が逃がす――」 「がうがうがうがうっ!!」 「いででででっ! コラ噛むな!  っていうかブルマー越しに――!?」 「え、えらいぞ、犬っ!!」 「オレたちを助けてくれるなんて――  さすがは兄弟だッ!!」 「な、なにを馬鹿なこと――いでで!!」 「離せッ! 離せってこのバカ犬ッ!!」 「がうがうっ!」 「にげろおおお――――っ!!」 「うおおおおお――――っ!!」 「逃げるなああ――――っ!!」 「がうがうがう――――っ!!」 「……うるさいデスネー」 「さてさて、これからどうなることやら……」 (誰も出入りしてないってことは、つまり、あいつらが双六を殺した犯人ッ!!) (絶対、逃がしてたまるもんかッ!!) 「こら待てえっ! 殺人犯ッ!!」 「さ、殺人犯だとォ!?」 「オレたちゃ、偶然あそこに迷い込んだだけで、なにも悪さはしてね――」 「ひっひっふー!!」 「はっはっはっはっ!」 「バッキャロー! いつまでパンツ被ってんだ!」 「ほらやっぱり! 強盗殺人!」 「盗んだワケじゃないッ!!」 「わうっ!」 「パンツの方が、オレたちの所へ飛び込んできたんだッ!」 「わうわうっ!!」 「嘘つけええええッ!!」 「明日はどっちだ!? あっちだな!」 「道、わかるのか?」 「わからん!」 「そんな――ってうお! 後ろ迫ってる!」 「よっしゃ! 捕まえ――」 「わうわうっ!」 「うぎゃっ! 噛むな! はなせ!」 「だ、誰かっ! 前の人を――捕まえてくださいッ!!」 (って言っても、関わりたくないよな、こんな集団――) 「お嬢ちゃん!?」 「ひぇっ! で……出たッ!」 (なにも、こんなときに出なくても……  なんか、またややこしくなりそうな……) (ええい! 構ってられるか!  こうなったら、毒を以て毒を制す!) 「あ、あの! お願いです!」 「あのふたり組、捕まえてください!」 「――悪者か?」 「見たとおりの、悪者です!  凶悪な強盗殺人犯ですッ!」 「強盗殺人犯、だとぉ!?」 「よし来たあッ!」 「八代連綿と受け継がれたこの富士見式捕縛術!  お目にかけてやろうじゃねぇかっ!!」 「御用だ御用だ御用だ御用だっ!!」 「なんだありゃッ!!」 「変なのが出たッ!!」 「変なのはてめぇらのほうだろっ!!」 「いやまあ、オレも含めてみんな変だけどな……」 「ひぃ――! はぁ――! ふぅ――!」 「ブー! 早く来いッ!!」 「みそ……オレは、もう……だめだ……」 「オレを置いて……先に行け……!」 「な、なにバカなこと言ってやがる!」 「なんかこう、えーと、なんだっけ? 生まれたときは違うけど、死ぬときはみんな一緒的なアレ――」 「いいから行けよ!」 「オヤジさん!」 「任しとけぇ! 御用ッ!!」 「はっはっは――! 捕まえ――」 「ストップ!!」 「ふぎゃっ!」 「イデデデデデ……  ちょ! なんで急に止まるんだよ!」 「オレは警官だ……」 「信号は、無視できねぇ――」 「非常時だろ! 赤信号ぐらい――」 「わうーんっ! がぶ!」 「イデえええええッ!」 「く、クソッ! 離せ! 離せ、このバカあッ!」 「オレは恵那のために、犯人を捕まえなきゃならねぇんだよおおおおおっ!!」 「なんか、色々大変そうですね」 「後手後手なのは知ってたけど、このタイミングで出演者が見つからないなんて」 「…………」 「フウリさん? どうしました?」 「え……いや、その……」 「もしかしたら、少しくらいペースを緩めた方がいいのかなって……」 『秋葉原からネットとテレビ同時中継でお送りしている全国ゆるキャラバン決定戦!』 『48都道府県のゆるキャラバトルを勝ち抜いた精鋭たちが、今、秋葉原で激突するわ!』 『引き続き、現在圧倒的トップを走っているのは――』 『秋葉原チーム代表、沙紅羅選手!』 『ペースは落ち、後方に差を詰められてはいるけど――』 「ちゅる……ちゅる……」 「ちゅるるるるる……」 「ご、ご……ごちそうさま……」 「んげっぷ」 『沙紅羅選手! 見事、3品完食――――ッ!!』 「あうあ……あうあ……あう……」 「も……もう……アタシはダメだ」 「あとは……頼む……」 「は……はい」 「フウリ……?」 「なんか、様子が……」 『さて、続いて4品目は!』 『ラーメン鬼武者!  ブタブタ油ニンニクヤサイマシマシの、登場よッ!!』 「うげっぷ……見ただけで、満腹感が……」 「今までのタイプと……明らかに量が違わね?」 「いえ、大丈夫です! フウリならきっと――」 「おい弟子!  いきなり呼び捨てかよ」 「え、いや、あは、あはははははは……」 「いただきます……」 「あむ……あむ……」 「ちゅるる……」 『おっと、どうしちゃったのかしら!?』 『フウリ選手、あまりに消極的!  まるでお嬢様のようにお上品に箸を口に運ぶ――』 『顔色も悪そうですし、なにかトラブルッ!?』 「アイツ――あんな食欲でこの勝負に?」 「おかしいな……  フウリさんの食べっぷりはあんなものじゃないです」 「それじゃなんなんだよ!?  まさか猫舌とか!?」 「もしかしたら……遠慮してるのかも」 『さあ、鬼武者ラーメンで足踏みするトップフウリ選手!』 『塩っ気のある太麺が、スープを吸って伸びる!  今にも丼からはみ出しちゃうわ!』 『それまでのリードが嘘のよう!  後続の各ゆるキャラチームが追いかける!』 『2位のパンダヤンチーム、丼飯なら任せろと言わんばかりにタミドンを食い尽くし、カレーパスタに襲いかかる!』 『いかにもパクリ遊園地ランドっぽい安物着ぐるみ塗装が、全身から染み出す汗で溶け出しているわ! 大丈夫!?』 『3位の、おっ、パイうなぎチームがそれを追う!  その早食いスタイル、まさになんとも掴み所がない!』 『おっと、苦しいのかしら? 尻尾が! 尻尾が!  なんかちょっと夜の感じに変形し始めたわ! 大変!』 『4位は意外! ちんす子ちゃんチーム!  ちんす子ちゃんのめんそーれパワー炸裂か!?』 『少し気になるのは大食いちんす子ちゃんの短いスカートがめんそーれして向こうになんかちんすこうが!』 『5位はドン・ブーたんチーム!  頑張って! このままだとあなたがブービーよ!』 『食えないブタはただのブタ!  コレが本当の「食えないの豚」になってしまう……』 『ビリはリバース・サンダースチーム!  今にもリバースしそうだが、大丈夫ッ!?』 『万年最下位は過去の話!  食い倒れの街の根性を見せて頂戴!』 『さあ、秋葉原チームは、相変わらずのスローペース』 『先行逃げ切りに暗雲が立ちこめてきたわよッ!!』 「オラ、フウリッ!」 「せっかくアタシが根性見せたんだ!」 「てめーもちっとは気張りやがれ!」 「は……はい。  頑張ってるんですけど……はむはむ……」 「やっぱり遠慮してますね」 「何に遠慮する必要があるんだよ?」 「さっき、スタッフが話してたんです。  このまま圧勝すると番組が成立しないって」 「だからきっと、盛り上げようとして……」 「な……ななな……ッ!!」 「小賢しい――――ッ!!」 「え? 沙紅羅ちゃん……?」 「おい、フウリ!  向こうの都合なんて知るか! いいから食っちまえ!」 「ちょ、ちょっとなんてこと言うんですか!」 「わ、ADさん!?」 「フウリさんが自分で、ああしてくれてるんだから、彼女の気持ちを大切にするのも必要――」 「バッキャロ――――ッ!!」 「別に、アタシが必死こいて食ったから言うんじゃねぇぞ」 「でも……でもよ!  テレビってのはこういうもんなのかッ!!」 「え――」 「アタシはな、テレビがスゲエと思ってた!」 「本気と本気が火花を散らして、夢がピカピカっと光って、それが画面を越えてこっちに伝わる!!」 「だから心に訴えるんだって思ってた! 違ぇのか!?」 「こっちが全力でやらねぇのに、見てる人間の心を本気で揺さぶれるか?」 「アタシはそんなテレビ、これっぽっちも信じねぇぞッ!」 「…………」 「……沙紅羅ちゃん」 「私――間違ってたかもしれないです」 「おうよ! フウリ!  周りに遠慮なんかするんじゃねぇ!」 「おまえが正しいと思ったことをやり遂げて――  本当のエンターメインテントをみせてやれッ!!」 「はいっ!! 私、がんばりますっ!」 「目標のためには、躊躇している余裕なんてありません!」 「残さず全部、全力で食べることこそ、食べ物への供養!」 『おおっと、突然どうしたフウリ選手!?』 『居住まいを正して丼の前に向き合うと――』 「ならば、この美味しそうなラーメン!」 「全力で――いただきます!」 『ミリPさん!』 「うるさいわね! 今実況中――」 『大変です! もう食べ物がありませんッ!』 「なんですって――!? 追加は?」 『あんなペースじゃ、いくら追加で買ってきても――』 「ケバブがやまもり!」 「やはり、寒い日はケバブのお肉臭がそそります!」 「いただきます!」 「あむ」 「ごちそうさま!」 「あの食べっぷりは……想定外だわ」 『どうしましょう!?』 『何かで繋がないと、もう次の便まで――』 「それを考えるのがあなたの仕事!  秋葉原生まれなんだからなんとかして!」 「ええっ、そんな!  もう長い間、実家には帰ってない――」 「ああっ、じれったいわね!」 「裏に、なんかたくさんお土産があったでしょ!  アレを持ってきなさい!」 『え、でもアレは――』 「アレも秋葉原土産でしょ!?」 『それは確かに――』 「時間がないの!  今すぐ準備しなさい! 早く!」 『は、はい!』 「なんだか、すごく揉めてますね」 「ああ。嫌な予感が……」 「オレに、夢なんてないんだ」 「オレこそ、夢のないスペルマ野郎だ」 「オレこそ、死んだ方がマシだ」 「そんな、にとり! そんなこと――」 「にとりには、わたしがいる。  ゆめなんてなくても――」 「夢……夢……夢か……」 「ノーコ。おまえは……オレの、夢だったのかもな」 「マンガ描いて、セックスして、何度も刺されて――」 「ああ……  どうせならおまえに、とどめを刺して欲しかったな」 「なにをいって――」 「ノーコ」 「幸せにしてやれなくて、ごめん……」 「にとり――」 「だったら、あきらめないで!」 「いきのびて――わたしを、しあわせにしてッ!!」 「何をぶつぶつ言っているのか、わかりませんがあッ!」 「私の、命にはあっ!  夢にはっ! 代えられない――!!」 「やめて! だめ! おねがいだから!」 「ごめんなさいねっ、ごめんなさい、ごめんな――」 「いいから早く撃てよ!」 「ふはっ、ふは……」 「ふははははははははははははっ!!」 「ち、ちくしょうッ! この――裏切り者!」 「わうわうわうわう!」 「だ、大丈夫か嬢ちゃんッ!」 「いいから、あのふたりを――」 「バッキャロー! そういうわけにはいかねぇだろ!  ウチの犬が、なんてことを――」 「はっはー! ざまあみろ!」 「よくやった、犬! 褒めて――」 「ユージローって言うのよ。犬の名前」 「むむ!」 「なんだぁ?」 「ユージロー、『まて』!」 「わう?」 「アッキーちゃんは私の友人よ。  噛みついたりしないの」 「わ、わう……」 「アッキーちゃん、大丈夫?」 「つ……捕まえてくれ!  そのふたりが……犯人だ!」 「犯人って……?」 「誰も出入りしていなかったはずのバックギャモン――」 「インド人により監視されていたその部屋から、ひょっこりふたりが現れた」 「即ち、バックギャモンは密室状態!」 「そこから現れたおまえたちが、殺人犯ってことだッ!」 「いや、だから誤解だって!  オレたち誰も殺してなんて――」 「そう……やっぱりそっちのアフロが、アザナエルを持ってたんだ」 「ふふふふ……」 「おまえもこの緑のアフロの虜だな……ッ!」 「――許さない!」 「大人しく、お縄に――」 「ひぇっ! これ――矢!?」 「縄なんて生ぬるいわ」 「穴くらい開けてしまいましょう」 「ちょ!」 「えええええええ!?」 「星さん!」 「それが嫌なら、ミヅハ様の居場所を教えなさい!」 「おうそうだ、思い出した!  ミヅハなら半田明神にいるぞ!」 「え……平次様?」 「それは、確かな情報ですか?」 「おう! オレがさっき、送ってきたばっかりだ。  ところがおまえがいないもんだから……」 「くぅっ! 灯台もと暗しとはまさにこのこと――!」 「ふたり組よ、憶えておきなさい!」 「次回会ったときは、この借り、きちんと返させていただきますからね!」 「な……なんだったんだ?」 「わ、わかんねぇ」 「って、そんなことしてる場合じゃねぇし!  逃げるぞブー!」 「おうよ!」 「ユージロー、追うわよ!」 「わ……わう!」 「ちょっと待て! オレも行く!」 「クソッ! 今来た道を後戻りか!」 「みそ! 人ごみに紛れよう! 駅だ!」 「さすがはブー! 賢いな!」 「へっへっへ、それほどでも――  ってやってる場合じゃねぇ!」 「急ぐぞ!」 「おうよ!」 「まずい! 駅に逃げ込まれたら厄介――」 「誰か、そいつらを捕まえてください!」 「あれ? オヤジさんは?」 「知らないわよ!」 「クソッ! この一番大変なときに――」 「オレを呼んだか?」  駅方面へと逃げ込もうとしたみそブー。  その前に、十手を構えた富士見平次が立ちはだかった。 「回り道……してたのか」 「くそっ! 退けてめぇ!」 「邪魔する奴は、容赦しねぇぞ!」 「そいつはこっちのセリフだぜ」 「なにをやったかは知らねぇが、お嬢さんを困らせる悪党共を、黙って見過ごすわけにはいかねぇなあ!」 「さあ、大人しくお縄につけいっ!」 「やなこった! 行け、みそ!」 「おうよ! 任せとけ!」 「どりゃあああああああ!!」 「せいっ!」 「な……なんだと……ぐふっ!」 「そんな、みその『侠は折れず、曲がらず』の根性焼きが捺されたスーパーリーゼントが打ち負けるなんて……!」 「御先祖様から伝わる、富士見式捕縛術!」 「てめえらのようなチンピラをカタすくらい、朝飯前のコンコンチキだ! がははははははは!」 「おまえのオヤジさん、見た目に寄らず強いんだ……!」 「その見た目がヤバすぎるんだって!」 「なのに父さん、ちっちゃいころからずっと、私にアレを教え込もうってカッコ悪いポーズを――」 「か、カッコ悪いとはなんでぇ!?」 「ほーら! 輝く十手! 煌めく寛永通宝!  コイツをこうやって、悪党に――!!」 「悪党に――」 「あくとう……は、どこだ?」 「あれ? いない?」 「あっちだ!」 「げ! 見つかった!」 「全力ダッシュで逃げろ!」 「待ちなさいッ!!」 「な……なんでだ!?  もう立てないくらいに痛めつけたはずなのに――」 「バッキャロー!」 「オレは頑丈なのが取り柄だぞッ!」 「いよっ! みそ! カッコイイ!」 「かっこいいか……?」 「お……なんか人だかりが!」 「よっしゃ! 飛び込むぞ!」 「お、おうッ!」 『な、なんという頭脳派!』 『山と積まれたクリマンの包装を、先んじて剥いてしまう作戦に出た!』 「な……なんかエロス!」 「おい、ブー! あれ……」 「え? 姐さん!?」 「ヤバい! あの中に飛び込まれたら――」 「見失うことはないだろ。  あの頭だし、あのカッコだし」 「……確かに」 「で、あいつらはなにをしでかしたんだ?」 「だからさっきから言ってるでしょ? 殺人よ」 「そう。河原屋双六を殺したのは――」 「ちょ――ちょっと待て!」 「おまえ、勘違いしてるぞ」 「河原屋双六は、死んでない」 「え……?」 「でも、双六の頭は――」 「何かの見間違いだろ」 「そんな……私、この目でハッキリと見たのよ!  ね、あなたも見たでしょ?」 「ぁ…………」 「ねえ、アッキーちゃん? 聞いてるの!?」 「うそ……だろ?  あそこに……あそこに……」 「あそこに、オレが!」 「は? なにワケわかんないこと――」 「姐さ――――んッ!!」 「た、助けてくださいいいッ!!」 『な、どうしたのッ!?』 『突然観客席から、ヤンキーコンビが乱入ッ!!』 『ステージは大混乱よッ!!』 「なにしてやがるッ!  てめぇら、さっさとステージを下りろッ!」 「よし、ずらかるぞッ!!」 「応っ!」 『沙紅羅選手、二人組と共にステージ上から撤収!?』 「ちょ! こら! 待ちなさいッ!!」 「ユージロー!」 「わうわうわうわうッ!!」 「よし、そのまま行け――あれ?」 「ぎゃああああああ!!」 「わうわうわうわうッ!!」 「ちょっとユージローッ!!  アッキーちゃん追いかけてる場合じゃ――」 「オレ……さっきから、ここにいるんだけど……」 「え? は?」 「アッキーちゃんが、ふたり!?」 「コレは事件ッ!?」 「わうわうわうわうっ!!」 「たすけて――っ!!」 「ユージロー! ちょっと!」 「待て! 待ちなさいって!」 『秋葉原一のカロリーを自称する「ごはん処 みつる」のみつる定食、特盛り!』 「もぐもぐ……んー、ごはんがいっぱいでした!」 『なんの魚の海鮮丼かは誰も知らない!  マル秘亭の超サービス「マル秘丼」!!』 「もぐもぐ……んー、歯ごたえ抜群でした!」 『マル秘亭には負けられない! 海鮮丼屋「若さか!」秋葉原店のチャレンジメニュー「ドッキリ丼!」』 「もぐもぐ……んー、口の中が味の竜宮城です!」 『蕎麦のことならここにお任せ! 早い! 安い! フジヤマソバのざるそば「フジヤマ盛り」!!』 「もぐもぐ……んー、フジヤーマー!  ゲイーシャ! ツナーミ!」 『チェーン店に負けるな!  蕎麦処松坂庵の「ギガ盛り冷やしタヌキ」!』 「もぐもぐ、んー、ギガウマスでーす!」 「よっしゃ! その調子だ! 行けー!」 「頑張って! フウリさん!」 「はい! あと少ーし、頑張りますー!」 『フウリ選手! 仲間からの声援に応えるほどの余裕よ!  最早このままだと1位は揺るぎない!?』 『というか、このままだと次の料理が来る前に優勝が決まってしまうわ!』 『それだけは避け――』 「もぐもぐ……ん、ごちそうさマンモス!」 『おおっと! とうとうフウリ選手、『ナウマンカレー』のマンモス盛り10kgを完食!』 『ということは――』 「お待たせしましたッ!!」 『来たぁッ! 次の料理が、とうとう到着!』 『これは……アキバスポットの新名物、クリスマス饅頭こと「クリマン」!!』 『果たしてフウリ選手は、最後にそびえるこの壁を乗り越えることができるのかッ!?』 「お、あれ、アタシがもらった饅頭じゃねーか!」 「結局、食べてないんだよなぁ……」 『饅頭を手に掴み、まずは最初の1個を――』 「ぺろりんちょ」 『食べない――?!』 「ぺろりんちょ、ぺろりんちょっちょっちょ!」 『な、なんという頭脳派!』 『山と積まれたクリマンの包装を、先んじて剥いてしまう作戦に出た!』 「よっしゃ! クリマンを剥け! 皮、剥きまくれ!」 「あの……テレビ中継もあるし……  あんまり大声で言わない方が……」 「は? 大声出すなって――」 「クリマンの皮、剥けとか」 「あ!」 「ん……んんん……ああああああ!!」 「な、なんだよ!  なんて卑猥なこと言わせんだああッ!」 「そんなっ! オレのせいか!?」 「うっせ! ったく、もう!」 「しかしまあ、最後にデザートとは、気が利いてるな」 「本当に、そうかな……?」 「ん? なんでだ?」 「だって、アレ」 「ううう……神様……  お願いします……助けて……」 「なんか、必死に祈ってるけど」 「やばいものでも入ってるんじゃないかな?」 「やばいもの……?」 「ほら、例えば賞味期限が切れてたり……」 「いやいや、まさかそんなこと……」 「待てよ」 「…………クリスマスは1週間前か」 「いかにも、売れ残りっぽい感じだよな……」 「ってことは、まさか――!?」 「ふふふふ……クリスマス、万歳!」 「クリマン、いただきまー――」 「姐さ――――んッ!!」 「た、助けてくださいいいッ!!」 「みそブー!?」 『な、どうしたのッ!?』 『突然観客席から、ヤンキーコンビが乱入ッ!!』 『ステージは大混乱よッ!!』 「と、トイレのふたり組じゃないですか!!」 「トイレの!?」 「ダメです! 下がって!」 「あ、ADのひと!」 「その節はどうもー」 「どうもー、じゃなくて!」 「でも、オレたちゃ感動の再会中なんですよ」 「そうだそうだ! 邪魔しないで――」 「邪魔なのは貴方たちです!  テレビ中継ですよ!」 「な――テレビだとっ!?」 「イエーイ! みんな見てるー?」 「『みんな見てるー?』じゃねぇだろっ!」 「いでッ!」 「いででッ!」 「皆さんに迷惑かけるんじゃねぇ!」 「だって……オレたち無実の罪で、追われてて」 「無実の罪? どうせなんかせこい万引きでも――」 「なにしてやがるッ!  てめぇら、さっさとステージを下りろッ!」 「げぇっ! モジャモジャ!」 「おまえら、あいつに追われてたのか?」 「そ……そうなんです!」 「いくらなにもしてないって言っても、全然聞く耳持たねぇんだ!」 「くそっ! アイツならやりかねねぇな……」 「よし、ずらかるぞッ!!」 「応っ!」 『沙紅羅選手、二人組と共にステージ上から撤収!?』 「ちょ! こら! 待ちなさいッ!!」 「ユージロー!」 「わうわうわうわうッ!!」 「ひえええええええっ!!」 「ちょっとユージローッ!!  アッキーちゃん追いかけてる場合じゃ――」 「オレ……さっきから、ここにいるんだけど……」 「え? は?」 「アッキーちゃんが、ふたり!」 「コレは事件ッ!?」 「よっしゃ! 今のうち――」 「待てぇい!」 「逃げろー!」 「弟子よすまねぇ! 後は頼んだ――」 「恵那も平次さんも……行っちゃった!?」 「どうする……どっちをおいかける?」 「ううっ、しょうがないから恵那を――!」 「待ったー!!」 「え?」 「逃げちゃだめですッ!」 「な……なに?」 「まだ、ゆるキャラバンは終わってない!」 『おおっと、大変ッ!』 『フウリ選手、ここでステージを下りる!』 「きゅっ!! ダメ! 今のナシ!」 『あ! ダメです! 一度下りたら、戻れません!』 『さあ、2人目のフウリ選手がギブ・アップ!』 『秋葉原チームの優勝は、3人目、アッキー選手の手に委ねられたわッ!!』 「は? へ? はれ?」 「アッキー選手って……オレ?」 「こ、こうなっては、仕方ないです……」 「アッキーちゃん……お願いしますッ!」 「お願いしますって、これ――」 「大食い大会……?」 「はいっ!」 「テレビの?」 「はいっ!」 「そ、そ……そんな……」 「こんな、こんなカッコでテレビとか……テレビ?  ウソ、ダメ……ってか今映ってる!?」 「そ、そそ……そんなの嫌だああああああああッ!!」 「あ、アッキーちゃん、待ってー!」 「この日のために鍛えた逃げ足――」 「鈴ちゃんに言いつけちゃいますよ!」 「ひええええええッ!!  す、鈴姉だけは勘弁を……」 「嘘ウソ、言いつけたりしませんよー」 「でも、次はアッキーちゃんの番なんです。  急に逃げられては困るのです」 「いやだあああ! 人違いだって!」 「え? でも……アッキーちゃんですよね?」 「そうだけど、なんかよくわかんないけど、別人で!」 「出てくれないんですか……?」 「こんなカッコで、出れるわけないって!  ギブギブ! 中止!!」 『おっと、なんということかしら!  秋葉原チーム、まさかのギブアップ宣言!?』 「アッキーちゃん……」 「どうしても、ダメですか?」 「ってか、なんでオレが!  大体オレ、恵那を追いかけなきゃ――」 「……わかりました」 「あ……うん。わかってくれました?」 「それじゃオレ、行きますから」 「あの――」 「なんですか?」 「こんな結果になったけど、でも、嬉しかったです」 「アッキーちゃんが追いかけてきてくれなかったら……私、この番組に出ることもできませんでした」 「私が出られないと、ミリPさんも番組ができなくて、困ってしまって、すると恋も実らず――」 「だから……ええと……」 「アッキーちゃんが、みんなを救ったのです!」 「ありがとうございました……!」 「ひぐっ、うきゅ……うう……」 「ちょっと、ちょっと待ってください!  なんで、そんな泣いたり……」 「優勝できないくらいで、落ち込まないでくださいよ!」 「でも――」 「それともなにか、理由でも……?」 「それは……」 「…………」 「フウリさん!」 「私……好きなひとが、いたんです」 「でも、気持ちも伝えられないままわかれてしまって……だからその人と、もう一度会いたくて」 「でも、全然連絡が取れなくて」 「こういう全国放送で1位になれば目立つし、そうしたら、もしかして気付いてくれるかなって、それで……」 「あ……そうか」 「それが、フウリさんがバンドを始めた理由……」 「逃げるんじゃねぇッ!!」 「あ……」 「ここに師匠がいたら――」 「逃げるなって、怒鳴りつけるだろうな」 「ここに恵那がいたら――」 「女の子は泣かせるな、っていうだろうな」 「…………」 「確かにこのカッコは、恥ずかしいよ」 「恥ずかしいけど……でも……」 「ここから逃げ出すことって、もっと恥ずかしいんじゃないのか……?」 「うきゅ……うう……うううう……」 「フウリさん、もう泣かないでください!」 「え?」 「あいかわらず、なんだか良くわかんないままだけど!」 「やります! やってやります!  オレ、大食いのバトン、受け取りますッ!!」 「ええっ!? ほ――ホントですか!!?」 「男に二言はありませんッ!!」 『あら? ギブアップと思われたアッキー選手!  メラメラ瞳を燃やしながらカムバック!』 『小さな肩をいからせて、饅頭ピラミッドに向き合う!』 「コレを食いきれば、いいんですね?」 「ホントに……出てくれるんですか?」 「オレ、男になるって決めたんです」 「あの、さっきから男って……性転換?」 「ち……違います! 気持ちの問題ですッ!」 「オレはもう、逃げない!  逃げないで、アイツを幸せにできる人間になるッ!!」 「いよっしゃあああ! 行くぞ!」 「いただきま――――――」 「ちょっと待て」  食べようとして饅頭をふたつに割った千秋だが、その断面図を見て動きが止まった。 『おっと! アッキー選手、トラブルかしら?』 「いや、これは……」 「ホントに食べ物か……?」 「なんか、虹色なんだけど……」 「逃げるか? 逃げるか?」 「いや……でもまさか、テレビで食えないものが出るわけないよな」 「もし食中毒とかあったら、一大事だもんな……」 「それにこの饅頭、たしか村崎のおっさんも売ってたわけだし――」 「でも、本能は逃げろって――」 「逃げるんじゃねぇッ!!」 「師匠……」 「アッキーちゃん、どうしましたッ!?」 「あ、いや。なんでもないです」 「なんでもないです。食べられますよ。おいしいですよ」 「いただきま――」 「ぶおえっ!」 「ふがっ、ふげっ!  げふっげふっげふっげふ――」 「アッキーちゃん!」 『アッキー選手、いきなり饅頭を吹き出しかける!』 『大丈夫!?  食べ物を口から出すとその時点で失格よ!』 「ふげっ! んぐー! んぐー! んぐー!!」 「アッキーちゃん! 頑張って!」 「んぐ! んぐ! んぐぐぐぐ!」 「は……はんへほへは……ほんはへひ……」 「アッキーちゃん! ファイト!」 「う……う……う……うほおおおおお!」 「ごくっ!」 「おえっ! おえええええッ!!」 『アッキーちゃん、大丈夫?  なにか、饅頭に問題が――?』 「ちょっとあなた! あの饅頭、大丈夫なの?  どっから持ってきたのよ!?」 「え、ええと……それがですね、その……」 「だいじょうぶ!」 「オレ、実は甘いもの、大ッ嫌いなんだよねえ!」 「甘い物が嫌い!? 本当ですか?  そんな、かわいそう……」 「まあ、嘘なんだけどね……」 「え? 何か――」 「いやいや! なんでもない!」 「これも男を見せるため!  さあ、がんばるぞおおおおお!!」 「はむ……んむ……ん……ごぇっ、おえ、んんんん」 『甘い物が嫌いだというアッキー選手!  本当に大丈夫なのかしら?』 『放送できない画はダメだからね!  危なかったら、ちゃんと言って頂戴!』 「ら……らいじょーぶ、デス!」 「はむ……んむ……んむ……おえええええええ!」 「アッキーちゃん……すごい勢い!」 「あと少し……あと少しですけど……」 「あむ……あむあむ……あむむむむ……」 「うぇっ、うぇっ、んくくううううう……!」 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 『凄まじい表情でスパート!  残るクリマンはあとひとつ!』 『他との差は遙かに開いているけれど、肝心のアッキー選手の顔が真っ青よ!』 『もしかして、競技継続は無理なんじゃ――』 「アッキーちゃん……」 「もう、いいです」 「そんなに、無理すること、ないです」 「ここまで頑張ったんだから、もう――」 「嘘です……」 「え……?」 「そんなに苦しい顔で言われても、全然説得力ないです!」 「好きな人が、いるんでしょう!?」 「いいんです……だってもう……  今思えば、そんなのはかない望みで……」 「ダメです!  自分の気持ちを伝えないままじゃ、ダメです!」 「もし、その涙が本物なら――  自分の気持ち、伝えなきゃ!」 「でも、私――」 「約束して下さい!」 「オレが最後まで食べきったら、告白するって!」 「でも――」 「約束です!」 「約束――」 「……はい。わかりました」 『秋葉原チーム、なにやら長い相談を終えて、再び目の前のクリマンに向かい合った――!』 「これをさっさと終わらせて……」 「一人前の男になって……」 「恵那のところに、行くんだ……ッ!」 「アッキーちゃん、頑張って――!」 「うおおおおおおおおっ!!」 「あむ」 「わうわうわうわうっ!!」 「たすけて――っ!!」 「ユージロー! ちょっと!」 「わおーん!!」 「ぎゃー!!」 (ユージローって、頭はそんなに良くないけど、私が呼び止めたら、やめるはずなのに……) (そういえば、アザナエルを見つけたときもこんな風に走っていったっけ……) (やっぱり、何かがおかしい?) (名探偵の勘が疼くわ! もしや――) 「これは事件!?」 「わうわうわうわうっ!!」 (とにかく、ユージローを――  もうひとりのアッキーちゃんを、追いかけようっ!) 「はっはっはっは!」 「来んな! 来んなって!」 「あー、クソッ!!」 「わうーん!」 「トイレの前……か」 「ね、アッキーちゃん。大丈夫?」 「だ……大丈夫なわけないし!」 「その犬、どうにかしてくれよ!」 「あ、うん。ごめんなさい」 「早く帰って、番組の続きしなきゃならないのに……」 「番組の続き……」 「…………」  恵那の瞳が、避難先の男子トイレを鋭く見据える。 「――あ、そうか。  アッキーちゃん、秋葉原代表チームなんだっけ」 「そうだよ! 大食いのアンカー!」 「そりゃ、フウリさんはすごくよく食べるけど。  もし、万が一のことがあったら大変だし」 「…………」 「…………」 「あの……どうかしたか?」 「あなた、ホントにアッキーちゃん?」 「は……? なんだよ急に」 「なんで、男子トイレに入ったの?」 「そりゃ……その犬に追いかけられて、逃げ場を選ぶ余裕なかったし」 「さっきからずっと、テレビに出てた?」 「……当然だろ」 「だったら、さっきまで、私を慰めてくれてたのは?」 「え……?」 「私と一緒に、バックギャモンにいたのは、誰?」 「……たぶん」 「たぶん、オレの真似をした偽物がいたんだ」 「その偽物が、おまえを騙して――」 「私、これからアッキーちゃんに電話してみる」 「電話……通じるかな?」 「…………」 「…………」 「化けの皮が、剥がれたみたいね」 「あなた……何者?」 「ふ……はははは!」 「オレが誰かだって?」 「さあね」 「ふざけないで」 「生まれたときから、真似ばかり」 「誰かの理想を真似して、人の機嫌を取って、騙して、騙して、騙し続けて」 「化けの皮を被り続けたら、とうとうどれが皮で、どれが本物なのか、わからなくなった」 「そんながらんどうの、化けダヌキだよ」 「化けダヌキ……?」 「わうわうわうっ!!」 「邪魔」 「わう?」 「わう――――ん!!」 「はっはっはっはっは!!」 「な? なに、ユージロー?」 「突然、バッグ相手に――」 「女の子に見えてるみたいだ」 「は……? どういう意味?」 「わかんないのか?」 「幻が、見えるのさ」 「幻が?」 「オヤジほどではないけれど、得意でね」 「君には、どんな幻が見えるのかな……?」 「なに、馬鹿なこと言ってるの?  幻なんて見えるはず――」 「聞こえるだろう」 「え……?」 「ひぐっ、う……うう……」 「う……うううう……う……」 「うわああああああん…………」 「泣き声……?」 「子供の、泣き声が……」 「な……水!?」 「なんでこんなところに――」 「え……?」 「私、いつの間に個室に――」 「っていうか、これコレは――」 「怪談『みーちゃんのひとりあそび』!?」 「すると私はこのまま……水に溺れて……!?」 「あ……開けて! 開けてよ、ねえ!」 「嫌、なんで?  なんで私、こんなところで――」 「たすけ――助けて――!」 「誰か……誰か――んぼ――」 「んが、ん……すぅぅ――――っ!!」 「ん――――ん――――――――」 「ん……んブク……ん……ん、ん……」 「んぶはっ、んぶぐ……ぶはっ!  ぶはっ! ぶは……」 「ぶはっ! ぶはっ、ぶ……ぶはっはっ…………」 「あぶ……ぶ…………ん……」 「今度こそは逃がさんぞっ! 待てええええええい!」 「誰が待つかあッ!!」 「ぬおおおおおお!!」 「畜生ッ! さっきからオレたち逃げっぱなしだし!」 「なんか、ヤケに信号に助けられてる気はするけど――」 「どこか逃げ場は――」 「姐さんッ! この扉、鍵が開いてますぜ!」 「廃ビル……か?」 「よし! とりあえず避難だ!」 「御用だ御用だ御用だ御用だ――――――ッ!!」 「「「ふう……」」」 「なんとか、助かったみたいだな」 「ったく、あのモジャモジャホントしつけぇ……」 「ってそんなことより姐さんッ!  別れてた間、特にお変わりありませんでしたか?」 「ん、ああ、別にないけど」 「電話繋がらないから心配したんですよ!」 「あー、わりーわりー!  ケータイの電池が切れちゃってさー!」 「そんなところだろうと思いました」 「で、同人誌は見つかりましたか!?」 「ん、ああそうだ! 忘れてた!  フウリに聞かなきゃわかんねーじゃねーか!」 「フウリって……?」 「あの番組で、一緒のチームだったんだけど。  終わったら、どーじんしの場所を教えてもらうはずで」 「けど――こうなっちまったら、顔出しづらいな……」 「あ……あ、姐さんッ!  そんなことになってるとは――つゆ知らず!」 「姐さん、すいませんっした!」 「オレたちが紛れ込んだせいで、姐さんの邪魔を――」 「はは、気にすんなおまえら」 「どーじんしなんて、いつでも手に入る。  だが、おまえらの代えはねぇ」 「おまえらはアタシの家族――いや、それ以上!」 「百野殺駆頭、月夜乃沙紅羅――  濡れ衣で苦しんでるおまえら、見捨てたりできるかぁ!」 「姐さんっ!!  うおーいおいおい!」 「うおーいおいおい!」 「おーいおいおいおいおい……」 「さすが姐さん……かっこいいや……」 「一生……ついていきますッ!!」 「おうよ! アタシについてこいッ!」 「ところでおまえら、なんで追いかけられてたんだ?」 「いや、それが実は……」 「なんだかよくわかんねぇけど、オレたちが殺人犯だっていうんです」 「さ――殺人犯!?」 「おまえら、なんてことをしやがった――」 「アタシは……そんなコに育てた覚えはねぇぞ……ッ!」 「いやいやまさか、そんな!  殺人なんてしてませんよ! なあ、ブー?」 「もちろんです!  あいつらの勝手な勘違いですから!」 「本当に、悪さはしてねぇんだな?」 「姐さん! 家族って言ってたじゃないですか!  その家族を疑うんですか!?」 「家族だから、疑うんだよ」 「なあ、ブー?」 「え? あははははは、嫌だなあ」 「ぼくたちがわるいことするわけないじゃないですか」 「ふぅん……」 「じゃあ聞くけど、そのポケットからはみ出してるの」 「なんだ?」 「え? あ! やべっ! いやそのこれはええとホラ!  ハンケチですよ! ハンカチーフ!!」 「OK。んじゃあそのハンカチーフで、ダラダラ流れてる顔の汗拭いてみようか」 「え? いや、やだなあ汗なんてあはははははは……」 「かいてるよな? ダラダラだよな?」 「かいてます。ダラダラです」 「ほら、ブー! 遠慮せずに行け!」 「う……う……」 「こうなりゃヤケだッ!!  うおおおおおおおおおおおおおッ!!」 「変! 身!」 「なにが変身じゃいッ!!」 「ノー! あー! いやー! ダメー!」 「っていうかどこで盗んだ!?」 「盗んだんじゃありません!」 「一回り大きくなって帰ってきたんです!」 「知るか! っていうかなんで被る!?」 「コレには《きょうだい》〈義兄弟〉の契りが」 「なにが契りだこのド変態ッ!!」 「ぎゃあああああああ!!」 「あ、姐さん! そのくらいにしてやって下さい……」 「別にブーも、好きで盗んだワケじゃないんです」 「ん? どういうことだ?」 「実は、オレもコレを――」 「な……なな! それは、今日のラッキーアイテム!?」 「へ? ラッキー?」 「何故それを!」 「いや、実はバックギャモンってエロい店で、店内を物色してたときに、突然銃を持ったガキが飛び込んできて」 「んで、一方的に犯人扱いするもんだから、とりあえず全力で逃げ出したってわけで……」 「なるほど――そういうことか」 「ってことは、本当に人殺ししたわけじゃねぇんだよな?」 「も、もちろんです!」 「いよっしゃ! わかった!」 「んじゃこれから、間違って持ってきたそれを返しに――」 「おいなんだ! うるさいぞッ!!」 「こっちは撮影中――」 「あああああああッ!!」 「よくぞいらっしゃいました!」 「…………ん?」 「誰だ、てめー?」 「姐さん、知り合いですか?」 「あ……あれ? なんか、見覚えが――」 「憶えててくれましたか!」 「確か、ええと……その……クロウとか……なんとか」 「ロクローです! ロクロー!  いやあ! 決心してくれましたか!」 「決心?」 「そんなしまぱんまで用意してくれちゃって!  この学園セットをご覧あれ!」 「え? 学園……?」 「ぁああっっ!!」 「この声は――!」 「お……おまえらッ!  あたいをこんな目に遭わせて……」 「ケンジが……ぁんっ!  黙っちゃ――いないんだからッ!」 「レディースAV撮影会!?」 「ってことはももももももしや伝説のAV男優――!」 「TAMAのAV男優のロクローさん!?」 「その通りッ!!」 「インスピレーションが来たのです!  私は目覚めたのです!」 「パロディAVの次に来るもの――それはッ!!」 「レディースAVだとっ!!」 「目覚めんな!」 「ふげっ!」 「なにが! レディース! AVだッ!」 「ぎゃっ! いやッ! やめて!」 「アタシは! そんな!  尻軽あばずれビッチじゃねぇんだよ!」 「あぅっ! ああっ! あれっ!?」 「なんか……叩かれているうちに……  新しい感覚に目覚めてきたぞ!」 「永遠に眠れッ!」 「ふぎゃああああああああっ!」 「死んだ……?」 「ああ、死んだな」 「そんな、AV界の新しい光が……」 「うし! んじゃ、コレ返しに行くぞ」 「ブー、道案内を!」 「は……はい」 「あむ……あむ……あむ……」 「んご……んご……ごくり」 「ご……ごひそうさま……れした」 『アッキー選手、一気に食べきった――――ッ!!』 『全国ゆるキャラバン決勝戦!  ついに、決着がつきました!』 「やった! アッキーちゃん! やりました!」 「優勝! 優勝ですよ!」 「あうあ……あうあ……あうあう……」 「ミリPさん、どうしましょう!」 「まだ、1時間以上時間が……」 「そんなのわかってるわよ!」 「デザイナーはまだ捕まらないの!?」 「それが、捕まりません……」 「あああっ、もう!」 「とにかく、CMまでインタビューで引っ張るわ!」 「それまで代案を考えておいて!」 「代案って、そんな……!」 『それでは、優勝した秋葉原チームにインタビューを!』 『それじゃあ、今食べ終わったばかりのアッキーちゃん!』 「うぇっ、うげ……ぅぅぅぅ……」 『は、まだちょっと大変な状態みたいなので――』 『代わりにフウリちゃん! お願い!』 「きゅっ……私? 私ですか?」 「わ、わわわわわ……」  フウリの手に、無理矢理マイクが渡される。 「ど……どうしよう」 「急に話せって言われても……  ライブでは、鈴ちゃんたちに任せっぱなしだし……」 「人前で話すのは、苦手で――」 「ほら、コレも試験よ! 試験!」 「うきゅぅぅ…………」 『あ、あ。聞こえますかー?』 『ええと……  皆さん、応援してくれてありがとうございました!』 『皆さんの応援があって、この……全国ゆるキャラバン、優勝することができました!』 『ホントに……嬉しいです』 『ものすごい、食べっぷりだったわよね!』 『は……はい! 食べるのと、たたくのは、得意です!』 『叩くのって?』 『私、第一宇宙速度というバンドをやっていて……  そこで、ドラムをやっているのです』 『あ、そうなのね?  いつも秋葉原でライブを?』 『そうです。  スーパーノヴァというお店で、演奏しています』 『実は、今日も年越しライブがあるんです』 『へぇ、すごい!  じゃあ今度、アタシがプロデュースしちゃおうかしら?』 『あ……あれ?』 『アッキーちゃんは、どこに……?』 『アッキーさん、どこかに行っちゃいました』 「どこかに!?」 『はい、必死に止めたんですけど、振り払われて』 『告白しなきゃとか、言ってて……』 『告白……ですか……』 (そう……そうでした) (約束……  そう、私はアッキーちゃんと、約束したのです) 『ミリPさん! 何か繋いで――』 『え、ええと……それじゃ、そうね!  残念ながら負けちゃった、他のチームにも――』 『あ、あの!』 『この場をお借りしてお話ししたいのです』 「フウリちゃん……?」 「ええと……」 「あの……」 「その……」 「ううううう……」 「……フウリちゃん、大丈夫?」 「ここで逃げたら……だめです」 「これも、アッキーちゃんとの約束!」 「約束……そう! 約束なのです!」 「よおおおおおっ!」 「ぽん!!」 「え? なにそれ――?」 『私……好きな人がいました!』 『ずいぶん前に別れてしまって、それ以来音信不通になって、でも、ずっと、ずっと、彼のことが忘れられなくて』 『いつまでも、昔のことにこだわるなって。  今を見てなきゃいけないって』 『そう言ってくれる人もいました』 『私は、その通りなんだろうなあ、と思って、ふらふらして、ふらふらしながら、でも気持ちが定まらなくて』 『私は、あんまり、人前に出るのは、得意じゃないです』 『今も、こうやって話すのは、恥ずかしい……』 『バンド活動を続けたのは、もちろん、仲間と一緒にいるのが楽しかったから、っていうのもあります』 『ありますけど、でも、やっぱり、好きな人のことが、忘れられなかったんだなあって』 『好きな人が、もしかしたら、私のことを見つけてくれるかなあって』 『そんなかすかな願いのために、私はバンドを続けていて、そのために、この番組にも出演していました』 『それが、今日、はっきり、わかりました』 『織田貫太さん。見ていますか?』 『私――今でも』 『あなたのことが、好きです!』 (あれ?) 『全国ゆるキャラバン決勝戦!  ついに、決着がつきました!』 (なんだ……ここ……) (急に……世界が……遠く……) 「大丈夫ですか? ごめんなさい!  アッキーさん、しっかり!」 「大丈夫です……大丈夫……」 (自分の声……?) (でも……まるで自分じゃないみたいだ……) 『それでは、優勝した秋葉原チームにインタビューを!』 (そうか……オレたち……優勝したんだ) 『この場をお借りしてお話ししたいのです』 (いや……違う……こうしてる場合じゃ……) 「あ……あれ? アッキーさん?」 (ゴメン……オレ、行かなきゃ――) 「ちょっと、まだ表彰式が――」 (恵那を……追いかけなきゃ……いけないんだ) (それで、告白……告白、しなきゃ) (今日は、ずっと恵那に嘘ついてばっかりで……) (あいつだって、強がってばっかりだけどさ……) (もうちょっと……素直に、なれよな……) (ああ……そうだ……) (あいつはずっと、ウソ、ついてきたんだ) (苦しいときは、苦しいって言えばいいのに) (側にいて欲しいときは、側にいて欲しいって言えばいいのに……) (恵那はずっと、人に弱み見せないで――) (母親が失踪したときは、その謎を絶対解いてやるって) (まだ小学生のくせに、目にいっぱい涙溜めながら、強がっちゃってさ) (そうだ。そのちょっと後――) (タヌキが車に轢かれたときもそうだった) (タヌキは道路に飛び出した恵那の、身代わりになってくれたんだって) (どうしても、助けてあげたいって言って聞かなくて) (でも結局、どうしようもなくて、オレとふたりで柳神社に埋めたんだよな……) (なんか、ものすごく久々に思い出したけど) (あの後、しばらく恵那は元気がなくて……  そうだ、アイツのためにストラップとか買ったっけ) (携帯電話を持ってなかったころから、カバンにつけて肌身離さず持ってて……) (ああ……もしかしたらあの時から、オレたち――) 「と……とか……」 「回想してる……場合じゃない……」 「お、お……おな……おなかが……」 「トイレ……トイレ……」 「こっちが先に手遅れになったら……まずいもん……」 「ヒエッ!」 「な……今の……え?」 「中に……何かいた?」 「………………」 「いや、でも、漏れそうだし……  これ以上は、一刻の猶予も……」 「う……うう……どっちだ!?  どっちに入れば……」 「え、ええい、ままよっ!!」 「あれ……? 奧、壊れて……」 「ってそれどころじゃない!  手前、空いてる!」 「えと、これは……まくればいい……?」 「ふぅ……」 「ああ……なんか……せかい、回ってる……」 「なんか……迎えに行っても、足引っ張るような……」 「今、どこにいるんだろうな……恵那」 「ひっ!」 「あ……ごめんなさい!」 (そういえば……隣に人がいるんだっけ) (声出せないな) (さて……どうやって恵那を探すか……) (……電話、かな) 「ひえええっ!」 「な……あ、あの!」 「さっきから、大丈夫ですか!?」 「あの、返事を――」 (な……なんだよ、隣。  さっきから返事もしないで、大丈夫か?) 「ん、水……?」 「あ……あれ?」 「確か、このトイレって……!」 「『みーちゃんのひとりあそび』って知ってる?」 「それからね、夜にひとりでここのトイレに入ると、鍵のかかった個室から、物音がするの」 「中に入ると、突然鍵が閉まって――」 「足元から、どんどん水がせり上がってきて――」 「そのまま、溺れ死んじゃうんだって」 「ひえええええ――――――――ッ!」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!  やば――ヤバイヤバイヤバイヤバイ!」 「ホントに――ホントに出たッ!!」 「幻覚? いやいや、そんなことないって!」 「っていうか、なんかトイレ壊れてたし!」 「どうしよう? どうしようどうしよう?  オレ、取り憑かれてたりしたら――ううっ!」 「そ――そうだっ! 恵那に連絡!」 「確かアイツ、『みーちゃんのひとりあそび』の謎も解きたいって――」 「繋がれ……繋がれってば、早く!」 「もうオレ……意識が……限界……」 「あ……あれ……?」 「幻聴……?」 「いや……でも、聞こえるよな」 「この音、確か――」 「恵那の携帯の音……」 「でも……どこから……?」 「やっぱり……この中だ……」 「………………」 「どうしよう……」 「中に……みーちゃんが……ホントにいたら……」 「いや、でも――」 「ホントにいたとしたら、それこそ恵那が……」 「どうする……」 「どうする、オレ……」 「…………」 「そうだ……」 「躊躇ってる暇なんて、ない……」 「よっしゃ! 気合い入れ――」 「ううっ、またお腹が――」 「でも……頑張らないと……!」 「恵那……いるんだろ?」 「恵那! 返事してくれよ!」 「なあ、恵那! 恵那ってば!」 「今――開けてやるからな!」 「おばけ、出るなよ!」 「ん……ああっ、クソ!」 「壊れてて……開きそうなのに……ううっ! う!」 「もう……身体に、力が……」 「こんの……野郎ッ!!」 「恵那……?」 「恵那! 恵那!」 (まだ……生きてる……) (でも息が……) 「人口呼吸……?」 「そうだ、人工呼吸――どうやんだっけ?」 「ああクソ! わかんねーけど!」 (恵那! 帰ってきてくれ!) (もう、嘘ついたりなんてしない!) (オレ……本当は千秋で……) (それで、おまえのことが……) (ああっ、クソ……頭がクラクラ……) (だめだ……オレ……) (もう……限界……) (ああ……そうだ……) (「みーちゃんのひとりあそび」に……のみこまれて……) (私、このまま……死ぬんだ……) (このまま、このまま……) (でも……) (あれ? なんか……おかしくない?) (何かが……すごく、引っかかるって言うか……) (あれ? もしかして――) (コレは事件!?) (集中して考えなさい!  思い出すのよ、富士見恵那!) (この違和感の原因を、思い出して――) (ああ……そうだ……アレは確か、小学生のころ……) 「わたしのともだちにね、神社のコがいるの」 「神社の……コ?」 「そう、半田明神の。  それでね、そのコはお化けが見えるんだって」 「でも、そのせいで怖がられて、いじめられてるの」 「このあいだは、男子トイレの中に閉じ込められてさ、外からかんぬきかけられちゃったんだって」 「そんな……ひどい」 「そのコはお化けのみーちゃんと話せるから、ずっと閉じ込められても平気だったんだけど……」 「それを、みんなおもしろがって。  しょっちゅう、閉じ込められるようになっちゃったの」 「それって、ひどくない?」 「ひどい!」 「だから、なんとかしてやめさせたいんだけど……」 「ねえねえ恵那ちん。  なにか、いい方法ってないかな?」 「ふふふ……」 「そういうことならこの名探偵、富士見恵那にお任せ!」 (私は鈴姉に相談を受けて、それで……  それで、どうしたんだっけ?) (あ……ああ、そうだ!  数日後、千秋と一緒にいるときに……) 「はくしょんッ!」 「さむくなってきた……?  恵那、もう暗くなるし帰ろっか」 「え……でも、ユージローまだ見つかってないよ」 「しょうがないだろ。  さんぽ中に逃げ出すアイツが悪いんだ」 「でも……」 「だいじょうぶ。  また美人のお姉さんについていっただけだって」 「家に帰れば、きっとケロっとしてごはん食べてるから」 「…………」 「ほら、早く帰ろう」 「くらいの、こわいんだ」 「ば、バカ言うなよ! 怖いわけないだろ!」 「うそつきー! 声ふるえてるしー!」 「ふ、ふるえてなんてない!」 「じゃあ、ちあき。  『みーちゃんのひとりあそび』って知ってる?」 「あそび? なんだそれ」 「鈴姉から聞いた話なんだけどね」 「ともだちにひとり、いじめられっ子がいたんだって」 「その子はちょっと変で、お化けが見えるとか言って、いつも回りを怖がらせてたんだって」 「でね、回りのいじめっ子は、それがきらいで。  トイレにモップをはさんで、閉じ込めちゃったの」 「その子が急にね、トイレの中で『みーちゃん』と話し始めたんだって」 「みーちゃん?」 「もちろん、だあれもいないはずなんだよ」 「それでね、いじめっこはこわくなって、にげちゃったの」 「え? でも、トイレのかぎは……」 「かけたまま」 「次の日、様子を見に行ったら――  その子は死んじゃってたの」 「し、ししし、死んだ……?」 「うん。死んじゃった」 「このトイレで……?」 「そう」 「う、うっそだー!!」 「こわいの?」 「こ、こわいわけあるかっ!!」 「でもね……ちあき」 「本当にこわいのは、そこじゃなくてね。  そのいじめられっ子の死んじゃった原因、実は――」 「溺死、だったんだって」 「できし……?」 「おぼれ死んでたの。トイレのこしつで」 「え? え? なんで? なんで?」 「それからね、夜にひとりでここのトイレに入ると、鍵のかかった個室から、物音がするの」 「物音……!?」 「中に入ると、突然鍵が閉まって――」 「閉まって――?」 「足元から、どんどん水がせり上がってきて――」 「い、嫌だ――助け――」 「そのまま、溺れ死んじゃうんだって」 「助けて――――ッ!!」 「ちょ、ちょっと待って!」 「や、やだ! もうオレ帰る!」 「へえ、こわいの?」 「だから! こわくなんてないって!」 「だったら、いいでしょ?  探偵なんだから、ユージローを見つけてあげなきゃ」 「きっと今ごろ、ひとりぼっちで泣いてるよ!」 「それは……かわいそうだけど、でも……」 「やっぱり、オレたちだけじゃむりだよ。  えなのオヤジさんにそうだんして――」 「やだ」 「でも……」 「だめなの!」 「お父さんは、だめ!  全然、あてにならないんだもん!」 「…………」 「なによ?」 「どうして……そんなに、お父さんがきらいなの?」 「ちあきには、かんけいない」 「…………」 「…………」 「えなの、バカ!」 「バカって言う方がバカなの」 「バカバカバカバカバカ!」 「バカって言うな!」 「帰る」 「なんで帰るの! こわいの?」 「こわくなんてない!」 「じゃあ、なんで――」 「こわくなんて、ないんだもん!」 「バーカ、バーカ! ちあきのバーカ!」 「こわがっちゃって、おんなのこみたい!」 「ちがう! バカ! そんなわけ――」 「おんなのこには用事ありません! べーだ!」 (そうだ……思い出した……) (怖がりの千秋が、その話をクラス中に言いふらして……  それで、誰もトイレに近づかなくなった) (「みーちゃんのひとりあそび」って……  私が、鈴姉の友達を助けるために、つくったんだ) (そう、トイレでおぼれて死んだ人なんていない) (だから、今私が見ているこれも――) (全部、幻なんだッ!!) (水が、ひいてく……) (あれ……? あそこにいるのは……) 「がはっ!」 「がっ、けほっ! けほっけほっけほっ!」 「あ……あ……ああ……」 「ち……あき……?」 「ここです」 「なんか、小汚ぇところにあるんだな」 「床、微妙に傾いてますんで気をつけて」 「で、どっちだ?」 「あ……あの奥です」 「あらら? お客さんたち!  また来たデスカ? さっきは大変デスネ!」 「お、インド人じゃねぇか!  なんだなんだ、みんな知り合いか」 「ええと……知り合いっていうか……なぁ?」 「ああ。モデルガン用意してもらったりしました」 「モデルガン?」 「まあ、話せば長くなるっていうか。  河原屋双六ってヤツがいて……」 「ねえねえ、ところでお客さん!」 「カレーいらない?」 「ンダとォ? しばらく食い物の話は……」 「すんな!」 「おー!  スミマセン! ゴメンナサイ! カタジケナイ!」 「畜生! こっちは満腹で死にそうだってのに……」 「おお、あのウザい謎のインド人を一言で!」 「さすがは姐さんだ!」 「オラ、ふたりとも! 行くぞ!」 「はい!」 「姐さん……?  なんか、顔が真っ赤――」 「大丈夫だッ!」 「ただ、ちょっと、熱があるだけ――」 「それは大丈夫じゃないんじゃ……」 「もしかしてこの感情は――」 「恥じらい!?」 「恥ずかしいわけあるかッ!」 「ただ、ちょっと、こういういかがわしい店に入るのが初めてだから――」 「緊張してるんですね」 「ち、ちげぇよ!」 「え、ええと――」 「邪魔するぜぇっ!!」 「あ……入っちまった……」 「姐さん、大丈夫かな……」 「こ」 「こ――ッ」 「こん……にちは……」 「え?」 「あ……あの……アタシ、沙紅羅っていいます」 「誰だよこの声!?」 「中でなにが起こってんだッ!?」 「あの……このお店って……」 「姐さんの声だった!」 「腹話術とかじゃないのか!?」 「なんだ、知らないで入ったのか?」 「ってアレ? 何で双六さんが?」 「ここ……双六の店?」 「いいか嬢ちゃん。  ここは、アダルトグッズショップだ」 「きゃっ」 「姐さんが『きゃっ』とか言ってるッ!!」 「お……おかしいぞ、ブー。全部おかしい!」 「どうやらオレたちは、トワイライトゾーンへと迷い込んじまったらしいぜ……」 「アダルトグッズショップって、それはつまり……」 「……エッチな、おもちゃを、売ってるところ?」 「そうだ」 「そんな……やだ! うそ……!」 「ブーちゃん! どうして教えてくれなかったの!」 「え……?」 「こんなお店だってわかってたら、アタシ――」 「うう……恥ずかしい……」 「萌えている……?  オレ、姐さんに萌えているのか……ッ!?」 「ウソだッ! 返せ!  オレたちの姐さんを、返せッ!!」 「ん? そこにいんのは……ああ、みそブーか」 「え……? どうしてふたりの名前を?」 「知り合いというか……パシリというか……  ボコボコにされて、無理矢理誘拐を命令されて……」 「つまり、お友達なのね」 「違います」 「あの……双六さん、でしたっけ?」 「これ、ふたりが間違って持って行っちゃったんです」  頭を下げて、沙紅羅は縞パンと女児パンツを手渡す。 「本当にごめんなさい……!」 「あいや、そんなに気にしなくても――」 「あ、あ、あ、あ、あのですねっ!」 「実はアタシ今日、メールで、すごい占いがあって、それで、あの、運命の人で、ストライプがラッキーだって!」 「だから、もしかしたらコレも運命の出会い……!?  っていう感じがして。普段は全然しないんですけど!」 「あの……だから、その……  お願いが……あるん……です」 「なんだ?」 「あの、あの、あの……!」 「わ、わたしと、アドレス交換してくださいッ!」 「…………」 「…………」 「…………」 「どゆこと?」 「ま、まさか……」 「知っているのか、ブー!」 「ああ……オレの記憶が確かなら……」 「この感情は……恋……!?」 「ななななな、なんだって――――!!」 「ダメ……ですか?」 「断る」 「ンダとぉッ!?」 「てめぇッ! 姐さんの誘いを断って――」 「前はやられたから、大人しくしてやったけどな!  姐さんのこととなっちゃ――」 「あー、そっか。  彼女が、おまえたちの言ってた『姐さん』か」 「アタシのこと、聞いたんですか!?」 「……ふたりとも、変なこと言ってねぇだろうな」 「そ、そんな!」 「滅相もない!」 「しかしまあ、噂に違わぬいい女、だな」 「ほ、本当ですか!?」 「幸せになりなよ」 「え、ちょっと――」 「待って!」 「ん……?」 「アタシ――ついていきますッ!!」 「やめとけ」 「嫌」 「嫌って――」 「だってこれ、運命のお告げです!」 「今、ここであなたを離したら、もう二度と捕まらない」 「そんな気がするんですッ!!」 「ふ――」 「ふはははははは!!」 「おい、みそブー!」 「お、おう」 「なんだよ」 「おまえらの言うとおり、やっぱり、いい女だな!  はははははは!」 「お願いします……」 「アタシも一緒に、連れて行ってください……」 「そうか……そうだな」 「んじゃあひとつ、頼みごとを聞いてくれっかな?」 『もうCMです!』 『フウリちゃん、最高のインタビューをありがとう!  全国ゆるキャラバン、CMの後もまだまだ続くわよ!』 「きゅ――……」 「言った……」 「ずっと、ずっと、言えなかったあの告白。  とうとう、言ってしまいました……」 「なんだか、すっきり……」 「もう、迷いはないです」 「貫太さんがどこにいても、私の気持ちは――」 「フウリちゃん、お疲れ様!」 「ミリPさんこそ、お疲れ様でしたー……」 「あの……私……  インタビュー、上手くできたでしょうか?」 「上手くできたかって?」 「そりゃあ、もう!」 「メ・チャ・ク・チャ上手くいったわよ!」 「番組はねっ!」 「ひ――あ、あのー、なんだか言葉にすごく毒が……」 「アタシ、何時間か前に注意したわよね」 「アイドルなんだから、恋人の話しちゃ駄目だって」 「へ?」 「きゅ……きゅー!」 「きゅー! きゅー! きゅ――――――!!!!」 「さすがに、アレを生でやっちゃったら、純粋にアイドルとしては売り出せないわ」 「そ、そそそそ……そんなぁ……」 「望むところじゃないッ!!」 「え? 鈴ちゃんっ!?」 「テレビ観てたら、いてもたってもいられなくて」 「ミリPさん、アタシたちは別に見世物になりたくて音楽を始めたわけじゃないの!」 「音楽を届けるべき人に届けるために、この第一宇宙速度ってバンドを始めたのよ!!」 「アタシたちは、飾らないアタシたちのままで天下を獲ってやるわ!」 「へぇ……吠えるじゃない」 「フウリちゃんのためだったら、いくらでも吠えるわッ!  文句ある!?」 「そこまで言うんだったら、なにも」 「フウリちゃん」 「は……はい!」 「その彼と、また会えるといいわね」 「はい!」 「ふたりとも、アタシを見返すビッグなバンドになって帰ってきなさい」 「できるもんならね」 「やってやろーじゃないの!」 「ふふふ……待ってるわ」 「あの、ミリPさん。  格好つけてるところ、悪いんですけど……」 「なによ?」 「まだ番組、半分以上残ってるんですけど……」 「もう! わかってるわよ!」 「それに散々引っ張ってきたんだもの……  秋葉原の新マスコットも発表しなきゃいけないし」 「CM明けは敗者のインタビューで繋ぐとして……」 「あ、あの! 私たちにできることは――」 「……気にしなくていいわよ。  アタシたちだって、自分の尻くらい拭けるもの」 「でも――」 「貴方たちは貴方たちの心配をしなさい」 「ライブまで時間ないし。  トラブルもあるんでしょ?」 「そ、それは確かに……」 「早いところ、ガラス職人探さないとね」 「ガラス職人……?」 「実は、今日の地震で窓ガラスが割れちゃって……」 「ガラス自体はあるんだけど、それを填められる職人さんがいないのよね……」 「あ……あの!」 「私、知ってる!!」 「え?」 「知ってる……?」 「職人さんではないんだけど、ガラスは張れるっていうひとがいるよ!」 「なんで?」 「学校のガラスを叩き割ったら、罰として張り直しを命じられたみたいです」 「もし良かったら……連絡とってみようか?」 「よ――よ――!」 「よろしくお願いしますッ!!」 「ううん、困ったときはお互い様だから!」 「……あ、もしもし? ブーさん?」 「あいえ、その節はどうも、お世話になりました!  それであの、まだ秋葉原にいらっしゃいます?」 「あ、そうですか。あの、実はですね――」 「OKですか!? ああっ! よかったあ……」 「良かった……これでライブ、上手くいく……」 「そ、それはそうですけど」 「ん? なにか不満?」 「やっぱり、ミリPさんの番組の後半が心配です!」 「私たちにも、何かできることが――」 「できることって……ううん……困ったわね」 「せめてニコちゃんがいれば、緊急ライブができるかもしれないのに……」 「緊急ライブ!? それって――」 「い、良いんですか!?」 「まあ、肝心のニコちゃんがいないことには――」 「お、お待たせしました~」 「えっ!?」 「なんで!?」 「そ、その声は――!!」 「「「ニコちゃんっ!!」」」 「ん……んん……ん……」 「あ……」 「恵那……!」 「目、覚めたんだな……!」 「よかった……」 「たすけて……くれた……の?」 「ああ」 「ありが……とう……」 「なあ、恵那……」 「オレ……実は……」 「ずっと、ずっと、おまえのこと……」 「好きだったんだ」 「千秋……」 「じゃ……」 「ない!?」 「あ、あなたっ! アッキーちゃんじゃないッ!!」 「あ……え? ああ、そうか……」 「アッキーちゃん!  も……もう! なんてことしてくれたのよっ!!」 「初めて……初めての、キスだったのに……!」 「大切な、千秋に、あげようと、思って、それで……」 「あの……恵那……?」 「そんな……でも……私、告白されて嬉しくて……  こんなに胸が、ドキドキして……!!」 「え? なに? どうしよう……」 「私、もしかして女の子が好きだったの……!」 「そんな、そんなのって……!」 「恵那……オレ……もうそろそろ……限界……」 「そう、千秋! 千秋が悪いのよ!」 「口先だけでなんにもできなくて、ヘタレですぐ心が折れちゃうし、肝心なところで逃げ出すし……」 「千秋のせいで、私、こんな変な趣味に――」 「ゎぅ……ん」 「ユージロー!」 「なんかやつれてるけど、無事だったの……?」 「ゎぅゎぅ、ゎぅゎぅ」 「え? アッキーちゃん?」 「どうしたの? ね、アッキーちゃん?」 「――――――」 「アッキーちゃん! ねえ、起きてってば!」 「救急車……救急車、呼ばなきゃ!」 「ふんふふーんふっふー!  るんるんらんらー!」 「おい、ブー」 「なんだ、みそ」 「オレは……もう、我慢できねぇ!」 「あんなの、姐さんじゃねぇやいっ!!」 「落ち着け、みそよ」 「姐さんだって、いつまでもオレたちだけの姐さんじゃねえんだ」 「タカ兄にホの字だったときも、ふたりでさんざん話し合ったじゃねぇか」 「それは……まあ……そうだけど……」 「姐さんには姐さんの幸せがある。  やっとタカ兄をなくしたショックから立ち直れたんだ」 「オレたちは、その幸せを見守ってやるべきじゃねぇか?」 「ブー! ブーよ!」 「スマン! オレが……オレが悪かった!」 「姐さんの幸せが……オレたちの幸せ……」 「ああ、その通り」 「でも、何かが――」 「いよっしゃあ! ここだなッ!!」 「た、多分そうです」 「おうおう、随分ご立派な建物じゃねぇか!」 「みそ、鍵」 「押忍!」  みそが双六から受け取った鍵を、鍵穴に差し込む。 「いよぅし! じゃ、行くぞ!」 「ゲ! きたなッ!」 「なんだこの部屋!?」 「地震で崩れたのか……?」 「それにしても、エロい同人誌ばっかり……」 「え……エッチいどーじんしだとッ!?」 「なっ、なっ、ななななな――」 「姐さんッ! ダメ! 落ち着いてください!」 「そ、そうです!  売れる物はちゃんと売って、お金に変えないと!」 「こ、こんな中で仕事しろって言うのか!?」 「ここら辺にある本が、みんなスケベな――」 「双六さんと、約束したでしょ!」 「姐さん、その約束を破る気ですか!?」 「ぐ……」 「それに、早くしないと店が閉まります!」 「売っぱらうものは、売っぱらっちまわねぇと」 「わ……わーったよ」 「とにかく、サクッとこっちの仕事をカタすぞッ!」 「アタシは台所やるから、おまえらはそっちの部屋頼むぜ」 「20分で仕上げっから、気合い入れてやれ!」 「押忍っ!」 「さーて、それじゃ掃除掃除……」 「かぁ……汚ぇ台所ッ!」 「なんか流し台に白い膜が――  これ、夏だったら大惨事だぞ」 「うっは! クセぇ! ちょ!  コレ無理無理無理無理」 「姐さん? 大丈夫ですか?」 「大丈夫なワケねぇだろ! ったく……」 「代わります?」 「エッチいのは無理!」 「ですよねー」 「ええい、コレも双六さんのためだッ!!」 「気合い入れて――やったるぜ!!」 「ふぅ……なかなか片づかねぇな……」 「けど、この部屋の住人はどうしたんだ?」 「やっぱり死んだのかな……」 「でも、死んだなら家族に始末を任せるだろ」 「孤独死とか……?」 「いや、でも部屋を見るにまだまだ若いし」 「しかしまあ、人の運命ってのは不思議なもんだな……」 「まさか昨日の夜までは、東京に出てこんな見ず知らずの男の家、掃除するとは思ってもみなかったし」 「確かに」 「ところでおまえら、アタシがいない間はどうしてた?」 「いやまあ、さんざんでしたよ」 「宇都宮で離ればなれになってから、しばらくあの辺りで姐さんを捜しまくって」 「あー、わりぃわりぃ。  アタシ気付いたら水戸に向かっててさ」 「やっぱり……」 「で、慌ててビッグ斎藤に向かったんだけど、もう夜で終わってて、しかも財布も落としちまって」 「で、しゃーねーから秋葉原まで来たんだけど、ブラパンには追いかけられるしオカマの弟子はできるし――」 「あと真っ暗闇のどーじんしの店を駈け上がったり、テレビの大食いマッチに出たり……」 「なんか振り返ると、人生ハラショーバンジョーだな!」 「で、おまえたちはどうだった?」 「オレたちだって、結構大変だったんですよ!  なあ、ブー!」 「そうですよ。離ればなれで電話も繋がらないし、とりあえず姐さんを秋葉原で探そうってことになって」 「けど肉まんが売り切れてたり、パチンコ屋で双六さんに絡まれたり、無理矢理子供を――ええと――」 「子供の面倒見てくれって言われたり、地震が起こって泣き出してお漏らししたり、幼女誘拐犯と間違えられたり」 「で、そのままトイレの個室に閉じ込められて。  ガラス割って逃げだそうとしたけど、腹がつっかかった」 「テレビ局の人に助けてもらって、斧で救出してもらったから良かったものの……」 「あー、そういや番組に乱入しちまったし。  あのねーちゃんには、恩返ししねぇとなあ……」 「で、その後姐さんを見つけて本屋に入ったら、なんか地下に迷い込んで変な字を見つけて」 「あそこ、絶対なんか悪い霊みたいなのがいたぜ……」 「それからやっと外に出たと思ったら、なんか泥棒扱いされるし……」 「大体オレたち、あそこに双六さんがいるってこと自体知らなかったんですよ!」 「なんか……よくわかんないけど」 「おまえらも、色々あったんだなあ……」 「あ……すいません、ちょっと電話」 「あ、ああ。すぐ戻れよ」 「はいっ!」 「……こんな時間に、誰から電話だ?」 「さあ……?」 「かーちゃん?」 「いや、かーちゃんからなら無視するような……」 「じゃあまさか……女か!?」 「いやいや、まさかまさか……」 「ん? でも待て……  あいつネットには詳しいからな」 「もしかして、アタシたちの知らないところでそういうコネクションが……!?」 「あの……姐さん。  ひとつ、聞いて良いですか?」 「ん? なんだ?」 「姐さん……本当に双六さんのことが?」 「ああ、そのことか」 「アタシが双六さんを好きになっちゃ、駄目か?」 「双六さんは――たぶん、幸せになれません」 「オレにはわかります。あの人は……オレたちには、想像もつかないほど重い物を背負って生きてるんです」 「その重荷を振り解いてあげることは、難しい」 「たぶん、そうだろうな。  アタシもそう思うよ」 「でも、それじゃあなんで――」 「惚れちまったからな」 「難しいけど、やるしかねぇだろ」 「でも――」 「アタシはな、やる前から諦めたりはしねぇ」 「もし、双六さんの重荷を解いてやれるヤツがいたとしたら、きっとそれはアタシだよ」 「そう、信じるしかねぇだろ」 「惚れちまったしな」 「姐さん――」 「なんて……なんて優しい人なんだッ!」 「オレ……オレ、一生ついていきますッ!!  うううっ!!」 「こらこら、なに泣いてんだよ。  そんなヒマあったら、ほら、荷造り荷造り」 「はっ、はいっ!!」 「電話を終えたら、みそが泣いてる?  どういうことなの?」 「ほらほらみそ、泣いてる場合じゃねぇぞ」 「う、うるせぇやいッ!  な、泣いてなんて……ないやいっ!」 「さっきのADの人から電話が来てな。  是非、オレたちの力を貸して欲しいんだと」 「オレたちの力を……?」 「ああ、なんでも――」 「あああああああッ!!」 「あ……姐さん? どうしたんですか?」 「あ! あ! あー! あー!」 「この、ここに崩れ落ちてる同人誌――」 「こ……これは……」 「アタシがずっと探してた、『ノーコントロール』じゃねえかあああああああああああッ!!」 「ええええええええええええええっ!?」 「ええええええええええええええっ!?」 「いよおおおおおおおおおおおおおしっ!!」 「窓ガラスは?」 「はい! みそブーさんたちのおかげで、全部、ピッカピッカに直りました~!」 「ミリPさんたちは!?」 「ゆるキャラバン後半部に引き続き、年越しライブを緊急ネット中継してもらっちゃいますよー」 「よしよし……全ては計画通りってワケね」 「ニコちゃん! フウリちゃん!」 「こっちは連戦だけど……準備はいいわね!?」 「はいっ!」 「もちろんですー!」 「フウリちゃん、今日はホントにごめんね。  昨日までのアタシは、リーダー失格だった……」 「そ、そんなことはないです!  鈴ちゃんがいたおかげで、私も――」 「お、おまたせしました~!」 「遅れてしまって、すみません……  なんとか、間に合いましたか~?」 「…………あれ?」 「ニコちゃん、さっきまでそこに……」 「っていうか、いつの間に外に出たの?」 「え? いや、私は今ここについたばっかり……」 「ウソ! だって、さっきまでここにいたじゃない!」 「そうですよ!  さっきはゆるキャラバンで一緒にライブを……」 「え? あれ? あれれれれ?」 「変なニコちゃん……」 「あれ……?」 「今のは……タヌキ?」 「みなさん、本番2分前でーす!」 「うん、時間ね。  ほらフウリちゃん! ボーッとしてないで!」 「は……はい」 「みんな、いい?  とにかく今日は、第一宇宙速度の再出発!」 「アタシたちのロケット、宇宙まで飛ばしてやるわよ!」 「いいわね!?」 「はいっ!!」 『行っくよおおおおお――――ッ!!』 「鈴姉……頑張って……!」 「ん……んん……ん――?」 「あれ……恵那?」 「あ、アッキーちゃん、気付いたんだ……」 「ここは?」 「病院」 「あ……そうか。  オレ、あのままトイレで気を失って……?」 「全く、驚かせないでよね」 「クリマンさ、やっぱりまずかったらしいよ。  私たちの前にもひとり、アレ食べて入院してたみたい」 「食い意地張るから――」 「そういうのとは違うって!」 「あれ? その番組は?」 「なんで? 鈴姉とか、映ってるし!」 「ええと……どこから説明すればいいのかな」 「ゆるキャラバン、早めに終わっちゃったでしょ?  余った時間で第一宇宙速度のライブを中継したの」 「そしたら、すごい反響があったらしくて」 「ほら、ゆるキャラバンって、テレビと同時にネットで生中継されてたでしょ?」 「年越しライブも、急遽ネットで中継することにしたんだって」 「……恵那って、そういうのに詳しいっけ?」 「私はわかんないけど。  隣の部屋のひとに教えてもらったの」 「急病で入院しちゃったけど、元々このネット中継のディレクターだった人みたいで……」 「ふーん……」 「ね、それよりさ。汗かいたよね」 「病衣に着替えなきゃいけないし、下着買ってきたし、とりあえず脱ぎましょ」 「……え?」 「脱ぎましょ」 「いやでも、ひとりでできるし――」 「ホントに?」 「ほんと――んっ! くぅ……」 「ホラホラ、無理しない無理しない」 「私が、手伝ってあげるから」 「え……いや、ちょっと……」 「私……まだまだ、未熟だからさ」 「アザナエルがなんだったのか、わからなかったし。  追いかけてたら、突然、水の中で溺れたり」 「世界はまだまだ、解かれていない謎だらけよ」 「でもまあ、今日は現実を全て受け入れることにして、とりあえず目の前の謎を解いてみたいの」 「な……なんだよ、目の前の謎って」 「私の気持ち」 「え?」 「キス、したよね?」 「アレは人工呼吸ってやつで、仕方なくしたことで――」 「でも、私の胸は躍ったの」 「すごく、運命みたいに感じちゃって――」 「恵那……?」 「大丈夫。もうちょっとだけ、近づきたい。それだけ」 「さ、着替えよ」 「着替えるって――いやッ! やめ――」 「大丈夫。だって、女の子同士――」 「女の子同士――?」 「って、アレ?」 「ぁぅっ」 「なんで、ここ、むにゅって……」 「もしかして生えた!?」 「だ、誰が生えるかっ!! 元々ついてるッ!!」 「嘘! だって、前はなかった――」 「あったあった! 最初からありました!」 「いくら女々しいヘタレだからって、バカにするなッ!」 「女々しいヘタレ……?  って、もしかしてやっぱり――」 「おう! オレの名前は、小碓千秋、だあああああ!!」 「えええええええええええええええ!!??」 「……なんだか、やかましいな」 「全くです」 「最近のゆとりは、教育がなってねーですよ」 「ホントだぜ。ようやくアタシが、約束のどーじんしを手に、弟と涙の再会だってのによー!」 「もうちょっと、静かにしろってんだ!」 「でも……ホントに、こっちでいいんですかね」 「なんかこう、静か過ぎるような……」 「誰にも邪魔されねぇし、そっちの方がいいだろうよ。  きっと看護士が、気を利かせてくれたんだろ?」 「おまえらも、ほら! どーじんしをくれた双六さんみたいに、もーちょっと気ぃ利かせろよ!」 「そういえば、双六さんどこに行ったんですかね?  伝言も残さずに……」 「まさか……姐さんを、捨てた!?」 「バーカ。んなわけねぇだろ!」 「最初からアタシなんて、拾われてもいねぇんだよ」 「姐さん……?」 「きっとアレは……双六さんの……」 「双六さんなりの……優しさなんだよ……」 「うぐっ、ぐすっ、うぅ……ぅ……  おーいおいおい、おーいおいおいおいおい……」 「姐さん……!」 「うう……ぐすっ!  ううっ! いよっしゃ!」 「なんか、辛気くさくていけねぇな!」 「どーじんし持って、いよいよマーくんと会えるんだ!  もうちっと、気合い入れていくぜッ!」 「押忍!」 「この部屋だな!」 「はい!」 「んじゃ――」 「――――」 「行くぜッ!」 「よう! 久しぶりだな、マーくん――」 「え……?」 「マーくん……マーくん?」 「あ、姐さん……」 「お、おい弟くん! どこに――」 「なんで……マーくんが……」 「いないんだ……?」 「まさか――まさか――」 「アタシに愛想を尽かして、どっか行っちまったのかぁ?  うおーい、おいおいおいおい……」 「そ、そんなわけありませんっ!」 「同感です! あいつはそんな無責任じゃ――」 「うるさいぞ、おまえたち!  もう夜中だ! こっちは寝てんだぞ!!」 「う、うるせーバカヤロー! わざわざ弟に会いに、郡山から出てきたのに……コレが泣かずにいられるかっ!」 「そうだそうだッ!!」 「病人は寝てろッ!!」 「あ……あれ? もしかして」 「おまえ……そこの病人の、身内か?」 「おーよ!  おまえ、マーくんがどこに行ったか知ってるか?」 「いや、オレが聞いた話だと――」 「そこの人、今日の夕方、亡くなったって」 「え……?」 「マーくんが、死んだ……?」 「――――」 「――あれ?」 「外れ――?」 「にげてッ!!」 「え――」 「あれは、ロシアンルーレット!  たまがでないのは、うんめい!」 「わたしを、しあわせにするっていった!」 「だから、おねがい――!!」 「いきのびて――!!」 「お……おお……」 「うおおおおおおお――――ッ!!」 「ぎゃっ!」  低く突進し、村崎の手からアザナエルを弾き飛ばす。  似鳥はそのまま、灯りも持たず暗闇の中へ―― 「イデ……イデデデデ」 「クソッ! 銃は……銃はどこですッ!?」 「いいぞ、村崎。  もういい」 「もういいって――双六さん?  それじゃもう、私はお払い箱――!」 「そういうことだな」 「そ、そんな! 大丈夫です!  ホラ私! まだ働けますし!」 「こうやって、ちゃんと鉄砲も――」 「チャンスは一度きりなんだよ」 「一度……きり……?」 「いやいやそんな!  彼、灯り持ってませんでしたから、追いかければ――」  アザナエルを拾おうとして、村崎の動きが止まる。 「な……なんだぁ?」 「あなた……どこから?」 「…………?」 「だれのこと?」 「誰って……あなたですよ! あなた!」 「わたし……?」 「わたしが……みえる?」 「――――」 「え? ちょ! 触らないで下さい気持ち悪いっ!!」 「さわれた……!」 「わたし……たにんが、さわれた……」 「わたし……げんじつのそんざいになった?」 「だ……大丈夫ですかこの人?」 「なあ、おまえ……」 「もしかして、似鳥の願いで生まれたのか?」 「にとりの……ねがい?」 「あ……」 「アザナエルは、ほんとうにねがいを?」 「にとりが……それを、ねがってくれた……?」 「にとりが……にとりが……」 「え……? 泣いてる?」 「いやいや、なにがなんだかサッパリですが。  それはさておきアザナエルを……」 「わたさない」 「え? ちょっと、どいてください」 「あなたがにとりにしたこと、わすれない」 「へ?」 「にとりをころそうとした」 「いやあの、ちょっと――!」 「こんどはわたしが」 「え?」 「ころす」 「ぎゃああああああああああああッッ!!」 「ち――」 「お、お助けえええええええ!!」 「え? おい、コラ待てッ!!」 「お前にはまだ用事が――」 「……ッキショー! 逃げられたじゃねぇか」 「まだやらせたいことがあったのに――」 「――――」 「ん? なんだ?」 「あなたがげんきょう」 「しね」 「うぉっ! ちょ!」 「しね、しね、しね、しね」 「バカ! おい! いでッ! かすった!」 「のわっ!」 「とどめ――」 「気に食わないからって、ひとを傷つけたりしない」 「――――っ!」 「待った待った! わかった! わかったから!」 「チャラだ! 借金、チャラにしてやる!」 「にとりはカゴメアソビをした」 「すでにしゃっきんは――」 「してねーよ! あいつ、オレに向かって撃ったし!」 「…………」 「人を銃で狙っておいて、それでも許そうって言うんだ。  これ以上の条件あるか?」 「にどと、とりたてない?」 「取り立てないどころか、問題があったら相談に――」 「いらない」 「にどと、かおもみせないで」 「オーケー」 「やくそく?」 「約束する」 「今度お前たちに会っても、オレは見ず知らずの人間として振る舞う」 「――――ん」  満足げに頷くと、ノーコは地下道を歩き出した。 「とと!」 「…………」 「あしもときけん」 「もうそうのときとはちがう」 「うきあしだたない」 「きをつけてあるく」 「…………ふふ」 「あしおと」 「きこえる」 「げんじつ」 「もう、もうそうじゃない」 「わたしは、うまれかわった」 「うれしい」 「なぜなら……」 「わたしはのぞまれた」 「かごめあそびでにとりがうたれた」 「そのときのねがいがわたしをうんだ」 「これは、にとりののぞみ」 「にとりにのぞまれて、わたしはここにいる」 「ふふ……ふふふ……」 「とと!」 「…………」 「うきあしだたない」 「はやく、にとりのところへ――」 「わたしは、かわった」 「まえは、もうそうのそんざいだから、だめだった」 「でも、いまはちがう」 「にとりが、わたしにそれをのぞんだ」 「そうしそうあい」 「もう、なやむことなんてない」 「いっしょにくらす」 「いっしょにくらして……りょうりもする」 「にとりはてりょうりすき」 「『エロゲー』をやって、そのしーんはいつもにこにこ」 「カレーをつくる」 「つくったことはない」 「ゆびをきるかも」 「でもにとりはあわてない」 「てをきるのにはなれてる」 「あらって、しょうどくして……」 「ばんそうこうをまいてくれる」 「ゆびが、ゆびにふれる」 「ちかくのにとり」 「わたしたちはじっとみつめあう」 「そして……」 「セックスする」 「いっぱい、セックスする」 「にとりに、ほんものを、なかにだしてもらう」 「かれるまで、やる」 「……うん」 「ぜったい、はやく、かえる」 「わたしがかえれば、もうだいじょうぶ」 「にとりはなににもなやまされない」 「きっと、げんざいにまんぞくする――」 「ん?」 「あれは……でぐち?」 「ここは……?」 「とにかく、そとにでる」 「とびら」 「…………」 「もうとおりぬけできない」 「きをつける」 「ふう……」 「これが、かぜ……」 「これが、そら……」 「きもちいい」 (拳銃を拾う余裕は――ない!) (逃げるッ!!) (一度は諦めた命だ!) (これも、オレに与えられた運命ッ!!) (逃げて――逃げて――) (逃げ切ってやる――――ッ!!) 「はぁッ……はぁッ……はぁ……」 「ん……んくぅ……」 (ここは、線路――) (ここまで来れば……安心か?) 「ぎゃああああああああああああッッ!!」 「ぁ――――」 (まさか、逃がしたからって双六に……?) (…………) (だとしてもオレのせいじゃない。  深く考えないことにしよう) (このまま線路沿いに――) (……いや) (双六は、オレが灯りないの知ってるし……普通に考えれば、線路沿いに追いかけるよな) 「…………」 (一か八か、脇道に――!) (や……ヤバイ) (暗すぎる……) (っていうか、迷った) (普通に線路沿いを行った方が良かったか?) (…………) (でも……) (オレ、生きてるんだよな) (うん。生きてる) (っていうか、確率6分の5だもんな……) (当たったら、かなり運が悪いよな) (…………) (でも……) (6分の1……か) (あり得ない可能性じゃ、ないよな) (もし、本物の弾丸が出てたら――) (…………) (……ん?) (あれ? そういえば――) (カゴメアソビに成功すると、望みが叶うんじゃ……) (……あれ? 違ったっけ?) (でも、ええと……チャンスは一度だけとか言ってた?  なんか他にも言ってたような気がするけど……) (…………) (でも、もしホントにオレの願いが叶うとしたら――) (オレ、何を望むんだろう?) (やっぱり……ノーコの幸せ、かな) (でも、ノーコの幸せって、なんだ?) (やっぱり……その……アレか?) (彼女を愛してやること……?) (愛……) (いやいやいやいや、さすがにアイツは脳内彼女で) (それがマズいってことくらい、オレにもわかるし!) (そりゃまあ、かわいいけど) (気持ちいいけど) (でも……うん) (こんどこそ、ノーコの、同人誌、ちゃんと描こう) (脳内彼女だからって、恥ずかしがらないで) (彼女の、絵を――) 「――――あ」 (あった――!)  壁の一角に、金属の手すりが据え付けられており、はるか頭上にはマンホールの蓋があるのが、うっすら見える。 (やっと……やっと、出られる……) 「ん――」 (なんか、身体が軽い!) (もう少しだ!) (もう少しでオレ、逃げ切れる――) (ん……なんだこの音?) (っていうか、遠くから歓声が――) (……いや。怖じ気づいてる場合じゃない!)  似鳥は蓋に手を当てて―― 「ふんぬっ!!」  マンホールを押し上げると、上に広がっていたのは―― 「いえにかえろう」 「いえにかえって、カレーをつくる」 「おいしいおいしいカレー」 「ざいりょうは……」 「…………」 「ない」 「かいものがひつよう」 「…………」 「おかね、ない」 「どうすれば……」 「ころしてでも」 「うばいとる?」 「……だめ」 「やくそくした」 「フウリと、やくそく」 「あああああ……!」 「もう、さっきからなんなのよー!?」 「ん? このこえ……きいたことが……」 「ライブのリハ失敗したり、地震起こったり!  ガラスは割れてガラス屋は見つかんなかったり!」 「フウリちゃんがいなくなって、千秋ちゃんもいなくて、挙げ句星ちゃんもいなくなっちゃうし!」 「ああっ、コレじゃ全然人手が――!  誰か、誰かコスプレに抵抗なさそうな臨時バイト――」 「フウリのおみせ」 「フウリがいなくなったのは……  わたしがむりやり、つれだしたから?」 「ん――?  あの、もしかしてあなた、フウリちゃんの友達?」 「……わからない」 「いやいや、友達よ! うん、そうに決まってる!」 「ともだち……」 「アタシ、あそこのスーパーノヴァって店の店長代理みたいなことやってるんだけどねっ」 「相談なんだけど、もしよかったら、友達のよしみで臨時のアルバイトを――」 「…………」 「人助けだと思って! お願い!」 「…………」 「給料も弾むからさ」 「きゅうりょう……?」 「おかね?」 「そう! おかね!  年末だし……時間も時間だから……」 「時給2000円でどうっ!?」 「にせんえん」 「だめっ?」 「…………」 「カレー、かえる?」 「買える買えるっ!」 「でも……なんでカレー?」 「カレーをつくるから」 「…………オッケー」 「あなたにも、色々事情があるんでしょ。  そこはあえて踏み込まないわっ」 「ぜひ、協力してちょうだいっ!」 「はあく」 「……すごいねっき」 「スーパー・スーパーノヴァに向けて、みんな盛り上がってるからね」 「でも、まどガラスが……」 「それはまあ、これからなんとかするわっ」 「あなたの衣装は……まあ、その格好のままでいいか。  ウチ、制服があるワケじゃないしね」 「ちなみに名前は?」 「……ノーコ」 「本名? だったら変えた方が――」 「いい。にとりからもらったなまえ。だいじ」 「了解!  控え室にネームプレートがあるから、取ってきて」 「ネームプレート……ネームプレート……」 「ん……どこに……あるか……」 「ん?」 「このテレビ……あきはばら?」 「ぎゃああああああ!!」 「わうわうわうッ!」 「逃げても無駄!」 「名探偵富士見恵那が、その化けの皮を剥がして――」 「ぎゃあああああああああああああああ」 「ぎゃあああああああああああああああ」 「ん?」 「わう?」 「今の悲鳴……」 「マンホールに、人が落ちた?」 「――って、てゆーか! きゃっ!」 「どさくさに紛れて、変なところ揉むなあッ!!」 「わう?」 「わう――――――んッ!!」 「ユージロー……」 「って、ボーッとしてる場合じゃなくて――あ!  アッキーちゃんいた!」 「げ!」 「コラ! コソコソ逃げないで、捕まりなさーい!」 「待て待て待て――――ッ!!」 「ちょ、ちょっとタンマ! オレ本物だから!」 「本物がなんでコソコソ逃げ出すのよ!?」 「こんな格好でテレビに出てたまるかッ!!」 「そんな格好……?」 「あー、ともかく他人のそら似でオレは本物!」 「証拠は!?」 「証拠って――ほら!  さっきまで万世橋で色々話しただろ?」 「それにホラ!  一緒にバックギャモンにも――」 「む……」 「確かにあなた、さっきまで私と一緒にいたアッキーちゃんみたいね……」 「ということは……入れ替わりトリック!?」 「どさくさに紛れて見失っただけだろ」 「そういう見方もあるわっ!」 「でも……本当によく似てたよな。  なんて言ったっけ? こういうの……」 「ドッペルゲンガー?」 「な……もしや!」 「コレは事件!?」 「え? なにが?」 「知らない? ドッペルゲンガーって、死期が近い人間が見るものなのよ」 「え?」 「ええ?」 「えええええええ――っ!!」 「ちょ! 待って!  それ! それヤバくないですか!?」 「ヤバイかもね」 「でもまあ確かにさっきはアッキーちゃんも驚いたけど、よく考えればあのふたり組を追いかけるべきよね」 「いやいやいやいや! それよりオレの命が――」 「あいつら、殺人犯なワケでしょ?」 「う……そ、それは……」 「いや、でももうどっちにいったかすらわかんない――」 「御用だ御用だ御用だ御用だッ!!」 「ぎゃあああああああああ!!」 「いた」 「待てえええええええいッ!!」 「追いかけるわよ!」 「あ、ああ!」 「今度こそは逃がさんぞっ!  大人しく、お縄を頂戴しろッ!!」 「誰が捕まるかあッ!!」 「畜生ッ! さっきからオレたち逃げっぱなしだし!」 「差――詰まってる!?」 「もう少し――もう少しで――!」  裏路地を曲がるみそブーを、全力で追いかける。 「でりゃああああああああああああああ!!」 「え――?」 「みそブーが……消えた?」 「どっかの角を――」 「ううん。そんな余裕、なかったはずよ」 「どこだああああああああッ!?」 「じゃ、どっかの店に?」 「それも、ないわね」 「あのふたり組が突然飛び込んできたら、少なくとも、何らかの騒ぎにはなってるはずだわ」 「でも、じゃあどこに――」 「この近くで、隠れられて、誰もいない場所――」 「この建物よ」 「鍵開きっぱなしとか……不用心だな」 「私が壊しちゃったのよね……」 「え?」 「確かこの建物――今開いてるのはここだけだから。  もしいるとしたら、逃げられる心配はないわ」 「下……じゃないよな」 「きっとね」 「……ホントに、行くのか?」 「オヤジさんとかに連絡取ってからでも――」 「遅いわ」 「でも、そっちの方が確実――」 「呼びたくないの」 「でも向こうはでかいし、男だし、銃も――」 「わかってる!」 「でも……私が行かなきゃダメなの」 「アザナエルが世の中に出たの、私のせいだから」 「…………」 「じゃ、また後で」 「え?」 「30分経ってもなにもなかったら、助けを呼んで」 「ちょ――ま、待てよ! オレも行く!」 「来なくていいわ。危ないし――」 「行く! 行くったら行く!」 「いや、あなたが危険を冒さなくても――」 「お、オレだって、行かなきゃダメなんだって!」 「…………」 「…………」 「あなたって、変なところで頑固よね」 「悪いか!?」 「……泣きそうな顔、しないでよ」 「なんか……千秋思い出すし」 「ひぇっ!」 「ん……どしたの? 怖くなった?」 「そ、そんなことないやいっ!」 「さ、行こう!」 「あ……うん」 「どの階に、隠れてるのか……」 「シッ! 静かに!」 「みみ、見つかったらどうしよう?」 「あのオッサン、見かけによらず強かったからな……  オレの頑丈さがなかったら、きっとやられてた」 「じゃ、じゃあどうする?」 「いや……でも、だ」 「そもそもが誤解で、オレたちはなにもしてないんだし、ちゃんと事情を説明すれば――」 「まだ言ってる……」 「一応確認しておくけど……  ホントにあいつらが犯人で、間違いないのよね?」 「インド人は、部屋に誰も出入りしてないって言ってた」 「ってことは少なくともあいつら、オレたちが出入りする前からあそこに隠れてたわけだろ?」 「……ジャブルさんが嘘ついてたって可能性は?」 「そりゃまあ……ないとは言えないけど。  でも、嘘をつく理由ってあるか?」 「…………」 「ん? どうしたブー?」 「いや、実は……なにもしてないワケじゃないよな」 「いわゆるひとつの泥棒っていうか……」 「…………確かに」 「いやいやいや!  しかしコレはもののはずみっつーか、事故っつーか」 「こんなもの、持ち出しちまったけどよ  オレたちは殺しなんてしてないわけで」  ポケットに指を沿わせるみそ。 「ポケット……膨らんでる」 「殺しをしたかどうかはとにかく、アザナエルは持ってるみたいね」 「あ、うん。たぶん……」 「こうなったら……全面戦争しかねぇな」 「全面戦争……かましてくれるか?」 「ブーのためなら、一肌脱いでやるさ!」 「百野殺駆特攻隊長・頑丈のみそ!!」 「参謀役・クラッシャー・ブー!!」 「赤いリーゼントと――!」 「緑のアフロ――!」 「ふたつ合わさりゃ――」 「オレたちゃ無敵ッ!!」 「…………」 「…………」 「どうしよう……」 「なんか……このまま帰った方がいい気がしてきた……」 「そういうわけにはいかないわよ!」 「でもオレたちふたりで、どうやってあいつらを?」 「あいつら、なんかバカっぽいし……  こっちの想像超えたことしてきそうで……」 「落ち着いて、よく考えるのよ」 「別に、たたきのめしたいわけじゃない。  私たちの勝利条件は――?」 「拳銃――」 「アザナエルを……手に入れること?」 「……なるほどね」 「ということは、私が囮になって、色仕掛けで――」 「ダメだッ!」 「オレが! オレが囮になる!」 「はい?」 「お、おまえみたいな乱暴女が、色仕掛けなんて無理!」 「な、なによ!  アンタだってちんちくりんで――」 「いや……でも、待てよ……」 「確かあいつら、ミヅハちゃんを誘拐してたし――」 「少なくとも緑の方は、そういう趣味をしてるかも……」 「ひとつだけ、約束してくれ!」 「え? 約束って、なんでアンタが囮になるって――」 「色仕掛けしてるときは、オレの方を見ないでくれ」 「お願い、この通り!」 「いや、だからそもそも作戦を練り直して――」 「い、いくぞおおおおおおお!!」 「やだ! アッキーちゃん、待って――」 「あれ?」 「ここ……どこ?」 「うおっ! 邪魔――」 「へ?」 「ぎゃあああああああああああああああ」 「ぎゃあああああああああああああああ」  マンホールから飛び出した似鳥を、沙紅羅が踏む。  一緒に落ちる。 「あああああ、姐さーん!!」 「大丈夫ですかッ!?」 「待て待てぇいッ!!」 「ぎゃっ! す、すいません!」 「オレたち、先行ってます!」 「わ! わわわわ!」 「だ、大丈夫ですか――!?」 『おおっと、フウリちゃん!』 『そこでステージを下りたら、失格よ!』 「なんと!」 『ということで、フウリちゃんに代わって私が訊いてみるわね!』 『ねえ、ふたりとも大丈夫かしらー?』 「大丈夫じゃねーよ! コンチキショー!」 「いてててててて……」 「――って、てゆーか! きゃっ!  どさくさに紛れて、変なところ揉むなあッ!!」 「ぎゃあああッ!!」 「わう?」 「わう――――――んッ!!」 「え? ジャンプして――  腰を振りながらマンホールに!?」 「わううううぅぅぅぅ――」 「わう」 「キャッ!」 「ここここここ――」 「この、エロ犬――――――ッ!!」 「わう――――――ん……」 「な……なんか、幸せそうにも聞こえます……」 「と……とりあえず、元気みたいでよかった……」 「ふぅ……助かった」 「アッキーちゃん!」 「大丈夫ですか? なんか汗びっしょりで――」 「あの、ホントにそこまで嫌だったら――」 「走り疲れただけだから」 「追っ手もまいたみたいだし……」 「追っ手?」 『ええと……まあともかく、全国ゆるキャラバン!』 『ハプニングもあったみたいだけど、仕切り直していよいよ番組は佳境へ――』 「ふたりとも、ほら!  進行の邪魔! さっさと出てきて!」 「オラオラ! 下がつっかえてんだぞ!」 「わ、わかってる――んしょ、と!」 「ゲ! コレ、ゆるキャラバン?」 「でも……あれ? ソトカンダーは?」 「今、なんて言ったかしら?」 「ソトカンダー……  たしか、実物を飾るはずじゃ――」 「ああ、アレは中止」 「そ、そうなんですか……」 「なんか……ちょっと、ホッとした……」 「でも、なんでソトカンダーを?」 「だって、オレがデザインしたから――」 『はいスト――――――ップ!!!!』 「へ?」 「え?」 「あ?」 「ん?」 「わう?」 「うう……クリマンが食べられると思ったのに」 『ここで競技は一時中断!』 『ところで皆さん! 今日はゆるキャラバンの最終日!』 『ここで、秋葉原発のスーパーマスコットが発表されることを、皆さん憶えているかしら?』 「そ……そうなのか?」 「そんな話も……聞いたことがあるような……」 『なんと! 今回は生放送特別企画!』 『新進気鋭のスーパーデザイナーが、生で、キャラクターをデザインしてくれるのよ!』 「ほほう!」 「それは……大変ですね」 『それでは!  早速そのスーパーデザイナーにインタビュー!』 『さあ、チャレンジ前に意気込みを一言!』 「え…………?」 「お、おおおおおおお、オレ?」 「大丈夫! なんとかするから、話合わせて!」 「話合わせるって――」 「…………」 「ああ……そうか……そうなんだ……」 「オレが今ここに来たのは……もしかして……  アザナエルが定めた、運命……!?」 「ということは、オレがここで発表すべきマスコットキャラクターは、ズバリ――!!」 『なんだか感無量……って感じね?  自信はあるのかしら?』 「もちろんですッ!!」 『ああ、なんて素晴らしい意気込みかしら!  ところで、そのキャラクターって?』 「彼女は……オレの運命です!」 『お、大きく出たわね……』 『じゃあ早速、そのキャラクター描いてもらえるかしら?』 「もちろん!」 『それじゃ、この紙とペンで――』 「おっと!」 「あ、ごめんなさい!」 「いえ、こっちこそ……」 「あれ……? あれ……?」 「手が……震えて……」 「掴めない……」 「おおっと!?  あまりの興奮に、武者震いしちゃったってワケね!」 「ええと、落ち着いて……  落ち着いて……コラ! 落ち着け!」 「これが……運命なんだろ?  オレは、ここでノーコの絵を描いて、それで……!!」 「それで、あいつのことを認めてやらなくちゃ――」 「ほ、ホントに大丈夫?  そんなに、焦んなくても……」 「オレ、描かなきゃ!  ノーコを、描かなきゃいけないのに……」 「ええと……向こうにカメラを戻そうにも、食べ物が――」 「とりあえず、CM!  CM入りますッ!!」 「にとり……かけない……」 「わたしのゆめをかなえるって、ちかったのに……」 「かけないんだ……」 「だめなんだ……」 「わたしは、うんめいでも、なんでもなくて……」 「みんなのまえで、かくのがこわくて……」 「わたしは、むいみで……」 「あ……」 「ああ……」 「ああああ……」 「……うん」 「しのう」 「……あなた、大丈夫?」 「あ、ええと……は、はい」 「すこし、気負いすぎなんじゃない?」 「もちろん、テレビ的にいい物を作ってはもらいたいけど。  前のめりになりすぎても、いい結果は出ないわよ」 「…………はい」 「なんだか、大変そうだな……」 「まあ、それはそれとして」 「まだこっちの食べ物、追加されてないんだけど――  大丈夫かな?」 「た――た――」 「ただいま帰りましたッ!」 「帰ってきたぞ!」  息を切らせてステージ裏手に駆け込むのは、両手いっぱいの食べ物を買い込んだADと、ミヅハだった。 「ミヅハちゃん!」 「おお! 噂をすれば七十五日!!」 「サイババア様のところでテレビを見ておったのじゃがな、『えーでー』に、こっそり連れてこさせたのじゃ!」 「似鳥が番組に現れたのを見て、黙っていられなんだ!」 「オレを見て……?」 「ノーコはわらわの恩人じゃからのう!  恩人の恩人が困っているとあれば、救わねばなるまい」 「ちょっと待て。  なんでおまえ、ノーコを知ってるんだ?」 「ふん! 見てわからぬか?」 「それは、わらわが神様だからじゃ!」 「神様……?」 「似鳥くんだったかしら?」 「あ、はい」 「悪いけどその子と――」 「わうわうわう!!」 「ぎゃー! いぬ! 触るでない!」 「犬連れて、下がっててくれる?」 「あ……はい」 「もしかしたら、後でデザインの中継ふるかもしれないから……今度こそ、お願いするわね」 「が、がんばります……」 「全然、大丈夫じゃなさそうだな」 「ですね……」 「ミリPさん! CM開けます!」 「追加食材の準備完了しました!  あんまり増えてないけど、コレで少しは――」 「OK! 良くやってくれたわ!」 「あと色々ヤバげなんで、クリマンは最終手段で!」 「最終手段……?」 「お願いします!」 「……はぁ、わかったわよ」 『えー、競技中の皆さん!  諸事情により、クリマンをラストに回します!』 『引き続き、フェアな熱ゆるい戦いを!』 「そ……そんなあ……  楽しみにしてたのに……ぐすん」 「むううう……こうなったら……」 「本気モードで、クリマンまで一直線ですー」 「ノーコちゃん、ネーム探せない?」 「ひぐっ、ぅ……ぅう……えい!」 「なああああああああああ、ちょっと!」 「は……はなして」 「放さない!」 「従業員のメンタルヘルスの管理も、アタシの仕事なの!」 「うう……う……く」 「うぐぐ……ぐ……ぐ……」 「い、いいかげん、はなしてくれないと――」 「ドロップキ――――ック!!」 「あう」 「ふぅ――」 「いたい……」 「あなたが悪いのっ!  あたしだって、暴力ふるいたいわけじゃ――」 「ひぐ……」 「う……うう……ううう……」 「うぁっ、ぅ…………ううううう……!!」 「え? 何!?」 「そんなに痛かった?」 「わたしは……おもに」 「え?」 「わたし……にとりの、じゃま」 「にとり?」 「すきな……ひと」 「せっかく……いっしょにくらせるのに」 「わたしを、しあわせにするって、いったのに」 「それが、できなくて」 「そういう、ほんねを、テレビで……」 「こんどこそ、しあわせになれるって、おもったのに」 「……ねえ、ノーコちゃん」 「ホントに、捨てられちゃったの?」 「直接、言われたの?」 「そうじゃ……ないけど……」 「なのに、泣いてるの?」 「…………」 「あなた……アタシの友達と、似てるわね」 「ともだち……?」 「ええ。そのコね、実は好きな人を追いかけるため、東京に出てきたらしいの」 「いつもマイペースなんだけど、時々、妙に引っ込み思案なところがあってね」 「好きな人と連絡が取れなくて、宙ぶらりんのまま」 「おんしんふつう」 「そうなんだけどね。  本気で捜そうとしてないのよ。怖いから」 「こわいの?」 「ずっと連絡がないわけだからね」 「普通に考えたら、他に好きな人ができたんじゃない?」 「そうとは、かぎらないんじゃ……」 「そう! その通り!」 「向こうにだって、事情があるかもしれない」 「連絡先がわからないだけだったり、もしかしたら記憶喪失になっていたり……」 「それだったら、無駄に悲しむなんて損じゃない?」 「いずれにせよ、会わなきゃ何も始まらないよっ!」 「――って言ってるんだけどね。  やっぱり怖くて、その先に進めないわけ」 「っていうか……」 「自分の望みが叶わないことを、知ってるのかもね」 「…………」 「もしかしてそれ……フウリ?」 「あ、わかっちゃった?」 「てがみ、みた」 「手紙?」 「はんだみょうじんに、おちてた」 「フウリあての、てがみ」 「おだかんたが、しんだって」 「織田貫太……?」 「あれ? その名前、聞いたことがあるような……」 「フウリの、おもっているひと」 「あ……ああ、そうだっけ……」 「そうか……亡くなってたんだ……  かわいそうなフウリ……」 「おしえないほうが、いい?」 「辛いことだけど……  でもそれが本当のことなら、教えてあげなきゃ駄目ね」 「つらいのに……?」 「それが、本人のためになるはず」 「後に引き延ばした方が、かえって毒よ」 「そうか……」 「ありがとう」 「え?」 「わたしも、かくご、できた」 「にとりに、きもち、きいてくる」 「ああ、そう。うん、よかった」 「いってくる」 「え?」 「――――っ」 「ちょっと! バイトが終わってからに――!」 (そう……) (どうして、こわがるひつようが?) (わたしは……のぞまれてうまれた) (のぞまれてげんじつになった) (わたしがこうなったのには、いみがある) (だったら、にとりのはんのうも、ちがうはず) (こわがることはない) (にとりは、わたしをのぞんでる) (わたしのおもいは……ぜったい……) 「ぜったい、つうじる」 「ついた……」 「つたえるの」 「ほんとうのきもち」 「わたしは――」 「しかくがある――」 「にとりに――」 「にとりに――!!」 「な……」 「ちょっと照明! 何やって――」 「にとり」 「にとりは、どこ」 「ハッハッハッハッ!」 「ばかー! やめぬかー! はなせー!」 「ハッハッハッハッ!」 「やめろー! たすけてたもれー!」 「ハッハッハッハッ!」 「っておい! そこの者!  わらわを早く助けんか!」 「ひぐっ、ん……んん……!!  ん……ん……んんんん…………ッ!!」 「お、おい……」 「わう?」 「似鳥……大丈夫か?」 (描かなきゃ……オレ、描かなきゃ……!) (アザナエルがくれたチャンスなら!  オレ、このチャンスを生かさなきゃ――) (描かなきゃ……いけないのに……) (全然……手が……震えて……進まない……  こんなこと、いままで一度もなかったのに……) (変だ……オレ、変になっちゃったのかな……?) (なんで……なんで、描けないんだ?) 「とりゃあああああ!!」 「うおっ! なんだッ!? み――水!?  って、どっからそんな――」 「ようやく気付いたか、この馬鹿者めが!」 「なんだよ急に!」 「それはこっちのセリフじゃ!  おぬしがわらわを助けに来ぬから――」 「ヒョーヒョー!」 「ガワッガワッ!」 「キャゥンッ! キャゥキャゥンッ!」 「ユージローが犠牲になってしもうた……」 「え……? その生物……何?」 「沙悟浄と九千坊じゃ!」 「ええと……河童、だよな……  ってことはおまえ、ホントに神様?」 「そうだと言っておろう!」 「神様! お願いだ!」 「オレがノーコの絵、描けるようにしてください!」 「い、いきなり現金な奴じゃな……」 「しかし、なぜ自分の力ではできんのじゃ?  これまでたくさん、描いてきたのじゃろう?」 「それなのに、なぜ急に描けなくなったのじゃ?」 「そ……それは……」 「皆の前で絵を描くのが怖いのか?」 「怖くなんてない。  ただオレは、武者震いで――」 「そうか?  わらわには、何か怯えているように見えたぞ」 「怯えて……? そ、そんなわけ――」 「あ、メール……」 「なんだ? 今頃大刀刃那から――」 「コミマ来ないでおいて、今さら謝罪のメールとか――  ん? なんだこのURL」 「ひっ!!」 「なんじゃ?」 「ええと……テレビ中継板……?  『【混乱】全国ゆるキャラバン☆9【錯綜】』」 「読むな! 返せ!」 「『ノーコさんって、きもちわるくね?』  『こんな下手くそな絵でデザイナーとか――』」 「読むなって!!」 「おぬしの絵……中傷されていたようじゃの」 「そんなことない!  オレが……オレが、中傷されるわけ……」 「ノーコの絵が……認められないなんて、そんな……」 「そんなわけ……ないのに……」 「やはり、おぬしは怖いのじゃな」 「オレが……怖がってる……のか……?」 「もしノーコをマスコットキャラにして、失敗したら?」 「オレの、心の支えのノーコが……  誰にも代えられないノーコが……」 「いきなりの全国放送で、もし笑いものになったら?」 「オレは……オレはいったい、どうすれば……!?」 「何を……頼りに、生きていけるんだ?」 「おぬしにとって……  ノーコはそこまで大切な存在なのじゃな……?」 「……オレ、ずっと、ノーコの存在から目を逸らしてきた」 「単なる脳内彼女だって。  自分は恥ずかしいことをしてるって」 「いつかは、絶対、別れなきゃならないって」 「でも、今日、やっとわかったんだ」 「オレが最後に、頼みにするのは、ノーコだって」 「アイツが、最後の最後の頼りなんだって」 「だから……オレ……  アイツの絵を、描いてやりたくて……」 「それがきっと、オレの本当の望みだって……」 「ん……なんだ?」 「この気配は……もしや!」 「にとり」 「にとりは、どこ」 「うおおおおお!!」 「ん? なんだ?」 「ってか、なんで既に泣きそう!?」 「お、お、お、おおおおおおお!!」 「オレの! オレの!」 「オレのパンツが見たいか!?」 「…………は?」 「ごくり……」 「み、み、みみみみ……」 「見たかったら……見ても……いいんだぞっ!」 「いきなりなんだよそれ! 罠の匂いしか――」 「見たい見たい! 見たいです!」 「ブー……」 「よ……よし! じゃあ、近く」 「くんくん! くんくんくん!」 「か……嗅ぐのはゴメン! 勘弁して!」 「くんかくんか! くんかくんかくんか!」 「ひええええええ……」 「おいブー! 馬鹿なことやってねーで――」 「と、硬派なところを見せつつも……」 「男だったら……見るよな?」 「押忍!!」 「ひいいいい! やっぱり……怖い!」 「ナイス恥じらい! 満点です!」 「大丈夫! オレ、侠として、今日の出来事は一生胸の奥にしまっておきます!」 「そ、そんな……」 「全部じゃなくていいから! 先っぽだけでいいから!」 「そ、それなんかおかしい……」 「さあさあ! さあさあさあさあ!」 「い、い……いやああああああああああああ!!」 「アッキーちゃん! ナイス囮!」 「え? 後ろ?」 「な……さっきの!」 「とりゃああああッ!!」 「な、なにすんだあっ!!」 「はっはっはっは!  名探偵富士見恵那、アザナエルを奪か――ん?」 「あれ? あれ? あれれれれれ?」 「しまぱん……?」 「あ、アザナエルじゃないの!?」 「アザナエルってなんだよ?」 「拳銃よ、拳銃!」 「拳銃? んなもん、知らねーよ。なあ、ブー?」 「ああ。  オレたちが持ってきたのは、それとコレだけだ!」 「子供の……パンツ?」 「でも、ええと、ほら!」 「バックギャモンに、死体があっただろ?  あれ、おまえたちが……」 「だから、死体ってなんだよ?」 「あの店の奥にあっただろ? 双六の死体」 「見なかったけど。  なあみそ、おまえ見たか?」 「いいや」 「そんなはずない!  だって、私はちゃんとこの目で見たわ!」 「あの部屋には死体があった!  出口を通らないなら、どうやって死体を隠すのよ?」 「あ!」 「そういやオレたちがあの部屋に入るとき、地下通路に人の気配したな」 「ああ、そういやそうだっけ」 「ってことはもしかして、そいつが死体を――」 「ちょっと待った!  その地下通路って、なに?」 「知らねーのか?  あの店、奥の方で地下に通じる入り口があるんだぜ」 「地下に?」 「結構広い地下通路で、地下鉄とかにも繋がってる。  オレたちも危うく迷うところだったよな……」 「そんな地下通路、あるわけ――」 「コレは事件!?」 「え!?」 「私、聞いたことあるかも……昔この辺りは、糀の特産地で地下ムロがたくさんあったって、サイババアが言ってた」 「もしかしたら、それが残ってたのかも……」 「そう……なのか?」 「ねえ、アンタたち。ホントにやってないの?」 「おーよ! 姐さんに迷惑をかけられっかよ!」 「それじゃ、アザナエル……拳銃は?」 「しらねーよ」 「モデルガンなら使ったけど」 「そ……そ……」 「そんなあ……」 「やっと……探し当てたと思ったのに……」 「なんとか、挽回できたと思ったのに……」 「単なる勘違い……だったの……?」 「あの……その……」 「なんていうか……ゴメン」 「なんだかわかんないけど……悪い」 「すまんかった!」 「え……?  う、ううん。貴方たちが悪いわけじゃ、ないし」 「でも……」 「ま、そう強がんなよ……」 「もーっと頑張れってば!」 「辛いときは辛い。泣いてもいいんだぜ……」 「大丈夫! 明けない日はない! 笑えよ!」 「…………」 「…………」 「な……なんなのよ、アンタたち」 「我ら郡山に狂い咲く――」 「暴走集団《もものせっく》〈百野殺駆〉」 「特攻隊長・頑丈のみそ!!」 「参謀役・クラッシャー・ブー!!」 「夜露死苦ぅ!」 「…………プッ」 「変な奴ら」 「世の中がオレたちをどう思おうと気にしない!」 「それが、オレたちの生き様っ!」 「ああ、はいはいわかったわかった」 「落ち込んでる暇はない、ってことね」 「そういうこと!」 「ま、悩む暇があったら動けってことだな」 「そう、ね」 「そうそう」 「でもアンタ!」 「出来心だかしらないけど、もう盗みはしないこと!」 「は……はい」 「よし! じゃあ気を取り直して、行きましょ!」 「おう!」 「しかし……とんだ回り道だったわね」 「オレの早とちりで……ゴメン」 「ま、しょうがないわよ。  あの部屋に地下道があるとか、普通思わないでしょ」 「まして、あの人相だし」 「……ありがとな」 「なーに! 困ったときはお互い様!」 「ああ……立ち直ったみたいで、ほんとによかった……  一時は、どうなることかと……」 「立ち直ったって……まだ全然ショックだけど」 「でも、あのバカふたり組を見てると、落ち込んでるのが馬鹿馬鹿しくなるって言うか」 「その感じ、オレも何となくわかる気がする」 「あ、ついでにアッキーちゃんもそのケあるから」 「え!? ウソォ!」 「っていうか、あー!  なんか思い出すと思ったら、千秋だ」 「やっぱり親戚って似るのね」 「ソ、ソンナコトナイヨ……」 「ところでさ、ホントにアッキーちゃん、親戚にそっくりなコとかいない? 双子の妹とか――」 「いやいや、いないから」 「ホントに?」 「ホントに!」 「……なんか、気になるのよね」 「いや、そりゃオレも気になるよ。  ドッペルゲンガー? 命に関わるんだろ?」 「1回、テレビ番組に戻った方がいいのかも……」 「――――ッ!!」 「星さん!?」 「ちょっと、どうしたんですか!?」 「すみません! 急ぎますので――!」 「血相変えて、どうしたんだろう……  あんな取り乱した顔、見たことないような……」 「って恵那!? どこに――」 「これは事件っ!!」 「追いかけるに決まってるでしょ!  星さんの先に謎が待ってるわ!」 「ど……どういう推理?」 「名探偵の勘よ! 行きましょう!」 「勘って――おい、ちょっと!」 『秋葉原チーム、優勝――――ッ!!』 「あ、ゆるキャラバン決着ついたんだ」 「そうみたいだな」 「ん? あれ?」 「あそこにまた、アッキーちゃんが――」 「え? どこどこ?」 「停電?」 「なによ!? こんな大事なときに――」 「にとり」 「にとりは、どこ」 「過ちでした」 「そんな――!?」 「――人間は、愚かです」 「時に感情に流されて、理に適わぬことをする。  ミヅハ様は、人間の感情に惑わされたのです」 「そんなことは――」 「冷たい目で人を見据え、静かに判断をお下しなさい。  ノーコが人間に害を為すなら、祓うまで」 「それが、ミヅハ様の役割です」 「わらわの役割……?」 「ちょっとちょっと!  なに子供に吹き込んでるんですか!」 「わうわうわう!」 「恵那ちゃん。それに――」 「どうも……」 「…………あれ?」 「さっきアッキーちゃん、向こうに行きませんでした?」 「ううん。そっちから来たけど」 「なんかさっきも、オレにそっくりな人がいたんだよな」 「そっくりな?」 「そう。ドッペルゲンガーなんじゃないかってくらい、そっくりで……」 「どっぺるげんがー?」 「日本では影のわずらいとか言われたみたいだけど、自分そっくりの人間を見ると、すぐに死んじゃうっていう」 「だ、だから、怖いこと言うなって!」 「しかし……本当に物の怪の仕業かもしれませんよ」 「せ、星さんまで!」 「あの……もしかしてアッキーちゃん、今までずっと恵那ちゃんといました?」 「ゆるキャラバンには、出てない?」 「ゆるキャラバンに? なんでオレが?」 「ということはもしや……  さっきまで一緒にいたのは本物ではなく……」 「あああっ! いたっ! あそこ!!」 「ひぇぇぇぇぇっ!」 「同じ人間が……」 「ふたり……?」 「ま――ま――ま――」 「待ってくださいいいいいッ!!」 「なんで逃げるんですかッ!?」 「なんでって、フウリさんが追いかけるから――」 「大嘘です!」 「やましいところが、あるはずー!」 「ないない! そんなの――」 「だって、だっておかしいです!」 「人手が足りないところに、急に現れたり!」 「あんなたくさんのおまんじゅうを、一気に食べたり!」 「私が困ってるところに突然、助けに来てくれたり!」 「もしもどっちかがニセモノで、私を助けるために化けてくれたなら――!」 「それは、きっと、私の昔の知り合いで――」 「だから、あなたの本当の名前は――」 「貫太さん! 織田貫太さん、でしょう!?」 「――――」 「貫太さんッ!! 逃げても無駄ですっ!」 「大人しく――いた!!」 「こらー! おいなり様に化けても無駄です!  神妙に――神妙に――」 「あれ?」 「これは、おいなりさまじゃなくて――」 「本当に、おたぬきさま……?」 「貫太さんじゃ、ない?」 「うう……計略に引っかかってしまいました……」 「しかし、まだ遠くには行ってないはず……」 「辺りをくまなく探せばきっと……」 「むむー? 今、声が……?」 「あの茂みの辺りが、怪しい?」 「様子を探って――」 「きゅっ!」 「きゅう……ネコさんがたくさんいます」 「怒らないで……別におっかないことは……」 「きゅ――――!」 「ご、ごめんなさい、ネコさん!」 「私は別に、脅かす気なんて――」 「きゅぅぅぅぅ……」 「これでは……探索できません……」 「しかし戻っていては……もう時間が……」 「え……今の音は?」 「もしかして――ノーコちゃん!?」  川向こうに、濛々と白煙が吹き上がる。 「なにか……あったのでしょうか」 「…………」 「ううううう……!!」 「貫太さんも、気になるけど、でも――」 「あのノーコちゃんを、放っておくわけにはいきません」 「な、なんですかコレはー!?」 「こんなことが……ほんとに……?」 「――ノーコちゃん!」 「あなたも、しにたいの」 「……ふん」 「一緒にいるのは――双六さん!?」 「うう……ふたりとも、おっかないです……  とにかく、ここは気を惹かないと……」 「葉っぱを手に――」 「頭の中に、思い浮かべて――」 「どろんぱっ!」 「追いかけるわよ!」 「な、なんで!?」 「正体確かめるの!  ドッペルゲンガーで死にたいの!? ほら!」 「なんで逃げるんですかッ!?」 「なんでって、フウリさんが追いかけるから――」 「ヤバイ! アレ、マジでオレだ!!」 「ホントに瓜二つ……」 「だって、だっておかしいです!」 「私が困ってるところに突然、助けに来てくれたり!」 「万世橋の方に行ってる――!?」 「ああ! 見失っちゃう!  どっちだ!? どっちに逃げる!?」 「恵那! 推理を!」 「推理って――いやいや!  こんな判断材料ないのに無理でしょ!」 「おまえ、探偵だろ!? なんとかしろよ!」 「探偵は占い師じゃ――占い!?」 「――タヌキだ」 「え?」 「柳神社へ! こっちが近道よ!」 「な、なんで柳神社に!?」 「占いよ! 占い!」 「占い!?」 「今日のラッキーアイテムは、コレ!」 「携帯のストラップ!?  確かにタヌキだけど……」 「ほら! 行くわよ!」 「お……おう!」 「さすがに歩道橋だと早いな……」 「でも、ホントにここに来るのか?  ラッキーアイテムだからって、そんな……」 「来たっ!!」 「マジで!?」  鳥居から半身を乗り出すと、遙か遠くにもうひとりの千秋の姿が見えた。 「で、どうするんだ!?」 「どうするもこうするも、真正面から捕まえるしか――」 「貫太さん! 織田貫太さん、でしょう!?」 「ん? おだ、かんた……?」 「どっかで、聞いたことがあるような――」 「ウソ――……」 「まさか、コレは事件!?」 「ん、恵那? どした?」 「アッキーちゃん、ちょっと隠れてて!」 「え? なんで?」 「いいから!」 「ぎゃっ!!」 「よし――」 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 「アッキーちゃん!」 「え? 今の声は――?」 「こっちよ!」 「あ、うん」  ふたりは慌てて茂みへと飛び込んだ。 「頭引っ込めて」 「あ、あれ? でも誰かいる――!?」 「ええと、どうも」 「ええと……」 「生き別れの、姉さん……?」 「妹なんていねぇよ!」 「ちょっと静かに!」 「貫太さんッ!! 逃げても無駄ですっ!」 「大人しく――いた!!」 「こらー! おいなり様に化けても無駄です!  神妙に――神妙に――」 「あれ?」 「これは、おいなりさまじゃなくて――」 「本当に、おたぬきさま……?」 「貫太さんじゃ、ない?」 「やっぱり……貫太って言ってる」 「あなた、貫太さんでしょ?」 「バレちゃった?」 「え? 貫太さんって?」 「はぁ……忘れちゃったの?」 「ほら、昔村崎さんと一緒に働いてた――」 「あ! あの貫太さん――」 「むむー? 今、声が……?」 「やべっ!」 「バカ! 何で声出すのよ!?」 「ご、ごめん……」 「あの茂みの辺りが、怪しい?」 「様子を探って――」 「きゅっ!」 「きゅう……ネコさんがたくさんいます」 「怒らないで……別におっかないことは……」 「きゅ――――!」 「ご、ごめんなさい、ネコさん!」 「私は別に、脅かす気なんて――」 「きゅぅぅぅぅ……」 「これでは……探索できません……」 「やった! ネコが助けて――」 「え?」 「なんだ、今の音?」 「え……今の音は?」 「もしかして――ノーコちゃん!?」 「なにか……あったのでしょうか」 「…………」 「ううううう……!!」 「貫太さんも、気になるけど、でも――」 「あのノーコちゃんを、放っておくわけにはいきませんッ」 「ふぅ、助かった……」 「けど、何の音だったのかしらね、さっきの」 「さあ……?  ノーコさんの仕業とか言ってたけど……」 「っていうかさ、なんで隠れなきゃいけなかったんだよ?」 「そりゃもちろん、貫太さんのためよ」 「ねえ、織田貫太さん?」 「いや、オレは――」 「おい、恵那? なにバカなこと――」 「名探偵富士見恵那を、甘く見ないでください!」 「化けてるんですよね? その格好に」 「は? 化けてるって……」 「ヤレヤレ……気付かれちゃったか」 「……ドロンパッ!!」 「うわッ!」 「煙――!?」 「いかにも――」 「この僕が、織田貫太だよ」 「久しぶりだね、恵那ちゃん」 「お久しぶりです!」 「ホントに、ホントにお久しぶりです!」 「もう! どこに行っちゃってたんですか!  連絡もなく急にいなくなるから心配したんですよ!」 「すまないね。ちょっと、遠くに行っていたから」 「どこに行ってたんですか? 外国?」 「ああ。海を渡ってアジアをブラブラ――」 「いーや、待て待て。ちょっと待て」 「なに? どゆこと?  っていうか今変身したよな?」 「なんで普通に変身してるの?  なんで普通に受け入れちゃってるの? 化けダヌキ?」 「そうだよ」 「いやいやそうですよねー化けダヌキなんてそんなものアニメの狸合戦の中にしか――ってえ? え? え?」 「あの今言いました!? そうだよって言いました!?」 「言った。僕は化けダヌキさ」 「本気で言ってる?」 「アッキーちゃんも見たでしょ。  貫太さんが変身したところ」 「見たよ。見たけど――  ってか、なんでそんな平然と受け入れてんだよ!」 「私は名探偵富士見恵那だもの!  薄々、気付いてたわ」 「気付くって――」 「あれはお母さんがいなくなってすぐだから……  今から10年前だっけ?」 「なんだかわかんないけど、ユージローが散歩中、突然いなくなっちゃったことがあったの」 「夜まで探したんだけど、中々見つからなくて、途中でお化けを怖がって千秋が帰っちゃうし」 「べ、別にお化けが怖いからじゃ――」 「ん? なにか言った?」 「ううん。別に」 「ま、とにかくそれで途方に暮れてたら――」 「偶然、僕がそこに通りがかった」 「夜も遅かったし、心配だったから。  僕も一緒に、探すのを手伝ったんだ」 「ふたりで探してようやく見つけたんだけど、私、あんまり嬉しくて道路から飛び出しちゃって」 「ユージローを抱き留めたら、車のライトが――」 「轢かれる――! そう思った瞬間、身体が突き飛ばされて私は歩道に倒れてた」 「貫太さんが突き飛ばして、助けてくれたの。  私ははっきり、それを見た」 「けど……貫太さんは、逃げ切れなくて……」 「…………」 「私は歯を食いしばって、後ろを振り返った」 「けど、想像してた貫太さんの身体はそこにはなくて」 「代わりに、タヌキの死体があったの」 「タヌキの……?」 「あれ? それって、もしかして……」 「このお墓?」 「そう。その後、私を探しに来てくれた千秋と一緒に、ここにそのタヌキさんを埋めたの」 「…………」 「てっきりそのまま死んじゃったのかと思ったんだけど」 「いつの間にか、生き返ったんですね」 「…………」 「貫太さん……?」 「あ、ああ。  普通のタヌキじゃ、こうはいかないだろうけど」 「僕の術は、ちょっとしたもんだからね。  一度死んだくらいじゃ、死なないよ」 「そうなんですか……ああ、良かった……  貫太さんが、帰ってきてくれるなんて」 「村崎さんもあの後、ずっと探してたんですよ!  ちゃんと、会ってあげてくださいね!」 「僕は……別れを告げに来ただけなんだ。  だから、すぐに行かなきゃならない」 「別れを……?」 「あ、あの……そういえば今、思い出したんだけど。  フウリさん、貫太さんのお知り合いなんですよね」 「もしかして、彼女の思い人って――」 「……昔のことだよ」 「けど僕にはもう、帰る場所がある」 「ふたりとも、すまない。  僕はやっぱり、フウリくんを追わなきゃならないようだ」 「そう……ですか」 「協力、ありがとう! 助かったよ!」 「それじゃあ、さようなら!」 「あの、私に連絡先を――貫太さん!?」 「貫太さーん!」 「ああ、行っちゃった。  あんなに急ぐことないのに」 「……フウリさん、追いかけていったのかもな」 「……だね」 「ガッカリした?」 「ううん! 別に、そういうわけじゃないけど」 「命の恩人だからさ。  もう少し、一緒にいたかったなって」 「でも……あれ?  なんか、辻褄が合わなくないか?」 「フウリさんと別れようとしたんだろ?  ならなんで、逃げたりしたんだ?」 「え? そりゃ、もちろん……」 「もちろん……あれ? なんでだろ。  心の準備ができてなかった、とか?」 「確かに、おかしいわね。  どうして貫太さん、急に――」 「お墓があるとか聞いた途端、雰囲気変わったわよね」 「確かにそれはあったかも」 「うーん……なにかお墓に秘密が?  いや、でも……秘密っていったい……」 「…………」 「わ……わかんねー」 「あれ? でも、アッキーちゃんさ。  なんで貫太さんのお墓、知ってたの?」 「え?」 「あそこ、私が柳神社の巫女さん……でいいのかな? にお願いして、やっと埋めさせてもらえたのに」 「たぶん、千秋くらいしか知らないと思うんだけど」 「いや、ええとアレは――」 「アレは、なに?」 「アレは――アレは――」 「なんなのよ!?」 「もじゃもじゃッ!!」 「もじゃもじゃ?」 「わうわう! わうわうわう!!」 「ここかッ!?」 「な、父さん……!」 「おお、恵那か!」 「今からここに立てこもった凶悪犯を捕まえるからな!  ここで待ってろ!」 「凶悪犯?」 「ってことは……コレは事件!?」 「次から次に、何なんだよ……」 「お助けええええええええええええええッ!!」 「な、なんでい!?」 「凶悪犯!?」 「悪質ではあるかもしれないけど――」 「ちぃっ! もしや、服を切られた――?  あのカッター女! 急がにゃマズい――!」 「やっぱり、凶悪犯は別に――?」 「行かなきゃ――」 「ちょ! 待てよ!  ここにいろって、オヤジさんが――」 「だから行くんじゃない!」 「……あーあ」 「こらてめぇ! 待ってろって言っただろ!」 「父さんには、任せておけないもの」 「ンダとぉ!?  てめぇ、親の気持ちも少しは――」 「ぁぁぁぁ――――ッ!!」 「悲鳴ッ!?」 「たぶん下の方から――」 「え、でも確か地下は――」 「どりゃああああああッ!!」 「ちょ、ちょっと父さん!」 「どっせい!」 「秋葉原の平和はオレに任せろ!」 「スーパー警官富士見平次、ただいま参上!!」 「傷害・器物破損・その他諸々の現行犯で、逮捕――!」 「ぁああっっ!! あっ! あっ! あっ!」 「だめっ、いく――アタシ、いく、いっちゃ――」 「え……AV撮影?」 「やっぱり……」 「ってことは本物は――」 「わうわうわうわうッ!!」 「わうわうわうわう!」 「おいおい、ちょっと待てよ!」 「もう少し――もう少しで――!!」 「この音は!?」 「着いたッ」 「どこだカッター女ッ!」 「大人しくお縄を頂戴しろおっ!!」 「……誰も、いない?」 「窓から、飛び降りたのか……?」 「わうわうっ!!」 「ん? ユージロー?」 「あ……」 「うそ……」 「おい、似鳥」 「え……?」 「は? 双六さん!?」 「ひ、ひ、ひえ――」 「追いかけたりしねぇよ。その価値もねえ」 「え……?」 「それに一応、あいつとも約束したしな」 「約束?」 「クズ野郎に教えてやる義理はねぇ」 「双六さん! そこまで言わなくても――」 「ん……? なんか文句あるのか?」 「コイツは、カゴメアソビに失敗した」 「自分の頭に銃を向けるどころか、オレに弾を撃とうとしたクソ野郎だ」 「…………」 「反論もできやしねぇ」 「負け犬だよ。  一生、這いつくばって生きろ」 「――そんなこと、言わないでください」 「もちろん、ここ一番で情けねーところもあります。  コイツはちゃんと、優しいところも持ってるんです」 「無理を言って頭を下げるアタシに同人誌をくれたし、急なテレビの仕事も引き受けてくれた」 「人の気持ちが、ちゃんとわかるヤツなんです」 「一度や二度、失敗したからって……  全部否定するのは、酷すぎんじゃないですか?」 「もう一回、チャンスがあったって――」 「ねえよ」 「一度汚れちまったものは、もう二度と元に戻らねぇ」 「そんなことないです! そんなこと――」 「私だって、ろくでもないことばっかりしてきました!」 「でも――まだ、きっと――」 「双六さんだって――!」 「…………」 「おい、似鳥。  嬢ちゃんの勇気に免じて、教えてやるよ」 「アザナエルは願いを叶える」 「お前、村崎に撃たれただろ?  だから、お前の願いが叶ったんだ」 「ちょ、ちょっと待って!」 「ノーコを現実化させるのが、オレの願い?」 「さあて……自分でも気づいちゃいねぇのさ」 「アザナエルが読み取った本当の願いの意味――  もっと腰を据えて、考えてみるんだな」 「そんな、でも――」 「嬢ちゃん」 「は……はい!」 「嬢ちゃんの根性、気に入った。  一緒に来るか?」 「え……?」 「ひとりもんだろ? オレが面倒見てやるよ」 「なんか欲しいものあっか?  なんでも買ってやるよ」 「それとも……何か、叶えたい願いが?」 「願い……ですか?」 「さっき、アザナエルの話をしただろ?」  双六が胸元から取り出すのは――黒光りする銃。 「本物……?」 「…………」  無言で似鳥が頷く。 「カゴメアソビっていってな。  これでロシアンルーレットをするんだ」 「テレビで見たことないか?  シリンダにタマを入れて、回して――」 「バ――――ン!!」 「上手くいったら、願いが叶う」 「……信じられません」 「ノーコの力を見ただろ?  あれをどうやって説明する?」 「…………」 「……どうしてアタシに、そんな話を?」 「双一親分は、いつも探してるんだ」 「カゴメアソビに自分の命を懸けることのできる、骨のある人間をな」 「それでアタシを選んだってことですか?」 「まあね」 「…………」 「嬢ちゃん、何か願いはねぇか?」 「それだけ生きてりゃ、死ぬほど後悔したことあるだろ?  これからどうしても、叶えたい夢とかあるだろ?」 「…………」 「夢は……あります」 「だろ? このアザナエルを使えば――」 「けどッ!」 「これは、ずるをしちゃ、だめなんです」 「アタシ……  ずっと、マーくんの望みを裏切り続けてきたから」 「これは罪滅ぼしです。  自分の力で、手に入れたいんです」 「なあ、似鳥」 「あ……ああ」 「そいつは負け犬だ。  一緒にいると、匂いがうつるぜ」 「告白を蹴ったところ見ても、わかるだろ?」 「あのノーコとかいうやつに追いかけられるのも、自業自得ってヤツだよ」 「…………」 「今ならただで、撃たせてやるよ」 「だが――次に来たら、ただじゃ願いは叶えさせねぇ」 「それなりの誠意を、見せてもらうことになるぜ」 「どうして――」 「どうしてそんなに、悲しい顔をするんですか?」 「悲しい顔……?」 「今日の出来事を仕組んだのは、双六さんですか?  アザナエルを世に解き放って、みんなの欲望を煽って」 「オレは誰も殺しちゃいねぇぜ。  ただ、ここに願いを叶える銃があるって教えただけ」 「しかも、命令したのは双一親分――」 「双六さん。あなた、もしかして……」 「本当は、こんなことをしたくないんじゃないですか?」 「今の自分を一番後悔してるのは、あなた――」 「ちげぇし」 「………………」 「…………な、なんだよ?」 「急にそんな目で見つめやがって――」 「双六さん、お願いです」 「アタシと一緒に、最初から人生をやり直し――」 「黙れよ!」 「…………」 「……ケッ! どいつもこいつも」 「オレが、今さらやり直せるわけねぇだろ」 「もう……手遅れなんだよ」 「双六さん……」 「いたああッ!」 「あ、姐さん、こんなところに――!」 「ふたりともッ!! 行くわよッ!!」 「あ、あいつらは――」  遙か遠くから走ってくるのは、マイクを持ったミリPと、放送機材を持ったみそブー。 『さあ! 全国ゆるキャラバンが予定より早く終了したため、急遽お送りしているドキュメント秋葉原!』 『突如現れた謎のゴスロリ女!  突如として崩れ落ちた高架下!』 『風雲急を告げる秋葉原の中、アタシたちはとうとう、中心人物の似鳥君と沙紅羅ちゃんを発見したわ!』 「え……? 中継の続きをしてる……?!」 「姐さん! ご無事で!?」 「まあ、なんとかな……」 「よかったぁ……  でっかい音したから、心配したんですよ」 「っていうかおまえら、何してんだ?」 「なにってそりゃ、中継の手伝いを。な、ブー?」 「おう! ADさんには、脱便を助けてもらった……」 「だつべん……?」 「おう、久しぶりじゃねぇかてめぇら」 「あ……双六さんっ!?」 「何でこんなところに!?」 「っていうか――あれ?  双六さん、知り合いなんですか?」 「まあな」 「おまえのことは、色々聞いたぜ」 「な――!?」 「おいブー! 見えるか!」 「ああ、見える!」 「姐さんが……女みたいに顔赤くしてる!」 「世も末だ……」 「う、うるせー馬鹿」 「ほら、さっさと移動するぞ!」 「沙紅羅!」 「本当に、オレより似鳥を選ぶんだな?」 「ああ!」 「後で泣きべそ、かくんじゃねぇぞ」 「その時は、双六さんに土下座して謝ってやります!」 「で、どこに行くわけ?」 「とりあえずどーじんしを……」 「どーじんし? それはなぜ?」 「そりゃあもちろん、アタシの弟が――」 「じゃなくて、重要だからだよ! その本が!」 「その本が、どのような重要性を……!?」 「それがノーコのモデルなんだとさ」 「ななな、なんと! 脳内彼女が具現化ッ!!?」 「まあ……そういうことになるかな……」 「ん? ノーナイカノジョってなんだ? 外人か?」 「脳内彼女とはッ!!  妄想のおにゃのこのことです!」 「おにゃのこ?」 「どうもこいつは、現実と虚構の区別がつかなくなっている様子!」 「違う! あいつはホントに――」 「ふむ……つまり、似鳥君にノーコちゃんの出自を突きつけることで、彼女を認めさせる……」 「彼女を現実の存在と認めれば、似鳥君もノーコちゃんの告白を受け入れることができる……か」 「なに言ってるのかさっぱりわかんねーけど、まあそういうことだよ」 「敵を知り己を知れば百戦危機一髪!!」 「さすが姐さん!」 「カッコイイ!!」 「いやいや、今の変だったでしょ」 「オラ、似鳥! 元気出せよ!  ショック受けてんじゃねーぞ!」 「いや……別にショックなんて――」 「いーか似鳥!  夢ってのは、自分の力で叶えるもんだ」 「ズルして上手い絵描けたって、うれしいか?  うれしかねーだろ!?」 「ま……まあ、そういうことも……」 「それによ。  おまえの本当の望みが、ノーコを現実にしたんだろ」 「オレは、ノーコが現実のものになることを、望んでた?」 「でも……なんで……?  オレは……ノーコを……どうして……」 「だーかーらー!」 「その理由を、探りに行くんだろ? な?」 「ああ……うん」 「このマンションだ」 「あれ? ここ、確か……」 「さあ、番組をごらんのみなさん!」 「我々は今まさに、ノーコちゃんの秘密を暴こうとしています!」 「あれ? 部屋の鍵、開いてる?」 「よっしゃ! 行ったるぜ!」 「……汚ねぇ部屋。  ちゃんと掃除してんのか?」 「ば、バカにすんな!  掃除くらいしてるよ!」 「……半年に一度くらいは」 「――はぁ」 「悪かったな! 生活能力なくて!」 「で、奥は?」 「…………」 「なんだ……このゴミ溜め」 「う、うるさいなあ、もう!」 「ちゃんと片付いてたよ! 片付いてたんだよ!  でもさ、ほら、さっきの地震で――」 「ゴタクはいいから、さっさと探すぞ!」 「のーこんとろーる、のーこ……どはっ!」 「なななななな、なんだこの裸の山ッ!!」 「破廉恥! 破廉恥!  はッ! れッ! んッ! ちッ!」 「ヤバイみそ! 姐さんの暴走だ!!」 「止めるぞ! どりゃあああああ!!」 「ふがっ、うっ! はな――離せッ!!」 「離すなみそッ!  油断するとはね飛ばされるぞッ!!」 「喝雄不死がなくて助かった……  おいお前! 早く探せ!」 「あ、ああ!」 「確かにコレはまずいわッ!」 「ここまで来たのに……  部屋中モザイクかけないと放送できないッ!!」 「これじゃない!  これも! これも違う!」 「な……なんだこの顔!?」 「アヘ顔ですね」 「なんか男の目の前で、奥さんが……」 「ネトラレちゃってますか」 「ぎゃっ! な……なんだこのタコみたいなヤツ!」 「触手は文化」 「こんどは……なんかヒーローっぽい!?」 「悪の女幹部に洗脳されてます」 「な!? こいつ、なんか生えてるぞ!」 「いわゆる女装ショタ――」 「おまえよく知ってんな」 「いやあ、それほどでも……」 「誉めてねぇよ」 「あったッ!」 「コレ!」 「『NO CONTROL 11』!!」 「よ……よっしゃ!」 「よくやっ……」 「「「あ…………」」」 「ん?」 「オレに……何か?」 「いや、お前じゃなく……」 「後ろの……」 「窓の外……」 「え……?」 「タヌキ……?」 「これって……あの……もしかして……」 「わかんない」 「でも、街中でタヌキなんて見たことないし。  きっと……たぶん……」 「……だよな」 「助けなきゃ――!!」 「傷の具合から見て……  さっきのカッター女が傷つけたのか?」 「推理なんていいから、医者を!」 「おい恵那、落ち着けよ。  確かにかわいそうだけど、そこまで取り乱すことは――」 「――――ッ!!」 「お……おい、そんな睨まなくても――」 「恵那のオヤジさん、誰かを追ってここまで来たんですよね?」 「あ、ああ。  カッター女と、追いかけられた男だったけど」 「その追いかけられた男っていうのがきっと、タヌキです」 「…………は?」 「タヌキ?」 「はい」 「冗談だろ?」 「こんな時に、冗談なんて言うわけないでしょっ!!」 「恵那! 少し落ち着けって」 「車に轢かれて、あんな酷い傷負ってても、ちゃんと生き返ったんだから」 「きっと今度も――」 「わうわうっ!!」 「ノーコ……ちゃん……ダメ……」 「タヌキがしゃべった!?」 「貫太さんの声じゃない……」 「この声――フウリさん?」 「フウリさんって確か……  鈴姉と一緒にバンド組んでる、ドラマーの?」 「声聞いたばっかりだし、間違いない!」 「そうか……  貫太さんが好きだったのは、同族の仲間だったから……」 「んぁ……ん、くぅ……ぅ……!」 「フウリさん――!」  恵那は、ハンカチで傷口をきつく縛り付ける。 「やっぱりだめ……  フウリさんがこのまま生き返れるか……わかんないし」 「くそっ! 獣医を呼んで――」 「待て!」 「モノノケ相手に、普通の医者が通用するか?  それに大晦日だ。すぐに診れる医者は近くにいねぇぞ」 「だからって、他に手は――」 「私……助けたいの……」 「10年前、貫太さんがいなくなってから、私はずっと、後悔してたの……」 「もう、誰も失わない……  二度とこんなことはないようにする……」 「そう誓って、探偵になろうって決めたの……」 「恵那――」 「彼女は、貫太さんが会いに来た、友達だから。  死なせるわけにはいかない!」 「父さんがいくらやめろって言っても、私は――!」 「恵那」 「本気なんだな」 「……うん」 「待ってろ。心当たりがある」 「心当たり――?」 「それで、フウリさんが?」 「安心しな」 「オレが、なんとかする」 「父さん…………?」 「……もしもし」 「ああ、星さんか?  ちょっと、ミヅハに話が――」 「ミヅハに……?」 「いったい、何の話を……」 「……わかんない」 「けどミヅハちゃんなら、もしかしたら……」 「は? あの子供になにが?」 「自分のことを、神様って言ってた」 「そんな話、信じるのか?」 「正直、わかんない。でも――」 「アザナエルで、願いを叶える」 「お願いできるな、ミヅハ?」 「……頼んだぞ」 「じゃあ、星さんに代わってくれ」 「あんな父さんの顔、初めて見たから……」 「あの父さんは、信じてあげなきゃいけないなって、そう思った」 「確かに……そうかもな」 「あんなオヤジさんの顔見たの、もしかしたら初めて――」 「…………」 「いやまあ、あんまり会ったことあるワケじゃないけど」 「ちょ――ちょっと待った、星さん!  待ってくれ!」 「実は新たな情報が!  アザナエルの場所がわかって――」 「おい、星さん! 星さ――――んッ!!」 「クソっ!!」 「オヤジさん……?」 「ん……あ、ああ。大丈夫だ!」 「ちゃんと、時間は稼げた。  ミヅハは逃げ出して――逃げ出したはず――」 「逃げ出せた、はず……だ」 「ああっ! クソッ!」 「畜生ッ! なんだ――なんなんだ!?」 「オレは――オレはこんなとき――  娘の力にも――なれねぇ――」 「なんで、こんな……こんなときに……ッ!」 「大丈夫」 「父さん、ミヅハちゃんにお願いしてもらえたんだよね」 「お……おお」 「ミヅハちゃん、本物の、神様なんだよね」 「……そうだ」 「だったら、大丈夫」 「ミヅハちゃんは、いいこだから」 「きっと、私たちの願い、叶えてくれる」 「あ……ああ」 「――――ッ!」 「嬢ちゃん、どこに――?」 「心当たりがあって――貫太さん、探してくる!」 「貫太? って、織田貫太――?」 「私も――」 「恵那は、ここでフウリさんの様子、見てて」 「オヤジさんも……恵那のこと、よろしく頼みます!」 「お……おう、わかった」 「それじゃ!」 「待って! 代わりにユージローを」 「わうっ!!」 「――みつけた」 「げ!」 「ノーコッ!?」 「今、空飛んでこなかったッ!?」 「そういう設定になってるから」 「設定!?」 「ダベってる場合じゃねーぞ」 「おい似鳥! 外に――」 「おう!」 「むだ」 「のわっ!」 「きゃああああっ!!」 「って、観客してる場合じゃないッ!」 「重力を無視するかのように、ノーコちゃんが宙を舞った!  予想も出来ない動きに、沙紅羅ちゃんは対応できない!」 「外へと逃げ出す似鳥君を追いかけ――」 「にげられない」 「ひ」 「似鳥君の前に、回り込んだ――!」 「みそブー! 頼む!」 「おうッ!!」 「リーゼントパチキッ!!」 「アフロスパイダ――――ッ!!」 「な――なんだかよくわからないけど、みそブーがノーコちゃんに襲いかかったッ!」 「じゃま」 「ふがっ!」 「うぎゃっ!」 「弾かれたッ!!」 「これは……弾いたノーコちゃんを褒めればいいのか……  それとも、ふたりの髪の強靱さがすごいのか……」 「畜生ッ! ノーコてめぇ――」 「ちかづくな」 「くッ!」 「近づこうとする沙紅羅ちゃんの足元を、刃が牽制する」 「アタシに……喝雄不死があれば……」 「ねえ、にとり」 「あ……ああ」 「どうして……」 「どうして、わたしから、にげだしたの?」 「わたしが、きらい?」 「嫌いじゃない。でも、オレを助けてくれたノーコは、あくまで妄想彼女のノーコで……」 「現実になったら、ちょっとビビるって言うか……」 「いまでも?」 「…………」 「アザナエルは、そのひとのほんとうののぞみをかなえる」 「あなたはカゴメアソビにせいこうした」 「そして、わたしがげんじつになった」 「だからこれは、ほんとうのねがい」 「にとり。みとめて」 「わたしが、あなたのねがいだって」 「現実になることを……オレは、願っていた……?」 「でも、なんのために……」 「テレビ、みてたよ」 「にとりは、わたしのえを、かこうとした」 「でも、かけなかった」 「なぜ?」 「それは……怖いから」 「そう、こわい」 「じぶんをみんなのまえにさらけだすのが、こわい」 「でも、だったらにげる?」 「むかしみたいに、もうそうににげこんで、わたしとてんせいごっこをする?」 「そんなこと……できない……」 「オレはマンガが描きたくて……でも、描けない」 「オレは……オレはいったい、どうすれば……」 「ほうほうは、あるよ」 「それがきっと、わたしがげんじつになったりゆう――」 「現実になった……理由……?」 「どうして、わたしをつくったの?」 「どうして、カッターをもたせたの?」 「どうして、もうそうのなかでなんどもさされたの?」 「りゆうはかんたん」 「にとりは、そうするしか、にげばがないことをしっていたからだよ」 「逃げ場が……ない……」 「あ……あは……あはははは……」 「そうか……そうか……そうだったのか……」 「道理で、絵が描けなかったわけだ……」 「オレは……殺されそうになって……  強く、強く願ったんだ……それが本当の夢だったんだ」 「殺されるなら……最後のよりどころにするなら……」 「ノーコがいいって」 「バカ野郎ッ! てめぇなにぬかしてやがる――」 「頼むから!」 「頼むから、黙っててくれッ!!」 「あんたには、感謝してる!  感謝してるけど、でも――」 「マンガを描こうとして――  でも、それもできなくて――」 「自己嫌悪ばっかりで――  前に一歩も進めなくて――」 「情けなくて――情けないんだけど――  情けないことすら、忘れちまって――」 「そんなオレの気持ちッ!!  おまえにわかるか――!!」 「これがッ! オレのッ! 一番の望みで――」 「誰にも、邪魔はさせねぇんだッ!!」 「似鳥……なんで……そんなこと……」 「だから……オレは……オレは……」 「にとり。いいよね」 「ああ。もうこれ以上、苦しみたくない」 「マンガが描けないオレに、意味なんてない」 「楽に……してくれ」 「…………うん」 「あいのあかしの……やいば」 「にとり……だいすき、だよ」 「ああ……オレも、大好きだよ」 「いっしょに、いこう」 「ああ。逝こう」 「――――な」 「くっ!」 「嘘……だ……」 「映っちゃった……」 「なんて――なんてことを――」 「わたしは、にとりのゆめ」 「だから――」 「わたしも、さよなら」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ――!」 「ハッハッハッハッハ――!」 (自分の命を、蘇らせるようなヤツだ) (貫太さんならきっと、フウリさんのケガの治し方も知ってるに違いない!) (でも――貫太さんはどこに?) (貫太さんがいそうなところ……) (フウリさんを捜すって言ってたけど、当の彼女はスパコン館にいたわけで――) (まだ、それを理解してないとすると――) 「わかんないけど……  とりあえず、ゆるキャラバンの会場に!!」 「はぁ………………」 「はぁぁぁぁぁぁぁ………………」 「はぁ……どうしよう……」 「私たち……クビだわ……」 「あの! すいません!」 「あの、ここに……ええと……なんていうのかな?」 「フウリさん探してたり、なんかこう後ろを向いてて、あとなんとなくタヌキっぽいひと、来ませんでしたか?」 「…………はい?」 「だから……ええと……」 「わうわうわうっ!!」 「ってうお! 何ですかそのモニタ!」 「生首? 本物ッ!?」 「本物」 「コレ、映っちゃったんですか!?」 「ミリPさんが、これは特ダネだって飛び出して。  生中継で、私はここで中継要員」 「誰も止める人がいなくて、変なゴスロリちゃんに追いついたのはいいんだけど、そこで戦いになっちゃって……」 「戦い……?」 「テレビ中継してる前で、切断しちゃったのよね……」 「あの絵描きさんの首を――」 「グサっと!」 「ひぃぃいっ!!」 「切り口、見ます? 結構、綺麗に……」 「ちょ……勘弁……して……」 「しかも!」 「ひゃあああッ!!」 「あのゴスロリ女も、後を追って首を『ぶしゅー』」 「えええええええ……」 「おかげで本社には非難囂々。  今も電話が鳴り止まないらしくて」 「ゴスロリ女は魔法みたいに消えちゃって。  だからみんな、CGだって疑ってるみたいです」 「一応、ドキュメンタリー風のフィクションだって説明はしてるみたいですけど……」 「嘘……ですよね」 「嘘に決まってます」 「ああ……どうしよう……  このままじゃ……若原Dに申し訳が……」 「なんか……大変そうですね……」 「あ、あの、それじゃオレも急ぐんで……」 「え? ああ……行っちゃうんですか?」 「失礼しますっ!!」 (駄目だ……見つからない……) (っていうか、探す方法あるのか?  そもそも貫太さんを知ってる人も少ないわけで……) (貫太さんを、知ってる人……?) 「さあさあ……よってらっしゃい見てらっしゃい……」 「秋葉名物クリスマス饅頭……  年末特別大特価ですよォ……」 「この声……!」 「そうだ――  確か貫太さん、村崎のおっさんの部下だったんだ!」 「さっきの撮影会の件もあるし……  一発、ガツンと言ってやるか!」 「わうっ!!」 「おいコラ! 村崎のおっさん!」 「何食わぬ顔して仕事してるんじゃねーよ!」 「ああ……これはこれは……  ええと、アッキーちゃん」 「いやあ……先ほどは、どうもすみませんでした」 「ど、どうしたんだその顔!?」 「ええ、この顔ですか?  それは……ふふふ、そうですね……」 「きっと、あなたのブルマーとしまぱんを売りさばこうとしたバチが当たったのでしょう……」 「バチ……ですか?」 「そう!  幾多もの命の危機を乗り越えて、私は改心したのです」 「かいしん??」 「聞いてくれますか!? これはですね! 実はですね!  聞くも涙……語るも涙の物語……ううっ!」 「あの後ブルマーとしまぱんを売りさばこうとした私は、一路バックギャモンに向かったわけでございます」 「ところが私の借金の取り立て屋、河原屋双六さんはなかなか私の言い値でモノを買ってくれない」 「交渉決裂! 挙げ句の果てに殴られて、バックギャモンで気絶するハメに――」 「え、いや――話、長くなります?」 「急ぐんで、できればその話はまた後で――」 「そ、そうですか」 「それよりあの、貫太さんを見なかった?」 「カンタ? って、どちらの?」 「ほら、昔村崎のおっさんと一緒に働いてた――」 「かんた――貫太――  って、もしかして――織田貫太ですか?」 「急に何故……」 「アイツ、今秋葉原に来てるんだよ」 「ほ、本当ですか!?  どこに……」 「いや、オレもそれを探してる――」 「な――なんというッ!!」 「わかりましたッ!!  私も一緒に手分けして探しましょうッ!!」  立ち上がるやいなや、村崎は千秋に名刺を渡す。 「電話番号はこちらですッ!  見つかったらすぐに連絡を!」 「は、はあ」 「ああ……織田君が……  織田君が、帰ってくるなんて……」 「神様は本当に……  私を生まれ変わらせようとしているのかも!」 「では、失礼ッ!!」 「行っちゃった……」 「わぅーん」 (まあ、村崎のおっさんも会ってないみたいだしな……) (っていうか、フウリさんを探してるのに、こんなところに来るわけない……か) (貫太さんを……知ってる人がいて……  フウリさんが行きそうな場所で……) (ん? んん? んんんん――?) 「鈴姉の所、か……!」 「あそこはフウリさんのバイト先で、鈴姉も貫太さんのことを知ってる!!」 「行くぞ、ユージロー!!」 「わうっ!!」 「――、――、――、――」 「………………」 「………………」 「頑張って……フウリさん」 「今すぐ、助けが来るから――  だから、もう少しだけ、ね?」 「もう少し頑張れば……大丈夫……」 「大丈夫……だよね……?」 「助かる。絶対、助かる」 「だから、フウリ……  もう少し、頑張ってくれ」 「――、――、――、――」 「………………」 「………………」 「父さん」 「一緒にいてくれて、ありがとうね」 「いや、オレこそ……悪かった」 「本当のことを伝えてれば、こんなことには――」 「私こそ、嘘をついてごめんなさい」 「アザナエル……勝手に持ち出したのは、私で……」 「ああ、気にすんな」 「アレは、魔性の銃だ。  手にした人間の願いを敏感にかぎ取り、作用する」 「あんなものを手にしたら、普通の精神状態じゃいられねぇんだ」 「おまえのせいじゃねぇ」 「でも――」 「気にすんな」 「…………」 「アザナエルって、何なの?」 「禍福は糾える縄の如し――  幸せと不幸は、より合わせた縄のように流転する」 「その運命の、象徴さ」 「運命の……?」 「由来は知らねぇ」 「オレが新米警官やってたころから、日本の裏社会の回転軸になってた……っていうのは言い過ぎか?」 「どういう意味?」 「日本の驚異的な戦後復興。  あれな、アザナエルが原動力になってんだとさ」 「眉唾でしょ?」 「オレもそう思ってた」 「けど……それを信じるヤツは、たくさんいた」 「そして人が信じる力は、時々現実に影響を及ぼしやがる」 「なにか起こったの?」 「国の未来を左右しかねない拳銃だ。  闇の世界で厳重に守られていたらしいんだがな」 「あるときそいつをひとりの男が持ち出した」 「で、欲望のままに銀行に立てこもり、金を盗もうとして失敗した」 「男はそのまま拳銃自殺。  で、アザナエルは見事、オレたちの手に」 「ところがその時、その拳銃の恐ろしさを知っていたのは、その時偶然銀行の側を通りがかった神主――」 「《かもんしげる》〈歌門繁〉だけだった」 「歌門って、星さんと同じ名字……」 「爺さんだよ」 「青筋立てて、あの拳銃は危険だ、だから神社に奉納しろ――ってがなり立てる」 「もちろん、誰も取り合おうとしねぇけどな」 「でまあ、やっぱりな、起こるんだよ。奇妙な出来事が」 「アザナエルの管理者が、突然銃を持ち出そうとする。  それまで冷静沈着で知られた上司が、覗きで捕まる」 「仏の熊さんってあだ名で知られたベテランが犯人を射殺して、とうとうこりゃマズいってことになった」 「半田明神に、奉納したの?」 「できればそうしてやりたかったさ。  だがここは法治国家だ」 「重大事件の証拠物件、しかも一般人は所持できない拳銃を、神社の神主に預けられるか?」 「……確かに」 「それじゃあどうやって半田明神にアザナエルが――?」 「って、あ! まさか!」 「そう、そのまさか」 「歌門繁が、盗んだのさ」 「内部から手引きする人間はいる」 「拳銃がなくなりゃ警察の恥だ。  発表なんかはせずにもみ消すだろう」 「両者の思惑が一致しアザナエルは盗まれ、半田明神の地下ムロへと奉納された――」 「そのアザナエルの封印を、私が解いた?」 「…………」 「父さん?」 「……違うんだ」 「アザナエルの封印は、それ以前に一度、解けた」 「今から10年前――母さんが、消えた直後に」 「…………」 「…………」 「んん――ん――ん――!」  苦悶の声を漏らすフウリ。  汗ばむ額を優しく撫でながら、恵那は呟く。 「あの夜、嵐だった」 「私はお姉ちゃんとふたりっきりだった」 「千秋の家でずっと、父さんと母さんの帰りを待ってた」 「心細くて……心細くて……」 「……ねえ、教えて」 「あの日、なにがあったの?」 「どうして……母さんは、帰ってこなかったの!?」 「…………」 「父さんッ!!」 「アザナエルは――長年、人の幸不幸を糾い続けた」 「生と死――希望と絶望――祈念と怨念――それぞれの運命の起点となったアザナエルは、ひとつの呪術を得たんだ」 「それが、カゴメアソビ――」 「カゴメアソビ――?」 「弾丸を入れ、シリンダを回し、トリガーを引く」 「6分の1の確率で、もし弾が出れば――」 「当然、命が奪われる」 「だが、もし弾が出なかったら――」 「そいつの夢が、叶う」 「夢が……?」 「希望の弾丸が、心を読み取る。  そいつが今一番必要としているものは何か――」 「オレはあの日、河原屋双一に呼び出された」 「カゴメアソビをするために」 「目の前で、試すみたいに双一がこっちを見てた」 「楽しんでるような……でも、どこか寂しそうな目だ」 「オレは、アザナエルを、握ったんだ」 「撃てば……オレの願いが叶うかもしれない」 「河原屋双一を捕まえることだって、殺すことだって、出来るはずだ」 「母さんを、取り戻すことだって――」 「オレの本当の望みはどれかなんて、考えるまでもないだろう?」 「そう思った。トリガーを引きかけた」 「けど――」 「その直前、おまえたちの顔が、頭を過ぎった」 「そんなの……」 「そんなの、言い訳でしょッ!」 「怖じ気づいたの?  母さんを取り戻すにはそれしかなかったのよ!」 「なのに、どうしてできなかったのよ?!」 「父さんは、母さんを――  母さんの命を奪われて、悔しくなかったの――!!?」 「母さんは、死んでない」 「え……?」 「河原屋組の罠にかかって、殺されたりはしてない。  拉致されたわけでもない」 「失踪した――オレに愛想を尽かして出てっただけだ」 「ウソ……」 「それじゃ……母さんは、私たちを捨てて……」 「……すまない」 「オレが、なんとかするべきだったんだ」 「けど……オレはその時、仕事にかまけて……」 「どうして!? どうして黙ってたの!」 「……母さんじゃなく、オレを恨んで欲しかった」 「母さんには愛されたままでいるって、信じて欲しかった」 「…………」 「……だから、アザナエルを撃たなかった?」 「オレのわがままに付き合わせて、すまねぇ」 「けど……人の心を操るようなことは、できなかった。  しちゃ、ならないと思ったんだ」 「すまねぇ……本当に……すまねぇ……ッ!」 「ひぐっ、ぅ……ぅぅ……う!」 「……悪い、恵那」 「やっぱり……  こんなときに、こんなこと話すべきじゃ――」 「ぅぅっ、ううん……」 「違う……違うの」 「ひっ……もう……」 「フウリさんが……フウリさんが……」 「な……」  平次は、タヌキの胸元に静かに指先を当てた。 「わうわうわうわう!」 「恵那! フウリさんが助かる!」 「貫太さんを連れて――」 「ひっ、う……う……」 「ど……どうした?」 「う……うう……う……ううう……」 「手遅れだ」 「手遅れ?」 「フウリは……」 「死んだよ」 「こんどは……ノーコ……ノーコちゃんが……」 「血が……首に自らつくった切り傷から……  血が吹き出して……ああっ、もう嫌ッ!」 「バッキャロ――ッ!!  なんで――なんで……そんなこと……!!」 「ノーコ……バカヤロウ……死んだら……なにも……」 「なんなんだよくそッ!! 救急車ッ!!」 「――の前に、パトカーかっ!  そういや、ネットで中継してたもんな……」 「姐さん……同人誌持って、行って下さい」 「向こうの非常階段なら、逃げ切れます」 「は? なにを――」 「今夜が、弟くんと会えるチャンスなんでしょう?  約束、したんですよね? だったら行かなきゃ!」 「やっと、同人誌を手に入れたんですよ」 「でも――」 「心配しないで下さい!  こっちは、オレたちがなんとかします」 「なあ、ブー?」 「おう! 任せて下さい!」 「…………でも」 「姐さんッ!!」 「…………ぅっ、うう……」 「ふたりとも、悪いッ!!」 「また、後で会おうなッ!!」 「はい!」 (入り口前にパトカー――) (間一髪だな) (さて……と) (同人誌も手に入ったし) (あとは、弟のところに行って――) 「なんて、できるわけねーよな。  やっぱり――」 (でも……双六さんに……謝る?) (自分の願いは自分の力で叶えるとか、あんだけ大げさにタンカをきっといて?) (…………) (駄目だ駄目だ!) (アタシの力で、何とか……) (…………) (なんとか、できるわけねぇだろ) 「どうすりゃ、いいんだよ……」 「ぎゃああああ!!」 「逃がしませんッ!!」 「え?」 「うぎゃ! ぎゃ! ぎゃ!」 「おいこら! テメー何しやがるッ!!」 「なんですかあなたは?」 「誰だって構わねーだろ!  こんなガキに矢撃つなんて、頭おかしいぞ!」 「そ、そうじゃ! 暴力反対!」 「黙らっしゃい!」 「ひ!」 「化け狸の命を救うために、アザナエルを使おうなどと、軽率もいいところです!」 「し……しかし、フウリは我が恩人――  なのに命の危機を助けられぬなどと……」 「フウリ? フウリがどうしたんだ!?」 「ノーコに傷を負わされて……瀕死の状態らしいのじゃ」 「な……なんだとぉッ!?  それ、本当の話か!?」 「モジャモジャの……平次の話じゃ。  あやつはそのような嘘をつくような男ではない」 「だからわらわは、いてもたってもいられず……  アザナエルを使って、フウリの命を救おうと約束した」 「アザナエルの場所もわからないのにですか?」 「誰かを救うということは、誰かを救わぬということ。  しかも、ミヅハ様の力は限られています」 「それでも、フウリ様を救う覚悟がおありですか」 「ノーコのように、また裏切られるかもしれないのに?」 「…………」 「ノーコのように……?」 「……ノーコは、わらわの友達じゃ」 「でも、彼女はミヅハ様を傷つけた」 「じゃからアレは、一時の気の迷いで――!」 「一時の気の迷いでも、切りつけますか?」 「大丈夫ッ!!」 「え……?」 「アタシに、任せとけ!」 「そいつはただの、間違いだ。  偶然に偶然が重なった、不幸な事故だ」 「だからアタシが、最初から全部、やり直させてやる」 「やり直す……?」 「馬鹿な。そんなことができるはずが――」 「できるのさ。アザナエルを使ってな」 「おぬし――  アザナエルがどこにあるのか、知っておるのか!?」 「もちろん」 「場所を教えなさい」 「やなこった!」 「なんですって!?  アザナエルは、そもそも我々が封じていたもの」 「年が変わるまで、アザナエルを地下に封じれば、あの禍々しい力も消えるのです」 「あの銃が全ての元凶……ってわけだな」 「その通り。ですから私には取り返す義務が――」 「断る」 「これは、アタシがやらなきゃならない。  アタシにしか、出来ないことなんだ」 「しかし――!」 「星! しばし黙っておれ!」 「…………」 「沙紅羅よ。  やってくれるのじゃな?」 「神様に誓ってやる!」 「……本当じゃな?」 「天地神明に誓って!」 「沙紅羅……」 「ミヅハ様! 騙されてはなりません!  こんなどこの馬の骨とも知れない女――」 「ンダと!? アタシが嘘つくってのか?」 「その可能性は否定できないと――」 「この目を見ても、アタシが嘘つきだって!?」 「…………」 「…………」 「星よ。  わらわにもう一度だけ、チャンスをくれぬか?」 「皆と出会い、皆と話し、皆と苦しみ、皆と喜び――  わらわは、人を信じることを学んだ」 「人を信じることなくして、神たる資格があるか?」 「しかし、あなたはあれほど裏切られても――」 「過ちを許すことこそ、神の果たす役目ではないか?」 「ああ……そうか……」 「それが、神様……」 「頼む、沙紅羅!」 「フウリを――皆を、救っておくれ」 「おうよ!」 「暴走集団百野殺駆《ヘッド》〈頭〉・月夜乃沙紅羅に、任せとけッ!!」 (そうだ……) (恥ずかしがってなんていられるかッ!) (アタシはただの人間だ!  力のない、ちっぽけな女だ!) (そんなアタシが、身の丈に合わない希望を持つ!) (あり得ないことを、起こしたいと強く願う!) (似鳥や、ノーコや、フウリのためじゃない) (アタシは、誰より――双六さんのために!) (だから――そのために、アンタがいるんだろ?) (なあ、神様……!?) 「――来たか」 「はい」 「なんか、欲しい物ができたか?」 「はい。だから――」 「アザナエルを、撃たせて下さいっ!」 「なにが欲しい?」 「アタシは――」 「アタシは、全てを、なかったことにしたい」 「アザナエルのせいで起こった出来事を、みんな、消し去りたい」 「他人のために、命を賭ける?  はっ! 見上げた心意気だな」 「けど……わかってんだろうな?」 「おまえは一度、忠告を無視した  オレたちより、クソ野郎と一緒にいることを選んだんだ」 「双一親分が怒るのも、無理ねぇよな」 「……はい」 「で、アザナエルを撃たせるためには、条件がある」 「なんですか?」 「そいつをこれから、親分に聞くのさ」  双六は携帯を取り出す。 (着信――このタイミングで?) (まさか……見られてるとか) 「もしもし」 「はい」 「はい、そうです。条件を――」 「――――」 (なんで……笑う?) (クソッ! いくら集中しても……聞こえない) 「わかりました」 「代わります」  双六は、薄ら笑いを浮かべて沙紅羅に手を突き出す。 「なんですか?」 「ほら、取れよ」 「…………」 「恐れ多くも双一親分が、てめぇの話を聞いてやるって言ってんだよ」 「それとも、なにか?  話を聞く気がねぇってのか?」 「河原屋、双一――」 「そいつのたくらみで、アザナエルがこの世に解き放たれたんですね?」 「ああ、そうだ」 「……わかりました」  沙紅羅は小さく息を吸い込んで、携帯電話を耳に当てる。 「……もしもし」 『沙紅羅だな?』 「おいコラ! 聞かせてもらおうじゃねぇか!  てめぇ、なんでこんなことをしたッ!?」 『そう怒るな。隣の恋人が驚いてるぞ』 「うるせぇ! いいか、もっかい訊くぞ!」 「おまえ、なんでこんなことをしたんだよッ?」 『そいつは……こっちのセリフだな』 「ンダとォ?」 『おまえが出しゃばらなきゃ全て上手くいくはずだった。  オレの予定を狂わせたのは、沙紅羅、おまえだよ』 「なにが予定だ!?  てめぇはいったい、何のためにアザナエルを――」 『オレのため――』 『そしてもちろんそこにいる、河原屋双六のためさ』 「双六さんのため……?」 『沙紅羅、オレは博徒だ』 『だからこれは、オレからおまえに対する、最後の賭けになるだろうな』 「どういう意味だ……?」 『おまえが苦しむところ、たっぷり見せてもらう』 「おいコラ! 待て!  勝手に切るんじゃねぇっ! 出てこいっ!!」 「諦めろよ」 「ったく、双一親分になんて口ききやがるんだ?  自分の立場ってモンがわかってねえんだもんな……」 「……別に、アタシの親分じゃないですし」 「ハァ……良く言うぜ」 「で、アタシはなにをすればいいんですか?」 「脱げ」 「え……」 「脱ぐんですか?」 「ああ。まずは、脱げ」 「…………」 「どうした? 脱げねぇのか?」 「…………」 「おまえ、叶えたい願いあるんだろ?」 「命を賭けてでも、やり遂げたいんだろ?」 「だったら脱ぐぐらい、どうってことないよな」 「なんで……アタシが……?」 「双一親分の、命令だ」 「ふ、ふざけ――」 「コイツ、使いたいんだろ?」  双六が、テーブルにアザナエルを叩き付けた。 「さ、嬢ちゃん」 「オレの前で、裸になりな」 「覚悟は出来てるかい?」 「え……?」 「この答え……記憶と、違う……!?」 「連れて行って、くれるんですか?」 「全てを捨てて、僕と一緒に来る覚悟は――」 「できてます! 行きます!  一緒に行きます!」 「本当に?」 「あの日から、ずっと、失敗したと思ってきました!」 「もう私、後悔したくないんです!」 「ずっとずっと――貫太さんと、一緒にいたいんです!」 「……そうか」 「じゃあ……」 「一緒に行こう」 「貫太さんの手……あったかい……」 「夢じゃ……ないんですね?」 「夢だろうと、天国だろうと、構わないだろう?」 「側にいられるんだ」 「はい……」 「もう……ずっと……ずっと、一緒なんですね……」 「ずっと……永遠に……一緒……」 「波の音……風の感触……」 「遠くから……私をさらって行くみたいに……」 「太陽の光が……眩しくて……」 「私……幸せ……」 「鈴姉――ッ!!」 「ちょっと聞きたいことが!  ここに今、貫太さんが――」 「もじゃあああああ――――――――ッ!!」 「あは……あはは……」 「みんな、割れちゃえばいいのよ……  あはははははははは……は、は、はッはッはッ!」 「もじゃあああああ――――――――ッ!!」 「す、鈴姉!? なんかおかしいよ!  気を確かに――」 「もじゃあああああ――――――――ッ!!」 「ふんげぶっ!!」 「あ……ごめん」 「ご、ご、ごめんじゃなくて……!  どうしちゃったの?」 「どうしたもこうしたもないわよぉ……」 「ガラスをガムテで補修して、きっついけどしょうがないしコレで行くしかないかって覚悟を決めてたところに」 「村崎さんの軽トラが突っ込んでドカーン!!  パリーン!! パラパラパラパラ……!!」 「パラパラ……ぱらぱら……  アタシの頭も……パッパラパー……」 「あは……あはは……」 「もじゃあああああ――――――――ッ!!」 「ああ……  だから、村崎のおっさんがあんなボコボコに……」 「って感心してる場合じゃないっ!!」 「鈴姉、やめなって! なんとかなるよ!  ライブまでまだ時間はあるんだし!」 「フウリさんも今大変なんだから!  リーダーがしっかりしてないで、どうするんだよ!」 「フウリちゃんが……?」 「そうだよ!  今……今、フウリさんはすごく苦しんでるんだ!」 「なのに……鈴姉がそんなじゃ……リーダーでしょ?」 「アッキーちゃん……」 「そうねっ、ライブやるって、約束したんだもの!  リーダーがこんなことで落ち込んでなんてられない!」 「ありがとうアッキーちゃんっ!」 「相変わらず、立ち直りが早い……」 「それで、なにか用事かなっ!?」 「あ、うん!  あのさ……貫太さん見なかった?」 「貫太さん?」 「憶えてない?  村崎のおっさんの部下で、昔は良く遊んでくれた――」 「あ……ああ、思い出した! あの貫太さんね!  でも、彼がどうしたの?」 「秋葉原に帰ってきてるんだ! フウリさんを探してるから、もしかしたらここに来たんじゃないかって!」 「んー、見た記憶はないかなぁ……」 「見てない?」 「うん、たぶん」 「そ、そうか……」 「ああっ! ちょっと!  そんな落ち込まないでよ!」 「アレからもう10年とかでしょ?  たぶん見た目も全然変わってるから――」 「見た目は同じなんだ……」 「あ……うん、そうなんだ……」 「いやでもほら、アタシも変なテンションだったし、見落としてたのかも!」 「また、いつ来るかもわからないし!  そしたら連絡するから、ね!」 「あ、ああ……ありがとう……」 (後は……どこだ……  貫太さんの行きそうなところ……?) (ゆるキャラバンの会場は駄目……) (村崎のおっさんの所にはいない……) (確か勤めてたお店は移転しちゃったし……) (住んでた家は……どこかわかんないし……) 「あーうーあー!  いくら推理したってわかんねー!!」 「ってーか、そもそも考え事は恵那の担当だし!!」 「こんな手がかりナシで、探せるはずが――」 「チェスト――――――っ!!」 「ふぎゃっ!!」 「ちょっとちょっとちょっと!  もっと元気出しなさいよ!」 「何のために探してるのか知らないけど、急ぐんでしょ?  だったら落ち込んでるヒマなんて、ない!」 「鈴姉……」 「わうわうわうッ!!」 「ユージローも……」 「うん。ありがたいよ。  ありがたいけど……いちいち蹴らないで」 「だいたいオレ、恵那みたいにすごい推理ができるワケじゃないし、それに……」 「あーあー! アッキーちゃんはいつもそうなんだから!」 「だから、恵那ちんに告白もできないのよ!」 「う、うっさいな!  そんなの今は関係ない――」 「ウダウダ言ってないで!  さ、コレ持って、貫太さん探しに行きなさい!」 「うん、ありが――あれ?」 「何コレ? 葉っぱ?」 「ホントだ葉っぱだ! なんで!?」 「なんでって、そりゃこっちが聞きたいんだけど」 「いやいやだってさ、これちょっと前まで千秋ちゃんの携帯だったんだからねっ!」 「オレの携帯、ここにあるけど」 「え? あ! ホントだっ! なんで!?」 「だってさ、アッキーちゃんが、フウリちゃんとゆるキャラバンに出るってお店飛び出したとき、落として――」 「ちょっと待った!」 「オレがフウリさんと一緒に、ゆるキャラバンに出る!?」 「え? だって出てたじゃない。  テレビでちゃんと見てた――」 「バッカモーン! そいつが貫太さんだッ!!」 「は!?」 「つまり貫太さんはオレの代わりにスーパーノヴァでバイトをしてて、だからその時落とした葉っぱが――」 「くんくんくん!!」 「え? ユージロー?」 「クンクン……クンクン……」 「そうか、これが貫太さんの葉っぱなら匂いが――」 「わうわうわうわうっ!!」 「ユージロー? 行けるな?」 「わう!」 「ふたりとも、行ってらっしゃいっ!!」 「ありがとう、鈴姉っ!!」 (もう少し……もう少しだッ!!) (オレは、もう恵那を悲しませないって誓った!) (だから貫太さんを探して――  早くフウリさんを助けないと!) 「頼むぜユージロー!」 「はっはっはっは!」 「わう――――ん」 「いたあっ!!」 「貫太さああああんっ!!」 「ん? ああ……」 「アッキーちゃん、どうしたんだい?」 「助けてくださいッ!  フウリさんがッ! フウリさんがッ――!」 「フウリ!? フウリになにが!?」 「すごく深い傷を負ってて――それで――今にも――  今にも……死にそうで……」 「――どこだ」 「フウリはどこに――!?」 「スパコン館です!!」 「――――っ!!」 「貫太さんっ、待って――」 「治せますか?」 「父さんにもらった金丹があるんだ!  これを使えば、どんな症状も――」 「よかった……」 (やっと見つけられた――) (これで、フウリさんも助かる――) (恵那の、笑顔も――) 「わうわうわうわう!」 「恵那! フウリさんが助かる!」 「貫太さんを連れて――」 「ひぐっ、う……う……」 「ど……どうした?」 「う……うう……う……」 「手遅れだ」 「手遅れ?」 「フウリは……」 「死んだよ」 「…………」 「……もう真っ赤だぞ」 「――――ッ!」 「興奮してんのか?」 「そんなわけ、ない!」 「ただ、恥ずかしいに、決まってる!」 「こんなの、もうやめてください」 「やめんのか?」 「コイツ、欲しいんだよな」 「……くっ!」 「コイツ、欲しいんだよなぁ!?」 「……はい」 「で?」 「立ってるだけか?」 「…………」 「突っ立ってるだけかって聞いてんだよッ!!」 「……いいえ」 「じゃ、どうする?」 「…………」 「…………ッ」 「へえ……意外」 「大人しく、脱ぐのな」 「う……うう……!」 「オレに媚びを売って来るもんだと――」 「そんなわけ――ッ!」 「子分ふたりと、いつもよろしくやってんだろ?」 「違う! あいつらを、バカにしないで下さいッ!」 「…………」 「なんつーかおまえ。  掘り出しもんだねぇ、ははっ!」 「…………っ!」 「で?」 「まだ……か?」 「まだ、やるん……ですか?」 「は? これから、本番だぜ」 「…………」 「下、脱げよ」 「…………」 「ほら、下脱げって言ってんだよ」 「……ふざ……ふざけ、ないで」 「ふざけてなんてねぇよ」 「なあ、沙紅羅?」 「おまえの叶えたい願いってのは、なんだ?」 「そんなところで躊躇するような、チンケな願いか?」 「アタシは……」 「…………」 「やり直さなきゃ」 「やり直す?」 「――――ッ!」 「――ぅ、――ぅ、――――ぅぅ」  スカートに手をかけたまま、沙紅羅の動きが止まる。  行き場を失って、指先だけがデニム生地を掻く。 「恥ずかしいのか?」 「それとも、屈辱か?」 「ねえ、双六さん……あんたは……」 「なんで……こんなこと……」 「双一の、命令だから?  それとも……」 「こんなアタシを見て……楽しいの?」 「ゾクゾクするね」 「オレはな、沙紅羅」 「裸のおまえが、見たいんだ」 「――――っ」 「下ろせ」 「でも――」 「いいから下ろせよ!」 「…………」 「これで……いいですか?」 「もう、これで……」 「これで、許してくれますか……?」 「…………」 「ぷっ!」 「ぷはっ、ぷははははははははははは!」 「おいおいねーちゃんおかしいだろわかんだろチッとは頭使えよオイ!」 「初対面の男の前で下着姿になっておいて、なに今更恥ずかしがってんだ? おかしいだろ?」 「ここまで来たらあとは一緒」 「ガキじゃねぇんだ。わかるだろ?」 「……がい」 「ん?」 「ぉねがい……あります」 「なんだ? 言ってみな」 「見えてるんですよね」  沙紅羅が視線で監視カメラを差す。 「ん……? ああ、双一親分か?」 「切ってください」 「……は?」 「覚悟は、できてます」 「双六さんが、相手なら、いいです」 「でも……」 「……ふたりで、お願いします」 「アタシ……これ以上は、もう……!」 「脱ぎ始めたな」 「え――?」 「双一親分は、裸が好きなんだ」 「なんでかわかるか?」 「普段着飾ってる人間のその奧の奧――」 「本性が、剥き出しになるからだよ」 「なに……それは……?」 「怖がることはねぇだろ。普通のオモチャだよ」 「ぁ……やだ……やめ……やめて――!」 「これ以上、脱ぎたくねぇんだろ?」 「だったらコレで、我慢しな!」 「やっ! ぁ――ひゃっ!」 「ダメ、外し――」 「触んな!」 「え……?」 「触ったら、オシマイだ」 「そん……な……」 「ローター、使ったことないのか?」 「ローター?」 「……やれやれ」 「コレだから田舎モンは、なあッ!」 「きゃっ! な、なんだ!?」 「ちょっと! これ、震えてる――!」 「気持ちいいか?」 「な、なに言って――?」 「気持ちいいとか、悪いとか、そんな――!」 「あ……なに? いや、変……変な……」 「やだ! やだやだ! なんでこんなこと――」 「え――? うそ――なに――  ぁぅ……ぁ……ちょっと……これ……」 「へんな……感じ……おかしい……  引っ張られる……みたいに……」 「感じてるじゃねぇか」 「そ、そういうのじゃっ、ない……  ない……です、感じてなんて……」 「そんな、ただの……振動……だし。  このくらい……なんでも……」 「気持ちいいって、顔に出てるぞ」 「そんなこと、言わないで――」 「双一親分にも、見られてるだろうな」 「あっ、や……だめ……そんな……」 「ぁ……ぁ、ああ……あ…………っ」 「んぁ……ん……んん……ん……」 「立ってられなかったか?」 「そんな……の、だって……」 「ぁ――ん――んん――んん――っ」 「また気持ちよくなってきた?」 「そ、そういうのじゃ――ああっ!!」  靴を脱いだ双六の指先が、沙紅羅の腿へ伸びる。  指先が、下着の上からローターを押しつける。 「ちょ――やめ! やめてください!」 「感じすぎちまうか?」 「そ……そうじゃ、なくて――んんんッ!」 「ホラ、ホラホラホラ!  正直になれよ。気持ちいいんだろ?」 「……んな……こと……!」 「あ、そう」 「まだ足りねぇか」 「え……?」 「――――ッッ!!?」 「ぁぁ――――ッ、ぁぁぁぁ――――ッ!!」 「ぁぅ――ぁぁ――ん――んん――っ!  んんん――ん――んんんん――っっ!!」 「甘くて良い声じゃねーか」 「気持ちいいだろ?  色んなものが、一気にどうでもよくなるだろ?」 「ん――んんんん――!!」 「コレ、欲しいんじゃねぇのか?」 「ほひ……んんッ」 「欲しい……欲しい、です!」 「コレが、おまえの願いだな?」 「はい……ん、んん……ッ!  コレが……アタシの……願い、ですッ!!」 「じゃ、くわえろ」 「え……」 「アザナエル、くわえろっつってんだよッ!!」 「ひぁっ!」 「どした? 冷たいか?」 「は……はい」 「つめ……たいです」 「おまえが温めんだよ!」 「温める?」 「冷たいまま、おまえの中に入れられたいか?」 「入れる……って?」 「ほら、舌出せ舌」 「……どうしても?」 「どうしても……ですか?」 「どうしても、これじゃなきゃだめですか?」 「あ……アタシ……その……」 「はじめて……なんです」 「だめ……ですか?」 「ああ……ああ……!」 「おまえ……ホントに、可愛い女だ……」 「双六さん……?」 「だから、壊してやりたくなるね」 「え――ぁむッ!」 「オラ、舌出せ舌! わかんだろ!」 「んむ――んむ、んん――」  銃身が、唇を横殴りに擦りつけられる。 「んっ! んんっ! んんん――!」 「へぇ。アザナエル……いらねぇのか」 「見ず知らずの人間に、こんな肌まで晒しておいて、なにもせずに帰んのか?」 「ん……んん……ん……ん……」 「れ――れろ――れろ――ん――」  固く閉ざされていた唇から、ちろりと舌が出る。 「れろ……れろ……ん……」 「それでおっ立つと思ってんのか?  もっと気合い入れて!」 「ぁんん……んん……」 「んれろ……んん……んちゅ……ん……ん!」 「先っぽから――根本まで」 「はぅ……んれろ……んちゅっ! ちゅ!  ちゅうっ、むちゅ……んんん……」 「男のアレだと思って、丁寧に舐めな」 「れろっ、ちゅうっ、ちゅっ!  むちゅ――ちゅばっ、むちゅう…ぅぅぅう」  銃身が唾液に濡れ、黒光りする。 「……サマになってきたじゃねぇか」 「ほら……ご褒美だッ!」 「んんんん――――っ!!」 「んぁっ! ああっ! あっ!  ダメ、そこ――ダメ――ダメです!!」 「おい口!」 「ぁあっ! んっ、んちゅ――  んぁっ! あっ、あ、あああああ――……!」 「気合い入れてしゃぶれ!」 「ぁむ――っ!!?」 「はぐっ、ん……んぐぐ……か――ぷはっ!  けほっ――けほっけほっけほ――」 「――やれやれ」 「ふぁあっ! あっ! あっ! あむ――」 「んむ――んむっ、んむっ、んっんっん――!」 「んちゅっ、んちゅっ! んっ! んっ! ん――」 「んぁっ、ぁむっ、んちゅ……んぁぁぁぁっ!  んちゅっ、んちゅ、んぁっああっ! んんん――!」 「どうだ? だんだん、気持ちよくなってきただろ?」 「口の中に、本物、突っ込まれてるみたいだろ?」 「んんんんん――!!」 「ははは! 目から涙まで垂らして、良く言うぜ!」 「ん――!?」 「んんっ!? ん! ん! んはっ!」 「す……双六さん、それ――!」 「カゴメアソビ、したいんだろ?」 「や……ちょっと、やめ――んむぅぅぅっ!!」 「カゴメカゴメ、籠の中の鳥は――  ははははは!!」 「んぁっ、んぐ――ぷはっ!」 「なんだよ? さっきとちげぇぞ!」 「ば……バカ言わないでくださいッ!  同じ風になんて――ぁああああッ!!」 「いついつでやる――」 「あああっ、あっ! あ――だめ――だめ!  許してッ! お願い――ぁむんんん――!!」 「夜明けの晩に――」 「はむっ、んちゅっ、んぁっ! あっ、ぁむ!  なんか――んむっ! んちゅばっ! ああああ!」 「鶴と亀が滑った――」 「わかんなく――なって、だめ――待って!  覚悟が――んむっ! んちゅっ! んちゅるるるッ!」 「うしろの正面――」 「はぅっ! ぅ――ぅぅぅ――ぅぅッ!  ぅぁっ! ぁっ! むあっ! あああああ――」 「だーあれ」 「バァン!!」 「んぁああああああああああああッ!!」 「ぁ……ぁ……ぁぁ……ぁ……」 「ん……んぐっ、ん……うっ、う、う、ううううう……」 「あーあ」 「あーあーあー!」 「うう、うう、うぁ……うぁあああぁぁぁ……」 「あーあ。どうすんだコレ? 漏らしちまって」 「ぅぁ……ぁ……え? もれッ、漏れて……?」 「嘘……ウソ……うそ……でしょ……」 「アタシ……アタシ……あああああ……」 「どうだ? わかったか?」 「アザナエルを撃つなんてのは、並の覚悟じゃできねぇ」 「今ならまだ戻れんだ。堅気の世界で生きんだな」 「ひぐっ、ぅ……ぅぅ……う……」 「なんか、言いたいことでもあっか?」 「わっ、わた……し……」 「双六さんの……前で……」 「漏らし……ちゃった……ぅぁっ、ん……」 「ん? ええと――」 「……ら……ぃ、です……か?」 「あ?」 「アタシ……の、こと……  こんな……みっともなくて……嫌い、ですか?」 「いやいや、そうじゃなくてな!」 「もう、わかるだろ?」 「おまえは、カゴメアソビなんかしないで、ひとりできちっと、自分の幸せ守ってれば――」 「ここは、おまえみたいないい女が来るところじゃねぇんだよ!」 「いい……女……」 「こんなでも……こんなでも……!」 「ホントに……そう、言ってくれるんですか……?」 「ああ! いい女だ!  だから泣くな! ほら、泣くなって!」 「……ください」 「ん?」 「アザナエル、ください!」 「うおっ?」  沙紅羅は自分の唾液で濡れたアザナエルを、手に取る。 「アタシに……入れれば、いいんですよね?」 「入れれば、願い、叶えてくれるんですよね?」 「お、おい! ちょっと待て!」 「おまえなに言ってるかわかってんのか?」 「どうせ男知らねぇんだろ? なのに――」 「願い、叶えたいんです」 「今日あったこと――全部なくして」 「みんな、みんな、不幸にならずに済む1日にして」 「証明するんです」 「人間、どこからでもやり直せるって」 「やり直せる……?」 「そうです」 「過去に過ちを犯したからって」 「どうしようもない人生を歩んだからって」 「取り返しがつかないなんて……嘘です!」 「だってそうでしょう!?」 「アタシだって、たくさん間違いを犯しました!」 「そのせいで、弟と離ればなれになっちまって――」 「でも、まだ信じてるんです!」 「今日、弟に本が届けば、アタシたち、やり直せるって!」 「まっとうで、幸せな、普通の姉弟になれるって」 「沙紅羅――」 「アタシは、カゴメアソビをします!」 「それは、アタシのためじゃないんです!」 「誰かのためじゃないんです!」 「双六さん!」 「あなたがやり直せるって、証明するためです!!」 「だから…………ッ」 「よこせ」 「嫌です! アタシは――」 「いいから、よこせ」 「ダメ! アタシは――」 「よこせって言ってんだッ!!」 「きゃ――ッ!」 「ふん」 「双六……さん?」 「初めてなのに、こんな思いさせて、悪い」 「あ、あの、それじゃ……」 「責任……とって、くれますか?」 「オレが最初で、いいんだな?」 「……はい」 「あの……でも、ひとつだけ、いいですか?」 「なんだ?」 「カメラ……切ってくれますか?」 「カメラ……? ああ、アレか」 「心配すんな」 「最初から、なにも映ってねぇよ」 「え? でも――」 「ここには、オレとおまえ、ふたりっきりだ」 「それでいいだろ?」 「……はい」 「ぁ……ぁ、ぁ……」 「ん? 何か言いたいのか?」 「あ……あの……」 「匂わない……ですか?」 「少し匂う」 「あ……やっぱり……」 「でも、悪くねぇよ」 「バカ言わないで下さい! 双六さ――」 「双六でいい」 「え……?」 「呼んでくれるか?」 「双……六?」 「沙紅羅……」  双六がサングラスをとる。  身体が沙紅羅に覆い被さり―― 「んんっ!  ん……んちゅ……ん……んん……」 「んちゅっ、ちゅ……むちゅっ、ちゅう……  はぁっ、ん……んん……ん……ちゅ……」 「ぁ……双六……さん……」 「双六」 「え、ええと……」 「双六」 「そうだ」 「双六……綺麗な、目……」 「会ってから、全然、時間も経ってなくて……」 「けど……視線が、離せないの」 「あなたを見ると、まるで……」 「運命が、アタシたちを、引き合わせたみたい」 「運命……か」 「その先に、幸せがあるといいな」 「今……世界で一番、幸せだから」 「――――」 「来て、双ろ――むっ!」 「んむ――んむっ、む――んんんんんッ!!」 「んんん――んん――ん――」 「ん……んん……ん……んはぁっ!」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ」 「ぁ……双六……入ってる……」 「でも……まだ、足りないよ……」 「ん――ッ!」 「ぁ――んんっ、ん――!」 「すご――ろく――んちゅ――」 「んちゅっ、ん、んん――んちゅぅううッ!  んはぁっ――はぁ――はぁ――」 「全部……来た?」 「――ああ」 「よかった……」 「あ! 待って!」 「もうちょっと! ちょっとだけ……そのままで……」 「…………」 「……辛いか?」 「いたい。正直、マジでいたい」 「けどぜんぜん、たいしたことないよ」 「だって……双六」 「あんたが、優しく声をかけてくれるんだもの」 「これ以上の幸せなんて、ないよ」 「沙紅羅――」 「もう、大丈夫だから、ねぇ……」 「来て」 「んんっ! んんんんんん――――!!」 「ん――んん――ん、んん――ぁあっ!  んはぁっ、はぁっ、はぁっ――」 「なに? この感覚――  んぁっ、あっ、あっ、あ――!」 「んぁっ! あっ! あ! あ――!  双六――すごい――なんで――?」 「気持ちよくて――アタシ――頭、真っ白で――  ぁあっ、どう、したら、いいのっ?」 「こんなに、幸せで――アタシ――  怖い――くらい――」 「あぁっ!」 「んぁっ! あっ! あ! あ! ああっ!  すごい――気持ちいい――」 「おかしくなる――アタシ――んはっ!  バラバラになって――消えちゃいそう――ッ!」 「ねえ、ぎゅっと――掴んで――  んあっ、ん! ん! んあっ、ん――んん――」 「んんんんんん――――ッ!!」 「んぁ……ぁ……ぁはっ、ん……んん……」 「あついの……出て……感じる……」 「双六……ぁあ……あ……双六……  もっと……もっと……近く……」 「キス……んむっ、んちゅ……  んっ、ん、んん……ん……」 「んちゅ……ん、んんっ、んんん……っ。  ちゅ……ちゅう…………あ……!」 「ん? 沙紅羅?」 「綺麗……」 「双六の目……すごく……綺麗……」 「バカ言え」 「バカじゃないよ……」 「その目に映るもの……アタシにも、見せて」 「オレの目に……映るもの?」 「覚悟は出来てるの」 「地獄の底まで、一緒だよ」 「ん……ぁ……んんっ! ぁ……だめ……  まだ、動いたら……変に……ぁあっ!」 「……ぁふっ! ……ぁっ! ……あっ! ……あ!  ……ああっ! ……あっ! ……ああっ!!」 「もう……ぐちゃぐちゃ……だよ……  アタシ……もう……わかんない……」 「でも……アリガト……アリガトね……  今日……アタシ……ここに来て……良かった……っ」 「アタシたち……会えたのも、運命……かな?」 「んぁっ……! あっ……! すご……  私のなかで……また……どんどん、大きくなって……」 「アタシ……かきまぜて……  気持ち……気持ち……いいよぉ……んんんッ!!」 「さっき、さっき……きた、ばっかりなのにッ……  いい? また、また……いっちゃっていい?」 「んぁっ! あっ! あっ! あっあっ!  また……アタシ、また……くる……!」 「ねえ、一緒に……いい?  一緒に……いこ? ね?」 「アタシの……中に……あなたの……  好きだって……気持ち、ちょうだい……」 「んぁっ! あっ! ああっ! あ、あああッ!  好き! んちゅっ! ちゅ……ちゅうっ」 「ちゅ……んぁっ、ちゅあっ、あっあっ……!  いく……いく……いっちゃ……ああっあっあっ……!」 「ぁぁぁぁああああああああ…………ッ!!」 「んぁっ……んぁ……ぁふぅっ……んぁっ、ぁ……ぁ」 「ぁ……ふぁ……ぁぁ……ぁ……ぁ」 「双六……ん…………んん……」 「ありがとう……アタシ……世界で一番……幸せ……」 「沙紅羅――」 「ちゅっ……ん……んん……」 「泣かないで……」 「アタシが……あなたに、教えてあげる」 「全てに絶望してしまうには、まだ早いってこと……」 「死んだ……?」 「な……なんで……」 「冗談……だろう?」 「なあ……フウリ。聞こえるだろ?」 「声、聞こえるよな?」 「オレをずっと、探してたんだろ?」 「やっと……やっと会えたんだぞ!」 「なあ! 返事してくれよ!」 「聞いてくれ……聞いてくれよ……」 「そんな……笑顔で……」 「ううっ……う……う……」 「そんな……駄目……なのか?」 「自分は生き返らせられても――」 「そうよ! 貫太さんは生き返れた――」 「――――」  平次は、静かに首を振る。 「そっとしておいてやるんだな」 「でも……」 「ふたりとも、家に帰ってろ」 「こういうのは、慣れてんだ」 「…………」 「…………」 「嬢ちゃん」 「お……オレ?」 「恵那、家まで送ってやってくれるか?」 「だ、大丈夫よ。私ひとりで――」 「無理すんな。な?」 「…………」 「くぅん……」 「ユージローも……」 「行こう、恵那」 「……うん」 「オヤジさん、後は頼んだぞ!」 「おう、任せろ」 「わうわうっ!」 「おう! ユージローも、よろしくな!」 「…………」 「…………」 「……ゴメン」 「もうちょっと早く、迎えに行けてたら――」 「…………」 「ねえ、アッキーちゃん」 「神様って……いないのかな」 「え……」 「結局、ミヅハちゃんも、間に合わなかったし……」 「貫太さんは、あんなだし……」 「私は……母さんから……」 「恵那――」 「おい恵那! しっかり――!」 「え?」 「た――」 「タヌキぃぃッッ!?」 「な……なんでタヌキが!?」 「フウリさんは、でも死んだんじゃ――」 「もしかして……貫太さん?」 「正気、失ってる!?」 「マズい! 逃げ――」 「おい恵那! どこに行く!」 「中に父さんがッ!!」 「あの中に!? おい、冗談じゃ――」 「ま……マジであの中に入るの!?」 「う……うう……うッ!」 「ああッ! クソおおッ!!」 「父さん! 父さんッ!!」 「オヤジさん! いるかッ!?」 「どこ? どこに――」 「ダメだ! ビル、もう限界だよ!」 「オレたちだけでも逃げよう!」 「でも!」 「みんな死んだら、意味ないって!」 「わかってる! わかってるけど!」 「それでも、父さんは、私の父さんなの――ッ!」 「…………」 「おい……聞こえるか?」 「……父さん!?」 「ったく……しょうもねぇやつだな……」 「な!? 脚――」  暗闇に隠れるように横たわる平次の脚は、瓦礫にえぐられ真っ赤に塗れていた。 「貫太がでかくなったとき、やられちまった」 「アッキーちゃん!」 「わかってる!」 「ん……しょ、んん……ん!」 「ふんぐ……ぐぐ……」 「くそ……重い……」 「オレを置いて逃げろ!」 「……って言っても、聞かねぇか」 「当たり前でしょ!」 「私、だって、まだ――父さんを、誤解してて!  誤解してばっかりで――」 「オレを――許してくれるのか?」 「許さないッ!」 「今まで嘘ついてた分! 嘘ついて、嫌われてた分!  ちゃんと、ちゃんと、好きになってあげるんだから!」 「そうなるまで――  幸せになるまで、死なせてなんてあげないっ!!」 「バカ野郎」 「おまえたちはずっと、オレを支えてくれたんだよ……」 「側にいるだけで……幸せだったんだよ」 「父さん……」 「恵那! 危ない――ッ!」 「…………」 「…………」 「地震――?」 「わからない」 「水――?」 「ああ。地震で、地盤が緩くなってたんだろ」 「急ぎましょ――きゃっ!」 「と――大丈夫か?」 「ありがとう、双六」 「気をつけろ」 「うん」 「アザナエル……?」 「ウランガラスをはめ込んである。  ブラックライトでしか読めない文字だ」 「完全会員制。  秘密の場所だからな」 「ここは……?」 「感じるか?」 「……ええ」 「籠――そんな名前の場所だ」 「昔、たくさんの男たちが、ここで命を失った」 「そのアザナエルで、自分の願いを叶えるために」 「オレたちは、籠の中の鳥ってわけさ」 「鳥――」 「聞こえるか?」 「え……?」 「オレには、ハッキリ聞こえるよ」 「歌ってやがるんだよ」 「暗闇の向こうから、ジッとこちらを見つめて」 「おまえも早くこっちにこいって」 「かごめかごめが聞こえてくるんだ」 「それが――あなたの、苦しみの元凶ね」 「沙紅羅――?」 「大丈夫」 「アザナエルは、アタシの望みを叶えるんでしょ?」 「絶対に、やり直してみせる」 「アザナエルは、願いを叶える」 「その願いは――おまえが本当に望むことだけ」 「いくらうわべで繕っても、ダメだ」 「自分の願いに、自信があるか?」 「アタシは、信じる」 「今日、ここでふたりが出会った、運命を」 「失敗しても、後悔はないんだな?」 「あなたのためなら」 「帰るなら、今のうち――」 「ありがとう。でも――」 「アタシは今、なにをするべきかくらい、わかってる」 「ちょうだい」 「…………」  双六は、沙紅羅に、アザナエルを手渡す。 「…………」  沙紅羅は無言のまま弾を確認し―― 「…………」  シリンダを回し―― 「…………」  構える。 「…………」 「…………」  瞳が揺らぐ。 「アタシたちは」 「やり直せる」 「今からでも、遅くない」 「遅いわけなんて、ない」 「そうでしょう?」 「……頼む」 「おまえの言葉で――」 「響いてるこの歌を、消してくれ……」 「汚れちまったオレの魂を、救ってくれ……」 「双六」 「沙紅羅」 「愛してる」 「オレも、おまえを――」 「ふん…………ッ!!」 (え……何?) (……?) (……なにが、起こってるの?) 「はぁッ、んん…………ん……!!」 「――――ッ!」 (なんか……すごく、まずいかも――) (誰か、助けを呼びに――) 「ぉ……お、おおおおお……」 (大人ふたりに、私ひとりで勝てる?) (ええいっ! 迷ってるヒマはない!) 「アンタたち! 待ちなさい!」 「そんなとこで、いったい何を――」 「きゃう――――――ん!!」 「え? 今の音――」 (…………ユージローに、落雷?) (いやいやいや、まさかまさかまさか……) (…………) (駄目だ、あり得る……!) (まず、ユージローの所にッ!!) 「ん――しょっと!」 「あうあ……あうあうあう……」 「ユージローッ!!」 「まさか……ホントに、雷が!?」  恵那はしゃがみ込み、ユージローの身体を抱く。 「ユージロー……ユージローッ!!」 「ごめんなさい……放っておいたばっかりに……」 「お願い……神様ッ!  ユージローを、生き返らせて――」 「ぱふぱふ……ぱふぱふ……むふふふ……」 「な――」 「ななな、な――」 「なにやってんのよ、このエロ犬――――ッ!!」 「きゃううううううううううんッ!!」 「ったく、なんなのアレ!  びっくりして気絶的な!? 全然元気じゃ――」 「ん――電話?」 「………………父さんからだ」 「もしもし?」 『おう、恵那か!』 「なんの用事?」 『おう、聞いて驚け!』 『おまえのブルマー盗んだ犯人……見つけたぞ!』 「ウソ!?」 「や……やった……!」 「アタシの願いが……  とうとう神様に、通じたんだ!!」 「逃げなくていいって! ただ、届け物に来ただけだから」 「届け物?」 「村崎の店にぶつかったときに落としただろ?  こいつを……」 「ん……あれ? ない……?」 「あんれー? どこにやったかな……」 「あ、バッグの中に入れっぱなしか……?」 「ええと……クリマンバッグはどこに――」 「お! あった、コレだ!」 「ええと……」 「あ! あああああああ!!」 「いや待った! ちょっと待った!  そのバッグ、オレの――!」 「あ? なに言って――」 「のわああああああっ!!  な、なんじゃこりゃああああああッ!!」 「ひえええええええッ!!」 「ブルマーじゃねぇかっ!  オレのバッグに、ブルマーが!?」 「いやいや、それオヤジさんのじゃなくて……  外は同じだけどオレのなんだッ!」 「なあんだ、そうだったのか……」 「そうなんですよ、あは、あははははは……」 「あはははははははは!」 「あはははははははは!」 「っておいコレここに富士見恵那って名前書いてあるっ!」 「やべっ!!」 「おい! 泥棒はてめぇだなッ!」 「いや、ちがいま――」 「て・め・ぇ・だ・な?」 「え……ええと……」 「あは、あは、あはははははは……」 「ごめんなさ――――い!」 「逃がすかッ!!」 「ぎゃー!」 「捕まえ――ん? あれ?」 「こ、この感触……」 「おまえ……男?」 「や……やめろ……バカ」 「っていうか――」  平次は自分のバッグを漁り、ネームプレートを出した。  「アッキー」と殴り書きされた紙。  その裏には、「千秋」の文字。 「や、や、や、やっぱり――!」 「てめぇッ! 千秋の小僧だなッ!!」 「ごごごごごごごッ! ゴメンナサイ――――ッ!!」 「ゴメンで済めば――警察いるかあああああッ!!」 「ぎゃ――――――!!」 「あーあ……」 「せっかく、アタシがお膳立てしてあげたのに……」 「お膳立て?」 「……ま、いいや」 「どの恋愛だって、結局そうよね」 「コソコソしてるのが、かえってよくないし。  このままうやむやにしてこじらせた方が、怖いわ」 「鈴ちゃん……なにを?」 「フウリちゃん」 「もう……彼氏のこと、諦めなさい」 「え……?」 「ちゃんと叩けなかったの、ホントはそのせいでしょ?」 「まだ、想いが断ち切れないから――」 「そんなこと、ないです!」 「っていうか、まだ会ってもいないのに、断ち切る必要なんて――」 「フウリちゃん。わかってるんでしょ?  認めたくないだけなんでしょ?」 「私は……私は……!」 「あなたの彼氏は――」 「もう、二度とあなたの前に姿を現さない――」 「――――ッ!!」 (鈴ちゃん……ひどい……! ひどいよ!) (ひどい……けど……でも……) (そう……なのかな……) (やっぱり私……) (貫太さんを……諦めてる……?) (ノーコちゃん……) (私が、彼女を応援するのは……) (もしかして、私自身は、諦めてしまってるから……?) 「オラ行くぞ! 出すぞ!」 「いやっ! あっ、あ――でも、まだ――」 「まだ、こたえ――きいて――ない――」 「出すからな! 合わせろ! 合わせろよ!」 「は――はひっ、んっ、んんっ、んんん――!!」 「あわせます――にとり――さきに――わたし――」 「いきます――いいですか? いいですか?」 「おう! ほら! いっちまえ!!」 「きて――わたし――いく――いく――  ぁっ、ん――んく――ん――」 「ぁ――ぁ、あ、ああああ――」 「ああああああああああああ――――ッ」 「オレも――んっ、んんんッ! んんッ!!」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」 「ぁ……ぁ……ん……」 「しろいので……べとべと……」 「どうだッ!?」 「きもち……よかった……です」 「おねがい、もう……」 「もう、はなさないで」 「ずっと……このままで……」 「……ああ」 「オレは……これが……好きなんだ」 「絶対……誰にも、邪魔なんてさせるか……」 「にとり……」 「また……おっきくなってる」 「……そんな簡単に治まるかよ!」 「オラ、ノーコ! 次はこっちだッ!」 「……うん」 「ほら? おねだりは?」 「ごしゅじんさま……」 「わたしの……はしたない……うしろのあなに……」 「ください」 「うおおおっ!!」 「ぁあっ! あ! ああ! あああ!!」 「ああ……クソッ! クソッ! クソッ!」 「このド淫乱め! こんなに締め付けやがって!」 「ごめんなさい……ごめんなさい……」 「わたしを……すてない?」 「捨てるわけねぇだろ!」 「こんなに気持ちいいこと、やめられるかっ!!」 「オレは……絶対、このまま、逃げ切ってやる!」 「な……なんだったんだあのおっさん」 「足袋なのに、信じられねースピードだし」 「ったく、一難去ったらまた一難ってのはこのこと……」 「ミリPさん、気をつけて下さいね!」 「言われなくたってわかってるわよ!」 「ん? アレは――ロボット?  ってか結構でかっ!!」 「さすがは秋葉原、ハンパねーな」 「駐車場に払う金もねぇもんな」 「とりあえず、原付停める場所は――」 「ま、あの公園でいっか」 「ん……しょ、と」 「さて、と。同人誌探すには――」 「うむ! けばぶとやら、美味かったぞ!  褒めてつかわす!」 「おう、ホントにうめぇんだな」 「だろ? コレが東京の味だぜ!」 「して、次はなにを食わせてくれるのじゃ?」 「……おい、まだ食う気なのか?」 「もうそろそろ、家に帰る時間――」 「馬鹿者めが何を言う!」 「おぬしらはわらわを誘拐したのじゃぞ!」 「ならば最後まで、礼を尽くすのが道理であろ!」 「でも……オレたち、好きで誘拐したワケじゃないしな」 「お、おう! もちろんだ!」 「本当は嫌で嫌でたまらなかったんだけどよ、河原屋一家の双一親分が命令するから仕方なく誘拐――」 「誘拐だと……!?」 「え?」 「この声……」 「姐さんッ!?」 「天誅ッ!!」 「ふごっ!!」 「ぎゃあ!!」 「この、ろくでなしがあっ!!」 「いで、ぎゃ!」 「勘弁、勘弁!」 「この百野殺駆! お天道様に顔向けならねぇことはすんなって、口酸っぱく言ってただろう!」 「それが……幼女誘拐だぁ?」 「面汚しもいいところだろッ!!」 「ら、乱暴はやめんかッ!」 「こやつらは悪くない! 優しくしてくれた!  けばぶもくれた!」 「それに……怖じ気づいたこやつらを脅迫して、無理矢理誘拐させたのは、このミヅハ本人――」 「うるせぇ! おめーは黙ってろ!」 「これは、アタシたちの問題だッ!」 「止めぬというなら――」 「出てこいッ! ふたりとも!」 「ヒョーヒョー!」 「ガワッガワッ!」 「ん? なんだぁ?」 「ヒョーヒョー!」 「ガワッガワッ!」 「イデッ! ちょ――待て――イデデデデ!!」 「ぎゃあああああああああッ!!」  5分後―― 「…………」  ケガだらけの仏頂面で、経緯を聞く沙紅羅がいた。 「……と、いうことで」 「オレたちは、好きで誘拐したワケじゃないんです」 「……ホントか?」 「はい」 「間違いないな?」 「うむ」 「そうか……」 「3人とも、誤解して、悪かった!!」 「スマン! 許してくれ!」 「姐さん、そんな! やめてください!」 「オレたちが、間違ってたんですから……」 「そうじゃ! おぬしも充分に罰は受けた!」 「しかし――」 「許せねぇのは、その河原屋双一とかいうヤツだ!」 「こんな子供を誘拐しようだなんて、いったいなにを考えてやがる!?」 「河原屋――双一」 「あ……しまった!」 「ん? どうした、ミヅハ」 「アザナエルが危ない!」 「あざなえる……?」 「ってオイ! 待て!」 「走るな! こけるぞ!」 「こけるといたいぞ!」 「パンツも見えるぞ!」 「うるさい! それどころではないのじゃ!」 「パンツ許可出ましたッ!!」 「アホかッ!!」 「ふげっ!」 「ええいっ! みそ!」 「合点だ!」 「ふぎゃっ!」  ミヅハの身体を、みそはひょいと担ぎ上げる。 「う……うむ! くるしゅうない!」 「この頭は非常に掴まりやすいぞ!」 「で、どっちに向かえばいいんだ!?」 「あっちじゃ!」 「むう……やはりッ!」 「蓋が開いておる!」 「蓋が――!?」 「潜るぞ!」 「え? 潜るって――」 「下じゃ! この下で、今!  アザナエルが盗まれかけておるのじゃ!」 「ほれ、みそ! 早く降りろ!」 「ぺしぺし!」 「やだ!」 「なんじゃと!?」 「オレ……霊感は強い方なんだ……」 「この下からはなんか……  とんでもなく……気味悪い気配が……ううっ!」 「ぎゃっ! ちょ! 足を掴むな!」 「わらわだけでも下ろして……こら! 離せ!」 「女児パンツポジション!」 「KEEP!!」 「バカやってんじゃねーぞ!」 「おいブー! 懐中電灯」 「は……はい!」 「あ、でもこれしか――」 「あー、はいはいブラックライトで我慢するよ」 「おまえら、ここで待ってろよ!」 「ん……横穴?」 「気味悪ぃな……」 「ぉっ?! なんだ!?」 「狸……?」 「東京にも、いるんだな――」 「ん……?」 「この音――奧から?」 「ちゃんと……当たってくれよ……」 (――拳銃自殺!?) 「おいバカ! なにして――」 「ん……?」 「おまえ……誰……」 「…………ん?」 「アンタ……」 「アタシと……どこかで、会ったこと……あるよな?」 「…………さぁな」 「いや、たぶん他人のそら似だろうよ」 「じゃあな」 「だから! やめろって!」 「おまえには、関係ないだろ」 「関係あるッ!!」 「なんでだよ?」 「そりゃ……おまえ……」 「…………」 「…………」 「……わかんないけど」 「わかんないけど、でも――!」 「待ちに待った運命の人……?」 「やめだ」 「え?」 「ああっ! やめだやめだ!」 「そんな辛気くせぇ顔した奴の前で、死ねるかよ!」 「ホント……か?」 「ホントだホント!」 「ったく! 腹立つぜ!」 「てめぇのその泣きっ面見てるとよ、無性に苛つくわ!」 「…………ごめん」 「来いよ」 「え……?」 「来いっつってんだよ!」 「その苛つく顔、ちゃんと直してやるっつってんだよ!」 「で、でもそんな――」 「腹、減ってんだろ?」 「…………うん」 「ウシ! んじゃ――」 「メシでも食い行ッか!」 「………………」  血まみれのアザナエルを手に――双六は階段を上る。  一歩、一歩。重い足取りで。 「――――」  中腹で、振り返る。 「…………」 「無様だなあ」 「一瞬で、こんなだもんなぁ」 「…………」 「バカだよなぁ」 「救いようのない、バカですね」 「星……か」 「ミヅハは?」 「お休みになりました」 「あの化け狸を封じるので、力を使い果たしたのです」 「そうか……」 「欲しいか、アザナエル――」  双六は、星に向かってアザナエルを投げ捨てた。 「もう、弾切れだけどな」 「ええ、知っています」 「あなたは……取り返しのつかない罪を犯した」 「ああ。そうだ。  バカだったよ」 「こんなに人が、死ぬなんてな……」 「夢なんて最初から、見るんじゃなかった……」 「夢も見ず――」 「ただ、静かに眠りなさい」 「な――!?」  アザナエルを拾う星の手のひらに表れるのは―― 「弾……まだ、あったのか」 「ただの弾ではありません」 「ミヅハ様の力が宿る、祝福の弾丸――」 「私は、河原屋双一を、殺す!」 「おまえが……やってくれるのか?」 「できます」 「しかし――最後に、ひとつだけ、聞かせてください」 「河原屋双一は、なぜ、あんなことを――?」 「双一は、全てを見ていたのでしょう!?」 「さあ。爺の余興に、理由なんてあるのかね」 「それとも、本人に聞いてみるかい?」  双六が、携帯電話を取り出すが―― 「――――ッ!」 「うおっと!」  歌門が放った矢が、真っ直ぐに射貫いた。 「はっ、容赦ないな……」 「当然です」 「怖い、怖い」 「次はここかい?」 「ミヅハ様を苦しめた罪――」 「その命で、償いなさい!」  そう告げて、破魔矢が双六へと放たれ―― 「へっ……」  胸を矢に貫かれたまま、双六はひとり微笑んだ 「生きるか死ねるか……コイツは、ギャンブルだ」 「なあ、河原屋双一よ……」 「ぁ――――――」 (光……?) (オレの身体を……光が……) (そうだ……願い!  願いを叶えるんだッ!!) (お願いです、神様!) (どうか――  そこで眠っているヤツを生き返らせて――) (恵那の失敗をなかったことに!  あいつに笑顔を、取り戻させてやってください!) (河原屋双六を生き返らせて――  アイツを――幸せにしてやって下さいッ!!) (アザナエルも、取り返させてください!) (あと、あと……ええと、なんだ?) (できれば御札もふたりで納めに行きたいし――  ブルマーもちゃんと返したいし――) (あともうちょっと身長を伸ばして――) 「光が……消えた……!?」 「ってことは――!」 「ん……あ……んん……」 「あ……」 「ん……くぅ、つ……ううっ!」 「クソッ! やっぱりダメだったか……」 「やった! やった! やったやったぞ!」 「ホントに……ホントに、生き返ったあッ!」 「これで、これで恵那も――恵那も――!」 「コラ」 「え……あ、はい?」 「ここで、何やってた?」 「いや、なにってその、ただあの買い物に――」 「てめぇが? こんなところにひとりで?」 「あの……あの……ええと……」 「すいませんでし――」 「ちょっとまてッ!!」 「ひぇええええっ!」 「おまえ……この部屋で、何か見なかったか?」 「例えば、誰かの死体とか……あとはそうだな……」 「拳銃とか?」 「あ、あははははは! やだなあ!」 「そんなもの、見たはずないじゃないですか!」 「嘘をついても、すぐわかるぞ」 「あは……あは……あははははは……」 「怪しい……」 (マズい……マズいぞ) (でも、ここでアザナエルを渡すわけには行かないし。  これをアイツに届けないと……また……) 「ん? なんかお前、ポケットが膨らんで――」 「あ! あ! あ!  あんなところに拳銃がッ!」  千秋はめいっぱい慌てて、床を指さす。 「…………アホか」 「オレがそんな手に引っかかるわけ――」 「ホントにあった!?」 「嘘お!?」 「え? 嘘って――」 「とにかく逃げろッ!!」 「お……おい! なんで逃げんだよッ!!」 (な……なんだか知らないけど、助かった……!) 「おじょさん! てっぽ! かえして!」 「あ!」 (そうか! あのモデルガンを見間違って――!) 「おじょさん待つデス! 万引きダメデス!」 「悪い! 銃は双六が持ってるから!  返してもらってくれ!」 「そ、そんなぁ……」 (とにかく今は、逃げなきゃ――) 「邪魔だ邪魔だァ!」 (え……この声は恵那のオヤジさん?) 「退け退けェ!!」 (近づいてる!  恵那が、オヤジさんに連絡したんだな!) 「御用だ御用だァ!」 (ってことは、コイツを預ければ――) (…………) 「ゴメンインド人のひと!  ちょっとだけ隠れさせて!」 「え? そんな、困る――」 「突撃――――ッ!!」  千秋は店の陰で、平次が消えるのを待った。 「おいガキッ! どこに行った――!」 「コラ双六ッ!」 「てめぇがアザナエル隠してんのは、わかってんだ!」 「大人しく、返しやがれぇッ……ッ!」 (咄嗟に……隠れちゃった) (……いやいや、でもいいよな、このくらい) (オレが命懸けで取り返した銃なんだし!) (っていうか……うん、そうだ。  これ返す時、正体を明かそう) (それで、ちゃんと、オレの気持ちを恵那に伝えよう) 「うし!」 「おじょさん、だいじょぶデスカ?」 「ん、ああ。アリガト」 「トラブル? だったら私が力に――」 「いいや、今解決したところ」 「そう? まあ、うまくいくといいデスネ」 「――???」 (なんか、引っかかる言い方) (そうだ、とりあえず恵那に電話!) (早くあいつを立ち直らせてやらなきゃ!) 「……話し中」 (恵那のオヤジさんが連絡でも入れてるのか?) (ちゃんと、スーパーノヴァで待ってるといいんだけど) (でも――オレの勇姿、見せてやりたかったなあ) (「恵那! 君のためなら死ねる!」バキューン!) (「絶対、おまえなんかに、この銃は渡さないッ!」) 「ヤバイ……オレ、男らしすぎる……」 「ぐふ……ぐふふふふふふ……」 (あ、あれは――恵那?) (星さんに話を聞いてる……?) (なんか雰囲気違うし、立ち直ってるかな?) (ってことはやっぱり恵那のオヤジさんから、双六が無事だって連絡が行ったんだ……) (……よし!) (これで準備は整った!) (男らしく恵那に告白して!) (男らしく好きだって!) (好き――だって――) (――男らしい?)  割れたガラスに、うっすら自分の姿が映る。 (いやいや、ないわー) (初めての告白だし。  こんな格好で告白なんて、おかしいよな……) (でも……着替えは店の中だし……) 「う――――ん…………」 (かといって、家に戻る……?) (……ないない) 「うぬぬぬぬぬ…………」 (さっきだって、恵那のオヤジさんに会ったばっかりだし) (もし近所の人に見られたら……) 「ぐううううう…………」 「――はっ!」 (ヤバイ! 時間が) (ダメだ! いつまで悩んでても、ラチが開かないし!) 「ドンガで安い服、買ってこよ……」 「……あーあ」 (あんまり金ないんだけどな) (ま、お年玉ももらえるし、ちょっとくらいいいか) (流石にさっきのオタクたちは、もういないよな……) 「あああああああああッ!!」 「ん……なんだ?」 「ちょっとアッキーさん!  なにしてるんですかこんなところで!」 「え? オレの名前知ってる……?」 「ってか、アンタ誰? 知り合い?」 「いいから! 早く来て下さい! 早く!」 「え? なんで……ちょっと!  イダダ! 引っ張るなって!」 「あ、ついでにコレ持って!」 「え? なにこの紙袋――うわっ! 重ッ! 熱ッ!」 「破れないように気をつけて!  ほら、早く!!」 「だからなんなんだよッ! コレは!?」 『さーて、それでは全国ゆるキャラバン!』 『熱戦の再か――!!』 「ちょっと待った!」 「……とと」 「な、なんで止めるの!?  ってか、買い物は――」 「アッキーさんが、ここに!」 「だからなんなんだよ!?」 「え?」 「はれ? アッキーちゃん?」 「え? だっておまえ、さっきまでここに――」 「んあ? いなくなってる……?」 「は? 何の話を――」 「ドンガの方にいたんです!」 「いつの間に……?」 「わかったあああ!」 「忍者だっ!!」 「んなわけあるか!  ただの人違いだ! 人違い!」 「まあ、御託はいいから席について頂戴!」 「いや、だからオレじゃないって――」 「いいから来いっつーの!!  師匠の命令が聞けねぇのかっ!?」 「うう……」 『さーて、それでは全国ゆるキャラバン!』 『熱戦の再開――!!』 「いただきます! はむはむ! んまー!」 「ごちそうさまでした!」 『なに? この子の食欲は天井知らず?』 『牛タンフランクも一気食い!』 「あむあむ」 『象の鼻パンも!』 「もぐもぐ」 『爆弾おにぎりも!』 「ほ……ホントにあっという間になくなっちゃった……」 「い……いったいなにが起こってるんだ?」 「まるで……人間じゃない」 「おい弟子、おまえ……」 「アタシを騙そうったってそうはトンチがおろさねぇぞ!」 「は? ワケわかんないし。  ってか、単なる人違いだろ」 「あんなにそっくりな奴が、世の中にゴロゴロいてたまるかっつーの!」 「それともナニか?  人違いだから、てめーはアタシを知らないってのか?」 「パンツの恨み、忘れられるかッ!!」 「アレはスマン!」 「ともかくオレは関係ないから! 忙しいし行く――」 「頼むッ! この通りだ!」 「え? 師匠……?」 「あと少し……ここにいてくれるだけでいいんだ!」 「フウリ、どうしてもこの大食いを成功させたいって、必死に頑張ってんだ!」 「アタシはどうしても――  フウリの夢、叶えてやりたいんだよ!」 「フウリさんの……夢……」 『となると次は……』 『とうとうラストのクリマ……』 「――の前に、もう一品!」 「なんだあ? ジュース?」 「いや……違う。  アレはきっと、さっきオレが運ばされた――」 「頑張れッ! その調子だッ!」 「もう少し! もう少――」 「おい弟子! おまえもちょっとは応援――」 「夢……」 「ん? どした弟子よ」 「フウリさんは、夢を叶えるためにここにいる……」 「オレは、夢が叶ったおかげで、こうやっていられる」 「だったら――逃げるわけにはいかない――」 「弟子?」 「男なら……」 「男なら、ただ黙ってみてられるかあッ!」 「あ……そういやおまえ、男だったな」 「これ、リレー形式だろ?  ってことは次はオレの出番?」 「そうだけど……」 「いよっしゃ!」 「フウリさん、代わって!」 「へ……アッキーちゃん……?」 「後は、オレに任せるんだッ!!」 「でも、私は……」 「大丈夫! お前はひとりで戦ってるんじゃない!!」 「オレを……仲間を、信じろ!」 「アッキーちゃん……」 『なんとここで、フウリちゃんの動きが止まった!?』 「す……すみません……」 「私はもう……ギブアップ……です」 『ギブアップ! ギブアップ!』 『さあ、大変なことになってきたわ!』 『秋葉原チーム! 最後のチャレンジャーは――』 「オレだっ!」 「よっしゃ! やったれ!」 『秋葉原のライブハウス「スーパーノヴァ」でアルバイト中、アッキーちゃんッッ!』 『その小さな身体に食べ物を詰め込んで、見事に逃げ切ることが出来るのかしらッ!?』 「うおおおおおおおおおおお!!」 「はぐ! んぐ! んむ! んぐ! あむあむあむ!」 「んじゅるっ! んぐっ! んむっ! ん、んんん――」 『食べる! 食べる! 食べる!』 『前のふたりほどじゃないけど、フウリちゃんが食べられなかったコンニャクを、順調に消化していくッ!』 「アッキーちゃん……」 「男らしいとこ、あるじゃねぇか」 「え? 男……!?」 「はむっ! んむっ! んぐんぐんぐ――ぷはぁっ!」 「いよっしゃ! 完食!」 『アッキー選手!  見事におでん缶を食べきった!』 『しかし、コレで番組が終わったわけじゃないわよ!』 「あの……ホントにやるんですか?」 「今更なに言ってんの!?」 「大丈夫、あの小さい身体の女の子でしょ。  結構引っ張れるわ!」 「でももしかしたら、っていうかほぼ確実に、若原D入院の原因――」 「ん? なんの話?」 「い、いえ……何でもありません!」 「ほら、早く支度なさい!」 「は、はい!」 「んしょ……んしょ……んしょ……」 「――と!」 『小さな身体の彼女の前に並べられたのは――』 『巨大な、巨大なクリマンタワーッ!!』 『果たしてアッキー選手は、この巨大な山を崩すことが出来るのか!?』 「…………でけえな」 「おい弟子! 怖じ気づいてんじゃねーぞ!」 「バカにすんなッ!!」 「今宵のオレは男の中の、男!  オレの生き様――見せてやるぜ!」 「アッキーちゃん……かっこいいです!」 「いただきま――」 「ぶおえっ!」 「ふがっ、ふげっ!  げふっげふっげふっげふ――」 「アッキーちゃん!」 「え……なんだ?」 「アッキーちゃんが……歪んでる?」 「お、おえ……」 『アッキーちゃん!  リバースは退場よ!』 「ひぐ……う……う……」 「よっしゃ! 良く踏みとどまった!」 「がんばって、飲み込んで!」 「んん! んんんん!」 「アッキーちゃん……やっぱり、無理しなくても」 「こら弟子!  男らしいとこ見せるのは、こっからだろ!」 「ほほほ……はひひ?」 「ひ……ひぐっ、ん……んん……ん……」 『アッキー選手! すごい形相を浮かべながら――』 「んぐうううううううううう――――ッ!!」 「飲み込んだ――――――ッ!!」 「い、い、いよっしゃあぁあぁあ……」 「ど、ドウだぁあッ……!  おレの……イキ……様ェ…………」 「ゲ! 弟子! ヤバイ!」 「アッキーちゃん!」 「あちゃあ……やっぱり……」 『おっと、アッキー選手!  満腹のため、呆気なくダウン――!?』 「な……」 「ちょっと照明! 何やって――」 「にとり」 「にとりは、どこ」 「まんじゅうこわい……」 「まんじゅうこわい……こわいよお……」 「はっ!」 「え? ここは……どこだ?」 「情けないやつじゃのう……」 「ん? この声――!」 「久しぶりじゃの」 「か、神様!?」 「ほう。わらわの正体、良く知っておるの」 「わらわは神様!  ということはつまり、ここは――!」 「天国じゃッ!!」 「…………」 「どうした? さっきから、そんな難しい顔をして」 「いや……なんかこう、既視感があるというか……  色々無理があるような……」 「何を言っているのかさっぱりじゃ!」 「そんなことをしていると、すぐにお迎えが来るぞ」 「お迎えって?」 「ここは天国。おぬしはこれから、あの世行きじゃ」 「…………は?」 「え? あ! あ! ああ! あ!!」 「お……オレ! 死んだの!?  ホントに!? なんで!?」 「まさか饅頭をノドに詰まらせて死のうとはのう……」 「あ! あれ? アレで!? ウソだろ!?」 「そ……そんなのって……  そんなのってないよおおおおお!!!」 「うわああああああああああん…………」 「やれやれ……女々しいヤツじゃのう」 「女々しいとかゆーなッ! オレは男だ!」 「くそうッ!! オレ、あんなことで……?」 「ってかやっぱりあの饅頭、おかしかったよな?」 「なんかこう、食い物の味じゃないどころか、人類に非友好的な味が――」 「お、そろそろお迎えの時間じゃな」 「な! いや! ちょっと待って!」 「待つ? おぬし、何かやり残したことでも?」 「ある! ある! いっぱいある!」 「なにをやり残したというのじゃ?」 「ええと……ホラ! お年玉!  せっかく年越しなのに、お年玉もらってないし!」 「後は新春初笑いも見たいし、ってか冬休み満喫したい!  鈴姉は旅行に行くらしいからお土産も楽しみだし!」 「あとゲーム! 下田に借りたゲームも返さなきゃ行けないし、あと……そうだ! ブルマーも返さないと!」 「大したことのない悩みじゃのう」 「そんなこと言うなよう!!」 「もうちょっとこう、身につまされるような悩みは?」 「身につまされるような……悩み?」 「なんだ? なにか……何かあったか?」 「……ないようじゃのう」 「では、わらわはそろそろ行くとするか」 「やだ! ちょっと待って!」 「思い出せ! 思い出すんだ、オレ!」 「なにか……生き返らなきゃならない理由が――」 「さらばじゃ」 「そ……そんなあ……」 「これで……終わり……?」 「オレ……このまま、死んじゃうのか?」 「このまま……このまま?」 「あ!」 「か、神様ッ!! 聞いてくれ!」 「わかった! オレ! 思い出した!」 「オレがこのまま、死んじゃいけない理由!」 「オレは……オレは……」 「男らしく、生きたいんだ! だから!」 「こんな格好で死ぬのは、嫌だ――――――ッ!!」 「おまえなぁ」 「ユージロー?」 「もうちょっとまともな理由、あるだろ?」 「まともな理由……?」 「ブルマー返すとか?」 「ねーよ」 「うわあああああああん!!」 「あ、ちなみにブルマー、オレの首輪にあるから」 「首輪?」 「これで、おまえの願い叶ったからな。  カゴメアソビで。ブルマーの場所を知りたいって」 「叶ったって……え?」 「カゴメアソビの願いとか……  オレの願い、命懸けで……それ?」 「っていうか、それ……ええええええええ!?」 「いや! ちょ! だめ!  それが来ると――」 「助け――」 「助けて――――――――――ッ!!」 「まだ死にたくな――ん!?」 「いやっ! なんか! 身体掴んで!  ぬふっ! ちょ!」 「え? 嫌だ! 服脱がしたり! 手と足掴んだり!」 「ぬはっ、バカ! 離せ!  いやっ、そこ、スカートの中! 男の子の大事な!」 「いやっ! ばかあっ! さ、触っちゃ――」 「らめえええええッ!!」 「ミヅハ様が――!!」 「すぐに行かねば!」 「カゴメアソビが行われたと言うことは――  どこかに弾丸が残っていたということ!!」 「一刻も早く、アザナエルを取り戻さねば――」 「…………」 「――どうしましたか、恵那様」 「いや、今画面の端に――アッキーちゃんが」 「アッキー様?」 「側に……クリマンの包装紙が……  まさか、まさかとは思うけど……」 「コレは事件!?」 「行きましょう、星さん!」 「ええ、急いで――」 「ま……待って!」 「恵那様!?」 「私は……まだまだ、やれるわよ」 「頑張るじゃない」 「けど――次で終わりよッ!!」 「大気圏突破式――  ドロップキ――――――ック!!」 「きゃあああっ!!!!」 「恵那様っ!!」 (だめだ……やっぱり押されてる!  でも、ここで負けるわけには――) (格闘技では間違いなく、鈴姉に一日の長があるわ!  だったら、私は――) (私は、頭脳プレイで――  鈴姉の集中を逸らしてやる!) 「ふふっ。さすがにこれで勝負あり――」 「ま……待った!」 「まだ立てるんですか!?」 「立たなきゃ、なんないのよ」 「なぜ、そこまでして……」 「……正直、わかんないわ」 「わかんないけど……  どうしてもやらなきゃならない気がする」 「私は、アッキーちゃんを助けに行かなきゃならないの!」 「ふふ……そう。そうなのね」 「いいわ。あなたがその気なら――  とことん、相手してあげようじゃないっ!!」 「でえええええいっ!!」 「あああああああああああっ!!」 「ん?」 「あんなところにっ!  ロクローさんの名刺が!?」 「ちょっとー、バカ言わないでよっ。  いくらロクロー様が好きでも、そんな見え見えの――」 「あれ!? ほ、ホントに落ちてる!?」 「隙アリ――――――ッ!!」 「ふぎゃああああああッ!!」 「いよっしゃあっ!!」 「――星さん! 早く逃げましょう!」 「は……はいっ!」 「た、助けていただいてありがとうございます!」 「恵那様……強いのですね。驚きました」 「いえいえ。鈴姉には全然、敵わないし」 「やはり、平次様に教えてもらって?」 「……小さくて、まだなにもわからない頃は、勝手に色々教え込まれたみたいですけど」 「でも、今は全然ですし!  父さんは関係ないです」 「でも、見たところ――」 「それより早く――」 「な、なにこの音!?」 「あっちです! 私は向こうへ!」  歌門が、南の方角へと走り出す。  恵那も追いかけようか一瞬迷うが―― 「わうわうわうわうッ!」 「え? ユージロー?」 「わうわう! わうわう!」 「呼んでるの……?」 「やっぱり、アッキーちゃんを――」 「恵那様! 来ないのですか?」 「あ、あの! ごめんなさい!」 「私、撮影現場の方へ――」 「そうですか。では――」 「幸運を」 「はい!」 「ユージロー、行きましょう!」 「わう!」 「ひどい……」 「ずいぶん、閑散として……」 「わうわうわうわうッ!」 「あれ? アッキーちゃん!?」  ユージローが駆け出した先には、ステージ上に横たわる千秋と、それを介抱する女性の姿があった。 「泡吹いて……倒れてる!?」 「しっかりして! やだ! 死んじゃいや!」 「あれ? あなたは――」 「あ……朝の?」 「あの時はどうもありがとう!  コンビニ見つかんなくて、助かりました!」 「いえ、それはいいんですけど――」 「ふたりとも知り合い? だったらちょうどいい!」 「悪いんだけど、この子任せていいかな? お願い!」 「ええ、いいですけど……」 「ありがとうっ! いやね、ミリPさんがあのゴスロリ女を追いかけて中継に行っちゃって、てんてこ舞いなの!」 「あ、アッキーさんはたぶん大丈夫。  クリマン食べて当たっただけだから」 「クリマンを食べた――!?  あの饅頭、食べちゃったの!?」 「一応、救急車は呼んであるから!」 「ホント申し訳ないけど、後はお願い!!」  言うが早いか、ADはこちらに背を向け走り出した。 「無責任……」 「なんて、文句言ってる場合じゃないわ。  アッキーちゃんの様子を……」 「ええと……呼吸はしてるし……脈も正常……」 「アッキーちゃん? 聞こえる?」 「聞こえてるなら、返事――」 「お……オレ……死んだの……」 「死んでない! 死んでないからね!」 「意識が混濁してる……?」 「命がすぐに危ないってことはないと思うけど。  早く、救急車……」 「っていうか、私と別れてからなにがあったの?」 「もしかして……ゆるキャラバンに出たとか?  そんなちっちゃい身体で?」 「女の子なのに、無理するから――」 「女々しいとかゆーな……」 「オレは男だ……」 「……………………」 「今の譫言、なに?」 「まさか――」 「これは事件!?」 「……いやいやいやいや、ないない」 「さっき私、ちゃんと確認したわけで」 「男の子だったらあるべき物が、ついてなかったわけで」 「そういうわけで、そういうわけ――」 「わぅぅ……」 「…………あれ?」 「お、おかしいわ!」 「隙あらばスカートに頭を突っ込んだり身体にまたがったりしようとするあのユージローが! ユージローが!」 「発情していない!!」 「これは事件!?」 「……あれ?」 「よく見ると……なんか……」 「股間……盛り上がってない?」 「…………」 「オーケー。わかったわ」 「再検証が……必要ね」 「アッキーちゃん。  女だったら、ゴメンナサイ!」 「でも、男だったら――」 「っていうか、私の推理が正しかったら――」 「行くわよ!」 「わう!」 「とりゃあああああッ!」 「あ……」 「やっぱり、ついてる――!?」 「らめえええええ…………!!」 「はっ!」 「起きた……!?」 「あ……あれ?  恵那に……ユージロー?」 「わう!」 「あれ?  ユージローが、しゃべってない?」 「わう!」 「まだ夢の続き見てるわけ?」 「夢の……続き?」 「ってことはオレ、死んでない?」 「当たり前でしょ」 「よかっ――ぅえっ!」 「オエエエエエッ! オェッ!  ぅぅうう……ケホッケホッ!」 「ちょ! 大丈夫?」 「あんまり……大丈夫じゃ、ないかも……  オエエッ! オエッ! う……ううう……」 「ったく、なんでクリマンなんて食べたのよ!?」 「しょうがないだろ? そういう空気だったんだし……」 「バカ! 空気で死にかけてどうするのよ!  まだ全然、救急車が来る気配はないし……」 「病院!? だ……だめだ……」 「は?」 「こんな格好で行ったらオレ、マジで変態扱い……」 「ん? なんか言った?」 「とにかく……病院は駄目なんだ!  家に……家に、送ってくれ……」 「家にって……しょうがないわね」 「立てる?」 「た……立つとか、無理……」 「泣き言言わないの!」 「待ってたってどうしようもないんだから、ほら!  肩貸して!」 「う……うう……う……」 「隣で戻したりしたら、承知しないからね」 「がんばります……」 「タクシー! タクシー!」 「……ダメだ。捕まんない」 「大晦日だからそもそも数が少ないし……  みんなお客さんが乗ってる」 「それにこの感じ、なんだろ。  街中が……いつもと違う?」 「さっきの音も気になるし……」 「あうあう……あうあうあ……」 「……しょうがないわ」 「ほら、もう少し歩いて!」 「スーパーノヴァまで頑張って歩きましょ!」 「あそこなら休めるし、誰かが車出してくれるかも……」 「ほら、もう少し頑張って!」 「はら……はらほろひれはれ……」 「わうわうわう!!」 「え……?」 「な、なに!? 今の音――」 「あ」 「車、突っ込んでる……!?」 「カッター女!?」 「あ、コレ――折れたカッターナイフの刃!!」 「ってことはやっぱり、テレビに出てたあの……」 「――くっ! 追いかけたいけど――」 「宇宙……宇宙が見える……」 「それどころじゃないか」 「大体、今から追いかけても見つかるかどうか――」 「うお! 発見!」 「待てぇいッ!! 御用だ御用だ御用だッ!!」 「父さんが追いかけてるのって、まさか――」 「わう!」 「え? ユージロー?」 「わうわうわうわうッ!!」 「ん、そう。助太刀に行くのね」 「わかったわ。  父さんを、お願いね!」 「わうっ!」 「スクリュー・パイル・ドロップキ――ック!!」 「ぎゃあああッ!!」 「鈴姉! そのくらいにしてあげて!」 「恵那ちん? 邪魔しないでちょうだい!」 「それどころじゃないの!  千秋をこんなにしたの、鈴姉でしょ!」 「うおー! オレ、魚になっちゃったー!  ぎょぎょぎょぎょぎょー!」 「いやいや、千秋ちゃんは元々こんなでしょ」 「ホラやっぱり!  鈴姉、コイツが千秋だって知ってるじゃない!」 「あ……しまった!」 「なんでこんなことさせたの?  私をからかって楽しんでたわけ?」 「いやいや、違う! 違います!」 「これにはね聞いてビックリ深ーいワケが……」 「ないでしょ」 「ないんだけどねっ♪」 「あの、おふたりとも……」 「なによ!?」 「さっきから、彼が大変なことに……」 「あ……こけしさんの首がぐるぐるまわってる……  ぐるぐるぐるぐるぐる……」 「さ……さすがにマズいわね」 「あの、良かったら私が送りましょうか?」 「お、お願いできますか!?」 「ええ。せめてもの罪滅ぼしで……」 「逃げる気?」 「ひえええええ! すいません!  勘弁してくださぁい……!」 「ごめん鈴姉! 怒りたい気持ちはわかるけど!  私、千秋を家に連れて行かないと!」 「……そう、ね」 「でもここに散らばった荷物、どうしようかしら」 「荷物?」  恵那はぐるりとトラックの陰へと回る。 「あ、これ……同人誌?」 「アタシたちは今それどころじゃないし。  片付けてもらわないと――」 「あ! あの!」 「それ、オレたちがやります! なあ?」 「あ、うん」 「本当ですか!?  お願いしちゃっていいですか!?」 「が、がんばります!」 「ダベッター情報で追いかけてきて良かった……」 「だな」 「それじゃ、こっちはいいとして……」 「村崎さん!  運転、お願いします!」 「わかりましたァ!」 「ほら、千秋も乗って!」 「ほえ? ほえほえ?」 「いいから! ん――しょっと!」 「乗りましたね?」 「それじゃ、出発進行ー!」 「このトラック……大丈夫なんですか?」 「ええええ、問題ありません」 「サイドミラー、取れかけてますけど」 「いつものことですから」 「…………はぁ」 「それにしても、ちょっと狭い……かな?」 「うぐぐぐ……おえっ!」 「ちょっと! こんなところで戻さないでよ!」 「ん? この感触……」 「なんか……ここら辺……硬いんだけど……」 「ぅうっ、ぅ……ぅ……ぞう……ピンクの……ぞう……」 「これってもしかして……」 「…………」 「そ――っと……」  恵那は、千秋の服に指を這わせ―― 「……あった」 「あった……ホントに、あった……」 「なんで、アザナエルがこんなところに?」 「千秋、まさかアンタ――!?」 「ん? どうかしましたか?」 「あ、いえいえ! なんでもないです!」  恵那はアザナエルをポケットに隠し、作り笑い。 「アリクイが……アリクイが……」 「彼女――じゃなくて彼、やっぱり千秋君なんですか?」 「みたいですね。  なんでこんな格好してるのやら……」 「鈴姉に強要されて……よね?」 「千秋君の写真……」 「まさか……こういう趣味とかないよね?」 「いや、見た目だけじゃ男の子ってわかんないけど……」 「ない、ないはず……でも、いやもしかしたら……」 「でも、いや……いいのか? 売れてしまえば……」 「いやいやいやいや……」 「ん?」 「あー、ええと、ともかく! 急ぎましょう!」 「お願いします。千秋の家に――」 「え? 病院に連れて行かなくていいんですか?」 「本人が、絶対嫌だって」 「……この格好じゃ、仕方ないですね」 「それにしても、助けてくれてありがとうございます」 「恵那ちゃんは命の恩人ですぅ……」 「わ、私こそ助けてもらっちゃって」 「村崎さんがあそこにいなかったら、千秋……どうなってたことか」 「……って、待てよ?  千秋がこうなったのって、そもそもクリマンのせい……」 「え?」 「やっぱり村崎さん! あなたのせいじゃないですか!」 「なんであんなもの、売り物に――!」 「す……す、すいません……」 「謝って済むことじゃないです!」 「今日中に借金返さないと、双六さんに……」 「どうしても……どうしても、お金が必要だったんです」 「やっぱり、駄目ですね。私には商才がない」 「私は古い商売人です」 「クリスマスまんじゅうなんて企画ものを流行らせようとして、見事に失敗したりして」 「ええと……すいません。言い過ぎちゃったかも」 「でも私、着眼点は悪くないかなって――」 「優しいですね、恵那ちゃんは」 「でもね。自分のことは自分が一番良くわかってます。  私はね、ひとりじゃなんにもできないんですよ」 「それに気づくのが遅すぎた」 「せめて織田君がいてくれれば……」 「織田って……貫太さん、ですか?」 「恵那ちゃんも、昔は面倒見てもらってましたもんね」 「彼、今頃何をしてるんだろうなあ……」 「…………」 「村崎さん」 「次からは、もっとまともな商売してくださいよ」 「……はい」 「ん……んん……ん……」 「千秋……だいぶ顔色、良くなってる」 「息も落ち着いてきたみたいだし……  これでなんとか、一安心かな?」 「しかし……なかなか進まないですねえ」 「何か事故でもあったんでしょうか? 交通規制?」 「そういえばさっき、大きな音がしたけど……」 「え? アレは――」 「待て――――――ッ!!」 「え――」 「早まるな、ノーコ!!  まだアザナエルがあるッ!」 「アザナエル……?」  墜落する直前、ノーコの身体が見えない腕につままれでもしたかのように、宙に浮く。  道行く人の驚愕にも構わず、ノーコは訊ねた。 「なんのようじ?」 「双一親分は、この街のことならなんでもお見通しだ」 「てめぇの本当の望みは、そうじゃないだろ?」 「…………」 「今なら、たったひとつだけ、望みを叶える方法がある」 「それが、カゴメアソビだ」 「わたしのねがいは、いちどかなった」 「だからもう、むり」 「なにか、勘違いしてるみたいだな」 「確かに、カゴメアソビでトリガーを引けるのは一度。  だが――」 「願いは何度でも叶う」 「え……? どういうこと?」 「他人に撃ってもらえば、何度でもチャンスがあるってことだよ」 「おまえ、前は似鳥に撃たれたんだろ?  てめぇ自身は、トリガーに触れてないわけだ」 「つまり、わたしが、じぶんにあざなえるをうてば……」 「6分の5で、願いが叶う」 「絶望して死ぬよりは、よっぽど建設的だろ?」 「…………」 「でも、アザナエルのばしょが、わからない」 「双一親分は何でも知ってる。  今あいつらの車は、バックギャモン前で立ち往生さ」 「…………」 「どうして、わたしにそんなはなしを?」 「双一親分はな、好きなんだよ」 「命を捨ててまで、夢を叶えたい――  そう願うバカ野郎が、カゴメアソビをするのがな」 「…………」 「どうだ、ノーコ?」 「このギャンブル、乗る気はねぇか?」 「だれかのてのひらでおどるのは、しゃく」 「でも――」 「それで、にとりのあいがえられるなら」 「そうこなくっちゃねぇ……」 「くるま……」 「――みつけた」  高架線が破壊され、大量の車が立ち往生していた。  ノーコは音もなく、トラックの側へと近づいていく。 「なに、これ?」 「地震で壊れた?  いや、でも地震の後も無事だったような……」 「あのノーコさんとか言う人の仕業?」 「いや、まさか――」 「そんなはず、ないわよね……」 「わたしがやった」  車の横にノーコが近づくと、ナイフを一閃。  ドアが外れ、落下する。 「きゃっ!」 「じゃま」 「でて」 「ん? ぬわわわわ……」 「ちょ……おい……なんだ……?」 「アザナエルは?」 「え……? あ、ああ。さっきの……」 「アザナエルは?」 「ってはいいいいいいお!?  なんでカッターとか構えて――」 「アザナエルは?」 「あ、あ、ああ。アレね? アレは確か――」 「…………」 「ええと、どこやったんだったかなぁ?」 「とぼけないで」 「さいごにつかったのは、あなた」 「ああ、そういえば双六に回収されて――」 「うそつき」 「ひえっ!」 「すごろくにきいた」 「あなたはにせものとすりかえた」 「ぐ……」 「アザナエルは、どこに?」 「さ、さあな。どこに――」 「しにたい?」 「ひえええええッ!!  し、死ぬのはいやぁっ!」 「だったら――」 「でも――でも――!」 「教えるのも、できない――」 「なぜ?」 「だって――!」 「ここよ」 「…………?」 「は? なに言って――」 「……あ! オレのアザナエルがない!」 「盗ったな!」 「ごめん」 「ノーコさん! アザナエルは、ここに置くわ」 「だから、離れて」  恵那は歩道に、アザナエルを置いた。  ゆっくりと、後ずさる。 「…………」  ノーコは歩調を合わせるように千秋から遠ざかり、アザナエルへと近づく。 「ほんもの」 「ねえ、あなた!」 「もしかして――  アザナエルで人の気持ちを変えようとしてる?」 「あなたにはかんけいない」 「そうしてまで気を惹いて、あなたは嬉しい?」 「本当に、幸せ?」 「…………」 「アザナエルで愛を勝ち取っても、偽物――」 「あなたに、さしずされるいわれはない」 「アザナエル……てにいれた」 「あとは、これをうつだけ」 「わたしはげんじつのそんざい」 「しっぱいしたら……きっとしぬ」 「かくごはできてる」 「でも……」 「…………」 「これであいをかちとっても、いみない?」 「そんなの、わかってる」 「でも……」 「わたしには、これしかない」 「にとりにあいされるには、これしか」 「…………これしか、ないの?」 「御用だ御用だあッ!!」 「ぎゃああああああ!!」 「おいコラ! 気合い入れて走れ!」 「え? ちょっとふたりとも、待ってェ!」 「にとりが、おいかけられてる」 「いこう」 「と……飛んだ?」 「いよいよ、人間じゃなくなってきてるわね……」 「本当に……使おうとしてるのかしら?」 「…………」 「なによ? その顔」 「なんで渡したんだよ?」 「あれ、見えるでしょ」  恵那は高架線を指さす。 「相手はね、簡単にあんなことをするヤツなのよ?」 「もし躊躇ったら、ホントにアンタを――」 「大事だったんだろ!?」 「え?」 「アレを探してたんだろ?」 「アレがあるから、お前、ずっとそんな顔で――」 「アンタ……」 「ホンッ――――――――トにバカなんだから!!」 「へ?」 「アンタが死んだら、意味ないに決まってるでしょ!」 「そ……そうなのか?」 「…………バカ」 「ま、なんにせよ、アンタが無事で良かったわ」 「村崎さん?」 「はいはい、こっちも何とか動くみたいですよぉ」 「今の季節は、ちょっと寒いですけどねェ」 「だってさ。アンタ、歩ける?」 「ん……あれ?  ああ、そういえば……だいぶ、良くなってるかな?」 「ショック療法……?」 「でも、油断は禁物よ。  一回家に帰って、休みましょ」 「ありがとうございました!」 「ホントに……助かりました」 「ふたりとも、お大事に!」 「ふう……一時はどうなるかと思ったけど」 「何とか帰ってこれたわね」 「……だな」 「身体もずいぶん楽になったし――」 「ちゃんと休んでおきなさいよ。寝正月は嫌でしょ?」 「おまえ、オレの母親かよ」 「お邪魔しまーす」 「なんか……この部屋に入るのって久しぶりだね」 「……ごめん、オレ限界。  横になるわ」 「ちゃんと着替えてからね」 「めんどくさい」 「文句言わない。  横になる前になんか飲む?」 「牛乳……冷蔵庫に入ってるから」 「オッケー」 「でも、おなか壊してるのに牛乳飲んでいいのかな?」 「……ま、いっか。背、伸ばさないとね」 「うるせー」 「やれやれ……と」 「着替え着替え……」 「ん?」 「ゲ! マズ……」 「オレ、そういや女のカッコじゃん!」 「ってか、あー! 親戚のテイ!  オレの部屋で寝たら、駄目じゃん!」 「いや、でも今更出たらそれはそれで怪しいし……」 「どどどどどどど、どうする!?」 「い、いや待て! 落ち着けオレ!」 「もしかしてあいつ、オレのことに気づいてない?」 「ってことは……だ!」 「もしかしてコレ、逆にチャンスじゃね?」 「お待たせ!」 「あ、ええと、あの!」 「ん?」 「聞いてよ!  千秋ったらさ、私と一緒の部屋は嫌だって」 「千秋が……?」 「そう! だから、私にこのベッド貸してくれてるの」 「へ……へえ、そうなんだ」 「じゃあ、寝るときはここにひとり?」 「そうそう!  女の子と一緒の部屋に寝るわけにはいかないって」 「ふぅん…………レディーファーストってこと?」 「そういうこと。  あ、あいつ意外と優しいところもあるのよね!」 「じゃあさ、見てみよっか」 「見る?」 「千秋、まだ帰ってこないでしょ?」 「現場検証は探偵のたしなみ!  早速ベッドの下辺りから――」 「ちょ! ストップ!」 「何?」 「ベッドの下はマズい! 駄目!」 「なんで?」 「そ、そりゃあさ、ほら! プライバシーとか」 「エッチな本でも隠してあるの?」 「ちがーう! ちがう! 違います!  そんなもの、全然隠してありません!」 「なんで断言できるの?」 「え?」 「へぇ。見たんだ、ベッドの下」 「あいや、そういうわけでも……」 「プライバシー侵害!」 「うぐ」 「罰として! 私もベッドの下、見ちゃお!」 「ちょ! バカ! やめろ!」 「ん? なんか大きなものが……」 「コレは事件!?」 「いや――――だめ――――ッ!!」 「どれどれ、これは……!?」 「『ストライプウィッチーズ?  マジカル・ガールズ?』」 「魔女? ああ、ホウキで空を飛ぶから、きっとシューティングゲームとか――」 「18禁マークが入ってるんですけど」 「ああ、それね。ほら、最近は暴力描写とかでも18歳未満は買っちゃいけなかったりするみたいで――」 「裏にモザイクあるんですけど」 「あ、そうなんだ。クラスの人から借りたのかな!  下田とか、名前書いてない?」 「ってか待てよ?  あの天国の幻、もしかしてこのせい……」 「あ、そうだ」 「ね、千秋ってさ、この中の誰が好きだと思う?」 「え? この中で?」 「ん……そうだなあ……」 「やっぱり、ちっちゃい子がいいのかな?」 「そんなことは……ないんじゃないかな」 「まだこれから伸びる! って信じてるみたいだし」 「胸は? おっきい方がいいわけ?」 「いや、まあそりゃあるに越したことは――」 「性格は? 髪は長い方がいいのかな?  これには弱いなってポイントは?」 「ちょ、ちょっと待った!」 「おいおい恵那、おかしいぞさっきから!」 「率直に聞くわ」  ベッドに腰掛け、恵那は千秋を真横から見つめた。 「私、千秋からどう思われてると思う?」 「え? いや、そんなのオレに訊かれても……」 「聞かせて。あなたの考えでいいから」 「…………」 「ちょっと! なんで赤くなるの?  別に本人に聞いてるわけじゃないんだし!」 「そ、そうだよな、あはははははは……」 「こんなカッコで……告白とかできないし……」 「で?」 「やっぱり、言わなきゃダメ?」 「ダーメ!」 「……はぁ」 「ええと……だな」 「はやく!」 「普通に考えたら、恋愛対象じゃなかったと思う」 「だってさ、ちっちゃい頃からずっと側にいたら、そういうこと改めて考えることなんてないし」 「……そっか。  うん。それは私もわかる」 「今日だってほら、一緒に御札を納めに行くのが当たり前だって思ってて、なんにも特別じゃなくて……」 「でも、当たり前が当たり前じゃなくなった瞬間、違う景色が見えてきた?」 「…………うん」 「たぶん、オレ……千秋も同じだと思う」 「いつもと違うところから恵那を見て、それで改めて自分の気持ちと向き合ったとき――」 「そこで初めて、自分の本当の気持ちに気付く」 「本当の気持ちって?」 「だから、その、そういうこと……」 「ええと……」 「好き……なんじゃないかな」 「ホントに?」 「ああ。きっと、好きだと思うよ」 「…………」 「お……おい、なんで泣くんだ?」 「アリガト。アリガトね、千秋」 「いやいや、オレは推測を言っただけで――ってオイ!」 「違うよ! オレ千秋じゃないよ! 全然違うよ!」 「バカ千秋。ずっと前からバレてるの」 「は?」 「私のために、アザナエル、撃ってくれたんでしょ?」 「バレてた……!?  って、なんで騙すんだよ!?」 「千秋だって、私を騙して気持ちを聞いたもん」 「そのお返し」 「わ! ひでえ!」 「お互い様」 「ね、千秋」 「今度はアッキーちゃんじゃなく――」 「好きだ」 「恵那、オレ、おまえが好きだ」 「私……私も……」 「あは、なんか、すごいね」 「今日の千秋、別人みたい」 「女の子だから?」 「ち、違うッ!」 「これは好きでこんな格好してるワケじゃなく――」 「鈴姉にやられたんでしょ? 想像つくわ」 「でも――」 「もしかしたら、生まれ変わったのかもしれない」 「生まれ変わった?」  千秋の指が、恵那に被さる。 「アザナエルを撃ったとき、自分の一番大切なものはなんだろうって考えた」 「命をなくしても喜ばせたいひとはいるだろうかって」 「……やっと、見つけたんだ」 「千秋……」 「恵那――」  千秋が身を乗り出し、恵那は深呼吸。  身体が近づき、そのまま―― 「コラ! なんで逃げるッ!?」 「テメーが追いかけるからだろッ!」 「沙紅羅! 今どっちに逃げてる?」 「知るか!」 「知るかって――」 「でぇいっ!」 「いでぇッ!」 「見たかオレの投げ銭ッ!!」 「いででで……  クソっ! なんでオレがこんな目に――」 「わうわうわうっ!!」 「ぎゃあああっ! 離せ! このバカ犬!」 「よっしゃ! 待ち伏せ作戦成功ッ!!」 「とんだとばっちりだな」 「おまえが言うなッ!」 「にとりに……けがさせた」 「ゆるさない」 「え?」 「のわああああッ!!」 「ひぇっ、な……ちょ……」 「そのつみ――」 「いのちでつぐなえ」 「ぎゃああああっ!」 「待てッ!!」 「にとり……」 「ノーコ、オレは大丈夫だ」 「でも、あいつはにとりを――」 「いいから!」 「…………」 「…………」 「わたし……じゃま?」 「…………」 「わたし……めいわく?」 「…………」 「わたし……きらい?」 「…………」 「おい、似鳥ッ!」 「あいつは、おまえが創ったんだろ?」 「それなのに、今更そいつを裏切るのか?」 「でも、それって……だって、こいつは……」 「やっぱり、普通の人間じゃなくて……」 「でも、信じたんだろ!?」 「昔のことだし」 「なんでそう簡単に、昔の自分を否定できんだよ!」 「その昔のてめぇが、今のてめぇをつくったんだろ?」 「世間がなんだ! 常識がなんだ!」 「周りがいくらあざ笑っても、自分だけは、認めろよ!」 「てめぇの信念! てめぇのついた大ボラ!」 「最後まで、貫いてみせろよ!」 「…………!!」 「オレ……オレ、どうしたらいいのか――!」 「――――」 「――ごめん。にとり」 「そんなにつらいおもいをさせて――ごめん」 「いま――」 「いま、らくにしてあげるからね」 「ノーコ……」 「おい似鳥! なにボーッとしてんだ!」 「早く追いかけるぞ!」 「追いかけるって――?」 「アレだけ思い詰めてるんだ! 自殺でもしかねねぇ!」 「自殺――?」 「ほら! あっちだ!」 「似鳥君、行きましょう!」 「あ……ああ」 「この上みたいね」 「あれ? 沙紅羅は?」 「いつの間にか、はぐれた……?」 「でも、構ってる余裕はない。  ホラ似鳥君! 行くわよ!」 「あ……ああ」 「ううっ! 退いて! 退きなさい!」 「ノーコ……ノーコ……!」 「今、行くから……」 「ここね――!?」  似鳥とミリPが屋上へと飛び込む。  ノーコは、屋上の端で銃を構えていた。 「ノーコちゃん……」 「こないで」 「それいじょう、ちかづかないで」 「ちかづいたら……うつ」 「アザナエル……」 「おまえ、願いを……?」 「そう」 「わたしは、わたしを、うつ」 「うって、ねがいをかなえる」 「なにを……叶えるんだ?」 「にとりをかえる」 「あなたがすきだから」 「きらわれたまま、しんでいくのがいやだから」 「だから、わたしは、わたしをうつ」 「わたしのねがいがかなえば……」 「にとりは、わたしがすきになる」 「おバカ!」 「人の心を変えて、なんになるの!?」 「愛されたいんだったら、自分の努力でなんとかしなさい」 「奇跡の力で無理矢理気持ちを歪めたって、そんなもの、これっぽっちも価値なんてないのよ!」 「うるさい! だまれ!」 「かちがなくても、いいの!」 「りくつなんて、どうでもいいの!」 「まちがってても、いい」 「わたしはただ……」 「ただ、にとりといたいだけなの!」 「うし、アタシも――」 「わう――――んっ!!」 「待ってくれ!」 「ん……? モジャモジャ?」 「助けてくれ! フウリが――死にそうなんだ!」 「なんでそういうことを先に言わねぇんだよ!」 「言う前に逃げただろうが!」 「けど、ひとりで見てられないから来てくれって――」 「誰にだって、得手不得手があんだろ!」 「で、フウリはどこだ!?」 「それが……その……」 「なんだよ? 今更なに躊躇ってんだよ?」 「言っとくが、オレは大真面目だぞ」 「コイツが、フウリだ」 「こいつが、って――」 「くぅぅぅ――ん」 「――――、――――」 「タヌキじゃねぇか」 「そうだ。タヌキだ」 「だから、人を化かしてたんだよ」 「もう私……こうかいしたくないんです……」 「フウリの声で、しゃべってる」 「ってことは本当に?」 「おい、なにやってんだ! 医者を――」 「化けダヌキを診られる医者なんていねぇ」 「それじゃあ――」 「待たせたなッ!」 「おまえは……織田貫太!?」 「それに、みそブーも?」 「姐さんッ!?」 「どうしてここに?」 「それが色々あって――  っていうか、おまえらはなんで?」 「ミヅハが半田明神に向かってたの、フウリの傷を治すためだったんです」 「半田明神にはもう一発、アザナエルとかいうヤツの弾が残ってて、それを撃てばフウリのケガを治せるから」 「姐さんと別れた後、ミヅハちゃんと半田明神に行ったんです。けど、星からものすげぇ反論を喰らって」 「っていうかそもそも、アザナエルの本体もどこにあるのかわかんないみたいだったし……」 「どうすっかと思ってたら、偶然神社にいたこの人が、 『自分ならフウリのケガを治せる』って」 「……っていうか何者だ?」 「織田貫太。古い知り合いだ」 「あ……そういえば!」 「確か昔、恵那がタヌキがどうのこうの言ってたが……  まさか本当だったのか?」 「傷が深い……  これじゃ、間に合うかどうか――」 「かんたさんのて……あったかい……」 「頼む……フウリ……帰ってきてくれ」 「オレが……オレが、悪かったんだ……!」 「貫太……」 「――チッ! 見てらんねぇな!」 「姐さん!?」 「どこに!?」 「おまえらはここで待ってろ!」 「アザナエル、取ってくる!」 (と、飛び出したはいいものの、ノーコはどこに――) 『ううっ! 退いて! 退きなさい!』 「え? この声って――」 『ノーコ……ノーコ……!』 『今、行くから……』 「あの店は……なんだっけ?」 「あな! そう、あなだ!」 (……もう少し、もう少しだッ!!) (フウリ……待っててくれ……) (もう少しでアザナエル、届けてやるからな……!!) (だから、ノーコ!) (それまでアザナエル使うの、待っててくれよ!!) 「ねえ、にとり。おぼえてる?」 「わたしがはじめてかかれたどうじんし」 「このまちをみおろして、ひとがごみみたいだってつぶやいたわたし」 「そのときのにとりは、むてきで……」 「ただ、わたしだけをみていてくれた」 「でも、時は経った」 「オレは、少し年を取って、もう前みたいに夢を信じられなくて――」 「おまえの側に、いつまでもいられないって、思い始めた」 「いまも、そうおもってる?」 「わたしのことを、どうおもってる?」 「……わからない」 「わからないけれど、オレは――」 「おまえに、惹かれてるんだと思う」 「だから、こんなに苦しくて――」 「にとりはくるしい」 「くるしくて、もがいている」 「わたしのそんざいで、そのくるしみがうまれるなら」 「にとり。かこをぜんぶわすれて」 「わたしだけを、すきになって」 「わたしを、ほんものにして」 「ノーコ、やめろッ!!」 「その苦しみは――オレのものだッ!!」 「オレが引き受けて、乗り越えて、その先のものを掴むべき、苦しみなんだッ!!」 「だから――頼むッ!!」 「オレが出す結論を、もう少しだけ――」 「もう、まてないのっ!」 「だいじょうぶ、わたしが、しあわせにしてあげる」 「むかしみたいに……」 「あのときいっしょにみたゆめみたいに」 「どうじんしが、げんじつになったみたいに……」 「あなたも、かわる」  ベッドに倒れ込んだ。 「…………」 「…………」  至近距離から見上げられ、千秋の鼓動が速くなる。  視線が、唇に吸い寄せられる。 「え……と……」 「あの……その……」 「…………うん」 「いいよ……」 「あ……」 「な、なに?」 「そんな声、初めて――」 「…………」 「バカ」 「ノーコッ!! 似鳥ッ!!」 「…………」 「…………」 「あは……」 「あは、あははは……」 「せいこう……」 「せいこうした……」 「カゴメアソビが……せいこう」 「これでにとりは、わたしをすきに……」 「バカ野郎ッ!!」 「なんで、こんなことするんだよッ!」 「せっかくもらった命を、一歩間違ったらおまえは――」 「にとり……?」 「くるしいの? ないてるの?」 「わたしが、すべてのくるしみを、のぞいてあげた――」 「オレの心は、おまえに操られてなんかいない」 「え……?」 「にとりは、わたしが、きらい?」 「好きだよ」 「でも……好きだって言う度に、心が苦しい」 「なにもかも、忘れたワケじゃない」 「そんな……どうして?」 「あなたは、アザナエルを使って似鳥君の心をねじ曲げることを、本当は望んでいなかった」 「だから、その偽物の好意を心から願えなかった」 「うそ……」 「ええと……ちょっといいかな?」 「まあ、そこら辺のまとめも大事だけどよ!  ちょっと急ぎの用事があるんだ!」 「急ぎの?」 「フウリが今……腹を切られて、死にかけてる」 「フウリって……あのフウリちゃん!?  なんで、ワケわかんない!」 「わたしのせい……  わたしが、フウリをきずつけたから」 「ノーコ……?」 「普通の医者には治せねぇ!  こいつを使うしかねぇんだ!」 「頼む! アザナエルを貸してくれ!」 「わかった。そのかわり――」 「ばしょを、おしえて」 「わたしも、いかなきゃ」 「こっちだ!」 「ええいっ! あっちこっち!  行ったり来たり!」 「もう少し――もう少しだぞ――」 「待ってろ、待ってろよフウリ――!」 「ここっ!」 「この中に、フウリが――」 「ん?」 「なんだ?」 「じなり?」 「え――?」 「うそォ――」 「た――」 「タヌキぃぃッッ!?」 「ってか……でけぇ!」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「正気を失ってる!?」 「タヌキってことは、やっぱりフウリ……?」 「いや、あいつは貫太です」 「ブー! みそ! 平次も!  無事だったのか!?」 「オレたちはな。でも――フウリは――」 「――――ッ!!」 「フウリ……」  みそが抱いているのは、腹を割かれ、真っ赤な血を流す一匹のタヌキの姿――  しかしその胸は、もう呼吸をやめていた。 「結局、貫太の治療は間に合わなくて、それで……」 「フウリ……ごめん……ごめんなさい……」 「なあ、貫太っていうのは?  あの大狸……なのか?」 「ああ。フウリの古い友人だって言ってた」 「懸命に治療したんだけど、間に合わなくてな。  目の前でフウリが命を失って、それで――」 「――――ッ!!」 「お――おい、ノーコ?」 「こうなったのは――わたしのせい」 「わたしが、おおだぬきを、とめる」 「ノーコ……」 「せいこう……」  体勢を整えたその瞬間、肘にリモコンが挟まる。 「あ、ごめ――」 「待って」 「今のテレビ……」 「カゴメアソビが……せいこう」 「これでにとりは、わたしをすきに……」 「アザナエル……」 「カゴメアソビ、無事に終わったんだ」 「だったら――ゴメン、千秋」 「私やっぱり、今こうしてる場合じゃ――」 「――――」 「あ……ごめん」 「え、いや、そうじゃない!」 「だよな!  アザナエルをなんとかしないと、気持ち悪いし!」 「行こうぜ、恵那!」 「でも、身体――」 「ダイジョブだって!  ホラ、こんなぴんぴんしてるし!」 「千秋……」 「アリガト」 「大晦日だし、道路も混乱してる。走った方が早いわね」 「今日は休むヒマねぇなあ……」 「ほら、行くわよ!」 「おう!」 「で、どこに向かってるんだ?」 「あにのあなの最上階よ」 「あ。言われてみれば、そんな気もするな……」 「問題は、彼女たちはあそこに留まってるか――」 「いや、待って!  中継中なら、ワンセグでゆるキャラバンが……」  恵那は慌てて、ポケットから携帯電話を取りだした。 「こっちだ!」 「ええいっ! あっちこっち!  行ったり来たり!」 「やっぱり移動してる――!?」 「どっちに?」 「この方向は……スパコン館?」 「ノーコさんも絵描きも、変なヤンキーもいるわ!」 「げ……師匠もいるのか」 「アザナエルはあそこね。急ぎ――」 「なんだ、今の鳴き声?」 「わかんないけど……」 「すごく、嫌な予感がするわ」 「……だな。行ってみよう!」 「おおだぬき」 「あなたのあいては、わたし」 「あなたを――きる!」 「――――ッ!」 「ぐ……?」 「ぐ、ぐ、ぐ、ぐ……」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「きゃ――!」 (いまの……はらつづみ?) (そんな――) 「く――」  ノーコは腹鼓を避け、星空に。 (これで、まわりにひがいはない) (にとりたちはもうにげ――) 「――にげてない!?」  見下ろすと、戦闘地帯から逃げ出すどころか、崩れかけのスパコン館へと入っていく沙紅羅と似鳥がいた。 (まさか……アザナエルを、うつき?) (…………) (それなら、わたしがひきつける――) 「どうしたのタヌキ」 「フウリがしんだのが、そんなにつらい?」 (く――――!) (ここで、まけたら、だめ) (なんとかきょうみをひきつけて、じかんを――!) 「おしえてあげる」 「フウリをころしたのは」 「ぐぐ…………?」 「わたし」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「くっ」 「え? な!」 「きゃああああああっ!!」 (ここは……どこ?) (からだ、ぶよぶよしてるのに、つつまれてる) (のびるし……すこしくさい) (まさか……!) (あそこのふくろ?) (…………) (だっしゅつしないと)  ノーコは暗闇の中で、カッターナイフの刃を伸ばし―― 「きる」 「きる!」 「…………」 「きりきざむ!!」 「どうして……?」 「きれない?」 「いや、ちがう」 「『イシュタムのみちびき』に、きれないものはない」 「ということは……」 「きっても、きっても、さいせいする……?」 「まずい……すこしずつ、せばまって――」 「はやくでないと――」 「きってでられないなら――」 「……そうか」 「きってだめなら、つぎめをもぐる――」 「そこ!」  ノーコの指先から伸びた刃は、皮を切り裂くのではなく、皮と皮のわずかな隙間をすり抜けて―― 「こじあける!」 「ん――く、くるしい――」 「すごい……ちから……」 「もうすこし……もうすこしなのに……」 「んく……ん……ん、んんんん…………っ!!」 「あと……すこし……」 「ぐ、ぐ、ぐ、ぐ……」 「ぐぅぅぅぅ…………」 「だっしゅつ――」 「きゅうにちからがよわまった? なぜ?」 「……いや、かんがえてるひまはない」 「いのち」 「もらう」 「これで、おわり――」 「くらえ」 「はんげきは、まにあわな――」 「え? あれは――」 「なんか、近づくにつれて音が大きくなってるっつーか」 「もしかしてこれ、ホントに怪獣かなんかじゃ――」 「ぅぇ……走りすぎて気持ちも悪くなってきた……」 「ほら、千秋! 早く――」  先に交差点に辿り着いた恵那が、角の先の光景を目の当たりにして、固まる。 「な……なに、アレ?」 「もう事件とか、そういうレベルじゃ――」 「おい待てよ! なにが……」 「な……なんだあれぇえ!?」 「タヌキよ……」 「タヌキが、ノーコさんと戦ってる……!」 「おかしいよ! でかすぎるだろ!」 「ってか、急展開過ぎて何が何だか――」 「父さん……?」 「父さんッ!! それに――ユージローも!」 「おう、恵那」 「わうわうっ!!」 「ゲ! さっきの――」 「父さんって……親子?」 「アンタたちは黙ってて!」 「父さん、なにが起こってるの?」 「あのタヌキは――あれ?  父さん抱えてるの、別のタヌキ――」 「ってか父さん、脚に怪我してる!?」 「説明してるヒマはねぇ! まずは避難だ!  近くのビルに人がいねぇか確認しろ!」 「あいつ、本当に街を壊しかねねぇぞ!」 「……千秋!」 「お……おう」 「オレたちも、いっちょやるか!」 「おうよ! 百野殺駆の底力、見せてやろうぜ!」 『スクープよ! みんな、ちゃんと見てる!?』 『今まさに、秋葉原は大混乱の中!』 『巨大ダヌキが、電気街を破壊しようとしているわ!!』 「ミリPさんっ!  もうそろそろ中継時間が――ッ!!」 「ふたりとも、あんまり向こうに近づきすぎないでね!」 「わかってます!」 「ほらみんな、気をつけて!  橋を渡って、避難を――うぅっ」 「千秋、顔色が――!  みんなと一緒に避難したら?」 「う、うるさい!  ただでさえ人手が足りないのに、逃げられないだろ!」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「きゃ――!」 「ノーコさんが苦戦してる」 「彼女の動き……  やっぱり、囮になってくれてるとしか思えない」 「どういうこと? ただの悪人じゃ――」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「あ……なんか包まれた!?」 「アレって、その……たんたんタヌキの……」 「完璧に妖怪ね」 「妖怪?」 「タヌキの袋は、すごく伸びるのよ」 「八畳敷きっていうくらいだからね。  あのサイズだったら街中包んでもおかしくないかも」 「っていうか、ノーコさんを助けないと――」 「助けるって、どうやって?」 「わかんないよ! わかんないけど――」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「って、千秋! 近づきすぎ! 逃げて――」 「げ……なんか、マジで気持ち悪くなってきた……」 「気持ち悪くって、こんな時に!?」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「のわっ!」 「ひ……ひえっ……ふま……踏まれ……」 「千秋! 逃げて!」 「ひええええ……ぇ……ぇ……え……」 「おええええええええええええええッッ!!」  恐怖と揺れと混乱のあまり、千秋は吐いた。 「ぐ、ぐ、ぐ、ぐ……」 「ぐぅぅぅぅ…………」 「あ……あれ?」 「タヌキが逃げた? なんで?」 「う……うう……うぷっ……」 「た……助かった……」 「ゲロを踏むのが嫌だった?」 「うわ……なんかコンニャクの残骸が――  ぅえっ、気持ち悪っ!」 「そんなことより、上!」 「ノーコさん……いまので、逃げ出せたのか?」 「これで、おわり――」 「くらえ」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「よっしゃ! 行け――」 「待ったッ!!」 「タヌキの足元に――ミリPさんたちが!」 「おい似鳥! ボサッとしてる場合じゃ――」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「きゃああっ!!」 「ちぃっ! ここは危ねぇ!  みんな、逃げるんだッ!!」 「姐さんも、早く!!」 「こんなところにいたら、命がいくらあっても――」 「おまえらは、平次と一緒に逃げろ」 「姐さんッ!!」 「なに言ってるんですかッ!!」 「ノーコだけに、任せてられねえ」 「それにアタシたちには、これがある――」 「アザナエル――!」 「この銃は、撃たれた奴の願いを叶える」 「アイツは……目の前で、愛する仲間を失ったんだ」 「おまえらには心配かけて悪いが……  どうしても、救ってやりてーんだよ」 「姐さん……」 「もしかして、タカ兄のこと……」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「てめぇら、早く――」 「んじゃ、よろしく頼むぜ!」 「待ってくれ!」 「ん?」 「オレも行く!」 「似鳥……おまえ、本気か?」 「オレ……今まで色んなものから逃げ続けて……  その結果が、今のオレだ」 「どこにも行けなくて、なにもできない。  そのせいで、ノーコにあんなことまでさせて……」 「オレは――今の自分が嫌なんだ!  自分の力で、乗り越えたいんだ!」 「何かしないと――変わらないんだッ!!」 「……よく言った」 「よっしゃ! 一緒に来い!」 「だんだん、ビルも傾いてきて――  クソっ! 行き止まり!?」 「昔よく来たから知ってる! こっちだ!」 (そう、思い出せオレ――) (昔――大昔、オレはなんだった?) (初めて出した同人誌――  オレはノーコのパートナーだった) (黒炎纏いて黒翼広げ、大地を統べたかつての《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉ルシフェル――その転生体が、オレだ) (反逆の濡れ衣を着せられたオレは、《スラッシャー・ワン》〈切裂闇使〉ノーコと共に生死と自分の矜恃を賭けて戦った) (だが……もしかしたらその頃の自分が、一番喜びに満ちた日々を送っていたのかもしれない) (辛くても……苦しくても……心が折れかけても……  オレの側には、ノーコがいた) (ノーコがいたから……オレは戦うことが出来た) (もしノーコがいなければ、きっとオレは――) (だが――!) (運命は、オレたちを切り裂いた!) (天使に捕まったノーコ!  戦場から遙か遠い最果ての地で彼女は処刑された) (オレたちは共に死ぬことさえ許されなかったのだ!) (絶望……  オレは絶望のあまり、自ら刃を胸に突き立てた) (《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉ルシフェルは、その短い生涯を終えたのだ……) (だが――互いの強い想いが、神意さえねじ曲げる!) (2万年の贖罪を終え、21世紀の日本に蘇った《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉ルシフェル――即ちオレ!) (その側には、まるで運命の糸を断ち切るかのように、かつてのパートナー、ノーコが――ッ!!) 「沙紅羅!」 「ここか!」 「ああ、行くぞ!!」 「おうっ!! 覚悟――」 「な――――」 (あれ……なんだ……?) (ここは……どこ?) (ん……アレは……) (光……?) (どんどん……身体が引き寄せられて……) (ん? あの光は……) (赤ん坊……?) (どんどん……大きくなって……) (あれ? あの顔、どこかで……) (もしかして……オレ?) (幼稚園……小学校……どんどん大きくなって……) (……やっぱり、この先は見ないでおくか) (っていっても、ダメ?) (ゲ! ちょっと!  よりによって新年度の自己紹介とか――) 「黒炎纏いて黒翼広げ、大地を統べたかつての《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉ルシフェル――その転生体が、オレだ」 (ぎゃ――!! やめて! やめて! 死にたい!) 「マラトンを駆けるエウクレスの脚とも呼ばれた我が脚も、戦場で負った古傷が疼いては要をなさん!」 (ただの運動会じゃんそれ! ケガとかしてねーし!) 「疼く……疼くぞ……この木刀、ただの土産物ではない!  かつて共に戦場を薙いだ、ブラッディカリバーン!」 (修学旅行でやめて! そのネーミングセンス!) 「受験? この《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉を侮辱するか? 所詮人間界の浮き世事――我をそのような物差しで測るでないッ!!」 (受験失敗してるんだから、強がるなよ!) 「ここが、新たな戦場……?  邪気に満ちた場所だ……」 (滑り止めだしなあ……) 「なんだ……やめろ……ッ!!  オープン・フィンガー・グローブを外すと《スティグマ》〈聖痕〉が!!」 「《フォールン・トゥエルブ》〈12闇使〉の封印が解ける!  まだ時期には早い――ふがッ!」 (あーあ。いきなりそんなカッコで来るから……  ってかグローブの下油性マジックの落書きでしょ) 「がッ! うがッ! げふっげふっ……!」 (…………) (……バカだなあ) (なんでもうちょっと、普通に出来ねぇんだよおまえ) (そんなんだから――そんなんだから――) (運命とか、感じちまうんだよ) 「斎藤……さん?」 「君も、物理部に?」 「よろしくね」 (物理部は、爪弾きにされたオタクの逃げ場所で――) (ふたりともクラスになじめなくて、逃げるように部活に行くから、当然一緒に過ごす時間は多くなって……) 「マンガとか描くんだ」 「オレ……あんまり上手くないよ」 「同人誌――?」 (同人誌とか、描き始める) (あ……そうか) (わかった。やっと、わかった) (ノーコって……) (斎藤さんの――斎藤能子のことだったんだ) (ああ……そうだ……) (オレは、あの時のオレを――) (認めてやらなきゃ!!) 「「いやああああああああああッ!!」」 「く――!」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「す……すごい……」 「助けてくれた……?」 「フウリは、あなたをかばったから――」 「あ……ありがとうございますッ!!」 「やっぱり味方だったんだ」 「でも――危ないッ!!」 「え――?」 「ぐおおおおおおおお――――っ!!」 「きゃあああああああ!!」 (クソッ! 上――早く!) (アイツだけは、何とか助けてやらなきゃ!) (目の前で、愛する仲間を失って――  そのまま、自分もやられちまうなんて――) (そんな理不尽、許してたまるか!) (絶対に、絶対に――) 「沙紅羅!」 「ここか!」 「ああ、行くぞ!!」 「おうっ!! 覚悟――」 「え――――」 (連絡があって、アタシは原付をかっ飛ばした) (その日に限って、雪道は不気味なくらい静かだった) (降り積もるぼた雪が、世界から全ての音を奪い取ってしまうような、そんな日だった) (――何かの間違いだ!) (――ふざけるな!) (――なんで今日に限って、こんなに静かなんだ!?) (アタシは雪道を、絶叫しながら走った) (そうしないと、身が凍るほど冷たい冬の静寂に、全てを掻き消されてしまう気がした) (タカは――) (降り積もる雪に、半ば埋もれていた) 「うおおおおおおおおおおお!!」 「やめなさい! 離れて! 現場が――」 「うるせぇ! バカ!」 「畜生! 降るな、雪!」 「タカを――埋めるんじゃねぇ!」 「バカ雪! 降んな! 降んなって」 「タカ――――――――――ッ!!」 (あいつは――前の日に、電話で言ってた) (ワルばっかりやって、オチコボレなアタシたちだけど、ふたりならやり直せるって) (心を入れ替えれば、きっとまともに生きられるって) (やり直すのに、遅いってことは、ないって……) (最初は、神様に裏切られた気持ちだった) (なんでわざわざ、命が消える前に、そんなことを言わせなきゃならないのかって) (でも――弟のマーくんから連絡が来て、わかったのだ) (その言葉は、未来の私に向けられた応援歌だって) (アタシは、その言葉を信じて……だから……) (きっと……きっと、まだ、間に合うって……) (今も、信じてる) (だから、わかんだよ) (どんだけ、あいつが苦しいか) (それに、どんだけ――) (どんだけ、あいつが間違ってるか) (タカはもう、アタシの元を離れたけど) (でも、だからって、全部が終わりじゃないんだ) (やり直しなんて、どっからでも効く) (なあ……そうだろう、タカ) (しろい……) (しろい、まっしろなせかい……) (まるで……にとりの……げんこうみたい……) (このしろいせかいのなかから……) (わたしはうまれた……) (にとりが、わたしをほっしたから……) (にとりが、わたしをひつようとしたから……) (そして……わたしは、いま……) (いま……どこにいるの?) 「ぐおおおおお……ぐおおおお……」 「え? ここは?」 「どうして……  どうして、こうなるの?」 「にとりが……」 「にとりが、がれきのしたに……」 「うそ……うそ……」 「よくも――」 「よくも、にとりを――」 「ゆるさない!!」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「あなたは――にとりを――!」 「あの――がれきのしたに――!」 「ころす――ころすころすころすころすころすころす」 「いのちにかえても――」 「さしちがえてでも――」 「にとりのかたきを、とる――!!」 「たたなきゃ……だめなのに……」 「わたし……わたし……」 「ほんとうに、やくたたず……」 「うごけない……」 「わたしは……このまま……ふみつぶされて……」 「でも……それでも……いい」 「にとりが……いないせかいなら……」 「にとりがきえた、せかいなら……」 「もう、いみなんてないから」 「ぐおおおおお……ぐおおおお……」 「しゅじんをまもれなかった、ばつ」 「ごめんなさい、みんな」 「ごめんなさい、にと……」 「――諦めるには、まだ早い」 「このこえ――!」 「きゃあああああッ!!」 「な、なんということでしょうっ!!」 「私たちを守ったノーコちゃんが、大狸に弾かれた!」 「そしてそのまま、スパコン館に飛び込んで――」 「ど、どうなったの!?」 「千秋! 大丈夫?」 「けほっけほっ! う……うん、なんとか――」 「でも、この煙って……」 「うん。たぶん、スパコン館の――」 「ぐおおおおお……ぐおおおお……」 「勝利の雄叫びのように、うなり声をあげる大狸」 「風が吹き、煙の向こうから現れたのは――」 「ひ…………」 「そんな……嘘だろ……」 「あ――姐さんっ!」 「よくも――」 「よくも、にとりを――」 「ゆるさない!!」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「おいコラおまえら! 何やってる!」 「大体避難は終わった! さっさと離れろ!」 「でも――でも、姐さんが!」 「瓦礫の中に、埋もれて――」 「――――ッ!!」 「父さん、なんなのあいつ!?」 「さっき、タヌキいただろ?」 「フウリって言ってな。  アイツも、人間に化けてたタヌキだったんだ」 「え? フウリさんって、あの――!?」 「鈴姉のバンドの、メンバー?」 「ああ。あのでかいタヌキは、フウリに恋してたらしい」 「けどフウリが死んじまって、アイツはショックで――」 「それで、街を……?」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「きゃっ!」 「おおっと! ノーコちゃんが、また捕まった!」 「今度は――ああっ! すごい圧力をかけて――  大狸、潰してしまう気よ!!」 「だめだ……ノーコさん助けないと!!  なんか弱点はないのかよ!?」 「弱点……?」 「そうか、弱点! 弱点よ!」 「さっきのゲロで、タヌキの力が緩んだでしょ!  それで、ノーコさんが助かった!」 「汚いのが苦手なのか……?」 「いえ、たぶん違うわ。  私の推理が正しければ、昔、タヌキ汁に――」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「ああっ! だめ! 潰されちゃう――」 「ああっ! 説明してる暇ないわ!  ほら! ゲロ!」 「ゲロ?」 「アンタのゲロだけが、ノーコさんを救えるの!  だからゲロって! ほら!」 「いやいや、ゲロれと言われてももう出ない――」 「ゲロならオレたちに任せなッ!!」 「腹を殴れば一発よッ!!」 「え? ちょ! ウソォ!」 「って、漫才やってる場合じゃ――」 「ぐおおおおおおおおお!!」  虚空の鎖が瓦礫を弾き、タヌキの皮を切り裂いた。  夜空を浮遊するその背には、虚空を刳り抜く翼。 「ずっと、ずっと、恥ずかしくて逃げてた」 「忘れたことにしようとしてた」 「けど、あの時確かに彼女はノーコだった。  忘れちゃいけないことだったんだ!」 「だから今、オレはここに宣言するッ!!」 「黒炎纏いて黒翼広げ、大地を統べたかつての《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉ルシフェル――その転生体が、オレだッ!」 「「「「「「「え…………?」」」」」」」 「ぐおおおおおおおおお!!」  黒い天使の虚空の刃が、瓦礫を跳ね、腹を裂いた。  夜空を浮遊する似鳥の背には、虚空を刳り抜く翼。 「ずっと、ずっと、恥ずかしくて逃げてた」 「忘れたことにしようとしてた」 「けど、あの時確かに彼女はノーコだった。  忘れちゃいけないことだったんだ!」 「だから今、オレはここに宣言するッ!!」 「黒炎纏いて黒翼広げ、大地を統べたかつての《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉ルシフェル――その転生体が、オレだッ!」 「ふはは、ふはははははは!  《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉ルシフェルの前に、ひれ伏せタヌキッ!!」 「にとり……おもいだしたの? ぜんせのきおく」 「ああ。待たせたな」 「もうおまえを泣かせたりはしない!」 「行くぞっ!!」 「シュヴァルツシルト・チェイン!」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「にとり……」 「これが、にとりのほんとうのちから……」 「おまえが、くれたんだろ?」 「え?」 「あの同人誌を、現実にする」 「これが、おまえの本当の望み――」 「そしてそれが、オレの本当の望み」 「アザナエルの力、本物だな」 「……うん」 「なんだアレ!? コスプレ? 空飛んでるし!」 「あれ? オレの記憶が確かなら、あれはこの同人誌に載ってた――」 「どれどれ、写真写真……」 「おまえら、いいから逃げろッ!!」 「ったく! こっちはただでさえ恥ずかしいってのに」 「こういうの、いや?」 「正直、逃げ出したいくらい恥ずかしい」 「でも――思い出した」 「コイツは、オレが逃げちゃいけない運命だったんだ」 「ひらきなおった?」 「ひらきなおって世界が救えて!」 「おまえの思いも受け取れるなら!」 「後悔する理由なんてないね!!」 「にとり……」 「ぐおおおおおおおおお!!」  大狸が、大地に大きく脚を広げる。  反動に備え腰を落として両手を目一杯広げると、鼓となるだろう腹が風船のように膨らんだ。 「あんまり、時間かけてもいられないな」 「一気に決着つけるか!」 「はい」 「シュヴァルツシルト・チェイン――」 「イシュタムのみちびき――」 「繋ぐ鎖に――」 「たつやいば――」 「ふたつが合わさり――」 「ひとつになる――」 「行け――」 「デッド・ノー・アンジェラスッ!!」 「ぐおおおおおおおおお――――ッ!!」  それまでになく強力な衝撃波が迎え撃った。 (くっ――) (ノーコ……堪えろ!) (はい!)  互いに重なり合った身体の中で、意思が疎通する。 (一瞬でも気を許すな! 油断すると――) (あれ?) (ノーコ!) (かれのこえ……しってる) (わたしも、このこえでないた) (このこえで、ずっと、ずっと――) (にとりをよんでた) (耳を傾けるなッ!) (同情したところで、過去はもう――) (そういうつもりじゃない) (いいから!) (オレの鎖に、力を重ねるんだ!) (……うん) 「行け――」 「デッド・ノー・アンジェラスッ!!」  ふたりの武器は重なり合い、1本の巨大な意思に――  大狸の突き出した腹に、突き刺さる。 「ぎゃぉぉぉぉおおおお……」  大狸の腹に巨大な穴が空いた。  頭から大地に転がる巨体。  崩壊しかけた秋葉原に、黄金の光が漏れ出す。 「やった……」 「ちがう。まだ」 「まだ……?」 「ぐ、ぐ、ぐ、ぐ……」 「フウリ……フウリ……」 「フウリ――――――ッ!!!!」  慟哭と共に身体から漏れ出す、金色の液体―― 「涙……?」 「あふれでるこうかいのねん。それを――」 「自分の袋で、内側に包み込んだ?」 「つぼみ――か?」 「ビルが倒れていく?」 「少しずつ、大きくなってるのか?」 「あいするひとをおもうねがい」 「いくらきっても、かなしみのいずみはつきない」 「どんどん――おおきくなっていく」 「そんなもの、このシュヴァルツシルト・チェインで――」 「でりゃああああああッ」 「ぎゃっ!」  弾性のある袋に弾き飛ばされ、似鳥の身体が宙を舞う。 「そのつつみ、なんぴとたりともおかせない」 「そんな……」 「しつれんのつきぬかなしみ」 「やいばできっても、そのいたみがますだけ」 「あまくみてはだめ」 「オレが……アイツを、甘く見てた?」 「いや、でも――おい、ノーコッ!!」 「――さくらと、すごろく?」 「おまえ、生きてたのか?」 「ふはは、ふはははははは!  《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉ルシフェルの前に、ひれ伏せタヌキッ!!」 「にとり……おもいだしたの? ぜんせのきおく」 「ああ。待たせたな」 「もうおまえを泣かせたりはしない!」 「行くぞっ!!」 「シュヴァルツシルト・チェイン!」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「なんなのよ、アレ?」 「さあ……?」 「いや、でもとにかくこれは幸運よ!」 「みんなの避難は済んだわ!  私たちもここを離れましょう!」 「すごい……たったふたりで、タヌキを!」 「なんであのメガネが突然、あんなカッコに?」 「アザナエルの力よ」 「ノーコちゃんの願いは、似鳥君の心を書き換えることじゃない」 「彼に、自らと同じ能力を植え付けること」 「同じ境遇に立ったからこそ、今あのふたりは、互いに背中を預け合って戦える……」 「そういうもんか……?」 「しかし――」 「星さん!」 「大狸は未だ力を失っていない。  到底、勝てるようには思えません」 「禍福を糾えるカゴメアソビ――」 「それが現代に蘇ったツケが、これです。  我々はただ、甘んじてその罰を受けるのみ――」 「なんだと!? ふざけんじゃねぇ!  オレたちは勝つ! 勝って――」 「勝って、姐さんの仇をとるんだ!  なあ、ブー!」 「おうよッ!  こんなところで引き下がってたまるかッ!!」 「今回ばかりは、同感だ。  オレたちの手で、この街を守ってやる!」 「平次様。あなたひとりが気張っても、限度が……」 「弱点だッ!」 「弱点?」 「まともに相手にしたって、あのデカさだ。  きっと、何か弱いところがあるはず!」 「おお……さすがブー!」 「で、タヌキはなにに弱いんだ?」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「ったく、てんでダメじゃねぇか! バーロー!」 「待って!」 「千秋、さっき戻しちゃったわよね!  その前になに、食べたの?」 「え……なにって、クリマンと……」 「クリマンと……?」 「こんにゃく」 「で、そのコンニャクを嫌がるみたいに、あの巨大タヌキはそれを避けた……」 「偶然ではないのですか?」 「さっきのタヌキ……フウリちゃんだったのよね?」 「彼女はゆるキャラバンで、唯一コンニャクが食べられなかった」 「だから、アッキーちゃんがバトンタッチしたわけ」 「でもなんで、タヌキがコンニャクを?」 「タヌキ汁……ってあるでしょ?」 「タヌキの肉を使った汁物――ってイメージがあるけど、肉の代わりにコンニャクの炒め物を使うこともあるの」 「獣肉が食べられなかった頃の代用品だったわけ。  きっと、その時のことが関係してるんじゃないかしら?」 「おおお……さすがは探偵だ!」 「コンニャク……だな?」 「よっしゃ、みんな!  手分けしてコンニャクを探す――」 「こんな時間――しかも、大晦日です。  ほとんどの店は閉まっているでしょう」 「いったいどこから、それほど多くのコンニャクを?」 「それは……」 「私にお任せ下さいッ!」 「この声……」 「私に出来る、せめてもの罪滅ぼし。  どうか私にも、協力させてやって下さい」 「あ! そういえば、村崎さん――」 「はい。  皆さん、おでん缶をご存じでしょうか?」 「遡ること数年前、秋葉原ブームの先駆けとして報じられた名物です」 「無論流行に乗り遅れるわけには参りません!  我々もおでん缶に対抗する新名物の作成に取りかかった」 「しかし二番煎じが通用するような甘い世の中ではない」 「そこで、我々はかねてからのダイエットブームに乗じる戦略をとりました」 「我々の開発した新製品!  それは――ノーカロリーコンニャク!」 「略して、ロリコン!」 「おおおおおおおおおおッ! 感動」 「え? 感動するところか?」 「しかし、その努力は水泡に帰しました……」 「今でも段ボールんー十箱分のコンニャクが、倉庫に眠っているんです」 「それをもらっていいんだな?」 「ええ! この非常時ですから、格安でお譲り――」 「もらって、いいのよねェ?」 「ひえ! こ、この声は――」 「鈴さん!」 「ウチの窓ガラスの件、忘れてないわよね?」 「いえ! でももう、お店自体がタヌキに潰されて――」 「わ・す・れ・て・な・い・わ・よ・ね?」 「はいいっ! ただで提供させていただきます!」 「OK! それじゃ、バイトのみんな!  みんなでコンニャク缶、運ぶわよ!」 「オレは後輩を片っ端から呼び寄せてやる!」 「アタシも今すぐ局のスタッフに連絡するわ!」 「おい鈴! 吉報だ!」 「河原屋双一から連絡が!  避難誘導に組員をよこすそうじゃ!」 「双一から……」 「いよっしゃ!」 「オレたちも――」 「おまえたちは一緒に来い!」 「え? なんで?」 「金閣寺の仇をとりてぇんだろ?  おまえらに、うってつけの仕事がある!」 「オレたちにうってつけの仕事?」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「よぉし、みんな!」 「ぼんやりしてると、オレたちの街を跡形もなく壊されちまうぞ!」 「さあ、行動だッ!!」 「「「「「「「おう――――――ッ!!」」」」」」」 「こっちです!」  村崎の先導で、皆が走る。  巨大なタヌキの出現に、慌てて出店を畳もうとしていた人々も、事情を聞き村崎の後についた。 「倉庫、近くにあって良かったな」 「うん……」 「ん、恵那? どした?」 「なんか……泣いてる?」 「ううん、なんでもないの――ただ」 「こんなにみんながまとまるのって、すごいなって」 「父さんって――  ホントは、ちょっとかっこいいのかもって」 「うん。地震の瞬間もそうだったけど、やっぱり恵那のオヤジさん、カッコイイよ。警官! って感じ」 「でも――オレは絶対、オヤジさんに認められてやる」 「恵那の側にいて恥ずかしくない男に、絶対なるんだ!」 「千秋……」 「オヤジさん、これ!」 「おう!」  次々と積まれていくコンニャク缶を見ながら、平次は満足げに頷いた。 「あとは、これをどうやってアイツに当てるか――」 「任せとけ。みそブーが準備、進めてる。なあ?」 「「押忍!」」 「本当は年越しの瞬間に――ってつもりだったんだが。  この際しゃぁねぇな」 「準備? いったいなにを――」 「けどまあ……猶予、なくなってるみてぇだな」 「猶予?」 「あ――」 「な――なんだありゃ!?」 「ちょっとずつ、大きくなってる」 「動かないんだったら、似鳥さんが――」 「でりゃああああああッ」 「ぎゃっ!」 「見ての通り」 「覆ってる皮には、傷ひとつつかない」 「そんな……」 「まずいよ! すぐそこまで来てる」 「このままじゃ、秋葉原が――!」 「あれ? なんか――」 「ノーコが、誰かと話してる?」 「あにのあなの……屋上?」 「いや、さすがにこの距離じゃ――」 「姐さんだ……」 「え?」 「姐さんが、銃を構えて屋上に!」 「嘘!」 「生きてたのか……?」 「姐さん……」 「しかも、後ろには双六さんが――」 「双六――!?」 「ちぃっ! こんなときに――」 「双六から、電話!?」 「…………! …………!」 「………………」 「沙紅……! ……ってば!」 「ん……んぁ……ん……タカ?」 「なに寝ぼけてるんだ?  オレだ! 河原屋双六だ!」 「え……あ、ああ……そうか……」 「って、双六さんがなんで枕元に!?」 「っていうか、え? ここはどこ――」 「あのビルの地下だ。  大狸が暴れて、地下に穴が抜けたんだろう」 「地下……」 「奇跡的だぜ。ほら、上」  頭上には天井に穴が開いており、その向こうに瓦礫が折り重なっている。  両側から均等に力がかかり、ちょうどつっかえているような格好だ。 「もし、どっちかのタイミングがずれてたら――」 「神様でも、守ってくれてるみたいだな」 「あ――ッ!!」 「ん? どうした、沙紅羅?」  沙紅羅は、何かに導かれるように瓦礫の小山を上り、その頂上で背伸びした。  指の先が引っ張り出すのは―― 「アザナエル……!?」 「って、なんでこんなところに?」 「……アタシは、絶対頼んねーと思ってたけど」 「今日なら、神様を信じられっかも」 「はは……なんてこった」 「ホントにお前は、大した女だよ」 「なんにせよこれで準備は整った。  アザナエル、貸せ――」 「双六さん」 「これ……アザナエルっていうんですよね?」 「ああ」 「アタシ、バカだからよくわかんないんだけど。  これをつかうと、撃った人間の願いが叶う?」 「いや、違う」 「ロシアンルーレットに成功すると、撃たれた人間の本当の願いが叶うんだ」 「双六さんは……これでなにをする気ですか?  まさか、自分が撃って――」 「オレが撃つワケじゃねぇよ」 「星に預けろって、双一親分に言われてる」 「星はアザナエルの力を良く知ってるし、この街を守りたいって気持ちも人一倍強いはずだ」 「大狸を、殺す?」 「だろうな」 「アザナエルが願いを叶えるなら、死んでしまったフウリを、生き返らせることも出来るはず」 「でも、その星とかいう人の所まで持っていく必要はあるんですか?」 「時間がないです。今すぐにでも――」 「アザナエルが叶えるのは、撃たれたヤツの本当の願い」 「自分の命を危険にさらすんだ。  普通の知り合いでも躊躇するだろ?」 「おまえはフウリが生き返ることを、本気で願えるか?」 「自分が死ぬ可能性を背負ってまで、アイツを生き返らせたいって、即答できるか?」 「…………」 「アタシは、今日フウリと会ったばっかりです。  出来ることなら、助けてやりたいと思います」 「でも――命を投げ出せるなんて、嘘かもしれない」 「だろ? だったら――」 「でもこの街にひとり、本気で、フウリの死を拒絶してるヤツがいます」 「心の底から、フウリを生き返らせたいって願ってるヤツがいます」 「今のアイツは、人の話なんてきかねぇぞ」 「アタシが撃ちます」 「…………」 「すいません。アタシはこれで――」 「こっちだ」 「道、わかんねぇだろ」 「助けてくれるんですか――?」 「ほら、ボサッとしてっと手遅れになっちまうぞ!」 「カゴメアソビは、6回に5回、成功する」 「一か八かで街を救うのに、決して分は悪くない」 「誰かに任しちまえばいいんだ」 「……どうしてそこまで、肩入れする?」 「フウリには世話になったんです」 「それに――アタシは信じてます」 「取り返しのつかないことなんて、絶対にないって」 「…………」 「おまえ、さ」 「よかったら、秋葉原に住めよ」 「はい?」 「え……あれ? それって、どういう――!?」 「これだけぶち壊されちまったんだ」 「戦後のガード下みたいに、ゼロからやり直すしかねぇ」 「そしたら、オレたち河原屋組の出番だ」 「この街、元通りに――  いや、もっとすげえ街にしてやる」 「双六さんならきっとできます」 「そん時、おまえが側に――」 「え――!?」 「……いや、なんでもねえ」 「いや、あの、でも今――」 「ここだ」 「こんなところに……?」 「まだこのビルは無事みたいだな」 「よし、上だ!」 「はい!」 「あ……」 「ひどい……」 「まるで空襲の後みたいだな」 「あれが、あの大狸?」 「そんなもの、このシュヴァルツシルト・チェインで――」 「は? 似鳥?」 「ってか、あの格好は――」 「でりゃああああああッ」 「ぎゃっ!」 「そのつつみ、なんぴとたりともおかせない」 「か――――カッケー!!」 「そ……そうか?」 「まあいいや。  とにかく、アザナエルでタヌキを――」 「いや、でも――おい、ノーコッ!!」 「――さくらと、すごろく?」 「おまえ、生きてたのか?」  似鳥とノーコが、ゆっくりと高度を下げあにのあなの屋上に降りた。 「さっき、なにも侵せねぇとか言ってたよな」 「――これでもだめか?」 「アザナエルッ!!」 「そうか、アザナエルを使ってアイツを退治すれば――」 「違う」 「タヌキのねがいを、かなえるき?」 「わかってるじゃねぇか」 「どうだ? 行けるか?」 「あのかわをはがないと、たぶんむり」 「そうか……」 「でもそれじゃ……どうすれば……」 「……背に腹は代えられねぇな」 「平次のとっつぁんに、電話してみる」 「あのモジャモジャに……?」 「こういう時、一番頼りになるのがあいつなんだ」 「もしもし」 「おう、双六か。いったいなんの用――」 「姐さ――――――――ん!!」 「「お帰りなさいッ!!」」 「おう、ただいま!」 「やっぱり生きてたんですね!」 「さすがは姐さん、信じてました!」 「おまえらうるせぇッ! ひっこんでろ!」 「で、なんの用事だ?」 「こっちにアザナエルがある」 「素晴らしい――!」 「では、それを私が――」 「コイツは、大狸に撃ち込む」 「な……なんですって?」 「そうすればきっと、あいつの願いが叶う」 「死んだヤツが生き返ればいいんだろ?」 「し、しかし――  まかり間違って、全ての破壊を願ったら?」 「それが、彼の本当の願い?」 「……いえ、私の推理が正しければ、あり得ません。  私は、タヌキに撃ち込むのに賛成」 「誰かを殺すよりも、生き返らせることで救うなら、そっちの方がいいに決まってるわ」 「お、オレも!」 「アタシもそう思う!」 「うむ。同感じゃ!」 「く――」 「でも、なんで撃たねぇんだ?」 「早くしねぇと被害が――」 「あのかわが、じゃまをする。  あのせいで、アザナエルがほんたいまでとどかない」 「でも……さっき切れなかっただろ?  だったらどうやって、アザナエルを届かせる?」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「……ふ…………ふふふふ」 「ん?」 「そんなもの、この名探偵富士見恵那にかかればお茶の子さいさいよ!」 「は? でもどうやって……」 「絶対に破れない素材が周囲を完璧に覆ってたら、どんなことをしても内側まで届かない」 「でもよく考えてみて。  あれは元々、タヌキの股間についてた袋よ」 「いくら完璧に周囲を覆ったつもりでも、どこかに結び目ができるはず」 「むすびめ……?」 「でも、そんなものどこにも見えなかったぞ」 「弱点を隠してる――?」 「そゆこと」 「恐らく結び目は――袋の裏に隠れてる!!」 「――――!?」 「――――!?」 「――――!?」 「――――!?」 「――――!?」 「――――!?」 「――――!?」 「――――!?」 「――――!?」 「…………なんかエロイな」 「あちょ!」 「がうっ!」 「とにかく、あのタヌキを裏返してやればいいんだな?」 「そういうこと」 「でも、あんなデカいものをどうやって――?」 「姐さん! そいつは――」 「オレたちにお任せ下さいッ!」 「え? みそブー?」 「おまえらに……なんとかできんのか?」 「はいっ!」 「もちろんです」 「なぁに、心配すんな。  ちゃんと、タヌキをひっくり返して見せっからよ」 「楽しみに、待ってな」 「あとは、よろしく頼んだぜ!」 「きれた……」 「任せろって……どうするつもりだ?」 「あんなでかいの、ひっくり返すアテがあるのか?」 「あるのさ」 「アイツは、そういう所でウソはつかねぇ男だからな」 「ふたりとも、大狸がもしひっくり返ったら――」 「わかってる。協力するよ」 「オレがこの力を身につけたのも……たぶん、運命だ」 「フウリがしんだの、わたしのせい」 「せめてものつみほろぼし、したい」 「……悪ぃな」 「しかし……」 「そんなに時間は残されてねぇぞ。  このままじゃ、そろそろ半田明神まで――」 「ん?」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「は……花火!?」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「すごい……効いてる!」 「た――まや――!!」 「か――ぎや――!!」 「わお――――――んっ!!」 「はっはっは! どうでぇ!」 「ゆるキャラバン開催記念!  年越しの瞬間に上げるはずだった花火!」 「好きなだけ、くらいやがれッ!!」 「すごい……どんどん、縮んでいく」 「花火のせいだけじゃない。  一緒に飛ばしたコンニャクが効いてる!」  花火と共に放たれた缶詰が破裂。  そのたびに、大狸の袋が大きく揺れる。 「良い塩梅でしょ?」 「ああ。さすが鈴姉」  打ち上げられた弾にコンニャク缶を張り付けるのは、鈴率いるスーパーノヴァアルバイトの面々だ。 「それじゃそろそろ、とっておきのヤツ行くわよ!」 「いよっしゃ! みそブー!」 「ん……しょ、ん……しょ、ん……んん!!」 「うぐ……うぐぐぐ……さすがにおもい……」 「で……でっかい!」 「ってか、もう大砲って感じだな」 「でも、これでダメだったら――」 「大丈夫!」 「きっと、成功するわ」 「――ふたりとも、準備いいな?」 「「おう!」」 「みんな下がれッ!!」  男坂の皆が、斜めになった打ち上げ筒から離れる。 「こいつが、オレたち街の人間の、意地だ!」 「たぁんとくらいやがれッ!!」 「みんな行くぜ! せーのっ!!」 「発射!!」 「お願い!」 「頼む!」 「行くのじゃ!」 「ぐおおおおおおおおおんんん!!!!」  濛々と巻き上がる煙。  大狸の身体が、廃墟の真ん中でひっくり返る。  裏返ったその真ん中――  確かに、袋と袋が合わさったかすかな隙間がある。 「シュヴァルツシルト・チェイン――」 「イシュタムのみちびき――」 「繋ぐ鎖に――」 「たつやいば――」 「ふたつが合わさり――」 「ひとつになる――」  上空で合わさる、ふたつの人影。  突き出された刃は、ただ真っ直ぐ、あらわになった裂け目目掛けて突き進み―― 「行け――」 「デッド・ノー・アンジェラスッ!!」 「ぐおおおおおおおおおんんん!!!!」  金の皮が、禿げた。  中から現れた大狸は―― 「ぐおおおおおおおおおんんん…………」  子供のように、泣いていた。 「その涙――」 「アタシが、止めてやるよ」 「殺したくなんかない。でも――」 「ぐおおおおおおおおおんんん…………」 「おまえの気持ち……わかるよ」 「辛いよな。苦しいよな」 「この世に神様なんていねぇって」 「そう、思うよな」 「――でも」 「アタシは知ってるんだ」 「神様は、いる」 「アタシの心の中に」 「だから、あんたの心の中にもいるはずだ」 「信じようぜ」 「手遅れなんて、絶対にないって、証明しようぜ」 「――――!!」 「――――――ぁ――ぁ――ぁ――」  願いが、眉間を撃ち抜いた。  大狸は金色の光を放ち、消えた。 「………………」  廃墟の瓦礫の真ん中で――  男は、呆然と立ち尽くしている。 「辛かったな」 「君が――」 「――救ってくれたのか?」 「もしもアンタが救われたなら」 「それは、アンタが救われたいと願ったからだ」 「それに、まだ救われたとは限らねぇぞ。  むしろ、辛いのはこれからだ」 「…………」 「おいおい、そんな顔すんなって!」 「自分の本性が出ると、こうなんだ」 「だから、いつも誰かの真似をして。  自分をひた隠しにし続けてきたんだけど――」 「今回は、ダメだった」 「しかし、大したことをしてくれたもんだぜ」 「……すみません」 「この借りは、一生かけてでも――」 「よかったんじゃねぇの?」 「え……?」 「きっとこの街に、必要なことだったんだよ。これが」 「そうですよ姐さん!」 「みそ、ブー」 「これも天のお導きってやつです!  オレたちには理解できない、深ーい理由が……」 「オレは、そうは思わねぇぞ」 「てめぇのせいでどれだけの被害が出たと思ってる?」 「不幸中の幸いは、避難が済んで、死者がひとりも出なかったってことくらいか――」 「え? え? え?」 「ん……?」 「貫太さん……?」 「貫太さんだったんですか!?」 「ああ」 「そうか……そうだったんですか……」 「あの……その、ええと……  ってことは貫太さんはタヌキってことで……」 「あの時私を救ってくれたのは、やっぱり貫太さん!?」 「ああ……そうか」 「うん。そうだったかな」 「オイ! なにごちゃごちゃ言ってやがんだ!」 「悪いが貫太。  おまえには、しばらく塀の中で――」 「そそ、そんな殺生な!」 「村崎――?」 「織田君!  私と一緒にもう一度、商売しましょう!」 「確かにあなたは大変なことをしましたが、なあに、人を殺したワケじゃない」 「これから、私と一緒に秋葉原復興を――」 「ああ、おまえら昔の知り合いだもんな」 「けど、罪は罪。わかるだろ?」 「やめてくれ! わらわが全ての元凶なのじゃ!」 「アザナエルは欲望をもたらし、破滅を招く。  常人には到底捌けぬ代物じゃ」 「世に出してしまったわらわこそ、今回の事件の元凶」 「ミヅハ……」 「気持ちはわかるが、オレも警官だ。  見逃すわけにはいかねぇんだよ」 「貫太さんは……私の命の恩人なの」 「恩人……? ああ、そうか……」 「小さいころ、車に轢かれそうになった私を助けてくれたのが、貫太さんだもの」 「お願いこの通り!  私の恩人を、助けてあげて!」 「ああ、なんなんだよ! みんなして!」 「こればっかりは、いくらおまえに嫌われても、曲げるわけにはいかねぇ」 「仕事に、私情を挟むわけにはいかねぇんだ!」 「…………」 「……ふふふ、ふふふふふふ!」 「仕事内容に反さなきゃ、見逃しても問題ないわけね」 「は? どういう意味だ?」 「だから、父さんの仕事はあくまでも人間の犯罪者を捕まえることでしょ」 「タヌキを捕まえるのは、父さんの仕事じゃない」 「それともタヌキを、裁判にかける?」 「…………むぅ」 「ああ、ったく!  てめぇらがそこまで言うなら、しょうがねぇ!!」 「いいか、貫太。  これからちゃーんと、復興で恩返しするんだぞ」 「本当に……いいのか?」 「いいに決まってんだろ!」 「あそこで弾が出なくて、おまえの願いが叶ったってことは、たぶん、神様が許してくれたってことだろうよ」 「――僕の、願い」 「――えへ」 「あ、この声――」 「夢を、見ました」 「遠く……遠く……」 「ふるさとの村で、古戦場から海を見下ろして」 「私はどこまでも、あなたについていくって誓いました」 「だから――もう、離しません!」 「貫太さん!」 「フウリ……!」 「よかった……」 「ああ。無事、生き返ったもんな」 「……うん」 「挨拶、していくか?」 「あわせるかおがない」 「オレもだ」 「行くか、ノーコ」 「どこに?」 「そうだな……」 「……こんなオレに、もう行き場所なんてないか」 「どこでもいいよ」 「となりには、わたしがいるから」 「そうだよな……」 「やっとオレたち……本当の姿で、会えたんだ」 「なあ……ノーコ?」 「うん。にとり」 「にまんねんぶん……」 「いっぱい……いっぱい……」 「愛し合おう」 「待たせてごめんな」 「うん……ずっと、まった」 「にとり……あいしてる?」 「ああ……愛してる」 「もういっかいいって」 「愛してる」 「にとりが……ふふ……」 「愛してる」 「にとりが……わたしをあいしてる……」 「愛してる」 「あいしてるんだ……あいしてる……」 「愛してる」 「あ……あ……ああ……あああっ……」 「だ……め……」 「しあわせで……むねが……つまって……」 「たって……たってられないよう……」 「にとり……あなたとむかし……したみたいに……」 「たくさん……たくさん……してあげる」 「あ……あ……あ……!!」 「にとりの……あたま……  おしりのあいだ……はさまって……」 「ああ……だめ……  そんな……におい……かいだら……」 「わたし……それだけで……んん……」 「ねえ、もっと……もっと、ちかく……」 「はな……あたって……  がんめん……おしつけて……」 「もっと! ほら! もっと! もっと!」 「ふふ……いきがあらいよ」 「くるしい? くるしい? くるしいよね?」 「でもねにとり」 「わたしはもっと、くるしかったんだよ」 「にとりのひゃくばい、せんばい、いちまんばい、いちおくばい、むねがくるしかったよ」 「ねえ? わかる? わかるよね?」 「ふふ……ふふふ……うれしい……」 「にとりもうれしい? うれしいよね」 「そんなによだれたらして……」 「あいえきとまざって、びしょびしょ」 「ねえ、しただして」 「そう、したで、なめて――すって――ん――」 「んん――ん――んん――」 「わたしのにおいで、いっぱいになって――」 「わたしいがいのにおいを、みんなおいだして――」 「あたまのなかを、のうみそのなかを、わたしのあいでみたして、にとりはわたしのこといがいかんがえられない」 「だって、これ、にとりはすきだもん」 「ほら! もっとすって!」 「ふふ――ふふふ――ずいぶん、なれてきた――」 「わたしも――きもちよく――なってきて――」 「うん。いいよ。して」 「ゆっくり――ゆっくり、したぎをずらして――」 「ふふ……みえなくても、わかる? かんじる?」 「じゅうけつして、ぬれて、びしょびしょで、いますぐにでもにとりがほしいって、うずいてる、あそこ」 「おびえなくていいよ」 「わたしが――ぜんぶ、してあげるから」 「こうやって――そう、からだを――うごかして――」 「ぜんぶ――なめあげるみたいに――」 「やさしく――やさしく――そう――」 「でもね、にとり」 「やさしいのは、すぐにおわりでいいよ」 「だって、わたしは、こわしてほしいの」 「にとりに、こわしてほしいの」 「ねえ、にとり」 「わたしを、こわれるくらい、して」 「じゃないと、こうして――」 「あなたを、こわすよ」 「ああっ! もがいて――もがいて――  そう、そう。ふふふ――」 「こわれたくなかったら――わたしを――  きもちよく――して――」 「ん――んんん――  んんっ! いいよ――そこ、びんかんで――」 「こまかく――こうやって――んん――  からだを、ゆすって――ああっ、ん――」 「んん――ん――んんん――っ!  ああ――しあわせ――しあわせ――にとり――」 「にとり――だいすき――だから――  もっと――もっと――もっと――――ッ!!」 「ふぁっ――あっ――ああっ――!  んぁっ、あ――あ――あああああああ――――っ!!」 「ん――んん――ん――いっちゃった――」 「でもね――」 「おわるとおもった?」 「まだおわらないよ」 「おわるわけないよ」 「おわりたくないよね?」 「うん、そうだよね」 「ほら、しただして」 「もっと、もっとつきだして」 「いりぐちを、えぐるみたいに」 「あ――そう――そう――そうやって――」 「ん――ああっ、ん――んん――  ほら、もっとおく――おく――」 「ん――んんん――ん――」 「だめ」 「ぜんぜん、だめ」 「いきをあらくして」 「つかれちゃった?」 「つかれたなら、わたしがうごかしてあげる」 「にげられないよ」 「いい? からだをおさえて――いくよ?」 「せーの」 「ふふ……うそ」 「そんなにからだ、かたくしないで」 「こわいことじゃないよ。  すごく、きもちいいこと」 「だから、ほら、ちからをぬいて――」 「いくよ」 「ん……ああ……んん……」 「ゆっくり……ゆっくり……  ピストン……ピストン……」 「だんだん、はやく……  はやく、はやく……」 「はやく、ふかく、はやく、ふかく。  んん、んっ、ん――んんっ!」 「にとりの、したが、なかまで、えぐって。  わたしの、にくが、きゅって、しまるよ」 「あ、そこ、きもち、いいよ。  もっと、もっと、おくに、おくまで!!」 「おく! おくだよ! おくに、ふふっ!  ふふふふふふ……!!」 「ねえ、にとり。フェラチオしてる、みたいっ!  ほら! ほらほら! そろそろ、いくよ!」 「あ、にとり、なんか、でそう――でる――  でちゃう――でちゃうよ――ねぇ?」 「いくよ! いっちゃうよ! いい? いいよね?  かおが、びしょびしょに、ぬれても、いいよね?」 「だめ? だめ? ああっ、んふぅっ、んん――!!  んぁっ! んっ! だっ、だめっていっても――!!」 「いっちゃうよ………………!!」 「ぁ……ぅふ、うふふふふふふふふふ……」 「かかってる……  いっぱい……いっぱい……かかってる……」 「にとりの……かお……  わたしので……びしょびしょ……だね……」 「みんな……みんな……  わたしに……そまっちゃった……?」 「――ぷはぁっ」 「はぁっ、はぁ……はぁ……」 「けほっ、けほっけほっ!」 「にとり……どう?」 「ああ……」 「最高、だよ……」 「にとり、あいしてる?」 「ああ……愛してる」 「でも、まだだよ」 「くはっ!」 「こんどは、わたしが、あいしてあげる」 「ここを――こうやってね」 「んぁあっ!!」 「いたい? いたい? いたいの?」 「ごめん。くつをはいてて、わからないの」 「でもね、いたくてもいいよね?  いたくてもだいじょうぶだよね?」 「だって、これ、わたしからのあいだよ」 「あいしてもらって、うれしいよね?」 「あ……ああ、うれしい」 「しってるよ」 「ノーコントロールの、さいしんかんにのってる」 「こういうこと、してほしいんだよね」 「してほしいから、かいたんだよね」 「…………あれ?」 「ふふ……ふふふふふ……」 「おかしいよ」 「わたしの、あし」 「くつ」 「もちあがってきてる」 「どっくん」 「どっくん」 「なんで?」 「なんでかな?」 「なんでわたしのあしがもちあがってるの?」 「なんで?」 「もしかして……」 「ふまれながら……」 「こうふんしちゃったの?」 「へんたい?」 「へんたいさん?」 「ふふふ……そうだね……そうだよね……」 「あしげにされて、こうふんしちゃったんだね」 「うん、しってるよ」 「にまんねんまえからずっと、きまってるの」 「うんめいなの」 「にとりはへんたいだもんね」 「こうやって!」 「ああっ!」 「こうやって!」 「んくぅっ!!」 「こうやって!」 「ぁはっ!!」 「……されたかった?」 「かかとでさおをぐりぐりされたり」 「こうでふくろをぎゅってされたり」 「つまさきでおしりをなでなでしたり」 「うらでさきっぽをおしつぶしたり」 「……されたかった?」 「されたかったんだよね?」 「ねえ、ないてる?」 「そんなにうれしい?」 「きもちいい?」 「あいで、きもちいい?」 「いたいのも、きもちいい?」 「いいよね? わかるよ」 「にとり、だいすきだもんね」 「ねえ、にとり」 「くちびる、みて」 「ここに、いれたい?」 「ああ……いれたいんだ」 「ここに……ちゅぅぅぅっ……ってされたい?」 「こうやって……  ぷるぷるぷるってさきをこすらせたり」 「こうやって……  ほっぺたをやぶるくらいきつくつっこんだり」 「ちゅばっ、んちゅるっ、ちゅううう……  こうやって、つばといっしょにすいこんだり……」 「のどのおくまでつっこんで、わたしをせきこませたり」 「させたい?」 「だめだよ」 「そんなこと、させてあげないよ」 「にとりは、しゃせいするの」 「わたしのあしで」 「このくちびるをみながら」 「このなかにぶちまけるのを、そうぞうして」 「わたしのくつにふまれて」 「くつのうらに」 「だすの」 「ぶちまけるの」 「しゃせいするの」 「それが、あいなの」 「わたしからのにとりへの」 「ふふ……ふふふふふ……」 「ほら、だして……」 「このくちびるに、だすところ、そうぞうして……」 「くちゅっ、んちゅっ、ちゅば……んちゅうう……  ほら、ここで……きもちいい? いいよね……?」 「くつのうらに、ほら! きたないのを、だして!  だして! ほら、ほらほらほらほら!」 「…………」 「ださないの?」 「いや、でも――」 「きもちよくない?」 「そうじゃないけど――」 「じゃあなぜ?」 「だって、最初はノーコの中で――」 「だめ」 「だめって、どうして……?」 「わたしのなかは、きもちいいから。  にとりはすぐにこしをふるの」 「むがむちゅうで、こしをふって、こしをふって、はてる。  すぐに、はてる。あっけなく。そうろう」 「それでも、わたしはやめない。  にとりはやめてくれっていうけれど、わたしはやめない」 「せいえきとあいえきがまじって、ぐちょぐちょになって、なえかけたにとりがもういちどたくましくなって」 「それでもまだ、まだ、まだまだまだまだ。  おわらないの。おわらない……ふふ、おわらないんだよ」 「あんまりきもちいいと、にとりはしっしんするでしょ?  それはいやなの」 「あいしているから、ひとりじゃいやなの」 「にとりのきもちいいっていうこえを、やめてくれっていうひめいを、きをうしないかけのぜっきょうを」 「ぜんぶ、しゃぶりつくして、あじわいつくして、あいしたいの」 「だからね、にとり」 「ここで、しゃせいしなさい」 「や……でも、オレは……」 「に、と、り……?」 「んがあっ!」 「んちゅばっ……んん?  わたしのあいが、わからない?」 「それとも、わたしが、きらい?」 「そんなわけ……」 「きらい、なんだ?」 「ああ、きらい……きらいだ……にとりはわたしが……」 「ちが――うがっ!!」 「つぶそう」 「な……ちょっと!」 「にとりがきらいになって」 「うわきをしないように」 「わたしのものにならないなら」 「つぶす」 「そんな――ッ!!」 「でも、ほんとうにわたしがすきなら」 「わたしへのあいのあかしに」 「くつのうらに、しゃせいしてくれる」 「そうだよね? にとり」 「な……そんな……そんなの……」 「カウントダウン、5」 「ちょ、待て――」 「4、なんだ、つぶされたいの? ほんとに?」 「3、ほら、ぎゅううう――ぎゅううううう……」 「2、もうすこし……もうすこし……うふふふふふ――」 「1、はい、いきとめて。いくよ。いくよ。いっちゃうよ」 「ゼ――――」 「あ」 「でた」 「ほんとにでた」 「わたしのくつのうらに」 「にとり、しゃせいした」 「へんたい」 「マゾ」 「さいてい」 「くず」 「でも――」 「んちゅうううううううう――――――っ!  ちゅばっ、んちゅっ、んちゅうううううっ!!」 「ん――――んくっ」 「おいしい」 「わたしのしっている、にとりのあじ。  んちゅっ、ん……んん……」 「にとりは、だめなひと」 「クズにんげん」 「だけど――」 「そんなへんたいでマゾでさいていでくずなにとりがすき」 「そんな人をあいしてあげられるのはわたしだけ」 「そうでしょ?」 「わたしのあいする、カイザー・オブ・ダークネス・ルシフェル」 「にとり、あいしてる」 「ああ。オレも……」 「あいしてるよ」 「にとり」 「まだ、だいじょうぶ?」 「ああ」 「何回だって、愛してやる」 「だって今日は、2万年ぶりの再会だろ?」 「…………うん」 「でも、これがおわったら――」 「さきに、すませておくことがあるよ」 「ばつを、あたえなきゃ」 「街は大変なことになってるけど……」 「みんな、初詣には来るんだな」 「まあ、なんていうのかな  困ったときの神頼みとか、そういう心境?」 「あと、普通に街を見ていきたい人も多いだろうし」 「でも、暢気すぎねぇか?」 「日本人って、そういう所があるんじゃない?  荒ぶるカミの仕業だから、まあ仕方ない! みたいな」 「そういうモンかなあ……」 「でも、父さんもかり出されちゃって大変」 「なんか、河原屋組の人たちも協力するって言ってくれてるんだけど」 「でも、考えれば考えるほど不思議なのよね」 「なぜ、河原屋組組長双一は、今回のアザナエル盗難を試みたのか……」 「その動機が、全く掴めない」 「ってかそもそも、双一って何者?」 「ぜんっぜん、わかんないんだよなあ……」 「って、そんなことしてる場合じゃなくて! ほら!」 「あ、ホントだ! もう年が明ける――」 「綺麗……」 「花火、まだ残ってたんだな」 「明けまして、おめでとうございます!」 「おめでとうございます」 「今年こそ、よろしくお願いいたします」 「ん……? 今年こそ?」 「さ、行きましょ!」 「げ……あのキャラクター……」 「あ、そっか。  ゆるキャラバン、メチャクチャになっちゃったもんね」 「ここに来てる人、何が何だかわかんないだろうなー」 「あのエコバッグさえなけりゃ、オレは――」 「……ってか、あのブルマーどこに行ったんだ?」 「確か……ユージローの首輪だっけ?」 「ん? なんか言った?」 「なんでもない!」 「怪しい……」 「怪しくなんてないし!」 「ってかさ、大体なんでそんな格好なの?  恥ずかしくないの?」 「は、恥ずかしいけどさ!  しょうがないだろ時間もなかったし!」 「クセになっちゃったら――」 「ならねーし!」 「ホントに……?」 「ホント――アレ? あそこにいるの、誰だ?」 「ちょっと! なに話逸らそうとしてるのよ」 「いやいや、違う! 違うから! ホラあそこ!」 「あそこに、ナイスバディな巫女のお姉さんが……」 「ナイスバディ?」 「そうそう。  健全なオトナのエロス爆発! みたいな!」 「いやー、しかしアレだな。  あんなコがいるなんて……まさか新人?」 「胸とか……でかかったよなあ……」 「――――」 「ん? どした? そんな難しい顔して」 「なんでもない! ほら、お賽銭!」 「お、おう……」 「二重にご縁がありますように……チャリーン、と」 「恵那? 賽銭は――」 「とありゃあああああッ!!」 「ゲ! 万札!?」 「神様神様お願いしますお願いしますお願いします……」 「どうか、どうかどうか私のこのささやかな願いを……」 「な……なんだ、この殺気……」 「なんでもないのッ!!」 「…………」 「後戻りは、できねーぞ」 「いいんだよな?」 「…………」 「うう……」 「やっぱりやめるか?」 「まだアタシには早いし……いや、でも……」 「そりゃ、気持ちは嬉しいさ」 「正直アタシ、心底惚れてる」 「アタシだって、全部投げ捨てて、双六さんと一緒に生きていきたい」 「それは間違いないんだ。でも――」 「まだ、会ってから半日もたってないんだぞ?」 「そんな相手に一生を捧げるだなんて、そんな――」 「がは――――っ!!」 「な――!? 今の声、双六さん!?」 「す、双六さんッ!!」 「おじょさん! 急ぐデスヨ!」 「うるせ! てめーは引っ込んでろ!」 「双六さん、どうしたんですかッ!?」 「なんか、すごい音が――!」 「な、誰だっ!?」 「ふ――」 「お前――」 「何やってる! 早く来いッ!!」 「おしあわせに」 「しあわせにって――おい、待て!」  呼びかけも聞かず、ノーコはエレキセンターの外へ、人間離れしたスピードで飛び去ってしまう。 「――クソッ!」 「双六さん! 何が――」 「――――」 「な……」 「嘘……だろ?」 「双六さん? おい、返事――」 「息……してない?」 「終わったら、来いとか言っておいて――」 「一緒に暮らそうとか言っておいて――」 「いきなり、そんな、そんなのって――」 「双六さん! 双六さん! お願いです!」 「嘘って――嘘だって、言って――  言ってくださいッ!!」 「嘘だあっ!!」 「って、え!?」 「はぁ……はぁ……はぁ……いやあ。  息止めるのも疲れんな」 「生きてる――?」 「そんな簡単に死ねるかよ」 「いつまでも外でウダウダしてるからよ。  ノーコに頼んで……」 「ひぐっ、う……うう……う……」 「ん? どした?」 「どうして……どうして、そんなことするんですか!」 「双六さんの……バカ!」 「…………ああ、そっか」 「オレ……生きてていいんだな」 「何バカなこと言ってるんですか!」 「オレはな、沙紅羅」 「愛する人に先立たれる苦しみを、よく知ってる」 「もう、泣かせたりしねぇ」 「だから――」 「オレと一緒に、生きてくれるか?」 「…………はい」 「かわらやすごろくのことばを、しんじるなら……」 「かわらやぐみくみちょう――  かわらやそういちは、まぼろし」 「……そうか」 「だから、殺せなかったんだな」 「ごめんなさい」 「にとりをくるしめたばつ――あたえられなかった」 「いや……いいんだ」 「前からなんとなく、そんな気がしてた」 「宙を浮いてる感じっていうか……  幻みたいな感じっていうか……」 「まぼろし……」  似鳥はぼんやりと、眼前の廃墟を見下ろした。 「――幻みたいに、消えちまったな」 「かんしょうてき?」 「改めて、考えてみたんだ」 「オレがこの街に、何をもらったのか」 「もしこの街がなかったら、オレはどうなってたのか」 「どうなってた?」 「わからない」 「逃げ場がなくなって、まともには生きられなかったかもしれないし――」 「開き直って戦って、まともな人間になってたかもしれないな」 「こうかいしてる?」 「まさか」 「この街のおかげで、手に入れられたんだ」 「この力も――」 「おまえも」 「……うん」 「ふっこうのためには、ちからがいる」 「私利私欲に目が眩んだ政治家」 「税金を泥棒して天下る官僚」 「偏った情報を流し延命処置をはかるマスコミ」 「流行に飛びつき自らを省みない大衆――」 「よのなかはくさってる」 「だから、くさったものをよりわけなければ」 「いつかぜんたいが、かれてしまう」 「だが――正義に非道は下せない」 「それができるのは、《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉だけ」 「にとり。いこう、しゅくせいのたびに」 「このせかいを、あなたのいろにそめるの」 「ああ。一緒に来てくれるな?」 「……うん」 「そう、これが……オレの夢だったんだ」 「これが……わたしのたどりついた、ゆめ」 「貫太さん!」 「ん? ああ……」 「もう、何ぼーっとしてるんですか?」 「せっかく買ったほっかいどー焼きがまってるどーです」 「はい、あーん」 「ああ、あむ――ん!  はふ! はふ! あふ、あつい……!」 「え? あ、てっきり作り置きだと――」 「はふ――はふ――んぐ、ん――」 「はぁ……熱かった」 「す、すみませんでした……」 「いや、僕こそボーっとしてた」 「…………」 「ん? どうした?」 「貫太さん、ちょっと変わりました」 「変わった?」 「都会で揉まれて、ちょっと別人みたいです」 「君だって、ちょっとは変わったよ」 「ほ、ホントですか!?」 「ちょっとは、オトナの女性になれましたかね?」 「オトナ……」 「はれ?」 「あ、うん! なれたんじゃないかな!」 「体つきも、オトナっぽくなったような」 「へへへ……」 「ぽこぽん!」 「……あれ?」 「ん?」 「ぽこぽんぽん!」 「……あれれれ?」 「どうした?」 「約束……忘れちゃいました?」 「約束?」 「そう! 約束!」 「…………ごめん」 「最近、僕、物忘れが多くて」 「物忘れ?」 「なんだかこう……  自分でも自分のことがよくわからないっていうか」 「ふわふわして、なんだか落ち着かない感じ――」 「そんな、貫太さん――」 「う、うう、ううううう……」 「ちょっと待っててくださいッ!!」 「え? フウリ、ちょっと――!」 「……行っちゃった」 「でも、なんなんだろホントに」 「ついこの前まで、こんなことなかったような……」 「アザナエルで撃たれたから……か?」 「とう!」 「あ、早いな」 「じゃん! コレを!」 「天先屋の……納豆?」 「はい! 記憶力に効果抜群!」 「一筋縄ではいかないねばねばで、とてもおいしいです」 「ありがとう」 「これをもりもり食べて、元気になってください!」 「今度、大切な約束を忘れたら、いくら仏のフウリといえども、堪忍袋の緒が切れます!」 「はいはい、気をつけるよ」 「ね、貫太さん」 「ん? なんだい」 「神様に、なんてお祈りしたんですか?」 「ひみつ」 「そんなぁ……!」 「それじゃ、君は?」 「え? 私? 私ですか?」 「私は……えへへへ」 「はずかしいです」 「言えないようなこと?」 「もう! そんなわけないじゃないですか!」 「あのね、私は……」 「私は、貫太さんと、ず――――――――っと一緒にいられますように、って」 「……ふ」 「はは、ははははははは……」 「もう! ひとの願い事を笑うなんてひどいです!」 「ああ、ごめんごめん! そういう意味じゃないんだ」 「ただ、少しびっくりしちゃって」 「びっくり?」 「僕も、全く同じ願い事をしてた」 「フウリと、ずっと一緒にいられますように、って」 「きゅうううう……!」 「こころと心が通じ合った」 「相思相愛、ですね?」 「だな」 「神様、願い事を聞いてくれるかなあ――」 「きっと、かなうさ」 「きっと、な……」 「――――!!」 「――――――ぁ――ぁ――ぁ――」  弾丸が、大狸の眉間を撃ち抜いた。  金色の光を放つ、巨体―― 「…………」  廃墟の真ん中で――  沙紅羅は、呆然と立ち尽くしていた。 「ごめん……ごめんな、タヌキ」 「アタシ、お前のこと、救ってやれなかった」 「アタシ、アタシ……!」 「よくやったよ」 「双六さん……?」 「ほら、この顔見てみな」 「満足げな顔してるぜ」 「でも、アタシは、こいつを救えなかった」 「救ってやりたかったんだ!」 「こいつだけは……こいつだけは……」 「救われてるよ、きっと」 「でも――」 「救われたのは、こいつだけじゃねぇぞ」 「オレたちだって、感謝してるんだ」 「誇りに思いな」 「誇りに……?」 「今のところ、死んだヤツさえひとりもいない」 「お前のおかげだよ」 「そうです姐さん!」 「流石姐さん! 日本一!」 「みそ、ブー」 「でも、アタシ……」 「なんだか……思い出すわね」 「何を?」 「小さい頃のこと。覚えてない?  タヌキ、一緒に柳神社に埋めたでしょ?」 「ん? そうだっけ?」 「ホントに覚えてないの?  タヌキが車に轢かれちゃって、私は呆然としちゃって」 「アンタが探しに来てくれて。  一緒にお墓を作ろうって」 「おたぬき様で有名だから、柳神社に埋めようって。  帰る頃には暗くなって、すごく怒られたでしょ?」 「ああ。そういえば、そういうこともあったかも……」 「覚えてない?」 「覚えてない」 「……ハァ。信じらんない」 「そ、そんな顔しなくても……」 「いい? 千秋」 「これから忘れたら、承知しないんだからね」 「は……はい」 「…………」 「落ち込むな」 「でも――わたしは、フウリを、すくえなかった」 「お前を生み出したのはオレだ」 「お前の苦しみはオレのものだ」 「だから……そんなに辛い顔、しないでくれ」 「にとり……」 「わたしのきずを、なぐさめて」 「あいのあかしを……わたしに……」 「やっと、出会えたんだ」 「ふたりで、夢を叶えよう」 「ゆめ……」 「沙紅羅」 「ん……?」 「アザナエル、返していただけますでしょうか」 「あ、ああ。これか」 「双六さんも、よろしいですね?」 「ああ。双一親分から連絡があった」 「カゴメアソビなんて余興にかまけてる場合じゃないとさ」 「そうですか。では――」 「ほら」  沙紅羅は、歌門にアザナエルを手渡した。 「手……大丈夫か?」 「ん?」 「震えておるぞ」 「……ああ。そうだな」 「くるしい?」 「嘘は、つけねぇな」 「救えるはずの命がふたつ――アタシの手で、消えた」 「この苦しみ……なくなる日は、来るのか?」 「消えねぇのさ。  ずっと、苦しめられるんだ」 「ただ、苦しみに慣れるしかねぇよ」 「でも、慣れなかったら……?」 「後悔しても、遅い。  お前は、その道を選んだ」 「オレと一緒に、行こうぜ」 「…………」  沙紅羅は苦しげに唇を噛んで、ぽつりと呟く。 「神様なんて……いないのか」 「そんなことは――」  沙紅羅のその呟きで、ミヅハの表情が苦しげに歪む。 「…………」  しかし、それに気づいたのは歌門だけだった。 「しかし、まさか御札が返ってくるなんて……」 「これも神様の御利益か?」 「でも、どういう経路でみそブーさんに渡ったんだろ?」 「なんかこう……今日はエコバッグの入れ替わりを辿るだけでも、頭痛が……」 「おいおい、名探偵!  しっかりしてくれよ!」 「わ、わかってるわよ!」 「でもま、これでおまえの願いも叶ったわけで。  オレも一息……かな」 「うん」 「神様にも、お礼言ってこよっか?」 「……それがいいかもな」 「忙しいと悪いから、挨拶したらすぐに――」 「ミヅハ様」 「ミヅハ様、そこにおられるのでしょう?」 「隠れても無駄です。  アザナエルを再び盗み出したのは、ミヅハ様ですね」 「気づいてしもうたか」 「いかにも。このミヅハノメが、失敬した」 「なぜです? なぜ、この時期になって――」 「知っておるのだろう?  だから、ここまで来たのだろう?」 「――――」 「取り込み中? 声がなんか怖い……」 「おい恵那、帰る――」 「待って……この声!  私の勘が正しければ……」 「これは事件!?」 「ハァ……また始まった……」 「しようとしていることの意味が、おわかりですか?」 「無論じゃ」 「わらわは、人を救う」 「人を救えずして、何が神じゃ」 「そのために、ミヅハ様が犠牲になる必要はありません」 「もう30分――たったそれだけ我慢すれば、ミヅハ様はその力を取り戻す」 「かつての罪は禊がれるのです」 「しかしここでアザナエルを使えば、ミヅハ様は――」 「構わん」 「わらわは今日、皆にたくさんの思い出をもらった」 「その恩に報わねば、一生後悔するであろ」 「その姿でもう10年、アザナエルを守り続ける覚悟が?」 「わらわにとって10年など、たかがしれておる」 「神にとっては、そうでしょう」 「しかし、人にとっては――」 「――――」 「――いえ。すみません」 「口が過ぎました。それがミヅハ様の選択ならば――」 「言え」 「申し訳ありません」 「言うのじゃ」 「忘れてください」 「星よ。わらわは子供じゃ」 「もしも今日、神社を出なければ、おぬしの本当の気持ちなど、気づくことはなかっただろう」 「じゃが……わらわはもう、知ってしまったのじゃ」 「おぬしの本心を、聞かせておくれ」 「……なりません」 「私は神に仕える身。であればこそ――」 「ぁ――」 「この、光は――」 「これでもならぬと言うか?」 「ミヅハノメ様……」 「良いのじゃ星。もう我慢することなどない」 「おぬしの思いの丈、好きなだけぶつけるがよい」 「ミヅハノメ様は――」 「ミヅハノメ様は、汚いです」 「そうか、汚いか」 「卑怯です」 「卑怯か。そうかもしれぬな」 「とぼけないでください!」 「私がどれだけ年が明けるのを待っていたか!」 「私が――どれだけあなたをお慕いしていたか」 「全く、全然、気づいてくださらないのですもの」 「わらわには……愛というものが、よくわからなかった」 「今も、本当に理解できているのかは知らぬ」 「じゃが、おぬしを思うと、胸が痛む」 「申し訳なくて、今すぐにでも逃げ出したくなる」 「これは――わらわが、おぬしを愛しているからか?」 「ミヅハノメ様――」 「バカ! バカです! ミヅハノメ様の、バカ!」 「愛など知らず、私の気持ちなどに気づかないまま、年が明けるのを待てば良かったのに……」 「おぬしの気持ちは痛いほどによくわかる。  じゃが……もう、見て見ぬふりはできぬのじゃ」 「すまぬ、星」 「今日この日だけは、わらわのわがままを通させてくれ」 「…………ならば」 「ならば、ミヅハノメ様」 「私のわがままも……聞いてくださいますか?」 「では、聞こうかの」 「ただし、わらわは歳じゃ。耳が遠いでの」 「大きな声で、言ってくれぬと困るぞ」 「え……?」 「で、おぬしのわがままとは、なんじゃ?」 「…………」 「ん? どうした? 言えぬか?」 「……意地悪」 「先ほど、わらわを汚いと言ったばかりではないか」 「うう……」 「どうじゃ、言えぬのか?」 「…………」 「言えぬなら、時間がないでな。もう――」 「言います! 言いますから!」 「ミヅハノメ様……どうか……」 「どうか、私に……」 「思い出を、ください」 「ミヅハノメ様……」 「星……」 「はむ……ん……」 「んぁ……んん…………」 「んん……ん……ちゅ」 「――はは」 「な……なんですか?」 「私のキスが、変?」 「いや……」 「随分と、初心な接吻じゃのうと思うての」 「――――!!」 「まあ、星はこちらの道一筋じゃったから。  道理かもしれんのう」 「な、なにを――」 「本当の接吻とはの、星」 「こういうものを、言うのじゃぞ」 「え――あむっ!」 「ぁん……んちゅっ、はむ……ん……んん……」 「ん……んん……んちゅ……ん……」 「んちゅっ、ぁむ……ん……ちゅっ、んちゅっ……」 「ぁ……んはぁっ、ん……ん……」 「んちゅっ……ん……ふふふ。  どうじゃ、星。参考になったかの?」 「ん……ぁ……はぁ……はぁ……」 「ん? あまりの良さに、聞こえておらぬか?」 「そ、そんなこと――!」 「思い出しただけで、熱くなるような、口づけでした」 「おぬしばかりが愉しむ気か?」 「久しぶりなのじゃ。  できれば、わらわも愉しませて欲しいのじゃがのう」 「ぁ……」 「は、はい! それでは――」 「んむ……んちゅ……ん……」 「ふ……」 「ん……んちゅっ、んっ……ちゅ……」 「ふふ……まだまだじゃのう」 「そ、そんな……」 「おぬし、男のものを見たことはあるか?」 「な、何を突然――」 「男のものを見たことはあるかと聞いておる」 「そ……それは……一応……」 「家族のものか?」 「…………」 「図星じゃな。  ならば当然、《こういん》〈口淫〉は未経験じゃの」 「こう……いん?」 「おとこの一物を、口に含むことじゃ」 「そんなこと、当たり前――」 「ほれ、わらわの舌を男のいちもつと思って舐めてみろ」 「ん――」 「なんじゃ? 恥ずかしいか?」 「んん――ん!」 「んちゅ……んちゅ、んん……んちゅぅ……」  突き出されるミヅハノメの舌を、歌門の唇が覆った。  緩やかな曲線をなぞりとるように、なんども行き来する。 「んちゅ……んっ、んちゅぅ……んじゅっ!  はむ……んちゅ、んちゅっ、ちゅっ、ちゅ――」 「ちゅばっ、んちゅっ、じゅっ――  ぁむ……ん……んちゅ……んんん…………ッ!」 「ん……んん……ん……ちゅ……」 「ふふ……良いぞ、星。その調子じゃ」 「わらわもだんだん、興奮してきたぞ」 「ほ、ほんとうですか?」 「うむ、《まこと》〈真〉じゃ」 「その証拠に……ほれ」 「え……?」 「こら! そちらを見てはならん」 「わらわと唇を合わせながら――ちゅっ」 「あてがった手にどのような感触がするか、口にしてみよ」 「手の、感触を……ですか?」 「できぬか?」 「え、いや、それは……」 「わらわの愛が、欲しくないのか?」 「いえ、そんな!」 「でもこれは、男の人の――」 「神通力をもってすれば、このようなこと容易いわ」 「愛しき星のためならば、一物のひとつ生やすことに、なんのためらいがあろうか。のう?」 「ミヅハノメ様……」 「さあ、星。  おぬしの手の中で、わらわのものはどうなっておる?」 「ええと……私の……手の中で……」 「接吻は?」 「あ……」 「わらわのここを舐めるように、舌を舐めてみよ」 「は……はい」 「んちゅ……ん……ん……  ミヅハノメ様の、硬い、ちゅ、一物が……」 「むちゅっ、んちゅ……ちゅううっ……  私の手の中で……鼓動を……ぁふぅ……」 「むちゅ……ん……わかるか星?  どんどん、猛ってきているのが」 「はい、どんどん……硬く、熱く……なって……  ちゅっ、ん……んん……んんん……」 「これが、おぬしのはじめてを奪うのじゃぞ」 「…………はい」 「怖いか?」 「い、いいえ! ただ――」 「ただ?」 「あまりのいとおしさに、気を失なわないか心配で……」 「……《う》〈愛〉いやつめ」 「しかしのう」 「《う》〈愛〉いやつだからこそ、見たい景色があるのじゃ」 「見たい……景色?」 「――――!!」 「ふふ、顔を真っ赤にしおって」 「どうじゃ? このような格好、誰かに見られたことは?」 「――――!!」  歌門は、顔を真っ赤にして首を横に振る。 「聞くまでもなかったか」 「しかし……おかしなことよのう」 「おぬしのここは、これから何が起こるか、知っておるようじゃ」 「シミができて……向こう側まで透けて見えるぞ」 「――――!!」 「そ――そんな――、恥ずかし――ぁあっ!!」 「ほれほれ、何を恥ずかしがることがある?」 「あッ、いや……そこ、触ると……ああっ!!」 「なんじゃ。下着越しに触っただけでこれか」 「《うぶ》〈初心〉かと思えば、意外と淫乱じゃのう」 「そんな……いやっ、感じやすい……だけで……」 「しとどに濡らしておいて、よくもまあ……」 「――――ッ!!」 「では、中も拝見するとするかのう」 「中も……ですか?」 「おやおや。  ここまで来て、中を見せてはくれぬと言うのか?」 「いや、でも――」 「下着をずらして、その脇から入れろと?」 「いやしかし、それもいやらしい――」 「そ、そのようなことはッ!!」 「では、脱がしてよいのだな?」 「そんな……あッ!!」 「――――! ――――!」 「のう、星よ」 「やはり、脱がして正解だったかもしれんのう」 「な、何を――!!」 「しかし、これほど濡れているのじゃ。  おぬし、風邪を引いてしまう――」 「ぅぅぅ――――ッ!!」 「はは、冗談じゃ冗談」 「しかし、これまた可愛らしい色をしておるのう……」 「――――!」 「ふ――っ」 「ぁぅっ!」 「ふふ……息を吹きかけただけなのに。  感じやすいというのは、真のようじゃ」 「では、早速」 「ぇ……? ぁぁっ! あ――ぁはっ!」 「ん? どうした、星?  何をされているのか、言ってみよ」 「ミヅハノメ様の……指が……ぁあっ!」  星のクリトリスを、ミヅハの指先が執拗になで回す。 「指が、どうした? 気持ちいいのか?」 「ぁ……ん……んん……よ、よく、わからないです。  ただ――ああっ!!」 「こんな、感じ――はじめて――!」 「おぬしはわからぬつもりでも、身体はわかっておるぞ」 「ほれ。おぬしの突起が、どんどんと大きくなっておる」 「ぁあっ! ん――んん――ん――!」 「しかも、こっちの方は大洪水じゃ」 「水神のわらわの力あればこそかのう?」 「ん……ぁあっ、ん――――!  んんっ、んっ、ん、んんん――?」 「どうした? 気をやりそうか?」 「わ、わかりませんッ、ただ――んぁっ!  身体が――勝手に、んっ、んんっ、んんん――――」 「まだじゃ」 「ぇ……?」 「おぬしには、こちらで達してもらわねばのう」 「ぇ? ぁっ、んん――――ッ!!」 「ほら、人差し指がゆっくりと――」 「い――いや、あ――いやあっ!!」 「ん? 星、これは嫌か?」 「嫌……です……」 「私……はじめては……」 「ミヅハノメ様のあそこに、破って欲しい……」 「わらわを誰と心得る?」 「水神ミヅハノメ様じゃぞ」 「破らぬように、優しく……」 「ぁぅ……ぁ……ぁ……ん……!!」 「優しく、おぬしをいかせてみせようぞ」 「んぁ……ん……ん、んん…………!!」 「ほう。1本でも随分ときついのう。  どれ……ゆっくりと、出し入れするぞ」 「んぁっ、あぁ、あ――あ! あ! ああっ!」 「良く濡れておるし……意外と伸縮自在じゃの」 「では、早速2本目を――」 「えっ、ぁ……あんっ!  ちょっと――まだ――ああああっ!!」 「んんん――! 流石にキツイか?」 「はぅっ――ん――んん――!!  んんっ! ん――んんん――」 「ほれ、聞こえるか?  おぬしの中が、こんなにいやらしい音を立てておるぞ」 「そんな――んっ、んぁっ、あっ! あああッ!!」 「大きな声を立ておって。気持ちいいのじゃな?」 「そんなぁっ!  わ……わ、わかりませ――んんんッ!!」 「ならばすぐに、わかるようにしてやる」 「え? ミヅハノメ様……?」 「ゆくぞ。気を失わぬよう、気をつけろ」 「え? な、ちょっと――」 「ほれ。ほれほれほれ――!」 「や! あ! ぁあっ! あっ! あっ! あっ!!」 「なんじゃこの嫌らしい穴は。  少し動かしただけで、ぐねぐねと吸い付いてきよるぞ」 「ああっ! だめっ! いや! あ! あああッ!!」 「ここか? ここじゃな?  おぬし、ここがいいのであろ?」 「いやっ! ちが――ああああああっ!」 「わらわに嘘をつくか。嘘をつくならば――」 「お仕置きじゃ」 「――――――――――ッ!!!!」 「せり上がってきているのを感じるであろ?  ああ、このままでは本殿を汚してしまうのう」 「だめ――ッ! それは――それはなりません――!!」 「しかし、もうおぬしには止められぬぞ。  諦めてわらわに身を任せるがよい」 「んぁ――ッ、ん、んん――――!!」 「どうした? 我慢は身体に毒じゃぞ。  ああ、それとも……そうじゃのう」 「我慢すればするほど、気持ちいいと言うからのう」 「そんな――ッ! 殺生な――んぁッ!」 「ほれ、よだれなど垂らして……もう我慢も辛かろ?  私の指で、気をやるがよい」 「よ――よろしいのッ――ですか――ッ?」 「構わん。ほれ、わらわに合わせるのじゃぞ」 「は――は、はい――ッ!!」 「気持ちよかろ? ほれ、ほれほれほれほれ!」 「――――ッ!! ――――ッ!! ――――ッ!!」 「気持ち、いい――気持ちいい――です!  ミヅハノメ様――いって、いい――れす、か?」 「ああっ、あっ! ぁあああっ! ああ、ああああ」 「ゆけ」 「ミヅハノメ――さま――ああああああッ!!」 「あぁあぁあぁあぁっ! すご……ああっ!  いやああっ! 止まらない……とまらないっ!」 「ああっ! ぁあっ! あっ! あああああああ!  気持ち……良くて……ああっ、あ……あ……ああっ」 「はぁっ……はぁっ……はぁ……はぁ……ん……くぅ」 「ふふ……こんなに濡らしおって」 「流石に水神といえども、いやはやこの量には――」 「ミヅハノメ様――」 「ん……? きゃっ!」 「もう……我慢なりません」 「我慢ならぬと――いや、しばし待て」 「待ちません」 「ミヅハノメ様には、意地悪ばかりされています」 「だから、今夜ばかりは、私が――」 「ぁぅっ! ぁ……あ……ああ……あああッ!!」 「あ……ん……ん……ん……ん……  んん……ん……ん……!!」 「んあぁっ! んぁっ、んん……  ん……んっ、ん……ん、んんん…………!!」 「星!」 「んぁっ、あ……はい」 「まったく、馬鹿者が!」 「はじめてなのであろ? そんなに急かずともよい」 「わらわが、おぬしを優しく導いてやるでな」 「ぁ……はい……。お願い……いたします」 「とはいうものの――」 「わらわの優しさは、厳しさに似ておっての」 「きび……しさ?」 「おぬしに合わせても、苦しみが長引くだけじゃ」 「突くぞ」 「え……ぁあぅんっっ!!」 「ぁぅっ! ぁくっ! ぁっ! ぁっ、ぁ…………!!」 「つぅっ! いた……ぅくぅっ! ぅ……!!」 「星、しばしの我慢じゃ!」 「わらわも、本当は辛いのじゃぞ」 「じゃが……おぬしのことを思えばこそ。わかるな?」 「は――はぃっ! ミヅハノメ様のっ! 気持ちが!  痛いほどッ! 伝わって――んくぅううっ!!」 「ほれ、目を閉じるな。わらわの顔を見よ」 「顔を……?」 「どうじゃ? わらわは、どんな顔をしている?」 「どんなって、その、ミヅハ、ノメ、様は……」 「私の、顔を、まっすぐ……んはぁっ……  まっすぐ、見つめて……」 「すごく……その……んくぅっ、ん……」 「なんじゃ? どんな表情じゃと、訊いておるのだぞ?」 「上気していてッ、満足げで……」 「いやらしいっ、目つきを、しています……ぁんッ!」 「よかろう。ならば――んんっ!!  わらわから見た、おぬしの顔も、教えてやる」 「目をとろけさせて……唇を半開きにして……」 「ぇ……そ、そんな……ぁぁっ!!」 「意識は定まらず……わらわのなすがまま……」 「いや……恥ずかしい……です……」 「おやおや、よく言うものじゃ」 「さっきから、わらわは動いておらんぞ」 「ぁあっ、ん……ぇ……うそ……?」 「形のよい胸を激しく揺らし……  自らこのように腰を振っておいて……」 「今更、恥ずかしいも何もあったものではなかろうて」 「ぁぅっ、う……そ、そんな……  そんなこと……あっ、ありま……せん」 「良かろう。わらわは黙っておる。  おぬしの好きなように、動くが良い」 「私の……好きなように……」 「ほれ、遠慮するでない。  わらわを気持ちよくしてたもれ」 「は、はい。  では私が、誠心誠意、お仕えさせていただきます」 「んちゅっ、ん、んん――!」 「んむ――ちゅ――んちゅっ、ちゅ――」 「んちゅ……はぁ……はぁ……はぁ……  口づけの度に、どんどん硬く――」 「ぅ……ぅぅ、仕方なかろ。  おぬしのそこが火照って、わらわも――」 「こうですか? こう? こうですね?」 「はぁっ! ん……」 「ぁ……んんっ、この角度が……よろしいのですね?」 「ぅ……ぅむ、これはたまら――んっ!」 「もっと――きつく――!  ミヅハノメ様が、心地よくなるように――!」 「ぁっ! んぁっ! ぁっ! ぁっ あ――  ああっ! あっ! あああああ、あ――――!!」 「な……こら、星!  そんな……動くと、コラ! 離――んむっ!」 「んちゅ――んっ、んぁっ! んっ! ん、んん!」 「んちゅっ! ん――ば、ばかっ、やめ……んんっ!!」 「んちゅっ、んっ! んあっ! またッ!  私、また――ミヅハノメ様ッ!」 「ばかっ、やめ! あ……あっ!  駄目、漏れて――いやっ、あ――ああ――あ――」 「あああああああああああああ――――ッ!!!!」 「んんっ、んっ、んっ、ん、ん、んん……?」 「あぁ……ぁ……ぁぁ……ぁ……」 「あ……れ? ミヅハノメ様?」 「う……うううう……」 「ば、馬鹿者! この、馬鹿者があっ!!  わらわとて、久々なのだぞっ!」 「身勝手にするから、わらわも我慢ならず――」 「す……すみません……  私も、つい夢中に……」 「くそう……まさか、手玉に取られてしまうとは……」 「ええいっ!!  このままでは、引き下がれぬッ!!」 「ああぁっ!!」 「今度はわらわが、おぬしを達させてみせようぞ!!」 「ぁあっ、んっ、んぁっ、んんんんッ!  すごっ、いっ、まだっ、出したばかりなのに、硬く――」 「おぬしこそ、ほれ」 「乳首をこのように硬くして――」 「ああっ! ミヅハノメ様――  指先で――そのように、こねくり回されては――」 「身体を……痺れるような、快感が……」 「いわずとも、わかるでのう。ほれっ!」 「ああっ! いやっ! あっ! あっ!」 「どうじゃ?  後ろから突かれると、また違うであろ?」 「はぁあっ、あっ! なに、これ――  おおきいのにっ、押しこまれ――ああっっ!!」 「すごっ、すごい――さっきと、動きが――  ああっ、全然、ちがう――ううっ!!」 「はは、このように尻をひくつかせて……」 「ああっ! あっ! あっ! 駄目ッ!  ミヅハノメ様――怖いっ!」 「怖い? 姿が見えぬと、怖いというか?」 「おぬしはわらわを、感じておらんというか?」 「そ、そういうことでは……ありませんけど……」 「大丈夫じゃ。見えなくとも、感じるじゃろう?」 「この声を――」 「はいっ!」 「この感触を――」 「はぁっ、ん――わらわを――感じるか?」 「感じ――ますッ! ミヅハノメ様をッ!  奥のッ! 奥で――!!」 「ならば、安心して身を任せるのじゃ」 「さすれば、思い切り、気持ちよくしてやるからのう」 「ミヅハノメ様――」 「お願いします――  私を、どうか、あなた様の思うがままに――」 「ういやつよ――のうっ!」 「んぁっ! あああああああああっ!!」 「んはぁっ、ん……どうじゃ? 深いじゃろ?」 「ああっ! ふかッ、いッ!  私のッ! 奥のッ! 一番んんッ! 奥まで――!!」 「そうじゃ!  星よ、おぬしの身体、わらわがもらい受けたっ!!」 「全てを、わらわの色に、染めてやるっ!!」 「わらわ以外のことを考えられぬよう――  おぬしの頭を全てっ! わらわで埋め尽くしてやるっ」 「ああ……なんという……幸せな……お言葉……」 「しかし……もう、私の頭は……」 「疾うの昔にミヅハノメ様に埋め尽くされておりまする」 「――――ッ!!」 「ああああああああああッッ!!」 「あああっ! ああっ! すごいっ!   すごくて――すごすぎて――ああっ!!」 「わらわも――よい、よいぞっ!  おぬしが、気持ちよくて――ううっ!」 「すぐにでも――気をやってしましそうじゃ」 「くださいっ!  一滴残らず――私に、注いでくださいっ!!」 「忘れるでないぞ……!」 「ずっと、ずっと、わらわを――んんんんっ!!  忘れてくれるなよ――!」 「は、はいっ! ぁあっ! ぁ――んくぅっ! 私――  ミヅハノメ様を、ミヅハノメ様を――ああああっ!!」 「絶対――ぜったいっ、忘れません!」 「ああっ、愛しております!  心の底から、愛しておりますッ!!」 「わらわもじゃ、星――ッ!!」 「はぁ――はぁ――んん――!  では――そろそろ、ゆくぞ――」 「おぬしの中に――わらわの――!  わらわの証拠を、刻み込むぞッ!!」 「ぁっ! はいっ! ください!  私にッ! ミヅハノメ様をッ! くださいッ!!」 「んくぅっ、んっ、ん――ん――ん――  んあっ、あっ! あっあっ! あっ!!」 「ぅくぅっ! ぅっ、ぅあっあっ――――  ぁぁっ! あっ! あっ! あっ! ああああ!」 「んくぅぅぅぅぅぅ――――――ッ!!!!」 「んくぅっ、ぅ――ん――ん――」 「ぁ……ぁぁ……はぁっ……はぁ……」 「ん……ん、んん…………ん…………」 「はぁ……はぁ……ん……星よ……  わらわを……しかと、身体に刻み込んだな?」 「ん……は……はい……」 「私の……中に……ミヅハノメ様が……はっきりと……」 「泣くでない。泣くでない、星よ」 「は……はい……私……泣いてなど……」 「すまぬ、星。わがままばかりで、本当に――」 「構いません」 「私は、神に仕えるもの」 「これをいただいただけで、私は――」 「天にも昇る、気持ちでございます」 「それでは……そろそろ時間かの」 「……はい」 「泣くな、星。  この姿ではないが、わらわはいつもおぬしの側にいる」 「……はい」 「だから、泣くなと言っておろう」 「すみません……」 「私の……ミヅハノメ様への想いが、止まりません……」 「そうか……」 「では――ゆくぞ」 「今、わらわは神の力を以てアザナエルを放ち――」 「廃墟と化したこの秋葉原を――」 「大禍で命を失ったものたちを――」 「再び、元の姿へと還す」 「ミヅハノメ様……」 「――さらばじゃ」 「なんか、すごいところ見かけちゃったね……」 「う……うん」 「あ、あのさ……もう少し、見てても……」 「駄目!」 「ああいうの、邪魔しちゃ駄目に決まってるでしょ!」 「でも、アレは事件――」 「ほら、良いから初詣初詣!  表に並びましょ!」 「アレ? 今のアザナエルの――」 「違った?」 「あれ? 今、空に鳥が――」 「鳥?」 「ま、いいや。とにかく改めて……」 「あ、あれ? あそこに――」 「ちょっと! なに話逸らそうとしてるのよ」 「いやいや、違う! 違うから! ホラあそこ!」 「おう! 恵那とアッキーではないか!」 「おめでとうございます!」 「今年もよろしくね、ミヅハちゃん」 「うむ! こちらこそ、よしなにな」 「皆、無事に新年を迎えられてよかったよかった」 「ホントだな。今年も平和な年でありますように……」 「ん? 平和な……年?」 「ミヅハ様! お客様がお待ちですよ!」 「やれやれ……新年早々忙しいのう」 「ではふたりとも、わらわはこの辺りでお暇するぞ」 「うん。じゃあ、さよなら」 「またな」 「ふぅ……ちっちゃいのに、頑張るなあ」 「でも……あれ? ん?  なんか、おかしくない?」 「なんだ? またいつもの迷推理か?」 「いや、そうじゃなくて!  あれ……? おかしいな」 「なんか、すごく大事なことを忘れてるような……」 「何を?」 「何をってそりゃ……」 「……………………」 「……駄目だ。思い出せない」 「思い出せないってことは、大したことじゃないんだよ」 「そんなことは……ないと思うんだけど」 「ほら、早く初詣終わらせてスーパーノヴァに行こ!  年越しライブ、やってるはずだろ?」 「う、うん。そうだね」 「そうしよっか」 「ああ。一緒に――ん?」 「なんだ、あれ?」 「まちが……しろいはねに、つつまれていく」 「どんどんはいきょがきえて――もとのまちなみに?」 「…………あ」 「花火」 「うん」 「きれい」 「そっか」 「いつの間にか、年を越してたんだな」 「ん……? ってことは待てよ!」 「オレ、河原屋組の取り立てを振り切った?」 「すげー! オレすげー!」 「…………」 「よっしゃ! 今夜は祝いだ! 寿司でも――」 「いや、でも待てよ。金がねーな……」 「うう……困った……!  正月早々、みそを舐めながらの生活……」 「ん? どした、ノーコ?」 「ふしぎなかんじ」 「きゅうに、からだがかるくなったみたい」 「わたしは……たいせつなものを、うしなった?」 「大切なもの? なんだそりゃ」 「わからない」 「ま、それなら大したことじゃないんだって」 「…………」 「そんな顔するなよ」 「しかし……ううっ! 寒くなってきたな」 「そろそろ、帰ろうか」 「うん」  ノーコは空を滑り、扉に手をかけ――  指先が、ノブを滑る。 「…………」 「どうした?」 「なんでもない」 「ただちょっと、ゆめをみていただけ……」 「白昼夢……ってわけでもないよな。この時間だと」 「いい夢だったか?」 「めざめるのが、おしいくらい」 「そうか」 「ねえ、にとり」 「これから、どうする?」 「ん? そうだなあ」 「そりゃもちろん、これからはだな」 「在庫は山とあるし……金はないし……  ってか、結局借金は返せてないし……」 「……だめだ。死にたくなってきた」 「……ごめん」 「まあ、でもいいさ。  とりあえず家に帰って――」 「姫はじめだッ!!」 「……にとり、だめおとこ」 「う、うるさい!」 「そのうえ、へんたい」 「はいはい、そんなの知ってるって!」 「でも、わたしは」 「だめなにとりが、すき」 「――は」 「なんか……なんだろ? 泣けてきた」 「オレも、白昼夢見たのかもな」  呟きながら、似鳥は脳内彼女と一緒に、階段を下りた。 「ここだな……」 「こ……こんな遅くに、大丈夫ですかね?」 「ビビってんのか?」 「そ、そんな意地悪言わないでもらえますか!」 「なあに、大丈夫だよ」 「年が明けたら、初詣客も来るし。  ――ってか、早くしねぇとやべぇな」 「うわ! ね、猫がたくさん!」 「なに!? ほ……ホントだ!」 「おいなりさんがタヌキなのに、猫だらけだな」 「やばい……にゃんにゃんパラダイスじゃねぇか……」 「オレ、ここに住んでいいですか!?」 「それもいいけど、こいつらを埋めてからにしようぜ」 「む……けち!」 「恵那ちゃんの話だと、確かここら辺に――」 「……ここか」 「みたいですね」 「ブー」 「はい、ただいま!」  ブーはどこからか、折りたたみのシャベルを取り出す。 「ほら、みそ! 後は頼んだ!」 「あいよッ!!」 「よいしょっ! んしょっ! こらしょっ!」  墓穴を作り始めたみそを尻目に、沙紅羅は抱きかかえた狸の身体に向かって囁く。 「ごめんな、お前たち」 「本当は、助けてやりたかったんだけど」 「アタシには、力不足だったみたいだ」 「姐さん。自分を責めないでください」 「……そんなんじゃねぇよ」 「ただ……なんていうか、神様は残酷だなあって」 「これでも願いが通じないなら、ちょっと、辛いよな」 「姐さん……」 「大丈夫ですよ、姐さん!」 「え……?」 「そのときのために、オレたちがいるんです!」 「そ、そうです!  オレたちが、いつでも側にいますから!」 「みそ、ブー……!!」 「ふたりとも……あんがとな」 「アタシ、この旅で、色んな人と会った」 「色んなことを知って、色々楽しいこともあって――」 「もちろん、辛いこともあった」 「それが全部吹っ飛ぶ、なんて都合のいいことはない」 「けど――あんたたちのおかげで、なんとか明日も、歩いて行けそうだよ」 「どこまでも、お供します」 「……ありがと」 「んじゃ、そろそろ時間です」 「埋めてあげましょう」 「ああ」  ブーがゆっくりと、2匹の狸を穴に横たえた。  みそから沙紅羅に、スコップが手渡される。 「――ふぅ」 「どうか天国でも……幸せに暮らしてください」 「なむなむ……なむなむ……」 「どうか化けてでないでくださいお願いします」 「おいバカ! なに縁起でもねぇこと――」 「はれ?」 「ん、んん……」 「ん?」 「な、なんだ?」 「わわ、わわわわわ!」 「や、やっぱりお化け!」 「バーカ! そんなわけ――」 「ゆ……夢だったんですか?」 「夢……」 「え?」 「この声――」 「しゃべってる――!!」 「「「ぎゃああああああああッ!!」」」 「え? しゃべってるって――あ!」 「――――ッ!!」  目を覚ました2匹の狸が、一目散にその場を逃げ出す。 「な……なな、な……今の……見たか?」 「み……見たような……幻覚だったような……」 「幻覚じゃない! 確かにアレは、タヌキ!」 「タヌキが――タヌキが――アレ?」 「なんでオレたち、こんなにびびってるんだ?」 「そ、そりゃお前、タヌキがしゃべったからだろ!」 「そうだよ!  しゃべるタヌキなんて、びっくりするだろ」 「びっくり?  いや、でもアレって、フウリの声だったよな?」 「フウリがしゃべるタヌキって、あれ?  アタシ知ってるような……」 「ってか、なんかもっと重要な問題があったような……」 「重要な問題?」 「って、なんだ?」 「いや、そりゃお前、その……あれ? なんだっけ?」 「…………」 「…………」 「あ……あの……」 「わ! さっきの――」 「こ、こんばんは」 「どうも」 「あの……」 「やっぱり、見ちゃいました?」 「見ちゃった」 「ですよね……きゅうっ」 「タヌキの《さと》〈郷〉のしきたりで、人間にはばれちゃいけないことになってるんですが……」 「そ、そうなのか? まずいな」 「まずいんです!  本当は、始末しないといけないという古い掟が――」 「始末!?」 「いや、でもそれはあんまりですし!」 「結構適当な掟なので、あの……  バレてたこと、ヒミツにしてくれますか?」 「ヒミツ?」 「って、そんなんでいいの?」 「はい! 黙っててくれれば、大丈夫!」 「いや、まあそれでいいんなら、いいけど」 「な、ふたりとも。ヒミツにしておけるよな?」 「は、はい! もちろん!」 「天に誓って! 誰にも言いません!」 「ありがとうございます!」 「ふぅ――よかった。一時はどうなることかと」 「でもさ、なんでこんなところでこんなカッコで?」 「なんでって、それは――」 「それは、あれ?」 「私……なんでこんなところにいたんでしょう」 「っていうか、さっき隣にいたもう一匹の狸は?」 「もう一匹?」 「……寝ぼけてて、全然気づきませんでした」 「あれ? ところで今は何時――」 「そういやそろそろ、日付も変わって――」 「え!?」 「日付が変わった!? って、たいへん!」 「ど、どした!?」 「スーパー・スーパーノヴァが、もう始まってる!」 「え、でもライブって中止じゃ――」 「そ、そうかもしれません」 「どうしよう! 今日のライブ――  メジャーデビューがかかった、大事なライブなのに」 「迷ってる場合かよ。近いんだろ? ほら、走れって」 「いや、でも――」 「きっと、みんな待ってる」 「…………」 「大丈夫。アタシを信じろ」 「手遅れなんて、なにひとつありゃしねーんだよ」 「手遅れなんて、ない……?」 「きゅううう! 呼び出し電話が――!」 「バンドのリーダーからだ……」 「ほら、いいから出てみなって」 「う……うう……」 「ほら!」 「は……はい」 「あ……もしもし鈴ちゃん」 『コラー! フウリちゃん! どこで油売ってるのッ!!』 「ご、ごめんなさい! 今……柳神社に――」 『すぐそこじゃないの! さっさと来なさい!』 『今はロクロー様に時間を保たせてもらってるから!』 『ニコちゃんも待ってるんだから!  そしたら速攻でライブ始めるわよ!』 「え? でももう――」 『こんなにお客さんが来てるのに、時間通りに始まんないないからって休むわけに行かないでしょ!』 「わ、わかりました! すぐに行きます!」 「沙紅羅ちゃん! ありがとうございます!」 「おかげさまで――」 「いいからいいから。それよりほら、早く行きな」 「は……はい!  ホントに、ありがとうございました!」 「ああ。それじゃ、な」 「あ……あの!」 「なんだ?」 「もしよかったら――ライブ、見に来てください!」 「スーパーノヴァで、いつでも待ってますんで!」 「おう、サンキュー!」 「お前も、がんばれよ!」 「は……はいっ!」 「…………ふぅ」 「い、行きましたか?」 「ったく、いつまで震えてやがんだよ」 「元がタヌキってだけで、立派な可愛い女の子じゃねぇか」 「オレはもうちょっと未成熟な身体が――」 「ブー? なんか言ったか?」 「何でもありませんッ!!」 「ふぅ……なんか、アレだな」 「よくわかんねーけど、スッと肩の荷が下りた感じだな!」 「ですね」 「じゃ……この調子で、行きますか?」 「ん――そうすっか」 「どーじんしは見つからなかったけど……」 「去年中には間に合わなかったけど……」 「今からでも、会いに行ける」 「手遅れなんてない」 「なあ、そうだろ? 神様……」  沙紅羅の見上げる星空に、明るく花火が瞬いた。 「ノーコッ!! 似鳥ッ!!」 「…………」 「似鳥……ノーコ……」 「――ッ! マズい!」 「死体を映しちゃ……」  ミリPが慌てて、横たわるノーコからカメラを逸らす。  彼女の顔からは、止めどなく血が流れている。 「う……うう……う……うううう……」 「ノーコ……ノーコ……」 「なあ、うそだろ?」 「え……? おい、身体……?」  似鳥が抱きしめるノーコの身体は、ゆっくりと輪郭がぼやけ、透けていく。 「や……やめろよ、おい!」 「ノーコ! 行くな! 行くなって!」 「バカ! 待てよ! 聴け! 言うこと聞けって!」 「コラおい! おいってば!!」 「ノーコ……! ノーコ!」 「ノーコ――――――――ッ!!」  ノーコの姿が消え、代わりにカッターナイフが落ちた。 「あ……あ……あああ……」 「おわ……った……?」 「おわり……おわり……だ……」 「似鳥……」 「大丈夫か……?」 「あ……はは……あはははは……」 「わかんね……わかんねーや……」 「なんで……なんで、こうなっちまったんだ?」 「似鳥……」 「なあ、沙紅羅……教えてくれないか……?」 「オレ……いったい……どうすれば……  どうすればよかったんだ?」 「おまえがオレだったら――どうしてた!?」 「…………」 「悪ぃ。わかんねぇ」 「それ、やっぱり、おまえのいうとおりだわ」 「自分で引き受けて、乗り越えて、その先を掴むべき。  そういう悩みだわ」 「アタシには……なにもできねぇ」 「……すまねぇ」 「ああ…………」 「…………うん」 「悪い」 「ん、いや……いい」 「さあさあ! テレビ中継は中止されちゃったけど、こうしてる場合じゃないわよ!」 「あ、そうだ! やべ!  ――似鳥、アザナエル借りてくぞ!」 「え? なんで――」 「時間がねぇ! 一緒に来いッ!!」 「フウリが今……腹を切られて、死にかけてる」 「フウリって……あのフウリちゃん!?  なんで、ワケわかんない!」 「切られてって――もしかして――」 「ノーコの、せい?」 「普通の医者には治せねぇ!  こいつを使うしかないんだ!」 「でも、大丈夫なの?」 「大丈夫って、なにが?」 「だって、さっき一発撃っちゃったってことは……」 「ん?」 「なんだ?」 「地鳴り?」 「え――?」 「うそォ――」 「た――」 「タヌキぃぃッッ!?」 「ってか……でけぇ!」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「正気を失ってる?」 「タヌキってことは、やっぱりフウリ……?」 「いや、あいつは貫太です」 「ブー! みそ! 平次も!  無事だったのか!?」 「オレたちはな。でも――フウリは――」 「それが――フウリか」  みそが抱いているのは、腹を割かれ、真っ赤な血を流す一匹のタヌキの姿――  しかしその胸は、もう呼吸をやめていた。 「結局、貫太の治療は間に合わなくて、それで……」 「なあ、貫太っていうのは?  あの大狸……なのか?」 「ああ。フウリの古い友人だって言ってた」 「懸命に治療したんだけど、間に合わなくてな。  目の前でフウリが命を失って、それで――」 「やっぱり……これ……ノーコがつけた傷……」 『――を映しちゃ……』  体勢を整えたその瞬間、肘にリモコンが挟まる。 「あ、ごめ――」 「待って」 「今のテレビ……」 「……しばらく、お待ちください?」 「いや、でも確かに」 「恵那!」 「千秋……?」 「謎も、事件も、全部いらない」 「恵那が欲しい!」 「――千秋」 「カッコはそんななのにさ。  こういうときには、ちゃんと男の子なんだね」 「ちゃ、茶化すなよ!」 「……うん、いいよ」 「私のはじめて、千秋にあげる」  恵那が静かに、瞳を閉じる。 「…………」 「ん…………」 「…………」 「んん…………」 「…………ゴクリ」 「ゴクリじゃないでしょっ! もう!」 「さっきまで、男らしかったのに……急にヘタレて!」 「へ、ヘタレなんかじゃない!」 「ホントに?」 「もっかい! もっかい!」 「うん……それじゃ……」 「…………」 「い、行くぞ!」 「……うん」 「とう!」 「ぐっ!」 「んっ!」 「いた、いたたたたた……」 「もう、なんなのよ!」  歯がぶつかり、ふたりが慌てて顔を離す。 「もっとよく考えなさいこのバカチビ!」 「な、なにを――!」 「私だって、ドキドキしてるんだから」 「だから、お願い……ちゃんと、優しくして……」 「…………」  急にしおらしくなった恵那を目の前にして、千秋は一度、大きく息をつく。 「恵那」 「なに、千秋」 「好きだよ……ん」 「ん――んん――ん――」  ふたりの唇が、重なる。 「んちゅ――ん――ん――」 「はん――んっ、んん――」 「私も――んちゅ――ん――  千秋のこと――好きなんだから――」 「ちゅ――だから、ちゃんと――んちゅ――幸せにして」 「恵那――ちゅ――」 「ぁ……んちゅ、ん――」  キスと共に千秋の指がぎこちなく、恵那に触れ……  触れ……  触れ………… 「ねえ、まだ……?」 「え、でも……」 「…………」 「もう! やっぱりヘタレなんだから!」 「だったらもう――」 「私の方から、攻めちゃうもんね!」 「な……ちょっと! 急に――やめ――」 「ん? 見た目は女の子だけど」 「なんかここ、持ち上がってる……まさか……」 「コレは事件!?」 「べ、別に事件じゃないし! 普通だし!」 「えー? でも、女の子にこんなのはついてない――」 「男の子です!」 「ふぅん。じゃ、その証拠見せてもらおっかなぁ」 「ほら、スカート上げて」 「お、オレが!?」 「そ。男の子なら、その証拠見せてくれないとねえ……」 「うう……う……」 「ほら、これでいいだろ?」 「すご……はみ出してる……」 「しょうがないだろ! パンツちっちゃいんだし!」 「なんか、記憶のと違うね。ちょっとグロい」 「ってか、こんなおっきくなるんだ。  女の子のカッコで興奮しちゃった?」 「バカ! オレはヘンタイか!?」 「ただ……恵那が可愛かったから、それで……」 「ありがと」 「あ……あのさ、恵那。  なんかオレ、苦しくて……」 「え? 苦しいの? もしかしてクリマン――」 「違う、あの、そうじゃなくて……ここ……」 「ん? あ、ああ……そっか」 「名探偵富士見恵那としたことが、そんなことにも気づけないなんて、まだまだ修行が――」 「いや、推理はいいから……お願い」 「そうね。それじゃ……ええと、手でいいのかな?」 「たぶん……」 「えと、それじゃ――触るね」 「ぁあぁあっ!」 「ぁ! ゴメン! 痛かった?」 「痛いっていうか、そこ、敏感だから。  周りの方から、ゆっくり……」 「あ……熱い。血管が浮き出て……どくんどくんって」 「それに、硬い……? でも、骨って入ってないのよね」 「柔らかいときはふにゃふにゃだから、たぶん……」 「人体にもこんなに謎があるなんて……事件だわ」 「そ、そうか……?」 「それに私も、千秋のここを触ってるだけなのに、なんか胸が熱くて……」  恵那の左手が、もどかしそうに彼女自身の股間を押さえつける。 「あの……恵那? 動かしてくれるか?」 「動かすって……?」 「軽く握って、前後に」 「え……ええと……こう?」 「あ……う、うん。それ、繰り返して……」 「繰り返すって……こう、かな? ん……」 「ん――あ、ああ――そう――いいよ」 「え……そ、そんな声出すんだ」 「わ――悪いかよ――だって、ぁ――」 「いつもよりす――すごく――気持ちいい――」 「あ、そっか。  エッチなゲームとかしながら、ひとりでやってるんだ」 「そんな推理――しなくても――ぁ、あッ!」 「速く動かしちゃったりして。  このくらい、平気だったよね?」 「あ、う……大丈夫だけど。  ちょっと速すぎて――ああっ!」 「あは、身体よじっちゃって」 「ふんふん……そうか、だんだん思い出してきたぞ」 「ぇ……? 思い出したって?」 「参考資料の話。  確かこうして……ん……くちゃ……」  恵那は舌を出し、自分の指に唾液を馴染ませる。 「こんな感じ……かな?」 「あ、ちょっと……ちょ……ああああっ!!」 「何コレ? すごく……ぬるぬるして……  さっきまでと、全然違う……」 「ここは?」 「ぁあっ! あ! そんな! だめぇっ!  あ! ああっ! あ! あ! あ!」 「こ、腰引けちゃってる!?  やっぱり、敏感なんだ?」 「ぁぅぁ……ぁぅ……だめ……だめっ!  もう、出ちゃう……いく、い――」 「だーめ」 「えええええ……?」 「さっきのお返しだもんね」 「そ、そんなぁ……」 「あ……これ、私のツバじゃないよね」 「ぬるぬるしたの出てきて……  ホントに、気持ちよかったんだ」 「あ、あたりまえだ――ぁあっ!!」  声を荒げかけた千秋を、恵那の指が再び刺激し始める。  それと同時に、彼女が自ら股間に伸ばした指も、怪しげに蠢き始める。 「ほら……更に指先ぬるぬるになって。  くちゅくちゅ……音、たっちゃってるよ」 「い……言うなよ……そんな……ああっ! だめ!」 「見た目も声も女の子みたいなのに……スカートからこんなの生やしちゃってて……」 「う……うるさい……ああああッ!」 「だめ! 先っぽ……だめ、きもち……よすぎて……  も……う……限界……」 「だめだってば」 「うう……駄目って、なんだよぅ……」 「男の子だったら、ほら。我慢強いところ、見せてよ  それとも、格好通りの女の子になっちゃう?」 「ふ、ふ、ふざけんな! オレは男だ!」 「ホントかな……?」 「オレの師匠は言った!  人間、名前でも身体でもない」 「大切なのは――」 「ここ?」 「違うよ! 心だよ!」 「それじゃさ、これから10数える間だけ、我慢して。  それが、我慢できたら……うん」 「男の子に、してあげる」 「え?」 「あの、それって……」 「……わ、わかるでしょ! そのくらい!」 「あ……う、うん」 「よし、わかった!!  オレ……絶対、我慢してやる!!」 「その意気その意気。  それじゃ、行くよ」 「よっしゃ! 来い!」 「じゅーうー」 「ちょ……ちょっと長くない!?」 「きゅーうー」 「って、全然きいてな……んんっ!」 「はーちー」 「はぁっ! ん……く……くぅ……」 「なーなー」 「まだ……まだか……よっ!」 「ろーくー」 「ああっ! そんな! 激しくしたら……だめっ!」 「ごーおー」 「限界……いやでも……ううっ、がんば……ああああっ」 「よーんー」 「さきっぽだめ……やめっ、ん……んくっ、ん、くぅ」 「さーんー」 「はぅぅっ! んぎゅ……ぅ、ぅ、ぅぅぅ……」 「にーいー」 「んぐっ、ん、んんっ、ん、んんん、ん……!!」 「いーちー」 「あ! あ、らめ……あっ、あっ、あ、ああああああ!!」 「ぜー」 「んぁぁぁぁぁぁぁあああああああッッ!!」 「きゃっ……」 「はぁっ、はぁっ、はぁ……はぁっ、は……」 「ぁ……ぅ……ぅぅ……ぅぅぅ……ひぐっ、ぅ……ぅ」 「え? ちょ、ちょっと!」 「ご……ご、ごめん……オレ、今度こそ……ちゃんとした男に、なれると思ってがんばって、それで……」 「なのに……ヘタレで、また、だから……また、恵那の期待に、応えられなくて……」 「バカチビ」 「千秋がどんな性格か、私が一番良く知ってるんだよ」 「そりゃ、男の子らしいのもいいけどね」 「私は、どんな千秋だって、好きなの」 「恵那……」 「ね、千秋。お願いがあるの」 「今度は、私を気持ちよくしてくれる?」 「大丈夫。焦らなくてもいいよ」 「でも、オレ――」 「早く、恵那を全部、見たい」 「……バカ」 「…………」 「…………」 「ちょ、ちょっと。  そんな見つめなくても……恥ずかしいし」 「あ、ゴメン。意外と胸、あるんだなって」 「鈴姉には負けるけどさ。  私だって、そこそこあるんだからね」 「…………」 「だ、だから黙んないでって」 「あ、うん。ええと……その……」 「その……これ、かわいい、柄だよな」 「…………ふふっ」 「な……なんだよ! 笑うなよ!」 「ゴメンゴメン。嬉しくて」 「ちゃんと選んだ甲斐がありました。ありがと」 「恵那……」 「……うん」  千秋の指が、恵那の胸に触れる。  ブラジャーの上から、恐る恐る指を滑らせる。 「ぁ……んん……ん……」 「どう、かな」 「え……? あ、んん……わかんない。  変な感じ?」 「すごく、ドキドキして、それで……  ちょっと、くすぐったいかも」 「千秋は?」 「やわらかい」 「バカチビ」 「直接、いい?」 「間の……うん。それだよ」  小さな音を立てて、谷間のホックが外れる。 「…………」 「……きれい」 「バカチビ」  恥ずかしげに言う恵那。  彼女の胸に、引き寄せられるよう手が伸びた。 「ぁあっ、ん――」 「先っぽ、立ってる」 「う……うるさい! 言わなくても……んんっ」 「んちゅ……んっ、ちゅ……」 「ぁあっ、そんな……いきなり、吸ったりして――」 「ちゅ……れろれろ……んちゅっ、ちゅ……」 「ぁ……んっ、んん……ん……ん……!」 「んちゅっ、ちゅ……ちゅぅうぅぅぅっ!」 「ん……こら! 吸ってばっかりじゃなく……  なにか、言いなさいよ!」 「……おいひい」 「ば……バカチビ!  なに、恥ずかしいこと言ってるのよ!」 「な……おまえが言えって言ったんだろ」 「言ったわよ! 言ったけど……!」 「…………へへ」 「な、なに?」 「恥ずかしがる恵那も、可愛い」 「な――な――!」 「バカばっかり言ってないで――ああッ!!」 「んちゅっ! ちゅ――」 「んぁっ、ん……んんっ!」 「だんだん、敏感になってる?」 「わ……わかんない」 「なってるよ。だってほら。指で摘むと――」 「んぁッ! ぁ……ん……んんっ!!」 「そんなッ、強く……引っ張ったら……ああっ!  だめ! 取れちゃう……んああっ!!」 「あ……恵那が指先ひとつで、そんな声出すなんて」 「それじゃ……その……」 「こっちを触ると……どうなっちゃうんだ?」 「――――ッ!!」 「さ、さわるぞ」 「ば、バカチビ!  いちいち言わなくたっていいし」 「あ……うん、ごめん」 「ん……んん……」 「恵那のパンツ……少し、濡れてる……?」 「こ、このバカチビッ!  いちいち言わなくたっていいって言ったでしょ!」 「…………」 「な、なによ!?」 「もしかして……」 「コレは事件!?」 「な、なにが?!」 「もしかして、おまえ……」 「はずかしい?」 「なっ!」 「ば、ば、ばばば、バカチビ――――っ!!」 「そんなの、そんなの――」 「恥ずかしいに、決まってるでしょ!」 「こんな格好してるもんね」 「――――っ!!」 「もう! 変なこと言わないで、早く――」 「早く?」 「ええと、だから、早く……」 「千秋が、気持ちよくして……」 「――――っ」 「よ、よぉし、じゃあそこまで言うなら――」 「だ、だめ!」 「いきなりはしないで、ゆっくり、優しく、ね!」 「わ……わかってるよ!」 「優しく、優しく……」 「んぁ……ん、んん……」 「わ、どんどんシミが広がって……」 「んん……ん……ば、バカ……言わないで……」 「ほら、ここかな? ここら辺が……」 「ぁっ、ちょ――あんまり――んんっ!」 「いや?」 「い、いやじゃないけど――」 「中に指、入れちゃったりして」 「ああっ、あっ、ちょっと、待って――」 「待つの?」 「あ……止めちゃ……」 「続けていい?」 「い……意地悪しないでよ、バカチビ……」 「へへーん、そんな強がり言ってていいのかなあ」 「ほーら、ここら辺――」 「んぁっ、んっ、ちょっと……  千秋、そんな……んんんんっ……!」 「うわ、あつい」 「すごく、びしょびしょで……音が……」 「音が立っちゃうくらい、ぬるぬるだ」 「んぁ……ぁ……んん……ん……」 「どこら辺が、気持ちいいのかな――」 「ん――ん――んんん――っ!!  あ――だめ、優しく――優しくして――」 「エロい声」 「そんな、耳元で――」 「胸も、ほら。先っぽがこんなに立って――」 「ああっ、いやだっ!  言わない――言わないでっ!!」 「んぁっ! あっ、あっ、だめっ!  そこだめそこだめだめだってばあっ!!」 「でも、気持ちいいんだろ? ここ?」 「気持ち、いいとかっ、わかっ!  わかんな――――んくぅっ!」 「ん――くぅっ! ああっ、あ――  そんなにしたらっ! 変にっなっちゃう!!」 「いいよ、変になって」 「そんなっ、でも――いや――あっ!  私――私、気持ちよくて――恥ずかし――」 「恥ずかしがらなくていいよ。ほら――」 「触ると、ビクビクって――ここが、気持ちいいの?」 「あああっ! そこ――そこっ、気持ち――いいよ!  気持ちよくて――ああっ! あっ! あ――」 「来る――気持ちいいの――来て――  千秋ッ! 千秋――私――私――!」 「あっあっあっあっ!! だめ、私――!  千秋の前で、いっちゃうの? いっちゃって、いいの?」 「いいよ、ほら――」 「ああああっ! だめ――だめっ!  そこ、たくさん、いじられたら――あっ! あ――!」 「私、んぁあっ、あっ、ああああっ!!  いく――いくっ、いっちゃ――う――!!」 「んくぅ――――――――――――――っ!!!!」 「んぁ……んはぁ……ん……んん……ん……」 「ちあ……き……の……バカチビ……  なんで、いうこと……聞かないのよ……」 「私……気持ちよくて……千秋の……良くて……  おかしく……なっちゃった……」 「はず……かしい……」 「ごめん、でも――」 「謝らないで。謝る……くらいだったら……」 「もっと……してくれる?」 「ここで、いいんだよな」 「……千秋、大丈夫?」 「それはこっちのセリフ」 「恵那、いいか?」 「……うん」 「来て」 「はぅっ……う……うう……」 「ん……んん……んん……」 「あつっ、ちょっと……ちょっと待った!」 「え……? あ、ゴメン……痛かったか?」 「痛いっていうか、ちょっと苦しい……かな」 「千秋は?」 「……びっくりするくらい、気持ちいい」 「うん、良かった……」 「あのさ、恵那」 「今は苦しいかもしれないけど、オレがすぐ、気持ちよくしてやるからな!」 「へへ……頼もしいんだ」 「じゃ、気持ちよくしてもらおっかな」 「え、でも……」 「名探偵富士見恵那を甘く見ないで。  ホントは、我慢してるんでしょ?」 「……我慢なんてしてない!」 「私もそう。  千秋にいっぱい、気持ちよくしてもらいたいだけ」 「だから、ね? 私のなかで、いっぱい動いて」 「一緒に、気持ちよくなろ?」 「……恵那」 「なに、千秋」 「好きだよ」 「私も……大好きだよ、千秋……!」 「ぁあっっ! んっ! くぅっ! んんんっ!!」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ん――  んんん――んんんんんん――――ッ!!」 「恵那……すごい、恵那に全部、包まれて――」 「わかるよ、千秋が、全部中に――ああっ!」 「恵那、ゴメン!  オレ、止まんない! 止まんないよ!」 「いいよ、千秋、止まんなくて、いいんだよ。  もっと、ね――好きなように――して――」 「ぁぅっ――んんっ――んっ――  はぁっ――はぁ――ぁ――ぁあ――あ――」 「ぁ……オレ……オレ……  恵那の中に、出たり、入ったり――」 「それで恵那が……こんなエッチな顔してるなんて……  なんか……信じられないっていうか……」 「ぁあっ、ん――なんか――  痺れるみたいになって――あれ?」 「気持ちいい?」 「そうかも――しれない――んんっ!!」 「じゃあ……もっとたくさん……!  気持ちよく……してやるっ!!」 「ぁぅっ――んっ――んっ――んん――  はぅっ! ぅっ! んんっ! んんん!!」 「ぁぅっ。あっ! ああっ! あっ、すごい――  千秋……千秋……うう……うう……う……!」 「え……あ、恵那? 痛かった――?」 「ううん……そうじゃ……なく、て……ね……」 「千秋と……やっと、一緒になれたんだって……」 「そう、考えたら、なんか……  悲しくないのに……涙が……っ!」 「探偵なのに、わかんないのか?」 「それは、うれし涙だぜ」 「そ……そのくらいっ! わかるってっ!  バカチビっ!」 「んあっ、あっ! あ……私、嬉しいの!」 「千秋と、一緒になれてッ! 幸せなのッ!」 「千秋と一緒にっ、エッチして――!  それで、ふたりで、気持ちよくなって――!」 「こんな幸せ――他に、なかったよ――!」 「オレも……恵那!  幸せで――気持ちよくて――だから――!」 「私のなか、メチャクチャに――しちゃって――!  メチャクチャにして、それで――」 「いっぱいいっぱい、千秋の、ちょうだい……」 「でもさ、オレ、こんなカッコしてても、男だから」 「その前に、恵那を気持ちよくしてから、な……!」 「千秋――んぁっ!!」 「あぁっ! あっ! すごっ! さっきより、全然!  力強くて、千秋の、気持ち――伝わる――!!」 「ああっ! だめっ! そんな――奧――  グリグリされたら、私――!!」 「恵那、いいよ。  好きなだけ、気持ちよくなって……くぅっ!」 「はあっ! ぁ――ああっ! あっ! あ――!  いいの? いく――いっちゃう、いく――」 「あんっ、あっ、あっ、あ、あああ――  んぁあああああああああ――――ッ!!」 「ぁ……ぁぅっ……ぅ……ぅぅっ!  ぅあっ……んっ……んくぅっ……ぅ……ああ……!」 「千秋……いる? すご……きもち……よかった……」 「ああっ! 恵那も――なか、きゅってなって――  ゴメン! このまま――動かないと――」 「いいよ……だから……あぁあっ……今度は……  このまま……私……だけじゃなく……」 「ぁぅ……ぅっ! 千秋……  今度は……千秋も……ね……?」 「ぁあっ……すごっ……また……はやく……!  いい……いいの……千秋の……きもちいいよう……」 「あたま……まっしろで……!  千秋の……こと……好きすぎて……幸せで……!」 「あ……千秋の、震えて……なにか、来る……?」 「うん、もう――オレも、もう――出ちゃ――」 「あっ、外、だめ……!!」 「でも――」 「いいの……っ! 大丈夫……だから!  だから、お願い……!」 「私の……中に……千秋……いっぱい……  いっぱい出して……」 「恵那――ッ!!」 「オレ、幸せにしてやるから!」 「絶対絶対、幸せにしてやるから――」 「うん、ありがとう……」 「いくよ、恵那」 「うん……んっ……んあぁっ! んぁっ!!  私も、また――んんんっ! またく、来るよ……」 「私に……千秋の気持ち、全部、ちょうだい……!!  幸せに……幸せに、して……ああっ、イく――!」 「あっ、あ、、イク、あっ、あっ、あっ――  あああああああああああああッ!!!!」 「ぁ……ぁ……ぁぁ……ぁ……  ぁ……んく……ん……んんっ、ん……」 「くぅっ……恵那……」 「千秋……千秋……ん……んふふふ……」 「ん……? どうした?」 「えへ……千秋の……いっぱい、入ってきて……」 「そんなカッコしてても、やっぱりさ……  千秋は、男の子なんだよね……」 「当たり前だろ!」 「だから……ギュッと掴んで、離さないでね……」 「誰が離すか!」 「オレ、神様に誓うよ!」 「恵那を一生守って、一生幸せにしてやる!」 「ふふ……バカチビ……」 「ありがとね」 「大好き……」 「沙紅羅!」 「ここか!」 「ああ、行くぞ!!」 「おうっ!! 覚悟――」 「おいコラ! 化けダヌキ! 聞こえるか!?」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「がッ! クソッ!」 「いいから撃っちまうか……?」 「駄目だ!」 「今撃ったら――その願いが、街を壊しちまうかも」 「く! けど――」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「がぁっ! ヤバい……」 「このままじゃ、ビルごと――」 「ってか、道路とか壊して――ああ、そっちは駄目!」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「あああっ! クソッ!」 「こうなったら一か八か――」 「木刀? しかも半分?」  沙紅羅は真っ二つにされた木刀、喝雄不死の片割れを手に取る。 「すまない、タカ! けど――」 「今のアタシには、これしかないんだ……」 「行くぜ、大狸」 「うおおおおおおおおおおおお――――」 「でりゃあああああ――――ッ!!!!」 「…………」 「あ。反応した……」 「ぐおおお……おおお……」 「よお、久しぶり」 「ずいぶんでかくなったもんだな」 「ぐおおお……おおお……」 「おいおい、大の大人がみっともねぇなあ」 「泣きたいときは、便所で泣けよ」 「ぐおおお……おおお……」 「まあ、その身体で入れる便所もねぇか」 「アタシにも、気持ちはわかるぜ」 「好きなヤツに先立たれんのは、辛いよな」 「ぐおおおおおおお…………」 「知ってるか? こいつはアザナエルっていう」 「ロシアンルーレットに成功すれば、撃たれたヤツの願いが叶うんだ」 「ぐおおおおおおお…………」 「ああ、そうだ。安心しろ」 「大丈夫。今、楽にしてやるよ」 「アタシがお前の願い、叶えて――」 「フウリを、この世に生き返らせてやるッ!!」 「ん?」 「アレ? なんで?」 「あ……そうか!」 「さっきの一発で、弾切れ――?」 「なっ!? ちょっと!」 「そういうことは、早く――」 「ぐおおおおおおおおおっっっっ!!!!」 「や……やっべ! 怒らせちまった――ぎゃっ!」 「ぐおおおおおおおおおっっっっ!!!!」 「クソッ! もう……駄目だ! 逃げる――」 「逃げねえ」 「は……?」 「ここで逃げたら……」 「ノーコが命を懸けてオレに伝えたことが、無駄になっちまうじゃねぇか――――ッ!!」 「いやいやでもお前、なんの手も――」 「ウッセーバカ!」 「勝算とか、そういう問題じゃないんだよ!」 「ぐおおおおおおおおお!!」 「オレは逃げねぇぞ! 今度こそ逃げねぇぞ!」 「ずっと、ずっと逃げてきたんだ!  逃げてきて、このザマなんだ!」 「オレは逃げねぇ! 絶対逃げねぇ!」 「逃げてたまるか! もう……もう……」 「もう……ノーコに……」 「ノーコに、あんな決断させて……たまるかよ……」 「昔のオレには――アイツが、必要で」 「必要だから、生み出されて」 「でも、もう今は、邪魔になった」 「捨て去らなきゃ、駄目になった」 「まだ、心は惹かれてるのに」 「だから、オレは苦しくて」 「苦しくて、苦しくて」 「だから、アイツをあんなに悩ませて」 「最後には、アザナエルまで――」 「あいつは……ただ……」 「ただ、自分を認めて欲しかったんだ」 「オレが、アイツのおかげで、この世界にいる意味が持てたみたいに」 「アイツも、意味が欲しかっただけで」 「オレから一言、欲しかっただけで……」 「オレが自分の気持ちを伝えるのが……遅くて、それで」 「あああっ! クソッ!」 「手遅れにさせて……たまるかよ……」 「ああ、今度こそ――今度こそ、認めてやるッ!!」 「オレは……オレは……オレだって……!」 「ノーコが……本当に……」 「本当に……好きだったんだあああああああああ!!」 「似鳥……」 「みんな……みんな、オレのせいなんだ……」 「誰のせいでもない……オレが……」 「ずっと、逃げてたオレが……悪かったんだよ……」 「う……う……」 「うぁぁぁぁああああああああああん…………!!!!」 「ひぐっ、う、う、うう……」 「え? 大狸?」 「うぁぁぁぁああああああああああん…………!!!!」 「うぁぁぁぁああああああああああん…………!!!!」 「うぁぁぁぁああああああああああん…………!!!!」 「うぁぁぁぁああああああああああん…………!!!!」 「なな……なんなんだよ、これ!?」 「ゴメン! 間に合った!?」 「ギリギリね」 「ってかそのカッコ、やっぱりクセに――」 「なってない!」 「ホントに?」 「当たり前だろ!  鈴姉に呼び出されたの知ってるクセに!」 「忙しくて、着替える間もなく飛び出してきたんだぞ!」 「そういうことにしとこっか」 「でも、ライブ大丈夫だった?」 「ん……ああ。結局中止」 「中止?」 「フウリさん、時間に帰ってこなかったみたいで」 「鈴姉、怒ってた?」 「っていうよりも心配してた」 「その前に、ライブのことで派手にケンカしてたし。  もしかしたらそのせいかも、って」 「鈴姉も、音楽のことになるときっついからなあ……」 「でもまあ、ロクローさんがいて助かったよ」 「ロクローさんが?」 「なんか良くわかんないけど、全裸で街をうろついてるところを、鈴姉が発見したんだって」 「で、ライブは中止してロクローさんのトークショーに」 「……それって、楽しいの?」 「まあ、結構際どい話もあったみたいだし」 「もしかして鈴姉、ほだされてビデオに出たり……」 「……ありそうで、怖いな」 「父さん、そんなの見たら血管切れて死んじゃうかも」 「あ、そうだ。ロクローさんと言えばさ。  スパコン館、無くなったの知ってる?」 「は? 壊れた?」 「もう粉々で瓦礫の山。跡形もないよ」 「ちょっと待って! だって――  私たち、つい数時間前まであそこに……」 「急な工事があったんだって」 「工事? いやいやいや!」 「こんな年の瀬に、しかもこの短時間で?  そんなのあり得ないでしょ!」 「嘘だと思うなら、見てくれば? ホントにないから」 「アンタの言うとおり……ホントに消えたとすると……」 「まさか、これは事件!?」 「早速調査の必要が――!」 「コラコラ! 最後の最後までそれかよ!」 「ってか、もう年が明けるし。  ちゃんとお参りしないと――」 「私の願いは、もう叶っちゃったんだもん!」 「願いがかなった……?」 「ホラ千秋! 現場検証にレッツゴー!」 「あ……おい、待てよ! 待てって!」 「ハァ……新年もまた、こんな感じなんだろうなぁ」 「ま、でも――」 「それもいっか」 「ほらー! 早く来なさいって!」 「はいはい、わかったってば!」 「それじゃ、埋めるぞ」 「いいな?」 「……ああ」 「よろしく、お願いします」 「よし、みそ! ブー!」 「「はいっ!」」  みそブーが頷き、スコップを振るう。  神社の一角に掘った穴――  その中に埋められた、タヌキの身体と古いカッターナイフが、少しずつ土に埋まっていく。 「…………」 「…………」 「……ひぐっ、う……うう……」 「ううう……うっうっうっ……」 「コラコラコラ!  大のオトナが泣くな泣くな!」 「おまえたちの気持ちは、よーくわかった」 「あいつらもきっと、天国でおまえたちを見てるって」 「ぅん……ぅぅ……そうだよね……」 「ぁり……がとう、ございます……」 「ほら! シャッキリしな!」 「そろそろ、新しい年が始まるぞ!」 「姐さん。そういえば約束……」 「ん? 約束?」 「今年中に、弟くんにどーじんしを届けるっていう……」 「ああ、それか」 「ま、さすがにこの時間じゃ間に合わねぇだろ」 「そもそも、同人誌が――」 「あ……あの!」 「もし良かったら、オレが!」 「え? オレがって――」 「創った同人誌は、もう捨てられちゃったけど。  でも、オレ、絵なら描けるから!」 「あの、もし良かったらリクエストを聞いて――」 「いやいや。もう遅いし、そこまですることねぇって」 「そんな、姐さん!」 「いや、ホントにいいって!」 「でも、もし描いてもらえたら、喜びますよ!」 「え……いや、でも……」 「お願いしますッ!!」 「オレ、アイツに教えられたんです」 「やっぱりオレには、マンガしかないって」 「もう一回、本気で、マンガを描いてみようって」 「だから、最初に、アンタの弟さんのために――」 「……そっか」 「いや、描いてもらうのはありがてーんだけどな」 「もう時間も時間っつーか」 「そろそろ年も変わるし……顔を合わせづらい」 「でも――」 「姐さん!」 「アレだけ大見得切ったんだぜ」 「今更、アイツに合わせる顔なんて――」 「まだ、時間はあるよ」 「でもよ、原付取りに行ってる間に――」 「バイクなんて、要らないさ!」 「ドロンパ!!」 「な……これは!?」 「たたたた、タヌキが化けた!?」 「コイツに乗れってことだな……」 「姐さん!」 「ちょ……ちょっと怖いけど、行きましょう!」 「……わーった! わーったよ!  ここまでお膳立てされといて――」 「据え膳食わねば女が廃る!」 「いよっ!」 「姐さん、カッコイイ!」 「でもなんかそれ、違うような……」 「いよっしゃ! みんな乗れ!」 「ウスッ!!」 「似鳥も、準備はいいな!?」 「おう!」 「それじゃ、ナントカドー病院に向かって――」 「出ぱ――――――つッ!!」 「のわあああああああッ!!?」 「ちょ! ま、待った! なんだこれ!」 「車が――空を!」 「空を飛んでるッ!!?」 「ぎゃああああああああぁぁぁぁ…………!!!!」 「ノーコッ!! 似鳥ッ!!」 「ノーコ……ノーコ……!」 「聞こえるか……? ノーコ!」 「…………」 「似鳥……ノーコ……」 「――ッ! マズい!」 「死体を映しちゃ……」  ミリPが慌てて、横たわるノーコからカメラを逸らす。 「う……うう……う……うううう……」 「ノーコ……ノーコ……」 「なあ……うそだろ?」 「え……? おい、身体……?」  似鳥が抱きしめるノーコの身体は、ゆっくりと輪郭がぼやけ、透けていく。 「や……やめろよ、おい!」 「ノーコ! 行くな! 行くなって!」 「バカ! 待てよ!  聞け! 言うこと聞けって!」 「コラおい! おいってば!!」 「ノーコ……! ノーコ!」 「ノーコ――――――――ッ!!」  ノーコの姿が消え、代わりにカッターナイフが落ちる。 「似鳥……大丈夫か?」 「……なんでだよ」 「なんで……手遅れなんだよ」 「本当に大切な物がなにか、やっとわかったのに……」 「なんで、なんで――」 「なんでこうなっちまうんだよおおおお――ッ!!」  似鳥は落ちたナイフを握りしめ、夜空に絶叫した。 「ううっ……うっ……うううううう……」 「ノーコ……ノーコ……」 「どうして……どうして、いなくなっちまうんだよ……」 「せっかく、現実の存在になれて……なのに……」 「なんで、戻らなきゃならなかったんだ……?」 「アイツはただ……オレから、愛されたかっただけで……」 「でもアイツは、愛されちゃいけないことを知った」 「自分が、この世界にいてはならない存在だってことに気付いた」 「そ、そんなわけ――」 「ノーコは、おまえののーないかのじょだろ?」 「アイツは、おまえの本当の望みを知ってたんだよ」 「オレの、本当の望みは――」 「本当の、望みは……」 「う……うう……う……」 「おまえはもう、ノーコを卒業したんだ」 「おまえはもう、一人で歩いて行かなきゃなんねぇんだ」 「なあ、そうだろ似鳥?」 「…………」 「わかんない……わかんないよ……」 「嘘でもいいんだ。頷いとけ」 「今日から、そうやって生きてかなきゃなんねぇんだ」 「…………」 「さあ、ボーッとしてないで――」 『もじゃもじゃ――――――――――ッ!!』 「え? 今の音、なに!?」 「……鈴ちゃんの声?」 「スズ?」 「いや、第一宇宙速度のリーダーでね。  色々考え事をすると、頭がもじゃじゃに……」 「もじゃもじゃ?」 「もじゃもじゃ気になる……  やっぱり1回、見てこないと……」 「マズいところ映っちゃったから。  スタッフにも一応声、かけてきたいし……」 「うん! ここでこうしてる場合じゃないわ!  それじゃ、バイなら~」 「いやいや! もう少しゆっくりしていっても――  って、ミリP!?」 「あーあ。行っちゃった――」 「御用だッ!!」 「げ! モジャモジャ! 隠れ――」 「鉄砲はどこだ!?  アザナエルをいただきに来たッ!」 「どこだ!? どこ――どこ――」 「これ――」 「ん? なんか暗い……?」 「持ってってください」 「え……お、おう!」 「それじゃありがたく、いただいておくぜ」 「これで、アザナエルは、封印されるんですね?」 「あ、ああ。そうだな」 「……お願いします」 「なあ、ところでさっきまで、ここにノーコが――」 「絶対に、封印してください」 「もう二度と――アザナエルで、悲劇が起きないように」 「あやふやな夢に……心を奪われるのが、悪いんです。  叶いもしない夢を、見てちゃダメなんです」 「ちゃんと、地に足を着いて、現実を見て――」 「現実が厳しすぎたから、逃げたんじゃないのか?」 「え……?」 「どうしても叶えたくて、でも、自分の力では届かない。  そんな夢を叶えるために、アザナエルを使うのは?」 「届かない……夢……?」 「アザナエルは、そんな夢を叶えたんじゃないのか?  そのために、アザナエルがあるんじゃないのか?」 「それは――」 「バッキャロ――――ッ!!」 「かなわねぇのは夢じゃねぇ!  そんなのただのワガママだ!」 「夢ってのは、自分の力で叶えるものを言うんだよ!  じゃなきゃ、意味なんてあるはずねぇだろ!」 「まずは、自分の力を認めるところから――」 「でも……それは、辛え」 「人間は本当に辛い時、よりどころにするものを探す」 「本当に辛い時、泣いて泣いて死んでしまいたくなったとき、アタシを救ってくれたのは――」 「こいつだった」  「百野殺駆」――沙紅羅の背中の刺繍が夜の光に輝く。 「たった3人の暴走集団」 「最初はただの逃げ場。どうしようもないヤツの吹きだまりくらいにしか考えてなかった」 「けど……本当に辛い時、本当に大事なものがわかる」 「誰にだって、きっとあるはずだ」 「自分なりの、『百野殺駆』がな」 「そいつさえ知ってりゃ、アザナエルなんていらねぇ!」 「いらねぇ……はずなんだよ」 「……はっ」 「故郷を捨てたオレには、よりどころなんて――」 「ってしまった!  思わず前に出ちまった!」 「クソ! こうなったら――」 「ふ! は! ほ!  おっしゃー! やるならやってやんぞコラー!」 「どうした嬢ちゃん。  そんな張り切って」 「へ? 見逃してくれんのか?」 「……へんな奴め」 「ふぅ……」 「なんか、最後に見たときと随分違うような……」 「でも……おっかしいなぁ。  次に会うときは逮捕するって意気込んでたくせに――」 「オレなりの、『百野殺駆』か……」 「ん? 似鳥?」 「ちょっと!」 「ん?」 「今ここに、フウリが来なかったかい?」 「フウリ? いや」 「じゃ、アザナエルは?」 「さっきそこに来た平次さんが……」 「平次って?」 「モジャモジャのオッサン。警官」 「あ! そうかッ!」 「そいつがフウリだ!!」 「「はあ?」」 「失礼!」 「あのオッサン……頭大丈夫か?」 「かなりギリギリな気が」 「だよな……」 「ん……電話?」 「半田明神から……?」 「はい、もしもし」 『姐さ――――――ん!!』 「うおっ!」 「今の声――おい、ちょっと借りるぞ!」 「もしもし?」 『姐さ――――――ん!!』 『た、助けてくださ――――い!』 「ど、どうしたみそブー!?」 『半田明神が……』 『オレたちのせいで、大変なことに……!』 「大変って、なにが――?」 『さっきノーコが襲ってきて、それで――』 「ノーコが?」 『とにかく、来て下さい!』 「あー、もう!  わーったよ、ったく」 「なにかあったのか?」 「いや、なんだかわかんねーけどよ。  半田明神で、なんかトラブルがあったらしい」 「半田明神……?」 「んじゃ、また後で――」 「待ってくれ!」 「ノーコが関係してるんだろ?」 「ん……  まあ、そんなこと言ってたかもな」 「だったら、オレにも責任がある」 「あんまり、無理しなくても――」 「なんていうか……終わった感じがしないんだ」 「ケジメをつけたい」 「……そうか」 「んじゃ、一緒に行くか」 「ああ」 「沙紅羅」 「ん?」 「なんか、色々世話になって、どうもありがとな」 「へっ! なにも世話なんてしてねぇよ」 「オレが今こうしていられるのは、おまえのおかげだ」 「……おいおい、言うなよ」 「アタシは不良でオチコボレの、出来損ない――」 「でも、胸を張って生きてる」 「そんなことは、ねぇよ」 「アタシだって、今も逃げてばっかり――」 「あ――――!」 「そ――そこにいるのはッ!!」 「さっきテレビに出てたひとじゃない!!」 「誰だ?」 「私の名前は富士見恵那!  秋葉原の名探偵よ!」 「めいたんてい?」 「ってもしかしてアレか!? ルパンみたいなヤツ!」 「そうそう! 大変なものを盗んでいきました!  ――ってそれは怪盗よ!」 「って、そんなことしてる場合じゃない!」 「ええと、テレビに映ってた人ですよね!?」 「あの、カッター女を知りませんか!?  彼女がアザナエルを――」 「死んだよ」 「え……?」 「ノーコは死んだ。  カゴメアソビに、失敗して」 「失敗……したんですか……」 「そうだったんですか……」 「あの、それでアザナエルはどこに――」 「警官に渡した。なあ、沙紅羅」 「ああ。モジャモジャが返せって言うから」 「モジャモジャの警官……?」 「……って、父さんのことかな?」 「父さん?」 「おやこ?」 「う、うるさいッ!」 「あ……ふふーん、なるほど。  言われてみれば確かにこう、目尻の辺りとか――」 「似てませんッ!!」 「でも……何で父さんが?  あんなに病院に行けって言ったのに……!」 「さてはまた、私の言うことを無視して――」 「はぁ……なんか頭、痛くなってきた……」 「んん? 名探偵も悩むのか?」 「っていうか、アンタなに? なんなのよその格好!?  昭和の時代にタイムスリップ!?」 「ナンダ、コラァ!?  百野殺駆ヘッド、月夜乃沙紅羅をバカにすんのかァ!?」 「まあまあ、ふたりとも……」 「それよりほら、そろそろ半田明神が――」 「ちょっと! おいてかないで――」 「…………」 「…………」 「…………」 「……ひでえな」 「ひどい」 「なにがあったの……?」 「とりあえず、みそブーに話聞いてみっか」 「はぁ……ここもひどい有様だな」 「ああ」 「あ!」 「いた!」 「姐さああああああああああん」 「おう、みそブー!」 「急に呼び出して、どうしたんだ?」 「それが、その……オレたち……  下手こいちまって……」 「……もしかしてコレ、おまえらの仕業か?」 「すんませんでしたっ!」 「てめぇら……なんてことを……っ!!」 「これは、ヘッドとしてお仕置きを――」 「やめるのじゃっ!!」 「ん? この声は――」 「ミヅハちゃんッ!!」 「恵那よ。フウリはどうなった!?」 「うん、彼女はなんとか――」 「助かったのか!?」 「フウリさんの友達のタヌキが現れて、傷を治してくれたの」 「そ……そうか! よかった……」 「ノーコにアザナエルの弾を奪われてから、いったいどうすればよいのやら、途方にくれておったのじゃ」 「しかし……そうか。ずいぶんと強運じゃのう。  まさかそのようなタヌキが、すぐ側にいるとは……」 「確かに、あのタイミングでフウリさんを助けに来るなんて……アレ?」 「そもそもどうして、貫太さんはスパコン館に……?」 「おかしいわ……なにか、事件の匂いが……」 「いやまあ、そっちの話はそれでいいとして」 「なんでこいつらが、神社をこんな風に?」 「これは……不幸な事故なのじゃ」 「先ほど、ノーコがアザナエルを奪うべく、半田明神へと飛び込んできた」 「ノーコが……?」 「うむ。みそブーはわらわに協力して、彼女を退けるべくペイント弾を撃ったのじゃ」 「残念ながら弾は外れ、我々はノーコを逃がしてしもうた。  その結果が、この境内の有様じゃ」 「ってことは!  結局、てめぇらがヘマこいたんじゃねぇかッ!!」 「ひええええ……」 「すいませんっ!!」 「アタシが直々に罰を――」 「まあ待つのじゃ」 「こやつらの助けがなければ、今頃わらわはどうなっていたかわからぬ」 「それに今失敗を責め立てたところで、汚れが落ちるわけでもなかろう?」 「ん、それはまあ確かに……」 「ええいっ! だったらしょうがねぇ!  さっさとペンキを落として、新しい気分で新年を――」 「全ては手遅れです」 「ここ10年の努力が水泡に帰しました」 「10年のって……どういう意味ですか?」 「アザナエルの呪いを解くには、日付が元旦に変わるその瞬間、半田明神に集う人々の想いを集める必要がある」 「人々の清らかな願いを集めることで、アザナエルに籠められた怨念を浄化するのです。しかし――」 「本殿が、このような状態です」 「……そりゃ、参拝客も初詣どころじゃない、か。  だから、ペンキ屋さんを探してたんですね」 「結局、すぐに対応してくれるお店はありませんでした」 「このままでは、ミヅハ様はまた――  この格好で、10年を過ごさねばなりません」 「ん? このカッコじゃダメなのか?」 「10年前、わらわはカゴメアソビでヘマをしたのじゃ」 「罰として力を奪われ、この姿に変えられた挙げ句、天界に戻れぬようになってしもうた」 「本来ならば、もっとこう、ばいーんでぼいーんな大人の女なのじゃが……」 「大人の……女? ボイーンで、バイーン!?」 「ぐは、ぐはは、ぎゃはははははははははは!」 「な、なにがおかしい!?  大人になったら、すごいんじゃぞ! ホントじゃぞ!」 「あはは、そうかそうか。楽しみにしてっからよ!」 「だめだっ!」 「頭がカラの方が夢を詰め込めるのと同じ!  おっぱいが小さいほど、夢が――」 「黙れ!」 「ふぎゃっ!」 「兎にも角にも、アザナエルの呪いを解き、ミヅハ様を元の姿に戻す方法はもう――」 「まだまだ、諦めるにははえーんじゃねぇの?」 「……なんですって?」 「アタシもよ、そのボイーンでバイーンなミヅハを見てみてぇんだよ」 「てめぇひとりのオツムじゃ、確かに名案は思い浮かばねぇかもしれねー」 「ショージキ、アタシの頭では無理だ!」 「けど! 三人寄ればもんじゃを食え!  アタシとみそブーが揃えば……」 「全然思い浮かばねぇ!!」 「右に同じ!!」 「ところがどっこい! アタシは憶えてる!」 「人と人が出会ったからこそ、縁があったからこそ、アタシたちはこの問題を解決することができんだよ!」 「な? 名探偵!!」 「え? わ、私!?」 「もしも私が死ぬのなら」 「それは、私の願いってことじゃ、ないですか」 「……私がわからないです」 「ずっとずっと、貫太さんが生きてるって、自分にそう言い聞かせて、ウソもホントになっちゃいました」 「ホントもウソになっちゃったかもしれません」 「もしもアザナエルがそれを教えてくれるなら」 「やっと、肩の荷物がおります」 「どうしても、行くんだね?」 「はい」 「帰ってこられなくても」 「はい」 「後悔は、しないんだね」 「はい」 「そうか……」 「…………」 「なら、僕は――」 「僕は、あっちを向いていよう」 「君の足を、引っ張ることは、しない」 「だって、それは……僕は……」 「…………」 「僕は……やっぱり今でも、君が好きだからね」 「最後まで……わがままで、ごめんなさい」 「…………いいんだ」  そう言って――太四郎は、フウリに背を向ける。 「ありがとう――」 「ごめんなさい――」 「さようなら――太四郎さん」 「貫太さん、聞こえますか?」 「もう、遠く……遠く離れてしまったけど」 「私のタイコの音……聞こえますよね?」 「…………あれ?」 「あれ? あれ? あれ!?」 「た……弾切れ?」 「そ……そんな……  そんな……のって……」 「フウリ……」 「きっと……これが貫太からの答えだよ」 「彼は、自分の所に来るなって。  そう、言いたいんだよ」 「……だよな、貫太」 「そんな……」 「私は……わかりません」 「こんなに、こんなに強く想っているのに!」 「こんなに、こんなに好きなのに!」 「どうして……どうして、届かないんですかッ!?」 「私のタイコは、どうして……どうして……」 「貫太さんのいない世界なんてッ!」 「貫太さんがいない世界に、私がいる意味なんて――!」 「フウリっ!」 「来ないでくださいッ!!」 「追いかけて、来ないで――」 「……僕は、待ってる」 「待つなんて、やめて――」 「僕にももう、帰る場所はないんだ」 「え……?」 「同情をひくみたいで、本当は言いたくなかったけど」 「僕は、父さんの葉っぱを勝手に盗んだ。  それで、アザナエルの結界を解いた」 「太三郎様の……?」 「そう。だから……」 「もう、帰れない」 「……どうして、そんなことを?」 「君に会いたかったからに決まってる!!」 「…………」 「君のためだったら、どんな格好でもいい!  僕が僕でなくなってもいい!」 「僕なんか認めてくれなくていい!  なんでもいい!」 「君は生きなきゃならない!」 「どんな辛いことがあっても、君は――」 「…………」 「待ってるから!」 「僕、ずっと、ずっと――」 「君を待ってるから――ッ!」 (…………) (……ごめんなさい、太四郎さん) (私は、でも、駄目なんです) (貫太さんがいなかったら、もう……) (全てが、どうでも……) (…………) (タイコの音は、届かない) (貫太さんを追いかけた1年……) (私は、何をしに来たんだろう?) (ここに来たのは、貫太さんの死を知るため……?) (貫太さんがもういないってことを認めて、それで……) (終わらせちゃおうかな) (全部終わらせて) (貫太さんの側に――) 「しのう」 「え――!?」 「ノーコちゃんッ?」 「私といっしょに――」 「しのう」 「だめッ!!」  フウリは咄嗟に、落下地点へと駆け寄ると―― 「そりゃあああああ!!」 「…………」 「…………」 「……あれ?」 「ノーコちゃん、無事?」 「うそ」 「うそ? って、飛び降りが!?」 「あなたは、わたしをたすけようとした」 「それは、なぜ?」 「あ、当たり前です! 当然のことをしたまで――」 「それと、おなじ」 「フウリ」 「あなたは、わたしをたすけてくれた」 「おかげで、わたしはたくさんのことをまなんだ」 「みじかいけれど、とてもたいせつなじかんをすごせた」 「うれしかった」 「な……なんですか、急に? 変……変ですよ!」 「っていうか――あれ?」 「身体が――ノーコちゃん!?」 「もう、身体が現実になったんじゃ――」 「カゴメアソビに、しっぱいした」 「ウソ……」 「だから、もうきえる」 「そ、そんな……!!」 「みじかいあいだだったけど、しあわせだった」 「だめ! やめて――」 「さしちゃって、ごめんなさい」 「そんなのいいです! いいですから!  だから、行かないで――もっとお話――」 「おともだちになってくれて、ありがとう」 「あなたも、おともだちと、なかよく」 「さよなら」 「ノーコちゃん――――っ!」 「ノーコちゃあああああああああああんッ!!」 「アンタ、自分を名探偵だって名乗っただろ?」 「そういえば……そうだった!」 「あ、いやいや。名探偵とは言うけれども――」 「確かに恵那様は探偵を目指していることで有名ですね」 「わらわが甘いものを食べたいのを、見事に見抜いた!」 「それだけじゃねぇ! 悪を許さぬ正義の心もある!」 「自分の危険を顧みない、勇気も!!」 「え……いや、あは、あはははは……ちょっと待って」 「私は名探偵志望だけど、確かに今までも色んな事件を解決したけれど、ソレとコレとは話が――」 「……違うのか?」 「う……そ、そんな泣きそうな顔で見なくても……」 「頼む名探偵!!」 「お願いします!!」 「いよっ! 名探偵!」 「おまえだけが頼りなんだッ!!」 「もしもなにか名案があれば――」 「助けてはくれぬか……!」 「ふぅ……やれやれ……」 「そう、考えてみれば当然よ。  元はといえば、私がまいた種――即ち!」 「コレは事件よ!!」 「解決は、名探偵富士見恵那に任せなさいッ!!」 「おおおおお…………!!」 「で! なにか名案はあるのか!?」 「焦ってはだめよ!」 「この事件は、色々な要素が複雑に絡み合っているわ!  ひとつずつ、問題点を明らかにしていきましょう!」 「まず最初に、私たちの目的は――?」 「アザナエルの呪いを解くこと!」 「そして、ミヅハ様の元の力を取り戻して差し上げる」 「そのためには、この神社に人々の『想い』を集めなければならない」 「でも、この状態じゃ初詣どころじゃないわよね」 「屋根に張り付いたペンキ――  石畳についた弾痕――」 「コレをなんとかしないと」 「ったく、しゃーねーな!  時間がねぇけどきっちり大掃除するしか――」 「それが……だめなんです」 「だめ?」 「さっき、みそが果敢にブラシ洗いチャレンジしたんですが――」 「全然、取れませんでしたッ!!」 「全力でもか?」 「はい、全力でもです!」 「ぐ……そうか」 「犯罪者用のペイントボール、簡単に色が取れたら困るもんね……」 「いっそ、土砂降りでも降ってくれれば――」 「やってみるか?」 「へ? やってみるって?」 「わらわはミヅハノメ!  つまり水の神様じゃぞ!」 「雨くらい、お茶の子さいさい屁の河童じゃ!!」 「あ……天気、変えられるんだ」 「確かに今日、天気全体的におかしかったよな……」 「まあ、なんというか……  今日はわらわにも色々あったからのう」 「でもさっき、みそさんが全力で洗ったんでしょ?」 「それなのに、今さら雨ごときで取れるとは思えないわ」 「「「「「「う――ん…………」」」」」」 「せめて、アザナエルが使えればのう……」 「ミヅハ様。無茶をおっしゃってはなりません。  ノーコがカゴメアソビを失敗し、もう弾はない」 「そもそもアザナエルを封じるためにアザナエルを使うなど、本末転倒ではありませんか」 「わかっておる!  そのくらい、わかっておるのじゃ!」 「じゃが……しかし……  ならばどうすれば……」 「でも、問題はそれだけじゃないわ」 「他にもなんかあんのか?」 「参拝客はどうやって来る?」 「今日は終日運転してるから、電車で――あ!」 「電車、止まってる……?」 「高架下、崩れたんだっけ?」 「ノーコのアレのせいだな」 「ま、地下鉄は走ってるから致命傷にならないとは思うけど、普通に人が減っちゃうでしょうね」 「それは……困ります」 「例年よりも多く人が集まらねば……  そのために、ソトカンダーの垂れ幕を用意したのです」 「こうなっちゃ、『ソトカンダーってなに?』ってレベルだからな……」 「これで問題は全て出そろったってわけ――」 『もじゃ――――ッ!!』 「ハァ……他にも、別の問題があった……」 「ってかさ、さっきからなんなんだあの叫び声?」 「あれはなんていうか……ウチのお姉ちゃんで……」 「おねーちゃん?」 「ま、いいわ。ソレとコレとは関係ない!」 「とにかく、アザナエルを浄化するため!」 「ミヅハちゃんを元通りにしてあげるため!」 「これらの問題を、解決しなきゃならないって寸法ね!」 「なにか――名案があるのか?」 「ふふ、ふふふふふ……」 「焦ることはないわッ! まだ時間はあるッ!!」 「思いついてない……」 「うるさいわねっ!  一人の頭じゃ、名案は思い浮かばないのよ!」 「みんなで考えましょうッ!!」 「「「「「「う――ん…………」」」」」」 「ああッ! めんどくせー! もうこうなったらよ!  全部真っ黄色にすればいいんじゃね?」 「全部――黄色に!?」 「そうそう! 木を隠して森隠さず!  一部だけが黄色いから気になるんだって!」 「いっそ全部、パーッと塗りたくっちまえば――」 「な、なにを罰当たりなことを!!  ここは、御先祖様から代々受け継がれた……」 「……ソトカンダーの垂れ幕、飾る気だったんだろ?」 「う……それは、そうですが……」 「権威に構ってる場合ではないかもしれんの」 「そんな! しかし真っ黄色というのは、余りにも――」 「いやそれ以前に、屋根をみんな塗りたくるにはペンキが足りねぇぞ」 「だな。ま、鳥居くらいはなんとかなるかもしれねぇが」 「鳥居は朱色のイメージが強いけれども、確たる決まり事があるワケじゃないわ」 「石の鳥居やコンクリートの鳥居――  白や黒の鳥居だってある」 「全部黄色に塗っちゃえば、ソレはソレで――」 「屋根瓦や、石畳はどうするのですか?」 「今からでは到底、交換など間に合いません」 「塗料も、もうないし……」 「「「「「「う――ん…………」」」」」」 「ええと……人、集めなきゃダメなんだよな」 「それじゃ、ネットを使うってのはどうだ?」 「おお! インターネットか! すげえ! それだ!」 「いんたあねっと?」 「おーよ! 写真とか、音楽とか、映像とか!  色々あるんだよ、いろいろ!」 「ケバブも食えるか!?」 「食える!」 「無理だろ」 「で、インターネットで、なにができるというのです?」 「それは……まあ確かに……」 「「「「「「う――ん…………」」」」」」 「だめだ……何にも思いつかない……」 「そんな、名探偵……!」 「あなただって、わかるでしょ!」 「私だって、どうにかしたいけど……こんな短時間で、小説みたいなすごいアイディア閃くわけないじゃない!」 「そ……それは、そうだろうけど……」 「ううううううううう…………」 「あ、姐さん!?」 「頭から湯気が!」 「ああああああッ!! ダメだアアアアッ!!」 「あ、アタシの脳みそがオーバーオールしちまう!」 「オーバーオール……?」 「だ、大丈夫か? 無理はいかんぞ!  自分にできる範囲で、やればいいのじゃ」 「あ……アタシに、できる範囲?」 「あ! あ! ああああああああああああ!!」 「そうかっ! そうかっ! そうだよなっ!!  アタシにできることをやればいいんだ……」 「なにか、解決策が……?」 「ああ、わかったぜ」 「昔の人は言いました――恥の上塗りと!」 「恥の……?」 「このペンキが恥に見えるなら!」 「更にデカい大恥で、塗り潰しちまえばいいんだッ!!」 「は? なにを馬鹿なことを――」 「おまえにも、協力してもらうからな」 「テーマはズバリッ!」 「半田明神改!  《アキハバラ》〈厭覇薔薇〉バージョンだアアッ!」 「おおおおおおおおおおおおおお!!」 「「「「ええええええええ………………??」」」」 「…………」 「ノーコちゃんも、消えてしまいました」 「…………」 「人生は……」 「きびしいです」 「つらくて……」 「もう、このままやっていく自信が――」 「ありゃりゃ。そんなこと言っちゃう?」 「あ!」 「あ、あ、あああああっ!!」 「鈴ちゃん!」 「あー! もう!」 「こんなときにフウリちゃんまでそんな沈んだ顔!  勘弁してよー!」 「きっついのはアタシひとりで充分なんだか……」 「ああ……ああ……あああああ……」 「え? フウリちゃん? フウリちゃん……」 「ひぐっ、うきゅっ、う……すずちゃああああああん!!」 「うわああああああああああああああああああああん」 「ちょ! ちょっと、フウリちゃん!  泣かないでよ」 「ひぐっ、ぅぐっ、うっ、ごめ、ごめんんん……!!」 「そんな、突然……泣か……泣かれちゃってもさ!」 「すずっ、ちゃんのぉっ、顔……み、見たらっ!  なんかっ! 安心っ、しちゃっ、てっ、ぇっ、ええっ」 「も、もうっ! 泣きたいのは……こっ、こっち……  ぅぐっ、ぐす……なんだからあああああ……」 「うわああああああああああああああああああああん!」 「あむあむ……あむあむ……」 「あむあむ……あむあむ……」 「おいしいです……」 「うん、おいしい」 「やっぱり、肉まんですね」 「肉まんね」 「でも、どうしてこんなに?」 「パンパンのビニール袋を持った女の子が、秋葉原中の肉まんを買い集めちゃったんだって」 「へ? 私?」 「それで慌てて肉まんをつくったら、今度はつくりすぎて余ったって」 「サービスしてもらっちゃった」 「あは……そうだったんですか」 「あむあむ……あむあむ……」 「あむあむ……あむあむ……」 「ふぅ……食べた食べた」 「おなか、いっぱいです」 「それでね、フウリちゃん」 「アタシ……あなたに謝らなきゃならないことがあるの」 「謝らなきゃならない……こと?」 「やっぱり……今日は、ライブできないかも」 「ガラス、一度は直ったんだけど。  その後また、車が突っ込んで」 「それで、今度は粉々になっちゃった」 「もう、大きな音は出せないんだ」 「そうなんですか……」 「アタシ……あんなに、大見得切って、会場を用意するとか言っておいて……全然、駄目だった」 「ごめんね、フウリちゃん」 「私こそ、ごめんなさい……」 「ライブまでには、自分の気持ちに決着をつけようとして、でも、全然、それができなくて……」 「好きだった人と……もう二度と会えないって……  そう思ったら、もう……ぜんぶ、無意味に思えて……」 「フウリちゃん……」 「……でも、それは、一時の気の迷いでした」 「昔、大切だったものはなくなってしまっても……  ここに、今大事なものがあるから」 「私がここにいることに、ちゃんと、意味があるから」 「……うん!」 「あのね、これからスーパーノヴァで、ファンのみんなに中止を説明するんだけど」 「正直、ちょっと怖いんだよね」 「一緒に、来てくれないかな?」 「は……はい!」 「私も、一緒に行かせて下さい!」 「ありがと」 「じゃ、早速――」 「あれ?」 「フウリちゃん、アタシを呼んだ?」 「いえ。呼んでませんけど」 「きゅ!」 「な、なんか聞こえた!?」 「聞こえたって、まさか……」 「トイレの方から……?」 「は、はい! なんで――」 「だめッ!! 知らないの!?」 「秋葉原7便所伝説のひとつ……  『みーちゃんのひとりあそび』」 「みーちゃんの……?」 「アタシの友達のクラスメイトに、いじめられっ子がいたの」 「その子はちょっと変で、お化けが見えるとか言って、いつも周りを怖がらせてたんだって」 「でね、周りのいじめっ子は、それがきらいで。  トイレにモップをはさんで、閉じ込めちゃったの」 「その子が急にね、トイレの中で『みーちゃん』と話し始めたんだって」 「みーちゃん?」 「もちろん、だあれもいないはずなんだよ」 「それでね、いじめっこはこわくなって、にげちゃったの」 「え? でも、トイレのかぎは……」 「かけたまま」 「次の朝様子を見に行ったら、その子は死んじゃってたの」 「し、ししし、死んだ……? このトイレで……?」 「そう。おぼれ死んじゃってたんだって」 「それからね、夜にひとりでここのトイレに入ると、鍵のかかった個室から、物音がするの」 「物音……!?」 「中に入ると、突然鍵が閉まって――」 「閉まって――?」 「足元から、どんどん水がせり上がってきて――」 「え? ええええ――?」 「そのまま、溺れ死んじゃうんだって」 「だ、だめ――――――ッ!!」 「フウリちゃん! どこに――」 「だって、助けてあげないと!」 「ダメッ! 絶対危ない――待って!」 「だ、大丈夫ですか!? 今助けて――」 「ややややや――」 「やっと来た――――――――――ッ!!」 「きゃあああああああああああああああああ」 「き――――――――――――――ッッ!!」 (設計図描いたらすぐに来るから、名探偵は先にアザナエルのアテをつけておけ、とか言われたけど……) (ホントに大丈夫なのかな?) (……わかんない) (ま、いっか) 「みんな、遅れて悪いッ!!」 「コレが半田明神改!  《アキハバラ》〈厭覇薔薇〉バージョンの設計図だッ!!」 「おおおおおおおおおおおおおお!!」 「「「…………………………………………」」」 「す! すげえ! かっこいい!!」 「姐さんッ! コイツはイケてますぜ!」 「なんだ、この魚!!」 「コイツはな、シャチホコって言うんだよ」 「おおおお! じゃあ、反対側のは!?」 「そいつはほら、平等院ってあるだろ? 10円玉。  あの鳳凰って鳥で……」 「鳳凰! やべえ! やべえよそれ!」 「はっはっは! いいだろ? いいだろ?」 「は――」 「は――は――は――ッ!!」 「反対ですッッッッッッ!!!!!!」 「――――なんだよ?」 「何故鳥居が黄色いのですかッ!?」 「金閣寺をいめぇじ」 「全然意味がわかりません!  それにこの屋根瓦に書かれている文字、なんて――」 「《きんがしんねん》〈禁我信念〉」 「おめでたさがありませんッ!  あと、狛犬が顔に被っているものは――」 「ああ、これか?  これ、知らねぇか」 「知らねぇだろうなあ……  おねーちゃん、和服だもんなあ……」 「いいか? これは『ストライプ』つって、今日のアタシのラッキーアイテム……」 「パンツか?」 「パンツじゃないもんっ!!」 「パンツじゃないですかッ!!」 「パンツで悪いかッ!!」 「悪いのか?」 「良くはないだろ……」 「あなたは半田明神の伝統を、なんだと――」 「なんとも思っちゃいねーし」 「な――!!」 「ミヅハの呪い? 解くためなんだろ?」 「したらよぉ、この神社が一瞬どうなろうと、アタシには全然関係ないし」 「それともなんだ?  ミヅハより、この神社のカクシキとかが大事?」 「ぐ……ぐぐぐぐ……」 「ま、そんな固く考えんなよ。な?」 「たった一晩! しかも、アザナエルの呪いを解くため!  ミヅハの幸せを叶えるだけ! だぜ?」 「ここはちょっくら目、つぶってくれよ。な?」 「…………っ!」 「わかりました……とは、立場上言えません」 「やりたければ、勝手に……おやりなさい」 「いよっしゃああっ!! 許可ゲット!」 「許可ではありません! 黙認ですッ!!」 「よっしゃ! みそブー!」 「はいっ!!」 「やることは、わかってるだろうな?」 「合点ですッ!!」 「オレたちの魂込めて、この神社をマブい御殿に変えてやりますぜッ!!」 「頼んだぞ、ふたりとも!」 「沙紅羅よ! わらわはなにをすれば良い?」 「おまえのスペースはここだ!」 「む……桜?」 「そう!  この桜を、おまえ色に飾り付けしてやってくれ!」 「しかし、飾り付けなどしたことは……」 「大丈夫! おまえなりのやり方でいいんだ! な?」 「む……むう……  わらわなりのやり方……か」 「よっしゃ!  最後は似鳥、おまえだ!」 「ほら、ここ! おまえがデザインした絵なんだろ?」 「お……おう」 「手はず通り、そいつを屋根から飾って――」 「なあ、沙紅羅。相談なんだけど――」 「コレ、描き直しちゃ駄目かな」 「ん? 描き直し?」 「オレ……このデザインに、納得いってないんだ」 「前は、もう時間もないしこれでいいや!  って目をつぶって出しちゃったけど」 「今度は、ちゃんとしたものを描きたい」 「今度だって、時間はねーぞ」 「わかってる。でも……頼む!」 「オレ、どうしても、やりたいんだ!」 「ノーコに、もういなくても大丈夫だって、ちゃんと見せてやりたいんだ!!」 「……ウシ! わかった。  そこまで言うんだったら信じるさ」 「その代わり――」 「アタシの設計図が狂うのは癪っちゃ癪だ。  ハンパなもの出したら、ただじゃおかねぇぞ!!」 「おうッ!!」 「ところで沙紅羅、おぬしはなにをするのじゃ?」 「ん? アタシか?」 「ってうわっ! ヤベ!  名探偵とアザナエル取りに行く予定だったのに!」 「んじゃみんな、悪いけどアタシ急ぐんで!」 「ラスト1時間ッ! よろしく頼むぞ!」 「これで良いか?」 「ああ、ありがとう」 「書き初め用の道具が一式残っていて、良かったですね」 「ええ。神様も味方してるのかもしれない」 「神様……ですか」 「しかし……  いくら外面を整えても、人が来なければ意味がない」 「この混乱の中、果たしてこの作戦が上手くいくのか」 「このままじゃ、無理かもしれません」 「そ……そうなのか?」 「でもだからって、なにもしなけりゃなにも起こらない」 「失敗を恐れちゃ、駄目なんです」 「似鳥様――」 「似鳥よ」 「ん? なんだ」 「ノーコは、わらわにできた数少ない友達じゃ」 「わらわはあやつのおかげで、色々なことを学んだ」 「だから――あやつを生み出したおぬしに、感謝するぞ」 「ありがとう」 「…………ああ」 「では――おぬしの次の仕事、期待しておるぞ!」 「失礼します」  歌門とミヅハは、音もなく拝殿を去る。 「友達……か」 (そうか……アイツには、友達がいたんだ) (あいつは、オレのために生み出されて) (オレのエゴで、ずっと、ずっと、苦しんで) (最後には、オレのエゴで消えたみたいなもんだ) (その事実は、消せない) (でも……) (苦しいことだけじゃ、なかったよな) (じゃなかったら……あんな笑顔で、消えないもんな) (ノーコがこの世に生まれたことは、決して、失敗なんかじゃなくて――) (例え失敗だとしても、ちゃんと、意味はあって――) (だから――!) 「オレも、前に進まなきゃ……」 「――――行くぞ」 「ふぅ――――」 (書き直しなんて、できない) (正真正銘、一発勝負) (はは……足が震えてる) (いままで、ずっと逃げてた) (失敗が嫌で……挑戦を恐れた) (最初から前に進もうとしなきゃ、つまずくこともない) (いつかはきっと、前に進める。  今はこれで、しょうがない) (ずっとそう、自分に言い聞かせてきた) (そんな自分を慰めるために、ノーコをつくった) (ノーコといれば、心が安らいだ) (でも――) (もう、そのノーコは側にいない) (本当に、オレが、できるのか?) 「――――」 「できるかどうかじゃない」 「やるか、やらないかだ」 「――――ふんっ!」 (失敗は怖い) 「ん――ん――んん――!」 (背伸びだってしたい) 「だあっ!!」 (指さされて笑われたくない) 「ん、ん、や――おおおおおお――」 (でも、そんな情けないことを考えるのも、オレ) 「せいっ!!」 (そして、そのオレが生み出せる、精一杯のものを――) 「っ! んぐ――んぐ――んぐぐぐぐぐ――!!」 (全力で、描いてやるッ!!) 「だあああああああああッ!!」 「――はぁ――はぁ――はぁ」 「……よし!」 「悪くない!」 「悪くないはずだ――!」 「ノーコ! 遅れてごめん!  でも、見ててくれ! 聞いてくれ!」 「コレが、今オレが発揮できる――」 「目一杯の――」 「実力――」 「だああああああああああッ!!」 「名探偵……どこに行っちまったんだ?」 「男坂で待ってるって言ってたのに――」 「いやあああああああああああああああ!!」 「悲鳴!?」 「おばけええええええええええええええ!!」 「お――オバケだとッ!?」 「へっ! となれば――」 「あのカレーで魔法の力を得たこの相棒――」 「喝雄不死の、出番だぜッ!!」 「覚悟! でやあああああ――――あ?」 「NOッ!! NOッ!!」 「え? な――た、ただの――」 「ただの変質者じゃねえかアアアアアアアアッ!!」 「沙紅羅ちゃんッ? 助けに――!」 「っていうか、え!?  変質者って――みーちゃんのオバケじゃない!?」 「おうよ!   ただのすっぽんぽん露出狂のヘンタイだッ!」 「ぎゃうんっ! やめてっ! 木刀は!  死ぬよ! マジでっ!」 「うるさいっ!  このヘンタイッ! ヘンタイッ! ヘンタイッ!」 「いやんっ! あはんっ! そこは――  うおっ! ちょ! 潰れ――」 「潰して、二度と使えないようにしてやるッ!!」 「勘弁してくださいッ! オレにも養う家族が――」 「成敗――」 「でいやあっ!!」 「うおっ!」 「な――なんだよおまえッ!!」 「ごめんなさいっ!!」 「オバケなんて……  アタシは大変な見間違いをしてしまったわ!」 「すみませんでしたっ!  本当に――すみませんでしたっ!!」 「ロクロー様ッ!!」 「ロクローさま……?」 「って誰だっけ? あれ……?」 「いやあ、どうもありがとうございます」 「しかも服まで持ってきてもらっちゃって……  このままじゃ僕、トイレで凍死でしたよはっはっはー」 「ぜひ、このお礼をさせていただきたい!」 「いえ、そんな! とんでもないっ!!  ロクロー様の服に触れるなんて、光栄ですッ!!」 「え? あ、そうですか?」 「あー、そかそか! やっと思い出した!」 「てめーアレだな! パンツ持ってたヤツ!」 「そうですそうです!  いやー、思い出してくれましたか!」 「ささ、それでは準備できてますんで、早速撮影に――」 「だっ! 誰が行くかアアアアアアアッ!!」 「だめええええええッ!!」 「ぬぅっ!」 「ロクロー様にはっ! 触らせないっ!!」 「おまえ……なかなかやるな!」 「でも、鈴ちゃん、良く知ってましたねー」 「もちろんよ!」 「パロディAV界の若き帝王! ロクロー様!」 「画面から溢れ出んばかりの才能と原作理解能力と二次元から三次元への異次元ワープでオタク界は話題騒然ッ!」 「一部のファンからはもはやアダルトな部分は不要!  とさえ言われる伝説の男よ!」 「かくいうアタシも――ロクロー様っ!!」 「はい」 「エキストラでいいんで、是非、ビデオに出させていただけると――」 「――本当に、エキストラでいいのかい?」 「僕なら、君にステキな夢を見せてあげられるんだけどナ」 「す、す、すすす――ステキな夢!?」 「夢の国まで――ベッド・イン」 「キャ――――――――っ!!」 「ふんげっ!!」 「ちょドロップキック! 今なんで蹴ったの?」 「興奮したときのクセなんですよー」 「クセ? 完璧に入ってたけど……」 「あ! ロクロー様っ! ごめんなさい!」 「いや、気にしなくていいヨ!  最近は、こういう快感にも目覚めてきたからネッ!!」 「こういう快感……?」 「なんか、破れかぶれにも見えるけど……  ってか、このヘンタイがホントにそんな人気あるのか?」 「なに言ってるの!?  今日だって、大晦日特別イベントがあったばっかり――」 「ああっ!! そうだっ!!」 「あの、鈴ちゃん?  スーパーノヴァに、お客さん集まってますよね?」 「このままだとライブができなくて、その人たちは帰らなきゃいけないんですよね?」 「え……ええ、そうだけど……」 「トークライブくらいならできませんか?」 「あ……そうか!」 「あの、ロクローさん、お願いしますっ!!」 「とても急な話なんですが、今晩これから、私たちのイベントに参加してくれませんか?」 「僕が?」 「はい!」 「お願いします! アタシたちバンドをやってるんですけど、急に演奏できないことになって……」 「でも、せっかく来てくれたお客さんには、是非楽しんでもらいたいんです」 「もちろん――OKだよっ!」 「その程度でいいなら、いくらでも――」 「ちょ、ちょっと待った!」 「それじゃあの、アタシからも提案があるんだけど……」 「かごめかごめ」 「かごのなかのとりは」 「いついつでやる」 「よあけのばんに」 「つるとかめがすべった」 「うしろのしょうめん――」 「オレだ」 「わうわうわうっ!!」 「よう。待ったぜ」 「脚を引きずって、大変だったろ?」 「恵那を、返せ」 「恵那?」 「とぼけんな。オレの娘だ」 「ああ、アイツか。アイツなら――」 「ほら、そこ」 「――――」 「あ――あ――ああ――あ――!!」 「見えるだろ、ホラ」 「――――ッ!」 「頭から血、流して――」 「――――黙れ!」 「ナンダァ? 腰抜けのクセして」 「オレを、撃てんのか?」 「おまえ、あの時は――」 「……あの時とは、違う」 「オレには……今、一番大事なものが何か、わかる」 「そいつを奪った外道に……」 「容赦はしねぇんだよッ!!」 「な……んだと……?」 「普通の……弾で?」 「てめぇの夢なんて……叶えて……やんねぇよッ!」  平次は、脚を引きずり、倒れた双六に近づくと――  ニューナンブを、突きつけた。 「そんな、でも……もう一発撃てるって……双一は……」 「双一? 誰のことだ?」 「河原屋双一は、もういない。そうだろう?」 「はっ! そうか……そういうことか……」 「アイツが……オレを裏切ったんだな」 「最初からコレを狙って……  それで、組を乗っ取ろうと……」 「何を言ってるか知らねぇが、手遅れだ」 「そうか……そういうことか……  オレには、お似合いの最期……か」 「頼むぜ……平次……最後の願いだ……  オレに……ふさわしい罰を……与えてくれ……」 「永遠に……地獄で苦しみな」  平次の銃が、更に火を噴く。  双六の身体が、動かなくなった。 「わぉ――――――――――ん…………」 『おとさん! おつかれデス!』 『ちゃんと手、縛ったデスカ?』 「ああ。これでいいんだな?」  平次は促されるがまま、双六の手首に手錠をかける。 『はいはい。バッチリOKデスネ』 『スイッチ入れるデス。3分でボーン!』 『はやく逃げるデスヨ』 「わかった」 「ん……くぅっ、く……んんっ!!」  平次はケガした脚を引きずりながら、恵那の側へ。  先に駆けつけたユージローが、頬をしきりに舐めている。 「くぅーん、くぅーん」 「恵那……」  赤で塗れたその頬に、静かに手を伸ばし―― 「…………ん?」 「温かい……? いや、呼吸――!」 「なんだ!? まさか――」  平次は慌てて、手首の脈を取る。 「……生きてる!?」 「これ……血じゃなく、ペンキ?」 「気絶してただけってことか!?」 「わう! わうわう!!」 「ん……んん……」 「と……父さん?」 「恵那――ッ!!」 「恵那……恵那……生きて……」 「良かった……良かった……!!」 「わぅ――――ん」 「ユージローも……あれ?」 「千秋……千秋は……?」 「よ……よしいいか、脱出するぞ!  ほら、おぶさって――」 「いでででででッ!!」 「父さん……脚、ケガしたまま……無理しないで」 「悪いな。とにかく、ここを出るぞ」 「あ……あそこに、双六――」 「見るな!」 「え……」 「アイツのことは、忘れろ!  いいか、忘れるんだ!!」 「そんな、でも――」 「それがアイツの望み……」 「行き着いた場所なんだ」 「…………」 「行くぞ」 「…………うん」 「ん……くぅっ、んんん……!!」 「父さん、そんな無理しなくても」 「いや! 急ぐんだっ!」 「急がないと――」 「え――!?」 「ちぃっ!!」  爆発――  そして籠の中から、凄まじい勢いで水が流れ出す。 「ひええええ……  ほんとうに、こんなところに?」 「なんだか、いかにも何かが出てきそうで……」 「あれ? なにか聞こえた……?」 「ひゃっ! ちょっと!  怖がらせないでください!」 「いずれにせよ、急ぎましょう」 「もうそろそろ、年が変わってしまいます」 「うむ。そうじゃな」 「そこが……祭壇?」 「結界を根こそぎ破られましたが。  場所自体に問題はありません」 「この真上……半田明神へと集う人々の思いが、アザナエルへと集まる」 「ずいぶん長かったような気もするが、これでようやく終わりじゃ」 「では……フウリ」 「はい!」  フウリからミヅハに、アザナエルが手渡される。 「うむ……間違いなく、本物じゃな」 「けど、まさかフウリが持ってたなんてな」 「はい。返すのを、すっかり忘れていました」 「すみません……」 「いやいや、終わりよければ全て良し! ってな」 「あれ? でもそういえば、今名探偵はなにを……」 「――静かに」 「む……!」  ミヅハは厳かに、祭壇へと近づくと…… 「とりゃっ!」  かけ声と共に背伸びする。 「と、と……届かぬ」 「あー、はいはい。アタシがやってやるよ」 「これでいいな?」 「うむ! 助かった!」 「よーし、これで終いじゃ!  皆の者、ここを出るぞ!」 「いやあ、びっくりしましたー!」 「まさか地下に、あんな洞窟があるなんて……」 「かつては《こうじ》〈糀〉を発酵させるための地下ムロとして、使われていたようです」 「サイババア様の話では、秋葉原の地下中に通路が張り巡らされているとか」 「そ、そんな秘密が……?」 「ってか、サイババアってだれだよ?」 「サイバーババ様です」 「説明に……なってねえ!」 「しかしまあ、いずれにせよこれで一安心!」 「後は願いを集めるだけ――」 「姐さんッ! 終わりましたッ!」 「姐さんのイメージ通り出来上がりましたッ!」 「仕上げは?」 「完璧ですッ!」 「姐さん、ありがとうございます!」 「姐さんがいなかったらどうなってたことか……ううっ」 「お前ら、安心するのはまだ早ぇぞ!」 「確か、花火あんだろ?」 「最後まで気を抜くんじゃねぇ!  さっさと準備しに行ってこい!」 「はいッ!」 「あ、あの、私も……」 「ああ、そうだったな」 「打ち合わせ、行ってこい!  本番、期待してるぞ!」 「は……はい、なんとか、頑張ります!」 「さて、残るは――」 「似鳥じゃな!」 「……ですね」 「果たして本当に、新しい垂れ幕ができたのか……」 「アイツならきっと、大丈夫だって」 「おい似鳥! 調子は――」 「待ってくれ! 今……最後の仕上げだ」 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 「――――ッ!!」 「だりゃああああああああああああッ!!」 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 「に、似鳥?」 「で……できた……」 「完成だ」 「か……かかかか……」 「カッケ――――――ッ!!」 「これは……幻か!?」 「確かに……素晴らしい……」 「似鳥」 「ん?」 「グッジャブ!!」 「ちょっと違うけど――おう!」 「今日はホント、世話になったな」 「なに。こっちこそ」 「ちゃんと、おまえも納得できるデキになってるか?」 「ん……? ううーん、そうだなあ……」 「90点?」 「あと10点は?」 「こんなところで満足されちゃ、困るんだよ。  いきなり100点やっちまったら、つまんねぇだろ?」 「……だな」 「これで全て、準備は整ったかのう」 「これからどうすんだ? 弟さんのところに?」 「だったら、オレも一緒に――」 「いや、いいよ。今日は遅いし、それに――」 「結局、年内中の約束守れなかったからな」 「ああ、そうか……」 「結局アタシは、駄目な姉ちゃんだったってことだよ」 「でも――」 「よっしゃ! それじゃ、外に行くかッ!  一緒にライブ、見てこうぜ!」 「沙紅羅、悪いけど先に行っててくれっか?」 「コイツを飾るまでが、オレの仕事だ」 「ん……そっか」 「頼んだぜ」 「おう!」 「お、遅れちゃってすいませんー!」 「もう、フウリちゃんまでドキドキさせないでよ!  ニコちゃん、もう向こうでスタンバイしてるわよ」 「うう……お待たせしてしまって、申し訳ない……」 「でもま、一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなるかな?」 「お客さん、納得してくれますよね……?」 「きっとできるわ!」 「新年1発目!  メチャクチャ楽しい時間にしましょう!」 「がんばりますっ!!」 「鈴ちゃん!」 「あ……ミリPさん」 「ニコちゃんが呼んでたわよ!  ほら、行ってあげて!」 「はいっ!!」 「……フウリちゃん」 「は……はいっ!」 「なにか、吹っ切れた?  ずいぶん、表情違うけど」 「え? そうでしょうか?  まあ吹っ切れたというか……何というか……」 「いいなあ……アタシも、気分入れ替えないと」 「恋人さんのこと……  上手くいかなかったんですか?」 「ゆるキャラバン、失敗しちゃったからね。  もう、合わせる顔もないわよ」 「途中までは、結構評判も悪くなかったみたい――っていうか、ネットなんかも大盛り上がりだったんだけど」 「最後が、アレじゃね……」 「最後……?」 「ノーコちゃんの最期、映しちゃったから」 「フィクション……ってことで押し通したけど。  そりゃまあ、そんなことしたら非難囂々よね」 「そう……だったんですか」 「ノーコちゃん……」 「力になりたいのに、かえって足を引っ張っちゃってさ」 「なんていうかこう……消えちゃいたい気分?」 「そ、そんなこと言わないでくださいー!」 「大丈夫です!」 「来年になれば、きっとまたいいことがあります!」 「明けない日は、ないんです!」 「ないんです!」 「ないです」 「ない……ですよね?」 「ええ」 「ないわ!」 「ないですよね!」 「ない!」 「ない!」 「日は――」 「また――」 「昇る!」 「はあああああ――――――――ッ!」 「ぽん!」 「……何やってるの?」 「え? いや、これはその……」 「景気づけです!!」 「景気づけ?」 「ま、いいわ。そろそろ時間だから、行くわよ!」 「はい!」 「頑張ってね!」 「はぁっ、はぁっ、はぁ……」 「んん……いつつつつ……」 「ハッハッハッ……」 「ふぅ、あぶねぇ……  危うく溺れ死ぬところだったぜ」 「でも、なんであんなところで爆発が……?」 「平次サーン! ダイジョブデスカ?」 「全然、ダイジョウブじゃねぇよ!  もう少し、爆破のタイミングが早かったら……」 「ゴメナサイ! でもあれ、微調整きかないデス。  カタジケナイ」 「いいか?  今度同じことやったら、ただじゃおかねぇぞ!」 「わかったデスネ」 「え? ちょっと待って!」 「っていうか父さん、ジャブルさんの仲間?  あの爆弾を仕込んだのは――」 「ジャガンナート商会に、手に入らないものはないデス。  私が爆弾を敷き詰めておいたのデス」 「なんでそんなことを……?」 「河原屋双一の命令デスネ  籠を壊してしまいたかったのだと思うデス」 「河原屋双一の……?  でも、父さんの仲間じゃ――」 「愛想が尽きたんだとさ。  いいように使われてばっかりじゃ腹も立つさ」 「しかし……本当に大丈夫か?  河原屋組から、報復は……」 「心配ないデス。もう、河原屋双一もいないデス。  だったら私、恐れることなにもないデスネ」 「私、そのくらいの計算はできる男。  それより平次さんの方が心配デスネ」 「ん……オレか?」 「私、てっきり恵那さんが殺されたと思ったデス。  だから、あんなことを――カタジケナイ」 「いや、いいんだ」 「アイツもきっと、それを望んでたんだろうよ」 「ゆっくり……ゆっくり、眠りたいって」 (そっか……) (父さん、私が殺されたと思ったから、双六を――) 「いよぉし!  ようやくこの街にも、平和が戻る!」 「これにて、一件落ちゃ――」 「あれッ!?」 「んんん? おい、どうした恵那?」 「ジャブルさん!  この部屋に、誰かいませんでした?」 「ううん。誰もいないデスヨ」 「そんな、それじゃあ……」 「私が見たのは……幻?」 「……うん、きっとそうだ」 「幻……幻……」  恵那は、細かく震える手で、携帯電話を取る。 「幻だよね、千秋」 「しかし、それにしてもまあ……」 「なんと悪趣味な……頭痛がします」 「うっせー! 世の中目立ったもん勝ちよ!」 「ミヅハの桜も、似合ってるぞ!」 「うむ! ほれ、見えるであろ?」 「肉まんの花が満開じゃ!  くんくん……うう……ウマそうなにおい」 「素晴らしい! ちなみにテーマは?」 「出会い! 友達! 食欲!」 「天才だ……」 「うむ!」 「……納得いきません」 「ああん? 納得いかないダァ?」 「コレだけ人が集まったんだ。  シュビはジョージョーだろ!」 「確かに!  例年と比べても、なかなかの賑わいじゃ!」 「だよな、な、な?」 「まあ、それについては、認めざるを得ませんが……」 「おおっ! 出たぞ! フウリじゃ!」 「みんな!  年の瀬に集まってもらって、本当にありがとう!」 「「ありがとうございますっ!」」 「今日は交通事故でトラックが突っ込んで、急に会場変更になってしまいました」 「そのせいで、今日はライブができません」 「こんなに夜遅く集まってもらったのに――  皆さん、本当に――」 「すみませんでした――!!」 「ごめんなさい――!!」 「申し訳、ありませんっ!!」 「大丈夫! しょうがない!」 「気にしてないよー!!」 「頑張れ――!」 「スーパー・スーパーノヴァにご来場のお客様には、また後日のライブへとご招待させていただきます!」 「ものすごいライブにします!  ぜったい、来て下さい!」 「そしてその代わりに!  今日は、特別ゲストをお呼びしております!!」 「アタシ……実を言うと、ずっと前からファンでした!」 「今日、偶然にも公園で出会ったんですが……」 「なんかこう、こんな日に会うことができるなんて、神様のいたずら心を感じてしまいます!」 「えー、皆さんも、恐らく知っておられると思います」 「それではお呼びいたしましょう!」 「TAMAのパロディAVでお馴染み――」 「ロクローさんの、登場です!!」 「はいど――――――――――――――――――も!!」 「ロ・ク・ローで――――――――――――――す!!」 「のう、沙紅羅よ」 「なんだ、ミヅハ」 「世話になったな」 「それで……いいんじゃな?」 「ああ。それでいい」 「自分の正しいと思ったことを、真っ直ぐやればいいんだ」 「間違ったら、やり直せばいい」 「ただ、それだけのこと……さ」 「それじゃあみんな、カウントダウン――」 「「「いってみよー!!」」」 「10!」 「9!」 「8!」 「7!」 「6!」 「5!」 「4――」 「3!」 「2!」 「――1」 「いっけ――――!!」 「「「あけましておめでとうございま――――すッ!!」」」 「うおおお……」 「すごく……綺麗な……花火だ!  なあ、ミヅハ? 見てるか?」 「おい、ミヅハってば!」 「うむ、もちろん――見ておるぞ」 「ん? 今のはミヅハの声――?」 「正確には、ミヅハノメ……じゃ」 「す、すげえ!  ほ……ホントに、大人になってる!」 「っていうか……スタイルいいなあ!」 「はっはっは! 神の力を甘く見るでない!」 「ミヅハノメ様……」 「帰って……いらっしゃったのですね……」 「うむ。アザナエルの呪いも無事に解けた。  これでわらわもようやく、任を解かれる」 「ということは、とうとう……?」 「星よ。世話になったの」 「いえ、そんな……私の方こそ、ご無礼を――」 「今、この瞬間になってようやくわかったよ。  おぬしがわらわを人間に近づけさせなかった理由がな」 「人との別れとは、辛いものなのじゃのう……」 「おぬしとの別れだけでも、胸が張り裂けんばかりだというのに」 「そんな……身に余る、お言葉……」 「でもよ」 「人は、人を好きになることを、やめられない。  例えその先に、悲しみが待っていても」 「そういうもんなんだよ」 「そういう……ものなんじゃな」 「……沙紅羅、ありがとう」 「わらわは、おぬしらに会えて本当によかった」 「アタシもだ」 「どれ……そろそろ時間じゃの」 「そうか……  向こうに行っても、達者で暮らせよ!」 「うむ!」 「ミヅハノメ様っ!!」 「どうか……どうか……」 「向こうへ行っても、私といたことを、忘れずに――」 「忘れるものか!」 「忘れて……忘れて、なるものか……」 「おぬしは……わらわの、最愛の者じゃ……!」 「ミヅハノメ様……」 「では、さらばじゃ皆の衆!」 「わらわはいつでも、おぬしらを空から見守っておるぞ!」 「さようなら――ミヅハノメ様!」 「あばよ! ミヅハッ!!」 「綺麗な……花火……」 「ロボットさんも……カッコイイ!」 「う……うぅ……」 「フウリちゃん、大丈夫?」 「え……あ、はい」 「ただ……なんていうか……」 「貫太さんとノーコちゃんにも……  見せてあげたかったなって」 「ねえ、フウリちゃん。知ってる?」 「日本の花火はね。  どこから見ても丸いんだよ」 「どこにいたって、ちゃんと、見えるから」 「……上からも、丸く?」 「うん」 「それにほら、この音。  フウリちゃんの、アレに似てるでしょ?」 「アレ?」 「コレだけ大きな音聞いたらきっと、びっくりしてこっち見てるから、ね」 「だから……ほら!  本物の音も、聞かせてあげましょ?」 「…………はい」 「いよおおおおおおおっ!」 「ぽん!!」 「突然何ですか!?」 「いいのいいの」 「貫太さん……ノーコちゃん……」 「見ててください。聞いててください。」 「私はいつか、このふたりと一緒に――  そっちまで届く大きな音で――」 「たいこの音を、響かせてみせます!」 「ノーコ、聞こえるか?」 「コレ……おまえのおかげで、描けた絵だ」 「やっと……やっと、自分の弱さに向き合えた」 「だからきっと、ひとりでも進んでいける」 「まだまだ先は、長いけど。  でも絶対、プロになってやる」 「だから……」 「見ててくれよ、ノーコ……」 「おーい! おおおおお――――い!!」 「…………」 「アレェ? おっかしーなー。  アタシを置いて、先に行っちまったか?」 「……あー、もう! しゃーねーなー!」 「おい、星! 名探偵の電話番号知ってんだろ?  ちょっと教えてくれ!」 「……恵那様においていかれたのですか?」 「あ……ああ、まあな」 「ふ、無様」 「んなっ!!」  怒る沙紅羅をよそに、歌門は社務所備え付けの電話を素早くダイヤルし、受話器を持ち上げた。 「どうぞ」 「あ……ああ、どうも」 「………………」 「………………」 『もしもし、恵那です』 「おお、名探偵ッ! てめぇ何で勝手において行く――」 『只今電話に出ることができません』 『「コレは事件!?」と言ったらメッセージを――』 「があああああああっ! クソッ!!  こうなったらアレだ! 先回りだッ!」 「おい、星!  あのモジャモジャの電話番号知ってんだろ?」 「悪いけど、電話繋げてもらえねーかな?」 「…………ハァ」 「そんな、聞こえよがしに溜息つかなくても――」 「……どうぞ」 「おう、サンキュー!」 「あ、もしもし?」 『ん? この声は……金閣寺か?』 「金閣寺じゃねぇっつーの!  沙紅羅だ、沙紅羅!!」 『おう、そうか。  で、そのマクラがいったい何の用事だ?』 「マクラじゃねぇ! 沙紅羅だ!  モジャモジャ、今どこにいる?」 『あぁん?  なんで居場所を、オクラに言わなきゃなんねぇんだ?』 「オクラじゃねぇ! 沙紅羅だ!  名探偵……恵那が今、おまえんとこに行ってんだよ!」 『な……なんだとォ!? ここに、ここにかっ!?  本当だなッ!!』 「本当だよ。  だからほら、おまえの居場所を――」 『絶対教えませ――――――――んっ!!』 「てめぇオイコラブッ叩くぞ!」 『てめぇバカ野郎せっかく手に入れた親子団らんの時をてめぇに汚されてたまっか! シッシッ!!』 「てんめぇ――ッ!!」 「オイバカ! こら! 切るなッ! 切るなって!!」 「あ……ああああっ! クソッ!」 「こ、こうなったら……」 「ぜええええええええええったい!  親子の再会に水差してやるッ!」 「ん? あれ? でも確か……名探偵……  もじゃもじゃがどこかにいるって言ってなかったか?」 「ん? ん? んんんん?」 「え、ええと確か――」 「病院?」 「おい、星!  あのモジャモジャのかかりつけの医者知って――」 「――るわけねーよな」 「泰然堂大学病院です」 「え? マジで知ってんの!?  なにそれ? 知恵袋?」 「以前お世話になったとき、見舞いに行っただけです」 「ほいで、その泰然堂大学病院ってどこだ!?」 「行けぇッ! 暴蛇羅号ッ!!」 (ははっ、なんつー偶然!) (秋葉原に来る前、アタシが寄ったあの病院じゃねぇか!) (ん? でも……アレ?) (泰然堂大学病院って……  どっかで聞いたことあるような……) 「あ……」 「雪……」 (ミヅハ、頑張ってるな……) (ウシ! 待ってろよ。  今、アザナエルを取ってきてやるからな……) 「いよおおおしッ!! 着いたッ!!」 「名探偵! モジャモジャ! 待ってろよ!」 「今、水をさしてやっからな!!」 「名探偵ッ!!」 「モジャモジャッ!!」 「どこだッ!」 「この部屋か!?」 「それともこの部屋!?」 「出てこいッ!」 「出てこねぇと――」 「出て――アレ?」 「この名前――」 「橘……正純?」 「それって、もしかして……」 「あ! あ! ああああ!  そうかッ、思い出した!」 「泰然堂大学病院って、確か――」 「金閣寺――!?」 「あ、モジャモジャ!」 「恵那は!?」 「え?」 「恵那には最後、いつどこで会った?」 「いつどこでって……20分前くらい、半田明神で」 「クソッ! やっぱりか!」 「やっぱりって?」 「いや、いいんだ! あばよ!」 「あばよって、おい待て! アザナエルは――」 「イデデデデッ!!」 「え? モジャモジャ? どうした?」 「お、おいその脚――」 「構うんじゃねぇ!」 「え? いやでもアザナエルも受け取らないと――」 「アザナエル?  んなもん、持ってねぇよ」 「え? どっかにやったのか?」 「やってねぇ」 「う、嘘つけ!  みんな、おまえが持っていったって――」 「こんな時に嘘なんてつくかッ!!」 「あ……」 「ええと……その……」 「ごめん」 「いや、オレこそ悪い」 「火急の用事ができたんだ。  悪いが、行かせてもらうぞ」 「用事って――?」 「用事は、用事だよ」 「じゃあな! あばよ!」 「ちょっと! 待て――」 「……クソ!」 (何なんだよアイツ。  なんか、ずいぶん切羽詰まってたみたいだけど……) (…………) (追いかけるか?) (……うん、そうだ。  マーくんに会うのはどーじんしを手に入れてからで――) (…………) 「また逃げんのか、アタシ?」 (偶然、同じ病院にやってきて……  偶然、弟の病室を見つけた) (これって、神様のお導きってヤツじゃねぇのか?) (そりゃ、どーじんしは持ってきてねぇけどさ) (ここまで来て、逃げ帰るわけにはいかねーだろ) 「ふぅ――」  沙紅羅は名札の前で、一度大きく深呼吸して―― 「ウシッ!」 「よう! 久しぶりだな、マーくん――」 「え……?」 「マーくん……マーくん?」 「なんで……マーくんが……」 「いないんだ……?」 「まさか――まさか――」 「アタシに愛想を尽かして、どっか行っちまったのかぁ?  うおーい、おいおいおいおい……」 「うるさいぞ、おまえ!  もう夜中だ! こっちは寝てんだぞ!!」 「う、うるせーバカヤロー! わざわざ弟に会いに、郡山から出てきたのに……コレが泣かずにいられるかっ!」 「弟……?」 「あ……あれ? もしかして」 「おまえ……そこの病人の、身内か?」 「おーよ!  おまえ、マーくんがどこに行ったか知ってるか?」 「いや、オレが聞いた話だと――」 「そこの人、今日の夕方、亡くなったって」 「え……?」 「マーくんが、死んだ……?」 「フウリ――フウリ――」 「どこにいったの?」 「かえってきて」 「やくそくした」 「ライブをみせるって、やくそく」 「だって、わたしたちは、ともだち――」 「せっかく、ともだちになれたのに――」 「ふうりのともだちも――  みんな、みんな、まってるのに――」 「ちゃんと、ごめんなさいが、したかった」 「それなのに――それなのに――」 「どこに、いったの?」 「どうして、かえってこないの?」 「かえってこないのは――」 「フウリが、カゴメアソビにしっぱいして――」 「のぞみが、かなわなかったから――?」 「違う!」 「え……? あなたは――」 「フウリのケガを、治した男だ」 「――フウリの場所を、知ってる?」 「フウリは、今――」 「願いが叶って、好きな人と、一緒にいるよ」 「え……!?」 「なんじゃと!?」 「今……なんて言ったの?」 「フウリは、いなくなった」 「ウソでしょ……? なんで!?  なんでフウリちゃんが、いなくなったの?」 「フウリのおともだちが、いってた」 「こいびとが、みつかったって」 「その人のところに、むかったって」 「だから……もうにどと、かえってこないって」 「そんな……!」 「そんなこと、急に言われても――」 「ごめんなさいって、つたえてって」 「そのひとに、いわれた」 「なんで……わかんない、わかんないよ!」 「フウリちゃん……約束したじゃない……」 「アタシたちと……ライブ、一緒にするって……」 「それなのに……なんで……」 「そのおともだちは、いってた」 「フウリは、なっとくして、いったって」 「だから、フウリのいしはそんちょうしてあげろって」 「かのじょのきもちを、ぶじょくするなって」 「フウリちゃん……そんなのって……」 「そんなのって、ないよ……」 「………………」 「………………」 「………………」 「ミヅハ、これを」 「む……これは!?」 「アザナエルではないですか! どうしてコレを!?」 「そのともだちが、わたしにくれた」 「フウリは、これで、じぶんのゆくさきをきめたって」 「そう、いってた」 「――――――っ!!」 「そうか」 「フウリが、そう、決めたのか」 「うん」 「ならば、フウリの決めた、その気持ちを……  尊重してやらねば、なるまいのう……」 「のう……星?」 「はい。左様でございます」 「もじゃ……もじゃ……」 「もじゃああああああああああああああああっ!!」 「鈴ちゃん!? あの、大丈夫――」 「おめでたいっ!!」 「おめでたいじゃないの、フウリちゃんッ!!」 「え!?」 「アタシたちへの挨拶なんか忘れるくらい、恋に心奪われちゃったんでしょチックショー!!」 「自分の気持ちに決着をつけようとした結果がコレなんでしょ!?」 「ええ、わかったわ!  だったら――」 「男になびいちゃったのを後悔するくらい!  思いっきり、素晴らしいイベントにしてやるわよッ!」 「そ、そうね! たとえふたりでも――」 「あ、もしもし?」 『鈴ちゃん、ごめんなさいっ!!』 『今、勢いがつきすぎて……隅田川の方まで来てしまいました~!!』 『時間に、間に合いそうにありません……』 『すいませんっしたッ!!』 「ああ……うん、わかったわ」 「色々予定が変わったから、事故に遭わないように気をつけて来てね」 『は、はい~』 「………………」 「………………」 「………………」 「ど……どうしましょう?」 「鈴ちゃんひとりじゃ、ライブなんて――」 「ふふふふ……ふふ……」 「ふは――――っはっはっは!!」 「こんなこともあろうかとッ!!  アタシは恵那ちんに、奥の手を授かってるのよ!!」 「奥の手……?」 「そう! 会場のみんなには申し訳ないけどッ!」 「今日のライブは、内容変更よッ!!」 「いや……でも……」 「ここで諦めちゃだめだよな……」 「諦めちゃ……だめ……」 「あきらめ……」 「も、時には肝心……かな……」 「にとり――」 「ん……ああ、ノーコ」 「ちょうし、どう?」 「あははは……  まあ、見ての通り」 「おまえは、上手くいったのか?」 「うん」 「いろいろあったけど」 「よそうがいの……こと……おおくて……でも……」 「でも……うん、だいじょうぶ……」 「ミヅハのねがいは、かなう……」 「ノーコ」 「なに、似鳥?」 「辛かったろ?」 「なにが……?」 「オレは今日までずっと、嘘をついてきた」 「自分は、いつか世界をひっくり返すだけの才能があるって、自分に言い続けてきた」 「そうやって自分に嘘をついて、騙し続けて、目を逸らし続けたんだ」 「でももう、そういうのはやめた」 「ウソはウソだ」 「でも、そんな自分を見つめたから、もう一歩前に進める」 「おまえが妄想の存在であることを認めたから、オレは、おまえが好きになれたんだ」 「にとり……」 「他の誰に言わなくてもいい」 「もし、おまえが辛かったら――  オレが、そんなおまえの力になれるなら――」 「オレに本当のことを、教えてくれないか?」 「にとり……にとり……!」 「あの……あの、ね?」 「きいて……きいてくれる?」 「フウリは……フウリはね……」 「きっと、もう、しんでるの」 「お……おーい! 沙紅羅!  こっちじゃ、こっち!」 「ようやく来たのですか……いったいどこへ?」 「いや、ちょいと、野暮用が……な」 「ん? おぬしそれは……涙の跡?」 「ははっ! バカ言うな!  アタシがなんで、泣かなきゃなんねぇんだよ!」 「ところでこっちの方はどうだ?  ちゃんと、アザナエルは――」 「心配するでない。無事に帰ってきたぞ!」 「もっとも、他の箇所は色々修正があるのじゃが……」 「修正?」 「フウリ様は、もう来ません。  バンドのニコちゃんとやらも、間に合わないそうです」 「そんな、それじゃイベントは!?」 「危うく中止――になるところじゃったのじゃがのう」 「鈴は、諦めておらんのじゃよ」 「諦めてない……?」 「みんな!  年の瀬に集まってもらって、本当にありがとう!」 「すいません……今日は交通事故でトラックが突っ込んで、急に会場変更になってしまいました」 「その上、ニコちゃんとフウリちゃんが、この大雪で会場入りが間に合いそうにありません」 「こんなに夜遅く集まってもらったのに――  皆さん、本当に――」 「すみませんでした――」 「ドンマイドンマイ!」 「気にしてないよー!!」 「頑張れ――!」 「みんな、ありがとう!」 「そしてその代わり!  今日は、特別ゲストをお呼びしております!!」 「アタシ……実を言うと、ずっと前からファンでした!」 「今日、偶然にも公園で出会ったんですが……」 「なんかこう、こんな日に会うことができるなんて、神様のいたずら心を感じてしまいます!」 「皆さんも、恐らく知っておられると思います」 「それではお呼びいたしましょう!」 「TAMAのパロディAVでお馴染み――」 「ロクロー様の、登場です!!」 「はいど――――――――――――――――――――――も―――――――――――――――――――――――!!」 「ロクローで――――――――――――――――す!!」 「色々と計算違いもありましたが……」 「これだけの人が集まれば、アザナエルの呪いも解ける」 「わらわもきっと、元の姿に……」 「ははっ、そうか……そういうことか」 「そうだよな。  諦めたら……それで、おしまいだもんな」 「沙紅羅……?」 「ほんとうにこれでよかったの?」 「良かったんだよ」 「みんな、精一杯、やるべきことをやったんだ」 「それにちゃんと、ミヅハを元の姿に戻せる」 「胸を張って行こうぜ!」 「でも……むねがいたい」 「オレ、さ。  本当はもっとすごいものが描けるつもりでいた」 「ものすごい――  おまえがもし見たら、涙流すような絵を」 「でも――できなかった」 「今のオレは、これで精一杯だ」 「認めるのは、辛い。  ありのままに、受け取るのは、しんどい」 「でも――それだって、生きてる証だ」 「おまえの胸の痛さも、生きている証」 「いきている……あかし……」 「それじゃあみんな、カウントダウン――」 「いってみよー!!」 「10!」 「9!」 「8!」 「7!」 「6!」 「5」 「4!」 「3」 「2!」 「――1」 「いっけ――――!!」 「あけましておめでとうございま――――すッ!!」 「これ、すごい……!」 「ぜんぶ、かきなおしたの?」 「ノーコ。聞いてくれ」 「オレ、これから本気でプロの漫画家になる。  プロになって、自分の力で夢を叶えてやる」 「どんなに苦しくても、どんなに辛くても、絶対に負けない! へこたれない! 最後まで、戦い抜いてやる!」 「でも、もし、万が一……」 「途中で苦しくなって、逃げ出したくなったら……」 「側で、励ましてくれないか?」 「じょうけんが、あるよ」 「わたしがつらいときは……」 「ずっと、そばにいて」 「ああ。もちろん」 「あのね、にとり」 「なんだ?」 「わたし、いま、むねが、くるしい。つらい」 「だから――なぐさめて、くれる?」 「ああ――」  涙に濡れたノーコの瞳に――  似鳥はゆっくりと顔を近づけて、口付けを交わした。 「ぅ……ぅぅ……ぅぅ……」 「ミヅハノメ様……お達者で……お達者で……!!」 「ほら、んな悲しい顔するなって、な?」 「悲しくなど……悲しくなど……」 「ううっ! う……う……」 「そうだ……」 「辛いことも……悲しいことも、世の中にはたくさんある」 「取り返しのつかないことだって、山ほどある」 「いつかは、その悲しさも静まるだろう」 「静まってもう一回、前に進もうって気持ちになるだろう」 「いつか、きっと、未来を信じられるようになる。  だから……」 「今は少し、悲しみに……身を浸らせてくれ」 「弟子よ……死んだとか……  ウソだって……言ってくれよ……」 「金閣寺……もう諦めろ……  コイツは……もう……」 「目、覚ませ……覚ましてくれ……頼むから……」 「金閣寺!」 「何でだよ!? なんで諦めんだよ!!」 「失敗をやり直すのに、遅いってことはないって――  アタシ、それを信じて――」 「それを信じたから、ここに来たのに――来たのに――」 「諦めたら……諦めたら……」 「うう……う……ううう……」 「こぼしたカレーを嘆いても、仕方ナイ」 「誰だてめぇはっ!!」 「おまえ……ジャブル?」 「今、恵那ちゃんが危ないのではないデスカ?  ならば、嘆いているヒマないデス」 「はやく、双一をやっつけるデスネ」 「なにを偉そうに――!」 「いや待て!」 「ジャブル、おまえ河原屋組の一員だろ?  そんなこと言って、いいのか?」 「もう、いいんデスヨ」 「わたし、もう疲れたデス。  河原屋組の都合に振り回されるのは、たくさんデスネ」 「だから……平次さんに、提案があるデス」 「提案?」 「はい。この仕事ができるのは、あなたしかいないデス」 「実は今……籠の奧には、爆弾が仕掛けられているデス」 「……おまえが仕掛けたんだな」 「河原屋組の依頼デス。  彼らは、籠を壊そうとしているデスネ」 「アザナエルないなら、河原屋双一をこの世から消す方法は、もうコレしか残されていないデス」 「…………」 「オレは、警官だぞ」 「本当に、そんな仕事ができると――」 「あなたになら、わかるはずデスネ」 「河原屋双一の、苦しみが」 「それを救ってやることは――  あなたにしか、できないデス」 「…………」 「……わかんねぇ」 「オレに……そんなことが……」 「そちらの様子は、カメラで観察できるデス」 「もしも覚悟ができたなら――連絡を」 「…………」 「おい、金閣寺。オレは先に――」 「モジャモジャのオッサン!」 「……これをやったのは、河原屋双一か?」 「たぶん、な」 「どうして、こんなことを?」 「――さあ」 「アイツは、平凡な人生ってのが、大嫌いだ」 「出会った人間に、生きるか死ぬかの選択を突きつけて、その反応を楽しんでいやがるのさ」 「…………ふざけてる」 「ああ。全く――ふざけたヤツだよ」 「その顔――アタシも、ブン殴りに行きたい」 「一緒に連れて行ってもらえねぇか?」 「おまえ――大丈夫か?」 「ああ、もう大丈夫だ」 「アタシの弟子にこんなことをしたヤツを――」 「もうこんな、取り返しのつかねぇことをしたヤツを――」 「アタシは絶対に、ゆるせねぇ!!」 「わうっ!!」 「……そうか」 「よしっわかった!  一緒に行くぞ!」 「河原屋双一を――ブン殴りにな」 「おうっ!」 「そこを右だッ!!」 「……良く、知ってるな?」 「前にも、来たことがあるからな」 「前にも……?」 「ああ。昔――今から10年も前の話だ」 「河原屋双一にカゴメアソビを強要されて――  撃たなかった。撃てなかった」 「もしかして、あの時撃っていれば、恵那は――」 「っと、そこを左! 線路を行くんだ!」 「わ、わかった」 「いでででででででででで!!」 「ストップ! ストップ! 脚に響く!!」 「ああっ! もう!  急いでんだから我慢しろ!」 「我慢って――てめぇ脚をケガしてから言ってみろ!」 「うっせ! 娘の命がどうなってもいいのかよ!」 「良くない! 良くないけど――いでででででで!」 「ったく! 女みたいな悲鳴あげやがって!」 「わうわうわう!!」 「ん? この音――」  沙紅羅と平次は、背後を振り返る。 「地下鉄だ! 反対車線に移れ!」 「わかってる!」 「ふぅ……危ねぇ」 「な?  オレの言うこと聞いて、止まって置いてよかっただろ?」 「別に、そんなことねーし!」 「走りながら反対車線に移れば――」 「わうわうわうっ!!」  ユージローが、前方に向かって吠える。  後方から追い抜いていった地下鉄とすれ違うように、前方から迫るのは――もう一本の地下鉄。 「あのまま真っ直ぐ走ってたら――」 「逃げ場、なかったかもな」 「わうっ!」  平次と沙紅羅は、ばつが悪そうに顔を見合わせながら、再び反対車両へとバイクを移動させる。 「ゆっくり、安全運転で行くか」 「ああ。そうしよう」 「わうわう! わうわうわう!」 「とうとう、来た」 「この奧に、河原屋双一が?」 「ああ、そうだ」 「準備は、いいな?」 「いつでもいいぜ」 「この喝雄不死で、双一の頭、かち割ってやるッ!!」 「かごめかごめ」 「かごのなかのとりは」 「いついつでやる」 「よあけのばんに」 「つるとかめがすべった」 「うしろのしょうめん――」 「オレだ」 「双六――さん!?」 「よう。待ったぜ」 「脚を引きずって、大変だったろ?」 「恵那を、返せ」 「恵那?」 「とぼけんな。オレの娘だ」 「ああ、アイツか。アイツなら――」 「ほら、そこ」 「――――」 「あ――あ――ああ――あ――!!」 「見えるだろ、そこ。ホラ」 「――――ッ!」 「頭から血、流して――」 「おまえが、やったのか?」 「しかたねぇだろ。双一親分の命令なんだしな」 「そうやって他人のせいにして、人の命、奪い続けてきたってのか?」 「奪ったのは、オレじゃねぇぜ。アザナエルだ」 「オレはただ、コイツの決断を手助けしてやっただけ」 「ふざ、ふざ――――」 「ふざけるなッ!!」 「ナンダァ? 腰抜けのクセして」 「オレを、撃てんのか?」 「おまえ、あの時は――」 「……あの時とは、違う」 「モジャモジャ――!?」 「悪い、金閣寺。撃たせてくれ――」 「でも――」 「頼む!!」 「オレには……今、一番大事なものが何か、わかる」 「そいつを奪った外道に……」 「容赦はしねぇんだよッ!!」 「がはっ!」 「双六さん――!」 「あ……あが……ん……」 「双六さん! なんで――ああっ!」 「なんで……なんで、こんなことに……」 「いいんだよ、沙紅羅」 「オレがやり直すには……少し、遅すぎた」 「でも――そんなこと――遅すぎるなんて――」 「いいんだ。オレが、一番よくわかってる」 「恵那が死んじまったとき――  これは、神様の罰だと思ったんだ」 「神様は――そんなこと、しない――!」 「いいんだ。いいんだよ」 「コレが……オレの、望んだ結末なんだ……」 「少し――ほんの少しだけ――眠らせてくれ――」 「双六さん……」 「双六……さん……!」 「……もしもし」 「ああ。わかった。  すぐ、準備する」 「ん……くぅっ、く……んんっ!!」  平次は携帯電話を閉じると、ケガした脚を引きずりながら、息絶えた双六の側へと近づいた。 「おい、金閣寺」 「悪いが――これで、コイツとはお別れだ」 「あ……ああ」  平次はかがみ込み、双六の手に手錠をつけた。 「なんで……こんなことを?」 「双一の、亡霊退治のためさ」 「亡霊? でも――」 「行くぞ。時間がない」  平次は足を引きずり、恵那の元へ。 「恵那……」  赤で塗れたその頬に、静かに手を伸ばし―― 「すまん……オレが……ふがいないばっかりに……」 「今……連れて帰ってやる……ぐぁっ!」 「アタシが背負うよ」 「あ……ああ、悪い。助かるよ」 「ん……くぅっ、んんん……!!」 「よし、これで大丈夫だな?」 「わうわうわうっ!!」  後ろに座る平次に、沙紅羅が恵那の死体を手渡す。 「あとは、双一を――」 「心配すんな」 「もう、これで全部、終わったんだ」 「全部終わった……? 意味が――」 「え――!?」 「ちぃっ!!」  爆発――  そして籠の中から、凄まじい勢いで水が流れ出す。 「おい金閣寺! 急げ!」 「急げって、でも――」 「いいから!  オレたちまで沈むわけにはいかねぇだろ!」 「…………」 (何もかも、ニセモノで、幻で――) (全部――夢だったらいいのに) (でも) (名探偵の身体は、確かに重くて――  間違いなく、本物で――) 「わうわうわうッ!!」 「わかった。わかったよ!」 「双六さん……」 「さよなら」 「あとで、ごうりゅ――」 「え――!?」 「のわっ!」  突然弾ける、川の氷。  その割れ目に、狸たちが吸い込まれる。 「たしろう――――っ!?」  呼びかけるが、水底から返答はない。 「どうしてきゅうに――!?」 「ううん、まようひまない」 「フウリは、だいじ」 「でも――」  ノーコは踵を返すと、ふわりと宙へと浮き上がる。 「あの4にんは、みすてられない!!」  伸びたナイフが、川の厚い氷を割った。 「ってまあ、お笑い集団はおいといて――」 「フウリちゃん! ニコちゃん!」 「お、お疲れ様です~!」 「なんとか、帰ってきましたー!」 「ギリギリ、間に合いましたかー?」 「うん、なんとか……」 「って、安心してる場合じゃない!  ほら、早くライブの準備!」 「そ、そうでした」 「第一宇宙速度年越しライブ!!」 「一丁、やってやるわよ!」 「えい、えい――」 「おーッ!!」 「………………」 「ん? ノーコ、どうした?」 「なにか、元気がないようじゃが……」 「そんなこと、ない」 「にとりは?」 「うむ。先程から拝殿に籠もって、ますこっときゃらくたーとやらを描いておる」 「……ありがとう」 「それでは皆さんお待ちかねッ!!」 「第一宇宙速度、年越しライブ――」 「スーパー・スーパー・ノヴァの、始まりよォッ!!」  ステージ上に輝く目映い花火。  大歓声に包まれて―― 「行っくよおおおおお――――ッ!!」 「うおおおおおおおおおおお!!」 「第一宇宙速度、きた――――っ!!」 「おい、あれホントにゆるキャラバンの――」 「ホントだ! あの大食いの――!」 「無事、始まったのう」 「無事……ですか」 「しかしあのフウリ様は、恐らく……」 「ん? なにか問題が?」 「……いえ、何でもありません。  これだけ会場が盛り上がれば、重畳でしょう」 「うむ!」 「後は、アザナエルだけですね」 「……果たして、やってくるのでしょうか?」 「な……なにを言うておる!  恵那が自分の役目を放棄するとでも?」 「沙紅羅は、アザナエルを持ってくると約束した!  あやつが約束を破るはずが――」 「その通り!」 「沙紅羅ッ!!」 「待たせたな。ほらよッ!」 「アザナエル。注文通り、届けてやったぜ!」 「お……おお、本当じゃ!」 「これは……正しくアザナエル!」 「……ありがとうございます」 「持ち逃げしなくて、悪かったな!」 「いえ。これでミヅハ様への罰が解けます。  心より、感謝します!」 「感謝なんていらねぇよ」 「んじゃ、アタシは行くところあっからさ!」 「達者で――」 「ま……待つのじゃ沙紅羅!」 「なんだ?」 「恵那はどこじゃ?  おぬしと一緒に、行ったのじゃろう?」 「恵那……か」 「……アタシには、わかんねぇな」 「しかし、おぬしと一緒にアザナエルを――」 「アイツはアタシを待たずに、どっか行っちまった。  そのおかげでソレ、返して貰うのに苦労したんだぜ」 「そ……そうか」 「それじゃ、そろそろいくぞ。  ボーッとしてると年越しちまう」 「あばよ!」 「さ、沙紅羅! 良いお年を!」 「良いお年を!」 「…………」 「…………」 「沙紅羅……泣いておらんかったか?  まるで逃げるようにも見えたが……」 「……気のせいでしょう」 「それより我々は、早くアザナエルを」 「しかし――」 「ミヅハ様!!」 「…………うむ」 「ニコちゃん!」 「はい!」 「フウリちゃん!」 「はいー!」 「準備、オッケーです!」 「よーし!」 「それじゃ、カウントダウン――」 「「いってみよ――――ッ」」 「せーのっ!!」 「10!」 「9!」 「8!」 「7――」 「6!」 「5!」 「4!」 「3!」 「2!」 「1!」 「あけまして――」 「おめでとうございます――――っ!!」 「にとり」 「これで、よかったのかな?」 「たくさんのひとを、だまして」 「そのしあわせに、いみはあるのかな?」 「おまえは……昔、ニセモノだった」 「オレは、おまえの存在を認められなかった」 「けど、オレは幸せで……」 「その幸せがあったから、今のオレがいる」 「今の、本物の、ノーコがいる」 「嘘をつくのは、辛くて、苦しい。  逃げ出したくなる。けど――」 「ちゃんと、意味はある」 「にとり……」 「でも、わたしは、くるしい」 「その時のために、オレがいるんだ」 「そばにいて……だきしめてくれる?」 「条件がある」 「オレ、これから本気でプロの漫画家になる」 「プロになって、自分の力で夢を叶えて、大声で笑ってやる」 「でも……もし、万が一、途中で苦しくなって、逃げ出したくなったら……」 「そのときは、側にいてくれるか?」 「にとり……」 「一緒に、来てくれるか?」 「もちろん」 「ずっと、ずっと、そばにいるよ」 「アタシは、何もできなかった」 「年を越しても、どーじんしも手に入らず」 「約束……守れなかったな」 「今度こそ……やり直せると思ったのに」 「結局……あのふたりも死んで……双六さんも救えず……」 「やっぱりアタシは、手遅れだった――」 「もしそうだとしても、オレたちはそばについてます」 「だから、そんな悲しい顔をしないで下さい」 「みそ……ブー……!」 「それに、ミヅハが大人になれたのは、姐さんがアザナエルを取り戻してくれたからです」 「オレたちは確かに、出来損ないで迷惑かけてばっかりかもしれねぇけど……」 「それでも、ちゃんとここにいる意味があるんです」 「だから……もう一回、最初からやり直しましょう」 「みそ!」 「はいっ!」 「ブー!」 「はいっ!」 「あんがとな……」 「アタシが今、ここにこうしていられるのは……  おまえたちの、おかげだよ」 「なあに言ってんですか」 「それは、オレたちの台詞ですよ」 「へっ! 言うじゃねぇか」 「んじゃま、そろそろ夜も遅ぇし――」 「郡山まで《ぶっちぎり》〈仏恥義理〉だぜ!」 「押忍ッ!!」 (正直、生きてくってのは辛い) (たくさんの出会いがあって――  たくさんの別れがあって――) (苦しみの連続で、逃げ出したくなる。けど――) (本当に辛い時、本当に大事なものがわかる) (たった3人の暴走集団。  それがアタシにとって、何にも代えがたい宝で――) (こいつらがいる限り、アタシは前に進める) (……そう、信じよう) 「《ヘッド》〈頭〉・月夜乃沙紅羅!!」 「特攻隊長・頑丈のみそ!!」 「参謀役・クラッシャー・ブー!!」 「我ら郡山に狂い咲く暴走集団《もものせっく》〈百野殺駆〉」 「「「夜露死苦ぅ!」」」 (もう……) (辺りは、真っ暗ですね) (うう……なんか、緊張してきました!) (2011年! 第一宇宙速度年越しライブ!  スーパー・スーパーノヴァ!!) (鈴ちゃんが臨時のアルバイトも雇ったって言ってたし、敏腕プロデューサーのミリPさんも登場です!) (絶対に失敗できないライブ) (ううう……なんか、かえって緊張が……) (こ、この緊張をほぐすには……) 「肉まんです!!」 (そう! あったかい肉まん!  肉まんこそが、私の心を温めてくれる……はず!) 「いよおおおおし! かくなる上は!」 「秋葉原の全コンビニを、制圧――」 「…………きゅ?」 (あ……この葉っぱは……) (普通の葉っぱじゃ……ない?) (もしかして、これ……) (故郷からの……手紙?) 「…………」 (ここは……ずっと、景色が変わりません) (まるで、時が止まってしまったみたいです) (でも……やっぱり、時間は経っていて) (私はまるで、時間と共に、自分じゃなくなっていくみたいで……) (太四郎さんのお父さんは、大狸太三郎様です。  もし村を出れば、大恥をかかせてしまいます) (もう帰ってこられないのは、わかります) (でも……それでも……) 「ひと月経っても、涙が止まんなくて――」 「1年経っても、胸が詰まって――」 「10年経っても、想いが変わらなかったから――」 「貫太さん、私は――」 「あなたに、会いに行きます」 「はぁあああああっ!」 「ぽん!」 「この音――聞こえますか?」 「聞こえますよね?」 (そうして、田舎を出てきてから――1年) (とうとう、見つかってしまったのでしょうか?) (許嫁を見捨てて、村を飛び出すのですから……  罰を与えられて、当然ですよね) 「…………」 (いっそ、読まずに逃げ出しましょうか?) (……ううん。ダメです) (一度見つかってしまったのだから、太三郎様から逃げられるわけがありません) (ここは、覚悟を決めて――) 「綿抜、フウリ」  彼女の呟きで、その葉っぱは白煙に包まれる。  中から飛び出したのは、一枚の手紙。 「貫太さん――」 「どうか、私を助けてくださ――」 「………………」  手紙に視線を向けた途端、フウリの動きが止まる。 「……え?」 「うそ……です……」 「そんなはず……ない」 (スマガ《ドリームステーション》〈DS〉、即ち――  ストライプウィッチーズ・マジカル・ガールズ) (オレは、このゲームが好きだ) (なぜ、好きかって? そりゃ、決まってる) (今日一日を、コイツのおかげで乗り切ることができた) (もしもコイツがいなかったら――と思うと、ゾッとする) (一応、先に言っておこう) (スマガ《ドリステ》〈DS〉。これは、面白いゲームではない) (というか、詰まらない) (というか、クソゲーである) (そんなゲームを、何故オレは持っているのか?) (それはもちろん――《たちばな》〈大刀刃那〉のせいである) (大刀刃那――  古くにネットで知り合った、自称天才プログラマーだ) (なぜ知り合ったかというと、その時のオレは「デスクトップ常駐型アプリケーション」の絵を描いており――) (彼はオレの相方、プログラムを担当していたからである) (正直そのころのオレの画力はいわゆる箸棒ってやつで。  オレの萌え絵に萌えたヤツはほぼ皆無――) (だったのだが一方の大刀刃那にはよくわからないプログラミング能力があるらしく――) (オレには全くわからない方面から喝采を受けそこそこダウンロード数を稼いでいたりしたらしい) (後で聞いたらそれはいわゆるトロイで、彼はそのPCを踏み台に法律を蹂躙し蹂躙し蹂躙した) (AVスナッフロリショタ二次元三次元アプリシェアウェアギャルゲエロゲBLゲー乙女ゲーえー、あとなんだ?) (まあそういうアレをナニしてネットでありとあらゆる悪行を犯し噂では某府警に裏でマークされていたのだという) (彼自身は伝説のスーパーハカー「サイババア」の弟子である、とか名乗っている) (のだが、いやなにそのサイババアって? 知らねーし。  大刀刃那も結局ただの違法ダウンロードの人でしょ!?) (と思ったのだが大刀刃那は本当にプログラマーとして有能だったらしくジボクコートというエロゲ会社に就職) (したのだがプログラムの腕はやはりそんな大したことがなかったらしく、スマガDSは数度の延期を重ね――) (ドリステ通信で見事3/3/4/3の低評価を獲得) (オレは今日一日、ゲラゲラ笑いながら大刀刃那くんの血と汗と涙の籠もったゲームで時間を潰したのだった) (おっと、ここでオレが何故東京ビッグサイトの真ん中で、無為に時間を潰さなければならなくなったか説明しよう) (同人誌が売れないからである) (大晦日である。コミマである) (喜び勇んで持ってきた大量の同人誌。  足元に控える在庫の山・山・山……) (売れたのは10冊) (後は、1冊も、出ない) (…………さて) (問:この不良在庫を生み出す原因となったのは誰か) (答:大刀刃那) (実は今を遡ること半年前、オレの創ったキャラクターが画像張り付け掲示板よつばちゃんねるに晒された) 「『殺っちゃえ! ヤンデレノーコさん』  住人の挨拶は『《ほふ》〈屠〉れ!』」 (毎週、定期的にスレッドが立ち、何人かの絵師が競作し、職人がコラ画像を創る、静かなブームを呼んでいたのだ) (本当にそれは静かなブームだった) (ところが当時のオレたちは静かでもブームはブームであると大いなる勘違いをかます) (「600部とか余裕だろ」とか大刀刃那が言うので「600部が余裕だったら頑張れば1000部は行けるな」) (死んでしまえ) (しかも取らぬタヌキの皮チャットを交わしたのは夏、まだ定期的にノーコさんスレが立っていたころで、今は冬) (売れるわけがねーだろ常識的に考えて……) (と、オレはこの状況をつくった大刀刃那に毒づき、毒づくついでにアイツのつくったクソゲーをプレイしていた) (というか、そのぐらいしかやることがなかった) (最低の時間の潰し方だ) (だがしかし!  オレは今ここに、高らかに宣言しよう!) (オレはこのゲームが好きだッ!!) (このゲームはクソゲーだ。  プレイしてても全然楽しくない) (最初は死ぬほど罵倒を浴びせ、大刀刃那へのストレスを発散させていたが、だんだん空しくなってきている) (だが――それでも、オレはコイツを愛している!) (なぜならば――) (ビッグサイトから着払いで荷物を送り財布を空にしてようやく辿り着いた我がホーム、秋葉原! この街で!) (コイツが!  今日のオレの命を繋ぐ《たねせん》〈種銭〉になるからであるッ!!) 「――え? 100円買取?」 「マジですか?」 (マジだった) (100円でなにが買える?  今時コンビニでカップ麺も買えねーぞ) (これでは返済期限が今日の借金はおろか、今晩の晩飯だって……) 「………………」 「さ、さらばッ!  愛しき《ドリームステーション》〈 D S 〉本体!」 (こうしてオレは、手に入れたのだ) (今日中に返さなければならない、20万円の《たねせん》〈種銭〉を!!) 「いざ――」 「勝負ッ!!」 「どこだ?」 「どこだ、どこだ、どこだ!?」 「とーじんぼーは、どこだ――――っ!?」 (郡山を出て、もう約10時間――  雪道をひた走り、ひたすら南へ) (途中、お供のみそブーとはぐれても、挫けない。  勘だけを頼りに目指すは東京ビッグ斎藤) (飲まず食わず……じゃねーな。  途中、間違えて着いた水戸で納豆アイスを食った) (が、それ以外にはほとんど休憩を取らないまま、東京へ) (着いたはいいけど、もう辺りは真っ暗だ) (ああっ、クソ! マーくんにとーじんぼーを持っていくって、約束したのに!) (今度こそ、やり直せる!  そう……信じてたのに……) (アタシ、また……) (また、駄目なのか……タカ?) (アタシがタカと出会ったのは、京都での修学旅行) (金閣寺の手前で、余所の学校の不良共とはち合わせになった時だった) 「おうおうてめぇら!」 「オレたちを誰だと思ってる?」 「特攻隊長・頑丈のみそ!!」 「参謀役・クラッシャー・ブー!!」 「そして《ヘッド》〈頭〉・月夜乃沙紅羅!!」 「我ら郡山に狂い咲く暴走集団《もものせっく》〈百野殺駆〉」 「「「夜露死苦ぅ!」」」 「あぁん?」 「福島って、どこだァ?」 「舐めんじゃねえええええええええええッ!!」 「へっへー! どうだ!」 「名刀喝雄不死の威力、思い知ったか!?」 「な――なにが喝雄不死だっ!」 「ただの――土産モンじゃねぇかあッ!!」 「ぬわっ!」 「わ……とと……と……え?」 「姐さんッ!」 「ぶくぶく……ぶくぶくぶく……」 (パンチを受け止めたまではよかった) (けど、アタシはバランスを崩して――水の中に) (笑える話だけどアタシは金槌で、ただ沈んでいくだけだった) (お供のみそブーも、金槌だった) (アタシ、死ぬんだ……そう、思った) (水の向こうの金閣寺がヤケに綺麗で――) (そこに――) (あんたが助けに来てくれたんだよな、タカ) (アタシたちは、すぐに恋に落ちた) (お互いのホテルが近いこともあって、抜け出して、一緒に夜の京都を練り歩いたりした) (タカは三重の出身で、アタシと同じオチコボレで、卒業したらすぐに就職してバイク屋に勤めるのだという) (アタシは当時、バイクなんて全然詳しくなかったけど、タカのその横顔が、すごく楽しそうに見えた) (アタシは今もタカの言葉を忘れない) (「オレはずっと、間違いばかり繰り返してきた」) (「今、やっと、それに気付いた」) (「だからこの瞬間から、オレはその過ちを正したい」) (「自分の間違いを認めて、もう一度、やりなおしたい」) (「間違いを改めるのに、遅すぎるなんてことはないのだから」) 「タカ……」 「そうだよな……遅すぎるなんてことは、ないよな」 「アタシはもう一回、マーくんと仲直りして、姉弟としてやっていける――」 「あ……あれ?」 「あそこに見えるのは――まさか!」 「ビッグ・斎藤ッ!!?」 「こない」 「にとりが」 「かえって」 「こない」 「ごじに」 「かえるって」 「やくそく」 「ほんはすぐうりきれて」 「へいかいをまたずにかえる」 「そういった。なのに……」 「こない」 「にとりは」 「わたしがきらい?」 「いらない?」 「しんだほうがいい?」 「ち」 「ちが、でる」 「ふふ……」 「このまま、ちが、ながれて……」 「しんでしまう」 「わたしなんて」 「いないほうが」 「いい」 「そうなの?」 「にとり……?」 「わたし……しんで……」 「きえたほうがいいの?」 「うそっ!」 「うそっ!」 「うそっ! うそっ!!」 「にとりは……ずっと、そばにいる」 「わたしを、はなしたりしない」 「そう、だよね……」 「そう……」 「あ……」 「このほん……」 「にとりの、どうじんし」 「わたしの、どうじんし」 「ふたりの、いちばんたいせつなほん」 「わたしたちの、はじまりのひ」  今から2万年前。  原始の世界――  《ケイオス》〈混沌〉の中から生まれた原罪という名の泡――  《ウロボロス》〈冥界〉。  そして、その盟主たる《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉――  ルシフェル。  世界を手中に収めるため《フォールン・トゥエルブ》〈12闇使〉を率い――  正皇と永きに渡り《ジ・ハード》〈聖冥戦〉を繰り広げた。  だがついに《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉は戦いに敗れる。  12闇使も、身体に聖痕を刻まれ、封印されたのだ――  時は流れ、21世紀の日本。  12闇使のうちのひとり、《スラッシャー・ワン》〈切裂闇使〉の転生体――  ノーコは幼い頃から、悪夢に悩まされていた。  それは、前世の記憶の残り香――  彼女は二重人格であり、しばしば無意識のうちに――  近所の動物を虐待していた。 (二重人格は光と闇に別れる前の混沌の象徴) (そのため片目が闇に浸食され、真っ黒だった) (生まれたときから眼帯でそれを隠している)  だが12の夏の夜、彼女は初潮を迎え闇の力が目覚める。 (眼帯に隠されていた瞳に血の梵字が浮き上がる)  力を抑えようと光り出す、前世で刻まれた聖痕。  だがノーコは、それが覚醒を妨げるものであると理解。  聖痕を自らカッターナイフでえぐり取り――  腕に包帯を巻き付ける。  その日以来、切裂闇使であることに気付いたノーコ。  だが――そんな彼女の言葉を信じる者は、誰もいない。  誰も、彼女の相手をしようとはしない。  彼女が語る真実を、頭のおかしな少女の戯言と断じ――  やがてそれは、彼女への排斥へ――  戦いで負けるのならば、良かったのだ。  身を切り裂くような痛みでも、折れぬ心は持っていた。  だが現代に、彼女の心を支える戦いはない。  敵はいない。  あるのはただ、静かな排斥。村八分。  平和で安穏な現代社会の中――  彼女は過去の幻影を見続けたまま、やがて――   《いま》〈日常生活〉に、耐えられなくなる。 「せかいは、わたしをきらっていた」 「だから、わたしはせかいをきらいになった」 「みんなが、わたしにしねといった」 「だから、わたしがみんなをころすことにした」 「そうだ。おわりだ。すべてのおわりだ」 「わたしがおわれば、せかいがおわる」 「わたしがしねば、みんなしぬ」 「これは、わたしのふくしゅう――」 「さようなら――」 「待てッ!!」 「え……?」  大地に追突する直前――ノーコの身体はふわりと浮いた。 「まさか……その、こえは……」 「おまえの終わりが世界の終わりなら――」 「オレが、おまえの終わりを始まりにしてやろう。  今日のこの日を、世界の始まりにしてやろう」 「その、こえは……」 「待たせたな!」 「黒炎纏いて黒翼広げ、大地を統べたかつての《カイザー・オブ・ダークネス》〈堕皇〉ルシフェル――その転生体が、オレだ!」 「にとりは、わたしを、みすてたりしない」 「さがしにいこう」 「むかえにいこう」 「いなかったら……」 「にげられたら……」 「………………」 「しのう」 (それは、10年前――) (雨が激しく降りしきる、夜のこと――) (秋葉原に、1丁の銃があった) (アザナエル――  5つの願いと引き替えに、ひとつの命を奪う凶器) (うしろの正面の生け贄を、飛び立つタマが狙い撃つ) (禁断の遊戯――カゴメアソビ) (参加したのは、6つの命。6つの願い) (ひとりは――数学の天才だった) (彼は、全ての運命を操ることを欲した) (自らが、神に成り代わることを望み――) (運命を見通す、明晰な頭脳を手に入れた) (ひとりは――電気街の申し子だった) (彼女は、世界の全ての秘密を暴くことを欲した) (自らが、電脳世界の盟主になることを望み――) (万物の秘密を握る、長い手を得た) (ひとりは――正義感の強い警官だった) (彼は、世界の悪を打ち砕くことを欲した) (だが、自らの最愛の人を失うことを恐れ――) (トリガーを引かぬまま、家族の元へと帰った) (ひとりは――自然の摂理に逆らう男だった) (彼は、永遠の安息を欲していた) (自らが、命を絶たれることだけを望み――) (しかし、その夢は阻まれた) (ひとりは――神に仕える男だった) (彼は、世の災いが除かれることを欲した) (自らが、アザナエルの力を封印することを望み――) (二度と、帰らぬ人となった) (そして最後のひとり、それは――) (わらわじゃ!) (無論、わかっておる! わかっておるぞ!  今日がどれだけ大事な日であるか!) (10年前に人間を救うため、神の力を行使した罰――) (わらわは力を奪われ、この姿で地上に置き去りにされることとなった……) (あれから10年――) (わらわはずっと、この半田明神拝殿の中で、苦難の時を過ごしておった) (星とふたりきりで、苦難の時を、ずっと、ずっと) (アザナエルの呪いは、今や当時とは比べものにならないほどに弱まっておる) (今夜年を越したなら、呪いは完全に解けるじゃろう) (カゴメアソビが終われば、わらわは自由の身――) (もう一息で、わらわの望みが叶う――) (じゃが――) (しかし――) (しかし――――ッ!!) (先日、わらわに郵便物が届いた) (なんでも通販かたろぐといかいうものらしい。  長年生きてきたが、こんな経験は初めてじゃ) (お目付役の星に秘密で、こっそり中味を見てみると――) (日本全国! うまいものギフトカタログ!  各地から取り寄せた厳選品が、一同に!) (気付くとわらわの唇からは、涎が垂れていた……) (世の中にはわらわの知らぬ美味いものが、山ほどある!  そう考えたら、いてもたってもいられなくなったのじゃ) (俗世にいられるのも、コレが最後! ならば――) (今宵、年が明けるまで、わらわも街に出たい!) (俗世の美味いものを、たらふく腹に納めたい!  まだ見ぬこの世界を、思いっきり堪能したい!) (しかし) (星の監視は完璧じゃ……) (ひとりで逃げ出すのは……ちと怖い) (誰かこう……  わらわを……外の世界に連れて行ってくれる者は……) (それは、激しい嵐の夜のことだった) (その日は遅くまで、父さんが帰ってこなくて) (私と鈴姉は、お向かいの千秋の家に預けられていた) 「あ、あの……」 「オレ、父さんの部屋で寝るから!」 「ふたりとも、何かあったらすぐに言えよな!」 「え……でも……」 「うん、アリガト。でも、大丈夫だよ」 「大丈夫だよね、恵那ちん?」 「……うん。大丈夫」 (大丈夫なはずなんて、なかった) (大切なものが、壊れてしまう) (もう二度と、元の生活には戻れない) (そんな恐怖が、ずっと頭から離れずに――) (結局私はその夜、ほとんど眠れなかった) 「……身体は……屈しても……」 「心まで……悪には……屈しない……」 「鈴……恵那……」 「すまねぇ……本当に、すまねぇ……」 (夜更けに聞いたその声が、夢の中のものなのか、それとも――) (そして、その日以来、母さんは帰ってこなかった) 「私、探偵になる!!」 「……え?」 「だから、探偵になるの!」 「探偵になって、推理をして、どんな難事件も解決!」 「それで……」 「父さんの代わりに母さんをさがす!  貫太さんもさがすの!」 「へえ……恵那、えらいなあ……」 「でしょ!?」 「でも、さ。あんまり無理しちゃだめだぞ」 「無理?」 「だって恵那はホラ、危ないところにだってすぐ飛び込んじゃうだろ?」 「そうしないと犯人捕まらないし!」 「でも、恵那がケガしたら意味ないよ」 「そ、それは……」 「…………うん、ありがと」 「ね、恵那。目、つぶって」 「目?」 「いいから、ほら」 「な……なに企んでるのよ!」 「なにも企んでないって! ホラ!」 「う……うう……」 「ひゃっ! ちょっと、今手に――」 「置いただけだって!」 「だから、なにを?!」 「プレゼント」 「プレゼント……?」 「目、開けていいよ」 「う……うん」 「た……タヌキ?」 「の、携帯ストラップ」 「恵那が探偵になりたいって思ったの、あのタヌキのお葬式をしてからだろ?」 「…………うん」 「あのタヌキ……わたしの命を、守ってくれたから」 「きっとあれは、恵那の守り神様だったんだよ」 「守り神様……?」 「で、柳神社に行ったらさ、売ってたから。  買っちゃった」 「しかも、おそろい」 「おそろい……」 「あ、あ、あのさ!」 「あ、あ、ああ……ありがとね!」 「うわ!」 「な……なに?」 「恵那がお礼とか言ったし! 別人みたい!」 「わ、悪かったわね!  私だってね! お礼くらい言うわよ!」 「ふーん。そうなんだ」 「そうに決まってるでしょ!  大事に……大事にするからね!」 「千秋も、大事にしなさいよ!」 「わかったよ」 「携帯かってもらったら、ちゃんとつけなさいよ!」 「わかったわかった! わかったってば!」 「なんて小学校の約束憶えてるんだから……」 「オレも細かいところに気がきくっつーかなんつーか」 「しっかし……今見ると、間抜けなタヌキだなあ」 「お! 早速メール!  送ってきたのは――」 「ちぇっ……恵那かよ」 「って当たり前か!  まだアイツにしかメアド教えてないしな!」 「どれどれ?」 「千秋が……たすき?」 「わ、ワケわかんねー!  なんか、間違ったのか?」 「まあ、いいや。ここは男らしく――」 「『オレがタスキなわけないだろ!』と……」 「うむ。カンペキ!」 「送信……と」 「うおっ! レス早ッ!」 「どれどれ? 中味は――」  「このバカチビッ! 縮んじゃえ!」 「な……あの探偵バカが!」 「ってか、なんでオレがバカチビ呼ばわりされなきゃなんねーんだよ? 会話の流れ、おかしいだろ!」 「くそっ、そっちがその気ならオレも――」 「うおっ! またメール?」  「バカチビには縮む呪いをかけました」 「呪いって――」 「またかよ!?」  「背もちっちゃいし声も高いし、ホントに男の子?」 「クソ! 言いたい放題言いやがって!」  「もうちょっと男らしいといいのにね!」 「うがっ!」  「ってか女の子になっちゃえば?」 「ななっ!!」  「けっこう、似合うかもよ」 「そ、そ、そ――」 「そんなわけあるかああああああああッ!!」 「……千秋ちゃん、大丈夫?」 「はっ! こ――ここは!?」 「ってか暗い!? なんで!? なんで!?」 「落ち着いて! アタシに目隠しされてるだけだから」 「目隠し……?」 「ここはスーパーノヴァ。  千秋ちゃんは、バイトのために……」 「あ……あ、うん。そっか……」 「思い出した」 「あ……またメール」 「これが悪夢の原因か……」 「どうする? 1回目隠し外して、話してみる?」 「いいよ。  どーせ、恵那からのメールに決まってるし」 「へぇ。だったら尚更――」 「いいの! だから、さっさと準備終わらせて!」 「はいはい。もうちょっとだから、待っててね」 (はぁ……) (ったく……わけわかんねーよ) (なんで今さら、あんな夢見たんだか……) (……まあ、いいや) (とにかく……さっさと、今夜のバイト終わらせて……) (ちゃんとアレ、返さないと……) 「わうわうっ! わうわうわうっ!!」 「あ……うん、ごめんごめんユージロー。  ちょっと考え事してた」 「…………ふぅ」 「千秋、このストラップ、つけてくれてるのにさ」 「もうちょっと、私を大切にしてくれても――」 「百野殺駆特攻隊長・頑丈のみそ!!」 「特技は頑丈!」 「座右の銘は――  『侠は容易に折れず曲がらず』!!」 「百野殺駆参謀役・クラッシャー・ブー!!」 「特技は発明!」 「座右の銘は――  『早ければ早いほどイイ』!!」 「夜露死苦ゥ!!」 「わらわの名はミヅハ!」 「神様じゃ!」 「ん? 何か見覚えがある?」 「気のせいじゃと思うがのう……ふふふふふ……」 「オレの名はユージロー。  富士見家で飼われている警察犬見習いだ」 「好きな言葉は『発情』」 「座右の銘は――  『弱きを助け、強きを挫き、エロきをエロス』だ」 「みんな、よろしく!」 「オレの名前? 河原屋双六だ」 「秋葉原の大親分、河原屋双一の養子――ってことになってる」 「趣味はAV鑑賞。よろしく」 「私の名前は富士見鈴」 「ガールズバンド『第一宇宙速度』でベースをやってまーす! ついでに一応リーダーね」 「スーパーノヴァってライブハウスでアルバイトなんかもやってます! 秋葉原に来たらヨロシクね!」 「趣味はブリッジ! 特技はドロップキック!」 「好きな言葉は『ブッ潰してやる』です!」 「私の名前は権堂朝美!」 「いつかドラマを撮って、日本中を感動の渦に引き込んでやる――!!」 「そう両親に言い残し、実家を飛び出してから数年……」 「私はとうとう、帰ってきました」 「この秋葉原に――  『全国ゆるキャラバン』のADとして!」 「おいみそ、待てよ! なにがあったんだ?」 「知ってるだろ?  オレ……霊感、強いんだ」 「さっき、いたんだよ。  オレの後ろに……」 「……いやいや、ないないない」 「でも! ほら! ここ! グサっと――」 「大丈夫! 刺されてないから! な?」 「でもよう……」 「ほら、いいから……  憂さ晴らしに、パチでも打とうぜ!」 「むう……あの女! 信心のないヤツじゃ!」 「…………」 「…………むぅ」 「しかし、確かにわらわの言い方も、横暴じゃったかの」 「うーむ……」 「そうじゃ!  サイババア様の所で、詫びに甘酒をもらっていこう!」 「オレが車にはね飛ばされたその瞬間――」 「脳裏を、走馬燈が過ぎった」 「パンツ……パンツ……パンツ……」 「パンツ……パンツ……パンツ……パンツ……!」 「いやだ! いやだあ! まだ死にたくないッ!!」 「もっとくんかくんかしたいヨォ!!」 「その石の信念が、オレをこの世に蘇らせたのサ……」 「……あー、どうすっかなー」 「今日が最後のチャンスってのは、わかってんだ」 「わかってんだけど……  ホントにオレ、信じていいのか?」 「なんかいまいち、気が進まねぇ……」 「ん? なんだ、あのふたり組?」 (いやー、参った参った) (冗談で言ってみたのに、まさか本気にするなんて……) (っていうか、そんな返して欲しいんだ……アレ) 「肉まん……肉まん……  あれ……? おかしいな……」 「私の記憶が確かなら……  確かこの辺りに、コンビニがあったはず……」 「携帯の地図にも、そう書いてあるし……」 「ガハッ!!」 「ふげッ!!」 「な……なんだ、コイツ」 「非常識に……つぇえぞ」 「なあ、てめぇら」 「なんで、そんな格好なんだ?  全然、だせぇんだけど」 「う……うるせぇ! 時代遅れがなんだ!」 「自分たちのスタイルを貫く!」 「ソレがオレたち、百野殺駆の生き様よ――!」 「へぇ。良いこと言うじゃねぇか」 「……おまえら、ついてこい」 「無礼を詫びる、チャンスをやるよ」 「おしり――」 「ぺん!」 「ぎゃあっ!」 「ぺんっ!」 「ぎゃああああっ!!」 「ううう……星は、鬼じゃ……」 「私も好きでやっているわけではありません!」 「ただ今日は……今日だけは、どうしても、私の言うことを聞いてもらわねばならないのです!」 「わかりますね?」 「うううう…………」 「あ……あの、すいません!」 「はい、いらっしゃぁい! さあ、いかがですか!?  クリマンクリマン! おいしいクリマーン!」 「…………クリマン?」 「はい、リピード・アフター・ミー!  く・り・ま・ん!!」 「あ……そうか、クリスマス饅頭のこと――」 「おやおや? 知っていらっしゃる?」 「あの、そこで女の子に聞いて――」 「で、そのクリスマス饅頭、いただけますか?」 「はいはい、毎度あり!  で、何クリ必要ですか?」 「ええと……スタッフにひとり2個ずつとして」 「――スタッフ!?」 「も……もしや、あなたは――」 「『全国ゆるキャラバン』のスタッフですかァ!?」 「こ……これは!?」 「鉄砲!?」 「と、見間違うほど精巧に作られた、ジャブル特製モデルガンだ」 「中にはペイント弾が入ってる」 「といってもそいつは特殊なヤツで――」 「すげー! すげー! かっけー!!  バーン! バーン! バキューン!」 「…………で?」 「おまえは、オレに、なにをさせたいんだ?」 「あるひとりの子供を、誘拐してきて欲しい」 「誘拐!? ふざけんなッ!!  オレたち百野殺駆が、そんな犯罪行為に手を――」 「性別は?」 「女」 「OK、ボス!!」 「うう……星のやつ!  いつもより2割は強く叩きおって!」 「わらわを思って……などと言うが、怪しいもんじゃ」 「だって星は、肉まんもくれぬ!  フウリの方が、よほど優しくしてくれたではないか!」 「うう……もう堪忍ならん!」 「わらわは今晩、ここを脱出して――」 「…………」 「いや、しかし裏道を抜けるのは怖い……  表は星に見張られておるし……」 「何かこう……良い方法はないものか……」 「クリマン……」 「クリマン……クリマン……」 「クリクリ……マンマン……クリマンマン」 「マンマン……クリクリ……  クリをマンマン……マンのクリクリ……」 「ふふ、ふふふふふふ……  なんか楽しくなってきたあッ!!」 「ふー、やっぱりミリPさんとの会話は緊張するなー」 「でも、フウリちゃんとふたりで話って何かしら?」 「これ、クリスマス饅頭っていって――」 「はっ! 季節外れの売れ残りか――」 「すいません」 「まあいい。オレたちも似たようなもんだ」 「そんな――」 「けどな! 業界の隅っこで、厄介者扱いされるオレたちだって、アイディアと情熱があれば何かができる!」 「ビバ! インターネット! オレたちの戦いは、『全国ゆるキャラバン』のネット中継から始まった!」 「ネットでの反響が、テレビとの同時中継を呼び込む――  そんな時代に、オレたちは生きてるんだ」 「そう……ですよね」 「さあ、革命だ! テレビ維新だ!  饅頭食ったら、出発するぜよ!」 「はいっ!!」 「行くぞっ!  あむあむ……あむ……あむ?」 「え? 若原D?」 「んぐ……んぐぐぐ……んぐぐぐぐぐぐ……」 「んごおおおおおおおおおおおおおおお……!」 「若原D? 若原Dッ!!」 「沙悟浄! 九千坊!」 「ヒョーヒョー!」 「ガワッガワッ!」 「ちょ! こいつら! ちっちゃいのに! 強い!」 「ってか、何者!?  妖怪!? 妖怪なのか!?」 「ヒョーヒョー!」 「ガワッガワッ!」 「ぎゃ――――!」 「イデッ! イデデデデ!!」 「ごめっ! ごめんなさい!」 「ゆ、許してー!」 「ふふふ……許して欲しいのなら……  わらわからひとつ、条件がある!」 「今すぐ、この場から、わらわを誘拐するのじゃ!」 「へ? 誘拐?」 「自分から?」 「大条件:  犬は人間に換算すると1年でおよそ6歳分年を取る」 「小条件:  犬は早くて6ヶ月、遅くても1歳過ぎで成熟する」 「結論:犬は人間に換算すると早くて3歳――  遅くても6歳過ぎで成熟する」 「よって!  オレがミヅハを襲うことに、何の倫理的問題も――」 「あ? ジューカン?  それはちょっと、マズいですかね……?」 「電話……ちゃんと聞こえたんだろうな、アイツ」 「さて。早く来てもらわねぇと……」 「星なんかに見つかったら、また面倒なことんなるぞ」 (フウリちゃん……演奏が、おかしい) (心ここにあらずっていうか。  今にも、演奏をやめちゃうみたいで……) (これで今日のライブが上手くいくはずなんて、ない!) 「そんな……若原D……」 「ご、ごめんなさいッ!  私が……私が変な饅頭を食べさせたせいで……」 「心配するな。君のせいじゃない」 「でも――」 「大丈夫……オレの代わりは、ミリPに頼んである」 「ミリPさんにですか……?」 「あとは、よろしくな」 「は――はいっ!」 「ふぅ……なんとか、逃げ出せたな」 「ってゆーか、マジでおっかねーなあの巫女さん……」 「くんくん……くんくんくん……」 「ん? どしたミヅハ?」 「この匂いは、なんじゃ?」 「ん? ああ、ケバブだな」 「ケバブ? なんじゃ、そのケバブとは?」 「みそブーは、うまくやってくれたみたいだな」 「双一親分の言うとおり、行くか」 「ええ。そうしましょう」 「はろぉ~」 「あ! ミリPさん! 早い――」 「偶然、秋葉原に向かってたの。  まだまだ神様は私たちを見捨ててないってことかしら」 「あの、番組概要ですけど――」 「大丈夫! どんだけミーティングに噛ませてもらったと思ってんのよ!」 「さ、早速現場を――あれ?」 「ちょっと! ソトカンダーの模型はどこ!?」 「あ、そうだ――まだトラックに!」 「んんん……んまーい!」 「このケバブというもの、美味じゃのう……」 「初めて食うのか?」 「うむ。なにせ、街に出るのは初めてじゃからのう」 「はじめて……?」 「おお! アレは何じゃ!?」 「ああ、アレはアイスクリームっていって――」 「美味いのか!?」 「ああ、わかったわかった。食わせてやるから」 「だからほら、まずケバブ食え。な?」 「うむ!!」 「ぉ……お、おおおおお……」 「ふふ……双一親分の言うとおりだ」 「いよいよ、アザナエルがオレたちの手に――」 「そうはさせるか――――っ!!」 「い、犬!?」 「この匂い!  ――おまえ、オレをはねたやつだな!!」 「やだちょっと! 離しなさい!」 「今離さないと――ぎゃああっ!!」 「ぬわああっ!!」 (私は……第一宇宙速度のリーダーだもの!) (こんなライブを見せるくらいだったら、解散した方がマシ!) (……デビューできないんだったら、それまでだったってことよ) 「んぐ……ぐぐ……おもい……」 「ミリPさん、すいません!  いきなりこんな仕事させちゃって」 「ううん、いいのよ。  これも、レイジ君のため……」 「あ、あそこの階段上がりますから!」 「ええ、わかったわ」 「ぬおっ! な、なんだ!?」 「地震!? デカい――」 「う――ううう――」 「うわああああああああああああん!!」 「あー、コラコラ。  泣くな泣くな」 「大丈夫だから、な? すぐ収まる――」 「震災じゃ――! 震災がきたあああああ!!」 「あ?」 「漏らしてる――だと!?」 「オレは走った――」 「パンツには目もくれず、追いかけた!」 「いや、目くらいはくれたかもしれないけど追いかけた!」 「途中女の人にドスン! とぶつかって『いやでもこの人のパンツはどうなってるんだろう?』とか思ったけど!」 「思ったけど!」 「っていうか思うよな、みんな!?」 「うぐ……うぐぐぐ……」 「くるしい……」 (フウリちゃんに求めてばかりで、アタシの方こそ心を開いてなかった……?) (…………) (わかんないけど……確かに、そうなのかも……) (フウリちゃんにも、隠してることはあるよね) (でも、もしソレが私に言えないことだとしたら、今日のライブまでに、ちゃんと問題を解決してもらわなきゃ……) 「う……う……ううう……うそ……」 「ソトカンダーが……バラバラに……」 「直すのは、無理っぽいですね。  ソトカンダー抜きで番組を――」 「そんなの、無理よ」 「え……?」 「全国ゆるキャラバンは、ソトカンダーありきで生まれた企画よ」 「中心軸を失ったら……  番組が成立するわけないじゃない!」 「う……うう……すまぬ……  つい……先の震災を思い出してしまい……」 「先の震災?」 「あーあー、なくななくな。大丈夫だって」 「お、お、おおおおお漏らしくらい、オオオオオデがちゃあんと洗うのでパンツを下さいッ!!」 「やめろっての!」 「ぬはあっ!!」 (さっき、お店の前にいたのって……フウリちゃんだよね) (入らないでどこか行っちゃったのは、私が怒っちゃったから……かな?) (やっぱりフウリちゃん、私を嫌って――) 「あー、どうもこんにちはー!」 「え?」 「機材の配達に伺いましたー!」 「機材? って、え!? これ、ライブの――」 「フウリさんが、ジャブルさんに頼み込んだみたいですよ。  いやあ、急な連絡でビビったビビったビビりました!」 「今、荷物下ろしちゃいますね」 「は……はあ……」 「ソトカンダーの代わりになるもの……」 「もしもそれが見つからなかったら……  もう、番組自体を変更するしか……」 「いや、でも……無理よ。  今さら番組を変えるなんて……」 「む……無理とか、言わないでください!」 「なんとか、みんなで探せば……きっと、見つかります」 「ソトカンダーの代わりになるものなんて……  ホントに見つかるの……?」 「た……た……たすけてください……」 「ん?」 「誰か、誰かー!?」 「え? この声はもしかして――」 「『みーちゃんのひとりあそび』!?」 「そ、そうだッ!!  この怪事件を中継すれば、もしかして――」 「だれか――斧を――買ってきてください――ッ!!」 「え? 斧?」 「出ようとして……天井に挟まっちゃいました……!!」 「ベアアイス……おおおお……!」 「クマさんのカステラが……アイスの上に乗って……」 「なぜ、クマなのか!」 「なぜ、蜂蜜ではなくブルーベリー味なのか!」 「なぜ、店頭でクマさんの人形が踊っておるのか!」 「なぜ、こんなにちべたくて美味しいのか!」 「ううむ……謎は尽きぬ!」 「その直前まで、オレはアイツを追いかけていた……」 「だが、突如として目の前に現れた少女とヤンキー!」 「ヤンキーはとりあえず怖いのでやめといて、オレは紳士のたしなみとしてすり抜けざまに少女のパンツを――」 「……もっこりしている!?」 「その途端、オレはなにかこう、口ではとても表現できない種類の、堪えようのない怒りを覚えた!」 「詐欺だ!」 「そしてその途端、オレは自分でも気付かぬうちに、その男を追いかけて走り出していたのである――」 「助けてくれて、アリガトよ」 「死なれては寝覚めが悪いので助けたまで!」 「さあ、大人しくアザナエルを――」 「ねぇよ」 「何ですって!?」 「土砂崩れに埋まってる間、誰かに盗まれた」 「な――だれが、そんな言葉を信じますかッ!!」 「身体、調べるか?」 「――ッ!!」 「ああ、そういえば埋まってる間、女の声を聞いた気がするなあ……」 「た、助けてくれてありがとうございましたッ!!」 「あ、いえいえそんな……」 「でも、トイレ壊しちゃって良かったんでしょうか……」 「いやいや、壊したのは扉だけじゃないんスよ! ホラ!」 「さすがにこっちは抜けられなさそうなんで、断念しましたけどね!」 「あ、窓も割れてる……」 「窓は割った後、『こりゃ抜けられねぇだろ……』って気付いたけど、まさか天井につっかかるとは!」 「え? でもそれって――」 「大丈夫! オレたち窓は直せるんで!」 「いやあ、学校の窓叩き割って遊んでたらバレちゃって、罰として自分たちで張り直せって」 「いや、そうじゃなくて――」 「と! こんなことしてる場合じゃねぇ!」 「お礼はあとで! ここに電話、して下さい!」 「は、はあ……」 「行くぞ、ブー!」 「おう! ロケボーで、ミヅハちゃんを追撃だ!!」 「……行っちゃった」 「なんで細身のみそさんが先に出なかったんだろう?」 「もしかして……バカ?」 「ううむ……わからん」 「星は、本当にわらわの事が好きなのか?」 「わらわは、フウリとお友達になれてうれしかった」 「でも、星は……?」 「がうがう! がうがうがうっ!!」 「ん……この噛み心地は、まさか!?」 「千秋なのか!?」 「マジで!?」 「変態じゃね!?」 「ようやく息ができたかと思ったら、すぐに借金取りのご用命かよ……」 「我らが双一親分は、相変わらず人使いが荒いねぇ……」 (そっか……) (こんなに早く、機材を届けてくれるなんて。  これがフウリちゃんの想い……か) (ならアタシも、その想いに応え――) 「ん? ああ。  やっとガラス屋から電話ね……」 「く……暗い……」 「こんな店の中に、これから入っていくのか?」 「こんなこともあろうかと!」 「デデデデッデデー!」 「お! それは!?」 「ブラックライト付きハンディマイク!!」 「頼んでもいないのになぜか届いたこの一品!  これで、急なカラオケの機会にもバッチリ対応!」 「す……すげえ!」 「でも……頼んでないのに届くってなんか怖くねぇか?」 「大丈夫!  きっとコレも、神様からのプレゼントさッ!」 「さあ! 姐さんを捜しに、行こうぜ!」 「お……おう!」 「あれ? 遠くから……なにか……」 「この音は……あ……あ……ああ……」 「うう……ううううう……ッ!!」 「うぎゃあああああああああッ!!」 「ん……どっかから電話を受けて、急に平次のおやっさんが焦りだしたぞ?」 「いったい誰から電話だったんだ……?」 「まあ何にせよ、誘拐犯を捜してミヅハを取り戻すのを手伝えという、平次のおやっさんからの命令だ」 「警察犬志望のオレにはうってつけの事件!」 「名犬ユージローの《にょにん》〈女人〉センサーが、火を噴くぜ!」 「ミリPさーん! ミリPさ――痛あっ!」 「オイコラ! どこ見て歩いてんだ!」 「ひゃっ! あ、あのっ!  すいませんでしたッ!!」 (うわっ! こんな時に千秋ちゃんが!) (なんとか、恵那ちんの推理から守ってあげないと!) (まだまだ女装を楽しめるのに、ここでバレちゃったらつまんないもんねー) 「あ……あれ?」 「ん? どしたみそ」 「い、いや……なんつーか、その……」 「肩車してる……ミヅハから、なんかこう……  得も言われぬ迫力を感じるというか……」 「だーかーら、言っておるであろう?」 「わらわは……かみさ――」 「はい代わろう! オレと代わろう!」 「寒気がするだろ? 肩が重いだろ?  はいソレは霊障ですッ!」 「しかし――」 「怖がらなくても大丈夫!」 「首でおまたをこするだけ……」 「行くぞ」 「うむ!」 「ちょ、ちょっと待った!」 「…………マズい」 「匂いを嗅ぐことに集中していたら……村崎とすれ違いざまに入った廃ビルの中に、閉じ込められちまったらしい」 「どこから脱出すれば――と思ったオレの耳元に、風」 「あのロッカーの、奧からか……!?」 「扉を開けたオレの目の前には……  地下への道が、続いていた」 「ふぅ……やっと帰ってきたぜ」 「ここでAV鑑賞の時間が、一番落ち着くなあ……」 (こ……これはいったい、どういうことなの?) (恵那ちんは、確かにあそこを握ったはず……) (も、もしかして、千秋ちゃん、本当に……) (モロッコ……モロッコなの……!?) (ひええええええええ……!!) 「ど……どうしよう……」 「結局、ソトカンダーの代わりなんて何も……」 「ミリPさんもどこかに行ったみたいだし――」 「大丈夫ッ!!」 「え……ミリPさん!?」 「神様は、まだ私たちの味方よ!  前回までのVで、20分は稼げるわね?」 「は……はい、ギリギリですけど……」 「オッケー! それじゃその間、別働隊に食べ物を買い集めてもらいなさい!」 「え? 食べ物を?」 「そう! ソトカンダーに代わる企画――」 「ゆるキャラバンと、大食いキングの、融合よ!!」 (ふふふ……) (辺りが真っ暗でも、大丈夫) (わらわの側には、ノーコがいる) (そしてノーコは……わらわの、友達じゃ) (待て待て待て待てぇいっ!) 「わあああああああああああああ!!」 「ぎゃああああああああああああ!!」 「犬! 犬! 犬! いででっ!!」 「おいブー! 灯りは!?」 「さっきの所に落とした!」 「な! なんだってェ!?」 (はっはっはっはっは! 幼女誘拐犯め!  主人の命に従って、逮捕だあッ!!) 「しかし、このロクローってヤツはすげえな……」 「最近のAVじゃ抜群に売れてるし……  ってか、AVじゃないのか?」 「あー、確か今日も、スパコン館で年越し撮影とか――」 「ん? 似鳥から電話――」 「あ……あの、さ」 「え? ちょっと、なんですか?」 「ついてる? ついてるの? ついてるわよね?」 「な……え! ちょっと! やだ!」 「一応、バイト長として確認の義務が――」 「何をしていらっしゃるのですか?」 「あ……星ちゃん」 「失礼。恵那さんについて、ひとつ伺いたいことが――」 「ひぇっ!」 「ん……? そこにいるのは――」 「あ、あ、ああのっ!  オレ、ちょっとフウリさんが心配なんで見てきますッ」 「ちょ! 待ちな――ッ!!」 「それはこっちのセリフです! あなた――」 「ごごごご、ごめんなさーい!!」 「に――逃げられた!?」 「ちょっと星ちゃん!  なんてことしてくれるのッ!?」 「え? 私のせい……?」 「災い転じて福と成すとはこのこと!」 「若原Dの気持ちを受け継いで……  ゆるキャラバンの準備、がんばろう!」 「こらー! 放せモジャモジャ!」 「がっはっはっは!  そんなにおしりペンペンが怖いのか?」 「こわい!」 「こわいが……しかし、それだけではない!」 「ゆるキャラバンに雷が落ちたのはわらわのせいじゃ!」 「だからわらわはその詫びに、あやつらに手助けを――」 「言い訳無用! がっはっはっは!」 「うわああああん!  モジャモジャが気持ち悪いよう!」 (待て待て待て待てぇいっ!) 「クソッ! 逃げても逃げてもラチがあかねぇ!」 「こうなったら……色仕掛けだ!」 「色仕掛け? どうやって?」 「そりゃあ……ええと……ほら! なんかあるだろ!」 「そうだッ! ミヅハも一応女だろ?  だったらパンツで――」 (パンツッ!?) 「死んでも嫌だあッ! アレはオレの――」 「心のふるさと……」 (パンツ! パンツ寄越せ! パンツ下さい!!  独り占め! ダメ!) 「ってかアレ? あのバッグは?」 「あ! ミヅハに預けたまま――」 「しかしま、本当に似鳥がアレを手に入れるなんてな」 「双一親分の言うとおり……ってか?」 「さて。アザナエルの力、果たして本物か……」 「わ、私にはやらねばならぬことが――」 「へえ!  歌門家の跡取りが、そんな態度でいいのかなあ?」 「良くはありませんけど、私には急用が――」 「私にだって急用があるの!  フウリちゃんとの、大事な大事な約束がッ!」 「星ちゃんがやってきたせいで、逃げ出しちゃったの」 「その埋め合わせは、力尽くでもしてもらうからね……」 「それとも……あのことを、バラされたいのかなあ?」 「ひええええええ……」 「な……なぜ私が、このような目に……!?」 「あ、ちょっといい?」 「はい、なんでしょう」 「大食いだけじゃ、もしかしたら引っ張りきれないかもしれないの」 「だからできれば、マスコットキャラの発表だけは、なんとかしたいんだけど――」 「ソトカンダーのキャラクターデザイナー、捕まらないかしら?」 「い、今からですか!?」 「お願い!  番組を成功させるには、どうしても必要なの!」 「番組の、成功のため……」 「…………わかりました。  なんとか、探してみます!」 「ありがとうっ! ヨロシクね!」 「おーい! 星さん!  ミヅハを連れてきたぞー!!」 「あれ? いない……のか?」 「むう……奇妙じゃ」 「この大晦日の忙しい時期に……  星が神社を留守にするなど」 「やはり……アザナエルを探しに?」 「うう……これは本格的に、おしりペンペンでは済まぬかも知れん……」 「ゆるキャラバンも気になるし……」 「星さん! 星さん! 星さんやーい!!」 「平次が気を取られてる隙に、逃げ出すしかあるまい!」 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」 「あの……さ」 「ここまで追いかけっこしあってアレだけど……」 「今、どこにいるか。  どっちが出口か、わかるヤツいるか?」 (…………) 「…………」 「…………だよな」 「どうする……」 (うう……) 「一時休戦……か?」 (しかたがない……) (ああ……クソッ) (やっぱり……こうなるのかよ……) (大丈夫――) (私たちなら、きっと――この番組を成功させられる!) 「…………あれ?」 「この音は――消防車?」 「そういえばさっき、雷の音がしたけど……  まさか、落ちた!?」 「星さ――――ん! 星さんやーい!!」 「平次が気を取られてる隙に、逃げ出す――」 「しかし……うう……  逃げ出すにも、ひとりで裏の森を抜けるのは……」 「誰か、一緒について行ってくれる者は……」 「ん? あ、あそこにいるのは――!」 「うう……何だったんだ……今の?」 「わ、わかんねぇ……  でも……普通の人間じゃ、なかった」 (同感だ) 「河原屋双六の、死体もあった」 「だよな」 「すると……」 「やっぱりアイツが、殺人犯?」 「ひいいいいっ!」 「ば、バカ! やめろよ!」 「でも、また道に迷ったわけで――」 (オレが道、知ってるぜ!) (こっち来いよ!) 「え……犬?」 「道、知ってるのか?」 (打ち所が悪かったのか……?  そろそろ動けるけど、ちょっときつい) (もう少しだけ、待つか……) 「うう……なんとか……直してはみるけれど……」 「さすがにこの急ごしらえじゃ、音漏れちゃうかな……」 「いや、でもやらないよりはやった方がマシ!」 「だよね……?」 (キャラクターデザイナーに……秋葉原名物……) (ああっ! 急がなきゃいけないのにっ!  どうすれば見つかるの!?) 「おお……! わらわがおらずとも、ゆるキャラバンは上手くいっておるのか!」 「《ちょうじょう》〈重畳〉、《ちょうじょう》〈重畳〉」 「ん……しかし……」 「あのおなご、何か奇妙な感じが……」 「おい犬、まだかよ」 「ってか、ホントに道を知ってんのか《きょうだい》〈義兄弟〉」 (大丈夫、オレに任せろ――) (――こらっ! そこに誰かいるな!) 「ひぃっ!」 「うおっ! な――何だ?!」 「誰だッ!! 出てこいッ!!」 「そんな、声を荒げなくてもイイじゃないですか」 「一緒に、出口を探しましょ? ね?」 (な、なんか……気配が……) (いいや……良くわかんないけど、死んだふり……) (ちょっと思ったんだけど、もしかして――) (私、実はアナウンサーに向いてる?) 「お邪魔しますよーん!」 「あ! 村崎さん――」 「おお! すげえ!  なんかソレっぽい」 「まさかここが――  件の、オタ芸の聖地!?」 「ええと……3名様ですか?」 「イエース! 席、空いてますか?」 「今ならギリギリ……  っていうか、テンション高いですね」 「なにか良いこと、あったんですか?」 「いやいや、良いことなんて、ね!」 「もちろん! 人の不幸を喜ぶわけがない!」 「ただ僕たちは、お互いに、河原屋組の魔手から自由になったことを祝っているのです!」 「河原屋組……?」 「なんか良くわかんないけど……ちゃんとマークしておいた方が良さそうね」 「これ以上いざこざを起こされたら、たまったもんじゃないわ!」 (ブルマー仮面、参上ッ!!) 「なななな、なんじゃとー!?」 「いったい、何が――!?」 (アタ――――ック!) 「ぎゃあああああああああ!!」 「ウソぉッ!!」 「やれやれ。サクッと死体を片付けて……」 「ああ、わーってるよ、双一親分!  さっさと、次の仕事にかかれっていうんだろ?」 「ったく、人使いの荒い野郎だぜ」 「あ……ああ……ああ……!!」 「すごい……すごいよ、みんなっ……!」 「まさかこんな早く、窓ガラスを直しちゃうなんてッ!」 「へへ……そう言われると、照れるぜ。な、ブー?」 「伊達に学校のガラス、100枚張り直しはしてません!」 「うーん、これで心置きなくライブができる!  最高の気分よ!」 「じゃあ……許してもらえるんですか?」 「もちろんっ!」 「さあ、みんなで乾杯――」 「――は、次の仕事が終わってからにしてもらおうか」 「…………え?」 「なんで?」 「ゆゆゆゆ、ユーレイッ!?」 (だ……だめだ……) (ブルマーが被さっていないと、オレは……  伝説になれない……) (そうか! この気持ちは、まるで――) (ノーパンスカート!?) (そう思ったらなんか興奮してきた!!) 「こ……この犬! 気色悪っ!」 (少し時間が経っちゃったけど――) (秋葉原名物といえば、やっぱりアレよねッ!!) (早速、買いに行かなきゃ!!) 「げェッ!」 「マジかよ……」 「これは……なかなか……」 「っていうかクセぇ!」 「カレークセぇ!」 「たったの30分で――  ホントにこんな部屋、片付くのか?」 「双六さんめ……  急に蘇ったかと思ったら、無理難題を!」 「ふ――ふふふふふ――」 「村崎さん……気を確かに!」 「確かに、双六さんの手から逃げられなかったのがショックなのはわかりますけど――」 「いえ、私は正気です。  この程度の逆境で、挫けるはずなどない!」 「さあ、二人とも、準備はいいですか?」 「私のプロフェッショナル・夜逃げ荷造りテクニックを、今お見せいたしましょうッ!!」 (いや……ブルマーがないからって!) (オレは今まで、素顔でやってこれたじゃないか!) (そうだ! 立ち上がれ、ユージロー!) (今こそ、あの巫女服にクンカクンカ――) 「やめんかっ!」 (ぬふぅん!) 「や……やっぱり気色悪っ!!」 「しかし、今日中に部屋を片付けさせんのが、そんなに大事かねぇ……?」 「双一親分の考えは、よくわかんねぇぜ……」 「な、なんかみんな連行されちゃったけど……」 「とにかくこれで、ライブができるわッ!!」 「フウリちゃん、待ってるわよ!  早く用事を終わらせて、このライブ会場へ――!!」 「やった……」 「なんとか……次の食べ物調達、間に合った……!」 「す……すげえ……」 「部屋の中が、みるみる片付いていく……」 「さあ、無駄話をしている場合ではありません!  もう一息ですよ!」 「ほら、ブーも携帯なんて見てないで……」 「姐さんだ――」 「ん? 姐さん?」 「ホラ、テレビ!」 「オレのネットの知り合いから――  テレビ番組に、姐さんが出てるって連絡が!」 「な……なんだとっ!?」 「だ……だめじゃ!」 「ノーコは……わらわの友達なのじゃ!」 「わらわが……止めてやらねば……ッ!」 「だ……だめだ……」 「さすがにオレも……」 「あの下のパンツを覗く気にはなれない……!」 「あー、ないかなー」 「こう、パンツが弱点だ! なんとかしてパンツを見なければ! パンツでクライマックス! みたいな展開」 「ん? あの、テレビに映ってるの」 「どっかで声、聞いたような……気のせいか?」 「そんなの……」 「そんなのって、ないよ……」 「こんな風に……私たちの努力が、壊されちゃうなんて」 「――まだよ」 「え……?」 「ピンチこそ、チャンス――」 「ネットに繋がれば、映像は送れるわね?」 「あ、はい。だいぶ画は汚くなりますけど、そもそもそういうところから立ち上がった企画ですから――」 「って、まさか――」 「そう……番組は継続!  あのカッターのコを追いかけるわっ!」 「姐さ――――んッ!!」 「どこですか――――ッ!!」 「クソ、ダメだ! 全然見つから――」 「あ、みそブーさん!」 「あ……あんたはADの!」 「先ほどは、脱便に協力ありがとうございました!」 「あの、お願いがあるんですッ!」 「お願い?」 「はい、人手が足りなくて!」 「それで、ミリPさんと一緒に、中継スタッフになってもらいたいんです!」 「だめ……ですか?」 「逃げろー!!」 「てめぇっ! 逃げるんじゃねぇ!」 「大人しく、家に――」 (いたっ!) 「おお、ユージロー! おぬし、わらわを助けに――」 「よーし! 捕まえるんだ、ユージロー」 (悪いミヅハ! とうっ!) 「ぎゃっ!」 「き、貴様ら! グルだったのじゃな!」 「……おいおい、なんだよ今の音」 「さすがにこの店ぶっ壊させるわけにはいかねぇぞ、オイ」 「ふぅ……  なんかこう、久々にハッスルしちゃったわ!」 「思い出すわね……あの山ごもりの日々!  丸太を担ぎ……滝に打たれて……クマと戦い……」 「今でもバリーくらいならちょちょいのちょいよ!」 「そういや彼、どうなったのかなっ?」 「なんか突然セクハラしたから、病院送りにしてやったんだけど」 「ねえ、ふたりとも。  そんな格好して恥ずかしくないの?」 「ああん!?  オレたちのこの正装が、恥ずかしいかだとォ!?」 「ふざけんじゃねぇッ!  オレたちゃ誇りを持って、この服着てんだよ!!」 「ふーん、やっぱりそうなんだ」 「沙紅羅ちゃんに似て……  その態度、少し憧れちゃうわん」 「犬は飼い主に似るというが……」 「おぬし、飼い主そっくりじゃのう」 (……いやいや、飼い主がオレに似せてんだから!  オレは好きでモジャモジャなわけじゃないから!) (っていうか正確には平次はモジャモジャじゃないから!  直毛だから!) 「やっぱり、思った通りのいい女だったな……」 「けどまあ、オレには勿体ねぇや」 「もういやだ……もういやだ……」 「ふふふ……ふふふふ……」 「ふははは、あははははははは……」 「はーっはっはっはは!  は――――っはっはっはっは!!」 「あの……鈴さん、気を確かに」 「うっさい黙れチキンウィングフェースロ――ック!!」 「ふぎゃああああああああ!!」 「やった!  ミリPさん、とうとうふたりに追いついた――」 「あとは、あのノーコとか言うコが見つかれば……」 「…………」 「…………」 「もしかして、オレたち……すげえマズいことした?」 「なんか、そんな気が……」 (そうじゃ! アザナエルの弾――) (あれさえあれば――あれさえあれば――ッ!!) 「ああ……同じだ……」 「この光景……」 「10年前、オレが迷子になった時の光景と同じだ……」 「恵那……」 「はぁ……それにしたって、次から次へと」 「よくもまあ、思いつくもんだ」 「もういやだ……もういやだ……」 「あたし、おうちかえる」 「おうちかえる! かえるんだもーん!!」 「あの……鈴さん、気を確かに」 「あんたが言うなスパイダー・ジャーマン・スープレ――――ックス!!」 「ふぎゃああああああああ!!」 「来た! 来たわよ!」 「ヤンキーちゃんとヤンデレちゃんの正面対決!  番組的には……美味しすぎる……」 「ミリPさん、頑張って――!」 「これじゃ……」 「これは……鉄砲の弾?」 「先のカゴメアソビで、平次が持ち帰ったもの」 「これとアザナエルさえあれば、フウリの命が助かる!」 「フウリ?」 「残念ながら、そう簡単にはいかないようです」 「やべぇっ!」 「見つかった!」 「平次様から連絡がありました」 「ノーコが、こちらに向かっていると」 「――なんじゃと!?」 「ぅ……ぅぅ……つぅ……」 「やっぱり……駄目なのか?」 「オレは、主人を守ることもできない、駄犬……」 「ああっ、くそっ! 忙しい!」 「ってか、なんでオレが走らなきゃなんねぇんだよ!」 「あは……あははははははは……」 「ぽぱぺろぱぽぽぴぽぱらっぽぱっぽ――――!!」 「ぱららぽぱららぽぱんぴれぽ――ん!  ぽにゅ! ぽぽにゅ! ぽぽぽぽにゅ――ッ!!」 「あの……鈴さん、気を確かに」 「あんたのせいでしょロメロ・スペシャル――――ッ!!」 「ふぎゃああああああああ!!」 「これで一息……か」 「でも、残り時間30分を切っちゃった。  本当にこれで、ノーコちゃんの正体とかわかる――」 「ん?」 「あれ? このメール――若原Dから?」 「え? わ……すごい!  そんなに、視聴者からの反響が……?」 「のう、みそブーよ」 「ノーコは、何のためにこの弾を欲しがるのじゃ?」 「ん……オレも、あんまり良くわかんねーけど」 「なんか、男を追いかけてるらしいし。  そいつの気持ち、変えるつもりなんじゃね?」 「人の気持ちを……?  そんなことが、本当に許されるのか?」 「いやいや、いいワケねーだろ!」 「自分の願いは、自分の力で叶える!  ソレを教えるためにも――」 「この弾を、渡すわけにはいかねぇぜ!」 「うむ!」 「待てぇぇい、金閣寺――イデッ!  イデデデデデ!」 「ちょっと、平次のオヤジさん!」 「足、怪我してるんだから!  そんな走ったり、無理だって!」 「ほら……すぐ逃げられちゃったし」 「しょうがないよ。  早く、スーパーノヴァに行こう」 「さて……と。これで一段落か」 「あとは、ノーコが上手くやってくれることを祈るだけ」 「弾、手に入れてくれよ……」 「もういやだ……もういやだ……」 「もういやもういやもういやもういやもういやもういやもういやもういやもういやもういやもういやもういや」 「もういやもういやもういやもういやもういやもういやもういやもういやもういやもういやもういやもういや」 「あの……鈴さん、気を確かに」 「もういやだって言ってるでしょドラゴンスリーパ――――ッ!!」 「ふぎゃああああああああ!!」 「うわっ! ちょ! 待って!」 「そんな、際どい絵……  ああああ……これ、放送して大丈夫かな……?」 「…………」 「…………」 「…………」 「もしかして、オレたち……すげえマズいことした?」 「なんか、そんな気が……」 「ど……どうしよう……」 「あ……あはは……髪が……かみが……」 「もじゃああああああああああああああああああっ!!」 「あの……鈴さん、気を確かに」 「あんたのせいでしょ64文ロケットキ――――ック!!」 「ふぎゃああああああああ!!」 (ちょ、ちょっとちょっとちょっと!) (鈴! 村崎に何やってんの!) 「お! ラッキー!」 「ノーコのテレビ中継、やってるじゃん」 「けど……これ、もしミスったらどうなるんだ?」 「こ……これって……」 「失敗したら、マズいかも……」 「神様……お願いします……どうか……どうか……」 「あの……村崎さん……」 「ま、任せてください!  無事に平次さんを送り届けてみせます!」 「頼んだぜ、村崎」 「よ、よろしくお願いします!」 (ふう……これで村崎も命拾いだな) 「ふぅ……なんとか上手くいった……か」 「……沙紅羅、映ってたな」 「…………」 「確か……アイツの弟、もう……」 「あ……あは……あははははは……」 「時間内に番組も終わったし……  よかった……」 「うう……こまった……」 「こんなのが姐さんにバレたら……」 「おしり、ペンペンか?」 「おしり、ドガッドガッだ」 「おしり、ガスッガスッだ!」 「ひええええええ……」 「けど……姐さんなら、きっとなんとかしてくれる……」 「病院には……」 「パンツもある……」 「お注射もある……」 「エロスがある……」 「なのに……何故、何故……」 「何故オレはッ!  こんなところで留守番をしているんだあああああッ!」 「獣! 獣に生まれたばっかりにいいいいいいいい!!」 「あ、はい。もしもし」 『おう、双六か』 『悪いが、目的地を変更だ』 『柳神社に行け』 「柳神社……?」 「錯乱してる場合じゃないわよ、富士見鈴!」 「今日のライブ、失敗しても良いの!?」 「そう! 私は――  ライブ会場を任せろって、フウリちゃんに約束した!」 「こんなところで……諦めちゃダメッ!!」 「そうよ、鈴ちゃん」 「諦めなければ、きっと奇跡は起こる――!!」 「やった! これでハッピーエンド!」 「ゆるキャラが発表できなかったのは心残りだけど……ここまでできれば上出来よね!」 「若原Dに連絡しなきゃ――」 「のう、みそよ」 「わらわは人間に疎くてな。  名探偵というのが、いまいちよくわからん」 「わらわに、教えてくれんか?」 「おお、わかった! いいか、よーく聞け!」 「名探偵ってのは、殺人事件の謎を解いて、犯人に指つきつけて、言うんだ!」 「真犯人は――いつもひとり!!」 「その決めつけはマズいだろ……」 「……あれ?」 「なんか今、病院からムキムキマッチョマンの変態が現れて……」 「村崎の車盗んじゃったけど」 「まさか……」 「これは事件!?」 「おまえ……太四郎だな?」 「ああ」 「アザナエル、返して貰うぞ」 「…………」 「ん? そういや、フウリは?」 「まさか、失敗したんじゃ――!」 「成功したよ。  それで、向こう側に行ったんだ」 「……それでいいのか?」 「彼女がそれを、望むなら」 「…………ちぇっ」 「羨ましいヤツだぜ」 「はぁ……」 「やっぱり……こんな番組にしたら、若原Dも大目玉。  さすがに……やり過ぎたのかなあ……」 「面白い番組は、できたと思うんだけど」 「でも確かに、マスコットキャラは発表したかったかも」 「次のチャンスは……ないかな?  またネットで、一からやり直し……?」 「姐さん……大丈夫かな?」 「相手は公権力だからな。  無事に返してもらえるかどうか……」 「ああっ、クソ! ついていきてぇ!」 「おい、わがまま言うな。オレたちには、オレたちがやらなきゃならねぇ仕事があるんだからよ」 「そりゃそうだけど……」 「こうなったら、願掛けでもするか。  せっかくここは、神社なんだしさ」 「ん? 願掛け?」 「そうだっ! その手があったか!!」 「その手……?」 「これが、今宵わらわが果たすべき役目!」 「この秋葉原を、見事――」 「白い雪に、埋めてみせようぞ!」 「平次のオヤジさん、まだかな?」 「足、早く治ると良いな……」 「でも……そろそろ、帰った方がいいか?」 「前は、母さんを捜して、恵那に迷惑かけちゃったもんな」 「…………」 「でも、もう少し、待ってみよう」 「…………」 「確率は、6分の5。だったら――」 「惚れた女のために使わせてやるのも、悪くねぇな」 「あ――あれ!?」 「あ! ウソ!?」 「もしかしてあなた――」 「ゴンちゃん!?」 「鈴ちゃんッ!!」 「ドドドドドドドドドドド!!」 「ダダダダダダダダダダダ!!」 「ドドドドドドドドドドド!!」 「ダダダダダダダダダダダ!!」 「大変だ――恵那が危ないッ!!」 「平次のオヤジさんも……  足の怪我がどうこう言ってる場合じゃない!」 「早く、助けに行かなきゃ!!」 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」 「クソッ! とんだ災難だ!」 「けど――沙紅羅はオレが惚れた女」 「アイツはきっと、帰ってくるはずだ」 「まさかあなたが、テレビ局で働いてるなんてね」 「といっても、下請けの万年ADだけど。  家飛び出したけど、夢のドラマ脚本家には、全然」 「ふーん、そうなんだ」 「でもま、ン年振りに帰ってきた秋葉原でこうやって会えたの、奇跡かもねッ」 「そうかも……うん!  なんか、やる気出てきた!」 「あ、ちなみに今星ちゃんがどうなってるか、知ってる?」 「星って……あの、神社の娘さんの?」 「そうそう。  『みーちゃんのひとりあそび』の元になった……」 「あー、そっか!  そういえばそんな悪巧みも……」 「悪巧み?」 「そうそう。妹さんに、怪談を創作させたんだよね?」 「…………あれ?」 「そ、そうだっけ? 忘れてた……」 「ボードに花火をくくりつけて――」 「ウシ! 完成!」 「いよっしゃ! 行くぜ!」 「た――まや――――――ッ!!」 「か――ぎや――――――ッ!!」 「神が為すべきこと……」 「沙紅羅を、このまま悲しませるなど、許さん!」 「例え……星を欺いてでも、わらわは……  あやつの運命を、変えてやりたい!」 「しかし……どうすれば……?」 「うぬぬぬぬぬぬ……」 「大丈夫……ここには一度、来たことがある!」 「だから、恵那の匂いを嗅いでいけば……  絶対に、探し出せるはず!!」 (ようやく種明かし……か) (もっともコイツ、真実までは辿り着けないだろうけどな) (全てを見抜けるのはきっと、ミヅハノメだけ) (そしてその時、全ては手遅れだ) 「第一宇宙速度……大丈夫だよね!」 「みんなみんな、集まってくれるよね!」 「お願いッ!!」 「頑張って、設営します!」 「今度こそ、ゆるキャラバンのリベンジ!  文句のつけようがない番組にしてやります!」 「わ! わ! ホントにきちゃいました」 「よおおおし! あんたがニコちゃんだな!」 「オレたちの後ろに掴まれッ!!」 「え……本当に、それに乗るんですか?」 「モチの」 「ロン!」 「ミヅハ様!」 「ん……何じゃ?」 「先程から、何を企んでいらっしゃるのですか?」 「バカを言うでない!  わらわが、何かを企むはずなど……」 「……ミヅハ様」 「あと一息で、長年の願いが叶うのです」 「もうしばらく、もうしばらくの我慢を……」 「…………」 「ブルマー仮面!」 「再登場ッ!!」 (あんな格好良いこと言っちまったけど……) (本当に……これで良かったんだよな……) 「いよっしゃ! 無事到着!」 「そしてスルー!!」 「しまった!」 「火薬の量が多すぎた!」 「えええええええええええええ!?」 (うう……もう、時間がない!) (こうなれば、あの名探偵が到着したその瞬間!  ぶっつけ本番で、なんとか……) (いや、しかし……  それでは、フウリたちを騙すことになってしまう) (先にきちんと説明しておきたいのじゃが。  間に合うのじゃろうか……?) 「オレとみそブーは、義理の兄弟――」 「そして沙紅羅は、二人の姐さんだ!」 「義姉パンツを逃すわけにはいかないッ!!」 (ぬはっ! 爆発!? 水!?) (やべ! 石をどけないと……  閉じ込められるッ!!) 「よ――――し!」 「ようやく、一日の鬱憤晴らしができそうな雲行きね!」 「イッチョ、やってやりますかッ!!」 「よし! 突貫だけど、舞台は調った!」 「後は人さえ揃っちゃえば……」 「今度こそ……念願の、マスコットキャラ発表ね!」 「なんとか、辿り着いたな!」 「あ……ああ……」 「……どうした、ブー?」 「いや……なんつーか、その……」 「これが……これが、終わったら……」 「ミヅハちゃんも……おと、おと、大人に……」 「ブー、泣くな!」 「でも――!」 「四季は移ろう!」 「桜は……その花が散るから、美しいんじゃねぇか」 「みそ……!」 (フウリに話をつけたまでは良いが) (沙紅羅は行ってしもうたし、もう時間が……) (全ては手遅れなのか?) 「よく考えてみたら……」 「従業員のいなくなったバックギャモンは……」 「売り物のパンツ、嗅ぎ放題じゃね?」 「舐め放題じゃね?」 「しゃぶり放題じゃね?」 「パンツ・パラダイス!」 「略してパンパラ!」 「ふぅ……あぶねぇ。  閉じ込められるかと思ったぜ……」 「しかし、ここはまさか……  アイツ、最初からここまで計算に入れて……?」 「いずれにせよ、もう一度チャンスが巡ってきたみたいだな……」 (うん! フウリちゃん、カンペキ!) (これで、どこに出しても恥ずかしくない、第一宇宙速度の完成よ!) 「な……なんだか……」 「緊張……してきたというか……」 「うう……震えが……」 (どうか、ミヅハの願いが叶いますように……) (品種改良とかで、散らない桜ができますように……) 「どうか今年も……」 「皆が幸せに暮らせますように」 「今年もたくさん……」 「パンツが拝めますように……!」 「ああ、クソッ!」 「自分の未来……  もっかいだけ、信じてみっか……」 (どうか、今年こそデビューできますように――  なーんて、神様に頼んだりなんてしないっ!) (自分たちの実力で、デビューしてみせるんだから!) (今年こそ……  ドラマ番組が、撮れますように――) 「星さ――――ん!」 「平次が気を取られてる隙に、逃げ出す――」 「しかし……うう……」 「逃げ出すにも、ひとりで裏の森を抜けるのは……」 「誰か、一緒について行ってくれる者はおらんか……」 「うう……おらん……おらん……」 「ミヅハの望みを聞いてくれる友達は、どこにも……」 「ふふふふ……ふふふふ……」 (ふふふふ……ふふふふ……) 「これで、オレたち――」 (《きょうだい》〈義兄弟〉だっ!) 「……なんで会話が通じてんだよ?」 (打ち所が悪かったのか……?  そろそろ動けるけど、ちょっときつい) (まあしかし……このままあいつらを見逃すわけにもいかねぇな) (すぐに追いかけねぇと……) 「うう……脱出口がないとなれば……」 「サイババア様にテレビを見せてもらうしかない!」 「おーい、サイババア様ー!!」 「くそっ! なんでオレたちが追われなきゃ――」 「絶対誤解されてるし――」 「このままじゃ、すぐに追いつかれて――」 (心配するな! オレが助ける!) 「《きょうだい》〈義兄弟〉ッ!!」 (やれやれ……上手い具合に、こんなところまで) (カゴメアソビには、うってつけの場所だな……) (すごいスピード!  おかげで、視聴者の反応はいいみたいだけど――) (このままじゃ、すぐ食べ物がなくなっちゃう!) 「御用だ御用だあッ!!」 「な、なんなんだよアイツッ!!」 「秋葉原だと、警官もコスプレなのか……?」 「何のコスプレだよッ!」 「ええと……犬?」 「むー。けーたいでんわでテレビが見られるのか。  ハイカラじゃのう……」 「どれどれ……電源は……」 「…………」 「わ、わからん!」 「ここか? ここか? ここ……」 「うお! なんじゃ? なにか音が――」 「なんじゃ? 何が起こっているのじゃ?」 「ええと……発信中? 相手は――」 「《たちばな》〈大刀刃那〉?」 『あ、もしもし!』 「あの、すまぬ。間違い――」 『悪いけどオレタチバナさんじゃなくて、同室だった者です』 『タチバナさん、今朝なくなったみたいで。  あの、もしかして家族の――』 「いや、違う! 間違い電話じゃ、すまぬ!」 「…………ふぅ」 「変なところに電話をしてしもうた」 「てくのろじいとは、難しいもんじゃのう……」 「まさか……  恵那に、《きょうだい》〈義兄弟〉を追うように命令されるなんて……」 「理不尽……理不尽!」 「まるでスカートの中を覗いたら、ブルマーをはいていたような……理不尽だッ!!」 「ははっ! ははっ! はははははは!」 「やりました! やりましたよ!  これで私の借金はチャラ! チャラですね!」 「チッ――」 「いいから行け」 「はっ! はいっ! それでは失礼しますッ!!」 「あ――あの男は!」 「ちょっと星ちゃん! 逃げ出すなんて――」 「黙りなさいッ!!」 「ひっ!」 「ミヅハ様と私の仲を邪魔する者は――  例え鈴様でも、許しませんッ!!」 「あ……はい、ごめんなさい」 「失礼ッ!!」 「…………怖っ」 「ああっ! もうなんなの!?」 「次から次へと、乱入者が――! もう!」 「でも、構ってる場合じゃない!」 「早く大食いの買い物に行かないと、次の食べ物が――!」 「しかし姐さんのエロに対する反感は、すげえモンがあるよな。なにが彼女をそうさせたのか……」 「あ、姐さんは、ただ純粋なだけだよ!」 「オレたちの性欲だって純粋だ!」 「……確かに!  オレたちだって、純粋に……気持ちよくなりたいッ!」 「でもよ、さすがに知識がなさすぎんだろ」 「この間オレの部屋からローター見つけてさ、『ただのマッサージ器ですよ』つったらさ、胸ん所に当てて――」 「『あれ? あれれ? なんだこれ……なんか、気持ちよくなってきた……』」 「キモいからやめろ」 「むむ……なにやらテレビゆるキャラバンは大詰め!」 「あのもじゃもじゃはどこかにいなくなったようじゃし」 「ここはズバリ!  抜け出してあやつらの所へと――」 「どこへ抜け出そうというのですか?」 「ひええええええっ! 星!」 「ん……? この匂い……」 「違う! アイツは、千秋じゃない!」 「アイツの身体からは……  今日、オレを轢いた車の匂いがするッ!!」 「追いかけなきゃ!!」 「コイツで弾切れ……か」 「さて……双一親分は、これからどうするつもりなんだ?」 「あああ……もうダメ……ギブアップ……」 「星ちゃんはなんかわからないうちに脱走しちゃうし……」 「なんかこう、他の方法考えよ。  そうしよ。うん」 (やった! これで、フウリちゃんは失格だから、もうあんなスピードで食べ物が減る心配は……) (あ……あの……ええと……) (次の商品……大丈夫、だよね) (普通にお店で売ってたものだし……ね) (若原Dの件は、偶然ってことで……) 「しかし、秋葉原ってカレー屋多いよな」 「インドはITが盛んだからな。  日本企業の受け入れも多い」 「すると必然的に、電気街の秋葉原に集まることになるわけだ」 「なるほど……」 「ちなみにブー。  おまえ、カレー好きだよな」 「お、オデがカレー好きで悪いか? 悪いですか!?」 「ひいいいいいいいい……」 「スミマセン……神様……神様……」 「なんまんだぶ……なんまんだぶ……」 「おぬし……大丈夫か?  顔を真っ青にして――」 「ひぃいっ! そんな!  なにもありません!」 「私は、人を殺してなんて――」 「人を殺した……?」 「その話、じっくり聞かせていただけますか?」 「なんだ……この、ステキな世界は!」 「アラジンはいたのか!? オレは、念願叶ってパンツ・パラダイス(略称パンパラ)に!?」 「右を見てもパンツ! 左を見てもパンツ!  上も下も真ん中も、パンツだらけだ! ハレルヤ!」 「パンツと共に生き、パンツと共に死す!  今更何の躊躇いがあろうか!」 「ふふ……ふはははははははは……」 「……沙紅羅、か。いい女だ」 「もう少し早く会ってりゃ、また違ったかもな……」 「え……?」 「フウリちゃん……テレビに出て……」 「あ……ダメ!」 「行かなきゃ――フウリちゃんの所に――」 「――あれ?」 「今、何か後ろにちっちゃい影がいたような――」 「気のせい?」 「あ……アッキーちゃん、行っちゃった……」 「うう……本当に、これからどうしよう……!」 「あんな恋する乙女の顔した姐さん見るのって……  何年ぶりだ?」 「あれから丸1年か」 「そろそろ、姐さんも立ち直るべき時だけど――」 「今回はちょっと、相手が悪いような気がすんな」 「おまえが……似鳥を、殺したのか?」 「ノーコの、好きな人を」 「オレは誰も殺してなんていない」 「村崎が、勝手に殺したんだろ」 「似鳥が死ねば、ノーコも消える……」 「そのような物言い、わらわに通じると思うたかッ!!」 「おぬしのその首――もらい受けるッ!!」 「あ……あれ……?」 「ここは……パンツパラダイス(略してパンパラ)じゃ、ない……?」 「ひぐっ、う……うう……」 「うわああああああああああああああん…………」 (なんか、色んなものが一気に上手く行き過ぎっていうか) (こんなに上手くいって良いのかな……?) 「はい、本番始まります! 準備良いですか!?」 「はい! オッケーです!」 (うん、余計なことは考えない!) (私は――第一宇宙速度のことだけを考える!) 「フウリちゃん! ニコちゃん!  行きましょっ!!」 「どうか姐さんが……」 「今年こそ、幸せになれますように……」 「どうか……  双六の魂が、天で救われますように……」 「お願いします……もう一度だけでもいい……」 「パンツパラダイス(略してパンパラ)が、拝めますように……」 「あー、何だったんだ、あの女。  ってか、どこから……?」 「村崎にも逃げられるし……ついてねぇぜ」 「なあ、ブー」 「なんだ、みそ」 「パンツ泥棒で捕まったら……どうなる?」 「パンツ泥棒なら、まだマシだ!」 「何でだよ!? まるで変態じゃないか!」 「オレなんて、女児パンツ泥棒だぞ!」 「オレはロリコンの変態かッ!?」 「……正解じゃねーか」 「何ッ!? そうだったのか!」 「むむ……なにやらテレビゆるキャラバンは大詰め!」 「あのもじゃもじゃはどこかにいなくなったようじゃし」 「ここはズバリ!  抜け出してあやつらの所へと――」 「いや、しかしやっぱりひとりで抜け出すのは――」 「はいっ! いそ――急いでくださいっ!!」 「あ、はい! そうです!  『全国ゆるキャラバン』で納豆を食べさせて――」 「な――なんとッ!?」 「おぬし今、なんと言った」 「え……いや、だから全国ゆるキャラバン――」 「関係者か!?」 「一応ADを――」 「よし! わらわを連れて行け! 行くぞ!」 「行くって、でも納豆がまだ――」 「急げ! 急がぬと――沙悟浄、九千坊!」 「きゃっ! な、なにこのカッパ!」 「ヒョーヒョー!」 「ガワッガワッ!」 「いたたっ! ちょ! ホントに痛いッ!」 「ほら! 早く来るのじゃ!」 「わ、わかったわよ!  じゃあせめて、帰りにおでん缶を――!」 「ん……? この匂い……」 「違う! アイツは、千秋じゃない!」 「アイツの身体からは……  今日、オレを轢いた車の匂いがするッ!!」 「追いかけなきゃ――  と、飛び出しかけたオレだが」 「パンツの誘惑には、勝てなかったのサ……」 「あ……もしもし。双一親分?」 「ええと、実は……地下で、奇妙な出来事が……」 「ああ。アザナエルは、奪われた」 「素晴らしい!」 「あのコ、輝いてるわ!  まるで人間じゃないみたい!」 「まあ、ちょっと精神面が不安だけど……」 「星ちゃんも、脱走したわ……  この際、贅沢言ってる余裕はないっ!」 「見せパン見ねば――」 「《おとこ》〈侠〉が廃るッ!!」 (クンカクンカ――クンカクンカ――) 「やめんかっ! やめろと言うておるに!!」 (うひょー!  ミヅハちゃんのからだからはおひさまのにおいが――) 「うう、こうなったら仕方ない――」 「沙悟浄ッ!! 九千坊ッ!!」 「ヒョーヒョー!」 「ガワッガワッ!」 (な、なんですとー!?) 「ふぅ……みんな恋愛、大変ねえ……」 「それにしても……はぁ……」 「ホント、人手が足りなすぎる……」 「あのふたり……結局、何だったんだろうな?」 「まあ、別に細けぇことはいいじゃねぇか――ん?」 「な、これ見ろ!」 「え? なんか――このテレビ、ヤバくね?」 「姐さんッ!」 「そ、そうだ! 姐さんを助けに行かなきゃ!」 「むーりー。むーりー!」 「もう、これ、無理」 「あー、もう!  いっそ、粉々に砕けてくれれば諦めもつくのに!」 「わらわが……ノーコを信じては、ならなかった……?」 「その通りです」 「さあ、半田明神へと参りましょう」 「アザナエルは私たちに任せ、年越しに備えるのです」 「う……ううむ……」 「また、この匂いだ――!」 「オレは例によって、この匂いを追いかけて秋葉原の街中を走り! 走り! 走り――!」 「そして、恵那たちとはぐれた……」 「……まあ、平次のオヤジさんに会えたからいいけど」 「むう……戻ってきたは、いいものの……」 「ノーコは、わらわの『お友達』じゃ」 「なのに……お友達を見捨てて、良かったのじゃろうか?」 「わからん……わらわには……わからんぞ……」 「…………」 「…………」 「こんなのって……」 「ないだろ……」 「ミヅハ様。平次様から、電話です」 「ん……もじゃもじゃから?」 「……いったい、何じゃろう」 「もしもし?」 『ミヅハ、頼みがある』 「頼み?」 『ああ。一生の、お願いだ』 『オレに、アザナエルを使わせてくれ――』 「え? いやー、オイオイ!」 「今のを放送しちゃマズいだろ、テレビで」 「おい、ブー」 「ああ。わかってる」 「姉弟の再会が終わるまで、姐さんのことは口に出さない」 「でも……」 「姐さん、ホントに真っ直ぐ病院に行くか……?」 (ここを抜けねば……星に見つかってしまう) (確かに怖い、怖いが――) (フウリの命を、失うわけにはいかん!) (アザナエルを、取り戻すために――いざ!) 「走れ走れ! 走るんだッ!!」 「これがオレの、恩返し!」 「もう二度と、恵那にあんな悲しい顔をさせてたまるか!」 「こうなっちまったら、来るんだろうな……沙紅羅」 「けど……アイツを連れてくわけにはいかねぇや」 「こっちの世界で暮らすには、純粋すぎる」 「もう……ダメ……」 「映っちゃイケナイもの……映っちゃった……」 「う……電話とか……取りたくない……」 「こりゃ始末書っていうか……むしろ辞表モノ、かな?」 「ん……?」 「なんだ、みそ?」 「いや、今の警官……  なんか変なバイクで駆けつけなかったか?」 「ほ、ホントだ!」 「なんか、ブラパンって呼ばれてるぞ!」 「ひ……卑猥だな!」 「ああ……卑猥だ……!」 「ミヅハ様……」 「なぜ、あのような者に、未来を預けようと?」 「わらわは、たくさんの人々と会った」 「たくさんの人々に、親切にしてもらった」 「わらわは……人を、信じたいのじゃ」 「沙紅羅……頼んだぞ」 「ああ……  この匂い……まさか!」 「オレを轢いた、あの車の奴じゃないかッ!」 「なんで……今まで気付かなかったんだ!?」 「好きでこんなことをしてるわけじゃない。  けど、戻るにはもう遅すぎる」 「そう思ってた」 「けど……沙紅羅が未来を変えてくれるのかもしれない」 「あれ……おかしいな?」 「千秋ちゃんの携帯、なんで葉っぱになっちゃったの?」 「まさか……化かされたとか?」 「もう番組……どうにもならないです」 「ダイジェストを、リピートさせておくくらいしか……」 「ごめんなさい、若原D……」 「は……なんだぁ!?」 「秋葉原に……巨大な……」 「巨大な、タヌキ……!?」 「恵那……」 「ごめんな、恵那」 「オレがもうちょっと早く……  アイツの匂いを嗅ぎつけられれば……」 「ごめんな……恵那……」 「フウリちゃん……」 「そうだ、私も頑張んなきゃ……」 「でも……ホントに報われるのかな?」 「のう……みそブー」 「ん?」 「なんだ?」 「おぬしたち……  わらわのお友達に、なってはくれぬか?」 「人を信じる……か」 「決して、悪い気はせんのう」 「なんで……なんで……」 「なんでオレがこんな目に……」 「ってか普通、雷なんて落ちないような……」 (なんだ……この女) (オレ、どこかでコイツに会ったことがあるような……) 「あーあ……とうとう言っちゃった……」 「でも、フウリちゃんならきっと、わかってくれるよね?」 「よーし! ソトカンダーも設置完了!」 「若原Dの分も、頑張るぞー!!」 「な……なんだよ。  いったい……何が起こったんだ……?」 「あ……姐さんは、どこに?  姐さ――――――んッ!!」 「星……ダメじゃ」 「既に、タヌキは倒した。  もう……全ては終わったのじゃ」 「これ以上、悲劇を呼ぶことは――」 「なりません」 「河原屋双一は、ミヅハ様の呪いが解ける機会を奪った」 「絶対に、許すわけにはいかないのです!」 (そうだ、オレには……) (最初から、夢を見る資格なんてなかったんだ……) 「なんで……なんでこんなことに……?」 「フウリちゃん? フウリちゃん――!」 「はぁ……これもまあ、良い機会だし……」 「夢、諦めちゃった方がいいのかもなあ……」 「ったく、なんなんだよあのガキ」 「まあいいや。アザナエルアザナエル……」 「…………んあ?」 「んだよ? こいつ、ニセモノじゃねぇかッ!」 「ん? ここがどこかだって?」 「さあ、どこでちかね――じゃない!  どこじゃろうのう?」 「逃げろー!!」 「てめぇっ! 逃げるんじゃねぇ!」 「大人しく、家に――」 「いましたッ!」 「な――星ッ!!」 「くそうっ!  前門の鬼、後門のもじゃもじゃか!」 「あ、あのクリマンを食べきっただと……?」 「まあそりゃ、倒れて当然だよな……」 「あのカッター女のせいで、みんな千秋を忘れちゃってるみたいだし……仕方ねぇ!」 「オレたちが、なんとかしてやんねーと……」 「ったく、アレだけ頑張られたら、こっちが折れるしかないでしょうに」 「頑張りなさいよ、恵那ちん」 「さーて、こっちは人手不足どう解消しよっかな?」 「うお! 発見!」 「待てぇいッ!! 御用だ御用だ御用だッ!!」 「ひえっ、ダメじゃ! 今捕まっては――」 「もう、逃しません!」 「ぎゃあああ! 反対側からも来たッ!!」 「うう……これは、覚悟を決めるしか……」 「巫女さん、いただきイイイ――――ッッ」 「え? いやっ! きゃああああああ!!」 「な……なんだかよくわからんが良くやったぞ犬!  誉めてつかわす!」 「はっはっは! はっはっは!  巫女さん萌え――――――っ!!」 「きゃあああああッ!!」 「別にわらわを助けに来たわけじゃないのじゃな……」 「ああ……まさか……  こんなことになるなんて、不幸すぎる……」 「まあまあ、僕たちも力の限り協力体制を取っていきますんで……」 「その代わりといっちゃナンですが、1冊本をもらえると」 「いいから、さっさと片付けて!」 「待てって言ってるだろうが!」 「だから、ここで捕まるわけには――」 「ハッハッハ!!」 「獣め! やめなさい! やめなさいって――」 「ひゃあっ!」 「あ……あれは!?」 「タヌキが、倒れてやがる……?」 「あ……あのタヌキ、もしや――!?」 「これじゃ……」 「これは……鉄砲の弾?」 「うむ。  先のカゴメアソビで、平次が持ち帰ったもの」 「これとアザナエルさえあれば、フウリの命が助かる!」 「しかし! アザナエルは今どこにあるか――」 「待ってくれ!」 「ん? おぬしは……?」 「今――フウリの命が、どうとか言わなかったかい?」 「フウリに、何か危険が――!?」 「このタヌキ……匂いを、嗅いだことがある……」 「彼女は、確か……」 「パンツをはいてるんだかはいてないんだか、よくわからなかったあのお姉さん……!!」 「だ、駄目だ!  彼女は助けて、人間に戻ってもらわないと!」 「オレの探求心が、収まらないッ!!」 「ふぅ……なんとか間に合ったか」 「後はカゴメアソビがどうなるか、見物だな――」 「同人誌は片付いたけど……  ガラス、直すアテがない……」 「どうしよう……」 「いやホント、いっそ地震とか来てくれた方が――」 「こっちの方のことは、オレたちに任せろ」 「本当に……助けてくれるんじゃな?」 「大丈夫! 貫太もついてる」 「フウリは絶対に、助けてみせる。  大人しく待っててくれるね?」 「……頼んだぞ」 「ああ……どうしよう……」 「もしかしたら……失敗したら……」 「でも、ここまで来て放送は止められない――っ!!」 (頼むぞ、3人とも……) (フウリの命を……救ってくれ……) 「――ッ!?」 「この音は――!!」 「そんな……ウソ、だろ……」 「アイツが――巨大な、タヌキに?」 (ああ、そうか……!) (アイツは、今日オレを轢いた、あの車だ――!!) 「ああん!? 今度は何の音だ?」 「また高架線でも落ちたのか!?」 「え……? 何、この音……」 「地震……じゃ、ない!?」 「ふぅ……よかった……」 「もしアレでホントに弾が出ちゃってたら……うう……」 「なんだと……!?」 「姐さんが……下敷きに……ッ!!」 「あれは……さっきの、タヌキ!?」 「悲しみに泣きむせび、理性を失っている……  失敗したのか?」 「…………」 「わらわが、助けに行かねば――」 「お待ちください!」 「星……」 「あなたが力を使えば、封印は――」 「今回の出来事は、我が落ち度。  ならば、落とし前をつけねば――」 「しかしそれでは……余りに、ミヅハ様が……」 「わらわがどうなろうと、構わん!  街をこれ以上破壊されるわけには――」 「ミヅハ様……ミヅハ様……」 「ええいっ、泣くな! 泣いてくれるな、歌門――ん?」 「あの……向こうに見えるのは……?」 「昔から、妖怪退治のお供は犬と決まってる!」 「悲しい運命には同情するが――」 「オレは、この街からメイドさんのパンチラが消えるのが、我慢ならないッ!!」 「これ以上、おまえの好きなようにはさせるかッ!!」 「ああ! こうなったら、昔のいざこざはチャラだ。  とにかく、被害を最小限に止めよう」 「河原屋組を向かわせる!  思う存分、使ってやってくれ!」 「オレ?  オレは、地下に潜るさ」 「確かあのスパコン館の下に、地下道が繋がっているはずだ!」 「ちょ! 何やってんの!」 「だってアレ、スクープ――」 「とか言ってる場合じゃないでしょ!  ほら、半田明神に避難を!」 「冗談じゃないわッ!!  大スクープなんだからッ!!」 「このチャンスは、逃せないッ!!」 「いいや……姐さんは……オレたちを、裏切らない!」 「絶対、絶対、帰ってくる!」 「あ……ああ、そうだ!」 「オレたちが、ここで諦めてどうするよッ!!」 「あのタヌキ――オレたちの手で!」 「ギャフンと言わせてやるッ!! ギャフンと!」 「そうか……」 「もしかしたらわらわは、彼らの力を過小評価していたのやもしれぬ」 「ミヅハ様!」 「うむ!」 「彼らなりのやり方で――  この悲劇を、終わらせてやろう!」 (ああっ、クソ!  なんでオレは、ほとんど知らない女のために――) (でも、なんていうか……こんな感覚は、久々だ) (もし、この祈りが通じたら……) (未来も、信じちまうかもしれねぇな) 「まだまだアタシ、ドロップキック出し足りない――」 「ひぃいい! すいません! すいませんでしたぁ!!」 「ミリPさんっ!」 「やること、わかってるわね!?」 「はい! テレビに流さないネット中継なら、ふたりでも何とか!」 「よろしい!  この怪異、世界中に配信してやるわよッ!」 「はいっ!」 「オレたちが好きなもの、ソレは!」 「火遊びと、高いところだ!」 「ということは、おぬしらにぴったりの武器じゃな!」 「その通りッ!!」 「さあ、化けダヌキ! 覚悟しやがれッ!」 「ヤバイ! ヤバいぞ!」 「みんなタヌキに夢中で、足元がお留守――!」 「新大陸発見!  ココをパンチランドと命名するッ!」 (こいつは、全部背負うつもりなんだな……) (へっ! 小さな肩、いからせやがってよ) (……可愛いじゃねぇか) 「よくもやってくれたわね化け狸!」 「スーパーノヴァをメチャクチャにした仇、取ってやる!」 「これだけぶっ壊れちまうと、いっそ清々しいな」 「後は作り直すだけ!」 「姐さんもうまいこといきそうだし……な」 「全て……壊れてしもうたの」 「全くです!」 「じゃが……不思議と、嫌な気分はせん」 「そうは思わんか?」 「…………確かに」 「そうかも、しれませんね」 「これで一件落着、めでたしめでたし……」 「しかし……あれ? 不思議だな」 「織田貫太って……あんな匂いだったか?」 (ああ……やりやがった) (もしかしたら、オレにもまだ――  なにか、できるのかもしれねぇな) 「やった!」 「これで、スーパーノヴァのリベンジ完了ッ!!」 「……だよね?」 「す……すごい!」 「やりましたっ!!」 「秋葉原に現れた謎のタヌキが――  今、ひとりのヤンキー少女の手によって、倒された!」 「秋葉原の街は、救われたのですッ!!」 「どうか……姐さんの恋が……」 「今度こそ、ちゃんと実りますように……」 「街が壊れて、かえって半田明神に願いが集まった……か」 「念願かなってこの姿じゃが」 「あのふたりも……  無事に気持ちが通じ合うと良いのう」 「どうか、もう一度……」 「あの輝かしいパンチランドへと辿り着けますように!」 (やれやれ……) (結局オレは、生きる希望を見いだしちまったってわけか) (いずれ後悔するのはわかりきってるのに……  人間ってのは、因果なもんだぜ) 「ん……?」 「客か?」 「スーパーノヴァはメチャクチャになっちゃったけど。  みんな無事だったし、これからなんとかなるって」 「いよーし!  今年は良い一年になりますようにっ!」 「ねえ、あなた」 「は……はい、私ですか?」 「今回のゆるキャラバン、散々だったけど」 「廃墟からやり直すみたいに、もっかい1から頑張ってみよっか?」 「は……はいっ!」 「姐さん……やっぱり……」 「ああ。昔の自分、思い出してるんだろうな……」 「神……か」 「人には救えぬ運命」 「それを救うのが……わらわの仕事じゃな」 「これで一件落着、めでたしめでたし……」 「しかし……」 「果たして再び、この街でメイドさんのパンチラを拝み、股間をクンカクンカできる日は……くるのだろうか?」 「…………不安だ」 (ああ……やっちまった……) (希望ってのには、代償がいる) (その傷は……癒えねぇぞ) (ただオレが、側にいて、傷を忘れさせてやれるだけだ) 「どうか……もう二度と、化けて出ませんように」 「なんまんだぶ……なんまんだぶ……」 「これでようやく、わらわの仕事は終わりじゃ」 「さて……これから、どうやって時を過ごすかの」 「お友達はたくさんおるでな。  きっと、楽しい時間になるであろうよ……」 「な……なんかすごく、スケベなシーンを見逃した気が!」 「どうか今年は、ラッキーパンツがいっぱいいっぱい見られますように……」 (ああ、そうか!  ミヅハのヤツ、全部をなかったことに……) (きっとすぐ、オレの記憶も……) 「ん……あれ? ここは……」 「ああっ! そうだ、ライブライブっ!」 「フウリちゃん、遅刻!?  早速電話で呼ばないと――!!」 「ダメだあ……」 「映っちゃイケナイもの……映っちゃった……」 「う……電話とか……取りたくない……」 「こりゃ始末書っていうか……むしろ辞表モノ、かな?」 「もう一発逆転のネタとか、ないよね……」 (聞こえる……遠くから、聞こえるぞ……) (涙……悲しみが、オレの胸を打つ……) (まるで、スカートだと思ってめくったらキュロットだった時みたいな悲しみが……) (同志よ!) 「な、なんで犬が泣いてるんだ?」 「さあ……?」 「…………おいおい」 「そんなんで、この危機が収まるのかよ……」 「参ったな、こりゃあ」 「弟くんが、姐さんに会ってくれますように……」 「化けダヌキが、オレをそのまま喰いませんように……」 「神様! お願いします! 今年こそ!」 「この世の中から、キュロットスカートが消えてなくなりますように!」 「おい、ジャブル! 当てが外れたぞ!」 「……カタジケナイ」 「まさか、あんなことで暴走が止まるデスカ」 「…………やれやれ」 「オレたちゃどうも、何かを見落としてたみてぇだな!」 「それでは、今日のスーパーゲストのロクローさんです!」 「はいどうもー! ロクローですッ!」 (ロクロー様がゲストになって、なんとかお客さんへの面目は果たしたけど……) (フウリちゃん、連絡もなしにどうしちゃったの……?) (何か……嫌な予感がする) 「ギリギリ首は繋がったけど。これからどうなるのか……」 「はぁ……」 「久しぶりに実家、帰ってみようかな……」 「……うわー、マジかよ」 「最悪の事態だろ」 「もう、弾なんて……」 「双一親分から……電話?」 「ダメだあ……」 「映っちゃイケナイもの……映っちゃった……」 「時間が足りたのがせめてもの救いだけど……」 「ああ……若原Dに、なんて言おう」 「そんな、落ち込まないでよ」 「ミリPさん……!?  来たんですか?」 「まあ確かに、やり過ぎだったかもしれないけどさ」 「私たちは、できる限りのことを精一杯やった」 「…………はい」 「ところで、ここの撤収終わったら、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど――」 「もう一発、弾がある――そう、アイツは言った」 「嘘をついても、アイツは生き残れない。  ってことは――」 「信じてみる価値はありそうだな」 「うん! ここで立ち止まっててもしょうがない!」 「すぐにここを片付けて、ライブの手伝いに行こう!」 「お! なんだ!?  病院から、ガチムチマッチョマンの変態が!」 「『スズさーん! ジュッテーム!!』とか叫びながら、全力疾走していったけど」 「……あれ? あっちって、逆方向じゃないか?」 「もじゃ――――――っ!!」 「鈴ちゃん!!」 「あー! ミリPさん、すいません!  私、ダメかもしれない……」 「ちょっと、外で頭冷やしてきます!」 「そうした方がいいかもね……」 「ふふふ……腕が鳴るなあ、ブー」 「おうよ! 某蛇羅号以来の日曜大工――」 「全力で、やってやろうじゃねぇか!」 「ふふふ……腕が鳴るのう!」 「この桜! このわらわが!」 「全力で、飾り付けてやろうではないか!」 「え? 平次のオヤジさん!?」 「ちょっと、足は?  まだ引きずって、治療もしてない――」 「……え?」 「恵那が……さらわれた?」 「本当に、殺す……?」 「馬鹿げてる。  平次を挑発すれば、それで良いんだ」 「アザナエルに、偽の弾を込めよう。  平次ならきっと、騙されるはず……」 「ふぅ……落ち着かないと……」 「なんか、困ったことがあるとここに戻って来ちゃうのよね……」 「ん? あそこにいるのは――フウリちゃん?」 「ミリPさ――ん!」 「ゆるキャラバンの片付け、終わりましたー!」 「お疲れ様!」 「それじゃ悪いけど、これからもう一踏ん張りしてもらうからね!」 「はいっ! あ……あの、でも……  ライブ、するんですよね」 「そのつもりよ!」 「この窓ガラス……割れてますよね」 「割れてるわよ!」 「どうするんですか……?」 「それを、考えましょう!」 「考えるって……今から?」 「諦めちゃダメよ!」 「まだきっと……できることがあるはず!」 「憧れのロクロー様と出会うなんて……」 「これは……運命ッ!!」 「DVDに出演依頼が来たら……どうしよう???」 「どうか……みんなの願いが集まって……」 「ミヅハがちゃんと、元の姿になれますように……」 「皆の者……さらばじゃ!」 「今年がおぬしらにとって、よい一年になりますように」 「神様! お願いします!」 「いつか恵那の瞳から、涙が消える日が来ますように――」 「ぐ……がっ、ぐぼぼ……」 (クソッ! 逃げ道が……水に塞がれて……!!) (せめて……両手が……自由になれば……!!) (これも、アイツの計算……?) (それともこれこそ……  オレに与えられた罰か……!?) 「ライブは先送りになっちゃったけど――」 「フウリちゃんも――」 「ニコちゃんもいる!」 「ふたりがいれば、いくらでもやりなおせるもんね!」 「今年こそメジャービュー、やってやるよっ!」 「まさか……こんな風に、上手くいくなんて」 「だから、最後まで諦めちゃダメって言ったでしょ?」 「……はい」 (私も……ドラマを撮る夢……  もう一回、頑張ってみよう……) 「おまえ……太四郎だな?」 「ああ」 「アザナエル、返して貰うぞ」 「…………」 「……失敗、したのか?」 「まあね」 「……そうか」 「ってことはもう、弾なんて……」 「双一親分から……電話?」 (フウリちゃんがそういうつもりなら――) (その決心が、失敗だったって思っちゃうくらい、メチャクチャ楽しいライブにしてやるんだからっ!) 「そんな……ウソだろ……?」 「千秋だけじゃなく……恵那まで……!?」 「そんな……神様、お願いします!」 「もう二度と、悪さはしません!」 「パンツに鼻を突っ込んでクンカクンカしたり、押し倒して腰をカクカクしたりしません!」 「だから――どうか――恵那を――恵那を――!!」 「おいおい、ウソだろ……」 「ここまで来て……あと一歩だって言うのに……」 「どうして、失敗しちまうんだ……?」 「おい! 双一! 答えろよ!」 「まだ……まだ、奥の手が用意してあんだろう!?」 「恵那……恵那……」 「なんで……こんなことに……」 「なんで……」 「逃げるヒマもなく……  電話も、繋がらねぇ……」 「……沙紅羅」 「できればオレのこういう所は、見せてやりたくなかったけど。これも罰ってヤツか――」 「ウシ! 無事に花火も打ち上がったし――」 「姐さん、迎えに行くとすっか!!」 「ミヅハ――いえ、ミヅハノメ様ッ!!」 「ああ……元の姿に戻られて……  なんとご立派な……」 「うむ……ありがとう」 「そんな、とんでもない!」 「それは……今日協力して下さった、皆様のおかげです」 「うむ。その通りじゃ……」 「のう、星よ」 「はい、ミヅハノメ様」 「わらわのために尽力してくれて……ありがとう」 「いえ……私には、もったいないお言葉でございます」 「神様……どうか……」 「天国で、恵那の魂が救われますように……」 (最高のライブ――の、はずなんだけど) (なんか……微妙に、しっくり来ないっていうか……) (何が、変なんだろう?) 「新年、あけましておめでとうございます!」 「はてさて、あなたの今年の運勢は……!?」 「キチ吉マシン・猛レースだ!」 「暴蛇羅号に負けないスーパーマシンをつくって、明日に向かって走れ!」 「ラッキーアイテムは……大漁旗だ!」 「藤吉だ!」 「サルと呼ばれても泣くな!  きっといつか、天下を獲る日がやって来る!」 「ラッキーアイテムは……え? 女装ッ!?」 「火災報吉よ!」 「火のないところに煙は立たない!  今年は火消しとして大活躍ね!」 「ラッキーアイテムは……消火器です」 「だん吉だ」 「今年こそ……きっと、マンガでデビューができる!」 「ラッキーアイテムは、土管!」 「ほうきょうよ」 「おおきければいいというのはまちがい。  わたしが、きる」 「ラッキーアイテムは、カッター」 「吉ンジローです!」 「秋葉原に来たらここ!  不思議な匂いはするけれど、お腹は大満足!」 「ラッキーアイテムは、メンチカツです」 「秘密吉だ!」 「湿気の中にエロ本を置いておくと、なんか臭い匂いがするから気をつけろ!」 「ラッキーアイテムは、鉄橋だ!」 「ヘルズ・吉ンよ!」 「アルちゃんやスタちゃんが這い出た、希望の街!  さあ! あなたもスター街道まっしぐら!」 「ラッキーアイテムは、恋愛QP(ハート)ミリPの恋愛占いよ!」 「吉ンウイングフェイスロック!!」 「これで相手を極めちゃえば――  彼氏のハートもイチコロよ!」 「ラッキーアイテムは、ゴング!」 「生吉だ」 「一応、ちゃんと献血は行くように  秋葉原だと美少女ステッカーがもらえたりすっからな」 「ラッキーアイテムは、注射器だ」 「説凶です」 「そのお尻を折檻されたくなかったら、規則正しい生活を心がけることですね」 「ラッキーアイテムは、破魔矢です」 「大馬鹿野郎のこんこん吉! だ!」 「ボーッとしてると、痛い目見るからな!  御用になりたくなかったら、シャキッとしな!」 「ラッキーアイテムは、十手だ!」 「《あきち》〈空吉〉です」 「開いていると思って勝手に商売を始めると、犬をけしかけられたりするので注意して下さいね」 「ラッキーアイテムは、段ボールです」 「大吉だよ」 「夢はきっと、叶うだろう。  探していた人とも出会えるはず」 「ラッキーアイテムは、茶釜だ」 「わんわんわんわんわん!」 「わんわんわんわん、わんわんわんわんわんわん」 「わんわんわんわんわ、わんわんわわんわん!」 「前線吉です!」 「マスター前には必須!  今年もお世話になります……」 「ラッキーアイテムは、前線吉を利用している時点でラッキーでも何でもないので諦めて下さい……」 「福沢諭吉デスネ」 「天は人の上に人をツクラズ。  とても心がアラワレる言葉デス」 「ラッキーアイテムは、万札ネ!」 「吉ィ・ホークだ」 「さあ、可愛いキティちゃん。  僕のホークにご挨拶をしてごらん……」 「ラッキーアイテムは、『タイエキ』だ!」